主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求(1,2及び4が45号事件,3が47号事件に係る請求である。) 1 被告法務大臣が,原告に対して平成14年3月11日付けでした難民の認定をしないとの処分を取り消す。 2 被告法務大臣が,原告に対して平成14年6月4日付けでした出入国管理及び難民認定法61条の2の4に基づく異議の申出は理由がないとの裁決を取り消す。 3 被告法務大臣が,原告に対して平成14年6月5日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出は理由がないとの裁決を取り消す。 4 被告名古屋入国管理局主任審査官が,原告に対して平成14年6月5日にした退去強制令書の発付を取り消す。 第2 事案の概要(以下,年号は,本邦において生じた事実については元号を先に,本邦外において生じた事実については西暦を先に表記し,日付については現地時間に基づく。また,国名は,慣用例により適宜略記する。)本件は,アフガニスタン国籍を有する原告が,被告法務大臣(以下「被告大臣」という。)に対して難民認定申請をしたところ,同被告が難民の認定をしない処分をした上,これに対する異議の申出も理由がないとの裁決をし,次いで,原告に不法入国の退去強制事由がある旨の入国審査官の認定に誤りがないとの特別審理官の判定に対してした異議の申出も理由がないとの裁決をしたため,同被告に対してこれらの取消しを求め,さらに,後者の裁決に基づいて,被告名古屋入国管理局主任審査官(以下「被告主任審査官」という。)が原告に対する退去強制令書を発付したため,同被告に対してその取消しを求めた事案である。 1 争いのない事実等(証拠等による認定事実の場合は,末尾にその根拠となった当該証拠等を掲記する。)(1) が原告に対する退去強制令書を発付したため,同被告に対してその取消しを求めた事案である。 1 争いのない事実等(証拠等による認定事実の場合は,末尾にその根拠となった当該証拠等を掲記する。)(1) アフガニスタンの国情ア 1990年代の内戦までの経緯アフガニスタンは,パシュトゥン人,タジク人,ハザラ人,ウズベク人その他の少数民族から成る多民族国家であり,1919(大正8)年に英国保護領から独立した後,1973(昭和48)年に王制から共和制に移行し,さらに共産主義政権が成立したが,政局は安定せず,1979(昭和54)年の旧ソ連軍の軍事介入とこれに反発するイスラム教徒から成るムジャヒディーン(イスラム聖戦士たち)各派によるゲリラ戦,1989(平成元)年の旧ソ連軍の撤退を経て,1992(平成4)年,ムジャヒディーンが同政権を打倒し,ブルハヌディン・ラバニ(以下「ラバニ」という。)が大統領に就任した。しかし,ほどなくして,ムジャヒディーン各派が覇権を巡って抗争を繰り返すようになり,内戦状態となった。 イタリバーンの台頭と国土制圧混乱の中,相対的多数派民族であるパシュトゥン人によって主に構成され,ムッラー・ムハマド・オマル(以下「オマル」という。)の指導の下でスンニ派イスラム原理主義政権の樹立を目指すタリバーン(「求道者たち」あるいは「神学生たち」を意味する。)が,1994(平成6)年ころから台頭し,1996(平成8)年9月末には首都カブルを制圧して暫定政権の樹立を宣言し,その後も軍事攻勢によって勢力拡大を続けた。 これに対し,ラバニ派(タジク人中心),カリリ派(ハザラ人中心),ドスタム派(ウズベク人中心)などの反タリバーン勢力は,北部の都市マザリ・シャリフを拠点に北部同盟を結成して抵抗したが,タリバーンは,1998(平成10)年8月こ 中心),カリリ派(ハザラ人中心),ドスタム派(ウズベク人中心)などの反タリバーン勢力は,北部の都市マザリ・シャリフを拠点に北部同盟を結成して抵抗したが,タリバーンは,1998(平成10)年8月ころ,同市に大攻勢をかけて陥落させ(その直後にハザラ人を中心に多数の者が虐殺された。),その後も攻勢に出て1999(平成11)年までに国土の大半を支配するに至った。 ウタリバーン政権の崩壊と新政権の樹立2001(平成13)年9月11日,米国でいわゆる同時多発テロ事件が発生したのを契機に,米英軍は,同年10月7日,その首謀者と目されたウサマ・ビンラディンの引渡しを拒否したタリバーン政権に対して,軍事攻撃を開始し,北部同盟も米国の支援を受けて攻勢に転じた。 タリバーン政権は,同年11月13日には首都カブルを放棄して組織としては事実上崩壊し,これを受けて,国連主導により同月27日から同年12月5日にかけてドイツのボンで開催されたアフガニスタン代表者会合の結果,同月22日,ハミド・カルザイ(以下「カルザイ」という。)を議長とするアフガニスタン暫定行政機構が発足し,さらに,2002(平成14)年6月に開催された緊急ロヤ・ジルガにおいて,カルザイ暫定政権議長が国家元首である大統領に選出されて,ハザラ人の閣僚を含むアフガニスタン・イスラム移行政権(以下「カルザイ政権」という。)が樹立された。 (2) 原告の身上と本邦への入国原告は,1974(昭和49)年1月4日,カブルで出生したアフガニスタン国籍を有する外国人で,平成13(2001)年10月14日,旅券を所持することなく東京付近の港に到着し,本邦に入った。 (3) 本邦における原告の行政関係等の手続ア難民認定申請と不法入国容疑事件の立件原告は,平成13(2001)年11月7日,大阪入国管理局(以 することなく東京付近の港に到着し,本邦に入った。 (3) 本邦における原告の行政関係等の手続ア難民認定申請と不法入国容疑事件の立件原告は,平成13(2001)年11月7日,大阪入国管理局(以下「大阪入管」という。)において,同人がハザラ人であるために,アフガニスタンを実効支配していたタリバーン政権によって迫害を受けるおそれがあることを理由として,被告大臣に対し,出入国管理及び難民認定法(以下,法律名を示すときは「入管難民法」と,章名又は条文を示すときは単に「法」という。)61条の2第1項に基づく難民の認定を申請した(甲1,2の1・2,乙13,16。以下「本件難民申請」という。)。 他方,大阪入管入国警備官は,同月12日,原告を法24条1号(不法入国)該当容疑で立件した(乙13)。 イ難民調査官による調査と難民不認定処分被告大臣は,平成13(2001)年11月16日,同年12月13日及び平成14(2002)年1月8日の大阪入管難民調査官による3度の調査(乙1ないし3)を経て,同年3月11日付けで,原告に対して難民の認定をしないとの処分をした(甲5,乙13,17。以下「本件不認定処分」という。)。 ウ大阪入管による退去強制事由の調査と名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)への移管大阪入管入国警備官は,平成14(2002)年1月28日及び同年2月26日,同入管茨木分室において不法入国容疑で原告の違反調査をした(乙6,7,13)が,原告は,前後する同月21日,居住地を大阪府堺市から愛知県安城市に移して,同市に外国人登録の申請をした(乙14,15)。 大阪入管は,同年3月8日,原告に対する上記容疑事件を名古屋入管に移管した(乙13)。 エ退去強制容疑に基づく収容と退去強制事由の認定名古屋入管入国警備官は,平成14( した(乙14,15)。 大阪入管は,同年3月8日,原告に対する上記容疑事件を名古屋入管に移管した(乙13)。 エ退去強制容疑に基づく収容と退去強制事由の認定名古屋入管入国警備官は,平成14(2002)年4月10日,法39条1項に基づき,原告が法24条1号(不法入国)に該当すると疑うに足りる相当な理由があるとして,被告主任審査官から発付を受けた同月9日付け収容令書を執行して,原告を名古屋入管収容場に収容する(乙20)とともに,違反調査を実施し(乙8),翌11日,法44条に基づき,調書及び証拠物とともに原告を名古屋入管入国審査官に引き渡した(乙21)。 名古屋入管入国審査官は,同月12日及び同月25日,上記容疑事実について審査した(乙9,10)結果,同日付けで原告が法24条1号に該当する旨認定し,そのころ,これを原告に通知した(乙13,22)。 オ原告の不服申立て等と被告大臣の裁決(ア) 本件不認定処分は,前後する平成14(2002)年4月10日,原告に通知されたが,原告は,これを不服として,同日,法61条の2の4に基づき,被告大臣に対して異議を申し出た(甲5,乙13,17,18。以下「本件難民異議申出」という。)。 (イ) また,原告は,同月25日付けの法24条1号に該当する旨の名古屋入管入国審査官の認定を不服として,同日,法48条1項に基づき,名古屋入管特別審理官に対し口頭審理を請求した(乙10)ので,同特別審理官は,同年5月10日,口頭審理を行い(乙11),その結果,上記認定は誤りがない旨判定し,これを原告に通知した(乙23)ところ,原告は,同日,法49条1項に基づき,被告大臣に対して異議を申し出た(乙13,24。以下「本件退去異議申出」という。)。 (ウ) 被告大臣は,本件難民異議申出について,同年5月9日及び同月21日 ,原告は,同日,法49条1項に基づき,被告大臣に対して異議を申し出た(乙13,24。以下「本件退去異議申出」という。)。 (ウ) 被告大臣は,本件難民異議申出について,同年5月9日及び同月21日に行われた名古屋入管難民調査官による調査(乙4,5)を受けて,同年6月4日付けで理由がない旨裁決し(甲7,乙19。以下「本件不認定裁決」といい,本件不認定処分と併せて「本件不認定処分等」という。),同月5日,これを原告に通知した(乙13)。 (エ) また,被告大臣は,本件退去異議申出について,前後する同年5月21日の名古屋入管特別審理官による口頭審理の補充調査(乙12)の結果,法49条3項に基づき,同年6月5日付けで理由がない旨裁決した(以下「本件退去裁決」という。)上,法務省入国管理局長,名古屋入国管理局長を経由してこれを被告主任審査官に通知した(乙13,25)。 カ退去強制令書の発付と執行被告主任審査官は,平成14(2002)年6月5日,本件退去裁決を原告に通知する(甲8,乙13,26)とともに,原告に対して,送還先をアフガニスタンとする退去強制令書を発付し(以下「本件発付処分」といい,本件不認定処分等及び本件退去裁決と併せて「本件各処分」という。),名古屋入管入国警備官が,同日,これを執行して原告を収容し,同年7月3日,入国者収容所西日本入国管理センターに移収した(乙13,27)。 キ仮放免原告は,平成14(2002)年8月ころを含め,数度にわたり仮放免を申請した(甲9ないし14,弁論の全趣旨)ところ,同年9月3日の45号事件の提起及び同月5日の47号事件に係る請求の追加的併合(当裁判所に顕著な事実)後である同年10月29日,これを許可された。 2 本件の争点及びその前提問題(前提問題)判決自体の条約適合性の要否(本件各処分の 同月5日の47号事件に係る請求の追加的併合(当裁判所に顕著な事実)後である同年10月29日,これを許可された。 2 本件の争点及びその前提問題(前提問題)判決自体の条約適合性の要否(本件各処分の適否の判断基準時)(争点)(1) 本件不認定処分等の手続的適否(2) 本件不認定処分等の実体的適否ア 「迫害を受けるおそれ」の意義イ原告の難民性の有無(3) 本件退去裁決の適否(4) 本件発付処分の適否 3 争点及び前提問題に関する当事者の主張(1) 前提問題-判決自体の条約適合性の要否(本件各処分の適否の判断基準時)について(原告の主張)訴訟の口頭弁論終結時において,難民が送還先において迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する客観的状況がある場合,退去強制令書発付の適法性を追認し,当該難民を送還させることになる判決は,それ自体がいわゆるノン・ルフルマン原則を定めた難民の地位に関する条約(以下「難民条約」という。)33条1項に違反するものとして違法である。 したがって,仮に本件各処分時においてそれらが適法であったとしても,アフガニスタンにおいては,2003(平成15)年8月ころからタリバーンによる事件が相次いでおり,国連難民高等弁務官事務所(以下「UNHCR」という。)等の非武装中立の組織に対しても攻撃を拡大させるなど,タリバーンが組織として復活を遂げたのが確実であるほか,カルザイ政権もその懐柔に動いているような不安定な状況にある口頭弁論終結時にあって,本件各処分を追認し,原告を同国に送還させることになる判決は違法である。 このような場合,事情判決との対比において,主文においては本件各処分の適法性を確認しつつ,請求を認容してこれらを取り消すことも可能というべきである。 (2) 本件不認定処分等の手続的適否( ある。 このような場合,事情判決との対比において,主文においては本件各処分の適法性を確認しつつ,請求を認容してこれらを取り消すことも可能というべきである。 (2) 本件不認定処分等の手続的適否(争点(1))について(原告の主張)ア難民性の立証責任の所在難民認定手続において,難民であることの立証責任は,難民性を主張する者が全面的に負うとされているが,難民認定申請者は,命をかけて着の身着のままで逃れ来る者で,生きることそれ自体の確保を優先させなければならず,また,国籍国との決別の表明である難民認定申請は最後の最後まで遅らせるのが通常であるから,転々とする間にも生活必需品以外はほとんど喪失するなり処分するなりしてしまい,難民性立証のための資料としては本人の窮状そのもの以外にはないことが常態である。被告らは,我が国が資料を収集することの困難性を主張するが,そのような事情は申請者としても同様であり,むしろ,行政側が発達した通信機構を利用したり,国際機構を通じたり,多数の職員を動員して情報を収集し分析できることと比較すれば,申請者の方がより困難というべきである。 また,申請者は,異国の法制度や行政手続に関する知識を持たず,高度の立証活動に対応できるはずもなく,特に我が国の難民認定申請期間が60日に制限されている下では十分な立証資料を収集することが期待できないこと,難民認定官(被告ら及び難民調査官)は,難民の国籍国(無国籍者の場合には常居所国。以下併せて「国籍国等」という。)にまず行ったことがなく,その国の事情に疎いのが通常で,迫害を実感してもらうのが非常に困難であることからすれば,申請者に対して難民該当性を完全に証明する証拠の提出を求めるのは,結局ほとんど不可能を強いるものである。 申請者は,資料収集能力,法律その他の知識,立証活動 らうのが非常に困難であることからすれば,申請者に対して難民該当性を完全に証明する証拠の提出を求めるのは,結局ほとんど不可能を強いるものである。 申請者は,資料収集能力,法律その他の知識,立証活動能力のあらゆる点において,行政側と比べて圧倒的に劣っているのであり,弾劾的当事者構造を強調するのは実質的には難民を保護しないに等しいから,難民性の立証責任は,難民認定手続の構造に沿った形で,通常の裁判におけるそれよりも緩和されるべきである。 したがって,申請者の陳述により,申請者がその主観において迫害の下にあると一応うなずけるだけの立証がされれば,これを覆すに足りる明白な根拠が示されない限り,難民性を否定することは許されず,疑わしきは申請者の利益に帰せしめるのが相当である。仮に申請者の陳述以外の資料の不足により真偽不明の状態が生じた場合,これを申請者の不利益に帰せしめることは許されない。 なお,本来難民でない者まで難民扱いすることになる可能性は,難民条約及び難民の地位に関する議定書(以下「難民議定書」といい,難民条約と併せて「難民条約等」という。)を締結したことの合理的コストとして甘受すべきものである。 イ原告の言語能力と通訳の不適正ハザラギ語は,一般にはアフガニスタンの公用語であるダリ語の方言とされるが,類似点は5割程度ともいわれており,文字表記はなく口伝のみで継承されていることから,部族単位でも多種多様に異なる。原告は,ハザラギ語を母語とし,他民族の者との会話による実用を通じてダリ語も話すことはできるが,教育を受けていないため敬語表現のダリ語は話せず,ペルシア語は,話し方にもよるものの,ある程度聞いて理解することはできても,発話能力はほとんど無い。 本件難民申請に係る原告に対する調査は,すべてペルシア語で発問され,原告がダリ ダリ語は話せず,ペルシア語は,話し方にもよるものの,ある程度聞いて理解することはできても,発話能力はほとんど無い。 本件難民申請に係る原告に対する調査は,すべてペルシア語で発問され,原告がダリ語で回答する方式で行われたものであるが,ペルシア語通訳人が仕事欲しさにダリ語も通訳可能と述べる場合も見受けられるといわれているところ,本件でも通訳人が原告の発するダリ語を理解し得たかは疑問が残り,供述内容に照らしても誤訳したとしか考えられない部分も多く,原告の供述を録取したものとはいえない。 また,本件難民異議申出に係る調査においては,ペルシア語より若干原告が理解しやすいといえるダリ語が使用されたこともあったが,その際に通訳人として充てられたaはパシュトゥン人であるところ,原告を迫害してきたタリバーンを構成する民族の通訳人を付ければ,原告としては話すべきことを話せないのは当然である。しかるに,被告らは,同氏がパシュトゥン人であることを告知した上で通訳人としてよいかを原告に尋ねておらず,通訳人の排除請求権も告知しなかったため,原告は,平成14(2002)年5月10日の特別審理官による口頭審理の際にaがパシュトゥン人に偏した発言をし,原告に賄賂を要求するまで,同人がパシュトゥン人であることに気付かなかった。これらの事実は,正しい通訳が行われなかったとの疑いを抱かせ,難民認定手続全体の信頼性を疑わしめるものである。 本件難民申請に係る手続は,行政手続の性質に応じて適正手続の保障を及ぼす憲法31条に明らかに反し,違法であるから,本件不認定処分等は取り消されるべきである。仮に,同条に違反しないとしても,その際の供述の信用性や証拠価値は著しく減殺され,調書類はすべて証拠として採用すべきでなく,殊に原告に不利に用いることは許されない。 ウ合理的調査の れるべきである。仮に,同条に違反しないとしても,その際の供述の信用性や証拠価値は著しく減殺され,調書類はすべて証拠として採用すべきでなく,殊に原告に不利に用いることは許されない。 ウ合理的調査の欠如被告大臣は,迫害を受けるおそれについて「立証する具体的な証拠がない」などと説明するが,日本国政府は,難民認定申請者に証拠収集する機会を与えることもなく,いたずらに長期にわたる拘禁を続けている現状について,UNHCRから懸念を表明されているほどである。法61条の2の3によれば,国家は,その後見的作用によって難民性の立証を緩和すべきであるところ,原告は,本件難民申請時から,一貫してハザラ人であると供述し,証拠として提出できるものはすべて提出しているにもかかわらず,被告らは,原告の難民該当性の判断に際していかなる合理的調査を尽くしたかについて明らかにすることを拒んでおり,被告大臣が合理的な調査を行ったことの立証はない(本件不認定処分等の後に作成された証拠を,本件不認定処分等の適法性を基礎付けるために援用することは許されない。)から,本件不認定処分等は違法である。 エ理由付記の欠如難民条約等に基づく国の義務を履行するための難民認定手続において,行政庁の判断の慎重・合理性を担保し,申請者の争訟提起の便宜を図るという目的の理由付記の程度については,被告大臣に裁量判断の余地はなく,その判断を誤った場合には申請者の生命,身体,自由に重大な危険を生じさせ,言わば死刑判決を下すような結果を生じさせるから,種々の行政処分の中でも刑事手続に準じた慎重な判断が必要であり,これを担保するために手続的保障が要請され,具体的な理由が明示されるべきである。 しかして,その程度としては,特段の事情がない限り,判断の根拠となった法条及び具体的事実を示し,さらに,当 要であり,これを担保するために手続的保障が要請され,具体的な理由が明示されるべきである。 しかして,その程度としては,特段の事情がない限り,判断の根拠となった法条及び具体的事実を示し,さらに,当該具体的事実を裏付ける証拠資料の有無,証拠資料がある場合はそこから事実を導いた評価手法や推論の過程,証拠資料がない場合は証拠資料を獲得すべく行った調査の具体的内容(目的,期間,程度その他)を明らかにすべきである。 したがって,単に「迫害を受けるおそれがあるという申立ては証明され」ないとした本件不認定処分や,「難民の認定をしないとした原処分の判断に誤りは認められず,他に,貴殿が難民条約上の難民に該当することを認定するに足りるいかなる資料も見出し得なかった」とする本件不認定裁決には,「難民条約上の難民に該当しない」と判断された具体的理由が実質的に何ら明示されていないから,憲法13条,31条の要請する程度の理由の付記がされていない違法がある。 (被告らの主張)ア難民性の立証責任の所在原告の主張アのうち,難民認定手続において,法61条の2第1項の申請の立証責任が難民認定申請者にあることは認めるが,その余は争う。 いかなる手続を経て難民の認定がされるべきかについては,難民条約等にも規定がないことから,これらを締結した各国の立法政策に委ねられていると解されるところ,我が国の難民認定手続を規定する法61条の2第1項が,被告大臣は,申請者の「提出した資料に基づき」難民認定を行うことができると定め,法61条の2の3第1項が,被告大臣は,申請者より「提出された資料のみでは適正な難民の認定ができないおそれがある場合その他……必要がある場合には,難民調査官に事実の調査をさせることができる。」と定めていることから明らかなとおり,難民認定申請者は,まず,自ら難 料のみでは適正な難民の認定ができないおそれがある場合その他……必要がある場合には,難民調査官に事実の調査をさせることができる。」と定めていることから明らかなとおり,難民認定申請者は,まず,自ら難民条約等に列挙された事由を理由として,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」ことを認めるに足りるだけの資料を提出することが必要である。このことは,難民認定を受けていることが他の利益的取扱いを受けるための要件となっていて(法61条の2の5,61条の2の6,61条の2の8),難民認定処分は授益処分とみるのが相当であること,難民該当性の判断の対象とされる諸事情が,事柄の性質上,外国でしかも秘密裡にされたものであることが多く,その事情を我が国が有権的かつ当然に把握できるものではなく,その資料の収集は不可能に近いことからも明らかである。 イ通訳の適正原告の主張イは争う。 難民認定に係る事実の調査を行うために通訳人が必要とされる場合,名古屋入管においては,能力及び人物評価をして選んだ名簿等の中から,過去数年間の実績を調査し,申請者と利害関係のない者等適当な通訳人を選定した上,申請者から当該通訳人を忌避する旨の申立てがない限り通訳人として使用することとしており,本件難民異議申出に係る事実調査に際しても,同様の手続により選定したアフガニスタン人の通訳人aについて,調査日の10日以上前に原告に確認して問題ない旨の回答を得たし,その後も忌避する旨の申立てがなかったことから,同人を通訳人としたものである。したがって,名古屋入管難民調査官は,通訳人の選定につき適正な手続を踏んでいる。 しかも,aは,純粋のパシュトゥン人ではなく,パシュトゥン人と他の民族を親に持つ混血のアフガニスタン人で,また,既に20年以上も我が国に在留していてタリ 通訳人の選定につき適正な手続を踏んでいる。 しかも,aは,純粋のパシュトゥン人ではなく,パシュトゥン人と他の民族を親に持つ混血のアフガニスタン人で,また,既に20年以上も我が国に在留していてタリバーンと関係があるとは考えられない上,調査を実施した平成14(2002)年5月9日当時のアフガニスタンは,後述のとおりタリバーンが崩壊している状況でもあったから,このような状況の下で,タリバーンと無関係のパシュトゥン人を通訳人として使用しても,本件難民異議申出に係る事実の調査手続に何の問題も生じない。 原告は,aが原告に金品まで要求している旨主張するが,同人による各調査当日に原告がその旨を申し立てなかったことからすれば,かかる金品要求の事実があったとは認められないし,後日にされた要求であるとすれば,通訳の適正とは無関係であって,何ら調査手続の適法性を損なうものではない。 本件難民異議申出に係る事実調査は,aと別の日本人通訳人を介して2回行っており,供述内容も同一であるから,aを通訳としたことによる本件不認定裁決の結果への影響も全くなかったことは明らかであって,通訳人の選定について,何ら手続的違法はない。 ウ調査実施の裁量性原告の主張ウのうち,UNHCRから庇護希望者の拘禁に関する懸念が表明されたことは認めるが,その余は争う。 そもそもUNHCRの懸念の表明には法的拘束力がなく,我が国が庇護希望者を収容したからといって難民条約等に違反することにはならない(原告の場合については,国際法及び国内法に従った適切な措置であった。)。 申請者の立証が十分でないとして難民の認定をしないこととなるのは,合理的な調査を十分に尽くしても難民該当性が判然としないような場合であるが,法61条の2の3が事実の調査権限を被告大臣に付与しているのは,無資格者を誤 でないとして難民の認定をしないこととなるのは,合理的な調査を十分に尽くしても難民該当性が判然としないような場合であるが,法61条の2の3が事実の調査権限を被告大臣に付与しているのは,無資格者を誤って難民と認定すれば,事実確認を基礎とする制度の意義を失わせることになりかねないため,一定の限度で実体的真実を解明することが適正な処分を行うために必要と考えられるところ,申請者が自己に不利益な資料を進んで提出することは想定できないことから,専門的知識を有する難民調査官において,申請書や提出資料について申請者に説明を求めるなどし,その供述態度をも直接確認して心証を得るための権限を法的に明確にしたものであって,難民調査官に調査をさせる職務上の法的義務を被告大臣に課したものではない。 原告についても,以上の意味において十分に合理的な調査を尽くした結果,難民該当性が認められなかったものである。 エ理由付記の十分性原告の主張エのうち,法律が行政処分に理由付記を要求しているのは,処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであることは認めるが,その余は争う。 理由付記に当たり,どの程度の記載をすべきかは,処分の性質と理由付記を命じた各法律の趣旨・目的に照らしてこれを決定すべきものであるところ,難民不認定処分の場合,難民性の立証責任は申請者が負うと解されるから,処分の前提として明らかにすべき一定の事実関係が存在せず,申請者の申立てを立証する具体的な証拠がないとの理由付記しかできない場合もあり得るのであり,事実関係を認定する心証形成経過まで付記することを法が要求しているとは解されない。 しかして,本件不認定処分の理由は,原告に交付された通知書の理由欄の記載を見 しかできない場合もあり得るのであり,事実関係を認定する心証形成経過まで付記することを法が要求しているとは解されない。 しかして,本件不認定処分の理由は,原告に交付された通知書の理由欄の記載を見れば,難民該当性について立証する具体的証拠がないというものであったことが明白であり,何ら不明確なものではなく,処分庁の恣意を抑制し,原告に対して不服申立ての便宜を提供するという要請を満たしていると認められるから,理由付記の程度としては十分であって,何らの違法もない。本件不認定裁決についても,その理由中で,被告大臣が,原告から本件難民異議申出を受けて,本件難民申請について再検討し,本件不認定処分における判断に誤りがないと認定し,さらに異議申出以後に提出されたその他の資料について検討しても,原告の主張する難民該当性を立証するいかなる資料もなかった旨判断しており,その結論に達した過程を明らかにしているから,違法はない。 (3) 「迫害を受けるおそれ」の意義(争点(2)ア)について(原告の主張)国籍制度が世界全体で認められたのは,人はその国籍国においてこそ最もよく保護され,人権等の保障を受けられるという思想に合理性があったからであり,難民としても,「迫害」がなくなれば国籍国等に帰りたいと望む者がほとんどである。にもかかわらず,難民は「迫害」ゆえに国籍国等にいたくともいられなくなり,難民認定申請という形で国籍国等との決別を表明せざるを得なかったことに照らすと,難民条約上の「迫害」の判断に際しては,まずもって当該申請者の主観に重きを置くことが肝要であって,このことは,同条約が「恐怖」という極めて主観的な概念を用いていることからも裏付けられる。人種等を理由とする生命又は自由に対する脅威が常に「迫害」に当たると推論されるのみならず,それ自体としては(辞 のことは,同条約が「恐怖」という極めて主観的な概念を用いていることからも裏付けられる。人種等を理由とする生命又は自由に対する脅威が常に「迫害」に当たると推論されるのみならず,それ自体としては(辞書にあるような意味での)「迫害」といえないような様々な事情(差別,一般的な不安定な雰囲気)を総合考慮した結果,申請者の内心に累積された根拠により迫害の存在を正当化できることも十分にある。 したがって,「迫害」の定義を論ずるに当たって,被告らの主張するように,「通常人が申請者の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情」は不必要であり,その受忍限度内の人権抑圧であるとのそれ自体あいまいな一事をもって,難民の救済を否定するのは明らかに非人道的であって,申請者なりに合理的な根拠をもって迫害の恐怖を感じているにもかかわらず,かかる客観的事情がないとして難民として扱わず,国籍国等に送還するのは新たな人権侵害である。 また,難民不認定処分は,その判断を誤った場合,被処分者の生命,身体,自由への侵害を招く特質を有するから,迫害の「おそれ」は,現実的な危険性までは要求されず,抽象的なもので足りると理解すべきであって,具体的なおそれを要求するのは,本来難民とされるべき者を国籍国等へ送還する結果となりかねない危険な解釈であることは明白である。 (被告らの主張)原告の主張は争う。 入管難民法に定める「難民」とは,難民条約等上の難民をいう(法2条3号の2)ところ,難民条約にいう「迫害」とは,通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって,生命,身体,自由への侵害又は抑圧を国家機関が行う場合をいい,私人によるこれらの行為を国家が容認又は黙認する場合をも含むが,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というために 命,身体,自由への侵害又は抑圧を国家機関が行う場合をいい,私人によるこれらの行為を国家が容認又は黙認する場合をも含むが,「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」というためには,当該人が迫害を受けるおそれがあるという恐怖を抱いているという主観的事情のほかに,通常人が当該人の立場に置かれた場合にも迫害の恐怖を抱くような客観的事情が存在していることが必要と解すべきである。 原告の主張によれば,客観的に全く迫害を受けるおそれがないような場合であっても,申請者が主観的に迫害を受けるおそれがあると思いさえすれば当該申請者を難民と認めなければならないという不合理な事態が生じることとなるから,その主張は全く不当である。 (4) 原告の難民性の有無(争点(2)イ)について(原告の主張)アアフガニスタンにおけるハザラ人迫害の歴史19世紀末に現れたパシュトゥン人の王アブドゥル・ラフマンは,当時の人口の約2パーセントに当たる12万人の他民族を殺害したところ,中でも最大の抵抗勢力であり,シーア派に属するハザラ人への敵視は際立ち,その残虐な行為によって同民族の自治と産業は壊滅的な打撃を受けた。そのため,ハザラ人は,地位的,経済的に劣位に置かれ,その反乱と抵抗が失敗するたびにパシュトゥン人の王の怒りを買う結果となって,劣位は決定的なものとなった。さらに,この時代に引き続く1929(昭和4)年から1978(昭和53)年にかけて,ハザラ人に対する政治的抑圧が行われ,完全に二流市民扱いされた結果,ハザラ人はロバの代わりに荷物を運搬するような仕事しかできない状態に陥った。かかる扱いが長く続くことにより,民間にまで差別意識が浸透して定着するに至るのは歴史が教えるところであり,こうした経緯は,アフガニスタンで「ハザラ」の語が広くおとしめや否定的 できない状態に陥った。かかる扱いが長く続くことにより,民間にまで差別意識が浸透して定着するに至るのは歴史が教えるところであり,こうした経緯は,アフガニスタンで「ハザラ」の語が広くおとしめや否定的な意味で使われることにも見ることができる。 その後,ハザラ人は,イスラム統一党を指導したマザリ師が精神的支柱となって一時中興したが,同師は,1995(平成7)年にタリバーンとの融和を企図する過程で捕らえられ,処刑された。 上記のようなハザラ人に対する蔑視,差別感は,長年にわたり既成事実化したもので,アフガニスタンの諸民族の脳裏に焼き付いており,特に同民族がシーア派を捨てないことが,スンニ派に属する他の諸民族の怒り,敵意,差別感を醸成している。 イ原告の民族性と体験原告は,ハザラ人集住地域であるカブル西部のプレスオフタ地区で出生したハザラギ語を話すシーア派のハザラ人で,10歳のころから父の手伝いをしていたが,2年後の1986(昭和61)年ころ,父がムジャヒディーンと疑われたため,ハザラ人集落のあるダレ・トルクマンに退避していたところ,翌年,父は旧ソ連軍の空爆により死亡した。原告は,1988(昭和63)年,プレスオフタに戻り,ハザラ人を守るために結成されたイスラム統一党に対して資金面で協力するなどしていたが,1992(平成4)年ころ,同党への攻撃が行われた際,銃撃戦に巻き込まれて左脇腹を貫通する銃創を負って入院し,翌年には母も空爆で死亡した。原告は,1995(平成7)年,タリバーンの攻撃によりイスラム統一党が西カブルから敗走したことに恐怖を感じて家を出た末,イランのテヘランに行ったが,兵役に服するか国外退去するかを迫られたため,同所のアフガニスタン大使館で旅券を入手した上,トルクメニスタン,ロシア,タジキスタンを経由して,イスラム統一党 家を出た末,イランのテヘランに行ったが,兵役に服するか国外退去するかを迫られたため,同所のアフガニスタン大使館で旅券を入手した上,トルクメニスタン,ロシア,タジキスタンを経由して,イスラム統一党が支配するアフガニスタン国内のマザリ・シャリフに赴き,そこで自動車部品を販売して過ごしていたところ,1997(平成9)年5月にタリバーン軍が来襲した。このときは,同軍の敗退に終わったものの,原告は恐怖でホテルから一歩も出られなかったし,報復があるとの噂も信じて恐怖を抱いたため,街を出ることを決意し,店を捨ててパキスタンのペシャワールに渡った。 原告がハザラ人であるとは認められないとの被告らの主張のうち,原告の相貌がモンゴル系ハザラ人と相違していることは認めるが,ハザラ人も純血主義を採っていたわけではなく,トルクメン系,シンハリ系などタジク人に近い相貌である者や,ガズティス系,ベセス系といった者もいるから,これを理由に原告のハザラ人性を否定する被告らの主張は失当である。なお,原告が,調査段階において,カブルで生まれ育ったために,背も高くなったと思うとか,ハザラギ語でなくダリ語を話していたなどと供述したとの事実は否認する。調査段階における原告の供述の変遷は,専ら調査の際に使用された言語に係る言語能力に起因するものであるし,それゆえにまた,その変遷を理由に原告の供述全体の信ぴょう性を否定すべきでもない。 また,被告らの主張のうち,原告がハザラ人性を証明する身分証明書等を所持していないことは認めるが,ハザラ人内部で生活してきた原告にそうした証明書を取得し携帯することは必要でなかったばかりでなく,かえってこれを携帯することは迫害を呼び寄せるものでしかないのであるから,証明書の提出を要求する被告らの主張も失当である。 ウ原告の抱く迫害の恐怖確か 携帯することは必要でなかったばかりでなく,かえってこれを携帯することは迫害を呼び寄せるものでしかないのであるから,証明書の提出を要求する被告らの主張も失当である。 ウ原告の抱く迫害の恐怖確かにタリバーン政権は,米軍の爆撃等によって組織としては崩壊したが,至るところにその残党と思われるものがいまだに多く残存している上,タリバーン政権崩壊を機に亀裂の深まった各軍閥は,これらタリバーンの残党を利用,吸収して抗争,内戦を続けると考えられる。すべてのハザラ人がパシュトゥン人から殺害される状況にあったとはいえないとしても,ハザラ人の迫害の歴史からも明らかなように,アフガニスタンにおいては,民族と宗教とは強固に結び付いており,ハザラ人であれば,シーア派であると当然視されるところ,近い将来においてアフガニスタンから同民族に敵対するタリバーンの影響がぬぐい去られることは想定し難い。原告の母は,確かに内戦に巻き込まれて死亡したが,この内戦は,民族間の対立を原因として起こったのであり,サヤフ派などがハザラ人に対して攻勢に出ている時にその戦闘で母を亡くした以上,原告が,その死はハザラ人ゆえであったと考えるのは当然である。また,原告の家族は,タジク人男性とハザラ人女性との結婚に原告の父と親戚が反対してから,タジク人家族との仲が悪くなっている(小規模の部族対立に発展する可能性もあった。)ほか,タジク人がタジク人捕虜とハザラ人の遺体との交換を押し付けたり,タジク人に捕らわれたハザラ人捕虜が奴隷扱いを受けたり,タジク人地区に入ると捕まって拷問を受けるなどの体験等から,タジク人に対しても迫害される恐怖を抱いている。そして,パシュトゥン人でありながら諸民族の融和を唱えていたカディル副大統領が暗殺されたり,カルザイ大統領自身の暗殺未遂事件が発生するなどの状況の下で タジク人に対しても迫害される恐怖を抱いている。そして,パシュトゥン人でありながら諸民族の融和を唱えていたカディル副大統領が暗殺されたり,カルザイ大統領自身の暗殺未遂事件が発生するなどの状況の下では,原告がアフガニスタンで際立った宗教活動をしていなかったことが事実であるとしても,それが迫害を受けるおそれを否定する資料とはなり得ない。 このことは,西欧諸国がタリバーン政権崩壊後も,少なくなっているとはいえ数多くの難民認定申請を認めていることや,日本の外務省が,邦人に対し,首都カブル等のいくつかの都市については渡航延期勧告を,それ以外の場所は退避勧告を継続していることからも明らかである。 以上のとおり,原告が,再びパシュトゥン人がばっこしてハザラ人を迫害し始めるとの懸念を抱いたとしても無理はなく,また,アフガニスタン北部,西部におけるドスタム将軍とイスマイル・カーンによる人権弾圧,南部におけるあへん栽培とそれを巡る利権争い,南東部における反政府武装闘争などの現状に照らすと,タリバーンの残党又は軍閥による原告に対する報復,略奪その他の迫害は十分に考えることができるから,原告は,迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するというべきである。 エその余の被告らの主張に対する反論(ア) 不法就労目的の不存在被告らは,原告の本邦入国の目的が不法就労活動にあった旨主張するところ,確かに原告は,ペシャワールでパキスタンの査証を取った後,生計を立てるべく,同所におけるシーア派の拠点であるパークホテルで知り合ったハザラ人に紹介され,2000(平成12)年までに5回,査証を取得した上で日本に赴いたことはある。しかし,原告は,同年11月に6回目の日本の査証を申請して拒否されたのと同じころに,ハザラ人と外貌の似たウズベク人が20名ほど逮捕 平成12)年までに5回,査証を取得した上で日本に赴いたことはある。しかし,原告は,同年11月に6回目の日本の査証を申請して拒否されたのと同じころに,ハザラ人と外貌の似たウズベク人が20名ほど逮捕されたのを目撃して,タリバーン政権への引渡しを想起し,また,同ホテルから出ない生活を6か月以上続け,限界に近付くうちに,2001(平成13)年5月ころ,韓国経由での日本への入国を援助してくれる者がいるのを友人から聞き付けたため,同年6月末にパークホテルを出て,難民認定申請を行うべく,来日したのである。 被告らは,実際に迫害の対象となっていれば,可及的速やかに本国を出国し,他国において難民認定申請するのが当然の行動である旨主張するが,難民の立場になって考えると,自らが難民であると表明することは,故国との絶縁という重大な結果をもたらすばかりか,それ自体に危険を伴う行為であるから,平穏に在留できている限りは難民であることを秘匿しておいて,これを維持できなくなって初めて,言わば最後の手段として難民であることを理由に保護を求めるのも無理からぬものと考えられるところ,原告が当初逃亡していたイランでは,アフガニスタンからの難民は認定しておらず,その方法も分からなかった上,当面の安全も確保できており,いったんアフガニスタンに帰国した後,入国したパキスタンのパークホテルでも当面の安全を確保していて,そのころ初めて,生計の立てやすい日本で難民認定申請するよりほか迫害の危険を避ける手段のない状態に追い込まれたのであるから,原告は,期待される最も早い時期に難民認定申請をしたものである。 また,被告らは,原告が密入国船で不法入国したことを不法就労目的の根拠の一つとするところ,なるほど,原告は,6000米ドルを支払ってポハン港から船に乗り,平成13(2001)年1 たものである。 また,被告らは,原告が密入国船で不法入国したことを不法就労目的の根拠の一つとするところ,なるほど,原告は,6000米ドルを支払ってポハン港から船に乗り,平成13(2001)年10月14日に日本に上陸したが,単に不法就労目的ならば,その先行投資のリスクに見合うだけの成果が得られるとは限らないことからして,これだけの金員を払うほど迫害を受ける恐怖を抱いていたとみるべき性質のものである。 以上のとおり,原告に不法就労目的がなかったことは明らかである。 (イ) 難民帰還の状況との整合性被告らは,タリバーン政権崩壊後に国連を中心として難民帰還政策が推進されている旨主張するが,同政策については,もともとパキスタンがタリバーン政権崩壊をこれ幸いとして難民を追い返している事実があるなど,どれほどの難民が自主的に帰還したのか定かではない上,我が国において難民認定申請を取り下げた者は,被告ら提出の証拠を見る限り,わずか1名で,その理由も,アフガニスタンが安全になったと考えたからにすぎないのであり,こうした個人の見方を尊重するなら,原告の見方も尊重すべきである。 オ小括前記のハザラ人弾圧の歴史に照らせば,カルザイ政権が全民族を平等に扱うと突如宣言したとしてもアフガニスタン国民の完全な理解と納得を得られるものではなく,タリバーンの残党や,それを吸収した軍閥間の抗争等の内戦状態が収まるはずもない。カルザイ政権の基盤は盤石とはほど遠く,アフガニスタンの国土を実効支配しているどころか,カブル周辺を除いてその支配力は極めて微弱であって,さらに,同政権がタリバーンの政権内への取り込みを図っていることが,政権内のタジク人勢力の反発を招くとともに,ハザラ人にとっては,かつてハザラ人を虐殺したタジク人が政権の中枢にいることとも比べものにならな 同政権がタリバーンの政権内への取り込みを図っていることが,政権内のタジク人勢力の反発を招くとともに,ハザラ人にとっては,かつてハザラ人を虐殺したタジク人が政権の中枢にいることとも比べものにならないほど不信と恐怖の対象となっているのである。本件不認定処分等の時において,カルザイ政権に,前述したような境遇にある原告を保護する能力はなかったし,原告も,国籍国の保護を決して望んでいない。 なお,本件不認定処分等の時点において,国際治安支援部隊(以下「ISAF」という。)の駐留していたカブルについては,ハザラ人に対して直ちに積極的な攻撃が行われる状態であったとまではいえないと思われるが,カブルのみに閉じこもって生活することなどできないし,また,周辺の地域情勢が悪化した場合,まずカブルが狙われるところ,その安全性はアフガニスタン全体を見渡して初めて判断できるのであるから,迫害のおそれを論じるに当たって,カブルだけを切り離して考えることは失当である。 以上のとおり,原告は,難民条約1条A(2)及び難民議定書1条の規定により同条約の適用を受ける難民(以下「議定書難民」という。)に当たり,入管難民法に定める難民に該当するから,本件不認定処分は明らかに違法であり,また,本件難民異議申出に理由があるのに同処分を取り消さず,難民には原則的に日本での在留を認めるべき旨を規定したものと解するのが相当な法61条の2の8を,単なる確認規定の意味しかないものにおとしめ,原告に在留特別許可を与える根拠とならなかった本件不認定裁決も,違法である。 (被告らの主張)原告の主張のうち,原告が民族的にハザラ人であることは知らない。その余は否認ないし争う。 ア原告のハザラ人性を証明する資料の不十分原告の相貌は,モンゴル系といわれるハザラ人のものとは相違しており,ハザラ のうち,原告が民族的にハザラ人であることは知らない。その余は否認ないし争う。 ア原告のハザラ人性を証明する資料の不十分原告の相貌は,モンゴル系といわれるハザラ人のものとは相違しており,ハザラ人であることを証明する身分証明書等の客観的証拠も何ら存在しない。原告は,ハザラ人のような顔をしていない理由として,カブルで生まれ育ったためハザラ人の通常生活している地とは食物も生活環境も随分違っており,顔つきも変わり背も高くなったと思われる旨供述しているが,これは余りに説得力がなく,その主張の信ぴょう性を疑わせるものである。 原告がハザラ人であることを裏付ける主張は,使用言語がハザラギ語であることのみであるが,原告がこれを使用しているか否かも不明であって,本件難民異議申出についての調査においても,原告は,カブルで生まれ育ったためハザラギ語でなくダリ語を話していた旨供述している。仮にハザラギ語を使用していたとしても,他民族がこれを使用している可能性も払拭することができず,原告がこれまで民族性を理由に迫害を受けたことがないと供述していることに照らしても,原告をハザラ人と確認することはできない。 イタリバーン政権下において原告の抱いた迫害の恐怖の不存在仮に原告がシーア派のハザラ人であったとしても,ハザラ人はアフガニスタンで3番目に多く,人口の約2割を占める民族であり,国際機関等からも,ハザラ人でシーア派であれば迫害される旨の報告がされていないことにも裏付けられるとおり,すべてのハザラ人又はシーア派がタリバーン(パシュトゥン人)やタジク人によって殺害される状況にあったとまでいえないことは明らかである。タリバーン台頭以前のアフガニスタンにおける内戦状態は,ハザラ人を基盤とする勢力も複数存在していて,民族間の紛争などと評価できるものではなく,各グル る状況にあったとまでいえないことは明らかである。タリバーン台頭以前のアフガニスタンにおける内戦状態は,ハザラ人を基盤とする勢力も複数存在していて,民族間の紛争などと評価できるものではなく,各グループが,複雑な対立構造の下に抗争を繰り返していたものである上,民族間の対立を原因として内戦が起こった際に,その一方当事者の民族の者のみが「迫害」を受け,「難民」となるかのごとき原告の主張は全く失当である。 原告の母が殺されたのも,内戦に巻き込まれた結果であって,シーア派のハザラ人という人種又は宗教を理由としたものとは考えられないし,原告の家族とタジク人家族との不仲は,そもそも個人間のトラブルにすぎない上,そのきっかけとなったのは,原告の幼いころに亡くなった原告の父の生存中の相当前の事件であって,その事件の後,原告がアフガニスタンにおいてタジク人から何ら暴力等を受けず,通常の生活をしていたことからしても,原告が人種を理由として迫害を受けていたとは認められない。 そして,原告は,ハザラ人という理由だけで殺されるのではないとも,シーア派として宗教的活動をしたことはなく,宗教的に迫害を受けていたことはないとも供述しており,シーア派のハザラ人の若い男性であるとの理由だけで迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するとは認められない。 ウタリバーン政権崩壊後の国情の変化しかも,タリバーンは,2001(平成13)年12月7日ころには組織としても完全に崩壊し,日本政府も,新政府の権力が当該国家の領域の大半に及び,実効的な支配が一般的に確立されているという政府承認の要件を満たすとして,2001(平成13)年12月20日,暫定行政機構を政府として正式に承認することを閣議決定した(同機構は,同月22日,カルザイ氏を議長として正式に発足した。 いるという政府承認の要件を満たすとして,2001(平成13)年12月20日,暫定行政機構を政府として正式に承認することを閣議決定した(同機構は,同月22日,カルザイ氏を議長として正式に発足した。)。そして,2002(平成14)年1月に東京で開催されたアフガニスタン復興支援会議等の結果,同月には同国からの民間航空機の国際便運航が再開し,同年2月には,機能麻痺に陥っていた郵便局が次々と再開され,カンダハル市に23年間布告されていた夜間外出禁止令が解除されるなど,社会生活の回復が見られ,同月19日には,我が国も在カブル日本大使館を再開した。 同年3月には,国外難民と国内避難民の国連帰還プログラムが開始され,パキスタン,イラン及び中央アジア諸国から,約153万人のアフガニスタン人が同年8月10日までに帰還したところ,同年9月10日付けのデンマーク移民局の報告書によれば,カブル市内,バミアン州,ガズニ市内及びジャゴリにおいて,民族的背景に基づく治安関連等の問題を抱えていないという状況であり,イスラム教シーア派のハザラ人が,パシュトゥン人,タジク人などの他民族から迫害を受けているとの報道,国連機関等からの報告もない。諸外国政府においても,およそハザラ人であることのみをもって難民認定を行うといった取扱いはしておらず,申請者の迫害に係る個別の具体的事情等を考慮した上で難民認定の可否が判断されており,我が国からも,ハザラ人が迫害を受けるおそれはなくなったとして難民認定申請を取り下げ,アフガニスタンに出国している者もいるほどである。 同年6月に開催された緊急ロヤ・ジルガにおいて,国家元首に選出されたカルザイ大統領は,就任演説で,民族の違いを超えた「アフガニスタンの統一と平和」の重要性を強調し「実現できなければ辞任する覚悟はある」と述べているほどで 急ロヤ・ジルガにおいて,国家元首に選出されたカルザイ大統領は,就任演説で,民族の違いを超えた「アフガニスタンの統一と平和」の重要性を強調し「実現できなければ辞任する覚悟はある」と述べているほどで,現在のアフガニスタンにおいて,国際社会の支援を受けて成立したハザラ人閣僚5名を含むカルザイ政権が,ハザラ人に対して迫害を開始するような状況は全く考えられない上,同政権の国土に対する実効的支配の状況を考慮すると,タリバーンの残党による報復が行われるとも考えられず,仮にハザラ人に対する何らかの迫害行動が行われたとしても,カルザイ政権がそれを放任することは考えられない。 原告の主張は,最近の情勢とは根本的に異なっており,アフガニスタンの統一と平和に向けて努力するカルザイ政権の取組み等を何ら理解せずに,日本に滞在したいがために身勝手に政府批判をしているにすぎず,本件不認定処分等をした時点において,アフガニスタンの内戦は終結し,原告が迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するとは認められない。 エ不法就労の目的近年,原告と同様の手口により,バングラデシュ,イラン及びトルコ等の各国籍の外国人による不法就労目的の不法入国(集団密航)事案が急増しており,原告が乗船したとする船舶の同乗者の国籍別内訳に関する供述からしても,原告の密航が,組織的背景を有する同一又は類似の手段による継続的な不法密入国事案の1つであった可能性が高い。 原告の場合,過去5回にわたり我が国への渡航証明書が発給され,中古自動車の解体をするなどしていたのが,今回は同証明書が発給されなかったために,渡航証明書の代わりに難民認定申請をした可能性があり,真に迫害を受けるおそれがあると考えるのであれば,渡航証明書が付与されるか否かにかかわらず,そのおそれを感じたときに可及的 給されなかったために,渡航証明書の代わりに難民認定申請をした可能性があり,真に迫害を受けるおそれがあると考えるのであれば,渡航証明書が付与されるか否かにかかわらず,そのおそれを感じたときに可及的速やかに本国を出国し,他国(例えば過去の来日の際)において難民認定申請をするのが当然の行動であること,原告は,その理由について,当時の稼働先であったd商事の社長から難民認定申請を止められたからであるかのような供述をしているところ,このような理由は到底難民認定申請を行わなかったことを合理的に説明するものではないこと,原告は,イラン,トルクメニスタン,ロシア,ウズベキスタン,タイ,シンガポール及び台湾に行ったことがあり,パキスタンからアラブ首長国連邦(以下「UAE」という。)に赴いた後,韓国を経由して日本に不法入国したと供述しているにもかかわらず,我が国に来る前に立ち寄った国で難民認定申請をしていないこと(特にロシア及び韓国は難民条約等の当事国である。),6000米ドルという大金まで支払って来日していること,過去5回来日した際,短期滞在の在留資格でありながら,この資格では認められていない中古車解体の仕事に在留期間ぎりぎりまで従事していたこと,d商事において働いていた多数のアフガニスタン人が難民認定申請を行っている事実が認められること等を考慮すると,原告の入国は,我が国での不法就労活動をすることが主目的であったと考えるのが合理的である。 オ小括原告の供述については,難民認定手続時や退去強制手続時においても重要な部分の変遷が著しく,全体の信ぴょう性を疑わせるに十分なものである上,仮に原告の供述のとおりの事実があったとしても,前記(3)の意味での「迫害」に当たるとはいえず,原告が議定書難民に該当しないことは明らかである。 よって,本件不認定処分 わせるに十分なものである上,仮に原告の供述のとおりの事実があったとしても,前記(3)の意味での「迫害」に当たるとはいえず,原告が議定書難民に該当しないことは明らかである。 よって,本件不認定処分等は適法である。 (5) 本件退去裁決の適否(争点(3))について(原告の主張)ア通訳の不適正aは,原告の不法入国容疑事件に係る違反調査,及び入国審査官による認定に対する特別審理官による平成14年5月10日の口頭審理に際しても,通訳をしているところ,その手続が違法であるのは前同様である。 また,本件退去異議申出後の補充調査は,b通訳人を介して行っているが,当該期日の調書は誤脱字まで前記口頭審理に係る調書の全くの引き写しで,名古屋入管が原告の言い分を真剣に取り合わなかったことを示し,このことは,申請者の供述が極めて大きな意味を持つ難民の事案においてはあってはならない重大な違法であるから,当然に手続的違法を構成する。 よって,本件退去裁決は取り消されるべきである。 イ本件退去異議申出の理由の存在原告は,難民条約等上の難民として締約国において庇護され,滞留する権利を有するにもかかわらず,難民である原告に対して退去強制事由を認定した本件退去裁決は違法である。 被告らは,難民認定申請をしていること又は難民認定を受けていること自体は,在留特別許可をするか否かを判断する上での考慮要素の1つにすぎないと主張するが,難民と認定された者を国籍国等に強制送還することを容認したのでは,難民条約等への加入自体が無意味となる以上,締約国としては,難民条約等の趣旨に則った難民認定手続とこれに整合的な強制退去手続の運用をすべきである。そして,国内法で規定されるにすぎない強制退去手続を行うことが難民条約の趣旨に反する場合,当然,前者より上位にあると一般的に解さ 則った難民認定手続とこれに整合的な強制退去手続の運用をすべきである。そして,国内法で規定されるにすぎない強制退去手続を行うことが難民条約の趣旨に反する場合,当然,前者より上位にあると一般的に解されている後者を優先させることによって整合性を保つべきである。 また,仮に原告が難民条約等上の難民に当たらないとしても,今日におけるアフガニスタンの現状は,前述のとおり,少数民族のハザラ人である原告にとって,なお生命,身体又は自由に相当大きな脅威があることは明らかである。各国政府に裁量の認められる外国人の出入国管理に関する処分であっても,当該処分が憲法又は国際条約により保障された何らかの人権を侵害する結果となる場合には,当該処分が違法となることは広く国際的に認められるところ,帰国した場合に明らかに生命,身体及び自由への侵害の危険が予想される原告に日本での在留を認めず,アフガニスタンへの帰還を強制するのは,単に人道上問題があるにとどまらず,憲法13条,14条,市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)6条,7条,9条及び26条の規定に違反するもので,本件退去異議申出を理由がないとした本件退去裁決は違法である。 ウ在留特別許可事由の存在さらに,被告大臣は,法49条1項に基づく異議の申出についての判断に当たり,仮に異議の申出に理由がないと認める場合でも,法50条に基づき在留を特別に許可する権限を有しているところ,被告大臣は,明らかに在留特別許可をすべきであった原告について,憲法及び自由権規約の前記各規定に違反し,又はこれらの条項の趣旨に照らして重大な裁量権の逸脱をして,在留特別許可をしなかった違法がある。 被告らは,裁量権逸脱ないし濫用があるというために,在留特別許可の制度趣旨に「明らかに」反することを要求し,「極めて の趣旨に照らして重大な裁量権の逸脱をして,在留特別許可をしなかった違法がある。 被告らは,裁量権逸脱ないし濫用があるというために,在留特別許可の制度趣旨に「明らかに」反することを要求し,「極めて特別な事情」の存在を要求するが,行政判断は法の支配の下に行わなければならないから,これは厳格に過ぎる。難民条約上,締約国の受入義務等の規定が欠如しているのは,それが自明の理であることや,締約国間に主として経済的な意味での国力の差があることをそんたくしたためにすぎず,このことから,締約国による難民の積極的受入義務,庇護供与義務が否定されるものではない。難民と認定された以上は,当該難民は国際的に保護される権利を取得するのであり,難民条約等の締約国たる我が国が,独りその権利を無視することは許されないし,この理は難民認定申請中の者(不服申立て中の者も含む。)にも妥当する。 また,被告らは,原告の過去における不法就労行為等,遵法精神の欠如を在留特別許可を与えない理由の一つとして主張するが,アフガニスタンの安定を待つ間の生活費を稼ぐために,迫害のおそれにさらされずに働くことのできる日本で5回にわたって不法就労したとしても,同情に値するものであり,今回の入国後直ちに本件難民申請に踏み切っていることからも,原告の遵法精神に格別の問題があるとはいえない。 そして,原告の在留を認めることが,国際人道的な見地から日本外交の評価を上げることはあっても,政治,外交,治安などに対する弊害は全くない。 (被告らの主張)ア通訳の適正名古屋入管において,能力及び人物評価をして選んだ名簿等の中から,過去数年間の実績を調査し,申請者と利害関係のない者等適当な通訳人を選定した上,申請者から当該通訳人を忌避する旨の申立てがない限り通訳人として使用することとしているのは,退去 選んだ名簿等の中から,過去数年間の実績を調査し,申請者と利害関係のない者等適当な通訳人を選定した上,申請者から当該通訳人を忌避する旨の申立てがない限り通訳人として使用することとしているのは,退去強制手続についても,前記(2)イの難民認定手続におけるのと同様であり,本件退去裁決までの通訳人の選定について,何ら手続的違法はない。 イ本件退去異議申出の理由の不存在原告の主張イは争う。 原告は,平成13(2001)年10月14日ころ,有効な旅券を所持せず,船名船籍不詳の船舶で東京付近の港に到着し,本邦に不法入国しており,法24条1号の要件を満たすことは明らかである。 難民条約は,難民に庇護を受ける権利を保障しておらず,難民として受け入れ,難民条約上の保護を与えるかどうかは,締約国が主権的判断に基づいて決定すべき事項としているところ,法61条の2の8の規定は,難民認定を受けている者についても法24条1項各号の一に該当する限り退去強制手続を進め得ることを前提としていると解すべきであり,このように難民認定手続と退去強制手続とが全く別個の手続であることに照らすと,難民認定申請をしていること又は難民認定を受けていること自体は,退去強制手続を当然に停止させるものではなく,単に被告大臣が在留特別許可をするか否かを判断する際,考慮することとなる事情の1つにすぎないというべきである。 ウ在留特別許可の裁量の逸脱ないし濫用の不存在原告の主張ウは争う。 国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,当該国家は,特別の条約ないし取決めがない限り,外国人を自国内に受け入れるか否か,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決することができるのであり,我が国の憲法においても,外国人は,本邦に入国する自由を保障されているもの ,外国人を自国内に受け入れるか否か,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決することができるのであり,我が国の憲法においても,外国人は,本邦に入国する自由を保障されているものではない。そして,在留特別許可は,法律上退去強制事由が認められ退去させられるべき外国人を対象に,恩恵的に与え得るにすぎず,申請権は認められていない上,その要件も何ら具体的に定められていないことなどを勘案すると,これを与えるか否かは被告大臣の自由裁量に属する。 その判断に当たっては,当該外国人の在留中の行状等の個人的な事情のみならず,出入国の管理及び在留の規制目的である国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働事情の安定などの国益保持の見地に立って,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲など諸般の事情を総合的に考慮した上での,時宜に応じての的確性が要求されるところであって,国内及び国外の情勢に通暁し,出入国管理の衝に当たる者の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないから,被告大臣は,在留期間更新の許否等とは質的に異なる格段に広範な裁量権を有すると解すべきである。したがって,その判断について当不当の問題を生じることはあり得ても,違法となる事態は容易には考え難い。 例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても,それは在留特別許可の制度を設けた入管難民法の趣旨に明らかに反するなど極めて特別な事情が認められる場合に限られ,この特別な事情としては,法律上当然に退去強制されるべき外国人であっても,なおかつ本邦に在留することを認めなければならない積極的な理由が必要というべきところ,原告は,前記のとおり,本国に送還された場合にも迫害のおそれがあるとは認められず,また,本国アフガニスタンで出生・ おかつ本邦に在留することを認めなければならない積極的な理由が必要というべきところ,原告は,前記のとおり,本国に送還された場合にも迫害のおそれがあるとは認められず,また,本国アフガニスタンで出生・成育していて,本邦に扶養を要する配偶者,父母,子等の係累を有するわけでもなく,さらに,過去来日するまで我が国とは何ら関わりを持っていなかった。しかも,今回の不法入国のみならず,過去の来日時にも,資格外活動の許可を受けずに中古車解体の仕事を行うなど不法就労活動を行った旨を供述しており,進んで我が国の在留を認めるべき特別な事情があるとは認められない。 以上のとおり,本件退去裁決をした被告大臣の裁量権の行使に逸脱ないし濫用を認める余地はないというべきである。 (6) 本件発付処分の適否(争点(4))について(原告の主張)ア本件不認定処分等に係る違法の承継本件発付処分は,取り消されるべき違法な本件不認定処分等を前提とするものであるから,当然にその違法性は承継され,本件発付処分も取り消されるべきである。 イ本件発付処分に固有の違法(ア) 難民条約違反難民条約33条1項は,「締約国は,難民を,いかなる方法によっても,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見のためにその生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放し又は送還してはならない。」と定め,これを受けて法53条3項は,「法務大臣が日本国の利益又は公安を著しく害すると認める場合を除き,前2項の国には難民条約第33条第1項に規定する領域の属する国を含まないものとする。」と規定しているから,ハザラ人であることを理由としてその生命が脅威にさらされるおそれのある原告をアフガニスタンに強制送還することは許されない。 (イ) 拷問及び他の残虐な,非人道 まないものとする。」と規定しているから,ハザラ人であることを理由としてその生命が脅威にさらされるおそれのある原告をアフガニスタンに強制送還することは許されない。 (イ) 拷問及び他の残虐な,非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下「拷問等禁止条約」という。)違反拷問等禁止条約3条1項は,「締約国は,いずれの者をも,その者に対する拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある他の国へ追放し,送還し又は引き渡してはならない。」と定め,同条2項は,「権限のある当局は,1の根拠の有無を決定するに当たり,すべての関連する事情(該当する場合には,関係する国における一貫した形態の重大な,明らかな又は大規模な人権侵害の存在を含む。)を考慮する。」と規定するところ,前記のとおり,タリバーンの残党又は軍閥によってハザラ人が迫害を受けるおそれは客観的にみて相当大きいにもかかわらず,カルザイ政権にはそれを止める力はなく,放任せざるを得ない状態であり,場合によっては軍閥の懐柔を図る過程でそれらを黙認することも考えられる。したがって,ハザラ人である原告をアフガニスタンに強制送還すべきでないことは明白であって,原告を同国に強制送還するのは,それこそが非人道的な処分であるから,本件発付処分は拷問等禁止条約に違反する。 (ウ) 裁量権の逸脱そもそも行政法の解釈においては,一般に権力発動要件が充足されている場合にもこれを行使しないことができるとされているから,被告主任審査官は,退去強制令書を発付するか否かの裁量を有し,被告大臣が在留特別許可をしないのが相当と判断したとしても,自ら在留特別許可を相当と判断した場合,退去強制令書を発付することはできない。こうした解釈は,警察比例の原則と極めて整合的であって,法49条5項の文言にいたず 許可をしないのが相当と判断したとしても,自ら在留特別許可を相当と判断した場合,退去強制令書を発付することはできない。こうした解釈は,警察比例の原則と極めて整合的であって,法49条5項の文言にいたずらに拘泥し,必要でも相当でもない人権侵害を放置することを認める結果を導く被告主任審査官の主張は失当である。 しかして,前述のとおり,被告主任審査官は,原告に対して在留特別許可を付与しないのが相当であると判断しており,それには裁量権の逸脱,濫用がある。 (エ) 退去先選択権の侵害法53条1項が,原則的に国籍国に送還すべきものとする趣旨は,人は国籍国と最も密接な関係を有すると推定されることから,国籍国への送還が被送還者の利益にかなうと考えられるところにあると解されるところ,国籍国による保護を望まない者については,そのことに合理的な理由があれば,上記の推定は破られ,上記原則の理が当てはまらないから,そのような被送還者に対しては,送還先を選択する権利を認め,被告主任審査官もこれを尊重しなければならない。 原告は,アフガニスタンへの送還を望んでいないところ,同国の現状,同人の身上経歴,迫害体験その他の事情を考慮すると,原告には送還先を選択する権利があると解すべきであり,被告主任審査官が,かかる権利を侵害して送還先をアフガニスタンと判断した本件発付処分は違法である。 (被告主任審査官の主張)ア難民条約違反の不存在原告の主張ア及びイ(ア)は争う。 原告が難民条約等上の難民に該当するとは認められないことは前述したとおりであるから,法53条3項を根拠とする原告の主張は理由がない。 イ拷問等禁止条約違反の不存在原告の主張イ(イ)は争う。 拷問等禁止条約が対象としている「拷問」とは,公務員その他の公的資格で行動する者により,あるいはその扇動,同 る原告の主張は理由がない。 イ拷問等禁止条約違反の不存在原告の主張イ(イ)は争う。 拷問等禁止条約が対象としている「拷問」とは,公務員その他の公的資格で行動する者により,あるいはその扇動,同意又は黙認の下に,ある者から情報若しくは自白を得る目的で,ある者が行ったか若しくは行った疑いがある行為について罰する目的で,ある者を脅迫し若しくは強制する目的で,若しくはこれらに類する目的で,又は何らかの差別に基づく理由により,当該者あるいは第三者に,重い苦痛を故意に与えるような行為をいうところ,原告がアフガニスタンに帰国した場合に拷問を受ける原因として挙げる事実は,迫害を受ける原因として挙げる事実と同じであり,前記のとおり,原告が帰国した場合に迫害といえる程度の取扱いを受けるおそれがあるとは認められないから,上記のような「拷問」を受けるおそれもない。 よって,本件発付処分が拷問等禁止条約に違反する余地はない。 ウ退去強制令書発付に関する裁量の不存在原告の主張イ(ウ)は争う。 被告主任審査官は,被告大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合,退去強制令書を発付するにつき裁量の余地はないから,本件退去裁決を前提としてされた本件発付処分に何ら違法はない。 エ送還先の適法性原告の主張イ(エ)は争う。 送還先に関する被告主任審査官の判断に誤りは認められない。 第3 当裁判所の判断 1 本件各処分の適否の判断基準時(前提問題)について(1) 位置付け原告は,仮に本件各処分がそれぞれの処分時において適法であったとしても,その後の状況の変化によって,口頭弁論終結時において同人が「難民」に当たることとなった場合には,本件各処分を追認する内容の判決が,それ自体難民条約33条1項に違反するから,このような場合,主文において の後の状況の変化によって,口頭弁論終結時において同人が「難民」に当たることとなった場合には,本件各処分を追認する内容の判決が,それ自体難民条約33条1項に違反するから,このような場合,主文において本件各処分の適法性を確認しつつ,請求を認容してこれらを取り消すことができる旨主張する(前記第2の3(1))ところ,その趣旨は必ずしも明確ではないが,原告の難民性の判断基準時,ひいては本件各処分の違法性判断の基準時に関する主張を含むとも考えられるから,まずこの点から検討する。 (2) 抗告訴訟における行政処分の適否の判断基準時一般に,抗告訴訟の審理の対象となる訴訟物は,当該取消しないし無効確認を求める処分の違法性一般であると解される(最高裁判所昭和49年7月19日第二小法廷判決・民集28巻5号897頁,同平成4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁等参照)ところ,抗告訴訟の本質は,行政処分として表れた行政庁の判断の適否を事後的に審査することにあり,その後の事情の変化を考慮に入れることは,行政庁による第一次的判断権を侵すことになると考えられることに照らすと,行政処分が適法であるためには,当該処分の時において根拠法規に規定された処分要件が充足されていることが必要であって,かつそれをもって十分であると解するのが相当である(最高裁判所昭和27年1月25日第二小法廷判決・民集6巻1号22頁,同昭和28年10月30日第二小法廷判決・行裁集4巻10号2316頁,同昭和34年7月15日第二小法廷判決・民集13巻7号1062頁参照)。 (3) 処分後の事情のしんしゃくもっとも,本件各処分は,法61条の2,61条の2の4,49条に基づくものであり,いずれも国内法に根拠を有するから,上位規範である国際法(憲法98条2項参照)の要請を満たさなければなら しんしゃくもっとも,本件各処分は,法61条の2,61条の2の4,49条に基づくものであり,いずれも国内法に根拠を有するから,上位規範である国際法(憲法98条2項参照)の要請を満たさなければならないことはいうまでもないところ,後述のように,いかに退去強制手続と難民認定手続とが基本的に別個独立であるとしても,処分後の事情の変化により難民たる資格を取得したにもかかわらず,従前の退去強制令書に基づく執行が無制限になし得ると解するならば,送還された当該難民が回復するすべのない迫害を加えられるなど,一定の場合に一定の者を一定の地域に送還してはならない旨の事実たる執行に制限を加える内容の国際法の趣旨に反する事態を招来する可能性を否定できない。 原告は,このような場合,行政事件訴訟法31条で認められている事情判決の裏返しとして,主文において当該処分の適法であることを確認しつつ,請求自体は認容することが許されると主張するが,明文の規定を欠くにもかかわらず,このような判決をすることができると解するのはあまりに便宜的であって,上記のような不都合は,その時点における事情を総合的に判断して執行するか否かを決する権限を有していると解される執行担当の行政機関(法52条5,6項は,そのような権限を有することをうかがわせる規定である。)が,かかる事情の変化を十分にしんしゃくした上で,執行の可否を慎重に判断することにより,解消することができると考えられる。 したがって,違法性判断の基準時については,なお(2)のとおり解するのが相当である(もっとも,当該行政処分の違法性を判断する上で基準時以降の資料を一切しんしゃくすべきでないというものではなく,基準時における事実関係の確定に必要有用な限りにおいて,これらも判断資料となり得ることはいうまでもない。)。以下,この見地 断する上で基準時以降の資料を一切しんしゃくすべきでないというものではなく,基準時における事実関係の確定に必要有用な限りにおいて,これらも判断資料となり得ることはいうまでもない。)。以下,この見地に立って,本件各処分の適否について判断する。 2 本件不認定処分等の手続的適否(争点(1))について(1) 判断の枠組み原告は,本件不認定処分等の手続面における違法事由として,これらの処分等に至る過程における通訳の不適正,合理的調査の欠如及び当該処分等に係る理由付記の欠如を主張するところ,これらの適否を判断する前提として,必要な調査及び理由付記の程度等を決せざるを得ない。そして,これらの事項は,難民性の立証責任の所在や要求される立証の程度,その判断資料がどのようなものであるか等の問題と関連するから,まず,この点から検討を加え,次いで,本件不認定処分等に際しての通訳の適否,合理的調査及び理由付記の有無につき判断する。 (2) 難民性の立証責任ア立証責任の一般論前記のとおり,取消訴訟の訴訟物は,当該取消しを求める処分の違法性一般であると解されるから,そこでの最終的な審理の対象は根拠法規の定める処分要件の充足の有無であり,主張立証の対象たる事実は,処分要件の充足に係る事実である。そして,一般に,取消訴訟における主張立証責任については,その適法性が問題とされた処分の性質によって,分配原則を異にするのが相当である。すなわち,当該処分が,自由を制限し,義務を課するいわゆる侵害処分としての性質を有する場合は,処分主体である行政庁がその適法性の主張立証責任を負担し,逆に,特別な利益・権利を付与し,あるいは法定の義務を免れさせるいわゆる授益処分としての性質を有する場合は,原告がその根拠法令の定める要件が充足されたこと(申請却下処分の違法を基礎付ける を負担し,逆に,特別な利益・権利を付与し,あるいは法定の義務を免れさせるいわゆる授益処分としての性質を有する場合は,原告がその根拠法令の定める要件が充足されたこと(申請却下処分の違法を基礎付ける事実)の主張立証責任を負担すると解するのが原則であり,これに根拠法令の規定の仕方や,要件に該当する事実との距離などを勘案して,総合的に決するのが相当である。 イ難民不認定処分等についての検討国家は,国際慣習法上,外国人を受け入れる義務を負うものではなく,外国人を自国内に受け入れるかどうか,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当該国家が自由に決することができるものとされている(最高裁判所昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)ところ,我が国は特別の条約である難民条約を受けて,難民認定制度を創設し(法第7章の2),その認定を受けた者に対し,一定の利益(法61条の2の5,61条の2の6,61条の2の8)を付与することとしている。 そうすると,難民認定は,特別な利益・権利を与える処分であり,これに,難民であることを基礎付ける事実は,これを主張する者の生活領域内で生ずるのが通常であることを考慮すると,難民条約等上の難民に該当する事実の主張立証責任は,これを主張する者が負担すると解すべきであり,したがって,授益拒否処分の性質を有すると考えられる難民不認定処分又はこれに対する法61条の2の4に基づく異議の申出は理由がないとの裁決(以下「難民不認定裁決」という。)についても,これらの処分等の取消しを求める者において同事実の主張立証責任を負うものと解するのが相当である。 ウ立証の成否の判断資料もっとも,難民条約等上の難民は,迫害を受け又はそのおそれがある者にほかならず,経験則上,難民であることを証する十分な客観的証明 立証責任を負うものと解するのが相当である。 ウ立証の成否の判断資料もっとも,難民条約等上の難民は,迫害を受け又はそのおそれがある者にほかならず,経験則上,難民であることを証する十分な客観的証明資料を持って国籍国等を出国することが期待できないのみならず,出国後も,それを収集することは,物理的にも人的にも困難であるのが通常であると考えられる。したがって,難民認定申請者がこのような客観的資料を提出しないからといって,直ちに難民に該当しないと判断すべきものではなく,当該申請者の供述する内容を主たる資料として,難民であることを基礎付ける根幹部分における一貫性,具体性,迫真性,史実との符合性等に基づき,その全体的信ぴょう性を検討し,当該申請者が難民条約等上の難民に該当するか否かを判断すべきである。 その際,当該申請者の供述の一部に矛盾が存在したとしても,それをもって供述全体の信ぴょう性がないと短絡的に判断するのではなく,難民の受けた恐怖体験に基づくトラウマ,経時による記憶の変容・希薄化の可能性,生活習慣の相違,言語能力等を考慮して,通訳の能力の程度や通訳自身の民族性等に由来する偏ぱの可能性,特に少数言語を母語とする者の場合には,難民自身が母語でない言語で供述しているのか否か,当該言語による申請者の表現能力の程度等についても検討を尽くし,行政に対して疑心暗鬼になったり自己の役割を誇張しようとしたりする難民特有の心理等に起因すると考えられる細部の矛盾にとどまるものでないかをも慎重に吟味した上で,最終的な判断をすべきである(UNHCR発行の難民申請者との面接技法に関する研修マニュアルの内容も同旨である。甲137)。 なお,難民認定は羈束行為であり,難民認定申請者が,実体上,難民条約等にいう難民に該当すると判断される以上,被告大臣とすれば難民認 の面接技法に関する研修マニュアルの内容も同旨である。甲137)。 なお,難民認定は羈束行為であり,難民認定申請者が,実体上,難民条約等にいう難民に該当すると判断される以上,被告大臣とすれば難民認定するほかなく,この点に関して裁量権を行使する余地は認められないから,裁判所による難民性の判断も,以上と同様の観点から行われるべきものである。 (3) 通訳の適否ア判断基準そこで,以上の見地から,本件不認定処分等の手続的適否について検討するに,まず,通訳の適否に関しては,通訳人の能力いかんにより,外国人の供述の根幹的部分から含意に至るまで影響を受け得ることは否定し難く,とりわけ難民認定申請の場面においては,前述のとおり,申請者に対して供述以外の客観的資料を提出することを期待し得ないのが常態であることに照らせば,その影響が決定的な意味を有することもまれではないと考えられるから,その能力のみならず,偏ぱの可能性や当該言語についての申請者自身の表現能力等も加味して,その信用性を慎重に吟味すべきことは(2)に述べたとおりである。 しかしながら,他方,難民認定申請者の母語は少数言語であることも多く,我が国において,そのすべての言語について十分な能力等を有する通訳人を確保すること自体が必ずしも容易であるとはいえない中で,完璧な通訳能力までは有しない通訳人や申請者と同一の集団に属する者以外の通訳人を介して行った事実の調査(法61条の2の3)がすべて違法であるとするならば,適法な通訳人を確保することができなくなる可能性があって,調査担当者に難きを強いるばかりか,難民認定申請自体を実質的に拒否する結果にもつながりかねないから,結局,個別の案件に応じて,申請者が難民認定申請の理由として述べる事情についての通訳人の関与の度合いないし先入観の程度,当該供 りか,難民認定申請自体を実質的に拒否する結果にもつながりかねないから,結局,個別の案件に応じて,申請者が難民認定申請の理由として述べる事情についての通訳人の関与の度合いないし先入観の程度,当該供述録取手続を主宰した担当者が当該手続時にこれらの点について認識していた程度,他の通訳人を介しての供述録取手続の有無及びそれらの前後関係,並びに当該通訳人を忌避し得る機会の存否等を総合的に勘案して,当該通訳手続の違法性の有無を決するほかないというべきである。そして,こうした基準により,当該手続になお適法性が認められると考えられる場合でも,これにより得られた供述の証明力を判断するに際しては,前述したところを慎重に吟味して,その供述内容の信ぴょう性を改めて判断すべきことはいうまでもない。 イ本件についての検討この見地に立って本件をみると,証拠(甲15,92,101,174,乙1ないし12,33,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,ダリ語については日常会話程度を操ることはできるが,流ちょうというまでには至らない程度の能力であること,ペルシア語については日常会話程度の内容を聞いて理解することはできるが,自ら話すことはできないこと,ダリ語とペルシア語は語族は同じであるが,相当程度語彙が異なっており,一方で話した内容について,他方のみを操れる者が事細かにまで理解するのはやや難しいと考えられること,それにもかかわらず,被告らにおいては,この点の相違が十分に認識されておらず,原告がダリ語で話し,通訳人がペルシア語で話した聴聞手続についても,どちらか一方で会話がされた旨が調書に記載されたり,ダリ語とペルシア語の双方を操れるとは思われない同一の通訳人が別の手続段階では両者を話したことになっていること,また,平成14(2002)年5月9日に実施された 会話がされた旨が調書に記載されたり,ダリ語とペルシア語の双方を操れるとは思われない同一の通訳人が別の手続段階では両者を話したことになっていること,また,平成14(2002)年5月9日に実施された名古屋入管難民調査官による調査(なお,退去強制手続に関する同年4月10日実施の名古屋入管入国警備官による違反調査,同月25日実施の同入管入国審査官による違反調査及び同年5月10日実施の同入管特別審理官による口頭審理についても同じである。)においては,通訳人としてaが用いられたが,その後原告の支援者であるカトリック大阪大司教区の関係者2名が名古屋入管を訪れて通訳人の変更を申し入れたことを受け,同入管は以後の調査・審理にaを用いなかったこと,以上の各事実が認められ,これらの事実によれば,本件難民申請及び本件難民異議申出に係る調査の際の通訳手続に全く問題がなかったとは断定できず,殊に,原告側が通訳人aの排除を申し入れたのは,同人がアフガニスタンにおいてハザラ人と敵対することの多かったパシュトゥン人であることに気付いたか,あるいは,通訳人aから,「甘いもの」という意味のダリ語を用いて,金品を要求されたことを理由とするものと推測されることに照らすと,録取された原告の供述の信用性については,慎重な判断が必要であると解される。 しかしながら,他方,証拠(乙1ないし5,11,12,33,原告本人)によれば,原告自身も当初aがパシュトゥン人であるとは気付かず,現に同人が通訳人を務めた本件難民異議申出に係る平成14(2002)年5月9日の調査の際,アフガニスタンにはパシュトゥン人が多くいることによりシーア派のハザラ人にはまだ危険がある旨の原告の主張に沿った供述も録取されているなど,原告がパシュトゥン人による迫害の事実について供述することを抑制せざるを得ない状 シュトゥン人が多くいることによりシーア派のハザラ人にはまだ危険がある旨の原告の主張に沿った供述も録取されているなど,原告がパシュトゥン人による迫害の事実について供述することを抑制せざるを得ない状況に置かれていたとは認め難い上,本件難民申請及び本件難民異議申出については,それぞれ複数回の調査(聴聞)がされ,各段階ごとの各回には異なる通訳人が充てられていること,関連する退去強制手続についても,原告が,翌10日の名古屋入管特別審理官による口頭審理の後,aを通訳人から外してほしい旨を申し立て,本件退去異議申出後の同月21日には別の日本人通訳人を介して口頭審理の補充調査が行われたが,その内容は,aが通訳をしたときとほぼ変わりがなかったこと,以上の各事実も認められ,これらによれば,本件難民申請及び本件難民異議申出に係る調査の際に,通訳が不適正であったために,原告が任意に供述することができなかったとか,調書が全くの作文であるとまでは認め難い。 ウ小括以上によれば,通訳が不適正であることを理由として,本件難民申請及び本件難民異議申出に係る調査が手続的に違法であるとまではいえない(ただし,原告が任意に供述した内容がすべて通訳され,録取されているかは不明であって,これら供述証拠の信用性については慎重に判断すべきであることは先に述べたとおりである。)。 (4) 調査手続の裁量性次に,原告は,被告大臣が合理的調査を尽くすべき義務を負うとの前提で,その釈明を拒んでいる以上,かかる調査を行っていない旨主張する。 しかしながら,法61条の2の3第1項は,「法務大臣は,(難民認定申請者から)提出された資料のみでは適正な難民の認定ができないおそれがある場合その他……必要がある場合には,難民調査官に事実の調査をさせることができる。」旨規定しているところ,その 臣は,(難民認定申請者から)提出された資料のみでは適正な難民の認定ができないおそれがある場合その他……必要がある場合には,難民調査官に事実の調査をさせることができる。」旨規定しているところ,その文言に照らせば,同条は,被告大臣に事実の調査を命ずる権限を与えたものであって,それを命ずる義務を負わせたものとは解されない上,上記のとおり,難民性の立証責任が難民認定申請者にあると解される以上,被告大臣が難民認定申請者の提出した資料だけでは難民性を認定するに十分でないとの心証を抱いた場合に,これを補充すべく後見的に調査を命じなければならないとまではいえない。 結局,事実の調査を命ずるか否か,命ずるとしてどのような調査をどの程度まで遂げるかは,当該事案に照らして被告大臣が判断すべきものであり,その意味で,被告大臣の手続裁量に委ねられているというほかない(難民の認定が実体的な意味において羈束行為であるとしても,そのことと被告大臣が手続的な側面で裁量権を有することとは矛盾するものではない。)。 しかして,証拠(乙1ないし5)からうかがうことのできる平成13年11月16日,同年12月13日及び平成14年1月8日の3回にわたって行われた大阪入管難民調査官による調査や,同年5月9日及び同月21日の2回にわたって行われた名古屋入管難民調査官による調査の態様に照らすと,被告大臣の命じた事実の調査が,その裁量権を逸脱ないし濫用したものであったとは認められない。 (5) 理由付記の有無ア理由付記の程度についての一般論一般に,法律が行政処分に理由を付記すべきものとしている場合に,どの程度の記載をすべきかは,当該処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らして決せられるべきである(最高裁判所昭和49年4月25日第一小法廷判決・民集28巻3号40 ている場合に,どの程度の記載をすべきかは,当該処分の性質と理由付記を命じた各法律の規定の趣旨・目的に照らして決せられるべきである(最高裁判所昭和49年4月25日第一小法廷判決・民集28巻3号405頁,同昭和60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁等参照)。 イ本件不認定処分についての検討(ア) まず,法61条の2第3項が,難民不認定処分をする場合には,理由を付した書面をもってその旨を通知すると規定しているのは,合法的に本邦に滞在する難民である外国人について,難民の認定をしないものとすれば,難民の地位を保障する難民条約に反する結果となるため,被告大臣の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに,不認定の理由を当該申請者に知らせることによって,その不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものと解される。 この趣旨にかんがみれば,難民不認定処分に付記すべき理由としては,法61条の2の1項又は2項のいずれの要件を欠くと判断したのかを明らかにしなければならないというべきであるが,これを超えてどの程度の詳細な理由を示さねばならないかについては,難民認定申請者が難民性を基礎付けるものとして主張する具体的事由に対応して,その結論に到達した過程を明らかにすることが求められるというべきである。 この点について,原告は,難民の認定の判断を誤った場合には当該申請者の生命等に重大な危険を生じさせ,言わば死刑判決を下すような結果を生じさせることなどを理由に,判断の根拠となった法条及び具体的事実のほか,当該具体的事実を裏付ける証拠資料の有無,証拠資料から事実を導いた評価手法や推論の過程,証拠資料がない場合は証拠資料を獲得すべく行った調査の具体的内容(目的,期間,程度その他)まで明らかにしなければならない旨主張するが,司法機関による最終的 資料から事実を導いた評価手法や推論の過程,証拠資料がない場合は証拠資料を獲得すべく行った調査の具体的内容(目的,期間,程度その他)まで明らかにしなければならない旨主張するが,司法機関による最終的判断に先立つ行政処分の段階で,判決に要求される程度あるいはそれ以上の具体的心証形成過程の付記を必要と解すべき根拠を見出すことはできない。 (イ) これを本件不認定処分についてみると,証拠(甲2の1・2,5,乙16,17)によれば,原告は,難民認定申請書に,迫害を受ける理由として人種及び宗教を挙げ,その具体的理由として,伝統的にハザラ人はアフガニスタンで差別されてきたこと,タリバーンは,ハザラ人を中心とするイスラム統一党の兵士のみならず,ハザラ人の青年も虐殺したり拷問し,シーア派を敵視していること,原告がハザラ人であることから,タリバーンに捕まれば,長期にわたって収容され,拷問を受けたり殺されたりするおそれがあることなどを記していること,これに対し,本件不認定処分には,原告の「人種」及び「宗教」を理由とした迫害を受けるおそれがあるという申立ては証明されず,難民条約1条A(2)及び難民議定書1条2に規定する「人種」及び「宗教」を理由として迫害を受けるおそれは認められないので,難民条約等にいう難民とは認められない旨の理由が付記されていること,以上の各事実が認められる。 そうすると,本件不認定処分は,原告がシーア派のハザラ人であるがゆえに「迫害を受けるおそれ」があるとは認められないとの理由により,難民条約等上の難民性の要件を欠くものと判断したものであり,したがって,その後の手続において,原告は,自らがシーア派のハザラ人であり,かつシーア派のハザラ人に対しては上記の迫害が加えられるおそれがあることを立証すべきであることが看取可能というべきであるから たがって,その後の手続において,原告は,自らがシーア派のハザラ人であり,かつシーア派のハザラ人に対しては上記の迫害が加えられるおそれがあることを立証すべきであることが看取可能というべきであるから,当不当の問題としてはともかく,法61条の2第3項が要求する程度の理由の記載を欠くものとは認め難く,理由付記の点について違法とまではいえないと判断するのが相当である。 ウ本件不認定裁決についての検討(ア) 次に,難民不認定裁決は,処分に対する行政不服審査法(以下「行服法」という。)上の異議申立てについての決定たる性質を有する(なお,法61条の2の4後段は,この異議の申出が不服申立期間について制限を受けるなどの特殊性を有していることを述べたものにすぎず,これに対する応答である不認定裁決に同法の適用があることを否定する趣旨のものではないと解される。)ところ,行服法48条によって準用される41条1項は,同決定は理由を付してしなければならない旨規定している。その趣旨は,処分庁の再度の判断を慎重ならしめてその恣意を抑制するとともに,決定の理由を明示することによって,不服申立人に対し,原処分に対する取消訴訟の提起に関して判断資料を与えることにあると解される(最高裁判所昭和47年3月31日第二小法廷判決・民集26巻2号319頁,同昭和49年7月19日第二小法廷判決・民集28巻5号759頁等参照)。 このような趣旨にかんがみれば,理由付記の程度については,不服申立人の不服の事由に対応してその結論に到達した過程を明らかにすることが必要というべきところ(前掲最高裁判所昭和47年3月31日第二小法廷判決参照),一般的には,異議申立てを棄却する場合は,原処分の付記理由とあいまって原処分を相当として維持する理由が明らかにされれば足りるというべきである。 (イ) 判所昭和47年3月31日第二小法廷判決参照),一般的には,異議申立てを棄却する場合は,原処分の付記理由とあいまって原処分を相当として維持する理由が明らかにされれば足りるというべきである。 (イ) これを本件についてみると,証拠(甲7,乙19)によれば,本件不認定裁決には,本件難民申請につき再検討しても,本件不認定処分の判断に誤りは認められず,他に,原告が難民条約上の難民に該当することを認定するに足りるいかなる資料も見出し得なかった旨の理由が付されている事実が認められ,本件不認定処分の付記理由をも併せ考慮すれば,それを維持する理由を看取することができると認められるから,本件不認定裁決は,理由の付記に関して違法とまではいえないと判断するのが相当である。 (ウ) また,原処分と原処分を維持した審査裁決との取消しを同時に求める訴えにおいて,原処分の取消請求を棄却すべき場合には,審査裁決の理由付記に不備の違法があっても,審査裁決を取り消すべきではないとも考えられること(最高裁判所昭和37年12月26日第二小法廷判決・民集16巻12号2557頁参照)に照らせば,本件については,後述のとおり本件不認定処分の取消請求を棄却すべきである以上,本件不認定裁決の理由付記の不備の主張は,同裁決の取消原因として失当に帰するべきものであって,本件不認定裁決の理由付記の欠如をいう原告の主張は,この意味でも理由がないと解すべきである。 (6) 小括以上のとおりであるから,本件不認定処分等が手続的に違法とまではいえない。 3 本件不認定処分等の実体的適否(争点(2))について次に,本件不認定処分等の実体的処分要件適合性の有無を判断する。 (1) 判断の枠組み法2条3号の2は,「難民」につき,難民条約1条又は難民議定書1条の規定により難民条約の適用を受ける難民を て次に,本件不認定処分等の実体的処分要件適合性の有無を判断する。 (1) 判断の枠組み法2条3号の2は,「難民」につき,難民条約1条又は難民議定書1条の規定により難民条約の適用を受ける難民をいうと定義しているところ,難民条約1条A(2)及び難民議定書1条2によれば,難民とは,「人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及び常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって,当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」(議定書難民)をいうとされている。 したがって,入管難民法上の難民に当たるためには,外国人が,① ある人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を有していること② ①を理由として,国籍国等において迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有すること③ そのため,国籍国等の外にいる者であって,国籍国の保護を受けることができず,若しくは無国籍者については常居所国に帰ることができず,又は国籍国の保護を受けることを望まず,若しくは無国籍者については常居所国に帰ることを望まないことの各要件を充足する必要があるところ,上記の構成要件のうち,最も重要なものは②であって,本件不認定処分等の適法性を巡る主要な争点もこの点に存するから,まず,その意義を明らかにし,次いで原告の難民性の有無を検討することとする。 (2) 「迫害を受けるおそれ」の意義ア議定書難民の位置 本件不認定処分等の適法性を巡る主要な争点もこの点に存するから,まず,その意義を明らかにし,次いで原告の難民性の有無を検討することとする。 (2) 「迫害を受けるおそれ」の意義ア議定書難民の位置付け難民条約上の「難民」には,①難民条約1条A(1)に規定された「1926年5月12日の取極(ロシアおよびアルメニア難民に対する身分証明書の発給に関する取決め),1928年6月30日の取極(ロシアおよびアルメニア難民のためにとられたある種の措置を他の範疇の難民に拡大するための取決め),1933年10月28日の条約(難民の国際的地位に関する条約),1938年2月10日の条約(ドイツからの難民の地位に関する条約),1939年9月14日の議定書(ドイツからの難民の地位に関する追加議定書)又は国際避難民機関憲章(IRO憲章)により難民と認められている者」(以下「法定難民」という。)のほか,②同条A(2)に規定された「1951年1月1日前に生じた事件の結果として,かつ,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために,国籍国の外にいる者であって,その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの及びこれらの事件の結果として常居所を有していた国の外にいる無国籍者であって,当該常居所を有していた国に帰ることができないもの又はそのような恐怖を有するために当該常居所を有していた国に帰ることを望まないもの」(以下「条約難民」という。)があり,さらに,これらのほか,③難民議定書1条2により,この条約難民の定義から,「1951年1月1日前に生じた事件の結果として,かつ,」及び「これらの事件の結果として (以下「条約難民」という。)があり,さらに,これらのほか,③難民議定書1条2により,この条約難民の定義から,「1951年1月1日前に生じた事件の結果として,かつ,」及び「これらの事件の結果として」という文言が除かれた場合の定義に該当する者が,議定書難民として入管難民法上の難民に含まれている。 上記①の法定難民は,1917(大正6)年のロシアにおける革命政府の樹立,1923(大正12)年のオスマン・トルコ帝国からトルコ共和国への移行,1930年代のナチス・ドイツ政権による迫害など,歴史上の特定の政府がその政策として政治的,宗教的,人種的反対勢力を抑圧しようとしたことを直接の契機として定められたものであり,国際的にもそのような被抑圧者をもって難民とすることが了解されていたことが明らかである。したがって,②の条約難民や③の議定書難民も,基本的には法定難民と同じ性格を承継しているというべきであるから,そこにおける「迫害」も,政府によって,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由としてされる生命,身体又は重要な自由権の侵害を指すことが前提とされていると解される。 イ他の条約等との比較例えば,「アフリカにおける難民問題の特定の側面を規律するアフリカ統一機構条約」(以下「OAU難民条約」という。)は,その1条1項において,議定書難民と全く同じ定義の難民を掲げた上で,同条2項において,「『難民』という文言は,また,外部からの侵略,占領,外国の支配,又はその出身国若しくは国籍国の一部若しくは全部における公の秩序を著しく乱す出来事のために,出身国又は国籍国の外の場所に避難所を求めて,その常居所地を去ることを余儀なくされたすべての者にも適用される。」と規定し,1項で定められた難民とは別に,当該政府による迫害以 しく乱す出来事のために,出身国又は国籍国の外の場所に避難所を求めて,その常居所地を去ることを余儀なくされたすべての者にも適用される。」と規定し,1項で定められた難民とは別に,当該政府による迫害以外の原因によって避難を余儀なくされた難民(以下「避難民」という。)をも同条約の適用対象としている。このことを裏返していえば,OAU難民条約締約国(大部分が難民条約等の締約国でもある。)が,本来の議定書難民には,当該政府による迫害に関わりない外部からの侵略・占領・支配行為又は治安悪化,天災等によって本国を離れることを余儀なくされた者は含まれないとの認識を有していることが明らかである。 また,ベトナムからのいわゆるボート・ピープルに対応するため,入管難民法が,一時庇護の対象者を拡大させた際に,難民条約1条A(2)に規定する理由(人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を有すること)によって生命,身体,自由を害されるおそれのために本邦に入った者のほかに,かかる理由そのものではないが,「これに準ずる理由により,その生命,身体又は身体の自由を害されるおそれのあった領域から逃れ……た者」と要件を緩和した者を加えた(18条の2第1項1号)のも,上記と同様の解釈を前提としていると考えられる。 ウ実質的な根拠実質的にみても,政府による迫害と関わりない外部からの侵略,治安悪化,天災等の事由による避難民は,まず当該政府によって,生命,身体又は重要な自由権を保護されるべきものと考えられ,難民条約等も,居住地域を実効支配する政府に対して自己の保護すら求め得ない立場にある者こそを,外国による庇護を最も必要とする者として,「難民」と定義し,庇護を与えようとする趣旨であると解される。 このように解すると,政府が自ら迫害に手を染めずとも 己の保護すら求め得ない立場にある者こそを,外国による庇護を最も必要とする者として,「難民」と定義し,庇護を与えようとする趣旨であると解される。 このように解すると,政府が自ら迫害に手を染めずとも,それ以外の主体による迫害行為を認識しつつ,防衛力・警察力等を意図的に発動しないような場合には,黙認による政府自身の迫害行為であると評価し得るのは当然であるし,政府が支配地域の居住民を十分に保護する能力に欠け,当該居住民が生命,身体又は重要な自由権の危険にさらされる場合でも,ここにいう「政府」とは,「中央政府」又は「正統政府」と称しているか否かにかかわらず,さらには外国から承認を受けているか否かにかかわらず,当該地域において実効支配を確立しているものという程度の意味に理解すべきであるから,迫害者集団が,限定された地域であれ,実効支配者に転化したようなときには,当該迫害者集団自体を「政府」とする迫害行為が存在すると認定できるというべきである。 それでも,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を有することによらない理由で生命,身体又は重要な自由権の危険にさらされた避難民に対して,居住域の政府が十分な保護能力を備えていない場合には,これら避難民は,「難民」として難民条約等締約国の庇護を受け得るわけではない以上,時に苛酷な結果に置かれることもあり得ることは否定できないが,警察力等が実効性を有しているかは,結局は当該政府ごとの程度の差の問題であるといわざるを得ない。本来,特別の条約がない限り,外国人を自国に受け入れる義務を負わず,外国人に対してどのような地位を与えるかを,当該国の判断にゆだねるとしてきた国民国家体制を大前提とする国際法秩序の下において,「難民に対する庇護の付与が特定の国にとって不当に重い負担となる 負わず,外国人に対してどのような地位を与えるかを,当該国の判断にゆだねるとしてきた国民国家体制を大前提とする国際法秩序の下において,「難民に対する庇護の付与が特定の国にとって不当に重い負担となる可能性のあること……を考慮し」て「協定」された難民条約前文に照らせば,難民条約等が締約国に対して上述した以上の義務を課しているとは解されないから,そうした人道上の不都合は,難民条約等によってではなく,他の国際的枠組み(OAU難民条約はこれに当たる。)か,受入国の特別の政治的判断によって解決されるほかないというべきである。 エ 「迫害を受けるおそれ」の客観性なお,原告は,「迫害」の判断に際しては当該申請者の主観に重きを置くべきである旨主張するところ,なるほど「迫害を受ける……恐怖」という概念が主観的な内容を含むことは疑いないが,同時にそれは「十分に理由のある」ものでなければならないとされているから,人の内心だけでその存否を決するのではなく,客観的な状況によって裏付けられている必要があるというべきである(もっとも,上記客観的状況は,当該申請者に即して判断されれば足り,同一集団に属する者の大多数が本国を離れていないからといって,直ちに難民であることを否定すべきものではない。)。 オ小括以上によれば,難民条約等上の難民たる要件の一としての「迫害を受けるおそれ」とは,ある者に対し,人種,宗教,国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由として,その国籍国等における政府により,その生命,身体又は重要な自由権に対する侵害を加えられるおそれがあることをいい,政府による迫害とはいえない外部からの侵略,治安悪化,天災等の事由による避難の必要性は,UNHCRの関心の対象等になり得ることはともかく,「迫害を受けるおそれ」には含まれないと れがあることをいい,政府による迫害とはいえない外部からの侵略,治安悪化,天災等の事由による避難の必要性は,UNHCRの関心の対象等になり得ることはともかく,「迫害を受けるおそれ」には含まれないと解するのが相当である(「難民認定基準ハンドブック(改訂版)」(甲78)の46頁も参照)。 そこで以下,上記の見地に立って,原告が議定書難民に当たるか否かを検討する。 (3) アフガニスタンの国情前記争いのない事実等,証拠(各項目の後に掲げたもののほか,全般的なものとして甲16,20,32,68,69,139,乙28の1ないし5,39の1・2)及び弁論の全趣旨並びに公知の事実を総合すると,アフガニスタンの国情について,以下の各事実が認められる。 ア国土,民族,言語,宗教(甲31,36,89)アフガニスタンは,別紙地図で示すように,中東,インド亜大陸及び中央アジアに囲まれた位置に約65万平方キロメートルの国土を有し,北東から南西方向にヒンドゥークシュ山脈の走る山岳国家であり,北側でトルクメニスタン,ウズベキスタン,タジキスタン(以上3か国は旧ソ連の構成国である。),東側及び南側で中国,パキスタン,西側でイランの各国に接している。首都カブルも山岳により北東部と南西部に分けられている。国内には目立った天然資源を有せず,産業としては,主として山岳に囲まれた地域ごとに,部族単位で零細規模の農耕牧畜が行われてきたにすぎず,部族を超えた意思決定が必要なときは,部族長会議(ジルガ)に拠ってきた。 人口は約2500万人で,民族構成については,パキスタンとの国境をまたぐ地域に分布するアーリア系のパシュトゥン人(かつてアフガン人と呼ばれた。)が約38パーセント(推定値。以下同じ。),同じくアーリア系でタジキスタン国境近くに分布するタジク人が約25パーセント またぐ地域に分布するアーリア系のパシュトゥン人(かつてアフガン人と呼ばれた。)が約38パーセント(推定値。以下同じ。),同じくアーリア系でタジキスタン国境近くに分布するタジク人が約25パーセント,中央高地(ハザラジャート)を中心に西カブルにも分布するモンゴル系のハザラ人が約19パーセント,ウズベキスタン国境近くに分布するトルコ系のウズベク人が約6パーセント存在するほか,アイマク人,ファルシワン(へラティス)人,トルクメン人,ブラフイ人,バルチ人,ヌリスタニ人などの少数民族も存在する。 言語については,全人口の約35パーセントに当たるパシュトゥン人が使用するパシュトゥー語のほか,タジク人とハザラ人を中心に約50パーセントの人々が使用するペルシア(タジク)語系のダリ語が公用語とされているが,ハザラ人には,母語としてハザラギ語も使用する者もいる。 宗教面ではイスラム教国であり,パシュトゥン人ほかのスンニ派が約84パーセントの多数派を占めるのに対し,ハザラ人が主体のシーア派は15パーセントにとどまる。 イ概略史(甲9,11,21の1・2,25,31,33ないし35,42,43,90,97,102の1・2,109,110,112の1・2,136の1・2,乙28の6ないし10・12・13・19,41ないし44,45の1・2,46)(ア) 近世まで現在のアフガニスタンに相当する地域は,7世紀にはアラブ,10世紀にはトルコ系のガズナ朝,13世紀にはモンゴル人であるチンギス・ハン,その後イランなど,多くの民族によって支配された後,18世紀半ばにイランから独立して王制が敷かれたが,帝国主義の時代になると,ロシアとの覇権争いに勝利した英国によって,1880(明治13)年に保護領として植民地化された。その治世下の1890(明治23)年から1901( ら独立して王制が敷かれたが,帝国主義の時代になると,ロシアとの覇権争いに勝利した英国によって,1880(明治13)年に保護領として植民地化された。その治世下の1890(明治23)年から1901(明治34)年まで王位にあったアブドゥル・ラフマンは,支配に抵抗するハザラ人をとりわけ敵視し,拷問にかけたり虐殺などしたとして,ハザラ人の間では悪名が高い。 アフガニスタンは,1917(大正6)年のロシア革命により旧ソ連が成立した後,1919(大正8)年に独立を達成したが,旧ソ連との地理的な近さもあって,国内には共産主義思想の影響が強く及んだので,これに対抗すべくタジク人のラバニ,パシュトゥン人のヘクマティアルらにより神学団体のイスラム協会(ジャミアティ・イスラミ)が結成された。 (イ) 共産主義の影響その後,アフガニスタンにおいては,1973(昭和48)年に軍事クーデタによってザヒル・シャー国王が追放され,ダウドにより共和制に移行したが,1978(昭和53)年には同様の軍事クーデタによってダウドが殺され,タラキにより共産主義体制が敷かれた。翌1979(昭和54)年12月に旧ソ連が軍事介入してカルマル共産主義政権が成立すると,上記イスラム協会,そこから分派したパシュトゥン人のヘクマティアルが率いるイスラム党(1976(昭和51)年結成),ウサマ・ビンラディンに近いパシュトゥン人のサヤフが率いて同じくイスラム協会から分派したアフガニスタン解放イスラム連合(1980(昭和55)年結成),ウズベク人のドスタムが率いるイスラム国民運動(ジュンビシ・ミリイ・イスラミ),イスラム協会に近いパシュトゥン人のムジャディディが率い,弱小ながら合従連衡に寄与したアフガニスタン国民救国戦線(1978(昭和53)年結成)等が協力し,米国,パキスタン,サウジアラビ イスラミ),イスラム協会に近いパシュトゥン人のムジャディディが率い,弱小ながら合従連衡に寄与したアフガニスタン国民救国戦線(1978(昭和53)年結成)等が協力し,米国,パキスタン,サウジアラビア,イラン等の外国からの支援も受けて,反共ゲリラ戦を展開した(ムジャヒディーン運動)。 一方,かつて,農業,牧畜により油や食肉を能率よく生産していたハザラ人は,独立後,経済的に収奪され,単純労働に奴隷使用されるなどの状況にあったが,このころ,民族の平等を標榜する共産主義政権を攻撃しない見返りに高度な自立的地位を獲得し,相対的な安定期に入った。しかし,1986(昭和61)年に,政権の首班がカルマルからナジブラーに移行した後,共産主義政権の後ろ盾となっていた旧ソ連軍が,1988(昭和63)年のジュネーヴ合意に従って翌1989(平成元)年2月に撤退し,ナジブラー政権がその求心力を失うと,以前の抑圧的状態への後退が見られたため,その地位向上を目指すマザリ,カリリらは,イスラム統一党(ヒズビ・ワフダット・イスラミ)を設立し,ハザラ人を結集させる運動を展開した。 その後,1991(平成3)年に旧ソ連が体制として崩壊すると,アフガニスタンにおいても,政府軍に属していたウズベク人のドスタム将軍が反旗を翻したことなどもあって,1992(平成4)年4月にナジブラー政権が打倒され,共産主義の時代が幕を閉じた。 (ウ) 内戦とタリバーンその後,短期間ではあるが,ムジャヒディーンを構成する各派がムジャディディ,次いでラバニを首班とする連立政権を形成していたが,冷戦の終焉に伴って,その地理的条件から,旧ソ連内の中央アジア諸国に埋蔵されている天然ガス等の資源輸送路として脚光を浴びるようになったため,各派による覇権争いの上に,周辺諸国及び大国の思惑が複雑に作用して,間 伴って,その地理的条件から,旧ソ連内の中央アジア諸国に埋蔵されている天然ガス等の資源輸送路として脚光を浴びるようになったため,各派による覇権争いの上に,周辺諸国及び大国の思惑が複雑に作用して,間もなく内戦状態に突入した。 1993(平成5)年2月には,ラバニ大統領,マスード司令官らのタジク人勢力中心の政権が,西カブルのアフシャール地区に居住するハザラ人に対して攻撃を加え,多数の民間人を殺りく,強姦するなどの事件が生じるなど,混迷を深める状況の中,1994(平成6)年末ころになって,南部のカンダハルから台頭してきたのが,オマルを指導者としてスンニ派原理主義を唱え,パキスタンやサウジアラビアなどの支援を受けたパシュトゥン人主体のタリバーンである。タリバーンは,相対的多数派のパシュトゥン人を主体として構成されていることや,内戦に伴う暴虐行為を嫌忌した人々から一定の支持を得たことなどから,勢力を伸ばし,1996(平成8)年9月末には首都カブルを陥落させ,他勢力を北部に追いやって,攻勢を強めた。 他方,タジキスタンに近い北東部に拠点を置き,同国や構成民族出自の近いイランのほか,パキスタンと対立するロシア,インド等の支援を受けるタジク人主体のイスラム協会,ウズベキスタンに近い北部のマザリ・シャリフに拠点を置き同国の支援を受けるウズベク人主体のイスラム国民運動,中央のバミアンに拠点を置きシーア派国家であるイランの支援を受けるハザラ人主体のイスラム統一党等は,反タリバーンを旗印に「北部同盟」を組み,その後はサヤフ派や,タジク人とされるが西部のヘラートに拠点を置くイスマイル・カーン派も加わって抵抗活動を続けたが,次第に追いつめられ,最終的には,タリバーンは国土の9割を掌握したといわれるまでになった。 タリバーン政権は,その治世下において,極端な 拠点を置くイスマイル・カーン派も加わって抵抗活動を続けたが,次第に追いつめられ,最終的には,タリバーンは国土の9割を掌握したといわれるまでになった。 タリバーン政権は,その治世下において,極端な原理主義的施策を実行し,美徳推進悪徳撲滅省(宗教警察)を設置して,これに従わない人々の身柄を道徳的な破倫行為等を理由に拘束したり,拷問や身体刑を科したりするなど,強圧的手段によってスンニ派の保守的な教義を国民に強制した。また,特にハザラ人については,シーア派は殺しても罪にはならないとのファトワ(イスラム法解釈に関わる裁定)が出されたことや,外貌によっても多数派のパシュトゥン人やタジク人と容易に区別できることなどもあって,カブル,ガズニ,ヘラート等の地域において,相当数の行方不明,身柄拘束の例が報告された。うちヘラート以外の地域のハザラ人は,長期の身柄拘束を受けがちであったし,1998(平成10)年8月には,マザリ・シャリフにおいて,前年に進攻してきたパシュトゥン人のタリバーン兵多数が北部同盟によって殺害されたことの報復として,民間人を含む多数のハザラ人が虐殺され,2001(平成13)年1月には,ヤカオランで同様の虐殺事件が起きるなどした。 タリバーン政権は,アフガニスタン・イスラム首長国を名乗ったが,政府承認をしたのは,パキスタン,サウジアラビア,UAEの3か国にすぎなかった。 (エ) アフガニスタン戦争とその結果こうした中,2001(平成13)年9月11日,米国でいわゆる同時多発テロ事件が発生したため,同国は,その首謀者と目されるウサマ・ビンラディンをかくまっていると考えられたタリバーン政権に対して同人の引渡しを要求したが,同政権はこれを拒否した。そこで,米英軍は,同人とその率いるテロ組織アル・カイダの捕獲,掃討を目指して,同年10月 ディンをかくまっていると考えられたタリバーン政権に対して同人の引渡しを要求したが,同政権はこれを拒否した。そこで,米英軍は,同人とその率いるテロ組織アル・カイダの捕獲,掃討を目指して,同年10月7日に空爆を開始し,これと共闘する北部同盟も攻勢に転じた。やがてタリバーン軍の主力は,これらと激突することなく壊走を始め,同年11月13日には北部同盟によってカブルが陥落してタリバーン政権が崩壊し,同年12月7日には拠点であったカンダハルからもタリバーン軍の主力構成員が敗走し,翌2002(平成14)年1月,最後まで立てこもっていた一部の兵が掃討されて,主要な戦闘行為は終結した。ただし,タリバーン兵はもともと農民であった者も多く,民間人に紛れ,あるいは出身地に身を潜めるなどして,生き残っていると見られている。 反タリバーンの立場を取る各派は,タリバーン政権の崩壊が迫った2001(平成13)年12月5日,ドイツのボンでアフガニスタン代表者会議を開催し,①国王派であったカルザイを首班とする暫定行政機構(行政府),特別独立委員会(立法府である国民大会議(ロヤ・ジルガ)招集のための機関),最高裁判所(司法府)から成る暫定政権を同月22日に樹立させること,②暫定政権がアフガニスタンの主権を代表すること,③暫定政権成立後6か月以内に,ザヒル・シャー元国王が,移行政権を決定する緊急ロヤ・ジルガを招集すること,④移行政権成立後18か月以内に,憲法制定ロヤ・ジルガを招集し,先の緊急ロヤ・ジルガ開催から2年以内の選挙を経て国民を完全に代表する政権を樹立させることを合意し(いわゆるボン合意),これに基づいて同月22日,暫定政権が成立し,カルザイがその議長に選出され,カリリ副大統領を含む数名のハザラ人閣僚も選任された。翌2002(平成14)年1月,国際治安部隊( し(いわゆるボン合意),これに基づいて同月22日,暫定政権が成立し,カルザイがその議長に選出され,カリリ副大統領を含む数名のハザラ人閣僚も選任された。翌2002(平成14)年1月,国際治安部隊(後のISAF)の派遣が最終合意され,同月21日及び22日に東京で開かれたアフガニスタン復興支援国際会議では,61か国と21国際機関が集まり,共同議長国(機関)である日本,米国,EU及びサウジアラビアなどの国が,暫定政権に対して初年度で18億米ドルを超える国際援助をすることで合意した。そして,同年6月11日から19日まで,代議員1650名が参加してカブルで開催された緊急ロヤ・ジルガにおいて,カルザイが大統領に選出,最高裁判所長官及びハザラ人を含む閣僚の人事が承認されて,アフガニスタン・イスラム移行政権(カルザイ政権)が発足した。同政権の課題は,いかに民族間の対立を解消し,協力態勢の下でアフガニスタンの民主的復興をなし遂げるかであると指摘されていた。 なお,UNHCRは,2001(平成13)年10月,各国に対し,アフガニスタンの不安定な状況にかんがみ,アフガニスタン人の庇護希望者を本国に送還しないことを要請した。 ウその後の状況(甲22ないし24,38,39,41,44ないし48,51,55,57,79ないし81,94,95,98,102の2ないし5,103ないし105,106の1ないし3,111,113ないし115,117ないし119,121,124ないし126,129ないし131,133,140,141,142の1,146ないし150,152ないし155,157,158,160ないし162,166,167,169,176ないし188,189の1ないし4,190の1・2,191の1・2)(ア) 治安の悪化タリバーン軍の拠ったカンダハルが 5,157,158,160ないし162,166,167,169,176ないし188,189の1ないし4,190の1・2,191の1・2)(ア) 治安の悪化タリバーン軍の拠ったカンダハルが陥落した後,2002(平成14)年2月にはカブル空港で,暫定行政機構の閣僚ラフマン航空・観光大臣が撲殺され,同年4月にはパキスタン国境に近い東部のジャララバードで,タジク人閣僚でイスラム協会首領のファヒム国防大臣が暗殺未遂に遭うなどの事件が起きたが,カルザイ政権発足後間もない同年7月7日には,首都カブルで,主要4民族から選出されていた副大統領のうち,パシュトゥン人の1人であるカディル公共事業大臣が暗殺された。さらに,同年9月5日,カルザイ大統領自身に対して銃撃テロ(未遂)が加えられた。この間,同年4月には,ISAFが反政府武装運動を組織した容疑で約600人を逮捕している。 同年11月ころからは,断続的に,特にパキスタン国境付近の東部のクナル州から南部のヘルマンド州にかけての地域で,爆破事件や米軍又はISAF関係施設等を狙った襲撃事件などが発生し,ジャララバードで夜間外出禁止令が布告されたり,パキスタンに出国する者も相当数いたりしたほか,一部カブル周辺部及び北部の米軍基地においても爆破事件が起きている。 また,同年12月に,ペシャワールを州都とし,タリバーン発祥の地ともいわれるパキスタンの北西辺境州の地方選挙において,イスラム原理主義政党が圧勝したのと前後して,同地域及び前記アフガニスタン南東地域(両者を併せたのが「パシュトゥン人の国」という意味の「パシュトゥニスタン」とも呼ばれる地域である。)でタリバーンの残党が再編成されている旨も報じられるようになり,米軍が掃討作戦に動いた結果,武器庫が発見されたり,戦闘員と思われる者が拘束されたこともあ シュトゥニスタン」とも呼ばれる地域である。)でタリバーンの残党が再編成されている旨も報じられるようになり,米軍が掃討作戦に動いた結果,武器庫が発見されたり,戦闘員と思われる者が拘束されたこともあった。2003(平成15)年3月には,タリバーン幹部司令官がBBCの取材に応じて,米軍主導の連合軍を攻撃しているなどと語り,オマルも前後して聖戦(ジハード)を呼びかけるなど,前記爆破・襲撃事件の少なくとも一部は,タリバーン関係者の所為と目されている。同年6月と7月には,この地域に隣接するパキスタンのクエッタでシーア派のモスクが攻撃された。一般住民の間では,平和の到来を待ち望む声が高いものの,米軍の掃討作戦に伴う誤爆事件の発生などを契機に,反米感情の高まりも見られる。 タリバーンの残党以外の治安不安定要素としては,イスラム党のヘクマティアルがタリバーンとアル・カイダを共に支持する旨表明し,反カルザイの立場を鮮明にしたことが挙げられる。また,国内各地に多数の地雷が埋設されたままであり,民間人に被害が生じているほか,北部のマザリ・シャリフや西部のヘラートなどでも,あへんや麻薬,さらには交易上の利権を巡って軍閥間の武力抗争が発生しており,2003(平成15)年1月には,マザリ・シャリフ付近で複数回の爆破事件が,同年3月にはヘラートでも爆破事件が起きている。首都カブルでは,地方より治安状況がよく,タリバーン政権下で教育を受けることを禁じられてきた女性をも対象とした学校教育が再開されたり,物資の流通が活発化している反面,窃盗事件が頻発し,外国人を狙ったテロなども終息していない。 なお,イスマイル・カーンが知事を務める西部のヘラート州では,女性に対する差別や虐待があるとも噂されたことから,国連代表団が調査に入り,またヘラートのほか,南部のカンダハル, ども終息していない。 なお,イスマイル・カーンが知事を務める西部のヘラート州では,女性に対する差別や虐待があるとも噂されたことから,国連代表団が調査に入り,またヘラートのほか,南部のカンダハル,中央部のバミアン,南東部のガルデス,東部のジャララバード,北東部のファイザバード,北部のマザリ・シャリフにも独立した人権委員会の事務所が順次開設されることになっていたが,2003(平成15)年11月にガズニでUNHCR職員が殺害されたため,南東域での国連の活動が停止された。国連は,トルコ軍の指揮するISAFに対して任務を地方都市に拡大するよう継続的に要請しているが,かえって2004(平成16)年夏には駐留米軍の撤退が計画されている。 日本の外務省は,2002(平成14)年9月1日及び2003(平成15)年6月30日現在で,カブル,ヘラート,ジャララバード,バミアン,カンダハルの5都市については渡航延期勧告を,それ以外の地域については退避勧告を出している。 (イ) カルザイ政権の対応タリバーン残党や軍閥の動きに対し,カルザイ政権は,首都カブルを中心に展開するISAF約5000名,米軍中心の多国籍軍1万数千名のほか,7万名を目標としたアフガニスタン国軍の創設によって対処しようとしているが,国軍の創設は予定どおり進捗せず,軍閥を統制できるまでには至っていない。そのためか,同政権は,タリバーン残党強硬派の討伐に消極的なカンダハル州知事を2003(平成15)年8月に解任する一方で,穏健派に対しては,意を払う発言をしたり,懐柔目的で接触するというように,硬軟織り交ぜた対応をしている。 カルザイ政権の影響力は,地方の隅々までは及んでおらず,徴税権もいまだ地方軍閥が実質的に掌握しており,その一部がカルザイ政権による説得を受けて上納されるようになってき 織り交ぜた対応をしている。 カルザイ政権の影響力は,地方の隅々までは及んでおらず,徴税権もいまだ地方軍閥が実質的に掌握しており,その一部がカルザイ政権による説得を受けて上納されるようになってきた程度である。軍閥の武装解除も試みられているものの,2003(平成15)年3月にマザリ・シャリフで武装解除が確認されたほかは,上級政治家の軍事活動関与を禁止する大統領令を一部の知事が受け入れると語ったり,2003(平成15)年1月に国際刑事裁判所規程を批准し,同年5月1日に発効させて,軍閥に対して戦争犯罪や人道に対する罪を犯した場合の警告を発した程度の成果にとどまっている。 あへんや麻薬の原料となるケシ栽培の取締りも,他の産業がなかなか定着しないこともあって,一部を除いて目立った効は奏していない。 (4) 原告の難民性の有無アシーア派のハザラ人の難民性以上の認定事実によれば,アフガニスタンにおけるシーア派のハザラ人は,その民族及び宗教上の違いから,19世紀末ないし20世紀初頭の王制下や共産主義政権打倒後の内戦時代からタリバーン政権下にかけて迫害の対象にされていたということができる。しかしながら,本件不認定処分等が行われた時期(前記のとおり,本件不認定処分は平成14(2002)年3月11日付け,本件不認定裁決は同年6月4日付けでされている。)には,国際的な支援の下でカルザイを首班とする暫定行政政権が成立し,さらには緊急ロヤ・ジルガを経てアフガニスタン・イスラム移行政権(カルザイ政権)が発足するなど,アフガニスタンの復興作業が開始された途上に当たるところ,同政権には,複数のハザラ人閣僚が含まれているなど,シーア派ないしハザラ人が一定の政治的発言力を確保していると判断することができるし,同政権自体も,民族間の対立を扇動したり,特定の民族を排斥 ころ,同政権には,複数のハザラ人閣僚が含まれているなど,シーア派ないしハザラ人が一定の政治的発言力を確保していると判断することができるし,同政権自体も,民族間の対立を扇動したり,特定の民族を排斥することによってもたらされた内戦と荒廃という結果を反省する見地から,主要4民族の協調態勢を構築してアフガニスタンの民主的復興を図ろうとする基本的政治姿勢を保持しており,特定の宗教的集団ないし民族に対する迫害を容認ないし黙認する姿勢を有していないことが明らかである。 もっとも,その時期において,タリバーン兵は,その勢力を温存すべく,米英軍や北部同盟軍と正面から激突することを避け,民間人に紛れ,あるいはパシュトゥニスタンとも呼称される南東地域に溶け込んだと表現するのが適切な実態であるし,北部同盟を構成する各派も,反タリバーンという一点で共闘していたにすぎず,その目的が達成されれば,各派の利害関係が前面に出てくることが予想されるなど,不安定要因の存在も指摘されていたところ,現実の展開も,カルザイ政権による実効支配はアフガニスタンの国土全域に十分に及んでいるわけではなく,パシュトゥニスタン地域を中心に,タリバーンの残党が組織の再編を図り,テロ活動をも含めた攻撃を行うことが見られるようになっているほか,同地域以外にも軍閥によって実質的に支配され,治安の悪い地域が少なからず存在するなど,この危惧を裏付けるものであることは否定できず,将来的にも,アフガニスタン情勢が急速に改善に向かうと予想することは困難である(甲75,116,122,123,139,173,原告本人。ただし,乙39の1・2ではこれを否定する見解もあることが示されている。)。 しかしながら,タリバーンの残党勢力が,地域的にせよ国土の一部を実効支配している事実は認められないし,その攻撃も主 本人。ただし,乙39の1・2ではこれを否定する見解もあることが示されている。)。 しかしながら,タリバーンの残党勢力が,地域的にせよ国土の一部を実効支配している事実は認められないし,その攻撃も主として米軍やISAFほかの駐留外国人関係施設ないしカルザイ政権に向けられたゲリラ的なものであって,シーア派ないしハザラ人を標的とした狙い打ち攻撃が頻発しているわけではない(なお,他国におけるハザラ人の難民認定状況に関する乙40の1ないし6も参照。)。このような動きに対して,カルザイ政権やこれを支える米軍及びISAFは,タリバーン残党強硬派の討伐に尽力しているところであり,完全に押さえ込むには至っていないものの,逆に同勢力による再度の台頭が容易な状況にあるともいえない。地方に割拠する軍閥も,利権確保に動いているのが実情で,シーア派ないしハザラ人への敵対行動を示しているわけではなく,カルザイ政権も中央政府による統制に向けて努力を重ねているということができる。 そうすると,本件不認定処分等の時期のアフガニスタンにおいては,一般的な治安上の不安定要因は存在するものの,シーア派のハザラ人という「人種」,「宗教」等を理由として行われる攻撃としての性格は極めて希薄で,政府によるシーア派のハザラ人に対する直接的ないし黙認による迫害行為が存在するわけではないというべきであるから,シーア派のハザラ人の一員であるというだけで,前述の迫害の要件を満たすものとはいえないと判断するのが相当である。 イ原告の体験に基づく難民性この点に関連して,原告は,1992(平成4)年に,プレスオフタで銃撃戦に巻き込まれ自ら被弾したり,母が空爆で死亡したりしたこと,1997(平成9)年には,マザリ・シャリフでタリバーン軍の来襲に遭い,ホテルから一歩も出られなかったこと,原告の に,プレスオフタで銃撃戦に巻き込まれ自ら被弾したり,母が空爆で死亡したりしたこと,1997(平成9)年には,マザリ・シャリフでタリバーン軍の来襲に遭い,ホテルから一歩も出られなかったこと,原告の家族とタジク人の家族が不仲であったりしたことなど,その個人的体験に基づいて迫害を受けるおそれがある旨主張する(なお,原告は,証拠(原告本人)において,上記の銃撃戦はコテサンギでのもので,原告は,自らカラシニコフ銃を取ってアフガニスタン解放イスラム同盟(サヤフ派)と戦った旨も供述する。)。 しかしながら,前記認定及び判断に照らすと,本件不認定処分等がされた時期において(その後の治安情勢を考慮しても),タリバーンの残党勢力等が,過去において敵対行動を取ったことを理由に報復を加えることを企図し,容易に敢行し得る状況であったとは考え難い上,証拠(甲2の1・2,3,75,乙1,16,原告本人)によれば,上記の銃撃戦の現場には,多数の者がおり,原告がとりわけ目立つ存在であったとは認められない上,タジク人家族とのいさかいについても,個人的事情に基づくものと解するほかなく,人種又は宗教が攻撃の標的とされる要因であるとは考えられないから,結局,上記の個人的な各体験が迫害の存在を基礎付けるとは判断できない。 (5) 小括したがって,本件不認定処分等の時において,原告は議定書難民であったとは認められないから,本件不認定処分等に実体的違法はなく,これらの取消しを求める原告の請求は理由がない。 4 本件退去裁決の適否(争点(3))について(1) 通訳の適否そこで次に,本件退去裁決の適否を判断するに,原告はまず,退去強制容疑事件に係る違反調査及び口頭審理並びに本件退去異議申出後の補充調査の際の通訳の不適正が,同裁決の手続的違法を構成する旨主張する。 しかしなが 本件退去裁決の適否を判断するに,原告はまず,退去強制容疑事件に係る違反調査及び口頭審理並びに本件退去異議申出後の補充調査の際の通訳の不適正が,同裁決の手続的違法を構成する旨主張する。 しかしながら,まず,入国審査官による容疑事実の認定までの入国警備官及び入国審査官による調査に関しては,証拠(乙6ないし10)によれば,全体としては複数の通訳人が充てられている事実が認められ,うち通訳人aの介した調査(聴聞)についても,前記2(3)イに認定のとおり,通訳が不適正であったために,原告が任意に供述できなかったとか,調書が全くの作文であるとまでは認め難い上に,そもそも入国審査官は退去強制事由の認定権限のみを有しており,在留特別許可等の権限は有していないところ,原告も旅券を所持せずに本邦に入った事実自体は認めていて,違反調査自体に困難があったとは考え難いこと(実体的に難民であるとしても退去異議申出の理由があることにならないのは後記(2)のとおりである。)からすれば,入国審査官による容疑事実の認定までの過程に,通訳の不適正を理由とした手続的違法があったと認める余地はないというべきである。 他方,平成14(2002)年5月10日の名古屋入管特別審理官による口頭審理に関しては,前記のとおり,通訳人aが原告に金品を要求した疑いを否定できないが,原告が,手続終了後直ちに忌避を申し立てた結果,その後同月21日に別の通訳人を介して補充調査が行われていること(乙12,原告本人)からすると,前記2(3)アに判示したところと同様の基準に照らして,本件退去裁決に至るまでの過程に,全体として,通訳の不適正を理由とする手続的違法があったとまではいえないと解するのが相当である。 なお,原告は,平成14(2002)年5月21日の補充調査に係る調書は,誤脱字に至るまで同月1 程に,全体として,通訳の不適正を理由とする手続的違法があったとまではいえないと解するのが相当である。 なお,原告は,平成14(2002)年5月21日の補充調査に係る調書は,誤脱字に至るまで同月10日の口頭審理調書の引き写しである旨主張するが,証拠(乙11,12)によれば,一部ではあるが,前者において追加的に録取されている事項も認められる上,両日の調査を担当した特別審理官自身が同一人物であって,同月21日の手続は,同月10日の手続に誤訳等がなかったかの確認に費やされたと考えられることからすると,大部分において同一の内容が録取されていたとしても,原告の言い分に耳を傾けることなく,言わば作文をしたとまでは認め難い。 よって,本件退去裁決についての手続的違法に関する原告の主張は採用できない。 (2) 本件退去異議申出理由の有無次に原告は,本件退去異議申出に理由がある旨を主張するが,原告は,前記争いのない事実等のとおり,旅券を所持することなく本邦に入ったのであるから,法24条1号の不法入国者に該当することは明らかであり,したがって,原告につき同号の退去強制事由があるとの名古屋入管入国審査官の認定及びこれを是認した同入管特別審理官の判定はいずれも正当であって,本件退去異議申出は理由がない。 原告は,国内法に基づく強制退去手続は難民条約の趣旨に沿って運用されるべきであるとの前提で,原告が難民条約等上の難民に当たらないとした名古屋入管特別審理官の判定には事実誤認があり,本件退去異議申出には理由がある旨主張するところ,退去強制手続と難民認定手続とは別個の手続体系を有しており,法24条各号の退去強制事由を有する者が,仮に難民条約等上の難民に該当するとしても,そのことにより退去強制事由の認定に誤りがあるとか,退去強制手続が違法になるわけではない。 の手続体系を有しており,法24条各号の退去強制事由を有する者が,仮に難民条約等上の難民に該当するとしても,そのことにより退去強制事由の認定に誤りがあるとか,退去強制手続が違法になるわけではない。このことは,法61条の2の8が,被告大臣は,法49条3項の裁決をするに際し,難民認定を受けている者の異議申出が理由がないと認める場合でも,在留を特別に許可できると規定していることや,法70条の2が,不法入国(法70条1項1号)その他の退去強制事由に当たる罪について,難民であること等を違法性ないし責任の阻却事由としてではなく,刑の免除原因として定めていることなどから明らかである。 また,原告は,本件退去異議申出の理由がないとの判断が憲法13条,14条,自由権規約6条,7条,9条及び26条の各規定に違反する旨も主張するが,これらの規定は,上述したところと同じ意味において,退去強制事由の存否とは関係がないというべきであって,この点は,次の在留特別許可に係る裁量権の行使に際して問題となるにすぎないというべきである。 (3) 在留特別許可の裁量の逸脱ないし濫用の存否原告は,被告大臣は,法49条1項に基づく異議の申出に理由がないと認める場合でも,法50条に基づいて当該容疑者の在留を特別に許可することができる権限を有しているところ,明らかに同許可を与えるべき原告に対し,これを与えないで本件退去裁決をした違法が存すると主張する。 そこで判断するに,前記2(2)のとおり,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか等を,当該国家が自由に決定することができるものとされていて,外国人は我が国に入国する自由を保障されているものではないと解すべきことからすると,被告大臣は,条約等によって特別 内に受け入れるかどうか等を,当該国家が自由に決定することができるものとされていて,外国人は我が国に入国する自由を保障されているものではないと解すべきことからすると,被告大臣は,条約等によって特別の制約を受けない限り(難民条約による特別の制約を具体化したものが法61条の2の8と考えられる。),法24条各号所定の退去強制事由を有する外国人に対して,在留特別許可を与えるか否かを決するにつき,政治的,外交上の見地からする裁量権を有すると解すべきであり,かつその裁量の範囲は,既に適法な在留資格を有して我が国に在留している者に関する在留期間の更新等の場合以上に広範であるというべきである。 そこでこの見地に立って,本件の原告について上記裁量権の行使に逸脱ないし濫用があったか否かを検討するに,原告が,そもそも本件退去裁決の時期において難民条約等にいう難民に当たらないことは前記3に述べたところと同様であるから,原告の難民性を理由として同人に在留特別許可をすべきであったか否かを判断するのはその前提を欠く。もっとも前記認定事実によれば,アフガニスタンにおいては,カルザイ政権やこれを支援する国際的な枠組みの復興努力にもかかわらず,治安上の不安定要因が払しょくされていないなどの理由で,そこに生活する者が一定の苦難を強いられていることは否定できないが,だからといって,同国へ送還することが直ちに憲法13条,14条,自由権規約6条,7条,9条及び26条の各規定に違反するなどして,被告大臣に認められた広範な裁量権を逸脱ないし濫用したものになるともいえない。 以上によれば,本邦への在留を積極的に許可すべき事情の見当たらない原告について,在留特別許可を与えなかった被告大臣の判断に,違法な逸脱ないし濫用のある裁量権の行使があったということはできない。 (4) 小括 ,本邦への在留を積極的に許可すべき事情の見当たらない原告について,在留特別許可を与えなかった被告大臣の判断に,違法な逸脱ないし濫用のある裁量権の行使があったということはできない。 (4) 小括したがって,本件退去異議申出の理由がないと判断した上で原告に対して在留特別許可を与えなかった本件退去裁決に違法はなく,これを取り消すべき旨の原告の主張は理由がない。 5 本件発付処分の適否(争点(4))について(1) 難民条約違反等の有無そこでさらに,被告主任審査官による本件発付処分の適否を判断するに,まず,①本件不認定処分等の違法を前提にその違法性が承継される旨,及び②原告が難民条約等上の難民であることを前提に難民条約33条1項に違反する旨の各原告の主張は,既にみたとおり,いずれも前提を欠くものとして採用できない。 なお,仮に①の主張が,本件退去裁決の違法は本件発付処分に承継される旨の主張を含むと解したとしても,本件退去裁決に違法がないことは4にみたとおりであるから,いずれにせよその主張は前提を欠くものである。 (2) 拷問等禁止条約違反の有無次に原告は,本件発付処分が拷問等禁止条約3条1項に違反する旨主張する。 なるほど同項は,「締約国は,いずれの者をも,その者に対する拷問が行われるおそれがあると信ずるに足りる実質的な根拠がある他の国へ追放し,送還し又は引き渡してはならない。」と規定しているが,同条約1条1項は,ここにいう「拷問」について,「身体的なものであるか精神的なものであるかを問わず人に重い苦痛を故意に与える行為であって,……公務員その他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるものをいう」旨定義しているところ,前記3の(3)及び(4)の認定・判断に係るアフガニスタンの状況に照らせ 他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるものをいう」旨定義しているところ,前記3の(3)及び(4)の認定・判断に係るアフガニスタンの状況に照らせば,少なくともアフガニスタンの「公務員その他公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に」,原告に対して重い苦痛を与える行為が行われるおそれがあるとは認められず,その余の要件の充足の有無について判断するまでもなく,原告の主張は採用できない。 (3) 退去強制令書発付の裁量の有無また,原告は,被告主任審査官が退去強制令書を発付しない裁量権をも有することを前提に,その裁量権を逸脱して本件発付処分をしたことが違法であると主張するが,入管難民法上,被告主任審査官がかかる権限を有していることをうかがわせる規定は存在せず,かえって法49条5項が,「主任審査官は,法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは,……退去強制令書を発付しなければならない。」と規定し,この場合における退去強制令書の発付を被告主任審査官の義務として位置付けていること(このことは,法47条4項,48条8項でも同様である。),実質的にも,退去を求めるか又は在留特別許可を与えるかについては,高度な政治・外交上の判断を要する場合があり,その主体としてふさわしい被告大臣がその権限を有するべきであるというのが入管難民法の趣旨と考えられること(被告大臣は,難民条約33条の規定に照らし,実体的に難民条約等上の難民に当たる外国人については,難民の認定を受けているか否かにかかわらず,当該外国人をいかなる国に送還するか,あるいは送還先の候補国の政情いかんによっては送還自体が妥当かなどを慎重に考慮し,在留特別許可をすべきか否かも検討すべきである。 を受けているか否かにかかわらず,当該外国人をいかなる国に送還するか,あるいは送還先の候補国の政情いかんによっては送還自体が妥当かなどを慎重に考慮し,在留特別許可をすべきか否かも検討すべきである。名古屋地方裁判所平成14年(行ウ)第19号・平成15年9月25日判決参照)などを考慮すると,原告の上記主張は,採用の余地がないというべきである。 (4) 退去先選択権の存否さらに原告は,国籍国による保護を望まない者が,退去先選択権を有することを前提として,本件発付処分がこの権利を侵害するものとして違法である旨も主張する。 しかしながら,仮に,国籍国等による保護を望まない者に退去先選択権が認められるとすれば,当該選択された退去先にとって外国人である被送還者について,当該国への入国の自由を認めるにも等しい結果となるが,現在の国際慣習法がこれを認めるとは考え難いこと(なお前掲最高裁判所昭和53年10月4日大法廷判決も参照。),そもそも法53条1項が,退去強制における第一次的な送還先を国籍国又は市民権の属する国としているのは,これらの国については,通常,被送還者の受入れを拒否される事態が考えにくいのに対して,同条2項に定める国々については,受入国の態度抜きには強制送還を実現し得ないことから,まずもって前者に送還すべきものとした趣旨によるものと解され,当該規定は,それ自体合理性を有するものと考えられることなどを考慮すると,当該選択権の享有をいう原告の主張は到底採用できるものではないから,同条に基づいて送還先を決定した本件発付処分に違法はないというべきである。 (5) 小括よって,本件発付処分には違法はなく,これを取り消すべき旨の原告の主張は採用できない。 6 結論以上の次第で,本件各処分の取消しを求める原告の本訴請求はいずれも理由がないから 。 (5) 小括よって,本件発付処分には違法はなく,これを取り消すべき旨の原告の主張は採用できない。 6 結論以上の次第で,本件各処分の取消しを求める原告の本訴請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第9部裁判長裁判官加藤幸雄裁判官舟橋恭子裁判官平山馨(別紙省略)
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