令和2(ワ)2013 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和3年10月29日 名古屋地方裁判所
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判決文本文15,107 文字)

- 1 -令和3年10月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官令和2年(ワ)第2013号損害賠償請求事件口頭弁論終結日令和3年9月8日判決主文 1 被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成29年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1 請求被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成29年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,被告が平成29年5月19日に掲載した新聞記事によって名誉を毀損されたとする原告が,被告に対し,不法行為に基づき,慰謝料300万円及び本件訴訟の弁護士費用30万円の合計330万円及びこれに対する不法行為の日である同日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前 の法。以下に同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により明らかに認められる事実)⑴ 当事者 ア原告は,平成29年5月19日当時,A病院(以下「本件病院」とい - 2 -う。)の呼吸器・アレルギー疾患内科の部長職にあった医師である。 原告は,治験補助会社をして息子の妻に賄賂(7か月分の給与相当額約94万円)を供与させたとの事実により同月18日に第三者供賄罪で起訴され,同月19日当時は休職状態にあった。 イ被告は,日刊新聞の制作,発行及び販売等を目的とする株式会社であり, 与相当額約94万円)を供与させたとの事実により同月18日に第三者供賄罪で起訴され,同月19日当時は休職状態にあった。 イ被告は,日刊新聞の制作,発行及び販売等を目的とする株式会社であり, B新聞を発行している。 B新聞C版の1日当たりの発行部数は約12万部である。 ⑵ B新聞C版に平成29年5月19日の朝刊・社会面に掲載された原告に関する記事(以下「本件記事」という。)の記載内容等(甲1)被告は,「委託料でキャバクラ」,「参事の医師会議費名目で流用」と の見出し(以下「本件記載1」という。)で,以下の記事を掲載した。 アまず,記事の冒頭において,新薬などの治験の補助事業者の選定を巡る贈収賄事件で第三者供賄罪にて起訴された原告が,治験委託料の一部を私的流用していたことが取材により分かったなどと前置きし,本件病院においては治験委託料の半分を病院収入とし,残りを治験を担った診療科に支 給している,平成26年と27年の2年間に原告が部長を務める診療科に合計5000万円が配分されたとした上で,次の記載(以下「本件記載2」という。)があった。 「病院関係者や捜査関係者によると,原告は診療科に配分された委託料を差配する立場にあり,会議費の名目でキャバクラを頻繁に利用したりし て,飲食代などに費やしていたという。」イさらに,本件記載2に続けて,本件病院では医師側に配分された委託料の使途に制限がなく,原告が配分された委託料を何に使ったか把握していないが,本件病院以外の公立病院では一般に医局等に支給された治験委託料は研究費や雑費等に使われ,総務部門が支出を管理しているとして,D 病院におけるそのような支出状況を例示しつつ,飲食代での支出はあり得 - 3 -ないとの同 医局等に支給された治験委託料は研究費や雑費等に使われ,総務部門が支出を管理しているとして,D 病院におけるそのような支出状況を例示しつつ,飲食代での支出はあり得 - 3 -ないとの同病院の担当者の話を紹介した上で,次の記載(以下「本件記載3」という。)があった。 「A病院関係者によると,原告は院内で使う薬を選ぶ権限があり,製薬会社に自身の講演会を企画させ,講演料の見返りに薬の採用を決めたこともあったという。製薬会社と会食し「薬を売りたければ俺のところに言っ てこい」と豪語したともされる。こうした言動をとがめられると「薬は売れる。僕に金が入る。病院の収益も上がる。みんながハッピーだからいいことじゃないか」とうそぶいたという。また,周囲に「僕みたいにうまくやれば,公務員でも年収5000万円以上になる」と吹聴していたとされる。」 ⑶ 治験委託料について本件記事における治験委託料とは,本件病院と製薬会社とが契約主体となり,本件病院が請け負う治験の委託料として,製薬会社が本件病院に支払うものである。 本件病院では,治験委託料の診療科支給分について,あくまでも公費で あることを鑑み,税務上適正な支出に努めるとして,「治験受託料の科支給及び実習謝礼の部署支給の使途について」と題するガイドライン(乙13・5頁。以下「本件ガイドライン」という。)が定められていた。 (甲2,乙13・5頁,原告本人1頁) 2 争点 ⑴ 本件記事が原告の名誉を毀損するものであるか⑵ 公共性及び公益目的の有無,真実性等の有無⑶ 原告の損害及び額 3 争点についての当事者の主張⑴ 争点⑴(本件記事が原告の名誉を毀損するものであるか)について (原告の主張) - 4 - の有無,真実性等の有無⑶ 原告の損害及び額 3 争点についての当事者の主張⑴ 争点⑴(本件記事が原告の名誉を毀損するものであるか)について (原告の主張) - 4 -ア本件記載1及び2は,原告が,医学の研究研修に用いるべき治験委託料でキャバクラに行っていた,同委託料を飲食代などに流用していたという事実を摘示するものである。 かかる記載は,一般人に対し,原告が,医業において不正行為を敢行する不真面目な人格であるという印象,原告が女性関係にだらしなく,不埒 な遊興に興じる人格であるという印象,違法不当な目的に治験委託料を費消したとの印象を与えるものであるから,原告の社会的評価を低下させるものである。 イ本件記載3は,原告が,製薬会社に自身の講演会を企画させ,講演料の見返りに本件病院での薬の採用を決めていた事実,「薬を売りたければ俺 のところに言ってこい」などの発言を行った事実を摘示するものである。 かかる記載は,一般人に対し,原告ががめつい,傲慢であるといった印象,医学的見地から行われるべき薬剤の選定を自身の利益の有無から行う者(医師失格の者)であるとの印象を与えるものであって,社会的評価を低下させるものである。 (被告の主張)本件記載1及び2のうち,キャバクラの点については,飲食店の一つの分野であり,キャバクラに行っているからといって,女性関係にだらしないとか不埒な遊興をしているという印象を与えるものではない。本件記事のその余の記載も原告の名誉を毀損するものではない。 ⑵ 争点⑵(公共性及び公益目的の有無,真実性等の有無)について(被告の主張)ア公共性・公益目的の有無本件記事は,本件記事掲載当時,本件病院の参事かつ医師であり ⑵ 争点⑵(公共性及び公益目的の有無,真実性等の有無)について(被告の主張)ア公共性・公益目的の有無本件記事は,本件記事掲載当時,本件病院の参事かつ医師であり,新薬の治験を巡る第三者供賄罪で逮捕された原告が,治験委託料の一部を飲食 代などに流用していたことを報道したものであり,公共の関心事といえる。 - 5 -上記流用の背景には,本件病院では製薬会社からの治験委託料の半分が担当診療科に分配され,本件病院として分配先の診療科において何にいくら使われたかを把握していないという実態があった。本件記事は,こうした実態にこそ問題があることを読者に伝え,医師による汚職事件の再発を防止し,本件病院のみならず治験のあらゆる分野で見直すべきところを見 直し,より信頼される治験の仕組み作りに資することを目的としていたから,目的の公益性もある。 イ真実性又は真実であると信じたことについての相当な理由の有無 本件記載1及び2について本件記事を執筆したE記者(その証言を引用するときは「証人E」と いう。)は,本件病院で治験に関係している人(以下「本件対象者」という。)を取材した際,原告が,名古屋市a区bc丁目にあったFというキャバクラに頻繁に行っていたこと,キャバクラで接待をする女性に対し,「俺は金を持っている」とか,「愛人契約をしてやる」とかとよく述べていたこと,Fがたまたま休みだと「ふざけるな」といって製薬 会社にお金を工面させて開店させたことがあったこと,深夜2,3時までキャバクラで飲食していたこと,製薬会社の接待交際費が厳しくなり,治験委託の形にシフトしていったことなどの情報を得た。E記者は,原告が逮捕勾留されていたため,原告に対する ったこと,深夜2,3時までキャバクラで飲食していたこと,製薬会社の接待交際費が厳しくなり,治験委託の形にシフトしていったことなどの情報を得た。E記者は,原告が逮捕勾留されていたため,原告に対する直接の取材ができないことから,原告を捜査していたG県警察本部刑事部の幹部や捜査2課の捜査 官に確認をすることにした。そして,E記者は,夜回りの際に,上記捜査官に対し,本件病院の治験委託料の流れについて,治験委託料の半分が原告の診療科に分配されているという事実を告げたところ,よく取材できていると肯定的な反応があった。さらに,E記者が,原告がよくキャバクラに行っているそうですねと尋ねたところ,同捜査官は,そうな んだよと答えた。そして,本件記事が掲載された当日,E記者や同僚記 - 6 -者は,複数の捜査幹部から,「よくここまで書いてくれた。」と記事を肯定する言葉を掛けられた。以上によれば,被告は,本件記載1及び2について,信用性のある人物からの取材によって得た情報を,捜査関係者に確認して真実であることを確かめた上で掲載したものであり,掲載後の捜査幹部の発言からも,真実性が認められるし,真実であると信じ るにつき相当の理由があった。 また,治験委託料に関する本件ガイドラインは,治験委託料のうち,治験を行った医師グループが所属する診療科に分配される部分の全体に及ぶと解するべきである。そうすると,原告は,この診療科に分配された金員のうち7,8割を差配して,自由に使用していたわけであるから, 私的流用があったといえる。また,仮に,原告主張のとおり,本件ガイドラインの適用範囲が診療科の代表口座に入金される残り2,3割の部分にとどまるとしても,本件病院に原告から提出された飲食店の領収証(乙13・6~17頁)は,利 また,仮に,原告主張のとおり,本件ガイドラインの適用範囲が診療科の代表口座に入金される残り2,3割の部分にとどまるとしても,本件病院に原告から提出された飲食店の領収証(乙13・6~17頁)は,利用日を金曜日と土曜日とするものが多く,同じ日に2軒の飲食店の領収証があるなどからすると,領収証の店舗に おいて飲食を伴う勉強会が行われたとは考え難く,原告は,本件ガイドラインに従っていなかったといえる。 よって,原告が治験委託料を私的流用したことを伝えた本件記事は,その重要な部分について真実であるし,被告が原告による私的流用が真実と信じるにつき相当の理由があった。 本件記載3についてE記者は人物である。),原告が本件病院内で薬品の採用を決める立場にあったと聞いたことから,製薬会社との間に不正があったかについて更に尋ねた。すると,本件対象者は,本件病院では自らが行う講演について報酬 の受領が認められていたこと,原告は,本件病院で薬品を採用してほし - 7 -かったら自身の講演会を企画するよう製薬会社に持ち掛け,同講演を自分の実績にし,薬品の採用を決定していたこと,このような行いについて原告を咎めると,原告は,「みんなハッピーだからいいじゃないか。 薬は売れる,僕にも金が入る,病院の収益も上がる。」と発言したことを述べた。 また,E記者が本件対象者に対して本件病院の治験件数が多い理由について尋ねると,本件対象者は,原告が製薬会社に対して治験を原告の下に集めるよう要求しており,製薬会社関係者との宴席で「薬を売りたければ俺のところに治験を持ってこい」と言っていたこと,原告は酒に酔うと,キャバクラで接待を行う女性に対し,「公務員でも,僕みたい にうまくやれば年収5000 会社関係者との宴席で「薬を売りたければ俺のところに治験を持ってこい」と言っていたこと,原告は酒に酔うと,キャバクラで接待を行う女性に対し,「公務員でも,僕みたい にうまくやれば年収5000万円以上はあるんだよ」と自慢していたことを述べた。 以上によれば,本件記載3は,信用することのできる人物からの取材によって得た情報であり,真実性が認められるし,真実であると信じるにつき相当の理由があった。 (原告の主張)ア公共性・公益目的の有無仮に,治験委託料の私的流用があれば,それが公共の関心事になり得ることは争わないが,そのような事実はない。 一般の読者の普通の注意と読み方を基準としてみれば,本件記事の主眼 は,原告が治験委託料を会議費の名目で流用し,キャバクラを頻繁に利用したり飲食代に費やしたりしていたことに置かれているのは明らかである。 本件記事の目的は,本件当時,第三者供賄事件の被疑者の立場にあった原告に対し,金銭に汚いという更なる追い打ちをかけることであったと評価すべきである。 イ真実性又は真実であると信じたことについての相当な理由の有無 - 8 - 本件記載1及び2について製薬会社から本件病院に支払われた治験委託料のうちの半分は病院全体の収入になり,残りの半分は治験を行った医師グループが所属する診療科に分配される。診療科に分配される治験委託料のうちの7割は,原告差配の下で各医師の研究費として給与に上乗せされる形で支給される ところ,その性質が給与である以上,個々の医師がそれをどのように用いようと私的流用と評価することはできない。診療科に分配される治験委託料の残りの3割は,当該診療科の口座で管理されて学会に参加する際の交通費や の性質が給与である以上,個々の医師がそれをどのように用いようと私的流用と評価することはできない。診療科に分配される治験委託料の残りの3割は,当該診療科の口座で管理されて学会に参加する際の交通費や勉強会の講師の接待費等に費消される。この3割の部分については,本件ガイドラインに基づき病院の経理による支出承認を得て 初めて支出が許可される仕組みであるから,私的流用は生じ得ない。よって,原告が治験委託料を私的流用した事実は認められないし,流用したと信じるにつき相当な理由もない。 原告は,治験委託料を原資とするかどうかにかかわらず,キャバクラ利用事実自体を否認するものである。この点を措くとしても,本件対象 者は自らの想像で語っているにすぎず,原告が治験委託料でキャバクラを利用していると明確に述べたわけではない。捜査関係者も原告が治験委託料でキャバクラを利用している事実を認めたわけではないのであるから,原告が治験委託料でキャバクラを利用したとの点は真実とは認められない。また,E記者は,本件対象者から治験委託料がキャバクラに 流用されたかもしれない程度の話を聞いているのみである。被告は,その後に必要な裏付け調査を経ることもなく,漫然と本件記載1及び2を掲載したものであるから,真実であると信じたことは相当でない。 本件記載3について本件記載3が真実であるとする被告の根拠は本件対象者の情報のみで あるところ,本件対象者は,E記者に対し,原告について,パワハラや - 9 -セクハラをたくさんするとか,休みのキャバクラを無理矢理開けさせるなどと面白おかしく誇張した説明をしている。また,本件対象者は,本件病院の主要取引先を誤認していたり,本件病院の治験委託料の使途に関する本件ガイドラインすら知らなかったりす クラを無理矢理開けさせるなどと面白おかしく誇張した説明をしている。また,本件対象者は,本件病院の主要取引先を誤認していたり,本件病院の治験委託料の使途に関する本件ガイドラインすら知らなかったりする。こうしたことからすると,本件対象者は,治験業務と無関係の,本件病院の運営に関与しな い下級職員であって,原告の執務態度に不満を抱えていた者と考えられる。このよう者が製薬会社との会食に同席していたとは考え難く,直接原告の言動を見聞きする機会があったはずはない。そうすると,本件記載3は真実とは言えない。 そして,本件記載3は,上記のような本件対象者の発言を鵜呑みにし, 原告が本件記載3の発言をしたとされる場にいた可能性のある同席者への裏付け取材等は全く行っていないのであって,真実であると信じたことは相当でない。 ⑶ 争点⑶(原告の損害及び額)について(原告の主張) 本件記事は,第三者供賄罪とは無関係の,それもキャバクラにおける私的流用を断定的に報じるものであり,敢えて扇情的な記事を作成した点で悪質である。また,キャバクラ利用を繰り返し強調するものであり,真に公益目的に出たものとは認められず,反真実性も顕著である。その上,全国紙及びネット上に掲載され,少なくとも数百万人の耳目に触れた可能性が高い。こ うした点に加え,原告が治験分野の医師としての実績も豊富な人物であること等の諸事情を考慮すると,本件の慰謝料は300万円を下らない。 そして,本件訴訟提起に当たり,原告は代理人弁護士を選任したところ,訴訟の難易,専門性に照らせば,弁護士費用としては30万円が相当である。 (被告の主張) 原告の主張は争う。 - 10 -本件記事により原告の社会的評価が低 ,訴訟の難易,専門性に照らせば,弁護士費用としては30万円が相当である。 (被告の主張) 原告の主張は争う。 - 10 -本件記事により原告の社会的評価が低下したとしても,それは,原告が第三者供賄罪により起訴されたという事実によるものであって,本件記事によるものではない。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前記前提事実に加え,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ⑴ 本件記事掲載当時の本件病院における治験委託料の扱い本件記事が掲載された平成29年5月19日当時,本件病院が製薬会社から治験を請け負い,その対価として製薬会社から本件病院に対して治験委託 料が支払われると,その半分は病院全体の収入とされ,残りの半分は治験を行った医師グループが所属する診療科に分配されていた。 (前提事実⑶,甲2,乙13,原告本人1,2頁)⑵ 本件記事に関する取材経過ア本件記載1及び2について E記者は,本件対象者を取材した際,原告がキャバクラに頻繁に行っていること,本件病院では治験委託料のうちの半分が担当診療科に分配されること,原告が所属診療科において治験委託料を差配していたこと,製薬会社の接待交際費の扱いが厳しくなったことから治験委託の形にシフトしていったと思われることなどについての話を聞いた。さらに,E記者は, 原告がキャバクラに頻繁に行っていることや,上記治験委託料の流れについて捜査関係者から肯定的な反応を得た。 このようなことから,E記者は,本件対象者及び捜査関係者がキャバクラ等での飲食代金に治験委託料が会議費名目で流用されている旨を明確に述べたわけではないにもかかわらず,治験委託料の一部がキャバクラ等で なことから,E記者は,本件対象者及び捜査関係者がキャバクラ等での飲食代金に治験委託料が会議費名目で流用されている旨を明確に述べたわけではないにもかかわらず,治験委託料の一部がキャバクラ等で の飲食代金に流用されていると理解した。そして,E記者は,こうした点 - 11 -について本件病院や製薬会社への裏付け取材をすることなく,おおむね本件記載1及び2と同内容の記事を執筆した。被告H報道センターG県警グループのキャップ記者及び事件担当デスクは,E記者の原稿に「委託料でキャバクラ」という見出し(本件記載1の一部)をつけるなどして適宜の修正を加え(証人E17,29頁),本件記載1及び2が完成した。 (甲1,乙1,乙2,証人E5~7,24,27~30頁)イ本件記載3についてE記者は,本件対象者から,原告が製薬会社に対して本件病院で薬を採用して欲しければ講演会を企画するよう取引を持ち掛けていたことや,「薬を売りたければ俺のところに言ってこい」と発言していたことを聞い た。また,特定の製薬会社と繋がりを持っていたかは不明であるが,「薬は売れる。僕に金が入る。病院の収益も上がる。みんなハッピーだからいいことじゃないか」と述べていたこと,周囲に「僕みたいにうまくやれば,公務員でも年収5000万円以上になる」と述べていたことなども聞いた。 このようなことから,E記者は,原告が上記言動を行っていたものと理 解した。そして,E記者は,本件対象者に対し,原告の上記発言が,いつ,どこでなされたのかといった点について確認することもなく,また,製薬会社関係者などへ裏付け取材をすることもないまま,おおむね本件記載3と同内容の記事を執筆した。被告H報道センターG県警グループのキャップ記者及び事件担当デスクは,E記者の原稿に ともなく,また,製薬会社関係者などへ裏付け取材をすることもないまま,おおむね本件記載3と同内容の記事を執筆した。被告H報道センターG県警グループのキャップ記者及び事件担当デスクは,E記者の原稿に適宜の修正を加え,本件記 載3が完成した。 (甲1,乙1,乙2,証人E15,16,27頁) 2 争点⑴(本件記事が原告の名誉を毀損するものであるか)についてある表現における事実の摘示が人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,当該表現についての一般的な読者の普通の注意と読み方とを基準とし てその意味内容を解釈し,判断すべきものである(最高裁昭和29年(オ)第 - 12 -634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁等参照)。 本件記事のうちの本件記載1及び2は,その記載の意味内容を一般の読者の普通の注意と読み方を基準として解釈すると,原告が,診療科に分配される治験委託料を差配する立場にあることを利用してこれをキャバクラでの飲食等に 私的に費消したとの事実を摘示するものと解される。本件記載3は,上記同様の解釈によると,原告が,本件病院内で使用する薬を選ぶ権限があることを利用して製薬会社に自身の講演会を企画させ,その講演料を原告個人の収入とすることにより年収5000万円以上を得ており,そのような収入の取得方法について罪悪感を覚えていなかった事実,原告が講演料の見返りに薬剤の採用を 決めたこともあった事実を摘示するものと解される。そうすると,本件記載1から3までは,一般人に対し,原告が本件病院における立場を悪用し,原告個人の収入やキャバクラでの遊興といったことに執着し,公私混同する人物であるとの印象を与え,原告の品性や信用等に対する社会からの評価を低下させるものである。そして,本件記 における立場を悪用し,原告個人の収入やキャバクラでの遊興といったことに執着し,公私混同する人物であるとの印象を与え,原告の品性や信用等に対する社会からの評価を低下させるものである。そして,本件記載1から3までは,第三者供賄罪に係る被疑事実 には含まれない治験委託料の私的流用に関する問題を取り上げるものであるから,原告が第三者供賄罪で逮捕されていた事実が読者に認識されていたこと(乙5)を前提としても,本件記事により原告の社会的評価が低下したとの判断が左右されるものではない。 よって,被告が本件記事を掲載した行為は,原告の名誉を毀損するものとい える。 3 争点⑵(公共性及び公益目的の有無,真実性等の有無)について⑴ 公共性・公益目的の有無本件記事は,その前後の文脈も踏まえると,公立病院たる本件病院に勤務する公務員であり医師である原告の資質に疑問があることを取り上げる点な どに主眼があると認められる。そうすると,当該事柄は,多数人の社会的利 - 13 -害に関する事実で,その事実に関心を寄せることが社会的に正当と認められるものとして公共の利害に関する事実ということができ,また,その公表目的は専ら公益を図ることにあったと認められる。 これに対し,原告は,被告が,当時第三者供賄事件の被疑者の立場にあった原告に対し,金銭に汚いという更なる追い打ちをかける目的で本件記事を 公表したものであると主張するが,本件記事全体の記載内容や表現等に照らし,そのような目的があったとは認められない。原告の同主張は採用することができない。 ⑵ 真実性の有無及び真実であると信じるにつき相当の理由の有無ア本件記載1及び2について 被告は,本件記事は,信用することができる人 は採用することができない。 ⑵ 真実性の有無及び真実であると信じるにつき相当の理由の有無ア本件記載1及び2について 被告は,本件記事は,信用することができる人物からの取材によって得た情報に基づくものであるから,真実性が認められるし,真実であると信じるにつき相当の理由があると主張する。特に本件記載1及び2については,捜査関係者に引き当てて真実であることを確かめた上で掲載したものであり,掲載後の捜査幹部の肯定的な発言からも真実性が認め られるし,真実であると信じるにつき相当の理由があると主張する。 しかし,原告によって治験委託料がキャバクラなどでの飲食代金に私的に流用されていたとの事実については,そもそもその旨を本件対象者又は捜査関係者が明確に述べていたものではない(認定事実⑵ア)。これは飽くまでE記者が取材から得た情報を基に推測ないし理解した内容 にすぎない。この点,E記者は,本件対象者から,①原告がキャバクラに頻繁に行っていること,②本件病院では治験委託料のうちの半分が担当診療科に分配されること,③原告が所属診療科に分配される治験委託料を差配していたこと,④製薬会社の接待交際費の扱いが厳しくなったことから治験委託の形式にシフトしていったことなどについての話を聞 き,さらに①②について捜査関係者から肯定的な反応を得たことから, - 14 -本件記載1及び2の事実があると理解したと供述する(証人E5,6頁)。しかし,本件病院における原告の地位等からして,原告には治験委託料について不正な取扱いをせずとも相当高額の収入があったと推察され,その収入を使えばキャバクラなどで飲食することも可能であったと考えられることなどからすると,E記者において本件対象者から聞い た話を信用 不正な取扱いをせずとも相当高額の収入があったと推察され,その収入を使えばキャバクラなどで飲食することも可能であったと考えられることなどからすると,E記者において本件対象者から聞い た話を信用することができると考えたとしても,上記①ないし④の話から原告が治験委託料を不正に流用してキャバクラ等を利用していた事実があったとまで推測するのは早計といわざるを得ない。 そして,E記者は,本件記載1及び2が推測によるものにすぎないにもかかわらず,原告が会議費名目で治験委託料を流用したことが真実で あるか否かについて,本件病院や製薬会社への取材等の裏付け調査を行っていない(認定事実⑵ア)。本件記事掲載後に捜査幹部から肯定的な発言を受けたからといって,そのことのみをもって,本件記事が事実に即したものと認めることもできない。なお,こうした判断は,本件対象者の特定がなされているかどうかに関わるものではない。 また,被告は,本件ガイドラインが治験委託料のうち担当診療科に分配される部分(本件病院に支払われる治験委託料の半分)全体について適用されると解すべきであり,そうすると,原告がその所属する診療科の分配分の7,8割を自由に差配していた以上,治験委託料を流用したとの記載について真実性が認められると主張する。これに対し,原告は, 所属診療科に分配された部分のうちの7,8割は,治験の実施件数や貢献度等を考慮した各医師に対する分配額のリストを原告が作成し,本件病院の事務局がこのリストに基づき各医師の個人口座へ研究費名目で振り込みを行っていて,その実質は給与であるから,本件ガイドラインの適用があるのは,診療科の代表口座に入金される残りの3割の部分に限 られる旨主張し,同旨の供述等をする(甲2,原告本人1~4,22~ - て,その実質は給与であるから,本件ガイドラインの適用があるのは,診療科の代表口座に入金される残りの3割の部分に限 られる旨主張し,同旨の供述等をする(甲2,原告本人1~4,22~ - 15 -24頁)。 そこで検討するに,本件全証拠を精査しても,治験委託料が,本件病院から各医師の個人口座へ振り込まれている事実を直接基礎づける客観的な証拠はない。しかし,被告代理人が本件病院に対し,弁護士会照会を通じて,本件当時,本件「病院では,製薬会社から支払われた治験委 託料の半分を担当科に分配していましたか。」と質問したのに対し,本件病院からは,「治験委託料の半分を担当科又は治験担当医師に分配しておりました。」との回答がなされている。このように,本件病院から治験担当医師宛てに直接治験委託料が分配されていたとの回答が得られている以上,本件当時,製薬会社から本件病院に支払われる治験委託料 の半分のうちのいくらかが,治験を担当した医師に分配されていた可能性も否定することができない。そうすると,治験に参加する医師の労力等に見合うように分配が行われていたとする原告供述も直ちに排斥することはできない。 さらに,被告は,本件ガイドラインが適用されることに争いのない診 療科の代表口座入金分(診療科に分配される金員の2,3割に当たるもの)についても,領収証(乙13・6~17頁)を確認すると,週末の利用が多く,同じ日に2軒の飲食店の利用も認められるから,これについても本件ガイドラインに反した私的流用であるとも主張する。 しかし,週末の利用や同じ日に2軒の利用があるからといって,週末 に講演会等が開催されたり,原告が供述するような飲食店における勉強会の開催がされたりすることがあり得ないとまでいうことはできないから,上記のよう や同じ日に2軒の利用があるからといって,週末 に講演会等が開催されたり,原告が供述するような飲食店における勉強会の開催がされたりすることがあり得ないとまでいうことはできないから,上記のような領収証が存在するからといって直ちに原告によって治験委託料の私的流用がされていたと断定することはできない。むしろ,そのような領収証であっても本件病院に提出され承認されていたことは, 原告が本件ガイドラインに則った治験委託料の支出に関する取扱いをし - 16 -ていたことをうかがわせるともいえる。 なお,本件ガイドライン及び上記領収証は,本件訴えが提起された後に弁護士会照会に対して本件病院から開示されたものであるから,これらの内容ないしその理解の在り方は,本件記載1及び2の内容が真実であると信じるにつき相当の理由があったことを基礎づける根拠とはなり 得ない。また,E記者が,本件当時に他の公立病院における治験委託料の取扱いについて取材していたとしても(乙1,証人E3,4頁),本件病院におけるガイドラインの適用や原告の流用の有無とは直接関係しないから,本件記載1及び2の内容が真実であると信じるにつき相当の理由があったことを基礎づける根拠とはなり得ない。 以上のとおり,本件記載1及び2は,十分な裏付け調査を経ないままに記載されたものといわざるを得ないから,真実であることの証明があったとはいえないし,被告が真実であると信じたことにつき相当な理由があったともいえない。 イ本件記載3について 被告は,本件記載3についても,信用することができる人物からの取材によって得た情報であり,真実性が認められるし,真実であると信じるにつき相当の理由があったと主張する。 しかし,本件対象者は,原告が製薬会社に指示して,営業 ても,信用することができる人物からの取材によって得た情報であり,真実性が認められるし,真実であると信じるにつき相当の理由があったと主張する。 しかし,本件対象者は,原告が製薬会社に指示して,営業時間外のキャバクラを無理やり開けさせたなどとにわかには信じがたいエピソードを述 べたり,原告のことをパワハラやセクハラをたくさんする人と述べたりしている(乙1,乙2,証人E26頁)。こうした発言内容からすると,本件対象者が原告に対して悪感情を持っていた可能性を否定し難い。そうすると,本件対象者の取材で得た情報についてはその信ぴょう性を慎重に検討すべきであったといえる。それにもかかわらず,E記者は,本件対象者 に対し,原告の発言を聞いた具体的な日時,場所といった,本件対象者の - 17 -発言の真偽を確かめるための質問をしなかったばかりか,製薬会社関係者の取材等の裏付け調査を全く行わないまま,本件対象者の発言を踏まえて本件記載3の初稿を作成し,これが適宜の修正を経て本件記載3として完成されたものである(認定事実⑵イ)。このような取材及び本件記載3の作成経緯に照らすと,E記者が述べる取材状況等(認定事実⑵イ)を考慮 しても,本件記載3に係る事実を真実と認めることはできないし,被告がこれを真実であると信じたことにつき相当な理由があったともいえない。 ウ以上のとおり,本件記載1ないし3の真実性は認められず,被告が真実であると信じたことにつき相当な理由があったとも認められない。 4 争点⑶(原告の損害及び額)について ⑴ 既に述べたところからすれば,被告は,本件記事の掲載によって原告の名誉を毀損したものであり,当該行為につき,不法行為責任を負うものというべきである。 そして,本件記事は,いわゆる五大紙 ⑴ 既に述べたところからすれば,被告は,本件記事の掲載によって原告の名誉を毀損したものであり,当該行為につき,不法行為責任を負うものというべきである。 そして,本件記事は,いわゆる五大紙の一つであるB新聞のC版に掲載されたもので,1日当たりの発行部数は約12万部であり(前提事実⑴イ), その影響は大きいものであったと考えられる。本件記事に摘示された事実は,原告が,治験委託料を不正に流用してキャバクラ等での飲食代金に使っており,また,自らの私利私欲のために,公立病院たる本件病院で採用される薬の種類を決定していたというものであって,原告の医師としての資質や人格に対する社会的評価を低下させる程度は大きいものといわざるを得ない。も っとも,本件記事が掲載されたのはC版であって,全国版に比べるとその範囲は限定的であること,原告は,本件記事掲載の前日に第三者供賄罪で起訴されており(前提事実⑴ア),これによる社会的評価の低下も既に生じていたと推認されること,その他,本件に顕れた一切の事情を総合して勘案すると,被告が本件記事を掲載したことにより原告が被った精神的苦痛を慰謝す るための金額としては,100万円をもって相当と認める。 - 18 -⑵ 原告は,本件訴訟を追行するために弁護士に委任しているところ,弁護士費用のうち被告による上記不法行為と相当因果関係を有する損害は,10万円と認めるのが相当である。 5 結論よって,原告の本件請求は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として, 110万円及び本件不法行為日である平成29年5月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文 為日である平成29年5月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部 裁判長裁判官岩井直幸 裁判官川勝庸史 裁判官築山健一

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