平成16(わ)28 現住建造物等放火被告事件

裁判年月日・裁判所
平成17年1月27日 神戸地方裁判所
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判決文本文6,600 文字)

主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中330日をその刑に算入する。 押収してあるライター1個(平成16年押第71号の1)を没収する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,神戸市a区b町c丁目d番e号所在の賃貸公社A住宅(鉄骨鉄筋コンクリート造アルミ板葺14階建,床面積合計約8530.97平方メートル)f号室に居住していた者であるが,同住宅所有者のB住宅供給公社から同室の明渡請求訴訟を提起されるなどしたため,自暴自棄となり,同住宅に放火しようと決意し,平成15年10月8日午後1時44分ころ,同住宅f号室の被告人方において,同室台所に置いた布団及び6畳間西側押し入れ内に置いた灯油入り片手鍋に,ライター(平成16年押第71号の1)で点火した新聞紙を投げ込んで火を放ち,その火を同室内の板壁及び天井等に燃え移らせ,よって,Cら124世帯が居住する同住宅内の同室の板壁及び天井等合計約4平方メートルを焼損したものである。 (補足説明)第1 被告人は,捜査段階では判示犯行を自白していたものの,当公判廷においては,以前から被告人を狙って被告人方居室に天井や壁をすり抜けて入り込んでいた『D』の複数の人物が放火したものであると供述して自己の犯行ではないと主張し,また,弁護人は,被告人は,本件犯行当時,妄想性障害に罹患し,病的な体験に直接支配されていたもので,心神喪失ないしは心神耗弱の状態にあった旨主張するが,前掲関係各証拠によれば,犯人性の点を含め判示事実は優に認められるし,また,本件犯行当時,被告人は完全責任能力を有していたものと認められる。その理由について補足して説明する。 第2 犯人性について消防隊員Eの供述(検察官証拠請求番号甲2 は優に認められるし,また,本件犯行当時,被告人は完全責任能力を有していたものと認められる。その理由について補足して説明する。 第2 犯人性について消防隊員Eの供述(検察官証拠請求番号甲2)及び判示A住宅の住民であるCの公判供述によれば,両名は本件火災発生直後に被告人方である同住宅f号室(以下「被告人方居室」という。)に赴いた者であるが,その際,同室は内側からドアチェーンがかかっており,被告人が同室のベランダに一人で立っていたこと,Cが被告人に対し2軒隣のベランダから「危ないから逃げなさい。」と声を掛けると,被告人は「もうええんや。自分で火をつけたから,もうどうせ警察に捕まるから。」などと答え,Cがベランダの壁を破って隣のベランダに至り,さらに同所から声を掛けた際にも,被告人は同様に答えるなどしてベランダから動こうとしなかったことが認められる。弁護人はCの前記公判供述の信用性を争うが,その供述の信用性は十分である。 そして,被告人は,捜査段階においては,前記C供述とほぼ同様の事実経過を含め,本件犯行を自認する供述をしているところ,弁護人は,この自白は,捜査官から「精神病院に入れるぞ。」などと脅迫されてなされたものであり任意性,信用性に欠けると主張するが,供述の任意性を疑わせる事情は何ら認められないし,被告人の前記自白は犯行現場の焼損状況や着火物である片手鍋及び灯油が入ったポリタンクの状況などの客観的状況とも符合し,本件犯行前後の状況や行動経過等について被告人でしか語り得ない事柄を多数含んだ供述であって,その内容は十分信用しうるものである。 以上のとおり,前掲関係各証拠によれば,被告人の犯人性を含め判示事実はこれを認めるに十分である。 第3 責任能力について 1 関係各証拠によれば ,次の事実が認められる。 ものである。 以上のとおり,前掲関係各証拠によれば,被告人の犯人性を含め判示事実はこれを認めるに十分である。 第3 責任能力について 1 関係各証拠によれば ,次の事実が認められる。 (1) 被告人は平成14年7月から判示A住宅に居住していた者であるが,平成15年に同住宅を管理するB住宅供給公社(以下「公社」という。)から被告人方居室の建物明渡請求の民事訴訟を提起され,同年10月15日に建物明渡を命じる判決言渡がなされたが,同判決書(甲30)においては,被告人が同年5月ころ同公社職員に対し「1階上の住宅に住んでいる者は,Dの人間で,天井から侵入してきて,炊飯器,床,食べ物等に薬品を塗りつけて回っている。部屋を変えてほしい。」と述べるなどしたため,同公社職員が現場確認のため被告人宅を訪ねたところ,被告人は「留守中に上の階の者が天井のコンクリートを突き破って侵入し,炊飯器,パン等に薬を塗りたくっている。こんな所で,生活できない。どこでもいいので引っ越しさせろ。」などと同公社職員に大声でわめき散らしたこと,被告人方居室は,入居以来一度も掃除などがされていない様子で,全ての襖と戸,さらに台所の流し台の引き出しにまで鍵がかけられており,このような状態は本件犯行当時まで続いていたこと,被告人はそのころ天井から人が入り込んでいるなどとして被告人方居室の1階上のg号室(F方)に押し掛け「F,出てこい。」などと大声で叫んだこと,同年6月ころ被告人方居室から大量の水を階下に流し,直下のh号室からi号室までに水損被害を及ぼしたこと等の事実が認定されている(なお,この水損被害について,被告人の供述によれば,Dの者が入れ替わり立ち替わり被告人方居室に来て被告人の食器類等に身体に悪い薬を塗るため,その薬を洗い流すためにやったというのである。) れている(なお,この水損被害について,被告人の供述によれば,Dの者が入れ替わり立ち替わり被告人方居室に来て被告人の食器類等に身体に悪い薬を塗るため,その薬を洗い流すためにやったというのである。)。 (2) 被告人は,事件当日,競艇で所持金のほとんどを使い果たし,自宅に帰る途中酒屋でワイン1本とカップ酒2本を買い,自宅でそれらを飲んだ後,本件犯行に及んだ。そして,被告人は,布団と片手鍋に火をつけた後,自殺をしようとベランダに出たが,自分のせいではないことで部屋から追い出されるのに死ぬのは馬鹿らしいとの心情に至って翻意し,前認定のとおり,その場から離れようとせず,結局,消防隊員により救助されて病院において治療を受けた。 (3) 被告人は,捜査段階では,犯行を明確に認める供述をした上,「自分で火をつけたことは間違いありませんので,責任をとり,一日も早く刑務所に入り,刑に服する覚悟です。」「やっぱり自分がやったことは,きちんと自分で責任を取らねばならない。関係ないA住宅の住人には,大変な迷惑をかけたと思い,今のうちに本当のことを話しておかなければならない。」などと供述している。 他方,被告人は,当公判廷においては,本件は自分を狙っていたDの者の仕業であって,自分が犯人ではないと述べて止まないが,その供述態度は,時に攻撃的かつ自己防衛的である。 (4) 被告人は,平成11年9月21日から2か月間G病院に入院する予定であったが,入院当日自主退院した。また,被告人は,同15年5月には腹痛によりH病院に入院中,被害妄想,情動不安定の症状に対し神経科医師から投薬を受けたが,その後の治療を拒否した。これらの通院歴以外,被告人の精神病院等の通院歴については本件証拠上明らかでない。 (5) 捜査段階で被告人の精神鑑定を行った の症状に対し神経科医師から投薬を受けたが,その後の治療を拒否した。これらの通院歴以外,被告人の精神病院等の通院歴については本件証拠上明らかでない。 (5) 捜査段階で被告人の精神鑑定を行った医師Iの鑑定書及び第4回公判調書中の同人の供述部分(以下あわせて「I鑑定」という。)の要旨は以下のとおりである。 被告人は,本件犯行当時,被害妄想を主症状とする妄想性障害(長期にわたる妄想状態の持続を臨床的特徴とする非統合失調症性症候群)に罹患しており,かつ,反社会性の人格傾向が犯罪傾性を強める状態にあった。被告人には,執拗にDの人物から狙われているとする体系化された妄想が持続しており,これは訂正不可能な妄想ではあるが,それとの間に一定の距離があって,例えば,精神障害者として処遇されたくないとして,面接者の医師にその妄想を述べないなど,被告人はその置かれた状況に応じて,被告人の意図に即した言動をすることができるし,妄想に関連する言動を除けば,被告人の感情,会話,行動に顕著な問題はない。また,Dの者が放火したとする被告人の捜査段階の供述は,被告人が常々抱いていた妄想を背景とするものではあるが,主として,責任回避または自らの行為を合理化及び正当化するためになされたものと考えられる。 そして,本件犯行は,被告人において,同人方居宅から民事判決により退去せざるを得なくなることが強く予想されたため,アルコール酩酊による抑制力低下も手伝って,やり場のない憤懣を爆発させ,自暴自棄となって敢行したものであり、被告人の前記妄想に基づいて敢行されたものではない。従って,本件犯行当時,被告人には,自己の行った行為の違法性を弁識しこれに従って行動する能力は基本的に保たれていたものと判断される。 2 検討当裁判所は,I鑑定は,専 れたものではない。従って,本件犯行当時,被告人には,自己の行った行為の違法性を弁識しこれに従って行動する能力は基本的に保たれていたものと判断される。 2 検討当裁判所は,I鑑定は,専門家の合理的見解として首肯すべきものと考えるのであるが,前記1認定事実を前提として,以下,その理由を述べる。 (1) 本件犯行動機の了解可能性本件犯行の動機は,前記の経過で周囲の居住者への迷惑行為が原因で被告人方居室から立ち退かざるを得なくなった被告人が,何もかもが嫌になり,自室に放火した上ベランダから飛び降りて死んでやろうと思ったというものであると認められるところ,その犯行の動機は十分に了解可能である。 (2) 本件犯行の犯行態様,被告人の犯行直後の状況等本件放火の犯行態様は,揮発性が高く燃焼しやすい灯油の入った片手鍋に,古新聞にライターで火をつけたものを投げ込み,布団にも同様の方法で火をつけたというものであるところ,被告人は十分に合目的的行動に出たものと認められる。 また,被告人の犯行直後の様子は,前記のとおり,Cからの避難の呼びかけに対して,ベランダから動くことなく,自己の犯行を認め,どうせ警察に捕まるなどと発言するなど十分了解可能な言動を示しており,異常な言動を示してはいなかった。 (3) 被告人の捜査段階での供述及び犯行についての記憶保持について被告人の捜査段階における供述調書によると,被告人は自己の犯行前後及び犯行当時の行動等について詳細かつ具体的な供述をしており,本件犯行について明確な記憶を保持していたことが認められ,犯行当時,意識は清明であったと認められる。 (4) 総括以上検討したとおり,被告人は,本件犯行当時,妄想性障害に罹 ,本件犯行について明確な記憶を保持していたことが認められ,犯行当時,意識は清明であったと認められる。 (4) 総括以上検討したとおり,被告人は,本件犯行当時,妄想性障害に罹患しており,その日常生活において,一面では,弁護人が主張するような妄想に基づく言動や奇異な行動をとっていたことが認められ,その妄想は訂正不能なものであったけれども,日常生活においても,これと一定の距離を置いて行動することが可能であったこと,被告人の本件犯行は,前記の十分了解可能な動機に基づくものであって,妄想を原因としてなされたものではないこと,本件犯行自体が合目的的に行われていること,犯行直後の被告人の言動は,妄想について何ら言及することがなく,自己の行為の違法性を十分に認識していたこと,被告人の犯行時の記憶が清明に保持されていたことその他前掲関係各証拠により認められる被告人の本件犯行時及び犯行前後の言動等に照らすと,被告人は,本件犯行当時,自己の行為の是非を弁識しそれに従って行動する能力に欠け,あるいはこれに著しく影響を及ぼすような精神的状態にはなく,心神喪失あるいは心神耗弱の状態になかったものと認めるのが相当である。 弁護人の主張は理由がない。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法108条(有期懲役刑の長期は,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項に,裁判時においてはその改正後の刑法12条1項によることになるが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。)に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用し 為時法の刑による。)に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中330日をその刑に算入し,押収してあるライター1個(平成16年押第71号の1)は,判示犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用については刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が居住する共同住宅の自室に放火し,その板壁及び天井等約4平方メートルを焼損した現住建造物等放火の事案である。 犯行に至る経緯は,前認定のように,自室から水損被害を出した被告人が,同室を管理する公社から建物明渡訴訟を提起され,これに敗訴しそうな状況にあったことから,自暴自棄になり本件犯行に及んだものであり,このような犯行に至る経緯に格別斟酌すべきものはなく,犯行の動機は自己中心的かつ短絡的である。 また犯行態様をみると,可燃物が散乱している自室内で灯油入りの片手鍋及び布団に放火したもので,犯行当時A住宅には124世帯216名の者が居住していたことを併せ考えると,危険で悪質な犯行であるといわねばならない。 さらに,被告人は賃借している共同住宅に放火したものであって,焼損結果や消火活動に伴う水損被害等により,A住宅の所有者である公社には少なからぬ財産的損害が生じており,また,消防車両15台,ヘリコプター1機が出動した本件火災によりA住宅の居住者等地域住民が被った不安感は大きく,生じた結果は重大である。 ところが,被告人は,本件放火による被害弁償を全く行っていないばかりか,将来被害弁償のなされる見込みもない。 このような事情に加 宅の居住者等地域住民が被った不安感は大きく,生じた結果は重大である。 ところが,被告人は,本件放火による被害弁償を全く行っていないばかりか,将来被害弁償のなされる見込みもない。 このような事情に加え,被告人が平成8年に傷害罪による懲役前科を有することを併せ考慮すると,被告人の刑事責任は相当に重いというべきである。 他方で,前認定のように責任能力には問題がないものの,被告人は妄想性障害に罹患していることが認められ,これが被告人が追いつめられた心情に至った遠因となっていること,被告人の強硬な治療拒絶の態度からは困難が予想されるとはいえ,今後,医学的治療が必要であると窺われること,本件建物は鉄骨鉄筋コンクリート造の耐火構造の集合住宅であるところ,速やかな通報や適切な消火活動の結果幸いにして人的な損害や他の居室への延焼は生じておらず,焼失面積は約4平方メートルに止まったこと,未決勾留が約1年間に及んだこと,捜査段階においては被告人なりの反省の情を示していたことなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。 そこで,これらの事情を総合考慮して,主文のとおり量定した。 平成17年1月27日神戸地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官杉森  研  二 裁判官橋  本一 裁判官三重野真人

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