令和6(う)115 嘱託殺人、有印公文書偽造

裁判年月日・裁判所
令和7年3月13日 大阪高等裁判所 棄却
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判決文本文6,673 文字)

- 1 -令和7年3月13日宣告令和6年(う)第115号嘱託殺人、有印公文書偽造被告事件 主文 本件控訴を棄却する。 理由 第1 事実誤認の控訴趣意について 1 概要本件は、医師として働いていた被告人が医師仲間のAと共謀の上、①海外での安楽死を望む難病患者の依頼を受けてそれに必要な国立大学病院の医師・医学博士作成名義のメディカルレポート2通(本件各文書)を偽造したという有印公文書偽造(原判示第1)と、②ALS患者の嘱託を受け、同人を殺害したという嘱託殺人(原判示第2)からなる事案である。 原審で弁護人は、①について、被告人が本件各文書に署名をしたことは認めつつも、同文書の公文書性と正犯性を争い、②について、Aによる単独犯行であるとして、共謀を争ったのに対し、原判決は、弁護人の主張をいずれも排斥し、被告人を有印公文書偽造罪と嘱託殺人罪で有罪とした。 論旨は、①本件各文書は公文書と認められず、被告人の行為は幇助にとどまる、②被告人はAから殺害計画を知らされておらず、共謀は成立していない、として、各事実につき、被告人が共同正犯としての責任を負うと認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というものである。 2 原判示第1(有印公文書偽造)について原審で取り調べられた関係証拠に照らし、原判決が本件各文書の公文書性を認め、本件各文書に署名をした被告人が有印公文書偽造罪の共同正犯の罪責を負うと認めたことに、論理則・経験則等に照らし不合理な点は認められず、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認はない。 所論は、①本件各文書の体裁だけで、B(国立)大学病院の医師が職務上作成し- 2 -た文書であると一般人が思うとまでは言い切れないの れず、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認はない。 所論は、①本件各文書の体裁だけで、B(国立)大学病院の医師が職務上作成し- 2 -た文書であると一般人が思うとまでは言い切れないのに、原判決は、その点をあえて無視している、②被告人は署名をしているものの、その計画立案、文書内容の作成に関与しておらず、道具として利用されただけで、実質的に見れば幇助にとどまる、と主張する。 しかしながら、①所論が指摘する点を踏まえて検討しても、本件各文書の外観(体裁に加えて記載内容を含む。)が、一般人から見て、国立大学病院の職員である公務員とみなされる医師が、その職務上作成した文書と信じるに足りるものであるとみた原判決の判断に誤りはない。所論は、ヘッダーに病院名や所在地が付されているだけで、署名に肩書がないことは医師が個人として意見書を書いたことを意味する、本件各文書には「国立大学」等の公文書であることを示す記載がなく、所定の形式に従っているわけでもなく、そもそも職務として作成されたものであるかも不明である、などと上記認定を論難する。しかしながら、一般人は、国立大学附属病院の正式の英語表記、英文の公文書の形式、作成者の肩書の英語表記や署名部分への記載の要否などに精通しておらず、所論指摘の点は、一般人の公文書らしさの判断を左右する事情にはならない。②原判決が説示するとおり、被告人は、Aからの依頼に基づき、本件各文書の形式・内容を確認した上で、虚偽の署名を行っているところ、作成者の名義を偽ることが偽造の本質であるから、まさに実行行為の中核部分を担ったといえる。Aとのメールのやりとり(原審甲363)からは、犯行の意図やその背景事情を包み隠さず同人から説明されていたことがうかがえ、その意思連絡の程度に照らしてみても、被告人を単なる道具とみること たといえる。Aとのメールのやりとり(原審甲363)からは、犯行の意図やその背景事情を包み隠さず同人から説明されていたことがうかがえ、その意思連絡の程度に照らしてみても、被告人を単なる道具とみることはできず、共同正犯の罪責を負うべきである。所論が指摘する点は、被告人の正犯性を揺るがす事情ではない。 所論はいずれも採用することができない。 3 原判示第2(嘱託殺人)について(1) 原判決の認定説示(要旨)Aは、被害者を殺害するに当たって、ヘルパーに犯行を気付かれないようにする- 3 -ことを主要な目的として被告人に被害者方への同行を依頼したと考えられる。そのためには、被告人に目的や役割を事前に説明しておく必要性が相当に高い反面、正しく説明していない場合、犯行がスムーズに進まなかったり、ヘルパーに犯行が発覚したりするリスクが容易に想定できる。現実にAが被告人同室のさほど広くない被害者居室内で殺害行為に及んでいること、本件以前からの両者の関係からすると、Aが被告人に被害者殺害の目的を隠さなければならない事情はなかったと認められる。また、Aが事前に被告人に対して被害者の殺害計画等を知らせていたとすれば説明がつかない事情もない。 以上によれば、Aが本件犯行以前に被告人に対して被害者の殺害やヘルパーの存在の懸念を伝え、被告人はAの目的を認識し、了承した上で協力していたと推認することができる。 弁護人が主張する種々の消極的間接事実は、上記推認を左右するものと評価できないし、Aから事前に殺害計画について何ら聞かされておらず、被害者方からの帰路に聞いて初めて被害者の殺害を知った旨の被告人供述は、その供述内容が不自然であり、捜査段階から核心部分において変遷がみられるから、信用できない。 被告人は、Aと共謀の上、本件犯行に関して利益を得る 路に聞いて初めて被害者の殺害を知った旨の被告人供述は、その供述内容が不自然であり、捜査段階から核心部分において変遷がみられるから、信用できない。 被告人は、Aと共謀の上、本件犯行に関して利益を得るなど自らも利害関係を持ちながら、重要な役割を果たしたといえ、共同正犯の罪責を負うというべきである。 (2) 弁護人の主張①原判決は、Aの事前計画からすると、事情も告げずに被告人に同行を依頼するとは考え難いという前提に立って、結論先にありきの恣意的な判断をしており、Aと被告人間のメールに具体的な殺害計画についてやり取りがなく、Aの供述もないこと、被告人がヘルパーに顔を隠さず、犯行直前に京都市内にいることが分かるような写真をSNSへ投稿したこと、ヘルパーの証言でも被告人がその立入りを阻止したとは認められないことなどにより、検察官の立証に合理的な疑いが生じていることから目を背けている。②原判決は、Aから目的等を伝えられていなかった旨をいう被告人供述を不自然・不合理と判断しているが、事情を聞かされていなかった- 4 -ことをうかがわせる被告人のメールなどを勝手に過小評価する一方、130万円の受取りから殺害に係る具体的認識を無理に推認し、被害者方がワンルームとAが認識していたかなど根幹の信用性に関わらない部分をもって排斥するなど、論理則・経験則に反した判断をしている。③Aは、原判決後に実施された自身の裁判の被告人質問において、被告人との間の事前共謀・現場共謀を否定する供述をしたので、この供述を取り調べ、さらにAの証人尋問を実施した上で、共謀の成否を判断すべきである。 (3)当審における事実取調べ弁護人の③の主張を検討するに、原審では、Aが捜査段階において黙秘し、罪体については何も供述していなかったこと、A自身の1審の公判に先立って行われた べきである。 (3)当審における事実取調べ弁護人の③の主張を検討するに、原審では、Aが捜査段階において黙秘し、罪体については何も供述していなかったこと、A自身の1審の公判に先立って行われた原審でAの供述調書の取調べ及び証人尋問は請求されなかったことに照らし、原審で被告人側がAの供述についての証拠を請求しなかったことにやむを得ない事由があると認められた。争点との関係でAの供述は重要な証拠の一つであり、被告人に対する手続保障の観点も併せ考慮すれば、証拠調べの必要性もあると思料されたため、Aの被告人質問調書及びその証人尋問を採用して取り調べた。 (4)判断原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を踏まえると、原判決の認定説示中、明示の謀議を認定したと解される部分には一部維持できない点が生じるものの、最終的にAと被告人との間に事前共謀の成立を認めた結論は正当で、結局、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認はないことに帰する。 当審において証人として出廷したAは、被告人に京都の被害者方への同行を依頼した目的は、主にヘルパーに犯行を気付かれないようにするためで、被害者方へ行くに先立ち、被害者を殺害することや上記の目的を被告人に具体的には言わなかったものの、被告人なりに事情を察していた旨を述べ、その根拠として、被害者のブログの記載等から同人が死を切望していることを被告人も知る機会があったこと、被害者方への同行を求めた際、被告人の方から被害者とのやりとりに使ったパソコ- 5 -ンに細工をすればよい、当日はサポートすればよいのかなどと発言していたこと、被害者方に入る直前には防犯カメラの位置などを被告人が自主的に確認していたこと、被害者方の室内では、ヘルパーが室内に入ろうとした際に被告人が立ちふさがる行為が2回ほどあったこと、帰 言していたこと、被害者方に入る直前には防犯カメラの位置などを被告人が自主的に確認していたこと、被害者方の室内では、ヘルパーが室内に入ろうとした際に被告人が立ちふさがる行為が2回ほどあったこと、帰途にも、救急車が来ない、などと被害者の容体の急変を前提とした発言をしていたことなどを挙げた。Aは、自身の裁判の被告人質問では、被告人は殺害行為に気付いていたと思った旨を述べつつ、その根拠となる被告人の言動のいくつかについて供述していなかったことがうかがえるが、その点については、自分の弁護人からは被告人の発言について質問されなかったために答えていなかった旨を説明していて、その説明に特段の不自然さはない。してみると、Aの当審供述の信用性を大きく揺るがすほどの変遷があるとは解されない。その上で、原判決が説示する被告人とAの従前の関係や、被告人が被害者から130万円という高額の金員を受け取りながら、その趣旨をAに問い合わせた形跡はなく、わざわざ日程調整をしてまでAの求めに応じて被害者方へ同行したこと、被害者方では、Aとともにヘルパーに偽名を名乗っていること、Aが被告人に隠すことなく被害者の殺害行為に及んでいることなども併せると、被告人は、Aから明示の説明を受けるまでもなく、被害者殺害を計画していることを認識し、それに協力する趣旨で被害者方への同行を承知し、Aも、その反応から被告人が殺害計画を理解していることを察し、暗黙裡の意思連絡の下で被害者方に赴いたと解される。また、Aにとって、計画を理解して協力してくれる被告人の同行は、ヘルパーが室内に入るなどの都合の悪い事態の予防を期待できることにつながり、この点が殺害計画を実行に移す決め手の一つになったと解される。原審では、実際にヘルパーの入室阻止を要する事態があったか否かが争われているが、その認定によって上 い事態の予防を期待できることにつながり、この点が殺害計画を実行に移す決め手の一つになったと解される。原審では、実際にヘルパーの入室阻止を要する事態があったか否かが争われているが、その認定によって上記の判断が左右されるとは解されない(なお、A自身は、被告人が期待したとおりの動きを見せたことを述べる。)。 以上のとおり、Aの当審供述等と原審関係証拠を総合すると、被告人は、Aから被害者方への同行を求められた際、格別の説明を受けるまでもなく、殺害計画を察- 6 -知し、これに協力するために同行を承知したもので、それが実行に至る決め手の一つとなったと認められるから、この時点において、Aと被告人との間に被害者殺害の黙示の共謀が成立したと認められる。その後、その共謀に基づいて、Aが被害者を殺害した以上、これについて被告人は共謀共同正犯としての責任を負うべきで、原判決のこの点の判断の結論は正当である。 所論①は、原審弁護人が消極方向に位置付けて主張した間接事実を取り上げ、立証命題に疑義が生じると主張するものであるが、そこに上げられている事情は、いずれも多義的で、上記のとおり、Aと被告人との間に暗黙裡の意思連絡があったとの認定を覆すに足るものとはいえない。一方、所論②のうち、Aから事前に被害者殺害について説明がなかった旨の被告人の供述は、Aの当審供述とも整合する限度で信用性があると考えられる。もっとも、被告人の供述のうち、当日に被害者を殺害することを予期していなかったとの部分に関しては、偽名を用いた点などと整合せず、不自然というほかない。所論が指摘するメールは、被告人から、細かい事情は知らせてくれなくても構わないと述べたものと解され、前後のやり取りも併せれば、被告人において、Aの計画を暗黙裡に察知していた旨のAの当審供述によく整合する内容にな メールは、被告人から、細かい事情は知らせてくれなくても構わないと述べたものと解され、前後のやり取りも併せれば、被告人において、Aの計画を暗黙裡に察知していた旨のAの当審供述によく整合する内容になっている。その余に所論が挙げる点を考慮しても、被告人の供述に黙示共謀の認定を揺るがすような信用性を認めることができない。 所論はいずれも採用することができない。 4 小括事実誤認の控訴趣意には理由がない。 第2 量刑不当の控訴趣意について論旨は、被告人を懲役2年6月に処した原判決の量刑は、重すぎて不当である、というものであるが、原判決の量刑理由に誤りはなく、その量刑は、裁判体に与えられた量刑裁量の範囲内のもので、これが重すぎて不当であるとはいえない。 所論は、①原判決は、Aが主導立案したものであることを十分評価することなく、嘱託殺人事件の多くに執行猶予が付されているのに、実刑は免れないと判断してい- 7 -る、②自らの手で死ぬことは絶対に適わない被害者が真摯に死を望んだときに、一般人が応じれば苦痛や失敗のリスクが高まるのであるから、医師が応じたことをことさらに強く非難すべきではない、と主張する。 しかしながら、①原判決は、被告人らは医師であるのに、その知識と立場を悪用し、各犯行に及んでいることや、各犯行は、被害者のことを真摯に考えてのものではなく、特に嘱託殺人については、対価を受け取り、初対面の被害者に対し短時間で犯行を遂げるという、人命を余りにも軽んじたものであることに加え、被告人は各犯行にとって重要あるいは必要不可欠の役割を果たしていること等から、所論指摘の事情を踏まえても実刑は免れないと判断しているところ、その判断の前提となる事情の評価に不合理な点はなく、既に被告人が別件で実刑に処されていることなどの事情からみ を果たしていること等から、所論指摘の事情を踏まえても実刑は免れないと判断しているところ、その判断の前提となる事情の評価に不合理な点はなく、既に被告人が別件で実刑に処されていることなどの事情からみても、実刑相当との結論が量刑傾向から逸脱しているとはいえない。 ②人命を守ること等への尽力こそが医師の使命・職責とされる現在の社会にあっては、その技術や知識を他人の殺害に用いたことは職業倫理に背くとの非難を免れないから、所論の批判は当たらない。原判決は、自殺幇助の側面があり、被害者が苦痛なく死亡したとうかがわれることも、量刑上相応に酌むべき事情と評価しており、被害者の望みに応えたとの側面を有利に考慮しているといえ、全体としての犯情評価が重すぎるということもない。 所論は採用することができず、量刑不当の控訴趣意には理由がない。 第3 結論よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。 令和7年3月13日大阪高等裁判所第5刑事部 - 8 -裁判長裁判官坪井祐子 裁判官安永武央 裁判官荒木未佳

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