令和3年11月4日宣告平成30年第453号殺人,殺人未遂,住居侵入,建造物侵入,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件 主文 本件各公訴事実について,被告人はいずれも無罪。 理由 第1 公訴事実本件公訴事実は,「被告人は,第1 平成29年7月16日午前5時13分頃から同日午前6時27分頃までの間に,神戸市a区(住所省略)被告人方において,祖母であるA(当時83歳)に対し,殺意をもって,その頭部等を金属製バットで殴打し,その後頸部及び背部を文化包丁(刃体の長さ約16.3センチメートル)で突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,Aを左総頸動脈及び左椎骨動脈切損,右外頸静脈切断並びに右肺刺創により失血死させて殺害した,第2 同日午前6時15分頃から同日午前6時20分頃までの間,前記被告人方及び被告人方敷地内において,祖父であるB(当時83歳)に対し,殺意をもって,その頭部等を前記金属製バットで殴打し,その頸部等を前記文化包丁で突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,Bを右総頸動脈及び右内頸静脈切損により失血死させて殺害した,第3 同日午前6時15分頃から同日午前6時20分頃までの間,前記被告人方において,母であるC(当時52歳)に対し,殺意をもって,その頭部等を前記金属製バット及び合板(重量約2キログラム)等で殴打し,その頸部を両手で絞め付けるなどしてCを殺害しようとしたが,Cが逃走したため,Cに加療約32日間を要する頭部挫創等の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった,第4 正当な理由がないのに,同日午前6時27分頃,同区(住所省略)D方敷地内に侵入し,その頃,同所において,D(当時79歳)に対し,殺意をもって,その頸部等を前記文化包丁で突き刺すなどし,よって,その頃,同 な理由がないのに,同日午前6時27分頃,同区(住所省略)D方敷地内に侵入し,その頃,同所において,D(当時79歳)に対し,殺意をもって,その頸部等を前記文化包丁で突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,Dを左内頸動脈及び左外頸動脈切断並びに左内頸静脈切損により失血死させて殺害した, 第5 正当な理由がないのに,同日午前6時28分頃から同日午前6時33分頃までの間に,Eが看守する同区(住所省略)所在の小屋内に侵入し,その頃,同所において,F(当時65歳)に対し,殺意をもって,その頭部等を前記文化包丁で突き刺すなどしてFを殺害しようとしたが,Fから抵抗されたため,Fに全治約14日間を要する頭部刺創等の傷害を負わせたにとどまり,その目的を遂げなかった,第6 業務その他正当な理由による場合でないのに,同日午前6時33分頃,同区(住所省略)路上において,前記文化包丁1本を携帯した」というものである。 第2 争点被告人が公訴事実記載の各行為(以下「本件各行為」という。)をしたことに争いはなく,本件の争点は責任能力である。この点について,本件各行為が精神障害による妄想・幻聴の影響下で行われたことに当事者間に争いはないが,弁護人は,被告人は本件当時,重度の統合失調症に罹患しており,その妄想・幻聴の圧倒的な支配の下で本件各行為に及んだものであり,心神喪失の疑いがあるから被告人は無罪であると主張する。これに対し,検察官は,妄想・幻聴の影響は圧倒的なものではなく,善悪判断能力及び行動制御能力は著しく低下していたが全くなかったわけではないので,心神耗弱にとどまると主張する。 第3 当裁判所の判断当裁判所は,被告人が本件各行為当時,心神耗弱状態にあったことに間違いがないとまでは認められず,心神喪失状態にあったのではないかとの合理的疑いを払 弱にとどまると主張する。 第3 当裁判所の判断当裁判所は,被告人が本件各行為当時,心神耗弱状態にあったことに間違いがないとまでは認められず,心神喪失状態にあったのではないかとの合理的疑いを払拭することができないと判断した。以下,その理由を説明する。 1 前提事実等関係証拠により認められる事実は,以下のとおりである。 ⑴ 平成29年5月頃までの事実経過ア被告人は,平成●年●月●日に神戸市内で出生し,本件当時は●歳で,被告人方において,祖父であるB,祖母であるA,母であるCと4人で生活していた。 なお,被告人には精神障害の病歴はない。 イ被告人は,高等専門学校を中退後,運送会社でのアルバイトを経て,神戸市内の専門学校に入学し,平成28年春に同校を卒業して就職したが,同年9月末頃に退職した。それ以降,被告人は,自宅に引きこもって不規則な生活を送りながら,金を稼ぐ方法を考えていたところ,同年末頃,「東方プロジェクト」というゲーム,漫画及び音楽CD等のシリーズのうち,東日本大震災以前に発売されたゲームの中に,同震災やそれに起因する福島第一原子力発電所の事故の発生を予言する暗号が隠されていたと考えるに至った。被告人は,他にも「東方プロジェクト」のゲーム,漫画及び音楽CDに,世界で起きる出来事を予言する暗号が隠されているなどと考えるとともに,宝くじのCMの出演俳優が出演している番組にも宝くじの当選番号が暗号になって隠されているなどと考え,これらを利用して金儲けをすることを思い付き,それらの暗号解読に没頭していくようになった。 ウ被告人は,「東方プロジェクト」の暗号が複雑であり,その解読に集中したいと思うようになり,遅くとも平成29年5月頃には,宝くじの暗号解読をやめ,「東方プロジェクト」の暗号解読に没頭するようになっ ウ被告人は,「東方プロジェクト」の暗号が複雑であり,その解読に集中したいと思うようになり,遅くとも平成29年5月頃には,宝くじの暗号解読をやめ,「東方プロジェクト」の暗号解読に没頭するようになったが,その頃,「東方プロジェクト」の漫画及び音楽CDの中に,自身が攻撃を受ける旨の被告人に関する暗号が隠されていると思い至り,怖いと感じるとともに,暗号を仕組んでいる勢力に監視されているのではないかと考えた。 ⑵ 本件前日までの事実経過ア平成29年(以下,全て同年である。)7月12日,被告人は,高専時代の同級生であった女性Gが,インターネット掲示板上の投稿を介して,被告人に対し「自分を頼れ。」というメッセージを送ってきていると考えるに至り,運命的なものを感じるとともに,Gに対し好意を抱くようになった。 イ 7月14日,被告人は,インターネットで動画を視聴していたところ,いきなり喉がいがらっぽくつかえるように「んん。」と鳴るように感じた。被告人は,Gからのメッセージではないかと思い,自ら声を出して「Gさんか。」と聞くと,再び自分の意思とは無関係に勝手に「んん。」と自分の喉が鳴ったので,Gが自分に対し メッセージを送っていると思い,非常に驚いた。 ウ被告人は,Gが画面上に表示された株価を介して以前被告人がアルバイトをしていた運送会社に集合しろとのメッセージを送っていると考えた。そこで,被告人は,Gに対し「服を選んでほしい。」と頼み,タンスを開けて複数の服を見ていくと,最初のうちはいずれも「んん。」と喉が鳴っていたが,ある服に目が留まった時だけ何の反応も示さなかったことから,その服を着ていけということなのだと思い,その服を着た。 エ被告人が風呂に入って出てくると株価が変わっていたことから,集合場所が変更になったと思い,いくつか だけ何の反応も示さなかったことから,その服を着ていけということなのだと思い,その服を着た。 エ被告人が風呂に入って出てくると株価が変わっていたことから,集合場所が変更になったと思い,いくつか場所を挙げて聞いていくと,以前被告人の通っていた専門学校を挙げた時だけ自分の喉が鳴らなかったことや,変更後の株価から,集合場所が専門学校へと変更になったと考えた。そこで,被告人は,Cに対し「高専時代の友達に会う。」と言って,専門学校までCに車で送迎してもらうことにした。 オ被告人は,専門学校に向かう車中で,初めてGの声を聞くに至った(Gの声が聴こえたように感じたというのが正確だと思われる。以下も同様である。)。そして,専門学校到着前には,Gから「お母さんに会いたい。結婚するって言って。」と言われたが,そのことをCに伝えるとCがびっくりすると思うし,自身に好きな人がいて結婚することを言うのは恥ずかしい,これらに加え当時Gは世界の裏事情に関わる人物であると思い込んでいたので,Gのことを口外しない方が良いなどと考えて,Cにはあえてその旨を伝えなかった。なお,被告人は,CにはGの声が聞こえていない様子だったことや,元々暗号を通じて自分に向けてメッセージを送られてきていたことなどから,自分にしか聞こえない声だと察知した。 カ被告人は,専門学校に到着した後,Cを残して一人で降車した。校内に入った被告人は,勝手に自分の指がある女性を指さすように感じるとともに,Gから「その人が私だよ。」と言われたので,背後からその女性に近付いていったが,その女性が振り向くとGではないことが分かった。その後は,かつての担任教諭と会い,仕事を辞めた旨自身の近況を話すなどした。被告人は,これ以上Gに関する手掛かり はないと考え,Gに対し「一旦戻って良いか。」と聞くと,G はないことが分かった。その後は,かつての担任教諭と会い,仕事を辞めた旨自身の近況を話すなどした。被告人は,これ以上Gに関する手掛かり はないと考え,Gに対し「一旦戻って良いか。」と聞くと,Gがこれを了承したため,Cのいる車へと戻り,その後はCとともに百貨店に寄り,妹を車に乗せて妹方へ行くなどした後,帰宅した。 キ帰宅後,被告人は,Gから「仏壇の前で両手の甲同士を合わせて拝んでくれ。」と言われ,Gの指示どおりに両手の甲同士を合わせて仏壇にお参りをしたり,Gから「トイレを動画で撮影してくれ。」と言われ,Gの指示どおりにトイレの中を動画撮影するなどした。その際,トイレの中にゴキブリがおり,Gから「そのゴキブリは私が見に来ているんだよ。」と言われた。その夜には,Gから「何度も輪廻転生を繰り返しながら,あなたが気付くのを待っていた。」と言われ,被告人は,そのことをうれしく感じ,Gに対する恋慕の情を強めていった。 ク 7月15日午前,被告人は,Gから「今日はH神社に来てくれ。古い五円玉と新しい五円玉の両方を持って,古い五円玉の方でお参りをしてくれ。待ち合わせの時刻は午後6時13分14秒。神社で待ち合わせをして会った後,ロシアンルーレットをやる。」などと言われ,前日にGから「結婚」という言葉を聞いていたことなども相まって,Gと結婚するための試練であると思った。そこで,被告人は,礼服を着用し,Gから指示された古い五円硬貨と新しい五円硬貨に加え,婚姻届に押印するために必要であるなどと考えて印鑑を持った上で,H神社へと向かった。H神社到着後,被告人は,自身の手と口を清めた上でお参りをしたが,その後もGが現れる様子はなく,知人から電話が掛かってきたのを機に,Gに対し「もう帰っていいかな。」と問うと,Gがこれを了承したので,知人と電話をしながら帰路 自身の手と口を清めた上でお参りをしたが,その後もGが現れる様子はなく,知人から電話が掛かってきたのを機に,Gに対し「もう帰っていいかな。」と問うと,Gがこれを了承したので,知人と電話をしながら帰路に着いた。被告人は,知人との会話の中で,同人が仕事仲間で待ち合わせを守らない人物がいることについて不満を述べていたのを聞いて,自分が神社でGのことを待っていなかったことについてGが怒っているのだと思った。 ケ同日深夜,被告人は,Gから「自慰行為をして。」と命じられたので,Gに対し,「画像や動画を選んでくれ。」と頼むと,マウスを持っていた手が勝手に動いて選んでくれているように感じたが,いずれも自分の好みのものではなかった。そこ で,Gに対し「Gさんに似ている画像とか動画はないの。」と聞くと,Gから「アダルトサイトに行って。」と言われたので,自身がよく閲覧していたアダルトサイトにアクセスすると,再度手が勝手に動き,Gと思しき人物が自慰行為をする動画をクリックしたように感じた。被告人は,Gに対し「動画に映っている人物はGさんだよね。」などと聞くと,Gから本人であると言われたので,自分に対しGがそのような姿を見せてくれたことをうれしく感じ,自慰行為に及んだ。 コ被告人は,自慰行為終了後,引き続きベッドでGと世界の事情等について話していたところ,Gから「この世界の人間は,君と私以外はみんな哲学的ゾンビなんだよ。」と言われた。「哲学的ゾンビ」とは,人間と全く同じ姿形をしており,人間と全く同じ振る舞いをするが,自我や感情のない存在を意味する哲学用語であり,被告人は,以前からインターネットでこの用語を知っていた。被告人は,当初Gが世界の裏事情に通じる人物であると思っていたが,この頃には,Gが株価を動かしたり,何度も輪廻転生を繰り返して待っていたと ,被告人は,以前からインターネットでこの用語を知っていた。被告人は,当初Gが世界の裏事情に通じる人物であると思っていたが,この頃には,Gが株価を動かしたり,何度も輪廻転生を繰り返して待っていたと言われていたことから,Gが半ば神なのではないかと思うようになり,Gなら自分の願いを叶えてくれると思い,Gに対し「もうちょっと顔をかっこよくして,背を伸ばしてほしい。」などと頼んで,翌16日未明に就寝した。 ⑶ 本件各行為に至る直前の事実経過ア 7月16日(以下,日付は全て同日である。),被告人は,遅くとも午前5時13分頃までに起床すると,自分の目が大きくなって少々顔がかっこよくなっており,背も伸びて全体的にすっと細くなったと感じ,就寝前にGに頼んでいたことが現実化したと思った。 イ被告人は,Gから「今日も神社に来てくれ。」と言われたので,Gにどのような服装で行ったら良いのか問うと,昨日と同じように礼服で来るように指示されたので,ワイシャツを探しに自室のある増築部分2階から増築部分1階へと降りた。 その際,左手の親指と人差し指が5回くっついたり離れたりを繰り返し,同様に親指と中指,薬指及び小指とで順次それぞれ同じ動きをしたことから,被告人は,カ ウントダウンを示すサインであると考え,急がなくてはならないと感じて焦った。 ウ増築部分1階に降りた被告人は,初めにAの居室である増築部分1階南寝室へ行ってワイシャツを探したが,結局ワイシャツを見つけることはできなかった。 その際,被告人は,同居室内のベッド上でAが寝ている様子を目撃した。 エ Aの居室を出た被告人は,台所を通って玄関横のクローゼットへと向かったが,その際,台所で新聞を読んでいたBに「おはよう。」と言い,互いに挨拶を交わした。被告人は,玄関横のクローゼット内を探してもワイシャツ 室を出た被告人は,台所を通って玄関横のクローゼットへと向かったが,その際,台所で新聞を読んでいたBに「おはよう。」と言い,互いに挨拶を交わした。被告人は,玄関横のクローゼット内を探してもワイシャツを見つけることができずにいたところ,Gから「横を見て。」と言われたことから,その指示に従って横を見ると,ワイシャツを発見した。被告人は,そのワイシャツを持って自室に戻りこれを着たが,サイズが小さかったことから,再度ワイシャツを探しに増築部分1階へと降りた。 オ台所に行くと,Bは相変わらず新聞を読んでおり,その脇にあったカレンダーの7月21日の欄に「乾布摩擦の日」との記載があったことから,Bと一緒に乾布摩擦をするよう暗号により指示されていると考え,Bに対し「乾布摩擦。」と言ってみたが,Bから「へ。」と言われたことから,暗号を解読し間違えたのだと思った。 カそして,被告人は,Cの居室である母屋寝室へと行き,ノックもせずにいきなり同居室内に入り,Cからの「おはよう。」という挨拶にも返事をせずにいたところ,同居室内で「FREEYOURMIND」というロゴの上に「LOCK」という文字が入ったTシャツを見つけると,これを「自分の精神の自由が阻害されている。」というGからのメッセージであり,このTシャツを自分に着るよう暗号により指示されていると考え,Cに対し「着たい。」と言ったが,Cからサイズが合わないと言われたことから,着てほしいという意味ではなく,暗号を解読し間違えたのだと思い,そのまま自室に戻った。 キ自室に戻った被告人は,自分の右手が握った状態から親指,人差し指及び中指のみが伸び,第4指,第5指のみで握った拳銃のような形となって,クローゼットを指さしたように感じたことから,Gの不思議な力でクローゼット内に45口径 の拳銃を入れて から親指,人差し指及び中指のみが伸び,第4指,第5指のみで握った拳銃のような形となって,クローゼットを指さしたように感じたことから,Gの不思議な力でクローゼット内に45口径 の拳銃を入れてくれたのだと思い,クローゼット内に拳銃がないか探した。クローゼット内に拳銃はなかったが,金属バットがあり,これを見たときに右手に強い力が入ったと感じたことに加え,就寝前にGから「この世界の人間は,君と私以外はみんな哲学的ゾンビなんだよ。」と言われていたこと,Cの居室にあったTシャツにプリントされた文字から自分の精神の自由が阻害されていると解釈したこと,さらに,「東方プロジェクト」の漫画の中で順番に人が死んでいくといったストーリー展開を想起したことも相まって,Gが「やれ。」,すなわち,超常的な存在であるGと結婚するための試練として「神社に行くまでに出会った哲学的ゾンビを倒せ。」というメッセージを送っているのだと考えた。被告人は,躊躇を覚えたが,右手が握り拳を作ったり開いたりを繰り返すように感じたことから,哲学的ゾンビを倒さなければGが別れると言っていると考えた。被告人は,「嫌や。」と声に出すとともに,両手を握った状態から親指及び人差し指のみ伸ばした状態にしたまま,「信じるで,信じるで。」と声に出して言ったところ,その状態のまま両手に強い力が入ったと感じたので,哲学的ゾンビを倒すことがGと結婚するための試練であることが確認できたと考えた。被告人は,哲学的ゾンビを倒さなければGとの結婚が叶わなくなってしまうと考え,Gとの結婚を実現すべく哲学的ゾンビを倒すことを決意した(なお,被告人は,「東方プロジェクト」に関する暗号の解読により,自分が攻撃を受けるのではないかと思っており,哲学的ゾンビを倒さないと自分が攻撃を受けるのではないかとも考えたが,これは本 を決意した(なお,被告人は,「東方プロジェクト」に関する暗号の解読により,自分が攻撃を受けるのではないかと思っており,哲学的ゾンビを倒さないと自分が攻撃を受けるのではないかとも考えたが,これは本件各行為の主たる動機ではない。)。 本件各行為の際の事実経過ア被告人は,自室のクローゼット内にあった前記金属バット(重量約490グラム,軟式,少年用)を持ち出した上,最初にAの居室へと向かい,居室でうつ伏せの体勢で寝ていたAの後頭部を前記金属バットで多数回殴り付けた。これに対し,Aは,何回か「痛い。」と言って叫んでいたが,やがて動かなくなったことから死んだと思い,一旦その場を離れた。 イ午前6時15分頃,被告人は,母屋玄関土間において,Bに対し,後方から 「ちょっと待って。」などと声を掛け,その声掛けに応じてBが振り向こうとするや,その頭部等を前記金属バットで多数回殴打するなどした。その頃,ガラスの割れるような物音を聞きつけたCが玄関土間に駆けつけ,被告人とBの間に体を入れるような形でBを殴打している被告人を止めようとしたことから,被告人は,止めに入ったCの頭部等も前記金属バットで多数回殴打するなどした。被告人は,Cから前記金属バットを掴まれるなどの抵抗を受けたが,右手でBの目に指を入れようとしたり,左手でCを殴打するなど,なおも両名に対し暴行を加え続けた。 ウ午前6時16分頃,Bは,被告人の隙をみて玄関土間から屋外に逃走した後,増築部分の方へと回って行き,その1階南東に位置する寝室東側の縁側から増築部分1階南寝室に入り,同室内に設置されていた白色子機電話を持ち出した。他方,被告人は,玄関土間に置いてあった合板(重量約2キログラム)や拳等でCの頭部等を多数回殴打し,さらに,両手でCの首を絞め付けるなどした後,Cに対し,「楽 置されていた白色子機電話を持ち出した。他方,被告人は,玄関土間に置いてあった合板(重量約2キログラム)や拳等でCの頭部等を多数回殴打し,さらに,両手でCの首を絞め付けるなどした後,Cに対し,「楽にしたるからな。」と言って,玄関土間から台所の方に向かっていったので,Cは,その隙をみて屋外に逃れ,自宅から離れた。 エ被告人は,玄関土間から屋外に出るや,午前6時19分頃,玄関先で110番通報をしていたBと遭遇し,午前6時20分頃,被告人方敷地内南西角付近において,仰向けの状態で倒れたBの頸部等を所携の文化包丁(刃体の長さ約16.3センチメートル)で突き刺すなどした。また,被告人は,自宅を出発した午前6時27分頃までの間に,増築部分1階南東に位置する寝室東側の縁側において,Aの後頸部及び背部を前記包丁で多数回突き刺すなどした。 オ被告人は,自宅を出発する前にトイレに行きたかったのであるが,前記⑶イのとおりカウントダウンのサインが出ていたこともあって時間がないと思い,トイレには寄らず,午前6時27分頃,パジャマを着用した状態のまま前記金属バット及び前記包丁を持って自宅を出発し,小便を漏らしながらH神社に向かって南進歩行を開始した。 カ被告人は,H神社に向かって南進歩行中,道路沿いのD方付近にいたDの姿 を認めてDも倒すことにし,午前6時27分31秒頃,D方の駐車場入口からその敷地内に侵入した上,敷地内にいたDに後方から駆け寄り,Dの左顔面,左頭部等を前記包丁で素早く多数回突き刺すなどして殺害した。 キ被告人は,午前6時27分45秒頃,D方駐車場入口から道路に出た後,さらにH神社に向かって南進歩行を続けていると,前方で原動機付自転車に乗った通行人,自転車に乗った通行人及び徒歩の通行人が道を曲がっていくのをそれぞれ認めたが,G ,D方駐車場入口から道路に出た後,さらにH神社に向かって南進歩行を続けていると,前方で原動機付自転車に乗った通行人,自転車に乗った通行人及び徒歩の通行人が道を曲がっていくのをそれぞれ認めたが,Gによる指示はあくまで自分の近くで見つけた哲学的ゾンビを倒せというもので,自分から遠くにいる哲学的ゾンビについては追跡しなくても良いと考え,特に追跡することはしなかった。そして,被告人は,午前6時28分頃から午前6時33分頃までの間,道路沿いの小屋内にいたFの姿を認めてFも倒すことにし,同小屋内に侵入して背後からFに接近し,Fが人の気配を感じて振り返るや,右手に持った前記包丁を振りかざしてFの頭部等を切り付けた後,倒れたFに対し,しゃがんだ状態から前記包丁を何度も振りかざしてその左肩から左肘付近を刺そうとし,Fが抵抗してもなおFを刺し続けていると,Fが意識朦朧状態になったことから,Fが死んだと思い,反転して小屋を出た。その後,被告人は,前方約20メートル先付近に通行人2名がいるのを認めて襲おうとしたが,いずれにも逃げられたことから,倒すのを諦めてH神社に向かっていった。 ク被告人がさらにH神社に向かって歩いていたところ,午前6時33分頃,2名の警察官が被告人の前に立ち塞がり,被告人に対し,包丁をその場に放すように指示した。その際,被告人は,自分が包丁を所持していたことについて誰かが通報し,前記警察官らが自分のことを捕まえに来たと思った。他方,被告人は,前記警察官らも哲学的ゾンビであり倒さなければならないと思ったが,凶器を持っているとはいえ,当時は体力的にも相当ばてていたのもあって,拳銃も所持している警察官2名に太刀打ちするのは困難と考え,指示どおり前記包丁をその場に放置した。 もっとも,被告人は,神社には行きたかったので,立ち塞がる前記警察官ら 的にも相当ばてていたのもあって,拳銃も所持している警察官2名に太刀打ちするのは困難と考え,指示どおり前記包丁をその場に放置した。 もっとも,被告人は,神社には行きたかったので,立ち塞がる前記警察官らの横を通り抜けてH神社に向かって走り出した。その上で,被告人は,前記警察官らによ る後方からの追跡を妨害するため,持っていた前記金属バットを後方の前記警察官らに向かって投げ付けるなどした。しかし,被告人は,午前6時34分頃,H神社の境内で前記警察官らに追い付かれ,銃砲刀剣類所持等取締法違反により現行犯逮捕された。 ケ被告人は,前記警察官らにより地面に取り押さえられている際,H神社の火の見櫓にたくさんのカラスがいたことからGが見ていると思い,Gに対し「お参りできなかったけど,これで試練クリアで良いか。」と聞くと,Gから「良いよ。」と言われた。また,被告人は,Gの指示に従って行動したことで警察官に捕まったのであるから,Gと結婚するための新たな試練が開始したなどと考え,その新たな試練を乗り越えればGと結婚することができると考えた。 コ被告人は,パトカーに乗せられて有馬警察署に引致されたが,警察署への引致に抵抗することなく素直に応じ,午前6時54分から実施された弁解録取手続時及びその後には,警察官に対し「(包丁は)誰でもいいから攻撃したり,刺したりするために持っていました。」,「人ってなかなか死なないもんですね。おじいちゃんおばあちゃんを何回もバットで殴ったけど,死なないんで包丁で何回も刺しました。」,「大変なことをしてしまいました。」,「僕はえらいことをしてしまいましたよね。」などと言い,幻聴・妄想に関する話は一切しなかった(なお,I警察官は,公判廷において,警察署に向かうパトカー内で,I警察官が「今日は何があったん。」と問うと,被 えらいことをしてしまいましたよね。」などと言い,幻聴・妄想に関する話は一切しなかった(なお,I警察官は,公判廷において,警察署に向かうパトカー内で,I警察官が「今日は何があったん。」と問うと,被告人が,「大変なことをしてしまいました。」と答えた旨供述する。しかし,この供述は,被告人がパトカー内では「頭が痛い。」「しんどい。」と言った程度で他に警察官との会話はなかった旨の証拠(甲156の別紙3)と矛盾する。また,I警察官は,取調室に着いた後も,被告人と先ほどと同じようなやり取りをした旨供述するが,捜査に色が付いてはいけないので,事件のことを聞いてはいけない旨指導を受けていたと言いつつ,上記のようなやり取りを繰り返したというのも,いささか不可解である。結局,I警察官の供述の信用性には疑問があり,パトカーに乗った時点で,被告人が上記のような発言をした事実は認められない。)。 2 精神科医の意見について本件では,J医師,K医師及びL医師という3名の精神科医の意見が証拠として取り調べられている。このうち,L医師の意見については,その証言内容等に照らし,J医師及びK医師の鑑定の信用性評価に必要な範囲で参考にすることとする。 捜査段階において,最初に被告人の精神鑑定を行ったJ医師は,被告人は本件当時,妄想型統合失調症に罹患しており,本件各行為は統合失調症の幻声,妄想及び身体的被影響体験の影響により動機付けられたものである,特に,被告人が,「自分がH神社に行くまでの道中で出会った哲学的ゾンビを倒すこと」ができれば,「Gが自分と結婚してくれる」と確信したことは,女性と結婚するために哲学的ゾンビを倒すという目的と手段の関係性において了解不能であるばかりか,「自分がH神社に行くまでの道中で出会った哲学的ゾンビを倒す」という考え自体も,「Gが自 確信したことは,女性と結婚するために哲学的ゾンビを倒すという目的と手段の関係性において了解不能であるばかりか,「自分がH神社に行くまでの道中で出会った哲学的ゾンビを倒す」という考え自体も,「Gが自分と結婚してくれる」という考え自体も了解不能であり,このように二重の意味において動機が了解不能であることからすれば,被告人は本件当時,非常に重篤な精神状態にあった,被告人は被害者らを哲学的ゾンビと認識しており,人を殺害しているという認識はなかったといえ,本件各行為はその精神症状の圧倒的な影響を受けてなされたものである旨説明する(以下,J医師の鑑定意見を「J鑑定」という。)。 J医師は,長年にわたる精神科医としての知見及び経験に基づき,検察官から提供された捜査資料や関係者の供述を踏まえ,被告人と合計11回にわたり精神医学的面接を行い,一般的な心理検査を実施するなどした上で,上記の判断に至っているのであり,鑑定の前提条件に格別誤りはなく,判断過程に合理性を欠く点も認められない(検察官が指摘する点は後に検討する。)。 次に,捜査段階において2度目の精神鑑定を行ったK医師は,被告人は本件当時,妄想型統合失調症に罹患していた疑いがあり,これによる幻覚妄想の影響を受けて本件各行為に及んだものであるが,妄想構築過程や本件時の言動には,被告人自身の思考や現実的な批判能力等の正常な精神構造が一定程度機能していること,精神症状についての被告人の供述が変遷しており,精神症状の影響の大きさには疑問が あること,被告人の精神症状は統合失調症の典型的な症状とはいい難いこと,被告人の元来の性格傾向や当時被告人の置かれていた状況が妄想の受入れに関与していること等を考慮すると,被告人は本件当時,少なくともGと結婚するためにGからのメッセージを信じて実行するか,信じるの ,被告人の元来の性格傾向や当時被告人の置かれていた状況が妄想の受入れに関与していること等を考慮すると,被告人は本件当時,少なくともGと結婚するためにGからのメッセージを信じて実行するか,信じるのをやめて犯行を思いとどまるかの判断を行う能力を一定程度有していたと考えられるから,精神症状が犯行に及ぼした影響は圧倒的とまではいえない旨説明する(以下,K医師の鑑定意見を「K鑑定」という。)。K医師も,長年にわたる精神科医としての知見及び経験に基づき,検察官から提供された捜査資料や関係者の供述を踏まえ,上記の判断に至っている点はJ医師と同様である。しかしながら,K医師は,被告人とは約5分程度挨拶を交わす面会を1回実施したのみで,それ以後は弁護人の助言を受けた被告人が面接を拒絶したため被告人とは一切面接することができずに上記の判断に至ったものであり,J医師の鑑定面接記録を踏まえたものであるとはいえ,その鑑定手法は結果的に不十分なものにとどまったといわざるを得ず,現に被告人の公判廷における供述を聞いて,意見を少なからず修正するなどしているから,被告人との複数回の精神医学的面接を踏まえたJ鑑定に比肩するだけの信用性を認めることはできない。 以上に対し,被害者参加人は,被告人が本件当時,統合失調症に罹患していたことは前提としつつも,少なくとも「哲学的ゾンビを倒して神社に行けば結婚できる」との妄想等については,被告人が実際に体験したものとは思われず,その妄想等はなかったものと扱うべきであるから,被告人供述に依拠して上記妄想等があったことを前提にした医師3名の意見は信用できず,被告人は本件当時,完全責任能力を有していたと主張する。しかしながら,J医師に対する鑑定嘱託事項の一つに詐病の可能性の有無が挙げられていたことからすると,J医師は,当初から詐病の可能 見は信用できず,被告人は本件当時,完全責任能力を有していたと主張する。しかしながら,J医師に対する鑑定嘱託事項の一つに詐病の可能性の有無が挙げられていたことからすると,J医師は,当初から詐病の可能性も念頭に置きつつ,被告人の供述する病的体験の信用性を慎重に検討していたと考えられるし,L医師も,J医師と同様,被告人が供述する病的体験に特段の不自然さ等を認めず,K医師も,被告人の供述が揺れている点の評価についてはJ医師及びL医師と評価を異にしつつも,やはり被告人が供述する病的体験に特段の不自 然さ等を認めていないことからすれば,被告人に上記妄想等があったことは認定できるのであり,被害者参加人の主張は採用できない。 以上によれば,被告人の責任能力の有無及び程度を判断するに当たっては,J鑑定を基礎とすべきである。 3 責任能力に関する検察官の主張についてこれに対し,検察官は,被告人について,本件の行為態様や本件時の被告人の言動,動機の形成過程等に正常な精神構造の機能も認められる上,被告人が本件を実行したことには当時置かれていた状況や元来の性格傾向といった正常な精神構造が多分に影響していると主張し,J鑑定については,相手が人である可能性を認識していたことを基礎付ける重要な事実について適切に評価していないと主張するので,これらについて検討する。 ⑴ 本件当時正常な精神作用が機能していたかについてア妄想の内容を疑ったり,犯行をためらう気持ちがあったとの主張について検察官は,被告人が,①妄想を構築する過程で,Gからのメッセージの解釈を誤ったと思うとすぐに諦めていたこと,②本件直前に哲学的ゾンビを倒すことをためらい,「信じるで,信じるで。」と声に出したこと,③祖母に対し「かわいそう」と思いながらも,ためらったらいかんと思って殴 誤ったと思うとすぐに諦めていたこと,②本件直前に哲学的ゾンビを倒すことをためらい,「信じるで,信じるで。」と声に出したこと,③祖母に対し「かわいそう」と思いながらも,ためらったらいかんと思って殴り続けたことからすれば,被告人には,妄想の内容を疑ったり,犯行をためらう気持ちがあったと認められるのであり,相手が人である可能性を認識し,自分の行為が悪いことであると認識することが可能であったと主張する。 しかしながら,①については,検察官の指摘する諸事情(前記1カ,ク,オ,カ)は,いずれもGからの黙示的なメッセージと判断しその解釈を行ったがその判断・解釈が誤っていたというものである。これに対し,被告人とG以外は哲学的ゾンビであるというのは,Gから明確に言われたというのであって(前記1コ),被告人が解釈したものではない。検察官が指摘する諸事情から,被告人が自身でなした解釈を確信していなかったことまでは認められても,Gから明確に言われた被 告人とG以外は哲学的ゾンビであることについて確信していた可能性はなお残る。 ②及び③のうち,被告人がためらいの気持ちを有していたとの点については,被告人が公判廷で供述するように,いくら哲学的ゾンビでも人間,とりわけ家族の姿をしている存在を殺すことに抵抗を感じ,躊躇を覚えた可能性も想定できるのであり,相手が哲学的ゾンビであるとの確信は揺らいでいなかったという説明は可能である。②のうち,「信じるで,信じるで。」と声に出したことについては,被告人がそれまでは自身が解釈したGのメッセージに直ちに従っていたのに,この場面においてのみメッセージに従うのを躊躇したのは,倒す相手が人間であるとの疑念があったからではないかとの見方も成り立ち得る。しかしながら,被告人は,公判廷において,被告人とG以外が哲学的 に,この場面においてのみメッセージに従うのを躊躇したのは,倒す相手が人間であるとの疑念があったからではないかとの見方も成り立ち得る。しかしながら,被告人は,公判廷において,被告人とG以外が哲学的ゾンビであるとの確信を前提として,哲学的ゾンビを倒すことがGと結婚するための試練であることを確認したと供述しているところ,その供述内容が不合理であるともいい難い。 イ相手が人であることを前提とした行動を取っていたとの主張について検察官は,被告人が,①本件時,痛がっているAに対し「かわいそう」と思ったこと,②苦しむCに対し「楽にしたるからな。」と言ったこと,③警察官らに遭遇した際,自分を逮捕しに来たのだと思ったこと,④本件後,警察官に対し,「(包丁は)誰でもいいから攻撃したり,刺したりするために持っていました。」,「人ってなかなか死なないもんですね。」,「大変なことをしてしまいました。」,「僕はえらいことをしてしまいましたよね。」と話していたことは,いずれも相手が人であることを前提とした言動であり,哲学的ゾンビであるとまでは確信しておらず,相手が人である可能性を認識していたと主張する。 しかしながら,①及び②については,上記アの②及び③と同様に,哲学的ゾンビには自我や感情がないとはいえ,人間と全く同じ姿形をしており,人間と全く同じ振る舞いをするというのであるから,相手が哲学的ゾンビであると確信していたとしても,家族の姿をしている哲学的ゾンビが痛がったり,苦しんだりする姿を目の当たりにすれば,人間に対して抱くのと同様の感情が湧いてきたり,人間に対する のと同様の言動に出る可能性も否定できない。 ③については,被告人の妄想を前提とすれば,この世界は,被告人とGを除き,人間と全く同じ振る舞いをする哲学的ゾンビで構築されているので 対する のと同様の言動に出る可能性も否定できない。 ③については,被告人の妄想を前提とすれば,この世界は,被告人とGを除き,人間と全く同じ振る舞いをする哲学的ゾンビで構築されているのであるから,被告人が公判廷で供述するように,自らが表面上,人を殺しているのと変わりない行為に及べば,警察官の姿をした哲学的ゾンビがさも人間であるかのように逮捕しに来るものであると考えた可能性も否定できない。 ④については,被告人は,公判廷において,当時はGと結婚するための新しい試練が開始したと思い込んでおり,Gのことをみだりに話してはいけないと考え,哲学的ゾンビのことを含め幻聴・妄想に関する話を一切せず,検察官が指摘するような話をしたと供述しており,被告人の妄想を前提とすれば一応筋の通ったものといえる。また,J医師が説明するように,本件各行為直前に精神症状が悪化し,その後短時間のうちに改善したことにより,自分が倒したのは人間であり,自分の行為が悪いことであると初めて分かったという可能性も想定できる。これに対し,K医師は,そのような短時間で精神症状が変動するとは考えにくいと証言するが,L医師も,短時間のうちに精神症状が変化することはあるとしてJ医師の見解を支持しており,証拠上,上記可能性を排斥することは困難である。 ウ小括以上で検討してきたところによれば,検察官の指摘する上記諸事情はいずれも,被告人において,相手が哲学的ゾンビであると確信しており人である可能性を全く認識していなかったとしても成り立ち得るもののようにも思われる。なお,検察官は,上記諸事情のほか,被告人がGの幻声やメッセージに逆らう行動ができており,妄想の内容に拘束されず自己の判断で異なる行動をとった場面もあること,犯行直前まで日常生活に支障はなかったこと等を指摘するが ,上記諸事情のほか,被告人がGの幻声やメッセージに逆らう行動ができており,妄想の内容に拘束されず自己の判断で異なる行動をとった場面もあること,犯行直前まで日常生活に支障はなかったこと等を指摘するが,これらも,本件各行為直前に精神症状が悪化したとのJ医師の説明と両立するものであり,被告人において,相手が哲学的ゾンビであると確信しており人である可能性を全く認識していなかったことを否定するに足りるものではない。 もっとも,個々の事情に関しては以上のとおりであるとしても,被告人の元来の性格傾向や当時被告人の置かれていた状況も含めて全体として見れば,被告人が相手が人である可能性を認識しつつ本件各行為に及んだ可能性があると見る余地もあり得るので,さらに検討する。 被告人の元来の性格傾向や当時被告人の置かれていた状況について検察官は,被告人はストレスを一気に爆発させる性格であり,また,中学生の頃から人や動物を残酷に殺す動画を好んで見たり,残酷にネズミの顔を焼いたり,アライグマをいたぶって苦しむ姿を見て楽しくなるなど残酷さへの嫌悪感が薄い性格であり,妄想の内容を信じて本件各行為に及ぶことを選択し,実際に次々と凶行に及んだことには,このような性格傾向や,当時被告人が置かれていた状況から脱却したいとの思いが影響していると主張する。 しかしながら,ストレスを一気に爆発させるという被告人の性格傾向については,そのような性格傾向を伺わせるような主な事情は,高専時代に同級生2名に対し殴る蹴る等の暴行を加えた,妹がCの言うことを聞かないことに立腹し自宅内の扉を足蹴りした,B所有地への賃貸住宅の建築について商談に来ていた営業社員の襟首を掴むなどしたというものであり,その他に爆発的な性格傾向が発現したことを伺わせるような事情は見当たらない。 し自宅内の扉を足蹴りした,B所有地への賃貸住宅の建築について商談に来ていた営業社員の襟首を掴むなどしたというものであり,その他に爆発的な性格傾向が発現したことを伺わせるような事情は見当たらない。このように,これまで被告人は,せいぜい人に殴る蹴る等の暴力を加えたり,物に当たったりするなどして,ストレスを発散していたにとどまるのであり,このようなストレスに対する反応は,一般的にみてもありふれた範疇のものであるから,上記各事情から被告人にストレスを一気に爆発させる性格傾向が伺われるとしても,およそ一般人とは異質の際立った爆発性を見出すことは困難である。 また,残酷さへの嫌悪感が薄い性格傾向については,被告人が実際にいたぶるなどしたのは人間ではなく害獣であるし,人を残酷に殺す動画を視聴していたことも,そのような動画を視聴することと実際に自分が人間を殺害することは異なる。 さらに,当時被告人が置かれていた状況については,検察官の指摘する諸事情, すなわち,祖父に対する嫌な感情,祖母が認知症気味であること,母に子宮頸がんの疑いがあること,金持ちになって成功したいと強く願っていたが,無職となり,現状の人生に満足できないストレスがあったといったことは,いずれも,あるいは全体としてみても,本件各行為に及ぶことを選択させるだけの動機となり得るものとは考えにくい。 むしろ,爆発的な性格傾向,残酷さへの嫌悪感が薄い性格傾向や当時被告人が置かれていた状況等,検察官が指摘する事情を全て合わせて考えてみても,被告人が,同居する祖父,祖母及び親しかった母を殺害することを決意した上,それら家族全員を皆殺しにしようと次々と襲い掛かり,次いで,それまで何ら交流のなかった近隣住民2名に襲い掛かり,それぞれ金属バットや合板,包丁等で執拗に攻撃を加え,これによ 害することを決意した上,それら家族全員を皆殺しにしようと次々と襲い掛かり,次いで,それまで何ら交流のなかった近隣住民2名に襲い掛かり,それぞれ金属バットや合板,包丁等で執拗に攻撃を加え,これにより家族を含む被害者3名を殺害し,被害者2名に重傷を負わせるという本件各行為との間には著しい乖離があるとの見方も成り立ち得る。そして,このような見方に立つならば,被告人が本件各行為に及んだのは,被告人とG以外が哲学的ゾンビであるとの妄想を信じ切っていたか,そうでないとしても上記妄想への疑念はごく小さなものであり,妄想を払拭し,本件各行為を思いとどまることができる程度のものではなかった可能性が高いということができる。 なお,検察官は,以上の検討に含まれる点のほか,被告人が荒唐無稽な妄想でも受け入れたのには,超常現象に親和的で思い込みの激しい性格が影響しているとも主張するが,その根拠となり得るのは信用性の劣るK鑑定以外にはないし,また,仮に影響があったとしても,それが本件各行為時の善悪判断能力や行動制御能力の判断を左右するとは考えにくい。また,検察官は,被告人の妄想内容からするとGとの結婚を諦めて哲学的ゾンビを倒すという試練をしないという選択の余地もあったはずであるとするほか,既に触れたとおり,被告人がGの幻声やメッセージに逆らう行動ができており,妄想の内容に拘束されず自己の判断で異なる行動を取った場面もあることを指摘して,犯行を思いとどまることができたと主張するが,この点についても,これまで述べてきたところと同様である。 4 結論以上によれば,検察官の主張を踏まえて検討しても,J鑑定の信用性は否定されず,被告人は,遅くともAに対する攻撃を開始した時点において,正常な精神作用が機能しておらず,被告人とG以外が哲学的ゾンビであるとの よれば,検察官の主張を踏まえて検討しても,J鑑定の信用性は否定されず,被告人は,遅くともAに対する攻撃を開始した時点において,正常な精神作用が機能しておらず,被告人とG以外が哲学的ゾンビであるとの妄想等の精神症状の圧倒的影響下で本件各行為に及んだとの疑いを払拭できない。被告人が本件各行為当時,善悪判断能力及び行動制御能力の残った心神耗弱状態にあったことに間違いがないとまでは認められず,哲学的ゾンビを倒す手段として行った包丁携帯(公訴事実第6)を含め,被告人が本件各行為当時,心神喪失状態にあったのではないかとの合理的な疑いが残る。 第4 結語結局,本件各公訴事実について犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。 (科刑意見―検察官:無期懲役,被害者参加人:死刑)令和3年11月4日神戸地方裁判所第1刑事部 裁判長裁判官飯 島 健太郎 裁判官安西二郎 裁判官成田昌平
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