主文 被告人を懲役4年に処する。 未決勾留日数中510日をその刑に算入する。 理由 (犯罪事実) 被告人は、令和4年11月5日午後6時頃、群馬県桐生市a 町b 丁目c 番地のd 被告人方において、B(当時78歳)に対し、その頭部を瓶で1回殴り、その両腕をつかんで転倒させ、その顔面を拳で複数回殴り、更にその左耳付近を前記瓶で1回殴るなどの暴行を加え、よって、同人に脳実質内出血、脳挫傷、くも膜下出血等の傷害を負わせ、脳浮腫を進行させ、同月9日頃、同所において、同人を前記傷害に基づく低 体温症により死亡させた。 (事実認定の補足説明)第1 争点関係証拠によれば、令和4年11月5日午後6時頃、被告人方において、被告人が実父である被害者に暴行を加え、同人が傷害を負ったこと、同人が脳実質内 出血、脳挫傷、くも膜下出血等からなる頭蓋内損傷(以下「本件頭蓋内損傷」という)を負い、脳浮腫が進行し、同月9日頃、同所において、同人が前記傷害に基づく低体温症により死亡したことがそれぞれ認められ、それらのことについては争いもない。 他方、弁護人は、被告人が被害者に加えた暴行の程度は軽度なものであり、同 暴行によって本件頭蓋内損傷は生じておらず、同暴行と被害者の死亡との間には因果関係がないから、被告人には傷害罪が成立するに留まる旨主張している。 第2 前提事実関係証拠によれば、次のことが認められる。 1 被告人は、平成28年頃から、被告人方において、被害者と二人で生活をして いた。被告人方は、木造2階建ての一般住宅であり、1階南側寝室が被害者居室 となっていて、同室にはこたつやベッド等が設置されていた。 2 被害者は、令和4年8月頃、肺気腫と診断され、医師からたばこを は、木造2階建ての一般住宅であり、1階南側寝室が被害者居室 となっていて、同室にはこたつやベッド等が設置されていた。 2 被害者は、令和4年8月頃、肺気腫と診断され、医師からたばこを絶対に吸わないよう指示されて、被告人からも同様の注意を繰り返し受けていたが、被告人に隠れてたばこを吸うなどして、被告人の注意に従っていなかった。 3 同年11月5日午後6時頃、被告人は、被害者居室において、こたつを挟んで 被害者と向かい合って座り、喫煙等に関して被害者に注意をしたが、被害者は、被告人の言うことを無視するような態度を示し、何も話さなかった。そのため、被告人が被害者の顎を右手でつかんで左右に揺すると、被害者は、こたつの上に置いてあったインスタントコーヒーの瓶を手でつかみ、被告人の体に向かって投げ付けた。その後、被告人は、被害者に対して暴行を加えた。 4 被告人は、同月6日午後2時27分頃、実姉の夫に電話して、「土曜の夜に殴ったら血が出た」などと話し、同日午後2時30分頃、同人に対し、「親が死ぬのを覚悟してってこと!」とのLINEメッセージを送信した(なお、同月5日は土曜日であった)。 5 被告人は、同月8日午前11時27分頃、実姉に対し、「殴ったらおかしくなっ てしまった。何も分からない感じ。」とのLINEメッセージを送信した。実姉の夫は、同日午後3時頃、被害者の様子を見るために被告人方を訪れたところ、被害者と会話をしても、いつもと変わった様子はなかったが、被害者の首の辺りが紫色に変色していたり、左耳に血が乾燥した跡があったりすることに気が付いた。 6 被告人は、同月9日午前9時13分頃、被害者が死亡したことを実姉の夫に電 話で伝え、同日午前9時17分頃、119番通報した。同日午前9時22分頃、救急 跡があったりすることに気が付いた。 6 被告人は、同月9日午前9時13分頃、被害者が死亡したことを実姉の夫に電 話で伝え、同日午前9時17分頃、119番通報した。同日午前9時22分頃、救急隊が被告人方に到着して、被害者居室で仰向けに倒れている被害者を発見し、被害者が死亡していることを確認した。 7 同月11日、医師Cによって、被害者の司法解剖が行われた。 第3 被害者の負傷状況、死亡の機序等について 被害者の負傷状況、死亡の機序等については、C医師の公判供述及び捜査報告 書(甲20、22)において、次のように説明されている(その説明内容は、現に司法解剖を行ったC医師の専門的知見に基づく合理的なものと認められ、十分信用できる)。 1 負傷状況等司法解剖時、被害者には、本件頭蓋内損傷のほか、外部損傷として、頭部挫創、 左耳介裂創、頬部・顎部・胸骨部上部にかけての皮下出血等が認められた。被害者には、既往症として、左右硬膜下に慢性硬膜下血腫も認められた。 2 本件頭蓋内損傷発生後の被害者死亡までの機序被害者は、慢性硬膜下血腫により脳への圧迫が生じている状態で、本件頭蓋内損傷が生じた結果、脳浮腫が進行して、意識障害が生じ、低体温症に陥って死亡 した。被害者の死亡結果への影響が大きかった損傷は、本件頭蓋内損傷のうちの脳実質内出血であった。 3 本件頭蓋内損傷の発生原因 被害者の脳について病理組織学検査を実施した結果、頭部に外力が生じた痕跡として、脳梁に顕微鏡的規模の断裂、その周囲に出血及び退縮球、左右後頭 葉白質内に裂創、その周囲に出血が認められた。また、被害者の頭部・顔面に見られた外傷と頭蓋内損傷との間に、その生成部位・時期に矛盾はなかった。 他方、病気による出 囲に出血及び退縮球、左右後頭 葉白質内に裂創、その周囲に出血が認められた。また、被害者の頭部・顔面に見られた外傷と頭蓋内損傷との間に、その生成部位・時期に矛盾はなかった。 他方、病気による出血等をうかがわせる所見や痕跡は認められなかった。これらのことからすると、本件頭蓋内損傷は、外力の作用によって発生したものと考えられる。 被害者の脳実質内出血については、脳の外側は比較的きれいであるのにもかかわらず、脳の深部に生じていたことからすると、頭部に回転性の外力が加わり、脳が頭蓋内で揺さぶられたことによって脳の深部がずれ、脳そのものが裂けるとともに、血管が切れて生じたものということが一番考えやすい。また、頭部を打ち付けて脳挫傷が生じた場合、打ち付けた側に生じる脳挫傷に加え、 脳が動いて、反対側にも脳挫傷が生じるが、被害者には、反対側の損傷と考え られる脳挫傷は認められなかった。これらのことからすれば、被害者の脳実質内出血及び脳挫傷は、被害者の頭部に回転性の外力が加わったために生じたものと考えられる。 さらに、被害者の頬部・顎部・胸骨部上部にかけて広く認められる皮下出血は、両頬から顎にかけての部位に強い外力が作用して生じたものと想定できる。 これらの負傷状況は、被害者の両頬を左右の拳で数回殴ったとする暴行態様(後記第4の1)とよく整合する。 回転性の外力は、頭部が頸椎を支点として回転性に加速ないし減速することにより生じるものであり、車両にはねられた交通事故、高所からの転落、他者からの殴打によっては生じるが、単純な同一平面上の転倒では生じない。被害 者の脳実質内出血及び脳挫傷の特徴からして、それらの損傷が被害者が自己転倒したために生じたと考えることは極めて困難である。 打によっては生じるが、単純な同一平面上の転倒では生じない。被害 者の脳実質内出血及び脳挫傷の特徴からして、それらの損傷が被害者が自己転倒したために生じたと考えることは極めて困難である。 被害者の左側頭部の外傷性くも膜下出血は、頭部への鈍的外力作用によって生じたものと考えられる。同外傷性くも膜下出血は、被害者の左耳付近を瓶で殴ったとき(後記第4の1)に生じたとして矛盾はないが、被害者の顔面を 拳で殴ったとき(後記第4の1)に生じた可能性もある。 第4 暴行態様等に関する被告人の供述内容 1 捜査段階の供述被告人は、令和4年11月11日及び同月25日に行われた検察官による取調べにおいて、自身が同月5日に被害者に加えた暴行の態様等について、要旨、次 のように供述している(同月18日に行われた犯行状況の再現時にも同旨の指示説明をしている)。 被害者がインスタントコーヒーの瓶を投げたことに驚くとともに、頭にきたので、その瓶で被害者の頭を小突こうと思い、瓶を左手に持って被害者の頭辺りに向かって振り上げたところ、被害者が急に立ち上がろうとしたため、瓶が 被害者の額辺りに強く当たった。 その後、立ち上がり、被害者の両腕をつかんだままこたつを回り込んで、腕の力だけで被害者をその場に押し倒し、仰向けに倒れた被害者の両頬を左右の拳で合計3、4回殴った。 その後、やり過ぎたと思って被害者から離れたが、インスタントコーヒーの瓶が目に入ったため、被害者に瓶が当たることの痛みを分からせ、その危険性 を教えようと思い、瓶を被害者の左頬をめがけて振ったところ、被害者が立ち上ろうとして被害者の頭が前に出たため、瓶が被害者の左耳の辺りにかなり強く当たり、被害者の左耳の辺りに血が出る その危険性 を教えようと思い、瓶を被害者の左頬をめがけて振ったところ、被害者が立ち上ろうとして被害者の頭が前に出たため、瓶が被害者の左耳の辺りにかなり強く当たり、被害者の左耳の辺りに血が出るほどの傷ができた。 2 公判供述他方、被告人は、公判廷において、その暴行態様について、大筋では前記1と 同旨の供述をしているが、①前記1のインスタントコーヒーの瓶が1回目に当たった点については、被害者に瓶を示そうと思い、瓶を持った手を前に伸ばしたところ、被害者が立とうとして頭を前に出してきたため、瓶が被害者の頭にぶつかってしまった、②前記1の被害者の両頬を殴った点については、手を軽く握って横に振り、手の内側で3回たたいたところ、1回目は右手が被害者の左頬骨 の下付近をかすり、2回目は左手が被害者の右頬に、3回目は右手が被害者の左頬にそれぞれ当たり、被害者の頭がそれぞれ30度くらい振れたが、力は加減していた、③前記1のインスタントコーヒーの瓶が2回目に当たった点については、瓶を勢いよく振って被害者の頬の手前で止め、その後ゆっくり頬を軽くたたこうとしたところ、被害者が立ち上がって頭が近付いてきたので、慌てて手をひ ねって勢いよく自分のほうに瓶を引いたため、瓶が被害者の耳に当たって切れてしまった旨の供述内容になっている。 第5 検討 1 前記第3の3で説示したところからすると、本件頭蓋内損傷のうち、脳実質内出血及び脳挫傷については、前記第4の1の被告人の殴打行為によって、左側 頭部の外傷性くも膜下出血については、前記第4の1又はの被告人の殴打行 為によってそれぞれ生じたものと考えるのが合理的である。 そして、本件頭蓋内損傷の原因となり得る暴行を、第三者が加えたり、被告人自身が ては、前記第4の1又はの被告人の殴打行 為によってそれぞれ生じたものと考えるのが合理的である。 そして、本件頭蓋内損傷の原因となり得る暴行を、第三者が加えたり、被告人自身が前記第2の3の暴行以外の機会に加えたりしたことをうかがわせる事情は見当たらず、被告人自身、公判廷において、それらの可能性については否定的な供述をしている(第1回公判被告人質問調書速記録33、34頁、第2回公判 被告人質問調書速記録42頁)。 2 被害者の脳実質内出血及び脳挫傷が、被害者が自己転倒したために生じたと考えることが極めて困難であることは、前記第3の3のとおりであるところ、弁護人は、被害者が何らかの原因でバランスを崩し、何かに打ち付けることなく頭部に回転性の外力が加わったことにより本件頭蓋内損傷が生じた可能性がある 旨主張する。 しかしながら、そのような回転性の外力発生の機序はにわかに想起し難く、弁護人によっても具体的な機序は提示されていない。そして、被害者がバランスを崩した結果、本件頭蓋内損傷が生じるほどの強い回転性の外力が被害者の身体に作用したのであれば、それに符合する本件頭蓋内損傷以外の負傷が被害者の身体 のいずれかの箇所(被害者の頭部か否かを問わない)に生じるのが自然かつ合理的といえるが、そのような負傷が生じたことをうかがわせる証拠はない。 したがって、弁護人の前記主張は採用できない。 3 被告人は、公判廷において、前記第4の2②のように、自身の拳による殴打行為が軽いものであったかのような供述をしている。 しかしながら、ⅰ)被害者の脳実質内出血及び脳挫傷が強い外力によって生じたものと考えられる上(前記第3の3)、当該殴打行為以外に被害者の脳実質内出血及び脳挫傷が生じた原因が見当た しかしながら、ⅰ)被害者の脳実質内出血及び脳挫傷が強い外力によって生じたものと考えられる上(前記第3の3)、当該殴打行為以外に被害者の脳実質内出血及び脳挫傷が生じた原因が見当たらないこと(前記1、2)、ⅱ)暴行後の実姉やその夫に対する被告人の言動(前記第2の4、5)は、被告人の被害者に対する暴行が軽いものであったこととそぐわないものであること、ⅲ)前記第4 の2①ないし③の公判供述は、いずれも、前記第4の1の捜査段階の供述に比べ て、各暴行内容の悪質性を減じ得るものとなっているが、そのような供述内容の変遷の理由について説得的な説明はなされていない上、第4の2③における被告人の動作がいささか不自然なものとなっていることからすれば、前記第4の2①ないし③の公判供述中、前記第4の1の捜査段階の供述に反する部分は信用できない。 なお、弁護人は、仰向けに倒れた被害者の左側に中腰で立った状態でその両頬を殴った場合には(甲21の写真16ない22参照)、被害者の頭部に左右対称の脳挫傷(甲22の添付資料8、9頁参照)が発生しない可能性がある旨主張するが、被告人と被害者の態勢や被告人の殴り方によっては、左右対称の脳挫傷が生じても特に不自然とはいえないし、そもそも被害者に生じた脳挫傷が完全に左 右対称であるわけでもないから、弁護人の同主張は採用できない。 4 以上からすれば、本件頭蓋内損傷は、前記第4の1ないしの被告人の被害者に対する暴行によって生じたものと推認され、同推認を覆す事情も見当たらない。 第6 結論 よって、本件頭蓋内損傷は、被告人の暴行によって生じたものであり、同暴行と被害者の死亡との間には因果関係があると認められるから、被告人には判示のとおりの傷害致死罪が成立する。 結論 よって、本件頭蓋内損傷は、被告人の暴行によって生じたものであり、同暴行と被害者の死亡との間には因果関係があると認められるから、被告人には判示のとおりの傷害致死罪が成立する。 (法令の適用)罰条刑法205条 未決勾留日数の算入刑法21条訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書(量刑の理由) 1 本件は、被告人が、同居していた実父に暴行を加えて死亡させたという傷害致死の事案である。 2 被告人は、高齢で自身よりかなり小柄な被害者に対し、頭蓋内損傷を生じさせる ほどの強度の暴行に及んでいる。当該暴行が直ちに被害者を死亡させる程度のものでなかったことや、被害者の死亡に既往症である慢性硬膜下血腫も寄与していることを踏まえても、被告人の行為態様自体、危険性の高い悪質なものであったといえる。もとより被害者が死亡した結果は極めて重大である。 被告人は、被害者の健康を気遣い、被害者の食事に配慮したり、被害者の喫煙を 注意したりしていたところ、前記「事実認定の補足説明」第2の3のとおり、被害者が被告人の注意に従わないことを契機として本件犯行に及んだものであり、そこに至るまでの被告人の心情等には酌むべきものがある。しかしながら、健康を気遣っていた相手の反抗的な態度に暴力を振るって応じるなどといったことは本末転倒というほかなく、被告人が本件犯行に及んだこと自体については、それ相応の非 難をしなければならない。 被告人において、本件犯行後、被害者が出血するほどに負傷し、認知機能にも異常が感じられた状況の下、実姉やその夫に連絡をしただけで、被害者を自ら病院に連れて行くなどの措置を講じなかった点も芳しいことではない。 3 その他量刑上考慮し得る一般情 ほどに負傷し、認知機能にも異常が感じられた状況の下、実姉やその夫に連絡をしただけで、被害者を自ら病院に連れて行くなどの措置を講じなかった点も芳しいことではない。 3 その他量刑上考慮し得る一般情状として、被告人が、被害者に暴行を加えて傷害 を負わせたこと自体は認め、それに応じた反省の態度は示していること、被告人に見るべき前科がないことなどが指摘できる。 4 そこで、以上の情状を考慮し、親を被害者とする傷害致死事案の量刑傾向も参照して検討した結果、被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。 (求刑-懲役7年) 令和6年7月18日前橋地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官橋本健 裁判官柴田裕美 裁判官藤井貴洋
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