平成15(行ウ)320等 原爆症認定申請却下処分取消等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成19年3月22日 東京地方裁判所 その他
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判決文本文485,129 文字)

平成19年3月22日判決言渡同日判決原本交付裁判所書記官平成15年(行ウ)第320号,第341号,第343号ないし第356号,第520号ないし第523号,平成16年(行ウ)第38号ないし第43号,第145号,第146号,第304号,第305号原爆症認定申請却下処分取消等請求事件口頭弁論の終結の日平成18年7月12日判決当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり(目次) 主文 事実及び理由 第1請求の趣旨 第2請求の趣旨に対する答弁 第3事案の概要 事案の骨子 法令の定め 前提事実 争点 争点に関する当事者の主張 第4争点に対する判断 認定事実 (1)原子爆弾の爆発 ア広島原爆 イ長崎原爆 (2)原爆被害に関する一般的知見 ア原爆の物理的影響 (ア)爆風,熱放射 (イ)放射線 イ原爆の人体への影響 (ア)死亡 (イ)急性障害 (ウ)放射線の後障害・後影響 (エ)放射線被害の確定的影響と確率的影響 (オ)原爆被害の複合性 (カ)自然放射線 (3)放射線と急性症状 (4)被爆者の治療 (5)原爆放射線量の推定 ア残留放射能の調査 イDS86の策定 ウDS86の内容 エDS86と測定値のずれについて オDS02 (6)原爆被害調査 ア原爆投下直後の各種調査 イ原爆傷害調査委員会及び放影研の研究 ウBQの報告 エBRの報告 オBSの報告 カBTらの報告 キARによる長崎西山地区の住民調査 ク広島市による調査(残留 爆傷害調査委員会及び放影研の研究 ウBQの報告 エBRの報告 オBSの報告 カBTらの報告 キARによる長崎西山地区の住民調査 ク広島市による調査(残留放射能による障害調査) ケBVによるアメリカ海兵隊員の多発性骨髄腫の調査 コ日本原水爆被害者団体協議会による調査 サ賀北部隊に関する調査(昭和62年) シBX,BYの報告 スBBらの報告 セBZらの報告 ソAAの試算 タ三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告 (7)いわゆる「黒い雨」について ア宇田雨域 イ増田雨域 ウ黒い雨専門家会議報告書 エ黒い雨専門家会議報告書における気象シミュレーション オ広島におけるフォールアウトによる外部被曝線量の推計 カ長崎原爆における降雨状況 (8)低線量被曝 (9)内部被曝 (10)放射線の急性症状と後影響との関係 (11)疾病別の問題点 ア重複がん イ前立腺がん ウ子宮筋腫 エ肝機能障害(慢性肝炎及び肝硬変) オ甲状腺疾患 カ白内障 (12)被告の審査 ア審査の方針の決定 イ審査の方針の内容 ウ審査体制 (13)原因確率に対する問題点の指摘 起因性に関する検討(一般論) (1)起因性の立証責任 (2)放射線起因性の検討,判断の基礎となるべき科学的知見,経験則 ア被曝線量について (ア)DS86の意義 (イ)初期放射線についての問題点 (ウ)残留放射能についての問題点(内部被曝を含む。) るべき科学的知見,経験則 ア被曝線量について (ア)DS86の意義 (イ)初期放射線についての問題点 (ウ)残留放射能についての問題点(内部被曝を含む。) (エ)小括 (オ)遠距離被爆者,入市被爆者の急性症状 (カ)その他の関連事項 イ原因確率について (3)起因性の判断手法について(以上のまとめ) 各原告についての検討 (1)原告X1(原告番号1番) (2)原告X2(原告番号2番) (3)原告X4(原告番号4番) (4)原告X5(原告番号5番) (5)原告X6(原告番号6番) (6)承継前原告X7(原告番号7番) (7)原告X8(原告番号8番) (8)原告X9(原告番号9番) (9)承継前原告X10(原告番号10番) (10)原告X11(原告番号11番) (11)原告X12(原告番号12番) (12)原告X13(原告番号13番) (13)承継前原告X14(原告番号14番) (14)原告X15(原告番号15番) (15)原告X16(原告番号16番) (16)原告X17(原告番号17番) (17)原告X18(原告番号18番) (18)原告X19(原告番号19番) (19)原告X20(原告番号20番) (20)原告X21(原告番号21番) (21)原告X22(原告番号22番) (22)原告X23(原告番号23番) (23)原告X24(原告番号24番) (24)原告X25(原告番号25番) (25)原告X26(原告番号26番) 番号22番) (22)原告X23(原告番号23番) (23)原告X24(原告番号24番) (24)原告X25(原告番号25番) (25)原告X26(原告番号26番) (26)原告X27(原告番号27番) (27)承継前原告X28(原告番号28番) (28)原告X29(原告番号29番) (29)原告X30(原告番号30番) (30)原告X31(原告番号31番) 国家賠償請求(被告厚生労働大臣の違法行為,故意・過失) 結論 別紙当事者目録 別紙訴訟費用負担一覧 別紙一覧表 別紙1 別紙原告らの主張 別紙被告らの主張 主文 被告厚生労働大臣ないし旧厚生大臣が,次の者に対してした,別紙一覧表記載の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定申請の却下処分をいずれも取り消す。原告X1原告X2原告X4原告X5承継前原告X7原告X8承継前原告X10原告X12原告X13原告X15原告X17原告X18原告X19原告X21原告X22原告X24原告X26承継前原告X28原告X29原告X30原告X31 その余の被告厚生労働大臣に対する各不認定処分取消請求,及び,原告らの被告国に対する各損害賠償請求を,いずれも棄却する。 訴訟費用は,別紙訴訟費用負担一覧記載のとおりの負担とする。 事実及び理由 第1請求の趣旨 被告厚生労働大臣(原告X2については旧厚生大臣,以下単に「被告厚生労働大臣」という。)が別紙一覧表記載の各原告ないし承継前原告(以下単に「原告ら」という場合もある。)に対してした同一覧表記載の原子爆弾被爆者 働大臣(原告X2については旧厚生大臣,以下単に「被告厚生労働大臣」という。)が別紙一覧表記載の各原告ないし承継前原告(以下単に「原告ら」という場合もある。)に対してした同一覧表記載の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定申請の却下処分をいずれも取り消す。 2(1)被告国は,原告X1,同X2,同X4,同X5,同X6,同X8,同X9,同X10A,同X11,同X12,同X13,同X15,同X16,同X17,同X18,同X19,同X20,同X21,同X22,同X23,同X24,同X25,同X26,同X27,同X28A,同X29,同X30及び同X31に対し,各自金300万円,及びこれらに対する原告X1,同X2,同X4,同X5,同X6,同X8,同X9,同X10A,同X11,同X12,同X13,同X15,同X16,同X17については平成15年6月13日から,同X18,同X19,同X20,同X21については同年9月23日から,同X22,同X23,同X24,同X25,同X26については平成16年3月9日から,同X27,同X28A,同X29については同年5月15日から,同X30,同X31については同年9月3日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)被告国は,原告X7Aに対し金150万円,同X7B並びに同X7Cに対しそれぞれ金75万円,及びこれらに対する平成15年6月13日から各- 8 -支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (3)被告国は,原告X14Aに対し金150万円,同X14C,同X14D並びに同X14Bに対しそれぞれ金50万円,及びこれらに対する平成15年6月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2請求の趣旨に対する答弁本件各原告らの請求をいずれも棄却する。 第3事 4Bに対しそれぞれ金50万円,及びこれらに対する平成15年6月13日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2請求の趣旨に対する答弁本件各原告らの請求をいずれも棄却する。 第3事案の概要 事案の骨子本件は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号)(以下「被爆者援護法」という。)1条の規定する被爆者である原告らが,被告厚生労働大臣に対し,原子爆弾の放射線に起因して負傷し又は疾病に罹患し,あるいは原子爆弾の放射線以外の傷害作用に起因して負傷し又は疾病に罹患し,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため,現に医療を要する状態にあるとして,被爆者援護法11条1項に規定する申請(以下「原爆症認定申請」という。)をしたが却下されたため,被告厚生労働大臣に対し,それらの取消しを求めるとともに,被告国に対し,国家賠償法1条1項に基づき原告ら各慰謝料200万円,弁護士費用100万円の損害賠償及び訴状送達日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた事案である。 法令の定め(1)被爆者援護法は,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第41号)及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(昭和43年法律第53号)を一元化して平成6年に制定された法律であり,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,国の責任において,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じること等を目的としている(前文)。 - 9 -(2)被爆者援護法における被爆者とは,次のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(同法1条)。 ア原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎 文)。 - 9 -(2)被爆者援護法における被爆者とは,次のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(同法1条)。 ア原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者(以下「直接被爆者」という。)イ原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に上記アに規定する区域のうちで政令で定める区域内に在った者(以下「入市被爆者」という。)ウ上記ア及びイに掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者(以下「救護被爆者」という。)エ上記ア,イ及びウに掲げる者が当該各号に規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者(以下「胎児被爆者」という。)(3)被爆者援護法は,次のような規定をおき,被爆者一般に対する健康管理(第7条ないし第9条),健康保険等の自己負担分についての一般疾病医療費(第18条)と別に,被告厚生労働大臣の認定(第11条)を受けた被爆者に対する医療の給付(第10条)及び医療特別手当ないし特別手当の支給(第24条,第25条)をすることとしている。 (医療の給付)第10条厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。 前項に規定する医療の給付の範囲は,次のとおりとする。 ①診察- 10 -②薬剤又は治療材料の支給③医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術④居宅における療養上の管理及びその療 。 前項に規定する医療の給付の範囲は,次のとおりとする。 ①診察- 10 -②薬剤又は治療材料の支給③医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術④居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護⑤病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護⑥移送 第1項に規定する医療の給付は,厚生労働大臣が第十二条第一項の規定により指定する医療機関(以下「指定医療機関」という。)に委託して行うものとする。 (認定)第11条前条第1項に規定する医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定を受けなければならない。 厚生労働大臣は,前項の認定を行うに当たっては,審議会等(国家行政組織法(昭和23年法律第120号)第8条に規定する機関をいう。)で政令で定めるものの意見を聴かなければならない。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかであるときは,この限りでない。 (医療特別手当の支給)第24条都道府県知事は,第11条第1項の認定を受けた者であって,当該認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,医療特別手当を支給する。 前項に規定する者は,医療特別手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない。 医療特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1月につき,13万5400円とする。 - 11 - 医療特別手当の支給は,第2項の認定を受けた者が同項の認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,第1項に規定する要件に該当しなくなった日の属する月で終わる。 (特別手当の支給)第25条都道府県知事は,第11条 給は,第2項の認定を受けた者が同項の認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,第1項に規定する要件に該当しなくなった日の属する月で終わる。 (特別手当の支給)第25条都道府県知事は,第11条第1項の認定を受けた者に対し,特別手当を支給する。ただし,その者が医療特別手当の支給を受けている場合は,この限りでない。 前項に規定する者は,特別手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない。 特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1月につき,5万円とする。 特別手当の支給は,第2項の認定を受けた者が同項の認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,第1項に規定する要件に該当しなくなった日の属する月で終わる。 前提事実(1)アメリカ合衆国は,昭和20年8月6日午前8時15分広島に,同月9日午前11時2分長崎に,それぞれ原子爆弾を投下した。 (2)原告らは,いずれも被爆者援護法1条の定める被爆者である。 (3)原告らは,被爆者援護法11条の定める原爆症認定申請をしたが,被告厚生労働大臣はこれらを却下した。これらの各処分と本件各訴訟提起の経緯は,別紙一覧表記載のとおりである。 (4)原爆症認定の要件は,①(ア)申請にかかる負傷又は疾病が,原子爆弾の当該負傷又は疾病が放射線以外の原子爆放射線に起因すること,又は,(イ)申請者の治癒能力が放射線の影響を弾の傷害作用に起因するものであって,受けていること(起因性),及び②申請者が現に医療を要する状態にあるこ- 12 -と(要医療性)である(同法10条1項)。 (5)被爆者援護法11条2項により被告厚生労働大臣がその意見を聴取するものとされている疾病・障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会は あるこ- 12 -と(要医療性)である(同法10条1項)。 (5)被爆者援護法11条2項により被告厚生労働大臣がその意見を聴取するものとされている疾病・障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会は,平成13年5月25日,原爆症認定に関する審査の方針(以下「審査の方針」という。)を定めた。その内容は,別紙1のとおりである。 承継前原告X7は,平成15年9月25日死亡した。承継前原告X7(6)アには,相続人として妻・原告X7A,長男・同X7B及び二男・同X7Cがおり,承継前原告X7の債権債務を法定相続分に従って全部承継した。 イ承継前原告X10は,平成17年8月13日死亡した。承継前原告X10には,相続人として子・原告X10Aがおり,承継前原告X10の債権債務を全部承継した。 ウ承継前原告X14は,平成15年7月11日死亡した。承継前原告X14には,相続人として妻・原告X14A,長女・同X14B,二女・同X14C及び長男・同X14Dがおり,承継前原告X14の債権債務を法定相続分に従って全部承継した。 エ承継前原告X28は,平成16年7月28日死亡した。承継前原告X28には,相続人として子・原告X28Aがおり,承継前原告X28の債権債務を全部承継した。 争点 (1)起因性(2)要医療性(原告X18について)(3)責任原因(被告厚生労働大臣の違法行為,故意・過失)(4)原告らの損害 争点に関する当事者の主張別紙原告らの主張,被告らの主張のとおり第4争点に対する判断- 13 - 認定事実(1)原子爆弾の爆発ア広島原爆(ア)広島に投下された原子爆弾は,高濃縮のウラン235を2つに分けて砲弾状の塊とリング状の標的にして,それぞれは臨界条件を満たさないようにし,爆発させたい時に砲弾状の塊を火薬爆発の圧力で他 原爆(ア)広島に投下された原子爆弾は,高濃縮のウラン235を2つに分けて砲弾状の塊とリング状の標的にして,それぞれは臨界条件を満たさないようにし,爆発させたい時に砲弾状の塊を火薬爆発の圧力で他方のリング内に衝突合体させ,その衝撃で中性子発生装置を発動させ,連鎖反応をスタートさせる方式のもの(砲身式)である。この装置自身のテストはたびたび繰り返されてその確実性が確かめられていたので,ウランによる爆発実験を行う必要はないとされた(甲7・24頁)。 (イ)広島管区気象台(爆心地から南南西3.6キロメートル)における昭和20年8月6日午前8時15分の気象は,気温26.8度,湿度80パーセント,西の風,風速毎秒1.2メートルであった(甲82)。 (ウ)広島原爆は,相生橋から約240メートル南東で爆発した。その際の高度は,約580メートルと推定されてきた(乙9)。 一般に,広島原爆には,ウラン235が60キログラム使用され,このうち実際に核分裂反応を起こしたのは0.7キログラム程度であり,残りの59.3キログラム相当のウラン235は環境中に放出されたとされている(甲25の1)。 (エ)広島原爆の爆発の概要は次のとおりである。 中性子発生装置から飛び出した中性子が,ウラン235の原子にぶつかると,原子は2つに分裂するとともに,新たに中性子を発生させ,その中性子が新たなウラン原子を分裂させる過程を繰り返し,核分裂の度にエネルギーと様々な放射線が発生した。中性子線は,原爆の外殻を通過して外部に放出された。連鎖反応の開始から約100万分の1秒後までに,爆弾内部の温度は250万度に達し,爆弾が炸裂した。 - 14 -爆弾炸裂後,火球が出現して急速に膨張する。連鎖反応開始から約0. 2秒後に,火球は直径約310メートルに膨張し,最も大きく,明るく見え 弾内部の温度は250万度に達し,爆弾が炸裂した。 - 14 -爆弾炸裂後,火球が出現して急速に膨張する。連鎖反応開始から約0. 2秒後に,火球は直径約310メートルに膨張し,最も大きく,明るく見える。このときから地上での熱線の影響が出始め,この時間帯から大量のガンマ線が放出される。火球によって周りの空気が過熱され,急激に膨張し,衝撃波が発生する。約0.51秒後から,火球が小さくなりはじめ,雲のような白い煙が見えだし,約1.7秒後,火球の上部から飛び出すようにキノコ雲が形成される。キノコ雲は,火球に含まれていた①核分裂生成物質,②誘導放射化された原爆の器材物質と大気中の原子核,③核分裂しなかった核分裂性物質をほとんどそのまま含んで上昇した。30分後のキノコ雲の雲頂の高度は約1万2000メートルとなり,1時間後には高さ,半径ともに十数キロメートルに達したと推定されている。爆心地に近いところでは上昇気流が支配的であり,爆心地から離れるに従い下降気流が支配的となる。 市内中心部では,建物,土壁等が倒壊し,これにより発生した塵埃が上昇し,周囲を暗くした。間もなく市内で火災が発生し,午前10時から午後2時ころに最も火勢が強くなった。 キノコ雲は,爆発後20~30分後から北北西方向に徐々に移動し,火災による上昇気流で発達した。また,己斐・高須地区を含む爆心地西側では爆発後20分以降,また爆心地でも1時間後以降,降雨が開始し,午前9時ころから午後4時ころにかけて,爆心地の北部から西部にかけて驟雨があった。始雨時は黒い泥状成分を含んでおり,このうち高須地区の住宅雨戸から採取した泥分からは強い放射能が検出された。また,黒い雨の流入により魚が死んだ,牛が泥雨のかかった草を食べて下痢をしたなどの現象も報告された。1~2時間黒い雨の降った後は,白い普通の雨 住宅雨戸から採取した泥分からは強い放射能が検出された。また,黒い雨の流入により魚が死んだ,牛が泥雨のかかった草を食べて下痢をしたなどの現象も報告された。1~2時間黒い雨の降った後は,白い普通の雨が降った。 安佐郡祗園町山本から,山手町,己斐町,古田町,井ノ口町の山の手- 15 -一帯にかけては,炸裂後間もなく黒い油のような雨がばらばらと降っているうちに,まれに見る集中豪雨と化し,午前12時まで降り続き,山林の火災が消えた。白島地区では正午前から約20分ばかり,大粒の荒々しい黒い雨が降ってきた。長寿園付近でも,正午頃になって,裸には痛いほどの雨が1回降って,少し小降りとなり,また降り,30分くらいも降り続いたが,火災を消すほどのことはなかった。二葉の里方面では,昼前ころ,雨が降り出し,約40分間くらい降ったようであった。 東・西両観音町地区では,午前9時前後20ないし40分間くらい,大粒の黒い雨が降ったが,火勢には影響がなかった。雨は異様な臭気を帯びていた。南観音町地区でも,昼過ぎ午後2時ころ,夕立程度で約30分間降り続いた。 また,黒い埃灰の降下地域は雨域の外側まで広がり,紙片類の飛散は30キロメートル北方にまで及んだ。広島市皆実町(爆心地南東約2キロメートル)で被爆したZ2は,原爆炸裂後間もなく,快晴の空が突然暗くなり,黒い灰のようなものが降下したのを目撃している(以上につき甲44,48,49,82,85の2,163,166,238,乙9,証人AA)。 イ長崎原爆(ア)長崎に投下された原子爆弾は,球の中心に中性子発生装置を置き,その周りを臨界量以下のプルトニウムで取り巻き,周辺を天然ウランで球状に囲み,その外側に高性能火薬を取り付け,火薬を爆発させると,中心に置かれたプルトニウム球が短時間に圧縮され密度が高まって臨界条件 の周りを臨界量以下のプルトニウムで取り巻き,周辺を天然ウランで球状に囲み,その外側に高性能火薬を取り付け,火薬を爆発させると,中心に置かれたプルトニウム球が短時間に圧縮され密度が高まって臨界条件が満たされ,その瞬間に中性子発生装置が押しつぶされ連鎖反応が始まる方式のもの(爆縮式)である。爆縮装置は実際のプルトニウムで試験する必要があるとされ,昭和20年7月16日に原爆実験が行われた(甲7・27頁)。 - 16 -(イ)長崎測候所(爆心地の南南東4.5キロメートル,海抜131.5メートル。現在の長崎海洋気象台。)における昭和20年8月9日午前11時の気象は,南西の風,風速毎秒3メートル,気温28.8度,湿度71パーセント,快晴であった(甲46)。 (ウ)長崎原爆は,競技場の北東約300メートルの上空約500メートルで爆発した(甲7・37頁)。 (エ)長崎原爆にはプルトニウム239が8キログラム使用され,このうち1ないし1.1キログラムが核分裂反応を起こし,6.9ないし7キログラムのプルトニウム239が環境に放出したとされている(甲25の1)。 (オ)原爆炸裂後,キノコ雲が発生した。雲仙の温泉岳測候所(爆心地東方45キロメートル)からの観測によれば,キノコ雲は,午前11時40分ころの時点で,雲底1200~1300メートル,雲頂4000~5000メートルであった。雲底部分は広く広がり,その先端は,爆心地の南方約25キロメートルの野母崎の先端付近まで広がり,北方にも同程度の広がりがあった。キノコ雲は,午後2時ころに雲仙付近を通過した(甲46,49)。 黒い埃灰,紙片,布きれなどの軽い物体は,爆心地付近で上空に舞い上がった後,風に流されて,爆心地の東側,当時の茂木町,日見村,矢上村,戸石村,古賀村等に落下した(甲45,46)。 長崎 6,49)。 黒い埃灰,紙片,布きれなどの軽い物体は,爆心地付近で上空に舞い上がった後,風に流されて,爆心地の東側,当時の茂木町,日見村,矢上村,戸石村,古賀村等に落下した(甲45,46)。 長崎原爆後の降雨は,詳しく調査されていないが,爆心地の東方約2キロメートル弱の金比羅山や東方3キロメートル付近の西山地区にかなりの降雨があり,一部は灰などをまじえたいわゆる黒い雨であったとされている。このほか,雲仙の温泉岳測候所では,キノコ雲通過と同じ午後1時50分から午後2時までにわずかの雨をみている(甲7,46)。 (2)原爆被害に関する一般的知見- 17 -ア原爆の物理的影響(ア)爆風,熱放射原爆の核分裂によって生じたエネルギーのうち,約50パーセントが爆風として,約35パーセントが熱線として放出されたといわれている(甲7・44頁,乙9)。 広島では,爆心地から半径2000ないし2200メートルの圏内が衝撃波・爆風の全壊地域となっているが,北及び東の方向の一部は2800ないし2900メートルにまで全壊地域が及んでいる。長崎では,北方では爆心から2000メートルまでが灰燼あるいは火災地域となり,南方は家屋の全壊・半壊地域は爆心地から2600メートルに及び,さらに爆心地から3000ないし3400メートルの長崎県庁の所在する丘は火災地域に,爆心地から3300ないし3600メートルの寺町は飛び離れた全壊・半壊地域となった(甲7・58頁,乙9)。 露出した皮膚に第1次熱傷を引き起こした地域は,爆心から測って,広島で3.5キロメートル,長崎で4.0キロメートルであった(甲7・59頁,乙9)。 (イ)放射線a放射線の種類(a)電磁波と粒子線放射線には,X線やガンマ線などの光と同じ性質を持つ電磁波と,アルファ線,ベータ線,中性子などの ロメートルであった(甲7・59頁,乙9)。 (イ)放射線a放射線の種類(a)電磁波と粒子線放射線には,X線やガンマ線などの光と同じ性質を持つ電磁波と,アルファ線,ベータ線,中性子などの粒子線とがある。いずれも人体細胞を含む物質を通過する能力があり,それらが通過する物質にエネルギーを与え様々な傷を作る(乙18)。 (b)電離放射線と非電離放射線放射線はまた,電離放射線(放射線が照射されたことにより,原子の周囲から弾き出された(電離)電子が,さらに周囲の原子から- 18 -電子をはぎ取って二次的な電離を起こす場合)と非電離放射線とに分けられる。電離放射線には,アルファ線,ベータ線,ガンマ線,中性子線等があり,非電離放射線には,紫外線,可視光線,赤外線,電波などがある。原子爆弾の爆発に際しては,非電離放射線も発生するが,これまで広島原爆,長崎原爆について具体的な評価はなされていない(甲25)。 (c)高LET放射線と低LET放射線アルファ線,中性子線のように高い密度で電離作用を行って短い距離の間に多くのエネルギーを与える放射線を高LET放射線と呼ぶ。これに対し,低LET放射線は,ガンマ線のように,低い密度で電離作用を行って細胞にまばらにエネルギーを与えるものをいう。 低LET放射線であるガンマ線が細胞にほぼ均一に損傷を作るのに対し,中性子線やアルファ線のような高LET放射線の場合には,同じ線量でも細胞の局所に損傷が不均一に生じ,修復が難しい。各放射線の危険度を表す指標として生物学的効果比がある。国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告によれば,その値は,ガンマ線を1として,ベータ線は1,中性子線はエネルギーに応じて5~20,陽子線は5,アルファ線は20とされている(甲27,137)。 b初期放射線と残留放射 の1990年勧告によれば,その値は,ガンマ線を1として,ベータ線は1,中性子線はエネルギーに応じて5~20,陽子線は5,アルファ線は20とされている(甲27,137)。 b初期放射線と残留放射線(a)初期放射線原爆爆発後1分以内に空中から放射されるものを初期放射線と呼び,その主要成分は,ガンマ線と中性子線である。 ガンマ線のうち,核分裂の連鎖反応が起こっている100万分の1秒以内に放出されるものを即発ガンマ線と呼び,爆発1分以内に核分裂生成物や誘導放射化された原子核から放出されたものを遅発- 19 -ガンマ線と呼ぶ。遅発ガンマ線には,大気中の主として窒素と水素の原子核及び地上の物質の原子核が中性子を吸収して誘導放射化して放出するガンマ線も含まれる。 中性子のうち,核分裂の連鎖反応の瞬間に核分裂で放出されるものを即発中性子と呼ぶ。核分裂で生じた核分裂生成物の原子核の中には,やや遅れて中性子を放出するものがあり,これを遅発中性子と呼ぶ。また,原爆の器材物質の原子核がガンマ線を吸収して放射核になり,中性子を放出するものがある。 核分裂によって生じたエネルギーの約5パーセントが,初期放射線として放出されたとされている(以上につき甲7,乙9,18)。 (b)残留放射線残留放射線は,爆発後1分より後の長時間にわたって放射されるものであり,2種類に大別される。 1つは,核分裂生成物及び分裂しなかったウラン235(広島),プルトニウム239(長崎)が空中に飛散し,爆発1分以後のガンマ線,ベータ線及びアルファ線の放射線源となったもの(放射性降下物,いわゆる死の灰)である。もう1つは,地上に降り注いだ初期放射線が土地や建築物資材の原子核に衝突して原子核反応を起こし,それによって放射能を誘導する誘導放射能である。 核分裂によって生じたエネルギ ,いわゆる死の灰)である。もう1つは,地上に降り注いだ初期放射線が土地や建築物資材の原子核に衝突して原子核反応を起こし,それによって放射能を誘導する誘導放射能である。 核分裂によって生じたエネルギーの約10パーセント(初期放射線のエネルギーの約2倍)が,残留放射線として放出されたとされている。 誘導放射能は,即発放射線に比べると人に与える線量は小さいものの,長時間にわたり残存し,被爆生存者や早期入市者に被爆をもたらしたとされている。また,放射性降下物による影響は局所的であったものの,長期にわたる天然放射線と同程度の被爆量を短期間- 20 -のうちに受けたことに相当するとされている(以上につき,甲7,41の14,乙9,証人AA)。 なお,身体の外側にある線源から放射線被曝することを外部被曝というのに対し,身体内部にある線源から放射線被曝することを内部被曝という(甲82)。 イ原爆の人体への影響(ア)死亡広島市調査課によれば,昭和21年8月10日現在の広島の死者は,軍人,広島で作業をしていた朝鮮半島の人々を除いて,11万8661人であり,このうち約11.4万人が,昭和20年12月までのいわゆる急性期に死亡したと考えられている。 急性期の死亡者のうち,爆心地から2キロメートル以内の死亡総数を100パーセントとしたとき,初めの2週間の死亡者は88.7パーセント,第3週から第8週までの死亡者が11.3パーセントであったとされている(乙9)。 (イ)急性障害a一般に,昭和20年8月の爆発時から同年12月末の症状を急性障害という(乙9)。 b(a)被爆直後から第2週の終わりまで(急性症状)は,体表面積の20パーセント以上に高度の熱傷を受けた者,あるいは高度の外傷を受けた者は,直後から数時間の間に発熱,口渇,嘔吐を訴え,ショック症 b(a)被爆直後から第2週の終わりまで(急性症状)は,体表面積の20パーセント以上に高度の熱傷を受けた者,あるいは高度の外傷を受けた者は,直後から数時間の間に発熱,口渇,嘔吐を訴え,ショック症状に陥って,ほとんどが第1週の終わりまでに死亡した。 熱傷や外傷は軽度であっても,高度の放射線を受けた者の多くは,ただちに全身の不快な脱力感,吐き気,嘔吐などの症状が現れ,2,3日から数日の間に発熱,下痢,喀血,吐血,下血,血尿を起こし,全身が衰弱して被爆から10日前後までに死亡していった。 - 21 -(b)第3週から第5週までの時期(亜急性症状)の主な症状は,吐き気,嘔吐,下痢,脱毛,脱力感,倦怠,吐血,下血,血尿,鼻出血,歯齦出血,生殖器出血,皮下出血,発熱,咽頭痛,口内炎,白血球減少,赤血球減少,無精子症,月経異常などであった。 病理学的に最も著明な変化は,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓などの組織の破壊で,その結果,血球とくに顆粒球及び血小板の減少が生じた。この時期の死因の多くは敗血症であった。そのほか死因との直接の関係は少ないが,下垂体,甲状腺,副腎などの内分泌腺に放射線による萎縮性障害像がみられた。 放射線被曝による主要な急性障害は,脱毛,紫斑を含む出血,口腔咽頭部病変及び白血球減少とされ,脱毛,出血,咽頭部病変の発生率は被曝放射線量が増大するほど大きくなり,総線量50ラドにおける5ないし10パーセントから約300ラドにおける50ないし80パーセントまでほとんど直線的に増加し,それ以上の線量においてはしだいに横這いになっていたとされている。 (c)第6週から第8週(合併症状)には,比較的軽微な症状であった者は回復に向かい始めたが,一部には肺炎,膿胸,重症大腸炎などの症状を発し,いったん好転しかけていたものが再び容態が悪化す いる。 (c)第6週から第8週(合併症状)には,比較的軽微な症状であった者は回復に向かい始めたが,一部には肺炎,膿胸,重症大腸炎などの症状を発し,いったん好転しかけていたものが再び容態が悪化するものがかなり見られた。これらの発現は,放射線による抵抗力の減弱によるものと考えられている。 (d)第3月から第4月の終わりまで(回復症状)は,外傷,熱傷,放射線による血液や内臓諸臓器の機能障害も回復傾向を示したが,生殖器への放射線の影響はなお続いており,男性の精子数減少,女性の月経異常もみられた(乙9)。 c直接被爆者及び入市被爆者の中には,放射線による下痢,脱毛,皮下出血,紫斑等の急性障害が現れるものがいた(弁論の全趣旨)。 - 22 -(ウ)放射線の後障害・後影響一般に,昭和21年以降に発生した放射線に起因すると考えられる人体影響を,放射線の後障害と呼ぶ。このうち,被曝後長年月の潜伏期を経て現れてくるものを特に「晩発障害」と呼び,急性障害に引き続いて起きる障害を「慢性障害」と呼ぶ場合もある。個々の症例を観察する限り,一般にみられる疾病と同様の症状をもっており,放射線に起因するかの見極めは不可能であるが,被曝集団として考えると,集団中に発生する疾病の頻度が高い場合があり,そのような疾病は放射線に起因している可能性が高いと判断される(乙9,66)。 原爆放射線の人体への後障害として,悪性腫瘍,白内障のほか,リンパ球・骨髄細胞の染色体異常,体細胞突然変異等の増加が確認されている(乙9)。 また,小児は成人に比べて放射線感受性が高く,被曝時年齢が若いほど放射線被曝に関連した疾患のリスクは高くなる。特に,放射線白内障,白血病,がん,甲状腺腺腫,副甲状腺機能亢進症ではその影響は顕著である(甲88)。 急性放射線症や白内障といった被爆後数年以 若いほど放射線被曝に関連した疾患のリスクは高くなる。特に,放射線白内障,白血病,がん,甲状腺腺腫,副甲状腺機能亢進症ではその影響は顕著である(甲88)。 急性放射線症や白内障といった被爆後数年以内に生じた影響は1グレイ以上の高い線量により生じたのと対照的に,がん等のような後影響は,少ない量の放射線被曝によって生き残った細胞内に誘発されたDNA突然変異の結果である。突然変異によってがんが生じる機序は明確には分かっていないが,発がんには突然変異が連続して発生し,何年もの期間をかけて蓄積する過程が必要と考えられている。突然変異は,自然に,または放射線を含む多くの環境変異原に曝露した結果として発生しうる。 ある細胞とその子孫が臨床的に明瞭な疾患に至るに十分な突然変異を蓄積するためには多くの年数が必要となるので,放射線に起因する過剰がん例数は,被曝後何年か経つまではっきりとは分からない(乙5・13- 23 -頁)。 (エ)放射線被害の確定的影響と確率的影響a放射線の確定的影響放射線は,直接的に遺伝子のDNAやタンパク質分子を傷つける。 同時に間接的に放射線により体内で生成されたフリーラジカル(遊離基)が,タンパク質分子や遺伝子を傷つける。タンパク質分子や遺伝子は修復作用を持つが,一定線量以上の放射線を浴びて大量のタンパク質分子や遺伝子が同時に傷つけられ,修復作用が働かなくなって多数の細胞死が起こる場合や,多数の遺伝子が傷つけられて多くの細胞分裂が正常に行われなくなると,放射線症状が現れる。このような機能喪失に基づいて症状が出現するものを放射線の確定的影響という。 その典型が急性原爆症(放射線症)である。特定臓器障害の確定的影響については,症状出現のための線量(しきい値)が存在すると考えられる。この確定的影響の場合,しきい値を超えれば, の確定的影響という。 その典型が急性原爆症(放射線症)である。特定臓器障害の確定的影響については,症状出現のための線量(しきい値)が存在すると考えられる。この確定的影響の場合,しきい値を超えれば,症状が出現する者の割合が増えるとともに,線量の増加に伴って症状が重篤になる(乙55,弁論の全趣旨)。 ICRP専門委員会1の課題グループの報告書である「電離放射線の非確率的影響」では,「しきい線量」を,ある特定の影響が被曝した人々の少なくとも1~5パーセントに生ずるのに必要な放射線の量を表すのに用いている(乙53)。 しきい値は,過去に起こった放射線障害の事例を調査して推定されるものであり,歴史的には1920年代,30年代,50年代といくにしたがって,職業人の線量限度は概して低い方向に改訂されてきた(甲25)。 b放射線の確率的影響これに対して,タンパク質分子や遺伝子の修復によりいったん急性- 24 -症状が治まっても,誤った修復作用が行われることがあり,誤った修復作用の起こる確率は,被爆者の浴びた放射線量に比例するといわれている。遺伝子が誤って修復された場合に,長年の後に,がん等の放射線後障害を引き起こすことがある。この放射線後障害は,被曝線量にほぼ比例して確率的に発症するので,確率的影響といわれる。このように,確率的影響は,極少量の線量であっても生じる可能性があると考えられ,しきい値はなく,症状の重篤性は線量と直接的な相関関係がない(以上につき乙55,弁論の全趣旨)。 急性症状は,被曝後短期に現われる確定的影響である。短期に出現し,かつその症状がかなり特異であるため原爆放射線の因果関係や影響は把握しやすい。これに対して確率的影響による後障害は,このような特徴はない。遺伝子が不完全に修復されるがその点はすぐには症状に現われない。し の症状がかなり特異であるため原爆放射線の因果関係や影響は把握しやすい。これに対して確率的影響による後障害は,このような特徴はない。遺伝子が不完全に修復されるがその点はすぐには症状に現われない。しかも,確率的影響による場合,悪性腫瘍等,疾病が出現するまでに多くは10年以上の歳月を要する。そして,例えば悪性腫瘍では,がん抑制遺伝子等,多くの遺伝子が関与しているとされるが,遺伝子障害の機序で明らかになったものは少なく,ほとんどは現在も未解明のままである。同じ疾病であっても,放射線に起因するとされる場合と,他原因による場合(非被爆者)とで,病理所見は一般的には区別できないとされている(弁論の全趣旨)。 白血病以外の全部位のがん死亡率は,同一の死亡時年齢では,被曝時年齢が若いほど相対リスクも絶対リスクも大きくなっている。若年期は体細胞の分裂が盛んな時期であり,その時期に被曝すると放射線の影響は大きい(甲41の25)。 原爆被害の複合性(オ)原爆に起因する健康被害には,放射線のみに起因するものだけではなく,熱線や爆風に起因し,さらにそれらが複合的に作用して成立するも- 25 -のがある。 放射線被害については,初期放射線による被害があるほか,残留放射線による被害が加わっている(一般論として,誘導放射能や放射性降下物による残留放射能が,呼吸や飲食により体内に取り込まれ,持続的に人体に影響する可能性がある。)。さらに,熱線による外傷,爆風による外傷が加わり,これらに感染症の合併が加わり,これらが複合した被害が生ずることがある。 また,原爆体験によって,PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し,健康被害を受けている者がいる。 外傷を負った者については,外傷,外傷に伴う感染症も複合して,その症状が重篤化した。 原爆放射線の人体に対する影響につい ,PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し,健康被害を受けている者がいる。 外傷を負った者については,外傷,外傷に伴う感染症も複合して,その症状が重篤化した。 原爆放射線の人体に対する影響について,完全には解明され尽くしていない(以上につき,弁論の全趣旨)。 原爆被爆者の場合,ガンマ線と中性子線を主体として様々な種類の放射線を被曝したこと,熱線や爆風の被害も重なっている人が少なからずいること,当時の栄養状況,衛生状態など,極めて異常な生理学的な状態にあったこと,感染防止措置等の医療措置を受けることができなかったことなどから,実験室で,通常は一種類だけの放射線被曝で障害が起こってくるのを観察することと比べると,より低い被曝線量で障害が現れてくる可能性が指摘されている(甲25)。 (カ)自然放射線国連科学委員会(UNSCEAR)1988年報告によれば,通常のバックグラウンドの地域における自然放射線源からの1人当たりの年実効線量当量の推定値は,体外照射800マイクロシーベルト,体内照射1600マイクロシーベルトの合計2400マイクロシーベルトである(乙102)。 - 26 -(3)放射線と急性症状ア放射線傷害の大まかな距離分布として,屋外(開放)では爆心からの距離が0~1キロメートルで高度(死亡率100~50%),1~2キロメートルで中度(死亡率50~10%),2~4キロメートルで軽度(死亡率10~0%)とされている。屋外(陰)及び木造家屋内では,0~1. 5キロメートルで中度,1.5キロメートルから3キロメートルで軽度とされ,コンクリート建築物内では0~0.5キロメートルで中度,0.5~1キロメートルで軽度,とする文献がある(乙9・9頁)。 イまた,放射線被曝による主要な急性障害は,脱毛,紫斑を含む出血,口腔咽頭部病変及び白 ート建築物内では0~0.5キロメートルで中度,0.5~1キロメートルで軽度,とする文献がある(乙9・9頁)。 イまた,放射線被曝による主要な急性障害は,脱毛,紫斑を含む出血,口腔咽頭部病変及び白血球減少であるが,脱毛,出血,咽頭部病変の発生率は,被曝放射線量が増大するほど顕著となり,総線量50ラドにおける5~10%から約300ラドにおける50~80%までほとんど直線的に増加し,それ以上の線量においては次第に横這いになっていた(甲47,乙9・10頁)。 人体に対する大量の放射線の瞬間全身照射の経験は広島・長崎が初めてであり,世界的にもあまり知見がないが,1グレイを越すと気分が悪くなったり吐き気がおき,4~6グレイを受けると2か月以内に半数が死亡し,8グレイで90パーセントが死亡,10グレイで全員死亡するといわれている(乙18・8頁)。 ウ各種急性症状に関連する一般的知見(ア)脱毛a放射線照射による毛根の細胞死が大きな原因と考えられている(証人AB)。 原爆被爆者における重度脱毛(3分の2以上の頭髪の脱毛)を報告した人の割合と放射線量の関係について,放射線の量が1グレイまではわずかな影響しか認められない(グラフ上は重度脱毛の割合が数パ- 27 -ーセント)が,それ以上の量になると脱毛は線量と共に急激に増加している(グラフ上は最大70パーセント程度)とする文献もある(乙5・10頁)。 原爆被爆者における脱毛発生率を整理したデータでは,発生率5パーセントが約1グレイに相当する(甲40,41の16)。 国連科学委員会(UNSCEAR)は,急性照射の線量が2~5グレイの場合,50~90パーセントの割合で脱毛が発生するとしている(甲41の16)。また,「電離放射線の非確率的影響」では,低LET放射線の1回短時間照射の場合,3~5グレイ 性照射の線量が2~5グレイの場合,50~90パーセントの割合で脱毛が発生するとしている(甲41の16)。また,「電離放射線の非確率的影響」では,低LET放射線の1回短時間照射の場合,3~5グレイの線量で一過性脱毛が起こり得るとされている(乙63)。 被爆による脱毛は,被爆後第3週から始まるといわれている(乙91,93)。 財団法人放射線影響研究所(以下「放影研」という。)のホームページにおいて,急性症状の中でも脱毛が最も信頼できる報告とみなされいるとの記述がある(甲226)。 b頭髪は約10万本といわれ,毎日50本ないし100本が生え替わっており,自然脱毛と呼ばれている。9月から10月にかけて一時的に抜け毛が多くなることがあり,その本数は通常1日200本,多いときには300本ともいわれている(乙92)。 毛髪の疾患のうち,円形脱毛症,休止期脱毛症は,精神的ストレスから発症する場合もある(乙88,89)。 (イ)紫斑放射線照射により,血管の内皮細胞が細胞死ないし細胞壁が破壊されて起こると考えられている。血液成分の変化,例えば血小板の減少も原因の1つと考えられている(証人AB)。 (ウ)下痢- 28 -腸管の細胞が放射線により細胞死を起こして脱落することにより,下痢を発症すると考えられている(証人AB)。 一般に下痢とは,便形成過程に何らかの障害が生じ,糞便中の水分量が増えて便が形のない軟便ないし水様便となる状態をいい,急性か慢性(持続性・反復性)か,非血性か血性か,性状(水様便,軟便・泥状便,粘血下痢便,血性下痢便)等で分類され,原因は多種多様である。放射性照射性腸炎は,慢性血性下痢の一種で,内視鏡所見や放射線照射の既往から診断される(乙65)。 昭和20年当時,赤痢,腸チフス,パラチフスといった腸管感染症が蔓延しており,特 は多種多様である。放射性照射性腸炎は,慢性血性下痢の一種で,内視鏡所見や放射線照射の既往から診断される(乙65)。 昭和20年当時,赤痢,腸チフス,パラチフスといった腸管感染症が蔓延しており,特に赤痢は全国で9万6462人もの患者が発生し,8月・9月は特に患者が集中していた。赤痢は幼児病であって,2,3歳で罹患率がピークとなる。青壮年期にかけて,多くはなるが幼児期の時に比較すればはるかに少なく,性別では男性の方が女性よりも多い。腸チフスは,幼少時期に少なく,青壮年期,特に男に多い。終戦直後の混乱期には国民の生活水準が極度に低下したため発疹チフスが大流行し,昭和21年には患者数が全国で3万2000人を越えた。慢性下痢は,昭和21年の2,5月に都市部で2パーセントを超える発現率を示した(乙84~86)。 小腸上皮の幹細胞の成熟,分化は3~4日かかる(乙93)。 (エ)血液細胞数の減少骨髄の造血機能低下は,1回短時間被曝で受けた全線量当量でのしきい値が,0.5シーベルトとされている(乙66)。 栓球(血小板)は,照射量が5グレイ程度までであれば被爆後30日目ころ最も減少し,その後回復するが,照射量が5グレイ以上は15日目ころに0となり回復しない(乙66)。 (オ)嘔吐- 29 -消化管に対する放射線の照射により,消化管の自律神経の機能が障害され,あるいは脳に対する照射により嘔吐中枢を刺激することにより発症すると考えられている(証人AB)。 1グレイ以下の被曝では,嘔吐はほとんど起こらないとされている(乙93)。 (カ)熱中症による発熱について熱中症は,炎天下,熱源近くでの作業などの高温環境と運動の際に発症するもので,熱射病,熱疲労,熱けいれんの3つがある。 熱射病は,意識障害,体温40.5度以上,乾燥した皮膚を特徴とする。原因に いて熱中症は,炎天下,熱源近くでの作業などの高温環境と運動の際に発症するもので,熱射病,熱疲労,熱けいれんの3つがある。 熱射病は,意識障害,体温40.5度以上,乾燥した皮膚を特徴とする。原因にかかわらず,体温が41度を超えると細胞破壊が起こり,自立的な体温調節能力が失われるため,まず冷却することが肝要とされる。 熱疲労は,脱水によって体温上昇と脱力を来しているが,意識障害は認めず,体温が熱射病ほど高くないものをいう。熱けいれんは,高温環境下の作業で電解質(特にナトリウム)が喪失して筋のけいれんがおこるもので,通常意識は良好である。熱疲労及び熱けいれんは,涼しいところで安静にし,水分と電解質を補給する。 また,身体の中と外の「あつさ」によって起こる,様々な身体の不調の総称をいう場合もあり,症状として,最初に多量の発汗,手足や腹筋の痛みを伴ったけいれんがおき(数秒間の失神,めまい,脈が速くなる,顔色が悪くなる,などの症状がみられることがある),そのうちめまいがひどくなったり,頭痛・吐き気・嘔吐・疲労感・脱力感がみられ,それ以上進むと意識障害や過呼吸症状が出現し死に至る場合もあるとされる。軽い症状の場合は,水,塩分,糖分を摂取することであり,けいれん,失神,意識障害などの場合は体温を下げるよう応急措置をして,早急に医療機関に受診する必要があるとされる。 また,軽い脱水症状の初期には,元気がなくなる,頭痛,吐き気,食- 30 -欲不振,微熱などの症状が起こり,その場合は,水分,塩分,ミネラルを補給することが大切であるとされる(乙81~83,122)。 (4)被爆者の治療厚生省公衆衛生局長は,昭和33年8月13日,都道府県知事及び広島・長崎市長あてに,「原子爆弾後障害治療指針について」を通知した。同通知では,治療上の一般的注意として,原 )。 (4)被爆者の治療厚生省公衆衛生局長は,昭和33年8月13日,都道府県知事及び広島・長崎市長あてに,「原子爆弾後障害治療指針について」を通知した。同通知では,治療上の一般的注意として,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にガンマ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが,被爆者の受けた放射能線量を正確に算出することはもとより困難であり,被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり,当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないとした上で,特に次の諸点について考慮する必要があるとした(甲15)。 ①被爆距離この場合,被爆地が爆心地から概ね2キロメートル以内のときは高度の,2キロメートルから4キロメートルまでのときは中等度の,4キロメートルを超えるときは軽度の放射能を受けたと考えて処置してさしつかえない。 ②被爆後における急性症状の有無及びその状況,被爆後における脱毛,発熱,粘膜出血,その他の症状を把握することにより,その当時どの程度放射能の影響を受けていたか判断することのできる場合がある。 上記指針の医学的根拠となったのは,昭和20年9月から開始された日米合同調査団による諸調査や,敗戦直後・占領下の国内の医学研究者による数々の調査報告である(甲40)。 また,厚生省公衆衛生局長は,同日付けで「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」を通知している。同通知では,主として原子爆弾の放射能による内科的疾病に関して,健康診断を行うに当たって特に考慮すべき点を,要旨,次のように挙げている(甲25- 31 -4)。 ①被爆者の受けたと思われる放射能の量現在において被爆当時に受けた放射能の量を把握することは困難であるが うに当たって特に考慮すべき点を,要旨,次のように挙げている(甲25- 31 -4)。 ①被爆者の受けたと思われる放射能の量現在において被爆当時に受けた放射能の量を把握することは困難であるが,おおむね次の事項は当時受けた放射能の量の多寡を推定する上に極めて参考となりうる。 <A>被爆距離被爆した場所の爆心からの距離が2キロメートル以内のときは高度の,2キロメートルから4キロメートルのときは中等度の,4キロメートル以上のときは軽度の放射能を受けたと考えてさしつかえない。 <B>被爆場所の状況原子爆弾後障害症に関し,問題となる放射能は,主としてガンマ線及び中性子線であるので,被爆当時における遮蔽物の関係はかなり重大な問題である。このうち特に問題となるのは,開放被爆と遮蔽被爆の別,後者の場合には,遮蔽物等の構造並びに遮蔽状況等に関し,十分詳細に調査する必要がある。 <C>被爆後の行動原子爆弾後障害症に影響したと思われる放射能の作用は,主として体外照射であるが,これ以外に,塵埃,食品,飲料水等を通じて放射能物質が体内に入った場合のいわゆる体内照射が問題となり得る。従って,被爆後も比較的爆心地の近くにとどまっていたか,直ちに他に移動したか等,被爆後の行動及びその期間が照射量を推定する上に参考となる場合が多い。 ②被爆後における健康状況被爆後数日ないし数週に現われた被爆者の健康状態の異常が,被爆者の身体に対する放射能の影響の程度を想像させる場合が多い。すなわち,この期間における健康状態の異状のうちで脱毛,発熱,口内出血,下痢等の- 32 -諸症状は原子爆弾による障害の急性症状を意味する場合が多く,特にこのような症状の顕著であった例では,当時受けた放射能の量が比較的多く,従って原子爆弾後障害症が割合容易に発現しうる考えることが 2 -諸症状は原子爆弾による障害の急性症状を意味する場合が多く,特にこのような症状の顕著であった例では,当時受けた放射能の量が比較的多く,従って原子爆弾後障害症が割合容易に発現しうる考えることができる。 ③臨床医学的要素臨床医学的探索にあたっては,原子爆弾後障害症として最も発現率の高い造血機能障害の検査に主体をおくほか,肝機能検査,内分泌機能検査等をもあわせて行う必要のある場合がある。 また,異常については,この異常が放射能以外の原因に基づくものであるか否かについては,詳細に検討を加えたうえ,一応考えられる他の原因を除外した後においてはじめて放射能に基づくものと認めるべきであり,したがって,この鑑別診断を行うにあたっては,尿検査,糞便検査,X線検査その他必要ある検査はもちろん十分に行わなければならない。 ④経過の観察原子爆弾後障害症の一部,例えば,軽度の貧血や白血球減少症のようなものでは,所見が一進一退する場合が往々にしてみられるので,被爆者の健康について十分に経過を観察する必要がある。 (5)原爆放射線量の推定ア残留放射能の調査(ア)大阪調査団の調査昭和20年8月10日から大阪帝国大学AC教授らの大阪調査団により広島原爆の初期調査が行われ,爆心地近くで放射能が高いこと,激しい雨の降った己斐駅付近で高いことが報告された。その報告によれば,8月11日に市内数か所から砂を採取して同夜その放射能を測定したところ,その結果は,自然計数27に対して,護国神社120,西練兵場入口・己斐駅付近90,中国軍管区司令部40,八丁堀・宇品37であり,向洋駅・東練兵場・横川橋・己斐駅付近は自然計数未満であった- 33 -(甲78資料14)。 (イ)京都帝国大学調査団の調査京都帝国大学調査団は,広島において,昭和20年8月10日の第1 り,向洋駅・東練兵場・横川橋・己斐駅付近は自然計数未満であった- 33 -(甲78資料14)。 (イ)京都帝国大学調査団の調査京都帝国大学調査団は,広島において,昭和20年8月10日の第1次調査の後,同月13,14日に第2次調査をした。爆心地周辺では,碍子接着硫黄,鉄板,石灰,アルミ板,半田など種々の試料を収集したが,このうち中心部の路上で死亡していた馬の骨が極めて強いベータ線(毎分529数)を放射していること,その原因がリン32であること,半減期が18日であったことが測定された。このほか爆心から2~4. 5キロの周辺地区24か所からも試料を収集して,同月15日,16日に測定したところ,旭橋東詰(爆心の西約3.5キロ)の試料で最も強いベータ線(計数106)を測定した。 (ウ)理化学研究所の調査理化学研究所のADらは,昭和20年8月中旬と9月下旬に,主として焼死者の骨を収集し,宇品の陸軍病院入院中に死亡した者の骨も加え,骨灰のベータ線強度を測定し,緩中性子線の空気中の半価層の厚さや,爆央における緩中性子の数を推計している(甲78資料14)。 (エ)AEらの調査昭和20年8月9日,AEが率いるグループが,広島の28ヶ所で土壌試料を収集した。なお,これらの試料は,大気圏核実験の降下物にも曝されておらず,最近になって再測定が行われたが,これらは降下物に関係するものであり,DS02の策定には使用されていない(乙38)。 (オ)AFらの生体誘導放射能の調査AFらは,中性子が生体に付与した誘導放射能に着目し,臓器のベータ線を測定した。測定に使用した測定器は,ベータ放射能に最も鋭敏な感度を有するGeiger-müller計数管で,自然放電数は平均毎分18である。測定方法は,臓器の小片を乾燥し細粉とし,これを計数管の正射影- 34 - 用した測定器は,ベータ放射能に最も鋭敏な感度を有するGeiger-müller計数管で,自然放電数は平均毎分18である。測定方法は,臓器の小片を乾燥し細粉とし,これを計数管の正射影- 34 -とほぼ同じ大きさのブリキの板の上に平に置いて測定した。血液や尿は,小型シャーレに入れて同様の方法によった。京大物理AG研究室において測定した。測定誤差は10パーセント以内であるとされた。 昭和20年8月10日から同年9月8日までの間に死亡した4例のうち,3例はフォルマリン固定後の測定のため可溶性の放射性物質の流出が考えられ,新鮮材料を用いた1例が最も信頼できるとされた。同例は,爆心地から500メートルで被爆し同年9月8日に死亡したもので,脳,大腿骨,頭蓋骨,大腸で高い値が検出されている。 AFらは,種々の条件があり,かつ条件を一定にし難い状態であったため整然とした結果は望めないが,大体,リン,ヨード,硫黄,各種金属元素を多く含む臓器に豊富な放射性を認めた,また,血液にも相当大きな放射能が認められているため,臓器の血液含有量も測定値に大きな影響を与えている,肺は偶然に放射性物質の吸入が多量にあったかあるいは肺出血の部を測定したものか不明である,としている。 このほか,爆心より100メートルで採集した即死者の大腿骨を同年9月12日に測定し,2.9mgで毎分41のベータ放射能を認めた。 分析の結果,放射能の大部分はリンであることが測定されたことから,半減期14日,全骨格約7キログラムとして,最初は全骨格について6×10のベータ放射能を有していたと推定し,このほか半減期が短い ため計数管にかからなかった各種元素の誘導放射能,早い中性子による障害も膨大であったと考えられた。 AFらは,これらの中性子の直接作用及び生体誘導放射能が,生体を障害し急性及び亜 か半減期が短い ため計数管にかからなかった各種元素の誘導放射能,早い中性子による障害も膨大であったと考えられた。 AFらは,これらの中性子の直接作用及び生体誘導放射能が,生体を障害し急性及び亜急性症状を惹起するに至ったと考えるのが最も自然であるが,種々の理由から生体誘導放射能と各臓器の病理解剖所見との直接の関係は見出しがたいとした。 また,同年9月9日には京大入院患者1例につき,尿中の放射能が検- 35 -出された(以上につき甲78・資料14)。 (カ)昭和20年9月17日ころには,広島,長崎とも,強い台風(枕崎台風)が襲来し,激しい洪水被害に見舞われた。京都帝国大学調査隊では,宿舎としていた大野浦陸軍病院が山津波で倒壊流出し,多数の犠牲者を出した(甲78資料14,乙11,16)。 (キ)昭和20年9月から10月にマンハッタン技術部隊,同年10月から11月には日米合同調査団が広島,長崎において放射能測定を行った。 広島文理大のAHとAIは,同年9月と昭和21年及び昭和23年に調査を行った。これらの初期調査の結果,爆心地付近のほかに,広島の己斐,高須地区及び長崎の西山地区で放射能の高いことがわかった。これらの地区は,いずれも爆心から約3キロメートルの風下にあたり,かつ,爆発の30分から1時間後に激しい降雨があった(乙9・348頁)。 原子爆弾の爆発によってできるアイソトープは約200種類にも達し,その大部分は放射性であるが,半減期の短いものは測定時には既に減衰し,半減期の長いものだけが検出された。西山地区の土壌の放射化学分析の結果,ストロンチウム89(半減期52.7日),バリウム140(12.8日),プラセオジム144(17.3分),ジルコニウム95(65.5日),ストロンチウム90(29年),セシウム137(30年),セリウム ンチウム89(半減期52.7日),バリウム140(12.8日),プラセオジム144(17.3分),ジルコニウム95(65.5日),ストロンチウム90(29年),セシウム137(30年),セリウム144(284日)及び核分裂を起こさなかったプルトニウム239(2.4×10年)が検出されている。これらは プルトニウム239を除きいずれもベータ線あるいはガンマ線を放出する(甲82)。 (ク)AJらは,昭和50年に,降雨地域の土壌を採取し,セシウム137の測定を行った。さらに,昭和51年には厚生省に残留放射能調査委員会が設置され,広島・長崎の爆心から半径30キロメートル以内で採取された土壌試料についてセシウム137及びストロンチウム90の調- 36 -査が行われた。昭和53年には再調査も行われたが,当時,既に核実験による降下物の影響があり,広島原爆の黒い雨による有意な差は認められなかった。長崎の場合,フォールアウト地域で原爆材料であるプルトニウムの高いことが見出された(乙9・349頁)。 (ケ)昭和51年以降,従来行われてきたコバルト60(半減期5年)の測定と共に被曝岩石中のユーロピウム152の測定が行われている。このほかに中性子の核反応により生成された塩素36やカルシウム41も,加速器を使った質量分析法により測定されている(乙9・349頁)。 イDS86の策定原爆被爆者の被曝線量を求める方式は,いくつかの方式が提案され,1965年(昭和40年)に体系的な方法として暫定1965年線量(T65D)と呼ばれる方式が決められた。これは,米国ネバダ州核実験場における長崎型原爆の実験等から得られた結果を広島と長崎の場合に当てはめて放射線量を推定するものである。 しかし,1970年代後半(昭和50年代前半)にT65Dそのものに問題があること ダ州核実験場における長崎型原爆の実験等から得られた結果を広島と長崎の場合に当てはめて放射線量を推定するものである。 しかし,1970年代後半(昭和50年代前半)にT65Dそのものに問題があることが指摘された。米国では,1981年(昭和56年)に線量再評価検討委員会が設置され,その結果を評価するための上級委員会が米国学士院に設置された。これに対応して,日本の厚生省が検討委員会と上級委員会とを組織した。1986年(昭和61年)3月に開かれた日米合同の上級委員会において,新しい線量評価システム(DS86)を承認した(乙21)。 ウDS86の内容DS86は,現代核物理学の理論に基づいてコンピューターにより計算された多数のデータベースとコンピュータープログラムとから構成されており,これらに基づいて被曝線量を計算する体系である(乙10,18,21)。 - 37 -DS86は,T65Dと比較し,空気中中性子線カーマが,長崎原爆で約2分の1~3分の1に,広島原爆で約10分の1に減少している。長崎原爆については,大気中の水蒸気成分による影響であり,広島原爆については,大気中の水蒸気成分による影響に加え,爆弾の起爆装置及び殻の厚さの相違(核分裂中性子が,広島原爆では重金属の厚い層を通るのに対し,長崎原爆では金属層は薄いが起爆剤に含まれる水素原子との衝突によってエネルギーを多く失う。)により,広島の中性子スペクトルが長崎の中性子スペクトルより軟らかいためであるとされている(乙21・451頁)DS86については,不確定性(誤差)解析に関する部分を除き報告書が作成されており,その概要は次のとおりである。 (ア)爆弾の出力長崎原爆は,同型の原爆を使用した核実験の結果等から,21kt,誤差は±2ktの範囲にある。広島原爆は,同型の原爆による核実験が行わ が作成されており,その概要は次のとおりである。 (ア)爆弾の出力長崎原爆は,同型の原爆を使用した核実験の結果等から,21kt,誤差は±2ktの範囲にある。広島原爆は,同型の原爆による核実験が行われておらず,専ら理論計算によったため,出力の推定は長崎の場合より誤差が大きく,種々の推定値から,15kt,誤差は±3ktの範囲にある(乙23)。 (イ)ソースタームの計算と検証爆弾から放出される粒子や量子の個数,及びそのエネルギーや方向の分布は,放射線のソースタームと称せられる。 モンテカルロ法によるソース計算では,中性子やガンマ線の粒子及びそれらの二次生成物が放出され,吸収されるかあるいはシステムから脱出するまで,追跡された。広島原爆については,放出放射線の角度分布とエネルギー分布が,長崎原爆については,エネルギー分布が計算された。 これらの計算の検証は,広島原爆のレプリカ(砲身を短くし,核分裂物質を減らした臨界実験装置)等によりなされた。 - 38 -爆弾が爆発すると即発中性子と即発ガンマ線が放出されるが,爆弾の構造(広島原爆の弾頭が厚い鋼鉄でできているのに対し,長崎原爆は弾頭が薄い鋼板でできている。)に応じて,放出放射線の角度分布とエネルギー分布を計算した(乙23)。 (ウ)放射線の空中輸送,空気中カーマの決定初期放射線は,爆弾の線源から空気中を経て線量推定の対象となる地域に伝播していくことを放射線の輸送という。コンピューターによる大規模な計算により,爆心地から2.5キロメートルまでの各距離における空気中カーマを決定する(乙23)。 (エ)ガンマ線の熱ルミネッセンス測定上記のとおり計算された空気中カーマのうち,ガンマ線カーマについては,広島大学理工学部校舎,長崎市家野町民家の塀等から収集された試料につき,熱ルミネセンス線量測 エ)ガンマ線の熱ルミネッセンス測定上記のとおり計算された空気中カーマのうち,ガンマ線カーマについては,広島大学理工学部校舎,長崎市家野町民家の塀等から収集された試料につき,熱ルミネセンス線量測定法による測定結果と比較された。 広島においては1000メートル以上の地点で測定値は計算値より大きく,近い地点は逆に小さくなっている。長崎においてはこの関係は逆である。1000メートル以上の地点で測定値の平均値と良い一致を得るためには,計算値は広島で約18パーセント大きくなり,長崎で約10パーセント小さくなる必要がある(乙21)。 (オ)中性子の測定中性子線量の検証には,中性子により特定の物質中に誘導された特定の放射性物質の放射能を測定し,この測定値に対応する計算値と比較する方法をとった。 DS86開発当時に得られていた放射能の測定値には,速中性子により誘導されたリン32,熱中性子によって誘導されたコバルト60,ユーロピウム152があり,放射能の半減期はそれぞれ14.3日,5. 3年,13年である。 - 39 -リン32は,爆弾投下の数日後に測定したデータに再検討が加えられ,DS86との間に差は見られなかった。 コバルト60は,T65Dの決定の際の測定に加え,新たな試料の測定も行われた。計算値が,地上距離260メートルにおいて,測定値の1~1.5倍,1180メートルにおいて測定値の3分の1倍と,系統的な差を示した。 ユーロピウム152は,当時新しい測定であったが,正確な評価を行うにはデータのばらつきが大きいとされた。 被爆者の被曝線量の推定に関しては,比較的高いエネルギー(0.5MeVぐらい以上)の中性子の影響が主となり,それ以下のエネルギーの中性子の影響はあまりないとされ,速中性子によるリン32のデータを中心に検討が行われた。 計算された ,比較的高いエネルギー(0.5MeVぐらい以上)の中性子の影響が主となり,それ以下のエネルギーの中性子の影響はあまりないとされ,速中性子によるリン32のデータを中心に検討が行われた。 計算された中性子カーマ値が間違っているという可能性はまだのこっている。中性子の測定についてのこの章の結論は,中性子線量がさらに研究が進展するまでは疑わしいということでなければならない(以上につき甲18,乙16)。 (カ)残留放射能(甲18,乙16)a誘導放射能及び放射性降下物による被曝線量の測定の正確性に影響する多くの要素は,原爆投下後40年たってもよく知られておらず,被曝線量推定はおおまかな近似にならざるを得ない。一般的に,被曝率の測定は風雨の影響がある以前に速やかには測定されなかったし,その後の風雨の影響を明らかにしたり,放射能の時間分布を与えるのに十分な程繰り返されなかった。測定場所の数は余りにも少なく,放射能の詳細な地理的分布について十分推定できるものではなかった。 また,かかる調査では,代表的でない標本が抽出されることが多く,かかる標本のかたよりが存在しているかどうかも不明である。最後に,- 40 -較正や測定の詳細については,必ずしも入手できていない。 放射性降下物被曝の推定を行うための理想的データは存在しない。 放射性降下物による被曝の推定方法として,核兵器と気象学的情報に基づいて,放射能の堆積をモデル化することが考えられるが,モデル化に必要なパラメータの多くは欠如しているとして,現存する測定値から推定する方法が用いられた。しかしながら,緊迫した状況であったことや,計器及び訓練された人員不足であったことにより,関心のある地域についてのグリッド測定ができていなかったので,放射性降下物地域のデータがどれくらい代表的であるかは不明である。 した状況であったことや,計器及び訓練された人員不足であったことにより,関心のある地域についてのグリッド測定ができていなかったので,放射性降下物地域のデータがどれくらい代表的であるかは不明である。爆発後の3か月間には,広島で900ミリメートル,長崎で1200ミリメートルの大量の降雨があり,両市とも昭和20年9月17日の台風にあい,広島は10月9日に2回目の台風にあっている。試料採取場所についての詳細な知識なしには,風雨の影響を評価するのは不可能であるため,測定データは風雨の影響に対する補正なしで使用された(乙16・211~214頁)。 b長崎西山地区における放射性降下物の測定に基づく,高度1メートルでの累積的被曝の推定は,AKらの昭和20年10月1日に始まった調査結果では2.5~70R(Rはレントゲン。以下同じ。),ALの同年9月21日から10月4日までに行われた調査の結果では29R,もしくは24~43R,AMとANの同年10月15日から27日までに行われた調査結果では,最大42R,西山村平均38Rであった。 長崎西山地区の土壌中のセシウム137の分析から導かれた放射性降下物による累積的被曝の推定値は,AOによれば40R,APとAQによれば270R,ARらによれば230ないし210Rであった。 広島の己斐・高須地区における放射性降下物による高度1メートル- 41 -での累積的被曝の推定値は,ASとATによれば最大3R,平均2. 3R,AHとAIによれば,1R又は9R,ALによれば,1.2R,AMとANによれば0.6~1.6Rであった西山地区における放射性降下物の累積的被曝への寄与は,20ないし40R(12ないし24ラド)と推定され,広島の己斐・高須地区では,対応する被曝は1ないし3R(0.6ないし2ラド)と推定される(乙16・ 地区における放射性降下物の累積的被曝への寄与は,20ないし40R(12ないし24ラド)と推定され,広島の己斐・高須地区では,対応する被曝は1ないし3R(0.6ないし2ラド)と推定される(乙16・210,218,227頁)。 c核爆発後の内部放射線への被曝には,残留放射能中の放射性核種の吸入及び摂取を含めて,若干の可能性がある。長命のガンマ線放出放射性核種セシウム137からの内部線量は,長崎の西山地区の住民に対するAR及びARらの測定に基づき,昭和44年に男性で13pCi/kg,女性で10pCi/kgであり,身体負荷値は指数的に減少し,有効半減期は7.4年であったと仮定して,昭和20年から昭和60年までの40年間の内部線量は,男性で10ミリラド,女性で8ミリラドと推定される(この場合,ミリラドはミリレムと等しい。)。この線量は,MedicalInternalRadiationDoseCommittee法により計算され,身体を通じて一様な分布を仮定した(乙16・219頁)。 d誘導放射能からの外部ガンマ放射線誘導放射能の計算過程は次のとおりである。まず,爆心からの距離ごとに入射中性子スペクトルを計算し,これにより入射中性子のエネルギー,方向,数が決まる。次に,土壌中の元素の種類,含有量,及びこれらの元素の放射化断面積をもとに生成された放射能量を計算する。そして,誘導放射能から放出されたガンマ線が地上1メートルに達するまでのガンマ線の透過の計算をし,線量率(単位:R(レントゲン)/h(時間))を求める。人体への被曝影響と結びつける上で- 42 -この線量は空気中の組織カーマ(単位:グレイ)に換算される(甲82,乙9)。 線量推定に関連があると考えられる放射性核種は,アルミニウム28(半減期2分),マンガン56(同2.6時 で- 42 -この線量は空気中の組織カーマ(単位:グレイ)に換算される(甲82,乙9)。 線量推定に関連があると考えられる放射性核種は,アルミニウム28(半減期2分),マンガン56(同2.6時間),ナトリウム24(同15時間),スカンジウム46(同83.8日),セシウム134(同2.1年),コバルト60(同5.3年)である。アルミニウム28は,人が爆心地地域に入り得たよりずっと前に消失したことは明白なので,これ以上考慮しない。 両都市について関心のある要素の土壌濃度が測定されているが,変動性がかなり大きく,計算された放射化が広範には適用できないかもしれないことを示している。 上記の放射性核種のうち相対的に重要なものは,マンガン56,ナトリウム24であり,マンガン56からの被曝率は1日以内に消失し,ナトリウム24からのは1週間以内に消失する。スカンジウム46,コバルト60,セシウム134は,長年にわたって寄与する。 誘導放射能からの被曝の直接測定は,いずれも短命のマンガン56,ナトリウム24を含めるほど十分速やかには行われなかった。 爆心地での誘導放射能からの外部放射線への潜在的最大被曝は,広島について約80R(約50ラド),長崎について30ないし40R(18ないし24ラド)であると推定される。これらの被曝は,時間や距離と共に減少する。累積的被曝は,1日後にはその約3分の1,1週間後には僅か数パーセントであったであろう(乙16・227頁)。 (キ)家屋及び地形による遮蔽2種類の日本家屋の集まりのコンピューターモデルを用いるなどして,被爆者の位置における中性子及びガンマ線のエネルギーと角度別のフル- 43 -エンスが得られ,この時点で遮蔽カーマを計算することができる。 (ク)臓器線量昭和20年当時の典型的日本人のコンピューター 者の位置における中性子及びガンマ線のエネルギーと角度別のフル- 43 -エンスが得られ,この時点で遮蔽カーマを計算することができる。 (ク)臓器線量昭和20年当時の典型的日本人のコンピューターモデルを作成し,被爆者の特定の臓器での中性子及びガンマ線のエネルギー及び角度別のフルエンスが得られ,この時点で臓器線量を計算することができる。 (ケ)線量評価体系の作成(ア),(イ),(ウ),(キ),(ク)を統合し,特定の被爆者に関するデータを入力とし,自由空間データベース,家屋遮蔽データベース及び臓器遮蔽データベースを組み合わせて,各種の線量を出力することができるようにしている。 (コ)なお,推定線量に対する不確定性(誤差)の推定は,予備的な値としては,空気中カーマに対して広島で16パーセント,長崎で13パーセントとなり,臓器線量に対しては25~35パーセントとなっているが,報告書は別途出版予定とされた(乙18)。 エDS86と測定値のずれについて(ア)DS86作成後,測定値の数が増加するとともに,熱中性子誘導放射能(ユーロピウム152,コバルト60,塩素36)の測定値とDS86の計算値との間の系統的なズレが,広島においては顕著なものとなってきた。爆心地から1000メートル付近を境に,近距離では計算値が高く,遠距離では測定値が高くなっており,2キロメートルを越すと測定値が計算値の10倍,100倍となっていく。長崎においては,系統的なズレを示さない測定データと,広島と同様のズレを示すデータの両者があった(乙10)。 広島原爆については,ガンマ線の熱ルミネッセンスのデータが,爆心から1.4キロメートルくらいからDS86による計算値より大きくなり始め,2キロメートル付近では70パーセントくらい大きくなり,こ- 44 -のこと自身は0 マ線の熱ルミネッセンスのデータが,爆心から1.4キロメートルくらいからDS86による計算値より大きくなり始め,2キロメートル付近では70パーセントくらい大きくなり,こ- 44 -のこと自身は0.1グレイ程度の被曝線量の部分だけ線量を増大させるとの見解があった(乙9)。 (イ)AUらの報告AUらが,平成元年に爆心地から1909メートルの地点で測定したガンマ線線量の2つの実測値は,それぞれDS86推定線量の2.0倍及び2.1倍であった(甲22)。 (ウ)AVらの報告aAVらは,平成4年,広島原爆の爆心地から地上距離2.05キロメートルにおけるガンマ線線量を熱ルミネッセンス法によって瓦のサンプルから測定したところ,5枚の瓦についての測定値の平均は129±23ミリグレイであり,この値は対応したDS86の推定値の2. 2倍大きく,これらの結果と文献における結果は,爆心地から2.05キロメートルにおける測定値に対し,DS86の推定値が50パーセントあるいはそれ以下であることを示している旨,報告した(甲35)。 bAVらは,平成7年,広島原爆の爆心地から1591~1635メートルの建物(郵便貯金局)の屋根の5箇所から収集した瓦の標本を用い,熱ルミネッセンス法(TL)によって,広島原爆からのガンマ線カーマを測定した。それによれば,組織カーマの結果は,DS86の評価より平均して21%(標準誤差は4.3~7.3%)多かった。 現在のデータと,報告されているTLの結果は,測定されたガンマ線カーマがDS86の値を約1.3キロメートルで超過し始め,この不一致が距離と共に増加することを示唆している。この不一致は,DS86の中性子のソース・スペクトルに誤りがある(遠距離に到達できる高いエネルギーの中性子の成分が過小評価されている)ことに原因があり, 一致が距離と共に増加することを示唆している。この不一致は,DS86の中性子のソース・スペクトルに誤りがある(遠距離に到達できる高いエネルギーの中性子の成分が過小評価されている)ことに原因があり,これまでの中性子放射化の測定によって支持されていると主- 45 -張した(甲43,49)。 (エ)AWらのユーロピウム152及びコバルト60の測定aAWらは,平成10年,広島の爆心地付近から遠距離まで広範囲にわたって数多くの測定を行い,測定値と計算値との間には明らかに相違があり(爆心から1793±22メートルでは,DS86の計算値が実測値の0.014±0.006倍),計算における何らかの間違い,たとえば広島爆弾の線原の間違いの可能性を示唆した(甲34,乙10)。 bAWらはまた,平成14年,長崎原爆の中性子によって誘導された5個の鉄鋼サンプル中の残留コバルト60の放射性を測定したところ,その計算値と実測値の比率は,長崎及び広島における計算値と橋詰らの実測値の比(橋詰らの実測値とは,DS86の最終報告において引用されていた同人らによるコバルト60の測定値であり,同報告において,計算値と測定値との間に系統的な不一致が見られる例として紹介されていたものである。)と同様の傾向を示したが,現在のデータは爆心から約1000メートルでの計算値と概ね一致しており,爆心から1100メートルを超えるデータがないため計算値と実測値との乖離はいまだ明らかではないと発表した(甲32)。 (オ)AX(米国)とAY(ドイツ)による塩素36の測定AXらは,AMS(加速器質量分析法)により塩素36を測定した。 その後,AYらも塩素36の測定に参加し,より遠距離の試料も測定した。 AXらとAYらによる塩素36の測定値も,計算値と距離との関係において概ねAWらの測定値 質量分析法)により塩素36を測定した。 その後,AYらも塩素36の測定に参加し,より遠距離の試料も測定した。 AXらとAYらによる塩素36の測定値も,計算値と距離との関係において概ねAWらの測定値と同様の傾向を示した。 AYらは,墓石などの被曝岩石を使用して測定していたが,測定値には宇宙線などの自然環境のバックグランドが加わっていること,墓石に- 46 -よりバックグランドが異なることなどの研究を続け,最終的には測定値はバックグランドの補正をすれば計算値と一致するとした。 AXらの場合も,コンクリート試料の複雑さ(海水中の砂の自然界における被曝,建造物使用に小石を混入,コンクリート壁面と深部における塩分を含んだ薄いの浸透度の違い)を調べ,最終的には測定値にこれらのことを考慮してバックグランド補正をすれば計算値と一致するとした(乙10)。 (カ)同一試料の測定による相互比較9箇所の異なる被曝距離における被爆試料を4人の測定者用に分割して,同一試料を,BEらがユーロピウム152を,BAら,AXら及びAYらが塩素36を測定した。 BEらは,低バックグランド施設において測定し,さらに原爆以外の放射線由来のユーロピウム152をコンピューターによる解析により除去し,最終結果は,1400メートル付近まで計算値と概ね一致するものとなった。BAら,AXら及びAYらの塩素36の測定は,若干のばらつきが認められるものの,1200メートル付近まで概ね計算値と一致するものとなった(乙10,40)。 (キ)AUの計算モデルAUは,広島原爆の系統的なずれの問題の解決の試案として,2つのウランの衝突の際,原爆の底が抜けたように割れたと仮定し,連鎖反応の終わりの時期に裸の核分裂中性子が放出されたと考え,さらに中性子が発生した高度を90メートル引き上げた計算モデ の試案として,2つのウランの衝突の際,原爆の底が抜けたように割れたと仮定し,連鎖反応の終わりの時期に裸の核分裂中性子が放出されたと考え,さらに中性子が発生した高度を90メートル引き上げた計算モデルによれば,1キロメートル以内では計算値と測定値が一致すること,水平方向に90度の角度でクラックが入ったモデルを用いると,さらに遠距離まで計算値と測定値が一致することを提案した(乙10)。 (ク)AAは,遠距離に到達できた中性子は,近距離では高速中性子であ- 47 -ったもので,途中で大気中の原子核と衝突を繰り返してエネルギーを失い熱中性子になったものであるから,遠距離における熱中性子線の過小評価は,近距離あるいはソースタームの中性子線の高エネルギー成分,とりわけ数MeV以上の高エネルギー成分の過小評価が原因であると推測され,遠距離における熱中性子線量の過小評価を是正するためにソースタームあるいは近距離の高エネルギー中性子線量を増加させると,高エネルギー中性子ほど大気中の原子核と衝突する頻度は小さくなるので,遠距離に到達する高エネルギー中性子線量も増加することになると指摘している(甲49)。 (ケ)推定線量の変化と原爆被爆者のリスク「DS86線量推定値変更の可能性に関する考察」(BB)(平成11年3月)(乙18・37頁)では,推定線量が変化すると放射線がリスクに及ぼす影響の推定値は変化するが,被爆者が受けた実際の線量に依存する実際の(観察可能な)事象は線量推定値の変更によって変化することはない。線量推定方式の変更によって個人線量推定値が増加するならば,放影研データに基づく特定線量に関係するリスク推定値(即ち単位線量当たりのリスク)は減少する,との見解が述べられている。 オDS02DS86における,中性子線量に関する理論値と測定値と るならば,放影研データに基づく特定線量に関係するリスク推定値(即ち単位線量当たりのリスク)は減少する,との見解が述べられている。 オDS02DS86における,中性子線量に関する理論値と測定値との不一致を踏まえ,平成14年に新しい原爆放射線線量の評価システム(DS02)が作成されたが,その内容の概略は次のとおりである。 (ア)線量評価の概要DS86からDS02への大きな変更は,広島における爆弾の出力を15kt±3ktから16kt±4ktに,爆発高度を580メートルから600メートルに修正したことである。爆弾の出力の増価は,爆心からの距離に関係なく空中線量を6.7パーセント増加させることになる。爆発- 48 -高度を上げることは線量を減少させる方向に働くが,爆心地近くでないとその影響は小さい。 DS02による空中線量(ガンマ線と中性子線の総和)をDS86と比較すると,爆心地付近の生存者のほとんどいない範囲を除けば,5パーセントから10パーセントの増加と要約できる。 広島に関しては,ガンマ線量は,爆心地から遠くなるに従ってDS02の線量の方が高くなり,約10パーセント以内で横ばいとなる。他方,中性子線量は,爆心地付近では,DS02線量の方がDS86線量よりも低いが,500メートル付近で逆転して1000メートル付近ではDS02線量がDS86線量より10パーセント程度高くなり,再びその比率が小さくなって2000メートル近くで同程度になり,それ以遠ではDS02線量がDS86線量よりも低くなる。 長崎に関して,DS02ガンマ線量はDS86ガンマ線量の約10パーセントの増加となっているが,DS02中性子線量はDS86中性子線量より低く,最大で約30パーセントの減少となっている(乙10)。 (イ)DS02の計算値と実測値aガンマ線の熱ルミ の約10パーセントの増加となっているが,DS02中性子線量はDS86中性子線量より低く,最大で約30パーセントの減少となっている(乙10)。 (イ)DS02の計算値と実測値aガンマ線の熱ルミネッセンス測定広島に関しては,爆心地付近の一致度は極めて高いものになった。 広島大学(爆心地から1279~1469メートル。測定値は,計算値の1.078~1.310倍),明泉寺(同1915メートル。同1.874~2.282倍)やBC邸(同2067メートル。同1. 011~2.995倍)などの遠距離の地点においては,測定値は計算値よりも依然として若干高いが,DS02によって一致度は改善している。この不一致に関連した問題は,バックグラウンド測定値において距離に関連した偏りが存在するかどうかである。 長崎の約800メートル以下の距離においては,測定値がDS86- 49 -値及びDS02値よりも若干低い。状況はDS86よりもDS02の方が若干悪い。この不一致に関連した問題は,一部の測定位置における部分的前面遮蔽の存在を反映させるために実効透過係数を更に補正する必要があるかどうかという点である(以上につき,乙38・中・69~76頁)。 b熱中性子放射化測定(a)コバルト60広島においては,おそらくは1つの例外を除いては,地上距離が約1300メートル以内では,DS02に基づく計算値と測定値は全体として良く一致している。広島の地上距離1300メートル以遠では,実測値が計算値を上回る傾向があるが,この点に関しては,試料の線量カウントと検出器のバックグラウンド線量とを区別する際に問題があるようである(乙38・中・97~102頁)。 なお,BEらによる,広島原爆の地上距離1400ないし1500メートル付近のコバルト60の測定結果は,DS86,DS02の 線量とを区別する際に問題があるようである(乙38・中・97~102頁)。 なお,BEらによる,広島原爆の地上距離1400ないし1500メートル付近のコバルト60の測定結果は,DS86,DS02の計算値を数倍ないし数十倍上回っている。これについて,DS02報告書の作成に関与した研究者の1人であるBDは,BEが,上記の測定結果は,サンプル量が小さく我々のところでは検出限界に入るので,場合によっては検討対象から除外してもいいと発言した旨の証言をしている(乙61)。 長崎では,地上距離500メートル付近の測定値がDS02の計算値を上回っており,また1042メートルを超える遠距離での実測値が得られていない。この点について,DS02報告書は,長崎においては,測定値はDS02に基づく計算値と概ね一致したが,近距離においてさえも大きな差違を示している,と評価している(乙38・中・97~102頁,乙61)。 - 50 -(b)ユーロピウム152広島では,DS86最終報告書当時までに得られた実測値は,計算値とおおまかに一致していた。新しく得られた実測値は,地上距離800メートル以内の爆心付近においては,DS86より低く,DS02とよく一致しているが,800メートル以遠では,実測値が計算値よりやや高くなる傾向にある。AWらの測定では,地上距離1050メートル(爆央からの距離1200メートル)でほとんど検出限界となる。このことは,約1000メートル以遠の実測値を系統的ずれの議論に用いるのは困難であることを意味している。 測定結果は,爆心付近ではDS86より低く,750ないし1000メートルではよく一致し,1000メートル以遠ではやや高い傾向にある。800メートルないし1000メートルで測定値がやや高い傾向にはあるが,誤差の範囲では一致しているといえ く,750ないし1000メートルではよく一致し,1000メートル以遠ではやや高い傾向にある。800メートルないし1000メートルで測定値がやや高い傾向にはあるが,誤差の範囲では一致しているといえる。 長崎では,BFらの1020メートルと1060メートルにおける屋根瓦についての6データとDS86最終報告書当時のデータは,幾分ばらついているけれどもDS86中性子に基づく計算とほぼ合っている。AWらのデータは,爆央距離800メートルまでは計算とよく一致している。1000メートル以遠では計算よりやや高いが,BFの屋根瓦の2データと矛盾はしない(以上につき,乙38・中・107,108頁)。 (c)塩素36米国での測定では,花崗岩及びコンクリート(コンクリート表面を除く)中の測定値は,広島・長崎とも,爆心地付近からバックグラウンドと鑑別不可能となる1200メートル弱までDS02と一致する。広島の1400メートル以遠の塩素36で以前示唆された高い測定値/計算値比は,表面セメントが使用されたことに由来す- 51 -る(乙38・中・122~158頁)。 ドイツでの測定では,実験の不確実性の範囲内において,花崗岩試料中の塩素36の自然濃度を考慮すれば,地上距離800メートル以遠における測定値とDS02計算値に顕著な不一致は認められなかった。近距離では,実験値がDS02計算値より低い(乙38・中・171頁)。 日本での測定では,地上距離で1100メートル辺りまではDS02計算とよい一致が見られたが,1100メートル以遠の試料の塩素36測定は困難である(乙38・中・175頁)。 (d)ユーロピウム152と塩素36の放射化の相互比較広島市内で1200メートル以内で被曝したサンプルと,ユーロピウムと塩素の標準液を熱中性子場と熱外中性子場照射したサンプ 38・中・175頁)。 (d)ユーロピウム152と塩素36の放射化の相互比較広島市内で1200メートル以内で被曝したサンプルと,ユーロピウムと塩素の標準液を熱中性子場と熱外中性子場照射したサンプルを使用して相互比較したところ,ユーロピウム152と塩素36のデータは,米国で測定された旧県庁(爆心からの距離877メートル)と光善寺(同1177メートル)のデータを除き,お互いに合っているだけでなく,DS02とも一致した。しかしながら,ユーロピウム152のデータは全体として少しだけ(14%)塩素36のデータより大きい傾向があった(乙38・中・198頁)。 (e)広島試料中のユーロピウム152の極低バックグラウンド測定環境中性子の3分の1がユーロピウム152の生成に寄与したと-5仮定し,環境中性子によるユーロピウム152の寄与分2×10Bq/mgを使用すると,広島の花崗岩試料のユーロピウム152の放射能はDS02に基づく計算でよく再現され,これによって,ユーロピウム152の実測値と計算値の不一致が解消された(乙38・中・207頁)。 c速中性子放射化測定- 52 -(a)硫黄広島の硫黄資料における硫黄32測定値を再評価した結果,今回の評価により更新・訂正された硫黄放射化データに基づく広島原爆の爆弾出力計算値は18±2ktであり,理論的出力推定値12-20ktとかなりよく一致し,すべてのデータを検討した結果,DS02で最も確実と考えられた16ktと極めてよく一致した(乙38・中・275~276頁)。 (b)ニッケル63広島原爆における速中性子の測定につき,銅試料中のニッケル63の測定値(無遮蔽の試料の測定値からバックグラウンドを差し引き,崩壊について補正した後のもの)は,日本銀行(DS02における距離391メートル)でDS る速中性子の測定につき,銅試料中のニッケル63の測定値(無遮蔽の試料の測定値からバックグラウンドを差し引き,崩壊について補正した後のもの)は,日本銀行(DS02における距離391メートル)でDS02計算値の0.85±0.19倍(DS86計算値の0.64±0.14倍),広島大学(ElementarySchool)(同1308メートル)で1.20±0.87倍(同0.96±0.70倍),広島大学(RadioisotopeBuilding)(同1470メートル)で1.90±1.77倍(同1.52±1.41倍)となった。バックグラウンドとして差し引かれたのは,住友銀行(爆心地からの距離1880メートル)の試料の測定値(7.3(+2.3,-2.1)×10Ni/gCu)と草津八幡(同5062メ ートル)の試料の測定値(7(+8,-5)×10Ni/gCu)を重みつき 平均したもの(7.3×10Ni/gCu)である(乙38・中・296 頁)。 DS02報告書は,爆心地から約1800メートルの距離から少なくとも5000メートルの距離までは,測定値は銅1グラム当たりのニッケル63原子約7×10 の値で平坦となり,ほぼこれがバッ クグラウンドの大きさと思われる,バックグランドを差し引いた後- 53 -のデータを昭和20年以降の崩壊について補正すると,広島の銅試料中のニッケル63の測定値はDS02に基づく試料別計算値とよく一致し,DS86に基づく計算値との比較でも日本銀行(DS02における距離391メートル)を除きよく一致する,銅試料中の宇宙線によるニッケル63の計算値は,上記バックグラウンドを説明しておらず更に検討すべきである,と結論付けている(乙38・中・288頁)。 dDS02による線量評価に対する評価 致する,銅試料中の宇宙線によるニッケル63の計算値は,上記バックグラウンドを説明しておらず更に検討すべきである,と結論付けている(乙38・中・288頁)。 dDS02による線量評価に対する評価(a)BGらによる「厚生労働科学研究研究費補助金厚生労働科学特別研究事業・原子爆弾の放射線に関する研究・平成14年度総括・分担研究報告書」では,DS02の計算値と測定値につき,ガンマ線(熱ルミネッセンス)及び中性子(放射化による残留放射能)に関する測定値は,爆心地から少なくとも1.2キロメートルの地点までは,DS02の計算値と全般的に極めてよく一致しており,また,爆心地から1.2~1.5キロメートル以遠での中性子の測定値と計算値の相違については,線量の絶対値が小さくバックグランドとの区別が困難なことなど測定値の不確実性によるものと判断されているとしている(乙10)。 また,DS86及びDS02策定時の日米線量再評価委員会委員を務めていたBDは,爆心地から1000メートル以上離れた地点では,ユーロピウム152の測定値とDS86計算値との間に差が見られたが,DS02の検討においてはバックグラウンドの引き方に問題があったとされ,DS86には根本的な問題はないことが確認され,その問題はDS86,DS02において解決された,DS86システムは,被曝生存者の放射線影響解析や被曝生存者の認定等に使用されるには充分な精度を持っていると考えられるが,少し- 54 -ずつDS02システムに移行していくことが適切であろう,としている(乙39,40,61,62)。 (b)他方,AAは,DS86あるいはDS02の計算値と実測値の不一致の原因として,①原爆の爆発点から放出された中性子線のエネルギー分布,すなわちソース・タームの計算の問題,②中性子の伝播に重 (b)他方,AAは,DS86あるいはDS02の計算値と実測値の不一致の原因として,①原爆の爆発点から放出された中性子線のエネルギー分布,すなわちソース・タームの計算の問題,②中性子の伝播に重要な影響を与える,湿度の高度変化,③ボルツマン輸送方程式に基づくコンピューター計算における区分の設定を挙げ,このうち①が最も可能性が高いとしている。すなわち,①広島原爆のガンマ線及び熱中性子線の実測値に比べDS86の推定線量が遠距離で過小評価となっていること,広島原爆の構造と形状に似せた模擬原子炉からのソース・タームの測定値とDS86に用いられたソース・タームが一致したこと等から,DS86に用いられた中性子のソース・タームの高エネルギー成分が実際の広島原爆のソース・タームと異なって過小評価になっていることが示唆される,②DS86では,長崎の原爆爆発時の湿度として,海に近い海洋気象台の記録値(71%)をそのまま採用しているが,長崎では爆心地付近は海からやや離れ,河川の影響も小さいから,もし海面近くと上空とで湿度が異なり,上方になるにつれ湿度が小さくなっていたとすれば,大気中の水蒸気に含まれる水素の原子核による中性子線の吸収が減少し,DS86の計算値よりもずっと多くの中性子線が遠方に到達する,③上空の空気中の原子核で反射して地上に到達した中性子の寄与が遠距離で増大する,などを挙げている。 また,速中性子に関するニッケルの測定値については特に,上記の実測値と計算値の大小関係は,従来のリン32を測定した速中性子線量や誘導放射化の測定による熱中性子線量の不一致と同じ傾向を示している,そもそも爆心地からの距離1880メートルの実測- 55 -値をそっくりバックグラウンドに採用して,この距離より近距離の実測値から差し引いているが,爆心地から1880 一致と同じ傾向を示している,そもそも爆心地からの距離1880メートルの実測- 55 -値をそっくりバックグラウンドに採用して,この距離より近距離の実測値から差し引いているが,爆心地から1880メートルの地点にはDS02の計算値によってもかなりの量の速中性子が到達しているから,爆心地から1880メートルの中性子線量が0であると始めから仮定するのでは,実測値と計算値との比較が無意味になる,と批判している(甲49)。 (c)AAの上記批判に対し,AUは,AAの指摘する湿度の問題やスカイシャインの問題は,過去に検討されてきたが問題は見つかっていないとしている(乙19,25)。 (ウ)DS02を前提とした誘導放射線量の検討DS02では残留放射能の検討はなされていないが,京都大学のBHは,DS86報告書における計算結果に,DS86とDS02の地表1メートルでのコバルト60放射化量の比をそのまま誘導放射線量の比として適用し,誘導放射能による地上1メートルでの外部被曝線量を求めると,爆心地での爆発直後から無限時間までの積算線量は広島120センチグレイ,長崎57センチグレイであり,爆心から1000メートルでは広島0.39センチグレイ,長崎0.14センチグレイ,爆心から1500メートルでは広島0.01センチグレイ,長崎0.005センチグレイとなり,爆心地に爆発1日後に入ってそれからずっと滞在した場合の線量は,広島で19センチグレイ,長崎で5.5センチグレイ,1週間後に爆心地に入ってずっと滞在した場合の積算線量は,広島0. 94センチグレイ,長崎1.4センチグレイとなると報告した(乙76)。 また,BHは,誘導放射能の体内取り込みに伴う内部被曝の正確な評価は,外部被曝以上に困難であるが,大雑把な仮定を基に,焼跡の片づけに従事した人々の空気中の塵 ンチグレイとなると報告した(乙76)。 また,BHは,誘導放射能の体内取り込みに伴う内部被曝の正確な評価は,外部被曝以上に困難であるが,大雑把な仮定を基に,焼跡の片づけに従事した人々の空気中の塵埃吸入を想定して内部被曝評価を試みる- 56 -と,吸入の対象となる放射能を土壌中のナトリウム24とスカンジウム46とし,放射化生成量はDS02検証計算で得られたMCNPによる地上1メートル中性子束を用いて1キロメートル以内の平均値を計算し,塵埃濃度を2mg/m と想定し,原爆当日に広島で8時間の片づけ作業に 従事したとして内部被曝を評価すると,0.06マイクロシーベルトという値になったと報告した。 以上に基づき,BHは,個人線量の正確な評価は困難であるものの,誘導放射能による被曝が問題となるのは,爆心地から1キロメートル以内に1週間以内に入った人々である,といってよいであろう,また,焼跡の片付け作業に従事した人々の塵埃吸入に伴う内部被曝は,外部被曝に比べ無視できるレベルであると主張している(乙76)。 (6)原爆被害調査ア原爆投下直後の各種調査(ア)マンハッタン調査団米軍は,医師や科学者で組織したマンハッタン調査団を派遣し,昭和20年9月10日から10月6日まで長崎で,同月3日から7日まで広島で,入院中の被爆者ら計900人(少なくみて合計644人)を調査した。同調査団の報告書では,①爆心地から2.25~4.25キロメートルで被爆した46人中8人に脱毛がみられた,②2.25~3.25キロメートルで被爆した41人中14人に皮下出血があった,とされている(乙68)。 (イ)日米合同調査団報告書同報告書は,広島6460名,長崎6300名の被爆者について,屋内/屋外,距離別に,急性症状とみられる症状の発生割合を分析しているが,それ ,とされている(乙68)。 (イ)日米合同調査団報告書同報告書は,広島6460名,長崎6300名の被爆者について,屋内/屋外,距離別に,急性症状とみられる症状の発生割合を分析しているが,それによると脱毛,紫斑(そのいずれか又は双方)は,爆心地から2キロメートル以遠の地域においても出現しており,広島においては,- 57 -5キロメートル超の地域においても1例(屋外,非遮蔽),長崎においては,4.1キロメートルから5キロメートルの地域において1例(日本家屋内)に症状が出現したものと報告されている(甲61の3,Table68H,68N)。そして,その出現頻度は,概ね距離が離れるほど,また,遮蔽状況が良好なほど小さくなる傾向を示すものと評価できる。具体例を幾つかみると,広島の場合,2.1キロメートルから2.5キロメートルの地域においては,屋外・非遮蔽は6.8%(590名中40名),屋外・遮蔽は9.6%(94名中9名),日本家屋内は4.7%(731名中34名),ビルディング内は8.3%(12名中1名),防空壕又はトンネル内は0%(1名中0名),2.6キロメートルから3キロメートルの地域内では,屋外・非遮蔽は7.8%(192名中15名),屋外・遮蔽は3.3%(92名中3名),日本家屋内は2.6%(390名中10名),ビルディング内は7.1%(14名中1名),防空壕又はトンネル内は該当者なし,長崎の場合,2.1キロメートルから2. 5キロメートルの地域では,屋外・非遮蔽は17.4%(115名中20名),屋外・遮蔽は7.3%(82名中6名),日本家屋内は6.9%(318名中22名),ビルディング内は5.7%(35名中2名),防空壕又はトンネル内は2.7%(110名中3名)であり,2.6キロメートルから3キロメートルの地域においては,屋外・非 内は6.9%(318名中22名),ビルディング内は5.7%(35名中2名),防空壕又はトンネル内は2.7%(110名中3名)であり,2.6キロメートルから3キロメートルの地域においては,屋外・非遮蔽は6. 5%(139名中9名),屋外・遮蔽は1.6%(61名中1名),日本家屋内は1.1%(369名中4名),ビルディング内は16.7%(30名中5名),防空壕又はトンネル内は0%(25名中0名)とされており,また,広島においては,3.1キロメートルから4キロメートルの地域においては合計13名,4.1キロメートルから5キロメートルの地域においては合計4名に,長崎においては,3.1キロメートルから4キロメートルの地域において合計28名,4.1キロメートル- 58 -から5キロメートルの地域において1名に上記の少女が発生したものとされている。 (ウ)陸軍軍医学校の報告陸軍軍医学校長であったBIらは,昭和20年8月8日以降の陸軍医科学校職員の現地調査結果,同月24日以降の広島第1陸軍病院(宇品)における診療実績等を踏まえ,原子爆弾症(放射線,ガンマ線に基づく障害)の発現の特色として,①障害因子が人体内部まで深く作用し,為に各組織ないし器官に同時に障害を与え,従ってこれに基づく種々の症状が複雑な関係をもって出現したこと,②爆心からの距離,遮蔽物件の相違により線量に多寡を生じたが,条件の略々相等しい場合には,個人差に基づく特殊の例外を除き,近似した臨床症状を呈したこと,換言すれば一患者の症状から容易に同一条件下の他患者の症状を推論できること,③条件の異なる際は臨床像は時期的に甚だしい変化を示し,宛然別疾患であるような感を呈したこと,④爆心からの距離が大きくなるに従い臨床症状は軽症となったことであるとした上で,臨床症状の特色及び死亡の状況に の異なる際は臨床像は時期的に甚だしい変化を示し,宛然別疾患であるような感を呈したこと,④爆心からの距離が大きくなるに従い臨床症状は軽症となったことであるとした上で,臨床症状の特色及び死亡の状況により時期的に3期に分けて分析している。 同報告によれば,受傷後数日で下痢患者が多発し,8月13日ころから細菌性赤痢様患者が多発したことから,8月16日に約200名について糞便の細菌検査を行ったところ,1名に赤痢菌を証明しただけであり,同様に8月30日に160名,9月4日17名,9月23日100名,10月7日5名をそれぞれ検査し,いずれも赤痢菌は検出されなかった(甲247,248の2)。 (エ)山口県立医学専門学校による,原子爆弾症(長崎)の病理学的研究報告長崎原爆被爆後37日目から42日目に死亡した13例の剖検を行ったところ,うち2例が爆心地から2000メートル,1例が3000メ- 59 -ートルで被爆していたが,すべて亜急性原子爆弾症のために死亡したものであると考えられるとされている。 第5例(36歳,女性,2000メートル)は,木造家屋内で被爆し,左腕に開放性骨折と火傷を受け,8月18日以来全身倦怠感があった。 第6例(11歳,女性,3000メートル)は,木造家屋の下敷となって右足を骨折,10日間ほど元気であったが,その後咽頭痛,点状出血,発熱を来し,さらに歯齦の膨脹出血と食欲不振が現われた。 第8例(21歳,女性,2000メートル)は,屋内で被爆し,損傷はなく,8月9日以後山里町(中心より約4000メートル)に2日間転住,以後稲佐に居住していたが,被爆後早期に全身倦怠感,食欲不振,咽頭痛,発熱,下痢等があった(甲115)。 (オ)東京帝国大学医学部の調査a東京帝国大学医学部診療班は,原子爆弾爆発の人体に対する障害作用を調査するた たが,被爆後早期に全身倦怠感,食欲不振,咽頭痛,発熱,下痢等があった(甲115)。 (オ)東京帝国大学医学部の調査a東京帝国大学医学部診療班は,原子爆弾爆発の人体に対する障害作用を調査するため,昭和20年10月中旬広島に向かい,同年11月16日までの間に,爆心地から5キロメートル圏内における生存罹災者5120名について調査した。この第1次調査は,同市及びその付近の特定の地点において付近居住民の来訪を求めて行われたものが多く,したがって被爆後何らかの障害を自覚したものが余計に集まった傾向があった。死亡者は除外されている。 同調査では,放射線により生じたと考えられる症状(脱毛,皮膚溢血斑,口内炎症,白血球減少,下痢,発熱,悪心嘔吐,倦怠感,食思不振,倦怠感等)のうち,他疾患(熱傷,伝染性疾患等)に由来する症状の混在が比較的少ないと思われる脱毛,皮膚溢血斑及び壊疽性又は出血性口内炎症のうち1症状以上を示したものを「放射能症」と定めたところ,全調査例5120例中放射能症は909例となった。 放射能症909例について,上記諸症状の距離別発現頻度を調査し- 60 -たところ,近距離(0~0.5キロメートルと0.6~1.0キロメートル)における皮膚溢血斑・下痢・倦怠感を除き,3キロメートル以内においては,近距離ほど発現頻度が高くなる傾向が明瞭に認められた。 また,遮蔽状況と脱毛発現率との関係をみると,屋外開放のものと屋外陰にあったものが最も高く,コンクリート建物内のものが最も低く,木造家屋内のものはその中間を示した。また,木造家屋でも,平屋及び2階建の2階にいたものと,2階建て階下ににいたものと比較すると,明らかに後者の発現頻度が低かった。1.0ないし1.5キロメートル圏内では,屋外開放のものと屋外陰のものとがほぼ同じ脱毛発現率を示して 階建の2階にいたものと,2階建て階下ににいたものと比較すると,明らかに後者の発現頻度が低かった。1.0ないし1.5キロメートル圏内では,屋外開放のものと屋外陰のものとがほぼ同じ脱毛発現率を示しており,放射能の散乱性のため,前方の遮蔽のみによっては放射能に対する防御力が非常に薄弱であるとされた。 遮蔽状況と皮膚溢血斑,口内炎症発現率との関係では,脱毛の場合ほど明らかではないが,コンクリート及び木造建物とも放射線に対する遮蔽能力を示した。ただし,屋外開放のものの溢血斑発現率はコンクリート建物内のものよりも低く,熱傷が放射能症の発生に何らかの影響を与えることが示唆された。 次に,全調査例5120名について,上記諸症状の距離別発現頻度をグラフ化したところ,口内炎症及び悪心嘔吐は脱毛及び皮膚溢血斑と相似の曲線を描き,概ね放射能威力の障害を示す症状であることを窺わせたのに対し,発熱,下痢,食思不振及び倦怠感の発現頻度はやや不規則な曲線を示し,多分に他疾患の混在を思わせた(甲232)。 b同班のBJは,爆心より5キロメートル以内の被検者5120例中707例(13.8%)に脱毛症が見られたこと,脱毛出現最大距離は爆心からの水平距離2.8キロメートルで,全脱毛者の約90パーセントは2キロメートル以内にあったこと,爆心からの水平距離0~- 61 -0.5キロメートルで27例中21例(77.8%),同0.6~1. 0キロメートルで300例中211例(70.3%),同1.1~1. 5キロメートルで947例中257例(27.1%),同1.6~2. 0キロメートルで1474例中134例(9.1%),同2.1~2. 5キロメートルで1156例中75例(6.5%),2.6~3.0キロメートルで502例中9例(1.8%)であったことを報告した。 なお,BJによれば,上記 74例中134例(9.1%),同2.1~2. 5キロメートルで1156例中75例(6.5%),2.6~3.0キロメートルで502例中9例(1.8%)であったことを報告した。 なお,BJによれば,上記調査は被爆後第3~4か月目に行われたものであり,一部の脱毛は既に恢復しており,多数の調査表の中には記載上の誤りも含まれているのであろうが,脱毛調査としては多数例であり,脱毛が放射線生物学的にみて人間の受けた放射線量を忠実に表示する1つの標準となりうるので,統計的に観察したとしている(甲41の5,61の9)。 c広島の被爆者の精液・精子についての調査記録によれば,第1回の調査は昭和20年10月下旬から11月中旬にかけて124例を対象に行われた。その結果,精液1立方ミリメートル当たりの精子数を5000未満(不妊),5000以上1万未満(比較的不妊),1万以上で分類した場合,被曝距離が3.0キロメートルに至るまで,被曝距離にほぼ比例して,近距離であるほど精子数の減少が顕著であり,3キロ以上はほとんど1万以上であった。距離と精子数(対数)の相関図表から,3キロメートルから精子減少の影響が現れ,2キロメートル以内ではそれを免れないことが読み取れた(甲233)。 d昭和20年11月までに広島の女性被爆者について調査した記録によれば,被曝前に月経が順調であった504人(コンクリート建物内にいた者を除く。)のうち被曝後月経異常を来した者の頻度は,被曝距離が3.5キロメートルまで,被曝距離に比例して近距離であるほど顕著であった(甲234)。 - 62 -(カ)長崎医科大学の調査長崎医科大学外科第一教室のBKらは,昭和20年10月から12月まで,長崎原爆の被爆者の死亡率調査をした。BKらは,各地区を訪問し,隣保班の状況をよく知っている者を探して全隣保 長崎医科大学の調査長崎医科大学外科第一教室のBKらは,昭和20年10月から12月まで,長崎原爆の被爆者の死亡率調査をした。BKらは,各地区を訪問し,隣保班の状況をよく知っている者を探して全隣保班員の空襲前後の動静を質問し,原爆当時その地に実在した者のみについて性,年齢,被爆時の居所,受傷の状況,受傷後の経過,転帰等を詳細に調査し,1地区の実在人員が50人程度になるようにこころがけた。このように,地区毎に罹災状況を精密に調査し,これを基本として,爆心からの距離と死亡率との関係,性・年齢と死亡率との関係,被爆時の環境と死亡率との関係,外傷の種類と死亡率との関係等につき統計的観察を試みた。 同調査によれば,距離別の脱毛の頻度は,生存者の男女合計で,爆心地からの距離0~1キロメートル443中138例(31.1%),同1~1.5キロメートル1401中362例(25.8%),同1.5~2キロメートル858中76例(8.9%),同2~3キロメートル1739中56例(3.2%),同3~4キロメートル1079中19例(1.8%)であった。 また,爆心地からの距離2~3キロメートルでも,死亡者は10例あり,うち2例に脱毛があった(甲41の4)。 (キ)長崎医科大学放射線科のBL教授,広島原爆病院院長のBMは,それぞれ,入市被爆者の中に放射線による急性症状を呈した者がいたことを,また,広島挺身病院長のBNは,さらに死者もいたことを記述している(甲41の8~10)。 イ原爆傷害調査委員会(以下「ABCC」という。)及び放影研の研究(ア)設立経緯等米国のトルーマン大統領は,広島・長崎の被爆者を長期間追跡調査することの重要性に鑑み,米国学士院に対してその方策を立案するよう命- 63 -じ,昭和22年,米国学士院の勧告に基づきABCCが設立された。A ルーマン大統領は,広島・長崎の被爆者を長期間追跡調査することの重要性に鑑み,米国学士院に対してその方策を立案するよう命- 63 -じ,昭和22年,米国学士院の勧告に基づきABCCが設立された。ABCCは米国政府により運営され,日本側もこれに協力した。昭和30年,ABCC研究企画の評価に関する特別委員会(フランシス委員会)による全面的な再検討が行われ,その結果,研究計画が大幅に見直された。 昭和50年には組織が変更され,名称も「財団法人放射線影響研究所」と改められ,日米両国政府の共同運営となっている。 ABCC及び放影研の主要な調査プログラムは,広島・長崎の被爆者集団を対象とするコホート研究であり,寿命調査(LSS)及び成人健康調査(AHS)と呼ばれている(乙5,21)。 (イ)調査対象ABCC及び放影研の調査のうち,LSSの対象者は,昭和25年の国勢調査時に確認された日本人被爆者24万4000人のうち,昭和25年当時広島,長崎のいずれに居住していた約20万人を基本群として,①爆心地から2000メートル以内で被爆した被爆者全員からなる中心グループ(近距離被爆者),②爆心地から2000メートルないし2500メートルで被爆した者全員,③中心グループと年齢・性が一致するように選ばれた,爆心地から2500メートルないし1万メートルで被爆した人(遠距離被爆者),及び④中心グループと年齢・性が一致するように選ばれた,昭和20年代後半に広島・長崎に在住していたが原爆時は市内にいなかった人(原爆時市内不在者。原爆後60日以内の入市者とそれ以降の入市者を含む。)である。当初,9万9393人から構成されていたLSS集団は,順次拡大され,昭和55年以降は12万0321人となっており,爆心地から1万メートル以内で被爆した者9万3741人,原爆時市内不 含む。)である。当初,9万9393人から構成されていたLSS集団は,順次拡大され,昭和55年以降は12万0321人となっており,爆心地から1万メートル以内で被爆した者9万3741人,原爆時市内不在者2万6580人が含まれている。また,AHSの対象者集団は,昭和33年の設立当時,LSS集団から選ばれ- 64 -た1万9961人からなり,高線量被爆者の減少を懸念して,昭和52年に基本群からLSS集団のうち,1965年暫定推定放射線量(T65D)が1グレイ以上である2436人の被爆者全員,これらの人と年齢及び性を一致させた同数の遠距離被爆者,胎内被爆者1021人が追加され合計2万3418人となった(乙5)。 市内不在者群は,原爆時に市内にいなかった男の多くは軍務に服していたこと,戦後朝鮮,中国及び南方アジア方面から引き揚げてきた多数の民間人が広島と長崎に定住したことから,外地居住歴のある者の割合が高かった(乙29)。 昭和40年に実施した郵送調査によれば,今までに最も長く従事していた職業は,管理的職業,事務従事者及び販売従事者の割合が長崎より広島に多く,専門的職業及び技能工・生産工程従事者の比率は少なかった。職業における強度の肉体的労作の割合は広島よりも長崎に高い。広島の対象者は長崎の対象者よりも学歴が高く,1人当たりの畳数も長崎より広島の方が多かった。長崎の対象者は,広島の対象者よりも和風食品をより多く食べている。長崎の回答者より広島の回答者に高血圧症の割合は少なく,糖尿病の割合が多かった。過去10年間に入院したことのある対象者の割合は両市間に差は認められなかった(乙30)。 (ウ)調査方法aコホート研究とは,何らかの共通特性を持った集団を追跡し,その集団からどのような疾病,死亡が起こるかを観察し,要因と疾病との関連を明らかに 間に差は認められなかった(乙30)。 (ウ)調査方法aコホート研究とは,何らかの共通特性を持った集団を追跡し,その集団からどのような疾病,死亡が起こるかを観察し,要因と疾病との関連を明らかにしようとする研究である。コホート研究には,調査集団を外部集団と比較する外部比較法と,調査集団内部で曝露要因の程度によって分けられたグループ内で比較する内部比較法がある(乙31)。 コホート研究の解釈につき,曝露集団が比較群に比べ,元来健康な- 65 -集団である場合には,曝露の効果を過小評価することがあることが指摘されている(乙32)。 b放射線の人体への健康影響へのリスク評価の手法として,相対リスク,絶対リスク,寄与リスクの3種類の指標が用いられている。 相対リスクとは,非曝露群に対する曝露群の疾患発生あるいは死亡の比を示し,絶対リスクとは,曝露群と非曝露群における疾患発生率あるいは死亡率の差を示す。寄与リスクとは,曝露者中におけるその曝露に起因する疾病などの帰結の割合を示すものであり,例えば,原爆放射線被曝群におけるがん死亡者(罹患者)のうち原爆放射線が原因と考えられるがん死亡者(罹患者)の割合を示すものである(乙69)。 cマッチングとは,コホート研究において非曝露群を選ぶに当たって,曝露群と交絡因子(要因と結果の関連の強さをゆがめる因子であって,因子に関する情報が調べられているために,データ解析時に補正をすることが可能なもの)の分布が同様になるように非曝露群を選択すること,すなわち目的とする仮説要因以外の背景因子を曝露群,非曝露群で出来る限り一致させて比較しようとするものである。コホート研究の場合にはマッチングの過程において,マッチングする要因によって偏りを受けないように十分配慮を行えば,分析は定型的なもののみですむとされて 来る限り一致させて比較しようとするものである。コホート研究の場合にはマッチングの過程において,マッチングする要因によって偏りを受けないように十分配慮を行えば,分析は定型的なもののみですむとされている。オーバーマッチングとは,本来,交絡因子の補正に失敗する誤った解析を用いる場合を意味する。マッチングしたコホート研究においては,単純な解析でも信頼性が高いから,オーバーマッチングという問題は見られない(乙32)。 dLSSにおける線量反応関係の推定では,初期放射線による外部被曝だけが評価され,放射性降下物による内部被曝や残留放射線による被曝を評価していない(甲40,証人BO)。 - 66 -e放影研の寿命調査におけるがん発生率調査では,広島及び長崎の医療機関からの協力を得て,病院記録等から情報を得ている(乙6)。 fABCC研究企画の評価に関する特別委員会(フランシス委員会)は,昭和30年11月6日,報告書を作成した。同報告書では,真の意味の対照を設けることは明らかに不可能で,すぐれた計画のなされた実験に必要とされている条件を満足させないような群でも比較対照として受け入れなければならない,軽度の被爆群及び非被爆群のいずれをも比較に使用することが肝要であり,線量が主要な影響を及ぼさない遅発性放射線影響の場合には,比較のために非被爆群がなければ放射線との関連性が見失われることもあろうと指摘した(甲30)。 「予研-ABCC寿命調査,広島・長崎第5報1950年10月-1966年9月の死亡率と線量との関係」(昭和45年)によれば,長崎の早期入市者については昭和25年から昭和41年の期間を検討対象としたのに対し,広島の早期入市者は昭和29年から昭和41年の期間を検討対象としたこと,広島の早期入市者には,後期入市者に比べて死亡が相対的に少 者については昭和25年から昭和41年の期間を検討対象としたのに対し,広島の早期入市者は昭和29年から昭和41年の期間を検討対象としたこと,広島の早期入市者には,後期入市者に比べて死亡が相対的に少なく,対象抽出が締め切られて調査対象者としての適格性の検討が遡及的に行われたことが何らの影響をも及ぼさないと予想される昭和37年から41年の期間においてさえもみられるとされた(乙12)。 予研-ABCC寿命調査第6報(昭和46年),及び同第7報(昭和48年)では,市内不在者群及び日本全国の死亡率を用いた調査(外部比較法)が行われた。第6報では,30日以内の早期入市者の全病死因の死亡率が低い理由を,災害救助及び復興に携わるため原爆直後に市内に入ったのは元気で健康な人々であったと推測している(乙26,27)。 「原爆被爆者の死亡率調査7.1950-78年の死亡率:第2- 67 -部.癌以外の死因による死亡率及び早期入市者の死亡率」(昭和58年)では,被爆群が抽出された昭和25年には市内不在者の適当な抽出人口が得られず,広島の観察期間は対象者の抽出が完了した昭和29年10月以降であること,調査対象中の早期入市者には,白血病又はその他の悪性腫瘍による死亡の増加は認められないこと,早期入市者の死亡数が全国の平均死亡率から計算した同性・同年齢の者の期待値よりかなり少なかったことが報告された(乙13)。 これらのことから,放影研の寿命調査第8報(昭和53年)では,外部比較法に基づく調査・解析は行われなくなった。また,寿命調査第10報(昭和61年)では,ポアソン回帰分析と呼ばれる方法を用いて,対照群をとらない内部比較法によるリスク推定を行っている。 このような回帰分析を行うことによって,被曝線量と死亡(罹患)率との関係(線量-反応関係)を関係式で表すこ ン回帰分析と呼ばれる方法を用いて,対照群をとらない内部比較法によるリスク推定を行っている。 このような回帰分析を行うことによって,被曝線量と死亡(罹患)率との関係(線量-反応関係)を関係式で表すことが可能となり,必ずしも正確な非曝露群のデータを得られなくても,曝露要因ゼロのときの死亡(罹患)率の値を推定することができ,これと任意の被曝要因量(被曝線量)での死亡(罹患)率とを対比することによって,相対リスク等を得ることができると考えられている(乙7,28,29,69)。 (エ)放影研ないしその研究員の報告書a「寿命調査第9報第1部原爆被爆者における癌死亡率,1950-78年」では,白血病以外のがんの絶対危険度の増加が対照集団の高齢化と共に顕著になっていること,前報で述べた肺がん,乳がん,胃がん,食道がん,泌尿器がんに加えて,結腸がんと多発性骨髄腫も放射線被曝と有意な関連を示したこと,悪性リンパ腫,直腸がん,膵臓がん及び子宮がんには放射線との有意な関係は今のところ認められないこと,統計的に見て相対的危険度が臓器によって異なるとはいえ- 68 -ないことなどが報告された(甲63)。 b「寿命調査第9報第2部原爆被爆者におけるがん以外の死因による死亡率,1950-78年」(昭和57年)によれば,放影研の対象集団に対する所見では,昭和25年以前に死亡した者(放射線に対する感受性が高く,感染性疾患や肺炎等による死亡の多い被爆者)が除外されているため,死亡率は偏りがあり,被爆者に認められた放射線影響は過少に推定されているとの主張に対し,被爆距離別で示された昭和25年以前の死亡率資料と,昭和25年以降の放影研調査集団中のほぼ匹敵する線量群の死亡率と比較し,新生物以外の全疾患による死亡の標準化死亡率(全国の死亡率に基づく)は,昭和 被爆距離別で示された昭和25年以前の死亡率資料と,昭和25年以降の放影研調査集団中のほぼ匹敵する線量群の死亡率と比較し,新生物以外の全疾患による死亡の標準化死亡率(全国の死亡率に基づく)は,昭和21年10月から昭和22年9月の期間を除き,期間や線量群で差が見られないことなどから,昭和25年以前の死亡を除外したことによる偏りの影響は,あったとしても非常に小さいようであるとしている(乙33)。 c「寿命調査第11報第3部改訂被曝線量(DS86)に基づく癌以外の死因による死亡率,1950-1985年」で,がん以外の疾患については,次のような報告がなされた。まだ限られた根拠しかないが,高線量域(2または3グレイ以上)においてがん以外の疾患による死亡リスクの過剰があるように思われる。統計学的にみると,二次モデルまたは線形-閾値モデル(推定閾値線量1.4グレイ[0. 6-2.8グレイ] のほうが,単純な線形または線形-二次モデルよりもよくあてはまる。がん以外の疾患による死亡率のこのような増加は,一般的に1965年以降で若年被爆群(被曝時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆している。 死因別にみると,循環器及び消化器系疾患について,高線量域(2グレイ以上)で相対リスクの過剰が認められる。しかし,この相対リス- 69 -クはがんの場合よりもはるかに小さい(甲41の29)。 d「成人健康調査第7報原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」(平成6年)子宮筋腫,慢性肝炎及び肝硬変,また甲状腺がんを除く甲状腺所見が1つ以上あることという大まかな定義に基づく甲状腺性疾患に,統計的に有意な過剰リスクを認めた。 肝臓の放射線感受性を示す今回の結果は,重度被曝群において肝硬変に 変,また甲状腺がんを除く甲状腺所見が1つ以上あることという大まかな定義に基づく甲状腺性疾患に,統計的に有意な過剰リスクを認めた。 肝臓の放射線感受性を示す今回の結果は,重度被曝群において肝硬変による死亡が増加するという最近の寿命調査の報告を裏付けるものである。 心臓血管系の疾患については,いずれにも有意な線量反応関係は認められなかった。しかし,近年,若年被爆者では心筋梗塞の発生が増加している。成人健康調査において心筋梗塞と確認された症例は77例に限られ,この中には致死症例は含まれていない。今回有意な結果が得られなかったのは症例数の不足のためかもしれない。 また,今回の調査は,1958年から1986年にAHS受診者の白内障の新たな発生が放射線量に伴って増加していないことを示唆している(甲38,乙59)。 e「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(平成7年)死亡に関するこれまでのLSS所見と同様に,全充実性腫瘍について統計学的に有意な過剰リスクが立証された。 胃,結腸,肺,乳房,卵巣,膀胱及び甲状腺のがんにおいて,放射線と有意な関連性が認められた。20歳以下で被爆した群において,神経組織(脳を除く)腫瘍の増加傾向があった。放射線と肝臓及び黒色腫を除く皮膚のがん罹患との関連性が見られた。唾液腺腫瘍への原爆放射線の影響のこれまでの所見を一層裏付けた。 - 70 -口腔及び咽頭,食道,直腸,胆嚢,膵臓,喉頭,子宮頸,子宮体,前立腺,腎臓及び腎盂のがんには放射線の有意な影響は見られなかった。 被曝時年齢の増加と共に相対リスクが減少することが示された(乙4,甲85の3)。 f「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990年」(平成8年)肝臓がんに有意な部位別リスクが認められた(乙3)。 相対リスクが減少することが示された(乙4,甲85の3)。 f「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990年」(平成8年)肝臓がんに有意な部位別リスクが認められた(乙3)。 g「ABCC-放影研調査プログラムの発展,1946-1995年」(平成8年)放影研の資金拠出により選ばれた国際的な臨時検討委員会(ブルーリボン委員会)のため,ABCC-放影研の調査プログラムの発展過程をまとめた文書である。同文書には,LSS調査のがん調査につき,直腸がん等については統計学的に有意な過剰リスクは認められなかったが,他の多くの部位で放射線の影響が認められていることから考えて,これらの部位で有意な影響が認められなかったことは注意深く解釈されるべきであるとし,その理由として,いくつかの部位の症例数は十分ではないので,検定力が足りないために有意な結果が得られないのかもしれないことを挙げ,ほとんどの固形がんについては部位別相対リスクと固形がん全体の相対リスクとの間に統計学的な差が認められないとしている(甲64の1)。 h「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」(平成11年)今回の解析結果は,放射線量と共にがん以外の疾患の死亡率が統計的に有意に増加するという前回の解析結果を強化するものであった。 有意な増加は,循環器疾患,消化器疾患,呼吸器疾患に観察された。 - 71 -今回のデータからはっきりした線量反応曲線の形を示すことはできなかった。つまり,統計的には非直線性を示すデータは証拠はなかったが,0.5シーベルト未満では,リスクが無視できるほど小さいか0である線量反応曲線にも矛盾しなかった。 追跡調査の初期に低線量被爆者のがん以外の死因による死亡率の減少が確認されている。低線量でのリスクの 0.5シーベルト未満では,リスクが無視できるほど小さいか0である線量反応曲線にも矛盾しなかった。 追跡調査の初期に低線量被爆者のがん以外の死因による死亡率の減少が確認されている。低線量でのリスクの減少は時間の経過と共に消失した。このパターンは,このコホートにおける健康な被爆者効果の存在と一致する(乙58・16頁)。 i「財団法人放射線影響研究所要覧」(平成11年12月)胃,肺,肝臓,結腸,膀胱,乳房,卵巣,甲状腺,皮膚などの主要な固形がん及びおそらく多発性骨髄腫の場合には,有意な過剰リスクが認められている。統計学的に常に有意であるわけではないが,他の多くの部位におけるがんにもリスクの増価が認められる。したがって,被爆者のデータは,放射線が事実上すべての部位におけるがんの過剰リスクを増加させるとの見解と合致している(乙5・15頁。ホームページも同旨の記載がある(甲64の2))。 特定のウィルス感染に対する免疫については,被曝線量と共に少し低下しているという報告がある。1つの例はB型肝炎ウィルスに関するもので,肝炎症状のないウィルス保因者の割合が被曝線量と共に高くなっている(乙5・26頁)。 j「原爆被爆者におけるC型肝炎抗体陽性率および慢性肝疾患の有病率」(BPほか)(平成12年)原爆放射線被曝がC型肝炎ウィルス(HCV)感染陽性率を変化させるかどうか,あるいはHCV感染後に慢性肝炎への進行を促進するかどうかを検討するため,広島・長崎の原爆被爆者からなる成人健康調査対象者6121人について血清抗HCV抗体陽性率を調査した。 - 72 -抗HCV抗体陽性率と被曝線量との間に線量反応関係は見られなかったが,抗HCV抗体陽性者において,慢性肝疾患に対する放射線量反応の増加が認められた。したがって,放射線被曝はC型肝炎感染に関連した慢 抗HCV抗体陽性率と被曝線量との間に線量反応関係は見られなかったが,抗HCV抗体陽性者において,慢性肝疾患に対する放射線量反応の増加が認められた。したがって,放射線被曝はC型肝炎感染に関連した慢性肝疾患の進行を促進するのかもしれない(甲39)。 k「原爆被爆者の死亡率調査第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」(平成15年)(a)同報告書によれば,固形がん全体,食道がん,胃がん,結腸がん,肝臓がん,胆嚢がん,肺がん,乳がん,卵巣がん,膀胱がん及びその他の固形がんは,ERR(過剰相対リスク)推定値(Sv当たり)とその90パーセント信頼区間が正の値を示す。直腸がん,膵臓がん,子宮がん,前立腺がんは,ERR推定値(Sv当たり)は正の値を示すがその90パーセント信頼区間の一部が負の値にかかっている。この点について,同報告書は,このプロットの変動はEERが全固形がんの場合と同等である時に予想される変動よりも著しく大きなものではないので,部位別ERRの差異を過剰に解釈しないよう注意すべきであるとしている(乙56・13頁)。 (b)放射線に関連した固形がんの過剰率は調査期間中を通して増加したが,新しい所見として,相対リスクは到達年齢と共に減少することが認められた。 (c)がん以外の疾患の死亡率が過去30年間の追跡期間中,1シーベルト当たり約14パーセントの割合でリスクが増加しており,依然として統計的に確かな証拠が示された。心臓疾患,脳卒中,消化器官および呼吸器官の疾患に関して,統計的に有意な増加がみられた。 (d)原爆後数年間は,近距離被爆者(爆心地から3km以内で被爆)のがん以外の疾患の基準(ゼロ線量)死亡率は遠距離被爆者の- 73 -場合よりも著しく低かった。この差は追跡調査の最初の20年間で (d)原爆後数年間は,近距離被爆者(爆心地から3km以内で被爆)のがん以外の疾患の基準(ゼロ線量)死亡率は遠距離被爆者の- 73 -場合よりも著しく低かった。この差は追跡調査の最初の20年間で着実に減少し,この20年間の終わりには概ね消失した。特に,LSSにおけるがん以外の疾患による死亡データの解析は,1950年における近距離被爆者の基準死亡率が遠距離被爆者より15%低かったことを示している。この差は1960年代後半には約2%まで減少した。この小さいが統計学的に有意な差はそれ以後も持続しており,追跡調査の初期に認められた原爆に関連した選択影響よりも,都市と地方の差のような,原爆に無関係な人工統計的影響を反映している可能性が高い(以上につき,乙56)。 l「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(AHS第8報)(平成16年)以前にも統計的に有意な正の線形線量反応が認められた甲状腺疾患,慢性肝炎及び肝硬変,子宮筋腫に加えて,新たに白内障,高血圧症,40歳未満で被爆した人の心筋梗塞,男性の腎・尿管結石の3疾患の有意な増加が認められた。喫煙や飲酒で調整しても上記の結果は変わらなかった(甲41の31,乙60)。 m「原爆放射線が免疫系に及ぼす長期的影響:半世紀を超えて」(平成16年)上記報告書では,原爆被爆者の免疫系には放射線被曝の顕著な影響がリンパ系細胞の構成や機能に観察されること(CD4ヘルパーT細胞集団の減少),原爆被爆者では白血球数その他の炎症バイオマーカーと放射線量との間に統計的に有意な関連性があることが既に報告されていること,原爆被爆者において心筋梗塞の有病率はCD4ヘルパーT細胞の比率が低下した人で有意に高かったことなどから,放影研では,①原爆放射線がT細胞ホメオスタシス(均衡)を撹乱する が既に報告されていること,原爆被爆者において心筋梗塞の有病率はCD4ヘルパーT細胞の比率が低下した人で有意に高かったことなどから,放影研では,①原爆放射線がT細胞ホメオスタシス(均衡)を撹乱することにより,免疫学的加齢を促進させた,②原爆放射線が長期にわたる炎- 74 -症を誘発し,それが疾患の発生につながった,などの仮説を立てて,これらの仮説を検証するための調査をする予定であることが報告されている(甲87)。 (オ)放影研の研究への評価a国際連合原子放射線影響科学委員会は,総会に対する1994年報告書において,がん誘発のリスク推定の主たる研究として,放影研の寿命調査を紹介すると共に,最初に設定された集団の大部分の人がまだ生存していることから,この集団の完全な生涯がん発生を決めるにはかなりな長期にわたる追跡調査が必要であり,その結果,生涯リスク推定は観察期間を越えての予測が必要であるとコメントしている(乙20)。 bこのほか,①もともとABCCの固定集団は被爆から5年以内に死亡した者は調査対象外になっており,比較的放射線に抵抗力のある被爆者が生き残った,あるいは昭和25年までに死亡した者に生じたであろう後障害が統計上出てこないとの批判(甲66,証人AB),②原爆放射線のうち初期放射線のみを曝露要因として評価し,放射性降下物や誘導放射化物質など残留放射線を評価していないことへの批判,③内部比較法の適否,すなわち比較的高いレベルの曝露から得られた健康障害に関する線量-反応関係が,より低いレベルの曝露においても適用できるのかとの疑問,④原爆被害の複合性から放射線以外の要因が複合して疾病が生じた場合に,他の要因が複合していることを理由にこれを放射線の影響ではないとしたり,放射線の影響のみを他と切り離してしまうことは,被爆者の ,④原爆被害の複合性から放射線以外の要因が複合して疾病が生じた場合に,他の要因が複合していることを理由にこれを放射線の影響ではないとしたり,放射線の影響のみを他と切り離してしまうことは,被爆者の受けた放射線の影響を正当に評価しているとはいえないとの批判(甲74),⑤被爆者にみられる,仕事をする気力の衰え,神経的不安定,風邪をひきやすいことなどの不定愁訴(原爆ぶらぶら病)のように,定量化しにくい症状の分析が困- 75 -難である(甲28)との指摘がある。 ウBQの報告BQらは,被爆者の神経精神医学的諸問題の研究のため,広島で勤労奉仕隊として作業中被爆した大竹市在住の被爆者につき,昭和28年8月に面接調査を行った。調査対象は,広島で爆心地より1.5~2.0キロメートルの地点で集団的に被爆し,すみやかにその場から逃避したが,熱傷を受け,多くはその直後襲った「黒い雨」を浴び,当時ある程度の原子爆弾放射能症の症状を呈し,さらに被爆後昭和28年までに後障害の訴えを残しており,かつまたその後の生活環境を概ね等しくする131人である。 面接により,対象者から,被爆後に生じ,以後8年間引き続いて,あるいは断続して存在しており(ごく一部に,被爆前から存在していたが被爆後著しく増強したものを含む),各人がはなはだ苦痛としている訴えないし症状を調査した。 それによれば,全身性疲労を訴える者は57名(全症例131名に対する率43.5%),環境不堪性47名(35.9%),罹患傾向44名(同33.5%),眩暈39名(同29.8%),頭重・頭痛38名(29.0%)であった(甲84,85の1)。 エBRの報告BR医師は,昭和32年1月から7月まで,広島市内の一定地区(爆心地から2.0~7.0キロメートル)に住む被爆生存者(原爆投下時に広島市内にいた人)全部 あった(甲84,85の1)。 エBRの報告BR医師は,昭和32年1月から7月まで,広島市内の一定地区(爆心地から2.0~7.0キロメートル)に住む被爆生存者(原爆投下時に広島市内にいた人)全部(3946名)について,個別に調査員を派遣して,被曝条件,急性症状の有無・程度,被爆後3か月間の行動等を各人ごとに調査し,これらの人が原爆直後(原爆直後から3か月以内)中心地(爆心地から1.0キロ以内)に出入りしたかどうかに従って二分するとともに,原爆の瞬間には広島市内にいなかった非被爆者で原爆直後入市した非被爆者629名についても同様に,原爆中心地出入りの有無に従って二分し,- 76 -この各々が入市直後急性症状同様の症状を惹起したかどうかを調べた。 その結果,①原爆直後中心地に入らなかった屋内被爆者1878名中,有症者は380名(有症率20.2%)であり,被爆距離が短いほど高率であったが,②原爆直後中心地に出入りした屋内被爆者1018名中,有症者は372名(有症率36.5%)であり,被爆距離別の有症率が被爆距離の延長に従って低率を示さなかった。③原爆直後中心地に入らなかった屋外被爆者652名中,有症者は287名(有症率44.0%)であり,被爆距離別有症率は①同様被爆距離に反比例して低下しているのに対し,④原爆直後中心地に出入りした屋外被爆者の場合,398名中有症者は203名あり,有症率は51パーセントであり,被爆距離別有症率がその距離に反比例して低率を示さなかった。また,⑤原爆直後入市し中心地に入らなかった非被爆者では有症者はなかったが,⑥原爆直後入市し中心地に出入りした非被爆者525名中,有症者は230名(有症率43.8%)であった。また,⑥の該当者中,原爆直後から20日以内に中心地に出入りした人達に有症率が高かったが,1か月後に中 直後入市し中心地に出入りした非被爆者525名中,有症者は230名(有症率43.8%)であった。また,⑥の該当者中,原爆直後から20日以内に中心地に出入りした人達に有症率が高かったが,1か月後に中心地に入った人々の有症率は極めて低かった。中心地滞在時間が4時間以下の場合は有症者が少ないが,10時間以上の場合は有症率が高い。⑥には,広島県安佐郡安佐町消防団員120名が含まれていたが,作業中に広島の河川の水を飲用する者はなかったが,帰村して1~5日後に発熱,下痢,粘血便,皮膚粘膜の出血,全身衰弱等を来たし臥床するに至った者が多数あったが,その家族(広島市内に入らぬ人)には同様の病気に罹った者はなかった。 これらの調査結果から,BR医師は,広島原爆の直接被爆者又は非被爆者のうち原爆の直後爆心地から1.0キロメートル以内の地域に入り,10時間以上滞在した人々には容易く急性症状を起こしており,これは原爆の残留放射能によると思われること,原爆1か月後中心地付近に出入りした非被爆者にはその後急性症状を発したものは殆どなかったこと,残留放- 77 -射能が人体に障害を与えた期間は大凡1か月以内であり,この事実は原爆で二次的にできた各種の同位元素が極めて半減期の短いものであったことを物語っていること等を論じた(甲20)。 オBSの報告広島大学原爆放射能医学研究所のBSは,昭和43年に,昭和21年から昭和32年までの広島原爆被爆者の白血病の発現を調査し,10万人当たりの発病者が,原爆爆発後3日以内(8月6日~9日)の入市者で9. 69,4日から7日まで(8月10日~13日)の入市者で4.04であり,いずれも非被爆者の発生率2.33,日本全国例2.32より高率であったと報告した(甲78資料16)。 カBTらの報告東京医科歯科大学のBT,東京大学のB 10日~13日)の入市者で4.04であり,いずれも非被爆者の発生率2.33,日本全国例2.32より高率であったと報告した(甲78資料16)。 カBTらの報告東京医科歯科大学のBT,東京大学のBUは,昭和43年,広島の被爆者51人と非被爆対照11人を対象として詳細に染色体異常を調査した。 爆心地から2.4キロメートル以遠の遠距離被爆者19人の染色体異常頻度は,非被爆対照群と比べて有意に高かった。 これら19人中11人は被爆後3日以内に1キロメートル以内に入市しており,8名は1キロメートル以内へ入らなかったか,あるいは被爆後4日以降に入っている。この2群間で染色体異常を比較したところ,いずれの項目でも異常率が入市群で高率であったが,統計学的に有意ではなかった。 BTらは,リンパ球放射線照射・染色体異常誘発実験で導かれた関係式を利用して,被爆者染色体異常率から被曝線量を算定し,2.4キロメートル以遠の遠距離被爆者の被曝線量を1~30ラド,あるいは2~15ラドと推定した(甲78資料18,甲110)。 キARによる長崎西山地区の住民調査長崎大学のARらは,昭和44年から,長崎西山地区の住民の体内に残- 78 -っているセシウム137を測定して内部被曝線量の推定を試みた(乙16)。 また,昭和44年に比較的高い値を示した15名のうち10名が,昭和56年に2回目の測定を受けた結果,有効な半減期は7.4年であり,これは土壌中のセシウム137が食物摂取に寄与する環境半減期であり,約100日である生物学的半減期ではないとされた(乙16)。 ARらはまた,平成4年,西山地区でのプルトニウムの分布と農作物への移行因子を調査した。耕していない土壌でのプルトニウム239と240の集積はキログラム当たり20ベクレルであり,対照地域のおよそ8倍であった。プル 成4年,西山地区でのプルトニウムの分布と農作物への移行因子を調査した。耕していない土壌でのプルトニウム239と240の集積はキログラム当たり20ベクレルであり,対照地域のおよそ8倍であった。プルトニウム239と240の移行因子は10から10で,セ-4-3シウム137の100分の1から200分の1であった(乙101)。 ク広島市による調査(残留放射能による障害調査)広島市が昭和44年に,広島原爆投下当日もしくは翌日以降に入市して,救護活動を行った将兵400名を対象にした調査では,うち233名から回答があった。 このうち,安芸郡江田島幸の浦基地(爆心地から約12キロメートル)の部隊(201人)は,6日夜から7日早朝にかけて中央部へ進出,主として大手町,紙屋町,相生橋付近,元安川(甲8の1によれば,爆心地から500メートル以内の地域が含まれる。なお,以下に示す距離はいずれも甲8の1による。)で活動し,12,13日まで活動して,基地に帰還した。 豊田郡忠海基地(爆心地から約50キロメートル)の部隊32人は,7日朝から市周辺(東練兵場(爆心地から2キロメートル弱~3キロメートル),大河,宇品(いずれも爆心地から3~4キロメートル),その他主要道路沿いなど)の負傷者の多数集結場所で救援活動を行った。 出動中の症状として,2日目(8日)ころから下痢患者が多数続出し,- 79 -基地帰投直後の症状として,白血球3000以下がほとんど全員に及んだ(軍医診断)。また,回答者のうち,復員後に経験した症状として,120人(51.5%)が白血球減少,80人(34.3%)が脱毛を挙げた(甲41の7)。 ケBVによるアメリカ海兵隊員の多発性骨髄腫の調査立命館大学のBVは,昭和23年9月23日以降に長崎に駐屯したアメリカ海兵隊員に生じた多発性骨髄腫つ (34.3%)が脱毛を挙げた(甲41の7)。 ケBVによるアメリカ海兵隊員の多発性骨髄腫の調査立命館大学のBVは,昭和23年9月23日以降に長崎に駐屯したアメリカ海兵隊員に生じた多発性骨髄腫ついて,放射性物質を空気中などから体内に取り込んだ可能性及びそれに伴う内部被曝の可能性を検討し,①誘導放射能による外部被曝,②核分裂生成物のフォールアウトによる外部被曝,③粉塵の吸入による内部被曝,④汚染した水の摂取による内部被曝について評価を試み,その結果,未分裂のプルトニウム239の摂取に伴う内部被曝の評価についてさらに詳細な研究が求められること等を示唆した。 すなわち,内部被曝の場合,体内に入り込んだ放射性物質が放出する放射線によって局所的な被曝が継続するという特徴を持つ。例えば,骨組織に沈着したプルトニウム239は,プルトニウム239(α)→ウラン235(α)→トリウム231(β)→プロトアクチニウム231(α)→アクチニウム227(β)→トリウム227(α)→ラジウム223(α)→ラドン219(α)→ポロニウム215(α)→鉛211(β)→ビスマス211(α)→タリウム207(β)→鉛207などと変化し,その過程でアルファ線,ベータ線,ガンマ線などを放出し,周囲の組織に被曝を与える。 BVは,様々な情報から,プルトニウムの降り積もる程度,それが後に空気中に舞い上がることによる空気中の濃度,海兵隊員が吸い込む量,それが血中に入って骨に摂取された量を推計し,その結果,多発性骨髄腫の誘発を考えるに場合に,プルトニウムによる内部被曝の問題が十分検討される必要があるとの結論に至った(甲136,137)。 - 80 -コ日本原水爆被害者団体協議会(以下「被団協」という。)による調査(ア)原爆被害者調査(昭和60年)被団協は,被爆40周年で れる必要があるとの結論に至った(甲136,137)。 - 80 -コ日本原水爆被害者団体協議会(以下「被団協」という。)による調査(ア)原爆被害者調査(昭和60年)被団協は,被爆40周年である昭和60年10月に厚生省が実施した被爆者実態調査が,そのままでは被爆者の現状把握と高齢者対策を中心にしたものであり,援護法制定をめざすものになっていないとして,被爆者・遺族の苦しみや不安を原爆被爆との関連で明らかにし,それらの被害がどれほど人間性に反するものであるかを明らかにして,原爆被害に対する国家補償への途を切り開くことを目的に,昭和60年11月から昭和61年3月末までの間に,独自に調査を行った。 同調査は,被爆者手帳を持っている者を対象に,各県被団協を通じて調査票を配布する方法で行った。調査票の記入は自己記入を原則とし,自己記入が困難な者については調査協力者が聞き取り記入した。調査票には記名欄をもうけたが,匿名による回答を認めることを明記した。回収した調査票は1万3169人分,有効な回答として集計の対象とされたのは1万3169人分であり,うち直接被爆者が9343人(73%),入市被爆者が2969人(23%),死体の処理や救護活動等の従事による被爆者が522人(4%)であった。同調査は,このほか,被曝の当日から調査地点までに死亡した1万2726名を分析対象とした。 被団協は,昭和61年12月に,生存者と中心とした第1次報告を,昭和62年7月に「被爆者は原爆を受忍しない」を,昭和63年3月に第2次報告(死没者に関する中間報告)を発表した。また,調査票の中の自由記載欄の回答を中心に,「あの日の証言」「被爆者の死」と題する資料集を発行した。 第1次報告によれば,「被爆してから昭和20年の末までに,原爆の放射能によると思われる(急性の)症 ,調査票の中の自由記載欄の回答を中心に,「あの日の証言」「被爆者の死」と題する資料集を発行した。 第1次報告によれば,「被爆してから昭和20年の末までに,原爆の放射能によると思われる(急性の)症状がありましたか。」との設問- 81 -(問3)に対し,「あった」と回答したのは,調査対象となった生存被爆者全体のうち50.9%である。直接被爆者では57.6%であったのに対し,入市被爆者では37.5%,救護被爆者29.4%など,直爆以外の被爆者にも多くの急性症状があったと回答した。 「あなたは,被爆してから,入院や通院をしましたか。つぎのなかから,あなたにあてはまるものをえらんでください。(2つ以上に○をつけてもかまいません)/1.長期(1ヵ月以上)の入院をした/2.しばしば(くりかえし),入院した/3.しばしば,通院した/4.ときおり,通院した/5.どれもしなかった/6.その他」との設問(問6)では,問3で急性症状があったと回答した者は,急性症状がないと回答した者に比べ,1,2,3を選択した者の比率が高かった。 また,BWが,回収された調査票のうち,原爆体験の重さ・深さを測定し,原爆体験の思想化の営み(型)を測る上で必要な設問の全てに有効な回答が得られているものとして選択した6744人について分析したところ,問3で急性症状があったと回答した者は,問6で1,2,3を選択した比率が高く,被爆後の入通院状況に関する回答は,被爆状況及び被爆距離との対応がみられるものの,急性症状の有無に関する回答に,より強く規定されているとの結果が得られた。 なお,同調査によれば,被爆当日から調査時(昭和61年3月)までの40年間に死亡した7251人のうち,昭和20年内の死者は3427人,昭和21年から24年までの死者が477人である。同調査とほぼ同時期に行わ 査によれば,被爆当日から調査時(昭和61年3月)までの40年間に死亡した7251人のうち,昭和20年内の死者は3427人,昭和21年から24年までの死者が477人である。同調査とほぼ同時期に行われた厚生省の「昭和60年度原子爆弾被爆者実態調査(死没者調査)報告」によれば,死没者総数17万3925人のうち,昭和20年末までに亡くなった者は6万2950人,昭和25年8月までの死没者が1万0570人となっている(甲9~12,51,52の2,53,70の1・2,71,73,証人BW)。 - 82 -(イ)2003年入市被爆者・遠距離被爆者調査被団協は,原爆症認定における審査の方針及びその運用において,残留放射線による影響がほとんど考慮されていないため,入市被爆者・遠距離被爆者が認定を受けられないとして,機関誌「被団協」新聞の購読者を中心にして,全国に在住する入市被爆者,遠距離被爆者に対してアンケート回答の方法による調査を行い,1200通以上の回答を得た。 同調査は,遠距離被爆者・入市被爆者の被爆状況,急性症状,健康状況を知るためのもので,数量的な累計を目的としたものではない。 回答によれば,被爆地点が爆心地より2キロメートル以遠である者,原爆投下時に広島・長崎市内におらず救援活動,捜索等のために市内に入った者に,脱毛,紫斑,歯茎出血など放射線被曝による急性症状と思われる症状を呈したものが多い。入市場所が爆心地から2キロメートル程度離れていた場合でも,下痢,発熱,嘔吐,倦怠感など急性症状とされる可能性のある症状を呈した者が多数みられ,なかには脱毛した者もいる。また,回答のほとんどは,急性症状として何らかの症状を挙げているが,「歯抜け」などこれまで典型的な急性症状とは考えられていなかった症状を挙げるものや,具体的な急性症状の訴えはないが,そ た者もいる。また,回答のほとんどは,急性症状として何らかの症状を挙げているが,「歯抜け」などこれまで典型的な急性症状とは考えられていなかった症状を挙げるものや,具体的な急性症状の訴えはないが,その後複数のがんを発症した旨の回答もある(甲50,51)。 上記回答(平成16年7月1日時点889名)のうち,「黒い雨」を除く放射性降下物,崩壊建造物・土壌・埃中の誘導放射化物質による曝露者として,次の5基準を全て充たすものを集計したところ,全29名中,入市日が8月6日14名(48%),8月7日8名(28%)であり,最も遅い者が8月16日であった。入市日が8月8日から8月16日までの7名のうち,入市地点が爆心地付近の者が3名である一方,入市地点が1.8キロメートル付近(松原町,横川)の者も3名いた(甲78)。 - 83 -①広島被爆者②被爆時在住地が爆心地から4キロメートル以遠③その後,広島市内(爆心地から2キロメートル以内)へ入市④8月6日にみられた「黒い雨」の直接的曝露の経験なし⑤昭和20年末ころまでに脱毛を呈したことサ賀北部隊に関する調査(昭和62年)広島地区第14特設警備隊(本部所在地:賀茂郡西条町,通称賀北部隊)の隊員の一部99名(工月中隊)は,広島原爆炸裂後の8月7日から13日まで,入市して負傷者の救護や死体の処理にあたっていた。このうち本隊は,8月7日午前7時30分ころ海田市駅で列車を降り,徒歩で午前10時ころ,東練兵場に到着し,一部救護活動をし,正午ころ西練兵場に入り,以後,同所付近(爆心地から約250メートル~1050メートル)で作業をした。先発隊は,早い者で7日午前零時ころ西練兵場に着いていた。 土壌試料の測定結果及びDS86のデータから推計した誘導放射能による被曝線量(ガンマ線による全身線量)は,7日 50メートル)で作業をした。先発隊は,早い者で7日午前零時ころ西練兵場に着いていた。 土壌試料の測定結果及びDS86のデータから推計した誘導放射能による被曝線量(ガンマ線による全身線量)は,7日未明に入市した先発隊7名については,最大11.8ラド,最小2.1ラド,平均5.1ラドであり,先発隊を含めた全隊員平均で1.3ラドと推計された。 99名のうち,昭和62年5月までの42年間の死亡者は27名(27. 3パーセント),がんで死亡したと判断された者6名(死亡者に占めるがん死亡の割合22.2パーセント)であり,日本全国の死亡統計に基づき同年齢の者について算定した死亡確率26.7パーセント,がん死亡の割合28.7パーセントと比較して,顕著な差は認められなかった。生存者につき,面接又は電話による応答で急性放射線症状があったと答えた者は32名であり,症状の重傷度や経過期間などによりほぼ確実な急性放射線症状があったと思われるものは脱毛6名(うち3分の2以上頭髪が抜けた- 84 -者が3名),歯齦出血5名,口内炎1名,白血球減少症のみられた者2名であり,このうち2名は脱毛と歯齦出血の両症状が現れていた。 また,頻回のレントゲン線照射を受けていない隊員10名について,抹消血リンパ球の染色体異常から,T65Dを利用した線量推計式を用いて推計した線量は,5名は6ラド以上(13,10,10,10,6)であり,5名は有意な被曝線量として計算されなかった(乙22)。 シBX,BYの報告BXらは,平成4年,工月中隊のうち20名(長期滞在者)と,8月6日から9日までの間に1,2回入市した者20名(短期滞在者)を,それぞれ医療被曝の多寡で2分して末梢血リンパ球染色体異常を比較検討したところ,長期滞在者の2群は,対応する短期滞在者の2群と比較して,いずれも染色体 間に1,2回入市した者20名(短期滞在者)を,それぞれ医療被曝の多寡で2分して末梢血リンパ球染色体異常を比較検討したところ,長期滞在者の2群は,対応する短期滞在者の2群と比較して,いずれも染色体異常率が高いことを報告した(甲78資料9)。 スBBらの報告(ア)放影研のBBらは,平成10年,放影研の寿命調査集団のうち被曝線量の推定されている8万6632人を対象に,脱毛と放射線との関係を報告した。同報告において,原爆後60日以内の脱毛の発生を報告した被爆者数は,広島で5万8500人中3857人(うち重度(2/3以上)1120人),長崎で2万8132人中1349人(うち重度287人)であった。爆心地から2キロメートル以内での脱毛の頻度は爆心に近いほど高く,爆心地からの距離と共に急速に減少し,2キロメートルから3キロメートルにかけて緩やかに減少し(3パーセント前後),3キロメートル以遠でも少しは症状が認められているが(約1パーセント)ほとんど距離とは独立であった。この関係は,東京帝国大学による調査,日米合同調査団による調査の結果ともほとんど同じであった。BBらは,3キロメートル以遠の脱毛が,ストレス,食糧事情等,放射線以外の要因を反映しているのかもしれないとした(甲91,乙87)。 - 85 -(イ)BBらは,平成12年,低線量放射線被曝に関連するがん発生リスクにつき,非常に低い線量において中性子線の生物学的効果比を40前後とする論文を発表した(甲122)。 セBZらの報告(ア)長崎大学のBZらは,平成12年,長崎原爆の被曝距離が4キロメートル未満の被爆者1万2905人を対象として,遮蔽状況を考慮した急性症状,特に脱毛について,昭和35年以降の約10年間に被爆者本人の記憶による調査票に基づき,発症頻度・時期・程度等を調べた。脱 メートル未満の被爆者1万2905人を対象として,遮蔽状況を考慮した急性症状,特に脱毛について,昭和35年以降の約10年間に被爆者本人の記憶による調査票に基づき,発症頻度・時期・程度等を調べた。脱毛の頻度は,被曝距離が3キロメートル未満では,どの距離でも遮蔽なしの場合が遮蔽ありの場合よりも高く,これらの差は統計的にも有意(p<0.01)であった。脱毛の程度は,被曝距離が遠くなるほど重度・中等度の症例は減っているが,2.0~2.4キロメートルにおいても重度21例,中等度29例,2.5~2.9キロメートルで重度13例,中等度15例がみられた(甲106)。 (イ)BZらは,平成16年,爆心から2.5キロ付近を中心とし,爆発点からの可視地域となる7つの町を無遮蔽地域として,直接被爆者で昭和45年1月1日現在長崎市内に在住し急性症状の情報が得られた9910人のうち,遮蔽地域で被爆した1601人と無遮蔽地域で被爆した1715人を対象に調査した。急性症状(嘔吐,下痢,発熱,脱毛,皮下出血,鼻出血,歯肉出血及び口内炎)の発現頻度は,全ての症状について,遮蔽地域の方が無遮蔽地域よりも低かった。脱毛の発現頻度は,遮蔽地域では軽度(頭髪の50パーセント未満)1.8パーセント,重度(頭髪の50パーセント以上)0.1パーセントであるのに対し,無遮蔽地域は軽度4.0パーセント,重度1.1パーセントであった(甲41の15)。 ソAAの試算- 86 -AAは,BRの報告した,屋内で被爆し中心地に出入りしなかった者を中心に,急性症状の発症率から被曝線量を推計し,放射性降下物による影響が最も大きい爆心地から2キロメートル付近で0.6~0.8グレイ程度と見積もっている(甲48,証人AA)。 タ三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告平成16年4月以降,原 性降下物による影響が最も大きい爆心地から2キロメートル付近で0.6~0.8グレイ程度と見積もっている(甲48,証人AA)。 タ三次高等女学校の入市被爆者についての調査報告平成16年4月以降,原爆被害者相談員の会所属の相談員が,昭和20年8月19日から25日まで,広島市の本川国民学校(爆心地から約350メートル)に派遣された広島県立三次高等女学校の生徒20数名のうち,氏名等が判明した23名(生存者10名,死没者13名)について,対象者本人又はその遺族に聴き取り調査をした。 生存者10名に対する調査では,調査未了となっている3名を除く7名中6名は,急性症状として,脱毛,下痢,倦怠感等を回答し,1名は覚えていないと回答している。 死因が判明した死没者11名のうち,7名ががん(白血病2名,卵巣がん,肝臓がん2名,胃がん,膵臓がん)であった(甲187)。 (7)いわゆる「黒い雨」についてア宇田雨域昭和20年8月から12月にかけて広島管区気象台が中心となって調査し,CA気象技師らがまとめた「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」(原子爆弾災害調査報告集,昭和28年)によれば,広島原爆による驟雨は,長径19キロメートル,短径11キロメートルの楕円形ないし長卵形の区域に相当激しい1時間ないしそれ以上継続した驟雨を示し,少しでも雨の降った区域は,長径29キロメートル,短径15キロメートルに及ぶ長卵形をしていると報告されている(甲166,乙14)。 イ増田雨域(ア)原子爆弾被爆者の医療等に関する法律は,昭和38年に改正され,- 87 -残留放射能濃厚地区が特別被曝地区に指定されたが,限定された範囲での指定であったため,特別被曝地区指定拡大の運動が起こり,昭和51年の改正でCAらの大雨域が健康診断特例地域に指定された。これに対し,更にCAら 厚地区が特別被曝地区に指定されたが,限定された範囲での指定であったため,特別被曝地区指定拡大の運動が起こり,昭和51年の改正でCAらの大雨域が健康診断特例地域に指定された。これに対し,更にCAらの降雨域全体の健康診断特例地域指定を求める運動が起こり,昭和53年に広島県黒い雨・自宅看護原爆被害者の会連絡協議会(以下「黒い雨の会」という。)が結成された。 昭和62年5月,ATは,黒い雨の会のCCの宇田雨域に対する疑問をきっかけに,広島被爆者の手記や体験記,CAの利用した原資料に基づき,黒い雨が,北約40キロメートル,東西約25キロメートルの,従来言われていた地域より広い範囲に降ったと発表した。 ATはさらに,湯来町等CAらの大雨域周辺5か所で,住民を小学校等に集め,公開の場で降雨状況を供述させる方法での72人からの聞き取り調査,芸北町など4町村の7人からの直接の聞き取り調査,及びアンケート調査(約1500枚配布,1188枚回収)をし,ATにおいて回答内容の信頼性を評価した上,平成元年に,黒い雨降雨地域が,北北西約45キロメートル,東西約36キロメートルにも及び,従来言われていた地域の約4倍に拡がっていること,塵や灰の降った地域はこれよりさらに広範であることを発表した(甲123,164,165,乙14)。 (イ)AWらは,広島原爆直後の3日間にAE理化学研究所長らが爆心から5キロメートル以内で採取した試料22個のセシウム137の放射能の精密測定を行い,11の試料から放射能を検出した。強い放射能が検出されたのは,爆心から1~1.2キロメートルより外側(サンプル11(爆心地の北方3600メートル),同25(爆心地の東方3000メートル)を含む)であった。このうち3箇所(サンプル18,22,25)は,宇田雨域の外で増田雨域の中にあった(甲1 外側(サンプル11(爆心地の北方3600メートル),同25(爆心地の東方3000メートル)を含む)であった。このうち3箇所(サンプル18,22,25)は,宇田雨域の外で増田雨域の中にあった(甲169)。 - 88 -また,ATは,昭和23年1月から6月にかけて広島文理科大学のAHらが,爆心から北西8.5キロメートルの安佐郡伴村前原を含む78地点の残留放射能の測定値をプロットして等値線を描いたところ,その分布が増田雨域とかなりよく一致すると判断した。 これらのことからATは,爆心の北側及び西側において,残留放射能の分布と増田雨域の分布がかなりよく対応しており,増田雨域がかなりな精度で残留放射能を示しているとしている(甲164,165)。 ウ黒い雨専門家会議報告書広島県及び広島市により設置された黒い雨専門家会議は,平成3年5月に報告書を発表した。同報告書の概要は,次のとおりである。 (ア)残留放射能昭和51・53年度に国(厚生省)が行った,爆心地から半径30キロメートルの範囲の107地点(爆心地から2キロメートルごとの同心円と爆心地から放射状に8方向に引いた線と交わった地点)の土壌中の残留放射能(セシウム137)調査データの再検討,上記土壌試料の一部についてのウラン235及びウラン238の測定,屋根瓦中のセシウム137の検討,柿木及び栗木の年輪区分によるストロンチウム90の測定のいずれも,黒い雨との関連について有意な結論は得られなかった。 (イ)気象シミュレーション法による降下放射線量の推定気象シミュレーション法によれば,原爆雲(火の玉によって生じた)の乾燥大粒子の大部分は北西9~22キロメートル付近にわたって降下し,雨となって降下した場合には大部分が北西5~9キロメートル付近に落下した可能性が大きいことがわかり,また,衝撃雲( よって生じた)の乾燥大粒子の大部分は北西9~22キロメートル付近にわたって降下し,雨となって降下した場合には大部分が北西5~9キロメートル付近に落下した可能性が大きいことがわかり,また,衝撃雲(衝撃波によって巻き上げられた土壌などで形成された)や火災雲(火災煙による)による雨(いわゆる黒い雨)の大部分は,北北西3~9キロメートル付近にわたって降下した可能性が大きいと判断された。 - 89 -また,気象シミュレーション法によって得られた放射性降下物量,その地上での分布データ並びにネバダ核実験値を用いて,広島原爆の残留放射能による照射線量率を,炸裂12時間後で約5R/hr(最大積算線量:無限時間照射され続けたと仮定した場合は約25ラド)と推定した。 (ウ)体細胞突然変異及び染色体異常による放射線被曝の人体影響体細胞変異及び染色体異常について,己斐町,古田町,庚午町,祗園町など(降雨地域)に当時在住し黒い雨に曝された者と,宇品町,翠町,皆実町,東雲町,出汐町,旭町など(対象区域)に当時在住し黒い雨に曝されなかった者とについて検討したが,有意差が認められなかった(以上につき乙14)。 エ黒い雨専門家会議報告書における気象シミュレーション黒い雨専門家会議報告書における気象シミュレーションの手法は,次のようなものである。 爆発後40分に撮影された記録写真をもとに,原爆雲の雲上高度を8080メートル,横径を約4500メートルと算定し,雲中の粒子と核種の関係や粒径分布,落下速度につき一定値を仮定した。原爆の衝撃波が地上に達した際に発生した粉塵について,写真から形状を見積もり,粉塵の量や粒径分布につき一定値を仮定した。原爆後の火災による火災煙について,煙の立ちのぼる高さを写真から推定し,原子爆弾災害調査報告書の記載から5時間で燃え尽きるとし て,写真から形状を見積もり,粉塵の量や粒径分布につき一定値を仮定した。原爆後の火災による火災煙について,煙の立ちのぼる高さを写真から推定し,原子爆弾災害調査報告書の記載から5時間で燃え尽きるとし,煙の粒径や濃度につき一定値を仮定し煙の総量を計算した。そして,気象研究所で開発した地形起伏・地表面の熱効率等も含む中規模スケールの海陸風数値計算モデルを使用し,広域気象条件として,上空の一般流を潮岬の高層観測値を参考に南南東秒速3メートルとし,地域内の気象シミュレーション手法により求めた地域内の気流が重なるとして,粒子の降下状況を求めた。上記計算では,火災の熱気自体に- 90 -よる浮力,水蒸気の凝結熱の浮力は考慮されておらず,雲頂が実体や写真と合うように,火災による周辺空気の水平収束による上昇に適当な係数を掛けて補正した(乙70)。 オ広島におけるフォールアウトによる外部被曝線量の推計黒い雨専門家会議報告書資料編では,広島における放射性降下物による外部被曝線量の推計がなされており,その概要は次のとおりである(乙97)。 原子雲の放射能を,ネバダでの核実験データにおける原爆出力1キロトン当たりの核分裂生成物の放射能から推計し,衝撃波で巻き上げられた土壌及び火災煙とともに舞い上がった灰について,マンガン56及びナトリウム24による放射能を推計する。原子雲,衝撃塵及び火災煙それぞれにつき,雲の中に存在する粒子の数,粒径のほか,地上のメッシュに降下した粒子の数として一定値を仮定する。さらに,地上に降下した放射能は,豪雨による流失などにより約40パーセントが残留したと仮定し,広島の放射性降下物による炸裂12時間後の被曝線量率を推定した。 カ長崎原爆における降雨状況長崎の原爆雲は上層流に流されて雲仙岳付近を通過した。爆心地の東方2キロメート セントが残留したと仮定し,広島の放射性降下物による炸裂12時間後の被曝線量率を推定した。 カ長崎原爆における降雨状況長崎の原爆雲は上層流に流されて雲仙岳付近を通過した。爆心地の東方2キロメートル弱の金比羅山や東方3キロメートル付近の西山地区にかなりの降雨があった。金比羅山付近では,原爆投下後約40分経ってから雨が降りだし,その後もときどき夕立のように激しく,断続的に夜まで降った。これらの雨は,しばしば灰などを交えたいわゆる黒い雨であった。西山地区でも,原爆投下後20分ほどしてから黒い雨がかなり降った(乙72)。 長崎原爆の降下物は,核分裂生成物に加え,未分裂のプルトニウム239を含んでいた。ARらによれば,西山地区における原爆後の未分裂のプルトニウム239と240の農作物への移行度は,セシウム137の1/10- 91 -0~1/200であった(乙101)。 (8)低線量被曝アカナダのCE博士は,昭和52年,加齢と電離放射線への照射がいずれも非リンパ性白血病の相対リスクを増加させることから,医学用X線による電離放射線へ人が曝露するときにおこる生物学的変化は自然的加齢プロセスに比較できるという仮説が得られていることを報告した(甲75の2添付資料⑨)。 イコンプトン効果ガンマ線は,原子の軌道電子に衝突すると電子にエネルギーの一部を与えるとともに初めと異なった方向に散乱し,波長がより長い放射線となる(コンプトン効果)。CFは,コンプトン効果で散乱されてエネルギーが小さいガンマ線しか来ない場所にムラサキツユクサを置くと,直接線源から来るガンマ線と比較して生物学的効果比が2倍になることを発見した(証人CF)。 ウ逆線量率効果(ア)オーストリアのCG博士は,昭和54年,自然放射線についてアルファ線の過剰被曝にさらされている地域 ガンマ線と比較して生物学的効果比が2倍になることを発見した(証人CF)。 ウ逆線量率効果(ア)オーストリアのCG博士は,昭和54年,自然放射線についてアルファ線の過剰被曝にさらされている地域の住民と,職業的に過剰被曝している人々について調査したところ,標本抽出前6か月間における血液のアルファ線,ガンマ線合計蓄積線量と,100細胞当たりの染色体異常の量について,200ミリラドまでの範囲では急激に染色体異常の頻度が上昇し,続いて1300ミリラドに至るまで平らなカーブを描いていることを報告した(甲75の2添付資料⑫)。 (イ)カナダのCHらは,昭和50年,モデル細胞膜において,X線またはセシウム137のガンマ線を照射した後のヒドロペロオキシドの生成を測定し,以下の報告をした。セシウム137によって持続的線量で放射線被曝した細胞膜において,被曝線量率が減少するにしたがって実質- 92 -的吸収度は増大した。この効果の大きな要因は,電離放射線によって惹起された長い連鎖反応である。また,これに関連した効果,すなわち線量率を減少させるにしたがって,持続的な吸収度の変化を導くために必要な線量が減少する効果も観察された。急性の被爆の後,また自然放射線の水準での低線量被爆に対しては,不活化された酵素が鋭敏になることによって細胞膜を守った(甲75の2添付資料⑮)。 (ウ)長崎大学環境科学部のCIらは,実験によれば,LETの大きな核分裂中性子によるマウス培養細胞の試験管内発がんについては,低線量率照射の方が高線量率照射の約10倍の頻度であることが報告されており,このような逆線量率効果については,重粒子でも認められており,またマウスの個体レベルの発がんでも確認されている,しかし,致死効果に対する逆線量率効果は認められていないことなどから,逆線量率 ており,このような逆線量率効果については,重粒子でも認められており,またマウスの個体レベルの発がんでも確認されている,しかし,致死効果に対する逆線量率効果は認められていないことなどから,逆線量率効果の機構についてはいくつかの仮説が提唱されているが現在の所不明であると述べている(甲75の2添付資料⑯)。 (9)内部被曝ア内部被曝の特殊性(ア)原爆の炸裂した瞬間に放出されて地上に到達した初期放射線であるガンマ線と中性子線は,直接被爆者を放射線被曝させた。誘導放射能や放射性降下物は,初期放射線を浴びた直接被爆者のみならず,原爆の爆発時には市内にいなかったが,救援や家族を捜し求めるため市内に入った入市被爆者の皮膚や髪,衣服に付着し,呼吸あるいは飲食物を通じて体内に入り,体内外から継続的に放射線を被曝させ続けた(弁論の全趣旨)。 原爆被爆によって体内に放射性物質が侵入する経路としては,呼吸による吸入,食物や飲料水と共に,あるいは皮膚を通して,などが考えられている(甲82)。 - 93 -体内に摂取された放射能が内蔵諸器官を直接照射する場合,ガンマ線以外に,ベータ線やアルファ線も影響している。特に,爆発直後のもうもうたるチリの中にいた者をはじめとして,後日死体や建築物の残骸処理などで入市して多量のチリを吸収した者は,ICRPが職業被曝者について勧告している最大許容負荷量以上の放射能を体内に蓄積した可能性があるとされている(乙9・7頁)。 その結果,原爆炸裂時には地下防空壕にいたり,爆心地から遠隔地あるいは市外にいて,初期放射線を浴びなかった人々の中にも,放射線による急性症状が現れた者がいた(甲60,61)。 広島の原爆投下時には松江市に滞在していた20歳代の女性が,原爆投下から1週間後に広島市に入市し,1週間焼跡で夫を捜索したところ 人々の中にも,放射線による急性症状が現れた者がいた(甲60,61)。 広島の原爆投下時には松江市に滞在していた20歳代の女性が,原爆投下から1週間後に広島市に入市し,1週間焼跡で夫を捜索したところ,紫斑が出て,数週間後には吐血,脱毛した後に死亡した例があった(甲36の1・2,61の2)。 放射線は,創傷治癒を障害する全身的因子の1つに挙げられている(甲83,85の6)。 (イ)内部被曝の特徴として,CFは,次の点を指摘している(甲75)。 ガンマ線の場合には,その線量は線源からの距離に反比例する。しaたがって,等量の同一核種であっても,体外に存在する場合に受ける線量と比べて,体内に入った場合に受ける線量が格段に大きくなる。 例えば,ガンマ線を放出する核種の一定量が生殖腺から5メートル離れた点に存在する場合と,当量の同一核種が生殖腺から5センチメートルの部位に沈着した場合とを比較すると,後者の場合に生殖腺が受ける線量は前者の場合の1万倍になる。 ベータ線やアルファ線を放出する核種が体内に入ってくると,飛程b距離が短いこれら放射線のエネルギーのほとんど全てが吸収され,体内からの被爆が桁違いに大きくなる。ことに,アルファ線の生物効果- 94 -は大きく,1グレイで10~20シーベルトにもなる(甲132の1・2)。 人工放射性核種には生体内で著しく濃縮されるものが多いが,例えcば放射性ヨウ素なら甲状腺,放射性ストロンチウムなら骨組織,放射性セシウムなら筋肉と生殖腺というように,放射性核種によって濃縮される組織や器官が決まっているため,特定の体内部位が集中的な内部被曝を受けることになる(甲75の2添付資料①~③)。 体内への取り込みがあって,その核種が体内に沈着,濃縮されたとdすると,その核種の寿命に応じて内部被曝が続くことになる。例 内部位が集中的な内部被曝を受けることになる(甲75の2添付資料①~③)。 体内への取り込みがあって,その核種が体内に沈着,濃縮されたとdすると,その核種の寿命に応じて内部被曝が続くことになる。例えば,放射能半減期が28年のストロンチウム90が骨組織に沈着すると,ベータ崩壊を繰り返し,またストロンチウム90が崩壊して生じるイットリウム90もベータ線を放出するため,長年にわたってその周辺のベータ線の内部被曝が続く(甲75の2添付資料④)(ウ)カナダのCE博士は,平成10年,米国上院での証言に際して準備された陳述書において,DNAの分子結合を破壊するエネルギーはおおよそ10eV(エレクトンボルト),1個のプルトニウム原子が1回の原子の変化で放出するエネルギーは5MeV,1個のラジウム原子が1回変化して出すエネルギーもだいたい同量であり,セシウム137とストロンチウム90のエネルギーは約0.5MeVであり,放射線核種中の1個のうちの最小の粒子がDNAの化学的結合を破壊する能力について疑いの余地はないこと,その破壊が被害を受けた染色体の遺伝情報に不安定を起こす確率はほんの少し100パーセントを下回ること(死ぬ細胞がいくつかあるので),生き残った細胞ががんを起こしやすくすること等を記述している(甲129)。 (エ)原子力委員会原子炉安全技術専門部会は,放射性ヨウ素が空気中から葉菜に移行する場合の濃縮率について,260万倍という係数を採用- 95 -した(甲257)。 イホットパーティクルホットパーティクルとは,放射能の高い放射性物質からなる不溶性粒子をいい,内部被曝評価上,特に不溶性のプルトニウム粒子を指すことが多い。一般環境に降下するプルトニウムからなる強放射能の不溶性粒子が人の肺に吸入された際の評価方法が問題となった。 ICR 不溶性粒子をいい,内部被曝評価上,特に不溶性のプルトニウム粒子を指すことが多い。一般環境に降下するプルトニウムからなる強放射能の不溶性粒子が人の肺に吸入された際の評価方法が問題となった。 ICRPの呼吸器へのエアロゾル粒子の沈着・排出に関する肺モデルは,鼻咽腔,気管・気管支,肺の各部位に粒径により決まった割合でそれぞれ均等に沈着するモデル(1966年肺モデル)に進化し,その対比すべき線量として,ICRPは昭和49年当時,放射線の生物学的効果比などで修正した吸収エネルギーを肺の質量で除した平均線量を考えていた。これに対し,DQらは,平均線量の考えは肺内に均等に拡がるイオン状粒子については成立するがアルファ放射能の不溶性点状線源には成立しないと主張し,当時の職業人の最大許容肺負荷量は不溶性のプルトニウム239で16nCi(592Bq)と計算されていたが,これを11万5000分の1に引下げるべきであるとした。 ICRPの1977年勧告では,確率的影響では,一定量の放射線エネルギーの吸収は均等分布によるものよりホットスポットによるものの方が効果が小さく,非確率的影響でも,中程度の線量で起こるかもしれない細胞喪失の量ではそれらの細胞が作る器官の機能喪失におそらく至らないこと,疫学的調査で実際に最大許容肺負荷量以上に被曝した複数の人について放射線誘発性の肺がんが報告されていないことから,ホットパーティクル説を否定している(乙96)。 英国のCJらは,平成15年,ICRPが提唱するような平均的な線量が発がんリスクの適切な評価になることが示唆されたと報告した(乙80)。 - 96 -(10)放射線の急性症状と後影響との関係原爆被爆者において,熱傷を含む急性症状の有無が,後年の疾病(がん・非がん性疾患)発症に影響を与える可能性が指摘されている。 た(乙80)。 - 96 -(10)放射線の急性症状と後影響との関係原爆被爆者において,熱傷を含む急性症状の有無が,後年の疾病(がん・非がん性疾患)発症に影響を与える可能性が指摘されている。 アCKらの報告CKらは,寿命調査から得られたデータを解析した結果,原爆後60日以内に脱毛があったと報告されている者では,脱毛を経験しなかった者に比べ,DS86推定被曝線量と白血病死亡率との間にみられる線形の線量反応関係の勾配が2.5倍も急であると認められた(p>0.001)が,白血病を除くがん死亡率における線量反応関係には,脱毛の有無による差はほとんどなかった(p>0.2)旨を報告した(甲78添付資料1,甲247,248の7)イCLの報告英国のCLは,平成12年,原爆被爆者のデータから,被爆時の火傷,紫斑,口腔病変,脱毛のうち2つを有した被爆者群と,いずれの症状も有しなかった被爆者群とで,腫瘍性疾患群,心血管疾患群,全死亡原因群で,死亡率に差が生じていることを示した(甲77・資料6,甲130)。 ウCMの報告英国のCMは,平成14年,原爆被爆者において,白血病については,脱毛又は熱症のいずれかを報告した患者間で統計的に有意に高い相対リスクが認められたが,線量推定誤差の影響の補正を行うと,これらの結果は統計的に有意ではなくなったこと,その他の全エンドポイント(白血病以外のがん,良性新生物,心血管疾患,がん及び心血管疾患以外の疾患)については,線量測定誤差の影響の補正の有無を問わず,急性障害状態の相対リスクに対して統計的に有意な修飾効果が認められなかったことを報告した(乙106)。 エBZらの報告- 97 -長崎大学のBZらは,平成14年3月,昭和45年1月1日現在長崎市在住の被爆者手帳所持者7万8137人のうち長崎原爆に直接 められなかったことを報告した(乙106)。 エBZらの報告- 97 -長崎大学のBZらは,平成14年3月,昭和45年1月1日現在長崎市在住の被爆者手帳所持者7万8137人のうち長崎原爆に直接被爆し,急性症状,被爆距離及び遮蔽状況の情報がありABS93D(AtomicBombSurvivor 1993 Dose)線量推定方式による推定被曝線量の得られている9910人について検討したところ,がん死亡の場合,脱毛があった人はなかった人に比べてハザードが1.52倍高いことを報告した(甲116,248の9)。 (11)疾病別の問題点審査の方針においては,11種類のがんと,副甲状腺機能亢進症について放射線起因性を肯定し,これらについて原因確率を設定している(ただし,その他のがんについても,放射性起因性を完全には否定できないとして,原因確率が最も低いがんの原因確率を適用することとしている。)が,その他の疾病の中にも,放射性起因性の有無が問題とされているものが少なくない。 このような疾病のうち,主要なものに関する医学的知見(ここでは,複数の原告に関連する疾病に関するものを掲げることとし,単独の原告のみに関連する疾病に関するものは,個々の原告の放射性起因性を判断する際に掲げることとする。)としては,次のようなものがある。 ア重複がん(ア)重複がんとは,同一臓器内に異種のがんが複数発生したり,同種のがんであっても複数の臓器に発生するものをいう。治療によって治癒できるがんが増加していることや,寿命の延長による高齢者の増加のために重複がんが生じる機会は増加しつつある(乙47,49)。 (イ)長崎大学のCNらは,長崎県腫瘍登録に基づく生存者のがん罹患登録データに基づき,昭和37年から平成11年までの37年間の被爆者腫瘍例2万1376件より66 は増加しつつある(乙47,49)。 (イ)長崎大学のCNらは,長崎県腫瘍登録に基づく生存者のがん罹患登録データに基づき,昭和37年から平成11年までの37年間の被爆者腫瘍例2万1376件より668名の重複(多重)がんの症例を検討した結果,女性では被爆距離に反比例して重複がんの頻度の増加が明らか- 98 -となり,男性でも被爆距離1キロメートル未満の1例を除外して検討すると距離との相関が得られること,その頻度の増加が昭和63年以降顕著となったこと,若年被爆者に重複がんの頻度が高かったことを報告した(甲67)。 (ウ)COらは,平成14年,昭和63年から平成10年までに広島原爆障害対策協議会健康管理・増進センターで被爆者肺がん検診を受診した延べ14万1886人中,肺がんと診断された158人を対象として検討した。肺がん症例158例の被爆状況は,2.1キロメートル未満の近距離被爆者が48名,2.1キロメートル以上が40名,入市その他が70名であった。158例中,重複がんは23例(14.5%)であり,諸家の報告(3.8~13.6パーセント)よりやや高い傾向にあった。2.1キロメートル未満の近距離被爆者は,48人中11人(23.0パーセント)に重複がんを認め,2.1キロ以上(4人),入市その他(8人)に比し最も高率であった。被爆距離別発見率は,2.1キロメートル未満の近距離被爆者は10万対28.6であり,2.1キロ以上の群の8.9に比し有意に高率であった(p<0.034)(甲78資料15)。 イ前立腺がん(ア)CPらの報告広島赤十字・原爆病院のCPらの報告によれば,昭和63年4月から平成9年1月までの,全年齢を対象にした病理組織症例(何らかの疾患で生検または手術を受けた男性の症例)の中での前立腺がん症例が占める割合は,遠距離・入 病院のCPらの報告によれば,昭和63年4月から平成9年1月までの,全年齢を対象にした病理組織症例(何らかの疾患で生検または手術を受けた男性の症例)の中での前立腺がん症例が占める割合は,遠距離・入市被爆群に最も高く(1351例中30例,2. 22%),近距離被爆群(460例中8例,1.74%),非被爆群(6190例中65例,1.05%)の順であった。遠距離・入市被爆群と非被爆群間では,遠距離・入市被爆群が2倍強の陽性率であり,被- 99 -爆群に前立腺がんが多い可能性があるとしている。 また,70歳代の男性のみを対象とした場合,遠距離被爆群に最も割合が多い傾向は同様であるが,近距離被爆群に比べ,わずかであるが非被爆群の方が割合が多い傾向が窺われたとしている。 更に,推測の域を出ないものの,低線量の被曝は前立腺がんの進行に関わっている可能性は否定できないとしている(甲41の26)。 (イ)CQらの報告広島大学原爆放射能医学研究所附属原爆被災学術資料センターに保存されている被爆がん死亡者剖検例のうち男性被爆者前立腺がん症例(昭和29年から昭和56年まで)54例につき,広島大学病院で剖検された非被爆者前立腺がん症例(昭和35年から昭和52年まで)34例を対照例として検討したところ,粗発生頻度は被爆者群(2.03%)が対照群(1.15%)に比べ統計学的に1パーセント以下の危険率で有意に高かったこと,被爆距離では3キロメートルまでが77.5パーセントと大部分を占めていたこと,被爆後生存期間と死亡時年齢との関係で2キロメートル未満の群で正の相関を認めたことを発表した(甲69)。 (ウ)「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(DRほか)(平成4年)調査コホート集団7万9972人中,全部で140例の前立腺がんが ことを発表した(甲69)。 (ウ)「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(DRほか)(平成4年)調査コホート集団7万9972人中,全部で140例の前立腺がんがあった。前立腺がんの86%が組織学的に確定され,7%は死亡診断書のみで診断された。 対照群(膀胱加重線量0.01シーベルト未満)の粗罹患率が1万人年当たりの症例率2.35であったのに対し,低線量群(同0.01-0.99シーベルト)1.99,高線量群(同1シーベルト以上)3. 23であった。 - 100 -推定ERR(過剰相対リスク)は-0.21から1.16の951Svパーセント信頼区間で0.29(全年齢)であった。被曝時年齢別の推定EERは,被曝時年齢10歳から19歳までで0.87(3例),21Sv0歳から39歳までで0.50(31例),40歳から59歳で0.30,60歳以上-0.30であった。 有意(検定統計量のP値が0.10以下)な線形や非線形線量反応は認められなかった。 少なくとも0.01シーベルトに被曝した者では,前立腺がんの約7パーセント(95パーセント信頼区間-5.3%,26%)は放射線被曝に関連しているかもしれないことが推測された(甲80文献4)。 (エ)「原爆被爆者における癌発生率。第4部:癌発生率及び死亡率の比較」(DSほか)(平成5年)死亡診断書と腫瘍登録の一致率をみると,同じ前立腺がんでの死亡が36.4パーセント,他のがんでの死亡が7.1パーセント,がん以外の原因での死亡が38.6パーセント,昭和63年時点で17.9パーセントが生存しているとされた(甲80文献5)。 (オ)放影研のBOは,前立腺がんに放射線の影響が有意に見られない理由について,臓器・組織により放射線感受性が違うこと,発生数の少ないがんについて セントが生存しているとされた(甲80文献5)。 (オ)放影研のBOは,前立腺がんに放射線の影響が有意に見られない理由について,臓器・組織により放射線感受性が違うこと,発生数の少ないがんについては現状の集団のサイズでは検出力が弱いことの2つの可能性があるとしている(甲122)。 (カ)証人ABは,①前立腺がんが治療の進歩によって死亡率が低くなっていること,②高齢にならないと発症しないがんの1つであり,他のがんにかかって死亡する者が多く,見かけ上,前立腺がんの死亡例が現われてこないこと,③死亡したときに前立腺がんにかかっていることが見逃されやすいことから,前立腺がんと放射線との関係が否定されるものではないとしている(証人AB)。 - 101 -ウ子宮筋腫放影研のAHS第7報,第8報で,統計的に有意な過剰リスクが認められている(甲38,41の31,乙59,60)。 エ肝機能障害(慢性肝炎及び肝硬変)ICRPの「電離放射線の非確率的影響」によれば,肝機能不全は確定的影響として考えられ,肝臓全体に放射線を照射した場合に1~5%の患者に肝機能不全を生ずるおよその推定しきい線量は35グレイとされている(乙108)。 また,一般に,C型肝炎ウィルスに感染し急性肝炎を示した症例の70~80パーセントは遷延化して慢性肝炎へと移行すること,しかしながら,感染後全く症状を示さずに健康診断などで慢性肝炎であることが判明した例も多いこと,C型慢性肝炎の自然治癒はほとんどなく,肝病変は緩徐に進行し20~30年以上かけて慢性肝炎から肝硬変へと徐々に進展することが指摘されている(乙36)。 しかしながら,前記のとおり,AHS第7報(甲38),「原爆被爆者におけるC型肝炎抗体陽性率および慢性肝疾患の有病率」(甲39)によれば,放射線が慢性肝炎及び肝硬変の進 が指摘されている(乙36)。 しかしながら,前記のとおり,AHS第7報(甲38),「原爆被爆者におけるC型肝炎抗体陽性率および慢性肝疾患の有病率」(甲39)によれば,放射線が慢性肝炎及び肝硬変の進展を促進する作用を有する可能性が指摘されている(甲37)。 証人ABは,AHS第8報で肝硬変の発症に有意差が認められながら,LSS第13報では認められていないことについて,肝硬変になった者は死亡時には肝臓がんに移行していることが多いため,検定上有意差が出にくくなっているためであるとしている(証人AB)。 オ甲状腺疾患(ア)甲状腺機能低下症甲状腺のホルモンが欠乏するために,むくみやすい,低体温になる,脈が遅くなる,貧血を起こす,冷えが強くなるなど種々の症状を起こす- 102 -ものを,甲状腺機能低下症と呼ぶ。 甲状腺機能低下症の放射線起因性に関する調査として,以下のようなものがある。 aCRらの被曝時年齢20歳以下を対象とした調査では,100ラド被曝群と0ラド群との間に血清TSH及びサイログロブリンは差がなかったと報告している(昭和61年)(乙9・117頁)。 bCSらは,広島の原爆で1.5キロメートル以内の直接被爆者6112名と3キロメートル以遠の直接被爆者3047名のTSH値の検討を行い,甲状腺機能低下症の頻度は男性で1.5キロメートル以内群1.22パーセント,対照群0.35パーセント,女性ではそれぞれ7.08パーセントおよび1.18パーセントであり,被曝線量別に見ると男性の1~99ラド群が1.03パーセントで200ラド以上では3.67パーセントであった。女性ではそれぞれ6.23パーセント,7.26パーセントであり,被曝線量の増加とともに機能低下症が高率となったとしている(昭和62年)(乙9・117頁)。 cCTらは,長崎にお パーセントであった。女性ではそれぞれ6.23パーセント,7.26パーセントであり,被曝線量の増加とともに機能低下症が高率となったとしている(昭和62年)(乙9・117頁)。 cCTらは,長崎における原爆の甲状腺への影響を検討し,甲状腺機能低下症は低線量群(1~49ラド)に有意(p<0.01)に高く,10歳代~30歳代時に被爆した群に高く,特に女性に多かったとしている(甲40,甲41の32,乙9・117頁)。 (イ)自己免疫性甲状腺機能低下症(慢性甲状腺炎,橋本病)自己免疫性甲状腺機能低下症である慢性甲状腺炎については,初期の調査では放射性起因性がはっきりしなかったが,CTらは,長崎の被爆者において,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(甲状腺の切除手術などの病歴のない甲状腺機能低下症であって,抗体陽性群に属するもの。自己免疫性甲状腺機能低下症)において有意な線量反応関係が認められたこと,同症の有病率は甲状腺線量0.7±0.2シーベルトで最大レベ- 103 -ルに達する上に凸の線量反応を示したこと,甲状腺線量と続発性甲状腺機能低下症(放射性ヨード治療または甲状腺手術後に発生した甲状腺機能低下症)ないし抗体陰性突発性甲状腺機能低下症の有病率との間には関連が認められなかったことを報告した(平成6年)(甲40,41の33)。 (ウ)甲状腺結節甲状腺の充実性の結節を甲状腺結節といい,上記(ア)のCTらの調査結果では,放射線の影響があるとされている。 (エ)放影研のAHS第7報,第8報では,甲状腺がんをのぞく甲状腺所見が1つ以上あることというおおまかな定義に基づく甲状腺疾患に,統計的に有意な過剰リスクを認めている(甲38,41の31,乙59,60)。 カ白内障(ア)原爆白内障は,被爆後数か月から数年して発生し,潜伏期間の平均は2,3 かな定義に基づく甲状腺疾患に,統計的に有意な過剰リスクを認めている(甲38,41の31,乙59,60)。 カ白内障(ア)原爆白内障は,被爆後数か月から数年して発生し,潜伏期間の平均は2,3年であるが,重症例は早く発症し軽傷例の潜伏期は遷延するとされている(乙9,52,107)。 原爆白内障の診断のために,①水晶体後極部の後嚢下に顆粒状の変化があるだけでは十分でなく,細隙灯顕微鏡で少なくとも円盤状の混濁がみられることを条件とする見解,②分割帯の点状混濁,後嚢下の凝灰岩様混濁を挙げる見解,③a後極部後嚢下にあって色閃光を呈する局限性の混濁,または後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁が認められること,b近距離被爆歴があること,c併発白内障を起こす可能性のある眼疾患がないこと,d原爆以外の電離放射線の相当量を受けていないことの4条件が揃っている場合に診断できるとする見解がある(乙9)。 これに対し,老人性白内障は,白内障の中で最も多いもので,加齢に- 104 -よる水晶体の混濁で70~80歳の高齢者になると多少なりとも全ての人にこれが認められ,一般に50歳以上で他に原因を見出せないものをさす(乙52)。 (イ)ICRPの「電離放射線の非確率的影響」では,原爆被爆生存者では,眼科学的に検出しうる混濁の頻度を増加させる低LET放射線のしきい値は,だいたい0.6~1.5グレイと推定されている。放射線治療における非確率的影響の推定しきい線量は,1回照射の場合,2~10グレイといわれている(乙53)。また,同委員会の1990年勧告では,視力障害(白内障)のしきい値として5.0シーベルトを挙げ,またNCRP(米国放射線防護測定審議会)では2~10シーベルトとされている(乙54)。 (ウ)他方,長崎大学のCUらは,平成15年,AH 視力障害(白内障)のしきい値として5.0シーベルトを挙げ,またNCRP(米国放射線防護測定審議会)では2~10シーベルトとされている(乙54)。 (ウ)他方,長崎大学のCUらは,平成15年,AHS対象者のうち被爆時の年齢が13歳未満の全員および1978-1980年眼科調査を受けたものを対象として眼科調査を行ったところ,放射線白内障(後嚢下混濁)は小児期に被曝するとかなり遅くにも発症するとの報告や,皮質混濁(いわゆる老人性白内障)が早期に現われるとの報告が確認されたことを報告した(甲79文献3)。 また,平成16年,「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年)(AHS第8報)では,過去のAHSの調査では高線量被曝群における後嚢下混濁の発生率の上昇が明らかにされたが,さらに12年間の追跡調査により白内障の全発生率が放射線量に伴い有意に上昇し,眼線量と相対リスクとの間に有意な正の線形線量反応を認めたこと,放射線の影響が調査時年齢60歳以下の若年群で有意であったが60歳超の高齢群では有意ではなかったこと,放射線のリスクがおそらく追跡調査期間により有意に変動したことなどが報告された(乙60)。 - 105 -放影研のCVらは,平成16年,皮質混濁に対して有意な放射線リスクが認められ,このリスクは都市,性,被曝時年齢に無関係であったこと,後嚢下混濁に対して有意な放射線リスクが認められたこと,このリスクは被曝時年齢と共に示唆的に減少したこと,早発性皮質混濁と晩発性後嚢下混濁についてしきい値の存在が認められなかったことを報告した(甲79文献5)原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において,遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められたとの報告がある(甲40,41の35)。 (12)被告の審査 (甲79文献5)原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において,遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められたとの報告がある(甲40,41の35)。 (12)被告の審査ア審査の方針の決定平成13年5月25日の疾病・障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会で,審査の方針が決定された。その際,肝硬変及び子宮筋腫については,放射線との因果関係が確立されていないとの意見により,疾病別の原因確率を定めないこととなった。また,認定審査の迅速化を図るための対応として,事前に医学的確認作業を行う作業班の開催等が協議された(甲120の1~6,乙1,証人BO)。 イ審査の方針の内容(ア)審査の方針で用いられている原因確率は,平成12年度の厚生科学研究費補助金厚生科学特別研究事業「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(主任研究者:BO)で算出された寄与リスク(肝硬変,子宮筋腫における寄与リスクを除く。)を基礎としている(乙2,69)。 同研究は,カーマ線量が利用可能な最新のデータを得るため,放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990年」(乙第3号証)から,白血病,胃がん,大腸がん,肺がんの寄- 106 -与リスクを求めた。甲状腺がん及び乳がんは,予後のよいがんで,死亡率調査より罹患率(発生率)調査のほうが実態を正確に把握していると考えられるとして,「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(乙第4号証)から寄与リスクを求めた。 肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)がん,食道がんについては,5部位をまとめて寄与リスクを計算した。このほか,副甲状腺機能亢進症,肝硬変の寄与リスクを求めた(以上につき乙69,証人BO)。 と 除く),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)がん,食道がんについては,5部位をまとめて寄与リスクを計算した。このほか,副甲状腺機能亢進症,肝硬変の寄与リスクを求めた(以上につき乙69,証人BO)。 ところで,この寄与リスク(ATR)は,上記の調査結果を対象とし,ポアソン回帰分析の手法によって(内部比較法の一種であり,非被爆者を対照群とする手法は用いられていない。)統計処理をして,被曝線量が0シーベルトの場合と任意のシーベルトの場合の上記各疾患の発症率(死亡率)を算出し,性別及び被曝年齢を考慮した単位線量当たりの過剰絶対リスク及び過剰相対リスク(ERR)を求め,ATR=ERR/(1+ERR)の式によって算出される値である。この値に基づいて定められた原因確率は,本来的には集団的な傾向を表すものであり,例えば,ある被曝線量において,特定の疾患が発生する原因確率が50パーセントであるということは,同性,同被曝年齢,同被曝線量の者が100名いた場合,そのうち50名が放射線被曝によって当該疾患を発症したものと考えられるということを意味する(なお,このような理解については異論があり得ることは後記のとおりであるが,ここでは,しばらく措く。)ものであるが,一定の傾向性を示すものとして,個々の被爆者の放射線起因性を判断する上でも参考となり得るとの観点から,放射線起因性の判断基準の1つとして採用されたものである(証人BO)。 (イ)審査の方針では,初期放射線による被曝線量,残留放射線による被- 107 -曝線量,放射性降下物による被曝線量が定められているが,すべて外部被曝による線量であり,内部被曝線量を含まない(証人BO)。 (ウ)認定に際して用いることができる線量として,以下のものがある。 ①空気カーマ申請者の被曝した位置についての情報が得られれば て外部被曝による線量であり,内部被曝線量を含まない(証人BO)。 (ウ)認定に際して用いることができる線量として,以下のものがある。 ①空気カーマ申請者の被曝した位置についての情報が得られれば算出できる線量。 単位:グレイ。 ②遮蔽カーマ建物や地形による遮蔽を考慮した線量で,空気カーマをもとにして申請者が被曝時点でどのような建物(木造家屋あるいはコンクリート建築物など)の何階にいたか,あるいは地形などの情報を考慮して算出される線量。単位:グレイ。 ③臓器吸収線量人体自身の遮蔽効果を考慮した臓器の吸収線量で,遮蔽カーマに,被爆時の年齢,体位,身体の向きなどを考慮して算出される線量。単位:グレイ。 ④臓器等価線量ガンマ線と中性子線の生物学的な影響の違いを考慮した線量で,臓器吸収線量をもとに放射線の線質(放射線の種類やエネルギー)等による生物学的な効果(例えばRBE)の違いを表す放射線荷重係数を乗じて算出される線量。単位:シーベルト。 審査に際しては,申請事例毎の被曝線量として遮蔽カーマで評価するとともに,原因確率を求める際の,放射線に起因するリスクは,遮蔽カーマを用いて評価されている値を使用している。これは,申請された全ての事例について,被曝距離及び遮蔽の有無に関する情報が入手できるが,個々の事例毎に臓器吸収線量あるいは臓器等価線量を求めようとすると,被爆時の状況等に関するさらにかなり詳細な情報が必要となり,- 108 -全ての事例にこれらの詳細な情報の提供を求めることは現実問題として難しいからである。2つの設例について,平均的家屋透過係数,平均的臓器透過係数を使い,中性子の生物学的効果比を10として,遮蔽カーマで示した線量から求めた原因確率と,臓器等価線量から求めた原因確率とで,値にほとんど差が生じないとされた(乙15 屋透過係数,平均的臓器透過係数を使い,中性子の生物学的効果比を10として,遮蔽カーマで示した線量から求めた原因確率と,臓器等価線量から求めた原因確率とで,値にほとんど差が生じないとされた(乙15)。 ウ審査体制申請者は,都道府県に資料を添えて申請書を提出する。都道府県で,提出書類を一括整理し,原子爆弾被爆者医療審議会事務局である厚生省ないし厚生労働省の担当部局に送付する。事務局では,医系の技官を含む担当官の分かる範囲で資料をチェックして不足資料を取り寄せる。 その上で,必要に応じ,特に肝疾患,内分泌疾患,眼疾患,血液疾患については,専門別に委員が事前チェックを行い,再度資料の不備をチェックして追加資料を取り寄せたり,場合によっては主治医の意見書を取り寄せるなどする。 これらの準備を経た上で,原子爆弾被爆者医療審議会に申請が提出される。審議会は,平成11年当時で,年5回程度開催され,1回当たり5時間ないし5時間30分で,異議申立てを含めて70~80件を審査している。申請によっては短時間で決着がつくものもあるが,問題があれば1件あたり20分,30分議論することもあり,結論が出ずに次回審議会までに再度資料を求めることもある(以上につき,甲16,17,乙17)。 (13)原因確率に対する問題点の指摘米国のCWは,原因確率(probabilityofcausation)を「問題の曝露が原告の疾病の寄与原因になっている確率」と定義し,当該曝露がなかったならば,その疾病はもっと遅い時期に発症したか,あるいは全く発症しなかったといえるのであれば,当該曝露は原告の寄与原因であるとした上で,曝露の影響が疾病発生時期を促進するものであるときは,発生率割分(ratefra- 109 -ction)(RF=(曝露した場合の発症率-曝露しなかった場 該曝露は原告の寄与原因であるとした上で,曝露の影響が疾病発生時期を促進するものであるときは,発生率割分(ratefra- 109 -ction)(RF=(曝露した場合の発症率-曝露しなかった場合の発生率)/曝露した場合の発症率)は原因確率を過小評価する傾向があると論じている(甲128の1・2)。また,CX外「電離放射線障害に関する最近の医学的知見の検討」(平成13年度委託研究報告書,甲119)は,現在の原因確率を補償スキームに用いることの問題点として,①非特異的疾患における因果関係論の問題,②疫学データだけに基づいて個人の原因確率を評価することは不可能である。集団の平均値を個人にあてはめるには集団内の不均一性が問題とされる。原因確率の不確かさとして扱うこともできる。③発がんにおける放射線の関与の仕方によって異なる原因確率を与える。したがって,放射線発がんの生物モデルを前提にして初めて原因確率は評価可能であるといった点を挙げている(このほか,原告らは,原因確率論の問題点について様々主張しているが,これらの主張については,後に検討する。)。 起因性に関する検討(一般論)(1)起因性の立証責任被爆者援護法10条1項は,前記のとおり,医療給付の要件として,被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか,現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は上記負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性)を要するものとしている。 このように行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき因果関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常 起因性)を要するものとしている。 このように行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に,その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき因果関係の立証の程度は,特別の定めがない限り,通常の民事訴訟における場合と異なるものではない。 そして,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,- 110 -その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきであるから,放射性起因性についても同様の判定方法によることになる(最高裁判所平成12年7月18日第三小法廷判決・訟月48巻6号1467頁参照)。 以下においては,以上の観点から,放射線起因性を判断するための諸要素と,その評価について検討する。 (2)放射線起因性の検討,判断の基礎となるべき科学的知見,経験則ア被曝線量について(ア)DS86の意義DS86は,主に原爆による初期放射線を,原爆の炸裂から臓器に到達するまでをシミュレートしたもので,爆弾の出力,ソースタームの計算,放射線の空中輸送,空気中カーマ,遮蔽カーマ,臓器線量という各段階において,過去の核実験や広島原爆のレプリカなどの実測データを参照しながら検討が進められてきたものである。また,検討の各段階について,考えられる誤差を示した報告書が作成されており,誤差を含めたDS86全体としては,明白に不合理な点はない。その後,DS02が開発されたが,基本的な計算手法はDS02に承継されているのであって,DS86は,現在の科学水準からみても有益なものとして評価されるべきものであるといえるのであって,その科学的合理性を全面的に否 が開発されたが,基本的な計算手法はDS02に承継されているのであって,DS86は,現在の科学水準からみても有益なものとして評価されるべきものであるといえるのであって,その科学的合理性を全面的に否定するかのような原告らの主張に賛同することはできない。 しかしながら,DS86の理論計算部分は,あくまでも一定の仮定に基づくシミュレーション等によって得られた仮説なのであるから,手法の一般的合理性から直ちに,その結論の正当性を肯定することはできないのであって,その正当性は,実際に生じた結果とどの程度適合し,あるいは実際に生じた結果をどの程度合理的に説明することができるかによって判断されるべきものである。そして,この点から考えた場合,原- 111 -告らが指摘するDS86の問題点の中には,首肯すべきものが少なからず含まれているのであって,このことからすると,DS86を絶対視するかのような被告らの主張を採用することもできない。その理由は,以下のとおりである。 (イ)初期放射線についての問題点a実測値との不一致まず,ガンマ線について,DS86報告書によれば,広島原爆では,1000メートル以内で測定値が計算値より小さい一方,1000メートル以上の地点で,ガンマ線の熱ルミネッセンス測定値が計算値を上回っている。AVらの報告によれば,2050メートル付近の測定値が計算値の2.2倍程度であり,かつ,遠距離になるほど,測定値と計算値が乖離し,測定値/計算値の比率が大きくなると考えられる。 このことは,DS02において,広島原爆の出力を高めたことからも,裏付けられる(もっとも,DS02においても,誤差が縮小したとはいえ,完全な誤差の解消には至っていない。)。 次に,速中性子について,DS02報告書によれば,広島におけるニッケル63の測定値は,広島大学( られる(もっとも,DS02においても,誤差が縮小したとはいえ,完全な誤差の解消には至っていない。)。 次に,速中性子について,DS02報告書によれば,広島におけるニッケル63の測定値は,広島大学(DS02における距離1470メートル)で測定値がDS86計算値の1.52±1.41倍とされており,依然として乖離は解消されていない(ちなみに,DS02計算値は実測値との乖離が更に拡大している。)。しかも,以上の数値は,数値がほとんど変わらない爆心地から1880メートルの試料の測定値と,同5062メートルの試料の測定値の重み付け平均値をバックグラウンドとして用いたものであるため,結果的に爆心地からの距離1880メートルでの試料の測定値と同じ値をバックグラウンドとして差し引いたのと同様の結果となっているところ,同報告書においても,ニッケル63については採用したバックグラウンド値は銅試- 112 -料中の宇宙線によるニッケル63の計算値から説明できないとされているし,爆心地から5062メートルでの試料の測定値の誤差は非常に大きく,バックグラウンドとして差し引くべき値がより低いものである可能性は否定できず,そうであるとすると実測値と計算値の乖離は一層拡大することになる。 また,DS86見直しの契機となった熱中性子について,DS02報告書では誤差が解消されたとされているものの,コバルト60及びユーロピウム152の測定値からは,広島では爆心地から1300メートル以遠では測定値が計算値を上回る傾向が依然として払拭されていない。バックグラウンドとして大きな値を採用すれば,このような不一致を解消することができるであろうが,DS02報告書によっても,環境中性子の3分の1がユーロピウム152の生成に寄与したと仮定し,環境中性子によるユーロピウム152の寄与 採用すれば,このような不一致を解消することができるであろうが,DS02報告書によっても,環境中性子の3分の1がユーロピウム152の生成に寄与したと仮定し,環境中性子によるユーロピウム152の寄与分2×10Bq-5/mgを使用した理論的根拠は明らかではなく,ユーロピウム152に関して計算値の正確性が裏付けられたとは評価しがたい。 b以上によれば,DS02による再検証を経た後も,初期放射線量に関する計算値と測定値の関係については,広島原爆において,1300メートルないし1400メートルを超える遠距離で測定値が計算値を上回る傾向にあり,その誤差は,遠距離になるほど拡大するという問題点は,相当程度改善されたとはいえ,完全には払拭されていないものといわざるを得ない(長崎原爆については,1300メートル以上離れた地点の測定値に乏しく,明らかな不一致は認めがたいが,同一のシステムが利用されている以上,同様の傾向が認められる可能性がある。)。そして,DS02報告書は,バックグラウンド線量を見直すことにより,誤差が許容範囲内にとどまるものと評価できることを強調しており,これは,1つの考え方であるとはいえるものの,ニ- 113 -ッケル63やユーロピウム152の場合のように,DS02報告書自体において,新たに採用されたバックグラウンド線量の合理性になお検討の余地があるとされているものも存在することからすると,誤差の問題を,バックグラウンド線量の見直しによってすべて説明することができるかどうかにも疑問の余地があるのであって,線量評価システムそのものについて,更に改善すべき点が残されている可能性も否定し去ることはできないものというべきである。 したがって,DS86による初期放射線量の評価については,1300メートルないし1400メートル以遠にお ついて,更に改善すべき点が残されている可能性も否定し去ることはできないものというべきである。 したがって,DS86による初期放射線量の評価については,1300メートルないし1400メートル以遠において,線量を過小評価している可能性があるという問題点は,現段階においてもなお完全には払拭されていないものというべきであり,被爆者の実際の被曝線量を評価するに当たっては,この点を考慮する必要があるものと考えられる。 (ウ)残留放射能についての問題点(内部被曝を含む。)a広島原爆,長崎原爆とも,原爆投下直後から残留放射能についての調査がなされたものの,誘導放射能及び放射性降下物について,十分な実測値が得られておらず,ある程度本格的な調査がなされたのは昭和20年9月17日の台風の後である。 DS86報告書自体,主たる内容は初期放射線による外部被曝線量の推定であって,残留放射能については1章を割くにとどまっており,しかも,その内容も,風雨の影響がある以前に速やかには測定されず,風雨の影響や放射能の時間分布を明らかにするのに十分なほどは繰り返されなかったこと,測定場所が少なく放射能の地理的分布を十分推定できなかったこと,標本の偏りの有無も不明であることなどを明記した上での検討となっている。 b特に,放射性降下物については,気象学的情報に基づくモデル化が- 114 -困難であることから,限られた核種についての現存する測定値から,風雨の影響に対する補正をせずに推定しているのであって,その計算値の正確性には自ずと限界があるものというべきであるから,これをもって放射性降下物による被曝線量の上限を画したものであるとはいうことには疑問がある(なお,黒い雨専門家会議報告書資料編では,広島における放射性降下物による外部被曝線量の推計がなされているが,この もって放射性降下物による被曝線量の上限を画したものであるとはいうことには疑問がある(なお,黒い雨専門家会議報告書資料編では,広島における放射性降下物による外部被曝線量の推計がなされているが,このようなシミュレーションはDS86においても断念された手法であって,その内容をみても,計算の各段階で,具体的な根拠の明らかでない仮定や補正がなされており,そのまま採用することはできない。)。 そして,DS86及びこれに基づく審査の方針は,放射性降下物による影響が現実的に認められるのは,広島の己斐・高須地区,長崎の西山地区のみとするのであるが,これらの地区で放射性降下物による線量が高い傾向は窺えるにせよ,それ以外の地区でゼロであるとはいえない。 むしろ,放射性降下物の生成過程,すなわち,原爆炸裂後,爆弾内部の核分裂生成物,未分裂の核分裂性物質,誘導放射化された原爆の器材物質がキノコ雲を構成しており,キノコ雲の周辺部では下降気流が支配的であることからすると,論理的には,広島の己斐・高須地区,長崎の西山地区以外の周辺部にも,放射性物質が降下した可能性があるといえる。このことは,昭和20年8月11日の大阪調査団の初期調査で,宇品(甲8の1によれば,爆心地の南南東3ないし5キロメートル)で八丁堀(爆心地の東0.5ないし1キロメートル)と同程度の放射線が観測されている一方,己斐地区内でも自然放射線以上の放射線が測定されなかった箇所もあること(甲78資料14),同月9日ころにAEらが爆心から5キロメートル以内で採取した試料22- 115 -個について,AWらがセシウム137の放射能の精密測定を行ったところ,爆心から1~1.2キロメートルより外側で放射能が検出され,サンプル11(爆心地の北方3600メートル),同25(爆心地の東方3000メートル)など セシウム137の放射能の精密測定を行ったところ,爆心から1~1.2キロメートルより外側で放射能が検出され,サンプル11(爆心地の北方3600メートル),同25(爆心地の東方3000メートル)などでも放射能が検出されたこと(甲169)からも窺え,場所による濃淡はあるものの,広島の己斐・高須地区,長崎の西山地区以外にも,周辺部の広い地域に放射性物質が降下した可能性があると考えるのが合理的である。 以上のとおり,放射性降下物の影響が認められる地区は,広島の己斐・高須地区,長崎の西山地区に限定されるとすることに十分な根拠があるといえるかどうかには疑問があるものというべきであるが,それに加え,これらの地区における放射性降下物による被曝線量の算定についても,疑問の余地があるものというべきである。すなわち,被告らは,爆発1時間後から無限時間までの地上1メートルの位置での放射性降下物によるガンマ線の積算線量は,広島の己斐・高須地区で0.006ないし0.02グレイ,長崎の西山地区で0.12ないし0.24グレイであったと主張するが,その根拠となっているDS86報告書の計算値は,昭和20年9月17日ころの台風の影響を考慮してないことを始めとして,様々な留保が付された上での数値にすぎないことを軽視したものと評さざるを得ない。具体的には,DS86報告書(乙16)によれば,長崎の西山地区における放射性降下物の直接測定は,最も早いALの調査で昭和20年9月21日であるし,セシウム137の土壌分析に用いられた試料は原爆投下から10年以上後に採取されたものである。広島における直接測定は,最も早いAHとAIの調査でも,昭和20年9月24日と推定されている。これらはいずれも原爆投下直後の放射性降下物の量を推定する根拠としては十分なものといえるかどうかは疑問といわざ おける直接測定は,最も早いAHとAIの調査でも,昭和20年9月24日と推定されている。これらはいずれも原爆投下直後の放射性降下物の量を推定する根拠としては十分なものといえるかどうかは疑問といわざるを得ないのである。 - 116 -cまた,誘導放射能についても,初期放射線の線量から推定計算がなされているものの,半減期の短い核種を対象とする早期の直接測定はなされておらず,早期の入市者の被曝線量が推定値より大きかった可能性がないわけではない。 人体の誘導放射能についても,限定された測定方法及び試料によるものではあるが,AFらの生体誘導放射能の調査によれば,特に被爆間もない時期には強い放射能を帯びていた可能性があり,これと異なる報告も見出しがたいから,残留放射能による被曝の原因として無視してよいかどうかには疑問が残る。 dさらに,内部被曝について,ガンマ線及び中性子線以外にアルファ線及びベータ線が影響すること,外部被曝と比べ至近距離からの被曝となり人体への影響が大きいことを理論的に否定し去ることはできない。 また,残留放射能による内部被曝について,長崎大学のARらの測定結果があるが,これは原爆から20年以上経過した昭和44年において,セシウム137を測定したにすぎず,半減期の短い核種を含めた原爆投下時からの被曝線量の上限を示したものとは考え難い。 被告らは,内部被曝を評価する上で着目すべき放射性核種はセシウム137とストロンチウム90であると主張するが,内部被曝に関する意見書(乙94)によれば,核分裂生成物のうち「昭和40年の時点ではストロンチウム90とセシウム137以外のほとんどの核種は減衰しており,長期間の内部被曝を評価する上で着目すべき放射性核種はこれらストロンチウム90とセシウムと考えられる」とされており,被爆直後からの内部 チウム90とセシウム137以外のほとんどの核種は減衰しており,長期間の内部被曝を評価する上で着目すべき放射性核種はこれらストロンチウム90とセシウムと考えられる」とされており,被爆直後からの内部被曝全体の評価にあたって,ストロンチウム90とセシウム137以外の核種を無視できる根拠は見出しがたい。 また,誘導放射化により生ずる核種の半減期はより短いが,同様に直- 117 -ちに無視してよいものとはいえない。 被告らは,体内に取り込まれた放射性核種が代謝過程を経て排出され,かかる生物学的半減期を考慮すれば,体内の放射能が半減する有効半減期はより短いとも主張とするが,新たに体外から取り込まれるものも考慮すれば,生物学的半減期をそのまま評価してよいとはいえない。 また,広島原爆においてアルファ線の原因となる未分裂のウラン235は具体的に計測されておらず,被告らは気化したウラン235は大気中に拡散し希釈されて流れ去ったと主張するが,核分裂生成物が降下していることから考え,ウラン235のみ流れ去ったと解する理由は見出しがたい。原爆投下直後の限られた調査方法やその後の台風による流出を考えれば,未分裂のウラン235が検出されていないことから直ちに,ウラン235が降下しなかったとはいえない。 他方,長崎原爆について,被告らは未分裂のプルトニウムの存在は否定しないが,極微量で健康影響を考えるには至らないことが証明されていると主張するが,その根拠とすることは,プルトニウムの農作物への移行因子がセシウムの100分の1ないし200分の1とされていることであり,摂水,経鼻,経皮等,食物以外からの摂取方法を考慮したものではなく,被告らの上記主張もまたにわかに採用しがたい。 eしたがって,DS86報告書における推定値は,残留放射線による外部被曝の評価に用いる ,経鼻,経皮等,食物以外からの摂取方法を考慮したものではなく,被告らの上記主張もまたにわかに採用しがたい。 eしたがって,DS86報告書における推定値は,残留放射線による外部被曝の評価に用いるとしても,不十分であり,内部被曝も含めた残留放射線の影響全体の上限を画するものであるとはいえない。 (エ)小括以上の検討結果をまとめると,次のとおりである。 まず,DS86による線量評価には,相応の合理性が認められるもの- 118 -というべきであるから,被爆者の被曝線量を推定するのに当たり,これが参考資料の1つとなることは否定し難い。 しかしながら,その評価結果に限界があることも既に指摘したとおりであって,改めて整理すれば,①初期放射線量の評価については,遠距離において過小評価になっている可能性を否定し去ることはできないし,②放射性降下物については,DS86による推定以上にその影響が及んでいる可能性があり,③誘導放射能についても,DS86の推定以上の影響が及んでいた可能性を否定できない上,人体の誘導放射能等,DS86において考慮の対象となっていない態様による被曝の可能性も否定し去ることができず,④内部被曝についても,これを考慮する必要がないものと断定してしまえるだけの根拠があるかどうかは疑問であるといわざるを得ない。 このように考えていくと,広島,長崎の被爆者に,DS86による計算値を超える被曝が生じている可能性がないと断定してしまうことはできないのであって,DS86による線量評価の合理性は,被爆者に生じた急性症状等を合理的に説明することができるかどうかという観点からも検証する必要があるものというべきである。別の言い方をすれば,客観的な資料に基づく合理的な判断として,放射線による急性症状等が生じていると認められる事例が存在するのであれ るかどうかという観点からも検証する必要があるものというべきである。別の言い方をすれば,客観的な資料に基づく合理的な判断として,放射線による急性症状等が生じていると認められる事例が存在するのであれば,その事実を直視すべきなのであって,それがDS86による線量評価の結果と矛盾するからといって,DS86の評価こそが正しいと断定することはできないものというべきである。 そこで,以下においては,上記のような観点から,急性症状の発生状況について検討を加えることとする。 (オ)遠距離被爆者,入市被爆者の急性症状a原爆投下から間もない時期に実施された日米合同調査団報告書,東- 119 -京帝国大学医学部の調査,長崎医科大学の調査を総合すると,少なくとも爆心地から3キロメートル程度以内で被曝した者には,爆心地からの距離に応じて,放射線被曝による急性症状と解しうる症状が生じていることが認められる。このことは,BRの調査,BTらの報告,被団協の2003年入市被爆者・遠距離被爆者調査,BBらの報告,BZらの報告など,その後の複数の調査結果からも,裏付けられる。 bこれらの急性症状と解しうる症状のうち,特に脱毛については,上記各調査において,爆心地からの距離が近いほど発症率が高い傾向があることが,また,日米合同調査団報告書,東京帝国大学医学部の調査,長崎大学のBZらの報告等において,遮蔽なしの場合が遮蔽ありの場合より脱毛の頻度が有意に高いことが,それぞれ報告されているのであって,これらの事実は,放射線被曝が脱毛の原因になっていることを示すものと理解するのが素直である。現に,上記各調査は,いずれも脱毛と放射線被曝との間に関連性があることを前提としているものと理解することができるし,平成10年に脱毛と放射線被曝との関係を再検証したBBの報告においても 素直である。現に,上記各調査は,いずれも脱毛と放射線被曝との間に関連性があることを前提としているものと理解することができるし,平成10年に脱毛と放射線被曝との関係を再検証したBBの報告においても,3キロメートル以遠において生じた脱毛については,放射線被曝以外の原因が関与している可能性を指摘しているものの,3キロメートル以内において生じた脱毛については,放射線被曝によるものとしているのである。 被告らは,遠距離被爆者や入市被爆者に生じた脱毛は,むしろ他の原因によるものと考えるべきであると主張するところ,脱毛には,自然脱毛と呼ばれるものがあり,また,円形脱毛症,休止期脱毛症は,精神的ストレスから発症する場合もあるとされている。しかしながら,原爆被爆者における脱毛と精神的症状についてはそれぞれ検討がなされているが,原爆投下から60年以上経過した現在まで,急性症状の中でも脱毛が最も信頼できる報告とみなされているのに対し(甲22- 120 -6),原爆被爆者における脱毛が精神的症状に起因することを裏付ける報告,原爆被爆者の脱毛調査の対象者に実際には円形脱毛症等の症例が含まれていたことを裏付ける報告,あるいは通常爆弾による大規模空襲被災者における脱毛の出現を示す報告はなされていない。そして,何よりも,他原因による脱毛の発生率が,爆心地からの距離や遮蔽の有無によって左右されるというのは不自然といわざるを得ないのであって,被告らの主張を採用することはできない。 また,東京帝国大学医学部の調査で,脱毛と同様に他疾患に由来する症状の混在が比較的少ないとされている,皮膚溢血斑及び壊疽性又は出血性口内炎症についても,脱毛と同様に爆心地からの距離や遮蔽の有無との相関関係が認められる上(日米合同調査結果等),放射線以外の事由に起因することを裏付ける報告も ている,皮膚溢血斑及び壊疽性又は出血性口内炎症についても,脱毛と同様に爆心地からの距離や遮蔽の有無との相関関係が認められる上(日米合同調査結果等),放射線以外の事由に起因することを裏付ける報告もなされていないことからすれば,放射線被曝によるものと考える十分な根拠があるものと認められる。また,東京帝国大学医学部の調査によれば,悪心嘔吐も,これらと同様に,放射線被曝との関連性があると考えられる。 これに対し,上記調査では,発熱,下痢,食思不振及び倦怠感は,他疾患の混在を思わせるとされている。しかしながら,原爆被爆者において非被爆者と比較して特に伝染性疾患が蔓延していたことを認めるに足りる証拠はなく,逆に陸軍軍医学校の報告によれば,下痢患者が多発したにもかかわらず,約200名中1名しか赤痢菌が検出されなかったとされている。また,熱中症は,意識障害を伴うような重度のものを除けば,涼しいところで安静にして水分や電解質を補給する程度で回復が見込めるのであるから,熱中症の際の発熱が放射線による急性症状として診断されるとはにわかに考えがたい。また,BQらの報告によれば,被曝後に生じ,以後8年間引き続いて,あるいは断続して存在し,各人がはなはだ苦痛としている訴えないし症状に限定- 121 -して,爆心地から1.5ないし2.0キロメートルの地点で集団被曝した者の4割以上が全身性疲労を訴えているというのであって,過労や熱中症に伴う一過性の疲労感・脱力感と異なる症状が原爆被爆者に高率で発現している(甲84,85の1)。このことからすると,急性症状についての調査における倦怠感も,単なる疲労感,脱力感とは異なるものであったと考えられる。 したがって,原爆被爆者にみられた急性症状と解しうる症状のうち,脱毛,皮膚溢血斑及び壊疽性又は出血性口内炎症などは,概ね 査における倦怠感も,単なる疲労感,脱力感とは異なるものであったと考えられる。 したがって,原爆被爆者にみられた急性症状と解しうる症状のうち,脱毛,皮膚溢血斑及び壊疽性又は出血性口内炎症などは,概ね放射線によるものであったと考えられる上,発熱,下痢,食思不振及び倦怠感等も,放射線の影響によるものである可能性は否定しがたい。そして,遠距離被爆者にこれらの急性症状が見られることは,遠距離被爆者であっても健康状態に影響を与える程度の被爆をした者が存在することを疑わせるに足りる事実であるというべきである。 c次に,入市被爆については,BR医師の調査によれば,非被爆者においても,原爆投下から1ヵ月以内に,爆心地から1キロメートル以内の地域に入り,10時間以上滞在した場合に,急性症状が発現し,直接被爆者においても入市の有無が急性症状発症率に影響を与えていることが報告されている。 また,広島市による調査(残留放射能による障害調査),被団協の2003年入市被爆者・遠距離被爆者調査,賀北部隊に関する調査,BXらの報告などからも,入市時の被爆のみを原因とする急性症状の発生が報告されている。このうち,広島市による調査では,周辺部(爆心地から2キロメートル弱~4キロメートル)で活動した忠海基地からの救援隊員を含め,原爆投下から間もない時期に入市して救護活動を行った者のほとんど全員に白血球数減少等の症状が生じていることが示されている。 - 122 -さらに,BSの報告では,原爆爆発後4日から7日までの入市者で,白血病の発現率が高くなったとされていることや,被爆状況の詳細は不明であるものの,広島原爆投下時に松江市におり,1週間後に広島市に入市し,1週間焼跡を捜索した女性が,紫斑,吐血,脱毛という放射線による急性症状である蓋然性が高い症状を呈した後,死亡した の詳細は不明であるものの,広島原爆投下時に松江市におり,1週間後に広島市に入市し,1週間焼跡を捜索した女性が,紫斑,吐血,脱毛という放射線による急性症状である蓋然性が高い症状を呈した後,死亡した例がみられることから,原爆投下から入市まで日がある場合にも,残留放射能の影響を受ける可能性があったと考えられる。 これらの諸報告は,直接被爆者以外の者が広島,長崎に入市した場合であっても,その時期や,入市した際の活動範囲(爆心地からの距離),活動期間によっては,残留放射能の影響により,急性症状を呈し得るほどの放射線被曝を受けた可能性があることを示しているものというべきである。 d以上のとおり,先に掲げた被爆者に対する数々の調査報告を踏まえると,遠距離被爆者,入市被爆者のいずれについても,放射線に起因する急性症状が現れていたものと判断することには十分な合理性があるものというべきである。そして,この結論は,DS86による線量評価とは整合するものではないが,先に検討したDS86の問題点に照らしてみれば,その原因は,むしろDS86の側にある可能性も十分にあり得るものというべきであり,少なくとも,DS86の線量評価を根拠として,被爆者に生じた急性症状が放射線に起因するものではないと断定することは到底困難であるといわざるを得ない。そうすると,放射線起因性の判断に当たっては,遠距離被爆者,入市被爆者にも放射線に起因する急性症状が発症した事例があること,したがって,遠距離被爆者,入市被爆者の中にも,相当程度の放射線被曝をした者が存在することを念頭に置く必要があるものというべきである。 被告らは,急性症状を生じる被曝線量は最低でも1グレイ以上であ- 123 -るところ,遠距離被爆者や入市被爆者にそれほど高レベルの被曝線量があったと考えることは放射線学の るものというべきである。 被告らは,急性症状を生じる被曝線量は最低でも1グレイ以上であ- 123 -るところ,遠距離被爆者や入市被爆者にそれほど高レベルの被曝線量があったと考えることは放射線学の常識に反すると主張する。しかしながら,DS86による線量評価が,これらの被爆者の急性症状を否定する十分な根拠とはなり得ないことは既に指摘したとおりであるし,被告ら提出の証拠(例えば乙第9号証)においても,1グレイ未満の被曝線量であっても数パーセント程度の者には脱毛が発生していることが認められることなどからすれば,被曝線量が1グレイを超えなければ急性症状が発症するはずがないという推論も,常に妥当するものであるのかどうかは疑問である。そもそも,原爆による放射線被曝は,その後,同様の被害が再現されたことのない特異なケースであることからすれば,これを一般的な放射線事故の場合と同列に扱えるかどうか自体疑問であって,いずれにせよ被告らの主張を採用することはできない。 被告らはまた,戦後間もなく実施された調査は,脱毛といっても,どの程度の症状を念頭において調査したものかも判然とせず,非曝露群との比較をしたものでもなく,内容をみても疫学的,統計学的な分析を踏まえたものではないなどと主張するところ,確かに上記調査報告は,現在の疫学調査の水準に照らしてみれば,不備な点があることは否定し難い。しかしながら,原爆を投下した米国の研究者も参加した日米合同調査報告書を含め,複数の報告が同じ傾向の示す内容となっており,これらの報告と矛盾する報告の存在も証拠上認定できない。 また,非曝露群との比較をしていないことから,発症率の値等の細かい数値の正確性については検討すべき点はあるもの,それぞれの調査において,爆心地との距離や遮蔽状況毎に分析した発症率の差からは,放射線被 た,非曝露群との比較をしていないことから,発症率の値等の細かい数値の正確性については検討すべき点はあるもの,それぞれの調査において,爆心地との距離や遮蔽状況毎に分析した発症率の差からは,放射線被曝との関連性を読みとることができる。さらに,東京帝国大学医学部の調査をみても,当時の研究者が調査手法に由来する誤差発- 124 -生の可能性を自覚した上で,報告をしていたことが窺える。そして,これらの調査結果は,BBらの報告,BZらの報告といった,多数の母集団を対象として,調査方法を具体的に明らかにした近時の報告の内容とも,同じ傾向を示している。したがって,これらの調査結果から一定の傾向性を読みとることは十分に可能だというべきであり,被告らの主張を採用することはできない。 被告らはまた,当時の栄養状態,衛生環境,疲労,ストレスなど,放射線以外の脱毛の原因についても主張するところ,たしかに,急性症状が見られた遠距離被爆者及び入市被爆者については,疲労,精神的打撃等放射線以外の要因の寄与の可能性も考えられないわけではない。しかし,これら他原因から,爆心地との距離や遮蔽状況に応じて発症率に差が出ていることを矛盾なく説明することは困難であり,被告らの指摘する原因は,1つの考慮要素にはなり得るとしても,脱毛の主要な原因であるとは考えがたい。 (カ)その他の関連事項急性症状と後障害との関連ついての疫学的研究では,関連性に肯定的な報告と否定的な報告があり,急性症状の発症の事実からただちに後障害の放射性起因性を肯定することはできないが,急性症状の発生の事実は,現実に健康状態に影響を及ぼす程度の被曝の事実を裏付けるものであり,かかる放射線被曝が後障害の発生にも寄与している可能性が高いと考えられる。 このほか,昭和20年末までの急性期より後の時期に被爆者 ,現実に健康状態に影響を及ぼす程度の被曝の事実を裏付けるものであり,かかる放射線被曝が後障害の発生にも寄与している可能性が高いと考えられる。 このほか,昭和20年末までの急性期より後の時期に被爆者にみられた身体症状については,被団協の急性症状と現在までの入通院状況との関係を示す報告や,原爆放射線が免疫系に及ぼす影響についての仮説に照らすと,原爆放射線との相関関係がある可能性はある。しかし,前者については被爆から40年以上経過した時点での調査であってその信頼- 125 -性には限界があるであろうし,後者は未だ研究途上である上,一般的にいえば,被爆後の生活習慣等,原爆放射線以外の要因の影響も否定できないと考えられる。したがって,これらの身体症状については,被曝の事実を検討する際の参考事情にとどまるものと考えられる。 なお,放射性降下物による被曝に関連して,いわゆる黒い雨の雨域について議論がなされてきた。放射性降下物による残留放射能が観測された己斐・高須地区に降雨があり,また,黒い雨の生物への影響が報告されていることからみて,黒い雨の中に放射性降下物が含まれていた可能性はあるものの,原爆投下後の火災の灰等放射性物質以外のものが含まれていたものもあり得る。また,降雨がなくとも火災発生前に黒い灰の降下が見られたり,残留放射能が測定された地域もあることからみて,黒い雨は,放射性降下物による被曝の可能性を窺わせる事象の1つにすぎず,ただちに放射性降下物による被曝の有無を示すものとは考え難いし,黒い雨が降らなかった地域で放射性降下物による被曝がなかったともいえないと考えられる。 イ原因確率について(ア)被告の審査の方針では,DS86による推定線量のほか,放影研のLSS及びAHSから得られたデータを利用した「放射線の人体への健康影響評価に関 もいえないと考えられる。 イ原因確率について(ア)被告の審査の方針では,DS86による推定線量のほか,放影研のLSS及びAHSから得られたデータを利用した「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」に基づき原因確率を算定している。 そして,放影研のLSS及びAHSは,多数の被爆者を対象とした継続的調査であり,他にこれと匹敵する規模のもののない,重要な研究であり,これを踏まえて算定された寄与リスク(したがって,それに基づく原因確率)は,ポアソン回帰分析による内部比較法を採用した点を含めて,一般的合理性を有する統計的手法によって算出されたものであって,一応の合理性を有するものであるというべきである(この点に関し,原告らは,対照群として非曝露群を用いない手法には,およそ合理性が- 126 -ないとするかのような主張もしている。しかしながら,内部比較法も,統計処理の手法として一般的合理性を有するものと認められていることは明らかなのであるから,このような手法を採用したことにおよそ合理性がないということはできない。また,前認定の事実によれば,LSS及びAHSにおいても,当初は,非曝露群を設定し,それとの比較を行っていたところ,曝露群である被爆者と,非曝露群との集団としての同質性が保たれているかどうかに疑義が生じたことから,次善の策として内部比較法が採用されるに至ったことが認められるのであって,このような経緯からすれば,単に原因確率の算定に当たって,非曝露群を設定し,それとの対比をするとの手法が採られていたとしても,今度は,曝露群と非曝露群との同質性について様々な問題点が指摘されるに至った可能性は十分にあり得るものと考えられるのである。要するに,本件の事案において,疑義の入る余地のない完璧な統計処理の手法はあり得ないし,それはやむを得 同質性について様々な問題点が指摘されるに至った可能性は十分にあり得るものと考えられるのである。要するに,本件の事案において,疑義の入る余地のない完璧な統計処理の手法はあり得ないし,それはやむを得ない事柄であるといわざるを得ないのであり,一般的合理性を問題とするよりは,採用された手法の限界を十分に考慮した上で判断をしていく方が生産的であると考えられる。)。 (イ)したがって,審査の方針が採用した原因確率は,放射性起因性の判断に当たって,重要な考慮要素の1つとなり得ることは肯定すべきであるが,その一方,原因確率は,あくまでも,統計的処理に基づき,近似計算を行って算出されたものにとどまるのであるから,そのような処理手法そのものや,処理の前提となっている仮定に由来する限界等があり得ることもまた当然であって,これを疑義の余地のないものとして取り扱うことにも問題があるといわざるを得ない。そして,原因確率を巡る問題点としては,以下のような点を指摘することができる。 a第1に,原因確率は,本来的には集団の中における傾向を示す概念であって,個々の被爆者の放射性起因性の有無を示す概念ではない- 127 -(この点は,証人BOも明確に認めているところである。)。例えば,原因確率が10パーセントであるということは,同一の状況にある者のうち10パーセント,すなわち10人に1人は放射性起因性が認められるということであり,本件に即してより具体的にいえば,性別を同じくし,被曝時年齢,被曝線量を同じくする者10人が,一定の疾病に罹患した場合,そのうち1人には,ほぼ間違いなく放射性起因性が認められるということであって,現存する被爆者の数を考えれば,これは決して無視し得る割合であるとは考えられない。しかしながら,原因確率のみを問題にしている限り,どの被爆者に放射 いなく放射性起因性が認められるということであって,現存する被爆者の数を考えれば,これは決して無視し得る割合であるとは考えられない。しかしながら,原因確率のみを問題にしている限り,どの被爆者に放射性起因性が認められるのかを判断することは不可能なのであって,結局は,個々の被爆者の個別的事情を判断してくほかはないのである。 また,原因確率の前提となっている寄与リスクは,あくまでも疾病の発生数を問題としているのにとどまり,疾病発生の時期は考慮されていないのであるから,放射線が疾病発生の促進要因となっている場合,それを寄与リスクによって捉えることはできない。このことは,既に指摘したCWが問題にしていたところであるばかりではなく,BO証人も,一般的にはそのような問題点があり得ることを認めているのであって,この点も考慮する必要があるものと考えられる。 b第2に,LSSも,AHSも,過去の傾向を調査したものなのであるから,これによって将来の傾向をすべて予測することが可能であると考えることにも問題がある。現に,ABCC及び放影研の各種報告書をみていくと,調査期間の拡大につれ,放射線被曝と関連する疾病が増え,被曝の影響が明らかになる傾向が認められるのであるから,現段階において,放射線被曝との因果関係が確立されていない疾病であったとしても,それには放射線起因性が認められないと即断してしまうことはできないのであって,当該被爆者の被爆状況や病歴等を慎- 128 -重に踏まえた上での判断が必要になるものと考えられる。 c第3に,LSS及びAHSによる調査内容や,寄与リスクの算定に当たって用いられた統計的手法からすると,原因確率の算定上は,低線量被曝者と位置づけられている者のリスクが過小に評価されている可能性がある。具体的に指摘すれば,次のとおりである。 寄与リスクの算定に当たって用いられた統計的手法からすると,原因確率の算定上は,低線量被曝者と位置づけられている者のリスクが過小に評価されている可能性がある。具体的に指摘すれば,次のとおりである。 (a)LSS及びAHSの調査において,被曝線量として考慮されるのは,初期放射線による外部被曝に限られている。したがって,被曝群全体について,そもそも残留放射線による被曝線量が算入されていない。ところが,遠距離被爆者や市内不在者のように,初期放射線による被曝線量が少ない者ほど,被爆直後の負傷が軽く,入市による被曝や,高線量被曝者の看護や遺体処理に伴う被曝の機会が多かったと考えられるのに,このような被曝線量は考慮されていないから,上記各調査において,低線量被曝者と位置づけられている者の中には,被曝線量が過少に見積もられている者が少なからず存在する可能性があることは否定し難い。 そして,現在採用されている内部比較法は,完全な非被曝者を対照群におかず,被曝者の内部比較により非被曝者のリスクを推定しているのであるから,上記のように入市被爆者や遠距離被爆者の被曝線量が過少に見積もられることにより,そうでない場合と比較して,非被曝者のリスクが高く見積もられ,その結果,被曝線量当たりの過剰リスクも低く算出されている可能性があることを否定できない。 被告らは,内部比較法の有用性や,放影研が内部比較法を採用した経緯について縷々主張するところ,当裁判所としても,内部比較法の一般的な合理性を否定するものではないが,同手法には,結果として過剰リスクが検出されにくい場合が生じるという限界が存す- 129 -ることもまた否定できないものと考える。 さらに,被告らは,推定被曝線量の絶対値が増加しても,被爆者が受けた実際の線量に依存する実際の事象は変化しないから,個 が生じるという限界が存す- 129 -ることもまた否定できないものと考える。 さらに,被告らは,推定被曝線量の絶対値が増加しても,被爆者が受けた実際の線量に依存する実際の事象は変化しないから,個人線量推定値が増加するならば,単位線量当たりのリスクが減少するだけであり,結果として個々の被爆者の過剰相対リスクや寄与リスクの値は変化しないとも主張する。しかし,全被爆者の推定被曝線量が同じ比率で増加する場合であれば,被告らの主張のように個々の被爆者の過剰相対リスクや寄与リスクの値が変化しないことも考えられるとしても,本件においては,被曝線量の過小評価に偏りがみられる可能性があることは上記のとおりなのであるから,上記主張をそのまま採用することはできない。 (b)放影研の調査は,昭和25年以降のものであるが,昭和20年からの5年間に相当数の被爆者が死亡したため,結果的に,放射線による影響を受けにくい被爆者が選択された結果,被曝によるリスクが低く算定されてしまっている可能性がある。LSS第13報では,がん以外の疾患による基準死亡率が,近距離被爆者においては遠距離被爆者の場合より著しく(15パーセント)低かったという極端な状態は,最初の20年間の終わりに概ね消失したとされているが,完全に解消されたわけではないことは同報告書から明らかである。 被告らは,現時点において原爆症認定を申請する被爆者は,昭和25年当時生存していたのであるから,リスク評価として「被爆者のうち昭和25年当時生存していた者」を対象とする調査結果を用いることに問題はないとする。しかしながら,このような選択的効果は,高線量被爆者の場合ほど強く働くことが予想されるから,高線量被爆者と低線量被爆者とで後障害の発症率の差が出にくくなり,- 130 -過剰リスクが低く算定されるお しながら,このような選択的効果は,高線量被爆者の場合ほど強く働くことが予想されるから,高線量被爆者と低線量被爆者とで後障害の発症率の差が出にくくなり,- 130 -過剰リスクが低く算定されるおそれは否定できないと考えられる。 (c)また,低線量被爆の場合に,高線量被曝の際には生じない機序を経て細胞や染色体が障害される例が報告されているところ,原爆被爆者においても同様の現象が生じている可能性があるが,内部比較法をとることにより,そのような場合に過剰リスクが検出されないおそれがある。 さらに,原爆被害の複合性に鑑みて,原爆がもたらした放射線以外の要因が複合して疾病が生じた場合に,放射線の影響のみを他と切り放し,疾病の放射線起因性を否定することが相当でない事例もあると考えられるところ,原爆被害を受けていない対照群が置かれていないと,かかる事例の存在をも考慮した上での放射線の影響を測定することができないおそれも否定できないと考えられる(甲74参照)。 (ウ)以上をまとめれば,原因確率は,放射性起因性を判断するための参考要素になり得るものではあるものの,原因確率に基づく判断にも一定の限界があることは否定できないのであるから,特に,原因確率が低いとされた事例に関しては,これを機械的に当てはめて放射性起因性を否定してしまうことは相当ではなく,個々の被爆者の個別的事情を踏まえた判断をする必要があるものと考えられる。 (3)起因性の判断手法について(以上のまとめ)以上の点に鑑み,当裁判所としては,本件各原告の疾病に関する放射性起因性の有無は,次のような観点から判断すべきものであると考える。 一般に,疾病の発生の過程には様々な要因が複合的に関連するのが通常であり,特定の要因から特定の疾病が生じる機序を逐一解明することは困難である。そして,放射 うな観点から判断すべきものであると考える。 一般に,疾病の発生の過程には様々な要因が複合的に関連するのが通常であり,特定の要因から特定の疾病が生じる機序を逐一解明することは困難である。そして,放射線に関しても,それが,がんをはじめとする各種の疾病の原因となり得ることについては,コンセンサスが成立しているとはいえる- 131 -ものの,放射線に特有の疾病や症状が存在するわけではない(少なくとも,現段階においては,解明されていない。)。したがって,放射性起因性の有無は,病理学,臨床医学,放射線学や,疾病等に関する科学的知見を総合的に考慮した上で,判断するほかはないわけであるが,これらの科学的知見にも一定の限界が存するのであるから,科学的根拠の存在を余りに厳密に求めることは,被爆者の救済を目的とする法の趣旨に沿わないものであって,最終的には,合理的な通常人が,当該疾病の原因は放射線であると判断するに足りる根拠が存在するかどうかという観点から判断をするほかはないものというべきである。 ところで,審査の方針は,放射性起因性が問題となっている被爆者ごとに,DS86に基づいて推定被曝線量を算出し,その結果に基づき問題となっている疾病が放射線に起因する確率(原因確率)を求めることを中核として,放射線起因性の有無を判断しようとしている。そして,DS86及び原因確率は,現段階における科学的知見に照らし,相応の合理性を有するものと評価すべきであることは既に指摘したとおりなのであるから,これらによって算出された数値は,放射性起因性判断に当たり参考資料となり得るものであり,これらを適用した結果,放射性起因性が認められる可能性が高いと判断されたものについては,そのとおり放射線起因性を認めることに不合理な点はないものと考えられる。 しかしながら,既に指摘した諸 であり,これらを適用した結果,放射性起因性が認められる可能性が高いと判断されたものについては,そのとおり放射線起因性を認めることに不合理な点はないものと考えられる。 しかしながら,既に指摘した諸点を考えると,DS86及び原因確率のいずれについても,限界があり,そこで求められた数値を全く疑義のないものとして取り扱うことはできない。特に問題となるのは,DS86及び原因確率の機械的な適用は,放射線のリスクの過小評価をもたらすおそれがあるという点である。すなわち,DS86の線量評価は,特に遠距離被爆者や入市被爆者の被曝線量を過小評価してしまうおそれがある上,DS86において考慮の必要がないとされている内部被曝についても,それを全く考慮する必- 132 -要がないといえるのかには疑問の余地がある。そして,推定被曝線量が過小評価されてしまえば,当然のことながら原因確率の適用上も,リスクが過小評価されるおそれが生ずることになる上,原因確率それ自体についても,リスクの過小評価の可能性があり得ることも既に指摘したとおりである。 このように考えていくと,DS86によって被曝線量が少ないと評価された者や,原因確率が低いと判断された被爆者について,これらの形式的な適用のみによって放射性起因性を否定してしまうのは相当ではないのであって,他の観点から,これらの推定値の妥当性を検証する必要があるものというべきである。具体的には,当該被爆者の被爆状況,被爆後の行動,急性症状の有無・態様・程度等を慎重に検討した上で,DS86による推定値を上回る被曝を受けた可能性がないのかどうかを判断し,更に,当該被爆者のその後の生活状況,病歴(健康診断や検診の結果等を含む),放射性起因性の有無が問題とされている疾病の具体的な状況やその発生に至る経緯などから,放射線の関与がなけれ どうかを判断し,更に,当該被爆者のその後の生活状況,病歴(健康診断や検診の結果等を含む),放射性起因性の有無が問題とされている疾病の具体的な状況やその発生に至る経緯などから,放射線の関与がなければ通常は考えられないような症状の推移がないのかどうかを判断し,これらを総合的に考慮した上で,合理的な通常人の立場において,当該疾病は,放射線に起因するものであると判断し得る程度の心証に達した場合には,放射線起因性を肯定すべきである。そして,このような場合,DS86や原因確率の値は,あくまでも総合的判断の一要素として考慮されるものであって,単にDS86や原因確率の値が低いということだけで放射線起因性を否定することはできないものというべきである。また,以上のことは,確率的影響ではなく,確定的影響が問題となる疾病におけるしきい値の適用や,現段階においては,審査の方針において放射性起因性が認められていない疾病についての判断においても,同様に考慮されるべき事柄である。 なお,原告らは,「がんのように放射性起因性が認められている疾病については,被爆者がその疾病に罹患した以上,特段の事情がない限り放射性起因性を肯定すべきである。」という趣旨の主張をしているが,このように,- 133 -放射性起因性の立証責任を転換してしまうかのような基準を設けることが許されるかどうかには疑問があるのみならず,「被爆者」の範囲をどのように考えるべきかや,「特段の事情」としてどのようなものを考慮するのか(例えば,加齢を特段の事情の1つと考えるのであれば,すべての被爆者について特段の事情が存することになりかねない)などといった点で疑問の余地があり,その主張を採用することはできず,あくまでも,上記のような総合判断に基づき,放射線起因性が認められるかどうかを問題にすべきものである 情が存することになりかねない)などといった点で疑問の余地があり,その主張を採用することはできず,あくまでも,上記のような総合判断に基づき,放射線起因性が認められるかどうかを問題にすべきものであると考える。 以下においては,以上のような観点から,個々の原告(一部は承継前原告)の放射線起因性の有無を検討することとする。 各原告についての検討(1)原告X1(原告番号1番)ア認定事実原告X1は,被爆当時20歳の男性である。 原告X1は,銀行に勤務した後,昭和20年3月に陸軍に入隊し,長崎原爆爆心地から約2キロメートルにある中之島の陸軍高射砲の陣地に配属された。 原告X1は,やせ気味であり,徴兵検査では第2乙種であったが,被爆前には健康で,リレーで一等賞になったこともあった。 原告X1は,被爆当日,上記陣地にて,B29の爆音により戦闘態勢につき,高射砲の1門の近くのたて穴に飛び込み,首を出して上空を見上げていたところ,閃光が走り,爆風によりその場にたたきつけられて,一瞬気を失った。気がつくと,衣服や靴にも着火しており,黄色い空気が周囲を急速に流れているような気がした。 間もなく,火傷のために,顔面が腫れ上がるのと,瞼が徐々にふさがれていくのを感じた。陸軍のトラックが来て負傷兵を収容したが,原告X1- 134 -も「重傷」と言われて,南山手の鍋冠山にあった陸軍兵舎のような建物に運ばれた。やがて,火傷のため目がふさがれて見えなくなり,多くの負傷者と一緒に寝かされていた。 8月23日ころ,佐賀陸軍病院分院に移ったが,その際,長崎の爆心地付近を徒歩で通り抜けた。翌日,川上温泉郷にあった陸軍の保養施設に移された。 このころ,火傷が化膿し,倦怠感,発熱,割れるような頭の痛み,下痢,嘔吐,脱毛(意識的に引っ張ると,ぼさっと抜けてくる状態が数日間あ で通り抜けた。翌日,川上温泉郷にあった陸軍の保養施設に移された。 このころ,火傷が化膿し,倦怠感,発熱,割れるような頭の痛み,下痢,嘔吐,脱毛(意識的に引っ張ると,ぼさっと抜けてくる状態が数日間あった。)があった。医師の診断を受けた際,白血球数の増加を指摘された。 9月になって,長崎県佐世保市相浦の姉の嫁ぎ先に寄宿したが,昭和20年末ころまで寝たり起きたりの生活を続けた。顔面の火傷は化膿が治まったものの真っ黒になり,昭和21年までその状態が続いた。また,昭和21年以降も,断続的な発熱,頭痛,倦怠感が持続した。 原告X1は,昭和21年4月ころ銀行に復職したが,昭和23年5月ころに職場で倒れ,高熱,頭痛,めまいが出て休まざるを得なかった。その際,近所の病院で診察を受けたが,医師からは手の施しようがないと言われた。 昭和27年ころ体調不良で銀行を退職し,駐留軍関係で働き,昭和33年から昭和42年までの間,短期間の事務作業に従事する合間に,日雇いで働くこともあった。このころまで,たばこは日常的に吸っていたが,酒はたまにたしなむ程度であった。 昭和42年に被爆者健康手帳を取得し,飲酒や喫煙を避けるなど節制に努めたが,その後も,貧血,頭痛,倦怠感があり,風邪が治りにくい,高熱がでるということがよくあった。 原告X1は,平成13年の定期健康診断で胃がんと診断され,同年12月に入院,平成14年1月に胃の切除手術を受けている(以上につき甲1- 135 -001,乙1001(枝番号含む。),原告X1本人)。 イ起因性(ア)原告X1は長崎原爆の爆心地から2キロメートルの屋外で被曝し,審査の方針によれば,原告X1の被曝線量は13センチグレイ,胃がんの原因確率は1.4パーセントを越えることはないとことになる。 (イ)しかしながら,前述のとおり,原告X1に メートルの屋外で被曝し,審査の方針によれば,原告X1の被曝線量は13センチグレイ,胃がんの原因確率は1.4パーセントを越えることはないとことになる。 (イ)しかしながら,前述のとおり,原告X1には,典型的な急性症状の1つであるとされている脱毛が生じているところ,その発症時期は,被爆後3週間程度であって,放射線による急性症状の一般的経過にも合致することや,他に脱毛の有力な原因として考えられるものも存在しないことからすれば,上記脱毛を,放射線による急性症状であると疑うことには合理的な根拠があるものというべきである。更に,いわゆる急性期に,倦怠感,発熱,頭痛,下痢,嘔吐等の急性症状と理解することも可能な症状が現れていること(これらの症状を,火傷を原因とするものと理解することは困難である。),健康体であったはずの原告X1が,被曝後は,通常程度の就労を行うこともできないほどの様々な症状に悩まされるようになっており,放射線被曝のほかに,その有力な原因として考えられるものはないこと等の事情からすれば,同原告の症状経過に照らしてみる限り,その健康状態に長期間の影響を与える程度の放射線被曝を受けた可能性があり得るものというべきである。 他方,原告X1の被爆地点は爆心地から2キロメートルの地点であるが,初期放射線による被曝線量が過小評価されている可能性があることは既に指摘したとおりである上,放射性降下物による外部被曝,内部被曝の可能性もあり,更に,陸軍兵舎のような建物の中で,多数の被爆者とともに収容されたことから,他の被爆者の衣服や身体に付着した放射性降下物や,誘導放射能に起因する被曝等が生じた可能性もあるのであるから,原告X1の被曝線量を13センチグレイ程度にどとまるものと- 136 -断定することはできず,上記のような症状を引き起こす程度の被 物や,誘導放射能に起因する被曝等が生じた可能性もあるのであるから,原告X1の被曝線量を13センチグレイ程度にどとまるものと- 136 -断定することはできず,上記のような症状を引き起こす程度の被曝を受けていた可能性はあり得るものというべきである。 (ウ)以上によれば,原告X1について,原因確率1.4パーセントという数値をそのままあてはめることはできないのであって,むしろ,相当程度の被曝をした者が胃がんを発症した事例であると評価すべきものであるところ,急性症状を発し得る程度の被曝を受けた被爆者が,その後も,放射線に起因すると考えられる体調不良が続く中で胃がんを発生させたという一連の経緯からすると,原告X1に生じた胃がんは,放射線に起因するものというべきである(なお,酒やたばこは,胃がんの原因となるほどのものであったかどうかは疑問であるし,他に胃がんの原因となるような要因があったことを認めるに足りる証拠も存在しない。)。 (エ)以上によれば,原告X1の胃がんは原爆放射線に起因したものと認められる。 ウ要治療性また,原告X1の疾病の種類,症状から,申請当時治療を要する状態にあったものと認められる。 (2)原告X2(原告番号2番)ア認定事実原告X2は,被爆時26歳の男性である。 原告X2は,昭和14年12月1日に軍隊に入隊し,昭和15年3月に戦地でマラリアに罹患したがその後完治し,昭和17年12月25日に満期で除隊した。その後,当時の安芸郡祗園町で生活をし,弾薬の製造に従事していたが,昭和20年1月21日に軍に再入隊した。被爆以前は健康状態に特に問題はなかった。 原告X2は,広島原爆炸裂時,広島市白島中町の兵舎内(爆心地から約1.8キロメートル)にいた。原告X2は,兵舎内南側の開放された窓際- 137 -(爆心地の方向に向い 状態に特に問題はなかった。 原告X2は,広島原爆炸裂時,広島市白島中町の兵舎内(爆心地から約1.8キロメートル)にいた。原告X2は,兵舎内南側の開放された窓際- 137 -(爆心地の方向に向いた窓際)で,窓に背を向けた形で立っていたとき,突然閃光が走り大音響が聞こえ,熱風により吹き飛ばされた。原告X2は,倒壊した兵舎の中からはい出して外に出ることができたが,爆風で吹き飛ばされた際,後頭部裂傷等を負っていた。 原告X2は,そこから白島北町北側にある工兵橋(爆心地から約2.1キロメートル)を渡り,太田川支流の土手に沿って神田橋方向へ歩いた。 そこからさらに東にある牛田町の演習場(爆心地から約3キロメートル)まで歩いていき,さらに演習場の東にある大きな欅の木近くまで行き,さらに歩いてきた道を引き返し再び兵舎に戻ることとした。工兵橋を渡ったころ,黒い雨を全身に浴びた。 原告X2は兵舎に戻り,再び工兵橋を渡り,土手沿いに神田橋の方へ向かい,歩くことのできる人々を引率して太田川の上流にある戸坂国民学校まで歩き,さらに深川国民学校まで歩いた。原告X2は,再び白島中町の兵舎に戻り,その北東にある山の麓(爆心地から2~3キロメートル)まで行き,その日はそこで野宿をした。 原告X2は,翌8月7日朝,深川国民学校に行き,さらにそれから横川町(爆心地から約1.5キロメートル)に行き,そこで1日被爆者の収容に当たった。 さらに,原告X2は,8月8日,白島中町の兵舎近くの太田川の中洲になっているところで,死亡した被爆者の火葬作業を行った。原告X2は,白島西町,白島中町,白島東中町(爆心地から約1.5~2.0キロメートル)に行き,倒壊した建物から材木集めを行った。粉塵がもうもうとする中の作業であり,体中が汗と埃で真っ黒になった。原告X2は,太田川の水を多量に摂 ,白島東中町(爆心地から約1.5~2.0キロメートル)に行き,倒壊した建物から材木集めを行った。粉塵がもうもうとする中の作業であり,体中が汗と埃で真っ黒になった。原告X2は,太田川の水を多量に摂取した。 原告X2は,8月9日から9月3日まで,牛田練兵場のトーチカ(爆心地から約2~3キロメートル)において兵器係の任務に従事した。原告X- 138 -2は,翌昭和21年12月まで,安芸郡祗園町で暮らし,そこから東洋工業株式会社まで通勤する生活を送った。 昭和20年9月3日に除隊したころから,強い倦怠感,耳鳴り,めまい,下痢の症状を示し,ときどき原因不明の発熱をすることもあった。原告X2の被爆時の左後頭部の傷は化膿し,9月になっても治らなかった。昭和35年に,健康診断において白血球減少症(白血球数2300)が認められ,暫くの間投薬治療を受けた。 原告X2は,平成11年,左腎がんが発見され,同年3月23日に手術を受け,その後,がんの再発防止等のため内服治療を受けている(以上につき甲1002,乙1002(枝番号含む。))。 イ起因性(ア)原告X2は広島原爆の爆心地から約1.8キロメートルの建物内で被爆しており,審査の方針によれば,被曝線量は15センチグレイに遮蔽係数0.7を乗じた10.5センチグレイを越えることはなく,左腎がんの原因確率は4.7パーセントを若干上回る程度(4.7~6. 9)ということになる。 (イ)しかしながら,広島原爆の初期放射線量については過小評価の可能性があることに加え,被爆当日には,爆心地から2ないし3キロメートルの地域を広範囲にわたって歩き回り,その間,黒い雨にもあたっていること,8月8,9日には,爆心地から約1.5ないし2.0キロメートル付近で,被爆者の収容,死体の焼却,材木集め等の作業をし,その際に太田川の 広範囲にわたって歩き回り,その間,黒い雨にもあたっていること,8月8,9日には,爆心地から約1.5ないし2.0キロメートル付近で,被爆者の収容,死体の焼却,材木集め等の作業をし,その際に太田川の水を多量に摂取し,その後も9月3日に除隊するまで爆心地から2ないし3キロメートルの牛田練兵場のトーチカで任務に従事していたことなど被爆後の行動からみて,放射性降下物及び誘導放射能による相当量の外部被曝ないし内部被曝を受けた可能性は十分にあり得るものと考えられる。 - 139 -さらに,健康体であったはずの原告X2の後頭部裂傷等の治癒が遅れたことは原爆放射線の影響が考えられる上,被爆後,倦怠感,耳鳴り,めまい,下痢及び発熱など,原爆放射線の急性症状である可能性のある複数の症状を示しており,これらの被爆後の身体状態全体からみても,原告X2が相当の放射線被曝を受けている可能性があることが裏付けられているものというべきである。 (ウ)ところで,原告X2が罹患した腎臓がん自体については,統計上,原爆放射線の影響が証明されるには至っていないものの,LSS第13報によれば,固形がん全体,多くの主要な固形がん及びその他の固形がんと原爆放射線との間に有意な関係が認められることから,他の主要な固形がんと同様,放射線が腎臓がんの発生に寄与している可能性は十分にあり得る上,原告X2の被爆前の健康状況や被爆後の生活環境等に照らして,原爆放射線以外に腎臓がんの原因となった事由の存在は窺えないことからすれば,同原告の腎臓がんは放射線に起因するものというべきである。 (エ)したがって,原告X2の左腎がんは原爆放射線に起因したものと認められる。 ウ要治療性原告X2の症状及びその後の治療の事実から,原告X2の要治療性は肯定できる。 (3)原告X4(原告番号4番) したがって,原告X2の左腎がんは原爆放射線に起因したものと認められる。 ウ要治療性原告X2の症状及びその後の治療の事実から,原告X2の要治療性は肯定できる。 (3)原告X4(原告番号4番)ア認定事実原告X4は,被爆当時17歳の男性である。 原告X4は,広島市金輪島で軍属として勤務しており,特に健康上の問題はなかった。 原告X4は,広島県高田郡向原町の自宅から職場に向かうため広島駅か- 140 -ら紙屋町経由の市電に乗り宇品港へ行く途中,御幸橋の手前の千田町三丁目付近(爆心地から約2キロメートル)にて,市電の中で被爆した。原爆の炸裂の瞬間,進行方向左側のつり革につかまって外を見ていたところ,青白い閃光が走り,顔に熱を感じ,間もなく失神して気を失った。 気がついた後に外へ出たが,周囲は,煤塵,埃によって暗かった。御幸橋のたもとまできて,川へ降りて眼を洗った。爆心地側は,暗く余り見えない状況であった。 その後,御幸橋を渡り,皆実町の専売公社の前,翠町,丹那を通り宇品線の線路まで行き,宇品線に沿って北上し,東段原の鉄橋を渡り,南蟹屋町を通過して(この間の行動範囲は,概ね爆心地から2ないし3キロメートルの地域に当たる。),午後3時すぎまでに矢賀駅に到達し,そこから午後4時すぎに救援列車に乗り自宅へ戻った。帰宅途中に,水道から漏れている水を飲んだ。 原告X4は,8月7日に金輪島に渡り,同月20日ころまで金輪島に送られてきた被爆者20名程度の世話をした。多くは重篤な火傷をしており,外見からは男女さえ見分けがつかない状態であった。このほか,死体焼却作業にも従事した。原告X4は,同月20日ころ,いったん自宅に帰った後,再び金輪島に渡り,9月20日すぎまで金輪島にいた。 原告X4は,9月20日ころ帰宅した後,徐々に体調が悪化し,脱毛,倦怠感, 作業にも従事した。原告X4は,同月20日ころ,いったん自宅に帰った後,再び金輪島に渡り,9月20日すぎまで金輪島にいた。 原告X4は,9月20日ころ帰宅した後,徐々に体調が悪化し,脱毛,倦怠感,食欲不振,鼻血,下痢があった。脱毛は1か月くらい続き,髪をすくと地肌が見えるような状態となった。また,倦怠感は,だるくて体の置き所がない,というものであり,このような状態は,昭和20年暮れころまで続いた。 原告X4は,被爆後,風邪が治りにくい傾向があり,さらに30歳ころに虫垂炎切除術を受けたが,その際,虫垂が紫色に大きく膨れた状態であり,医師は,原爆のせいだったんだろうかなどと言っていた。32歳ころ- 141 -に中耳炎となったが,その後も完治していない。 原告X4は,平成12年10月に前立腺がんの診断を受け,平成13年12月に前立腺の摘出手術を受け,その後も医学管理を要する状態にある(以上につき甲1004,乙1004(枝番号含む。),原告X4本人)。 イ起因性(ア)原告X4は広島原爆の爆心地から約2キロメートルの電車内で被爆し,審査の方針によれば,被曝線量は7センチグレイに遮蔽係数0.7を乗じた4.9センチグレイ,原因確率が1.7パーセントを超えることはないことになる。 (イ)しかしながら,初期放射線量が過小評価されている可能性があることは前述のとおりである上,原告X4は,被爆当日,爆心地から2,3キロメートルの地域を長時間にわたって徒歩で移動し,この間,放射性降下物や誘導放射能による外部被曝,内部被曝を受けた可能性がある上,その翌日から1か月以上の間,重傷の被爆者の介護や死体の処理にあたっていることからすると,被爆者の衣服や身体に付着した放射性降下物や誘導放射能に起因する被曝が生じた可能性もあるのであるから,同原告には相当量の被 か月以上の間,重傷の被爆者の介護や死体の処理にあたっていることからすると,被爆者の衣服や身体に付着した放射性降下物や誘導放射能に起因する被曝が生じた可能性もあるのであるから,同原告には相当量の被曝が生じた可能性は十分にあり得るものというべきである。 また,原告X4は,9月以降,脱毛,倦怠感を含め,典型的な放射線の急性症状を呈している。このうち,脱毛は比較的軽度のものであるが,被爆状況や発症時期,他に有力な原因が考えられないことなどからみて放射線の影響によるものと考えるのが合理的である。さらに,倦怠感等の体調不良は,救援作業終了から3か月ほど続き,通常の疲労や感染症とは考え難いことや,被爆前の原告X4が健康体であったことからすれば,これらの症状も放射線の影響によるものであった可能性があり,これらの事情も同原告に,相当程度の被曝があったことを裏付けるもので- 142 -ある。 (ウ)このように,原告X4は相当量の被曝を受け,急性症状を呈していたものと理解できるところ,その後も,虫垂の炎症状態の異常を指摘されるなど,通常とは異なる経過があった中で,前立腺がんに罹患したものである。そして,審査の方針においては,前立腺がんと放射線被曝との因果関係は未だ認められるに至っていないものの,固形がん全体の発生と放射線との関連や,前立腺がんは,遠距離・入市被爆者に多いとされていることなど,低線量被爆の場合を含め,放射線との関連を指摘する研究結果が存在することなどの事情を総合考慮すれば,原告X4の前立腺がんは放射線によるものというべきである。 (エ)したがって,原告X4の前立腺がんは,放射能により起因したものと認められる。 ウ要医療性原告X4は,前立腺全摘手術を受け,その後も医学管理を要する状態にあり(甲1004の3),要医療性があるといえる がって,原告X4の前立腺がんは,放射能により起因したものと認められる。 ウ要医療性原告X4は,前立腺全摘手術を受け,その後も医学管理を要する状態にあり(甲1004の3),要医療性があるといえる。 (4)原告X5(原告番号5番)ア認定事実原告X5は,被爆当時5歳の男子であり,被爆前は特別に病気にかかったこともなかった。 原告X5は,広島市白島九軒町官有3番地の自宅前の路上(爆心地から約2キロメートル)で被爆した。額にこぶができたが,土塀が閃光の遮蔽となり,火傷はなかった。自宅内で被爆した母は,両手と額に火傷を負い,倒壊した自宅の下敷きとなったため背中や手足にも負傷した。その後,原告X5は母や弟とともに自宅近くの防空壕に避難したが,中には多数の負傷者がいた。原告X5は,弟の看護のため外の防火用水に何度か布を濡らしに行き,その際,黒い雨にも打たれている。 - 143 -夕方になり,原告X5ら3人は防空壕を出て,工兵橋(爆心地から約2. 2キロメートル)近くにある,父の上司の家に行き,そこで泊まった。 翌日,父が迎えに来て,原告X5ら家族4人は,三篠橋(爆心地から約1.3キロメートル)を通り,横川を通過して,安佐郡伴町の親戚宅へ避難した。 原告X5が母から聞いた話では,被爆後は,他人と比べて非常に疲れやすい身体になり,異常なだるさでいつもごろごろと家で横になっていたとのことであった。昭和21年8月には,虫垂炎が腹膜に広がり大手術をしたが,医師から,化膿しやすい体質であったため,手術後の回復が遅れて治療に時間を費やしたと聞いた。その後は特に体調を崩すこともなく,健康に過ごしてきた。 母は,親戚宅に避難してしばらく,発熱と傷の化膿で苦しんだ。 原告X5は,昭和62年,47歳のとき,左腎臓の腫瘍が発見された。 摘出手術を受けたが,退院後,次第 を崩すこともなく,健康に過ごしてきた。 母は,親戚宅に避難してしばらく,発熱と傷の化膿で苦しんだ。 原告X5は,昭和62年,47歳のとき,左腎臓の腫瘍が発見された。 摘出手術を受けたが,退院後,次第に体調が悪化し,歩くのさえ辛い状況となった。 原告X5が調査した範囲では,身内にがんになった者はいなかった。 平成7年には肺がんの診断を受けた。この肺がんは,前記の腎臓がんの転移である。 原告X5は,現在に至るまで,インターフェロンの自己注射を続けている(以上につき甲1005,乙1005(枝番号含む。),原告X5本人)。 イ起因性(ア)爆心地からの距離を2キロメートルとして再計算した場合,審査の方針に基づく推定線量は7センチグレイに遮蔽係数0.7を乗じた4. 9センチグレイ,原因確率は3.1パーセントとなる(弁論の全趣旨)。 (イ)しかしながら,初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加- 144 -え,被爆当日は,防空壕内で多数の被爆者と接触した上,爆心地から約2キロメートルの地域を移動し,黒い雨もあびており,その翌日には爆心地から1.3ないし2キロメートルの地域を移動していることなどからすれば,放射性降下物等による被曝も考慮する必要があり,これらを含めれば,当時5歳で放射線感受性が高かった原告X5に影響を与えるに足りる程度の被曝があった可能性は十分にあり得るものと認められる。 このことは,原告X5が,急性症状の1つである倦怠感を訴えていることからも裏付けられる。被告らは,原告X5の倦怠感について,極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等の要因によっても起こりうるものであると主張する。しかしながら,単なる疲労や熱中症が要因であれば,原告X5の供述するような継続的な症状が生じるとは考えがたい。また,栄養事情や衛生環境 因する感染症等の要因によっても起こりうるものであると主張する。しかしながら,単なる疲労や熱中症が要因であれば,原告X5の供述するような継続的な症状が生じるとは考えがたい。また,栄養事情や衛生環境に起因する感染症についても,そのような要因があったことを窺わせる具体的な事由はないし,かかる要因に由来する症状であれば,他の者と比較して極端な倦怠感を催すとも考えがたい。被告らはまた,急性症状が生じる被曝線量が最低でも1グレイ以上であるが原告X5の被曝線量はこれに及ばないとも主張するが,DS86に基づく線量推定を絶対視できないことは既に説示したとおりであって,被告らの主張はいずれも採用しがたい。 (ウ)ところで,原告X5が罹患した腎臓がんは,審査の方針において,放射性起因性がある旨の明確な証拠はない疾病として位置付けられているが,固形がんの1つとして放射性起因性との関連性は否定できないものというべきである。 上記のとおり,原告X5は,相当程度の被曝を受け,それによる急性症状も発症していたものと考えられる上,その後も,虫垂炎の手術をした際,化膿しやすい体質であると指摘されており,これも放射線による治癒能力の低下をうかがわせる事情であるといえる。また,47歳とい- 145 -う比較的若いうちに腫瘍が発生しているが,近親者にがんになった者はおらず,他にがんの有力な原因として考えられるものも存在しない。以上のような事情に,原告X5が5歳という放射性感受性の高い時期に放射線被曝をしていることを考えあわせると,同原告のこれまでの症状経過は,放射線の影響によって生じたものであり,したがって,腎臓がんも,放射線に起因するものというべきである。 (エ)以上によれば,原告X5の腎臓がんは,放射線に起因したものと認められる。 ウ要医療性原告X5は腎臓が って生じたものであり,したがって,腎臓がんも,放射線に起因するものというべきである。 (エ)以上によれば,原告X5の腎臓がんは,放射線に起因したものと認められる。 ウ要医療性原告X5は腎臓がんの摘出手術を受けた後も現在に至るまでインターフェロンの自己注射を続けていることなどからみて,要治療性のあることは明らかである。 (5)原告X6(原告番号6番)ア認定事実原告X6は,大正14年6月10日生まれで,被爆当時20歳の女性である。 原告X6は,広島市皆実町3丁目の自宅屋内(爆心地から南東2.5キロメートル)で被爆した。自宅は,北側の窓が壊れ室内にガラス片が飛び散り,屋根のところどころに大きな穴が空いた状態であった。原告X6の父親(被爆当時49歳)は,自宅から南東の方角に100メートルから200メートルのところにある寄合所に行く途中で被爆し,後頸部を負傷した。 原告X6は,8月6日夕方ころ,爆心地方面に向かい,御幸橋まで行ったところで激しい火災に遭遇したため,自宅へ引き返した。この日は30ないし40分くらい外を歩いた。 原告X6は,同月7日午前10時ころ,父親と共に弟と従姉を捜しに爆- 146 -心地方面に向かい,御幸橋を渡り,広島電鉄の線路上を歩いて北上し,途中日赤病院前を通過し,鷹野橋の停車場(爆心地から1.3キロメートル)まで歩いた。原告X6は,同停車場から同じ経路を辿って引き返したが,父親は,引き続き弟が学徒動員されていた工場や従姉が勤めていた県庁の方へ向かった。原告X6は,この日は,3時間くらい外に出ていた。 原告X6は,同月8日か9日には,父親らとともに県庁の近くの川の土手まで行った。この日は4時間から5時間外にいた。 その後,原告X6は,昭和21年1月まで広島市皆実町の自宅で生活を続けた。 原告X6は,急性症状に 月8日か9日には,父親らとともに県庁の近くの川の土手まで行った。この日は4時間から5時間外にいた。 その後,原告X6は,昭和21年1月まで広島市皆実町の自宅で生活を続けた。 原告X6は,急性症状についての明確な記憶はない。 原告X6の父親は,8月中に急激に10日間ほど食欲が失われることがあった。原告X6の父親は,昭和25年に胃がんを患い手術を受け,その後脊髄を始めとして全身に転移し,昭和30年に亡くなった。 原告X6は,昭和43年に胆石の手術をしたほか,特に大きな病気にかかっていなかったが,平成12年9月(満75歳)に大腸がんが発見され,同年10月左半結腸切除術を受けた。その後,腸閉塞を併発し小腸瘻を作ることを余儀なくされた。そして,平成13年1月に小腸瘻閉鎖の手術を受け,平成14年ころ,左眼白内障の手術をした(以上につき甲1006,乙1006(枝番号含む。),原告X6本人)。 イ起因性審査の方針によれば,原告X6の被曝線量は0.7センチグレイを越えることはなく,また大腸がんの原因確率は2センチグレイの場合に2.6パーセントであることから,原告X6の大腸がんが放射線に起因する可能性は低いことになる。 原告X6の被曝線量は,初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性や,残留放射能による被爆等を考慮すれば,上記線量を超えていた可能性- 147 -があり得るものと考えられるが,原告X6が8月6日と7日に屋外を歩いた時間はそれほど長いものではないし,被曝線量を増加させるような作業等に従事した節もうかがわれないことからすると,被爆状況やその後の行動から,相当程度の被曝をしたものと推認することは困難である。 また,原告X6は急性症状についての明確な記憶はないとしているにとどまるが,被爆当時20歳であり,被爆後の行動や父親の被爆後の状況について から,相当程度の被曝をしたものと推認することは困難である。 また,原告X6は急性症状についての明確な記憶はないとしているにとどまるが,被爆当時20歳であり,被爆後の行動や父親の被爆後の状況についてある程度具体的な記憶を有していることからすると,実際に急性症状はなかったと考えられ,被爆後の身体症状等から相当程度の被曝を推認することも困難である。これに対し,父親には,被爆後の食欲低下や,昭和25年の胃がんの罹患など,放射線の影響とも解しうる症状がみられるが,仮にこれらが放射線に起因するものであったとしても,原告X6と比較し,無遮蔽の状況で初期放射線に被曝し,また被爆直後,原告X6より長時間,かつ爆心地により近いところで捜索活動をしていたこと等に照らしてみると,原告X6とは放射線被曝状況が異なるものといわざるを得ないのであるから,父親の症状から,原告X6の被曝線量を推定することはできない。 また,原告X6は,胆石手術をしたほか大病にかかることもなく,申請疾患である大腸がんが発見されたのは満75歳の時点であり,白内障手術を受けたのはその約2年後であり,いずれも比較的高齢になってからのものであって,放射線被曝がなければ理解できないような症状の経過があったと認めることもできない。 これらの検討結果を踏まえると,その他本件全証拠に照らしても,原告X6の大腸がんが原爆放射線に起因したと認定することは困難であるといわざるを得ない。 (6)承継前原告X7(原告番号7番)ア認定事実- 148 -承継前原告X7は,被爆当時13歳の男性である。 承継前原告X7は,被爆前に特別な病気にかかったことはなかった。 承継前原告X7は,8月9日,爆心地から南東6.1キロメートルにある長崎市郊外の甑岩において陣地構築の作業中であった。承継前原告X7は,熱波を感じて は,被爆前に特別な病気にかかったことはなかった。 承継前原告X7は,8月9日,爆心地から南東6.1キロメートルにある長崎市郊外の甑岩において陣地構築の作業中であった。承継前原告X7は,熱波を感じて爆風によって飛ばされた。作業は中止となり,承継前原告X7は,直ちに思案橋,県庁前,梁川橋(爆心地から約1キロメートル)を通り,午後2時か3時ころ,長崎市竹のX23の自宅(爆心地から北西側約1.3キロメートル)へ戻った。 承継前原告X7は,同日中,自宅,梁川橋付近の防空壕等で父を捜し回り,さらにその間,長崎県立工業学校の同級生の安否を確かめるために爆心地の反対側(爆心地の北東約0.8キロメートル)の同校や三菱兵器工場(爆心地から約1.2キロメートル)へ行くなどして,爆心地付近ないしその周辺を歩き回っており,黒い雨に当たってもいる。 承継前原告X7は,その後も8月16日まで1週間,長崎市内に止まり,自宅付近や稲佐町付近(爆心地より南側約2ないし2.5キロメートル)で畑のサツマイモやトウキビを拾って食べ,水道水から水を飲んだりしている。さらに,被爆者の救援に当たった。 承継前原告X7は,8月下旬から視力が落ち,目がかすむようになり,また被爆後半年間ほど,強い倦怠感に見舞われた。 承継前原告X7は,昭和45年ころから,全身がむくんだり,食欲不振になった。 承継前原告X7は,長年,1日ビール大瓶2本程度の酒をたしなんでいた。 昭和57年ころから肝障害が認められ,平成4年に脳梗塞,平成8年に食道がんと診断され,食道がんは内視鏡手術により切除された。平成13年5月,肝腫瘍が認められ肝細胞がんの診断を受け,同年8月に入院して- 149 -肝動脈塞栓術を受けた。 承継前原告X7は,平成15年9月25日に,肝硬変に由来する肝細胞がん破裂及び食道静脈瘤破裂により, 肝腫瘍が認められ肝細胞がんの診断を受け,同年8月に入院して- 149 -肝動脈塞栓術を受けた。 承継前原告X7は,平成15年9月25日に,肝硬変に由来する肝細胞がん破裂及び食道静脈瘤破裂により,死亡した(以上につき甲1007,乙1007(枝番号含む。))。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は約0センチグレイ,残留放射線による被曝を最大限考慮したとしても12センチグレイと推定され,その場合の肝細胞がんの原因確率は,6.5パーセントとなることになる。 (イ)しかしながら,承継前原告X7は,被爆地点こそ爆心地から6.1キロメートルという遠距離であるものの,被爆当日の8月9日午後には爆心地から約1.3キロメートルの地点にある自宅に戻り,その後,父や同級生の安否を確かめるべく,長時間にわたって爆心地から0.8ないし1.2キロメートルの地域を捜索して回ったものであり,その捜索範囲からすると,爆心地に極めて近い地点まで進入した可能性もあるものと考えられる。しかも,同原告は,8月10日以降も,1週間にわたって長崎市内にとどまり,爆心地から1ないし2.5キロメートル程度の範囲の地域を移動し,同所で飲食をした上,被爆者の救助活動等にも従事しているのである。そうすると,これらの活動の際,放射性降下物や残留放射能,誘導放射能に起因する相当高線量の外部被曝,内部被曝を受けた可能性は十分にあり得るものと考えられるのであって,その被曝線量を12センチグレイ程度にとどまると断定することはできないものというべきである。 他方,承継前原告X7は,被爆後半年ほどの間,強い倦怠感を訴えていることは,期間の長さからみて,疲労や感染症に由来するとは考え難く,むしろ放射線による急性症状とみるのが合理的であって,承継前原- 150 -告X7 7は,被爆後半年ほどの間,強い倦怠感を訴えていることは,期間の長さからみて,疲労や感染症に由来するとは考え難く,むしろ放射線による急性症状とみるのが合理的であって,承継前原- 150 -告X7が急性症状を呈する程度の被曝線量を受けたことの裏付けるものといえる。 (ウ)そして,承継前原告X7の申請疾患のうち,肝細胞がんは,一般的には放射線起因性が認められている疾患であるところ,前示のような承継前原告X7の被爆状況等に鑑みれば,承継前原告X7の飲酒歴を考慮してもなお,放射線に起因するものとみるのが合理的である。 また,肝硬変については,審査の方針においては放射線起因性は認められていないものの,放射線により発症が促進されることを指摘する文献が存するなど,放射性起因性を肯定する見解も有力に主張されており,上記同様の理由で,放射線に起因するとみるのが合理的である。 (エ)したがって,承継前原告X7の肝細胞がん及び肝硬変は,原爆放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性承継前原告X7は,申請後,肝硬変の合併症としての食道静脈瘤で死亡しており,申請当時に要医療性があったといえる。 (7)原告X8(原告番号8番)ア認定事実原告X8は,昭和6年7月29日生まれ,被爆当時14歳の男性であり,千田町の県立広島工業学校に在籍し,西蟹屋町の工場に学徒動員されていた。被爆前は健康であった。 原告X8は,原爆炸裂時に,国鉄呉線小屋浦駅のホームで電車を待っていたが,電車が広島市まで進まなくなったため,江田島の自宅に引き返した。 原告X8は,8月7日,上記工場に出勤するため,早朝自宅を出発し,船で小用港,吉浦港を経由し,国鉄呉線で海田市まで行き,そこから国道沿いを歩き,向洋近くで海軍の軍用トラックに便乗し,午前10時ころな- 151 -いしそれよ 場に出勤するため,早朝自宅を出発し,船で小用港,吉浦港を経由し,国鉄呉線で海田市まで行き,そこから国道沿いを歩き,向洋近くで海軍の軍用トラックに便乗し,午前10時ころな- 151 -いしそれより早い時間に広島駅(爆心地より約1.8~2キロメートル)に着いた。原告X8は,そこから徒歩で西蟹屋町の上記工場(爆心地より約2.1キロメートル)に到着した。工場内は救護所になっており,瀕死状態の被爆者で埋まっていた。原告X8は,1時間から1時間半ほどそこにいたが,おろおろするばかりであり,その後同級生らと共に千田町の県立広島工業学校に向けて出発した。原告X8らは,電車通り沿いに紙屋町方向へと向かったが,暑さ等のため体力を消耗し,八丁堀の福屋デパート付近(爆心地より約0.7キロメートル)で前進することを断念した。この間,原告X8は,破裂した水道管から出る水を飲んでいる。 原告X8は,昼過ぎに,同級生らと別れて帰路につき,自宅に帰った。 原告X8は,8月7日に自宅に戻ってから,しばらくの間繰り返し嘔吐し,発熱もあった。また,被爆後,倦怠感,歯茎からの出血が続いた。 原告X8は,その後も体調不良の状態が続き,歯茎からの出血は30歳代後半ないし40歳代前半までにほとんどの歯を抜くことになるまで続いた。 原告X8は,昭和45年に胃潰瘍にかかり10年間治療を受けた。また,平成2年に糖尿病と診断され,現在まで治療を受けている。さらに,平成5年にDupuytren 拘縮の手術を受けた。平成10年(満66ないし67歳)ころには白内障の診断を受け,医師から原爆が原因である可能性が十分に考えられると告げられた。 原告X8は,平成11年12月(満68歳)に直腸がんが発見され,平成12年2月に手術を受けた。さらに,同年12月(満69歳)には原発性の胃がんが発見され,平成 能性が十分に考えられると告げられた。 原告X8は,平成11年12月(満68歳)に直腸がんが発見され,平成12年2月に手術を受けた。さらに,同年12月(満69歳)には原発性の胃がんが発見され,平成13年1月に手術により胃の半分を切除している(以上につき甲1008,乙1008(枝番号含む。),原告X8本人)。 イ起因性- 152 -(ア)被告らは,本人尋問とそれ以前(乙1008の5の1,訴状の記載)とで,原告X8の供述が大きく変遷していること,千田町に行くには京橋川を南下する市電の電車通り沿いを通り御幸橋を渡る方が距離的に近く,原告X8自身も同経路を通って帰宅した旨を供述していること,歩きやすくはない広島市中心部を殊更選んだというのは不合理であること等から,原告X8の供述の信用性を争い,福屋デパート前まで行った事実は認定できないと主張する。 しかしながら,原告X8の供述は,少なくとも福屋デパート付近に行ったとする点では一貫していること,本人尋問において供述した福屋デパート付近の状況に格別不合理な点がうかがえないこと,同行した同級生の1人も原告X8らが八丁堀で別れたことを記憶していることが窺えること(甲1008の6)から,原告X8が八丁堀の福屋デパート付近まで行ったこと自体は認定することができる。 (イ)そして,原告X8の被爆地点からすれば,初期放射線による被曝線量は,極めて低いものであったといい得るが,その翌日である8月7日には,広島市内に入市し,爆心地から0.7キロメートルの福屋デパート周辺を含めた爆心地周辺で,長時間にわたって活動をした上,学徒動員先である西蟹屋町の工場(爆心地から約2.1キロメートル)では,多数の被爆者(瀕死の状態の者が多かったというのであるから,初期放射線等によって大量の放射線被曝をしていた可能性があ をした上,学徒動員先である西蟹屋町の工場(爆心地から約2.1キロメートル)では,多数の被爆者(瀕死の状態の者が多かったというのであるから,初期放射線等によって大量の放射線被曝をしていた可能性があるものと考えられる。)とも接触していたのであるから,残留放射線や誘導放射線に起因する相当程度の被曝を受けた可能性があることは否定し難いものというべきである。 他方,原告X8には,被爆後,歯茎からの出血,嘔吐,倦怠感等の症状が生じており,他に原因となるべき要因も見当たらないことからすると,これらは放射線被曝による急性症状と理解するのが素直である。更- 153 -に,健康体であったはずの原告X8が,被爆後長期間にわたって,体調不良,歯茎からの出血等に悩まされるようになったことも,放射線の影響によるものと認めることができるから,上記のような被爆後の行動や,身体症状を総合考慮すると,原告X8は,健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性が高いものと認められる。 (ウ)ところで,原告X8の申請疾病である直腸がん,胃がんについては,いずれも,審査の方針においても放射線起因性が認められているところ,上記のような原告X8の被爆状況や,身体症状,これらから推測される被曝線量の程度,その後の健康状況に,原告X8は,被爆当時14歳であって,比較的放射線感受性が高い年齢であったといえること等の事情を総合考慮すると,原告X8に生じた直腸がん,胃がんは放射線に起因するものであると認められる。 ウ要医療性原告X8の申請疾病及び治療状況に照らすと,申請時に要医療性があったものといえる。 (8)原告X9(原告番号9番)ア認定事実原告X9は,被爆当時25歳の男性である。被爆前は健康であり,軍隊にも甲種合格した。 原告X9は,宇品市営桟橋から連絡船で10分ほ ったものといえる。 (8)原告X9(原告番号9番)ア認定事実原告X9は,被爆当時25歳の男性である。被爆前は健康であり,軍隊にも甲種合格した。 原告X9は,宇品市営桟橋から連絡船で10分ほどの鯛尾(爆心地から約7キロメートル)にて,宇品船舶司令部付整備教育隊の下士官として,屋外で朝の点呼をしていたが,突如,真正面から原爆の光線を浴び,次の瞬間,猛烈な爆発音とともに爆風に襲われた。 原告X9は,8月6日と7日は,鯛尾で,被爆者の救護活動の指揮を執り,その際,重傷の被爆者を支えるなどした。 また,原告X9は,8月18日,宇品港から広島市内に入り,市電の線- 154 -路づたいに爆心地付近を通って己斐駅付近まで出掛け,19日にも広島市内に入った。 原告X9は,9月6日に復員命令を受けて帰京したが,帰京の際,歩くのもつらいほどだるかった。帰京後も,ひどい倦怠感が続いたため,帰京の2か月余り後,検査を受けたところ白血球数が2万4000に増加していたが,入院をしていられる状況ではなく働かざるを得なかった。3年後,再度強い倦怠感があったため再度検査を受けると,白血球数は1500に減少し,特に治療は受けなかったが倦怠感は続いた。 原告X9は,その後個人タクシーの免許を取得して働いたものの,昭和36年,変形性脊椎症に罹り,1か月間入院した。その後も現在まで痛みがとれず,通院治療を受けている。 原告X9は,平成10年12月10日,前立腺がんと告知され,それ以降体調が悪い状態が続いており,現在もホルモン治療を受けている。 また,平成16年1月,帯状疱疹であることが判明し,入院治療を受けた。 平成16年12月19日,血尿が出た。 平成15年から16年にかけ,体重が10キログラム減少し,現在は55キログラムである(以上につき甲1009,乙1009(枝番号 ことが判明し,入院治療を受けた。 平成16年12月19日,血尿が出た。 平成15年から16年にかけ,体重が10キログラム減少し,現在は55キログラムである(以上につき甲1009,乙1009(枝番号含む。),原告X9本人)。 イ起因性(ア)原告X9の入市時期につき,同原告は8月8,9日と主張し,陳述書及び本人尋問でも同旨の供述をしている。しかしながら,同原告は,認定申請書添付の申述書(乙1009の1の2)においては,入市時期を8月18日としており,明らかな矛盾が認められるところ,関係証拠等に照らしてみれば,むしろ申述書の記載が正しいものと認められる。 すなわち,同原告の供述によれば,入市の主たる目的は,知人である- 155 -宇品港近くのお寺の夫婦とその娘の様子をみることであり,娘が美人で原告X9も憧れを抱いていたというのであるが,下士官で兵隊を指揮する立場にあった原告X9が,原爆投下の翌々日という非常事態に際し,救護活動が多忙であったと考えられる時期に,かかる個人的な動機から,同原告の供述によれば上官の許可を受けたうえで,長時間部隊を離れられたとは考え難い。 また,原告X9の供述によれば,8月8日は,連絡船で宇品に上陸し,まず宇品のお寺に行き,次に市電の線路に沿って比治山,段原,荒神橋を通って広島駅の北側にあるお寺の家族の疎開先を訪れた後,さらに市電の線路沿いに爆心地直近の紙屋町,相生橋を通って己斐駅前の馴染みの旅館に行って無事を確かめ,帰路は相生橋,紙屋町,小町,市役所,御幸橋から宇品に通じる市電の線路沿いを歩き,その日は部隊のある鯛尾に戻ったというもので,前日である8月7日の広島市内の状況に関する原告X8の供述に照らして,その翌日で未だ十分な復旧がなされていなかったであろう爆心地直近の地域を含む市内中心部を限られた時間で 鯛尾に戻ったというもので,前日である8月7日の広島市内の状況に関する原告X8の供述に照らして,その翌日で未だ十分な復旧がなされていなかったであろう爆心地直近の地域を含む市内中心部を限られた時間で長距離移動し,複数の目的地を訪問しえたか疑問が残る。 さらに,原告X9の供述では,8月9日に再び市内に向かい,どの辺か記憶ははっきりしないが,おそらく練兵場の近くの校庭のようなところに弁当が並べられていたのを見たというのであるから,入市2日目も1日目と同様に宇品港から離れた広島市内中心部を行動していたことになる。その一方,原告X9の供述によれば,「少女と弁当」と題する絵(甲1009号証の6の47)は,原告X9の救護所での体験を描いたものであるところ,上記絵は,重傷を負った少女が,3日前に母親に作ってもらった弁当を離さず持っていたとの内容であって,原爆投下3日後の8月9日の出来事であったと考えるのが合理的であるから,これによれば,8月9日は,広島市内ではなく救護所にいたと考えるのが常識- 156 -的判断ということになる。 (イ)以上を前提として検討すると,原告X9の被爆地点は爆心地から約7キロメートルの遠距離であるから,初期放射線による被曝量は極めて小さなものであったと考えられる上,入市時期も被曝から10日以上経過した8月18日以降ということになるから,残留放射線等の影響もそれほど大きいものではなかったと考えざるを得ない。さらに,同原告が,被爆者の救護活動にも従事した節はうかがえるものの,その職務内容は救護作業に当たる兵士の指揮が中心であったことからすれば,被爆者との接触等による被曝量もそれほど大きなものであったとは考えられないところである。 他方,原告X9の被爆後の身体症状をみると,同原告は,倦怠感が続き,また,白血球増加が見られた とからすれば,被爆者との接触等による被曝量もそれほど大きなものであったとは考えられないところである。 他方,原告X9の被爆後の身体症状をみると,同原告は,倦怠感が続き,また,白血球増加が見られたとしているが,これらの症状は,一般的にいえば放射線以外の原因によっても起こり得るものであるし,放射線の影響を疑うべき特段の事情を認めることもできない。そして,他に,同原告に放射線の影響を疑わせるような身体症状等が生じていたことを認めるに足りる証拠はない。 そうすると,原告X9に対する放射線の影響はそれほど大きなものではなかったといわざるを得ないところ,申請疾患である前立腺がん発症の経緯等においても放射線の影響を特に疑わせるような事情は認められないのであるから,結局,同原告の前立腺がんを放射線によるものと認定するだけの根拠はないものといわざるを得ない。 (ウ)したがって,原告X9の前立腺がんの放射性起因性を認定することは困難である。 (9)承継前原告X10(原告番号10番)ア認定事実承継前原告X10は,被爆当時満12歳の女性であり,被爆前は健康で- 157 -あり,大病を患ったこともなかった。 承継前原告X10は,広島市立第二国民学校(南観音町,爆心地より約2.4キロメートル)の校舎内で被爆した。承継前原告X10は,校舎2階の教室内,廊下側の窓の脇に立っていたが,突然後方(廊下側)から強い閃光を感じると共に,全身が炎に包まれたような感触を受け,その場に伏せると同時に,同原告に覆い被さった戸により後頭部に外傷を負った。 その後,家族の迎えを待つために校庭内の防空壕の外に立っていたところ,大量の黒い雨が降り出して,頭からずぶぬれになり,着ていた白色のブラウスが真っ黒になった。 承継前原告X10は,午後2時ころ学校を出て,草津付近で野宿し,翌 めに校庭内の防空壕の外に立っていたところ,大量の黒い雨が降り出して,頭からずぶぬれになり,着ていた白色のブラウスが真っ黒になった。 承継前原告X10は,午後2時ころ学校を出て,草津付近で野宿し,翌7日,五日市の避難所で祖母,母,2番目の弟と再会した。 承継前原告X10は,8月8日,母と2番目の弟とともに,行方不明の父,姉,他の弟の捜索のため入市し,広島市河原町31の自宅(爆心地から約1キロメートル)を訪れた。自宅は全焼しており,3番目の弟の遺骨を発見したため,焼け跡から探し出したボウルに入れて持ち帰った。その後,父を捜すため,陸軍病院や護国神社(爆心地から約300メートル)を歩き回ったが見つからなかった。更に,姉を捜すために南下し,その日は日赤病院(爆心地から1.5キロメートル)で一夜を明かした。9日は,宇品近くまで行ったが,姉の消息は分からず,再び北上して広島市内を出た。 その後,少なくとも1回は入市し,再び自宅や陸軍病院付近を捜索した。 8月15日には,島根の親戚の家に避難した。 父,姉,1番目の弟は行方不明のままであり,8月31日までに2番目の弟,祖母,母が亡くなり,家族で生き残ったのは承継前原告X101人となった。 8月15日に島根の親戚の家に着いてから,承継前原告X10は非常に- 158 -体がだるくて起きあがれなくなり,人に起こしてもらって壁により掛かるというような状態が続いた。倦怠感は,少なくとも翌年の春ころまで続いた。 その後は重い病気にかかったことはなかったが,平成4年ころに糖尿病に罹患し,その治療を続けていた。 承継前原告X10は,平成13年秋ころ,卵巣腫瘍(がん)との診断を受け,入退院を繰り返した後,平成17年8月13日に同疾病により死亡した(以上につき甲85の2,甲1010,乙1010(枝番号含む。))。 イ X10は,平成13年秋ころ,卵巣腫瘍(がん)との診断を受け,入退院を繰り返した後,平成17年8月13日に同疾病により死亡した(以上につき甲85の2,甲1010,乙1010(枝番号含む。))。 イ起因性(ア)承継前原告X10は爆心地から約2.4キロメートルで被爆しており,審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は1.4(遮蔽係数0.7を乗じた場合)ないし2センチグレイ,誘導放射能による残留放射線被曝線量は5センチグレイ(原爆爆発48時間後から72時間後まで継続して爆心地に留まったとした場合),合計6.4ないし7センチグレイであり,卵巣がんの原因確率は6.5パーセント(10センチグレイの場合)を超えることはないことになる。 (イ)しかしながら,初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加え,承継前原告X10は,広島原爆投下の2日後である8月8日には,爆心地から約300メートルの地点を含め,爆心地周辺で家族を捜し回り,その日は,爆心地から1.5キロメートルの地点にある日赤病院付近で一夜を明かし,更に翌9日も市内での捜索を続けているのであって,このような爆心地周辺における長期間にわたる捜索活動の間,放射性降下物や残留放射能に起因する相当程度の外部被曝,内部被曝を受けた可能性があることを考慮すると,同人の被曝線量は相当程度のものに達していた可能性があるものというべきである。 - 159 -また,承継前原告X10は,急性症状と思われる倦怠感を訴えており(なお,認定申請書添付の申述書(乙1010の1の2)には,どのような急性症状が出たか覚えていませんとの記述がある一方で,ひどい倦怠感があったことも記載されているのであるから,倦怠感に関する限り,供述は一貫しているものである。),このことも承継前原告X10が健康状態に影響する程度の えていませんとの記述がある一方で,ひどい倦怠感があったことも記載されているのであるから,倦怠感に関する限り,供述は一貫しているものである。),このことも承継前原告X10が健康状態に影響する程度の線量の被曝をしたことを裏付けている。被告らは,承継前原告X10の倦怠感について,極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等の要因によっても起こりうるものであると主張する。しかしながら,単なる疲労や熱中症が要因であれば,継続的な症状が生じるとは考えがたい。また,栄養事情や衛生環境に起因する感染症についても,そのような要因があったことを窺わせる具体的な事由はないし,かかる要因に由来する症状であれば,他の者と比較して極端な倦怠感を催すとも考えがたい。被告らはまた,急性症状が生じる被曝線量が最低でも1グレイ以上であるが承継前原告X10の被曝線量はこれに及ばないとも主張するが,DS86の線量推定を絶対視できないことは既に説示したとおりであって,被告らの主張はいずれも採用しがたい。 (ウ)ところで,卵巣腫瘍は,審査の方針においても放射線起因性の認められる疾病とされているところ,上記のような承継前原告X10の被爆状況や,同人が被曝当時12歳であって,放射線感受性が比較的高い年齢であり,それだけ放射線による影響を受けやすかったと考えられることなどを総合考慮すると,承継前原告X10の卵巣腫瘍は,放射線に起因するものであったというべきである。 ウ要医療性承継前原告X10の申請疾病及びその後の治療状況によれば,申請時に要医療性があったものといえる。 - 160 -(10)原告X11(原告番号11番)ア認定事実原告X11は,被爆当時16歳の男性であり,被爆前は健康上問題はなかった。 原告X11は,長崎市飽ノ浦町所在の三菱造船所第2機械工 - 160 -(10)原告X11(原告番号11番)ア認定事実原告X11は,被爆当時16歳の男性であり,被爆前は健康上問題はなかった。 原告X11は,長崎市飽ノ浦町所在の三菱造船所第2機械工場付近の隧道(トンネル)入口から約15メートル入ったところ(爆心地から約3. 2キロメートル)で被爆した。隧道は,出入口から海を隔てて長崎市内が見渡せ,出入口から約1メートルに爆風よけの塀が設置されていた。原爆炸裂後,トンネル内の照明が消え真っ暗となった。 原告X11は,被爆直後から3時間くらい上記隧道内に逃げ込んできた女子挺身隊のけが人の救護に当たった。その後,午後1時か2時ころ,長崎湾対岸の小ヶ倉の寮に帰るため,稲佐橋周辺(爆心地から約1.95キロメートル),長崎駅周辺(爆心地から約2.2キロメートル)を歩いて,夕方6,7時ころ帰った。途中の市内は,ほこりっぽく,歩きづらかった。 8月17日ころ,寮から長崎駅まで歩いて行き,1時間以上待ってから同駅から汽車に乗って郷里の熊本に帰った。車内はけが人などで一杯であった。 原告X11は,被爆前に比べ,胃腸が弱くなった。 原告X11は,昭和52年ころ十二指腸潰瘍で2か月ほど入院し,そのころ以降高血圧が続いている。 原告X11は,平成5年(満63,64歳)に直腸がんが発見され,その手術を受け,平成13年6月(満72歳)に胃がん(高分化型腺がん)が発見され,胃粘膜切除術を受け,同年11月に胃がん(未分化型腺がん)が発見され,胃切除術を受けた。 原告X11の両親及び兄弟に,これまでがんに罹患した者はいない(以上につき甲1011,乙1011(枝番号含む。),原告X11本人)。 - 161 -イ起因性審査の方針によれば,原告X11の初期放射線による被曝線量は2センチグレイ(爆心地から2500メートルの地点) き甲1011,乙1011(枝番号含む。),原告X11本人)。 - 161 -イ起因性審査の方針によれば,原告X11の初期放射線による被曝線量は2センチグレイ(爆心地から2500メートルの地点)未満と推定され,胃がんの原因確率は1.7パーセント未満(30センチグレイの場合),直腸がんの原因確率は2.1パーセント未満(3センチグレイの場合)と推定されることになる。 そして,原告X11が被爆したのは爆心地から約3.2キロメートル地点で,かつトンネル内であるから,初期放射線による被曝線量は,それほど大きなものであったとは考え難いこと,原告X11がトンネル内で救護した女子挺身隊員も,原告X11の被爆地点付近で被爆した者であると考えられ,救護の際に放射線の影響を受けた可能性があるとしても,それも多量の被曝を生じさせるようなものであったとは考え難いこと,当日は,埃の中を歩いて寮に帰っており,その際に残留放射能や放射性降下物により被曝した可能性が考えられるものの,爆心地から最短で約1.95キロメートル付近を通ったにとどまり,原告X11が通過したと考えられる地区の被災状況をみても,火災や爆風による被害は大きいものの,爆心地からの距離に比して格別強い放射線があったことを窺わせる事由も見受けられない。 また,原告X11は,被爆後胃腸が弱くなっているが,かかる症状が放射線の急性症状といえるかは明らかではなく,ほかに具体的な急性症状は生じていない。 さらに,原告X11は,直腸がんと2種の胃がんを発症しているが,被爆者以外の者にも多重がんのリスクはあり,同原告のがんの発症状況から,直ちに健康を害する程度の被曝をしたと認定することはできない。 以上によると,審査の方針に基づく原告X11の推定被曝線量や,直腸がん,胃がんの原因確率は極めて低いものである上,同原 んの発症状況から,直ちに健康を害する程度の被曝をしたと認定することはできない。 以上によると,審査の方針に基づく原告X11の推定被曝線量や,直腸がん,胃がんの原因確率は極めて低いものである上,同原告の被爆状況や- 162 -その後の活動状況,症状経過等に照らしてみても,審査の方針に基づく算定値を大幅に上回るような放射線によるリスクがあったと認めることは困難であるというほかはなく,結局,同原告の申請疾患を放射線に起因するものと認めることも困難であるといわざるを得ない。 (11)原告X12(原告番号12番)ア認定事実原告X12は,昭和16年4月20日生まれの女性であり,被爆当時は4歳で健康上問題はなく,幼稚園に元気に通っていた。 原告X12は,昭和20年8月6日の原爆爆発時,広島県安佐郡落合村の国鉄芸備線玖村駅付近(爆心地から7,8キロメートル)にいた。 原告X12は,8月11日,姉と共に母に連れられて,広島市比治山町の自宅跡(爆心地から1.4ないし1.5キロメートル)に戻った。妹は安佐郡の親戚の家に預けられ入市はしていない。原告X12らは,矢賀駅まで列車で行き,矢賀駅から広島駅まで線路づたいに歩き,広島駅から電車通りを歩いて自宅に戻った。自宅は焼けており,ガラス瓶が溶けてくっついたものなどが散乱していた。 自宅跡に戻ってから,原告X12は,姉と共に,薄着で素手のまま,母が自宅の瓦礫を掘り返すのを手伝い,全身泥まみれ,埃まみれとなった。 原告X12らは,母が自宅庭のすみに豆,麦,米,缶詰などを入れて埋めていた甕を掘り出し,中身に異常がないように見えたのでその豆などを食べ,破裂した水道管から水を飲んでいた。 12日から,原告X12らは,伯母の家族を捜すため,中国新聞や八丁堀のあたり(爆心地から約900メートル)まで歩いた。 原告X12ら に見えたのでその豆などを食べ,破裂した水道管から水を飲んでいた。 12日から,原告X12らは,伯母の家族を捜すため,中国新聞や八丁堀のあたり(爆心地から約900メートル)まで歩いた。 原告X12らは,8月16日まで自宅跡に留まって,自宅の瓦礫を掘り出したり,市内を歩き回ったりした。その後は安佐郡の親戚方に戻ったが,昭和21年春ころまでには自宅跡での生活を始めた。 - 163 -原告X12は,入市から2週間後くらいから,下痢,発熱が続いた。原告X12は,約2年間,発熱や下痢を繰り返し,いったん症状が出るとなかなか治らず,幼稚園も休みがちであった。薬草を煎じたり漢方薬を飲んだりした。5歳ころには,命が危ぶまれるほどの高熱が続き,医師を呼ぶなどした。姉も下痢,発熱を続けていたが,入市しなかった妹には頻繁な下痢や発熱といった症状はでなかった。 原告X12は,小学校3年生ころまでは病弱で体調を崩すことが多かった。小学校に登校しても,疲れやすく,体がだるく体育の授業を見学することが多かった。このころは,医師による投薬治療を受けることもあった。 姉にも体がだるいという症状はあったが,妹にはそのような症状はなかった。 原告X12は,その後,18歳のときに盲腸炎になったほかは,大きな病気になることはなかったが,徹夜で洋裁をしようと思っても,身体が思うように動かず徹夜ができない,疲れやすい,といった傾向がみられた。 原告X12は,たばこや酒をたしなまず,食生活に偏りもなかった。 原告X12は,昭和54年に白血球減少症との診断を受け,その後も同症状が続き,平成14年5月30日現在で3700である。 原告X12は,平成13年1月(満59歳)に直腸がんの診断を受け,同年2月に手術を受けたが,平成14年4月に再発し,同年5月に再手術を受けた。原告X12は,平成15年 月30日現在で3700である。 原告X12は,平成13年1月(満59歳)に直腸がんの診断を受け,同年2月に手術を受けたが,平成14年4月に再発し,同年5月に再手術を受けた。原告X12は,平成15年5月(満62歳)に骨盤内にがんが転移し,化学療法と放射線治療を受け,さらに平成16年に腸閉塞を併発した。 姉は昭和60年に腎臓がんを発症したが,両親,祖父母,妹らでがんに罹患した者はいない(以上につき甲1012,乙1012(枝番号含む。),原告X12本人)。 イ起因性- 164 -(ア)審査の方針によれば,原告X12は,初期放射線,残留放射線のいずれの被曝線量も考慮する必要がないことになる。 原告X12が入市したのは原爆投下から5日後の8月11日であるが,その後6日間にわたって広島市内の自宅跡で生活を続け,親戚を探すために爆心地付近を歩き回ったほか,母が自宅の瓦礫の掘り出し作業をするのを手助けして埃まみれとなったり,自宅の庭に埋めていた食料を食べ,破裂した水道管から水を飲むなどしており,原爆投下から1週間後の入市被爆者の死亡例があることに照らしても,残留放射能による外部被曝及び内部被曝により,原告X12の健康に影響を及ぼす程度の被曝をしたと可能性があり得るものと認められる。 そして,被爆後の症状という観点からみると,健康体であったはずの原告X12が,入市から2週間後くらいから,下痢,発熱が始まり,その後約2年間もその症状が継続し,更にその後も体調不良が続いたというのである。そして,同原告と共に入市した姉には共通する症状が見られた一方で,妹にはそれが見られなかったこと,被爆当時の同原告は4歳で放射線感受性が高かったものと考えられることなどの事情を併せ考えると,原告X12に生じていた症状は放射線に起因するものと推定することが可能であり, それが見られなかったこと,被爆当時の同原告は4歳で放射線感受性が高かったものと考えられることなどの事情を併せ考えると,原告X12に生じていた症状は放射線に起因するものと推定することが可能であり,このことからも,同原告には身体障害を起こす程度の被曝が生じていたものというべきである。 被告らは,上記症状が炎天下における作業からくる極度の疲労,脱水症及び熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こりえるものである上,急性症状が生じる被曝線量が最低でも1グレイ以上,下痢が生じるのが5グレイ以上であるのに,原告X12の被曝線量は0.0センチグレイと推定されるから,およそ被曝に起因する症状発現はあり得ないと主張する。しかしながら,被告らの主張する要因であれば,持続的な症状をきたすとは通常考え難いし,仮- 165 -に感染症等が原因であれば,年少の妹にも感染してより重篤な影響が出るのが自然であるのに,一緒に入市した姉に同様の症状が出ているのに,入市しなかった妹に類似の症状がないのも不自然である。また,被曝線量推定値に基づく主張も前提を欠くものであって,いずれも採用しがたい。 被告らはまた,原告X12が入市の際に自宅の庭に埋められていた食物を食べたことから,当時4歳の原告X12が不衛生な生活と栄養不良がもとで体調を崩し,感染症等に罹患することによって発熱や下痢を起こし,その後の栄養事情等により回復が遅れたとも考えられるとも主張する。しかしながら,上記食料は豆,麦,米,缶詰など比較的腐敗しにくい食品を保存用に備蓄していたものと考えられ,原爆後の火災による熱を受けていたとしても,外観上は異常はなく,ほかに上記食料が不衛生になっていたことを窺わせる事由もない。また,その後の栄養事情等が原因であれば,入市しなかった妹にも と考えられ,原爆後の火災による熱を受けていたとしても,外観上は異常はなく,ほかに上記食料が不衛生になっていたことを窺わせる事由もない。また,その後の栄養事情等が原因であれば,入市しなかった妹にも,類似の影響が出ると考えられるのに,全くその影響が窺えないのも不合理である。むしろ,原告X12や姉の状況は,BQらの報告(甲85の1)における罹患傾向や,被団協の原爆被害者調査にみられる入通院状況と共通するものであり,放射線の影響によるものと考えるのが最も説得的である。 したがって,原告X12は,健康に影響を与える程度の放射線被曝をしたものと考えられる。 (イ)原告X12が発症した直腸がんは固形がんの一種であること,またLSS第13報によれば直腸がんのERR値が正の値であることから,直腸がんについても放射線との関連は否定できないと考えられる。 そして,前示のような放射線被曝状況に加え,原告X12の家族では同様に幼少時に被爆した姉以外にがんが発現した者がいないこと,原告X12に放射線以外にがんの原因となる事由が見出しがたいことからす- 166 -ると,原告X12の直腸がんは放射線に起因すると認めるのが相当である。 ウ要医療性原告X12の申請疾病及びその後の治療状況から,申請時に要医療性があったことは明らかである。 (12)原告X13(原告番号13番)ア認定事実原告X13は,被爆当時15歳の男性である。被爆前は,健康上何の問題もなく,ラグビー選手や中距離のランナーとして活躍していた。 原告X13は,長崎市平戸小屋町所在の三菱電機長崎製作所の工場2階(爆心地から約2.5キロメートル)で被爆した。2階部分は4棟の1階建て工場の屋根をつないだ吹きさらしの構造で,屋根はトタン屋根,採光のため海側がガラス張り,海側に向かって左側は柱のみ,山側は 2階(爆心地から約2.5キロメートル)で被爆した。2階部分は4棟の1階建て工場の屋根をつないだ吹きさらしの構造で,屋根はトタン屋根,採光のため海側がガラス張り,海側に向かって左側は柱のみ,山側は手すりがあるのみで,爆風で柱と床を除き破壊された。原告X13は,海側に向かって左側2棟目付近におり,閃光を感じると機械の下に潜ったが,頭と首に多数のガラスの破片が突き刺さる傷を負い,また左脚のすねは,えぐれて骨が見えるほどの深い傷を負った。原告X13は,埃が舞って暗い中にしばらくいた後,工場裏のトンネルに避難した。 原告X13は,その後10日間ほど,同工場に留まって,工場内の負傷者を裏山のトンネルに搬送するなどの救護作業や瓦礫の排除等をした。食事の配給は1日雑炊1食であり,救護作業や瓦礫の排除等で埃まみれになった手で食べていた。空腹を紛らわせるため,破裂した水道管から流れ出た水を大量に飲んでいた。なお,原爆投下数日後に雨に打たれている。 原告X13は,10日間ほど救護作業に従事した後,帰宅しようとしたが,稲佐橋を通ることができず船で対岸に渡り,浪之平町の自宅に8月19日ころ帰宅した。 - 167 -原告X13は,昭和20年9月ころから下痢,発熱,嘔吐,歯齦出血,めまい,倦怠感等の症状を発し,同症状は1年ほど続いた。また,被爆時に受けた外傷,特に左のすねの傷が治るのに2,3年を要した。 原告X13は,昭和27年に虫垂炎の手術を受けたが治りがよくなく,その後も癒着のため2年間に3回の手術を受け,3回目に輸血を受けた。 その他,体のだるさが続いていた。 その後も胃潰瘍で毎年のように入院し,怪我がなかなか治癒せず化膿しやすい症状に苦しんだ。また,なかなか体重が増加せず,下痢もしやすかった。 原告X13は,平成10年ころ,C型慢性肝炎を発症し,継続的に治 後も胃潰瘍で毎年のように入院し,怪我がなかなか治癒せず化膿しやすい症状に苦しんだ。また,なかなか体重が増加せず,下痢もしやすかった。 原告X13は,平成10年ころ,C型慢性肝炎を発症し,継続的に治療を受けた。C型肝炎の治療中の平成13年6月,肝硬変を経ずに原発性の肝細胞がんを併発し,同年8月に切除手術を受けた。その後,平成15年6月に肝臓がんの再発が確認され,再度切除手術を受けた(以上につき甲1013,乙1013(枝番号含む。),原告X13本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は1.4(遮蔽係数0.7を乗じた場合)ないし2センチグレイと推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射能被爆の影響を考慮する必要はないとされ,原発性肝がんの原因確率は2.7パーセント(5センチグレイの場合)を超えることはないことになる。 (イ)しかしながら,初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加え,原告X13は,被爆後10日間にわたって工場に留まり,負傷者の救護作業やがれきの排除作業等に従事していたというのであるから,これらの作業中に放射性降下物や誘導放射能に起因する外部被曝,内部被曝を受けていた可能性があり,これらを併せれば,相当程度の被曝を受けていた可能性を否定することはできない。 - 168 -他方,原告X13には,下痢,発熱,嘔吐,歯齦出血,めまい,倦怠感といった急性症状とみられる症状が発現している上,健康体であったはずの同原告が,被爆後は,傷の治癒の遅さ,化膿傾向,体調不良といった様々な症状に悩まされるようになっているのであり,このことについても放射線の影響が疑われるところである。そうすると,原告X13の被爆後の身体状況や症状経過等に照らしてみても,同原告が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受 うになっているのであり,このことについても放射線の影響が疑われるところである。そうすると,原告X13の被爆後の身体状況や症状経過等に照らしてみても,同原告が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けていた可能性は十分にあり得るものと認められる。 (ウ)ところで,原告X13の申請疾患である原発性肝がんは,審査の方針においても,放射線起因性が認められている疾患であるところ,上記のような同原告の被爆状況や,放射線に起因する体調不良が続いている中で疾病が発生したものと認められることなどの事情に照らしてみれば,同原告の原発性肝がんは放射線に起因するものと認めることができる。 なお,原告X13は,慢性C型肝炎にも罹患しているが,肝硬変を経ることなく肝がんが発生していることからすると,肝がんの原因がC型肝炎であったということはできないし,他に同原告の肝がんの原因となるべき事由も見出すことはできない。 (エ)以上によれば,原告X13の原発性肝がんは,放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性原告X13の申請疾病及び治療状況に照らして,申請時に要医療性があったことは明らかである。 (13)承継前原告X14(原告番号14番)ア認定事実承継前原告X14は,昭和16年5月13日生まれ,被爆当時4歳の男性であり,被爆前に特に大きな病気にかかったことはなかった。承継前原- 169 -告X14は,父が徴兵されたため,妹,弟たちと母に連れられて実家である広島市二葉の里所在の明星院(爆心地から約1.7キロメートル)に疎開していた。 承継前原告X14は,明星院の境内で,非遮蔽の状況で被爆した。その際,承継前原告X14は,爆風で吹き飛ばされ,右眉上に切り傷を受けた。 二葉の里一帯では,被爆直後の昼前ころ,黒い雨が降り出し,約40分間にわたって降り続いた。 の境内で,非遮蔽の状況で被爆した。その際,承継前原告X14は,爆風で吹き飛ばされ,右眉上に切り傷を受けた。 二葉の里一帯では,被爆直後の昼前ころ,黒い雨が降り出し,約40分間にわたって降り続いた。 二葉の里の家屋被害は,全壊約80パーセント,半壊約20パーセントであった。二葉の里付近の人々は,東練兵場,二葉山,饒津神社付近に避難したが,東練兵場一帯は,他の各町の人々も殺到してきて,立錐の余地もなくなった。第二総軍司令部では,午前9時すぎ,炊事場から発火し,2,3時間後ににわか雨が降り同時に風が強く吹き出して,火勢はこれより南に向かい,午後9時ころまでに第二総軍司令部付近一帯が消失した。 町内の焼け残った家は,山の手西の鶴羽根神社から東照宮までの住宅であったが,これらもただ焼け残ったというだけで,棟の完全なのは1戸もなかった。 明星院は,全壊した直後に発火し,全焼した。 承継前原告X14には,被爆直後の急性症状についての記憶はなく,その後も特に重い病気にかかったことはなかった。 承継前原告X14は,平成11年9月ころから,鼻づまり,頭痛,歯痛,下痢などの症状を覚えるようになり,同年11月中旬(満58歳),鼻腔内の悪性リンパ腫(B-cellタイプ)と診断され,抗がん剤の投与や放射線療法を受けた。承継前原告X14の担当医師は,上記悪性リンパ腫は放射能に起因するとの所見を示した。 平成12年4月中旬ころ,転移性脳腫瘍が発見され,抗がん剤の投与や放射線療法を受けた。 - 170 -平成14年8月28日,転移性脳腫瘍の再発により,抗がん剤の投与を受けた。 承継前原告X14は,平成15年5月上旬ころ,病状が悪化し,脳悪性リンパ腫の診断を受け,抗がん剤の投与を受けたが効果は得られず,同年7月11日に死亡した(以上につき甲85の2,1014,乙1014 承継前原告X14は,平成15年5月上旬ころ,病状が悪化し,脳悪性リンパ腫の診断を受け,抗がん剤の投与を受けたが効果は得られず,同年7月11日に死亡した(以上につき甲85の2,1014,乙1014(枝番号含む。))。 イ起因性審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は22センチグレイであり,悪性リンパ腫及び脳腫瘍の原因確率は3.3パーセント(30センチグレイの場合)を超えることはないと推定されることになる。 ところで,承継前原告X14は,爆心地から約1.7キロメートルで被爆し,広島原爆の初期放射線の過小評価の可能性に加え,放射性降下物による残留放射線被曝を受けるなどして,上記線量より多くの被曝をしていた可能性はあるものの,被爆後の承継前原告X14の具体的行動は明らかではない。承継前原告X14は,6日夜は数軒隣の第二総軍司令官DM大将宅に避難したと主張するが,明星院が焼失したのであれば延焼のおそれのある近隣に避難するとは通常考え難い。むしろ,二葉の里地区の家屋は全壊約8割,半壊約2割で,明星院が全壊・全焼し,第二総軍司令部付近一帯も消失していることからみて,他の住民同様,東練兵場に避難した可能性があること,承継前原告X14本人名義の申述書(乙第1014号証の1の2)では「私たちは火災を避けるために約1km離れた陸軍用地に避難し,一夜を過ごしました。周囲は,被爆者が多数避難してきて,伝えられるように『地獄絵』だったそうです。」との記載があり,その内容が当時の東練兵場の状況と合致するものと考えられることからみて,上記主張は採用しがたい。 以上によると,承継前原告X14の被曝線量が,審査の方針に基づく推- 171 -定値よりは多いものであった可能性はあり得るとしても,被爆後の行動等から,上記推定値を相当程度上回る被曝があった可能性が 上によると,承継前原告X14の被曝線量が,審査の方針に基づく推- 171 -定値よりは多いものであった可能性はあり得るとしても,被爆後の行動等から,上記推定値を相当程度上回る被曝があった可能性があるとまで認定することは困難である。そして,承継前原告X14には急性症状の記憶はなく,しかも,その後も特段体調不良等がみられたわけでもないというのであるから,同人の身体症状という観点からみても,相当程度の被曝があったとの推認を行うことは困難であるというほかはない。そうすると,承継前原告X14については,被爆当時4歳であって,放射線感受性が高かったことを考慮したとしても,健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性があるものと認定することは困難であるというほかはない。 承継前原告X14は,急性症状がなかったと断定できないこと,黒い雨に打たれた可能性があることを指摘するが,急性症状があれば,かりに承継前原告X14本人が幼少で記憶がなくとも,母や実家の者が記憶している例は少なくないと考えられるのに,そのような事由はないし,同人名義の申述書に黒い雨に打たれたことは触れられておらず,また,黒い雨を浴びたことから直ちに相当程度の放射線被曝があったと認めることもできない。 なお,放影研の「原爆被爆者における癌発生率。第3部:白血病,リンパ腫及び多発性骨髄腫,1950-1987年」では,男性のリンパ腫リスクには増分を幾分認めた(EAR=0.6症例/1万人年シーベルト)とされている(甲85の4)が,リンパ腫の発症自体から,高度の放射線被曝を受けたと推定することもできない。 また,主治医の意見書(乙1014号証の2)では,申請の疾患は放射線に起因する旨の意見が記載されているが,そのように判断した根拠は具体的に示されておらず,直ちに採用することはできない。 できない。 また,主治医の意見書(乙1014号証の2)では,申請の疾患は放射線に起因する旨の意見が記載されているが,そのように判断した根拠は具体的に示されておらず,直ちに採用することはできない。 以上を総合すると,承継前原告X14に関しては,審査の方針に基づく被曝線量の推定値や原因確率が極めて低いことは前示のとおりであるのみ- 172 -ならず,同人の被爆状況やその後の行動,身体症状等からみても,相当程度の被曝の事実を裏付けることはできず,更に,申請疾患である悪性リンパ腫や脳腫瘍の特徴やその発症状況等に照らしてみても,放射線の影響を認めるに足りないといわざるを得ないのであるから,上記各疾患について放射線起因性を認めることは困難であるというほかはない。 (14)原告X15(原告番号15番)ア認定事実原告X15は,被爆当時25歳の男性である。原告X15は,昭和19年7月に徴兵検査を受けて入隊した。被爆前,特に健康上の問題はなかった。 原告X15は,陸軍船舶練習部教導連隊第6中隊(高柳隊)に配属されており,広島市東雲町所在の広島市仁保国民学校(爆心地から南東約4キロメートル)にて被爆した。原爆投下時に原告X15は,木造校舎北側1階にある教室内にて北向の開けっ放しのドアから入って2メートルほどの場所に,半袖軍服,長ズボンという格好で立っていたところ,突然強い閃光を顔の正面方向から受け,次の瞬間爆風を受け轟音が聞こえ,身体に木材などがぶつかってきて,意識を失った。しばらくして,原告X15が意識を取り戻したところ,木材片で負傷し右肘部分から出血していた。 原告X15は,あわてて校舎の外に飛び出したところ,北西方向のキノコ雲が上空まで広がり,そこからちらちらと何かが落下してくるのを目撃した。 原告X15は,その後2,3日は,臨時の野戦病院と ていた。 原告X15は,あわてて校舎の外に飛び出したところ,北西方向のキノコ雲が上空まで広がり,そこからちらちらと何かが落下してくるのを目撃した。 原告X15は,その後2,3日は,臨時の野戦病院となった同校にて,負傷した被災者を介護して藁布団の上に寝かせる,傷を水で洗う,死亡した被災者を校舎から校庭の端の死体置き場まで搬送する等の作業をした。 被災者は数百名おり,数日の間に多くの者が死亡した。被災者は入浴もせず被爆したときのままの状態であり,原告X15もマスクをするなどはし- 173 -ていなかった。 このほか,原告X15は,8月8,9日ころ,比治山の南側の船舶通信補充隊(爆心地より約2.5キロメートル)に出かけており,さらに数日後には,物品(ガソリン)の処分等のため仁保国民学校を出発して広島一中(爆心地から約1キロメートル)付近でガソリンの入ったドラム缶を埋める作業を1時間ほどし,さらに万代橋(爆心地から約900メートル)まで行き1時間ほど周辺を歩き回った後,国民学校に戻っている。 原告X15は,8月15日,宇品にある船舶司令部で終戦を迎え,9月10日に除隊するまで,広島駅で隊員の復員準備などの作業に従事したり,国民学校に戻って機器の処分をするなどの業務に従事し,9月中旬ころまで広島市内に留まった。 原告X15は,8月20日ころ,皮膚下に紫斑が出現し,血性下痢が始まった。8月末ころには歯茎からの出血が現われ,右肘の傷が化膿した。 肘の傷の化膿と紫斑は昭和20年10月まで,血性下痢は同年末まで,歯茎の出血は翌年3月ころまで,それぞれ続いた。 原告X15は,昭和50年ころ高血圧症を発症し,昭和61年ころから下痢が続き,平成2年に結腸がんと診断され結腸切除術を受けた。 原告X15は,平成12年に,食道がんと診断され,同年10月に食道全摘手術 告X15は,昭和50年ころ高血圧症を発症し,昭和61年ころから下痢が続き,平成2年に結腸がんと診断され結腸切除術を受けた。 原告X15は,平成12年に,食道がんと診断され,同年10月に食道全摘手術を受けた。 さらに平成14年2月14日,右下咽頭がんが発見され,放射線治療を受け,現在経過観察中である。 なお,原告X15の父母,兄弟8人のうち,がんに罹患した者は原告X15のみである(以上につき甲1015,乙1015(枝番号含む。),原告X15本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,原告X15の初期放射線による被曝線量は1- 174 -センチグレイ(爆心地から2500メートルの地点)未満と推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はないとされ,また食道がんの原因確率は2.4パーセント(被曝線量5センチグレイの場合)未満,咽頭がんの原因確率は1.1パーセント(被曝線量30センチグレイの場合)未満と推定されることになる。 (イ)しかしながら,DS86の初期放射線の過小評価とそれによる誘導放射能の過小評価の可能性に加え,原告X15が臨時の野戦病院となった国民学校で重傷の被爆者の介護にあたった際の誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮すれば,原告X15は相当の線量の放射線に被曝した可能性がある。 また,原告X15の被爆後の紫斑,血性下痢,歯茎出血は,いずれも放射線の急性症状とされるものであり,被爆後1,2週間後にほぼ同時期に発症していることから,いずれも放射線の急性症状であったと考えるのが合理的であり,このことも,原告X15の被曝線量が健康に影響する程度のものであったことを裏付けるものである。 (ウ)食道がんと右下咽頭がんは,いずれも固形がんの一種として,放射線被曝との関連性を有するものと考え このことも,原告X15の被曝線量が健康に影響する程度のものであったことを裏付けるものである。 (ウ)食道がんと右下咽頭がんは,いずれも固形がんの一種として,放射線被曝との関連性を有するものと考えられ,特に食道がんは部位別死亡率AHS第13報で統計的にも線量反応関係が認められている。 また,原告X15の近親者にがんになった者はなく,放射線被曝以外にがんの原因となるような特段の事由も窺えない。 (エ)以上によれば,原告X15の食道がん及び右下咽頭がんは,いずれも放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性原告X15の申請疾病及び治療状況から,申請時の要医療性は認められる。 (15)原告X16(原告番号16番)- 175 -ア認定事実原告X16は,被爆当時中学1年生,12歳の男性である。小学校時代は,学校を病気で欠席することが多かった。 原告X16は,長崎市本河内の自宅裏(爆心地から約4.2キロメートル)の崖で防空壕を掘っているときに被爆した。自宅は,窓が飛び,畳が浮き,書棚が倒れるといった状態であった。原告X16が,近所で爆弾の投下場所を探していた午前11時半すぎないし午後0時ころ,新聞の焼けた切れ端のようなものが降下し,その後降り始めた雨に打たれた。午後,長崎市内にいた兄(当時17歳)を心配して,市役所(爆心地から約3キロメートル)付近まで進んだが,火災のため引き返した。午後8時ころ,勤務先の瓊浦中学(爆心地から約0.8キロメートル)で被爆した兄が帰宅した。兄に外傷はなく,瓊浦中学へ通い続けた。 原告X16は,8月12,13日ころ,兄,弟とともに,数時間,長崎市内中心部,浦上地区に入り,爆心地付近(約500メートル)にいて,そこで水を飲んだりした。 8月17日ころから,兄に,脱毛,血性の下痢,嘔吐,高熱,幻覚,激しい呼吸 ,兄,弟とともに,数時間,長崎市内中心部,浦上地区に入り,爆心地付近(約500メートル)にいて,そこで水を飲んだりした。 8月17日ころから,兄に,脱毛,血性の下痢,嘔吐,高熱,幻覚,激しい呼吸困難,意識混濁などが現われるようになった。原告X16は,兄の看病に専念した。 原告X16は,被爆直後の急性症状として記憶しているものはない原告X16は,昭和24年に肋膜炎,肺浸潤,昭和32年に赤痢を患ったほか,体調のすぐれない日が続いた。 原告X16は,平成7年9月25日,仕事上無理が続き下痢気味になっていたもののその他の症状はなかったところ,突然の大量下血をし,救急車で搬送された病院で大腸ファイバー検査や胃内視鏡検査を受けたが出血源は不明であり,主治医が小腸からの出血の可能性を考え,血管造影検査のできる病院に転送したが,結果に特に異常はなく,出血原因は不明であ- 176 -った。 原告X16は,平成14年,胃がんの診断を受け,胃粘膜切除手術を受けた。 原告X16の家系には,同原告の知る限り,脳血管に関わる疾病による死亡が多く,がんで死亡した者はいない(以上につき甲1016,乙1016(枝番号含む。),原告X16本人)。 イ起因性審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は2センチグレイ(爆心地から2500メートルの場合)未満と推定され,誘導放射能ないし放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はないとされている。また,胃がんの原因確率は2パーセント(30センチグレイの場合に2.2パーセント)未満と推定されることになる。 原告X16の被爆要因のうち,爆心地からの距離が約4.2キロメートルであることから,初期放射線に起因する被曝線量は小さなものであったと考えられる。そして,被爆当日に爆心地から約3キロメートルの地点まで赴いたことや, 因のうち,爆心地からの距離が約4.2キロメートルであることから,初期放射線に起因する被曝線量は小さなものであったと考えられる。そして,被爆当日に爆心地から約3キロメートルの地点まで赴いたことや,雨に打たれたことなどは,放射性降下物や誘導放射能による被曝の可能性を示す事実ではあるものの,これのみを根拠として相当程度の外部被曝,内部被曝があったと認めることは困難である(上記の行動は,兄を心配して迎えに行こうとしたというものであるから,時間的にも,また行動の内容からしても,被曝のおそれが高いものであったとはいい難いし,雨その他の降下物にしても,特に被曝のおそれの高いものであったことをうかがわせる事情は存在しない。)。更に,原告X16は,8月12日か13日ころ,兄や弟とともに爆心地から約500メートルの地点にまで赴いているが,それは,兄から市内の状況を見ておいた方がいいといわれて見て回ったものであって,そのような行動目的からして,特に被曝のおそれの高い行動であったということはできない。そして,このこ- 177 -とは,途中で現地の水を飲んだことを併せても,異なるところはないものというべきである。そうすると,原告X16の被爆状況やその後の行動は,審査の方針による推定値を相当程度上回るような被曝があったことを窺わせるようなものではなかったといわざるを得ない。 また,原告X16は明確な急性症状の記憶がないとしているが,兄の急性症状については具体的に記憶しており,原告X16に同様の症状があれば鮮明に記憶されたと考えられることから,現実に特段の急性症状はなかったと考えられる。したがって,同原告の身体症状等から高度の被曝を推認することも困難であるというほかはない。 さらに,原告X16は,平成7年に原因不明の下血をしているところ,原告X21を含む複数 かったと考えられる。したがって,同原告の身体症状等から高度の被曝を推認することも困難であるというほかはない。 さらに,原告X16は,平成7年に原因不明の下血をしているところ,原告X21を含む複数の被爆者にも同様の原因不明の下血があるのであるから,これは放射線被曝の影響であると認めるべきであると主張するが,その裏付けとなるような研究報告等があるわけではなく,ただちに原因不明の下血と原爆放射線との関連性は肯定しがたいし,原告X16についていえば,出血源はともかく,直接の原因は仕事上の過労が窺えるのであり,いずれにせよ原因不明の下血から原告X16が健康に影響を及ぼす程度の被曝を受けていたと推認することは困難である。 そうすると,審査の方針に基づく被曝線量の推定値や原因確率が極めて低いことは前示のとおりであるのみならず,被爆状況やその後の行動,身体症状等の事情を併せ考慮しても,原告X16の胃がんの放射線起因性を肯定することは困難であるというほかはない。 (16)原告X17(原告番号17番)ア認定事実原告X17は,被爆当時14歳であり,大きな病気をしたことはなく健康であった。 原告X17は,広島市国泰寺町78番地の自宅内(爆心地から約1.1- 178 -キロメートル)で被爆した。 原告X17は,家の下敷きになり,板か釘が鼻に刺さり,大腿部には太い釘が刺さり,目から鼻を横に木片様のものが突き抜け,左半身には大小無数の刺し傷や擦過傷,数カ所の火傷があった。 被爆後,原告X17は,自宅から西練兵場に向かって歩いたが,袋町小学校(爆心地から約600メートル)付近で引き返し,自宅の近所にあった日赤病院に向かった。夕方ころ,日赤病院から鷹野橋,明治橋,住吉橋を渡り,十日市,横川駅を通って,川内村にある疎開先まで戻った。 その間,母や女学生らを助けな トル)付近で引き返し,自宅の近所にあった日赤病院に向かった。夕方ころ,日赤病院から鷹野橋,明治橋,住吉橋を渡り,十日市,横川駅を通って,川内村にある疎開先まで戻った。 その間,母や女学生らを助けながら裸足で長時間歩き回った。 原告X17は,翌日から発熱,嘔吐があり,8月15日ころから脱毛,倦怠感が生じた。下痢はひどく,脱毛も完全に髪の毛が抜ける状態がその後半年間続いたが,その間も,母親の看病や食料等の調達に従事した。 原告X17は,戦後,倦怠感が続き,学業・仕事に支障が生じる状態であった。 原告X17は,昭和28年ころ,腎臓結石で入院し手術を受けた。 原告X17は,平成4年ころに肝機能が悪化し,3週間ほど入院してインターフェロンの注射を受け,平成5年ころには再び腎臓結石が発見され,その後C型肝炎,肝硬変の診断を受けた。平成16年7月には肝臓がんを発症し,同年8月と平成17年7月に手術を受けた(以上につき甲1017,乙1017(枝番号含む。),原告X17本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,原告X17の初期放射線による被曝線量は,爆心地からの1100メートルの地点における初期放射線による被曝線量267センチグレイに,遮蔽係数0.7を乗じた186.9センチグレイと推定され,また爆心地から700メートル以内の区域に爆発後1時間から8時間の間,継続して滞在したことによる残留放射線被曝線量- 179 -は6センチグレイであり,放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はなく,推定被曝線量は186.9センチグレイ(残留放射能による被爆を最大限考慮しても192.9センチグレイ)と推定されることになるが,上記推定値は,爆発後1時間より前の誘導放射能による被曝線量及び放射性降下物による線量を考慮していないことなどからすると,原告X17の 限考慮しても192.9センチグレイ)と推定されることになるが,上記推定値は,爆発後1時間より前の誘導放射能による被曝線量及び放射性降下物による線量を考慮していないことなどからすると,原告X17の被曝線量はさらに大きかった可能性は十分にあるものと認められる。 また,原告X17には,被爆翌日から典型的な急性症状が複数出現し,急性期経過後も倦怠感が長く続いており,原告X17の健康状態からも放射線被曝の強い影響を受けたことは明らかである。 (イ)原告X17の申請疾患は肝硬変(HCV陽性)であるところ,肝硬変は審査の方針上放射線起因性が認められていない。また,一般に,C型肝炎ウィルスに感染し急性肝炎を示した症例の7,8割は慢性肝炎に移行し,C型慢性肝炎の自然治癒はほとんどなく,20~30年以上かけて肝硬変へと徐々に進展するとの指摘もあり(乙36等),被告らはこの点からも放射線起因性は認められないと主張する。 しかしながら,「成人健康調査第7報原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率1958-86年」(甲38)において,慢性肝疾患及び肝硬変について有意な放射線影響がAHS集団で観察されたとの報告がされ,「原爆被爆者におけるC型肝炎後退陽性率および慢性肝疾患の有病率」(甲39)において,「抗HCV抗体陽性者において,慢性肝疾患に対する放射線量反応の増加が認められた。したがって,放射線被曝はC型肝炎感染に関連した慢性肝疾患の進行を促進するのかもしれない。」という指摘がされていることなどからすれば,放射線被曝が,肝硬変発生の原因となり得ることは十分に認めることが可能である。また,C型肝炎ウイルス感染者のすべてが肝硬変になるわけではないことや,- 180 -上記研究報告によれば,放射線被曝がC型肝炎の進行そのものにも影響を与える可能性があることな ことが可能である。また,C型肝炎ウイルス感染者のすべてが肝硬変になるわけではないことや,- 180 -上記研究報告によれば,放射線被曝がC型肝炎の進行そのものにも影響を与える可能性があることなどを考え合わせると,上記のような一般的なC型肝炎の症状経過を理由に,肝硬変と放射線との関係を否定することもできないものというべきである(なお,この点は,いわゆるZ3訴訟において,正面から争われ,東京高裁平成17年3月29日判決及びその原審判決によって,肝硬変について放射線起因性を肯定する判断が示されている。そして,本件訴訟における被告らの主張立証は,これらの判断を覆すに足りるものではないというのが当裁判所の見解であることも付言しておく。)。 そして,前示のとおり,原告X17については高度の放射線被曝が認められることや,被爆当時14歳であって放射線感受性も比較的高い年齢であったと考えられることなどの事情を併せ考えれば,原告X17の肝硬変は,放射線に起因するものであるというべきである。 ウ要医療性また,原告X17の申請疾病名及びその後の経過からみて,申請時に要医療性のあったことは明らかである。 (17)原告X18(原告番号18番)ア認定事実原告X18は,被爆当時14歳の女性であり,被爆前に特に大きな病気や怪我をしたこともなく,運動が得意であった。 原告X18は,長崎市目覚町所在の木造2階建ての三菱病院浦上分院(爆心地から約1.0キロメートル)内で被爆した。原爆投下時に,原告X18は,同病院の待合室内でガラス窓を背に座っていたところ,閃光を感じて玄関に向けて走り出したところで,病院の建物が崩壊し下敷きになった。その際,原告X18は,建材の鉄筋様のものが背中に突き刺さり,無数のガラス片や木片が頭,肩,腕,背中,尻,足などの後半身全体に刺- 玄関に向けて走り出したところで,病院の建物が崩壊し下敷きになった。その際,原告X18は,建材の鉄筋様のものが背中に突き刺さり,無数のガラス片や木片が頭,肩,腕,背中,尻,足などの後半身全体に刺- 181 -さったほか,左手の人差指と中指が潰れた。 原告X18は,身動きができず,病院の玄関前に腹這いで寝そべっていたが,その後,浦上駅前の疎開地に掘られた防空壕(爆心地から約0.8キロメートル)に寝かされた。原告X18は,そこで8月12日もしくは13日の朝まで寝たままで過ごした。その際,原告X18は,防空壕の中に溜まった泥水をすすって渇きを凌いだ。 その後,原告X18は,伊良林国民学校に移され,8月13日もしくは14日に迎えに来た父親に連れられて小浜町松島病院に入院した。 原告X18は,被爆直後から歯茎からの出血が見られ,8月12日までの3日間で10本くらいの歯が抜けた。その後,松島病院への入院直後から41.2度もの高熱が約1週間続き,嘔吐,吐血,下痢,下血を繰り返し,身体には紫斑も出現し,毛髪は全部抜け落ち,歯茎からも出血が続いて歯も全部抜けてしまった。 原告X18は,その後,2回にわたり毛髪が全部抜け落ち,髪が生えそろったのは被爆から約5年経過後のことであった。被爆後17歳まで生理は止まったままであった。 原告X18は,被爆から3年くらい経つまでに,3回にわたりガラス片の摘出手術を受けた。その間も全身のいたるところからガラス片が自然に出てきて,その傷口が化膿して治癒せず,皮膚が裂けては膿が出るということを,被爆から約5年経過するまで繰り返した。 原告X18は,被爆から昭和50年ころまで,倦怠感のために,一切仕事に出られず,家事も満足にこなせず,子供を背負うことすらほとんどできない状態であった。 原告X18は,流産を2回,死産を2回繰り返 原告X18は,被爆から昭和50年ころまで,倦怠感のために,一切仕事に出られず,家事も満足にこなせず,子供を背負うことすらほとんどできない状態であった。 原告X18は,流産を2回,死産を2回繰り返した後,昭和38年には月経が止まり,その年の夏ころ大量の出血をして入院し,医師から卵巣破裂を指摘された。 - 182 -昭和50年ころから両膝の変形が始まり,白内障の手術も平成7年ころと平成12年ころに受けている。その他,肺炎を患い,肝臓や腎臓も弱っている。 原告X18の原爆症認定申請にかかる頭の左後ろの有痛性瘢痕(傷の長さ約2センチメートル,硬結の直径約5ミリメートル)は,被爆後5年間にガラス片を摘出した手術の跡であり,その後傷口が化膿し傷が治らない状態が続いた。そして,傷口が化膿しなくなった後も,痛みを伴う瘢痕となり,現在でも触るとキリキリと,触らなくともツクッツクッと痛み,痛み止めの薬を服用し,四六時中頭が重い状態である。 担当医師の意見書及び健康診断個人票では,上記瘢痕は希望すれば摘出は可能であるとし,必要な医療として,硬結切除,通院10日と記載されている(以上につき甲1018,乙1018(枝番号含む。),原告X18本人)。 放射線は,創傷治癒を障害する全身的因子の1つである(甲85の6)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は797センチグレイに遮蔽係数0.7を乗じた約558センチグレイと推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はないことになる。頸部有痛性瘢痕については,審査の方針において原因確率等がもうけられていない。 (イ)まず,原告X18は,爆心地から約1.0キロメートルで被曝し,しばらく路上に横たわり,さらに爆心地から約0.8キロメートルの防空壕内に置かれ,壕内 において原因確率等がもうけられていない。 (イ)まず,原告X18は,爆心地から約1.0キロメートルで被曝し,しばらく路上に横たわり,さらに爆心地から約0.8キロメートルの防空壕内に置かれ,壕内の泥水を飲むなどしていたことから,初期放射線のほか,誘導放射能及び放射性降下物による被曝を含め,より高い線量の放射線被曝をした可能性が高い。 また,原告X18は,近距離で高度の放射線被曝を受けており,原告- 183 -X18の脱毛その他の被爆直後の症状は,種類,経緯からみても放射線による急性症状であるものと認められる。被告らは,原告X18が複数回脱毛したことや,被爆時に大けがをしていることから,上記各症状を直ちに放射線被曝による急性症状と断定できないと主張するが,紫斑,下血,歯茎出血などの出血傾向は外傷に起因するとは解しがたいし,原告X18の被曝線量及び症状全体から考えれば,放射線被曝による急性症状とみるのが合理的であることは明らかであって,上記主張は採用の限りではない。 (ウ)次に,原告X18の頸部有痛性瘢痕は,被爆時に突き刺さったガラス片が被爆後約5年間に摘出ないし露出した跡である。 一般に,放射線照射は創傷治癒の阻害要因として知られており,原告X18の脱毛が,被曝から5年ほど影響が残っていることからみても,強度の放射線被曝の結果,原告X18のガラス片の摘出・露出跡において細胞の増殖活動が抑制され,化膿しやすい状態が続き,良好な創傷治癒が妨げられていたと考えられる。そして,原告X18の瘢痕は傷の長さ2センチメートルほどであり,通常であれば疼痛を伴うことなく治癒したと考えられるのに,疼痛を残しているのは,創傷治癒過程に障害があったためと考えるのが自然であるし,その原因としては,放射線以外には考えられないところである。 (エ)したがっ を伴うことなく治癒したと考えられるのに,疼痛を残しているのは,創傷治癒過程に障害があったためと考えるのが自然であるし,その原因としては,放射線以外には考えられないところである。 (エ)したがって,原告X18の頸部有痛性瘢痕は,原爆放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性原告X18は,日常的に消炎鎮痛剤を内服しており,要医療性が認められる。 なお,担当医師の意見書では,原告X18の瘢痕は,希望すれば摘出可能とされているが,原告X18の年齢や身体状況を考慮すれば,保存的療- 184 -法を望むのも理由がないとはいえないし,摘出する場合もそれに伴う医療は必要と考えられるから,要医療性は認められる。 (18)原告X19(原告番号19番)ア認定事実原告X19は,被爆当時7歳であり,被爆前は健康で病気とは無縁で,幼稚園のときにあごをガラスできる怪我をしたときも化膿する等の問題はなかった。 原告X19は,長崎市内の活水短大そばの崖下の大規模な共用防空壕に父母と3人の姉妹と共に寝泊まりしており,原爆投下の瞬間はこの共用防空壕前の路上(爆心地から約3.8キロメートル)を歩いていた。原告X19は,砂塵がもうもうとする中,共用防空壕に避難した。母は,共用防空壕の南西200メートルほどの自宅で被爆し,自宅近くの防空壕に避難した後,原告X19らのいる共用防空壕に来た。母は,眉間から血を流しており,夕方になって肩を脱臼していることもわかって近くの救護所に治療に行った。 数時間後,共用防空壕前の路上を,避難してきた多数の被爆者たちが通り過ぎてゆくようになり,原告X19の目前で母親がたばこの煙を吸わせてやったりしたので,原告X19もこれらの被爆者と間近に接した。また,共用防空壕に一緒に生活していた大人たちが,救助隊を組織して爆心地付近に入って になり,原告X19の目前で母親がたばこの煙を吸わせてやったりしたので,原告X19もこれらの被爆者と間近に接した。また,共用防空壕に一緒に生活していた大人たちが,救助隊を組織して爆心地付近に入って活動した後,夜防空壕に戻ってきた。このほか,防空壕には爆心地近くから避難してきた被爆者も収容されていた。原告X19は,8月9日の夜には,父に連れられて,共用防空壕を出て近くの高台に登った。 原告X19は,8月10日から12日にかけて,浜口町(爆心地から数百メートル圏内)に住んでいた親族の安否を確かめるため,連日両親に連れられて,ズック靴を覆き防空頭巾をかぶって,防空壕から浜口町まで歩いて行き,爆心地付近の焦土の中を捜索に同行した。 - 185 -原告X19は,8月13日ころ,家族と共に船で天草に向けて出発し,北高来郡の田結に寄港中に終戦を迎えた。 原告X19は,8月15日ころから,両手肘から手の平,指と指の間に至るまで原因不明の皮疹が出て化膿し,長期にわたって治らなかった。 原告X19は,被爆後,怪我をすると化膿しやすく治癒しにくい体質となった。例えば,火傷して水ぶくれが潰れるとすぐ化膿してなかなか治らない,口内炎もすぐ化膿し舌や口の内側が腫れ上がって外から見ても分かるほどになる,擦り傷や切り傷も同様で,ちょっとした傷を作ると化膿してなかなか治癒せず,現在も同じ状態が続いている。 原告X19は,昭和31年ころ体調が悪く,医者から「肋膜の病気だから空気のいいところで静養するように」と言われ,4,5年天草で療養生活をしている。 原告X19は,昭和50年代から,定期的に健康診断を受けるようになって,昭和61年以降,白血球数が2000台となり,治療を受ければ3000台で推移する,といった状態であり,白血球減少症と診断された。 原告X19は,数年前から白内 ,定期的に健康診断を受けるようになって,昭和61年以降,白血球数が2000台となり,治療を受ければ3000台で推移する,といった状態であり,白血球減少症と診断された。 原告X19は,数年前から白内障が進行している。 原告X19は,昭和55年ころ以降,偏頭痛,低血圧,体重の急激な低下,寒さへの過敏,精神的うつ状態などの症状が起こり,仕事に行けないような状態となり,昭和58年には2か月間,入院した。 原告X19は,昭和60年,甲状腺機能低下症との診断を受けた。 原告X19と行動を共にしていた母親は,被爆前は健康であったのに,被爆後,天草に到着したころから,脱毛と衰弱状態を経験している(以上につき甲1019,乙1019(枝番号含む。),原告X19本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は,2センチグレイ(爆心地から2500メートルの場合)未満と推定され,誘導放射能- 186 -による被曝線量は0(爆心地から400メートルの地点に原爆爆発後16時間経過後に立ち入った場合)であり,放射性降下物による残留被爆を考慮する必要はないことになる。 (イ)しかしながら,初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加え,原告X19は,長崎原爆投下当日は,避難してきた多数の被爆者と接触し,更にその夜は,被爆者や,爆心地付近で救助活動に従事した救助隊員とともに共用防空壕で過ごしていたというのであるから,これらの者の衣服や身体に付着した放射性物質や,誘導放射能による外部被曝,内部被曝の可能性があったことは否定できない。さらに,原告X19は,翌8月10日から12日までの3日間にわたり,爆心地から数百メートル圏内の地域において,両親に連れられて,長時間にわたり,親族の捜索活動に従事していたというのであるから,この間に,残留放射能によ ,翌8月10日から12日までの3日間にわたり,爆心地から数百メートル圏内の地域において,両親に連れられて,長時間にわたり,親族の捜索活動に従事していたというのであるから,この間に,残留放射能による相当程度の被曝の可能性があったものというべきである。 他方,原告X19には,被爆後,化膿傾向が現れているところ,被爆前は健康体であったことや,他に有力な原因として考えられるものが存在しないことなどからすれば,この症状についても,放射線による影響が考えられるところである。そして,健康体であったはずの原告X19が,被爆後体調不良に悩まされるようになったこと,被爆状況やその後の行動内容が同原告とほぼ変わりのない同原告の母親に,脱毛などの典型的な急性症状が現れていること,原告X19は,被爆当時7歳であって,放射線感受性が高かったものと考えられることなどの事情も併せ考えれば,原告X19は,健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けたものと認めるべきである。 (ウ)ところで,原告X19の申請疾病である甲状腺機能低下症は,審査の方針において放射線起因性が認められた疾病ではないが,同症と放射線被曝との間に因果関係が存在すると指摘する研究報告も存在するとこ- 187 -ろである(例えば,甲40,81,乙9)。これに対し,被告らは,放射線起因性を肯定する研究報告の内容を検討してみても,低線量群で発症率に有意差が見られる一方で,高線量群で有意さがみられなかったり,線量と発症率との間に相関関係-線量反応関係-が認められないなどの問題点があり,現状の研究結果のみに基づいて放射性起因性を肯定することは困難であると主張する。たしかに,被告らが主張するような問題点が存することは否定し難いが,低線量群で発症率に有意差が現れていることも否定できない事実であることや,甲状 て放射性起因性を肯定することは困難であると主張する。たしかに,被告らが主張するような問題点が存することは否定し難いが,低線量群で発症率に有意差が現れていることも否定できない事実であることや,甲状腺がんについては放射線起因性が認められており,放射線が甲状腺に悪影響を与える可能性があることそれ自体は否定し難いものと考えられることなどの事情を併せ考えると,被告ら指摘の点は,症例の少なさ等に起因するものと解釈する余地もあり得るものというべきである。そうすると,現段階において,甲状腺機能低下症には放射線起因性が認められないと速断することは相当とはいい難いのであって,当該被爆者の被爆状況や身体症状等から予想される被曝の程度,症状経過,病歴等を総合考慮し,放射線による影響が強く疑われる一方で,他に有力な原因が考えられないような事例においては,甲状腺機能低下症の放射線起因性を肯定するのが相当である。 この観点から考えてみると,原告X19については,相当程度の放射線被曝の可能性が認められ,しかも,被爆当時の年齢からして放射線感受性も高かったものと考えられること,その一方で,他に甲状腺機能低下症をもたらすような有力な原因も考えられないことからすると,同原告の甲状腺機能低下症については放射線起因性を認めるのが相当である。 ウ要医療性原告X19は,現在でも甲状腺機能低下症の治療を続けているのであるから,要医療性を認めることができる。 (19)原告X20(原告番号20番)- 188 -ア認定事実原告X20は,被爆当時20歳で,健康であった。 原告X20は,海軍潜水学校の予備生徒として,山口県柳井市所在の柳井分校(爆心地から約55キロメートル)に配属されており,原爆投下時は校庭で北側の兵舎を向いて朝礼をしていた(乙1020の5,原告X20本人)。 海軍潜水学校の予備生徒として,山口県柳井市所在の柳井分校(爆心地から約55キロメートル)に配属されており,原爆投下時は校庭で北側の兵舎を向いて朝礼をしていた(乙1020の5,原告X20本人)。 原告X20は,8月19日ころ柳井駅から無蓋の貨車に乗って広島に向かい,己斐駅を通過し,午後4時から5時ころ,横川駅を過ぎたあたりで列車を降り,線路上を片道約1時間ほど広島駅まで歩いた。原告X20は,いったん広島駅に到着した後,荷物を持つために再度横川付近まで荷物を取りに戻って,また広島駅まで歩いた。 原告X20は,広島駅の屋根の吹き飛んだプラットホームで待機のため1泊し,8月20日ころの午前10時ころ広島駅を出発した。 原告X20は,8月25日ころから,右顔面頬から首にかけての部分が化膿し,9月末ころまで治療を受けた。さらに,腹から背中を一周するような帯状のぶつぶつ,発熱,食欲不振,吐き気があり,発熱は8月末ころまで続いた。 原告X20は,平成12年,健康診断で胃体上部にがんが発見され,同年8月30日に全摘手術を受けた。平成14年ころ,胆石のため胆嚢の手術を受けた。平成17年に肺にたまった水を抜く手術を受けた(以上につき甲1020,乙1020(枝番号含む。),原告X20本人)。 原告X20は,広島駅に2泊した旨を主張するが,申請書添付の申述書(乙1020の1の2)では広島駅に到着した翌日の列車に乗った旨の記載があり,他方,本人尋問における供述内容からは日時についての記憶が明確でないことを窺え,原告X20が広島駅に2泊した旨の供述は採用できない。 - 189 -イ起因性(ア)審査の方針によれば,初期放射線,誘導放射能及び放射性降下物による被曝線量はいずれも考慮する必要はなく,胃がんの原因確率も0パーセントと推定されることになる。 (イ) 89 -イ起因性(ア)審査の方針によれば,初期放射線,誘導放射能及び放射性降下物による被曝線量はいずれも考慮する必要はなく,胃がんの原因確率も0パーセントと推定されることになる。 (イ)そして,原告X20の被爆場所は,爆心地から50キロメートル以上離れた場所であり,初期放射線による被曝は,ほとんど考え難い。 次に,原告X20が入市したのは,原爆投下から13日経過した時点であり,誘導放射能や放射性降下物による被曝の影響も相当程度低下したと考えられる。また,原告X20の行動をみても,その行動範囲は,概ね爆心地から2キロメートルを超えた地域である上,瓦礫の掘削作業や高線量被曝者の看護など特に高度な放射線被曝をもたらすようなものではない。 原告X20の8月25日以降の症状のうち,帯状のぶつぶつは一般的に放射線の急性症状として挙げられている症状ではない。また,化膿,発熱,食欲不振,吐き気は,無蓋貨車での移動や屋根のないプラットホームで夜を明かしたことによる熱中症,疲労,衛生環境の悪さ等による感染症等の可能性を否定できず,症状の点から高度の被曝を推認することもできない。 (ウ)また,原告X20の胃がんが低分化型腺がんであったとしても,低分化型腺がんが被爆者独自のものであるとはいえないから(乙9・51頁によれば,T65Dに基づく被曝線量ゼロの者においても,胃がんの31.9%が低分化型腺がんである。),そのことのみから原告X20が健康状態に影響を生じるような線量の被曝をしたともいえない。 (エ)以上によれば,審査の方針に基づく検討はもとより,原告X20の被爆状況,その後の行動,身体症状その他の事情を総合的に考慮しても,原告X20の胃がんの放射線起因性を認定することは困難である。 - 190 -(20)原告X21(原告番号21番)ア X20の被爆状況,その後の行動,身体症状その他の事情を総合的に考慮しても,原告X20の胃がんの放射線起因性を認定することは困難である。 - 190 -(20)原告X21(原告番号21番)ア認定事実原告X21は,被爆当時19歳であり,健康であった。 原告X21は,宇品の船舶司令部経理部の外庭(爆心地より約4キロメートル)で被爆した。 その後,船舶司令部に市内から多数の負傷者が避難してきたことから,原告X21は,8月6日は徹夜で,皮膚が焼けただれたり血だらけとなった被災者を抱きかかえ,宇品から似島に向かう船に乗せる,移送できない負傷者を建物内に収容するなどの活動をし,原告X21の衣類や顔も血だらけになった。原告X21が救援にあたった被災者のほとんどはその日の内に亡くなっている。 原告X21は,8月7日,広島市皆実町3丁目所在の自宅(爆心地から約2.5キロメートル)に向かい,その後はすぐ妹を捜しに爆心地直近の産業奨励館(現原爆ドーム)付近,元安橋付近を歩き回り,川に浮かんだ死体を川岸から確認したり道端の死体を手で触って確認するなどした。市内は,火災は治まったものの,煙が一杯の状態であった。原告X21は,元安橋付近のほか,捜索範囲を拡大しながら,15日まで,早朝から暗くなるまで捜索活動を続けた。原告X21は,この間,市内各地で破裂した水道管から吹き出す水を飲んでいる。 原告X21は,8月15日から1か月程度の間,突然の発熱と激しい嘔吐,血性下痢,歯茎からの出血,倦怠感,紫斑,黄疸,生理の中止などの症状が出現した。熱は1か月ほどで下がったが,目や体が真黄色になった。 原告X21は,被爆後,倦怠感が続き,結婚後も家事をこなせず家政婦を依頼していた。 原告X21は,昭和24年ころより,かかりつけの医師に白血球の異常を指摘され,昭和30年に入 や体が真黄色になった。 原告X21は,被爆後,倦怠感が続き,結婚後も家事をこなせず家政婦を依頼していた。 原告X21は,昭和24年ころより,かかりつけの医師に白血球の異常を指摘され,昭和30年に入院し輸血を受けた。 - 191 -原告X21は,昭和52年ころに慢性肝炎(非活動期),昭和61年に肝硬変の診断を受けた。原告X21は,平成11年11月に肝細胞がんに対して肝動脈塞栓術を受け,さらに半月後に高熱と大量下血のため入院して治療を受けた。その際,医師から,原爆による骨髄機能の予備能低下による血小板減少に,感染症その他の条件が重なったとの説明を受けた。 なお,原爆症認定申請時の主治医の意見書では,原告X21の疾病が肝硬変症(C型),肝腫瘍であり,原爆による貧血に対する輸血が原因とされている(以上につき甲1021,乙1021(枝番号含む。),原告X21本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,原告X21の初期放射線による被曝線量は1センチグレイ(爆心地から2500メートルの地点)未満と推定され,誘導放射能による残留放射線被曝線量は,8月7日に爆心地から500メートル付近に8時間とどまっていたとして1センチグレイ,8月8日の朝から夕方まで継続して爆心地にとどまっていたとして4センチグレイを超えることはなく,放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はないから,原告X21の被曝線量は6センチグレイ未満と推定され,肝臓がんの原因確率は6.0パーセント(被曝線量10センチグレイの場合)を超えることはないことになる。また,肝硬変については放射線起因性が認められていない。 (イ)しかしながら,原告X21は原爆当日徹夜で重傷者の介助にあたり,その際,顔や服が血だらけになる状態であって,重傷者に付着していた放射性降下物や誘導放射化物質,さ 線起因性が認められていない。 (イ)しかしながら,原告X21は原爆当日徹夜で重傷者の介助にあたり,その際,顔や服が血だらけになる状態であって,重傷者に付着していた放射性降下物や誘導放射化物質,さらには誘導放射化された重傷者の身体から外部被曝及び内部被曝を受けた上,8月7日から15日まで9日間にわたり,連日,爆心地直近を含め市内を歩き回り,死体に触れたり破裂した水道管から水を飲むなど,放射性降下物や誘導放射化物質の外- 192 -部被曝ないし内部被曝を受けていると考えられ,これらによる総被曝線量は相当程度に達していた可能性が高いものというべきである。 そして,原告X21には,15日以降,血性下痢,歯茎出血,紫斑など放射線による急性症状である可能性の高い症状がみられ,同時に発熱,嘔吐,倦怠感などの症状も発生している上,その後も放射線以外には有力が原因が考えられない体調不良に悩まされていたことからも,原告X21が相当程度高い線量の被曝をしたことが裏付けられる。 (ウ)次に,原告X21の申請疾病である肝硬変症(C型)及び肝腫瘍については,C型肝炎ウィルスに感染し急性肝炎を示した症例の70ないし80パーセントは慢性肝炎へ移行すること,感染後全く症状を示さず慢性肝炎が判明する例も多いこと,C型慢性肝炎の自然治癒がほとんどなく,肝病変が緩徐に進行し20ないし30年以上かけて肝硬変へ進展すると指摘されていること等を考慮しても,放射線起因性を肯定し得ることは原告X17についての判断において説示したとおりである。 そして,原告X21が相当程度高い線量の被曝を受け,長年にわたり倦怠感や血小板減少などその影響を受けていたと考えられること,原告X21の慢性肝炎の診断から肝硬変の診断までは10年余りにすぎないことも勘案すると,原告X21の肝硬変症及び肝腫瘍 受け,長年にわたり倦怠感や血小板減少などその影響を受けていたと考えられること,原告X21の慢性肝炎の診断から肝硬変の診断までは10年余りにすぎないことも勘案すると,原告X21の肝硬変症及び肝腫瘍は,原爆放射線の影響によりその進展が促進され,申請時点における発症につながったと認めることができる。 (エ)したがって,原告X21の肝硬変症及び肝腫瘍は,放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性原告X21の申請疾病及びその後の治療状況から,申請時に要医療性があったものと認められる。 (21)原告X22(原告番号22番)- 193 -ア認定事実原告X22は,被爆時20歳であり,妊娠3か月であったが,被爆前に健康上特別な問題はなかった。 原告X22は,妹の下宿先である東観音町の木造平家建建物(爆心地の南西1.1キロメートル)の屋外,90センチメートルほどの庇の下で被爆した。手を洗おうと下を向いたときに,眼前が青白い光一色になった。 その後,原告X22は,妹と協力して家の下敷きになっていた下宿先の老婆を救出した後,妹と一緒に己斐駅方面に逃げた。途中雨が降り出し,己斐駅の裏手の丘を登っているころには,雨が山肌を川のように流れるほど激しくなっていた。原告X22は布団を被っていたが,足は雨に濡れた状態であった。 原告X22は,妹と一緒に,午後8時ころ,線路づたいに横川まで行き,そこから古市方面に出て,深夜ころに伴村の実家にたどり着いた。途中,横川の手前で拾ったカボチャを実家に持って帰って食べた。 原告X22は,8月8日,徒歩で三滝から三篠橋を渡って白島に出て,そこから八丁堀にある広島銀行の辺りまで入り,その周辺(爆心地から0. 5~0.6キロメートル)で夫の叔母の子を捜し回った。 原告X22は,8月中から,血便,脱毛などの症状の発現があり, て白島に出て,そこから八丁堀にある広島銀行の辺りまで入り,その周辺(爆心地から0. 5~0.6キロメートル)で夫の叔母の子を捜し回った。 原告X22は,8月中から,血便,脱毛などの症状の発現があり,眉毛も全て抜けてしまった。 原告X22は,昭和21年2月に女児を出産したが,後に同女児は原爆小頭症と診断された。 原告X22は,被爆直後から微熱が続く状態であったが,昭和23年には高熱が続く状態となった。被爆から昭和27年ころまで,身体がつらくて立っているのもままならない状態であった。昭和24年に虫垂炎の手術を受け,昭和27年ころには,暫くの間,目が見えなくなる状態となり,昭和30年ころに突然胸が苦しくなる症状がみられ,昭和40年ころには- 194 -歯茎,口の周辺部が紫色に変色しだし,歯も全部抜けてしまった。 原告X22は,昭和45年ころから食器を手から落とすようになり,昭和50年ころから起床時に嘔吐を繰り返すようになり,昭和53年に脳梗塞と診断された。このほか,被爆時から現在まで始終耳鳴りがしている。 原告X22は,平成14年5月,悪性黒色腫と診断され,腫瘍切除の後,引き続き化学療法を受けている。 原告X22は,健康状態が悪いことから,屋内で過ごすことが多かった。 原告X22の家族のうち,上記の妹は昭和35年に再生不良性貧血白血球減少症で原爆症の認定を受けている。また,被爆した弟と別の妹を除き,がんになった者はいない(以上につき甲1022,乙1022(枝番号含む。),原告X22本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,初期放射線の被曝線量は,建物による遮蔽を考慮して遮蔽係数を0.7として186.9センチグレイと推定され,8月8日に爆心地近くを歩き回った際の誘導放射能による残留放射線被曝線量は1センチグレイと推定され,被爆当日に己斐地 建物による遮蔽を考慮して遮蔽係数を0.7として186.9センチグレイと推定され,8月8日に爆心地近くを歩き回った際の誘導放射能による残留放射線被曝線量は1センチグレイと推定され,被爆当日に己斐地区に滞在した際の放射性降下物による被曝線量は最大限考慮して2センチグレイであり,原告X22の推定被曝線量は最大で189.9センチグレイとされ,悪性黒色腫の原因確率は9.1パーセント(210センチグレイの場合)を超えることはないとされている。 (イ)しかしながら,上記の初期放射線による被曝線量については,原告X22が被爆時に木造平家建て建物の庇の下にいたことからみて,遮蔽は完全でないと考えられるのに0.7の遮蔽係数を掛けて算定されている点において疑問がある。その上,原告X22は,被爆直後に爆心地から1.1キロメートルの地点において,家の下敷きになっていた老婆の救出活動を行った上,審査の方針においても放射性降下物の影響が大き- 195 -かったと認められている己斐地区に滞在し,更には,被爆から2日後である8月8日には,爆心地付近を歩き回って親族の捜索を行っているのであるから,これらの活動を行う中で,放射性降下物や誘導放射能に起因する相当程度の外部被曝,内部被曝を受けた可能性が十分にあるのであって,これらを併せれば,同原告の被曝線量は,審査の方針に基づく推定値である189.9センチグレイを遙かに超えるものであった可能性が十分にあるものというべきである。 他方,原告X22の身体症状等をみると,8月中に発現した血便や脱毛は,放射線による急性症状である疑いが高いものというべきであるし(他に有力な原因として考えられるものはない。),昭和21年2月に出産した女児が原爆小頭症と診断されていること,健康体であった原告X22が長期間にわたって体調不良に悩ま が高いものというべきであるし(他に有力な原因として考えられるものはない。),昭和21年2月に出産した女児が原爆小頭症と診断されていること,健康体であった原告X22が長期間にわたって体調不良に悩まされていることなどからしても,同原告は,健康に大きな影響を与える程度の放射線被曝を受けたものと認めるべきである。 (ウ)ところで,原告X22の申請疾患である悪性黒色腫は,審査の方針において放射線起因性が認められている疾患ではないが,多くの固形がんについて放射線起因性が認められていることからすれば,放射線被曝との間に一定の関係が存するものと推認することが可能である。そして,既に認定したような,原告X22の被爆状況や身体症状とその経過,放射線被曝以外には,悪性黒色腫発生の原因となるような有力な要因は見当たらないことなどを総合考慮すれば,悪性黒色腫の発症は放射線被曝に起因するものであると認めることができる。 (エ)したがって,原告X22の悪性黒色種は放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性原告X22の申請疾病及び治療状況からみて,申請時に要医療性があっ- 196 -たものと認められる。 (22)原告X23(原告番号23番)ア認定事実(ア)原告X23は,被爆当時18歳の女性であり,広島市旭町(爆心地から3ないし4キロメートル)の自宅で,両親,祖父,弟,妹と同居していた(甲1023の1,原告X23本人)。 原告X23は,昭和40年10月1日に東京都から,被爆場所が広島市旭町と記載された被爆者健康手帳の交付を受けている(乙1023の5,原告X23本人)。 原告X23は,平成11年12月に気管支炎の病名で入院し,平成12年1月に肺がんの診断を受けた(乙1023の2)。 (イ)原告X23は,本人尋問において,次のとおりの供述をし,陳述 告X23本人)。 原告X23は,平成11年12月に気管支炎の病名で入院し,平成12年1月に肺がんの診断を受けた(乙1023の2)。 (イ)原告X23は,本人尋問において,次のとおりの供述をし,陳述書(甲1023の1)にも同様の記載がある。 まず,被爆当日の行動等については,被爆当時,国鉄関係で働いていたこと,8月6日は出勤日でなかったこと,電車の中で知り合った同年代のDPちゃんから,一緒に芋を買いに行くよう誘われ,千田町付近のDPちゃんの家(爆心地から約1.7キロメートル)に行き,トイレを借りて中に入っていたとき被爆し気を失ったこと,トイレの窓から外に出て家に帰ることしか頭になかったこと,千田町から御幸橋,専売局の横を通って自宅に帰ったこと,途中は頭がぼーっとして自分の家に帰ることがやっとであったこと,DPちゃん本人あるいは家族の行方が分からないこと,現在ではDPちゃんの家が千田町のどこかということも分からないこと,被爆者健康手帳は最初に父が兄弟全員分を取得し,帰省した際に父から渡されたこと,被爆者健康手帳の被爆地の記載は誤りであったため,都庁に被爆場所の記載の訂正について相談したが,証人がいないと訂正できないと言われ面倒くさいからそのまま放置しているこ- 197 -とを供述している。 また,被爆から2,3日後(陳述書では数日後),叔父を探すため,竹屋町(爆心地から約1キロメートル)から市役所あたりまで進入したこと,認定申請時の申述書には,爆心地付近に立ち入ったのは8月17日であると記載したが,これは,幼稚園,小学校が一緒だった仁井佐枝子が,被爆当日会ったときは外傷も負っていなかったのに,16日に死亡したショックで記憶が混乱したと供述している。 (ウ)しかしながら,原告X23の上記供述ないし記載は,そのまま採用することは困難で 子が,被爆当日会ったときは外傷も負っていなかったのに,16日に死亡したショックで記憶が混乱したと供述している。 (ウ)しかしながら,原告X23の上記供述ないし記載は,そのまま採用することは困難であるといわざるを得ない。その理由は次のとおりである。 まず,原告X23の被爆場所については,原告X23の供述以外にこれを裏付ける客観的証拠や証人のないところ,正確な被爆地点は原告X23の供述によっても不明である。また,DPちゃんの家を訪問する経緯についても,休暇中とはいえ電車の中で知り合っただけの者と一緒に芋を買いに行くため,午前8時15分ころから場所も判然としない家に行くなどというものであって,不自然の感を否めない。また,原告X23が自宅に帰った時間帯は明らかではないが,原告X23が通ったとする御幸橋は,千田町三丁目で被爆した原告X26が到達した時点で既に西詰に負傷者が大勢倒れており(甲1026の1),さらに午前11時過ぎに撮影された写真では,市の中心街方面に巨大な黒煙と猛火が立ちのぼり,火炎が直近に迫り,橋のたもとや歩道に歩けなくなった負傷者が座り込む凄惨な状況を呈している(甲1・21頁)のと比較すると,自宅に戻るまでの原告X23の供述内容はいささか現実感に欠けるものといわざるをえない。加えて,原告X23の供述を前提とすれば,自宅に戻るまでにある程度の時間を要したことは明らかであるところ,18歳の長女が朝から行き先も告げずに外出し,原爆投下後しばらくして戻- 198 -ったのであれば,両親としてその間の娘の行動を尋ねないというのも不自然さを否めないし,そもそも,原告X23の父が,自宅を留守にしていた同原告が自宅にいたなどと誤解するということ自体が考えられない事柄である。そうすると,本件の証拠関係に照らしてみる限り,原告X23は,被 否めないし,そもそも,原告X23の父が,自宅を留守にしていた同原告が自宅にいたなどと誤解するということ自体が考えられない事柄である。そうすると,本件の証拠関係に照らしてみる限り,原告X23は,被爆者健康手帳の記載どおり,自宅で被爆したものと認めるのが合理的であって,これに反する同原告の供述等は採用できないものといわざるを得ない。 次に,原告X23は本人尋問で,叔父の捜索のため爆心地近くに行ったのが,原爆当日の2,3日後であると供述しているが,上記申述書では,下痢や発熱が始まったが,比較的元気だったので,8月17日ころ爆心地付近に入った旨,急性症状の発症日より後であることを明確に意識した記載がされている。上記申述書が作成されたのは平成14年7月のことであり,8月16日に死亡した幼なじみのため記憶が混乱していたとの原告X23の供述は採用できず,上記申述書の記載に照らして,原爆当日の2,3日後に爆心地近くに行ったとの事実は認定できない。 イ起因性被告らは,原告X23の被爆地点を被爆者健康手帳交付台帳の記載に基づき広島市旭町所在の自宅(爆心地から4.0キロメートル)とした上で,審査の方針に基づき,初期放射線による被曝線量は1センチグレイ未満と推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝の影響は考慮する必要がないとしている。 被爆者健康手帳の記載に従い,原告X23の被爆地点を自宅とすると,審査の方針に基づく初期放射線による外部被曝線量は1センチグレイ未満となる。また,原告X23が爆心地付近に行ったのは,原爆投下11日後の8月17日ころのことであるから,広島原爆における初期放射線量の過小評価の可能性や,残留放射能及び放射性降下物による外部被曝ないし内- 199 -部被曝の可能性を考慮しても,原告X23が健康状態に影響を与える程 のことであるから,広島原爆における初期放射線量の過小評価の可能性や,残留放射能及び放射性降下物による外部被曝ないし内- 199 -部被曝の可能性を考慮しても,原告X23が健康状態に影響を与える程度の被曝を受けたとの事実はにわかに認定しがたい。 また,原告X23は,本人尋問において,急性症状として,下痢,発熱,脱毛を挙げているところ,被爆状況に関する供述についての問題点に照らしてみると,この点に関する供述の正確性についても疑問がないではないが,その点を措くとしても,上記のうち下痢と発熱は,放射線以外の感染症等によるものである可能性もあり,また脱毛も,原告X23本人の供述によっても,髪に櫛を入れると,いつもは1,2本なのに5,6本以上抜けること,髪の毛の束の太さが半分程度になったというものであり,季節の変化や栄養不足など放射線以外の原因も考えられるのであるから,原告X23が相当程度の被曝をしたことを裏付けるものとはいいがたい。 以上によれば,審査の方針に基づく線量推定等はもとより,被爆状況やその後の身体状況等を照らし合わせてみても,原告X23の肺がんが,放射線に起因することを認めることは困難である。 (23)原告X24(原告番号24番)ア認定事実原告X24は,被爆当時7歳であり,被爆前は健康上特に問題はなかった。 原告X24は,広島県牛田町所在の安楽寺の敷地内にある,川の土手沿いの建物を借りた勉強教室(原告X24の被爆者健康手帳の記載上,爆心地から2.3キロメートル)の玄関内のたたきに立っていたとき被爆し,建物の下敷きとなった。安楽寺は,神田橋(爆心地から約2.0キロメートル)付近にあった。原告X24は,閃光を感じて気を失い,気がつくと生き埋めになっていた。原告X24は,爆風を右側から受け,左のこめかみ付近の動脈,左あご横,右頬 神田橋(爆心地から約2.0キロメートル)付近にあった。原告X24は,閃光を感じて気を失い,気がつくと生き埋めになっていた。原告X24は,爆風を右側から受け,左のこめかみ付近の動脈,左あご横,右頬上部から口元まで,ガラスで傷を負い,口元の左横に木のかけらが入り込んでいた。 - 200 -原告X24は,他の負傷者とともに神田橋を渡って白島方向に逃げたが,白島付近が火の海であったため,神田橋に引き返し,やがて神田橋の牛田側も火が回ってきたので,大人の後について山の方に夢中で逃げた。 その後気を失い,降ってきた雨に打たれて意識を取り戻すと,山の畑の柿の木の下におり,そのままそこにいた。夕方になって,奇跡的に父に発見された。その日は家族とともに畑で寝た。 左頭部動脈の切断による出血と,顔の傷の出血がなかなか止まらなかったため,原告X24は,8月9日も野戦病院に行き,麻酔なしで血管の縫合手術を受けた。 被爆後,発熱が続いた。歯茎の出血は,被爆後3か月くらいから始まり,中学生ころまで続いた。倦怠感は,被爆後生じ,中学校在学中も経験した。 原告X24は,体調不良のため,昭和21年3月まで休学した。 原告X24は,昭和21年3月にガラス片の摘出手術を受けた。 原告X24は,昭和21年4月に復学し,2年生のクラスに編入された。 原告X24は,そのころから貧血で倒れることが多かった。 原告X24は,中学校在学中,身体がとても辛く,黒板の字がよく見えない状態を経験した。 原告X24は,その後も体調不良が続いている。 原告X24は,昭和30年6月に肺結核にかかり治療を受け,昭和36年10月に肺結核が再発し治療を受け,昭和37年2月に結核性腸閉塞となり手術を受け,昭和38年2月には肺結核のため右肺中葉及び下葉の摘出手術を受けた。そのとき,大量の輸血を受けた。 原告X24 年10月に肺結核が再発し治療を受け,昭和37年2月に結核性腸閉塞となり手術を受け,昭和38年2月には肺結核のため右肺中葉及び下葉の摘出手術を受けた。そのとき,大量の輸血を受けた。 原告X24は,平成11年に造血機能障害と診断され,平成15年2月には慢性硬膜下血腫との診断を受け治療を受けている。 原告X24は,平成13年2月,子宮体部がんと診断され,同年4月に手術を受けた。さらに,平成14年には,C型肝炎,肝硬変と診断され,- 201 -週のうち4日は自宅で伏せる生活が続いた(以上につき甲8の1,甲1024,乙1024(枝番号含む。),原告X24本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,爆心地から2300メートルの地点における初期放射線による被曝線量2センチグレイに,遮蔽係数0.7を乗じ,原告X24の初期放射線による被曝線量は1.4センチグレイと推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はないことになる。また,審査の方針によれば,子宮体がんの原因確率は,2.8パーセント(被曝線量30センチグレイの場合)を超えることはなく,このことは爆心地からの距離を2000メートルとした場合も変わらない。 (イ)まず,原告X24の被爆地点である安楽寺が勉強部屋として貸していた建物は,川の土手沿いにあり,爆心地から約2.0キロメートルの神田橋よりは爆心地から遠いと考えられるものの,爆心地からの距離の差が300メートルもあるとは考え難いから,爆心地から2000メートルから2300メートルの間の場所と考えられる。 そして,原告X24の初期放射線による被曝線量は,爆心地との距離の差のほか,初期放射線の過小評価のため,実際にはより大きな値であった可能性があるし,原告X24の行動範囲と,途中で雨に打たれていることから, 原告X24の初期放射線による被曝線量は,爆心地との距離の差のほか,初期放射線の過小評価のため,実際にはより大きな値であった可能性があるし,原告X24の行動範囲と,途中で雨に打たれていることから,放射性降下物等により相当程度の被曝をした可能性がある。 そして,原告X24は,倦怠感,歯茎出血,発熱といった放射線の急性症状とみられる症状が生じた上,健康体であった原告X24が,体調不良に悩まされるようになり,昭和21年3月まで休学していることも,放射線の影響を示唆するものである。そして,被爆当時の原告X24が7歳という放射性感受性の高い年齢であったことも併せ考えると,原告X24は健康状態に影響を与える程度の被曝を受けた可能性が高いもの- 202 -と考えられる。 また,2キロメートルの被爆者に結核死が多かったこと(甲85の7)に照らして,原告X24が肺結核及び結核性腸閉塞を繰り返していることも,原告X24が相当程度の被曝をしたことを窺わせるものといえる。 (ウ)子宮体部がんについて,LSS第13報(乙56)によれば,固形がん全体の死亡率では有意なリスクの増加が認められ,また子宮がんについて統計的に有意とはいえないものの,ERR推定値(Sv当たり)が正の値を示している。これらの点に,前示の原告X24の被爆状況,その後の身体症状,更には,原告X24の生活状況等に照らして,放射線以外に,子宮体部がん発生の有力な要因は見出しがたいことを総合考慮すると,原告X24の子宮体部がんは放射線に起因するものと認められる。 他方,C型肝炎及び肝硬変ついては,昭和38年の輸血の際にC型肝炎ウィルスに感染し,平成14年までの39年間に肝炎,肝硬変へと進展したものと推測されるところ,感染から診断までの期間が長期であって,通常のC型肝炎の経過と異なるところはない 8年の輸血の際にC型肝炎ウィルスに感染し,平成14年までの39年間に肝炎,肝硬変へと進展したものと推測されるところ,感染から診断までの期間が長期であって,通常のC型肝炎の経過と異なるところはないことから考えると,本件全証拠を勘案しても,原告X24のC型肝炎及び肝硬変が,放射線により進展が促進されるなど,放射線に起因するものとは認めがたい。 ウ要医療性原告X24は,平成13年4月に子宮体部がんの手術を受けているが,その他の症状も含め,その後も医学的管理下におく必要があるといえる。 (24)原告X25(原告番号25番)ア認定事実(ア)原告X25は,昭和12年3月31日生まれ,被爆当時8歳で,健康であった。 - 203 -原告X25は,長崎市小江原郷所在の通称向い山の上にある愛宕神社から,その北西側の自宅に帰る途中(爆心地から約2.6キロメートル),木に登っていたときに被爆し,爆風で飛ばされた。原告X25は,閃光は感じたものの,熱線は受けなかったらしく火傷はなかった。向い山の反対側(爆心地側)の斜面は,火災で焼失した。 原告X25は,近くの自宅に戻ったところ,屋根瓦は落ち,壁も抜け落ちていた。家族皆で自宅内の整理を数日間行った。原告X25は,被爆後もその自宅で生活していた。 原告X25は,遅くとも9月中旬ころ以降,原因不明の高熱が11月ころまで続いた。熱を下げるために小麦粉と唐辛子を混ぜて胸に当てるなどした。11月ごろ,医師の診察を受け,気管支喘息と肺炎との診断を受けた。原告X25は,9月中旬ころから12月ころまで寝込んでいた。 原告X25は,その後も中学2,3年生のころまでは1週間に2,3回は学校を休むほどよく体調を崩していた。節々が痛くて微熱が続いたり,風邪を引くとすぐ高熱を出したりしていた。 中学卒業後,長崎経理学校に進 X25は,その後も中学2,3年生のころまでは1週間に2,3回は学校を休むほどよく体調を崩していた。節々が痛くて微熱が続いたり,風邪を引くとすぐ高熱を出したりしていた。 中学卒業後,長崎経理学校に進学したが,依然として体調を崩して学校を休むことが度々あった。長崎経理学校卒業後4,5年は体調を崩して勤務先を休むことが度々続き,職を転々としていた。 原告X25は,平成12年(満63歳ころ)肺がんが発見され,手術を受けた。また,肺がん手術直後に声帯の手術も受けた。 原告X25は,約30年にわたって,1日25本程度たばこを吸っていた(以上につき甲1025,乙1025(枝番号含む。),原告X25本人)。 (イ)原告X25は,本人尋問において原爆投下から1週間後ころの午後4時くらいから6,7時くらいまで,子供の好奇心から,従兄弟の豊村- 204 -勝と共に爆心地から約500メートルの下大橋付近まで入市し,その5日ないし1週間後ころにも,下大橋付近まで行った旨の供述をしている(陳述書(甲第1025号証の1)にもほぼ同内容の記載があるが,2度目の入市は特に丸焼けになった商業高校を見に行ったとなっている。)。しかしながら,上記供述ないし記述を裏付ける客観的証拠はない。その上,原告X25の供述内容は,本件訴状添付の被害の概要では,被爆から2,3日後に同級生2人と連れだって入市した旨記載されていたのと一致せず,さらに,認定申請時の申述書(乙1025号証の1の2)には,入市について記載は一切ないばかりか,かえって,姉に尋ねたところ,被爆直後から年末まで寝込んでいた旨の記載があるというように,各段階において一貫せず,矛盾した内容となっているものと評価せざるを得ないのであって,原告X25の供述内容のうち,入市に関する部分を採用することは困難である。 また,原 旨の記載があるというように,各段階において一貫せず,矛盾した内容となっているものと評価せざるを得ないのであって,原告X25の供述内容のうち,入市に関する部分を採用することは困難である。 また,原告X25は,煙草を吸っていたのは35歳ころから58,59歳ころまであり,1日の本数は3本ないし4本くらいであると供述している。しかしながら,原告X25の担当医師の作成した意見書及び健康診断個人票には,「タバコ25本/日×30年」と明記されているところ,上記意見書等が原爆症認定手続用のものであることは容易に看取することができ,担当医師において患者である原告X25の原爆症認定手続に不利になりかねない内容を根拠もなく記載するとは通常考え難い。 したがって,上記記載と矛盾する原告X25の喫煙歴に関する供述も採用できない。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は2センチグレイ(爆心地から2500メートル)未満と推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要がないとされる。また,- 205 -肺がんの原因確率は,3.1パーセント(10センチグレイの場合)を超えることはないことになる。 (イ)原告X25の被爆地点は,爆心地から約2.6キロメートルであるが,初期放射線についていえば,向い山の爆心地と反対側の斜面であり,熱傷もなかったことからすると,地形による遮蔽効果があった可能性がある。また,原告X25の供述する入市の事実は認定しがたく,他に誘導放射能により健康に影響を及ぼすような被曝をした事実は認定しがたい。このほか,放射性降下物による被曝の影響も考えられないわけではないが,上記認定事実によっても大きな線量の被曝をした事実は窺えず,結局,被爆状況等からみる限り,原告X25の被曝線量は少ないものであっ このほか,放射性降下物による被曝の影響も考えられないわけではないが,上記認定事実によっても大きな線量の被曝をした事実は窺えず,結局,被爆状況等からみる限り,原告X25の被曝線量は少ないものであったとみるほかはない。 次に,原告X25の被爆直後の健康状態として,原因不明の高熱があるが,放射線による急性症状特有のものではなく,原告X25の受けた治療内容や11月ころの医師の診断内容に照らすと,感染症その他放射線以外の原因によるものであった可能性も否定しがたい。 このほか,原告X25は被爆後に体調を崩しやすい状態が続いており,また原告X25は平成10年には右大腿部に腫瘍ができ手術を受けたと供述しているが,これらの事実のみから直接,原告X25が健康状態に影響する程度の線量の被曝をしたと推認することは困難である。 (ウ)次に,原告X25の申請疾病である肺がんの発生は,放射線の確率的影響とされている。また,肺がん死亡率について,放射線と喫煙との関係をみると,喫煙群と非喫煙群ともほぼ同程度の死亡率だけ高線量群(0.01グレイ以上)のほうが対照群(0グレイ)よりも肺がん死亡率が高くなっており,喫煙と放射線の作用が相加的(相互作用がない)であると報告されている(甲40の25)。 そして,審査の方針に基づく推定被曝線量や原因確率は僅かなもので- 206 -ある上,原告X25の被爆状況,身体症状に照らしてみても,相当程度の被曝の事実を認定することは困難であること,更には,原告X25の喫煙暦や肺がんの発症時期等の事情を併せ考えてみると,放射線が同原告の肺がんの原因となった,あるいは,その自然的経過を超えて増悪させたものと認めることは困難であるといわざるを得ない。 (エ)以上によれば,本件全証拠に照らしても,原告X25の肺がんの放射線起因性を肯定することは となった,あるいは,その自然的経過を超えて増悪させたものと認めることは困難であるといわざるを得ない。 (エ)以上によれば,本件全証拠に照らしても,原告X25の肺がんの放射線起因性を肯定することは困難である。 (25)原告X26(原告番号26番)ア認定事実(ア)原告X26は,被爆時,17歳であり,健康状態は概ね良好であった。 原告X26は,広島市千田町3丁目所在の官立広島工業専門学校(爆心地から約2キロメートル)の校舎の2階,建物内で被爆した。当時の外傷としては,ガラスの破片が5,6箇所めり込んでできた左腕の傷と,校舎の2階から飛び降りたときの腰の打撲傷があった。6日は,学校から御幸橋を通って似島に移送され,陸軍検疫所で一夜を過ごした。同所には夥しい数の負傷者が搬送され建物の外まで横たえられており,原告X26も,やけどの負傷者たちと並んで寝た。重傷者の大半は,朝までに死亡した。 7日,原告X26は,家族の捜索のために朝から広島市内に入り,3時間ほどかけて自宅のあった中島本町(爆心地から約0.2キロメートル以内)に行き,同所に2,3時間滞在した。万代橋を渡ってから自宅までの1キロメートルほどの区間は,道を歩くのが困難であった。この日は真夏の炎天下で,道中,破れた水道管から水を飲んでいる。この日,伯父と出会い,伯父の妻の実家のあった祗園町に行き,同所に滞在した。 原告X26は,10日に家族の遺骨回収のため中島本町の自宅跡に行- 207 -き,周辺を掘削した。また,20日ころから2,3日かけて自宅跡地付近に小屋を建て,その場所で昭和20年10月ころまで生活した。その間,破裂した水道管から水を飲み,自宅近くを流れていた元安川にいた弱った魚を手で捕まえて食べた。 原告X26は,8月末ころより9月いっぱい,血性の下痢が続き,その後も翌 10月ころまで生活した。その間,破裂した水道管から水を飲み,自宅近くを流れていた元安川にいた弱った魚を手で捕まえて食べた。 原告X26は,8月末ころより9月いっぱい,血性の下痢が続き,その後も翌年1月ころまで下痢は続いた。同時に,全身がだるいという疲労感があった。また,被爆時に負ったガラスの破片による腕の怪我は,傷口がふさがるのに9月いっぱいかかった。 原告X26は,被爆後数年経ってから,擦り傷や包丁で手を切ったりしたときに血が止まりにくくなっていることに気付いた。また,平成7年5月に脳梗塞の診断を受けた。 原告X26は,平成12年12月,前立腺肥大症の手術の際,切除組織よりがん細胞が発見され,前立腺がんB段階の初期との診断を受け,平成13年1月から3月まで放射線治療を受け,がんはほぼ消えた。その後,腸からの出血が続き,平成14年6月に放射線照射による腸炎と診断され,ホルモン剤注射によるがん細胞の抑制に加えて出血止めの治療を続けている。医師からは,通常,放射線照射を行っても腸炎で出血するとは限らず,仮に出血した場合もしばらくすれば止まるのに,原告X26の場合は出血が続いているとの説明を受けた(以上につき甲1026,乙1026(枝番号含む。),原告X26本人)。 (イ)被告らは,被爆翌日の8月7日に爆心地付近まで進入することは物理的に困難であったはずであるなどとして,原告X26の7日の中島本町への立入りの事実を争っているが,乙1026の5(広島原爆戦災誌)によれば,6日午後6時ころには既に爆心地である天神町に入った者がいることからみて,原告X26の供述を否定する理由はない。 イ起因性- 208 -(ア)審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は7センチグレイに遮蔽係数0.7を乗じた4.9センチグレイと推定され,誘導放射能 X26の供述を否定する理由はない。 イ起因性- 208 -(ア)審査の方針によれば,初期放射線による被曝線量は7センチグレイに遮蔽係数0.7を乗じた4.9センチグレイと推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝は考慮する必要がなく(仮に8月7日に中島本町付近で4時間程度捜索を行ったとした場合の残留放射線被曝線量は,原爆爆発後24時間経過後から32時間経過後まで8時間にわたって爆心地から200メートルの地点に滞在したとしても4センチグレイであるから,この場合でも原告X26の推定被曝線量は合計8.9センチグレイを上回ることはない。),また,前立腺がんの原因確率は,1.7パーセント(30センチグレイの場合)を超えることはないことになる。 (イ)まず,原告X26の被曝線量については,初期放射線による被曝線量の過小評価に加え,原爆投下翌日の7日には,爆心地からわずかに200メートルの自宅跡に3時間ほど滞在したことのほか,その前後に相当の時間をかけて市内を移動したこと,その間に破裂した水道管から水を飲んでいること,また,10日に自宅跡を訪れ,掘削作業をしていること,さらに,8月20日ころから10月まで自宅跡の小屋で生活し,付近の川で採った弱った魚を食べ,破裂した水道管から水を飲み,おそらくは地面近くで横臥して就寝していたことなど,残留放射能による放射線の直撃を受けたであろう諸行動をとっていることからみて,爆心地直近の強い誘導放射能や,周辺一帯の放射性降下物により,外部被曝及び内部被曝を受け,前記の推定値をはるかに上回る線量の被曝を受けた可能性が十分にあるものと考えられる。 このことは,原告X26が,血性の下痢,倦怠感,ガラス傷の治癒の遅れなど,典型的な急性症状を呈していることとも良く符合する。また,原告X26には,その を受けた可能性が十分にあるものと考えられる。 このことは,原告X26が,血性の下痢,倦怠感,ガラス傷の治癒の遅れなど,典型的な急性症状を呈していることとも良く符合する。また,原告X26には,その後も傷口の治癒能力の低下傾向があり,放射線の影響が持続していたことが窺われる。 - 209 -(ウ)原告X26の申請疾病は前立腺がんであるところ,審査の方針においては前立腺がんの放射線起因性は認められるには至っていないものの,一般的にはこれを認め得ることは既に説示したとおりである。 そして,原告X26の被爆状況やその後の症状経過,原爆放射線以外に前立腺がんの要因となった事由は窺えないことなどを総合考慮すれば,原告X26の前立腺がんは,放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性原告X26は,放射線治療の後も,現実に前立腺がんの再発防止のための治療を続けており,要医療性があるといえる。 (26)原告X27(原告番号27番)ア認定事実原告X27は,被爆当時22歳であり,妊娠9か月であったが,被爆前は健康で特に病気などしたことはなかった。 原告X27は,長崎市稲佐町2丁目の平家建の自宅(爆心地から約2. 2キロメートル)の居間で窓を開けた状態で被爆した。原爆の閃光が目に入り,左目が見えなくなった。自宅は大破した。 原告X27は,被爆直後から7日間,近くの高台の防空壕に避難した。 この間,配給のおにぎりは腐って食べられず,畑で採ったなまのカボチャをそのまま食べ,1日一升瓶1本配給される水を5人で飲むなどしていた。 同居していた夫と養父が爆心地付近で死亡したため,原告X27は,着の身着のままの状態で,貨物列車や船を乗り継いで四国の実家に行った。 原告X27は,養女に出ていたため実家に入れてもらえず,高松の木賃宿で9月22日に難産のうえ長男を出産した たため,原告X27は,着の身着のままの状態で,貨物列車や船を乗り継いで四国の実家に行った。 原告X27は,養女に出ていたため実家に入れてもらえず,高松の木賃宿で9月22日に難産のうえ長男を出産した。原告X27は,お金がなく,出産の翌日木賃宿を逃げ出し,大阪,京都を流れ歩いた。 昭和21年からも同じような生活が続いたが,このころ,歯茎からの出血が続いていたことを記憶している。 - 210 -原告X27は,昭和33年ころ胃潰瘍の手術を受け,そのころ甲状腺機能低下を指摘された。原告X27は,昭和35年ころ,心臓病で入院治療を受けた。 原告X27は,このほか,子宮筋腫の手術を受け,慢性関節リウマチ,高血圧症,甲状腺機能低下症,慢性膵炎を発症した。 原告X27は,平成元年に脾臓の悪性リンパ腫のため脾臓を摘出し,平成3年にはC型慢性肝炎,肝硬変及び腎盂腎炎の診断を受けた。さらに,原告X27は,平成13年には左顎下腺腫の手術を受け,平成15年に嘔気,下痢及び下血(鮮血)で診察を受けた(以上につき甲1027,乙1027(枝番号含む。),原告X27本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,原告X27の初期放射線による被曝線量は6センチグレイに遮蔽係数0.7を乗じた4.2センチグレイと推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝は考慮する必要がないことになる。また,甲状腺機能低下症については,原因確率等がもうけられていない。 (イ)まず,原告X27は爆心地から約2.2キロメートル地点の自宅で被爆したが,初期放射線による被曝線量は過小評価の可能性がある上,原告X27は,被爆後7日間,自宅近くに留まっていたから,放射性降下物等に起因する被曝の影響も考えられるところである。 しかしながら,原告X27がいたのは防空壕の中であり,妊娠9か月で 性がある上,原告X27は,被爆後7日間,自宅近くに留まっていたから,放射性降下物等に起因する被曝の影響も考えられるところである。 しかしながら,原告X27がいたのは防空壕の中であり,妊娠9か月で外出することも少なかったと考えられるから,放射性降下物による外部被曝はあったとしても相対的に少ないものであったと考えられる。また,畑で採ったカボチャに放射性降下物が付着していた可能性等はあるものの,高度の被曝の可能性を認めるに足りるだけの事情は見出し難い。 したがって,原告X27の被爆状況からみて,審査の方針に基づく被- 211 -曝線量より大幅に高度の放射線被曝を受けたと推定することは困難である。 (ウ)また,被爆直後の健康状態について,原告X27は本人尋問で血性下痢及び脱毛の存在を供述し,陳述書にも同様の記載があるが,被爆直後の原告X27の健康状態に関する客観的な証拠はないのみならず,認定申請書添付の本人名義の申述書(乙第1027号証の1の2)では,生まれたばかりの子どもを守り,生きていくことに必死で,急性症状の記憶はない旨の記載があり,弁護士が代理人として作成した異議申立書(乙第1027号証の5の1)にも同様に急性症状の記憶がないことを理由を付して記載しているのに照らして,本人尋問における供述ないし陳述書の記述をそのまま採用することには疑問が残るものといわざるを得ない。原告X27は,急性症状という意味が分からなかったとも供述しているが,少なくとも異議申立書作成段階では弁護士が関与しており,原告X27において急性症状の典型例として下痢や脱毛等があることを認識していなかったとは考えがたい。 次に,歯茎の出血は,昭和21年になって発生したものと考えられ,発生時期からみて,直ちに原爆放射線に起因するものと断ずることは困難である。 したがっ があることを認識していなかったとは考えがたい。 次に,歯茎の出血は,昭和21年になって発生したものと考えられ,発生時期からみて,直ちに原爆放射線に起因するものと断ずることは困難である。 したがって,原告X27の被爆直後の健康状態から,原告X27の被曝線量が審査の方針に基づく被曝線量より大きかったことを推定することも困難である。 (エ)また,原告X27は被爆後今日まで多数の疾病に罹患しているところ,BQらの報告や,被団協の原爆被害者調査では,被爆者には,種々の疾病の罹患傾向があるとされ,あるいは急性症状の有無とその後の入通院状況との関連が指摘されている。また,原告X27の疾病のうち,子宮筋腫,慢性肝炎及び肝硬変は,それぞれ統計的に放射線による有意- 212 -な過剰リスクが示されている(LSS第13報,AHS第7報)。しかしながら,これらはいずれも放射線に特有の疾病というものではなく,原告X27の供述から窺われる被爆後の苛酷な生活条件が健康状態に与えるであろう影響も考慮すると,原告X27の疾病歴のみから,ただちに放射線被曝の程度,あるいは被爆直後の急性症状の存在を推認することも困難である。 (オ)そして,原告X27の申請疾病は,甲状腺機能低下症であり,同症について放射線起因性を否定し去ることは相当ではないものの,放射線起因性が必ずしも明確に認められるものではないことを考慮した上で判断すべきことは,原告X19について説示したとおりである。 この観点からすると,原告X27に関しては,被爆状況からも,また,その後の症状経過からも,相当高線量の被曝を推定することは困難であり,また,その後の身体症状等も,放射線の影響によるものと断定することは困難であるといわざるを得ないのであるから,原告X27の申請疾病である甲状腺機能低下症についても, 被曝を推定することは困難であり,また,その後の身体症状等も,放射線の影響によるものと断定することは困難であるといわざるを得ないのであるから,原告X27の申請疾病である甲状腺機能低下症についても,それが放射線に起因するものであると認めることは困難であるといわざるを得ない。 (カ)その他,本件全証拠に照らしても,原告X27の甲状腺機能低下症の放射線起因性を肯定することは困難である。 (27)承継前原告X28(原告番号28番)ア認定事実承継前原告X28は,被爆当時19歳であり,これといった病気にかかったことはなく元気であった。 承継前原告X28は,長崎市片淵町一丁目の自宅(甲8の2及び弁論の全趣旨によれば,爆心地より約2.8キロメートル)1階で被爆した。承継前原告X28の妹は,自宅2階で被爆した。飛んできたガラス片が,承継前原告X28の身体のあちこちに突き刺さっていた。承継前原告X28- 213 -ら家族は,9日の夜は,立山町(爆心地より約2.5キロメートル)の林の中で過ごし,翌10日に帰宅した。 承継前原告X28ら家族は,10日夕方,南高来郡南串山町の母の実家に徒歩で向かった。承継前原告X28は,南串山に向かうまでの間に水道の水を飲み,自宅にあった配給米を持ち出しておにぎりにして食べた。承継前原告X28ら家族は,愛野から小浜,串山への道を歩き,3日間かかって南串山の母の実家に避難した。承継前原告X28ら家族は,母の実家へ帰る途中で,お茶をもらったり果物をもらったりした。承継前原告X28ら家族が通過した村々には,原爆爆発時の風速3メートルの南西の風に運ばれて,大量の微塵物,灰,紙片等が降下していた。 承継前原告X28は,8月終わりころになってから,自宅跡に戻り,そこに9月中頃まで滞在した。 承継前原告X28は,被爆直後から,腕や足 の南西の風に運ばれて,大量の微塵物,灰,紙片等が降下していた。 承継前原告X28は,8月終わりころになってから,自宅跡に戻り,そこに9月中頃まで滞在した。 承継前原告X28は,被爆直後から,腕や足を中心に身体の至る所に紫斑が出現した。飛散したガラスによる傷は深く,半月程度化膿し続けた。 承継前原告X28の紫斑は完全に直ることはなく,その後も時々出現している。また,承継前原告X28と同一家屋内で被爆した妹にも紫斑が出現した。 承継前原告X28の被爆後の健康状態は良くなく,昭和22年に肋膜炎にかかったこともあった。 承継前原告X28は,昭和26年に流産,昭和28年に7か月の早産だったが分娩直後に死亡,昭和30年と昭和33年に妊娠しているがいずれも早産であった。 承継前原告X28は,平成14年8月に胃がんが発見され,同年10月28日に幽門側胃切除手術を受けたが,平成16年7月28日に胃前庭部腺がんのために死亡した(以上につき甲1028,乙1028(枝番号含む。))。 - 214 -イ起因性(ア)審査の方針によれば,承継前原告X28の初期放射線による被曝線量は,2センチグレイ(爆心地から2500メートルの地点)に遮へい係数0.7を乗じた1.4センチグレイ未満と推定され,誘導放射能及び放射性降下物による被曝線量は考慮する必要がなく,胃がんの原因確率は2.4パーセント(被曝線量が3センチグレイの場合)を超えることはないことになる。 (イ)しかしながら,初期放射線による被曝線量は過小評価されている可能性があることに加え,承継前原告X28は,被爆当日である8月9日夜は,爆心地から2.5キロメートルの立山町の林の中で過ごした上,8月10日夕方に南串山町に向かうまでの間は長崎市内で生活していたのであるから,その間,放射性降下物や残留放射能,誘導 である8月9日夜は,爆心地から2.5キロメートルの立山町の林の中で過ごした上,8月10日夕方に南串山町に向かうまでの間は長崎市内で生活していたのであるから,その間,放射性降下物や残留放射能,誘導放射能に起因する被曝を受けた可能性がある。更に,南串山町に向かう途中でも,途中の村々に原爆爆発時の風に運ばれて降下していた大量の微塵物,灰,紙片等に接触したというのであるから,その中に含まれる放射性降下物による被曝を受けた可能性も否定することができない。 他方,承継前原告X28には,被爆直後から,放射線による典型的な急性症状であると考えられる紫斑が生じている。そして,他に紫斑の原因として考えられる要因は存在しない一方で,同人と行動を共にしていた妹にも同様に紫斑が生じていたというのであって,このような事態は,放射線被曝がなければ説明が困難である。 このような承継前原告X28の被爆状況やその後の行動,同人に生じた身体症状等を総合考慮すると,承継前原告X28は,健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性があるものというべきである。 (ウ)また,申請疾病である胃がんの発生は放射線の確率的影響とされているところ,承継前原告X28の被爆前の健康状態やその後の生活状況- 215 -に照らして,放射線以外に具体的な胃がんの要因を見出しがたい。 (エ)以上によれば,承継前原告X28の胃がんは放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性承継前原告X28の疾病が胃がんであり,胃切除術を受けたものの,結局胃がんで死亡していることから,承継前原告X28に要医療性があったものと認められる。 (28)原告X29(原告番号29番)ア認定事実原告X29は,被爆当時13歳の男性であり,長崎市山里町に父・母・兄・妹2人・弟の7人家族で住んでいた。 原告X29 があったものと認められる。 (28)原告X29(原告番号29番)ア認定事実原告X29は,被爆当時13歳の男性であり,長崎市山里町に父・母・兄・妹2人・弟の7人家族で住んでいた。 原告X29は,被爆に際し,両足のふくらはぎの下付近に火傷を負ったほかは,外傷はなかった(被爆地点については後に検討する。)。 原告X29は,8月9日午後,香焼島への船が発着する大波止(長崎市元船町,爆心地より約3キロメートル)に行き,午後4時ころまで,五島町周辺(爆心地より約3キロメートル)で待機し,その後,線路づたいに長崎駅の周辺から道ノ尾駅付近まで歩いた。途中爆心地から数百メートルの地域を通過した。道ノ尾駅付近に着いたのは,夜遅くであった。 原告X29は,10日の午前3時ころ,道ノ尾駅付近を出発,山里町の自宅(爆心地より約300メートル)へ家族を捜しに行き,午前5時ころ自宅周辺に到着し,約1時間ほど探し歩いて自宅跡を確認した。午前6時ころ,山里町を出発し,長崎医科大学付属病院の下辺りで婦人会の人におむすびをもらって食べた。その後,中小島の叔母の家(爆心地から約4キロメートル)に行った。原告X29は,同日,叔母と一緒に再度山里町の自宅へ戻り,夕方まで自宅周辺を捜索したが,家族の生存は確認できなかった。 - 216 -原告X29は,11日から14日ころまで,毎日,朝8時ころ,中小島の叔母の家を出て,山里町の自宅焼け跡に行き,家族の捜索,家族と思われる遺体の火葬,火葬のための材木探し,防空壕の中の焼け残った物品の運搬等をし,夜8,9時ころ叔母の家に戻った。 原告X29は,9月中旬ころから,下痢をするようになった。 原告X29の両足の火傷は,少なくとも1年ほど治らなかった。 原告X29は,平成元年ころから腰に痛みを覚え,平成8年には変形性脊椎症と診断された。 X29は,9月中旬ころから,下痢をするようになった。 原告X29の両足の火傷は,少なくとも1年ほど治らなかった。 原告X29は,平成元年ころから腰に痛みを覚え,平成8年には変形性脊椎症と診断された。 原告X29は,平成14年10月に胃がんの診断を受け,同年11月に胃切除術を受け,通院治療を続けている(以上につき甲1029,乙1029(枝番号含む。),原告X29本人)。 イ起因性(ア)被告らは,被爆場所が香焼島の川南造船所工場内(爆心地から約10キロメートル)であることを前提に,初期放射線による被曝線量を考慮する必要はなく,被爆当日は爆心地から400メートルの地点まで接近したとしても,誘導放射能による被曝線量は2センチグレイを超えることはなく,10日以降,連日山里町に立ち入る際に爆心地付近を歩き回ったとしても,誘導放射能による被曝線量は5センチグレイであると推定し,胃がんの原因確率は2.1パーセント(被曝線量30センチグレイの場合)を超えることはないと主張している。 (イ)これに対し,原告X29は,本人尋問において,被爆時は,香焼島ではなく,長崎市八千代町の岸壁(中之島の対岸)で釣をしていた旨を供述し,陳述書にも同旨の記載をしているので,まずこの点について判断する。 原告X29は,被爆者健康手帳交付申請書(乙1029の5の1)とその添付書類(乙1029の5の2),原爆症認定申請時の申述書(乙- 217 -1029の1の2)などで,自ら被爆地を川南香焼島造船所として記載し,被爆時に一緒にいた者を具体的に示したりしている。この点につき,原告X29は,被爆後叔母に被爆場所を問われて,釣をして遊んでいたことに罪悪感を覚えて嘘をつき,また被爆者健康手帳申請時に,都の職員から,子供が学校にも行かずに釣をしていられる時代ではなかったでしょう X29は,被爆後叔母に被爆場所を問われて,釣をして遊んでいたことに罪悪感を覚えて嘘をつき,また被爆者健康手帳申請時に,都の職員から,子供が学校にも行かずに釣をしていられる時代ではなかったでしょう,証人がいなければだめですよ,などと言われて申請を諦め,後日申請した際に川南香焼島造船所で働いていたと書いたと供述している。 しかしながら,そのような指摘を受けたからといって,被爆場所まで事実と異なる記載をする必然性はない。また,原告X29は,本件訴え提起に当たり,代理人に中之島で被爆したことを告げたと供述しているが,かかる基本的な事実についての供述に変更があれば,代理人としては十分注意を払って正確な聞き取りをしたであろうと考えられるところ,訴状添付の被害の概要には,被爆直後,兄のところに行こうとして大波止から船で香焼に渡ったが,兄はおらず,すぐに大波止に戻った旨の記載があり,原告X29の上記供述は本件訴え提起時の代理人への説明内容からも変遷していることになるのであって,一貫性に欠けるものと評さざるを得ない。 なお,原告X29は,両足のふくらはぎの下に火傷を負っているが,原爆当日に爆心地付近を含め相当距離を移動しているから,その際に受傷した可能性もあり,火傷の事実から原告X29の被爆地点を推定することもできない。 したがって,原告X29が中之島付近で被爆した事実を認定することはできず,香焼島において被爆したものと認定すべきであるから,初期放射線による被曝線量はほとんどなかったものと考えるほかはない。 (ウ)もっとも,8月9日午後以降に関する原告X29の供述内容はほぼ一貫しているところ,前記のとおり,8月9日の夕方以降に爆心地から- 218 -数百メートルの場所を通過して道ノ尾駅まで行き,10日は2回にわたり爆心地から約300メートルの自宅 の供述内容はほぼ一貫しているところ,前記のとおり,8月9日の夕方以降に爆心地から- 218 -数百メートルの場所を通過して道ノ尾駅まで行き,10日は2回にわたり爆心地から約300メートルの自宅跡で家族を捜索し,11日から14日ころまで,連日長時間自宅跡を訪れ,家族の捜索,家族と思われる遺体の火葬,火葬のための材木探し,防空壕の中の焼け残った物品の運搬等の作業をしていたというのであるから,誘導放射能及び放射性降下物による相当程度の残留放射線被曝を受けた可能性は十分にあるものと考えられる。 また,原告X29は,被爆後,下痢と火傷の治癒の遅れを経験しているところ,これらは放射線被曝の影響として理解可能なものであり,被爆前後の原告X29の行動に照らして,感染症その他放射線以外の要因の存在を窺わせる事由はないから,原告X29の上記症状もまた,原告X29の被曝線量が相当程度のものであったことの裏付けるものといえる。 (エ)また,申請疾病である胃がんは放射線被曝の確率的影響に属するところ,上記のような被爆状況,身体症状に加え,原告X29において,原爆放射線以外に胃がんの発生要因となりうる具体的事実を窺わせる証拠はないことを総合考慮すると,原告X29の胃がんは放射線被曝に起因したものと認められる。 (オ)以上によれば,原告X29の胃がんについては,放射線起因性を肯定できる。 ウ要医療性原告X29は,胃がん発症後,胃切除術を施行された後も通院治療を受けており,要医療性があるといえる。 (29)原告X30(原告番号30番)ア認定事実原告X30は,被爆当時13歳の女性である。 - 219 -原告X30は,広島市草津南町983-4の自宅(爆心地の西南西約4. 1キロメートル)にいたときに,弟妹と一緒に被爆した。原告X30は,爆心地に向いた は,被爆当時13歳の女性である。 - 219 -原告X30は,広島市草津南町983-4の自宅(爆心地の西南西約4. 1キロメートル)にいたときに,弟妹と一緒に被爆した。原告X30は,爆心地に向いた玄関奥の部屋で被爆した。爆心から自宅まで遮蔽する物がなく,直後におそった爆風で,玄関の戸が傾いて天井が傾き,玄関の戸のガラスが割れた。原告X30は,飛散したガラス片で左腕3箇所を負傷した。 被爆後,原告X30は,弟妹を2キロほど離れた山手の竹藪にいったん避難させ,自宅と竹藪との間を行き来する際,自宅前で黒い雨に遭った。 その後,原告X30は,市内からひどい状況で続々と避難してくる被爆者の手当や介護を行った。 被爆当日夜11時ころ,父親が,小網町(爆心地から約1キロメートル)で被爆した母親を自宅に連れ帰った。母親は,全身が真っ黒に火傷し,灰を被った皮膚が剥ける状態であった。原告X30は,母親の皮膚等に直接触れて治療したが,母親は翌朝4時ころに死亡した。 原告X30は,その後も1週間くらい,竹藪に避難させた弟,妹に食事を届けたり,被災者たちの手当をした。 原告X30は,8月15日ころから,何事も一生懸命しても続かず,15分か30分休んだ後でないと動けないといった倦怠感に悩まされた。また発熱のため,少しでも冷たいところを求めて座り,昼間でも横になることがしばしばであった。 原告X30には脱毛がなかったものの,妹の1人は自宅外で被爆し,11月ころから1,2か月ほど高熱が続き,毛髪が全部抜け落ちた。 原告X30は,左腕の傷が化膿してなかなか直らず,また被爆の3か月後くらいに左乳房の下に大きなおできが出て痛み,2週間ほど化膿した。 また,強い倦怠感は終生続き,風邪を引きやすくなった。22,23歳ころから,眼球に水が溜まったり,原因不明の米粒2つくらいの大きさの 後くらいに左乳房の下に大きなおできが出て痛み,2週間ほど化膿した。 また,強い倦怠感は終生続き,風邪を引きやすくなった。22,23歳ころから,眼球に水が溜まったり,原因不明の米粒2つくらいの大きさの- 220 -斑点ができ,手術を余儀なくされる,24,25歳ころから,5月と11月ころ貧血気味となるなど,さまざまな病気に悩まされた。 原告X30は,昭和60年に肝硬変を患い,平成7年に肝細胞がんと診断され,肝動脈の閉塞に対する手術を3か月ないし半年毎に繰り返した。 医師から,肝硬変の原因はB型肝炎ウィルスであると説明された(以上につき甲1030,乙1030(枝番号含む。),原告X30本人)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,原告X30の初期放射線による被曝線量は,1センチグレイ(爆心地から2500メートルの地点)未満と推定され,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝の影響を考慮する必要はなく,肝細胞がんの原因確率は3.3パーセント(被曝線量が5センチグレイの場合)を超えることはないことになる。 (イ)しかしながら,広島原爆における初期放射線による被曝線量が過小評価されている可能性に加え,原告X30は,被爆後,自宅と2キロメートルほど離れた竹藪を往復し,被爆当日には黒い雨にも遭っていること,市内から避難してきた被爆者の手当をし,その中には高線量の被曝をした者もいたと考えられること,とりわけ母親は,近距離で被爆して重度の火傷を負っており,高線量の放射線被曝をしたことが明らかであるところ,原告X30は,その治療のために濃密な接触をしたものと認められることなどからすると,原告X30が誘導放射能ないし放射性降下物に起因する放射線被曝の影響を受けた可能性があることは否定しがたい。 また,原告X30には,被曝後,倦怠感,発熱といった症状 と認められることなどからすると,原告X30が誘導放射能ないし放射性降下物に起因する放射線被曝の影響を受けた可能性があることは否定しがたい。 また,原告X30には,被曝後,倦怠感,発熱といった症状が現れており,他に有力な原因が存在しないことからすると,これらの症状は放射線被曝によるものと疑われる上,被曝前の原告X30には,健康上特に問題があった節はうかがわれないにもかかわらず,被曝後は,化膿傾- 221 -向や倦怠感等の体調不良が生じており,これらについても,他に有力な原因が考えられない以上,放射線による影響を考えざるを得ない。更に,原告X30とほぼ行動を共にしていたものと考えられる妹には,脱毛や高熱といった放射線による急性症状と疑われる症状が生じていることも,原告X30が相当程度の被曝を受けていた可能性があることを裏付けるものであるといえる(原告X30は屋内で被爆したのに対し,妹は屋外で被爆したという事情の違いはあるが,被爆地点は爆心地から約4.1キロメートルの地点であって,初期放射線量の過小評価の可能性を考慮したとしても,このような地点において,遮蔽がある状況で被爆した場合と,遮蔽がない状況で被爆した場合とで,被曝線量に大きな違いが生じたとは考えられないのであるから,上記の違いを過大評価することはできない。)。 以上によれば,原告X30は,健康上影響を与える程度の放射線被曝をした可能性が高いものというべきである。 (ウ)ところで,原告X30の申請疾病である肝細胞がんについては,審査の方針においても,放射線起因性が認められているところ,上記のような原告X30の被爆状況や,身体症状,原告X30の生活歴等に照らし,放射線以外に有力な原因として考えられるものは存在しないことなどの事情に照らしてみると,原告X30の肝細胞がんは,放射 ,上記のような原告X30の被爆状況や,身体症状,原告X30の生活歴等に照らし,放射線以外に有力な原因として考えられるものは存在しないことなどの事情に照らしてみると,原告X30の肝細胞がんは,放射線に起因するものと認められる。 ウ要医療性原告X30の疾病及びその後の治療経過から,要治療性があったことは明らかである。 (30)原告X31(原告番号31番)ア認定事実(ア)原告X31は,被爆当時20歳の女性で,軍属として暁部隊に所属- 222 -し,被爆前は健康上問題がなかった。 原告X31は,原爆投下時には広島県佐伯郡井ノ口村の小高い丘の上に建てられた兵舎内(爆心地の南西約6キロメートル)にいた。原告X31は,いったん防空壕に避難したが,防空壕から出ると,空から襖の紙などの灰や燃えかすが舞い落ちてきていた。その後,原告X31は,兵舎の近くや井ノ口国民学校で,被爆者の救護にあたった。 原告X31は,8月7日,家族の安否確認のため広島市昭和町(比治山橋の西詰付近,爆心地から約1.7キロメートル)にある自宅に戻った。その経路は,午前10時に兵舎を出て,己斐駅まで電車に乗り,そこから徒歩で福島町,観音町,船入町(爆心地から約1キロメートル),千田町等を通り,自宅のある昭和町には昼ころ到着した。たまたま自宅近くで兄嫁に再会し,実父が日赤病院ではなく市役所裏の保健所に診察に受けに行ったが帰宅していないことを聞いた。原告X31は,午後3,4時ころ,宇品に到着した。 原告X31は,8月8日から終戦日以前の8月14日までの間の4,5日間程度,宇品を拠点として,実父の捜索のため,自宅付近,市役所裏の保健所付近(爆心地から約1キロメートル),紙屋町付近(同約0. 3キロメートル),日赤病院付近(同約1.5キロメートル)を捜索し,遺体安置所や救護所 点として,実父の捜索のため,自宅付近,市役所裏の保健所付近(爆心地から約1キロメートル),紙屋町付近(同約0. 3キロメートル),日赤病院付近(同約1.5キロメートル)を捜索し,遺体安置所や救護所を探し歩いた。 原告X31は,8月15日ころから昭和20年末ころまで継続的に微熱が続き,足に次々とおできができるようになり,すぐ化膿してなかなか治らないという状態が同年11月ころまで続いた。 原告X31は,昭和25年ころ右膝が蜂窠織炎に罹り,昭和35年には肺結核に罹患している。 原告X31は,昭和60年に甲状腺機能障害(バセドウ病)に罹患し,アイソトープ治療を受けた。平成2年には甲状腺濾胞がんで手術を受け,- 223 -平成8年には甲状腺がんの右肺への転移が発見され摘出手術を行い,平成10年には左肺への転移が発見されて摘出手術を受けた。その後は,アイソトープ治療を継続していたが,平成16年にがんが鎖骨に転移していることが判明し,現在も治療を継続している(以上につき甲1031,乙1031(枝番号含む。),原告X31本人)。 (イ)バセドウ病に対するI-131治療は,簡便,安全,経済的かつ効果的な治療法として特に米国においてはもっとも中心的に行われているが,本邦においては晩発性甲状腺機能低下症の発症を考慮して,治療の適用を難治例と抗甲状腺剤の副作用出現例あるいは中高年者に限定している施設が多く,特に米国と比較して治療例数は少ない。禁忌としては,妊婦,授乳中の女性などがある。禁忌ではないが,小児では発がん性を考慮して,あまり行われない。晩発性甲状腺機能低下症は最も重視すべき副作用であり,他の副作用としてはバセドウ病眼症の悪化,治療後1年以内に起こる一過性の甲状腺機能低下症などがある。発がん性や生殖腺の被爆による遺伝的影響などに関しては特に問題は 下症は最も重視すべき副作用であり,他の副作用としてはバセドウ病眼症の悪化,治療後1年以内に起こる一過性の甲状腺機能低下症などがある。発がん性や生殖腺の被爆による遺伝的影響などに関しては特に問題はないものと考えられている(乙1031の6)。 スウェーデンのDTらは,1980年,1951年から1965年までの間にアイソトープ治療を受けた者3000人を対象として調査したところ,悪性甲状腺腫瘍の発生率に変化がみられなかったと報告した(甲85の9)。 イ起因性(ア)審査の方針によれば,原告X31の初期放射線による被曝線量は約0センチグレイと推定され,誘導放射能による残留放射線被曝として,原爆爆発の48時間後である8月8日から72時間後まで継続して爆心地にとどまっていたとして,被曝線量は5センチグレイであり,放射性降下物による残留放射線被曝は考慮する必要がないから,原告X31の- 224 -被曝線量が最大5センチグレイと推定され,甲状腺濾胞がんの原因確率は9パーセントを超えることはないことになる。 (イ)しかしながら,原告X31は被曝翌日の8月7日に入市し,爆心地から最短で約1キロの場所に到達しているから,その際に誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝をした可能性がある。また,原告X31が実父を捜索している4,5日間は,単に爆心地周辺に滞在したにとどまらず,遺体安置所や救護所など,高線量被曝した遺体や負傷者が密集した場所を歩き回り,その際に空気や土壌から周囲と比して多くの誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝をした可能性が高いものと考えられる。また,原告X31は,被爆当日に井ノ口において負傷者の看護にあたっており,その際にも,負傷者の衣服等に付着した放射性降下物等や誘導放射化された人体から被曝した可能性があることも いものと考えられる。また,原告X31は,被爆当日に井ノ口において負傷者の看護にあたっており,その際にも,負傷者の衣服等に付着した放射性降下物等や誘導放射化された人体から被曝した可能性があることも考慮すべきである。 以上のような原告X31の被爆後の行動等に照らしてみれば,同原告の実際の被曝線量は,上記推定値を相当程度上回るものであった可能性が十分にあるものと考えられる。 また,原告X31の8月15日ころから年末までの微熱は,期間の長さから見て,通常の感染症などによるものではなく,放射線の急性症状である可能性があり,また,おできが化膿しやすくなっている点は,放射線被曝により外傷治癒が阻害されていることを示しているといえるのであって,このような身体症状からしても,原告X31は被爆直後の健康状態に影響を与える程度の線量の被曝をした可能性が十分にあるものというべきである。 (ウ)また,原告X31の申請疾病である甲状腺がんは放射線と統計学的に有意な関連性が認められ(乙4),以上のような原告X31の被爆状況や身体症状を総合考慮すれば,原告X31の甲状腺濾胞がんは,放射- 225 -線に起因するものと認められる。 原告X31は,バセドウ病に対するアイソトープ治療を受けているが,同治療は適応症例に絞ってなされるものであり,実際に米国でのアイソトープ治療後の予後調査でもがんの発生頻度に影響はないとされていることからすると,アイソトープ治療のみで甲状腺濾胞がんが発生する可能性は低いものというべきであって,原告X31が原爆放射線に被曝していなければ,アイソトープ治療を受けたとしても甲状腺濾胞がんが発生しなかったものといえるから,この点は放射線起因性を否定するものではない。 (エ)したがって,原告X31の甲状腺濾胞がんとその肺転移は,原爆放射線に起因 プ治療を受けたとしても甲状腺濾胞がんが発生しなかったものといえるから,この点は放射線起因性を否定するものではない。 (エ)したがって,原告X31の甲状腺濾胞がんとその肺転移は,原爆放射線に起因したものと認められる。 ウ要医療性原告X31の甲状腺濾胞がんのその後の転移及び治療経過に照らして,原告X31に要医療性があったことは明らかである。 国家賠償請求(被告厚生労働大臣の違法行為,故意・過失)(1)原告らは,まず,被告厚生労働大臣の認定基準の誤りとして,線量認定基準であるDS86には,実測値に合わないなどの重大な欠陥があること,また,起因性判断基準である原因確率は解析方法に由来する限界があること,集団データ解析の結果を個々の被爆者に当てはめるのは適切でないにもかかわらず予め定めた審査の方針を原告らに機械的に当てはめて原告らの原爆症認定申請を却下したことが基本的に間違っていると主張する。 そもそも原爆症として申請される疾病は,症状それ自体は放射線被曝に固有のものではなく,また疾病には複数の要因が介在することが通常であって,その発生機序が全て解明されているわけではなから,放射線起因性を判断するにあたっては,被爆状況と,被爆以外の症状発生に影響する事情,例えば年齢,性別,被爆前の健康状態,被爆前後の申請者の行動や生活歴等を比較- 226 -考量して,放射線被曝がなければ申請疾病がなかったといえるか否かを検討することになるが,被曝線量は被爆状況に関する重要な事実であって,起因性の判断において当然斟酌されるべきものである。 そして,DS86は,複数の実験データに基づき,初期放射線が発生して到達するまでをシミュレート計算するものであり,策定時に利用可能であった限られた実測値と比較して,ある程度の誤差があることを前提に報告がなされている ,複数の実験データに基づき,初期放射線が発生して到達するまでをシミュレート計算するものであり,策定時に利用可能であった限られた実測値と比較して,ある程度の誤差があることを前提に報告がなされているのであって,理論的にみて不合理なものではない。また,残留放射線については,十分な実測値のない中で,さまざまな仮定を前提とした概算値を示したものであり,全体としてみれば,その時点では最も正確な線量推定方法であったといえる。そして,被告厚生労働大臣が審査の方針を定めた平成13年5月の時点でも同様であり,DS86以外に利用可能な線量推定方法があったとはいえない。 次に,原因確率の基となった放影研の調査報告は,多数の被爆者を対象とした長年にわたる調査であり,これと匹敵する規模の調査報告はない。そして,放影研の調査報告において,残留放射線による被曝線量が考慮されていないこと,完全な非被爆者を対照群としていないこと,昭和25年時点での生存者が選択されていること,調査期間の拡大につれ,放射線被曝との関連性を示す疾病が増えることなどの点は,残留放射線の正確な推計方法のないこと,当初設定された非被爆者群が被爆者群と属性が異なったこと,昭和25年の国勢調査の結果を前提に対象者が選択されたことなど,外来的な要因に由来する制約であって,実際の被爆者を対象とした集団的調査を行ううえで,このような制約が生じるのは不可避である。 また,一般に疾病には複数の要因が関与することが通常であり,ことに原爆症として申請される疾病は放射線被曝に特有のものではなく,他の要因からも起こり得るものである一方,個々の疾病例の発生メカニズムを解明することは実際上困難であり,疫学的手法を用いなければ,現実に認定された申- 227 -請例も含め多くの申請例においては,原爆放射線に被曝しなければ当 である一方,個々の疾病例の発生メカニズムを解明することは実際上困難であり,疫学的手法を用いなければ,現実に認定された申- 227 -請例も含め多くの申請例においては,原爆放射線に被曝しなければ当該疾病が発症しなかったとは判断しがたいであろうから,集団解析の結果を原爆症の認定に用いることが一律に不合理であるとはいえない。また,審査の方針では,原因確率ないし閾値を機械的に適用して判断することなく,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案すること,原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査においても,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するものとされており,原因確率等の機械的なあてはめではないことが明記されている。また,原告らの申請に対する審査において,原因確率ないし閾値を機械的に適用し,それ以外の事情を考慮しなかったことを認めるに足りる証拠もない。 以上によれば,審査の方針は,科学的知見が限られた問題について,制約はあるものの基本的には支持されるべき研究成果を目安に用いるものであるといえ,審査の方針を原爆症認定申請に係る審査に用いること自体が違法であるとはいえないし,原告らの申請を却下したことが国家賠償法上違法であるともいえない。 (2)原告らは,被告らにおいて「原告らが主張する審査の基準なるものは存在しない」と主張したことをとらえて,本件却下処分は,行政手続法5条1項に違反するとも主張する。 しかしながら,同条項の趣旨は,許認可等をするかどうかを法令の定めに従って判断するために必要とされる基準を当該許認可等の性質に照らしてできるだけ具体的なものとしてあらかじめ用意しておき,行政上特別の支障があるときを除きこれを公にすることにより,申請の適切な処理を確保すると するために必要とされる基準を当該許認可等の性質に照らしてできるだけ具体的なものとしてあらかじめ用意しておき,行政上特別の支障があるときを除きこれを公にすることにより,申請の適切な処理を確保するとともに,申請をしようとする者に一定の予見可能性を与え,行政庁の判断過程の透明性を向上することにあると解される。審査の方針は,原爆症認定についての前記のような特殊性に照らして,数値化できる部分は具体的な数値- 228 -を挙げるとともに,また総合的判断をするための項目を列挙するなどしている点で,行政手続法5条1項の趣旨に合致しており,同条項に違反するものとはいえない。 (3)原告らは,原告らの申請から却下処分までの期間は,承継前原告X7,原告X9,原告X12,原告X13以外はいずれも100日を越える長期間で,200日台の原告が7人(X21,X24,X25,X26,X27,X28,X29),300日台の原告が4人(X2,X4,X22,X31),400日台(X23),500日台(X30),700日台(X17)の原告が各1人存在し,原告ら全てが申請から却下まで長期間放置されたことにより,大きな精神的苦痛を被ったと主張する。 しかしながら,原爆症認定手続は,放射線のほか,多種多様な疾病に関する専門的知識を必要とするものであって,手続上も,都道府県に対する申請から始まり,疾病・障害認定審査会の意見を聴取した上でなされるものであるから,相当の時間を要することはやむをえないことである。また,被告厚生労働大臣においては,審査の方針を決定することに加え,必要に応じて,専門別に委員が審査会に先立つ事前チェックを行い,追加資料の取り寄せをするなどしており,これらは審査事務の合理化を通じて結果的に審査の迅速性を高めるものといえるから,被告厚生労働大臣において不当に 専門別に委員が審査会に先立つ事前チェックを行い,追加資料の取り寄せをするなどしており,これらは審査事務の合理化を通じて結果的に審査の迅速性を高めるものといえるから,被告厚生労働大臣において不当に長期間にわたらないうちに応答処理すべき作為義務に違反したものとはいえない。 (4)原告らは,このほか,原告らに対する認定却下通知には,ほとんど定型的な文言が記載されているだけで,実質的な理由は全く明らかにされておらず,行政手続法8条1項に違反するとも主張する。 しかしながら,原告らに対する認定却下通知には,被爆者援護法10条の要件のうち起因性の要件をみたさないことが明記されている上,審査の方針によれば,被爆地,爆心地からの距離,誘導放射能による放射線については爆発後の経過時間,放射性降下物による放射線については特定地域での滞在- 229 -・居住の有無から被曝線量を算定し,疾病名及び性別に基づき原因確率を算定した上での検討であることが想起できるから,原告らに対する認定却下通知が国家賠償法上違法であるとはいえない。 (5)以上によれば,原告らの申請に対する却下処分は,いずれも国家賠償法上違法であるとはいえない。 結論 以上によれば,原告らの被告厚生労働大臣に対する原爆症認定申請却下処分のうち,原告X1,同X2,同X4,同X5,承継前原告X7,原告X8,承継前原告X10,原告X12,同X13,同X15,同X17,同X18,同X19,同X21,同X22,同X24,同X26,承継前原告X28,原告X29,同X30,同X31に関するものは違法であるから取り消し,その余の原告ないし承継前原告についての原爆症認定申請却下処分の取消請求及び原告らの被告国に対する損害賠償請求はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民 り消し,その余の原告ないし承継前原告についての原爆症認定申請却下処分の取消請求及び原告らの被告国に対する損害賠償請求はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第3部裁判長裁判官鶴岡稔彦裁判官中山雅之裁判官進藤壮一郎- 230 -別紙当事者目録東京都小平市平成15年(行ウ)第320号事件原告(原告番号1)X (以下「原告X1」という。)千葉県佐倉市平成15年(行ウ)第341号事件原告(原告番号2)X (以下「原告X2」という。)茨城県竜ヶ崎市平成15年(行ウ)第343号事件原告(原告番号4)X (以下「原告X4」という。)東京都杉並区平成15年(行ウ)第344号事件原告(原告番号5)X (以下「原告X5」という。)東京都葛飾区平成15年(行ウ)第345号事件原告(原告番号6)X (以下「原告X6」という。)東京都調布市亡X7(原告番号7,以下「承継前原告X7」という。)訴訟承継人平成15年(行ウ)第346号事件原告X A- 231 -(以下「原告X7A」という。)同所同X C(以下「原告X7C」という。)神奈川県横浜市同X B(以下「原告X7B」という。)東京都三鷹市平成15年(行ウ)第347号事件原告(原告番号8)X (以下「原告X8」という。)東京都中野区平成15年(行ウ)第348号事件原告(原告番号9)X (以下「原告X9」という。)東京都江戸川区亡X10(原告番号10,以下「承継前原告X10」という。)訴訟承継人平成15年(行ウ)第349号事件原告X A( 告(原告番号9)X (以下「原告X9」という。)東京都江戸川区亡X10(原告番号10,以下「承継前原告X10」という。)訴訟承継人平成15年(行ウ)第349号事件原告X A(以下「原告X10A」という。)東京都足立区平成15年(行ウ)第350号事件原告(原告番号11)X (以下「原告X11」という。)東京都新宿区- 232 -平成15年(行ウ)第351号事件原告(原告番号12)X (以下「原告X12」という。)東京都板橋区平成15年(行ウ)第352号事件原告(原告番号13)X (以下「原告X13」という。)東京都西東京市亡X14(原告番号14,以下「承継前原告X14」という。)訴訟承継人平成15年(行ウ)第353号事件原告X A(以下「原告X14A」という。)同所同X D(以下「原告X14D」という。)東京都八王子市同X B(以下「原告X14B」という。)東京都練馬区同X C(以下「原告X14C」という。)東京都港区平成15年(行ウ)第354号事件原告(原告番号15)- 233 -X (以下「原告X15」という。)東京都三鷹市平成15年(行ウ)第355号事件原告(原告番号16)X (以下「原告X16」という。)東京都墨田区平成15年(行ウ)第356号事件原告(原告番号17)X (以下「原告X17」という。)東京都大田区平成15年(行ウ)第520号事件原告(原告番号18)X (以下「原告X18」という。)東京都三鷹市平成15年(行ウ)第521号事件原告(原告番号19)X (以下「原告X19」という。)東京都日野市平成15年(行ウ)第522号事件原告(原告番号20 原告X18」という。)東京都三鷹市平成15年(行ウ)第521号事件原告(原告番号19)X (以下「原告X19」という。)東京都日野市平成15年(行ウ)第522号事件原告(原告番号20)X (以下「原告X20」という。)東京都三鷹市平成15年(行ウ)第523号事件原告(原告番号21)X (以下「原告X21」という。)- 234 -東京都練馬区平成16年(行ウ)第38号事件原告(原告番号22)X (以下「原告X22」という。)東京都新宿区平成16年(行ウ)第39号事件原告(原告番号23)X (以下「原告X23」という。)東京都品川区平成16年(行ウ)第40号事件原告(原告番号24)X (以下「原告X24」という。)東京都足立区平成16年(行ウ)第41号事件原告(原告番号25)X (以下「原告X25」という。)東京都八王子市平成16年(行ウ)第42号事件原告(原告番号26)X (以下「原告X26」という。)東京都豊島区平成16年(行ウ)第43号事件原告(原告番号27)X (以下「原告X27」という。)東京都八王子市亡X28(原告番号28,以下「承継前原告X28」という。)訴- 235 -訟承継人平成16年(行ウ)第145号事件原告X A(以下「原告X28A」という。)山梨県南都留郡平成16年(行ウ)第146号事件原告(原告番号29)X (以下「原告X29」という。)東京都港区平成16年(行ウ)第304号事件原告(原告番号30)X (以下「原告X30」という。)東京都府中市平成16年(行ウ)第305号事件原告(原告番号31)X (以下「原告X31」という。)上記35名訴訟代理人弁護士高見 号30)X (以下「原告X30」という。)東京都府中市平成16年(行ウ)第305号事件原告(原告番号31)X (以下「原告X31」という。)上記35名訴訟代理人弁護士高見澤昭治同池田眞規同上野格同牛島聡美同小海範亮同坂田洋介同猿田佐世同椎名麻紗枝同菅俊治同杉尾健太郎- 236 -同高野範城同竹内英一郎同田部知江子同宮原哲朗同安原幸彦同横山聡同内藤雅義同中川重徳同久保木亮介同大村恵実同菅井紀子原告番号14を除く原告ら31名訴訟代理人弁護士與那嶺慧理同土井香苗原告番号2,7,14を除く原告ら27名訴訟代理人弁護士吉田悌一郎原告X10A訴訟代理人弁護士名取孝浩同野間啓原告ら35名訴訟復代理人弁護士舟木浩同稲垣高志同中島潤史同佐々木潤同三窪洋三同野平康博同中村尚達- 237 -同白川秀之同大賀浩一原告番号10を除く原告ら34名訴訟復代理人弁護士同伊藤謹也同板井俊介同三重利典同田巻紘子同内川寛同竹中雅史同三角恒同芝田佳宜原告番号7,10,28,30,31を除く原告ら28名訴訟復代理人弁護士樽井直樹同尾藤廣喜同寺内大介同横山厳原告番号7,10,14,22~31を除く原告ら17名訴訟復代理人弁護士秋元理匡東京都千代田区霞が関1丁目2番2号平成15年(行ウ)第320号,第341号, 寺内大介同横山厳原告番号7,10,14,22~31を除く原告ら17名訴訟復代理人弁護士秋元理匡東京都千代田区霞が関1丁目2番2号平成15年(行ウ)第320号,第341号,第343号ないし第356号,第520号ないし第523号,平成16年(行ウ)第38号ないし第43号,第145号,第146号,第304号,第305号事件被告(以下「被告」という。)厚生労働大臣- 238 -Y 東京都千代田区霞が関1丁目1番1号同国同代表者法務大臣Y 上記2名訴訟代理人弁護士黒澤基弘同指定代理人池下朗同白石俊輔同宮崎雅子同伊藤美結己同米山節夫同箕浦裕幸同中村裕一郎同染谷意同大重修一同石川直子同田中武昌同久保井浩美同渡辺富雄同安里賀奈子同石田博嗣以上- 239 -別紙訴訟費用負担一覧 原告X1,同X2,同X4,同X5,同X8,同X10A,同X12,同X13,同X15,同X17,同X18,同X19,同X21,同X22,同X24,同X26,同X28A,同X29,同X30及び同X31上記各原告に生じた費用(原告X10Aについては承継前原告X10,原告X28Aについては承継前原告X28に,それぞれ生じた費用を含む。)の各2分の1と,被告厚生労働大臣及び被告国に生じた費用の各60分の1を,当該各原告の負担とする。 原告X7A,同X7B及び同XCC上記各原告に生じた費用(承継前原告X7に生じた費用を含む。)の各2分の1と,被告厚生労働大臣及び被告国に生じた費用の60分の1を,上記各原告の連帯負担とする。 原告X6,同X9,同X11,同 上記各原告に生じた費用(承継前原告X7に生じた費用を含む。)の各2分の1と,被告厚生労働大臣及び被告国に生じた費用の60分の1を,上記各原告の連帯負担とする。 原告X6,同X9,同X11,同X16,同X20,同X23,同X25及び同X27上記各原告に生じた費用の各全部と,被告厚生労働大臣及び被告国に生じた費用の各60分の2を,当該各原告の負担とする。 原告X14A,同X14C,同X14D及び同X14B上記各原告に生じた費用(承継前原告X14に生じた費用を含む。)の全部と,被告厚生労働大臣及び被告国に生じた費用の60分の2を,上記各原告の連帯負担とする。 被告厚生労働大臣及び被告国1,2記載の各原告に生じたその余の費用及び被告厚生労働大臣並びに被告国に生じたその余の費用を,被告厚生労働大臣及び被告国の連帯負担とする。 以上- 240 -別紙一覧表一覧表原告被爆申請 認定 却下異議異議本訴訴状原被性ないし疾病名申請日処分日申立日棄却日提起日送達日告曝別承継前原告市名番時号年齢H14.3.29H14.9.9H14.11.15H15.5.27H15.6.12 男長崎胃がんX1H11.6.30H12.7.19H12.10.6H15.8.5H15.5.27H15.6.12 男 26 広島左腎がんX2前立腺がんH13.4.30H14.3.8H14.5.16H16.1.20H15.5.27H15.6.12 男 17 広島X4H14.2.26H14.7.25H14.10.3H15.5.27H15.6.12 男 広島左腎がんX5肺転移H14.1.28H14.7.25H14.10.4H15.5.27H .2.26H14.7.25H14.10.3H15.5.27H15.6.12 男 広島左腎がんX5肺転移H14.1.28H14.7.25H14.10.4H15.5.27H15.6.12 女広島大腸腫瘍X6H14.6.4H14.8.22H14.10.31H15.5.27H15.6.12 男 13 長崎①肝細胞X7がん②肝硬変①直腸がんH14.3.29H14.8.22H14.10.31H15.5.27H15.6.12 男 14 広島X8②胃がん前立腺がんH14.5.20H14.8.22H14.11.5H15.5.27H15.6.12 男広島X9H14.4.13H14.9.9H14.11.15H15.5.27H15.6.12 女 12 広島卵巣腫瘍X10H14.4.19H14.9.9H14.11.15H15.5.27H15.6.12 男 16 長崎①胃がんX11②直腸がんH14.7.9H14.10.15H14.12.20H15.5.27H15.6.12 女 広島直腸がんX12(人工肛門)H14.7.9H14.10.15H14.12.20H15.5.27H15.6.12 男長崎原発性肝X13がん- 241 -H14.7.31H14.12.2H15.2.10H15.5.27H15.6.12 男 広島①悪性リX14ンパ腫②脳腫瘍H14.9.6H14.12.20H15.2.26H15.5.27H15.6.12 男広島①下咽頭X15②がん食道がんH14.9.6H14.12.20H15.2.19H15.5.27 男 広島 下咽頭癌 食道癌 男 長崎 胃癌 男 広島 肝硬変 女 長崎 頸部有痛性瘢痕 女 長崎 甲状腺機能低下症 男 広島 胃癌 女 広島 肝硬変症(C型) 肝腫瘍悪性黒色腫 女 広島 女 広島 肺癌 子宮体癌 女 広島 C型肝炎 肝硬変 男 長崎 肺癌 前立腺癌 男 広島 甲状腺機能 女 長崎 低下 H16.1.28H16.3.8 男 17 広島X26甲状腺機能H15.3.6H15.12.25H16.1.27H16.1.28H16.5.14 女 22 長崎X27低下症H15.5.30H16.1.29H16.4.12H16.5.14 女 19 長崎胃がんX28- 242 -H15.5.30H16.1.29H16.4.12H16.5.14 男 13 長崎胃がんX29肝細胞がんH14.12.9H16.5.12H16.7.13H16.9.2 女 13 広島X30H15.6.30H16.5.12H16.7.13H16.9.2 女広島甲状腺濾X31胞がんの肺転移- 243 -別紙1,別表1-1ないし10なし。 - 244 -別紙原告らの主張第1踏まえるべき事実 被爆の実相(1)未経験,未解明の被害であること(被害の特殊性①)ア人類史上で最初の核兵器の使用広島,長崎に投下された原爆は,人類が始めて経験する核兵器による攻撃であった。その後,兵器として原爆が使用された例は,現在に至るまで世界中のどこにもない。 イ原爆の威力広島に投下された原爆はウラン235,長崎に投下された原爆はプルトニウム239を核分裂性物質(核爆薬)として使用した。砲身式(ガンタイプ)の広島原爆の場合は,2つの臨界未満の濃縮ウラン片を火薬の爆発による推進力で急速に合体させ,また,爆縮式(インプロージョン型)の長崎原爆の場合は,臨界未満のプルトニウム塊を爆縮レンズと呼ばれる周囲に配置した高性能爆薬による収斂的な衝撃波によって圧縮して,臨界量を超えさせると同時に引き金の中性子を打ち込むことにより,核分裂連鎖反応を開始させる。連鎖反応が続く100万分の1秒とい 呼ばれる周囲に配置した高性能爆薬による収斂的な衝撃波によって圧縮して,臨界量を超えさせると同時に引き金の中性子を打ち込むことにより,核分裂連鎖反応を開始させる。連鎖反応が続く100万分の1秒という瞬間に,広島原爆では約700グラム,長崎原爆では約1キログラムの核爆薬が核分裂して核爆発が起こった。 原爆の出力は,TNT火薬に換算して,広島原爆で約15キロトンないし16キロトンであり,長崎原爆では約21キロトンと推定されている。 核爆発により瞬間的に爆弾内に生じた高いエネルギー密度によって,核爆薬,核分裂生成物や爆弾容器は,数百万度の超高温,数十万気圧という超高圧のプラズマ状態の「火の玉」を作り,著しく高温の熱線やガンマ線を放出するとともに,その急激な膨脹により爆発点付近で秒速2万メートル以上という衝撃波が形成された。 - 245 -原爆によって発生したエネルギーのうち,約50パーセントが爆風,約35パーセントが熱線,約15パーセントが放射線のエネルギーになったとされている。すなわち,原爆の特徴は,通常の爆弾とは異なり,爆風のほかに強烈な熱線と放射線を伴うことである。 ウ都市と人間の崩壊原爆は一瞬にして都市とその機能を崩壊させ,人間を即死させ,即死を逃れた者に対しても重度の傷害を負わせるなどして死に至らしめた。 エ実態の未解明性戦後の原爆被害の隠蔽と放置,科学的未解明性,被爆者の体験記・体験談の限界のような様々な事情から,原爆被害の実態には未だ未解明な部分が多く存在するのであり,未解明部分につき原爆被害ではないと判断することには,極めて慎重でなければならない。 (2)被害の多重性,複合性(被害の特殊性②)ア身体被害(ア)死亡原爆による死亡原因は,爆心地からの距離や遮蔽物の有無などの諸条件に応じ,熱線によるもの,衝撃波や爆 重でなければならない。 (2)被害の多重性,複合性(被害の特殊性②)ア身体被害(ア)死亡原爆による死亡原因は,爆心地からの距離や遮蔽物の有無などの諸条件に応じ,熱線によるもの,衝撃波や爆風によるもの,火災によるもの,放射線によるものなど様々な要因のいずれか又は複数が複合して生じている。 (イ)傷害及び後遺障害熱線,爆風,放射線による身体被害は択一的なものではなく,個々の人間に複合的に生じている。例えば,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓などの組織の破壊が血球特に顆粒球及び血小板の減少という急性症状を生じ,外傷の治癒を阻害する要因となるなど,複合作用を生じている場合もある。 イ精神被害- 246 -(ア)健康に対する不安被爆者の多くは,被爆者であることを理由として不安を抱いている。 原告らが原爆症認定を求める核疾病も,今になって突然生じたものではなく,被爆後現在に至るまで続くかかる不安の延長上に発症したものである。 (イ)心の傷(PTSD)被爆者は様々な心の傷を負っている。被爆直後における人々の地獄の苦しみや,その死に様を目撃した人は,その恐怖を一生忘れることができない。 また,多くの被爆者は,自分自身も傷つき,あらゆる物が破壊され,あるいは身辺に火が迫り,とても他人を助けられる状況ではなかったにもかかわらず,人を助けられなかった自分を今でも悔やんでいる。 (ウ)生きる意欲の喪失このような健康に対する不安や心の傷は,多くの被爆者から,生きる意欲を奪っている。 ウ社会的被害(ア)生活基盤の破壊原爆は一瞬にして都市と人間を消失させてしまう程の威力を持っていたため,生き残った者もそれまでの生活基盤を破壊されてしまった。 (イ)差別生き残った被爆者は,戦後の社会生活を生きていく中で,身体の後遺障害や体調不良ゆ 人間を消失させてしまう程の威力を持っていたため,生き残った者もそれまでの生活基盤を破壊されてしまった。 (イ)差別生き残った被爆者は,戦後の社会生活を生きていく中で,身体の後遺障害や体調不良ゆえに社会生活上の差別を受けた。 そのため,多くの被爆者は結婚や就職に際して被爆者であることを隠していた。しかし,結婚後あるいは就職後に被爆者であることが発覚し,離婚や解雇となる場合も少なくはない。逆に,このような社会的差別を恐れるがゆえに,体調不良にもかかわらず健康人と同様の労働を行おう- 247 -とする結果,健康を害することにもなる。 (ウ)生活の困窮差別のために就職自体が困難であるばかりか,就職しても身体の後遺障害や体調不良ゆえに通常人と同様の労働ができず,低廉な給料しか得られない。その一方で複数の疾病を発症するため医療費がかさみ,生活水準はますます落ち込み,経済的に厳しい生活を送っている被爆者も多い。さらに,差別を受けたり受けることを恐れたりして結婚や出産を諦めた結果,高齢となった現在になって,扶養してくれる子や孫がおらずに困っている者もいる。 (エ)社会的被害の複合性社会的被害についても個々の人間に複合的に生じている。さらに,身体被害と社会的被害は多重的に生じている。 エアないしウに述べた被害はそれら被害の代表的な一例にすぎないばかりか,それらが多重に複合している。 (3)放射線障害(被害の特殊性③)ア放射線が人体に与えるメカニズム(ア)外部被曝a初期放射線原爆が炸裂し,100万分の1秒以内に核分裂が繰り返され,ガンマ線や中性子線が放出された。これらの放射線は,瞬時に地表に到達し,そこにいた人々の身体を貫き,細胞組織や遺伝子を破壊した。 また,中性子が,空気,水,土,建造物などあらゆる物質の原子核に吸収され,正 線や中性子線が放出された。これらの放射線は,瞬時に地表に到達し,そこにいた人々の身体を貫き,細胞組織や遺伝子を破壊した。 また,中性子が,空気,水,土,建造物などあらゆる物質の原子核に吸収され,正常な原子核を放射性原子核へと変え,新たな放射線を生み出した。 b放射性降下物核分裂の連鎖反応と同時に,大量の放射性核分裂生成物が生成され- 248 -た。この放射性核分裂生成物は,主にベータ線やガンマ線を放出する。 また,広島原爆のウラン235及び長崎原爆のプルトニウム239のうち未分裂の核分裂物質も,自らアルファ線を放出し,次々と種類の違う放射線原子に姿を変えながら,ガンマ線やベータ線を放出する。 さらに,原爆の装置と容器が核分裂で生成された中性子を吸収して誘導放射化され,これも放射線を放出する。これらが爆発直後の火球の中に含まれていた。 このとき,原爆から放出された衝撃波によって地上の木造家屋は粉々に破壊され,粉塵となって舞い上がった。この粉塵は誘導放射化されているので,地上は細かな放射性物質が立ちこめた状態になっていたのである。 そして,火球が膨張し,上昇して温度が下がると,火球に含まれていた様々な放射性物質は「黒いすす」となる。このときには,火球は急速に上昇していき,火球の下の空気が少なくなるので,これを補填するために爆心地周辺から火球の下に流れ込むような気流ができ,その下に放射化された粉塵が吹き寄せられた。放射性物質や「黒いすす」が凝結核となって空気中の水蒸気を吸収して水滴となった。これらが上昇気流に乗って火球とともにきのこ雲を形成していった。 さらに原爆の熱線によって発生した空前の大火災によって,巨大な火事嵐や竜巻が生じた。これによって誘導放射化された地上の土砂や物体が巻き上げられた。 こうして,きのこ雲の上層部を構成している いった。 さらに原爆の熱線によって発生した空前の大火災によって,巨大な火事嵐や竜巻が生じた。これによって誘導放射化された地上の土砂や物体が巻き上げられた。 こうして,きのこ雲の上層部を構成している火球は,圏界面を突き破って成層圏にまで上昇していった。 このきのこ雲からも放射線の放出は続いた。きのこ雲はついには崩れて広範囲に広がっていく。大きくなった水滴は放射能を帯びた「黒い雨」となって地上に降り注いだ。爆心付近では強い上昇気流が発生- 249 -していた反面,その周囲では上昇気流を補填するために強烈な下降気流が形成される。その下降気流に乗って,きのこ雲の上層部の崩れた部分にあった放射性物質や「黒いすす」が爆心から離れた部分にも降った。 そして,「黒いすす」や「黒い雨」や降下してきた放射性微粒子などの放射性降下物は,初期放射線を浴びた直爆被爆者のみならず,入市被爆者の皮膚や髪,衣類に付着し,あるいは大気中や地面から,アルファ線,ベータ線及びガンマ線を出して身体の外から被爆させた。 「黒い雨」の他に「黒いすす」や放射性微粒子の存在を併せ考えれば,放射性降下物の影響は,被告らが主張する広島の己斐・高須地区,長崎の西山地区に限定されない非常に広範な地域に広がった。 c誘導放射能また,地上及び地上付近の物質は,初期放射線の大量の中性子を吸収して,その原子核が放射性原子核となり,それによって放射線を放出する。誘導放射能はガンマ線とベータ線を放出し続けて,直爆被爆者及び入市被爆者の体外から,継続的に放射能を浴びせ続けた。誘導放射能は中性子線量の多い爆心地ほど強いことから,原爆投下直後に爆心地近く(とりわけ1キロメートル以内)に入市した被爆者や直接被爆した者もその地域に出入りしたり滞在した場合には,誘導放射能の影響を強く受けた。 (イ)内部 心地ほど強いことから,原爆投下直後に爆心地近く(とりわけ1キロメートル以内)に入市した被爆者や直接被爆した者もその地域に出入りしたり滞在した場合には,誘導放射能の影響を強く受けた。 (イ)内部被曝a内部被曝の態様「黒い雨」「黒いすす」及び放射性微粒子は,呼吸等により体内に取り込まれて肺胞に達し,さらに小さい放射性微粒子は,血管やリンパ管を通じて身体の中を移動し,組織や器官に沈着して,これらの組織の細胞に身体の中から放射線を浴びせた。また,飲食物を通じて放- 250 -射性降下物が体内に入った。さらに,皮膚や傷口から放射性物質が直接人体に取り込まれることもあった。 また,原告の中性子線により誘導放射化された地表の物質も,呼吸あるいは飲食物を通じて体内に入り,体内から継続的に放射線を浴びせ続けた。 b内部被曝の影響の深刻さ内部被曝は,次の4点において外部被曝とは異なった態様で人体に深刻な影響を及ぼす。 ①放射線が放出するエネルギーは線源から離れるほど減衰する反面,体内では近傍に極めて大きなエネルギーを吸収させる。 ②アルファ線,ベータ線は短い飛程の中で集中的に組織にエネルギーを与えて多くの染色体や遺伝子の接近した箇所を切断する。 ③自然放射性核種と異なり,ウラン・プルトニウムやそれらが分裂して生成される人工性放射線核種は,核種の種類に応じて特定の組織や器官に濃縮され集中的に被曝させる。 ④体内に取り込まれた放射性核種は,その核種の寿命に応じて継時的に被曝させる。 c内部被曝の影響の複雑さ体内に取り込まれた放射性物質が人体に影響を与える機序については,極めて複雑である。しかも,この場合には,放射性物質を体内に取り込んで,長い期間をかけて放射線を浴び続けることになるので,急性症状が遅れて発症することも考えられる。 イ 響を与える機序については,極めて複雑である。しかも,この場合には,放射性物質を体内に取り込んで,長い期間をかけて放射線を浴び続けることになるので,急性症状が遅れて発症することも考えられる。 イ急性障害(ア)急性症状原爆放射線による急性症状とは,被爆者に生じる脱毛,悪心,吐き気,嘔吐,食欲不振,口内炎,下痢,下血,血尿,鼻出血,歯齦出血,皮下- 251 -出血,生殖器出血などの出血傾向,脱力感,全身倦怠感,発熱,口渇,喀血,咽頭痛,白血球減少,赤血球減少,無精子症,月経異常などの諸症状である。 これらの急性症状が原爆放射線被曝に起因するといえるのは,原爆投下後の調査の過程で,被曝距離及び遮蔽の有無と相関関係のある症状として認識されたものだからである。 (イ)機序放射能,とりわけ人体への破壊力が大きな中性子を浴びた人体内では,腸などの消化器系の内臓,血液をつくる骨髄などで,細胞が自らの機能を停止させ死んでいく細胞自殺(アポトーシス)を起こす。そのため,内臓の機能が低下し,死に至る。 死に至らない場合でも,胃腸の消化管粘膜は,放射線にもっとも感受性のある組織であり,被曝により剥離,びらん,潰瘍等をつくり,悪心,嘔吐,食欲不振,口内炎等の症状を生じさせた。 出血は,造血器(骨髄)傷害としての血小板減少や機能低下,あるいは直接の血管(毛細血管内皮細胞)に対する傷害のいずれかにより発症した。 発熱は,白血球減少などを背景に生じる細菌感染によるものと一般的には捉えることができるが,出血や下痢に前後して見られたりすることから,放射線による組織障害の反映とも見られた。 脱毛は,一般的には,放射線を浴びた結果,皮膚が傷害され,汗腺や皮膚組織が傷害を受けた結果であると考えられている。 全身倦怠感は自覚所見であるが,他の急性症状を伴う場合もそうで 害の反映とも見られた。 脱毛は,一般的には,放射線を浴びた結果,皮膚が傷害され,汗腺や皮膚組織が傷害を受けた結果であると考えられている。 全身倦怠感は自覚所見であるが,他の急性症状を伴う場合もそうでない場合も見られた。前者は他の急性症状を起こした原因の影響によるものであり,後者は中枢神経系に放射能が傷害して自律神経のアンバランスを引き起こし,倦怠感となって現れるものである。 - 252 -ウ慢性障害(ア)長期にわたる後障害放射線被曝により,被爆者は,様々な後障害に苦しめられることになった。具体的には,白血病を含むがん,白内障,心筋梗塞症をはじめとする心疾患,脳卒中,脳疾患,肝機能障害,消化器疾患,晩発性の白血球減少症や重症貧血などの造血機能障害,甲状腺機能低下症,慢性甲状腺炎,被爆当日に生じた外傷の治癒が遅れたことによる運動機能障害,ガラス片や異物の残存による傷害などである。この点,BV作成のデータによれば,急性症状があった者の方がなかった者よりも入通院が頻繁であったり,ぶらぶら病を発症していたり,健康状態の変化を感じている者が多かったりしたという結果が出ており,しかも急性症状があった者の中でも,その個数(症状数)が多ければ多いほどその割合が高くなる。したがって,被爆直後に急性症状があった者,そしてその症状数が多かった者ほど,その後の健康状態を害されていることがわかる。さらに,害された健康の程度についても,急性症状があった者そしてその症状数が多かった者ほど,重いことが分かる。 (イ)慢性原子爆弾症慢性原子爆弾症の中でも注目すべきは,「原爆ぶらぶら病」すなわち原因不明の全身性疲労,体調不良状態,労働持続困難である。 (ウ)免疫的影響これらの被爆者の慢性障害に免疫学的影響が絡んでいる可能性は高い。 エ晩発性障害(ア)物 ,「原爆ぶらぶら病」すなわち原因不明の全身性疲労,体調不良状態,労働持続困難である。 (ウ)免疫的影響これらの被爆者の慢性障害に免疫学的影響が絡んでいる可能性は高い。 エ晩発性障害(ア)物理細胞学的影響a放射線の直接作用放射線のうち,アルファ線やベータ線のような電荷を持った粒子線(荷電粒子線)は原子や分子に直接的に電離や励起を引き起こす。 - 253 -電荷を持っていないガンマ線は,電子との相互作用(光電効果)により,原子や分子を直接的に電離する。これにより生じた2次電子は,ベータ線と同じ作用を行い,さらなる電離を引き起こす。 ガンマ線と同様に電荷を持っていない中性子線は,容易に原子核に到達することができるため,核反応を起こす。その結果,弾性錯乱,被弾性錯乱および核変換などにより,2次的に荷電粒子線やガンマ線を発生させ,これらの荷電粒子線やガンマ線が原子や分子に電離や励起を引き起こす。 人体に入った放射線は,このような物理的過程により,細胞内にある蛋白質や核酸(DNAやRNA)などの重要な高分子に電離や励起を引き起こして破壊し,細胞に損傷を与える。 b放射線の間接作用さらに,初期の物理的過程により,原子や分子の化学的結合が切れて放射線分解が起こると,遊離基(1個又は複数個の不対電子を有する原子や分子)が生成する。遊離基は極めて不安定で非常に反応性に富むため,他の遊離基又は安定分子と直ちに反応する。遊離基が生物学的に重要な分子である細胞内のタンパク質や核酸と反応して変化を起こし,結果として細胞に損傷を与える。 c生物学的影響放射線の直接作用もしくは間接作用により与えられた損傷は,修復酵素などの働きにより修復されるが,全ての細胞の損傷が完全に間違いなく修復されるわけではない。十分に修復しきれなかった場合,損傷を受けた 放射線の直接作用もしくは間接作用により与えられた損傷は,修復酵素などの働きにより修復されるが,全ての細胞の損傷が完全に間違いなく修復されるわけではない。十分に修復しきれなかった場合,損傷を受けた細胞が自らを死滅させるアポトーシスなどの生体防護機構が存在するものの,損傷を受けた全ての細胞がこれにより排除されるわけではない。その結果,人体内の細胞の損傷が拡大し,遺伝的影響や晩発性障害を引き起こすなどの重大な影響を与える。 - 254 -(イ)免疫的影響(加齢を含む)について原爆放射線が人体にどのような影響を与え,これが様々な疾患を引き起こす経路は未だ明確には解明されていない。しかし,がん以外の疾患について,免疫系への放射線影響がある程度関係しているかもしれないという仮説が極めて有力である。 放影研では,放射線と,免疫,炎症(ホルモンとの関係を含む),遺伝と疾患の発生との関係について,加齢を中軸とする関係を想定して研究を進めている。 放射線の影響について,動物では加齢が認められている。 放射線被曝の免疫や炎症との関係から,心筋梗塞,脳梗塞,高血圧,肝機能障害がある程度統一的に説明ができる可能性があり,また,悪性腫瘍も炎症や免疫を介しての放射線の影響があることが考えられていることからすれば,がん以外の疾患についても,広く放射線の影響が存在していることを認識する必要がある。。 原爆症の特徴(1)原爆放射線後障害の非特異性放射線後障害一般として,悪性腫瘍等の放射線障害は,現に罹患している疾病名で見る限り,若干の例外(放射線白内障。ただし,特有の症状のない老人性白内障が放射線障害ではないということを意味するものではない。)を除いて放射線後障害として特有の疾患名はない。のみならず,放射線後障害と認められる疾患について,放射線に起因するも の症状のない老人性白内障が放射線障害ではないということを意味するものではない。)を除いて放射線後障害として特有の疾患名はない。のみならず,放射線後障害と認められる疾患について,放射線に起因するものであるという特有の症状や所見も現在のところ認められていない。 (2)原爆放射線被害の未解明性放射線障害については,細胞レベルにおける放射線によるDNA損傷等のメカニズムはある程度明らかにされつつあり,また,放影研の疫学調査によって,放射線の影響のある疾患が非がん疾患を含めて徐々に疫学的に明らか- 255 -にされている。また,疫学的に原爆放射線による免疫機能の低下や体内における炎症反応の持続等に線量反応関係があることも明らかにされつつある。 しかし,このような免疫機能の低下等がどのようにして後障害と関連するかについて十分明らかになっているわけではない。特に,原爆による放射線被曝は,全身被曝であるため,それぞれの障害を受けた細胞間や臓器間の相互作用,免疫機能の低下,また,ホルモンとの関係,更には,放射線の外部被曝と内部被曝との相互関係がどのようなメカニズムによって,最終的に人体に影響を及ぼすのかが,明らかにされているわけではない。 更に考慮すべきことは,原爆のもたらす影響は,決して放射線によるもののみに限られるわけではなく,熱線,爆風がもたらした熱傷,外傷,感染症は,放射線に比較すれば割合が小さいかもしれないが,遊離基を体内に生み,これによって被爆者の細胞を傷付けていることである(複合性)。 原爆放射線被曝と,後障害発生との間には,長期間の経過が見られる場合が多いため,このことも因果関係判断を困難にしている。 以上に述べたような科学的未解明性及び放射線後障害の特質に鑑みると,原爆症は,被爆者に現れた被害総体として捉えるべきである。すなわち,放 れる場合が多いため,このことも因果関係判断を困難にしている。 以上に述べたような科学的未解明性及び放射線後障害の特質に鑑みると,原爆症は,被爆者に現れた被害総体として捉えるべきである。すなわち,放射線の人体に対する影響については未だに科学的に未解明な部分がある以上,その限界を踏まえて,被爆実態を直視して,現に被爆者に発症している疾病の放射線起因性を判断するのが,真に科学的な判断手法というべきである。 第2被爆者援護法の目的とその解釈 被爆者援護法の内容と立法趣旨(1)被爆者援護法の解釈のあり方原爆症の認定を申請した疾病が被爆者援護法の規定する要件に該当するか否かを判断する場合には,同法の趣旨・目的に従って運用されなければならない。 被爆者援護法の解釈・運用においてとりわけ重要なのは,第1に「核兵器- 256 -の究極的廃絶に向けての決意を新たにし,原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう,恒久の平和を念願する」とされていること,第2に「国の責任において原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害」を救済するものであること,第3にその「健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であること」,第4に「高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護策を講じ」ることを,特に考慮しなければならないということである。 そうであれば,同法を解釈・運用するに当たっては,原爆被害を正確に把握した上で,認定制度が,「国の責任」に基づいて原爆被害を救済する制度に見合ったものとなるよう配慮しなければならない。 厚生省(当時)は,原爆医療法施行後1年余を経過した昭和33年8月13日付各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通知「原子爆弾後遺障害治療指針について」及び「原子爆弾被爆者の医療等に関する法 (当時)は,原爆医療法施行後1年余を経過した昭和33年8月13日付各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通知「原子爆弾後遺障害治療指針について」及び「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」を発出しているが,これらの通知には,被爆後の日米合同調査団に参加した日本の医療関係者等の医学的知見を基礎として,被爆者については,いかなる疾患又は疾病についても一応被爆との関係を考慮すべきであるという趣旨の記載がある。また,これらの通知はいずれも被爆距離を一応の目安としながらも,2キロメートルで切り捨てるようなことをせず,「被爆当時の状況,被爆後の行動等をできるだけ詳細に把握して,当時受けた放射能の多寡を推定するとともに,被爆後における急性症状の有無及びその程度等から,間接的に当該疾病又は症状が原爆に基づくか否かを決定せざるを得ない場合が少なくない」(実施要領)と記載している。 これらの通知にみられる原爆放射線の影響についての知見は,極めて科学的,合理的であり,これらの事情は放射性起因性を判断する場合の指針として,今日でも妥当し,また,その後の判決における認定の基礎となった。 - 257 -(2)解釈基準一般の民事損害賠償制度は,社会に発生した損害を公平に分担させることを目的とし,被害者の被った損害を加害者に填補させることによって当事者間の公平を図るものである。これに対して,被爆者援護法に基づく原爆症の認定制度は,被爆者の筆舌に尽くしがたい被害に対し,ごく一部とはいえ被害回復を図ろうとする制度である。原爆症の認定に当たっては,被爆者援護法の趣旨・目的を踏まえ,これに原爆被爆の実態に則した起因性の認定のあり方を考えるならば,被爆者の疾病と原爆放射線との関係について,民事損害賠償とは異なる論理が必要 症の認定に当たっては,被爆者援護法の趣旨・目的を踏まえ,これに原爆被爆の実態に則した起因性の認定のあり方を考えるならば,被爆者の疾病と原爆放射線との関係について,民事損害賠償とは異なる論理が必要である。 原爆症認定をめぐる裁判例とその到達点Z1訴訟最高裁判決は,長崎で爆心地から約2.45キロメートル地点で被爆し,右半身不全片麻痺,頭部外傷で原爆症認定を申請して却下された事案に関するものである。同最高裁判決は「被爆者の訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を…高度の蓋然性を証明すること」として,民事訴訟におけると同様に「高度の蓋然性」が因果関係の立証において必要であることと判示した。 しかし,その実質は原爆放射線を中心とする被害の特質をとらえ,それに基づいて原爆放射線と原爆症の起因性の認定をしていることを十分に理解する必要がある。同判決は続けて「しかしながら,DS86もなお未解明な部分を含む推定値であり,現在も見直しが続けられていることも,原審の適法に確定するところであり,DS86としきい値理論とを機械的に適用することによっては前記三1(七)の事実(引用者注=昭和20年の日米合同調査,昭和40,60年の厚生省調査や被上告人Z1よりも遠距離で被爆した3名の被爆者の被害実態)を必ずしも十分に説明できないものと思われる。例えば,放射線による急性症状の一つの典型である脱毛について,DS86としきい値論を機械的に適用する限りでは発生するはずのない地域で発生した脱毛の大半を栄養状態又- 258 -は心因的なもの等放射線以外の原因によるものと断ずることには,ちゅうちょを覚えざるを得ない。このことを考慮しつつ,前記三1の事実関係(引用者注=被上告人Z1の被爆状況,その後の健康状態及び長崎 -は心因的なもの等放射線以外の原因によるものと断ずることには,ちゅうちょを覚えざるを得ない。このことを考慮しつつ,前記三1の事実関係(引用者注=被上告人Z1の被爆状況,その後の健康状態及び長崎の遠距離被爆者の実態),なかんずく物理的打撃のみでは説明しきれないほどの被上告人の脳損傷の拡大の事実や被上告人に生じた脱毛の事実などを基に考えると,被上告人の脳損傷は,直接的には原子爆弾の爆風によって飛来したかわらの打撃により生じたものではあるが,原子爆弾の放射線を相当程度浴びたために重篤化し,又は右放射線により治ゆ能力が低下したために重症化した結果,現在医療を要する状態にある,すなわち放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であって,それが経験則上許されないとまで断ずることはできない。」と判示した。 そこで示された基準は,DS86やしきい値といった科学理論を絶対視するのではなく,被爆実態をまず直視する姿勢であり,現実を説明できない理論の機械的適用を強く戒めたのである。 特に,被爆実態から「放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であって,それが経験則上許されないとまで断ずることはできない。」との判断に基づいて,相当程度の蓋然性でよいとした福岡高裁の結論をそのまま維持したことは,判決の認定した間接事実で起因性判断の基礎としては十分であるとしたものであり,その点で被爆実態を重視することを踏まえたものというべきである。特に,脳損傷が直接的には爆風により飛来した瓦の打撃により生じたことを認めながら,原爆放射線との起因性を認めたことは,爆風,熱線等と原爆放射線被害が複合した場合の原爆症の起因性の認定のあり方として極めて注目されるものである。 その後の起因性に関する判決としては,Z2訴訟の京都地裁及び大阪高裁判決,そしてZ3訴訟の東京地裁及び東京高 射線被害が複合した場合の原爆症の起因性の認定のあり方として極めて注目されるものである。 その後の起因性に関する判決としては,Z2訴訟の京都地裁及び大阪高裁判決,そしてZ3訴訟の東京地裁及び東京高裁判決,そして近畿集団訴訟大阪地裁判決があるが,これらの判決はいずれも原爆症ないし原爆放射線の特徴から科学による因果関係認定の限界を指摘し,その上で線量評価の限界,疫学的知- 259 -見,科学的知見の放射性起因性判断にあたっての注意を述べている。 第3被告厚生労働大臣の原爆症の起因性認定とその問題点 被告厚生労働大臣の基本姿勢の問題点被告厚生労働大臣の原爆認定に対する基本姿勢は,一口で言えば「科学」に名を借りた被爆者切り捨て行政と言ってよい。現行の認定行政は,単に科学的知見を踏まえるに止まらず,それに基づいて,当該疾病が放射線に起因することを厳密に立証することを求めている。 審査の方針の問題点の第1は,その基礎をなす原因確率の考え方が,あまりに現実の被爆実態からかけ離れていることである。第2は,審査の方針が,原爆症の特徴(前記第1の1,2)を無視していることである。第3は,そうした被爆者切り捨ての認定行政は,被爆者援護法の趣旨を著しく逸脱することである。 審査の方針の概要(1)被告厚生労働大臣の認定方法としての審査の方針Z1訴訟最高裁判決以前,厚生労働省(厚生省)は,原爆症認定基準として,DS86における評価線量を申請被爆者に機械的に当てはめて放射線被曝推定線量を算出し,認定の可否を判断していた。Z1訴訟最高裁判決により,DS86の機械的適用が排斥されたことを受け,平成13年5月,厚生労働省が新たに策定したのが審査の方針である。ところが,審査の方針は,その実質はこれまでの審査基準と何ら変わるものでもない。 平成11年における原 械的適用が排斥されたことを受け,平成13年5月,厚生労働省が新たに策定したのが審査の方針である。ところが,審査の方針は,その実質はこれまでの審査基準と何ら変わるものでもない。 平成11年における原爆症認定件数187件,平成12年は120件であったところ,審査の方針が策定された平成13年には173件,平成14年には174件,平成15年には188件,平成16年は159件であった。 (2)審査の方針の基本的問題点審査の方針の概要は,申請被爆者の原爆放射線起因性の判断に当たり,(ア)①申請被爆者の原爆投下時の爆心地からの距離から,初期放射線による- 260 -被曝線量をDS86によって推定し,さらに,②特定の条件を満たす被爆者については残留放射線(誘導放射線,放射性降下物)による推定被曝線量を加算した上で,(イ)これを申請疾病及び性別ごとに分けて作られている原因確率表に,申請被爆者の推定被曝線量と被曝時年齢をあてはめて,当該申請被爆者の原爆放射線起因性を確率(原因確率,単位はパーセント)で表し,(ウ)原因確率がおおむね50パーセント以上である場合には原爆放射線の起因性が推定され,おおむね10パーセント未満である場合には起因性が低いものと推定するというものである。 しかしながら,このような判断手法には重大な誤りを含む多数の問題点が含まれている。この点は,後に詳述するが,その概要は,次のとおりである。 まず,審査の方針では,被爆者の原爆症認定を審査する際の被曝線量基準として,専らDS86に依拠している。DS86評価体系に述べられている線量評価について多々問題点があることが指摘されており,被爆者の被曝線量を正確に示すものになっていない(後記3)。 審査の方針における原因確率は,BO研究(乙2)における寄与リスクをそのまま転用したものであるが,それ 々問題点があることが指摘されており,被爆者の被曝線量を正確に示すものになっていない(後記3)。 審査の方針における原因確率は,BO研究(乙2)における寄与リスクをそのまま転用したものであるが,それはABCC及び放影研が行った被爆者の疫学調査に基づいて作成されたものである。上記疫学調査には,DS86の初期放射線のみによって調査対象となる被爆者に被曝線量を割り当てて調査する等の問題が存在する(後記4)。そもそも疫学は,集団についての概念であって,特定の個人の放射線起因性を求める手段となるものではない。 むしろ,疫学上,放射線とある疾病の関連が認められる場合,放射線に曝露した集団でその疾病にかかった全ての人が,放射線が原因でその疾病にかかった可能性があることを示すものとなる(後記5)。 DS86の非科学性(1)DS86の問題点DS86が誤った線量評価であることは,これまでの原爆症認定訴訟判決- 261 -においても繰り返し示唆されている。 DS86は,コンピューターによってシミュレートされた机上の計算値である。 DS86は,もともと核兵器の殺傷力を調査するという軍事的な目的に出た研究であるため,DS86の初期放射線伝播計算における大前提としての原爆から放出された線量という最も基本的事項すら,その算出過程が明らかにされていない。このため,DS86は,追検証が不可能であり,誰が行っても同一の結果が再現されるという科学的裏付けが担保されていない。 DS86は主に原爆炸裂から1秒以内に放出された初期放射線の線量評価であり,残留放射線の評価には著しく不熱心である。それは線量評価の目的がABCC-放影研の疫学調査のためのものであり,調査対象となる被爆者に残留放射線の割り当てを行っていないため,残留放射線の評価は,むしろ,その調査をしなくても放影 熱心である。それは線量評価の目的がABCC-放影研の疫学調査のためのものであり,調査対象となる被爆者に残留放射線の割り当てを行っていないため,残留放射線の評価は,むしろ,その調査をしなくても放影研の疫学調査の価値が落ちないことの弁明としての意味しかないからである。そして,同時にABCCの設立経過が絡んでいる。 (2)実測値と初期放射線評価との乖離アDS86による初期放射線評価と実測値との乖離(ア)DS86評価体系自身も認める正確性の限界DS86による被曝線量の推定は,正確性に限界があり,これに基づいて被曝線量を推定することには大きな問題がある。このことは,DS86自身が発表当初から認めている事実である。「原爆線量再評価」によれば,「中性子の測定についてのこの章の結論は,中性子線量が更に研究が進展するまでは疑わしいということでなければならない。爆心地より1000メートルを超えたところで,十分質の高い結論を出せる別の物理学的効果による熱中性子フルエンスの再測定は特に価値のあることである」,「現在,DS86に含まれている改訂線量推定モデルでの- 262 -誤差の解析は不完全である。」と記載されており,誤差の解析が不十分で,再測定された結果による見直しが予定されている。 (イ)実測値との不一致の実証DS86発表以後,広島・長崎において,繰り返しガンマ線量及び中性子線量の測定が行われたが,広島でも長崎でも共通して,爆心から近距離ではDS86の推定値は実測値に比して過大評価であるが,遠距離では過小評価に転じ,爆心からの距離が増大するにつれて過小評価の度合いが拡大することが判明した。 a広島におけるDS86と実測値との不一致広島では,中性子によって放射化されたユーロピウム152,塩素36あるいはコバルト60の測定により数多くの実 て過小評価の度合いが拡大することが判明した。 a広島におけるDS86と実測値との不一致広島では,中性子によって放射化されたユーロピウム152,塩素36あるいはコバルト60の測定により数多くの実測値が得られているが,この実測値とDS86の計算値とを比較すると,爆心地からの距離が900メートルを越えるとDS86は過小評価に転じ,1500メートル付近での実測値はDS86の計算値の約10倍に,1800メートルでは約100倍になることが分かった。これを2000メートル以遠に延長していけばDS86の推定線量は実測値の2桁も3桁も低い線量評価になっていくことが容易に推測される。 また,広島における測定の結果,DS86によるガンマ線の推定線量は爆心地から1キロメートル以遠では,実測値に比して過少に推定していることが明らかとなった。AU教授らが平成元年に爆心地から1909メートルの地点で測定したガンマ線の実測値は,DS86による推定線量の2.0倍及び2.1倍であったとされている。さらに,平成4年にAV教授らの測定した結果によると,爆心地から2050メートルの距離では,実測値がDS86による推定線量の2.2倍となったことが報告されている。 また,AVらは,平成7年には,爆心地から1591メートルと1- 263 -635メートルとの間の測定も行い,この距離においてはガンマ線の線量実測値はDS86の推定線量からずれていることを確かめており,この結果とこれまでの実測値を総合して,ガンマ線の実測値は,爆心地から1100メートルよりも遠い距離においてはDS86の推定線量より大きい方にずれていることを指摘している。 b長崎におけるDS86と実測値との不一致長崎においても,熱ルミネッセンス法による測定が行われており,中性子によって放射化されたコバルト60に 定線量より大きい方にずれていることを指摘している。 b長崎におけるDS86と実測値との不一致長崎においても,熱ルミネッセンス法による測定が行われており,中性子によって放射化されたコバルト60について,AW教授らが系統的に行った評価によれば,DS86の評価線量は爆心地より900メートルを越えたあたりから過小評価に転ずることが判明した。 また,長崎原爆によるユーロピウム152の放射化のデータも測定されており,広島に比べて実測値にばらつきはあるものの,最小自乗法により近似曲線を求めると,DS86の推定値は爆心地から700メートル以内では過大評価であり,700メートルを越えると過小評価になる傾向が認められた。 (ウ)実測値との不一致の原因この原因として,①原爆の爆発点において放出された中性子線のエネルギー分布の正確性の問題,②大気中の湿度等気象条件の評価の問題,③DS86の計算条件あるいは計算式の正当性の問題,などが指摘されている。 a原爆から放出された中性子エネルギー分布について広島原爆に関し,原爆機材の構造や材質の詳細や火薬の量と成分の詳細などの基本的事項が公表されていない。さらには,広島原爆がどのような厚さの鉄でおおわれていたのかさえ分からない。例えば原爆の構造が違うとの報告がアメリカからなされただけで放出エネルギーの数値は大きく変わってしまう。 - 264 -しかも,広島原爆では,同型の爆弾による実験は行われておらず,原子炉から放出されるガンマ線と中性子線の測定をし,さらに,コバルト60を置いてガンマ線のレベルを測定する実験が行われただけであり,その出力推定は困難を極める。 また,長崎原爆の爆発威力については同じ形式の爆縮型プルトニウム原爆の爆発実験の測定値をもとにコンピューターによる計算の結果を総合してTNT21キロト れただけであり,その出力推定は困難を極める。 また,長崎原爆の爆発威力については同じ形式の爆縮型プルトニウム原爆の爆発実験の測定値をもとにコンピューターによる計算の結果を総合してTNT21キロトン相当とされていはいるが,この設定の段階でも既に若干の誤差が生じている可能性は否定できない。さらに,この爆発威力を前提として爆発時に放出される中性子線とガンマ線の大気中への分布状況を求めることになるが,DS86において与えられたこの分布に関する数値は,算出過程は一切明らかにされず,結果だけが示されているにすぎない。 b湿度分布についてDS86では,広島原爆については広島気象台での測定値である湿度80パーセントを,また長崎原爆については,長崎海洋気象台の測定値である湿度71パーセントを採用しているが,広島気象台も長崎海洋気象台も海や川に近く,家屋が密集した市街地と比べ湿度が高かった可能性が極めて高い。 また,DS86は線量推定の対象となるいずれの空間領域においても湿度が一定であるとの前提で計算されているが,地表付近と上空では湿度が大きく異なることが考えられ,かかる前提自体が間違っている可能性もある。 このように,爆心地付近の湿度が,DS86の入力データより低ければ,中性子線の大気中の水分の原子核による吸収が減少し,DS86いよる推定値よりも多量の中性子線が遠方に到達したことになる。 c数値計算を行う上での問題- 265 -DS86における推定線量計算は,爆心から水平2812.5メートルまでの距離を同心円上に,上下も高さ1500メートルまでを地表から一定の高さごとに区切って,円筒形のリング空間(計算領域)ごとに放射線の伝播を計算するものである。しかし,1500メートル以上の上空や2812.5メートル以遠からの計算領域の円筒内に入ってく 表から一定の高さごとに区切って,円筒形のリング空間(計算領域)ごとに放射線の伝播を計算するものである。しかし,1500メートル以上の上空や2812.5メートル以遠からの計算領域の円筒内に入ってくる放射線の寄与については全く無視している。また,各計算領域への放射線の入射角度についても飛び飛びの特定の角度だけにして放射線の入射・散乱角度をデジタル化して近似し,ボルツマン輸送方程式に基づいてコンピューター計算を行っているが,ボルツマン輸送方程式による計算方式では,ある1つの要因で計算領域の計算値が一旦ずれてしまうと,これが次の計算領域での計算値の入力のための前提データとなるため,ずれは次々に累積・拡大していき,爆心地から遠距離になるほど誤差の生じる危険性が高まっていく。 イDS02の不当性被告らは,DS86の正当性がDS02によって裏付けられたと主張する。しかし,DS86の重大な欠陥は,DS02でも全く補われるものとなっていないばかりか,DS02自体も多くの問題点が存在するものである。したがって,DS86を起因性判断のための線量評価に使うことは到底許されない。 (ア)未だ完成されていないDS02DS02の線量評価体系は平成15年3月に策定されたものであるが,未だDS02報告書の総括もなされていない未完成な報告として存在しているにすぎない。未だ完成していないことそれ自体が,DS86による初期放射線線量推定の埋めがたい欠陥を示すものとなっている。 (イ)DS02における実測値との乖離a高速中性子について- 266 -(a)1400メートル以遠では役に立たないDS02では,高速中性子についての新たな測定結果が用いられている。しかし,この高速中性子に関する測定結果は,1400メートル以遠については線量評価としては役に立たない。 トル以遠では役に立たないDS02では,高速中性子についての新たな測定結果が用いられている。しかし,この高速中性子に関する測定結果は,1400メートル以遠については線量評価としては役に立たない。 (b)近距離で過大評価,遠距離で過小評価となっていることDS02においても,広島の爆心地からの391メートルの地点における中性子線量の実測値は,推定線量の0.85倍であり,1470メートルの地点では1.90倍となっている。特に,遠距離における実測値とのずれは,DS86よりDS02の方が拡大している。 また,液体シンチレーション法によるニッケルの再測定もなされているが,そこでも広島における爆心地より1500メートル地点での実測値がDS02の計算値を上回っていることが確認されている。 (c)杜撰なバックグラウンドの評価DS02の基となったAXらの論文においては,1880メートル地点の測定値をバックグラウンドとしていた。しかし,その内容に合理性がないとして,DS02ではバックグラウンドの数値を変更しているのである。これはDS02が極めて恣意的な操作によって策定されていることを意味する。そもそも,バックグラウンドの評価は,高速中性子が全く到達し得ない遠距離の測定結果を用いるべきところ,AXらは既に1400メートル以遠の測定値はバックグラウンドと同程度であると決めつけバックグラウンドとして採用すべき5000メートル地点における測定を杜撰に行っている。 bガンマ線についてDS02でも,遠距離では測定値が計算値よりも高いことを示唆す- 267 -る若干の例があると明示している。 c熱中性子について平成10年のAW教授らによるコバルト60の測定結果は,明らかに遠距離では測定値がDS02の計算値を上回っており,また平成13年のBE教授らによる 干の例があると明示している。 c熱中性子について平成10年のAW教授らによるコバルト60の測定結果は,明らかに遠距離では測定値がDS02の計算値を上回っており,また平成13年のBE教授らによるコバルト60の測定結果も,遠距離では測定値が計算値を上回っている。 また,ユーロピウム152についても,遠距離において,測定値が計算値を上回っている。 さらに,広島において,平成3年にBF教授らによって,また平成5年にはAW教授によってユーロピウム152の測定が行われているが,コバルト60同様,測定値が計算値を上回っているという系統的なずれの存在が明らかとなった。また,BE教授らのユーロピウム152の測定結果も,遠距離に行けば行くほど測定値が計算値を上回るという系統的なずれが生じている。 (3)被爆者に現れた症状とDS86の乖離アDS86では説明できない急性症状の発症急性症状に関する調査の結果,①2キロメートル以遠のいわゆる遠距離被爆者にも急性症状が発症していること,②入市被爆者にも急性症状が発症していることが明らかになった。急性症状は,被爆者が放射線を浴びたことの1つの目安になるものであり(もっとも放射線を浴びたからといって絶対に急性症状を発症するものではないことに注意を要する),遠距離被爆者や入市被爆者が多量の原爆放射線を浴びたことを裏付けている。特に脱毛の発生は被曝の重度さを示唆するものとされている。 ところが,DS86及びDS86報告書では,初期放射線及び一部の残留放射線が考慮されているだけであり,これらの線量評価では,遠距離・入市被爆者に急性症状が生じたという現実を説明することはできない。 - 268 -更に重要なことは,このような急性症状がその後の慢性原爆症等,被爆者の体調不良と結びついているという事実である。 イ遠距離被 者に急性症状が生じたという現実を説明することはできない。 - 268 -更に重要なことは,このような急性症状がその後の慢性原爆症等,被爆者の体調不良と結びついているという事実である。 イ遠距離被爆者の放射線影響この点については,以下のような調査結果等がある。 (ア)日米合同調査長崎において,典型的な急性症状である脱毛は,2.1~2.5キロメートルで7.2パーセント,2.6~3キロメートルで2.1パーセント,3.1~4キロメートルで1.3パーセント,4.1~5キロメートルでも0.4パーセントの発症がみられる。 また,遮蔽の有無によっても差があることが示されている。 (イ)東京帝国大学医学部調査広島において,2.1~2.5キロメートルで男性5.7パーセント,女性7.2パーセント,2.6~3キロメートルで男性0.9パーセント,女性2.4パーセントの脱毛の発症が見られている。 また,遮蔽の有無によっても差があることが示されている。 (ウ)BR論文「原爆直後中心地に入らなかった屋内被爆者の場合」は,初期放射線の影響を比較的よく表しているといえるが,2キロメートルで30パーセントの急性症状有症率があり,3キロメートル以遠においても多くの急性症状が発症している。 中心地出入りなしの2キロメートル以遠で,屋外被爆者が屋内被爆者に比較して顕著に有症率が増加している。遮蔽がない屋外被爆者に有症率が高いということは,人体に影響を与える多量の放射線が2キロメートル以遠の遠距離にまで到達していることを物語っている。 (エ)放影研の調査2キロメートルから3キロメートルでも3パーセントに,3キロメー- 269 -トル以遠でも1パーセントに脱毛が見られている。 (オ)BZらによる2つの調査平成12年に発表した「被爆状況別の急性症状に関する研究」におい メートルでも3パーセントに,3キロメー- 269 -トル以遠でも1パーセントに脱毛が見られている。 (オ)BZらによる2つの調査平成12年に発表した「被爆状況別の急性症状に関する研究」において,2キロメートル以遠の遠距離において,脱毛の発症が観察されている。しかも,遠距離においても遮蔽の有無により脱毛の発症率に差が出ており,遠距離にも放射線が到達したことを物語っている。 重度脱毛の構成比を見てみると,1.5から1.9キロメートルで約21.4パーセント,2.0から2.4キロメートルで約16.9パーセント,2.5キロメートルから2.0キロメートルで約13.7パーセント,3キロメートル以遠でも約12.5パーセントとなっており,この点からも遠距離に放射線が到達したことが分かる。 (カ)「原子爆弾災害調査報告書」における部検例この中には,2キロメートルから3キロメートルでの被爆でありながら,放射線被曝特有の症状を呈して死亡した例が報告され,「総て亜急性原子爆弾症のために死亡したものである」と結論付けられている。 (キ)BV意見書及びBV証人調書被爆距離3キロメートル超でも40.5パーセントにのぼるものに急性症状が発症している。被爆距離との相関性も確認できる。 (ク)CY・CZ報告2.1~2.5キロメートルで9.34パーセント,2.6~3.0キロメートルで3.58パーセントの者にいわゆる急性症状が発症しており,被爆距離との相関性も確認されている。 (ケ)BK教授らの研究被爆距離2~4キロメートルで被爆した2828人のうち2.8パーセントに脱毛があり,うち2名は急性期に死亡している。また,嚥下痛は,11.1パーセントに出現している。 - 270 -(コ)低線量被曝による死亡率と発症率の増加2.5キロメートル以遠における初期放射線量 毛があり,うち2名は急性期に死亡している。また,嚥下痛は,11.1パーセントに出現している。 - 270 -(コ)低線量被曝による死亡率と発症率の増加2.5キロメートル以遠における初期放射線量はT65Dでは9ラド未満と低線量であるが,この低線量被曝グループの各疾患について全国の死亡率と発症率を用いて標準化した相対リスクを求めると,例えば白血病の死亡率,呼吸器系のがんの死亡率,乳がんの発症率で明らかに過剰となっている。 (サ)染色体異常染色体異常について,屋外で被爆したグループ,木造の家屋によって遮蔽されたグループ,コンクリートによって遮蔽されたグループ,2. 4キロメートル以遠のグループを比較した研究がある。遮蔽の有無により染色体異常の発症頻度が変わり,被曝線量との関係が推認されるが,2.4キロメートル以遠のグループにおいてもコントロールの頻度よりかなり高い。 (シ)Z1原爆訴訟の事例Z1原爆訴訟の原告は2.45キロメートルで被爆しているが,脱毛や下痢といった急性症状を発症している。また,Z1原爆訴訟最高裁判決では,長崎の遠距離被爆者の事例(爆心地から約2.4ないし約2. 9キロメートル)が指摘されている。 (ス)まとめ日米合同調査団の調査,東京帝国大学の調査で,脱毛の発症率が遮蔽の有無によって異なるのであるから,ストレスや食糧事情などの影響は考えられず,初期放射線被曝の影響が遠距離まで及んでいたと考えざるを得ない。 大規模空襲に遭った他の戦争被害者も惨状をまのあたりにしているが,これら空襲被害者に脱毛等の急性症状様の症状が出たとの報告はない。 したがって,遠距離被爆者の急性症状がストレスや食糧事情による影響- 271 -とは考えがたい。 ウ入市被爆者の放射線影響この点についても,次のような調査結果等がある。 (ア) の報告はない。 したがって,遠距離被爆者の急性症状がストレスや食糧事情による影響- 271 -とは考えがたい。 ウ入市被爆者の放射線影響この点についても,次のような調査結果等がある。 (ア)賀北部隊昭和20年8月6日深夜から同月7日昼ころにかけて西練兵場に到着し,同日ころから第1,2陸軍病院,大本営跡,西練兵場東側,第11連隊付近で作業した99名のうち,急性症状を発症した者が32名もいた。 (イ)BR論文原爆の瞬間には広島市内にはいなかった者について原爆直後中心部への出入りの有無で比べたところ,中心地に入らなかった者は発熱,下痢,脱毛などの急性原爆症はゼロであったのに対し,中心地に入った者は発熱,下痢,脱毛などの急性原爆症を発症したことが報告されている。 しかも,中心地滞在時間の長い者に有症率が高いことが報告されている。 (ウ)広島原爆戦災誌(暁部隊)アンケートの対象者は,原爆投下時に爆心地から12キロメートル及び約50キロメートルにいた暁部隊の被爆者であり,いずれも初期放射線の影響は考えられず,主に当時18歳~21歳の健康な男子青年である。原爆投下の当日ないし翌日に救援のため入市し,負傷者の収容,遺体の収容,火葬,道路,建物の清掃などの作業に従事した。 救援活動中の症状としては,8月8日ころから,下痢患者が多数続出し,食欲不振を訴えている。また,救援終了後に基地に帰ってからは,軍医によりほとんど全員が白血球3000以下と診断され,下痢患者も引き続きあり,発熱,点状出血,脱毛の症状が少数ながらあった。そして,復員後経験した症状は,倦怠感168名,白血球減少症120名,- 272 -脱毛80名,嘔吐55名,下痢24名であった(233名回答)。 (エ)三次高等女学校の入市被爆者昭和20年8月19日から25日まで広島市の本 ,倦怠感168名,白血球減少症120名,- 272 -脱毛80名,嘔吐55名,下痢24名であった(233名回答)。 (エ)三次高等女学校の入市被爆者昭和20年8月19日から25日まで広島市の本川国民学校(爆心地から約350メートル)に被爆者救護隊として派遣された生徒のうち23名に対し急性症状等が調査された。 このうち生存者10名に対する調査では,調査未了となっている3名を除けばほとんど全員(7名中6名)に脱毛,下痢,倦怠感等の急性症状が発症していることが明らかになった。 この23名中,白血病を発症した者が2名もいる。死因が判明した死没者11名のうち,7名ががんにより死亡している。 (オ)DA医師による「入市被爆者による脱毛について」被爆時在住地が爆心地から4キロメートル以遠で,その後爆心地から2キロメートル以内に入市した事例を集計したところ,約10パーセントについて脱毛の症状があった。その結果を分析すると,被爆後一定期間経過した後も,広島市内(約2キロメートル)一円は脱毛をもたらすような放射能汚染が継続していたと考えられる。 (カ)広島・長崎原爆の入市被爆者・遠距離被爆者の放射線障害に関する意見書夫の安否をたずねて爆心地付近を捜索し,残留放射線に被曝し,急性放射線障害で死亡した事例,遠距離(3.6キロメートル)で被爆し,爆心地で捜索活動をした結果,急性原爆症で死亡した事例,遠距離(3. 2キロメートル)で被爆し,翌日から爆心地に滞在し,急性原爆症で苦しんだ事例が紹介されている。 (キ)BV意見書入市被爆者の38.8パーセントに急性症状が発症し,発症個数が16個のうち5から7個あったものが20パーセントほどもあった。これ- 273 -は,被爆距離3キロメートル内被爆者とほぼ同率である。 (4)放射性降下物の降下範囲について 状が発症し,発症個数が16個のうち5から7個あったものが20パーセントほどもあった。これ- 273 -は,被爆距離3キロメートル内被爆者とほぼ同率である。 (4)放射性降下物の降下範囲についてア放射性降下物の生成過程原爆爆発時の核分裂生成物は主にベータ線やガンマ線を放出する。さらに,原爆装置とその容器が,核分裂で生成された中性子を吸収して放射性物質となる。広島原爆のウラン235や長崎原爆のプルトニウム238のうち実際に核分裂を起こしたのはほんの一部であり,未分裂のウラン,プルトニウムも自らアルファ線を放出し,更に異なる放射性原子核に壊変しながらガンマ線やベータ線を放出する。 上記の電磁波は直ちに周囲の空気に吸収され,プラズマ上の空気の塊すなわち火球がつくられる。火球が膨張し上昇して温度が下がると,様々な放射性物質は放射性微粒子ないし黒いすすとなる。さらに火球が上昇して温度が下がると,放射性微粒子や黒いすすが空気中の水蒸気を吸着して水滴となる。 地上に降り注いだ中性子は土壌や建造物などに吸収され,これらの物を誘導放射化する。このとき,原爆の衝撃波によって地上の建造物は粉々に破壊されているので,誘導放射化された物質が地上に立ちこめている。 火球の温度が下がると,火球は急激に上昇する。すると,火球の下の空気を補填するために,周囲の放射性微粒子や黒いすすを含んだ空気が火球の下に吹き寄せられ,火球とともに上昇して巨大なキノコ雲を形成する。 こうしてできたキノコ雲は,圏界面を突破して成層圏に到達した。 また,原爆の熱線によって生じた大火災によって発生した上昇気流とによっても地上の粉塵が上空に巻き上げられた。 さらに,このような強い上昇気流が発生した周辺では,上昇気流を補填するために強い下降気流が発生する。こうして,黒いすす,黒い雨が相当広範 した上昇気流とによっても地上の粉塵が上空に巻き上げられた。 さらに,このような強い上昇気流が発生した周辺では,上昇気流を補填するために強い下降気流が発生する。こうして,黒いすす,黒い雨が相当広範囲に降り注いだ。 - 274 -イ「黒い雨」の降雨地域CAらは,170個の資料に基づき,長径29キロメートル,短径15キロメートルの長卵形の雨域を報告した。 しかし,激しい雷や積乱雲が発生した場合には非常や不規則な形で雨があるのであって,川や山などの地形の影響も小さくない。 これに対し,長年気象研究所に勤務し数値予報の研究に携わってきたATは,平成元年,丹念な調査によって黒い雨の新たな雨域を発表した。 AT論文が基礎としたのは,CA論文の基礎資料のほか,広島県の調査資料(1万7369人が回答したものの調査報告),72人からの聴取調査,アンケート調査1188枚,手記集・記録集から358点の資料など,2000を越える豊富なデータである。しかも,ATは慎重に,相互に矛盾のない回答を得るために雨の降り方を3種類に分け,聴き取り調査に参加した人にもアンケートを提出してもらうよう努め,こうして得られたデータを信用度の違いなどから総合的に吟味し,大学ノート2冊にまとめ上げた。 増田雨域は,爆心より北西約45キロメートル,東西方向の最大幅約36キロメートル,面積約1250平方メートルに達し,宇田雨域の約4倍になった。爆心地の東側や南側の資料はほとんどないため,今後これらの地域が雨域に含まれる可能性も否定できない。 また,黒いすすや放射性微粒子が降下した範囲は,黒い雨よりも広かった。 ウ増田雨域の検証(ア)AW報告との符合AW博士は,広島原爆投下3日後にAE理化学研究所長(当時)らが爆心地から5キロメートル以内の地点で採取した22個の試料でセシウム1 よりも広かった。 ウ増田雨域の検証(ア)AW報告との符合AW博士は,広島原爆投下3日後にAE理化学研究所長(当時)らが爆心地から5キロメートル以内の地点で採取した22個の試料でセシウム137の精密測定を行い,11個のサンプルでセシウム137を検出- 275 -したうえで高雨域と比較して報告した。その結果は,増田雨域とよく一致した。 (イ)AHらの報告との符合AH博士らは,昭和24年に旧ソ連が核実験を開始する前である,昭和20年から昭和23年にかけて広島の残留放射能を調査した。この調査結果は増田雨域とよく符合し,これと矛盾しない形で等値線を引くことが可能である。 エ「黒い雨に関する専門家会議報告書」これに対し,被告は「黒い雨に関する専門家会議報告書」を主な根拠として,広島の己斐・高須地区,長崎の西山地域以外に降った放射性降下物が含まれていたことが裏付けられていないと主張する。 しかし,報告書の基となっているDBらの数値シミュレーションには多くの問題点があり,DB自身の証言によって,同報告書が全く信用に値しないことが明らかとなった。 (ア)キノコ雲の高度DBの報告では,雲頂高度は8080メートルであるとされているが,これが過少であることは,「黒い雨に関する専門家会議」のDC座長自身が原爆雲の高さが12キロメートルに達したとしていることやその他の資料から明らかである。 しかも,DBの報告の根拠とされた写真は,写真下部が切り取られ,キノコ雲の高さが低くなるように改ざんされている。 (イ)火災の燃焼率DBの報告では,午前10時から午前11時をピークとして,15時までに燃え尽きたとされている。 しかし,CA論文によると,火災は9時ころから大きくなり,10時から14時ころにかけて最も盛んで,8月6日午後にはほとんど全市が- 午前11時をピークとして,15時までに燃え尽きたとされている。 しかし,CA論文によると,火災は9時ころから大きくなり,10時から14時ころにかけて最も盛んで,8月6日午後にはほとんど全市が- 276 -火災の煙に包まれていたとされているのであるから,上記報告は実態を反映していない。 (ウ)原爆雲の想定と実態の齟齬DBのシミュレーションは,原爆雲と粉塵,火災炎が分離されていることが前提となっている。しかし,砂漠での実験と異なり,現実に原爆が投下された地域には建造物など様々な物があり,衝撃塵も土砂には限られない。 (エ)不適切な計算範囲DBのシミュレーションでは1キロメートルの格子点を使用しているが,これでは局地的な上昇気流を反映することができない。 しかも,その計算範囲(30キロメートル×40キロメートル)では増田雨域は収まらない。しかも,DB自身,雨域を示していない。 (オ)モデルの不適切さDBが行った数値シミュレーションは,いずれも,静力学の式を使った中規模スケールの海陸風数値計算モデルを使用している。このモデルでは,水平方向の気流の収束による弱い上昇気流しかシミュレートすることができないのであるから,原爆投下後の強烈な上昇気流をシミュレートするモデルとして不適切である。 (カ)恣意的な補正このように,DBのシミュレーションは,シミュレーションにとって重要な初期値・境界条件もモデルもいずれも不適切なまま行われたものである。そのことについて,DBは,上昇する部分に補正係数を掛けたと証言するが,そもそも補正係数の説明自体にも変遷がみられ,その根拠も明らかにされないため,補正の事実自体疑わしいが,一定の結論すなわち宇田雨域に合わせて報告書を記載したとしか考えられない。 (キ)膨大なケアレスミス- 277 -DBのシミ がみられ,その根拠も明らかにされないため,補正の事実自体疑わしいが,一定の結論すなわち宇田雨域に合わせて報告書を記載したとしか考えられない。 (キ)膨大なケアレスミス- 277 -DBのシミュレーションには,爆心地の場所,ミスプリント,長崎原爆の爆発高度が60メートルとされていること,地表面温度の欠落,熱力学の式の欠落,方程式の解が代入されていないなどケアレスミスが多すぎる。これらについて,DBは,計算はきちんとしていると弁明するが,それを検証できていないことを自認している。 そうした「ミス」の中で看過しがたいのは,福岡と潮岬のデータを使用した旨記載されているが,実際には福岡のデータは存在せず,DB自身,「草案はもう既に書いていて,後から色々直しますけど,それが直されなかった」と述べていることである。つまり,データを蒐集し始めたときには既に結論を得ていて,それに数値シミュレーションの装いを凝らしたものがDBの報告にすぎない。 オ「黒い雨に関する専門家会議報告書」に関するその他の問題点「黒い雨に関する専門家会議報告書」には,「広島原爆の残留放射能の検討(物理学面の検討)」など4編の報告が掲載されているが,いずれも「不可知論」に持ち込んで,「黒い雨」の影響を否定しようとするものにすぎず,「黒い雨」と放射性降下物が同じものとはいえないとの被告の主張を理由付けることはできない。 「黒い雨に関する専門家会議報告書」には,「体細胞突然変異頻度」「染色体異常を指標とする放射線被曝の人体に対する影響の評価」と題する報告も掲載されているが,対照グループとされた宇品等に在住していた人々が「黒いすす」などによる被爆をしていた可能性は十分にある上,サンプル数も限定的なものである。したがって,これをもっても「黒い雨」と放射性降下物が同じものとはいえな とされた宇品等に在住していた人々が「黒いすす」などによる被爆をしていた可能性は十分にある上,サンプル数も限定的なものである。したがって,これをもっても「黒い雨」と放射性降下物が同じものとはいえないとの被告の主張を理由付けることはできない。 カ「広島及び長崎における残留放射能(乙11)の問題点上記論文の記述は,放射性降下物と地上で誘導放射化された物とを区別- 278 -しておらず,正確性を欠いており,このような論文を基礎とする主張に理由はない。 (5)内部被曝の影響は決して無視できないことア内部被曝の契機「黒い雨」や「黒いすす」に含まれた放射性物質が経皮侵入すると内部被曝の原因になる。これらが,飲食物に付着して経口摂取されたり,呼吸等により吸入されたりすることもある。原爆投下後,親族や友人などを求めて広島・長崎市内に入り爆心地を回ったり,救護活動に従事するなどの行動によっても,放射性物質を体内に摂取することがある。 イ内部被曝の深刻さ(ア)放射線が生体を透過するときにDNAを傷付けることはよく知られているが,体内に放射性物質があるときには,細胞の至近距離に線源があることになる。 (イ)内部被曝で重要なのは飛程の短いアルファ線やベータ線である。これらの放射線を放出する核種が体内に入ると,この短い飛程で放射線のエネルギーがほとんど細胞に吸収されることによって,DNAの二重螺旋が多数破壊され,細胞の誤った修復によりがん化の原因になるなど大きな影響が生じる。 (ウ)ウランやプルトニウム,人口放射性核種は,核種毎に生体内の特定の部位に濃縮される特性がある。 (エ)体内に取り込まれた放射性核種は,その核種の寿命に応じて継続的に放射線被曝を与える。しかも,ある細胞がアルファ線に被爆した場合には,その近傍にある細胞にも放射線影響 に濃縮される特性がある。 (エ)体内に取り込まれた放射性核種は,その核種の寿命に応じて継続的に放射線被曝を与える。しかも,ある細胞がアルファ線に被爆した場合には,その近傍にある細胞にも放射線影響がみられる。 ウ人口放射性核種の生体濃縮原爆投下後には,コバルト60,ストロンチウム90,セシウム137などの,天然には存在しない人口放射性核種が多数存在した。自然界にも- 279 -存在する放射性核種は,人類の進化の過程で獲得した適応能力によって生体内で濃縮することはないのに対し,人口放射性核種は生体内で著しく濃縮する。 エこのように,内部被曝は,物理的な吸収線量を図るだけでは到底把握することのできない複雑な機序を有するのであり,その影響を軽視するのは誤りである。 (6)低線量被曝の影響は決して無視できないことア人体影響が低線量域でも確認されていった過程昭和31年にCLは,妊娠中の女性が診断用エックス線を受けた場合に乳幼児の白血病の発症が有意に高くなると報告した。 昭和36年にはDD博士がショウジョウバエを使った実験で5レントゲンまで突然変異率の有意な上昇が見られることを確認した。 CF証人は,ムラサキツユクサの雄蕊毛に突然変異が起こるとピンクの細胞が現れることに着目し,0.25ラド(0.0025グレイ)のエックス線や0.01ラド(0.0001グレイ)の中性子線でも突然変異率と線量との間に関係があることを確認した。その後,外国でもムラサキツユクサを活用した実験や,他の動植物でも次々と微量放射線による有意な突然変異率の上昇が確認されていった。 DE博士は,昭和47年に植物とほ乳類の突然変異の機序は類似していると報告しており,昭和50年にはヒトなどの哺乳動物の細胞の放射線感受性とムラサキツユクサ雄蕊毛の細胞の放射線感受性や突然変異率が 。 DE博士は,昭和47年に植物とほ乳類の突然変異の機序は類似していると報告しており,昭和50年にはヒトなどの哺乳動物の細胞の放射線感受性とムラサキツユクサ雄蕊毛の細胞の放射線感受性や突然変異率が同程度であると報告している。したがって,人体においても低線量被曝だからといって影響を無視しうるものではない。 そもそも,放射線の確率的影響は,しきい値が否定されている。 イ低線量被爆では高線量被爆とは異なった影響があり得ること加えて,高LET放射線では,低線量率でも持続的に被曝している場合- 280 -の方が,高線量率で被曝した場合よりもリスクが高いことが報告されている。CF証人は,これを生体の防御機能が働かないためと説明する。 また,ガンマ線のコンプトン散乱によって遠距離で被曝した方が生体により多くのエネルギーが吸収されることを示唆する実験結果も存在する。 これらのことからすれば,未だ科学的には解明されていないが,場合によっては高線量(率)被曝よりも大きな影響があることすら否定できないのであって,低線量被曝であるからといって影響を無視できるというものではないといわざるを得ない。 (7)小結以上のとおり,DS86はもとより,その正当性を裏付けると主張されているDS02についても,遠距離における実測値との乖離(過小評価)の問題は解消されておらず,その科学的合理性は極めて低い。かかるDS86に基づく疫学調査,あるいは原因確率も合理性はない。 原因確率表の作成過程の問題点(1)審査の方針と原因確率ア審査の方針とBO研究審査の方針における原因確率のもととなったのは,BO氏を主任研究者とする厚生科学研究費補助金の特別研究事業の報告書「原爆放射線の人体の健康影響評価に関する研究」(以下「BO研究」という。)であるが,BO研究においては,A 率のもととなったのは,BO氏を主任研究者とする厚生科学研究費補助金の特別研究事業の報告書「原爆放射線の人体の健康影響評価に関する研究」(以下「BO研究」という。)であるが,BO研究においては,ABCC-放影研の疫学調査に基づき,放影研の死亡率調査第12報及びがん発生率第2部に用いられたデータ等を利用し,ポアソン回帰分析の手法を用いて,がんの部位別(ただし,信頼区間が大きくなると考えられる肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く),卵巣がん,尿路系がん(膀胱がんを除く),食道がんについては,1つにまとめられている),副甲状腺機能亢進症,肝硬変及び子宮筋腫について過剰相対リスクを求めた上,それから寄与リスクを算出するという手法が採られ- 281 -ている。 ところで,BO研究が採用した手法については,後記(イ以下)のとおり様々な問題点がある上,寄与リスクを原因確率に転用することについても重大が疑問がある(後記5)。更に,原因確率表においては,①部位別に過剰相対リスクを求めると統計的に有意でない悪性腫瘍について,BO研究では寄与リスク表を作成していないにもかかわらず,原因確率表においては,それらを「その他の悪性新生物」との分類の下に,極めて原因確率が低い別表2-1の男子胃がんの表を用いることとされていること,②BO研究において寄与リスクが算出されていた肝硬変,子宮筋腫を恣意的に原因確率表から除外していることといった問題も生じている。 イ放影研の疫学調査の方法(ア)ABCC-放影研の疫学調査の経過a放影研の設立経過とその問題点ABCC及び放影研によると,放影研の前身であったABCCは,公には米国学士院の管轄とされ,その調査事業を純粋な学術的事業であるとしてきた。しかし,このような主張はABCCの軍事的性格を覆い隠すものである。 海 影研によると,放影研の前身であったABCCは,公には米国学士院の管轄とされ,その調査事業を純粋な学術的事業であるとしてきた。しかし,このような主張はABCCの軍事的性格を覆い隠すものである。 海軍長官であったDFが昭和21年11月18日にトルーマン大統領に対して,それまで米軍の主導により行われていた米軍合同調査団の継続を訴え,この直後である同月26日にトルーマンが米国学士院に対してABCCの設置を命じたことが明らかになっている。加えて,ABCCは,設立後も米軍軍医総監局の下にあり,米軍合同調査団のスタッフを受け継いだ。情報は軍事目的により統制され,資料等がアメリカに持ち去られた。 米軍ないしABCCは,原爆投下地への侵攻作戦や民間防衛,更に核兵器製造のための軍事施設や原子力産業のために,急性障害を2キ- 282 -ロメートルに限ろうとした意図から,残留放射能の存在の否定ないし過小評価をしようとしてきた。 bフランシスレポートABCCの調査を再検討し,その後の調査方法の基礎を築いたフランシス委員会の「ABCC研究企画の評価に関する委員会の報告書」は,その後の主要な調査目的を「強度の放射線の影響を受けた群について,調査を行うこと」においた。つまり,殺傷能力の調査が目的であったといえる。 cこのようなABCCの性格からすると,その調査内容は,被爆者の被爆状況や被害状況を客観的に明らかにするというものからはほど遠いものであったことは当然であるし,ABCCを引き継いだ放影研による調査も,少なくとも当初においては同様の問題があったことは否定できない。したがって,このような調査結果を,放射線影響評価の基礎データとして用いること自体に重大な問題があったものといわざるを得ない。 (イ)疫学調査と分析の方法放影研では,過剰相対リスクの算出 きない。したがって,このような調査結果を,放射線影響評価の基礎データとして用いること自体に重大な問題があったものといわざるを得ない。 (イ)疫学調査と分析の方法放影研では,過剰相対リスクの算出に当たり,非曝露群を対照群として用いることなく,曝露群についてポアソン回帰分析を行い,得られた回帰式から想定上のゼロ線量における罹患率等を想定してバックグラウンドリスクを外挿,すなわち推定するという手法を採用している。 この場合の想定上の回帰式がERR()=βs・(γ(age-30))d,s,ed・exp(ERRは過剰相対リスク,は線量,は性別,は年齢。β,γはdse未知母数(パラメーター),expは自然対数,ageは被曝時年齢)という式である。この場合,線量と過剰相対リスクが線形の関係にあるとするのは,あくまで仮説にすぎない。とりわけ,低線量域で果たして- 283 -直線形であるのかは見極めることができない。 (2)放影研疫学調査における線量の割り当てについてア放影研の疫学調査の具体的方法における問題点線量の割り当てに当たって,被爆後の行動を考慮しておらず,従って疫学調査では,残留放射線を一切考慮していない。 イDS86の問題点と回帰分析適用への問題点(ア)不確定部分の存在初期放射線については,広島ではウラニウム爆弾,長崎ではプルトニウム爆弾という相違があり,ウラニウム爆弾とプルトニウム爆弾との間には,放出された中性子線とガンマ線の組成に大きな相違がある。そして,広島型原爆は実験も含め広島で1回しか炸裂していない。そして,調査対象集団は,圧倒的に広島の被爆者が多い。ところが,中性子線とガンマ線とでは生物学的効果比に差があることは被告らが認めるところであるにもかかわらず,広島型原爆におけるソースターム,中性子 して,調査対象集団は,圧倒的に広島の被爆者が多い。ところが,中性子線とガンマ線とでは生物学的効果比に差があることは被告らが認めるところであるにもかかわらず,広島型原爆におけるソースターム,中性子線とガンマ線の比,遠距離における速中性子が正確に把握されないと,実際には生物学的効果比を正確に把握できない。そして生物学的効果比の検出自体,線量と発症による回帰分析に依存するという困難な問題が横たわってる。このように回帰分析の出発点において,線量の側でも,結果の側でも不確定な者を相互に抱え込んでいるという問題がある。 (イ)残留放射線の無視更に加えて大きな問題は,被爆後の被爆者の行動を把握しておらず,そのため放射性降下物や誘導放射能による線量を各被爆者に割り当てることができないことである。また,同様の理由から残留放射線の影響を交絡要因として初期放射線の影響から排除することができず,影響が合体して出てくるのである。 近距離にいた者よりも,より遠距離にいた者の方が爆心地付近で救援- 284 -活動を行っている可能性が高く,その人はゼロないし低線量グループに割り当てられる。この人々は,回帰分析上はバックグラウンドリスクにほぼ等しく,相対リスクや過剰相対リスクがバックグラウンドリスクとの比較から導かれる。ところが,バックグラウンドリスクが高ければ,相対リスク,過剰相対リスクは低くなり,その結果,その変形である寄与リスクも低くなる。 (ウ)遠距離被爆者問題遠距離被爆者でも,遮蔽の有無により,急性症状の発現率に相違が認められることから初期放射線の影響の可能性も否定できない。ところが,一定の遠距離以上は,DS86ではゼロ線量になるため,残留放射線と同様にバックグラウンドリスクが高くなることが起きる。 ウ被曝線量を吸収線量で示していることの問題性 可能性も否定できない。ところが,一定の遠距離以上は,DS86ではゼロ線量になるため,残留放射線と同様にバックグラウンドリスクが高くなることが起きる。 ウ被曝線量を吸収線量で示していることの問題性原因確率表では,被曝線量を中性子線とガンマ線を単純に合算した吸収線量(グレイ)で表している。 人体に対する放射線の影響については,中性子線とガンマ線とを同列に考えることはできない。例えば,ICRPの1990年の報告では,中性子について5ないし20の線質係数が勧告され,DGとBBは,非常に低い線量域においては40として計算している。 BO研究で寄与リスクを算出する際,シーベルトのグループをグレイに変換して算出したものか,BO証人自身答えられない。原因確率を主導したとされるBO証人自身,正確に答えられないことは,この研究の非科学性を端的に物語っている。 (3)調査開始までの被爆者の死亡の無視ア調査開始までの被爆者の死亡の持つ意味昭和20年12月までに死亡した被爆者数は,広島14万人,長崎7万人,合計21万人ともいわれている(ただし,調査によって幅がある)。 - 285 -少なく見積もっても,昭和20年末までに全被爆者の3分の1程度は既に死亡しており,とりわけ放射線感受性の高い被爆者は死亡していた。そのため,高線量であればあるほど,被曝しながら昭和25年の調査開始までに生き残っていた被爆者は,放射線の影響に対する抵抗力がある(放射線感受性の低い)可能性が高く,そのような被爆者を疫学調査の対象とした場合には,死亡した被爆者を含む平均的な被爆者を調査対象とした場合よりも,放射線の影響が顕在化しにくいことになる。 ところが,放影研の寿命調査(LSS)集団については昭和25年までに死亡した被爆者,成人健康調査(AHS)集団については,昭和33年まで とした場合よりも,放射線の影響が顕在化しにくいことになる。 ところが,放影研の寿命調査(LSS)集団については昭和25年までに死亡した被爆者,成人健康調査(AHS)集団については,昭和33年までに死亡した被爆者は,調査の対象となっていない。このようにABCCによる調査は,いわゆる「生き残り集団」を対象にしているという,大きな欠陥を持っている。もし,死亡した被爆者も含めて放射線影響が考慮されれば,放射線の後影響評価が全く異なったものになる可能性が極めて高い。 イ被告らの主張の問題点と,放射線抵抗性の根拠(ア)寿命調査第9報第2部の記載とその問題点被告らは,寿命調査第9報第2部の記載を根拠として,調査開始時期が1950年であることがバイアスになるものではないと主張するところ,確かに同書16頁以下には,結核による死亡について,放射線量による差がなく,また,結核以外の感染症疾患による死亡について,妊娠中に被曝した女性以外に被曝線量による差がない(しかも,妊娠中の女性については例数が少なく,統計的に意味がない)と記載されている。 しかし,そもそもそこで引用されている調査は,「完全ではないものの得られた限りの3つの資料を用いて,上記の偏りがあるか否かを検討したもの」にすぎない。この統計数字は,男女比が示されていないこと,近距離被爆者の数が少ないこと等の問題がある。むしろ,寿命調査初期- 286 -における調査では,寿命調査第1報22頁で「結核(特に長崎),新生物及び貧血の観察数は,期待数より多く」との記載がなされ,寿命調査第2報32頁の「まとめ」に「両市の0-1399mの被爆者,特に広島で結核死亡率の上昇が確認できた・・・・1950-1959年の観察期間において,男女とも5-9年の年齢階級の死亡率が高いようである。」と記載されているこ 」に「両市の0-1399mの被爆者,特に広島で結核死亡率の上昇が確認できた・・・・1950-1959年の観察期間において,男女とも5-9年の年齢階級の死亡率が高いようである。」と記載されていることからみると,寿命調査開始前に,結核を含む感染症死亡率が高かったことが強く予想される。 寿命調査第9報第2部18頁には,「悪性新生物以外の死因については,線量との関連は認められなかった」と記載されている。しかし,「癌以外の特定死因で,原爆被爆との有意な関係を示すものは見られない。」とするこの寿命調査第9報第2部の前提は,その後,放影研自身によって否定されている。 (イ)急性症状による選択と後影響(晩発性障害)との関係a急性症状の出現状況とこれによる被爆者の選択(a)LSS3及びLSS4の指摘LSS3・10~11頁及びLSS4・6~12頁には,ABCCにおいて,急性症状のうち,脱毛,出血,口腔咽頭病変を指標にして調査をしたところ,これらの急性放射線障害の出現率は,いずれも被曝時年齢20-39歳で最高値を示し,60歳以上の層で最低を示した。即ち,症状出現率は,0-19歳,20-39歳と上昇し,その後は漸次低下を示したとの指摘がされている。 これらの点について,LSS3は以下の仮説を立てている。 )放射線に対する生物学的感受性が年齢によって異なる。 ⅰ)LSSの調査サンプルは,1950年まで生存した者からなっⅱているが,それ以前に,低年齢層及び老齢層に過度の死亡率があって,これが調査結果に反映した結果,症状を示した被爆者の比- 287 -率が統計上低い。 )一定期間経過後の調査であり,その際,放射線症状既往歴を引ⅲき出す確率が年齢により相違している。 ABCCでは,上記3つの仮説のうち,動物実験からは,)ⅰ)の説明が妥当としている 計上低い。 )一定期間経過後の調査であり,その際,放射線症状既往歴を引ⅲき出す確率が年齢により相違している。 ABCCでは,上記3つの仮説のうち,動物実験からは,)ⅰ)の説明が妥当としている(ただしの可能性を否定してはいなⅱⅲい)。つまり,放射性感受性の強い人が死亡し,抵抗力の強い人が生き残った可能性が高いとしたのである。 (b)DOらの指摘CL論文によると,放影研のDOが「重遮蔽下にいた人を除いて爆心地直下地域における死亡率は実質上100パーセントであり,爆心地からの距離に従って急速に減少することから,選択は議論の余地のない事実であり,論点ではない」と述べたことが記載されている。 (c)LSS13の指摘更に,寿命調査13の29頁には,「原爆後数年間は,近距離被爆者(爆心地から3km以内で被爆)のがん以外の疾患の基準(ゼロ線量)死亡率は,遠距離被爆者の場合よりも著しく低かった。この差は,追跡調査の最初の20年で着実に減少し,この20年間の終わりには,おおむね消失した。職業被爆調査でしばしば認められる古典的な『健康な作業従事者』の影響の特徴を示す。この統計学的に有意なパターンから,LSSにおける近距離被爆者は,被爆後も生き残り,LSS対象者に選択されているので,一般集団よりも健康であったことが示唆される。」と記載されている。 b急性症状とその後の体調不良次に問題となるのが,「急性放射線症状に対する感受性と,後影響に対する感受性が同一であるか否か」という点である。 - 288 -この点を結びつけるものとして,放射線による広い意味での免疫抵抗力の低下が考えられる。放影研,そして被告厚生労働大臣は,ほぼ,一貫して放射線による治癒能力の低下は一時的なものであると主張してきた。しかし,明らかにこれのみでは説明のできない, い意味での免疫抵抗力の低下が考えられる。放影研,そして被告厚生労働大臣は,ほぼ,一貫して放射線による治癒能力の低下は一時的なものであると主張してきた。しかし,明らかにこれのみでは説明のできない,急性症状とその後の体調不良及び発病との関係(前記第1の1(3)ウ)が出現している。 c急性症状と白血病ないし発がん等更に,急性症状,つまり初期の感受性が原爆症の感受性と関連しているかについても,これを認める文献が現われている。 d以上によれば,1950年まで生き延びた被爆者は,初期放射線感受性が低い傾向にあること,及び,この放射線感受性が後影響にも関連していることは十分にあり得ることであるといえる。 (ウ)1950年生き残りのデータの被爆者への適用問題被告らは,疫学調査によって得られるリスクは「被爆者のうち,昭和25年当時生存していた者」という集団におけるリスクとなるが,現時点において原爆症認定を申請する被爆者は,昭和25年当時生存していたのであるから,リスク評価として「被爆者のうち昭和25年当時生存していた者」を対象とする調査結果を用いることに何ら問題はないとしている。 しかし,放射線抵抗力の強い人でさえ,体調不良の末に原爆症に罹患したというように考えることもできる。すなわち,被爆者は被爆しなければがん等に罹患していなかった可能性が強く,むしろ逆に,放射線の影響がそれだけ強かったともいえる。 のみならず,放影研の疫学調査では,このように抵抗力の強い人たちについてさえ,体調不良が続き,かつ,線量反応関係が表われるに至ったという事実を見落としてはならない。むしろ選択が働かなければ,よ- 289 -り強く線量反応関係が表われたはずである。低線量域では,このような意味での選択が弱かったことになるが,低線量域では残留放射線の影響が強く表れ はならない。むしろ選択が働かなければ,よ- 289 -り強く線量反応関係が表われたはずである。低線量域では,このような意味での選択が弱かったことになるが,低線量域では残留放射線の影響が強く表れ,高線量から低線量域への外挿に大きな出てくるのである。 そうすると,そもそも疫学調査として大きな問題を孕んでいる。 (4)原爆被害の複合的影響と対照群原爆は,放射線以外の身体障害,貧困,社会的インフラの破壊,心理的ストレス等様々な影響をもたらした。このように,他の要因が複合しているからといって,これらを放射線の影響ではないとしたり,放射線の影響のみを他と切り離してしまうことは,被爆者の受けた放射線の影響を正当に評価しているとはいえない。原爆放射線が何らかの影響を及ぼしている以上,被爆者に対する放射線の影響を評価する場合には,原爆放射線の影響がそれ以外の要因を増幅し,それ以外の要因が原爆放射線の影響を増幅するという関係を正当ととらえ,放射線以外の被害も加わった複合被害の一環としてとらえるべきなのである。 しかし,対照群をおかないと,このような複合的被害を正確に捉えることができない。放影研の疫学調査について,対照群をおいていないことの問題は,その複合性を検出できないことに強く表れる。 これまでの原爆症認定に関する判例は,放射線と他の影響との複合性を認めてきた。審査の方針では,放射線単独で放射線の影響があった場合に高度の蓋然性を認めるかのごとき扱いがなされているが,このような扱いは判例の流れからみても明らかに誤りである。 (5)死亡調査を基準とすることについてア審査の方針ないしBO研究によれば,乳がん,甲状腺がん以外のがんについては,発症率調査ではなく死亡率調査を基礎に寄与リスクが算定されている。 しかし,BO研究によれば,1シーベルト当たりの いてア審査の方針ないしBO研究によれば,乳がん,甲状腺がん以外のがんについては,発症率調査ではなく死亡率調査を基礎に寄与リスクが算定されている。 しかし,BO研究によれば,1シーベルト当たりの過剰相対リスクが,- 290 -死亡,発生ともに出されている19のがんのうち,過剰相対リスクが死亡率調査の方が高いのは,食道,胆嚢と胆管,子宮頸部と子宮の3つのみである。そして,固形がん全体では,死亡率調査の過剰相対リスクは,1シーベルト当たり0.40であるのに対し,発生率調査では0.63と1. 5倍以上も高くなっている。 原爆症認定は,現に医療を要する状態を基礎に認定するのであり,このことを踏まえれば,発生率調査を基礎とすべきは当然である。 イ寿命調査は,死亡診断書により死因調査がなされている。寿命調査第12報第1部には,死亡診断書と剖検との比較が報告されており,がん死亡の20パーセントが死亡診断書ではがん以外の疾患に誤分類されており,これらに基づいて誤差を修正すると,固形がんの過剰相対リスク推定値が約12パーセント,過剰絶対リスク推定値が16パーセント上昇することが示唆されたとされている。 原因確率の当てはめの際の問題(個々への当てはめの際の問題)(1)『原因確率論』は疫学の誤用であるア原因確率論の疑問点(ア)事実よりも確率を優先する発想の問題性原爆放射線によって発症する個々の疾病の症状が非特異的なものであるとしても,諸々の事情を精査することによって放射性起因性の有無を見極めることは可能である。にもかかわらず,当該集団の中で放射線により発症した者の人数の比率を求め,確率的試行(無作為抽出実験)と同様の単純化した発想でその値を「原因確率」とみなす,特にその値が10パーセント未満である場合には全員について放射性起因性が否定さ より発症した者の人数の比率を求め,確率的試行(無作為抽出実験)と同様の単純化した発想でその値を「原因確率」とみなす,特にその値が10パーセント未満である場合には全員について放射性起因性が否定される,というのが「原因確率論」の帰結である。これでは,具体的事実よりも算術的な確率論を優先して判断することになり,およそ被爆者援護法の趣旨に添う判断方法とはいえない。 - 291 -(イ)個人の放射性抵抗力や個別的事情を捨象することの問題性放射線抵抗力(又は放射線感受性)は個人によって異なるから,同一の線量,年齢,疾病であっても,「原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる確率」や「寄与率」は個人によって全く異なる可能性がある。 ところが,寄与リスクは,曝露群の発症率や非曝露群の発症率といういわば各集団ごとの「平均値」から機械的・一義的に算出される。線量・性別・被曝時年齢が同じであればやはり一律である。 よって,「原因確率」を寄与リスクによって表せば,個人個人で異なるはずの放射線抵抗力や他の要因の大小は捨象され無視される。疫学上の指標を本来の目的を越えて個人にあてはめる「原因確率論」はすでにこの点で不合理である。 被告らは,原因確率はあくまで「目安」であって審査にあたっては個人の事情も考慮しているから問題ないと弁明する。しかし,審査の方針によれば,10パーセント未満であれば基本的に起因性はないものと推定される以上,結局それは「参考資料」や本来の意味での「目安」を越えて判断の決め手となっており,上記の問題は解消されない。また,審査の実情に照らしても,実際には原因確率がほとんど唯一の基準となっている。 イ寄与リスクが放射線による発症率を表すという前提の誤り(ア)共同成因と疫学の示すもの非曝露群で5人,曝露群で8人が発症した場合 照らしても,実際には原因確率がほとんど唯一の基準となっている。 イ寄与リスクが放射線による発症率を表すという前提の誤り(ア)共同成因と疫学の示すもの非曝露群で5人,曝露群で8人が発症した場合,非曝露群で5人が発症したという事実からは,曝露群の中にも放射線に被曝せずとも他の要因で発症した人が5人程度いたであろう,ということが推論される。しかし,だからといって,その5人が被曝後に発症した場合も放射線の作用と無関係に,もっぱら他要因だけの作用で発症した,よって放射線が- 292 -作用したのは残り3人だけだ,などという根拠はない。 当該疾病の発生の機序が完全に解明され放射線が何ら作用を及ぼさなかったことが確認されたような例外的な場合以外,むしろ発症した被爆者全員について,放射線が共同成因として発症に作用したと考えるべきである。 (イ)促進aしかも,この放射線の共同成因としての作用が,当該疾病の発症時期又は進行を直接又は間接に促進するものであった場合は,まさに被爆者援護法10条1項の「原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり」といえ,当該疾病の放射線起因性が認められるべきである。 放射線が発症を促進している場合には,発症者全員が発症・進行を促進されているのに,寄与リスクはこの割合を過小評価する。むしろ,寄与リスクが,放射線が作用して発症した割合を表すことができるのは,促進的発症が問題とならない極めて例外的な場合だけである。 なお,原因確率の判断に当たって促進要因を考慮すべきことは,疫学及び統計学の権威であるCW博士が強調しているところであるし,被告側証人であるBO証人もこれを肯定するかのように受け取れる証言をしていることに留意する必要がある。 b動物実験において,寿命短縮が放射線の影響であるとされてきた。 最近の放 いるところであるし,被告側証人であるBO証人もこれを肯定するかのように受け取れる証言をしていることに留意する必要がある。 b動物実験において,寿命短縮が放射線の影響であるとされてきた。 最近の放影研の研究では,「原爆放射線は,加齢と同様に炎症マーカーや抗体産生量の増加に寄与しており,従って,放射線被曝が加齢による炎症状態の亢進を更に促進しているかもしれないということが示唆される。」と述べるに至った。放影研の研究は,放射線が加齢を促進し,そのことが間接的に疾病の発症を促進する関係が普遍的に存在する可能性を示している。 - 293 -発がんの機序についての多段階発がん説によれば,一般に癌の発生には初発要因(発がん遺伝子の活性化),促進要因,増殖要因(がん抑制遺伝子の不活性化等)があり,若年時被曝による肺がんや乳がんでは,放射線は初発要因として細胞の変異を引き起こすが,その後第2段階は放射線以外の要因が促進要因として作用して初めて起こり,さらに増殖要因の作用で初めて臨床的な発がんに至る。放射線が直接作用するのは第1段階であり,第2,第3段階は直接的は放射線は作用しないために,これらのがんの発症には,被曝線量に関わらない潜伏期間があると説明される。これを前提にがんの発症と被曝の関係を考えると,放射線は,第1段階については直接的に,第2,第3段階については,放射線が全般的加齢をもたらし,がん抑制遺伝子の不活性化を促すという間接的な形で発症を促進していることになる。 ウCX研究の「原因確率論」批判長く,厚生労働省の疾病障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会の委員を務め,現在は分科会長代理を務めているCX氏が主任研究者としてまとめた「平成13年度委託研究報告書電離放射線障害に関する最近の医学的知見の検討」では,放射線業務従事者に生じた健 医療分科会の委員を務め,現在は分科会長代理を務めているCX氏が主任研究者としてまとめた「平成13年度委託研究報告書電離放射線障害に関する最近の医学的知見の検討」では,放射線業務従事者に生じた健康被害について放射線との因果関係(業務起因性)を判断する基準のあり方が検討されている。 この論文は,双方の立場の論文を参考文献として記載した上,原因確率の問題点として,①疫学データは集団の平均値なのでそれを個人にあてはめるには集団内の不均一性が問題とされること,②発がんにおける放射線の関与の仕方によって異なる原因確率を与えるので,放射線発がんの生物モデルを前提にして初めて原因確率は評価可能であることほかの理由をあげて,原因確率を採用しないとの結論を出した。 エ原因確率論が疫学を誤用した極めて不合理なものであることは詳述したとおりである。寄与リスクを原因確率として扱うことは,放射線起因性が- 294 -認められるべき被爆者の数を真実よりもずっと小さなものに見せる危険性がある。よって,認定審査にあたっては,寄与リスクの値は「参考資料」としても一切使うべきではない。審査にあたって疫学が果たすことができる役割は,相対リスクが1を越える場合に,放射線と疾病との一般的な関連性を確認することができるという点に尽きる。 (2)審査の方針は直ちに廃止すべきである原因確率論を中核とする審査の方針が決定されたのが平成13年5月であり,被爆者医療分科会で「原爆放射線起因性の判断に当たって原因確率を用いることについてどう考えるか」が検討事項とされたのが同年11月の分科会である。つまり,原因確率論が新たな審査の基準として採用されたまさにその時,CX氏は原因確率論の問題点を厳しく指摘する研究を行っていたのである。とすれば,被爆者医療分科会は,寄与リスクをもって原因確 である。つまり,原因確率論が新たな審査の基準として採用されたまさにその時,CX氏は原因確率論の問題点を厳しく指摘する研究を行っていたのである。とすれば,被爆者医療分科会は,寄与リスクをもって原因確率とする手法に大きな問題があり,海外でも有力な批判にさらされていることを重々承知のうえで,原因確率論を採用したことになる。 原因確率論が最新・最良の科学的方法であるなどという被告らの主張はそらぞらしい限りである。審査の方針は,直ちに廃止されなければならない。 第4あるべき認定基準 起因性認定の要件(1)原爆症の理解ア原爆症(原爆放射線影響)の全体像初期に被爆者の調査に当たった東大教授のDHは,急性症状になった人は慢性原子爆弾症になりやすいとした上で,慢性原子爆弾症について次のように述べている。慢性原子爆弾症になりやすい人々は,「生活の予備力に不足乃至欠陥がある状態と考えることが,万事を理解するに都合が良い。 …これ等の人々はそれ等をめぐって発生する正常乃至病的のStressに対して,量的或いは質的に異常な反応を示すのであって,特殊な条件が備われ- 295 -ば,後遺症乃至後影響症としての発病も起こり得ることとなるのであると思う」「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律による健康診断の実施要領について」(昭和33年8月13日衛発第727号各都道府県知事・広島・長崎市長宛公衆衛生局長通知)には,このような医師達の指摘を受けて,次のような記載がなされている。「被爆者のうちには,原子爆弾による熱線又は爆風により熱傷又は外傷を受けた者及び放射能の影響により,急性又は亜急性の造血機能障害等を出現した者の外に,被爆後10年以上を経過した今日,いまだに原子爆弾後遺障害症ともいうべき症状を呈する者がある状態である。特にこの種疾病には,被爆時の影響 響により,急性又は亜急性の造血機能障害等を出現した者の外に,被爆後10年以上を経過した今日,いまだに原子爆弾後遺障害症ともいうべき症状を呈する者がある状態である。特にこの種疾病には,被爆時の影響が慢性化して引き続き身体に異常を認める者と,一見良好な健康状態にあると見えながら,被爆による影響が潜在し,突然造血機能障害等の疾病を出現するものとがあり,被爆者の一部には,絶えず疾病発生の不安におびえるものも見られる」としている。 放影研の被爆者の免疫に関する一連の研究の中で,細胞性免疫の主役を演ずるT細胞の減少と偏倚が疫学的に原爆放射線と線量反応関係にあることが認められている。 その際,放射線が加齢を通して被爆者の発症を促進していること,そして,これらの知見から見たとき,原爆放射線が被爆者の発病全体を促進している可能性は非常に強く,被爆者が一定の疾患を発病した場合には,放射線の影響が推定されるとみるべきである。 イ急性症状と原爆症本体このような予備力の欠陥,発病促進等,病気にかかりやすい状況こそが,放射線の影響であり,被爆者手帳を有するものは総て放射線の影響を受けていると推定されるものである。そして,被爆者が更に放射線の影響を受けたと強く推定させる間接事実が,急性原爆症(急性症状)であり,被爆- 296 -前に比しての明らかな体調不良である。 (2)原爆症認定の具体的な指針原爆症認定に当たっては,以下のような事情を十分に考慮すべきである。 ア放射線の影響を受けたことを推定させる事実(ア)原子爆弾の核反応による初期放射線(ガンマ線,中性子線)に被爆していると推定されること(DS86で認められるような近距離被曝の事実)(イ)放射性生成物や降下物によるガンマ線やベータ線,アルファ線に被曝していると推定されること(黒い雨,火災煙,死 )に被爆していると推定されること(DS86で認められるような近距離被曝の事実)(イ)放射性生成物や降下物によるガンマ線やベータ線,アルファ線に被曝していると推定されること(黒い雨,火災煙,死体や瓦礫処理時の放射性微粒子,汚染された食物や水などによる外部及び内部被曝の事実)(ウ)誘導放射線(土壌やコンクリート,鉄骨などからの放射線)に被曝していると推定されること(エ)被曝後,およそ2か月以内に発症した身体症状(発熱,下痢,血便や歯齦出血のような出血傾向,治りにくい歯肉口内炎,脱毛,紫斑,長引く倦怠感など)があったこと(オ)熱傷,外傷瘢痕のケロイド形成(カ)被曝後数年以内に発見された白血球減少症,肝機能障害(現時点でのB型肝炎やC型肝炎検査陽性者を含む)(キ)被爆後長く続いた原因不明の全身性疲労,体調不良状態,健忘症,労働持続困難などのいわゆる「ぶらぶら病」状態があったことイ原爆放射線によって発生する可能性のある負傷又は疾病(ア)原爆後に生じた白血病などの造血器腫瘍,多発性骨髄腫,骨髄異形成症候群,固形がんなどの悪性腫瘍,中枢神経腫瘍(イ)後嚢下混濁や皮質混濁が認められた白内障(ウ)心筋梗塞症をはじめとする心疾患,脳卒中,肺疾患,肝機能障害,消化器疾患のなかで,病歴上他に有力な原因がなく,放射線被曝との因- 297 -果関係を否定できない場合(エ)甲状腺機能低下症や慢性甲状腺炎で治療を要する場合(オ)被爆当日に生じた外傷の治癒が遅れたことによる運動器障害,またはガラス片や異物の残存による障害を残している場合 要医療性一般に,傷病については,再発や合併症などのケアのために,症状が安定した後も経過観察をするのが一般的である。とりわけ,放射線後障害については,その機序や予後が未だ解明し尽くされていな 要医療性一般に,傷病については,再発や合併症などのケアのために,症状が安定した後も経過観察をするのが一般的である。とりわけ,放射線後障害については,その機序や予後が未だ解明し尽くされていないこともあって,医師による長期の経過観察が必要である。また,治療方法についても研究の余地が残されていることのほかに,原子爆弾被爆者の中には自身の健康に関し絶えず不安を抱き神経症状を現す者も少なくないので,心理的面を加味して経過観察を行う必要がある場合もある。したがって,医学的に見て何らかの医療効果を期待し得る可能性を否定することができないような医療が存する限り,要医療性を肯定すべきである。 そして,被爆者に対する心理的ケアも加味して,当該被爆者の疾病に対して,医学的に見て何らかの医療効果を期待し得る可能性を否定することができないような治療が存するか否かの判断は,日常的に被爆者の治療に当たっている主治医の判断が尊重されるべきであり,行政がこれに介入することはなるべく控えなければならない。 第5各疾病の放射線起因性について 放射線起因性を判断する際の留意点とあるべき認定基準(1)放射線起因性判断に当たって裁判所が留意すべき事情原告らは,裁判所が,各原告ごとに認定申請疾病を含む各疾病の放射線起因性を判断する際に留意すべき点は,以下のとおりであると考える。 ア当該原告の被爆状況,被曝後の行動経過,活動内容及び生活環境被爆者の受けた放射線量を正確に算出することは困難である。したがっ- 298 -て,当該原告が放射線の影響を受けているか否かを判断するためには,当該原告の被爆実態こそ重視されなくてはならない。 誘導放射線の影響の有無・程度を調べるには当該原告が被爆後に市内中心部に出入りしたか否かを確認することが必要であるし,放射性降下物の影響の めには,当該原告の被爆実態こそ重視されなくてはならない。 誘導放射線の影響の有無・程度を調べるには当該原告が被爆後に市内中心部に出入りしたか否かを確認することが必要であるし,放射性降下物の影響の有無・程度を調べるには最低限当該原告の被爆後の行動を検討する必要がある。 当該原告が爆心地付近や,黒い雨・黒いすすの降下地域で行動した事実があれば,当該原告が誘導放射化した土壌や放射性降下物などの残留放射線による外部・内部被曝を受けた事実が推定される。 また,当該原告の従事した活動内容(例えば死体の処理等)や飲食の有無やその内容は,当該原告が誘導放射化した物質を,呼吸により,飲食物の摂取によりあるいは皮膚,特に負傷した部位から体内に取り込むことによって内部被曝をした可能性を推認させるものである。 イ当該原告に被爆直後に発生した症状(急性症状)の有無,内容,態様,程度(ア)多くの被爆者には,被爆直後から発熱,下痢,喀血,吐血,下血,血尿,吐き気,嘔吐,脱毛,脱力感,倦怠感,鼻出血,歯齦出血,生殖器出血,皮下出血,咽頭痛,口内炎,白血球減少,赤血球減少,無精子症,月経異常などの様々な急性症状が現れている。当該原告に放射線被曝による急性症状として説明可能な急性症状が生じている場合には,当該原告の被曝線量が決して小さくなかったことが疑われ,放射線被曝の事実が推定される。 (イ)留意しなければならない点は,当該原告に急性症状の発症が確認できない場合であっても,当該原告が放射線に被曝していないと判断することはできないということである。 もともと放射線の影響を受けにくい(放射線感受性が低い)被爆者の- 299 -場合には急性症状を呈しない可能性があるし,そのときの体調で急性症状が現れない場合もある。また,事実,急性症状なしとされる者の中にも,かな を受けにくい(放射線感受性が低い)被爆者の- 299 -場合には急性症状を呈しない可能性があるし,そのときの体調で急性症状が現れない場合もある。また,事実,急性症状なしとされる者の中にも,かなりの割合で,被爆後に体調不良状態に陥っている者がある。 また,低線量被曝による継続的被曝(内部被曝)は,高線量放射線による短時間被曝よりも深刻な障害を起こすと考えられる。したがって,急性症状を発症するような短期間における大量の放射線被曝がなかったからといって,人体に影響を与えるような放射線被曝がなかったと考えることは適切でない。 ウ当該原告の被爆前の健康状態と被爆後の健康状態原爆症とは,放射線により免疫機能やホルモン異常等,その原因は不明であるが,人体が全体的に様々な状況に対する抵抗力の弱った状態,ないしはその可能性のある状態におかれたことを意味する。慢性原子爆弾症,いわゆる「ぶらぶら病」はその典型であり,放射線の人体影響を強く推定させる事実である。 エ当該原告の申請疾病の発症経過と病態当該原告の申請疾病の放射線起因性を判断するに当たっては,当該原告の申請疾病に限定することなく,当該原告が被爆後罹患した申請疾病以外の疾病の有無や内容についても,それらに放射線起因性があるか否かについて慎重に判断を行い,これらの疾病も申請疾病の放射線起因性を判断する際に十分に考慮しなくてはならない。 申請疾病が放射線以外の原因によって発症したという証拠が明確でない場合には,当該疾病は原子爆弾の放射線によって起因して発症したものとみるのが合理的である。 (2)被爆者の記憶についてア急性症状に関する記憶について被爆後15~20年を経過した時点の急性症状に関する記録と平成9年- 300 -当時の記憶の一致率を調べた,長崎大学の各研究期間による調査研究によ の記憶についてア急性症状に関する記憶について被爆後15~20年を経過した時点の急性症状に関する記録と平成9年- 300 -当時の記憶の一致率を調べた,長崎大学の各研究期間による調査研究によると,被爆から長い年数が経過しても急性症状の記憶はあまり薄れていないことが明らかとなっている。さらに上記調査によると,調査時点82歳(被曝時年齢30歳)の被爆者の記憶には問題がなく,老齢化による記憶の衰えはみられなかった。しかし,他方,若年被爆者(被曝時年齢0~4歳,5~9歳)は,子供であったために,被爆時の記憶はあまり正確でないという報告がなされている。 イ被爆者の記憶について第1に,人が極限状態に遭遇した場合には,記憶のシステムが不安定になることがあり,出来事に対する健忘を生じることもある。さらに,生存被爆者が重篤なPTSDにかかっている際には,記憶システムに混乱が生ずることも良く知られた事実である。 第2には,被爆者の被爆時あるいはその後の行動に関する証言や,これまでの作成・提出された各種の書類の間には,一見すると矛盾する部分が見受けられることがある。しかし,被爆者の記憶の核心の部分には一貫性がみられることが多い。また,被爆者が年少者であったり,他府県の出身者が軍により配属され軍に命令されるままに行動したような場合には,行動地点が十分に把握できないこともありうる。 第3には,被爆者の急性症状に関する記憶について,被爆者の置かれた環境,例えば周囲があまりにも悲惨な状況にあったような場合には,それらと比較して一見軽度にみえる自らのある種の急性症状は,その印象が薄くなり記憶に十分にとどめられないことも考えられる。また,被爆当時は急性症状の概念がなく,それに見合った記憶が保たれないこともあり得る。 第4には,被爆者の多くは,身内を含め周囲で救 は,その印象が薄くなり記憶に十分にとどめられないことも考えられる。また,被爆当時は急性症状の概念がなく,それに見合った記憶が保たれないこともあり得る。 第4には,被爆者の多くは,身内を含め周囲で救済を求めている人々を見捨てて逃れ1人だけ生き残ったという,ある種の「罪の意識」ないし自らが見捨てたことによって死亡した者に対する負い目を持っており,この- 301 -罪の意識ないし死者に対する負い目が,自らの被爆体験を語りあるいは記述する際に微妙に蔭を落とし,一見すると記憶の齟齬ないし混乱があるように見えることがある。 以上述べたとおり,原告らに被爆の事実についての記憶がないからといって,そのことをあまり過大に評価してはならない。また,原告らの記憶の混乱についても,あまり細かい差異を取り上げるのではなく,証言や陳述書で表現されている核心部分を見極めそこに注目する必要がある。 各疾病の放射線起因性(1)原爆放射線と被爆者の発がんについてア現在では,放射線とがんを含む悪性腫瘍との関連性は,放影研で個別に有意差の認められている悪性腫瘍に限らず,およそすべての悪性腫瘍について有意さがあることが,放影研も含めて,放射線とがん疾患との関係を研究する分野の研究者の間では常識となっている。厚生労働省自身が,審査の方針で,その他の新生物という原因確率表を設け,すべてのがんについてがんと放射線との関係を認めている。本件訴訟でも,被告らは「放射線がすべてのがんに影響がある」点を争っていない。 イ放射線と多重がんとの関係多重がんとは,1人の人間について異なる2つのがんが発症することである。被爆者の多くは全身に放射線を浴びており,本来的に多臓器にわたり放射線に関する高いリスクを負っており,被爆者が高齢化しがん適齢にさしかかるにつれて多重がんの危険性が顕 つのがんが発症することである。被爆者の多くは全身に放射線を浴びており,本来的に多臓器にわたり放射線に関する高いリスクを負っており,被爆者が高齢化しがん適齢にさしかかるにつれて多重がんの危険性が顕在化することは従前から指摘されていた。 放射線と多重がんとの関係については,長崎大学のCN外により,長崎県腫瘍登録に基づく生存者のがん罹患登録データを基にした大規模な,しかも病理標本の存在を前提とした精度の高い共同調査研究が公表されている。この報告によれば,多重がんの放射線との相関関係が認められたとさ- 302 -れている(被爆距離に反比例して重複がんの頻度が高い。)。しかも,その頻度の増加は昭和63年以降に顕著になった,あるいは若年被爆者に重複がんの頻度が高い,と報告されている。同様な研究は,広島県でも行われており,被爆者の高齢化が進むにつれて重複がんが増加することが予想されている。 被爆者が多重がんに罹患した場合,単一の疾患に罹患することを前提とする審査の方針=原因確率論が意味を持たなくなる。 ウ前立腺がんの放射線起因性前立腺がんはがんの中でもその発症の時期や死亡の時期が遅いがんである。前立腺がんの平均死亡年齢は平成12年には78.6歳となっている。 また,前立腺がんは自覚症状の乏しい,つまり潜在性の高いがんである。 発症率からみると,被曝年齢40歳未満の被爆者のERRの有意性は歴然としている。2キロメートル以内の近距離被爆者と比較して,遠距離・入市被爆者に前立腺がんの発症が多い。 前立腺がんの発症は,初期放射線による被曝よりも,残留放射線による二次的な放射線被曝(低線量放射線による持続的被害・内部被曝)の方が,より強い影響を及ぼしている可能性がある。 (2)原爆放射線と被爆者の非発がん疾患の発症についてア原爆放射線と非がん疾患に関 二次的な放射線被曝(低線量放射線による持続的被害・内部被曝)の方が,より強い影響を及ぼしている可能性がある。 (2)原爆放射線と被爆者の非発がん疾患の発症についてア原爆放射線と非がん疾患に関するこれまでの研究成果(ア)死亡調査LSS第11報第3部では,昭和40年以降で若年被爆者(被曝時年齢40歳以下),高線量域(2グレイ以上)で循環器疾患(その中心は心疾患と脳卒中),消化器系疾患の相対リスクの過剰が認められるとされた。 LSS第12報第2部では,上記各疾患の1シーベルト当たり約10パーセントの死亡リスクの増加が認められ,さらに呼吸器疾患(その中- 303 -心は非結核性の肺炎)でも死亡率の増加が観察されている。しかも,被爆年齢による増加の差異が消失し,低線量領域でも線量との関係が認められる傾向となっている。 LSS第13報によると,心疾患,脳卒中,消化器系疾患,呼吸器疾患について1シーベルト当たりの死亡リスクの増加が,LSS第12報第2部の10パーセントよりさらに増加し,14パーセントでリスクが増加することが明らかになっている。 (イ)発生率調査AHS7報によると,子宮筋腫,慢性肝炎及び肝硬変,良性甲状腺疾患に統計的に有意な過剰相対リスクが認められている。 さらに最新のAHS8報によると,7報に加えて新たに白内障,高血圧,40歳未満で被爆した人の心筋梗塞,男性の腎・尿路結石の3疾患について新たに有意な増加が認められた。なお,上記の多くの疾患が生活習慣病であることを考えると,「喫煙や飲酒で調整しても上記の結果は変わらなかった」という記述は重要である。 このように非がん疾患についても,年を経過するにつれ多くの疾患に関して統計的な有意差が認められるようになってきている。このことは,原爆被爆者の晩発性障害はもはやがんに止まらな いう記述は重要である。 このように非がん疾患についても,年を経過するにつれ多くの疾患に関して統計的な有意差が認められるようになってきている。このことは,原爆被爆者の晩発性障害はもはやがんに止まらないこと,そして高線量被爆者に限られないことを明確に物語っている。そして上記の傾向は,被爆者が高齢化するにつれて拡大していくと考えられる。 (ウ)BO証人尋問から判明した事実aBO証人は,BO研究において,肝硬変及び子宮筋腫を寄与リスクの算出できる疾病としている。肝硬変及び子宮筋腫については,平成13年5月25日の傷害・疾病認定審査会原爆被爆者医療分科会に配布された「原爆症認定に関する審査の方針(案)」の末尾に原因確率表として記載されていたが,厚生労働省側でBO証人の了解を得ない- 304 -まま変更した可能性が高い。 b原爆放射線と免疫との関係(前記第1の1(3)エ(イ)のとおり)イ個別疾患の放射性起因性について(ア)肝機能障害の放射性起因性についてa肝機能障害の放射性起因性について平成4年の「成人健康調査第7報・原爆被爆者における癌以外の疾患の発症率,1950-86年」(略称「DU論文」)を契機として,原爆放射線被曝と肝機能障害との間に,有意な過剰リスク・有意な正の関係(線量反応関係)が認められるようになった。さらに,「原爆被爆者におけるC型肝炎抗体陽性率および慢性肝疾患の有病率」(BPほか)では,放射線被曝がC型肝炎ウィルス感染に関連した慢性肝疾患の進行を促進する可能性が示唆されている。その後も,放影研では,上記各論文の成果を踏まえつつ,その延長線上でさらに研究が進められている。 上記のことは,B型肝炎についても当てはまる。その理由は,AHS7,8報における慢性肝機能障害ないし肝硬変という概念の中には,C型,B型いず 踏まえつつ,その延長線上でさらに研究が進められている。 上記のことは,B型肝炎についても当てはまる。その理由は,AHS7,8報における慢性肝機能障害ないし肝硬変という概念の中には,C型,B型いずれの肝炎も含まれているからである。また,AHS7報には「AHS集団におけるB型肝炎抗原と抗体の定量的調査で,抗原の正の度合いが重度の被爆者に増加していることを示している」との記載があり,AHS8報にもほぼ同様な記載があることによっても裏付けられる。 b放射線と肝機能障害に関する被告らの反論について被告らの一貫した主張は,肝機能障害は確定的影響の分野の問題であるとするものである。しかし,前記aの研究成果によれば,放射線被曝と肝機能障害との関係はしきい値がなく,被曝線量の増加に伴う疾病の重篤化にも関係しない。むしろ放射線量は肝機能障害の発症率- 305 -に影響し,両者の関係には線量反応関係が存すると意味で,確率的影響の分野の問題であるとして一貫した研究が進められている。 被告らの,Z3訴訟東京高裁判決は肝炎発症ということだけではなく,免疫的なデータの異常等が考慮されたとする主張も,同判決を誤って理解するものである。同判決は「白血球数が正常値の範囲にとどまっていても,白血球の能力が劣るために免疫力が低下している場合があり得ることからすれば,被控訴人(1審原告)の白血球数に異常がなかったとしても,そのことから直ちに被控訴人(1審原告)の免疫力がC型慢性肝炎の発症,促進を防ぐに十分であったと結論付けることはできない」と判示している。 (イ)良性甲状腺疾患の放射性起因性についてa良性甲状腺疾患の放射性起因性について良性甲状腺疾患の放射性起因性を強く示唆する医学的知見は数多く公表されている(甲40,乙59,60)。また,甲状腺機能低下症は被 疾患の放射性起因性についてa良性甲状腺疾患の放射性起因性について良性甲状腺疾患の放射性起因性を強く示唆する医学的知見は数多く公表されている(甲40,乙59,60)。また,甲状腺機能低下症は被曝線量の増加とともに高率となる,あるいは50ラド(0.5グレイ)以下の比較的低線量被曝群に有意に多く,特に10から30歳代に被爆した群に高く,特に女性に多いという報告もなされている(甲41)。さらに,慢性甲状腺炎(橋本病)(自己免疫性甲状腺機能低下症)や甲状腺結節にも線量反応関係がある。 同様な傾向は,「長崎被爆者における甲状腺疾患」においても認められている。同論文では,充実性結節,抗体陽性突発性甲状腺機能低下症,自己免疫性甲状腺機能低下症について有意な線量反応関係ありとされている。 また,甲状腺機能低下症が比較的低線量群に有意に多いことは,誘導放射線や放射性降下物の被爆を受けている入市被爆者に甲状腺機能低下症が発生する可能性が高いことを示唆している。 - 306 -b良性甲状腺疾患の放射性起因性に関する被告らの反論被告らは,AHS7,8報は,5種類の疾患をまとめて疫学調査を行ったものであり,これらから個々の疾患との疫学的因果関係が導かれるものではない。また,本来は放射線量が増すにつれて発生率も増加するはずであるが,そのようになっていない,上に凸の線量反応がみられるとする。 しかし,良性甲状腺疾患を個別に分断して統計処理をすると各疾病ごとの数が不足するために統計的に正確な数値を出すことはできない疾病も出てくるため,良性甲状腺疾患の全体の傾向を総体として判断するために,各疾患をまとめて検討することには合理的な理由が存する。 また,甲状腺機能低下症に関して高線量被爆者より比較的低線量の被爆者により多く発症するという研究成果は,連続して公表さ として判断するために,各疾患をまとめて検討することには合理的な理由が存する。 また,甲状腺機能低下症に関して高線量被爆者より比較的低線量の被爆者により多く発症するという研究成果は,連続して公表されており,甲状腺機能低下症が誘導放射能及び放射性降下物の影響の下でより多く発症する可能性がある,あるいはそのような形での発症形態があることを否定することはできない。 (ウ)心筋梗塞(動脈硬化性心疾患)の放射性起因性について被爆に関連して心筋梗塞に初めて有意な増加が示唆されたのは広島の女性である。その後,前記のとおり,AHS8報では,被爆年齢40歳未満の群で,30年間の調査で,心筋梗塞と被爆との有意な関係が指摘されている。 (エ)原爆白内障の放射性起因性についてa原爆白内障の放射性起因性についてこれまで原爆白内障は,被爆後数か月から数年のうちに発症した早発性の放射線白内障のことを意味し,1.75シーベルトのしきい値があると考えられてきた。しかし,上記の考え方は昭和55年までの- 307 -調査を前提としているものである。 まず,AHS8報により,被爆者の白内障発生は統計的に有意な線量反応関係が認められた。そして,結論として「若年被爆者での水晶体の混濁における放射線影響の増加,および長期の潜伏期間を伴う相対リスクの増加」という知見があり,その知見は近時の放射線療法や放射線事故による結果と同一であるとされている。 AHS対象者に対する3回目の眼科調査(平成12年6月から平成14年9月まで)の結果,核色調や核混濁では放射線との相関は認められなかったが,後嚢下混濁(放射線白内障)および皮質混濁(老人性白内障)の両方に有意な発生リスクを認め,「原爆被爆者の放射線被ばくと水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有 たが,後嚢下混濁(放射線白内障)および皮質混濁(老人性白内障)の両方に有意な発生リスクを認め,「原爆被爆者の放射線被ばくと水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められた。」という結論が導かれた(「広島医学・原爆被爆者におけえる眼科調査」)。この論文は,被爆者の遅発性の放射線白内障や早発性の老人性白内障が事実上しきい値のない確率的影響である可能性を示唆しており,遠距離・入市被爆者の放射線白内障の発生機序の理解に大きな変化をもたらすものである。 さらに,平成16年6月の第45回原子爆弾障害研究会において発表された,放影研のCVらの「原爆被爆者における白内障有病率の統計的解析,2000-2002」によれば,核色調及び核混濁での線量効果は有意とはいえないとし,一方皮質混濁では線量効果は有意(p=0.001)であり,オッズ比は被曝時年齢に関係なく男女ともに1.28,後嚢下混濁では線量効果は有意(p<0.001)で,オッズ比は被曝時年齢10歳で1.50,また皮質混濁と後嚢下混濁では線量反応にしきい値がないことを明らかにしている。 b原爆白内障の放射性起因性に関する被告らの反論- 308 -被告らは,AHS8報は,老人性白内障を排除した解析となっていないため信頼性に欠けるとする。 しかし,AHS8報では,(平成5年の解析に)更に12年間の追跡調査を加えて解析すると,白内障発症率が被曝線量に伴い増加傾向を示していることを述べている。ここでの白内障は,当然「放射線白内障」と「老人性白内障」が含まれている。さらに,第8報は,これらの線量相関の知見が,海外で相次いで確認されている「遅延性の水晶体変化」と「一致」していることにも言及している。 調査時年齢が60歳を超えると有意性が認められなくなるという点 らに,第8報は,これらの線量相関の知見が,海外で相次いで確認されている「遅延性の水晶体変化」と「一致」していることにも言及している。 調査時年齢が60歳を超えると有意性が認められなくなるという点についていえば,それは第8報が「後嚢下混濁」と「皮質混濁(老人性白内障)」を一緒にして「水晶体混濁」の発症リスクを見ていることに理由がある。高齢になれば加齢現象として「皮質混濁」が増えてくるので,高齢被爆者と年齢をマッチさせた対照群(非被爆者)においても当然「皮質混濁」による水晶体混濁は増加する。したがって,「水晶体混濁」として対照群と比較する場合には,高齢被爆者では「後嚢下混濁」におけるリスクの差異が反映されづらくなると考えられる。現在ではAHS第8報に限らず各種の権威ある研究論文によって,放射線の影響による遅発性の放射性白内障と早発性の老人性白内障が確認されており,原爆白内障にはしきい値がないつまり放射線と線量反応関係のある確率的影響の分野の疾患であることに争いはない。 第6個別原告ごとの原爆症認定要件該当性(放射線被曝の事実,申請疾病の放射線起因性,要医療性) 原告X1について(1)被爆状況原告X1は,被爆当時20歳の男性であった。銀行に勤務した後,昭和20年3月に陸軍に入隊し,長崎原爆爆心地から約2キロメートルにある中之- 309 -島の陸軍高射砲の陣地に配属された。 被爆当日,B29の爆音により戦闘態勢につき,原告X1は,高射砲の1門の近くのたこつぼのような土嚢の中に飛び込み,落下傘が落ちてくるのを見ていた。すると,閃光が走り,熱線や放射線を顔面や首筋に受け,爆風によりその場にたたきつけられて,一瞬気を失った。気がつくと,衣服や靴にも着火しており,黄色い空気が周囲を急速に流れているような気がした。 間もなく,火傷のために 熱線や放射線を顔面や首筋に受け,爆風によりその場にたたきつけられて,一瞬気を失った。気がつくと,衣服や靴にも着火しており,黄色い空気が周囲を急速に流れているような気がした。 間もなく,火傷のために,顔面が腫れ上がるのと,瞼が徐々にふさがれていくのを感じた。陸軍のトラックが来て負傷兵を収容したが,原告X1も「重傷」と言われて,南山手の鍋冠山にある陸軍兵舎に運ばれた。 やがて,火傷のため目がふさがれて見えなくなり,多くの負傷者と一緒に寝かされた。その後,8月末ころ,長崎の爆心地付近を通り抜け,佐賀陸軍病院分院に移った。間もなく,川上温泉郷にあった陸軍の保養施設に移された。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X1は,やせ気味であり,徴兵検査では第2乙種であったが,被曝前には健康で,リレーで一等賞になったこともあった。 イ急性症状原告X1は,被爆により重傷の火傷を負い,高熱に苦しめられ,佐賀陸軍病院に移った後,発熱,脱毛(意識的に引っ張ると,ぼさっと抜けてくる状態があった。),下痢,嘔吐,割れるような頭の痛み,そして倦怠感が続いた。また,佐賀陸軍病院分院で医師の診断を受けた際,白血球の異常を指摘されている。 9月になって,長崎県佐世保市相浦の姉の嫁ぎ先に寄宿したが,原爆の熱線による火傷のため,顔が真っ黒になり,昭和21年までその状態が続いた。さらに,昭和21年になっても,断続的な下痢,発熱,頭痛,更に- 310 -は倦怠感が持続した。 ウその後の健康状態その後,原告X1は,銀行に復職したが,昭和23年5月ころに職場で倒れ,高熱,頭痛,めまいが出て休まざるを得なかった。その際,近所の病院で診察を受けたが,医師からは手の施しようがないと言われた。 その後も,貧血が継続し,頭痛がし,倦怠感があり,風邪が治りに 職場で倒れ,高熱,頭痛,めまいが出て休まざるを得なかった。その際,近所の病院で診察を受けたが,医師からは手の施しようがないと言われた。 その後も,貧血が継続し,頭痛がし,倦怠感があり,風邪が治りにくい,高熱が出るということがよくあった。 エ申請疾患の発症経過原告X1は,平成13年の定期健康診断で胃がんと診断され,同年12月に入院し,平成14年1月に胃の摘出手術を受けたが,その後平成17年7月末に死亡した。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X1は,爆心地から約2キロメートルの地点で被爆したが,その際,顔面から首筋にかけて火傷しただけでなく,被爆直後に衣服や靴に着火しているところからみて,ほぼ全身を直接被爆したものと考えられる。また,被爆後周囲に黄色い空気が流れるのを感じたことを述べているが,その際,その辺りには残留放射線が充満していた可能性を否定できない。 被爆後,原告X1はトラックで南山手の鍋冠山にある陸軍兵舎に運ばれたが,おそらく爆心地付近から運ばれた重傷者も少なくないと思われ,周囲にいた被爆者に付着した衣服等から,残留放射線が出ていた可能性は強い。 また,8月23日ころ,原告X1は爆心地付近を通っているが,その際に誘導放射線の影響を受けたことが否定できない。 また,原告X1は,被爆により火傷を負ったが,それが昭和21年ころまで治らなかったこと,脱毛,発熱,下痢等の急性症状に苦しめられたこ- 311 -とも,原告X1に放射線の影響があったことを推測させるものである。 さらに,原告X1は,やせ気味であったものの,被爆前は健康であったのが,被爆後は,貧血,時々襲う熱や頭痛等のため,すっかり体質が偏倚したことも原爆放射線の影響を推定させる。 原告X1について,乙1001の2では,白血球減少と記載され,陳述書 被爆前は健康であったのが,被爆後は,貧血,時々襲う熱や頭痛等のため,すっかり体質が偏倚したことも原爆放射線の影響を推定させる。 原告X1について,乙1001の2では,白血球減少と記載され,陳述書や本人尋問では,白血球の増多を述べている。しかし,同一被爆者について,放射線の影響により白血球の減少と増多の両方が起きうるのであり,これらは原告に白血球の異常が生じたことを示すものである。 イ申請疾病の放射性起因性原告X1は,昭和42年に被爆者健康手帳を取得後,被爆者にがんが多い等の事情から,酒を飲まない等の節制に努めた。 男性の胃がんは,審査の方針によると,原因確率は極めて低い(長崎2キロメートル・13センチグレイでは,被爆時20歳の男性胃がんの原因確率は掲載されていないのに対し,女性の胃がんをみると原因確率が10パーセント前後となっている。)。男性胃がんの原因確率が低いのは,性による差というよりも,生活習慣によるバックグラウンドの差が少なくないためと思われ,原告X1が節制に努めていたことを考えると,むしろ原因確率は女性以上に高い可能性がある。 のみならず,放影研の調査によると,被爆者の胃がんの発生は,昭和50年ころより有意な増加が示されており,被曝時年齢30歳未満の若年被爆者に高率であることが知られている。 (4)要医療性原告X1は,平成14年1月に広範囲幽門側胃切除を受けたが,術後に体力が減少し,その後,平成17年7月末に死亡しており,要医療性が認められることは明らかである。 原告X2について- 312 -(1)被爆状況原告X2は,被爆時26歳の男性である。 原告X2は,広島原爆炸裂時,広島市白島中町の兵舎内(爆心地から約1. 8キロメートル)にいた。 原告X2は,兵舎内南側の開放された窓際(爆心地の方向に向いた窓際)で,窓 ,被爆時26歳の男性である。 原告X2は,広島原爆炸裂時,広島市白島中町の兵舎内(爆心地から約1. 8キロメートル)にいた。 原告X2は,兵舎内南側の開放された窓際(爆心地の方向に向いた窓際)で,窓に背を向けた形で立っていたとき,突然閃光が走り大音響が聞こえた直後,熱風とともに吹き飛ばされた。原告X2は,倒壊した兵舎の中からはい出して外に出ることができたが,爆風で吹き飛ばされた際,後頭部と腕に裂傷を負っていた。 原告X2は,そこから白島北町北側にある工兵橋(爆心地から約2.1キロメートル)を渡り,太田川支流の土手に沿って神田橋方向へ歩いた。そこからさらに東にある牛田町の演習場(爆心地から約3キロメートル)まで歩いていき,さらに演習場の東にある大きな欅の木近くまで行き,さらに歩いてきた道を引き返し再び兵舎に戻ることとした。工兵橋を渡ったころ,黒い雨を全身に浴びた。 原告X2は兵舎に戻り,再び工兵橋を渡り,土手沿いに神田橋の方へ向かい,歩くことのできる人々を引率して太田川の上流にある戸坂国民学校まで歩き,さらにけが人を連れて深川国民学校まで歩いた。原告X2は,再び白島中町の兵舎に戻り,その北東にある山の麓(爆心地から2~3キロメートル)まで行き,その日はそこで野宿をした。 原告X2は,翌8月7日朝,深川国民学校に行き,さらにそれから横川町(爆心地から約1.5キロメートル)に行き,そこで1日被災者の収容に当たった。 さらに,原告X2は,8月8日,白島中町の兵舎近くの太田川の中洲になっているところで,死亡した被爆者の火葬作業を行った。原告X2は,白島西町,白島中町,白島東中町(爆心地から約1.5~2.0キロメートル)- 313 -に行き,倒壊した建物から材木集めを行った。粉塵がもうもうとする中の作業であり,体中が汗と埃で真っ黒になった。 原告 町,白島中町,白島東中町(爆心地から約1.5~2.0キロメートル)- 313 -に行き,倒壊した建物から材木集めを行った。粉塵がもうもうとする中の作業であり,体中が汗と埃で真っ黒になった。 原告X2は,太田川の水を多量に摂取した。 原告X2は,8月9日から9月3日まで,牛田練兵場のトーチカ(爆心地から約2~3キロメートル)において兵器係の任務に従事した。 原告X2は,翌昭和21年12月まで,安芸郡祗園町(爆心地から約3~6キロメートル)で暮らし,そこから東洋工業株式会社まで通勤する生活を送った。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X2は,昭和14年12月1日に軍隊に入隊し,昭和15年3月に戦地でマラリアに罹患したがその後完治し,昭和17年12月25日に満期で除隊した。その後,当時の安芸郡祗園町で生活をし,弾薬の製造に従事していたが,昭和20年1月21日に軍に再入隊した。被曝以前は健康状態に特に問題はなかった。 イ急性症状原告X2の放射線による急性症状は,下痢,発熱,耳鳴りがあったが,これらの症状は翌年まで続いた。原告X2の被爆時の左後頭部の傷は化膿し,9月になっても治らなかった。 ウその後の健康状態原告X2は,昭和20年9月に除隊したころから,強い倦怠感(ぶらぶら病),耳鳴り,めまいといった症状に度々襲われた。また,ときどき原因不明の発熱を呈することもあった。 原告X2は,昭和35年に,健康診断において白血球減少症(白血球数2300)が認められ,暫くの間投薬治療を受けた。 エ申請疾患の発症経過- 314 -原告X2は,平成11年,左腎がんが発見され,同年3月23日に手術を受け,その後,がんの再発防止等のため現在まで内服治療を受けている。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実 4 -原告X2は,平成11年,左腎がんが発見され,同年3月23日に手術を受け,その後,がんの再発防止等のため現在まで内服治療を受けている。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X2は,爆心地より1.8キロメートル地点で直爆放射線を受け,さらに被爆当日広島市内を広範囲にわたって歩き回っており,その間に黒い雨も浴びている。また,8月8日には,市内において救護活動や死体処理作業に従事している。さらに,その後も継続して長期間市内にとどまっており,これらによって残留放射線(土壌中の誘導放射線や人体の誘導放射線等)及び内部被曝による相当量の放射線を浴びた。 また,原告X2の左後頭部の傷は化膿し,9月になっても治らなかったが,その原因は,直爆あるいは残留放射線被曝による治癒能力の低下が考えられる。放射線が外傷治癒に影響を与えたことは,被爆当時の調査により知られている。また,原告X2の放射線による急性症状は,下痢,発熱,耳鳴りがあったが,これらの症状は翌年まで続いた。 原告X2は,被爆後から原因不明の耳鳴りとめまいに悩まされていた。 BQによると,被験者の60パーセントにめまいがあったという。また,原因不明の高熱が4~5日も続くこともあり,昭和35年には白血球数が2300といわれた時期もあり,白血球減少症の治療を受けた。あるいは低血圧と強度の貧血の治療を受けたこともあった。これら一連の症状,つまり被爆者における病弱は,「環境不堪性」「罹患傾向」「体質的偏倚」などとして,被爆者に広く発症する症状として知られている。 イ申請疾病の放射性起因性腎臓がんについては,放影研の疫学データの上ではまだ有意性が確認されていないが,そのことをあまり重要視することはできない。それは,放影研自身が「被爆者のデータは放射線が事実上すべての種類のがん 因性腎臓がんについては,放影研の疫学データの上ではまだ有意性が確認されていないが,そのことをあまり重要視することはできない。それは,放影研自身が「被爆者のデータは放射線が事実上すべての種類のがんの過剰- 315 -リスクと関連していると考えられる」と指摘しているからである。 (4)要医療性原告X2は,現在片腎での腎機能低下と浮腫,貧血を認めており,今後も厳重なフォローアップと治療を必要としている。 原告X4について(1)被爆状況原告X4は,被爆当時17歳の男性であり,広島市金輪島の陸軍第2船舶司令部造船課に軍属として勤務していた。 原告X4は,広島県高田郡向原町の自宅から職場に向かうため,広島駅から紙屋町経由の市電に乗り宇品港へ行く途中,御幸橋の手前の千田町3丁目付近(爆心地から約2キロメートル)にて,市電の中で被曝した。 原爆の炸裂の瞬間,進行方向左側のつり革につかまって外を見ていたところ,青白い閃光が走り,顔に熱を感じ,間もなく失神して気を失った。その際,手首に2センチメートルほど怪我をした。 気がついた後に外へ出て走ったが,周囲は,煤塵,埃によって真っ暗であった。御幸橋のたもとまできて,川へ降りて眼を洗った。その際,川の対岸の家々がなくなっていることを漸く認識した。他方,爆心地側は,真っ暗であまり見えない状況であった。 その後,御幸橋を渡り,皆実町の専売公社の前,翠町,丹那を通り宇品線の線路まで行き,宇品線に沿って北上し,南段原の鉄橋を渡り,南蟹屋町を通過して,午後3時ころ,矢賀駅まで行き,そこから午後4時ころに救援列車に乗り高田郡向原町の自宅へ戻った。 原告X4は,帰宅途中に,水道から漏れている水を飲んだ。 原告X4は,8月7日に勤務先である金輪島に渡り,同月20日ころまで金輪島に送られてきた被爆者20名程度の世話を り高田郡向原町の自宅へ戻った。 原告X4は,帰宅途中に,水道から漏れている水を飲んだ。 原告X4は,8月7日に勤務先である金輪島に渡り,同月20日ころまで金輪島に送られてきた被爆者20名程度の世話をした。多くは重篤な火傷をしており,外見からは男女さえ見分けがつかない状態であった。これらの患- 316 -者をおんぶしたり,抱きかかえたりしながら,トイレの世話,食事の世話を含む看護をした。また,化膿した傷に産み付けられて孵化したウジをとる作業をしたりした。また,原告X4は,死体焼却作業にも従事した。 原告X4は,8月20日ころ,一旦自宅に帰った後,再び金輪島に渡り,9月20日すぎまで金輪島にいた。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X4は,被爆前は元気であり,特に健康上の問題はなかった。 イ急性症状原告X4は,自宅に帰宅した後,徐々に体調が悪化した。食欲不振になり,嘔吐があり,鼻血が出,更に脱毛もあった。そして,非常に身体がだるく,倦怠感が強いという状態となった。 脱毛は1か月くらい続き,地肌が見えるような状態となった。また,倦怠感は,だるくて体の置き所がない,という被爆者特有のものであった。 このような状態は,昭和20年暮れころまで続き,その後家の手伝いをするようになったが,半年くらいは動けるときには動くというような状態であった。 ウその後の健康状態原告X4は,被爆後,風邪が治りにくい,長引くといった症状があり,さらに30歳ころに虫垂炎切除術を受けた。その際,通常の虫垂炎とは違う状態が発見され,医師から「原爆のせいだろう」と言われたことがあった。 また,32歳ころに中耳炎となったが,その後も完治せず,長年経った現在も,風邪を引いた時などに耳垂れがでるようなことがある。 エ申請疾患の発症経過原告X4 のせいだろう」と言われたことがあった。 また,32歳ころに中耳炎となったが,その後も完治せず,長年経った現在も,風邪を引いた時などに耳垂れがでるようなことがある。 エ申請疾患の発症経過原告X4は,平成12年9月の健康診断で尿の潜血を指摘され,検査の- 317 -結果,前立腺の腫瘍マーカーであるPSAが高値であることが判明し,同年12月,針生検の結果,中分化腺がんと指摘され(両葉ステージC),ホルモン療法を受けていたが,平成13年10月に診察を受けた後,同年12月に前立腺全摘手術を受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X4は,被爆直後に塵や煤で真っ暗の中を御幸橋まで行ったが,その際,原爆の中性子により誘導放射化した相当量の放射性物質を体内に取り込んだ可能性がある。 その後,原告X4は,御幸橋をわたり,翠町,丹那を通って宇品線の線路まで行き,これを北上して広島駅付近を通って矢賀駅から汽車に乗って自宅へ戻ったが,この帰宅の間にも,誘導放射能や放射性降下物により,体外のみならず身体の内部からも被曝したものと考えられる。 さらに,原告X4は8月7日から自宅へ戻る20日ころまでと,その直後から9月20日ころまで金輪島に渡り,金輪島に運ばれてきた被爆者の介護,看護をした。その際は,負傷した患者をおぶって運んだり,体にわいたウジを取るなどの作業をした。この間,被爆者の体や衣服に付着し,更に体液に付着している放射性物質に被曝したと考えられる。 さらに,原告X4は,死体の焼却作業にもあたっていることから,そのことによっても放射性物質が体内に取り込まれたと考えられる。 このような放射線被曝を受けたと考えられる事実と併せ,9月20日過ぎに自宅へ戻った後,原告X4には典型的な急性症状が見られた。すなわち,自宅で髪をすくと地肌 性物質が体内に取り込まれたと考えられる。 このような放射線被曝を受けたと考えられる事実と併せ,9月20日過ぎに自宅へ戻った後,原告X4には典型的な急性症状が見られた。すなわち,自宅で髪をすくと地肌が見える程の脱毛が見られ,さらに鼻出血や下痢も出現した。また,体の置き所のないような倦怠感も見られている。その結果,仕事ができる状態でないため,昭和20年中は仕事を休んでいる。 そして,原告X4は,被爆後,中耳炎に苦しめられ,風邪が治りにくい- 318 -といった症状が続いているが,これらは被爆者に広く見られる易感染性の現れかと思われる。また,虫垂炎の異常も原爆放射線の人体影響を推測させる。 イ申請疾病の放射性起因性前立腺がんについては,遠距離被爆者・入市被爆者に多いとされ,これらから低線量の被曝は,前立腺がんの進行に関わっている可能性を否定できないと指摘されている。 (4)要医療性原告X4は,前立腺全摘手術を受けており,その後通院はしていないものの,医学管理を要する状態にある 原告X5について(1)被爆状況原告X5は,昭和20年8月6日,5歳の時に,広島市白島九軒町官有3番地の自宅前の路上(爆心地から約2キロメートル)で弟と遊んでいるときに被曝した。 その後,原告X5は母や弟とともに自宅近くの防空壕に避難したが,そのとき原告X5は黒い雨にも打たれている。 夕方になり,原告X5ら3人は防空壕を出て,工兵橋(爆心地から約2. 2キロメートル)近くにある,父の上司の家に泊まった。 翌日,父が上司の家まで迎えに来て,その後原告X5ら家族4人は,三篠橋(爆心地から約1.3キロメートル)を通り,横川を通過して,安佐郡伴町へ避難した。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X5は,被爆前は至って普通の元気な子で, 篠橋(爆心地から約1.3キロメートル)を通り,横川を通過して,安佐郡伴町へ避難した。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X5は,被爆前は至って普通の元気な子で,特別に病気にかかったこともなかった。 - 319 -イ急性症状ないしその後の健康状態原告X5は,被爆時4歳であり,自身には当時の記憶はない。ただ,原告X5が初期放射線に被曝した後,広島市内を歩き回ったことにより残留放射線に被曝したことを考えると,急性症状を発症した可能性は否定できない。 原告X5が母から聞いた話では,被爆後は,他人と比べて非常に疲れやすい身体になり,異常なだるさでいつもごろごろと家で横になっていたとのことであった。昭和21年8月には,盲腸炎が腹膜に広がり大手術をしたが,医師から,化膿しやすい体質であったため,手術後の回復が遅れて治療に時間を費やしたと聞いた。 ウ申請疾患の発症経過原告X5は,昭和62年,47歳のとき,左腎臓の腫瘍が発見された。 摘出手術を受けたが,退院後,次第に体調が悪化し,歩くのさえ辛い状況となった。 その後,平成7年に肺がんの診断を受けた。この肺がんは,上記腎臓がんの転移である。 原告X5は,腎臓がんの摘出手術を受けて以降,現在に至るまでにインターフェロンの自己注射を続けている。医師からは,この治療を止めることは一生できないといわれている。このインターフェロンの副作用のためか,皮膚の炎症を起こしたり,以前と比べて疲れやすくなったり,気力がなくなってきている状況である。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X5が爆心地より約2キロメートル離れた広島市白島九軒町の自宅前路上で被爆しているので,初期放射線により被曝した。 また,母親や弟ともに,自宅近くの防空壕に避難する際,原告X5は 線に被曝した事実原告X5が爆心地より約2キロメートル離れた広島市白島九軒町の自宅前路上で被爆しているので,初期放射線により被曝した。 また,母親や弟ともに,自宅近くの防空壕に避難する際,原告X5は黒- 320 -い雨にも打たれているから,放射性降下物を含んだ降雨に曝露されていたことになる。 加えて,原告X5は,翌日家族とともに,爆心地から約1.3キロメートル地点にある三篠橋を通って避難していることからすると,この間に放射性降下物や誘導放射化した物質を吸飲・摂取し,内部被曝の影響を受けた可能性も否定できない。 これらの放射線被曝の結果,原告X5の身体には,明らかに被爆前とは異なる全身のひどい倦怠感等の症状が現れた。このような全身倦怠感は,被爆者によく見られるもので,今日,我々が日常生活で表現する「倦怠感」とは,その起因,多臓器性,予後等において決して同様ではなく,放射線被曝独特の無気力状態であった。 イ申請疾病の放射性起因性腎臓がんについては,まだ有意の線量相関関係は疫学的には得られていない。しかし,そのことをもって,被爆者の腎臓がんの放射線関連性を否定することはできない。したがって,原告X5の腎臓がんが原爆放射線に起因することは否定できない。 (4)要医療性原告X5は,昭和62年に腎臓がんの摘出手術,平成7年に肺がんの手術を受けているだけでなく,腎臓がんの摘出手術後は,現在に至るまで,週に2回インターフェロンの自己注射を続けている。 原告X6について(1)被爆状況原告X6は,昭和20年8月6日,20歳で,広島市皆実町3丁目の自宅屋内(爆心地から南東2.5キロメートル)で被曝した。 原告X6の父親(被爆当時49歳)は,自宅から南東の方角に100メートルから200メートルのところにある寄合所に行く途中で被爆した。 - 宅屋内(爆心地から南東2.5キロメートル)で被曝した。 原告X6の父親(被爆当時49歳)は,自宅から南東の方角に100メートルから200メートルのところにある寄合所に行く途中で被爆した。 - 321 -原告X6は,爆風で荒らされた部屋の片付けなどをし,8月6日昼過ぎころ,弟と従姉の捜索のため,爆心地方面に向かい,御幸橋まで行ったところで激しい火災に遭遇したため,自宅へ引き返した。この日は1時間くらい外を歩いた。 翌7日午前10時ころ,弟と従姉の捜索のため,父親と共に再び爆心地方面に向かった。御幸橋の火災は鎮火していたため,橋を渡り広島電鉄の線路上を歩いて北上し,途中日赤病院前を通過し,鷹野橋の停車場(爆心地から1.3キロメートル)まで歩いたが,瓦礫などで進むことができず,引き返した。 原告X6は,さらに翌8日か9日には,県庁に勤めていた従姉の捜索のため,父親と従姉の母親とともに県庁近くの土手まで行った。この日は4時間から5時間外にいた。 その後,原告X6は,昭和21年1月まで広島市皆実町の自宅で生活を続けた。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X6は,被爆前は健康であった。 イ急性症状原告X6は,急性症状についての明確な記憶はないが,被爆者に記憶がないことを過大に評価してはならない。入市日と急性症状の発症について一定の確率が示されており,原告X6が相当程度の放射線を浴びたことは明らかである。 また,原告X6と同じような行動をとった同人の父親は,8月中に急激に食欲が失われるということがあった。原告X6の父親は,昭和25年に胃がんを患い手術をし,その後脊髄を始めとして全身に転移し,昭和30年に亡くなった。 - 322 -ウその後の健康状態原告X6は,昭和43年に胆石の手術をした。 エ申請疾患の は,昭和25年に胃がんを患い手術をし,その後脊髄を始めとして全身に転移し,昭和30年に亡くなった。 - 322 -ウその後の健康状態原告X6は,昭和43年に胆石の手術をした。 エ申請疾患の発症経過その後,平成12年9月に大腸がんが発見され,同年10月左半結腸切除術を受けた。その後,腸閉塞を併発し小腸瘻を作ることを余儀なくされた。 そして,平成13年1月に小腸瘻閉鎖の手術を受け,平成14年ころ,左眼白内障の手術をした。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X6は,初期放射線による被曝だけではなく,爆心地付近を歩き回ったことによる相当程度の残留放射線による被曝を受けた可能性が高い。 また,被爆後約半年間,広島市内で生活を続けていることから,放射線に汚染された様々な物質により内部被曝をしていることが明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性原告X6は,大腸がんを認定申請病名として原爆症認定申請を却下されているが,原爆と大腸がんの関連は,放射線が発がんに関与すること,被曝から発がんまで長い年月がおかれることは広く承認された医学的知見であること,意見書(乙1006の2)によれば,「大腸がん自体放射線に起因している可能性あり」との意見が示されていること,また大腸がんの発生は昭和63年ころから有意性が増加していることが明確になっていること,さらに,直腸がん(女)では,最新のデータで過剰相対リスクで有意差が認められていることなどから,原告X6の大腸がんについて放射線起因性が認められる。 さらに,白内障については被曝の影響があることが認められている。 (4)要医療性- 323 -原告X6は,平成12年9月に左半結腸切除術を受け,その後も1ヵ月に1度通院し,内服治療を継続している。 承継前原告X7について(1) ことが認められている。 (4)要医療性- 323 -原告X6は,平成12年9月に左半結腸切除術を受け,その後も1ヵ月に1度通院し,内服治療を継続している。 承継前原告X7について(1)被爆状況承継前原告X7は,長崎原爆投下時に,爆心地から南東6.1キロメートルにある長崎市郊外の甑岩において陣地構築の作業中であった。当時13歳だった。承継前原告X7は,熱波を感じて爆風によって飛ばされた。作業は中止となり,承継前原告X7は,直ちに思案橋,県庁前,梁川橋(爆心地から約1キロメートル)を通り,午後2時か3時ころ,長崎市竹の久保の自宅(爆心地から北西側約1.3キロメートル)へ戻った。 承継前原告X7は,同日中,自宅,梁川橋付近の防空壕等で父を捜し回り,さらにその間,長崎県立工業高校の同級生の安否を確かめるために爆心地の反対側(爆心地の東約0.8キロメートル)の同校や三菱兵器工場(爆心地から約1.2キロメートル)へ行くなどして,爆心地付近ないし周囲を歩き回っており,黒い雨に当たってもいる。 承継前原告X7は,その後も1週間,長崎市内に止まり,自宅付近や稲佐町付近(爆心地より南側約2ないし2.5キロメートル)で畑のサツマイモやトウキビを拾って食べ,水道水から水を飲んだりしている。さらに,被爆者の介護に当たった。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態承継前原告X7は,被爆前に特別な病気にかかったことはなかった。 イ急性症状承継前原告X7は,8月下旬から視力が落ち,目がかすむようになり,さらに強い倦怠感に襲われている。これらは,残留放射線の内部被曝による影響を推定させるものである。 - 324 -なお,認定申請書によれば,8月20日ころから12月まで歯茎からの出血があり,9月には脱毛も始まったということである これらは,残留放射線の内部被曝による影響を推定させるものである。 - 324 -なお,認定申請書によれば,8月20日ころから12月まで歯茎からの出血があり,9月には脱毛も始まったということである。これらは異議申立書には記載がないが,単なる代理人の書き落としである。 ウその後の健康状態承継前原告X7は,他人に比べ疲れやすくなり,身体のだるさ及び倦怠感に悩まされた。昭和45年ころから,全身がむくんだり,食欲不振になった。 20年前から肝障害が認められ,平成4年に脳梗塞,平成8年に食道がんと診断され,食道がんは内視鏡手術により切除された。 エ申請疾患の発症経過平成13年6月,肝腫瘍が認められ,同年8月に入院して肝動脈塞栓術を受けている。Hbs抗体は認められるものの,Hbs抗原は認められず,また,HCV抗体は認められていないために,ウィルス性肝炎である場合に原因ウィルスは同定されていないことになる。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実承継前原告X7の被爆距離は6.1キロメートルであるものの,8月9日当日の午後には,爆心地から1キロメートル付近を通ったり,爆心地から1.3キロメートルの自宅で父親を捜し,更に,その後爆心地と反対側の1キロメートルの長崎県立工業学校へ行くなどしている。従って,誘導放射能に汚染された物質により,外部被曝したものと考えられる。更に,黒い雨にも当たっており,放射性降下物に被曝している。そして,これら誘導放射能や放射性降下物に汚染された空気を吸っている。更に承継前原告X7は当日以後,長崎市内にとどまって飲食しており,当然のことながら,これら誘導放射能や放射性降下物による内部被曝があったものと考えられる。更に,承継前原告X7は被爆者の介護も行っているのであり,そ- 325 -のことに伴う放射 て飲食しており,当然のことながら,これら誘導放射能や放射性降下物による内部被曝があったものと考えられる。更に,承継前原告X7は被爆者の介護も行っているのであり,そ- 325 -のことに伴う放射線被曝も考えるべきである。 また,8月下旬ころから視力が落ち,目がかすみ,強い倦怠感に襲われている。これらは,残留放射線による内部被曝を推測させる事実である。 のみならず,被爆後他人に比べて疲れやすくなり,身体のだるさ及び倦怠感に悩まされている。昭和45年ころからは全身がむくんだり,食欲不振になったと述べている。被爆者を精神医学的観点から検討し,被爆者にみられる慢性症状を神経症によるものではなく,放射線によるものと考えたBQによると,めまいは被検者の60パーセント,全身疲労は77パーセントが訴えており,これらからみると承継前原告X7の上記症状は,被爆者に典型的にみられる症状と一致している。 更に,脳梗塞,食道がんと放射線の影響があると考えられる疾患に罹患した後に,認定申請疾患である肝臓がんに罹患したものである。したがって,放射線の影響によるものであることが極めて強く推認されるというべきである。 イ申請疾病の放射性起因性まず,肝硬変については,Hbs抗原は認められないもののHbs抗体が認められていることからB型肝炎ウィルスによるものである可能性が高い。いずれにしろ,成人健康調査7報及び8報によれば,肝機能障害と放射線との間に有意な線量反応関係が認められている。 他方,肝臓がんとの間には,LSS第10報では,肝臓がんについて有意な放射線の影響が示唆されていたが,LSS第12報では,肝臓がんと放射線が有意とされるに至っている。 したがって,これらの疾患は放射線の影響によるものである。 (4)要医療性承継前原告X7は,肝臓がんの合併症としての食道静 いたが,LSS第12報では,肝臓がんと放射線が有意とされるに至っている。 したがって,これらの疾患は放射線の影響によるものである。 (4)要医療性承継前原告X7は,肝臓がんの合併症としての食道静脈瘤破裂により,死亡したが,申請当時に要医療性はあった。 - 326 - 原告X8について(1)被爆状況原告X8は,広島原爆炸裂時に,国鉄呉線小屋浦駅のホームにいた。当時,原告X8は,14歳(昭和6年7月29日生)であり,県立広島工業学校本科機械科に在学中だったものの,2年生となった4月より学徒動員として海田市の日本製鋼所に配属され,さらに6月以降は,広島市西蟹屋町の元東洋紡績工場に配属されていた。 遅れた電車をホームで待っているとき,ピカッという光とドカンという音がして,やがて広島方面の山の向こうから入道雲がもくもくとあがり,それが次第に形を変えてキノコ雲になったのを見た。列車が広島市まで進まなくなったため,やむなく原告X8は江田島の自宅に引き返した。 原告X8は,8月7日,上記工場に出勤するため,早朝自宅を出発した。 江田島の秋月港午前5時20分の船で小用港,吉浦港を経由し,国鉄呉線で海田市まで行き,そこから国道沿いを歩き,向洋近くで海軍の軍用トラックに便乗し,午前10時よりも少し早い時間に広島駅(爆心地より約1.9キロメートル)に着いた。 そこから原告X8は,強烈な悪臭が漂う中を歩き,西蟹屋町の大正橋近くの動員先の分工場(爆心地より約2.1キロメートル)に到着した。工場内は救護所になっており,瀕死状態の被爆者で埋まっていた。原告X8は,1時間から1時間半ほどそこにいたが,落ち合った同級生らと市内に住む同僚や恩師の安否情報を集めるため,千田町にある学校の本校に向けて出発した。 最短距離で向かおうとしたものの,瓦礫や死体の中を歩くのは容 時間から1時間半ほどそこにいたが,落ち合った同級生らと市内に住む同僚や恩師の安否情報を集めるため,千田町にある学校の本校に向けて出発した。 最短距離で向かおうとしたものの,瓦礫や死体の中を歩くのは容易ではなく,電車通り沿いに紙屋町方向へと進路変更をした。しかし,地熱,黒煙,暑さで体力を消耗し,八丁堀の福屋デパート付近(爆心地より約0.7キロメートル)で前進することができなくなった。なお,この間,原告X8は,破裂した水道管から出る水を飲んでいる。 - 327 -結局,千田町に向かうことは諦め,昼過ぎに福屋デパート付近で同級生と別れて帰路についた。現在の記憶によれば,広島駅方面に戻り,線路沿いに南下して宇品まで歩き,船で江田島の秋月に帰っている。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X8は,被爆前はいたって健康であった。 イ急性症状原告X8は,8月7日に自宅に戻ってから,しばらくの間,原因不明の微熱が続き,体のだるさがあった。また,血の混じる激しい下痢に悩まされ,それは1,2週間続いた。また,8月8日以降,歯茎からの出血も停まらなかった。 ウその後の健康状態原告X8は,体調不良の状態が続き,昭和27年に就職のために上京した後も,体調を崩しやすく職を転々とせざるを得なかった。歯茎からの出血は,その後40歳代前半までにほとんどの歯を抜くことになるまで続いた。 昭和45年に胃潰瘍にかかり10年間治療を受けた。また,平成2年に糖尿病と診断され,現在まで治療を受けている。さらに,平成5年にトラプイトレン拘縮の手術を受けた。平成10年には白内障の診断を受け,医師から原爆が原因であろう可能性が十分に考えられると告げられた。 エ申請疾患の発症経過原告X8は,平成11年12月に直腸がんが発見され,平成12年2月に手 た。平成10年には白内障の診断を受け,医師から原爆が原因であろう可能性が十分に考えられると告げられた。 エ申請疾患の発症経過原告X8は,平成11年12月に直腸がんが発見され,平成12年2月に手術を受けた。 さらに,同年12月には原発性の胃がんが発見され,平成13年1月に手術により胃の半分を切除している。 その後も通院を続けている。 - 328 -(3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X8は原爆投下翌朝に広島市内に入り,重症患者の救護施設となっていた工場内に約1時間ないし1時間半とどまっていたばかりか,その後地熱や黒煙のくすぶる中,爆心地より約0.7キロメートルの八丁堀福屋デパート付近を歩いている。また,その間,破裂した水道管から吹き出す水を飲んでいる。これらによって,残留放射線(土壌中の誘導放射線や人体の誘導放射線,汚染水中の誘導放射線等)及び内部被曝による相当量の放射線を浴びた。 これら放射線被曝の結果,8月7日以降,原告X8の体には,明らかに被爆前とは異なる微熱や激しい下痢,歯茎からの出血など放射線による急性症状が現れ,特に歯茎からの出血はその後長く続いている。このような急性症状は,被爆者によく見られるもので,放射線被曝の独特の兆候であったと考えられる。 イ申請疾病の放射性起因性直腸がんに関しては,LSS第13報によれば,90パーセント信頼区間は左端がゼロ線より左(負)へ掛かっているため疫学的有意性が十分とは見られていない。しかし,LSSは死亡率での疫学調査であり,医学医療の進歩により発生率が死亡率にストレートに反映しない疾患の場合には有意さが出ないことがある上に,被爆者固形がんの傾向は時間とともに有意性が明確になっていることであり,それは直腸がんにおいても認められる。加えて,放影研自身が「被爆者の トに反映しない疾患の場合には有意さが出ないことがある上に,被爆者固形がんの傾向は時間とともに有意性が明確になっていることであり,それは直腸がんにおいても認められる。加えて,放影研自身が「被爆者のデータは,放射線が事実上すべての種類のがんの過剰リスクと関連していると考えられる」と指摘している。 よって,原告X8の直腸がんが原爆放射線に起因することは否定できない。 さらに,原告X8は胃がんを発症しているが,被爆者における胃がん発生は昭和50年ころより有意な増加が示されており,被曝時年齢30歳未- 329 -満の若年者に高率であることが知られ,これは近時においても引き続き認められている。よって,原告X8の胃がんが原爆放射線に起因することは否定できない。 なお,原告X8の直腸がん及び胃がんは異時多重がんである。被爆者に多重(重複)がんが多い事実については,これまでも臨床医や研究者の中で注目され,多くの研究報告がなされてきた。中には,若年被爆者に重複がんの頻度が高かったとの報告もある。よって,この観点からも,原告X8の直腸がん及び胃がんが放射線に起因することは否定できない。 (4)要医療性原告X8は,平成13年に手術を行い,その後も通院を続けており,医療が必要な状態に置かれている。 原告X9について(1)被爆状況原告X9は,昭和20年8月当時,26歳で,広島市鯛尾(爆心地から約7キロメートル)にて,宇品船舶司令部付整備教育隊の下士官として任務に当たっていた。8月6日の原爆投下時は,屋外で朝の点呼をしていたが,突如,真正面から原爆の光線を浴び,次の瞬間,猛烈な爆発音とともに爆風に襲われた。 その後,8月6日と7日は,鯛尾で,被災者の救護活動の指揮を執った。 この時,重傷の被爆者らを支えるなどした。 また,8月8日,9日は,知人の捜索と被 ,次の瞬間,猛烈な爆発音とともに爆風に襲われた。 その後,8月6日と7日は,鯛尾で,被災者の救護活動の指揮を執った。 この時,重傷の被爆者らを支えるなどした。 また,8月8日,9日は,知人の捜索と被爆状況の確認のために,宇品港から広島市内に入り,市電の線路づたいに爆心地を通り,己斐駅付近まで出掛けた。更に,鯛尾へ戻ったあとは,けが人の介護にも携わった。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X9は,被爆前は健康であり,軍隊にも甲種合格し,軍の教育隊の- 330 -下士官として,後輩を指導する立場に立てるほど体格もよく,スポーツも万能であった。 イ急性症状原告X9には,9月6日に復員命令が下ったが,その帰郷の際,原告X9は歩くのもつらいほどだるく,9月初旬ころは「他の兵隊達と一緒に広島まで歩くということは,なかなかついていかれないといいますか,ちょっと苦労」するような状況になった。昭和20年9月に帰郷した原告X9は,ひどい倦怠感が続いたため検査を受け,白血球数が2万4000と著しく増加していることを指摘された。さらにその3年後,再度強い倦怠感があったため再度検査を受けると,白血球数は1500と著しく減少していた。 ウその後の健康状態原告X9の被爆後からの倦怠感はその後も続いていたが,昭和36年,変形性脊椎症に罹り,1か月間入院した。その後も現在まで痛みがとれず,通院している。 エ申請疾患の発症経過さらに,平成10年12月10日,前立腺がんと告知され,それ以降,体調が悪い状態が続いており,現在もホルモン療法を受け,ホルモン注射を3か月に1回射ち,がんを抑えている。 また,平成16年1月,帯状疱疹であることが判明し,入院治療を受けた。薬を入れるために性器に管を通していなければならないのが大変苦痛で, を受け,ホルモン注射を3か月に1回射ち,がんを抑えている。 また,平成16年1月,帯状疱疹であることが判明し,入院治療を受けた。薬を入れるために性器に管を通していなければならないのが大変苦痛で,自分でそれを引き抜いて出血してしまったこともあった。同年2月からは麻酔科に通院となった。現在もあまりに痛みがひどいので,ペインクリニックで痛みをとる治療を受けているが,依然として腰回りが痛く,全く元気が出ない状況である。 さらに平成16年12月19日の夕方,便器いっぱいの真っ赤な血尿が- 331 -出た。 体重については,一昨年から昨年にかけ,10キログラムもやせてしまい,現在は55キログラムである。体重とともに気力も落ちて,何もする気力がない状態である。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X9は,8月8~9日に入市したが,その際,残留放射線による被曝を受けた。また,爆心地付近の塵埃には放射性物質が相当量含まれていることが推測されることからすれば,呼吸を介しての内部被曝の影響を受けている。 更に,原告X9は被爆者の介護にもあたっている。高線量被爆者の身体,遺体は,初期放射線により放射化した状態であり,そういう状態の被爆者の介護を続けたことになる。つまり,誘導放射化した被爆者の身体,衣服,体液等に接触したことにより外部照射を受け,更に放射化した体液,粉塵などが口や鼻それに皮膚を通じ体内へ侵入し放射線が蓄積(内部被曝)した。 そして,被爆直後に原告X9にみられた全身倦怠感は,被爆者によくみられるものであるが,今日,われわれが日常生活で表現する「倦怠感」とは,その起因,多臓器性,予後等において決して同様ではなく,放射線被曝の独特の兆候であった。 以上より,原告X9が相当量の原爆放射線に被爆している。 イ申請疾病の放射性 常生活で表現する「倦怠感」とは,その起因,多臓器性,予後等において決して同様ではなく,放射線被曝の独特の兆候であった。 以上より,原告X9が相当量の原爆放射線に被爆している。 イ申請疾病の放射性起因性前立腺がんについては,遠距離被爆者・入市被爆者に多いとされ,これらから「低線量の被曝は前立腺がんの進行にかかわっている可能性を否定できない」と指摘されている。 原告X9は,入市被曝をしていることからすれば,原告X9の前立腺が- 332 -んについて原爆放射能による起因性が肯定される。 (4)要医療性原告X9は,前立腺がんの治療として現在もホルモン療法を行っており,治療を要する状態である。 承継前原告X10について(1)被爆状況承継前原告X10は,被爆当時12歳であり,広島市立第二国民学校(南観音町,爆心地より約2.4キロメートル)の校舎内で被爆した。承継前原告X10は,校舎2階の教室内,廊下側の窓の脇に立っていたが,突然後方(廊下側)から強い閃光を感じると共に,全身が炎に包まれたような感触を受け,その場に伏せると同時に,同原告に覆い被さった戸により後頭部に外傷を負った。傷は小さく痛みも感じなかったが,友人に「背中が血だらけになっている」と言われるほど出血をしていた。 校庭に降りてから振り返って校舎を見ると,校舎は崩れており,周りの民家が燃えていた。承継前原告X10は友人とともに校庭内の防空壕に避難したが,家族の迎えを待つために校庭内の防空壕の外に立っていた。すると,しばらくして,大量の黒い雨が降り出して,頭からずぶぬれになり,着ていた白色のブラウスが真っ黒になった。このブラウスは,後日島根に避難してから洗ったものの,元の白色には戻らなかった。 家族の迎えはなかったが,自宅の方向は火災で危険な状態であったため,やむを得ず避難 た白色のブラウスが真っ黒になった。このブラウスは,後日島根に避難してから洗ったものの,元の白色には戻らなかった。 家族の迎えはなかったが,自宅の方向は火災で危険な状態であったため,やむを得ず避難所で落ち合うべく,承継前原告X10は,午後2時ころ学校を出た。途中草津付近で野宿し,翌7日,五日市の避難所で祖母,母,2番目の弟と再会した。 承継前原告X10は,8日,母と2番目の弟とともに,行方不明の父,姉,他の弟の捜索のため入市し,広島市河原町31の自宅(爆心地から約1キロメートル)を訪れた。自宅は全焼しており,3番目の弟の遺骨を発見したた- 333 -め,焼け跡から探し出したボウルに入れて持ち帰った。 その後,父を捜すため,爆心直下付近の陸軍病院や護国神社を歩き回ったが見つからなかった。更に,姉を捜すために南下し,その日は日赤病院(爆心地から1.5キロメートル)で一夜を明かした。9日は,宇品近くまで行ったが,姉の消息は分からず,再び北上して広島市内を出た。 その後,少なくとも1回は入市し,再び自宅や陸軍病院付近を捜索した。 8月15日には,島根の親戚の家に避難した。 父,姉,1番目の弟は行方不明のままであり,8月31日までに2番目の弟,祖母,母が亡くなり,家族で生き残ったのは承継前原告X101人となった。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態承継前原告X10は健康であり,大病を患ったこともなかった。 イ急性症状8月15日以降,島根の親戚の家に着いてから,承継前原告X10は非常に体がだるくて起きあがれなくなり,人に起こしてもらって壁により掛かるというような状態が続いた。また,熱や下痢も続き,吐き気もひどかったのでしばらくまともに食事が出来ない状態が続いた。ひどい倦怠感は,少なくとも翌年の春ころまで続いた。 ウ てもらって壁により掛かるというような状態が続いた。また,熱や下痢も続き,吐き気もひどかったのでしばらくまともに食事が出来ない状態が続いた。ひどい倦怠感は,少なくとも翌年の春ころまで続いた。 ウその後の健康状態その後は重い病気にかかったことはなかったが,平成4年ころに糖尿病に罹患し,その治療を続けていた。 エ申請疾患の発症経過承継前原告X10は,平成13年秋ころ,卵巣腫瘍(がん)との診断を受け,11月と12月に入院したが,経過が思わしくなく,平成14年2月に外科手術を受けた。しかし,その後も入退院を繰り返し,平成17年- 334 -8月13日に同疾病により死亡した。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実まず,承継前原告X10が爆心地より約2.4キロメートル離れた校舎内で被爆しているので,初期放射線により被曝したことが考えられる。 また,校庭内の防空壕の外付近で家族を待つ間,大量の雨に濡れ,かつそれは後日洗っても落ちないほどブラウスを黒く汚すものであったから,放射性降下物を含んだ降雨に曝露されていたことになる。 さらに,承継前原告X10は8月8日に爆心地より約1キロメートルの自宅を訪れ,全焼した家屋跡から弟の遺骨を探し出す作業を行っていることから,粉塵等の吸引を通じて,放射性降下物や誘導放射化した物質を摂取し,内部被曝の影響を受けたことも考えられる。 加えて,同日に爆心地直下付近を捜索のため歩き回ったり,そのままその日は爆心地より約1.5キロメートルの日赤病院で一夜を明かしたり,翌日も宇品まで南下してから再び市内を北上したり,その後8月15日までの間に少なくとも1回は入市による同様の捜索を行っていたりすることから,この間に放射性降下物や誘導放射化した物質を吸引・摂取し,内部被曝の影響を相当程度考慮せざるを得ない たり,その後8月15日までの間に少なくとも1回は入市による同様の捜索を行っていたりすることから,この間に放射性降下物や誘導放射化した物質を吸引・摂取し,内部被曝の影響を相当程度考慮せざるを得ない。 これらの放射線被曝の結果,8月15日以降,承継前原告X10の体には明らかに被爆前と異なる全身のひどい倦怠感,熱や下痢,吐き気など,放射線による急性症状が現れ,特にひどい倦怠感は翌年の春ころまで続いている。このような全身倦怠感は,被爆者によく見られるもので,今日,我々が日常生活で表現する「倦怠感」とは,その起因,多臓器性,予後等において決して同様ではなく,放射線被曝の独特の徴候であったと考えられる。 イ申請疾病の放射性起因性- 335 -卵巣がんは被爆者に多いことが知られている。承継前原告X10の被爆当時の年齢(12歳)の場合の1シーベルト当たりの過剰相対リスクを乙4からみると,卵巣がんは0.46であり,非被爆者の1.46倍という有意な値を示している。 したがって,承継前原告X10の卵巣がんが原爆放射線に起因することは否定できない。 (4)要医療性承継前原告X10は,平成14年に卵巣切除術を受けているが,その後も入退院を繰り返す状態の中,同疾病を原因として死亡しており,申請時に医療を要する状態であった。 原告X11について(1)被爆状況原告X11は,昭和20年8月9日,16歳時,爆心地から3.2キロメートル前後離れた,長崎市飽ノ浦町所在の三菱造船所第二機械工場付近の隧道(トンネル)内で旋盤作業中被爆した。 原告X11は,被爆直後から約2,3時間,火傷等により負傷した女子挺身隊に機械油やグリスを塗り,看病をした。また,工場内のけが人を運ぶなどした。 原告X11は,被爆当日の午後,長崎湾の対岸にある小ヶ倉の寮に帰るため,湾に ら約2,3時間,火傷等により負傷した女子挺身隊に機械油やグリスを塗り,看病をした。また,工場内のけが人を運ぶなどした。 原告X11は,被爆当日の午後,長崎湾の対岸にある小ヶ倉の寮に帰るため,湾に沿って,旭町,稲佐橋周辺,長崎駅周辺等を5時間くらいかけて歩き,梁に返った。このときの市内は,埃の充満した環境であった。 8月17日ころ,寮から長崎駅まで歩いて行き,1時間以上待ってから同駅から汽車に乗って郷里の熊本に帰った。車内はけが人などで一杯であった。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X11は,被爆前は健康上何の問題もなかった。 - 336 -イその後の健康状態原告X11は,被爆前に比べ,胃腸が弱くなった。 原告X11は,昭和52年ころ十二指腸潰瘍で2か月ほど入院し,そのころ以降高血圧が続いている。 ウ申請疾患の発症経過原告X11は,平成5年に直腸がんの手術を受け,平成13年に胃がん(高分化型腺がん)の手術を受け,同年11月に別の胃がん(未分化型腺がん)の手術を受けた。これら3つのがんは異時多重がんである。 なお,原告X11以外の家族(両親及び兄弟妹7人),及び母の3人の姉妹も誰もがんを発症していない。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X11は,原爆爆発直後,被爆者の看護・救護を行い,かつ炎上し埃等が舞っている地域(少なくとも1.5~2.0キロメートル)を数時間かけて歩いている。さらに,8月17日ころにも再度長崎駅周辺まで入市している。誘導放射化した土壌や瓦礫からのガンマ線照射が持続し,目に見えない微小な誘導放射性物質(塵埃等)も存在している環境のなか歩いていたのである。 その結果,ガンマ線外部照射による外部被曝のみならず,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が 続し,目に見えない微小な誘導放射性物質(塵埃等)も存在している環境のなか歩いていたのである。 その結果,ガンマ線外部照射による外部被曝のみならず,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が体内へ侵入し,蓄積するという内部被曝を受けていたのである。 また,原告X11は,被爆後胃腸が弱くなっているのであり,これも放射線被曝を推測させる事実である。 したがって,原告X11が放射線に被曝したことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性被爆者における胃がん発生は昭和50年ころより有意な増加が示されて- 337 -おり,被曝時年齢30歳未満の若年層に高率であることが知られている。 同一の事実関係は,近時においても引き続き認められている。原告X11は16歳という若年被爆であるので,原告X11の胃がんには被爆の影響が否定できない。 原告X11の直腸がん及び胃がんは異時多重がんである。被爆者に多重(重複)がんが多い事実については,これまでも臨床医や研究者のなかで注目され,多くの研究報告がなされてきた。しかも,若年被爆者に重複がんの頻度が高かったとの報告もある。原告X11は16歳という若年被爆者でもあるので,原告X11の重複がんは被爆の影響が否定できない。 LSS第13報での死亡率調査では,結腸がんは放射線被曝との関連性が示されているが,直腸がんでは90パーセント信頼区間は左端がゼロ線より左(負)へ掛かっており,疫学的有意性が十分とは見られていない。 しかし,LSSは死亡率での疫学調査であり,発生率が死亡率にストレートに反映しづらい疾患の場合は有意差がでない。それでも,LSS第9報では,相対リスク推定値が1.0以下(過剰相対リスク推定値ではゼロ以下)に位置しているが,LSS第13報では過剰相対リスク推定値はゼロより大きくなっており,右(正)へよ ない。それでも,LSS第9報では,相対リスク推定値が1.0以下(過剰相対リスク推定値ではゼロ以下)に位置しているが,LSS第13報では過剰相対リスク推定値はゼロより大きくなっており,右(正)へよってきている。被爆者固形がんのこの間の傾向は,時間とともに有意性が明確になってくることであるが,直腸がんにおいてもこの傾向にある。しかも,放影研自身が「被爆者のデータは,放射線が事実上全ての種類のがんの過剰リスクと関連していると考えられる」と指摘している。 原告X11は,直接被爆も入市被爆もしていない両親と7人の兄弟がいるが,原告X11以外にがん発症者はおらず,このことからも原告X11の申請疾病が原爆放射線に起因していることが推測される。 (4)要医療性原告X11は,平成13年に手術を行い,その後も通院治療を続けており,- 338 -更に多重がんであることも考えれば,治療が必要な状態におかれていることは明らかである。 原告X12について(1)被爆状況原告X12(当時4歳)は,昭和20年8月6日,広島で原子爆弾が炸裂した時,広島県安佐郡落合村の親戚の家にいた。 原告X12は,8月11日,姉と共に母に連れられて,広島市比治山町の自宅跡(爆心地から1.4ないし1.5キロメートル)に戻った。妹は安佐郡の親戚の家に預けられ入市はしていない。原告X12らは,矢賀駅まで列車で行き,矢賀駅から広島駅まで線路づたいに歩き,広島駅から電車通りを歩いて自宅に戻った。自宅は焼けていた。 自宅跡に戻ってから,原告X12は,姉と一緒に母が自宅の瓦礫を掘り返すのを手伝った。当時原告X12ら家族3人は薄着であった上,同原告は素手で作業を手伝い,全身泥まみれ,埃まみれとなった。原告X12らは,自宅庭のすみに埋めていた甕の中の豆,麦,米,缶詰などを食べ,また破裂水 伝った。当時原告X12ら家族3人は薄着であった上,同原告は素手で作業を手伝い,全身泥まみれ,埃まみれとなった。原告X12らは,自宅庭のすみに埋めていた甕の中の豆,麦,米,缶詰などを食べ,また破裂水道管から水を飲んでいた。 12日から,母は原告X12と姉を連れて,母の姉(原告X12の伯母)の家族を捜すため,中国新聞や八丁堀のあたり(爆心地から約900メートル)まで歩いている。 原告X12ら家族3人は,8月16日まで自宅跡に留まって,自宅の瓦礫を掘り出したり,市内を歩き回ったりした。その後昭和21年春ころまで,自宅跡にバラックを建てるため,原告X12は,母に連れられて安佐郡の親戚の家と自宅跡を往復した。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X12は,被爆前は健康上何の問題もなく,幼稚園に休まず元気で- 339 -通っていた。姉も同じく被爆前は健康上何の問題もなかった。 イ急性症状原告X12は,入市から2週間後くらいから,下痢,発熱が続いた。その発熱,下痢は小学校3年生くらいまで続き,その間幼稚園,小学校を休むことが多かった。休むときは1週間ほど休んだ。また,5歳ころ命が危ぶまれるほどの高熱が続いた。姉も同じように下痢,発熱を続けていたが,入市しなかった妹には下痢や発熱といった症状はでなかった。 ウその後の健康状態原告X12は,小学校に出ても,疲れやすく,体がだるく体育の授業を見学することが多かった。姉にも体がだるいという症状はあったが,入市しなかった妹はマラソンでいつも1,2番をとるほど元気であった。 原告X12は,成人になってからも,この疲れやすい,体がだるいといった全身倦怠感が続いた。疲れやすくて,胃腸が弱いため,あまり量を食べられず,体重を増やせなかった。 原告X12は,昭和54年に白血球減少症 12は,成人になってからも,この疲れやすい,体がだるいといった全身倦怠感が続いた。疲れやすくて,胃腸が弱いため,あまり量を食べられず,体重を増やせなかった。 原告X12は,昭和54年に白血球減少症との診断を受け,症状はその後も続いているが,それ以前も診断を受けていなかっただけで,白血球減少症であった可能性は否定できない。 エ申請疾患の発症経過原告X12は,平成13年1月に直腸がんとの診断を受け,同年2月に手術を受けたが,平成14年4月に再発し,同年5月に再手術を受け,人工肛門となった。それにもかかわらず,平成15年骨盤内にがんが転移し,化学療法と放射線治療を行った。さらに,平成16年には腸閉塞まで併発してしまった。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X12は,8月11日から16日まで爆心地から1.4~1.5キ- 340 -ロメートルの自宅跡に滞在し,また爆心地から900メートルほどの中国新聞や八丁堀あたりまで入市している。しかも,自宅跡の整理に関わり,自宅の庭に埋めてあった豆などを食べている。 原告X12の自宅跡やその周辺は,誘導放射化した土壌や瓦礫からのガンマ線照射が持続し,また,目に見えない微小な誘導放射性物質(塵埃等)も存在している環境である。 その結果,ガンマ線外部照射による外部被曝のみならず,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が体内に侵入し,蓄積するという内部被曝を受けていた。 原告X12には,典型的な急性症状である下痢,発熱が生じ,それは同じく入市した姉にも生じている。また,全身倦怠感は成人しても続き,白血球の減少も見られる。これらは,残留放射線による内部被曝を強く推測させる事実である。 したがって,原告X12が放射線に被曝したことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性原告 人しても続き,白血球の減少も見られる。これらは,残留放射線による内部被曝を強く推測させる事実である。 したがって,原告X12が放射線に被曝したことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性原告X12は,平成13年直腸がんの手術を受けた。女性の直腸がんは,LSS第13報において,過剰相対リスクの有意な増加が認められている。 また,原告X12は放射線感受性の極めて高い4歳時の被爆である。 したがって,原告X12の直腸がんが放射線に起因していることは明らかである。 (4)要医療性原告X12は,直腸がん手術後の再発及びそのための腸閉塞により,十分な経口摂取ができず,現在も高カロリー輸液を含む治療を受けており,今後も継続して医療が必要である。 原告X13について(1)被爆状況- 341 -原告X13は,昭和20年8月9日,15歳の時,長崎において,爆心地から2.5キロメートルの平戸小屋町所在の三菱電機長崎製作所の工場で被爆した。同工場の2階山側に配置されていた旋盤の機械で作業している最中であった。原告X13は,頭と首に多数のガラスの破片が突き刺さる傷を負い,また左脚のすねは,えぐれて骨が見えるほどの深い傷を負った。 原告X13は,その後も同工場に留まって,工場内に倒れている負傷者を工場外に搬出し,さらに,機材置き場となっていたトンネルの中に搬送するなどの救護作業を10日間続けた。 食事の配給は1日雑炊1食だったが,小さな入れ物に1人分を掬った後は,救護作業や瓦礫の排除等で埃まみれになった手で食べていた。空腹を紛らわせるため,破裂した水道管から流れ出た水を大量に飲んでいた。 原告X13は,10日間ほど工場での救護作業に従事した後,帰宅しようとしたが,稲佐橋を通ることができず船で対岸に渡り,浪之平町の自宅に8月19日ころ帰宅した。 ( から流れ出た水を大量に飲んでいた。 原告X13は,10日間ほど工場での救護作業に従事した後,帰宅しようとしたが,稲佐橋を通ることができず船で対岸に渡り,浪之平町の自宅に8月19日ころ帰宅した。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X13は,被爆前は,健康上何の問題もなく,ラグビー選手や中距離のランナーとして活躍しており,自宅から上記工場までの4キロメートルくらいの距離を走っても何ともないほどであった。 イ急性症状原告X13は,昭和20年9月ころから下痢,発熱,嘔吐,歯齦出血,めまい等の症状を発し,同症状は1年ほど続いた。また,被爆時に受けた外傷,特に骨が見えていたという左のすねの傷が治るのに2,3年を要した。 ウその後の健康状態原告X13は,昭和27年に虫垂炎の手術を受けたが治りがよくなく,- 342 -その後も癒着のため2年間に3回の手術を受け,3回目に輸血を受けた。 その他,「ぶらぶら病」のような体のだるさが続いていた。これは被爆者独特の体質的偏倚と考えられる。 その後も胃潰瘍で毎年のように入院していたが,怪我がなかなか治癒しない,化膿しやすいという症状に苦しんだ。また,なかなか体重が増加せず,下痢もしやすく,体重が50キロになることも困難なほどだった。 エ申請疾患の発症経過原告X13は,平成10年ころ,C型慢性肝炎を発症し,継続的に治療を受けた。C型肝炎の治療中の平成13年6月,肝硬変を経ずに原発性の肝細胞がんを併発し,同年8月に切除手術を受けた。その後,平成15年6月に肝臓がんの再発が確認され,再度切除手術を受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X13は,8月9日原爆投下当日,爆心地から約2.5キロメートルの三菱電機工場内で被爆している。そしてその後,10 再度切除手術を受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X13は,8月9日原爆投下当日,爆心地から約2.5キロメートルの三菱電機工場内で被爆している。そしてその後,10日間現地にとどまって,工場内で被爆した人々の救護活動に従事した。その際に,作業を行った手で食事をとり,破裂した水道管から流れ出ている水を飲んでいる。 原告X13の勤務していた工場の周辺やその内部は,誘導放射化した土壌や瓦礫からのガンマ線放射が持続し,また,目に見えない微小な誘導放射性物質(塵埃等)も存在していた環境である。また,原告X13が救護していた被害者は,原爆放射線を受けて誘導放射化していた。 その結果,ガンマ線外部照射による外部被曝のみならず,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が体内に侵入し,蓄積するという内部被曝を受けていた可能性が高い。 また,原告X13は,典型的な急性症状である下痢,発熱,嘔吐,歯齦出血,めまい等の症状を発し,これが1年ほど続いた。また,被爆時に受- 343 -けた外傷,特に骨が見えていたという左のすねの傷が治るのに2,3年を要している。これらは残留放射線による内部被曝を強く推測させる事実である。 イ申請疾病の放射性起因性原告X13は,C型肝炎を発症したが,肝硬変を経ないまま平成13年に原発性の肝細胞がんを発症している。通常C型肝炎は,緩徐に肝硬変に進展し肝がんとなる。原告X13の肝がんの手術所見では,背景肝は線維化により小結節状となるが,肝硬変には至っていない。 (4)要医療性原告X13は,平成13年の手術後に肝がんが再発し2回目の手術を受けている。その後も再発する可能性は高いとして,厳重なフォローアップと原疾患である慢性C型肝炎に対する治療の継続が行われていたことからしても,要医療性は明白 の手術後に肝がんが再発し2回目の手術を受けている。その後も再発する可能性は高いとして,厳重なフォローアップと原疾患である慢性C型肝炎に対する治療の継続が行われていたことからしても,要医療性は明白であった。 承継前原告X14について(1)被爆状況承継前原告X14は,原爆投下時4歳3か月であり,広島の爆心地から1. 7キロメートル離れた母親の実家である広島市二葉の里所在の寺院・明星院の境内にて,非遮蔽の状況で被曝した。その際,承継前原告X14は,爆風で吹き飛ばされ,右眉上に切り傷を受けた。 二葉の里一帯では,被爆直後の昼前ころ,黒い雨が降り出し,約40分間にわたって降り続いた。承継前原告X14は,黒い雨に曝露されていたことになる。原告X14自身は,当時4歳であったことから,黒い雨に当たったとの記憶があるわけではない。しかし,自宅を焼け出され路頭に迷った一家が,折から振り出した黒い雨に打たれた蓋然性は極めて高いというべきである。 承継前原告X14一家は,明星院が全焼したため,数軒隣の第二総軍司令- 344 -官DM大将宅の庭先で一夜を過ごした。その後,明星院に戻り,焼跡に仮小屋を建て,昭和38年まで同地に居住した。 なお,被爆当日の夜の行動について,申述書には「約1km離れた陸軍用地に避難し,一夜を過ごしました」との記載があるが,承継前原告X14は,母から,DM大将宅に非難したと聞かされており,これが正しい。そして,陸軍司令官宅は広大な敷地を有しており,承継前原告X14一家が火災を避けるためにその庭先に一時避難をしたと考えても何ら不合理ではない。さらに,仮に承継前原告X14一家が自宅から約1キロメートル離れた陸軍用地に避難したのが事実であったとしても,爆心地から約2~3キロメートルの地点であって,放射性降下物等による残留放射線の はない。さらに,仮に承継前原告X14一家が自宅から約1キロメートル離れた陸軍用地に避難したのが事実であったとしても,爆心地から約2~3キロメートルの地点であって,放射性降下物等による残留放射線の人体影響を受けたであろうことには変わりはない。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態承継前原告X14は,被爆前に特に大きな病気にかかったこともなく,健康上特別な問題はなかった。 イ急性症状承継前原告X14には,被爆直後の急性症状についての記憶はない。しかし,当時4歳3か月と幼少であることから,かかる一事をもって急性症状がなかったと断定することはできない。むしろ,承継前原告X14が,1.7キロメートルの距離での直爆による初期放射線を浴び,さらには,その後の黒い雨に曝露されたこと,長く広島市内に居住し続けたことからすれば,相当量の残留放射線による外部被曝・内部被曝を受けたことが推測され,急性症状を発症した可能性を否定できない。 ウ申請疾患の発症経過承継前原告X14は,その後も特に重い病気にかかったことはなかったが,平成11年9月ころから,鼻づまり,頭痛,歯痛,下痢などの症状を- 345 -覚えるようになり,同年11月中旬,鼻腔内の悪性リンパ腫(B-cellタイプ)と診断され,抗がん剤の投与や放射線療法を受けた。 なお,承継前原告X14の担当医師は,上記悪性リンパ腫は放射線に起因するとの所見であった。 平成12年4月中旬ころ,転移性脳腫瘍が発見され,入通院の上,抗がん剤の投与や放射線療法を受けた。 平成14年8月28日,転移性脳腫瘍の再発により,入通院しながら,抗がん剤の投与を受けた。 承継前原告X14は,平成15年5月上旬ころ,病状が悪化し,同月15日,緊急入院を余儀なくされ,脳悪性リンパ腫の診断を受け,抗がん剤 移性脳腫瘍の再発により,入通院しながら,抗がん剤の投与を受けた。 承継前原告X14は,平成15年5月上旬ころ,病状が悪化し,同月15日,緊急入院を余儀なくされ,脳悪性リンパ腫の診断を受け,抗がん剤の投与を受けたが効果は得られず,同年7月11日に死亡した。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実まず,承継前原告X14は,爆心地から1.7キロメートルの地点において,非遮蔽の状態で被爆していることから,相当程度の初期放射線を被曝した事実が推認される。 また,承継前原告X14が家を焼け出された後,二葉の里一帯では,被爆直後の昼前ころから約40分間にわたって黒い雨が降り続いたというのであるから,放射性降下物を含む黒い雨に曝露されていたことは明らかである。 さらに,承継前原告X14は,被爆当日の夜を露天で過ごし,その後,爆心地から1.7キロメートル地点の自宅跡地に仮小屋を建て,昭和38年まで同地に居住したことから,粉塵等の吸引,水等の飲食を通じて,放射性降下物や誘導放射化した物質を摂取し,内部被曝の影響を受けたであろうことも推認できる。 さらに承継前原告X14の悪性リンパ腫は放射線に起因するという主治- 346 -医の所見もあることに鑑みれば,承継前原告X14が相当量の原爆放射線に被曝したことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性悪性リンパ腫について,放影研の報告において,非ホジキンリンパ腫のリスクが男性に優位とされている。承継前原告X14の申請疾病は病理学的には非ホジキンリンパ腫に含まれる。したがって,承継前原告X14の申請疾病である悪性リンパ腫の放射線起因性については,疑う余地はない。 そして,承継前原告X14が相当量の原爆放射線による人体影響を受けていたことを考えあわせるならば,承継前原告X14の悪性リンパ腫が原 疾病である悪性リンパ腫の放射線起因性については,疑う余地はない。 そして,承継前原告X14が相当量の原爆放射線による人体影響を受けていたことを考えあわせるならば,承継前原告X14の悪性リンパ腫が原爆放射線に起因することは優に推認できる。 (4)要医療性承継前原告X14は,申請疾病である悪性リンパ腫及び脳腫瘍の治療を継続していたものの,平成15年7月11日,その悪性リンパ腫を原因として死亡した。したがって,申請時に医療を要する状態であったことは明らかである 原告X15について(1)被爆状況原告X15は,25歳時,陸軍船舶練習部教導連隊第6中隊(高柳隊)に配属されており,広島市東雲町所在の広島市仁保国民学校(爆心地から南東約4キロメートル)にて被爆した。原爆投下時に原告X15は,木造校舎北側1階にある教室内にて北向の開けっ放しのドアに入って2メートルほどの場所に,半袖軍服,長ズボンという格好で立っていたところ,突然強い閃光を顔の正面方向から受け,次の瞬間爆風を受け轟音が聞こえ,身体に木材などがぶつかってきて,意識を失った。しばらくして,原告X15が意識を取り戻したところ,木材片で負傷し右肘部分から出血していた。 原告X15は,あわてて校舎の外に飛び出したところ,北西方向のキノコ- 347 -雲が上空まで広がり,そこからちらちらと何かが落下してくるのを目撃した。 原告X15は,その後2,3日は,臨時の野戦病院となった同校にて,負傷した被災者を介護して藁布団の上に寝かせる,傷を水で洗う,死亡した被災者を校舎から校庭の端の死体置き場まで搬送する等の作業をした。 また,原告X15は,その後,9月中旬ころまで,軍の命令により,爆心地周辺で負傷者の運搬,手当,看護,死体処理作業等を行い,夜間は警備勤務に従事した。 このほか,原告X15は, する等の作業をした。 また,原告X15は,その後,9月中旬ころまで,軍の命令により,爆心地周辺で負傷者の運搬,手当,看護,死体処理作業等を行い,夜間は警備勤務に従事した。 このほか,原告X15は,8月8日ころ,軍の命令により,比治山の南側の船舶通信部補充隊(爆心地より約2.5キロメートル)に出かけており,さらに数日後には,物品(ガソリン)の処分等のため仁保国民学校を出発して広島一中付近でガソリンの入ったドラム缶を埋める作業を1時間ほどし,さらに万代橋(爆心地から約900メートル)まで行き1時間ほど周辺を歩き回った後,国民学校に戻っている。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X15は,被爆前,特に健康上の問題はなかった。 イ急性症状原告X15の記憶によれば,被爆時に負った右肘外傷による出血が10日ほど止まらなかったという症状を呈した。また,被爆直後から二の腕に紫斑が出現し,また歯茎からの出血は翌年の春ころまで続いた。さらに,復員後には,頭を手ですくと髪の毛がばらばらと抜ける脱毛も現れた。 ウその後の健康状態このほか,被爆直後から約5,6年ほど貧血状態が続き,また下痢も長時間続くなど,被爆前と比べて健康状態は明らかに悪くなっていた。 エ申請疾患の発症経過原告X15は,昭和50年ころ高血圧症を発症し,昭和61年ころから- 348 -下痢が続き,平成2年に結腸がんと診断され結腸切除術を受けた。 原告X15は,平成12年に,食道がんと診断され,同年10月に食道全摘手術を受けた。 さらに平成14年2月14日,右下咽頭がんが発見され,放射線治療を受け,現在経過観察中である。 なお,原告X15の兄弟8人のうち,がんに罹患した者は原告X15のみである。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原 頭がんが発見され,放射線治療を受け,現在経過観察中である。 なお,原告X15の兄弟8人のうち,がんに罹患した者は原告X15のみである。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X15は,爆心地より約4.0キロメートルで被爆しており,その後2,3日間,被災者の介護,遺体の運搬にあたっている。高線量被曝者の肉体,遺体は,放射化した人体,体液,衣類であり,それによる被曝を考慮する必要がある。また,瀕死の被爆者が収容されている校舎内は誘導放射化した土壌や構造物からのガンマ線照射が持続している環境であり,目に見えない微小な誘導放射線物質が閉鎖空間の中で滞留している状況にあったと考えられる。さらに,仁保国民学校は「黒い雨」の降雨地域でもあり,原告X15が校庭において黒い雨に当たっている可能性は高く,仮に黒い雨に当たっていなくとも放射線微粒子の降下に身を曝していたことは明らかであるから,降雨等の放射性降下物により残留放射線量が増加していると考えられる。このような中で,原告X15は,ガンマ線の外部照射のみならず,経口,経鼻,経皮的(特に傷口などから)に放射性物質・放射性微粒子が体内へ侵入,蓄積したことによる内部被曝を受けている。 また,原告X15は,原爆投下数日後から復員時まで,爆心地付近において被災者の救護活動や警備勤務に従事している。さらに,原告X15は,8月8日には,爆心地より約2.5キロメートル地点まで,その数日後には爆心地より900メートル地点まで入市して作業を行っている。広島市- 349 -内には,爆心地を中心として,誘導放射線や放射性降下物といった残留放射線が充満しており,原告X15は,このような残留放射線を浴び続け,ガンマ線の外部照射のみならず,経口,経鼻,経皮的(特に傷口などから)に放射性物質・放射性微粒子 放射線や放射性降下物といった残留放射線が充満しており,原告X15は,このような残留放射線を浴び続け,ガンマ線の外部照射のみならず,経口,経鼻,経皮的(特に傷口などから)に放射性物質・放射性微粒子が体内へ侵入,蓄積したことによる内部被曝を受けている。 また,原告X15には,外傷の治癒遅延,紫斑の出現,歯茎からの出血,脱毛といった典型的な急性放射線症状が出現しており,放射線被曝の影響を強く受けたことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性原告X15の罹患疾病のうち,結腸がん,食道がんについては,放射線被曝との関連性が示されている。 また,下咽頭がんについては,被曝者調査においては放射線被曝との関連性は今のところ明らかにはなっていないが,咽頭がんは一般に吸気性発がん物質の影響が考慮されるものであり,原告X15が従事した被曝者の介護や爆心地付近での救護・警備活動により,ほぼ連日かつ終日にわたり微小の放射性物質を吸引する状況にあったと考えられ,その影響を考慮する必要がある。 さらに,原告X15は,異時性多重がんに罹患しており,被曝者に異時性多重がんが多い事実については,これまでも臨床医や研究者の中で注目されてきている。 以上より,原告X15の食道がん,下咽頭がんについては,原爆放射線による起因性を否定できない。 (4)要医療性原告X15は,平成14年4月まで放射線治療を受け,同年7月30日現在,局所の腫瘍は消失しているが,頸部リンパ節を触知し,経過観察が必要な状態との主治医の意見より,引き続き厳重な医学的管理下におかれる必要- 350 -がある。 原告X16について(1)被爆状況原告X16は,12歳時に,長崎市本河内の自宅裏(爆心から約4.2キロメートル)で防空壕を掘っているときに被爆した。そして,直後に,新聞の焼けた切 ある。 原告X16について(1)被爆状況原告X16は,12歳時に,長崎市本河内の自宅裏(爆心から約4.2キロメートル)で防空壕を掘っているときに被爆した。そして,直後に,新聞の焼けた切れ端のような灰や雨に打たれた。午後になると,長崎市内にいた兄を心配して,市役所付近まで入った。 8月9日午後8時ころ,勤務先の瓊浦中学(爆心地から約0.8キロメートル)で被爆した兄が帰宅した。兄に外傷はなかった。 その後も兄は,瓊浦中学へ通い続けた。その兄に言われて,原告X16は,8月12日ころ長崎市内に入り,長時間爆心地付近にいた。そこで,水を飲んだりもした。 8月17日ころから,外傷のなかった兄の様子がおかしくなり,脱毛,血性の下痢,嘔吐,高熱,幻覚,激しい呼吸困難,意識混濁などが現われるようになった。原告X16は,兄の看病に専念した。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X16は,被爆前,特に健康上の問題はなかった。学校を欠席することは多かったが,被爆後のようなひどい健康状態ではなかった。 イその後の健康状態原告X16は,昭和24年に肋膜炎,肺浸潤,昭和32年に赤痢を患ったほか,体調のすぐれない日が続き,平成7年,突然の大量下血をした。 その原因はいくら調べても分からなかった。 ウ申請疾患の発症経過原告X16は,平成14年,胃がんの診断を受け,胃粘膜切除手術を受けた。 - 351 -(3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X16の放射線被曝の特徴は,その日に浴びた灰や黒い雨である。 これらは,放射性降下物であり,これによって相当量の放射線に被曝することになった。併せて,その日のうちに爆心地近くに向かって行ったこと,12日ころに兄と長時間爆心地周辺にいたことにより,残留放射線に被曝する 放射性降下物であり,これによって相当量の放射線に被曝することになった。併せて,その日のうちに爆心地近くに向かって行ったこと,12日ころに兄と長時間爆心地周辺にいたことにより,残留放射線に被曝することになった。原告X16の被爆地は爆心地から距離があるが,こうした放射性降下物や残留放射線により,相当量の放射線に被曝したものと考えられる。 原告X16の下血の直接の原因は不明であるが,被爆者には原因不明の下血が少なからず認められるところであり,被曝との関連性が示唆される。 原告X16が近距離被曝した兄と被爆直後から接触しその介護に当たっていたことなども併せ考えれば,原告X16が放射線の影響を受ける程度に被曝したことは容易に認めることができる。 イ申請疾病の放射性起因性原告X16が罹患した胃がんは,平成4年段階で放射線被曝の影響を受ける悪性腫瘍として確認されている。特に若年時被曝では,そのリスクが増大する。 なお,原告X16には,過度の飲酒や喫煙など,発がんを促進する要因はみられない。 (4)要医療性原告X16は,平成14年に胃がんの切除術を受けており,引き続き定期検診などを受ける必要がある。 原告X17について(1)被爆状況原告X17は,昭和20年8月6日,14歳の時に広島市国泰寺町78番- 352 -地の自宅内(爆心地から約1.1キロメートル)にいたときに,母親と一緒に被爆した。 被爆後,原告X17は,一旦自宅から西練兵場に向かって歩いたが,袋町小学校(爆心地から約600メートル)付近で引き返し,自宅の近所にあった日赤病院に向かった。夕方ころ,同人は母親,妹ともに,日赤病院から鷹野橋,明治橋,住吉橋を渡り,途中で産業奨励館(現在の原爆ドーム)付近を通って,川内村にある疎開先まで歩いた。 (2)被爆前の健康状態とその後の健 た。夕方ころ,同人は母親,妹ともに,日赤病院から鷹野橋,明治橋,住吉橋を渡り,途中で産業奨励館(現在の原爆ドーム)付近を通って,川内村にある疎開先まで歩いた。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X17は,被爆前は大した病気をしたこともなく健康であった。 イ急性症状原告X17には,翌日から発熱,嘔吐,下痢,脱毛といった症状が現れ,特に下痢が相当にひどく,脱毛も丸坊主になるまで髪の毛が抜け,その後半年間続いた。 ウその後の健康状態原告X17は,戦後,倦怠感がずっと続き,学業にも支障が生じる状態であった。この体調の悪さは結婚後も続き,倦怠感などで仕事に支障がでることも多々あった。 原告X17は,昭和28年ころ,腎臓結石で入院し手術を受けた。 エ申請疾患の発症経過原告X17は,平成4年ころに肝機能が悪化し,3週間ほど入院してインターフェロンの注射を受け,平成5年ころには再び腎臓結石が発見され,その後C型肝炎,肝硬変の診断を受けた。平成16年7月には肝臓がんを発症し,同年8月と平成17年7月に手術を受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実- 353 -まず,原告X17は,爆心地より約1.1キロメートル離れた広島市国泰寺町の自宅で被曝しているので,相当量の初期放射線に被曝したことは明らかである。また,その後,同人は,日赤病院から鷹野橋,明治橋,住吉橋を渡って爆心地付近を通りかかっているが,この間に放射性降下物や誘導放射化した相当量の放射性物質を体内に取り込んだ可能性がある。 これらの放射線被曝の結果,原告X17の身体には,明らかに被爆前とは異なる発熱,嘔吐,下痢,脱毛といった典型的な急性症状が出現しており,さらに急性期経過後も倦怠感が長く続き学業にも支障をきたすほどであったこと 線被曝の結果,原告X17の身体には,明らかに被爆前とは異なる発熱,嘔吐,下痢,脱毛といった典型的な急性症状が出現しており,さらに急性期経過後も倦怠感が長く続き学業にも支障をきたすほどであったことに鑑みれば,同人が放射線被曝の影響を受けたことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性原告X17は,爆心地から約1.1キロメートルという近距離で被曝したこと,その後も残留放射線を相当量被曝していると見られること,他に過度の飲酒等の発がん要因が見られないこと,被爆時の年齢などからすると,同人に発症した肝硬変(HCV陽性)は,放射線の影響を否定できない。 (4)要医療性原告X17は,本件申請時にそれぞれ申請疾病である肝硬変の治療を受けており,申請時に要医療性が認められることは明らかである。 原告X18について(1)被爆状況原告X18は,14歳で,長崎市目覚町所在の木造2階建ての三菱病院浦上分院(爆心地から約1.0キロメートル)内で被爆した。原爆投下時に,原告X18は,同病院の待合室内でガラス窓を背に座っていたところであった。そして,閃光を感じて玄関に向けて走り出したところで,病院の建物が崩壊し下敷きになった。その際,原告X18は,建材の鉄筋様のものが背中- 354 -に突き刺さり,無数のガラス片や木片が頭,肩,腕,背中,尻,足などの後半身全体に刺さった。さらに,左手の人差指と中指が潰れた。 原告X18は,腰が痛くて身動きができないでいたところを,通りかかった顔見知りに助けられトラックに乗せられて,浦上駅前の疎開地に掘られた防空壕(爆心地から約0.8キロメートル)に寝かされた。原告X18は,そこで8月12日もしくは13日の朝まで寝たままで過ごした。その際,原告X18は,防空壕の中に溜まった泥水をすすって渇きを凌いだ。 その後,原 地から約0.8キロメートル)に寝かされた。原告X18は,そこで8月12日もしくは13日の朝まで寝たままで過ごした。その際,原告X18は,防空壕の中に溜まった泥水をすすって渇きを凌いだ。 その後,原告X18は,伊良林国民学校に移され,13日もしくは14日に迎えに来た父親に連れられて小浜町松島病院に入院した。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X18は,被爆前に特に大きな病気や怪我をしたこともなく,マラソンや水泳大会でいつも1番を取るほど運動が得意であった。 イ急性症状原告X18は,被爆直後から歯茎からの出血が見られ,8月12日までの3日間で10本くらいの歯が抜けた。その後,松島病院への入院直後から41.2度の高熱が約1週間続き,嘔吐,吐血,下痢,下血を繰り返し,身体には紫斑も出現し,毛髪は全部抜け落ち,歯茎からも出血が続いて歯も全部抜けてしまった。その際,医師が「白血球が増えすぎてダメだ」と言っていた。 原告X18は,その後,2回にわたり毛髪が全部抜け落ち,髪が生えそろったのは被爆から約5年経過後のことであった。被爆後17歳まで生理は止まったままであった。 原告X18は,松島病院に入院したその日に全身のガラス片摘出手術を受け,その年の暮れころには2度目のガラス片の摘出手術を行い,被爆から3年くらい経ったころに3度目のガラスの摘出手術を行っている。その- 355 -間も全身のいたるところからガラス片が自然に出てきて,その傷口が化膿していつまで経っても治癒せず,皮膚が裂けては膿が出るということを繰り返した。ガラス片が出てこなくなったのは,被爆から約5年経過後のことである。 ウその後の健康状態原告X18は,被爆から昭和50年ころまで,身体がつらくて一切の仕事に出られない状態であった。家事も満足にこなせ ス片が出てこなくなったのは,被爆から約5年経過後のことである。 ウその後の健康状態原告X18は,被爆から昭和50年ころまで,身体がつらくて一切の仕事に出られない状態であった。家事も満足にこなせず,子供を背負うことすらほとんどできない状態であった。このような全身倦怠感は,被爆者によく見られるもので,今日,われわれが日常生活で表現する「倦怠感」とは,その起因,多臓器性,予後等において決して同様ではなく,放射線被曝の独特の徴候であったと考えられる。 原告X18は,流産を2回,死産を2回繰り返した後,昭和38年には月経が止まり,その年の夏ころ大量の不正出血を起こして入院したが,医師から卵巣破裂を指摘された。若年で近距離被曝をしていることから,放射性感受性の高い性腺に障害を起こした可能性も否定できない。 昭和50年ころから両膝の変形が始まり,白内障の手術も10年ほど前と平成12年ころに受けている。その他,肺炎を患い,肝臓や腎臓も弱っている。 エ申請疾患の発症経過原告X18の原爆症認定申請にかかる頭の左後ろの有痛性瘢痕(傷の長さ約2センチメートル,硬結の直径約5ミリメートル)は,被爆後5年間にガラス片を摘出した手術の跡である。その間傷口が化膿し,傷が治らない状態が続いた。そして,傷口が化膿しなくなった後も,痛みを伴う瘢痕となり,現在でも触るとキリキリと痛み,痛み止めの薬を服用し,四六時中頭が重い状態である。 (3)申請疾患の放射線起因性- 356 -ア放射線に被曝した事実原告X18は,爆心地から1.0キロメートルという至近距離で直接に被爆しており,相当量の初期放射線に被曝している。また,その後爆心地より0.8キロメートルの地点に少なくとも72時間は放置されて,風雨や埃に晒されたうえ,放射線に汚染された水を飲んでいたことが強く推測 しており,相当量の初期放射線に被曝している。また,その後爆心地より0.8キロメートルの地点に少なくとも72時間は放置されて,風雨や埃に晒されたうえ,放射線に汚染された水を飲んでいたことが強く推測され,この間に相当量の残留放射線を浴び続け,放射性物質の吸入,摂取による内部被曝を受けたものと考えられる。 また,原告X18には,典型的な急性放射線症状が出現しており,放射線被曝の影響を強く受けたことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性通常,創傷の治癒に当たっては,受傷直後より好中球,マクロファージなどの炎症細胞が浸潤し,炎症性サイトカインやケミカルメディエータなどの相互作用により創の清浄化が進む。一方創面における血液凝固やフィブリンによる被覆,凝集した血小板や血管内皮細胞による線維芽細胞の誘導増殖が見られる。引き続き,毛細血管の新生や線維芽細胞の増殖が見られ肉芽形成が行われる。さらに,コラーゲン線維が産生され,最終的に上皮組織の再生により治癒が完成する。 放射線照射は創傷治癒の阻害要因として知られており,原告X18においても放射線被曝により,これらの旺盛な細胞の増殖活動が抑制され,その結果,良好な創傷治癒が妨げられ瘢痕形成に至ったことは十分考えられる。通常ガラス片が入っただけでは,その傷口が化膿して直らなかったり,或いは傷跡が瘢痕化して有痛性瘢痕となることはみられないのであるから,それが原告X18に発症したのは放射線の影響以外には考えられない。 (4)要医療性原告X18の頸部有痛性瘢痕は,現在も局所の自発痛及び圧痛を認め,日常的に消炎鎮痛剤を内服しており,要医療性が認められることは明らかであ- 357 -る。 原告X19について(1)被爆状況原告X19は,昭和20年8月9日,7歳の時に長崎で被爆した。当時原告X19は 剤を内服しており,要医療性が認められることは明らかであ- 357 -る。 原告X19について(1)被爆状況原告X19は,昭和20年8月9日,7歳の時に長崎で被爆した。当時原告X19は,父母と3人の姉妹とともに活水短大そばの崖下の大規模な共用防空壕に寝泊まりしており,原爆投下の瞬間はこの共用防空壕前の路上(爆心地から約3.8キロメートル)を歩いていた。 原告X19は,突然身体全体がオレンジ色の光に包まれ,続いてドドーンという地響きがして耳にキーンという衝撃を感じた。砂塵がもうもうとする中,共用防空壕に避難した。 数時間後,共用防空壕前の路上を,爆心地付近から避難してきた悲惨な姿の被爆者たちが後から後から通り過ぎてゆくようになり,原告X19の目前で母親がたばこの煙を吸わせてやったりしたので,原告X19もこれら爆心地付近から来た被爆者と間近に接した。また,共用防空壕に一緒に生活していた大人たちが,救助隊を組織して爆心地付近に入って活動した後,夜防空壕に戻ってきた。 また,この防空壕には爆心地近くから避難してきた被爆者も収容されていた。 原告X19は,8月9日の夜には,父に連れられて,共用防空壕を出て近くの高台まで長崎の町を見に行った。 原告X19は,8月10日から12日にかけて,浜口町(爆心地から数百メートル圏内)に住んでいた親族の安否を確かめるため,連日両親に連れられて,上記の防空壕から浜口町まで歩いて行き,爆心地付近の焦土の中を捜索に同行した。 原告X19は,8月13日ころ,家族と共に船で天草に向けて出発し,北高来郡の田結に寄港中に終戦を迎えた。 - 358 -(2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態被爆前の原告X19は,母親が「ほったらかしておいても丈夫だ」というくらいに健康で病気とは無縁であり, 終戦を迎えた。 - 358 -(2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態被爆前の原告X19は,母親が「ほったらかしておいても丈夫だ」というくらいに健康で病気とは無縁であり,幼稚園のときにあごをガラスで切る怪我をしたときも化膿する等の問題はなかった。 イ急性症状8月15日ころから,両手肘から手の平,指と指の間に至るまで原因不明の「ぶつぶつ(皮疹)」が出て化膿し,長期にわたって治らなかった。 ウその後の健康状態原告X19は,被爆者健康手帳の取得後定期的に健康診断を受けるようになって,白血球減少症と診断された。原告X19の白血球数については,被爆者健康手帳の記載以前の記録はないが,被爆直後に急性症状が発症したことや健康状態が一変したことを考えると,被爆直後から白血球数が減少していたと考えるのが自然である。本人の記憶では,最も低い時には1700という時もあった。申述書では,最低2100との記載もあるが,いずれにしろかなり低い状態が続いている。 原告X19は,被爆後,怪我をすると化膿しやすく治癒しにくい体質となった。例えば,火傷して水ぶくれが潰れるとすぐ化膿してなかなか治らない,口内炎もすぐ化膿し舌や口の内側が腫れ上がって外から見ても分かるほどになる,擦り傷や切り傷も同様で,ちょっとした傷を作ると化膿してなかなか治癒せず,現在も同じ状態が続いている。 原告X19は,昭和31年ころ体調が悪く,医者から「肋膜の病気だから空気のいいところで静養するように」と言われ,4,5年天草で療養生活をしている。当時,社会の偏見への配慮から肺結核がしばしば「肋膜」と呼称されたこと,医師が転地療養を指示していることから,これは肺結核であった可能性が高い。近距離被爆者に結核死が多かったことが知られ- 359 -ている。原告X19は,被爆 核がしばしば「肋膜」と呼称されたこと,医師が転地療養を指示していることから,これは肺結核であった可能性が高い。近距離被爆者に結核死が多かったことが知られ- 359 -ている。原告X19は,被爆の影響(後遺)によって易感染性であった可能性が考えられる。 原告X19は,数年前から白内障が進行している。原爆白内障については,従来,しきい値があり,かつ,被爆後数か月から数年後に現われ,その後は進行しないと考えられていた。しかし,近年に至り,若年で被曝した場合,遅発性の原爆白内障の発症ばかりではなく,老人性白内障の早発(進行)も,しきい値を有しない線量相関を示すことが報告されている。 原告X19は,7歳という若年で被爆しており,原告X19の白内障も原爆放射線の影響であると考えるべきである。 エ申請疾患の発症経過原告X19は,昭和55年ころ以降,偏頭痛,低血圧,体重の急激な低下,寒さへの過敏,精神的うつ状態などの症状が起こり,仕事に行けないような状態となり,昭和58年には2か月間,入院した。 原告X19は,昭和60年,甲状腺機能低下症との診断を受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X19は,原爆投下当時爆心地から3.8キロメートルの屋外におり,閃光及び音,爆風を知覚した。8月9日夜には,共用防空壕を出て近くの高台に登っている。原爆投下後,キノコ雲の下は降雨の有無に関わりなく放射性微粒子が充満しており,原告X19が飲食・皮膚・吸引によってこれらの放射性物質を体内に摂取したことは確実である。 また,上記共用防空壕の大人たちは救援隊を組織して爆心地付近に行って戻ってきており,また,爆心地付近から続々とやってきた被災者も収容された。これらの人々の身体・衣服は初期放射線によって放射化され,またおびただしい放射性微粒子が付 救援隊を組織して爆心地付近に行って戻ってきており,また,爆心地付近から続々とやってきた被災者も収容された。これらの人々の身体・衣服は初期放射線によって放射化され,またおびただしい放射性微粒子が付着していたものと思われる。 さらにまた,原告X19は,8月10日から3日間にわたって爆心に至- 360 -近の浜口町との間を連日往復して廃墟の中の捜索に同行した。原爆投下翌日から3日間の長崎市内は,土壌,崩壊建造物,塵埃の中に誘導放射化物質や放射性降下物があふれ残留放射線が充満していたはずであるから,原告X19は,残留放射線を連日浴び続け,放射性微粒子等の放射性物質を経口,経鼻,経皮的に体内に摂取した可能性が高い。本人も,そのときの様子を「姉に手を引かれて,歩いていきました…ほこりっぽい中を」「ほこりくさいというか,砂ぼこりもしていましたし,もやっていたような感じの中で,鳥居を見ました」と証言している。 また,瓦礫の山の中をズック靴で歩き回ったのであるから,その際に目に見えない傷を含め負傷した可能性も高く,経皮的摂取の可能性は一層高い。 そして,8月15日ころより,それまで体験したことのない原因不明の皮疹が現れて化膿する状態が数か月続き,その後も化膿しやすく,昭和31年には結核と思われる疾病を経験した。これらも,被爆の影響によって易感染性であった可能性が考えられる。 さらに,一貫して原告X19と行動をともにしていた母親は,被爆前は全くの健康体で気丈な人であったが,原爆による急性症状と思われる脱毛と衰弱状態が現れている。 以上より,原告X19が相当量の放射線被曝を受けたことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性甲状腺機能低下症については,被爆との相関が知られている。また,甲状腺機能低下症の発症は,低線量群に有意に高いとの指摘もなされてい 放射線被曝を受けたことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性甲状腺機能低下症については,被爆との相関が知られている。また,甲状腺機能低下症の発症は,低線量群に有意に高いとの指摘もなされている。 認定申請における主治医の意見書も,甲状腺機能低下症が原子爆弾の放射能に起因する可能性を認めている。 以上より,原告X19の甲状腺機能低下症が原爆放射線に起因すること- 361 -は明らかである。 (4)要医療性原告X19は,現在も甲状腺機能低下症の治療を続けている。 原告X20について(1)被爆状況原告X20は,大正14年7月生まれで,昭和20年8月6日,満20歳の時に被爆した。当時,原告X20は,海軍潜水学校の予備生徒として,山口県柳井市所在の柳内分校に配属されており,原爆投下時は校庭で北側の兵舎の方を向いて朝礼をしていた。原告X20は,右前方の空が光るのを目撃し,少しして右顔面と首のあたりに熱感と衝撃を感じた。 原告X20は,潜水学校に所属したままで終戦を迎え,8月18日ころに柳井駅を出発して広島に向かった。原告X20が乗ったのは,本来は石炭等を積載する無蓋の貨車であった。原告X20らは,己斐駅を通過し,広島駅の手前の横川駅を過ぎたあたりで列車を降り,線路上を広島駅まで歩いた。 列車を降りたのは午後4時か5時ころであった。線路に降りた場所から広島駅までは片道約1時間くらいであった。原告X20は,いったん広島駅に到着した後,荷物を持つために再度横川付近まで荷物を取りに戻って,広島駅まで歩いた。 原告X20は,乗車することのできる列車を待って,8月20日ころまで広島駅の屋根の吹き飛んだプラットホームで待機した。8月20日ころの午前10時ころ広島駅を出発した。原告X20は,柳井駅を出発した正確な日付はともかく,広島駅のホームに を待って,8月20日ころまで広島駅の屋根の吹き飛んだプラットホームで待機した。8月20日ころの午前10時ころ広島駅を出発した。原告X20は,柳井駅を出発した正確な日付はともかく,広島駅のホームに泊まったのが2泊であることは明確に証言している。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態被爆前の原告X20は,小学校では健康優良児で表彰を受け,中学校- 362 -(旧姓)は5年間皆出席するなど,戦時中とはいえ健康そのものであった。 イ急性症状原告X20は,8月25日ころから,右顔面頬から首にかけての部分が化膿し,9月末ころまで治療を受けた。 さらに,発熱,食欲不振,吐き気があり,発熱は8月末ころまで続いた。 ウ申請疾患の発症経過原告X20は,平成12年,健康診断で胃体上部にがんが発見され,同年8月30日に全摘手術を受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X20は,原爆投下後の広島市内に無蓋の貨車に乗って入り,徒歩で行き来した後に屋根のない広島駅プラットホームで2泊した。 原爆投下後の広島市内は,土壌,崩壊建造物,塵埃の中に誘導放射化物質や放射性降下物があふれ残留放射線が充満していたはずであり,8月18日ころであってもなお残留放射線は無視できない状態であったと考えられる。原告X20は,残留放射線を浴び,放射性微粒子等の放射性物質を経口,経鼻,経皮的に体内に摂取した可能性が高い。 また,原告X20に発現した発熱,食欲不振,吐き気は,被爆後の急性症状として広く見られたものである。 原告X20は,もともと頑健であり,帰郷した実家は農家であり食料等に困ることはなかったということからすれば,放射線以外に上記症状の原因は考えられない。 これらの事情を併せ考慮すると,原告X20に上記のような症状が現 ともと頑健であり,帰郷した実家は農家であり食料等に困ることはなかったということからすれば,放射線以外に上記症状の原因は考えられない。 これらの事情を併せ考慮すると,原告X20に上記のような症状が現れたのは,相当量の残留放射線被曝を受けたためと考えざるを得ない。 イ申請疾病の放射性起因性胃がんについては,放影研の疫学調査においても,放射線被曝との有意- 363 -な関連が明確に認められている。被爆者における胃がんは,低分化型腺がんが多いとされているところ,原告X20の胃がんも低分化型腺がんであり,被爆との関連をうかがわせる。また,原告X20の家族,兄弟には胃がんを含めがんに罹患した者はなく,原告X20の胃がんが放射線に起因することを否定できない。 (4)要医療性原告X20は,平成14年8月に胃全摘術を受けており,引き続き再発のチェックなどのため通院を要する状態である。 承継前原告X21について(1)被爆状況承継前原告X21は,昭和20年8月6日,19歳で,宇品の船舶司令部経理部の外庭(爆心地より約4キロメートル)で被爆した。 承継前原告X21は,8月6日は徹夜で,皮膚が焼けただれたり血だらけの被災者を抱きかかえるなどして宇品から似島に向かう船に乗せる移送作業をし,移送できなかった被災者を建物内に収容するなどの救援活動をした。 承継前原告X21が救援にあたった被災者のほとんどはその日のうちに亡くなっている。 翌日7日は,広島市皆実町3丁目所在の自宅(爆心地から約2.5キロメートル)に向かい,その後は,すぐ妹を捜しに爆心地付近の産業奨励館(現原爆ドーム)付近,元安橋(現平和大橋)に行き,さらに広島の町を歩き回った。この捜索活動は,8月15日まで毎日続いた。 また,承継前原告X21は,この間,市内各地で破裂した水道管から吹き出 励館(現原爆ドーム)付近,元安橋(現平和大橋)に行き,さらに広島の町を歩き回った。この捜索活動は,8月15日まで毎日続いた。 また,承継前原告X21は,この間,市内各地で破裂した水道管から吹き出す水を飲んでいる。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態承継前原告X21は,被爆前はバレーボール部やブラスバンド部に所属- 364 -し,毎日元気に活動し,至って健康であった。 イ急性症状承継前原告X21には,急性症状のほぼ全てが出現した。8月15日から1か月程度の間,突然の発熱と激しい嘔吐,血性下痢,歯茎からの出血,倦怠感,紫斑,黄疸,生理の中止などが出現した。 ウその後の健康状態承継前原告X21は,被爆後,倦怠感がずっと続いた。そのため,承継前原告X21は家事もあまりできず,外来通院と入院による治療を繰り返していた。 承継前原告X21は,昭和24年ころより,かかりつけの医師に白血球の異常を指摘され,昭和30年に入院し輸血を受けた。 エ申請疾患の発症経過承継前原告X21は,昭和53年に慢性肝炎(非活動期)と診断され,昭和61年に肝硬変の診断がなされ,平成11年11月に肝細胞がんに対して肝動脈塞栓術を受けた。そして,半月後に突然の高熱と大量下血のため入院して治療を受けたが,平成17年7月30日,肝がんを直接の死因として死亡した。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実承継前原告X21は,爆心地から約4キロメートルの屋外で被爆したが,その日のうちに瀕死の被爆者の救援活動に従事したものであるところ,瀕死の被爆者が収容されている建物内は,目に見えない微小な放射性物質(構造物剥離片,塵埃)が滞留している環境であり,また,誘導放射化した被爆者の体液も飛散している環境である。承継前原告X21は,その 死の被爆者が収容されている建物内は,目に見えない微小な放射性物質(構造物剥離片,塵埃)が滞留している環境であり,また,誘導放射化した被爆者の体液も飛散している環境である。承継前原告X21は,その中で介護を続けたことになる。 また,その後も9日間にわたり爆心地付近を含む広島市内を歩き回った- 365 -ことなどからすれば,承継前原告X21の人体は,ガンマ線外部照射のみならず,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質,微粒子が体内へ侵入,蓄積するという内部被曝を受けていたことが推測される。爆心地壊滅の中で,給水設備の放射能汚染も十分予想され,摂水による内部被曝も否定できない。承継前原告X21は,残留放射線を相当量被曝していると認められる。 また,被爆後長く続いた承継前原告X21の全身倦怠感,入通院の繰り返しは,被爆者独特の「体質的偏倚」と考えられ,被爆直後のみの一過性のものではなく,後遺として遷延するものである。 さらに,承継前原告X21は,昭和24年ころより,かかりつけの医師に白血球の異常を指摘され治療を受けているところ,放射線の人体影響を否定できない。 また,肝細胞がん手術後に発熱と大量出血をしたために治療を受けた際,この経過について,主任教授から「被爆のために血小板にも影響を受けており,内臓にも影響があって,身体機能が全般的に弱ってきている。これに,感染症,発熱,食欲不振などの条件が重なり,このような症状が出たと思う。血小板の減少傾向が続いている。血小板は,いつも,一般の人の4分の1から半分の10万しかないので,以後,十分に注意する必要がある。このような身体の状態は,原爆の影響を受けたためとしか考えられない。」と言われている。 以上のような被爆状況,被爆時の年齢,急性症状の発症,急性期後の体調不良状態,主任教授の見解をみれば,承 ある。このような身体の状態は,原爆の影響を受けたためとしか考えられない。」と言われている。 以上のような被爆状況,被爆時の年齢,急性症状の発症,急性期後の体調不良状態,主任教授の見解をみれば,承継前原告X21が相当な放射線被曝をしていることは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性被爆と慢性肝炎の関連は,平成4年段階で「慢性肝炎,または肝硬変の発生と放射線被曝の関連を示唆する結果が得られつつある」とされ,Z3- 366 -訴訟東京高裁判決で,C型慢性肝炎の発症や進行に対する放射線の影響を認める判決が既になされている。 被爆時の年齢などからすると,承継前原告X21に発症した肝硬変,肝腫瘍(肝がん)は,放射線の影響を否定できない。 (4)要医療性承継前原告X21は,平成11年11月,肝細胞がんに対して肝動脈塞栓術を受けたが,その後も入退院を繰り返していた。 原告X22について(1)被爆状況原告X22は,広島原爆投下時20歳であり,妹の下宿先である東観音町の木造平家建建物(爆心地の南西1.1キロメートル)の屋外,90センチメートルほどの庇の下で非遮蔽の状態で被爆した。原告X22は,爆風に遭って目の前が見えなくなるほどの粉塵に包まれた。なお,原告X22は,妊娠3か月であった。 その後,原告X22は,妹と一緒に己斐駅方面に逃げた。途中雨が降り出し,己斐駅の裏手の丘を登っているころには,雨が山肌を川のように流れるほど激しくなっていた。原告X22は布団を被っていたが,雨ざらしの状態であった。己斐一帯では,被爆直後から集中豪雨のような黒い雨が昼ころまで降った。原告X22は,黒い雨に曝露されていたことになる。 原告X22は,妹と一緒に,午後8時ころ,線路づたいに横川まで行き,そこから古市方面に出て,深夜ころに伴村の実家にたどり着いた。 が昼ころまで降った。原告X22は,黒い雨に曝露されていたことになる。 原告X22は,妹と一緒に,午後8時ころ,線路づたいに横川まで行き,そこから古市方面に出て,深夜ころに伴村の実家にたどり着いた。途中,横川の手前で拾ったカボチャを実家に持って帰って食べた。 原告X22は,8月8日,夫の叔母の子どもを捜すため,夫の叔母と一緒に,徒歩で三滝から三篠橋を渡って白島に出て,そこから八丁堀にある広島銀行の辺りまで入り,その周辺(爆心地から0.5~0.6キロメートル)で夫の叔母の子を捜し回った。 - 367 -(2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X22は,被爆前に特に大きな病気にかかったこともなく,健康上特別な問題はなかった。 イ急性症状被爆後8月中には,原告X22の手足には紫斑が出現し,続いて下痢,血便,脱毛,歯茎からの出血など,原爆放射線による急性放射線障害として典型的な症状の発現があった。 なお,原告X22は,昭和21年2月に女児を出産したが,小頭症児であり,後に同女児は原爆小頭症と認定された。 ウその後の健康状態原告X22は,被爆直後から微熱が続く状態であったが,昭和23年には高熱が続く状態となった。被爆から昭和27年ころまで,身体がつらくて立っているのもままならない状態であった。昭和24年に虫垂炎の手術を受け,昭和27年ころには,突然目が見えなくなる状態となり(しばらくすると回復した),昭和30年ころに突然胸が苦しくなる状態がみられ,昭和40年ころには歯茎,口の周辺部が紫色に変色しだし,歯も全部抜けてしまった。 原告X22は,昭和45年ころから食器を手から落とすようになり,昭和50年ころから起床時に嘔吐を繰り返すようになり,昭和53年に脳梗塞と診断された。このほか,被爆時から現在まで始終耳鳴りがし った。 原告X22は,昭和45年ころから食器を手から落とすようになり,昭和50年ころから起床時に嘔吐を繰り返すようになり,昭和53年に脳梗塞と診断された。このほか,被爆時から現在まで始終耳鳴りがしている。 エ申請疾患の発症経過原告X22は,平成14年5月,悪性黒色腫と診断され,腫瘍切除の後,引き続き化学療法を受けている。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実- 368 -原告X22は,広島の爆心地から1.1キロメートルという至近距離で,木造平屋建ての建物の屋外の90センチメートルほどの庇の下にて非遮蔽の状況で被爆したのであるから,大量の初期放射線に被曝したことは明らかである。 原告X22は,直爆時に爆風に遭って目の前が見えなくなるほどの粉塵に包まれたこと,その後己斐周辺で集中豪雨のような黒い雨に曝露されたこと,横川の手前で拾ったカボチャを実家に持って帰って食べたこと,8月8日に爆心地から0.5~0.6キロメートルの範囲内を長時間歩き回ったことなどに鑑みれば,原告X22が,放射性降下物や誘導放射化された部室などから残留放射線を体外・体内に相当量被曝し,特に体内に取り込まれた放射性核種によって継続的な放射線被曝を受けていた事実が推定される。 原告X22には,被爆直後に,原爆放射線による急性放射線障害として典型的な症状が発現しているが,当時かかる各症状を発症する原因として,放射線被曝による人体影響以外の特段の事由が考えられないことからすれば,各症状は,放射線被曝による急性症状であることが明らかである。 原告X22には,被爆後しばらくしてから,様々な症状が発現しているが,これらは被爆者に広く見られる体質的偏倚と思われる。また,原告X22のような全身倦怠感は,被爆者によく見られるもので,今日我々が日常生活で表現する「倦 しばらくしてから,様々な症状が発現しているが,これらは被爆者に広く見られる体質的偏倚と思われる。また,原告X22のような全身倦怠感は,被爆者によく見られるもので,今日我々が日常生活で表現する「倦怠感」とはその起因,多臓器性,予後等において同様ではなく,放射線被曝の独特の兆候であったと考えられる。 原告X22は,昭和53年に脳梗塞と診断されたが,LSS第13報では,非がん疾患の死亡率調査の疫学的検討もされており,脳卒中死亡率における有意な過剰リスクが認められている。原告X22の脳梗塞においても,放射線被曝の影響を考えざるを得ない。 原告X22の被爆時に胎内に身ごもっていた長女が,原爆小頭症になっ- 369 -たことは,母胎である原告X22自身が相当量の放射線を被曝した事実を物語っている。 イ申請疾病の放射性起因性被爆者の皮膚がんについての線量反応関係は,しきい値のない線形であった。過剰相対リスクは1グレイ当たり2.2(95パーセント信頼区間0.5~5.0)で高い有意性が認められた。また,皮膚がんの発生は年齢とともに著しく増加し,近年における発生率の増加が認められた。1シーベルト当たりの過剰相対リスクは1.0であり,被曝時年齢が若いほど相対リスクは大きかったとされている(甲81)。以上の放影研の文献では,すべて悪性黒色腫を除く皮膚がんについての検討となっているが,その理由として考えられることは,悪性黒色腫が特徴的な皮膚腫瘍であり,死因分類上「その他のがん」とは別に登録され,発生登録数が極端に少ないため統計上の処理が困難なためと思われる。悪性黒色腫も,その他の皮膚がんと同様に紫外線による発がんが知られており,紫外線と放射線が共通して遺伝子変異原性を持っていることを考慮すれば,原告X22の悪性黒色腫の放射線起因性を否定することはできな 黒色腫も,その他の皮膚がんと同様に紫外線による発がんが知られており,紫外線と放射線が共通して遺伝子変異原性を持っていることを考慮すれば,原告X22の悪性黒色腫の放射線起因性を否定することはできない。 (4)要医療性原告X22は,悪性黒色腫の切除術を受けた後,化学療法が必要とされ入院治療を繰り返しており,引き続き医療が必要な状態である。 原告X23について(1)被爆状況原告X23は,昭和20年8月6日,15歳の時,広島において,爆心地から約1.7キロメートルの広島市千田町にある友人の家の建物のトイレ内で被爆した。この友人の家は,市電の千田町の駅からすぐの所にあった。原告X23が用を足してトイレから出ようとしたときに,激しい光とドーンという音で建物が揺れ,原告X23は気を失った。しばらくして気がついたが,- 370 -トイレの横にあった窓が上になっており,その窓から這い出した。この時点で外傷はなかった。なお,原告X23の被爆者手帳には,原告X23の被爆地を,爆心地から4キロメートル離れた自宅(広島市旭町)と記載してあるが,これは原告X23の父親が原告X23に知らせずに申請したため誤って記載されたものである。原告X23は当日の行動を特に家族に話していなかったため,父親が不正確に申請したにすぎない。 原告X23は,その後市電に沿って御幸橋を渡り,専売局の脇から高校の横を抜けて翠町を通って夕方ころには旭町にある自宅に帰った。その後,原爆投下から2,3日経過した8月8,9日ころ,建物疎開の手伝いで爆心地付近に行ったかもしれなかった叔父を捜して,父親と一緒に市内を歩き回った。そのルートは,被服兵器廠の横を抜けて比治山橋を抜けて街中に入り,同じルートで帰った。町そのものが瓦礫の山になっていて目印などもはっきりしなかった。まだ町はくす して,父親と一緒に市内を歩き回った。そのルートは,被服兵器廠の横を抜けて比治山橋を抜けて街中に入り,同じルートで帰った。町そのものが瓦礫の山になっていて目印などもはっきりしなかった。まだ町はくすぶっており,死体が残っているところを歩き回り,どこも負傷していないようにみえて急に亡くなった友人や兵隊に会っている。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X23は,被爆以前は健康上何の問題もなく,風邪をひいてもすぐに治ったし,疲れやすい,怪我が治りにくいといった体調ではなかった。 イ急性症状原告X23は,8月末ころから脱毛,下痢,発熱を発症した。被爆以前は親指と人差し指で束ねきれないほどの毛髪の量であったものが,櫛を入れると5,6本以上ばさっと抜ける状態で,典型的な脱毛があった。下痢や発熱は9月末ころまで続き,脱毛は昭和20年の年末ころまで続いた。 ウその後の健康状態原告X23は,その後も時々39度ほどの高熱を発し,また昭和35年- 371 -ころに東京に転居してから約5年間,毎年1回原因不明の高熱が出ていた。 また,尋常でない体のだるさも続いていた。 その後も原告X23は,糖尿病や心房細動,心不全などの病気を発症し,これまでに6回入院し現在も加療している。心臓にステントが入っており,冠状動脈の狭窄部に対する治療を受けている。動脈硬化性心疾患については,「原爆放射線の人体影響1992」163頁,1958(昭和33)年~1978(昭和53)年調査で広島・女性被爆者において被爆との関係が示唆されている。 エ申請疾患の発症経過原告X23は,平成13年ころ,肺がん(腺がん)を発症した。原告X23には喫煙歴はない。近親者に肺がんの罹患者はいない。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X23 発症経過原告X23は,平成13年ころ,肺がん(腺がん)を発症した。原告X23には喫煙歴はない。近親者に肺がんの罹患者はいない。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X23は,8月6日原爆投下当日,爆心地から約1.7キロメートルの知人宅内で被爆している。そして,その2,3日後,叔父を捜索するために,広島市内に入市した。その際に,多数の死体があって死臭を嗅いでおり,いくつもの死体を見たり触ったりした。 原告X23が被爆した友人宅周辺やその内部,また,原告X23が入市した時点での市街地は,いずれも,誘導放射化した土壌や瓦礫からのガンマ線放射が持続し,また,目に見えない微小な誘導放射性物質も存在していた環境である。 さらに,被爆直後,重度障害で横たわる被爆者はまさに高線量被爆者である。原告X23は,このような中で叔父の捜索を行っていた。 その結果,原告X23は,ガンマ線外部照射による外部被曝のみならず,経口,経鼻,経皮を通じて放射能汚染物質・微粒子が体内へ侵入し蓄積するという内部被曝を受けた。 - 372 -イ申請疾病の放射性起因性被爆者は非被爆者に比して肺がん発生の危険性の高いことが指摘されており,肺がんと放射線被曝との関連は疫学的に立証されている。被爆者肺がんの組織学的特徴をみると,昭和45年ころまでの報告は非被爆者に比して小細胞性未分化がん,偏平上皮がんの頻度が高く,昭和45年以後の報告では偏平上皮がんが減少し腺がんが多く発生しており,その傾向は近距離被爆者に著明のようである。 したがって,原告X23の肺がんが放射線に起因していることは明らかである。 (4)要医療性原告X23は,肺がんを発症した後治療を継続しており,要医療の状態にある。本年になって子宮がんの疑いも出てきて,現在精査入院中である。 原 に起因していることは明らかである。 (4)要医療性原告X23は,肺がんを発症した後治療を継続しており,要医療の状態にある。本年になって子宮がんの疑いも出てきて,現在精査入院中である。 原告X24について(1)被爆状況昭和20年8月6日,当時7歳だった原告X24は,広島県牛田町所在の安楽寺の勉強教室(爆心地から約2.2キロメートル)の入口で被爆し,青白い丸い光を感じたとたんに建物の下敷きになった。 その後,時間の経過は不明であるが,気が付くと上の方に光が見えたため,必死に登っていくと,見知らぬ人に助けられた。 屋外での被爆であったため,原告X24は,爆風を右側から受け,頭部の右側,右顔面と右頸部にガラスで深い傷を負い,頭や顔からは流れるように血が吹き出した。また,建物の下敷きになったため,全身に打撲傷を負った。 原告X24は,人の流れについて,神田橋を渡って白島方向に逃げたが,白島付近が火の海であったため,神田橋に引き返し,やがて神田橋の牛田側も火が回ってきたので,大人の後について山の方に夢中で逃げた。 その後気を失い,降ってきた雨に打たれて意識を取り戻すと,山の畑の柿- 373 -の木の下にいた。しかし,その後も,出血多量と恐怖のため,夕暮れ近くに奇跡的に父親に見つけだされるまで原告X24は動くことができなかった。 左頭部動脈の切断による出血と,顔の傷の出血がなかなか止まらなかったため,原告X24は,8月9日,11日,15日と,父に連れられ野戦病院に通った。動脈の手術も受けたが,麻酔なしで行われたので,気を失うほどの痛さであった。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X24は,被爆前はいたって健康であった。 イ急性症状原告X24は,被爆後,脱力感,歯齦出血,貧血が長く続いた。また,被爆の約 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X24は,被爆前はいたって健康であった。 イ急性症状原告X24は,被爆後,脱力感,歯齦出血,貧血が長く続いた。また,被爆の約2か月後より脱毛が生じており,典型的な急性症状といえる。また,大量出血で顔と唇の色が同様になる,被爆の影響で傷の回復が遅れるなどとともに,被爆時の恐怖が癒えず,体調不良が続き,原告X24は1年間小学校を休学した。 ウその後の健康状態原告X24は,その後も強い倦怠感,意欲低下,頭痛,脱毛,貧血等が現在に至るまで見られる。 また,風邪を引くと治りにくい,下痢が続く,更に高熱が続くといった状態は,被爆者に見られる体質的偏倚である。 原告X24は,①昭和21年3月にガラス片の摘出手術を受け,その後も,②昭和30年6月に肺結核にかかり治療を受けた。さらに,③昭和36年10月に肺結核が再発し,治療を受け,④昭和37年2月には,結核性腸閉塞となり手術を受けた。⑤昭和38年2月には,肺結核のため右肺中葉及び下葉の摘出手術を受けた。⑥平成11年には,造血機能障害と診断され,⑦平成15年2月には慢性硬膜下血腫との診断を受け,治療を受- 374 -けている。 エ申請疾患の発症経過原告X24は,平成13年2月,子宮体部がんと診断され,同年4月に手術を受けた。 さらに,平成14年には,C型肝炎,肝硬変と診断され,週のうち4日は自宅で伏せる生活が続いた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X24は,8歳という若年時に爆心地から約2.2キロメートルの地点で被爆し,被爆当日に雨にあたり,また翌日以降,広島市内を歩き回ったが,これらの事実により,初期放射線のみならず誘導放射化した土壌や瓦礫からのガンマ線照射による外部被曝を受け,また,経口・経 の地点で被爆し,被爆当日に雨にあたり,また翌日以降,広島市内を歩き回ったが,これらの事実により,初期放射線のみならず誘導放射化した土壌や瓦礫からのガンマ線照射による外部被曝を受け,また,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が体内へ侵入し,蓄積するという内部被曝を受けた。 また原告X24には,典型的な急性症状である脱力感,歯齦出血,貧血,脱毛が生じている。強い倦怠感,意欲低下,頭痛,貧血は成人しても続いた。これらは多くの被爆者にみられる晩発性症状であり,「間脳症候群」と称される精神・身体症状である。これらは,原告X24の被曝を強く推測させる事実である。 さらに,原告X24は結核にも罹患しているが,2キロメートル以内被爆者に結核死が多かったことが知られている。結核には,低栄養,劣悪な住環境なども関係するが,被爆の特性(2キロメートル以内,入市)で分けて差異が出ていることは,放射線被曝の易感染性への影響と考えざるを得ない。原告X24は,昭和30年に発症以後,肺結核の再発,腸結核,肺結核の再発を繰り返しており,これらは被爆による影響である。 イ申請疾病の放射性起因性- 375 -C型肝炎・肝硬変については,Z3原爆訴訟によりその放射線起因性については認められている。 子宮体がんについては,現在放射線被曝による有意な発症の増加はないとされているが,過剰相対リスクの90パーセント信頼区間の中央値はプラスに位置している。8歳と若年で被爆し,急性症状も認め,他にも放射線に起因すると考え得る疾患に罹患していることお考慮すれば,原告の子宮体がんが放射線に起因することは明らかである。 (4)要医療性原告X24は,平成13年4月に子宮全摘手術を受けており,引き続き医療が必要な状態にある。 原告X25について(1)被爆状況原告X が放射線に起因することは明らかである。 (4)要医療性原告X24は,平成13年4月に子宮全摘手術を受けており,引き続き医療が必要な状態にある。 原告X25について(1)被爆状況原告X25は,昭和20年8月9日,8歳のときに,長崎市小江原郷所在の愛宕神社付近(爆心地から約2.6キロメートル)で,木に登っていたときに被爆し,爆風で飛ばされた。 原告X25は,近くの自宅に戻ったところ,屋根瓦は落ち,壁も抜け落ちていた。家族が帰ってくるまで自宅の外で待ち,家族が帰ってきてから,家族皆で自宅内の整理を数日間行った。原告X25は,被爆後もその自宅で生活していた。 原告X25は,被爆から1週間後くらいの8月16日ころと,さらにその1週間後くらいの8月23日ころの2度,爆心地から約500メートルの下大橋付近まで入市した。周りは煙のように薄暗く,霧みたいな状況であった。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X25は,被爆前は走っても,鉄棒をやっても,何をしても健康そのもので,学校を休むことはなかった。 - 376 -イ急性症状原告X25は,昭和20年9月中旬ころ以降,原因不明の高熱が同年11月ころまで続き,かつ下痢も続いた。そのため,同年9月中旬ころから12月ころまでは学校を休んでいた。 ウその後の健康状態原告X25は,その後も,中学2,3年生のころまでは1週間に2,3回は学校を休むほど,よく体調を崩していた。節々が痛くて微熱が続いたり,風邪を引くとすぐ高熱を出したりしていた。また,被爆後は体が思うとおり動かないということもあった。 中学卒業後,長崎経理学校に進学したが,依然として体調を崩して学校を休むことが度々あった。長崎経理学校卒業後4,5年は体調を崩して勤務先を休むことが度々続き,職を転々として ないということもあった。 中学卒業後,長崎経理学校に進学したが,依然として体調を崩して学校を休むことが度々あった。長崎経理学校卒業後4,5年は体調を崩して勤務先を休むことが度々続き,職を転々としていた。 昭和35年ころ胃けいれんと診断され,約3か月間入院した。また,昭和45年ころ,急性肺炎と診断され,約1か月間入院した。さらに,今から10~15年ほど前に糖尿病と診断され,それ以来糖尿病の薬を服用している。平成10年には右大腿部に腫瘍ができ手術を受けた。 エ申請疾患の発症経過原告X25は,平成12年肺がんが発見され,手術を受けた。また,肺がん手術直後に声帯の手術も受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X25は,初期放射線のみならず,自宅周辺や爆心地近くの誘導放射化した土壌や瓦礫からのガンマ線照射による外部被曝,また,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が体内へ侵入し蓄積するという内部被曝を受けていたのである。 また,原告X25には,典型的な急性症状である下痢,発熱が生じてい- 377 -る。さらに,病弱,倦怠感は成人しても続いた。これらは,原告X25の放射線被曝を強く推測させる事実である。 したがって,原告X25が放射線に被曝したことは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性被爆者における肺がんの発生は昭和40年以降有意に増加しており,また,原告X25は被爆時8歳という幼少被爆であるが,肺がんは被曝時年齢が低いほど発がんリスクが高くなる傾向にある。なお,原告X25は35歳ころから58歳ころまで1日3,4本喫煙していたが,発がん発症に対する放射線と喫煙との関係は共同成因的な相加的作用と考えられており,たとえ喫煙者においても,放射線被曝の影響を否定できない。 (4)要医療性原告X25は,平成 ,4本喫煙していたが,発がん発症に対する放射線と喫煙との関係は共同成因的な相加的作用と考えられており,たとえ喫煙者においても,放射線被曝の影響を否定できない。 (4)要医療性原告X25は,平成12年9月に肺がんの手術を受け,申請時である平成15年3月時点では,手術後の再発のチェックのために通院中である。また,被爆者に比較的多くの異時多重がんがみられることからも,十分な追跡期間が必要と考えられる。 原告X26について(1)被爆状況原告X26は,17歳時,広島市千田町三丁目所在の官立広島工業専門学校(爆心地から約2キロメートル)の校舎の2階,建物内で被爆した。当時の外傷としては,ガラスの破片が5,6箇所めり込んでできた左腕の傷と,校舎の2階から飛び降りたときの腰の打撲傷があった。 6日は,学校から御幸橋を通って似島に行き,陸軍検疫所で一夜を過ごした。原告X26も,やけどの負傷者たちと並んで寝た。 翌7日,原告X26は,家族の捜索のために朝から広島市内に入り,3時間ほどかけて自宅のあった中島本町(爆心地から約0.2キロメートル以内)に行き,同所に2,3時間滞在した。 - 378 -その後,原告X26は,10日に家族の遺骨回収のため中島本町の自宅跡に行き,20日ころから2,3日かけて自宅跡地付近に家を建て,その場所で昭和20年10月ころまで生活した。その間,破裂した水道管から水を飲み,自宅近くを流れていた元安川にいる,簡単に手で捕まえることのできる魚を捕まえて食べた。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X26の被爆以前の健康状態は,概ね良好であった。 イ急性症状原告X26は,8月末ころより9月いっぱい,血性の下痢が続き,その後も下痢は翌年1月ころまで続いた。同時に,下半身がだるいという疲労感 X26の被爆以前の健康状態は,概ね良好であった。 イ急性症状原告X26は,8月末ころより9月いっぱい,血性の下痢が続き,その後も下痢は翌年1月ころまで続いた。同時に,下半身がだるいという疲労感があった。また,被爆時に負ったガラスの破片による腕の怪我は,傷口がふさがるのに9月いっぱいかかった。 ウその後の健康状態原告X26は,被爆後数年経ってから,擦り傷や包丁で手を切ったりしたときに血が止まりにくくなっていることに気付いた。 また,平成7年5月に脳梗塞の診断を受けた。 エ申請疾患の発症経過原告X26は,平成12年12月,前立腺肥大症の手術の際,切除組織よりがん細胞が発見され,前立腺がんB段階の初期との診断を受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X26は,爆心地付近に居住している間に,爆心地付近の水を飲み,爆心地付近の川に泳いでいた「弱った」魚を食べた。爆心地壊滅の中で,給水設備,河川の放射線汚染状況も十分に予想され,摂食・摂水による内部被曝も否定できない。爆心地付近の塵埃には放射性物質が相当量含まれ- 379 -ていると考えられることからすれば,呼吸を介しての内部被曝も否定できない。 更に,原告X26は爆心地から0.2キロメートル以内に,原爆投下後約2週間目より約2か月間居住している。これは,残留放射線の濃厚な土壌の上に横臥し,残留放射線(ガンマ線)の照射を受け続けたと考えられる。 原告X26のこのような被爆状況に鑑みれば,原告X26の血性の下痢とそれに続く水様の下痢は,放射線被曝による急性症状としか考えられない。また,被爆時に負ったガラスの破片による腕の怪我は傷口がふさがるのに9月いっぱいかかった点からすると,被曝による治癒能力の低下もあったと考えられる。 放射線に対する感受性には個人差がある られない。また,被爆時に負ったガラスの破片による腕の怪我は傷口がふさがるのに9月いっぱいかかった点からすると,被曝による治癒能力の低下もあったと考えられる。 放射線に対する感受性には個人差があることや残留放射線による内部被曝の深刻な影響を考えると,原告X26に生じた急性症状の数が少ないからといって,被曝の影響が少なかったとはいえない。 また,原告X26は,平成7年5月に脳梗塞の診断を受けている。脳梗塞は,LSS第13報で,非がん疾患の死亡率調査の疫学的検討もされており,脳卒中が有意の過剰リスクを示している(1シーベルト当たりの過剰相対リスク0.12,90パーセントの信頼区間が0.02から0.22,と下限が正となっている。)。 イ申請疾病の放射性起因性前立腺がんについては,遠距離被爆者・入市被爆者に多いとされ,これらから「低線量の被曝は前立腺がんの進行にかかわっている可能性を否定できない」と指摘されている。 原告X26が,直爆約2キロメートルに加えて入市被曝(7日,10日,原爆投下後3週間以内に爆心地から約200メートルの距離に居住)していることからすれば,原告X13の前立腺がんの原爆放射線による起因性- 380 -を否定できない。 (4)要医療性原告X26は,前立腺肥大の治療の際にがんが発見されており,がん組織は完全に切除されていない。放射線治療をあわせて行っているが,引き続きホルモン治療を行う必要がある。 原告X27について(1)被爆状況原告X27は,昭和20年8月9日,22歳時,爆心地から2.2キロメートル地点(長崎市稲佐町2丁目の自宅)で被爆した。原告X27は妊娠9か月で,平家建ての自宅の居間で窓を開けた状態で被曝した。 原告X27は,被爆直後から7日間,防空壕で過ごした。 また,原告X27は,この間,配給のお 稲佐町2丁目の自宅)で被爆した。原告X27は妊娠9か月で,平家建ての自宅の居間で窓を開けた状態で被曝した。 原告X27は,被爆直後から7日間,防空壕で過ごした。 また,原告X27は,この間,配給のおにぎりを真っ黒な手で食べ,畑で採ったなまのカボチャをそのまま食べ,さらに一升瓶に水を汲んできて飲んだ。土壌の放射線汚染状況も十分予想され,摂食による内部被曝も否定できない。 その後,原告X27は,茂木へより,貨物列車と船を乗り継いで実家のある徳島へ逃げるため,防空壕から爆心地の方向にある駅へ向かって歩いた。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X27は健康であり,特に病気などしたことはなかった。 イ急性症状原告X27は,被爆後1週間以内に,血性の下痢,脱毛,歯茎からの出血,倦怠感などの症状を呈した。また,被爆直後から左眼が見えなくなった。 ウその後の健康状態原告X27の下痢と脱毛の症状は,駅に向かうころにはなくなっていた- 381 -が,倦怠感はその後も続き,頻繁に通院することを余儀なくされた。また,左眼の視力喪失は,視力回復手術をするまで続き,歯茎からの出血も手術をするまで続いた。 原告X27は,昭和35年ころ,心疾患で入院し,3年間寝たきりの状態となった。 原告X27は,昭和40年に子宮筋腫の手術を受け,昭和33年ころには胃潰瘍の手術を受け,そのころから医者から甲状腺機能低下の指摘がなされた。昭和58年には関節リュウマチを患った。 昭和50年ころ,左眼の視力回復のための手術を受け,昭和61年には高血圧症,昭和63年には慢性膵炎に罹り,平成元年には脾臓の悪性リンパ腫のため脾臓摘出手術を受けた。 平成3年には,C型慢性肝炎,肝硬変及び腎盂腎炎との診断を受けている。 エ申請疾患の発症経過原告X27は,被 63年には慢性膵炎に罹り,平成元年には脾臓の悪性リンパ腫のため脾臓摘出手術を受けた。 平成3年には,C型慢性肝炎,肝硬変及び腎盂腎炎との診断を受けている。 エ申請疾患の発症経過原告X27は,被爆直後から体調が悪く頻繁に病院へ通院していた。倦怠感はその後も続いていたが,昭和33年ころには胃潰瘍の手術をし,そのころから医者から甲状腺機能の低下の指摘がなされた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X27は,被爆後1週間以内に,血性の下痢,脱毛,歯茎からの出血,倦怠感などの急性症状を有しているが,これらの症状は原告X27が原子爆弾の直爆による放射線と,爆心地付近を歩き回ったり,食べ物を洗わずに食べた際に受けた放射線被曝に特有の症状であることは明らかである。 原告X27は,爆心地から約2.2キロメートルで被爆したことにより初期放射線を被曝した。また,同人のその後の行動経過などからして残留- 382 -放射線を相当量被曝しているとみられることから放射線に被曝していることは明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性原告X27は,昭和33年ころに胃潰瘍の手術をし,そのころから医者から甲状腺機能低下の指摘がなされているが,甲状腺機能低下症と被曝との相関関係は知られていることであり,比較的低線量被爆群に多く,また,特に70歳以上の高齢被爆者に多く発生し,非被爆者との有意の差がみられる。よって,原告X27の申請疾患が原爆放射線に起因していることは明らかである。 (4)要医療性原告X27は,現在甲状腺製剤を常時内服しており,継続して治療を受けることが必要な状態にある。 承継前原告X28について(1)被爆状況承継前原告X28は,原爆投下当時20歳だったが,長崎市片淵町一丁目の自宅(爆心地より約2.5キロメートル) て治療を受けることが必要な状態にある。 承継前原告X28について(1)被爆状況承継前原告X28は,原爆投下当時20歳だったが,長崎市片淵町一丁目の自宅(爆心地より約2.5キロメートル)1階で被爆した。承継前原告原田は,突然,身体に地下鉄が走るような轟音が響くような感覚を覚え,窓越しに激しい光を感じ,吹き飛ばされた。2階にいた承継前原告X28の妹やいとこ達も1階まで吹き飛ばされた。承継前原告X28が顔を上げると,周囲は一面ガラスの破片だらけで,飛んできたガラス片が,承継前原告X28の身体のあちこちに突き刺さっていた。 承継前原告X28ら家族は,9日の夜は,立山町(爆心地より約2.5キロメートル)の林の中で過ごし,翌10日に帰宅した。 承継前原告X28ら家族は,10日夕方,南高来郡南串山町の母の実家に徒歩で向かった。承継前原告X28は,南串山に向かうまでの間に水道の水を飲み,自宅にあった配給米を持ち出しておにぎりにして食べた。承継前原- 383 -告X28ら家族は,愛野から小浜,串山への道を歩き,3日間かかって南串山の母の実家に避難した。承継前原告X28ら家族は,母の実家へ帰る途中で,お茶をもらったり果物をもらったりした。承継前原告X28ら家族が通過した村々には,原爆爆発時の風速3メートルの南西の風に運ばれて,大量の微塵物,灰,紙片等が降下していた。 承継前原告X28は,8月終わりころになってから,自宅跡に戻り,そこに9月中頃まで滞在した。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態承継前原告X28は,被爆前はこれといった病気にかかったことはなく元気であった。 イ急性症状承継前原告X28は,被爆直後から,腕や足を中心に身体の至る所に紫斑が出現した。飛散したガラスによる傷は深く,半月程度化膿し続けた。 れといった病気にかかったことはなく元気であった。 イ急性症状承継前原告X28は,被爆直後から,腕や足を中心に身体の至る所に紫斑が出現した。飛散したガラスによる傷は深く,半月程度化膿し続けた。 承継前原告X28の紫斑は完全に直ることはなく,その後も時々出現している。また,承継前原告X28と同一家屋内で被爆した妹にも紫斑が出現した。 ウその後の健康状態承継前原告X28の被爆後の健康状態は良くなく,昭和22年に肋膜炎にかかったこともあった。 承継前原告X28は,昭和26年に流産,昭和28年に7か月の早産だったが分娩直後に死亡,昭和30年と昭和33年に妊娠しているがいずれも早産であった。 エ申請疾患の発症経過承継前原告X28は,平成14年8月に胃がんが発見され,同年10月28日に幽門側胃切除手術を受けたが,平成16年7月28日に胃前庭部- 384 -腺がんのために死亡した。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実まず,承継前原告X28が爆心地より約2.5キロメートル離れた自宅1階で被爆しているので,初期放射線により被曝したことが考えられる。 また,承継前原告X28一家は,8月10日夕方から愛野から小浜,串山への途を歩き,3日間かけて徒歩で南串山の母親の実家に避難した。承継前原告X28一家が通過した村々には,閃光,爆発音,爆風に続いて,折からの風速3メートルの南西の風に運ばれて,大量の微塵物,灰,紙片等が降下していた。したがって,承継前原告X28は,大量の微塵物,灰,紙片等から残留放射線に被曝し,あるいはこれらの放射性降下物を吸引し内部被曝を受けている可能性がある。また,原告X28は,母親の実家に帰る途中に水道水やお茶を飲み果物も食べているので,これらによって放射線に曝露した水や食物を体内に取り込むことによる内部被 を吸引し内部被曝を受けている可能性がある。また,原告X28は,母親の実家に帰る途中に水道水やお茶を飲み果物も食べているので,これらによって放射線に曝露した水や食物を体内に取り込むことによる内部被曝を受けている可能性も十分にある。 その後,承継前原告X28は,8月の終わりころになってから,自宅の片づけのために片淵町の自宅跡に戻り,そこに9月中頃まで滞在している。 したがって,承継前原告X28は,この自宅での片付け作業等による粉塵等の吸引を通じて,放射性降下物や誘導放射化した物質を吸引・摂取し,あるいは上記の期間中の放射線に曝露した水や食物を摂取したことによる内部被曝の影響を受けたことも考えられる。 これら放射線被曝の結果,承継前原告X28は,被爆直後から腕や足を中心に体の至る所に紫斑が出現し,飛散したガラスによって受けた傷も半年程度化膿し続ける等の放射線による急性症状が現れている。なお,承継前原告X28と同一家屋内で被爆した妹にも紫斑が出現している。また,承継前原告X28の紫斑は被爆以後も完全に治ることはなく,その後も時- 385 -々出現しており,このように後年まで続く紫斑は被爆者によく見られるもので,血管の脆弱性が後遺したものと考えられる。 また,承継前原告X28が,被爆前はこれといった病気にかかったことはなく元気であったが,被爆後には健康状態が悪くなったことも,放射線被曝の1つの重要な指標である。さらに承継前原告X28は,その後早産や流産を繰り返している。 イ申請疾病の放射性起因性被爆者における胃がん発生は昭和50年ころより有意な増加が示されており,かつ被曝時年齢30歳未満の若年層に高率であることが知られている。そして,放射線と胃がんとの関係は,最近においても引き続き認められている。承継前原告X28は,20歳という若年被爆で が示されており,かつ被曝時年齢30歳未満の若年層に高率であることが知られている。そして,放射線と胃がんとの関係は,最近においても引き続き認められている。承継前原告X28は,20歳という若年被爆であり,承継前原告X28の胃がんが原爆放射線に起因することは否定できない。 (4)要医療性承継前原告X28は,申請疾病である胃がんでの入院中死亡しており,申請時要医療性が認められる。 原告X29について(1)被爆状況原告X29は,13歳で,長崎市八千代町中之島の川で(爆心地より約2キロメートル),釣をしていて被爆した。半ズボンをはいていたため,両足のふくらはぎを火傷した。 原告X29の被爆地について,申述書,被爆者健康手帳の申請書添付の「原爆が落ちたあとの行動」と題する書面などで,川南香焼島造船所(爆心地より10キロメートル)となっている。この点については,原告X29は,被爆後叔母に問われて,釣をして遊んでいたことに罪悪感を覚えて嘘をついてしまったこと,被爆者手帳申請の際に証人が必要だと言われて,また同じ嘘をついてしまったことを述べている。 - 386 -原告X29は,当日午後4時ころまで,五島町周辺(爆心地より約3キロメートル)で待機していた。その後,線路づたいに長崎駅の周辺から道ノ尾駅付近まで歩いた。途中爆心地から数百メートルの地域を通過した。道ノ尾駅付近に着いたのは,夜遅くであった。 原告X29は,10日の午前3時ころ,道ノ尾駅付近を出発,山里町の自宅(爆心地より約300メートル)へ家族を捜しに行った。午前6時ころ,山里町を出発し,長崎医科大学付属病院の下辺りで婦人会の人におむすびをもらって食べた。その後,中小島の叔母の家に行き,叔母と一緒に再度山里町の自宅へ戻った。 原告X29は,11日から14日ころまで,毎日,山里町の自 長崎医科大学付属病院の下辺りで婦人会の人におむすびをもらって食べた。その後,中小島の叔母の家に行き,叔母と一緒に再度山里町の自宅へ戻った。 原告X29は,11日から14日ころまで,毎日,山里町の自宅焼け跡に行き,家族の捜索,火葬,火葬のための材木探し,防空壕の中の焼け残った物品の運搬等をした。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X29は,被爆以前は健康に問題はなかった。 イ急性症状原告X29が被爆時に負った両足のふくらはぎの火傷は,1年くらい治癒せず,現在も傷跡が残っている。 原告X29は,8月終わりころから歯茎から出血があり,8月から9月にかけて悪寒を感じていたことがある。なお,被爆後はそれまでなかったおねしょを頻繁にするようになった。 ウその後の健康状態原告X29は,被爆後から現在に至るまで,下痢に悩んでいる。 原告X29は,平成元年ころから腰に痛みを覚え,平成8年には変形性脊椎症と診断された。 エ申請疾患の発症経過- 387 -原告X29は,平成14年10月に胃がんの診断を受け,同年11月に胃切除術を受けた。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X29は,2キロメートルで直接に被爆したことに加えて,爆心地周辺を何度も往復し,作業をしている。この地域は,残留放射線の線量が高い地域であるから,原告X29は,繰り返し残留放射線被曝を受けたと考えられる。また,爆心地付近の井戸水を飲み,作業中に塵埃を吸い込んだものと思われ,これらの放射性を帯びた水,塵埃による内部被曝の影響があるものと考えられる。 また,原告X29が被爆時に負った両足のふくらはぎの火傷は1年くらい治癒されなかった点については,被曝による治癒能力の低下のためと考えられる。 更に,歯茎からの出血は典型的な急性 ものと考えられる。 また,原告X29が被爆時に負った両足のふくらはぎの火傷は1年くらい治癒されなかった点については,被曝による治癒能力の低下のためと考えられる。 更に,歯茎からの出血は典型的な急性症状であるし,悪寒を感じるようになった点は微熱が繰り返し続いたと考えられ,被爆者にみられた体質的偏倚と考えられる。 したがって,原告X29が相当量の放射線に被曝していることは間違いない。 イ申請疾病の放射性起因性被爆者における胃がん発生は昭和50年ころより有意な増加が示されており,かつ被曝時年齢30歳未満の若年層に高率であることが知られている。原告X29は,約2キロメートル直接被曝と同時に,原爆投下後の1週間ほど爆心地付近に通い続けたことによる残留放射線被曝が濃厚と見られ,かつ,13歳という若年時被曝であり,原告X29が胃がんに罹患したことについて,被曝の影響を否定できない。 (4)要医療性- 388 -原告X29は,平成14年に胃切除術を受け,現在も定期的に検診を受けるために通院し,薬物治療を受けており,自宅療養中であるので,要医療性が認められる。 原告X30について(1)被爆状況原告X30は,昭和20年8月6日,13歳で,広島市草津町983-4の自宅(爆心地の西南西約4.1キロメートル)にいたときに,弟妹と一緒に被爆した。自宅の爆心地方向は海に面しており,直後に襲った爆風で天井がぶら下がり,原告X30は爆心地に向いた玄関奥の部屋で被爆し,遮蔽するものがなかったことから,放射線と熱線を直接浴び,飛散したガラス片で左腕3箇所を負傷した。 被爆後,原告X30は,弟妹を2キロほど離れた山手の竹藪に一旦避難させ,自宅に戻ったが,自宅と竹藪との間を行き来する間に,雨が降り始め,その後一度に真暗くなってざあっと降り出した黒い雨に打た した。 被爆後,原告X30は,弟妹を2キロほど離れた山手の竹藪に一旦避難させ,自宅に戻ったが,自宅と竹藪との間を行き来する間に,雨が降り始め,その後一度に真暗くなってざあっと降り出した黒い雨に打たれて全身がずぶぬれになった。 その後,原告X30は,爆心地から避難してきて自宅前で座り込んだり,寝込んでしまう何人もの被爆者の手当や介護を行った。 被爆当日夜11時ころ,小網町(爆心地から約1キロメートル)に勤労奉仕に行っていた母親が帰ってきたが,母親は,全身が真っ黒に火傷し,灰を被った皮膚はジャガイモの皮が剥けるような状態であった。 原告X30は,母親の皮膚等に直接触れてそれを拭いたり,油を塗って繃帯をするなどして,母親を治療した。母親は翌朝4時ころに息絶えてしまった。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告は,被爆前は元気いっぱいの少女であり,運動会でも1番で走るよ- 389 -うな健康優良児であった。 イ急性症状原告X30は,8月15日ころから,激しい倦怠感に悩まされ,発熱のため,涼しいところや少しでも冷たいところを求めて座り,昼間でも横になることがしばしばであった。さらに,同じころ,歯茎からの出血,鼻血,下痢,発疹にも悩まされた。 なお,原告X30には脱毛がなかったものの,一緒に被曝した妹の1人は,11月ころから高熱を出し,熱は1,2か月も続き,毛髪が全部抜け落ちた。 ウその後の健康状態原告X30は,左腕の傷が化膿してなかなか直らず,また昭和20年9月ないし10月には左乳房の下に大きなおできが出て痛み,2週間ほど化膿した。 また,強い倦怠感は終生続いたばかりか,長年にわたって極度の貧血に悩まされ,風邪も引きやすく,22,23歳ころからは眼球に水が溜まったり,原因不明の米粒2つくらいの大きさの斑点が 間ほど化膿した。 また,強い倦怠感は終生続いたばかりか,長年にわたって極度の貧血に悩まされ,風邪も引きやすく,22,23歳ころからは眼球に水が溜まったり,原因不明の米粒2つくらいの大きさの斑点ができ,手術を余儀なくされるなど,さまざまな病気に悩まされた。 エ申請疾患の発症経過原告X30は,昭和60年に肝硬変を患い,平成7年に肝細胞がんと診断され,肝動脈の閉塞に対する手術を3か月ないし半年毎に繰り返し,手術は7回を数えた。肝硬変の原因はB型肝炎とされている。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X30が被爆したのは爆心地から4.1キロメートルの地点であるが,爆心地方面は海に面しており,爆心地に向いた玄関奥の部屋で被曝し,遮蔽するものがないことから,相当量の初期放射線に被曝したことが考え- 390 -られる。 さらに,原告X30は野外で黒い雨にずぶ濡れになったが,草津町近辺は,放射性降下物を含んだ降雨域にあたり,原告X30も黒い雨に曝露されていたことになる。 また,高線量被爆者を介護した者は,その者の衣服や体液はもとより人体自体が放射化しガンマ線等が外部照射し,体液や血液等に触れてそれを経皮的,経口的に取り込むことによって相当の線量を被曝するが,原告X30は母親はじめ多数の高線量被曝者を介護したことにより,口,鼻それに皮膚を通じ体内へ侵入した放射線が蓄積(内部被曝)していた可能性が高い。 原告X30が被爆後に極度の倦怠感や発熱,さらに歯茎からの出血,下痢などの典型的な急性症状を呈していることからも,原子爆弾の直爆による放射線と,黒い雨による被曝,それに見ず知らずの被爆者及び全身を被曝した母親の介護や治療の際に受けた放射線による相当大量の被曝をしていることが裏付けられる。 イ申請疾病の放射性起因性肝硬変の る放射線と,黒い雨による被曝,それに見ず知らずの被爆者及び全身を被曝した母親の介護や治療の際に受けた放射線による相当大量の被曝をしていることが裏付けられる。 イ申請疾病の放射性起因性肝硬変の原因とされるB型肝炎については原爆症との関係は明確であり,20歳以下で被爆した1グレイ以上の被爆者にB型肝硬変ウィルス抗原陽性率の上昇が認められているが,これは被爆者へのB型肝炎ウィルス感染が免疫系によるコントロールを十分に受けていないことを意味していると考えられ,B型肝硬変の放射線起因性を示唆していると考えられる。 したがって,原告X30の申請疾病である肝細胞がんの放射線起因性は明らかである。 (4)要医療性原告X30は,申請疾病名である肝細胞がん(B型)で入院治療を受けており,申請時要医療性が認められる。 - 391 - 原告X31について(1)被爆状況原告X31は,軍属として暁部隊に所属しており,原爆投下時には広島県佐伯郡井口(いのくち)村の小高い丘の上に建てられた陸軍船舶司令部の兵舎内(爆心地の南西約6キロメートル)にいた。兵舎の外にいた同僚が「空からきらきら綺麗に光るものが落ちてくる」と言った次の瞬間,ドーンという轟音がし,兵舎内にももうもうとした土煙が入ってきた。原告X31は,その場で目を閉じ耳を押さえて床に座り込んでいたが,その後いったん防空壕に避難した。 原告X31が,防空壕から出ると,空から襖の紙などの灰や燃えかすが降り注ぎ,原告X31はこの放射性降下物を全身に浴びた。 その後(8月6日),原告X31は,兵舎の近くや井ノ口国民学校で,多数の被爆者の救護を1日間行っている。 原告X31は,8月7日,家族の安否確認のため広島市昭和町(比治山橋の西詰付近)にある自宅に戻った。その経路は,午前10時に兵舎を出て,己斐駅ま 国民学校で,多数の被爆者の救護を1日間行っている。 原告X31は,8月7日,家族の安否確認のため広島市昭和町(比治山橋の西詰付近)にある自宅に戻った。その経路は,午前10時に兵舎を出て,己斐駅まで電車に乗り,そこから徒歩で福島町,観音町,舟入,千田町等を通り,自宅のある昭和町には昼ころ到着した。いずれも爆心地から1.5~2キロメートルのあたりである。その間原告X31は,人々がみんなボロボロで,タコを茹でたような男女の区別も付かない死体がごろごろと転がっている光景を見ている。 その後,原告X31は,自宅近くで兄嫁に再会し,父の消息などを確認して,午後3,4時ころ,宇品に到着した。 原告X31は,8月8日から終戦日以前の8月14日までの間の4,5日間程度,宇品を拠点として,実父の捜索のため,自宅付近,市役所裏の保健所付近(爆心地から約1キロメートル),紙屋町付近(同約0.3キロメートル),日赤病院付近(同約1.5キロメートル)を捜索し,遺体安置所や- 392 -救護所を探し歩いた。結局,原告X31は,実父を捜し出すことはできなかったが,父がいたであろう保健所辺りから骨を拾い,これを持ち帰った。 (2)被爆前の健康状態とその後の健康状態ア被爆前の健康状態原告X31は,被爆前は健康上全く問題のない元気な女性であった。 イ急性症状原告X31は,8月15日ころから昭和20年末ころまで,ずっと微熱が続き,足に次々とおできができるようになり,すぐ化膿してなかなか治らないという状態が同年11月ころまで続いた。 ウその後の健康状態原告X31は,昭和25年ころ右膝が蜂窠織炎に罹り,昭和35年10月には肺結核に罹患している。 エ申請疾患の発症経過原告X31は,昭和60年に甲状腺機能障害に罹患し,平成2年には甲状腺濾胞がんで手術を受け,平成8年 5年ころ右膝が蜂窠織炎に罹り,昭和35年10月には肺結核に罹患している。 エ申請疾患の発症経過原告X31は,昭和60年に甲状腺機能障害に罹患し,平成2年には甲状腺濾胞がんで手術を受け,平成8年には甲状腺がんの右肺への転移が発見され摘出手術を行い,平成10年には左肺への転移が発見されて摘出手術を受けた。その後は,アイソトープ治療を継続していたが,平成16年にがんが鎖骨に転移していることが判明し,現在も治療を継続している。 (3)申請疾患の放射線起因性ア放射線に被曝した事実原告X31が被爆した際,爆風による土煙にまかれ,直後には放射性降下物が降りしきる中にいた。このとき,原告X31が放射性降下物の吸飲による内部被曝を受けた。 また,8月6日,原告X31は,兵舎の近くや井口国民学校にて,多数の被災者の救護を1日間行っており,また翌日以降も,救護活動を行った可能性がある。高線量被爆者の肉体は,放射化した人体・体液・衣類であ- 393 -り,原告X31についてはそれによる被曝を考慮する必要がある。 また,8月7日,原告X31は,爆心地から約1.5キロメートルにあった昭和町の自宅に戻っている。 さらに,少なくとも8月8日から8月14日までに4~5日程度にわたり,実父の捜索のため,自宅付近,市役所裏の保健所付近,日赤病院付近,紙屋町付近を捜索し,遺体安置所や救護所を歩き回るという行動を繰り返している。 広島市内には,爆心地を中心として,誘導放射能や放射性降下物といった残留放射線が充満しており,原告X31は,このような残留放射線を浴び続けており,ガンマ線照射のみならず,経口,経鼻,経皮的(特に傷口などから)に放射性物質・放射性微粒子が体内へ侵入,蓄積したことによる内部被曝を受けている。 また,原告X31には,昭和20年8月15日ころから同年 ンマ線照射のみならず,経口,経鼻,経皮的(特に傷口などから)に放射性物質・放射性微粒子が体内へ侵入,蓄積したことによる内部被曝を受けている。 また,原告X31には,昭和20年8月15日ころから同年年末まで,微熱が継続し,また外傷の治癒遅延といった急性放射線症状が出現しており,放射線被曝の影響を強く受けたことが明らかである。 イ申請疾病の放射性起因性甲状腺がんについては,20歳以下の被曝女性で発症率のリスクに有意差が認められており,放射線被曝との関連性が認められる。 原告X31に対しては,バセドウ病に対してアイソトープ治療が行われているが,米国でのアイソトープ治療後の予後調査ではがんの発生頻度に変化はなく,したがってアイソトープ治療が原告X31の甲状腺濾胞がん発生の原因とは考えられない。 したがって,原告X31の甲状腺濾胞がん及びその肺転移については,原爆放射線に起因することは明らかである。 (4)要医療性原告X31の甲状腺濾胞がんは,肺や鎖骨にも転移しており,その治療及- 394 -び胃甲状腺ホルモンの補充は一生必要であり,要医療性が認められる。 第7損害賠償請求 認定行政の誤り(被告厚生労働大臣の故意・過失)(1)非科学的で不合理な基準の機械的なあてはめによる却下ア被告厚生労働大臣の線量認定基準であるDS86には,実測値に合わないなどの重大な欠陥があること,起因性判断について同被告が用いる原因確率は解析方法に由来する限界があること,及び集団データ解析を個々の被爆者に当てはめるのは適切でないにもかかわらず,予め定めた審査の方針を原告らに当てはめて原告らの原爆症認定申請を却下したことは,いずれも基本的に間違っている。このことは既に指摘したとおりである。 イ被告厚生労働大臣は,DS86等の線量推定式の誤りや原爆症の未解明 を原告らに当てはめて原告らの原爆症認定申請を却下したことは,いずれも基本的に間違っている。このことは既に指摘したとおりである。 イ被告厚生労働大臣は,DS86等の線量推定式の誤りや原爆症の未解明性を基に,被爆者の被爆状況を個別具体的に検討して総合的に判断すべきとした判例(Z1訴訟1,2審,最高裁判決,Z2訴訟第1,2審判決,Z3訴訟第1,2審判決)の度重なる指摘を無視し,実際の運用を一切変えようとしなかった。そればかりか,被告厚生労働大臣は敗訴が確定したZ1訴訟最高裁判決の後に,これを当てはめたら当のZ1さえ原爆症と認定されないことになる原因確率を内容とする審査の方針を導入し,それに基づいて本件各原告の原爆症認定申請に対して次々と却下処分を行った。 さらに,C型肝炎で認定申請したZ3に対する訴訟の東京地裁,東京高裁判決において,却下処分が違法であると判断されたにもかかわらず,被告厚生労働大臣は,東京高裁の判決(平成17年3月29日)の2か月後に,同じくC型肝炎の本件原告X17の認定申請を却下している。審査の方針の内容が非科学的であり,不合理であるばかりか,実際の運用でも残留放射線や内部被曝を全く無視し,被爆距離を最重要視して原因確率を機械的に当てはめて判断しており,個別的な検討を行っているものではない。 ウ被告らは,「原告らが主張する『審査の基準』なるものは存在しない」- 395 -と述べ,審査の方針は,申請疾病によって,原因確率又はしきい値を目安とし,更に申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,申請疾患の放射性起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断するものであると主張するだけで,行政手続法5条1項が求めている審査基準を設け,それに従って本件認定申請の却下処分を行ったものでないことを認めている。 よって,原告らに対 係る高度の蓋然性の有無を判断するものであると主張するだけで,行政手続法5条1項が求めている審査基準を設け,それに従って本件認定申請の却下処分を行ったものでないことを認めている。 よって,原告らに対する本件各却下処分決定は,審査基準を設けることを規定している行政手続法5条1項に違反する。 (2)審査の遅れ行政手続法7条は,行政庁は申請がその事務所に到達したときは遅滞なく当該申請者の審査を開始しなければならずと規定する。しかし,原告らの申請から却下処分までの期間は,承継前原告X7(77日),原告X9(97日),原告X12(98日),原告X13(98日)以外はいずれも100日を越える長期間で,200日台の原告が7人(X21,X24,X25,X26,X27,X28,X29),300日台の原告が4人(X2,X4,X22,X31),400日台(X23),500日台(X30),700日台(X17)の原告が各1人存在する。 このように,原告ら全てが申請から却下まで長期間放置されたことにより,大きな精神的苦痛を被った。 原爆の放射線による被害は,難病といわれ特殊な病象を持つ水俣病に匹敵するものであり,その原爆症の認定申請の手続遅延について被告厚生労働大臣が何ら解消するための努力を尽くした形跡は認められないから,被告厚生労働大臣は不当に長期間にわたらないうちに応答処分すべき作為義務に違反した違法がある。 手続の遅延によって,焦燥,不安の気持ちを抱かされないという利益を侵害されたことが損害である。 (3)理由の不提示- 396 -行政手続法8条1項の拒否処分に付すべき理由としては,いかなる事実関係に基づき,いかなる判断経過をたどって原爆認定が拒否されたかを,申請者がその記載自体から了知できるものでなければならず,単に抽象的,一般的に審査結果のみを記 に付すべき理由としては,いかなる事実関係に基づき,いかなる判断経過をたどって原爆認定が拒否されたかを,申請者がその記載自体から了知できるものでなければならず,単に抽象的,一般的に審査結果のみを記載するだけでは不十分である。 しかし,本件原告らに対する認定却下通知には,実質的な理由は全く明らかにされておらず,ほとんど定型的な文言が記載されているだけである。ここに記載されているのは,審査会の審査の結果,原爆症とは認定しないという結論のみであり,審査会においていかなる事実を前提にいかなる審議がなされ,認定却下という処分に至ったかについては全く記載されていない。 よって,本件各処分は,行政手続法8条1項・2項にも違反する。 (4)以上,原爆症認定という職務を行う公務員が,故意又は過失によって,誤った認定基準により却下処分を行ったことは明らかである。本件各処分には,上記(1)のような実体的な違法のみならず,(2)ないし(3)のような手続的違法も存在することから,被告厚生労働大臣の各却下処分行為は,「その職務を行うについて,故意又は過失により」原告らに損害を加えたものである。 損害(1)慰謝料200万円本件原告らは,いずれも過酷な被爆体験に加え,60年間にわたって心身の不調に悩まされ,高齢を迎える中でそれぞれの申請疾病を発症し医療を要することから,被告によって当然に原爆症と認定され,必要な給付を早急に受けるべきであるにもかかわらず,長年の間放置され,結局は非科学的でありかつ不合理・不明確な基準によって,本件各却下処分を下され,多大な精神的損害を被った。 そのために,原告らはいずれも原爆症で苦しんでいる中,高齢にもかかわらず,本件訴訟を提起することを余儀なくされたが,本件で同時期に提訴し- 397 -た30名の原告のうち,すでに9名が を被った。 そのために,原告らはいずれも原爆症で苦しんでいる中,高齢にもかかわらず,本件訴訟を提起することを余儀なくされたが,本件で同時期に提訴し- 397 -た30名の原告のうち,すでに9名が判決を聞くことなく死亡したことをみても,それがいかに理不尽かが理解できるはずである。 被告厚生労働大臣の却下処分が取り消されたとしても,これとは別に,各原告が被った筆舌に尽くせない程の精神的苦痛を慰謝するには,少なくとも200万円を支払うのが相当である。 (2)弁護士費用100万円本件原告らは,上記のように当然認定されるべきであったのに,違法にも申請を却下されたために裁判を起こさざるを得なくなったことから,弁護士費用が認められるべきである。一般事件と比べ特殊かつ複雑な事件であることを考慮するならば,金100万円を下らない。 以上- 398 -別紙被告らの主張第1被告らの主張の概要 被曝線量を把握することが必要かつ重要であること一般的に疾病の要因には様々なものがあり,放射線被曝の有無におよそ関係なく,発症し得るものであるから,当該疾病が放射線被曝によって生じたものか否かを判別することは極めて困難である。しかし,今日,放射線の影響について多くの科学的知見が蓄積されており,この知見を活用して当該疾病が放射線に起因するものか否かを推論することは十分可能である。 すなわち,疾病には,ある一定の線量以上の放射線に被曝すると影響が出るもの(確定的影響)と,被曝した放射線量が多いほど影響の出現する確率が高まるもの(確率的影響)があることが明らかになっており,いずれの場合にも,被曝線量が放射線起因性を判断するための重要な情報となっている。そこで,まず,個々の申請者の被曝線量を把握して原因確率やしきい値を検討し,さらに,既往歴,環境因子,生活歴 ており,いずれの場合にも,被曝線量が放射線起因性を判断するための重要な情報となっている。そこで,まず,個々の申請者の被曝線量を把握して原因確率やしきい値を検討し,さらに,既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案して放射線起因性の有無を判断することになるが,その意味で,被曝線量を把握することなくして放射線起因性を判断することは不可能というべきである。 DS86によって初期放射線による正確な被曝線量を把握できること(1)このようなことから,原爆症認定審査において判断の目安とされている審査の方針では,日米の放射線学の第一人者が開発した広島及び長崎における原爆放射線の線量評価システム(DS86)に基づいて初期放射線による被曝線量を把握し,これを前提として,放射線起因性の判断をしている。 原子爆弾(原爆)による初期放射線は,物理法則に従って発生し,容器の外部に射出(漏出)し,空中を伝播(輸送)し,地形,家屋,人体等により遮蔽されて人体各臓器に到達する。放射性物質が核種によりどの程度の放射線を出してどの程度の時間で変化するかも,物理法則に従うものである。原爆の初期放射線の飛散状況は,このような放射線物理学等の科学的知見によ- 399 -って十分解明されるに至っている。これらの科学的知見を集積して完成したのが,DS86による被曝線量推定システムである。これは,大型コンピューターによって理論的に線量を推定するものであり,科学的に可及的に正確な値を導くことができ,信頼性は極めて高い。爆心地から遠距離地点において,DS86において計算値と計測値との不一致があるともされていたが,更に検討が行われ,平成15年3月に公表されたDS02においてDS86の正当性が改めて検証された。 (2)原告らは,DS86による線量評価が遠距離地点において過小評価され があるともされていたが,更に検討が行われ,平成15年3月に公表されたDS02においてDS86の正当性が改めて検証された。 (2)原告らは,DS86による線量評価が遠距離地点において過小評価されているという根拠として,広島の爆心地から2.05キロメートルの地点でのガンマ線の測定値がDS86による計算評価値の約2.2倍であった旨のAVらの報告を指摘するほか,遠距離被爆者及び入市被爆者について脱毛や下痢等の急性症状が見られたことを報告した調査結果の存在を指摘する。 しかしながら,広島の爆心地から2.05キロメートルの距離における測定値がDS86によるガンマ線の計算評価値の約2.2倍であったとしても,その測定値は,わずか0.129グレイ程度にすぎない。急性症状が生じる被曝線量は最低でも1グレイ以上とされており,さらに,脱毛は頭部に3グレイ以上,下痢は腹部に5グレイ以上であることは,今日における放射線医学の常識である。こうしたことからしても,爆心地からの遠距離地点における被曝線量の程度は,ごくわずかであることは明らかである。遠距離地点においてDS86による計算値と測定値とに仮に何らかの齟齬がみられるとしても,上記急性症状の原因を検討する上では,このような齟齬は無視し得る程度のもので,いずれにせよ,上記急性症状が生じ得る被曝線量には到底達していない。このことは,爆心地から距離が離れるにつれて距離の2乗に反比例して放射線量が低下するという放射線の物理的な性質からも裏付けられる。 そうであるならば,遠距離被爆者及び入市被爆者について,被曝による急- 400 -性症状としての脱毛等を生じさせるに必要な数グレイもの高レベルの被曝線量があったと考えることは,およそ放射線学の常識に反する不合理な結論である。脱毛等の急性症状が見られたとする調査結果は,疫 0 -性症状としての脱毛等を生じさせるに必要な数グレイもの高レベルの被曝線量があったと考えることは,およそ放射線学の常識に反する不合理な結論である。脱毛等の急性症状が見られたとする調査結果は,疫学的,統計学的な分析を踏まえたものではなく,原爆放射線被曝による急性症状と決めつけられるものではない。 したがって,原告らが指摘する調査報告等があるからといって,DS86の正確性が左右されるものではない。 審査の方針における残留放射線及び放射性降下物による被曝線量評価は正当であること原爆投下直後から複数の測定者が残留放射能及び放射性降下物の測定を行っており,それによると,爆発直後から無限時間までの爆心地での地上1メートルでの誘導放射能による積算線量は,広島で約0.50グレイ,長崎で0.18ないし0.24グレイであった。また,放射性降下物は,広島では己斐,高須地区,長崎では西山地区に特に多くみられることが確認され,爆発1時間後から無限時間までの地上1メートルの位置での放射性降下物によるガンマ線の積算線量は,広島の己斐,高須地区で0.006ないし0.02グレイ,長崎の西山地区で0.12ないし0.24グレイであった。審査の方針のうち,残留放射線(残留放射能による放射線)による被曝線量を定めた別表10,放射性降下物による被曝線量を定めた第一の四の3の表は,このような実際の調査結果を踏まえて作成されたものであり,これに勝る科学的知見は存在せず,これを用いることが最も科学的な推定方法というべきである。 審査の方針において内部被曝による被曝線量を考慮していないことは正当であること放射性降下物が最も多く堆積したと考えられる長崎の西山地区の住民について,昭和20年から昭和60年までの40年間にわたる内部被曝積算線量の算定が行われ,これに勝る科学的知 ないことは正当であること放射性降下物が最も多く堆積したと考えられる長崎の西山地区の住民について,昭和20年から昭和60年までの40年間にわたる内部被曝積算線量の算定が行われ,これに勝る科学的知見は存在しないところ,男性で0.0001- 401 -グレイ,女性で0.00008グレイと評価された。これは,自然放射線による年間の内部被曝線量(0.0016シーベルト=すべてガンマ線であった場合0.0016グレイ)と比較しても格段に小さいものであるから,審査の方針において内部被曝による被曝線量を考慮しないものとされたことは正当である。 審査の方針における原因確率による放射線起因性の判断方法は合理的であること審査の方針においては,確率的影響による疾病について,放影研が広島及び長崎の被爆者の線量推定値を基礎に疫学的手法を用いて算出したリスク推定値を基に,原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる原因確率を算定し,これを目安として,放射線起因性の判断をすることとされている。放影研が行った疫学調査は,大規模であり,疫学的にも極めて精度の高い調査であって,このような調査に基づいて算定された原因確率による判断方法に不合理な点はなく,これに勝る科学的な知見は存在しない。 本件各処分の適法性被告厚生労働大臣労働大臣は,本件各処分をするに当たって,疾病・障害認定審査会の分科会で,専門家により構成される原子爆弾被爆者医療分科会(医療分科会)に審査を行わせており,以上のような審査の方針を目安としつつ,高度に専門的な見地から原告らについては,いずれも放射線起因性は認められないと判断されたものである。 審査の方針では,原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定することとした上で,これらを機械的に適用して 判断 放射線起因性は認められないと判断されたものである。 審査の方針では,原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定することとした上で,これらを機械的に適用して判断するのではなく,高度に専門的な見地から,更に当該申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものとしているが,それは,高度に専門的な科学的知見に基づく判断であり,およそ科学的とはいえない判断が受け入れられるべきということにはならない。例えば,遠距離被爆- 402 -者等で被曝線量が低く,原因確率も10パーセント未満である場合に,いくら申請者が脱毛等の急性症状の既往歴を訴えたとしても,被曝線量からみて,それが放射線被曝に起因するものであるということがおよそできない以上,その既往歴を考慮して申請に係る疾病につき放射線起因性を認めることにならないのは当然である。この点は,内部被曝についても同様であり,いくら上記申請者が,被曝後の生活歴,環境因子として,内部被曝の可能性を示す事実を訴えたとしても,その被曝線量はごくわずかであるため,これを考慮して申請に係る疾病につき放射線起因性を認めることはできないことに留意すべきである。 本件各処分は,医療分科会での専門的な意見を踏まえてされたものであり,放射線起因性を否定した判断に誤りはなく,そうである以上,被告国が国賠法上の責任を負う余地もない第2原爆症認定の手続 申請手続被爆者援護法11条1項の規定による被告厚生労働大臣の認定を受けようとする者は,①被爆者の氏名,性別,生年月日及び居住地並びに被爆者健康手帳の番号,②負傷又は疾病の名称,③被爆時以降における健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病について医療を受け,又は原子爆弾に起因すると思われる自覚症 住地並びに被爆者健康手帳の番号,②負傷又は疾病の名称,③被爆時以降における健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病について医療を受け,又は原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要等を記載した認定申請書に,医師の意見書及び当該負傷又は疾病に係る検査成績を記載した書類を添付し,その居住地の都道府県知事を経由して,これを厚生労働大臣に提出するものとされている(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則12条)。 疾病・障害認定審査会の意見被告厚生労働大臣は,被爆者援護法11条1項に規定する認定を行うに当たり,申請疾患が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を除き,疾病・障害認定審査会の意見を聞かなければならない- 403 -(被爆者援護法11条2項)。これは,申請疾患が原爆放射線によるものかどうかの判断は極めて専門的なものであるため,医学・放射線防護学等の知見を踏まえて判断する必要があるとの趣旨によるものである。 審査会は,30人以内の委員により組織され,その委員及び臨時委員は,学識経験のある者のうちから厚生労働大臣が任命する。審査会には,被爆者援護法の規定に基づき審査会の権限に属する事項を処理するための医療分科会を始めとする分科会が置かれ,分科会に属すべき委員及び臨時委員は厚生労働大臣が指名する(審査会令5条1項及び2項)。 医療分科会の委員及び臨時委員は,放射線科学者や,現に広島・長崎において被爆者医療に従事する医学関係者,さらに内科や外科等の様々な分野の専門的医師等から指名された者であり,疾病の放射線起因性や要医療性の判断について高い識見を有する者である。 厚生労働大臣は,医療分科会の意見を慎重に検討した上で,当該認定申請について,被 々な分野の専門的医師等から指名された者であり,疾病の放射線起因性や要医療性の判断について高い識見を有する者である。 厚生労働大臣は,医療分科会の意見を慎重に検討した上で,当該認定申請について,被爆者援護法11条1項の認定処分又は却下処分を行う。 審査の方針の概要医療分科会は,放射線起因性及び要医療性の判断の方針として「原爆症認定に関する審査の方針」(乙第1号証)を定めているが,これは,被爆者援護法11条1項の認定に当たって目安となる方針であって,医療分科会の委員が審査に当たり,共通の認識として活用する趣旨のものである。 (1)審査の方針においては,「原爆放射線起因性の判断に当たっては,申請疾病における原因確率及びしきい値を目安として,当該申請疾病の原爆放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断する」こととしている。ここでいう原因確率とは,原爆放射線によって誘発された疾病発生の割合のことであり,しきい値とは,確定的影響(低線量の被曝では影響は出現しないが,ある一定の線量以上の放射線に被曝すると影響が出現し,線量の増加に伴い症状が重篤になるもの)において被曝による症状が発生するための最低限の線- 404 -量をいう。 (2)原因確率は,申請疾患,申請者の性別の区分に応じて適用される別表により,申請者の推定被曝線量と被爆時の年齢によって算定する。申請者の推定被曝線量は,初期放射線による被曝線量(申請者の被爆地及び爆心地からの距離の区分及び遮へい物の有無に応じて定められる)に,残留放射線による被曝線量(申請者の被爆地及び爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定められる。)及び放射性降下物による被曝線量(原爆投下の直後に特定の地域に滞在し,又はその後,長時間にわたって当該特定の地域に居住していた場合について定められる。) 爆発後の経過時間の区分に応じて定められる。)及び放射性降下物による被曝線量(原爆投下の直後に特定の地域に滞在し,又はその後,長時間にわたって当該特定の地域に居住していた場合について定められる。)を加えて算定する(なお,前述のように実際の初期放射線による被曝線量は,審査の方針別表9ではなく,審査会線量推定表によって算定している。)。 (3)求められた原因確率がおおむね50パーセントを超える場合は,当該申請疾患について,一応,原爆放射線による一定の健康影響の可能性があると推定し,原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定することとした上で,これらを機械的に適用して判断するのではなく,高度に専門的な見地から,更に当該申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものとしている。 (4)また,原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,高度に専門的な見地から,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するものとしている。 第3審査の方針を目安として放射線起因性の有無を判断することの合理性 最高裁判所平成12年7月18日第三小法廷判決(判例時報1724号29ページ。以下「最高裁平成12年判決」という。)は,被爆者援護法の前身である原子爆弾被爆者の医療等に関する法律所定の原爆症認定の要件である放射- 405 -線起因性の意義及びその立証の程度について,「法7条1項は,放射線と負傷又は疾病ないしは治ゆ能力低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解すべきである」とし,「訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義 の立証の程度について,「法7条1項は,放射線と負傷又は疾病ないしは治ゆ能力低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解すべきである」とし,「訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきであるから,法8条1項の認定の要件とされている放射線起因性についても,要証事実につき『相当程度の蓋然性』さえ立証すれば足りるとすることはできない。」と判示した。この判例は,被爆者援護法についても妥当するから,原爆症認定の要件である放射線起因性の判断は,最終的には,訴訟上の因果関係としての「高度の蓋然性」によって決まるということになる。 放射線起因性の判断は,これまでに多くの確立した科学的・医学的知見が存在するから,当然こうした科学的・医学的知見に基づいて行わなければならず,これらの知見から離れて行い得るものではない。審査の方針において,放射線起因性の判断をするために用いられる,原因確率,原爆放射線の被曝線量(初期放射線による被曝線量の値に残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の値を加えて得られる。)等は,いずれも原子物理学,放射線学,疫学,病理学,臨床医学等の高度に専門的な科学的・医学的知見に基づくものである。 審査の方針において,原因確率がおおむね10パーセント未満ということは,放射線被曝の有無に関係のない自然発生の疾病である可能性が90パーセント以上あるということであり,通常は,放射線起因性について高度の蓋然性があるとは認め難いというべきである。 そして,審 うことは,放射線被曝の有無に関係のない自然発生の疾病である可能性が90パーセント以上あるということであり,通常は,放射線起因性について高度の蓋然性があるとは認め難いというべきである。 そして,審査の方針においては,原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査は当然のこととして,原因確率が設けられている疾病等に係る審査にお- 406 -いても,例え原因確率が10パーセント未満であっても,それのみから機械的に放射線起因性を判断するのではなく,当該申請者に係る既往歴等,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものとしている。 そうである以上,原爆症認定の要件である放射線起因性の有無を判断するに当たって,このような審査の方針を目安とすることには十分な合理性があるというべきである。 第4審査の方針における初期放射線の評価が正当であること-DS86の正当性 放射線被曝線量の算定の必要性,重要性一般的に疾病の要因には様々なものがあり,放射線被曝の有無におよそ関係なく,発症し得るものである。放射線被曝が発症等に関与した可能性があるとしても,放射線被曝特有の症状が現れるわけではないため,当該被爆者個人の症状を分析しても,被曝から発症まで長期間が経過し,その疾病の発症要因が合理的に特定できて,放射線起因性がないことが明らかな場合を除き,その疾病が放射線被曝によって生じたものか否かを判別することは極めて困難である。 しかし,今日,放射線の影響について多くの知見が蓄積されており,この知見を活用して当該疾病が放射線に起因するものか否かを推論することは可能である。 すなわち,放射線の人体への影響を疾病等の出現の態様から見てみると,ある一定の線量以上の放射線に被曝すると影響が出るもの(確定的影響)と,被曝した放射線量が多いほど影響の出現する確率が高ま ある。 すなわち,放射線の人体への影響を疾病等の出現の態様から見てみると,ある一定の線量以上の放射線に被曝すると影響が出るもの(確定的影響)と,被曝した放射線量が多いほど影響の出現する確率が高まるもの(確率的影響)があることが明らかになっている。 確定的影響であれば,当該被曝線量以上の放射線に被曝していることが明らかになれば,放射線起因性を肯定する有力な事情になる。 確率的影響であれば,被曝線量が多ければ多いほど放射線に起因した疾病である可能性が高まるということになるから,被曝線量は,放射線起因性を判断する有力な情報となる。 - 407 -このようなことから,当該疾病が放射線に起因するか否かの判断をするに当たっては,当該申請者が被曝した放射線量を把握する必要があり,かつ重要なのである。 そして,審査の方針では,日米の放射線学の第一人者が開発した広島及び長崎における原爆放射線の線量評価システム(DS86)に基づく初期放射線による被曝線量を前提として,放射線起因性の判断をしている。 原爆放射線推定方式であるDS86の正当性(1)DS86の概要原子爆弾(原爆)による初期放射線は,物理法則に従って発生し,容器の外部に射出(漏出)し,空中を伝播(輸送)し,地形,家屋,人体等により遮蔽されて人体各臓器に到達する。放射性物質が核種によりどの程度の放射線を出してどの程度の時間で変化するかも,物理法則に従うものである。 原爆の初期放射線の飛散状況は,このような放射線物理学等の近時の科学的知見によって十分解明されるに至っている。これらの科学的知見を集積して完成したのが,DS86による被曝線量推定システムであり,広島・長崎の被爆者データを放射線防護の基準の考察に用いることを目的として開発されたものである。 すなわち,DS86は,原爆の爆弾としての出 て完成したのが,DS86による被曝線量推定システムであり,広島・長崎の被爆者データを放射線防護の基準の考察に用いることを目的として開発されたものである。 すなわち,DS86は,原爆の爆弾としての出力,ソースターム(爆弾から放出される粒子や量子の個数及びそのエネルギーや方向の分布),最新の計算方法による空気中カーマ(被爆者の周囲の遮蔽を考えない場合の被曝線量),遮蔽カーマ(被爆者の周囲の構造物による遮蔽を考慮した被曝線量),臓器線量(人体組織による遮蔽も考慮した被曝線量)の計算モデルを統合し,被爆者の遮蔽データを入力して臓器の吸収線量など各種の線量を計算するシステムである。当時としては,最高の大型コンピュータを駆使した膨大な計算結果に基づいて作成されたものであり,その信頼性には極めて高いものがある。そして,原子力発電所や医用放射線の線量推定にも応用されてきてい- 408 -る。 (2)遠距離地点において計算値と測定値とに齟齬がみられるとしても,被曝線量の測定値自体は極めて低く,無視し得る程度のものであること原告らは,広島の爆心地から2.05キロメートルの距離で採取された試料から熱ルミネッセンス法を用いて得られた測定値がDS86によるガンマ線の計算評価値の約2.2倍であった旨のAVらの報告(甲第35号証)を根拠に,DS86におけるガンマ線の計算評価値と測定値とが乖離している旨を主張する。 しかしながら,広島の爆心地から2.05キロメートルの距離における測定値がDS86によるガンマ線の計算評価値の約2.2倍であったとしても,その測定値は,わずか0.129グレイ程度にすぎない。急性症状が生じる被曝線量は最低でも1グレイ以上とされており,脱毛は頭部に3グレイ以上,さらに下痢は腹部に5グレイ以上であることは,今日における放射線医学の常識で か0.129グレイ程度にすぎない。急性症状が生じる被曝線量は最低でも1グレイ以上とされており,脱毛は頭部に3グレイ以上,さらに下痢は腹部に5グレイ以上であることは,今日における放射線医学の常識である。こうしたことからしても,爆心地からの遠距離地点における被曝線量の程度は,上記急性症状が生じ得る被曝線量と比較すると,ごくわずかであることは明らかであり,遠距離地点においてDS86による計算値と測定値とに齟齬がみられるとしても,上記急性症状の原因を検討する上では,このような齟齬は無視し得る程度のもので,いずれにせよ,上記急性症状が生じ得る被曝線量には到底達していないものであるといわなければならない(DS86による計算値の正当性がDS02によって検証されたことは,後記(4)のとおりである。)。 (3)爆心地から1.5キロメートル以遠の地点で被爆した人の中に脱毛や下痢を訴えた人がいたとしても,被曝による急性症状とはいえないことア大阪地裁平成18年5月12日判決(以下「大阪地裁判決」という。)は,原爆投下からさほど時を経ずして行われたと認められる日米合同調査団報告書に係る調査,東京帝国大学医学部新量販の原子爆弾災害調査報告- 409 -に係る調査(昭和20年10月実施),BK教授らの「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察」に係る調査(昭和20年10月から同年12月にかけて実施)及びBR医師の「原爆残留放射能障碍の統計的観察」に係る調査(昭和32年1月から同年7月にかけて実施)の各結果を検討すれば,広島についても長崎についても,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者で脱毛や紫斑ないし皮下出血が生じたとするものが一定割合存在する事実が認められるのみならず,これらの症状(特に脱毛)を生じたとする者の割合が爆心地からの距離が遠ざ キロメートル以遠において被爆した者で脱毛や紫斑ないし皮下出血が生じたとするものが一定割合存在する事実が認められるのみならず,これらの症状(特に脱毛)を生じたとする者の割合が爆心地からの距離が遠ざかるにつれて減少する傾向が明らかに認められ,しかも,被爆時における遮蔽の有無や程度によって有意な差が確認でき,東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告に係る調査においては,頭部脱毛に方向性ありと考えられる例は約1パーセントあったことをも併せ考えると,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者に生じたとされる脱毛等の症状は少なくともその相当部分については放射線による急性症状であるとみるのが素直というべきであり(甲第244号証379ページ),その相当部分は原爆の初期放射線によるものと考えるのが素直であると決めつけ,これをもってDS86及びDS02の計算値が少なくとも約1500メートル以遠において過小評価となっているのではないかとの合理的疑いを生じさせるに足りるものであると判示した(同381ページ)。 イしかしながら,爆心地からの遠距離地点における被曝線量が,脱毛の原因となり得るようなものに到底達するものではないことが,広島の爆心地から2.05キロメートルの距離におけるガンマ線の測定値とDS86による計算値によって的確に裏付けられていることは,上記(2)のとおりである。原爆の初期放射線の飛散状況からしても,爆心地から約1500メートル以遠の地点において,被曝による急性症状としての脱毛等を生じさせるに必要な数グレイもの高レベルの被曝線量があったと考えることは不- 410 -合理であり,およそ放射線物理学の常識に反するものである。全身にそのような高レベルの被曝があれば,脱毛程度の症状にとどまるはずはなく,感染症等の重大な合併症 があったと考えることは不- 410 -合理であり,およそ放射線物理学の常識に反するものである。全身にそのような高レベルの被曝があれば,脱毛程度の症状にとどまるはずはなく,感染症等の重大な合併症を発症させるものであることに留意しなければならない。 ウ大阪地裁判決が指摘する調査結果は,戦後間もないころに実施されたものであり,脱毛といっても,どの程度の症状のものを念頭において調査したものかについては判然とせず,脱毛について,被爆者ではない非曝露群との比較をしたものでもない。その内容をみても,疫学的,統計学的な分析を踏まえたものではなく,大阪地裁判決が判示するように,爆心地から2キロメートル以遠において,急性症状(特に脱毛)を生じたとする者の割合が爆心地からの距離が遠ざかるにつれて減少する傾向が明らかに認められ,しかも,被爆時における遮蔽の有無や程度によって有意な差が確認できるなどと評価し得るものではない。 被調査者に対し,原爆被害の調査であることを明らかにし,先入観を与えた上で,各自の被害状況を調査した場合には,自らの脱毛も被曝によるものではないかと疑い,これを回答することがあったとしても何ら不自然なことではないのである。疫学や統計学に精通しないまま,一部の調査結果で指摘された発症率のみをとりあげてこれを比較し,被曝による急性症状が認められるなどと決めるつけることは,許されるものではない。 エそもそも,脱毛には,いろいろな症状及び発生原因がある。実際に,当時の栄養状態について見てみると,終戦後の昭和21年,22年において,蛋白質,ビタミンB2,カルシウム等が著しく不足していたのであるから,昭和20年においては,これと同程度ないしそれ以上に不足していたものと推測される。蛋白質は毛髪の成長に重要な栄養素であるから,これが不足すれば,毛 2,カルシウム等が著しく不足していたのであるから,昭和20年においては,これと同程度ないしそれ以上に不足していたものと推測される。蛋白質は毛髪の成長に重要な栄養素であるから,これが不足すれば,毛髪の成長を阻害することが考えられるし,ビタミンB2は,これが欠乏すれば脂漏性皮膚炎を引き起こすことが考えられ,当時入浴や- 411 -洗髪もままならず,衛生状態が悪化していたことも加わり,脱毛を引き起こした可能性は,十分に考えられる。さらに,もともと,8月から9月にかけての時期は抜け毛の多い時期であり,また,原爆投下直後の入市者には,炎天下を長時間歩き回ったり,救護作業に従事していた者も多いから,平常時では考えられないくらいの蓄積疲労や持続するストレスがあいまって脱毛を引き起こした可能性も,十分に考えられる。 大阪地裁判決が指摘した日米合同調査団報告書は,爆心地からの距離が2.1キロメートルないし2.5キロメートルで515人中37人(7. 2パーセント)が脱毛の症状を訴えたとしているが,当時の状況にかんがみると,10ないし20パーセント程度の国民が脱毛の症状を訴えていたからといって,何ら不自然なことではないのであり,非曝露群との対照もされていない以上,上記調査における脱毛が被曝によるものであると決めつけることなどできないことは明らかである。 オそうである以上,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者に生じたとされる脱毛等の症状は少なくともその相当部分については放射線による急性症状であるとみるのが素直であると決めつけ,これをもってDS86及びDS02の計算値が少なくとも約1500メートル以遠において過小評価となっているのではないかとの合理的疑いがあるとした大阪地裁判決は,現代における放射線物理学,放射線医学の常識に反するものと 6及びDS02の計算値が少なくとも約1500メートル以遠において過小評価となっているのではないかとの合理的疑いがあるとした大阪地裁判決は,現代における放射線物理学,放射線医学の常識に反するものというほかない。 (4)DS02によってDS86の正当性が検証されたことアDS02策定の経緯日米の原爆放射線量評価実務研究班は,引き続き被曝線量システムについての研究を進めていたところ,平成15年(2003年)3月,その知見を集積・統合し,DS86を更新する線量推定方式としてDS02を策定した。 DS02は,DS86における評価方法を踏襲した上で,更に進歩した最新の超- 412 -大型コンピュータを駆使し,最新の核断面積データ等を使い,かつDS86よりも緻密な計算を用いることにより,DS86よりも高い精度で被曝線量の評価を可能としたものである。DS02策定に当たりされた研究は,DS86の評価方法の正当性を改めて検証する結果となった。 イ放射線量の再計算(ア)出力の推定DS02においては,爆弾の出力を計算するための最新の理論計算により再計算がされ,広島型原爆の出力が15キロトン(kt)から16キロトン(kt)に修正されたほか,放射化測定値に最適化するプログラムの開発により,爆発高度が580mから600mに修正された。 他方,長崎型原爆は,DS02の再検討においてもDS86時とほぼ同様の結果が示され,出力・爆発高度ともに再考の必要性はなかった。 (イ)ソースタームの評価ソースターム(線源項)は,現代の最新の放射線物理学に基づき,核分裂で放出された放射線が爆弾の外殻材料を透過した後のエネルギー分布や方向分布を算定したものであるが,新しい核断面積データ等を用いて,エネルギー分布をより精緻にし,高い精度の結果を得た。すなわち,DS02において 放射線が爆弾の外殻材料を透過した後のエネルギー分布や方向分布を算定したものであるが,新しい核断面積データ等を用いて,エネルギー分布をより精緻にし,高い精度の結果を得た。すなわち,DS02においては,長崎型原爆において43パーセント,広島型原爆において31パーセント即発ガンマ線のモル数が増えたが,即発ガンマ線のガンマ線全体に対する割合は約4パーセントにすぎず,合計ガンマ線の約1パーセントの増加にしかならないということが明らかとなった。 その結果,DS02の中性子,ガンマ線のソースタームは,全体的にDS86とよく一致しているとの結論に至った。 なお,DS02による出力修正の影響は,もともと,12キロトンないし20キロトンというDS86時の広島型原爆の出力の不確実性,すなわち系統的な推定誤差の範囲内の変更にすぎないので,DS02による出力推定の- 413 -修正は,ソースタームに影響しない。 (ウ)空中輸送計算(空中伝播計算)DS02における即発放射線に関する空中伝播計算は,DS86よりもエネルギーや距離・角度の分布につき細かく計算され,中性子199群,ガンマ線42群の核断面積データが離散座標法による計算に使用された。また,離散座標法により求められた放射化量及び線量の分布については,モンテカルロ法の計算結果と比較され,2つの解析法の一致度は1,500メートルまでプラスマイナス10パーセントの範囲に収まった。また,DS02においては,遅発放射線の計算についても,DS86開発時よりも優れた計算方法により求められた。 DS02により求められた中性子線・ガンマ線の空気中カーマ線量は,DS86と比較して,2.5キロメートルの範囲において10パーセント未満の違いであり,爆心地からの距離が1,000ないし2,500メートルの空気中カーマ線量の合計も ・ガンマ線の空気中カーマ線量は,DS86と比較して,2.5キロメートルの範囲において10パーセント未満の違いであり,爆心地からの距離が1,000ないし2,500メートルの空気中カーマ線量の合計もDS02による計算値がDS86に比べ広島で平均7パーセント,長崎で平均約9パーセント高いという結果が得られ,その結果,DS86とDS02により求められる空気中カーマ線量に有意な差がないことが明らかになった。 ウDS02における測定値の評価(ア)ガンマ線測定DS02においては,広島・長崎両市におけるガンマ線量測定値の再評価が行われ,各測定値の検証やバックグラウンド(測定に当たって,対象とする放射線源以外が計数される値)や熱ルミネッセンス法による測定自体の不確実性等が検討された。 その結果,現行の熱ルミネッセンス法による測定値のうち,爆心地から約1.5キロメートル以遠の測定値については,原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と同量となることから,バックグラウンド線- 414 -量の誤差が測定線量に大きく影響を与えるため,その測定値をもって正確なガンマ線量を評価することが不可能であることが判明した。 そして,DS02報告書では,DS02,DS86の各計算値と熱ルミネッセンス法によるガンマ線量の測定値との比較がされ,DS02の計算値の方がDS86の計算値よりも一致度が若干高いものの,測定値と計算値の全体的な一致度は,上記バックグラウンド線量の問題を考慮することにより,DS02と同様,DS86も良好であるという結論に至り,ガンマ線量の推定においてDS86による計算値の正当性が検証された。 (イ)熱中性子測定aコバルト60の放射化測定DS02報告書の研究では,DS86公開前に測定されたコバルト60の放射化測定値について,地上距離の補正な S86による計算値の正当性が検証された。 (イ)熱中性子測定aコバルト60の放射化測定DS02報告書の研究では,DS86公開前に測定されたコバルト60の放射化測定値について,地上距離の補正など若干の修正を加え,また,DS86公開後に測定されたコバルト60の放射化測定値を含めて,再検討された。 その結果,広島におけるコバルト60の放射化測定値とDS02における計算値につき,地上距離1300メートル以内においては,一つの例外(その理由については,「放医研による鉄輪試料のCo測定中にカ ウンターの較正あるいは操作に問題が生じたものと思われる。」と説明されている。)を除いて「全体的に良く一致した。」とされ,他方,地上距離1300メートル以遠のコバルト60の測定値とDS02における計算値については,一致しなかったものの,その原因について,検出器のバックグラウンドとの区別に起因するものとされた。 しかしながら,コバルト60は,半減期が5.271年と短い核種であるため,DS02策定時においては,測定に堪えるほどの放射能を有していなかったことから,コバルト60の精度の高い放射化測定値を得ることができず,DS02やDS86における中性子線の計算評価値を新たに測定さ- 415 -れた放射化測定値によって検証することができなくなっていた。 そのため,DS02報告書の研究では,コバルト60の放射化測定値につき,「DS02は距離600メートル(引用者注:空中距離の意味)ではCo 測定値と一致するが,それ以遠では不確実性が大きすぎてこれ以上の結論を下すことが出来ない。」とされた。 他方,長崎型原爆については,コバルト60の放射化測定値とDS02の計算評価値とは「概ね一致」したとの評価となったが,近距離においても大きな差異を示す測定値が存在した。そ とが出来ない。」とされた。 他方,長崎型原爆については,コバルト60の放射化測定値とDS02の計算評価値とは「概ね一致」したとの評価となったが,近距離においても大きな差異を示す測定値が存在した。そこで,長崎型原爆と同型の原爆を使用して行った核実験で得られた放射化測定値とDS02と同じ方法により計算評価された推定値とを比較したところ,測定値との誤差が小さくなることが確認された。 bユーロピウム152の放射化測定DS86の公表後,ユーロピウム152の測定がされ,DS86における熱中性子の計算評価値と放射化測定値について爆心地近くでは計算評価値が高く,距離が離れるほど放射化測定値が計算評価値よりも高くなり,地上距離1000メートル以遠の遠距離においては,10倍以上異なるという結果がでて,DS86に系統的な問題があるのではないかという指摘がされた。 そこで,DS02報告書の研究では,DS86発表以降の広島・長崎におけるユーロピウム152の放射化測定のデータが収集され,再検討された。 その結果,試料中に含まれるユーロピウム152の放射能を検出する測定は,極めて微量の放射線を検出するものであり,爆心地から一定距離以遠離れると微量の放射線が自然界のバックグラウンド放射線のレベルを下回るため,検出限界となることが明らかになった。 DS02報告書の研究では,金沢大学において,上記広島大学で測定に使用されていた試料を用いて,より精度の高い測定法によって,ユー- 416 -ロピウム152の放射化測定がされた。 同測定の結果得られたユーロピウム152の放射化測定値とDS02による計算評価値とを比較すると,よく一致していることが判明し,「本研究によって,Euの実測値と計算値の不一致が解決され」た,すな わち,地上距離1000mを超える距離においても とDS02による計算評価値とを比較すると,よく一致していることが判明し,「本研究によって,Euの実測値と計算値の不一致が解決され」た,すな わち,地上距離1000mを超える距離においてもDS02の計算評価値の正当性がユーロピウム152の放射化測定値によっても検証されたのである。このことは,同時にDS02とほぼ同じ数値を推定しているDS86の計算評価値の正当性を検証するものであり,従前の1000メートル以遠において10倍以上の差違が存在すると言われていたユーロピウム152の放射化測定値が測定方法を改善することによってDS86,DS02の計算評価値と合致することを明らかにした。 c塩素36の放射化測定DS02報告書の研究では,試料の熱中性子線を測定するため,塩素36を対象に加速器質量分析法(AMS)によって測定する実験を行うとともに,同測定法のバックグラウンド等による測定限界について検討がされた。DS02報告書の研究においては,アメリカ,ドイツ,日本の各国においてそれぞれ測定がされた。 アメリカにおける加速器質量分析法(AMS)による測定は,国立DI研究所,Pudue大学PRIME研究室,ロチェスター大学のAMS施設でされた。その結果,「花崗岩およびコンクリート(コンクリート表面を除く)中のClの測定値は,爆心地付近からCl/Cl比がバックグラウ ンドと鑑別不可能になる距離までDS02と一致する。」との結論に至った。また,同研究により,従前測定された1400メートル付近における塩素36の放射化測定値(AXら1992)がDS86,DS02の計算評価値と一致しなかった原因について,同測定に高いバックグラウンドを示す表面セメントを試料としていたことに起因するものであって,高い- 417 -表面の測定値が原爆の射出した 86,DS02の計算評価値と一致しなかった原因について,同測定に高いバックグラウンドを示す表面セメントを試料としていたことに起因するものであって,高い- 417 -表面の測定値が原爆の射出した中性子により生成されたものではないことが明らかになった。 ミュンヘンのAMS施設での測定の結果は,DS02に基づく評価計算値と遠距離においても実験上の不確実性の範囲内で一致していたほか,試料の表面付近の花崗岩及びコンクリート試料を用いた塩素36の放射化測定によって,爆央から1300メートル以遠の試料になると,宇宙線並びにウラニウム及びトリウムの崩壊が放射化測定値に大きな影響を与えることが確認され,同結果に基づき,爆央から1300メートル以遠の距離の放射化測定値が大きな測定誤差を内包している可能性があることが確認された。 さらに,日本の筑波大学においても,AMSシステムを用いた花崗岩試料の塩素36の測定がされた。その結果,地上距離1,100メートル以内においては,放射化測定値とDS02の計算評価値がよく一致していることが確認され,バックグラウンド測定値から地上距離1,100メートル以遠の試料の塩素36の測定が困難であることが確認された。 dユーロピウム152と塩素36の相互比較一般に,微量な放射能の測定のように測定値の誤差要因が大きい場合,測定値の信頼性を高めるため,数種の試料を異なる研究機関で異なる方法を用いて測定し,それらを相互比較することにより,測定値の信頼性を検証する方法が用いられる。そこで,DS02報告書の研究では,再測定されたユーロピウム152と塩素36の各放射化測定値の相互比較によって,これら測定結果自体の検証を行うとともに,相互比較された放射化測定値とDS02の計算評価値とを比較することにより,DS02の計算評価値の正当性 ム152と塩素36の各放射化測定値の相互比較によって,これら測定結果自体の検証を行うとともに,相互比較された放射化測定値とDS02の計算評価値とを比較することにより,DS02の計算評価値の正当性の検証を行った。 DS02報告書の研究においては,爆心からの地上距離135メートルから1177メートルまでの試料につき相互比較試験が実施された。 - 418 -同研究の「結論」として,「相互比較研究を実施した。1200メートル以内で被曝した9つの花崗岩サンプルとEuとClの標準液を“熱外中性子場”照射したサンプルを使用した。 Euのデー(引用者注:「デー タ」の誤記)は金沢大学の尾小屋で測定して得られ,Clのデータは アメリカのリバモアとドイツのミュンヘンで測定し得られた。今回の相互比較の結果EuとClデータはお互いに合っているだけでなくDS0 2とも一致した。ただしアメリカで測定された旧県庁(引用者注:地上距離877メートル)と光善寺のデータ(引用者注:地上距離1177メートル)のデータは一致がよくない。しかしながら,Euのデータは全体として少しだけ(14%)Clのデータより大きい傾向があった。この理由については将来散乱断面積など各種の要因を検討しチェックする必要がある。」と記載するとおり,相互比較された放射化測定値とDS02の計算値とが一致していることが確認され,DS02の正当性が検証された。 eまとめDS02においては,上記のとおり,DS86における広島の熱中性子線に関する測定値と計算値との不一致について検討した結果,測定値の方の精度に問題があることが判明し,バックグラウンドや測定限界を考慮して,改めて検証したところ,計算値と測定値が一致することが判明した。 (ウ)速中性子測定aリン32の放射化測定 ,測定値の方の精度に問題があることが判明し,バックグラウンドや測定限界を考慮して,改めて検証したところ,計算値と測定値が一致することが判明した。 (ウ)速中性子測定aリン32の放射化測定放射線により硫黄中に発生したリン32を測定することにより速中性子線を測定する方法は,DS86開発時の研究において実施され,「爆心地から数百メートル以内の距離では,計算と測定との間に大きな隔たりはみられない。それ以上の距離では,一致しているかどうかを言う- 419 -には測定値の誤差が大きすぎる。」との結論が得られていた。 DS02報告書の研究では,測定されたリン32の放射能測定値の再評価がされ,試料の位置の修正等がされ,その結果,広島型原爆については,「爆心地近くではDS86とDS02は両方ともP測定値と良く一致して いる。」との結論に至った。 bニッケル63の放射化測定放射線により放射化された銅試料中のニッケル63を測定することにより,原爆の放射線の中の速中性子を測定する方法が開発され,速中性子の再測定が可能となった。DS02報告書の研究では,ニッケル63を測定するに当たり加速器質量分析法(AMS)と液体シンチレーション計数法が使用された。 加速器質量分析法(AMS)を用いた測定は,DS02報告書において「爆心地から700m以遠における爆弾に起因する速中性子について最初の信頼できる測定値が得られ」,「これらのNi測定結果の主な意義 は,原爆被爆者の位置に最も関係のある距離(900-1500m)における速中性子の測定値が初めて得られたことにある。」と述べられるように,遠距離で採取された試料について,信頼性のある速中性子線の測定値の検出に成功し,その結果,広島型原爆について,「『バックグラウンド』を差し引いた後のデータを1945年 にある。」と述べられるように,遠距離で採取された試料について,信頼性のある速中性子線の測定値の検出に成功し,その結果,広島型原爆について,「『バックグラウンド』を差し引いた後のデータを1945年に対して補正すると,広島の銅試料中のNi測定値はDS02に基づく試料別計算値と良く一致す る。DS86に基づく計算値との比較でも,日本銀行の場合を除いて良く一致する。」とされ,DS86及びDS02の計算評価値の正当性が検証された。 また,DS02報告書の研究では,液体シンチレーション計数法によるニッケル63の測定がされた。同測定においては,上記加速器質量分析法(AMS)から得られたバックグラウンドデータを使用して測定がされ,- 420 -その結果,上記加速器質量分析法(AMS)の結果とよく一致した。 (エ)測定値と計算値との比較DS02報告書の研究で再評価されたガンマ線,熱中性子線,速中性子線の各測定値とDS02,DS86の計算評価値とを改めて比較した。 その結果は,DS02の計算評価値と各測定値との比較につき,「爆心地から地上距離が2500メートルに至るまでのDS02自由場フルエンス計算値は,ガンマ線,熱中性子および速中性子の放射化によって,測定値と透過係数の不確実性の限度内で確証されている。」とDS02の自由場放射線フルエンス(出力・ソースタームの評価,空中輸送計算を経て得られた数値)の正当性を検証するものであった。 DS02における自由場放射線フルエンスが検証されたことは,同様の計算方法により評価されている遮へい計算や臓器線量の計算方法の正当性が検証されたことを意味する。 エ小括以上のとおり,DS02の研究によって,DS86の原爆線量評価システムの正当性が改めて検証されたということができる。 審査の方針の合理性(1)審 正当性が検証されたことを意味する。 エ小括以上のとおり,DS02の研究によって,DS86の原爆線量評価システムの正当性が改めて検証されたということができる。 審査の方針の合理性(1)審査の方針では,以上のようなDS86に基づく初期放射線による被曝線量を前提として,放射線起因性の判断をしているところ,DS86の内容が正当であることは,前記2のとおりである。 したがって,このようなDS86に基づいて初期放射線による被曝線量を定める審査の方針もまた正当性を有するものということができる。 (2)なお,審査会の放射線起因性の判断においては,初期放射線による被曝線量の値について,審査の方針別表9ではなく,審査会線量推定表が用いられている(被告ら準備書面(9)7ページ)。 この審査会線量推定表における値と審査の方針別表9における値とは若干- 421 -の違いがみられる。 しかし,いずれもDS86を基に策定されたものであって,値の相違は,端数処理の方法による相違に基づくものであり,審査の方針別表9が正当ではないということを意味するものではなく,より適正な判断を行うために審査会線量推定表を用いているのである。すなわち,審査会線量推定表では,爆心地からの距離が1,500メートルの場合,広島で49.6センチグレイ,長崎で90.4センチグレイと小数点以下までの正確な数値を示すことができる。しかしながら,基準値として一般に公開する際は,このような数値の羅列はわかりにくい。そこで,審査の方針別表9では広島で50センチグレイ,長崎で90センチグレイというように理解しやすい表記になっている。 上記のように算出根拠はDS86で同一であり,別表9を実際の被爆者の線量推定に用いても,問題は生じない。しかしながら,より厳密な評価を行うために審査会線量推定表が存在 理解しやすい表記になっている。 上記のように算出根拠はDS86で同一であり,別表9を実際の被爆者の線量推定に用いても,問題は生じない。しかしながら,より厳密な評価を行うために審査会線量推定表が存在するのである。 したがって,審査会線量推定表を用いて初期放射線による被曝線量の値を算定することは,DS86の合理性に何ら影響を及ぼすものではなく,むしろ正確性において正当というべきである。 第5審査の方針における残留放射線及び放射性降下物による被曝線量評価が正当であること 残留放射線及び放射性降下物の線量評価(1)残留放射能の調査残留放射能の測定は,1945年(昭和20年)8月10日から大阪帝国大学調査団による調査が行われ,引き続き,京都帝国大学,理化学研究所調査団による調査が行われた。その後,同年9月から10月にはマンハッタン技術部隊,同年10月から11月には日米合同調査団により広島及び長崎において放射能測定が行われ,また,広島文理大の2名による測定も行われた。 これらの初期調査の結果,爆心地付近のほか,広島においては己斐,高須- 422 -地区,長崎においては西山地区で,残留放射能が高いことが判明した。 なお,放射性降下物については1975年(昭和50年)に,誘導放射能については1976年(昭和51年)以降被爆岩石中のユーロピウムの測定が行われているなど,残留放射能の調査はその後も引き続き行われた。 (2)誘導放射能(残留放射能)誘導放射能は,被爆生存者や早期入市者に対する被曝線量を推定する上で重要であり,前記(1)の調査結果から,1958年(昭和33年)以降,被爆者の誘導放射能による被曝線量の計算評価が行われるようになり,それによると,爆発直後から無限時間までの爆心地での地上1メートルでの誘導放射能による積算線量は,広島で約0 8年(昭和33年)以降,被爆者の誘導放射能による被曝線量の計算評価が行われるようになり,それによると,爆発直後から無限時間までの爆心地での地上1メートルでの誘導放射能による積算線量は,広島で約0.50グレイ,長崎で0.18ないし0. 24グレイであった。 DS86策定時における研究では,誘導放射能によって被爆者が最大でどの程度の線量を被曝したかを把握するため,DJ及びDKにより,被爆者が爆心地において爆発直後から無限時間まで滞在したと仮定した上で計算評価がされた(したがって,実際の被爆者の誘導放射能による被曝線量はこれより低いものになる。)。端的に言えば,残留放射能による被曝線量は,爆心地からの距離と入市時間と滞在時間に依存し,爆心地からの距離が大きくなり,爆発後の経過時間が長くなれば,被曝線量は急速に小さくなるということが示されたのである。 これらのデータに基づき,爆心地からの距離を100メートル間隔とし,積算線量も8時間ごととして,広島・長崎それぞれに残留放射線量を算定して作成されたのが,審査の方針における別表10である。そして,残留放射線による被曝線量の算定については,「残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定めるものとし,その値は別表10に定めるとおりとする。」と定めているしたがって,審査の方針における残留放射線による被曝線量の算定は,正- 423 -当である。 (3)放射性降下物広島における原爆は,ウランの核分裂により連鎖反応を起こさせたものであったが,ウランの核分裂の結果,放射性の核分裂生成物が生じた。これらの多くは火球とともに上昇し,上層の気流によって広範囲に広がったものと考えられる。核分裂生成物の多くは,高度の放射能を有するが短寿命核種であって,放射能は急 果,放射性の核分裂生成物が生じた。これらの多くは火球とともに上昇し,上層の気流によって広範囲に広がったものと考えられる。核分裂生成物の多くは,高度の放射能を有するが短寿命核種であって,放射能は急速に減衰するため,核分裂生成物が爆発から数時間後に降下するかどうかが人の被曝に関係してくる。 そこで,放射性降下物についても,被爆者に最大でどの程度の被曝線量を与えるかを把握するため,DS86の策定時に線量評価がされた。 広島及び長崎の原爆による降下物の量は,爆発後に両市で行われた線量測定により比較的正確に推定することができるところ,上記の研究において,放射性降下物は,広島では己斐,高須地区,長崎では西山地区に特に多くみられることが確認された。このことは,これらの地域がいずれも爆心地から約3キロメートル風下に位置し,かつ,これらの地域においては爆発の30分ないし1時間後に激しい降雨があったことに対応するものである。 そして,上記両地域において,被爆後数週間から数か月の期間にわたり,数回の線量率の測定が行われ,それらの測定値から爆発1時間後の線量率を推定し,任意の時間内における積算線量が求められた。 その結果,爆発1時間後から無限時間までの地上1メートルの位置での放射性降下物によるガンマ線の積算線量は,広島の己斐,高須地区においては1ないし3レントゲン(0.006ないし0.02グレイ),長崎の西山地区で20ないし40レントゲン(0.12ないし0.24グレイ)と推定された。 なお,上記積算線量は,爆発1時間後から無限時間まで当該地域に居続けた場合を仮定して得られた積算線量であるから,前記(2)の誘導放射能によ- 424 -る積算線量と同様,実際の被爆者の放射性降下物による被曝線量はこれより大幅に低下することになる。 これらの結果を踏まえ,審査の方針 られた積算線量であるから,前記(2)の誘導放射能によ- 424 -る積算線量と同様,実際の被爆者の放射性降下物による被曝線量はこれより大幅に低下することになる。 これらの結果を踏まえ,審査の方針は,放射性降下物による被曝線量については,「原爆投下の直後に特定の地域に滞在し,又はその後,長期間に渡って当該特定の地域に居住していた場合について定めることとし,その値は次のとおりとする。」と定め,当該特定の地域については,己斐又は高須(広島),西山3,4丁目又は木場(長崎)とし,被曝線量は,それぞれ,0.6ないし2センチグレイ,12ないし24センチグレイとしている。 したがって,審査の方針における放射性降下物による被曝線量の算定は,正当である。 BRの「原爆残留放射能障碍の統計的観察」が被曝による急性症状を的確に把握していたとは考え難いこと(1)BRは,広島市内の被爆生存者についてその被爆条件,急性原爆症の有無及び程度,被爆3か月の行動等を各人毎に調査し,昭和32年,「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(甲第20号証)において,「(1)広島原爆の直接被爆者又は非被爆者のうち原爆の直後爆心地から1.0キロ以内の地域に入り,10時間以上滞在した人々には容易く急性原爆症を起こしていた。 これは原爆の残留放射能に因ると思う。又その発した症状はそう軽くはなかった。(2)原爆1ヵ月後中心地付近に出入した非被爆者にはその後急性原爆症を発したものは殆んどなかった。(3)残留放射能が人体に障碍を与えた期間は大凡1ヵ月以内であった。この事実は原爆で二次的に出来た各種の同位元素が極めて半減期の短いものであったことを物語っている。」と結論づける報告をした。 (2)しかしながら,今日の放射線医学の進歩により,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ以上,脱 の同位元素が極めて半減期の短いものであったことを物語っている。」と結論づける報告をした。 (2)しかしながら,今日の放射線医学の進歩により,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ以上,脱毛が生じるのが3グレイ以上,さらに下痢が生じるのが5グレイ以上であることが明らかになっている。 - 425 -ところが,前記1のとおり,原爆投下直後から残留放射能の測定が行われており,残留放射線の程度は,このような急性症状が生ずるほどのレベルのものでない。このことは,放射能の物理的な性質からも裏付けられるところである。 (3)一口に脱毛といっても,いろいろな症状及び発生原因がある。当時の栄養状態や衛生環境を考えれば,10ないし20パーセント程度の国民が脱毛の症状を訴えていたからといって,何ら不自然なことではないのである。 発熱や下痢といった症状についても,炎天下に,原爆投下後の市内を長時間歩き回ったり,作業をしたことによって,一時的に脱水症や熱中症を引き起こした可能性や,当時蔓延していた赤痢等の感染症に罹患したために生じたことが考えられるのであり,BR自身もその所見が赤痢と同様であることを認めている。当時は,赤痢,腸チフス,パラチフスといった腸管感染症が蔓延しており,特に赤痢は前年の1.75倍の9万6462人もの患者が全国で発生し,8月,9月は特に患者が集中している時期であった。また,昭和21年の調査結果では,栄養障害から生じる慢性下痢が2パーセントを超す者に認められた月もある。 BRは,これらの症状をどの程度正確に把握し,調査したものかについては判然としない。被調査者に対し,原爆被害の調査であることを明らかにし,先入観を与えた上で,各自の被害状況を調査した場合には,自らの脱毛や下痢等の症状も被曝によるものではないかと疑い,これを回答するこ 判然としない。被調査者に対し,原爆被害の調査であることを明らかにし,先入観を与えた上で,各自の被害状況を調査した場合には,自らの脱毛や下痢等の症状も被曝によるものではないかと疑い,これを回答することがあったとしても何ら不自然なことではない。被曝による急性症状としての脱毛や下痢等が起こり得るようなレベルの被曝があれば,感染症等の重大な合併症を発症させるものであることにも留意しなければならない。甲第20号証の内容をみても,疫学的,統計学的な分析を踏まえたものではないことは明らかである。 (4)そうである以上,BRの「原爆残留放射能障碍の統計的観察」が被曝に- 426 -よる急性症状を的確に把握していたとは到底考え難いというほかない。 DA意見書は極めて恣意的な内容であること(1)DA意見書は,日本原水爆被害者団体協会(以下「被団協」という。)が実施したアンケート調査(平成16年(2004年)7月1日集計で889名の被爆者が回答。以下「被団協2004年調査」という。)から,①広島被爆者②被爆時在住地が爆心地から4キロメートル以遠③その後,広島市内(爆心地から2キロメートル以内)へ入市④8月6日に見られた「黒い雨」の直接的曝露の経験なし⑤昭和20年(1945年)末ころまでに脱毛を呈したことの5基準をすべて満たす29名を取り上げ,8月16日に入市したものがいることが,爆心地から1.8キロメートル離れた地点にも「脱毛」を訴えた者がいることから,昭和20年8月半ば以降においても,広島市内(爆心地から約2キロメートル)一円が放射線被曝急性症状である脱毛をもたらすような残留放射線の汚染環境であったと断じたものである(甲第78号証1,6,13ページ)。 (2)しかしながら,繰り返し述べたとおり,被曝による急性症状としての脱毛が 急性症状である脱毛をもたらすような残留放射線の汚染環境であったと断じたものである(甲第78号証1,6,13ページ)。 (2)しかしながら,繰り返し述べたとおり,被曝による急性症状としての脱毛が生ずるためには,3グレイ以上の放射線量が必要となるところ,そのようなレベルの放射線量は被爆直後においても測定されていないのであり,放射線の物理的性質からしても考えられないものである。 DA調査が基礎としている被団協2004年調査は,平成15年5月の被団協新聞の折り込みで,「遠距離被爆者・入市被爆者実態調査」を依頼し,被爆者から寄せられた回答を集計したもののようであるが,およそ60年前の記憶を呼び起こすことを要するものであり,その正確性や信頼性にはかなりの疑問があるといわなければならない。また,自己申告のアンケート調査を医学的な検討に供するためには,少なくとも症状を訴えた者についてさら- 427 -に詳細に調査するなどして,アンケート調査の限界を克服することが必要であるが,被団協2004年調査には,それがない。 以上によれば,DA調査は,客観性に乏しいアンケート結果に基づき,その症状の程度や内容も明らかではない「脱毛」の訴えを,殊更,原爆放射線の急性症状と決めつけ,昭和20年8月半ば以降においても,広島市内一円は残留放射線の汚染環境であったと断じたものであって,失当である。 (3)DA意見書が取り上げた29例の対象集団のうち事例02,03,10,14,19,25,26,27,29は,被団協2004年調査の番号11,16,187,602,199,605,135,156,153の事例であるとされているところ,この一覧表には,これらの事例の「急性症状」の発症時期が全く記載されておらず,脱毛がいつ起こったのかが全く分からない。 そして,事例01は,被 135,156,153の事例であるとされているところ,この一覧表には,これらの事例の「急性症状」の発症時期が全く記載されておらず,脱毛がいつ起こったのかが全く分からない。 そして,事例01は,被団協2004年調査の番号4の事例であるとされているところ,被団協2004年調査の集計結果である甲第40号証の12の一覧表には,この事例について,脱毛が発症したとは記載されておらず,また,事例17は,被団協2004年調査の番号102の事例とされているところ,甲第40号証の12の一覧表によれば,この事例の脱毛は,昭和21年以降に発症したものであり,そもそも自らが設定した基準を満たしていないものを含んでいる。さらに,脱毛については,昭和20年末ころまでに起こったものであったとしても,被曝後第10週を超えていれば,それは放射線被曝による急性症状とはいえないというべきであるが,これを甲第78号証意見書の対象集団についてみると,事例04,05,07,11,12,15,16,18,22,24,28は,被団協2004年調査の番号31,36,43,201,296,32,82,192,357,164,607の事例であるとされているところ,甲第40号証の12の一覧表の記載からは,これらの脱毛が被曝後第10週までに起こったのかどうかがはっきり- 428 -しない。その他の事例についても,甲第40号証の12の一覧表上,被爆後第10週までに発症した旨記載されていたとしても,脱毛以外の下痢,嘔吐等の諸症状も併せて記載されているため,はたして,脱毛が被爆後第10週までに発症したのかがはっきりしないものが多い。 DA意見書は,このような「脱毛」と放射線被曝との関連性を認めていることからしても,その科学的客観性には疑問があるといわざるを得ない。 「黒い雨」に関する原告らの のかがはっきりしないものが多い。 DA意見書は,このような「脱毛」と放射線被曝との関連性を認めていることからしても,その科学的客観性には疑問があるといわざるを得ない。 「黒い雨」に関する原告らの主張は失当であること(1)残留放射線の線量評価は適切に行われていることア原告らは,原爆投下直後にみられたいわゆる「黒い雨」の影響を殊更に強調し,「原爆放射線の人体影響については,初期放射線による外部被曝だけではなく,残留放射線や放射性降下物による被爆,とりわけ体内被曝が深刻かつ重大な要素になっているのであり,これを無視する線量評価は明らかに誤りがある」と主張する。 イしかしながら,前記1のとおり,被爆直後から放射性降下物の影響については十分な調査が行われ,審査の方針にもそれが反映されているのである。放射性降下物は,広島では己斐,高須地区,長崎では西山地区に特に多くみられることが確認されたが,それでも爆発1時間後から無限時間までの放射性降下物による積算線量は,前記1のとおりごくわずかである。 これらの残留放射線量が初期放射線量に比してかなり低いのは,時間とともに急速に低下するという放射能の性質によるものであり,自明の事柄というべきある。この程度の放射線量であれば,放射線医学の常識に照らしても,人体に影響を及ぼすほどのものでないことは明らかである。 ウ原告らは,「黒い雨」及び「黒いすす」を放射性降下物と同視しているようであるが,原爆直後にいわゆる「黒い雨」が見られたのは,火災によるすすが捲き上げられ,雨と一緒に降下したことによるものであり,このすすと,原爆の核分裂によって生成された放射性物質(放射性降下物)と- 429 -は必ずしも同じものではない。すなわち,己斐又は高須地区等に降った「黒い雨」及び「黒いすす」には放射性降下物が含まれて すと,原爆の核分裂によって生成された放射性物質(放射性降下物)と- 429 -は必ずしも同じものではない。すなわち,己斐又は高須地区等に降った「黒い雨」及び「黒いすす」には放射性降下物が含まれていたことが調査結果により推定できるのであるが,それ以外の地区に降った「黒い雨」及び「黒いすす」に放射性降下物が含まれていたことは,調査結果によっても何ら裏付けられてはいないのである。平成3年5月に報告された「黒い雨に関する専門家会議報告書」(乙第14号証)は,残留放射能の再測定,気象シミュレーション法による降下放射線量の推定をし,「黒い雨」に曝された群と曝されていない群の体細胞突然変異及び染色体異常の頻度を調査したが,「黒い雨」降雨地域における残留放射能の残存と放射線によると思われる人体影響の存在は認められなかったと結論づけているのである。 エ「審査の方針」においては,誘導放射線による残留放射線による被曝線量(第1の4の2)及び己斐又は高須地区等についての放射性降下物による被曝線量(第1の4の3))を考慮していることは,前記1において述べたとおりである。己斐又は高須地区等「審査の方針」に規定された地区以外での放射性降下物による被曝線量及び体内被曝による被曝線量を考慮していないのは,それらが原因確率の判断に当たっては影響しないようなごく微量にすぎないからである。 (2)放射性降下物の影響を受けた地域を広げようとする原告らの主張には根拠がないことア原告らは,広島原爆の黒い雨の降雨域は,CAらが1953年に報告した「宇田雨域」とされてきたが,降雨地域が原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基づく特別被爆地区に指定されたことから「政治問題化した」とし,「被爆者の中から「宇田雨域」以外でも黒い雨が降っていることが指摘されるようにな」り,これらの 域が原子爆弾被爆者の医療等に関する法律に基づく特別被爆地区に指定されたことから「政治問題化した」とし,「被爆者の中から「宇田雨域」以外でも黒い雨が降っていることが指摘されるようにな」り,これらの指摘をふまえ,ATらが平成元年に発表した雨域(増田雨域)は,「宇田雨域」のほぼ4倍に相当するものであったとした上,広島における爆心から5キロメートル以内で採取したサン- 430 -プルで検出されたセシウム137の放射能の値と降雨域を比較し,原子爆弾災害報告書に発表された雨域であるする「増田雨域」と放射性降下物による影響の関係も強く推認することができるなどと主張する。 イしかしながら,気象シミュレーション法を用いて推定した長崎の降雨地域は,これまでの物理的残留放射能の証明されている地域と一致することが確認されているのである。ATらが調査した降雨域は,原告らが主張するような経緯に照らしても,客観性のあるものかは相当疑わしいと言わざるを得ない。すなわち,AT論文自体が記載しているように,同論文の基礎とした資料には,「原爆投下直後から,43年近く経った現在までのものが混在して」おり,宇田雨域が健康診断特例地域に指定されてからは,地域指定を求める運動と関連して降雨を過大に報告する傾向が強くなったものというべきである。 ウそもそも,「黒い雨」や「黒いすす」と放射性降下物とは必ずしも同じものではないことは,繰り返し述べているとおりである。「黒い雨に関する専門家会議報告書」によっても,土壌中の残留放射線値は宇田・増田両降雨地域のいずれとも相関がみられないことが判明しているのである。 エ原告らが挙げる,セシウム137の放射能の値と降雨域との比較から,降雨域について増田雨域を証明しているとするAWらの論文(甲第169号証の2)をみても,その内容は,22の 判明しているのである。 エ原告らが挙げる,セシウム137の放射能の値と降雨域との比較から,降雨域について増田雨域を証明しているとするAWらの論文(甲第169号証の2)をみても,その内容は,22のサンプルのうち,増田雨域には含まれているが,宇田雨域に含まれていない18,22及び25の3点でセシウム137が検出されたというものにすぎず,同論文自体が,「全市にわたる降雨域を評価するにはサンプル数は十分ではない」,「サンプル2,3,13,14,および16は両方の地図の降雨域に位置しているが,しかし,セシウム137は検出限界より低い。」と認めているところであり,増田雨域が放射性降下物の分布と一致することが証明されたとすることはできない。 - 431 -この点,黒い雨に関する専門家会議では,AWらの論文をはるかに上回る約200地点の土壌から採取したセシウム137について,増田小雨域A,増田大雨域B,宇田小雨域C,宇田大雨域Dの内外のいずれでも有意な差はなく,特に放射能の大きい3重丸の点10地点に限っても,いずれも有意差は認められなかったとしている。 (3)「黒い雨に関する専門家会議報告書」の内容に不合理な点もないこと原告らは,「黒い雨に関する専門家会議報告書」に多くの問題があると主張する。 しかしながら,原告らの主張は,以下のとおり失当である。 ア「キノコ雲」の高度推定に不合理な点はないこと原告らは,「黒い雨に関する専門家会議報告書」における原爆雲の雲頂高度,横径の推定が改ざんされた写真によるものであると主張する。 しかしながら,乙第97号証54ページの写真は,撮影現場でトランショットを用いて地形や建造物の仰角を測定することで,写真上の距離と実際の角度(高度)との関係を検証するため,爆発後40ないし60分後の写真の中から,原爆雲の全体と,現在 の写真は,撮影現場でトランショットを用いて地形や建造物の仰角を測定することで,写真上の距離と実際の角度(高度)との関係を検証するため,爆発後40ないし60分後の写真の中から,原爆雲の全体と,現在に至っても変形していない地形や建造物が写っているものとして,「広島原爆戦災誌」第3巻口絵の写真(乙第98号証)を用いたものである。原告らが改ざんしたと主張する部分は,印刷物を作成する段階において,写真の下方及び左方がトリミング処理されてしまったことによるものにすぎず,黒い雨に関する専門家会議は,平成5年1月5日,同部分を差し替え訂正している。 なお,写真上の高度の測定は,トリミング前の写真を用いて測定されており,上記印刷上の問題は推定された雲頂高度や横径に影響するものではない。 原告らは,乙第97号証54ページの写真に手書きで矢印が書き入れられていることを指摘するが,同ページで見ても,横幅には矢印の左端- 432 -と右端にいずれも矢印があるのに対し,高さについては上端には矢印があるが下端には矢印がなく,下端がトリミング処理されていることは明らかである。 イ「火災の燃焼率」に不合理な点はないこと原告らは,黒い雨に関する専門家会議報告書添付の「気象シミュレーションによる広島原爆の放射性降下範囲について」(乙第97号証29ページ以下。以下「DB論文」という。)における燃焼率が適切でなかったなどと主張する。 しかしながら,原爆の熱線により広域に同時着火するという原爆直後の火災の性質からすれば,DB論文の燃焼率は合理的であり,黒い雨に関する専門家会議においても是認されているものである。 なお,仮に原告らの主張するように燃焼率を与え直して再計算すると,積雲の発達が遅れ,放射性降下物の落下はむしろ減少することになる。 ウ「雨量分布図」は必要でないこと いても是認されているものである。 なお,仮に原告らの主張するように燃焼率を与え直して再計算すると,積雲の発達が遅れ,放射性降下物の落下はむしろ減少することになる。 ウ「雨量分布図」は必要でないこと原告らは,DB論文においては,シミュレーションによる雨量分布図と宇田雨域,増田雨域との関連がどうなっているか示されていないと主張する。 しかしながら,DB論文は,放射性降下物の降下分布を推定したものであって,降雨地域を求めたものではないから,雨量分布図を示す必要はない。そして,放射性降下物の降下分布は,乙第14号証の1・5枚目表ないし6枚目表,乙第97号証73ないし90ページで示されている。 第6審査の方針において内部被曝による被曝線量を算出していないことが正当であること 内部被曝の概要内部被曝とは,呼吸,飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性物質による- 433 -被曝のことを指す。 DS86開発時においては,放射性降下物が最も多く堆積した地域である長崎の西山地区の住民について,セシウム137による内部被曝線量の推定がされた。 同推定は,ホールボディーカウンターによる西山地区住民の男性20名,女性30名中のセシウム137の測定を基礎としてされ,その結果,1945年(昭和20年)から1985年(昭和60年)までのこの地区における内部被曝による積算線量,すなわち40年間分の内部被曝線量の総計は男性で10ミリラド(0.01センチグレイ),女性で8ミリラド(0.008センチグレイ)と推定された(乙第9号証354,355ページ,乙第16号証219ページ)。 審査の方針においては,内部被曝による被曝線量を特に検討対象としていない。これは,上記のとおり,内部被曝による被曝線量を最大限に見積もったにしても0.01センチグレイ以下とごく微量であり,自 ジ)。 審査の方針においては,内部被曝による被曝線量を特に検討対象としていない。これは,上記のとおり,内部被曝による被曝線量を最大限に見積もったにしても0.01センチグレイ以下とごく微量であり,自然放射線による年間の内部被曝線量と比較しても格段に小さく,審査時の線量推定時に考慮を要しないと判断されたことによるものである。 したがって,審査の方針が内部被曝による被曝線量を放射線起因性の判断のための被曝線量として考慮していないことは正当である。 原爆の残留放射能による内部被曝が人体に影響を及ぼすとは考え難いこと(1)被爆者の内部被曝線量は自然放射線による被曝線量と比較しても非常に少ないこと内部被曝を評価する上で着目すべき放射性核種は,原爆の核分裂生成物(原爆粒)であるセシウム137とストロンチウム90である。 誘導放射化された土壌や可燃物から生成される放射性核種の半減期は,アルミニウム28が2.24分,マンガン56が2.58時間,ナトリウム24が15時間と短く,長期にわたって体内に残留して内部被曝を継続することはない。 - 434 -長崎原爆では,土壌中の放射性核種が他地域より高く検出された西山地区において,セシウム137の降下量は,最も高いAPとAQの推定値でも900ミリキュリー毎平方キロメートル(乙第16号証216ページ表3。最も初期に集められたAOの推定値では130ミリキュリー毎平方キロメートル。),すなわち,1平方センチメートル当たり3.3ベクレルであったと推定されており,爆心地付近ではこの10分の1程度と考えられている。 一方,広島原爆では,放射性核種が高く検出された己斐,高須地区においても,セシウム137の降下量は3から10ミリキュリー毎平方キロメートルとされ,AOの推定値で比較すれば西山地区の10分の1以下,上記で使用 島原爆では,放射性核種が高く検出された己斐,高須地区においても,セシウム137の降下量は3から10ミリキュリー毎平方キロメートルとされ,AOの推定値で比較すれば西山地区の10分の1以下,上記で使用したAPらの推定値と比較すると90分の1以下となり,爆心地付近ではこの10分の1程度と考えられている。 また,核分裂によるストロンチウム90の生成量はセシウム137より少ないので,ストロンチウム90の降下量がセシウム137のそれを超えることはない。 そうすると,放射性核種によって最も高濃度に汚染された西山地区の被爆者が水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種の量を一辺が10センチメートルの立方体の領域(1リットル)として,その放射能はいずれの放射性核種についても330ベクレル(3.3Bq/cm ×10cm×10cm)以下となる。 国際放射線防護委員会(ICRP)の線量換算係数によると,セシウム137を1ベクレル経口摂取したときに肝臓の受ける線量(等価線量)の50年間の合計は1.4×10シーベルト,ストロンチウム90では6.6×10シー-8-10ベルトであるから,330ベクレル経口摂取した場合の肝臓の受ける線量の50年間の合計は,セシウム137が4.6×10(0.0000046)シ-6ーベルト,ストロンチウム90が2.2×10(0.00000022)シ-7ーベルトとなる。同様に,セシウム137を1ベクレル経口摂取したときの実効線量(身体すべての組織・臓器の荷重された等価線量の和)の50年間の合計は成人で1.4×10シーベルト,ストロンチウム90では成人で2. -8- 435 -8×10シーベルトであるから,330ベクレルを経口摂取した場合の実-8効線量の50年間の合計は,セシウム137が4.6×10(0.00000-6 90では成人で2. -8- 435 -8×10シーベルトであるから,330ベクレルを経口摂取した場合の実-8効線量の50年間の合計は,セシウム137が4.6×10(0.00000-646)シーベルト,ストロンチウム90が9.2×10(0.000009-62)シーベルトとなる。 広島の,己斐及び高須地区以外の被爆者の被曝線量については,これらをはるかに下回ることになる。 他方,人体が自然放射線によって受ける全身の被曝線量は年間およそ0. 001シーベルトであり,50年間ではおよそ0.050シーベルトとなる。 すなわち,内部被曝による被曝線量は,最大限に見積もったとしても自然放射線による被曝線量の10000分の1以下にすぎない。 このように,原爆被爆者らの内部被曝による推定線量は,自然放射線による被曝と比較しても,非常に少ないといえる。 (2)体内に取り込まれた放射性核種は物理的崩壊により減衰するとともに,代謝過程を経て排泄されることさらに,セシウム137とストロンチウム90の半減期はそれぞれ約30年,29年であるが,体内に取り込まれた放射性核種は,その物理的崩壊による減衰だけでなく,各元素に特有の代謝過程を経て徐々に排泄される。 この代謝により半減する期間を生物学的半減期といい,物理学的半減期と生物学的半減期との相乗によって体内の放射能が半減する期間を有効半減期といい,これらの関係は以下のように示される。 =+有効半減期物理学的半減期生物学的半減期国際放射線防護委員会(ICRP)のモデルによれば,経口摂取されたセシウム137はそのすべてが胃腸管から血中に吸収され,10パーセントは生- 436 -物学的半減期2日で,90パーセントは生物学的半減期110日で体外へ排泄されるとされている。これによると,10年後に ム137はそのすべてが胃腸管から血中に吸収され,10パーセントは生- 436 -物学的半減期2日で,90パーセントは生物学的半減期110日で体外へ排泄されるとされている。これによると,10年後には7.3×10,す-11なわち100億分の1以下に減衰することになる。 一方,ストロンチウム90は,経口摂取されたうち30パーセントが消化器系を経由して血中に注入され,残りは便として排泄されるとされている。ICRPのモデルによれば,血液に1ベクレル注入された場合,10年後には軟組織全体に残留しているのは1.2×10ベクレルすなわち約8300-4分の1以下に減衰することになる。 なお,預託実効線量(体内摂取後50年間に受ける実効線量の積算)20ミリシーベルト(0.02シーベルト)に相当する体内摂取量を年摂取限度(ALI)という。セシウム137の年摂取限度は6メガベクレル(600万ベクレル)であり,ストロンチウム90の年摂取限度は107キロベクレル(10万7000ベクレル)である。 (3)ウラン235が内部被曝を引き起こしたとは考え難いことところで,AAほか著「共同研究広島・長崎原爆被害の実相」(甲第7号証)114ページ,同人の意見書(甲第48号証)38ページには,広島原爆の原料であるウラン235の一部(約45キログラム)が未分裂のまま環境中に放出され,内部被曝を引き起こしたかのような記載がある(そこでは,未分裂のウラン235が直径5ミクロンの酸化ウランの微粒子になったと仮定した上で,これが体内に摂取された場合の吸収線量は,年間127シーベルトであるとされている。)。 しかし,ウラン235の物理学的半減期は7.1×10年(約7億年)であ るところ,広島においてウラン235の残留が検出されたとの報告はなく,AA氏の意見書の「そのほとん トであるとされている。)。 しかし,ウラン235の物理学的半減期は7.1×10年(約7億年)であ るところ,広島においてウラン235の残留が検出されたとの報告はなく,AA氏の意見書の「そのほとんどが放射性降下物になって降下したと考えられる。」との見解は,飽くまでも推測でしかない。 むしろ,原爆の核分裂直後に形成された火球の温度は,最高で摂氏数百万- 437 -度に達したとされていることから,約45キログラムのウラン235が未分裂のままであったにしても,それらは気化(蒸発)してしまったと考えるのが自然である。また,原爆の爆発とともに爆発点に数十万気圧という超高圧がつくられ,周りの空気が大膨張して爆風となったとされていることから,気化したウラン235は,爆心地の近辺にとどまることなく,原爆の激しい爆風で大気中に拡散し希釈されて流れ去ったものと考えられる。したがって,広島原爆における未分裂のウラン235が放射性降下物として爆心地やその周辺に降下し,内部被曝を引き起こしたかのような主張は根拠がない。 なお,ウラン235は物理的半減期が上記のように非常に長いものの,体内での代謝が早いため,その生物学的半減期は15日であり,この点からしても,長期にわたって体内に残留して内部被曝を継続することはない。AA氏の上記試算は,この生物学的半減期を全く考慮に入れていない点でも,失当である。 また,AA氏の意見書は,長崎原爆では,約1キログラムのプルトニウム239が核分裂し,残りの約10キログラムが未分裂のままであったとしており,この点については,被告らとしても,その可能性を否定するものではない。しかしながら,広島原爆同様,未分裂のプルトニウム239は,摂氏数百万度の高熱の中で気化したと考えられること,爆発点では超高圧が作られ,周りの空気が大膨張して爆風 その可能性を否定するものではない。しかしながら,広島原爆同様,未分裂のプルトニウム239は,摂氏数百万度の高熱の中で気化したと考えられること,爆発点では超高圧が作られ,周りの空気が大膨張して爆風となり,気化したプルトニウム239が,爆心地の近辺にとどまることなく,広範囲に拡散したと考えられることからすれば,未分裂のプルトニウム239の多くは爆心地やその周辺に降下・堆積したとは考え難い。なお,長崎では,広島でのウラン235とは事情が異なり,未分裂のプルトニウム239が西山地区において実測されている。ただ,ARらの研究(乙第101号証の1及び2)でも明らかなように,プルトニウムの農作物への移行因子,すなわち農作物に取り込まれた割合は,セシウムの100分の1ないし200分の1と非常に微量である。すなわち,長崎においては,- 438 -未分裂のプルトニウムの存在は科学的に証明されており,その事実に関しては被告としても否定しないが,同時にそれはごく微量のもので,健康影響を考えるには至らない程度であることも客観的に証明されているというべきである。 (4)小括以上のような科学的知見からすれば,放射性降下物によって継続的な内部被曝が生じ,人体影響を生じるとは到底考えられない。 内部被曝に関する原告らの主張に対する反論(1)外部被曝であろうと,内部被曝であろうと,受けた線量が同じであれば,人体影響に差異はないことア原告らは,内部被曝は,外部被曝と人体影響の機序が異なり,局所的に細胞レベルで極めて高線量の永続的な被曝をもたらすから,単純に低線量であるからといって,これを無視することはできず,内部被曝における線量評価は,DS86によるような物理学的な方法によるのではなく,生物学的な影響の考慮が必要であるのに,被告らはこれを行っていないとし であるからといって,これを無視することはできず,内部被曝における線量評価は,DS86によるような物理学的な方法によるのではなく,生物学的な影響の考慮が必要であるのに,被告らはこれを行っていないとして,審査の方針が内部被曝による被曝線量を放射線起因性の判断のための被曝線量として考慮していないことを批判する。 イしかしながら,外部被曝であろうと,内部被曝であろうと,受けた線量が同じであれば,人体影響に差異はない。したがって,問題は,内部被曝によって,どれだけの線量の放射線を被曝したのかである。 ここで注意を要するのは,上記のように「外部被曝であろうと,内部被曝であろうと,受けた線量が同じであれば,人体影響に差異はない」という場合の「線量」は,積算線量(線量率(単位時間当たりの線量)と時間の積)を指しているが,原告らが,「低線量であっても永続的な被曝をもたらすから無視できない」という場合の「線量」は,上記線量率のことを指していると考えられることである。原告らは,「低線量であっても永続- 439 -的な被曝をもたらすから無視できない」というのであれば,積算線量がどのくらいと考えているのかを明らかにすべきであるが,これを明らかにしていない(AA氏の試算が現実離れしていることは前記1(3)のとおりである。)。この点からしても,原告らの主張は失当である。なお,内部被曝による積算線量がごく微量と考えられることは,前記1で主張したとおりである。 ウまた,放射線の生物に与える影響については,線量率が高い(すなわち,照射時間は短い)場合と線量率が低い(すなわち,照射時間は長い)場合とを比較すると,積算線量が等しくても,線量率が高いほうが,生物学的効果は大きい(これを「線量率効果」という。)というのが原則である。 CF証人は,逆線量率効果の存在が指摘さ ち,照射時間は長い)場合とを比較すると,積算線量が等しくても,線量率が高いほうが,生物学的効果は大きい(これを「線量率効果」という。)というのが原則である。 CF証人は,逆線量率効果の存在が指摘されているとする(甲第75号証26ページ)が,CF証人によっても,この逆線量率効果は,実験的に確認されているにすぎないというのであり,逆線量率効果の存在を前提に,低線量率かつ長時間照射の内部被曝のほうが,高線量率かつ短時間の外部被曝よりも人体に与える影響が大きいということは妥当ではない。 エさらに,原告らは,内部被曝の場合は,放射線の線源となる微粒子が体内に入ると,その周囲の細胞は,次々と放射線を浴びるので,「局所的には極めて高線量の被曝をする」と主張し,組織ないし個体全体に均一に放射線の照射を受けた場合と局所に集中的に放射線の照射を受けた場合とを比較すると,積算線量が等しくても,後者のほうが人体に与える影響が大きいと主張するもののようである。しかしながら,このような考え方は,世界的に行われた調査研究により否定されている。それは,原告らの主張のように,線源となる微粒子が体内に入り,その周囲の細胞が集中的に被曝すると,細胞レベルで考えれば,高線量を受けることになるので,それらの細胞だけが細胞死を来すことになるが,1個の臓器や器官の組織を構成する細胞数は数百万から数千万個に上り,死んだ細胞の割合が少ないと,- 440 -生存した細胞で代償されて臓器や器官の機能の低下が起こらないからである。 オ以上より,原告らが主張するような理論については科学的に実証されたものではなく,原告らの上記主張は失当というほかない。 なお,ECRR(欧州放射線リスク委員会)は,2003年(平成15年)の勧告において,内部被曝の危険性を指摘していたが,これに対しては, されたものではなく,原告らの上記主張は失当というほかない。 なお,ECRR(欧州放射線リスク委員会)は,2003年(平成15年)の勧告において,内部被曝の危険性を指摘していたが,これに対しては,英国放射線防護庁(NRPB)が,手法が恣意的であること,適切な科学的根拠に基づいていないと回答しているところである。 (2)尿や血液を対象にした測定値から体内に摂取された物質の放射線量を評価することは可能であること原告らは,賀北部隊や入市者に現れた脱毛等の症状を挙げて,尿や血液の測定によって得られた線量は,尿や血液以外の部位に付着した放射性微粒子が人体組織に与えている影響を反映していないと主張する。 しかしながら,尿や血液を対象にした測定値から体内に摂取された物質の放射線量を評価することは現在の生物学系実験設備では可能で,一般的な生物学的実験等で汎用され,信頼性も向上しており,尿や血液を対象にした測定自体が内部被曝線量を過小評価しているとの批判は失当である。 なお,原告らの主張は,人体に摂取された放射性降下物が局所的に人体に被曝するため,人体に大きな影響があるとの見解を前提にして,測定では内部被曝による影響を把握できないと主張するようにも理解できるが,前記のとおり,そのような態様での被曝の存在自体,科学的な根拠がない。原告らの主張は,実証も反証も不可能な仮定に基づいて被告らの実証的な研究を否定するものにほかならず,失当であることは明白である。 また,内部被曝の測定が,昭和61年当時の生存者を対象に行われているとしても,その測定値をそれ以前に死亡した被爆者の内部被曝線量の評価に用いることは科学的に問題はない。なぜなら,主な放射性核種の体内での動- 441 -態や,臓器ごとの累積線量等はICRP等によって客観的に把握されているので,ある測定値を 者の内部被曝線量の評価に用いることは科学的に問題はない。なぜなら,主な放射性核種の体内での動- 441 -態や,臓器ごとの累積線量等はICRP等によって客観的に把握されているので,ある測定値を他の例に応用することは放射線学的に十分可能であるからである。 (3)内部被曝で脱毛が生ずるとは考え難いこと原告らは,遠距離被爆者・入市被爆者に現れた「急性症状」は,残留放射能の内部被曝によって説明できると主張するようである。 しかし,原爆放射線の人体影響としての脱毛は,毛根が原爆放射線により損傷することによって生じるものであるところ,血液を通じて毛根を損傷するほどの放射線影響を生じさせるには,各毛根毎に3グレイ(=300センチグレイ)の被曝を与え得る放射性核種の集積が必要である(乙第63号証23ページ)。そもそも遠距離被爆者・入市被爆者の被曝線量が「急性症状」発現時に,内部被曝も含めて3グレイに達したことをうかがわせる証拠はなく,科学的な知見からもそのようなことはあり得ないのであり,まして,それが各毛根に集積したという根拠もないのであるから,およそ内部被曝によって脱毛が生じることはあり得ない。原告らの主張によれば,呼吸や飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性物質がことさら頭皮(毛根部)に集積することが前提となるが,そのような科学的知見は存しないのであって,原告らの上記主張は,何ら科学的根拠に基づくものではない。 (4)AT氏が行ったのは雨域の調査であって,健康被害の調査ではないこと原告らは,ATの調査のなかでも放射能の影響と思われる疾病を訴える人が報告されている(甲第7号証129ページ)上,AW氏らの論文は,増田雨域に放射能の影響があったことを示していると主張する。 しかし,前記第5の4(2)のとおり,AT氏が行ったのは雨域の調査であって が報告されている(甲第7号証129ページ)上,AW氏らの論文は,増田雨域に放射能の影響があったことを示していると主張する。 しかし,前記第5の4(2)のとおり,AT氏が行ったのは雨域の調査であって,健康被害の調査ではない。また,AT氏は,昭和62年6月13日及び同月14日,「黒い雨の会」の協力を得て,会場に集まった約340人(何の目的で集まったのかは不明)の中の72人から聴き取り調査をし,そ- 442 -の後,各地で独自に行われた聴き取り調査がテープレコーダーに記録されて送られてくるなど計111人の体験談が寄せられたとされているが(甲第7号証123ないし125ページ),その聴き取りの過程で現れた「放射線の影響と思われる疾病」については,医学的な検討を経たものではなく,そこで訴えられた症状が果たして真実「黒い雨」によるものであったのか,そして原爆放射線の影響によるものであったのか否かはまったく明らかでない。 そもそも,甲第7号証129ページに「放射能の影響と思われるような疾病」として引用されているのは,雨に遭った後に足が腫れだし,手術をしても治らないという原供述者の姉の話と,雨の後,吐き気を催して嘔吐し,その1年後に死亡したという原供述者の母の話であり,AT氏の現地調査において,直接本人が放射能の影響と思われる疾病を訴えた事例は記載されていない。なおかつ,上記の足が腫れたという原供述者の姉の話や,畑に嘔吐した原供述者の母の話などは,仮にその「黒い雨」に放射性降下物が含まれていたとしても,医学的にはそれらの症状が放射線被曝に起因すると考えることは到底不可能である。 さらに,AW氏らの論文が,増田雨域が放射性降下物の分布と一致することを証明するとはいえないことは,前記第5の4(2)のとおりである。 第7審査の方針における原因確率による放射 は到底不可能である。 さらに,AW氏らの論文が,増田雨域が放射性降下物の分布と一致することを証明するとはいえないことは,前記第5の4(2)のとおりである。 第7審査の方針における原因確率による放射線起因性の判断方法が合理的であること 放影研における疫学調査及び審査の方針における原因確率による放射線起因性の判断放影研は,これまでに述べてきた線量推定方式等により得られた広島及び長崎の被爆者の線量推定値を基礎に,調査によって得られたデータの検討を行い,疾病を発症した被爆者のうち,放射線によって誘発された疾病の割合がどの程度と見られるのかを疫学的方法を用いて算出した(リスク推定値)。 そして,審査の方針においては,確率的影響による疾病につき,放影研の算- 443 -出したリスク推定値を基に,被曝線量,申請に係る疾病等,性別,被爆時の年齢を要因として,申請に係る疾病の発生が,原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考える確率(原因確率)を算定し,これを目安として,当該申請に係る疾病等の(原爆)放射線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断することとしている。 そして,原因確率が,おおむね50パーセント以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があること(放射線起因性)を推定し,おおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定するが,放射線起因性の判断に当たっては,原因確率を機械的に適用して判断するものではなく,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,判断を行うものとしている。 このように,審査の方針が,原因確率によって放射線起因性を判断するとしていることは,放影研における疫学調査を基礎に最新の科学的知見を踏まえたものであって,科学的合理性がある(被 行うものとしている。 このように,審査の方針が,原因確率によって放射線起因性を判断するとしていることは,放影研における疫学調査を基礎に最新の科学的知見を踏まえたものであって,科学的合理性がある(被告ら準備書面(3)29ないし41ページ)。また,審査の方針が,上記のとおり,原因確率による推定をした上,既往歴等も総合的に勘案した上で,個別の申請疾患について放射線起因性を判断することとしていることは,被爆者援護法の趣旨から正当である。以下詳述する。 寿命調査集団におけるリスクの算出方法放影研における寿命調査集団を対象とする疫学調査報告では,放射線リスク評価は,被曝線量の程度に応じて幾つかの群に分けた被曝群と対照群とを比較するのではなく,「寿命調査第10報」(乙第7号証)以降,ポアソン回帰分析を用いて,対照群をとらない内部比較法によりリスク推定を行い,単位線量当たりのリスクを推定している。 回帰分析とは,予測したい変数である目的変数(この場合は特定疾病の死亡(罹患)率)と目的変数に影響を与える変数である独立変数(この場合は被曝- 444 -線量)との関係式(回帰式)を求め,目的変数の予測を行い,独立変数の影響の大きさを評価することである。ポアソン回帰分析は,目的変数が,ポアソン分布に従うと仮定して行う回帰分析法である。 ABCCが研究を開始した初期には,回帰分析法による統計解析ができなかったが,統計解析法の進歩と,放影研における疫学調査が被曝線量0から高線量まで非常に広範囲にわたり線量推定がされた集団を対象にした調査であったことから,回帰分析法によるリスク推定ができるようになった(乙第69号証8ページ)。回帰分析法を用いた内部比較法によると,曝露群と非曝露群の二種類しかない集団を比較する外部比較法と異なり,放射線被曝以外の性,年齢等の によるリスク推定ができるようになった(乙第69号証8ページ)。回帰分析法を用いた内部比較法によると,曝露群と非曝露群の二種類しかない集団を比較する外部比較法と異なり,放射線被曝以外の性,年齢等の要因が同様の曝露群同士を比較することができるほか,観察人数,疾病・死亡数や罹患数が十分であるため,曝露要因量における累積死亡率(罹患率)を算出し,直接比較することができるのである。 このように,ポアソン回帰分析法による解析によって,0(ゼロ)シーベルトの場合と任意のシーベルトの場合の発症率(死亡率)の推定値を求めることができ,単位線量当たりの過剰絶対リスク及び過剰相対リスクが求められるのである。 原因確率の評価(1)原因確率の意義原因確率は,個人に発症した疾病とそれをもたらしたかもしれない原因との関係を定量的に評価するための尺度である。リスクが集団における将来的な発生確率を予測しているのに対して,原因確率は,個別の案件における特定の結果があって,遡及的にある要因がその結果を引き起こしたと考えられる割合を意味する概念である。原因確率は原爆症認定のために新たに考え出された概念ではなく,米国公衆衛生院国立がん研究所(NIH/NCI)においても,被曝補償を行うためのリスク評価法として使用されており,リスク評価法として,原爆症認定と同様にポアソン回帰分析が使用され,性別,年齢,- 445 -到達年齢,経過年数がそれぞれ考慮され,退役軍人及びエネルギー省(DOE)職員の職業被曝の補償のための指標として使用されている。また,英国原子力産業労働者の補償計画でも原因確率が使用されている。 なお,米国の被曝訴訟では,①被曝線量が防護基準を超していることが立証できること,②放射線被曝により誘発されやすい障害であること,③潜伏期間が妥当であること,④被曝線 でも原因確率が使用されている。 なお,米国の被曝訴訟では,①被曝線量が防護基準を超していることが立証できること,②放射線被曝により誘発されやすい障害であること,③潜伏期間が妥当であること,④被曝線量による発がん寄与リスク算定及びバックグラウンドにおける発がんリスクの算定,さらに他の発がん物質への暴露時による発がんリスクを算定し,⑤被曝の寄与リスクがすべてのリスクの総和の50パーセントを超す場合に被曝が原因らしいと判断されている。 特定の被爆者に発症したがんについて考えると,当該被爆者は一般の非被爆者と同様に放射線以外の発がん要因にも曝露されているので,がんが発生したとしても一般人のように放射線被曝以外の要因でがんが発生した可能性も考えられる。そして,当該被爆者に発症したがんのうち,放射線被曝によって誘発されたがん発生の割合が原因確率ということになる。審査の方針における原因確率は,前述した寄与リスクに由来している。 (2)寄与リスクの基礎となった資料前記のとおり,審査の方針における原因確率の基となったのは,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙第2号証)において算出された寄与リスクの値である。当該論文において算出された寄与リスクは,白血病及び固形がんについては,放影研のホームページにおいて公開されている死亡率調査,発生率調査のデータを用いて算定した。 なお,放影研のホームページにおいて公開されている被曝線量に関する情報は,死亡率調査のデータファイルではカーマ線量が,発生率調査のデータでは臓器線量が被曝線量値として登録されている。 また,発生率調査は昭和33(1958)年から昭和62(1987)年までの結果を参照しているが,死亡率調査はそれより11年間長く実施され,- 446 -昭和25(1950)年から平成2(1990)年ま ,発生率調査は昭和33(1958)年から昭和62(1987)年までの結果を参照しているが,死亡率調査はそれより11年間長く実施され,- 446 -昭和25(1950)年から平成2(1990)年までの結果を参照している。そして,公開されているカーマ線量と,死亡率調査の結果から白血病,胃,大腸,肺がんの寄与リスクを求めた。しかし,甲状腺がんと乳がんは予後の良好ながんで,死亡率調査より発生率調査のほうが実態を正確に把握していると考えられるため,発生率調査の結果を用いた。 がん以外の疾病として,副甲状腺機能亢進症について寄与リスクを求めた。 (3)原因確率を設定した疾病「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙第2号証)において寄与リスク算出の対象となった疾病は,寿命調査及び成人健康調査において,放射線被曝と疾病の死亡・発生(有病)率に関する論文が既に発表されている疾病である。 (4)寄与リスクを求める際の被爆時年齢及び被爆後の経過年数の影響白血病及び固形がんの放射線による過剰死亡及び過剰発生は,性,被爆時年齢の影響を受ける。このうち,白血病については,被爆後10年を発生のピークとして,その後年数の経過とともに過剰相対リスクは急激に低下しているため,昭和55(1980)年から平成2(1990)年までの間におけるデータに基づき算出した。固形がんについては,寄与リスクは観察期間の平均を使用した。性差,被爆時年齢によって過剰相対リスクに有意差があるがんについては,性別,被爆時年齢別に寄与リスクを求めた。 (5)小括以上のような調査,研究を経て算出された寄与リスクに基づき,疾病,被爆時の年齢,性,及び被爆時の爆心地からの距離や被爆当時の行動等から推定される被曝線量を考慮の上,被爆者に発症した疾病のうち,放射線被曝によって誘発された疾病 算出された寄与リスクに基づき,疾病,被爆時の年齢,性,及び被爆時の爆心地からの距離や被爆当時の行動等から推定される被曝線量を考慮の上,被爆者に発症した疾病のうち,放射線被曝によって誘発された疾病発症の割合を算出したのが原因確率である。これを疾病及び性に応じて,被爆時年齢及び被曝線量ごとに表にしたものが審査の方針の別表1ないし8である。 - 447 -原因確率は,放影研による疫学情報を基に,最新の科学的知見を踏まえて,個人に発症した疾病とそれをもたらし得た原因との関係を定量的に評価するために作成された尺度であって,その科学的合理性は明白であり,現在これ以上の科学的方法は存在しないといっても過言ではなく,上述のように原爆症認定以外でも応用される確立した手法である。そして,審査の方針は,この原因確率を基礎として,当該申請被爆者の疾病について,放射線起因性を検討することとしているのであるから,その合理性もまた明白である。 そして,放射線起因性の判断に当たっては,原因確率において示された数値を参考に,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮して個別的に起因性を判断している。これは,原因確率の算出に当たっては,申請疾患,性別,被爆時の年齢,及び被曝線量以外の要因を考慮しないため,原因確率は,厳密には,当該被爆者の疾病が放射線に起因する可能性についての割合を直接示すものとはなっていないことから,原因確率から機械的に放射線起因性を判断することになれば,原因確率の算出において考慮された上記要因以外の申請疾患に関する他の要因が除外されてしまうこととなり,個別の事案において,放射線起因性が客観的に存する場合を取りこぼしてしまうというおそれも否定できないことによるものである。そこで,そのようなおそれを可及的に減らし,個別の申請疾患についての放射線 ,個別の事案において,放射線起因性が客観的に存する場合を取りこぼしてしまうというおそれも否定できないことによるものである。そこで,そのようなおそれを可及的に減らし,個別の申請疾患についての放射線起因性の判断をより適切に行うため,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合考慮しているのである。 もっとも,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合考慮するといっても,それは,高度に専門的な科学的知見に基づく判断であり,およそ科学的とはいえない判断が受け入れられるべきということにはならない。 (6)本件において問題となる疾患についてア原因確率の適用のある申請疾患群(ア)胃がん,大腸がん(大腸腫瘍),甲状腺濾胞がん(甲状腺がん),- 448 -肺がん,肝臓がん(肝腫瘍,肝細胞がん,原発性肝がん),卵巣がん(卵巣腫瘍),尿路系のがん(腎がん),食道がんは,放射線の健康影響については,確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,被曝した線量の多いほど影響の出現する確率が高まる。直腸がんについては,放影研の疫学調査においても,死亡調査第13報では90パーセント信頼区間の下限が0を下回っており,P値も0.14と0.05を上回っているなど,統計上,有意とはいえないが,審査の方針においては,直腸が大腸の末端部分(結腸と肛門をつなぐ部分)であり,大腸がん全体は放射線起因性が認められていることから,直腸がんであっても,大腸がんとして,別表3-1,3-2を用いて審査することとしている。 また,肝臓がんの線量-反応関係は,1995年(平成7年)の死亡率調査第12報においては,過剰相対リスクの上限,下限ともマイナスの値を示した(乙第3号証32ページ図7,35ページ表11)が,1992年(平成4年)の「原爆被爆者における癌発生率」の調査では1シー 調査第12報においては,過剰相対リスクの上限,下限ともマイナスの値を示した(乙第3号証32ページ図7,35ページ表11)が,1992年(平成4年)の「原爆被爆者における癌発生率」の調査では1シーベルト当たり0.49の過剰相対リスクが認められた(乙第4号証18ページ図3,23ページ表10)ことから,放射線起因性はあるものと考えられた。そして,上記放影研の疫学調査の結果を反映させ,肝臓がんの原因確率を表にしたのが審査の方針における別表7-1及び7-2である。 甲状腺がんは,放射線に被曝していない場合,つまり原爆の被爆者でない者でも生じることがよく知られた悪性腫瘍である。甲状腺がんの発生原因は,他のがんと同様,様々な要因が考えられるが,現時点の医学的知見では確実に特定,断定できてはいない。このように,甲状腺がんが様々な要因で発生し得る疾病であるとしても,悪性腫瘍の一種であることから,放射線によって同疾病が引き起こされる可能性を否定することはできず,確率的影響と分類される疾病であると考えられている。な- 449 -お,甲状腺がんの線量-反応関係は,放影研の疫学調査において確認されており,生物学的にも疫学的にも放射線によっても発症する可能性がある疾病として確認されている。そして,上記放影研の疫学調査の結果を反映させ,甲状腺がんの原因確率を表にしたのが審査の方針(乙第1号証)における別表4-1及び4-2である。 (イ)なお,原告らは,多重がんについて,被爆者には多重がんが発生する可能性が高いと主張し,多重がん自体に線量との相関関係があるかのような記載のある医師団意見書(甲第40号証11ページ)を提出し,被爆者は多重がんになる可能性があるから,個々のがんを区別して「原因確率」を問題にすることは妥当ではなく,被爆者のがんは一つのがんが治って 記載のある医師団意見書(甲第40号証11ページ)を提出し,被爆者は多重がんになる可能性があるから,個々のがんを区別して「原因確率」を問題にすることは妥当ではなく,被爆者のがんは一つのがんが治ってもまた次のがんが発生してくる可能性を考えなければならずその罹病の重大性から直ちに認定されるべきなどと主張する。 そもそも,発がんには一般的に放射線起因性があり,個々のがんについて被爆者のリスクは非被爆者よりも高いのであるから,その発がんの被爆者における高リスク性は,2番目の発がんにおいても消失せず,被爆者が多重がんとなるリスクも高くなること自体はある意味当然である。 問題は,第1のがんを発症した後の第2のがんのリスク(原因確率)が,第2のがん単体でみたときのリスク(原因確率)よりも高くなるかどうかであるが,被爆者集団で有意にそのようなリスクが増加していることを示す科学的知見は全くなく,DL氏自身も,そのような証拠は存在しないことを認めているのであり,科学的に実証されていない事実を認定の基礎とすることはできない。また,仮に原告らの主張が,将来罹患するかも知れないので,現在の疾病の「罹患の重大性」により原爆症認定をすべきという主張であれば,被爆者援護法10条に規定する医療給付を受けるための要件を満たさないから給付を行うことはできない。 多重がんも個々のがんには変わりなく,一般に,治療によって治癒・延- 450 -命できるがんが増加していることや寿命の延長による高齢者増加のために多重がんの生じる機会は増加しつつあるので,最近多重がんが増えてきたことをもって,多重がんと線量の関係が認められたとは言えない。 イ放射線起因性は明確ではないが原因確率を適用して審査しているもの脳腫瘍,咽頭がん,子宮体がん,前立腺がん,悪性リンパ腫及び悪性黒色腫は,疫学調査 ,多重がんと線量の関係が認められたとは言えない。 イ放射線起因性は明確ではないが原因確率を適用して審査しているもの脳腫瘍,咽頭がん,子宮体がん,前立腺がん,悪性リンパ腫及び悪性黒色腫は,疫学調査においては放射線起因性がある旨の明確な証拠はないが,その関係が完全には否定できないものであることにかんがみ,同疾患の放射線起因性の判断は,放射線被曝線量との原因確率が最も低い悪性新生物に係る審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針第1,2及び5,1)参照)。 ウその他肝硬変,頸部有痛性瘢痕及び甲状腺機能低下症については,確率的影響及び確定的影響のいずれにも当たらず,原爆放射性起因性に係る肯定的な科学的知見は立証されていない。審査の方針においては,このような疾患に対しても,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して判断するものとされている。 特に,肝硬変に関しては,一般に,C型肝炎ウイルスに感染した場合,70ないし80パーセント程度は持続的な感染となって,C型慢性肝炎を発症し,緩徐に進行した上20年で約60パーセントが肝硬変へ進展するとされている。また,放射線被曝が,C型慢性肝炎ないしその後の肝硬変の発症を促すとの科学的知見は存在せず,かえって,放射線の影響により慢性肝炎になることはあり得ない。 原告らの主張に対する反論(1)原因確率が10パーセント未満である場合に,放射線起因性が低いと推定することは,何ら不合理ではないこと- 451 -原告らは,原因確率が50パーセントを越えれば一応起因性を推定し,10パーセント未満である場合には可能性が低いものと扱うのであるから,原因確率が第一に考慮すべき「目安」として,審査の方向付け 1 -原告らは,原因確率が50パーセントを越えれば一応起因性を推定し,10パーセント未満である場合には可能性が低いものと扱うのであるから,原因確率が第一に考慮すべき「目安」として,審査の方向付けに決定的役割を果たしており不当であるなどと主張する。 審査の方針においては,原因確率がおおむね10パーセント未満の場合は,放射線起因性が低いものと推定する旨定められているが,その文言から明らかなように,直ちに放射線起因性がないとの判断を要求するものではない。 審査の方針は,原因確率を機械的に適用して判断するのではなく,原因確率の算定において要因とされていない既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案するとして,個別具体の申請疾患に関する放射線起因性の判断を適切に行うこととしているのである。したがって,原告らの上記主張は,審査の方針について正解しない失当なものである。 被曝線量,申請疾患,性別,被爆時の年齢から算定される原因確率がおおむね10パーセント未満である場合に,放射線起因性が低いと推定することは,何ら不合理ではない。原因確率は,申請疾患についての放射線起因性を直接判断するものではなく,飽くまでも一般的傾向を示すものであって,その値が,おおむね10パーセント未満であるということは,仮に,被曝線量,申請疾患,性別,被爆時の年齢が同一の申請者が100人いた場合に,おおむね90人は客観的に放射線起因性がないということを意味するからである(100人すべてに10パーセントずつ放射線による影響があるということではない。)。むしろ,放射線起因性が低いと推定する値をおおむね10パーセント未満としていることは,申請者を切り捨てるどころか,むしろ,その段階においては,「高度の蓋然性」を緩和して,可及的に原爆症の認定をしようとするものである。 (2)放影研の疫 おおむね10パーセント未満としていることは,申請者を切り捨てるどころか,むしろ,その段階においては,「高度の蓋然性」を緩和して,可及的に原爆症の認定をしようとするものである。 (2)放影研の疫学調査に調査集団の設定の誤りがあるとはいえないこと原告らは,放影研の疫学調査について,比較対照群として非曝露群の設定- 452 -をしていない等,調査集団の設定に誤りがあると主張する。 しかし,原告らがこの点について主張するところは,いずれも失当である。 ア原告らは,放影研では,低線量被爆者を非被爆者(非曝露群)として設定して,曝露群同士を比較し,曝露群のみのコホート追跡をしている,その結果リスクを過小評価することになる等と主張する。 しかし,放影研における調査研究では,ポアソン回帰分析を用いて,対照群をとらない内部比較法によりリスク推定を行っており,対照群の選定に誤りがあるとの主張は,前提において失当であること,内部比較法は一般に有用性が認められており,確立した手法でもあって,放影研の疫学調査は,世界的にも有用性が認められていること,非曝露群を設定して比較する方がかえってリスク評価を誤る可能性があり,放影研においても,過去には外部比較法を用いたこともあったが,非曝露群における曝露因子以外の要因の分布が曝露群と大きく異なる可能性が指摘されて内部比較法のみ用いるようになったこと,被告らも,ポアソン回帰分析によって,被曝線量ゼロのときの死亡(罹患)率と任意の曝露要因量での死亡(罹患)率の増加割合を推定しているのであって,低線量被爆者等の被曝総量をゼロとみなしているわけではないことは,既に主張したところである。 これに対して,原告らは,「被爆者」の疫学調査データについて,ポアソン回帰分析を用いた内部比較法は,本来の疫学調査の方法としては正しくない みなしているわけではないことは,既に主張したところである。 これに対して,原告らは,「被爆者」の疫学調査データについて,ポアソン回帰分析を用いた内部比較法は,本来の疫学調査の方法としては正しくないとする。 しかし,これはポアソン回帰分析におけるコホート研究を正解しないものである。曝露要因である被曝の影響は,その有無だけで判断できるものでなく,量的要因も加味して評価されるべきものであり,それ故に疾病と放射線の影響を示唆する線量-反応関係が導かれることから,被曝線量ごとにコホートを設定し,ポアソン回帰分析を行っているのであって,原告らの上記主張は,前提において失当である。 - 453 -イまた,原告らは,当初ABCC及び放影研が,非曝露群を対照群(コントロール群)として設定することを前提として疫学調査を設計し,社会経済的要因が広島市民と近似する呉の住民や,いわゆる市内不在者を対照群(コントロール群)として扱っていた時期もあったと指摘する。 確かに,放影研では,NIC(市内不在者群)との比較や日本人全体の死亡率を利用して外部比較法に基づく解析も行っていたが,これらの解析では偏りを生じていた可能性があることから,行われなくなったのであり,原告らの上記指摘は,原告らの主張を基礎づけるものとはならない。 (3)放影研の疫学調査に調査手法等の問題があるとはいえないこと原告らは,放影研の疫学調査において,疫学調査の対象や調査手法等の問題があると主張する。しかし,この点についての主張も,以下のとおり失当である。 ア(ア)原告らはABCC及び放影研の疫学調査では,死亡調査を基本としているため,死亡に直結しない疾病が見落とされがちであると主張する。 しかし,放影研においては,「癌発生率・充実性腫瘍」という調査結果も使用しており,死亡調査だけを基礎として では,死亡調査を基本としているため,死亡に直結しない疾病が見落とされがちであると主張する。 しかし,放影研においては,「癌発生率・充実性腫瘍」という調査結果も使用しており,死亡調査だけを基礎としているのではなく,失当である。 (イ)なお,審査の方針が,甲状腺がんと乳がんについてのみ発生率調査のデータを用いており,白血病,胃,大腸,肺がんにつき,死亡率調査のデータのみ用いていることについてであるが,疫学調査の信頼性を向上させるためには母集団の総数が多いサンプルを選択する必要があるところ,寿命調査集団の総数が12万0321人であるのに対し,成人健康調査集団が2万3418人であることから,放影研における疫学調査は,予後が良く致死的ではない甲状腺がんと乳がんについては成人健康調査集団のデータで解析を行い,それ以外のがんについては母集団が多い寿命調査集団のデータで解析を行い,高い信頼性を持つ疫学調査の結- 454 -果を期待したものであり,死亡率調査に基づくことの合理性がある。他方,すべてのがん疾病が致死的であるとは断定できないものの,放影研の疫学調査は,現在では予後が良いとされるがんであってもその治療法が確立していない時期における死亡率調査データを基礎としていることからすれば,現在予後が良いとされるがんに関するデータが全く反映されていないとはいえない。 したがって,放影研の疫学調査は,死亡率調査の結果に基づいていることを理由に被爆者のがんのリスクや被曝影響の推定に用いる合理性が否定されるものではなく,原告らの上記主張は失当である。 イ原告らは,疫学調査の方法として,被爆後の行動を調べておらず,また,死亡調査を基本としており,死亡に直結しない疾病が見落とされる等のおそれがあると主張する。 しかし,残留放射線及び内部被曝による被曝線量がご ,疫学調査の方法として,被爆後の行動を調べておらず,また,死亡調査を基本としており,死亡に直結しない疾病が見落とされる等のおそれがあると主張する。 しかし,残留放射線及び内部被曝による被曝線量がごく微量であることから,被爆後の行動により被爆者を区別する必要はない。また,死亡調査だけを基礎とするものではないことは上記アのとおりである。 ウ原告らは,調査開始時点で放射線の影響を受けにくい被爆者が選択された,調査開始時期が原爆投下後5年経過した昭和25年であり,その以前の死亡は反映されない,病気がちの者や,被曝によると思われる疾病に罹り患した経験を持つ者は被爆事実を申告しなかった可能性があり,見かけ上健康な被爆者のみが選択されたなどということから,ABCCと放影研の疫学調査には,調査の結果をゆがませることとなる重大な偏りや欠陥が存在すると主張する。 しかし,現時点において認定申請する被爆者は,原爆投下後5年経過時に生存していた以上,当時の生存者を対象とした疫学調査によるリスクは,認定申請者にも当然妥当する。ABCC及び放影研が調査対象とした寿命調査集団は10万人以上にも及び,また,成人健康調査集団も2万人程度であ- 455 -ることからすると,健康な被爆者のみが選択されたおそれは存しないのである。 エ原告らは,DS86を用いることにより,初期放射線以外の持続的な外部被曝や内部被曝が軽視されたり,遠距離での初期放射線の過小評価という曝露要因の量的評価の誤りがあると主張し,また,初期放射線による一瞬の外部被曝と残留放射線による持続的な外部被曝,さらには体内に摂取した放射性物質による局所集中的な長期の内部被曝では,被曝や人体への作用の機序が大きく異なるから,曝露要因を別にすべきであったと主張する。 しかし,初期放射線以外の残留放射線等によ さらには体内に摂取した放射性物質による局所集中的な長期の内部被曝では,被曝や人体への作用の機序が大きく異なるから,曝露要因を別にすべきであったと主張する。 しかし,初期放射線以外の残留放射線等による持続的な外部被曝や内部被曝の被曝線量がごく微量であることは前記第5,第6のとおりであって,量的評価に誤りがあるとすることはできない。また,上記態様の被曝については機序が違うということ自体,科学的根拠を欠くから,曝露要因を別にすることは不適当であるし,また,可能でもない。 (4)DS86の策定に当たっては残留放射線についても可能な限りの検討が行われたこと原告らは,内部比較法を取る前提条件として,任意の曝露群内の被爆者の被曝線量が正しくなければならないとし,DS86の推定被曝線量が実測値と一致していないとか,残留放射線の影響や放射性降下物の影響についてほとんど考慮されていないと主張する。 しかしながら,DS86の推定被曝線量が実測値とよく一致していることについては既に述べたとおりであり,以下のとおり,DS86は残留放射能を十分考慮している。 DS86は,原爆の出力,ソースターム(原爆から放出される放射線の粒子や光子の個数及びそのエネルギーや方向の分布)を前提に,空気中カーマ,遮へいカーマ及び臓器カーマの計算モデルを統合し,被爆者の遮へいデータを入力して線量を計算するシステムであるが,DS86の策定に当たっては残留放- 456 -射線についても可能な限りの検討が行われたのである。 すなわち,DS86報告書では一つの章を割いて,残留放射線に関する詳細な検討を加え,広島と長崎のそれぞれの状況に応じて放射線降下物及び誘導放射能による被曝線量の上限値を推定している。ただし,残留放射能による被曝線量は,初期放射線に比べて非常に微量である上,残留放射能に 検討を加え,広島と長崎のそれぞれの状況に応じて放射線降下物及び誘導放射能による被曝線量の上限値を推定している。ただし,残留放射能による被曝線量は,初期放射線に比べて非常に微量である上,残留放射能による被曝は,各被爆者の行動等によって大きく変動するなど不確定な要素が大きく,一定の定量値で線量を示すことが非常に困難であることから,DS86における残留放射線の検討は,前記のとおり,最大限で見積もった累積線量での評価となり,初期放射線について行ったような,線量評価のための基準を構築することができなかったにすぎない。DS86は,被曝による健康影響を検討するために被爆者の疫学データベースを構築することを目的としており,そのために正確な被曝線量を算定することが要求されていることから,DS86では残留放射線について検討をした結果,結局,初期放射線とは別に取り扱うこととしたものである。 したがって,原告らの上記主張はDS86を正解しないものであり,失当である。 (5)線量-反応関係における線形の仮定が不合理ではないこと原告らは,内部比較法及びポアソン回帰分析によって算出されるバックグラウンドリスクは,回帰直線すなわち低線量域においても直線の線量-反応関係があることを前提とするものであるが,被曝線量が0に近づくと単位線量当たりの疾病発生率が急激に低下する傾向があることは否定できないのであり,曲線の線量-反応関係を想定すべき可能性もあり,この場合,バックグラウンドリスクは当然小さくなると主張する。 しかしながら,被曝線量が0に近づくと単位線量当たりの疾病発生率が急激に低下する傾向があるとの主張には,何らの科学的根拠も示されていない。 一方で,線量反応関係を検討する際に線形の線量反応関係を仮定することに- 457 -ついては広く認められており,回帰分析で 急激に低下する傾向があるとの主張には,何らの科学的根拠も示されていない。 一方で,線量反応関係を検討する際に線形の線量反応関係を仮定することに- 457 -ついては広く認められており,回帰分析で得られた線量反応関係は統計学的解析によってその信頼性が確証されているのである。 したがって,裏付けのない原告らの上記主張は失当である。 (6)原因確率は正しく把握されていること原告らは,バックグラウンドの推定に関し,DS86による線量の過小評価や中性子線の生物学的効果比が考慮されていないとし,一定のモデルケースを挙げて,被曝線量体系に一律の線量の過小評価があれば,それを是正することによって必然的に原因確率は上昇すると主張する。 原告らがDS86には線量の過小評価がある,すなわち,実際には被爆者の被曝線量はもっと高いはずであると主張する根拠は,放射性降下物,内部被曝や初期放射線における遠距離の推定線量にあると思われるが,これらの点に関する原告らの主張が失当であることは既に述べたとおりである。 したがって,原告らの主張は,その前提自体に誤りがある。 また,上記主張は,原因確率についての不正確な理解に基づくものである。 すなわち,仮に推定被曝線量の絶対値が,生物学的効果比を用いる(正確には生物学的効果比を参照して設定された放射線荷重係数で補正する)ことなどによって増加したとしても,一定線量のコホートである原爆被爆者群において観察される疾病発生や死亡といった事象には変更が生じないのであるから,調査対象である個々の被爆者の推定被曝線量が増加するということは,単位線量当たりの過剰相対リスクが減少するだけである。したがって,個々の被爆者の被曝線量の絶対値の増加は,単位線量当たりのリスクの減少と相殺され,結果として個々の被爆者の被曝線量における過剰相対リスクの値 量当たりの過剰相対リスクが減少するだけである。したがって,個々の被爆者の被曝線量の絶対値の増加は,単位線量当たりのリスクの減少と相殺され,結果として個々の被爆者の被曝線量における過剰相対リスクの値や,その線量での寄与リスクの値はほとんど変化しない。 また,等価線量を用いることによって増加した被曝線量値(単位シーベルト)を,吸収線量(単位グレイ)を用いて算出した寄与リスクに単純に当てはめて数値が増加しても,それは寄与リスクが増加したことを意味してはい- 458 -ない。それぞれの線量を用いたリスク評価は別々に行わねばならず,ある線量を用いて行われたリスク評価に他の線量を当てはめてはならない。原告らは,被曝線量が増加すると仮定した場合や,等価線量を用いた場合に必要となるこれらの補正をすることなく,単純に増加したと仮定する数値を当てはめて原因確率が上昇すると主張するものであり,失当である。 (7)原因確率を参考とした原爆症認定審査は,科学的合理性を有し,被爆者援護法の要請にも合致すること原告らは,被爆者援護法の立法の経緯や行政通知,原爆症認定に関する最高裁を含む判例に照らせば,あたかも疫学的手法しか起因性判断の方法が存在せず,あるいはそれが最も科学的な方法であるかのようにいう被告らの議論は,疫学の悪用以外の何ものでもないと主張する。 しかし,以下に述べるとおり,原因確率を参考とした原爆症認定審査は,放射線起因性の判断をする上で,科学的合理性を有し,被爆者援護法の要請にも合致するものであって,原告らの上記主張は失当である。 ア(ア)被爆者援護法は,原爆放射線による「特殊の被害」を被った被爆者をその援護の対象として制定されたものであり,一般戦災者との均衡を図る必要があることから,その放射線起因性の判断については,科学的・医学的知見によるこ ,原爆放射線による「特殊の被害」を被った被爆者をその援護の対象として制定されたものであり,一般戦災者との均衡を図る必要があることから,その放射線起因性の判断については,科学的・医学的知見によることが必要とされ,これらの知見が放射線起因性の判断に際し,専門的経験則として重要な地位を占めるのである。このことは被爆者援護法において,厚生労働大臣は原爆症認定を行うに当たり,申請疾患が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を除き,審議会等の意見を聞かなければならない(同法11条2項)と規定されていることからも明らかである。 (イ) そして,最高裁平成12年判決は,放射線起因性について,経験則に照らした上で高度の蓋然性の立証が必要であるとしているのであり,法律判断としても,現時点において専門的知見として確立している科学- 459 -的・医学的な知見を経験則として判断の基礎とすることは不可欠なのである。 イこの点,原告らは,「法は,放射線の人体影響が未解明である等の困難があったとしても,起因性の判断は可能であり,その可能な判断方法で足りると考えているのである。」と主張する。しかし,このような解釈は,そもそも上記のような被爆者援護法の解釈を誤るものである上,何ら科学的な裏付けがなく現時点において確立していない学説,推測,意見等により放射線起因性を判断することを許容するばかりか,放射線と疾病との関係が不明である場合についてまで放射線起因性を肯定するに等しく,経験則に反する判断を許容するものであり正当ではなく,最高裁平成12年判決の趣旨にも整合しないことは明らかである。一般的に疾病の要因には様々なものがあり,放射線被曝特有の症状が現れるわけではないため,当該被爆者個人の症状を分析しても,その疾病が放射線被曝によって生 判決の趣旨にも整合しないことは明らかである。一般的に疾病の要因には様々なものがあり,放射線被曝特有の症状が現れるわけではないため,当該被爆者個人の症状を分析しても,その疾病が放射線被曝によって生じたものか否かを判別することは極めて困難であるといったことからすれば,疫学的手法は,放射線起因性の判断の重要な要素であるといえる。 ウさらに,原告らは,旧厚生省公衆衛生局長通知「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」(甲第15号証),また,旧厚生省公衆衛生局長通知「原子爆弾後障害症治療指針について」(甲第55号証)による「原子爆弾後障害症治療指針」(以下「治療指針」という。)を自らの主張の根拠とするようであるが,以下に述べるとおり,これらの通知の性質や内容を正解しないものであって失当である。 これらの通知は,その記載内容をみると,被爆者の健康診断ないし治療を行うに当たって考慮すべき事項を定めたものである。すなわち,医療の現場では,個々の診療行為におけるささいなミスや見落としが受診者の生命・身体にかかわる重大な問題となることから,医師は,たとえ確率が低- 460 -く容易に起こりそうもないことであっても,常に最悪のケースを念頭において診療に当たるものであって,上記通知もこのような考え方に基づき,被爆者であれば,どのような人も一律に放射線に起因する何らかの健康障害を受けるわけではないが,それでも可能性は念頭に置いて診療等にあたらなければならないという心構えのようなものを示したものである。したがって,上記通知は,被爆者援護法における放射線起因性の判断に関し,その証明の程度などについての解釈指針を示したものではなく,その根拠となり得る性質のものではない。 また,これらの通知が発せられたのは,被曝放射線量の評価等 者援護法における放射線起因性の判断に関し,その証明の程度などについての解釈指針を示したものではなく,その根拠となり得る性質のものではない。 また,これらの通知が発せられたのは,被曝放射線量の評価等について,暫定線量であるT57Dが発表された直後であり,被爆者の健康調査についても,昭和20年の日米合同調査団や東京帝国大学による被爆者の実態調査の結果しか存在せず,被曝の距離関係や被曝線量と被爆者の健康影響との関係が全く明らかでなかった時代であった。このようなことから,これらの通知は,「・・・ただ単に医学的検査の結果のみならず被爆距離,被爆当時の状況,被爆後の行動等をできるだけ精細には握して,当時受けた放射能の多寡を推定するとともに,被爆後における急性症状の有無及びその程度等から間接的に当該疾病又は症状が原子爆弾に基くか否かを決定せざるを得ない場合が少なくない。」(前者の通知),「原子爆弾被爆者に関しては,いかなる疾患又は症候についても一応被爆との関係を考え,その経過及び予防について特別の考慮がはらわれなければなら」ない(後者の通知)と指摘しているのである。その後,長期にわたる広範な疫学研究が積み重なり,被曝線量の評価も,T65D,DS86と進化しているのであるから,上記のような段階で発出されたこれらの通知を,現段階における放射線起因性の判断に関する証明の程度などの解釈根拠とすることができないことは明らかである。 エ以上のとおり,原告らの主張は,被爆者援護法の立法趣旨,原爆症認定- 461 -に関する判例の内容及び上記ウの通知の性質や内容等を正解しないものであって,いずれも失当である。 (8)原因確率を目安として放射線起因性の判断をすることは不合理ではないこと原告らは,「非被爆者群1000人中90人が発症し,被爆者群1000人中 正解しないものであって,いずれも失当である。 (8)原因確率を目安として放射線起因性の判断をすることは不合理ではないこと原告らは,「非被爆者群1000人中90人が発症し,被爆者群1000人中100人に発症した」という例を挙げ,被告らの「100人のうち10人は原爆放射線に原因があり90人は原爆以外の原因による」という理解は,根拠のないものであると述べる。 疫学調査の結果,上記の例でいえば,被爆者群において非被爆者群より10人過剰にがんが発症したといえたとしても,直ちに,被爆者群においてがんに罹患した100人のうち,10人は原爆放射線による発がんであり,残りはそうではないといえるわけではないこと,原爆放射線による「リスク」は,被曝した程度に応じて程度の差こそあれ,すべての被爆者が負うのであって,100人中10人といった一部の被爆者のみがリスクを負うのではないことは,原告らの指摘するとおりである。 しかし,被爆者群100人に対して非被爆者群90人ががんを発症しているということは,90人は同じ疾病を発症しているということ,すなわち,ある被爆者が発症したがんは,原爆放射線の影響による可能性が約10パーセント存在するが,原爆放射線以外の原因による可能性も約90パーセント存在すると推定できるということであって,原因確率によって,当該疾病が原爆放射線の影響である可能性は低いものと推定することができる。 このように,非被爆者であっても同程度に発症する疾病についてまで,当該疾病が原爆放射線の影響であることを完全には否定できない限り放射線起因性があるものとして扱うとすれば,法が放射線起因性を認定の要件とした意味は失なわれてしまうのであり,そのため,「審査の方針」は,原因確率を目安として,これに総合的判断を加えて放射線起因性を判断することとし- 462 扱うとすれば,法が放射線起因性を認定の要件とした意味は失なわれてしまうのであり,そのため,「審査の方針」は,原因確率を目安として,これに総合的判断を加えて放射線起因性を判断することとし- 462 -ているのである。 したがって,原告らの上記主張は失当である。 (9)疫学的方法を活用して放射線起因性を認定をすることは何ら不合理ではないこと原告らは,放射線起因性の有無の判断は,法律上の判断であって,原因確率という数字がいくらかといった形式的な判断に矮小化されてはならないと主張し(原告ら第2準備書面31ページ),個別申請者の疾病が放射線に起因する具体的な可能性を疫学的方法によって判断することが誤っているかのような主張をする。 しかしながら,このような主張は,医学的に機序が完全に判明していないが,放射線による被曝が影響を及ぼす可能性があると認められる疾病について,疫学研究による統計的解析を否定するに等しく,放射線起因性の判断を純粋に価値判断によって決すべきとするものとして失当というほかない。 なお,個人のリスク評価において疫学的手法を用いることの妥当性については,ICRPにおいて「(24)疫学から導かれたすべての推定値と同様,この係数も個人が名目集団の典型であると仮定できない限り,その個人には適用できない。しかしながら,もっと良いデータがないので,この係数は個々の患者の放射線被ばくによって起こりそうな影響を判断するための半定量的な根拠として用いることができる。」と説明され,放射線における人体影響を考慮する場合には,半定量的な根拠として用いることが国際的にも認められていることを付言する。 第8申請疾患が確率的影響の範ちゅうに属する原告らに対する各処分が適法であること 原告X1の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況 国際的にも認められていることを付言する。 第8申請疾患が確率的影響の範ちゅうに属する原告らに対する各処分が適法であること 原告X1の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X1の被爆地は,長崎市中之島の屋外であり,爆心地からの距離は,- 463 -約2キロメートルである。 (2)被爆後の行動原告X1は,長崎市中之島の陸軍高射砲の陣地で被爆した後,負傷兵として,南山手町(爆心地から4キロメートル以遠)にあった陸軍の兵舎のような建物に収容されたこと,そこで意識が遠くなり,約2週間経過後,同所において敗戦を聞かされたこと,8月末ころ,佐賀陸軍病院分院へ移動したことを供述している。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,長崎の爆心地から2000メートルの地点における初期放射線による被曝線量は13センチグレイとされており,原告X1は遮へいのない状態で被爆したというのであるから,遮へい係数を乗ずる必要はなく,同原告の初期放射線による被曝線量は13センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X1は,上記(1)及び(2)のとおり,原爆爆発後56時間以内に爆心地から600メートル以内の区域へ立ち入ったことはなく,長崎市西山3,4丁目又は木場地区へ滞在又は居住したことも認められない。したがって,原告X1について,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 ウ小括以上より,原告X1の被曝線量は,13センチグレイを超えることはないと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X1は,「頭の割れるような頭痛,激しい下痢,発熱, 1,4,2)及び3))。 ウ小括以上より,原告X1の被曝線量は,13センチグレイを超えることはないと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X1は,「頭の割れるような頭痛,激しい下痢,発熱,嘔吐,倦怠感,- 464 -脱毛などがあ(った)」旨述べており(甲第1001号証の1・3ページ),AB医師らは,これらの症状を,放射線被曝による急性症状であるとする。 しかしながら,上記各症状について,これを裏付ける診療録等の客観的な証拠はない。原告X1は,8月末ころに川上温泉郷において軍医の診察を受けたほかは,上記各症状の治療のために医師の診察を受けたことがない旨供述している上,原告X1の認定申請書添付の意見書の「医師の意見」欄には,「白血球減少の病歴があり」と記載されており,原告X1は,この記載について,川上温泉郷の軍医による診断内容を書いてもらったものと供述するが,「白血球減少」は誤りで,実際には白血球増多であったとも供述しており,軍医による上記診察がされたとも認め難い。そうすると,原告X1に上記各症状が現れたと認めるに足りる証拠はないというべきである。 また,これらの症状は,放射線被曝以外の要因によっても起こり得るものであり,上記各症状が放射線急性症状であると判断するためには,症状を呈した原因や経過を十分に精査し,医学的に検討しなければならない上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,脱毛が生じるのが3グレイ(300センチグレイ)以上,さらに下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X1の被曝線量は,上記(3)のとおり,13センチグレイを超えることはないと推定されるから,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。仮に,原告 となっている。しかるに,原告X1の被曝線量は,上記(3)のとおり,13センチグレイを超えることはないと推定されるから,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。仮に,原告X1が,上記のように急性症状としての脱毛等が起こり得るレベルの被曝をしているならば,感染症等の重大な合併症を発症しているはずであるが,原告X1は,上記各症状が具体的にいつごろから発生したかなどについて,はっきりとした記憶がないばかりか,発熱,下痢及び嘔吐については,8月末ころには終わり,脱毛についても,8月20日前後に始まって4,5日後には治まったというのである。そうすると,原告X1に上記各症状が発生したのだとしても,到底放射- 465 -線急性症状であると認めることはできない。 以上のとおり,原告X1に上記各症状が発生したと認めるに足りる証拠はないし,仮に上記各症状が発生したのだとしても,それらが放射線被曝による急性症状と認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X1の申請疾患は胃がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について胃がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになり,原告X1は男性であるから,原因確率は審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X1は,被曝時の年齢が20歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は13センチグレイを超えることはないと推定されるところ,審査の方針別表2-1によれば,被曝時年齢が20歳の男性被爆者に発症した胃がんの原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に1.4パーセントであることからすれば,原告X1の胃 と推定されるところ,審査の方針別表2-1によれば,被曝時年齢が20歳の男性被爆者に発症した胃がんの原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に1.4パーセントであることからすれば,原告X1の胃がんの原因確率は1.4パーセントを超えることはなく,同原告の胃がんが原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 なお,実際の審査会においては,「原告ら被曝線量等一覧表」のとおり,原告X1の被曝線量を12.8センチグレイと推定した上で,同原告の胃がんについて原因確率を0.6パーセントと算定し,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定した。 そして,原告X1に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X1の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は- 466 -認められない。 なお,原告X1は,酒も飲まずに節制していたことを強調するが,それは被爆者健康手帳の交付を受けた昭和42年より後のことであり,それ以前は飲酒は時々,喫煙は1日10本くらいをおよそ22年間たしなんでいたというのであり,かかる喫煙歴が胃がんに影響していることも考えられる。 原告X2の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X2は,広島市白島中町にあった工兵隊の兵舎の中で被爆したものであり,上記兵舎の爆心地からの距離は,約1.8キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X2代理人作成の原告X2本人からの聴取結果に関する報告書(甲第1002号証の2。以下「原告X2報告書」という。)によれば,原告X2は,上記(1)の被爆後,広島市白島北町北側にある工兵橋(爆心地から2キロメートル以遠)を渡り,太田川支流の土手に沿って神田橋 第1002号証の2。以下「原告X2報告書」という。)によれば,原告X2は,上記(1)の被爆後,広島市白島北町北側にある工兵橋(爆心地から2キロメートル以遠)を渡り,太田川支流の土手に沿って神田橋方面へ牛田町(爆心地から2キロメートル以遠)の演習場まで歩いたが,そこから引き返し,いったん兵舎に戻ったが,再び工兵橋を渡り土手沿いを神田橋方面へ歩き,さらに,太田川上流の戸坂国民学校,深川国民学校まで歩いたが,再び引き返し,兵舎に戻ったとされている。 すなわち,上記報告書の記載によれば,原告X2は,被爆直後に爆心地付近に立ち入ったことはないのであるが,爆心地では6時間以上にわたって火災が続いていたことからも,原告X2が被爆直後に爆心地付近に立ち入ったとは認められない。また,原告X2がどの程度の時間をかけて上記経路を移動したのかは不明であるが,白島中町は全焼区域であることからすれば,原告X2は,白島中町付近にも長期間滞在したとは考えられない。 さらに,原告X2報告書によれば,原告X2は,上記のとおり兵舎に戻った後,8月6日は北東にある山の麓(爆心地から2ないし3キロメートル)- 467 -で野宿し,8月7日は,横川町(爆心地から約1.5キロメートル程度)の方に行き,被災者の収容に当たり,8月8日には,兵舎近くの中州において,死亡した被災者の火葬作業を行ったとされている。火葬のための材木は,原告X2らが白島西町,白島中町,白島東中町(いずれも爆心地から1.5キロメートル以遠)などの倒壊した建物から運んできたものを使用したとのことであり,これらの記述からも,原告X2が,爆心地付近に滞在してはいないことは明らかである。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9に らも,原告X2が,爆心地付近に滞在してはいないことは明らかである。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から1800メートルの地点における初期放射線による被曝線量は15センチグレイとされており,原告X2は,建物(兵舎)内において被爆したから,原告X2の初期放射線による被曝線量は,遮へい係数0.7を乗じ,10.5センチグレイと推定される。 イ残留放射能による被曝線量原告X2は,上記(1)及び(2)のとおり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったことはなく,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住したことも認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 さらに,放射性核種によって最も高濃度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎないから,原告X2が,太田川の水を多量に飲んだとしても,これによる内部被曝の影響を考慮する必要はない。 - 468 -ウ小括以上より,原告X2の被曝線量は,10.5センチグレイを超えることはないと推定される。 (4)被爆後の身体状況AB医師らは,原告X2の左後頭部の傷が化膿し,9月になっても治らなかったとし,その原因は,直爆あるいは残留放射線被曝による治癒能力の低下が考えられるとする。しかしながら,原告X2は,異議申立て後の口頭意見陳述において,上記化膿については何ら供述しておらず,原告X2報告書においても,上記化膿については何ら 線被曝による治癒能力の低下が考えられるとする。しかしながら,原告X2は,異議申立て後の口頭意見陳述において,上記化膿については何ら供述しておらず,原告X2報告書においても,上記化膿については何ら記載がないから,AB医師らのいうように原告X2の左後頭部の傷が化膿し,これが9月になっても治らなかったことや,その原因が放射線であることを認めることはできない。 また,原告X2は,異議申立て後の口頭意見陳述において,被爆後に脱毛及び下血があったことを明確に否定しているから,脱毛及び下血も認めることはできない。 さらに,原告X2は,異議申立て後の口頭意見陳述において,被爆後に下痢はあった旨供述するが,下痢は,被爆直後の栄養障害,過酷な肉体労働及び精神的ストレスを受けるなどの異常環境要因によっても起こり得るものである上,被曝による急性症状としての下痢が生じる被曝線量は,最低でも5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X2の被曝線量は,上記(3)のとおり,10.5センチグレイと推定されるから,原告X2の下痢は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。しかも,放射線被曝による下痢であれば,血性の下痢であるところ,原告X2は下血を明確に否定していることから,原告X2の下痢は,血性の下痢ではなく,通常の下痢であった可能性が高い。以上を総合すると,原告X2に下痢があったとしても,それは,放射線被曝による急性症状としての下痢とは認められない。 - 469 -そのほか,原告X2報告書は,発熱,めまい等があったとするが,それらがどのようなものであったか明らかではない上,他の要因によっても起こるものであることは,下痢について主張したのと同様である。したがって,原告X2に放射線被曝による急性症状が生じたと認めるこ ,それらがどのようなものであったか明らかではない上,他の要因によっても起こるものであることは,下痢について主張したのと同様である。したがって,原告X2に放射線被曝による急性症状が生じたと認めることはできない。 以上のとおり,原告X2に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X2の申請疾患は左腎がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について腎がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。腎がんは尿路系のがんであり,原告X2は男性であるから,審査の方針別表7-1によって原因確率は算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X2は,被曝時の年齢が26歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は10.5センチグレイを超えることはないと推定されるところ,審査の方針別表7-1によれば,被曝時年齢が26歳の男性被爆者に発症した腎がんの原因確率は,被曝線量が10センチグレイの場合に4.7パーセント,被曝線量が15センチグレイの場合に6.9パーセントであるから,原告X2の左腎がんの原因確率は4.7パーセントを若干上回る程度と推定され,原告X2の左腎がんは,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。そして,原告X2に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X2の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X5の申請疾患に放射線起因性が認められないこと- 470 -(1)被爆状況原告X5は,広 X2の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X5の申請疾患に放射線起因性が認められないこと- 470 -(1)被爆状況原告X5は,広島市白島九軒町の自宅の庭において,土塀に遮られた状態で被爆したものであり,上記自宅の爆心地からの距離は,陳述書によれば,約2キロメートルである(なお,原告X5の認定申請書添付の申述書には,1.7キロメートルと記載されており,本件X5却下処分もこれを前提として申請疾患の放射線起因性を判断している。)。 (2)被爆直後の行動原告X5は,①上記(1)の被爆後,自宅近くの防空壕で弟の看病をしていたところ,黒い雨を浴びた,②しばらく休んだ後,母らと共に,工兵橋(爆心地から2.2キロメートル)付近の知人宅に行き,一泊した,③翌7日,三篠橋(爆心地から約1.3キロメートル),横川(爆心地から約1.5キロメートル)を経由して安佐郡伴町の親戚宅に行った旨供述する。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,原告X5の被爆時の爆心地からの距離を,認定申請書添付の申述書記載の1.7キロメートルとした場合,広島の爆心地から1700メートルの地点における初期放射線による被曝線量は22センチグレイとされているから,これに土塀による遮へいを考慮して,遮へい係数0.7を乗じ,15.4センチグレイと推定される。なお,被爆時の爆心地からの距離を,陳述書に従って約2キロメートルとすると,推定被曝線量は,4.9センチグレイとなる。 イ残留放射能による被曝線量原告X5は,上記(1)及び(2)のとおり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったこと ると,推定被曝線量は,4.9センチグレイとなる。 イ残留放射能による被曝線量原告X5は,上記(1)及び(2)のとおり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったことはなく,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住したことも認められないことから,誘導放射能- 471 -及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,原告X5は,上記(2)のとおり,8月6日に白島九軒町の自宅付近の防空壕で黒い雨を浴びた旨供述し,AB医師らは,これに基づき,原告X5がこの雨に含まれる放射性降下物により被曝したとするもののようである。 しかしながら,広島の己斐,高須地区,長崎の西山地区という限定された地区以外の地域において放射性降下物による被曝を考慮する必要がない。 また,原告X5は防空壕内にいたというのであるから,わざわざ外に出て大量の雨を浴びたとは考えにくい。したがって,原告X5が,白島九軒町の自宅付近の防空壕で「黒い雨」を浴びたとしても,放射性降下物の影響を考慮する必要はない。 また,原告X5は,爆心地から約1.3キロメートルの三篠橋を通過したことをもって,爆心地に近い地点に立ち入ったから残留放射線による被曝をした可能性が高いと主張するもののようである。 しかし,審査の方針別表10における残留放射線による被曝線量の算定が正当であり,広島においては,少なくとも爆心地から700メートル以内に,遅くとも原爆爆発後72時間以内に入市しなければ,誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要がないのみならず,原告X5は,三篠橋を通過しただけであるから,原告X5が爆心地から1.3キロメートルの地点まで立ち入ったとしてもごく短時間のことと認められ,しかも,原爆爆発翌日のことであるので, がないのみならず,原告X5は,三篠橋を通過しただけであるから,原告X5が爆心地から1.3キロメートルの地点まで立ち入ったとしてもごく短時間のことと認められ,しかも,原爆爆発翌日のことであるので,残留放射線被曝を考慮する必要はない。 ウ小括以上より,原告X5の被曝線量は15.4センチグレイを超えることはないと推定される(被爆時の爆心地からの距離を約2キロメートルとした場合は,4.9センチグレイである。)。 - 472 -(4)被爆後の身体状況原告X5は,被爆後の症状として,「他人と比べて大変疲れやすい体になり,異常なだるさでいつもごろごろと家で横になっていました。」と供述し,AB医師は,このような原告X5に現れた脱力感を,「被爆者に独特の無気力状態といえる」として,放射線被曝による急性症状であるとしている。 しかし,上記のような脱力感は極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上であることが明らかになっている。しかるに,原告X5の被曝線量は,上記(3)のとおり,15.4センチグレイ(又は4.9センチグレイ)と推定されるから,上記脱力感は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。原告X5に下痢,脱毛等の症状が見られないことをも勘案すれば,原告X5の上記脱力感は,放射線被曝以外の別の要因によるものと考えるのが自然である。 また,原告X5は,「翌年8月には,盲腸炎が腹膜に広がり大手術となりました。医者からは,化膿しやすい状態のために手術後の回復が遅れて大変であったと聞いています。」と述べ,AB医師らは,これについても,放射線被曝による急性症状であるとするもののようである。 しかし,原告X5の推 からは,化膿しやすい状態のために手術後の回復が遅れて大変であったと聞いています。」と述べ,AB医師らは,これについても,放射線被曝による急性症状であるとするもののようである。 しかし,原告X5の推定被曝線量から,上記症状はおよそ放射線被曝に起因するものということができないことは,前述のとおりであるし,そもそも急性症状は,昭和20年8月の原爆投下から12月末までに現れた症状をいうが,原告X5の上記症状は,昭和21年8月のものであり,この点からも,上記症状を放射線被曝による急性症状と認めることはできない。 以上より,原告X5に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患- 473 -原告X5の申請疾患は左腎がん肺転移と認められる。 原告の現在の症状は,肺がんであるが,これは,左腎がんが転移したものであるから,左腎がんを検討する。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について腎がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。腎がんは尿路系がんであり,原告X5は男性であるから,審査の方針別表7-1によって原因確率は算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X5は被曝時の年齢が5歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は15. 4センチグレイを超えることはないと推定されるところ,審査の方針別表7-1によれば,被曝時年齢が5歳の男性被爆者に発症した腎がんの原因確率は,被曝線量が15センチグレイの場合に8.8パーセントで,被曝線量が20センチグレイの場合に11.3パーセントであることからすれば,原告X5の左腎がん肺転移の原因確率は8.8パーセントをわずかに上回る程度と推 15センチグレイの場合に8.8パーセントで,被曝線量が20センチグレイの場合に11.3パーセントであることからすれば,原告X5の左腎がん肺転移の原因確率は8.8パーセントをわずかに上回る程度と推定され,原告X5の左腎がん肺転移は,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 なお,陳述書のとおり,爆心地からの距離を約2キロメートルとした場合,推定被曝線量は4.9センチグレイであるから,上記申請疾患の原因確率は3.1パーセントと推定される。 そして,原告X5に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X5の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X6の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況- 474 -原告X6は,広島市皆実町3丁目935番地の自宅(木造)で被爆したものであり,同所の爆心地からの距離は,約2.5キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X6は,本人尋問において,①上記(1)の被爆後,しばらく家の中の片付けをし,夕方ころ,勤労奉仕に行っている弟が帰ってくるのではないかと思い,御幸橋(爆心地から2キロメートル以遠)を渡った交番のところまで行ったが,そこから自宅に引き返した(この日,外に出ていたのは,30ないし40分であった。),②翌7日,再び弟を捜すために,鷹野橋の停留所(日赤病院の次(北西方向)の停留所であり,爆心地から約1.3キロメートル。)付近まで行ったが,そこから自宅に引き返した(この日,外に出ていたのは,3時間くらいであった。),③同月8日又は9日のどちらかの日の午後,従姉妹を捜すため,県庁付近の土手の方に行ったが,県庁の場所がどこ で行ったが,そこから自宅に引き返した(この日,外に出ていたのは,3時間くらいであった。),③同月8日又は9日のどちらかの日の午後,従姉妹を捜すため,県庁付近の土手の方に行ったが,県庁の場所がどこかは分からない(この日,外に出ていたのは5ないし6時間くらいであった。)旨供述する。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされており,原告X6は,自宅内で被爆したものであるから,建物(自宅)による遮へいを考慮して,遮へい係数0.7を乗じ,同原告の初期放射線による被曝線量は,0.7センチグレイと推定される(なお,原告X6は,自分のいた部屋の窓はすべて開けっ放しにしていた旨供述するが,原告X6のいた部屋は南向きであるのに対し,爆心地は,原告X6宅のある皆実町から北西方向であり,また,原告X6のいた部屋の北側にも部屋があったことがうかがわれるから,建物による遮へいを考慮する必要がある。)。 - 475 -イ残留放射線による被曝線量原告X6は,本人尋問の結果を前提としても,原爆投下当日は,夕方に爆心地から2キロメートル以遠の地点に立ち入り(外出時間は30ないし40分),翌7日は爆心地から約1・3キロメートルの地点まで立ち入り(外出時間は3時間程度),8日又は9日の午後(すなわち,少なくとも8月6日午前8時15分の原爆爆発から52時間以上経過後),県庁(爆心地から約800メートルの地点)付近に立ち入った(外出時間は5ないし6時間)のみである。そうすると,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったことや,広島市己斐又は高須地 地から約800メートルの地点)付近に立ち入った(外出時間は5ないし6時間)のみである。そうすると,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったことや,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住したことは認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 ウ小括以上より,原告X6の被曝線量は0.7センチグレイを超えることはないと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X6には,急性症状は現れていない。 この点,原告X6は,父親が8月中に急激に食欲がなくなった旨供述し,AB医師らは,これを放射線被曝による急性症状であるとし,原告X6と同じような行動をとった父親に急性症状が現れていることが,原告X6が相当程度被爆していることの証左とするものようである。しかし,原告X6の父親に上記のような症状が現れたことについては,何ら客観的な証拠がない上,食欲の減退・喪失は放射線被曝以外の要因でも起こるものであり,食欲が急激に失われたからといって,それが放射線被曝によるものと断定する根拠もない。また,原告X6は,同人の父親は屋外で被爆した後,8月6日には単身広島市中心部に向かい,翌7日も,鷹野橋の停留場で原告X6と別れると,- 476 -単身広島市中心部付近を行動するなどした旨供述しており,原告X6と同人の父親とは,被爆状況及びその後の行動状況が全く異なっているのであるから,原告X6の父親に現れた症状から,原告X6の被曝線量を推測することは誤りである。 したがって,AB医師らの上記意見も失当である。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X6の申請疾患は大腸腫瘍(大腸がん)と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について大腸腫瘍(大腸が ,AB医師らの上記意見も失当である。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X6の申請疾患は大腸腫瘍(大腸がん)と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について大腸腫瘍(大腸がん)は,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。原告X6は女性であるから,同原告の大腸腫瘍(大腸がん)の原因確率は審査の方針別表3-2によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X6は被曝時の年齢が20歳であり,上記(4)のとおり被曝線量は0. 7センチグレイを超えることはないと推定されるところ,審査の方針別表3-2によれば,被曝時年齢が20歳の女性被爆者に発症した大腸腫瘍(大腸がん)の原因確率は,被曝線量が2センチグレイの場合に2.6パーセントであることからすれば,原告X6の大腸腫瘍(大腸がん)の原因確率は2. 6パーセントを超えることはなく,原告X6の大腸腫瘍(大腸がん)は,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X6に放射線被曝による急性症状が発症していないことは,上記(4)のとおりであり,その他原告X6の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X8の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況- 477 -原告X8は,8月6日の原爆爆発時,爆心地から南東に10キロメートル以上離れた国鉄呉線小屋浦駅のホームにいたものである。 (2)被爆直後の状況ア原告X8は,本人尋問において,その後の行動につき,①8月6日は,小屋浦駅から江田島の自宅に戻った,②翌7日は,午前5時20分ころに江田島の 駅のホームにいたものである。 (2)被爆直後の状況ア原告X8は,本人尋問において,その後の行動につき,①8月6日は,小屋浦駅から江田島の自宅に戻った,②翌7日は,午前5時20分ころに江田島の自宅を出て,秋月港から船で吉浦港へ行き,同所から国鉄呉線で海田市駅へ行き,同所から徒歩で広島駅へ向かったが,途中軍用トラックに乗せてもらい,午前10時までに広島駅前(爆心地から約2キロメートル。)に到着した,③広島駅前に到着後は,甲第1008号証の2の赤線の経路を通り,徒歩で西蟹屋町の大正橋東詰にあった当時の日本製鋼蟹屋分工場(爆心地から約2キロメートル。)に行った,④上記分工場から紙屋町(爆心地から約300メートル)を経由して千田町にあった県立広島工業学校へ行こうと考え,甲第1008号証の2の青線の経路を通り,徒歩で八丁堀の福屋デパート前(爆心地から約700メートル。)まで行ったが,県立広島工業学校へ行くことを断念し,帰宅することとした,⑤そこで,同所から,いったん広島駅へ向かったが,途中,宇品港から船に乗ったほうがよいと考え,甲第1008号証の2の緑線の経路(最も爆心地に接近する地点で,爆心地から約1750メートル)を通って宇品港へ行き,船で江田島に戻った旨供述する。しかしながら,原告X8の上記供述は,以下に述べるとおり信用することはできない。 イ原告X8は,帰宅の経路につき,本人尋問の11日前に陳述書(甲第1008号証の1)を作成するまで,一貫して,広島駅を経由して海田市駅へ行き,同駅から電車に乗ったとしていたのに,本人尋問において,突如,上記⑤のとおり,広島駅へは行かず宇品港から海路帰宅したと供述を変更したものである。そして,原告X8は,本人尋問においてこの供述変更の理由について問われると,「いろいろと当時の資料を調べながらという 上記⑤のとおり,広島駅へは行かず宇品港から海路帰宅したと供述を変更したものである。そして,原告X8は,本人尋問においてこの供述変更の理由について問われると,「いろいろと当時の資料を調べながらというこ- 478 -とです,これは私の軽率だったと言わざるを得ません。」などとあいまいな受け答えに終始し,供述変更について合理的な理由を説明することができなかったものである。その後,原告X8は,上記供述変更の理由について,2006年(平成18年)4月1日付け陳述書(甲第1008号証の6)において,「DV氏は,『俺と別れた後,お前がどうやって帰ったかは知らないよ』とちょっと突き放されたように私に言ったのですが,その後,これまで思い出さなかったいろんなことが突如浮かんできました。」などと説明しているが,被爆から60年以上経過していながら,そのような事情で記憶がよみがえるとはおよそ考え難く,原告X8の供述する供述変更の理由は,不合理かつ不自然といわざるを得ない。以上のとおり,原告X8は,供述を大きく変更しているばかりか,その供述変更について合理的な理由を説明していない。 ウまた,原告X8は,上記ア④の経路で県立広島工業学校に行こうとした理由について,市電の電車通りの方ががれきが少なく,歩きやすいことを挙げる。しかしながら,荒神橋を渡った後,甲第1008号証の2の青線の経路を通り,福屋デパート前(D地点)を通過して紙屋町を左折して県立広島工業学校(C地点)に行くよりも,甲第1008号証の2の緑線の経路(京橋川を南下する市電の電車通りを通る経路)を通り,御幸橋を渡って同学校に行く方が距離が短いことは一目瞭然である。しかも,原告X8は,上記ア⑤のとおり実際に甲第1008号証の2の緑線の経路を通った旨供述しているところ,同経路のほうが歩きにくかったとは 橋を渡って同学校に行く方が距離が短いことは一目瞭然である。しかも,原告X8は,上記ア⑤のとおり実際に甲第1008号証の2の緑線の経路を通った旨供述しているところ,同経路のほうが歩きにくかったとは認められない(なお,御幸橋が渡れる状態だったことは,原告X6が供述するとおりである)。にもかかわらず,原告X8は,わざわざ距離が遠い上,火災で地面が熱く,歩きやすくはない広島市中心部を殊更選んだというのであるが,このような行動は,いかに原爆投下翌日の混乱した状況であったとはいえ,極めて不合理である。 - 479 -エ以上のとおり,原告X8の8月7日の行動に関する供述は,信用することができず,原告X8が同日に入市したとしても,せいぜい,当時の日本製鋼蟹屋分工場まで行ったにとどまり,八丁堀の福屋デパート前まで行ったと認めることは到底できない。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点については初期放射線による被曝線量は記載されていない。原告X8は,上記(1)のとおり,原爆爆発時,爆心地から2500メートルを大幅に超える10キロメートル以遠の地点にいたのであるから,初期放射線による被曝線量を考慮する必要はない。 イ残留放射線による被曝線量原告X8の原爆爆発後の行動に関する供述の信用性は,上記(2)のとおりであり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域に立ち入ったことは認められず,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住したことも認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮す 2時間以内に爆心地から700メートル以内の区域に立ち入ったことは認められず,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住したことも認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。仮に,原告X8が,上記(2)アのとおり爆心地から約700メートルの地点である八丁堀の福屋デパート前まで来たとしても,それは,原爆爆発から24時間以上経過した後であること,原告X8は,それからすぐに広島駅方向に引き返し,爆心地から500メートル以内の区域に立ち入ってはいないこと,その後再び広島には入っていないことから,やはり残留放射線による被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2))。 また,原告X8は,日本製鋼蟹屋分工場が被爆者の救護所となっており,- 480 -瀕死の被爆者でいっぱいであった旨供述し,AB医師らは,この点について,「高線量被爆者の人体・体液・衣類は放射化しており,原告はそのなかで介護を続けたことになる。瀕死の被爆者が収容されている建物内は,目に見えない微小な放射性物質(構造物剥離片,塵埃)が滞留している環境であり,また,誘導放射化した被爆者の体液も飛散している環境である。」,「多数の被災者の移送・救護にあたるなかで,原告の人体は,ガンマ線外部照射のみならず,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が体内へ侵入・蓄積するという(内部)被曝を受けていたことが理解できる。」とする。 しかしながら,原告X8は,上記分工場内が被爆者でいっぱいであり,何もできずにおろおろするばかりだったと供述するのみで,被爆者の移送・介護(救護)に当たったなどとは一言も述べていない上,原告X8が被爆者の収容された工場の建物内に入ったのかどうかも明らかではない。この点で,AB医師らは,既 りだったと供述するのみで,被爆者の移送・介護(救護)に当たったなどとは一言も述べていない上,原告X8が被爆者の収容された工場の建物内に入ったのかどうかも明らかではない。この点で,AB医師らは,既に前提を誤っている。また,仮に,原告X8が,同建物内に入ったのだとしても,同建物は天井がガラス張りであったところ,そのガラスがすべて落ちていたというのであるから,「目に見えない微小な放射性物質が滞留している環境」であると断ずる根拠はないこと,人体の放射化については,的確な科学的根拠がないこと,原告X8が同分工場に滞在した時間は,1時間ないし1時間半という短時間であることから,原告X8の体内へ放射能汚染物質・微粒子が侵入・蓄積し,同原告が内部被曝を受けたとしても,その影響を考慮する必要はない。 さらに,原告X8は,広島市内を歩いている途中,水道水を飲んだ旨供述し,AB医師らは,このことから,摂水による内部被曝も否定できないとする。しかしながら,放射性核種によって最も高濃度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然- 481 -放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎないから,原告X8が,わずか数回広島市内の水道水を飲んだからといって,その内部被曝を考慮する必要はない。 したがって,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X8の被曝線量は0.0センチグレイと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X8は,8月7日に帰宅した後,1,2週間くらい,発熱,血便混じりの激しい下痢,倦怠感が続き,8月8日から歯茎からの出血が止まらなかった旨供述し,AB医師らは,このことから,原告X8に「典型的な放射線被曝による急性症状があった 1,2週間くらい,発熱,血便混じりの激しい下痢,倦怠感が続き,8月8日から歯茎からの出血が止まらなかった旨供述し,AB医師らは,このことから,原告X8に「典型的な放射線被曝による急性症状があった。」とする。 しかしながら,原告X8は,認定申請書添付の申述書では,「被爆後の急性症状についてもはっきりした記憶はありませんが嘔吐が続いたこと,翌月くらいから歯茎からの出血が始まったことを覚えています。」と述べ,異議申立書でも,「帰るときに激しい嘔吐を繰り返し」,帰宅後,「現在,はっきりとした記憶はないものの,体調がすぐれず,数日間寝込んだような覚えもある。嘔吐は長く続かなかったが,翌月くらいから歯茎からの出血が始まった。」と主張していたのに,陳述書及び本人尋問では,上記のとおり,帰宅後の体調について断定的に供述している上,歯茎からの出血が始まった時期を大幅に変更している。このように,原告X8の急性症状に関する供述には齟齬,変遷が認められ,前記のとおり,8月7日当日の行動についても供述に変遷が見られることなども併せ考慮すれば,急性症状に関する上記供述内容は到底措信できないというべきである。また,被曝による急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上であるところ,原告X8の推定被曝線量は,0.0センチグレイであり,原告X8の歯茎からの出血は,およそ放射線被曝に起因するということはできない。加え- 482 -て,同症状は30歳代後半から40歳代前半にかけて抜歯するまでの間続いたとのことであるが,このように症状が長期間継続すること自体,その症状が放射線被曝による急性症状ではないことを示している。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X8の申請疾患は直腸がん及び胃がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性 と自体,その症状が放射線被曝による急性症状ではないことを示している。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X8の申請疾患は直腸がん及び胃がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について直腸がん及び胃がんは放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。 ここで原告X8の推定被曝線量をみると,上記(3)のとおり0.0センチグレイである。これはすなわち,原爆放射線による被曝がほとんどない,又は極めて少ないということである。原因となる原爆放射線による被曝がほとんどない,又は極めて少ない以上,原爆放射線によって健康影響がもたらされた「高度の蓋然性」が認められる余地はない。 以下,審査の方針に当てはめて再度検証すると,原告X8は男性であるから,同原告の直腸がんの原因確率は審査の方針別表3-1によって算定され,胃がんについては審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X8は被曝時の年齢が14歳であり,上記(2)のとおり被曝線量は0. 0センチグレイと推定されるから,同原告の直腸がんの原因確率は0.0パーセントと推定され,原告X8の直腸がんは,原爆放射線に起因する可能性が低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 また,同様に,原告X8の胃がんについて原因確率を審査の方針別表2-1によって算定すると0.0パーセントであって,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X8に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることが- 483 -できないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X8の既往歴,環境因子,生活歴等 針第1,1及び2)。 そして,原告X8に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることが- 483 -できないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X8の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 なお,原告らは,放射線が多重がん発生のリスクを高めている旨主張するが,原告らがその主張の根拠とする医師団意見書(甲第40号証)が指摘する論文,報告は,いずれも被爆者が非被爆者に対してより高い頻度で多重がんに罹患していることを示すものではなく,放射線が多重がん発生のリスクを高めているとの証拠にはならない。現段階において,被爆者集団で有意に多重がんの罹患のリスクが増加していることを示す科学的知見が全くない。 また,仮に原告らの主張のとおり,放射線が多重がん発生のリスクを高めているとしても,前述のとおり原告X8の被曝線量は0.0センチグレイと推定されるから,原告X8が原爆放射線によって申請疾患に罹患した可能性を捉え直す必要はない。 承継前原告X10の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X10は,広島市南観音町所在の広島市第二国民学校の校舎内で被爆したものであり,同所の爆心地からの距離は,約2.4キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X10は,①上記(1)の被爆後,しばらくの間上記第二国民学校の校庭の防空壕にいたが,友人らと共に,広島市を脱して五日市(南観音町の西方であり,爆心地とは逆方向。)に赴いた,②8月8日,再び広島市内に戻り,同日及び9日の両日,河原町の自宅(爆心地から約1キロメートル)付近,爆心地付近の護国神社(爆心地から約300メートル)及び陸軍病院(乙第1010号証の5の1・2ページによれば,護国神社の向かいに位置する。),宇品(爆心地 の自宅(爆心地から約1キロメートル)付近,爆心地付近の護国神社(爆心地から約300メートル)及び陸軍病院(乙第1010号証の5の1・2ページによれば,護国神社の向かいに位置する。),宇品(爆心地から4キロメートル以遠)付近を歩き回り,家族を捜した旨供述する。 - 484 -(3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から2400メートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされており(審査時においては,被爆時の爆心地からの距離が2キロメートルとされていたが,その場合は,7センチグレイである。),同原告の被爆時の遮へいの有無は不明であることから,同原告の初期放射線による被曝線量は,1.4(遮へい係数0.7を乗じた場合)ないし2センチグレイと推定される(被爆時の爆心地からの距離を約2キロメートルとした場合は,4. 9ないし7センチグレイである。)。 イ残留放射線による被曝線量原告X10は,上記(2)のとおり,原爆爆発後おおむね48時間が経過した8月8日以降,河原町の自宅付近,護国神社,陸軍病院,宇品付近を歩き回ったとするが,具体的な経路及び滞在時間が明らかでないため,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝の有無を判断することは困難である。しかし,仮に,原告X10が,原爆爆発48時間後から72時間後まで継続して爆心地にとどまっていたとしても,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝線量は,5センチグレイである(審査の方針第1,4,2))。また,同原告について広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住した事実は認められないから,放射性降下物による被曝については考慮をする必要がない(審査の方針第1,4,3))。 査の方針第1,4,2))。また,同原告について広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住した事実は認められないから,放射性降下物による被曝については考慮をする必要がない(審査の方針第1,4,3))。 ウ小括以上より,原告X10の推定被曝線量は,残留放射線被曝を最大限考慮しても,6.4ないし7センチグレイである(被爆時の爆心地からの距離を約2キロメートルとした場合は,9.9ないし12センチグレイであ- 485 -る。)。 (4)被爆後の身体状況原告X10は,被爆後,体のだるさや熱や下痢,吐き気が翌年の春ころまで続いた旨供述する。しかしながら,原告X10は,認定申請時の申述書において,「ひどい倦怠感のため寝たり起きたりしていたことは覚えていますがどのような急性症状が出たか,覚えていません」と明言していたのであり,上記のとおり,発熱,下痢,吐き気があったと供述するに至った理由を何ら明らかにしていない。そうすると,発熱,下痢,吐き気の症状があったとする上記供述を信用することはできず,これらの症状があったと認めることはできない。 また,AB医師らは,原告X10の倦怠感について,「このような全身倦怠感は被爆者によく見られるもので,(中略)放射線被曝の独特の兆候であったと考えられる。」とする。しかし,このような症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上である。しかるに,原告X10の被曝線量は,上記(3)のとおり,6.4ないし7センチグレイ(又は,9.9ないし12センチグレイ)と推定されるから,上記倦怠感は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,原告X1 線量は,上記(3)のとおり,6.4ないし7センチグレイ(又は,9.9ないし12センチグレイ)と推定されるから,上記倦怠感は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,原告X10は,わずか12歳という幼さで,真夏の炎天下を五日市まで徒歩で移動し,その後弟を背負いながら広島市を歩き回るなど長距離を移動し,その上に短期間の間に家族すべてを失うという凄惨な体験をしたというのであり,このことによって肉体的にも精神的にも疲弊したことが,倦怠感の原因であると考えるほうが自然というべきである。 以上により,原告X10に放射線被曝による急性症状があったとは認められない。 - 486 -(5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X10の申請疾患は卵巣腫瘍(卵巣がん)と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について卵巣腫瘍(卵巣がん)は,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになり,審査の方針別表7-2によって原因確率は算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X10は被曝時の年齢が12歳であり,上記(3)のとおり,原告X10の被曝線量は,誘導放射能による残留放射線被曝を最大限考慮しても,6. 4ないし7センチグレイと推定され,審査の方針別表7-2によれば,被曝時年齢が12歳の被爆者に発症した卵巣がんの原因確率は,被曝線量が10センチグレイの場合に6.5パーセントであるから,原告X10の卵巣腫瘍(卵巣がん)の原因確率は6.5パーセントを超えることはなく,原告X10の卵巣腫瘍(卵巣がん)は,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 なお,原告X10の被爆時の爆心地から 因確率は6.5パーセントを超えることはなく,原告X10の卵巣腫瘍(卵巣がん)は,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 なお,原告X10の被爆時の爆心地からの距離が2000メートルであったとしても,上記(3)のとおり,推定被曝線量は9.9ないし12センチグレイであり,審査の方針別表7-2によれば,被曝線量が15センチグレイの場合の原因確率が9.5パーセントであるから,やはり原爆放射線に起因する可能性が低いものと推定される。 そして,原告X10に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X10の既往症,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。原告X10の通院先の医師も,同原告の申請疾患である卵巣腫瘍について,原爆放射線との因果関係は証明できない旨の意見書を作成している。 - 487 - 原告X11の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X11は,長崎市飽ノ浦町所在の三菱造船所第二機械工場付近の隧道(トンネル)入口から約15メートル入ったところで被爆したものであり,爆心地からの距離は,約3.2キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X11は,上記(1)の被爆後3時間くらい上記隧道内に逃げ込んできた女子挺身隊のけが人の救護に当たり,その後,徒歩で長崎湾の対岸の小ヶ倉(爆心地から約8キロメートル)の寮へ帰ることになり,長崎湾沿いに北上し,渡れる一番最初の橋を渡り,南下して長崎駅(爆心地から約2.2キロメートル)付近を通過し,上記寮に戻った旨供述している。なお,飽ノ浦町の工場から最も近い橋は,稲佐橋(爆心地から約1.95キロメートル)であるところ,原告X11は,同橋 崎駅(爆心地から約2.2キロメートル)付近を通過し,上記寮に戻った旨供述している。なお,飽ノ浦町の工場から最も近い橋は,稲佐橋(爆心地から約1.95キロメートル)であるところ,原告X11は,同橋を渡ったか否かはっきりせず,更に爆心地に近い橋を渡ったかもしれない旨供述するが,稲佐橋が渡れない状態であったとの事情を認めるに足りる証拠はないから,原告X11が渡った橋は稲佐橋であると認められる。したがって,原告X11は,爆心地から3.2キロメートルの地点で被爆した後,帰宅時に,一時爆心地に近づいたものの,その距離はせいぜい爆心地から約1.95キロメートルまでである。 この点に関し,原告X11の健康診断個人票には,「数時間後に爆心地に入り,午後7時頃まで救護活動を行った。けが人や破壊された建物の中で活動した。またその後も爆心地に入った。」との記載があるが,原告X11自身,三菱造船所の工場内では救援活動に従事したが,午後2時ころに同工場を出て上記寮に戻るまでの間は,救援,救護活動に携わっていない旨明言しており,上記健康診断表の記載には,何ら信用性はない。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量- 488 -初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,長崎の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線による被曝線量は記載されていない。 したがって,同原告の初期放射線による被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 イ残留放射線による被曝線量上記(2)のとおり,原告X11は,被爆後,一時爆心地方向に向かった旨供述するが,爆心地に接近したとしても,せいぜい爆心地から約1.95キロメートルまでであり,原爆 。 イ残留放射線による被曝線量上記(2)のとおり,原告X11は,被爆後,一時爆心地方向に向かった旨供述するが,爆心地に接近したとしても,せいぜい爆心地から約1.95キロメートルまでであり,原爆爆発後56時間以内に爆心地から600メートル以内の区域へ立ち入った事実や,長崎市西山3,4丁目又は木場地区に滞在又は居住した事実は認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要がない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,AB医師らは,原告X11が,約3時間にわたりけが人の救護に従事していること,上記寮に帰る途中,旭町,稲佐橋周辺,長崎駅周辺を何時間もかけて歩いたことから,「これらの行動によって相当量の残留放射線(土壌中の誘導放射線や人体の誘導放射線)を浴びたことは明らかである。」とする。しかしながら,審査の方針別表10における被曝線量の算定が正当であり,長崎においては,少なくとも爆心地から600メートル以内に,遅くとも原爆爆発後56時間以内に入市しなければ,誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要がない。また,原爆投下当日に広島市内で約8時間の作業に従事したとしても,誘導放射能による内部被曝がごく微量であり,放射性核種によって最も高度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝はごく微量で,外部被曝に比べて無視できるレベルであり,人- 489 -体の放射化については,的確な科学的証拠がない。 したがって,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X11の被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X11は,被爆後に胃腸が弱くなったのではないかと思う旨供述するが,このような症状は,一般的に放射線被曝に 上より,原告X11の被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X11は,被爆後に胃腸が弱くなったのではないかと思う旨供述するが,このような症状は,一般的に放射線被曝による急性症状とはされていない。そもそも,原告X11は,認定申請書,異議申立書及び訴状添付の「被害の概要(11)」において,急性症状の出現について否定している上,その後に作成された陳述書においても,「・・・私に急性症状と思われる症状が出たか否かはよく覚えていません。」と供述していたものであるから,原告X11に放射線被曝による急性症状が現れたと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X11の申請疾患は胃がん及び直腸がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について胃がんは,放射線の健康影響について確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。また,直腸がんは,大腸がんと同様に確率的影響の範ちゅうに属する疾患として審査されており,放射線起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。原告X11は男性であるから,同原告の胃がんの原因確率は審査の方針別表2-1によって算定され,直腸がんについては審査の方針別表3-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X11は,被曝時の年齢が16歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は2センチグレイ未満と推定され,審査の方針別表2-1によれば,被爆時年齢が16歳の被爆者に発症した胃がんの原因確率は,被曝線量が30セン- 490 -チグレイの場合に1.7パーセントであるから,同原告の胃がんの原因確率は1.7パーセント未満と推定され,したが 時年齢が16歳の被爆者に発症した胃がんの原因確率は,被曝線量が30セン- 490 -チグレイの場合に1.7パーセントであるから,同原告の胃がんの原因確率は1.7パーセント未満と推定され,したがって,原告X11の胃がんは,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 また,原告X11の直腸がんについて,同様に原因確率を審査の方針別表3-1によって算定すると2.1パーセント未満と推定され,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X11に放射線被曝による急性症状が発症したとは認められないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X11の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 なお,AB医師らは,原告X11の疾患が多重がんであるから,被曝の影響が否定できないとするが,異時多重がんが発生したことが被曝の影響を示唆するものではない。また,仮に原告らの主張のとおり,放射線が多重がん発生のリスクを高めているとしても,前述のとおり原告X11の被曝線量は0.0センチグレイと推定される(原文のまま)から,原告X11が原爆放射線被曝により申請疾患に罹患した可能性を捉え直す必要はない。 原告X12の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X12は,8月6日の原爆爆発時,爆心地から約7ないし8キロメートル離れた安佐郡落合村の国鉄芸備線玖村駅付近にいたものである。 (2)被爆直後の行動原告X12は,8月11日に徒歩で広島市内に入り,同日から8月16日までの間,同市比治山町の自宅(爆心地から1.4ないし1.5キロメートル)の焼跡の捜索や片付け作業をしたり,同市内において親類の安否確認を行うなど 月11日に徒歩で広島市内に入り,同日から8月16日までの間,同市比治山町の自宅(爆心地から1.4ないし1.5キロメートル)の焼跡の捜索や片付け作業をしたり,同市内において親類の安否確認を行うなどした。 - 491 -(3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点については初期放射線による被曝線量は記載されていない。原告X12は,上記(1)のとおり,原爆爆発時,爆心地から2500メートルを大幅に超える7ないし8キロメートル離れた地点にいたのであるから,初期放射線による被曝線量を考慮する必要はないというべきである。 イ残留放射線による被曝線量原告X12は,原爆爆発後5日を経過した8月11日に広島市内に入市したものであり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域に立ち入った事実は認められず,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住した事実も認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,原告X12の母DNは,8月11日から16日までの状況について,自宅の庭に埋めていた甕を原告X12及びその姉と共に掘り出し,この甕に入れていた豆,麦,米,缶詰等を,原告X12及びその姉に食べさせ,数日食いつないだこと,自宅付近の水道管がむき出しになり破裂していたので,そこから水を汲んできて飲んでいたこと,めぼしいものが残っていないかと思い,原告X12及びその姉と共に自宅の瓦礫を掘り返し,親子3人とも,全身泥まみれ・ほこりまみれになったこと,姉の所在 いたので,そこから水を汲んできて飲んでいたこと,めぼしいものが残っていないかと思い,原告X12及びその姉と共に自宅の瓦礫を掘り返し,親子3人とも,全身泥まみれ・ほこりまみれになったこと,姉の所在を探すため,原告X12及びその姉を連れて,中国新聞のあった場所(爆心地から約900メートル)まで行くなど,広島市内を歩き回ったことを供述し,原告X12も,これに沿う供述をしているところ,AB医師らは,こ- 492 -のことから,「原告の自宅跡は,誘導放射化した土壌や瓦礫からのガンマ線照射が持続し,また,目に見えない微小な誘導放射性物質(塵埃等)も存在している環境である。」,「その結果,ガンマ線外部照射による外部被曝のみならず,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が体内に侵入し,蓄積するという内部被曝を受けていたのである。」とする。 しかしながら,審査の方針別表10における残留放射線による被曝線量の算定が正当であり,広島においては,少なくとも爆心地から700メートル以内に,遅くとも原爆爆発後72時間以内に入市しなければ誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要がないし,放射性核種によって最も高度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による被曝線量の1万分の1にすぎないから,原告X12が,8月11日から16日までの間に,爆心地から1.4ないし1.5キロメートル離れた自宅の庭を掘り返したり,同所に埋めてあった甕に入っていた食物を食べたり,自宅付近の水道水を飲んだり,爆心地から約900メートルの地点まで接近するなどしたからといって,残留放射線による外部被曝や内部被曝を考慮する必要はなく,AB医師らの上記意見は失当である を食べたり,自宅付近の水道水を飲んだり,爆心地から約900メートルの地点まで接近するなどしたからといって,残留放射線による外部被曝や内部被曝を考慮する必要はなく,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X12の被曝線量は,0.0センチグレイと推定される。 (4)被爆後の身体状況上記DNは,入市後しばらくして,原告X12に発熱と下痢の症状が現れ,これが約2年間続き,その後は症状が軽くなったものの,原告X12は小学3年生のころまで病弱であった旨供述し,原告X12も,これに沿う供述をしているところ,AB医師らは,上記発熱,下痢が放射線被曝による急性症状であるとするもののようである。 - 493 -しかしながら,上記症状については客観的な証拠はなく,発熱及び下痢の症状が現れた時期や,症状の続いた期間等が上記DN及び原告X12の供述するとおりであるかどうかは疑問である。また,仮に上記症状があったとしても,これらは炎天下における作業からくる極度の疲労,脱水症及び熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,下痢が生じるのが5グレイ以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X12の被曝線量は,上記(3)のとおり,0. 0センチグレイと推定されるから,上記発熱,下痢は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。原告X12は,8月6日の原爆爆発前から自宅の庭に埋められていた食物を,原爆爆発5日後以降に食べたというのであり,当時4歳と幼い原告X12が,不衛生な生活と栄養不良が元で体調を崩した上で,感染症等に罹患することによって発熱や下痢を起こし,その後の栄養事情等により,その回復が遅れたとも考え べたというのであり,当時4歳と幼い原告X12が,不衛生な生活と栄養不良が元で体調を崩した上で,感染症等に罹患することによって発熱や下痢を起こし,その後の栄養事情等により,その回復が遅れたとも考えられるのであり,上記発熱及び下痢を放射性被曝による急性症状であると認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X12の申請疾患は直腸がん(大腸がん)と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について直腸がんは,大腸がんと同様に確率的影響の範ちゅうに属する疾患として審査されており,同疾患の放射線起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。 ここで原告X12の推定被曝線量をみると,上記(3)のとおり0.0センチグレイである。これはすなわち,原爆放射線による被曝がほとんどない,又は極めて少ないということである。原因となる原爆放射線による被曝がほとんどない,又は極めて少ない以上,原爆の放射線によって健康影響がもたらされた「高度の蓋然性」が認められる余地はない。 - 494 -以下,審査の方針に当てはめて再度検証すると,原告X12は女性であるから,同原告の直腸がん(大腸がん)の原因確率は審査の方針別表3-2によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X12は被曝時の年齢が4歳であり,上記(2)のとおり被曝線量は0. 0センチグレイと推定されるから,同原告の直腸がん(大腸がん)の原因確率は0.0パーセントと推定され,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X12に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりである。 なお,AB医師らは,原告X12が1979年(昭和54年)に白血球減 び2)。 そして,原告X12に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりである。 なお,AB医師らは,原告X12が1979年(昭和54年)に白血球減少症との診断を受けていることに関し,「それ以前も診断を受けていないだけで同症であったことは否定できない。」とする。その趣旨は,原告X12の白血球減少症が被爆直後から続いている可能性があるから,原告X12に急性症状が発症した可能性も否定できないというものではないかと考えられる。しかしながら,原爆被爆者に現れた白血球減少の症状は,被爆後約10年で正常化しているとされているから,昭和54年に診断された原告X12の白血球減少症が原爆放射線によるものと認めることはできない。 その他原告X12の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X13の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X13は,長崎市平戸小屋町所在の三菱電気長崎製作所の工場内で被爆したものであり,同所の爆心地からの距離は,約2.5キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X13は,上記(1)の被爆後,工場敷地内に約10日間とどまり,け- 495 -が人を担架に乗せてトンネル内に運び込む救護活動に当たった旨供述する。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,長崎の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされており,被爆時の遮へいの有無は不明であることから,同原告の初期放射線による被曝線量は,1.4(遮へい係数0.7を乗じた場合)ないし2センチグレイと推定される。 による被曝線量は2センチグレイとされており,被爆時の遮へいの有無は不明であることから,同原告の初期放射線による被曝線量は,1.4(遮へい係数0.7を乗じた場合)ないし2センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X13は,上記(1)及び(2)のとおり,原爆爆発後56時間以内に爆心地から600メートル以内の区域へ立ち入ったことや,長崎市西山3,4丁目又は木場地区に滞在又は居住したことは認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝の影響については考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,原告X13が,上記(2)のとおり約10日間けが人の救護活動に当たり,その間,1日1食配給される雑炊を汚れた手で食べ,空腹を紛らわすため,破裂した水道管からあふれている水を毎日大量に飲んだ旨供述しており,AB医師らは,このことから,「舞い上がった,放射能を有する粉じんを吸入したり,放射線に汚染された水を飲むことで,体内に侵入した放射能により(内部)被曝した可能性は十分考えられる。」とする。 しかしながら,審査の方針別表10における被曝線量の算定が正当であり,長崎においては,少なくとも爆心地から600メートル以内に,遅くとも原爆爆発後56時間以内に入市しなければ誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要がないし,放射性核種によって最も高度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性- 496 -核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎないから,原告X13が,爆心地から約2.5キロメートルの工場内で約10日間にわたり救護作業に従事し,その間汚れた手で雑炊を食べたり,水道水を飲んだからといっ 射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎないから,原告X13が,爆心地から約2.5キロメートルの工場内で約10日間にわたり救護作業に従事し,その間汚れた手で雑炊を食べたり,水道水を飲んだからといって,残留放射線による外部被曝や内部被曝を考慮する必要はなく,AB医師らの上記意見は失当である。 また,原告X13は,上記救護活動中,降雨によりずぶぬれになった旨供述するが,広島の己斐,高須地区,長崎の西山地区という限定された地区以外の地域において放射性降下物による放射線被曝を考慮する必要がない上,原告X13は,雨には濡れたがそれが黒い雨かどうかは分からないとも供述しており,原告X13が救護活動中に雨を浴びたとしても,放射性降下物による被曝を考慮する必要はない。 ウ小括以上より,原告X13の被曝線量は1.4ないし2センチグレイと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X13は,9月ころから下痢・発熱・嘔吐・歯齦出血・倦怠感などの症状があり,約1年続いたなどと供述し,AB医師らは,これらの症状が放射線被曝による急性症状であるとするもののようである。しかし,原告X13は,上記各症状の治療を受けていないというのであるから,上記諸症状が現れたことを裏付ける客観的な証拠はない。また,これらの症状が被爆直後の栄養障害,過酷な肉体労働及び精神的ストレスを受けたこと等の放射線被曝以外の要因でも起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X13の被曝線量は,上記(3)のとおり,1.4ないし2センチグレイ- 497 -と推定されるから,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。仮に, ている。しかるに,原告X13の被曝線量は,上記(3)のとおり,1.4ないし2センチグレイ- 497 -と推定されるから,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。仮に,原告X13が,上記のように急性症状としての下痢等が起こり得るレベルの被曝をしているならば,感染症等の重大な合併症を発症しているはずであるが,原告X13は,上記各症状がいつころ発症し,いつころまで続いたのかについての記憶がきわめて曖昧であり,これらの症状が医学的に放射線と関係があるものと認めることはできない。 以上の通り,原告X13に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X13の申請疾患は原発性肝がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について原発性肝がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。原告X13は男性であるから,同原告の原発性肝がんの原因確率は審査の方針別表7-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X13は被曝時の年齢が15歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は1.4ないし2センチグレイと推定されるところ,審査の方針別表7-1によれば,被曝時年齢が15歳の男性被爆者に発症した原発性肝がんの原因確率は,被曝線量が5センチグレイの場合に2.7パーセントであることからすれば,原告X13の原発性肝がんの原因確率は2.7パーセントを超えることはなく,原告X13の原発性肝がんは,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X13に放射線被曝による急性症状が発症したことが認め ントを超えることはなく,原告X13の原発性肝がんは,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X13に放射線被曝による急性症状が発症したことが認められないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X13の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は- 498 -認められない。 ところで,原告X13は,原発性肝がんで,かつ,肝硬変を経ないで肝臓がんに罹患するのは,被爆者の場合,非被爆者に比して,58倍の比となっていることが,放影研の報告からも認められている旨主張し,また,AB医師らも,「広島・長崎被爆者においては,HCV陽性と放射線被曝の双方を有する場合は,肝硬変の合併しない肝細胞癌のリスクが,統計学的に有意な,超倍数的増加を示す。(HCV感染者の被曝線量1Svあたりの肝細胞癌リスクは58倍)」とする。この点について,原告X13は,甲第85号証の3を上記主張の根拠とするもののようである。しかし,甲第85号証の3として提出された書証のどの部分が上記主張の根拠となるのか明らかでない。 原告X15の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X15は,広島市仁保町所在の仁保国民学校の木造2階建ての校舎の1階教室(兵器庫として使用されていたもの)内で被爆したものであり,爆心地からの距離は,約4キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X15は,上記(1)の被爆後,数日間,臨時の野戦病院となった仁保国民学校で,被災者を校舎内に運び入れて寝かせるなどの救護活動や,亡くなった被災者の遺体を運搬するなどの作業を行った後,広島市内や爆心地周辺の救助作業や警備勤務に従事し,比治山の南側の船舶通信補充隊(爆心地から約2.5キロメートル), 寝かせるなどの救護活動や,亡くなった被災者の遺体を運搬するなどの作業を行った後,広島市内や爆心地周辺の救助作業や警備勤務に従事し,比治山の南側の船舶通信補充隊(爆心地から約2.5キロメートル),万代橋(爆心地から約900メートル)等を回った旨供述する。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から2500メートル- 499 -の地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線による被曝線量が記載されていない。 したがって,同原告の初期放射線による被曝線量は1センチグレイ未満と推定される。 イ残留放射線による被曝線量上記(2)のとおり,原告X15は,被爆後,爆心地周辺に立ち入った旨供述するが,爆心地に接近したとしても,せいぜい爆心地から約900メートルの地点までであり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったことや,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住したことは認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,AB医師らは,原告X15が,上記(2)のとおり,仁保国民学校において救護作業等に従事したことから,「高線量被爆者の肉体・遺体は,放射化した人体・体液・衣類であり,そのための被曝を考慮する必要がある。また,瀕死の被爆者が収容されている建物内は誘導放射化した土壌や構造物からのガンマ線照射が持続している環境であり,目に見えない微小な誘導放射線物質が閉鎖的空間の中で滞留している状況であったと考えられる。」,「このような環境の中で原告は,ガンマ線外部照射のみなら 構造物からのガンマ線照射が持続している環境であり,目に見えない微小な誘導放射線物質が閉鎖的空間の中で滞留している状況であったと考えられる。」,「このような環境の中で原告は,ガンマ線外部照射のみならず,経口・経鼻・経皮的に,放射性物質・微粒子が体内へ侵入,蓄積したことによる内部被曝を受けていたと推測される。」とする。しかしながら,人体の放射化について,的確な科学的証拠がなく,審査の方針別表10における被曝線量の算定が正当であり,広島においては,少なくとも爆心地から700メートル以内に,遅くとも原爆爆発後72時間以内に入市しなければ,誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要がなく,原爆当日に広島で約8時間焼け跡の片付け作業に従事したとしても,内部被曝はごく微量であり,外部被曝に比べて無視できるレベルであったから,AB医- 500 -師らの上記意見は失当である。 また,AB医師らは,原告X15が黒い雨に当たっている可能性が高く,降雨により,残留放射線量が増加していると考えられるとするが,広島の己斐,高須地区,長崎の西山地区という限定された地区以外の地域において放射性降下物による放射線被曝を考慮する必要がないことは,前記2(3)イにおいて主張したとおりである上,原告X15が被爆後に雨を浴びたと述べたことは一度もないから,AB医師らの上記意見には何ら根拠がない。 さらに,AB医師らは,原告X15が,上記(2)のとおり,爆心地周辺の救助作業や警備勤務に従事したことについて,「広島市内には爆心地を中心として,誘導放射線や放射性降下物といった残留放射線が充満していたのであり,原告は,このような残留放射線を,原爆投下直後から浴び続けたと考えられる。」とするが,前述のとおり,広島においては,少なくとも爆心地から700メートル以内に,遅くとも原爆 線が充満していたのであり,原告は,このような残留放射線を,原爆投下直後から浴び続けたと考えられる。」とするが,前述のとおり,広島においては,少なくとも爆心地から700メートル以内に,遅くとも原爆爆発後72時間以内に入市しなければ誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要がない上,原告X15が,爆心地周辺(ただし,最も爆心地に接近して,爆心地から約900メートルの地点であることは,前述のとおりである。)に立ち入ったのは,原爆爆発から数日経ってからであるから,上記意見も失当である。 ウ小括以上より,原告X15の被曝線量は1センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X15は,①8月15日に貧血で倒れた,②被爆時に負った右肘の出血が約10日間ほど止まらないという症状を呈したほか,被爆後数日してから貧血,下痢の症状が続き,下痢は長期間続き,今でも貧血になりやすい,③歯茎からの出血が被爆の翌年の春ころまで続いた,④紫斑が出た,⑤9月- 501 -半ばころに神奈川に帰ってすぐのころから,脱毛症状が始まったなどと供述し,AB医師らは,上記諸症状が放射線被曝による急性症状であるとする。 しかしながら,原告X15が,上記①の貧血について,医者からそのように診断されたわけではなく,自己診断にすぎない旨供述するように,上記各症状が現れたことを裏付ける客観的な証拠はない。しかも,原告X15は,昭和54年に作成した被爆者健康手帳の交付申請書においては,急性症状を記載する欄の選択肢の中で「けが下痢」,「歯ぐきから血が出た」,「貧血」のみを選び,「皮膚に斑点がでた」及び「脱毛」については○をつけていなかったものであり,脱毛,紫斑については,そのような症状があったことすら疑わしい。その上,これらの症状は,被爆直後の栄養障害,過酷な肉体労 ,「皮膚に斑点がでた」及び「脱毛」については○をつけていなかったものであり,脱毛,紫斑については,そのような症状があったことすら疑わしい。その上,これらの症状は,被爆直後の栄養障害,過酷な肉体労働及び精神的ストレスを受けたこと等の放射線被曝以外の要因でも起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,脱毛が生じるのが3グレイ(300センチグレイ)以上,さらに下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X15の被曝線量は,上記(3)のとおり,1センチグレイ未満と推定されるから,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。さらに,原告X15は,脱毛に気づいたのは,被爆後3,4か月経過してからである旨供述しているところ,被爆後第10週を超えて起こる脱毛は,放射線被曝による急性症状とはいえないものである。 以上より,原告X15に,放射線被曝による急性症状が現れたと認めることはできず,AB医師らの上記意見は失当である。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X15の申請疾患は下咽頭がん及び食道がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について食道がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する- 502 -疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。原告X15は男性であるから,同原告の食道がんの原因確率は審査の方針別表7-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 また,咽頭がんは,疫学調査においては放射線起因性がある旨の明確な証拠はないものの,その原因確率は,審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針 よって算定される(審査の方針第1,2参照)。 また,咽頭がんは,疫学調査においては放射線起因性がある旨の明確な証拠はないものの,その原因確率は,審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針第1,2及び5,1)参照)。 原告X15は被曝時の年齢が25歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は1センチグレイ未満と推定され,審査の方針別表7-1によれば,被爆時年齢25歳の被爆者に発症した食道がんの原因確率は,被曝線量が5センチグレイの場合に2.4パーセントであるから,原告X15の食道がんの原因確率は,2.4パーセント未満と推定され,審査の方針別表2-1によれば,被爆時年齢25歳の被爆者に発症した咽頭がんの原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に1.1パーセントであるから,原告X15の下咽頭がんの原因確率は1.1パーセント未満と推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X15に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X15の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 なお,原告X15は,平成10年に結腸がんが,平成12年には食道がんが,さらに,平成14年には右下咽頭がんが発見されていることから,AB医師らは,原告X15は異時性多重がんに罹患しており,放射線被曝の影響が否定できないとする。 しかしながら,異時多重がんが発生したことが被爆の影響を示唆するものではない。仮に原告らの主張のとおり,放射線が多重がんの発生リスクを高- 503 -めているとしても,前述のとおり原告X15の被曝線量は1センチグレイ未満と推定されるから,原告X15が原爆放射線によって申請疾患に罹患した可能性を捉え直す必要はない。 原告X - 503 -めているとしても,前述のとおり原告X15の被曝線量は1センチグレイ未満と推定されるから,原告X15が原爆放射線によって申請疾患に罹患した可能性を捉え直す必要はない。 原告X16の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X16は,長崎市本河内町の自宅裏庭で被爆したものであり,爆心地からの距離は,約4.2キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X16は,上記(1)の被爆後,その日のうちに爆心地から800メートルの中学に勤務する兄を探すなどのために,爆心地に向かい,長崎市役所(爆心地から約3キロメートル)付近まで行ったが,そこから自宅に引き返し,その後8月12日又は13日ころ,爆心地付近の様子を見に行き,爆心地から約500メートルのところまで立ち入った旨供述する。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,長崎の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線による被曝線量が記載されていない。 したがって,同原告の初期放射線による被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 イ残留放射線による被曝線量上記(2)のとおり,原告X16は,原爆爆発当日に爆心地から約3キロメートルの地点まで立ち入り,その後,爆心地から約500メートルの地点まで立ち入ったが,それは原爆爆発の3日後の8月12日以降のことであるから,審査の方針別表10(長崎)により,誘導放射能による残留放- 504 -射線被曝線量は0センチグレイとされ,また,原告X16には,長崎市西山3,4丁目又は木場地区に滞在又は居住した事実は認められず,放射性降 表10(長崎)により,誘導放射能による残留放- 504 -射線被曝線量は0センチグレイとされ,また,原告X16には,長崎市西山3,4丁目又は木場地区に滞在又は居住した事実は認められず,放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要がない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 ウ小括以上より,原告X16の放射線による被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X16は,認定証明書添付の申述書においては,「急性症状として記憶している状態はありません。」と述べている上(乙第1016号証の1の2),被爆前から病弱であったとも供述しており(原告X16本人調書14ページ),原告X16に放射線被曝による急性症状が発症したことは認められない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X16の申請疾患は胃がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について胃がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は原因確率を算定した上で行うことになる。原告X16は男性であるから同原告の胃がんの原因確率は審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X16は,被曝時の年齢が12歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は2センチグレイ未満と推定され,審査の方針別表2-1によれば,被爆時年齢12歳の被爆者に発症した胃がんの原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に2.2パーセントであるから,同原告の胃がんの原因確率は2.2パーセント未満と推定され,原告X16の胃がんは,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 - 505 -そして,原告X16に放射線被曝による急性症状が発症したとは認められな 推定され,原告X16の胃がんは,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 - 505 -そして,原告X16に放射線被曝による急性症状が発症したとは認められないことは,上記(4)のとおりである。 なお,原告X16は,1995年(平成7年)に大量の下血をしたが,その原因は分からず,自分自身では,下血の原因が原爆放射線の被曝だと思う旨供述している。 しかしながら,原告X16の被曝線量は,上記(3)のとおり,2センチグレイ未満と推定されることからして,原告X16の上記下血は,およそ放射線被曝に起因するということはできない上,原告ら提出の証拠を見ても,被爆から50年以上経過して初めて起こる下血が,放射線被曝に起因するものと考えることはできない。 その他原告X16の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X20の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X20は,8月6日の原爆爆発時,爆心地から約55キロメートル離れた山口県所在の海軍潜水学校柳井分校にいたものである。 なお,原告X20は,上記分校が,爆心地から約28キロメートルの距離である旨供述するが,上記分校に移る前に所属していた広島県佐伯郡大竹町所在の海軍潜水学校本校の爆心地からの距離と混同している。 また,原告X20は,原爆爆発時,上記分校の校庭にいたところ,広島の方向で閃光が見え,数秒後,右の頬を熱風でたたかれたように感じた旨供述する。しかしながら,原爆の爆風が,約55キロメートル離れた上記分校に達したこと自体にわかに信じ難い上,原爆の爆風の先端は,約30秒後に約11キロメートルの距離に達したとされているから,仮に上記分校に爆風が達したとしても,少なくとも爆発の2分30秒 離れた上記分校に達したこと自体にわかに信じ難い上,原爆の爆風の先端は,約30秒後に約11キロメートルの距離に達したとされているから,仮に上記分校に爆風が達したとしても,少なくとも爆発の2分30秒後と考えられ,原告X20の上記供述は,これと矛盾する。したがって,原告X20の,原爆の爆風で右- 506 -の頬とたたかれたように感じたとする上記供述を信じることはできない。 (2)被爆直後の行動原告X20は,本人尋問において,8月18日まで上記分校に滞在し,翌19日午前10時ころ,滋賀県の郷里に復員するため汽車に乗った旨供述する。認定申請書添付の申述書(乙第1020号証の1の2)には,8月19日に貨物列車で移動し,翌日まで広島駅で待機した旨記載していることから,原告X20は,8月19日午前10時ころ貨物列車に乗り,広島市に入市し,横川駅の先で降車して広島駅まで歩いていき,翌20日に同駅から汽車に乗って帰郷したものと認められる。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線による被曝線量が記載されていない。 原告X20は,上記(1)アのとおり,原爆爆発時,爆心地から距離が2500メートルを大幅に超える約55キロメートルの地点にいたのであるから,初期放射線による被曝線量を考慮する必要はない。 イ残留放射線による被曝線量原告X20は,上記(1)イのとおり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートルの区域に立ち入った事実は認められず,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住した事実は認められないことから誘導放射 原告X20は,上記(1)イのとおり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートルの区域に立ち入った事実は認められず,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住した事実は認められないことから誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要がない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 ウ小括以上より,原告X20の被曝線量は0.0センチグレイと推定される。 - 507 -(4)被爆後の身体状況原告X20は,8月25日ころから,①右頬から首にかけての部分が化膿し,皮膚が裂け,とろけるような状態になって膿が出た,②腹から背中を一周するように,帯状にぶつぶつ(ないし疱疹のようなイボイボ)ができた(認定申請書添付の申述書に「紫斑」とあるのは,このぶつぶつのこと),③熱が出て食欲がなくなった,④吐き気がした旨供述する。しかし,上記①について,原告X20は,原爆の衝撃波を受けた部分であるとするが,原告X20の右頬に原爆の爆風ないし衝撃波が当たったとする供述が信用できないことは,上記(1)アのとおりである。また,上記②については,帯状疱疹のような症状と思われるが,このような症状が放射線被曝による急性症状として発症するとの知見は存しない。さらに,上記③の発熱及び④の吐き気のような症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X20の被曝線量は,上記(3)のとおり,0.0センチグレイと推定されることからすると,上記発熱及び吐き気は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,原告X20は,真夏の直射日光を浴びながら 線量は,上記(3)のとおり,0.0センチグレイと推定されることからすると,上記発熱及び吐き気は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,原告X20は,真夏の直射日光を浴びながら山口県柳井から広島県に入り,横川駅と広島駅を重い荷物を運びながら片道1時間かけて2往復し,さらに,屋根のない広島駅のプラットホームで夜を明かし,その後列車に乗って遠路滋賀県まで帰郷したというのであるから,熱中症,疲労,衛生環境の悪さ等による感染症等により,発熱や吐き気を発症したと考えるほうが自然というべきである。 以上により,原告X20に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患- 508 -原告X20の申請疾患は胃がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について胃がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は原因確率を算定した上で行うことになる。 ここで原告X20の推定被曝線量をみると,上記(3)のとおり0.0センチグレイである。これはすなわち,原爆放射線による被曝がほとんどない,又は極めて少ないということである。原因となる原爆放射線による被曝がほとんどない,又は極めて少ない以上,原爆放射線によって健康影響がもたらされた「高度の蓋然性」が認められる余地はない。 以下,審査の方針に当てはめて再度検証すると,原告X20は男性であるから,同原告の胃がんの原因確率は審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X20は被曝時の年齢が20歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は0.0センチグレイと推定されることから,同原告の胃がんの原因確率は0. 0パーセントと推定され,原爆放射線に起因する ,2参照)。 原告X20は被曝時の年齢が20歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は0.0センチグレイと推定されることから,同原告の胃がんの原因確率は0. 0パーセントと推定され,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X20に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X20の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X23の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X23は,広島市旭町所在の自宅で被爆したものであり,爆心地からの距離は,約4キロメートルである。 これに対し,原告X23は,爆心地から約1.7キロメートル離れた広島- 509 -市千田町の友人宅で被爆した旨供述する。しかしながら,①原告X23の被爆者健康手帳交付台帳には広島市旭町において被爆した旨明記されていること,②原告X23は,上記被爆者健康手帳の記載について,実父が原告X23の被爆者健康手帳の交付申請手続をした際,被爆地を誤った旨供述するが,実父があえて実際の被爆地と異なる場所を記載して交付申請するとは考えられないこと,③上記②に関し,原告X23は,実父との間で,被爆時にどこにいたのか話したことはない旨供述するが,到底信じ難いこと,④原告X23は,昭和40年10月1日に東京都において,被爆者健康手帳の交付を受けているところ,その際,原告X23は被爆地の記載を訂正しようともしていないこと,⑤原告X23は,被爆当日,上記友人と一緒に芋を買いにいくため,朝早く旭町の自宅を出て上記友人宅へ行き,トイレを借りた際に被爆した旨供述するが,上記友人について,名前は,「DPちゃん」としか覚え ,⑤原告X23は,被爆当日,上記友人と一緒に芋を買いにいくため,朝早く旭町の自宅を出て上記友人宅へ行き,トイレを借りた際に被爆した旨供述するが,上記友人について,名前は,「DPちゃん」としか覚えていない,DPちゃんとは電車の中で知り合った,DPちゃんの家の場所は千田町にあったが,千田町のどこなのか分からない,被爆当日自分がDPちゃんの家に行くことについては,家族の誰にも話していない,被爆後DPちゃんの家がどうなったのか分からず,DPちゃんと会ったこともないと供述しており,「DPちゃん」なる者の実在性は極めて疑わしいことからすると,被爆状況に関する原告X23の供述は到底信ずることはできない。 したがって,原告X23の被爆地は,被爆者健康手帳の記載のとおり,広島市旭町所在の自宅と認めるのが相当である。 なお,付言するに,原告X23がDPちゃんの家があったとする千田町は,一丁目から三丁目まであり,その区域は,爆心地から約1.8キロメートルから約2.4キロメートルまで広がっており,DPちゃんの家が爆心地から約1.7キロメートルであるとする根拠も見当たらない。 (2)被爆直後の行動原告X23は,被爆の2,3日後,親戚の探索のため,爆心地に向かい,- 510 -市役所(爆心地から約1キロメートル)付近まで立ち入り,1日中親類を探し回った旨供述する。しかし,原告X23は,認定申請書添付の申述書においては,8月17日に爆心地に向かった旨述べているのであり,被爆の2,3日後(すなわち,8月8日ないし9日)に爆心地に向かったとする上記供述はにわかに信じ難い。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,広島の爆心地から2500メートル (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線による被曝線量が記載されていない。したがって,爆心地から4.0キロメートルの地点において被爆した原告X23の初期放射線による被曝線量は1センチグレイ未満と推定される。 イ残留放射線による被曝線量上記(2)のとおり,原告X23は,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったことや,広島市己斐地区又は高須地区に滞在又は居住したことは認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝の影響については考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,AB医師らは,原告X23が8月8日ないし9日に爆心地に向かったことを前提に,「この行動は,放射性降下物,崩壊建造物・土壌・埃中の誘導放射化物質による曝露の状態であり,原告はこの間外部・内部に相当量の被曝を受けたものと思われる」とする(甲第1023号証の3・1ページ)。しかしながら,原告X23が8月8日ないし9日に爆心地に向かったこと自体疑わしいことは上記(2)のとおりであり,AB医師らは,- 511 -前提において誤っている可能性が高い。また,審査の方針別表10における被曝線量の算定が正当であり,広島においては,少なくとも爆心地から700メートル以内に,遅くとも原爆爆発後72時間以内に入市しなければ,誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要はない(しかも48時間経過後は爆心地から400メートルまで立ち入らなければ,残留放射線による被曝はな ,遅くとも原爆爆発後72時間以内に入市しなければ,誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要はない(しかも48時間経過後は爆心地から400メートルまで立ち入らなければ,残留放射線による被曝はない。)。さらに,原爆当日に広島で約8時間焼け跡の片付け作業に従事したとしても,内部被曝はごく微量であり,外部被曝に比べて無視できるレベルである。したがって,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X23の被曝線量は1センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X23は,被爆の4,5日後から,下痢,発熱及び脱毛があり,下痢及び発熱は9月末ころに,脱毛も昭和20年末ころまでには治まった旨供述し,AB医師らは,上記各症状を「典型的な被曝による急性症状である。」とする(甲第1023号証の3・2ページ)。 しかしながら,原告X23自身,この当時医者の診察を受けたことはない旨供述しているように,上記各症状が現れたことを裏付ける客観的な証拠はない。しかも,原告X23は,本人尋問までは,一貫して8月末ころに脱毛が始まった旨供述していたのであり,上記(1)及び(2)のとおり自己に有利に(すなわち,なるべく被曝線量が高くなるように)供述を変遷させていることに照らすと,脱毛に関しても原告X23の供述は信用し難いといわざるを得ない。また,上記各症状が,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,脱毛が生じるのが3グレイ(300センチグ- 512 -レイ)以上,さらに下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X23の被曝 グレイ)以上,脱毛が生じるのが3グレイ(300センチグ- 512 -レイ)以上,さらに下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X23の被曝線量は,上記(3)のとおり,1センチグレイ未満と推定されることからすると,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X23の申請疾患は肺がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について肺がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射性起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うこととなる。原告X23は女性であるから,同原告の肺がんの原因確率は審査の方針別表6-2によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X23は,被爆時の年齢が18歳であり,被曝線量は上記(3)のとおり1センチグレイ未満と推定され,審査の方針別表6-2によれば,女性被爆者に発症した肺がんの原因確率は,被曝線量が5センチグレイの場合に4. 5パーセントであるから,原告X23の肺がんの原因確率は4.5パーセント未満と推定され,同疾患が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X23に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(3)で主張したとおりであり,その他原告X23の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X25の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X25は,長崎県小江原郷572番地所在の自宅前の里山(通称「向い山」)から自宅に帰る途中で被爆した(爆心 られない。 原告X25の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X25は,長崎県小江原郷572番地所在の自宅前の里山(通称「向い山」)から自宅に帰る途中で被爆した(爆心地から約2.6キロメート- 513 -ル)。 (2)被爆直後の行動原告X25は,上記(1)の被爆の約1週間後,長崎市内に入市し,下大橋(爆心地から約500メートル)まで行き,更に約5日後,再度下大橋まで行った旨供述する。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,長崎の爆心地から2500メートル地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線による被曝線量が記載されていない。したがって,爆心地から2.6キロメートルの地点において被爆した原告X25の初期放射線による被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X25は,上記(2)のとおり,原爆爆発後56時間以内に爆心地から600メートル以内の区域へ立ち入った事実や,長崎市西山地区又は木場地区に滞在又は居住した事実は認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮をする必要がない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 ウ小括以上より,原告X25の被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X25は,9月末ころから11月末ころまで高熱を出して寝込み,下痢もした旨供述し,AB医師らは,上記症状を放射線被曝による急性症状であるとするもののようである。 - 514 -しかしながら,上記各症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養 下痢もした旨供述し,AB医師らは,上記症状を放射線被曝による急性症状であるとするもののようである。 - 514 -しかしながら,上記各症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X25の被曝線量は,上記(3)のとおり,2センチグレイ未満と推定されることからすると,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X25の申請疾患は肺がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について肺がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射性起因性の判断は原因確率を算定した上で行うこととなる。原告X25は男性であるから,同原告の肺がんの原因確率は審査の方針別表6-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X25は,被爆時の年齢が8歳であり,被曝線量は上記(4)のとおり2センチグレイ未満と推定されるところ,審査の方針別表6-1によれば,男性被爆者に発症した肺がんの原因確率は,被曝線量が10センチグレイの場合に3.1パーセントとされている。したがって,推定被曝線量が2センチグレイ未満とされる原告X25の肺がんの原因確率は3.1パーセントを超えることはなく,同疾患が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X25に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(3)で主張したとおりであ が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X25に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(3)で主張したとおりであり,その他原告X25の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 - 515 -むしろ,原告X25は,30年間にわたり,たばこを1日に約25本吸っていたほどのヘビースモーカーであり,肺がんのハイリスク者であり,これを受けて,原告X25の通院先の医師は,同原告の肺がんについて,原爆放射線との因果関係や治癒への影響は不明である旨の意見書を提出している。 この点,原告X25は,1日を1週間と間違えた旨供述するが,肺がんの要因を調査しているときに,このような重要事項を言い間違えるとは考え難く,上記供述は信用できない。したがって,原告X25の肺がんに関しては,喫煙が原因と考えるのが素直である。 承継前原告X28の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X28は,長崎市片淵町1丁目所在の自宅内で被爆したものであり,爆心地からの距離は,約2.8キロメートルである(甲第1028号証の2・1ページ及び乙第1028号証の3は,約2.5キロメートルとするが,甲第8号証の2により,約2.8キロメートルと認められる。)。 (2)被爆直後の行動原告X28は,上記(1)の被爆後,自宅内の片付け作業に当たり,8月9日の夜は立山町(爆心地から約2.5キロメートル)の林の中で過ごし,翌10日に自宅に戻り,同日夕方に自宅を出発して,矢上村,戸石村,古賀村を通過して3日後に長崎県南高来郡南串山町に到着した。その後,8月末ころに片淵町の自宅に戻り,9月中旬ころまで滞在した。 (3)推定被曝線量ア初期放 夕方に自宅を出発して,矢上村,戸石村,古賀村を通過して3日後に長崎県南高来郡南串山町に到着した。その後,8月末ころに片淵町の自宅に戻り,9月中旬ころまで滞在した。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,長崎の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線の被曝線量が記載されて- 516 -いない。したがって,爆心地から約2.8キロメートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイ未満と推定され,原告X28は木造2階建ての住まいの1階で被爆していることから,これに建物による遮へいを考慮して遮へい係数0.7を乗じ,原告X28の初期放射線による被曝線量は1.4センチグレイ未満と推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X28は,原爆爆発後56時間以内に爆心地から600メートル以内の区域へ立ち入った事実や,長崎市西山地区又は木場地区に滞在又は居住した事実は認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝の影響については考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 また,原告X28は,南串山町に向かう途中,水道の水を飲んだとし,AB医師らは,このことから,原告X28が,放射線に暴露した水道水の摂取による内部被曝をした可能性があるとするもののようである。さらに,AB医師らは,原告X28が8月末ころから9月中旬ころまで片淵町の自宅に滞在したことについて,残留放射線や粉塵の吸引による内部被曝を受けた可能性があるとする。しかしながら,放射性核種によって最も高濃度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水 ころまで片淵町の自宅に滞在したことについて,残留放射線や粉塵の吸引による内部被曝を受けた可能性があるとする。しかしながら,放射性核種によって最も高濃度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎないから,原告X28が,南串山町に向かう途中に水道水を飲んだとしても,これによる内部被曝を考慮する必要はない。また,審査の方針別表10における残留放射線による被曝線量の算定が正当であり,長崎においては,少なくとも爆心地から600メートル以内に,遅くとも原爆爆発から56時間以内に入市しなければ,残留放射能による被曝線量を考慮する必要がないし,原爆投下当日に広島市内で約8時間の作業に従事したとしても,誘導放射- 517 -能による内部被曝がごく微量であり,外部被曝に比べて無視できるレベルである。 ウ小括以上より,原告X28の被曝線量は,1.4センチグレイ未満であると推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X28は,被爆後に紫斑が出たこと,飛散したガラスで受けた傷が化膿し続けたことを覚えていると述べ,AB医師らは,これらの症状が放射線被曝による急性症状であるとする。 しかしながら,これらの症状が現れたことを裏付ける客観的な証拠はない。 また,これらの症状は放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X28の被曝線量は,上記(3)のとおり,1.4センチグレイ未満であると推定されることからすると,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。また,原告X28は しかるに,原告X28の被曝線量は,上記(3)のとおり,1.4センチグレイ未満であると推定されることからすると,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。また,原告X28は,上記各症状がいつころから始まったのかも覚えていないというのであり,この点からも,これらの症状が急性症状であると認めることはできない。 以上より,原告X28に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X28の申請疾患は胃がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について胃がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射性起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うこととなる。原告X28は女性であるか- 518 -ら,同原告の胃がんの原因確率は審査の方針別表2-2によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X28は,被爆時の年齢が19歳であり,被曝線量は上記(4)のとおり1.4センチグレイ未満と推定されるところ,審査の方針別表2-2によれば,被爆時年齢が19歳の女性被爆者に発症した胃がんの原因確率は,被曝線量が3センチグレイの場合に2.4パーセントとされている。したがって,推定被曝線量が1.4センチグレイ未満とされる原告X28の胃がんの原因確率は2.4パーセントを超えることはなく,同疾患が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2。このことは,被爆距離を2.5キロメートルとした場合も同様である。)。 そして,原告X28に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他同原告の既往歴,環境因子,生活歴等を ートルとした場合も同様である。)。 そして,原告X28に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他同原告の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X29の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X29は,当時勤務していた長崎県西彼杵郡香焼村(香焼島)所在の川南造船所工場内で被曝したものであり,同工場の位置は,爆心地の南西約かわなみ10キロメートルである。 この点,原告X29は,本件訴え提起後に作成された陳述書及び本人尋問において,爆心地から2キロメートルの距離にある長崎市八千代町中之島の材木置き場の岸壁において釣りをしていたときに被爆した旨供述している。 しかしながら,以下の諸点を総合して考慮すると,原告X29の陳述書及び本人尋問における供述は全く信用できない。 ア原告X29は,認定申請時の申述書において,「(川南造船所の)香焼島の工場内で勤務をしていました。」と明言していること- 519 -イ被爆者健康手帳申請時においても,被爆者健康手帳交付申請書において,「原爆が落ちた時,どこにいましたか」との問いに対して,「川波造船」と,「その場所の,どこで何をしていましたか」との問いに対し,「自動車修理中でした」と,「原爆が落ちた時,だれといっしょでしたか(その人の氏名,続柄(間柄),生死の別など)。」との問いに対し,「戸井様,工場長,不明」と明記していることウ原告X29本人作成の手記においても,「八月九日,私は,川波造船運輸係で仕事をしていました。」と明確に記載していることエ原告X29は,上記アの申述書において,川南造船所において被爆した後の状況について,「間もなく浦上あたりに爆弾が落 八月九日,私は,川波造船運輸係で仕事をしていました。」と明確に記載していることエ原告X29は,上記アの申述書において,川南造船所において被爆した後の状況について,「間もなく浦上あたりに爆弾が落ちたと聞き,午後1時頃ダッチで大波止に渡りました。」と記載しているところ,これは,当時川南造船所運輸課に勤務していた他の被爆者の「会社側から,『長崎がどうもだめらしい。長崎からの通勤者は午後一時に社船を出す。帰って自宅や家族に被害のない者は救護隊を編成して活動するから,大波止の昭和閣の前に集合せよ。」との指令が出ました。」との陳述ともおおむね合致しており,その信用性は高いと考えられることオ原告X29は,上記エのとおり自己の申述書の記載が他の被爆者の陳述と合致しているのは単なる偶然であるかのように供述するが,単なる偶然で合致するとは考え難く,原告X29の供述は極めて不自然であることカ原告X29は,中之島で被爆した後,山里町の自宅方向から煙が上がり,帰宅することはできないと分かったので,川南造船所勤務の原告X29の兄のところに行こうと大波止へ行き,船を待っていると,川南造船所で原告X29の兄と一緒に働いていた者がやってきて,「今日は仕事を休んでいたよ。」と言われた旨供述し,兄が川南造船所に出勤しなかったことを知らなかったというが,同居しているにもかかわらず,兄が出勤したかどうか知らなかったとは信じ難いこと- 520 -キ原告X29は,本件訴え提起の当時,「被爆直後,(川南造船所勤務の)兄の所へ行こうと大波止から船で香焼に渡った。兄はおらず,すぐに大波止に戻り」と主張していたものであり(訴状添付の「被害の概要(29)」),供述に変遷が見られることク原告X29は,被爆者健康手帳交付申請時において,原爆爆発時に川南造船所にいたとしたこ ぐに大波止に戻り」と主張していたものであり(訴状添付の「被害の概要(29)」),供述に変遷が見られることク原告X29は,被爆者健康手帳交付申請時において,原爆爆発時に川南造船所にいたとしたことについて問われ,被爆後の8月10日に,叔母の濱畑ツ子(ツネ)に,「川南造船所で兄貴と一緒に働いていた。」と言ったことを供述しているが,上記カのとおり,兄が川南造船所を休んでいたことを知っていたのであれば,「兄と一緒に働いていた」と言うとは考え難いことケ原告X29は,被爆後,午後4時ころ,長崎水産場付近で待機していたとも供述するが,同水産場(長崎魚市場)及びその付近の長崎駅はまだ燃えていたはずなのに,原告X29は,いずれも燃えていなかったと供述していること(2)被爆直後の行動原告X29は,①上記(1)の被爆後,その日の午後1時ころ大波止(爆心地の南方約3キロメートル。甲第8号証の1,甲第1029号証の3)にわたり,午後4時ころ,線路伝いに山里町(爆心地から約300メートル)を目指して入市したが,火災が激しく爆心地に入れなかったため,線路を目安に歩き,道ノ尾駅(爆心地の北方約3.5キロメートル)へ行った,②翌10日午前3時ころ道ノ尾駅を出発し,徒歩で山里町の自宅付近にたどり着いたが,自宅の場所が分からず,1時間ほど探し回って自宅の焼け跡を見つけた,③自宅跡に家族がいなかったので中小島166番地(爆心地の南南西約4キロメートル)の叔母濱畑ツ子宅へ行った,④8月11日以降も同月15日まで毎日中小島から山里町へ行き,家族を捜索した旨供述する。 (3)推定被曝線量- 521 -ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,長崎の爆心地から2500メートルの )推定被曝線量- 521 -ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,長崎の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされ,これ以遠の地点における初期放射線による被曝線量は記載されてない。原告X29は,上記(1)のとおり,原爆爆発時,爆心地から距離が2500メートルを大幅に超える約10キロメートルの地点にいたのであるから,初期放射線による被曝線量を考慮する必要はない。 イ残留放射線による被曝線量原告X29は,上記(2)のとおり,原爆爆発の当日から連日爆心地周辺に立ち入っているが,具体的な入市場所,入市時間が判然としないため,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝線量を判断することは困難である。しかし,原爆爆発当日は,激しい火災により爆心地から約300メートルの山里町に入ることすらできなかったのであるから,爆心地に接近したとしても,せいぜい爆心地から400メートルの地点までと考えられ,この日の誘導放射能による被曝線量は2センチグレイを超えることはないものと認められ,翌10日(原爆爆発からおおむね24時間後)以降,連日中小島から山里町に立ち入る際に爆心地付近をも歩き回ったとしても,誘導放射能による被曝線量は,5センチグレイである(審査の方針第1,4,2))。 なお,AB医師らは,原告X29が「爆心地付近の井戸水を飲み,作業中に塵埃を吸い込んだものと思われ,これらの放射性を帯びた水・埃塵による内部被曝の可能性があるものと考えられる。」とするが,放射性核種によって最も高度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量で ものと考えられる。」とするが,放射性核種によって最も高度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による被曝線量の1万分の1以- 522 -下にすぎないから,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X29の被曝線量は,残留放射線による被曝を最大限考慮しても,7センチグレイを超えることはない。 (4)被爆後の身体状況原告X29は,被爆時に負った脚の火傷が化膿し,約1年治らず,被爆の10日後ころから歯茎から出血し,9月中旬ころから下痢をするようになり,脱毛もあった旨供述し,AB医師らは,これらの症状を典型的な急性症状であるとする。 しかしながら,これらの症状が現れたことを裏付ける客観的な証拠はない上,原告X29は,火傷が治らなかった期間について問われると,「10年」と答え,認定申請書添付の申述書に火傷が治ったのは1年後である旨記載されていることを指摘されるや,「1年」と訂正したり,上記申述書に,下痢が治ったのは1946年(昭和21年)8月ころであり,脱毛は1948年(昭和23年)ころまで続いた旨記載していながら,本人尋問において,下痢は50年間続いていた旨供述したり,19歳時(昭和26年ころ)に妻と交際を始めたときに,妻の指摘により初めて脱毛に気づいたと供述し,上記申述書の記載との齟齬の理由については分からない旨供述するなど,その供述は,極めてあいまいかつ場当たり的であり,上記各症状が発症したこと自体,極めて疑わしい。しかも,上記各症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低 わしい。しかも,上記各症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,脱毛が生じるのが3グレイ(300センチグレイ)以上,下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X29の被曝線量は,上記(3)のとおり,7センチグレイを超えることはないと推定され- 523 -るから,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,原告X29が,8月10日からは連日爆心地付近を歩き回って家族を捜索していること,それにもかかわらず,家族の安否は分からず,孤児になってしまったことから来る肉体的・精神的疲弊や感染症等が,上記各症状の原因と考えることができる。 以上より,原告X29に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X29の申請疾患は胃がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について胃がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射性起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うこととなる。原告X29は男性であるから,同原告の胃がんの原因確率は審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X29は,被爆時の年齢が13歳であり,被曝線量は,上記(3)のとおり,残留放射線による被曝を最大限考慮しても,7センチグレイを超えることはないと推定されるところ,審査の方針別表2-1によれば,被爆時年齢が13歳の男性被爆者に発症した胃がんの原因確率は,被 のとおり,残留放射線による被曝を最大限考慮しても,7センチグレイを超えることはないと推定されるところ,審査の方針別表2-1によれば,被爆時年齢が13歳の男性被爆者に発症した胃がんの原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に2.1パーセントとされているから,原告X29の胃がんの原因確率は2.1パーセントを超えることはなく,同疾患が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X29に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X29の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆す事情は認められない。原告X29の入通院先の医師による意見書にも,「胃癌が放- 524 -射線の被曝に起因するか否か,特定することは困難である。」旨記載されている。 承継前原告X30の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X30は,広島市草津南町983-4の自宅玄X10で被爆したものであり,爆心地からの距離は,約4.1キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X30は,上記(1)の被爆後もそのまま自宅にとどまり,避難してきた被災者を救護するなどした旨供述する。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点における初期放射線の被曝線量については記載されていない。したがって,爆心地から4.1キロメートルの地点において被爆したとする原告X30の初期放射線による被曝線量は,1センチグレ され,これ以遠の地点における初期放射線の被曝線量については記載されていない。したがって,爆心地から4.1キロメートルの地点において被爆したとする原告X30の初期放射線による被曝線量は,1センチグレイ未満と推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X30は,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入った事実や,広島市己斐地区又は高須地区に滞在又は居住した事実は認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝の影響については考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,原告X30は,被爆後,黒い雨でずぶぬれになった旨供述するが(甲第1030号証の8・1ページ,原告本人調書33,34項),広島- 525 -の己斐,高須地区,長崎の西山地区という限定された地区以外の地域において放射性降下物による放射線被曝を考慮する必要がないことは,前記2(3)イで主張したとおりであり,原告X30が草津南町の自宅付近で黒い雨を浴びたとしても,放射性降下物の影響を考慮する必要はない。 また,AB医師らは,原告X30が,上記(2)のとおり被災者の救護に当たったことについて,「高線量被爆者を介護したものは,その者の衣服や体液はもとより人体自体が放射化しガンマ線等により外部照射を受け,それにより相当の線量を被曝するが,原告は母親をはじめ多数の高線量被曝者を介護したことにより,口や鼻それに皮膚を通じ体内へ侵入した放射線が蓄積(内部被曝)していた可能性が高い。」とする。しかしながら,原告X30が救護した被災者が「高線量」の放射線を被曝した被爆者であったかどうかは明らかではない上,人体の放射化について,的確な科学的証拠がない。また,原爆当日に広島で焼け跡の片付け作業に従事したとしても,誘導放射化した物 が「高線量」の放射線を被曝した被爆者であったかどうかは明らかではない上,人体の放射化について,的確な科学的証拠がない。また,原爆当日に広島で焼け跡の片付け作業に従事したとしても,誘導放射化した物質による内部被曝はごく微量であり,外部被曝と比べて無視できるレベルである。したがって,原告X30が,多数の被災者を救護したのだとしても,誘導放射能による被曝を考慮する必要はないから,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X30の被曝線量は,1センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X30は,被爆後に強い倦怠感,発熱,化膿,歯茎からの出血,鼻血,下痢,発疹があった旨供述し,AB医師らは,上記各症状を放射線被曝による急性症状であるとする。 しかしながら,これらの症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グ- 526 -レイ(100センチグレイ)以上,下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X30の被曝線量は,上記(3)のとおり,1センチグレイ未満と推定されることからすると,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。原告X30は,被災者の救護をする傍ら,弟妹の食事の世話をするために,弟妹が避難していた2キロメートル先の竹藪と自宅を往復するなどしていた上,必死の介護もむなしく母親を失ったから,熱中症,疲労,衛生環境の悪さ等による感染症に強い精神的ストレスが重なり,上記各症状を発症したものと考えることができる。 なお,AB医師らは,原告X30と同じ場所で被曝した妹に脱毛が生じていることから,原告X ,衛生環境の悪さ等による感染症に強い精神的ストレスが重なり,上記各症状を発症したものと考えることができる。 なお,AB医師らは,原告X30と同じ場所で被曝した妹に脱毛が生じていることから,原告X30の被曝線量が高かったとするが,脱毛も放射線被曝以外の要因により起こり得るものであるところ,感染症や母親を失った精神的ストレスによって脱毛を来したことは十分に考えられるのであり,AB医師らの上記意見も失当である。 以上により,原告X30に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X30の申請疾患は肝細胞がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について肝細胞がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うこととなる。原告X30は女性であるから,同原告の肝細胞がんの原因確率は審査の方針別表7-2によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X30は,被爆時の年齢が13歳であり,被曝線量は上記(3)のとおり1センチグレイ未満と推定されるところ,審査の方針別表7-2によれば,- 527 -被爆時年齢が13歳の女性被爆者に発症した肝細胞がんの原因確率は,被曝線量が5センチグレイの場合に3.3パーセントとされている。したがって,推定被曝線量がおよそ1センチグレイ未満とされる原告X30の肝細胞がんの原因確率は3.3パーセントを超えることはなく,同疾患が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X30に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりである。 なお,原 起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X30に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりである。 なお,原告X30の認定申請書に添付された意見書には,「頻回の再発を繰り返す悪性腫瘍であり原爆放射線による可能性は否定できない。」との指摘がされているが,再発の有無や多寡と悪性腫瘍の放射線起因性との間に関連性が存するとの医学的報告や科学的知見は存在しない。 その他原告X30の既往症,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X31の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X31は,広島県佐伯郡井ノ口村の陸軍暁部隊の兵舎内で被曝したものであり,爆心地からの距離は5キロメートル以遠である。 (2)被爆直後の行動原告X31は,上記(1)の被爆後,8月6日は井ノ口村にとどまって被災者の救護等をし,翌7日午前10時ころ,家族の安否を確認するため,井ノ口村の上記兵舎を出発し,電車で己斐駅(爆心地から約2.5キロメートル)まで行き,徒歩で,福島町(爆心地から1.5キロメートル以遠),観音町(爆心地から1キロメートル以遠),船入町(爆心地から約1キロメートル),千田町の日赤病院付近(爆心地から約1.5キロメートル付近),富士見町の南側(爆心地から約1.4キロメートル)を通り,同日昼すぎころ,昭和町の比治山橋西詰付近(爆心地から1.7キロメートル付近)の自- 528 -宅に帰宅し,家族の状況を確認した後,同日午後3時ころ宇品の陸軍船舶司令部(爆心地から4キロメートル以遠)へ行き,そこから船に乗って井ノ口村に戻った旨供述している。 原告X31は,その後,8月8日か11日かはっきりしないが,父親の捜 ,同日午後3時ころ宇品の陸軍船舶司令部(爆心地から4キロメートル以遠)へ行き,そこから船に乗って井ノ口村に戻った旨供述している。 原告X31は,その後,8月8日か11日かはっきりしないが,父親の捜索のため,再度広島市内に入市した,1日目は自宅から市役所東側にある保健所(爆心地から約1キロメートル)まで,紙屋町(爆心地から約300メートル)付近の図書館等,2日目は,日赤病院等の死体収容所等を回るなどし,4,5日間,父親を捜索した旨供述している。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線による被曝線量が記載されていない。したがって,爆心地からの距離が2500メートルを大幅に超える5キロメートル以遠の地点(佐伯郡井ノ口村)において被爆したとする原告X31の初期放射線による被曝線量は約0センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量上記(2)のとおり,原告X31は,8月7日までは,爆心地から700メートル以内の区域に立ち入ったことはない。ただし,8月8日以降,4,5日間にわたり,爆心地付近に立ち入ったとするが,いつ(8月8日からなのか,同月11日からなのか),爆心地からどのくらいの距離まで,どのくらいの時間入市したのかが判然としないから,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝の有無を判断することは困難である。しかし,仮に原爆爆発のおおむね48時間後である8月8日から72時間後まで継続して- 529 -爆心地にとどまっていたとしても,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝は,5セン ことは困難である。しかし,仮に原爆爆発のおおむね48時間後である8月8日から72時間後まで継続して- 529 -爆心地にとどまっていたとしても,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝は,5センチグレイである(審査の方針第1,4,2))。また,同原告について広島市己斐地区又は高須地区に長期間滞在又は居住した事実は認められないこと(原告X31は,上記(2)のとおり己斐地区に立ち入っているとするが,あくまで通過したのみである。)から,放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,AB医師らは,「(原告X31が)主として死体安置所や重傷者の収容所をみてまわった可能性が高い。被曝直後,重度障害で横たわる被爆者はまさに高線量被曝者であり,また被曝直後早期に死亡した被爆死遺体は,まさに高線量の遺体であることを考えると,歩き回ったときの空気や土壌から残留放射線・誘導放射線による被曝と負傷者の介護と父を探し回ったときの重傷者や死体からの被曝を受けたものと思われる。」とする。 しかしながら,審査の方針別表10における被曝線量の算定が正当であり,人体の放射化については,的確な科学的証拠がない。また,原爆投下当日に広島市内で約8時間の作業に従事したとしても,誘導放射能による内部被曝がごく微量であり,外部被曝に比べて無視できるレベルである。したがって,原告X31の残留放射線による被曝線量は,最大限に見積もったとしても5センチグレイと推定される。 ウ小括以上より,原告X31の被曝線量は,残留放射線被曝を最大限考慮しても,約5センチグレイと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X31は,8月15日以降微熱が続いたこと,父親を捜索しているころから,傷が化膿しやすくなり,おできが脚のあちらこちらにできたこ しても,約5センチグレイと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X31は,8月15日以降微熱が続いたこと,父親を捜索しているころから,傷が化膿しやすくなり,おできが脚のあちらこちらにできたことを供述するが,AB医師らは,これらは放射線による急性症状であるとするも- 530 -ののようである。 しかしながら,上記各症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X31の被曝線量は,上記(3)のとおり,残留放射線による被曝線量を最大限見積もったとしても,約5センチグレイと推定されることからすると,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,原告X31が,父親の捜索のため炎天下爆心地付近を死体安置所を中心に歩き回ったこと,被爆直後の広島市内等の様子が「この世のものとは思えない地獄」だったこと,結局父親が見つからなかったことからくる肉体的・精神的疲弊が原因で,上記各症状を発症したと考えるほうが素直というべきである。 以上により,原告X31に放射線被曝による急性症状があったと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X31の申請疾患は甲状腺濾胞がんの肺転移と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について甲状腺濾胞がん(の肺転移)は,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射性起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うこととなる。原告X31は女性であるから,同原告の甲状腺濾胞がん(の肺転移)の原因 範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射性起因性の判断は推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うこととなる。原告X31は女性であるから,同原告の甲状腺濾胞がん(の肺転移)の原因確率は審査の方針別表4-2によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X31は,被爆時の年齢が20歳であり,被曝線量は上記(3)のとおり残留放射線による被曝線量を最大限考慮しても約5センチグレイ未満と推定されるところ,審査の方針別表4-2によれば,被爆時年齢20歳の女性- 531 -被爆者に発症した甲状腺濾胞がん(の肺転移)の原因確率は,被曝線量が4センチグレイの場合に7.3パーセント,6センチグレイの場合に10.5パーセントとされているから,原告X31の甲状腺濾胞がん(の肺転移)の原因確率は9パーセントを超えることはなく,同疾患が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X31に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X31の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 なお,原告X31の認定申請書に添付された申述書には,1990年に甲状腺濾胞がんと診断される5年前の1985年9月にバセドウ病と診断され,アイソトープ(放射線核種の意)による治療を受けた旨の記載があり,同様の内容が同申請書に添付された意見書にも記載されている。バセドウ病のアイソトープ治療とは,ヨード131という放射性核種を投与し,それを甲状腺に特異的に集積させる治療法であり,具体的には,甲状腺だけを選択的に60ないし80グレイ被曝させて甲状腺ホルモンを分泌させる組織に損傷を与え,バセドウ病の本態である甲状腺機 種を投与し,それを甲状腺に特異的に集積させる治療法であり,具体的には,甲状腺だけを選択的に60ないし80グレイ被曝させて甲状腺ホルモンを分泌させる組織に損傷を与え,バセドウ病の本態である甲状腺機能の亢進状態を改善させるという目的で行われる治療である。 したがって,原告X31の甲状腺濾胞がんは,たとえ放射線に起因するものであったとしても,原爆爆発時の放射線ではなく,甲状腺治療時のアイソトープ被曝による可能性の方が圧倒的に高いと考えるのが科学的に妥当である。また,同申請書添付の意見書には,「アイソトープ治療前の本人の状態が放射能への反応を強めた可能性があると考えている」と記載されているが,これを裏付けるような医学的な報告や科学的知見は存在しない。 承継前原告X7の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況- 532 -原告X7は,長崎市郊外の甑岩の戸外で陣地構築作業中に被爆したものであり,爆心地からの距離は,約6.1キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X7は,上記(1)の被爆後,その日のうちに,長崎県庁(爆心地から3キロメートル以遠),電車通り,梁川橋(爆心地から約1キロメートル)を経由して,午後2時ないし3時ころ,長崎市竹ノ久保町所在の自宅(爆心地から約1.3キロメートル付近)に帰宅した。そして,父親を探して上記梁川橋付近を歩き回り,同級生の安否確認のため県立工業学校(爆心地から約0.8キロメートル)や三菱兵器工場(爆心地から約1.2キロメートル)へ行くなどして,夕方まで爆心地付近を歩き回った。その後,原告X7は,付近に落ちていたサツマイモなどを食べ,水道水を飲み,黒い雨を浴びた。翌日父親が死亡したため,遺体を稲佐国民学校(爆心地から約1.9キロメートル)に運び,荼毘に付した後,引き続き16日まで, は,付近に落ちていたサツマイモなどを食べ,水道水を飲み,黒い雨を浴びた。翌日父親が死亡したため,遺体を稲佐国民学校(爆心地から約1.9キロメートル)に運び,荼毘に付した後,引き続き16日まで,上記国民学校で野宿しながら,けが人の介護をしたり,知人の安否確認のため,竹ノ久保町と稲佐町(爆心地から2キロメートル以遠)一帯を歩き回った。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められているところ,長崎の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされ,これ以遠の地点については初期放射線による被曝線量は記載されていない。原告X7は,上記(1)のとおり,被爆時,爆心地からの距離が2500メートルを大幅に超える6.1キロメートルの地点にいたから,初期放射線による被曝線量は約0センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量上記(2)のとおり,原告X7は,原爆爆発当日の午後2時ないし3時こ- 533 -ろに竹ノ久保町の自宅に帰宅するまで,爆心地から600メートル以内の区域に立ち入ったことは認められない。ただし,その後夕方まで爆心地付近を歩き回ったとするが,爆心地からどのくらいの距離まで立ち入ったのかが明らかでないため,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝の有無を判断することは困難である。しかし,仮にその間ずっと爆心地にとどまっていたとしても,原爆爆発(午前11時ころ)の8時間後までのことと認められるから,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝線量は,12センチグレイである(審査の方針第1,4,2))。それ以降については,原告X7が爆心地から600メートル以内の区域に立ち入った事実は認められ から,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝線量は,12センチグレイである(審査の方針第1,4,2))。それ以降については,原告X7が爆心地から600メートル以内の区域に立ち入った事実は認められないから,誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要はない。 また,同原告は,長崎市西山3,4丁目又は木場地区に滞在又は居住したこともないから,放射性降下物による残留放射線被曝も考慮する必要がない。 なお,原告X7は,上記(2)のとおり,黒い雨を浴びたとするが,広島の己斐,高須地区,長崎の西山地区という限定された地区以外の地域において放射性降下物による放射線被曝を考慮する必要がないことは,前記2(3)イで主張したとおりであり,原告X7が黒い雨を浴びたとしても,放射性降下物の影響を考慮する必要はない。 ウ小括以上より,原告X7の推定被曝線量は,残留放射線による被曝を最大限考慮したとしても,12センチグレイと推定される(審査の方針第1,4,2)及び3))。 (4)被爆後の身体状況原告X7は,認定申請書においては,8月20日ころから歯茎の出血が始まって12月ころまで続き,同月25日ころから視力が落ち,9月には脱毛も始まり,治るまで長期間かかったと述べていたが,異議申立書においては,- 534 -8月25日ころから視力が落ち,倦怠感が続いたと主張するのみであるから,歯茎の出血及び脱毛が発症したと認めることはできない。また,放射線被曝による急性症状として視力低下が起こるとの科学的知見はない。 なお,AB医師らは,上記倦怠感を放射線被曝による急性症状とするもののようである。しかし,倦怠感については,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因でも起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量 もののようである。しかし,倦怠感については,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因でも起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X7の被曝線量は,残留放射線による被曝を最大限考慮したとしても,12センチグレイと推定されることからすると,原告X7の倦怠感は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,原告X7が上記(2)のとおり父親を探して歩き回ったことや,翌日に父親が死亡したことによる,肉体的,精神的疲弊により倦怠感が発症したと考えるほうが素直である。 以上のとおり,原告X7に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X7の申請疾患は肝細胞がん及び肝硬変と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断についてア肝細胞がん原告X7の申請疾患のうち肝細胞がんは,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は原因確率を算定した上で行うことになり,原告X7は男性であるから,同原告の肝細胞がんの原因確率は審査の方針別表7-1によって算定される(審査の方針・第1,2参照)。 原告X7は被曝時の年齢が13歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は- 535 -残留放射線による被曝を最大限考慮しても12センチグレイと推定されるところ,審査の方針別表7-1によれば,被爆時年齢13歳の男性被爆者に発症した肝細胞がんの原因確率は,10センチグレイの場合に5.5パーセント,15センチグレイの場合に8.0パーセントとされているから,同原告の肝細胞がんの原因確率は約 被爆時年齢13歳の男性被爆者に発症した肝細胞がんの原因確率は,10センチグレイの場合に5.5パーセント,15センチグレイの場合に8.0パーセントとされているから,同原告の肝細胞がんの原因確率は約6.5パーセントと推定され,原告X7の肝細胞がんは,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X7に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりである。 なお,AB医師らは,原告X7の疾患が異時性多重がんであるから,被曝の影響を否定できないとするが,異時性多重がんが発生したことが被曝の影響を示唆するものではない。 むしろ,原告X7の飲酒歴からは,これが肝細胞がんに影響した可能性が高いものとも考えられる。 その他原告X7の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 イ肝硬変について原告X7の申請疾患のうち肝硬変は,審査の方針において,原因確率等が設けられていない疾患であり,当該申請者に係る疾患等は,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するものとされている。 原告X7の被曝線量は,上記(3)のとおり,残留放射線による被曝を最大限考慮したとしても12センチグレイと推定される。また,原告X7に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであるし,同原告の飲酒歴については上記アで指- 536 -摘したとおりである。これらを総合的に勘案すると,原告X7の肝硬変については,原爆放射線に起因する可能性を認めることはできない。 承継前 るし,同原告の飲酒歴については上記アで指- 536 -摘したとおりである。これらを総合的に勘案すると,原告X7の肝硬変については,原爆放射線に起因する可能性を認めることはできない。 承継前原告X21の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X21は,宇品の船舶司令部経理部の外庭で被爆したものであり,爆心地からの距離は約4キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X21は,上記(1)の被爆後,その日は上記船舶司令部にとどまって負傷者の救護活動に当たったが,翌7日朝,上記船舶司令部を出て御幸橋(爆心地から約2.2キロメートル)を渡り,皆実町(爆心地から2キロメートル以遠)の自宅へ行き,母と妹の一人と再会し,その後,現在の平和大橋(爆心地から約500メートル)周辺で,もう一人の妹を探した旨供述している。翌8日以降15日まで連日,翠町(爆心地から約3キロメートル)の避難先から上記船舶司令部へ通い,軍のトラックに乗せてもらって爆心地周辺へ行き,元安川,中島本町,原爆ドーム周辺等を歩き回り,日が暮れるまで妹を探した。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点については,初期放射線による被曝線量は記載されていない。 したがって,同原告の初期放射線による被曝線量は1センチグレイ未満と推定される。 イ残留放射線による被曝線量上記(2)のとおり,原告X21については,8月7日までは爆心地から- 537 -700メートル以内の区域に立ち入った事実はないが,8月7日には,爆心地から約500メートルの現在の による被曝線量上記(2)のとおり,原告X21については,8月7日までは爆心地から- 537 -700メートル以内の区域に立ち入った事実はないが,8月7日には,爆心地から約500メートルの現在の平和大橋周辺に立ち入り,8月8日から15日までの間も,毎日,元安川から中島本町,原爆ドーム周辺等を歩き回り,日が暮れるまで妹を探したとする。ただし,具体的な入市時間及び入市場所が明らかにされていないため,同原告の誘導放射能による残留放射線被曝線量を算定することは困難である。しかし,仮に,8月7日(原爆爆発のおおむね24時間後以降),爆心地から500メートル付近に8時間とどまっていたとしても,それによる同原告の残留放射線被曝線量は,1センチグレイと推定され,8月8日の朝(原爆爆発のおおむね48時間後)から夕方(原爆爆発のおおむね58時間後)まで継続して爆心地にとどまっていたとしても,それによる同原告の残留放射線被曝線量は,4センチグレイを超えることはないと推定され,8月9日の朝(原爆爆発のおおむね72時間後)以降は,爆心地に立ち入ったとしても,残留放射線による被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2))。また,原告X21には,広島市己斐又は高須地区に滞在し,又は居住した事実は認められないため,放射性降下物による放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,3))。 なお,AB医師らは,原告X21が負傷者の救護活動に当たったことについて,「高線量被爆者の人体・体液・衣類は放射化しており,原告はそのなかで介護を続けたことになる。瀕死の被爆者が収容されている建物内は,目に見えない微小な放射性物質(構造物剥離片,塵埃)が滞留している環境であり,また,誘導放射化した被爆者の体液も飛散している環境である。」,「多数の被災者の移送・救援にあ が収容されている建物内は,目に見えない微小な放射性物質(構造物剥離片,塵埃)が滞留している環境であり,また,誘導放射化した被爆者の体液も飛散している環境である。」,「多数の被災者の移送・救援にあたるなかで,原告の人体は,ガンマ線外部照射のみならず,経口・経鼻・経皮を通じ,放射能汚染物質・微粒子が体内へ侵入,蓄積するという(内部)被曝を受けていたことが理解できる。」とする。しかしながら,人体の放射化について,的確な科- 538 -学的証拠がないし,原爆当日に広島で約8時間焼け跡の片付け作業に従事したとしても,内部被曝はごく微量であり,外部被曝に比べて無視できるレベルである。 さらに,AB医師らは,原告X21が,広島市内各地で破裂した水道管から吹き出す水を飲んだ旨供述していることについて,「爆心地壊滅のなかで,給水設備の放射線汚染状況も十分予想され,摂水による内部被曝も否定できない。」とするが,放射性核種によって最も高度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎないから,水道水を飲んだからといって,残留放射線による内部被曝を考慮する必要はない。 したがって,AB医師らの上記各意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X21の被曝線量は6センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X21は,8月15日ころから突然発熱,激しい嘔吐に襲われ,1か月にわたって血性下痢,高熱,吐き気・嘔吐,歯茎からの出血,極端な倦怠感,紫斑等に苦しんだ旨供述し,AB医師らは,「原告には,急性症状のほぼ全てが出現した。」とする。 しかしながら,これらの症状が現れたことを裏付ける客観的な証拠はない。 ま 歯茎からの出血,極端な倦怠感,紫斑等に苦しんだ旨供述し,AB医師らは,「原告には,急性症状のほぼ全てが出現した。」とする。 しかしながら,これらの症状が現れたことを裏付ける客観的な証拠はない。 また,これらの症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)であることが明らかとなっている。しかるに,原告X21の被曝線量は,上記(3)のとおり,6センチグレイ未満と推定されるから,上記各症状は,お- 539 -よそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,原告X21が,8月6日に負傷者の救護活動に当たり,8月7日からは15日まで連日広島市内を歩き回っていること,それにもかかわらず,妹を見つけることができなかったことから,肉体的・精神的疲弊,感染症等が上記各症状の原因とも考えられる。 以上より,原告X21に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X21の申請疾患は肝硬変症(C型)及び肝腫瘍と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断についてア原告X21の申請疾患のうち肝腫瘍(肝がん)は,放射線の健康影響については確率的影響の範ちゅうに属する疾患とされており,同疾患の放射線起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる。原告X21は女性であるから,同原告の肝腫瘍の原因確率は審査の方針別表7-2によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X21は被曝時の年齢が19歳であり,上記(4)のとおり被曝線量は6センチ X21は女性であるから,同原告の肝腫瘍の原因確率は審査の方針別表7-2によって算定される(審査の方針第1,2参照)。 原告X21は被曝時の年齢が19歳であり,上記(4)のとおり被曝線量は6センチグレイ未満と推定されるところ,審査の方針別表7-2によれば,被曝時年齢が19歳の女性被爆者に発症した肝臓がんの原因確率は,被曝線量が10センチグレイの場合に6.0パーセントであることからすれば,原告X21の肝腫瘍の原因確率は6.0パーセントを超えることはなく,原告X21の肝腫瘍が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X21に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりである。 なお,原告X21は,急性症状沈静後も,ぶらぶら病と言われる全身倦- 540 -怠が続き,1949年ころには嘔吐や貧血のために受診したところ白血球が異常に少ないと診断され,更に次々と重篤な疾病にみまわれ,杏林大学病院の医師から,「このような身体の状態は,原爆を受けたためとしか考えられない」と言われた旨供述し,AB医師らは,このことも,原告X21の肝硬変症及び肝腫瘍は原爆放射線に起因するものであるとするもののようである。 しかし,原告X21の担当医師は,「・・・昭和29年~30年には貧血が強く慶応大学病院にて輸血施行。その後輸血によると考えられる肝障害出現。・・・」と記載しており,原告X21に生じた疾病は輸血によって生じた可能性が十分に考えられる。 したがって,原告X21の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 イ原告X21の申請疾患のうち肝硬変は,審査の方針において,原因確率等が設けられていない疾患であり,当該申請者に係 境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 イ原告X21の申請疾患のうち肝硬変は,審査の方針において,原因確率等が設けられていない疾患であり,当該申請者に係る疾患等は,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するものとされている。 そこで,原告X21の申請疾患(肝硬変症(C型))について検討すると,以下の理由から,放射線起因性は認められない。 (ア)推定被曝線量によれば放射線被曝から申請疾患を発症したとは考えられないこと原告X21の被曝線量は,上記(3)において述べたとおり,同人の被曝状況からすれば,6センチグレイ未満と推定される。この線量は,医療現場で日常的に行われているX線CT検査による被曝線量を若干上回る程度の値であり,このような微量の被曝と肝硬変等の肝障害の発症との因果関係を認めることは到底できないというべきである。 - 541 -したがって,原告X21の肝硬変症について,放射線起因性を認めることはできず,同疾患は,後記イにおいて述べるとおり,C型肝炎ウイルスによる慢性肝炎が原因であると考えられる。 (イ)原告X21の申請疾患がC型肝炎ウイルスによるものと考えられること原告X21の認定申請書及び認定申請書添付の意見書には「負傷又は疾病の名称」として「肝硬変症(C型)」と,また,同原告の認定申請書添付の申述書には1986(昭和61)年に「非A非B型肝炎と診断される」との記載があり(C型肝炎ウイルスの同定は1988年),C型肝炎ウイルスに感染しているものと認められる。なお,原告X21の認定申請書添付の申述書には,「1954(昭和29)年から貧血がひどく, る」との記載があり(C型肝炎ウイルスの同定は1988年),C型肝炎ウイルスに感染しているものと認められる。なお,原告X21の認定申請書添付の申述書には,「1954(昭和29)年から貧血がひどく,輸血以外治療方法がないと言われたために入院して1ヶ月間,輸血を受ける。」と記載されており,この際,C型肝炎ウイルスに感染した可能性は十分に考えられる。 C型肝炎ウイルスに感染し,20年で約60パーセントが肝硬変へ進展すること及び放射線被曝がその肝硬変の発症を促すとの科学的知見がないことなどから,原告X21の肝硬変についてはC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎の結果としての肝硬変である可能性が極めて高い。 したがって,原告X21の申請疾患のうち肝硬変症(C型)は,同原告が感染しているC型肝炎ウイルスによるものであり,原爆放射線に被曝したことに起因するものと認めることはできない。 以上のとおり,原告X1,同X2,同X5,同X6,同X8,承継前原告X10,原告X11,同X12,同X13,同X15,同X16,同X20,同X23,同X25,承継前原告X28,原告X29,同X30,同X31,承継前原告X7,原告X21の申請疾患はいずれも,原爆の放射線との因果関係が「高度の蓋然性」の程度にまで証明されているとはい- 542 -えず,被爆者援護法10条1項の要件を満たさないものであるから,本件各却下処分は適法である。 第9上記第8以外で確率的影響の範ちゅうに含めて審査した申請疾患の原告らに対する各処分が適法であること(なお,同原告らに他の申請疾患がある場合,確率的影響の範ちゅうに含めて審査できない申請疾患についても合わせて述べる。) 原告X4の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X4は,広島駅から紙屋町回りの市電に乗車して宇品 影響の範ちゅうに含めて審査できない申請疾患についても合わせて述べる。) 原告X4の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X4は,広島駅から紙屋町回りの市電に乗車して宇品に向かう途中,御幸橋の手前に差し掛かったところで被爆したものであり,爆心地からの距離は,約2キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X4は,上記(1)の被爆後,自宅に戻ることにし,御幸橋(爆心地から約2.2キロメートル)を渡り,皆実町の専売公社(爆心地から約2.2キロメートル)の前,翠町(爆心地から約3キロメートル),丹那を経由して国鉄宇品線の線路に至り,同線路を北上し,南蟹屋町(爆心地から約3キロメートル)を通って,午後3時すぎころ,国鉄矢賀駅(爆心地から約4キロメートル)にたどり着き,汽車に乗って広島県高田郡向原町の自宅(爆心地から約40キロメートル)に帰宅した。翌7日は,矢賀駅から徒歩で爆心地を迂回して南下し,宇品港の約1キロメートル沖の金輪島(爆心地から約5キロメートル)に渡り,8月20日ころまで昼夜兼行で火傷などで重体の被災者の救援活動に従事し,いったん自宅に戻ったものの2日くらいしてから再び金輪島へ渡り,9月20日ころまで働いた。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応- 543 -じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から2000メートルの地点における初期放射線による被曝線量は7センチグレイとされており,原告X4は市電に乗車中に被曝したものであるから,市電による遮へいを考慮して遮へい係数0.7を乗じ,同原告の初期放射線による被曝線量は,4.9センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X4は,上記(2)のとおり,原爆 あるから,市電による遮へいを考慮して遮へい係数0.7を乗じ,同原告の初期放射線による被曝線量は,4.9センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X4は,上記(2)のとおり,原爆爆発から72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったことはなく,広島市己斐又は高須地区へ滞在又は居住したことも認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,原告X4は,被爆直後に煤か埃のせいで真っ暗な中を走った旨供述し,AB医師らは,これについて,「その中には原爆の中性子線により誘導放射化された相当量の放射性物質が含まれていたと思われる。」として,「今日,職業被爆者について最大許容されている以上の放射能を体内に蓄積した可能性がある」とする。また,AB医師らは,上記(2)のとおり,原告X4が,徒歩で矢賀駅までたどり着き,同駅から汽車で帰宅したことについても,「この間にも誘導放射能及び放射性降下物により体外のみならず,体の内部からも被曝したものと考えられる」とし,金輪島において被災者の救援活動に従事したことについても,「この間,被爆者の体や衣服に付着し,更に体液に付着している放射性物質により被曝したと考えられ,更に死体の焼却にも当たったことから,そのことによって放射性物質が体内に取り込まれたと考えられる。」とする。 しかしながら,審査の方針別表10における残留放射線による被曝線量の算定が正当であり,広島においては,少なくとも爆心地から700メートル以内に,遅くとも原爆爆発後72時間以内に入市しなければ,残留放- 544 -射線による被曝を考慮する必要がないこと,放射性核種によって最も高濃度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこ ,遅くとも原爆爆発後72時間以内に入市しなければ,残留放- 544 -射線による被曝を考慮する必要がないこと,放射性核種によって最も高濃度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性物質による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による内部被曝の1万分の1以下にすぎないこと,人体の放射化については,的確な科学的証拠がないこと,広島の己斐,高須地区,長崎の西山地区という限定された地区以外の地域において放射性降下物による放射線被曝を考慮する必要はないことから,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X4の被曝線量は4.9センチグレイを超えることはないと推定される。 (4)被爆後の身体状況について原告X4は,9月20日以降,徐々に体調が悪化していき,倦怠感,食欲不振,脱毛,嘔吐,鼻血,下痢があり,これらが12月末ころまで続いた旨供述し(ただし,脱毛は10月ころまで),AB医師らは,これを放射線被曝による急性症状であるとする。 しかしながら,これらの症状が現れたことを裏付ける客観的な証拠はない。 また,これらの症状は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状が生じる被曝線量は,最低でも1グレイ(100センチグレイ)以上,脱毛が生じるのが3グレイ(300センチグレイ)以上,下痢が生じるのが5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかになっている。しかるに,原告X4の被曝線量は,上記(3)のとおり,4.9センチグレイと推定されるから,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,長距離を歩いて帰宅したり,何週間にもわたって金輪 4の被曝線量は,上記(3)のとおり,4.9センチグレイと推定されるから,上記各症状は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。むしろ,長距離を歩いて帰宅したり,何週間にもわたって金輪島において救援活動に当たったことによる肉体的疲- 545 -労,衛生環境等に起因する感染症等の原因から上記各症状を発症したと考えるのが自然というべきであある。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X4の申請疾患は前立腺がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について前立腺がんは,放影研の疫学調査においては放射線起因性がある旨明確に確認されてはいないが,その関係が完全には否定できないものであることにかんがみ,放射線起因性の判断は,推定される被曝線量に基づき,審査の方針別表2-1によって原因確率を算定した上で行うことになる(審査の方針第1,2及び5参照)。 原告X4は,被曝時の年齢が17歳であり,上記(3)のとおり被曝線量は4.9センチグレイを超えることはないと推定され,被曝時年齢が17歳の被爆者に発症した前立腺がんの原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に1.7パーセントであるから,原告X4の前立腺がんの原因確率は1. 7パーセントを超えることはなく,原告X4の前立腺がんは,原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X4に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)のとおりであり,その他原告X4の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 承継前原告X14の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X14は広島市二葉の里所在の明星院の本堂の前で被爆したものであり, 上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 承継前原告X14の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X14は広島市二葉の里所在の明星院の本堂の前で被爆したものであり,同所の爆心地からの距離は,約1.7キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X14は,上記(1)の被爆後,火災を避けるために約1キロメートル- 546 -離れた陸軍用地に避難し,一夜を過ごした。なお,原告X14が避難した陸軍用地について,原告X14の代理人が作成した報告書では,「数件隣の第二総軍司令官DM大将宅」であるとされている。しかしながら,原告X14自らが作成した同原告の認定申請書添付の申述書では,同申述書には「火災を避けるために約1km離れた陸軍用地に避難し,一夜を過ごしました。」と,1キロメートル離れた陸軍用地に避難したことが明言されている。この点,原告X14代理人作成の報告書は,平成15年7月11日に原告X14が亡くなる以前に聴取したとする内容を,平成18年1月9日に報告書化したものであり,原告X14本人が内容の正確性を確認したものではない上,同報告書が,原告X14が数件隣に避難したとしている点については,原爆後の火災を避けるために,わずか数軒隣に避難したとは考え難いことからすると,同報告書の記載を信用することはできない。一方,上記申述書は,原告X14自らが作成したものである上,上記被爆地から1キロメートル程度東方の場所に東練兵場がある(爆心地からの距離は約2キロメートルないしそれ以遠)という客観的事実とも合致し,原爆による火災の範囲からすると,原告X14が被爆地から1キロメートル先に避難するとすれば,東に向かうのが自然であることからすれば,その信用性は高い。したがって,原告X14は,被爆地から約1キロメートル離れた陸軍 範囲からすると,原告X14が被爆地から1キロメートル先に避難するとすれば,東に向かうのが自然であることからすれば,その信用性は高い。したがって,原告X14は,被爆地から約1キロメートル離れた陸軍用地に避難したものと認められる。 その後,原告X14は,火災が収まってからは明星院の焼け跡に仮小屋を建てて住んだ。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から1700メートルの地点における初期放射線による被曝線量は22センチグレイとされており,同原告は遮へいのない状態で被曝したというのであるから,同原告の- 547 -初期放射線による被曝線量は22センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X14は,上記(1)及び(2)のとおり,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入ったことはなく,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住したことも認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,AB医師らは,「二葉の里一帯では,被爆直後の昼前ころ,いわゆる黒い雨が降り出し,約40分間降った」として,これをもって直ちに「原告は,黒い雨に曝露されていたことになる。」とする。しかし,原告X14は黒い雨に当たったなどとは一切述べていないのであるから,前提を誤るものである。原告X14代理人による報告書には,黒い雨が降ったという記載があるが,これも資料を引用して雨が降った事実を指摘しているに過ぎず,少なくともその部分の内容自体原告X14からの聴き取りの結果とは考えられない上,原告X14が雨に当たった事実を述べるものでもない。 あるが,これも資料を引用して雨が降った事実を指摘しているに過ぎず,少なくともその部分の内容自体原告X14からの聴き取りの結果とは考えられない上,原告X14が雨に当たった事実を述べるものでもない。そもそも,雨が黒いからといって必ず放射性降下物を含んでいるわけではない。己斐又は高須地区等「審査の方針」に規定された地区以外での放射線降下物による被曝線量が人体への影響を考慮する程度には至らないごく微量である。 ウ小括以上より,原告X14の被曝線量は,22センチグレイを超えることはないと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X14は,急性症状はなく,同原告自身の述べるところによっても,平成11年まで比較的健康に過ごしている。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患- 548 -原告X14の申請疾患は悪性リンパ腫及び脳腫瘍と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について悪性リンパ腫及び脳腫瘍については,疫学調査においては放射線起因性がある旨の明確な証拠はないが,その関係が完全には否定できないものであることにかんがみ,その放射線起因性の判断は,推定された被曝線量に基づき,放射線被曝線量との原因確率が最も低い悪性新生物に係る審査の方針別表2-1によって算定される(審査の方針第1,2及び5,1)参照)。 原告X14は被曝時の年齢が4歳であり,上記(4)のとおり被曝線量は22センチグレイを超えることはないと推定されるところ,審査の方針別表2-1によれば,被曝時年齢が4歳の被爆者に発症した悪性リンパ腫及び脳腫瘍の原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に3.3パーセントであることからすれば,推定被曝線量が22センチグレイを超えることはないとされる原告X14の悪性リンパ腫及び脳腫瘍の原因確率は3.3パーセントを超えることはなく センチグレイの場合に3.3パーセントであることからすれば,推定被曝線量が22センチグレイを超えることはないとされる原告X14の悪性リンパ腫及び脳腫瘍の原因確率は3.3パーセントを超えることはなく,原告X14の悪性リンパ腫及び脳腫瘍が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,上記(4)のとおり,原告X14に放射線被曝による急性症状が発症したとうかがわせる事情はまったく存しない。 その他原告X14の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,放射線起因性について上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 なお,原告X14は,「爆心地より1.7kmという至近距離で被爆し,その後も長く(1963年まで)そこで居住していたのであり,急性症状の発症については幼少であり記憶がないものの,原爆放射線の影響を強く受けていることは間違いない」として,同原告の悪性リンパ腫及び脳腫瘍は,いずれも原爆放射線に起因するものであると主張する。 しかしながら,爆心地から1.7キロメートル程度の距離に長く居住していたことにより放射線による健康被害が引き起こされることを認める科学的- 549 -知見は存在しないから,このような事情を放射線起因性の判断に加味する必要はない。また,原告X14は,急性症状について,記憶がないだけで実際には急性症状があったと主張するかのようであるが,原告X14に急性症状があったと認めるに足りる証拠は一切ないから,上記主張は失当である。仮に,上記主張の趣旨が,急性症状はなくても,原爆放射線の影響を受けているというものであるとしても,そのような主張に何ら根拠がないことは明らかである。 原告X9の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X9の被爆地は,宇品市営桟橋から連絡船で るというものであるとしても,そのような主張に何ら根拠がないことは明らかである。 原告X9の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X9の被爆地は,宇品市営桟橋から連絡船で約10分の広島市鯛尾所在の宇品船舶司令部付整備教育隊であり,爆心地からの距離は約7キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X9は,上記(1)の被爆後,鯛尾にとどまって搬送されてきた被災者の救護活動に当たった後,8月8日に連絡船に乗って宇品から上陸して広島市内に入市し,その後2日間にわたって,爆心地付近を,知人を捜して歩き回ったと述べる。 しかしながら,①原告X9は,認定申請時の申述書においては,「・・・8月15日,日本降伏,終戦となりました。・・・広島の知人を捜しに18日に宇品から上陸しました。」旨,終戦後の出来事として記載され,入市日が8月18日である旨明確に述べていること,②当時下士官という部下を監督すべき責任ある立場におり,しかも,原告X9本人尋問における供述を前提とすれば,当時上司たる中隊長も不在の状況において,原告X9が,原爆投下からわずか2日後という緊急時に現場を離れるとは到底考えられず,終戦後に上官の許可を得て入市したと考えるのが自然であること,③原告X9は,本人尋問において,この中隊長を探す目的もあって入市したと述べる一- 550 -方,この中隊長から許可を得たとも述べ,尋問中にも矛盾,齟齬があること,④甲1009号の6の24は,収容所の様子を描写した原告X9自身の作成した絵であるが,これは,少女の持っていた弁当が3日前の弁当であるとの記憶に基づいているところ,そうであるとすれば,8月9日の様子となること,などの事情にかんがみれば,変遷後の原告X9の上記陳述もまた到底措信できないというべきである。 よって,原告X 弁当であるとの記憶に基づいているところ,そうであるとすれば,8月9日の様子となること,などの事情にかんがみれば,変遷後の原告X9の上記陳述もまた到底措信できないというべきである。 よって,原告X9が,広島市内に入市したのは,8月18日と認められる。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9により定められるところ,広島の爆心地から2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量は1センチグレイとされ,これ以遠の地点における初期放射線による被曝線量は記載されていない。原告X9は,上記(1)のとおり,原爆爆発時,爆心地から2500メートルを大幅に超える約7キロメートルの地点にいたのであるから,初期放射線による被曝線量を考慮する必要はない。 イ残留放射能による被曝上記(2)記載のとおり,原告X9が入市したのは,8月18日と認められるので,原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域への入市の事実はなく,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住したことも認められないから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝の影響については考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,AB医師らは,入市した際に残留放射能により被曝し,収容所における介護の際に内部被曝をした可能性があるとするが,前者は,原告X9が8月8日及び9日に入市をしたことを前提とした意見であるところ,- 551 -上記(2)のとおり,原告X9が入市したのは8月18日と認められるから,AB医師らの上記意見は,前提において誤りである。また,後者については,原爆投下当日に被爆者の救護作業に従事したとしても,誘導放射能による内部被曝がごく微量であり,外部被曝に比べ と認められるから,AB医師らの上記意見は,前提において誤りである。また,後者については,原爆投下当日に被爆者の救護作業に従事したとしても,誘導放射能による内部被曝がごく微量であり,外部被曝に比べて無視できる上,人体の放射化については,的確な科学的証拠がないから,8月6日以降の被爆者の救護作業における被曝を考慮する必要はなく,この点でも,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X9の被曝線量は,0.0センチグレイと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X9は,9月6日に帰宅したのち,体がだるくてしかたがなかったと供述し,AB医師らは,このような倦怠感を放射線被曝による急性症状であるとするもののようである。しかし,原告X9は,認定申請時においては,9月6日の帰京からしばらく経過後の倦怠感を述べていたのに,異議申立時においては帰京直後の倦怠感を述べるなど,倦怠感を感じた時期が変遷している上,その原因については,本人尋問において,だいぶ疲れが出てきたという感じであると述べるのみであるから,単なる疲労である可能性があり,また,原告X9は,帰京して2か月後の白血球の数値が2万4000であったというのであるから,何らかの感染症であった可能性も十分考えられる。 よって,放射線急性症状があったとは認められない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X9の申請疾患は前立腺がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について前立腺がんは,放影研の疫学調査においては放射線起因性がある旨明確に確認されてはいないが,その関係が完全には否定できないものであるとされていることから,同疾患の放射線起因性の判断は審査の方針別表2-1によ- 552 -って原因確率を算定した上で行うことになる(審査の方針第1,2及び5参照) が完全には否定できないものであるとされていることから,同疾患の放射線起因性の判断は審査の方針別表2-1によ- 552 -って原因確率を算定した上で行うことになる(審査の方針第1,2及び5参照)。 原告X9の推定被曝線量をみると,上記(2)のとおり0.0センチグレイである。これはすなわち,原爆放射線による被曝がほとんどない,又は極めて少ないということである。原因となる原爆放射線による被曝がほとんどない,又は極めて少ない以上,原爆放射線によって健康影響がもたらされた「高度の蓋然性」が認められる余地はない。 そして,放射線被曝による急性症状が原告X9に現れたと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X9の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X22の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X22は,広島市東観音町所在の原告X22の妹の下宿先の建物の外の庇の下の遮へいがある状態で被曝したものであり,上記建物の爆心地からの距離は陳述書によれば,約1.1キロメートルである。 なお,AB医師らは,その意見書において,原告X22は非遮へいの状態であったと記載しているが,上記のように,原告X22は建物の陰であったと述べ,申請時の健康診断個人票においても,「被爆状況」欄の「(遮蔽の有・無)」とある部分に,「有」に○印が付けられており,遮へいのある状態であった。したがって,上記意見書は前提を誤っている。 (2)被爆直後の行動原告X22は,被爆後,妹と二人で,下宿先の建物の下敷きになった老婆を救出した後,避難するため,妹と共に,掛け布団をかぶりながら己斐駅方向に向かったこと,その途中雨が降り出したこと,己斐駅付近(爆心地から約2.5キロ) 妹と二人で,下宿先の建物の下敷きになった老婆を救出した後,避難するため,妹と共に,掛け布団をかぶりながら己斐駅方向に向かったこと,その途中雨が降り出したこと,己斐駅付近(爆心地から約2.5キロ)に到着後も雨を布団でしのいでいたこと,午後8時ころから,- 553 -線路伝いに横川駅(爆心地から約1.8キロ)に向かって歩き,横川駅から電車に乗って古市まで行き,歩いて安佐郡伴村(爆心地から4キロメートル以遠)の実家に帰宅したこと,その後,8月8日に市内に入り,叔母の子供を捜して白島や八丁堀等に赴いたことを供述する。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,原告X22の被曝線量を推定すると,広島の爆心地から1100メートルの地点では267センチグレイとされ,これに建物による遮へいを考慮して遮へい係数0.7を乗じ,原告X22の初期放射線による被曝線量は186.9センチグレイと推定される。 イ残留放射能による被曝線量原告X22は,詳細な時間は不明なるも,上記(2)のとおり,8月8日に伴村の実家を出て広島市内に入り,白島,八丁堀の福屋デパートや勤め先の銀行付近を,半日くらいかけて歩き回ったと述べ,その際,爆心地から300メートル付近まで立ち入っているとしているから,その間の誘導放射能による残留放射線被曝線量は,1センチグレイと推定される(審査の方針第1,4,2))。それ以外に原爆爆発後72時間以内に爆心地から700メートル以内の区域へ入市した事実は認められない。また,上記(2)のとおり,被爆当日,広島市己斐地区に滞在しており,その間の放射性降下物による被曝線量は,最大限考慮しても,2センチグレイである(審査の方針第1,4 域へ入市した事実は認められない。また,上記(2)のとおり,被爆当日,広島市己斐地区に滞在しており,その間の放射性降下物による被曝線量は,最大限考慮しても,2センチグレイである(審査の方針第1,4,3))。よって,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝線量は,最大限考慮しても,3センチグレイである。 ウ小括以上より,原告X22の推定被曝線量は,残留放射線による被曝を最大- 554 -限考慮しても,約189.9センチグレイと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X22は,被爆後の症状として,脱毛,歯茎からの出血,紫斑,血性の下痢があったと原告X22の尋問においてに述べているが,当初の申請書には,脱毛と血便のみ述べており,その主張の変遷に合理的な理由は考えられないことから,紫斑,歯茎からの出血があったことは極めて疑わしい。また,脱毛,血性の下痢についても,原告X22は親戚を捜すため長距離を移動するなどしており,このような衛生状態の良くない避難生活の中でストレス,感染症によって引き起こされた可能性がある。さらに,放射線急性症状としての脱毛が生じる被曝線量は,最低でも3グレイ(300センチグレイ)以上であり,急性症状としての下痢が生じるのは,5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっているが,原告X22の被曝線量は,上記(3)のとおり,189.9センチグレイと推定されるから,原告X22の脱毛や下痢は,放射線被曝に起因するものとはいえない。仮に原告X22の被曝線量が,急性症状としての下痢が起こり得る500センチグレイ以上であったならば,脱毛や下痢程度の症状にとどまらず,感染症等の重大な合併症が発症していたはずであるが,原告X22はそのような症状があったことは述べていない。,したがって,原告X22に原爆放射線によ 上であったならば,脱毛や下痢程度の症状にとどまらず,感染症等の重大な合併症が発症していたはずであるが,原告X22はそのような症状があったことは述べていない。,したがって,原告X22に原爆放射線による急性症状があったとは認められない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X22の申請疾患は悪性黒色腫と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について悪性黒色腫は,放影研の疫学調査においては放射性起因性がある旨明確に確認されてはいないが,その関係が完全には否定できないものであることにかんがみ,同疾患の放射線起因性の判断は,審査の方針の「その他の悪性新生物」に係る別表2-1を準用し,原因確率を算定した上で行うことになる- 555 -(審査の方針第1,2及び5参照)。 原告X22は,被爆時の年齢が20歳であり,被曝線量は上記(3)のとおり約189.9センチグレイと推定されるところ,審査の方針別表2-1によれば,被爆時年齢が20歳の被爆者に発症した悪性黒色腫の原因確率は,被曝線量が210センチグレイの場合に9.1パーセントとされている。したがって,被曝線量が189.9センチグレイと推定される原告X22の悪性黒色腫の原因確率は9.1パーセントを超えることはなく,同疾患が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,放射線被曝による急性症状が原告X22に現れたと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他同原告の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 原告X24の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X24は,広島県牛田町所在の安楽寺敷地内の建物玄関内側のたたきで被爆したものであり, すに足りる事情は認められない。 原告X24の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X24は,広島県牛田町所在の安楽寺敷地内の建物玄関内側のたたきで被爆したものであり,上記建物の爆心地からの距離は,被爆者健康手帳によれば,約2.3キロメートルである。 この点,原告X24は,父が被爆者健康手帳を申請する際にわざと遠い被爆地点を記載したのであり,東友会の資料で調べたところ,実際には2キロメートルであったと供述している。しかしながら,爆心地から2キロメートルの同心円は,神田橋の白島九軒町側の橋詰を通っており,牛田町の安楽寺が,爆心地から2キロメートルの地点にあったはずはないし,原告X24が東友会で調査した際の資料が書証として提出されておらず,原告X24の上記供述は信用できない。 (2)被爆直後の行動- 556 -原告X24は当日は牛田から白島へ向かったものの,再び牛田に戻り,木の下にいたとき,雨に打たれ,夕方,父親と合流した。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,広島の爆心地から2300メートルの地点における初期放射線による被曝線量は2センチグレイとされ,これに建物による遮へいを考慮して遮へい係数0.7を乗じ,原告X24の初期放射線による被曝線量は1.4センチグレイと推定される(なお,仮に,被爆時の爆心地からの距離が2000メートルであった場合は,爆心地から2000メートルの地点における初期放射線による被曝線量7センチグレイに遮へい係数0.7を乗じ,4.9センチグレイと推定される。)。 イ残留放射能による被曝線量原告X24は,上記(2)のとおり,被爆直後に爆心地から700メートル以 線による被曝線量7センチグレイに遮へい係数0.7を乗じ,4.9センチグレイと推定される。)。 イ残留放射能による被曝線量原告X24は,上記(2)のとおり,被爆直後に爆心地から700メートル以内の区域へ立ち入った事実は認められず,広島市己斐地区又は高須地区に滞在又は居住した事実も認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,原告X24は,被爆後,いったん神田橋を渡って白島方向に逃げ,その後引き返して牛田方向に逃げ,山の中で雨に当たったと供述する。AB医師らは,この点をとらえて,「この間,残留放射線による相当量の外部被曝及び体内被曝をしたことが考えられる。」とする。 しかし,審査の方針別表10における残留放射線による被曝線量の算定が正当であり,広島においては,少なくとも爆心地から700メートル以内に,遅くとも原爆爆発から72時間以内に入市しなければ,誘導放射能- 557 -による残留放射線被曝を考慮する必要がない。また,広島の己斐,高須地区,長崎の西山地区という限定された地区以外の地域において降雨を浴びたとしても,放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要がないところ,原告X24が,雨に当たった場所は,牛田の山であったというのであるから,原告X24が雨に当たったとしても,放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない。 したがって,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X24の被曝線量は,1.4センチグレイと推定される(被爆時の爆心地からの距離を2000メートルとした場合は,4.9センチグレイである。)。 (4)被爆後の身体状況原告X24は,原告本人尋問において,歯齦からの出血があったというがその時期は翌年の4 爆時の爆心地からの距離を2000メートルとした場合は,4.9センチグレイである。)。 (4)被爆後の身体状況原告X24は,原告本人尋問において,歯齦からの出血があったというがその時期は翌年の4月であり,被爆から発症までおよそ8か月も経過しているのであるから,およそ放射線被曝による急性症状とは考え難い。また,脱毛については,当初の認定申請時の申述書では述べられておらず,果たして脱毛の症状があったのか疑問がある。さらに,脱毛は,炎天下における作業からくる極度の疲労や熱中症,栄養事情や衛生環境に起因する感染症等放射線以外の要因によっても起こり得るものである上,急性症状としての脱毛が生じる被曝線量は最低でも3グレイ(300センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X24の放射線量は,上記(3)のとおり,わずか1.4センチグレイと推定されるから,原告X24に脱毛が生じていたとしても,それはおよそ放射線被曝に起因するものということはできない。仮に急性症状としての脱毛が生じ得る3グレイ以上の被曝をしていたとすると,脱毛にとどまらず,感染症等の重大な合併症を発症していたはずであるが,原告X24はそのような供述をしていない。 - 558 -なお,原告X24には,肺結核等の既往症があると述べるところ,AB医師らはこれをとらえて,放射線被曝による易感染性への影響であるとし,急性症状があるとの主張と併せて,下記申請疾患の1つである子宮体がんが放射線に起因することの論拠の一つとするようである。しかしながら,放射線起因性が認められる疾患は,審査の方針第1の2に掲げられた疾病であるところ,申請疾患以外の疾患はいずれも,これにあたらないこと,被爆時から発病までおよそ10年が経過していることから,放射線に起因すると考え得る疾患には当たらな 査の方針第1の2に掲げられた疾病であるところ,申請疾患以外の疾患はいずれも,これにあたらないこと,被爆時から発病までおよそ10年が経過していることから,放射線に起因すると考え得る疾患には当たらない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X24の申請疾患は子宮体がん,C型肝炎及び肝硬変と認められる。 ただし,同意見書には,「負傷又は疾病の名称」として「子宮体部腺癌ⅠcG2」と,「既往歴」として「肝硬変,C型肝炎,肺結核」とそれぞれ記載されている。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断についてア原告X24の申請疾患のうち子宮体がんは,放影研の疫学調査においては放射線起因性がある旨明確に確認されてはいないが,その関係が完全には否定できないものであることにかんがみ,同疾患の放射線起因性の判断は,審査の方針の「その他の悪性新生物」に係る別表2-1を準用し,推定された被曝線量に基づき,原因確率を算定した上で行うことになる(審査の方針第1,2及び5参照)。 原告X24は,被爆時の年齢が7歳であり,被曝線量は上記(3)のとおり約1.4センチグレイと推定されるところ,審査の方針別表2-1によれば,被爆時年齢が7歳の被爆者に発症した子宮体がんの原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に2.8パーセントとされている。したがって,推定被曝線量が約1.4センチグレイとされる原告X24の子宮体がんの原因確率は2.8パーセントを超えることはなく,同疾患が原爆- 559 -放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2。なお,爆心地からの距離を2000メートルとした場合も,結論は同様である。)。 そして,放射線被曝による急性症状が原告X24に現れたと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X 地からの距離を2000メートルとした場合も,結論は同様である。)。 そして,放射線被曝による急性症状が原告X24に現れたと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X24の既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 イ原告X24の申請疾患のうちC型肝炎及び肝硬変は,審査の方針において,原因確率等が設けられていない疾患であり,当該申請者に係る疾患等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断することになる。 原告X24の申請疾患のうちC型肝炎及び肝硬変については,以下の理由から,放射線起因性は認められない。 (ア)推定被曝線量によれば放射線被曝から申請疾患を発症したとは考えられないこと原告X24の被曝線量は,前記(3)において述べたとおり,同人の被曝状況からすれば,約1.4センチグレイと推定される。この線量は,医療現場で日常的に行われているX線CT検査による被曝線量と同程度ないしはこれを下回る値であり,このような微量の被曝とC型肝炎,肝硬変等の肝障害の発症との因果関係を認めることは到底できないというべきである。 (イ)原告X24の申請疾患がC型肝炎ウイルスによるものと考えられることa原告X24の認定申請書添付の意見書には「既往歴」として「C型肝炎」との記載があり,同原告の認定申請書添付の申述書には「さら- 560 -にC型肝炎・肝硬変と診断され」との記載がある。 C型肝炎ウイルスに感染した場合,20年で約60パーセントが肝硬変へ進展する。放射線被曝がその肝硬変の発症を促すとの科学的知見がない。この点,原告X24は,1 炎・肝硬変と診断され」との記載がある。 C型肝炎ウイルスに感染した場合,20年で約60パーセントが肝硬変へ進展する。放射線被曝がその肝硬変の発症を促すとの科学的知見がない。この点,原告X24は,1963年の肺の手術の際の大量輸血をはじめとして何度も輸血を受けている旨供述しているのであり,この際にC型肝炎ウィルスに感染した可能性が高い。そうすると,原告X24の肝硬変についてはC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎の結果としての肝硬変である可能性が極めて高いというべきである。 bしたがって,原告X24の申請疾患のうちC型肝炎及び肝硬変は,同原告が感染しているC型肝炎ウイルスによるものであり,原爆放射線に被曝したことに起因するものと認めることはできない。 原告X26の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X26は,広島市千田町3丁目地内の広島工業専門学校の2階建ての校舎内で被爆したものであり,同所の爆心地からの距離は,約2キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X26は,①被爆直後,校庭に飛び降りてしばらく気を失い,意識を取り戻すと,校庭を出て軍のトラックで宇品に運ばれ,宇品から似島に船で移送され,救護所に収容された。そして,翌朝,市役所,万代橋をへて天神町に入り,中島町の自宅を4時間くらい捜索し,また,8月10日には再度自宅付近を訪れ,さらに8月20日ころから同所付近に居住していた旨供述する。 しかしながら,原爆爆発翌日の8月7日に原告X26が自宅に赴いたとの点については,①中島町(の自宅)は,爆心地から200メートルしか離れておらず,原爆投下翌日の午前中に同所に至りそこに滞在することは極めて- 561 -困難であったと解されること,②健康診断個人表の「被爆直後の行動」欄には,「倒壊校舎より脱出後宇品町へ ルしか離れておらず,原爆投下翌日の午前中に同所に至りそこに滞在することは極めて- 561 -困難であったと解されること,②健康診断個人表の「被爆直後の行動」欄には,「倒壊校舎より脱出後宇品町へ向かう似の島上陸収容所泊,その後祇園町へ8月10日より自宅(中島本町)焼け跡にて生活を始める」と明記されていること,などに照らせば,原告X26の上記供述は到底措信できないというべきである。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定めるられるところ,広島の爆心地から2000メートルの地点における初期放射線による被曝線量は7センチグレイとされ,原告X26は広島工業専門学校の校舎の2階で被爆したとされていることから,これに建物による遮へいを考慮して遮へい係数0.7を乗じ,原告X26の初期放射線による被曝線量は4.9センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量原告X26は,上記(2)のとおり,被爆直後に爆心地から700メートル以内の区域への入市や,広島市己斐地区又は高須地区に滞在又は居住した経過は認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,仮に原告X26が8月7日に中島本町付近(爆心地から約200メートル)で4時間程度捜索を行ったとした場合の残留放射線被曝線量は,原爆爆発後24時間経過後から32時間経過後まで8時間にわたって,爆心地から200メートルの地点に滞在し続けたとしても4センチグレイであるから(審査の方針別表10・広島),この場合でも原告X26の推定被曝線量は合計8.9センチグレイを上回ることはない。 また,原告X26は,8月10日 ルの地点に滞在し続けたとしても4センチグレイであるから(審査の方針別表10・広島),この場合でも原告X26の推定被曝線量は合計8.9センチグレイを上回ることはない。 また,原告X26は,8月10日にも中島本町に赴いたこと,及び8月- 562 -20日ころから昭和20年10月ころまで同所に居住した旨を供述し,AB医師らは,これに基づき,原告X26が,8月10日には呼吸を介しての内部被曝を,8月20日以降の居住については,摂食,摂水による内部被曝も否定できない上,残留放射線の濃厚な土壌の上に横臥することで,残留放射線(ガンマ線)の照射を受け続けることで被爆したとするもののようである。 しかしながら,審査の方針別表10における残留放射線による被曝線量の算定が正当であり,広島においては爆心地から200メートル以内であれば,72時間以内に入市しなければ誘導放射能による残留放射線被曝を考慮する必要がないし,放射性核種によって最も高度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎないから,原告X26が,8月10日に入市したこと,20日から2か月間の間,同所に居住して水道水や河川の魚を食したからといって,残留放射線による外部被曝や内部被曝を考慮する必要はなく,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X26の被曝線量は,4.9センチグレイと推定される(仮に,8月7日に中島本町付近で捜索を行ったことを前提としても,8. 9センチグレイを上回ることはない。)。 (4)被爆後の身体状況原告X26は,被爆後の状況として,下痢,倦怠感があったと述べる。しかし,そもそも下痢は,被爆直後の栄養障害,過 を前提としても,8. 9センチグレイを上回ることはない。)。 (4)被爆後の身体状況原告X26は,被爆後の状況として,下痢,倦怠感があったと述べる。しかし,そもそも下痢は,被爆直後の栄養障害,過酷な肉体労働及び精神的ストレスを受けるなど,異常環境要因により生じた可能性が十分ある上,急性症状としての下痢が生じる被曝線量は,最低でも5グレイ(500センチグレイ)以上であることが明らかとなっている。しかるに,原告X26の被曝- 563 -線量は,上記のとおり4.9センチグレイ(8月7日に中島本町付近で捜索したことを前提としても,8.9センチグレイを上回ることはない)と推定されるから,上記下痢はおよそ放射線被曝に起因するものとは考えられない。 仮に原告X26が放射線急性症状としての下痢を起こし得る5グレイ以上の被曝をしたのであれば,下痢にとどまらず,感染症等の重大な合併症を発症していたはずであるが,原告X26は,そのような症状があったとは述べていない。そのほか,倦怠感も,どのようなものであったか明らかではない上,ストレスや感染症等,放射能の影響以外にも原因はあり得るところ,その可能性を否定するだけの根拠はない。 なお,原告X26は,ガラスの破片によって受けた傷が治癒するのに9月いっぱいかかったと供述し,AB医師らは,これをとらえ,被曝により治癒能力の低下もあったとするようである。しかし,他方で,原告X26は,数年たってから血が止まりにくい状態であることに気がついたとも述べており,急性症状とは考え難い。 したがって,原告X26に放射線被曝による急性症状が生じたと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X26の申請疾患は前立腺がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について前立腺がんは,放影研の疫 状が生じたと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X26の申請疾患は前立腺がんと認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について前立腺がんは,放影研の疫学調査においては放射線起因性がある旨明確に確認されてはいないが,その関係が完全には否定できないものであることから,放射線起因性の判断は,審査の方針の「その他の悪性新生物」に係る別表2-1を準用し,原因確率を算定した上で行うことになる(審査の方針第1,2及び5参照)。 原告X26は,被爆時の年齢が17歳であり,被曝線量は上記(3)のとおりおよそ4.9センチグレイと推定されるところ,審査の方針別表2-1に- 564 -よれば,被爆時年齢が17歳の被爆者に発症した前立腺がんの原因確率は,被曝線量が30センチグレイの場合に1.7パーセントとされている。したがって,被曝線量が4.9センチグレイ(8月7日に中島本町付近で捜索したことを前提としても8.9センチグレイを上回ることはない)と推定される原告X26の前立腺がんの原因確率は1.7パーセントを超えることはなく,同疾患が原爆放射線に起因する可能性は低いものと推定される(審査の方針第1,1及び2)。 そして,原告X26に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)のとおりであり,その他同原告の既往症,環境因子,生活歴等を総合的に勘案しても,上記推定を覆すに足りる事情は認められない。 また,原告X26は,平成7年に脳梗塞を患っていると供述するところ,AB医師らは,脳梗塞についても放射線の影響を否定できないと述べるが,本件において問題となっているのは,申請疾患を前立腺がんとする原爆症認定申請の却下の適法性であるから,脳梗塞については問題とすべきではない。 以上のとおり,原告 線の影響を否定できないと述べるが,本件において問題となっているのは,申請疾患を前立腺がんとする原爆症認定申請の却下の適法性であるから,脳梗塞については問題とすべきではない。 以上のとおり,原告X4,承継前原告X14,原告X9,同X22,同X24及び同X26の申請疾患は,いずれも原爆の放射線との因果関係が「高度の蓋然性」の程度にまで証明されているとはいえず,被爆者援護法10条1項の要件を満たさないものであるから,本件各却下処分は適法である。 第10申請疾患を原因確率の適用のない疾患とする原告らに対する各処分が適法であること 原告X17の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X17の被爆地は,広島市国泰寺町78番地の自宅内であり,爆心地からの距離は,約1.1キロメートルである。 (2)被爆直後の行動- 565 -原告X17は,広島市国泰寺町の自宅で被爆した後,一度西練兵場に向かったが,袋町小学校辺りで,その間唯一出会った人である兵隊から西練兵場の方は危険だと言われて引き返し,電車通りを歩き,白神社から市役所に戻り,地下室にいたという無傷の女学生を助けて,鷹野橋から日赤病院へ向かい,鷹野橋から明治橋,住吉橋を渡って,十日市からは市電伝いに歩き,市電が川に落下していた横川橋をやっとの思いで渡って,横川駅に行ったと述べる。しかし,原告X17がどの程度の時間をかけて上記経路を歩いたかは不明であるが,爆心地が6時間以上にわたって火災が続いていたこと,袋町,鷹野橋,日赤病院,明治橋,住吉橋,十日市,横川橋及び横川駅はいずれも原爆の熱線による全焼区域であること,原告X17の供述によれば同人及び同行していた同人の母及び妹は裸足で歩いていたことからすれば,被爆直後に上記全焼区域に長時間滞在していたとは考えられない。なお も原爆の熱線による全焼区域であること,原告X17の供述によれば同人及び同行していた同人の母及び妹は裸足で歩いていたことからすれば,被爆直後に上記全焼区域に長時間滞在していたとは考えられない。なお,原告X17は,引き返してきたときに自宅はまだ燃えていなかった旨述べるが,原爆爆発後3秒以内に火球から放射された99パーセントの熱線が地上に影響を与えたことから,少なくとも爆心地付近は火災が始まっていたと考えられ,他方,原告X17が供述するとおり,引き返してきたときにまだ自宅が燃えていなかったことが真実であるなら,同人らが短時間で引き返してきたことの証左というべきである。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9によって定められるところ,広島の爆心地から1100メートルの地点における初期放射線による被曝線量は267センチグレイとされており,原告X17は,自宅建物内において被爆したから,遮へい係数0. 7を乗じ,186.9センチグレイと推定される。 イ残留放射線による被曝線量- 566 -原告X17は,上記(2)のとおり,原爆爆発当日である8月6日に袋町(爆心地からの距離は400ないし500メートル。)までへ立ち入ったと述べるものの,袋町まで行ったところですぐに引き返すことにしたのであるから,速やかに爆心地から700メートル以内の区域の外へ出ているのであり,爆心地から700メートル以内の区域に長時間滞在したことは認められない(仮に原告X17が,袋町に原爆爆発後1時間から8時間の間継続して滞在したとしても,それによる残留放射線被曝線量は,6センチグレイである(審査の方針第1,4,2))。)。 また,原告X17は,同日夕方には川内村の疎開先の自宅に戻っており, から8時間の間継続して滞在したとしても,それによる残留放射線被曝線量は,6センチグレイである(審査の方針第1,4,2))。)。 また,原告X17は,同日夕方には川内村の疎開先の自宅に戻っており,広島市己斐又は高須地区に滞在又は居住した事実も認められないことから,放射線降下物による残留放射線被曝を考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,原告X17は,同月12日に入市したと述べるが,爆心地からの距離及び滞在時間が判然としない上,そもそも,原爆投下の6日後であるから,残留放射能による被曝線量に影響を及ぼす事情ではない。 ウ小括したがって,原告X17の推定被曝線量は186.9センチグレイと推定される。(残留放射能による被曝を最大限考慮に入れても192.9センチグレイと推定される。)(4)被爆後の身体状況原告X17は,被曝後の状況として,原爆投下翌日から発熱及び嘔吐があり,昭和20年8月15日ころから坊主頭がかゆくなり,かくと短い髪の毛がぽろぽろ抜けた,異様なだるさがあった,吐き気は同年9月におさまったが,このころから傷が腫れ,同年10月半ばには頭髪は丸坊主に近くなり,傷の腫れや発熱が落ち着いたのは年末,髪の毛が生えてきたのは翌年であったと述べる。また,原告X17本人尋問においては,下痢が相当ひどかった- 567 -と述べ,脱毛については陳述書同様に述べる。AB医師らは,これらの症状を放射線被曝による急性症状であるとする。 しかし,これらの症状は,放射線被曝以外の要因によっても起こるものであり,上記の諸症状が放射線被曝による急性症状であると判断するためには,症状を呈した原因や経過を十分に精査し,医学的に検討しなければ放射線急性症状と診断することができない。 しかるに,上記各症状について診療録等の客観的な証拠は 曝による急性症状であると判断するためには,症状を呈した原因や経過を十分に精査し,医学的に検討しなければ放射線急性症状と診断することができない。 しかるに,上記各症状について診療録等の客観的な証拠はない上,原告X17は,原爆投下時に,家の下敷きになり,板か釘が鼻に刺さり,大腿部には太い釘が刺さり,目から鼻を横に木片様のものが突き抜け,左半身には大小無数の刺し傷や擦過傷及び数箇所の火傷があったこと,原爆投下の日は,母親や女学生らを助けながら裸足で長時間歩き回っていたこと,その後も母親の看病や食料等の調達に忙しい毎日であったことからは,傷の化膿による発熱やだるさ,あるいは極度の疲労によるだるさが生じたことが容易に推測される。このことは,年末という同じ時期に「傷の腫れや発熱は落ち着いた」との上記供述とも符合する。もちろん,原告X17の推定被曝線量からすれば,当該症状が放射線に起因する可能性は考えられるが,その可能性が上記の放射線以外の原因による可能性よりも高いということもない。 また,脱毛については,もともと被爆時は「坊主頭」であったことから,「10月半ばには丸坊主に近くなってしまいました」とあるものの程度についてはなお慎重な検討を要すると考えられるが,終戦ころの衛生状態からは,「坊主頭がかゆくなり,かくと短い髪の毛がぽろぽろ抜けた」という症状は,衛生上の問題から毛が抜けやすくなっていたことに,栄養状態の悪化や,父親を探したり母親の看病をしたりという極限状態が加わり引き起こされた可能性がある。他方,放射線被曝による急性症状としての脱毛が生じる被曝線量は,最低でも3グレイ(300センチグレイ)以上であることが明らかとなっているが,原告X17の推定被曝線量は,上記(3)のとおり,186. - 568 -9センチグレイ(残留放射能による被曝を最大 量は,最低でも3グレイ(300センチグレイ)以上であることが明らかとなっているが,原告X17の推定被曝線量は,上記(3)のとおり,186. - 568 -9センチグレイ(残留放射能による被曝を最大限考慮しても,192.9センチグレイ)であるから,仮に原告X17に脱毛があったとしても,それは放射線被曝に起因するものとはいい難い。仮に脱毛が生じ得るレベルの被曝をした場合は,感染症等の重大な合併症を発症し,とても歩き回り食料を調達するという行動を取ることはできないと考えられる。すなわち,3グレイ以上の被曝とは,治療を受けなければ50パーセント以上の者が30日以内に骨髄抑制によって死に至るほどの被曝である。 さらに,下痢についても,これが生じる被曝線量は,最低でも5グレイ(500センチグレイ)であることが明らかとなっており,脱毛と同様のことがいえる。 以上を総合すれば,原告X17の上記諸症状の原因については,推定放射線量を考慮してもなお,放射線以外の原因を排斥できるとはいえない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X17の申請疾患は肝硬変症(HCV陽性)と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について原告X17の申請疾患である肝硬変については,審査の方針において,原因確率等が設けられていない疾患であり,当該申請者に係る疾患等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断することになる。 原告X17の申請疾患である肝硬変については,以下のとおり,C型肝炎ウイルスによるものと考えられることから,放射線起因性は認められない。 すなわち,原告X17の健康診断個人表によれば,HCV-RNAが574kIU/ 請疾患である肝硬変については,以下のとおり,C型肝炎ウイルスによるものと考えられることから,放射線起因性は認められない。 すなわち,原告X17の健康診断個人表によれば,HCV-RNAが574kIU/mlと陽性(基準値0.5kIU/ml未満)であり,C型肝炎ウイルス(HCV)に感染していると認められる。また,同原告の認定申請書添付の申述書には「肝臓が悪いことを知ったのは,20年くらい前に受けた被爆者健康診断でした。」,- 569 -「最近は,主治医から肝硬変になっている,食道静脈瘤も出来ていると言われています。」との記載がある。 C型肝炎ウイルスに感染すると,20年で約60パーセントが肝硬変へ進展すること及び放射線被曝がその肝硬変の発症を促すとの科学的知見がないことなどから,原告X17の肝硬変についてはC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎の結果としての肝硬変である可能性が極めて高いというべきである。 この点,原告X17の通院先の医師による意見書(乙第1017号証の2)も,「C型肝炎と『被爆』の関係については不明である」としている。 したがって,原告X17の申請疾患は,同原告が感染しているC型肝炎ウイルスによるものであり,原爆放射線に被曝したことに起因するものとは認められず,放射線起因性についての高度の蓋然性は認められない。 これに対し,原告X17は,「爆心地から800メートルの近距離被爆」であり「直爆放射線により100パーセントの人が死亡するとされる800センチグレイに近い極めて高度の放射線を浴びている」のであり,この放射線量は,「Z3・東京地裁判決(同判決は「爆心地から至近の地点において多大な原爆放射線に被爆した」と判示している・同判決143頁)の示す原告Z3氏の浴びた放射線量129.24センチグレイ(被告主張の推定線量)と比べても著しく多量 判決は「爆心地から至近の地点において多大な原爆放射線に被爆した」と判示している・同判決143頁)の示す原告Z3氏の浴びた放射線量129.24センチグレイ(被告主張の推定線量)と比べても著しく多量」であり,この点に関して全く論評をしていないと主張する。 しかしながら,爆心地からの距離については,上記( )記載のとおりであ り,約1.1キロメートルである。原爆症認定申請においては,申請疾患が原爆放射線に起因するかが問題とされるべきであるところ,たとえ多量の放射線を浴びていようと,申請疾患との関係で起因性が認められなければ,要件を満たさない。そして,前述のとおり,肝硬変は,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にそ- 570 -の起因性を判断するものであるところ,Z3氏は,被曝後,約2か月間入院し,昭和20年9月20日時点での血液検査等において一定の所見が認められ,肺がん罹患等の病歴を有し,環境因子も生活歴も同じではないのであり,ある要因が似通っているからといって,他の要因も総合的に勘案する以上は,原告X17とで結論が同じになるとは限らないものである。よって,原告の主張は理由がない。 (7)小括以上のとおり,原告X17の申請疾患は,原爆の放射線との因果関係が「高度の蓋然性」の程度にまで証明されているとはいえず,被爆者援護法10条1項の要件を満たさないものであるから,本件X17却下処分は適法である。 原告X18の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X18の被爆地は,長崎市目覚町の三菱病院分院内であり,爆心地からの距離は,約1キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X18は,トラック 射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X18の被爆地は,長崎市目覚町の三菱病院分院内であり,爆心地からの距離は,約1キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X18は,トラックの荷台に乗せられて,爆心地から1キロ付近の浦上駅付近の防空壕(幅約3メートル,奥行き約4メートル)に運ばれ,同所の一番奥で3日間過ごした。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,長崎の爆心地から1000メートルの地点における初期放射線による被曝線量は797センチグレイとされており,これに建物による遮へいを考慮して遮へい係数0.7を乗じ,約558センチグレイと推定される。 - 571 -イ残留放射能による被曝線量原告X18には,上記(2)のとおり,被爆直後56時間以内に爆心地から600メートル以内の区域への立ち入った事実はなく,長崎市西山地区又は木場地区に滞在又は居住した事実も認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮をする必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 なお,AB医師らは,原告X18が爆心地より0.8キロメートルの地点に少なくとも72時間放置されて風雨やほこりにさらされた上,放射線に汚染された水を飲んでいたことが強く推認され,この間に相当量の残留放射線を浴び,内部被曝を受けたとする。しかし,原告X18の供述によれば,同原告は,上記(2)のとおり,幅3メートル,奥行き4メートルの防空壕の一番奥に寝ていたのであり,風雨やほこりにさらされたとは認められない上,放射線に汚染された水を飲んだと推認する根拠も明らかではない。また,原告X18の場合,残留放射能による被曝を考慮する必 防空壕の一番奥に寝ていたのであり,風雨やほこりにさらされたとは認められない上,放射線に汚染された水を飲んだと推認する根拠も明らかではない。また,原告X18の場合,残留放射能による被曝を考慮する必要がないことは,上記のとおりである。さらに,放射性核種によって最も高度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量で,自然放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎないから,被曝線量の推定に当たり,内部被曝を考慮する必要もない。 ウ小括以上より,原告X18の被曝線量は558センチグレイを超えることはないと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X18は,被曝後の症状として,8月13日41,2度くらいの高熱が続き,吐血,下血,嘔吐,下痢,脱毛,紫斑,歯茎からの出血があったと述べる。また,同原告は,そのころ,松島病院に入院して,医師に白血球が- 572 -増えすぎていると言われたと述べる。また,AB医師らは,特に根拠を示すことなく「原告には,典型的な急性放射線症状が出現しており」と述べる。 原告X18の推定被曝線量からすれば,これらの症状が放射線に起因する可能性は十分に考えられるが,同原告の供述のみに基づく主張であり,脱毛については,一度髪の毛が全部抜け落ちた後も,髪の毛が抜けて丸坊主になることが2回あり,髪の毛が生えそろったのは被曝後5年後に真っ白な細い髪が生えたと,放射線被曝による急性症状としての脱毛の機序とは異なった供述もしている。また,同原告の供述によれば,同原告は被爆時に病院の下敷きになり大けがをしていたのであり,高熱や白血球の増加は,放射線以外の原因を示唆するものとも考えられ,上記諸症状について,直ちに放射線被曝による急性症状であると によれば,同原告は被爆時に病院の下敷きになり大けがをしていたのであり,高熱や白血球の増加は,放射線以外の原因を示唆するものとも考えられ,上記諸症状について,直ちに放射線被曝による急性症状であると断ずることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X18の申請疾患は頸部有痛性瘢痕と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について原告X18の申請疾患である頸部有痛性瘢痕については,審査の方針において,原因確率等が設けられていない疾患であり,当該申請に係る疾患には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して判断するものとされている。 原告X18の申請疾患である頸部有痛性瘢痕については,放射線被曝が頸部有痛性瘢痕を発症させるとの科学的知見は存せず,ガラス片の摘出,排出後の硬結によるものと考えられることから,放射線起因性は認められない。 すなわち,認定申請書に添付された意見書には,「左頸部にはガラス片排出後と思はれ,皮下硬結(径5mm)あり圧痛あり。特に神経,血管を損傷するママ危険性は今のところ感じられない。」と記載されており,被爆時に受傷したと思われる頸部の創部は治癒し,その際に受傷部に迷入したガラス片も除去- 573 -されたか,あるいは皮下から排出されたものと考えられる。また,健康診断個人票に記載されているように,同部は既にX線撮影とCT検査で十分に精査され,ガラス片の残存が疑われた硬結内にガラス片の残存がないことが確認されており,皮下の線維性結合織の増殖が生じた状態であると考えられる。 このように頸部皮下の変化は,一般の外傷や異物迷入に伴う線維性結合織の増殖であり,放射線被曝によるものと考えるのは医学的に困難 認されており,皮下の線維性結合織の増殖が生じた状態であると考えられる。 このように頸部皮下の変化は,一般の外傷や異物迷入に伴う線維性結合織の増殖であり,放射線被曝によるものと考えるのは医学的に困難である。 このような状況を総合的に判断すると,原告X18の上記申請疾患について放射線起因性の高度の蓋然性は到底認められない。 (7)要医療性について原告X18の申請疾患について,認定申請書添付の意見書には「圧痛あり」と記載されているが,これは増殖した結合織に圧が加わった際に皮下の神経組織が反応する状態と思われる。同様に上記意見書には,「神経,血管を損傷する危険性は今のところ,感じられない。」と記載されており,自発痛を生じていないことからも分かるように患部周辺に重篤な病変が広がっているわけではなく,硬結の大きさも径5ミリメートルと小さい。そして,上記意見書においては,「必要な医療の内容」として,「硬結切除」とされているものの,健康診断個人票には,「特に記すべき医師の意見」として「希望すれば摘出可能」とされていることからしても,必ずしも硬結を摘出する必要性があるとは認められない。 したがって,原告X18は,要医療性を有する状態と認めることもできない。 なお,AB医師らは,自発痛及び日常的に消炎鎮痛剤を内服しているとするが(甲第1018号証の6第5・3ページ),同号証の第4の3の記載にも,同原告の陳述書にも,そのような事実は示されておらず,前提事実を誤っている。この点に関し,原告X18は,本人尋問において,陳述書には記載していなかった「さわらないとツクッツクッとするくらいで。」という感- 574 -覚と,薬の服用について述べるが,上記のような感覚がいわゆる自発痛でないことは,認定申請書添付の医師の意見書に圧痛しか記載がないところからうかがわれ ツクッとするくらいで。」という感- 574 -覚と,薬の服用について述べるが,上記のような感覚がいわゆる自発痛でないことは,認定申請書添付の医師の意見書に圧痛しか記載がないところからうかがわれる上,薬の服用については「痛み止めに」と言いつつ,「血の流れがいいのと,胃の薬と,なんか覚え切れませんけど,いっぱい飲んでますよ。」と述べており,消炎鎮痛剤の処方が上記意見書の「必要な医療の内容」にも記載されていないことも併せ考えると,原告X18が消炎鎮痛剤を内服していると認めることはできない。 (8)小括以上のとおり,原告X18の申請疾患は,原爆の放射線との因果関係が「高度の蓋然性」の程度にまで証明されているとはいえず,要医療性もなく,被爆者援護法10条1項の要件を満たさないものであるから,本件X18却下処分は適法である。 原告X19の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X19の被爆地は,長崎市大浦町の自宅付近の防空壕の近くであり,爆心地からの距離は,約3.8キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X19は,原爆投下の翌日から2ないし3日の間,浜口町(爆心地からおよそ400メートル)の親戚の安否を確かめるため,上記自宅付近の防空壕から浜口町まで,防空ずきんを被り靴を履いて徒歩で往復した。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて別表9によって定められるところ,長崎の爆心地から2500メートルの地点における被曝線量は2センチグレイであり,それ以遠は記載されていない。これは,2500メートルを超える地点ではほとんど影響がな- 575 -いものと考えられるからであるが,念のため,爆心地から3.8キロメートルの地点において被爆し り,それ以遠は記載されていない。これは,2500メートルを超える地点ではほとんど影響がな- 575 -いものと考えられるからであるが,念のため,爆心地から3.8キロメートルの地点において被爆した原告X19の初期放射線による被曝線量は2センチグレイ未満と推定するものとする。 イ残留放射能による被曝線量原告X19は,上記(2)のとおり,被爆後,爆心地からの距離が約400メートルの浜口町まで立ち入ったと供述するが,爆心地から400メートルの地点に原爆爆発後16時間経過後に立ち入った場合の残留放射線被曝線量は0であるところ(審査の方針別表10),同原告が浜口町に立ち入ったのは,原爆爆発の翌日以降であり,8月9日午前11時2分の原爆爆発後16時間経過後(同月10日午前3時2分以降)と認められる。また,同原告が長崎市西山地区又は木場地区に滞在又は居住した事実も認められない。したがって,同原告について誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第1,4,2)及び3))。 AB医師らは,原告X19が7歳という放射線感受性の高い年齢であったことと,被曝前は健康であったのに被曝後急にさまざまな疾病に悩まされることになったことから,同原告が相当の線量の放射線に被曝したとするようであるが,放射線感受性が高いから被曝線量が高いということにはならない上,原爆投下前後で健康状態が変わったことの原因は様々な要因が考えられるのであり,何ら鑑別点を示すことなしにその原因は放射線による被曝しかないと断ずることができない。 ウ小括以上より,原告X19の推定被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X19は,両手,両腕に発疹ができ,膿が出てくるようになったと述- 576 -べ,AB医師らは,急性症 り,原告X19の推定被曝線量は2センチグレイ未満と推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X19は,両手,両腕に発疹ができ,膿が出てくるようになったと述- 576 -べ,AB医師らは,急性症状として「8月15日すぎ原因不明の皮疹」を挙げているが,かかる症状が放射能に起因する症状であるとの科学的知見はない。 また,白血球減少については,昭和60年ころは安定しており,昭和62年7月の時点で白血球減少と言われたと述べることからすれば,その時期からして,放射線による被曝に起因する症状とは考えられない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X19の申請疾患は甲状腺機能低下症と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について原告X19の申請疾患である甲状腺機能低下症については,審査の方針において,原因確率等が設けられていない疾患であり,当該申請に係る疾患には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して判断することになる。 原告X19の推定被曝線量は,上記(3)において述べたとおり,同原告の被爆状況からすれば,2センチグレイ未満と推定される上,上記(4)のとおり,同原告に放射線被曝による急性症状が発症したとは認められない。したがって,原告X19の甲状腺機能低下症については,原爆放射線に起因する可能性を認めることはできない。 なお,原告らは,甲状腺疾患についても起因性を強く示唆する医学的知見や調査結果があると主張するが,そもそも,この主張は原告X19が一定量の放射線を浴びたことを前提とするところ,原告X19の被曝線量は2センチグレイ未満と推定されるから,原爆放射線に起因する可能性は認められない。 また,認定申請書添付の意見書の 張は原告X19が一定量の放射線を浴びたことを前提とするところ,原告X19の被曝線量は2センチグレイ未満と推定されるから,原爆放射線に起因する可能性は認められない。 また,認定申請書添付の意見書の医師の意見も,「甲状腺機能低下症が原子爆弾の放射能に起因している可能性はある。」というが,なんら根拠を示- 577 -していない上,可能性があるとしてもどの程度なのか不明であり,これをもって放射線起因性の高度の蓋然性を認めることは到底できない。 (7)小括以上のとおり,原告X19の申請疾患は,原爆の放射線との因果関係が「高度の蓋然性」の程度にまで証明されているとはいえず,被爆者援護法10条1項の要件を満たさないものであるから,本件X19却下処分は適法である。 原告X27の申請疾患に放射線起因性が認められないこと(1)被爆状況原告X27は,長崎市稲佐町の自宅内で被爆したものであり,爆心地からの距離は,約2.2キロメートルである。 (2)被爆直後の行動原告X27は原爆投下の日から自宅付近の防空壕で7日間過ごした。 (3)推定被曝線量ア初期放射線による被曝線量初期放射線による被曝線量は,被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて審査の方針別表9によって定められるところ,長崎の爆心地から2200メートルの地点における初期放射線による被曝線量は6センチグレイとされており,原告X27は家の中において被爆したというのであるから,原告X27の初期放射線による被曝線量は,遮へい係数0.7を乗じ,4. 2センチグレイと推定される。 イ残留放射能による被曝線量原告X27は,上記のとおり,原爆爆発後56時間以内に爆心地から600メートル以内の区域へ立ち入った事実はなく,長崎市西山地区又は木場地区に滞在又は居住した事実も認められないことから,誘導放 曝線量原告X27は,上記のとおり,原爆爆発後56時間以内に爆心地から600メートル以内の区域へ立ち入った事実はなく,長崎市西山地区又は木場地区に滞在又は居住した事実も認められないことから,誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要はない(審査の方針第- 578 -1,4,2)及び3))。 なお,AB医師らは,原告X27が配給のおにぎりを真っ黒な手で食べ,畑で採った生のかぼちゃをそのまま食べていることから,土壌の放射線汚染も予想され,摂食による内部被曝が否定できないとするが,同原告は,おにぎりは腐っていて食べられなかった旨供述しており,前提事実を誤っている。また,土壌の放射線汚染がかぼちゃに影響を及ぼすには,原爆投下後相応の日数が必要であると考えられることから,原爆投下後近接した日時のかぼちゃの摂食をもって土壌汚染による内部被曝の可能性があるとすることもまた,前提事実を誤っているといわざるを得ない。また,広島の己斐,高須地区,長崎の西山地区といった限定された地区以外の地域においては放射性降下物による残留放射線被曝を考慮する必要がなく,審査の方針別表10における残留放射線の算定が正当であり,長崎においては,少なくとも爆心地から600メートル以内に,遅くとも原爆爆発後56時間以内に入市しなければ,誘導放射能による残留放射線被曝線量を考慮する必要がなく,放射性核種によって最も高濃度に汚染された長崎の西山地区の被爆者でさえ,水・食物・ほこりなどから摂取した放射性核種による内部被曝は,最大限に見積もったとしてもごく微量であり,自然放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎない。 したがって,土壌の放射線汚染による被曝や食物からの内部被曝を考慮する必要はなく,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X27 放射線による被曝線量の1万分の1以下にすぎない。 したがって,土壌の放射線汚染による被曝や食物からの内部被曝を考慮する必要はなく,AB医師らの上記意見は失当である。 ウ小括以上より,原告X27の被曝線量は,4.2グレイを超えることはないと推定される。 (4)被爆後の身体状況原告X27は,同原告本人尋問において,頭痛,倦怠感,下痢,脱毛があったように述べ,AB医師らもこれを前提としているが,認定申請添付の申- 579 -述書(乙第1027号証の1の2)及び訴状添付の「被害の概要」においては,急性症状の記憶はないと明確に述べているから,これらの症状があったと認めることははできない。また,下痢は,被爆直後の栄養障害,過酷な肉体労働及び精神的ストレスを受けるなどの異常環境要因によっても起こりうることは被告らが従前繰り返し主張しているとおりである一方,被曝による急性症状としての下痢が生じる被曝線量は,最低でも5グレイ(500センチグレイ)以上である。しかるに,原告X27の被曝線量が,上記のとおり4.2センチグレイと推定されることからすると,同原告の下痢は,およそ放射線被曝に起因するものということはできない。他の症状についても,それがどのようなものであったか明らかではない上,他の要因によっても起こるものであること及び被曝による急性症状としての症状とするには被曝線量が4.2グレイと推定されることからしておよそ放射線被曝に起因するものということはできないことは下痢の場合と同様である。 また,1946年ころに歯茎の出血があったと述べているが,急性症状を発生させる線量を受けていないこと及び急性症状の発症時期いずれの面から見ても,この歯茎からの出血は急性症状とは認められない。 以上のとおり,原告X27に放射線被曝による急性症状が発症したと認めるこ 発生させる線量を受けていないこと及び急性症状の発症時期いずれの面から見ても,この歯茎からの出血は急性症状とは認められない。 以上のとおり,原告X27に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることはできない。 (5)放射線起因性について判断すべき疾患原告X27の申請疾患は甲状腺機能低下症と認められる。 (6)申請疾患の放射線起因性の判断について原告X27の申請疾患である甲状腺機能低下症については,審査の方針において,原因確率等が設けられていない疾患であり,当該申請に係る疾患には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して判断するものとされている。 - 580 -原告X27の被曝線量は,(3)において述べたとおり,同人の被曝状況からすれば,4.2センチグレイと推定される。この線量は,医療現場で日常的に行われているX線CT検査による被曝線量と同程度ないしはこれを下回る値であり,このような微量の被曝と甲状腺機能低下症の発症との因果関係を認めることは到底できないというべきである。そして,原告X27に放射線被曝による急性症状が発症したと認めることができないことは,上記(4)で主張したとおりであり,その他原告X27の既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮しても,同原告の甲状腺機能低下症が放射線被曝に起因して発症した高度の蓋然性を認めるに足りる事情は認められない。 したがって,原告X27の甲状腺機能低下症については,原爆放射線に起因する可能性を認めることはできない。 (7)小括以上のとおり,原告X27の申請疾患は,原爆の放射線との因果関係が「高度の蓋然性」の程度にまで証明されているとはいえず,被爆者援護法10条1項の要件を満たさないものである はできない。 (7)小括以上のとおり,原告X27の申請疾患は,原爆の放射線との因果関係が「高度の蓋然性」の程度にまで証明されているとはいえず,被爆者援護法10条1項の要件を満たさないものであるから,本件X27却下処分は適法である。 第11原告らの国家賠償請求について以上に述べたとおり,被告厚生労働大臣は,審査の方針に基づいて放射線起因性の有無を判断しているものであるが,これは科学的かつ合理的な根拠に基づくものである。そして,本件原告らに対する本件各処分も,審査の方針に基づいて適正に行われたものであって,その判断に誤りはない。したがって,本件各処分について国家賠償法上の違法の問題が生じる余地はなく,原告らの国家賠償請求に理由がないことは明らかである。 以上

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