主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1請求大阪市教育委員会が平成17年3月31日付けで原告に対してした免職処分を取り消す。 第2事案の概要本件は,小学校教員として条件附採用期間中であった原告が,同期間満了と同時になされた免職処分の取消しを求めて争った事案である。 前提事実(証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない)。 (1) 原告原告は,平成9年4月,α大学教育学部小学校教員養成5年課程に入学し,平成10年4月1日,大阪市に事務職員として採用され,市職員として勤務する傍ら,上記大学に通い,平成14年3月,同大学を卒業するとともに,小学校教諭1種免許を取得した。そして,平成15年,大阪市教育委員会(以下「市教委」という)の実施する採用試験に合格したこと。 から,平成16年3月31日,大阪市を退職し,同年4月1日,市教委に大阪市公立学校教員として採用された(乙22)。 なお,地方公務員法(以下「地公法」という)22条1項及び教育公。 務員特例法(以下「教特法」という)12条1項により,1年間は条件。 附採用期間であった。 (2) 原告の勤務内容 ,(「」。),原告は大阪市立β小学校以下β小学校という教諭に補され平成16年4月1日から,同校で勤務し,5年2組の学級担任となり,また校務分掌として研修部研究推進係,会計部学年会計係,庶務部調査統計係(学校日誌担当)を担当することになった(甲6)。 (3) 本件処分市教委は,平成17年3月31日,地公法22条1項及び教特法12条1項により,原告を条件附採用期間の満了日である同日をもって正式採用,(「」。)しないことを決定し原告を免職する旨の処分以下本件処分というを行うとともに,不採用事由説明書 及び教特法12条1項により,原告を条件附採用期間の満了日である同日をもって正式採用,(「」。)しないことを決定し原告を免職する旨の処分以下本件処分というを行うとともに,不採用事由説明書(甲7)を交付した。 なお,被告には,地公法29条の2第2項にいう「条例(条件附採用」期間中の職員に関する分限について必要な事項を定める条例)は存在しない。 争点 本件処分の違法性(処分理由の存否と裁量権濫用の有無) 争点に対する当事者の主張(被告の主張)本件処分の理由は,次のとおりである。なお,原告に対しては,別紙不採用事由説明書(甲7参照)が交付されている。 (1) 職務遂行能力と責任感の欠如ア校務分掌について(ア) 校務分掌上庶務部に所属し,学校日誌の記載をその職務の担当とされたが,記載が間違いばかりであり,間違いを庶務部の主任から指摘されても,すぐに修正することなく,改善の意欲がみられないため,平成16年12月21日以降,学校日誌担当の校務分掌を外さざるを得なくなった。 (イ) 学年の児童徴収金の記帳等を担当させたが,正確に処理できず,金 銭の支出に必要な事業起案書や支払決裁書の作成ができていなかったので,学年会計係担当についても,2学期途中から校務分掌を外さざるを得なくなった。 なお,徴収金の事務は,他学年の会計担当が手分けして作業し,保護者に配布する決算書は当時6年の会計担当者が作成した。 ,,また5年の社会見学の交通費を片道しか出金していなかったため6年の会計担当が事務センターに問い合わせて修正したこともあった。 イ教育姿勢についてβ小学校では,教員全員が週ごとの学習指導案(週案)を校長に提出することとされていたちなみに週案とは学習指導計画表と指。 ,,「」「導の記録」のことを指し,毎週 教育姿勢についてβ小学校では,教員全員が週ごとの学習指導案(週案)を校長に提出することとされていたちなみに週案とは学習指導計画表と指。 ,,「」「導の記録」のことを指し,毎週,管理職に提出し,チェックを受けるものである。 週案は,毎週金曜日に提出することとなっており,金曜日の職員朝会で,教務主任が提出を促し,提出されなかった教員に対しては,教頭から,週案を提出するよう指導がされていたにもかかわらず,原告は,平成16年11月22日以降,週案をほとんど提出しなかった。 ウ教育活動について(ア) 平成16年6月14日,初めて全校朝会で児童指揮をする当番に当たっていたにもかかわらず,時間直前に突然時間年休を申し出た。 (イ) 平成16年9月24日,この日は運動会の予行練習日で,ブラスバンドの指揮をとることになっていたにもかかわらず,原告は,同日の午前に,前半休(午前中のみの年次休暇)を取得する旨の連絡をしてきた上,連絡なく全日にわたって出勤しなかった。 (ウ) 平成16年11月,原告は,5年2組に在籍する在日外国人の児童に本名を名乗る決意表明をさせた。 本名使用にあたっては,地域・保護者の実態・願いの上にたって,民族的自覚に目覚め,本名を自ら名乗ることができるよう,指導の徹底が必要である。そのためには学校生活全体の場で,科学的認識に基づいた指導の過程が大切であり,民族的主体性を確立するための教育をしなければならない。このように学校全体で指導にあたることが必要であることから,校長は,原告に対し,事実関係について職員朝会で説明するよう求めた。 ,,,ところが原告はその職員朝会の日である同年11月12日の朝休んでしまった。 (エ) 平成17年1月11日,学校から5年2組の保護者に対して,3学期の方針についての説明会 するよう求めた。 ,,,ところが原告はその職員朝会の日である同年11月12日の朝休んでしまった。 (エ) 平成17年1月11日,学校から5年2組の保護者に対して,3学期の方針についての説明会が開催された。 その説明会では,それまでの経緯と,3学期の学校としての方針を説明し,保護者への協力要請がされた。そして,原告も,誠心誠意がんばる決意を表明した。 しかし,翌12日,午前9時過ぎになっても,原告は学校に連絡なく出勤してこなかったため,教頭が最寄りのγ駅まで原告を迎えに行った。 (オ) このように原告は,何かプレッシャーがかかると休んでしまい,重要な任務を避ける傾向のあったことが強く推認され,責任感の欠如を窺わせる。 (2) 教員としての基礎的能力の欠如ア子どもに対する愛情が感じられなかったことについて原告は,同僚の教諭らに対し,子どもが悪いという趣旨の発言をすることが多く,子どもに対する愛情がないような愚痴が絶えず,周りの教諭が原告に対して次第に距離をおくようになったほどである。 イ子どもの心をつかめなかったことについて 教務主任や学年主任は,原告に対し,児童との人間関係を早くつくるために,児童が登校する前には教室に行って待っていること,しっかり児童と一緒に遊ぶことなどを通じて,一人ひとりを早く知ることに努めること,大きな声で,明るい表情で児童と接することが大切であることなどを,具体的に指導していた。 しかし,原告は,そうした指導を受け入れず,女子児童とばかり遊んで,特に指導が必要であった男子児童とは,苦手意識を持っていたため遊ぼうとせず,児童が登校するより前に出勤していることは少なく,と,,りわけ2学期後半以降は始業時刻ぎりぎりに出勤することが多くまた子どもと同じ目線に立って児童と係わりを持とうとしないまま,授業だ ぼうとせず,児童が登校するより前に出勤していることは少なく,と,,りわけ2学期後半以降は始業時刻ぎりぎりに出勤することが多くまた子どもと同じ目線に立って児童と係わりを持とうとしないまま,授業だけを進めようとしたため,児童の心が離れていき,学級の秩序が保てなくなった。 ウ指導力が未熟なことについて原告は,授業中の声が小さく,板書(黒板の記載)などの字が乱雑であり,低学力の児童の理解度に配慮しない授業を行い,あるいは児童が集中していないのに淡々と授業を進めることが多く,教務主任や学年主任からの指導によっても改善しなかった。 ,,,原告はいろいろな指導方法を試みたかもしれないが教材にしても児童と遊ぶことについても,家庭訪問についても,すべてその場限り,単発的なものであり,効果が出る程度まで工夫したり,継続したりすることがなかった。 エ他人の指導を受け入れなかったことや,何か問題が起きても他人に相談しなかったことについて原告は,指導を受けるとすぐに泣いてしまい,適切な指導が容易ではなかった平成16年6月ころの学年打合せのときなど学年主任がそ。 ,「んなに泣きなや」と原告を落ち着かせようとしたところ,原告は「泣。 , くことはいけないことでしょうか」などと答えるばかりで,具体的な。 解決策を考えようとはしなかった。 また,原告は,アドバイスを受けても,すぐに「大丈夫です,何とか。」,。 やっていけますと言って他人のアドバイスを聞く姿勢がなかった平成16年6月ころ,新任教諭に対する研修として,3年生の国語の授業を見せた後,指導教官が原告に対して,どのように児童を集中させていたか参考にしてはどうか,また教室の掲示物をまねてみてはどうかと伝えたが,原告がそれを取り入れて,改善することはなかった。 さらに,原告は,同僚 ,指導教官が原告に対して,どのように児童を集中させていたか参考にしてはどうか,また教室の掲示物をまねてみてはどうかと伝えたが,原告がそれを取り入れて,改善することはなかった。 さらに,原告は,同僚の教諭や指導教官に対して,何かを相談するということがなく,同じ学年の担任教諭の会議などで,他の教諭が5年2組の運営について困っていることはないかと聞いても,何も言わなかった。 オ原告が教諭としてなすべき配慮をしなかったので,児童や他の教職員に迷惑をかけたことについて既に記載したとおり,原告は,全校朝会で初めて児童指揮をすることになっていた平成16年6月14日,運動会の予行練習でブラスバンドの指揮をとることになっていた同年9月24日,在日外国人の児童に本名を名乗る決意表明をさせた経緯について職員朝会での説明を求められた同年11月12日,3学期の学級運営について保護者に決意表明した翌日の平成17年1月12日など,緊張すると休みを取ってしまい,重要な任務を避ける傾向にあった。 しかも,原告は,突然休んでしまうので,学校の運営上,児童や教職員に大きな迷惑をかけ,教育活動に大きな支障をきたした。 カ保護者からも原告の指導力について疑義が示されていたことについて原告は,児童との人間関係ができておらず,保護者との人間関係もできていなかった。これが5年2組が荒れる原因となり,1学期初めの懇 ,,談が終わったころから原告のことを心配する保護者が出てきたほどで2学期末の懇談会では,保護者から原告に対して,担任の交代とか,辞めて欲しいという要望が直接なされた。 (3) 服務規律違反ア年次休暇の取得方法について年次休暇を取得する際には,年休整理簿に月日,時間,使用日数,残余日数を記載し,押印した後に校長の承認印が必要である。 急に体調を崩した場合など (3) 服務規律違反ア年次休暇の取得方法について年次休暇を取得する際には,年休整理簿に月日,時間,使用日数,残余日数を記載し,押印した後に校長の承認印が必要である。 急に体調を崩した場合など,事前に年次休暇取得の手続をする暇がないときは,電話で学校に連絡し,事後的に書類の処理をすることも事実上行われているが,原告は,このような事実上の処理についても怠っていたことが多かった。特に平成17年1月11日以降は,1か月以上処理を怠り,校長から指導されても改めなかった。 イ出勤簿の取扱について出勤時には出勤簿に押印をしなければならない。 しかし,原告は,出勤時刻が勤務開始時刻である午前8時30分ぎりぎりのときには,出勤簿に押印せず,後日まとめて押印するなど,不適切な処理を行い,教頭から指示を受けても改めなかった。 (4) 教員としての勤務態度の不良ア原告の過呼吸・錯乱状態について(ア) 平成16年12月20日,原告は,2人の児童を職員室に連れて来て,隣の印刷室に待機させた後,校長と教頭に事の顛末を説明しに来た。その説明が要領を得なかったので,校長が,もっとわかるように話をしてほしいと言うと,原告は,いきなり「もうどうしたらいいんですか。わかりません」と大声で叫び倒れ込んだ。 。 (イ) 平成17年2月7日,原告は,同月3日の通勤途中に階段から落ちて足を怪我したことについて,10日間の休業安静を要する旨の診断 書を持って,校長に判断を仰ぎに来た。 ,,,,その際校長は同年1月の終わりころより原告とその母親から2教科ほど代わりの先生に持ってもらえなければ病気休暇をとるとい,,,うようなことを言われていたため10日間の休みは認めるが以後母親からの電話でのクレームや要望は,一切,学校として受け付けない旨伝えた。 すると,原 持ってもらえなければ病気休暇をとるとい,,,うようなことを言われていたため10日間の休みは認めるが以後母親からの電話でのクレームや要望は,一切,学校として受け付けない旨伝えた。 すると,原告は「何で私が言われなあかんのか」と大声で怒鳴,。 り,過呼吸に陥った。 (ウ) 以上のように,2度にわたり学校内で過呼吸・錯乱状態となり,教員としての節度を欠いた行動を行った。 イ自己中心的要求について校長は,1学期当初から,教務主任を指導教官として,原告の指導に当たらせていたが,それに加えて,平成16年10月以降,教務主任を5年2組の教室に毎日入り込ませて,原告とともに児童の指導に当たらせるなどの配慮をしてきた。 それにもかかわらず,原告は,平成17年1月31日,年次休暇の取得について教頭に電話連絡してきた際,2教科ほど誰かに代わってもらったら少しは気が休まると述べ,同日午後6時ころ,原告とその母親から,再び教頭に電話があり,原告は,専科教員を配置している家庭科・音楽科以外に2教科ほど誰かに代わってもらいたいと述べ,原告の母親は,それが実現されないなら病気休暇を取得して休むと述べるなど,自己中心的な要求の実現を強く求めた。 (5) 結語,,,,,,以上のように原告は教員としての基礎的能力資質自覚責任感節度が欠如しており,校長をはじめとする教職員が指導を行ったにもかかわらず,反省せず改善されず,今後も改善は見込まれない。 このことから原告は大阪市公立学校教員としての適格性を欠き,条件附採用の期間である平成16年4月1日からの1年間職務を良好な成績で勤務したとは認められない。 よって,地公法22条1項及び教特法12条1項により,原告を平成17年3月31日をもって正式採用しないものとした。 (原告の主張)本件処分 からの1年間職務を良好な成績で勤務したとは認められない。 よって,地公法22条1項及び教特法12条1項により,原告を平成17年3月31日をもって正式採用しないものとした。 (原告の主張)本件処分理由は,次のとおり,事実に反するか,反しないとしても到底免職事由たり得ないものである。 (1) 職務遂行能力と責任感の欠如についてア校務分掌について(ア) 学校日誌の記載誤りについて原告は,児童が転校したときの在籍数の数え方と,土日を記入していなかったという2点において,最初に記入方法について説明されなかったため,よく分からず間違えたことはあるものの,指摘を受けてからは正確に理解し,処理できるようになっている。 しかも,学校日誌には庶務部の主任,教頭,校長の決裁欄があり,原告は毎日決裁を仰いでいたにもかかわらず,庶務部の主任は原告に印鑑を預けて代印を押させていたから,原告の間違いを指摘できるわけもなく,原告が間違いを指摘されたのは,平成16年7月ころに教頭から指摘されたのが初めてであった。 その後,原告は修正に努めたものの,2学期は行事が多く,原告の担任する5年2組が学級崩壊の状態になっていったので,行事の消化と学級運営に時間をとられ,学校日誌の修正は後回しになっていただけである。 (イ) 学年の児童徴収金の記帳等について原告は,平成17年1月の社会見学について往復と片道を間違えた ことがあったが,それ以外に児童徴収金の記帳等を間違えたことはなく,校務分掌から外されたこともない。 たまたま他の学年の会計担当の教職員が自分の学年は早く終わったからと,学級運営等で手一杯の原告に代わって一部をやってくれたことはあったが,担当そのものを交代したわけではない。 イ教育姿勢について週案は学校独自に作成されるものであり,提出を強制されるものでは からと,学級運営等で手一杯の原告に代わって一部をやってくれたことはあったが,担当そのものを交代したわけではない。 イ教育姿勢について週案は学校独自に作成されるものであり,提出を強制されるものでは,。 ないし原告は教務主任から週案を提出するよう指導されたこともない学校には教科ごとの年間指導計画があり,それに基づいて学年で計画して授業を行っており,週案がなくても教育活動そのものには影響がない。週案のやりとりを通じて管理職から指導が行われることもあるが,それよりも,学年打合せや職員室での話し合いの方が,原告に対する指導としてはより効果的である。 原告は,平成16年11月22日までは週案を提出していたし,その後提出しなくなったのは,学級運営が困難となり,授業を進めるのが精一杯で,週案どころではなくなったためである。加えて,この頃から毎日のように授業終了後,校長室に呼び出され,校長から数時間ときには午後8時ころまで,もっとがんばれといった精神論を聞かされ,週案を書く時間はますますなくなっていた。 さらに,原告は,平成17年2月終わりころから,職務命令として,授業の予定と前日の反省を書いた日案の提出を義務付けられ,週案より日案を優先させて,毎日提出していた。 ウ教育活動について(ア) 平成16年6月14日の年休取得について全校朝会の児童指揮の当番としての仕事は,児童を並ばせ,号令をかけ,予め決まっている週目標(これ自体は看護当番日誌に記載して あり,誰でもそれを見れば分かる)を発表することであり,担当者の体調が悪ければ,他の教職員がその場で交代してやれば済むような簡単なことである。 また,原告は,同日に交代してもらったA教諭の本来の当番日であった同年9月13日には,代わりに児童指揮を行い,原告にとって初めてとなる児童指揮をきちんと 交代してやれば済むような簡単なことである。 また,原告は,同日に交代してもらったA教諭の本来の当番日であった同年9月13日には,代わりに児童指揮を行い,原告にとって初めてとなる児童指揮をきちんとこなしている。 (イ) 同年9月24日の年休取得について原告は,当日の朝8時に,体調不良のため病院に寄ってから出勤したいので時間年休を取得することを連絡しているし,その後,病院に行ったところ,即日入院することとなり,午前中のうちに,原告の母親が入院する旨の連絡を学校へ入れている。 また,原告は,年度初めから,他の担当者3人とともに交代制でブラスバンドの指揮にあたっており,夏休み中の運動会の練習にも参加し,9月以降は昼休みにも指導を行った。そして運動会当日も,入院先の医師に頼んで外出許可をもらい,病院から出勤してブラスバンドの指揮をしたのである。このように原告は,年度当初から他の担当者とともに自分の任務を全うする中で,たった一度,指揮を休んだだけである。 (ウ) 同年11月12日の年休取得について在日外国人児童の本名使用について,原告は,以前から,教頭に相談し,保護者とも連絡を取り合いながら進めてきた。当該児童は,すでに学級の中で一部本名を使用しており,あとは改めて決意表明をするのかどうかの問題であった。その経緯で保護者とも多少の行き違いがあったので,原告は,児童本人や保護者とも話し合いながら,問題,。 を整理し同年11月12日に決意表明を行うことになったのであるこのように,当日までにさまざまな問題解決は行われており,職員 朝会では結論だけを述べることになっていたし,原告としても「本,日,決意表明をさせますので,よろしくお願いします」と他の教員。 に声をかけ「今後,何か気になることがあったら知らせてほしい」,。 と協力を呼びかけ 述べることになっていたし,原告としても「本,日,決意表明をさせますので,よろしくお願いします」と他の教員。 に声をかけ「今後,何か気になることがあったら知らせてほしい」,。 と協力を呼びかける程度のことだと認識していた。 (エ) 平成17年1月12日の件について原告は,前日の保護者会で,保護者と真摯な意見交換をし,決意表明をするという極めて過酷な体験をしたことにより,精神的疲労が増大し,その翌朝に出勤困難になったものの,何とか学期末まで担任を全うしたいという強い思いから,最終的には出勤して授業を行ったのであり,その努力を評価すべきである。 (2) 教員としての基礎的能力の欠如についてア子どもに対する愛情が感じられなかったことについて原告は子どもに対して深い愛情を持っていたし,そもそも子どもが好きでなければ,大阪市職員として勤務しながらα大学(夜間)に通学して教員免許を取得することなどできるはずがない。 原告は,荒れる子どもらに悩みながらも,何とか子どもらの良いところを見つけるようにし,クラスをまとめていこう,子どもらの良いところを伸ばしていこうと試行錯誤を重ねていた。その過程で,多少の愚痴をこぼしたり,弱音を吐いたりすることはあったかもしれないが,そのようなことは誰にでもあることであり,そんなときこそ,励まし,適切な指導・助言をし,支えていくのが,先輩や上司の努めである。 イ子どもの心をつかめなかったことについて原告は,1学期中は,先輩教員のアドバイスを受け入れ,児童が登校する前に教室へ行き,挨拶をするとともに,前日に出した課題(宿題)を提出させ,その確認をし,休み時間には,女子とはソフトバレー,男子とはドッジボールやバスケットボールをして遊び,児童との関係を深 めようと努力し,家庭環境が複雑な児童に対しては家庭訪問を 題)を提出させ,その確認をし,休み時間には,女子とはソフトバレー,男子とはドッジボールやバスケットボールをして遊び,児童との関係を深 めようと努力し,家庭環境が複雑な児童に対しては家庭訪問を行い,学校以外の場のつながりを持とうという努力も行った。 これらの努力にもかかわらず,児童は荒れる一方で,2学期後半の11月ころから,原告は,精神的負担の増大により,出勤さえも覚束なく,「」なりそれまでできていた児童より早く教室へ行って明るく挨拶するなどの実践もできなくなっていった。 しかし,それでも5年2組の児童の中には,原告を信頼し,原告を慕っている多くの子どもがいた。 また,そもそも原告が担任をしていた学年は,いわゆる「やんちゃ」な学年で,もともと指導が困難な学年であったのであり,学級全体の秩序が保てない状況は原告が担任になってから初めて起こったことでもない。 ウ指導力が未熟なことについて原告は,2年生で習う九九を習得できていない児童のために九九カードを作るなど,低学力の児童に配慮した授業を行い,授業の導入部分でカードを使うと児童が楽しそうで集中しやすい様子であったことから,九九のほかにも新出漢字,ことわざ,算数の図形・公式,社会の国旗・県庁所在地などのカードも作成し,あるいは市販のものを自費で購入して,授業に取り入れ,児童が学習しやすい環境をつくるよう工夫した。 このように原告は,自分なりに教科ごとの指導案を考え,児童を引きつける授業をするよう努力していたのであり,淡々と授業を進めていたわけではなし,板書などの字が乱雑であることが,指導力の未熟さにつながるものでもない。 エ他人の指導を受け入れなかったことや,何か問題が起きても他人に相談しなかったことについて原告は,学習発表会の練習について同僚のA教諭に相談し,B教諭か 導力の未熟さにつながるものでもない。 エ他人の指導を受け入れなかったことや,何か問題が起きても他人に相談しなかったことについて原告は,学習発表会の練習について同僚のA教諭に相談し,B教諭か らのアドバイスを受けてカードを使った学習を実践するなど,どうすれば児童を引きつける授業ができるのか,どうすれば学級運営がうまくいくのか等について,日常的に周囲の教員に相談し,アドバイスを求めながら試行錯誤していた。 その中で,多少,意見が食い違ったり,アドバイスを受けてもそれを実践する余裕がなかったりという場面はあっても,原告に他人のアドバイスを聞く姿勢がなかったとか,何かを相談するということがなかったということはない。 オ原告が教諭としてなすべき配慮をしなかったので,児童や他の教職員に迷惑をかけたことについて,,児童指揮はその場で他の教員がすぐに交代できるような仕事でありブラスバンドの指揮も,原告とともに指導に当たってきたC教諭に交代してもらうことで支障はなかった。 また,原告が職員朝会を欠席したために,在日外国人児童による決意表明の日が延期になったのは事実であるが,それ以前にさまざまな問題解決は行われていたし,保護者会の翌朝も,最終的には出勤して授業を行っている。 カ保護者からも原告の指導力について疑義が示されていたことについて担任に対する不満を述べる保護者は,常に一定の割合で存在する。逆に原告を信頼し,原告に任せると言ってくれる保護者もいた。 (3) 服務規律違反についてア年次休暇の取得方法について年休取得の処理が遅れたのは,原告の精神状態がかなり悪化した平成17年1月11日以降の2か月間のことである。 また,教頭が職員朝会で教職員全体に対して,電話連絡等で年休を取得した場合には後日速やかに年休整理簿に記入し承諾印をもら 告の精神状態がかなり悪化した平成17年1月11日以降の2か月間のことである。 また,教頭が職員朝会で教職員全体に対して,電話連絡等で年休を取得した場合には後日速やかに年休整理簿に記入し承諾印をもらうように と注意したことはあったが,原告が個別に指導された事実はない。 イ出勤簿の取扱について出勤簿への押印が後日になったことはあるが,当日に押せなくとも翌日か,遅くとも翌々日には押していたし,回数もそれほど多くはない。 ,,また教頭が職員朝会で教職員全体に対して注意したことはあったが原告が教頭から個別に注意されたことはない。 (4) 教員としての勤務態度の不良についてア原告の過呼吸・錯乱状態について(ア) 平成16年12月20日の件について原告は,同月19日,学級内のトラブルで学校に来ないと言い出した児童2人の家庭訪問をし,保護者や児童本人と話し合い,児童らに学校に来る決心をさせることができた。 翌20日,原告は,教室の子どもらを指導した後に,その児童らを教室に入れようと考えて,児童らを職員室隣の印刷室に待機させた。 そして,原告は,前日の家庭訪問で,保護者が別件での学校の対応に不信感を抱いていることを知り,そのことを校長に報告した。 すると,校長が原告に向かって「私ら管理職にどうしてほしいと,いうんや,どうしてほしいか言わないとこっちもわからない」など。 と怒鳴ったので,原告は驚きと恐怖のあまり,過呼吸になったのである。 (イ) 平成17年2月7日の件について原告は,通勤途中で足を怪我し,病院から,通常の学級であれば仕事が可能であるが,学級崩壊の状況であれば,足が落ち着くまでは学校を休んだ方が良いと言われたので,どうすべきか校長に相談しようと考えていた。 しかし,校長は「自分で考えろ,こちらに相談するな」と怒鳴,。 が,学級崩壊の状況であれば,足が落ち着くまでは学校を休んだ方が良いと言われたので,どうすべきか校長に相談しようと考えていた。 しかし,校長は「自分で考えろ,こちらに相談するな」と怒鳴,。 ったので,原告は怖くなって過呼吸に陥ったのである。 足を怪我し,学級運営には不安を抱え,どうすればいいか指導を仰ぐために相談した相手にいきなり怒鳴られれば,過呼吸に陥るのも無理はない。 ,,。 (ウ) このように原告が過呼吸に陥ったのは校長の態度が原因であるなお,過呼吸は,過度の緊張状態・ストレスから起こる病気の症状であり,これを節度を欠いた行動と評価するのは誤りである。 イ自己中心的要求について平成16年10月以降,教務主任が教室に入り,原告とともに児童の指導に当たってくれていたものの,同年11月に入ると,児童は教務主任の言うことも聞かなくなり,再び荒れた状態となっていた。 2教科ほど誰かに代わって欲しいという話は,原告が母親に家庭内の,,雑談として話したことを母親がつい学校に洩らしてしまったことから説明を求められてやむなく話しただけのことであり,原告が積極的に要求したものではない。 その内容も,原告がひとりで対応できる授業は原告だけで行って教務主任には職員室に戻ってもらい,それ以外の原告だけでは手に余る理科と体育の時間には必ず入ってもらい,できれば1,2教科ほどは教務主任が前で授業を進めてもらい,原告を補助役に回らせてもらえないかというもので,何とか5年2組の担任を最後まで全うしたいという熱意からのものであった。 (5) 結語以上のとおり,本件処分理由は,事実に反する部分があり,また,事実である部分も,原告が,教員としての基礎的能力,資質,自覚,責任感,節度を欠くことの根拠とはならないものばかりである。 かえって,原告は,校長 おり,本件処分理由は,事実に反する部分があり,また,事実である部分も,原告が,教員としての基礎的能力,資質,自覚,責任感,節度を欠くことの根拠とはならないものばかりである。 かえって,原告は,校長の適切な指導・助言もない中,学級崩壊に悩み ながらも新任教員として必死で努力し,自分なりに学級運営の方法を模索していたのであって,原告に,小学校教諭としてその職にふさわしくない顕著な特性が存在し,それが容易に矯正することのできない程度のものであるといった事実は到底認められない。 よって,原告が大阪市公立学校教員としての適格性を欠いているという市教委の判断が誤りであることは明白であり,本件処分は地公法22条1項,教特法12条1項の適用を誤った違法な処分である。 第3争点に対する判断 条件附採用期間中の職員の身分保障について(1) 地公法22条1項は,臨時的任用又は非常勤職員の任用の場合を除き,職員の採用は,すべて条件附のものとし,その職員が一定期間勤務し,その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする旨規定している。 この条件附採用制度の趣旨,目的は,職員の採用にあたり行われる競争試験又は選考の方法が,なお,職務を遂行する能力を完全に実証するとはいい難いことに鑑み,競争試験又は選考によりいったん採用された職員の中に適格性を欠く者があるときは,その排除を容易にし,もって,職員の採用を能力の実証に基づいて行うとの成績主義の原則を貫徹しようとするにあると解される。 したがって,条件附採用期間中の職員は,いまだ正式採用に至る過程にあるものということができるのであって,この職員の分限につき,正式採用の職員の分限に関する規定の適用がないこととされている(地公法29条の2第1項1号)のも,このことを示すものにほかならない(国家公 あるものということができるのであって,この職員の分限につき,正式採用の職員の分限に関する規定の適用がないこととされている(地公法29条の2第1項1号)のも,このことを示すものにほかならない(国家公務員に関し同旨のものとして,最高裁昭和49年12月17日第三小法廷判決,裁判集民事113号629頁参照。 )(2) しかし,条件附採用期間中の職員といえども,すでに競争試験又は選考 という過程を経て,現に給与を受領し,正式採用されることに対する期待,,,を有するものであるからこの職員の分限に関し一定の基準を設けてもその基準が正式採用の職員の場合と比べて緩和されたものであるかぎり,前述の条件附採用制度の趣旨,目的にもとるものとはいえない。 地公法29条の2第2項が,条件附採用期間中の職員の分限について,条例で必要な事項を定めることができる旨規定しているのも,そのような趣旨のものと解される(前掲最高裁判決参照。 )ところで,大阪市は,地公法29条の2第2項にいう条例を定めていない。このような場合には,地方公務員の条件附採用制度と同趣旨の条件附採用制度を有する国家公務員法及び同法の規定に基づき条件附採用期間中(「」の職員の分限について定めた人事院規則11-4第9条以下規則9条という)に準じて,条件附採用期間中の職員の分限の当否を判断するの。 が相当である。 それゆえ,条件附採用期間中の職員は,規則9条所定の事由に該当しないかぎり分限されないといわなくてはならない。 (3) そして,条件附採用制度の趣旨,目的及び規則9条所定の分限事由が一定の評価を内容とするものであることを考えると,条件附採用期間中の職員に対する分限処分については,任免権者に相応の裁量権が認められることはいうまでもないが,もとより,それは純然たる自由裁量ではなく,そ の評価を内容とするものであることを考えると,条件附採用期間中の職員に対する分限処分については,任免権者に相応の裁量権が認められることはいうまでもないが,もとより,それは純然たる自由裁量ではなく,その判断が合理性をもつものとして許容される限度をこえた不当なものであるときは,裁量権の行使を誤った違法なものというべきであり,この分限処分がこのような違法性を有するかどうかについては,裁判所の審査に服すべきものである(前掲最高裁判決参照。 ) 本件処分に至る経緯原告の勤務状況と本件処分に至る経緯は,次のとおりである(認定に用。 いた証拠は,かっこ内に掲記し,証人については姓のみで表す。 。) (1) 教員採用試験に合格するまで(甲3の1・3~6,甲4,21)平成9年3月,原告は,高校を卒業した後,同年4月,α大学教育学部5年課程に入学した。 平成10年4月1日,原告は,大阪市の事務職員として採用され,総務局勤務となり,同月17日からは庶務課秘書係事務職員となった。 原告は,大阪市の職員として勤務する傍ら,夜は大学に通い,平成14年3月,大学を卒業するとともに,教員免許を取得した。 同年4月24日,原告は,市長部局への出向を命じられ,住吉区役所勤,,。 務となり同年5月14日健康福祉サービス課健康福祉係勤務となった平成15年,原告は,市教委の実施する教員採用試験に合格したことから,平成16年3月31日をもって,大阪市を依願退職した。 (2) 着任から始業式まで(甲1,5,6,20,21,26,乙1,8,証人D,同E,同F)ア平成16年4月1日,原告は,市教委から,大阪市公立学校教員に任命され,β小学校教諭に補され,同日着任した。 平成16年度のβ小学校の管理職は,同年4月に同小学校に着任したE校長,平成14年4月に同小学校に着任し 1日,原告は,市教委から,大阪市公立学校教員に任命され,β小学校教諭に補され,同日着任した。 平成16年度のβ小学校の管理職は,同年4月に同小学校に着任したE校長,平成14年4月に同小学校に着任し,教務主任を務めた後,平成16年4月から教頭になったF教諭(以下「F教頭」という,平。)」成12年4月から同小学校に勤務し,平成16年4月から教務主任となったD教諭(以下「D教務主任」という)であった。 。 新任教員は,原告とC教諭の2人であったが,C教諭は他の小学校で2年間講師をしていた経験があり,教員としての実績がないのは原告だけであった。 イ同月6日,担任の発表があり,原告は5年生を,4年次からの持ち上がりで学年主任のG教諭(以下「G学年主任」という,教員5年目。)のA教諭とともに受け持つことになった。 この学年は,低学年のころから,授業中の立ち歩きや私語が多く,給食時間も騒いでしまうなど問題の多い学年であったが,4年次の指導を経て,落ち着いて勉強ができるまでには持ち直っていた。 4年生から5年生に上がる際のクラス替えは,とりわけ指導が困難な1人の児童にどう対処するかという観点から,この児童のいるクラスには,教師の言うことを素直に聞く児童を集め,残りの2クラスに,少しやんちゃな児童を均等に振り分けるという方針で行われた。 そして,先のとりわけ指導が困難な児童のいるクラスを男性教諭であるA教諭が受け持ち,残りの2クラスを原告とG教諭がそれぞれ受け持つこととなり,原告は,男子16名,女子12名からなる5年2組の担任となった。 ウ同年4月7日,入学式の後,校務分掌会が開かれ,原告は,庶務部の調査統計係に所属し,学校日誌と日々出欠記録の記載を担当するとともに,会計部の学年会計係に所属し,学年会計を担当することになった。 同年4月 4月7日,入学式の後,校務分掌会が開かれ,原告は,庶務部の調査統計係に所属し,学校日誌と日々出欠記録の記載を担当するとともに,会計部の学年会計係に所属し,学年会計を担当することになった。 同年4月8日,始業式が行われた。 (3) 1学期(甲20,21,乙1,原告),,,ア5年2組の児童のなかには授業中であるにもかかわらず騒いだり立ち歩いたりする子がおり,子ども同士の喧嘩も絶えなかった。 原告はその度に注意したり,怒ったりしながら,何とか授業を進めていた。 イ平成16年4月から同年8月までの原告の出勤状況は,次のとおりであった。 終日出勤した日数休暇を取得した日及びその内訳4月20日28日(水)1時間年休5月18日6月19日14日(月)1時間年休 21日(月)半日年休()23日(水)全日年休創立記念日7月22日8月11日4日(水)半日特別休暇9~12日特別休暇13日(金)半日特別休暇16~17日生理休暇25日(水)半日年休31日(火)1時間年休(4) 2学期(甲20,乙1,19,30,31,33,証人E,原告)ア2学期になると,子どもらの自分勝手な行動が増え,授業中の私語は1学期よりひどくなり,原告が怒鳴り散らしても教室が静まることがない状態となった。 平成16年9月24日,原告は,朝に腹痛を訴え,前半休の連絡をし,,,た後休みをとり病院を受診したところ急性胃腸炎と診断されたためそのまま入院することになった。 同年9月26日(日,原告は外出許可をもらって運動会に出席し,)翌27日の代休日に再入院し,28日には3時間目から出勤した。 イ同年9月29日から,E校長の指示で,D教務主任による5年2組への入り込みが開始された。D教務主任が入ったことで,授業中の私語や )翌27日の代休日に再入院し,28日には3時間目から出勤した。 イ同年9月29日から,E校長の指示で,D教務主任による5年2組への入り込みが開始された。D教務主任が入ったことで,授業中の私語や立ち歩きは収まったものの,D教務主任がいない給食や掃除時間は,原告がいくら注意しても,子どもらは,椅子にきちんと座って食べない,大声でしゃべる,食べ物で遊ぶ,ほうきでチャンバラごっこをするといった自分勝手な振る舞いを止めないというような状態になった。 ウしかし,10月後半になると,子どもらはD教務主任の注意も次第に 聞かなくなり,原告だけが指導にあたる場面では一層ひどい状態であった。食べ物で遊ぶことがエスカレートし,みかんの皮を折り曲げて汁を飛ばしあったり,窓から外にミニトマトを投げたり,窓の桟にジャムを塗りつけたり,さらには,牛乳瓶を床に投げつけ,皿を割る子どもも出てきた。掃除の時間には,ほうきの柄で天井をつつくなどして遊び,時間内に掃除を終えることが難しくなった。授業中か否かにかかわらず学級文庫や筆箱,掲示物,テストや配布物を破って窓から捨てたり,学級に備えている大縄を窓からつるして遊ぶことも頻繁に起こった。 エ2学期の終わり頃,5年2組の状態を憂慮した保護者から,E校長に対し,教室の中に入って子どもらの様子を見させてほしいとの申出があり,これに応じるかたちで,同年12月7日から学期末懇談の始まる前日である14日までの6日間,午前中の全授業につき,保護者による5年2組への入り込みが行われた。 そして,この間,毎日授業終了後に,E校長,F教頭,D教務主任そして原告を含む5年の担任の合計6名による反省会が開かれた。 オ同月15日から17日まで学期末懇談会が開かれ,5年2組の保護者から,原告に対し「担任の交代,学年での交換授業や日替り 頭,D教務主任そして原告を含む5年の担任の合計6名による反省会が開かれた。 オ同月15日から17日まで学期末懇談会が開かれ,5年2組の保護者から,原告に対し「担任の交代,学年での交換授業や日替りでの担任,の交代,3学期からのクラス替え,3学期もこれまでの学級状況では困る」といった意見や要望が出された。これを受けて,原告は「3学期,に向けて具体的に何をしてくれるのか,安心できる材料を保護者は欲しがっている」と感じ,その旨,E校長に報告した。 原告からの報告を受けて,E校長は,3学期の始業式の日に学校主催の保護者説明会を持つことに決め,この説明会に向けて5年の担任と話し合いを3度ほど持った。 カ平成16年9月から同年12月までの原告の出勤状況は,次のとおりであった。 終日出勤した日数休暇を取得した日及びその内訳9月18日24日(金)全日年休28日(火)2時間年休10月19日20日(水)1時間年休11月16日12日(金)1時間年休22日(月)全日年休24日(水)2時間年休25日(木)2時間と半日年休26日(金)全日年休12月16日13日(月)全日年休14日(火)2時間年休(5) 3学期(甲20,21,乙1,31,32,証人E,原告)ア平成17年1月11日,学校主催による保護者説明会が開かれ,28名中19名の保護者が参加した。この説明会では,E校長から,これまでの経過と,3学期の学校としての方針を説明し,保護者への協力を要請するとともに,原告も,誠心誠意がんばる旨の決意を表明した。 イ翌12日,原告が午前9時過ぎても出勤してこないため,F教頭が,E校長の命を受けて,学校の最寄り駅であるγ駅まで原告を迎えに行った。学校に向かう途中,原告は,保護者説明会で言ったことは本意ではな 翌12日,原告が午前9時過ぎても出勤してこないため,F教頭が,E校長の命を受けて,学校の最寄り駅であるγ駅まで原告を迎えに行った。学校に向かう途中,原告は,保護者説明会で言ったことは本意ではなかった,もうがんばれない,精一杯だと繰り返し述べ,これに対してF教頭は,原告を励まし,何とか教室に送り出した。 ウしかし,3学期になると,子どもらはチャイムが鳴っても席に着こうとせず,授業が始められないことも多い上,とりわけ男子と女子の仲が悪く,喧嘩が絶えない状態であった。 そして,原告は,月曜日になると出勤しようとしても地下鉄の改札が通れず,タクシーにも乗れない状態となり,月曜日に年休をとることが続いた。 エ同年2月3日,原告は通勤途中に足を怪我し,翌4日(金)は松葉杖で出勤したものの,子どもらの喧嘩を止めに入って階段から落ち,医師からの指示もあって,土日を挟んで同年2月7日から同月16日まで病気休暇をとった。 オD教務主任は3学期になってからも5年2組への入り込みを続け,原告が病気休暇をとっている間は1人で5年2組を受け持っていたが,同年2月21日,帰宅途中に骨折して5年2組に入ることができなくなった。 そこで,同年2月22日以降は,他の教員全員でローテーションを組んで5年2組に入り込む体制が取られた。 カ原告は病休が明けた同年2月17日から同月25日まで出勤したものの,この頃の原告は,勤務を継続することができるような心身の状態にはなく,同年2月28日から同年3月2日まで年休を取得し,同年3月3日から終業式の同月24日まで病気休暇を取得した。 キ平成17年1月から同年3月までの原告の出勤状況は,次のとおりであった。 終日出勤した日数休暇を取得した日及びその内訳1月11日4~6日生理休暇7日(金)半日年休17日( 得した。 キ平成17年1月から同年3月までの原告の出勤状況は,次のとおりであった。 終日出勤した日数休暇を取得した日及びその内訳1月11日4~6日生理休暇7日(金)半日年休17日(月)全日年休24日(月)全日年休28日(金)1時間年休 31日(月)全日年休2月9日1日(火)全日年休3日(木)2時間年休7~16日7日間の病気休暇28日(月)全日年休3月1日1日(火)全日年休2日(水)全日年休3~24日15日間の病気休暇28~30日生理休暇31日(木)2時間と半日年休(6) 本件処分まで(甲2,21,乙11,19,23,31,証人E)ア平成17年1月14日,E校長は,原告を校長室に呼び,原告が前年12月に提出した「校園長への提言シート(乙9)の中で,校長の言」動を批判し,転勤も考えている旨記載していたことを指摘し,原告に転勤を勧めた。 同年1月17日,原告は,体調不良のため年休をとる旨電話連絡したところ,E校長かF教頭から,同日が転勤願(該当者個人別調査書。乙11)の提出期限であると言われ,これをバイク便で学校に届けた。 イ上記転勤願の提出を受けて,E校長は,原告の年度末人事異動について「5年生の担任を任せて指導に努めてきたが,子どもや職員との人,間関係をうまく構築できず,これ以上β小学校にいても皆が不幸になる状況なので,転勤を認めてやってもらいたい」との要望書を,市教委に提出した。 これを受けて,市教委は,E校長に対し,新任の教諭を異動させるの は異例のことであるため,原告の勤務状況を報告するように指示した。 ウその後,E校長は,市教委とのやり取りを通じて,不採用という選択もあり得ると考えるようになり,同年3月3日ころ,E校長は,転勤先で同じことが繰り返 ため,原告の勤務状況を報告するように指示した。 ウその後,E校長は,市教委とのやり取りを通じて,不採用という選択もあり得ると考えるようになり,同年3月3日ころ,E校長は,転勤先で同じことが繰り返されることになれば困るし,原告の教育者としての適格性について疑問があり,この時期しか不採用にする機会がないことから,原告の不採用を進言したいとの意思を固めるに至った。 同年3月4日,原告は,学校に呼ばれ,E校長から,病気休暇をとったことにより転勤はなくなると告げられた。 同年3月9日,E校長は,市教委に対し,教職員事故報告書(乙8)を提出し,原告の不採用を進言した。 同年3月22日と25日,2度にわたって行われた市教委による人事異動の内示に原告の名前はなく,原告の異動は保留とされた。 エ同年3月28日,市教委において,原告に対し,E校長立会いのもとでの事情聴取が行われ,同日中に,大阪市懲戒等審査事務嘱託の審査に付し,意見聴取が行われた。 同年3月31日,市教委にて,本件処分についての議案が可決され,同日,原告に対し,本件処分が発令された。 本件処分の理由について(1) 職務遂行能力と責任感の欠如についてア校務分掌について(ア) 学校日誌の記載についてa原告が,校務分掌上庶務部に所属し,学校日誌の担当であったことは前記2(2)ウのとおりであり,転学児童がいる場合の在籍数の数え方と,土日の記載が漏れていたという点において,原告の記載に誤りがあったことは,当事者間に争いがない。 土日についても記載が必要であることは,前年度の学校日誌を見 れば容易に分かることであるし,児童の転学があった場合の学校日誌の記載方法については,やや煩雑であるものの,学校備え付けの学校日誌の取扱い(乙3)や在籍にかかわる事務の手引き(乙4)に詳細な説明がなさ 容易に分かることであるし,児童の転学があった場合の学校日誌の記載方法については,やや煩雑であるものの,学校備え付けの学校日誌の取扱い(乙3)や在籍にかかわる事務の手引き(乙4)に詳細な説明がなされている上,転出入担当者から手渡されるメモ(乙13,14参照)には,転学する児童と転学日,さらに在籍数の増減を行うべき日や備考欄への記載方法まで記されており,これを転記すれば足りることからして,初めて担当する者にも容易に理解し,処理することのできる事務というべきである。 bしかし,証拠(甲6,10,21,証人F)によれば,学校日誌には,庶務部の主任,教頭,校長の決裁欄があり,原告は毎日決裁を仰いでいたものの,庶務部の主任は原告に印鑑を渡して代印処理させ,原告の間違いに気付くことがなかった上,教頭も原告の間違いに気付いたのは平成16年7月になってからであったことが認められる。 ,(,),そして前記2(4)の事実及び証拠甲21証人Fによれば原告は,F教頭からの指摘を受けて,学校日誌の修正に努めたものの,夏休み中に修正を終えることができず,2学期に入って学級運,,営が困難になってくると学校日誌の記載や修正は滞りがちとなりこれを受けて学校では,12月終わりころ,学校日誌の担当を原告から他の教諭に替えたことが認められる。 c以上のとおり,原告の間違いは初歩的なものであるが,その発見が遅れた責任は決裁官にある上,間違いを指摘された後,原告はできるかぎりその修正に努めていたことからすれば,学校日誌の記載の誤りを全て原告の職務懈怠に帰することはできない。 また,学級運営が困難になる中で学校日誌の記載が滞りがちであったことは致し方ない面もあり,この点をとらえて原告の職務遂行 能力に疑問があるということも相当でない。 (イ) 学年 ことはできない。 また,学級運営が困難になる中で学校日誌の記載が滞りがちであったことは致し方ない面もあり,この点をとらえて原告の職務遂行 能力に疑問があるということも相当でない。 (イ) 学年会計の処理についてa原告が校務分掌上会計部に所属し,学年会計の担当であったことは,前記2(2)ウのとおりであり,5年生の社会見学の際の交通費の支出につき,往復と片道を間違え,往復分出金すべきところを片道分しか出金しなかったことは,当事者間に争いがない。 b被告は,原告の会計処理には誤りが多かったと主張するが,上記出金以外に原告の会計処理に誤りがあったことを認めるに足りる証拠はない。 この点,被告は,原告が自ら作成した自己申告票(乙17)の中で,平成16年11月1日現在,会計事務について「まちがいが少なくな」ったと記載していることを指摘し,他にも誤りがあったことを自認するものである旨主張する。 しかし,原告は,起案書を書き損じて訂正印で訂正したり,書き直したりすることが少なくなったことを述べたにすぎないと供述していること,F教頭も,前記社会見学の際の誤り以外に会計処理の間違いはなかった旨供述していること,被告から具体的な間違いの指摘もないことに照らして,被告の主張は採用できない。 cもっとも,証拠(甲12,13の1~4,原告)によれば,原告は,金銭出納帳(甲12)をその都度付けていなかった上,引き継ぎをしないまま原本を持ち帰り,3学期分の収支を記載した金銭出納帳の写しを学校に送付してきたのは平成17年4月7日になってからであったことが認められる。 このような原告の対応によって,原告が休みの間の徴収金や各種支払の処理,及び学年末の決算に支障を来したであろうことは,容易に推測できるところである。 したがって,原告が会計処理を適宜適切に 。 このような原告の対応によって,原告が休みの間の徴収金や各種支払の処理,及び学年末の決算に支障を来したであろうことは,容易に推測できるところである。 したがって,原告が会計処理を適宜適切に行っていたとは言いがたい。 イ教育姿勢について(ア) 証拠(甲17,21,証人E,原告)によれば,β小学校では,教員全員が,毎週金曜日に,週学習指導案(週案)を提出することにな,「」「」,っていたこと週案は学習指導計画表と指導の記録からなり前者には,翌週の授業計画を時間割形式で記載するとともに,各教科と学校行事の時数の週計と累計を記載し,後者には,その週の反省を記載する形式となっており,教頭及び校長がその内容を確認し,コメントをつけて返還する扱いであったことが認められる。 しかし,証拠(甲21)によれば,原告は「学習指導計画表」に,翌週の計画ではなく,その週の結果を記載して提出していたこと,しかも実際に行った内容ではなく,学習指導要領に定められた時間数に合うように記載していたにすぎないことが認められる。 このような記載の仕方は,週案が本来予定していたところとは異なるものの,証拠(甲21,証人E)によれば,原告はG学年主任に教えられたとおりに記載していたにすぎず,記載内容について教頭や校長から注意されたこともなかったことが認められ,週案の記載方法をもって,原告の教育姿勢を問題とすることは困難である。 (イ) 原告が,平成16年11月22日以降,週案を提出していないことは,当事者間に争いがない。 原告は,その理由を,学級運営が困難となり週案どころではなかった上,学年打合せや職員室での話し合いの方が原告に対する指導として効果的であったからだと主張する。 しかしその一方で,原告は,5年2組が学級崩壊と表現される状況にあること となり週案どころではなかった上,学年打合せや職員室での話し合いの方が原告に対する指導として効果的であったからだと主張する。 しかしその一方で,原告は,5年2組が学級崩壊と表現される状況にあることが校長や教頭に伝わっておらず,学級運営について組織的 な対策を検討してもらうことができなかった旨主張し,証拠(甲19の6,甲20,原告)中でもこれに沿う供述をする。 そうであれば尚更,原告としては,5年2組の状況を校長や教頭に理解してもらえるように努めるべきであり,校長が必ず目を通してコメントを付ける週案の「指導の記録」欄を活用することは,その有効な手段のはずである。 したがって,原告の主張は,週案を提出しないことを正当化する理由とはなり得ない。 なお,原告は,平成17年2月終わりころから週案に代えて日案を提出していた旨主張するが,原告が日案を提出していたことを裏付ける証拠はなく,このころから原告は年休に続けて病気休暇に入っていることに照らしても,原告の主張は採用の限りでない。 また,原告は,週案の提出は強制されるものではなかったとも主張するが,前記(ア)で述べたところからも,提出は義務であったと解するべきである。 ウ教育活動について(ア) 平成16年6月14日の年休取得についてa同日は原告が初めて全体朝会で児童指揮をする当番の日であったこと,原告がこの日直前に時間年休をとって休んだことは,当事者間に争いがない。 なお,証拠(甲11)によれば,児童指揮の当番の主な仕事は,月曜日の朝,教職員が職員室で打合せをしている間,運動場に出て児童を整列させ,その後に行われる全体朝会の進行に合わせて号令を掛け,児童への連絡や指導を行うことである。 このように初めての当番の仕事をやり遂げられなかったことは,原告の職務遂行能力及び責任感に対する否定的 させ,その後に行われる全体朝会の進行に合わせて号令を掛け,児童への連絡や指導を行うことである。 このように初めての当番の仕事をやり遂げられなかったことは,原告の職務遂行能力及び責任感に対する否定的評価となり得るもの である。 bこの点,原告は,児童指揮は,当番の者の体調が悪ければ,他の教職員がその場で交代してやれば済むような簡単なことであるし,当日交代してもらったA教諭の当番日であった同年9月13日には,A教諭に代わって児童指揮を行い,原告にとって初めてとなる児童指揮をこなしている旨主張し,証拠(甲21)中にもこれに沿う部分がある。 しかし,原告は,先生同士のやりとり,例えば「この間の全校朝会のあの先生のあの指導はあり得へんよね」というような非難を聞くのがつらかったと供述しており,初めての児童指揮を,原告が相当負担に感じ,緊張していたであろうことは容易に推測できるところである。 また,既に運動会の練習も始まり,大勢の児童を前にしての指示や指導にも慣れてきた9月以降に児童指揮の当番を行うのと,当初予定されていた6月の当番とを単純に比較することはできない。 (イ) 平成16年9月24日の年休取得についてa同日は運動会の予行演習日で,原告がブラスバンドの指揮をすることになっていたことは,当事者間に争いがない。 そして,証拠(乙19,35,証人F)によれば,原告はこの日の朝,腹痛を訴え,前半休の連絡をして休みをとり,病院で急性胃,,腸炎と診断されて入院することになり午後も出勤しなかったことE校長はそのことを午後4時ころ原告の自宅に電話した際,原告の母親から聞いて初めて知ったことが認められる。 体調不良の原因は必ずしも明らかでないが,運動会の予行演習という特別な場面で自らの担当を全うできなかったことは,職務遂行能力に疑問を抱かせ た際,原告の母親から聞いて初めて知ったことが認められる。 体調不良の原因は必ずしも明らかでないが,運動会の予行演習という特別な場面で自らの担当を全うできなかったことは,職務遂行能力に疑問を抱かせる。 bこの点,原告は,年度当初から他の担当者とともに交代制でブラスバンドの指揮にあたっており,夏休み中の練習にも参加し,9月以降は昼休みにも指導を行い,運動会当日も病院から出勤してブラスバンドの指揮をしているのであって,たった一度体調不良のために指揮を休んだだけである旨主張する。 ,,,しかし運動会の予行演習は児童だけでなく教職員にとってもそれまでの指導の成果を試される場であり,それ以前の練習や予行演習を終えた後の本番とは異なる緊張を強いられるものと考えられるところ,これに欠勤したことを過小評価することはできない。 (ウ) 平成16年11月12日の年休取得についてa証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,この日は,5年2組に在籍する在日外国人の児童が,本名使用についての決意表明を行う日であったこと,これに先立ち,原告はE校長から,朝の職員朝会でその旨説明するよう指示されていたこと,しかるに原告は,この日の朝,時間年休をとって休んだこと,そのため決意表明の日が延期になったことが認められる。 このように,原告が休んだことで,この日に向けての当該児童やその家族の決意に水を差す結果となった責任は重い。 bこの点,原告は,既にさまざまな問題解決は行われており,職員朝会では結論を述べるだけであったと主張する。 しかし,在日外国人児童の本名使用の問題は,学校としても慎重な対応を求められる問題であるから,担任である原告には,他の教職員の理解と協力を得られるよう,これまでの経過や予想される問題と対策等について説明し,質問に答えることが求められ 題は,学校としても慎重な対応を求められる問題であるから,担任である原告には,他の教職員の理解と協力を得られるよう,これまでの経過や予想される問題と対策等について説明し,質問に答えることが求められていたはずであり,そうであればこそ,原告の説明なしに児童に決意表明させることはできないとして,決意表明が延期されているのである。 したがって,原告の主張は採用の限りでなく,かえって原告の問題認識の甘さを窺わせる。 (エ) 平成17年1月12日の件についてa同月11日,始業式の後で5年2組の保護者に対する説明会が開かれ,E校長が3学期の学校としての方針を説明し,原告も誠心誠意がんばる旨の決意表明を行ったこと,しかるに翌12日,原告は午前9時を過ぎても出勤してこなかったこと,そこでF教頭が最寄り駅まで原告を迎えに行き,保護者説明会で言ったことは本意ではなかった,もうがんばれないと述べる原告を励まし,何とか教室に送り出したことは,前記2(5)ア,イで認定したとおりである。 このように,保護者に決意表明をした翌日で,実質的な3学期の始まりにあたる日から,連絡なく遅刻し,保護者説明会での発言を否定する原告の言動は,児童や保護者,さらには学校の期待を裏切るものといわざるを得ない。 bこの点,原告は,保護者説明会は原告にとって極めて過酷な体験であったため,その翌朝に出勤困難になったものの,最終的には出勤して授業を行ったのであり,その努力を評価すべきである旨主張する。 しかし,学校教育は,常に,児童や保護者,地域からの期待と批判の中にあり,教職員には,これを把握し,適切に対応することが求められるところ,先に認定した原告の言動は,原告が,保護者や学校の期待を適切に受け止め,これに応えることができなかったことを示すものであって,原告に教職員としての れを把握し,適切に対応することが求められるところ,先に認定した原告の言動は,原告が,保護者や学校の期待を適切に受け止め,これに応えることができなかったことを示すものであって,原告に教職員としての職務が務まるか,疑問なしとしない。原告が最終的には出勤して授業を行った努力は評,。 価できるもののこれによって上記疑問が払拭されるものでもない(オ) 以上のとおり,原告は,初めての当番や特別な役割など,その活躍 が期待される場面で休んでしまい,職務を全うすることができなかったといわざるを得ない。 (2) 教員としての基礎的能力の欠如についてア子どもに対する愛情が感じられなかったことについてこの点についての被告の主張は,概括的かつ抽象的なものにとどまっており,これを裏付ける具体的事象を認めるに足る証拠もない。 かえって,子どもが好きでなければ,大阪市職員として働きながら大学に通い教員免許を取得することはできないであろうし,原告が子どもとの交流を記した手記等(甲19の1~8,甲20,21,原告)からも,そのことは窺える。 イ子どもの心をつかめなかったことについて証拠(乙33,証人D)によれば,D教務主任やG学年主任は,原告に対し,子どもらが登校する前に教室に入り,子どもらが入ってくるのを待つこと,休み時間をできるだけ利用して子どもらと一緒に遊ぶことで,子どもらの気持ちを十分つかむことが必要である旨指導していたことが認められ,こうして指導された内容全てを3学期まで継続的に実践することがかなわなかったことは,原告自身が認めるところである。 しかし,証拠(甲19の4・7,甲20,21,乙34の1・2)によれば,原告は,少なくとも2学期前半までは,早めに教室に入り,休み時間に子どもらと遊ぶことを続けていたこと,問題を起こした子に対しては個別 ,証拠(甲19の4・7,甲20,21,乙34の1・2)によれば,原告は,少なくとも2学期前半までは,早めに教室に入り,休み時間に子どもらと遊ぶことを続けていたこと,問題を起こした子に対しては個別に指導を行い,家庭訪問を行うなどして関わりを持とうと原告なりに努力していたこと,E校長も2学期までは原告の努力を評価していたことが認められる。 加えて,原告が担当した学年はもともと指導が困難な学年であったこと,いわゆる学級崩壊の問題は社会的問題としての側面も有しているこ,,,とを併せ考慮すれば子どもの心をつかみきれずとりわけ3学期以降 学級の秩序が保てなくなったことについて,その結果責任をひとり原告に負わせることは相当でない。 ウ指導力が未熟なことについて(ア) 証拠(乙33,証人D)によれば,原告は,授業中の声が小さく,黒板の字が乱雑であったこと,D教務主任やG学年主任は,1学期当初から,原告に対し,大きく元気な声を出すよう,子どもに聞く姿勢ができるまで少し待ってから話し始めるよう,黒板の字を丁寧に書くよう繰り返し指導していたこと,しかし,2学期になっても原告の児童に対する指導態度に改善は見られなかったことが認められる。 また,証拠(乙33,証人D)によれば,D教務主任は,5年2組への入り込みを行うようになって以降,原告に対し,メリハリのある1時間になるよう,事前の教材研究を十分行い,児童をひきつける工夫をしたり,児童の様子を見て時には立ち止まって注意をすることが必要であると繰り返し指導していたこと,しかし,原告は淡々と教科書をこなすだけであったことが認められる。 (イ) この点,原告は,カードを用いた授業を取り入れるなど,原告なりに児童を引きつける努力を行っていたし,黒板の字が乱雑であることは指導力の問題ではない旨主張する。 だけであったことが認められる。 (イ) この点,原告は,カードを用いた授業を取り入れるなど,原告なりに児童を引きつける努力を行っていたし,黒板の字が乱雑であることは指導力の問題ではない旨主張する。 しかし,声の抑揚や大小に気を付け,原告の発言内容がはっきりと,,児童に伝わるように話すことやわかりやすく丁寧に板書することは学級経営や学習指導の基本であって,これをないがしろにすることはできない。 また,原告は,児童が揃っていてもいなくてもカードを利用しての授業を開始することで,叱って児童を席に着かせるのではなく,遅れて来る児童が自ら急いで席に着こうとすることを期待していた旨供述しており,原告なりの意図と目的をもってカードを授業に取り入れ, 利用していたことが窺えるものの,その効果を検証し,工夫を重ねるといった努力がなされなかったため,原告の意図が児童や他の教職員に伝わらず,独りよがりな指導に陥っていたことは否定できない。 (ウ) 以上のとおり,原告の指導力は未熟であり,そのこと自体は新任教員であるから当然としても,原告は,1年間を通じて,教務主任らの指導を積極的に取り入れようとせず,その結果,改善や向上が見られなかった点は軽視できない。 エ他人の指導を受け入れなかったことや,何か問題が起きても他人に相談しなかったことについて(ア) 証拠(乙31~33,証人E,同D,同F)によれば,原告に対する指導及び支援の状況について,以下の事実が認められる。 a新任教員の指導について,平成16年度のβ小学校では,校長と教頭の監督の下,教務主任を指導教官とし,学年主任が中心となって,他の主任とともに新任教員の指導にあたるという体制が組まれた。 E校長は,F教頭及びD教務主任と毎朝20分程度のミーティングを持ち,諸々の報告,連絡,相談を受ける 教官とし,学年主任が中心となって,他の主任とともに新任教員の指導にあたるという体制が組まれた。 E校長は,F教頭及びD教務主任と毎朝20分程度のミーティングを持ち,諸々の報告,連絡,相談を受ける中で,新任教員である原告やC教諭に対する指導状況や問題点についても逐一報告を受け,気付いた点を指摘するなどしてアドバイスしていた。 b始業式の後,D教務主任が,新任教員である,原告とC教諭の2人に対し,子どもらと初めて会った感想を尋ねたところ,原告は泣き出し,理由を尋ねても答えようとしなかった。 平成16年4月下旬,D教務主任が,放課後,子どもらへの指導について,声の大きさや板書の字など気が付いたところを原告に指導していた際,原告は,突然「これ以上私に何をしろというので,すか」と言って泣き出した。 。 D教務主任は,原告の余裕のなさに驚き,以後は,言葉を選びながら基本的なことをできるだけ具体的に話すように心掛けた。 ,,,,c平成16年6月ころE校長はD教務主任から原告について学級経営がちょっとしんどい様子だという報告を受け,親身になってアドバイスするよう依頼するとともに,授業の参考に,他の先生方の授業を見せてもらう機会をつくるよう指示した。 同年6月中旬,E校長は,残って仕事をしていた新任教諭の原告,,,,とC教諭そしてD教務主任を食事に誘い話を聞き励ます中で配慮を要する子どもらの気持ちに寄り添って,しっかり丁寧な指導を心掛けるようにというような話をしたところ,原告は話の途中で「これ以上,私にどう頑張れというのですか」といって泣き出し。 た。 d2学期に入り,E校長は,5年2組の子どもらが,しょっちゅう衝突や喧嘩を起こし,原告1人では学級を維持できないという報告を受け,学級の立て直しと原告の負担軽減を考え 」といって泣き出し。 た。 d2学期に入り,E校長は,5年2組の子どもらが,しょっちゅう衝突や喧嘩を起こし,原告1人では学級を維持できないという報告を受け,学級の立て直しと原告の負担軽減を考えて,D教務主任を5年2組に入り込ませることとした。 D教務主任は,原告が独り立ちしていけるよう,担任としての立場を損なわないよう配慮しつつ,教室では怒り役となって原告を補助し,休み時間や放課後に原告の児童に対する指導方法について気付いた点を指摘しながら,入り込みを続けた。 平成16年12月上旬D教務主任が帰り際原告に対し帰,,,,「ってゆっくり休んで明日もがんばろう」と声をかけたところ,原。 告からは「このままではいけませんか」という答えが返ってき,。 た。D教務主任は,少しでも良くなるよう一緒にがんばっていこうと時間をかけて励ましたが,当時の5年2組が,児童に落ち着きがなく,何人かの児童は授業に集中できない状況にあり,これを放置 できないことは誰の目からも明らかであるにもかかわらず,上記のような発言をした原告の現状認識を疑い,ショックを受けた。 e2学期の終わり頃,E校長は,保護者から教室への入り込みの申出を受け,実際の子どもの様子を見てもらった上で学期末懇談会に臨んでもらいたいという考えと,保護者が入ることで子どもも静かになり授業が成立するのではないかという期待から,その申出を許可した。 保護者による入り込みが始まった日から毎日,授業終了後に,E校長,F教頭,D教務主任そして原告を含む5年の担任による反省会が開かれた。これは,原告から,その日の子どもの様子や,授業をしていて困ったこと,保護者の様子などを聞き,それに対する感想や具体的な対策について意見を出し合い,翌日につなげることをねらいとしたものであった。 f れは,原告から,その日の子どもの様子や,授業をしていて困ったこと,保護者の様子などを聞き,それに対する感想や具体的な対策について意見を出し合い,翌日につなげることをねらいとしたものであった。 f3学期初めの保護者説明会に向けて,E校長は,原告の反省内容や今後の決意を保護者の立場に立って見直し,原告を指導することを目的として,原告を含む5年生の担任との話し合いを3度ほど持った。 保護者説明会の翌日,原告が定時になっても出勤してこなかったため,F教頭が最寄り駅まで迎えに行った。F教頭が出勤しづらかった理由を尋ねたところ,原告は,保護者集会で決意表明として配布した文書は「ああ書け,こう書けと添削されて書き直したもの,で,本意ではなかった「聞いてくれる子にだけ向かって授業をし」ていきたい」と述べた。 g3学期も,D教務主任による入り込みは続けられ,D教務主任が怪我をして入り込みが出来なくなった後は,他の教員全員がローテーションを組んで5年2組へ入り込む体制が取られた。 (イ) このように,学校は,学級運営に苦労していた原告に対し,当初は教務主任や学年主任がその都度,気付いた点を指摘し,助言を与えるという方法で,その後は教務主任が継続的に教室に入り込むという方法で,保護者への対応は校長,教頭,教務主任のほか,5年生の担任全員で検討するという方法で,最後には全教職員が交代で教室に入り込むという方法で,最後まで支援,協力,指導を行ってきたことが認められる。 しかるに,原告は,助言や指導を受けては泣き出し,精一杯やっているとの発言を繰り返すなど,当初から余裕がなく,自分の努力を周囲は分かってくれないという被害感情に囚われて,次第に他罰的傾向を強め,他の教職員からの指導や助言を素直に受け入れることができなくなっていったと言わざるを得 など,当初から余裕がなく,自分の努力を周囲は分かってくれないという被害感情に囚われて,次第に他罰的傾向を強め,他の教職員からの指導や助言を素直に受け入れることができなくなっていったと言わざるを得ない。 (ウ) この点,原告は,授業のやり方や学級運営について,日常的に周囲の教員に相談し,アドバイスを受けていたから,原告に他人のアドバイスを聞く姿勢がなかったとか,何かを相談することがなかったということはできない旨主張する。 しかし,前述した状況に照らすと,原告が日常的に受けてたというアドバイスを生かし切れていなかったことは明らかである。それだけでなく,原告は,校長室での反省会や打合せなど,原告のやり方に否定的な指摘がなされる場面では,自らの考えを説明し,理解を得ようと努力することもないまま,自らのやり方に固執し,周囲の指導を素直に受け入れることがなかったのであって,原告の主張は採用できない。 オ原告が教諭としてなすべき配慮をしなかったので,児童や他の教職員に迷惑をかけたことについて前記(1)ウで認定した事実及び証拠(乙32,証人F)によれば,原 告は,重要な場面で突然休んでしまい,その連絡も直前であったり,事前の連絡がなかったりする上,連絡があっても学習の予定や児童への連絡事項等を知らせるといった配慮がなく,児童や他の教職員に迷惑がかかることが多かったことが認められる。 この点,原告は,児童指揮やブラスバンドの指揮は,他の教員が代わりに行うことが可能であり,本名使用に関する決意表明については,それ以前にさまざまな問題解決は行われており,保護者説明会の翌朝も,最終的には出勤して授業を行っているから,教育活動への支障はなかった旨主張し,原告の供述中にはこれに沿う部分がある。 しかし,交代教員の手配や児童への説明など,他の教職員にかか 保護者説明会の翌朝も,最終的には出勤して授業を行っているから,教育活動への支障はなかった旨主張し,原告の供述中にはこれに沿う部分がある。 しかし,交代教員の手配や児童への説明など,他の教職員にかかる迷惑は小さくない上,児童への影響,とりわけ本名使用の決意表明の日に休んだことによる影響は軽視できないところである。 なお,体調不良の結果,出勤できなくなった際,状況によっては,事前に余裕をもって連絡することが困難であった場合もあり得るが,少なくとも,その結果を見る限り,教員としての基礎的能力について問題があるといわざるを得ない。 原告の主張は採用の限りでない。 カ保護者からも原告の指導力について疑義が示されていたことについて前記2(4)エ,オ,(5)ア,イで認定した事実及び証拠(乙8)によれば,5年2組の状況を憂慮した保護者は,1週間教室への入り込みを行い,その後の懇談会で,原告に対し「担任の交代,学年での交換授,業や日替りでの担任の交代,3学期からのクラス替え,3学期もこれまでの学級状況では困る」という意見を述べていること,これを受けてE校長は,3学期当初に保護者説明会を開き,学校としての方針説明と保護者への協力要請を行うとともに,原告も誠心誠意がんばる旨の決意表明を行ったこと,しかし,原告が平成17年2月末から3学期末まで, 年休に引き続き病気休暇を取得したことで,保護者からは「何とか頑,張ってほしいと,ずっと応援してきたが,最後の最後に放り出され裏切られた気持ち。これでは,かばいようがない」との意見が出されるに。 至っていることが認められる。 この点,原告は,担任に対する不満を述べる保護者は,常に一定の割合で存在すると主張する。 たしかに,保護者の意見は,一方当事者の意見であって,その評価の客観性は慎重に検討すべきであるが 認められる。 この点,原告は,担任に対する不満を述べる保護者は,常に一定の割合で存在すると主張する。 たしかに,保護者の意見は,一方当事者の意見であって,その評価の客観性は慎重に検討すべきであるが,学期末懇談会での意見は,1週間にわたり,実際に教室において,原告の児童に対する指導を見た上で出された意見であること,原告が病気休暇を取得して担任を全うできなかったことで,保護者が期待を裏切られたと感じたとしても無理はないことに照らしてみれば,かかる保護者の意見も無視できない。 また,原告は,原告を信頼する保護者もいたと主張し,これに沿う証拠(甲18の2の1)もあるが,その時期や数は不明である。 (3) 服務規律違反(年次休暇の取得方法及び出勤簿の取扱)について証拠(乙18,32,証人F)によれば,原告は,平成17年1月24日以降,年次休暇を取得しながら,その取得手続を行っていないこと,原告は,1学期後半ころから,出勤簿を後でまとめて押すことがしばしばあったこと,E校長やF教頭が繰り返し注意しても改善されなかったことが認められる。 この点,原告は,年休取得の処理が遅れたのは,原告の精神状態がかなり悪化して以降の2か月ほどであるし,出勤簿への押印が遅れた回数もそれほど多くない上,年休や出勤簿の整理は職場全体の問題であったと主張し,証拠(甲24)を提出する。 しかし,平成17年2月28日以前の年休については,年休取得直後の出勤日に年休処理を行うことが可能であったはずである。その余の原告の 主張も,原告が定められた処理を行わなかったことを正当化する理由とはならない。 (4) 教員としての勤務態度の不良についてア原告の過呼吸・錯乱状態について(ア) 平成16年12月20日の件について証拠(甲21,E)によれば,原告は,同月19日(日,学級内 はならない。 (4) 教員としての勤務態度の不良についてア原告の過呼吸・錯乱状態について(ア) 平成16年12月20日の件について証拠(甲21,E)によれば,原告は,同月19日(日,学級内)のトラブルから学校に来ないと言い出した子ども2人に対し,家庭訪問を行ったこと,その際,原告は,その保護者から,別件での学校の対応に不信感を抱いていた旨を聞かされたこと,翌20日,原告は,,,保護者から聞かされたところを校長に報告しようとしたことしかし原告からの説明が要領を得なかったため,E校長は,分かるよう説明,「,してほしいという趣旨で私ら管理職にどうしてほしいというんやどうしてほしいか言わないとこっちもわからない」と言ったこと,。 原告は,E校長からこのように言われたことに驚き,過呼吸状態に陥り,その場で倒れ込んだことが認められる。 (イ) 平成17年2月7日の件について証拠(乙31,E)によれば,原告は,この日,同月3日の通勤途上に駅の階段を踏み外して足を怪我したことについて「10日間の,休業安静を要す」と記載された診断書を持参し,校長に出勤の可否についての判断を仰いだこと,E校長は,1月終わりころ,原告とその母親が,2教科ほど代わりの先生に持ってもらわなければ病気休暇を取って休むというような条件を出してきたことがあったことを踏まえて「休みは認めるが,以後,母親の電話には対応しないからその旨,伝えるように」と告げたこと,すると原告は「母親と自分は関係。 ,ない」という意味のことを述べて,過呼吸状態に陥ったことが認め。 られる。 (ウ) 過換気症候群は,精神的な不安によって過呼吸になり,その結果,手足や唇の痺れや動悸,めまい等の症状が引き起こされる心身症の1つであり,原告の上記各症状もこの病状の発現であるから れる。 (ウ) 過換気症候群は,精神的な不安によって過呼吸になり,その結果,手足や唇の痺れや動悸,めまい等の症状が引き起こされる心身症の1つであり,原告の上記各症状もこの病状の発現であるから,そのこと自体で,原告の勤務態度が不良であったということはできない。 もっとも,原告は中学生くらいのころにも,先生から厳しい指導を受けた際に過呼吸に陥ったことがある旨供述しており,既往歴は古いものの,短期間のうちに2度も学校内で過呼吸状態を発症するに至っていること,前記(1)ウで認定したとおり,原告は不安や緊張が高まる場面で休んでしまう傾向があること,これらを総合してみれば,原告がストレスに弱い体質であることが窺える。 そして,教員を続けるとなれば,今後,同様の緊張場面に遭遇することは必至であり,精神的強さも要求される教員としての職務を原告が全うできるかについては,不安があると言わざるを得ない。 イ自己中心的要求について(,,,),(ア) 証拠甲21乙32 証人F及び弁論の全趣旨によれば,,,平成17年1月31日原告はF教頭に電話で年次休暇の連絡をし,,,休みをとったこと同日午後6時ころ原告の母親がF教頭に電話で家庭科と音楽科以外に2教科ほど他の教員に持ってもらいたい,それができなければ病気休暇で休むと要求したこと,その後原告が電話を替わり,原告が1人で対応できる国語や算数といった授業は原告だけで行い,教務主任には職員室に戻ってもらい,それ以外の教科,特に理科と体育の時間には必ず入ってもらう体制がいいのではないか,ま,,,,た12教科ほどはできれば教務主任に前で授業を進めてもらい原告を補助役に回らせてもらえないかと述べたことが認められる。 学校がそれまでも原告に対して支援を行ってきたことは,前記( ,ま,,,,た12教科ほどはできれば教務主任に前で授業を進めてもらい原告を補助役に回らせてもらえないかと述べたことが認められる。 学校がそれまでも原告に対して支援を行ってきたことは,前記(2)エで認定したとおりであり,原告の上記要求は,電話での一方的なも のである上,教務主任にさらなる負担を求める自己中心的な要求と受け取られても無理はない。 (イ) この点,原告は,2教科ほど誰かに代わって欲しいという話は,家庭内の雑談として話していたにすぎず,母親がつい学校に漏らしてしまったため,説明を求められてやむなく話しただけであり,原告が積極的に要求したものではない旨主張し,証拠(甲21,乙19)中にもこれに沿う部分がある。 しかし,母親からの電話は,2教科ほど他の教員に持ってもらいたいということをほぼ唯一の要件とするものであって,そばに原告もいて,その会話を聞いていたものと窺えることからして,原告の弁解を採用することはできない。 本件処分に至る経過における問題点なお,原告は,本件処分について,提言シート(乙9)の記載に対する,E校長の報復感情が影響しており,また,原告に対する事情聴取(平成17年3月28日)の前から,結論が決まっていたと主張する。 たしかに,E校長が,提言シート(乙9)の記載を問題視したことは認められるものの,それ以上に,その報復として本件処分がされたことを認めるに足りる証拠はなく,また,原告に対する事情聴取の前から結論が決まっていたと認めるに足りる証拠もない。原告に対する事情聴取の前に,一応の検討がされたとしても不合理とはいえず,その検討結果と最終的な処分内容が,。 一致したことをもって弁解の機会を形骸化したなどということはできないまたそもそも原告に正式採用の職員の分限に関する規定の適用はない前,, 合理とはいえず,その検討結果と最終的な処分内容が,。 一致したことをもって弁解の機会を形骸化したなどということはできないまたそもそも原告に正式採用の職員の分限に関する規定の適用はない前,,(記1(1)参照。 ) まとめこれまで認定してきたところを総合して本件処分の当否について検討するに,昨今,児童を取り巻く社会や家庭環境は複雑多様化しており,その中で 学校教育が果たすべき役割は大きく,その直接の担い手である教員にはこれまでにも増して確かな資質と高い能力が要求されており,そのような資質能力を欠いた教員が採用されることになれば,児童に与える影響は大きく,保護者や地域社会の学校教育への信頼も大きく損なわれることは明らかであるから,条件附採用期間中の教員については,かかる観点からその適性を厳正に評価することが必要である。また,これらの評価は,教育現場に通じ,普段から教職員の指導,監督にあたる市教委の裁量に委ねられていると解される。しかも,条件附採用期間中の職員は,いまだ正式採用される過程にあって,正式採用後の職員より,適格性についての判断の裁量がより広いものとなることは既述のとおりである。 そして,前述したとおり,原告は,ストレスに弱く,初めてのことや特別な日など,その活躍が期待される場面になると,教員であれば頻繁に経験する程度のストレスであるにもかかわらず,その不安や緊張を乗り越えることができず休んでしまう傾向にあり,職務遂行能力に欠けること,また,原告,,が休むことで他の教職員や児童に迷惑をかけながらその自覚に乏しいこと学級運営や教科指導の面でも,自分の努力を周囲は分かってくれないという思いに囚われ,学校の支援策を批判するばかりで,校長ら周囲の助言や指導を受け入れる姿勢に乏しく,児童に対しては,独りよがりな指導に終 級運営や教科指導の面でも,自分の努力を周囲は分かってくれないという思いに囚われ,学校の支援策を批判するばかりで,校長ら周囲の助言や指導を受け入れる姿勢に乏しく,児童に対しては,独りよがりな指導に終始していること,金銭出納帳の取扱い,年休取得後の処理,出勤簿の取扱い等,基本的事務処理を怠り,再三指摘を受けながら改めることがなかったことなどの点で,原告の勤務実績は不良というほかなく,条件附採用期間中の原告を教職員として引き続き任用しておくことが適当でないとの被告の判断には合理性があり,本件処分に裁量権を逸脱した違法はないというべきである。 よって,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第5民事部 裁判長裁判官山田陽三裁判官中山誠一裁判官上田賀代
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