平成28(う)1772 詐欺

裁判年月日・裁判所
平成29年12月13日 東京高等裁判所 破棄自判 東京地方裁判所 平成25刑(わ)1756
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判決文本文16,671 文字)

平成29年12月13日宣告東京高等裁判所第11刑事部判決詐欺被告事件主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役3年に処する。 原審における未決勾留日数中400日をその刑に算入する。 この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。 原審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 1 本件事案と控訴の趣意(略称は原判決に従う。)本件は,A大学Bセンター教授であった被告人が,共犯者らと共謀の上,平成21年度長寿医療研究委託事業等に係る各研究事業に関し,C外5社がA大学から受注した業務を行い,その代金を請求する旨記載した内容虚偽の納品書及び請求書等を提出し,同大学から同社名義の口座等に合計1894万4400円を振込入金させて騙し取り(原判示1),共犯者らと共謀の上,D大学のE教授が研究に従事していた平成21年度長寿医療研究委託事業に関し,CがD大学から受注した業務を行い,その代金を請求する旨記載した内容虚偽の納品書及び請求書等を提出し,同大学から同社名義の口座に合計294万円を振込入金させて騙し取った(原判示2)とされる詐欺の事案である。本件控訴の趣意は,主任弁護人弘中絵里作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意書訂正申 立書記載のとおりであり,論旨は法令適用の誤り及び量刑不当の主張である。 2 法令適用の誤りの主張について原判決の判断の概要原審においては,いずれの事実についても,事実関係に争いがあったが,原判決は,A大学又はD大学から受注したとされる各関係会社は,いずれも業務を受注して行う意思がなく,また,実際に業務を行っていないにもかかわらず,見積書,納品書,契約書等の契約関係書類を各大学に提出するとともに,業務内容がシステムレンタルであるもの以 社は,いずれも業務を受注して行う意思がなく,また,実際に業務を行っていないにもかかわらず,見積書,納品書,契約書等の契約関係書類を各大学に提出するとともに,業務内容がシステムレンタルであるもの以外については,Fが作成した報告書を各大学に提出するなどして,受注業務を行ったかのように装い,システムレンタルを業務とする発注については,システムレンタル業務を行っていないことが認められ,これらについては被告人も認識している,とした。 そして,弁護人が,民法上の請負契約では下請けを用いることは差し支えないのが原則であり,法令等において受注名義人と業務担当者の同一性を確保すべき規定がないこと,各大学の契約・支払実務の運用においても受注名義人と業務担当者の同一性を確保するための措置が講じられていなかったことなどからすると,実際に作業を行うものが誰かという点は,「財産的処分行為の判断の基礎となるような重要な事項」に当たらないし,見積書等の提出行為は,これを提出する業者が自ら業務を行う旨表明するも のではないから,本件では「偽る行為」がないなどと主張したことに対しては,概ね次のとおり判示して,詐欺に当たるとした。 ア科研費等は公費によるもので,その適正な執行が求められており,その経理の透明化等を図るなどのため,科研費等は,その給付を受ける研究員個人ではなく,大学等,研究者の所属機関の長が適正な執行に責任を負い,その経理部門がその事務を担当することとされており,その支出については所属機関の会計規則等の各種ルールに基づき行われる。そして,目的外使用,空発注,条件違反,利益相反取引等の不正経理・不正支出は許されず,また,補助金等にかかる予算の執行の適正化に関する法律17条,18条は,目的外使用,交付決定の内容・条件違反,その他法令又はこ 用,空発注,条件違反,利益相反取引等の不正経理・不正支出は許されず,また,補助金等にかかる予算の執行の適正化に関する法律17条,18条は,目的外使用,交付決定の内容・条件違反,その他法令又はこれに基づく各省各庁の長の処分違反の場合の補助金交付決定の全部又は一部の取消しと,その場合の補助金等の返還について規定している。 イ証拠によれば,①A大学及びD大学における科研費等の支払の決裁に際しては,基本的に見積書,納品書,請求書等の作成名義,件名,金額等が一致しているか,納品物の検収が行われているかなどを確認し,特に疑義がない場合には,これらを提出した業者が業務を行ったと考えて支払を認めること,②受注業者が,受注当初から受注業務を行う意思がなかった場合や,受注業務を行わずに単に見積書等の作成等を行い他者から提供を受けた納品物の納品のみを行っていた場合には,そのような外形上の受注業者が 業務を受注して行ったものとは評価できず,大学と外形上の受注業者との間では有効な契約が成立しているとは扱えないか,解除すべき契約であり,受注業者が外形上の受注業者にすぎず,実際に業務を行った業者とが異なることがうかがわれる場合には,そのまま外形上の受注業者に支払うことはできないこと,③事実関係を調査した上で,実際に業務を行った業者に支払をすべきと判断される場合には,外形上の受注業者との契約を解除した上で,実際に業務を行った業者と再度契約を締結する必要があることを認めることができる。 ウそして,受注した業務の再委託,一括委託がある場合には,行われた業務,提供された納品物に対する責任の所在が不明確になる上,実際に受注を行う業者が受け取るべき対価のほかに,受注したとされる業者が受けるマージンが生じることが通常であることからすると,必要のない再 業務,提供された納品物に対する責任の所在が不明確になる上,実際に受注を行う業者が受け取るべき対価のほかに,受注したとされる業者が受けるマージンが生じることが通常であることからすると,必要のない再委託,一括委託を防止することは,公費の支出の適正を確保する上で重要であり,また,公費の支出に関しては原則として再委託等が禁止されており,受注業者が業務を行うことが当然の前提とされていることは,公費予算の執行上の常識である。したがって,再委託,一括委託があるか否か,すなわち実際に業務を行った主体が誰であるかは,A大学及びD大学において科研費等の管理について責任を負う両大学の長(その委託を受けた経理部門)の支払に関する判断において重要な事項であることもまた明らかである。 エ本件においては,A大学又はD大学からの各発注業務について,各関係会社は,見積書,納品書,請求書等とFが作成した納品物をA大学又はD大学へ提出するなどしているところ,各発注業務に当たり,各関係会社以外の業者において実際の作業を行うことが前提とされているような事情は認めらない上,各関係会社は,いずれもその受注業務を行う意思がなく,実際に業務を行ったこともないのに,自らが実際に業務受注して行ったかのように装って,各大学に見積書,納品書,請求書等を提出し,Fが作成した報告書を納品物として提出したのであるから,各関係会社は,各大学に対し欺罔行為に及んだと認められる。 所論これに対し,所論は,概ね次のとおり主張する。 ア 「交付の判断の基礎となる重要な事項」該当性について欺罔内容の重要事項性は,偽ったとされる事項がどのように位置づけられているかを客観的に観察して検討・判断されるべきものであるところ,関係法令上,研究事業に関する業務を受注した者と当該業務を行う 欺罔内容の重要事項性は,偽ったとされる事項がどのように位置づけられているかを客観的に観察して検討・判断されるべきものであるところ,関係法令上,研究事業に関する業務を受注した者と当該業務を行う者が同一であることは,重要なものとは位置付けられていないし,実際,A大学及びD大学における契約・支払実務上も,受注者と業務担当者が同一であることを確保するための措置は講じられていなかった。にもかかわらず,受注者と業務担当者の同一性が「交付の判断の基礎となるような重要な事項」に当たり,納品書等の提出行為が欺罔行為に当たるとした原 判決の判断は,最決平成22年7月29日・刑集64巻5号829頁,最判平成26年3月28日・刑集68巻3号582頁等の最高裁判例に反し,刑法246条1項の解釈適用を誤ったものであると主張し,次の各点を指摘する。 本件研究費の交付は,一定の業務を行うこと(役務の提供)を目的とする契約に基づいて行われたものであるところ,これらは民法上規定されている役務提供型の契約のうち,請負契約に当たる。請負契約においては,注文者が支払う報酬は,受注者(請負人)が完成を約したその仕事の結果に対して支払われるもので,その業務を受注者自らが行ったことは,報酬と対価関係に立つ事項とは位置付けられていない(民法632条)。請負契約においては,特別の場合を除き,受注者(請負人)自らが仕事を完成することは債務の内容になっていないのであり,労務者を使用することはもちろん,下請負人を使用することも何ら契約の本旨に反するものではない。したがって,本件で問題とされているような請負契約においては,受注者と業務担当者の同一性は,原則として,対価の支払の判断の基礎となるような重要な事項に該当しない。 補助金等の不正な使用の防止を目的とする「補 件で問題とされているような請負契約においては,受注者と業務担当者の同一性は,原則として,対価の支払の判断の基礎となるような重要な事項に該当しない。 補助金等の不正な使用の防止を目的とする「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」や同法施行令には,「他の用途への使用」をしてはならないこと以上に,補助事業等の遂行に関する業務を補助事業者等以外の者に発注して行わせる場合に関し, 再委託を禁止する旨の規定も,当該業務の受注者と業務担当者が同一でなければならない旨を定めた規定も存在しない。そのほかにも両者の同一性の確保を目的としていると解される規定は何ら置かれていない。 また,「厚生労働省科学研究費補助金取扱規程」(以下,「科研費規程」という。)は,科研費の取扱に関し必要な事項を定めているものであるところ,同規程では,補助金の交付の決定に付すべき条件の一つとして,「交付を受けた補助金は,当該補助金の交付対象事業に必要な経費にのみ使用しなければならないこ),再委託を禁止する旨の規定は置かれておらず,当該業務の受注者と業務担当者が同一でなければならない旨を定めた規定も存在しない。そして,「厚生労働科学研究費補助金事務処理要領」平成23年度版(平成21年,22年度版には事実確認徹底の定め自体がない。)では,関係書類等について経理担当者による事実確認等を徹底することとされているが,徹底されるべき事実確認等の例としては,役務の提供等があったことの確認等とされているだけで,役務提供を受注した名義人と実際にその業務を行う者が同一であることを確認すべきとはされていない。その他,科研費規程,同取扱細則,前記要領には,再委託を禁止する旨の規定も,受注者と業務担当者が同一でなければならない旨を定めた規定も存在せず,両者の同一性確保を とを確認すべきとはされていない。その他,科研費規程,同取扱細則,前記要領には,再委託を禁止する旨の規定も,受注者と業務担当者が同一でなければならない旨を定めた規定も存在せず,両者の同一性確保を目的とする規定は何ら置かれていない。 さらに,「長寿医療研究委託費事務処理要領」その他の規定を通覧しても,受託事業に関する業務を研究者等以外の者に発注して行わせる場合に関し,再委託を禁止する旨の規定も,当該業務の受注者と業務担当者が同一でなければならない旨を定めた規定もなく,そのほかにも両者の同一性の確保を目的としている規定は何ら置かれていない。 以上のように,関係法令においては,受注者と業務担当者の同一性は重要な事項とはされていない。 欺罔内容の重要事項性の判断に当たっては,偽ったとされている事項(交付行為者の認識と客観的事実との間に齟齬がある事項)がどのように位置付けられているかを客観的に観察して検討すべきである。本件において,受注者と業務担当者の同一性が重要な事項として位置付けられていたか否かを判断するに当たっては,A大学及びD大学が受注者と業務担当者の同一性を確保するためにどのような方策・措置を講じていたかが,とりわけ重要である。原判決も認めるとおり,A大学及びD大学のいずれにおいても,科研費等に関する契約締結及び科研費等の支払手続では,基本的に書面審査が行われるのみであり,受注者と業務担当者の同一性を確保するための方策・措置は講じられていなかった。すなわち,A大学においては,業務を受注する者に対し再委託を禁止する旨を定めた内部規定(役務提供契約基準)を交付する方策も,見積書等に受注者自ら業務を行い再委託はしない旨記載する 措置も講じていた様子はない上,各業者に対し記載内容等の指示連絡をする職員が,下請 めた内部規定(役務提供契約基準)を交付する方策も,見積書等に受注者自ら業務を行い再委託はしない旨記載する 措置も講じていた様子はない上,各業者に対し記載内容等の指示連絡をする職員が,下請の有無を確認したり,原則下請禁止であると説明したりすることもなく,また,請求書等の提出を受ける際に,再委託はしておらず受注業務は自ら行った旨表明する書面を提出させる方策もとっていなかった。D大学においても同様である。したがって,両大学において,受注者と業務担当者の同一性の確認が厳重に行われていたとは到底いえず,その同一性を確保するための措置が徹底されていたわけではない状況であったのであり,両大学における発注・支払実務上,受注者と業務担当者の同一性は,重要な事項とは位置付けられていなかった。 なお,原判決は,受注者と業務担当者の同一性が重要事項に当たることの根拠として,両大学の関係者らが,受注者と業務担当者が異なることが判明した場合には,受注者に支払をすることができない旨の証言していることを指摘する(原判決38頁)が,受注者と業務担当者が異なることが分かっていれば,受注者に支払をすることがなかったか否かという条件関係の問題と,受注名義人と業務担当者の同一性が,財産的処分行為の判断の基礎となるような重要な事項であるか否かという欺罔行為(実行行為)の存否の問題は,別個の問題であり,前者が肯定されれば当然に後者が肯定される関係にはない。また,原判決は,再委託,一括委託がある場合,行われた業務や提出された納品物に対する責任の所在が不明確になる上,受注したとされる業者が受けるマージン が生じることが通常であると説示している(原判決39頁)が,契約上の責任が契約当事者である受注者にあることは明白なのであるから,法的責任の所在が不明確に したとされる業者が受けるマージン が生じることが通常であると説示している(原判決39頁)が,契約上の責任が契約当事者である受注者にあることは明白なのであるから,法的責任の所在が不明確になるわけではない上,マージンが生じた分だけ受注金額全体が押し上げられることになるわけでもない。 イ偽る行為についての判断の誤りC等は,各社名義の納品書及び請求書等を提出したにとどまり,自らが当該業務を実際に担当した旨を積極的に告げていない。それゆえ,これらの行為が詐欺罪にいう欺く行為(欺罔行為)であるといい得るためには,C等が各社名義で納品書及び請求書等の提出した行為が,自らが当該業務を実際に担当した者である旨を表明したものと評価できるものでなければならない。原判決は,支払の決裁において,経理部門は書面審査によらざるを得ないなどと説示して,各関係会社が各大学に対して,自社名義の見積書,納品書,請求書等を提出することは,自社が業務を受注してこれを行ったことを装い,対価を請求する行為であるとして,欺罔行為該当性を肯定した(原判決42頁)。しかし,前記最高裁平成26年3月28日判決は,「(ゴルフ場側が)ゴルフ場利用細則又は約款で暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨規定」するなどしていたものの,「それ以上に利用客に対して暴力団関係者でないことを確認する措置は講じていなかった」ことなど「暴力団排除活動が徹底されていたわけではない」という事実関係を指摘し て,欺罔行為該当性を否定しており,この点の認定・評価が判断を分けている。本件では,前記のとおり,A大学及びD大学は,発注段階においても,支払段階においても,見積書や納品書,請求書等の提出を受けるに当たって,受注者と業務担当者が同一であることを確保するための措置を講じていなかった。 のとおり,A大学及びD大学は,発注段階においても,支払段階においても,見積書や納品書,請求書等の提出を受けるに当たって,受注者と業務担当者が同一であることを確保するための措置を講じていなかった。支払段階の書面審査に限っても,受注した業務については自らが行った旨表明する書面を提出させるといった簡便な措置すら講じられていなかったことからすると,両大学において,受注者と業務担当者が同一であることを確保するための措置が講じられていたと評価することはできない。そうすると,C等が自社の名義で納品書及び請求書等を提出した行為は,発注された仕事を完成させ,その対価として約定の代金を請求する意思を表明したものであるとはいえても,それ以上に,C等が自らその業務を行ったことを表明する行為であるなどと評価することができないというべきであり,挙動による欺罔行為には当たらない。したがって,これを欺罔行為に当たると判断した原判決は,前記最高裁判例に違反し,刑法246条1項の適用を誤ったものであると主張する。 当裁判所の判断本件各行為が欺罔行為に当たるとした原判決は正当であり,原判決の法令適用に誤りはない。以下,本件の背景にある事実関係(これは原判決も当然に前提としていると認められる。)を説示した後,所論を検討する。 すなわち,原審記録によれば,被告人は,原判示1の事実において,科研費等を支出しようとするに当たり,Fがその業務内容を行って成果物等を作成し(Gについては業務が行われていない。),代金の大半がFに流れる前提であるにもかかわらず,FがA大学から直接受注するのではなく,原判示別表各記載の関係会社がFとA大学の間に入る形で受注することとし,同別表の個別事件の共謀相手と共謀の上,関係会社が別表記載の業務内容を受注することとして がA大学から直接受注するのではなく,原判示別表各記載の関係会社がFとA大学の間に入る形で受注することとし,同別表の個別事件の共謀相手と共謀の上,関係会社が別表記載の業務内容を受注することとして,関係会社名義での見積書,納品書,請求書等をA大学の経理担当係員に提出したと認められる。また,原判示2の事実においては,E教授の委託費による発注に関し,前記同様の流れを前提に,Fにおいてシステム開発を行うとし,CのHに,FとD大学の間に入ることを依頼して共謀の上,Cが在宅介護支援の現状調査・分析作業等の業務を受注することとして,同社名義での納品書及び請求書等をD大学の経理担当係員に提出したと認められる。そして,Fは,被告人が設立し,代表取締役を務めた会社であり,被告人がBセンター教授に就任するに当たり,兼業許可の関係で,平成21年7月27日に役員を辞任したものの,同社の唯一の取締役は被告人の当時の妻で,経理関係で形式的なことを行うのみであった上,同社の従業員は,本件の共犯者I及びJの2名だけであって,同人らをFで雇用することにしたのも被告人であり,被告人は,本件当時も実質的にFを経営していたと認められる。また,原判示2の平成21年度長寿医療 研究委託事業については,被告人もE教授も共に分担研究者として委託費の交付を受けていたと認められる。 そうすると,被告人に交付された科研費等については,被告人が実質的に経営する会社がその発注業務を受託し,その代金の支払を受けていたといえるのであり,科研費等の使用に関し,このような契約を行うことは,被告人に経済的な利益を与える不正な行為として,原則として許されないことは,個別具体的な法令の存否に関わらず,常識に属するというべきであって,受注業者が,当該科研費等の交付を受けた研究者が実質的に 被告人に経済的な利益を与える不正な行為として,原則として許されないことは,個別具体的な法令の存否に関わらず,常識に属するというべきであって,受注業者が,当該科研費等の交付を受けた研究者が実質的に経営する業者であるかどうかは,契約を締結するか否か,代金の支払をするか否かの判断に当たり,極めて重要な事項であるというべきである。なぜなら,発注者と受託業者の契約当事者双方が実質的に同じ人物であれば,契約内容となる業務の適正さ,金額の適正さ,成果物の適正さのいずれの観点においても,不正のおそれが高く,科研費等の適正な執行を害することが明らかだからである。このことは,個別の研究者に交付される場合のみならず,交付される者が共に分担研究者の関係にある場合であっても同様である。 そして,以上を踏まえて検討すると,所論ア(重要事項該当性)は,必要のない再委託や一括再委託は,いわゆる随意契約において,効率性を損なうなど,不適切なものの一つとされていることは公知の事実であり,また,所属機関の経理担当係員らの行う発注業務や支払決済の審査において,その意思決定を左右する 重要な事情であることは,客観的に見て明らかであるから,このことは,具体的な法令,内規等の有無や発注者における確認等の措置の有無により左右されないというべきである。しかも,発注に係る契約条項において,再委託が禁止されていない場合であっても,直ちに支払うか,契約の効力を認めるかどうかを含め,不正の有無を調査するなどした上で支払いに関する意思決定をすることは妨げられないから,このことは,契約条項に再委託禁止があるかどうかによっても左右されない。所論アは理由がない。 次に,所論イ(挙動による欺罔行為該当性)を見ると,確かに,A大学及びD大学において,経理担当係員らが支払いの可否の審 約条項に再委託禁止があるかどうかによっても左右されない。所論アは理由がない。 次に,所論イ(挙動による欺罔行為該当性)を見ると,確かに,A大学及びD大学において,経理担当係員らが支払いの可否の審査を行うに当たり,外形上の受注業者と,実際に業務を行った者の同一性を確認する具体的な措置を講じていないことは所論指摘のとおりである。しかしながら,受注業者として,見積書を提出し,契約を締結し,請求書等を提出して代金の支払いを請求する以上,当事者間において,その受注業者が,自らその業務を行ったか,それと同様に評価できる場合であることが当然の前提となっていると解される。そして,その業務を受注することが不適切なため直接受注することができない者が実際の業務を行った場合は,単に外形上の受注業者を隠れ蓑にして不適切な受注をしたに等しく,隠れ蓑に過ぎない受注業者が自ら業務を行ったと同様に評価できないことは当然である。そうすると,被告人の支配下にあるFが実質的に各発注業務を行い(Gについては業務が行われ ていない。),かつ,本件各業務の代金として支払われた金額の大半が各関係業者からFに支払われることを前提とするという,本件の背景をなす上記事実関係の下においては,本件各業務を各関係会社が行ったと評価することはできないから,原判示の納品書及び請求書等は内容虚偽というべきであり,これらを提出した行為は,各関係会社が判示各業務を受注して行った旨装った行為であって,判示各行為について,欺罔行為に当たるとした原判決の判断は正当である。 所論が引用する最高裁平成22年7月29日決定及び最高裁平成26年3月28日判決等については,いずれも本件とは事案を異にするものであって,失当である。 法令適用の誤りをいう論旨は理由がない。 3 量刑不当の主張につい 成22年7月29日決定及び最高裁平成26年3月28日判決等については,いずれも本件とは事案を異にするものであって,失当である。 法令適用の誤りをいう論旨は理由がない。 3 量刑不当の主張について原判決の判断原判決は,被告人は,科研費等による業務の発注にかかわる大学教授としての地位にあることや,共同研究者から業務の発注に関して相談を受けたことを利用して,本件各犯行に及んでいるところ,科研費等の支払審査は,研究者が,発注業務の内容や,発注先の選定,発注金額の決定等を適正に行っていると信頼することを前提としているもので,本件各犯行はこの研究者に対する信頼を逆手に取り悪用した巧妙な犯行であって,その態様は悪質である上,3会計年度にわたり,同様の行為を繰り返し,被害額も 合計2188万4400円と多額に上っているとした。そして,被告人は,本件各犯行を計画し,共犯者である関係会社の代表者や被告人が実質的に経営するFの従業員等に指示して本件各犯行を実現した首謀者である上,各大学から関係会社に振り込ませた科研費等の約9割をFが得ているところ,同社の代表者であった当時の被告人の妻に多額の役員報酬が支払われていたことからすれば,科研費等が被告人の私的利益のために用いられたことも認められるとした。 また,被告人は,本件において各業務の成果物を実際に納品し,その対価の支払を受けただけである旨主張するが,その納品物自体,被告人が,既存の知識をH,Jに教示するとともに,被告人やFが入手済みの資料や厚生労働省のホームページに掲載されている公開資料を参照するよう指示するなどして,報告書として体裁を整えさせ,或いは従前から無償で利用していたプログラムをGしたこととするなどしたものであり,結局,その契約自体,科研費等をFに流すことを目 公開資料を参照するよう指示するなどして,報告書として体裁を整えさせ,或いは従前から無償で利用していたプログラムをGしたこととするなどしたものであり,結局,その契約自体,科研費等をFに流すことを目的とした形式的なものにすぎないことからすれば,成果物が納品されている犯行があることを量刑上考慮することはできないとした。また,日本の研究費については,基本的に単年度主義で予算を執行しなければならない上,使途が細かく規制されすぎて硬直的であり,研究の実情に応じた支出をしにくく,他方でその研究成果に対する審査が甘いという問題はあるが,そうであるからといって,外形上の受注業者を介して科 研費等を自らが実質的に経営する会社に流す本件のような詐欺行為が許されるものではないから,この点も被告人にとって有利な事情として考慮することはできないとした。 そして,被告人自身,自己の行為の正当性を主張するばかりで,およそ反省の態度は見られないのであり,以上の事情に照らせば,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ないとした。 その上で,原判決は,被告人は,我が国における医療情報システムの研究開発に重要な役割を果たし,総務省の在宅高齢者向けの健康管理見守りケアシステムに関する実証研究事業において,被告人がPOAS理論に基づき開発を指導したエクスカリバーとアイフォンやセンサーを連携させたシステムが高い評価を得ている上,Fにおける医療システム開発の継続状況や,関係会社からFに支払われた科研費等がFの運営資金として被告人の研究やシステム開発に充てられたことがうかがわれることからすると,本件は単に私的な利益を図るというだけでなく,被告人なりにPOAS理論に基づく研究やシステム開発を継続するという目的による犯行という面もあったと考えられ,しかも,被告人は本件各 れることからすると,本件は単に私的な利益を図るというだけでなく,被告人なりにPOAS理論に基づく研究やシステム開発を継続するという目的による犯行という面もあったと考えられ,しかも,被告人は本件各犯行により,長年にわたって築いた研究者としての地位と信用を失い,既に相当程度の社会的制裁を受けており,見るべき前科もないこと等被告人に対して酌むべき事情も存在するとしたが,これらの事情を考慮しても,犯情の悪質性,結果の重大性に照らせば,被告人を懲役3年の実刑に処するのが相当であるとした。 所論及び当裁判所の判断原判決の量刑判断は,当裁判所としても首肯することができ,前記のとおり刑を量定した原判決の判断に誤りはない。 これに対し,所論は,要旨,次のとおり主張して,原判決の量刑は,重きに失して破棄を免れず,執行猶予を付すべきであると主張する。すなわち,①原判決は,担当係員の信頼を逆手にとって悪用したなどとなどとするが,D大学案件(原判示2)では,被告人は,平成21年度の段階において,実際にCとFで共同してE教授から依頼された在宅医療に関する情報システムの開発をするつもりであった上,E教授もPOAS理論に基づく在宅医療のシステム作りを依頼してきたと考えていたから,そのためには,エクスカリバーやラディスと連携できるシステムにする以外の選択肢は考えられず,どのような設計思想でシステムを作るかについては被告人に委ねられていると受け止めたことには合理性があったし,D大学から受注する場合にはFを受注業者にしても被告人に利益相反の問題が生じるわけではないから,Fを隠す動機もなかった。A大学案件も,被告人は公費支出のルールについて不案内で,再委託自体が原則禁止という発想はなく,本件は,単に,A大学の内部規定等についての認識や,担当者に わけではないから,Fを隠す動機もなかった。A大学案件も,被告人は公費支出のルールについて不案内で,再委託自体が原則禁止という発想はなく,本件は,単に,A大学の内部規定等についての認識や,担当者による事務手続が適切に行われているかに関する配慮が十分でなかったことによるというべきであるから,担当係員の信頼を逆手にとって悪用したとは評価できない。②原判決は,本件科研費等が被告人の私的利 益のために用いられたとするが,Fの収支状況を見ると,Fは,平成21年8月末時点で1252万円余の預金を保有しており,その後平成22年8月末までに本件科研費等と無関係な収入が9930万円あったから,この間に支払われた被告人の妻への役員報酬2220万円が本件科研費等から支払われたとは到底言えない。また,その後平成23年8月末までは本件科研費等に関する収入1039万円余と雑収入217万円余しかないが,平成22年8月末時点で本件科研費等と無関係な収入を原資とする預金が少なくとも5312万円余以上あり,さらに,被告人の妻から650万円の貸付処理が行われているから,この間に支払われた被告人の妻に対する役員報酬合計2220万円が本件科研費等から支払われたとは直ちには言えない。③原判決は,成果物が納品されている犯行があることを量刑上考慮することはできないとするが,研究上発注した業務の要不要やその価値などは高度に専門的な事柄であり,憲法で保障された学問の自由にも関する事柄であり,軽々に無価値であったかのような判断をすることは許されない。また,本件の納品物は,被告人の研究それ自体や研究内容をとりまとめたものではなく,あくまで研究に資するものとして,業者に発注し,納品されたもので,いずれも被告人の研究に資するものであった上,Gは,従前,被告人がエクスカリバー の研究それ自体や研究内容をとりまとめたものではなく,あくまで研究に資するものとして,業者に発注し,納品されたもので,いずれも被告人の研究に資するものであった上,Gは,従前,被告人がエクスカリバーとラディスを無償で使用させてもらい,日々活用していたところ,平成21年度の科研費が年末頃に1000万円ほど残っていることが 判明したため,これを有償レンタルすることにしたもので,本来対価を払ってやってもらうべきことを無償でやってもらっていた場合,後から対価を支払うことにしたとしても,何の問題も生じ得ない。確かに,本件の場合,Kがレンタル契約の主体となっていたり,仕様書にあるように,A大学の複数の関係者がシステムを利用できる状態になっていなかったという問題点はあるが,被告人は現にレンタルの対象物であるエクスカリバー及びラディスを研究のために使用しており,その対価を支払う合理的な理由も認められるのであるから,これらは有利な事情として考慮されるべきである。④現状のままでは,2025年には日本の医療制度は崩壊するとされており,これを食い止めるには医療制度改革が必要不可欠であるが,被告人は,そのためのエビデンスを積み上げるには,エクスカリバーのような医療情報を正確かつ網羅的に把握できるシステムにより,データ収集をする必要があると考えており,実際,被告人は,厚生労働省の諮問機関で公益委員等を務めていた初代Bセンター長からも,2020年までにデータが集まるようにしてほしいと言われるなど,被告人の研究は政策に直結する状況にあった。そのためには,エクスカリバーを実働させる必要があり,世界で唯一POAS理論を理解してシステムを開発できる能力を有するH,Jを雇用し,開発作業を継続することが必須であった。このように,被告人が開発の継続とHらの雇 スカリバーを実働させる必要があり,世界で唯一POAS理論を理解してシステムを開発できる能力を有するH,Jを雇用し,開発作業を継続することが必須であった。このように,被告人が開発の継続とHらの雇用確保に執着したのは日本全体のためであったから,その動機に は大いに酌むべき事情がある。⑤被告人は,保釈後,勤務医として診療所に勤務し,一般診療だけでなく,泌尿器科学会専門医,腎臓学会専門医,透析医学会専門医などの資格を生かし,専門外来で専門医として多くの患者の診療を行っている。被告人を実刑に処し,患者から被告人の診療を受ける機会を奪うことは,患者や社会にとって大きな損失である。また,被告人が実刑に処せられた場合,医道審議会において,遠からず医師免許をはく奪される可能性が高い。被告人は既に本件により長年にわたり築いてきた研究者としての地位と信用を失っており,さらに医師免許まではく奪されると,収入を得る術を失い,新たな職を得ることも困難である。本件罪の内容や情状に照らすと,あまりに酷である。 さらに原判決後の事情として,⑥被告人は,原判決後,厚生労働省,A大学及びD大学と協議した結果,厚生労働省に対する自主返納として,本件にかかる厚労科研費及び長寿医療委託研究費の全額に相当する金額を支払った。⑦被告人は再婚しており,家族の生活を支える責務があるし,再犯の可能性はない。 以上によれば,被告人を実刑とした原判決の量刑は重すぎて不当であると主張する。 そこで検討すると,所論①(担当係員の信頼の悪用の有無)は,まず,被告人は,前記のとおり,平成21年度長寿医療研究委託事業の分担研究者であり,Fは被告人の妻が代表者を務め,被告人が支配する会社であるから,D大学案件において,委託費の支 出先として直接契約することが難しいことは 成21年度長寿医療研究委託事業の分担研究者であり,Fは被告人の妻が代表者を務め,被告人が支配する会社であるから,D大学案件において,委託費の支 出先として直接契約することが難しいことはA大学案件と同様である。そして,原判決は,研究者が,発注業務の内容,発注先の選定,発注金額の決定等を適正に行っていると信頼していることを逆手に取ったと指摘しているのであり,支払等の審査において担当者からこれらに関わる点を追及されないことは,他の研究費の扱い等から被告人も当然に認識しているのであるから,その点を逆手に取ったことは明らかで,これを悪質と評価した原判決はもとより正当である。また,原判決は,最終的にFに支払われた科研費等が被告人の研究等に充てられたことがうかがわれることも指摘して被告人に有利に考慮しているのであって,被告人がCとFで開発を行う意思であった点を指摘する所論は,原判決を正解しておらず,失当である。所論②(私的利益)は,そもそもFは被告人が実質的に経営する会社であり,Fの収支において本件科研費等からFに流れた金額を含めて経理処理がされていたと認められ,実際に被告人の妻に役員報酬が支払われているのであるから,科研費等が被告人の私的利益のために用いられたとした原判決は正当である。所論③(成果物等)は,原判決を正解しないもので,失当である。すなわち,原判決は,科研費等を被告人が実質的に経営するFに流す点を本件犯情の中心として評価しており,その評価は正当であるところ,成果物等の納品は,そのような詐欺行為に際し,適法な外形を作出する一環をなすものであるから,量刑上考慮できないとしたにすぎず,研究内容等に立ち入 って,成果物等が無価値であるとするものではない。なお,所論のように,成果物を量刑上考慮しようとすれば,詐取 環をなすものであるから,量刑上考慮できないとしたにすぎず,研究内容等に立ち入 って,成果物等が無価値であるとするものではない。なお,所論のように,成果物を量刑上考慮しようとすれば,詐取金との対価関係の問題として,専門的学術的評価に委ねられるべき研究の意義や成果物の研究上の価値等を,経済的価値に見積もって評価せざるを得ず,必ずしも相当ではない。所論は,科研費等がその趣旨目的に沿った形で使われたことを被告人に有利にしん酌すべきことをいうものと解されるが,この点は,原判決においても,詐取にかかるFに流れた科研費等が被告人の研究に充てられていることを考慮する中で,十分考慮されている。④(動機)は,被告人が原審公判において,るる虚偽を述べていることからすると,そのまま信用することはできない上,原判決も本件が私利私欲のみのためであったとは評価しておらず,十分織り込み済みである。 ⑤(医師としての活動等)は一般情状であり,考慮するとしても自ずと限度がある。したがって,被告人を懲役3年の実刑に処した原判決の量刑は,その時点においては相当である。 しかしながら,所論⑥(自主返納)を見ると,当審における証拠調べの結果によれば,被告人は,平成21年度長寿医療研究委年度厚生労働科学研究費補助金に係る不適切経理による補助金の自主返納(原判示事実1別表1),平成22年度厚生労働科学研究費補助金に係る不適切経理による補助金の自主返納(原判示事実1別表3,4,5, 6関係),平成23年度厚生労働科学研究費補助金の交付決定の一部取消に伴う返納及びその加算金(原判示事実1別表7関係)として,合計2249万7395円を国に支払ったことが認められる。そうすると,原判決が量刑上重視した結果の重大性に関しては,一応財産的な被害が回復したものと見る その加算金(原判示事実1別表7関係)として,合計2249万7395円を国に支払ったことが認められる。そうすると,原判決が量刑上重視した結果の重大性に関しては,一応財産的な被害が回復したものと見ることができ,この点は量刑上重視せざるを得ない。そうすると,被告人を懲役3年の実刑に処した原判決の量刑は,現時点では重きに失するに至ったといえ,原判決が指摘する被告人にとって酌むべき事情も考慮すれば,被告人に対しては,刑の執行を猶予するのが相当であり,所論はその限度で理由がある。 4 よって,刑事訴訟法397条2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に判決する。 原判決が適法に認定した罪となるべき事実に原判決挙示の法令を適用し(併合罪の処理を含む。),その処断刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中400日をその刑に算入することとし,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予し,原審における訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により被告人に負担させることとし,主文のとおり判決する。 (検察官松山佳弘出席)平成29年12月13日 東京高等裁判所第11刑事部 裁判長裁判官栃木 力 裁判官佐藤晋一郎 裁判官日野浩一郎

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