令和6(わ)110 殺人未遂被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年9月16日 松江地方裁判所
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判決文本文3,429 文字)

令和7年9月16日宣告松江地方裁判所刑事部令和6年(わ)第110号殺人未遂被告事件 主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中230日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。 被告人をその猶予の期間中保護観察に付する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は、令和6年7月5日午後6時35分頃、島根県浜田市(住所省略)A方において、母である同人(当時78歳。以下「被害者」という。)に対し、殺意をもって、包丁(刃体の長さ約12.5センチメートル。令和6年領第113号符号1)でその右頸部を1回切りつけたが、被害者がその場から逃げたため、被害者に全治まで約2週間を要する右前頸部切創の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった。 (争点に対する判断) 1 本件の争点本件の争点は、殺意の有無である。また、その判断の前提として、被告人の行為態様も争われている。すなわち、検察官は、被告人が、殺意をもって、包丁で被害者の右頸部を1回切りつけた旨主張する。これに対し、弁護人は、包丁の腹の部分で被害者の肩から首の周辺を1回叩いたもので、刃の向きは覚えておらず、被害者が傷ついたことも認識していなかった旨の被告人の公判供述に基づき、被告人は被害者の頸部を意図して切りつけたものではなく、殺意もなかった旨主張する。 2 被告人の行為態様について⑴ 被害者の負傷状況をみると、右前頸部のやや上方に、長さ約8センチメート ル、深さ約1~1.5センチメートルの横一直線の切創が認められた。このような傷は、包丁の刃先を首側面部に向け、ある程度の力で切りつけられることで生じたものと考えるのが自然である。また、被害者も、被害時の状況について、テレビを見ていたところ、被告人が台所の方か 。このような傷は、包丁の刃先を首側面部に向け、ある程度の力で切りつけられることで生じたものと考えるのが自然である。また、被害者も、被害時の状況について、テレビを見ていたところ、被告人が台所の方からやってきて、目の前で向き合う状態になると、「ババア、死ね。」と叫びながら、自身の首の辺りに手を伸ばしてきた、首に痛みを感じ、被告人の手を押さえてそこにあるものを握って取り上げてみると包丁だった、などと供述している。この供述は、上記負傷状況とも整合的で、不自然、不合理な点もうかがわれず、信用できる。これらの被害者の傷の位置や形状、深さ、被害者の供述する被告人の動きや発言等を併せ考えると、被告人は、包丁の刃先を被害者の首に向けた状態で、被害者の首を目掛けて切りつけたと認められる。 ⑵ これに対し、被告人は、包丁を手に取ったのはテレビの音量の大きさに苛立ち、コードを切断しようとしたからであり、その際、被害者を移動させるために脅かそうと思い、被害者の背後から、包丁の腹の部分で被害者の肩から首の周辺を1回叩いた、などと供述する。しかし、上記のような位置や形状、深さの傷が、包丁の腹の部分で叩いたことにより生じるものとは考え難く、叩いた後に被害者の首が動くこと等により生じる可能性も低いと考えられる。また、酒を飲んで酔っていたとはいえ、コードの切断のために包丁を持ち出し、更には脅すために背後から包丁で被害者を叩くというのも不自然であり、被害者の背後にソファーが置かれていたなどの当時の部屋の状況とも整合しない。弁護人は、現にテレビのケーブルが切断されていた旨主張するが、被告人が被害者の首を目掛けて切りつけたことを前提としても矛盾するものではなく、被告人の供述の信用性を殊更に増強するものではない。被告人の上記供述は信用できない。 3 殺意の有無について⑴ が、被告人が被害者の首を目掛けて切りつけたことを前提としても矛盾するものではなく、被告人の供述の信用性を殊更に増強するものではない。被告人の上記供述は信用できない。 3 殺意の有無について⑴ 長さ約12.5センチメートルの包丁で、首という急所を目掛けて切りつける行為は、一歩間違えれば重要な血管等を損傷するなどして、人が死ぬ危険性の高いものといえる。確かに、傷自体は浅く、致死的な血管やその上にある胸鎖乳突筋 の損傷はなかったが、包丁の大きさや切りつけるという態様からすれば、更に深い傷となった可能性は十分にあったといえ、傷の浅さを踏まえても、上記の評価は変わらない。 ⑵ そして、上記のとおり、被告人は、被害者の首を目掛けて切りつけたと認められるところ、そのような行為が、人が死ぬ危険性の高い行為であることは容易に想像できる(現に、被告人も、公判で、一般論として考えれば、そのような行為が人を死亡させる可能性のあるものとは思うなどと供述している。)。被告人は、当時、酒を飲んで酔っていたものの、単純酩酊状態にとどまっており、飲酒量や前後の行動等に照らしても、自身の行為について認識や理解ができない状態にあったとは考え難い。したがって、被告人は、人が死ぬ危険性の高い行為であることを認識して当該行為に及んだものといえる。 ⑶ 以上によれば、そのほかの弁護人の主張を踏まえても、被告人が、判示のとおり、包丁で被害者の右頸部を1回切りつけたことが認められ、また、その行為の時点で被害者を死亡させる危険性の高い行為であると認識していたこと、すなわち殺意があったと認められる。 (量刑の理由)包丁で被害者の首を目掛けて切りつけるという行為は、一歩間違えれば被害者が死ぬ危険性の高い悪質なものである。負傷の程度は全治約2週間と重いものではないが、 あったと認められる。 (量刑の理由)包丁で被害者の首を目掛けて切りつけるという行為は、一歩間違えれば被害者が死ぬ危険性の高い悪質なものである。負傷の程度は全治約2週間と重いものではないが、被害者は、入院を余儀なくされ、その後も本件の影響で近隣住民との関係性に支障を来すなどしており、結果も軽視できない。 被告人は、日ごろから職場の人間関係等に悩みを抱え、その不満を母にぶつけて言い合いになるなどしていたところ、犯行当日も職場の同僚から理不尽な態度をとられるなどしてストレスをため込み、酒を飲んで酔った状態で帰宅すると、被害者に自身の不手際を指摘されたことなどから怒りを爆発させて本件犯行に及んだものとうかがわれる。しかし、そのようなストレスをため込んでいたとしても、それを母に転嫁して本件のような危険な犯行に及ぶというのは、余りに短絡的で身勝手と いうほかない。当時の被害者の言動に非があるとはいい難く、飲酒の影響も自身が招いたもので酌むべき余地は乏しい。他方で、殺意は突発的、衝動的に生じたものであって強固なものともいえない上、鑑定の結果によれば、被告人の知的水準は境界域に属しており、衝動的、短絡的に本件犯行に及んでしまったことについては、酌むべき点も認められる。 これらの犯情からすれば、本件は、同種事案(殺人未遂1件、凶器等あり(刃物)、被告人から見た被害者の立場が親、量刑上考慮した前科なし)の中でも中程度の部類に位置付けられ、その量刑傾向からすれば、執行猶予に付することも考えられる事案といえる。その上で、被害者が被告人を許して厳しい処罰を望まない旨供述していること、被告人が被害者に対する謝罪の言葉を述べるなど反省の態度を示していること、前科前歴がないこと、生活面や収入面に関して更生支援計画が策定され、一定程度社会復帰に向 い処罰を望まない旨供述していること、被告人が被害者に対する謝罪の言葉を述べるなど反省の態度を示していること、前科前歴がないこと、生活面や収入面に関して更生支援計画が策定され、一定程度社会復帰に向けた環境の整備が整いつつあることなどの事情も考慮すると、本件については、主文の刑に処した上で、その刑の執行を猶予するのが相当である。なお、本件の経緯、動機や従前の被告人の生活状況等からすると、本件の重大性の認識を深め、被害者との関係の再構築を図るとともに、更生支援計画の実効性を一層高めるためには、公的機関による指導、監督が重要であると認められることから、保護観察に付することとした。 (求刑懲役5年)令和7年9月25日松江地方裁判所刑事部 裁判長裁判官芹澤俊明 裁判官佐藤洋介 裁判官鍵谷蒼空

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