- 1 -平成23年3月30日判決言渡平成20年(ワ)第33106号損害賠償請求事件判決 主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は,原告らの負担とする。 事実 及び理由 第1 請求 1 被告らは,原告Aに対し,連帯して3440万6412円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,原告Bに対し,連帯して1366万8803円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告らは,原告Cに対し,連帯して1366万8803円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告らは,原告Dに対し,連帯して1366万8803円及びこれに対する平成18年11月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は,亡E(以下「E」という。)の相続人である原告らが,被告F(以下「被告F」という。)が開設し,運営していたG病院(以下「被告病院」という。)において,Eが早期胃癌について胃切除手術を受けた後に敗血症性ショックによる多臓器不全により死亡したことにつき,被告病院の担当医師らには,Eに対し,バンコマイシンを投与すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った注意義務違反があり,これにより,Eが,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下「MRSA」という。)に起因するMRSA腸炎を主病因とするMRSA敗血症等による多臓器不全により死亡したと主張し,被告Fに対し,- 2 -不法行為(使用者責任)に基づき,損害賠償を求めるとともに 「MRSA」という。)に起因するMRSA腸炎を主病因とするMRSA敗血症等による多臓器不全により死亡したと主張し,被告Fに対し,- 2 -不法行為(使用者責任)に基づき,損害賠償を求めるとともに,被告Fが代表者を務め,被告病院をその後運営するようになった被告医療法人社団H(以下「被告法人」という。)が,被告Fの原告らに対する上記損害賠償債務を併存的に負担した,あるいは被告法人が被告病院の名称を続用していることなどから,商法17条1項の法意を斟酌した信義則ないしは禁反言の法理に基づいて,被告法人は被告Fの債務を併存的に負担するものと解するべきであると主張し,被告法人に対しても,被告Fと連帯しての損害賠償を求めた事案である。 2 前提となる事実(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。証拠等を掲記しない事実は,争いのない事実である。) 当事者ア原告A(以下「原告A」という。)は,E(昭和11年11月6日生まれの男性)の妻であり,原告B(以下「原告B」という。),同C(以下「原告C」という。)及び同D(以下「原告D」という。)は,いずれもEと原告Aとの間の子である。 イ被告Fは,昭和61年から肩書地において被告病院を開設し,運営していたところ,平成19年9月13日に被告法人を設立した。被告法人は,平成20年1月1日以降,被告病院を運営している。(乙A26,弁論の全趣旨) Eに対する診療経過ア被告病院入院までの診療経過Eは,平成18年(以下特に断りがない限り,日付は平成18年のものである。)8月1日,胃がチクチク痛むとの主訴により,埼玉県北足立郡伊奈町所在のI病院(J医師)を外来受診し,同月4日の同病院外来受診時における胃内視鏡検査の結果,胃体下部小湾前壁よりに分化型の癌が である。)8月1日,胃がチクチク痛むとの主訴により,埼玉県北足立郡伊奈町所在のI病院(J医師)を外来受診し,同月4日の同病院外来受診時における胃内視鏡検査の結果,胃体下部小湾前壁よりに分化型の癌があると診断された。その後,Eは,10月3日にも同病院を外来受診し,再度,胃内視鏡検査を受けた。 - 3 -Eは,10月27日,知人から被告病院のK医師(以下「K医師」という)の紹介を受け,被告病院を初めて外来受診し,L医師(以下「L医師」という。)の診察を受けた。Eは,その際,胃透視レントゲン検査及び胃内視鏡検査を受け,低下部小湾前壁に早期癌肉眼分類Ⅱc+Ⅲ,Ⅴグループの癌があり,粘膜下層から筋層に浸潤が見られるとして,手術の必要があると診断された。 Eは,被告病院において,同月28日の外来受診時にバリウム検査を,同月30日の外来受診時にCT検査及び超音波検査を,11月11日の外来受診時に大腸内視鏡検査をそれぞれ受けた。(乙A1[3,4,79,81ないし84,96],27,28)イ被告病院入院から11月18日までの診療経過Eは,11月16日,被告病院に入院し,下剤投与等の術前処置を受けた。 Eは,同月17日午後1時31分ころから午後4時20分ころまでの間,K医師の執刀により,胃切除手術(幽門側胃切除,リンパ廓清,ビルロートⅠ法による再建術)を受けた。 Eの同日午後4時30分ころのガーゼ(包帯)交換時における状態は,体温37.2度,血圧は収縮期圧134㎜Hg,拡張期圧76㎜Hg(以下単位を省略し,収縮期圧/拡張期圧で表す。),脈拍は1分間当たり60回(以下1分間当たりの回数の数値のみを示す。)であり,このころから輸液500mℓの点滴投与が開始された。Eの同日の状態は,午後4時45分ころは血圧130/78,脈拍58であり,午後 分間当たり60回(以下1分間当たりの回数の数値のみを示す。)であり,このころから輸液500mℓの点滴投与が開始された。Eの同日の状態は,午後4時45分ころは血圧130/78,脈拍58であり,午後5時30分ころは体温37.3度,血圧122/76,脈拍60であり,午後7時ころは血圧120/84,脈拍60であった。Eは,このころから,MRSA防止の観点も含めて,セフェム系第2世代の抗生剤であるパセトクール1gの点滴投与を受けた。Eの同日午後9時ころのガーゼ交換時における状態は,- 4 -体温36.6度,血圧110/58,脈拍55であり,ガーゼ上層まで浸出液があった。 Eの同月18日の状態は,午前0時ころは体温36.5度,血圧114/66,脈拍58,午前6時ころは体温37.0度,血圧110/60,脈拍60,午前10時30分ころは体温37.3度,血圧132/82,脈拍65,午後3時ころは体温36.8度,血圧130/80,脈拍65,午後6時ころは体温37.0度,血圧132/90,脈拍85,午後9時ころは体温36.4度,血圧142/90,脈拍85であり,医師回診時において,手術創はきれいな状態で浸出液はうすく血性であり,全身状態は良好であると診断された。なお,Eに対し,同日午前9時ころと午後3時ころに,パセトクール各1gが点滴投与された。(乙A1[18,19,53,59,60],4,27,28)ウ 11月19日の診療経過Eの11月19日の状態は,午前6時ころは体温37.4度,血圧174/104,脈拍75,午前8時ころは血圧154/84,脈拍85,ガーゼ交換時において淡々血性ないし黄色の浸出液が見られ,午前10時ころは体温37.8度,血圧122/64,脈拍110で,E自身は特に変わりない旨述べていた。なお,Eは,同日午前9時ころから, 5,ガーゼ交換時において淡々血性ないし黄色の浸出液が見られ,午前10時ころは体温37.8度,血圧122/64,脈拍110で,E自身は特に変わりない旨述べていた。なお,Eは,同日午前9時ころから,パセトクール1gの点滴投与を受けた。 Eは,同日午後1時50分ころ,マーゲンチューブ(胃管)を自己抜去した。これにつき,Eは,動いていたら抜けてしまったと説明した。 Eは,同日午後2時ころ,体温39.3度,血圧120/64,脈拍115となり,意味不明な発言が見られ,多量の発汗があった。そこで,Eに対し,ロピオン(解熱剤)1A(アンプル)の点滴投与が開始された。 Eは,同日午後3時ころ,体温37.1度と下降したが,多量の発汗があり,Eに対し,パセトクール1gの点滴投与が開始されるとともに,輸液- 5 -500mℓが追加された。 Eは,同日午後6時ころ,体温39.8度と上昇し,血圧114/74,脈拍110となり,悪寒及び顔色不良が認められ,起きあがろうと何回かするが起きられない状態となった。そこで,Eに対し,午後6時25分ころから,ロピオン1Aの点滴投与が開始された。 Eは,同日午後8時50分ころ,多量の発汗及び尿量の減少があり,倦怠感がある旨述べていたところ,午後9時ころの状態は,体温34.9度と低下し,脈拍106であり,尿量の減少と多量の発汗が継続していた。 (乙A1[60,63])エ 11月20日の診療経過(転院まで)Eは,11月20日午前0時ころ,入眠中も尿量の減少が見られた。そこで,輸液500mℓが追加された。 Eは,同日午前2時20分ころには,体温38.0度,血圧92/60,脈拍106で,トイレに行こうとして立てず,ふらつきのある状態で,水様便が多量にあり,クーリングの処置がされた。 Eは,同日午前6時ころには,体温39 0分ころには,体温38.0度,血圧92/60,脈拍106で,トイレに行こうとして立てず,ふらつきのある状態で,水様便が多量にあり,クーリングの処置がされた。 Eは,同日午前6時ころには,体温39.3度,血圧88/60,脈拍110となり,全身の色が不良で,全身の倦怠感を訴えており,G音(グル音,腸のぜん動運動の音)は弱めで,SaO2(動脈血酸素飽和度)は89ないし90%(以下単位は省略する。)であった。被告病院の看護師は,Eに対し3点クーリングを実施するとともに,この状態を当直医に上申したところ,当直医は,Eに対し酸素を投与するよう指示し,同日午前6時15分ころ,Eに酸素2ℓの投与が開始された。 Eは,同日午前7時30分ころに看護師が病室を訪れると,ベッドからずり落ちそうになっており,黄緑色の水様便を多量に失禁し,体動が困難な状態で,体温38.0度,血圧90/68,脈拍110であった。そのため,被告病院の看護師は,Eに対し,清拭するとともに,ガーゼ,病衣- 6 -及びおむつの交換を行った。 Eは,同日午前10時50分ころ,体温37.8度,血圧100/72,脈拍110であった。L医師は,このころ,Eに対し,輸液とともに,メロペン(カルバペネム系の抗生剤)1gの点滴投与を開始した。 Eは,同日午後0時30分ころ,「6ぱっかな」などと発語し,会話のつじつまが合わず,呂律に障害が現れ,四肢麻痺やしびれはなく,末梢の冷感が認められ,体温38.3度,血圧100/70,脈拍128であり,緑色水様便の失禁が多量にあった。被告病院の看護師は,Eに対し,湯たんぽの使用を勧めたが,Eはこれを拒否した。 Eの状態は,同日午後2時10分ころには体温38.8度,血圧110/70,脈拍132であり,同日午後3時50分ころには体温36.8度,血圧118/6 たんぽの使用を勧めたが,Eはこれを拒否した。 Eの状態は,同日午後2時10分ころには体温38.8度,血圧110/70,脈拍132であり,同日午後3時50分ころには体温36.8度,血圧118/68,脈拍122で発汗が大量にあり,体温低下がある一方,血圧低下は見られなかった。 Eは,同日午後4時30分ころ,「少ししゃべりづらい」と発語し,呂律障害が認められたが,四肢の麻痺はなかった。また,握力の左右差はなく,呼吸はやや努力様であったが,呼吸苦はないとのことであった。 L医師は,Eに対し,同日午後4時45分ころ頭部CT検査を行った。 Eは,その後病室に戻った同日午後4時55分ころ,焦点が徐々に合わなくなった。そこで,Eに対し,同日午後4時57分ころ,呼吸心拍監視装置を装着したところ,心拍数は90台であったが,同日午後4時58分ころには呼吸停止状態になるとともに心拍数は30台に低下したことから,アンビューバッグによる人工呼吸の措置がとられ,同日午後4時59分ころには心停止となったことから気管挿管及び心臓マッサージが実施され,同日午後5時からはボスミン(血管収縮薬)1A,硫酸アトロピン(末梢神経系用薬)1Aの投与が開始され,同日午後5時1分ころの脈拍は50,同日午後5時3分ころにソル・メドロール(副腎皮質ホルモン剤)1g,- 7 -同日午後5時5分ころにメイロン(炭酸水素ナトリウム剤)4Aの投与がそれぞれ開始され,同日午後5時7分ころには人工呼吸器が装着されたところ,そのころ心拍数は174となった。Eは,同日午後5時30分ころには,脈拍は150あったものの血圧測定ができなかった。 K医師及びL医師は,原告らに対し,同日午後6時ころ,Eの状態について説明を行った。 Eは,同日午後6時15分ころには脈拍152となり,同日午後7時ころには あったものの血圧測定ができなかった。 K医師及びL医師は,原告らに対し,同日午後6時ころ,Eの状態について説明を行った。 Eは,同日午後6時15分ころには脈拍152となり,同日午後7時ころには体温37.9度,脈拍140,意識レベルはJCSⅢ-200(刺激しても覚醒しないが,手足を少し動かしたり,顔をしかめたりする。)の状態であり,同日午後7時20分には自動血圧計で血圧113/68(実測は測定不可)であり,同日午後7時25分には脈拍130で徐々に自発呼吸が出てきており,同日午後7時40分には右肺呼吸音は弱く左肺の換気は聴診でき,鼠径部の脈は徐々に強くなっている状態で,同日午後8時ころには末梢に冷感があり,同日午後8時30分ころには血圧測定不可,脈拍140となり,同日午後8時40分ころには腹部にガスがあり軽度に張っている状態で,自発呼吸はあるが挿管により酸素補助をしている状態となった。 被告病院の担当医師は,同日午後9時25分ころにはメイロン100mℓを投与し,同日午後9時30分ころ,Eに心エコー検査及び胸部エコー検査を施行したが,特段の所見は認められず,人工呼吸補助換気の調整が行われた。 Eは,同日午後9時50分ころには体温40.2度,血圧90/S,脈拍142となり,同日午後10時ころには血圧90/S,心拍数130ないし150台となり,午後10時30分ころの血糖値は334mg/dℓ(以下単位を省略する。)であり,同日午後10時50分ころには末梢の冷感は徐々に軽減するもチアノーゼが見られ,同日午後10時55分ころ- 8 -には血圧60台,脈拍138となった。 Eは,同日午後11時ころ,M大学附属N病院(以下「M大N病院」という。)へ,救急車により転送されることとなり,K医師が,被告病院の麻酔科医であるO(以下「O医師」という 台,脈拍138となった。 Eは,同日午後11時ころ,M大学附属N病院(以下「M大N病院」という。)へ,救急車により転送されることとなり,K医師が,被告病院の麻酔科医であるO(以下「O医師」という。)と共に,これに帯同した。 (乙A1[20ないし23,62ないし64,111],25,27,28)オ転院から死亡までの診療経過Eは,11月20日午後11時31分ころ,M大N病院に搬送された。 Eのそのころの状態は,体温40.1度,呼吸1分間当たり31回(以下1分間当たりの回数の数値のみを示す。),脈拍144,血圧53/32であり,挿管下アンビューバッグによる呼吸補助が行われており,血圧低下著明,四肢熱感,腹部膨隆が認められ,意識レベルはJCSⅢ-300(刺激しても覚醒せず,全く動かない状態)であった。 Eは,同月21日,人工呼吸器での呼吸管理が行われ,血圧は85/50(ノルアドレナリン,ドブタミンなどの昇圧剤投与下)で,尿量低下が認められ,動脈血ガス分析上,アシドーシス,高乳酸血症が持続し,重症のショック状態であり,その原因として敗血症が疑われ,多臓器不全で意識障害,DIC(播種性血管内凝固症候群)を併発していると診断され,エンドトキシン吸着療法,持続的血液浄化法(持続的血液透析)が施行されたが,血圧(収縮期圧)は70ないし80程度で推移し,重症な全身性炎症所見が認められた。また,同日午前1時39分ころ採取されたEのドレーン排液,同日午前1時40分ころにEの右上腕から,午前1時42分ころにEの左上腕から採取された各血液,同日午前10時50分ころにEから採取された血液のいずれからも,菌は検出されず,同日午後3時30分時点において,真菌感染,細菌感染,ウイルス感染等,感染症による多臓器障害の疑いはあるものの,原因となるような指標をつか ころにEから採取された血液のいずれからも,菌は検出されず,同日午後3時30分時点において,真菌感染,細菌感染,ウイルス感染等,感染症による多臓器障害の疑いはあるものの,原因となるような指標をつかむことができ- 9 -なかった。 Eは,同月22日午前0時54分ころに中心静脈カテーテルから採取された血液からも菌は検出されず,その後も人工呼吸器による管理が継続されたが,血圧(収縮期圧)は60台ないし40台と治療に反応がなく,代謝性アシドーシスが進行し,血圧を維持するのが困難となり,同日午後9時44分ころ,死亡が確認された。(甲A4の1及び2,甲A5[2,3,8,10,13ないし16,18,19,48ないし51,64,65],乙A2) E死亡後の事実経過Eに対し,東京都監察医務院の担当監察医による解剖が実施された結果,Eの死因は,偽膜形成性腸炎に起因する敗血症性ショックによる多臓器不全とされた。また,Eの血液,髄液及び腸管内容からMRSAが検出された(甲A1,2)。 被告病院及びM大N病院は,Eの死亡につき,診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業の申請をし,同事業東京地域評価委員会は,平成20年2月,病理解剖の結果から偽膜性腸炎の存在は明らかで臨床的にも矛盾せず,また,敗血症性ショックであったことも強く推定されるが,偽膜性腸炎に基づく敗血症性ショックによる多臓器不全であると推測する多数派意見と,敗血症性ショックであったことは強く推定されるが偽膜性腸炎に基づく敗血症性ショックと断定することは困難であるという少数派意見とに分かれ,偽膜性腸炎が術後にみられることは稀ではないと考えられるが,このような激烈な経過をたどり,死に至ることは極めて稀なケースといわざるを得ず,急激な変化を来した今回の経過中から何か通常の偽膜性腸炎とは異 膜性腸炎が術後にみられることは稀ではないと考えられるが,このような激烈な経過をたどり,死に至ることは極めて稀なケースといわざるを得ず,急激な変化を来した今回の経過中から何か通常の偽膜性腸炎とは異なる原因を確定することは困難と考えられる,患者家族より病院管理体制,患者及び患者家族との説明と同意に関して問題点があったとの指摘があり,院内感染対策,病院,担当医相互の密なる連絡網体制の整備等,今後改善すべき点が少なく- 10 -ない,とするモデル事業評価結果報告書を作成した(甲A4の1及び2,甲A5[19],乙A2)。 原告Aは,平成20年7月31日付けで,独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下「機構」という。)に対し,Eの死亡が被告病院で投与されたパセトクールの副作用に起因する偽膜性大腸炎によるものであるとし,医薬品副作用に対する救済給付として,医療費及び医療手当,遺族年金並びに葬祭料の支給を請求したところ,機構は,平成21年2月9日付けで,医療費5万0470円,医療手当3万3800円,遺族年金年額237万8400円,葬祭料19万9000円の支給決定をした(甲C2の1ないし3)。 3 争点 被告病院の担当医師らにおいて,11月20日午前2時20分ころ又は遅くとも同日午前6時ころの時点において,Eに対し,バンコマイシンの経口及び点滴による投与を行わなかった注意義務違反の有無 被告病院の担当医師らの前記⑴の注意義務違反とEの死亡との間の因果関係の有無 原告らが被った損害の有無及びその額 機構が,医薬品副作用被害救済制度に基づき,原告らに給付した葬祭料,遺族一時金及び遺族年金の各給付を損害額から控除することの可否 被告法人の本件損害賠償債務の併存的負担の有無 4 争点についての当事者の主張 争点(被告病 づき,原告らに給付した葬祭料,遺族一時金及び遺族年金の各給付を損害額から控除することの可否 被告法人の本件損害賠償債務の併存的負担の有無 4 争点についての当事者の主張 争点(被告病院の担当医師らにおいて,11月20日午前2時20分ころ又は遅くとも同日午前6時ころの時点において,Eに対し,バンコマイシンの経口及び点滴による投与を行わなかった注意義務違反の有無)について(原告らの主張)ア被告病院の担当医師らは,11月20日午前2時20分ころ又は遅くとも同日午前6時ころの時点で,EがMRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎- 11 -に起因する敗血症性ショック状態であると診断できたこと Eの11月20日午前2時20分ころの状態Eは,術後第1病日の11月18日(土曜日)の最高体温37.8度であり,血圧130ないし142,174/80ないし90,104,尿量1日当たり1850mℓと安定していた。血液・生化学的所見では,WBC(白血球数)9200個/μℓ(以下単位は省略する。)と術後経過は良好であった。 ところが,術後第2病日(同月19日(日曜日))午後2時ころには,39.3度の発熱,意味不明な発言,発汗多量があり,また,同日午後6時ころには39.8度,悪寒,顔色不良,脈拍110,血圧114/74となっている。Eは術直後から順調な経過であったことから,同日午後2時ころの時点の高熱,意味不明な発言,発汗多量の段階で,感染症の発症を含む何らかの異常事態が予測される状況であった。したがって,このころ,被告病院の担当医師らは,感染症を含む何らかの異常事態を予測し,診察を行い,また更に1ないし2時間後にも状況を確認すべきであり,又は看護師に対し,報告するように指示をすべきであった。 また,同日午後6時ころには体温39.8度, を含む何らかの異常事態を予測し,診察を行い,また更に1ないし2時間後にも状況を確認すべきであり,又は看護師に対し,報告するように指示をすべきであった。 また,同日午後6時ころには体温39.8度,悪寒,顔色不良,脈拍110,血圧114/74であり,この時点で重症感染症を疑うべき症状であり,病状が急激に進展する危険性が考えられたのであるから,被告病院の担当医師らは,診察し,一般的な理学所見,血液生化学検査,胸腹部レントゲンなどを検討すべきであり,かつ,以後注意深く経過観察をすべきであった。 さらに,Eは,同日午後9時ころには尿量が減少しており,この時点でショックへの進展が疑われたのであるから,一層厳重な経過観察が必要であった。 また,被告病院の担当看護師は,同日午後2時ころの時点で明らかに- 12 -意識障害を認識しているのであるから,以後頻繁に体温,血圧,尿量を測定すべきであり,かつ,医師に診察を促すべきであった。 以上のような経過を経たうえで,さらに加えて,術後第3病日(同月20日(月曜日))午前2時20分ころ,Eに多量の下痢があったのであるから,被告病院の担当医師らは,この時点で抗菌薬関連性腸炎と診断しなければならず,特にMRSA腸炎を疑わなければならなかった。 また,発熱,低血圧(92/60),尿量減少,意識障害があったのであるから,この時点で敗血症性ショックの状態と診断しなければならなかった。 Eの11月20日午前6時ころの状態以上の経緯に加えて,Eは,11月20日午前6時ころまでには,全身色不良,悪寒,SaO289ないし90,血圧88/60の状態を呈しており,このころ被告病院の担当医師に上申がなされているのであるから,被告病院の担当医師は,遅くともこのころまでには,抗菌剤関連性腸炎,特にMRSA腸炎を疑わ ないし90,血圧88/60の状態を呈しており,このころ被告病院の担当医師に上申がなされているのであるから,被告病院の担当医師は,遅くともこのころまでには,抗菌剤関連性腸炎,特にMRSA腸炎を疑わなければならなかった。 被告病院の担当医師らは,Eの状態を確認した時点で,本件患者がMRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎に起因する敗血症性ショック状態であると診断できたこと一般に,術後にみられる下痢には,消化管切除(特に小腸,大腸)による消化管液の吸収障害によるもの,消化管ぜん動亢進薬によるもの,抗菌薬関連性腸炎の3つの可能性が考えられるところ,本件患者は発熱を伴っていることから,前二者については否定的である。したがって,抗菌薬関連性腸炎,具体的には,MRSA腸炎かクロストリジウムディフィシル(Clostridiumdifficile)による偽膜性腸炎が当然考えられなければならなかった(甲B11)。中でも,MRSA腸炎は,その重篤性と生命予後が必ずしも良好でないことに照ら- 13 -せば,明確な除外診断ができない限り,治療の際に念頭におかれなければならなかった。 そして,Eにおいては,特徴的な激しい下痢の以前から,発熱,意味不明な発言,発汗多量,尿量減少,悪寒,顔色不良,頻脈,血圧低下,意識障害等の,MRSA腸炎の発現と見ることが可能な臨床症状が見られていたものであり,11月19日午後6時ころには既に重症感染症が疑われる状態にあり,同日午後9時ころにはショックへの進展が疑われる状態にあったのであるから,プロスペクティブな判断としても,遅くとも,典型症状である下痢が発生した時点(同月20日午前2時20分ころ)においては,MRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎と診断すべきであった。かつ,その時点では既に敗血症性ショックというべき状態だ くとも,典型症状である下痢が発生した時点(同月20日午前2時20分ころ)においては,MRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎と診断すべきであった。かつ,その時点では既に敗血症性ショックというべき状態だったのであるから,直ちにMRSA腸炎に対して有効な治療(具体的には,バンコマイシンの経口及び点滴による全身投与,並びに,十分量の輸液による脱水の適切な補正)が開始されなければならなかった。 イ MRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎に起因する敗血症性ショック状態の患者に対しては,直ちにバンコマイシンを経口及び点滴により投与を行うべきであることMRSA腸炎に対する治療方法は,バンコマイシンの経口投与が基本であるが,治療開始が遅れた場合や重篤化の場合は点滴による全身投与(静脈投与)が必要である。 担当医は,11月20日午前2時20分ころの時点で,抗菌薬関連性腸炎,特にMRSA腸炎を疑い,その治療として,バンコマイシンの経口投与を開始すべきであった。これは,本例のように胃手術後数日であっても経口投与を試みるべきであった。さらに,下痢があった時点で血圧も低下しているのであるから,直ちに抗ショック療法を開始し,下痢の量を測定もしくは推測して,十分量の輸液を行うべきであった。 - 14 -また,前日の同月19日午後2時ころの時点で高熱,同日午後9時ころの時点で尿量の減少が確認されているのであるから,この時点で既に敗血症性ショックを考え,バンコマイシンの静脈投与を直ちに開始すべきであったし,仮にそうでないとしても,少なくとも,症状の速やかな改善が見られなければバンコマイシンの静脈投与を直ちに開始する準備を行うことを検討し,どんなに遅くとも同月20日午前6時ころ(前述のとおり,このころまでに全身色不良,悪寒,SaO289ないし90,血圧88/60の ればバンコマイシンの静脈投与を直ちに開始する準備を行うことを検討し,どんなに遅くとも同月20日午前6時ころ(前述のとおり,このころまでに全身色不良,悪寒,SaO289ないし90,血圧88/60の状態を呈しており,このころ担当医師に上申がされている。)には,バンコマイシンの静脈投与を開始しなければならなかった。 なお,バンコマイシンの濫用はバンコマイシン耐性菌化又はバンコマイシン低感受性のMRSAの発生を導く危険性があり,バンコマイシンの投与には極力慎重を期すべきであると指摘されるが,バンコマイシンの投与が必要な患者には正しく投与されなければならず,本件のように,症状が激しく,細菌培養結果を待っている余裕がない場合には,疑いの段階で,グラム染色や細菌培養などの検査結果を待たず,バンコマイシン投与を開始してもやむを得ない。 ウ Eに対してバンコマイシンの投与が行われなかったこと(投与義務違反の具体的態様)しかしながら,本件においては,現実には,被告病院の担当医師らは,抗菌薬関連性腸炎であることもMRSA腸炎であることも全く疑わず,したがって,バンコマイシンの投与を全く行わなかった。 エ被告らの主張に対する反論 M大N病院における診療経過についてMRSA腸炎においては,便培養を行わなければMRSAは検出されないから,血液やドレーン排液からMRSAが検出されなかったとしても,それゆえにMRSA感染は否定されない。 - 15 -M大N病院の医師らがMRSA腸炎を想定した治療を行っていなかったとしても,それは,被告病院からEの病状経過を正確に知らされていなかったことによるものである。また,仮にそうでないとしても,M大N病院においても,本来はMRSA腸炎を疑った治療をすべきだったものであり,M大N病院がMRSA腸炎に対する治 過を正確に知らされていなかったことによるものである。また,仮にそうでないとしても,M大N病院においても,本来はMRSA腸炎を疑った治療をすべきだったものであり,M大N病院がMRSA腸炎に対する治療を開始していなかったとしても,そのことが被告らの責任を免ずべき理由にはならない。 バンコマイシンの投与義務に関して培養検査結果判明前にバンコマイシンを投与することは,MRSA,腸球菌,CNS(コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)などが高頻度の施設でのみ是認されるというものではない。 (被告らの主張)ア Eの病態経過では,本件患者をMRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎に起因する敗血症性ショック状態と診断できないこと Eの11月20日午前2時20分ころの状態MRSAの臨床症状としての下痢は,1日20数回,2000ないし4000gの下痢という頻回多量であるのに対して,Eは11月20日午前2時20分ころに便失禁が認められているものの単発でありかつ大量ではなく,MRSA腸炎に典型的な頻回多量の下痢とは異なり,MRSAを疑うことはできなかった。 Eの同日午前2時20分ころの体温は38.0度であるが,それより以前の同月19日午後2時ころは39.3度,午後6時ころは39.8度,午後9時ころは34.9度,また20日午前2時20分ころ以降も午前6時ころは39.3度,午前7時30分ころは38.0度,午前10時50分ころは37.8度であり,感染性ショックの場合の発熱は39度以上とする見解もある(乙B13〔58頁表3-4〕)ことに照らすと敗血症性ショックを裏付けるような程度の発熱ではない。この間,- 16 -同月19日午後6時ころにはロピオン1A投与,同月20日午前2時20分ころ及び同日午前6時ころにクーリングが実施されているが,本件のような激烈な けるような程度の発熱ではない。この間,- 16 -同月19日午後6時ころにはロピオン1A投与,同月20日午前2時20分ころ及び同日午前6時ころにクーリングが実施されているが,本件のような激烈な症状経過をたどる症例であれば,上記の程度の解熱処置で数値がマスキングされることは考え難い。 同月19日午後6時ころの血圧114/74からみると同月20日午前2時20分ころの92/60は数値上低下しているが,それ以降午前6時ころが88/60,午前7時30分ころが90/68,午前10時50分ころが100/72,午後0時30分ころが100/70,午後2時10分ころが110/70,午後3時50分ころが118/68と上昇傾向であることからみると,同日午前2時20分ころの血圧は敗血症性ショック症状としての血圧低下とはいえない。 また,尿量についても同月19日午後3時ころから午後6時ころまでの3時間で80mℓ,午後6時ころから午後9時ころまでの3時間で40mℓ,午後9時ころから翌20日午前0時ころまでの3時間で20mℓと減少傾向にあることから手術後患者経過表には同月19日午後9時ころ及び翌20日午前0時ころにおいて「尿量減少」と記載されたが,同日午前3時ころまでの3時間で80mℓ,午前6時ころまでの3時間で50mℓであることからみると,敗血症性ショックを裏付ける尿量の減少ではなく生理的な一過性のものにすぎない。 さらに,同月20日午前2時20分ころの意識状態は,トイレに行こうとして立ち上がろうとしたが立てずにふらついている(乙A1〔63頁〕)というものであって,重篤な敗血症性ショックを裏付けるほどの意識障害ではない。 このような状況から,本件患者をMRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎に起因する敗血症性ショックと診断することはできなかった。 本件 て,重篤な敗血症性ショックを裏付けるほどの意識障害ではない。 このような状況から,本件患者をMRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎に起因する敗血症性ショックと診断することはできなかった。 本件患者の11月20日午前6時ころの状態- 17 -Eは,20日午前6時ころにおいても,MRSA腸炎を疑わせる症状を呈していなかった。 Eは,そのころ,全身色不良,全身倦怠感があったものの,これはMRSA腸炎を疑わせるものではない。また,Eに,悪寒,めまいは認められていない。 血圧は,ショックの診断基準では収縮期圧90以下を前提としていることに照らすと(乙B13〔58頁表3-4〕),同月20日午前6時ころの88/60との血圧の数値は必ずしもショックを疑わせるものではない。同月19日午後6時ころの血圧は114/74,同月20日午前2時20分ころが92/60,午前6時ころが88/60であるが,その後午前7時30分ころが90/68,午前10時50分ころが100/72,午後0時30分ころが100/70,午後2時10分ころが110/70,午後3時50分ころが118/68と上昇傾向であることからみると,同日午前6時ころの血圧は敗血症性ショック症状としての血圧低下とはいえない。 体温についても,同日午前6時ころは39.3度であるが,同月19日午後2時ころは39.3度,午後6時ころは39.8度,午後9時ころは34.9度,同月20日午前2時20分ころは38.0度であり,同日午前6時ころ以降は午前7時30分ころは38.0度,午前10時50分ころは37.8度であり,感染性ショックの場合の発熱は39度以上とする見解もある(乙B13〔58頁表3-4〕)ことに照らすと敗血症性ショックを裏付けるような程度の発熱ではない。この間,同月19日午後6時ころロピオン1A ,感染性ショックの場合の発熱は39度以上とする見解もある(乙B13〔58頁表3-4〕)ことに照らすと敗血症性ショックを裏付けるような程度の発熱ではない。この間,同月19日午後6時ころロピオン1A投与,同月20日午前2時20分ころ及び午前6時ころにクーリングが実施されているが,本件のような激烈な症状経過をたどる症例であれば,上記の程度の解熱処置で数値がマスキングされることは考え難い。 - 18 - 転院したM大N病院における診療経過敗血症患者の血液培養検査について,敗血症性ショックでの血液培養検査の陽性率は70%,敗血症での血液培養検査の累積陽性率は97%以上とされている(乙B11〔254頁〕,乙B12〔210頁〕)。 11月20日午前2時20分ころ,午前6時ころの時点でMRSA敗血症性ショックに陥ったと断定するには,これ以降の時点の血液培養検査において原因菌が検出されなければならないが,同月21日午前1時40分ころにEの両上腕から採取した血液,及びドレーン排液を検体とした培養検査において,菌が検出されておらず,同日午前10時50分ころにEから採取された血液培養検査においても好気性菌,嫌気性菌,ともに検出されていない(乙A5〔48頁ないし50頁〕)。重症化したMRSA腸炎の報告例においては血液培養検査が陽性となることがほとんどであるが,本件のように激しい経過をたどる症例において後医において複数採血部位及び複数回の血液培養検査結果がいずれも陰性となることは考え難く,この点からも被告病院においてEをMRSA腸炎と疑うことは困難である。 一度原因菌MRSAが血液中を全身に行き渡り敗血症性ショックとなった後にMRSAが血液中から消失することは考え難く,被告病院からM大N病院への転院後においてMRSA敗血症性ショックであることは否 一度原因菌MRSAが血液中を全身に行き渡り敗血症性ショックとなった後にMRSAが血液中から消失することは考え難く,被告病院からM大N病院への転院後においてMRSA敗血症性ショックであることは否定されることから,被告病院入院中の同月20日午前2時20分ころ,午前6時ころの時点においてEはMRSA敗血症性ショックではなかった。 後医であるM大N病院においては,被告病院における診療経過を関知しており,被告病院におけるEの術後の症状経過も知ったうえで治療を行っているところ(乙A5〔10頁,14頁〕),MRSA敗血症を前提とした治療は行われていないことからすると,M大N病院においても- 19 -MRSAを疑うべき症状所見がなかったことが推測され,これより以前の,より症状所見に乏しい被告病院における診療経過においてMRSA敗血症と診断することはできなかった。 イ被告病院の担当医師らにバンコマイシンを投与すべき義務はなかったこと 血液培養検査による確定診断前にバンコマイシンを投与すべきとすることは,医学的準則とはいえないこと近時,バンコマイシンに対する耐性菌の出現,バンコマイシンのMIC(最小発育阻止濃度)が向上していることが問題となっており,バンコマイシン投与には慎重を期すべきであって,培養検査結果判明によりMRSA腸炎の確定診断される前にバンコマイシンの投与を行うべきとの指摘は,数多くある意見のなかの一つにすぎず,臨床医学における通常の知見・医学的常識ではない。 被告病院はMRSA症例を経験しておらずMRSA発症が高頻度の施設ではないことから,確定診断前のバンコマイシンの投与は是認されないこと培養検査結果判明前にバンコマイシン投与を行うことが許されるとしても,それはMRSA,腸球菌,CNSなどが高頻度の施設での 設ではないことから,確定診断前のバンコマイシンの投与は是認されないこと培養検査結果判明前にバンコマイシン投与を行うことが許されるとしても,それはMRSA,腸球菌,CNSなどが高頻度の施設でのみ,培養検査結果判明前の経験的バンコマイシン追加が是認されるのであって(乙B11〔256頁〕),MRSA発症の頻度が低い施設では確定診断前のバンコマイシン投与は否定的に解され,MRSAを経験していない被告病院において,血液培養検査による確定診断前にバンコマイシンを投与するべき注意義務があるとの見解は医療水準に照らして妥当ではない。 転院先のM大N病院においても,Eに対し,バンコマイシンが投与されていないこと- 20 -M大N病院では,11月20日午後11時ころに転院後,21日午後にEの細菌感染を疑った後においてもバンコマイシンを投与していないところ,それより前の同月20日午前2時20分ころの時点,及び午前6時ころの時点において被告病院においてバンコマイシンを投与すべき義務はない。 争点(被告病院の担当医師らの前記の注意義務違反とEの死亡との間の因果関係の有無)について(原告らの主張)ア Eの死亡原因はMRSA腸炎を主病因とするMRSA敗血症による多臓器不全であることEの死亡原因は,MRSA腸炎が主病因であり,下痢による脱水・体液喪失性ショック,MRSA敗血症による多臓器不全を併発したことによるものである。 Eの解剖時に血液,腸内容,髄液からMRSAが分離されていることから,感染の主体となった病原菌がMRSAであることは疑いのないことである。しかも,Eが敗血症を起こしていたことは,血液,髄液からMRSAが分離されていることからも明らかである。敗血症の原因としては,直腸粘膜の壊死を伴った偽膜が証明されており, とは疑いのないことである。しかも,Eが敗血症を起こしていたことは,血液,髄液からMRSAが分離されていることからも明らかである。敗血症の原因としては,直腸粘膜の壊死を伴った偽膜が証明されており,腸内容からMRSAが検出されていることから,偽膜性腸炎を起こし,大腸粘膜が壊死を起こし,腸粘膜の感染防御能が破綻を来し,腸管内のMRSAが急速に吸収されたものと考えられる。 Eの感染症の主体はMRSAと考えられるが,死亡に至った病態には,多量の下痢による体液喪失性ショックが大きな影響を与えており,加えて,敗血症となったために不可逆な多臓器不全となり死亡したと考える。 なお,Eの腹腔内からアシネトバクター(Acinetobacter)が検出されているが,血液から検出されていないこと,エンドトキシン値- 21 -が陰性であることから,Eがアシネトバクターによる感染症を起こしていた可能性についてはほぼ否定できる。 イ Eが11月20日午前2時20分ころないし同日午前6時ころの時点でMRSA腸炎を発症していたこと前述のとおり,Eの死亡原因は,MRSA腸炎を主病因とするもの(脱水・体液喪失性ショック,MRSA敗血症による多臓器不全を併発)であるが,このような死亡原因から遡って考察すれば,11月20日午前2時20分ころないし同日6時ころの時点でEが呈していた症状ないし臨床所見は,MRSA腸炎を発症していたことによるものと判断できる。 ウ 11月20日午前2時20分ころないし午前6時ころの時点でバンコマイシンの投与を開始すれば,Eが死亡日においてなお生存していた高度の蓋然性が存在することMRSA腸炎の生命予後は,早期に正しく治療が行われれば良好であるが,治療が遅れたり不適切であった場合には急激に悪化する。なお,劇症型が存在するという意見もあ していた高度の蓋然性が存在することMRSA腸炎の生命予後は,早期に正しく治療が行われれば良好であるが,治療が遅れたり不適切であった場合には急激に悪化する。なお,劇症型が存在するという意見もあるが,その病態は未だ明らかではなく,死亡例を結果的に劇症型としている向きもあるものと指摘される。 Eに対して,11月20日午前2時20分ころないし午前6時ころの時点でバンコマイシンの経口投与,静脈投与が開始され,十分な輸液とともに抗ショック療法が行われていれば,偽膜を形成していないMRSA腸炎であったならば,90%以上は救命できた。ただし,Eは偽膜を形成した最重症例であったことが予想されるので,90%以上救命できたとはいえないが,少なくとも同日午後4時58分ころの心停止は避けられた可能性が高い。すなわち,直ちに病状が回復したとは考え難いが,M大N病院での集中治療が奏功したと期待できる。そして,治療に長期間を要し,MRSA敗血症による様々な合併症が発症したと予想され,退院までには数か月を要したことも予想されるが,最終的には30ないし50%は救命でき- 22 -たのではないかと考えられる。 したがって,本件では,適時適切な治療が開始されていれば,Eは,本件死亡日においてなお生存していた高度の蓋然性が存するものである。 (被告らの主張)ア Eの死亡原因がMRSA腸炎を主病因とするMRSA敗血症による多臓器不全であるとはいえないことモデル事業評価結果報告書において,他の因子により偽膜性腸炎が生じているところに二次的にMRSAに感染した可能性を指摘している(乙A2〔10頁〕)。 MRSA感染症は高頻度発生施設に見受けられるところ,被告病院においてこれまでMRSA感染症患者が発生したことはない。 M大N病院における診療経過において医師から している(乙A2〔10頁〕)。 MRSA感染症は高頻度発生施設に見受けられるところ,被告病院においてこれまでMRSA感染症患者が発生したことはない。 M大N病院における診療経過において医師からはMRSAに関する言及は一度もなく,MRSAに対するバンコマイシン投与もなされておらず,被告病院からM大N病院に至るまで,Eの症状所見はMRSAを裏付けるものではない。 11月21日午前1時40分ころ,Eの両上腕から採取した血液,及びドレーン排液を検体とした培養検査において,菌が検出されていない(乙A5〔49頁,50頁〕)。同日午前10時50分の血液培養検査においても好気性菌,嫌気性菌ともに検出されていない(乙A5〔48頁〕)。 同月24日午後1時30分のEの剖検時の腸管内のMRSA分離のみをもって4日前の11月20日午前2時20分ころの時点でのMRSA腸炎及び敗血症性ショックを断定することはできず,解剖時にEの血液,腸内容,髄液からMRSAが分離されていることを根拠として,感染の病原体がMRSAであること及び被告病院入院中に敗血症を起こしているとはいえない。 典型的なMRSAの臨床経過から考えると,本件のように激烈な経過を- 23 -たどるのは極めて稀であり,Eの経過からみるとMRSA以外の死亡原因がある可能性がある。また,死亡に至るような脱水状態ではなかった。 イ Eは被告病院入院中にMRSA腸炎を発症していないこと被告病院から転院後の11月21日午前1時40分ころ,Eの両上腕から採取した血液,及びドレーン排液を検体とした培養検査において,菌が検出されていない(甲A5〔49頁,50頁〕)。同日午前10時50分の血液培養検査においても好気性菌,嫌気性菌ともに検出されていない(甲A5〔48頁〕)。 MRSA腸炎の典型例は院内感染 て,菌が検出されていない(甲A5〔49頁,50頁〕)。同日午前10時50分の血液培養検査においても好気性菌,嫌気性菌ともに検出されていない(甲A5〔48頁〕)。 MRSA腸炎の典型例は院内感染であり複数の症例を経験するのが通常であるが,被告病院においてMRSA症例を経験したことはなく本件は単発例である。 ウ激烈な経過をたどる稀な症状経過であることEの死亡原因がMRSA腸炎を主原因としたとしても,培養同定検査を行い,検査結果を待ってバンコマイシンを投与する時間的余裕があるのが一般的典型的症例であり,本件のように激烈な経過をたどるのは極めて稀である。 争点(原告らが被った損害の有無及びその額)について(原告らの主張)ア本件患者に生じた損害(原告らにおいて相続) 5655万7114円 積極損害 419万8118円a 治療費 10万0470円 被告病院 5万0000円 M大N病院 5万0470円b 葬儀関係費用 409万7648円 消極損害(逸失利益) 2235万8996円Eは死亡当時70歳であったから,賃金センサス平成18年大卒男性- 24 -労働者65歳以上平均賃金の年収額644万0100円を基礎年収とし,平成18年厚生労働省簡易生命表によれば平均余命14.69年であるのでその2分の1である7年間更に就労可能であったものとして(7年間に相当するライプニッツ係数5.7864),生活費控除率40%とすれば,その逸失利益は次のとおりである。 644万0100円×5.7864×0.6=2235万899 ったものとして(7年間に相当するライプニッツ係数5.7864),生活費控除率40%とすれば,その逸失利益は次のとおりである。 644万0100円×5.7864×0.6=2235万8996円 慰謝料 3000万0000円Eは,予後良好な早期胃癌であったにもかかわらず,本件手術を受けたことによって死亡を余儀なくされたものであり,その無念さは察するに余りあるものである。Eの被った精神的苦痛を金銭的に評価すれば,少なくとも3000万円を下らない。 なお,医療過誤事件においては,交通事故等の場合と異なり,医療に対する患者の信頼を裏切ったという背信的要素が存すること,加害者と被害者の立場に互換性がないこと,医師は専門職として高度の注意義務を負っており,にもかかわらず基本的注意義務違反を犯した場合には通常人の場合に比してより高度の責任非難が妥当し得ること等の特殊性が存するものであるから,交通事故等の場合に一般的に認められる慰謝料の水準(いわゆる赤本基準)よりも,より高度の慰謝料が認められて然るべきである。 本件においても,被告病院の担当医師らは,前述のとおりの基本的かつ重大な過失により,予後良好な早期癌患者であったEを死に至らしめたものであり,その責任は重大である。 イ原告ら固有の損害 慰謝料各300万0000円原告らは,それぞれ配偶者ないし子として,Eの不条理な死亡により,重大な精神的苦痛を被った。原告らの無念さは察するに余りあるもので- 25 -あり,原告らの被った固有の精神的苦痛を金銭的に評価すれば,少なくとも,各人について300万円を下らない。 なお,前述のとおり,医療過誤事件においては,交通事故等の場合と異なる特殊性が存するものであ り,原告らの被った固有の精神的苦痛を金銭的に評価すれば,少なくとも,各人について300万円を下らない。 なお,前述のとおり,医療過誤事件においては,交通事故等の場合と異なる特殊性が存するものであるから,交通事故等の場合に一般的に認められる慰謝料の水準よりも,より高度の慰謝料が認められて然るべきである。 弁護士費用原告らは,本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任し,委任契約に基づき弁護士費用を支払う旨を約した。原告らの支払うべき弁護士費用のうち,前2項記載の合計金額(すなわち,原告Aは3127万8557円,原告B,同C及び同Dは各1242万6185円)の少なくとも1割相当額(すなわち,原告Aは312万7855円,原告B,同C及び同Dは各124万2618円)は,本件事故と相当因果関係を有する損害として,被告らに負担させるのが相当である。 ウまとめ 原告A 3440万6412円 原告B,同C及び同D 各1366万8803円(被告らの主張)争う。 争点(機構が,医薬品副作用被害救済制度に基づき,原告らに給付した葬祭料,遺族一時金及び遺族年金の各給付を損害額から控除することの可否)について(被告らの主張)ア損益相殺の対象になること 独立行政法人医薬品医療機器総合機構法(以下「法」とする。)16条2項2号は,その者の医薬品の副作用による疾病,障害,又は死亡の- 26 -原因となった許可医薬品について賠償の責任を有する者があることが明らかな場合について副作用救済給付を行わないと規定し,18条1項は,機構は,副作用救済給付を受けている者に関わる疾病,障害又は死亡の原因となった許可医薬品について賠償の責任を有する者があることが明らかとなった ついて副作用救済給付を行わないと規定し,18条1項は,機構は,副作用救済給付を受けている者に関わる疾病,障害又は死亡の原因となった許可医薬品について賠償の責任を有する者があることが明らかとなった場合には,以後副作用救済給付は行わないとして給付の調整に関して規定している。また同条2項は,機構は,副作用救済給付に係る疾病,障害又は死亡の原因となった許可医薬品について賠償の責任を有する者がある場合には,その行った副作用救済給付の価額の限度において,副作用救済給付を受けた者がその者に対して有する損害賠償の請求権を取得するとして損害賠償請求権の代位取得を規定している。 このように,法は給付の調整に関する規定及び損害賠償請求権の代位取得に関する規定を有しており,損益相殺がされるべき判断基準を満たしている。 医療訴訟において,原告らは,様々な診療行為のうちから任意に注意義務を設定し被告らの注意義務違反を主張でき,医薬品投与に関連して死亡又は後遺症が生じた場合において,医薬品投与が適正ではなく注意義務違反ありと主張するのも,医薬品投与は適正ではあるがその後の診療行為に注意義務違反があったと主張するのも任意である。 医薬品投与が不適正であるとして注意義務違反を主張する場合には副作用救済制度による給付を受けられず損害賠償請求のみ可能であるが,投与後の処置に注意義務違反を主張する場合には副作用救済制度による給付を受けたうえに損害賠償請求も可能と解すると,死亡という同一の結果にもかかわらず,診療行為における注意義務の設定の如何により原告に支払われる金額の総額において結論が変わるということとなり,不法行為法における「損害の公平な填補」との基本的観点に照らして不合理である。 - 27 -イ控除する範囲に制約はないこと法16条1項4号を受 額の総額において結論が変わるということとなり,不法行為法における「損害の公平な填補」との基本的観点に照らして不合理である。 - 27 -イ控除する範囲に制約はないこと法16条1項4号を受けた独立行政法人医薬品医療機器総合機構法施行令10条1項において,遺族とは,配偶者,子,孫,祖父母及び兄弟姉妹であって,医薬品の副作用により死亡した者の死亡の当時その者によって生計を維持していた者と定義され,民法887条,889条,890条の定める法定相続人とは必ずしも一致しないが,その相違点が慰謝料から控除できない理由とはならない。 (原告らの主張)ア損益相殺を適用する前提を欠くこと 損害の発生と利益の発生が同一の原因事実によるものでないこと損益相殺が認められるためには,損害の発生と利益の発生が同一の原因事実によることが必要である。 しかし,本件で医薬品副作用被害救済制度が適用されたのは,「抗生剤が適正に使用されたにもかかわらずその副作用として薬剤性腸炎が発生したこと」を原因とするものであり,他方,本件訴訟で問題となっているのは,「発生した薬剤性腸炎に対して,医療機関が適時適切な診断・治療を行わなかったことによる過失」なのであるから,両者は同一の原因事実とはいえない。 したがって,損益相殺の前提を欠くものというべきである。 損害と各給付による利益との間に目的ないし性質の共通性がないこと一般に,損益相殺が許されるのは,給付の目的ないし性質に共通性がある場合に限られるものと解されている。 しかし,医薬品副作用被害救済制度に基づく救済給付は,同制度の創設当時の立法担当者(厚生省薬務局)の解説(「医薬品副作用被害救済制度の解説」,甲B29)にあるとおり,制度設計上,「見舞金的性格」の強い独特の給付と位置付けられている。 く救済給付は,同制度の創設当時の立法担当者(厚生省薬務局)の解説(「医薬品副作用被害救済制度の解説」,甲B29)にあるとおり,制度設計上,「見舞金的性格」の強い独特の給付と位置付けられている。 - 28 -そして,実際に,他の各種社会保障給付との併給調整についても,医療費に関して医療保険との調整が行われていることのみを唯一の例外として,それ以外の併給調整は原則として行われていない(甲B29・10頁「医薬品医療機器総合15」)。 このような救済給付の独自の見舞金的性格に照らせば,損害賠償債務とは給付の目的ないし性質が全く異なるのであるから,損益相殺による控除を行うことは許されないものというべきである。 民事の損害賠償制度との調整規定がないこと一般に,各種の給付制度が民事上の損害賠償請求との併給を許すかどうかを判断するにあたっては,民事上の損害賠償請求との併給調整規定があるかどうかが判断材料のひとつとされる場合が少なくない。 そこで,この点を医薬品副作用被害救済制度についてみてみると,法18条1項及び2項の「疾病,障害または死亡の原因となった許可医薬品について賠償の責任を有する者」とは,医薬品製造業者や流通業者等が想定されており,医師や薬剤師の過誤があった場合はこれに当たらないと解される(甲B29・169頁)。 そうすると,同条は,医師が薬剤を適正使用したことによって副作用被害が発生した場合について,医薬品製造業者等との間での併給調整の問題があり得ることは格別,当該医師との間での併給調整を定めた規定ではないことになり,結局,法には,適正使用後の医療過誤があった場合についての併給調整を定めた規定は存しない,ということになる以上,法は,民事上の損害賠償との併給を許す趣旨であると解されるべきである。 イ控除する範囲に制約 は,適正使用後の医療過誤があった場合についての併給調整を定めた規定は存しない,ということになる以上,法は,民事上の損害賠償との併給を許す趣旨であると解されるべきである。 イ控除する範囲に制約が存在すること仮に損益相殺が適用される余地があるとしても,給付の具体的な目的ないし性質を異にする項目間での損益相殺は許されない。 - 29 - 慰謝料労災保険は労働者ないしその遺族の被った財産上の損害の填補を目的とするものであり,精神的損害の填補まで目的とするものではないことから,慰謝料額から労災保険給付額を控除することはできないし,労災保険受領後に慰謝料を請求することもできることが,実務上広く認められている。 本件においても,救済給付における遺族年金の趣旨は,「遺族の生活の立て直し等を目的として行われる」ものとされており(甲B29・166頁),精神的損害の慰謝を目的とするものではないうえ,その対象となる遺族についても,「配偶者,子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹であって,医薬品の副作用により死亡した者の死亡の当時その者によって生計を維持していたもの」との要件が定められており,これは法定相続人とは概念上異なるものである。 したがって,遺族年金部分を死亡慰謝料ないし親族固有の慰謝料と損益相殺することは認められないものというべきである。 将来の給付労災保険の年金給付が将来にわたり継続して行われることが確実な場合であっても,判例は,このような将来の給付を損害賠償請求額から控除することは要しないとしており(最判昭和52年5月27日民集31巻3号427頁,最判昭和52年10月25日民集31巻6号836頁),この理は労災保険以外の年金給付についても同様に妥当するものと解される。 したがって,本件でも,少なくとも未受領の遺族年金部 巻3号427頁,最判昭和52年10月25日民集31巻6号836頁),この理は労災保険以外の年金給付についても同様に妥当するものと解される。 したがって,本件でも,少なくとも未受領の遺族年金部分は「将来の給付」に当たるので,損益相殺によって控除できないものというべきである。 ところで,この点につき,地方公務員等共済組合法に基づく遺族年金- 30 -の未受領分について「損益相殺的な調整」による控除を認める趣旨の判例(最判平成5年3月24日民集47巻4号3039頁)も存在するが,損益相殺的な調整を図ることが許されるのは,当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるとの限定要件が付されている。 本件の医薬品副作用被害救済制度に基づく給付においては,例えば遺族年金の受給者が10年間の年金支払期間が満了する以前に死亡した場合,その者の法定相続人が当然に遺族年金をそのまま承継できるものとはされておらず,副作用により死亡した者の死亡当時,その収入によって生計を維持されていた配偶者,子,父母,孫,祖父母,兄弟姉妹のうち最優先順位の者であることが必要とされ,この要件を満たす者がいない場合は,結局10年分の満額の遺族年金は制度上受給できない結果となるものである。また,遺族一時金の請求ができるのも,副作用により死亡した者の死亡当時,その者と一緒に生活していた配偶者,子,父母,孫,祖父母,兄弟姉妹のうち最優先順位の者に限定されている。 本件においても,Eの死亡当時において,原告A以外の原告らは,E及び原告Aと同一生計を営んでいなかったものと認定される可能性があり,したがって,原告Aが年金の支払期間満了以前に死亡した場合,その余の原告らは,制度上残余の年金や遺族一時金の受給要 の原告らは,E及び原告Aと同一生計を営んでいなかったものと認定される可能性があり,したがって,原告Aが年金の支払期間満了以前に死亡した場合,その余の原告らは,制度上残余の年金や遺族一時金の受給要件を満たさない可能性がある。 よって,本件の遺族年金については,制度上,当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合には当たらないというべきであるから,地方公務員等共済組合法に基づく遺族年金と同様の取扱いをするとしても,本件では控除が認められるべきではない。 争点(被告法人の本件損害賠償債務の併存的負担の有無)について- 31 -(原告らの主張)ア被告法人が併存的負担を自認していたこと本件訴訟提起直前ころ,原告代理人が被告病院に電話し,法人成り以前の債務について,被告法人も負担することになっているのか否かを問い合わせた際に,被告病院の事務長は,口頭でその点を肯定する回答をしており,被告らは併存的負担を自認していた。 イ被告法人が被告病院の名称を引き続き使用していること 一般に,個人病院(医師個人)が,医療法人を設立して,いわゆる法人成りした場合においても,従前と全く同一の名称(病院名)を掲げて,全く同一の場所で,全く同一の人的物的施設を用いて,全く同一の診療行為を継続するケースは,世上しばしば見受けられ,そもそも法人なのか個人なのかが外見からは判然としない場合も多い。 このような場合,受診する患者の立場から見れば,法人成りの前後を問わず,自分に対する診療についての責任は当該病院が負ってくれているものと認識し,かつ,信頼ないし期待するのが通常である。 そして,ここにいう診療に関する責任の内容には,一旦医療過誤が生じた場合の損害賠償債務の負担が含まれる いての責任は当該病院が負ってくれているものと認識し,かつ,信頼ないし期待するのが通常である。 そして,ここにいう診療に関する責任の内容には,一旦医療過誤が生じた場合の損害賠償債務の負担が含まれることも,社会通念上,当然というべきである。 また,病院側の立場から見ても,新法人が従前と同一の名称を掲げて,同一の場所で,同一の人的物的施設を用いて,同一の診療行為を継続する以上,新法人は,従前の個人病院の診療実績と名称の周知性を積極的に利用して患者を誘引し,実質的な利益を享受しているものといえる。 このような観点からすれば,従前の個人病院を受診していた患者の診療に関する責任を,新法人にも併存的に負担させることは,むしろ公平に合致するというべきである。 さらにいえば,新法人は,従前と同一の名称を掲げて,同一場所で,- 32 -同一の人的物的施設を用いて,同一の診療行為を継続することによって,従前の個人病院を受診していた患者の診療に関する責任を新法人が併存的に負担する旨の意思を有することを,社会に対して表明し,又は少なくともそのような外観を積極的に形成しているものとも評価することができる。 ウ被告法人設立による被告個人の資産の変動(実質的必要性)他方,実質的にみれば,例えば個人病院がその病院施設等の資産を提供して法人を設立したような場合を想定すると,法人設立前の個人病院と,法人設立後の当該個人の資産状況ないし資力には,大きな違いが生じることがあり得るのであり,極端な場合,法人成り後の個人には資力が全くないということさえ想定し得る。 そうすると,仮に,法人成り後の新法人は,債務引受等の特段の債務負担行為がない限り,個人病院が負担していた損害賠償債務を承継しないと解するときには,法人成りという債務者側の一方的行為によって債権者の そうすると,仮に,法人成り後の新法人は,債務引受等の特段の債務負担行為がない限り,個人病院が負担していた損害賠償債務を承継しないと解するときには,法人成りという債務者側の一方的行為によって債権者の立場が著しく害されることになり,実質論において極めて不当である。 もっとも,医療過誤については,多くの場合,医師賠償責任保険が付保されていることから,個人の資力の変動が医療過誤による損害賠償債権の債権者を直接に害する場面は,実際上は多くはないものとも考えられる。 しかし,医師賠償責任保険は強制保険ではなく,また付保額も任意であるから,必要な損害賠償額が必ず保険によって賄われるという原理的な保証は全く存しない。 したがって,少なくとも一般論として,実質論において,新法人に債務の併存的負担を認めるべき必要性は否定できない。 エ商法17条1項の法意を斟酌した信義則ないしは禁反言の法理により,被告法人は法人成り前の個人病院の債務を併存的に負担するものと解すべきであること- 33 -このように,一方において,患者側には保護に値すべき信頼ないし期待が存し,他方において,新法人側には責任を負担させるべき基礎(外観の積極的な形成・利用,ないしは社会に対する意思表明)を認めることができ,かつ,実質上の必要性も明らかに存するものといえるのであるから,新法人は,商法17条1項の法意に照らし,信義則上,ないしは禁反言の法理に基づき,個人病院を受診していた患者の診療に関する全責任(医療過誤による損害賠償責任を含む。)を併存的に負担するものと解すべきである。 (被告らの主張)ア被告法人が併存的債務負担を自認していたとの点は否認する。 被告法人は本件医療行為について法的責任はないと考えていたのであり,併存的債務負担を自認する動機がない。 イ非 被告らの主張)ア被告法人が併存的債務負担を自認していたとの点は否認する。 被告法人は本件医療行為について法的責任はないと考えていたのであり,併存的債務負担を自認する動機がない。 イ非商人かつ非営利の医師及び医療法人に商法17条1項を類推適用する余地はないこと 医師個人及び医療法人社団は,自己の名をもって商法501条及び502条所定の行為を行うことを業とするものではなく,また同法4条2項の擬制商人でもなく,同法4条にいう商人には該当しない。 医療法人社団は,解散時の残余財産の分配が制限されるとともに,存続中も剰余金の配当が法律上禁止されており,営利性に欠けるのであり(医療法44条5項,54条),営利目的で取引行為を行う商人とはその存在意義を大きく異にし,商人ではなく,かつ営利性のない医師及び医療法人社団に商法17条を類推適用する基礎はない。 ウ損害賠償債務は商法17条1項の対象外であること商法17条1項は,「譲渡人の営業によって生じた債務」であることを要件としている。この場合における「営業」とは,主観的意味における営業であり,継続的に同種の営利行為を行うことを意味すると解される。「譲- 34 -渡人の営業によって生じた債務」とは,譲渡人の継続的な営利行為によって生じた債務をいい,営利行為により生じた不法行為債務は含まれるとしても,営利行為以外により生じた不法行為債務は含まれない。病院における診療行為は営利行為ではないのであるから,「譲渡人の営業によって生じた債務」とはいえない。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。)。 被告病院入院までの診療経過Eは,8月1日,胃 事実 証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。)。 被告病院入院までの診療経過Eは,8月1日,胃がチクチク痛むとの主訴により,I病院を外来受診し,同月4日の同病院外来受診時における胃内視鏡検査の結果,胃体下部小湾前壁よりに分化型の癌があると診断された。その後,Eは,10月3日にも同病院を外来受診し,再度,胃内視鏡検査を受けた。 Eは,10月27日,知人から被告病院のK医師の紹介を受け,被告病院を初めて外来受診し,L医師の診察を受けた。Eは,その際,胃透視レントゲン検査及び胃内視鏡検査を受け,低下部小湾前壁に早期癌肉眼分類Ⅱc+Ⅲ,Ⅴグループの癌があり,粘膜下層から筋層に浸潤が見られるとして,手術の必要があると診断された。 Eは,被告病院において,同月28日の外来受診時にバリウム検査を,同月30日の外来受診時にCT検査及び超音波検査を,11月11日の外来受診時に大腸内視鏡検査をそれぞれ受けた。(乙A1[3,4,79,81ないし84,96],27[1],28[1]) 被告病院入院から11月18日までの診療経過Eは,11月15日入院予定とされていたが,同月16日,被告病院に入院し,同日,下剤投与等の術前処置を受けた。 - 35 -Eは,同月17日午後1時31分ころから午後4時20分ころまでの間,K医師の執刀,L医師の介助により,胃切除手術(幽門側胃切除,リンパ廓清,ビルロートⅠ法による再建術)を受けた。 Eの同日午後4時30分ころのガーゼ(包帯)交換時における状態は,体温37.2度,血圧134/76,脈拍60,SaO299であり,このころから輸液500mℓの点滴投与が開始された。Eの同日の状態は,午後4時45分ころは血圧130 ゼ(包帯)交換時における状態は,体温37.2度,血圧134/76,脈拍60,SaO299であり,このころから輸液500mℓの点滴投与が開始された。Eの同日の状態は,午後4時45分ころは血圧130/78,脈拍58,SaO299であり,午後5時30分ころは体温37.3度,血圧122/76,脈拍60,SaO299であり,午後7時ころは血圧120/84,脈拍60,SaO298であった。Eは,このころから午後9時ころまでの間,MRSA防止の観点も含めて,セフェム系第2世代の抗生剤であるパセトクール1gの点滴投与を受けた。Eの同日午後9時ころのガーゼ交換時における状態は,体温36.6度,血圧110/58,脈拍55,SaO298であり,ガーゼ上層まで浸出液があった。 Eの同月18日の状態は,午前0時ころは体温36.5度,血圧114/66,脈拍58,SaO2100,午前6時ころは体温37.0度,血圧110/60,脈拍60,SaO298,午前10時30分ころは体温37. 3度,血圧132/82,脈拍65,SaO296,午後3時ころは体温36.8度,血圧130/80,脈拍65,SaO297,午後6時ころは体温37.0度,血圧132/90,脈拍85,SaO294,午後9時ころは体温36.4度,血圧142/90,脈拍85,SaO294であり,同日の医師回診時において,手術創はきれいな状態で浸出液はうすく血性であり,全身状態は良好であると診断された。なお,この間,Eに対し,同日午前9時ころと午後3時ころに,パセトクール各1gが点滴投与された。(乙A1[17ないし19,53,59,60],4,27[1,2],28[1],証人L[31,32])- 36 - 11月19日の診療経過Eの11月19日の状態は,午前6時ころは体温37.4度,血圧174/1 9,53,59,60],4,27[1,2],28[1],証人L[31,32])- 36 - 11月19日の診療経過Eの11月19日の状態は,午前6時ころは体温37.4度,血圧174/104,脈拍75,SaO296,午前8時ころは血圧154/84,脈拍85,ガーゼ交換時において淡々血性ないし黄色の浸出液が見られ,午前10時ころは体温37.8度,血圧122/64,脈拍110,SaO294で,E自身は体熱感はあるものの特に変わりない旨述べていた。なお,Eは,同日午前9時ころから,パセトクール1gの点滴投与を受けた。また,K医師が同日午前中に回診した際には,胃管から残胃内の胃液を外に誘導している状態で,順調な経過観察の状態であり,他に問題のある所見も認められなかったことから,翌日以降もそのままとすることとなった。 Eは,同日午後1時50分ころ,マーゲンチューブ(胃管)を自己抜去した。これにつき,Eは,動いたら抜けてしまったと説明した。 Eは,同日午後2時ころ,体温39.3度,血圧120/64,脈拍115,SaO293となり,意味不明な発言が見られ,多量の発汗があった。 そこで,Eに対し,ロピオン1Aの点滴投与が開始された。Eは,同日午後3時ころ,体温37.1度と下降したが,多量の発汗があった。このころ,Eに対し,パセトクール1gの点滴投与が開始されるとともに,輸液500mℓが追加された。 Eは,同日午後6時ころ,体温39.8度と上昇し,血圧114/74,脈拍110,SaO298となり,悪寒及び顔色不良が認められ,起きあがろうと何回かするが起きられない状態となった。そこで,Eに対し,午後6時25分ころから,ロピオン1Aの点滴投与が開始された。 Eは,同日午後8時50分ころ,多量の発汗があり,倦怠感がある旨述べていたところ,午後9 が起きられない状態となった。そこで,Eに対し,午後6時25分ころから,ロピオン1Aの点滴投与が開始された。 Eは,同日午後8時50分ころ,多量の発汗があり,倦怠感がある旨述べていたところ,午後9時ころの状態は,体温34.9度と低下し,脈拍106,SaO295であり,尿量の減少(午後6時以降3時間の尿量が40mℓ)と多量の発汗が継続していた。(乙A1[19,60,63],4,2- 37 -7[2],28[1,2]) 11月20日の診療経過(転院まで)Eは,11月20日午前0時ころ,入眠中も尿量の減少(直前3時間の尿量20mℓ)が見られた。そこで,Eに対し,輸液500mℓが追加された。 Eは,同日午前2時20分ころには,体温38.0度,血圧92/60,脈拍106,SaO294で,トイレに行こうとして立てずふらつきのある状態で,水様便が多量にあり,クーリングの処置がされた。 Eは,同日午前6時ころには,体温39.3度,血圧88/60,脈拍110となり,全身の色が不良で,全身の倦怠感を訴えており,G音は弱めで,SaO2は89ないし90に低下したが,悪寒及びめまいの所見はなかった。 被告病院の看護師は,Eに対し3点クーリングを実施するとともに,この状態を当直医に上申したところ,当直医は,Eに対し酸素を投与するよう指示し,同日午前6時15分ころ,Eに酸素2ℓの投与が開始された。 Eは,同日午前7時30分ころに看護師が病室を訪れると,ベッドからずり落ちそうになっており,黄緑色の水様便を多量に失禁し,体動が困難な状態で,体温38.0度,血圧90/68,脈拍110であった。そのため,被告病院の看護師は,Eに対し,清拭するとともに,ガーゼ,病衣及びおむつの交換を行った。Eの同日午前8時ころのSaO2は98であった。 L医師は,同日午前8時前 68,脈拍110であった。そのため,被告病院の看護師は,Eに対し,清拭するとともに,ガーゼ,病衣及びおむつの交換を行った。Eの同日午前8時ころのSaO2は98であった。 L医師は,同日午前8時前ころ,被告病院に出勤し,Eに係る重症・手術後患者経過表(乙A1[63])を見てEの状態を確認し,同日午前2時20分ころ及び午前7時30分ころに,上記のような便失禁があったとの記載があったことを確認した。 Eは,同日午前10時50分ころ,体温37.8度,血圧100/72,脈拍110,SaO294であった。このころ,L医師がEを診察したところ,意識は明瞭で,手術創からの浸出液は多量で,発熱や発汗はあるものの全身状態は良好であると診断した。L医師は,Eに対し,輸液1800mℓ- 38 -を開始するとともに,痰詰まりによる無気肺ないし肺炎を疑ったことから,抗生剤をパセトクールからメロペン1gに代えて点滴投与を開始した。また,同日午前11時30分ころから,Eに対し,献血アルブミネート(血漿分画製剤)250mℓの投与が開始された。 Eは,同日午後0時30分ころ,「6ぱっかな」などと発語し,会話のつじつまが合わず,呂律に障害が現れ,四肢麻痺やしびれはなく,末梢の冷感が認められ,体温38.3度,血圧100/70,脈拍128,SaO293であり,緑色水様便の失禁が多量にあったことから,Eに対し,献血アルブミネート250mℓが投与された。被告病院の看護師は,Eに対し,湯たんぽの使用を勧めたが,Eはこれを拒否した。L医師は,無気肺ないし肺炎を疑ったことから,同日午後1時55分ころ,Eの胸部X線撮影を実施した。 Eは,同日午後2時10分ころには体温38.8度,血圧110/70,脈拍132,SaO295であり,同日午後2時20分ころからロピオン1Aが投与される 1時55分ころ,Eの胸部X線撮影を実施した。 Eは,同日午後2時10分ころには体温38.8度,血圧110/70,脈拍132,SaO295であり,同日午後2時20分ころからロピオン1Aが投与されるとともに吸入器の使用が開始され,同日午後3時ころのSaO2は93であり,献血アルブミネート250mℓが投与され,同日午後3時21分ころには輸液500mℓが追加投与され,同日午後3時30分ころにはプレドパ(急性循環不全改善剤)が投与され,同日午後3時50分ころには体温36.8度,血圧118/68,脈拍122で発汗が大量にあり,体温低下がある一方,血圧低下は見られなかった。 Eは,同日午後4時30分ころ,「少ししゃべりづらい」と発語し,呂律障害が認められたが,四肢の麻痺はなかった。また,握力の左右差はなく,呼吸はやや努力様であったが,呼吸苦はないとのことであった。 L医師は,Eが脳梗塞を発症していることを疑い,同日午後4時45分ころ,Eの頭部のCT撮影を実施したが,明らかな梗塞の所見は認められなかった。Eは,CT撮影後病室に戻った同日午後4時55分ころ,焦点が徐々に合わなくなった。そこで,Eに対し,同日午後4時57分ころ,呼吸心拍- 39 -監視装置を装着したところ,心拍数は90台であったが,同日午後4時58分ころには呼吸停止状態になるとともに心拍数は30台に低下したことから,アンビューバッグによる人工呼吸の措置がとられ,同日午後4時59分ころには心停止となったことから気管挿管及び心臓マッサージが実施され,同日午後5時からはボスミン1A及び硫酸アトロピン1Aの投与が開始され,同日午後5時1分ころの脈拍は50,同日午後5時3分ころソル・メドロール1g,午後5時5分ころにメイロン4Aの投与がそれぞれ開始され,同日午後5時7分ころには人工呼吸器が ピン1Aの投与が開始され,同日午後5時1分ころの脈拍は50,同日午後5時3分ころソル・メドロール1g,午後5時5分ころにメイロン4Aの投与がそれぞれ開始され,同日午後5時7分ころには人工呼吸器が装着されたところ,そのころ心拍数は174となり,午後5時15分ころから献血アルブミネート250mℓが投与され,午後5時25分ころにはドブタミン6A及びソルマルト(輸液)170mℓの投与が開始された。Eは,同日午後5時30分ころには,脈拍は150あったものの血圧測定ができなかった。 K医師は,同日は休暇中であったところ,同日午後5時過ぎころ,Eの上記急変の連絡を受け,同日午後6時ころ,被告病院に到着し,Eの状態を診療録で確認するとともに,L医師及び麻酔科のR医師から報告を受けた。そのころ,Eに対し,ヘパリン(抗凝固薬)1万単位,ソルマルト200mℓ及びノルアドレナリン(昇圧剤)1Aが投与された。その後,K医師及びL医師は,原告らに対し,Eの状態について説明を行ったが,その際,Eが同日午後4時59分ころから一時的に心停止となったことの説明はされなかった。 Eは,同日午後6時15分ころには脈拍152となり,このころ,エラスポール(急性肺障害治療剤)400mg,ラシックス(循環器官用薬)1A及びドルミカム(鎮静薬)2Aが投与され,同日午後6時35分ころの脈拍は150であり,同日午後6時45分ころから献血アルブミネート250mℓの投与が開始され,同日午後7時ころには体温37.9度,脈拍140,意識レベルはJCSⅢ-200であり,メイロン2A及び献血アルブミネー- 40 -ト250mℓ(3時間で)が投与され,同日午後7時20分には自動血圧計で血圧113/68(実測は測定不可)であり,ソルマルト及びノルアドレナリンの投与量が減量され,同日午後7時2 ネー- 40 -ト250mℓ(3時間で)が投与され,同日午後7時20分には自動血圧計で血圧113/68(実測は測定不可)であり,ソルマルト及びノルアドレナリンの投与量が減量され,同日午後7時25分には脈拍130で徐々に自発呼吸が出てきており,ソルマルト及びノルアドレナリンの投与量が当初量に戻され,同日午後7時40分には右肺呼吸音は弱く左肺の換気は聴診でき,鼠径部の脈は徐々に強くなっている状態で,同日午後8時ころには末梢に冷感があり,同日午後8時30分ころには血圧測定不可,脈拍140となり,ハンプ(循環器官用薬)5V(バイアル)及びワッサー(水溶性ビタミン複合剤)が投与され,同日午後8時40分ころには腹部にガスがあり軽度に張っている状態で,自発呼吸はあるが挿管により酸素補助をしている状態となり,ラシックス2Aが投与され,同日午後9時ころには心拍数140台,自発呼吸があり(呼吸30),午後9時25分ころからメイロン100mℓの投与が開始された。 O医師は,同日午後9時30分ころ,Eに心エコー検査及び胸部エコー検査を施行したが,心臓自体に特別な問題はなく,心不全が主体であることは否定的で,脱水,肺塞栓に関する特段の所見は認められず,観察可能な範囲では明らかな腹腔内の遊離水分の貯留も認められなかった。 Eは,同日午後9時50分ころには体温40.2度,血圧90/S,脈拍142となり,同日午後10時ころには血圧90/S,心拍数130ないし150台となり,午後10時30分ころの血糖値は334であり,同日午後10時50分ころには末梢の冷感は徐々に軽減するもチアノーゼが見られ,同日午後10時55分ころには血圧60台,脈拍138となり,ソルマルト200mℓ及びノルアドレナリン1Aの投与が更新された。 O医師は,原因は分からないが通常の状態ではあ するもチアノーゼが見られ,同日午後10時55分ころには血圧60台,脈拍138となり,ソルマルト200mℓ及びノルアドレナリン1Aの投与が更新された。 O医師は,原因は分からないが通常の状態ではあり得ないような何らかの激しい炎症反応が起こり,高度な血管内脱水,循環不全が起こっているものと考え,急変後に開始された治療により血圧上昇,尿の流出など改善の兆し- 41 -が見えないこと,相対的血管内脱水の補正(輸液等)を行うにしても既に数時間以上無尿,高度頻脈が続いている状態であり,循環補助装置,透析等のバックアップがない体制で行うことはむしろ状況を悪化させる可能性が高く,被告病院の検査・診断機器,ショック治療,集中治療専門医の不在,看護レベル等を考えると到底救命できる状態ではないと判断し,被告F及びK医師に対し,EのM大N病院への転送を提案し,Eは,同日午後11時ころ,M大N病院へ,救急車により転送されることとなった。K医師及びO医師が,Eの転送に当たり,原告Cを除く原告らに対し,Eのこれまでの病状経過等について説明を行い,その際,初めて,同日午後4時59分ころにEが一時心停止となった旨が告げられた。 Eの転送に際しては,K医師及びO医師が同行した。(甲A3[4,5],6,8[2,3,5,7],10ないし12,13[33,34,39,42,46,49,50],乙A1[20ないし23,62ないし64,111],4,24,25,27[2,3],28,証人L[5,6,8,16,17,26,32,33,41,43ないし45,50,51],原告B本人[3,4]) 転院から死亡までの診療経過Eは,11月20日午後11時31分ころ,M大N病院に搬送された。Eのそのころの状態は,体温40.1度,呼吸31,脈拍144,血圧53/32であり,挿 3,4]) 転院から死亡までの診療経過Eは,11月20日午後11時31分ころ,M大N病院に搬送された。Eのそのころの状態は,体温40.1度,呼吸31,脈拍144,血圧53/32であり,挿管下アンビューバッグによる呼吸補助が行われており,血圧低下著明,四肢熱感,腹部膨隆が認められ,意識レベルはJCSⅢ-300であった。 Eは,同月21日,人工呼吸器での呼吸管理が行われ,血圧は85/50(ノルアドレナリン,ドブタミンなどの昇圧剤投与下)であり,尿量低下が認められ,動脈血ガス分析上,アシドーシス,高乳酸血症が持続し,重度のショック状態であり,その原因として敗血症が疑われ,多臓器不全で意識障- 42 -害,DICを併発していると診断され,エンドトキシン吸着療法,持続的血液浄化法が施行されたが,血圧(収縮期圧)は70ないし80程度で推移し,重症な全身性炎症所見が認められた。また,同日午前1時39分ころ採取されたEのドレーン排液,同日午前1時40分ころにEの右上腕から,午前1時42分ころにEの左上腕から採取された各血液,同日午前10時50分ころにEから採取された血液のいずれからも,菌は検出されず,同日午後3時30分時点において,真菌感染,細菌感染,ウイルス感染等,感染症による多臓器障害の疑いはあるものの,原因となるような指標をつかむことができなかった。 Eは,同月22日午前0時54分ころに中心静脈カテーテルから採取された血液からも菌は検出されず,その後も人工呼吸器による管理が継続されたが,血圧(収縮期圧)は60台ないし40台と治療に反応がなく,代謝性アシドーシスが進行し,血圧を維持するのが困難となり,同日午後9時44分ころ,死亡が確認された。(甲A4の1及び2,甲A5[2,3,8,10,13ないし16,18,19,48ないし51 なく,代謝性アシドーシスが進行し,血圧を維持するのが困難となり,同日午後9時44分ころ,死亡が確認された。(甲A4の1及び2,甲A5[2,3,8,10,13ないし16,18,19,48ないし51,64,65],乙A2) Eの解剖所見Eに対し,東京都監察医務院の担当監察医による解剖が実施された結果,Eの死因は,偽膜形成性腸炎に起因する敗血症性ショックによる多臓器不全とされた。また,Eの血液,髄液及び腸管内容(小腸フィブリン析出部の内容物,直腸偽膜形成部分)からMRSAが検出され,肝臓下面(表面),胃吻合部縫合糸(表面),胃下面と膵臓の間,膵頭部及び直腸偽膜形成部分からアシネトバクターが検出されたが,嫌気性菌であるクロストリジウムディフィシルは検出されなかった。(甲A1,2,4の1[18ないし21],乙A2[18ないし21]) モデル事業評価結果報告書(甲A4の1及び2,乙A2)被告病院及びM大N病院は,Eの死亡につき,診療行為に関連した死亡の- 43 -調査分析モデル事業の申請をし,医師及び弁護士12名から構成される同事業東京地域評価委員会は,平成20年2月,病理解剖の結果から偽膜性腸炎の存在は明らかで臨床的にも矛盾せず,また,敗血症性ショックであったことも強く推定されるが,偽膜性腸炎に基づく敗血症性ショックによる多臓器不全であると推測する多数派意見と,敗血症性ショックであったことは強く推定されるが偽膜性腸炎に基づく敗血症性ショックと断定することは困難であるという少数派意見とに分かれ,偽膜性腸炎が術後にみられることは稀ではないと考えられるが,このような激烈な経過をたどり,死に至ることは極めて稀なケースといわざるを得ず,急激な変化を来した今回の経過中から何か通常の偽膜性腸炎とは異なる原因を確定することは困難と考えられ ないと考えられるが,このような激烈な経過をたどり,死に至ることは極めて稀なケースといわざるを得ず,急激な変化を来した今回の経過中から何か通常の偽膜性腸炎とは異なる原因を確定することは困難と考えられる,患者家族より病院管理体制,患者及び患者家族との説明と同意に関して問題点があったとの指摘があり,院内感染対策,病院,担当医相互の密なる連絡網体制の整備等,今後改善すべき点が少なくない,などととする評価結果報告書を作成した(甲A4の1及び2,甲A5[19],乙A2)。 事実認定の補足説明ア原告らは,Eの11月20日午前6時ころの状態につき,悪寒があった旨主張する。そして,証拠(甲A9,11,乙A3[3])中には,原告らの主張に沿う部分が存在する。 しかし,被告病院においてEの診療時に作成された診療録中の重症・手術後患者経過表(乙A1[63])には,同日午前6時ころのEの状態につき,悪寒(-)と記載されている。そして,L医師が,甲A9と上記経過表との齟齬につき,上記経過表の記載が正確であり,これを甲A9に移記する際に誤記が生じた旨証言していること(証人L[49])に照らすと,同日午前6時ころにEに悪寒があったとの上記各証拠の記載は採用することができず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 イ被告らは,11月20日午後6時ころ,K医師及びL医師が,原告らに- 44 -対し,Eの状態を説明した際,Eが一時的に心停止となった旨も併せて説明した旨主張する。そして証拠(乙A27[3],28[2])中には,被告らの上記主張に沿うL医師及びK医師の供述部分が存在する。 しかし,Eの診療の際に作成された診療録(乙A1)中には,K医師及びL医師がの原告らに対し同日午後6時ころにした説明の内容は何ら記載されておらず,かえって,上記診療録を含む証 供述部分が存在する。 しかし,Eの診療の際に作成された診療録(乙A1)中には,K医師及びL医師がの原告らに対し同日午後6時ころにした説明の内容は何ら記載されておらず,かえって,上記診療録を含む証拠(乙A1[23,24],28[2])によれば,M大N病院への転送に当たり,原告らに対し,Eの予後は厳しく,回復するかどうかは不明であることとともに,心停止のことも説明しておいてもらいたいと言われたため,K医師とO医師が,原告C以外の原告らに心停止のことなどを含めてEのそれまでの病状経過等について説明をしたこと,M大N病院到着後の同月21日午前0時ころ,原告Cが,K医師に対し,心停止のことは聞いていないと言ったことから,K医師において,原告らに対し,同月20日午後5時前後の状況を説明するとともに,L医師が同日午後6時ころの説明の際にEが心停止となったことについて言及しなかったことにつき,L医師に連絡して確認の上,L医師が言いそびれた旨説明したことが認められる。これに,L医師が,その証人尋問において,原告らに対し,同日午後6時ころの原告らへの説明の際,自らは心停止と説明はしておらず,K医師がその旨話したかは記憶にない,その後,同日午後7時ころに改めて原告らにEが一時的に心停止していた旨説明したと(証人L[43ないし47]),上記供述部分と明らかに異なる証言をしているうえ,同日午後7時ころの上記説明についても診療録上何らの記載がされていないことを併せると,K医師及びL医師が,原告らに対し,同日午後6時ころの時点で,Eが同日午後4時59分ころに心停止となったことも併せて説明した旨のK医師及びL医師の上記供述部分は採用することができず,他に,K医師及びL医師は,同日午後6時ころの説明の際,原告らに対し,Eが心停止となったことについて説- 45 なったことも併せて説明した旨のK医師及びL医師の上記供述部分は採用することができず,他に,K医師及びL医師は,同日午後6時ころの説明の際,原告らに対し,Eが心停止となったことについて説- 45 -明しなかったとの前記認定を覆すに足りる証拠はない。 2 医学的知見証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の医学的知見が認められる(末尾に認定の根拠となった証拠等を示す。[]内の数字は,当該証拠の関係頁である。)。 MRSAMRSAとは,メチシリンを始めとする多数の抗生剤に対し耐性を獲得した黄色ブドウ球菌であり,頭皮,毛髪,眼瞼,外耳道,鼻咽喉,腋窩,外陰部など体のあらゆる部位が保菌部位となり得る常在細菌である(甲A4の2[3],甲B3[564])。 MRSA腸炎MRSA腸炎とは,MRSAに起因する腸炎である。鼻腔にMRSAの定着が起こり,経鼻胃管や唾液の飲み込みによりMRSAが胃内に侵入すると,通常は胃酸により殺菌されるが,胃切除やH2ブロッカーの投与による低酸状態ではMRSAが殺菌されずに小腸内に移送され,術後の腸管麻痺により消化管内容が停滞し,抗菌薬による菌交代現象によってMRSAが増殖し,腸炎が発症するとされる。 MRSA腸炎の臨床症状としては,前駆症状として,突然の高熱,激しい下痢,胃管排液量の増加,腹部膨満,頻脈,乏尿,麻痺性イレウス症状,悪寒・戦慄などがある。初発症状としては,突然の高熱と激しい下痢が特徴で,発熱は,悪寒戦慄を伴う38度ないし40度の間歇熱が多い。下痢は,程度により差はあるものの,頻回で,1日に20数回,2000ないし4000gに及ぶことがあり,下痢便の性状は,米のとぎ汁様の白色水様便ないし海水様の淡緑色水様便となることが多く,粘血便となることもある。乏尿,頻脈はいずれも急激に進行する下痢によ ,2000ないし4000gに及ぶことがあり,下痢便の性状は,米のとぎ汁様の白色水様便ないし海水様の淡緑色水様便となることが多く,粘血便となることもある。乏尿,頻脈はいずれも急激に進行する下痢による脱水症状に基づくものであり,早期から出現し血圧低下を伴う場合も多い。腹部症状は,腹部膨満,腸雑音の減少など麻痺性イレウスを連想させる症状である。血液・生化学的所見では,- 46 -脱水を反映して,Ht,BUN,血清総蛋白の上昇,白血球数の増加が主たる所見であるが,中等以上の症例では白血球数はむしろ低下するとされる。 消化管手術後に発症する術後MRSA腸炎は,男性に多く,20歳代から70歳代と発症年齢は幅広く,発症時期は術後3ないし7日,特に劇症死亡例は3ないし5日と術後早期に発症している。MRSA腸炎の頻度はMRSA術後感染症の10%前後,消化器外科手術の1ないし2%と報告されているが,胃切除術やH2ブロッカー等の胃酸分泌抑制剤の投与を受けている患者が全体の30ないし50%を占めるともされる。(甲B2[3005,3006],3[563,564],8[1389],9[275],14[51,53],15,18[200]) バンコマイシン経口投与用のものはMRSA及びクロストリジウムディフィシルに,点滴静注用のものはMRSA及びペニシリン耐性肺炎球菌に有用性が認められている抗生剤である。ただし,ブドウ球菌性腸炎に対しては非経口的に投与しても有用性は認められない。頻度は不明だが重大な副作用として,偽膜性大腸炎の発生が報告されている。(乙B22,23) 偽膜(形成)性腸炎小腸及び大腸を冒す炎症性疾患で,粘膜の表面に浸出物による偽膜を形成するものである。腹部手術後,腸管の虚血性病変,MRSA等のブドウ球菌による腸炎,抗生物質による 23) 偽膜(形成)性腸炎小腸及び大腸を冒す炎症性疾患で,粘膜の表面に浸出物による偽膜を形成するものである。腹部手術後,腸管の虚血性病変,MRSA等のブドウ球菌による腸炎,抗生物質による腸炎などで惹起される。診断が確定すれば原因となった抗生剤の投与を中止すると同時に,バンコマイシンあるいはメトロニダゾールの経口投与を行うこととされる。(甲A4の2[3],甲B1,6[1125],7) 3 争点(被告病院の担当医師らにおいて,11月20日午前2時20分ころ又は遅くとも同日午前6時ころの時点において,Eに対し,バンコマイシンの経口及び点滴による投与を行わなかった注意義務違反の有無)について- 47 -原告らは,Eの11月19日午後2時ころ以降の症状の経過,すなわち発熱,意味不明な発言,多量の発汗,悪寒,顔色不良に加えて,同月20日午前2時20分ころに多量の下痢があったのであるから,この時点でMRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎であることを疑い,また,発熱,血圧(92/60),尿量減少,意識障害があったことに照らすと,この時点で敗血症性ショックが生じていたことを疑い,直ちにバンコマイシンを経口及び点滴により投与すべき注意義務があった,また,以上の経緯に加えて,同日午前6時ころまでには,全身血色不良,悪寒,SaO289ないし90,血圧88/60の状態を呈していることに照らすと,被告病院の担当医師らは遅くともこのころまでには,抗菌薬関連性腸炎,特にMRSA腸炎を疑い,直ちに,十分量の輸液を行うとともに,バンコマイシンを経口及び点滴により投与すべき注意義務があったにもかかわらず,被告病院の担当医師らは,これを怠り,Eが抗菌薬関連性腸炎であることも,MRSA腸炎であることも疑わず,バンコマイシンを投与しなかった注意義務違反がある旨主 与すべき注意義務があったにもかかわらず,被告病院の担当医師らは,これを怠り,Eが抗菌薬関連性腸炎であることも,MRSA腸炎であることも疑わず,バンコマイシンを投与しなかった注意義務違反がある旨主張する。 そして,S医師(以下「S医師」という。)は原告らの主張に沿う供述をしており(甲B10[4],証人S[11ないし13,15ないし19,25,26,28,33]),また,証拠(甲B4[683,685],5[794],8[1390],18[200],25[349],32[165],33[189],34[105],36[448])中には,原告らの主張に沿う又は沿うかにみえる部分,すなわち,MRSA腸炎の疑いがあれば,起因菌の確定を待つことなく,バンコマイシンを投与すべきである旨の記載が存在する。また,Eの11月19日午後から同月20日午前6時ころまでの症状の経過は前記1,のとおりであるとともに,前記1認定のとおり,Eの解剖の結果,血液,髄液及び腸管内容(小腸フィブリン析出部の内容物,直腸偽膜形成部分)からMRSAが検出されている。 しかし,本件に係るモデル事業評価結果報告書(甲A4の1[8ないし10],- 48 -乙A2[8ないし10])において,Eの死因については,偽膜性腸炎に基づく敗血症性ショックによる多臓器不全と推測する多数派意見と敗血症性ショックであったことは強く推定されるが偽膜性腸炎に基づく敗血症性ショックと断定することは困難であるという少数派意見とに分かれるとされている。そして,多数派意見においても,解剖の結果,偽膜からMRSAが培養され,血液,髄液からもMRSAが検出されていることからMRSAのための敗血症による多臓器不全と推定されるものの,偽膜性腸炎としては発症が極めて急激であり,E解剖時の検体採取方法が嫌気性菌 Aが培養され,血液,髄液からもMRSAが検出されていることからMRSAのための敗血症による多臓器不全と推定されるものの,偽膜性腸炎としては発症が極めて急激であり,E解剖時の検体採取方法が嫌気性菌であるクロストリジウムディフィシルの検出に最適でなかった可能性があることから,劇症性のクロストリジウムディフィシルによる可能性,あるいは先にクロストリジウムディフィシル腸炎があり,MRSAが二次感染あるいは定着した可能性があるとされる。これに対し,少数派意見においては,原因として,①偽膜性腸炎のほか②中心静脈カテーテルなどによる血流感染症,③膵周囲膿瘍が考慮され,解剖時の血液,髄液培養のMRSAを有意と考えれば,血流感染の原因は,①又は②であることはあり得るが,その場合,頻度としては,圧倒的に①よりも②が多いとされ,MRSA腸炎において,血液培養でMRSAが検出されることは否定されないが,よくあることともいい難く,死因については複合要因すなわち敗血症性ショックの病態に更に偽膜性腸炎が合併した可能性も十分に考えておく必要があるとされる旨記載されている。また,11月20日に生じたEの構音障害,見当識障害の原因としては,Eの頭部CT及び解剖の結果から脳血管障害でないことは明確であるものの,脱水症状,電解質異常,ICU症候群,70歳という高齢によるもの,敗血症による代謝性脳障害(敗血症性脳症)が考えられ,特に敗血症が主因として発症して複合する病因を惹起したと考えるのが理解しやすいものの,このうちいずれの原因であったかは断言できず,複数のこれらの原因が重複していることも十分考えられる旨記載されていること,加えて,S医師も,高熱と頻回の下痢というEの症状の原因として,MRSAあるいはクロストリ- 49 -ジウムディフィシル以外の菌感染症の可能性は否定 ていることも十分考えられる旨記載されていること,加えて,S医師も,高熱と頻回の下痢というEの症状の原因として,MRSAあるいはクロストリ- 49 -ジウムディフィシル以外の菌感染症の可能性は否定できない旨証言していること(証人S[38])に照らすと,Eの11月20日午前2時20分ころ及び午前6時ころの状態が,MRSA腸炎を含む抗菌薬関連性腸炎によるものであると断定することは困難であり,原告らの主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。 また,上記の点は措くとしても,近時バンコマイシンに耐性のある,あるいは低感受性のMRSA等の菌(バンコマイシン耐性腸球菌)の出現が報告され,予防的抗菌薬投与がその一因となっている旨の指摘やバンコマイシンを含む抗菌薬の適正使用を求める提言がされており(乙B1[25],2[164],5,6,7[19,22ないし24],10),バンコマイシンの添付文書においても,耐性菌の発現を防ぐため,原則として他の抗菌薬及びバンコマイシン自体に対する感受性を確認し,投与期間は感染部位,重症度,患者の症状等を考慮し,適切な時期に継続投与が必要か否かを判定し,疾病の治療上必要な最低限の期間の投与にとどめることとの使用上の注意が記載され(乙B22,23),日本感染症学会作成の抗MRSA薬使用の手引き及び日本細菌学会作成の内服用バンコマイシン錠の適正使用のための提言においても,原則として抗MRSA薬及び他の抗菌薬に対する感受性ないし耐性を確認することとされていること(証人S[29,30],弁論の全趣旨),偽膜性腸炎の治療法として診断が確定した段階で原因となった抗生物質の投与の中止及びバンコマイシンあるいはメトロニダゾールの経口投与を行うとする旨の記載のある医学文献(甲B1[250])やMRSA腸炎の治療法としてMRSA腸炎 断が確定した段階で原因となった抗生物質の投与の中止及びバンコマイシンあるいはメトロニダゾールの経口投与を行うとする旨の記載のある医学文献(甲B1[250])やMRSA腸炎の治療法としてMRSA腸炎を疑ったならば便のグラム染色を行い,グラム陽性ブドウ球菌が証明されれば直ちにバンコマイシンの投与を開始する旨の記載のある医学文献(甲B2[3006]),培養の結果を待っていては対応が遅くなってしまうことが多いことから,グラム染色の結果や培養提出翌日の培地でのコロニーの性状等から起因微生物について少しでも早く情報を先取りしていくことが重要であるとの記載のある医学- 50 -文献(甲B9[276])が存在し,MRSA腸炎の疑いがあれば,起因菌の確定を待つことなく,バンコマイシンを投与すべきである旨の記載のある医学文献の中にも,培養結果の判定を待たずに治療を開始した方がよい,あるいは,現在では耐性株のないバンコマイシンを確定診断を待たずに疑診であっても早期より投与することが望ましいと思われると記載するにとどまるものも存在する(甲B4[685],34[105])こと,S医師においても,現在多くの外科医がMRSA腸炎の症例を経験しておらず,また現在の我が国の感染制御医の中にはMRSA腸炎という疾患の存在を疑問視している医師がいることから,全国的に十分な教育が行われているとはいえず,発熱と多量の下痢をもってMRSA腸炎を疑い,直ちに正しく治療を開始する判断ができる医師は40代以上の外科医であろうとし,その趣旨として,40代以上の外科医であれば,MRSA腸炎の多発した1990年代を経験しており,知識を有している者が多いと考えられるが,それ以外の医師については教育状況によってMRSA腸炎であると判断できるかが異なってくる可能性がある,我が国において,菌 多発した1990年代を経験しており,知識を有している者が多いと考えられるが,それ以外の医師については教育状況によってMRSA腸炎であると判断できるかが異なってくる可能性がある,我が国において,菌培養の結果を待つことなくバンコマイシンを投与すべき発熱及び下痢の判定基準などはない旨供述していること(甲B10[4],証人S[34ないし39])に照らすと,患者の発熱及び下痢の症状からMRSA腸炎等の抗菌薬関連性腸炎を疑った場合には,細菌培養検査の結果を待つことなく,直ちにバンコマイシンを投与することが望ましい場合があることは否定できないとはいえ,そのような場合に,細菌培養検査の結果を待つことなく,バンコマイシンを投与しなければならないということが我が国における医療水準として確立しているとまでは認めることができず,同様の法的な注意義務があるということもできない。そして,本件においては,前記1認定のとおり,11月20日午前2時20分ころにEに水様便が多量にあったことが確認された後,午前7時30分ころに黄緑色の水様便を多量に失禁し,同日午後0時30分ころに緑色水様便の失禁が多量にあったとの事実が認められるが,この事実についても,- 51 -モデル事業評価結果報告書(甲A4の1[11],乙A2[11])に,単なる緑色下痢便がMRSA腸炎を必ずしも意味するわけではなく,直ちに(培養結果判明前に)バンコマイシンを投与すべきということはできないと記載されていること,L医師は,MRSA腸炎の場合頻回の下痢症状が認められるはずであり,上記の3回(同日午前6時ころの時点では1回のみである。)の便失禁は腸炎を疑わせるものではなく,便の色のみではMRSA腸炎を疑うことはできない旨供述していること(乙A27[9],証人L[7ないし9,34])に照らすと,前記1 の時点では1回のみである。)の便失禁は腸炎を疑わせるものではなく,便の色のみではMRSA腸炎を疑うことはできない旨供述していること(乙A27[9],証人L[7ないし9,34])に照らすと,前記1,認定に係るEの11月19日午後から同月20日午前6時ころまでの症状の経過を考慮しても,被告病院の担当医師らには,Eに対し,同日午前2時20分ころないし同日午前6時ころまでに,バンコマイシンを投与すべき注意義務があり,被告病院の担当医師らがこの注意義務に違反したということはできない。なお,被告病院では,院内で細菌検査を行わず,必要な検査は院外の検査機関に委託し,その結果レポートを受ける体制をとっていたところ,被告が検査を委託していたT株式会社では,糞便を検体とするグラム染色の塗抹検査は実施しておらず,また,仮に11月20日午前2時20分ころないし同日午前6時ころの時点で同社あるいは他社に対し,糞便を検体とするグラム染色の塗抹検査及び培養検査を委託する手続をとったとしても,これらの検査の結果が判明するまでには通常数日を要することが見込まれ,EがM大N病院に転院する同日午後11時30分ころまでにその結果に応じた治療を行うことは困難であったと認められるから(乙B3,4,弁論の全趣旨),この点からは,Eの死亡との間に因果関係のある細菌検査等に関する注意義務違反を想定することも困難であるといわざるを得ない。 4 争点(被告病院の担当医師らの前記⑴の注意義務違反とEの死亡との間の因果関係の有無)についてなお,被告病院の担当医師らのEに対する診療行為に何らかの注意義務違反があったとしても,モデル事業評価結果報告書(甲A4の1[12],乙A2- 52 -[12])では,Eの死亡を何らかの対処によって防ぎ得たかの判断は非常に難しく,死因は敗血症死 らかの注意義務違反があったとしても,モデル事業評価結果報告書(甲A4の1[12],乙A2- 52 -[12])では,Eの死亡を何らかの対処によって防ぎ得たかの判断は非常に難しく,死因は敗血症死と強く推定されるが,症状の進行が極めて激烈で劇症型であったことが窺われ,解剖結果を鑑みれば経過の途中で偽膜性腸炎の合併を強く疑うことも必要であった可能性も否定できないという反省点はあるが,まず臨床で実施すべきであった脱水の補正をより充分に行ったとしても転帰は同じであった可能性が高い旨記載されている。また,S医師は,バンコマイシンの投与,十分な輸液及び抗ショック療法が行われていれば30ないし50%は救命できたのではないかと供述するが(甲B10[4,5],証人S[19,20]),この数値はS医師の経験に基づくものであり,客観的な根拠はないとも供述している(証人S[26])。さらに,Eの死因について,解剖時に腸管及び血液からMRSAが検出されているものの,被告病院のみならず,M大N病院においても抗生剤が使用されており,偽膜形成性腸炎となった後に抗生剤の使用による菌の交代が生じ,二次的にMRSAが腸管内に付着した可能性も完全には否定できないこと,前記1認定のとおりEがM大N病院に転院した後の血液等の培養検査の結果はいずれも陰性であり,M大N病院においても,MRSA敗血症を前提とした治療は行われていないこと,Eは他のMRSA感染症の患者と比較して極めて急激な経過をたどっていること(乙A27[5ないし8],証人L[9,10])などの事情に照らすと,原告らが主張する被告病院の担当医師らの注意義務違反とEの死亡との間に因果関係を認めることは困難であり,この点における原告らの主張も採用することができない。 5 結論以上の次第であり,原告らの本件請求は, する被告病院の担当医師らの注意義務違反とEの死亡との間に因果関係を認めることは困難であり,この点における原告らの主張も採用することができない。 5 結論以上の次第であり,原告らの本件請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない(なお,原告らは,L医師が11月20日午後6時ころにEの状態を説明した際,同日午後4時59分ころに生じたEの心停止について説明しなかったことを非難する(甲A3[5],6[2],12,原告B本人)が,前記1認定のとおり,同日午後4時45分以降,Eの状態が- 53 -急激に悪化し,L医師その他被告病院の担当医師らはそれに対応していたこと,同日午後11時ころには,K医師及びO医師がEのM大N病院への転送に当たり,Eに上記心停止が生じたことについても説明をしたことに照らすと,L医師が11月20日午後6時ころの説明の際にEが心停止となったことについて説明(報告)しなかったことをもって,原告らに対する損害賠償義務を首肯すべき程の説明(顛末報告)義務違反があるということはできない。)のでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部 裁判長裁判官村田 渉 裁判官成田晋司 裁判官平野 望
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