平成11(ワ)669 損害賠償請求事件(医療事件)

裁判年月日・裁判所
平成15年10月30日 名古屋地方裁判所
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判決文本文38,007 文字)

主文 1 被告は,原告に対し,350万円及びこれに対する平成7年8月11日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを37分し,その36を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が200万円の担保を供するときは,この仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 原告(1) 被告は,原告に対し,1億2978万1447円及びこれに対する平成7年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 (3) 仮執行宣言 2 被告(1) 原告の請求を棄却する。 (2) 訴訟費用は原告の負担とする。 (3) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言第2 事案の概要本件は,原告が,被告の開設する飯田市立病院高松分院(本件当時は飯田市立高松病院。以下「被告病院」という。)において第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術を受けた後,原告に体幹の機能障害及び両下肢機能の著しい障害が発生したことについて,被告病院の担当医師らには上記手術の際の手技上の過失,同手術の適応に関する判断を誤った過失又は同手術に関する説明義務を怠った過失があるなどと主張して,被告に対し,不法行為責任又は診療契約の債務不履行責任に基づく損害賠償として,1億2978万1447円及びこれに対する上記障害の症状固定日の後である平成7年8月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求めた事案である。 1 前提となる事実当事者間に争いのない事実のほか,摘示した各証拠及び弁論の全趣旨によると以下のとおり認めることができる。 (1) 原告は,平成5年9月ころから頸部,左肩 の支払を求めた事案である。 1 前提となる事実当事者間に争いのない事実のほか,摘示した各証拠及び弁論の全趣旨によると以下のとおり認めることができる。 (1) 原告は,平成5年9月ころから頸部,左肩及び左上腕部に疼痛及びしびれを感じるようになり,飯田市立病院本院(以下「飯田市立病院」という。)などを受診し,MRI検査を受けたところ,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアと診断され,マッサージ療法等が行われたものの十分な効果は得られなかった(甲16号証)。 (2) 平成6年2月16日,原告は,後頸部痛,左上肢の脱力及びしびれ感を訴えて被告病院の整形外科を訪れ,同科のA医師の診察を受けたところ,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに加えて胸郭出口症候群も合併しているものと診断された。以後,A医師が原告の主治医となった。 平成6年2月18日から同年6月2日まで,被告病院の整形外科外来において,原告に対し,頸椎の牽引療法,低周波の電気刺激を与えるなどの物理療法,肩甲帯と上肢の運動療法,消炎鎮痛剤投与などの薬物療法,左肩吊上げ装具による装具療法などの保存的治療が実施されたが,十分な効果は得られなかった。 (3) 平成6年6月9日,原告は,安静及び持続牽引目的で被告病院に入院した。入院時の原告の主訴は,左上肢のしびれ及び疼痛であり,入院中,頸椎持続牽引療法や左第5,第6頸神経根に対する神経根ブロックなどの保存的治療が行われたが,しびれ及び疼痛に対する効果は一時的であった。同年8月1日,原告は退院した。 なお,痛覚伝導路の遮断,疼痛の悪循環の遮断,交感神経機能の遮断,疼痛発生の予防,運動神経の遮断,疼痛の原因又は部位の診断を目的として,脳脊髄神経,脳脊髄神経節又は交感神経節及びそれらを形成する神経叢に向かってブロック針を刺入し,直接又はその近傍に局所麻酔薬又は神経破壊薬を注 ,運動神経の遮断,疼痛の原因又は部位の診断を目的として,脳脊髄神経,脳脊髄神経節又は交感神経節及びそれらを形成する神経叢に向かってブロック針を刺入し,直接又はその近傍に局所麻酔薬又は神経破壊薬を注入して神経の伝達機能を一時的又は永久的に遮断する方法を神経ブロックといい,神経根ブロックは,脊髄神経ブロックのうちの知覚神経ブロックの一種をいう。 (4) 平成6年8月24日,飯田市立病院において,原告に対するMRI検査が実施され,その結果,原告は第5,第6頸椎椎間板ヘルニアと診断された(甲10号証)。その後も,原告は被告病院の整形外科外来で神経根ブロックなどの治療を受けたものの,症状の著明な改善は得られなかった。A医師は,原告及びその夫に対して,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに対する手術を行うか,このまま我慢して保存的治療を続けながら生活するか決めるように話をした。原告は,左上肢のしびれ及び疼痛などで主婦業がほとんどできない状態であったため,徐々に手術を受ける意思を固め,再入院した上で手術を受けることとした。 (5) 平成7年1月11日,原告は被告病院に手術目的で入院した。 A医師は,原告及び夫に対し,改めて,今回の手術は頸椎の手術としては典型的な手術であり侵襲は最低限のものであること,左上肢の症状が術前より悪くなることはまずないことなどを説明した。 平成7年1月17日午後2時20分から午後6時40分まで,A医師を術者として,原告の第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術(脊髄,神経根の圧迫を取り除き,椎体固定により動的要因を除去することで症状の緩解を目的とした手術法。甲13号証。以下,原告の第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術を「本件手術」という。)が実施された。 本件手術以後,原告には,頸部創痛,腰痛,左肩痛,左前腕痛な 緩解を目的とした手術法。甲13号証。以下,原告の第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術を「本件手術」という。)が実施された。 本件手術以後,原告には,頸部創痛,腰痛,左肩痛,左前腕痛などが認められたが,平成7年1月27日以降,左肩から左上肢にかけての疼痛の出現は不定期となった。同年2月1日,A医師は原告に介助の上で立位をとらせようとしたが,原告は立つことができなかった。同月6日,リハビリテーション(以下「リハビリ」という。)が開始され,同月9日にはレントゲン検査で移植骨が動いていないことが確認されたが,同月18日,原告は,左上下肢全体がだるいと訴え,同月21日には左下肢がだるくて歩くとき前に出ないこと及び左上肢全体がだるくて装具の脱着が1人では出来ないことを,同月24日には左膝がしびれているようであることをそれぞれ訴えた。平成7年3月2日,飯田市立病院で原告に対するMRI検査が実施されたが,画像上,血腫は認められず,移植骨が動いたり,後方に脱転するなどの所見も認められなかった。 (6) 平成7年8月11日,A医師は原告に対し,障害名を体幹の機能障害及び両下肢機能の著しい障害,障害の固定時を平成7年7月などとする「身体障害者診断書・意見書(肢体不自由用)」(甲3号証。以下「本件診断書」という。)を作成,発行し,同月28日には長野県から原告に対して身体障害者手帳(第1種2級)が交付された。 (7) 平成7年12月28日,原告は被告病院を退院した。その後,原告は,平成8年1月4日から同年12月27日までの間及び平成9年1月6日から平成12年3月31日までの間,リハビリ目的で被告病院に入院し,同年4月1日以降は被告病院で通院治療を継続している(原告本人)。 原告は現在,両手支持による短時間の立位は可能であるが歩行はできず,移動は屋 2年3月31日までの間,リハビリ目的で被告病院に入院し,同年4月1日以降は被告病院で通院治療を継続している(原告本人)。 原告は現在,両手支持による短時間の立位は可能であるが歩行はできず,移動は屋内外ともに車椅子を使用している状態である。 (8) 頸椎の構造及び頸椎椎間板ヘルニア頸椎は7個の椎骨により構成され,椎体と椎体の間は,線維軟骨である椎間板により連結され,椎体の前面には前縦靭帯が,後面には後縦靭帯がそれぞれ密着している。椎間板は,中心に髄核が存在し,その周りをコラーゲン線維束が円周状に層状構造を作って線維輪を形成している。頸椎椎間板ヘルニアとは,頸椎椎間板組織が変性などにより後方線維輪を破って後方又は後側方に脱出し,脊髄や神経根を圧迫して脊髄症,神経根症を引き起こす疾患をいう。治療は,初期にはまず安静,牽引などの保存的治療が行われるが,症状が持続する場合は手術療法が適応となる。頸椎と脊髄髄節との間には,1ないし1.5レベルの高位差があるため,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアにより圧迫される神経根は第6頸神経根となる。 (9) 胸郭出口症候群について胸郭出口症候群とは,第1肋骨,鎖骨,斜角筋などによって構成される胸郭の出口を通る神経,血管が圧迫されるために起こる症候群をいい,圧迫を受ける場所により,頸肋症候群,斜角筋症候群,肋鎖症候群,第1肋骨症候群などに分けられる。 症状としては,頸から指先,前胸部,肩甲帯,後頭部にかけての疼痛やしびれなどのほか,手指の知覚異常,冷感及び腫脹,偏頭痛など複雑,多彩な症状が現れる。 治療は主として保存的治療が行われるが,効果がない場合には手術療法の適応となる(甲18号証)。 2 争点(1) 本件手術の手技上の過失の有無及び因果関係(原告の主張)ア前方除圧固定術は,術野に重要臓器が存在するため,いわ われるが,効果がない場合には手術療法の適応となる(甲18号証)。 2 争点(1) 本件手術の手技上の過失の有無及び因果関係(原告の主張)ア前方除圧固定術は,術野に重要臓器が存在するため,いわゆる後方法に比較して合併症が多発する傾向がみられる。脊髄及び神経根障害は,前方除圧固定術の合併症の1つであるが,手術操作を注意深く行えば脊髄及び神経根の損傷を避けることは十分可能であるから,最大の注意を払ってこれらの損傷を防止すべきであるとされている。したがって,A医師には,本件手術において椎体をエアドリルで切除するに際し,脊髄等の損傷を防止すべく可及的に愛護的に行うべき注意義務があった。 イ原告は,本件手術前には,下肢の筋力等について全く問題はなく,麻痺等は見られなかったのに,本件手術の麻酔覚醒直後から四肢の自動運動ができず,左下肢等に運動麻痺が生じている。原告の左半身の運動麻痺の原因として考えられるものは本件手術以外になく,被告病院の担当医師作成の本件診断書には,「第6頚椎レベルでの頚髄損傷によるものと思われる。」との記載がある。また,前方除圧固定術の通常の手術時間は1時間30分程度であるところ,本件手術には4時間20分も要しており,加えて,起訴前の証拠保全の検証手続においては手術記録(乙1号証)の提出がなかったから,術中に何らかのトラブルが生じたものと考えられる。 なお,被告は,本件手術後に四肢の自動運動を確認した旨主張するが,本件手術後における四肢の自動運動は重要な所見であって正常な所見でも当然カルテに記載されるべきであるから,カルテに四肢の自動運動についての記載がないのはその確認を行っていなかったためであると推測される。また,原告は本件手術後,床上安静の状態であったため,四肢の自動運動ができないことをすぐに認識できなかったものであ 自動運動についての記載がないのはその確認を行っていなかったためであると推測される。また,原告は本件手術後,床上安静の状態であったため,四肢の自動運動ができないことをすぐに認識できなかったものであり,平成7年2月1日以降,端坐位,立位の練習を行うようになって初めて左下肢の異常を自覚し,左下肢の症状が顕在化したものである。 ウ以上によれば,A医師は,前記アの注意義務に反して,本件手術に際し,①第5,第6頸椎の椎間板を摘出する時,②第5,第6頸椎間の上下の椎体を削り,その間に腸骨を移植する時,③第5,第6頸椎を固定する時のいずれかにおいて,エアドリルから目を離し,又は,左手の支持のない操作,若しくは骨面に対して垂直ではない当て方をするなどエアドリルを乱暴に操作した手技上の過失により,原告の第5,第6頸椎レベルでの脊髄に損傷を与えたと解すべきである。 エ因果関係本件手術後に左下肢等の麻痺が生じているのであるから,手術の際の手技上の過失により第6頸椎レベルの頸髄損傷が生じ,よって原告の体幹及び両下肢に著しい機能障害が生じたものと考えられる。 (被告の主張)A医師は,本件手術を可及的に愛護的に進めており,術中にエアドリルの操作ミスで頸髄を損傷した事実はない。 ア手術簿,術中の看護記録及び術後のカルテのいずれにも,本件手術中に何らかの事故が発生したことを示す記載は見当たらず,本件手術時の麻酔記録によれば,術中の原告の血圧及び心拍数はいずれも非常に安定しているから,本件手術は極めて順調に経過したというべきである。 なお,本件手術時間が長くなったのは,A医師が助手に任せることなく自ら慎重な操作を積み重ねて手術を行ったためであり,慎重に操作を進めればこの程度の時間になることは十分あり得る。 イ本件手術後,原告には脊髄損傷の所見が認められていない。 師が助手に任せることなく自ら慎重な操作を積み重ねて手術を行ったためであり,慎重に操作を進めればこの程度の時間になることは十分あり得る。 イ本件手術後,原告には脊髄損傷の所見が認められていない。 (ア) 術後の頸椎レントゲン写真及びMRI検査においては,完全に除圧固定が達成されていることが認められ,脊髄損傷の所見は認められない。 (イ) 第5,第6頸椎のあたりを手術部位とする手術操作によって,原告のような左下肢のみの著明な麻痺が出現することは神経学的に説明できない。エアドリルの操作により第5,第6頚神経根を巻き込んだとすれば,上肢に極めて重大な症状が現れるはずであるが,本件ではそのような症状は現れていない。 (ウ) 手術操作により脊髄損傷を来したのであれば,麻酔覚醒後,すぐに損傷部位の感覚麻痺や運動麻痺等の症状が現れ,術後1日から2日までの間に脊髄損傷を示す明らかな症状が出現するはずであるが,A医師は,麻酔覚醒後に原告の四肢の自動運動を確認しており,また,本件手術直後ないし術後1,2日までの時点において,脊髄損傷を示す症状は全く現れていない。 四肢の自動運動ができない状態でありながら,立位になるまでそのような状態であることについて患者自身が気付かないということはあり得ず,また,平成7年2月1日に立位ができなかったのはめまいのために重心がうまく取れなかったからにすぎない。 (エ) 手術操作により脊髄が損傷されたのであれば,通常は病的反射が認められるが,本件では認められていない。 ウなお,本件診断書は,原告が身体障害者であることの認定のために作成されたものであり,その記載に事実が反映されているものではない。 エ因果関係手術部位である第5,第6頸椎と左下肢のみの著明な麻痺とを神経学的に説明することはできず,手術操作と原告の後遺障害との間に相当 ものであり,その記載に事実が反映されているものではない。 エ因果関係手術部位である第5,第6頸椎と左下肢のみの著明な麻痺とを神経学的に説明することはできず,手術操作と原告の後遺障害との間に相当因果関係を認めることはできない。 (2) 前方除圧固定術の手術適応に関する判断を誤った注意義務違反の有無及び因果関係(原告の主張)ア頸椎変性疾患に対する手術の適応を判断する際の注意義務頸椎椎間板ヘルニアと胸郭出口症候群とでは病態が異なり,手術療法が採られる場合であっても術式が全く異なる。したがって,上記のいずれも疑われる場合には,担当医師は,術前に神経学的所見,冠名テスト及び画像診断を駆使して病名を正確に診断し,手術適応を慎重に判断すべき注意義務を負う。 イ原告の病態についてA医師は,原告の病態について胸郭出口症候群及び頸椎椎間板ヘルニアを考慮していたところ,第5,第6頸神経根に対する神経根ブロックの所見,平成6年8月24日に施行したMRI検査の所見及び同年10月11日の電気生理検査所見から,頸椎椎間板ヘルニアと診断し,前方除圧固定術の手術適応があると判断したものと考えられる。 しかし,原告にみられた第5頸神経根領域である左肩から第6ないし第8頸神経根領域である左上肢全体にかけての広範囲な症状の出現は,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアによる第6単一頸神経根の障害では説明できない。また,神経根ブロックでは,第5頸神経根や第7,第8神経根領域に再現性や治療効果がある一方,第6神経根ブロックは効果がなく,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアによる第6単一神経根障害とは矛盾する。他方,胸郭出口症候群に関するライト・テスト(胸郭出口症候群の診断のためのテスト。座位で両肩関節を外転90度,外旋90度,肘90度屈曲位をとらせ,橈骨動脈の脈拍の減弱の有無をみるも 障害とは矛盾する。他方,胸郭出口症候群に関するライト・テスト(胸郭出口症候群の診断のためのテスト。座位で両肩関節を外転90度,外旋90度,肘90度屈曲位をとらせ,橈骨動脈の脈拍の減弱の有無をみるもの。)等の各種診断テストの結果ではいずれも左側に陽性所見がみられ,胸郭出口症候群のための肩甲帯吊り上げ装具が効果を示しており,術前の症状及び所見としてはむしろ胸郭出口症候群によるものが優位に出現していた。したがって,本件において第1に考慮されるべきは胸郭出口症候群であった。 また,仮に,前方除圧固定術を施行するのであれば,椎間板ヘルニアについての更に詳細な神経学的所見を取る必要があるところ,A医師は神経学的所見を平成6年12月20日に取っただけであり,しかもその所見においても神経根障害を示す所見は認められていない。なお,同年8月24日にMRI検査が実施されており,これによれば第5,第6頸椎間に頸髄の圧迫所見が認められるが,当時のMRI画像は鮮明さを欠くものであり,MRI検査単独では詳細な情報を得るには不十分である。 ウ本件手術の医学的適応について上記のように,本件では,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアと診断できる臨床所見及び検査所見はなく,胸郭出口症候群が優位であるとの所見がみられたのであるから,原告に対して前方除圧固定術を行っても,その治療効果は左上肢の限定された症状の改善にとどまり,胸郭出口症候群に起因する広汎な知覚異常等の症状は改善しない。したがって,本件手術を行う医学的適応はなかったというべきである。 エ本件手術の社会的適応について手術を行う場合,患者の精神状況,職業環境,家庭環境及び社会環境が手術により改善するか否か,又は患者が手術に耐え得るか否かという社会的適応についても十分に考慮しなければならない。 本件の場合,術前の原告の訴 う場合,患者の精神状況,職業環境,家庭環境及び社会環境が手術により改善するか否か,又は患者が手術に耐え得るか否かという社会的適応についても十分に考慮しなければならない。 本件の場合,術前の原告の訴えが多彩であること,身体所見及び神経根ブロック所見では神経学的矛盾が多いこと及び原告が術前から本件手術に関して消極的であったことなどによれば,原告には術前から精神心理的問題が存在していたと考えられるから,本件手術は,原告の精神状況等の社会的適応についての配慮が欠けたまま実施されたというべきである。 オ A医師の注意義務違反以上のとおり,本件手術は医学的適応がなかったというべきであり,加えて,社会的適応についての配慮が欠けたまま実施されたものであるから,A医師には,本件手術の適応の有無について慎重に検討しないまま漫然と本件手術を実施した注意義務違反があるというべきである。 カ因果関係A医師が上記注意義務に違反して本件手術を断行した結果,原告は精神面の変動が大きくなり,さらに,被告病院において原告の精神的問題に適切な対応が行われなかったため,精神的心理的要因によって下肢機能障害が発症し固定した。原告は,本件手術を受けるまでは左上肢の症状の訴えのみで,体幹及び両下肢に関する訴えは皆無であったから,A医師の上記注意義務違反と原告の後遺障害との間に因果関係があることは明らかである。 (被告の主張)ア本件手術の医学的適応について手術の医学的適応とは,手術によって患者の症状が改善するか否か,又はどの程度改善するかということ,つまり,手術の意義及び有効性である。 本件の場合,原告は,被告病院を受診する前に飯田市立病院において既に第5,第6頸椎椎間板ヘルニアを指摘されており,同病院における平成6年8月24日のMRI検査でも,第5,第6頸椎椎間板の左側にヘ 。 本件の場合,原告は,被告病院を受診する前に飯田市立病院において既に第5,第6頸椎椎間板ヘルニアを指摘されており,同病院における平成6年8月24日のMRI検査でも,第5,第6頸椎椎間板の左側にヘルニアを疑わせる所見が認められているから,頸椎椎間板ヘルニアを考えるのが適当であり,本件のように保存的治療を継続しても著明な効果を得られない場合には前方除圧固定術等の手術の適応となる。確かに,本件においては,左第5,第6頸椎椎間板ヘルニアによる左第6頸神経根の圧迫のみでは説明のつかない症状もあり,胸郭出口症候群の可能性も考慮されたが,信州大学医学部附属病院整形外科のB医師は原告について頸椎椎間板ヘルニアが主病変との診断をしている。 したがって,本件における医学的適応としては,「手術をすれば症状の改善が期待できるが,必ず改善するというわけでもない。」というものであり,本件手術を行う医学的必要性があることは明らかである。 イ社会的適応について原告は,平成5年ころから外来通院をし始め,その後入院治療まで受けたにもかかわらず,この間の保存的治療は奏功せず,疼痛及びしびれのために通常の半分以下程度の主婦業しかできない状況が継続しており,A医師は何としてもこの状況を解決しようと考えていたのであるから,社会的適応は十分あったというべきである。 なお,手術前に患者本人に様々な葛藤が生じることはむしろ当然であり,これをもって,手術の社会的適応がないということはできない。 ウ以上のとおり,本件手術には医学的適応も社会的適応もあることは明らかであるから,A医師に注意義務違反はない。 エ原告の現症の原因が本件手術にあるとの医学的証明はない。仮に,本件手術に原因があったとしても,本件手術によって本件のような後遺障害が発症することは通常予見できない。したがって,本件の 反はない。 エ原告の現症の原因が本件手術にあるとの医学的証明はない。仮に,本件手術に原因があったとしても,本件手術によって本件のような後遺障害が発症することは通常予見できない。したがって,本件の後遺障害は本件手術によって通常生ずべき損害ということはできず,両者の間に相当因果関係を認めることはできない。 (3) 本件手術に関する説明義務違反の有無及び因果関係(原告の主張)ア説明義務について一般に,医師が患者に対して侵襲を伴う医療行為を行う場合,患者の自己決定権を保障するため,当該医療行為を行う前に,その内容及び目的を説明して患者の同意を得なければならないとされている。この際の説明の内容としては,①患者の病名及び病状,②実施しようとする医療行為の内容,目的及び必要性,③医療行為に要する期間,④医療行為に伴う危険,副作用及び予後,⑤代替可能な他の医療行為,⑥それらの医療行為を実施しない場合の予後などが挙げられるが,当該医療行為の危険性が高ければ高いほど説明の範囲は広くなり,また,当該医療行為の必要性が低ければ低いほど説明の必要性は大きくなる。 イ本件における説明義務の内容前方除圧固定術は,多くの合併症があり,手術中に脊髄に不可逆的な侵襲を加える危険性が高く,術前に比してむしろ症状を悪化させるおそれがある。頸椎椎間板ヘルニアの場合,前方除圧固定術以外にも保存的治療を行いながら経過観察をするという方法もあるから,患者の自己決定権がより尊重される分野の手術である。また,手術適応の有無及び症状改善の見込みは手術を受けるか否かを判断するために極めて重要な情報であり,原告のように手術適応に問題のある症例の場合は,医師の裁量権に比べ患者の自己決定権がより尊重されるべきである。したがって,A医師らには,原告に対し,前方除圧固定術の内容,目的及び必要 要な情報であり,原告のように手術適応に問題のある症例の場合は,医師の裁量権に比べ患者の自己決定権がより尊重されるべきである。したがって,A医師らには,原告に対し,前方除圧固定術の内容,目的及び必要性並びに前方除圧固定術に伴う危険性について説明するとともに,前方除圧固定術を施行する医学的必要性が低いことを前提として,治療効果が左上肢の症状の改善にとどまること等本件手術の意義及び有効性を十分説明すべき義務があった。 ウしかし,A医師らは,上記の説明義務に違反し,原告に対して,「おなかを切るより大丈夫ですよ。」との説明のみで,前方除圧固定術の危険性及び本件手術の医学的必要性の低いことをいずれも説明せずに,本件手術を断行した。 エ因果関係原告は本件手術に対して消極的であったから,A医師が説明義務を尽くして手術を受けるか否かの判断に必要な情報を十分与えていれば,原告は本件手術を承諾しなかった蓋然性が高く,したがって,後遺障害も発症しなかったものと考えられる。 原告の後遺障害は本件手術後に発生しているから,その時間的関係から本件手術と原告の後遺障害との間の因果関係は肯定されるべきである。なお,原告は,本件手術後2週間は絶対安静との指示を受け,その後,繰り返し立位の姿勢をとろうとしたところ立位保持ができなかったために初めて後遺障害を認識したのであるから,原告が本件手術から約1か月経過後に後遺障害を認識したからといって上記の因果関係は否定されない。 また,原告の心因的要因が後遺障害の発生に関与していたとしても,心因的要因単独では後遺障害が生じることはなかったのであるから,後遺障害の直接の原因は本件手術にほかならない。加えて,A医師は,原告の精神心理的問題を術前に予見することができたものであるから,A医師の説明義務違反と原告の後遺障害との間には相当 たのであるから,後遺障害の直接の原因は本件手術にほかならない。加えて,A医師は,原告の精神心理的問題を術前に予見することができたものであるから,A医師の説明義務違反と原告の後遺障害との間には相当因果関係がある。 (被告の主張)ア A医師は,原告及びその夫に対して,事前に,本件手術は頸椎の手術としては典型的なものであり,侵襲は最低限のものであること,左上肢の疼痛及びしびれという症状がすべて第5,第6頸椎椎間板のヘルニアによるものとは考え難いので,手術をしても術前の症状がすべて改善するかどうか分からないこと,左上肢の症状が術前より悪くなることはまずないことなどを説明しており,「おなかを切るより大丈夫ですよ。」などという安直な説明はしていない。 イ本件手術の医学的適応は,「手術をすれば症状の改善が期待できるが,必ず改善するというわけでもない。」というものであったところ,A医師は,原告及びその夫に対して,手術をしても術前より改善されないかもしれない旨の説明をし,また,C医師も,原告に対して「痛みが半分くらいに軽減すれば成功と思ってほしい。」と説明しているのであり,医学的適応についても正しく説明されている。 ウ原告の場合,既に保存的治療が繰り返し行われたにもかかわらず,十分な効果が得られず,原告は,左上肢の疼痛及びしびれ等で主婦業がほとんどできない状態であったから,A医師らがいかなる説明をしたとしても,整形外科では日常的な治療方法である頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術を原告が受けなかった高度の蓋然性があるとはいえない。 また,本件手術が原因で現在の原告の後遺障害が発生したものとはいえない。なお,原告の精神心理的な要因が関与して両下肢の症状が発生したとしても,本件のような手術によって精神心理的問題が生じて身体的障害に至るという医学的経験 現在の原告の後遺障害が発生したものとはいえない。なお,原告の精神心理的な要因が関与して両下肢の症状が発生したとしても,本件のような手術によって精神心理的問題が生じて身体的障害に至るという医学的経験則は存在せず,精神心理的問題が生じた原因が本件手術にあるとはいえない。したがって,原告の後遺障害と本件手術との間には,条件関係すら認められず,本件手術によって原告の後遺障害が出現するのが経験則上相当であるとの相当因果関係まで認められないことは明らかである。 (4) 損害(原告の主張)ア上記の注意義務違反により,原告は合計1億2978万1447円の損害を被った。 (ア) 将来の介護費用 4126万5075円近親者付添いにつき1日5000円,症状固定時41歳からの平均余命43年に対応する新ホフマン係数22.611として計算すると,将来の介護費用は,5000円×365日×22.611=4126万5075円となる。 (イ) 逸失利益 5951万6372円41歳の平均年収額363万3700円(平成7年度賃金センサス女子労働者企業規模計学歴計),就労可能年数26年に対応する新ホフマン係数16.379として計算すると,逸失利益は,363万3700円×16.379=5951万6372円となる。 (ウ) 後遺障害慰謝料 1900万円原告の後遺障害に対する慰謝料は,後遺障害等級3級の3に相当するものとして1900万円が相当である。 (エ) 弁護士費用 1000万円本件訴訟と相当因果関係のある弁護士費用としては1000万円が相当である。 イ仮に原告の心因的要因が本件の後遺障害の発生に関与していたとしても,A医師は,本件手術前に原告が精神心理的問題を抱えていることを認識し得たのであるから,原告の心因的要因及びこれに伴う異常反応を予見し,心因的要因も含めて手術 の後遺障害の発生に関与していたとしても,A医師は,本件手術前に原告が精神心理的問題を抱えていることを認識し得たのであるから,原告の心因的要因及びこれに伴う異常反応を予見し,心因的要因も含めて手術の適応について判断すべきであったにもかかわらず,これを怠って本件手術を施行したために原告に後遺障害を発生させたのであり,また,原告の後遺障害は原告の心因的要因のみでは発生せず,本件手術が直接の原因になっているのであるから,損害の公平な分担の観点からも,原告の心因的要因を減額事由として考慮することは相当でない。 (被告の主張)損害に関する原告の前記各主張は争う。 第3 争点に対する判断 1 前記前提となる事実,甲3ないし10号証,16,17号証,乙1,6号証,7号証の1及び2,8号証の1ないし3,9号証の1ないし4,証人Aの証言,原告本人尋問の結果,鑑定人Dの鑑定結果(以下「本件鑑定」という。)並びに弁論の全趣旨によると,以下の事実を認めることができる。 (1) 平成5年9月ころから,原告は,頸部,左肩及び左上腕部に疼痛及びしびれを感じるようになったため,E病院を受診してMRI検査を受けたところ,頸椎椎間板ヘルニアと診断され,同病院で治療を受けていたものの改善せず,その後,飯田市立病院を受診してMRI検査を受けたところ,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアと診断され,マッサージ療法,牽引療法等を受けたが,十分な効果は得られなかった。 (2) 平成6年2月16日から同年6月2日までの診療経過平成6年2月16日,原告は,後頸部痛並びに左上肢の脱力及びしびれ感を訴えて被告病院の整形外科を受診し,A医師の診察を受けた。A医師は,原告の症状として,頸部の伸展に極度の制限があり,左上肢に知覚異常,左頸部神経根に圧痛があり,神経学的には左第6頸神経根領域を超える症状も 被告病院の整形外科を受診し,A医師の診察を受けた。A医師は,原告の症状として,頸部の伸展に極度の制限があり,左上肢に知覚異常,左頸部神経根に圧痛があり,神経学的には左第6頸神経根領域を超える症状も認められたため,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに加えて胸郭出口症候群も合併しているものと診断した。 平成6年2月18日,原告に対して,ライト・テストを実施したところ,左側に陽性所見が認められ,「胸を張る動作だけで左手がだるくなる。」,「今は頸部の痛みが困る。場所は一定していない。」などの訴えもあったことから,同日から,原告に対し,頸椎の牽引療法,低周波の電気刺激を与えるなどの物理療法,肩甲帯及び上肢の運動療法並びに消炎鎮痛剤投与などの薬物療法がそれぞれ開始されたが,牽引療法は左上肢のだるさをかえって強くする結果となったために,同月25日に中止された。 平成6年3月10日,胸郭出口症候群の診断のためのライト・テスト,エデン・テスト(胸を張り,両肩を後下方に引いて橈骨動脈の脈拍の減弱又は停止の有無をみるもの。)及びルース・テスト(ライト・テストの姿勢で両手指の屈伸を3分間継続して行うことができるかをみるもの。)をそれぞれ行ったところ,いずれも左側に陽性所見が認められたことから,胸郭出口症候群の治療としての左肩釣り上げ装具を使用することを検討し,同月24日,再度,ライト・テスト,エデン・テスト及びアドソン・テスト(疼痛側に頭部を頸椎伸展位で回旋して深呼吸を行わせ,橈骨動脈の脈拍の減弱又は停止の有無をみるもの。)をそれぞれ行ったところ,いずれも左側に陽性所見が認められたことから,同月31日,左肩釣り上げ装具の装着を試みることとなった。 平成6年4月7日,左肩釣り上げ装具の効果を確認したところ,左肩の疼痛は装具の装着により増強し,肩凝り及び左手のむくみに められたことから,同月31日,左肩釣り上げ装具の装着を試みることとなった。 平成6年4月7日,左肩釣り上げ装具の効果を確認したところ,左肩の疼痛は装具の装着により増強し,肩凝り及び左手のむくみに変化はなかったものの,左手のしびれは2ないし4割程度,重だるさは5割程度それぞれ軽減し,アドソン・テストでは陽性所見が消失していた。同月14日,左手のむくみ及び左肩の疼痛に変化はなかったものの,左手のしびれは3割程度,左手の重だるさは5割程度それぞれ軽減し,ライト・テスト及びエデン・テストの結果も以前と比べて軽快していた。 しかし,平成6年5月以降,原告の症状が再び悪化し始め,同月26日には,左頸から左肩にかけて疼痛があり,左手のしびれ及びむくみ感が以前と同程度にまで悪化し,大きな声を出すだけでひどく痛い旨の訴えがあった。同日,ライト・テストを行ったところ,左側の陽性所見の悪化が認められた。A医師は,頸椎椎間板ヘルニアの治療を行う必要性を改めて検討し,原告に対し,安静入院を勧めた。 平成6年6月2日,原告の症状はあまり軽快せず,左手指のしびれ及び左頸から肩,肘にかけて疼痛があり,左手の中指ないし小指及び左手掌の尺側(小指側)に知覚異常が認められた。また,頸椎圧迫テスト(頸椎を圧迫して,疼痛,しびれ感等の症状の発現を調べる方法。神経根に圧迫性障害が存在するときは患側上肢に疼痛,しびれ感等が放散する。)では左側に著明に陽性所見が認められた。 (3) 平成6年6月9日から同年8月1日までの入院期間中の診療経過外来通院による保存的治療では十分な効果が得られなかったため,平成6年6月9日,原告は,頸椎椎間板ヘルニア及び胸郭出口症候群の治療としての安静及び持続牽引目的で被告病院に入院した。入院時の原告の主訴は,左上肢のしびれ及び疼痛であり,頸椎椎間板ヘルニア ため,平成6年6月9日,原告は,頸椎椎間板ヘルニア及び胸郭出口症候群の治療としての安静及び持続牽引目的で被告病院に入院した。入院時の原告の主訴は,左上肢のしびれ及び疼痛であり,頸椎椎間板ヘルニアの治療としてはベッド上での頸椎持続牽引,胸郭出口症候群の治療としては上肢帯の筋力強化トレーニングがそれぞれ指示され,上記トレーニング及びトイレに行くこと以外は安静とされた。 入院当初は,頸椎持続牽引によって左手のむくみ感,左上肢の疼痛等の症状が多少改善する日もあったが,明らかな効果は認められず,入院後2週間経過した時点では,左腕のむくみは多少軽快したものの,左腕の疼痛に変化はなく,左手のしびれは左手掌の尺側(第7,第8頸神経領域)に認められた。A医師は,場合によっては,神経根造影又は神経根ブロックを行う必要があるものと判断した。平成6年6月29日,A医師は,MRI検査結果によれば第5,第6頸椎椎間板ヘルニアであるのに,左中指ないし小指のしびれという第7,第8頸神経根領域の症状を訴えていたことから,診断及び治療を目的とする神経根ブロックを,第5,第6,第7頸神経根の順に施行する予定とした。しかし,同月30日には,原告は,それまで訴えていた神経根領域とは異なる左上肢橈側全体の痛覚低下及び左手全体のしびれ感(第5ないし第7頸神経根領域)を訴えた。 平成6年7月1日,左第6頸神経根に対して神経根ブロックを実施したが,特に効果は認められなかった。同月7日,左第5頸神経根に対して神経根ブロックを実施したところ,放散痛は左手尺側の3指(第7,第8頸神経根領域)にみられたが,左頸部痛及び左上肢のしびれが軽減するなど,第5頸神経根領域を中心に効果が認められた。しかし,同月12日ころには,左手のしびれが再度現れ,また,左前腕橈側から左手指全体にかけての痛覚低下が れたが,左頸部痛及び左上肢のしびれが軽減するなど,第5頸神経根領域を中心に効果が認められた。しかし,同月12日ころには,左手のしびれが再度現れ,また,左前腕橈側から左手指全体にかけての痛覚低下が認められたため,同月14日,左第5,第6頸神経根に対し神経根ブロックを行った。左第5頸神経根へのブロックでは左母指(第6頸神経根領域)に放散痛が認められ,また,左第6頸神経根へのブロックでは,左環指(第8頸神経根領域)に放散痛が認められた。上記の神経根ブロック後数日は,後頸部痛及び左手指全体のしびれは消失したが,左肩前面の疼痛は残った。同月21日,左第5,第6頸神経根に対して再度神経根ブロックを行ったところ,同月14日のときとは異なり,第5頸神経根へのブロックは左肩(第3ないし第5頸神経根領域)に,第6頸神経根へのブロックは左前腕橈側(第6頸神経根領域)に放散痛が認められた。上記の神経根ブロックによる効果はあまりなく,同月25日ころには,原告の症状は,神経根ブロックを施行する前の状態に戻っていた。 平成6年7月22日,A医師は原告に対し,次回診察時に被告病院の整形外科のC医師と相談して手術をした方がよいか否かを決める旨の話をした。同月28日,C医師は,原告を診察し,神経根ブロックによって左肩後方の疼痛は軽快したものの,左手指のしびれは5日程で再発し,また,左肩前方の疼痛は残存するなど,入院による治療効果があまり得られていないとの経過から,原告に対し,いったん退院して経過を観察することにするが,場合によっては手術をすることも検討する旨の話をした。しかし,原告としては,手術を受けるとの決意まではできなかった。 平成6年8月1日,原告は退院した。 (4) 平成6年8月4日から平成7年1月10日までの診療経過平成6年8月4日,A医師は,飯田市立病院の放 ,原告としては,手術を受けるとの決意まではできなかった。 平成6年8月1日,原告は退院した。 (4) 平成6年8月4日から平成7年1月10日までの診療経過平成6年8月4日,A医師は,飯田市立病院の放射線科に対し,「症状が徐々に増悪しているようです。2月の時点ではC5/6のヘルニアだったようですが,ヘルニアの状態が変化していることも想像されます。」などと依頼状に記載して原告の頸椎部MRI検査を依頼した。 平成6年8月11日,原告から,左手のしびれは入院時より少し軽快したが,左肩の前後に疼痛があり,主婦の仕事はあまりできない旨の訴えがあった。A医師は,同年2月16日の初診以後の約6か月間の外来及び入院による各治療効果について,「点滴は効果あり。投薬及び入院安静は少し効果あり。肩甲上ブロックは場所により効果あり。釣り上げ装具は釣り上げていると楽だが取ると症状悪化。神経根ブロックにより左肩後方のひどい疼痛は取れた。牽引は不明。」などと総括した。 平成6年8月24日,飯田市立病院で原告のMRI検査が行われ,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアで,脊髄を軽度圧迫しているものと診断されたが,同月25日の被告病院での知覚検査では,第5頸神経根領域及び第1胸神経根領域における痛覚低下並びに第8頸神経根領域における知覚低下が認められた。 平成6年9月1日,A医師は,飯田市立病院での上記MRI検査結果から,第5,第6頸椎の椎間板の左側が突出して第6頸神経根を圧迫しているものの,ヘルニア自体の大きさに変化はないと判断した。そして,入院中に行った神経根ブロックによって症状が3割程度軽快したことから,再度,第6頸神経根に神経根ブロックを行うこととし,同月8日に実施したところ,左母指及び示指並びに左前腕橈側(第6頸神経根領域)に放散痛が認められた。同月22日,左第6頸神経根領域 軽快したことから,再度,第6頸神経根に神経根ブロックを行うこととし,同月8日に実施したところ,左母指及び示指並びに左前腕橈側(第6頸神経根領域)に放散痛が認められた。同月22日,左第6頸神経根領域のしびれにあまり変化は認められず,原告が左頸,左肩及び左腕の疼痛が一番困ると訴えていたことから,A医師は,第5頸神経根領域の症状が主である可能性もあると考え,左第5頸神経根ブロックを施行したところ,左肩に放散痛が現れ,ブロック直後には安静時痛が完全に消失したものの,その効果は1日継続しただけであり,その後はブロック前と同程度の疼痛が再現した。同月29日,A医師は原告に対して手術の話をしたが,原告は手術はあまり受けたくない旨述べ,A医師としても,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術によって第5頸神経根領域の症状が除去できるか疑問を感じていた。 平成6年10月11日,A医師は,信州大学医学部附属病院の整形外科に原告の電気生理検査を依頼することを検討し,C医師の紹介により,同年11月14日に,同病院においてB医師による原告の電気生理検査が行われた。B医師は,同検査の結果から,胸郭出口症候群は考えにくく,頸椎椎間板ヘルニアが主病変であると診断し,その旨,C医師あてに回答するとともに,原告に対し,頸椎椎間板ヘルニアの症状の方が強いため手術を受けるかどうかをよく考えるよう説明した。 平成6年11月22日,原告から,左手掌のしびれ感が増強してきて,主婦の仕事が長時間はできない旨の訴えがあったことから,A医師は,このままでは状況が改善されないため,手術の実施を具体的に検討するか原告と相談し,また,これまでの治療効果を再度総括して手術の効果は除圧による痛みの軽減であろうと判断した。 その後,A医師及びC医師は,原告及びその夫に対して,手術の内容及 の実施を具体的に検討するか原告と相談し,また,これまでの治療効果を再度総括して手術の効果は除圧による痛みの軽減であろうと判断した。 その後,A医師及びC医師は,原告及びその夫に対して,手術の内容及び方法,手術後退院までに2か月程度要することなどを説明し,手術をするか,このまま我慢して保存的治療を続けながら生活するか決めるよう話をしたが,手術の危険性については,出血及び麻酔の合併症について説明をした程度であり,首の手術であるために不安を抱いていた原告及びその夫に対して「大丈夫です。」などと言って脊髄損傷等の合併症の可能性は説明しなかった。そのため,原告及びその夫は,原告に対して予定されている前方除圧固定術はあまり危険な手術ではないと考えた。原告は,左上肢の疼痛及びしびれなどで主婦業がほとんどできない状態であり,また,B医師から手術をするかよく考えるように言われていたこともあり,徐々に手術を受ける意思を固め,再入院の上で前方除圧固定術を受けることとなった。 平成6年12月20日,原告に対し神経学的検査が行われたが,知覚検査では,痛覚及び触覚のいずれについても左肩から左手指全体にかけて(第3ないし第8頸神経根及び第1胸神経根領域)広範な異常知覚が認められた。また,日本整形外科学会の頸部脊椎症性脊髄症治療成績判定基準による判定では17点満点中14点であった。 (5) 平成7年1月11日から同年12月28日の入院期間中の診療経過平成7年1月11日,原告は手術目的で被告病院に入院した。同月16日,A医師は,原告及びその夫に対し,改めて,今回の手術は頸椎の手術としては典型的な手術であり侵襲は最低限のものであること,左上肢の症状が術前より悪くなることはまずないことなどを説明した。原告は,上記説明を受けた後,看護師に対し,「恐ろしくなった。めまいがし 手術としては典型的な手術であり侵襲は最低限のものであること,左上肢の症状が術前より悪くなることはまずないことなどを説明した。原告は,上記説明を受けた後,看護師に対し,「恐ろしくなった。めまいがしてくる。手術,今から中止にしちゃだめかな。」などと,手術に対する不安,動揺を訴えていた。 本件手術当日の平成7年1月17日,原告は,「手術するのもいやになっちゃったな。なんだかおそろしくて。」,「大丈夫じゃないけど,大丈夫。」と看護師に言うなど,不安や緊張した様子をみせていたが,笑顔もみせていた。原告及びその夫は,同日付けで本件手術に対する手術承諾書を提出した。同日午後2時20分,A医師を術者,C医師を助手として本件手術が開始され,同日午後6時40分に終了したが,その間,原告の血圧及び心拍数に特に異常はみられなかった。 本件手術後2週間は原告に対し床上安静の措置が採られた。原告は,当初,腰痛,後頸部痛,喉痛,採骨部痛などを頻繁に訴えていたが,1週間経過後くらいから徐々に落ち着き,左肩及び左上肢の痛み並びに左手指のしびれについては,不定期に出現するものの術前に比べて軽くなった旨述べていた。平成7年1月27日には,原告の頸部に装具が装着され,側臥位が許可された。同月30日,ベッドアップが許可されたことから,まず30度程度ベッドを起こして1時間くらい様子をみて,その後,夕食時には70度まで起こして食事をしたが,原告はベッドの上げ下げの際にめまいがする旨訴えた。同月31日には端坐位が許可されたため,ベッドを起こして端坐位をとってみたものの,めまいのために継続することができなかった。 平成7年2月1日には,原告は,ベッドをほぼ90度まで起こして座ることができるようになったが,きちんと座ると目が回る旨訴えた。同日午後の回診時,A医師は,原告に介助の上で立位 ことができなかった。 平成7年2月1日には,原告は,ベッドをほぼ90度まで起こして座ることができるようになったが,きちんと座ると目が回る旨訴えた。同日午後の回診時,A医師は,原告に介助の上で立位をとらせてみたが,めまいもあり,また重心をうまくとることができず,ふらふらして立てなかった。平成7年2月2日,原告は,ベッドを90度まで起こして端坐位になる動作がスムーズにできるようになり,看護師に片手で背中を支えてもらうだけで,5分ほど端坐位の姿勢を保持できるようになり,端坐位訓練への意欲もみせていた。同月6日からリハビリ室でのリハビリが,同月8日から端坐位保持の訓練がそれぞれ開始された。同月13日には,介助なしでベッドから車椅子への移動ができるようになり,同月17日には端坐位の保持もできるようになった。 また,同月9日の頸椎レントゲン検査では,移植骨の脱転,移動等の異常所見は認められなかった。しかし,同月19日,原告は,左足に力が入らず,だるく,歩くときに前に出ない旨訴え,同月21日には,左上肢全体がだるくて,装具の脱着が1人ではできない旨訴えた。同月24日,原告から,左膝がしびれているようであるとの訴えがあり,A医師は,何らかの原因による脊髄圧迫の可能性もあると考えて,飯田市立病院に原告のMRI検査を予約した。 平成7年3月2日,飯田市立病院で原告に対する頸椎部MRI検査が実施されたが,画像上,血腫は認められず,移植骨が動いたり後方に脱転するなどの所見もなく,明らかな頸髄の圧迫所見は認められなかった。同月10日,原告は,かろうじて立位をとることが可能となったが,左足部が接地している感じがないと訴えた。 同月12日,A医師は,原告の夫に対して,本件手術後のMRI検査の結果について「術後の血腫が貯まって神経を圧迫しているために現在の症状が出てい 可能となったが,左足部が接地している感じがないと訴えた。 同月12日,A医師は,原告の夫に対して,本件手術後のMRI検査の結果について「術後の血腫が貯まって神経を圧迫しているために現在の症状が出ている可能性があり,これが自然に溶けて消失するまで待つしかなく,時間がかかるので気長にリハビリを続ける必要がある。」などと説明した。原告は,リハビリの効果が遅く,かつ小さいことや,その展望が示されないことから,不安やいらだちを募らせたり,リハビリへの意欲を低下させたりしていた。 平成7年7月ころ以降から,原告は,腰痛を頻繁に訴えるようになったため,リハビリに支障が生じることもしばしばあった。同年8月11日,A医師は,原告に対して「体幹の機能障害,両下肢機能の著しい障害」との障害名で本件診断書を発行し,同月28日には長野県から原告に対して身体障害者手帳(第1種2級)が交付された。その後も,原告は,腰痛を訴えながらリハビリを継続し,歩行器歩行までは可能な状態となり,平成7年12月28日,被告病院をいったん退院した。 (6) 平成8年1月4日以降の診療経過平成8年1月4日から同年12月27日まで,原告はリハビリ目的で被告病院に入院した。原告が腰痛を頻繁に訴えていたため,リハビリはなかなか進展しなかったが,退院時ころまでには,かろうじて荷重の上でつかまり立ち歩行ができるようになった。 その後,平成9年1月6日から平成12年3月31日までの間,原告は,再度,リハビリ目的で被告病院に入院したが,大きな変化のないまま退院となり,その後は,週5日被告病院に通院し,毎回約3時間のリハビリを受けている。 (7) 原告の現在の症状左上肢については,左前腕遠位の10分の8程度の触覚の低下,左母指の巧ち運動性の低下など軽度の運動麻痺は認められるものの,術前よりは著明に改善 3時間のリハビリを受けている。 (7) 原告の現在の症状左上肢については,左前腕遠位の10分の8程度の触覚の低下,左母指の巧ち運動性の低下など軽度の運動麻痺は認められるものの,術前よりは著明に改善しており,左手にしびれはあるが,平成7年8月以降,疼痛の訴えはほとんどなく,腱反射は正常である。右上肢については,特に所見はない。頸椎の可動域は,屈曲20度(参考可動域60度),進展30度(同50度)などと制限されている。 左下肢については,筋力の低下があり遠位において顕著である。また,しびれはあるものの疼痛の訴えは特にない。腱反射は減弱しており,筋の萎縮が認められる。 右下肢については,左下肢に比して軽度の運動麻痺があり,腱反射は減弱しているが,他には特に所見はない。体幹には運動麻痺が認められる。立位は両手支持で短時間であれば可能であるが,歩行は不可能であり,また,腰が常に痛いため,長く座ることはできない。 日常生活においては,移動は屋内外ともに車椅子を使用しており,車椅子とベッド間の移乗,食事,シャツの脱着,歯磨き,トイレ及び入浴は自立して行うことができるが,買い物,ズボンの脱着,洗濯,物干し及びタオルを絞ることは介助が必要である。また,階段の昇降及び公共交通機関の利用は不可能である。 2 争点(1)(本件手術の手技上の過失の有無及び因果関係)について(1) 本件手術の手技上の過失の有無について原告は,本件手術の麻酔覚醒直後から四肢の自動運動ができなかったこと,本件手術後にそれ以前には全く問題のなかった左下肢等に麻痺が生じていること,本件診断書に「第6頚椎レベルでの頚髄損傷によるものと思われる。」との記載があること及び本件手術に要した時間が長いことなどから,A医師には本件手術においてエアドリルを乱暴に操作し,脊髄を損傷した手技上の過失があると 6頚椎レベルでの頚髄損傷によるものと思われる。」との記載があること及び本件手術に要した時間が長いことなどから,A医師には本件手術においてエアドリルを乱暴に操作し,脊髄を損傷した手技上の過失があると考えられる旨主張する。 ア本件手術後の四肢の自動運動の可否について(ア) 乙2,6号証,証人Aの証言及び本件鑑定によれば,第5,第6頸椎レベルにおいて脊髄が損傷された場合には,通常,損傷直後から両上下肢に麻痺の症状が出現するものと解されるところ,被告は,麻酔覚醒後にA医師が原告の四肢の自動運動を確認した旨主張し,A医師は,上記主張に沿う旨述べている(乙6号証,証人A)。 確かに,原告が指摘するように,カルテ(甲7号証)には,麻酔覚醒後に四肢の自動運動が確認された旨の記載はない。しかし,乙6号証及び証人Aの証言によれば,手術後の四肢の自動運動の確認は,通常は麻酔医が麻酔からの覚せいを確認するために行うが,脊椎の手術の場合は,執刀医が脊髄損傷の有無を確認するために必ずルーティンに行っているものと認められるから,「四肢の自動運動が確認された正常な場合は,カルテに特に記載がないことをもって四肢の自動運動ができない状況ではなかったことを確認できるので,四肢の自動運動が確認された場合はカルテに記載しない。」旨のA医師の考え方(乙6号証,証人A)が不合理であるとまではいい難い。したがって,カルテに麻酔覚醒後の四肢の自動運動に関する記載がないことのみから,直ちに四肢の自動運動が確認されなかったものとまで認めることはできないというべきである。 (イ) また,前記認定事実によれば,本件手術後,原告が立位をとれなかった平成7年2月1日までの間に,原告から四肢の機能についての訴えは特になかったものと認められるが,この点について,原告は,本件手術後は床上安静とされ 定事実によれば,本件手術後,原告が立位をとれなかった平成7年2月1日までの間に,原告から四肢の機能についての訴えは特になかったものと認められるが,この点について,原告は,本件手術後は床上安静とされていたために四肢の自動運動ができないことを認識できなかった旨主張する。しかし,甲7号証,証人Aの証言及び原告本人尋問の結果によれば,本件手術後の床上安静では,筋萎縮などを防ぐために手及び足は動かすように指示されており,原告は,本件手術後4日目ころから,自分で食事をし,また,足を左右に動かす程度の動作は行っていたものと認められるのであり,加えて,前示のとおり,原告は,本件手術後10日目の平成7年1月27日には側臥位になり,同月30日には70度までベッドを起こして食事をし,同月31日には端坐位を試みるなどしていたものである。四肢の自動運動が不可能な状態で上記のような動きが加われば通常は何らかの違和感を感じるものと考えられるが,原告は,本件手術の翌日に足が布団に触れていないような感覚がしたり,側臥位になったときに足がおかしいと感じたりしたような記憶はない旨述べている(原告本人)。そうすると,原告が本件手術直後から四肢の自動運動が不可能であったにもかかわらず床上安静のために平成7年2月1日までこれを認識できなかったものとは考え難い。 (ウ) 以上によれば,カルテに四肢の自動運動を確認した旨の記載がないこと及び平成7年2月1日に原告が立位をとれなかったことから,本件手術直後から四肢の麻痺が生じ,四肢の自動運動ができない状態であったものと認めることはできない。 イ本件手術に要した時間について前示のとおり,本件手術は午後2時20分から同6時40分までの4時間20分を費して実施されたものであるが,この点について,本件鑑定は,前方除圧固定術の場合,慎重に イ本件手術に要した時間について前示のとおり,本件手術は午後2時20分から同6時40分までの4時間20分を費して実施されたものであるが,この点について,本件鑑定は,前方除圧固定術の場合,慎重に操作を進めれば本件手術と同程度の時間を要することは十分あり得るとしている。証人Aの証言によれば,本件手術は,A医師が被告病院に勤務してから初めて実施する前方除圧固定術であり,かつ,被告病院としても初めての前方除圧固定術の実施例であったことから,A医師は本件手術を丁寧に慎重に行いたいと強く思い入れ,そのため,助手のC医師には吸引及び術野の確保を依頼する程度で,施術のほとんどをA医師が自ら実施したことが認められる。また,乙6号証及び証人Aの証言によれば,A医師は,脊椎及び下肢の関節外科を専門とする整形外科医であって,100例近くの前方除圧固定術に携わった経験があり,エアドリルの操作についても十分な知識と経験を積んできたものと認められる。加えて,前示のとおり,本件手術中,原告の血圧及び心拍数に特に異常は認められず,カルテ,看護記録(甲7号証)及び手術簿(乙1号証)のいずれにも,本件手術中に何らかのトラブルが発生したことをうかがわせる記載は存しない。 そうすると,本件手術に要した時間から直ちに同手術中にトラブルが発生したものと推認することはできず,むしろ,本件手術は丁寧かつ慎重に行われたものと認めるのが相当というべきである。 ウ脊髄の不完全な損傷の可能性について証人Aの証言によれば,脊髄の不完全な損傷の場合には,左右非対称の症状が出現する可能性があるものと解されるところ,前示のとおり,原告には,本件手術後に,同手術前にはみられなかった左下肢の運動麻痺等が発生している。しかし,乙1,6号証及び証人Aの証言によれば,本件手術は,エアドリル及びヘルニア鉗 解されるところ,前示のとおり,原告には,本件手術後に,同手術前にはみられなかった左下肢の運動麻痺等が発生している。しかし,乙1,6号証及び証人Aの証言によれば,本件手術は,エアドリル及びヘルニア鉗子を用いて第5,第6頸椎椎間板の摘出を行い,ヘルニアの脱出による正中部分の後縦靭帯の損傷がないことを確認した後,左側の後縦靭帯を切除し,第6頸神経根の硬膜管部分におけるヘルニアの脱出がないことを確認して固定を行ったものであり,本件手術中には脊髄は顕わになっていなかったものと認められる。また,脊髄が損傷されて不全麻痺が生じた場合には,腰椎に異常がない限り,腱反射が亢進するのが通常である(乙2,6号証,証人A)ところ,甲7号証,乙10号証の1ないし3及び証人Aの証言によれば,原告の場合は,腰椎に特に異常はなかったのに腱反射の亢進は認められず,むしろ減弱していたことが認められる。そうすると,本件手術後に左下肢の運動麻痺等が生じたことから直ちに,同手術によって脊髄が不完全な損傷を受けた可能性が高いものと解することはできないというべきである。 エ以上のとおり,原告が本件手術直後から四肢の自動運動ができなかったとも,本件手術により脊髄が不完全な損傷を受けたとも認め難く,むしろ,本件手術は丁寧かつ慎重に行われたものと解されるのであり,加えて,本件鑑定においても,本件手術は手技的には適切に遂行されたものであり,原告の下肢の機能障害は頸髄の損傷を原因とするものではない旨判断されていることを考慮すると,本件手術において脊髄等が損傷されたものと認めることはできず,A医師に,エアドリルの操作について過失があるものと認めることはできない。なお,本件診断書の総合所見欄には「第6頚椎レベルでの頚髄損傷によるものと思われる。」との記載があるが,これにより上記認定は左右さ に,エアドリルの操作について過失があるものと認めることはできない。なお,本件診断書の総合所見欄には「第6頚椎レベルでの頚髄損傷によるものと思われる。」との記載があるが,これにより上記認定は左右されないというべきである。 (2) よって,その余の点について判断するまでもなく,争点(1)に関する原告の主張は採用できない。 3 争点(2)(前方除圧固定術の手術適応に関する判断を誤った注意義務違反の有無及び因果関係)について(1) 本件鑑定によれば,手術適応を判断する上では,当該手術によって患者の症状が改善するか否か,又はどの程度の改善を期待できるか等の観点からの医学的適応と,患者の精神状況,職業環境,家庭環境又は社会環境が当該手術により改善するか否か,及び患者が手術に耐え得るか否かという観点からの社会的適応の双方を十分考慮しなければならないものと解される。 証人Aの証言によれば,A医師は,原告の症状の原因として胸郭出口症候群を否定していなかったものの,主たる症状が第5,第6頸椎椎間板ヘルニアによるものと判断して本件手術を実施したものと認められる。この点,原告は,本件において第1に考慮すべきは胸郭出口症候群であり,前方除圧固定術を行ってもその効果は限定された症状の改善にとどまるから,本件手術は医学的適応がなかったというべきであり,また,原告には本件手術前から精神心理的問題が存在していたのに,A医師は社会的適応についての配慮を欠いたまま本件手術を実施した旨主張する。 (2) 医学的適応についてア本件手術の医学的適応について,本件鑑定は,本件手術前の原告の症状及び所見としてはむしろ胸郭出口症候群によるものが優位に出現していたから,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアが主病変でこれに対して前方除圧固定術を実施するとの判断をするのであれば,より詳細な神経学 の症状及び所見としてはむしろ胸郭出口症候群によるものが優位に出現していたから,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアが主病変でこれに対して前方除圧固定術を実施するとの判断をするのであれば,より詳細な神経学的所見取り,症状の再現性の確認又は神経根圧迫所見の確認などを行って,単一神経根障害を示す所見を確認する必要があったから,平成6年8月24日のMRI検査の結果のみから本件手術を実施したのは問題があった旨指摘している。 イ前示のとおり,A医師は,平成6年2月16日の初診時に,原告に対し,飯田市立病院等において既に診断されていた第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに加え,胸郭出口症候群との診断をし,同月18日付けの理学診療科依頼票には「市立病院でMRIをとったところC5/6のヘルニアといわれたと。診察上は胸郭出口症候群と思える。」と記載しており(甲10号証),原告に対して胸郭出口症候群のための診断テストを繰り返し実施していたものであり,上記テストでは左側に陽性所見が認められ,また,平成6年2月18日から開始した頸椎の牽引療法ではかえって左上肢のだるさが増強されたために同月25日には中止されたが,胸郭出口症候群の治療として行った左肩釣り上げ装具の装着では左手のしびれ及び重だるさの軽減等,多少の効果が認められたのである。上記事情を総合すれば,原告が被告病院に通院し始めた当初は,胸郭出口症候群による症状,所見の方が優位に出現しており,A医師としても症状の主たる原因が胸郭出口症候群である可能性が高いと判断していたものと解される。 また,前示のとおり,平成6年8月25日の知覚検査では,第5頸神経根領域及び第1胸神経根領域における痛覚低下並びに第8頸神経根領域における知覚低下が認められ,同年12月20日の知覚検査では,左肩から左手指全体(第3ないし第8頸神経根及び 知覚検査では,第5頸神経根領域及び第1胸神経根領域における痛覚低下並びに第8頸神経根領域における知覚低下が認められ,同年12月20日の知覚検査では,左肩から左手指全体(第3ないし第8頸神経根及び第1胸神経根領域)にかけて広範な知覚異常が認められており,神経根ブロックでは第5,第7及び第8頸神経根領域に再現性や治療効果が認められることもあったものであるが,本件鑑定によれば,本件手術前における原告の上記症状又は所見は,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアによる第6単一頸神経根の障害では説明することができないものと認められる。 以上の各事情を考慮すれば,第6頸神経根を圧迫する第5,第6頸椎椎間板ヘルニアが原告の訴える症状の主たる原因とするには疑問がなくはないといわざるを得ない。 ウしかし,前示のとおり,A医師は当初,胸郭出口症候群の方が主たる原因である可能性が高いと判断していたものの,胸郭出口症候群の治療としての左肩釣り上げ装具の効果が一時的なものであったことから頸椎椎間板ヘルニアの治療の必要性を改めて検討し,平成6年6月9日から同年8月1日までの入院では,胸郭出口症候群の治療のための筋力強化トレーニングと並行して,頸椎椎間板ヘルニアの治療のための頸椎持続牽引を行ったものであり,甲5号証によれば,上記筋力強化トレーニング及び頸椎持続牽引のいずれによっても十分な効果は得られず,治療効果に差はなかったものと認められる。また,原告は,被告病院受診前に飯田市立病院等で第5,第6頸椎椎間板ヘルニアと診断され,平成6年8月24日の飯田市立病院でのMRI検査の際にも同様の診断がされており,神経根の圧迫障害の有無を診断する頸椎圧迫テストでも左側に著明な陽性所見が認められ,実際に原告は第6頸神経根領域の症状も訴えていたのであり,第6頸神経根ブロックによる効果及び 同様の診断がされており,神経根の圧迫障害の有無を診断する頸椎圧迫テストでも左側に著明な陽性所見が認められ,実際に原告は第6頸神経根領域の症状も訴えていたのであり,第6頸神経根ブロックによる効果及び第6頸神経根領域への放散痛の再現性も一部認められていたものである。そして,前記認定事実,甲5,10号証によれば,A医師は,原告に認められる症状及び所見並びに神経根ブロックの結果等が,神経学的に一貫していないことを認識した上で,様々な検査を行いつつ原告の病態について検討していたものであり,B医師による電気生理検査の診断結果を得て,最終的に第5,第6頸椎椎間板ヘルニアが主病変であるとの診断をしたものと認められる。 また,甲19号証によれば,頸椎変性疾患に対する治療としては,まず,通院による薬物療法及び運動療法を行い,同治療で改善しない場合には温熱療法,間欠牽引療法,装具療法及び理学療法士による運動療法を試み,これらによっても効果がない場合にはブロック療法や入院持続牽引療法を施行し,以上の保存的治療によっても効果が得られない場合には手術療法の適応となるものと解される。本件の場合,前示のとおり,まず通院による牽引療法,運動療法,薬物療法及び装具療法がそれぞれ試みられたものの,十分な効果が得られなかったことから入院による持続牽引療法,運動療法及びブロック療法が行われたが,これらによっても十分な効果は得られなかったのであるから,一般的には手術療法の適応となるものと解されるのであり,前記認定事実によれば,A医師は,保存的治療の効果を総括的に考慮した上で手術を行うか否かを検討していたものと認められる。 加えて,本件手術の治療目的としていた左上肢の症状が同手術後改善したことは前示のとおりである。 以上の診断経過,治療経過及び本件手術による治療効果等を併せ考慮す 否かを検討していたものと認められる。 加えて,本件手術の治療目的としていた左上肢の症状が同手術後改善したことは前示のとおりである。 以上の診断経過,治療経過及び本件手術による治療効果等を併せ考慮すれば,A医師が,原告の症状の原因として胸郭出口症候群と第5,第6頸椎椎間板ヘルニアの双方の可能性を検討しながら,頸椎椎間板ヘルニアの方が主病変であると考えてこれに対して前方除圧固定術を実施するとした判断が,不適切なものであったとは解し難く,本件手術が医学的適応を欠くものであったとまで認めることはできないというべきである。 (3) 社会的適応についてア本件鑑定は,原告が疼痛及びしびれ等のために家事もできないと訴えていたこと並びにA医師が何としても上記の状況を解決しようと考えていたことからすれば,本件手術の社会的適応は十分にあったが,術前の原告の訴えが多彩であること,身体所見や神経根ブロック所見では神経学的矛盾が多いこと,看護記録(甲5号証)によれば原告の症状は日によって大きく変動していたことなどを考慮すれば,原告には術前から精神心理的問題が存在していたことがうかがわれるから,A医師は手術によって十分な治療効果が得られるか否かについての判断を欠いていた可能性がある旨指摘している。 イ(ア) 原告の生活環境が本件手術により改善される見込みについて前記認定事実及び甲10号証によれば,原告は,平成5年9月ころから頸部,左肩及び左上腕部に疼痛及びしびれを感じるようになり,通院又は入院による様々な保存的治療を受けたものの症状が改善しなかったこと,平成6年8月4日以降の外来受診の際には,「左肩が最も痛い。手のしびれは軽快傾向にあるが残存。主婦の仕事は何とか可能。」(同月25日),「左肩の痛みと左手の脱力感が一番困る。下を向いての仕事がつらい。」(平成6年 以降の外来受診の際には,「左肩が最も痛い。手のしびれは軽快傾向にあるが残存。主婦の仕事は何とか可能。」(同月25日),「左肩の痛みと左手の脱力感が一番困る。下を向いての仕事がつらい。」(平成6年9月1日),「左頸と肩,腕の痛みが一番困る。全体的にはだるさがある。」(同月22日),「肩の痛み,左手のしびれ感,むくみ感,だるさがある。何もしなくてもズキンと痛くなることがある。左を向いては寝られない。」(同月29日),「右手掌のしびれ感が強くなってきた。 左手で物の操作がしずらい。夜間のしびれ,睡眠障害がある。主婦の仕事が長時間は不可能。」(平成6年11月22日)などと訴え,平成7年1月10日ころには,主婦の仕事が30パーセント程度しかできず,午後は寝ているような状況であったことなどが認められるのであり,左肩,左頸及び左上肢の疼痛及びしびれ等の症状が徐々に増悪し,日常生活にも相当の支障が生じるようになっていたものと解される。そして,原告の上記各訴えによれば,原告の主たる症状の1つは疼痛であったと解されるところ,A医師は,平成6年11月22日の診察時に,これまでの保存的治療の効果を総括した上で,手術の効果は除圧による疼痛の軽減であろうと判断しているから,本件手術によって原告の生活環境がある程度改善されることが期待できたものと認めることができる。 (イ) 原告の精神心理的問題の有無及びA医師の注意義務について確かに,本件鑑定が指摘するように,原告には,神経学的に矛盾した身体所見又は神経根ブロック所見が認められ,また,しびれの部位が日によって異なるなど症状が必ずしも一貫していなかったものではあるが,前記認定事実及び甲5,10号証によれば,原告は,主として後頸部から左肩にかけての疼痛並びに左上肢及び左手指のしびれをほぼ一貫して訴えていたものと認め 状が必ずしも一貫していなかったものではあるが,前記認定事実及び甲5,10号証によれば,原告は,主として後頸部から左肩にかけての疼痛並びに左上肢及び左手指のしびれをほぼ一貫して訴えていたものと認めることができ,平成6年6月9日から同年8月1日までの入院期間中の看護記録(甲5号証)にも原告の症状に関して「相変わらず」,「変わりない」などとしばしば記載されている。また,上記入院期間中の原告の症状には日によって程度に差があったものと認められる(甲5号証)が,これは持続牽引療法,装具療法又は神経根ブロック療法等の影響によるものとも考え得る。そうすると,上記入院期間を含む本件手術前の原告の症状が,精神心理的問題の存在を強くうかがわせるほど日によって大きく変動していたとまで認めることはできないというべきであり,身体所見又は神経根ブロック所見で神経学的矛盾が認められたことから直ちに,原告に精神心理的問題が存在していたと断定することはできない。 また,本件手術後のカルテ及び看護記録には,原告の精神面についての記載が比較的多くみられる(甲6,7号証)のに対し,本件手術前のカルテ及び看護記録には原告の精神面に関する記載はほとんど認められない(甲5,10号証)。なお,本件鑑定は,「A先生怖い。何か話し方がね・・・怖いの。」(平成6年7月4日。 甲5号証),「『次回C医師と相談し手術した方が良いか決めると言われた。』とやや不愉快そうな表情である。」(同月22日。甲5号証),「手術に関してはあまりしたくないが」(平成6年9月29日。甲10号証)などのカルテ又は看護記録の記載を挙げて,原告には術前から手術への消極性及びA医師との信頼関係に問題があった旨指摘しているが,患者が手術に対して消極的な態度を示すのはむしろ通常のことと解されるのであり,上記の各記載から直 の記載を挙げて,原告には術前から手術への消極性及びA医師との信頼関係に問題があった旨指摘しているが,患者が手術に対して消極的な態度を示すのはむしろ通常のことと解されるのであり,上記の各記載から直ちに,手術の社会的適応を判断する際に特に慎重に考慮すべき精神心理的問題が原告に存在していたものと認めることはできない。 その他,本件手術前の原告に,上記のような精神心理的問題が存在していたことをうかがわせる客観的な事情は認められない。 以上の各事情を総合すれば,本件手術前の原告に,手術の社会的適応を判断する際に考慮すべき精神心理的問題が存在していたとまで認めることはできず,仮に存在していたとしても,A医師が本件手術の社会的適応を判断する際に原告の精神心理的問題の有無及びこれによる影響について特別に配慮すべき注意義務まで負っていたものと認めることはできないというべきである。 ウしたがって,本件手術前に原告が訴えていた症状及び日常生活において生じている支障の程度並びに本件手術によって生活環境が改善される見込み等を考慮すれば,原告には本件手術の社会的適応があったと認めるのが相当であり,A医師が原告の精神心理的問題の存在及びこれによる影響について特に配慮しなかったとしても,社会的適応の判断において注意義務違反があったとまで認めることはできない。 (4) 以上のとおり,本件手術は,医学的適応を欠くものとまでは認め難く,また,原告には本件手術の社会的適応があったと認められるから,本件手術の適応に関するA医師の判断に注意義務違反を認めることはできない。 よって,その余の点について判断するまでもなく,争点(2)に関する原告の主張は採用できない。 4 争点(3)(本件手術に関する説明義務違反の有無及び因果関係)について(1) 説明義務違反の有無についてア人は, の点について判断するまでもなく,争点(2)に関する原告の主張は採用できない。 4 争点(3)(本件手術に関する説明義務違反の有無及び因果関係)について(1) 説明義務違反の有無についてア人は,自己の生命及び身体をどのように維持,保全するかという問題につき,自らの意思に基づいて決定する基本的な権利(自己決定権)を有しており,その発現として,病気にかかって医師の治療を受ける場合には,患者は,当該治療行為を受けるか否かを自ら決定する権利を有する。この患者の有する権利に対応して,医師は患者に対し,病状,実施予定の治療行為の内容,予想される成果及び付随する危険性,代替可能な治療方法の有無及びその内容,当該治療を実施しない場合の予後の見通し等,患者が当該治療行為を受けるか否かを自ら決定する上で考慮すべき事情について説明する義務を負う。なぜなら,患者は,上記の点について十分な情報を得て初めて,その時期に当該治療行為を受けるか否かを判断し,受ける場合においても発生するかもしれない不本意な結果についてある程度の覚悟を決め,場合によっては別の医療機関で更に検査,診察を受けて手術の適応等について診断してもらい,その結果によっては,転院して他の医師により,又は他の方法による治療を受けることを選択する機会を得ることができるからである。そして,この場合に医師が実際に行うべき説明の内容及び程度は,患者が罹患している疾病の内容及び程度,予定している治療の方法及び内容等の具体的な事情に応じて決定されるものと解される。 イ本件における説明義務の具体的内容本件鑑定によれば,本件当時,頸椎椎間板ヘルニアに対する治療方法として前方除圧固定術を選択した場合,医師は患者に対し,一般的には頸椎椎間板ヘルニアの病態,当該患者の現在の病状,診断のための検査結果,診断に至った理由, 本件当時,頸椎椎間板ヘルニアに対する治療方法として前方除圧固定術を選択した場合,医師は患者に対し,一般的には頸椎椎間板ヘルニアの病態,当該患者の現在の病状,診断のための検査結果,診断に至った理由,治療経過,手術的治療の適応,手術法の選択及び方法,手術の危険性及び合併症並びに術後療法について説明すべき義務を負っていたものと解される。本件の場合,前示のとおり,原告には,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアによる第6頸神経根の圧迫のみでは説明できない症状が認められており,A医師自身,第5,第6頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術で症状の改善を十分図り得るか疑問を感じていたものであり,また,乙6号証及び証人Aの証言によれば,A医師としては,原告の左上肢の症状が頸椎椎間板ヘルニアのみによる症状であるかどうかについて疑問が残ったままの手術であったため,本件手術によって症状が改善しない可能性もあるものと認識していたことが認められる。そして,頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術では,脊髄損傷,神経根損傷,動脈損傷,重要臓器への影響,移植骨の脱転又は癒合不全,血腫,感染など様々な合併症が生ずる危険性があり,特に,脊髄損傷,神経根損傷等は,重篤な後遺障害を発生させる可能性が高いものと解される(甲12,13号証,本件鑑定)。そうすると,A医師らとしては,原告から本件手術の承諾を得るに際して,原告に対し,現在の症状が頸椎椎間板ヘルニアのみによるものとは限らないために手術を行ってもあまり症状が改善しない可能性もあるという本件手術の医学的適応,様々な合併症等が生ずる可能性があり,場合によっては重篤な後遺障害が発生する可能性もあるという本件手術の危険性及びこれらの危険性が現実化した場合の予後について,特に入念に説明すべき義務があったというべきである。 ウしか 可能性があり,場合によっては重篤な後遺障害が発生する可能性もあるという本件手術の危険性及びこれらの危険性が現実化した場合の予後について,特に入念に説明すべき義務があったというべきである。 ウしかし,前記前提事実,甲16,17号証,乙6号証,証人Aの証言及び原告本人尋問の結果によれば,A医師及びC医師は,原告及びその夫に対して,前方除圧固定術の具体的な方法,同手術に要する見込み時間,退院までに2か月程度要すること,出血及び麻酔による合併症等については説明したものの,原告らに動揺を与えないためにあえて脊髄損傷等の本件手術の危険性については説明しなかったことが認められる。 また,平成7年1月11日の入院時に,原告が看護師に対して「最初は手術をすれば80パーセント以上を目標にすると言われたが,昨日,C医師から痛みが半分になれば成功と思ってほしいと言われ,悲しくなってしまった。」と話していた(甲7号証)ことによれば,本件手術の医学的適応に関する事前の説明に不適切な点があったと解するのが相当である。なお,A医師は,原告に対し,本件手術によって術前より悪くなることはないかもしれないが,良くならないかもしれない旨の話をしたはずである旨述べる(証人A)が,同時に,原告に対する術前の説明の細部については記憶が非常にあいまいである旨も述べている(証人A)から,A医師の上記証言のみから,医学的適応に関する事前の説明が適切に行われていたものと認めることはできない。 さらに,原告が,本件手術後の平成7年2月16日に,看護師に対し「先生にリハビリには時間がかかるって言われて悲しい。」などと言ってがっかりした様子を見せていたこと(甲7号証),前示のとおり,原告は,本件手術後のリハビリの効果が遅くかつ小さいことから不安といらだちを募らせ,リハビリへの意欲を低下させ れて悲しい。」などと言ってがっかりした様子を見せていたこと(甲7号証),前示のとおり,原告は,本件手術後のリハビリの効果が遅くかつ小さいことから不安といらだちを募らせ,リハビリへの意欲を低下させがちであったことなどによれば,原告は,本件手術後のリハビリが長期化する可能性についても事前に説明を受けていなかったものと解される。 エ以上のとおり,A医師らは,原告から本件手術の承諾を得るに際し,手術の危険性及びこれが現実化した場合の予後について説明せず,また,医学的適応に関する説明も不十分であったと認められるのであり,そのため,原告は,本件手術によって術前よりも重篤な症状が発生する可能性のあること,及び,術後のリハビリに相当長期間を要する場合もあることを認識しないまま本件手術を承諾したものと認められる。A医師らが上記の点について事前に適切な説明を行っていれば,原告は,本件手術によって症状が十分改善されない可能性があり,場合によっては脊髄損傷等の何らかの不本意な結果が発生して重篤な後遺障害が生じ本件手術後のリハビリにも相当長期間を要する可能性もあることを認識し,これらの可能性に対して相応の覚悟をした上で,手術を受けるとの決断をすることができたものであって,A医師らが上記の点に関する適切な説明を欠いたことにより,原告は,十分な情報を得た上で手術を受けるか否かを判断する機会を不当に制限されたというべきであるから,A医師らの本件における説明は,当時,医師に求められていた説明義務に違反するものであったといわざるを得ない。 よって,A医師らには本件手術の危険性等に関する説明を怠った説明義務違反がある旨の原告の主張は理由がある。 (2) 因果関係について原告は,A医師らが説明義務を尽くしていれば,原告が本件手術を承諾しなかった蓋然性が高く,したがっ 険性等に関する説明を怠った説明義務違反がある旨の原告の主張は理由がある。 (2) 因果関係について原告は,A医師らが説明義務を尽くしていれば,原告が本件手術を承諾しなかった蓋然性が高く,したがって,後遺障害も発生しなかったものと考えられる旨主張する。 しかし,前示のとおり,原告は,平成5年9月ころに左肩及び左上肢の疼痛及びしびれ等の症状が出現して以来,通院及び入院による様々な保存的治療を受けたものの十分な効果を得られなかったこと,原告が本件手術前に訴えていた症状の程度は相当強く,家事が30パーセント程度しかできないなど日常生活にも支障が生じていたこと,原告は,平成6年7月下旬ころにA医師らから手術の可能性について言及された際には,手術を受ける決意まではできなかったものの,信州大学医学部附属病院のB医師による検査及び診察を受けて,同医師から頸椎椎間板ヘルニアの症状の方が強いから手術を受けるか否かよく考えるよう言われて手術を受ける気持ちを固めていったこと(原告本人),前方除圧固定術における脊髄,神経根損傷等の合併症の発生頻度はエアドリルが使用されるようになって以来,皆無ではないものの,相当低下したものと解されること(甲12号証),前方除圧固定術の予後は患者の年齢及びヘルニアの脱出の程度にも影響されるところ,本件手術当時の原告の年齢及びヘルニアの脱出の程度からすれば,原告の場合は前方除圧固定術によって症状の改善が期待できる症例であると予想し得たこと(証人A)などの各事情を考慮すれば,A医師らが原告に対し,脊髄損傷等の不本意な結果が発生する危険性,これが現実化した場合に治療が長期化する可能性及び本件手術の医学的適応について適切な説明を行っていたとしても,原告が本件手術を受けるという決断をした可能性は低くないものと認めるのが相当である。 確 これが現実化した場合に治療が長期化する可能性及び本件手術の医学的適応について適切な説明を行っていたとしても,原告が本件手術を受けるという決断をした可能性は低くないものと認めるのが相当である。 確かに,前示のとおり,原告は,本件手術の前日である平成7年1月16日にA医師から再度,手術に関する説明を受けた後,「恐くなった。おそろしい。めまいがしてくる。」,「手術,今から中止にしちゃだめかな。」などと看護師に訴え,また,手術当日にも「手術するのもいやになっちゃったな。なんだかおそろしくて。」などと言っていたが,原告本人尋問の結果によれば,本件手術の前日に受けた説明は,それ以前に受けた説明とほぼ同様の内容であったものと認められるのであり,上記平成7年1月16日の説明後も,原告は,面会人と明るい表情で談話をしたり,手術に対する不安を口にしつつも笑顔もみせていたことなどを考慮すると,上記の各発言からうかがわれる原告の不安や手術に対する消極的な態度は,手術直前の患者に通常みられる緊張及び不安とかけ離れるものではないと考え得るのであり,原告の上記各発言から,A医師らが説明義務を尽くしていれば原告が本件手術を承諾しなかった可能性が高かったものと解することはできない。 以上によれば,A医師らが説明義務を尽くしていれば,原告が本件手術を承諾しなかったであろうことを是認し得る高度の蓋然性まで認めることはできないから,A医師らの上記説明義務違反と原告が本件手術を承諾したこととの間に因果関係を認めることはできない。よって,その余の点について判断するまでもなく,上記説明義務違反と原告の後遺障害との因果関係に関する原告の主張は採用できない。 5 争点(4)(損害)について前示のとおり,A医師らには本件手術の危険性等に関する十分な説明を怠った説明義務違反があるから, 義務違反と原告の後遺障害との因果関係に関する原告の主張は採用できない。 5 争点(4)(損害)について前示のとおり,A医師らには本件手術の危険性等に関する十分な説明を怠った説明義務違反があるから,A医師らの使用者である被告は,不法行為責任に基づき,原告に対し,上記説明義務違反と相当因果関係のある損害を賠償すべき責任を負う。 そこで,上記説明義務違反と相当因果関係のある損害について検討するに,A医師らが説明義務を尽くして原告に十分な説明をしていれば,原告が本件手術を承諾しなかった蓋然性が高いとまで認められないことは既に述べたとおりであるから,本件手術と原告の後遺障害との間の因果関係の存否はともかくとして,上記説明義務違反と原告の後遺障害との間に相当因果関係を認めることはできない。よって,これを前提とする原告の損害の主張は理由がないものといわざるを得ない。 もっとも,前示のとおり,原告は,本件手術の危険性等に関する十分な説明を受けなかったために,本件手術によって何らかの合併症等が発生して術前よりも重篤な症状が発生する可能性のあること及び合併症の発生等によってリハビリに相当長期間要する場合もあることをほとんど認識せず,したがって,これらの可能性に対する相応の覚悟をしないまま,本件手術を受ければ症状が相当程度改善するものと考えて,本件手術を承諾し,同手術を受けたところ,体幹の機能障害及び両下肢機能の著しい障害が発生し,本件手術前よりも重篤な症状を有するに至ったものである。甲5,6,16,17号証,原告本人尋問の結果,本件鑑定及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件手術前に抱いた予想と同手術後の状態との落差によって大きな精神的苦痛を被ったものであり,これが,本件手術後に施行されたリハビリが停滞して両下肢の運動機能低下が固定化するに至ったことに相当程 は,本件手術前に抱いた予想と同手術後の状態との落差によって大きな精神的苦痛を被ったものであり,これが,本件手術後に施行されたリハビリが停滞して両下肢の運動機能低下が固定化するに至ったことに相当程度の影響を与えたものと認められる。 そして,前示のとおり,原告は,本件手術を承諾するに際しA医師らから十分な説明を受けていれば,手術後に不本意な結果が生じる可能性のあることをあらかじめ認識し,これに対する相応の覚悟をした上で手術を受けることができたものであり,このような経緯で手術を受けていれば,原告が上記の精神的苦痛を被ることはなかったものと推認することができる。そうすると,A医師らの説明義務違反と原告の上記の精神的苦痛との間には相当因果関係があるものと認めることができるから,被告は原告に対し,A医師らの説明義務違反によって原告が被った上記の精神的苦痛による損害について賠償すべき責任を負うものと解するのが相当である。なお,本件鑑定によれば,原告の後遺障害の主たる原因は精神心理的要因による不用性の筋力低下であると解されるところ,甲12号証,証人Aの証言及び本件鑑定等によれば,頸椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術の施行後に原告にみられるような後遺障害が発生することが一般的なものであったとは考え難いが,脊髄損傷等,上記手術に伴うことがあるものとして一般的に認識されている危険性について十分な説明を受けることにより,不本意な結果が生じる可能性があることに対して相応の覚悟をすることは可能であったものと解されるから,原告に発生した後遺障害が一般的なものでなかったとしても,上記認定は左右されないというべきである。 そして,原告が被った上記の精神的苦痛の内容及び程度,本件手術後約5年間入院してリハビリを継続したものの十分な機能回復が得られず,身体障害者等級第 たとしても,上記認定は左右されないというべきである。 そして,原告が被った上記の精神的苦痛の内容及び程度,本件手術後約5年間入院してリハビリを継続したものの十分な機能回復が得られず,身体障害者等級第1種2級の障害が残存し,日常生活にも相当大きな支障を来していることなどを考慮すると,A医師らの前記注意義務違反によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては300万円を認めるのが相当である。 また,本件訴訟の事案の内容,審理経過,認容額,その他の事情を考慮すると,本件において原告が被告に対し賠償請求し得る弁護士費用は50万円とするのが相当である。 6 結論以上のとおりであるから,原告の被告に対する本訴請求は,350万円及びこれに対する原告の上記損害が発生したと認められる日の後である平成7年8月11日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用に負担について民事訴訟法61条,64条を,仮執行宣言及びその免脱宣言につき同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官佐久間邦夫裁判官倉澤守春裁判官松田敦子

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