【DRY-RUN】主 文 本件控訴を棄却する。 理 由 本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検事正代理検事山本清二郎作成、東京高等検 察庁検事高橋道玄提出の控訴趣意書に記載されたと
主文本件控訴を棄却する。 理由本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検事正代理検事山本清二郎作成、東京高等検察庁検事高橋道玄提出の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、被告人本人提出の検察官の控訴趣意書にたいする反論と題する書面並びに弁護人神道寛次、同小沢茂と同佐藤義弥との共同および同小沢茂提出の各答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもここにこれを引用し、これに対して当裁判所は次ぎのように判断する。 検察官の控訴趣意は、木件公訴事実は、被告人が第一、外務事務官として外務省国際協力局第一課に勤務中、東京都台東区A附近において、ソ連人Bに対し、(一)昭和二八年一二月下旬頃および(二)同二九年一月上旬頃の二回に亘り、職務上知ることのできた秘密たる外務省の秘密文書各一通の写しを交付して閲覧させ、以つてその職務上知ることのできた秘密を漏らしたという国家公務員法違反の事実と第二、法定の除外事由がないのに、同年二月上旬頃、同都新宿区a町b丁目c番地喫茶店「C」において、Dから、対外支払手段であるアメリカ合衆国ドル紙幣二、〇〇〇ドルを取得しながら、これを法定の期間内に所定の外国為替公認銀行に売却しなかつたといら外国為替及び外国貿易管理法違反の事実であるところ、原判決は、右の各事実は被告人が強くこれを否認しており、右第一事実の主たる証拠であるBの検察官Fに対する同年九月一六日附および同月一八目附の各供述調書も、その記載内容を検討すると、Bが被告人と連絡したというイ、場所、ロ、状況、ハ、F検事がBに被告人を識別させるために使つたという被告人の写真、ニ、Bが被告人の筆跡を間違いなく確認できたか否か、ホ、Bと被告人との間になされたという報酬その他の金員の授受およびBの供述を価値づける条件とい Bに被告人を識別させるために使つたという被告人の写真、ニ、Bが被告人の筆跡を間違いなく確認できたか否か、ホ、Bと被告人との間になされたという報酬その他の金員の授受およびBの供述を価値づける条件という諸点で、疑問があつて、その証明力が十分でなく、また第二事実の主たる証拠であるDの同検察官に対する同年八月二四日附、同月二五日附、同月二六日附同月二七日附および同月二八目附の各供述調書も、その記載内容を検討すると、イ、Dが未だ嫌疑すらかかつていない自らの税法違反の事実を進んで供述していること、ロ、同人の米ドル二、〇〇〇ドルが授受された事情ないし経緯についての供述およびハ、同人の供述を価値づける条件といつた諸点で疑問があつて、その証明力が十分でなく、結局、本件各公訴事実については、これを認むるに足りる証拠がなく、犯罪の証明が十分でないとして、被告人に対し無罪の言渡しをしたが、本件捜査の端緒はBの手記の記載にあるところ、同人の前記各供述調書は、多くの証拠によつてその記載内容が裏付けられており、その証明力は十分であるのに、原判決が前記のような五点を捉えて、直ちにその証明力を全面的に否定したのは、明らかに証拠の判断を誤つたものであり、また、Dの前記各供述調書は、その取調べの経過、同人の人物、内容が具体的であること、その内容は多くの証拠によつて裏付けられており、これに対しては何らの反証もないことより考えて、その証明力は十分であるのに、原判決が前記のような三点を捉えて、直ちにその証明力を全面的に否定し去つたのは、明らかに証拠の判断を誤つたものであつて、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな重大な事実の誤認があるといらにあり、これに対する被告人本人および弁護人らの答弁は、本件B調書は、検事Fが国外たるアメリカで、同国にいるBを取り調べた時の調書であり 判決に影響を及ぼすことの明らかな重大な事実の誤認があるといらにあり、これに対する被告人本人および弁護人らの答弁は、本件B調書は、検事Fが国外たるアメリカで、同国にいるBを取り調べた時の調書であり、また同人の署名があるともいえないから、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の検察官面前調書に当らず、また当時Bはアメリカの官憲により日本からアメリカへ拉致され、その支配下にあつたものであるから、かかる状態の下においてなされた同人の供述に任意性があろう筈はなく、右供述調書はいずれも証拠能力がないのはもとより、その内容も虚偽且つ架空のものであつて、真実性のないものであるから、原判決がこれを検討したうえ、少くとも右各供述調書の証明力に疑いを持つたのは当然であり、また、本件D調書は、検察官の所論とは全く逆に、その取調べの経過、その人物の点からいつて信用できないばかりでなく、その内容も虚構であつて、これを裏付けるに足る証拠は何もないから、原判決がこれを検討したうえ、その証明力を否定したのは相当であつて、検察官の論旨はすべて理由がないといらに帰する。 そこで、記録並びに原審で取り調べた諸証拠を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、以下にその当否を検討審究する。 一、序論(一) 本件B調書およびD調書の重要性本件捜査の端緒が何にあつたかは暫らく措き、本件公訴事実中、被告人の身分および職務に関する事実は、外務大臣官房人事課長Eの作成にかかる職員の身分その他に関する件(回答)と題する書面並びに被告人の検察官に対する昭和二九年八月一六目附および同月二五目附の各供述調書によつて明らかであるが、第一の(一)および(二)の国家公務員法第一〇〇条第一項違反の事実と第二の外国為替及び外国貿易管理法第二一条・外国為替管理令第三条違反の事実自体は、被告人が 五目附の各供述調書によつて明らかであるが、第一の(一)および(二)の国家公務員法第一〇〇条第一項違反の事実と第二の外国為替及び外国貿易管理法第二一条・外国為替管理令第三条違反の事実自体は、被告人が捜査の段階以来第一審を経て当審に至るまで終始固くこれを否認しており、全証拠を検討すると、右の国家公務員法違反の点については原審第二四回公判で刑事訴訟法第三二一条第一項第二号により証拠として取り調べられたBの検事Fに対する同年九月一六目附および同月一八日附の各供述調書(以下これをB調書と総称、または順次B調書(1)および同(2)と略称する。)、外国為替および外国貿易管理法違反の点については、同第一三回公判において同右の規定により証拠として取り調べられたDの同検事に対する同年八月二四日附、同月二五日附、同月二六日附、同月二七日附および同月二八日附の各供述調書(前同様、以下これをD調書と総称、または順次日調書(1)・同(2)・同(3)・同(4)および同(5)と略称する。)が、それぞれ、その主たる証拠であつて(尤も、当審では、更らに、第八回公判において、甲、Bの同検事に対する同年九月一八日附供述調書並びに、乙、Dの司法警察員警部補Gに対するイ、同年八月一四日附、ロ、同月一五日附およびハ、同日附の各供述調書と同検事に対するニ、同月一六日附、ホ、同月二六日附およびへ、同月二七日附の各供述調書とが証拠として取り調べられているが、右甲並びに乙のイ、ロおよびハはいずれも、刑事訴訟法第三二八条により取り調べられた証拠であるから、本件公訴事実を認定する証拠とはなし難く、また、同ニ、ホおよびへは、同法第三二一条第一項第二号によつて取り調べられた証拠ではあるが、本件公訴事実に関する限り、直接の証拠たるべきものではない。)、他に有力な証拠は何もないから、被告人を有罪と た、同ニ、ホおよびへは、同法第三二一条第一項第二号によつて取り調べられた証拠ではあるが、本件公訴事実に関する限り、直接の証拠たるべきものではない。)、他に有力な証拠は何もないから、被告人を有罪とするか否かは、一にこれらの各供述調書をいかに判断するかにかかつているものということができる。その意味で、前記B調書およびD調書は極めて重要である。 (二) 供述調書における証拠能力と証明力の問題原判決は、本件B調書とD調書の証拠能力はこれを認め、唯その証明力を否定したに止まるから、論旨は、その証明力を力説するのに終始して、その証拠能力については何ら言及するところがないが、証拠能力と証明力の問題は、元来別個のことがらであるとはいえ、両者は相関連するものであり、証明力は証拠能力を前提とし、証拠能力の問題は証明力の問題に先行するものであつて、答弁もまた、第一審に引き続き、右B調書とD調書の証拠能力の点につき、強い反論を展開しているので、当裁判所においても、ここに、その証拠能力についての一応の判断は、これを示す必要があるものと認める。 二、本論(一) B調書について。 1 その作成経過、形式および内容(1) 作成経過B調書(1)および同(2)は、これを原審第八回ないし第一〇回公判調書中の証人Fの供述記載(以下F証言と略称する。)と対照して考察すれば、いずれも、Bが東京地方検察庁検事Fに対しアメリカ合衆国ヴァージニア州d通所在のeアバートメントf号室で昭和二九年九月一六日と同月一人日に各供述した内容を録取した書面であることが明らかである。そこで、その作成の経過につき案ずると、昭和二九年(一九五四年)一月二七日附H大使発外務大臣宛書簡、同月二八日附外務省発米国大使館宛覚書、同年二月二日附H大使発外務大臣宛書簡、F証言、原審における鑑定 で、その作成の経過につき案ずると、昭和二九年(一九五四年)一月二七日附H大使発外務大臣宛書簡、同月二八日附外務省発米国大使館宛覚書、同年二月二日附H大使発外務大臣宛書簡、F証言、原審における鑑定人Iおよび同Jの各鑑定書、原審第一二回公判調書中の証人Kの供述記載に在米日本国大使館参事官Lの回答書を綜合すれば、F検事が米国内でBを取り調べる意向を表明するに至つたのは、いわゆるB事件についての目本官憲のinquiry(調査・訊問ないし事実の調査一般を意味する。)とこれに対するアメリカ大使館の協力に関する前記書簡および覚書等の外交往復文書の存在に端を発したものであるところ、その後、法務省は、F検事の右発意に基づき、昭和二九年八月下旬外務省に対し、Bを取り調べるため、東京地方検察庁F検事を法務省刑事局M公安課長と共に渡米ざせたいので、米国政府の同意取りつけ方を要請したところ、当時外務省国際協力局第三課長の職にあつたLは、在日米国大使館担当官に右の趣旨を伝え、米国政府の同意方を要請した結果、同年九月上旬右担当官より、米国政府は右両名が渡米し、Bを取り調べることに同意する旨の回答があつたので、これを法務省に伝達し、右両名は通常の手続に従い米国政府の入国査証を受けて渡米し、F検事は米国側の協力を得て、前記の如き日時場所においてBを取り調べたうえ、その調書を作成したことが窺われる。 (2) その形式B調書(1)および同(2)は、いずれも、和文のものと英文のものとより成つているところ(なお、B調書(2)には、和文のものと英文のものとの間に英文の陳述書が挿入してあり、この陳述書には、東京地方検察庁検察事務官通訳Nの訳文がある。)、和文には通訳在アメリカ合衆国日本大使館二等書記官Oの署名押印と東京地方検察庁検事Fの署名押印があり、英文のものには各葉にB してあり、この陳述書には、東京地方検察庁検察事務官通訳Nの訳文がある。)、和文には通訳在アメリカ合衆国日本大使館二等書記官Oの署名押印と東京地方検察庁検事Fの署名押印があり、英文のものには各葉にBなる署名またはその頭文字Bの記載があつて、和文のものと英文のものとを通じF検事の契印がなされており、F証言によると、右B調書(1)および同(2)の各和文は、F検事がBの英語による供述を通訳人Oを介し日本語に通訳録取して作成したものであるが、同検事はこれを更らに同通訳人をして英文に翻訳させた文書を併せて作成せしめたうえ、これを同通訳人をしてBに読み聞かせて閲覧させたところ、同人は和文のものはよく読めないが、翻訳たる英文のものの内容は自分の供述どおりに相違ない旨を申し立て、和文のものには署名せず、その翻訳たる英文のものに署名したものであることが窺われる。 (3) その内容B調書(1)は、Bが本件公訴事実第一の(一)および(二)記載の日時場所で被告人から同記載の秘密文書各一通の写しの交付を受けたという内容のものであり、同(2)は、Bが被告人やDらの日本人を手先きに使つて、ソ連のために諜報活動をしたことを内容とするものである。 2 その証拠能力<要旨>B謂書の作成経過およびその形式は既に述べたとおりであり、F証言および原審第一二回公判</要旨>調書中の証人Kの供述記載によれば、F検事がBを取り調べた際、M課長およびO通訳人のほかは他に同室した者はなく、もちろん監視等もいないところで、極めて平穏裡に取調べが続けられ、その間少しも木人の自由を束縛したり、強制や拷問或るいは脅迫に亘るようなことのなかつたことが窺われ、また、Bがその後も米国から退去せず、証人として原審公判に出頭することのできなかつたことは、昭和三三年(一九五入年)九月五日附米国大使 、強制や拷問或るいは脅迫に亘るようなことのなかつたことが窺われ、また、Bがその後も米国から退去せず、証人として原審公判に出頭することのできなかつたことは、昭和三三年(一九五入年)九月五日附米国大使館発の文書、同翻訳文および昭和三四年六月二五目附法務省入国管理局登録管理官室作成にかかる外国人出入国記録調査書によつて明らかであるから、右調書は刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の書面として、同規定により証拠能力があるものといわざるを得ない。弁護人らは、これに証拠能力がない旨論難するけれども、当裁判所は俄にこれに同調し難く、この点に関する原判断は相当であつて、右非難は当らない。 3 その証明力(1) 憲法第三七条第二項は、「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。」と規定し、被告人の証人尋問権を保障している。本件は諜報活動を繞る国家公務員法違反と外国為替及び外国貿易管理法違反の事件であつて、国民として将たまた国家公務員として最も恥ずべき犯罪であるが、かかる事件だからといつて、その被告人が不当にこの証人尋問権を奪われてもよいという理由はない。 これが憲法第一四条第一項の規定する「法の下に平等」の理念である。 本件につきこれをみるに、既に述べたとおり、Bは本件国家公務員法違反の事実についての唯一且つ最も重要な証人である。検察官が、被告人の起訴を目前にして、わざわざ米国に赴き、親しくその供述を求めた理由もまたそこにあつた筈である。Bが日本からいなくなつた理由が拉致であつたか、脱出であつたかは別とし(庇匿権〈Asylrecht〉ということがあり、「窮鳥懐ろに入れば猟師も殺さず」というから、Bの失路が拉致か脱出かは、同人が窮鳥であつたか否かにかかつている。)、同人 たか、脱出であつたかは別とし(庇匿権〈Asylrecht〉ということがあり、「窮鳥懐ろに入れば猟師も殺さず」というから、Bの失路が拉致か脱出かは、同人が窮鳥であつたか否かにかかつている。)、同人が日本におらず、米国にあつて、原審で公判に証人として出頭できなかつたことは、既に述べたとおりである。 成る程、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号本文は、検察官の面前における供述を録取した書面は、その供述者が国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないときは、これを証拠とすることができる旨を規定しており、B調書(1)および同(2)が一応これに当ることは既に述べたとおりである。尤も、同号には、「但し、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。」との制限がついているところ、本件Bの場合の如く、同人が国外において公判準備若しくは公判期日において供述することができない場合は、公判準備又は公判期日における供述なるものは存しないわけであるから、右但書は、同号本文後段の場合にのみ適用があり、本文前段の供述者が国外にいるため、公判準備若しくは公判期日において供述することができないときには、その適用がないものと解せざるを得ない。しかし、同但書を含む同号本文後段の精神は、右本文前段の場合における供述調書の証明力を判断するに当つては、強く働くべきものと考える。すなわち、公判準備又は公判期日における供述より前の供述を信用すべき特別の情況の存することの制約の下に、公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか、若しくは実質的に異つた供述をした場合、特に検察官の面前における供述調書に法が証拠能力を認めたのは、ひつきよう、その供述調書に強力且つ十分な証明力を認むべきことを考慮に容れた上での立法措置で るか、若しくは実質的に異つた供述をした場合、特に検察官の面前における供述調書に法が証拠能力を認めたのは、ひつきよう、その供述調書に強力且つ十分な証明力を認むべきことを考慮に容れた上での立法措置であることに想いを到せば、本文前段の場合にも、これと同様に、当該検察官の面前における供述調書が強力且つ十分な証明力を有すること、換言すれば、若し供述者が公判準備若しくは公判期日において供述することができた場合、いかなる反対尋問にも耐え、検察官の面前におけると同趣旨の供述を得ることが期待ざれること、つまりその供述内容に真実性の存することが必要であると解すべきである。 以上のような見地に立つて、B調書を見ると、Bの国籍、出生地、氏名および出生の年月日については、その記載があるが、B調書(1)冒頭の第一項には、「私は現在の住居と職業とを言う訳には行かないが、それは身体の安全を守るためであつて他意はない。」との記載がある。これは見逃すことのできない供述であつて、Bは、F検事から取調べを受た際、既に証人として出頭することひいては反対尋問を受けることを拒絶する意思であつたと解するのほかはない。そのよらな意思の下になされた供述は、甚だ無責任な供述ともいえるわけであつて、これに強力且つ十分な証明力があろうとは、到底考えられない。Bの供述は反対尋問に耐えないようなものを含んでいるのではないかとの疑問を払拭できない。 (その余の判決理由は省略する。)(裁判長判事松本勝夫判事龍岡資久判事横田安弘)
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