平成6(ワ)139 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成17年7月26日 甲府地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-6429.txt

判決文本文46,317 文字)

主文 1 被告Y市は,原告Aに対し,金50万円及びこれに対する平成5年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告Y市は,原告Bに対し,金50万円及びこれに対する平成5年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らの被告Y市に対する主位的請求及びその余の予備的請求並びに被告医療法人C病院に対する各請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は,被告Y市に生じた費用の15分の1と原告らに生じた費用の30分の1を被告Y市の負担とし,被告Y市及び原告らに生じたその余の費用並びに被告医療法人C病院に生じた費用を原告らの負担とする。 5 この判決は,1,2項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 主位的請求(1) 被告らは,原告Aに対し,連帯して金758万3500円及びこれに対する平成5年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 被告らは,原告Bに対し,連帯して金758万3500円及びこれに対する平成5年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 予備的請求(1) 被告らは,原告Aに対し,連帯して金300万円及びこれに対する平成5年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 被告らは,原告Bに対し,連帯して金300万円及びこれに対する平成5年2月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨(1) タイ王国(以下「タイ」という。)国籍を有するD(以下「本件患者」という。)は,平成4年12月16日,Z県下のスナックにおいてホステスとして働いていた際,氏名不詳の男性客から暴行を受け,これから逃れるた 王国(以下「タイ」という。)国籍を有するD(以下「本件患者」という。)は,平成4年12月16日,Z県下のスナックにおいてホステスとして働いていた際,氏名不詳の男性客から暴行を受け,これから逃れるために同スナックの店舗2階から飛び降り,腰椎骨折の傷害を負った。本件患者は,直ちに,救急車で被告C病院の開設するC病院に搬送され,同月17日午前零時ころ,同病院に入院し,その4日後,被告Y市の設置,運営する市立Y病院(以下「市立病院」という。)に転院したが,下半身運動麻痺及び神経因性膀胱(膀胱麻痺)などの後遺障害を負った。 (2) 本件は,本件患者の相続人である原告ら(本件患者は,本件訴え提起後である平成9年○月○日,タイにおいて,後天性免疫不全症候群(エイズ)により死亡したため,原告らが,平成11年9月20日,受継の申立てをして,本件訴訟を承継した。)が,主位的には,「被告C病院及び市立病院の医師らは,本件患者の腰椎骨折に対して手術的治療(脊髄の除圧手術及び脊椎の固定手術)を実施すべきであったのにこれを怠った。仮に本件患者に対して手術的治療が実施されていれば,本件患者は完治したか,後遺障害を負ったとしても,更に軽症だったはずである。」などと主張して,原告らの相続した本件患者の不法行為による損害賠償請求権(民法709条,710条,719条1項,715条)に基づき,本件患者の休業損害,逸失利益,慰謝料,後遺障害に対応した家屋建築費用及び弁護士費用の支払を求め,予備的には,「仮に手術的治療を実施していても,同治療が功を奏して本件患者の後遺障害が更に軽症となったかは不明であるとしても,すなわち,手術的治療を実施しなかったという不作為と本件患者の後遺障害との間に因果関係が認められないとしても,本件患者は,手術的治療という適切な治療を受ける期待権を となったかは不明であるとしても,すなわち,手術的治療を実施しなかったという不作為と本件患者の後遺障害との間に因果関係が認められないとしても,本件患者は,手術的治療という適切な治療を受ける期待権を侵害された。」などと主張し,原告らの相続した本件患者の不法行為による損害賠償請求権(民法709条,710条,719条1項,715条)に基づき,本件患者の慰謝料の支払を求めている事案である(附帯請求は,主位的請求及び予備的請求とも,不法行為の後の日からの民法所定年5分の割合による遅延損害金請求である。)。 (3) 原告らは,被告Y市との関係では,特に,「市立病院の医師らは,本件患者に対して手術的治療を実施する必要があると認識しつつ,本件患者がHIVに感染していることが判明したことから,同病院の看護師や患者らに二次感染への不安などの動揺が広がることを避けるため,これを回避した。」と主張している。 2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実以外は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者等ア(ア) 本件患者は,昭和45年(1970年)○月○日生まれのタイ人女性であり,平成4年7月23日,短期滞在の在留資格で日本国に入国し,同年12月当時は,いわゆる不法残留外国人として,Z県(以下住所省略)のスナックでホステスとして働きながら生活していた。 (イ) 本件患者は,日本語及び英語をほとんど理解しなかったため,日本語又は英語を用いて本件患者と意思疎通を図ることは極めて困難であった。 (ウ) 本件患者は,平成5年2月22日,タイに帰国し,平成9年○月○日,同国において死亡した。タイの法律によると,本件患者の相続人は,父である原告A及び母である原告Bの2名であり,それ以外に相続人は存在せず,その相続分は,2分の1ずつである。 イ(ア) 被告 日,同国において死亡した。タイの法律によると,本件患者の相続人は,父である原告A及び母である原告Bの2名であり,それ以外に相続人は存在せず,その相続分は,2分の1ずつである。 イ(ア) 被告C病院は,平成4年当時,Z県(以下住所省略)に病院施設(C病院)を設置し,診療科目として,外科,整形外科及び内科を有し,救急病院の認定を受け,入院ベッド数は53床,常勤医師が4名,非常勤医師が5名という態勢で運営されていた。 (イ) C病院には,平成4年当時,整形外科を専門とする常勤医はいなかったが,非常勤の整形外科の専門医が,火曜日,木曜日(水曜日の夜から)及び日曜日に勤務していた。 (ウ) E医師は,平成元年10月31日,被告C病院の理事長に就任し,現在もその職にある。E医師は,一般外科を専門としており,平成4年当時,月曜日から土曜日の午前9時から午後6時ころまで,一般外科の外来診療,手術及び入院患者の回診等を担当していた。 (エ) F医師は,平成4年当時,非常勤の勤務医として被告C病院に雇用され,毎週木曜日(水曜日の夜を含む。),整形外科における外来診療及び手術を担当していた。 (オ) C病院には,平成4年当時,脊椎外科を専門とする医師は勤務しておらず,また,CT(コンピューター断層撮影法)検査及びMRI(磁気共鳴映像法)検査を実施するための機器も備えられていなかった(丙12,被告C病院代表者E医師)。 ウ(ア) 被告Y市は,平成4年よりも前から,市立病院をY市(以下住所省略)に設置,運営している。 (イ) 市立病院は,平成4年当時,内科,外科,皮膚科,神経内科,小児科,整形外科,理学療法科,産婦人科,泌尿器科,耳鼻咽喉科,眼科及び麻酔科を有しており,Y市内において,いわゆる総合病院としての役割を果たしていた。 4年当時,内科,外科,皮膚科,神経内科,小児科,整形外科,理学療法科,産婦人科,泌尿器科,耳鼻咽喉科,眼科及び麻酔科を有しており,Y市内において,いわゆる総合病院としての役割を果たしていた。 (ウ) G院長は,平成4年当時,被告Y市に雇用され,市立病院院長の職にあった。 (エ) 市立病院の整形外科には,平成4年当時,H整形外科主任科長兼診療部長(以下「H主任科長」という。),I整形外科科長(以下「I医師」という。),J整形外科科長及び2名の研修医が勤務しており,68床の入院ベッドを有していた。 (オ) I医師は,脊椎外科の専門家であり,平成4年当時,Z県下において,脊椎疾患に対する外科的治療の第一人者といえる存在であった。 (2) C病院における診療経過等ア本件患者は,平成4年12月16日から翌17日の深夜にかけて,前記スナックに勤務していたところ,氏名不詳の男性客から暴行を受け,これから逃れるために,同スナックの店舗2階から飛び降り,負傷した。 イ本件患者は,救急車でC病院に搬送され,同月17日午前零時ころ,同病院に到着した。F医師は,直ちに本件患者を診察し,①うとうとした状態ではあるが応答は可能であること,②瞳孔は両側円形で正常であること,③瞳孔反射も迅速で正常であること,④外傷はないこと,⑤深部筋腱反射は両上下肢ともに腱反射が認められ,亢進及び減退が認められないこと,⑥右第3腰髄以下の神経支配領域に知覚鈍麻が認められること,⑦病的な腱反射がないことを確認し,また,本件患者を搬送した救急隊員から,本件患者が建物の2階から飛び降りたことを聴取した。F医師は,上記診察の結果,本件患者には右第3腰髄神経根損傷の疑いがあると診断し,本件患者をC病院に入院させることとした。 ウ F医師は,本件患者に対し,入院時の 階から飛び降りたことを聴取した。F医師は,上記診察の結果,本件患者には右第3腰髄神経根損傷の疑いがあると診断し,本件患者をC病院に入院させることとした。 ウ F医師は,本件患者に対し,入院時の定例検査として,血液検査及び尿検査を行うこととし,本件患者の尿及び血液は,平成4年12月17日の午前中に採取され,検査機関であるKメディカルに対して送付された。 エ F医師は,平成4年12月17日午前9時ころ,本件患者の件についてE医師に報告した。E医師は,直ちに本件患者を診察し,F医師と相談の上,本件患者に対し,腰椎のレントゲン写真撮影及び脊髄造影検査(脊髄腔に造影剤を注入し,造影剤を脊髄腔内に移動させて,造影剤の流れを観察する検査方法。ミエログラフィーとも呼ばれる。)を行うこととした(以下,このレントゲン写真を「本件レントゲン写真」といい,この脊髄造影写真を「本件ミエログラフィー」という。)。 オ E医師は,平成4年12月17日午前9時30分ころ,本件患者の知人であると思われるLと外国人風の女性の訪問を受け,Lらと面談した。Lらは,この席上,E医師に対し,本件患者は健康保険に加入していないが,治療費等はLらが負担する旨申し出た。E医師は,Lらに対し,本件患者の症状について,正式な検査は経ていないが腰椎の異常と下肢の神経の損傷が疑われる旨説明し,また,本件患者がスナックのホステスをしていたことから,本件患者の血液について,HIV(humanimmunodeficiencyvirus;ヒト免疫不全ウイルス)検査をさせてほしい旨申し出て,Lらからその承諾を得た。そこで,E医師は,Lらとの面談後,電話で,Kメディカルに対し,既に送付されている本件患者の血液について,定例検査の外にHIV検査を加えるよう依頼した(なお,原告らは,第21回弁論 らその承諾を得た。そこで,E医師は,Lらとの面談後,電話で,Kメディカルに対し,既に送付されている本件患者の血液について,定例検査の外にHIV検査を加えるよう依頼した(なお,原告らは,第21回弁論準備手続期日において,E医師が本件患者本人に無断でHIV検査を実施した点については,法的責任を追及しない旨述べた。)。 カ E医師及びF医師は,平成4年12月17日午後,本件レントゲン写真及び本件ミエログラフィーを踏まえて本件患者を再び診察し,次のとおりの診断を下した(以下,この診察を「本件1診察」という。)。 (ア) 第2腰椎の圧迫骨折部位で脊髄腔が上下にほぼ完全に遮断されている(第2腰椎部分で脊髄のほぼ完全ブロック)。 (イ) 下肢を自力挙上することができない。また,徒手筋力テスト(0から5までの6段階評価で,5が正常,0は筋の収縮が全くみられない。)の結果は,次のとおりであり,筋力の低下が認められる(丙2,被告C病院代表者E医師(特に同尋問調書12丁),鑑定人M(N大学医学部整形外科学教室教授)の鑑定の結果(補充鑑定書による鑑定を含む。以下同じ。)。 a ハムストリング筋  3/5b 長母趾伸筋  2/5c 前脛骨筋  2/5d 長母趾屈筋  4/5(ウ) 右側の第2腰髄以下の神経支配領域に知覚鈍麻が認められる。 (エ) 直腸及び膀胱の障害はないと思われる。 (オ) 第2腰椎圧迫骨折による右側の第2腰髄,第3腰髄から仙髄までの損傷が疑われる。 (カ) 脊髄の除圧手術(脊椎弓を切除して脊髄腔の内圧を下げる手術)が早急に必要である(原告らと被告C病院との間においては,丙2,証人I医師,被告C病院代表者E医師によって認める。)。 キ E医師は,F医師と相談した上,上記除圧手術をC病院で行うことは,人 術)が早急に必要である(原告らと被告C病院との間においては,丙2,証人I医師,被告C病院代表者E医師によって認める。)。 キ E医師は,F医師と相談した上,上記除圧手術をC病院で行うことは,人的態勢及び設備の面から困難であると判断し,本件1診察の後,間もなくして,市立病院のI医師に対し,電話で連絡を取った。E医師は,この電話で,I医師に対し,本件患者の症状について,①本件レントゲン写真によると,第2腰椎の圧迫骨折が認められること,②本件ミエログラフィーによると,第2腰椎部分で完全ブロック状態(脊髄腔が遮断されている状態)が認められること,③両下肢の筋力が非常に低下していること(原告らと被告C病院との間においては,証人I医師によって認める。),④右下肢の知覚鈍麻が認められることなどを説明し,本件患者に手術的治療が必要ならば,C病院では対応できないので,本件患者を市立病院に転院させてほしいと依頼した。また,E医師は,この電話で,I医師に対し,本件患者の血液について現在HIV検査中であり,検査結果を待っている旨述べた(以下,この相談を「本件電話相談」という。)。 ク I医師は,本件電話相談を受け,E医師から聴取したところからすると,本件患者の傷害は,第2腰椎圧迫骨折による馬尾神経(第2腰椎付近に集まっている脊髄神経の前後両根の集団)損傷の可能性があり,そうであるならば,手術的治療の適応があるかもしれないと判断し,E医師に対し,同日,電話で,次の内容を述べた。 ① 市立病院の整形外科は,現在,入院ベッドが満床だが,平成4年12月21日(月曜日)に入院ベッドが確保できたので,この日になれば本件患者を同科に受け入れることができる。 ② 市立病院に転院するまでの間,本件患者に対し,保存的治療として,ステロイド剤を投与し,また,反張位 曜日)に入院ベッドが確保できたので,この日になれば本件患者を同科に受け入れることができる。 ② 市立病院に転院するまでの間,本件患者に対し,保存的治療として,ステロイド剤を投与し,また,反張位をとらせておいてほしい(被告C病院代表者E医師)。 ③ 仮に,本件患者に手術的治療に対する適応があるとして,平成4年12月21日まで転院が遅れたとしても,その適応に変わりはないと思われる。 ④ もし,転院前に本件患者の症状に急激な変化があった場合には,直ちに連絡してほしい。 ⑤ 本件患者のHIV検査の結果が判明したら教えてほしい。 ケ E医師及びF医師は,上記電話の結果,本件患者を市立病院に転院させることとし,その後,平成4年12月21日の転院まで,本件患者に対し,ステロイド剤,鎮痛剤及び鎮静剤の投与などを行った(ステロイド剤の投与について,甲11,被告C病院代表者E医師)。 (3) 市立病院における診療経過等ア本件患者は,平成4年12月21日午前11時ころ,C病院から市立病院に搬送された。 イ平成4年当時の市立病院においては,手術実施の決定権限は,当該科の主任科長が有しており,整形外科においては,H主任科長が決定権者であった。平成4年当時の市立病院の整形外科では,通常手術の場合には,H主任科長が,毎週水曜日の夜に行われていた手術カンファレンスにおいて手術の可否を決定し,また,緊急手術の場合には,H主任科長が,適宜,担当医師から相談を受けて決定していた。 ウ I医師は,本件患者が転院してきた直後,本件患者を診察し,第2腰髄節以下の神経支配領域の完全運動麻痺,右下肢の知覚脱失,左下肢の知覚鈍麻,膀胱直腸麻痺が認められることを確認し,第2腰椎圧迫骨折及び骨片の脊柱管内突出による馬尾神経麻痺と診断した(以下,この診察 髄節以下の神経支配領域の完全運動麻痺,右下肢の知覚脱失,左下肢の知覚鈍麻,膀胱直腸麻痺が認められることを確認し,第2腰椎圧迫骨折及び骨片の脊柱管内突出による馬尾神経麻痺と診断した(以下,この診察を「本件2診察」という。)。 エ I医師は,本件2診察の結果,本件患者には手術的治療に対する適応があると判断した(ただし,手術的治療以外に選択の余地のない絶対的手術適応であったか,そうでない相対的手術適応であったかについては,当事者間に争いがある。)。そこで,I医師は,平成4年12月24日に後方進入脊髄前方除圧,後側方固定手術(具体的内容は,下記オのとおりである。以下,この手術方法を「本件術式」という。)を行うことを予定し,同月22日に断層撮影,脊髄造影及びCTスキャンなどの諸検査を行えるよう検査予約の手続をした。 オ本件術式は,次のとおり,脊髄の除圧工程と脊椎の固定工程からなる(乙4の1ないし4,証人I医師)。 (ア) 除圧工程患者の背側から切開し,椎弓全体及び上下の関節突起からなる椎間関節の全部を切除し,スパーテルと呼ばれる器具等によって硬膜管をはく離,けん引し,サージアトームと呼ばれる器具によって脊柱管内へ飛び出した骨片を削り取り,馬尾神経の入っている硬膜管を除圧する。 (イ) 固定工程受傷及び除圧工程によって不安定となった脊柱の安定性を確保するため,ねじ(スクリュー)で脊椎プレート板を脊椎の両後側方に固定するとともに(ペディキュラー・スクリュー法),骨盤(腸骨)の一部を取り出して,脊椎の後側方に骨移植して脊柱の支えを補強する。 カ Lは,平成4年12月21日,市立病院からの指示に従って,本件患者の保証人として,本件患者の上記手術について承諾書(甲53の1ないし3)を作成した。 キ C病院のE医師は, を補強する。 カ Lは,平成4年12月21日,市立病院からの指示に従って,本件患者の保証人として,本件患者の上記手術について承諾書(甲53の1ないし3)を作成した。 キ C病院のE医師は,平成4年12月21日午後5時ころ,電話で,Kメディカルから,本件患者のHIV検査の結果が陽性であった旨の連絡を受けた。E医師は,この連絡を受け,直ちに,電話で,I医師に対し,その旨連絡した。 ク I医師は,このE医師からの連絡を受け,平成4年12月21日午後6時ころ,G院長に対し,本件患者に関するこれまでの診療経過や本件患者のHIV検査の結果が陽性であったことなどを報告した。G院長は,この報告を受け,I医師に対し,HIV陽性の患者を受け入れたことをZ県に報告し,翌22日に治療方針を含めて整形外科として本件患者の診療方針を決定するよう指示した。なお,本件患者は,市立病院に入院した最初のHIV感染者であった(証人I医師)。 ケ I医師は,平成4年12月21日午後9時30分ころ,H主任科長に対し,C病院から本件患者を受け入れたこと,本件患者の症状及び本件患者がHIV陽性であることなどを報告したが,既に病棟の消灯時間が経過していたため,翌日に再び相談し,本件患者の治療方針等を決定することとした。 コ I医師は,平成4年12月22日午前8時45分ころ,Z県に対し,電話で,HIV陽性の患者が入院したことを報告した。また,I医師は,同じころ,H主任科長から,本件患者の治療方針は慎重に検討する必要があるので,取りあえず手術のための諸検査は行わないよう指示され,前日に予約していた上記エの諸検査をキャンセルした。 サ I医師は,平成4年12月22日午前10時15分ころ,Lに対し,市立病院内において,本件患者がHIV陽性であったこと,本件患者の治療方針は 前日に予約していた上記エの諸検査をキャンセルした。 サ I医師は,平成4年12月22日午前10時15分ころ,Lに対し,市立病院内において,本件患者がHIV陽性であったこと,本件患者の治療方針はこれからH主任科長を始めとして整形外科全体で検討すること及びHIV陽性であったことは本件患者には知らせないでほしいことなどを話した。 シ I医師は,上記面談の後である平成4年12月22日午前10時30分ころ,H主任科長と本件患者の治療方針について相談し,その結果,整形外科の方針として,本件患者に手術的治療は行わないこととした。 ス G院長,H主任科長,I医師,総婦長及び事務局長の5名は,平成4年12月22日午前11時50分ころ,本件患者の件について,院長室で会談し,O病院に本件患者を受け入れてもらえるよう同病院のP院長に依頼することを決めた(なお,G院長は,従前,P院長から,O病院では既にHIV感染者の受入れ態勢を整えている旨聞いていた(証人H主任科長,証人I医師)。)。 セ G院長は,そのころ,電話で,P院長に対し,本件患者の受入れを依頼し,P院長は,同日午後3時ころ,G院長に対し,同月24日にベッドが確保できたので,同日に本件患者をO病院に受け入れる旨述べた。 (4) O病院における診療経過等ア本件患者は,平成4年12月24日,O病院に転院した。 イ本件患者は,平成4年12月25日,O病院の医師から診察を受け,その結果は,次のとおりであった。 (ア) 腱反射a 膝蓋腱反射右低下左低下b アキレス腱反射右やや低下左低下(イ) 知覚右下肢にしびれ(ただし,言語の問題があるのではっきりしない。)(ウ) 筋力(徒手筋力テストの結果)a 上肢正常b 下肢腸腰筋,ハム 右やや低下左低下(イ) 知覚右下肢にしびれ(ただし,言語の問題があるのではっきりしない。)(ウ) 筋力(徒手筋力テストの結果)a 上肢正常b 下肢腸腰筋,ハムストリング筋,大腿四頭筋,前脛骨筋,長拇趾伸筋及び腓腹筋の各筋力は,いずれも認められない。 ウ本件患者は,平成4年12月24日から平成5年2月22日にタイに帰国するまでの間,O病院に入院して診療を受けていたが,徐々に回復し,退院時には,車いすからベッドへ,ベッドから車いすへの移動が単独で行えるようになっていた。 エまた,退院に先立つ平成5年2月15日に行われた徒手筋力テストの結果は,次のとおりであった(甲93)。 (ア) 腰方形筋右4 /5 左4 /5(イ) 大殿筋右1 /5 左1 /5(ウ) 中殿筋右1 /5 左1 /5(エ) ハムストリング筋右2-/5 左3-/5(オ) 大腿四頭筋右2-/5 左3-/5(カ) 前脛骨筋右1 /5 左2 /5(キ) 長・短腓骨筋右0 /5 左1 /5(ク) 下腿三頭筋右1 /5 左2 /5(ケ) 長母趾伸筋右1 /5 左2 /5(5) タイ帰国後の本件患者の症状等ア本件患者は,平成5年2月22日,タイに帰国した。本件患者は,帰国当時,第2腰椎破裂骨折及び馬尾神経損傷による下半身運動麻痺の後遺障害を負っていたため,移動には車いすを使用する必要があり,また,膀胱直腸麻痺も改善していなかった。 イ本件患者は,平成7年8月23日から同月31日まで,Q総合病院に入院した。本件患者は,当時,平成4年12月に日本で負った脊椎損傷が原因で,神経因性膀胱(膀胱支配神経に器質的障害が生じ,蓄尿及び排尿の機能に異常が起こった 月23日から同月31日まで,Q総合病院に入院した。本件患者は,当時,平成4年12月に日本で負った脊椎損傷が原因で,神経因性膀胱(膀胱支配神経に器質的障害が生じ,蓄尿及び排尿の機能に異常が起こった状態(膀胱麻痺))の状態となり,これに起因する左腎臓の腎盂腎炎を起こしていた。 ウ(ア) 本件患者は,平成8年2月19日から同月28日まで,Q総合病院に入院した。本件患者は,当時,依然として神経因性膀胱(膀胱麻痺)の状態にあった。 同病院の医師が本件患者に対して尿流量測定を行ったところ,ストレス性失禁のパターンを示し,圧迫による排尿は可能であるが,残尿量が約50パーセントに達し,予後的にも障害は遷延していくと考えられていた。 (イ) この入院の際に本件患者に対して行われた検査の結果は,次のとおりであった。 a 下肢チアノーゼなし。皮膚に異常所見なし。 b 中枢神経正常c 筋力(a) 上肢正常(b) 下肢 4/5~5/5(やや筋力低下ないし正常)d 深部腱反射(a) 上肢正常(b) 下肢異常e 異常なバビンスキー反射(伸展性足底反射)はない。 エ本件患者は,平成8年9月4日から同月7日まで,R総合病院に入院した。 本件患者は,同病院において,下半身麻痺,神経因性膀胱,HIV陽性,細菌性膀胱炎,尿路感染と診断された。 また,本件患者の当時の状態は,次のとおりであった。 (ア) 理学所見脱力あり,発熱なし,下肢の麻痺あり,恥骨上部の圧痛,反跳圧痛の存在は,疑わしい。 (イ) 身体所見尿道カテーテル留置に伴って下半身麻痺,恥骨上部に圧痛が認められる。 (ウ) 検査結果HIV陽性,尿中に無数の赤血球(血尿),白血球(膿尿)及びバクテリアが認められる。 オ 所見尿道カテーテル留置に伴って下半身麻痺,恥骨上部に圧痛が認められる。 (ウ) 検査結果HIV陽性,尿中に無数の赤血球(血尿),白血球(膿尿)及びバクテリアが認められる。 オ本件患者は,平成8年9月10日,S病院に入院した。本件患者は,同病院において,脊椎への圧迫による尿の貯留,尿路感染症,HIV陽性と診断された。 カ本件患者は,平成8年11月3日,R総合病院に入院した。本件患者は,同病院において,HIV陽性,膀胱炎を伴う神経因性膀胱,痙攣と診断された。 また,本件患者の当時の状態は,次のとおりであった。 (ア) 理学所見脱力あり,発熱なし,下肢の麻痺あり,充満した膀胱と恥骨上部の圧痛が認められる。 (イ) 尿検査無数の白血球とバクテリアが認められる。 キ本件患者は,平成8年12月6日,R総合病院に入院した。本件患者は,同病院において,HIV陽性,神経因性膀胱,急性腎盂腎炎と診断された。 また,本件患者の当時の状態は,次のとおりであった。 (ア) 理学所見発熱を伴う下肢麻痺,恥骨上部と両側の腹部に圧痛が認められる。 (イ) 尿検査無数の白血球が認められる。 ク本件患者は,平成9年2月5日から同月11日まで,HIV陽性,半身麻痺及び肺炎のため,R総合病院に入院した。また,本件患者は,同月14日から短くとも同年3月2日まで,腎盂腎炎のため,R総合病院に入院していた。 ケ本件患者は,平成9年○月○日,後天性免疫不全症候群(エイズ)により死亡した。 3 争点(1) C病院のE医師及びF医師は,本件1診察の後,直ちに,又は,できるだけ早い段階で,C病院において本件患者に手術的治療を実施するか,それが困難ならば,同治療が実施可能な他の医療機関に本件 (1) C病院のE医師及びF医師は,本件1診察の後,直ちに,又は,できるだけ早い段階で,C病院において本件患者に手術的治療を実施するか,それが困難ならば,同治療が実施可能な他の医療機関に本件患者を転院させるべきであったか(被告C病院に対する主位的主張関係)。 (2) 市立病院のI医師は,C病院のE医師から本件電話相談を受けた際(上記2(2)キ,ク),直ちに,本件患者に対して手術的治療を実施するための措置を採るべきであったか(被告Y市に対する主位的主張①関係)。 (3) 市立病院のI医師は,平成4年12月21日の本件2診察の後,直ちに,本件患者に対し,手術的治療を実施すべきであったか。また,それが困難であったとしても,市立病院の医師らは,I医師が当初予定していたとおり,平成4年12月24日に本件患者に対して手術的治療を実施すべきであったか(被告Y市に対する主位的主張②関係)。 (4) C病院の医師又は市立病院の医師らが,本件患者に手術的治療を実施していれば,本件患者の後遺障害は,更に軽症となったと認められるか(争点(1)ないし(3)の医師らの不作為と本件患者の後遺障害との間の因果関係の有無)(被告両名に対する主位的主張関係)。 (5) 争点(1)ないし(3)の医師らの不作為によって本件患者が被った損害額は幾らか(被告両名に対する主位的主張関係)。 (6) 争点(4)で医師らの不作為と本件患者の損害との間に因果関係が認められなかった場合,C病院及び市立病院の医師らは,本件患者の適切な治療を受ける期待権を侵害したといえるか。また,期待権侵害による本件患者の慰謝料額は幾らが相当か(被告両名に対する予備的主張関係)。 4 争点に対する当事者の主張(1) 争点(1)(C病院のE医師及びF医師は,本件1診察の後,直ちに, ,期待権侵害による本件患者の慰謝料額は幾らが相当か(被告両名に対する予備的主張関係)。 4 争点に対する当事者の主張(1) 争点(1)(C病院のE医師及びF医師は,本件1診察の後,直ちに,又は,できるだけ早い段階で,C病院において本件患者に手術的治療を実施するか,それが困難ならば,同治療が実施可能な他の医療機関に本件患者を転院させるべきであったか(被告C病院に対する主位的主張関係)。)についてア原告らの主張(ア)a 本件患者は,本件1診察時,第2腰椎の破裂骨折により,骨片が脊柱管内に突出し,同骨片によって馬尾神経が強く圧迫された結果,馬尾神経麻痺及び馬尾神経損傷の傷害を負っていた。 bC病院のE医師及びF医師は,本件1診察の際,①本件レントゲン写真及び本件ミエログラフィーの結果によると第2腰椎の骨折部位で脊髄腔がほぼ完全に遮断されていると認められること,②下肢の各筋力テストの結果から筋力の低下が認められること,③右側の第2腰髄以下の神経支配領域に知覚鈍麻が認められることなどの症状から,上記aの状態を認識することができた。 c 仮に,本件レントゲン写真及び本件ミエログラフィー並びに上記bの各症状から,上記aの状態を認識することが困難であったとしても,本件患者に対し,CTミエログラフィー(コンピューター断層撮影法を用いた脊髄造影)又はMRIを用いて検査を実施すれば,上記aの状態を認識することは可能であった。 (イ)a 本件患者の脊髄円錐(脊髄の最尾側に当たる部分)の下端は,通常よりも低く,それが原因で,本件患者は,本件1診察時,第2腰椎の圧迫骨折により,脊髄円錐に障害を受けていた。 bE医師及びF医師は,本件1診察の際,CTミエログラフィー及びMRIを用いた検査を実施することにより,また,排尿障害,会陰 件1診察時,第2腰椎の圧迫骨折により,脊髄円錐に障害を受けていた。 bE医師及びF医師は,本件1診察の際,CTミエログラフィー及びMRIを用いた検査を実施することにより,また,排尿障害,会陰部の知覚障害,肛門反射,肛門括約筋の収縮の可否等を確認することにより,上記aの脊髄円錐部の障害を認識することができた。 (ウ)a 以上のとおり,本件患者は,本件1診察時,第2腰椎の破裂骨折による馬尾神経圧迫,それに伴う馬尾神経麻痺及び馬尾神経損傷並びに脊髄円錐部の障害を負っていた。 b そして,馬尾には,自律神経(特に副交感神経中,第2ないし第4仙髄から出て下行結腸,直腸,膀胱,生殖器などに分布するもの)が存在し,これらが損傷,麻痺すれば,膀胱直腸障害を起こし,頻尿,尿閉,便秘,便失禁などの症状や性機能障害が生じ,また,脊髄円錐部に障害を受けると,膀胱直腸障害が発現するおそれがある。 (エ)a 馬尾神経は,早期の除圧手術によって回復の可能性が十分にある反面,長時間圧迫されると「ゆ着性くも膜炎」を起こし,特に,膀胱障害,直腸障害については,回復が困難となる。 b また,脊髄円錐部の障害に対しても,できるだけ早い対処が必要である。 (オ)a 以上によると,E医師及びF医師は,平成4年12月17日の本件1診察の後,直ちに,本件患者に対し,C病院において手術的治療(脊髄の除圧手術及び脊椎の固定手術)を実施するか,それが困難ならば,同治療が実施可能な他の病院に転院させるべき注意義務を負っていたというべきである。 b しかるに,E医師及びF医師は,本件1診察の後,直ちに,C病院において本件患者に手術的治療を実施せず,かつ,手術的治療が実施可能な他の医療機関に本件患者を転院させなかった。 (カ)a 仮に,E医師及びF医師に上記(オ)a は,本件1診察の後,直ちに,C病院において本件患者に手術的治療を実施せず,かつ,手術的治療が実施可能な他の医療機関に本件患者を転院させなかった。 (カ)a 仮に,E医師及びF医師に上記(オ)aの注意義務までは認められないとしても,本件患者は,本件1診察の後も上記症状等が改善しなかったばかりか,下肢の筋力が減退し続け,また,麻痺が発生,進行していたのであるから,E医師及びF医師は,本件1診察の後,平成4年12月21日に市立病院に転院するまでの間,できるだけ早い段階で,C病院において手術的治療を実施するか,それが困難ならば,同治療が実施可能な他の病院に転院させるべき注意義務を負っていたというべきである。 b しかるに,E医師及びF医師は,本件1診察の後も,本件患者に対し,CTミエログラフィーやMRIを用いた検査を実施せず,本件患者の症状が改善しないばかりか上記aのとおり悪化していることを見落とし,C病院において手術的治療を実施せず,かつ,同治療が実施可能な他の病院に転院もさせなかった。 イ被告C病院の主張(ア)a 本件患者の腰椎骨折は,圧迫骨折ではなく破裂骨折であった。そして,破裂骨折は,圧迫骨折と異なり,椎対(椎骨の腹側)後壁にも骨折が及び,骨片が脊柱管内に陥入しており,レントゲン写真や脊髄造影検査では発見しにくく,CT検査によって初めて明りょうに描出される(甲111の72頁)。 bC病院には,平成4年当時,CT検査及びMRI検査のための機器が備え付けられておらず,また,脊椎外科の専門家もいなかった。 c したがって,C病院のE医師及びF医師が,本件患者の腰椎骨折が圧迫骨折ではなく破裂骨折であったことを発見できなかったとしても,やむを得ないというべきである。 (イ) 原告らは,C病院の医師は継続的に本件患者に 病院のE医師及びF医師が,本件患者の腰椎骨折が圧迫骨折ではなく破裂骨折であったことを発見できなかったとしても,やむを得ないというべきである。 (イ) 原告らは,C病院の医師は継続的に本件患者に対して徒手筋力テストを実施せず,本件患者の筋力低下を把握していなかったと主張するが,筋力の確認は,必ずしも徒手筋力テストによる必要はなく,ベッドに寝たままの状態で下肢の動きを観察することでも足りる。しかも,本件患者は,日本語及び英語をほとんど理解せず,意思疎通が困難であったから,徒手筋力テストを実施することは困難であり,かつ,その結果の正確性にも疑問があった。そこで,E医師は,本件1診察時に本件患者に対して徒手筋力テストを実施した後も,本件患者が市立病院に転院するまで,毎日少なくとも2回,本件患者の下肢の動きを観察し,下肢の筋力の変化を確認していた。このE医師による観察によると,本件患者の下肢の筋力には,特別な変化は認められず,原告らの主張するような麻痺の進行はなかった。したがって,C病院に入院中に本件患者の筋力低下があったことを前提とする原告らの主張には,理由がない。 (ウ) 仮に,本件患者がC病院に入院している間,本件患者の麻痺が進行していたとしても,①Z県下における脊椎疾患に対する外科的治療の第一人者といえるI医師から,平成4年12月21日に市立病院への転院を受け入れるとの確約を得ている状況にあったこと,②本件患者の脊椎損傷に対する治療としては,保存的治療も選択肢の一つであり,現に保存的治療が行われた本件において,運動機能が「手術を行わなかったことを悔やむ必要ない」程度に良好に回復したこと(鑑定人の補充鑑定書5項),③腰椎の破裂骨折に関しては,平成4年当時,重度の破裂骨折に対しても可能な限り保存的治療で対処しているという医療機関も存 ったことを悔やむ必要ない」程度に良好に回復したこと(鑑定人の補充鑑定書5項),③腰椎の破裂骨折に関しては,平成4年当時,重度の破裂骨折に対しても可能な限り保存的治療で対処しているという医療機関も存在したこと(乙5の2),④仮に,本件患者の脊髄損傷に対して手術的治療を選択する必要があったとしても,市立病院に転院後では間に合わないほどの緊急性を有するものではなかったこと,⑤本件患者が日本語及び英語をほとんど理解しなかったことから,本件患者に対して手術を実施する場合でも,インフォームドコンセントの関係から,平成4年12月20日までに手術を実施することは極めて困難であったことなどにかんがみると,E医師及びF医師が,本件患者がC病院に入院している間,本件患者に対して手術的治療を実施しなかったことに落ち度があったとはいえない。 (エ) また,脊髄円錐の損傷による膀胱機能障害は,手術的治療によっても回復困難であるから,仮にC病院の医師がこの点を見落としていたとしても,結果回避可能性が著しく低い。そうすると,結果回避可能性が著しく低い以上,結果回避義務も観念し得ないから,脊髄円錐の損傷による膀胱機能麻痺に対して手術的治療を実施しなかったことに過失があったとはいえない。 (オ) 以上によると,原告らの被告C病院に対する各請求には,理由がないというべきである。 (2) 争点(2)(市立病院のI医師は,C病院のE医師から本件電話相談を受けた際(上記2(2)キ,ク),直ちに,本件患者に対して手術的治療を実施するための措置を採るべきであったか(被告Y市に対する主位的主張①関係)。)についてア原告らの主張(ア) 市立病院のI医師は,平成4年12月17日,C病院のE医師から本件電話相談を受けた際,E医師から,本件患者の症状について,①レントゲン 主位的主張①関係)。)についてア原告らの主張(ア) 市立病院のI医師は,平成4年12月17日,C病院のE医師から本件電話相談を受けた際,E医師から,本件患者の症状について,①レントゲン写真上,第2腰椎の圧迫骨折が認められること,②脊髄造影検査の結果,第2腰椎部分で完全ブロック状態が認められること,③両下肢の筋力が非常に低下していること,④右足の知覚がほとんどなく,左足についても非常に鈍いことなどの説明を受けた。そうすると,脊椎外科の専門医であるI医師は,直ちに本件患者に手術的治療を実施する必要があることを認識したか,又は,認識することができたはずである。 (イ) したがって,I医師は,この時点において,市立病院に入院ベッドを確保するなどして,本件患者を市立病院に転院又は搬入させ,緊急に脊髄の除圧手術及び脊椎の固定手術を実施すべき注意義務を負っていたというべきである。 (ウ) しかるに,I医師は,この義務を怠り,平成4年12月21日まで,漫然と本件患者をC病院に入院させ,本件患者の下肢筋力の低下や麻痺を悪化させた。 イ被告Y市の主張(ア) 市立病院のI医師は,本件電話相談の際,C病院のE医師から聴取した本件患者の状態を基に,本件患者の症状は第2腰椎圧迫骨折による馬尾神経損傷ではないかと推定し,E医師に対し,①本件患者の症状には,相対的手術適応(例えば,整形外科医が10人いれば5人は手術するが5人は手術しないといった症状で,手術しなくても生命に危機がない場合や手術しても症状が改善する可能性が少ない場合などをいう。)の可能性があること,②市立病院の整形外科の入院ベッドは,現在満床であり,早くても,平成4年12月21日にならなければベッドが確保できないこと,③同日まで待っても,手術適応に変わりはないと思われること,④ 性があること,②市立病院の整形外科の入院ベッドは,現在満床であり,早くても,平成4年12月21日にならなければベッドが確保できないこと,③同日まで待っても,手術適応に変わりはないと思われること,④反張位でのベッド安静や脊髄浮腫を除去するためのステロイド剤の投与などの保存的治療を行ってほしいこと,⑤同日までに本件患者の症状が急に悪化する場合は,直ちに連絡してほしいこと,⑥同日の午前中に本件患者を市立病院に転院させてほしいことなどを伝えた。 (イ) 以上のとおり,市立病院のベッドは,平成4年12月21日まで満床であり,それまでに同病院に転院して手術することは不可能であったし,また,本件患者の症状は相対的手術適応であった。そうすると,I医師の上記(ア)の対応には,何らの落ち度もないというべきである。 (3) 争点(3)(市立病院のI医師は,平成4年12月21日の本件2診察の後,直ちに,本件患者に対し,手術的治療を実施すべきであったか。また,それが困難であったとしても,市立病院の医師らは,I医師が当初予定していたとおり,平成4年12月24日に本件患者に対して手術的治療を実施すべきであったか(被告Y市に対する主位的主張②関係)。)についてア原告らの主張(ア)a 本件患者は,本件2診察時,第2腰椎の破裂骨折により,骨片が脊柱管内に突出し,同骨片によって馬尾神経が強く圧迫された結果,馬尾神経麻痺及び馬尾神経損傷の傷害を負っていた。 b 市立病院のI医師は,本件2診察の際,①本件レントゲン写真及び本件ミエログラフィーの結果によると第2腰椎の骨折部位で脊髄腔がほぼ完全に遮断されていると認められること,②下肢の各筋力テストの結果,筋力の低下が認められること,③右側の第2腰髄以下の神経支配領域に知覚鈍麻が認められることなどの症状から 椎の骨折部位で脊髄腔がほぼ完全に遮断されていると認められること,②下肢の各筋力テストの結果,筋力の低下が認められること,③右側の第2腰髄以下の神経支配領域に知覚鈍麻が認められることなどの症状から,上記aの状態を認識することができた。 c 仮に,本件レントゲン写真及び本件ミエログラフィー並びに上記bの各症状から,上記aの状態を認識することが困難であったとしても,本件患者に対し,CTミエログラフィー(コンピューター断層撮影法を用いた脊髄造影)又はMRIを用いて検査を実施すれば,上記aの状態を認識することは可能であった。 (イ)a 本件患者の脊髄円錐(脊髄の最尾側に当たる部分)の下端は,通常よりも低く,それが原因で,本件患者は,本件2診察時,第2腰椎の圧迫骨折により,脊髄円錐に障害を受けていた。 b 市立病院のI医師は,本件2診察の際,CTミエログラフィー及びMRIを用いた検査を実施することにより,また,排尿障害,会陰部の知覚障害,肛門反射,肛門括約筋の収縮の可否等を確認することにより,上記aの脊髄円錐部の障害を認識することができた。 (ウ)a 以上のとおり,本件患者は,本件事故によって,①第2腰椎の破裂骨折による馬尾神経圧迫,それに伴う馬尾神経麻痺及び馬尾神経損傷並びに②脊髄円錐部の障害を負っていた。 b そして,馬尾には,自律神経(特に副交感神経中,第2ないし第4仙髄から出て下行結腸,直腸,膀胱,生殖器などに分布するもの)が存在し,これらが損傷,麻痺すれば,膀胱直腸障害を起こし,頻尿,尿閉,便秘,便失禁などの症状や性機能障害が生じ,また,脊髄円錐部に障害を受けると,膀胱直腸障害が発現するなど,その障害に伴う後遺障害は,重大である。 (エ)a 馬尾神経は,早期の除圧手術によって回復の可能性が十分にある反面,長時間圧迫さ じ,また,脊髄円錐部に障害を受けると,膀胱直腸障害が発現するなど,その障害に伴う後遺障害は,重大である。 (エ)a 馬尾神経は,早期の除圧手術によって回復の可能性が十分にある反面,長時間圧迫されると「ゆ着性くも膜炎」を起こし,特に,膀胱障害,直腸障害については,回復が困難となる。 b また,脊髄円錐部の障害に対しても,できるだけ早い対処が必要である。 (オ)a したがって,市立病院のI医師は,平成4年12月21日の本件2診察の後,直ちに,本件患者に対し,市立病院において手術的治療(脊髄の除圧手術及び脊椎の固定手術)を実施すべきであった。 b しかるに,I医師は,本件2診察の後,直ちに,市立病院において手術的治療を実施しかなった。 (カ)a 仮に,上記(オ)aの注意義務までは認められないとしても,市立病院の医師らは,I医師が当初予定していたとおり,平成4年12月24日に本件患者に対して手術的治療を実施すべきであった。 b しかるに,市立病院の医師らは,本件患者に対して手術的治療を実施しなければならない必要性を認識しつつ,本件患者がHIVに感染していることが判明したことから,同病院の看護師や患者らに二次感染への不安などの動揺が広がることを避けるため,すなわち本件患者の治療以外の目的のため,これを回避した。 (キ)a この点,被告Y市は,下記イ(被告Y市の主張)のとおり,本件患者に対して手術的治療を実施しなかったのは,同病院の看護師や患者らに動揺が広がることを避けるためではなく,次の理由によるものであると主張する。 ① 本件患者の疾患は,保存的治療にも適応があり,かつ,I医師の予定していた本件術式は,出血量及び手術時間などの観点からみて手術侵襲が非常に大きい一方,手術的治療による症状改善の可能性は低いと予想された。 者の疾患は,保存的治療にも適応があり,かつ,I医師の予定していた本件術式は,出血量及び手術時間などの観点からみて手術侵襲が非常に大きい一方,手術的治療による症状改善の可能性は低いと予想された。 ② 本件患者の障害は,馬尾神経損傷によって引き起こされたものであったところ,馬尾神経損傷は,保存的治療によっても麻痺回復の可能性が十分ある。 ③ 本件患者がHIVに感染した時期が不明で,エイズ発症の危険性,術後感染の危険性を予測することができなかった。 ④ 本件患者は,日本語及び英語を理解できず,また,精神状態が不安定であったため,市立病院の医師らの説明を理解することができず,手術的治療に対する本件患者の積極的意思の確認が不可能であった。 b しかしながら,市立病院の医師らが,上記①ないし④の理由によって本件患者に対して手術的治療を実施しなかったことをうかがわせる証拠はない。本件患者に対する最善の治療方法が手術的治療であることは既に述べたとおりであり,また,本件患者のHIV感染が,本件2診察時,無症侯性の状態(世界保健機関(WHO)が1990年に発表したHIV感染者のステージ分類暫定案による。)にあったことを前提とすると,上記①ないし④の点については,いずれも手術的治療を回避させる理由にはならないというべきである。 (ク) 以上によると,少なくとも市立病院の医師らには,I医師が平成4年12月24日に実施することを予定していた本件術式による手術を回避し,本件患者に対して手術的治療を実施しなかったという注意義務違反が認められる。 イ被告Y市の主張(ア)aI医師は,平成4年12月21日の本件2診察の結果,本件患者に対する治療としては,本件術式による手術的治療も選択し得ると判断し,同月22日に上記手術を実施する場合に必要不可欠 市の主張(ア)aI医師は,平成4年12月21日の本件2診察の結果,本件患者に対する治療としては,本件術式による手術的治療も選択し得ると判断し,同月22日に上記手術を実施する場合に必要不可欠な検査である断層撮影,脊髄造影,CTスキャンなどの諸検査を行えるよう検査予約の手続をし,また,同月23日が市立病院の整形外科の休診日であったことから,同手術を実施する場合には,同月24日に実施しようと考えた。 b 以上のとおり,I医師は,本件患者に対する治療方針として手術的治療が選択された場合に備えて,可能な限り早期に同手術が実施できるよう準備を進めており,この点に何らの過失もない。なお,市立病院の整形外科においては,本件2診察時,H主任科長が手術実施の決定権限を有していたものである。 (イ) 市立病院の医師らが,I医師が当初想定していた本件術式による手術を実施せず,本件患者に対する治療方針として保存的治療を選択したのは,次の理由による。 aI医師の予定していた本件術式は,手術時間が4時間30分から6時間にも及び,出血量も250シーシーから500シーシーと多く,麻酔ガスの影響が懸念され,骨盤から骨を採取して移植するという侵襲が非常に大きい手術である。一方,I医師は,本件2診察によって,本件患者に対する治療方針としては,手術的治療も選択し得ると判断したが,同時に,I医師は,本件2診察の結果,①本件患者の下肢がほぼ完全麻痺の状態にあったこと,②本件患者に反張位をとらせても症状の改善は全くなかったこと,③本件レントゲン写真及び本件ミエログラフィーを読影すると第2腰椎部分で脊髄のほぼ完全ブロックの状態であると認められたことなどから,本件患者の馬尾神経の損傷は大きく,本件術式による手術を実施しても,本件患者の症状が改善する可能性は低く,症状 を読影すると第2腰椎部分で脊髄のほぼ完全ブロックの状態であると認められたことなどから,本件患者の馬尾神経の損傷は大きく,本件術式による手術を実施しても,本件患者の症状が改善する可能性は低く,症状の改善は手術を実施してみなければ分からないと判断していた。市立病院の医師らは,上記の手術的治療による侵襲の度合いと手術的治療による本件患者の症状の改善可能性を比較考量し,保存的治療を選択したものであり,決して,市立病院の看護師や患者らに動揺が広がることを避けるためなどの治療以外の目的のため,本件患者に対する手術的治療を回避したのではない。 b 本件患者の症状は,脊髄損傷ではなく,第2腰椎の受傷とそれによる馬尾神経損傷であったので,保存的治療によっても麻痺回復の可能性はあった。 c 市立病院には,平成4年当時,感染症を専門とする医師が存在しなかった上,本件2診察時,本件患者がHIVに感染した時期や免疫力がどの程度低下しているのか不明であった。確かに,本件患者には,本件2診察時,エイズが発症していることをうかがわせる症状はなかったが,I医師が想定していた本件術式は侵襲度が大きい術式であり,また,市立病院には感染症の専門医が存在しなかったことから,本件術式による手術が本件患者のエイズ発症に与える影響や術後感染が起こる危険性を把握することができなかった。 d 本件患者は,市立病院入院時,非常に精神状態が不安定であり,かつ,日本語及び英語をほとんど理解できなかった。したがって,市立病院の医師らは,本件患者に対し,治療方針について理解させることができず,非常に手術侵襲が大きい本件術式による手術に対する本件患者の積極的な意思を確認することが困難であった。また,本件患者との意思の疎通が困難であったことから,手術を実施した後の治療についても本件患者の 非常に手術侵襲が大きい本件術式による手術に対する本件患者の積極的な意思を確認することが困難であった。また,本件患者との意思の疎通が困難であったことから,手術を実施した後の治療についても本件患者の協力が得られるかという不安があった。加えて,市立病院の医師らは,本件患者の親族などとも連絡を取ることができず,本件患者の友人であるというLが,本件術式に対する手術に有効な同意を与えることができる立場にあるのかという疑問があった。 (ウ) 実際に,本件患者は,下肢の筋力が4/5又は5/5まで回復し,介助なしで歩行したり,片手に大きなかばんを提げつつ他方の手を掲げて立ったり,足を組んでいすに座ったりすることが可能になるまでに回復している。このことは,本件患者の疾患に対する治療方針として保存的治療を選択することが誤りではなかったことを示している。 (エ) 以上によると,市立病院の医師らが,平成4年12月24日,本件患者に対し,I医師が当初予定していた手術的治療を実施しなかったことについて,注意義務違反はないというべきである。 (4) 争点(4)(C病院の医師又は市立病院の医師らが,本件患者に手術的治療を実施していれば,本件患者の後遺障害は,更に軽症となったと認められるか(争点(1)ないし(3)の医師らの不作為と本件患者の後遺障害との間の因果関係の有無)(被告両名に対する主位的主張関係)。)についてア原告らの主張C病院及び市立病院の医師らが,原告らの主張する上記の各時期において,本件患者に手術的治療を実施していれば,本件患者に後遺障害は残らなかったか,仮に後遺障害が残ったとしても,更に軽症であったはずである。その理由は,次のとおりである。 (ア) 本件患者の下半身運動麻痺及び神経因性膀胱(膀胱麻痺)という後遺障害は,第2腰 残らなかったか,仮に後遺障害が残ったとしても,更に軽症であったはずである。その理由は,次のとおりである。 (ア) 本件患者の下半身運動麻痺及び神経因性膀胱(膀胱麻痺)という後遺障害は,第2腰椎の破裂骨折により,骨片が脊柱管内に突出し,同骨片によって馬尾神経が強く圧迫された結果,馬尾神経が損傷を受けたために発生したものであるところ,馬尾神経は,長時間圧迫されると「ゆ着性くも膜炎」を起こし,特に,膀胱障害,直腸障害については,回復が困難となる反面,早期の除圧手術によって,回復の可能性が十分にある組織である。 (イ) 実際に,馬尾神経麻痺に対して除圧手術を実施することによって,高い治療効果が得られた症例を報告する医学文献(甲127の2,4,8)が,次のとおり存在する。 a 「急性馬尾神経麻痺を呈した巨大腰椎椎間板ヘルニアの2例」(甲127の2)同文献では,外の医療機関で馬尾神経麻痺が出現した後,転院先の病院で排尿障害が発生し,同障害から発生から5日経過後に除圧手術が行われ,手術後1か月ほどで自力排尿が可能となり,約1年後には日常生活にも差し支えなく,性機能も回復している症例2例が報告されている。 b 「馬尾神経圧迫型腰椎椎間板ヘルニアについて」(甲127の4)同文献では,8件の症例に対する治療の結果として,①馬尾神経麻痺が出現した後,除圧手術までの期間が24時間以内から2週間の事例については,下肢の麻痺や膀胱直腸障害などの馬尾神経麻痺症状がほとんど回復している事例が多いこと,②特に,馬尾神経麻痺出現後,早期に手術を行った症例は,手術結果が良好であること,③この結果は,麻痺発生より手術までの期間が短かったということが大きく関与すると思われること,④したがって,症状自体は,巨大ヘルニアによる圧迫が大きな影響を及ぼす 症例は,手術結果が良好であること,③この結果は,麻痺発生より手術までの期間が短かったということが大きく関与すると思われること,④したがって,症状自体は,巨大ヘルニアによる圧迫が大きな影響を及ぼすが,早期手術例が予後も良好であるということも考えあわせれば,予後に関しては,長期間放置しておくことが予後を悪化させると考えられると報告されている。 c 「馬尾神経障害を呈した腰椎々間板ヘルニアについて」(甲127の8)同文献では,馬尾神経障害を呈した腰椎椎間板ヘルニアの症例7例について,次のとおり報告されている(なお,「優」とは術前の症状が完全に消失したものをいい,「良」とは術前の麻痺は著明に改善しているがしびれ感などの知覚障害は残存しているものをいい,「可」とは術前の麻痺は軽減し日常生活では支障がないものをいい,「不可」とは術前の症状が不変又は悪化したものをいう。)。 (a) 術後成績優が3例,良が3例,可が1例(b) 初発症状発症より手術までの期間と術後成績① 1か月未満良が2例② 2か月以上3か月未満優が2例③ 3か月以上優,良,可が各1例(c) 排尿障害出現より手術までの期間と術後成績① 1週間未満優,良が各2例② 1週間以上2週間未満優が1例,良が1例③ 3週間以上可が1例(d) 排尿障害の程度と術後成績① 頻尿・排尿遅延優が2例② 残尿感・失禁可が1例③ 尿閉優が1例,良が3例(なお,閉尿事例では,手術は,閉尿出現後24時間以内に手術が実施されている。)(ウ) 鑑定人は,その鑑定書において,「馬尾神経の損傷は,一般的に除圧(手)術に反応する。しかし,回復の程度と速度は症例ごとに異なるので推測は不能である。」と述べ,また,その されている。)(ウ) 鑑定人は,その鑑定書において,「馬尾神経の損傷は,一般的に除圧(手)術に反応する。しかし,回復の程度と速度は症例ごとに異なるので推測は不能である。」と述べ,また,その補充鑑定書において,「脊椎損傷による麻痺の回復の可能性は,既に受傷時に決まっているとする考えが一般的で,しかも,脊髄円錐の損傷による膀胱機能障害は,手術によっても回復の可能性が低い。したがって,仮に,本件患者に対して手術的治療を実施していたとしても,本件患者の神経因性膀胱が改善したかは不明である。あえて答えれば,改善しなかったであろうと考えるのが論理的である。」と述べる。しかしながら,これらの意見は,臨床に裏付けられたものではなく,上記(イ)の医学文献で報告されている症例から導かれる結果と比べて,証拠としての価値は低いというべきである。 イ被告C病院の主張(ア) 本件患者は,結局,手術的治療を受けなかったが,平成6年には,自力で歩行できるまでに筋力と運動機能が回復している(乙12の3・10)。鑑定人は,ここまでの回復があれば,「手術を行わなかったことを悔やむ必要はない。」と述べている(補充鑑定書5項)。これは,手術的治療を実施していても,前記状態以上の回復は期待できないという趣旨である。そうすると,C病院のE医師及びF医師が,本件患者に対し,手術的治療を実施しなかったことと,本件患者の後遺障害との間には,因果関係がないというべきである。 (イ) 原告らは,脊髄円錐部の障害により神経因性膀胱が重度にとどまっていると主張し,あたかも早期に手術を実施していれば,これの改善が期待できたかのように主張している。しかしながら,鑑定人が補充鑑定書の4項において,「仮に手術療法を行ったとして,本件患者において神経因性膀胱が改善したかは不明である。 を実施していれば,これの改善が期待できたかのように主張している。しかしながら,鑑定人が補充鑑定書の4項において,「仮に手術療法を行ったとして,本件患者において神経因性膀胱が改善したかは不明である。 あえて答えれば,改善しなかったであろうとするのが論理的である。」と指摘するように,脊髄損傷による膀胱機能の重度の障害は,手術的治療を実施したとしても予後が不良である。したがって,神経因性膀胱についても,手術の不実施と結果発生との間に因果関係はないというべきである。 ウ被告Y市の主張(ア) 神経損傷を伴う胸腰椎部骨折の治療方法については,平成4年当時も現在も,保存的治療を実施すべきとする見解と手術的治療を実施すべきとする2つの見解が存在し,その優劣は,依然として決せられていない。市立病院の医師らが,本件患者の疾患に対する治療方針に関して保存的治療を選択したことは,医師らの裁量の範囲内で選択した合理的な治療方針というべきである。実際に,本件患者の下肢の筋力は,4/5から5/5(やや低下ないし正常)まで回復し,介助なしでの歩行や,片手に大きなかばんを提げて他方の手を掲げて立つこと,いすに足を組んで座ることができるまでに回復している。このような回復にかんがみると,仮に,市立病院の医師らの決定した治療方針の選択に注意義務違反が認められるとしても,その注意義務違反と本件患者の後遺障害との間に因果関係はないというべきである。 (イ) また,脊髄円錐の損傷は,手術的治療によっても回復しない。したがって,少なくとも神経因性膀胱の後遺障害については,手術的治療の不実施との間に因果関係はない。 (5) 争点(5)(争点(1)ないし(3)の医師らの不作為によって本件患者が被った損害額は幾らか(被告両名に対する主位的主張関係)。)についてア原 治療の不実施との間に因果関係はない。 (5) 争点(5)(争点(1)ないし(3)の医師らの不作為によって本件患者が被った損害額は幾らか(被告両名に対する主位的主張関係)。)についてア原告らの主張(ア) 休業損害 50万2175円a 賃金センサス平成4年第1巻第1表の女子労働者学歴計(20歳から24歳)の平均年収額は,269万5500万円である(甲123)。 b 本件患者は,C病院に入院した平成4年12月17日からタイに帰国した平成5年2月22日までの68日間,働くことができなかった。 c 上記休業による損害は,50万2175円である。 (269万5500円×68÷365≒502,175.3)(イ) 逸失利益 734万0385円a 本件患者は,平成4年12月当時,在留期間が経過し,不法就労の状態にあったが,少なくとも上記障害の治療が完了した後,3年間は日本に在留し働くことが可能であったと考えられる。 b 本件患者の下半身運動麻痺,神経因性膀胱等の後遺障害は,少なくとも後遺障害別等級表第3級に該当し,同後遺障害の労働能力喪失率は,100パーセントである。 c 賃金センサス平成4年第1巻第1表の女子労働者学歴計(20歳から24歳)の平均年収額は,269万5500万円であり(上記(ア)a),本件患者の日本における就労可能年数3年に対応するライプニッツ係数は,2.7232である。 d 以上によると,本件患者の逸失利益は,少なくとも734万0385円を下らないといえる。 (269万5500円×2.7232≒7,340,385.6)(ウ) 後遺障害慰謝料 600万円慰謝料については,日本人と外国人との間で差別をする合理的な理由はない。 そして,本件患者の後遺障害が重篤であったことなどを考慮 ≒7,340,385.6)(ウ) 後遺障害慰謝料 600万円慰謝料については,日本人と外国人との間で差別をする合理的な理由はない。 そして,本件患者の後遺障害が重篤であったことなどを考慮すると,本件患者が後遺障害を負ったことによって被った精神的損害を慰藉するには,少なくとも600万円の支払をもってするのが相当である。 (エ) 平家式家屋建築費用 93万7680円a 本件患者は,平成5年2月22日,タイへ帰国したが,下半身麻痺の状態であったため,出入口に段差がある従来の高床式の家屋では生活に支障を来すことから,出入口に段差のない平家式の家屋を建築した。 b この建築費用は,23万4420バーツであり,1バーツ4円で換算(平成7年12月15日東銀対顧客売り相場(甲121))すると,93万7680円に相当する。 cC病院及び市立病院の医師らが,本件患者に手術的治療を実施していれば,本件患者の後遺障害は存在しなかったか,更に軽症であったはずであり,そうであるならば,平家式家屋を建築する必要もなかったのであるから,その建築費用である93万7680円は,前記医師らの過失と因果関係のある本件患者の損害であるといえる。 (オ) 弁護士費用の一部 38万6760円上記(ア)ないし(エ)の合計は1478万0240円であるところ,本件患者は,本件訴えの提起に際し,訴訟代理人らに対し,その1割に相当する金員を報酬として支払う旨約した。そこで,原告らは,被告らに対し,その一部である38万6760円を請求する。 (カ) 以上によると,本件患者の被った損害額は,上記(ア)ないし(オ)の総合計である1516万7000円となる。 イ被告C病院の主張(ア) 原告らの上記主張は争う。 (イ)a そもそも,休業損害は脊髄 と,本件患者の被った損害額は,上記(ア)ないし(オ)の総合計である1516万7000円となる。 イ被告C病院の主張(ア) 原告らの上記主張は争う。 (イ)a そもそも,休業損害は脊髄損傷自体によって発生しているものであり,原告らの主張を前提としても,C病院の医師らの治療行為との間に因果関係はない。 b また,本件患者の損害を算定するに当たっては,本件患者の母国であるタイの物価水準及び賃金水準並びに本件患者が在留期間を経過したいわゆる不法滞在者であったことを斟酌すべきである。 ウ被告Y市の主張(ア) 原告らの上記主張は争う。 (イ) 本件患者の損害を算定するに当たっては,本件患者の母国であるタイの物価水準及び賃金水準並びに本件患者が在留期間を経過したいわゆる不法滞在者であったことを斟酌すべきである。 (6) 争点(6)(争点(4)で医師らの不作為と本件患者の損害との間に因果関係が認められなかった場合,C病院及び市立病院の医師らは,本件患者の適切な治療を受ける期待権を侵害したといえるか。また,期待権侵害による本件患者の慰謝料額は幾らが相当か(被告両名に対する予備的主張関係)。)についてア原告らの主張(ア) 仮に,争点(4)において医師らの不作為と本件患者の損害との間に因果関係が認められなかったとしても,本件患者に対して手術的治療(脊髄の除圧手術及び脊椎の固定手術)が実施されていれば,本件患者に後遺障害は残らなかったか,後遺障害が残ったとしても更に軽症であった相当程度の可能性がある。 (イ) そうすると,本件患者は,C病院及び市立病院の医師らが手術的治療を実施しなかったという不作為によって,適切な医療行為を受け,より良い治療結果を望む期待権又は人格権を侵害されたといえる。 (ウ) そして,C ,本件患者は,C病院及び市立病院の医師らが手術的治療を実施しなかったという不作為によって,適切な医療行為を受け,より良い治療結果を望む期待権又は人格権を侵害されたといえる。 (ウ) そして,C病院及び市立病院の医師らには,既に主張したとおり,著しい注意義務違反が認められることや本件患者の後遺症が生活に大きな支障を来す重篤なものであったことなどにかんがみると,本件患者の精神的苦痛は極めて重大であって,上記期待権又は人格権の侵害によって本件患者が被った精神的損害を慰藉するためには,600万円の支払をもってするのが相当である。 イ被告C病院の主張(ア) 原告らの上記主張は争う。 (イ) 上記(1)イにおいて主張したとおり,C病院のE医師及びF医師が,本件患者が市立病院に転院した平成4年12月21日に先立ち,本件患者に対して手術的治療を実施することは不可能であった。したがって,本件患者には,平成4年12月21日以前に手術的治療を受けるという期待権を観念し得ないというべきである。 ウ被告Y市の主張(ア) 原告らの上記主張は争う。 (イ) 被告Y市が既に主張したとおり,本件患者は,日本語及び英語を理解せず,意思疎通を図ることが困難であった(市立病院の医師らにタイ語の通訳を確保しておくべき法的義務はなかったことは当然である。)。したがって,本件患者に対しては,インフォームドコンセントの観点から侵襲の大きい手術的治療を実施することはできなかったというべきであり,これらの治療を受けられなかったという期待権は観念し得ない。また,この点をおくとしても,本件患者は保存的治療によって期待以上の回復をみせており,この点からも期待権侵害はないというべきである。 なお,神経因性膀胱は,手術的治療を行っても改善する可能性がなかった。 第3 点をおくとしても,本件患者は保存的治療によって期待以上の回復をみせており,この点からも期待権侵害はないというべきである。 なお,神経因性膀胱は,手術的治療を行っても改善する可能性がなかった。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(C病院のE医師及びF医師は,本件1診察の後,直ちに,又は,できるだけ早い段階で,C病院において本件患者に手術的治療を実施するか,それが困難ならば,同治療が実施可能な他の医療機関に本件患者を転院させるべきであったか(被告C病院に対する主位的主張関係)。)について(1) 前記第2の2(前提となる事実)(2)のとおり,C病院のF医師は,平成4年12月17日の深夜,救急車で搬送されてきた本件患者を診察し,右第3腰髄神経根に損傷が存在する疑いがある旨診断し,同日午前9時ころ,腰椎のレントゲン写真撮影及び脊髄造影検査を実施した。そして,E医師及びF医師は,同日午後,本件レントゲン写真及び本件ミエログラフィーを踏まえて本件患者を診察し,第2腰椎圧迫骨折による右側の第2腰髄,第3腰髄から仙髄までに損傷の疑いがあり,脊髄の除圧手術が早急に必要である旨診断した。しかしながら,C病院には前記手術を実施する能力がなかったことから,E医師は,同日,市立病院のI医師に本件電話相談を行い,平成4年12月21日に市立病院へ転院できよう手配し,同日の転院まで,本件患者に対し,ステロイド剤,鎮痛剤及び鎮静剤の投与等を行った。 以上が,C病院における本件患者に対する診療の概要である。 (2) 証拠(鑑定の結果)によると,本件患者の腰椎骨折は,圧迫骨折ではなく,破裂骨折であったと認められるところ,同証拠によると,平成4年当時,脊椎の破裂骨折に対する治療としては,①保存的治療,②前方進入,脊柱管内突出の骨片摘出と椎対プレートによる前方除圧 迫骨折ではなく,破裂骨折であったと認められるところ,同証拠によると,平成4年当時,脊椎の破裂骨折に対する治療としては,①保存的治療,②前方進入,脊柱管内突出の骨片摘出と椎対プレートによる前方除圧固定術(金田法など)及び③後方進入,骨片の打込みとペディクル・スクリューによる後方除圧固定術(脊椎再建術)の3つの方法が行われていたが,平成4年当時は,上記①の保存的治療は,その有効性について論文が発表され始めた時期であり,上記②及び③の手術的治療の採用が優勢であったことが認められる。また,医学文献である証拠(甲111(頭部・脊椎脊髄外傷治療マニュアル)の96頁等,甲112(脊椎脊髄損傷の治療)の185頁等)によっても,脊椎の破裂骨折は,基本的に手術的治療に適応があることが認められる。 (3) 上記(2)によると,本件患者の腰椎骨折が圧迫骨折ではなく破裂骨折であることを発見できなかったとはいえ,E医師及びF医師が,本件患者の疾患に対し,早急に手術的治療を実施する必要があると診断したことに誤りがあるとはいえない。 そうすると,問題は,E医師及びF医師が,本件1診察の4日後である平成4年12月21日に市立病院へ転院できるように手配したものの,それ以前に本件患者に手術的治療を実施するための措置(市立病院以外の医療機関への転院や手術的治療のための医師の招へいなど)を採らなかった点について,過失があるといえるかということになる。以下,この点について検討する。 (4) 前記前提となる事実及び証拠(甲10,42,108,乙1の5,乙1の7の1,丙2)によると,本件患者の下肢の麻痺の症状は,C病院に入院後,次のとおり推移していることが認められる。 ア C病院への搬入時(平成4年12月17日午前(深夜))右第3腰髄以下の神経支配領域に知覚 よると,本件患者の下肢の麻痺の症状は,C病院に入院後,次のとおり推移していることが認められる。 ア C病院への搬入時(平成4年12月17日午前(深夜))右第3腰髄以下の神経支配領域に知覚鈍麻が認められる(前記第2の2(2)イ)。 イ本件1診察時(平成4年12月17日午後)(ア) 伸展下肢挙上(自力で下肢を挙上するすること)できない。 (イ) 徒手筋力テスト(6段階評価)の結果a ハムストリング筋  3/5b 長母趾伸筋  2/5c 前脛骨筋  2/5d 長拇趾屈筋  4/5ウ市立病院への転院時(平成4年12月21日)(ア) 第2腰髄神経根支配領域以下両側とも完全麻痺(イ) 両下肢とも筋力なし(ウ) 右下肢に異常知覚あり。左下肢ほぼ正常(5) 脊髄損傷による麻痺は,フランケル(Frankel)の分類に従い,下記のとおり5段階に分類できるところ(甲111の289頁),上記(4)の麻痺の症状及び鑑定の結果によると,本件患者の麻痺は,C病院に搬入された際は,フランケル分類Cに該当する程度の麻痺であったが,市立病院へ転院時には,フランケル分類Bに該当する程度の麻痺となったと認められる。 記A 運動・知覚喪失損傷部以下の運動・知覚機能が失われているものB 運動喪失・知覚残存損傷部以下の運動機能は完全に失われているが,仙髄域などに知覚が残存するものC 運動残存(非実用的)損傷部以下に,わずかな随意運動機能が残存しているが,実用的運動は不能なものD 運動残存(実用的)損傷部以下に,かなりの随意運動機能が残されており,下肢を動かしたり,あるいは歩行などもできるものE 回復神経学的症状, るが,実用的運動は不能なものD 運動残存(実用的)損傷部以下に,かなりの随意運動機能が残されており,下肢を動かしたり,あるいは歩行などもできるものE 回復神経学的症状,すなわち運動・知覚麻痺や膀胱・直腸障害を認めないもの(ただし,深部反射の亢進のみが残存しているものはこれに含める。)(6) 以上のとおり,本件患者の下肢の麻痺は,本件患者がC病院に入院している間も一定程度進行していると認められる。そして,医学文献である証拠(甲111(頭部・脊椎脊髄外傷治療マニュアル)の29頁等)及び鑑定の結果によると,脊椎損傷に伴う麻痺の症状が進行している場合,緊急又は早期に手術的治療を実施することが望ましいことが認められる。 (7) しかしながら,本件においては,E医師及びF医師が,本件1診察の後,平成4年12月21日に市立病院に転院する手配を整えたのみで,それまでに本件患者に手術的治療を実施するための措置を採らなかったことをもって,過失があるとまではいえないというべきである。その理由は,次のとおりである。 ア C病院には,平成4年当時,脊椎外科を専門とする医師がおらず,また,脊椎損傷に対する手術的治療を実施する際に必要なCT検査及びMRI検査のための設備がなかった(前記第2の2(1)イ(オ),検査の必要性について,甲111の72頁,98頁)。一方,E医師が本件患者の受入れを打診した市立病院のI医師は,脊椎外科の専門家であり,平成4年当時,Z県下において,脊椎疾患に対する外科的治療の第一人者といえる存在であり(前記第2の2(1)ウ(オ)),また,市立病院も,当時,Y市内において,いわゆる総合病院としての役割を果たしていた(前記第2の2(1)ウ(イ))。そうすると,本件患者の疾患に対して自ら手術的治療を実施する能力 (1)ウ(オ)),また,市立病院も,当時,Y市内において,いわゆる総合病院としての役割を果たしていた(前記第2の2(1)ウ(イ))。そうすると,本件患者の疾患に対して自ら手術的治療を実施する能力を有しなかったC病院のE医師及びF医師が,本件1診察の後,市立病院のI医師に本件患者の受入れを依頼することを選択したことは,決して不合理であるとはいえない。 イ証拠(丙11,被告C病院代表者E医師)によると,C病院では,脊椎に関する手術の実施例は,平成元年に実施された椎間板ヘルニア手術の1例しかなく,しかもその手術は,外部の医療機関から医師を2週間かけて招へいして行われた事実が認められる。加えて,C病院の医師らが,本件1診察当時,本件患者に対する手術的治療を依頼する適任者として,市立病院のI医師以外の心当たりがあったとは認められない。そうすると,本件電話相談の結果,I医師から平成4年12月21日には市立病院に受け入れることができる,手術的治療に対する適応はそれまでに変わりはないと思われるとの説明を受けたE医師及びF医師が,4日後の市立病院への転院まで手術的治療を控えることをやむを得ないと判断したとしても,あながち不当であったとはいえない。 ウ医学文献である頭部・脊椎脊髄外傷治療マニュアル(甲111)には,脊椎損傷と手術的治療の実施時期について,次のとおり解説されている。 ① 脊椎受傷後直後に手術的治療を実施した場合,神経障害の悪化が起こることがあり,受傷時から短期間で神経症状が悪化していく場合などには緊急手術を実施すべきであるが,多くの破裂骨折では,むしろ待機手術でも十分な臨床成績が獲得できる(97頁以下)。 ② 術前の十分な病態把握をしないままで施行された緊急手術は,患者にとってむしろ無益である(98頁)。 ③ 手術によ 裂骨折では,むしろ待機手術でも十分な臨床成績が獲得できる(97頁以下)。 ② 術前の十分な病態把握をしないままで施行された緊急手術は,患者にとってむしろ無益である(98頁)。 ③ 手術による突出骨片などの除去のみが神経不全麻痺(特に脊髄レベル)の改善につながる場合には,手術的治療を実施する緊急を要するであろうが,その場合でも,術前に必要十分な検査を実施して損傷病態を把握することが必要である(98頁)。 ④ 胸椎部又は腰椎部損傷において,緊急手術の適応となる病態は比較的少なく,緊急手術の適応となるのは,進行性の神経障害の例,脊髄・馬尾の不全麻痺でしかも損傷脊柱の不安定性が著しい例,脱臼骨折で整復も不可能であり緊急手術を行わないと神経症状の悪化が強く危惧される例などに限られる(123頁)。 ⑤ 第2腰髄以下の馬尾障害であれば,早期手術の必要度は脊髄障害ほどではなく,軽度の馬尾・神経根障害では,数日の手術の遅れが神経機能の予後に与える影響は少ないと考えられる(127頁)。 ⑥ 不安定型の脊椎損傷においては,神経機能の予後,看護,患者の疼痛などを考慮すると早期手術が原則であるが,損傷脊柱の不安定性のタイプ,神経障害発現の病態を十分把握しないまま手術的治療を実施すると,誤った除圧方法や脊椎固定法,不適当な固定範囲や器具の選択がなされ,長期的視野に立つと,患者の利益を損なう可能性があり,時には神経障害や脊柱不安定性を増悪させることすらある。 例えば,除圧を目的とした椎弓切除などは,特殊な例を除き,脊柱の不安定性を増大させるのみであり,何ら解決をもたらさない。術前の神経障害の評価,画像診断を駆使した病態の把握などを十分に行ってから手術を行うべきである(127頁)。 上記①ないし⑥の解説によると,E医師及びF医師が,例え転院日が本 決をもたらさない。術前の神経障害の評価,画像診断を駆使した病態の把握などを十分に行ってから手術を行うべきである(127頁)。 上記①ないし⑥の解説によると,E医師及びF医師が,例え転院日が本件1診断の4日後となったとしても,医療設備及びスタッフの整った市立病院の整形外科に本件患者を転院させ,十分な病態把握を行う必要があると判断したことに誤りがあったとまではいえない。 エ医学論文である証拠(甲127の8)によると,馬尾神経障害を呈した腰椎の椎間板ヘルニア7例の手術時期と術後成績について,下記のとおり報告されていることが認められるが,この報告からは,閉尿出現例を除き,手術的治療を実施するまでの数日(1週間未満)の違いが,術後成績に影響を与えているとは認められない。 記(ア) 術後成績優が3例,良が3例,可が1例(イ) 初発症状発症より手術までの期間と術後成績a 1か月未満良が2例b 2か月以上3か月未満優が2例c 3か月以上優,良,可が各1例(ウ) 排尿障害出現より手術までの期間と術後成績a 1週間未満優,良が各2例b 1週間以上2週間未満優が1例,良が1例c 3週間以上可が1例(エ) 閉尿事例では,優が1例,良が3例であるが,手術は閉尿出現後24時間以内に行われた。 (8)ア以上のとおり,C病院のE医師及びF医師が,本件1診察の後,4日後である平成4年12月21日に市立病院に転院する手配をとったのみで,それまでに手術的治療を実施するための措置を採らなかったことをもって,過失があるとまではいえない。 イまた,原告らは,E医師及びF医師の過失として,様々な義務違反を主張するが,原告らの主張するそれらの過失は,争点(1)に るための措置を採らなかったことをもって,過失があるとまではいえない。 イまた,原告らは,E医師及びF医師の過失として,様々な義務違反を主張するが,原告らの主張するそれらの過失は,争点(1)に対する原告らの主張として摘示した過失と別個独立に被告C病院の責任原因を構成するものではない。 (9) そうすると,その余の争点について検討するまでもなく,原告らの被告C病院に対する各請求は,いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。 2 争点(2)(市立病院のI医師は,C病院のE医師から本件電話相談を受けた際(上記2(2)キ,ク),直ちに,本件患者に対して手術的治療を実施するための措置を採るべきであったか(被告Y市に対する主位的主張①関係)。)について(1) 市立病院のI医師は,平成4年12月17日,C病院のE医師から本件電話相談を受け,本件患者について手術的治療を実施する適応があるかもしれないと判断し,本件患者のために平成4年12月21日に入院ベッドを確保し,また,E医師に対し,保存的治療としてステロイド剤を投与することや,本件患者の症状が急変した場合には連絡してほしい旨依頼している。 (2) 原告らは,この本件電話相談の際のI医師の対応をもって,直ちに本件患者に対して手術的治療を実施するための措置を採るべきであったと主張する。 しかしながら,I医師は,C病院のE医師の電話での依頼により,本件患者の治療について助言を与え,かつ,転院を手配するという便宜を図ったにすぎず,その時点では本件患者の治療に対して責任を負う立場にない。本件患者がC病院に入院している間の診療に関しては,特段の事情のない限り,被告C病院が責任を負うべきものであり,本件においては,前記特段の事情も認められない。また,上記1(7)で説示したところに照らすと 者がC病院に入院している間の診療に関しては,特段の事情のない限り,被告C病院が責任を負うべきものであり,本件においては,前記特段の事情も認められない。また,上記1(7)で説示したところに照らすと,本件電話相談に対するI医師の上記(1)の対応が不適切であったとはいえない。したがって,I医師の上記(1)の対応をもって,I医師に何らかの注意義務違反があるということはできないというべきである。 3 争点(3)(市立病院のI医師は,平成4年12月21日の本件2診察の後,直ちに,本件患者に対し,手術的治療を実施すべきであったか。また,それが困難であったとしても,市立病院の医師らは,I医師が当初予定していたとおり,平成4年12月24日に本件患者に対して手術的治療を実施すべきであったか(被告Y市に対する主位的主張②関係)。)について(1) 前記第2の2(前提となる事実)(3)によると,市立病院における本件患者の診療経過及び本件患者の治療方針が決定される過程の概要は,次のとおりである。 ア市立病院のI医師は,平成4年12月21日午前11時ころに本件患者が搬送された直後,本件患者を診察し(これが本件2診察である。),第2腰髄節以下の神経支配領域の完全運動麻痺,右下肢の知覚脱失,左下肢の知覚鈍麻,膀胱直腸麻痺が認められることを確認し,第2腰椎圧迫骨折及び骨片の脊柱管内突出による馬尾神経麻痺と診断した。 イそして,I医師は,本件2診察の結果,本件患者には手術的治療に対する適応があると判断し,3日後である平成4年12月24日に本件術式による手術を実施することを予定し,同月22日に断層撮影,脊髄造影及びCTスキャンなどの諸検査を行えるよう検査予約の手続をした。 I医師は,術前に諸検査が必要であること,同月23日が休日であることを考慮した 施することを予定し,同月22日に断層撮影,脊髄造影及びCTスキャンなどの諸検査を行えるよう検査予約の手続をした。 I医師は,術前に諸検査が必要であること,同月23日が休日であることを考慮した上,できる限り早期に手術を行うためにこのようなスケジュールを組んだのであった(証人I医師)。 ウ I医師は,平成4年12月21日午後5時ころ,C病院のE医師から,本件患者のHIV検査の結果が陽性であったとの連絡を受け,平成4年12月21日午後6時ころ,G院長に対し,本件患者に関するこれまでの診療経過及び本件患者のHIV検査の結果が陽性であったことなどを報告した。G院長は,この報告を受け,I医師に対し,翌22日に治療方針を含めて整形外科として本件患者の診療方針を決定するよう指示した。 エ I医師は,平成4年12月21日午後9時30分ころ,H主任科長に対し,C病院から本件患者を受け入れたこと,本件患者の症状及び本件患者がHIV陽性であることなどを報告したが,既に消灯時間を経過していたため,翌日に再び相談し,治療方針等を決定することとした。 オ I医師は,平成4年12月22日午前8時45分ころ,H主任科長から,本件患者の治療方針は慎重に検討する必要があるので,取りあえず手術のための諸検査は行わないよう指示され,前日に予約していた諸検査をキャンセルした。 カ I医師は,平成4年12月22日午前10時30分ころ,H主任科長と本件患者の治療方針について相談し,その結果,整形外科の方針として,本件患者に手術的治療は行わないこととした。 キ G院長,H主任科長,I医師,総婦長及び事務局長の5名は,平成4年12月22日午前11時50分ころ,本件患者の件について,院長室で会談し,本件患者をO病院で受け入れてもらえるよう同病院のP院長に依頼することを 主任科長,I医師,総婦長及び事務局長の5名は,平成4年12月22日午前11時50分ころ,本件患者の件について,院長室で会談し,本件患者をO病院で受け入れてもらえるよう同病院のP院長に依頼することを決め,本件患者は,同月24日にO病院に転院することとなった。 (2)ア上記1(2)で判示したとおり,平成4年当時,脊椎の破裂骨折に対する治療としては,保存的治療を提唱する見解と手術的治療を提唱する見解が存在したが,平成4年当時としては,保存的治療の有効性に関する論文が発表され始めたころであり,一般的には,手術的治療が選択されていた。また,医学文献である証拠(甲111(頭部・脊椎脊髄外傷治療マニュアル)の96頁等,甲112(脊椎脊髄損傷の治療)の185頁等)によっても,脊椎の破裂骨折は,基本的に手術的治療に適応があることが認められる。そうすると,本件患者の腰椎骨折が圧迫骨折ではなく破裂骨折であることを発見できなかったとはいえ,I医師が,本件患者に対して本件術式による手術的治療を実施しようとした判断に誤りがあるとはいえない。 イまた,手術的治療に先立っては,CT検査等によって十分な病態の把握が必要であることは,上記1(7)ウのとおりである。そうすると,I医師が,平成4年12月21日の転院の直後に,本件患者に緊急手術を実施せず,翌22日に検査を実施し,同月24日に手術を実施することを予定したことについて,手術の実施が遅れたなどの過失があるとはいえない。 (3)アそうすると,問題は,手術実施の決定権者であるH主任科長を始めとする市立病院の医師らが,I医師が平成4年12月24日に実施することを予定していた本件術式による手術を実施させなかった(しなかった)点について,市立病院の医師らに注意義務違反が認められるかということとなる。以下,この らが,I医師が平成4年12月24日に実施することを予定していた本件術式による手術を実施させなかった(しなかった)点について,市立病院の医師らに注意義務違反が認められるかということとなる。以下,この点について検討する。 イなお,証拠(甲124,125,証人I医師(第12回口頭弁論調書と一体となる尋問調書37丁表))によると,平成4年当時の市立病院においても,手術時における医療従事者の二次感染への対策は採られており,本件患者に対して手術的治療を実施することによって生じる医師や看護師への二次感染の危険は,B型肝炎ウイルス感染者に対する手術などと比較しても,特段問題となるものではなかったことが認められるから,以下の検討は,この事実を前提とする。 (4) この点,被告Y市は,上記第2の4(3)イのとおり,本件患者に対する手術的治療を回避した理由を主張する。この被告Y市の主張は,要するに,「本件患者が日本語及び英語をほとんど理解しなかったことから,大きな侵襲を伴う本件術式による手術的治療を実施するには,本人の意思確認というインフォームドコンセントの観点から問題があり,かつ,術後の治療に本件患者の協力が得られるか不安があった。また,本件患者がHIVに感染した時期が不明であったことや市立病院に感染症の専門医がいなかったことから,本件術式による手術が本件患者のエイズ発症にどのような影響を与えるか不明であった。」というものと理解でき,証人I医師及び証人H主任科長も,その証人尋問において,上記主張に沿う旨の証言をする。 (5) しかしながら,証拠(甲2,30,34,38,45,53の1ないし3,甲60,61,77(甲92も同じ書面である。以下,同じ書面を同様にかっこ内に摘示する。),83,87,101の6,甲110,125,133,乙1の3( ,30,34,38,45,53の1ないし3,甲60,61,77(甲92も同じ書面である。以下,同じ書面を同様にかっこ内に摘示する。),83,87,101の6,甲110,125,133,乙1の3(甲40,103),乙1の4(甲18,41,104),乙1の7の1・2(甲44の1・2,甲76の1・2,甲95の1・2,甲107),乙7,9,証人H主任科長,証人I医師,被告C病院代表者E医師(証人H主任科長と証人I医師については,以下の認定に反する部分を除く。))及び弁論の全趣旨によると,H主任科長及びI医師は,上記(4)の理由からではなく,本件患者がHIV陽性であることが判明したことにより,二次感染への不安等から市立病院の看護師や患者らが動揺することを避けるためなど,本件患者に対する治療以外の動機から,市立病院での手術的治療を回避したと認められる。以下,上記認定に反する証人I医師及び証人H主任科長の証言を採用することができない理由を含め,上記認定の主な理由について述べる。 ア I医師が本件患者の転院先である県立病院の医師にあてて作成した紹介状(乙1の7の1の2)には,本件患者に対する手術的治療が回避された理由について,下記(ア),(イ)のとおりの記載があり,この記載からは,本件患者に対する手術的治療が回避された理由は,本件患者がHIV陽性であったことから,市立病院の看護師や他の患者に与える影響が懸念されたという点が決定的であることがうかがえる。 記(ア) 12/22 午前中、当院の首脳部にて病院全体としての姿勢、方針を協議。 その結果、AIDS患者に対する病院の対応が整備されていない当院でのこれ以上の加療の継続は、職員・他の患者に与える影響に問題ありとされ、不適当であるとの結論に達し、PM1:00、 方針を協議。 その結果、AIDS患者に対する病院の対応が整備されていない当院でのこれ以上の加療の継続は、職員・他の患者に与える影響に問題ありとされ、不適当であるとの結論に達し、PM1:00、当院のG院長より、貴院P院長にTelし、この患者の貴院への受け入れを依頼、PM3:00、貴院P院長より、小生のもとへTel、12/24午前中に転院して下さいとのこと。 (イ) AIDSは現在の日本でも、重大な社会問題であり、その疾患の性格上、個人のプライバシー、人権保護という観点からも難しい問題があります。当院でも前例がなく、初回のcaseで、本患者のcaseは特に難しく、当院でopeを強行しても、又は今回の如く貴院にお願いしても、いずれそれなりの社会問題になると私個人は思っています。 イ I医師は,市立病院が平成5年2月17日に発行した「院内散歩」と題する院内情報誌(甲2)に,「総論と各論」と題する下記の文章を寄稿している。I医師は,その証人尋問において,下記の文章と本件患者の件との関連性を否定しているが,この文章は,本件患者に対する治療としては手術的治療が最良であると診断しながら,市立病院の看護師や他の患者に与える影響を考え,それを回避してしまったことに対するI医師の率直な心境が表現されていると理解するのが自然である。 記この世の中、あるいは人間の心の中、「建て前」と「実際」とが、いたるところに潜んでいる。一方は理念的、観念的、道徳的、そして表向きであるのに対し、他方はあくまでも人間の自然な反射的反応であり、悪く言えば、妥協的、防衛的、逃避的なものである。 総論賛成、各論反対、とはよくあることで、両者が一致できる人間は少ない。 これは、高度に発達した文明社会の中に置かれた一人の裸の人間にとって り、悪く言えば、妥協的、防衛的、逃避的なものである。 総論賛成、各論反対、とはよくあることで、両者が一致できる人間は少ない。 これは、高度に発達した文明社会の中に置かれた一人の裸の人間にとって、自然なことである。両者が一致することが理想であろうが、一致しないことが、むしろ人間的である。現実的な事例に話を移そう。 AIDSという疾患が持つ他の感染症と最も異なる宿命的な性格は、飛行機事故と自動車事故との根本的な差異に似ている。即ち、事故発生の確率ははるかに少ないが、一端発生すると必ず死ぬからだ。この宿命が『エイズ』という言葉の響きとともに、AIDS撲滅のための最も重大な障害になっている『ある病院である一人の患者がAIDSだと判明した。その手術自体、設備、スタッフ的にその病院でしかできない。しかし、その病院は厚生省のAIDS指定病院でなく、AIDSに対する対応が十分でない』という事態を仮想しよう。この場合、この病院が対処する方法が二つある。即ち、『総論』と『各論』である。総論的に判断すれば、この病院は緊急手術を強行するであろう。なぜなら、この患者の治療目的はAIDSという疾患そのものではなく、あくまでも外傷に対してであるからだ。一人の患者の人権を守るために、手術における感染防止対策を十分に行い、術後は感染の危険はないと、他の職員、一般患者を啓蒙するであろう。一方、各論的に判断すれば、この病院は他のAIDS指定病院へ即座に転送するであろう。自院での手術強行による感染の危険に対し誰が責任を持つか、又、他の職員、一般患者への影響を考え、複数の人権を守ろうとするだろう。 AIDS患者への差別、偏見を無くす意識こそが、AIDS撲滅のための基盤であると分かっていながら、実際問題として難しい。これこそが、AIDSという疾患の持つ宿命的な背 権を守ろうとするだろう。 AIDS患者への差別、偏見を無くす意識こそが、AIDS撲滅のための基盤であると分かっていながら、実際問題として難しい。これこそが、AIDSという疾患の持つ宿命的な背景であり、又、撲滅の最大の障害である。 ウ証拠(甲83の2頁,甲125,証人I医師(第14口頭弁論調書と一体となる尋問調書18丁裏))によると,本件患者の平成4年12月当時のHIV感染は,世界保健機関(WHO)が策定したHIV感染者のステージ分類暫定案(1990年)に照らすと,臨床ステージ1に分類され,HIVに感染していない一般の患者と同じ手術適応であったと認められる。また,証拠(証人H主任科長(同尋問調書7丁表),証人I医師(第14回口頭弁論調書と一体となる尋問調書5丁表))によると,I医師は,本件患者のHIV感染の事実を知った後も,本件患者に対して本件術式による手術を実施することを予定していたことが認められる。 そうすると,本件術式による手術が本件患者のエイズ発症にどのような影響を与えるかが不明であったことから手術的治療を回避したという被告Y市の主張は,極めて不合理である。そして,H主任科長及びI医師が,本件患者に対する治療方針を決定するに当たって,このような不合理な判断をしたとは考え難いから,この点に関する証人H主任科長及び証人I医師の証言もにわかに信用することができないといわざるを得ない。 エ本件患者と意思疎通を図ることが困難であったことやHIV感染の事実が本件患者に対する治療方針を決定するに際して判断材料となり得るとしても,その決定は,手術的治療を実施する必要性と同治療を実施した場合の危険性を把握した上で,慎重な考慮が必要であることはいうまでもない。しかしながら,H主任科長は,手術的治療を実施するのに必要不可欠なCT検 決定は,手術的治療を実施する必要性と同治療を実施した場合の危険性を把握した上で,慎重な考慮が必要であることはいうまでもない。しかしながら,H主任科長は,手術的治療を実施するのに必要不可欠なCT検査等をキャンセルさせ,本件患者の病態を正確に把握することを放棄させているし(上記(1)オ),また,H主任科長が,本件患者のエイズ発症の程度を把握しようとしたり,本件患者と意思疎通を図るための手段を模索した形跡はうかがわれない。一方,本件患者をO病院に転院させるという判断は,平成4年12月22日の午前中から昼ころにかけて,性急ともいえるほど素早く行われている。そうすると,本件患者と意思疎通を図ることが困難であったことやHIV感染の事実から本件患者に対する手術的治療を回避したという証人H主任科長及び証人I医師の証言には,大いに疑問が残るところである。 オ仮に,被告Y市が上記第2の4(3)イで主張するような事情及び判断によって,本件患者がO病院に転院したのならば,その旨の説明がO病院の医師になされるのが通常であると考えられるが,上記アの紹介状(乙1の7の1・2)を始め,本件全証拠を検討しても,その旨の記載のある書面は見当たらない。かえって,①O病院の整形外科部長が本件患者がタイで受ける診療のために作成した紹介状(甲110)には,市立病院の医師らが,本件患者を手術目的で受け入れたにもかかわらず,HIV感染を理由に手術を実施せず,それ以上の治療をやめた旨の記載があり,②O病院の看護記録(甲60)にも,本件患者は手術目的で市立病院に転院したが,HIV陽性であることが判明したため,市立病院では対処できず,O病院に転院した旨の記載があり,また,③市立病院の看護師が本件患者の転院時にO病院にあてて作成した看護サマリー(甲38)にも,HIV検査の結果が陽性 あることが判明したため,市立病院では対処できず,O病院に転院した旨の記載があり,また,③市立病院の看護師が本件患者の転院時にO病院にあてて作成した看護サマリー(甲38)にも,HIV検査の結果が陽性であったため転院となった旨の記載がある。 カ証拠(甲30の最下行,甲61の3頁の20行目以下)によると,本件患者が,自己に対して手術的治療が実施されるであろうと認識していたことが認められる(自己の下半身が麻痺すれば,例え医学的知識に乏しくても重傷であることは認識でき,そうであるならば,手術的治療が実施されることも当然予測できるはずである。)。そうすると,市立病院の医師らが,本件患者の治療方針を決定するに当たって,手術的治療を実施するための本件患者の承諾を得ようと努力し,本件患者から承諾が得られないとして,これを問題視し,本件患者の治療方針を決定したとは認められない。 キ被告Y市の主張するような理由で本件術式による手術が回避されたのであれば,平成4年12月22日以降,手術的治療に代わる積極的な保存的治療が当然行われるべきであるが,証拠(鑑定の結果)によれば,同月24日のO病院への転院までの間,市立病院において,積極的な保存的療法と評価できるものは行われていなかったと認められる。 (6) 以上のとおり,市立病院のH主任科長及びI医師は,本件患者の疾患に対する治療としては,手術的治療を実施する必要があると判断しながら,市立病院の看護師や他の患者に動揺が広がることを避けるためなど,本件患者の治療以外の目的のため,平成4年12月24日に計画されていた本件術式による手術を回避したと認められる。これは,患者のために最善の治療を尽くすべき医師の義務の放棄とも評することができるものであり,H主任科長及びI医師が,医師としての注意義務に違反してい いた本件術式による手術を回避したと認められる。これは,患者のために最善の治療を尽くすべき医師の義務の放棄とも評することができるものであり,H主任科長及びI医師が,医師としての注意義務に違反していることは明らかである。 4 争点(4)(C病院の医師又は市立病院の医師らが,本件患者に手術的治療を実施していれば,本件患者の後遺障害は,更に軽症となったと認められるか(争点(1)ないし(3)の医師らの不作為と本件患者の後遺障害との間の因果関係の有無)(被告両名に対する主位的主張関係)。)について(1) 前記前提となる事実及び証拠(乙10,11の1ないし3,乙12の1ないし17)によると,本件患者の下肢の麻痺は,平成4年12月21日の市立病院入院後,次のとおり推移していると認められる。 ア市立病院への入院時(平成4年12月21日,前記第2の2(3)ウ)第2腰髄節以下の神経支配領域の完全運動麻痺,右下肢の知覚脱失,左下肢の知覚鈍麻イ O病院への転院時(平成4年12月25日,前記第2の2(4)イ)(ア) 右下肢にしびれ(ただし,言語の問題があるのではっきりしない。)(イ) 腸腰筋,ハムストリング筋,大腿四頭筋,前脛骨筋,長拇趾伸筋及び腓腹筋の各筋力は,いずれも認められない。 ウ O病院からの退院直前(平成5年2月15日,第2の2(4)ウ)(ア) 車いすからベッドへ,ベッドから車いすへの移動が単独で行えるようになるまで回復する。 (イ) 徒手筋力テストの結果a 腰方形筋右4 /5 左4 /5b 大殿筋右1 /5 左1 /5c 中殿筋右1 /5 左1 /5d ハムストリング筋右2-/5 左3-/5e 大腿四頭筋右2-/5 左3-/5f 前脛骨筋右1 /5 左 右1 /5 左1 /5c 中殿筋右1 /5 左1 /5d ハムストリング筋右2-/5 左3-/5e 大腿四頭筋右2-/5 左3-/5f 前脛骨筋右1 /5 左2 /5g 長・短腓骨筋右0 /5 左1 /5h 下腿三頭筋右1 /5 左2 /5i 長母趾伸筋右1 /5 左2 /5エタイ帰国後の平成6年2月ころ杖などの装具なしに,片手にかばんを持って歩行したり,足を組んで座れるまでに回復する。 オ平成8年2月19日(Q総合病院入院時,第2の2(5)ウ)下肢の筋力は,4/5から5/5で,やや筋力低下ないし正常の状態(2) 一方,前記前提となる事実及び証拠(乙10,11の1ないし3)によると,本件患者の膀胱直腸麻痺は,顕著な改善をみせず,平成6年2月ころになっても,尿意及び便意を感じることができず,神経因性膀胱(膀胱麻痺)が原因で,腎盂腎炎や膀胱炎を併発するなどしていたことが認められる。 (3) 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解される。そこで,以下,この基準に照らし,手術的治療を実施しなかったという医師らの不作為と本件患者の後遺障害との間の因果関係の有無について検討する。 (4) まず,下肢の麻痺については,上記(1)のとおり,平成6年2月ころには,装具なしで独立して歩行できる程度に回復し,平成8年2月ころには,下肢の筋力も,やや筋力低下ないし正常の状態まで回復している。そして,①本件患者の下 いては,上記(1)のとおり,平成6年2月ころには,装具なしで独立して歩行できる程度に回復し,平成8年2月ころには,下肢の筋力も,やや筋力低下ないし正常の状態まで回復している。そして,①本件患者の下肢の麻痺が,第2腰椎の破裂骨折に伴う馬尾神経の損傷に起因し,脊髄の損傷に伴う下肢の麻痺は,損傷時に運命づけられていると認められること(証人I医師,鑑定の結果),②I医師も,本件2診察の後,本件術式による手術の説明をするに際して,本件患者及びLに対し,手術をしてみなければ結果は分からないと説明していること(甲34の3頁,乙1の7の1),③O病院の医師も,本件患者がタイに帰国する直前,本件患者の下肢の筋力が上記(1)ウのとおり回復しているものの,下肢の麻痺については今後の回復にわずかな期待が持てそうであると判断しているにとどまること(甲93)などにかんがみると,市立病院のI医師が平成4年12月24日に本件術式による手術を実施していれば,本件患者の後遺障害が更に軽症となった高度の蓋然性があるとまでは認められない。 (5) 次に,膀胱直腸麻痺について検討するに,本件患者の下肢の麻痺が上記(1)のとおり回復している一方,膀胱直腸麻痺が顕著な改善をみせなかったことにかんがみると,本件患者の膀胱直腸麻痺は,第2腰椎の破裂骨折による馬尾神経の圧迫のみによって生じていたのではなく,同骨折によって生じた脊髄円錐部の障害にも起因して発生していたと考えられるところ,証拠(鑑定の結果)によると,脊髄円錐部の障害は,手術的治療によっても回復の可能性が高くないことが認められる。 そうすると,市立病院のI医師らが,平成4年12月24日に本件術式による手術を実施していれば,更に本件患者の膀胱直腸麻痺の症状が改善していた高度の蓋然性があるとまでは認められない。 (6) 他 そうすると,市立病院のI医師らが,平成4年12月24日に本件術式による手術を実施していれば,更に本件患者の膀胱直腸麻痺の症状が改善していた高度の蓋然性があるとまでは認められない。 (6) 他に,本件患者に対して平成4年12月24日に手術的治療を実施しなかったという不作為と本件患者の後遺障害との間の因果関係を認めるに足りる証拠はない。 (7)ア以上のとおり,市立病院のH主任科長及びI医師の注意義務違反と本件患者の後遺障害との間に因果関係を認めることはできない。そうすると,原告らの被告Y市に対する主位的請求は,その余の点について検討するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。よって,以下,予備的請求に関する争点(6)について検討する。 イなお,原告らは,市立病院の医師らの過失として,様々な義務違反を主張するが,原告らの主張するそれらの過失は,争点(2)及び(3)に対する原告らの主張として摘示した過失と別個独立に被告Y市の責任原因を構成するものではない。 5 争点(6)(争点(4)で医師らの不作為と本件患者の損害との間に因果関係が認められなかった場合,C病院及び市立病院の医師らは,本件患者の適切な治療を受ける期待権を侵害したといえるか。また,期待権侵害による本件患者の慰謝料額は幾らが相当か(被告両名に対する予備的主張関係)。)について(1) 上記3(5)で認定したとおり,市立病院のH主任科長及びI医師は,本件患者がHIV陽性であることが判明したことから,市立病院の看護師や外の患者等への動揺を避けるためなど,本件患者に対する治療以外の目的のために,市立病院での手術的治療を回避した。また,上記4(1)の本件患者の回復状況や脊椎の破裂骨折が基本的に手術的治療に適応があることなど,既に検討してきたところにかんが 患者に対する治療以外の目的のために,市立病院での手術的治療を回避した。また,上記4(1)の本件患者の回復状況や脊椎の破裂骨折が基本的に手術的治療に適応があることなど,既に検討してきたところにかんがみると,市立病院のI医師が予定していた平成4年12月24日において,本件患者に対して本件術式による手術的治療が実施されていれば,本件患者の後遺障害が更に軽症となった相当程度の可能性を否定することはできない。そうすると,被告Y市は,本件患者が適切な治療を受ける期待権を侵害されたことによる精神的損害を賠償すべき責めを負う。 (2) 加えて,市立病院の医師らは,本件患者に対する手術を予定し,その術式は,当時,有効かつ適切なものであったと認められ,かつ,その実施についても医学的に特段の問題はなかったのに,本件患者がHIV感染者であることが判明するや,そのことのみを理由にこれを取りやめ,積極的な保存的治療も行わないまま,本件患者をO病院に転院させた。これは,患者がHIV感染者であることのみを理由にした医学的根拠のない差別的取扱いであるといわざるを得ず,本件患者の人格権を違法に侵害し,著しい精神的苦痛を与えるものである。 (3) そこで,本件患者の慰謝料の額について検討する。①本件患者の後遺障害,特に膀胱直腸麻痺が本件患者の生活の質(QOL)に与える影響が決して小さくなかったと考えられること,②市立病院のI医師及びH主任科長が本件患者に対する手術的治療を回避した真の理由が,本件患者がHIV感染者であり,市立病院の看護師や他の患者に動揺が広がることを恐れたというおよそ首肯し難いものであった一方,本件患者は,当時,自分がHIV感染者であることを知らなかったと認められること(甲61の36丁,84丁),③他方,本件患者は,平成4年12月当時,いわゆる不法 いうおよそ首肯し難いものであった一方,本件患者は,当時,自分がHIV感染者であることを知らなかったと認められること(甲61の36丁,84丁),③他方,本件患者は,平成4年12月当時,いわゆる不法残留外国人であったこと,④証拠(甲121,乙18,丙13)によると,タイにおける平均賃金は日本の約10分の1であり(1バーツ4円で換算),タイと日本では貨幣価値に大きな違いがあると認められることなど,本件にあらわれた一切の事情を総合考慮すると,本件患者が上記適切な治療を受ける期待権及び人格権を侵害されたことによって被った精神的損害に対する慰謝料としては,100万円とするのが相当である。 (4) 以上によると,原告らの被告Y市に対する予備的請求は,原告らそれぞれが,本件患者から相続した慰謝料50万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成5年2月22日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その余の予備的請求は理由がないからいずれも棄却すべきである。 6 総括よって,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。 甲府地方裁判所民事部裁判長裁判官新堀亮一裁判官倉地康弘裁判官岩井一真

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る