平成19(ネ)222 損害賠償等請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成20年10月16日 広島高等裁判所 広島地方裁判所 平成15(ワ)2047
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判決文本文35,367 文字)

主文 原判決中,控訴人らと被控訴人f1県及び同g市に関する部分を次のとおり変更する。 (1)被控訴人f1県及び同g市は,控訴人ら各自に対し連帯して金110万円及びこれに対する平成15年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)控訴人らの被控訴人f1県及び同g市に対するその余の請求をいずれも棄却する。 控訴人らの,被控訴人f1県教育委員会及び同g市教育委員会に対する各控訴をいずれも棄却する。 控訴人らと被控訴人f1県及び同g市との間の訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを3分し,その1を被控訴人f1県及び同g市の,その余を控訴人らの各負担とし,控訴人らの被控訴人f1県教育委員会及び同g市教育委員会に対する各控訴費用は,控訴人らの負担とする。 この判決は,主文第1項(1)に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1控訴の趣旨 原判決を取り消す。 被控訴人らは,控訴人ら各自に対し連帯して金350万円及びこれに対する平成15年12月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被控訴人f1県教育委員会(以下「県教委」という)は,控訴人f1県教。 職員組合に対し,別紙第1の4記載の謝罪広告を,控訴人hに対し,同3記載の謝罪広告を,いずれも株式会社j新聞に,同第2記載の条件にて1回掲載せよ。 被控訴人g市教育委員会(以下「市教委」という)は,控訴人f1県教職。 員組合に対し,別紙第1の1記載の謝罪広告を,控訴人hに対し,同2記載の 謝罪広告を,いずれも株式会社j新聞に,同第2記載の条件にて1回掲載せよ。 第2事案の概要 本件は,控訴人らが,g市立k小学校のm校長(以下,単に「校長」ということもある)が自死した件につき,被控訴人県教委及び同市教委が作成し 聞に,同第2記載の条件にて1回掲載せよ。 第2事案の概要 本件は,控訴人らが,g市立k小学校のm校長(以下,単に「校長」ということもある)が自死した件につき,被控訴人県教委及び同市教委が作成した。 各調査報告書の公表により控訴人らの名誉を毀損されたとして,被控訴人f1県及び同g市に対しては国家賠償法1,3,4条,その余の被控訴人らに対しては共同不法行為に基づいて,損害賠償(うち50万円は弁護士費用。遅延損害金付き,被控訴人県教委及び同市教委に対しては併せて謝罪広告を,ま。)た,控訴人hが,自己に対してなされた2度の転任処分はいずれも裁量権を逸脱しており,組合活動を阻止するための不当労働行為であって違法であるとして,被控訴人らに対し,上記と同じ法的構成に基づき,損害賠償(同上)を,それぞれ求めた事案である。 原審は,被控訴人県教委,同市教委はいずれも権利能力を有せず,給付訴訟における当事者能力がないとして,同被控訴人らに対する各訴えを却下し,控訴人らの,その余の被控訴人らに対する名誉毀損を理由とする損害賠償請求については,違法性阻却事由がある(上記各報告書内容の名誉毀損性に関する説示は明示的でないが,それを肯定した上での判断と解される)とし,控訴人。 hの転任処分にかかる損害賠償請求については,当該転任は裁量権を逸脱せず不当労働行為意思によるものでもないから,国家賠償法上違法とはいえないとして,いずれの請求も棄却した。 控訴人らは,これを不服として控訴し,各自の請求を認容すべきことを求めた。 (以下,略称については,特にことわりのない限り,原判決に従う)。 争いのない事実については,次のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」第2「事案の概要」1(3頁11行目から6頁7行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 り,原判決に従う)。 争いのない事実については,次のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」第2「事案の概要」1(3頁11行目から6頁7行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 (1)原判決3頁11行目の「争いのない事実」の次に「等(付記の証拠により容易に認められる事実を含む)を加える。 (2)同4頁23行目の「自宅から」を「f1県s1郡s2町の自宅から新幹線を利用し」に改め,24行目の「アパートに」の次に「妻と」を加える。 ,(3)同6頁7行目の次に改行して以下を加える。 「地方公務員災害補償基金f1県支部は,m校長の妻の申立て(平成15年7月14日)を受け,平成17年11月9日,同校長の死を公務上の災害によるものと認定した(甲85,乙16」)。 本件の争点は,原判決「事実及び理由」第2「事案の概要」2(原判決6頁8行目から12行目まで)のとおりであり,争点にかかる各当事者の主張は,後記4に付加主張するほか,同3(6頁13行目から33頁15行目まで)のとおりである(ただし,8頁10行目及び9頁16行目の各「国家」をいずれも「国歌」に,8頁11行目の「教委区」を「教育」に各改める)から,そ。 れぞれこれを引用する。 当審における各当事者の付加主張(1)争点(2)(名誉毀損の成否)について(控訴人らの主張)ア(ア)県教委と市教委による名誉毀損行為被控訴人らは,各報告書において「元校長が学校運営に悩みを抱い,た背景と要因について」との項目の中で「k小学校に運営上の課題が,あった」とした上で,k小には校務分掌等において校長権限が制約され,主任等が十分に機能しないとの組織上の問題があり,学校としての意思決定に当たって,校長の提案に対して一部の教職員から様々な対立的な意見が出され校長が苦慮し には校務分掌等において校長権限が制約され,主任等が十分に機能しないとの組織上の問題があり,学校としての意思決定に当たって,校長の提案に対して一部の教職員から様々な対立的な意見が出され校長が苦慮しなければならない状況があり,教職員には校務運営に協力する姿勢に乏しかった等指摘し,k小学校の職員団体又は一部の教職員の言動が元校長が自死するに至った要因の一つであるとし て,控訴人らの名誉を毀損した。 (イ)上記記載内容の名誉毀損性両報告書中「学校運営に悩みを抱いた背景と要因について」の部分は,校長が自死するに至る悩みを抱いた原因を解明している部分であり,報告書の核心的部分というべきである。この部分において,校長が悩みを抱いた要因が教職員や職員団体の対応によるものであると指摘され,かつ,この点が報道されれば,市民らは,校長が自死した原因は教職員や控訴人組合の分会の対応の問題にあったと判断してしまい,控訴人らが社会的批判を浴びることは必定であり,現に控訴人らは,激しい社会的批判に曝されたのである。 市報告書は「学校運営に悩みを抱いた背景と要因」について,k小,において,教職員らや職員団体分会により,校長権限が制約されていたこと,校長を中心とする学校運営組織が確立されていなかったことを指摘した。つまり,職員団体の対応に一番の問題があるとした。 県報告書は,要因の項の最後に「k小の学校運営上の課題があったこと」を挙げ,教職員の対応が校務運営について協力する姿勢に乏しく,校長は校務運営に苦悩していたとして,自死の責任が教職員にあるとしている。 イ上記各名誉毀損行為につき,違法性阻却事由があるとの被控訴人らの抗弁は争う。 (ア)公務員による表現行為に対する違法性の判断においては,①公表目的の正当性,②公表内容の性質,③その真実性,④公表方法 記各名誉毀損行為につき,違法性阻却事由があるとの被控訴人らの抗弁は争う。 (ア)公務員による表現行為に対する違法性の判断においては,①公表目的の正当性,②公表内容の性質,③その真実性,④公表方法・態様・公表の必要性,⑤緊急性などをふまえて,⑥公表する利益と公表する不利益とを比較衡量して,⑦公表が正当な目的のため,相当な手段といえるかどうかが検討されるべきである。この基準によれば,⑧公表によってもたらされる利益があっても,生じる不利益について正当化できる相当 な理由がなければ,違法であると判断せざるをえない,とされている。 (イ)真実性について上記各摘示内容は,その重要な部分において真実ではない。 a控訴人らと元校長との関係が,校長自死事件の要因となったということはない。 両報告書において指摘されているような,教職員との対立,非協力によって校長権限が制約され,校長のリーダーシップが発揮しにくい状況はなかった。 被控訴人らの主張によっても,校長は夏以降は回復したというのであるから,運動会の際のやりとり等1学期の出来事は,3月の自死と関係がないことが明らかであり,自死に繋がる事項は2学期以降に生,じたはずであるが,報告書には何ら該当事項の記載がない。実際にも少なくとも2学期以降,校長と教職員らとの間には対立と評価すべき事実はなかった。 また,各教委が報告書中で調査結果として記載した経過事実の記述内容も正確ではなく,ことさらに,教職員らが校長に対し,反抗,非協力ないし冷淡な態度をとり,校長を困惑させたとの趣旨内容にねじ曲げられている。 具体的には,平成14年5月11日のPTAに対する校長の発言,同月13日の職員会議におけるやりとり,同月29日の運動会の反省会における教職員の発言,9月2日以降の校長の校門での挨拶にかかる記述,同月 体的には,平成14年5月11日のPTAに対する校長の発言,同月13日の職員会議におけるやりとり,同月29日の運動会の反省会における教職員の発言,9月2日以降の校長の校門での挨拶にかかる記述,同月5日の教職員との勤務評定に関する話合いについての記述,平成15年3月4日の職員会議における元号表記にかかるやりとり,同月7日のn1教頭の来校をめぐる教職員の発言,同日のp1校。 長(q1小)に対する来年度の目標に関する校長の発言内容等である報告書の内容が「学校運営に悩みを抱いた背景と要因について」の 項及びその前提となる事実認定の記載部分ともに虚偽であることは明らかである。 b元校長自死事件にかかる真実は以下のとおりである。 元校長の自死の直接の原因はうつ病である。iこのうつ病に罹患した原因は,経験不足の校長を,本人の希望に反し,遠距離通勤の大規模校に赴任させたため,学校運営に悩みを抱かせたことにある。加えて,ii平成14年5月13日の段階で,校長がうつ病を理由に休暇要請をしたにもかかわらず,市教委は,民間校長制度にかかる教委の責任問題を避けるため,休暇要請を拒否し,さらに病状を悪化させた。 さらに,両教委は,iiiその後も特段の配慮をせず,転勤希望も認めなかったため,これが直接の引き金になり,校長は絶望して自死に至ったのである。なお,校長の死は,前記のとおり,その後,公務災害認定を受けている。 上記iよりすれば,民間人校長採用制度そのものに問題があったというべきである。上記iiの時点では,校長が「中程度の抑鬱状態で一か月の休養を要する」との診断書を教育長以下市教委の幹部に示して休暇を要請したのであるから,両教委は病状を把握した上,適切に対処すべきであった。しかるに,両教委はそうしなかったばかりか,報,,告書においては「校長が情緒不 書を教育長以下市教委の幹部に示して休暇を要請したのであるから,両教委は病状を把握した上,適切に対処すべきであった。しかるに,両教委はそうしなかったばかりか,報,,告書においては「校長が情緒不安定であると市教委職員に相談し『』市教委職員から頑張っていただきたい旨伝えたところ,校長は理解して引き続き校務運営に努力することになった,と述べている。 」(ウ)目的について両報告書の目的は,本来,校長自死の原因を究明し,再発を防止することにあるというべきところ,直接の原因はうつ病であるから,その罹患の要因を探るべきことになる。 しかるに両報告書は,うつ病について触れていないばかりか,その発 症や増悪の業務起因性につき上記i,iiの事実を糊塗し,校長がうつ状態であったことや休暇を求めていたことを隠し,記載すべきことを記載せず,原因を職員団体の対応にすり替えた。すなわち,両教委は,自己の拙速主義が本件事件を生じたにもかかわらず,その原因の検証と検討を放置し,民間人校長の採用,研修,赴任先選定の問題を説明義務違反にとどめて,問題を職員団体の反対に対する支援策の不十分さに矮小化させ,職員団体が民間人校長登用に反対していたことをうつ病罹患の主原因とした。これは,自らへの問責を避けるため,原因を現場の教職員と控訴人組合の対応にすり替えて,責任を転嫁したにほかならない。本件事件から得た解決方向として是正指導の徹底を主張するにいたってはなおさらである。 両報告書の真の目的は,上記のとおり,校長自死の責任をすり替えて転嫁することにあり,そのためにも,両教委は,本件事件につき第三者の調査に委ねることなく,自ら調査を行ったものである。 さらに,両教委は,本件事件にかかる自らの責任を隠すため,k小の教職員と控訴人組合の対応に原因があったがごとき内容の報 委は,本件事件につき第三者の調査に委ねることなく,自ら調査を行ったものである。 さらに,両教委は,本件事件にかかる自らの責任を隠すため,k小の教職員と控訴人組合の対応に原因があったがごとき内容の報告書を作成し,マスコミに報道させたものである。 (エ)記載の方法,バランスについて本件調査目的は,校長自死の理由の究明と再発防止にあるのであり,その原因はうつ病にあるから,記述のバランスの当否とは,うつ病に罹患していたこととそれに対する対応がなされていたかが的確に記述されているか否かであり,単なる記載量の多寡ではない。 両報告書は,例えば,赴任についての校長の希望が自宅通勤が可能な小規模校であったことなど希望内容の一部を記載しているが,自己弁護にとどまり要因としては分析していない。のみならず,両報告書には校長の妻の申立書の趣旨内容が反映しているというが,妻は,i報告書が 市教委の校長に対する対応に触れていない,ii診断書を提出した際の市教委の対応について触れてほしい,これに触れないなら,県の対応についても削除してほしい,として,診断書を提出した時の市教委の対応を強く批判しているが,両報告書とも妻の認識のうち教委への批判部分には触れていない。 一例を挙げてみるだけでも,両報告書には必要不可欠な部分が記載されておらず,バランスが欠けていることが明らかである。 ウ原判決について原判決は,上記イ(イ)bii(校長のうつ病を明示しての休暇要請に対する市教委の対応)につき一見疑問を呈しつつ,結局は被控訴人らの主張を採用し,同i(うつ病の罹患原因)については,上記のとおりの採用,配置の結果,校長は心理的に追い詰められてうつ状態に陥ったものと容易に推測でき,罹患の業務起因性が容易に認められるにもかかわらず,理由なく私傷病としたうえ,時間的制約を理由 は,上記のとおりの採用,配置の結果,校長は心理的に追い詰められてうつ状態に陥ったものと容易に推測でき,罹患の業務起因性が容易に認められるにもかかわらず,理由なく私傷病としたうえ,時間的制約を理由に,両教委の責任を不問に付し,報告書の内容は重要な部分において真実であると誤認し,両報告書の真の目的を見抜けず,記載内容やバランスについても「背景と要因を概ね網羅している」としてバランスを失していないとするなど,事実認定及び判。 断を誤った。 (被控訴人らの主張)ア両報告書の公表が,控訴人らの名誉を毀損するものであることは否認する。 (ア)名誉毀損の対象となる名誉とは,人がその品性,徳行,名声,信用などの人格的価値について社会から受ける客観的評価,すなわち,社会的名誉である(最判昭和45年12月18日第二小法廷判決。そのよ)うな社会的評価を低下させる内容の表現行為が行われ,当該表現行為の対象とされた者がその表現内容に従って評価を受ける危険性が生じるこ とが名誉毀損である。 名誉毀損の対象となる名誉が侵害されたか否かは,指摘された事実について一般読者の普通の注意と読み方を前提にして解釈した意味内容に従い,その意味内容がその摘示された事実の対象となった者の社会的評価を低下させるものであるか否かによって判断される。 (イ)調査により判明したk小の状況からは,校長が死を選ぶに至った原因を断定することは困難であった。しかし,校長が,校長の思い描き,周囲が期待した学校運営ができなかったことは間違いないことから,なぜ,そのような状況が生じてしまったかをそれまでの調査結果を基にまとめることとし,実際に分析しまとめたのが「校長が学校運営に悩みを抱いた背景と要因について」の項目である。同項目が「校長が自死に至った要因」ではないことは,その名称からも それまでの調査結果を基にまとめることとし,実際に分析しまとめたのが「校長が学校運営に悩みを抱いた背景と要因について」の項目である。同項目が「校長が自死に至った要因」ではないことは,その名称からも明らかである。 両報告書とも,控訴人らが主張するように,k小の職員団体ないし一部の教職員の言動が元校長の自死に至った要因として指摘するものではないから,控訴人らの名誉を毀損するものではない。 控訴人らの指摘する「控訴人ら摘示事実」を,一般読者の普通の注意と読み方を前提にして解釈した場合,一般読者は,それを「校長の自,死の要因」としての指摘ではなく「校長が学校運営に悩みを抱いた背,景と要因」の一つとして理解し,しかも,被控訴人らや校長自身を含めた様々な関係者に背景と要因があることを指摘したものと理解するはずである。そうである以上,控訴人らの指摘する「控訴人ら摘示事実」が「職員団体の学校分会」や「一部の教職員」の社会的評価を低下させるものとはいえない。 (ウ)控訴人らの摘示する「控訴人摘示事実」には「f1県教職員組,合」の名称も「h」の名前もない。摘示された事実に記載されているのは「職員団体の学校分会「一部の教職員」である。 」, 校長が学校運営に悩みを抱いていた背景と要因の一つとしてk小の学校運営上の課題があり,その課題として指摘された事実の中に「職員団体の学校分会「一部の教職員」の語があったとしても,一般の読者」,の普通の読み方を前提とすれば,それが控訴人らを対象とし,その社会的評価を低下させようとするものであると考えることはできない。上記項目中には「県教委,市教委,文部省」の用語もあることからすればなおさらである。 イ両報告書発表によりマスコミが両教委の支援不足と教職員間の問題を校長自死の大きな要因として取り上げたのは い。上記項目中には「県教委,市教委,文部省」の用語もあることからすればなおさらである。 イ両報告書発表によりマスコミが両教委の支援不足と教職員間の問題を校長自死の大きな要因として取り上げたのは,マスコミ独自の判断によるものである。 ウ抗弁仮に報告書の公表が名誉毀損に該当するとしても,摘示事実の重要な部分が真実であり,記載内容もバランスを失しておらず,公表目的は正当であるなど,違法性を阻却すべき事由があり,この点は原判決が正当に判断しているとおりである。 (2)争点(3)(本件転任処分A,Bによる不法行為の成否)について(控訴人hの主張)ア両報告書とも,校長の自死の原因(上記(1)イ(イ)biからiii)の事実を隠した上,その責任の大半を現場の教職員に転嫁したが,本件転任処分Aは,両教委が共同して,その責任転嫁のため行なったものである。 このことは,自死事件の直後から,責任,原因が「教職員や組合との対立」にあるとする方向に世論を誘導すべく「校長が,教職員との関係の,中で職員会議で提案したことは教職員から突き返される(3月14日。」の県教委会議における教職員課長の発言「運動会のプログラムに国旗),掲揚等をいれることにつき教職員と対立していた,校長が知らない間に,プログラムから国旗掲揚などの式次第が削られていた(4月11日の報」 道機関に対する教育長の中間報告)等の情報操作が行われ,その結果,市民らに校長の自死の原因は「教職員や組合との対立」にあるとの誤った観念をもつに至らしめたことから明らかである。 組合幹部に対して,不利益処分を行った場合,違法な不当労働行為であると推認され,その正当性は処分者側で明らかにする必要がある。 本件においては,①報告書の内容において重要な部分が欠落していること,②校長自死の理由が教 不利益処分を行った場合,違法な不当労働行為であると推認され,その正当性は処分者側で明らかにする必要がある。 本件においては,①報告書の内容において重要な部分が欠落していること,②校長自死の理由が教職員との対立である旨虚偽の内容を報告していること等からすると,本件転任処分Aの必要性や緊急性が立証されたものとはいえない。 この点,原判決においても「控訴人hが控訴人組合のg支区執行委員,長であったことから,同人が残留すれば」として,g支区執行委員長であったことが本件転任処分Aの対象になった理由であることが明確に判示されている。 イ両報告書により,校長自死につきk小の教職員らの対応に問題があった旨指摘され,一部保護者らに悪印象を与えたため,控訴人hは,校長自死の真相究明のため本訴提起のやむなきに至った。本件転任処分Bは,県教委が,控訴人hの本訴提起への報復と組合活動抑制の両効果を狙って行ったものである。 ウ以上より,両転任処分がともに不当労働行為意思をもって行われたものであることは明らかである。 (被控訴人らの主張)控訴人hの主張は争う。同控訴人のq2小での勤務状況には問題があった。 第3当裁判所の判断 被控訴人県教委,同市教委に対する請求について当裁判所も,上記被控訴人らに対する訴えは不適法であり却下を免れないものと判断する。 その理由は,原判決「事実及び理由」第3「当裁判所の判断」2(59頁12行目から20行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 被控訴人f1県,同g市に対する名誉毀損に基づく損害賠償請求について(以下,単に「被控訴人ら」と表記するときは上記両被控訴人を指す)。 (1)両報告書は,一般読者にどのような内容のものとして読みとられるかア県報告書が県教委の,市報告書が市教委の,各権限と責任において作 単に「被控訴人ら」と表記するときは上記両被控訴人を指す)。 (1)両報告書は,一般読者にどのような内容のものとして読みとられるかア県報告書が県教委の,市報告書が市教委の,各権限と責任において作成公表された公文書であり,各報告書には,それぞれの作成者の認識と見解が述べられていることは争いがない。 イ両報告書(乙1,2)の記載内容の要旨は,原判決「事実及び理由」第3「当裁判所の判断」1(1)(33頁23行目から38頁14行目まで。 ただし,36頁8行目の「国家」を「国歌」に改め,38頁2行目の「ところ」の次に「平成14年,3行目の「訪れたが」の次に「平成15,」,年」を各加える)のとおりであるから,これを引用する。 。 ウ(ア)両報告書の構成は,前提としての事項を略述した後,校長の学校運営業務全般についての経過事実を時系列的に記述し,それを踏まえて「校長が学校運営に悩みを抱いた背景と要因(以下「背景要因記述」」。 ,という)として,作成者の見解を述べるものとなっている。すなわちこの背景要因記述は,作成者が,生起した事実を分析し,それに対する一定の評価を下したものであり,報告書の根幹をなすものといえる。 そこで,この背景要因記述をみると,両報告書とも「校長権限が制,約されていること「校長を中心とする学校運営組織が確立されてい」,ないこと」等を挙げているが,その前提として,k小には学校運営上の問題があり,そのため教職員との良好な関係が築けなかったこと,これらの具体的内容として,教職員が質問や対立意見を繰り返して校長を困惑させたり職員会議を混乱させていること,校長に非協力的な態度をとっていること等が挙げられ,結局,教職員との対立や教職員の非協力な 態度が,両教委の支援体制の不備もあって「校長が学校運営に悩みを,抱い 職員会議を混乱させていること,校長に非協力的な態度をとっていること等が挙げられ,結局,教職員との対立や教職員の非協力な 態度が,両教委の支援体制の不備もあって「校長が学校運営に悩みを,抱いていた」大きな要因であると読み取られる内容となっている。しかも,教職員にかかる記述は,市(背景要因記述の項の冒頭に掲げられ,他の要因よりも分量が多く具体的である,県報告書とも,他の要因に)係るものよりもm校長の苦悩に直結し重みのあるものとして記述されており,その項に先立つ経過事実の記載内容とも相まって,教職員との対立や教職員の反抗的,非協力な態度が「校長が学校運営に悩みを抱い,ていた」主要な要因であることが文脈から容易に読みとることができる。 両報告書には,他の要因として,両教委の支援が十分でなかったこと等も挙げられているのは上記のとおりであるが,これらは,より手厚い支援があり得たという程度の内容にとどまっており,教職員にかかる上記の記述内容と対比してみると,他の要因に関する記述が存在するからといって,教職員との対立や教職員の非協力な態度により教職員と良好な関係を築けなかったことが主要な要因であるとの印象が拭い去られるものではない。 (イ)両報告書の論旨が,教職員との対立や教職員の非協力な態度により教職員と良好な関係を築けなかったことが「校長が学校運営に悩みを抱いた」主要な要因である,というにあることは「校長が学校運営に悩,みを抱いていた要因」の項に先立つ経過事実の記載内容からも頷ける。 すなわち,経過事実には,各教委による指導や支援状況,教職員らとの関わり,PTA等その他にかかる事実等が記載されているが,うち,被控訴人らや第三者にかかる事実については,客観的事実経過が概括的,平板的に述べられているのに対し,教職員らとの関わりを含む事 員らとの関わり,PTA等その他にかかる事実等が記載されているが,うち,被控訴人らや第三者にかかる事実については,客観的事実経過が概括的,平板的に述べられているのに対し,教職員らとの関わりを含む事実,特に校長と教職員との対立関係の顕れと見られる場面については,教職員の校長に対する対応が具体的会話や発言内容も交えて詳細に記述され,リアルでインパクトの強い描写になっている(一例として,運動会の国 歌演奏,国旗掲揚にかかる部分において「・・なぜ日の丸を揚げない,といけないのか・・国歌演奏のカセットのボタンを押さない・・校,,長,教頭で揚げて下さい」等多くの教職員から厳しい口調で質問が出。 た」と記載されている[市報告書8頁]などである。 。 。)教職員の校長に対する反目や非協力の表象といえるこのようなエピソードは,両報告書とも,校長の着任から自死までの期間の記述中随所に見られ,具体的経過にかかる記述内容を一読すれば,教職員らは終始,ことあるごとに,校長に反目していて非協力であり,反抗的言動を繰り返していたこと,このような教職員の態度や非協力が校長の円滑な学校運営を阻害し,それとともに,校長を困惑させ精神的に疲弊させたこと,かかる事実が調査の結果判明したこと等の趣旨が読み取れ,この記述を踏まえて,教職員との対立や教職員の非協力な態度が「校長が学校運営に悩みを抱いていた」主要な要因であるとの評価につながっていることが容易に理解できる。 (ウ)両報告書が,教職員らとの対立や教職員らの非協力な態度が「校長が学校運営に悩みを抱いていた」主要な要因であるとの見解に立ってまとめられていることは,被控訴人g市の関係では調査委員会設置の段階で既に,調査目的の第一に「校長と教職員の対立の有無,その内容,,状況,校長の職務上の悩み等」が掲げ な要因であるとの見解に立ってまとめられていることは,被控訴人g市の関係では調査委員会設置の段階で既に,調査目的の第一に「校長と教職員の対立の有無,その内容,,状況,校長の職務上の悩み等」が掲げられていること(丙3の1,被)控訴人f1県の関係では,平成15年3月13日に調査のため市教委を訪れた県調査委員会のメンバーが「なぜ,m校長は学校運営に苦しん,だのか」を調査目的の第1に挙げ「職員に問題がないとすると,校長,だけがだめだった,ということになる」などと発言している(乙10の9)ことからも窺い知ることができ,県の中間報告(同年4月11日〔甲99の新聞報道)において同様の見解が示されていることも,こ〕れに沿うものである。 (2)両報告書の上記内容は控訴人らの名誉を毀損するものであるかア一般に,人の自死という結果に何らかの帰責事由がある旨公表されることは,それ自体,指し示された者の名誉(社会的評価)を毀損するということができる。このことは,他にも責任を問われるべき者がある旨,当該公表媒体において具体的に指摘されていたとしても変わるものではない。 被控訴人らは,控訴人らに対する名誉毀損の成立を否認する。その理由として主張するところは,大要,以下のとおりである。 ①両報告書とも控訴人らの名称や氏名を特定,明示していない。 ②両報告書は「校長と教職員との対立関係」を「校長が学校運営に悩,みを抱いていたこと」の要因の一要素として挙げているが,一般人の読み方をもってすれば「校長が学校運営に悩みを抱いていたこと」の要,因として挙げられることは,自死の原因と指摘されることと異なり,挙示された者の名誉を害することにはならない。上記の要因には「教職,員との対立関係」以外にも,被控訴人らや第三者に関わる事実も挙げられており,報告 れることは,自死の原因と指摘されることと異なり,挙示された者の名誉を害することにはならない。上記の要因には「教職,員との対立関係」以外にも,被控訴人らや第三者に関わる事実も挙げられており,報告書の記載は,調査にかかる客観的事実経過を淡々と述べているからである。 イ上記①についてたしかに,報告書の記述中には,控訴人らの名称,氏名が特定,明示されている部分は見当たらない。 しかし,被控訴人らも認めるとおり,f1県における公立小中学校教職員の職員団体は控訴人組合以外にないから,報告書中の「職員団体」が控訴人組合を指すことは自ずと明らかである。 また,両報告書中,校長との対立関係や非協力の内容として記載されている教職員の言動は,校長と当該教職員との個人的トラブルとしてではなく,教職員としての立場と見解に基づいての言動として記載されている。 このことと,本件事件当時,管理職を除くk小の教職員28名中25人が 控訴人組合の組合員であったことを併せると,両報告書において,各教職員の言動は,当該職員がその構成員となっている控訴人組合の意思の顕れでもあるとみなされていることが明らかであるから,教職員の言動への評価は控訴人組合への評価へと繋がることになる。 控訴人hについてみると,同控訴人は,本件事件当時控訴人組合のg支区執行委員長であり,本件事件についてk小の教職員ないしk小における控訴人組合員の代表格として行動し取材の対象とされていたことが認められ(乙33,弁論の全趣旨,このことからすれば,k小における控訴人)組合や組合員の言動が問題視される場合は,控訴人hはその言動の中心人物であり少なくとも関与していたものとの推認を受けることを免れないといえるし,このことは被控訴人らにおいても当然予想可能であったというべきである(この点,当時の県教委人 ,控訴人hはその言動の中心人物であり少なくとも関与していたものとの推認を受けることを免れないといえるし,このことは被控訴人らにおいても当然予想可能であったというべきである(この点,当時の県教委人事管理監は「控訴人hがk小に残,留となると,地域の住民等からの強い反発や不信の声は同控訴人に集中することは間違いない」旨述べているところであり〔乙18,控訴人hが〕k小職員団体の名実共に代表的存在であることが広く周囲に認識されていたことを物語っている。 。)したがって,両報告書中の教職員の言動の摘示がその言動を行った者の名誉を毀損する場合,当該言動への評価は,即控訴人らへの評価に繋がるというべきであるから,両報告書中に控訴人らの名称ないし氏名が特定,明示されていないとの一事をもって控訴人らに対する名誉毀損が成立しないとの理由とすることはできないというべきである。この点に関する被控訴人らの主張は理由がない。 ウ上記②について(ア)両報告書の内容につき,教職員との対立が校長が学校運営に悩みを抱いた背景と要因の主要な要素に挙げられているとみるべきことは前記説示のとおりである。 (イ)両報告書とも「校長の自死」と「校長が学校運営に悩みを抱いた,こと」との関連を明確に結びつけて記述しているわけではない。しかし,そもそもこれら報告書は自死事件の事実関係解明を動機として作成されたものであり,自死の原因そのものの究明を使命としたものではないにせよ,可能な限り,自死の真相に迫ろうとしたものであることは,両報告書の記載内容からして明らかである。 以上からすれば,両報告書の背景要因記述の項は,教職員らとの対立や教職員らの非協力な態度を自死の直接の原因と指摘しているわけではないが,これが自死に至るについて相当の影響を及ぼしたこと,言い換えれ 以上からすれば,両報告書の背景要因記述の項は,教職員らとの対立や教職員らの非協力な態度を自死の直接の原因と指摘しているわけではないが,これが自死に至るについて相当の影響を及ぼしたこと,言い換えれば,自死への起因力,因果関係があることを記述しているとみるべきである。 (ウ)両報告書を読んだ一般読者としては,学校運営への悩みが,少なくとも,校長の自死の契機の一つであり,したがって,その「要因」とされた項目は自死に対し何らかの因果関係をもつ事柄であるとの認識をもつとみるのが自然である(つまり,一般読者は,校長が教職員との対立に悩み,それが自死に繋がったか,少なくとも自死に何らかの影響を及ぼしたものとの認識を持つにいたるものと認められる。 。)両報告書の公表を報じた各紙が「事前研修と支援不十分「不十分,」,な対応あった」等の見出しとともに「教員と対立背景「教職員のい,」,じめ常態「教職員なぜ気づかぬ「教職員と対立苦慮「f2教組」,」,」,との溝深く」等の見出しを掲げ,記事の中でも教職員との対立を具体的に記述していること(甲1ないし10)も,両報告書が与える上記印象を裏付けるものといえる(被控訴人らは,これら記事内容は編集者の解釈により両報告書の記述を改編等しているかのようにも主張するが,採用できない。 。)(エ)そして,両報告書が,教職員との対立が「校長が学校運営に悩みを 抱いた」主要な要因であると指摘しているとみるべきことからすれば,一般読者に与える印象として,教職員との対立と校長の自死との因果関係を否定できないというにとどまらず,端的にいえば,校長が教職員との対立に悩み,そのことが他のことにもまして校長を自死に導いたというにほかならないから,この記載は,校長と対立関係にあるとされた教職員及びその きないというにとどまらず,端的にいえば,校長が教職員との対立に悩み,そのことが他のことにもまして校長を自死に導いたというにほかならないから,この記載は,校長と対立関係にあるとされた教職員及びその団体の名誉を毀損するものといわざるを得ない。 (オ)被控訴人らは,両報告書とも,事実経過が淡々と述べられ,控訴人らにかかることのみならず,被控訴人らや第三者にかかる事柄も「学校運営に悩みを抱いたこと」の要因として挙げられているから,報告書の記載は控訴人らの名誉を毀損するものではないとも主張する。 この事実経過は,背景要因記述の前提となる調査結果の内容として記載されているものであるが,事実経過の記述が客観的であるからといって,その分析評価の結果である背景要因記述の内容(前記説示の趣旨に解すべきものである)の名誉毀損性が左右されるものではないし,教職員ら以外の者にかかる事実が上記要因として指摘されていることについても同様である。 (カ)以上によれば,被控訴人らの主張②も理由がない。 エしたがって,両報告書の背景要因記述の項は,控訴人らの名誉を毀損するものというべきである。なお,控訴人らは,報告書公表の場における被控訴人らの言動を不法行為の要素と主張するようであるが,上記認定の名誉毀損の評価以上に特別に考慮すべきほどの事実があるとは認められない。 両報告書の名誉毀損性については,上記説示のとおりであるところ,被控訴人らは,それについては違法性が阻却されると主張(抗弁)するので,以下,まず,その記載内容が重要な部分において真実といえるかを検討する。 (1)本件におけるこの「重要な部分」とは,校長が学校運営に悩みを抱くに至った主要な要因は教職員との対立にあり,それが自死に相当の影響を及ぼ したことにあると読みとれる部分であり,それに至る経過の )本件におけるこの「重要な部分」とは,校長が学校運営に悩みを抱くに至った主要な要因は教職員との対立にあり,それが自死に相当の影響を及ぼ したことにあると読みとれる部分であり,それに至る経過のうち,上記対立を示す事実の主立ったものとして,4月の校長赴任直後の事実,5月の運動会の国旗掲揚国歌斉唱及び運動会のパンフレット作成をめぐる事実,卒業式の式次第やパンフレット作成をめぐる事実,n1教頭の来校をめぐる平成15年3月7日の出来事等が記述されているとみることができる。 (2)m校長の任用から本件両報告書作成に至る経緯については,以下のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」第3「当裁判所の判断」1(33頁17行目から54頁24行目まで。ただし,33頁23行目から38頁14行目までを除く)のとおりであるから,これを引用する。 。 ①原判決33頁19行目の「86」の次に「90,94ないし100,,105,120ないし135,137,140ないし152,154」,を,20行目の「32」の次に「34ないし37,40,41」を,,,21行目の「8」の次に「ないし10」を,21,22行目の「r1」,の次に「同r2,同r3」を,同行の「本人」の次に「原審及び当,(審」を各加える。 )②同38頁24行目の末尾に続けて「この県教委の方針に対し,控訴人組合は,民間人校長の登用は企業マネジメントを学校現場に導入するもので教育の特質上好ましくない,学校という専門家集団の校長は専門職のリーダーとして学校教育に熟知した教育職であるべきであるとし,制度の導入は県教委による管理運営体制変更の一環と位置づけて反対していたが,採用,配置される民間校長個人を排斥するなどの運動方針は採っておらず,k小分会や所属教職員においても同様であった」を加 し,制度の導入は県教委による管理運営体制変更の一環と位置づけて反対していたが,採用,配置される民間校長個人を排斥するなどの運動方針は採っておらず,k小分会や所属教職員においても同様であった」を加える。 。 ③同40頁3,4行目を次のとおり改める。 「m校長は,赴任当初はs2町の自宅からk小に片道一時間半をかけて新幹線通勤していたが,連日帰宅が深夜に及び,週2回ほどg市内のホテルに宿泊することも続いたため,平成14年5月下旬ころ,通勤の負 担を解消すべく,妻とともにs2町からg市内の借家に転居した。そのため,校長が自宅通勤希望の理由としていた高齢の母親とは別居となった。なお,校長は,4月中は休日も出勤しており,土日は自己の趣味に充てられるものと思っていたことが実現しなかった」。 ④同40頁24行目から41頁20行目までを次のとおり改める。 「bm校長は,着任当初,上意下達的であった前職時代と異なり,教職員が各自意見を述べることに驚き『銀行だったらスーッととおるこ,。 ,とが,学校では話し合うので違う』と述べていた。また,学校では制度の導入,変更をはじめ,教委からの各種指示に基づき,校長が,制度実施の責任者として,各教員に対し,制度の改変の趣旨やその内容等を説明するなどして教委からの指示を伝達し,教職員の質問に応答して指示内容を周知させたうえで,教育現場での実現を図る体制になっていたが,校長は,学校運営につき用語等も分からない状況にあったため,説明に教頭の補佐を受けたり,教委の回答を待って応答したりした。教職員らは,m校長に対し,従前の校長に対すると同様な接し方で質問や意見を述べていたが,民間人校長ということでことさらな反発や底意を示すようなことはなかった。もっとも,校長自身は,知識不足や前職時の意思決定過程との違いなど 従前の校長に対すると同様な接し方で質問や意見を述べていたが,民間人校長ということでことさらな反発や底意を示すようなことはなかった。もっとも,校長自身は,知識不足や前職時の意思決定過程との違いなどから,教職員らとの対応に気分の重さを募らせるようになっていた。 c平成14年度のk小の校務分掌(教職員が担当する学年・学級など)は,前年度中に,教頭が教職員らの希望を聞き転入予定教員らにも問い合わせたうえ立案して前校長に提案し,前校長が同案のとおりに決定し,これがそのまま前校長からm校長に引き継がれていた。 d前年度末に確認したにもかかわらず,4月3日夕方,平成14年度の新6年生予定者121名のうち1名が転出することが判明した。このままだと6年生が4学級から3学級になり,クラス分けや時間割を やり直す必要が生じることから,m校長は,前校長とともに,転出児童の保護者に転出の翻意や延期を要請しつつ意思確認したが,翻意が得られなかった。このため上記学級減等の措置を要することになった上,臨時採用教員2名が辞めなければならなくなった。教職員らのうちには「もっと粘ればいい」などと言う者もあったが,この学級減,は制度上やむを得ないものであることは認識されており,校長にあからさまな責任非難の矛先が向けられたわけではなかった。しかし,校長は,教職員に対し「自分の責任だ,第一の試練だ」等と自身を責,める言葉を口にしていた。 この転出に伴うクラス替えや時間割編成替え等の事務は,急ぎ6年生担任の教諭が行い,新学期開始に間に合わせることができた。 e4月から,市教委が導入した教育改革のため,g市内の小学校では,従来からの業務に加え,シラバスの作成や週案による授業時間数の管理等,これまでになかった業務の負担が増加していた。新しい制度については,上記のとお 教委が導入した教育改革のため,g市内の小学校では,従来からの業務に加え,シラバスの作成や週案による授業時間数の管理等,これまでになかった業務の負担が増加していた。新しい制度については,上記のとおり,校長が教職員に説明し,質問に応えることになっていたが,k小においては,前年度中には新制度導入につきほとんど準備がされていなかった上,m校長が新しい計画の内容を理解していなかったことから,教職員の質問や意見に対して答えに窮したり,指示が小出しであったりした。そのため,教職員の間には不満がたまっていたが,教育に未経験の校長ということで,直接問いつめるというようなことはなかった。 また,このころ,校長は,教委から届く通知文等をn1教頭から説明を受けて処理するのに精一杯という状況であった。同教頭も,年度当初の教育計画案を中心となって取りまとめていたことその他本来の教頭業務に加え,校長に対する校務一般の説明のため,連日数時間を費やし業務の負担が増大していた。4月中旬ころには,教職員もm校 長も連日残業をする状態であり,一般教諭の退校時間は9時から10時頃,校長はその後,n1教頭はさらに遅く,連日12時過ぎとなった。 そのころ,校長は『小学校とはすさまじい職場ですね,こんなに,忙しいとは』などと口にし,4月中には既に着任当初の元気がなく。 なっていた」。 ⑤同42頁7行目から13行目までを次のとおり改める。 「bm校長は,n1教頭の病気入院に動揺し,5月13日朝,市教委を訪れ教頭病欠後の支援を要請した後,自身も体調不良を覚えていたことから,その足で市内の病院精神科を受診した。中程度の抑うつ状態(うつ病)と診断された校長は,1か月の療養を要する旨の診断書を受け取って市教委のある市役所に戻り,k小のt教務主任に電話で経過を告げた。校長から『 で市内の病院精神科を受診した。中程度の抑うつ状態(うつ病)と診断された校長は,1か月の療養を要する旨の診断書を受け取って市教委のある市役所に戻り,k小のt教務主任に電話で経過を告げた。校長から『私はだめですよ。うつ病で中程度と1ヶ月の休養と診断された』との電話を受けた同主任は,急ぎp2前校長に。 電話して市役所に出向いてもらった。m校長は,p2に伴われて再度市教委を訪れ,上記診断書を提示して病気休暇を取ることを願い出た。 市教委は,教育長以下幹部5人が応対し,たまたま居合わせた校長会会長も同席した。市教委幹部は,初の民間人校長が早くも挫折感を味わっていることに衝撃を受ける一方,校長が頼みの教頭に倒れられて弱気になっているものと考え,休暇ではなく,支援強化により事態を乗り切れるものと判断して励まし説得した。校長は,もともと,公的な立場にある者は自分の勝手にはできないと思っていたこともあって,これを受け入れ,病気休暇を取ることを断念した。その後k小に戻った校長は,同日の暮会で,教職員らに対し,涙ながらに,皆さんよろしくお願いしますと述べ,居合わせた者は,その様子にただならない雰囲気を感じた」。 ⑥同頁末行の次に行を改め,以下を加える。 「この聞き取り調査により,県教委は,今後の方針として,一刻も早く経験のある市内の教頭を配置して校長の補佐にあたらせることが必要と考えた」。 ⑦同43頁1行目から44頁4行目までを次のとおり改める。 「d5月7日,運動会につき,m校長が,今年度から国旗掲揚・国歌斉唱を導入する旨述べた際,複数の教職員から,なぜ取扱いを変えるのか,外国の旗も揚げるのか,外国籍の児童に配慮が必要だ等,相当時間にわたって疑問や反対趣旨の発言がなされた。教職員らは,かねてから国旗・国歌問題について県教委等の方針に反対 ら,なぜ取扱いを変えるのか,外国の旗も揚げるのか,外国籍の児童に配慮が必要だ等,相当時間にわたって疑問や反対趣旨の発言がなされた。教職員らは,かねてから国旗・国歌問題について県教委等の方針に反対の意向を抱いており,これらの言動は,従来の意見を表出したものであって,ことさら民間人校長をつるし上げるような意図に出たものではなかったが,校長は,教育現場にそうした対立があること自体に十分な認識がなかったことから,説明に窮し,また,前職の経験に照らし,このような問題までが議論の対象とされることに驚きの念を抱き,困惑することともなった。同月13日(前記受診した日である)の職員会議でも,短時間,同様のやりとりがあったが,最終的には,校長の提案どおり国旗掲揚・国歌斉唱を行うこととなった。 運動会のプログラムについては,平成14年度からは国旗掲揚など開会式次第を入れるように,4月22日に市教委から指導がなされ,5月23日,市小学校長会でも同旨の協議がなされた。前年は,式次第をプラグラムに入れることは求められていなかったため,前年のプログラムには式次第はなかった。そのプラグラム作成は教頭の役割であったが,病欠していたため,保体部の教諭が作ることになった。同教諭は,前年のプログラム(開会式の式次第が入っていないもの)をもとに,語句を修正してプログラム案を作り,5月16日,校長から 同案の了承を得,翌17日(金)早朝に登校して印刷をした。校長は,一旦は開会式次第の入っていないプログラムの印刷を了承したものの,その後,やはり印刷を待つようにと伝えようとしたが,上記担当教諭に伝わらないまま,プログラムが印刷されたものであった。この印刷プログラムは,教頭病欠後応援に来ていた市教委の係長が,校長の相談を受けて,時日が迫っていることでもあり,刷り上がって発 ,上記担当教諭に伝わらないまま,プログラムが印刷されたものであった。この印刷プログラムは,教頭病欠後応援に来ていた市教委の係長が,校長の相談を受けて,時日が迫っていることでもあり,刷り上がって発送準備も出来た以上刷り直すには及ばず,今年は仕方ないが来年度からは式次第を入れるようにと助言したため,そのまま発送された。このころ校長は,プログラムに開会式次第を入れる件がうまくいかないと,前任の校長に相談している。 なお,市教委は,後日,k小に国旗掲揚を挿入したプログラムを作り替えたものを送付した。 また,運動会については,PTAから入退場門の位置の変更や児童にゼッケンを付けさせることなど多数の申入れがあり,さらに,PTA役員からは,聞き入れられないなら学校行事に協力しないと言われた。この申入れは,運動会の進行上からも応諾できない内容であったので,校長らが鋭意説明した結果,申入れは撤回された。 同月29日の運動会反省会で,校長が,他の学校例を挙げるなどして,来年度は開会式の式次第(国旗掲揚等を含むもの)をプログラムに印刷するよう話したところ,一部の教職員から,どうして入れなければならないのか,他の学校は他の学校である,などと反対意見が述べられ,校長は,これに応対せざるを得なかった」。 ⑧同45頁6行目から21行目までを次のとおり改める。 「aこのころ,m校長は,k小の「学校運営に係る校長自己診断票(公立小・中学校用(乙10の14)を提出し,その中で「職員会議)」,の運営の実際等」の項目中『①職員会議の決定が優先し,校長権限, が制約される状況はない』と『④校務分掌の決定に関し,校長権限。 が制約されることはない』にはいずれも『1.はい』に丸印を付し。 たものの『②教職員が一方的に主張を繰り返し,職員会議が混乱し,たり延 約される状況はない』と『④校務分掌の決定に関し,校長権限。 が制約されることはない』にはいずれも『1.はい』に丸印を付し。 たものの『②教職員が一方的に主張を繰り返し,職員会議が混乱し,たり延長を余儀なくされるようなことはない『③運営委員会・企。』,画委員会等を設置・活用し,円滑に運営している』には『2.一部。 課題がある』に丸印を付し「主任等の命課の時期及び人選」の項目,では『①新年度の早い時期に主任等を命課した『②主任等の命,。』,課に関して,職員団体学校分会の関与はない『③適格な者を主任。』,等に命課した『⑤学校教育目標や学校運営方針を反映した校務運。』,営組織となっている』にはいずれも『1.はい』に丸印を付したも。 のの『④主任制が機能し,円滑かつ組織的な学校運営ができてい,る』には『2.一部課題がある』に丸印を付し「主任手当の提。 ,出」の項目では『①主任制度や主任手当支給の趣旨について指導し,ている』には『1.はい』に丸印を付したものの『②主任手当拠。 ,出の問題性について,教職員が十分理解していると思われる』には。 『2.一部課題がある』に丸印を付し「教職員の資質向上」の項目,中『②小・中学校教育研究会の活動に,積極的に参加させてい,る』にも『2.一部課題がある』に丸印を付し,さらに「主任制。 ,が機能し,円滑かつ組織的な学校運営ができている」及び「主任手。 当拠出の問題性について,教職員が十分理解していると思われる」。 の項目については,課題への今後の取組として手書きで「企画運営委員会,職員会議が充分に機能しておらず,今後,企画運営委員会細則,職員会議運営細則に基づいた校務運営に注力する「主任の責務と。」,責任に応じた対価としての手当である旨の主旨を徹底し,機会指導を強 会,職員会議が充分に機能しておらず,今後,企画運営委員会細則,職員会議運営細則に基づいた校務運営に注力する「主任の責務と。」,責任に応じた対価としての手当である旨の主旨を徹底し,機会指導を強化する」と記載した」。 。 ⑨同45頁25行目から46頁1行目までを次のとおり改める。 「a2学期になり,m校長は,毎朝校門で児童にあいさつをするようになった。これは,子供は好きではない,今までふれあったこともないと打ち明けたり,校長室から出て子供らと交わる様子も見えない校長に対し,n2教頭が勧めたことから始まったものであった。この挨拶に他の教職員は参加しなかったが,校長や教頭からその旨が持ちかけられたことはなかったし,校門での朝のあいさつを校長一人が行うのは他校でも大方同様であった」。 ⑩同46頁23行目「殺到し」の次に「控訴人hらは,マスコミ対応は(市教委にまかせるよう勧めたが,校長は一人で対応した」を加える。 。)⑪同47頁2行目の末尾に続けて「PTA総会で,役員の一人がそれま,での了解事項と違うことを言ったので,校長は非常なショックを受けた。 うさぎ事件後,学校は,それまでPTAが持っていた学校建物と体育館の合鍵をすべて回収した」を加える。 。 ⑫同47頁8行目の「被告」から9行目末尾までを「校長自身は,当初,教職員の通夜,葬儀への出席は服務と考えていたが,市教委の方針で,児童を引率する担任らは出張とし,それ以外は年休とすることになった」。 に改める。 ⑬同48頁5行目の末尾に続けて「また,そのころ,4月の新入予定1,年生のうち十数人がk小から市内の別小学校(教育方法等に一家言のある新校長の着任が予定されていた)に入学希望を変えた旨報じられたことにつき,学校にも競争原理が取り入れられることを気にして『新校長と 年生のうち十数人がk小から市内の別小学校(教育方法等に一家言のある新校長の着任が予定されていた)に入学希望を変えた旨報じられたことにつき,学校にも競争原理が取り入れられることを気にして『新校長と決,まったとたん,いく子が増えた。私のせいでもあるんでしょうね』など。 と自嘲気味に話していた」を,7行目の「程度」の次に「1週に2,。 (3日」を,12行目末尾に続けて「m校長は,n2教頭が倒れて以降,)校長室にこもりがちになり,部屋はいつもタバコの煙が充満するほどで,訪ねた教職員に対し『何も考えられないのです』などと漏らすこともあっ た。校長は,もともと室外で喫煙することが多く,部屋にこもってタバコの煙を充満させるようなことは赴任この方ないことであった」を,各加。 える。 ⑭同48頁13行目から49頁1行目までを次のとおり改める。 「cm校長は,2月26日,市教委の指導を受けて作成した平成14年度のTTの授業実績報告書を市教委に提出した。ところが,3月6日に県教委(u事務所)より,TTの実態に疑義が示されたことから,市教委はk小に出向いて帳簿等を点検するなどした。同報告書に対する県教委のk小における調査は,当初,3月11日に予定されていたが,7日の夕方,これを10日に変更する旨の連絡が入り,そのことは校長にも伝えられた。このTTについては,平成14年の秋にv1市の中学校で不正が発覚していたこともあって,校長は,k小にも問題がないかどうかを非常に気にしており,書類作成等のために夜遅くまで作業,点検にあたり『監査が入るんですよ』と苦渋の表情で話,したり,別の件で相談に出向いた教員に『TTの監査の件で頭がい,っぱいで,考えられない』とこぼすこともあった。 9日(自死当日)は日曜日であったが,校長は,学校行事の準備で他の何人 の表情で話,したり,別の件で相談に出向いた教員に『TTの監査の件で頭がい,っぱいで,考えられない』とこぼすこともあった。 9日(自死当日)は日曜日であったが,校長は,学校行事の準備で他の何人かの教職員らと登校しPTA役員らと共に作業に当たった。 その作業前,校長は,教務主任の携帯に『月曜のTTのことについて準備しておいてほしい』旨連絡していた。 。 d卒業式のしおりは,市教委からの指示により,平成14年度から,式次第の記載中に国歌斉唱を盛り込み,元号表記を基本とすることになっていた。このしおりは管理職が作ることとされていたが,教頭が入院中であったため作成がずれ込んいた。係からそれを指摘された校長は,その作成指示等に手間取ることとなったが,結局,控訴人hらが作成にあたることになった。国歌,元号問題については,もともと 相互に根深い対立があり,教委側が,文部省(文部科学省)の是正指導のもと教育現場に種々の見直しを強力に迫っていた経過もあり,校長の上記仕様の説明に対し,教職員らから,従前の記載,表記を変える理由についての質問や反対意見が出され,校長が応対する場面もあったが,最終的には校長案のとおりの表記でしおりが作成された」。 ⑮同49頁9行目から14行目までを次のとおり改める。 「研修会の後,m校長は教職員に対し,病休中のn1教頭は3月11日の朝7時30分に,k小にあいさつに来る旨を告げた。この来校は,2月下旬頃,校長が復帰予定のn1教頭に要請したものであったが,教職員らは,病み上がりの身であるのに教職員が揃う前の早朝に来校することを初めて聞いて,驚くとともにいぶかり,こもごも『何でそんなに早く来るので,すか『そんな時間に私たちは学校に来ていません『来させないで。』,。』,ください』とか『挨拶のためだけなら無理しな 初めて聞いて,驚くとともにいぶかり,こもごも『何でそんなに早く来るので,すか『そんな時間に私たちは学校に来ていません『来させないで。』,。』,ください』とか『挨拶のためだけなら無理しないで下さい』などと意。 ,。 見を述べた。これらは,思いがけない急な情報に接しての反応であり,教頭の体調への気遣いを含んだものでもあったが,その発言ぶりや口調から,居合わせた部外者のp1校長(当日の講演会講師)には,教職員らがm校長の話を素直に受け入れずn1教頭の来校に反対しているように感じ取られるものであった。 教職員らの上記意見もあったことから,校長は,同月9日(自死当日)朝,n1教頭に電話で『職員も朝早くこられなくていい。身体を大事に,してもらって暖かくなったころでいい』と言っているが,7時30分に。 着くようにきてもらっていいかと告げた。n1教頭は『職員が来る前に,話をさせてもらう』と返答して11日7時半に学校を訪ねる約束をし,。 引き続き卒業式の段取り等について話し合った。 このn1教頭の来校は,3月中の復帰を前提としたものであったが,校長の状況に照らすと病後のn1教頭の健康状態が耐えうるかに懸念があり, n2教頭との関係もあって,n1教頭の復帰については方針が定まらず,校長の自死までに復帰が固まることはなかった」。 ⑯同54頁7行目の次に改行して以下を加え,8行目,16行目,22行目それぞれ冒頭の「ア「イ「ウ」を,順次「イ「ウ「エ」に改」,」,」,」,める。 「ア平成15年4月11日,県教委は,県報告書の公表に先立ち,調査につき中間発表を行ない,県教育長は,学校運営などで校長と教職員間に対立があったとした上,教職員との関係については引き続き調べるとし,支援のあり方についても調査を進める,とした」。 に先立ち,調査につき中間発表を行ない,県教育長は,学校運営などで校長と教職員間に対立があったとした上,教職員との関係については引き続き調べるとし,支援のあり方についても調査を進める,とした」。 ⑰同頁24行目の「認定した」を「認定したが,その理由中には,罹患していたうつ病に長時間にわたる時間外労働や教頭不在の人員が補充されていないことがこれを増悪させ自殺にいたったとの認定がなされている」。 に改める。 (3)以上の認定を踏まえ,両報告書の重要な部分,すなわち,m校長が学校運営に悩みを抱くに至った主要な要因は教職員らとの対立にあり,それが自死に相当の影響を及ぼしたとされる点の真実性を,それに関連する経過事実を総合して検討する。 アm校長の精神状況,治療経過等について(ア)m校長が平成14年5月13日,精神科を受診し,中程度の抑うつ状態(うつ病)により1か月の療養を要する旨診断されたこと,8月から通院して薬(抗うつ薬,入眠導入剤〔乙30,35)を処方されて〕いたこと,9,10月ころには情緒が安定した様子も見えたが,11,12月からは症状が悪化し,薬の量も増えていたことは前記引用にかかる原判決認定のとおりである。ちなみに,うつ病には多く希死念慮が伴うことが広く知られている。 (イ)k小に赴任する以前,m校長に「うつ」の病歴ないしその症状を窺 わせるものがあったとは認められないから,上記発症と初期の経過には,前記認定事実に照らし,以下の事情が特に身体的精神的負荷として作用したものと推認される。この発症を,校長がもともと有する私傷病の増悪とする見方(甲85)は当を得たものとはいえない。 a赴任先として自宅から通勤可能な小規模校を希望していたことが適わず,転居を余儀なくされ,対応すべき事務量の負担も予想を超え,長時間の残業 の増悪とする見方(甲85)は当を得たものとはいえない。 a赴任先として自宅から通勤可能な小規模校を希望していたことが適わず,転居を余儀なくされ,対応すべき事務量の負担も予想を超え,長時間の残業や休日出勤を余儀なくされたことb学校教育についての知識,経験が格別なく,事前の研修も極めて不十分なまま現場の長として臨まされたため,教育用語からして理解できないものが多く,ことごとくといってよいほどに教頭らの援助を要し,もともと律儀で責任感の強い性格から,強いストレスとなっていたことc学校現場は,前職時と比べ,運営体制や指揮命令系統が全く異なっており,種々の事柄につき教職員らと意見を交わし,時には知識不十分なまま質問に答えたり説明や説得をしなければならなかったことd平成14年5月,教頭が倒れたことへの自責の念がさらに加わり,上記(ア)の診断書を提示して病気休暇を申し入れたが容れられなかった上,かえって説得激励されるなどし,新制度の民間人校長としての立場ないし周囲の注目・期待をあらためて認識させられたこと(ウ)その後,m校長は,夏前から体調を崩し,体重減少,意欲低下,仕事からの逃避願望などが強くなり,8月20日,妻を伴ってg市内の精神科クリニックを受診した。医師の所見では,表情が冴えず,全体に覇気が感じられず,会話内容はまとまっているものの話しぶりはしんどそうであり,抑うつ気分,意欲低下,全身倦怠感,集中力低下,不安,不眠,焦燥感,食思不振が認められ,うつ病と診断された。校長は,薬物治療に同意したが,休業が望ましいと勧められたのに対しては「どう, せ受け付けてもらえないだろうから」と諦め気味に述べ,仕事を継続しながらの治療となった(甲151。以下,同クリニックにおける治療。 経過〔通院受診16回〕を,関連事実を付加して摘記 「どう, せ受け付けてもらえないだろうから」と諦め気味に述べ,仕事を継続しながらの治療となった(甲151。以下,同クリニックにおける治療。 経過〔通院受診16回〕を,関連事実を付加して摘記する。 。)9月21日には,校長は,抗うつ剤,睡眠導入剤の服用により気分的に多少楽になったと言って話が弾み,不安感も減少し表情も穏やかになってきたことや,多忙の時期ということで,それまで週1回の通院間隔が以後2週間に1回となった。 10月5日には「多忙で休みがないが何とか頑張っていける。心配,していた修学旅行(9月26日からの1泊2日の日程で校長も参加したもの)も無事終わった」と話していた。 。 しかし,うさぎ事件(10月26日)の対応に追われたことでクリニックを受診できず1週間薬が途切れ,11月2日の受診では「もう,,疲れた」と言っていた。同月末からは,地域やPTAの会合も入って忙しく,土曜日の通院時間もとれないということで,3週間に1回の通院となった。 11月16日には,来年度の人事異動に関し希望を伝えてきた(自己の通院事実を市教委に初めて伝えたのは,このときである。なお,県教委には,同月下旬,市教委からその事実が報告されている)旨話し,。 主治医から「結果が思うようになるかどうかは別ものですよ」と言われたのに対し「そうですね」と応じている。 ,12月21日には「学校はもう辞める」と話し,さばさばとした様,子であった(これとの関連が疑われるものとして,同月上旬,保護者から「6年生の担任を代えてほしい」との申し入れがあり,校長が市教,委に相談したり保護者会を開催したりした事実がある。 。)年明け1月11日には,意欲がでない,全身倦怠感,うつ状態悪化,「仕事面では教頭に対しても遠慮もある」と,ストレスを感じていたた め, 委に相談したり保護者会を開催したりした事実がある。 。)年明け1月11日には,意欲がでない,全身倦怠感,うつ状態悪化,「仕事面では教頭に対しても遠慮もある」と,ストレスを感じていたた め,抗うつ薬が追加投与された。 1月25日には,気分的には安定してきたが,仕事が次から次へとあって溜まってゆき「しんどい」と話していた。 ,2月8日には「教育経験のない者が教師を査定しないといけない。 ,自信がない」と悩んでおり,民間出身の視点から査定すればよいので。 はないかと主治医から助言されている。 同月22日には,教頭の入院(入院日は同月14日)について「経験のない自分が校長となり,教頭に負担をかけてしまった」と,ひどく。 責任を感じ,気にしていた。 3月8日(自死前日)には,気力・集中力がでない,熟眠感がない,ということで抗うつ剤が増量された。しかし,この折りの表情は穏やかであり,次回は,主治医に趣味の刀装具を見せてもらうことを楽しみにしていた。これが最後の受診となった。 (エ)以上の事実からすると,m校長の精神,身体状況の経過につき,次のようにいうことができる。 すなわち,平成14年5月ころに発症した中程度の抑うつ状態(うつ病)が8月ころさらに悪化し,通院投薬治療により,9,10月ころには情緒が安定してきたような様子も見えたが,実際には,新制度導入や研修実施などによる業務増,種々の会合,さらには校内で起きた突発的事件の対策処理等の負担が重なってきていたのであり,薬も増量されていることからすると,病状は,変動しながらも,自死の時点まで,むしろ増悪していたものと推認される。 そして,平成15年になると,2月の教頭の入院という事態に,校長は,相次いで2人の教頭が倒れるに至ったことについて,深く自責の念を抱くことになった。この事態に対する両 増悪していたものと推認される。 そして,平成15年になると,2月の教頭の入院という事態に,校長は,相次いで2人の教頭が倒れるに至ったことについて,深く自責の念を抱くことになった。この事態に対する両教委の支援も教頭の不在を補うものとしては十分とはいえず,こうしたことに,4月の新入予定1年 生の他校希望の件を自己の責任のように受け止めていたこと,転勤希望が叶うような話は聞こえてきていなかったことも相まって,校長の身体的精神的負荷は相当に増大していたものと推認される。 自死直前の状況についてみると,前記認定のとおり,校長は,k小におけるTTの実態が基準に外れたものでないかどうかを非常に気にかけており,市教委の指導を受けながら作成した報告書につき県教委の調査があることを極度に重く受け止めていたものと認められる。 以上からすれば,m校長の自死は業務上の疾病であるうつ病に起因すると認めるのが相当である。そして,3月8日(自死前日)のクリニック受診時における主治医とのやり取り,自死当日朝のn1教頭との電話内容,当日昼前の教職員に対する声掛け(丙1の1)などからすると,簡単な内容の遺書はあるものの,その自死は,思い詰めた覚悟の上というよりは衝動的に敢行されたものと推認される。 (オ)これらの経過等を総合していえることは,m校長は,赴任前に予期していたところとは大きく異なる教育現場の状況,すなわち,各種膨大な事務の処理,前職時とは全く異なる職場のまとめ方,教育現場における種々の対立点やPTA等との関係調整等の重圧により,次第に心身が疲弊したところに,頼りにしていた教頭が相次いで病に倒れたことへの自責の念も加わり,さらに,教委側からの十分な応援態勢が得られず,異動の見通しも伝えられない状態のもとでTT問題の処理が追い打ちとなり,衝動的に死を選んだ にしていた教頭が相次いで病に倒れたことへの自責の念も加わり,さらに,教委側からの十分な応援態勢が得られず,異動の見通しも伝えられない状態のもとでTT問題の処理が追い打ちとなり,衝動的に死を選んだということであり,これらが自死の主要な要因となったというべきである。 イm校長と教職員らの対立について(ア)もともと,m校長は,自己主張を控え,丁寧に他人の話を聞く傾向があった(乙10の16)ところに,教職員らは,民間人校長に学校現場における問題の所在を理解してもらいたいという心づもりもあって, 国歌,国旗問題をはじめ従来からの学校運営上の課題について,機会あるごとに質問や意見を繰り返していたのであって(甲70,控訴人h〔原審,弁論の全趣旨,これが,校長にとってストレスとなってい〕)たことは,前記自己診断票(乙10の14,妻(乙31)や同僚(乙)10の15,丙1の17・47,丙7)の各陳述からも明らかである。 (イ)しかしながら,教職員からの質問や意見により校長が戸惑い困惑する場面が少なからずあったにせよ,それらの反対により校長の方針が覆ったということは特になかったのであり,教職員らが,民間人校長ということで,殊更,ためにする議論を持ちかけたり,反発や見下した態度で接していたとは認め難いところである。m校長としても,教育現場における意思決定等の在り方が前職時と相当に異なることは認識しており,戸惑いや違和感を感じながらも徐々に自己なりに対応していったものと認められる。 このことは,校長が前記クリニックの主治医に対し,教職員とのコミュニケーションがうまくいかない旨述べていたことはあるものの,その質問や意見等により妨害,混乱させられストレスの原因となっていた旨訴えた形跡が認められない(甲151)ことからも裏付けられるといえる。 ケーションがうまくいかない旨述べていたことはあるものの,その質問や意見等により妨害,混乱させられストレスの原因となっていた旨訴えた形跡が認められない(甲151)ことからも裏付けられるといえる。 (ウ)両報告書においては,m校長が教職員と対立状況にあることを表す経過事実が随所に記載され,特に,運動会の式次第やプログラム,卒業式の式次第やプログラム,平成15年3月7日のやりとりなどの経過事実については,校長と教職員とのやりとり及び教職員の言動が具体的に記述され,教職員らが殊更に反対意見や質問を繰り返したり校長の指示に従わず,校長を追及,反抗して困惑させ,教職員との関係が校長に精神的ストレスを与えていく様子が臨場感をもって描写され,対立状況の具体例となっている。 しかしながら,こうした議論や意見対立は,多かれ少なかれ他の教育現場でも存在したものと推認され(甲40,80,弁論の全趣旨,k)小のみが特別な状況であったとは考えにくいところである。また,教職員らは,日頃から当局側と意見の異なる問題につき,従前の対応と同様に,自己らの見解や立場を明らかにしたものとみられるのであり,その当否の評価は別として,意見表明自体は封じられるべきではないし,結局,基本的には教職員らは校長の提案に協力しているのであって,その経過の一場面を捉えて自己の立場からの特定の評価を下した書き方をするのは,公正,客観的であるべき両報告書の性質に照らし,相当とは思われない。 (エ)以上からすると,m校長は,学校運営を巡る教職員らとの折衝や話合いにストレスを感じていたとはいえるが,それは折々の行事等の場面で個々に生じ,後に尾を引くという性質のものでは本来ないから,これが日々の重圧として校長の心に蓄積していったとは容易に考え難いというべきである。 ウm校長の自死 いえるが,それは折々の行事等の場面で個々に生じ,後に尾を引くという性質のものでは本来ないから,これが日々の重圧として校長の心に蓄積していったとは容易に考え難いというべきである。 ウm校長の自死の要因についてm校長の自死の主要な要因は,上記ア(オ)に説示した点にあるのであって,両報告書が教職員らとの対立等として指摘する点は,これと比べれば遙かに負荷の度合いが低いというべきであるから,両報告書の摘示事実は,自死の主要な要因が控訴人らとの対立にあるという,その重要な部分において真実とは認められないということになる(両報告書の調査とも,校長の通院,治療状況に関する点が極めて不十分であり,教職員らとの対立とみなす事項を詳細すぎるほどに探索したきらいは否めない。 。)したがって,被控訴人らの名誉毀損行為につき,摘示事実が真実であることの証明があったとはいえないから,抗弁としての違法性阻却事由を認めることはできない。 エ以上認定事実に照らし,この名誉毀損行為は一体としてのものとみるのが相当であるから,被控訴人f1県及び同g市は,共同不法行為者として,国家賠償法1条の責任を負うことになる。 (4)損害額について両報告書の公表及びその内容が各紙で報道されたことによって,控訴人らは,自己らの行為がm校長自死の主要な要因となったとして公表されたことになり,職員団体あるいはその構成員で記述対象部署の代表地位にあった者として,自己の名誉(社会的評価)を相当程度に侵害されたものと認められる。 その損害額としては,本件に顕れた一切の事情に,両報告書及びこれを報じた各紙とも控訴人組合の行動とする印象が強い内容となっていることなどを考慮し,控訴人組合につき100万円,控訴人hにつき40万円を認めるのが相当である。また,弁護士費用としての損害は,控訴 れを報じた各紙とも控訴人組合の行動とする印象が強い内容となっていることなどを考慮し,控訴人組合につき100万円,控訴人hにつき40万円を認めるのが相当である。また,弁護士費用としての損害は,控訴人組合につき10万円,控訴人hにつき4万円とするのを相当と認める 争点(3)(転任処分A,B)について,(1)これに関する事実関係は,以上の認定に加え,以下に付加変更するほか原判決「事実及び理由」第3「当裁判所の判断」1(5)から(7)(54頁25行目から59頁11行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 ア原判決55頁5行目末尾に続けて「ただし,教育委員会からの呼出し,に応じたものであり,無断欠席はない」を加える。 。 イ同56頁1行目末尾に続けて「また,控訴人hは,保護者に対し,上,記不在理由を説明し,同席した教頭も,6月4日に教頭も教室に在室しなかった顛末を説明し,保護者らの了解を得た。また,教頭は控訴人hに対し,久しぶりに低学年を担任したことにつき助言した」を加える。 。 ウ同57頁15行目「保護者の原告hに対する不信感が根強かったこと」を「控訴人hが本訴を提起したことから,保護者の中(児童の祖父)で, 同控訴人に不信感を持つ者がいたこと(乙12」に改め,同頁17行目)「しがらみを断ち切れずにいること」に続いて「控訴人組合のg支区,(),執行委員長をしていたことを含む」を,同17行目末尾の次に改行して「ただし,q2小学校長ほか管理職からは,控訴人hに対し,同控訴人の授業や授業態度,学級経営に対する格別の注意や指導はなく,保護者からの苦情伝達もなかった。また,同学校長から,控訴人hに対し,上記内容の転勤意見を提出したことも伝えなかった」を各加える。 。 エ同58頁4行目末尾の次に改行して「以後現在まで 指導はなく,保護者からの苦情伝達もなかった。また,同学校長から,控訴人hに対し,上記内容の転勤意見を提出したことも伝えなかった」を各加える。 。 エ同58頁4行目末尾の次に改行して「以後現在まで,控訴人hはq3,小学校勤務を続け,その間学年主任も務めたが,同控訴人の授業や学級経営に関し,保護者らからの苦情や注文はない。被控訴人らも,同控訴人の教員としての職能等に問題があるとは述べていないところである」を加。 える。 (2)本件各転任処分の違法性の有無についてア県費負担教職員の転任は任免権を有する県教委が裁量権の範囲内において行いうるものである(地方教育行政法23条3号,37条,40条。 )被控訴人県においては,f1県公立学校教職員人事異動方針(乙3)を定め,f1県公立小・中学校教職員人事取扱要領において同方針に則って人事を取り扱う要領を定めている(乙13,14。したがって,県教委)は,上記人事取扱要領に従って県費負担公立小・中学校教職員の人事を執り行うべきであり,それを逸脱した転任処分は,裁量権の逸脱として違法となることがあるものと解される。 イ本件転任処分A(q2小への異動)について県教委は,m校長の自死後,児童,保護者等を含めたk小における混乱を収拾するため,平成15年度の人事異動において大幅な異動を行うこととし,校長,教頭を除くk小の県費負担教職員28名のうち,在職1年未満の者を除いた者のうちから12名を異動させることとし,在職3年であ った控訴人hもその対象者として,本件転任処分Aに及んだことは,上記引用にかかる原判決認定のとおりである。 まず,校長の校内での自死が周囲に及ぼした衝撃からすれば,学校内外の混乱を収拾するためとして大幅な異動計画をたてたことには相応の理由があったというべきである。そして,控訴人 判決認定のとおりである。 まず,校長の校内での自死が周囲に及ぼした衝撃からすれば,学校内外の混乱を収拾するためとして大幅な異動計画をたてたことには相応の理由があったというべきである。そして,控訴人hは異動対象者に含まれていたのであるから,その異動は上記人事取扱要領(乙13)の転任基準に適ったものである。また,転任先は約20分で通勤可能であって勤務条件に格別不利益もないことからすれば,同控訴人を異動させたことにつき,裁量権の逸脱があったとまではいえないというべきである。 控訴人hは,本件転任処分Aが不当労働行為にあたる旨主張する。しかしながら,控訴人hは,控訴人組合のg支区執行委員長として活動していた(甲70,弁論の全趣旨)ものではあるが,本件転任処分Aに至る経緯は上記のとおりであり,本件全証拠をもっても,同処分が不当労働行為意思に基づくものであるとか,これにより組合活動が弱体化したなどの事実は認め難いから,この主張は採用できない。 ウ本件転任処分B(q3小への異動)についてこの転任の経緯は,上記引用にかかる原判決認定のとおりであり,この異動は,控訴人hの残留希望意見にもかかわらず,q2小校長及び市教委の「転任を適当と認める」旨の意見書に基づき,県教委が決定したものであった(乙18,証人r4。 )これは,本件転任処分Aの僅か1年後であって,被控訴人県の平成16年度f1県公立小・中学校教職員人事取扱要領(乙14)によれば,別に定める特別の事情のない限り配置換しない(同要領Ⅰ1(2)ウ)とされているところ,同要領別紙「同一校勤務10年以上の者及び3年未満の者の異動の特例」Ⅱ「同一校勤務3年未満の者の異動の特例」によれば「次,に掲げる場合は,同一校勤務3年未満の者でも教職員課長と協議し同意を 得た上で,異動させることができるものと び3年未満の者の異動の特例」Ⅱ「同一校勤務3年未満の者の異動の特例」によれば「次,に掲げる場合は,同一校勤務3年未満の者でも教職員課長と協議し同意を 得た上で,異動させることができるものとする」とし,1から4までの。 事由が挙げられているが,本件はその1から3には明らかに該当しないから,本件転任処分Bが上記要領の要件を満たすためには「4その他や,むを得ない事情があり,人事管理上特別の配慮を要する場合」に該当することを要することになる。 被控訴人県は,本件転任処分Bの理由として,q2小における控訴人hの授業や学級経営に問題があったこと,控訴人hがk小から転勤してきた教員の中では目立つ存在であったことから保護者との間で良好な信頼関係を築くことが難しかったこと,同控訴人の校長事件とのかかわりがPTAとの関係構築に影響を及ぼしていたこと等の事情があり,そのため,控訴人hをg市外の学校に異動させて,心機一転,授業や学級経営に専念させ,同控訴人の職能の向上を図る目的で,q3小(v2市)に異動させた旨主張する。 たしかに,控訴人hは長年高学年を中心とした理科専任教諭であったところ,q2小で10年ぶりに担任をもち,しかも2年生であったことから,当初は低学年児童に対する細やかな心配りに欠けるところがあり,これが保護者の懸念を招いていたことは同控訴人も認めるところである(当審供述。しかし,上記認定のとおり,2学期以降は学級経営も軌道にのり,)保護者とも信頼関係を築いてきたこと,校長その他の管理職から授業や学級経営について問題を指摘されたことはないこと,担任児童の祖父が控訴人hの本訴提起を問題にしてPTA会長を通じ同控訴人の転勤を要請してきたこと,q2小の校長も,組合活動を含む長年のしがらみを断つためとして異動を求める意見を市教委に提出し こと,担任児童の祖父が控訴人hの本訴提起を問題にしてPTA会長を通じ同控訴人の転勤を要請してきたこと,q2小の校長も,組合活動を含む長年のしがらみを断つためとして異動を求める意見を市教委に提出したこと,転勤先のq3小では授業や学級経営に関し何ら問題は指摘されていないこと(むしろ被控訴人県においては,職能向上の効果があったと評価していること,これらの事実)が認められることは上記認定のとおりである。 そうとすると,被控訴人らが主張する,異動をやむをえないものとする理由のうち,控訴人hの職能向上のためという点については,これを具体的に根拠づける事由に乏しく,控訴人hを嫌忌する児童の祖父の要請というのは異動の理由とはなりえず,結局,被控訴人らの主張内容自体からも,本件転任処分Bを正当とする合理的事由は見出せない。 また,被控訴人県は,控訴人hが「同一市町村に15年以上勤務している者については(中略)他市町村への配置換を積極的に推進する(同要領Ⅰ1(1)イ(乙14)に該当するとも主張するごときであるが,このこ)」とは本件転任処分Aの時点で既に自明のことであって,本件転任処分Bにかかる3年未満の異動の特例の事由とするのは相当とは解されない。 加えて,本件転任処分Bにより控訴人hは通勤時間が従前の20分から50分となり,その負担が相当程度増したことは明らかである。 以上によれば,本件転任処分Bは,被控訴人県の定める「平成16年度f1県公立小・中学校教職員人事取扱要領(乙14。人事異動の基本方」針を示す重要なものであり,本来,これに準拠すべきことが要請されるというべきである)に適合せず,本来重視すべき事項を不当に軽視し,考。 慮すべきでない事由を斟酌したものというべきであり,裁量権の逸脱として違法の評価を免れない。 そして,この経緯から が要請されるというべきである)に適合せず,本来重視すべき事項を不当に軽視し,考。 慮すべきでない事由を斟酌したものというべきであり,裁量権の逸脱として違法の評価を免れない。 そして,この経緯からすれば,本件転任処分Bは,市,県両教委が一連の過失により判断を誤ったものというべきで,被控訴人f1県及び同g市は,共同不法行為者として,国家賠償法1条の責任を負うことになる(なお,控訴人hは,本件転任処分Bについても不当労働行為である旨主張するが,上記説示内容を加味しても,それが認め難いことは前記本件転任処分Aにおけると同じである。 。)エ控訴人hは,違法な本件転任処分Bの結果,僅か1年で転任を余儀なくされたことにより精神的打撃を受けたものと認められる。本件に顕れた諸 般の事情を総合すると,これに対する慰謝料としては60万円を認めるのが相当である。そして,弁護士費用としての損害は6万円を認めるのが相当である よって,控訴人らの,被控訴人県教委及び同市教委に対する各控訴は理由がないから棄却し,被控訴人f1県及び同g市に対する請求は,控訴人ら各自に対し,それぞれ110万円及びこれに対する不法行為後の平成15年12月23日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるから,これと異なる原判決をその趣旨に変更することとして,主文のとおり判決する。 広島高等裁判所第4部裁判長裁判官廣田聰裁判官中山節子裁判官曳野久男

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