平成12(ワ)238 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成15年3月27日 新潟地方裁判所
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判決文本文23,735 文字)

平成15年3月27日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成12年(ワ)第238号損害賠償請求事件(口頭弁論終結日平成15年1月30日)判決 主文 1 被告は,原告に対し,5153万7408円及びこれに対する平成12年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを6分し,その5を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告に対し,6110万2950円及びこれに対する平成12年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 第1項につき仮執行宣言第2 事案の概要本件は,原告が,脳梗塞に罹患して左片麻痺,重度精神機能障害等の状態になったのは,被告が使用するA医師が適切な治療を行わなかったためであると主張し,被告に対し,不法行為に基づき,慰謝料,逸失利益及び介護費用合計9258万8250円の一部である5555万2950円並びにこれに係る弁護士費用555万円の合計6110万2950円の損害賠償を求めた事案である(附帯請求は訴状送達の日の翌日である平成12年5月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)。 1 前提となる事実(以下の事実のうち,証拠を掲記したもの以外は当事者間に争いのない事実である。)(1) 当事者被告は,被告医院を設置経営している医療法人であり,原告の診察及び治療に当たったA医師の使用者である。 原告は,昭和17年7月24日生まれで平成11年9月当時57歳であった《証拠略》。 そして,下記(2)のとおり,脳梗塞に罹患し,被 人であり,原告の診察及び治療に当たったA医師の使用者である。 原告は,昭和17年7月24日生まれで平成11年9月当時57歳であった《証拠略》。 そして,下記(2)のとおり,脳梗塞に罹患し,被告医院で入院治療を受けた者である。 (2) 原告に対する診療及び治療の経緯ア原告は,健康診断でかねてから高血圧を指摘されていたところ,平成11年6月に実施された健康診断でも同様に高血圧を指摘され,さらに,同年9月22日ころ,健康診断において血圧が高めであったことから(収縮期162mmHg,拡張期104mmHg),医師の診察を受けるように勧められた。 イそこで,原告は,平成11年9月24日,被告医院で診察を受けた。 診察に当たったA医師は,高血圧症と診断し,アルマール錠(降圧剤)等を処方した。 この時の原告の血圧は,1回目の測定では,収縮期192mmHg,拡張期100mmHgであり,2回目の測定では,収縮期151mmHg,拡張期98mmHgであった。 ウ原告は,左足が上がらない,左足が痺れるといった症状が生じたため,平成11年9月30日に被告医院を受診した。 診察に当たったA医師は,脳梗塞後遺症・急性脳梗塞(再発)と診断した。 そこで,原告は,同日午前11時ころ,被告医院に入院した。 入院に当たって,A医師は,看護師らに対し,ウロキナーゼ6万単位等の点滴及びアルマール等の内服薬の投薬を指示するとともに,収縮期における血圧が170mmHg以上の場合には,アダラート1カプセルを服用ないし頓用させるように指示した。 エ原告は,平成11年10月1日午後5時10分ころ,左上下肢が麻痺し,尿失禁が認められ,脳梗塞が発現した。 そこで,同日午後5時25分ころ,A医師は,CT 用させるように指示した。 エ原告は,平成11年10月1日午後5時10分ころ,左上下肢が麻痺し,尿失禁が認められ,脳梗塞が発現した。 そこで,同日午後5時25分ころ,A医師は,CT撮影を実施したが,血腫及び新規の脳梗塞は確認されなかった。なお,脳梗塞が再発した領域については再発から間もなくはCTでは診断できない(鑑定の結果)。A医師は,ウロキナーゼの投与を中止し,カタクロットの点滴投与を指示した。 オその後,原告の家族から転院の希望が出され,原告は,平成11年10月5日,B病院に転院した。 転院時の原告の症状は,意識障害,言語ないし構語障害,左片麻痺が認められ,CT上,右中大脳動脈領域の広汎な脳梗塞が認められており,症状の憎悪は梗塞巣の拡大によるものと診断された。 (3) 現在の原告の症状について原告は,平成12年1月15日に症状固定となったが,左片麻痺,重度の精神機能障害により日常生活に介助を要する状態にある。 2 争点及び当事者の主張本件の争点は,(1) 平成11年10月1日午後5時10分ころ,脳梗塞が発現するまでの血圧の管理は適切であったか否か(争点1)(2) (1)の時点以降,A医師に標準的治療を怠る処置義務違反があったか否か(争点2)(3) A医師に転院義務の違反があったか否か(争点3)(4) 原告の損害額(争点4)であり,争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。 (1) 争点1(平成11年10月1日午後5時10分ころ,脳梗塞が発現するまでの血圧の管理は適切であったか否か)について(原告の主張)ア原告が罹患した疾患について原告は,A医師から処方されたアルマールを,平成11年9月25日以降,1日20mg服用していた。 管理は適切であったか否か)について(原告の主張)ア原告が罹患した疾患について原告は,A医師から処方されたアルマールを,平成11年9月25日以降,1日20mg服用していた。 原告は,アルマールの服用開始後3日後である同月27日に一時的に左足が上がらないような状態となったが,この症状は,一過性脳虚血発作(TIA:脳血管障害により,突然,片麻痺,失語症などの脳局所症状が出現し,24時間以内に回復する病態をいう。)によるものと考えられる。 同月29日には,上記のTIAよりさらに進行し,左手にも痺れが生じ,左足の麻痺の症状が完全には消失しないまま同月30日に至っている。このことから,原告は,軽い脳梗塞ないしRIND(脳局所症状が24時間以上持続し,3週間以内に消失するものをRINDという。)の状態になっていたと考えられる。 また,同年10月1日午後5時10分ころ生じた左半身の片麻痺の発現は,典型的な脳梗塞の臨床症状である。 イ A医師の血圧の管理に係る注意義務違反についてA医師は,平成11年9月30日に原告を被告医院に入院させ,脳梗塞に対する処置として,降圧剤であるアルマール,ホメラート及びテノーミンの投与を指示するとともに,血圧が170mmHg以上となった場合はアダラートを投与するように指示した。 しかし,TIA又は脳梗塞である原告に,降圧剤を投与することは禁忌であり,A医師は降圧剤を投与すべきではなかった。しかも,原告のTIA又は脳梗塞の発症は,A医師が投与したアルマールに起因する低血圧によるものである可能性があったのであるから,その意味でも,原告の入院以降,降圧剤を投与すべきでなかった。 ウ注意義務違反と平成11年10月1日に発症した脳梗塞との因果関係につ 起因する低血圧によるものである可能性があったのであるから,その意味でも,原告の入院以降,降圧剤を投与すべきでなかった。 ウ注意義務違反と平成11年10月1日に発症した脳梗塞との因果関係について原告は,アルマール,テノーミン及びアダラートの投与を受けた結果,平成11年10月1日午前8時40分ころから左片麻痺が発生した同日午後5時10分ころまでの間平均動脈圧が93mmHgから120mmHgとなっていた。 このため脳血流量が低下し,既に存在した軽い脳梗塞巣が拡大したか,血流量が低下したために,既にあった動脈の狭窄部の血流が血圧低下のために閉塞したのと同様の状態になり,脳梗塞が発生したものである。 (被告の主張)ア A医師の注意義務違反の主張について著しい高血圧の場合には,心臓保護,脳出血予防の観点から,ある程度の降圧が必要となる。本件では,平成11年9月24日の初診時(収縮期192mmHg,拡張期100mmHg)及び原告が被告医院に入院した同月30日(収縮期150mmHgから188mmHg程度)において高血圧が持続していた。そして,同年10月1日には,最高血圧は180mmHgから130mmHgまで順次降下したが,同日午後5時10分には再び146mmHgに上昇した。異常なほど血圧が降下したということはない。 A医師は,原告に血栓溶解剤ウロキナーゼを投与していたが,血栓溶解剤投与中に血圧が急上昇すれば脳出血を誘発する危険性が十分に考えられる。A医師は,強力な抗凝固療法であるカタクロット療法をウロキナーゼ療法と併用するに当たり,易出血症を恐れたために血圧管理基準値を170mmHgに設定していたものであり,これは脳出血性病変予防として妥当であって,A医師には注意義務違反はない。 原 ナーゼ療法と併用するに当たり,易出血症を恐れたために血圧管理基準値を170mmHgに設定していたものであり,これは脳出血性病変予防として妥当であって,A医師には注意義務違反はない。 原告は,脳梗塞急性期においては降圧措置を行わないのが一般的な考え方であると主張するが,これは科学的な根拠に基づいた医学(EBM)によるものではなく,管理された無作為抽出試験(コントロールスタディ)により科学的根拠が明らかにされているものではないから,降圧措置を行うことを否定する根拠になり得ない。 イ降圧措置と平成11年10月1日に発症した脳梗塞との因果関係について10月1日の脳梗塞は,A医師の降圧措置に起因するものであれば,同日午後2時の時点でも何らかの症状悪化が出現した可能性が考えられるが,実際にはこの時点では症状の悪化はなく,A医師の降圧措置と同日の脳梗塞の発症は因果関係がないものである。 (2) 争点2((1)の時点以降,A医師に標準的治療を怠る処置義務違反があったか否か)について(原告の主張)ア A医師は,平成11年10月1日に脳梗塞が発症した後,カタクロットの投与をしたもののそれ以外は(ア)ないし(ウ)のとおり標準的治療を実施していない。 (ア) アルマール等の降圧剤の投与を継続し,血圧を低下させた。 (イ) グリセオールなどの浸透圧利尿剤の投与をしなかった。 (ウ) 血液検査を施行せず,水・電解質異常・栄養代謝異常のチェックを怠った。 イこのため,原告の虚血巣及びその周辺に血流がいかない状態となり,脳浮腫も改善されず,原告の脳梗塞が拡大した。 また,平成11年10月2日午前1時15分ころから発生していた頭痛は,脳浮腫の臨床症状であるが,A医師はこれに対しボルタレン座薬 い状態となり,脳浮腫も改善されず,原告の脳梗塞が拡大した。 また,平成11年10月2日午前1時15分ころから発生していた頭痛は,脳浮腫の臨床症状であるが,A医師はこれに対しボルタレン座薬を投与するのみで原因検索を怠った。A医師は,神経学所見もほとんどとっておらず,原告の症状の進行を把握していない。 ウ A医師が標準的治療を実施していれば,脳虚血巣の拡大は最小限に抑えられたもので,若干の後遺症(軽度の麻痺・軽度の発語障害等)を残すことはあったかもしれないが,現在のような後遺症を残し労働能力を100パーセント喪失する状態となることはあり得なかった。 (被告の主張)ア A医師が降圧剤を投与したことが適切であったことは,前記(1)(被告の主張)記載のとおりである。 イグリセオールなどの浸透圧利尿剤の適用は,意識障害の悪化や頭痛などの症状悪化が認められ,脳浮腫が進行していると判断した場合である。しかるに,原告は,被告医院から転院する当日もその前日もこのような意識障害の進行や進行性の頭痛を訴えていないのであるから,グリセオールなどを投与すべき注意義務がA医師にあったということはできないし,投与しなかったことが現在の原告の症状と因果関係があるということはできない。 (3) 争点3(A医師に転院義務の違反があったか否か)について(原告の主張)ア平成11年9月30日時点の転院義務違反(ア) 被告医院は,急性期脳梗塞に対してなされるべき標準的治療を施す設備・医師を擁していなかったところ,A医師は,平成11年9月30日の午前中に原告を診察した際,脳梗塞であると診断したのであるから,標準的治療を施すことができる病院に直ちに転院させるべき義務を有していた。 (イ) 平成11年9月30日の午前中に 年9月30日の午前中に原告を診察した際,脳梗塞であると診断したのであるから,標準的治療を施すことができる病院に直ちに転院させるべき義務を有していた。 (イ) 平成11年9月30日の午前中に原告を転院させていれば,原告が同年10月1日に罹患した脳梗塞に罹患しなかった可能性が極めて高く,仮にこれを避けられなかったとしても,標準的治療の実施により,若干の後遺症を残すことがあったとしても,原告の現在のような労働能力を100パーセント喪失するような後遺症が残ることはなかった。 イ平成11年10月1日時点の転院義務違反(ア) 平成11年10月1日ころ発症した脳梗塞は,左片麻痺及び失語という典型的な臨床症状を示していたのであるから,原告に対して速やかに標準的治療が施されるべきところ,被告医院には,標準的治療を施す設備及び医師がなかったのであるから,A医師としては,標準的治療を施すことができる病院に直ちに転院させる義務を有していた。 (イ) 同日午後6時過ぎころに原告を転院させていれば,標準的治療の実施により,若干の後遺症を残すことがあったとしても,原告の現在のような労働能力を100パーセント喪失するような後遺症が残ることはなかった。 (被告の主張)A医師は,原告に対し,十分な治療を行っており,A医師に転院義務があるということはできない。 (4) 争点4(原告の損害額)について(原告の主張)原告には,以下のア,イ,ウの損害(合計9258万8250円)が生じ,本訴においてその6割に相当する5555万2950円を請求するため,これに係る弁護士費用555万円をあわせた合計6110万2950円の損害が生じた。 ア慰謝料 2600万0000円イ逸失利益  3704万7340円 950円を請求するため,これに係る弁護士費用555万円をあわせた合計6110万2950円の損害が生じた。 ア慰謝料 2600万0000円イ逸失利益  3704万7340円原告の平成10年の給与収入は418万円であった。原告は,後遺症のため労働能力を100パーセント喪失したため,67歳までの稼働が可能であったことを前提とすると,逸失利益は以下のとおり3704万7340円となる。 418万0000円×8.863(ライプニッツ係数)=3704万7340円ウ介護費用  2954万0910円原告は,日常生活において介助なしで生活することは不可能であるから,1日当たり6000円の介護費用が損害として認められるべきである。57歳男性の平均余命は23年であるから,原告の介護費用は以下のとおり2954万0910円となる。 6000円×365(日)×13.489(ライプニッツ係数)=2954万0910円(被告の主張)原告の主張を争う。 第3 当裁判所の判断 1 前記第2の1の事実に証拠《証拠略》及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (1) 原告が被告医院で診察を受けるに至った経緯について原告は,健康診断でかねてから高血圧を指摘されていた。原告の健康診断における血圧は,平成9年6月25日の時点で収縮期168mmHg,拡張期102mmHg,平成10年7月2日の時点で収縮期162mmHg,拡張期90mmHgであった。 そして,平成11年6月に実施された健康診断でも同様に高血圧を指摘され,さらに,同年9月22日ころ,健康診断において血圧が高めであったことから(収縮期162mmHg,拡張期104mmHg),医師の診察を受けるように勧められた。 康診断でも同様に高血圧を指摘され,さらに,同年9月22日ころ,健康診断において血圧が高めであったことから(収縮期162mmHg,拡張期104mmHg),医師の診察を受けるように勧められた。 そこで,原告は,平成11年9月24日,被告医院で診察を受けた。 診察に当たったA医師は,高血圧症と診断し,アルマール及びホメラートを処方し,いずれも朝食後に1錠ずつ服用するように指示した。原告は,翌日である同月25日から,A医師に処方されたアルマール及びホメラートの服用を開始した。 この時の原告の血圧は,1回目の測定では,収縮期192mmHg,拡張期100mmHgであり,2回目の測定では,収縮期151mmHg,拡張期98mmHgであった。 (2) 原告が被告医院に入院するに至った経緯について原告は,平成11年9月27日ころ,左官工事の現場で左足がなかなか思うように上がらないという症状が現れ,その後,同月29日の午後3時ころには,階段を上がろうとしたところ,左足が上がらず,また,左手が痺れるという症状が現れた。 同月30日の朝にも左足が上がらず,左手が痺れるといった症状が続いていたため,原告は,同月24日に処方された薬の副作用ではないかと考え,同日,アルマール及びホメラートを服用しないまま被告医院を再び受診した。 診察に当たったA医師は,頭部CT撮影,心電図検査,血圧測定等を行い,脳梗塞後遺症・急性脳梗塞(再発)と診断し,さらに,高血圧症,高脂血症,高尿酸血症,左心室肥大,冠状動脈硬化症,慢性アルコール性肝炎と診断した。なお,頭部CT撮影の結果,左の脳室前角付近に陳旧性LDAの存在が認められた。そして,この時の原告の血圧は,午前8時55分ころの測定で収縮期及び拡張期の血圧が195mmHg,95mmHgであり た。なお,頭部CT撮影の結果,左の脳室前角付近に陳旧性LDAの存在が認められた。そして,この時の原告の血圧は,午前8時55分ころの測定で収縮期及び拡張期の血圧が195mmHg,95mmHgであり,午前9時25分ころの測定で同188mmHg,96mmHgであり,また,その間時刻は不明であるが,同165mmHg,97mmHgとの測定結果が存在する。 A医師は,原告に対し,当初,3日間通院して点滴を受けるようにとの指示をしたが,原告の妻が3日間通院するのであれば3日間入院させてほしいと要望したため,A医師は,原告を被告医院に入院させることとした。 (3) 原告の入院から平成11年10月1日までの診療経緯等についてア原告に対する入院時における投薬指示についてA医師が,入院時に,原告に対する点滴処方として指示したものは,①ウロキナーゼ6万単位,②シチコリン500ミリグラム,③ソルコセリル1A管注,④ラクトリンゲル500ミリリットルであり,このほかに⑤デカトロン4ミリグラムを筋肉注射で投与することを指示した。また,内服薬として,①アルマール,ホメラート,テノーミン及びザイロリックを毎朝服用させること,②メバロチンを朝夕服用させること,③デパス及びアモバンを睡眠前に服用させること,④ドラガノンを朝昼晩服用させることを指示した。このうち,アルマール,ホメラート及びテノーミンは血圧を下げるための降圧剤であった(それぞれの薬の詳細は後記(6)参照)。 さらに,A医師は,原告の収縮期の血圧が170mmHg以上になった場合には,降圧剤であるアダラートを1カプセル頓用させることを指示した。 原告は,これらの指示に従い,投薬を受けた。 イ平成11年9月30日の原告の診療経過について平成11年9月3 降圧剤であるアダラートを1カプセル頓用させることを指示した。 原告は,これらの指示に従い,投薬を受けた。 イ平成11年9月30日の原告の診療経過について平成11年9月30日の原告の診療経過は以下のとおりであった。 (ア) 原告は,前記(2)のとおり,被告医院に入院することとなり,前記アのとおりの投薬指示を受けたが,入院前の血圧の測定結果が収縮期188mmHg,拡張期96mmHgであったため,アダラートを1カプセル舌下投与された。 (イ) 午前11時ころの原告の状況血圧は,収縮期148mmHg,拡張期98mmHgであった。 左足及び左手に痺れがあったものの握力には問題がなかった。 (ウ) 午後2時ころの原告の状況血圧は,収縮期150mmHg,拡張期90mmHgであった。 原告は,痺れが軽減しているようであると述べた。 (エ) 午後7時ころの原告の状況血圧は,収縮期168mmHg,拡張期90mmHgであった。 原告の左手の痺れは軽減し,左足の動きが若干改善した。また,原告から頭痛等の訴えはなかった。 (オ) 午後9時ころの原告の状況血圧は,収縮期188mmHg,拡張期90mmHgであった。そのため,アダラートを1カプセル舌下投与された。 原告から頭痛の訴えはなく,手足の痺れは,午後7時ころと同様であった。 ウ平成11年10月1日の午後5時10分ころに原告に片麻痺が出現するまでの同日中の原告の診療経過について平成11年10月1日の原告の診療経過は以下のとおりであった。 (ア) 午前7時ころの原告の状況血圧は,収縮期180mmHg,拡張期86mmHgであった 診療経過について平成11年10月1日の原告の診療経過は以下のとおりであった。 (ア) 午前7時ころの原告の状況血圧は,収縮期180mmHg,拡張期86mmHgであった。そのため,毎朝服用することが指示されているアルマール,ホメラート及びテノーミン等を早めに服用させた。 痺れは低下していたが,足の運びは前日と変わりはなく,頭痛の訴えはなかった。 (イ) 午前8時40分ころの原告の状況血圧は,収縮期154mmHg,拡張期80mmHgであった。 (ウ) 午前10時ころの原告の状況同日分の点滴が開始された。 原告の左手の痺れはなく,左足の運びは前日と変わりがなかった。 (エ) 午前10時40分ころの原告の状況血圧は,収縮期130mmHg,拡張期90mmHgであった。 頭痛の訴えはなかった。 (オ) 午後2時ころの原告の状況血圧は,収縮期130mmHg,拡張期70mmHgであった。 原告の症状には,午前10時40分ころと変化はみられなかった。 エ平成11年10月1日の午後5時10分ころに原告に生じた片麻痺の症状とその後の状況(ア) 平成11年10月1日午後5時10分ころ,原告は,ベッド上に起きあがり,家族と楽しそうに会話中,ベッドに前かがみになり,左上下肢に力が入らないという症状(左片麻痺の症状)が生じ,また,ろれつに不全が生じた。 原告に上記のような症状が生じた直後の原告の血圧は,収縮期146mmHgであった。 A医師は,原告の頭部CT撮影を行ったが,血腫及び新規の脳梗塞は確認できなかった。そのため,A医師は,原告の症状から,脳梗塞が再発したものと診断した は,収縮期146mmHgであった。 A医師は,原告の頭部CT撮影を行ったが,血腫及び新規の脳梗塞は確認できなかった。そのため,A医師は,原告の症状から,脳梗塞が再発したものと診断した。 (イ) A医師は,同日午後5時25分ころ,抗凝固剤であるカタクロット(一般名:オザグレルナトリウム)を点滴投与することを指示した(したがって,この日は,既に点滴投与されたウロキナーゼとカタクロットが併用されたことになる。)。 同日午後5時45分,同日午後8時30分,同月2日午前0時30分の原告の収縮期血圧が196mmHg,180mmHg,180mmHgであったため,前記アのA医師の投薬指示に従い,同月1日午後5時45分,同日午後8時45分,同月2日午前0時30分にそれぞれアダラート1カプセルが原告に投与された。 (4) その後の原告の治療経緯等についてA医師は,平成11年10月1日午後5時10分ころ原告に生じた片麻痺に対応して,原告に対する投薬指示を変更し,カタクロット20ミリグラム(2バイタル),生理食塩水200ミリリットル,ソルコセリル1A及びシチコリン2Aを投与するように指示した。 その後,原告の家族から被告医院の看護師を通じて原告を転院させる希望が出され,同月5日,原告は,B病院に転院した。 (5) 原告の後遺障害等についてア原告の症状について原告は,平成12年1月15日に症状が固定し,B病院のC医師の総合所見によると,「重度の精神機能障害もあり,左片麻痺と合わせ,日常生活に多大な介助を要します。」との所見が示されている。 具体的な原告の動作・活動能力については,以下のとおりである。 (ア) 自立してできる事柄寝返りをすること,椅子に腰掛けること 助を要します。」との所見が示されている。 具体的な原告の動作・活動能力については,以下のとおりである。 (ア) 自立してできる事柄寝返りをすること,椅子に腰掛けること,手すりないし装具を用いて立つこと,車いすを用いて家の中を移動すること,洋式便器に座ること,箸で食事をすること,コップで水を飲むこと,ブラシで歯を磨くこと,顔を洗いタオルで拭くこと(イ) 半介助が必要な事柄足を投げ出して座ること,排泄の後始末をすること(ウ) 全介助が必要であるか又は不能である事柄シャツを着て脱ぐこと,ズボンを履いて脱ぐこと,タオルを絞ること,背中を洗うこと,2階まで階段を上って下りること,屋外を移動すること,公共の乗り物を利用することイ原告の生活の状態について原告は,現在,妻及び長男と生活しており,長男及び妻は昼間仕事で家を留守にしており,その間原告は1人で生活している。昼食は,準備されたものを原告が1人で食べることができ,また,用便は原告のベッドの脇に尿機を置いてそこで原告が1人ですましている。 (6) 原告に投与された降圧剤についてアアルマールについてアルマールは,添付文書によると,有効成分として塩酸アロチノロールを含有する薬で,薬効薬理として,①α,β受容体遮断作用,②降圧作用,③抗狭心症作用,④抗不整脈作用,⑤抗振戦作用,⑥その他が挙げられている。 このうち,降圧作用については,「高血圧自然発症ラット(SHR)及び脳卒中易発症ラット(SHR-SP)等の病態モデルを用いた実験で,血圧を著名に低下させ,またSHR-SPでは,高血圧に伴う心・腎等の血管病変の発生を抑制することが認められている。本剤は,適度なα遮断作用により末梢血 ト(SHR-SP)等の病態モデルを用いた実験で,血圧を著名に低下させ,またSHR-SPでは,高血圧に伴う心・腎等の血管病変の発生を抑制することが認められている。本剤は,適度なα遮断作用により末梢血管抵抗を上昇させることなく,β遮断作用による降圧作用を示すと考えられる。」との説明がされている。 イホメラートについてホメラートは,添付文書によると,有効成分としてアラセプリルを含有する薬で,効能・効果として,本態性高血圧症,腎性高血圧症が挙げられており,降圧作用を有する薬である。 ウテノーミンについてテノーミンは,添付文書によると,有効成分としてアテノロールを含有する薬で,薬効薬理として,①交感神経β受容体遮断作用,②心臓選択制(β1選択制),③降圧作用,④その他が挙げられている。 このうち,降圧作用については,「アテノロールは本態性高血圧症患者に対し,1日1回連日経口投与により24時間にわたって安定した降圧作用を示した。」との説明がされている。 エアダラートについてアダラートは,添付文書によると,有効成分としてニフェジビンを含有する薬で,薬効薬理として,①血圧に及ぼす作用,②心・全身血行動態に及ぼす作用,③冠循環に及ぼす作用,④心筋エネルギー代謝及び酸素消費量に及ぼす作用,⑤血管・臓器に及ぼす作用,⑥その他の作用があることが挙げられている。 このうち,血圧に及ぼす作用については,「高血圧症患者6例に10㎎を経口投与した場合,血圧は速やかに下降し,投与180分後においても収縮期及び拡張期血圧はそれぞれ平均21.2%,20.0%有意に下降する。」などとの説明がされている。 2 争点1(平成11年10月1日午後5時10分ころ,脳梗塞が発現するまでの血圧の管理は適切であ 期及び拡張期血圧はそれぞれ平均21.2%,20.0%有意に下降する。」などとの説明がされている。 2 争点1(平成11年10月1日午後5時10分ころ,脳梗塞が発現するまでの血圧の管理は適切であったか否か)について以下に理由を示すとおり,当裁判所は,A医師には原告の血圧管理についての注意義務違反があり,これにより平成11年10月1日午後5時10分ころの脳梗塞が発生したものと判断する。 (1) 証拠《証拠略》によると,脳梗塞急性期の高血圧管理については,血圧を降下させることに伴い脳血流が低下し梗塞を進行させる可能性があることが指摘され,したがって,過度の高血圧でない限り,降圧を行うべきでないとされていること,その管理基準となる血圧については,様々な考え方があるが,収縮期血圧でみると,200mmHg以上の場合にのみ降圧が必要であるとする文献が多く,もっとも高いもので収縮期250mmHgを超えるようなよほどの高血圧でない限り降圧の必要がないとするもの,最も低いもので180mmHg以下であれば降圧の必要はないとするものがあること,一例として,米国心臓病協会から1994年(平成6年)に発表された急性期脳血管障害治療ガイドラインには「急性期にみられる血圧上昇は原則として降圧しない。ただし,収縮期血圧220mmHg,平均血圧130mmHg以上や大動脈解離,急性心筋梗塞を合併するときは降圧を考える」とされていることが認められる。そして,血圧を降下させることにより脳血流が低下し梗塞を進行させるメカニズムについては,①脳の血管には血圧の変化に対しても脳血流を一定に保つ働き,自動調節能がある,②高血圧患者では,その柔軟性の低下によって脳血流量を維持すべき血圧の下限域が高い方にシフトしているので,わずかの血圧低下でも自動調節能の下限を切りやすい, 脳血流を一定に保つ働き,自動調節能がある,②高血圧患者では,その柔軟性の低下によって脳血流量を維持すべき血圧の下限域が高い方にシフトしているので,わずかの血圧低下でも自動調節能の下限を切りやすい,また,③脳卒中の急性期には脳血管の自動調節能が阻害され,脳血流は血圧に依存するようになり,この時期に血圧が低下すると,血圧依存性に脳血流量が低下するために梗塞層が増大してしまうという説明がされている。 そうすると,脳梗塞急性期の患者の治療に当たる医師は,患者の血圧を降下させることにより,脳血流が低下し,梗塞を進行させる危険性を十分認識した上で血圧管理を行うべきであり,よほどの高血圧でない限り降圧しないという注意義務を負い,仮に降圧を行う場合にも脳血流の低下により梗塞を進行させることのないように降圧措置による患者の血圧の変化に十分な注意を払い,降圧しすぎないようにする注意義務を負うというべきである。 (2) これを本件についてみるに,前記1(2),(3)及び(6)のとおり,A医師は,平成11年9月30日に原告を診察し,脳梗塞後遺症・急性脳梗塞(再発)と診断したにもかかわらず,同日入院した原告に対し,降圧作用のあるアルマール,ホメラート及びテノーミンを毎朝服用させる投薬指示を行い,平成11年10月1日の朝にも原告に服用させていた。さらに,原告の血圧が170mmHg以上になった場合には降圧剤であるアダラートを1カプセル頓用させることを指示し,平成11年9月30日に2回アダラートを服用させていた。そして,このA医師の指示の基礎となる原告の血圧は,平成11年9月22日ころの健康診断の時点で収縮期162mmHg,拡張期104mmHg,同月24日の初診時で1回目の計測時に収縮期192mmHg,拡張期100mmHg,2回目の計測時に収縮期151mm 成11年9月22日ころの健康診断の時点で収縮期162mmHg,拡張期104mmHg,同月24日の初診時で1回目の計測時に収縮期192mmHg,拡張期100mmHg,2回目の計測時に収縮期151mmHg,拡張期98mmHg,同月30日の再診時に3回計測して,収縮期-拡張期が,それぞれ195mmHg-95mmHg,165mmHg-97mmHg,188mmHg-96mmHgであり,降圧剤(アルマール,ホメラート及びテノーミン)の投与の結果,同年10月1日の原告の血圧は,午前10時40分ころに収縮期130mmHg,拡張期90mmHg,午後2時ころには収縮期130mmHg,拡張期70mmHgと著しく低下していた(なお,同日午後5時10分に原告に脳梗塞が発生した直後の測定値では,収縮期146mmHgであった。)。 このように,A医師は,原告が急性脳梗塞に罹患していることを認識しながら投薬時点で原告の血圧がどの程度かにかかわらず,漫然と降圧作用のあるアルマール,ホメラート及びテノーミンを原告に服用させていたものであり,しかも,その判断の基礎となった原告の血圧は,前記(1)の文献からすると降圧の必要性が認められないような値であったことや,降圧剤投与によって,原告の血圧は,降圧剤投与前の血圧に比べて著しく低下していたことに照らすと,A医師が,収縮期170mmHg以上のときに降圧剤アダラートの服用を指示した上,さらに原告の血圧値を問わず,毎朝降圧剤(アルマール,ホメラート及びテノーミン)の投与を行ったことは,急性期脳梗塞患者の治療に当たる医師に課せられた注意義務に違反しているものと評価すべきである。 したがって,A医師には,平成11年10月1日午後5時10分ころの脳梗塞の再発前の時点で,脳梗塞急性期の患者の治療に当たる医師に要求される,患者 意義務に違反しているものと評価すべきである。 したがって,A医師には,平成11年10月1日午後5時10分ころの脳梗塞の再発前の時点で,脳梗塞急性期の患者の治療に当たる医師に要求される,患者の血圧を降圧させることにより,脳血流が低下し,梗塞を進行させる可能性を十分認識した上で血圧管理を行うべき注意義務の違反があるというべきである。 (3)アこの点について,被告は,著しい高血圧の場合には,心臓保護,脳出血予防の観点から,ある程度の降圧が必要となると主張し,具体的には,本件では,平成11年9月24日の初診時(収縮期192mmHg,拡張期100mmHg)及び原告が被告医院に入院した同月30日(収縮期血圧が150mmHgから188mmHg程度)において高血圧が持続していたことから降圧が必要であり,同年10月1日には,最高血圧は180mmHgから130mmHgまで順次降下したが,同日午後5時10分には再び146mmHgに上昇したものであって,異常なほど血圧が降下したということはないと主張する。 急性脳梗塞の患者の血圧が著しく高く,心臓保護及び脳出血予防の必要性が具体的に存在する場合にある程度の降圧が必要となることは否定できないが,本件において,そのような必要性が具体的に存在したと認めるに足る証拠はない。しかも,前記1(1)及び(2)のとおり,原告の入院の原因となった左上下肢の麻痺の症状(A医師はこれを脳梗塞後遺症・急性脳梗塞(再発)と診断している。)は,A医師が平成11年9月24日に降圧剤であるアルマール及びホメラートを処方した直後に生じていること,前記のとおり高血圧患者は,その柔軟性の低下によって脳血流量を維持すべき血圧の下限域が高い方にシフトしているので,わずかの血圧低下でも自動調節能の下限を切りやすいことにかんがみる に生じていること,前記のとおり高血圧患者は,その柔軟性の低下によって脳血流量を維持すべき血圧の下限域が高い方にシフトしているので,わずかの血圧低下でも自動調節能の下限を切りやすいことにかんがみると,急性期脳梗塞の患者の治療に当たる医師は降圧措置については慎重になるべきであり,既に説示したとおり,文献等に照らしても原告の血圧の水準では,降圧の必要性が認められないのであるから,原告の血圧がある一定水準以上の著しく高い値を示した場合に限って降圧するような措置をとることはともかく,毎朝降圧剤(アルマール,ホメラート及びテノーミン)を投与する必要があったとは認め難く,降圧が必要であったとの被告の主張は採用することはできない。 また,被告は,異常なほど血圧が降下したということはないと主張するが,前記のとおり,高血圧患者では,その柔軟性の低下によって脳血流量を維持すべき血圧の下限域が高い方にシフトしているので,わずかの血圧低下でも自動調節能の下限を切りやすいということを前提として血圧の降下が脳梗塞に及ぼす影響を考える必要があるところ,10月1日の原告の血圧は,午前7時ころに収縮期180mmHg,拡張期86mmHg,午前10時40分ころに収縮期130mmHg,拡張期90mmHg,午後2時ころには収縮期130mmHg,拡張期70mmHgと,降圧剤投与前の血圧に比べても著しく降下していたのであるから,脳梗塞との関係でいえば,十分危険な水準まで降圧したものと評価すべきであって,被告の主張を採用することはできない。 イまた,被告は,血栓溶解剤投与中に血圧が急上昇すれば脳出血を誘発する危険性が十分に考えられるところ,A医師は,強力な抗凝固療法であるカタクロット療法をウロキナーゼ療法と併用するに当たり,易出血症を恐れたために血圧管理基準値を1 に血圧が急上昇すれば脳出血を誘発する危険性が十分に考えられるところ,A医師は,強力な抗凝固療法であるカタクロット療法をウロキナーゼ療法と併用するに当たり,易出血症を恐れたために血圧管理基準値を170mmHgに設定していたものであり,これは脳出血性病変予防として妥当であって,A医師には注意義務違反はないと主張する。 前記1(3)のとおり,平成11年10月1日の午後5時10分ころに原告に脳梗塞が再発するまでの間,原告にはウロキナーゼ6万単位が点滴により投与されていた(なお,被告は,カタクロットとウロキナーゼを併用するに当たり易出血症を恐れた旨主張するが,前記1(3)エ(イ)のとおり,平成11年10月1日の午後5時10分ころの脳梗塞の再発後になって初めてカタクロットが使用されているため,脳梗塞の再発前の時点でのA医師の注意義務との関係では,ウロキナーゼ6万単位を投与したことを前提として検討する必要がある。)。 (ア) まず,被告は,A医師は易出血症を恐れたために血圧管理基準値を170mmHgに設定したと主張するが,前記のとおり,A医師は,原告の血圧が170mmHgに達しているか否かにかかわらず(原告の具体的な血圧値を問わずに),降圧作用のあるアルマール,ホメラート及びテノーミンを毎朝原告に服用させるとの投薬指示を出していたのであり,この点にA医師の注意義務違反があるのであるから,被告の主張は,その前提を欠き,採用することができない。 (イ) また,仮に,被告の主張がウロキナーゼ6万単位を投与している場合には毎朝降圧剤を投与することも許されるという主張であると理解するにしても,以下のとおり,被告の主張を採用することはできない。 すなわち,ウロキナーゼは,血栓溶解剤として保険適用が認められている薬であるが《証 ることも許されるという主張であると理解するにしても,以下のとおり,被告の主張を採用することはできない。 すなわち,ウロキナーゼは,血栓溶解剤として保険適用が認められている薬であるが《証拠略》,ウロキナーゼを投与していたとしても,急性期脳梗塞の患者の血圧を降下させることにより脳血流が低下し梗塞を進行させる危険性があることは変わりがない。そうすると,ウロキナーゼを投与することにより,易出血症が生ずる具体的な危険性が存在する場合に,降圧による脳血流の低下により梗塞が進行する危険性を十分認識した上で血圧の管理に十分な注意を払いながら降圧することは格別,A医師のように,漫然と毎朝降圧剤を投与することは,降圧による梗塞の進行を招来する危険性があるため許されないというべきである。 ウさらに,被告は,脳梗塞急性期においては降圧措置を行わないとする考え方は科学的な根拠に基づいた医学(EBM)によるものではなく,管理された無作為抽出試験(コントロールスタディ)により科学的根拠が明らかにされているものではないから,降圧措置を行うことを否定する根拠になり得ないと主張する。 しかし,管理された無作為抽出試験(コントロールスタディ)により科学的根拠が明らかにされていない場合には全て法律上の注意義務を負わないと解することは相当でなく,たとえ管理された無作為抽出試験により科学的根拠が明らかにされていないとしても,①その根拠に十分合理性が認められ,かつ,②その知見が文献等により提供され,一定のコンセンサスを得ている場合には,それに従った注意義務を法律上負うものというべきである。 これを本件についてみるに,急性期脳梗塞の患者に対する血圧を降下させることに伴い脳血流が低下し梗塞を進行させるという根拠には合理性があり,この合理性を疑わせ 律上負うものというべきである。 これを本件についてみるに,急性期脳梗塞の患者に対する血圧を降下させることに伴い脳血流が低下し梗塞を進行させるという根拠には合理性があり,この合理性を疑わせるような主張立証はない。また,急性期脳梗塞の患者の血圧を降下させる措置をとることの危険性については,前記(1)で指摘したとおり,多数の文献で指摘されており,これを否定するような証拠もない以上,一定のコンセンサスが得られているというべきである。 そうすると,必ずしも無作為抽出試験(コントロールスタディ)により科学的根拠が明らかにされていないとしても,過度に血圧を降下させないとの法的な注意義務を否定することはできないというべきである。 エなお,被告は,A医師が原告に対しベッド上絶対安静を指示していたにもかかわらず,原告が指示を無視し廊下を歩行していたことから脳梗塞の再発が生じたものであり,原告自身に責任がある旨主張する。 しかし,《証拠略》によると,原告のカルテには「生活度」の「安静」の欄に「絶対安静」との記載があるものの,この「絶対安静」との記載と「Dr指示」の「疼痛」の欄の「ボルタレンSP50mg」との記載は,筆跡が同一であるのに対し,上記「絶対安静」の筆跡と原告の氏名及び年齢の筆跡,「生活度」の「食事」の欄の「高血圧常食」の筆跡,「Dr指示」の「昇圧時」の欄の「170↑アダラート1c舌下」の筆跡とは明らかに異なることが認められ,この「絶対安静」との記載は,原告の氏名等とは別の機会に記載されたものと推認される。これに加えて,前記1(2)のとおり,A医師は当初原告に対し,通院して点滴を受けるように指示していたこと,《証拠略》によると,原告の看護記録上,入院時点から平成11年10月1日まで,B.B.(Bedbath:ベッ 記1(2)のとおり,A医師は当初原告に対し,通院して点滴を受けるように指示していたこと,《証拠略》によると,原告の看護記録上,入院時点から平成11年10月1日まで,B.B.(Bedbath:ベッド上清拭)との記載は見当たらないことや,原告が指示を無視していたとすれば看護師等がこれを注意する等の行動をとってしかるべきであるが,そのようなことがなされたとの記載も見当たらないことに照らすと,A医師が10月1日より前に原告にベッド上絶対安静との指示をしていたと認めることはできず,被告の主張を採用することはできない。 (4) 注意義務違反と原告の脳梗塞の再発との因果関係についてア前記1(3)のとおり,平成11年10月1日の原告の収縮期血圧-拡張期血圧はそれぞれ,180mmHg-86mmHg(午前7時ころ),154mmHg-80mmHg(午前8時40分ころ),130mmHg-90mmHg(午前10時40分ころ),130mmHg-70mmHg(午後2時ころ)であった。他方,同(1)のとおり,原告に降圧剤であるアルマール等を投与する以前の血圧は,健康診断においては収縮期で160mmHg台,拡張期で100mmHg前後であり,被告医院を受診した際の測定値でも,平成11年9月24日の初診時で1回目の計測時に収縮期192mmHg,拡張期100mmHg,2回目の計測時に収縮期151mmHg,拡張期98mmHg,同月30日の再診時に3回計測して,収縮期-拡張期が,それぞれ195mmHg-95mmHg,165mmHg-97mmHg,188mmHg-96mmHgであった。 このように原告に降圧剤を投与することによって降圧剤投与前の原告の血圧に比べて相当程度降圧していたというべきところ,前記(1)のとおり,高血圧患者では,脳血管の柔軟性の低下に であった。 このように原告に降圧剤を投与することによって降圧剤投与前の原告の血圧に比べて相当程度降圧していたというべきところ,前記(1)のとおり,高血圧患者では,脳血管の柔軟性の低下によって脳血流量を維持すべき血圧の下限域が高い方にシフトしているので,わずかの血圧低下でも自動調節能の下限を切りやすいこと,脳卒中の急性期には脳血管の自動調節能が阻害され,脳血流は血圧に依存するようになり,この時期に血圧が低下すると,血圧依存性に脳血流量が低下するために梗塞層が増大してしまうことに照らすと,A医師の降圧措置によって,原告の血圧が降下し,高血圧によって保たれていた血流が低下することによって平成11年10月1日午後5時10分ころの脳梗塞が発生したと推認するのが相当であり,A医師の注意義務違反と原告の脳梗塞の発症との間には相当因果関係が認められる。 イこの点について,被告は,鑑定結果を引用して,脳梗塞の発症が急激に重度の片麻痺になっているところ,談笑中に生じており,急に血圧が低下するかもしれない急激な体位の変化がないことから,急激に過度の血圧低下に伴う脳血流の減少が生じたとは考えがたく,何らかの原因で脳血管が新たに急激に閉塞して脳血流が急激に過度の減少した可能性を考えると主張する。 鑑定人は,①原告の平成11年10月1日午後5時10分ころの脳梗塞の発生について「降圧措置に起因するとは断定できない。」とし,その理由として「症状悪化に至るまでの血圧で最も低いのが10月1日14:00の130/70mmHgである。症状が悪化した17:10には収縮期血圧の記載しかないが146mmHgであった。これは症状悪化後の血圧であり,悪化すなわち脳梗塞が再発した時点の血圧は不明であるが,これら記載されている血圧の推移から考えると降圧措置に 10には収縮期血圧の記載しかないが146mmHgであった。これは症状悪化後の血圧であり,悪化すなわち脳梗塞が再発した時点の血圧は不明であるが,これら記載されている血圧の推移から考えると降圧措置に起因するのであれば14:00の時点でも何らかの症状悪化が出現した可能性が考えられる。しかし実際には14:00の時点では症状の悪化は出現していない。」との鑑定結果を呈示している。また,②その発生の原因については,被告医院の臨床データからは診断できないとしつつ,「結果論となるが,B病院へ転院後,MRI,MRA,SPECT,頚動脈超音波検査,ホルター心電図,心エコー,経食道超音波検査が行われ,その結果から心原性脳塞栓は否定される。右内頚動脈閉塞,右中大脳動脈狭窄,右前大脳動脈狭窄,両側頚部頚動脈の動脈硬化性変化が認められ脳動脈硬化は相当進行していた。一方,SPECTによる脳血流測定では右大脳半球の側頭葉から前頭葉に血流が増加した部分も認め,一旦閉塞した脳血管が再開通した場合に観察される充血の所見と考えられた。つまり,動脈硬化が進行し右内頚動脈が閉塞して広汎な脳梗塞として再発したという単純な機序ではなく,右内頚動脈が閉塞するときに生じた血栓や右中大脳動脈の狭窄部で生じた血栓が遊離して閉塞した右中大脳動脈の分枝が一部再開通した可能性など動脈原性塞栓症もからんだ複雑な病態が考えられる。しかし,再発時の病態を正確に解明することは不可能である。」との鑑定結果を呈示している。そして,③「脳の働き(脳機能)は脳血流で供給されるグルコースや酸素で支えられている。脳血流が減少するとそれらの供給が減少し脳機能が悪化し手足の麻痺などの症状が出現する。 脳血流が急に過度に減少すると脳機能の悪化は急激に生じるが,脳血流の減少の程度が大きくなければ脳血流や脳代謝の予備能力によ 少するとそれらの供給が減少し脳機能が悪化し手足の麻痺などの症状が出現する。 脳血流が急に過度に減少すると脳機能の悪化は急激に生じるが,脳血流の減少の程度が大きくなければ脳血流や脳代謝の予備能力により何とか脳機能を維持しそれが破綻してから脳機能が悪化する。つまり,後者の場合は症状が出現するまでに時間的な余裕があり発症の仕方も急激に重症にならない。本件の症状悪化は急激に重度の片麻痺となっている。しかも急に血圧が低下するかもしれないような急激な体位の変化などはなく談笑中に生じている。急激に過度の血圧低下にともなう脳血流の減少が生じたとは考え難い。 何らかの原因で脳血管が新たに急激に閉塞して脳血流が急激に過度に減少した可能性を考える。」と説明する。 訴訟上の因果関係の立証は一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りると解される(最高裁昭和50年10月24日判決・民集29巻9号1417頁参照)。 このような訴訟上の因果関係を前提として上記鑑定について検討するに,鑑定人は,「降圧措置に起因するのであれば14:00の時点でも何らかの症状悪化が出現した可能性が考えられる。」(上記①)とするが,鑑定人も「可能性が考えられる。」としているように,本件では,原告に脳梗塞が発生した直前の血圧が不明であり,血圧降下が時間の経過によりどのように影響するかが不明であることから,午後2時の時点で脳梗塞が発生していないことをもってA医師が行った降圧措置と原告の脳梗塞との間の因果関係を否定することはできないというべきである 経過によりどのように影響するかが不明であることから,午後2時の時点で脳梗塞が発生していないことをもってA医師が行った降圧措置と原告の脳梗塞との間の因果関係を否定することはできないというべきである。また,鑑定人は,「動脈原性塞栓症もからんだ複雑な病態が考えられる。」(上記②),「何らかの原因で脳血管が新たに急激に閉塞して脳血流が過度に減少した可能性を考える。」(上記③)とするが,これらについても可能性を指摘したにすぎないというべきであり,このような病態や閉塞について降圧措置以外に原因があると断定したり,降圧措置と原告の脳梗塞との間の因果関係を明確に否定したりするものではない。そして,鑑定人は,「急激に過度の血圧低下にともなう脳血流の現象が生じたとは考え難い。」としているが,脳梗塞のメカニズムが全て解明されているわけではなく,鑑定人自身「複雑な病態が考えられる。再発時の病態を正確に解明することは困難である。」とするとおり,A医師の降圧措置が脳梗塞の発生に影響を与えることを否定することはできないというべきである。 そうすると,上記の鑑定結果も結局のところ,降圧措置が脳血流の減少をもたらし原告に脳梗塞を発生させたと断定することはできないが,それを否定することもできないとするものであって,それ以上に,降圧措置と原告の脳梗塞との間の因果関係を否定するものではないと解される。前記アのとおり,原告に降圧剤を投与することによって相当程度降圧していたころ,高血圧患者では,わずかの血圧低下でも自動調節能の下限を切りやすいこと,脳卒中の急性期に血圧が低下すると血圧依存性に脳血流量が低下するために梗塞層が増大してしまうことに照らすと,本件においては,A医師がとった降圧措置が原告の血圧を著しく低下させたものであり,原告の平成11年10月1日午後5時1 すると血圧依存性に脳血流量が低下するために梗塞層が増大してしまうことに照らすと,本件においては,A医師がとった降圧措置が原告の血圧を著しく低下させたものであり,原告の平成11年10月1日午後5時10分頃の脳梗塞の発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性があるというべきである。 ウ以上のとおり,A医師の注意義務違反と原告の脳梗塞との間には因果関係が認められるというべきである。 (5) よって,争点2及び3について判断するまでもなく,A医師には原告の血圧管理に係る注意義務違反が認められ,その結果発生した原告の脳梗塞によって原告に生じた損害を賠償する義務を負うというべきである(争点2及び3におけるA医師の義務違反がなかったとしても,被告に原告の脳梗塞によって生じた損害を賠償する義務があることに変わりない。)。 3 争点4(原告の損害額)について(1) 逸失利益について前記1(5)に認定した原告の後遺障害に照らすと,原告の労働能力は100パーセント喪失したものと認められる。そして,《証拠略》によると,原告の平成10年分の給与収入金額は418万円であったことが認められる。 通常,健康な男子であれば,67歳まで稼働可能であるというべきところ,原告の平成11年当時の年齢(57歳)にかんがみれば,10年間(ライプニッツ係数は7.7217)は418万円程度の収入を得られることになるが,原告には,高血圧等の生活習慣に起因する疾病があり(争いがない),また,脳梗塞においては,一般的に再発の可能性が相当程度認められること(鑑定人は,「現在の医学のレベルでは脳梗塞の原因が入院時の詳細な検査から特定されたとしても,入院後の再発を100%防止することは不可能である。例えば心原性脳塞栓と診断されて再発を予防する抗凝固療法を積極的に 「現在の医学のレベルでは脳梗塞の原因が入院時の詳細な検査から特定されたとしても,入院後の再発を100%防止することは不可能である。例えば心原性脳塞栓と診断されて再発を予防する抗凝固療法を積極的に行っていてもDセンターでは10%近くの頻度で再発を生じ症状も悪化する。レンズ核線状体動脈領域の脳梗塞は比較的予後がよいと考えられているが,Dセンターの最近のデータではオザグレルNa(カタクロット)の投与で治療を開始しても20%近くの頻度で入院後症状が悪化している。」としている。)にかんがみると,原告の逸失利益は,相当程度減額されてもやむを得ないというべきであり,その減額割合は4割程度とするのが相当である。 したがって,原告の逸失利益は,以下のとおり,1936万6023円となる。 418万円×7.7217(ライプニッツ係数)×(1-0.4)=1936万6023円(円以下切り捨て)(2) 介護費用について前記1(5)アに認定した原告の後遺障害及び同イに認定したとおり,昼間は原告が1人で生活し,昼食も準備されたものを食べることができることなどに照らすと,原告には,少なくとも1日2500円程度の介護費用相当額の損害が今後15年間(ライプニッツ係数は10.3796)必要となるものと認めるのが相当である。 そうすると,原告に生じた介護費用相当額の損害は,以下のとおり,947万1385円となる。 2500円/日×365日×10.3796(ライプニッツ係数)= 947万1385円(3) 慰謝料について原告の後遺症の程度,原告はその稼働により経済的に原告の家族を支えてきた一家の支柱である《証拠略》ところ,本件により労働能力を100パーセント喪失したことその他諸般の事情を考慮すれば,原告の慰謝料は1800万円 の程度,原告はその稼働により経済的に原告の家族を支えてきた一家の支柱である《証拠略》ところ,本件により労働能力を100パーセント喪失したことその他諸般の事情を考慮すれば,原告の慰謝料は1800万円が相当である。 (4) 弁護士費用について弁護士費用については,上記(1)ないし(3)の合計4683万7408円の10パーセント程度の470万円が相当である。 (5) したがって,以上の合計5153万7408円の損害が原告に生じたものと認められる。 第4 結論以上のとおり,原告の請求は,5153万7408円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年5月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余は,理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について,民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。 新潟地方裁判所第2民事部裁判長裁判官犬飼眞二裁判官大野和明裁判官加藤聡

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