昭和26(う)81 殺人未遂教唆殺人未遂幇助被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和27年6月14日 高松高等裁判所 棄却
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【DRY-RUN】主    文      本件各控訴はいずれもこれを棄却する。      当審における訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。          理    由  被告人A1の弁護人下田勝久、同池田克、

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主文 本件各控訴はいずれもこれを棄却する。 当審における訴訟費用は全部被告人三名の連帯負担とする。 理由 被告人A1の弁護人下田勝久、同池田克、同皆川治広、同小野清一郎の各控訴趣意、被告人三名の弁護人山本将憲、同宇和川浜蔵、同白石近章、同村上常太郎の各控訴趣意、検察官(松山地方検察庁検事正岡本吾市)の控訴趣意並に各弁護人の控訴趣意に対する検察官(高松高等検察庁検事田中泰仁)の答弁は夫々別紙記載の通りである。 弁護人下田勝久の控訴趣意第一点について。 原判決は「被告人A1はB1株式会社の社金費消に関する事件(以下単にB1事件と称す)で昭和二十二年七月三十一日保釈により釈放せられた際かような憂目をみたのはB1の社長B2副社長B3の所為によるものと考へ甚だしく憤慨すると同時に(中略)右事件捜査の背後にはB4a県知事やa県会議員であつて同県警察医であるB5等の策動があるものと思料し同人等に対しても深く恨を懐くに至つた」と認定しながら、他方「被告人A1は昭和二十二年八月十二日頃CがA1方を訪れた際同人に対しB2を煽動して自分を突込んだ者はB4知事とB5であることが判つた、B2やB3は問題ではないB5をやれと告げてB5の殺害方を教唆し」と認定していること所論の通りである。論旨は右は矛盾した認定であり判決理由にくいちがいがあると主張する。しかし原判決を検討するに原判決の認定した趣旨は、被告人A1は右保釈当時右事件捜査の背後にはB4a県知事やB5県会議員等の策動があるものと思料して同人等に対しても既に恨を懐くに至つていたけれども主として憤慨したのは自己の尽力によつて前記B1株式会社の社長、副社長の地位についているB2及びB3に対してであつてその憤懣の情をはらすため同年八月二日頃Cに対し右B2の殺 懐くに至つていたけれども主として憤慨したのは自己の尽力によつて前記B1株式会社の社長、副社長の地位についているB2及びB3に対してであつてその憤懣の情をはらすため同年八月二日頃Cに対し右B2の殺害方を依頼したものであるところ、その後B4知事とB5がB2を煽動したことが判明したため寧ろB2等よりもその黒幕であるB5を殺害すべきであると心境の変化を来し同月十二日頃Cに対し殺害の相手方を変更しB5殺害方を教唆したものであるとの趣旨であつて、かかる経緯は吾人の充分首肯し得るところであり原判央の認定が矛盾しているとは見られない。原判決には所論の如き理由のくいちがいはなく論旨は理由がない。 同第二点について。 論旨は原判決は証拠に基かないでCが殺意を以てB5を刺した事実を認定していると謂うのである。しかし原判決の右殺意の点についての証拠説明(原判示一の事実についての証拠(六)のニ参照)に徴しCは殺意を以て刺身庖丁でB5の背部及び胸部を突刺した事実を充分肯認することができ、原判決に所論の如き違法はない。論旨は理由がない。 (尚Cの殺意の点については論旨第十八点に対する判断参照)同第三点について。 論旨は原審は証第十六号の一、二乃至第三十号(CよりD1宛)及び証第三十一号乃至第五十六号(D1よりC宛)の各手紙を刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面として証拠調をしているけれども、右各手紙は右条項に該当する書面とは認められず、従て証拠能力のないものであると主張<要旨第一>する。仍て考察するに刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面は所謂信用性の情況的保障の点におい</要旨第一>て同条第一号及び第二号の書面に準ずる程度のものであることを要するものと解すべきこと所論の通りであるけれども、原審は差出人又は受取人であるC及びD1の原審におけ の情況的保障の点におい</要旨第一>て同条第一号及び第二号の書面に準ずる程度のものであることを要するものと解すべきこと所論の通りであるけれども、原審は差出人又は受取人であるC及びD1の原審における各証言に徴し右各手紙が信用すべき情況の下に作成されたものと認めたこと明かであり(原審第五回公判調書参照)、また右各手紙の封筒及び中身につきその外観、内容等を仔細に点検すれば原審がこれ等の手紙を刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当するものとしてその証拠能力を認めたのは蓋し相当であると謂はなければならない。 尚右各手紙の中証第十六号の一、二乃至第十八号、第三十四号、第三十七号、第四十八号、第五十四号の各手紙の封筒には刑務所の検閲印又は受附印等が押捺された形跡がないけれども、必ずしもこの一事を以て刑務所在監者との往復信書でないとは断ぜられない(当審における証人E1に対する尋問調書参照)。従て原審の訴訟手続には所論の如き違法はなく論旨は採用し難い。 同第四点について。 論旨は押収に係る本件各手紙の中には封筒と中身とが一致せず明かに中身を書きかえて差しかえたと認められるものが数通あり種々の工作が施されていること明かであつてこれ等の手紙は証拠能力を有しないものであると主張する。仍て本件各手紙を検討するに(イ)証第三十一号の手紙(D1よりC宛)は封筒は松山刑務所宛であるところその中身には夫Cが早く松山刑務所に移監になり同刑務所で服役できる日を待つている旨の文言があり、(ロ)証第十六号の二の手紙(CよりD1宛)は封筒に昭和二十三年七月二十五日の山口郵便局の消印がありその中身に「子供の写真を撮つて送つて下さい」との文言があるところ、その返信と見られる証第五十号の手紙(D1よりC宛)によれば封筒に昭和二十三年七月二十二日の松山郵便局消印がありその中身二枚目 ありその中身に「子供の写真を撮つて送つて下さい」との文言があるところ、その返信と見られる証第五十号の手紙(D1よりC宛)によれば封筒に昭和二十三年七月二十二日の松山郵便局消印がありその中身二枚目に「Fの写真との事ですが今顔も身体も一面に水ぼうそうで写せぬ故治り次第写してお送り致します」との文言があること(ハ)証第三十五号の手紙(D1よりC宛)は封筒は昭和二十三年八月十三日附であるところその中身二枚目に「私もその中何か考えて暖くなればFもGと二人でおいておける様になりますから六月頃より私がつとめることに致します」との文言があることいずれも所論の通りである。しかし当審公判廷における証人D1の証言(当審第三回公判調書参照)に徴すれば、夫Cとやりとりした本件各手紙をその復しばしば取出して読み返しその際封筒と中身とを入れ違えたものもあることを窺うことができ、また本件手紙はその数が多いため(約四十通)検察庁における取調の際等において封筒と中身とを入れ違えることもあり得ることであり、現在封筒と内容とが一致しない一事を以て直ちに本件各手紙については中身の差しかえその他の工作が行はれているとは断ぜられない。また証第二十九号の手紙(CよりD1宛)は中身だけであつて封筒がなく且つCの他の手紙と異り多少教養のある者が書いたと認められること所論の通りであるけれども、右手紙の内容を仔細に検討するも後日故意に作成した書面であるとは認められない(尚右手紙は四月十九日附であること及びその内容より判断して昭和二十四年四月一日Cが山口刑務所より岡山刑務所に移監した後同刑務所において何人かに代筆させたものと認められる)。而して当裁判所は本件各手紙全部につき逐一その内容、形式等を仔細に点検するに封筒と内容とが一致しない分があること、刑務所の検閲印のないものがあること、代筆さ いて何人かに代筆させたものと認められる)。而して当裁判所は本件各手紙全部につき逐一その内容、形式等を仔細に点検するに封筒と内容とが一致しない分があること、刑務所の検閲印のないものがあること、代筆させたと認められる分があることその他論旨主張の諸点を充分考慮に容れても本件各手紙に所論の如き種々の工作が行はれた形跡は全然認められず、原審が刑事訴訟法第三百二十三条第三号により証拠能力を認めこれ等の手紙の存在及び内容を、本件事実認定の資料に供したのは適法であつて、原判決に所論の如き違法は認められない。従て論旨は採用できない。 同第五点にについて。 論旨は原判決は証人D2の証言を引用して被告人A1はB1事件につき保釈釈放せられた当時既にB5に対し恨を懐くに至つたと認定しているけれども、証人D2は原審公判廷において被告人A1がB1事件につき保釈になつた時(昭和二十二年七月三十一日)と農地調整法違反事件につき釈放になつた時(同年九月中)とを混同して供述しているのであつて、被告人A1はB1事件につき保釈になつた当時右事件捜査の背後にB5がいると推量する筈はなく原判決の認定は誤認であると謂うのである。仍て原審第四回公判調書に基き証人D2の証言を検討するに、同証人は被告人A2の反対尋問に対し同被告人に頼まれて勾留中の被告人A1に辨当を持参したのは被告人A1が農地調整法違反事件で勾留されていた持であると供述していること所論の通りであり、被告人A1は前記の如く昭和二十二年夏頃二回に亘つて勾留されていたため右証人はこれを稍混同して供述した形跡が窺はれ、同証人の証言のみによつては被告人A1が刑務所より釈放帰宅の際見舞に行つた者等に対し検事の取調最中B5から検事に電話がかかつて来た事実を話しB5の仕打に対し憤慨していたのはB1事件で保釈になつた時か又は農地調整法 みによつては被告人A1が刑務所より釈放帰宅の際見舞に行つた者等に対し検事の取調最中B5から検事に電話がかかつて来た事実を話しB5の仕打に対し憤慨していたのはB1事件で保釈になつた時か又は農地調整法違反事件で釈放になつた時か精明確でないと謂はなければならない。しかし原判決はこの点につき右証人D2の証言の外裁判官の証人D3に対する尋問調書及び証人Cの証言等を掲げ被告人A1はB1事件で保釈になつた当時既にB5に対し恨を懐くに至つていたと認定しているのであり、右各証拠を綜合して判断すれば被告人A1はB1事件で保釈帰宅した際見舞に行つた者等に対し右電話云々の話をしB5に対し憤懣の情を洩していた事実を充分肯認することができ、原審及び当審において取調べた各証拠を検討しても原判決の右認定が誤であるとは認められない。従て論旨は理由がない。 同第六点について。 論旨は原判決は被告人A1がB1事件の捜査の背後にB5の策動があることを洩した時期につき証人D2の証言(被告人の反対尋問に対する)を排斥して裁判官の証人D3に対する尋問調書並に証人D2の主尋問に対する供述を夫々証拠に引用したのは採証の法則及び実験則に違背していると主張する。しかし裁判官の証人D3に対する尋問調書は原審において弁護人がこれを証拠とすることに同意していて(原審第十回公判調書参照)証拠能力を有するものであり、右証人尋問には被告人又は弁護人が立会つて居らず従て反対尋問をしていないことは所論の通りであるけれども、後に池田弁護人の控訴趣意第一点に対する判断において説示する通り原判決が右尋問調書を証拠に引用したのは適法であると謂はなければならない。而して前記第五点に対する判断において説示した通り被告人A1がB5の電話云々の話をした時期についての証人D2の証言は稍明確を欠いているけれども、同証言及 引用したのは適法であると謂はなければならない。而して前記第五点に対する判断において説示した通り被告人A1がB5の電話云々の話をした時期についての証人D2の証言は稍明確を欠いているけれども、同証言及び裁判官の証人D3に対する尋問調書の各内容を検討すれば原判決が証人D2の証言の一部及び証人D3に対する右尋問調書を証拠に掲げて被告人A1はB1事件で保釈帰宅の際B5の電話云々の話をしたものと認めたことを以て必ずしも採証の法則及び実験則に違背しているとは認められない。(尚原審第四回公判調書に徴すれば証人D2は被告人等の反対尋問を受けてその証言が多少動揺したことは窺えるけれども、被告人A1がB5の電話云々の話をした時期を同被告人が農地調整法違反事件で釈放帰宅した時であると主尋問に対する供述を全面的に訂正したものとは見られない。)原審が取調べた各証拠を精査し被告人A1の弁解を考慮に容れても原判決に所論の如き違法は認められず論旨は採用できない。 同第七点について。 論旨は原判決が裁判官の証人D3に対する尋問調書を断罪の資料に供したことを更に非難する。仍て考察するに被告人A1がB1事件で高橋検事の取調を受けていた際同検事に対し電話がかかつて来たのはB5の妻D4からでありその用件は立石検事の宿所を聞くためであつたことは所論の通りであるけれども(原審第四回公判調書中証人D4の供述記載参照)、証人D3に対する右尋問調書を仔細に検討するも同証人の供述内容が虚偽であるとは認められず、同証人が原審において証人として召喚状の送達を受けながら出廷しなかつたからといつて右尋問調書の供述内容が信用できないものであるとは断ぜられない。尚原審において弁護人が右尋問調書を証拠とすることに同意していることは前叙の通りであり且つ右尋問調書は裁判官の証人尋問調書であるからその作成 調書の供述内容が信用できないものであるとは断ぜられない。尚原審において弁護人が右尋問調書を証拠とすることに同意していることは前叙の通りであり且つ右尋問調書は裁判官の証人尋問調書であるからその作成された情況を考慮するも右同意がある以上刑事訴訟法第三百二十六条により証拠能力を有するものであり、論旨主張の諸点を考慮に容れても原判決が右尋問調書を事実認定の資料に供したことを以て違法又は不法であるとは云えない。(但し被告人A1は高橋検事とD4との電話による問答を直接聞いていないと認められることは所論の通りである。)原判決に所論の如き違法は認められず、論旨は理由がない。 同第八点について。 論旨は要するに原判決は社会通念上殺人教唆をなすが如き動機と認められない事実を以て本件殺人教唆の動機原因と認めているのであつて原判決には判決に影響を及ぼす事実の誤認があると謂うのである。しかし原判決認定の事実をその挙示する各証拠と共に仔細に検討するに原判決が被告人A1が本件の如き殺人教唆をなすに至つた動機及び経緯として認定した事実は充分首肯し得るところであり、論旨の主張するB1事件の内容、B5はB1事件につき何等策動をした事実のないことその他の諸点を考慮に容れても原判決の認定した本件教唆の動機が吾人の経験に照し考え得られないものであるとはいえない(この点については尚論旨第十九点に対する判断参照。)原審及び当審において取調べた各証拠を検討しても原判決がその掲げる各証拠により原判示の如く本件教唆の動機を認定したのは蓋し相当であつて、原判決に所論の如き事実の誤認は認められない。(尚原判決は被告人A1が昭和二十二年八月二日頃Cに対しB2の殺害方を教唆した事実については原判示一の事実の証拠説明(四)において、また同月十二日頃Cに対しB2を煽動して自分を突込んだ者はB ない。(尚原判決は被告人A1が昭和二十二年八月二日頃Cに対しB2の殺害方を教唆した事実については原判示一の事実の証拠説明(四)において、また同月十二日頃Cに対しB2を煽動して自分を突込んだ者はB4知事とB5てあることが判つて旨告げてB5殺害方を教唆した事実については原判示一の事実の証拠説明(五)において夫々証拠を掲げているのであつて、所論の如く証人D2の証言及び裁判官の証人D3に対する尋問調書のみによつて右各事実を認定しているのではない。)従て論旨は理由がない。 同第九点について。 論旨はCがB5を刺すに至つた動機はCに対する住居侵入恐喝殺人未遂被告事件につき高松高等裁判所が昭和二十三年二月十六日言渡した第二審判決(確定)の判決理由に明示されている通り、自己の親分であるHが昭和二十一年六月十五日I外数名と乱闘して死亡した事件につき昭和二十二年七月三日松山地方裁判所において右I等に対し傷害致死罪として執行猶予の判決がなされたのは、右Hの死因等の鑑定をした鑑定人医師B5が故意に真相を曲げて鑑定をしたため右の様に意外に軽い判決がなされたものと考え、他方加害者であるI側との間には既に仲裁人が入り同人等に対する報復は許されなくなつたため親分の霊を慰め且つ自己の遊人仲間に対する面目を立てるには右B5医師を刺すに如かずとして同人暗殺の挙に出たものであつて、原判決認定の如く被告人A1の教唆によるものではないと謂うのである。 仍て考察するにCに対する住居侵入恐喝殺人未遂被告事件第二審判決謄本(記録第一一九九丁以下)に徴すればCがB5を刺した犯行の動機は所論の如く認定されて居り、また当裁判所が職権で取寄せたCに対する住居侵入恐喝器物毀棄殺人未遂被告事件確定記録によればCは警察及び検察庁における取調並に第一審及び第二審における各公判を通じてB5医師を刺し く認定されて居り、また当裁判所が職権で取寄せたCに対する住居侵入恐喝器物毀棄殺人未遂被告事件確定記録によればCは警察及び検察庁における取調並に第一審及び第二審における各公判を通じてB5医師を刺したのは自己の単独犯行であつて前叙の如き動機により同医師を刺した旨供述していること明かである。而して原審第七回公判調書中証人D5(亡Hの妹)、同D6の各供述記載、原審第九回公判調書中証人D7の供述記載、原審第三回公判調書中証人Cの供述記載の一部及び司法警察官のD1に対する昭和二十二年九月三日附、Cに対する同年八月三十一日附各聴取書(Cに対する前記殺人未遂被告事件記録中に存するもの)並に当裁判所が職権で取寄せたI外三名に対する傷害致死等被告事件確定記録(鑑定人医師B5作成に係るHの屍体に対する鑑定書を含む)等に徴すれば、Hが昭和二十一年六月十五日J会(露店商人の団体)の会員であるI等のため頭部その他全身二十数個所に切挫創を負はせられて無惨な最後を遂げたことにつき右Hの身内の者等は痛く憤激し一時はその仇討を企図したこと、同年八月二十四日被告人A1等の仲裁によりH側とI側との間に仲直りができたけれどもHの身内の者等の気持は尚釈然とせず殊に昭和二十二年七月三日松山地方裁判所において右I等に対し執行猶予の寛大な判決がなされるや右身内の者等は該判決を不満に感じたことHの子分であるCもまた右判決を不満としかかる軽い判決がなされたのはHの創傷についてのB5医師の鑑定(死後創か否かまた鋭利な刄物によるか否かの点)が加害者側に有利になされた結果ではないかと考え同医師の鑑定についても不満の念を懐いたことは充分これを窺うことができる。しかし証人Cの本件原審及び当審における各証言を仔細に検討しこれと前記殺人未遂等被告事件におけるCの各供述とを対比して考察すれば、B5医師 についても不満の念を懐いたことは充分これを窺うことができる。しかし証人Cの本件原審及び当審における各証言を仔細に検討しこれと前記殺人未遂等被告事件におけるCの各供述とを対比して考察すれば、B5医師の右鑑定に対する不満から親分Hの無念をはらすためまた自己の遊人仲間に対する面目上B5を刺すに至つたとのCの前記被告事件における供述は甚だ不自然であつて到底信を措き難く、Cは自己に対する被告事件において犯行の動機につき虚偽の供述をしたものと断せざるを得ない。勿論確定判決における事実認定はこれを尊重すべきであること多言を要しないところでありCに対する右被告事件記録に徴すれば証拠の関係等により犯行の動機をかく認定した右確定判決を必ずしも非難できないけれども、C等の属する所謂親分子分の社会において親分が殺された場合その仇討としてその加害者に対する刑事事件における鑑定人の鑑定が不当であるからといつてその鑑定人を殺傷せんとするが如きことは当裁判所の到底諒解し難いところである。右は加害者側と被害者側との間に仲裁人が入つて仲直りの盃が取交されかかる社会の所謂仁義として爾後相手方に対し報復の手段を採り得なくなつた本件の如き場合おいても亦然りと謂はなければならない。要するに原判決の掲げる各証拠を綜合して判断すればCの本件犯行は被告人A1の教唆に基くものである事実を充分認めることができ、原審及び当審において取調べた各証拠を検討し論旨援用の事実を斟酌しても原判決がCの犯行について前記の如き確定判決が存在するに拘らずこれと異る事実認定をしたことを以て事実の誤認であるとはいえない。従て論旨は採用し難い。 同第十点について。 論旨は原審における証人D8、同D9の各証言を援用してCは昭和二十二年八月の盆頃H親分の仇を討つため広島より松山に帰つたものであり、原判決が被告人 い。従て論旨は採用し難い。 同第十点について。 論旨は原審における証人D8、同D9の各証言を援用してCは昭和二十二年八月の盆頃H親分の仇を討つため広島より松山に帰つたものであり、原判決が被告人A1の教唆によりCがB5を刺したと認定したのは事実誤認であると主張する。仍て原審第九回公判調書に基き証人D8、同D9の各証言を検討するに同証人等は論旨摘録の如くCが昭和二十二年八月の盆頃広島より松山に帰る前同証人等に対しH親分の仇討をする意図があることを仄かした旨夫々供述しているけれども、同証人等の証言は証人Cの証言その他原審の取調べた証拠と対比して信を措き難く、右各証言によつてはCがH親分の仇を討つためB5を刺したものとは未だ認めることができず、原判決に所論の如き事実の誤認があるとはいえない。論旨は採用できない。 同第十一点について。 論旨はCは亡Hの死体解剖に立会つているに拘らず原審において右解剖に立会つたことはないと証言しているのは被告人A1を陥し入れんとする画策が暴露することを虞れて事実に反した供述をしたものであり、この点よりするも被告人A1の本件教唆を認定した原判決は事実誤認であると謂うのである。仍てCが亡Hの死体解剖に立会つたか否かの点に関する本件各証拠を検討するに、Cは同人に対する殺人未遂等被疑事件における司法警察官の取調に対しては右死体解剖に立会つたことがある旨供述(同人に対する前掲司法警察官の昭和二十二年八月三十一日附聴取書参照)しているけれども、原審においては解剖の時は外に出て居て立会はしなかつた旨証言し(原審第三回公判調書参照)、証人D10は原審においてCは右死体解剖に終始立会つていた旨証言(原審第六回公判調書参照)しているけれども、証人B5は原審において解剖に立会つていた者は警察官、判事、検事の外看護婦等でCは立会 )、証人D10は原審においてCは右死体解剖に終始立会つていた旨証言(原審第六回公判調書参照)しているけれども、証人B5は原審において解剖に立会つていた者は警察官、判事、検事の外看護婦等でCは立会つていなかつた旨証言(原審第四回公判調書参照)している。而して原判決もCが死体解剖に立会つたか否かを頗る疑問とし結局解剖に立会つているのではなかろうかと判断しているけれども、当裁判所が以上の各証拠を綜合して判断するにHの死体解剖の際Cも来ていて解剖室の中に入つたことはあるかも知れないけれども数時間に及ぶ解剖に際し同人が解剖室内において終始解剖に立会つていたかどうかは甚だ疑はしい(この点につき証人D10の証言を全面的に措信することはできない)。従てCが解剖立会の点につき被告人等を陥し入れるため故意に解剖に立会つていないと虚偽の証言をしたものとは必ずしも認め難く、この点についてのCの証言を捉えて同人の証言が全部措信できないとなすことはできない。原判決並に本件各証拠を検討するも原判決に所論の如き理由のくいちがい又は判決に影響を及ぼす事実の誤認は認められず、論旨は採用できない。 同第十二点について。 論旨は原判決が本件における証人Cの証言は前の被告事件においてなした同人の供述と対比して詳細を極め他の幾多の証拠とも合致していて到底これを動かし得ないものであると判断してC証人の証言を全面的に採用したことを非難している。仍て考察するに裁判官が証拠の証明力を判断するにつき論理法則、経験法則の制約を受けること勿論所論の通りであるけれども、証人Cの原審における証言(原審第二回及び第三回各公判調書参照)を仔細に検討し当審において同証人を直接尋問した結果(当審における証人Cに対する尋問調書参照)に徴するに、前叙の如く同証人が自己に対する被告事件において犯行の動機と 第二回及び第三回各公判調書参照)を仔細に検討し当審において同証人を直接尋問した結果(当審における証人Cに対する尋問調書参照)に徴するに、前叙の如く同証人が自己に対する被告事件において犯行の動機として供述するところが諒解し難いのに引きかえ、同証人が本件においてB5を刺すに至つた経緯として証言するところは吾人の充分首肯し得るものであり、全然架空の事実を供述しているものとは到底認められない。 而して原審が取調べた各証拠を精査するにCの証言を裏付けするに足る証拠としては原判決が証拠として掲げる証人D1、同D2、同D11、同D12の各証言、裁判官の証人D3に対する尋問調書その他多数存在するが、とりわけC証言が動かし難いものであると断じ得る有力な証拠はCが刑務所服役中に同人とその妻D1との間に取交された約四十通に上る手紙(証第十六号の一、二乃至第五十六号)の存在である。而してこれ等の手紙はいずれも信用すべき状況の下に作成されたものであり何等かの工作が行はれた形跡の認められないことは前記控訴趣意第三点及び第四点に対する判断において示した通りであるが、その内容を逐一検討するに原判決も説示する如くこれ等の手紙によつてCの本件犯行が被告人A1の教唆に基くものであり且つ被告人A3、同A2がこれに加担している事実を充分窺うことができるのである。 今次に右手紙中の文言を二、三摘記すれば、(イ) 証第十六号の一(山口刑務所井監中のCよりD1宛)「(前略)おじやA2A3がCの手をとり夜るたのんだ時わ内やお前がいる金わどれだけいつても出すとやくそくしながらそれはなに一つしてくれなかつたそれどころかD1にまでよくない事をするとわもつての外の事だよ(中略)私の身だわおじさんしだいだどうでもなるおじさんは自分の事わどうでもむりしてやるがCの事わほつたらかしだ自 に一つしてくれなかつたそれどころかD1にまでよくない事をするとわもつての外の事だよ(中略)私の身だわおじさんしだいだどうでもなるおじさんは自分の事わどうでもむりしてやるがCの事わほつたらかしだ自分が刑務所がいやならやはりCもいやだ(中略)私としても皆の人にいつてやりたい事ばかりだCに皆の人が色々とたのむ時の気持になつてもらいたい(後略)(ロ) 証第十六号の二(前同)「(前略)今さらいつても男がすたると思つていわないがおじさん又A2A3心にはじずにおる事かと思つておるおじさんの出ようしだいで金をむりにとつてもよいだがおじさんの方でCにすまぬといゆふ心があれば又かんがえる事もある十年といえば永い年月だD1や子供がどれだけさびしい思いをするかそれをおじさんはわかつて下さる事か(中略)私の身だわやつたかD1をやるといわなかつた貴女かそういつたらおじさんも思いあたる事だ(後略)(ハ) 証第十八号(前同)「(前略)今度は私もかんが之ましたあんな者たちにだまされて十年もD1に苦しい思いをさす事かと思えばはらがたつあれらわ人でなし男でないたのむ時ばかりだ今になりざんねんでたまらないやくざはつらいもの男は馬鹿な者だ妻や子供もわすれてつまらぬ義理を立てゝなにゝなる今度D1所にかえる時にわ心より足をあらい良い辛子の兄でありFの父になりてかえります今になりつくずく思いあたりました(後略)」(ニ) 証第二十八号(岡山刑務所移監後CよりD1宛)「(前略)A3などはつまらないうそばかりだそれでD1よりおじさんにCのかわりにA2かA3どちらでもよいかわつて下さいといつて下さい(中略)それでおじさんかえりしだいにあつてCの所にすぐD1といつて下さいといつてつれてきて下さいもしこない時はそれでわまちがいなく裁判をやりなをすからそのつもりでいて下さい て下さいといつて下さい(中略)それでおじさんかえりしだいにあつてCの所にすぐD1といつて下さいといつてつれてきて下さいもしこない時はそれでわまちがいなく裁判をやりなをすからそのつもりでいて下さいといつて(中略)D1の前でおじさんが私にたのんだ事又どんな事いつたかそれをD1にきかせておきたいのです(中略)たのむ時ばかり上手にたのんでもうわすれたのかといつて下さいあとになつてうらまぬ様にして下さいといつて下さいよ(後略)」(以上は原文の侭であり、「おじさん」とあるは被告人A1を指すこと本件記録上明かである。その他CよりD1に宛てた証第二十、二十三、二十四、二十五、二十七、二十九、三十号の各手紙並にD1よりCに宛てた証第三十一、三十二、三十四乃至三十七、三十九、四十、四十二、四十四乃至五十一、五十五、五十六号等の各手紙の内容参照)而して本件における証人Cの証言と矛盾する証拠もまた本件においては相当存すること所論の通りであるけれども、本件の如き事案については偽証をなす証人が出ることはあり得ることであるしまた故意に偽証をしたものでないとしても約三年又は四年前の事実について証言を求められるのであるから(Cの犯行は昭和二十二年八月十三日であるところ本件が起訴されたのは昭和二十五年十月二十七日である)、記憶の喪失、記憶違い等により真実に反した証言をなすことは充分考え得られ殊に年月日等については正確な証言は到底期待できず、寧ろ確たる根拠なくして正確な年月日を供述する証人の証言の如きは愼重に検討を要するところである。右のことは証人Cの証言その他被告人等に不利な証人の証言についても同様に言い得ることであり、C証人の証言についても日時の点についてはかなり記憶違い又は記憶の判然せぬ部分があることは充分考え得られる。しかしC証言その他原審が取調べた各証 不利な証人の証言についても同様に言い得ることであり、C証人の証言についても日時の点についてはかなり記憶違い又は記憶の判然せぬ部分があることは充分考え得られる。しかしC証言その他原審が取調べた各証拠を検討し当審おいて証拠調をした結果より判断するに、被告人A1の教唆に上りB5を刺すに至つたとの本件におけるCの証言は充分信を措くに足るものであり原審が同人については既に単独犯として認定された確定判決があるに拘らずC証人の証言を採用したことを以て採証の法則に違背しているとは認められず、また原判決の認定が事実誤認であるとは考えられない。従て論旨は採用し難い(尚C証言の信憑性については論旨第二十三点に対する判断参照。)同第十三点について。 論旨は原判決は被告人A1は仁侠界の親分Hと兄弟分の関係にあつたこと及びCの妻D1はHの娘分でありCはそのむことなつたものであることを夫々判示しているけれども以上の点については本件において何等の証拠がないと謂うのである。仍て原判決を検討するに原判決は右各事実を如何なる証拠により認定したか稍明確でないけれども(尤も原審が取調べたI等に対する傷害致死被告事件記録中の特別弁護人選任届添付の事由書には特別弁護人A1は亡Hの所謂仁義界における兄分であるとの記載がある)、仮に所論の如く被告人A1は亡Hと兄弟分の関係にあつたものではなくCの妻D1が右Hの娘分でなかつたとしても右は本件犯罪事実の認定に何等影響を及ぼすものではなく、原判決に判決に影響を及ぼす事実の誤認があるとはいえない。従て論旨は理由がない。 同第十四点について。 論旨は原判決は経験則上あり得べからざる事実についてのC証言を採つて犯罪事実を認定していると主張する。仍て原判決を検討するに原判決は被告人A1が昭和二十二年八月十二日頃Cに対しB5殺害方を教唆した事 論旨は原判決は経験則上あり得べからざる事実についてのC証言を採つて犯罪事実を認定していると主張する。仍て原判決を検討するに原判決は被告人A1が昭和二十二年八月十二日頃Cに対しB5殺害方を教唆した事実の証拠として証人Cの原審公判廷における証言を掲げ同証言中「(前略)A1は私に向つて市会に行つたらB4知事とB5がB2やB3を煽動して自分を突込んだ事が判つた、B2、B3は問題ではないB5をやれ、やつたら自首せよと云い、私は自首の理由はと聞くとA1は広島からの船中で新聞を見たところA1を陥し入れている悪い人間が居る事を知りそれでは一万なんぼの選挙民にすまぬと思つたのでやつたと云つて自首すればよいと云はれたので之を承知しB5をやる事を引受けた(中略)私は必ずやつて来ますと云うとA1は家族の事は心配するな、東京から弁護士が来るようにする、刑務所へ行けば必ず保釈をとつてやると云い(後略)」との部分を引用していること所論の通りである。而して論旨は当時の新聞に右の如き記事が掲載されたことはなくまた被告人A1がCに対し自首の理由として右の如きことを指示することはあり得べからざることであると主張するけれども、Cは当審における証人尋問(同証人に対する尋問調書参照)に際しこの点につき「A1さんは私に対し広島から帰る途中船の中でA1さんが引張られた新聞を見たが船の中の話ではB5さんがA1さんを陥し入れようとしているとのことであつたので云々と云つて自首せよとのことであつた」と証言して居り、ここに云う新聞はA1を陥し入れている者があるとの記事が掲載されている新聞の意ではないことが窺える。また前記選挙民云々の点を考慮に容れても被告人A1がCに対し、前記の如き理田を犯行の動機として自首する様指示することが必ずしも絶対にあり得ないことであるとは断ぜられない。また前記証言 ことが窺える。また前記選挙民云々の点を考慮に容れても被告人A1がCに対し、前記の如き理田を犯行の動機として自首する様指示することが必ずしも絶対にあり得ないことであるとは断ぜられない。また前記証言中の「A1が市会に行つたら云々」の点は必ずしも開会中の市議会を意味するものとは限らず、所論の如く昭和二十二年七月三十一日から同年八月十三日迄の間に松山市議会が開催された事実がないとしても直ちにCの右証言が虚偽であるとはいえない。更に論旨は若し被告人A1がCに対し弁護士の件につき前記の如き約束をしているのであればCは自己に対する殺人未遂等被告事件において被告人A1に対し東京より弁護士を依頼してくれと当然請求すべき筈であるのに第一審第二審を通じかかる請求をした事実がないのはCの証言が虚偽である証左であると主張する。しかしCが被告人A1に対し自己の事件につき東京の弁護士を依頼してくれと請求しなかつた事実を以て被告人A1はCに対し東京の弁護士云々の話をした事実はなく、従てCの証言が措信できないものであるとはいえない。次に論旨は証人Cは原審公判廷において昭和二十二年八月十三日の夕刻頃A1方西側の田圃道で被告人A1に対し兇行用の刺身庖丁を見せたと証言しているけれどもかかる場所においてかかることをなすはあり得ないことであると主張する。しかし証人Cの原審及び当審における証言を仔細に検討し当裁判所の検証の結果(当審における検証調書参照)に徴して判断するに、Cが刺身庖丁を見せたと主張する場所はA1方の西側にある田圃道を通つて一間か一間半位奥の方へ行つて箇所であり(記録第一八九丁裏参照)、その西方及び北分は田圃であるが南方は小川及び道路を隔てて人家があり殊に二階家から見下せる箇所であることは所論の通りであるけれども、時刻は既に薄暗くなつた後であり(記録第二九一丁裏 八九丁裏参照)、その西方及び北分は田圃であるが南方は小川及び道路を隔てて人家があり殊に二階家から見下せる箇所であることは所論の通りであるけれども、時刻は既に薄暗くなつた後であり(記録第二九一丁裏参照)その地形の状況、道路の通行人、附近人家からの見通し等の諸点を考慮に容れても懐中より刺身庖セ丁を取出して人に見せるが如き行為を到底なし得ない箇所であるとは断定できない。尤も当審における証人E2(同証人に対する尋問調書参照)は昭和二十二年八月中旬当時前記小川(幅約一米半)にはA1方西南隅の箇所に橋がかかつていなかつた旨証言しCは当審における証人尋問に際し右川をどうして渡つたか判然した記憶がない旨供述しているけれども、当時現在かかつているが如き石橋はなかつたとしても右地点が人の容易に行けない箇所であつたとは認められず右E2証人の証言を考慮に容れても刺身庖丁を見せた場所についてのC証言が全然虚構であるとはいえない。従て原判決が昭和二十二年八月十三日夕刻頃CがA1方西側の田圃道で被告人A1に対し懐中から刺身庖丁を出して見せA1はそれを手に取つて見て「これならいく」と云つた旨のC証人の証言を引用したことを以て経験則上あり得べからざる証言を採用したものとは認められない。 これを要するに原判決が証拠として掲げた証人Cの原審における証言を検討するも原審の採証が経験法則に違背しているとは認められず、原審及び当審における各証拠を精査するも原判決に所論の如き事案誤認は存しない。論旨は理由がない。 同第十五点について。 論旨は原判決が「証人D13の証言によつては昭和二十二年八月十三日日没時にCが被告人A1よりB5暗殺について激励を受けた旨の証人Cの証言を覆すことはできない」と判断しでいるのは誤てあると主張する。仍て昭和二十二年八月十三日における被告人A1の動 十二年八月十三日日没時にCが被告人A1よりB5暗殺について激励を受けた旨の証人Cの証言を覆すことはできない」と判断しでいるのは誤てあると主張する。仍て昭和二十二年八月十三日における被告人A1の動静につき考察するに当審における証人E3、同E4に対する各尋問調書及び証人E3の証言により信用すべき情況の下に作成されたと認めらるる昭和二十二年卓上日記(弁証第一号)の記載並に検察官作成に係る被告人A1の昭和二十五年十月二十日附供述調書を綜合すれば、昭和二十二年八月十三日午後三時頃よりK党L支部懇談会がM株式会社の二階で開かれたこと及び被告人A1は右懇談会に出席し相当飲酒の上午後六時前頃同会社を出た事実を夫々肯認することができる。原判決は証拠説明三の(一)のホにおいて検察官に対するD14の供述調書及び同人作成の手帳(証第六一号)の記載によりK党L部会の開催日は同年八月十日であると認定しているけれども、当審において証拠調をした結果に徴すれば前記の如く被告人A1が昭和二十二年八月十三日午後K党L支部懇談会に出席して飲酒した事実はこれを認めることかできる。仍て次に同日夕刻頃松山市西堀端神宮前において被告人A1が酩酊して倒れていたのを発見し牛車に乗せて同被告人宅迄送りとどけたとの証人D13の原審及び当審における証言を検討するに、同証人はその日が自己の誕生日であつたから月日の点は間違ない旨供述しているけれども、原審公判廷においては戸籍上の生年月日は大正十年十二月十五日であるところ実際はその二日前である同年十二月十三日生である旨供述しているに拘らず(原審第六回公判調書参照)、当審公判廷においては大正十年八月十三日生である旨供述している点、当審における証人E5(D13の父)の証言に徴すればD13の実際生れた日は八月十日から十五日迄の間であり止め草を取つていた 調書参照)、当審公判廷においては大正十年八月十三日生である旨供述している点、当審における証人E5(D13の父)の証言に徴すればD13の実際生れた日は八月十日から十五日迄の間であり止め草を取つていた頃であると稍不明確な供述をしている点等より判断すれば、D13の実際の生年月日は明確でなく、同人が嘗て酩酊した被管人A1を牛車に乗せて同被告人宅へ送りとどけたような事実があつたとしてもそれが果して昭和二十二年八月十三日であつたかどうかは甚だ疑はしい。而して被告人A1の前掲供述調書によれば「会は午後六時前に解散して自転車で帰ろうと思い二十間位乗つて行つた処て倒れそれから急に酔が廻つて来たので自転車を拠つて帰つた、午後六時頃帰宅したと思う」旨の供述記載(記録第一三三四丁)があり、同被告人がその時相当酩酊していたことは窺えるけれども牛車に乗せられて帰宅した点については何等供述して居らず、同被告人がD13証人の証言する如く泥酔の状態にあつたものとは認められない。従て証人D13の証言は信を措き難く、原判決が同証人の証言によつては証人Cの証言を覆すことはできないと判断したのは結局において相当であり、原判決に判決に影響を及ぼす事実の誤認があるとはいえない。論旨は採用できない。 同第十六点について。 論旨は被告人A1は受刑中のCに対し書信によりまたは面会の際訓戒を与えた事実かありこの点よりするも被告人A1が本件教唆をしていないこと明瞭であると主張する。而して昭和二十三年六月二十五日附被告人A1より山口刑務所在監中のCに宛てた手紙(証第二号)によれば論旨摘録の如くCに対する訓戒の文句が記されて居り、また原審第六回公判調書中証人D15(松山刑務所看守部長)の供述記載に徴すれば被告人A1が昭和二十五年八月二十一日松山刑務所在監中のCに対し真面目になる様訓戒をした 対する訓戒の文句が記されて居り、また原審第六回公判調書中証人D15(松山刑務所看守部長)の供述記載に徴すれば被告人A1が昭和二十五年八月二十一日松山刑務所在監中のCに対し真面目になる様訓戒をした事実を認め得るけれども、所論の如く被告人A1かCに対し本件殺人教唆をしたものであれば在監中の同人に対し右の如き訓戒をなすことはあり得ないとは断せられない。尚論旨は証人D15は原審公判廷において「CはA1に対しA1がB5暗殺の教唆をした様に根も葉もないことを云い触して申訳かないと衷心より謝罪したことを面会に立会つて聴いた」と証言したと主張するけれども原審第六回公判調書に基き同証人の証言を検討するに同証人の右の点についての証言は甚だ曖昧を極めて居り、被告人A1の尋問に対しても「Cはすまなんだとか何とか云つた様にも思いますが詳しいことは思い出しません」(記録第五七八丁参照)と供述し同証人が論旨指摘の如き趣旨の証言をしたものであるかどうかは記録上疑はしい。しかし仮にCが被告人A1に対し刑務所面会の際所論の如く謝罪した事実があつたとしてもその事実から推して被告人A1の本件教唆が全然虚構の事実であるとは断定できない。その他本件各証拠を精査するも原判決の認定が誤認であるとは認められず、論旨は採用できない。 同第十七点について。 論旨は原判決の証拠説明四の(二)を反駁し被告人A1が原判示の如くC夫婦に対し金品を贈与したのは本件殺人教唆の報酬と見るべきものではないと主張する。 論旨は先づ若しCが被告人A1よりB5殺害方を教唆せられたものとすればCは相当巨額の金員を現実に受取らねばこれを引受ける筈がないと主張するけれども、Cは原判示の如く親分HがI等に殺害せられた際その葬儀を営むに際し被告人A1の援助を受けH一家とI側との間の紛争は被告人A1の仲裁により円満解決 に受取らねばこれを引受ける筈がないと主張するけれども、Cは原判示の如く親分HがI等に殺害せられた際その葬儀を営むに際し被告人A1の援助を受けH一家とI側との間の紛争は被告人A1の仲裁により円満解決し、またCはA1の斡旋によりbのダンスホールの取締人になりその他種々被告人A1の世話になつたことがあつたところが同被告人に対し非常に恩義を感じ且つ同被告人を敬慕していたため被告人A1のB5殺害方依頼(但し最初はB2殺害)を承諾するに至つたものであること明かであり、且つ被告人A1はCに対しCが服役中その家族の面倒を見てやると明言していたのであるから(原審第二回公判調書中証人Cの供述記載及び原審第八回公判調書中証人D16の供述記載参照)、Cが本件犯行承諾につき巨額の金員を受取つた事実かないからといつて同人が被告人A1の本件依頼を引受けるが如きことはあり得ないとはいえない。 次に被告人A1が農地調整法違反事件により松山刑務所に勾留されていたとき当時同じく同刑務所に勾留中のCから食事その他につき種々琶話になり同被告人はこれを非常に感激した事実は本件記録上充分これを窺い得るけれども、原判示の如きC夫婦に対する金品贈与が単にCの右親切に対する謝恩のあらわれに過ぎないものとは到底解せられないこと原判決説示の通りである。また本件記録を検討するも被告人A1がCに対し交付した金員の中には嘗てCの斡旋により人手した進駐軍の煙草や酒の未払代金が含まれているとは認められない。 次に論旨は証第十六号の一、二、証第十八号等のCの手紙を援用してCは被告人A1が妻D1に手を出したということを種にしてD1をしてA1に対し金銭を要求させたものであると主張する。仍て右各手紙の内容を仔細に検討するにCが被告人A1のD1に対する振舞を憤慨していることはこれを窺い得るけれども、証人C及 いうことを種にしてD1をしてA1に対し金銭を要求させたものであると主張する。仍て右各手紙の内容を仔細に検討するにCが被告人A1のD1に対する振舞を憤慨していることはこれを窺い得るけれども、証人C及び同D1の原審及び当審における各証言と相俟つて考察するに右手紙中に見られる被告人A1に対し強硬に金員を要求してもよいとの趣旨(証第十六号の二参照)は被告人A1は本件教唆に際しCの家族の生活を保障すると確約しながらその約に反し次第に同被告人の態度が冷淡になつて来たためD1に対しA1に金員を要求してもよいとの趣旨を書き送つたものであり、所論の如く被告人A1がD1に手を出したことを種にして同被告人より金を出させようとしたものとは認められず、また被告人A1が単に政治家としての名誉上外聞を怖れてD1に対し金品を供与したものとは受取れない。 要するに本件各証拠を検討するに被告人A1のC夫婦に対する金品供与がその金額の点を考慮しても論旨主張の如き趣旨でなされたものとは到底認められず、原判決がこの点を本件教唆事実認定を強力ならしめる状況の一として採り上げたのは蓋し相当であつて、原判決に所論の如き誤認はなく、論旨は採用し難い。 同第十八点について。 論旨は若しCが被告人A1よりB5殺害を教唆されてその決意をなしたものとすれば同人殺害の目的を以て実行行為をなすべき筈であるに拘らずCは終始B5を殺す意思はなかつたと供述している点を指摘し、原判決の本件教唆事実認定が誤認であることを主張する。仍て記録に基き考察するにCは原審公判廷における証言においてまた自己に対する殺人未遂等被告事件において犯行の際B5を殺す意思はなかつた旨供述していること所論の通りであり、Cは既に確定判決を受けているのであるから真に殺害の意思があつたものであれば本件においてはその旨の証言をなす筈 遂等被告事件において犯行の際B5を殺す意思はなかつた旨供述していること所論の通りであり、Cは既に確定判決を受けているのであるから真に殺害の意思があつたものであれば本件においてはその旨の証言をなす筈であるとの所論は一応首肯し得るけれども、原判決の判示一の事実についての証拠説明(六)のニに徴しCが殺意を以てB5を刺した事実は明かであると謂はなければならない。尤も本件兇器は刺身庖丁であり所論の如く刺身庖丁は刄が極めて薄く人間の骨を斬るに達せず、またCは本件犯行に際し刺身庖丁を金物屋の包紙で包みその上を更に新聞紙で包みハンカチでこれを解けないように結び右包んだ侭でB5を刺したこしても、刺身庖丁で人体の胸部、背部等を深く突刺せば死の結果を生ずることがあるのは明かであつて(現に被害者B5は左前胸部に大胸筋切断三肋骨骨膜切開同肋骨損傷を起す刺切創その他の相当の重傷を負うている。医師D17作成に係る傷害診断書参照)、本件兇器の点よりCに殺意がなかつたものとは断ぜられない。従てCが本件犯行に際し殺意がなかつたと終始供述しているからといつてその犯行が被告人A1の教唆に基くものでないことは断定できず、本件各証拠を精査検討するも被告人A1の教唆によりCが殺意を以て刺身庖丁でB5を刺したとの原判決の認定か誤認であるとは認めらたない。論旨は採用できない。 同第十九点について。 論旨は被告人A1がCに対し殺人の教唆をなすか如きことは社会通念上到底首肯できないところであると主張する。仍て本件記録を検討し当審において事実調をした結果に徴して判断するに、所論の如く証人C、同D7の原審における各証言によれば被告人A1はHがI等に斬り殺され子分であるC及ひD7等かH親分の仇討を企図した際今時仇討などする時勢でないとしてこれを制止した事実のあることは明かであり、また被告人 7の原審における各証言によれば被告人A1はHがI等に斬り殺され子分であるC及ひD7等かH親分の仇討を企図した際今時仇討などする時勢でないとしてこれを制止した事実のあることは明かであり、また被告人A1は当時c市会議長、a県会議員等の要職にあり且つ社会公共のために相当尽していたことは記録上これを認め得るけれども、昭和二十二年四月市会議員、県会議員に当選し且つ市会議長に選はれて当時地方政界に相当の勢力を占むるに至つた被告人A1は同年七月中B1事件により横領罪の嫌疑を受け逮捕勾留の憂目を見るに至るやB1株式会社の社長B2や同副社長B3の措置に対し痛く憤慨すると共に右事件捜査の背後に当時松山の政界において自己の反対派と目される人々の策動があることを察し自己を陥し入れようとしたこれ等の者に対しても深く恨みを凄くに至つた事情もまたこれを窺うことができ(当審第六回公判における被告人A1の供述及びその供述態度に徴してもその一端を窺い得る)、被告人A1は当時既に所謂仁侠界との繋りを断ち切つていたとしても元来所謂親分子分の社会に生活して来た同被告人が憤激無念の余り前記の者等に対し殺意を懐くに至るということは必ずしも考え得られないことではない。原判示の如き動機原因により被告人A1がB5殺害の教唆をなすことは決してあり得ないことではなく、本件各証拠を検討するも原判決が被告人A1が原判示の如き動機によりCに対し本件教唆をしたものと認定したのは相当であつて、事実誤認であるとはいえない。従て論旨は理由がない。 同第二十点ついて。 論旨は証人Cの証言中bのダンスホールをやめN及びD16から家族の生活費として毎月三千円宛出して貰うことになつたとの部分は事実に反すると謂うのである。 仍て考察するに原審第八回公判調書中証人D16の供述記載に徴すればCは昭和二十二年二 めN及びD16から家族の生活費として毎月三千円宛出して貰うことになつたとの部分は事実に反すると謂うのである。 仍て考察するに原審第八回公判調書中証人D16の供述記載に徴すればCは昭和二十二年二、三月頃よりD16の経営するbのダンスホールに取締人として雇はれていたところ女の問題等でことごたを起したため右D16はD18を介して同年六月頃Cをやめさせるに至つた事実を認めることができる。しかし同証人の証言に徴するもその時期以後CとD16とは完全に手が切れていたとは認められない。而して原審第二回公判調書に基き証人Cの証言を検討するに、同証人は「当時私は道後のbダンスホールて働いていたが私が刑務所に入つた後多少てもダンスホールの方から家族に金が来るように経営者のD16に交渉してくれるようA2とA3に頼んだところこれを引受けてくれた云々」と供述して居り、必ずしも所論の如ぐ被告人A1より本件教唆を受け刑務所に入ることになるので右ダンスホールを辞職するに至つたとは供述していない。またCの家族の生活費としてD16がCに対し月三千円宛出すとの話が決つたか否かの点については、証人D16は原審において「二千円位は出してもよいと思つていたが三千円出すとの話は承許していない」と証言しているけれども、証人D18は原審においてD16はCに月三千円出すことを承知した旨証言して居り(原審第七回公判調書参照)、D16から毎月三千円宛金を出してくれることに話が決つたとのCの証言か必ずしも事実に反するものであるとはいえない。従て右の点についてのCの証言が事実に反し信憑性かないことを前提として同人の証言を断罪の資料とした原判決の認定が誤認であるとの論旨は理由がない。 同第二十一点について。 論旨は証人D1及び証人D2の各証言を援用して原判決に評定事実と証拠との間にくいちが 提として同人の証言を断罪の資料とした原判決の認定が誤認であるとの論旨は理由がない。 同第二十一点について。 論旨は証人D1及び証人D2の各証言を援用して原判決に評定事実と証拠との間にくいちがいがあると主張する。 仍て検討するに証人D1は原審公判廷において検察官の尋問に対しては「Cは七月末に広島から夕方帰つて来るとすぐに出かけて行きその夜十一時頃に帰つて別れ話を持出した」(原審第四回公判調書参照)と証言していること所論の通りであるけれども、同証人は下田主任弁護人の尋問に対しては「Cから別れてくれという話があつたのはCが広島から帰つた翌日位であつたと思う」旨の供述をして居り(記録第四一五丁裏参照)、証言迄既に三年余の時日が経過しているためCより別れ話が出たのは同人が広島から帰つた日の晩であつたかその翌晩であつたかD1の証言に徴するも明確でない。原判決が同証人の証言中、Cが広島より帰つた日の晩に別れ話を持出したとの供述部分を証拠に引用しているからといつて、必ずしも認定事実との間にくいちがいがあるとはいえない。また証人D2は原審公判廷においてB5が刺されたことを知つた時前に広島へ行く船中でCから話を聞いていたのでCがB5をやつたものと思つた旨の証言(原審第四回公判調書参照)をしていること所論の通りであるけれども、同証人は昭和二十二年八月上旬頃広島へ行く船の中でCから聞いた話の内容については何等証言して居らず(弁護人より伝聞事項であるとの異議申立があつたため)、前記証言からして必ずしも所論の如くCは昭和二十二年八月三日頃から同月五日頃迄の間に右渡部に帰し既にB5を刺すことを洩していたものであるとは断定できない(D2はCよりA1の教唆により何者かを殺害するとの話はこれを聞いていたものと察せられるから殺害の相手方がB5であることを聞いていな 部に帰し既にB5を刺すことを洩していたものであるとは断定できない(D2はCよりA1の教唆により何者かを殺害するとの話はこれを聞いていたものと察せられるから殺害の相手方がB5であることを聞いていなくても諸般の情況より推してCがB5を刺したものと推測することは充分考えられる)。従て証人D1及び同D2の右各証言を考慮に容れても原判決が昭和二十二年八月十二日頃Cは被告人A1の教唆によりB5殺害の犯行を決意するに至つたと認定したのは相当であつて、原判決の事実認定と証拠との間に所論の如き矛盾は認められず、また本件各証拠を検討するも原判決に事実誤認は存しない。従て論旨は採用できない。 同第二十二点について。 論旨は証人D8、同D9の各証言を援用して原判決の認定は誤認であると主張する。仍て考察するに証人D8、同D9は原審公判廷においてCは昭和二十二年八月盆前頃広島より松山に帰り而もその目的はH親分の仇を討つためであつたかの如き趣旨の証言(原審第九回公判調書参照)をしているけれども、右各証言は証人Cの証言その他の各証拠と対比して信を措き難く、本件各証拠を検討するも所論の如くCはHの霊を慰めるため且は遊び人としての自己の面目を立てるためB5に傷害を加えたものであるとは到底認められない。原判決には所論の如き事実誤認の疑はなく論旨は理由がない。 第二十三点について。 論旨はCが恐喝の常習者である点、検察庁が予断に基いて捜査をした点等を指摘し原判決は信憑力のない証拠を採り上げて本件犯罪事実を認定したのは明かに誤認であると主張する。仍て本件各証拠を検討して考察するに所論の如くCは所謂無頼の徒として一般市民から怖れられ些細な事に憤激して乱暴を働き且常習的に恐喝行為を行い、住居侵入、竊盗、常利誘拐、詐欺等の前科数犯を有する着であることは同人に対する住居侵入恐 に所論の如くCは所謂無頼の徒として一般市民から怖れられ些細な事に憤激して乱暴を働き且常習的に恐喝行為を行い、住居侵入、竊盗、常利誘拐、詐欺等の前科数犯を有する着であることは同人に対する住居侵入恐喝器物毀棄殺人未遂被告事件記録並に本件各証拠に徴し明かであり、また刑の執行停止中被告人A1に対し脅迫的文句を用いて金員を出させようとした事実は原審公判廷における被告人A1の供述及び証人D19の証言(原審第一回及び第六回各公判調書参照)によりこれを窺うことができる。しかし当裁判所はCのかかる性格、前科、環境その他同人が如何なる人間であるかを充分念頭に置いた上同人の原審及び当審における証言を仔細に検討した結果より判断するに、Cは前記の如き人間であるとはいえCの本件における証言は被告人A1より本件教唆を受けるに至つた経緯被告人A3、同A2が本件犯行に加担した模様、何故本件犯行を引受けるに至つたか、また約三年経過後において何故本件を明るみに出すに至つたか等の諸点につき詳細を極め且つ真実を吐露していることが窺はれまたその供述内容は吾人の充分首肯し得るところであり、記憶違い、記憶の喪失等により日時その他の点につき不正確な供述部分が相当あるとしても、被告人A1の教唆によりB5を刺すに至つたとの証言が全く虚構であるとは到底考えられない。従て所論の如く被告人A1がO病院入院中のCから四万円要求を峻拒した事実があるからといつて同被告人が潔白であるとは断ぜられない。 またB5暗殺未遂事件発生当時警察及び検察当局おいて既にCの背後にA1が居るものと睨んでいたことは本件記録並にCに対する殺人未遂等被告事件記録に徴しこれを窺い得るけれどもCかこれを種にして教唆の事実がないのにA1より金員を喝取しょうと企てたものとは認められず、またこれが意の如くならないため証拠につき種 にCに対する殺人未遂等被告事件記録に徴しこれを窺い得るけれどもCかこれを種にして教唆の事実がないのにA1より金員を喝取しょうと企てたものとは認められず、またこれが意の如くならないため証拠につき種々工作の上検察庁に対しA1を教唆犯人であるとして申出たものとも見られる。而して検察庁は右の如くB5事件発生当時より本件は被告人A1の教唆に基くものではないかとの疑を有つていたとしても、予断を以て捜査に当り関係人をして無理に被告人等に不利な供述をなさしめ以て所謂空中楼閣を築いたものであるとの所論には遽に賛し難い。尚検察庁におけるD11の取調に際し同人に対し飲酒させた上供述さ吐たここは同人の原審及び当審における証言により明かであるが、同人は所謂アルコール中毒者であることもまた同証言に徴し明かであり、検察庁が医師の診断等を経ないで取調中の同人に対し飲酒させたことは遺憾であるけれども、同人の検察庁における供述調書は原審において証拠として提出されて居らず、またD20に対し検察庁において無理な取調がなされたとしても同女の供述調書も証拠として提出されていない。 これを要するに論旨主張の諸点を彼此斟酌しても原判決が信憑力のない証拠で本件犯罪事実を認定したものとはいえず、本件各証拠を精査するも原判決に事実誤認は認められない。 同第二十四点について。 論旨は原判決が証人D21の証言を排斥して証人Cの証言を断罪の資料としたのは採証の法則に違反すると主張する。仍て考察するに証人D21の原審における証言(原審第六回公刊調書参照)によればB1株式会社の社金費消の事件につき被告人A1の代理人として右会社側と交渉の任に当つたD21弁護士は当初民事問題であつた右事件が刑事事件化するに至つた経緯を被告人A1に逐一報告している事実を認め得るけれども、さればといつて被告人A1が 人A1の代理人として右会社側と交渉の任に当つたD21弁護士は当初民事問題であつた右事件が刑事事件化するに至つた経緯を被告人A1に逐一報告している事実を認め得るけれども、さればといつて被告人A1が右会社のB2社長等に対し恨を懐きまた背後にB5等の策動があるのではないかとの疑念を有つことがあり得ないことであるとはいえず、原判決が証人D21の証言によつては原判示の如き本件動機の存在を否定することができないと判断したのは相当であつて、C証言を採用した原判決所論の如き採証法則の違背があるとは認められない。従て論旨は理由がない。 同第二十五点について。 論旨は原判決が昭和二十二年八月十二日被告人A1がD22(同人の妻はA1の妻と姉妹の間柄)方を訪れ終日同人宅に居たとの証人D22の証言を排斥したのは実験則に反すると主張する。仍て考察するに所論の如く原判決は右証言の措信できない理由の一つとして「D22証人はその娘がP高等女学校一年生に在学して居つてA1被告人が来宅したときは娘が登校前で早い時刻であつた旨証言するけれども当該月日は何れの学校においても暑中休暇の為休校している筈であつてその日に特別に登校する事情が存したことを認め得る証拠がないのみならず云々」と判断しているけれども、当審における証人E6の証言により信用すべき情況の下に作成されたと認めらるる同人の暑中休暇日記帳(弁証第二号)によれば、八月十二日火曜日の欄に「今日は朝早くから市駅にあつまりQさんといつしよに海え行きましたたいへんおもしろかつた」との記載があり、右日記帳の記載と当審における証人E6に対する尋問調書とを綜合すればD22の娘であるE6は昭和二十二年八月十二日の早朝自宅を出て学友と海水浴に行つて夕方頃帰宅した事実はこれを肯認することができる。仍て右同日被告人A1が右D22宅を訪れ 対する尋問調書とを綜合すればD22の娘であるE6は昭和二十二年八月十二日の早朝自宅を出て学友と海水浴に行つて夕方頃帰宅した事実はこれを肯認することができる。仍て右同日被告人A1が右D22宅を訪れたか否かの点につき考察するに、当審における証人E6は当日早朝家を出る前に山越の叔父さん(被告人A1を指す)が初めて訪ねて来て夕方帰宅した時叔父さんはまだ帰らないで居た、私が海水浴に行けばお使いをする者が居なくなるので母は私を海水浴へやりたくなかつたが私が無理に海水浴に行き母に叱られたことがあるのでその日を記憶している旨証言しているけれども、右日記帳に徴するも八月十二日の欄には前記の如き記載があるのみで初めて来訪して終日自分の家に居たという叔父(被告人A1)のことについては何等の記載がなく、右証言の如く山越の叔父が来たのに外出しようとして叱られた事実があつたとしてもそれが果して昭和二十二年八月十二日のことであつたかどうかは甚だ疑はしい(当審におけるE6の証人尋問は昭和二十六年九月二十七日行はれたのであつて同人の証言は実に満四年前の事実に関するものである)。また原審における証人D22の証言を原審第六回公判調書に基き検討するにD22が被告人A1に対し電燈取付方を電気会社に奔走して貰うため同被告人を自宅に招き電燈取付工事の見積り等につき実地を見て貰つた事実はこれを認め得るとしても三年余以前の事柄につきそれがB5暗殺未遂事件の前日のことであつたと極めて明確に供述している点は原判決の判断する如く当裁判所としても首肯し難いところである。従て原審における証人D22、当審における証人E6の各証言並に前掲日記帳の記載を綜合判断しても被告人A1がD22宅を訪問した日が昭和二十二年八月十二日であつたと確定することは些か躊躇せざるを得ない。原判決が暑中休暇中は原則と 当審における証人E6の各証言並に前掲日記帳の記載を綜合判断しても被告人A1がD22宅を訪問した日が昭和二十二年八月十二日であつたと確定することは些か躊躇せざるを得ない。原判決が暑中休暇中は原則として学生が登校することはあり得ないとの前提の下に、A1被告人が来宅したときは娘が登校前であつたとの証人D22の供述部分を同証人の証言が措信できない一理田としたのは稍妥当を欠いているけれども、当審において証拠調をした結果に徴するも結局において原審か右証人D22の証言を排斥したのは相当であつて、論旨主張の諸点を考慮に容れても所論の如く実験則に違背しているとは認められない。従て論旨は採用し難い。 同第二十六点について。 論旨は原判決はCが亡Hの死体解剖に立会つた事実はこれを是認しているが右立会の事実を認める以上本件における証人Cの証言は全面的に否定し去らねはならぬと主張する。Cが右死体解剖に立会つたか否かの点についての当裁判所の見解は前記控訴趣意第十一点に対する判断において示した通りであるが、この点は原判決も頗る疑問にしているところであり今仮にCの証言中死体解剖に立会つていないとの証言部分が事実に反し措信できないとしても同人の証言を全面的に否定し去ることができないことは原判決の説示する通りである(原判決の証拠説明三の(二)のへ参照)。Cの証言を仔細に検討しても原判決が同人の証言を断罪の資料に供したことを以て採証の法則に違背しているとはいえず、論旨は理由がない。 同第二十七点について。 論旨は原判決が証拠説明四の(一)において本件認定を強力ならしめる状況の一としてCが本件兇行後の逃走の経路につき証言するところが真実に合致している点を挙げているのは首肯し難いと主張する。仍て考察するにCがB5を刺して後の逃走の経路等は被告人A1がCに対し本件教唆をし 一としてCが本件兇行後の逃走の経路につき証言するところが真実に合致している点を挙げているのは首肯し難いと主張する。仍て考察するにCがB5を刺して後の逃走の経路等は被告人A1がCに対し本件教唆をしたか否かの点と直接関係のない事実であること所論の通りであるけれども、原判決に証人Cの証言が十分措信できることの一証左とし同証人の本件兇行後の動静について供述するところが真実に合致していることを指摘したのであつて、これを本件教唆事実認定を強力ならしめる状況として掲げたことに稍首肯し難い点があるとしても原判決に影響を及ぼす採証法則の違反があるとはいえない。論旨は採用できない。 同第二十八点について。 論旨は原判決が証人D6、同D8、同D9の各証言を排斥してCは昭和二十二年七月三十一日頃広島より松山に帰り同年八月二日頃被告人A1よりB2殺害方を依頼されたと認定したのは採証の法則に違反し且つ事実の認定を誤つていると主張する。仍て考察するに所論の如く証人D6、同D8、同D9はいづれも原審公判廷においてCは昭和二十二年八月盆前頃広島より松山へ帰る迄は広島に居て松山へ帰つたことはない旨証言しているけれども(原審第七回及び第九回公判調書参照)、右各証言はこれを仔細に検討しても原判決の判断する如く証人C、同D1の原審及び当審における各証言証人D2、同D12の原審における各証言その他の各証拠と対比して到底信を措き難いところである。Cが昭和二十二年七月末頃広島より松山に帰つた事実は原判決挙示の各証拠により充分肯認することができ、原審及び当審における各証拠を仔細に検討するも原判決の認定に誤認は認められず、また原判決に所論の如き採証法則の違反があるとはいえない。従て論旨は理由がない。 弁護人池田克の控訴趣意第一点について。 論旨は原判決は証拠として裁判官の証人D3 も原判決の認定に誤認は認められず、また原判決に所論の如き採証法則の違反があるとはいえない。従て論旨は理由がない。 弁護人池田克の控訴趣意第一点について。 論旨は原判決は証拠として裁判官の証人D3に対する尋問調書を掲げているところ右証人尋問には被疑者又は弁護人が立会つた形跡がなく憲法第三十七条第二項の趣旨に違反しているからかかる調書を証拠に引用した原判決には判決に影響を及ぼす訴訟手続の法令違反があると主張する。仍て記録に基き考察するに原判決が証拠として掲げる裁判官の証人D3に対する尋問調書は刑事訴訟法第二百二十七条に基き検察官の請求により松山簡易裁判所裁判官高橋義夫が昭和二十五年十月二十五日(起訴前)D3を証人として尋問した<要旨第二>調書であり右証人尋問には被疑者も弁護人も立会つた形跡のないこと所論の通りである。しかし刑事訴訟法第</要旨第二>二百二十八条第二項は犯罪捜査上の必要を考慮して同法第二百二十六条及び第二百二十七条の請求を受けた裁判官は捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは被告人、被疑者又は弁護人を証人尋問に立ち会はせることができる旨規定し(刑事訴訟規則第百六十二条参照)同法第百五十七条の規定を排除しているから右の請求を受けた裁判官が捜査に支障を生ずる虞があると認めて被疑者又は弁護人を立ち会はせないで証人尋問をしても何等違法であるとはいえない。憲法第三十七条第二項前段は刑事被告人はすべての証人に対して審問する機会を充分に与えられる権利を有すると規定しているけれども、右は裁判所の職権により又は訴訟当事者の請求により喚問した証人に対しては反対尋問の機会を充分に与えなければならないという趣旨であつて、被告人に反対尋問の機会を与えない証人の供述を録取した書類は絶対にこれを証拠とすることは許されない趣旨であるとは解せられない(最高 しては反対尋問の機会を充分に与えなければならないという趣旨であつて、被告人に反対尋問の機会を与えない証人の供述を録取した書類は絶対にこれを証拠とすることは許されない趣旨であるとは解せられない(最高裁判所昭和二三年(れ)第八三三号昭和二四年五月一八日大法廷判決参照)。而して刑事訴訟法第二百二十七条による裁判官の証人尋問調書は当然に証拠能力を具有するものではなく同法第三百二十六条により被告人がこれを証拠とすることに同意するか又は同法第三百二十一条第一項第一号により供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異つた供述をしたとき(この場合は供述者に対し反対尋問をなす機会が与えられる)に限り証拠能力を有するに至るものであるから、被告人、被疑者又は弁護人の立会を裁判官の裁量に委ねた刑事訴訟法第二百二十八条第二項の規定が憲法第三十七条第二項前段の規定に違反するものであるとはいえない(本件の場合と稍異るが最高裁判所昭和二五年(し)第一六号同年一〇月四日大法廷決定参照)。従て前掲裁判官の証人D3に対する尋問調書には何等の違法がなく、且つ本件においては弁護人が原審公判廷においてこれを証拠とすることに同意し被告人等は異議を述べた形跡が認められないから(原審第十回公判調書参照)、右証人尋問に被疑者又は弁護人が立会つていなくても該尋問調書は適法な証拠能力を有するに至つたものと謂はなければならない。而して所謂反対尋問権は拠棄を許さない権利ではなく右同意により該証人に対する反対尋問権はこれを拠棄したものと謂はなければならない。これを要するに原判決が右尋問調書を証拠に引用したのは適法であつて原判決に所論の如き訴訟手続の法令違反は 権利ではなく右同意により該証人に対する反対尋問権はこれを拠棄したものと謂はなければならない。これを要するに原判決が右尋問調書を証拠に引用したのは適法であつて原判決に所論の如き訴訟手続の法令違反は存せず、論旨は理由がない。 同第二点について。 論旨は原審第五回公判において弁護人より証人D11の再尋問を請求したのに拘らず原審がこれを却下したのは不当であると非難する。仍て本件記録を検討して考察するにD11が相撲の招待券を配つている時C及び被告人A3、同A2等に会つた時期がB5が刺された日に接近した日であつたか或は弁護人主張の如く昭和二十二年八月二、三日頃から同月五日頃迄の間であつたかは(記録第四九九丁参照)本件において相当重要な点であること所論の通りであるけれども、裁判所が訴訟関係人よりの証拠調の請求を採用するか否かは裁判所の裁量に委ねられていること多言を要しないところであり、原審が弁護人よりの証人D11再尋問の請求を却下したことを以て違法であるとなすことはできない、而して本件の場合D11は原審第三回公判において証人として喚問を受けて居りその際C等に会つた時期については既に証言しているのであるから、同一事項についての再尋問請求を原審裁判所が必要ないものとしてこれを却下したことが必ずしも不当であるとも見られない。また右第三回公判におけるD11の証人尋問は検察官の請求によりなされたものであるけれども、下田主任弁護人及び被告人A1は右D11の証言に対し反対尋問をして居り被告人A3、同A2に対しても反対尋問の機会を与えられていること(但し同被告人等は何等の反対尋問をしていない)原審第三回公判調書の記載に徴し明かであつて、原審の措置に所論の如く憲法第三十七条第二項に違反した点があるとはいえない。従て論旨主張の諸点を充分考慮に容れても原審が証人D1 等の反対尋問をしていない)原審第三回公判調書の記載に徴し明かであつて、原審の措置に所論の如く憲法第三十七条第二項に違反した点があるとはいえない。従て論旨主張の諸点を充分考慮に容れても原審が証人D11の再尋問請求を却下したことを以て違法であるとはいえず、論旨は理由がない。 同第三点について。 論旨は本件については原判決後E6の日記帳及びE3の卓上日誌が発見されたことにより再審の請求をすることができる場合にあたる事由が生じたものであり刑事訴訟法第三百八十三条第一号により原判決は破棄されるべきであると主張する。しかし被告人A1が昭和二十二年八月十二日朝早くD22方を訪問し夕刻頃迄同人方に居たか否かの点に関する当裁判所の判断は弁護人下田勝久の控訴趣意第二十五点に対する判断において示した通りであり、また被告人A1が昭和二十二年八月十三日K党L支部懇談会に出席して飲酒酪町したか否か、同日夕刻頃D13の牛車に乗せられて帰宅したか否か等の点については下田弁護人の控訴趣意第十五点に対する判断において説示した通りであつて、以上の諸点に関する原判決の判断中には稍妥当を欠く部分が存するとはいえ、E6の日記帳及びE3の卓上日誌の各記載を考慮に容れても本件につき、刑事訴訟法第三百八十三条第一号に該当する事由があるとは認められない。従て論旨は採用し難い。 同第四点について。 論旨は原判決には判決に影響を及ぼす事実の誤認があると主張する。しかし既に弁護人下田勝久の控訴趣意に対する判断において説示した通り原判決の掲げる各証拠を綜合して判断すれば原判示の如き経緯及び動機により被告人A1がCに対しB5殺害方を教唆するに至つた事実を充分肯認することができ、本件記録並に原審が取調べた各証拠を仔細に検討し当審において証拠調をした結果に徴するも原判決の認定が誤認であるとは認 り被告人A1がCに対しB5殺害方を教唆するに至つた事実を充分肯認することができ、本件記録並に原審が取調べた各証拠を仔細に検討し当審において証拠調をした結果に徴するも原判決の認定が誤認であるとは認められない。また論旨の主張する諸点殊に被告人A1の社会的地位身分等を考慮に容れても被告人A1が原判示の如き動機によりCに対しB5殺害方を教唆するというが如きことか絶対にあり得ないことであるとは断定できず、原判決挙示の如き証拠によつて本件教唆の動機を認定することが経験法則に違反するものであるとも云えない。 尚論旨末尾において箇条書的に主張する諸点につき本件記録を検討して判断するに一、 B1株式会社の社金横領事件につきB4a県知事やB5県会議員がB2社長等の黒幕として策動することがあり得ないことであるとしても被告人A1がかく想像するということは必ずしもあり得ないことではない。 二、 被告人A1はB1事件において保釈釈放せられた際既にB5に対し或程度憤懣の情を懐いていたものであるが、果して同人が右事件捜査の背後において策動しているかどうかについては未だ確信がなかつたため昭和二十二年八月二日頃Cに対し直接の告訴人であるB2社長の殺害方を依頼したものであるところ、その後B5がB2等の黒幕になつているものと確信したので同月十二日頃Cに対し殺害の相手方を変更しB5殺害方を教唆したものと認められる。従て被告人A1がB1事件で保釈になつた際「B5がこんな卑怯なことをするなら許しておけない」と言つたという証人D2の原審における証言と殺害の相手方が最初はB2であつたところその後B5に変更になつたとのC証言とは決して矛盾するものではない。 三、 下田弁護人の控訴趣意第二十一点に対する判断参照四、 同第十一点に対する判断参照五、 原審第三回公判調書に徴する ころその後B5に変更になつたとのC証言とは決して矛盾するものではない。 三、 下田弁護人の控訴趣意第二十一点に対する判断参照四、 同第十一点に対する判断参照五、 原審第三回公判調書に徴するに被告人A1は証人Cに対する反対尋問において「証人が引受けてくれるかどうか判らぬのにその様なことを言うのも変だし、第一、人の生命をとるのにそんなに簡単に「やつてくれ」「やりませう」と云う様なことは考えられんことだが証人何か気が違つているのではないか、これが徳川幕府時代の事ならともかく今の世の中にそんな簡単に返事ができるか」との問に対しC証人は暫く沈黙したところ立会検察官が「どうか」と証人に発言を促した事実を窺うことができ(記録第二七八丁裏参照)、立会検察官の右措置は稍穏当を欠いだ憾みがあるけれども、証人Cは引続き「私は正気です、A1は私を見込んで居り私もA1を信じて居りました、双方信じ合つていたので私はA1の頼みを引受けたのです」と供述し、更に右沈黙した理由として「A1は判りきつていながらしやあしやあと言つているので返答するのが嫌だつたのです」(記録第二七九丁裏)と供述して居り、右の如く証人Cが被告人A1の反対尋問に対し暫く沈黙し検察官より促されて供述を続けるに至つた事実があるからといつて、同証人の証言が信を措くに足りないものであるとなすことはできない、これを要するに原判決に所論の如き事実の誤認があるとは認められず、論旨は採用できない。 弁護人皆川治広、同小野清一郎の控訴趣意第一点について。 論旨は本件については検察官が冒頭陳述において裁判所に偏見又は予断を生ぜしめる虞のある陳述をして居り刑事訴訟法第二百九十六条但書に違反していると主張する。仍て原審第一回公判調書(昭和二十五年十一月十日)を検討するに検察官は冒頭陳述において三年前Cを単独犯 は予断を生ぜしめる虞のある陳述をして居り刑事訴訟法第二百九十六条但書に違反していると主張する。仍て原審第一回公判調書(昭和二十五年十一月十日)を検討するに検察官は冒頭陳述において三年前Cを単独犯として起訴した当時においても捜査当局では既に被告人A1がCの背後にありと睨んでいたし世間にも伝えられこれを気にしたものかA1はRクイムスに言訳を載せたのであるとの趣旨の陳述をしていること(記録第八五丁参照)所論の通りである。而して<要旨第三>刑事訴訟法第二百九十六条は但書においで「証拠とすることがてきず又は証拠としてその取調を請求する意思</要旨第三>のない資料に基いて裁判所に事件について偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べることはできない」と規定し検察官が所謂冒頭陳述において裁判所に偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項の陳述を禁止しているげれども、B5を暗殺せんとした犯行については既に昭和二十二年九月十日Cの単独犯行として同人が起訴せられ昭和二十三年二月十六日高松高等裁判所において懲役十年の判決言渡があり該判決は確定しているに拘らず検察当局は昭和二十五年十月二十七日に至り右犯行は被告人A1がCを教唆して行はせたものであるとしで本件を起訴したものてあるから、検察官が冒頭陳述に際しさきにCを単独犯として起訴した当時検察当局が如何なる見解を有していたかを或程度説明することは必ずしもこれを非難することはできず、ただその際当時の世間の風評をも附言したことは稍妥当を欠くけれども検察官が本件において右の程度の陳述をしたことを以て刑事訴訟法第二百九十六条但書の規定に違反するものとなすことはできない。また原審裁判所は本件につき極めて慎重に審理を進め各証拠を仔細に検討の上原判決の如き結論に到達したものであることは本件記録並に原判決に徴し明かであつて、検察 の規定に違反するものとなすことはできない。また原審裁判所は本件につき極めて慎重に審理を進め各証拠を仔細に検討の上原判決の如き結論に到達したものであることは本件記録並に原判決に徴し明かであつて、検察官の前記陳述により原審裁判所が偏見又は予断を懐いて本件の審理をなし判決をしたと見られる形跡は全然これを窺うことができない。徒て論旨は採用できない。 同第二点について。 論旨は原審裁判所は本件につき予断を以て審理に臨んだものであり憲法第三十七条第一項及び新刑事訴訟法の<要旨第四>基本精神に反するものであると主張する。 而して原判決は証拠説明の冒頭において「先ずこの事件の概要と特</要旨第四>殊性について略説する」と前置きして本事件の発端より本件が起訴を見るに至つた迄の経過を説明し更に「この事件の審判に当り考慮せねばならぬことは云々」と論旨摘録の如き説示をしていることは所論の通りである。 しかし原判決がかかる説明をなしたのは本件が種々の点例えば既にCの単独犯行としての確定判決が存する点、犯行後三年有余を経て起訴せられた点、被告人A1は現職の国会議員である点、最も重要な証人であるCが前科数犯を重ねている所謂やくざ者である点その他関係証人の多くが所謂親分子分の社会に住む者達である点等において一般刑事事件に比し頗る特殊性を有する事件であるからであつて、原判決がかかる説明をしているからといつて原審裁判所が本件につき検察官の起訴を相当根拠あるものと考えまたCに対する確定判決が誤であることを予定して即ち予断を以て本件に臨んだものとは到底考えられない。本件記録並に原判決を仔細に検討しても原審が予断を懐いて審理を進め判決をした形跡は全然これを認めることができず、原判決が公平な裁判を保障した憲法第三十七条第一項及び新刑事訴訟法の精神に違背しているとの論旨は採用で 決を仔細に検討しても原審が予断を懐いて審理を進め判決をした形跡は全然これを認めることができず、原判決が公平な裁判を保障した憲法第三十七条第一項及び新刑事訴訟法の精神に違背しているとの論旨は採用できない。 同第三点について。 論旨は原判決がCの証言を全面的に信用し且つ推理の過程において経験法則を無視して被告人A1がCに対し本件教唆をしたものと認定したのは事実誤認であると謂うのである。しかしCが論旨摘録の如き種々の前科を有する人間であり且つ本件については同人の単独犯行としての確定判決が存在するに拘らず本件における同人の証言が信憑性を有する点については下田弁護人の控訴趣意第二十三点、同第十二点、同第九点に対する各判断において説示した通りであり、証人Cの原審及び当審における各証言その他本件各証拠に徴するもCは被告人A1がH横死の件につき加害者側と被害者側との間の仲裁をなし且つ加害者I等に対する裁判において特別弁護人として加害者等に有利な弁論をしたことを恨みに思つていた上その後刑務所入所中A1が自己の妻と通じたことに憤慨しA1に言いがかりをつけて金を出させようとしたがA1がその要求に応じなかつたため報復的に虚構の事実を以てA1を陥し入れようとしているものであるとは到底認められない。 尚CがH親分の恨みをはらすためB5医師を刺したものとすればその犯行動機が頗る不自然であることについては下田弁護人の控訴趣意第九点に対する判断において説示した通りであり、被告人A1がB5に対し殺意を懐くことがあり得べからざることではない点については右控訴趣意第十九点に対する判断において示した通りであり、当初Cに対しB2の殺害方を依頼し後殺害の相手方をB5に変更した点については池田弁護人の控訴趣意第四点、下田弁護人の控訴趣意第十四点に対する各判断において説示した通 る判断において示した通りであり、当初Cに対しB2の殺害方を依頼し後殺害の相手方をB5に変更した点については池田弁護人の控訴趣意第四点、下田弁護人の控訴趣意第十四点に対する各判断において説示した通りである。而して所論の如く被告人A1が何故B4知事を狙はないでB5県会議員を狙つたかについては本件証拠上明かでないけれども、右の点は本件犯罪事実認定につき必ずしもこれを明かにする必要はないものと考える。原審及び当審において取調べた各証拠を検討し論旨主張の諸点を考慮に容れても原判決の認定は相当であつて所論の如き事実誤認は認められない。従て論旨は理由がない。 同第四点について。 被告人A1が昭和二十二年八月十二日D22方を訪問したか否か、同月十三日K党L支部懇談会に出席したか否かまた同日夕刻頃D13の牛車に乗せられて帰宅したか否か等の諸点についての当裁判所の判断は下田弁護人の控訴趣意第二十五点及び第十五点に対する各判断において既に説示した通りであり、論旨は結局採用し難い。 弁護人D21の控訴趣意第一点について。 論旨は検察官の冒頭陳述が刑事訴訟法第二百九十六条に違反すると主張するがこの点についての判断は皆川、小野両弁護人の控訴趣意第一点に対する判断において示した通りであつて、論旨は採用できない。 同第二点について。 論旨は原審裁判所は予断を懐いて本件の審判をしたと主張するけれども、この点の論旨の理由のないことは皆川、小野両弁護人の控訴趣意第二点に対する判断において説示した通りである。 同第三点について。 論旨は原判決が信憑性の乏しい証人Cの証言を全面的に信用して被告人A1の本件教唆事実を認定したのは判決に影響を及ぼす事実の誤認であると主張する。しかしCが論旨摘録の如き数多の前科を有ししばしば虚言を弄する者であることを考慮に容れても尚本 を全面的に信用して被告人A1の本件教唆事実を認定したのは判決に影響を及ぼす事実の誤認であると主張する。しかしCが論旨摘録の如き数多の前科を有ししばしば虚言を弄する者であることを考慮に容れても尚本件における同人の証言が充分信を措くに足るものであることは下田弁護人の控訴趣意第十二点及び第二十三点に対する判断において示した通りであり、その他既に各弁護人の各控訴趣意に対する判断において説示した通り原審及び当審において取調べた各鉦拠を愼重に検討しても原判決の認定が事実誤認であつて且つ経験則に反した認定であるとは考えられない。 以下本論旨がCの証言した事実中虚構の事実であると主張する諸点につき附言するに(1) 論旨はCは昭和二十二年七月三十一日より同年八月十日頃迄の間は広島より松山に帰つていなかつたと主張するけれども、この点についての証人D6、同D9、同D8の原審における各証言は措信し難い(下田弁護人の控訴趣意第二十二点及び第二十八点に対する判断参照)。 (2) 論旨は昭和二十二年七月三十一日A1方よりサイドカーでCを迎えに行つた事実はないと主張するけれども、この点についての当審における証人E7、同E8の各証言(同証人等に対する当審各尋問調書参照)はC証人の証言と対比して信を措き難い。尤も証人Cは原審公判廷において広島に居たところ家内のD1から用事かあるがらすぐ帰れという電報が来たのですぐ自宅に帰つたがその日の夕方かその翌日の夕方にA1の方からサイドカーで私を迎えに来たのでそれに乗つてA1方へ行つた、その年月日は昭和二十二年七月末頃の晩であつた旨(原審第二回公判調書中記録第一六三丁参照)供述しており、Cが最初A1方へ行つた日時は必ずしも明確でなく昭和二十二年七月三十一日ではなくて或は翌八月一日であつたかもしれない(この点については後記村上 原審第二回公判調書中記録第一六三丁参照)供述しており、Cが最初A1方へ行つた日時は必ずしも明確でなく昭和二十二年七月三十一日ではなくて或は翌八月一日であつたかもしれない(この点については後記村上弁護人の控訴趣意第一点の(一)に対する判断参照)。 (3) 論旨は昭和二十二年七月末頃Cの妻D1が夫Cを電報で広島より呼び返した事実はないと主張する。仍て考察するに証人D1は原審においても当審においでも当時Cを電報で呼び返した点については判然した記憶がない旨供述(原審第四回及び当審第三回各公判調書参照」しているけれども、三年余以前の事柄であるから右打電の件につきD1が判然した記憶がない旨の供述をしているからといつてこの点についてのCの証言が虚構であるとは断ぜられない。その他論旨主張の諸点を考慮に容れても同様である。 (4) 論旨は昭和二十二年八月上旬Cは被告人A1よりB2殺害方を依頼されたので刑務所入所後の家族の生活費を案じbダンスホールの経営者D16に交渉し毎月三千円宛の金を出して貰うことになつたとの事実は虚構であると主張するけれども、この点については下田弁護人の控訴趣意第二十点に対する判断において説示した通りである。而してCが昭和二十二年八月上旬頃被告人A3、同A2と共にd駅附近に疎開していたD16を訪問したことがあるか否かの点につき考察するに証人D16は原審公判廷においてA3、A2の二人がCのことについて話に来たような記憶はない旨証言(原審第八回公判調書参照)しているけれども、右証言はD16の村上検察官に対する昭和二十五年十二月九日附供述調書に照して信を措き難く、右D16宅訪問についての証人Cの供述(原審第二回及び第九回者公判調書殊に記録第八九九丁裏参照)が虚偽であるとは認められない。 (5) 原審における証人D2の証言については下 に照して信を措き難く、右D16宅訪問についての証人Cの供述(原審第二回及び第九回者公判調書殊に記録第八九九丁裏参照)が虚偽であるとは認められない。 (5) 原審における証人D2の証言については下田弁護人の控訴趣意第二十一点に対する判断において示した通りであつて、同証人の証言は決して証人Cの証言と牴触するものでけない。 (6) 原審第九回公判調書に徴すれば同公判における証人C、同D6、同D9、同D8の四名対質尋問においてCの供述は他の三名の供述と二、三の点につきくいちがつていることが窺えるけれども、本件におけるCの証言の重要部分が所論の如く虚構乃至偽作であるとは到底認められない。 尚Cに対する殺人未遂等被告事件の確定判決において認定せられた犯行の動機が極めて不自然てあつて真実と見られない点については下田弁護人の控訴趣意第九点に対する判断において説示した通りであり、右被告事件におけるD1に対する司法警察官の昭和二十二年九月三日附聴取書の内容及び原審における証人D5の証言を考慮に容れてもCがB5医師の鑑定に対する不満からH親分の霊を慰めるため同医師を殺害せんとしたものであるとは認められない。またCが所論の如きA1に対する憎悪から虚構の事実を証言していると認められない点については皆川、小野両弁護人の控訴趣意第三点に対する判断において示した通りである。 同第四点について。 論旨は原判決が被告人A3、同A2はCの犯行を幇助したものであると認定したのは事実誤認であると謂うのである。しかし原判決が証拠として掲げる証人C、同D1、同D11の原審公判廷における各証言を綜合して判断すれば、原判示二の幇助事実即ち被告人A3及び同A2は被告人A1がCを教唆し同人をしてB5を殺害せしめようとする事情を知りながら被告人A1のためCの犯行に協力しようとして原 ける各証言を綜合して判断すれば、原判示二の幇助事実即ち被告人A3及び同A2は被告人A1がCを教唆し同人をしてB5を殺害せしめようとする事情を知りながら被告人A1のためCの犯行に協力しようとして原判示の如き行為をしてCの犯行を容易ならしめた事実を充分肯認することができる。原審及び当審において取調べた各証拠を検討し論旨摘録の証人D11の原審における証言その他論旨主張の諸点を考慮に容れても原判決に事実誤認は認められず、論旨は理由がない。 同第五点について。 論旨は原判決は被告人A3が犯行当日の朝Cと共に松山市eの金物店で犯行に使う刺身庖丁を買求めた点につき証拠によらずその事実を認だしていると主張する。 しかし右事実は原判決が証拠として掲げる証人Cの原審における証言により明かであつて、原判決はこの点につき右証言以外に証拠を掲げていないけれども所論の如く証拠によらずして事実を認定したものであるとはいえない。検察官作成に係るD23(金物商)の昭和二十五年十月九日附供述調書によれば同人は被告人A3につき全然見覚えがない旨供述していること所論の通りであるけれども、三年余時日が経過している点を考慮すれば右供述調書は被告人A3の前記行動を認定するに何等妨げとなるものではない。その他本件各証拠を検討しても原判決の右認定は相当であり原判決に所論の如き違法は認められない。従て論旨は理由がない。 同第六点について。 被告人A1が昭和二十二年八月十二日D22宅を訪問したか否か、同月十三日K党L支部懇談会が開かれたか否か、同日夕刻頃被告人A1がD13の牛車に乗せられて帰宅したか否か等の点については下田弁護人の控訴趣意第二十五点及び同第十五点に対する判断において既に述べた通りである。 弁護人宇和川浜蔵、同白石近章の控訴趣意第一点について。 論旨は原審が証第十六号 宅したか否か等の点については下田弁護人の控訴趣意第二十五点及び同第十五点に対する判断において既に述べた通りである。 弁護人宇和川浜蔵、同白石近章の控訴趣意第一点について。 論旨は原審が証第十六号の一、二乃至証第五十六号の各手紙を刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面として証拠能力を認めこれを事実認定の資料としたのは違法であると主張する。しかし原審が右各手紙を刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面として証拠能力を認めたことが相当であること。右各手紙の中には封筒と内容との一致せぬもの、代筆に係るもの、刑務所の検閲印のないもの等が存するけれどもこれを逐一点検しても何等かの工作が施され又は或意図の下に作成された形跡は全然認められず信用すべき情況の下に作成されたものと認められることについては下田弁護人の控訴趣意第三点及び第四点に対する判断において説示した通りである。尚所論の如く原審は右各手紙が如何なる経緯により検察官の手許に存在するに至つたかの点についてはこれを調査した形跡がないけれども、裁判所が右の点を調査していないからといつて必ずしも審理不尽であるとはいえない(尚この点については当審第三回公判における証人D1の供述参照)。原判決には所論の如き違法はなく、論旨は採用できない。 同第二点について。 論旨は原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼす法令の違反があると主張する。而して原審第二回公判調書(記録第二一七丁以下)に徴するに検察官は証人Cに対し後に提出する証第十六号の一、二乃至証第三十号の各手紙(Cより妻D1宛)を示し「これ等の手紙は証人が出したものか」「この中誰かに代筆して貰つたものもあるか」「証人自身が書いたものはどれか」等の間を発したのに対し下田主任弁護人は右は一種の証拠調であるからとして異議を申立てたところ裁判長は右異議申 が出したものか」「この中誰かに代筆して貰つたものもあるか」「証人自身が書いたものはどれか」等の間を発したのに対し下田主任弁護人は右は一種の証拠調であるからとして異議を申立てたところ裁判長は右異議申立を却下するとの決定を宣したこと所論の<要旨第五>通りである。仍て考察するに右第二回公判当時右各手紙については未だ証拠調の請求がなされていないけれど</要旨第五>も証拠調の請求をなす前提として右各手紙は何人が出したものであるか、何人から来た手紙であるか或は自筆か代筆か等の点につき証人の供述を求めることは許されるものと解すべきであり、原審が弁護人の異議申立を却下したのは相当であると謂はなければならない。而して右各手紙はその後原審第五回公判に至り検察官より証拠物として証拠調の請求がなされたこと所論の通りであるけれども、右第二回公判の法廷において検察官より証人に対し右各手紙が示された以上被告人並に弁護人は右各手紙を閲覧し当該証人の供述に対し検察官の尋問をした点に関し反対尋問をなすことは勿論許されるものと謂はなければならない。論旨は弁護人並に被告人は第五回公判まで前記各手紙の内容、形状を知る機会がなくC証人に対し反対尋問をなす機会を奪はれたと主張するけれども、Cの証人尋問が行はれた原審第二回及び第三回各公判調書を検討しても裁判所又は検察官が被告人又は弁護人に対し右各手紙の閲覧を妨げまたは拒んだ形跡は全然窺えない。殊に証人Cの尋問は昭和二十五年十一月二十一日の第二回公判に引続き翌二十二日弁護人及び被告人より詳細な反対尋問が行はれているのであつて、弁護人又は被告人が右各手紙を閲覧し手紙の作成につきC証人に対し反対尋問をなす機会が全然与えられなかつたものとは見られない。従て原審の訴訟手続に所論の如き違法があるとはいえず、論旨は採用し難い。 同第三点につ 人が右各手紙を閲覧し手紙の作成につきC証人に対し反対尋問をなす機会が全然与えられなかつたものとは見られない。従て原審の訴訟手続に所論の如き違法があるとはいえず、論旨は採用し難い。 同第三点について。 論旨は原判決が訴因の変更追加等の措置をしないで原判示二の事実を認定したのは違法であると主張する。而して本件起訴状によれば公訴事実第二は「被告人A3、同A2は前記窮地に陥つた被告人A1に深く同情していた矢先前記の如く別懇の間柄にあるCより被告人A1の依頼を受けてB5の暗殺を遂げる決意なることを聞かされるや之に協力せんことを決意し(中略)B5を追尾する等Cの前記犯行を容易ならしめる為の協力的行為をなし以て犯行を幇助し」となつているところ、原判決は二の事実において「被告人A3及び同A2はCが前記の通り被告人A1の教唆によつてB5を殺害することとなつた事情を知りA1のため共同してCの前記犯行に協力せんことを決意し(中略)Cのために便宜を与え或は気勢を添へ以てCの前記犯行を容易ならしめて之を幇助し」と認定していること所論の通りである。仍て右両者を比較するに原判決も公訴事実と同じく右被告人両名がCの殺人未遂行為を幇助した事実を認定して居り、唯被告人両名の間に意思の連絡があり共同して幇助行為をなしたものである点を明かにしたに過ぎず、所論の如く公訴事実の訴因と犯罪の態様を異にする事実を認定したものとけ見られない。従て本件の場合訴因変更等の手続は何等これを必要としないものと解する。尚幇助者同志の間の意思の連絡があり共同して幇助行為をなした場合においては共同正犯に関する刑法第六十条の規定はこれを適用する余地がないものと考えられるから、原判決が被告人A3、同A2の所為につき刑法第六十二条策一項の外刑法第六十条をも適用しているのは首肯し難いが、右法令適用の に関する刑法第六十条の規定はこれを適用する余地がないものと考えられるから、原判決が被告人A3、同A2の所為につき刑法第六十二条策一項の外刑法第六十条をも適用しているのは首肯し難いが、右法令適用の誤は判決に影響を及ぼすものではない。原判決には所論の如き違法は認められず、論旨は理由がない。 同第四点について。 論旨は原判決は理由にくいちがいがあるとして五つの点を指摘している。以下順次判断するに(1) 原判決が二の事実に対する証拠として掲げた証人Cの原審公判廷における証言中には論旨摘録の如き供述部分があり昭和二十二年八月十三日朝B5をねらつた際C及び被告人A2、同A3はB5の顔が判らなかつたため犯行の決行を一応中止した事実を窺い得るところ、原判決に証人D10の証言について批判した箇所において「CはHの死体の解剖に立会したがために鑑定医であるB5の容姿を或程度知つていたものてあつでこれにより暗夜二人連れの男の中からB5を識別し得たものと認めるのが相当ではないてあろうか」と判示しでいること所論の通りである。しかし原判決は右判断においてCはB5の容姿を或程度知つていたものではなかろうかと判示したに過ぎず同人の容貌等を充分知つていたものと認定した訳ではないから、原判決の証拠判断に必ずしも所論の如き矛盾があるとはいえない。 (2) 原判決は証拠説明三の(二)において「CはH親分の加害者I外数名に対する裁判の軽きを恨み鑑定医B5に対しても不満の念を抱いていたことを推知し得ないことはない」と判断していること所論の通りである。しかし原審はCはB5医師の鑑定に対する右不満の念から同人を刺したものではなく、被告人A1の教唆によりB5を殺害せんとしたものと判断したものであることは明瞭である。 (3) 自ら殺害を依頼して犯罪を犯さしめたものがその依頼によつ に対する右不満の念から同人を刺したものではなく、被告人A1の教唆によりB5を殺害せんとしたものと判断したものであることは明瞭である。 (3) 自ら殺害を依頼して犯罪を犯さしめたものがその依頼によつて罪を犯し現に刑を受け涜罪のため苦しんでいる者に対し善道に立帰るべきことを訓戒するが如き行為はあり得べからざることであるとの所論は一応首肯し得るけれども、本件の場合においては被告人A1がCに対し善道に立帰るべきことを訓戒した事実があるからと云つて本件教唆事実の認定に影響を及ぼし得ないと原判決が判断したのは相当てあつて該判断が経験則に違背しているとは見られない。 (4) Cは昭和二十二年七月末頃広島より松山に帰つて一度A1方へ行きその晩帰宅して妻D1に対し別れ話を持出したものであるかどうかの点については下田弁護人の控訴趣意第二十一点に対する判断において示した通りであり、原判決は証人D1の証言中「Cは七月末夕方広島から帰り帰ると直ぐに出かけて行きその夜十一時頃帰宅し別れ話を持ち出した」旨の供述部分をも証拠に引用しているけれども、原判決は証人D1の証言の外証人C、同D12、同D24その他列挙の各証拠を綜合判断して昭和二十二年八月二日頃被告人A1がCに対しB2殺害方を依頼した事実を認定したものであり、拳示の証拠中認定事実と稍牴触する部分があるとしても所謂判決理由にくいちがいがある場合に該当するとは見られない。 (5) 論旨は原判決はCの証言の信憑性について十分留意するの必要があると判示しながら結局C証言を全面的に採用し同証言の信憑性たつき留意しに跡が見られないと主張する。しかし原審はCの証言を軽々に措信したものとは見られず同人が前科数犯を重ねている博徒であつてその供述を軽々しく信用することは危険であることを十分留意した上同人の証言を検討しHの死体解 ないと主張する。しかし原審はCの証言を軽々に措信したものとは見られず同人が前科数犯を重ねている博徒であつてその供述を軽々しく信用することは危険であることを十分留意した上同人の証言を検討しHの死体解剖に立会つたか否かの点を除いてはCの証言を十分措信し得るものであるとしてこれを証拠に引用したものであることは原判決の理由記載に徴しこれを窺うことができる。 従て論旨主張の諸点を考慮に容れても原判決の理由に所謂くいちがいがあるとは見られず、論旨は採用し難い。 同第五点について。 論旨は原判決は証拠によらずして事実を認定した違法があると主張する。仍て考察するに所論の如く原判決が証拠として掲げる証人D12、同D24、同D1、同D2、同D25、同D26の原審公判廷における各証言、裁判官の証人D3に対する証人尋問調書等は被告人A1がCに対しB2後にB5の殺害方を教唆した事実を直接に立証するに足るものではないけれども、右の各証拠は証人Cが全然架空の事実を証言しているものでないことを裏付ける意味において充分本件有罪認定の資料となり得るものであり、要証事実と何等関連のない証拠であるとはいえない。而して本件教唆行為自体については証人Cの証言及び原判決が証拠説明の末尾において掲げるC夫婦の間に取り交された各手紙(証第十六号の一、二乃至証第五十六号)の存在及びその内容に徴し充分これを認めることができ、原判決を検討しても所論の如く原審が採証の法則に違反し又は証拠によらないで事実を認定したものとはいえない。従て論旨は採用できない。 第六点について。 論旨は原判決がその挙示の如き証拠により原判示の如き本件殺人教唆の動機を認定したことを非難する。しかし原判決の掲げる各証拠を綜合して判断すれば被告人A1がB2、B3、B4a県知事、B5県会議員等に対し原判示の如き恨を懐 示の如き証拠により原判示の如き本件殺人教唆の動機を認定したことを非難する。しかし原判決の掲げる各証拠を綜合して判断すれば被告人A1がB2、B3、B4a県知事、B5県会議員等に対し原判示の如き恨を懐くに至つた経緯を充分肯認することができ、被告人A1の当時の社会的地位を考慮に容れても同被告人がB2又はB5に対し殺意を懐くに至ることが経験則上絶対にあり得ないことであると断ぜられないことは既に判断した通りである(下田弁護人の控訴趣意第十九点に対する判断参照)。尚被告人A1はB4知事に対しても恨を懐いていたものであるところ何故B4知事を殺害の対象とせずしてB5県会議員を殺害せんとしたかは本件証拠上明かでないけれども、同被告人がB5殺害方を教唆した事実を証拠上充分認め得る以上本件の如き被告人が絶対否認している事案において原審が右の点を明かにしていないからと云つて必ずしも原審の審理が不充分であるとはいえない。殺人罪において動機の点が重要であることは云うまでもないことであるが、論旨主張の諸点を考慮に容れても原審が証拠基かないで本件動機を認定したものであるとはいえず、また動機の認定につき原審に審理不尽の点があるともいえない。従て論旨は採用し難い。 弁護人村上常太郎の控訴趣意第一点について。 論旨は縷々主張するけれどもこれを要するに原判決が証人Cの証言を信用して被告人A1の本件教唆事実を認定したのは事実誤認であると謂うのである。而して被告人A1がCに対し本件の如き教唆をしたことについての直接の証拠はCの証言を措いて他に存しないことは所論の通りであるけれども、このようなことは本件の如く甲が乙に対し第三者のいないところで口頭で或犯罪行為を教唆したとする事案においては已むを得ないことであり、窮極において教唆を受けたとする乙の供述が措信できるか否か、また甲の のようなことは本件の如く甲が乙に対し第三者のいないところで口頭で或犯罪行為を教唆したとする事案においては已むを得ないことであり、窮極において教唆を受けたとする乙の供述が措信できるか否か、また甲の教唆が架空の事実でないこと(動機の点も含む)を窮うに足る状況的証拠が存するか否かによつて有罪無罪を決しなければならないことになる。今本件につき考察するに既に他の各弁護人の控訴趣意に対する判断において示した通りCが詐欺恐喝等の前科を有ししばしば虚言を弄する人間であることを考慮に容れても本件における同人の証言は充分信を措くに足るものであり、またその証言を裏付けるに足る証拠及び本件教唆が架空の事実でないことを推測せしめるに足る状況的証拠が相当存在しており、原審及び当審において取調べた証拠を検討しても原判決の事実認定が誤認であるとは到底考えられない。 以下論旨を追うて順次判断するに(一) (1) Cが昭和二十二年七月末頃妻D1よりの電報に接し広島より松山に帰りA1方よりの迎へのサイドカーでA1方に行つたところA1は用件を語らず「明朝六時に来てくれ」と言つて一旦Cを帰宅させたからといつて所論の如く必ずしも奇怪事であるとはいえない。当時被告人A1は保釈直後で訪問客が多いたあ訪問客のない早朝を選んで重大用件を依頼することは考えられるところである。またCは妻よりの電報に接し帰宅したのに拘らず妻に対し用件を聞きたゞした点につき何等供述していないからといつて、Cの証言が不自然であるとはいえない。尚原審における証人D8、同D9等はCの妻よりCに対し電報が来た事実はないと証言するけれども三年前の事柄であるから記憶が喪失していることも考えられ右各証言は本件有罪認定の妨げとなるものではない。また論旨はCの広島よりの帰松とA1の保釈帰宅との関係につき疑を懐いているけれ 証言するけれども三年前の事柄であるから記憶が喪失していることも考えられ右各証言は本件有罪認定の妨げとなるものではない。また論旨はCの広島よりの帰松とA1の保釈帰宅との関係につき疑を懐いているけれども、Cが広島より松山に帰りA1宅を訪れたのが昭和二十二年七月末頃であることは証拠上窺い得るけれども、Cが松山に帰つた日、サィドカーでA1宅を訪れた日、翌朝来てくれといはれて早朝A1方を訪れた日が夫々果して何月何日てあつたかは必ずしも明確でない。当裁判所としては松山刑務所長の保釈釈放についての回答書、証人Cの証言、金九千円の受取証(証第五十七号の一)等を綜合して、被告人A1は昭和二十二年七月三十一日保釈出所しCを呼寄せるためCの留守宅に連絡を取りCの妻D1は広島に居るCに打電しCは同年八月一日広島より松山に帰りその夕刻迎えのサイドカーでA1宅を訪れたが翌朝来てくれとのことで翌二日朝再びA1宅を訪れ原判示の如くB2の殺害方を依頼されたものではないかと推測する。しかしその頃Cが広島より帰松して被告人A1よりB2の殺害方を依頼された事実を証拠上認め得る以上その正確な年月日が判然としないからといつて本件の認定に何等影響を及ぼすものではない。これを要するにA1の保釈帰宅とCの帰松との間に所論の如き疑点は認められない。 (2) 被告人A1がB1事件で取調を受けていたとき県会議員であるB5の宅から高橋検事に電話がかゝつたことにつき疑惑を懐くことはB5が県警察医であつて高橋検事と懇意であることを考慮に容れても必ずしもあり得ないことではなくCが広島より帰つて最初A1方を訪れた際「A1が調べられた時の模様が不審であつたとか電話かかかつたとが云つて調べられた時のことを話していた」とのCの証言部分(記録第一六四丁裹)が所論の如く虚偽であるとけ認められない。 (3) を訪れた際「A1が調べられた時の模様が不審であつたとか電話かかかつたとが云つて調べられた時のことを話していた」とのCの証言部分(記録第一六四丁裹)が所論の如く虚偽であるとけ認められない。 (3) 被告人A1はCに対し本件教唆に際し東京から弁護士を呼んでやると約束しながら同人に対するさきの刑事事件につき東京の弁護士を依頼しなかつたことに対しCがA1に何等抗議を申出ずまたその事件の担当弁護人に対する弁護料をA1に支出させなかつたとしても、Cの「A1はも前が引張られたら東京たら弁護士も雇つて入れてやる云々と云はれたのでB2等を殺すことを引受けた」との証言部分(記録第一六五丁裏)が虚偽であるとは認められない。 (4) Cは被告人A1の所謂直系の輩下ではないけれども、Hの葬儀に際しA1の世話になつたこと、H一家とI等との紛争をA1が円満に仲裁したこと、A1の斡旋により道後のダンスホールの取締人になつたこと、ダンスホールで働いていた時A1より種々激励を受けたこと等の関係からCは被告人A1に恩義を感じ且つ敬慕していたことは記録上明らかであり、昭和二十二年八月上旬当時においてA1とCとの関係が所論の如く必ずしも浅かつたものとは見られずCが如何なる人物であるかを考慮しても、被害人A1がCに対し本件の如きB2又はB5暗殺という大役を依頼したことが常識上考え得られないことであるとはいえない。またA1はA3、A2その他多くの直系の輩下があるに拘らず同人等を利用しないで傍系に属するCを選んだことは決して不自然ではなく寧ろ充分首肯し得るところである。被告人A1が自分に対し本件教唆をしたとのC証言が社会通念上首肯し得ないものであるとなすことはできない。 (5) Cが昭和二十二年七月末頃広島より松山に帰つて来た事実は原判決挙示の各証拠により明かであつて、この点に 対し本件教唆をしたとのC証言が社会通念上首肯し得ないものであるとなすことはできない。 (5) Cが昭和二十二年七月末頃広島より松山に帰つて来た事実は原判決挙示の各証拠により明かであつて、この点に関する証人D6、同D9、同D8等の原審における各証言の措信し難いことは既に判断した通りである。 (6) 昭和二十二年八月十三日薄暮頃A1方の屋外でCがA1に対し犯行に用うる刺身庖丁を示しA1より激励を受けた事実が必ずしもあり得ない事ではない点については、下田弁護人の控訴趣意第十四点に対する判断において説示した通りであり、A1がB2及びB5の殺害方を教唆した時は自己の家宅内でCと密談したのに拘らず刺身庖丁を示した時に限り戸外を選んだからといつて必ずしも不合理であるとはいえない。またCがA1方の家人が証人として現れることを避けるため殊更屋外の場所を証言しているものとは考えられない。尚CはA1より本件教唆を受けた時には傍に誰も居なかつた旨証言しているけれども、所論の如く証人となる者がない場面を釀成せんとする意図の下に虚偽の証言をしているものとは受取れない。 (7) 「無より有を生ずるの理なし」との所論は一応首肯することができ、CはB5医師のHの死体鑑定に対し或程度不満の念を懐いていたと推測されることは原判決も判示する通りであるが、Cに対する殺人未遂等被告事件の判決において認定された様に右鑑定に対する不満からH親分の霊を慰めるためB5医師を殺害せんとしたものであると認められないことは既に判断した通りである。而してCの本件における証言中前の被告事件において供述したことは全部でたらめであるとの趣旨は犯行の動機として供述したことがでたらめであるとの趣旨と見られる。尚論旨摘録の証人D6同D5の原審における各証言を考慮に容れてもCがH親分の怨をはらすためB5 したことは全部でたらめであるとの趣旨は犯行の動機として供述したことがでたらめであるとの趣旨と見られる。尚論旨摘録の証人D6同D5の原審における各証言を考慮に容れてもCがH親分の怨をはらすためB5鑑定医を刺すに至つたものとは到底考えられない。 (8) 原審における証人D15の証言により認められる松山刑務所における被告人A1とCとの面会の模様を考慮に容れても被告人A1の本件教唆が架空の事実と認められないことについては下田弁護人の控訴趣意第十六点に対する判断において示した通りであり、その時におけるCのA1に対する態度が所論の如く弱々しかつたからといつて本件の認定に影響を及ぼすものではない。 (9) 被告人A1のCに対する種々の財政的援助が単にA1が農地調整法違反事件で勾留せられていた際Cより厚遇をうけたことに対する謝恩の意味でなされたものと認められないことは下田弁護人の控訴趣意第十七点に対する判断において示したとおりであり、所論の如く感激性に富む被告人A1が右勾留中におけるCの親切に対し如何に感激したかは充分察知し得るけれども、C夫婦に対する金品贈与が単にCの右好意に対する謝恩又は同被告人の人格から出た純粋な恵与であるとは認められない。また被告人A1は昭和二十四年十月頃Cよりの金借の要求に対しそれが賭博に使う金であつたため「賭博等に使う金はない」と言つて断つた事実(原審第三回公判調書中記録第三〇〇丁参照)があつたからといつて、被告人A1がCに対し本件の如き教唆をした事実がないからかかる高飛車的態度に出ることができにものとは断定できない。 (二) 刑事訴訟法第二百二十七条に基く検察官の請求により裁判官から証人として尋問された者がその尋問前該事件の共同被疑者として勾留されていた場合においても右証人尋問が適法か否かの点につき考察するに、刑事訴 刑事訴訟法第二百二十七条に基く検察官の請求により裁判官から証人として尋問された者がその尋問前該事件の共同被疑者として勾留されていた場合においても右証人尋問が適法か否かの点につき考察するに、刑事訴訟法第二百二十七条により証人尋問の請求ができるのは同法第二百二十三条第一項の規定(被疑者以外の者の取調に関する規定)により検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調に際して任意の供述をした者であるこ<要旨第六>とを要件としていること所論の通りである。しかし共同被疑者として取調を受けた者であつてもその者を起訴</要旨第六>しないような場合において他の共同被疑者に対する関係において刑事訴訟法第二百二十七条の要件を充たす限り検察官が同条に基き証人として尋問の請求をなすことは許されるものと解すべきであり、その者が勾留されて取調を受けている場合においても強制、拷問、脅迫等に基かない任意の供述をしている限り同条の証人になり得るものと謂はなければならない(同条にいわゆる任意の供述が所論の如く勾留中の供述を含まない趣旨であるとは解せられない)。而して原審第三回公判調書中証人D11の供述記載に徴すれば同証人は当初傷害被疑事件で勾留されその後本件B5事件の共犯としての嫌疑で再び勾留されて取調を受けたこと及び釈放された日の午後検察官の請求により直ちに証人として裁判官の尋問を受けたことを窺い得るけれども、前記理由により右証人尋問請求が不適法であるとはいえない。尚検察当局がD11の取調に際し両人に飲酒させた点については下田弁護人の控訴趣意第二十三点に対する判断中において述べた如く検察当局の措置に遺憾の節が見られるけれども、同人の検察庁における供述調書及び同人に対する裁判官の証人尋問調書等は本件において証拠資料とされて居らないのであり、同人に対し検察当局の採つた種々の措 く検察当局の措置に遺憾の節が見られるけれども、同人の検察庁における供述調書及び同人に対する裁判官の証人尋問調書等は本件において証拠資料とされて居らないのであり、同人に対し検察当局の採つた種々の措置が原判決に何等かの影響を及ぼしているとは認められない。尤も原判決は原判示二の事実の証拠として証人D11の原審における証言を引用しているけれども、原審第三回公判調書に基き同証人の証言を検討しても同証人が公判廷において検察官の威圧を受け又は検察官に迎合して虚偽の供述をした形跡は窺えない。論旨主張の諸点を考慮に容れても原判決が証人D11の証言を採用したことを以て採証の法則に違反しているものとはいえない。 次に論旨は裁判官の証人D3に対する尋問調書についても検察官が刑事訴訟法第二百二十七条により証人尋問の請求をしたのは違法であると主張するけれども、同人がさきに被疑者として勾留され取調を受けていたとしても任意の供述をしている限り他の被疑者に対する関係において同条の証人になり得ることは前叙の通りであり、右証人尋問の請求が違法であるとはいえない。以下論旨が右尋問調書中矛盾であるとして指摘する部分につき検討するに(イ) 論旨は右証人はA1が茶の間の横の廊下を通りかかり私達に対し云々と供述しているけれども、当時A1方茶の間の横に廊下は存在しなかつたと主張する。しかし当裁判所の検証の結果及び当審における証人E9の証言(当審の同証人に対する尋問調書及び検証調書参照)を綜合すれば、被告人A1方茶の間(四畳半)と六畳間との間は昭和二十二年七月当時においては現在の如く全部廊下になつて居らずその北半分は押入となつていた事実はこれを認め得るけれども、その南半分は当時においても廊下であり該廊下は東に折れて茶の間南側の板の間に続いていること明かであるから、D3証人のいう茶 下になつて居らずその北半分は押入となつていた事実はこれを認め得るけれども、その南半分は当時においても廊下であり該廊下は東に折れて茶の間南側の板の間に続いていること明かであるから、D3証人のいう茶の間の横の廊下とはどの部分を指しているのか稍明かではないけれども、当時茶の間の横に廊下が全然なかつたとはいえない。 (ロ) 被告人A1がB1事件で検事の取調を受けていた時B5方より検事に電話がかかつたのはB5の妻D4が立石検事の宿所を聞くためであり、検事の取調室には電話機はなく給仕が検事に対しB5宅よりの電話を告げ検事が取調室を出て行き電話を受けたものであつてA1は右電話の内容を聞くに由なきものであつたとしても、証人D3の証言中「A1は私達に対し高橋検事に取調べられていた際B5から同検事へ電話がかかり自分の事件の事を何か話していたが今度の事件ではB5が自分の事を何か中傷したのではないかと思うと言つていた」との供述部分(記録第一二七九丁)が全然虚偽であるとは認められない。即ち被告人A1が検事の取調中にB5宅から右電話がかかつたことにつき疑念を懐きこれを自己の事件と結び付けて考えその電話の内容をも想像して保釈帰宅後D3等に対し右の如き趣旨の話をすることがあり得ないことであるとはいえない。 (ハ) Cは通常Hのことを親分と呼んで居り被告人A1のことを親分と呼んでいなかつたことは本件記録上これを窺い得るけれども、証人D3が論旨摘録の如く五日市競馬場でCが「B5を刺したのは親分の事でやつた」と言つた親分の事というのはA1の事でやつたのだろうと想像したと証言していることが所論の如く必ずしも不自然であるとはいえない。 これを要するに論旨指摘の諸点を考慮に容れても裁判官の証人D3に対する尋問調書の供述内容が措信できないものであるとは認められない。 尚原 ていることが所論の如く必ずしも不自然であるとはいえない。 これを要するに論旨指摘の諸点を考慮に容れても裁判官の証人D3に対する尋問調書の供述内容が措信できないものであるとは認められない。 尚原審及び当審において取調べた各証拠を検討してもCが真実はH親分のために本件犯行に及んだものであるに拘らず論旨王張の如き経緯により被告人A1の教唆に基くものであると虚偽の証言をなすに至つたものとは到底考えられず、また被告人A3、同A2の両名がB1事件につきB5医師の策動があるとの風聞により偶々B5医師に対し不満の念を懐いているCを利用して所論の如き一石二鳥の考慮よりA1の関知せぬ間にCの犯行を助勢したものであるとは見られない。 本件については所論の如くCの供述以外に直接証拠はなく、各証人の証言の間に相当矛盾牴触する部分がありまた検察当局の措置に稍遺憾な点が窺えるけれども、原判決の掲げる各証拠を綜合して判断すれば被告人A1の本件教唆事実を充分認めることができ、本件にあらはれた証拠によつては未だ刑事訴訟法第三百三十三条の要求を充たし得ないものであるとの論旨は採用できない。 (三) 論旨は原審における証人D2の証言は矛盾撞着があり措信するに足りないものであることを主張する。而して同証人の証言に関しては下田弁護人の控訴趣意第五点及び第六点に対する判断において既に触れた通りであり、同証人の証言は被告人側の反対尋問にあい稍動揺したことは否定し難いが、さればといつてその証言全部が措信できないとなすことはできない。而して渡部証人と被告人A2とは所謂インチキ賭博の名コンビであつて二十年来の懇意な間柄であることを本件証拠上窺い得るけれども、同証人が昭和二十二年八月上旬広島へ渡る船中においてCより聞いた話(殺人の企て)を同行の被告人A2に話さなかつたと証言したからとい であつて二十年来の懇意な間柄であることを本件証拠上窺い得るけれども、同証人が昭和二十二年八月上旬広島へ渡る船中においてCより聞いた話(殺人の企て)を同行の被告人A2に話さなかつたと証言したからといつて、必ずしもその証言内容が不自然であるとはいえない(同証人は被告人A2に右の話をしなかつた理由として「A2は私が云はなくても知つていると思うので云はなかつた」と供述している。(記録第三七一丁裏参照。)(四) 論旨は証人D1の本件における証言は措信し難いものであることを主張する。仍て考察するにCに対する殺人未遂等被告事件における昭和二十二年九月三日附D1に対する司法警察官の聴取書に徴すれば同女は夫CはB5医師の鑑定に対する不満から同医師を刺じたのではないかと思う旨の供述をしているけれども、D1は当時夫の意中を察してA1の名を出すことができなかつたところCはB5医師の鑑定に対し不満の念を洩していたことがあつたためかかる趣旨の供述をしたものと見られ、前の被告事件においてD1がCが犯行の動機として述べるところと同趣旨の供述をしているからといつて、C俟同人に対する被告事件において供述する動機が真相であるとは認められない。原審第四回公判調書に基き証人D1の原審における証言を検討し当審において直接同女を証人として尋問した結果に徴するも(当審第三回公判調書参照)同女が夫Cと相謀つてA1を陥し入れるため虚偽の証言をしているものとは到底受取れない。 (五) 論旨は要するに被告人A1の人格、当時の環境よりすれば本件の如き動機により殺人の教唆をなすが如きことは全然考え得られないことであると強調する。凡そ刑事事件において当該被告人が当該犯罪行為をなすことがあり得ると考えられる人物であるかどうか、またかかる犯罪行為を犯すに至つた動機が充分首肯し得べきものであるか 得られないことであると強調する。凡そ刑事事件において当該被告人が当該犯罪行為をなすことがあり得ると考えられる人物であるかどうか、またかかる犯罪行為を犯すに至つた動機が充分首肯し得べきものであるかどうかは裁判所として充分愼重に考慮すべきであること云うを俟たないところである。而して本件につき当裁判所が慎重に本件記録並に原審において取調べた各証拠を検討し当審において直接事実調をした結果に徴するに、被告人A1は同情心深く貧しき者困窮せる者を救済する等の善行を施しまた市会議員、県会議員、衆議院議員に選ばれて社会公共のために相当尽力していることはこれを充分認め得るけれども、如何に立派な人格の者でも時に反省の力が足らずして心の調和或は平均を失つて意外の罪を犯すことはあり得ることであり、本件の審理全体を通じて考察すれば遺憾乍ら被告人A1が本件の如き動機により本件の如き教唆をなすことが絶対にあり得ないとはいえないのである。右のことは同被告人が当時松山の地方政界において旭日昇天の勢にあつたことを考慮に容れても同様であり、寧ろ旭日昇天の勢にあつたがためB1事件で逮捕勾留の憂目を見たことにつき同被吉人が如何ばかり憤激し心の平静を失つたかが察せられるのである。またH親分が殺害せられその身内が仇討を企てた際被告人A1が暴力否定を説き仇討を制止した事実があるからといつて同被告人が本件の如き教唆行為をなす筈がないとは断定できない。 尚原審がC夫婦の間に取交された本件各手紙を刑事訴訟法第三百二十三条第三号に該当する書面として証拠能力を認めたことが相当であることは既に下田弁護人の控訴趣意第三点に対する判断において示した通りである。また右手紙中Cが受刑につき被告人A3、同A2に代つて貰いたいとの文意のものが存するけれども、かかる手紙の文言からして被告人A1は本件に何等 人の控訴趣意第三点に対する判断において示した通りである。また右手紙中Cが受刑につき被告人A3、同A2に代つて貰いたいとの文意のものが存するけれども、かかる手紙の文言からして被告人A1は本件に何等関係がないものであるとはいえない。 以上論旨は原判決の掲げる各証拠が指宿すべからざることを指摘して原判決の事実誤認を主張するけれども論旨はいずれも採用し難い。 同第二点について。 論旨は裁判官の証人D3に対する尋問調書は違法であると主張するけれども、刑事訴訟法第二百二十七条第二百二十八条により同人を証人として尋問したことが違法であるといえないことについては既に第一点の(二)に対する判断において説示した通りである。 論旨は更に原判決が証人D11の証言を採用したことを非難する。而してD11に対し検察当局の採つた措置(約一ケ月に亘る勾留、飲酒、取調にCを立会はせた点等につき論旨の非難する点は充分首肯し得るけれども、原判決の引用する同証人の証言部分が虚偽であるとは認められず、また原判決が同証人の証書中論旨摘録の部分を採用しないで他の部分を採用したことが採証の法則に違反しているとは認められない。従て論旨は理由がない。 以上当裁判所は各弁護人の詳細多岐に亘る各控訴趣意を愼重に検討したけれども原判決に判決に影響を及ぼす事実誤認、訴訟手続の法令違背、理由不備又は理由のくいちがいその他原判決を破棄すべき事由は認められず、各論旨は採用し難い。 検察官の控訴趣意について。 論旨は被告人三名に対する原判決の科刑はいずれも軽きに失し刑の量定が不当であると謂うのである。仍て本件記録を精査して原審の量刑の当否を考察するに、本件は原判決認定の如く被告人A1は自己がB1株式会社の社金横領の嫌疑で逮捕勾留せられたのはa県会議員であるB5第が自分を陥し入れるため右会社の社 仍て本件記録を精査して原審の量刑の当否を考察するに、本件は原判決認定の如く被告人A1は自己がB1株式会社の社金横領の嫌疑で逮捕勾留せられたのはa県会議員であるB5第が自分を陥し入れるため右会社の社長B2等を煽動した結果であると軽信しその憤懣の情をはらすためCに対し右B5の殺害方を教唆しCは右教唆に基き昭和二十二年八月十三日の夜刺身庖丁で右B5を刺殺せんとしたが重傷を負はせたのみでその目的を果さず、また被告人A3、同A2の両名は被告人A1の意を受けてCの右犯行を容易ならしめるためこれを幇助したと謂う事案であり、所論の如く被告人A1は単なる人の噂を軽信しで県会議員であり警察医であるB5を暴力を以て亡き者にせんとしたことは民主主義社会において到底容認し難い行為であり、幸い右B5は外科医であつたため受傷の際直ちに応急処置を講じ得た結果生命を取りとめることができたけれども背部、左前胸部等に治療約一ケ月を要する重傷を負うたことを併せ考へればその犯情は決して軽くないものと謂はなければならない。しかし本件における諸般の情状を彼此考量し右の如く幸いCの犯行が未遂に終つた点を斟酌すれば原審が被告人A1に対し懲役五年の刑を科したことを以て必ずしもその刑軽きに失するとはいえず、同被告人が是迄論旨列挙の如き前科(恐喝、窃盗、傷害、賭博等)のある点、終始否認して改悛の情の窺えない点、正犯であるCに対する科刑(懲役十年)との権衡その他論旨主張の諸点を考慮に容れても原審の量刑が不当であるとは認められない。また被告人A3、同A2についてもその犯情軽しとはいえないけれども、被告人A1との関係その他諸般の情状を考量すれば原審の量刑(各懲役二年六月)は相当であつて論旨主張の請点を斟酌しても科刑軽きに過ぎるとはいえない。従て論旨は採用し難い。 その他職権で調査するも原判決に 人A1との関係その他諸般の情状を考量すれば原審の量刑(各懲役二年六月)は相当であつて論旨主張の請点を斟酌しても科刑軽きに過ぎるとはいえない。従て論旨は採用し難い。 その他職権で調査するも原判決には刑事訴訟法第三百七十七条乃至第三百八十三条に規定する事由が認められないから同法第三百九十六条により本件各控訴はいずれもこれを棄却すべさものとし同法第百八十一条第百八十二条により当審の訴訟費用は全部被告人三名をして連帯してこれを負担させるものとする。 仍て主文の通り判決する。 (裁判長判事坂本徹章判事塩田宇三郎判事浮田茂男)

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