主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役2年4月に処する。 原審における未決勾留日数中120日を上記刑に算入する。 この裁判確定の日から4年間上記刑の執行を猶予する。 上記猶予の期間中被告人を保護観察に付する。 理由 1 本件控訴の趣意は,弁護人的場真介作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから,これを引用する。 論旨は,要するに,(1) 原判決は,被告人の養育していた当時11歳の実子(女児)が,かねて,栄養状態の悪い食事しか与えられていなかったことからやせ細った状態にあり,平成14年8月中旬ころには飢えと暑さにより衰弱した状態に陥ったのであるから,被告人において,同児に十分な栄養を与え,医師の治療を受けさせるなどの同児の生存に必要な保護をなすべき責任があったにもかかわらず,そのころ以降,これらの措置を講ずることなく,わずかな食べ物や水分を与えるのみで,漫然と同児が更に衰弱していくのを放置し,同年9月10日ころ,同児を飢餓状態下における衰弱により死亡させた旨認定したが,本件時,被告人は心身耗弱の状態にあり,限定責任能力しか有していなかったから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,(2) 被告人を懲役2年4月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当である,というのである。 そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。 2 控訴趣意中,事実誤認の点について関係各証拠によれば,被告人は,平成14年3月ころ,愛知県内の勤務先を解雇され,同年5月末ころ,実子である被害者(平成3年6月3日生)を連れて,当時交際していた男性と共に ,事実誤認の点について関係各証拠によれば,被告人は,平成14年3月ころ,愛知県内の勤務先を解雇され,同年5月末ころ,実子である被害者(平成3年6月3日生)を連れて,当時交際していた男性と共に岡山県倉敷市内へ来て,同人が就職する予定にしていた同市内の会社社長方に一時身を寄せたが,同児は,当時すでに胸の辺りの骨が浮き出て,がりがりにやせていたこと,その後,被告人は,職探しの途中,同市a団地b番所在のc号棟d号に居住するA(当時78歳)と知り合い,それまで交際していた前記男性と別れて,同年6月下旬ころから,A方において,同児と共に暮らし始めたこと,同年7月2日,AがB病院に入院した後も,被告人は,A方において,同児と共に暮らしていたが,次第に所持金が乏しくなり,食事の回数を減らし水を飲むなどして過ごすうち,同年8月中旬ころ,同児は,夏の暑さも加わって衰弱し,固形物をほとんど食べられない状態になり,蜂蜜をなめたり氷をかじったりして飢えをしのいでいたこと,一方,被告人は,同年7月終わりか8月初めころ,西隣りに居住する女性とベランダで会話をし,11歳の娘がいること,お金がなくて困っていることなどを話した上,同女から米をもらい,数日後にご飯とみそ汁の提供を受けるなどし,同年8月初めころ,会費の支払督促のためA方を訪れた町内会の役員に対しては,「Aは今病院に入院しており,退院まで長くかかる。」などとA不在の理由を説明したこと,同月末ころ,食料がほとんどなくなり,被告人は,同年9月初めころから,被害者と共に一日中寝たままで過ごすようになったが,そのような生活を送りながらも,同月6日ころ,A不在の事情などを確認するために訪れたC公社の職員から,「Aさんが長期入院されるなら長期不使用届を出して下さい。あなたはAさんとはどういう関係ですか。」と問われ 生活を送りながらも,同月6日ころ,A不在の事情などを確認するために訪れたC公社の職員から,「Aさんが長期入院されるなら長期不使用届を出して下さい。あなたはAさんとはどういう関係ですか。」と問われた際には,戸越しに立って,「留守を預かっている者です。明日病院に行くので,Aさんに聞いてみます。」などと答え,同月9日,Aに敬老の日の祝い品を届けに来た民生委員に対しては,「Aは今B病院へ入院しています。私も病院へ行ったりします。」などと述べて,海苔茶漬け等の詰め合わせを受け取ったこと,被害者は,上記海苔茶漬けを湯で溶いたもの等を口にした後,同月10日ころ,飢餓状態下における衰弱により死亡したこと,以上の事実が認められる。 所論は,結果的には元々がりがりにやせていた被害者が先に絶命し,太っていた被告人が生き残ったが,対処能力や見当識,あるいは生きようとする意思の力を失ったのは,被告人の方が被害者よりも早かった可能性があり,被告人と同児が飢餓状態に直面した時点において,被告人に事理弁識能力が十分に確保されていたとは言い難い旨主張する。しかしながら,被害者が同年8月中旬ころ夏の暑さも加わって衰弱し始め,同年9月10日ころに死亡するまでの被告人の言動は,上記認定のとおりであって,体力的に次第に衰弱しつつあったとはいえ,原判決が作為義務があると認定した同年8月中旬ころの被告人の事理弁識能力の存在に格別疑問を抱かせる点は存しないから,所論は採用できず,原判決に所論の事実誤認があるとは認められない。 論旨は理由がない。 なお,弁護人は,控訴趣意書提出期限後に提出した控訴趣意補充書において,本件では,被告人の方が被害者より先に衰弱し,意識すらも不鮮明になっており,同児が衰弱した時点では,被告人は行動能力を完全に喪失していたから,期待可能性がなく 限後に提出した控訴趣意補充書において,本件では,被告人の方が被害者より先に衰弱し,意識すらも不鮮明になっており,同児が衰弱した時点では,被告人は行動能力を完全に喪失していたから,期待可能性がなく無罪である旨主張するので,職権をもって調査するに,前に認定・判断したとおり,同児が衰弱死する直前はともかく,原判決が作為義務があると認定した同年8月中旬ころには,被告人にいまだ行為能力があったことは明らかであり,上記主張も採用することはできない。 3 控訴趣意中,量刑不当の点について本件は,被告人が,平成14年8月中旬ころ以降,実子である被害者にわずかな食べ物や水分を与えるのみで,漫然と同児が衰弱していくのを放置し,同年9月10日ころ,同児を飢餓状態下における衰弱により死亡させた保護責任者遺棄致死の事案であるが,育ち盛りの年頃である被害者に,夏の暑さのなか,飢えの苦痛を味わわせ,飢餓状態に陥らせた挙げ句,11歳の若さで死亡させたという結果は甚だ重大かつ悲惨であり,その将来に様々な可能性を秘めながら,はかなく命を散らせた同児の無念さは察するに余りある。被告人は,A方で暮らすうち,経済的に困窮し,同年9月初めころからは自らも衰弱して一日中寝たままで過ごすようになったとはいえ,それまでに,両隣りの居住者と面識を持ち,西隣りの居住者から米やみそ汁などの提供を受けたことがあり,これらの者に援助あるいは救護を求めるなどして,同児に十分な栄養を与え,医師の治療を受けさせるなどの同児の生存に必要な措置を講ずることは可能であったにもかかわらず,親として当然の責任を果たすことなく同児を死に至らしめており,これらの点に徴すると,被告人の刑事責任には重いものがある。 しかしながら他方,被告人は,被害者に積極的に虐待を加えたものではなく,また,自己の利益のため 果たすことなく同児を死に至らしめており,これらの点に徴すると,被告人の刑事責任には重いものがある。 しかしながら他方,被告人は,被害者に積極的に虐待を加えたものではなく,また,自己の利益のために本件に及んだものでもない。すなわち,被告人は,Aの突然の入院により生活費が全く途絶え,食料が少なくなった後も,当初は自分が食べることよりも被害者に食べさせることを優先し,そのため,次第に自らも衰弱し,生きる気力を減退させるなかで,自己の死を覚悟した結果本件に至ったもので,本件はいわゆる虐待死とは全く異なる事案である。さらに,被告人は,同児を死亡させ,自分だけが生き残る結果となったことについて,強い自責の念を抱き,今後は同児の遺骨を引き取って供養したいと述べるとともに,写経するなどして反省悔悟していること,就学年齢に達した後も同児を学校に通わせていないなど,客観的にはその育児の仕方はおよそ十分でなかったとはいえ,本件時まで,被告人なりの愛し方で,同児に愛情を注ぎ,養育の努力をしており,同児も,ときに反発することはあったものの,被告人を慕っていたこと,現に,被告人が衰弱して起きあがれなくなった際,被害者が被告人に食事を用意し,食べさせようとしていた事実もあったこと,これまで前科はない上,被告人自身,飢餓状態に陥った結果,内臓機能及び筋力の低下を来す廃用性症候群に罹患し,車いすで移動しなければならない身体となっていることなど,原審段階においても,被告人のために斟酌すべき種々の事情が認められる。加えて,当審における事実取調べの結果,とりわけ,臨床心理士Dの証言及びその後の被告人質問の結果によれば,原判決が,「被告人が被害者の死亡を回避するのにさほど大きな困難があったとは言えない」とした根拠のうち,被告人には神奈川県内に居住する母親及び実妹がおり, 証言及びその後の被告人質問の結果によれば,原判決が,「被告人が被害者の死亡を回避するのにさほど大きな困難があったとは言えない」とした根拠のうち,被告人には神奈川県内に居住する母親及び実妹がおり,母親宅で保管されていた被告人名義の通帳には被害者の父親から振り込まれた養育費等として合計340万円余りの残高があったから,何らかの方法で肉親に連絡したり,預金口座から金を引き出すことも可能であったとする点については,被告人は,被害者の父親が養育料の振込を継続していることの認識を有していなかった上,幼児期以来母親に疎外されて生育したことなどから,母親及び実妹とは激しい対立関係にあり,本件時,被告人が現実に上記金員を手にすることは極めて困難な状況にあったこと,また,被告人自身で養育することができなければ行政機関等に援助を求めることもできたのにこれを怠ったとする点についても,被告人は,過去に生活保護の受給申請をしようとした際,担当者から,肉親がいる以上まずは肉親を頼るようにと言われて申請できなかったことがあり,それ以来公的機関は頼りにならないという強い不信感があって,これが社会資源の利用を妨げる一因となっていたことが認められ,これらの点をも考慮すれば,被告人が,初めての土地で,頼れる肉親,知人もない状況の下,隣りの居住者から2回程食料の提供を受けたことがあったとはいえ,親密な近所付き合いもないままに,公的機関は頼りにならないとの気持ちもあって,行政機関等に援助を求めることもなく,遂には被害者共々衰弱し,自己の死を覚悟して本件に至ったことについては,その経緯に酌むべきものがあり,本件は,いわば種々の悪条件が重なった消極的な遺棄致死という側面が認められ,本件により生じた結果の全責任を被告人のみに帰するのはいささか酷な面がある。したがって,以上のような に酌むべきものがあり,本件は,いわば種々の悪条件が重なった消極的な遺棄致死という側面が認められ,本件により生じた結果の全責任を被告人のみに帰するのはいささか酷な面がある。したがって,以上のような諸事情を総合考慮すると,被告人に対しては,刑の執行を猶予し,保護観察の下,社会内で専門家の指導を受けながら自力更生する機会を与えるのが相当であり,被告人を懲役2年4月(求刑懲役4年)の実刑に処した原判決の量刑は,刑の執行を猶予しなかった点で重きに過ぎるというべきである。 4 よって,刑訴法397条1項(381条),2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書により当裁判所において更に判決する。 原判決の認定した事実に原判決と同一の法令を適用し,前記諸事情を総合考慮して,被告人を懲役2年4月に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中120日を上記刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から4年間上記刑の執行を猶予し,なお同法25条の2第1項前段を適用して被告人を上記猶予の期間中保護観察に付し,原審及び当審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用してこれを被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。 平成16年1月28日広島高等裁判所岡山支部第1部裁判長裁判官安原浩裁判官石原稚也裁判官吉井広幸
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