【DRY-RUN】主 文 一 被告が、昭和五三年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について昭和五四 年一〇月五日付でなした不当労働行為救済命令主文第1ないし第6項は、これを取 消す。 二 訴訟費用中、本訴により生
主文 一被告が、昭和五三年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について昭和五四年一〇月五日付でなした不当労働行為救済命令主文第1ないし第6項は、これを取消す。 二訴訟費用中、本訴により生じた費用は被告の負担とし、補助参加により生じた費用は補助参加人の負担とする。 事実 第一当事者の求めた裁判 一原告らの請求の趣旨 1 被告が昭和五三年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について昭和五四年一〇月五日付でなした不当労働行為救済命令主文第1ないし6項は、これを取消す。 2 訴訟費用は、被告の負担とする。 二請求の趣旨に対する被告の答弁 1 原告らの請求を棄却する。 2 訴訟費用は、原告らの負担とする。 三請求の趣旨に対する補助参加人の答弁 1 原告らの請求を棄却する。 2 訴訟費用は、原告らの負担とする。 第二当事者の主張 一請求の原因 1 補助参加人は、被告に対し、原告らを被申立人として不当労働行為に対する救済の申立をしたところ(大阪府地方労働委員会昭和五三年(不)第四号不当労働行為救済申立事件)、被告は、昭和五四年一〇月五日付で、原告らに対し別紙の命令書の主文に記載の通りの命令(以下本件命令という。)を発し、右命令は、同日原告らに交付された。 2 しかし、本件命令は違法であるから、この取消を求める。 二被告の認否及び主張 1 請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。 2 被告の認定した事実及び法律上の判断は、別紙命令書の理由に記載の通りであって、右事実認定及び法律上の判断は、正当であるから、本件命令は適法である。 3 なお、後記四の2の原告らの主張は争う。 三補助参加人の認否 請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。 四被告の右主張に対する原告の認否及び主張 1 別紙命令書理由の第1の1の(1)の事実は認め なお、後記四の2の原告らの主張は争う。 三補助参加人の認否請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。 四被告の右主張に対する原告の認否及び主張 1 別紙命令書理由の第1の1の(1)の事実は認める。 同(2)の事実は争う。補助参加人の組合員はaを除いた六名である。 同第1の2及び3の事実は認める。 同第1の4の(1)の事実は認めるが、(2)の事実は知らず、(3)の事実は争う。b及びcが組織した補助参加人組合は、非組合員に対し、補助参助人組合に加入すれば、旧日産金属工業株式会社(旧日産)が潰れても、強力な支援団体の応援で、退職金はもちろん解決金の名目で多額の金銭が取れるといつて、加入の勧誘をしたが、それに批判的であつた非組合員は、それに従わず、自らの判断により、全金同盟日産金属工業労働組合の方へ加入したものである。 同第1の5の(1)の事実のうち、旧日産の代表者dらが従業員に対し何の理由も告げずにいきなり工場閉鎖の提案をしたこと、fがgから、「おばはん(b)ら二人を辞めさせるため、……また戻つてきてくれ。」と告げられたこと、以上の事実はいずれも争う。cとbの両名は、旧日産の提案を補助参加人組合壊滅手段であるとの虚偽の主張をして、滋賀工場への移動、退職、再就職の斡旋のいずれをも容れなかつたため、旧日産は他に対処の方法がなく、昭和四八年二月中旬頃に大阪工場の操業を停止せざるをえなくなつたものである。 同(2)の事実は争う。旧日産の大阪工場閉鎖の最大の理由は、ダイキンの家庭用空調器部門が滋賀に移転したことにより、ダイキンの下請を主とする旧日産の大阪工場が不用になつたからである。その外に、旧日産の滋賀工場には新式の機械を導入してJIS規格製品を生産できるのに対し、大阪工場では旧式機械しか設置してなかつたのでその製作ができないことも理由の一 阪工場が不用になつたからである。その外に、旧日産の滋賀工場には新式の機械を導入してJIS規格製品を生産できるのに対し、大阪工場では旧式機械しか設置してなかつたのでその製作ができないことも理由の一であつたに過ぎないのである。 同(3)は認める。 同(4)ないし(8)の事実は争う。 同第1の6の(1)の事実のうち、昭和五〇年六月頃、旧日産が補助参加人に対し原告大阪日産を分離することを提案したこと、昭和五〇年六月二八日付協定が交されたことは認めるが、その余は争う。 同(2)、(3)の事実は認める。 同(4)の前段の事実は認めるが、その余は争う。 同第1の7の(1)の事実は認める。 同(2)の事実のうち、dが、昭和五二年五月一三日、原告大阪日産を訪ね、従業員に対し、原告大阪日産の閉鎖を提案したことは認めるが、その余は争う。 同(3)の事実のうち、原告大阪日産の振出にかかる金額一二〇万円の約束手形が不渡となつたことは認めるが、その余は争う。 同(4)の事実のうち、前段の部分は認めるが、その余は争う。 同(5)の事実は争う。 同(6)、(7)の事実は認める。 同第1の8の事実は争う。 昭和五二年の夏季一時金については、当時、原告大阪日産は、その従業員に対する賃金の支払いを遅滞しており、右賃金さえ満足に支払えない状況にあつたから、被告主張の如き夏季一時金に関する合意をする筈がない。このことは、右夏季一時金に関する協定書が作成されていないところからも明らかである。 同第1の9の事実のうち、hが労災事故によつて受傷したことは認めるが、その余は争う。 同第1の10の事実は認める。 同第2の点は争う。 2 本件命令の違法本件命令は、次に述べるとおり、事実の誤認及び判断の誤謬により法律の適用を誤まつた違法な命令であるから、その取消を免れえ 。 同第1の10の事実は認める。 同第2の点は争う。 2 本件命令の違法本件命令は、次に述べるとおり、事実の誤認及び判断の誤謬により法律の適用を誤まつた違法な命令であるから、その取消を免れえない。 (一) b外五名の解雇の経緯(1) 原告らは、もと、原告らと同商号の日産金属工業株式会社という一個の会社(旧日産)であつて、昭和三一年四月一二日、大阪市<以下略>に設立され、昭和三九年二月、ダイキン工業株式会社(以下、ダイキンという。)の指定外注工場となり、昭和四一年六月、事業の拡張に伴い、本社及び工場を大阪市<以下略>(現在の大阪日産の所在地)に移転させ、ダイキン堺製作所の家庭用空調器部品のプレス加工を主に、仕事量のほとんどをダイキンからの注文によつていた。 (2) ダイキン堺製作所には、産業用空調器部門と家庭用空調器部門とがあつたところ、そのうち家庭用空調器部門だけが昭和四五年頃から滋賀県草津市の工業団地に工場を新築して移転を始め、昭和四六年中頃にはフル生産の態勢に入つた。 そこで、親会社であるダイキンの右移転に伴う受注、納入等の不便、能率の低下、さらには、旧日産の工場が住宅地域にあつて、昭和四二年以来、付近の住民から騒音や振動による公害問題での抗議を受けていたことなどから、滋賀県に工場を移転する計画を立て、昭和四五年一二月、滋賀県甲賀郡<以下略>に用地を購入して工場を完成させ、昭和四六年から、それを主力工場として稼働させた。 (3) ところが、旧日産は、大阪と滋賀に工場を分散させたことにより、経営上多くの困難に直面した。 (4) そこで、旧日産は、昭和四七年末頃、その大阪工場を閉鎖して、機械等の工場設備と従業員とを滋賀工場に集約することにし、昭和四八年一月、管理職二名を含む一〇名余の大阪工場全従業員に対し、昭和四八年二月二八日をもつ 日産は、昭和四七年末頃、その大阪工場を閉鎖して、機械等の工場設備と従業員とを滋賀工場に集約することにし、昭和四八年一月、管理職二名を含む一〇名余の大阪工場全従業員に対し、昭和四八年二月二八日をもつて大阪工場を閉鎖し、大阪工場の設備を滋賀工場に移すと同時に、従業員も滋賀工場に移つてもらうこと、滋賀工場への移動が困難な従業員には規定の退職金の他に特別な手当を支給するから退職してほしいこと、再就職希望者には旧日産において就職先を斡旋すること、以上のことを申し入れた。 (5) 旧日産の右申し入れに対して、管理職二名及び従業員二名が滋賀工場への転勤を承諾し、b及びcを除くその余の従業員は、退職勧告に応じたが、補助参加人に所属したb及びcはそれに応ぜず、総評全国金属労働組合の支援を受けて、支援団体と共に大阪工場を占拠し、操業の継続を要求した。 そこで、旧日産は、b、c及びその支援団体の幹部との間で数次にわたる団体交渉を行なつたが、b及びcは、昭和四八年二月頃の団体交渉の席で、数十名の支援労働組合員と共に、旧日産の当時の代表取締役dら役員を取り囲み、旧日産に対し、次のような要求をした。 ① 旧日産は、大阪工場の不動産賃借権、機械、什器、備品等一切を労働組合に無償で譲渡し、当座の運転資金を提供せよ。 ② 旧日産が右要求に応じられないならば、b及びcの一生の生活の面倒をみよ。 右要求に対しdが沈黙していると、右bらは、b及びcに対し金一〇〇〇万円宛支払えと要求し、最後には、金三〇〇〇万円宛支払えとの要求をするに至つた。 (6) b、c及び支援労働組合員は、旧日産が、昭和四八年二月二六日限り大阪工場の操業を停止し、右要求に応じないとみるや、同日以降連日の如く旧日産の役員の自宅へ大挙して押しかけ、玄関先において、口々に怒号したり、罵声を発したり、扉を強打して窓 昭和四八年二月二六日限り大阪工場の操業を停止し、右要求に応じないとみるや、同日以降連日の如く旧日産の役員の自宅へ大挙して押しかけ、玄関先において、口々に怒号したり、罵声を発したり、扉を強打して窓ガラスを割つたり、深夜にいやがらせや強迫の電話をかけたり、自宅周辺一帯に、旧日産やその役員を誹謗するビラを貼りめぐらし、さらには、大挙して滋賀工場に押しかけ、制止を振り切つて工場内に乱内し、工場事務所の机の上に土足のままで上がつたり、役員をつるし上げたりするなど、ありとあらゆる無法な行為を反覆累行した。 (7) 旧日産は、それに耐えかねて、昭和四八年四月一八日、b及びcの所属する補助参加人と、その上部団体である総評全国金属労働組合大阪地方本部を相手方として、被告に対し、大阪工場を占拠していた支援労働組合員の立退きと、b及びcの退職とを要求して、その斡旋の申請をしたが、補助参加人らがそれを拒否したため、不調に終つた。 (8) 補助参加人及び支援団体は、次いで、ダイキンに対して攻撃の鋒先を向け、ダイキンの本社がある新阪急ビルに連日数十名が押しかけ、ダイキンの下請業者担当の幹部であるi及びjらを追いまわし、胸倉を掴んでワイシヤツのボタンを引きちぎるなどの暴行、脅迫を繰返して団体交渉を要求し、それに屈服したダイキンは、団体交渉の席で、旧日産に対し大阪工場の操業を再開できるよう指導することを約束させられ、旧日産は、ダイキンから因果を含められ、bとcの職場を確保するだけの目的で、dの実弟である専務取締役gを責任者とし、滋賀工場の事務職従業員一名を加えた合計四名をもつて大阪工場を再開した。 (9) 補助参加人の支援団体の労働組合員は、右の余勢をかつて、作業中、無断で大阪工場内に立ち入り、我物顔に工場内を歩きまわり、旧日産の専務取締役gに対し、勢威を示して威嚇 つて大阪工場を再開した。 (9) 補助参加人の支援団体の労働組合員は、右の余勢をかつて、作業中、無断で大阪工場内に立ち入り、我物顔に工場内を歩きまわり、旧日産の専務取締役gに対し、勢威を示して威嚇を加え、ダイキンからの発注量がわずかであつて、増員の必要もなかつたのに、操業再開時に旧日産に強要して締結させた協定を楯に、従業員の増員を強要し、支援団体において補充要員を斡旋すると称して、畑違いの者を紹介し、それについての団体交渉を強要したので、旧日産は、昭和四八年八月、やむを得ず、職業安定所を通じて、k、l、hの三名を雇用するに至つた。 (10) 旧日産は、次の理由から、昭和五〇年八月一日、大阪工場と滋賀工場とを分割し、法人格を異にする原告らとして発足した。 ① 旧日産は、昭和五〇年六月一日当時、滋賀工場の固定資産を担保に、一億〇五〇〇万円の長期借入金債務と、三五〇〇万円の手形債務とを負担していた。 ② 旧日産は、いわゆるオイルシヨツクによる景気の低迷と、慢性不況のもとでは、当分の間、赤字経営から脱却できず、それを乗り越えるため、保証協会等の公共金融機関から運転資金等の借入れをするための諸届をするについて、二県にまたがつて操業していることにより、二重の手続を要するのを回避するため、旧日産を府県単位に分割して資金繰の便をはかる緊急の必要性があつた。 ③ 旧日産を大阪と滋賀の二つに分割した場合、各会社に個別の代表者を選任することができ、それぞれ現地で即決的に事務手続をすることができると共に、経営諸活動(取引先との連絡、受注、営業販売、労務対策等)も、現地でそれぞれに即応した活発な活動ができる。 従来は、重要事項の決定及びその運用のため、大阪と滋賀間の往来及び連絡に多大な不利、不便があつたが、右分割によりそれを解消できる。 ④ 滋賀県は、びわ湖がある関 ぞれに即応した活発な活動ができる。 従来は、重要事項の決定及びその運用のため、大阪と滋賀間の往来及び連絡に多大な不利、不便があつたが、右分割によりそれを解消できる。 ④ 滋賀県は、びわ湖がある関係で、公害規制が厳しく、また農村地帯でもあるため、従業員の生活環境及び生活意識も、都市である大阪とは大いに異なるところ、大阪と滋賀という異質なものを分割することにより、それぞれの地域に応じた方針を採り入れて、各地域に即応した対策がたてられる。 ⑤ 納税上の手続がそれぞれ一本化され、経費支出の面で有利となる。 ⑥ 分割により、それぞれの経営が独立するため、新規受注先の開拓、新製品の開発などについて、独自性、責任感、競争意識が生じ、経営活動の積極化と効率化が期待できる。 ⑦ 大阪工場においては、資産の七〇パーセントは、償却済みで資本負担が軽く、借入金、支払手形、金利の負担がないから、諸経費がかからず、そのため、軽量小物で付加価値の高いものを製作すれば、経営効率が良くなる。 ⑧ 他方、滋賀工場は、資本負担が大きく、かつ借入金の返済、利息の支払、手形の割引料の支払だけでも、月額二七〇〇万円を必要とするため、大型、重量物で売上げ金類の張る製品への転換をせざるをえず、以後新規受注先の開拓に必死の努力を必要とする。 (11) 原告大阪日産は、旧日産を分割して、昭和五〇年八月一日に資本金三〇〇万円をもつて設立され、当初は原告滋賀日産を通じ、ダイキンの下請仕事を受注することによつて経営を維持し、その後、国鉄関係の製罐加工や、住宅用門扉とフエンスの製作をしたり、自社製品として独自にフラワースタンドを開発して発表したり、昭和五〇月一〇月には、八〇〇万円の資金を投入してベンダー(鉄板の折り曲げ器)を購入するなどして、業績向上のために懸命の努力を重ねていたが、慢性的な景気 独自にフラワースタンドを開発して発表したり、昭和五〇月一〇月には、八〇〇万円の資金を投入してベンダー(鉄板の折り曲げ器)を購入するなどして、業績向上のために懸命の努力を重ねていたが、慢性的な景気の低迷の影響を受けて、業績が上らず、昭和五二年に入るや、不振の一途をたどり、昭和五二年一月以降は、わずか一〇名足らずの従業員に対する給料さえ支払うことができない状態が六カ月間も続き、昭和五一年九月の決算期において一七〇〇万円であつた累積赤字が、昭和五二年六月の決算期には三八八〇万円の累積赤字となるに至つた。 (12) そこで、原告大阪日産は、昭和五二年五月一三日の団体交渉において、補助参加人に対し、目下の難局を打開して事態を収拾することは到底不可能であるから、原告日産を閉鎖したく、その場合、従業員にはできるかぎりの保障を考えていることを申し入れ、その後それについて七回にわたる団体交渉を行ない、右の申し入れを続けたところ、補助参加人は、昭和五二年五月三〇日の団体交渉において、原告大阪日産の代表取締役gに対し、原告大阪日産に対する債権者から原告大阪日産を守つてやるとの口実のもとに、「譲渡協定書」と題する書面をつきつけて、それへの署名押印を強要した。 右書面には、原告日産が不渡りを出したり、銀行取引停止に至つた場合や、その他同書面に記載された条件を満たす事態が発生した場合には、原告大阪日産の敷地及び建物の賃借権、建物附属設備、機械、車輛、什器備品一切を補助参加人に譲渡することという、いわば補助参加人が企業設備を丸取りすることを内容とするものであつた。 しかし、原告大阪日産には、多数の債権者があり、多額の債務を負担していたから、右署名押印に応ずれば、補助参加人とその支援団体のそれまでの行状からみて、原告大阪日産の企業設備を補助参助人に丸取りされるこ かし、原告大阪日産には、多数の債権者があり、多額の債務を負担していたから、右署名押印に応ずれば、補助参加人とその支援団体のそれまでの行状からみて、原告大阪日産の企業設備を補助参助人に丸取りされることが明らかであつたので、原告大阪日産の代表者gは、原告大阪日産の実印は原告滋賀日産の代表取締役が保管していると偽つて、右署名押印をかろうじて免がれた。 (13) 原告大阪日産は、昭和五二年六月一日、額面一二〇万円の不渡手形を出して事実上倒産した。 原告大阪日産は、それに至るまで、昭和五二年二月ないし四月には、資金繰りのため原告滋賀日産から融通手形を借りて、これを大阪信用金庫で割引いてもらい、かろうじて倒産を免がれていたが、同金庫は融通手形であることを察知したのか、昭和五二年五月頃から割引を渋るようになり、他方、原材料の仕入先からは現金決済を迫られたため、ついに資金繰りができなくなり、昭和五二年五月三一日満期の手形の決済ができなくなつて倒産するに至つた。 (14) 原告大阪日産は、右のような事態に陥りながらも、せめて従業員の給料だけは手当しなければならないと考え、原告滋賀日産にその資金の融通を請うたところ、原告滋賀日産は、当時、原告大阪日産に対し一五〇〇万円にのぼる貸付けをし、そのため経営危機に当面していたのにもかかわらず、原告滋賀日産所有の工場建物を担保としてダイキンから一〇〇〇万円の融資を受け、そのうち七〇〇万円を原告大阪日産に貸し与えた。原告大阪日産は、それをもつて三カ月分の未払給料の支払、不渡手形の決済、その他昭和五二年七月末の決済に充てた。 (15) 原告大阪日産は、その後昭和五二年一〇月中頃まで、やり繰算段をして操業を続けたが、累積赤字に加えて、営業資金も枯渇するに至り、材料の仕入れすらできなくなつた。 (16) そこで、原告大阪日産 15) 原告大阪日産は、その後昭和五二年一〇月中頃まで、やり繰算段をして操業を続けたが、累積赤字に加えて、営業資金も枯渇するに至り、材料の仕入れすらできなくなつた。 (16) そこで、原告大阪日産は、昭和五二年一〇月二八日の団体交渉において、補助参加人に対し、原告大阪日産の閉鎖の申し入れをし、昭和五二年一一月一九日付書面により、補助参加人に対し、会社解散の意思を表明した。 かくして、原告大阪日産は、昭和五二年一二月二〇日開催の株主総会の決議により解散し、昭和五二年一二月二六日、従業員のb外五名全員(aは従業員ではない。)に対し、昭和五二年一二月三〇日、原告大阪日産の清算事務所において未払賃金、退職金、解雇予告手当等の支払をする旨を附言したうえ解雇通告をすると共に、原告滋賀日産が、滋賀銀行石部支部から緊急融資を受けた資金を用意して補助参加人の組合員の来訪を待つたが、指定期日に指定場所に来なかつた。原告大阪日産は、昭和五三年一月一一日、それを大阪法務局に供託した。 (二) 原告滋賀日産の解散及び従業員全員の解雇の経緯(1) 原告滋賀日産が、原告大阪日産と分離以後、原告大阪日産に貸付けた金額は、前記のb外五名の退職金等合計八六八万二〇四六円を含めて二八〇三万一六七七円であつて、それに原告大阪日産の非労働組合員である事務職員の退職金等一一一万五六〇三円を含めると、総計二九一四万七二八〇円に達し、これが原告滋賀日産の経営をも圧迫して、財政困難に陥り、終には、原告滋賀日産の工場閉鎖及び従業員二四名全員の解雇から会社の解散へと進展した。 (2) 原告滋賀日産は、他方において、前記のとおり、原告大阪日産に対する回収不能な不良貸付金の累増による営業資金の枯渇に加え、昭和五三年一月頃から、親会社であるダイキンからの発注の急激な減少により、経営不能の一途をた は、他方において、前記のとおり、原告大阪日産に対する回収不能な不良貸付金の累増による営業資金の枯渇に加え、昭和五三年一月頃から、親会社であるダイキンからの発注の急激な減少により、経営不能の一途をたどるのみであつて、そのまま推移すれば、昭和五三年三月頃には倒産が必至と予想された。 そこで、原告滋賀日産は、これを未然に防止するため、まず、昭和五三年二月二〇日、その従業員二四名で構成された日産金属工業労働組合(同盟)にその窮状を説明して対策を協議し、次いで、昭和五三年二月二三日、ダイキンの幹部と会談して、自己の窮状を説明したうえ、ダイキンからの強力な資金援助及び発注量の増加等を懇請し、もしそれが容れられなければ、ダイキンにおいて、原告滋賀日産を吸収してくれるよう申し入れたが、そのいずれをも拒否されたので、不渡倒産等不慮の事態を避けるため、ダイキンのm購売次長を通じ、ダイキンから、昭和五三年三月末日をめどに、右同盟の協力を得て、内整理のため工場を閉鎖することのやむなきことを説明して了承を得た。 なお、その際、原告滋賀日産とダイキンとの間で、原告滋賀日産がダイキンから貸与されていた金型(約一五〇〇面、時価三億円相当)の返却について、ダイキンが一挙にそれを引揚げれば、原告滋賀日産の作業は即日停止して、原告滋賀日産の内外においてパニツク状態をひき起こすことになるとして、内整理の段階において徐々に搬出することとする旨の合意が成立した。 (3) それに基づいて、原告滋賀日産は、役員全員が手分けをして、内整理の作業に着手したが、その直後である昭和五三年二月二五日(同日は滋賀日産の定休日であつた。)の午前七時前、ダイキンのm次長から、電話で、原告滋賀日産のn業務課長に至急出社するようにとの要請があり、同課長が午前七時一五分頃、原告滋賀日産へ出社したとこ 日(同日は滋賀日産の定休日であつた。)の午前七時前、ダイキンのm次長から、電話で、原告滋賀日産のn業務課長に至急出社するようにとの要請があり、同課長が午前七時一五分頃、原告滋賀日産へ出社したところ、既に工場内には、ダイキンから派遣されたリフト三台、レツカー車一台、トラツク一〇台、バス一台と作業員約六〇名が待機しており、m次長は、いきなり同課長に対し、かねて原告滋賀日産とダイキンとの間で交わされていた購買基本契約たる「契約解除通知および貸与品引揚げ通知書」と題する文書を手渡したが、同課長は、状況を直ちに察知し、原告滋賀日産の代表取締役の了解なしに右金型等を引揚げることを拒否した。m次長は、その場で、原告滋賀日産の代表取締役dに電話し、右金型等を引揚げる旨通告したところ、それに驚いた同人が原告滋賀日産の工場に駆けつけたが、そのときには、ダイキンから派遣された作業員が右金型等を手当り次第に搬出していたため、同人がm次長に激しく抗議して、自分の乗用車を工場出入口に駐車させてその搬出を妨害しようとするも、右作業員はリフトで右乗用車を排除し、右金型等を実力で搬出してしまつた。 m次長がdに説明したところの右搬出に至つた理由は、右搬出は不本意ではあるが、右金型によつて製造されている部品のダイキンへの供給が滞ると、ダイキンの製造ラインも停止し、それによりダイキンは一日数億円もの損失を被るからであるとの趣旨であつた。 (4) 原告滋賀日産は、右搬出の当時、内整理につき労働組合との話合いが円滑に進行し、昭和五三年二月末日支払の手形決済の資金も、中小企業金融公庫から三〇〇〇万円の融資を受けて切り抜けるめどもついていたが、右搬出により、右融資を拒否されたうえ労働組合側からは、右搬出につき、ダイキンとdとの間で事前に打合わせたのではないかとの疑念をもたれ、更 ら三〇〇〇万円の融資を受けて切り抜けるめどもついていたが、右搬出により、右融資を拒否されたうえ労働組合側からは、右搬出につき、ダイキンとdとの間で事前に打合わせたのではないかとの疑念をもたれ、更には、右搬出が債権者にも知れて、原告滋賀日産の周囲は、大混乱となつた。 それでも、真相が判明するにつれて、労働組合にも、債権者にも、右搬出がダイキンによる抜打ち的行為であつたことが理解され、結局、昭和五三年三月一五日、労働組合との間で、労働組合は、原告滋賀日産の解散に伴う組合員二四名全員の解雇、及び、それらの者に対する未払賃金、解雇予告手当、退職金として合計二六六三万九二〇一円の支払いについて同意すること、並びに、原告滋賀日産が右支払をなしたときは、労働組合において工場や事務所の占拠その他の清算を妨げるべき行為は一切しないこととの協定を締結するに至つた。 (5) かくして、原告滋賀日産は、中小企業金融公庫との間で、融資についての交渉を再開し、原告滋賀日産の不動産を担保として三〇〇〇万円を借入れ、それをもつて、労働組合に二六六三万九二〇一円を、非労働組合員である事務職員六名に約四〇〇万円をそれぞれ支払い、昭和五三年三月二五日開催の株式総会において、解散決議をし、解散登記を経由した。 (6) その後、原告滋賀日産は、まず、工場内の機械、什器、備品等一切の売却をし、次いで、工場、事務所建物、敷地等全資産を売却し、それらの売却代金等合計一億五三五五万五八四〇円を、中小企業金融公庫、取引銀行、一般債権者に対する負債合計一億六一五三万四三七二円及び法人税、地方税合計一二二五万九〇〇〇円の内入弁済に充当するなどして清算手続を実施したが、なおかなりの残債務があるため、清算手続の結了には至つていない。 (三) 本件命令の違法、不当性(1) 企業主は、企業を解体 計一二二五万九〇〇〇円の内入弁済に充当するなどして清算手続を実施したが、なおかなりの残債務があるため、清算手続の結了には至つていない。 (三) 本件命令の違法、不当性(1) 企業主は、企業を解体し、事業を廃止する自由を有している。従つて、企業主が、経営上の理由から企業を解体して従業員を解雇することは正当であつて、それが不当労働行為となることはありえない。 即ち、営業の自由は、職業選択の自由の一側面として、憲法の保障するところであるが、それは、組織的には、その欲する企業を形成し、改造・譲渡し、廃止する自由を、行為法的には、その欲する企画に従つて経営活動を営む自由を保障するものである。 他方、不当労働行為を禁止するのは、企業内における労働者の労働組合活動の自由を確保させて、企業内における労使対等の原則を維持させるものであるから、不当労働行為制度は、企業の存在を前提としてはじめて成立するものである。 従つて、仮に、企業の解散の動機において不当労働行為意思を蔵していたとしても、解散が虚偽ないしは擬装のものでない限り、解散決議により、不当労働行為制度の存在の前提である企業自体が消滅してしまうことになるから、解散について不当労働行為の問題を生ずる余地はない。 これを本件についてみると、次のとおりとなる。 原告大阪日産は、前述の如く、数年にわたつて、経営維持のために最大の努力を積み重ね、原告滋賀日産も、それに最大限の支援をしてきた。しかし、原告大阪日産は、万策尽きて、営業の廃止の外にない事態となり、原告大阪日産を支援してきた原告滋賀日産も、その影響を受けて企業閉鎖をせざるをえない破局を迎えた。 従つて、原告らの解散が擬装のものでないことはもちろん、被告主張の如き、労働組合の壊滅を意図してなされたものではない。 そもそも、企業は、労働組合を存 受けて企業閉鎖をせざるをえない破局を迎えた。 従つて、原告らの解散が擬装のものでないことはもちろん、被告主張の如き、労働組合の壊滅を意図してなされたものではない。 そもそも、企業は、労働組合を存続させるためにのみ存続しているのではなく、企業をめぐつて多数の取引関係が成立しているものであるところ、企業を解散するということは、それをも失わせることになるから、企業主は、他の利害関係者等からの制約と、自らの企業経営意欲とに縛られて、相当な理由がない限り、企業を廃止することはありえない。 ところが、被告は、旧日産が補助参加人の存在を嫌悪していたことなど、数個の理由をあげて、原告大阪日産の解散と従業員の解雇は、補助参加人の壊滅を企図してなされたものとしたうえ、右解雇は、不当労働行為であるから、無効であると結論付け、既に営業活動を停止し、収益の方途を失い、しかも原告滋賀日産の解散によつてその支援をも失つてしまつていた原告大阪日産に対し、解雇通告日である昭和五二年一二月二六日以降、前記bらを解雇がなされたものとして取扱い、賃金相当額の支払を命じているが、これは、前記のとおり、まつたく不当である。また、原告滋賀日産について、原告大阪日産は、原告滋賀日産と法人格を異にするも、業務内容等を共通にし、原告大阪日産独自の経営活動がみられないから、原告大阪日産は、原告滋賀日産と実質上同一の企業であるとして、原告大阪日産のなした不当労働行為について、原告滋賀日産もその責任を負うべきであるとしながら、原告滋賀日産は、昭和五三年三月二五日に解散し、その従業員は全員退職するに至つており、それが不当労働行為になるものとは認められないから、原告大阪日産による右不当労働行為による原告滋賀日産の右責任も、賃金等の支払に関しては、昭和五三年三月二五日までに限られると結論し、な 至つており、それが不当労働行為になるものとは認められないから、原告大阪日産による右不当労働行為による原告滋賀日産の右責任も、賃金等の支払に関しては、昭和五三年三月二五日までに限られると結論し、なお、原告大阪日産の解散は、擬装と認められないから、それを理由とする原告大阪日産再開の申立は容れられないとしている。しかし右は、まず、独自の経営活動がみられず、原告滋賀日産の一部門に過ぎない原告大阪日産に対して、賃金等の支払義務を無限定に負わせながら、共同責任者たる原告滋賀日産の支払義務を原告滋賀日産の解散日までに限定したのは、本末転倒であつて、原告滋賀日産の支払義務をその解散日までに限定するならば、原告大阪日産についてもその解散日までに限定されるべきである。次に、原告大阪日産の解散が擬装でないとするならば、解散は、真の解散であつて、それは、企業がその主体を消滅させて、他との法律関係をすべて解消させることを目的とするものであるから、労働者としては、解散によつて生ずる結果を受忍するほかはなく、不当労働行為を論ずる余地がないというべきところ、被告は、本件命令において、右解散及びそれによる解雇を不当労働行為であると判断した誤りを犯しており、更には、解散により営業活動を停止し、将来収益を期待しえない清算法人に対し、解雇された従業員を解雇されなかつたものとして扱い、賃金の支払という実現不可能なことを命じた点において誤りを犯している。 (2) 本件命令は、原告大阪日産が、昭和五二年七月頃、補助参加人に対して、昭和五二年夏季一時金について、一人当り賃金一カ月分と一律一〇万円を支払うことを約したことを認定して、別紙命令書主文1の(2)の命令を出しているが、原告大阪日産は、昭和五二年に入つてから、従業員に対して賃金すら満足に支払えない窮状に陥り、昭和五二年五月末 〇万円を支払うことを約したことを認定して、別紙命令書主文1の(2)の命令を出しているが、原告大阪日産は、昭和五二年に入つてから、従業員に対して賃金すら満足に支払えない窮状に陥り、昭和五二年五月末日には、不渡手形を出すまでに追いつめられていたから、補助参加人から夏季一時金を世間並みに支給せよとの要求はあつたが、その賃金を調達できる見込みもなく、右要求に対し、積極の回答を与えなかつたものである。従つて、右命令は不当である。 (3) 本件命令は、aと原告大阪日産との関係について、aが昭和五二年七月一八日頃から原告大阪日産においてプレス関係等の仕事に従事していたこと、市岡社会保険事務所が、昭和五二年七月二三日付で、aに対し、原告大阪日産を事業所とする健康保険被保険者証を交付したこと、aが昭和五二年七月分ないし九月分の賃金を原告大阪日産から受領したこと、原告大阪日産がaに解雇通告をしていないのは単なる手続上の過誤にすぎないことから、aが昭和五二年七月一八日頃から原告大阪日産に雇用されたものと認めて、別紙命令書主文2の命令を出している。しかし、原告大阪日産は、前記のとおり、昭和五二年に入つてから、従業員の賃金すら満足に支払えない窮状に陥り、昭和五二年五月末には、不渡手形を出したのであるが、その直後、補助参加人を支援していた全国金属労働組合田中支部青婦部所属のoが、aを連れて、原告大阪日産に押しかけ、債権者から原告大阪日産を守つてやるとの名分でaの雇用を強要したのに対し、原告大阪日産は、かねて総評全国金属労働組合大阪地方本部大正ブロツクの幹部から、右田中支部の推薦にかかる者を雇用すると会社を潰されると説明されていたので、債権者に対しては、戸締りを厳重にして自衛措置を構ずると答える一方、aに対しては、その雇用を拒絶したのにもかかわらず、補助参加人と 部の推薦にかかる者を雇用すると会社を潰されると説明されていたので、債権者に対しては、戸締りを厳重にして自衛措置を構ずると答える一方、aに対しては、その雇用を拒絶したのにもかかわらず、補助参加人と右oは、無断で、aを、原告大阪日産の工場二階の更衣室に寝泊りさせ、それ以来、原告大阪日産の抗議に対しては、支配介入であると反論して、聞き入れず、aをして原告大阪日産の作業を手伝わせ、原告大阪日産の経理担当者pを脅して、アルバイト料名下に金員の支払をさせ、また、市岡社会保険事務所に虚偽の申し立てをして右被保険者証の交付を受け、更に、原告大阪日産の所在地にaの住民登録をしたものであつて、原告大阪日産は、aと雇用契約を締結したことはなく、従つて、解雇通告をする必要もなかつたのであるから、右命令は不当である。 (4) 本件命令のうち、別紙命令書主文3の不当なことは、左(1)に述べたとおりである。 (5) 本件命令は、別紙命令書主文4において、hに対する労災一時金及び休業補償給付の法定外補償金の支給を命じている。しかし、そもそも原告大阪日産の工場は、補助参加人組合員らに占拠されて、その中にあるプレス六台、熔接機三台、ボール盤二台、その他工具類を処分できないため、その支払ができないのであるから、右命令は、この点で不当であるのみならず、右命令は、次の理由によつても不当である。 まず、補助参加人が、本件不当労働行為救済命令の申立てにおいて、hの労働災害による一時金及び休業補償給付の法定外補償を請求している根拠は、原告滋賀日産と補助参加人との間で交されたとされる昭和四八年一一月三〇日付協定書(丙第一九号証)の四項の労働災害補償協定に基づくものと思われるが、右協定書は、丙第一五号証の一ないし四の確認書、丙第一八号証の三の謝罪書等と同じく、補助参加人組合員とその 八年一一月三〇日付協定書(丙第一九号証)の四項の労働災害補償協定に基づくものと思われるが、右協定書は、丙第一五号証の一ないし四の確認書、丙第一八号証の三の謝罪書等と同じく、補助参加人組合員とその支援労働組合員ら数一〇名が原告滋賀日産の代表者dを取り囲み、監禁状態のもとで、長時間にわたり、こづいたり、蹴とばしたりの暴行脅迫を加えたうえ、補助参加人が予め条項全文を記載した文書をdに突きつけて、無理矢理署名、指印させたものであるから、右補償を請求する根拠とはなしえず、原告滋賀日産は、右協定書四項の意思表示を強迫による意思表示として、原告ら提出の昭和五六年三月三〇日付準備書面において取消の意思表示をし、右意思表示はその頃補助参加人代理人に到達した。従つて、右協定書はこれにより失効した。 仮に右協定が有効であつたとしても、補助参加人には、h個人の右補償請求権を、裁判外においても、労働委員会や、裁判上においても、同人に代つて管理、行使する資格はない。これを、労働委員会に対する救済命令申立てについてみるならば、右救済命令は、使用者が行なつた労働慣行に対する不公正な違反について、使用者をしてそれから生じた結果を事実上排除させ、それがなかつたならばあつたであろう状態、即ち原状を回復するための必要な措置を講ぜしめると共に、労働組合主義の労働慣行(自由平等な団体交渉の原則、そのための自由かつ自主的な団結と争議の自由の原則)を正常な状態におくことを目的とする行政処分であるから、右原状回復は、その行為の効力とは無関係に、事実上の措置として命ぜられることを要し、救済の範囲は、原状回復に必要な範囲に限られるべきであつて、労働委員会は、原状回復としての復職命令等を発することはできても、私法上の権利の確定ないしはその実現を命ずる権限を有しない。労働者が私法上の権利の 範囲は、原状回復に必要な範囲に限られるべきであつて、労働委員会は、原状回復としての復職命令等を発することはできても、私法上の権利の確定ないしはその実現を命ずる権限を有しない。労働者が私法上の権利の確定ないしはその実現を求めるのは、司法裁判所に対してであつて、行政委員会たる労働委員会にそれを求めることはできず、労働者にそれができない以上、補助参加人がそれをできないのは当然の帰結である。hの前記補償請求権は、まさに原状回復とはなんらの関わりはなく、それについての救済命令は、不適法である。 なお、不当労働行為としての不利益取扱いは、過去または他との比較において判断されるべきものであるが、被告は本件命令において、hが労働組合員であるからという理由のみから本件命令を発しているのであつて、比較の対象についてなんら明らかにしていないから、この点からも不適法である。 (6) 本件命令は、別紙命令書主文5において、原告らに対し、その事業の再開を前提として、前記bらの原職復帰を命じているが、原告らの事業の再開はありえないから、右命令は不当である。 (7) 本件命令は、別紙命令書6において、原告らに対しポスト・ノーテイスを命じているが、原告らを消滅させたb及び補助参加人らこそ厳しく指弾さるべきであつて、補助参加人らに破壊されたともいうべき原告らに対し、右ポスト・ノーテイスを命ずるのは不当である。 (四) 結語以上述べたとおり、本件命令はすべて違法かつ不当なものであるから、原告らはそれに従うことはできず、その取消を求める。 五前記四の2の原告らの主張に対する補助参加人の認否 1 前記四の2の(一)の(1)の事実は認める。 同2の(一)の(2)の事実中、ダイキン堺製作所には産業用空調器部門と家庭用空調部門とがあつたところ、そのうち家庭用空調器部門だけが昭和四 加人の認否 1 前記四の2の(一)の(1)の事実は認める。 同2の(一)の(2)の事実中、ダイキン堺製作所には産業用空調器部門と家庭用空調部門とがあつたところ、そのうち家庭用空調器部門だけが昭和四五年頃から滋賀県草津市の工業団地に工場を新築して移転を始め、昭和四六年頃にはフル生産の状態に入つたこと、旧日産は親会社であるダイキンの右移転に伴つて受注、納入等の不便、能率の低下をしたこと、旧日産が滋賀県に工場を移転する計画を立て、昭和四五年一二月、滋賀県甲賀郡<以下略>に用地を購入して工場を完成させ、昭和四六年からそれを主力工場として稼動を始めたこと、以上の事実は認めるが、旧日産の工場が住宅地域にあつて、昭和四二年以来付近の住民から騒音や振動による公害問題での抗議を受けていたことは否認する。 同2の(一)の(3)の事実は否認する。 同2の(一)の(4)の事実中、旧日産は、昭和四七年末頃大阪工場を閉鎖して機械等の工場設備と従業員とを滋賀工場に集約することにしたことは不知、その余の事実は認める。 同2の(一)の(5)の事実中、旧日産の申し入れに対して補助参加人に所属したb及びcはそれに応ぜず、総評全国金属労働組合の支援を受けて操業の継続を要求したこと、旧日産は、b、c及びその支援団体の幹部との間で数次にわたる団体交渉を行なつたことは認めるが、その余の事実は否認する。 同2の(一)の(6)の事実中、b、c及び支援労働組合員が旧日産の役員の自宅や滋賀工場を訪ねたこと、ビラを貼つたことは認めるが、その余の事実は否認する。 同2の(一)の(7)の事実中、旧日産が耐えかねたこと、支援労働組合員が大阪工場を占拠していたことは否認するが、その余の事実は認める。 同2の(一)の(8)の事実中、ダイキンが補助参加人と団体交渉をもつたこと、ダイキンは旧日産 旧日産が耐えかねたこと、支援労働組合員が大阪工場を占拠していたことは否認するが、その余の事実は認める。 同2の(一)の(8)の事実中、ダイキンが補助参加人と団体交渉をもつたこと、ダイキンは旧日産に対し大阪工場の操業を再開できるよう指導することを約束したことは認めるが、その余の事実は否認する。 同2の(一)の(9)の事実中、補助参加人の支援団体が補充要員を斡旋したこと、それについて団体交渉がもたれたこと、旧日産は昭和四八年八月職業安定所を通じてk、l、hの三名を雇用したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。 同2の(一)の(10)の事実中、旧日産は昭和五〇年八月一日大阪工場と滋賀工場とを分割し、それぞれ法人格を異にする原告らとして発足したことは認めるが、その余の事実は否認する。 同2の(一)の(11)の事実中、原告大阪日産は昭和五〇年八月一日資本金三〇〇万円をもつて設立され、当初は原告滋貿日産を通じてダイキンの下請仕事を受注することによつて経営を維持したこと、原告大阪日産は昭和五〇年一〇月にはベンダー(鉄板の折り曲げ器)を購入したこと、原告大阪日産は昭和五二年一月以降従業員に給料を支払わなかつたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。 同2の(一)の(12)の事実中、原告大阪日産は昭和五二年五月一三日の団体交渉において補助参加人に対し大阪日産の閉鎖を申し入れたこと、その後七回にわたる団体交渉で右申し入れを続けたこと、「譲渡協定書」と題する書面には、原告大阪日産が不渡りを出したり銀行取引停止に至つた場合や、その他同書面に記載された条件を満たす事態が発生した場合には、原告大阪日産の敷地及び建物の賃借権、建物の附属設備、機械、車輛、什器備品一切を補助参加人に譲渡することが記載されていること、原告大阪日産の代表 書面に記載された条件を満たす事態が発生した場合には、原告大阪日産の敷地及び建物の賃借権、建物の附属設備、機械、車輛、什器備品一切を補助参加人に譲渡することが記載されていること、原告大阪日産の代表表gは原告大阪日産の実印は原告滋賀日産の代表取締役が保管していると発言したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。 同2の(一)の(13)の事実中、原告大阪日産が昭和五二年六月一日額面一二〇万円の不渡手形を出したことは認めるが、その余は争う。 同2の(一)の(14)の事実中、原告滋賀日産がその所有の工場建物を担保としてダイキンから一〇〇〇万円の融資を受け、そのうち七〇〇万円を原告大阪日産に貸し与え、原告大阪日産はそれをもつて三ケ月分の未払給料を支払つたことは認めるが、その余は争う。 同2の(一)の(15)の事実は不知。 同2の(一)の(16)の事実中、原告大阪日産は、昭和五二年一二月二〇日開催の株主総会の決議により解散したこと、aは原告大阪日産の従業員でないこと、以上の事実は否認するが、その余の事実は認める。 2 同2の(二)の(1)ないし(4)は争う。 同2の(二)の(5)の事実中、原告滋賀日産が解散登記をしたことは認めるが、その余は争う。 同2の(二)の(6)の事実中、原告滋賀日産が清算手続を結了していないことは認めるが、その余は争う。 3 同2の(三)は争う。 六補助参加人の主張 1 補助参加人の労働組合結成の理由(一) 補助参加人組合は、昭和四七年一〇月一一日に結成されたものであるが、その当時における旧日産の労働条件は著しく前近代的であり劣悪であつた。その具体的状況は、次に例示する如きであつた。 (1) 賃金について補助参加人の委員長であるbの昭和四七年三月当時の日給は、入社三年目にしてわずか一四〇〇円であり、当 前近代的であり劣悪であつた。その具体的状況は、次に例示する如きであつた。 (1) 賃金について補助参加人の委員長であるbの昭和四七年三月当時の日給は、入社三年目にしてわずか一四〇〇円であり、当時の大阪における最低賃金が一三九〇円であつたことに照しても、著しく低賃金であつた。ちなみに、旧日産の従業員一八名の賃金総支出額は、一ケ月約一〇八万円であつた。 このような旧日産の従業員の低賃金に対して、その取締役三名の報酬は一ケ月合計一三二万円にもなつていた。 右のとおり、旧日産従業員は、旧日産から苛酷に搾取されていた。 (2) 有給休暇使用についての労働基準法違反行為旧日産においては、昭和四六年以前において、年次有給休暇をわずか三日間に制限されていたが、従業員からの労働基準法に違反するとの指摘を受けて、その後六日間に改められた。 しかし、その後も、年次有給休暇をとつたことに対して適正な賃金が支払われないなどの労働基準法違反行為が繰返され、昭和四六年二月においては、六日間の年次有給休暇日数の総べてについて、賃金の六〇パーセントしか支払われなかつた。 また、昭和四七年二月には、一ケ月前から年次有給休暇の申請をしたのにもかかわらず、五日間の年次有給休暇について、そのうち四日間を欠勤扱いとし、賃金を支払わなかつた。更には、昭和四七年九月、事前に年次有給休暇の申請をしたのにもかかわらず、それを欠勤扱いとし、賃金を支払わなかつたし、本来二日分支給されることになつていた皆勤手当も、一日分しか支給されなかつた。 (3) 被災害労働者に対する非人間的処遇旧日産は、従業員二名が労働災害によつて負傷し、それが治癒していないのにもかかわらず、労働を強要し、労働災害補償をしないまま退職を余儀なくさせた。 (4) 時間外労働の強制旧日産は、昭和四六、四七年に昼休 、従業員二名が労働災害によつて負傷し、それが治癒していないのにもかかわらず、労働を強要し、労働災害補償をしないまま退職を余儀なくさせた。 (4) 時間外労働の強制旧日産は、昭和四六、四七年に昼休みの四〇分間において、女子従業員に対し便所の掃除を強制し、また三六協定が締結されていないのに、終業時刻である午後五時以降において、整理作業を強制し、しかも時間外手当を支払わなかつた。 (5) 退職金について旧日産には退職金規定が無く、退職金がまともに支払われたことはなかつた。 (6) 賃金の未払旧日産は、昭和四七年五月、一方的な都合により出勤日を休暇とし、それを年次有給休暇に充てさせて、その賃金を支払わなかつた。 (二) そこで、右のような前近代的、劣悪な労働条件を改善し、労働者の労働条件の向上と権利の確立とを目的として、補助参加人が結成された。 右の目的は、補助参加人の結成と同時に、旧日産に提示された要求書の内容(有給休暇の確立、退職金制度の明示、賃金引上げ、会社の都合による休暇の場合の賃金保障)から明らかである。 2 旧日産による第二組合結成への策動(一) 旧日産は、補助参加人組合が結成されるや、それを嫌悪し、直ちに反組合策動を開始し、第二組合である全金同盟日産金属工業労働組合(以下、同盟と略称する。)を結成させるに至つた。 (二) 同盟は、補助参加人組合を抑圧、壊滅させる目的で、旧日産により、意図的に結成されたものである。 このことは、昭和四七年一一月九日付で作成された旧日産と同盟との間の労働協約書の表紙に、日産金属工業株式会社との文字がタイプで打刻されていることから窺い知ることができる。 実際にも、旧日産は、同盟を、補助参加人の組合活動を抑制し、補助参加人の旧日産に対する要求を押さえるために利用した。例えば、昭和四七年度の年末一時 プで打刻されていることから窺い知ることができる。 実際にも、旧日産は、同盟を、補助参加人の組合活動を抑制し、補助参加人の旧日産に対する要求を押さえるために利用した。例えば、昭和四七年度の年末一時金の交渉について、旧日産は、補助参加人を労働組合として認めず、「滋賀で労働組合を結成しているところであるからそれまで待て。」との理由で、補助参加人からの再三にわたる団体交渉の要求を拒否し、旧日産と同盟との間で妥結した後に初めて団体交渉に応じ、その後も、「同盟と同一条件で妥結せよ。」と迫つた。同盟の御用組合的性格は、昭和四八年二月二七日の補助参加人と旧日産との団体交渉の際、同盟の組合長であつたqが旧日産側の一員として出席し、「旧日産の会社解散に応ぜよ。」との発言をしたこと、旧日産からの閉鎖の提案後に、大阪に来て、従業員の退職工作を行なつたことから裏付けられる。また、旧日産は、同盟結成後、補助参加人組合を壊滅させるため、大阪本社工場の従業員に対し、補助参加人組合への加入を拒否して同盟へ加盟するよう、種々の工作を施した。 (三) その結果、旧日産大阪工場における補助参加人の組合員数は、増加しなかつた。 これは、ひとえに旧日産による右工作の結果である。 3 旧日産による擬装工場閉鎖の策動と不当労働行為(一) 旧日産の大阪工場閉鎖提案から再開までの経過は、別紙命令書理由の第1の5に記載のとおりである。 (二) 原告らは、工場閉鎖の提案の理由として、大阪と滋賀に工場を分散したことにより、旧日産は経営上あまたの困難に直面するようになつた旨主張する。 しかし、右は、決して大阪工場の工場閉鎖の真の理由ではない。このことは、工場閉鎖問題に関し、度々団体交渉がもたれてきたが、一度としてそのような理由が述べられたことはないこと、ダイキンから旧日産金属に発注される空調 決して大阪工場の工場閉鎖の真の理由ではない。このことは、工場閉鎖問題に関し、度々団体交渉がもたれてきたが、一度としてそのような理由が述べられたことはないこと、ダイキンから旧日産金属に発注される空調器部門は、主として、家庭用空調器部門がダイキン滋賀工場から旧日産滋賀工場へ、産業用空調器部門がダイキン金岡、淀川及び堺工場から旧日産大阪工場へ別れて発注されており、両工場は機能を分担していたこと、工場の分散は、企業の規模にかかわらず一般に数多く存在するところであつて、それによつて経営上の困難を生じることは考えられず、実際にも、そのような経営困難は生じていなかつたこと、などから明らかである。 工場閉鎖の提案当時、旧日産は、全体として順調な経営を営んでおり、およそ大阪工場を閉鎖する理由はなかつた。 (三) 旧日産が、大阪工場の閉鎖を提案したのは、経営上の理由からではなく、補助参加人の破壊を企図したものに外ならない。即ち、補助参加人は、その結成後、前記の如き要求書を掲げて労働条件の改善、及び労働者の権利の確立を明確に宣言して、補助参加人の委員長bの有給休暇に対する未払賃金を支払わせたり、しばしば団体交渉をもつて、補助参加人の存在及び交渉権を確認させ、更には、昭和四七年度冬季一時金の支給、及び昭和四八年一月以降の賃金引上げを容れさせる成果をあげた。旧日産は、補助参加人の右の如き基本姿勢と組合活動とを著しく嫌悪し、前記の如き御用組合の結成、補助参加人組合への加入の妨害、冬季一時金交渉に際しての補助参加人の無視、その他後述の如き労務屋の導入と組合員に対するいやがらせの挙に出たが、それらは、いずれも不成功に終つた。そこで、旧日産は、大阪工場には嫌悪すべき補助参加人が存在し、大阪工場を閉鎖すれば、組合員が滋賀工場へ転勤することは不可能であるから、退職せざる がらせの挙に出たが、それらは、いずれも不成功に終つた。そこで、旧日産は、大阪工場には嫌悪すべき補助参加人が存在し、大阪工場を閉鎖すれば、組合員が滋賀工場へ転勤することは不可能であるから、退職せざるをえなくなり、その結果、補助参加人を消滅させることができるであろうし、仮に転勤ができたとしても、補助参加人の上部団体、支援団体からの援助が不可能となり、そうなれば、女性二名のみで構成されている補助参加人を破壊することが容易になるものと判断して、滋賀工場は、昭和四五年一二月に新設され、昭和四六年から稼動を始め、昭和四七年一〇月の補助参加人の結成まで、大阪工場及び滋賀工場が共存し、大阪工場の閉鎖などまつたく問題となつたことはなかつたのにもかかわらず、補助参加人の結成後二、三ケ月足らずの間に、前記の如き様な補助参加人に対する嫌悪及び壊滅策を講じたうえ、その意図を貫く手段として、大阪工場の閉鎖の提案をするに至つたものである。 (四) また、旧日産による大阪工場閉鎖の提案は、次のとおり補助参加人組合員に対する恫渇の手段としてなされたものであつた。 旧日産の専務取締役gは、昭和四七年一二月一二日、旧日産の事務所において、前記b及びcの両名に対し、なんらの理由も明らかにすることなく突然に、「昭和四八年一月いっぱいで会社を閉鎖する。」と申し渡した。右gは、その前日には、大阪工場をモデル工場にすると提案したばかりであつたのである。 しかし、右提案は、補助参加人の上部団体の地域役員の交渉によつて、一旦は撤回された。 旧日産は、右提案により、補助参加人を恫喝すると共に、昭和四七年一二月二三日、一時金についての団体交渉の際、突如、旧日産側の一員として、労務屋であるrを加えた。同人は、かつて他の会社において労働組合対策に従事してきたものであるが、団体交渉の当日初め 昭和四七年一二月二三日、一時金についての団体交渉の際、突如、旧日産側の一員として、労務屋であるrを加えた。同人は、かつて他の会社において労働組合対策に従事してきたものであるが、団体交渉の当日初めて旧日産に姿を現わし、その後も旧日産の仕事は一切せず、労働組合対策のみに携わつていたものであつて、いわゆる労働組合壊滅のために雇われた労務屋であることが明らかであつた。 右rは、昭和四八年一月、前記b及びcに対して、退職を強要したり、他の従業員に対し、「右両名の退職に協力してほしい。」旨働きかけるなど、補助参加人の破壊のための言動を続けた。 (五) 前記b及びcの両名は、いずれも主婦であつて、しかも夫や子供と同居して夫と共稼ぎをしていたから、滋賀工場へ転勤することは、家庭の破壊をもたらすことは火を見るより明らかであつたのであり、旧日産は、このことを充分知りつつ、右両名に転勤か退職かの二者択一を迫つたものであつて、二者択一とはいいながら、退職の途しか残されていなかつた。就職先の斡旋をするといいながら、それも実際にはなされず、結局は、体の良い右両名の追い出し策にほかならなかつたのである。 他方、旧日産は、補助参加人の組合員である右両名に対し、昭和四八年一月一五日の工場閉鎖提案に至るまで、執拗に退職工作をしており、昭和四八年二月三日頃には、旧日産の専務取締役gにおいて、従業員のfに対し、「おばはん(b)ら二人を辞めさせるために工場をいつたん閉めるから、一ケ月位下請の不二金属という企業で働いてくれ。おばはんらが辞めたら再開するから、また戻つてきてくれ。」と擬装退職を勧告したのであつて、旧日産の計画に従つて退職した従業員についても、工場閉鎖に合理的理由があつて退職したものである。 そもそも、前近代的、劣悪な労働条件の下で、短期間で辞めていく従業員が多 擬装退職を勧告したのであつて、旧日産の計画に従つて退職した従業員についても、工場閉鎖に合理的理由があつて退職したものである。 そもそも、前近代的、劣悪な労働条件の下で、短期間で辞めていく従業員が多い旧日産においては、閉鎖の提案がなされれば、その理由の有無を問わず退職する者が多く出ることはもとより、理由がなく右提案がなされるような会社に対しては、嫌気を催し、将来に対する希望を失つて辞めていく者が多出することも当然の事象であり、中小企業においてはそれに抗すべき手段もないのが実態である。転勤についても、同様の理由から、会社の言うがままにならざるをえない。 旧日産は、従業員の右の如き心理状態を利用し、補助参加人の組合員についても、同様の状態に追い込むことにより、退職せざることを得なくすることを企図して、右b及びcを追い出すことを策したものである。 4 大阪工場再開後の旧日産による不当労働行為旧日産の大阪工場は、昭和四八年七月に再開されたが、右再開後も、旧日産の補助参加人に対する嫌悪の姿勢は変らなかつた。すなわち、(一) 旧日産は、昭和四八年七月一一日頃から同年一〇月一三日頃まで、p総務課主任を使つて、補助参加人組合員の行動を逐一チエツクし、行動監視記録を作成した。このことは、昭和四八年一一月一日になつて発覚し、右p主任及びdは、右事実を認め、補助参加人に対し謝罪した。 (二) 旧日産は、旧日産と補助参加人間の昭和四八年七月四日付協定書の事前協議及び同意約款を無視し、女子従業員三名及びs技術部長とt(hとは別人)人事部長を一方的に雇用したが、これは、補助参加人に対する対策であつた。 5 大阪日産と滋賀日産への法人分離(一) 旧日産は、昭和五〇年七月一日、本社を現在の原告滋賀日産の所在地へ移転し、昭和五〇年八月一日、原告大阪日産と原告滋賀日産と 補助参加人に対する対策であつた。 5 大阪日産と滋賀日産への法人分離(一) 旧日産は、昭和五〇年七月一日、本社を現在の原告滋賀日産の所在地へ移転し、昭和五〇年八月一日、原告大阪日産と原告滋賀日産とに分離された。その経過は、別紙命令書第一の6に記載のとおりである。 (二) 法人分離について問題となるのは、旧日産から昭和五〇年六月に提案された法人分離の意図である。 原告は、法人分離の理由として、前記四の2(一)(10)①ないし⑧の八項目を挙げているが、それは、いずれも、旧日産が昭和五〇年六月六日に提出した分割目論見書に記載されているところのものと同一である。 しかしながら、それはいずれも法人分離の理由になりえないものである。即ち、①は、単なる事実の記述に過ぎないのであつて、法人分離の根拠を示したものではなく、しかも、右事実自体も、法人分離と無関係のものである。②ないし⑤は、複数の工場を有する企業が多数存在し、各工場毎に機能を分担し、適切に運営されている世間一般の通例から考えて、それ自体分離の必要性を導き出すものではない。 ⑥については、二個の法人となれば、むしろ競争意識が鈍摩することが通例となつていることからして、分離の理由たりえない。⑦、⑧も単なる事実の記述であり、それらは、各工場の個性を生かすという健全な運営のための手段たりえても、法人分離の理由とはならない。 以上の如く、原告が理由としているところのものは、いずれも法人分離についての経営上の合理性を理由付けておらず、法人分離をもつともらしく説明するための理屈に過ぎない。 右法人分離の真の意図は、次のとおり、別のところにあつたのである。即ち、第一に、滋賀工場に大阪工場の労使関係についての責任が及ぶことを回避すること、第二に、大阪工場における労働条件が滋賀工場の労働条件に影響を及ぼす事 図は、次のとおり、別のところにあつたのである。即ち、第一に、滋賀工場に大阪工場の労使関係についての責任が及ぶことを回避すること、第二に、大阪工場における労働条件が滋賀工場の労働条件に影響を及ぼす事態を回避すること、第三に、これが最も重要であるが、大阪工場のみを閉鎖し、原告滋賀日産の存続を図る基礎を用意すること、などであつた。 そのうち、第二の意図は、旧日産が、団体交渉の際、法人分離の提案の理由として、滋賀工場の労働者が一時金や、賃金等の労働条件について、大阪工場より劣悪であることに不満を抱き、大阪工場と同一水準にせよと要求し、それにより、経営上不都合な事態が生じていると言明していること、及び、旧日産が、前記目論見書において、分割の理由として挙げた前記④において、婉曲的に表現されているところによつて窺い知ることができる。 第一及び第三の意図は、法人分離後における、原告大阪日産の次の如き経営姿勢が雄弁に物語つている。 (1) 原告大阪日産の代表者gは、法人分離後、それまでにも増して原告大阪日産へ出社しなくなり、二、三日に一回、しかも一回三〇分に過ぎないという状態であつた。 (2) 原告滋賀日産は、原告大阪日産への発注の努力をまつたくなさなかつた。 原告滋賀日産は、ダイキンから受注が十分にあり、順調な経営であつたのにもかかわらず、意図的に原告大阪日産への発注をなさなかつた。また、国鉄からの製罐関係の大きな発注があつたのにもかかわらず、これを受注量の不足していた原告大阪日産へ回わさず、外注に出すありさまであつた。 (3) その他にも、原告らは、原告大阪日産の事業の発展にまつたく努力しなかつた。この点につき、原告らは、分離後にも、住宅用門扉、フエンス、フラワースタンドの製作に努力した旨主張しているが、それは、すべて法人分離前の仕事である。また、 日産の事業の発展にまつたく努力しなかつた。この点につき、原告らは、分離後にも、住宅用門扉、フエンス、フラワースタンドの製作に努力した旨主張しているが、それは、すべて法人分離前の仕事である。また、原告滋賀日産は、「原告大阪日産に資金援助をすれば取引銀行からクレームをつけられる。」との口実のもとに原告大阪日産への資金援助を怠つた。 補助参加人は、旧日産のそれまでの補助参加人を嫌悪する姿勢及び閉鎖策動から、右意図を見抜き、法人分離に反対せざるをえなかつた。しかし、補助参加人は、旧日産の強引さと、旧日産は、その主張がとおらなければ、経営を放棄してきた過去の例とに鑑み、そのような事態を回避するために、法人分離後の原告らの責任の一体性を認めさせることを条件に、法人分離に同意せざるをえなかつた。 6 本件解散及び解雇に至つた経過(一) 補助参加人は、原告滋賀日産に対し、原告大阪日産への発注を要請し、ダイキンに対し発注の増加の要請をし、あるいは補助参加人において新たな受注先の紹介をし、さらに、運営資金の確保などに八方努力をして、昭和五一年以降意図的に経営を放棄してきた原告大阪日産の経営姿勢を変えさせるべく説得を重ねた。 しかし、その甲斐なく、原告滋賀日産代表者dは、昭和五二年五月一三日、突如として原告大阪日産の閉鎖を提案した。そして、それに次いで、原告大阪日産は、昭和五二年六月一日、不渡手形を出すに至つた。この手形不渡は、原告大阪日産の閉鎖、解散を強行するため意図的になされたものにほかならない。なぜなら、(1) 不渡金額は、一二〇万円に過ぎなかつたところ、不渡の出た翌日である昭和五二年六月二日には、原告滋賀日産から約一〇五万八五四七円の入金がなされ、それにより不渡処分を免れた。 (2) 不渡手形の債権者のうち三社には、不渡後間もなく、原告大阪日産から 渡の出た翌日である昭和五二年六月二日には、原告滋賀日産から約一〇五万八五四七円の入金がなされ、それにより不渡処分を免れた。 (2) 不渡手形の債権者のうち三社には、不渡後間もなく、原告大阪日産からの支払がなされている。 (3) 不渡手形の債権者については、いずれも原告滋賀日産との取引関係を維持するため、話し合いによつて不渡手形となることを回避することが可能であつた。 (4) 昭和五二年六月一日には、多くの企業に少額の借入金の返済が行なわれているから、当時資金不足であつたならば、従来からの取引関係からして話し合いにより借金の返済を保留することが可能であつた。 (5) 原告大阪日産の代表者gは、昭和五二年五月三〇日の補助参加人との団体交渉の際、原告大阪日産の実印は、原告滋賀日産の代表取締役が保管しているとの発言をしており、これは、原告滋賀日産が原告大阪日産についての実権を有していたこと及びp総務主任の発言からみて、真実に合致している。この発言について原告らは、「企業設備一切を補助参加人に丸取りされることを防ぐため、偽りの発言をした。」と主張するが、原告大阪日産の工場敷地、建物の大部分はuの所有であり、かつ、いずれも根抵当権が設定されていたから、譲渡協定書を交したところで、補助参加人が企業設備を丸取りすることにはならない。しかも、その後、補助参加人がそれを使用協定書の交換に切り替えたことからも明らかなように、補助参加人は、債権者が工場の機械類を持ち出し、それが散逸することを防止するために、右譲渡協定書を交させたものである。 なお、前記gは、右不渡前の昭和五二年五月二八日、補助参加人組合員に対し、「どうしても一二〇万円の用意ができないから手形の不渡りを出すかもしれない。」との予告をした。 右のとおり、原告大阪日産が、閉鎖の提案後、手形不渡の予 昭和五二年五月二八日、補助参加人組合員に対し、「どうしても一二〇万円の用意ができないから手形の不渡りを出すかもしれない。」との予告をした。 右のとおり、原告大阪日産が、閉鎖の提案後、手形不渡の予告をし、それを回避できたのにもかかわらず、あえて手形を不渡としたのは、補助参加人をして、企業閉鎖の途しかないと信じさせ、それへの反対を諦めさせるための布石としたものである。 (二) 補助参加人は、右不渡発生以降、原告大阪日産の経営を立て直すべく、原告大阪日産の代表者gを通じて原告滋賀日産の代表者dの団体交渉への出席を再三要求した。これに対して、gは、「昭和五二年五月一三日の団体交渉では、大阪日産を閉鎖したいとは発言していない。誤解されては困る。そのようにdが言つている。誤解だから別に心配しなくてもいい。だから団体交渉にdが出席する必要はない。」旨繰返すのみであつた。 昭和五二年六月二一日、同年九月二八日、同年一〇月五日、同年一〇月二七日の各団体交渉においては、主として補助参加人から、原告大阪日産代表者gに対する経営努力をすることの要請と、原告滋賀日産代表者dの団体交渉への出席の要請とに終始した。gは、前者の点についてはのらりくらりとした態度であり、後者については言い訳をするのみであつて、同人からは企業閉鎖及び解散の話は一切出されず、その点について協議はまつたくなされなかつた。 他方、補助参加人は、窮地を脱するため、自らダイキンと交渉し、原告大阪日産の運転資金として、原告滋賀日産に一〇〇〇万円の融資をさせることに成功した。 しかし、原告滋賀日産の代表者dは、右のうち、七〇〇万円しか原告大阪日産に渡さず、三〇〇万円は、原告滋賀日産に充ててしまつた。しかも、補助参加人は、六ケ月分の未払賃金のうち三ケ月分(総額一二〇万円)しか受取ることをせず、それ dは、右のうち、七〇〇万円しか原告大阪日産に渡さず、三〇〇万円は、原告滋賀日産に充ててしまつた。しかも、補助参加人は、六ケ月分の未払賃金のうち三ケ月分(総額一二〇万円)しか受取ることをせず、それ以外は原告大阪日産の運転資金に充てさせるとの協力をしたのにもかかわらず、gは、自ら一〇〇万円を費消し、かつ、同人の昭和五二年一月から四月までの手当として約一〇一万円を受取つた。 ともあれ、補助参加人の努力により、原告大阪日産の閉鎖の提案は、しばらくの間持ち出されることはなかつた。 (三) 昭和五二年一〇月二七日の原告大阪日産と補助参加人との団体交渉は、原告大阪日産の代表者gの「原告大阪日産は、私の一存ではどうしようもないところにきている。」との発言に代表されるとおり、原告大阪日産の消極的態度に終始したが、これに対し補助参加人は、原告大阪日産の経営努力を要請し、その結果、最終的には、次のとおりの確認が交された。 (1) 原告大阪日産は、昭和五二年一〇月二八日、補助参加人が原告大阪日産に仕事を回わしてもらうべく見つけてきた会社の経営者と会うこと。 (2) 原告大阪日産は、資金導入について原告滋賀日産の代表者dと十分に話し合うこと。 (3) 原告大阪日産は、昭和五二年一一月三日または同月四日のいずれかに、再度団体交渉に応じ、その際、dも出席させること。 しかしながら、gは、翌日、原告大阪日産から逃亡し、その後原告大阪日産に姿を見せなかつた。 そこで、補助参加人は、dに対し再三団体交渉の申し入れを行なつたが、同人はそれに応じなかつた。 g及びdは、右のような反組合的言動をとり続けたほか、次のとおり、意図的に原告大阪日産を破滅させる行動をとり続けた。 (1) 昭和五二年一一月一八日、ダイキンから、原告滋賀日産に対して、原告大阪日産向けの発注がなされたのにも 合的言動をとり続けたほか、次のとおり、意図的に原告大阪日産を破滅させる行動をとり続けた。 (1) 昭和五二年一一月一八日、ダイキンから、原告滋賀日産に対して、原告大阪日産向けの発注がなされたのにもかかわらず、その発注の主要部分について、納期である昭和五二年一一月二八日より遅れた同年一一月三〇日になつて、それを原告滋賀日産から原告大阪日産へ郵送するなど、意識的に仕事を不可能ならしめた。 (2) 昭和五二年一一月七日頃、gとdがダイキン金岡に赴き、原告大阪日産への発注を断つた。 (3) gとdは、昭和五一年九月頃、有限会社瀬戸内興業なる別会社を設立し、本社をgの自宅に置き、原告大阪日産の総務課主任pを取締役とし、gが一〇〇万円を出資した。瀬戸内興業は、その経費を原告大阪日産で清算したり、原告大阪日産の仕事を自ら行なうなど、明らかに原告大阪日産の別会社であり、昭和五二年一〇月以降、その営業活動が強化された。 (4) 補助参加人が、原告大阪日産に紹介した受注先は、再建のために有力な手掛りとなりえたのにもかかわらず、gは、意図的にそこからの受注を不可能ならしめた。 7 不当労働行為意思(一) 旧日産は、補助参加人組合員である前述b及びcに反感を抱き、それを嫌悪しており、可能ならば旧日産から排除したいとの願望を有していたところ、それが法人分離後の原告らにも、受け継がれたものであつて、それは、原告らの反組合的感情に変化が無いこと、及び法人分離後における原告らの前記行動から明らかである。 (二) 旧日産の営業状態の悪化は、旧日産が補助参加人を嫌悪し、閉鎖提案の前後において、意図的に営業努力の放棄、及び、法人分離後における補助参加人壊滅のための原告大阪日産についての破壊工作によつて、もたらされたものである。このようなことがなければ、原告大阪日産の経営は決 後において、意図的に営業努力の放棄、及び、法人分離後における補助参加人壊滅のための原告大阪日産についての破壊工作によつて、もたらされたものである。このようなことがなければ、原告大阪日産の経営は決して悪化することはなかつた。 次に、原告大阪日産の代表者gは、補助参加人を破壊するために自殺的行為に出たものであつて、経営者によるそのような行為は、幾多の事例を有し、決して、企業にとつて利益がないものではない。 (三) 以上要するに、本件解散及び解雇は、補助参加人が結成されて以来、旧日産及び原告らがとつた一連の組合敵視行為に基づくところの経営努力の放棄の結果であつて、その決定的動機は、不当労働行為意思にあるものである。このことは、原告らの営業状態が悪化していたとしても、なおかつそれが解雇の決定動機とはならなかつたであろうことからも明らかである。 8 不当労働行為による会社解散及び解雇の無効(一) 株式会社の解散決議が反労働組合的意図でなされた場合、その決議は、不当労働行為として無効である。 職業選択の自由ないし営業の自由は、自由競争を前提とする資本主義のもとにおいて、これを認めることがより公益に合致することから保障されているに過ぎず、従つて、公共の福祉を確保するためには、営業の開始や継続について多くの制約を受け、営業の廃止についてもその例外とはなりえない。 しからば、全従業員ないしは労働組合員全員を解雇することによつて、労働組合を壊滅させることを図つた企業の廃止は、営業の自由(廃止の自由)の濫用であり、民法九〇条の公序良俗に反するものとして無効というべきである。このように解しないと、通常の不当労働行為による解雇が無効であるのに対して、それが会社解散に伴う全員の解雇の場合であれば、有効であるとの不合理な結果を招くことになる。 営業の自由とい べきである。このように解しないと、通常の不当労働行為による解雇が無効であるのに対して、それが会社解散に伴う全員の解雇の場合であれば、有効であるとの不合理な結果を招くことになる。 営業の自由といえども、今日においては、大幅な制約が認められていること前記のとおりであるから、不当労働行為を禁止して、労働者の権利を具体的に保障した労働組合法を前提とする以上、不当労働行為を構成する会社の解散は制約を受け、その効力を否定されるべきである。 従つて、補助参加人の壊滅を目的としたことが明らかな本件解散決議は、憲法二八条、労働組合法七条一号、三号に違反し、企業廃止の自由を濫用したものであつて、公序良俗に反するから無効であり、右解散決議に基づいて行なわれた本件解雇も、無効である。 (二) 仮に、解散決議は有効であつたとしても、本件解雇は無効である。 企業廃止の自由を根拠として、解散を有効としても、不当労働行為を理由として解雇を無効とすることを妨げるものではなく、それによつて、企業主が営業を継続せざるをえなくなつたとしても、それは企業主が労働契約上の賃金支払、ないしは、損害賠償等の義務を負担することとなるため、間接的に労務の提供を受領することを強制される結果となるに過ぎず、直接に営業の自由を侵害することにはならない。 従つて、前記のとおり不当労働行為であることが明らかな本件解雇は無効である。 9 原告滋賀日産の責任(一) 原告滋賀日産と原告大阪日産とは、形式上別法人ではあるが、次の理由から、実質上同一企業である。 (1) 原告滋賀日産の工場は、元来、旧日産の一工場であつたところ、旧日産の本社を大阪工場から現在の原告滋賀日産の工場に移転すると共に、旧日産の従前の本社所在地に原告大阪日産を設立した。 (2) 旧日産と補助参加人との間で、原告大阪日産と原告 一工場であつたところ、旧日産の本社を大阪工場から現在の原告滋賀日産の工場に移転すると共に、旧日産の従前の本社所在地に原告大阪日産を設立した。 (2) 旧日産と補助参加人との間で、原告大阪日産と原告滋賀日産とは、補助参加人に対する責任の関係で一体であるとの合意があることを前提に、法人分離がなされた。 (3) 原告らは、共にダイキンの下請として、産業用及び家庭用空調器部品のプレス加工等を営み、原告大阪日産は、原告滋賀日産がダイキンから受注した仕事を回してもらう形で仕事をし、ダイキンからの指示も、原告滋賀日産を通じて、原告大阪日産になされていた。 (4) 原告滋賀日産と原告大阪日産との役員は、ほとんどd一族で占められており、そのうち、gとvとが共通の取締役であり、監査役も共通である。 (5) 原告滋賀日産は、法律上も旧日産と同一企業体であり、原告らの株主のほとんどは共通である。 (二) 原告滋賀日産と原告大阪日産との同一性を持ち出すまでもなく、右原告らと補助参加人との間で法人格分離後も、原告らの補助参加人に対する責任は一体である、との合意を内容とする労使の協定書(丙第二三号証の一、三)が交されている。 (三) いずれにしろ、原告大阪日産の不当労働行為について、原告滋賀日産も、その責任を免れることができない。 10 その他の点について訴外aと原告大阪日産との雇用関係、賃金の未払、夏季一時金の締結、及び、労働災害による一時金、休業補償給付の法定外補償の締結については、別紙命令書に記載のとおりである。 補助参加人の組合員に対する賃金、夏季一時金の未払、及び、労災補償金の未払が、いずれも原告らの一連の不当労働行為から考えて、補助参加人組合員の動揺を誘い、補助参加人組合の壊滅を企図したものであるといわざるを得ず、不当労働行為を構成することは明白であ び、労災補償金の未払が、いずれも原告らの一連の不当労働行為から考えて、補助参加人組合員の動揺を誘い、補助参加人組合の壊滅を企図したものであるといわざるを得ず、不当労働行為を構成することは明白である。 七補助参加人の主張に対する原告らの認否補助参加人の右主張は争う。 第三証拠(省略) 理由 一補助参加人が被告に対し、原告らを被申立人として不当労働行為に対する救済の申立をしたところ(大阪府地方労働委員会昭和五三年(不)第四号不当労働行為救済申立事件)、被告が、昭和五四年一〇月五日付をもつて、原告らに対し、別紙命令書の主文記載の命令を発し、右命令は、同日原告らに交付されたこと、以上については当事者間に争いがない。 二本件命令の適否そこで、本件命令の適否について判断する。 1 当事者原告らの前身である日産金属工業株式会社(旧日産)は、昭和三一年四月一二日、大阪市<以下略>に設立され、昭和三九年二月、ダイキン工業株式会社の指定外注工場となり、昭和四一年六月、事業の拡張に伴い、本社及び工場を大阪市<以下略>(現在の原告大阪日産の所在地)に移転したこと、その後旧日産は、昭和四五年一二月、滋賀県甲賀郡<以下略>(現在の原告滋賀日産所在地)に滋賀工場を新設し、昭和五〇年七月一日、旧日産の本社を右滋賀工場に移転したこと(これが原告滋賀日産である)、昭和五〇年八月一日、原告滋賀日産の大阪工場が同原告から分離され、原告大阪日産が設立されたこと、原告滋賀日産と原告大阪日産とは、いずれも訴外ダイキンの下請として、産業・家庭用空調器部品のプレス加工を営んでいたこと、旧日産大阪工場の従業員b及びcは、昭和四七年一〇月一一日、総評全国金属労働組合に加入し、補助参加人組合を結成したこと、以上の事実は、原告らと被告との間で争いがなく、また、 ス加工を営んでいたこと、旧日産大阪工場の従業員b及びcは、昭和四七年一〇月一一日、総評全国金属労働組合に加入し、補助参加人組合を結成したこと、以上の事実は、原告らと被告との間で争いがなく、また、弁論の全趣旨によれば、原告大阪日産設立後の補助参加人は、右原告大阪日産に勤務していた従業員によつて組織する労働組合であつたこと、b、c、w、h、k、lは、いずれも原告大阪日産の従業員であつて、補助参加人の組合員であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。 2 原告らの解散と解雇原告大阪日産が昭和五二年一二月二〇日の株主総会決議により解散(真実解散)し、また、原告滋賀日産が昭和五三年三月二五日の株主総会決議により解散したこと、原告大阪日産が、右解散に伴い、昭和五二年一二月二六日付解雇通知書をもつて、その従業員b、c、w、l、k、hの六名を解雇したこと、(本件解雇)、なお、右解雇通知書には「これ以上企業継続の見込が立たないため、会社解散の手続をとり、全員解雇のやむなきに至つたので解雇を通知する。未払賃金、退職金、解雇予告手当を一二月三〇日に支払うので、清算事務所へ来られたい。」との旨記載されていたこと、原告大阪日産は、昭和五三年一月一一日、右解雇された六名の従業員に対する昭和五二年一二月分までの未払賃金、解雇予告手当相当額、退職金相当額、hの労働災害による法定外休業補償金の未払金を、大阪法務局に弁済供託をしたこと、以上の事実については、原告らと被告との間において争いがない。(なお、補助参加人は、原告大阪日産が昭和五二年一二月二〇日開催の株主総会において解散の決議をしたことを争つているが、原告らと被告との間においては、右解散決議のあつた事実は争いがないところ、補助参加人の訴訟行為が被参加人の訴訟行為と牴触するときは、その効力を生じないから、 いて解散の決議をしたことを争つているが、原告らと被告との間においては、右解散決議のあつた事実は争いがないところ、補助参加人の訴訟行為が被参加人の訴訟行為と牴触するときは、その効力を生じないから、本訴においては、前記の如く、右解散の事実は当事者間に争いがないものとして扱うべきである。)次に、被告は、aは原告大阪日産の従業員であると主張しているところ、原告大阪日産は、右aは同原告の従業員ではないとして、右aに対しては、前記会社解散に伴う解雇の意思表示をしていないことは、弁論の全趣旨から明らかである。 3 本件解雇と不当労働行為次に、本件解雇が不当労働行為として無効であるか否かについて判断する。 (一) 本件解雇は、前述の通り、原告大阪日産の真実の解散に伴つてなされたものであるところ、原告は、真実の会社解散に伴う解雇については、不当労働行為は成立しないと主張しているのに対し、被告は、真実の会社解散に伴う解雇についても不当労働行為は成立するとし、本件解雇は、補助参加人組合の壊滅を目的とした不当労働行為であつて無効であると主張しており、補助参加人も、全従業員ないし労働組合員全員を解雇することによつて、労働組合を壊滅させることを図つた企業の廃止(会社の解散)は、営業の自由(廃止の自由)の濫用であり、公序良俗に反して無効であるから、これに従つてなされた本件解雇も不当労働行為であつて無効であると主張している。 ところで、企業廃止の自由は、職業選択の自由、経済行動の自由の原則と表裏一体をなすものであつて、企業の廃止は、株主(企業主体)の自由に委ねられており、労働組合のために、企業を存続しなければならないという法律上の義務はないというべきであるし、また、不当労働行為は、企業の存在を前提として初めて問題となる事柄であつて、企業の消滅を目的とする会社の り、労働組合のために、企業を存続しなければならないという法律上の義務はないというべきであるし、また、不当労働行為は、企業の存在を前提として初めて問題となる事柄であつて、企業の消滅を目的とする会社の解散は、不当労働行為以前の問題というべきであるから、会社の解散が、仮に、組合の結成や従業員の組合活動を嫌悪し、組合を壊滅させ、組合活動を阻止する目的でなされた場合であつても、後記の如き特段の事情のない限り、原則として、会社の解散は有効であつて、右解散に伴う従業員の解雇についても、不当労働行為を構成しないものと解すべきである。 しかしながら、企業廃止の自由、職業選択の自由は、もとより他の自由権と同様に無制限なものではなく、そこには、他の社会的経済的諸利益との調和や、その他公共の福祉による一定の制限があると解すべきところ、憲法や労働組合法で、労働者の団結権を保障している現行法制のもとでは、労働組合の健全な育成発展をはかることも、その社会的経済的秩序の要請であるから、企業主体の有する企業廃止の自由と雖も、絶対無制約なものではなく、右の如き社会的経済的秩序の要請に一定の限度で服さなければならないものと解すべきである。従つて、当該企業を取りまく社会的経済的環境、企業の資産、資金、営業内容等の諸状況から、極めて容易に企業経営を継続していくことのできる状況にあり、社会的経済的には、企業を廃止する理由も必要も全くないのにも拘らず、専ら、労働組合の結成や、従業員の組合活動を嫌悪し、労働組合を壊滅させ、組合活動を阻止する目的のみをもつて、企業廃止(会社解散)をすることは、企業廃止の名の下に、経済的弱者である労働者の団結権等労働基本権を一方的に抑圧するものというべきであるから、右の如き場合の企業廃止すなわち会社の解散は、権利の濫用であり、ひいては公序良俗に反する は、企業廃止の名の下に、経済的弱者である労働者の団結権等労働基本権を一方的に抑圧するものというべきであるから、右の如き場合の企業廃止すなわち会社の解散は、権利の濫用であり、ひいては公序良俗に反するものとして、当然無効というべきである。そして、会社の解散が、右のように、権利の濫用として許されず、ひいては公序良俗に反して無効な場合には、右解散に伴う解雇も、不当労働行為として無効と解すべきである。なお、右の場合、会社は存続することになるけれども、その営業活動は必ずしも企業主体自づからが行う必要はないし、かつ、これを法律上強制されることもないから、会社の解散を無効とし、その存続を認めても、企業主体に対し、何ら憲法一八条で禁止している強制労働を強いることにならないものと解すべきである。また、右の場合の会社解散(の決議)の無効は、必ずしも、訴えによつてのみ主張する必要はなく、不当労働行為の救済に関する訴訟の前提問題としても主張し得るものと解するのが相当である。 けだし、会社解散の決議が、強行法規や公序良俗に反する場合は、その決議は、当然かつ絶対に無効というべきであるから、必ずしも無効確認の判決を待つまでもなく、何人から何人に対しても、何時、如何なる方法でも、その無効の主張を認めるのが相当であり、ただ、訴えによつた場合にのみ、第三者に対してもその効力が生ずると解するのが相当であるからである。 (二) これを本件についてみるに、原告大阪日産が会社解散の決議をした昭和五二年一二月二〇日当時、右原告大阪日産は、極めて容易にその企業経営を継続していくことができる状況にあり、社会的経済的に企業を廃止する理由も必要もなかつたとの事実を窺わせる成立に争いのない乙第四号証、同第八号証、証人xの証言により真正に成立したものと認め得る丙第三六号証の各記載内容、及び、証人 にあり、社会的経済的に企業を廃止する理由も必要もなかつたとの事実を窺わせる成立に争いのない乙第四号証、同第八号証、証人xの証言により真正に成立したものと認め得る丙第三六号証の各記載内容、及び、証人xの証言はいずれもたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。 却つて、前掲乙第四号証、同第八号証(但し、その記載内容中、前記信用しない部分は除く)、成立に争いのない甲第二、三号証、同第二五号証、同第二八号証の一ないし四、乙第五号証、丙第二二号証、同第二三、二四号証の各一ないし三、同第二五号証の一、二、同第二七号証、同第二八号証の一、二、原告滋賀日産代表者d本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一二ないし一五号証、同第二二号証の一、二、証人xの証言(但し、前記信用しない部分は除く)、原告滋賀日産代表者d本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、(1) 旧日産は、訴外ダイキンの下請をしていたところ、昭和五〇年六月頃の経営状態は悪く、固定資産約六四〇〇万円に対し、長短借入金等の負債が約一億四〇〇〇万円もあつて、赤字経営であつたこと、(2) そこで、旧日産は、前記のとおり、昭和五〇年七月一日、本店を滋賀工場に移転し(これが原告滋賀日産である)、ついで、昭和五〇年八月一日、大阪工場を旧日産から切離し、新たに資本金三〇〇万円で原告大阪日産を設立したこと、そして、原告滋賀日産が、右滋賀工場を使用して、家庭用空調器用の打抜プレス板金加工部品の製造等をし、原告大阪日産が、右大阪工場を使用して、産業用空調器用の打抜プレス板金加工部品の製造、独自の開発にかかる建築関係製品の製造と、併せて原告滋賀日産が受注した家庭用空調器用部品の仕事を随時まわしてもらつたものの製造等をすることとし、これによつて、 調器用の打抜プレス板金加工部品の製造、独自の開発にかかる建築関係製品の製造と、併せて原告滋賀日産が受注した家庭用空調器用部品の仕事を随時まわしてもらつたものの製造等をすることとし、これによつて、原告滋賀日産及び原告大阪日産の営業成績の向上をはかつたこと、なお、旧日産すなわち原告滋賀日産は、原告大阪日産が設立されるに当り、補助参加人に対し、原告大阪日産設立後も、原告滋賀日産と原告大阪日産とは、その責任において一体である旨の確約をしていること(丙第二三号証の一参照)(3) 右の如く、原告大阪日産は、その設立後、ダイキンからの産業用空調器用の打抜プレス板金加工部品の製造、旧日産開発にかかるスチール門扉等住宅用設備、原告滋賀日産からまわしてもらつたダイキン発注にかかる家庭用空調器用の打抜プレス板金加工部品の製造等を行なつてきたが、前二者の受注量が伸びず、原告滋賀日産からまわしてもらう仕事量も、景気低迷のため、ダイキンから原告滋賀日産に対する発注量の不振、ダイキンの原告滋賀日産を重視する経営方針を受け継いだ原告滋賀日産の原告大阪日産への発注量の抑制等から、原告大阪日産の受注量が減少したこと、(4) そして、右ダイキンの方針を察知した原告大阪日産の代表取締役gの経営に対する熱意の欠如もあつて、補助参加人らが、ダイキンに対し、発注量増加の要請をし、また、原告滋賀日産が原告大阪日産に相当の融資をしたにもかかわらず、原告大阪日産の営業成績は極めて悪かつたこと、(5) そのため、原告大阪日産は、その従業員に対する昭和五一年度の夏季一時金も、訴外労働金庫から金三〇〇万円を借受けてこれを支払い、昭和五二年一月になつてからは、その資金不足から、わずか一〇名にも満たない従業員に対し、約六ケ月間も賃金の遅配が生じたし、さらに、昭和五二年六月一日には、同年五 ら金三〇〇万円を借受けてこれを支払い、昭和五二年一月になつてからは、その資金不足から、わずか一〇名にも満たない従業員に対し、約六ケ月間も賃金の遅配が生じたし、さらに、昭和五二年六月一日には、同年五月三一日満期の額面一二〇万円の約束手形を不渡とするに至つたこと、(6) ところで、原告滋賀日産は、さきに補助参加人に対し、原告滋賀日産は原告大阪日産とその責任は一体である旨約していたけれども、原告滋賀日産は、昭和五二年五、六月当時において、原告大阪日産に対し、合計約一五〇〇万円の融資をしており、かつ、当時、原告滋賀日産も赤字経営であつたので、原告滋賀日産には、引続き、原告大阪日産に融資をして、これを支援する余裕がなかつたこと、そこで、その頃、原告滋賀日産の代表取締役dや原告大阪日産の関係者らが、補助参加人に対し、原告大阪日産の事業を閉鎖するようにしたいと申入れたこと、(7) しかし、補助参加人がこれに応じなかつたので、原告滋賀日産の代表取締役dや補助参加人らが、ダイキンにその支援方を要請した結果、原告大阪日産は、原告滋賀日産を介してダイキンから融資を受けるなどして、その事業を継続していたところ、その後も、ダイキンからの受注量が思うように増えなかつたこともあつて、原告大阪日産の経営は益々悪化し、その累積赤字は増える一方であり、昭和五二年一一月頃には、代表者のgも一時出社しなかつたこと等もあつて、現実に操業を停止せざるを得なくなつたこと、なお、原告滋賀日産も、引き続きその経営不振から、その頃も、原告大阪日産を支援する余裕はなく、後記の如く、その後間もなく解散の止むなきに至つたこと、(8) 右のような状況の下で、原告大阪日産は、昭和五二年一〇月二七日頃、補助参加人に対し原告大阪日産の工場閉鎖の申し入れをし、同年一一月一九日付の書面をもつて、補助 く解散の止むなきに至つたこと、(8) 右のような状況の下で、原告大阪日産は、昭和五二年一〇月二七日頃、補助参加人に対し原告大阪日産の工場閉鎖の申し入れをし、同年一一月一九日付の書面をもつて、補助参加人に対し、原告大阪日産を解散する旨を表明すると共に、前記のとおり、昭和五二年一二月二〇日開催の株主総会において、会社解散の決議をし、昭和五二年一二月二六日、従業員b外五名に対し解雇の通告をしたこと、(9) 次に原告滋賀日産は、原告大阪日産が設立された後も、ダイキンからの受注量が低迷し、業績があがらなかつた上、原告大阪日産に対し、回収の見込がたたない多額の融資をしたため、それが経営を圧迫し、その収益は赤字であつて、原告大阪日産が解散した昭和五二年一二月頃当時の経営内容は極めて悪かつたこと、そして、原告滋賀日産は、昭和五三年二月中旬頃、ダイキンに対し、原告滋賀日産への資金援助及び発注量の増加か、さもなくば原告滋賀日産のダイキンへの吸収かを申し入れたが、そのいずれをも拒否されたこと、(10) そこで、原告滋賀日産は、その後、昭和五三年三月一五日その従業員で構成された全金同盟日産金属工業労働組合との間で、原告滋賀日産の解散に伴う従業員全員の解雇を承認すること等を内容とする協定を締結し、前記のとおり昭和五三年三月二五日開催の株主総会において解散決議をし、解散登記を経由したこと、その後、原告滋賀日産は、工場、機械、敷地等全資産を売却し、債務の一部弁済をなしたが、最終的には、債務超過で全債務を弁済することはできないこと、以上の事実が認められる。 (三) そうだとすれば、原告大阪日産は、その解散決議をした昭和五二年一二月当時、その経営が極めて容易で、社会的経済的に解散する必要がなかつたという状況にはなく、却つて、その経営内容の極度の悪化から、企業経営を だとすれば、原告大阪日産は、その解散決議をした昭和五二年一二月当時、その経営が極めて容易で、社会的経済的に解散する必要がなかつたという状況にはなく、却つて、その経営内容の極度の悪化から、企業経営を継続していくことは極めて困難であつたというべきであるから、原告大阪日産の解散及び本件解雇が、被告及び補助参加人主張の如く、補助参加人組合の壊滅を目的としたものであつたとしても、企業廃止自由の原則に照らし、右会社解散は有効というべきであり、したがつて、右会社解散に伴つてなされた本件解雇については、不当労働行為は成立しないものというべきである。 よつて、被告が、原告大阪日産の解散決議及びそれに伴う補助参加人組合員b、c、w、h、k、lに対する本件解雇を不当労働行為であるとして、それを前提に、原告大阪日産に対し、右解雇後の賃金の支払い、原職復帰、ポストノーテスを命じた部分(別紙命令書主文1の本文、1の(1)の一部、5、6の各命令部分)は、違法であるというべきである。 4 b外五名の未払賃金前掲乙第四、五号証、同第八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告大阪日産が前記解散をした昭和五二年一二月当時までに、その従業員であるb、c、k、lについては昭和五二年七月分以降、同じくwについては同年一〇月分以降、同じくhについては同年一一月分以降前記各解雇までの賃金を支払わなかつたことが認められるところ、被告は、右b外五名に対する賃金の不払は、原告大阪日産が、補助参加人組合員の動揺を誘い、ひいては補助参加人組合の壊滅を企図したものであるから、不当労働行為であると主張しているが、右主張事実に副う前掲乙第八号証、官公署作成名義の成立に争いがなく、その余の部分につき、弁論の全趣旨によりその成立の認め得る丙第三七、三八号証、同第三九、四〇号証の各一、二の各記載内容はた いるが、右主張事実に副う前掲乙第八号証、官公署作成名義の成立に争いがなく、その余の部分につき、弁論の全趣旨によりその成立の認め得る丙第三七、三八号証、同第三九、四〇号証の各一、二の各記載内容はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。 却つて、前掲3の(二)に認定した事実に、前掲甲第二二号証の一、二、乙第四、五号証、成立に争いのない甲第五号証の一ないし六、同第六ないし第一一号証の各一、二、原告滋賀日産代表者d本人尋問の結果、並びに、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、原告大阪日産は、前述の通り、その経営不振から、昭和五二年一月以降、その従業員に対する賃金を遅配していたので、原告滋賀日産の代表者らが補助参加人に対し、会社解散(事業閉鎖)の申入れをしたが、補助参加人がこれを拒否したので、やむなく引き続きその事業を継続したこと、しかし、原告大阪日産は、昭和五二年七月以降も、その資金不足から、従業員に対する賃金を遅滞なく支払うことが困難であつたので、その後、補助参加人組合やその組合員らの承諾を得て、従業員であるb外五名の賃金の支払を延期していたこと、そして、右b外五名の者も、昭和五二年一一月頃までは、原告大阪日産の再建に協力する趣旨の下に、右賃金遅配を甘受し、当時、原告大阪日産に対し、前記賃金の遅配は組合弾圧であるとして、抗議をしたようなこともないこと、なお、原告大阪日産は、その後、b外五名に対し、右未払賃金の弁済提供をしたが、同人らがその受領を拒否したので、原告滋賀日産を通じて訴外滋賀銀行から借入れた借入金をもつて、昭和五三年一月右未払賃金の全額を弁済供託したこと、以上の事実が認められる。 してみれば、原告大阪日産がb外五名に対し、昭和五二年七月分ないし一一月分以降本件解雇までの賃金を支払わなかつたのは、 、昭和五三年一月右未払賃金の全額を弁済供託したこと、以上の事実が認められる。 してみれば、原告大阪日産がb外五名に対し、昭和五二年七月分ないし一一月分以降本件解雇までの賃金を支払わなかつたのは、被告主張の如く、補助参加人組合員らの動揺を誘い、ひいては補助参加人組合の壊滅を企図したことによるものではなく、原告大阪日産の経営が不振で、右賃金を遅滞なく支払えなかつたことによるものであるというべきであるから、右賃金の未払は、何ら不当労働行為を構成するものではない。のみならず、右未払賃金は、前記の如く、既に適法に弁済供託されて、その支払債務は消滅しているから、不当労働行為に対する救済命令でその支払を命ずることは、できないものというべきである。 よつて、原告大阪日産に対し、右未払賃金の支払を命じた本件命令部分(別紙命令書主文1の(1)の一部分)も違法である。 5 昭和五二年の夏季一時金被告は、原告大阪日産と補助参加人とは、昭和五二年七月頃、同年夏季一時金として、組合員一人あたり、賃金一ケ月分(平均一三万円位)プラス一律一〇万円の金額を支払う旨の合意が成立したと主張しており、前掲乙第八号証、丙第三七、三八号証、同第三九号証の一、二中には、右被告の主張に副う趣旨の記載がある。しかしながら、本件において、右夏季一時金に関する合意を記載した協定書等の書面は証拠として提出されていないし、また、前記3の(二)及び4に認定した如く、原告大阪日産は、その従業員に対する昭和五二年七月以降の賃金も、補助参加人組合の承諾を得て、その支払を延期していたような状況であつたから、原告大阪日産が、昭和五二年七月頃、被告主張の如き夏季一時金を支払う旨の合意をしたものとはたやすく認め難いのであつて、この点に関する前掲乙第八号証、丙第三七、三八号証、同第三九号証の一、二の記載 、原告大阪日産が、昭和五二年七月頃、被告主張の如き夏季一時金を支払う旨の合意をしたものとはたやすく認め難いのであつて、この点に関する前掲乙第八号証、丙第三七、三八号証、同第三九号証の一、二の記載内容はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。のみならず、仮に、右夏季一時金に関する合意があつたとしても、原告大阪日産が補助参加人組合を嫌悪してその支払をしなかつたとの事実を窺わせる前掲乙第八号証、丙第三七三八号証、同第三九号証の一、二の記載内容はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。 してみれば、原告大阪日産が昭和五二年の夏季一時金を支払わなかつたことをとらえて、これを不当労働行為であるとすることはできないから、原告大阪日産に対し、右夏季一時金の支払を命じた本件命令部分(別紙命令書主文1の(2)の部分)も違法である。 6 aに対する未払賃金前掲乙第八号、成立に争いのない乙第一号証、丙第四八号証、証人xの証言により真正に成立したものと認め得る丙第四七号証の一ないし四、証人xの証言によれば、aは、昭和五二年七月一六日頃、原告大阪日産に雇傭され、同原告から昭和五二年九月分までの賃金は受けとつたが、それ以後の賃金は受けとつていないことが一応窺われなくはない。 しかしながら、被告主張の如く、原告大阪日産が、補助参加人組合員らの動揺を誘い、ひいては補助参加人組合の壊滅を企図して、aに対する昭和五二年一〇月分以降の賃金を支払わなかつたとの事実に副う前掲乙第八号証、丙第三七、三八号証、同第三九号証の一、二の各記載内容はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。却つて、前記3の(二)及び4に認定した事実及び弁論の全趣旨からすれば、原告大阪日産は、経営不振で、その賃金を遅滞なく支払えなかつたことと、前記解散の前後から、 ず、他に右事実を認め得る証拠はない。却つて、前記3の(二)及び4に認定した事実及び弁論の全趣旨からすれば、原告大阪日産は、経営不振で、その賃金を遅滞なく支払えなかつたことと、前記解散の前後から、右aが原告大阪日産の従業員であることを否定するようになつたこととのため、右賃金を支払わなかつたものと認めるのが相当であるから、右賃金の未払は、何ら不当労働行為を構成するものではない。 よつて、原告大阪日産に対し、aに対する昭和五二年一〇月分以降の未払賃金の支払を命じた本件命令部分(別紙命令書主文2の部分)も違法である。 7 hに対する労災補償等hが被告主張の労災事故によつて受傷したことは当事者間に争いがなく、右事実に、前掲甲第一一号証の一、二、乙第一号証、同第八号証、成立に争いのない丙第一九号証、同第四五、四六号証の各一、二、証人xの証言、及び、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、原告大阪日産の従業員であつたhは、昭和五一年一二月一〇日、プレス機械の操作中、機械の故障によつて、右手の第二ないし第五指を切断し、右手の機能が不完全となつて、昭和五二年一一月一〇日まで休業したこと、右hの右傷害による障害等級は六級であること、ところで、原告大阪日産と補助参加人との間には、補助参加人組合員の労働災害による補償については、法定外補償を行う旨の協定があり、障害等級六級の場合に原告大阪日産の補償すべき一時金の額は三五〇万円であるところ、原告大阪日産は、これを支払つていないこと、また、原告大阪日産は、右以外にも、hの休業中は、毎月一定額の法定外補償を行うべき義務があつたところ、右hに対する昭和五二年九月分及び一〇月分の法定外補償の支払をしていなかつたが、その後、原告大阪日産において、右九月分及び一〇月分の休業補償費の弁済の提供をしたのに 補償を行うべき義務があつたところ、右hに対する昭和五二年九月分及び一〇月分の法定外補償の支払をしていなかつたが、その後、原告大阪日産において、右九月分及び一〇月分の休業補償費の弁済の提供をしたのに、右hがその受領を拒否したので、原告大阪日産は、昭和五三年一月、これを弁済供託したこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。 原告らは、原告大阪日産と補助参加人との間の労働災害補償協定の基礎となつている旧日産と補助参加人との間に締結された昭和四八年一一月三〇日付協定書(丙第一九号証)による協定は、補助参加人組合員とその支援労働組合員らの強迫によつて締結されたからこれを取消すと主張しているが、右原告らの主張事実に副う原告滋賀日産代表者d本人尋問の結果はたやすく信用できず、他に、右強迫の事実を認め得る証拠はないから、右強迫を前提とした取消に関する原告らの主張は、失当である。 ところで、被告は、原告大阪日産がhに対する前記労災による法定外補償金を支払わなかつたのは、hが補助参加人組合の組合員であることを理由とするものであると主張するが、右主張事実に副う前掲乙第八号証、丙第三八号証の各記載内容はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。却つて、前記3の(二)及び4に認定した事実からすれば、原告大阪日産は、当時、経営不振で、資金がなかつたので、hに対する前記法定外の労災補償金を支払わなかつたものと認めるのが相当であるから、右労災補償金の未払は、何ら不当労働行為を構成するものではない。のみならず、hに対する昭和五二年九月分及び一〇月分の法定外労災補償金については、原告大阪日産において、その後弁済供託をしたことにより、その支払債務が消滅したから、不当労働行為に対する本件救済命令で、その支払を命ずることはできないものというべき 分の法定外労災補償金については、原告大阪日産において、その後弁済供託をしたことにより、その支払債務が消滅したから、不当労働行為に対する本件救済命令で、その支払を命ずることはできないものというべきである。 よつて、原告大阪日産に対し、hに対する法定外の労災補償金の支払を命じた本件救済命令部分(別紙命令書主文4の部分)も違法である。 8 原告滋賀日産の責任以上の通り、原告大阪日産の解散、本件解雇、原告大阪日産が別紙命令書主文1の(1)(2)24に記載の各金員を支払わなかつたこと(但し、供託された分については、その供託までの不払)は、何ら不当労働行為を構成しないから、仮に被告主張の如く、原告滋賀日産が原告大阪日産と一体となつてその責任を負うものであるとしても本件救済命令において、原告滋賀日産に右各金員の支払いや、原職復帰、謝罪広告等を命ずることはできないものというべきである。 したがつて、本件命令のうち、原告滋賀日産に対し、金員の支払い、原職復帰、謝罪広告を命じた部分(別紙命令書主文3ないし6の部分)もすべて違法であるというべきである。 三以上検討したところによれば、別紙命令書主文1ないし6項の命令は違法であつて、取消さるべきである。 よつて、右命令書の主文1ないし6項の命令の取消を求める原告らの本訴請求は、すべて正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官後藤勇草深重明小泉博嗣)(別紙)命令書大阪地労委昭和五三年(不)第四号昭和五四年一〇月五日命令申立人総評全国金属労働組合日産金属支部被申立人日産金属工業株式会社 主文 1 被申立人日産金属工業株式会社(大阪市所在、以下「大阪日産金属」という)は、別記組合員ら(た 令申立人総評全国金属労働組合日産金属支部被申立人日産金属工業株式会社 主文 1 被申立人日産金属工業株式会社(大阪市所在、以下「大阪日産金属」という)は、別記組合員ら(ただし、aを除く)に対して、左記の措置を含め、昭和五二年一二月二六日付け解雇がなされなかつたものとして取り扱わなければならない。 記(1) b、c、k及びlについては、昭和五二年七月分以降、wについては、同年一〇月分以降、hについては、同年一一月分以降の各賃金相当額及びこれに年率五分を乗じた額を支払うこと。 (2) 昭和五二年夏季一時金相当額として、各自の賃金一カ月分プラス一律一〇万円及び昭和五二年一二月三日を始期としてこれに年率五分を乗じた額を支払うこと。 2 被申立人大阪日産金属は、aに対して、昭和五二年一〇月分以降の賃金相当額及びこれに年率五分を乗じた額を支払わなければならない。 3 被申立人日産金属工業株式会社(滋賀県甲賀郡所在)は、別記組合員らに対して、大阪日産金属が上記1の(1)、(2)及び2に基づき、これら組合員に支払うべき賃金等相当額のうち、昭和五三年三月までの分(ただし、これに年率五分を乗じた額を含む)を大阪日産金属と共同して支払わなければならない。 4 被申立人らは、hに対して、共同して次の措置を取らなければならない。 (1) 昭和五一年一一月二日締結の協定に基づく労働災害一時金として金三五〇万円及び昭和五二年一二月二六日を始期としてこれに年率五分を乗じた額を支払うこと。 (2) 昭和五二年九月分及び一〇月分の休業補償給付の法定外補償金及びこれに年率五分を乗じた額を支払うこと。 5 被申立人らは、事業を再開した場合には、その名称の如何を問わず、別記組合員らを、解散前の原職又は原職相当職に速やかに復帰させなければならない。 6 被申 びこれに年率五分を乗じた額を支払うこと。 5 被申立人らは、事業を再開した場合には、その名称の如何を問わず、別記組合員らを、解散前の原職又は原職相当職に速やかに復帰させなければならない。 6 被申立人らは、左記の文書を申立人に対して速やかに手交しなければならない。 記年月日申立人代表者あて被申立人ら代表者名昭和五二年一二月二〇日、大阪市所在の日産金属工業株式会社を解散し、同月二六日付けで貴組合員らを解雇したことは、労働組合法第七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為であることを認め、陳謝します。 7 申立人のその他の申立ては、これを棄却する。 理由 第1 認定した事実 1 当事者等(1) 被申立人大阪市<以下略>所在の日産金属工業株式会社(以下「大阪日産金属」という)及び同滋賀県甲賀郡<以下略>所在の日産金属工業株式会社(以下「滋賀日産金属」という)は、共に申立外ダイキン工業株式会社(以下「ダイキン」という)の下請として、産業・家庭用空調器部品のプレス加工等を営んでいたが、大阪日産金属は昭和五二年一二月二〇日、滋賀日産金属は五三年三月二五日、それぞれ解散し、共に現在清算中の会社である。 (2) 申立人総評全国金属労働組合日産金属支部(以下「支部」という)は、大阪日産金属に勤務していた従業員で組織する労働組合であり、その組合員は、本件審問終結時別記の七名である。 2 会社の変遷について大阪日産金属及び滋賀日産金属は、もともと一つの会社(以下「旧日産金属」という)であつた。 旧日産金属は、昭和三一年四月、大阪市<以下略>に設立され、三九年二月にはダイキンの指定外注工場となつたが、四一年六月、事業の拡張に伴い本社及び工場(以下「大阪工場」という)を大阪市<以下略>(現在の大阪日産金属所在地)に移転し 阪市<以下略>に設立され、三九年二月にはダイキンの指定外注工場となつたが、四一年六月、事業の拡張に伴い本社及び工場(以下「大阪工場」という)を大阪市<以下略>(現在の大阪日産金属所在地)に移転した。その後旧日産金属は、四五年一二月、滋賀県甲賀郡<以下略>(現在の滋賀日産金属所在地)に滋賀工場を新設したが、その後、旧日産金属は後記のとおり、二つの法人に分離されることになり、五〇年七月一日、旧日産金属の本社を滋賀工場内に移転したうえ(これが現在の滋賀日産金属である)、同年八月一日、旧日産金属大阪工場を分離して、そこに新しく大阪日産金属を設立した。 3 大阪日産金属、滋賀日産金属及び旧日産金属の役員等について(1) 大阪日産金属の役員は、左表のとおりである。 <20531-001>(2) 大阪日産金属の株主は、左表のとおりである。 <20531-002>(3) 滋賀日産金属の役員は、左表のとおりである。 <20531-003>(4) 旧日産金属の株主は、左表のとおりである。 <20531-004> 4 支部及び別組合の結成について(1) 四七年一〇月一一日、旧日産金属大阪工場の従業員b(以下「b」という)及びc(以下「c」という)は、総評全国金属労働組合(以下「全金」という)に加入し、支部を組織した。 同日、全金大阪地方本部(以下「地本」という)は、旧日産金属あてにbらの全金加入を通知するとともに、労働条件に関する要求書を提出した。 (2) その後ダイキンの従業員で組織する労働組合(全金同盟傘下)の組合長ら組合員七、八名が旧日産金属滋賀工場へ行き、従業員に働きかけたことなどがあつて、四七年一〇月中ごろ、同工場の全従業員(約二五名)によつて全金同盟日産金属労働組合(以下「同盟組合」という)が結成された。 (3) 同盟組合が結成された後、旧日産金 業員に働きかけたことなどがあつて、四七年一〇月中ごろ、同工場の全従業員(約二五名)によつて全金同盟日産金属労働組合(以下「同盟組合」という)が結成された。 (3) 同盟組合が結成された後、旧日産金属では、取締役兼大阪工場長yが、同盟組合の組合長qとともに、大阪工場の従業員に対して、「支部に入るのであれば、同盟組合に入つた方がよい。これに入つておかないと一時金や賃上げのとき皆と同じようにしてもらえない」との旨言つて、同盟組合への加入を勧誘した。その結果、大阪工場ではb、cを除く他の従業員は全員そのころ、同盟組合に加入した。 5 旧日産金属の大阪工場閉鎖提案とその後の経緯等について(1) 四八年一月一五日昼ごろ、旧日産金属代表取締役d(以下「e」という)及び専務取締役g(eの弟、以下「g」という)は、大阪工場の全従業員を集めて、「大阪工場を閉鎖する。従業員は滋賀工場へ移つてほしい」との旨提案した。 しかし、eらは、閉鎖しなければならない理由を明確に告げなかつたため、b及びcは、旧日産金属の真意は組合つぶしにあると判断してこれに反対したが、大阪工場の他の従業員は、次々に滋賀工場へ転勤し、又は退職していつた。このため、同年二月中ごろには、旧日産金属大阪工場の一般従業員はb、cの二人だけとなつた。このような事情から、大阪工場は同月六日以来操業停止状態が続いた。 なお、退職した者の中にfがいるが、同人は、二月三日ごろ、gから「おばはん(b)ら二人を辞めさせるために工場をいつたん閉めるから、一か月ぐらい下請の『不二金属』という企業で働いてくれ。おばはんらが辞めたら再開するから、また戻つてきてくれ」との旨告げられ、その結果二月中ごろ退職した。 (2) 閉鎖問題に関して支部と旧日産金属は、四八年一月二三日以降二月二二日まで五回の団体交渉を行つたが、二月 辞めたら再開するから、また戻つてきてくれ」との旨告げられ、その結果二月中ごろ退職した。 (2) 閉鎖問題に関して支部と旧日産金属は、四八年一月二三日以降二月二二日まで五回の団体交渉を行つたが、二月二二日の団体交渉で旧日産金属は、大阪工場閉鎖の理由として、①大阪工場の現在の設備ではJIS規格の製品が作れないこと、②近隣から公害の問題で苦情が出ていることなどを挙げた。これに対して支部は、作業員を補充し、生産管理体制を確立すれば、受注を消化できるとし、また、公害による苦情も出ていないことを挙げて大阪工場の閉鎖に反対した。 (3) 二月二四日、支部は旧日産金属に対して、①工場閉鎖を撤回し、作業を継続すること、②作業員を補充し、生産管理体制を確立すること、③大阪工場継続を前提として団体交渉を進めることを要求した。 (4) 二月二七日、支部と旧日産金属間で団体交渉が行われた。 この団体交渉の結果、旧日産金属は大阪工場の操業再開を約束し、同日、g名で「①大阪工場は再開する、②完全操業に至るまで組合員は従来どおり出勤するものとする、③再開に当たつては従来の労働条件を維持する、④今後、支部と合意に達するまで絶対一方的措置はとらない」との旨の確認書を支部に差し出した。 (5) しかし、旧日産金属は、その後、上記確認に基づく大阪工場の操業再開に向けての努力をしなかつただけでなく、当初の方針どおり大阪工場を閉鎖しようと図り、四月一八日、当委員会に大阪工場閉鎖に伴う条件についてあつせん申請を行つた。しかし、支部は、上記確認に基づき、旧日産金属は大阪工場を再開すべきであり、組合員の退職を前提とするようなあつせんには応じられないとして、同月二五日あつせんに応じることを拒否した。 (6) この後も大阪工場は閉鎖状態が続いたが、七月四日に至つて、支部と旧日産金属との間に次 組合員の退職を前提とするようなあつせんには応じられないとして、同月二五日あつせんに応じることを拒否した。 (6) この後も大阪工場は閉鎖状態が続いたが、七月四日に至つて、支部と旧日産金属との間に次のような内容の協定が締結された。 「① 会社は、今次争議の原因となつた工場閉鎖の方針が誤つていたことを反省する。 ② 工場閉鎖等、労働条件に重大な影響を及ぼす事項の実施、今後の企業計画、工場運営については、会社は支部と十分協議し、その同意を得る。 ③ 稼動開始日は七月九日とし、同月中旬本格的作業再開を目指し、人員は、閉鎖前の一〇名を一一月をめどに確保し、更に拡大発展の方向を目指す。 ④ 作業内容は、閉鎖前と同じもの(主としてダイキンの作業)を行うものとし、作業内容の変更は支部の意見を十分尊重して行う。」そして、七月九日、旧日産金属は操業を再開した。 (7) 八月初めごろ、支部は旧日産金属に対して、前記協定に基づいてプレス作業の経験のある男子従業員の補充を申し入れたが、旧日産金属はこれを受け入れず、同月二七日、プレス作業の経験のない女子従業員三名を雇い入れたに過ぎなかつた。 (8) 七月一一日から一〇月一三日まで、旧日産金属は、総務主任p(以下「p主任」という)に指示して組合員らの行動を監視させ、その記録をつけさせた。この事実を知つた支部は、一一月初め、p主任を責めるとともにeにも抗議したところ、同人らはいずれもその非を認めて、支部に謝罪した。 6 会社の分離について(1) 五〇年五月末ごろ、eから支部に対して、「重要な話があるから団体交渉を開きたい」との申入れがあり、六月三日に行われた団体交渉で会社側は、「旧日産金属本社を滋賀工場の方に移転し、大阪工場を別法人として運営する形で旧日産金属の法人分離を行いたい」との旨提案した。 支部側は、「大阪工 申入れがあり、六月三日に行われた団体交渉で会社側は、「旧日産金属本社を滋賀工場の方に移転し、大阪工場を別法人として運営する形で旧日産金属の法人分離を行いたい」との旨提案した。 支部側は、「大阪工場の仕事を干し上げるつもりではないか」として、その提案を拒否したが、その後も引き続き団体交渉を重ねた結果、同月二八日の団体交渉で会社側が「法人分離しても(両社の)実体は一つである。対支部の責任においても一体である。ダイキンも、分離後も大阪の面倒をみると約束してくれた」と説明したため、支部は法人分離を了承した。 このとき、旧日産金属と支部及び地本との間で協定(以下「六・二八協定」という)が締結されたが、その内容はおおむね次のとおりである。 「① 大阪日産金属、滋賀日産金属は、法人分離後もその責任において一体であることを確認する。 ② 滋賀日産金属は、大阪日産金属の今後の発展に向けて全面的に援助する。当面の運転資金についても、必要に応じて援助し、また、担保の提供を行う。 ③ 旧日産金属と支部の間の既存の協定については継続し、あらゆる労働条件は分離後も従来どおりとすることを確認する。 ④ 今後、企業計画、労働条件の変更を行うときは、会社は事前に支部と協議し、同意を得て行う。」(2) こうして、前記のように、五〇年七月一日、旧日産金属本社は、滋賀工場内に移転して、eはそのまま代表取締役としてとどまつた。また、八月一日、旧日産金属の従前の所在地に新たに大阪日産金属が設立され、旧日産金属の大阪工場及び同工場内の設備一切は大阪日産金属に引き継がれ、組合員らも、大阪日産金属の従業員としてそのまま大阪日産金属にとどまることとなつた。なお、大阪日産金属の代表取締役には、gが就任した。 (3) 同年一二月一〇日、支部及び地本は、改めて滋賀日産金属及び大阪日産金属との 金属の従業員としてそのまま大阪日産金属にとどまることとなつた。なお、大阪日産金属の代表取締役には、gが就任した。 (3) 同年一二月一〇日、支部及び地本は、改めて滋賀日産金属及び大阪日産金属との間で、前記六・二八協定と同内容の協定を締結した。 (4) 法人分離後の大阪日産金属の仕事は、滋賀日産金属がダイキンから受注した仕事を改めて大阪日産金属へ回すという形で行われ、製品製作上の詳細についてのダイキンからの指示も直接大阪日産金属になされることなく、すべて滋賀日産金属を通じて行われた。なお、gは二、三日に一度、それも三〇分ぐらい出社するのみであつた。 7 大阪日産金属の解散と組合員の解雇等について(1) 五二年に入つて、大阪日産金属の経営状態は悪化し、組合員らの賃金も遅配が続いた。 (2) 同年五月一三日、eは大阪日産金属に来て、大阪日産金属の閉鎖を従業員に提案した。 この後、支部は、eに対して閉鎖をめぐつて団体交渉を開くよう求めたが、eは、病気等を理由に出席しなかつたため、団体交渉は行われなかつた。 五月三〇日、支部とgの間で、閉鎖をめぐつて団体交渉が行われたが、gは「もうだめだ」などと述べるだけで、大阪日産金属の閉鎖ないし再建に関し、何ら具体的な発言をしなかつた。 (3) その後、大阪日産金属は、同社が振り出した金額一二〇万円の約束手形が不渡りとなつたことを理由に、同年六月一日、事実上その営業を停止した。 (4) 不渡り発生以降も組合員らの賃金は遅配が続き、結局、別記組合員中、b、c、k及びlについては、五二年七月分以降の、a(以下「a」という)及びwについては、同年一〇月分以降の、また、h(以下「h」という)については、同年一一月分以降の各賃金が未払いとなつた。 なお、aと大阪日産金属との関係については、①五二年七月一八日ごろから、 )及びwについては、同年一〇月分以降の、また、h(以下「h」という)については、同年一一月分以降の各賃金が未払いとなつた。 なお、aと大阪日産金属との関係については、①五二年七月一八日ごろから、aが大阪日産金属において、プレス関係等の仕事に従事していたこと、②同年七月二三日付けで、市岡社会保険事務所が大阪日産金属を事業所とする健康保険被保険者証をaに交付したこと、並びに、③aが同年七月分~九月分賃金を大阪日産金属から受領したことが認められる。 (5) 一〇月二七日、支部とgは、賃金遅配等の件について団体交渉を行つた。 席上gが、「大阪日産金属は、私の一存ではどうしようもないところにきている」旨述べたので、支部は、「実権を握つているeに来てもらつて話し合おう」との旨申し入れ、gは、「一一月の三日又は四日のうち、eの都合のよいいずれかの日にeに出席してもらう。確定的な期日は、明日返事する」旨述べた。 しかし、この日以降、gは行方が分からず、前記話合いは実現しなかつた。 このため、支部は、一一月一七日付けで、eに対して同月二一日に団体交渉を開くよう文書で申し入れたが、eは、大阪日産金属の経営状況が悪化しているので、この状態で団体交渉を行つても合意に達することは困難であるから、しばらく猶予してもらいたい旨返答した。 これに対して、支部は再度、eに対して団体交渉を開くよう求めたが、eは何ら返答せず、結局、団体交渉は行われなかつた。 (6) 一二月二〇日、大阪日産金属は、株主総会において解散を決議し、同月二六日、aを除く組合員六名に対して同日付けの解雇通知を郵送した。それには、「①これ以上企業継続の見込みが立たないため、会社解散の手続をとり、全員解雇のやむなきに至つたので解雇を通知する、②未払賃金、退職金、解雇予告手当を一二月三〇日に支払うので 知を郵送した。それには、「①これ以上企業継続の見込みが立たないため、会社解散の手続をとり、全員解雇のやむなきに至つたので解雇を通知する、②未払賃金、退職金、解雇予告手当を一二月三〇日に支払うので清算事務所へ来られたい」との旨記載されていた。 これに対して支部は、同月二九日付けでgあてに、「貴殿は、計画的に不渡りを発生させ、組合員に不安を与えようとしたことを始め、長期にわたる賃金遅配、夏季一時金未払いの状態を意図的につくり出し、更に一一月から擬装解散の目的をもつて企業運営を一方的に放棄し、p主任共々逃亡した」、「解雇は六・二八協定を一方的にじゆうりんする不当かつ不法な行為である。解雇を即刻撤回せよ」などと記載した抗議文を送付する一方、同日、eに対しても同趣旨の抗議文を送付した。 (7) 五三年一月一一日、大阪日産金属は、前記六名の、五二年一二月分までの未払賃金、解雇予告手当相当額及び退職金相当額並びにhの労働災害による法定外休業補償金の未払金(後述)を大阪法務局に供託し、この旨前記六名に通知した。 なお、この資金は、滋賀日産金属が滋賀銀行から融資を受けてきよ出したものである。 これに対して支部は、同月一九日付け書面で、eに対して、この通知は「貴殿とgとの擬装解散、不当解雇を隠ぺいしようとするものである。一連の組合壊滅を企図しての不当労働行為について謝罪し、解散、解雇を撤回して直ちに大阪日産金属を再開せよ」との旨申し入れた。 なお、前記各組合員は、本件審問終結時に至つても供託された各金員を受け取つていない。 8 五二年夏季一時金について五二年七月ごろ、支部と大阪日産金属は、同年夏季一時金について組合員一人あたり賃金一か月分(平均一三万円強)プラス一律一〇万円の金額で合意した。しかし、大阪日産金属が、前記金額を支払わなかつたため、五二 年七月ごろ、支部と大阪日産金属は、同年夏季一時金について組合員一人あたり賃金一か月分(平均一三万円強)プラス一律一〇万円の金額で合意した。しかし、大阪日産金属が、前記金額を支払わなかつたため、五二年一二月三日、支部はその支払いを滋賀日産金属に対して要求した。 この間、滋賀日産金属は、格別問題のない経営状態で推移し、五二年夏季一時金として平均約二〇数万円をその従業員に支払つた。 なお、前記夏季一時金は、組合員に対しては本件審問終結時に至つても支払われていない。 9 hの労働災害について(1) 五一年一二月一〇日、hは、プレス機械を操作中、機械の故障によつて右手の親指以外の指全部を切断するなどの災害を被つた。 この災害について、hは、障害等級第六級の労働災害との認定を受け、五二年一一月一〇日まで休業した。 (2) ところで、本件労使間には、労働災害に関して次のような協定が存在する。 すなわち、①旧日産金属・支部間に、労働災害による休業補償に関して、法定外補償を行う旨の協定(四八年一〇月一一日締結)並びに、②大阪日産金属・支部間に、労働災害の等級別に一時金(hの場合、三五〇万円)を支給する旨の協定(五一年一一月二日締結)が存在する。 しかし、五二年一二月二六日、大阪日産金属は、hに対して、前記一時金の支払義務の存在を前提に、しばらく一時金の支払いを猶予してほしい旨通知し、その後、本件審問終結時に至つても、前記一時金を支払つていない。 また、上記法定外休業補償金のうち、五二年九月分及び一〇月分が未払いとなつていたが、前述のとおり、五三年一月一一日、大阪日産金属は、これを供託した。 10 その他五三年三月一五日、滋賀日産金属は、同盟組合と交渉し、経営不振等を理由にその従業員全員を解雇することで合意に達し、従業員は、そのころ、全員退職した 日、大阪日産金属は、これを供託した。 10 その他五三年三月一五日、滋賀日産金属は、同盟組合と交渉し、経営不振等を理由にその従業員全員を解雇することで合意に達し、従業員は、そのころ、全員退職した。 第2 判断 1 滋賀日産金属の当事者適格について滋賀日産金属と大阪日産金属との関係についてみると、前記認定により、次の事実を認めることができる。すなわち、① 滋賀日産金属は、元来旧日産金属の一工場であつたところ、旧日産金属の本社を同工場内に移転するとともに、旧日産金属の従前の本社所在地に大阪日産金属が設立されたこと② 旧日産金属と支部との間で、「大阪日産金属、滋賀日産金属は、法人分離後も実体は一つである。対支部の責任においても一体である」ことを前提に、法人分離がなされたこと③ 滋賀日産金属及び大阪日産金属は、共にダイキンの下請として、産業・家庭用空調器部品のプレス加工等を営んでおり、また、大阪日産金属の仕事は、滋賀日産金属がダイキンから受注した仕事を改めて大阪日産金属へ回すという形で行われ、ダイキンからの指示も滋賀日産金属を通じて行われていたこと④ 滋賀日産金属及び大阪日産金属の役員は、d一族でほぼ占められており、かつ、g、vが共通の取締役で、監査役も共通であること⑤ 滋賀日産金属は、法律上、旧日産金属と同一企業体であり、したがってその株主も旧日産金属当時と変更はないものと推認でき、これによると滋賀日産金属と大阪日産金属の株主はそのほとんどが共通であることこれらの事実から滋賀日産金属と大阪日産金属は、法形式上は別個の法人ではあるが、業務内容、出資者、役員及び取引先を共通にし、かつ、大阪日産金属独自の経営活動がみられない事情が認められるから、滋賀日産金属と大阪日産金属は、実質上同一の企業であるとみるのが相当である。 したがつて、 内容、出資者、役員及び取引先を共通にし、かつ、大阪日産金属独自の経営活動がみられない事情が認められるから、滋賀日産金属と大阪日産金属は、実質上同一の企業であるとみるのが相当である。 したがつて、滋賀日産金属は、本件申立てについて当事者適格を有するものと認められる。 2 大阪日産金属の解散及び組合員らの解雇について(1) 当事者の主張要旨ア支部は、大阪日産金属の解散及び組合員らの解雇は、被申立人らが組合壊滅を企図して行つた不当労働行為であると主張する。 イこれに対して被申立人らは、大阪日産金属の解散は、赤字の累積による極度の営業不振の結果、万策尽きて行つたものであつて、組合壊滅を目的としたものではないと主張する。 よつて、以下判断する。 (2) 不当労働行為の成否前記認定によれば、① 支部は、四七年一〇月一一日結成されたが、旧日産金属は、支部の結成当初から、その存在を嫌悪していたこと② 四八年一月一五日、旧日産金属は、従業員に対して、大阪工場の閉鎖を提案するとともに、そのころ、事実上操業を停止したが、これは、組合員を企業より排除する意図でなされたものと考えられること③ 同年二月二七日、旧日産金属は支部に対して操業の再開を確約しながら、再開について積極的に努力をしたとの事実は何ら認められないこと④ いわゆる法人分離後の大阪日産金属の経営は、全面的に滋賀日産金属に依存し、事実上、滋賀日産金属の一工場部門として存在していたに過ぎないこと⑤ 五二年六月一日、大阪日産金属振出しの金額一二〇万円の約束手形が不渡りとなつたことを理由に、大阪日産金属は、その営業を停止したが、当時、滋賀日産金属の経営が順調であつたことからみて、前記手形の不渡りを回避することが不可能であつたとは到底考えられないこと⑥ 大阪日産金属は、その後、支部との間で何ら 属は、その営業を停止したが、当時、滋賀日産金属の経営が順調であつたことからみて、前記手形の不渡りを回避することが不可能であつたとは到底考えられないこと⑥ 大阪日産金属は、その後、支部との間で何らの話合いも行わず、同年一二月二六日、突然、aを除く組合員六名に対して一方的に解雇通知を郵送したことが明らかであり、これらの諸事情を総合すると、大阪日産金属を解散し組合員らを解雇したこれら一連の行為は、支部の壊滅を企図してなされたものと判断せざるを得ず、結局、大阪日産金属のこれらの行為は、労働組合法第七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為であるといわざるを得ない。 なお、aについて、被申立人らは、「aと大阪日産金属との間には、雇用関係はない」旨主張している。 大阪日産金属が、同人に対して、解雇通知を行つていないことは当事者間に争いがないが、前記認定7の(4)後段の事実からみると、同人が五二年七月に大阪日産金属に採用されていたことは明らかであつて、被申立人らの前記主張は事実に反する。 したがつて、大阪日産金属が同人に対する解雇通知を出していないのは、単なる手続上のミスに過ぎないものと考えられる。 結局、aについては、解雇の事実は存在しないが、解雇された他の組合員らと同様に取り扱われていることからして、大阪日産金属の前記行為は、同人に対する関係においても他の組合員らと同様の不当労働行為といわざるを得ない。 3 未払賃金について別記組合員中、b、c、k及びlについては、五二年七月分以降、a及びwについては、同年一〇月分以降、並びにhについては、同年一一月分以降の賃金が支払われていないことは、前記認定のとおりである。 これについて、被申立人らは、五二年一二月分までのaを除く各組合員の賃金を供託したのであるから、不当労働行為ではないと主張する 一一月分以降の賃金が支払われていないことは、前記認定のとおりである。 これについて、被申立人らは、五二年一二月分までのaを除く各組合員の賃金を供託したのであるから、不当労働行為ではないと主張する。 しかしながら、①前記認定のとおり大阪日産金属が供託したのは、未払賃金のほか、解雇予告手当及び退職金を含むこと、かつ、②本件労使関係の推移からみて、被申立人らは未払賃金等の供託により雇用関係の清算を図る意図に出たものと推認できることからみて、仮に組合員らが解雇に異議をとどめて供託金を受領したり、未払賃金のみを受領したりする行為に出たとしても、被申立人らがこれを容認したとは到底考えられない。 したがつて、前記のような意図に出た未払賃金の供託に対して、組合員らがそれを受領しなかつたのは当然のことといわざるを得ず、これに関する被申立人らの主張は失当である。 ひるがえつて、賃金遅配の理由についてみると、既に判断した被申立人らの一連の不当労働行為にかんがみ、組合員らの動揺を誘い、ひいては支部の壊滅を企図したものと考えざるを得ず、被申立人らのこの措置は、労働組合法第七条第一号及び第三号に該当する不当労働行為である。 4 五二年夏季一時金等について被申立人らは、五二年夏季一時金については、妥結していないから支払義務はなく不払いを理由とする不当労働行為は成立しないと主張する。 しかしながら、前記認定の8のとおり前記一時金について労使間で金額において合意していることは明らかであり、かつ、一体の企業とみられる滋賀日産金属が同社従業員に対してほぼ同額の一時金を既に支払つているのであるから、その間特段の事情もみられない本件の場合妥結していないことを理由とする不払いは、結局のところ、支部を嫌悪してとられた措置と考えざるを得ず、労働組合法第七条第一号に該当する 支払つているのであるから、その間特段の事情もみられない本件の場合妥結していないことを理由とする不払いは、結局のところ、支部を嫌悪してとられた措置と考えざるを得ず、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為である。 なお、前記一時金の支払時期については疎明がないが、①その性格並びに、②前記認定のとおり、五二年一二月三日、支部が大阪日産金属の支払義務を前提に滋賀日産金属に対してその支払いを要求していることからみて、遅くとも同年一二月三日には支払時期が到来したとみるのが相当であり、主文1の(2)のとおり命令する。 ただし、aに関しては、同人の採用時期が五二年七月ごろであるところ、同人が同年夏季一時金の支給対象となつていたと認めるに足る疎明はないから、同人の五二年夏季一時金に関する支部の請求は、棄却せざるを得ない。 なお、支部は、その後の一時金の支払いをも請求するが、これについては労使間の合意がなされたとの疎明がないから、棄却せざるを得ない。 5 hの労働災害による一時金及び休業補償給付の法定外補償について(1) hの労働災害一時金について、被申立人らは、この問題は大阪日産金属が清算手続の過程で誠意をもつて解決すべきことで、不当労働行為とは無関係であると主張する。 しかし、本件労働災害一時金は、大阪日産金属と支部組合員であるhとの間の雇用関係に伴つて生じたものであるから、本件不当労働行為の成否を判断するに当たつて、この問題を除外する理由はない。 しかして、本件労働災害一時金が五二年一二月二六日以後も支払われていないのは、既に判断した被申立人らの支部に対する一連の不当労働行為にかんがみ、hが組合員であるがためであると考えざるを得ず、被申立人らのこの態度は、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為である。 (2) hの五二年九月分及び の支部に対する一連の不当労働行為にかんがみ、hが組合員であるがためであると考えざるを得ず、被申立人らのこの態度は、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為である。 (2) hの五二年九月分及び一〇月分の労働災害による休業補償給付の法定外補償金について、被申立人らは、既に供託したのだから、不当労働行為ではないと主張する。 しかし前記補償金は、未払賃金等と一括して供託されているのであるから、未払賃金について判断したと同様の理由で前記補償金の不払いも労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為といわざるを得ない。 6 滋賀日産金属の責任について(1) 滋賀日産金属と大阪日産金属との間には、前記判断の1のとおり、実質上、両社が同一の企業とみるべき関係が存する。 したがつて、大阪日産金属のなした不当労働行為について滋賀日産金属もその責任を負わねばならない。 しかしながら、滋賀日産金属は、五三年三月二五日解散し、かつ、その従業員は全員退職している。 しかして、滋賀日産金属の解散については、それが不当労働行為に当たると認めるに足る疎明はない。したがつて、滋賀日産金属の賃金等の支払いに関する責任も、五三年三月二五日までに限ると考えざるを得ず、主文3のとおり命令する。 7 企業再開の申立てについて支部は、大阪日産金属の解散は擬装であり、申立外有限会社瀬戸内興業(以下「瀬戸内興業」という)によつてその事業が引き継がれているとして、大阪日産金属の再開及び組合員らの原職又は原職相当職への復帰をも求める。 瀬戸内興業が、五一年九月ごろ、p主任を取締役として設立されたこと、その本店所在地がgの自宅と同一場所であること、瀬戸内興業は大阪日産金属と類似した内容の仕事をしていること、並びに被申立人らの解散後も瀬戸内興業が存続していることなどの事実は認められ 立されたこと、その本店所在地がgの自宅と同一場所であること、瀬戸内興業は大阪日産金属と類似した内容の仕事をしていること、並びに被申立人らの解散後も瀬戸内興業が存続していることなどの事実は認められるが、これらのことから直ちに、瀬戸内興業が大阪日産金属の後継会社であると断定することは困難であり、その他大阪日産金属の解散が擬装であると認めるに足る疎明はない。 したがつて、結局のところ、被申立人らが、今後事業の再開をもくろんでいるとする疎明はないことに帰し、この点に関する支部の請求は棄却せざるを得ず、主文5のとおり命令する。 以上の事実認定及び判断に基づき当委員会は、労働組合法第二七条及び労働委員会規則第四三条により、主文のとおり命令する。 昭和五四年一〇月五日大阪府地方労働委員会会長 z別記bcawhkl
▼ クリックして全文を表示