- 1 -主文原判決中被告人に関する部分を破棄する。 被告人を懲役10月に処する。 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。 原審における訴訟費用のうち,国選弁護人矢野公士に関する分及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 本件控訴の趣意は,弁護人田代健作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,上記検察官作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。 論旨は,原判決が,指定漁業の許可及び取締り等に関する省令106条2項本文により被告人から没収した高知地方検察庁で保管中の沖合底引き網漁具1式(平成17年高知領第67号符号2)については,有限会社A商会及びB漁業協同組合が動産売買の先取特権を有しているところ,上記条項による没収の場合にも,刑法19条2項の適用があると解すべきであるから,上記物件を被告人から没収することはできないのに,これを被告人から没収した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。 有限会社A商会(以下「A商会」という。)及びB漁業協同組合(以下「B漁協」という。)が上記漁具1式(以下「本件漁具」という。)の上に動産売買の先取特権を有するか。 関係証拠によれば,本件漁具は,被告人の父親である乙が所有するもので,平成16年7月から8月にかけて同人が設計し,従業員を指示しながら,約1か月ない- 2 -し2か月ほどかけて作製したものであること,その主要な材料は,乙が,A商会から購入したワイヤーロープ,シャックル等のほか,B漁協から購入したポリ網等であること,これら材料は,基本的には,本件漁具を組み立てる少し前に購入したものと考えられること,乙は,平成16年12月末日の時 購入したワイヤーロープ,シャックル等のほか,B漁協から購入したポリ網等であること,これら材料は,基本的には,本件漁具を組み立てる少し前に購入したものと考えられること,乙は,平成16年12月末日の時点で,A商会に対し約200万円の残債務があったが,平成16年3月19日から同年末までに乙が同社から購入した物品の価格を合計してもこの額に満たず,しかも,その後,原判決時までに,乙の同社に対する残債務が減少したことをうかがわせる事情の存しないこと,また,乙は,平成17年4月30日の時点で,B漁協に対し266万3221円の残債務があったが,平成16年1月19日から上記基準日までに乙が同漁協から購入した物品の価格を合計してもこの額に満たないことが認められ,以上によれば,原判決宣告の時点において,本件漁具の作製に用いられた材料の中には,その所有者である乙が,上記A商会等に対し購入代金をいまだ支払っていなかったものが含まれていることが十分推認できる。そうすると,A商会及びB漁協は,原判決宣告時,本件漁具の上に動産売買の先取特権を有していたと解するのが相当である。 これに対し,検察官は,本件漁具の作製により,漁具全体が,これを構成する材料とは異なる一つの物権の客体となったといえるから,個々の材料の上に動産売買の先取特権を有していた債権者は,本件漁具の上には動産売買の先取特権を有しないし,しかも,本件漁具を構成する個々の動産は独立した物権の対象とはならなくなったから,個々の材料の上にも,債権者のために動産売買の先取特権は成立しない,と主張する。しかしながら,本件漁具を構成していた個々の材料の価値は,本件漁具の価値の一部として存続していると見るべきであるから,動産の価値を把握することを内容とする動産売買の先取特権は,当然に消滅するものではなく,本件- 3 - を構成していた個々の材料の価値は,本件漁具の価値の一部として存続していると見るべきであるから,動産の価値を把握することを内容とする動産売買の先取特権は,当然に消滅するものではなく,本件- 3 -漁具の価値の一部として存続している個々の材料の価値に相当する価格の割合に応じた持分の上に存続するものと解するのが相当であり(抵当権に関する最判平成6年1月25日民集48巻1号18頁参照),検察官の上記主張は採用できない。 第三者が動産売買の先取特権を有する本件漁具を没収することの可否について原判決が,本件漁具没収の根拠条文とした指定漁業の許可及び取締り等に関する省令106条2項本文(以下「本件没収規定」という。)は,「前項の場合においては,犯人が所有し,又は所持する漁獲物,その他の製品,漁船又は漁具その他水産動植物の採捕の用に供される物は,没収することができる。」と規定しているから,本件没収規定は,犯人以外の第三者が所有する物に対する場合はもちろんのこと,制限物権を有する物に対する場合であっても,その没収を許容していると解せられる。これに対して,弁護人は,本件没収規定の適用に当たっても,刑法19条2項が適用される旨主張している。確かに,刑法8条によると,その本文において,同法19条2項を含む刑法第1編の規定は,他の法令の罪についても適用することとされているが,他方で,そのただし書においては,その法令に特別の規定があるときは,この限りでないとしているのであり,本件没収規定の法文に照らすと,この規定自体が,刑法19条2項の例外となる特別の規定であることは明らかであり,弁護人のこの主張は採用できない。 したがって,弁護人の論旨は,その前提を欠いており,失当である。 しかしながら,第三者の所有物を没収する場合において,その没収に関して当該所有者に対 は明らかであり,弁護人のこの主張は採用できない。 したがって,弁護人の論旨は,その前提を欠いており,失当である。 しかしながら,第三者の所有物を没収する場合において,その没収に関して当該所有者に対し,何ら告知,弁解,防御の機会を与えることなく,これを没収することは,適正な法律手続によらないで,財産権を侵害する制裁にほかならず,憲法31条,29条に違反すると解せられる(最高裁昭和37年11月28日大法廷判決- 4 -刑集16巻11号1577頁,刑集16巻11号1593頁参照)ところ,憲法29条が規定する財産権の保障は,所有権に対してだけでなく,同条2項が定めるとおり,法律でその内容が定められている制限物権に対しても当然及ぶと解せられるから,第三者が没収物に対して有する権利が制限物権である場合にも,当該第三者に何らの告知,弁解,防御の機会を与えることなく,これを没収し,当該第三者が有する制限物権を失わせることは,第三者の有する権利が所有権である場合と同じく,憲法31条,29条に違反すると解するのが相当である(第三者所有物の没収手続を定めた刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法は,第三者の制限物権が存する物の没収には適用ないし準用されないと解するのが相当である。)。 そうすると,前記認定のとおり,本件漁具の上には,第三者が動産売買の先取特権を有していると認められるところ,原判決が,その権利者に対し,何ら告知,弁解,防御の機会を与えることなくこれを没収してることは記録上明らかであるから,上記のとおり憲法31条,29条に違反しているにもかかわらず,本件没収規定を適用してその没収を言い渡した原判決には没収に関する法令の解釈適用を誤った違法があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。 これに対し,検察官は,理論上は,先取特 もかかわらず,本件没収規定を適用してその没収を言い渡した原判決には没収に関する法令の解釈適用を誤った違法があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。 これに対し,検察官は,理論上は,先取特権が存するとしても,乙が検察官調書(当審検察官請求証拠番号8)の中で供述するとおり,本件漁具の材料には,同人が同漁具を作製するよりも相当以前に購入した材料が含まれている可能性があるなど,本件漁具のどの部分が,代金が完済されていない材料によって構成されているかを明確にするのは困難であって,法律に従って,動産売買の先取特権を行使することは実際上できないから,このように行使できない先取特権は,本件没収との関- 5 -係では憲法上の保護に値しない,と主張する。しかしながら,本件漁具の材料として用いられた動産の中に,仮に,原判決宣告時には代金が完済されていたというものがあったとしても,乙が供述するとおり,少なくとも,材料の多くは,本件漁具作製の1ないし2か月前くらいに購入したものであることが認められ,その代金が原判決宣告時に支払われていなかったことは前記認定のとおりであるから,本件漁具を構成する材料の中に,代金支払済みであるか,あるいは,そうでないか判然としない部分が残るとしても,相当部分については,容易にその区別がつくと考えられ,当該部分の価値に関する限度では,先取特権を行使することに支障はないから,検察官指摘の事情は,A商会及びB漁協が有する先取特権が憲法上の保護に値しないことの根拠にはならない。 また,検察官は,A商会及びB漁協は,本件漁具の上に存する先取特権を行使する意思を当初から有していなかったから,このような権利者に対して,告知,弁解,防御の機会を与える憲法上の必要性はない,と主張する。確かに,B漁協職員の平成17年7月25日付け検察官調 取特権を行使する意思を当初から有していなかったから,このような権利者に対して,告知,弁解,防御の機会を与える憲法上の必要性はない,と主張する。確かに,B漁協職員の平成17年7月25日付け検察官調書(当審検察官請求証拠番号6)及びA商会代表取締役の同月27日付け検察官調書(同7)によれば,上記各権利者は,乙に対して,本件漁具の材料となった動産を売却し,したがって,これらの上に動産売買の先取特権を取得した当初から,これら動産を加工して作られた漁具を差し押さえるなどして,そこから債権回収を図る考えを有していなかったことが認められるが,他の者が本件漁具を差し押さえて自己の債権回収を図ろうとした際に,配当要求することもおよそ考えていなかったという趣旨まで含むものかどうか判然としないから,検察官の主張を前提とするような意味において,上記各権利者が有する先取特権が憲法上の保障に値しないということには疑問の余地がある。さらに,憲法29- 6 -条との関係で,第三者が制限物権を有する物を没収することが許される実体的要件をいかに解すべきかはさておき,たとえ,仮に,没収により第三者の有する制限物権を失わしめることが憲法29条に違反しないということことが,没収言渡し後に判明したとしても,事前に当該第三者に対し,告知,弁解,防御の機会を与えるという手続保障を欠いているという憲法上の瑕疵が治癒されることはない。したがって,検察官のこの主張も採用できない。 破棄自判よって,刑訴法397条1項,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,当裁判所において更に判決することとし,原判決が認定した事実にその挙示する法令(刑種の選択,刑の執行猶予を含み,没収は除き,訴訟費用の負担については当審分も含む。)を適用して,主文のとおり判決する(なお,原 おいて更に判決することとし,原判決が認定した事実にその挙示する法令(刑種の選択,刑の執行猶予を含み,没収は除き,訴訟費用の負担については当審分も含む。)を適用して,主文のとおり判決する(なお,原判決は被告人に対し,高知地方検察庁で保管中のチダイ等の漁獲物合計336.1キログラムの換価代金7万6234円(平成17年高知領第67号符号1)の没収を言い渡しているが,この代金については,前記乙に対しても没収の言渡しがあり,その刑を言渡した判決が平成17年6月20日同人の控訴取下げにより確定したことが記録上明らかである。したがって,同代金は既に国庫に帰属していると認められるから,被告人からはこれを没収しないこととする。)。 (裁判長裁判官湯川哲嗣裁判官磯貝祐一裁判官幅田勝行)
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