令和7年1月23日宣告令和5年(う)第70号判決 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中670日を原判決の刑に算入する。 理由 第1 控訴趣意等 1 本件控訴趣意 主任弁護人U、弁護人V及び同Wの控訴趣意は、原判決が呼称する標章3事件(原判示第2の1(放火事件)、同2(b3事件)及び同3(b4事件))につき、無罪である被告人を有罪とした点、また、元警察官事件(原判示第1)、看護師事件(原判示第3)及び歯科医師事件(原判示第4)につき、傷害罪の限度でのみ犯罪が成立するのに組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)の罪の成立を認めた点に関する、原 判決の事実誤認を主張するものである。加えて、弁護人は、看護師事件、歯科医師事件及び標章3事件につき、原裁判所が証人の採用決定を取り消し証人尋問を実施しなかった点に関する訴訟手続の法令違反も主張している。これらに対する検察官の答弁は、控訴趣意にはいずれも理由がないから本件控訴は棄却されるべきである、というものである。 そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討する。 2 本件の概要等被告人は、各事件の当時、北九州市に拠点を置き、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律所定の指定暴力団であり、平成24年12月27日以降は同法所定の特定危険指定暴力団である五代目甲會において、理事長の地位にあるととも に、主要二次団体である丙組の組長を務めていた。 本件は、①平成24年4月19日、現役時代に甲會の事件の捜査を担当していた元警察官の男性が拳銃で撃たれて傷害を負ったが殺害されるには至らなかった事件(原判示第1。「元警察官事件」)、②平成 本件は、①平成24年4月19日、現役時代に甲會の事件の捜査を担当していた元警察官の男性が拳銃で撃たれて傷害を負ったが殺害されるには至らなかった事件(原判示第1。「元警察官事件」)、②平成24年8月14日、多数の飲食店等が入居しているビル2棟が放火された事件(原判示第2の1。「放火事件」)、③平成24年9月7日、「b3」というラウンジ(以下、単に「b3」という。)を経営していた女性 (原判決別紙2記載のA。以下、アルファベットの人名は同別紙のとおり。)が刃物で切り付けられるなどして傷害を負い、それを制止しようとしたタクシー運転手の男性Bも刃物で切り付けられて傷害を負ったが、両名とも殺害されるには至らなかった事件(原判示第2の2。「b3事件」)、④平成24年9月26日、「クラブb4」(以下、単に「b4」という。)の営業部長を務めていた男性が刃物で刺されて傷害を負っ た事件(原判示第2の3。「b4事件」。「放火事件」及び「b3事件」と併せたのが「標章3事件」)、⑤平成25年1月28日、甲會総裁X1の担当看護師であった女性が刃物で刺されるなどして傷害を負ったが殺害されるには至らなかった事件(原判示第3。「看護師事件」)、⑥平成26年5月26日、歯科医師の男性が刃物で刺されるなどして傷害を負ったが殺害されるには至らなかった事件(原判示第4。「歯科医師事 件」)につき、被告人が共謀共同正犯として起訴された事案である。 原審において、弁護人は、全ての事件につき共謀を欠くなどとして無罪を主張したが、原判決は、被告人を全事件につき有罪として無期懲役に処した。なお、原判決は、その「事実認定の補足説明」において、標章3事件(②ないし④)とその他の3事件(①、⑤、⑥)を分けて論じている。また、既に述べたとおり、当審にお いて として無期懲役に処した。なお、原判決は、その「事実認定の補足説明」において、標章3事件(②ないし④)とその他の3事件(①、⑤、⑥)を分けて論じている。また、既に述べたとおり、当審にお いては、後者に関し、共謀を認めた点への事実誤認の主張はない。 そこで、以下、訴訟手続の法令違反、標章3事件に関する事実誤認、その他の事件に関する各事実誤認の順で、弁護人の主張を順次検討する。 第2 訴訟手続の法令違反の控訴趣意について所論は、原裁判所は、原審検察官請求証人のうち、令和3年5月7日に3名(甲 人27,28及び32)の、同年6月14日の第23回公判期日において5名(甲 人37、38、43、47及び49)の、同年8月16日に13名(甲人57、60、69、71、76、78、79、80、87、90、91、92及び94)の各採用決定をいずれも必要性なしとして取り消した(以下、「本件各取消決定」という。)が、これらはいずれも検察官が必要であるとして請求した証人であるとともに、弁護人も積極的に証人尋問を実施されたいという趣旨で「しかるべく」との意見を 提出したものであり、反対尋問は被告人の防御にとって極めて重要であるから、原裁判所が当事者双方の意見に反してまで取り消すのは許されない、という。また、公判前整理手続に付された事件では、やむを得ない事由がない限りその手続終了後は新たな証拠調べを請求することができないものとされ(刑訴法316条の32第1項)、かつやむを得ない事由の存在の疎明は実務上厳格に要求されていることから すれば、裁判所による採用決定の取消しを職権で自由になし得るというのは、余りに片面的な解釈であり、本件各取消決定は本件が公判前整理手続に付された趣旨を没却し、同項に違反するもので到底許されない、ともいう。 、裁判所による採用決定の取消しを職権で自由になし得るというのは、余りに片面的な解釈であり、本件各取消決定は本件が公判前整理手続に付された趣旨を没却し、同項に違反するもので到底許されない、ともいう。 しかし、審理の進展により証拠調べの必要がなくなった証拠について、当事者が反対している場合であっても裁判所がその採用決定を取り消し得ることは、公判前 整理手続で採用された証拠であっても変わりがないというべきである。そこで、本件各取消決定が裁判所の証拠採否の裁量を逸脱するかを検討するに、所論の指摘する各証人のうち、請求者たる原審検察官が取消不相当と述べたのは甲人60及び76のみである一方、原審弁護人は、その余の証人採用決定の取消しについては異議を述べたがこれらについてはしかるべくとの意見を述べていた(検察官の令和3年 4月26日付け、同年6月2日付け及び同年7月30日付け各意見書、主任弁護人の同年5月6日付け、同年6月7日付け及び同年8月10日付け各「証拠採用取消しの当否に係る意見書」)のであり、本件各取消決定に係る各証人の立証趣旨、取調済みの書証等の内容、既に行われた証拠調べ状況等も考慮すれば、本件各取消決定に、証拠採否に係る原裁判所の裁量の逸脱があるということはできない。 本件各取消決定に法令違反はなく、論旨は理由がない。 第3 標章3事件に関する事実誤認の控訴趣意について 1 罪となるべき事実の要旨及び論旨等原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、被告人が、⑴ 放火事件丙組事務所がある北九州市d 区内の、暴力団追放運動に賛同する者らが飲食店経 営の拠点とするビルに放火することを企て、ア Y1、Y2、Z1、Z2 及びZ3 と共謀の上、平成24年8月14日午前4時半頃(以下、第3の項で 区内の、暴力団追放運動に賛同する者らが飲食店経 営の拠点とするビルに放火することを企て、ア Y1、Y2、Z1、Z2 及びZ3 と共謀の上、平成24年8月14日午前4時半頃(以下、第3の項での月又は月日は平成24年のもの)、現に10名がいた同区所在のa1 において、Z1 又はZ3 が、営業中の店舗のある同ビル3階に停止していたエレベーター内に灯油をまいた上、火をつけた発炎筒を投げ込んで火を放ち、同エ レベーターの天井及び開扉したエレベーター前の床面等に燃え移らせ、同エレベーターを全焼させるとともに3階エレベーター前床面の一部を焼損し(焼損面積約3. 2㎡)(原判示第2の1⑴。現住建造物等放火)、イ Y1、Y2、Y6、Z2 及びZ4 と共謀の上、同じ頃、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない同区所在のa2 において、Z4 が、同ビル3階に停止していた エレベーター内に灯油をまいた上、Y6 が、火をつけた発炎筒を同エレベーター内に投げ込んで火を放ち、その火を同エレベーターの内壁等に燃え移らせ、同エレベーターを全焼させて焼損した(焼損面積約1.7㎡)(原判示第2の1⑵。非現住建造物等放火)、⑵ b3 事件 b3 の経営者Aが、被告人を含む暴力団員の立入りを拒否するとともに、同旨の立入禁止の表示に関する標章制度に基づいて同店に標章を掲示したため、被告人の地位を知りながら軽んじる言動がAに現れたと捉え、これに加害することで丙組及びその頂点に立つ被告人の威勢や統制を保持し、また、同様の店からいわゆるみかじめ料を徴収するなどして支配する丙組の権益を維持・拡大する目的で、丙組組員で あるY1、Y2、Y3、Z1、Z4、Y7 及びZ5 と共謀の上、被告人の指揮命令に基づ いて、あらかじめ定められた任務分担 などして支配する丙組の権益を維持・拡大する目的で、丙組組員で あるY1、Y2、Y3、Z1、Z4、Y7 及びZ5 と共謀の上、被告人の指揮命令に基づ いて、あらかじめ定められた任務分担に従って、Y2 及びZ5 がAの行動等の確認を行い、Y1 の指示により加害前後の移動用自動車の手配をY3 及びY7 が担い、Z4が自動車手配時のY7 との電話連絡を担い、Z1 が加害の実行役を担当し、9月7日午前零時58分頃、北九州市d 区所在のマンション駐車場において、アタクシーを降車したA(当時35歳)に対し、Z1 が、殺害に至ってもやむを 得ないとする殺意をもって、刃物で左顔面を1回切り付け、臀部を1回突き刺したが、入院加療約114日間を要する左顔面切創、左顔面神経損傷、右臀部刺創等を負わせるにとどまり(原判示第2の2⑴。組織的殺人未遂及び不正権益維持・拡大目的殺人未遂)、イアの犯行を制止しようとする上記タクシーの運転手B(当時40歳)に対し、 Z1 が、同様の意思をもって、上記刃物で左側頭部等を切り付けたが、入院加療約14日間を要する左側頭部・左耳介・左頚部切創等を負わせるにとどまった(原判示第2の2⑵。アと同じ)、⑶ b4 事件地域の暴力団追放運動を推進し、標章制度に基づいて店舗に標章を掲示し、みか じめ料の支払をしないb4 の運営会社関係者に対する加害行為を計画し、Y1、Y2、Y5、Z1、Z5、Y7、Dと共謀の上、9月26日午前零時38分頃、北九州市d 区所在のマンション出入口前において、Dが、b4 運営会社取締役である当時54歳の男性(以下、第3の項で単に「被害者」というときは、同人を指す。)に対し、刃物で左臀部及び右大腿部を3回突き刺すなどし、よって、同人に入院加療15日間を 要する臀部・ 取締役である当時54歳の男性(以下、第3の項で単に「被害者」というときは、同人を指す。)に対し、刃物で左臀部及び右大腿部を3回突き刺すなどし、よって、同人に入院加療15日間を 要する臀部・大腿部刺創等を負わせた(原判示第2の3。傷害)、というものである。 ⑷ 論旨論旨は、標章3事件について、被告人の共謀を認めた点、また、b3 事件について、A及びBの双方に対し、実行犯たるZ1 の殺意を、更には被告人を含む指示者の殺 意をそれぞれ認めた点、Y2 の共謀を認めた点で、原判決には判決に影響を及ぼす ことの明らかな事実誤認がある、というものである。 そこで検討するに、原判決の判断には、被告人の共謀に関する説示につき一部是認できない点があるもののこの点は共謀を認めた結論に影響せず、また、その余の点には論理則、経験則等に照らして不合理な点はないから、その結論を是認することができる。さらに、Y2 の共謀を認めた点については、後に述べるとおり、事実誤 認の有無を検討するまでもなく論旨は理由がない。以下、所論に鑑み説明する。 2 被告人の共謀の点について⑴ 原判決の判断標章3事件に関し被告人の共謀を認定した原判決の判断は、概要、以下のとおり整理できる(原判決14ないし19頁)。 アまず、被告人を除く丙組組員らが、共謀の上、「罪となるべき事実」で認定した役割分担で標章3事件に関与したことが認定できる。標章3事件は、8月中旬から9月下旬までの短期間に立て続けに行われている。被害者らは暴力団追放運動を推進等する飲食店関係者等であるから、標章3事件が丙組の不正権益の維持・拡大を狙うものであると警察に見透かされて丙組が強い捜査の対象となり、組長である 被告人にも捜査が及ぶ可能性は、関与した丙組組 等する飲食店関係者等であるから、標章3事件が丙組の不正権益の維持・拡大を狙うものであると警察に見透かされて丙組が強い捜査の対象となり、組長である 被告人にも捜査が及ぶ可能性は、関与した丙組組員らにとっても自覚できる。標章3事件は計画的になされ、発覚の危険を極小化する意図がうかがわれるところ、そのような思慮が可能な丙組組員らが、影響を受け得る上位者の立場を無視して凶行を繰り返すという短慮に出たとは考え難く、また、結果として組内で責任を問われる可能性も甘受して独自に敢行したとも考え難い。被告人の意向が働いていなかっ たとするのは不自然、不合理である。 イ放火事件の被害を受けたうち、a2 には被告人行きつけの店が存在し、また、被告人が親交を有する者の経営店舗も存在していた。また、b3 事件はもちろん、放火事件でもb3 がa1 での主たる標的に含まれていたと解されるが、b3 はやはり被告人が客として訪れていた店舗で、経営者Aは前身の店の頃から被告人と贈り物のや り取りなどの付き合いを重ねており、丙組に届くみかじめ料の支払をしていた関係 性があったと認められる。さらに、b4 事件の被害者はb4 の営業部長であるが、被告人の元妻がb4 の従業員として働いていた時期が存在し、その後もb4 関係者と親しい付き合いがあったと認められ、また、b4 が含まれるビルには被告人行きつけの店が複数存在していた。 すなわち、標章3事件の被害者側には被告人と好意的な関係にあったものが含ま れているから、被告人を頂点とする丙組の組員が独自に標的とすることをためらうはずの対象であったと考えられる。被告人の意向を度外視して加害に及ぶことは、組員らにとって著しい不義理を働くことになりかねないのであり、被告人からの指示が存在したからこそ、 標的とすることをためらうはずの対象であったと考えられる。被告人の意向を度外視して加害に及ぶことは、組員らにとって著しい不義理を働くことになりかねないのであり、被告人からの指示が存在したからこそ、加害に及ぶことができたと推認できる。 ウ加えて、被告人は、標章制度の開始につき強い反感を示し、標章を貼付して いる飲食店の調査や貼付取りやめの働き掛けを指示するなどしていたと認められるし、b3 との関係では、Aが標章を貼付するほか、訪問を控えてもらえるよう面前で被告人に告知したという、被告人にしてみればその地位を軽んじる言動であると捉え得る事実が認定できる。これらは、被告人からの加害の指示があったなどの認定に沿うものである。 エ以上に照らせば、標章3事件全てにつき、被告人の共謀が認定できる。 ⑵ 当裁判所の判断所論は、①原判決が上記⑴アで説示する標章3事件の連続性及び丙組と警察との緊張関係について、種々の点を指摘して、各組員の手柄意欲や対抗心が暴発した結果被告人の意向を確認せず行われた犯行で、連続性はたまたまであった可能性があ る、②標章3事件に関する共謀を一括して検討している原判決の判断の在り方自体が誤りであり、悪性格証拠禁止法則にも反している、という。 しかし、標章3事件はいずれも複数の丙組組員が関与して計画的に行われており、丙組若頭であるY1 が共通して関与していると認められることに照らしても、所論①で主張されるように、これらがそれぞれ異なる者の主導により、偶然連続して行 われた、などとは容易に考え難い。また、原判決は、標章3事件相互の関係性や標 章3事件に共通する要素を重要な考慮要素として各事件における共謀を認定しているだけであるから、所論②は原判決を正解していない。これらの所論は採用 。また、原判決は、標章3事件相互の関係性や標 章3事件に共通する要素を重要な考慮要素として各事件における共謀を認定しているだけであるから、所論②は原判決を正解していない。これらの所論は採用できない。 もっとも、原判決が共謀認定の根拠の一つとする、組長である被告人に捜査が及ぶ可能性を認識できた丙組組員が被告人に全く無断で犯行に及ぶとは考え難い、と の点についてであるが、確かに、標章3事件が短期間に敢行されたことに照らせば、事後的にみた場合、警察がこれらを結び付けて、標章制度に端を発した丙組の組織的で連続的な犯行であるとの嫌疑を持つであろうことは十分に予測がつくから、丙組組員としても、組長である被告人に捜査が及ぶ可能性を考慮し、被告人の意向を確認した上で実行するのが自然である、とはいえる。しかし、当初から標章3事件 全てが計画されていたと認めるに足る証拠はない。また、個々の犯行だけを見た場合に、その内容や被害者の属性から直ちに丙組による組織ぐるみの犯行であると警察が断定し得る、すなわち被告人を強制捜査の対象とし得るものとまではいえず、かつ、原判決自身も説示するとおりいずれの犯行についても丙組への捜査を免れるための努力がなされていたと認められる。したがって、結局のところ、この点のみ では、各事件、とりわけ先行する放火事件やb3 事件の計画時において、丙組、さらには被告人にまで捜査が及ぶ可能性は低いとの見積もりで、被告人には意向確認すらなされなかった可能性がないとまではいえない。 そこで、個々の事件ごとに更に検討を加える必要がある。 ア放火事件及びb3 事件について 原判決は、b3 事件はもちろん、放火事件についてもb3 が主たる標的に含まれていたことを前提として、被告人との関係性に照らし、b3 及び がある。 ア放火事件及びb3 事件について 原判決は、b3 事件はもちろん、放火事件についてもb3 が主たる標的に含まれていたことを前提として、被告人との関係性に照らし、b3 及びその経営者Aは丙組組員にとって加害の標的とすることがためらわれる対象であったとして、この点を共謀認定の重要な根拠としている。 所論は、原判決が前提とする事実に関し、放火事件については、b3 と同フロアの 別店舗の出入口にも塗料の付着が認められることなどに照らせば、b3 を狙ったもの とは限らない、という。しかしながら、実行犯の一人であるZ3 は、その実行の際にb3 の標章にスプレーで塗料をかけるよう指示されていたと供述しており(放火甲149・25頁。なお、特に区別する必要がある場合を除き、被告人又は証人等の原審及び当審公判供述、別事件での公判調書中の供述部分、捜査段階における供述調書については、その別を問わず単に「供述」という。)、b3 が放火事件の主たる標的 に含まれていたことは明らかである。所論は採用できず、原判決がこの点を放火事件とb3 事件の共通点として捉えたことに誤りはない。 そこで次に、原判決が指摘する、b3 及びその経営者Aと被告人との関係性について検討する。 原判決は、被告人とAとの間で好意的な関係があった根拠として、Aは以前経営 していた店の頃から来店頻度の高い客である被告人との間で贈り物のやり取りなどの付き合いを重ねており、丙組に届くみかじめ料も支払っていたことなどを指摘する。しかし、同店は共同経営の店舗であったところ、Aは、同店舗を閉店し単独でb3 を開店して以降、暴力団組員の立入りを基本的に拒絶していた。Aは、贈り物のやり取りその他被告人との付き合いの多くをやめ、被告人がb3 に来店したのも1 であったところ、Aは、同店舗を閉店し単独でb3 を開店して以降、暴力団組員の立入りを基本的に拒絶していた。Aは、贈り物のやり取りその他被告人との付き合いの多くをやめ、被告人がb3 に来店したのも1回 のみであるなど、被告人とAとの交際関係も以前の店舗と同様ではなかった。そして、Aが直接みかじめ料を払っていたのも、丙組一門(丙組出身者を組長とする甲會二次団体であり、丙組と密接な関係を有する。)ではない甲會二次団体である戊組であった(以上は、放火甲153及びb3 甲144(同一内容の証拠)・10ないし15頁、Z9 証人尋問調書1頁、第55回公判被告人供述調書16頁)。これらの事 情に照らせば、放火事件当時まで被告人とAとの間で好意的な関係が継続的に存在していたと見るべき根拠は乏しい。加えて、原判決は、上記来店の後、別の料理店で偶然居合わせた際に、Aが被告人の席まで出向き、b3 への訪問は控えてもらえるよう告げた事実を認定し、これを「被告人にしてみればその地位を軽んじる言動が現れたと捉えられる事実」、すなわち被告人とAとの関係性をより悪化させる事実で あると評価してもいる(原判決18及び19頁)。被告人とAとの好意的な関係の存 在を根拠として原判決が被告人の共謀を認めた点は、前提と整合性を欠いているというべきであり、不合理で是認できない。 そこで更に、丙組組員が組長である被告人の了解なく放火事件及びb3 事件を敢行できたかについて検討すると、上記のとおり、Aは、b3 に関して、丙組同様甲會の二次団体であり、かつ丙組一門ではない戊組にみかじめ料を支払っていた。b3 及び Aに対する加害は、丙組対戊組という甲會二次団体間の対立を生じかねない行為であり、このような意味においては、丙組組員にとってb3 及びAは標的と はない戊組にみかじめ料を支払っていた。b3 及び Aに対する加害は、丙組対戊組という甲會二次団体間の対立を生じかねない行為であり、このような意味においては、丙組組員にとってb3 及びAは標的とするのをためらう対象であったといえる。加えて、被告人とAとの関係性をみても、上記のとおり、Aは被告人との関係を希薄化させており、その中で、「被告人にしてみればその地位を軽んじる言動が現れたと捉えられる事実」があったというのだから、b3 及 びAが標的に選ばれた理由の一つにその関係性が存在したことは当然に考えられる。 所論は、上記料理店でのやり取りに関するA供述の信用性につき種々述べるが、Aが被告人に対して訪問を拒否する旨を直接告げたという事実に争いはなく、かつ、軽んじられたと被告人が捉え得る言動であるとの原判決の評価も正当である。したがって、b3 及びその経営者Aが標的とされた点から、被告人の指示又は少なくとも 了解がなければ放火事件及びb3事件の実行は説明が著しく困難であるとした原判決の評価は、結論として是認できる。 なお、所論は、Y2 の供述等から、放火事件は筆頭若頭補佐から風紀委員長に序列が上がったばかりのY3 が手柄を立てようという気持ちから被告人のあずかり知らぬところでこれを主導したものであり、b3 事件も、異なる幹部がその功名心から 被告人とは無関係に起こした可能性がある、という。しかし、これまで述べたところに照らせば、被告人の意向確認すらなされずに、放火事件とb3 事件とがまったく別の意思決定により実施されたとは想定し難い。所論は採用できない。 以上のとおりであるから、放火事件及びb3 事件につき被告人の共謀が認められるとした原判決の結論に誤りはない。 イ b4 事件について (ア)所論は い。所論は採用できない。 以上のとおりであるから、放火事件及びb3 事件につき被告人の共謀が認められるとした原判決の結論に誤りはない。 イ b4 事件について (ア)所論は、原判決が、被害者が営業部長を務めるb4 に被告人の元妻が働いていた時期が存在し、その後もb4 関係者と親しくする付き合いがあったと認められることやb4が含まれるビルには被告人行きつけの飲食店が複数存在したと認められることを根拠としてb4 事件の被害者側に「被告人との間に好意的な関係のあった者が含まれている」と判断している点を論難する。 所論を踏まえて原判決の説示を見るに、被告人の元妻が独身時代にb4 で働いており、その後も被害者とは異なるb4 関係者と親しくしていたからといって、それを丙組組員が当然に把握し、かつ被害者を標的にすることを当然にためらう、とは言い難いし、b4 事件はビル自体を標的とし又はビルを舞台とした事件ではなく、b4 と同じビルに被告人行きつけの店があるからといって被害者を標的とすることを丙組組 員がためらう理由とはならないから、原判決が、b4 事件について、被害者側と被告人との関係性を理由として被告人の共謀を認めた点は不合理で是認できない。 (イ)そこで、更に検討する。 原審検察官は、実行犯であった丙組組長付Dが、自分のb4 事件への関与はY2 から指示されたものであるとした上で、①b4 事件発生当日(9月26日)の早朝、Y 2 から「親分に報告せないけんけ昨日のことを聞かしてくれ。」と言われて被告人方の前でY2 にb4 事件の顛末を報告すると、Y2 は被告人に報告してくると言って被告人方に入って行ったこと、②その後、出てきた被告人が「怖い事件があってるから気を付けないけんど。」と言っていたこと、を供述 2 にb4 事件の顛末を報告すると、Y2 は被告人に報告してくると言って被告人方に入って行ったこと、②その後、出てきた被告人が「怖い事件があってるから気を付けないけんど。」と言っていたこと、を供述している(b4 甲78・38頁)点を指摘し、この点も被告人がb4 事件を指揮命令したことを強く裏付けると主張し ていた(論告137及び138頁)。Y2 が事前に被告人に対して何ら報告をしないまま実行した上で、実行の報告だけは即座に行った、などとは考え難く、Dの供述する経緯は被告人の共謀を相当に推認させるものということができるため、同供述の信用性が更に問題となる。 このD供述について、弁護人は、X2 及び被告人の朝の動きが、被告人が組長付と 共に被告人方を出発して自動車でX2 方に向かい、X2 に挨拶をした後、X2 と被告 人が同所を出発して各自動車でX1 方に向かい、X1 に挨拶をするというものであったことを前提に、9月26日午前8時54分頃のY2 携帯電話の発信位置に照らせば、同日朝、Y2 は会長当番(X2 の運転手)を務めていたのであり、会長当番を務める場合には、一旦丙組の事務所に集合した上で、急な予定変更等にも対応できるよう被告人がX2 方を訪れる時間の40分前頃にはX2 方近くで待機するから、同日 朝にY2 が被告人方でDの報告を受けることはできず、また、Y2 はいずれにせよX 2 方等で被告人と会うのだから被告人方に行く必要もないのであって、事実に反する、と主張する。 しかしながら、会長当番と被告人は同じ頃にX2 方を訪れるというのである(原審第51回公判Y2 証人尋問調書22頁、第55回公判被告人供述調書66頁、当審 第2回被告人供述調書5、12頁)から、Y2 が被告人と同じ頃被告人方を出発してX2 を訪れるというのである(原審第51回公判Y2 証人尋問調書22頁、第55回公判被告人供述調書66頁、当審 第2回被告人供述調書5、12頁)から、Y2 が被告人と同じ頃被告人方を出発してX2 方に向かい、会長当番を務めること自体は可能である。したがって、問題は事前待機の点であるが、仮に通常の規律が弁護人の指摘するとおりであったとしても、丙組組員による市民の計画的な襲撃という重大事件であるb4 事件について、首尾を速やかに実行犯から聴取して組長に報告する必要がある場合にすら、それと異なる 行動が許されないとは解し難い。また、被告人による上位者への挨拶の場であるX 2 方等で、Y2 がⅮから事件の具体的な報告を受けた上で更に被告人に対し報告する機会を確保できるとも解し難い。上記発信位置を根拠としてD供述が事実に反するという弁護人の主張は採用できない。そして、Dが、上位者たるY2、さらには被告人にまで不利益な虚偽供述をする動機は見出し難いから、Dの上記供述は信用する ことができる。 (ウ)b4 事件の場合は、既に放火事件及びb3 事件が近接して発生していたから、警察がこれらと結び付けて標章制度をきっかけとした連続的な犯行であると認識する可能性は放火事件等単体より高い。加えて、丙組組長付の立場にあったDが実行犯に選ばれている点も踏まえれば、b4 事件は、丙組、更には被告人にまで捜査が到 達する可能性の高さという観点においては、放火事件等と比しても、被告人の意向 確認すらなしになされることがより考え難いものであるといえる。その上で、D供述から認定できる上記Y2 及び被告人の言動も併せ考慮すれば、被告人の共謀が認められるとした原判決の結論に誤りはない。 ウその他の所論所論は、その他、標章3事件に関する被告人の その上で、D供述から認定できる上記Y2 及び被告人の言動も併せ考慮すれば、被告人の共謀が認められるとした原判決の結論に誤りはない。 ウその他の所論所論は、その他、標章3事件に関する被告人の共謀につき縷々主張するが、以上 の判断を左右し得るものは存在しない。 エ小括以上のとおりであるから、標章3事件全てについて被告人の共謀を認めた原判決の結論は是認することができる。 3 Z1 のAに対する殺意の点(b3 事件)について ⑴ 原判決の判断原判決は、Z1 が実行犯であるとの認定(Z1 は関与を否定していた。)を前提に、概要、以下のとおり説示して、b3 事件に関しZ1 のAに対する未必的な殺意を認定した(原判決19ないし21頁)。 Z1 の最初の加害行為は、Aに身構える余裕を与えないまま、振り返ったAの左 顔面辺りに対し、上から下に大きく振り下ろすようにして鋭利な刃物の刃先を突き刺し、長さ約20cm、深さ約5cmの切創を負わせる力で切り付けたものである。 重要な血管や神経が集まる頭部や頚部を切り裂く可能性が非常に高いものであり、状況から見て、Z1 は当初からこの危険な加害行為を狙っていたと認められる。加えて、臀部に深さ約10cmの刺創が存在するから、最初の加害行為にとどまらず、 更に刃物で身体に深い傷を負わせようとする加害行為がなされている。 弁護人は、本件で用いられた刃物の刃体が覆われていて刃先がわずかしか出ていなかったかのように述べる共犯者らの供述を指摘して殺意を争うが、これらの供述は受傷状況に整合しない。 Z1 は、Aに対する加害行為時、死亡に至らせることも容認する意思を有していた と認められる。 ⑵ 当裁判所の判断アまず、Aの左顔面切創は、左側頭部(眉より更に頭 しない。 Z1 は、Aに対する加害行為時、死亡に至らせることも容認する意思を有していた と認められる。 ⑵ 当裁判所の判断アまず、Aの左顔面切創は、左側頭部(眉より更に頭頂部に近い髪の生え際)から左頬にかけて走る、長さ約20cm、深さ約5cmの傷で、左側頭骨の一部が損傷しているというものであったと認められる(b3 甲9、甲161・1ないし5頁)ところ、損傷の部位および程度に照らせば、このような切創を生じさせる行為は、 通常、原判決が説示するとおり、重要な血管等が集まる頭部等を切り裂く可能性の非常に高い危険なものであり、行為者には少なくとも未必的な殺意があるといえる。 しかし、所論は、Z1 の加害行為の危険性について種々の点を指摘し、その殺意を否定しているから、以下、検討する。 イ所論は、①Z1 は、原判決後に自らが実行犯であることを認め、指示されて実 行した経緯を陳述しているところ、Z1に対する指示は「尻を刺して、頬をはつる。」、「怪我をさせるだけで絶対殺してはいけない。」、「酷く怪我をさせてもいけない。」などというものであり、また、Z1 は、その指示を受けて、本件に用いた出刃包丁の刃先を三、四cmだけ出し、その他の刃の部分を厚紙で覆い、布テープで何重にもぐるぐる巻きにするという細工を施しているのだから、未必的な殺意すらなかった、 という。そして、原判決は、凶器に細工がされているのを見たとの共犯者らの供述に関して、右臀部刺創の深さが約10cmであるとの認定を前提に、その受傷状況と整合しない旨を説示しているところ、所論は、②原判決の依拠する医師の供述について、傷の長さはメジャーで計測したのに深さは指を入れて計るという異様な計測方法をしたという供述であり、計測場面の写真もない、初診記録表で深さを「 いるところ、所論は、②原判決の依拠する医師の供述について、傷の長さはメジャーで計測したのに深さは指を入れて計るという異様な計測方法をしたという供述であり、計測場面の写真もない、初診記録表で深さを「正 確には不明」「手指全長程度」と記載していることから目測によって推測したものと解され、指で計測したというのは勘違いであるから、信用できない、③右臀部刺創に相当する部分のインナーの傷は長さ3.2cm、アウターの傷は長さ3.5cmである一方で、弁護人らが創傷の形成状況を検証するため実施した実験に用いた出刃包丁を計測したところ、刃先から4cm、5cm、10cm地点の刃体の各幅が 3.2cm、3.7cm、4.8cmであったから、刃先を4cm程度だけ出した というZ1 の陳述に整合し、他方で傷の深さが約10cmであるとすれば上記衣類の傷の長さと整合しない、として、右臀部刺創の深さを前提とした原判決の上記説示を論難する。さらに、最初の加害行為が左顔面に対するものであるという原判決の説示についても、所論は、④Aは尻を刺されたと供述しておらず、Z1 の陳述するとおり、Z1 の最初の加害行為は左顔面切創を生じたものではなく、Aが刺されたこ とに気付かないほど素早くかつ弱い力で右臀部を刺したというものである、という。 ウしかしながら、右臀部刺創に関する所論②③についてみると、まず、生体に生じている刺創(創口は比較的小さい)の深さを計る際にメジャー等を用いることは通常困難であって、指で計ったというのは不自然でないし、その計測結果を写真撮影することも当然不可能である。初診記録表も、所論に照らしても「手指全長程 度」の後に「骨(こ)が触れる」と記載されていたというのだから、むしろ指で計ったことに整合的である。その上で、医師は、自分の ことも当然不可能である。初診記録表も、所論に照らしても「手指全長程 度」の後に「骨(こ)が触れる」と記載されていたというのだから、むしろ指で計ったことに整合的である。その上で、医師は、自分の中指の長さが「おおむね8センチ程度」(b3 甲161・2頁)であり、「もう一息押し込んだところまで」(同11頁)傷が存在した、と供述しているのだから、深さが約10cm程度という同医師の判断は合理的といえる。同医師の供述の信用性に関する所論②は採用できない。 また、b3 事件で用いられた凶器は発見されておらず、弁護人らが実験に用いたとする特定の出刃包丁と同様の形状・幅であったかは定かでないのだから、衣類の傷の長さに関する所論③は、上記医師の供述に疑問を生じさせ得るものではない。上記医師の供述に依拠してAに約10cmの深さの右臀部刺創が生じていたと認めた原判決の認定判断に誤りはない。 エ以上を踏まえて、Z1 の陳述を前提とする所論①④を更に検討する。 凶器への細工等に関する所論①は、そのような細工が凶器になされていたのであれば深さ約10cmという右臀部刺創は容易に生じ得ないと解されるから、原判決も説示するとおり、客観的な受傷状況に整合しない。また、暴行態様・程度に関する所論④についても、右臀部刺創が、その深さの点に加え、皮膚がかなり厚く皮下 脂肪や筋肉等がある部位にあって、かなり大きな力で刺突しなければその深さに達 しないであろうと、上記医師が説明している(b3 甲161・12頁)ことに照らせば、やはり受傷状況に整合しない。なお、右後ろに人気ひとけを感じて振り向こうとした瞬間に左側の頭に強い衝撃が来た、とするAの供述(b3甲144の37及び38頁)に照らしても、最初の加害行為は左顔面に対するものであり、かつ、そ 。なお、右後ろに人気ひとけを感じて振り向こうとした瞬間に左側の頭に強い衝撃が来た、とするAの供述(b3甲144の37及び38頁)に照らしても、最初の加害行為は左顔面に対するものであり、かつ、その後に刺されたからこそ臀部被害は記憶にないと解するのが自然である。したがって、所論① 及び④が前提とするZ1 の陳述は、その所論に照らしても信用し難いものである。所論①及び④は前提を欠き、採用できない(以上の理由から、当裁判所は、弁護人によるZ1 らの証人尋問請求についても、必要性がないものと判断した。)。 オなお、所論は、Z1 の殺意について、その他縷々主張するが、主張自体失当なもの、Z1 の陳述を前提とするもの等であり、以上の判断を左右しない。 カ Z1 の加害行為の危険性に関する原判決の評価は正当であり、この点からAに対する未必的な殺意を認めた原判決の判断に誤りはない。 4 Z1 のBに対する殺意の点(b3 事件)について⑴ 原判決は、概要、以下のとおり説示して、Z1 のBに対する未必的な殺意を認定した(原判決20頁)。 Z1 は、制止に入ったBの左頚部にも長さ約12cm、深さ約2cmの切創を含む受傷をさせているところ、Z1 からは奥まった位置にあるBの頚部に程度の重い受傷があるのであるから、単にBを威嚇しようとしたなどではなく、刃物で能動的に加害しようとしたと認められる。 Z1 はAの死亡を容認する意思を有していたと認められるところ、Bに対しても その制止の動きを見てAに対するものと同様の加害行為に及ぶこととしたと認められるから、Bの死亡を容認する意思を有していたと認められる。 ⑵ 所論は、Z1 にBを殺害する動機はないとした上で、Z1 の陳述に依拠し、Z 1 は、Bが向かってくることを予想だにしておら たと認められるから、Bの死亡を容認する意思を有していたと認められる。 ⑵ 所論は、Z1 にBを殺害する動機はないとした上で、Z1 の陳述に依拠し、Z 1 は、Bが向かってくることを予想だにしておらず、凶器を持った手を掴まれそうになったので振り払うように手を払っただけであるから、殺意はない、という。 しかしながら、手を掴まれそうになったため振り払うという動作で、左頚部に上 記のような負傷が生じるとは解し難い。また、動機の点については、Z1 のBに対する攻撃は、BがZ1 によるAに対する加害を制止しようとした際に、この制止を排除して、Aに対する加害を完遂し逃走するためにとった行動なのであるから、Aに対する殺意が認められる以上は、Bに対する殺意を認めるにも十分である。所論は採用できず、Z1 のBに対する未必的な殺意を認めた原判決の判断に誤りはない。 5 被告人を含む指示者の殺意の点(b3 事件)について原判決は、Z1 にA及びBに対する殺意が認められることを前提に、連携して計画的に実行されたb3 事件について、加害行為の態様や程度がZ1 の独自の選択に任されていたとは考えられない、などと説示して、被告人を含む指示者のA及びBに対する殺意を認めた(原判決21頁)。 所論は、①実行犯に殺意が認められたとしても、指示者の指示内容を一切捨象して指示者らの殺意を推認することは甚だしい論理の飛躍である、②Bに関しては、BがZ1 に向かってくると想定できる事情を認識して初めて、指示者の殺意が認められる、という。しかし、①については、上記3で示したように、所論も結局Z1 が指示者に従って犯行に及んだことを前提としてその指示内容に関する主張をしてい るのであって、加害行為の内容につきZ1 が独自に判断できた具体的な可能 は、上記3で示したように、所論も結局Z1 が指示者に従って犯行に及んだことを前提としてその指示内容に関する主張をしてい るのであって、加害行為の内容につきZ1 が独自に判断できた具体的な可能性を特段指摘しておらず、記録上も、Z1 が指示と異なる加害行為をしたと疑わせる事情はない。実行する加害行為の態様や程度について、Z1 の独自の選択に任されていたとは考えられないとする原判決の判断に、誤りはない。また、Bに関する所論②については、屋外で他人を害するという計画なのであるから、その際にこれを制止 しようとする第三者が現れ、その妨害を排除するという事態が生じることは、指示者においても当然想定できる。所論は採用できない。 6 Y2の共謀を認めた点(b3事件)について所論は、原判決がY2の関与を認めた根拠としている各供述は信用できないとして、種々の点を主張する。しかし、共犯者間でも被告人が最上位者であり、かつ、Y2よ り上位者であるY1らを含む多数の丙組組員が関与したことが認められるb3事件にお いて、Y2の関与の有無は、被告人の共謀の有無にも犯情にも特に影響しない。その関与につき詳細に検討するまでもなく、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認はない。 7 小括論旨は理由がない。 第4 元警察官事件に関する事実誤認の控訴趣意について 1 罪となるべき事実の要旨及び論旨等⑴ 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、甲會総裁であるX1及び同會会長であるX2が、被害者である警察官(以下、第4の項では同人を「被害者」という。)にX1らの地位を知りながら軽んじる言動が現れたと捉え、これに加 害することで甲會及びX1らの威勢や統制を保持するため、退職後の被害者に対する加害行為を計画し、 では同人を「被害者」という。)にX1らの地位を知りながら軽んじる言動が現れたと捉え、これに加 害することで甲會及びX1らの威勢や統制を保持するため、退職後の被害者に対する加害行為を計画し、X1、X2、Y1、Y2、Y3、Y7のほか、丙組組員であるY4、Y5、Y6及びY8と被告人が共謀の上、X1の指揮命令に基づいて、あらかじめ定められた任務分担に従って、法定の除外事由がないのに、平成24年4月19日午前7時5分頃、北九州市c区の路上で、Y4が、当時61歳の 被害者に対し、殺害に至ってもやむを得ないとする殺意をもって、自動装てん式拳銃(以下、「本件拳銃」という。)で弾丸2発を発射し、その左腰部及び左大腿部に1発ずつ命中させたが、約1か月間の入院及び通院加療を要する左股関節内異物残留、左大腿部銃創を負わせるにとどまり、また、先の発射行為の後、本件拳銃で、地面に向けて弾丸1発を発射し(原判示第1の1。組織的殺 人未遂、組織的拳銃発射)、その際、本件拳銃1丁を、適合実包3発と共に携帯して所持した(原判示第1の2。組織的拳銃加重所持)、というものである。 ⑵ 論旨は、実行犯であるY4及びその直接の指示者であるY1の各殺意を認めた点、被告人の殺意を認めた点並びにX1及びX2の共謀を認定した点で、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というものである。 そこで検討するに、Y4、Y1及び被告人の各殺意を認め、更にX1及びX2の共謀 を認定した原判決の判断は、論理則、経験則等に照らして不合理な点はなく是認することができる。以下、所論に鑑み説明する。 2 Y4及びY1の殺意について⑴ 原判決の判断原判決は、概要、以下のとおり説示して、Y4及びY1の殺意を認定した(原判決 36及び することができる。以下、所論に鑑み説明する。 2 Y4及びY1の殺意について⑴ 原判決の判断原判決は、概要、以下のとおり説示して、Y4及びY1の殺意を認定した(原判決 36及び37頁)。 拳銃の殺傷能力の高さ、反動により銃口が上に向きがちであることなどの取扱いの難しさ、やや下り坂の現場で停車させたバイクにまたがったまま、左側に位置する被害者の方に上半身を90度ひねるなどの、反動を失わせることのできない、不安定な体勢で2発を連続して発射している点及び速やかに現場を離れ逃走すること を予定した時間的にも心理的にも余裕が乏しい状況下での発射、という諸点に照らせば、本件発射行為は、狙いを少し身体の下側にしても反動により身体の枢要部に当たる可能性が十分見込まれるものである。Y4、そして2発連続で発射することを指示したY1も、その可能性を認識していたと認められる。 ⑵ 当裁判所の判断 ア所論は、①本件では小型で、弾丸も威力が小さく反動もほとんどない25口径の拳銃が選ばれており、生命への危険に留意しての選択であったと考えられる、②Y4は海外で十分な射撃訓練経験があり、現場を下見し、危険を冒しながら被害者との間合いを詰め、しっかりと両足を地面につけて踏ん張って下半身を固定するなど、安定した発砲体勢で実行しているから、本件発射行為は狙った部位に命中する 可能性の非常に高いものであって、狙いからずれ得ることを前提とした原判決は誤っている、③1発が左腰部に当たったのは、背広の上着に隠れた太もも部分と考えて同所を狙って撃ったためであり、狙いを外したものではない、④Y1は、「絶対殺したらつまらんぞ。」とY4に厳命した上で「足を狙って撃て。」と指示しており、Y4もその厳命を前提として、足を狙うのは難しいから太もも て撃ったためであり、狙いを外したものではない、④Y1は、「絶対殺したらつまらんぞ。」とY4に厳命した上で「足を狙って撃て。」と指示しており、Y4もその厳命を前提として、足を狙うのは難しいから太ももを狙わせて欲しいと申し 出たのだから、Y1及びY4のいずれも、殺害しようとする意思があったことにはな らない、⑤真横から下半身を狙って撃っている上、銃弾が残っているのに2発しか被害者を撃っていないから、殺害や重大な傷害を目的としないことが明らかである、という。 イしかしながら、まず、所論①の威力の点については、本件拳銃が比較的小型であり、より口径の大きい拳銃とは殺傷力等の違いがあるとしても、原判決が説示 するとおり、人体であれば肉体を貫くなどし、たちどころに血管や臓器等に重大な傷害を負わせることが可能な、十分な殺傷力をもった凶器であることは変わりがない。また、Y4の射撃精度をいう所論②については、その種々の指摘を踏まえても、下り勾配で、バイクにまたがり踏ん張ったまま、上半身を90度回転させるという発射体勢が、射撃訓練等での発射体勢と大きく異なりかつ不安定なものであること は明らかである。そして、発射直前に被害者が突然大きな動きをしたような事情が特段うかがえないにもかかわらず、大腿部を狙ったとする弾丸がより身体の枢要部に近い腰部にも命中していること自体が、本件発射行為が狙いから逸れた部位に命中し得るものであったことの証左といえる。なお、Y4は狙った部位に命中させており、単に同部位が背広の上着で隠れた大腿部だと考えていただけである、との所論 ③を検討すると、背広の上着で隠れる部位は大腿部のうち足の付け根に近い範囲に限られる上、被害者が着用していた上着左側面の破孔のうち一つは、その裾から相当上に位置する腰ポケッ である、との所論 ③を検討すると、背広の上着で隠れる部位は大腿部のうち足の付け根に近い範囲に限られる上、被害者が着用していた上着左側面の破孔のうち一つは、その裾から相当上に位置する腰ポケットフラップ部分に生じている(元警察官甲18)のであるから、その命中位置は外形上も明らかに被害者の腰部付近である。そして、同所への銃撃には、下腹部に所在する内臓等を損傷する危険性が当然存在する。すなわち、 仮に狙ったとおりに命中したというのであれば、Y4がより危険な部位を狙っていたということに他ならないのであって、主張自体失当といえる。以上のとおりであるから、本件発射行為の危険性に関する原判決の判断は正当である。 そして、その危険性を前提としてY1の指示に関する所論④についてみると、結果として被害者を死なせてしまう可能性すら否定するのであれば、枢要部に近い大腿 部を狙うことが許されるとは解し難い。仮にY1が「殺したらつまらんぞ。」と指示 していたとしても、それは本件発射行為が被害者の殺害を目的としたものでないことを示すのみであり、原判決が認定した未必的な殺意は否定されない。銃弾が残っているのに更に撃っていない、という所論⑤も同様に、未必的な殺意を否定する根拠となるものではない。所論はいずれも採用できない。 ウその他、所論は縷々主張するが、事案の大きく異なる裁判例の具体的な事実 認定と対比しようとするものを含め、原判決の判断の正当性を左右し得るものは存在しない。 エ本件発射行為の危険性からY4及びY1の未必的な殺意を認定した原判決の判断に誤りはない。 3 被告人の殺意について 原判決は、元警察官事件は計画的になされた加害行為であり、加害行為の態様や程度について実行犯の独自の選択に任されていたとは考 した原判決の判断に誤りはない。 3 被告人の殺意について 原判決は、元警察官事件は計画的になされた加害行為であり、加害行為の態様や程度について実行犯の独自の選択に任されていたとは考えられない、とした上で、実行犯と計画の中心人物たる被告人らとの間では加害行為の態様につき意思疎通がなかったはずはないなどとして、被告人の殺意を認めている(原判決40頁)。 所論は、当審において元警察官事件への関与を認めた被告人の供述に基づき、被 告人はY1に対して当初は「刃物で尻を刺す」ように指示したが、接近することによる逮捕の危険性を理由としてY1から拳銃の使用を申し出られ、「殺すんじゃないから、拳銃を使うなら足元を狙え、足元に当てるのが難しいなら、当たらんでもええから、地面の方に向かって撃て。」などと念押しして了承したものであるから、被告人は殺害することを許容していなかった、Y1とY4との話合いで加害部位が大腿部 に変更されたことについて、相談や報告はなかった、という。 しかしながら、丙組組長たる被告人が「足元が困難なら命中しなくてもいいから地面の方に撃て。」とまでの指示をY1にしたのであれば、それにも関わらずY1とY4との話合いで被告人への確認無しに加害部位が大腿部等に変更されるとは考え難い。 被告人の供述は、腰部及び大腿部に命中し得る方法でなされた本件発射行為と整合 せず信用できないのであって、所論は前提を欠いており、採用できない。 4 X1及びX2の共謀を認めた点について所論は、原判決がX1及びX2の共謀を認めた点について、直接証拠がない、反対事実の存在可能性を検討していない、論理則、経験則等に反した認定である、などという。 しかしながら、元警察官事件は、福岡県警察の警察官として、甲會(前身 謀を認めた点について、直接証拠がない、反対事実の存在可能性を検討していない、論理則、経験則等に反した認定である、などという。 しかしながら、元警察官事件は、福岡県警察の警察官として、甲會(前身の甲連 合を含む)組員らの起こした事件の捜査を継続して担当し、X1やX2ら甲會の最高幹部と話ができる関係にもあった被害者が、その退職から約1年後、銃撃を受けたという事件である。同事件の実行は、警察の徹底した捜査を招き、X1及びX2に係る嫌疑も浮上させるものである、との原判決の評価(原判決27頁)は正当であり、この点のみから見ても、X1及びX2に無断で行われることは容易に考え難いという ことができる。 これに対し、所論は、X1らが指示したのであれば、被告人による下見から事件発生まで1年以上経過しているのは不自然である、という。しかし、被害者方付近における下見を被害者に気づかれたことなども踏まえれば、下見から実行までにやや時間経過があるからといって、X1らの指示の存在と特段齟齬しない。また、所論は、 被害者に対する私怨からX1らには無断で元警察官事件を実行させたとする当審被告人供述等が迫真的かつ自然なもので信用できる、という。しかし、上記のような性質をもつ元警察官事件について、X1らに対して事前にはもちろん事後報告すらせず、発生直後にX2から事件について質問された際にはしらまで切った(当審第2回被告人供述調書20、21頁)とする被告人の供述は、その内容の不自然性に照らして も、また、X1及びX2の控訴審弁護人も務めた弁護士と複数回接見し、看護師事件及び歯科医師事件への関与についてはX2が認めている旨を聞いた後に元警察官事件への自らの関与を認めることにした、とする供述経過(当審第1回被告人供述調書2、3頁、同第2回25ないし 見し、看護師事件及び歯科医師事件への関与についてはX2が認めている旨を聞いた後に元警察官事件への自らの関与を認めることにした、とする供述経過(当審第1回被告人供述調書2、3頁、同第2回25ないし27、38ないし40頁)に照らしても、信用性に乏しい。 所論は前提を欠き、原判決がX1及びX2の共謀を認めた点についても事実の誤認 はない。 5 小括論旨は理由がない。 第5 看護師事件に関する事実誤認の控訴趣意について 1 罪となるべき事実の要旨及び論旨等 ⑴ 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、X1が通うクリニックでその施術を担当していた看護師(以下、第5の項では「被害者」という。)にX1の地位を知りながら軽んじる言動が現れたと捉え、これに加害することで甲會及びX1の威勢や統制を保持する活動として、X1の意思決定の下、被害者に対する加害行為が企てられ、X1、X2、Y1、Y3、Y2、Y4、Z4、Z1のほか、丙組組員であるZ6、甲會 理事長補佐兼丁組組長であるZ7及び丁組組員のZ8と被告人が共謀の上、X1の指揮命令に基づいて、あらかじめ定められた任務分担に従って、平成25年1月28日午後7時4分頃、福岡市e区内の路上で、Z6が、当時45歳の被害者に対し、殺害に至ってもやむを得ないとする殺意をもって、刃物で左側頭部辺りを目掛けて突き刺すなどしたが、約3週間の入院及び通院加療を要する左眉毛びもう上部刺切創、顔面神 経損傷等を負わせるにとどまった(原判示第3。組織的殺人未遂)、というものである。 ⑵ 論旨は、実行犯であるZ6、直接の指示者であるY2、さらには被告人の各殺意を認めた点及びX1の共謀を認定した点で、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というものである。 ⑵ 論旨は、実行犯であるZ6、直接の指示者であるY2、さらには被告人の各殺意を認めた点及びX1の共謀を認定した点で、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というものである。 そこで検討するに、Z6、Y2及び被告人の各殺意並びにX1の共謀を認めた原判決の判断は、論理則、経験則等に照らして不合理な点はなく是認することができる。 以下、所論に鑑み説明する。 2 Z6の殺意について⑴ 原判決の判断 原判決は、概要、以下のとおり説示して、Z6の未必的な殺意を認定した(原判決 37ないし39頁)。 被害者の受傷状況等からは鋭利な刃物が凶器に用いられたと認められる。また、本件の加害行為は、被害者が歩行中に、左後方から来たZ6が、被害者の左横辺りに並んだ刹那、その左耳上部から下方に刃先が差し入れられる態様で左側頭部を刃物で切り付け、これにより長さ8cmほどの刺切創を生じ、その深さは側頭筋に達し、 動脈を切断するというものであった。状況から見て、Z6は、当初からこの重要な血管や神経等が集まる頭部や頚部を切り裂く可能性が高い加害行為の実行を狙っていたと認められる。加えて、Z6と被害者との短時間の接触で、厚着をしている被害者の右前腕部に長さも深さも大きい切創が、左臀部に深さのある刺創が生じており、これらに対応する、かなり強い力で意図的になされた加害行為も存在したと認めら れる。さらに、被害者が左肩にかけていた革製ショルダーバッグの表面中央部には、内側にも傷が及ぶ裂け目状の破損があり、これも、被害者の胴部に向かう、刃物を強く突き刺す動きで生じたものと認められる。 以上によれば、Z6は、最初に危険な加害行為を狙って実行したにとどまらず、さらに身体の枢要部に強い力を込めて連続した加害行 被害者の胴部に向かう、刃物を強く突き刺す動きで生じたものと認められる。 以上によれば、Z6は、最初に危険な加害行為を狙って実行したにとどまらず、さらに身体の枢要部に強い力を込めて連続した加害行為に及んでいるから、失血等の 機序により被害者を死亡に至らせることも容認する意思を有していたと認められる。 ⑵ 当裁判所の判断ア所論は、被害者の受傷状況等とその評価に関する原判決の説示について、左側頭部に対する加害行為は、Z6としては少しだけ切ろうとした後、「下に向かって、手前に引いたちゅうか下ろした」(Z6証人尋問調書36及び38頁)、すなわち刃物 を当てた後は引く動作をしたのであるが、被害者が頭を動かしたためZ6の意図とは違う結果が生じたものである、という。 しかしながら、左側頭部に対する加害行為は、動脈や神経等が皮下に多数存在している同部位に、動脈等を切断し、創が側頭筋に達し得る力でなされたものである。 その創が、医師が手術で用いる鋭いメスでも「恐らく四、五回ぐらい切り込まない と入り込まない場所」に達していると説明されている(看護師甲301の17頁) ことも踏まえれば、Z6が「少しだけ」切る意図であったとの所論は、受傷状況に整合しない。また、Z6が最初に刃先を被害者の側頭部に入れた後、下に向かって刃物を動かしたというのであれば、明らかに、刃物を抜く動作ではなく創を広げる動作である。被害者の動きがどのように作用したかに関わらず、左側頭部に対する加害行為が危険なものであり、かつ、Z6がこれを狙っていたとの原判決の判断に誤りは ない。 イそして、その部位及び程度に照らせば、左側頭部に対する加害行為のみをみてもZ6の未必的な殺意を十分に肯定し得る。所論は、Z6の殺意に関連してその他縷々主張する 決の判断に誤りは ない。 イそして、その部位及び程度に照らせば、左側頭部に対する加害行為のみをみてもZ6の未必的な殺意を十分に肯定し得る。所論は、Z6の殺意に関連してその他縷々主張するが、いずれも原判決の判断の正当性を左右しない。 ウ Z6の未必的な殺意を認定した原判決の判断に誤りはない。 3 指示者であるY2及び被告人の各殺意について原判決は、看護師事件についても、元警察官事件と同様に、計画的になされた加害行為であり、加害行為の態様や程度について実行犯の独自の選択に任されていたとは考えられない、実行犯と計画の中心人物との間で加害行為の態様につき意思疎通がなかったはずはない、としてY2や被告人の殺意を認めている(原判決40頁)。 所論は、看護師事件への自身の関与及びX2の指示があったことを当審において認めた被告人の供述に基づいて、被告人は、X2から、頬を少し切るという趣旨で「顔をはつれ」と、更に尻を刺すようにと指示され、併せて「大怪我をさせるな」とも言われ、それに従ってY2に対し「顔をちょこっとはつって、尻を刺せ。」と指示し、「怪我をさせるだけで大ごとにはするな。」と念押ししている、Y2のZ6に対する指 示内容に関するY2とZ6のそれぞれの供述内容も、少し怪我をさせる程度という認識も含め、これと整合する内容でほぼ一致しているから、信用性が高い、したがって、被告人及びY2は未必的な殺意すら有していなかった、という。 しかしながら、既に述べたとおり、最初になされた左側頭部への加害行為は危険なものであり、かつ、「頬」の範疇に入り難い部位に対して行われている。そして、 その結果として被害者に重大な負傷を生じさせたことは同加害行為の時点でZ6にと っても明らかであったというべきである 、かつ、「頬」の範疇に入り難い部位に対して行われている。そして、 その結果として被害者に重大な負傷を生じさせたことは同加害行為の時点でZ6にと っても明らかであったというべきであるが、Z6は、被害者に対する加害行為を更に続けてもいる。被告人がX2から加害部位や加害の程度まで具体的に指示され、同様の意図でY2にも明確に指示したにもかかわらず、このような加害行為がなされるとは考え難いから、この点に関する被告人、Y2及びZ6の各供述はいずれも信用性に乏しい。所論は前提を欠いており、採用できない。 したがって、Y2、さらには被告人の未必的な殺意を認めた原判決の判断に誤りはない。 4 X1の共謀を認めた点について所論は、原判決がX1の共謀を認めた点について、直接証拠がない、反対事実の存在可能性を検討していない、論理則、経験則等に反した認定である、という。 しかし、所論は事実誤認の存在を示す具体的な事実を特段援用していない。この点を措いても、看護師事件は、被害者がほぼ専属的な担当としてX1の対応及び施術をしている中で、施術や被害者の対応に関する不満をX1が訴え、強い抗議を表すやり取りがあった後に発生したものであり、かつ、被害者はそれ以外に甲會組員との顕著な接点を有していなかった。したがって、上記の不満が看護師事件に結びつい ていることは明らかであるところ、未だX1が通院継続中に同事件が発生していることも踏まえれば、甲會組員らがX1の意向を度外視して実行に及ぶとは想定し難いとの原判決の評価は正当である。 X1の共謀を認めた原判決の認定に誤りはない。 5 小括 論旨は理由がない。 第6 歯科医師事件に関する事実誤認の控訴趣意について 1 罪となるべき事実の要旨及び論旨等⑴ 原判 1の共謀を認めた原判決の認定に誤りはない。 5 小括 論旨は理由がない。 第6 歯科医師事件に関する事実誤認の控訴趣意について 1 罪となるべき事実の要旨及び論旨等⑴ 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、X1及びX2が、b5漁業協同組合f地区の代表理事を務めるS1について、港湾開発工事に係る工事業者の選定等の 実権を握ったと見込んだ上、S1に同工事関連の利権を譲るよう要求しても応じない ことで、X1らの地位を知りながら軽んじる言動が現れたと捉え、X1らの威勢や統制を保持するとともに、甲會の権益を維持・拡大する目的で、X1、X2、Y2、Z4、Y4及びY6と被告人が共謀の上、X1の指揮命令に基づいて、あらかじめ定められた任務分担に従って、平成26年5月26日午前8時28分頃、北九州市d区所在の駐車場で、S1の息子である当時29歳の歯科医師の男性(以下、第6の項では同人を 「被害者」という。)に対し、Y4が、殺害に至ってもやむを得ないとする殺意をもって、刃物でその背部、胸部、腹部、大腿部等を目掛けて多数回突き刺すなどしたが、入院加療約14日間及び外来加療約3か月間を要する左大腿部刺創、腹部刺創、胸壁刺創及び背部刺創を負わせるにとどまった(原判示第4。組織的殺人未遂及び不正権益維持・拡大目的殺人未遂)、というものである。 ⑵ 論旨は、実行犯であるY4、その直接の指示者であるY2、さらには被告人の各殺意を認めた点、X1の共謀を認めた上で団体活動性及び不正権益維持・拡大目的を認定した点で、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というものである。 そこで検討するに、Y4、Y2及び被告人の各殺意を認め、また、団体活動性及び 不正権益維持・拡大目的を認定した原判決 は判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というものである。 そこで検討するに、Y4、Y2及び被告人の各殺意を認め、また、団体活動性及び 不正権益維持・拡大目的を認定した原判決の判断は、論理則、経験則等に照らして不合理な点はなく、是認することができる。以下、所論に鑑み説明する。 2 Y4の殺意について⑴ 原判決の判断原判決は、概要、以下のとおり説示して、Y4の未必的な殺意を認定した(原判決 39頁)。 被害者に対する最初の加害行為は、自動車のドアを開けて上半身を乗り入れていた被害者の背後から、背部に刃先が突き刺さり、腸骨等にまで達する深さ約7cmの刺創を負わせたもので、これは、重要な血管や臓器等が集まる胴部を著しく傷つける可能性が高い行為である。状況から見て、Y4は当初からこの加害行為を狙って いたと認められる。さらに、その後、車外でY4と向き合い、Y4が突き出した刃物 を両手で包むようにして押さえる被害者に対し、Y4は、そのまま力を込めて刃物を被害者の胸部に突き出すなどの応酬が、最終的に刃先が被害者の左大腿部に突き刺さっている状態で膠着するまで続いたこと、その一連の過程で、胸壁に及んだものを含む各刺創が生じたことが認められる。 以上によれば、Y4は、最初に危険な加害行為を狙って遂げたのみでなく、更に被 害者の枢要部に強い力を込めて刃物を突き刺そうとする加害行為を連続して行ったと認められるから、失血等の機序により被害者を死亡に至らせることも容認する意思を有していたと認められる。 ⑵ 当裁判所の判断所論は、①Y4はY2から「尻かもも」を刺すよう指示されており、最初の加害行 為も、臀部を刺そうとしたが腰部に刺さった可能性が否定できない、②被害者が最初の加害行為に ⑵ 当裁判所の判断所論は、①Y4はY2から「尻かもも」を刺すよう指示されており、最初の加害行 為も、臀部を刺そうとしたが腰部に刺さった可能性が否定できない、②被害者が最初の加害行為に気付き、振り返って正対の姿勢になりY4から凶器を奪おうとするのに対して、Y4がこれを拒み、もみ合いの状況になっていることに加え、胸部の2か所の創傷が比較的小さいこと、凶器を持つY4の手を被害者が両手で強く掴み下に押し下げたことも考え合わせると、胸部及び下腹部の創傷はもみ合いの中で生じた可 能性を否定できない、という。 しかし、背部の創傷に関する所論①については、原判決が認定する被害者の姿勢に照らせば尻又はももを刺すのに特段の支障はないのだから、誤って背部を刺したとは考え難い。また、胸部及び下腹部の創傷に関する所論②について、被害者は、Y4の刺そうとする動きを阻止しようと、掴んだ手を下に押し下げようとしていた旨 を述べるのみであり(看護師甲356・10ないし12頁)、Y4が被害者の身体方向に力を加えていないにも関わらず凶器が被害者の身体に更に刺さり得るような動きは述べていない。Y4の狙った部位に当たったかは別論として、胸部及び下腹部の創傷も、原判決が説示するとおり、Y4が被害者の胴部に刃物を突き刺そうとした結果であることは明らかといえる。 所論はいずれも採用できず、加害行為の危険性等からY4の未必的な殺意を認めた 原判決の判断に誤りはない。 3 Y2及び被告人の殺意を認めた点について原判決は、歯科医師事件についても、元警察官事件及び看護師事件と同様に、計画的になされた加害行為であり、加害行為の態様や程度について実行犯の独自の選択に任されていたとは考えられない、実行犯と計画の中心人物との間で加害行為の ても、元警察官事件及び看護師事件と同様に、計画的になされた加害行為であり、加害行為の態様や程度について実行犯の独自の選択に任されていたとは考えられない、実行犯と計画の中心人物との間で加害行為の 態様につき意思疎通がなかったはずはない、としてY2や被告人の殺意を認めている(原判決40頁)。 所論は、Y2の原審供述並びに歯科医師事件への自身の関与及びX2の指示があったことを当審において認めた被告人の供述に基づき、X2の指示は「けつをちょっと刺してやれ。」「大ごとにはするな。」というものであり、その指示を受けて被告人は Y2に対して「尻かももを刺せ。」「大ごとにはするな。」と指示したのであり、Y2もY4に対して「尻かももを四、五回しゃしゃっと刺せ。」「殺せとかいうわけじゃない。」という指示を明確に出している、また、Y2は、凶器として刃渡り三、四cmくらいの果物ナイフを用意するようZ4に命じた、Y4の説明する凶器(刃体の長さが約10cmで、幅は三、四cm。第49回Y4証人尋問調書14頁)は大きさが全然違う、 と供述している、これらの指示の流れに照らせば、被告人及びY2に殺意がなかったことは明らかである、という。 しかしながら、Y4は、既に述べたとおり、背を向けた無防備な被害者に対し、最初の加害行為で、深さ約7cmの創傷を生じさせる力で背部を刺しているのであって、この時点で、所論のような各指示内容だったのであれば説明のつき難い事態が 生じている。また、同指示内容を前提とすれば最初の加害行為で指示以上の怪我をさせたことが明らかであるから、Y4はそのまま逃走することも可能であったはずなのに、実際にはこれをせずに、身体を起こして振り向いた被害者と正対し、それ以降も攻撃を続け、最終的に被害者に瀕死の重傷を負わせているのであ かであるから、Y4はそのまま逃走することも可能であったはずなのに、実際にはこれをせずに、身体を起こして振り向いた被害者と正対し、それ以降も攻撃を続け、最終的に被害者に瀕死の重傷を負わせているのであって、この点も、所論のような各指示内容であれば説明がつかないものである。なお、最初のX 2の指示内容が「ちょっと刺してやれ。」「大ごとにするな。」であったにも関わらず Y4に対する最終的な指示は四、五回刃物で刺すというものとなった、とする点、上位者たるY2の指示を無視した形状の凶器をZ4が用意したことになる点も、いずれも不自然である。以上に照らせば、指示内容に関するY4及びY2の供述、当公判廷における被告人の供述はいずれも信用し難い。所論は前提を欠き、採用できない。 4 団体活動性及び不正権益維持・拡大目的を認めた点について 所論は、X1の関与を認めた原判決には、論理則、経験則違反があるなどとした上で、X1の関与が否定される以上、X1を甲會における最上位者と位置付け、X1の指揮命令に基づいて本件犯行が行われたことを前提として、団体活動性及び不正権益維持・拡大目的を認めた原判決の認定には事実誤認がある、という。 しかしながら、所論は、X1の関与の有無についてやはり事実誤認の存在を示す具 体的な事実を援用していない。また、所論はX2が首謀者であったことを前提としているところ、甲會総裁であるX1と甲會会長であるX2のいずれが首謀者であったかは、団体活動性及び甲會の権益を維持・拡大する目的で行われたか否かのいずれについても直接影響するものではない。これらの点を措くとしても、本件の前、複数の丙組組員を動員してまずはS1の行動確認が行われ、S1が警察官に警備されてい ることを確認した後に、被害者の行動確認が行われた 接影響するものではない。これらの点を措くとしても、本件の前、複数の丙組組員を動員してまずはS1の行動確認が行われ、S1が警察官に警備されてい ることを確認した後に、被害者の行動確認が行われたこと(第50回公判Y2証人尋問調書2ないし8頁)、被害者と甲會組員に接点はないことに照らせば、被害者は、b5漁業協同組合f地区の代表理事を当時務め、b5漁業協同組合長選挙の有力候補者であった父S1が警察官に警備されていたことから、その代わりに狙われたものであると認められる。そして、S1は、本件発生の3か月前である平成26年2月26日、 その従兄弟いとこで上記f地区の理事を務めていたS3から、組合長選挙に絡んで、甲會の執行部は若いので何でもする、S1に生きていて欲しい、これはみせしめで、わからなかったら次があるなどと警告されているところ、S3は、X2から、S4(b5漁業協同組合長であった平成25年12月に射殺された。上記選挙はその死去を受けてのもの。)があんなになっているのに、S1たちは舐めているのか、俺はS1に義理も恩 もあるから守ってやりたいが、自分だけの腹では収まらない、今は甲會全体の方針 で動いているから舐めない方がいい、などと言われ、そのことをS1にも伝えるようになどと言われたためS1に警告したと説明している(第45回公判S3証人尋問調書49ないし51、54ないし57頁)。これらの点を考慮すれば、X2のみならずX1の共謀も認定し、その上で、本件が甲會の活動として、甲會の権益を維持・拡大する目的で行われたと認定した原判決の判断に、誤りはない。 5 小括論旨は理由がない。 第7 結論 1 なお、原判決は、その「法令の適用」において、原判示第1(元警察官事件)の1の組織的拳銃発射と組織的殺人未遂 判決の判断に、誤りはない。 5 小括論旨は理由がない。 第7 結論 1 なお、原判決は、その「法令の適用」において、原判示第1(元警察官事件)の1の組織的拳銃発射と組織的殺人未遂について、刑法54条1項前段、10条に より1罪として重い組織的殺人未遂罪の刑で処断しているが、組織的拳銃発射罪(令和3年改正前のもの)については罰金刑の任意的併科が定められている一方で、組織的殺人未遂罪の法定刑に罰金併科はないのであるから、組織的殺人未遂罪の刑のみで処断するのは誤りであり、「ただし、罰金刑の任意的併科については、組織的拳銃発射罪について定めたそれによる。」などと摘示すべきであった。ただし、原判決 が、やはり罰金併科が可能な原判示第1の2の組織的拳銃加重所持罪(同上)について懲役刑のみを選択していることも踏まえれば、原判決は元警察官事件の犯情に照らし罰金併科を要しないと判断したものと解されるから、この点の誤りは判決に影響を及ぼさない。 2 以上のとおりであるから、刑訴法396条、刑法21条により、主文のとお り判決する。 令和7年1月23日福岡高等裁判所第3刑事部 裁判長裁判官市川太志 裁判官高橋明宏 裁判官関洋太
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