- 1 -主文被告人を懲役14年6月に処する。 未決勾留日数中120日をその刑に算入する。 理由 (主位的訴因を基にして認定した罪となるべき事実)被告人は,1型糖尿病に罹患していたA(当時7歳。以下「A」という。)の母親であるB(以下「B」又は「母親」ともいう。)から同児童が罹患している1型糖尿病について相談を受けるや,母親及び同児童の父親であるC(以下「C」又は「父親」ともいい,Bと併せて「両親」ともいう。)との間でその治療を引き受けることを約し,両親に対し,インスリンは毒であるとして同児童に対するその投与の中止などを指示していたものであるが,同児童が定期的にインスリンを投与しなければ死亡するおそれがあることを知りながら,被告人が同児童にインスリンを投与することなく同児童の1型糖尿病の治療ができるものと母親が信じて被告人の指示に従っていることに乗じ,かつ,同児童を保護する責任を有しており,悩みながらも被告人の指示に従うこととした父親と意思を通じた上,殺意をもって,平成27年4月5日頃から同月27日までの間,栃木県内又はその周辺において,両親に対し,メール又は口頭の方法により,同児童に対するインスリンの投与の中止等の指示に従うよう命じ,両親をして,同月6日午後4時36分頃の投与を最後に,それ以降,同児童にインスリンを投与させずにこれを放置させ,よって,同月27日午前6時33分頃,同県所在のD病院において,同児童を糖尿病性ケトアシドーシスを併発した1型糖尿病に基づく衰弱により死亡させて殺害したものである。 (事実認定の補足説明)第一検察官は,まず,被告人が両親を道具として本件犯行に及んだ旨の間接正犯(主位的訴因)を主張し,これが認められない場合として,被告人が両親と共謀して本件犯行に及んだ旨の共謀共同正犯(予備的 )第一検察官は,まず,被告人が両親を道具として本件犯行に及んだ旨の間接正犯(主位的訴因)を主張し,これが認められない場合として,被告人が両親と共謀して本件犯行に及んだ旨の共謀共同正犯(予備的訴因)を主張する。争点は,いずれの主張についても,検察官が主張する事実全体が認められるか否かである。以下, - 2 -順次検討する。 第二事実認定について一 Aは死亡したかAは,解剖されており,死亡したのは明らかである。また,死亡が確認された日時と場所は,Aの父親であるCの証言等から,平成27年4月27日午前6時33分頃,栃木県内のD病院であったことも認められる。 なお,被告人は,当公判廷(証人Bに対する反対尋問)において,Aの死亡時刻は午前8時07分であったと主張するが,同日午前8時03分頃に自らがAの母親であるBに宛てたメールで,Aの亡くなったことについて,「ご愁傷様・・・ご冥福をお祈りいたします」と書いているのであるから,その主張は間違っている。 ところで,証拠採用された被告人とBとのメールの履歴内容について,被告人は偽造だと主張するが,それを具体的に裏付ける証拠は見当たらない。むしろ,そのメールの体裁自体や,連続性を持った意味のある内容等に照らせば,被告人とBとのメールのやりとりがそのまま記載されているものと考えられる上,「病院へ行くかどうかは両親の自由だ」等の,被告人が主張する内容も記載されているから,その記載内容は信用することができる。 二 Aはなぜ死亡したのか 1 まず,糖尿病医療の専門家の証言によれば,①人間はインスリンを介して細胞に栄養(糖分)を取り込んで生きており,インスリンがなければ細胞は栄養失調となり,脳や身体が衰弱し,やがて死亡すること,②インスリンが不足すると,血液中の糖分を細胞に ①人間はインスリンを介して細胞に栄養(糖分)を取り込んで生きており,インスリンがなければ細胞は栄養失調となり,脳や身体が衰弱し,やがて死亡すること,②インスリンが不足すると,血液中の糖分を細胞に取り込めなくなり,糖分が減らず,糖分に水分が吸われるなどするため,血糖値や尿糖値が高くなる上,多飲多尿,筋肉の痛み,身体の衰弱,意識もうろう等の症状を来すこと,また,③栄養不足を補うために,糖の代わりに脂肪を栄養として細胞に取り込むようになるが,その際,ケトン体が発生し,身体は酸性(アシドーシス)となり,ケトアシドーシスの症状を併発すること,したがって,④1型糖尿病の人間は,体内でインスリンがほとんど生成されないので,外 - 3 -部からインスリンを取らなければ生きていけないこと,が認められる。 したがって,1型糖尿病の人間は,定期的なインスリンの投与がなければ,多飲多尿,筋肉の痛み,身体の衰弱,意識もうろう等の症状を来し,ケトアシドーシスを併発し,やがて死亡することが認められる。 2 次に,生前のAを知る主治医の証言によれば,①平成26年11月半ば頃診察した際のAは,多飲多尿で,血糖値,尿糖値ともに非常に高く,過去一,二か月間の血糖値を反映するヘモグロビンA1cの値も通常の倍以上と高く,インスリンを生成する膵臓を攻撃する抗体反応が陽性であり,1型糖尿病と診断したが,定期的にインスリン投与をするなどして通常の日常生活を送ることができるようになったこと,しかし,②平成27年3月半ばに再入院したAは,多飲多尿で,身体が痩せ細り,血糖値及び尿糖値ともに高い状態となっており,ケトアシドーシスを併発していたこと,さらに,③同年4月27日早朝に緊急搬送されたAは,痩せ細り,血糖値及び尿糖値ともに高い状態で,ケトアシドーシスを併発していたこと,が ともに高い状態となっており,ケトアシドーシスを併発していたこと,さらに,③同年4月27日早朝に緊急搬送されたAは,痩せ細り,血糖値及び尿糖値ともに高い状態で,ケトアシドーシスを併発していたこと,が認められる。 これら症状は,上記1記載の1型糖尿病の人間の特徴に合っている。したがって,生前のAは,1型糖尿病に罹患しており,定期的なインスリン投与がなければ死亡する状態にあったものと認められる。 3 そして,死後のAを解剖した医師の証言によれば,①Aの遺体は,痩せて体表も内臓も乾燥しており,血糖値,尿糖値ともに非常に高く,ヘモグロビンA1cの値が正常値の倍を超えていた上,ケトアシドーシスの状態を来していたこと,②外表,内臓とも損傷も奇形異状もないこと,③誤嚥性肺炎があったものの,それは炎症範囲が広がっていない初期的なものに止まり,死戦期に生じたものであって死因とはならず,むしろ,糖尿病の重症化による衰弱や意識低下により生じた可能性が高いこと,が認められる。 これら症状は,上記1記載の1型糖尿病の人間の特徴に合っているとともに,上記2記載の生前のAの症状と連続性がある。 - 4 -したがって,Aは糖尿病性ケトアシドーシスを併発した1型糖尿病に基づく衰弱により死亡したと認められる。 4 以上より,Aはインスリン投与がなかったから死亡したものと認められる。 三なぜAへのインスリン投与がなかったのか 1 Aの両親は,大要,①平成26年11月半ば,Aは,多飲多尿等の症状となり,医師に1型糖尿病と診断され,定期的に血糖値を測定した上でインスリンを注射投与することを身につけ,退院後は両親の手伝いの下,自力で血糖値測定やインスリン注射を行いつつ日常生活を送ることができていた,②平成27年2月10日頃,両親は,Aへのインスリン投与を ンスリンを注射投与することを身につけ,退院後は両親の手伝いの下,自力で血糖値測定やインスリン注射を行いつつ日常生活を送ることができていた,②平成27年2月10日頃,両親は,Aへのインスリン投与を止めることに決め,Aに「もうインスリンを注射しなくていい」等と言い,それまでAが両親の協力の下に自力で行っていたインスリンの注射を止めさせた,③Aは,インスリン投与を止めた後,多飲多尿となり,身体が痩せ細り,同年3月半ば頃,病院で,血糖値,尿糖値ともに高いことなどが確認され,1型糖尿病性ケトアシドーシスの症状を来していると診断されて再入院となった,④Aは,再入院における治療によって症状が快復し,退院後は再び血糖値測定とインスリン投与を行うことにより日常生活へ戻ることができた,⑤しかし,同年4月6日頃,両親は,Aへのインスリン投与を止めることに決め,翌7日,新学期が始まるのを機に,Aに「もうインスリンを注射しなくていい」等と言い,同日以降,それまでAが両親の協力の下に自力で行っていたインスリンの注射を再び止めさせた,⑥その後,Aは,三度,多飲多尿となり,身体の痛みを訴えるようになり,身体が痩せ細り,同月26日には自力で動くこともままならない状態に陥り,翌27日早朝,嘔吐して意識を失っている状態で発見され,搬送先の病院で死亡が確認された,と証言している。 2 両親の上記証言部分は,Aが死亡する経過について,上記二2記載の主治医の証言とよく符合しており,十分信用することができる。なお,弁護人は,いわゆる共犯者による引っ張り込みの危険を指摘するが,要は,各証言の信用性の問題であり,その証言を裏付ける証拠や事実があれば,問題はない。 - 5 - 3 したがって,Aが死亡したのは,両親の決断により,平成27年4月7日以降,Aにインスリンを投与させ 言の信用性の問題であり,その証言を裏付ける証拠や事実があれば,問題はない。 - 5 - 3 したがって,Aが死亡したのは,両親の決断により,平成27年4月7日以降,Aにインスリンを投与させなかったことが原因であったと認められる。 四なぜ両親はAにインスリンを投与させないとの決断をしたのか 1 Bは,大要,①平成26年11月半ばにAが1型糖尿病と診断され,血糖値測定とインスリン投与の日々を送る中,Aの現状と将来を心配するあまり,Aの1型糖尿病を完治させる目的で,同年末頃,難病治療ができるとする被告人に対し,Aの1型糖尿病の完治のための治療をしてもらいたい旨依頼し,被告人とその旨の契約を結んだ,②平成27年2月初め頃,被告人から,Aの1型糖尿病の治療として,「インスリンは毒だ」,「インスリンは打たなくていい」,「医師の指導に従うな」等と言われるなどしたことから,Aのインスリン投与を止めさせた,③その結果,翌3月半ば頃までに,Aは,多飲多尿等の1型糖尿病を発症した当時と同様の症状を来し,再入院となったが,再びインスリン投与を復活させるなどして日常生活に戻った,しかし,④その入退院当時も,被告人から,「あれほど行くなと言っていた病院に行ってしまったのか」等と言われたり,「指導に従わないために起こった事」,「インスリン投与をやめて約40日間,緑のインスリンは出ていた」,「龍神の指導を無視してきた」,「指導に従うということではじまった」,「成功報酬は戻せない」,「病院の指導では完治どころか身体がもたないと思います。何せ,小さいですから・・・体力が持たないと思います。指導に従わないために今の状況になった」,「指導に従わない為に起こった件については当方には責任はありません」,「報告義務もしない,指導にも従わない」,「数値は当てにならん, 体力が持たないと思います。指導に従わないために今の状況になった」,「指導に従わない為に起こった件については当方には責任はありません」,「報告義務もしない,指導にも従わない」,「数値は当てにならん,入院前は正常であった」,「あれだけ,病院は,怖い処だと,話しても,解らず,行くから,当たり前な,事だ。」,「数値計り不可能,手の内だ,今年持たないね。 今,それじゃ」,「病院指導のまま,ここから先行かれるのですね,・・・大変,危険な状態に陥る事になりましても,その時には失礼ですが手遅れとなりますので,悪しからず」旨のメールを送信されたりしたことから,夫婦で相談の上,Aにインスリン投与を止めさせた,と証言する。 - 6 - 2 これら証言部分は,「願書」,メール,血糖チェック表,カレンダーの記載と整合し,上記二及び三記載のAが死亡するに至る経過によく符合しており,十分信用することができる。なお,弁護人は,Bの証言は,記憶のみに基づくものではなく,上記メールをなぞるに過ぎないものであると批判するが,記憶のあいまいな場合に,その部分の記憶を喚起するための証拠物等を示すことは法令上許された方法である上,Bは,同メールを確認した上でも記憶に無いものは無い旨述べるなど供述態度は誠実であって,喚起された記憶についてはそのまま供述しているものと認められるから,弁護人の批判は当たらない。 3 この点,被告人は,当公判廷において,インスリン投与を止めるよう指示したことはない旨発言するが,上記メールやカレンダーの記載内容に照らし,信用することはできない。 4 したがって,両親がAにインスリンを投与させなかったのは,被告人の指示があったからと認められる。 五小括以上を踏まえると,①Aは,1型糖尿病に罹患しており,インスリンを投与しなければ死亡する危 たがって,両親がAにインスリンを投与させなかったのは,被告人の指示があったからと認められる。 五小括以上を踏まえると,①Aは,1型糖尿病に罹患しており,インスリンを投与しなければ死亡する危険があったこと,②被告人は,Aの1型糖尿病を完治させる治療を引き受けた上,両親に対し,Aにインスリンを投与しないよう指示したこと,③両親は,その指示に従うこととしたこと,④両親は,Aに対し,インスリン投与をしなくなったこと,⑤そのためAは死亡したこと,が認定できる。 したがって,被告人の指示とそれに従うとの両親の決断により,Aが死亡する現実的な危険性のあるインスリン投与の中止が実行されたものと認められる。 六なぜ両親は被告人の指示に従うことにしたのか 1 母親であるBの場合(1) Bと,主治医の各証言によれば,平成26年11月半ば頃,Aが1型糖尿病と診断されて入院した当時,Bは,同医師らから,インスリンを投与しなければAは生きられない旨の説明を受けたことが認められる。また,証拠のメールに - 7 -よれば,平成27年3月9日に被告人からBに宛てられたメールには,「現在のAの症状はインシュリンが出ない1型糖尿病で,インシュリンを投与,注射しなければ生きられ無い,病院,医者が言われたとおりでしたが,龍神が治してあります」旨記載されており,医師がBに上記説明をしたことを前提とするメールを被告人が送信したことが認められる。 (2) また,Bはこの点の記憶がない旨証言するが,主治医の証言によれば,平成27年3月半ばの再入院の際,母親(B)に対しては,インスリンを投与しなければAが死亡する危険性があると説明したことが認められる。 (3) 以上の事実を踏まえると,Bは,医師からの説明により,インスリンを投与しなければAが死亡する現実的危険性を ,インスリンを投与しなければAが死亡する危険性があると説明したことが認められる。 (3) 以上の事実を踏まえると,Bは,医師からの説明により,インスリンを投与しなければAが死亡する現実的危険性を認識していたこととなる。それにもかかわらず,Bが,被告人の指示に従ってAにインスリンを投与しなかったのはなぜであろうか。 この点,息子(A)が1型糖尿病を発症してから死亡するに至るまでの経緯について,Bは,大要,①当初,息子が1型糖尿病を発症したことに衝撃を受けはしたが,息子の命を守るため,息子には日々毎食前就寝前等にインスリンを投与させ続けていた,②その一方,息子の現状と将来を悲観し,動揺が大きく,精神状態が不安定となった挙げ句,医師からは治らないと言われた息子の1型糖尿病を完治させたいとの一心から,藁にもすがる思いで,難病治療を標榜する被告人に息子の治療を依頼した,③被告人からは,Aを必ず完治させる旨断言され,治療は全て被告人の言うとおりに従う旨約束させられた上,日頃,電話やメール等により,ひんぱんに,被告人の指示に従わなければAが助からない旨の脅しめいた言動をとられていた,④Aの1型糖尿病を治すための治療の一環として,被告人から,Aの身体から緑のインスリンが出ているとして,インスリンの不投与を指示された,旨証言する。 この証言部分は,Aが1型糖尿病と聞いた母親(B)が失神した旨の主治医の証言,血糖チェック表,「願書」,カレンダーに整合し,裏付けられている。また,糖尿病治療の専門家の証言によれば,子どもが1型糖尿病に罹患したと聞かされた - 8 -親は,相当に精神的衝撃を受け,精神状態が不安定となるのが通常であり,中には神頼みをする者もあること,が認められる。 (4) したがって,Bについては,1型糖尿病に罹患した息子の人生を守り 8 -親は,相当に精神的衝撃を受け,精神状態が不安定となるのが通常であり,中には神頼みをする者もあること,が認められる。 (4) したがって,Bについては,1型糖尿病に罹患した息子の人生を守りたいとの一心から,息子にとってインスリン投与が毒であると被告人から言われたこともあいまって,息子の1型糖尿病を完治させる治療の一環であると信じたからこそ,これに従い,Aに対し,「インスリンは打たなくていい」等と言って,インスリンの投与を止めさせたものと認められる。 なお,弁護人は,「信じよう」との言葉が出ること自体,信じていないことの証左である旨主張する。確かに,知識として,あるいは感情として,何ら疑問を持たずにその考え等を受け入れる場合を「信じる」と表現することが多い。しかし,「信じる」とは,それに限らないのであり,例えば,詳細は知らなくても,権威ある者の言葉を「信じよう」と思う気持ちとなるのは,日常珍しいことではない。 「困ったときの神頼み」という言葉があるように,信じて思いを遂げたいという意味で「信じよう」と表現することは,全くおかしなことではなく,市民感覚として十分に納得できる。 また,弁護人は,被告人がBに対し,病院へ行くのは自由だとか,被告人の治療を受けるか否かは両親の自由な判断だ等のメールを送っていることをもって,被告人は両親の判断に委ねようとしていた旨主張する。しかし,被告人とBのメールのやりとりの全体を見れば,被告人は病院へ行くことがAに害悪がある旨を脅しめいた言葉を交えてBに送っているのであるから,病院へ行くのは自由だ,との言葉は,すなわち,Aに害悪をもたらす病院へ行くことと,Aを完治させるという被告人の治療とを天秤に掛けさせるものであって,むしろ,Bを自分の治療に応ずるよう仕向けるためのメールであると認められる。 さ ,すなわち,Aに害悪をもたらす病院へ行くことと,Aを完治させるという被告人の治療とを天秤に掛けさせるものであって,むしろ,Bを自分の治療に応ずるよう仕向けるためのメールであると認められる。 さらに,弁護人は,Bが,3月の再入院の際に主治医らからAの死亡する危険性について説明を受けていながら,これを夫であるCに対して相談していないのは不合理である旨主張する。確かに,そのような重大なことがらを夫であるCに対して - 9 -相談していないとすれば,解せない。しかし,Bの証言は,この点は記憶がないというものであるから,弁護人の主張は前提を欠く。そして,仮にBが,その点をCに相談したにしてもしなかったにしても,Aの死亡の危険についてのB自身の認識にも被告人の認識にも影響はない。 2 父親であるCの場合(1) Cは,大要,①平成27年4月6日当時,インスリンの不投与という被告人の指示に従ったがために息子(A)が1型糖尿病発症当時と同様の病状となって3月半ばには再入院をせざるを得なかったという事実を踏まえ,血糖値の測定さえさせない被告人のやり方に疑問を持っていた,②その疑問を妻(B)に言って話し合ってみたものの,妻から,もう一度信じて被告人の指示する治療に従って息子の1型糖尿病を治したい等と強く言われ,その一途な思いに負け,被告人の治療には半信半疑の状態ではあったが,再びインスリンの不投与を決断した,また,同時に,③被告人の治療を疑っていることを被告人に見透かされれば,被告人から息子の治療を駄目にされるのではないかと怖れた,と証言する。この証言部分を特に疑うべき証拠も事実も見当たらない。なお,弁護人は,Cの証言についても引っ張り込みの危険を指摘するが,むしろ,被告人の間接正犯性を否定する趣旨の証言をしているのであるから,弁護人の指 証言部分を特に疑うべき証拠も事実も見当たらない。なお,弁護人は,Cの証言についても引っ張り込みの危険を指摘するが,むしろ,被告人の間接正犯性を否定する趣旨の証言をしているのであるから,弁護人の指摘は当たらない。 (2) そうすると,Cについては,被告人の治療には半信半疑ではあったものの,Aの1型糖尿病を完治させるとの一心から被告人の指示する治療に従いたいとの妻の強い思いに抗しきれず,また,被告人を疑っていることを見透かされれば被告人に息子に対して害悪を加えられるのではないかとの思いから,インスリンの不投与という被告人の指示に従うという決断をしたものと認められる。 七被告人に殺意があったか 1 まず,被告人がAの死亡を意欲していたとか望んでいたことを認める証拠は無い。そこで,以下,いわゆる未必の殺意の有無について検討する。 2 BやEの証言等の証拠によれば,平成26年12月末頃,Aの1型糖尿病 - 10 -を治療する契約を結んだ当時,被告人は,Bから提出された「願書」を見ている。 糖尿病治療の専門家の証言によれば,同「願書」には,当時のAの病状と治療について,基本的には正しい情報が記載されている。また,被告人に心服しているFの証言によれば,その契約以前,被告人から1型糖尿病の子どもがいると聞き,インターネットで調べた上,インスリンを注射しなければならないという情報を被告人に伝えていたことが認められる。さらに,Bは,その契約の際,被告人に対し,Aがインスリンを投与しなければ生きられないことを伝えた旨証言しており,この証言は,平成27年3月9日に被告人自らが作ったメールの文面に裏付けられている。 したがって,被告人は,平成26年12月末頃の上記契約当時から,Aが1型糖尿病に罹患しており,定期的にインスリンを投与しなければ死亡する危 月9日に被告人自らが作ったメールの文面に裏付けられている。 したがって,被告人は,平成26年12月末頃の上記契約当時から,Aが1型糖尿病に罹患しており,定期的にインスリンを投与しなければ死亡する危険性を認識していたものと認められる。 3 そして,平成27年3月半ばの再度の入退院当時,Bは,被告人に対し,Aが,インスリン投与を止めた後,徐々に体調を崩してゆき,インスリン不足によるケトアシドーシスの症状を来して入院して治療を受けたことや,退院後はインスリンを投与していることを伝えた旨証言しており,この証言は,メールのやりとりに裏付けられている。 4 平成27年4月7日以降,Bは,被告人に対し,Aへのインスリン投与を止めたこと,その後にAが多飲多尿となり,痩せてゆき,身体の痛みを訴えるなどの症状を来していることを随時報告していた旨証言しており,この証言は,血糖チェック表,カレンダー,メールのやりとりに裏付けられている。他方,被告人も,同月8日のB宛てのメールにおいては,「反転させる・・・再度治療に関する指導に従わないで生じた経費は依頼者負担になります・・・神技炸裂・・・前振り込みとなりますから,了承の事。間に合う様に振込をする事」旨記載していることなどからして,被告人がAに対する「治療」を引き受けているとの自覚があることが認められる。 5 被告人のB宛てのメールやBの証言等によれば,被告人は,日頃,電話や - 11 -メールで,Bに対し,病院へ行けばAに害悪が生じるとか,インスリンは毒であるとか,自分の指示に従わないCの態度を「造反」と表現するなどした挙げ句,平成27年4月26日夕刻には,容態の悪いAを見たにもかかわらず,病院へ行くよう勧めなかったことが認められる。上記メールによれば,むしろ,心配のあまり「龍神,Aは元気になりま 現するなどした挙げ句,平成27年4月26日夕刻には,容態の悪いAを見たにもかかわらず,病院へ行くよう勧めなかったことが認められる。上記メールによれば,むしろ,心配のあまり「龍神,Aは元気になりますよね」とメールしたBに対し,「ああ~,時間の問題だ・・・親が心配しても霊は嘲笑うだけだ」,「慌てず,灯明と線香切らすな」,「灯明を足の先一メートル以内に移動せよ」,「龍神の書き物を足の甲に乗せろ」,「死に神,龍神の処に連れてきた,回収した,安心しろ」,「戦いは終わった・・・水飲まして休め,身体の栄養は充分だ・・・病院の点滴より栄養がある。ぐっすり眠るはずだ」,「寝てるか,Aは,糖尿病と決別したんだ」旨の,いかにも自分の治療によりAの1型糖尿病が完治したかのようなことを述べるばかりで,Aの容態の悪さをそのまま放置していたことが認められる。 6 以上を踏まえると,被告人は,①契約当初からインスリンの投与がなければAが生きられない病状にあると認識していたこと,②インスリンの不投与という自らの指示により両親がAにインスリンを投与しなくなって以降,Aの容態が1型糖尿病発症当時と同様な状態に悪化して再入院せざるを得なくなった状況を認識していたこと,③平成27年4月7日のインスリンの不投与以降,Aの病状が再び再入院当時のような状態に悪化していく状況を認識していたことが認められる上,それにもかかわらず,④Aを病院で治療させようとせず,むしろ,自らの治療が成功しているとの態度をとり続けていたことが認められる。なお,本件当時,被告人を信奉していたGは,同月24日に被告人からの依頼によりケトアシドーシスについて調べた上で,その内容を被告人にメールで送信し,被告人から「了解」との返信があった旨証言するところ,同証言は,少なくとも同月24日以降,被告人が,ケトアシ 人からの依頼によりケトアシドーシスについて調べた上で,その内容を被告人にメールで送信し,被告人から「了解」との返信があった旨証言するところ,同証言は,少なくとも同月24日以降,被告人が,ケトアシドーシスについて,昏睡や意識障害を来して死亡する危険性を持つ症状であるとの認識を有していたことを裏付けている。 この点,被告人は,当公判廷において,長年にわたってほぼ無償で,糖尿病を含 - 12 -む難病治療をしてきており,Aへの殺意を抱くはずがない旨主張する。確かにAの殺害を意欲したとか積極的に目論んだという意味の殺意が問題なのであれば,被告人が指摘するとおりであろう。しかし,被告人にAを殺害する意欲も積極的意図も認められないことは既に述べたとおりである。本件において問題となるのは,定期的なインスリン投与がなければAが死亡する現実的な危険性があることを被告人が少なくとも認識し,認容していたかという未必の故意なのであるから,被告人の上記主張は本件で問題となっている殺意を否定する理由とはならない。 したがって,特段の事情がない限り,被告人は,定期的なインスリン投与がなければAが死亡する現実的な危険性がある,と認識し,かつ,Aを病院に行かせようとしないなどしてその危険性が実現することを認容していたものと推認される。 7 そこで,特段の事情の有無について検討する。この点,被告人は,そもそもインスリンの不投与を指示していない旨主張し,上記推認の前提事実を否認していることから,特段の事情としての明確な主張をしてはいない。 (1) とはいえ,被告人の供述や弁護人の主張を踏まえれば,検討すべきものとして,①Aは,死亡の1週間程前に外で遊んでいたり,死亡する日の前々日まで学校へ通うなどしていたりしたことから,「まさか死ぬとは思わなかった」旨の認識があ 弁護人の主張を踏まえれば,検討すべきものとして,①Aは,死亡の1週間程前に外で遊んでいたり,死亡する日の前々日まで学校へ通うなどしていたりしたことから,「まさか死ぬとは思わなかった」旨の認識があったとの主張や,②平成27年2月のインスリン投与の中断後,翌3月の再入院によってAが快復したのであるから,Aにインスリンを投与しなくても,すぐ死亡するわけではなく,たとえAがインスリンの不投与により体調が悪化したとしても,遅かれ早かれ両親がAを病院へ連れて行くなどして治療を受けさせ,Aは死亡せずに済むだろうと期待していた旨の主張(いわゆる「認識ある過失」にとどまるとの主張)が想定される。 (2) 確かに,Aが外で遊んだり,通学していたりしたことは,通常,死亡する危険を感じさせない事情となり得る。しかし,それは,Aが1型糖尿病であり,かつ,インスリンを投与しなければ死亡する危険性があるという事実を知らぬ者について言えることである。これに対し,被告人は,上記2記載のとおり,Aが1型 - 13 -糖尿病であって,インスリンを投与しなければ生きられないことを知っており,現に,上記3記載のとおり,インスリンを投与しなかったことにより,徐々に体調を悪化させたAが再入院までしたことを知っていたのであるから,たとえAが死亡の1週間程前に外で遊んでいたり,死亡する前々日まで学校へ通うなどしていたりしたとしても,Aが死亡する危険を感じなかったとは到底考えられない。 (3) また,遅かれ早かれ両親がAを病院へ連れて行くなどして治療を受けさせて一命を取り留めるであろうとの期待については,そもそもそれ自体がインスリン不投与の持つ死亡の現実的危険性を前提とする期待である。むしろ,証拠のメールによれば,被告人は,Bに対し,病院へ行くかどうかは自由だ等と告げる一方, との期待については,そもそもそれ自体がインスリン不投与の持つ死亡の現実的危険性を前提とする期待である。むしろ,証拠のメールによれば,被告人は,Bに対し,病院へ行くかどうかは自由だ等と告げる一方,従前,病院へ行けばAが死亡するとか,インスリンは毒である等と,脅しまがいの言動にも及んでいたことが認められる。そして,上記5記載のとおり,Aの死亡前夜,容態の悪いAを目の当たりにした後にもBに「病院の点滴より栄養がある」等とメールを送るなどしている。被告人のこのような言動は,両親がAを病院へ連れて行くことを妨げようとするものであり,上記期待とは全く相容れず,そのような期待を被告人が持っていたとは到底考えられない。 (4) 弁護人は,Aが死亡すればBらから金を出させることができなくなるので,殺意はない旨主張する。しかし,治療開始前に,既に数百万円に上る金銭をBらから得ていること等を考えると,その主張は説得的ではない。 なお,ハネムーン期について付言しておく。Aの主治医は,平成27年3月の再入院に至る過程において,1型糖尿病であっても,Aの体内からインスリンが出ていた可能性(いわゆるハネムーン期)がある旨証言する。しかし,主治医の証言によれば,そもそも当時のAにハネムーン期があったか否かの検査をしておらず,真実ハネムーン期であったか否かは不明である。また,主治医や糖尿病医療の専門家の証言によれば,ハネムーン期にはインスリンが出るにしても量は微量に過ぎず,これによって生命を維持し続けることはできないこと,むしろ,Aが1週間以上にわたって生命を維持し続けることができた理由は,A自身の生命力の強さ,水分補 - 14 -給の多さ,糖分摂取の少なさ等,他に理由があったことが認められる。そして,両親は被告人の治療の力を信じた根拠としてハネムーン期の存在 とができた理由は,A自身の生命力の強さ,水分補 - 14 -給の多さ,糖分摂取の少なさ等,他に理由があったことが認められる。そして,両親は被告人の治療の力を信じた根拠としてハネムーン期の存在を挙げてはおらず,被告人もこれをもって自らの治療の力があった旨の発言も主張もしていない。したがって,ハネムーン期の存在は,両親が被告人の治療の力を信じた根拠にも,被告人の殺意を否定する理由にもならない。 8 以上より,上記6記載の推認を妨げる特段の事情は認められず,そうだとすれば,被告人は,インスリンの不投与にはAが死亡する現実的危険性があると知りながら,インスリンを投与しないよう指示をし,かつこれを継続したのであるから,インスリン不投与によるAの死亡を認識し認容していたものと認められる。 9 ところで,両親にも殺意が認められるであろうか。 (1) Bの場合上記六1(4)記載のとおり,Bは,Aの人生を守るため,1型糖尿病を完治させたいとの一心から,被告人のインスリン不投与の指示こそがAの1型糖尿病を完治させる治療であると信じたがゆえに,その指示に従ったものと認められる。 したがって,殺意といった故意は認められない。 (2) Cの場合ア Cは,平成26年11月半ばにAが1型糖尿病と診断されて入院した当時,主治医らから,インスリンを投与しなければ意識障害となって救急車で病院へ連れて来られる場合もある旨説明されたものの,Aが死亡する危険性があるとの説明までは受けていなかった旨証言する。主治医も同様の証言をしている。 したがって,Aの1型糖尿病発症当時,Cが,インスリン投与をしなければAが死ぬ可能性を認識していたとは断定できない。 イ Cは,平成27年3月半ばのAの再入院当時,主治医らから,前記アと同趣旨の説明に加えて,インスリンを投与 症当時,Cが,インスリン投与をしなければAが死ぬ可能性を認識していたとは断定できない。 イ Cは,平成27年3月半ばのAの再入院当時,主治医らから,前記アと同趣旨の説明に加えて,インスリンを投与するよう強く言われ,インスリンを投与しなければ,障害が残る可能性もあるとの説明を受けはしたものの,Aが死亡する危険性があるとの説明までは受けていなかった旨証言する(なお,Bは足を切断 - 15 -しなければならなくなる事態に陥るとの説明を受けた旨証言する。)。この証言は,同様の証言をする主治医の証言と整合する。また,Cが,同年4月6日頃,Aへのインスリン不投与を決断するに当たり,Aが1型糖尿病を発症した当時の病状や同年3月半ばの再入院当時の病状に陥るのではないかと危惧した際,Bに対し,Aの死亡ではなく,Aが障害者となることを危惧する程度のメールしか送信していないこと(証人Cの証人尋問調書添付の両親のLINEのやりとりを撮影した写真)にも裏付けられている。 ウしたがって,Cは,インスリンの不投与が,Aが障害者となってしまったりするような重篤な事態に陥る危険性があるとの認識は有していたものの,Aが死亡する危険性があるとまでの認識を有していたとは認めがたい。 エとはいえ,Cは,①上記六2記載のとおり,被告人の治療については半信半疑だったのであり,被告人のインスリン不投与の指示を治療と信じ切ってはいなかった疑いがあること,及び,②上記イ記載のとおり,インスリンの不投与によりAの病状が重篤な事態に陥るであろうことを危惧し,現に平成27年4月7日のインスリン不投与以降のAの容態の悪化を認識しながらも,インスリン投与や病院へ連れて行くなどしなかったことが認められる。 したがって,殺意は無いとしても,保護責任者としての保護をしていない旨の認識と ンスリン不投与以降のAの容態の悪化を認識しながらも,インスリン投与や病院へ連れて行くなどしなかったことが認められる。 したがって,殺意は無いとしても,保護責任者としての保護をしていない旨の認識と認容はあったものと認められる。 第三法律評価(間接正犯か共謀共同正犯か)について一1 まず,Bは,主治医からインスリンを投与しなければAが死亡する危険性があるとの説明を受けてはいたものの,上記第二の六1(4)記載のとおり,1型糖尿病を完治させると断言する被告人を信じ切ってその指示に従ったものと認められる。息子の人生を守るため,1型糖尿病に罹患した息子を完治させたいとの思いから,これを実現できると言う被告人を信じようと考えた心情は,市民感覚としても十分に理解できる。すなわち,Bは,被告人の指示に従いさえすれば,インスリンを投与しなくても,Aの1型糖尿病が完治すると信じ込んでいた以上,その余の冷 - 16 -静で正常な判断が相当程度鈍った精神状況に陥っており,もはや被告人の指示以外の行動をとり難い心理状態にあったものと認められる。また,被告人にあっても,これまで確認してきたとおり,契約当初から自分の指示に従うよう約束させたり,折に触れて,自分の指示に従うよう,脅しめいた表現を織り交ぜながらBに申し向けたりしていたのであるから,被告人がBを自分の意のままに動くよう強いていたことは明らかである。 このような本件当時のBの心理状態と被告人の意図に照らせば,Bは,Aにインスリンを投与させないとの被告人の意思を心理的抵抗なしに実現に移したものであると同時に,被告人にも利用意思があったものと認められる。 したがって,Bはいわば道具であるとともに,被告人にもその旨の認識があった以上,Bとの関係においては,被告人にインスリン不投与という実行行為の間接 時に,被告人にも利用意思があったものと認められる。 したがって,Bはいわば道具であるとともに,被告人にもその旨の認識があった以上,Bとの関係においては,被告人にインスリン不投与という実行行為の間接正犯が認められる。 なお,Bは,Aが死亡する5日前,Aの通院予定日であったにもかかわらず病院に連れて行かなかったことがあり,その際,心配して電話をかけてきた主治医に対し,通院しなかった理由や,インスリンを投与しているなどと嘘を述べている。これ自体については被告人の指示を受けていたわけではないことから,この嘘がBの道具性を否定し得る事情かどうかを検討する。Aを病院に連れて行かないことやインスリンを投与しないことは,医療水準からおよそ外れた,Aが死亡する現実的危険性のある行為そのものであって,通常であれば親はとり得ない行為である。しかし,Bは,Aの完治を願い,かつ信じていたのであって,主治医に対して嘘を述べたことは,むしろ,被告人からの影響力の強さを示すものであり,Bが道具であることと矛盾しない。したがって,Bの道具性は否定されない。 2 他方,Cは,上記第二の六2(2)記載のとおり,Aへのインスリンの不投与が治療であるか否かについて半信半疑であったこと,被告人の指示に従いたいとの妻であるBの強い思いを受け入れざるを得ずにAへのインスリン不投与を決断したこと,が認められる。そうすると,Cは,被告人の指示や言動による影響を相当 - 17 -程度受けてはいたものの,その程度はBほど大きくはなく,Aにインスリンを投与するとか,Aを病院へ連れて行くといった行動をとることは不可能ではなかったものと認められる。 3 以上を踏まえると,被告人がBを道具として利用したと認定することはできるものの,Cを道具として利用したとまで認定することには躊躇を覚 た行動をとることは不可能ではなかったものと認められる。 3 以上を踏まえると,被告人がBを道具として利用したと認定することはできるものの,Cを道具として利用したとまで認定することには躊躇を覚えざるをえない。 二そこで,道具とは認定できないCとの関係を検討する。 1 関係各証拠によれば,被告人は,①Aの1型糖尿病を完治させてもらいたいとの両親の依頼に応じてその旨の契約を結び,Aの治療を引き受けた者であること(「願書」等),②その治療に絡み数百万円に上る多額の金銭を得ていること(銀行口座の履歴等),③Bに対し,日頃,電話やメール等で,病院の治療は害悪であるとか,インスリンは毒であると申し向ける等して,さまざまなことがらについて,自らの指示に従うよう積極的に働きかける中(各メールの履歴等),従前Aにインスリンを投与していた両親に対し,その不投与を指示したこと,が認められる。 そうすると,Aへのインスリンの不投与の指示は,病院では行わない方法によって難病を治すことができると標榜する被告人の思いを実現しようとの積極的な働きかけのひとつであったと認められる。 2 したがって,被告人の上記指示は,Aへのインスリンの不投与という殺人の実行行為に対して初動的かつ主導的に強い影響を与えたものとして,正に正犯の行為と評価すべきである。また,Aにインスリンを投与しないとの被告人の指示は,Bを通じてCに伝わり,Cがその指示に従う決断をしたのであるから,順次共謀となる。そして,被告人は,インスリンの不投与という実行行為自体は行っていないから,Cとの関係で,共謀共同正犯となる。 なお,C自身については,上記第二の七9(2)記載のとおり,殺意は認められず保護責任者遺棄の認識・認容にとどまることから,保護責任者遺棄致死の限度で共 - 18 -謀が 共謀共同正犯となる。 なお,C自身については,上記第二の七9(2)記載のとおり,殺意は認められず保護責任者遺棄の認識・認容にとどまることから,保護責任者遺棄致死の限度で共 - 18 -謀が成立することとなる。 三したがって,本件は,Bとの関係では間接正犯が,Cとの関係では共謀共同正犯が成立する。 第四よって,判示事実が認定できる。なお,間接正犯も共謀共同正犯(刑法60条)も,他人を利用して自己の犯罪を実行するという点で共通するところ,本件の場合のように,他人に対し指示・命令し,その者がこれに従うという形態においては,間接正犯か共謀共同正犯かの違いは,その他人が意思を抑圧されて他の行為に及ぶことができない,いわゆる道具となっているか否か,という点にある。そうすると,指示・命令及びこれへの随従が認められる以上は,少なくとも共謀共同正犯は成立することとなるが,なおそれ以上に,他人が上記のような道具と化していると認められる場合には間接正犯が成立する,という構造になる。逆に言えば,本件のような犯罪形態にあっては,間接正犯が成立する場合には,その前提として指示・命令及びこれへの随従といった共謀が内包されていることとなる。そうすると,本件においては,間接正犯の訴因の中に共謀共同正犯の訴因も含まれているから,間接正犯の訴因について縮小認定として共謀共同正犯の訴因を認定することは許容されるものと解する。しかも,本件においては,主位的に間接正犯の訴因が主張されているにとどまらず,予備的に共謀共同正犯の訴因も主張されている上,現に,弁護人も被告人も,予備的訴因を否認する旨の主張・反証活動を行っているのであるから,被告人及び弁護人に対する防御上の不意打ちとはならない。以上より,当裁判所は,主位的訴因である間接正犯の訴因を基にして判示事実を認定し 予備的訴因を否認する旨の主張・反証活動を行っているのであるから,被告人及び弁護人に対する防御上の不意打ちとはならない。以上より,当裁判所は,主位的訴因である間接正犯の訴因を基にして判示事実を認定した。 (法令の適用) 1 罰条刑法60条(ただし,保護責任者遺棄致死の範囲で),199条 2 刑種の選択有期懲役刑を選択 3 未決勾留日数の算入同法21条 4 訴訟費用の処理刑事訴訟法181条1項ただし書 - 19 -(量刑の理由) 1 本件が,1人を殺害した事案(前科・減軽事由なし。検察官は,「凶器なし」「被害者の落ち度なし」「示談等なし」を検索条件に加えるべきと主張するが,さしたる意味を有さず,むしろデータ量が少なくなり,相当ではない。)の量刑傾向の中でどのように位置付けられるかを検討する。 2 まず,犯情を検討する。 (1) 違法性をみるに,1型糖尿病に罹患する被害者に対してインスリンを投与しない行為は,死亡する危険性の極めて高いものである。また,被害者は,約20日間の長きにわたり,徐々に衰弱し,最後は自力で動くこともできなくなって亡くなった。その間の肉体的な苦痛は相当なものであったと推認される。そして,最も頼るべき両親がそばに居る中で,このような容態に陥り,最後は母親の目前で声も出せずに亡くなった。犯行態様は残酷というほかない。被告人が,母親の意思を抑圧するとともに,父親に対する関係でも,その意思を抑圧したとまではいえないにしても主導的立場にあったことを踏まえると,犯行態様の悪質性は高い。もっとも,被告人自身は直接手を下してはおらず,父親が息子である被害者の容態の悪化を快復に向かわせる保護責任を果たさずにインスリン投与をしなかったことも考慮すれば,違法性の程度は,上記量刑傾向の中にあ とも,被告人自身は直接手を下してはおらず,父親が息子である被害者の容態の悪化を快復に向かわせる保護責任を果たさずにインスリン投与をしなかったことも考慮すれば,違法性の程度は,上記量刑傾向の中にあって,特段に重いとまではいえない。 (2) 責任をみるに,被告人は,少なくとも約20日間の長きにわたって殺意を維持し続けたのであって,強く非難されるべきである。しかし,殺意は,意欲的でも確定的でもなく,あくまでも被害者に定期的にインスリンを投与しなければ死亡するおそれがあることを知っていた程度の未必の殺意に止まる。とはいえ,本件犯行に及んだ動機は,難病治療ができるとしてきた自分の権威や生活を守ることや,金銭を得ようとするものと認められるのであって,およそ理解しがたい身勝手さである。したがって,非難の程度は相応に高い。 (3) 以上を踏まえると,本件犯情は,同種事案の中において,中程度からやや重い部類までの幅(懲役12年から16年まで)に属する。 - 20 - 3 そこで,この幅の中で,一般情状を検討するに,被告人は当公判廷において不合理な弁解に終始し,被害者の両親を愚弄するなど,反省の態度を全く示してもいない。そのほかに検討すべき一般情状は認められない。 4 そこで,主文のとおり,刑を量定するとともに,被告人の公判前整理手続中の応訴態度等を踏まえて算入すべき未決勾留日数を定めることとした。 (求刑-懲役15年)平成29年3月31日宇都宮地方裁判所刑事部裁判長裁判官佐藤 基 裁判官片岡理知 裁判官角田悠貴 裁判官角田悠貴
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