【DRY-RUN】主 文 本件控訴は之を棄却する。 理 由 検察官の控訴趣意は本判決末尾添附の検察官検事宮本彦仙作成名義の控訴趣意書 記載のとおりでおるから之について判断する。
主文 本件控訴は之を棄却する。 理由 検察官の控訴趣意は本判決末尾添附の検察官検事宮本彦仙作成名義の控訴趣意書記載のとおりでおるから之について判断する。(原判決の理由にはA及びBに対する各判決の理由をも援用しているから、これをも包合するものとして判断する。)一、 第一点の一及び第二点について。 先ず、被告人の本件行為が捜査官の言動と因果関係あるものなりや否や(控訴趣意書第一点の一、の部分)につき按ずるに被告人に対する原判決の理由自体中に引用の各証拠竝びに同理由に引用せる原審分離前の被告人Aに対する判決中無罪部分の判断理由に引用の各証拠を綜合すれば、右両判決の理由に説示の如く、初め昭和二五年九月頃右Aがその友人Cから自分は多量の生阿片のあるを知つているが、買受ける人を見付けてもらいたい旨話しかけられた事実を知つたDが警察当局を介してE勤務の某刑事並びに同F及び同Gにその旨密告し、関係官等と打合せの上、右生阿片等を真実買受ける者あるが如く仮装して右C、A両名その他関係者一味を検挙する計画を樹て之により第一段としてDより右両名に対し自分は阿片の買受希望者を知るにつき、その取引に斡旋されたい旨申入れ而してF及びG両職員をその買受希望者の代理役を装はして交渉に当る者なりとして紹介し且つA等において多量の阿片を買受させてくれるなら、Aの渇望する事業資金三十万円をも融通する用意ある旨を屡々申入れるなど甘言を用いて同人等を誘導したが、間もなくCは取引斡旋の熱意薄らぐをみるや、Aに対し若し生阿片が入手困難なら他種の麻薬でもよいから斡旋を頼む旨申入れ、なお右金融の申出も繰返したので、AはF、G及びD等の言を総て真意に出ずるものと信用した結果同年十月上旬中当時他人を介して知合つた被告人Hに対し麻薬を大量にほし 麻薬でもよいから斡旋を頼む旨申入れ、なお右金融の申出も繰返したので、AはF、G及びD等の言を総て真意に出ずるものと信用した結果同年十月上旬中当時他人を介して知合つた被告人Hに対し麻薬を大量にほしいから世話して貰いたい旨依頼したため、被告人は前記のような詭計あるとはつゆ知らず之を真意の申入れと解し、一両日後知人たる原審分離前の相被告人Iに交渉して同人から本件麻薬(塩酸モルヒネ注約六c.c.入四〇箇)を預かり同月十日過頃Aに交付したが、同月十七日頃Aから数量が不足なりとの理由で返却されたので被告人も亦渡辺に返戻したところ、同月十九日午前中Aがやはり前の品物でよいから引取る旨申すので、被告人は再び渡辺から麻薬を受取り同日午後一時頃之を携えて原判示のA方に到り同人に之を渡したが、同日午後六時頃Aと共に被告人方に来た捜査官たる前記某刑事から右麻薬の約定代金と称する金員を受取つた途端に麻薬所持罪の廉で検挙されたことを認めることができる。従つて、被告人の右所為は結局前記捜査官及びその協力者(いわゆる「おとり」)たるD等の企図する仮装的策謀(いわゆる詐術)によつて操縦された上捜査官所期の検挙に至つたものなること原判決に謂うとおりである。所論は、前記の如く操縦の衡に当つたDにおいて阿片が入手難のときは他の麻薬を探してくれと申入れたことや三十万円融資の用意ある旨申入れたこと等は全然同人独自の意思によるもので捜査当局の計画外の処置であるから、これより捜査官の企画と被告人の前記麻薬携帯所為とは因果関係が中断されている旨主張するのであゐが、前叙各証拠を綜合すれば、右捜査当局は要するに麻薬所持の形態を露呈する者を出現させて之を検挙する方針をたて、その方法として麻薬買受希望者ある故その取引に尽力せられたい旨仮装の事実を被告人等に申向け同人等の利慾心をそそり之によ 捜査当局は要するに麻薬所持の形態を露呈する者を出現させて之を検挙する方針をたて、その方法として麻薬買受希望者ある故その取引に尽力せられたい旨仮装の事実を被告人等に申向け同人等の利慾心をそそり之により実際麻薬関係者の行動を起すを待つて検挙することの大綱は定めたが、その具体的詳細についでは協力者たるDに対しても逐一指定制限することなく同人の適宜取計らうところに委託した結果同人が右目的達成の手段として右の如き各種の申入れをも行つて犯意なき被告人等を麻薬取締に誘導すべく努力したものなることを推認するに十分であるから、これにより捜査当局の計画実施の被告人の前記行動との間には因果関係は始終連絡して中断される筋合のものではないと解するを相当とする。そこで進んで、被告人が右の如くA方に麻薬を携帯したことが麻薬取締法にいわゆる「所持」に該当するや否や(控訴趣意第二点の部分)を審究するに、所論は要するに麻薬所持罪はいわゆる抽象的危殆犯の一種に属し個々の場合には何らの危険が発生しないが大量現象としてみれば経験的に重大な危険又は侵害が伴うため法律が一様に禁止しているものであり、具体的な各所持の場合には危険の実在すると否とに拘らず成立する。故に本件の場合にも被告人の所為は実際上之により法益侵害の危険ありしや否やを問うまでもなく、苟くも法定の除外事由なくして前記麻薬を携えてA方に到つた以上同所における所持罪は成立する旨主張するものである。惟うに、本来麻薬の所持及び譲渡等を法律により制限する所以は、之を放置するにおいては、これらの所為により結局麻薬がその行為者その他不特定多数の者の放恣不適当なる使用に供せられ、その結果それら使用者の身心に極めて有害な作用をなし延いて之に関聯ある社会生活の諸方面に有形無形幾多の悪影響を招来する危険があるとこころから、麻薬の斯る性 定多数の者の放恣不適当なる使用に供せられ、その結果それら使用者の身心に極めて有害な作用をなし延いて之に関聯ある社会生活の諸方面に有形無形幾多の悪影響を招来する危険があるとこころから、麻薬の斯る性能に着眼しその濫用による被害を未然に防止するために具体的危険性の有無及び程度を問わず一律に制限を加えんとするにある。 従つて既に禁止ある以上之に反する各個の所為については特に具体的危険性の如何に拘らず斉しく取締の対象となすべきことは所論のとおりである。然し、これと趣を異にし、外形的には禁止行為に近似していても、その行為の本質上抽象的にも具体的にも斯る反社会的害悪発生の危険性を全然具有し得ない場合には、その行為者自身の主観的意思如何に拘らず客観的構成要件の欠缺により麻薬取締法の対象たる犯罪成立に至らずと解するを相当とする。 <要旨>而して之を本件について観るに、被告人は前記の如く原判示日時に麻薬を携帯してA方に到つたもの</要旨>であるから、同行動そのものを切り離して観察すれば一見普通の「所持」行為と異るところないものの如くであるが、一歩立入つてその行動の本質性格を検討すれば、それは抑々の発端から専ら検挙のために画かれた捜査官の企図(いわゆる詐術)に乗つて動き出し既に同様術策に陥つているAの言を有りのまゝ信じ、そのためIから本件麻薬を受つてA方に持込む行動を遂げ、その結果待ち構えた捜査当局によつて検挙されたのみで、いわば終始検挙そのもののために行動し尽したのである。行為者たる被告人自身はその麻薬につき普通の麻薬所持犯行の場合と異らざる意思はあつたにしても、現実に為すところは所持犯の場合に予想される危険性を生来的に欠いており、単に検挙網中において一名より麻薬を受取つて他の一名に伝達する機械的動作を為し、ひたすら捜査官の期待する検挙を受けるため ても、現実に為すところは所持犯の場合に予想される危険性を生来的に欠いており、単に検挙網中において一名より麻薬を受取つて他の一名に伝達する機械的動作を為し、ひたすら捜査官の期待する検挙を受けるための軌道を邁進する役割を演じたに過ぎない。換言すれば麻薬所持の犯行に疑似する形骸はあるが、犯罪行為としての核心たる反社会的危険性が存在しないこと原判決援用に係るBに対する判決理由に謂うとおりである。然らば、結局被告人の本件行為は麻薬所持罪に該当しないものであるから、同所為につき同罪としての該当法令を適用しなかつた誤ありとなすは失当である。 以上のとおりで、要するに、被告人の本件所為は罪とならないものであるから、同趣旨に解して無罪を宣した原判決は正当であり、之と見解を異にする右論旨は孰れも理由がない。 一、 第一点の二について所論の要旨は、犯罪の成否と捜査手続とは厳格に区別すべきであり、本件においても、被告人には現に麻薬所持罪の成立あり而して他に違法阻却の原由もないのに偶々捜査検挙の衡に当つた職員において初め被告人の同行為に対して何らかの起因を与えた言動があつたとしても被告人が右犯人としての責を負うべき立場に在ることに何らの影響もないと謂うに在る。然し、実体法的にみて被告人の本件所為が既に発端から罪とならざる性質のものなること前述の如くなる以上之に対する捜査職のハなりや又その措置の適切なりや否やは所詮同行為の無罪性に影響を及ぼし得る筋合の事柄ではない。 故に此の手続の方面からみるも本件所為を麻薬所持罪に問わなかつた原判決は結局において正当であり、論旨は理由がない。 そこで刑事訴訟法第三九六条により本件控訴は之を棄却することにして、主文のとおり判決する。 (裁判長判事佐伯顕二判事欠礼田益喜判事武田軍治) 主文 旨は理由がない。そこで刑事訴訟法第三九六条により本件控訴は之を棄却することにして、主文のとおり判決する。 (裁判長判事佐伯顕二判事欠礼田益喜判事武田軍治)
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