平成18(わ)174 殺人,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反

裁判年月日・裁判所
平成19年7月19日 千葉地方裁判所 木更津支部
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判決文本文10,586 文字)

- 1 -平成19年7月19日宣告平成18年(わ)第174号殺人,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件主文被告人を懲役17年に処する。 未決勾留日数中250日をその刑に算入する。 理由 (犯行に至る経緯)第1被告人及び被害者らの身上,経歴等 被告人は,中華人民共和国(以下「中国」という。)黒竜江省チチハル市出身で,同国内でトラック運転手などとして稼働していたが,友人らが日本に行って金を稼いだという話を聞き,日本に来ることを決意した。被告人は,社団法人A協会(以下「A協会」という。)が主催する中国人を対象とした農業研修(以下「中国人研修生受入制度」などという。)に参加しようと考え,親戚や友人から借金をして,同協会に約7万元(日本円で約105万円)の費用を支払い,同協会が中国黒竜江省内に有する研修所(日本語学校)及び農場で6か月間の研修を受けた後,平成18年4月2日,研修の在留資格で来日した(なお,教科書代や渡航書類などの費用に約1万元かかったため,合計で約8万元〔日本円で約120万円〕を費やしている。)。 被害者B(当時62歳。以下「B」という。)は,A協会の役員(常務)であり,同協会が実施している中国人研修生受入制度において,事務局長・研修指導員として,研修生の選定,受入先の確保等の業務において,中心的な役割を果たしていた。 被害者C(当時44歳。以下「C」という。)は,中国蘇州出身で,1984年に来日し,日本語学校,D大学聴講生などを経て,1999年からA協会の嘱託職員(通訳兼生活指導員)として,中国人研修生受入制度に従事- 2 -していた。 被害者E(当時53歳。以下「E」という。)は,A協会の専門指導員として,その企画運営等に従事していたが,中国人研修生受入制度には従事しておらず,被告人と 受入制度に従事- 2 -していた。 被害者E(当時53歳。以下「E」という。)は,A協会の専門指導員として,その企画運営等に従事していたが,中国人研修生受入制度には従事しておらず,被告人とも面識がなく,本件当日は,たまたまBと行動を共にしていたにすぎない。 A協会(常勤職員はBを含めて4名)は,千葉県内の大規模な農業生産者が集まり,それぞれの経営向上を目指すことを目的とするものであるが,その具体的施策の一つに中国人研修生受入制度があった。同協会は,前述のとおり中国黒竜江省チチハル市に研修所などを有し,中国人青年を研修させ,農業技術,日本語能力,日本の一般常識などに優れた者を日本に送り出していた。研修期間は3年間であり,最初の1年を研修期間,残りの2年を実習期間と呼び,研修生に対し,研修期間中は,1か月にいわゆる生活費(滞在費と食費)として6万5000円,米代(現物)として5000円の合計約7万円が支給されていた。なお,1年間の研修期間が終了し,技能実習移行試験に合格し,本人が希望する場合には,さらに2年間技能研修手当として1か月に11万2000円以上を受け取ることができる仕組みである。 被告人の受入先は,養豚業(約1400頭)を営む有限会社F畜産(以下「F畜産」又は「G方」という。)であり,G(当時68歳)が妻H(当時65歳。以下「Gの妻」などという。)とともに経営していた。G夫妻は高齢になり,体力的に養豚業がきつくなってきたことから,平成17年10月,A協会に中国人研修生1名の派遣を要請し,研修生を事実上の「労働力」として受け入れようとしていた。なお,研修生は,労働者ではないことから,残業は禁止されていたが,受入先や研修生の希望により,事実上「残業」をすることがあり,この場合の「残業代」は時給450円であった。 第2 け入れようとしていた。なお,研修生は,労働者ではないことから,残業は禁止されていたが,受入先や研修生の希望により,事実上「残業」をすることがあり,この場合の「残業代」は時給450円であった。 第2犯行前日までの状況 被告人は,平成18年4月2日に来日した後,A協会が運営する千葉県旭- 3 -市内の研修施設で導入的な研修を受け,同月21日ころから,F畜産での研修に従事するようになり,生活費などとして,同年4月分8万0350円,5月分9万2950円,6月分9万7675円,7月分10万3075円を得ており(なお,上記のうち,事実上の「残業代」は1か月につき1万0350円ないし3万3075円である。),同年7月までは特に問題なく研修を受けていた。 ところが,被告人は,研修生仲間などから,事実上の「残業」をして何十万円も貯めた旨の話を聞いたことがあり,F畜産における「残業」が少なく,残業代が増えないことに不満を持ち,同年8月12日から仕事場に出てこなくなった。そして,同日及び翌13日ころ,被告人は,電話で,中国にいたCに対し,「Cが日本に来て社長と話をしてくれなければ仕事をしない。」などと話し,また,Gも,電話で,Cに対し,「被告人が仕事に出てこなくなったが,その理由は分からない。」と話すなどした。 Cは,同月16日,日本に来て,翌17日,F畜産を訪れた。G方の母屋で,G,その妻及びCの3人が話をしていたところ,突然,被告人が包丁を持ってその場に現れ,包丁を机に叩き付けて,作業着の胸をはだけ,「私を殺して。」などと言い,Gらを驚かせた。包丁は,Gの妻がすぐに片付けた。 Cが,被告人に対し,「何であなたを殺さなければならないのか。あなたはどうして仕事をしないのか。」と尋ねたところ,被告人は,「社長(Gの意)と奥さんに聞け,社長は 丁は,Gの妻がすぐに片付けた。 Cが,被告人に対し,「何であなたを殺さなければならないのか。あなたはどうして仕事をしないのか。」と尋ねたところ,被告人は,「社長(Gの意)と奥さんに聞け,社長は(被告人のことを)馬鹿と言った。」などと述べ,また,「仕事があるのに残業をやらせない。同じ研修生で,I牧場で研修しているJさんは,毎月11万円位もらっている。」などと,手当が少ないことに対する不満を述べた。そして,被告人は,「農場を変えて欲しい。 変えてくれなければ帰る。中国で運転手をすればもっと稼げる。」などと述べたが,Cは,「農場を変えることはできない。」と答えた。 G及びGの妻は,Cに対し,「同月21日からGが入院する予定であり,- 4 -(包丁を持ち出してくるような被告人がいるので,)妻だけでは怖いし,仕事をする人がいないのも困るので,被告人を置いておくわけにはいかない。」と述べた。Cは,G夫妻に対し,被告人を帰国させるための理由書を書いてA協会に報告する旨を告げた。 Cは,Bに対し,以上の経過を報告したところ,Bは,包丁を出したのであれば帰国させるしかない旨述べて中国に帰国させることを決め,Cをして,翌18日夜出発の飛行機のチケットを手配させた。ただし,BやCは,被告人に対し,帰国の件については何ら伝えなかった。 第3犯行当日の状況 B,C及びたまたま一緒になったEは,平成18年8月18日午後3時20分ころ,被告人を帰国させるために,自動車でG方を訪れた。Gは,同人方の母屋で,Bに対し,被告人の研修手当,チケット代及びせん別を渡し,Bは,Gに謝罪をするなどした。その間,被告人は,母屋の外で待っていたが,被告人は,F畜産から別の農業に移る手続をしているものと期待していた。 B,C及びEが母屋から外に出ると,被告人は,自動車のト ,Gに謝罪をするなどした。その間,被告人は,母屋の外で待っていたが,被告人は,F畜産から別の農業に移る手続をしているものと期待していた。 B,C及びEが母屋から外に出ると,被告人は,自動車のトランクにスーツケース等の荷物を運び込んでいた。Cは,被告人の荷物の中にソーセージ等が入っていたことから,被告人に対し,「それは検疫を通らないから飛行機に乗れないよ。」などと言った。被告人は,その時点まで,Eを新しい農場の社長であるなどと誤解していたが,Cの言葉を聞き,自分が中国に帰国させられることになっていることを知って大きな衝撃を受けた。被告人は,G方の納屋2階の自分の部屋に行って,Gの妻から借りて炊事等に使用していた後記ナイフを持ち出し,ポケットに入れて,再びCらのもとに戻った。 被告人は,Cに対し,「帰国させられるくらいならばF畜産でこのまま働いてもよい。」などと哀願したが,Cは,「今日のチケット代はGが出しているが,明日以降に帰国するのであれば自分で費用を出さなければならな- 5 -い。」などと言って被告人を説得しようとした。 その後,Bが,「早くしろ。」というようなことを言いながら,被告人とCの方に近づいてきた。 (罪となるべき事実)被告人は,平成18年8月18日午後5時50分ころ,千葉県木更津市KL番地所在のG方敷地内において,第1Bから,自分の左肩をつかまれ,自動車に無理やり乗せられて中国に帰されることに絶望・憤激し,同人に対し,殺意をもって,所携のナイフ(刃体の長さ約9.05センチメートル。平成19年押第2号の1)で,その腹部,左上腕部等を突き刺し,よって,同日午後7時20分ころ,同市MN番地所在の国保直営総合病院O病院において,同人を腹部大動脈及び左上腕動脈損傷に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した。 第2 ,左上腕部等を突き刺し,よって,同日午後7時20分ころ,同市MN番地所在の国保直営総合病院O病院において,同人を腹部大動脈及び左上腕動脈損傷に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した。 第2Cに対し,中国に帰らせようとすることなどに憤激し,殺意をもって,前記ナイフで,その左胸部を突き刺し,右頸部を切り付けるなどして,同人を殺害しようとしたが,同人に入院加療約2週間を要する左胸部刺創,右頸部切創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。 第3Eに対し,B及びCの仲間と思い,殺意をもって,前記ナイフで,その左右胸部,左背部等を突き刺し,切り付けるなどして同人を殺害しようとしたが,同人に入院加療約2週間を要する両側胸部刺創,左背部刺創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。 第4業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時,場所において,前記ナイフ1本を携帯した。 (犯行後の被告人の行為)被告人は,上記各犯行後,G方納屋2階の自分の部屋に赴き,農薬を飲んで自殺を図ったが,警察官が駆けつけ,現行犯逮捕され,自殺の目的は遂げなかった。 (事実認定の補足説明)- 6 -弁護人は,判示第1ないし第3の各事実について,被告人には殺意がなく,ナイフが偶然刺さってしまったものであって,傷害致死罪又は傷害罪が成立するにとどまる旨主張し,被告人も公判廷においてこれに沿う供述をするので検討するに,関係各証拠によれば,以下のことがいえる。 本件各犯行に使用されたナイフは,刃体の長さ約9.05センチメートルの先端が鋭利な殺傷能力のある金属製ナイフである。被害者らが負った創傷の部位及び程度は,①Bについては,胸腹部に3か所の刺切創,上腕部に2か所の刺切創,背部に1か所の刺創,腹部大動脈及び左上腕動脈の損傷である。致 傷能力のある金属製ナイフである。被害者らが負った創傷の部位及び程度は,①Bについては,胸腹部に3か所の刺切創,上腕部に2か所の刺切創,背部に1か所の刺創,腹部大動脈及び左上腕動脈の損傷である。致命傷となった腹部刺創は,深さ約8センチメートルであり,小腸を貫通し,腸間膜を損傷した上,さらに大動脈を貫通後,腰椎に達しており,左上腕部刺創は,長さ約8センチメートルの創管を形成して上腕を貫通し,上腕動脈を切断していた。②Cについては,長さ7ないし8センチメートル,深さ約1センチメートルの右頸部切創,深さ約3ないし4センチメートルの左胸部刺創,深さ約1ないし2センチメートルの右上腕部刺創及び深さ約2ないし3センチメートルの左背部刺創の傷害である。③Eについては,両側胸部刺創(左側が深さ5センチメートル程度,右側が深さ3センチメートル程度),深さ約5センチメートルの左背部刺創及び浅い左上腕部切創の傷害である。 犯行の具体的な態様は,以下のとおりである。すなわち,①Cが,被告人に対し,帰国するよう説得していたところ,Bが近づいてきた。すると,被告人は,右手を振りかぶってBの腹を1回パンチするような動作をして,ナイフをBの腹部に突き刺した。Bは,自動車の方に逃げ,被告人が追い掛けていった。そのとき,Bの身体の前と腕の方が血で真っ赤になっており,追い付いた被告人とBはつかみ合うような仕草をしていた。②Cは,落ちていたプラスチック製のパイプを拾い,Bを助けるため,背後から被告人の背中を叩いた。 すると,被告人が,Cの方を向いたことから,Cは,納屋の北側の旧豚舎の方向へ逃げた。しかし,追いつかれ,左腕をつかまれて,腕や胸の辺りを刺され- 7 -た。さらに逃げて,落ちていた別のパイプを拾おうとしゃがんだところ,被告人は,後からCの前髪をつかみ 側の旧豚舎の方向へ逃げた。しかし,追いつかれ,左腕をつかまれて,腕や胸の辺りを刺され- 7 -た。さらに逃げて,落ちていた別のパイプを拾おうとしゃがんだところ,被告人は,後からCの前髪をつかみ,ナイフを首の前に回して,左から右へ横に動かすようにしてCの頸部を切り付けた。もう1回,ナイフを下から上に引き上げるように首筋を切った。その間,被告人は,ナイフでCの背中を刺した。③その後,被告人は,Eに襲いかかり,右順手に持ったナイフでEの右胸を刺し,左腕にも負傷を負わせた。 上記認定に沿うC及びEの公判供述の内容は,具体的かつ詳細で迫真性に富み,B,C及びEの客観的な受傷状況とも矛盾しておらず,また,記憶している点と記憶していない点とを分けて供述するなど,供述態度も真摯と評することができるから,犯行態様に関するC及びEの公判供述の信用性は高いというべきである。 以上によれば,被告人は,同人を帰国させようとしたBに対し,その腹部をナイフでいきなり刺し,さらに,逃げたBを追い掛けて,左上腕を貫通するほどの刺創を負わせるなどした上,Bを助けようとしたCを追い掛けて,その頸部等にナイフで切り付け,複数の刺切創を負わせ,さらに,自らEに向かっていき,背中や左右胸部等に複数の刺切創を負わせたものと認められる。 また,前記「犯行に至る経緯」のとおり,被告人は,研修先の農場の残業の少なさに強い不満を持ち,研修先農場の変更を期待していたところ,本件犯行の直前,急きょ,中国に帰国させられそうになっていることを認識するに至り,追い詰められて,自暴自棄となったことが認められるのであって,被害者らを殺害する動機を十分に有していたといえる。その上,犯行の前日には,包丁を持ち出して,自分を殺してくれと懇願したり,犯行後は,農薬を服用して自殺を試みるほど自棄の極みに められるのであって,被害者らを殺害する動機を十分に有していたといえる。その上,犯行の前日には,包丁を持ち出して,自分を殺してくれと懇願したり,犯行後は,農薬を服用して自殺を試みるほど自棄の極みにあったことも認められる。さらに,被告人自身,捜査段階では,被害者3人に対する殺意を認める供述をしていたものであるが,この供述に特段不自然な点は認められず,十分に信用することができる。これらの事情を総合すると,被告人の被害者らに対する殺意は優に肯認することが- 8 -できる。なお,Eに対しては,その傷害の部位・程度,動機等の事情に照らすと,B及びCに対するほど強固な殺意があったとまでは認められないが,少なくとも,Eが死亡しても構わないという意思で刺突行為に及んだことは明らかである。 弁護人は,Bの腹部の刺創は,それほど力を入れなくても生じ得るものであり,客観的な創傷の部位,程度のみから,殺意を推認することはできないと主張するけれども,上記のような犯行状況を総合的に考察すれば,被告人が,被害者らを殺害する目的でナイフによる攻撃を行ったことは,優に認められる。 被告人は,公判廷において,「ナイフは脅すために持っていただけで,それがたまたまBの腹部等に刺さってしまった,Cの首の傷については,記憶がないが,Cを追い掛けた際,自分が立とうとして立ったとき,バランスが悪くて後ろに倒れるときに手に持ったナイフがCの首の方にいったかもしれない。Eの傷は,農薬を取って自殺しようと思ったが,Eに邪魔をされたので,すれ違うときにナイフが当たったのかも知れない。」などと供述して,被害者3名に対する殺意及び実行行為を否認し,弁護人は,被害者らの受傷状況は,いずれも被告人の供述を前提としても発生し得ると主張する。 しかしながら,被告人は,ナイフをポケット内に隠し持って 述して,被害者3名に対する殺意及び実行行為を否認し,弁護人は,被害者らの受傷状況は,いずれも被告人の供述を前提としても発生し得ると主張する。 しかしながら,被告人は,ナイフをポケット内に隠し持っており,CもEも,Bが刺されるまで,被告人がナイフを持っていることにすら気付かなかったのであるから,被害者らを脅すためにナイフを持っていたという弁解はそれ自体不自然・不合理である。また,仮にBの腹部に偶然ナイフが刺さってしまったというのであれば,その時点でナイフから手を離すなどして攻撃を止めるはずであるにもかかわらず,被告人が,その後も,Bともみ合いになり,前記のとおり,左上腕を貫通するほどの刺創を負わせた上,Cを追い掛けて頸部に切創を負わせ,Eにも攻撃を加えている行為態様の執拗性に照らせば,偶然ナイフが刺さってしまったなどという弁解は全く信用することができない。Cの傷害についても,被告人は,具体的な記憶がないとして前記のとおり想像で供述す- 9 -るのみであるが,その内容は,不自然であり,Eに対する攻撃についても,同人の客観的な受傷状況と一致せず,到底信用することができない。 以上によれば,被告人に殺人罪及び殺人未遂罪が成立することは明らかである。弁護人の主張は採用することができない。 (法令の適用)被告人の判示第1の所為は刑法199条に,判示第2及び第3の各所為はいずれも同法203条,199条に,判示第4の所為は平成18年法律第41号による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,銃砲刀剣類所持等取締法22条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1ないし第3の各罪についてはいずれも有期懲役刑を,判示第4の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判 中判示第1ないし第3の各罪についてはいずれも有期懲役刑を,判示第4の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役17年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中250日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由) 本件は,農業研修生として中国から来日し,畜産農家で研修に従事していた被告人が,研修生の受入制度に従事するなどしていた被害者らに対し,殺意を持ってナイフで切り付けるなどし,1名を殺害し,2名に傷害を負わせた殺人,殺人未遂及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。 被告人は,日本にくれば金を稼げると聞いて,借金をして来日したが,期待するとおりの収入を得られずに不満を募らせ,犯行前日には,刃物を持ち出して,研修先の農場の変更を求めたが認められず,かえって,中国に帰国させられそうになったことから,借金返済の目処も立たず,家族に対する面子も潰されたなどと考えて追い詰められ,本件犯行に及んだものである。しかしながら,本来,農業研修生は,働いて収入を得るための制度ではなく,農業技術の移転- 10 -のためのものであるから,このような動機を過度に被告人に有利に斟酌すべきではないと考える。 被告人は,Bに対し,隠し持っていたナイフでいきなりその腹部を刺すなどした後,さらに攻撃を加え,次に,Bを助けようとしたCの頸部にもナイフで切り付け,胸部を刺突するなどし,さらに,たまたまその場に居合わせたEに対しても,その胸部等をナイフで刺突しており,その犯行態様は,執拗かつ悪質で危険・残忍極まりないものである。Bの腹部 もナイフで切り付け,胸部を刺突するなどし,さらに,たまたまその場に居合わせたEに対しても,その胸部等をナイフで刺突しており,その犯行態様は,執拗かつ悪質で危険・残忍極まりないものである。Bの腹部の刺創は,前記のとおり小腸を貫通し,腸間膜を損傷した上,さらに大動脈を貫通後,腰椎に達し,また,左上腕部刺創は,長さ約8センチメートルの創管を形成して上腕を貫通し,上腕動脈を切断していたものであって,同人は,腹部大動脈及び左上腕動脈損傷に基づく出血性ショックにより死亡している。Cの頸部の切創は,頸動脈等を損傷するおそれがあり,左胸部の刺創も胸腔内に達しており,いずれも一歩間違えれば致命傷になるおそれがあったものである。また,Eの左右胸部刺創及び左背部刺創も,心臓等に達するおそれがあったのであり,いずれも生命の危険を生じ得る重大な傷害であったといえる。 死亡したBは,息子夫婦の間に生まれた初孫の成長を楽しみにしており,孫もBのことを「じぃじぃ」と呼ぶなどして懐いていたというのであって,被告人の凶行により突如として尊い生命を奪われたBの苦痛,恐怖感及び無念さは筆舌に尽くしがたいものがある。取り返しがつかない事態であって,その結果は,重大の極みである。Bの長男が被告人に対する厳重処罰を望んでいるのは当然である。 C及びEは,幸いにも一命を取り留めたものの,前記のとおり,一歩間違えればいずれも命を落とす危険があったのであり,同人らが味わった恐怖や苦痛も大きなものがある。Cは,被害後,いまだに手の感覚がなく,また,物忘れがひどくなったとも供述しており,身体的な被害のみならず,精神的な被害も負っている。C及びEも被告人に対する厳重処罰を望んでいる。 - 11 -被告人から被害者及び遺族らに対しては,実質的な慰謝の措置は何らとられておらず,今後もその見込 被害のみならず,精神的な被害も負っている。C及びEも被告人に対する厳重処罰を望んでいる。 - 11 -被告人から被害者及び遺族らに対しては,実質的な慰謝の措置は何らとられておらず,今後もその見込みは乏しいものといわざるを得ない。のみならず,被告人は,公判廷において,前記のとおり,被害者らを殺害する意思はなく,持っていたナイフがたまたま刺さってしまっただけであるなどと不自然,不合理な弁解に終始しており,真摯な反省の態度があるとは認められない。 被告人の刑事責任は重いというほかない。 ところで,本件犯行の背景には,A協会による農業研修制度の問題点が認められる。すなわち,前記のとおり,被告人は,日本に行けば金を稼げると聞いて研修生になったものである。他方,A協会も,受入農家に対し,研修生を単価の安い労働力のようなものであると説明している実情がある。そして,被告人に対する農業研修などが十分に行われていたとは必ずしも認めがたい状況にもあった。研修生の生活指導を行うべき生活指導員は,A協会においては,研修生170名に対してC一人だけであり,とても目が行き届いていたとはいえない。このような中,当初は,Gから,良い研修生で鼻が高いとまで言われていた被告人が,異国の地で孤立し,思うように収入を得られないことなどのために徐々に精神的に追い詰められ,本件犯行に及んだという側面も見受けられる。研修制度の実情については,研修生側,受入する側及びあっせんする側については,それぞれ制度の目的を逸脱した運用をしているのではないかという疑いをぬぐい切れない。それらが本件犯行の背景ないし遠因にあるとすれば,研修制度を運用する関係者は,これらについて深く考慮に入れる必要があるというべきである。 本件犯行は,自殺も考えるほどに追い詰められた被告人が,衝動的に引き起こし 行の背景ないし遠因にあるとすれば,研修制度を運用する関係者は,これらについて深く考慮に入れる必要があるというべきである。 本件犯行は,自殺も考えるほどに追い詰められた被告人が,衝動的に引き起こしたものであり,犯行に計画性は認められない。B及びCが,本件当時,被告人を中国に帰国させるにあたって,性急に事を運ぼうとせずに,時間をかけて説明を尽くしていれば,あるいは本件犯行の結果を回避することができたのではないかとも思われる。そして,被告人は,死亡した被害者に対し花を手向- 12 -けたい旨述べ,後悔の念を表明している。被告人は,当初は研修生として真面目に働いていたのであり,本件が上記のとおり精神的に追い詰められた中で衝動的に行われた犯行であることにも照らすと,長期間の矯正教育により更生の可能性がないとはいえない。 そこで,これら一切の事情を考慮し,被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。よって,主文のとおり判決する。 (求刑-懲役20年)平成19年7月19日千葉地方裁判所木更津支部裁判長裁判官小宮山茂樹裁判官田中邦治裁判官岡田慎吾

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