令和6年7月18日宣告広島高等裁判所令和5年第114号公職選挙法違反被告事件原審広島地方裁判所令和4年(わ)第120号 主文 本件控訴を棄却する。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人久保豊年(主任)、同吉谷光弘及び同三保友佳共同作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に各記載のとおりであるからこれらを引用する。 論旨は、要するに、本件における現金の供与について選挙運動の報酬の趣旨を認めることはできず、被告人にその趣旨の認識があったと認めることもできないのに、それらを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、本件起訴はいわゆる公訴権を濫用した無効な公訴提起であるから、原判決には不法に公訴を受理した違法がある、というものである。 そこで、記録を調査して検討する。なお、弁護人の主張内容に鑑み、以下、控訴理由の論理的順序にかかわらず、事実誤認をいう論旨に対する判断を示した後に不法に公訴を受理した違法をいう論旨に対する判断を示すこととする(なお、略称については原判決のそれと同様である。)。 第1 事実誤認をいう論旨について 1 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、令和元年7月21日施行の参議院議員通常選挙に際し、広島県選出議員選挙の選挙人であり、同選挙に立候補する決意を有していたAの選挙運動者である被告人が、Aを当選させる目的で、同人への投票及び投票取りまとめなどの選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、平成31年3月31日頃、自己の選挙事務所において、Aの配偶者である Bから現金30万円の供与を受けた、というものである。 原判決は、本件選挙におけるAの置かれた状況、BがAの当選に向けて行っていた活動状況、被告人の立場等から いて、Aの配偶者である Bから現金30万円の供与を受けた、というものである。 原判決は、本件選挙におけるAの置かれた状況、BがAの当選に向けて行っていた活動状況、被告人の立場等からすれば、Bが、被告人に対して、本件選挙の投開票日までの間に、Aに有利な動きをすることの期待、すなわち、本件買収の趣旨を込めて本件現金を供与したと推認できるとし、また、被告人はこれまでBから現金の供与を受けたことは一切なかったこと、本件当日におけるBの行動、Aの選挙情勢を被告人も認識していたことからすると、被告人が、この時期に従前の自身の選挙と異なりBが現金を供与してくる理由として、本件買収の趣旨を含むであろうと認識しないことはおよそ考えられず、これを妨げるような事情は関係証拠によっても窺われないから、被告人が本件買収の趣旨を認識したと優に推認できるとの判断を示したものである。 2⑴ 所論は、①本件選挙に際し、Bにとっては選挙戦が厳しいものとは考えられない事情が複数あり、原審弁護人もそれらの事情を指摘しているにもかかわらず、原判決はこれらを無視ないし軽視している、②Bの目的は、県連の会長職に就くための仲間づくりが主であって、政治家である以上選挙のことを考えない瞬間はなく、それをもって買収の趣旨があるというのでは政治家による金銭供与はおよそ全て選挙買収となってしまうから、処罰されるべき選挙買収とそうでない政治家間の金銭授受を区別するためには明確な依頼関係が必要というべきである、③Bは、自身の市議選の選挙活動で忙しくしている被告人を訪問し、市議選の選挙情勢の話をした後に、ウグイス嬢や支援者の目もある中で本件現金を渡し、その際参院選の話題は全くなかったのであるから、陣中見舞いとして本件現金を渡したと推認するのが自然であるなどと主張し、本件現 選挙情勢の話をした後に、ウグイス嬢や支援者の目もある中で本件現金を渡し、その際参院選の話題は全くなかったのであるから、陣中見舞いとして本件現金を渡したと推認するのが自然であるなどと主張し、本件現金について本件買収の趣旨が含まれるものと認定した原判決を論難する。 しかしながら、上記所論①についてみるに、所論がいうように本件選挙においてAに有利な事情もあったことは否定できないにしても、広島県連がAの支援を行わない方針を決定し、Aが県内の支援団体等の組織的なバックアップを期待できなかったという当時の状況は、広島県全域を選挙区とする本件選挙においてAに不利に働き得る事情として指摘することができるのであるから、所論が指摘する事情は、当時の上記状況を指摘するなどして本件現金供与に本件買収の趣旨が含まれていると推認した原判決の判断を左右するまでの事情とはいえない。 上記所論②についてみても、本件においては、Aの本件選挙における情勢が楽観視できない状況の下、Aの当選に向けた活動に具体的に関わっていたBが、これまで陣中見舞いはもとより名目の如何を問わず現金を渡したことのない被告人に対し、突如陣中見舞いと称して訪問した上30万円もの現金を渡しているのである。原判決はこのような具体的な事実関係ないし事情等から本件買収の意図を推認しているのであって、政治家による金銭供与が全て選挙買収となってしまうなどという所論は当を得たものとはいえず、明示的な選挙応援依頼の言辞がなくても、経緯や情況等により、現金が選挙買収の趣旨で供与され、受供与者がそれを認識していると認められるのであれば、そのように認定することに何ら妨げはないというべきであるから、所論は採用の限りではない。Bの目的に仲間づくりをするという意図もあったとしても、原 受供与者がそれを認識していると認められるのであれば、そのように認定することに何ら妨げはないというべきであるから、所論は採用の限りではない。Bの目的に仲間づくりをするという意図もあったとしても、原判決が説示するとおり、それは本件買収の趣旨と排斥し合う関係にはないから、本件買収の趣旨の推認を妨げるものとはいえない。 上記所論③についてみても、本件においては、前記のとおり、Aの本件選挙における情勢が楽観視できない状況において、Aの当選に向 けた活動に具体的に関わっていたBが、これまで陣中見舞いはもとより名目の如何を問わず現金を渡したことのない被告人に対し、突如陣中見舞いと称して被告人の選挙事務所を訪れた上30万円もの現金を渡しているという事実関係ないし事情等に照らせば、陣中見舞いというのは表向きの名目にすぎないともみられるのであって、人目を憚ることもなく参院選の話題は全くなかったという所論が指摘する状況を踏まえてみても、本件現金について本件買収の趣旨を込めて供与されたものと推認し、陣中見舞いなどの意図は本件買収の趣旨と排斥し合う関係にないとした原判決の判断に誤りがあるとはいえない。 ⑵ その他、所論は、そもそも、相応の政治経験を有するBが、多数人に現金を配れば露見の可能性が高くなるにもかかわらず、検挙されるリスクがある選挙買収となるような現金供与を行うはずがないなどともいうのであるが、そのような主張は、単に発覚するおそれのある犯罪はするはずがないなどというにすぎず、何ら具体的な根拠に基づかない主張といわざるを得ない。現にBは多数人に現金を供与する中で被告人にも本件現金を交付しているのであり、Bは本件買収の趣旨を否定していないのであって、所論は、当時のAの本件選挙に係る状況、Bの活動状況、被告人の立場及びB 。現にBは多数人に現金を供与する中で被告人にも本件現金を交付しているのであり、Bは本件買収の趣旨を否定していないのであって、所論は、当時のAの本件選挙に係る状況、Bの活動状況、被告人の立場及びBとの関係、本件当日のBの行動、これまでBは被告人に現金を供与してなかったことなどの諸事情を踏まえて本件現金について本件買収の趣旨を認めた原判決の判断を的確に論難するものとはいえない。 3 所論は、本件現金に関する被告人の認識について、①当時、被告人にはBがAの参院選の事前選挙活動を行っているとの認識はなく、BからAや参院選の話題も出ていなかったのであるから、被告人において本件現金をAの選挙と関連付けて考える余地はなく、上記のような交付時期や状況からして、被告人は陣中見舞いと理解しており、実際、封筒を茶 菓子箱に入れてそのまま街宣活動に出掛けていることも違法な報酬の認識がないことを裏付けている、②原判決は、被告人が、選挙後に陣中見舞いとしては多額と思い他の現金と分けて保管するなどしていながら、別の趣旨とは思わなかったなどと供述するのは不合理と指摘するが、被告人が供述する事情は現金受領後の事情であり、これらの事情から選挙応援依頼の趣旨を察したという事実を導くことはできないなどと主張し、原判決は、抽象的一般的な理由を挙げて本件買収の趣旨を認定するもので根拠が薄く、被告人の過去の経験からはむしろ陣中見舞いと認識するはずであるのに、あえて被告人に不利益に判断するものであるなどというのである。 しかしながら、上記所論①についてみるに、被告人は、Bが本件選挙におけるAの選挙活動を行っていることを具体的に認識していなかったとしても、本件選挙におけるAの公認決定や広島県連の対応については認識しており、そのような状況において、Aの配偶者 人は、Bが本件選挙におけるAの選挙活動を行っていることを具体的に認識していなかったとしても、本件選挙におけるAの公認決定や広島県連の対応については認識しており、そのような状況において、Aの配偶者であり被告人と交流のあるBが、これまでしていなかったのに陣中見舞いに訪れて現金を交付したのであるから、本件現金をAの選挙と全く関連がないものと考えたなどとはおよそ認め難い状況にあったというべきである。また、受け取った封筒を茶菓子箱に入れてそのまま街宣活動に出掛けたなどというのも、慌ただしい選挙運動中に受領したという状況等に照らせば、本件選挙運動の報酬との認識と矛盾するような行動とはいえないのであるから、そのような行動を違法な報酬の認識がないことの裏付けと評価することはできない。 上記所論②についてみても、原判決は、被告人が、自身の選挙後に金額を確認して普通より多いと思い、また、後には封筒を替えて保管するなどしておきながら、その金額を知った後も買収の趣旨とは思わなかったと供述していることを不合理であると指摘し、本件現金の趣旨に関す る被告人の供述は信用できないと評価しているものと解されるのであって、本件現金受領後に認識した事情から受領当時の認識を推認しているものでないことは明らかであるから、所論は原判決の判断を的確に論難するものとはいえない。 4 以上のとおり、所論を踏まえて検討してみても、原判決の認定判断に論理則、経験則等に照らし特段不合理なところはなく、本件現金について本件買収の趣旨を認め、被告人にその認識があったと認定した原判決に事実の誤認があるとは認められない。 事実誤認をいう論旨は理由がない。 第2 不法に公訴を受理した違法をいう論旨について所論は、政治家の間で金銭授受を行うことは常日頃行われて 原判決に事実の誤認があるとは認められない。 事実誤認をいう論旨は理由がない。 第2 不法に公訴を受理した違法をいう論旨について所論は、政治家の間で金銭授受を行うことは常日頃行われていることで、違法な金銭授受との線引きは曖昧である上、本件は政党支部間の資金移動にすぎず、選挙依頼が明確にされたものでも被告人が自ら金銭を求めたものでもないから、悪質性を認める余地はないなどと主張した上、不起訴約束と不起訴を期待させる言動は程度問題であり、虚偽自白を誘発する結果に変わりはないのであり、本件においては現金の趣旨やその認識が重要であり、それらの点に関する供述をゆがめることの違法性は重大であって、そのような違法な司法取引によって汚染された自白調書が作成され、その汚染された証拠を踏まえて検察審査会において起訴相当の議決がなされているのであり、このように、検察によって司法の公正が大きく損なわれ、さらには、本件の関連事件でも本件同様の違法な司法取引が行われているのであるから、以上のような違法な司法取引は大規模かつ組織的なものであって、本件起訴には公訴権を濫用した重大な違法があり、そのような関連事件に係る証拠を採用せず、司法取引の重大性を無視ないし看過して審理をした原審には不法に公訴を受理した違法があるなどというのである。 しかしながら、本件は国政選挙において現職の衆議院議員から現職の市議会議員へ30万円もの現金が供与されたという選挙買収事件であって、公訴提起が十分あり得る悪質性を備えているということは原判決が指摘するとおりである。そして、被告人を不起訴処分(起訴猶予)にした検察官の判断について、検察審査会が不当であるとして起訴相当の議決をしたことから、その議決を踏まえて、検察官が、再捜査をした上、問題とされる自 りである。そして、被告人を不起訴処分(起訴猶予)にした検察官の判断について、検察審査会が不当であるとして起訴相当の議決をしたことから、その議決を踏まえて、検察官が、再捜査をした上、問題とされる自白を除いても有罪を立証できるとの判断のもと本件起訴に至ったという手続経過が認められ、検察官としても、最終的には被告人を起訴することを目論んで一旦は不起訴処分とし、この処分が検察審査会の審査対象となり、被告人を不起訴処分とした判断が検察審査会の審査結果として覆ることまで綿密に想定していたなどとはおよそ考え難い上、検察審査会の審査も、関連証拠を踏まえ総合的に判断したものとみられるのであって、問題とされる自白だけから結論を得たとは考え難いのである。そうすると、そのような検察審査会の議決を受けて改めて被告人を起訴した検察官の本件公訴提起自体が、職務犯罪を構成するような極限的な場合に当たる、あるいは、これと同視し得るような事情があるとは到底認められないのであるから、本件起訴には公訴権を濫用した重大な違法があって公訴提起自体が無効であると主張する所論は採用することができない。 不法に公訴を受理した違法があるという論旨も理由がない。 よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。 令和6年6月28日広島高等裁判所第1部 裁判長裁判官森浩史 裁判官竹内大明 裁判官家入美香 家入美香
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