(原審・東京地方裁判所平成10年(ワ)第21886号損害賠償請求事件(原審言渡日平成13年3月23日)) 主文 本件各控訴をいずれも棄却する。 控訴費用は控訴人らの負担とする。 事実及び理由 Ⅰ 当事者の求める裁判 1 控訴人らⅰ 原判決を取り消す。 ⅱ 被控訴人は,控訴人Aに対し3560万9451円,同B及び同Cに対し各1780万4725円並びに上記各金員に対するいずれも平成10年10月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 ⅲ 訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。 ⅳ この判決は,ⅰ項につき仮に執行することができる。 2 被控訴人主文第1項同旨Ⅱ 事案の概要等事案の概要は,次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第二事案の概要」に記載のとおりであり,証拠関係は本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから,これらを引用する。 1ⅰ 原判決書3頁6行目の「症」の次に「(冠動脈の動脈硬化などに関連して心筋が短時間に壊死する疾患である心筋梗塞に発展する可能性の高い疾患をいう。なお,狭心症とは冠動脈のいずれかの部位に狭窄(血管の内腔が小さくなる状態)が生じて血液の流れが阻害されるため,必要な血液の供給がされなくなった心筋が酸素不足となって引き起こされる虚血性心疾患をいう。)」を,同頁7行目の「バイパス手術」の次に「(冠動脈バイパス手術の通称。以下これらの表現を適宜使用する。)」を,同頁8行目の「脈」の次に「(第四腰椎の前で大動脈から分かれ,仙腸骨関節の前方で内・外腸骨動脈に分枝するまでの部分をいう。乙15,16)」をそれぞれ加える。 ⅱ 同4頁5行目の「D(」の次に「昭和11年5月15日生。」を,同5頁末行の「パンピング(」の次に「大腿 節の前方で内・外腸骨動脈に分枝するまでの部分をいう。乙15,16)」をそれぞれ加える。 ⅱ 同4頁5行目の「D(」の次に「昭和11年5月15日生。」を,同5頁末行の「パンピング(」の次に「大腿動脈等から挿入し動脈を遡って心臓の近く(下行大動脈の起始部)に進めたカテーテルの先端に装着された細長いバルーン(風船)に,外部の駆動装置から炭酸ガスやヘリウムなどの気体の送吸を繰り返すことにより心臓の機能補助を行う仕組み(乙11)。」を,同6頁1行目の「法(」の次に「IABPによる補助効果が及ばないより高度の心不全に陥った患者を対象とする心臓代替装置で円心ポンプと模型人工肺を用いた閉鎖回路の人工心肺装置(乙12,13)。」をそれぞれ加える。 ⅲ 同8頁3行目の「法」の次に「(中空の針を液体の貯留している管腔に突き刺す方法)」を,同12頁3行目の「粥腫」の次に「(アテローム)」を,同頁7行目の「べき」の次に「必要不可欠な」を,同頁8行目の「ヘパリン」の次に「ナトリウム(血液凝固を防止し,抗血栓作用を有する。PCPS施行時には血液体外循環時における環流血液の凝固防止に適応を認める(乙2)。以下「ヘパリン」という。)」を,同13頁1行目の「に、」の次に「動脈硬化による」をそれぞれ加える。 ⅳ 同14頁6行目の「攣縮」の次に「(冠動脈が痙攣を起こして血管が著しく収縮する現象)」を,同15頁2行目の「ショック」の次に「(心機能の一次的障害により心拍出量が減少するために起こるショック(脳を始めとする主要臓器への有効血液量が減少し,臓器の代謝が障害され,正常の機能を維持できなくなった状態)をいう。)」を加える。 ⅴ 同16頁3行目の「二四」を「23」に,同頁4行目,9行目及び同18頁1行目の各「二三」をいずれも「22」にそれぞれ改め,同20頁1行目の 機能を維持できなくなった状態)をいう。)」を加える。 ⅴ 同16頁3行目の「二四」を「23」に,同頁4行目,9行目及び同18頁1行目の各「二三」をいずれも「22」にそれぞれ改め,同20頁1行目の「塞」の次に「(開心術中及び術後早期に手術侵襲により発生する冠動脈攣縮によって発症する心筋梗塞)」を加える。 ⅵ 同27頁末行の「D」の次に「(会社員。死亡時60歳)」を加える。 2 当審における控訴人らの主張ⅰ 過失の証明責任ア診療契約に基づく債務不履行責任の判断に当たっては,過失の立証責任は債権者である控訴人が負担するのではなく,債務者である被控訴人が負担すべきものである。 イアの点を措いても,過失の証明の程度は刑事裁判手続における「合理的な疑いを超える程度の確信」まで求められるのではなく,医療事故において医師の施術上の不手際(本件ではE医師がIABP実施に当たりガイドワイヤー,バルーンカテーテル等を挿入する際にDの動脈を損傷した行為。仮にその後のPCPS実施時のカテーテル挿入による場合であっても同様である。)があり,その直後症状が悪化し,重篤な結果が生じた場合は,医師の過失,結果との因果関係が推定され,医師が不可抗力,少なくとも現在の医学知識をもっては予測し得ない特異体質その他これに類する説得的な他原因に起因することの特段の事由を立証できない限り,医師は責任を免れることはできないと解すべきである。 ウそうすると,本件では被控訴人は加害行為者である被控訴人医師らの主観的な供述を提出するのみであって,上記特段の事由の立証はないのであるから,被控訴人医師らの過失が認められるべきことが明らかである。 ⅱ 説明義務違反による選択権・自己決定権の侵害ア Dは,出血性ショックと心原性ショックとがあいまった重症ショックに陥り脳ほかの から,被控訴人医師らの過失が認められるべきことが明らかである。 ⅱ 説明義務違反による選択権・自己決定権の侵害ア Dは,出血性ショックと心原性ショックとがあいまった重症ショックに陥り脳ほかの主要臓器に不可逆的影響を受け,死亡に至ったものと認められるべきであるから,被控訴人医師らの行為による動脈損傷とDの死亡との間に因果関係があることは明らかである。 イところで,被控訴人は,IABPやPCPSは本来一定の危険性を伴うものであり,術前検査では予測できない動脈硬化症がある場合にはその危険を回避できないと強調する。 しかし,そうであれば,そのことがDに正確に説明されるべきであるところ,その説明は一切されていない。同人は本件の心臓バイパス手術が危険率3パーセントの手術であると説明され,これを信頼して手術に踏み切ったものであり,同人が手術承諾をするに当たって与えられた情報は,生命にかかわる重大な危険を伴う手術を選択する際の情報としては到底十分なものとはいえない。そもそも,被控訴人の主張にもあるように,Dの狭心症は心筋梗塞に進展しないように管理している限り心臓バイパス手術を延期することができた程度の心疾患であり,上記手術を急ぐ必要はなかったのである。生命を積極的に短縮する結果となる手術を選択するための情報は十分すぎるほど提供するのが医師の義務であることはいうまでもない。もし,上記手術の際に心筋梗塞を発症させることがあり,その場合にはIABPやPCPSの補助循環装置の使用を必須とし,これを使用すればカテーテル導入血管損傷の危険があり,血管損傷が発生したならば致命的であるとの明示的な説明があれば,Dはもとより控訴人Aも同Bもそのような危険を内包する心臓バイパス手術を少なくともその時点で選択することなどなかった。 ウこのように,被控訴人が本件の診 らば致命的であるとの明示的な説明があれば,Dはもとより控訴人Aも同Bもそのような危険を内包する心臓バイパス手術を少なくともその時点で選択することなどなかった。 ウこのように,被控訴人が本件の診療契約に基づく説明義務に違反した結果,Dは十分な情報を与えられず,本件のような危険はないものと誤解したまま,医師の勧めに応じ,危険性の高い手術を選択させられ,その結果予想もできなかった血管損傷により大幅に生命を短縮させられたのである。Dの自己決定権・選択権が侵害されたことは明らかであり,被控訴人はこのことを理由としても本訴請求に係る損害を賠償すべき義務がある。 3 被控訴人の答弁すべて争う。 Ⅲ 当裁判所の判断当裁判所は,控訴人らの請求はいずれも理由がないと考える。その理由は,次のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第三争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。 1ⅰ 原判決書30頁6行目の「(通称、心臓バイパス手術と呼ばれる。)」を削り,同頁8行目の「形成」を「,患者自身の体内の血管を利用して形成し,狭窄部位の末梢側灌流域の心筋の虚血状態を改善し,あるいは更に重篤な虚血性心疾患に至ることを予防」に改め,同頁9行目の「手術」の次に「は主に不安定狭心症を中心とする重症の狭心症に対する治療として行われ,そ」を加える。 ⅱ 同31頁8行目の「よる」の次に「炭酸ガスやヘリウム等の気体の送吸を繰り返し,」を,同頁10行目の「荷」の次に「(心収縮期に心臓が血液を拍出する際の負荷となるもの(左心室の血液を送り出す仕事量のことで,心臓より先の大動脈あるいはさらに末梢側の動脈の血管抵抗による心臓の負荷のことをいう。)」を,同32頁10行目の「は」の次に「方法が簡易・迅速で緊急事態に適応し,侵襲も少ないため」を,同33頁9 で,心臓より先の大動脈あるいはさらに末梢側の動脈の血管抵抗による心臓の負荷のことをいう。)」を,同32頁10行目の「は」の次に「方法が簡易・迅速で緊急事態に適応し,侵襲も少ないため」を,同33頁9行目の「ために」の次に「,」をそれぞれ加える。 ⅲ 同34頁4行目の「レ」の次に「(挿管)」を,同頁6行目の「一般に」の次に「血管を穿刺してバルーンを挿入する」を,同頁7行目の「より」の次に「血管を露出して人工血管を縫着し,そこから」を,同35頁3行目の「送」の次に「・」をそれぞれ加え,同頁6行目の「ナトリウム(以下「ヘパリン」という。)」を削り,同頁9行目の「送」の次に「・脱」をそれぞれ加え,同36頁2行目の「が投与」を「の投与が必要不可欠と」に改め,同頁3行目の「向」の次に「(血管の性状及び血液の性状の変化により出血を起こしやすい,あるいは止血し難い状態)」を,同頁4行目の「法」の次に「(内科的治療で対処できない重篤な循環不全に対し,機械的な手段を用い,全身の循環の維持を図る方法)」をそれぞれ加える。 ⅳ 同36頁9行目の「四」を「18」に改め,同37頁1行目の「は、」の次に「高血圧症の家系であり(父親が高血圧症であった上脳卒中で死亡し,Dを除く3人の兄弟も2人が高血圧症でそのうち1人は狭心症に罹患している。),自身も」を加え,同頁2行目の「左胸に圧迫感がある」を「胸をしめつけられるような感じ(絞扼感)が10分から15分継続する発作が散発した」に改め,同頁5行目の末尾の次に「その後安静等により上記症状はいったん消失したが,平成7年9月ころから再び通勤時にバス停に急ぐのに少し早足で歩いたり,走ったりすると胸痛が出現するようになった。その程度は,当初は2週間に1回程度であったが徐々に頻度が増し,また重い物を持って短い距離を歩くだけで同様の症 び通勤時にバス停に急ぐのに少し早足で歩いたり,走ったりすると胸痛が出現するようになった。その程度は,当初は2週間に1回程度であったが徐々に頻度が増し,また重い物を持って短い距離を歩くだけで同様の症状が出るようになった。」を加え,同頁7行目の「三年前」から同頁10行目末尾までを「上記の高血圧疾患の治療,胸部痛の出現の経緯を訴え,狭心症を疑われ,循環器科を受診して内服薬処方を受けた。」に改める。 ⅴ 同39頁4行目の「し、」の次に「冠動脈の狭窄の部位や程度を確認し,心筋梗塞に発展する危険性の程度及び手術等の治療方針を判断するために」を,同43頁5行目の「肺炎、」の次に「ショック」を,同頁6行目の「を」の次に「,カルテ,エックス線フィルム等を示され,図示されるなどして口頭で」を,同頁7行目の「聞いて」の次に「,その夜は眠れないほどの精神的衝撃を受け,不安と恐怖に襲われ直ぐには手術を受ける決心がつかなかったが,それでも少しずつ」をそれぞれ加え,同行目の「たが」を削る。 ⅵ 同46頁10行目の「グラフト」の次に「(バイパスに使用される患者自身の血管のことであり,一般的に移植片という意味でグラフトと呼称される。)」を,同48頁4行目の「た」の次に「(同人の体格は身長161センチメートル,体重71キログラムであった。)」を,同51頁1行目の「脈」の次に「グラフト」を,同頁2行目の「静脈」の次に「グラフト」を,同52頁2行目の「子」の次に「。管腔を探索する等の目的のため使用する円柱状の器具」を,同55頁末行の「ペーシング」の次に「(人工的に心臓の歩調取りを行う器具)」を,同56頁10行目の「昇」の次に「(急性の心筋虚血や心筋梗塞の発生を示す心電図上のST部分の波形上昇変動)」を,同行目の「られ」の次に「,それまでおおむね毎分100程度であった心拍 行う器具)」を,同56頁10行目の「昇」の次に「(急性の心筋虚血や心筋梗塞の発生を示す心電図上のST部分の波形上昇変動)」を,同行目の「られ」の次に「,それまでおおむね毎分100程度であった心拍数が急激に60台にまで低減し」をそれぞれ加え,同59頁5行目の各「ダイレーダー」をいずれも「ダイレーター」に,同行目の「径の」を「径が」に,同61頁末行の「体」を「腿」に,同63頁9行目の「二二」を「23」にいずれも改め,同66頁3行目の「流」の次に「(送血)」を,同67頁10行目の「タンポナーデ」の次に「(心膜腔(心外膜と心膜の隙間)内の血液貯留により拡張期に心臓が十分広がらず静脈血が心臓に帰りにくくなり,ショック状態に陥って生命が危険になる状態をいう。)」をそれぞれ加える。 ⅶ 同72頁1行目の「ば」の次に「臨床的には心臓停止を示す状態である」を,同頁10行目の「虚血」の次に「による脳組織の壊死」を,同行目の「直」の次に「(意識のない患者の意識レベルをチェックするために与える痛み刺激に対して示す異常運動反応の一種で,上肢を内転,内旋,伸展し,下肢も伸展した姿勢で,ときに弓反り姿勢を示す。)」をそれぞれ加える。 ⅷ 同77頁4行目の「低下し」の次に「たこと,他方」を,同頁5行目の「貯留」の次に「(術後約4時間余りを経過した時点ころで200ないし300ミリリットル)」をそれぞれ加え,同頁末行の「認められる」を「推認するのが相当である」に,同78頁1行目の「本件」から同頁3行目の「確定」までを「前記認定の腹腔内出血の部位,貯留の経緯等に照らすと,Dの左総腸骨動脈の損傷はIABPのガイドワイヤーないしバルーンカテーテルの挿入時の動脈血管内壁擦過により生じたものと一応推定することができるが,それ以外のPCPSの挿入時において発生してものではないと 左総腸骨動脈の損傷はIABPのガイドワイヤーないしバルーンカテーテルの挿入時の動脈血管内壁擦過により生じたものと一応推定することができるが,それ以外のPCPSの挿入時において発生してものではないと断定」にそれぞれ改め,同頁7行目の「て」の次に「ガイドワイヤー,」を,同79頁末行の「、」の次に「手術開始から約11時間余経過して」を,同80頁3行目の「に」の次に「周術期における」を,同頁4行目の「用の」の次に「ガイドワイヤー,」を,同頁7行目の「かった」の次に「と報告している」を,同81頁2行目の「前に」の次に「心臓カテーテル検査等により」を,同頁3行目の「でいた」の次に「が,少なくとも被控訴人医師らが実施した当時の事前検査技術では把握しきれないところであり,動脈硬化が現実にどの部位でどの程度進んでいるか(後記のような状態であったこと)の確知は実際に当該血管部を直接視認し,これに触れてみる等しないと不可能なことであった」をそれぞれ加え,同頁10行目の「発生し」を「生じてき」に,同頁11行目の「の亀裂」から同行目の末尾までを「に広がっていた亀裂部分と判断されたが,その動脈はこれを直接触視したF医師の認識では」に,同82頁1行目の「が明らか」を「,以上の事実及び経緯が認められるの」にそれぞれ改め,同行目の「た、」の次に「前記部位からの出血が長時間に及んだ原因としては,健常な状態であれば上記程度の出血は血液の凝固能により自然凝固が期待できるが,」を加え,同頁4行目の「も明らかである」を「が専門的見地から指摘されている」に改める。 ⅸ 同83頁3行目の「に」の次に「臨床医療上最も」を,同頁8行目の「た」の次に「ため,通常では損傷に至らないようなガイドワイヤーやバルーンカテーテル等の挿入時の血管壁の擦過により」を,同頁9行目の「して」の次に「止血に に」の次に「臨床医療上最も」を,同頁8行目の「た」の次に「ため,通常では損傷に至らないようなガイドワイヤーやバルーンカテーテル等の挿入時の血管壁の擦過により」を,同頁9行目の「して」の次に「止血に至らず,時間の経過により」をそれぞれ加え,同頁10行目の「いうことができる」を「推認するのが合理的というべきである」に改め,同行目の「そして」から同84頁2行目末尾までを削り,同頁3行目の「本件全証拠によっても」を「以上認定の事実経緯の下においては,当時の医療水準に照らしてみる限り,IABPないしPCPSのカテーテル等の通過動脈の現実の状態を事前に正確に把握することは不可能であったというほかないのであるから,本件の血管損傷についての予見可能性及び結果回避可能性を認めることは困難というべきである。そうすると」に改め,同頁8行目の「ない」の次に「のであるから,本件のような態様での血管損傷についてこれを回避すべき注意義務をE医師ほかの被控訴人医師らに求めることは困難といわなければならない」を加える。 ⅹ 同84頁10行目の末尾の次に行を改め次のとおり加える。 「3 以上のとおりであり,腹腔内の大量出血がDに脳ほか主要臓器にわたる多臓器不全をもたらし,生命を失わせたとの控訴人らの主張は,その出血原因につき被控訴人医師らの過失を見いだせないとの点で既に理由がないものである。 のみならず,前記認定のDの本件心臓バイパス手術時における既発症の動脈硬化の深刻な状態,同手術の内容及び10時間余に及ぶ手術時間等から窺う同手術が同人に与えた侵襲の大きさ,術後の同人の容態の急変の内容と経緯,同人のような患者の合併症の報告例等を併せ考察してみると,Dには上記手術において周術期心筋梗塞が発症し,そのために脳を始めとする腎臓,肝臓等主要臓器への血液供給が相当時間阻害さ 態の急変の内容と経緯,同人のような患者の合併症の報告例等を併せ考察してみると,Dには上記手術において周術期心筋梗塞が発症し,そのために脳を始めとする腎臓,肝臓等主要臓器への血液供給が相当時間阻害され,これによりこれら臓器(他の臓器は数時間血液の供給がなくても回復は可能であるが,脳はわずか10分ないし20分の血液供給途絶で壊死に至り,壊死した脳細胞は再び回復することはない。乙1,2,17)に脳梗塞,急性腎不全等の急激かつ致命的な不全が引き起こされたものとの推認は医学上十分な合理性を有するのであり,上記経緯の下でこの推認を排斥することは困難である。他方,腹腔内出血の点についてみると,まず出血性のショックの症状としては心拍数の増加が現れるところ,Dの場合術後にショック症状が現れた21時30分ころには同人の心拍数は逆に低減していること,失血の対処として手術中には補助循環装置により血液の循環は適切に保たれていたことが認められるし,腹腔内の出血の点は,前記認定の出血部位の創の規模,出血の態様・量(IABP開始から約4時間後に腹腔内に貯留していた血液量は約200ないし300ミリリットル程度であった。)に照らし,一挙の大出血ではなく,相当時間をかけてじわじわと出血した態様が推認できるなどの事実を踏まえ考察すると,上記出血が,同人に生じた広範な脳梗塞,腎不全等多臓器不全の発生をもたらしたような重篤なショックを引き起こしたと認めることは,医学上の知見に照らして困難なことというべきである。 したがって,Dの死亡と同人の補助循環装置の装着時に起因する腹腔内出血との間に相当因果関係を認めることはできない。なお,付言すれば,本件の血管損傷行為は,当時の医療水準に照らしDに適応が認められた心臓バイパス手術において生じた緊急事態に対処するために避けることができなか に相当因果関係を認めることはできない。なお,付言すれば,本件の血管損傷行為は,当時の医療水準に照らしDに適応が認められた心臓バイパス手術において生じた緊急事態に対処するために避けることができなかった医療行為により生じたものということができるのであり,かつ,前記のとおりIABP等の補助循環装置の実施に当たった惠木医師らの判断及び手技に格別の落ち度を認めるには足りないというべきであるから,仮に本件の血管損傷及びそれに起因する出血の事態が生じることが予測されていたとしても,惠木医師らの上記行為は正当な医療行為に付随して生じたやむを得ない行為として違法性を欠くと判断すべきものでもある。」 2 控訴人らの当審における補充的主張についてⅰ 控訴人らの証明責任に関する主張は,現行の契約法理の下では採用することはできない。なお,控訴人らの上記主張の重点は証拠評価の在り方にあるものと思われるが,上記認定は,形式的に被控訴人医師らの陳述に従ったものではなく,カルテ,看護記録等の被控訴人の本件に関する医療資料,医療文献等の客観的証拠を経験則等を踏まえて判断した結果であり,控訴人らのこの点の指摘も理由がない。 ⅱ 控訴人らは,カルテに記載のない事実を認定しているとか,看護記録に記載された事実と異なる事実を担当医師らの供述のみで認定するべきではないなどと主張する。しかし,カルテに診療行為のすべてを記載することは事柄の性質からも時間的制約の上からも不可能なことは経験則上明らかなところである。殊に,本件のように患者の生命の危機に直面しその救済のために,瞬時の判断とそれに基づく的確な医療行為の実践の連続を強いられる緊迫した臨床の場で生じる事態の推移,それに対応してされた判断,それに基づく実際の医療行為のすべてを余すところなく克明に記すことは現実には不可能であ それに基づく的確な医療行為の実践の連続を強いられる緊迫した臨床の場で生じる事態の推移,それに対応してされた判断,それに基づく実際の医療行為のすべてを余すところなく克明に記すことは現実には不可能であり,この間の事実の把握は,時には重大な事項にかかわる事実でさえも当時の関与者の説明を重要な資料に加えた上で,臨床医療の経験則及び医療行為を支える医学上の知見に照らし,合理的な推認を働かせてするしかないこともあるのである。 また,看護記録上の記載事実のとらえ方についても,単にその記載に従った形式的な認定をすることは必ずしも当該医療行為の真実を把握することになるとは限らないのであり,殊にその趣旨が曖昧であったり,担当医の認識と異なっていたりする場合には,その認定判断は看護記録を無条件に優先させることも,根拠なく医師の認識を優先させることもいずれも相当ではないのであり,事柄の性質に応じて,専門的知見に照らし,その余のカルテや検査資料等の客観的証拠と併せて検討を加え,判断すべきものである。したがって,看護記録の記載事実と形式上齟齬するような事実が認定されたからといって,その一事をもってその認定の当否を判断することは相当ではない。当裁判所のした認定は,上記のような見地に立って行ったものである。 3 説明義務違反による選択権・自己決定権の侵害の主張についてⅰ 被控訴人医師らがD及びその妻である被控訴人Aに対してした説明の経緯及びその内容は前記認定のとおりであるところ,控訴人らが主張するような補助循環装置の危険性等について直接的かつ明示的な表現で説明をしたことを認めるに足りる証拠はない。 しかし,前記認定のとおり,被控訴人医師らは事前の心臓カテーテル検査(造影検査)の結果に基づく内部検討を踏まえ,D及び被控訴人Aに対し,Dの心臓組織は動脈硬化のた を認めるに足りる証拠はない。 しかし,前記認定のとおり,被控訴人医師らは事前の心臓カテーテル検査(造影検査)の結果に基づく内部検討を踏まえ,D及び被控訴人Aに対し,Dの心臓組織は動脈硬化のために冠動脈に著しい閉塞状態(重症3枝病変)を来しており,これを放置すれば心筋梗塞を発症し,生命侵害の危険が高い状態にあり,したがって心臓バイパス手術が第1選択肢であること,同手術の危険率は被控訴人の過去の実績上3パーセント程度で,その危険の内容は本件で実際に発生した周術期心筋梗塞,術中体外循環中の脳梗塞,術後の低心拍出量症候群とこれらによる脳,腎臓等の主要臓器不全,手術後出血等があることを説明しており,本件ではこの事前説明の範囲内の事態がDに生じているのである。そうすると,被控訴人医師らのした上記説明は,一般的にはこのような手術を受ける判断をする上で必要な情報を包含しているものと解することができるから,内容的な面で説明に欠けるということはできない。また,上記説明内容には最悪の結果を伴うこともあり得る手術であるとの点も含まれていると解されるから,表現の上ではともかく趣旨・内容の上では控訴人らの主張するところを含んだ説明ということができるのであり,被控訴人医師らに説明義務違反があるということはできない。 ⅱ 控訴人らの主張は,つまるところ補助循環装置(IABPやPCPS)の使用の際の危険を具体的に説明しなかったことを非難するものであり,これが本件での自己決定権侵害の主要な根拠となっているものと解される。しかし,前記のとおりDに施された心臓バイパス手術は,同人の病状の深刻さと併せて考えると,循環器外科の臨床医療に従事する専門家にとっても予測し難い事態の発生を伴うことが避けられない高度な手術であるところ,その危険をすべて事前に正確に把握することは不可 同人の病状の深刻さと併せて考えると,循環器外科の臨床医療に従事する専門家にとっても予測し難い事態の発生を伴うことが避けられない高度な手術であるところ,その危険をすべて事前に正確に把握することは不可能というべきであり(現に同人の動脈硬化の進行度は,専門の心臓外科医が心臓カテーテル検査等の方法により事前に知り得たところに基づいて立てた予測を超えるものであった。),IABP等の補助循環装置を使用しない事態も十分予測されたのであるから,被控訴人医師らにその使用及びその際に生じる具体的な危険の詳細をあらかじめ同人やその家族に説明しなければならない義務を措定することはできないというべきである。 また,どのような医療行為を受けるかについての患者の自己決定権は,医師の説明義務を考える上で重要な要因であることは異論がない。しかし,実際の病気の内容,性質,程度,患者側の性格その他固有の事情等は千差万別で一様ではない。専門的知識及び技量を有し,患者ごとによりよい医療行為を行うべき医療契約上の義務を負う医師は,患者に最も適切な医療行為を受ける機会を保証しなければならないのであり,これを果たすためには患者にいたずらに不安を助長し,合理的根拠もないままにその機会を断念させるようなことを避けなければならないとの要請があることも否定できないところであろう。そうすると,医師は,患者の病気の内容,性質,程度,患者の年齢,性格,家族関係等知り得たあらゆる個別事情等を踏まえ,説明の時期,内容,表現を選択すべきであり,したがってどのような表現で説明をするかについてはその裁量にゆだねられているものというべきである。そうしてみると,被控訴人医師らがD及び控訴人Aに対して行った上記説明は,その時点で最も適切な医療行為を受ける判断をする上での情報として過不足があるとは認められず, られているものというべきである。そうしてみると,被控訴人医師らがD及び控訴人Aに対して行った上記説明は,その時点で最も適切な医療行為を受ける判断をする上での情報として過不足があるとは認められず,上記裁量の範囲を逸脱するものでないことは明らかであり,この点からも同医師らの説明に違法を認めることはできないというべきである。 以上の次第であるから,説明義務違反をいう控訴人らの主張もまた理由がない。 ⅲ 翻って,本件は,控訴人らDの家族からすれば,手術をしなければ生命の予後に深刻な危険があること(この状態にあったことが認められることは前記のとおりである。)を告げられ,心臓バイパス手術の必要性を理解しながらも,他方で手術によるやはり生命の危険へのいい知れない不安を覚えながら,最後は医師の勧告を信頼して生命の予後の危険が取り除かれることを期待して手術に臨んだDが,手術の結果意識を回復することのないまま死亡するに至ったという事案であり,同人の遺族である控訴人らには受容し難い結果であろうことは十分理解できるところである。 しかし,前記認定のとおり,Dの心臓組織及び動脈硬化の程度は事後的にも,内服処方では到底生命の維持は困難な状態であり,同人は本件で実施された心臓バイパス手術の典型的な適応を有していたと認められ,また,実施された心臓バイパス手術及び術後の管理等全過程を通じて,同人の生命を保持できなかったことについて,医療としての相当行為を逸脱するような義務違反行為があったと認めることは困難というべきであるから,同人に生じた本件の不幸な結果について,被控訴人に法的責任を認めることはできないといわざるを得ない。 Ⅳ よって,本件控訴はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条1項,65条1項,61条を適用して,主文のと 被控訴人に法的責任を認めることはできないといわざるを得ない。 Ⅳ よって,本件控訴はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について民事訴訟法67条1項,65条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第17民事部裁判長裁判官新村正人裁判官藤村啓裁判官笠井勝彦
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