平成16(ワ)7198 損害賠償

裁判年月日・裁判所
平成18年7月28日 大阪地方裁判所
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判決文本文40,949 文字)

- 1 -主文 被告は,原告に対し,1億5908万1315円及びこれに対する平成14年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告のその余の主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1請求 主位的請求被告は,原告に対し,2億1342万7829円及びこれに対する平成14年2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 予備的請求被告は,原告に対し,2億1342万7829円及びこれに対する平成16年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,原告が,平成14年1月19日(以下,特に断らない限り同年のことを指す。),被告の設置・運営する枚方市民病院(以下「被告病院」という。)に入院し,髄膜炎との診断のもと治療を受け,2月2日に症状が軽快したとして被告病院を退院したが,2月9日にくも膜下出血を起こした結果,左上下肢運動障害の後遺症を負ったことについて,被告病院の医師には,1月19日の時点で原告に発生していたくも膜下出血を見落とした過失があるなどとして,被告に対し,主位的に不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償,予備的に診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償(主位的請求については不法行為後の日である平成14年2月9日から,予備的請求については訴状送達の日の翌日である平成16年6月30日から各支払済みまで民法- 2 -所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)をそれぞれ請求した事案である。 第3基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)( ) 当事者等 原告は,昭 で民法- 2 -所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)をそれぞれ請求した事案である。 第3基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)( ) 当事者等 原告は,昭和48年12月30日生まれの男性であり,被告は,被告病院を設置・運営する地方公共団体である。 また,A医師は,原告が被告病院に入院していた当時,被告病院に勤務する医師であった(乙A2等)。 ( ) 被告病院における診療経過 被告病院における診療経過は,別紙診療経過一覧表の「診療経過」欄及び「検査(結果)・処置」欄記載のとおりである(ただし,下線部は除く。)。 第4基礎となる医学的知見 くも膜下出血(subarachnoidhemorrhage,SAH)(甲B1ないし3,乙B2,7ないし9,弁論の全趣旨)くも膜下出血とは,脳血管病変が破綻し,くも膜下腔に出血を来し,脳脊髄液に血液の混入した病態をいう。 脳血管障害の約10%で見られ,年齢は一般に50~60歳代にピークがあり,若年層の発症は稀であるとされている。また,性別では女性が男性の約2倍と多い。 最も代表的な原因疾患は脳動脈瘤の破裂である。重症頭部外傷,脳動静脈奇形の破裂や高血圧性脳内出血などの血管障害,また数は少ないが脳腫瘍,感染症,血液疾患など多くの疾患で発生を見る。原因の確定できない例も10~20%ある。 多くは前駆症状がなく,突然の激しい頭痛,嘔吐,意識障害などで発症し,発症後しばらくすると項部硬直など髄膜刺激症状を示す場合が多い。多くは- 3 -CTで確定診断が可能であるが,軽微な出血や発症から時間が経過したような場合ではCTに異常が認められないか診断が難しくなることがあり,髄液検査での黄色調(キサントクロミー)が診断の重要な手掛かりとなる。脳血管撮影により動脈瘤が確認 な出血や発症から時間が経過したような場合ではCTに異常が認められないか診断が難しくなることがあり,髄液検査での黄色調(キサントクロミー)が診断の重要な手掛かりとなる。脳血管撮影により動脈瘤が確認された場合は,早期の根治手術(クリッピング術)が治療の原則となる。初回出血及び合併病態の程度と続発する再出血や脳血管攣縮が予後を左右する。遺伝的因子(家族内発生),喫煙,高血圧などが危険因子としてあげられている。 一般に破裂脳動脈瘤の再出血の確率は高いとされており,出血症例の4. 1%が24時間以内に再出血し,その後2週間は1日1.5%の再出血率であり,2週間から6か月間の再出血率は10%,それ以降は年間3%とする報告もある。 くも膜下出血全体の予後は,おおむね社会復帰できるものが3分の1,後遺症のため家庭内生活若しくは病院生活となるものが3分の1,死亡するものが3分の1である。 髄膜炎(甲B1,2,乙B4,13,弁論の全趣旨)髄膜炎とは,細菌,ウイルス,真菌その他の病原体による感染,化学的刺激,悪性腫瘍の浸潤によって生じた髄膜(くも膜と軟膜)の炎症をいう。 代表的なものが細菌感染による化膿性(細菌性)髄膜炎とウイルス感染による無菌性(ウイルス性)髄膜炎である。 化膿性髄膜炎は,菌血症を起こした細菌が脈絡叢内で毛細血管炎を起こし,髄液内に進入して急速に増殖し感染が広がるものをいう。自己融触によって放出された菌体成分は,血液髄液関門,脳室上衣細胞,脳細胞を直接障害する。また,神経膠細胞は菌体成分に反応してインターロイキン1βやTNF-αなどの化学物質を産生する。これらの物質は治癒機転に働くばかりでなく,炎症反応を誘発して病変を悪化させる(非感染性脳症)。抗生剤療法の進歩にもかかわらず,予後の改善が限界に達しているのは以上の反応による。 - 4 産生する。これらの物質は治癒機転に働くばかりでなく,炎症反応を誘発して病変を悪化させる(非感染性脳症)。抗生剤療法の進歩にもかかわらず,予後の改善が限界に達しているのは以上の反応による。 - 4 -無菌性髄膜炎は,血行性経路,神経軸索を介する経路がある。髄腔内でウイルスは増殖,髄液の流れで移動し,広い範囲で髄膜細胞及び脳室上衣細胞に接触,感染する機会がある。脳炎に発展しない限り予後は良好である。 髄膜炎の症状としては,頭痛,発熱,嘔吐,意識障害や項部硬直,ケルニッヒ徴候などの髄膜刺激症状が見られる。 化膿性(細菌性)髄膜炎の血液所見では,白血球の増多,赤血球沈降速度亢進,CRP陽性などが認められる。髄液所見は,髄膜炎の種類により異なる。 CTでは髄膜炎そのものの診断はできないが,合併する脳浮腫,水頭症,脳炎などを診断するのに有用である。 項部硬直(弁論の全趣旨)髄膜刺激徴候の一種であり,仰臥位の患者の頭部を被的動的に持ち上げたときに見られる,項筋群の異常緊張,収縮を触診,また患者は苦悩状表現を呈するものをいう。各種の髄膜炎,髄膜腫瘍,くも膜下出血で観察される。 髄液検査(乙B3,13,弁論の全趣旨)中枢神経系疾患の診断に用いる検査であり,腰椎穿刺法,後頭下穿刺法,頸椎側方穿刺法,脳室穿刺法などの方法で脳脊髄液(髄液)を採取して検査するというものである。 通常穿刺直後に脳脊髄液圧を測定してから脳脊髄液を採取,外観の観察,細胞数と細胞分類,糖,蛋白その他の化学成分の定量,蛋白電気泳動,各種微生物の塗抹染色,培養又は抗原,抗体検索,細胞診などを行う。 画像診断が進歩し,検査の機会は少なくなったが,細菌性及び真菌性髄膜炎での感度,特異度は共に高く,ウイルス性髄膜炎,くも膜下出血,多発性硬化症では感度,髄膜の悪性腫瘍では特異度が高い。 髄 を行う。 画像診断が進歩し,検査の機会は少なくなったが,細菌性及び真菌性髄膜炎での感度,特異度は共に高く,ウイルス性髄膜炎,くも膜下出血,多発性硬化症では感度,髄膜の悪性腫瘍では特異度が高い。 髄液は,細胞成分が混入していると混濁し,血液が混入すると血性となる。 なお,腰椎穿刺の際に,静脈叢を誤って穿刺することがあり,これをトラ- 5 -ウマティックタップという。 第5 争点 診療経過に関する事実関係 1月19日の時点で,原告にくも膜下出血が発生していたかどうか。 仮に,くも膜下出血が発生していたとした場合,被告病院の医師には,1月19日から2月9日までの間に,くも膜下出血を疑って検査,処置をすべき義務を怠った過失があるかどうか。 被告病院の医師の上記過失と原告の後遺障害との間の因果関係の有無 損害の有無及び額第6争点に対する当事者の主張 争点1(事実関係)について(原告の主張)別紙診療経過一覧表の「原告の主張」欄記載のとおりである。 (被告の主張)別紙診療経過一覧表の「診療経過」欄及び「検査(結果)・処置」欄記載のとおりである。 争点2(1月19日時点におけるくも膜下出血の発生の有無及びそれに関する過失)について(原告の主張)( ) くも膜下出血と髄膜炎の鑑別診断について くも膜下出血と髄膜炎は,いずれもその症状として,頭痛,発熱,嘔吐,項部硬直等の症状を訴える点で共通するが,その鑑別診断は,まず頭部CT検査によるくも膜下の出血の確認による。具体的には,くも膜下出血がある場合,脳底槽を中心に,シルビウス裂など脳槽の形に一致した高吸収域が存在することが診断の決め手となる(甲B2・127頁)。 くも膜下出血が発症後数日を経て急性期にない場合には,脳槽の高吸収- 6 -域が消失することもあるが,正常であれば左 の形に一致した高吸収域が存在することが診断の決め手となる(甲B2・127頁)。 くも膜下出血が発症後数日を経て急性期にない場合には,脳槽の高吸収- 6 -域が消失することもあるが,正常であれば左右対称に低吸収域として描出されるはずであるシルビウス裂や他の脳槽が等吸収域を呈し,十分描出されていないときは,まずくも膜下出血を疑う必要があるとされている(同頁)。 また,くも膜下出血を疑うべき臨床症状が見られるにもかかわらず,CT検査では所見が得られない場合には,腰椎穿刺により髄液を採取し,髄液検査により血性髄液が証明されればくも膜下出血の確定診断に至るとされており,他方,この髄液検査により,髄液の中,高度の多核好中球優位の細胞数増加,糖の低下などの情報が得られれば,(細菌性)髄膜炎との確定診断に至る。 ( ) 被告病院医師の過失について ア本件では,原告は,被告病院への入院当初から,それまでに経験したこともないような頭痛に加え,吐き気・嘔吐などの症状を訴えるなど,くも膜下出血(軽度)における特徴的な臨床症状を示しており,被告病院の診療録には,1月19日時点で「neckrigidity」(項部硬直)との記載もある。 また,同日撮影の頭部CTにおいては,くも膜下槽のシルビウス裂及び鞍上槽が等吸収域となって十分に描出されておらず,くも膜下血腫の存在が示唆される。さらに,同月19日付けCT写真と同月21日付けCT写真を比較すると,同月19日付けCT写真には,本来低吸収域として黒く描出されるはずのシルビウス裂と鞍上槽が同月21日付けCTに比して不明確になっている。 さらに,上記診療録に添付された髄液検査の結果報告書(前同日採取)には「キサントクロミー認める」との記載も認められる。 以上によれば,原告の疾患は,被告病院入院当初から脳動脈瘤の破 確になっている。 さらに,上記診療録に添付された髄液検査の結果報告書(前同日採取)には「キサントクロミー認める」との記載も認められる。 以上によれば,原告の疾患は,被告病院入院当初から脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血であったことは明らかというべきである。 - 7 -イところが,被告病院の医師は,入院当日に頭部CT検査及び髄液検査を行っているにもかかわらず,明白なくも膜下出血の各徴表を見逃し,あるいは,その判断評価を誤り,くも膜下出血の確定診断に至ることがなく,また,その後についてもくも膜下出血を見過ごしたまま「髄膜炎」との誤った診断の下に治療を行い,その後一時的に症状が治まったことから早期に退院させて治療を終了した結果,2月9日,原告をして再出血に至らしめたのである。 すなわち,被告病院の医師には,原告が被告病院に入院(1月19日)してから遅くとも再出血を来す(2月9日)までの間に,くも膜下出血の確定診断をなし,適時適切な根治治療を施すべきであったにもかかわらず,それを怠った診療上の過失が存在する。 また,被告病院の担当医師であったA医師の証言によれば,同医師もくも膜下出血を疑ったこと自体は認めているところ,くも膜下出血という疾患が内科医であった同医師にとって専門領域ではないというのであれば,被告病院には脳神経外科も存在していたのであるから,直ちに脳神経外科医に連絡を取って,上記CT写真の読影を依頼するなどの措置を講ずることができたにもかかわらず,漫然とこれを怠ったものである。 ( ) 被告の主張に対する反論 ア臨床症状について被告は,原告における頭痛の発症が突発的ではなく緩徐であり,発熱を伴っていることから,くも膜下出血とは相容れないとして,髄膜炎と診断した被告病院の処置に一切の落ち度はなかったと主張する。 しかし,原告は は,原告における頭痛の発症が突発的ではなく緩徐であり,発熱を伴っていることから,くも膜下出血とは相容れないとして,髄膜炎と診断した被告病院の処置に一切の落ち度はなかったと主張する。 しかし,原告は,テレビの光が目から入って頭に響いたり,ズキンズキンと脈を打つようなくも膜下出血特有の拍動性頭痛(乙A1・17頁)の症状を被告病院の医師に訴えていたのであり,頭痛が緩徐であったとの被告の主張は事実に反する。 - 8 -また,体温の上昇がくも膜下出血の可能性を除外する訳ではない以上,体温の上昇のみを重視するのではなく,あくまでCT写真と髄液検査の結果を重視すべきであった。 以上のように,くも膜下出血の存在を疑わせる臨床症状と髄液検査結果が存在しており,かつ体温上昇が直ちにくも膜下出血の存在を否定するものではないことに照らせば,被告がウイルス性髄膜炎と速断したことは軽率であったといわざるを得ない。 なお,被告病院は,当初細菌性髄膜炎であると診断していたが,細菌性髄膜炎であれば,病原体による消費の増加により,髄液中のグルコース等の糖が低下するはずであるが,1月19日付け及び21日付けいずれの髄液検査結果を見ても糖の低下は見られず,細菌性髄膜炎であるとの被告病院の鑑別診断自体が誤りであったことは明らかであり,実際,その後細菌性髄膜炎の起炎菌は特定されておらず,被告病院は,ウイルス性髄膜炎であると診断を変更しており(乙A1・17頁),被告の診断結果は変遷している。 また,被告は,髄膜炎との診断に基づく治療が奏効して原告の体調が回復に向かったと主張するが,くも膜下出血の微少漏出の場合には,出血後2,3日すれば痛みも限局するとされており(甲B3・746頁),原告の頭痛が治まったのは単に時間の経過によるものであり,被告病院の治療が奏効したためではない。 膜下出血の微少漏出の場合には,出血後2,3日すれば痛みも限局するとされており(甲B3・746頁),原告の頭痛が治まったのは単に時間の経過によるものであり,被告病院の治療が奏効したためではない。 イCT写真について(ア) 被告は,大阪府三島救命救急センター(以下「三島救急センター」という。)で撮影されたCT画像では,脳底部髄液槽に出血が見られるのに対し,被告病院で撮影されたCT画像では同部に出血が見られないことを理由として同一箇所からの再出血があったことを否定する。 しかし,被告病院で1月19日に撮影されたCT写真では,右シル- 9 -ビウス裂に出血の存在を窺わせる等吸収域が見られるところ,三島救急センターで確認された出血部位は,「右シルビウス裂中脳周囲」であり(甲A2・14頁),初回出血と同一と推認される箇所から再出血が起きたことが認められる。 また,くも膜下出血が微少漏出にとどまる場合には,文献によれば,高吸収域として描出されず等吸収域となっている場合がある(乙B2・56頁),出血後5日以上経過すると,髄液中の出血は薄まり,CTでは異常吸収域として描出されないことがある(同57頁)とされており,大量の再出血の結果見られた脳底部髄液槽の出血が初回の微少出血では見られなかったとしても特段不思議なことではない。 以上のように,初回出血部位と2回目の出血部位が右シルビウス裂周囲という点で一致していること,初回の出血から2回目の出血が1か月程度しか離れていないことに照らせば,2回目の出血は初回出血と同一箇所からの再出血であったと認められる。 これに対し,被告は,1月19日付けCT写真でシルビウス裂が描出されていないのは,被告病院のCTの映像上の特性であることを理由とし,同日時点では出血がなかったと主張する。 しかし,前述したとおり,同月 れに対し,被告は,1月19日付けCT写真でシルビウス裂が描出されていないのは,被告病院のCTの映像上の特性であることを理由とし,同日時点では出血がなかったと主張する。 しかし,前述したとおり,同月19日付けCT写真と同月21日付けCT写真を比較すれば,同月19日付けCT写真には,本来低吸収域として黒く描出されるはずのシルビウス裂と鞍上槽が同月21日付けCT写真に比して不明確になっていることを読影できたのであり,被告病院の医師はこれらのCT写真の読影を誤ったのである。 同じ機器で撮影した両写真を見れば,シルビウス裂を含む脳槽が黒く描出される形が異なっており,かかる差異をCT撮影機器の映像上の特性として説明することは困難であって,CTによる脳槽の像に影響を与えるもの,すなわち出血が同月19日付けCT写真には写って- 10 -いるというべきである。 (イ) 被告は,内頸動脈後交通動脈分岐部(IC-PC)動脈瘤からの出血であれば,一側のシルビウス裂と鞍上槽に血腫が見られるはずであるのにそれが見られないことを理由として,1月19日時点では出血がなかったと主張する。 しかし,原告の初回のくも膜下出血は微少漏出(甲B3・746頁)だったのであり,IC-PCに存在する動脈瘤からの出血であるからといって,必ずしも鞍上槽に血腫が見られる訳ではなく,そのこと自体がくも膜下出血を否定するものではない。 しかも,そもそも同月19日付けCTの鞍上槽の部位には出血を窺わせる等吸収域を見ることができるから,くも膜下出血の所見を得ることは可能であった。 ウ髄液検査について(ア) 被告は,原告がウイルス性髄膜炎であるとして治療を行っているが(乙A1・17頁),ウイルス性髄膜炎であれば髄液の外観は透明であるところ(甲B3・1333頁),原告の髄液検査ではキサントク (ア) 被告は,原告がウイルス性髄膜炎であるとして治療を行っているが(乙A1・17頁),ウイルス性髄膜炎であれば髄液の外観は透明であるところ(甲B3・1333頁),原告の髄液検査ではキサントクロミー(乙B3・758頁参照)が認められており(乙A2・5頁),被告の鑑別診断は髄液検査の結果に適合していない。 これに対し,被告は,原告の髄液につき淡血性との所見が得られたのは,髄液の採取に手間取ったことからトラウマティックタップによるものと判断したと主張する。 しかし,キサントクロミーは,血液が髄液中に出て溶血し,3日から4日して黄褐色のビリルビンが出現することによるものである(甲B3・758頁)から,穿刺による出血直後にキサントクロミーになることはあり得ず,上清が黄褐色であれば,くも膜下出血の存在を疑うべきである。 - 11 -また,被告は,キサントクロミーとトラウマティックタップによる「淡血性」を肉眼で鑑別することは極めて困難であるから,髄液検査の結果報告書の「(肉眼的)キサントクロミー」との記載は,上清部分の性状について言及したものと考えるべきであると主張する。 しかし,そもそもくも膜下出血とトラウマティックタップによる出血の鑑別は,上清の着色を肉眼で観察して行うものであるから(乙B3・59頁表2-4参照),「肉眼で鑑別することは極めて困難」という被告の主張は意味不明である。被告病院の髄液検査は,株式会社ファルコバイオシステムズに委託して行われており(乙A2・4頁),1月19日時点で原告の髄液が単なる血性髄液ではなくキサントクロミーであったことは客観的に証明されている。 また,キサントクロミーとなるのは,本来無色透明である上清部分であり,沈殿物ではないから,「キサントクロミーとの記載は上清部分の性状について言及したものと考えるべき たことは客観的に証明されている。 また,キサントクロミーとなるのは,本来無色透明である上清部分であり,沈殿物ではないから,「キサントクロミーとの記載は上清部分の性状について言及したものと考えるべき」との主張は,当たり前のことを述べたにすぎず,被告の反論を裏付ける意味を有しない。 たとえくも膜下出血の微少漏出の場合であっても,腰椎穿刺を行えば常に出血の所見を得ることができるのであって(甲B3・746頁),被告病院は,本来「肉眼的に無色透明」であるはずの髄液が,「肉眼的にキサントクロミー」であったにもかかわらず,それに気付かずに誤った鑑別診断を行ったのであり,その過失は重大である。 (イ) 被告は,髄液中の好中球/リンパ球の組成が血液中の組成と大きく異なっていること(白血球が多いこと)は,病原微生物が髄液腔内に進入し,血中より白血球が送り込まれた結果であると主張する。 確かに,くも膜下出血の場合,血液中の好中球とリンパ球の組成と,血性髄液中の好中球とリンパ球の組成とがほぼ等しくなることは一般論としては誤りではない。 - 12 -しかし,被告は,細菌性髄膜炎の疑いで原告の治療を行い(乙A2・9頁),1月20日よりステロイド剤であるリンデロン2㎎の1日3回8時間毎の静脈注射を行っているところ(同10頁),ステロイド剤には,血液成分に対する薬理作用として,白血球(特に好中球)の生成及び骨髄からの動員の促進,リンパ球の生成抑制が見られ,その結果,ステロイド剤投与により白血球の増加や好酸球及びリンパ球の減少が惹起されるという副作用がある(甲B4ないし6)。 被告が根拠とする同月21日付けの血液検査結果は,ステロイド剤投与後の副作用による影響がある血液を検査しているため,血液中に白血球が増加していることは当然であり,ステロイドの影響を無視した被告の 被告が根拠とする同月21日付けの血液検査結果は,ステロイド剤投与後の副作用による影響がある血液を検査しているため,血液中に白血球が増加していることは当然であり,ステロイドの影響を無視した被告の主張はこじつけにすぎない。 むしろ,くも膜下出血鑑別のために血液と血性髄液中の好中球/リンパ球組成を比較するには,ステロイド剤投与前である同月19日付けの検体によるべきであるところ,被告はその比較を行っていない。 (被告の主張)( ) くも膜下出血と髄膜炎の鑑別診断について 原告の場合,くも膜下出血に典型的な突発的な頭痛の発症ではなく,約5日間持続する嘔吐,頭痛,発熱があり,被告病院入院後も発熱と頭痛が持続し,項部硬直,ケルニッヒ徴候陽性で,明らかな髄膜刺激症状が認められ,髄膜炎の臨床症状に矛盾しない経過であった。 また,1月19日の救急外来時に撮影した頭部単純CTでは,くも膜下出血や脳腫瘍を示唆する所見はなく,髄液は淡血性(キサントクロミー)であったが,髄液の採取に手間取ったことよりトラウマティックタップと判断したものである。髄液所見は細胞数1950/3(好中球74%,リンパ球26%),糖56㎎/dl,蛋白45㎎/dlであり,髄膜炎に合致したものであった。 - 13 -入院後は,抗脳浮腫薬,ステロイド薬,抗生物質などの投与によって,第3病日より頭痛などの症状は改善し,第5病日には食事を全量摂取するなど原告は順調な回復を示し,第3病日に撮影した頭部造影CTでも脳腫瘍などの腫瘍性病変は見られず,造影剤によって描出される脳血管にも動脈瘤などの異常は認められなかった。第3病日に行った髄液検査では,性状はキサントクロミーであったが,細胞数が510/3,蛋白29.6㎎/dlと入院時に比べ明らかに改善していた。第9病日からは発熱,喉の痛み,咳の症状 められなかった。第3病日に行った髄液検査では,性状はキサントクロミーであったが,細胞数が510/3,蛋白29.6㎎/dlと入院時に比べ明らかに改善していた。第9病日からは発熱,喉の痛み,咳の症状を訴え,急性咽頭炎の診断で抗生物質と去痰剤を投与したところ,症状は改善し,第14病日に行った髄液検査では,性状は水様透明で出血所見はなく,細胞数64/3,蛋白27.8㎎/dlとさらに髄液細胞数が低下したため,翌第15病日に退院となったものである。 これらの経過からは,くも膜下出血を積極的に疑う所見は全く見られず,最終的な退院時診断でも髄膜炎と判断した。 ( ) 被告病院医師の過失について 上述したとおり,原告の症状は髄膜炎に合致していることから,被告病院での髄膜炎が「誤診」であるとの原告の主張こそ誤りであり,被告病院への入院当初から原告にくも膜下出血があったとする原告の主張には確たる根拠はない。したがって,2月9日に原告が意識障害に陥った原因がくも膜下の「再出血」であるという根拠もないことになる。 すなわち,被告病院においては,原告に見られた髄膜炎について適切な治療を行っていたものであり,動脈瘤やくも膜下出血を疑わせる所見がなかった以上,その治療を行わなかったとしても何ら落ち度はない。 なお,髄膜炎においては,一般に起炎菌や原因ウイルスが同定されないことの方が多く,診断が確定しないことは何ら異とするに足りない。むしろ,臨床的には,診断をつける以前より,予防的に抗生剤と,抗ウイルス剤として唯一効果の認められる抗ヘルペス剤を投与することが一般的であ- 14 -り,原告についてもそのような処置をとっているのであるから,その点を非難することは明らかな誤りである。 ( ) 原告の主張に対する個別の反論 ア臨床症状について原告の場合,頭痛の発症が 4 -り,原告についてもそのような処置をとっているのであるから,その点を非難することは明らかな誤りである。 ( ) 原告の主張に対する個別の反論 ア臨床症状について原告の場合,頭痛の発症がくも膜下出血に典型的な突発的な発症ではなく緩徐であり,発熱を伴うという,明らかにくも膜下出血とは相容れない症状を呈していた。確かに,くも膜下出血による症状として発熱する場合もあり得るが,それは視床下部が障害されるような中等度以上の出血において初めて見られる症状であり(乙B2・54,55頁),仮に原告に見られた発熱が,くも膜下出血だけが原因で,そのような機序によって起きていたとすると,脳幹部障害に伴う明らかな種々の症状が見られたはずであるにもかかわらず,原告にはそのような症状は見られていない。 イCT写真について(ア) 原告が「等吸収域又はやや高吸収域」と指摘する「右のシルビウス裂」が具体的にどの箇所であるのかは判然としないが,正常画像において描出されているほど,原告のCT画像ではシルビウス裂が描出されていないとの主張だとすると,それは原告の個体差あるいは被告病院のCTの映像上の特性によるものである。被告病院の同じCTで撮影した症候性頭痛の患者のCT画像と比較すれば分かるとおり,原告のCT画像には出血を含む異常所見はない。 加えて,三島救急センターでのCT画像では出血が脳底部髄液槽にも見られる(同センターの診療録2月9日欄に貼付してあるCT画像による。)が,被告病院で撮ったCT画像では,この部位に出血などの異常は見られない。原告も主張するように,同月9日の出血が「再出血」であり,被告病院受診時に既に初回出血があったのであれば,- 15 -当然三島救急センターでのCT画像と同じように脳底部髄液槽にも出血所見があるはずであるにもかかわらず 同月9日の出血が「再出血」であり,被告病院受診時に既に初回出血があったのであれば,- 15 -当然三島救急センターでのCT画像と同じように脳底部髄液槽にも出血所見があるはずであるにもかかわらず,被告病院のCT画像でそのような所見がないという事実は,「再出血」との主張とは明らかに矛盾する。 (イ) 本件で実際に原告にあった脳動脈瘤は,右内頸動脈後交通動脈分岐部(IC-PC)における動脈瘤(甲A2・22頁)であり,これは脳底動脈輪(ウイリス輪)での動脈瘤である。 動脈瘤が破裂し,くも膜下腔内に出血した場合,その出血は速やかに髄液腔に拡がり,また体位変換などにより比較的容易に移動するため,CT上の脳槽内の局在は必ずしも破裂動脈瘤の存在部位と関係しないが,いずれの部位における動脈瘤の破裂であっても,鞍上槽には血腫を見ることが多い,といわれている(乙B7・91頁)。 しかし,CT画像による血腫の局在から破裂動脈瘤の部位を類推できることもあり,大脳半球間裂前下部に多くの血腫を見るときには前交通動脈の動脈瘤破裂,一側のシルビウス裂に多くの血腫を見るときには同側の中大脳動脈分岐部の動脈瘤破裂,一側のシルビウス裂と鞍上槽の血腫は内頸動脈後交通動脈分岐部動脈瘤,橋前槽及び迂回槽に血腫を見るときには脳底動脈の動脈瘤の破裂が示唆される(乙B7・91頁,92頁)。 このような,CT画像での出血の局在による脳動脈瘤自体の局在診断は,その他の文献でもほぼ一致した見解となっている(乙B8・201頁,乙B9・144頁)。 原告は,被告病院で撮影されたCTでは,出血の結果,シルビウス裂が脳実質と等吸収域になっていたと主張する。 しかし,仮に原告の主張が正しいとすると,本件はIC-PCにおける動脈瘤であるから,上記の文献での一致した見解によると,シル- 16 -ビ シルビウス裂が脳実質と等吸収域になっていたと主張する。 しかし,仮に原告の主張が正しいとすると,本件はIC-PCにおける動脈瘤であるから,上記の文献での一致した見解によると,シル- 16 -ビウス裂のみならず鞍上槽にも同じように血腫が残るはずであって,そうすると鞍上槽もやはり脳実質と変わらない等吸収域となって描出されないはずであるにもかかわらず,被告病院で撮影したCTでは,その部位はきちんと描出されている(乙A4の1,中段の向かって左端のスライス)。 逆に,仮に原告の主張が正しく,本件では出血がシルビウス裂のみに限局されていたと仮定すると,その場合には中大脳動脈での動脈瘤が推測されるのであり,本件の動脈瘤とは明らかに部位が違う。 なお,原告は,1月19日付けCTにおける鞍上槽が「出血を窺わせる等吸収域」になっていると主張するが,同じCTにおけるシルビウス裂と鞍上槽の描出の程度が違っているとの被告の主張については反論していない。 ウ髄液検査の結果について(ア) 原告は,被告病院で行った3回の髄液検査のうち最初の2回についてキサントクロミーが見られたことを根拠に,トラウマティックタップによる新鮮出血ではないと主張する。 ところで,脳動脈瘤の破裂による出血であれば,脳脊髄液で希釈されたとしても,その細胞成分は血液と基本的に同じ組成となっているはずであるが(乙B3・59頁表2-4),本件における1月21日の原告の血液検査における好中球とリンパ球はそれぞれ88.8%と8.6%である(乙A1・14頁)のに対し,髄液中の多核球(大部分が好中球である。)と単核球(リンパ球である。)はそれぞれ45%と55%(乙A1・12頁)と比率が大きく異なっており,このことは,髄液中の細胞成分が出血した血液由来ではなく,病原微生物が髄液腔内に進入し,血中よ 。)と単核球(リンパ球である。)はそれぞれ45%と55%(乙A1・12頁)と比率が大きく異なっており,このことは,髄液中の細胞成分が出血した血液由来ではなく,病原微生物が髄液腔内に進入し,血中より白血球が送り込まれた結果(乙B4・588頁)であることを示している。 - 17 -同様に,一般に血液中の白血球数は1μl当たり約1万個であるのに対し,赤血球は約500万個と圧倒的に赤血球が多い(原告の場合も,最初の髄液検査と同日である1月19日の血液検査では,白血球数が9700であるのに対し赤血球数は481万である。)ことから,くも膜下出血があった場合の髄液中では,赤血球が著しく増加する(乙B3・59頁)にもかかわらず,本件における原告の髄液中には白血球が赤血球の約3倍もあった(乙A1・12頁)ことからすると,これは髄膜炎により白血球,リンパ球が増加した髄液に少量の血液が混じった結果であるとしか考えられない。 なお,原告は,髄液中の赤血球数が血液中の赤血球数に比べて少ない理由は,溶血により赤血球が減少した結果であると反論するかもしれないが,一般に赤血球の寿命は120日(乙B5・108頁)とされており,様々な溶血のメカニズムを考えても,髄液内に漏出した赤血球がわずか数日程度で1対500という白血球数との比率を逆転するほど大量に溶血することは到底あり得ない。 キサントクロミーについて被告病院担当医の評価と検査会社の評価に齟齬があることは原告指摘のとおりであるが,仮に1月19日と21日の髄液検査がトラウマティックタップでなかったとすると,基本的に1月19日,21日,2月1日の3回の髄液検査における好中球数/リンパ球数の比率はほぼ一定になると考えられるところ,実際には,それぞれ26%対74%,45%対55%,3%対97%と大きく変動しているこ 19日,21日,2月1日の3回の髄液検査における好中球数/リンパ球数の比率はほぼ一定になると考えられるところ,実際には,それぞれ26%対74%,45%対55%,3%対97%と大きく変動していることが全く説明できない。 一方,1月19日と21日の髄液検査の好中球数/リンパ球数の比率がトラウマティックタップによる修飾を受けていると考えるならば,2月1日の髄液検査においてリンパ球が圧倒的に多かったという事実は,最終的にウイルス性髄膜炎の可能性が高いと診断されている原告- 18 -の病像によく合致するものである。 (イ) 原告は,1月21日の血液検査における好中球数/リンパ球数比は同月20日から投与を開始したステロイド剤の「副作用」によって変容されているから,髄液中の好中球数/リンパ球数と比較するのであれば,同月21日に採取された血液ではなく,同月19日の検体によるべきと主張する。しかし,原告の主張は,好中球数増多,リンパ球数減少という副作用よりはるかに多発する,その他のステロイド剤の副作用が起きたことを具体的に裏付ける事実主張がない点において,全く受け容れられない。 確かに,同月19日の血液については好中球数/リンパ球数の比率が測定されていないが,仮に好中球数/リンパ球数比については,原告の指摘が正しいとしても,くも膜下出血であれば血液中と髄液中の血球の比率が同じになることは白血球数/赤血球数の比率についてもいえるはずであるにもかかわらず,赤血球数についての被告の主張に対しては,原告は何ら反論をしてない。 (ウ) 最後に,キサントクロミーとの被告病院での判断は肉眼による(乙A1・12頁)ものであって鑑別診断は行っていないところ,キサントクロミーとトラウマティックタップによる「淡血性」を肉眼で鑑別することは極めて困難であるから,髄液検査 告病院での判断は肉眼による(乙A1・12頁)ものであって鑑別診断は行っていないところ,キサントクロミーとトラウマティックタップによる「淡血性」を肉眼で鑑別することは極めて困難であるから,髄液検査についての「(肉眼的)キサントクロミー」との記載は,上清部分の性状について言及したものと考えるべきであろう。実際,本件で髄液検査を行った医師は「血性」と判断(乙A2・8頁に「リコール(髄液検査)血性」とある。)している。 エまとめ以上のとおり,検査結果についての判断及び頭痛の発症状況や発熱があるという臨床症状を勘案し,被告病院では,原告の症状は髄膜炎によ- 19 -るものと診断して,その治療を行ったものであるから,被告病院での処置には何ら落ち度はない。実際,被告病院での経過中に一旦頭痛が消失し,髄液検査が水様透明となり白血球数も著明に改善したことは,くも膜下出血の症状,経過としてはあり得ないことで,やはり原告は,髄膜炎を起こし,一旦軽快した後に脳動脈瘤が破裂したと考えるしかない。 争点3(因果関係)について(原告の主張)被告病院の担当医師が,各種検査又は原告の症状から原告のくも膜下出血を発見し,原告に対し,適時に脳動脈瘤クリッピング術などの根治手術を行っていたならば,原告において,その後再出血を来して重症化することもなかったのであり,後遺障害の結果発生を避け得ていた高度の蓋然性があることは疑いがない。 (被告の主張)争う。 争点4(損害)について(原告の主張)( ) 休業損害436万7081円 原告は,平成14年1月当時会社員であり,被告病院に入院し診察を受けた1月19日から症状固定時の平成15年9月30日までの614日間(退院していた6日間を除く。),全く会社に通勤することができなかった。上記期間の休業損害は,直 員であり,被告病院に入院し診察を受けた1月19日から症状固定時の平成15年9月30日までの614日間(退院していた6日間を除く。),全く会社に通勤することができなかった。上記期間の休業損害は,直近3か月間(92日間)の給与支払明細書(甲C3の1ないし3の3)を基礎にして計算すれば,以下のとおりである。 {21万8352円+21万8352円+21万7647円}/92日×614日=436万7081円( ) 逸失利益8658万1966円 - 20 -原告には,平成15年9月30日(当時29歳)の症状固定時,左上肢麻痺及び左下肢麻痺の後遺症が残存している。 原告の障害を労働基準法施行規則別表第2に当てはめれば,原告は,脳の損傷による神経系統の障害,それに伴う左上下肢の筋力低下及び関節機能障害等により,生命維持に必要な身の回り処理の動作について常に介護を必要としているから,「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,常に介護を要するもの」として1級に該当し(第1級の3),1級の労働能力喪失率は100%とされている。 以上によれば,原告は,症状固定時の29歳から67歳までの38年間,平成13年賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の全年齢平均賃金額(年額565万9100円)を得ることが可能であったのにできなくなったことになるから,本件誤診時から症状固定日までの期間を2年間と見て計算すると,原告の逸失利益は次のとおりとなる(単位を付していないのはライプニッツ係数。以下同じ。)。 565万9100円×(17.1590-1.8594)=8658万1966円( ) 介護費7084万8782円 ア入院付添費原告は,1月19日の初診以降途中6日間の退院期間を除き,平成15年11月29日まで674日間入院しており,平日の昼間は 8658万1966円( ) 介護費7084万8782円 ア入院付添費原告は,1月19日の初診以降途中6日間の退院期間を除き,平成15年11月29日まで674日間入院しており,平日の昼間は実父及び叔母,夜間及び土日は実母及び実姉から常時介護を受けていた。 近親者が付添看護を行った場合の一日当たりの付添看護費の基準額は,6000円とするのが相当である。 したがって,入院付添費は以下のとおりとなる。 6000円×674日=404万4000円イ将来の介護費- 21 -原告は,前記のとおり,左上下肢の機能を全廃しているため,近親者又は職業介護者による常時介護が必要であり,単独では日常生活を送ることが不可能である。 そこで,原告の将来の介護費については,両親が67歳になるまでは両親による介護費用として1日8000円,両親が67歳になった以降については職業介護者による介護費用として1日1万3000円を認めるのが相当であり,原告の実母が67歳となる平成25年から平成65年(29歳の平均余命50.18年)までは,原告の介護に職業介護者が必要となるから,本件誤診時から退院日までの期間を2年間と見て計算すると,将来の介護費は,次のとおりとなる。 (平成15年11月から平成24年12月までの9年間)8000円×365日×(8.3064-1.8594)=1882万5240円(平成25年1月から平成65年12月までの41年間)1万3000円×365日×(18.4180-8.3064)=4797万9542円( ) 慰謝料3223万円 ア入通院慰謝料原告は,前述のとおり674日間(約22か月間)入院しており,これに対する慰謝料は,423万円が相当である。 イ後遺障害慰謝料原告は,28歳の健康な青年であり,将来の希望を持って平穏な生活を 料原告は,前述のとおり674日間(約22か月間)入院しており,これに対する慰謝料は,423万円が相当である。 イ後遺障害慰謝料原告は,28歳の健康な青年であり,将来の希望を持って平穏な生活を送っていたところ,本件医療過誤により引き起こされた重度の後遺障害の結果,一生身体障害者としての生活を余儀なくされ,健常者としての生活ができなくなった。加えて原告は,従前勤務していた会社における労働が不可能となったため,同社を退職せざるを得なくなったのであ- 22 -り,被告病院の誤診がもたらした後遺障害により原告が著しい精神的損害を被ったことは疑う余地もない。 原告のかかる精神的損害を填補するための慰謝料は,2800万円とするのが相当である。 ( ) 弁護士費用1940万円 原告は,本件訴訟の遂行を弁護士に委任し,その報酬として,相当額の着手金・報酬金を支払うことを約束した。本件のような医療訴訟の遂行のためには代理人弁護士の存在は不可欠のものであり,原告が支払うべき上記弁護士費用のうち,前記( )ないし( )の損害額の小計の約1割に当たる 1940万円を被告に負担させることが相当である。 ( ) 上記合計額2億1342万7829円 (被告の主張)不知ないし争う。 なお,将来の介護費用については,原告は,40歳に達してから死亡に至るまでの間,介護保険制度を利用すれば,保険料及び自己負担額を併せても月額4万円以下の負担により,35万8300円相当の介護サービスを受けることができるといえるから,かかる期間の介護費用としては,月額4万円を基礎として算出すべきである。 また,原告は,入通院慰謝料と後遺障害慰謝料の両方を請求するが,死亡慰謝料ないし後遺障害慰謝料は,死亡や重度の後遺障害といった最大の身体的苦痛を慰謝するものとして金額が設 礎として算出すべきである。 また,原告は,入通院慰謝料と後遺障害慰謝料の両方を請求するが,死亡慰謝料ないし後遺障害慰謝料は,死亡や重度の後遺障害といった最大の身体的苦痛を慰謝するものとして金額が設定されているものであるから,かかる慰謝料には,入通院慰謝料も包含されているものと考えるべきである。 第7当裁判所の判断 争点1(事実関係)について前記第3の基礎となる事実に加え,証拠(甲A1ないし4,C1,2,乙A1ないし6〔枝番を含む。〕,証人B,同A,原告本人)及び弁論の全趣- 23 -旨を総合すれば,以下の各事実が認められる。 ( ) 被告病院受診前の経過について ア原告は,1月15日,医療法人城青会城クリニックを受診し,同月13日ころから頭痛が現れ,関節痛があると訴えた。 検温したところ,37.8℃の発熱が認められ,扁桃腺の発赤も認められたため,同クリニックの医師は,風邪と診断し,抗生物質や鎮痛剤等を点滴及び内服薬により投与した。 イ原告は,翌16日にも同クリニックを受診し,点滴等を受けた後,同月17日も,同クリニックを受診し,37℃から38℃の発熱を訴え,頭痛には変化がないと述べたことから,同クリニックの医師は,髄膜炎を疑って,血液検査を実施し,抗生物質等を点滴及び内服薬により投与した。 ウ原告は,同月18日,同クリニックを受診し,頭痛が増悪していることを訴えたが,四肢麻痺の所見は認められなかった。 前日の血液検査の結果は,白血球数1万2700(男性の基準値3900~9800),好中球数80.6%(基準値43~75%),好酸球数0.2%(基準値1~6%),好塩基球数0.2%(0~2%),リンパ球数13.3%(基準値25~45%),単球数5.7%(基準値2~8%),CRP定量値1.4㎎/dl,同定性値1+(基準値-)と 数0.2%(基準値1~6%),好塩基球数0.2%(0~2%),リンパ球数13.3%(基準値25~45%),単球数5.7%(基準値2~8%),CRP定量値1.4㎎/dl,同定性値1+(基準値-)というものであり(なお,括弧内の基準値は,同クリニックにおけるものである。以下,同じ検査項目の検査結果を再掲するときは単位を省略することがある。),これを見た同クリニックの医師は,インフルエンザ脳症の可能性もあるのではないかと疑い,改善がないようであれば入院を勧めた方がよいと考えた。 エ原告は,同月19日,同クリニックを受診し,頭痛,悪心及び37℃から38℃の発熱を訴えた。 - 24 -同クリニックの医師が診察したところ,頸部の硬化が認められたため,それまでの診療経過も踏まえ,髄膜炎の疑いがあるとして,原告に対し,被告病院において入院し,治療を受けるよう勧めた。 そして,同医師は,被告病院の内科外来担当医師にあてて,傷病名を「髄膜炎の疑い」とした上,頭痛,熱発が続き頸部硬直も認められるため,髄膜炎が疑われるとして,入院による精査・加療を依頼する旨の診療情報提供書を作成し,原告に手交した。 ( ) 被告病院における診療経過等について ア原告は,同月19日(土曜日)午前11時55分ころ,被告病院救急内科を受診し,問診票に,頭痛,めまい,ふらつきがある旨記載した上,原告の診察を担当したC医師に対し,同月13日ころから両側の眼窩を中心とした拍動性頭痛,悪心,嘔吐があり,同月14日ころから発熱があると述べた。なお,原告は,同月19日午前5時ころ,坐薬の解熱剤を挿肛しており,受診時における原告の体温は,37.0℃であった。 C医師は,原告が持参した城クリニックの上記診療情報提供書も見た上で,髄膜炎を疑い,緊急血液検査及び頭部単純CT撮影検査を指示し, 剤を挿肛しており,受診時における原告の体温は,37.0℃であった。 C医師は,原告が持参した城クリニックの上記診療情報提供書も見た上で,髄膜炎を疑い,緊急血液検査及び頭部単純CT撮影検査を指示し,原告を入院させることとした。 なお,血液検査の結果は,白血球数9700(基準値4700~8700),赤血球数481万(男性の基準値470万±70万),血色素量15.5g/dl(男性の基準値16±2g/dl),ヘマトクリット値45.1%(男性の基準値45±5%),CRP値2.2(基準値0.5以下)であった(なお,括弧内の基準値は,被告病院におけるものであり,以下,被告病院における検査については同じである。)。 イ原告は,同日午後1時ころ,被告病院内科病棟に入院し,当直医であるD医師(糖尿病を専門領域とする内科医)が,原告の診察に当たることになった。なお,入院時における原告の体温は,36.6℃であった。 - 25 -同医師は,原告に対する問診及び城クリニックの診療情報提供書等から,城クリニックの診察の結果,原告に髄膜炎の疑いがあることなどそれまでの症状経過及び治療経過等の概要を把握した上で,原告を診察したところ,心肺に異常は認められなかったが,頸部硬直が認められた。 そこで,同医師が,腰椎穿刺により髄液を採取したところ,髄液の所見は肉眼的に淡血性で,混濁していた。同医師は,髄液の肉眼的所見が淡血性であったことについて,髄液検査に手間取って出血したことにより,少量の血液が髄液に混入したものでトラウマティックタップによるものであると判断し,他方,上記血液検査で炎症所見が認められたこと等から,ヘルペス髄膜炎や細菌性髄膜炎を疑い,原告の家族にもその旨説明した。 なお,上記髄液の詳細な分析検査については,同日が休日であったため株式会社ファルコバイオシス 査で炎症所見が認められたこと等から,ヘルペス髄膜炎や細菌性髄膜炎を疑い,原告の家族にもその旨説明した。 なお,上記髄液の詳細な分析検査については,同日が休日であったため株式会社ファルコバイオシステムズに依頼されたところ,同会社の検査報告書によれば,細胞数1950/3μl(基準値15/3μl以下),リンパ球数26,好中球数74,髄液糖定量56㎎/dl(基準値50~75㎎/dl),髄液蛋白定量45㎎/dl(基準値10~40㎎/dl),髄液クロール120mEq/l(基準値120~130mEq/l)で,キサントクロミーが認められた。そして,同検査結果は,髄液蛋白定量及び髄液クロールについては同月22日,その余の検査項目については同月21日にそれぞれ被告病院に報告された。 D医師は,髄膜炎の治療として,抗生物質であるケイテン(2回/日)及び抗ウイルス剤であるゾビラックス(3回/日)の投与を開始するとともに,上記頭部単純CT撮影検査の結果,脳浮腫の傾向があると判断して,抗脳浮腫剤であるグリセオール(3回/日)の投与も開始した。 その後,原告は,断続的に頭痛を訴え,37度台の発熱もあったため,- 26 -同日夕方から翌朝にかけて4回坐薬の挿肛を受けた。 ウ同月20日,被告病院の内科当直医師が診察したところ,頭痛の訴えが強く,体温は37.6℃であり,項部硬直が強く認められたが,バイタルサインは安定しており,四肢脱力はなく,知覚は正常で,てんかん(痙攣)も認められなかった。 同医師は,原告及び家族の希望もあって,重症感染症に併用して投与されるグロベニンとサイトカイン遊離を抑制する目的でステロイド剤であるリンデロンを投与することとした。 また,原告は,頭痛のため,同日午後0時ころと同5時30分ころの2回坐薬の投与を受けた。 エ(ア) 同月21日から サイトカイン遊離を抑制する目的でステロイド剤であるリンデロンを投与することとした。 また,原告は,頭痛のため,同日午後0時ころと同5時30分ころの2回坐薬の投与を受けた。 エ(ア) 同月21日からは,神経内科を専門領域とするA医師が主治医として原告の診療を担当することとなり,同医師が診察したところ,原告は,まだ頭痛はあるが,坐薬の効く時間が長くなっていると述べた。 同医師は,原告に対し各種神経学的検査を実施した結果,意識障害や知覚異常を認める徴候はないが,項部硬直及びケルニッヒ徴候の髄膜刺激症状が認められるとの所見を得た。 また,同医師の指示により実施された血液検査の結果によれば,白血球数1万2360,赤血球数460万,血色素量14.5,ヘマトクリット値42.2,CRP値1.8,好中球数88.8(基準値40.0~74.0),リンパ球数8.6(基準値19.0~48. 0)であり,炎症所見が見られた。 A医師は,原告に対し髄液検査も実施したところ,肉眼的にキサントクロミーが認められ,糖定量88,蛋白定量29.6,有核細胞数510/3(多核球数約45%,単核球数約55%),赤血球数200/3㍉立方メートル,髄液クロール定量114であり,有核細胞数の減少が認められた。 - 27 -同医師は,D医師から,同月19日に行われた髄液検査において,髄液採取に手間取り,出血があったと聞いていたので,同日の検査において認められたキサントクロミーは,検査を外注に出したため,時間が経過し,トラウマティックタップによる血液が溶血したことにより生じたものであると考え,同月21日の検査結果におけるキサントクロミーも,19日の出血の影響が残っていたことによるものであると考えた。 同医師は,さらに,髄膜炎の診断及び評価を行う目的で,頭部単純及び造影CT撮影検査を実施 月21日の検査結果におけるキサントクロミーも,19日の出血の影響が残っていたことによるものであると考えた。 同医師は,さらに,髄膜炎の診断及び評価を行う目的で,頭部単純及び造影CT撮影検査を実施したところ,特記すべき異常所見はないと判断した。なお,同医師は,同月19日に撮影された上記CT写真も併せて見たが,これについても特記すべき異常所見はないと判断した。 (イ) A医師は,これらの検査所見やそれまでの臨床経過等から,原告について髄膜炎であると診断した。そして,同医師は,抗ウイルス剤を投与する一方,抗生物質は常用量しか投与しなかったにもかかわらず,髄液細胞数の減少が認められ,髄液糖の低下が認められなかったことなどから,細菌性ではなく,ウイルス性髄膜炎の可能性が高いと判断し,また,脳炎を疑う所見はなく,比較的症状は軽いものと判断して,リンデロンを中止することとした。 (ウ) なお,同日の原告の体温は,午前中は36.6℃であったが,次第に上昇し,37.8℃まで上がった。 オ同月22日以降の診療経過は,別紙診療経過一覧表の同日以降の「診療経過」欄及び「検査(結果)・処置」欄記載のとおりであり,2月2日,原告は,ウイルス性髄膜炎が軽快したとして,被告病院を退院した。 カ同月9日午後5時20分ころ,原告は,自宅において意識のない状態で倒れているところを母親に発見され,救急車により午後5時50分こ- 28 -ろ,被告病院に搬送された。 搬送時の意識レベルはJCSⅢ-300であり,瞳孔は右2㎜,左5㎜と左右差がある状態であった。 被告病院において,グリセオールの点滴を開始し,頭部CT撮影検査を実施しようとしたが,故障により撮影できない状態であったため,三島救急センターに転院させることとなった。 ( ) その後の診療経過,原告の状態等について リセオールの点滴を開始し,頭部CT撮影検査を実施しようとしたが,故障により撮影できない状態であったため,三島救急センターに転院させることとなった。 ( ) その後の診療経過,原告の状態等について ア原告は,同月9日午後6時45分ころ,三島救急センターに到着した。 到着時点における原告の状態は,JCS200,グラスゴー昏睡尺度5,左が除脳,右が除皮質姿勢を呈しており,右瞳孔が散大し,対光反射は両側消失していた。 イ上記所見から頭蓋内疾患が疑われたため,直ちに頭部CT撮影検査が実施されたところ,右シルビウス裂を中心に中脳周囲にも広がるびまん性くも膜下出血及び右側側頭葉硬膜下血腫が認められた。 そこで,さらに,出血源を確認するために,全身麻酔及び脳低温療法下で,脳血管撮影検査を実施したところ,右内頸動脈後交通動脈分岐部に動脈瘤が認められたため,B医師の執刀により,同日午後9時から,破裂動脈瘤クリッピング術,硬膜下血腫除去術,脳槽ドレナージ,硬膜外ドレナージ,外減圧術が実施された。 なお,B医師は,同手術の際,視神経の周囲についてやや褐色を帯びた所見を認めたため,以前に出血があった可能性があると考えた。 ウその後,三島救急センターでは,脳を保護するため,麻酔を継続して体温を下げる脳低温療法を継続し,同月23日ころから徐々に体温を戻し始め,同月26日脳低温療法を終了したが,そのころから,痙攣重積発作が頻回に起こったため,3月1日から,チトゾールを持続投与するバルビツレート昏睡療法を開始した。 - 29 -同月5日にチトゾールの投与を中止したが,自発呼吸は正常に認められ,意識レベルはJCS200となったが,このころから,水頭症が認められるようになった。 同月6日には,原告は,刺激により開眼するようになり,その後もJCSは3から20の間を行 発呼吸は正常に認められ,意識レベルはJCS200となったが,このころから,水頭症が認められるようになった。 同月6日には,原告は,刺激により開眼するようになり,その後もJCSは3から20の間を行き来する状態であった。 同月26日,水頭症に対する脳室腹腔シャント術及び頭蓋形成術が実施されたが,意識レベルに大きな変化はなかった。 同月28日からは38~39℃の発熱が認められ,皮下に感染を生じ,膿が貯留している状態となり,ドレーン洗浄を繰り返したが,膿の漏出が続き,MRSAや緑膿菌が検出され,シャント機能不全を生じたため,4月20日,従前のシャントチューブ抜去術,人工骨除去術及び再度の脳室腹腔シャント術が実施された。 その後,抗生物質の投与等の治療が続けられたところ,水頭症も改善し,意識状態も徐々にではあるが上昇し始め,5月27日には,気管切開チューブが抜去され,5月31日ころには簡単な発語も認められるようになった。 7月16日,頭蓋形成術が施行されたが,同月17日に硬膜外血腫が認められたため,緊急に開頭血腫除去術が実施された。 その後,痙攣発作を起こしたり,MRSA等が検出されたこともあったが,徐々に活性が上がってきて,回復基調となった。 エ原告は,10月21日,本格的なリハビリを行うため,自宅に近い星ヶ丘厚生年金病院に転院した。 オ原告は,12月24日,医療法人愛仁会愛仁会リハビリテーション病院に転院し,平成15年11月29日に退院した。 原告は,同病院の医師により,左上下肢運動障害(神経麻痺,筋力低下)と診断され,平成15年9月30日に症状が固定したものと判断さ- 30 -れた。 現在,原告の右半身には障害は認められないが,左手首は全く動かず,肘は90度以上にのばすことはできず,左脚については,装具を介助により装着すれば数歩程度歩 固定したものと判断さ- 30 -れた。 現在,原告の右半身には障害は認められないが,左手首は全く動かず,肘は90度以上にのばすことはできず,左脚については,装具を介助により装着すれば数歩程度歩けるといった状態であり,用便は独力で行えるが,入浴には介助が必要であり,食事は配膳されていれば独力で摂取できる状態である。 なお,原告は,平成14年11月1日,左上肢機能全廃,左下肢機能全廃の障害により,身体障害者等級1級に該当するとして,大阪府知事から,身体障害者手帳の交付を受けた。 争点2(1月19日の時点におけるくも膜下出血の発生及びそれに関する過失の有無)について( ) 1月19日の時点でくも膜下出血を発症していたかどうかについて 原告は,被告病院を受診した1月19日の時点において,脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血を発症していたと主張するのに対し,被告は,同時点において原告が罹患していたのは髄膜炎であり,くも膜下出血は発症していなかったと主張する。 アそこでまずこの点を検討するに,前記第4の基礎となる医学的知見,証拠(甲B1ないし3,乙B2ないし4,6ないし8,13,証人B,同A,鑑定人Eの鑑定結果〔以下「本件鑑定結果」という。〕)及び弁論の全趣旨を総合すると,くも膜下出血及び髄膜炎の鑑別については,以下の医学的知見が存在するものと認められる。 (ア) 臨床症状についてくも膜下出血の臨床症状は,典型的には,突発的な激しい頭痛,悪心,嘔吐などであり,発症後しばらくすると項部硬直やケルニッヒ徴候などの髄膜刺激症状が見られる場合が多い。くも膜下出血の程度が重篤な場合は,意識障害を起こすこともある。 - 31 -他方で,くも膜下出血の程度が軽微な場合は,頭痛の起こり方,程度も軽い場合がある。また,発熱については,一般にはくも膜下出 も膜下出血の程度が重篤な場合は,意識障害を起こすこともある。 - 31 -他方で,くも膜下出血の程度が軽微な場合は,頭痛の起こり方,程度も軽い場合がある。また,発熱については,一般にはくも膜下出血における症状としては挙げられていないものの,反応性の発熱を生じることも稀ではない。 これに対し,髄膜炎の臨床症状としては,通常,発熱,頭痛,嘔吐,意識障害,項部硬直やケルニッヒ徴候などの髄膜刺激症状等が認められる。なお,頭痛の起こり方については,「亜急性に増悪する頭痛」(甲B2)などといわれている。 (イ) CT撮影検査の結果についてくも膜下出血の診断に係るCT撮影検査については,発症数日以内の急性期においては,くも膜下腔(脳槽,脳溝)に高吸収域が認められるが,出血量が少ない場合や発症後数日を経過した場合においては,CT写真上異常所見を確認できない場合もある。 なお,発症後数日以上を経ているような場合であっても,シルビウス裂が等吸収域として描出されているときには,くも膜下出血を疑う必要がある。また,くも膜下出血においては髄液の環流障害による水頭症を合併することが多いので,脳室拡大の有無についてもよく検討すべきものとされている。 髄膜炎については,CTで髄膜炎そのものを診断することはできないが,合併する脳浮腫,水頭症,脳炎などを診断するのに有用である。 (ウ) 髄液及び血液検査結果について血液検査結果において,細菌性髄膜炎については,白血球の増多,赤血球沈降速度亢進,CRP陽性などの所見が認められる。 髄液検査においては,細菌性髄膜炎では,髄液外観は混濁し,細胞数は高度に増加し,種類は主として多核球であり,蛋白量は中等度に増加し,糖量は減少するといった所見が認められ,ウイルス性髄膜炎- 32 -では,髄液外観は透明~軽度混濁となり,細胞数 混濁し,細胞数は高度に増加し,種類は主として多核球であり,蛋白量は中等度に増加し,糖量は減少するといった所見が認められ,ウイルス性髄膜炎- 32 -では,髄液外観は透明~軽度混濁となり,細胞数は軽度ないし中等度に増加し,種類は主として単核球であり,蛋白量は軽度に増加し,糖量は変化しないといった所見が認められ,結核性髄膜炎では,髄液外観は透明~軽度混濁となり,細胞数は高度に増加し,種類は主として単核球であり,蛋白量は中等度に増加し,糖量は減少するといった所見が認められる。 他方,くも膜下出血においては,髄液検査により,血性あるいはキサントクロミーが認められる。また,髄液中の細胞数については,血球,主として赤血球が著しく増加し,壊れた赤血球を処理するために髄液中に白血球,特にリンパ球が出てくることから細胞数は上昇するし,出血に対する炎症反応により,髄液細胞数の割合の変化も生じ得る。 なお,淡血性髄液が得られた場合には,トラウマティックタップによるものかくも膜下出血後によるものかを区別する必要があるが,その鑑別は,主として髄液を遠心分離した上清の色調がキサントクロミーであるかどうかにより行われる。 (エ) 以上によれば,くも膜下出血及び髄膜炎においては,臨床症状の多くが共通していることから,臨床症状のみによって両者を鑑別することは困難であり,また,頭痛の程度や起こり方,発熱の有無についても,非典型的な症例が認められることから,鑑別の決め手とはなり得ず,通常はCT写真上において出血所見が認められるかどうかが最大の鑑別方法となるが,出血量が少ない場合や出血後数日を経過している場合においては,CT写真上異常所見が認められなくても,くも膜下出血を否定することができないため,髄液検査において,血性髄液ないしキサントクロミーが認められるかどう い場合や出血後数日を経過している場合においては,CT写真上異常所見が認められなくても,くも膜下出血を否定することができないため,髄液検査において,血性髄液ないしキサントクロミーが認められるかどうかもまた重要な鑑別ポイントの一つとなり,他方で,髄液中の細胞数や細胞の種類は,髄膜炎- 33 -の種類やくも膜下出血を鑑別する際の一つの目安とはなるが,かかる検査結果によっても両者を確定的に鑑別することはできないものと認められる。 イ前記1( )及び( )によれば,原告は,1月13日ころに強い頭痛を発 症し,同日には嘔吐もあり,その後,項部硬直やケルニッヒ徴候などの髄膜刺激症状が認められたというのであるが,前記ア(エ)によれば,これらの臨床症状は,いずれもくも膜下出血及び髄膜炎に共通する非特異的な症状であり,これらの臨床症状のみから,原告の疾患がくも膜下出血ないし髄膜炎のいずれであったかを判断することはできない。 なお,被告は,原告における頭痛の発症が突発的ではなく緩徐なものであったことからくも膜下出血としては非典型的であると主張するが,城クリニック及び被告病院の診療録(甲A1,乙A1,2)には,頭痛発症の状況について記載された部分はなく,頭痛の発症が緩徐であったと認めるに足りる証拠がそもそも存在しないし,仮にかかる事実が認められるとしても,前記ア(エ)のとおり,頭痛の程度や起こり方については非典型的な症例があることから,それだけではくも膜下出血の可能性を否定することはできない。 また,被告は,発熱があったことからもくも膜下出血が否定されると主張するが,前記ア(エ)のとおり,発熱の有無についても非典型的な症例があることから,それだけではくも膜下出血の可能性を否定することはできないし,前記1( )及び( )によれば,原告の発熱が1月 と主張するが,前記ア(エ)のとおり,発熱の有無についても非典型的な症例があることから,それだけではくも膜下出血の可能性を否定することはできないし,前記1( )及び( )によれば,原告の発熱が1月26日まで の間は38℃までとそれほど高熱ではなかったというのであり,鑑定人は,この点は,どちらかというとくも膜下出血の方が考えやすいとしている。 次に,1月19日のCT写真(乙A4の1)によれば,くも膜下腔に明白な高吸収域,すなわち出血を疑わせる所見は認められないものの,- 34 -前記ア(エ)のとおり,くも膜下出血があっても,出血量が少ない場合や発症後数日を経過した場合には,CT写真上異常所見を確認できない場合もあるところ,上記CT写真が撮影されたのは,原告が頭痛を発症した同月13日ころから6日後であること及び原告の臨床症状の程度は典型的なくも膜下出血に比較すれば軽度であるため,仮に出血を起こしていたとしてもその出血量は少量であったと推測されることからすれば,上記のとおり,同月19日のCT写真上に明白な出血を疑わせる所見が認められないことをもって,直ちにくも膜下出血を否定することはできないというべきである。 そして,証拠(乙A4の1,4の2,証人B,本件鑑定結果)及び弁論の全趣旨によれば,1月19日のCT写真(乙A4の1)においては,シルビウス裂に相当する部分が十分に黒色には描出されておらず,脳実質部分と同程度の濃度(等吸収域)となっているのに対し,同月21日のCT写真(乙A4の2)においては,同月19日のCT写真と比べて,シルビウス裂に相当する部分の濃度が,わずかながら濃くなっている所見が認められるが,上記CT写真における所見(シルビウス裂の描出の変化)は,これだけでは断定できないものの原告にくも膜下出血があったことを疑わ 裂に相当する部分の濃度が,わずかながら濃くなっている所見が認められるが,上記CT写真における所見(シルビウス裂の描出の変化)は,これだけでは断定できないものの原告にくも膜下出血があったことを疑わしめる所見であると認められる。 これに対し,被告は,①2月9日に三島救急センターにおいて撮影されたCT写真においては脳底部髄液槽にも出血所見が認められているところ,原告が主張するように被告病院受診時に初回出血があり,2月9日に再出血したというのであれば,当然1月19日及び21日のCT写真においても脳底部髄液槽に出血所見が認められるはずであるにもかかわらず,上記被告病院において撮影されたCT写真においては出血所見が認められていないこと,②文献(乙B7ないし9)によれば,CT画像による血腫の局在から破裂動脈瘤の部位を類推できることがある- 35 -ところ,原告に認められた脳動脈瘤の部位である右頸動脈後交通動脈分岐部が破裂したとすれば,鞍上槽にも出血所見が認められるはずであるのに,同月19日のCT写真においては鞍上槽に異常が認められていないことからすれば,原告は,同月19日の時点でくも膜下出血を発症していないと主張する。 しかしながら,上記①の点については,前記1( )認定の事実によれ ば,2月9日の時点では大量の出血が認められたのに対し,1月19日の時点では,前述したとおり,出血量は少量であったと推測されることや,証人B医師が,三島救急センターにおいて撮影されたCT写真で認められた出血部位は,血腫があっても髄液により洗い流されやすい場所であると証言していることなどからすれば,脳底部髄液槽に出血所見が認められなかったからといって,直ちにくも膜下出血を発症していたことを否定することはできないというべきである。また,上記②の点についても,出 証言していることなどからすれば,脳底部髄液槽に出血所見が認められなかったからといって,直ちにくも膜下出血を発症していたことを否定することはできないというべきである。また,上記②の点についても,出血量が少量であったと推測されることや証人B医師が,シルビウス裂に比べて鞍上槽は血腫があっても髄液により洗い流されやすいと証言していることなどからすれば,1月19日及び21日のCT写真において,鞍上槽に出血所見が認められないことをもって,直ちに原告がくも膜下出血を発症していたことを否定することはできない。 以上のとおり,臨床症状やCT所見だけでは,くも膜下出血,髄膜炎のいずれであるとも断定できないが,前記1( )イ及びエ(ア)認定のとおり, 1月19日及び21日に実施された髄液検査結果において認められたキサントクロミーは,前記ア(エ)のとおり,くも膜下出血を疑わせる重要な徴表であるというべきである。 これに対し,被告は,上記所見は1月19日に行った腰椎穿刺の際のトラウマティックタップによるものであると主張するところ,証人A医師もそれに沿う証言をし,文献(乙B13)には,出血後2ないし3時- 36 -間後より,赤血球の崩壊により生ずるビリルビンのため黄色となる旨記載されていることが認められる。 しかし,他方,鑑定人は,赤血球の崩壊は出血後2ないし3時間経過後から起こると言われているが,実際の臨床では,出血から数日間は血性髄液のために赤色調が主であり,出血から4,5日以降にキサントクロミーとなってくることが多いとしており,証人B医師も同旨の証言をしている。また,別の文献(甲B3)には,赤血球が髄液中に出ると溶血し,出血後2時間ほどして赤色のオキシヘモグロビンが髄液の上清液に見られ,3ないし4日すると黄褐色のビリルビンが出現し始めると記載されて る。また,別の文献(甲B3)には,赤血球が髄液中に出ると溶血し,出血後2時間ほどして赤色のオキシヘモグロビンが髄液の上清液に見られ,3ないし4日すると黄褐色のビリルビンが出現し始めると記載されていることが認められ,上記文献(乙B13)においても,ビリルビンによる黄色は1週間くらいでピークになる旨記載されている。 以上によれば,出血後2ないし3時間経過した後より,赤血球の崩壊が始まるとしても,色調は赤色から徐々に黄色になっていくものと考えられるところ,1月19日に実施した髄液検査は,病院外の検査会社に委託して実施されているが,A医師が証言するとおり,2,3時間後,少なくとも同日中には検査が実施されているものと推認されることからすれば,検査によって認められたキサントクロミーは,トラウマティックタップによるよりも同月13日ころに発生したくも膜下出血によるものと認めるのが相当である。また,同月21日に実施された髄液検査で,キサントクロミーが認められた点について,B医師は,トラウマティックタップによる出血が少量であれば,2日経過すると,透明に戻っている可能性がある旨証言している。 また,被告は,1月19日,21日及び2月1日に実施された髄液検査結果において認められた細胞成分の割合が大きく変動していること及び赤血球と白血球との割合等が血液中における割合とは異なっていることから,上記髄液検査結果は,くも膜下出血により血液が混入した髄液- 37 -の所見であるとは認められないと主張するが,前記ア(ウ)のとおり,くも膜下出血においても,髄液中にリンパ球を中心とする白血球が混入したり,出血に対する炎症反応により髄液細胞数の割合が変動することもあり得るとされていること,2月1日に実施された髄液検査においてキサントクロミーが認められてないことからも明ら 心とする白血球が混入したり,出血に対する炎症反応により髄液細胞数の割合が変動することもあり得るとされていること,2月1日に実施された髄液検査においてキサントクロミーが認められてないことからも明らかなように,出血量が少量であったこともあって時間的経過により細胞成分等の割合が変動することはあり得ること,また,1月20日にステロイド剤であるリンデロンが1日3回投与されているところ,ステロイド剤の副作用として好中球数増多,リンパ球減少という副作用があること(甲B4ないし6)からすれば,これにより修飾された可能性もあること(証人B)等に照らすと,被告が主張する上記髄液検査結果は,必ずしもくも膜下出血を否定する根拠とはなり得ないというべきである。 そして,前記1( )によれば,原告は2月9日の時点において極めて 重篤な程度のくも膜下出血を発症しているところ,前記第4の基礎となる医学的知見1によれば,このことは,それ以前の近接した時点において原告がくも膜下出血を発症していたことがあったとしても矛盾するものではなく,また,同日に破裂動脈瘤クリッピング術を行ったB医師は,同手術の際,視神経の周囲についてやや褐色を帯びた所見を認め,以前に出血があった可能性があると考えたというのである。 なお,被告は,被告病院での経過中に一旦頭痛が消失し,髄液検査が水様透明となり白血球数も著明に改善したことは,くも膜下出血の症状,経過としてはあり得ないと主張するが,前述したとおり,原告の臨床症状の程度は典型的なくも膜下出血に比べれば軽度であり,出血量も少量であったと推測されるのであり,鑑定人も髄液検査が水様透明となっていることは1月13日ころに発生したくも膜下出血の経過として矛盾しないとの鑑定意見を述べていることからすれば,くも膜下出血の症状,- 38 -経過と るのであり,鑑定人も髄液検査が水様透明となっていることは1月13日ころに発生したくも膜下出血の経過として矛盾しないとの鑑定意見を述べていることからすれば,くも膜下出血の症状,- 38 -経過としてあり得ないとはいえず,被告の上記主張は採用できない。 ウ以上述べたことに加え,いずれも脳神経外科医である証人B医師の証言及び鑑定人の鑑定意見を併せ考慮すると,原告は,被告病院を受診した1月19日の時点において,くも膜下出血を発症していたものと認められるというべきであり,これを否定する被告の主張はいずれも理由がない。 ( ) 被告病院の担当医師の過失の有無について 次に,上記( )ウのとおり,被告病院を受診した時点において原告がくも 膜下出血を発症していたことを前提として,被告病院の担当医師に過失が認められるかどうかを検討する。 ア(ア) 前記1( ),( )認定の事実によれば,原告が被告病院に入院する1 月19日までの臨床症状,検査結果,診療経過等の概要は,以下のとおりである。 ①原告は,1月13日ころ両側眼窩を中心とした拍動性頭痛が出現し,翌14日ころより発熱したことから,近医の城クリニックを受診したところ,同クリニックの医師は,血液検査の結果炎症反応が見られたことや頸部硬直も認められたことなどから髄膜炎を疑い,被告病院宛の診療情報提供書にもその旨記載した。 ②原告は,同月19日,被告病院救急内科を受診し,C医師の診察を受けたところ,同医師は,上記診療情報提供書や原告の臨床症状等から,髄膜炎を疑い,緊急血液検査及び頭部単純CT撮影検査を指示した上,原告を入院させることにした。 ③原告は,同日午後,被告病院の内科病棟に入院し,当直医で内科医であるD医師の診察を受けた。同医師は,原告に対する問診及び城クリニックの診療情報提 検査を指示した上,原告を入院させることにした。 ③原告は,同日午後,被告病院の内科病棟に入院し,当直医で内科医であるD医師の診察を受けた。同医師は,原告に対する問診及び城クリニックの診療情報提供書等から,それまでの症状経過,検査結果及び治療経過等,さらには,髄膜炎の疑いで紹介されてきた患- 39 -者であること等を把握した上で診察したところ,頸部硬直が認められたこと,そして,上記緊急血液検査の結果については炎症所見が認められると,上記頭部単純CT写真については出血を疑わせる所見は認められないとそれぞれ判断し,また,髄液検査については,その詳細な検査結果は,後日報告されたため,この時点では把握しておらず,肉眼的所見だけであったが,それが淡血性であったことについては,髄液検査に手間取ったことにより出血したもので,いわゆるトラウマティックタップによるものと判断したものであり,同医師は,これらを総合して,髄膜炎を疑い,髄膜炎の治療として抗生物質及び抗ウイルス剤を投与した。 (イ) 以上のとおり,被告病院の医師は,1月19日の時点において,もっぱら髄膜炎を疑い,くも膜下出血は積極的には疑っていなかったものであるが,前記( )の認定判断のとおり,原告が同月13日ころに 頭痛を発症して以降の臨床症状は,いずれもくも膜下出血及び髄膜炎に共通する非特異的な症状である上,頭痛の程度は,典型的なくも膜下出血における症状の程度と比較すれば軽度であると認められ,他方で,発熱という一般的にはくも膜下出血における典型的な臨床症状であるとはされていない症状も認められていたこと,血液検査で炎症所見が認められたこと,同月19日のCT写真(乙A4の1)には,くも膜下腔に明白な高吸収域,すなわち出血を疑わせる所見は認められていないこと,また,髄液検査の肉眼的所 られていたこと,血液検査で炎症所見が認められたこと,同月19日のCT写真(乙A4の1)には,くも膜下腔に明白な高吸収域,すなわち出血を疑わせる所見は認められていないこと,また,髄液検査の肉眼的所見で淡血性であったことについて,D医師が,髄液検査の際に手間取り少量の出血があったことからトラウマティックタップによるものと判断したことは,その時点において詳細な検査結果が報告されておらず,肉眼的所見だけであったことからすれば,その時点における判断としてはあながち不合理な判断とはいえないこと,原告の当時の年齢は28歳とくも膜下出血の- 40 -好発年代ではなかったこと等を総合考慮すると,同月19日の時点で,一般内科医が,もっぱら髄膜炎を疑ったとしても無理からぬことというべきであり,積極的にくも膜下出血を疑って鑑別診断を進めるべき義務があったとまでは認められない。 したがって,同月19日の時点において,被告病院の医師に過失があったとは認められない。 なお,証人B医師は,1月19日のCT写真にくも膜下出血を疑わせる所見がある旨証言するが,同医師自身,脳神経外科医が注意深く読影すれば分かる程度の微妙な所見である旨証言していることや,同医師が,三島救急センターにおいて,原告のくも膜下出血の手術をし,動脈瘤の部位,出血箇所及びその周辺の状況を確認した上での証言であることをも考慮すれば,一般内科医が,積極的にくも膜下出血を疑うべき状況にない中で,上記所見に気付かなかったからといって過失があるとはいえず,証人B医師の上記証言は,上記判断を左右するものではない。 イ次に,前記1( )認定の事実によれば,1月21日以降は,神経内科 医のA医師が,主治医として原告の診療を担当することとなったが,同医師も,各種神経学的検査の結果,血液検査の結果,CT検査 。 イ次に,前記1( )認定の事実によれば,1月21日以降は,神経内科 医のA医師が,主治医として原告の診療を担当することとなったが,同医師も,各種神経学的検査の結果,血液検査の結果,CT検査の結果,それまでの原告の臨床症状,同月19日及び21日に実施した髄液検査において,髄液細胞数が増多していたこと等から髄膜炎と診断したものであり,髄液検査において,キサントクロミーが認められた点については,D医師から,同月19日に行われた髄液検査において,髄液採取に手間取り,出血があったと聞いていたので,同日の検査におけるキサントクロミーとの結果は,検査を外注に出したため,時間が経過し,トラウマティックタップによる血液が溶血したことにより生じたものであると考え,また,同月21日の検査結果におけるキサントクロミーも,1- 41 -9日の出血の影響が残っていたことによるものであると考え,くも膜下出血によるものとの疑いは持たなかったものである。 そこで検討するに,A医師が同月21日に実施した神経学的検査において,意識障害や知覚障害は認められなかったが,項部硬直及びケルニッヒ徴候の髄膜刺激症状が認められ,血液検査の結果で引き続き炎症所見が認められ,頭部CT検査で特記すべき異常所見が認められなかったことは,それまでに行われた検査結果と同様の所見であり,また,同月19日に実施された髄液検査において髄液細胞数が増多していたことが判明し,同月21日に実施した髄液検査においても,前回の検査に比べ減少したものの,依然として増多が見られたことは,前記( )の認定判 断に照らし,髄膜炎の診断に傾いたとしても不合理とはいえず,少なくとも,同医師が積極的にくも膜下出血を疑って鑑別診断を進めるべき義務を負うことを根拠付けるものとはいえない。 もっとも,前記( )イの 断に照らし,髄膜炎の診断に傾いたとしても不合理とはいえず,少なくとも,同医師が積極的にくも膜下出血を疑って鑑別診断を進めるべき義務を負うことを根拠付けるものとはいえない。 もっとも,前記( )イのとおり,1月19日のCT写真(乙A4の1) においては,シルビウス裂に相当する部分が十分に黒色には描出されておらず,脳実質部分と同程度の濃度(等吸収域)となっているのに対し,同月21日のCT写真(乙A4の2)においては,同月19日のCT写真と比べて,シルビウス裂に相当する部分の濃度が,わずかながら濃くなっている所見が認められるところ,証人B医師は,同月19日のCT写真と同月21日のCT写真を比べると,上記の相違が判明して,くも膜下出血を疑える旨証言している。 しかし,鑑定人は,1月19日のCT写真と同月21日のCT写真とを比較し,後に原告が大きなくも膜下出血を来した事実をも考慮に入れれば,19日のCT写真上シルビウス裂に血腫が存在した疑いはあるが,この両日のCT所見のみからくも膜下出血と診断するのは困難であるとしており,前述したとおり,B医師が脳神経外科医であり,実際に原告- 42 -の手術をして出血源等を現認した上での証言であることをも考慮すれば,上記各CT所見から,神経内科医であるA医師がくも膜下出血を疑うことは困難といわざるを得ない。 しかしながら,1月19日及び21日に実施された各髄液検査において,いずれもキサントクロミーが認められているところ,前記( )で認 定判断したとおり,これは,くも膜下出血を疑わせる重要な徴表であるというべきである。 これに対し,証人A医師は,上記のとおり,キサントクロミーは,くも膜下出血によるものではなく,トラウマティックタップによるものと判断したと証言するが,前記( )イで認定判断したとおり,キサ である。 これに対し,証人A医師は,上記のとおり,キサントクロミーは,くも膜下出血によるものではなく,トラウマティックタップによるものと判断したと証言するが,前記( )イで認定判断したとおり,キサントクロ ミーは,くも膜下出血によるものと認められる。 そして,A医師は,脳や脊髄領域における内科的疾患を日常的に取り扱う神経内科医であり,その証言内容を見ても,キサントクロミーがくも膜下出血を疑わせる重要な徴表であることは認識していたものと推認され,本件においても,くも膜下出血の疑いも持っていたというのであるから,くも膜下出血が当初軽度であっても再出血の確率が高く,生死に関わる重篤な疾患であることをも併せ考慮すると,1月19日及び21日の2回の髄液検査において,いずれもキサントクロミーという結果が出たことを認識した時点において,前記( )で認定判断したとおり, くも膜下出血を確実な根拠をもって否定する状況にはなかった以上,慎重にくも膜下出血の可能性も疑い,自らあるいは被告病院には脳神経外科医もいたのであるから(証人A医師),脳神経外科医に紹介するなどして,鑑別診断を進めるべきであったというべきである。 しかるに,A医師は,上記のとおり,キサントクロミーについてトラウマティックタップの影響によるものと速断し,髄膜炎と診断した結果,さらなる鑑別診断を進めることを怠り,くも膜下出血を見落とした過失- 43 -が認められるというべきである。 争点3(因果関係の有無)について前記第4の基礎となる医学的知見1及び本件鑑定結果によれば,A医師が,1月21日の時点で原告を脳神経外科医に紹介するなどしていれば,更にMRIやCTを用いた脳血管撮影検査が行われることにより,くも膜下出血及び脳動脈瘤の存在が確定的に診断されていた可能性は極めて高く,その 21日の時点で原告を脳神経外科医に紹介するなどしていれば,更にMRIやCTを用いた脳血管撮影検査が行われることにより,くも膜下出血及び脳動脈瘤の存在が確定的に診断されていた可能性は極めて高く,その場合,破裂脳動脈瘤に対し,早急にクリッピング術などの再破裂を予防するための処置がとられることとなるところ,同月21日の時点における原告の臨床症状がくも膜下出血としては軽度であったことをも考慮すれば,上記処置により2月9日に発症したような重篤なくも膜下出血を防止することができたことが認められる。 以上によれば,本件において,被告病院の担当医師の過失がなければ,原告に発症した後述の後遺障害が生じなかった高度の蓋然性が認められるというべきであるから,被告は,不法行為責任(使用者責任)に基づき,原告が被った後記損害を賠償すべき義務がある。 争点4(損害)について( ) 原告の後遺症の程度について 前記1( )及び2( )のとおり,原告は,1月13日ころに発症し,2月 9日に再出血を来したくも膜下出血により脳に著しい障害を受けた結果,左上下肢運動障害(神経麻痺,筋力低下)と診断され,平成15年9月30日に症状が固定したものと判断されたものであり,現在,原告は,生命維持に必要な身の回り処理の動作のうち,食事及び用便についてはおおむね単独で行うことができるが,入浴には介助が必要であり,歩行も装具を介助により装着してもらえば数歩程度歩行できるという程度であって,随時他人の介護を必要とする状態にあるものと認められる。 ( ) 損害額について - 44 -ア休業損害証拠(甲C3の1ないし3,原告本人)によれば,原告は,F株式会社に勤務し,給与所得を得ていたところ,直近の3か月間(92日間)である平成13年11月から平成14年1月に支給され -ア休業損害証拠(甲C3の1ないし3,原告本人)によれば,原告は,F株式会社に勤務し,給与所得を得ていたところ,直近の3か月間(92日間)である平成13年11月から平成14年1月に支給された給与の合計額は,65万4351円となるから,一日当たりの平均給与支給額は,7112円となるものと認められる。 そして,前記1( ),( )の事実及び弁論の全趣旨によれば,原告は, くも膜下出血を発症したことにより,平成14年1月19日から同年2月2日まで及び同月9日から平成15年11月29日までの間,合計674日間にわたる入院を余儀なくされた結果,就労して上記給与所得を得ることができなかったことが認められる。 原告は,平成14年1月19日から症状が固定した平成15年9月30日までの間の入院日数である614日間を休業期間として主張するが,まず,被告病院の担当医師に過失があったと認められる平成14年1月21日までの間については,相当因果関係が認められないというべきであるし,さらに,仮に1月21日の時点において被告病院の担当医師に前記2( )の過失がなく,原告に生じたくも膜下出血を発見できていた としても,原告は,脳動脈瘤に対するクリッピング術等の治療を受けるため,同日から30日間程度は入院していたものと推認されるから,かかる期間の休業については,被告病院の担当医師の上記過失との間に相当因果関係があるとは認められないというべきである。 したがって,被告病院の担当医師の上記過失との間に相当因果関係が認められる休業期間は,原告が主張する614日間から32日を減じた582日間となるものと認められる。 よって,被告病院の担当医師の過失との間に相当因果関係が認められる休業損害は,7112円に582日間を乗じた413万9184円と- 45 -なる 32日を減じた582日間となるものと認められる。 よって,被告病院の担当医師の過失との間に相当因果関係が認められる休業損害は,7112円に582日間を乗じた413万9184円と- 45 -なる。 イ逸失利益原告は,前記( )のとおり,脳障害に基づく左上下肢の高度の運動障 害により,随時介護を要するという後遺障害を負ったため,労働能力を100%喪失したものと認められること,弁論の全趣旨によれば,原告は,上記障害のため勤めていた会社を退職せざるを得なくなったことが認められること等を総合すると,かかる障害を負っていなければ原告が就労して得ることができたであろうと認められる逸失利益について,被告病院の担当医師の過失との間に相当因果関係が認められる。 そして,原告の直近の給与支給額は前記アのとおりであるところ,原告が事故当時28歳と若年であったこと等を考慮すれば,将来的に生涯を通じて,原告の症状が固定した年度である平成15年度の賃金センサス第1巻第1表産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・全年齢平均賃金を得られる高度の蓋然性があったと認められるというべきである。 したがって,原告において就労可能な期間であったと認められる67歳までに得られたであろう逸失利益は,原告主張の算定方式に従い,被告病院の担当医師に過失が認められる時点から,症状が固定するまでの期間及び原告が67歳になるまでの期間を,それぞれ2年間,39年間と見て,ライプニッツ方式により中間利息を控除すると(2年のライプニッツ係数は1.8594,39年のライプニッツ係数は17.0170),次の計算式のとおり,8303万4848円(円未満切捨て,以下同じ。)となるものと認められる。 計算式547万8100円×(17.0170-1.8594)≒8303万4848円ウ入院付添費 ),次の計算式のとおり,8303万4848円(円未満切捨て,以下同じ。)となるものと認められる。 計算式547万8100円×(17.0170-1.8594)≒8303万4848円ウ入院付添費原告は,前記アのとおり,674日間にわたる入院治療を受けていた- 46 -ものと認められるところ,証拠(甲A2,乙A1,2)及び弁論の全趣旨によれば,かかる期間にわたり原告の近親者の付添による介護を受けていたものと認められ,原告の上記後遺障害の部位,程度等に照らし,その必要性があるものと認められるから,かかる付添看護により原告に生じた損害は,被告病院担当医師の過失との間に相当因果関係が認められる。 そして,近親者による入院時の付添看護費としては,1日当たり6000円を認めるのが相当であるところ,前記アのとおり,被告病院の担当医師の過失との間に相当因果関係が認められる入院期間は,上記入院期間のうち,32日を減じた642日間であるというべきであるから,入院付添費の総額は,385万2000円となるものと認められる。 エ将来の介護費前記( )のとおり,原告は,随時他人の介護を要する状態であると認 められるところ,かかる介護に要する費用も,被告病院の担当医師の過失との間に相当因果関係が認められる損害に当たるというべきである。 そして,原告は平成15年11月29日の退院当時29歳であったところ,平成15年の簡易生命表によれば,29歳男性の平均余命は50. 19歳とされており,また,原告は独身者であることから,親族として主に介護に当たるのは両親となるものと想定されるところ,両親のいずれもが67歳となった以降(弁論の全趣旨によれば,原告の母〔昭和22年12月9日生〕が67歳となる平成26年以降であると認められる。)については,両親による介護を期待する 定されるところ,両親のいずれもが67歳となった以降(弁論の全趣旨によれば,原告の母〔昭和22年12月9日生〕が67歳となる平成26年以降であると認められる。)については,両親による介護を期待することができないというべきであるから,職業付添人による介護が必要となるものと認められる。 そして,かかる介護費用としては,前記( )で認定したような原告の 後遺障害の部位,程度等に鑑みれば,両親による介護費用については1日当たり4000円,職業付添人による介護費用については1日当たり- 47 -7000円が相当であると認められる。 したがって,前記イ同様に,原告主張の算定方式に従い,被告病院の担当医師に過失が認められる時点から,原告が退院するまでの期間,原告の母が67歳になるまでの期間及び原告が79歳になるまでの期間を,それぞれ2年間,13年間,51年間と見て,ライプニッツ方式により中間利息を控除すると(13年のライプニッツ係数は9.3935,51年のライプニッツ係数は18.3389),次の計算式のとおり,3385万5283円となるものと認められる。 計算式4000円×365日×(9.3935-1.8594)+7000円×365日×(18.3389-9.3935)=3385万5283円なお,被告は,介護保険制度を利用すれば,月額4万円以下の負担で35万8300円相当の介護サービスが受けられるから,かかる額を基準として将来の介護費用を算定すべきであると主張するが,原告が,将来介護保険の被保険者資格を取得したとしても,被告が主張するような負担で,主張どおりの保険給付を受給できる高度の蓋然性があることを認めるに足りる証拠はないから,被告の上記主張は採用できない。 オ入院慰謝料原告は,前記アのとおり,674日間入院していたものであるが,前述 張どおりの保険給付を受給できる高度の蓋然性があることを認めるに足りる証拠はないから,被告の上記主張は採用できない。 オ入院慰謝料原告は,前記アのとおり,674日間入院していたものであるが,前述したとおり,このうち被告病院の担当医師の過失との間に相当因果関係の認められる入院期間は642日間であり,前記1( )のような入院 時における原告の病状の程度等を考慮すれば,かかる入院に対する慰謝料としては,420万円が相当であると認められる。 なお,被告は,死亡や重度障害の場合の慰謝料には,入院慰謝料分が包含されていると考えるべきであると主張する。 しかしながら,本件において,原告は,前記1( )のとおり,当初は - 48 -まさに生死をさまようほどの重篤な状態にあったため,数度の開頭手術を受けており,意識を回復した後においても,社会復帰を目指してリハビリを受けるなどしていたのであり,かかる入院生活を通じて原告が被った肉体的・精神的苦痛は,後遺障害自体から生じる肉体的・精神的苦痛とは別個に評価すべきものであるから,被告の上記主張は理由がない。 カ後遺症慰謝料前記( )のとおりの原告に生じた後遺症の部位,程度のほか,原告が くも膜下出血を発症した当時,28歳と若年であったこと,上記後遺症を生じた結果,勤めていた会社を退職せざるを得なくなったことなどの諸事情を考慮すれば,かかる原告の精神的苦痛を慰謝するための後遺症慰謝料としては,2400万円が相当であると認められる。 キ弁護士費用本件事案の内容,審理の経過,認容額等を考慮すると,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,600万円を相当と認める。 ( ) まとめ したがって,被告は,原告に対し,不法行為(使用者責任)に基づき,上記合計額1億5908万1315円及びこれ 為と相当因果関係のある弁護士費用としては,600万円を相当と認める。 ( ) まとめ したがって,被告は,原告に対し,不法行為(使用者責任)に基づき,上記合計額1億5908万1315円及びこれに対する不法行為後の平成14年2月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うというべきである。 なお,原告は,予備的に債務不履行による損害賠償をも請求しているが,それによる損害賠償額については,上記4で認定した不法行為による損害賠償額を超えることはないものと認められるから,上記不法行為による認容額を超える部分の請求については,これを棄却することとする。 第8結語以上によれば,原告の被告に対する請求は,主位的請求のうち1億590- 49 -8万1315円及びこれに対する平成14年2月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第19民事部裁判長裁判官角隆博裁判官大森直哉裁判官岩田絵理子

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