平成27(行ウ)9 遺族厚生年金不支給決定取消請求事件

裁判年月日・裁判所
平成29年4月28日 岐阜地方裁判所
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判決文本文34,774 文字)

主文 1 処分行政庁(厚生労働大臣)が原告に対し平成25年5月27日付けでした遺族厚生年金を支給しない旨の決定を取り消す。 2 訴訟費用のうち,補助参加に要した費用は補助参加人の負担とし,その余は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求主文同旨第2 事案の概要等 1 事案の概要本件は,原告が,平成24年7月30日に死亡した亡Cの配偶者(内縁の妻)であるとして遺族厚生年金の裁定を請求したところ,処分行政庁(厚生労働大臣)が,亡Cの死亡当時,亡Cと亡Cの法律上の配偶者である補助参加人との婚姻関係が形骸化しているとは認められず,原告と亡Cの重婚的内縁関係は成立しないとの理由により,平成25年5月27日付けで遺族厚生年金を支給しない旨の決定(以下「本件処分」という。)したことから,被告に対し,本件処分の取消しを求める事案である。 2 関係法令等の定め本件に関連する法令等の定めは,別紙1「関係法令等の定め」記載のとおりである(以下,厚生年金保険法を「厚年法」,同法施行令を「厚年法施行令」,平成23年3月23日厚生労働省年金局長通知「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」に添付の「生計維持・生計同一関係等に係る認定基準及びその取扱いについて」を「本件認定基準」という。)。 3 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴ 当事者等 ア原告(昭和33年6月28日生)は,岐阜市内で「A’」という名で芸妓をしており,昭和58年頃,亡C(大正8年1月30日生)と知り合った。原告は,亡Cの死亡当時(平成24年7月30日),亡Cと同居していた。(乙2,4,弁論 日生)は,岐阜市内で「A’」という名で芸妓をしており,昭和58年頃,亡C(大正8年1月30日生)と知り合った。原告は,亡Cの死亡当時(平成24年7月30日),亡Cと同居していた。(乙2,4,弁論の全趣旨)イ補助参加人(昭和2年1月30日生)は,昭和23年5月20日,亡Cと婚姻の届出をし,亡Cと亡Cの死亡時まで法律上の婚姻関係にあった。 亡Cと補助参加人は,D(昭和23年5月21日生)をもうけ,E(昭和34年6月10日生)を長男として届け出た。(甲6の2及び3,乙2,5,弁論の全趣旨)ウ亡Cは,死亡したとき,厚年法上の被保険者(老齢厚生年金の受給権者)であった。 亡Cは,平成12年11月2日,補助参加人の住所地である東京都杉並区ab丁目c番d号(登記簿上の表示は,東京都杉並区e番f。以下「東京の自宅」という。)から原告の住所地である岐阜市g町h丁目i番地j(以下「原告の自宅」という。)に同年9月1日付けで転入した旨の届出を行い,同所において世帯主として住民登録をし,死亡時まで原告及び原告の長男であるFと同居していた。(乙2,4,弁論の全趣旨)⑵ 亡Cの財産関係等ア亡Cは,甲株式会社に勤務しており,昭和58年に同社の代表取締役に就任し,平成10年6月に同社を退職した。 イ亡Cは,東京の自宅を所有していたが,昭和55年5月14日,敷地の持分4分の1と建物を補助参加人に贈与した。(甲47の1)ウ亡Cは,東京都新宿区k所在のマンション「αマンション」701号室と東京都千代田区l所在の「βマンション」1004号室(以下,まとめて「亡C所有マンション2室」ということもある。)を所有していたが,αマンション701号室は平成21年10月13日に,βマンション10 04号室は同年11月1 ション」1004号室(以下,まとめて「亡C所有マンション2室」ということもある。)を所有していたが,αマンション701号室は平成21年10月13日に,βマンション10 04号室は同年11月1日に,いずれも売却した。(甲56,57,弁論の全趣旨)⑶ 亡Cの公正証書遺言亡Cは,平成21年12月9日,岐阜地方法務局所属公証人G作成の別紙2「公正証書遺言の内容」記載の公正証書遺言をした(以下「本件公正証書遺言」という。)。(乙16)⑷ 本件処分等ア原告は,平成25年4月16日,厚生労働大臣に,遺族厚生年金の給付を請求した。(乙7)イ厚生労働大臣は,平成25年5月27日,原告に対し,重婚的内縁関係が成立するためには,死亡者と法律上の配偶者との婚姻関係が形骸化していたと認められなければならないが,死亡者と法律上の配偶者との婚姻関係が形骸化しているとは認められないとの理由により,原告に対し,遺族厚生年金を支給しない旨の決定(本件処分)をした。(乙8)ウ原告は,本件処分を不服として,平成25年7月25日(同日受付),東海北陸厚生局社会保険審査官(以下「審査官」という。)に対し,審査請求をした。(乙9)エ審査官は,平成25年10月17日,上記審査請求を棄却する旨の決定をした。(乙10)オ原告は,審査官の上記決定を不服として,平成25年12月15日(同月17日受付),社会保険審査会(以下「審査会」という。)に対し,再審査請求をした。(乙11)カ審査会は,平成26年11月28日,上記再審査請求を棄却する旨の裁決をした。(乙12)キ原告は,平成27年5月28日,本件処分の取消を求めて,岐阜地方裁判所に本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著な事実) 11月28日,上記再審査請求を棄却する旨の裁決をした。(乙12)キ原告は,平成27年5月28日,本件処分の取消を求めて,岐阜地方裁判所に本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著な事実) 4 争点及びこれに関する当事者の主張本件の争点は,本件処分の適法性であり,具体的には,亡Cと補助参加人は事実上の離婚状態にあり,原告が厚年法59条1項所定の「配偶者」に該当するといえるか否かである。 (原告の主張)⑴ 亡Cと補助参加人の婚姻関係の形骸化ア亡Cと補助参加人の別居の経緯及び別居の期間について亡Cと補助参加人は,昭和23年5月20日,婚姻の届出をしたものの,そのすぐ後から不仲となった。亡Cは,昭和50年頃から補助参加人と別居して東京都新宿区にあるγマンションで一人暮らしをしており,補助参加人との夫婦関係は完全に冷え切っていた。亡Cには複数の女性問題があったところ,補助参加人がそのうちの一人の不貞女性に気付き,同女性に対して訴訟を提起したこともあった(以下「本件不貞訴訟」という。)。 亡Cは昭和58年から原告との交際を開始していたところ,補助参加人は,平成5年頃,γマンションを訪れ,亡Cの首を電話のコードで絞め,頭部を孫の手で多数回殴打するなどの暴行を加えたことがあった。亡Cは,この一件を契機として,平成6年,岐阜市内の原告の自宅に移住し,原告との同居を開始した。 このように,亡Cと補助参加人との別居期間は,昭和50年から亡Cの死亡する平成24年までの約37年間に及ぶものである。また,亡Cは,平成5年以降,補助参加人が居住する東京の自宅を訪れたことはなかった。 イ亡Cの離婚意思等について亡Cは,平成10年頃,DNA検査によってEとの間に血縁的な親子関係がないこと及びEが補助参加人と不貞相手で ,補助参加人が居住する東京の自宅を訪れたことはなかった。 イ亡Cの離婚意思等について亡Cは,平成10年頃,DNA検査によってEとの間に血縁的な親子関係がないこと及びEが補助参加人と不貞相手であるHとの間の子であることを知り,EがHとの間の子であることを知りながらこれを秘して出産した補助参加人に対して激怒し,補助参加人との離婚の意思を確定的なも のとした。また,亡Cは平成22年頃にもEとの間の親子関係についてDNA鑑定をしようと資料の取り寄せを行っていた。 亡Cは,補助参加人に対し,手紙や電話の方法によって離婚の意思を伝え続けたが,補助参加人は,亡Cの連絡を無視したり,離婚届を受領拒否したり,自殺をほのめかしたりして,離婚協議に応じなかった。亡Cは,平成21年頃,補助参加人との離婚についてI弁護士に相談したものの,I弁護士から離婚訴訟の管轄は東京であるため,亡Cも東京の家庭裁判所に出頭する必要があると言われたため,その当時入退院を繰り返していた自身の体調に鑑みると出頭は困難であると判断して,離婚のための裁判手続を執ることを諦めた。 他方で,補助参加人も,亡Cとの別居後,亡Cに別居の解消を求めたことも,面会を希望することもなく,亡Cとの婚姻関係の維持ないし修復する努力をしていなかった。 ウ亡Cと補助参加人との音信・連絡等について亡Cと補助参加人が完全に別居した平成6年以降,亡Cと補助参加人は,互いに訪問することはなかった。亡Cは,平成6年に前立腺の手術を受けて以降,年1,2度の入院を繰り返すようになったが,補助参加人は,いずれの入院期間中においても一度も見舞いに来ることはなかった。亡Cは,平成24年7月30日に死亡したが,補助参加人は,亡Cの死に目にも会わず,通夜,葬儀,四十九日法要及び平成25年7月30日に行 いずれの入院期間中においても一度も見舞いに来ることはなかった。亡Cは,平成24年7月30日に死亡したが,補助参加人は,亡Cの死に目にも会わず,通夜,葬儀,四十九日法要及び平成25年7月30日に行われた一周忌法要にも参列せず,遺骨を引き取る意思も示さなかった。 エ別居後における経済的依存の状況亡Cは,補助参加人と昭和50年から平成24年までの約37年間別居していたが,その間,補助参加人に対して生活費を支給することはなかった。 亡Cは,平成10年6月に甲株式会社を退職するまでの間,補助参加 人に毎月の役員報酬を交付していたが,これは,本件不貞訴訟が生じた際,亡Cと補助参加人は,東京の自宅の土地の持分4分の1と建物を補助参加人に贈与することのほか,毎月の役員報酬を補助参加人に交付することを合意したため,補助参加人の管理する預金口座に役員報酬が振り込まれていたにすぎない。甲株式会社の退職金約9200万円についても,従前の役員報酬同様,補助参加人が管理する預金口座に全額振り込まれたため,亡Cとしては,補助参加人に対して一部でも退職金の返還を求めたかったが,補助参加人がこれを強硬に拒んだことから,婚姻関係の清算金として交付する趣旨で,返還を受けることを諦めたものである。 また,亡Cは,平成21年頃,I弁護士に補助参加人との離婚について相談した際,離婚自体は裁判をしないとできないものの,公正証書遺言を作成して原告に遺産を相続させることで財産面では離婚をするのと近い結果になること,ただし離婚をしない限り,法定相続人には遺留分が認められる旨聞いた。そこで,亡Cは,平成21年12月9日,補助参加人が居住する東京の自宅の敷地の亡Cの持分4分の3(以下「本件遺贈対象外不動産」という。)以外のすべての財産を原告に遺贈する旨の本件公正 れる旨聞いた。そこで,亡Cは,平成21年12月9日,補助参加人が居住する東京の自宅の敷地の亡Cの持分4分の3(以下「本件遺贈対象外不動産」という。)以外のすべての財産を原告に遺贈する旨の本件公正証書遺言をした。東京の自宅は,建物及び土地持分の4分の1が補助参加人名義となっていたため,亡Cは,原告に本件遺贈対象外不動産を遺贈すれば補助参加人との間で紛争が生じることは明らかであったことから,補助参加人の遺留分に配慮して紛争を回避する目的でやむなく補助参加人に本件遺贈対象外不動産を遺贈したのである。補助参加人に対する経済的援助の趣旨から本件遺贈対象外不動産を補助参加人に対して遺贈したのではない。この亡Cの真意は本件公正証書遺言の付言事項にも表れている。 亡Cが公的申請書類において補助参加人を配偶者とした理由 亡Cは,生存中に老齢厚生年金を受給していたところ,補助参加人を配偶者として,配偶者に対する加給年金が加算支給されていた。また,老齢厚生年金の所得税にも平成14年から平成21年及び平成23年において控除対象配偶者がいる旨の申告をしていた。しかし,亡Cが控除対象配偶者を申請書・申告書に記載した場合には,亡Cの取得・保有金額の増減が認められるだけで,補助参加人の経済関係には何らの相違もないし,亡Cは,加算支給分を含む老齢厚生年金や,配偶者控除により納税を免れた利得を原告との生活費に消費していた。亡Cは,原告との生活費を1円でも多く稼得するために補助参加人を便宜上配偶者として申請・申告していたに過ぎないから,老齢厚生年金の請求に際し,亡Cが補助参加人を配偶者として申請していたことをもって,亡Cと補助参加人との間に経済的依存関係があったものと認めることはできない。 オ小括以上の状況に鑑みると,亡C に際し,亡Cが補助参加人を配偶者として申請していたことをもって,亡Cと補助参加人との間に経済的依存関係があったものと認めることはできない。 オ小括以上の状況に鑑みると,亡Cと補助参加人の婚姻関係は破綻しており,補助参加人は厚年法上亡Cの配偶者ではない。 ⑵ 原告と亡Cの関係についてア原告と亡Cの生活状況原告は,亡Cと昭和58年に知り合い,交際を開始した。亡Cは,当時既に補助参加人とは別居しており,昭和58年から平成6年までの11年間,仕事のためγマンションと岐阜市内の原告の自宅を行き来する生活を送っていたが,平成6年,原告の自宅に生活の拠点を変え,亡C,原告及びFとの3人での生活を開始した。亡Cは,平成12年9月1日,住民票上の住所を原告の自宅の住所に変更した。 亡Cは,平成6年に前立腺の手術を受けて以降,1年に1,2度入院するようになり,原告及びFはつきっきりで看病をしていた。病院の緊急連絡先も原告が1番目,Dが2番目となっていた。亡Cの自宅療養について も,亡Cは「要介護4」と重度の要介護状態であったものの,原告及びFは献身的に介護を行った。 亡Cは,平成24年7月30日に死亡し,同月31日に原告の自宅にて葬儀が行われた。また四十九日法要や一周忌法要も行われたが,これらに補助参加人は参加せず,費用は全て原告が負担した。そして,原告は,亡Cの希望通り,Dからの許可を得た上で,亡Cを原告の実母と同じA家の墓に納骨した。 イ亡Cと原告の経済的依存関係原告は,亡Cから1か月に1,2度,20万から30万円を生活費として渡されており,平成14年頃には,亡C名義の預金通帳の管理も行うようになった。亡Cは,銀行を含めた第三者に対して,原告が亡Cの内縁の妻であることを周知していた。また,原告 から30万円を生活費として渡されており,平成14年頃には,亡C名義の預金通帳の管理も行うようになった。亡Cは,銀行を含めた第三者に対して,原告が亡Cの内縁の妻であることを周知していた。また,原告は,平成16年3月24日,原告の自宅の西側の土地を代金670万円で購入したが,その購入代金は亡Cが全額負担した。さらに,亡Cは,Fの調理師専門学校の学費や生活費,その後,Fが飲食店を出店する際の開店資金も負担した。原告と亡Cの生活は,亡Cの年金や亡C所有マンション2室の売却代金等による収入により賄われており,原告は,亡Cによって生計を維持していた。亡Cは,遅くとも平成12年12月以降,加算支給分を含む老齢厚生年金を原告との生活費に費消しており,補助参加人には一切交付したことはなかった。 なお,原告は,本件公正証書遺言により本件遺贈対象外不動産以外の全ての亡Cの遺産の遺贈を受けることになったものの,実際に遺贈によって受け取った財産はなかった。もっとも,本件公正証書遺言が平成21年12月に作成されてから亡Cが死亡する平成24年7月30日までの間に,亡Cの預金から亡Cの乙病院の入院費用,Fが岐阜市内に飲食店を出店する際の開店資金及び生活費等が支払われており,これらの支払によって死亡時に残っていた亡Cの預金が僅少になったために,原告が実際に受け取 る財産が少なくなったにすぎない。したがって,実際に遺贈により受け取った財産が少なかったからといって,亡Cが補助参加人のみに財産を残し,原告には財産を残さなかったと評価することはできない。 ウこれらの亡Cの生活状況等に鑑みると,亡Cと原告は互いに協力して家族としての生活を継続し,共同生活を営んでいたと認められ,原告が厚年法上亡Cの配偶者であるといえる。 (被告の主張)⑴ 亡Cと らの亡Cの生活状況等に鑑みると,亡Cと原告は互いに協力して家族としての生活を継続し,共同生活を営んでいたと認められ,原告が厚年法上亡Cの配偶者であるといえる。 (被告の主張)⑴ 亡Cと補助参加人の関係ア離婚の合意の有無等補助参加人は,亡Cから生前離婚の意思を述べられたことは一度もないし,補助参加人から亡Cに対して離婚を申し出たこともない。また,亡Cが補助参加人と婚姻解消に向けて離婚協議をしたり,離婚調停や離婚訴訟を提起したりするなど婚姻解消に向けた具体的な行動に及んだこともない。 仮に原告の主張するとおり亡Cと原告が平成6年から同居したのであれば,亡Cが入院しがちになる平成17年までの約11年もの間,離婚手続を執る機会は十分あったにもかかわらず,亡Cが離婚手続を執らなかったことを踏まえると,亡Cには補助参加人と離婚する意思はなかったものといえる。 亡CがEとの間のDNA鑑定の準備を進めていたこともなく,平成10年頃Eとの間の親子関係の不存在が分かり補助参加人との離婚意思を固めたこともない。なお,亡Cは,平成20年11月30日,Eのノートに遺言書と題してEに全財産を譲る旨を記載しているし,本件公正証書遺言でもEを法定相続人として処遇している。 さらに,亡Cは,厚年法の老齢厚生年金を申請する際には,補助参加人を生計維持関係にある配偶者として加給年金を申請し,平成59年4月から亡くなるまで加給年金額を加算されたまま受給していた。また,平成1 4年ないし平成21年及び平成23年には,老齢厚生年金の控除対象配偶者がいるという申告をしている。このように,亡Cは,別居後も対外的に補助参加人を妻として取り扱っていたものであり,亡Cに離婚の意思がなかったことが裏付けられる。 イ別居の期間と別居の理由について るという申告をしている。このように,亡Cは,別居後も対外的に補助参加人を妻として取り扱っていたものであり,亡Cに離婚の意思がなかったことが裏付けられる。 イ別居の期間と別居の理由について亡Cと補助参加人の別居期間は,平成12年に亡Cが住民票を移転させて以降12年間である。この別居の理由は,女性にだらしのなかった亡Cが原告との関係に大金を注ぎ込んだあげくに原告の自宅に転がり込んだものであって,補助参加人との婚姻関係が悪化したことから別居に至ったものではない。 補助参加人は,亡Cの説明により一時的な別居であると信じており,亡Cとしても,原告との内縁関係も維持しつつ,補助参加人との間の法的婚姻関係も存続していることを前提とした行動を執り続けていたものといえる。 ウ別居後の経済的依存状況について補助参加人は,昭和62年(当時60歳)に脳梗塞で入院し,身体が不自由になっており,亡Cと別居後も引き続き亡Cに経済的に依存しなければ生活を維持することができない状態にあった。 亡Cは,補助参加人に「お前の生活には不自由はさせない」と常々言っており,甲株式会社の役員時代には給与や賞与の一部を補助参加人に渡していたし,平成10年に同社を退職した際には,今後の生活費として退職金の一部4000万円(うち500万円は補助参加人の孫であるEの次女の学費分)を渡した。この退職金は,本件不貞訴訟が生じた際に亡Cと補助参加人との間で成立した合意の履行として支払ったものではない。 また,亡Cは,亡C所有マンション2室の家賃収入をEに対して生活費として与えており,Eは,補助参加人と同居し始めた平成12年から亡C が亡C所有マンション2室を売却した平成21年まで,亡Cから与えられる家賃収入のほとんどを補助参加人に渡していた。 て生活費として与えており,Eは,補助参加人と同居し始めた平成12年から亡C が亡C所有マンション2室を売却した平成21年まで,亡Cから与えられる家賃収入のほとんどを補助参加人に渡していた。このように,補助参加人の生活費は別居後も含めて全て亡Cから受け取った給与・賞与や退職金及びEから渡される亡C所有マンションの家賃収入によって賄われていた。 さらに,亡Cは,補助参加人が居住する東京の自宅の土地の共有持分4分の3(本件遺贈対象外不動産)を本件公正証書遺言により原告に遺贈する財産から除外して,法定相続人である補助参加人,E及びDが相続できるようにしており,補助参加人が東京の自宅に住み続けられるように保障している。実際に原告が亡Cから遺贈を受けた財産は全くなかったのである以上,亡Cが遺留分を勘案して補助参加人,E及びDに本件遺贈対象外不動産を相続させたとも評価できないし,仮に亡Cが本件公正証書遺言作成時には遺留分を勘案しなければならない程度の財産があったがその後費消してしまったのであれば,その時点で亡Cは本件遺贈対象外不動産を原告に遺贈する旨の遺言を新たに作成することができたはずである。そうであるにもかかわらず,亡Cが新たな遺言をしなかった事実からは,補助参加人の住居を保障しようとする亡Cの意思があったと認められる。 このように,亡Cと補助参加人との間には経済的な依存関係が反復して存在していたと認められる。 エ亡Cと補助参加人の音信又は訪問等について亡Cは,別居後も東京の自宅に何回も電話をかけて,補助参加人や同居するEと会話をしていた。補助参加人は,身体の状況が良好でないながらも岐阜まで行って亡Cを一度見舞ったこともあった。 また,補助参加人は亡Cの葬儀に参列していないものの,これはDが平成24年8月5 するEと会話をしていた。補助参加人は,身体の状況が良好でないながらも岐阜まで行って亡Cを一度見舞ったこともあった。 また,補助参加人は亡Cの葬儀に参列していないものの,これはDが平成24年8月5日になって初めて補助参加人に亡Cが同年7月30日に死亡して同年8月1日に葬儀まで行われたことを伝えたからであって,補助参加人が亡Cの葬儀等に参加できなかったのはやむを得ない事情があった ものである。 オ小括以上の諸事情に鑑みれば,亡Cと補助参加人の婚姻関係が形骸化し,かつその状態が固定化されていたとはいえず,また,亡Cと補助参加人との間で離婚が合意されていたとも認められない。したがって,原告が厚年法上の配偶者であるとはいえない。 ⑵ 原告と亡Cの関係亡Cが,原告の自宅で原告及びFと同居し,平成12年9月1日付で同所へ転入し,同所において世帯主として住民登録をしたこと,亡Cと補助参加人が昭和23年5月20日に婚姻の届出をしたこと,原告が亡Cの通夜,葬儀,四十九日法要及び一周忌法要を行い,亡Cを原告の母と同じA家の墓に埋葬したこと,補助参加人が亡Cの通夜,葬儀,四十九日法要及び一周忌法要に出席しなかったことは認め,その余は不知ないし否認する。 (補助参加人の主張)⑴ 亡Cと補助参加人の関係についてア亡C及び補助参加人に離婚の意思はなかったこと亡Cは,補助参加人に対し,生前口癖のように「お前とは同じ星の下で結ばれている。」,「同じ運命の下に生きることになっている。」と言っていた。また,亡Cは,補助参加人が昭和63年にカトリックの洗礼を受けた際,神父に対し,「手を取り合っての善光寺参りです。」などと言い,補助参加人と運命を共にすることを述べていたし,平成5年頃にも,「俺やEのことは心配する 参加人が昭和63年にカトリックの洗礼を受けた際,神父に対し,「手を取り合っての善光寺参りです。」などと言い,補助参加人と運命を共にすることを述べていたし,平成5年頃にも,「俺やEのことは心配するな,孫を確り育てなさい。」などと言っていた。亡Cは,このように補助参加人こそ生涯を共にする妻としていた。 亡Cは,補助参加人に対し,長期にわたる別居期間があったにもかかわらず一度も離婚の意思を告げたことはなかったし,補助参加人としても,亡Cと離婚することを考えたこともなかった。補助参加人は,亡Cはその うちに補助参加人の下に必ず帰ってくるものと考えていた。 また,補助参加人はHとは面識もなく,Eは亡Cと補助参加人との間の子である。確かに亡Cは生前補助参加人に対してEの実父がHではないかとの疑念を述べたことがあるが,Eが真実を明らかにするためDNA鑑定をしようとしたところ,亡Cのほうから「そこまでしなくて良い」としてこれを止めていた。亡Cは,結局のところ,Eが自身の子であることを信じていた。 イ別居後の亡Cと補助参加人間の音信・連絡等について亡Cは,補助参加人と別居をしていたが,別居の理由等について一切,補助参加人に話したことはない。亡Cは,甲株式会社の代表取締役時代,岐阜県に出張することが多く,時々補助参加人に電話をかけていた。また,東京に戻っていた際には,東京の自宅に寝泊まりし,Eと風呂に行ったりしていた。亡Cは,平成22年か23年頃までは,時々東京の自宅に電話をしており,電話に出たEに家族のことなどを尋ねていた。亡Cが丙病院に入院していた時には,補助参加人は数回亡Cを見舞いに行ったことがあったし,亡Cが乙病院に入院していた時は,補助参加人は亡Cの見舞いに行ったことはなかったものの,Eは亡 どを尋ねていた。亡Cが丙病院に入院していた時には,補助参加人は数回亡Cを見舞いに行ったことがあったし,亡Cが乙病院に入院していた時は,補助参加人は亡Cの見舞いに行ったことはなかったものの,Eは亡Cに呼び出され,同病院に行ったことがあった。 亡Cの葬儀に補助参加人が参加できなかった理由は,亡Cの死後6日経過した平成24年8月5日の夜になって初めてDが電話で亡Cの死亡及び既に原告が喪主になって通夜,葬儀が行なわれたことを告げたからであり,出席しようにもできなかったからである。また,墓地についても,原告が勝手に埋葬したにすぎない。補助参加人は分骨要求を行ったが原告はこれに応じようともしなかった。 ウ別居後の経済的依存状況について補助参加人は,現在に至っても亡Cの遺族年金収入のみによって生活を 営んでいる。また,亡Cは,生前,補助参加人に対し,東京の自宅の建物全部とその敷地の持分4分の1と退職金の約半額の4000万円を贈与したばかりか,日常生活が困らないように丁銀行の亡C名義の預金通帳を渡していたのであって,補助参加人はこれらの亡Cからの経済的援助によって生活を維持することができた。また,亡Cは,補助参加人に対して,補助参加人らの生活の便益のために亡C名義の戊銀行西荻窪支店発行の預金通帳を渡しており,補助参加人らは,亡Cがこの預金を同銀行岐阜支店に移して解約するまで,上記預金口座を公共料金等の引落しに使用していた。 また,平成20年11月30日に亡Cが作成した自筆遺言書には全ての財産をEに譲渡する旨記載されていることからすると,本件公正証書遺言は,原告が亡Cに無理やり書かせたものであったといえる。 さらに,亡Cは,平成12年,Eが病気を理由に当時勤務していた己会社を退職した後には,亡Cが代表取 ことからすると,本件公正証書遺言は,原告が亡Cに無理やり書かせたものであったといえる。 さらに,亡Cは,平成12年,Eが病気を理由に当時勤務していた己会社を退職した後には,亡Cが代表取締役を務めていた甲株式会社の関連会社にEを社員として勤務させ,当時,亡Cが所有し,賃貸していた亡C所有マンション2室の賃料合計27万6000円をマンションの売却時である平成21年までEに渡していた。この賃料合計27万6000円はEから補助参加人に全額渡されていたから,この金銭も亡Cから補助参加人に対する経済的援助として評価することができる。 エ小括以上の諸事情に鑑みれば,亡Cと補助参加人の婚姻関係が形骸化していたとは認められないから,補助参加人が厚年法上亡Cの配偶者である。 ⑵ 亡Cと原告の関係について亡Cは,「A’(原告)には億という金を使っているので取り返さなければならない。」と言っていた。また,亡Cとの別れ話を口実に「手切れ金」と称して莫大な金員を受け取ったり,亡Cの役員報酬や老齢厚生年金等を費消したりするなどの原告の態度に鑑みると,亡Cと原告との間の関係は,金 銭的なつながりに尽きていたといえる。したがって,原告は亡Cの配偶者ではない。 第3 当裁判所の判断 1 判断枠組み厚年法は,労働者の遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという厚年法の目的(厚年法1条参照)や厚生年金の社会保障的性格に鑑み,厚年法上の「配偶者」には戸籍上の配偶者のみならず,事実婚関係にある者も含まれるものとしている(厚年法3条2項)。このような厚年法の趣旨に照らすと,戸籍上の配偶者を有する被保険者等が重ねて他の者と内縁関係にあるという,いわゆる重婚的内縁関係にある場合においては,我が国が婚姻について法律婚主義を採 法3条2項)。このような厚年法の趣旨に照らすと,戸籍上の配偶者を有する被保険者等が重ねて他の者と内縁関係にあるという,いわゆる重婚的内縁関係にある場合においては,我が国が婚姻について法律婚主義を採用していることなどに照らし,原則として,戸籍上の配偶者が「配偶者」に当たるというべきであるが,被保険者等が戸籍上の配偶者を有する場合であっても,その婚姻関係が実態を失って形骸化し,かつ,その状態が固定化して近い将来解消される見込みのないようなとき,すなわち,事実上の離婚状態にある場合には,戸籍上の配偶者はもはや「配偶者」に該当せず,重婚的内縁関係にある者が「配偶者」に当たるというべきである。 そして,上記のような厚年法の趣旨からすれば,被保険者等と戸籍上の配偶者との婚姻関係が上記のような事実上の離婚状態にあるか否かについては,本件認定基準を考慮しつつ,別居の経緯,別居期間,婚姻関係を維持ないし修復するための努力の有無,別居後における経済的依存の状態,別居後における婚姻当事者間の音信及び訪問の状態,重婚的内縁関係の固定性等を総合的に考慮すべきである。 2 認定事実(前掲前提事実に後掲括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。)⑴ 亡Cと原告が同居するまでの経緯等ア亡Cは,岐阜県恵那市m町出身であり,甲株式会社に勤務していたが, 昭和23年5月20日,補助参加人と婚姻し,昭和42年,甲株式会社の東京支店長に就任した。補助参加人は,昭和23年5月21日にDを,昭和34年6月10日にEを出産した。 亡Cが甲株式会社の東京支店長に就任したことに伴い,亡C,補助参加人,D及びEは,昭和43年4月1日頃,岐阜市内から東京の自宅に転居した。 補助参加人は,亡Cと結婚して以来 した。 亡Cが甲株式会社の東京支店長に就任したことに伴い,亡C,補助参加人,D及びEは,昭和43年4月1日頃,岐阜市内から東京の自宅に転居した。 補助参加人は,亡Cと結婚して以来専業主婦をしていた。補助参加人は,亡C名義の預金口座に振り込まれた亡Cの給料を管理し,家計を預かっていた。また,補助参加人は,戊銀行西荻窪支店に開設された亡C名義の預金口座を利用して,公共料金等の支払をしていた(ただし,亡Cは,平成23年5月31日,戊銀行岐阜支店において,上記預金口座を解約した)。 (以上,甲6の2,乙3,19の2,丙1,証人補助参加人,弁論の全趣旨)亡Cは,補助参加人との結婚後にも,複数の女性と交際しており,そのため,亡Cと補助参加人の間には喧嘩が絶えず,夫婦関係は良好ではなかった。昭和55年頃には,亡Cが交際していた女性との間で裁判沙汰となり,補助参加人は,甲株式会社の顧問弁護士と同会長のJの関与のもと,亡Cから,昭和55年5月14日,亡Cが所有していた東京の自宅のうち,土地の持分4分の1と建物の贈与を受けた。 (以上,甲44,46,47の1,丙1,原告本人,証人補助参加人,弁論の全趣旨) この点,原告は,亡Cと補助参加人は,不貞の慰謝料として,東京の自宅の土地建物の贈与の他に,亡Cの役員報酬も補助参加人に振り込むことを合意した旨主張する。しかし,原告自身,本人尋問において,上記の亡Cの慰謝料の支払に関する問題は,原告と亡Cが出会う以前の話であるため詳しいことは分からない旨供述していることに加え,亡Cが補助参加人に宛てた手紙(甲3)にも亡Cの女性問題に関して補助参加 人に東京の自宅の土地建物を贈与した旨記載があるものの,役員報酬についての言及はないことからすると,この点についての原告の主張を採 参加人に宛てた手紙(甲3)にも亡Cの女性問題に関して補助参加 人に東京の自宅の土地建物を贈与した旨記載があるものの,役員報酬についての言及はないことからすると,この点についての原告の主張を採用することはできない。 他方,被告及び補助参加人は,Dが補助参加人を憎悪しているため,Dの手紙等の記載内容は信用性を欠くものと主張する。確かに,Dが原告に宛てた手紙(甲44)からはDが補助参加人に対して嫌悪感を抱いていることが認められる。しかし,Dの手紙等に記載される亡C,補助参加人,E及びDの家族の状況等については,亡Cの甥であるKが作成した陳述書(甲37),亡Cの入院歴(甲8)やEの元妻であるLの手紙(甲47の2)の記載等と合致する部分もあるから,Dが補助参加人に対して嫌悪感を抱いているからといって,Dの手紙などにおける補助参加人に関する記載内容がすべて信用できないものとすることはできない。したがって,この点に関する被告及び補助参加人の主張を採用することはできない。 ウ亡Cは,昭和58年,甲株式会社の代表取締役に就任し,本社のある岐阜市と東京を行き来するようになった。亡Cは,この頃には,補助参加人が生活する東京の自宅ではなく,γマンションで生活することが増えていた。 亡Cと原告は,同年,岐阜市所在の庚ホテルで開催された代表取締役就任の祝賀パーティーで知り合い,交際を開始したが,周囲の意見を受けて,昭和59年に交際を解消した。 (以上,甲42,44,46,47の1,原告本人) この点,原告は,昭和50年頃には亡Cと補助参加人は別居していた旨主張するが,Dが作成した手紙(甲47の1)にも,亡Cは,昭和56年にγマンションを購入してから,同マンションで過ごす時間を増やしていった旨の記載があるため 年頃には亡Cと補助参加人は別居していた旨主張するが,Dが作成した手紙(甲47の1)にも,亡Cは,昭和56年にγマンションを購入してから,同マンションで過ごす時間を増やしていった旨の記載があるため,上記のとおり認定するのが相当であ る。 エ原告は,昭和62年に同級生と結婚し,同人との間に同年9月12日にFを設けたが,昭和63年に離婚した。原告と亡Cは,昭和63年の終わり頃から平成元年の初め頃,再び交際を開始した。(乙6,原告本人,弁論の全趣旨)オ補助参加人は昭和62年に罹患した脳梗塞の後遺症による身体的な不自由さと亡Cの女性問題による精神的な疲弊から,昭和63年,カトリックの洗礼を受けた。この洗礼には,亡Cも同伴した。(丙1,証人補助参加人)カ亡Cは,平成6年頃,原告の自宅に生活用品を運び入れた。平成10年6月に甲株式会社を退職した後は,東京の自宅に戻ったこともあったが,遅くとも平成12年9月頃までには補助参加人と完全に別居して,原告の自宅で生活を営むようになり,その後,死亡する平成24年7月30日まで,原告の自宅で,原告及びFと同居していた。 他方,補助参加人は,平成3年以降,東京の自宅において,Eの脳腫瘍の罹患及び離婚をきっかけにEの次女と同居し(なお,一時期Eとも同居していた。),現在に至るまで,東京の自宅で生活している。また,補助参加人は,平成12年9月以降,亡Cが原告の自宅において原告と同居していることを知った。 (以上,甲38,42,46,47の1,原告本人,証人補助参加人)なお,原告は,補助参加人が平成5年頃亡Cに対して暴行を加えた旨主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない(原告が作成した陳述書(甲42)は,伝聞にすぎない。)ことからすると,補助参加人が亡Cに原告が主張するよう 人が平成5年頃亡Cに対して暴行を加えた旨主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない(原告が作成した陳述書(甲42)は,伝聞にすぎない。)ことからすると,補助参加人が亡Cに原告が主張するような暴行を加えたと認めることはできない。 ⑵ 亡Cと補助参加人の別居後の状況等ア亡Cは,平成6年頃から,原告及びFと共に原告の自宅で生活する時間 を持つようになり,Fは,亡Cを「お父さん」と呼び,東京ディズニーランドなど日本各地を3人で旅行するなどして過ごしてきた。また,平成12年頃には原告及びFと完全に同居するようになった。(甲21から26まで,42,原告本人)原告は,亡Cから,1か月に20万から30万円程度を生活費として受け取り,ここから食費や水道光熱費,自宅にかかる税金等を支払うなどして家計を遣り繰りした。原告は,A’という芸妓名で辛芸妓組合に所属して働いていたものの,原告の給料は,原告の母親の入院費や仕事で使う着物等の購入費用に使われており,原告及びFと亡Cの生活は,亡Cからの生活費がなければ維持できない状態であった。(甲42,原告本人)また,補助参加人を配偶者とすることによって得ていた加給年金も含め,亡Cの老齢厚生年金は,平成12年12月以降,平成10年4月1日に壬信用金庫梅林支店に開設された亡C名義の預金口座に振り込まれており,亡Cが受給していた老齢厚生年金が補助参加人やEのために使われることはなかった。(甲28,乙21,証人補助参加人,弁論の全趣旨)イ亡Cは,平成10年6月に甲株式会社を退職するまでの間,その給料や役員報酬を補助参加人の管理する亡C名義の戊銀行西荻窪支店の預金口座に振り込む形で交付していた。ただし,亡Cの役員報酬は,全額振り込まれていたわけではなく,補助参加人が受 職するまでの間,その給料や役員報酬を補助参加人の管理する亡C名義の戊銀行西荻窪支店の預金口座に振り込む形で交付していた。ただし,亡Cの役員報酬は,全額振り込まれていたわけではなく,補助参加人が受け取っていた金額は低額であった。(弁論の全趣旨)補助参加人の生活費は,亡Cの給料や役員報酬で賄われていたが,亡Cの退職後は,後記の退職金に加え,Eから受け取る金銭及び補助参加人自身の年金によって賄われており,亡Cから定期的な金銭の交付があるわけではなかった。(丙1,証人補助参加人,弁論の全趣旨) この点,被告及び補助参加人は,補助参加人がEから受け取る金銭は,亡CがEに与えていた亡C所有マンション2室の賃料収入(月額27万 6000円)の一部であり,平成12年から平成21年にかけては同家賃収入のほぼ全額がEを通じて補助参加人に交付されていたとして,亡Cは,亡C所有マンション2室の賃料も生活費として補助参加人に交付していた旨の主張をする。 確かに,証拠(甲54)及び弁論の全趣旨によると,Eは,亡Cから亡C所有マンション2室を賃借し,それを第三者に転貸して賃料収入を受けていたことは推認できる。 しかし,補助参加人は証人尋問において,Eからは27万6000円の半額ももらっていないこと,Eから受け取った金銭がマンションの賃料収入であるか明確ではないこと,Eから受け取った金銭は,Eの子供の世話代として補助参加人が受領していた旨証言しており,これらの補助参加人の証言内容に照らすと,仮にEが補助参加人に一定額の金銭を渡していたとしても,これがEを通じて亡Cから補助参加人に生活費として交付されたものであると認めることはできない。この点についての被告及び補助参加人の主張を採用することはできない。 ウ亡Cは ていたとしても,これがEを通じて亡Cから補助参加人に生活費として交付されたものであると認めることはできない。この点についての被告及び補助参加人の主張を採用することはできない。 ウ亡Cは,平成10年6月に甲株式会社を退職する際,少なくとも7000万円の退職金を得ることになっていた。この退職金は補助参加人が管理していた上記イの預金口座に全額が振り込まれ,亡Cが取得することはなかった。(甲3,42,原告本人,証人補助参加人) 上記認定について,被告及び補助参加人は,亡Cの退職金は7000万円であり,このうち補助参加人が受け取ったのはEの次女の学費等のための500万円を含めて合計4000万円であったと主張する。 まず,補助参加人は,亡Cは補助参加人に対し,退職金を半分やると言っており,補助参加人が管理していた預金口座に退職金が振り込まれた後,亡Cに対して亡Cが取得する半分を手渡しで交付したがその時期はいつか覚えていないなどとも証言しているため,亡Cの退職金全額が, 補助参加人が管理していた預金口座に入金されたことが認められる。しかし,ここから約半額が亡Cに交付されたかどうかについては,補助参加人の主張及び証言によると,亡Cの退職金は7000万円ほどであり,補助参加人が取得したのはこのうち4000万円であるから,亡Cに対して3000万円を手渡しで交付したことになるが,3000万円という金額を預金口座から引き出して,手渡しで交付するというのは,このような高額な金額の交付方法としてはそれほど一般的ではないと考えられることに加え,補助参加人が亡Cに3000万円を手渡したとする時期も曖昧であることを踏まえると,補助参加人が亡Cに退職金から3000万円を交付したと認めることはできない。 また, られることに加え,補助参加人が亡Cに3000万円を手渡したとする時期も曖昧であることを踏まえると,補助参加人が亡Cに退職金から3000万円を交付したと認めることはできない。 また,被告及び補助参加人は,補助参加人に退職金を渡すに際して亡Cが生活費であるとの趣旨を補助参加人に伝えたと主張し,補助参加人はそれに沿った証言をする。しかし,補助参加人は亡Cからの上記説明は電話で行われたと証言するものの,その時期等に関する証言が曖昧であることも考慮すると,補助参加人が管理する預金口座に退職金が交付されるに当たり,亡Cが,生活費であるとの趣旨を述べて補助参加人に退職金を交付したと認めることはできない。 なお,原告は,亡Cの退職金は約9200万円であった旨主張し,亡Cが作成した手紙(甲3)やDが作成した書面(甲46)にもその旨の記載はあるが,亡Cの退職金の金額を認める他の証拠がないため,亡Cの退職金は,上記のとおり,少なくとも7000万円であると認めるのが相当である。 エ亡Cは,平成10年頃,Eが補助参加人と不貞関係にあったHとの間に生まれた子供なのではないかと疑い,補助参加人に詰問したこともあった。しかし,結局,亡CとEとの間の親子関係の存否を確認するためのDNA鑑定は行われなかった。(甲42,丙1,原告本人,証人補助 参加人) この点,原告は,平成10年当時,亡CとEはDNA鑑定を行い,その結果,亡CとEとの間には親子関係が存在しないことが明らかになった旨主張する。 しかし,亡Cが補助参加人やEに対して書いた手紙(甲1の1から甲3まで)にも,亡CがEと親子関係が存在しないと考えている旨の記載はあるものの,平成10年頃DNA鑑定が行われ,親子関係の不存在が明らかになった Cが補助参加人やEに対して書いた手紙(甲1の1から甲3まで)にも,亡CがEと親子関係が存在しないと考えている旨の記載はあるものの,平成10年頃DNA鑑定が行われ,親子関係の不存在が明らかになった旨の記載はない(なお,亡Cの補助参加人に対する手紙(甲2)にはEと亡Cとの間の親子関係がないことが平成18年3月に解明したとの記載はあるものの,いずれにせよDNA鑑定が行われた旨の記載はない。)。確かに,亡Cは,平成21年1月30日を作成日としてEは亡Cの子供ではない旨を記載したメモを残しているが(甲4),同年12月に作成した本件公正証書遺言の中で,Eを「長男E」として長女Dと同様に法定相続人である子として扱い,本件公正証書遺言の他の記載からも親子関係が存在しないことを前提とした扱いはしていない(乙16)ことを踏まえると,平成10年にDNA鑑定によってEが亡Cの子でないことが判明したとの原告の主張を採用することはできない。 オ亡Cは,平成12年頃から,糖尿病のため毎日インシュリン注射をするようになっていたが,自分では注射をすることができず,原告が,毎日,亡Cにインシュリン注射を行っていた。(甲8,31,原告本人)カ亡Cは,平成12年頃までは時折東京の自宅を訪れていたものの,平成12年以降は,東京の自宅を訪れることはなくなった。亡Cは,平成16年2月27日付けでEがHの子ではないかと記載した手紙を書留郵便で補助参加人に送ったが,受取人不在で返送され,亡Cと補助参加人が手紙をやり取りすることもなかった。 また,亡Cは,別居後も平成22,3年頃までは,東京の自宅に架電 をし,Eと電話で話すことはあったものの,補助参加人と電話で話すことはなかった。 (以上,甲1の1及び2,乙19の2,丙1,証人補助参加人) この点 ,3年頃までは,東京の自宅に架電 をし,Eと電話で話すことはあったものの,補助参加人と電話で話すことはなかった。 (以上,甲1の1及び2,乙19の2,丙1,証人補助参加人) この点,原告は,平成6年以降,亡Cと補助参加人は互いに訪問することはなかった旨主張するが,亡Cが平成10年頃までは甲株式会社の代表取締役として東京に行くこともあったことも考慮すると,亡Cが平成6年以降,東京の自宅に全く戻らず,補助参加人と会うこともなかったとまでは認めることはできない。 他方,被告及び補助参加人は,亡Cが東京に来たときには,東京の自宅に宿泊することもあったと主張し,補助参加人は,亡Cは平成15,6年までは東京の自宅に宿泊することがあった旨証言する。しかし,亡Cは糖尿病のため平成12年頃から毎日インシュリン注射を原告に打ってもらっていたにもかかわらず,補助参加人はインシュリン注射を打たなければいけなかった等の亡Cの当時の状態は知らないのであり(証人補助参加人),補助参加人が亡Cの当時の健康状態等を把握していない状況に鑑みると,平成12年から平成15,16年頃までの間(補助参加人も,平成15,16年以降は亡Cが東京の自宅に戻らなかったことを証言している。),亡Cが東京の自宅に宿泊したことがあったと認めることはできず,補助参加人の上記証言を採用することはできない。 したがって,亡Cと補助参加人の相互の訪問等に関しては,上記の限度で認めるのが相当である。 また,被告及び補助参加人は,補助参加人は亡Cから電話を受けたことがあるし,その際には,亡Cから補助参加人に対して家族の様子等を質問されていたと主張し,補助参加人はその旨証言する。 しかし,補助参加人の証言は,亡Cからの電話の頻度や最後に架電があった時期等に るし,その際には,亡Cから補助参加人に対して家族の様子等を質問されていたと主張し,補助参加人はその旨証言する。 しかし,補助参加人の証言は,亡Cからの電話の頻度や最後に架電があった時期等については曖昧なものであり,採用することはできない。 キ原告は,平成14年頃から,亡Cの銀行預金等の管理を行うようになった。亡Cは,原告が亡C名義の銀行預金等の管理を円滑に行えるように,亡Cと原告が並んで写る写真の裏に「内縁の妻につき宜致く亡C 銀行様」と書いたものを渡しており,原告を内縁の妻として第三者にも紹介していた。(甲29,42,原告本人)原告は,亡Cの甥であるKやその妻のMとも亡Cとともに親しくしており,年賀状のやりとりなどもしていた。原告は,Dを含め,亡Cの親族らから,亡Cの内縁の妻として好意的に受け止められていた。(甲30,37,42,43,44)ク亡Cは,平成14年4月に肺炎のため岐阜市内の癸病院及び丙病院に,平成17年5月に慢性硬膜下血腫のため丙病院に,平成21年4月に肺炎及び滲出性胸膜炎,平成22年12月に肺炎のため乙病院に入院をした。亡Cの通院や入院の付添いは一貫して原告が行っており,Fが同伴するときもあった。また,乙病院では,亡Cが入院をする際の緊急連絡先は,第1順位として原告,第2順位としてDが登録されていた。(甲8,42,45,弁論の全趣旨)補助参加人が,上記入院期間中,亡Cを見舞いに来ることはなかった。 (甲38,42,原告本人) この点,被告及び補助参加人は,補助参加人は丙病院に入院中の亡Cを見舞いに行ったことがあると主張し,補助参加人はその旨証言するが,補助参加人の証言は,見舞いの時期や当時の亡Cの病態等が明確でなく,曖昧なものに止まって 参加人は,補助参加人は丙病院に入院中の亡Cを見舞いに行ったことがあると主張し,補助参加人はその旨証言するが,補助参加人の証言は,見舞いの時期や当時の亡Cの病態等が明確でなく,曖昧なものに止まっているため,補助参加人が入院中の亡Cの見舞いに行ったと認めることはできない。 ケ亡Cは,亡C所有マンション2室を平成21年10月と同年11月に合計2500万円ほどでそれぞれ売却した。亡Cは,原告の母親の入院費や着物等の購入費用,平成16年3月24日に購入した原告の自宅の西側の 土地の代金680万円,Fの大阪市内の調理専門学校の学費及び生活費や岐阜市内で飲食店出店の開店資金(1000万円弱)なども負担しており,亡C所有マンション2室の売却代金も原告及びFとの生活費等の上記費用に充てられた。(甲42,56,57,丙1,原告本人,証人補助参加人)コ亡Cは,平成21年に本件遺贈対象外不動産を除き亡Cの財産(負債を除く。)を全て原告に遺贈する旨の本件公正証書遺言をし,その結果,補助参加人,E及びDが相続する亡Cの財産は,本件遺贈対象外不動産のみとなった。(乙16)サ補助参加人は,平成22年6月3日及び同月8日,亡Cに対し,保険証を借りたい旨記載した内容証明郵便を各日1通ずつ送った。補助参加人が郵送方法として内容証明郵便を選択した理由は,補助参加人が亡Cに対してこのような要求をしたことを証拠化しておくためであった。(甲11,12,証人補助参加人)シ亡Cは,平成23年1月31日に乙病院を退院してから平成24年7月30日に亡くなる直前まで,原告の自宅で生活をしていた。亡Cは介護なしでは日常生活を営むことが困難となる状態であったが,原告は住宅介護支援サービスやFの助けを借りながら,亡Cの介護を行った。(甲31,37, くなる直前まで,原告の自宅で生活をしていた。亡Cは介護なしでは日常生活を営むことが困難となる状態であったが,原告は住宅介護支援サービスやFの助けを借りながら,亡Cの介護を行った。(甲31,37,39,42,原告本人)ス亡Cは,平成24年7月30日,死亡した。原告は,同日,D及び亡Cの甥のKに亡Cが死亡した旨伝えた。(甲42,原告本人)亡Cの葬儀は,同月31日,Dが喪主となって,原告の自宅で行われ,原告,F,D,K及びKの妻であるMが出席し,原告は出席しなかった。 (甲10,42,原告本人,争いなし)補助参加人は,亡Cが死亡したことについて,早くとも同年8月1日,亡Cの通夜及び葬儀が行われた後,Dから電話で告げられた。(甲42,丙1,原告本人,証人補助参加人) また,平成24年9月14日に行われた亡Cの四十九日法要には,原告,F,D,Dの夫であるN,K,M,Dの長男長女,甲株式会社の亡Cの秘書や部下ら6名が出席し,一周忌法要には,原告,F及びDが出席したが,補助参加人はいずれにも出席しなかった。なお,これらの亡Cの通夜,葬儀,四十九日法要及び一周忌法要の費用はすべて原告が支払った。(甲10,33,34,42,弁論の全趣旨,争いなし)亡Cの遺骨は,A家の墓に納骨された。補助参加人は,原告が平成25年4月に亡Cの遺族厚生年金の受給を求める手続を執り,補助参加人にも意見を求められるようになったことから,亡Cとの関係をはっきりさせなければならないと考え,原告に対し,亡Cの遺骨の分骨を求めたが,原告から拒否された。そこで,補助参加人は,遺骨がA家の墓に納骨されたことについて,同年9月初旬,A家の墓を管理するO寺院の住職に対し,亡Cの分骨に応じるよう原告への働きかけを求めた。(甲10,36,42,証 された。そこで,補助参加人は,遺骨がA家の墓に納骨されたことについて,同年9月初旬,A家の墓を管理するO寺院の住職に対し,亡Cの分骨に応じるよう原告への働きかけを求めた。(甲10,36,42,証人補助参加人)セ本件公正証書遺言には,本件遺贈対象外不動産を除き,その他の動産,現金,預・貯金などすべての財産(負債を除く。)を原告に遺贈する旨記されているものの,亡Cの死亡当時,亡Cには,本件遺贈対象外不動産以外に目立った財産はなく,実際に原告に残された財産はなかった。なお,本件裁決当時の原告の年収は850万円未満であり,現在の原告の年収は500万円程度である。(乙10,16,原告本人)⑶ 亡Cと補助参加人との間の婚姻継続に係る努力等についてア亡Cが補助参加人と別居してから亡くなるまでの間,亡Cは,補助参加人との離婚を求めて調停を申し立てたり,訴訟を提起したりすることはなかった。補助参加人は,平成6年頃,亡Cや原告に対し,二人の関係を詰問したことはあったが,亡Cと補助参加人が,婚姻継続ないし婚姻解消に向けて話合いをしたこともなかった。(甲46,弁論の全趣旨) この点,原告は,亡Cが補助参加人に対して離婚届を送付したものの,受領拒否で返却された旨主張し,原告はその旨供述するが,返却された離婚届など原告の供述を裏付ける的確な証拠はなく,原告の主張を採用することはできない。 イ亡Cは,補助参加人に対して2通,Eに対して1通,Eとの親子関係はない旨記載した手紙を書いた(補助参加人に対する2通の手紙のうち1通は平成16年2月に書いているが,他の手紙の作成時期は不明である。)。 これら3通の手紙には,補助参加人に対して不貞行為について謝罪を強く求める旨の記載はあったが,離婚を申し込む旨の記載は のうち1通は平成16年2月に書いているが,他の手紙の作成時期は不明である。)。 これら3通の手紙には,補助参加人に対して不貞行為について謝罪を強く求める旨の記載はあったが,離婚を申し込む旨の記載はなかった。(甲1の1から甲3まで)ウ亡Cは,作成日付を平成25年10月吉日とする「離こん届」と題する書面を作成した。同書面には「私はBと離婚を平成25に離こんをする Aとの結婚は別途考慮をするこれが私の心であるこれに基ずいて行動する」との記載があった。(甲7) 3 検討前提事実及び上記2の認定事実を踏まえ,上記1の観点から,亡Cとその法律上の妻である補助参加人が事実上の離婚状態にあったといえるかについて検討する。 ⑴ 別居の経緯,別居期間亡Cは,補助参加人と結婚後も複数の女性と交際しており,補助参加人は亡Cの女性問題に頭を悩ませ,両人は喧嘩が絶えない状態だった(認定事実⑴イ)。また,亡Cは,昭和58年頃からは,γマンションで過ごす時間を増やしており,亡Cと補助参加人は常に同居していたものでもなかった(認。また,平成10年頃には,亡Cが,Eは補助参加人とHの間の子であって亡Cとの間の親子関係はないとの疑惑を抱き,補助参加人を詰問したこともあった(認定事実)。このように,亡Cと補助参加人 の夫婦関係は,亡Cと原告が交際を開始し同居をする以前から芳しい状態ではなかったことが認められる。そのような中で亡Cは,昭和58年,原告との交際を開始し,遅くとも平成12年9月頃までには住民票上の住所地も原告の自宅に変更した上で補助参加人と完全に別居しており(認定事実⑴ウ,カ亡Cが死亡する平成24年7月30日まで一度も解消されることはなかった。亡Cと補助参加人は,短くとも平成12年から亡Cが死亡するまでの間の約1 で補助参加人と完全に別居しており(認定事実⑴ウ,カ亡Cが死亡する平成24年7月30日まで一度も解消されることはなかった。亡Cと補助参加人は,短くとも平成12年から亡Cが死亡するまでの間の約12年もの間別居をしていたのであって,その別居期間は比較的長期間であったものと認められる。 ⑵ 別居後における亡Cと補助参加人の音信・訪問の状態について亡Cは,平成12年以降は,東京の自宅に帰ることもなく,補助参加人と電話等で会話をすることも,手紙等をやりとりすることもなかった(認定事実⑵カ亡Cの度重なる入院期間中,補助参加人が亡Cを見舞いに訪れることもなかった(認定事実⑵ク補助参加人は,平成22年6月に亡Cから保険証を借りるべく亡Cに対して手紙を郵送しているものの,内容証明郵便として郵送し,このような要望をしたことを証拠化しようとしており(認定事実⑵サ),夫婦間での手紙のやりとりとしてはおよそ想定し難い送付方法をとっていた。これらによると,平成12年に亡Cが原告と同居するようになってから以降,亡Cと補助参加人との間の音信及び訪問はほぼ断絶状態であったものと認められる。 また,亡Cが死亡した後についても,補助参加人は,亡Cの通夜,葬式,四十九日法要及び一周忌法要には一切参加していない。確かに,通夜と葬式については,補助参加人は,それらが終わった後にDから亡Cの死亡の事実を知らされたというのであるから(認定事実⑵ス),出席できなかったことは仕方のない側面もあったといえる。また,補助参加人は原告が取り仕切っていた四十九日法要及び一周忌法要には参加できなかったであろうことも理解できる。しかし,補助参加人が自ら亡Cの四十九日法要や一周忌法要を 執り行いたいという意向を示したとは認められないし,補助参加人が亡Cの遺骨を引き取る意 には参加できなかったであろうことも理解できる。しかし,補助参加人が自ら亡Cの四十九日法要や一周忌法要を 執り行いたいという意向を示したとは認められないし,補助参加人が亡Cの遺骨を引き取る意思を示したのも本件の遺族厚生年金に関する紛争が生じた後のことであって,補助参加人が亡Cに対する哀悼の意を示したものであるとは思われない。このような亡Cの死後の補助参加人の対応は,亡Cと補助参加人の関係性が希薄であったことを示すものといえる。 ⑶ 婚姻関係を維持ないし修復するための努力の有無,離婚意思の有無等ア亡Cと補助参加人は約12年間の別居期間中,互いの音信及び訪問はほぼ断絶していた状態であった。亡Cが補助参加人に対して作成していた補助参加人に対する手紙2通では,離婚を求める記載はないが,補助参加人の不貞行為に対する謝罪を強く求める旨の記載はあった(認定事実⑶イ)。 また,亡Cは,補助参加人と法律上の婚姻関係を解消するための訴訟提起など具体的な行動は執っていないが,それは亡Cが自己の社会的立場から世間体を気にして離婚を選択しなかったためであるとも考えられ,別居に至るまでの亡Cと補助参加人との夫婦関係の状況及び後記のような亡Cと補助参加人との関係の固定性を踏まえると,補助参加人との生活を営む上での夫婦生活を改善及び継続しようとはしていなかったものと認められる。 他方で,補助参加人としても,亡Cが原告と平成12年以降同居をしていることを知りつつも,亡Cに対して連絡などをすることすらなかったことからすれば,亡Cと原告の同居生活を半ば容認していたものと認められる。この点,被告は,亡Cが原告との関係を整理するために原告と同居する旨説明しており,このような亡Cの説明を信じていたため,一時的な別居に過ぎないと考えていたと主張するが,亡Cと原告 ものと認められる。この点,被告は,亡Cが原告との関係を整理するために原告と同居する旨説明しており,このような亡Cの説明を信じていたため,一時的な別居に過ぎないと考えていたと主張するが,亡Cと原告との間の同居期間が長期化しているにもかかわらず,音信等もない状況に対して補助参加人が何ら亡Cと原告との同居を解消させるような措置を執っていないことに鑑みれば,補助参加人が一時的な別居に過ぎないと信じていたとは認められない。また,補助参加人は,亡Cが原告の下に身を寄せているのは原告 が亡Cを経済的なことで離そうとしなかったまでのことであり,亡Cはそのうち補助参加人の下に必ず帰ってくるものと信じて待っていたとか,亡Cはいつも,亡Cと補助参加人は誕生日が同じであるため同じ星の下で結ばれているとか同じ運命の下に生きることになっていると述べ,補助参加人こそが生涯を共にする妻であるという意思を持っていた旨主張する。しかし,補助参加人は,亡Cは常に,補助参加人が主張するようなことを述べていたわけでもない旨証言しており,認定事実に現れる亡Cと補助参加人の関係からすると,補助参加人の主張を採用することはできない。 このように,亡Cと補助参加人は,法律上の婚姻関係は継続していたものの,夫婦としての実態も夫婦関係を継続するための双方の努力も無いに等しい状態であったということができる。 イ被告及び補助参加人は,亡Cが厚年法の老齢厚生年金を申請する際,補助参加人を生計維持関係にある配偶者として加給年金を申請し,平成59年4月から亡くなるまで加給年金額を加算されたまま受給していたこと,平成14年ないし平成21年及び平成23年には老齢厚生年金の控除対象配偶者がいる旨の申請をしていたことから,亡Cは別居後も対外的には補助参加人を妻として取り扱っており 算されたまま受給していたこと,平成14年ないし平成21年及び平成23年には老齢厚生年金の控除対象配偶者がいる旨の申請をしていたことから,亡Cは別居後も対外的には補助参加人を妻として取り扱っており,離婚の意思はなかったものと主張する。 しかし,厚年法の加給年金の申請や老齢厚生年金の控除対象配偶者の申請は,いずれも申請をすることによって経済的な利益を得ることができることからすると,申請の際,配偶者として補助参加人の名前を記載することは,単に経済的な利益を得るためであって,対外的に補助参加人を妻として扱う意思を表明したものとは考えられない。しかも,このような申請によって加算された年金が補助参加人のために使用されたとは認められない(認定事実⑵ア)。したがって,この点に関する被告及び補助参加人の主張を採用することはできない。 ⑷ 別居後における経済的依存状況についてア退職金について補助参加人は,平成10年頃,亡Cの退職金全額を受け取ったが(認定),亡Cから補助参加人に対する財産的給付は,本件公正証書遺言で残された本件遺贈対象外不動産を除き,この退職金が最終的なものであった。 また,退職金の交付の前後で,亡Cは,補助参加人に対し,亡CとEとの親子関係がないという夫婦関係の存続に重大な影響を及ぼすような疑いを持っていたこと(認定事実)や,退職金の交付後には亡Cが住民票上の住所も移転して原告の自宅での生活を固定化し,その後補助参加人との音信等が断絶し(認定事実),退職後には補助参加人に対する定期的な金銭の交付はなくなっていたこと(認定事実を踏まえると,補助参加人に対する退職金の交付は,婚姻関係を背景とした経済的援助ではなく,婚姻関係の解消を目的とした清算金としての性質を有するものとみるのが相当であ はなくなっていたこと(認定事実を踏まえると,補助参加人に対する退職金の交付は,婚姻関係を背景とした経済的援助ではなく,婚姻関係の解消を目的とした清算金としての性質を有するものとみるのが相当である(のとおり,退職金の交付が生活費の交付であるとする被告及び補助参加人の主張を採用することはできない。)。 イ本件公正証書遺言について本件公正証書遺言は,亡Cが原告に本件遺贈対象外不動産以外の亡Cの遺産を遺贈することを内容とするものであり,その結果,補助参加人がE及びDとともに相続するのは本件遺言対象外不動産のみとなっていた(認)。 この点,被告及び補助参加人は,本件公正証書遺言によって,補助参加人は亡Cの死後も東京の自宅に住み続けることができ,亡Cは補助参加人の住居を保障したといえるから,本件公正証書遺言の内容は,補助参加人に対する経済的援助として評価できると主張する。 しかし,本件公正証書遺言作成時,東京の自宅の土地の持分4分の1及び東京の自宅の建物は補助参加人が所有していたことから,仮に東京の自宅の土地の持分4分の3(本件遺贈対象外不動産)を原告に遺贈した場合には,東京の自宅の土地を補助参加人と原告が共有することになってしまうため,亡Cの死後,東京の自宅の土地の処分等について補助参加人と原告との間で紛争が生じることは容易に想像がつくものといえる。亡Cが,本件公正証書遺言の付言部分で,原告に対して生前の感謝とお礼の意味を込めて本件遺贈対象外不動産以外のすべての財産を遺贈するものとし,その上で原告,F,補助参加人,E及びDに対し,亡Cの財産について揉めないように求めていること,補助参加人を妻として記載はしているものの,葬儀に関しての亡Cの親族への連絡や墓の管理等の妻としての役割を原告に求め F,補助参加人,E及びDに対し,亡Cの財産について揉めないように求めていること,補助参加人を妻として記載はしているものの,葬儀に関しての亡Cの親族への連絡や墓の管理等の妻としての役割を原告に求めていること,本件遺贈対象外不動産も,補助参加人のみに取得させるのではなく,補助参加人,E及びDの3名の取得分としていることに照らすと,本件公正証書遺言は,亡Cの財産を原告に遺贈するに当たって生じ得る紛争を回避するため補助参加人,E及びDの遺留分に配慮して本件遺贈対象外不動産を補助参加人,E及びDに相続させるものとしたに過ぎないと考えられる。 被告は,実際に原告が亡Cの遺産として受領した財産はなかったのである(認定事実)以上,亡Cが遺留分を勘案して補助参加人,E及びDに本件遺贈対象外不動産を遺したとも評価できない旨主張するが,本件公正証書遺言の文言を踏まえると,亡Cは本件遺贈対象外不動産以外にも預金や株式等の遺産が存在していることを前提にしていると読み取れる上,本件公正証書遺言を作成した以降の亡Cの入院治療費用等を原因とする財産の減少も想定し得るから,実際に原告が受領した財産がなかったからといって,亡Cの本件公正証書遺言の目的が,補助参加人,E及びDの遺留分に対する配慮ではなかったということはできない。したがって,これに 関する被告の主張は上記判断を左右しない。 被告は,仮に亡Cが本件公正証書遺言作成時には遺留分を勘案しなければならない程度の財産があったがその後費消してしまったのであれば,その時点で亡Cは本件遺贈対象外不動産を原告に遺贈する旨の遺言を新たに作成することができたはずであるとも主張するが,上記判示したように本件遺贈対象外不動産を原告に遺贈すれば補助参加人と原告との間で紛争が発生するのは不可避であると 動産を原告に遺贈する旨の遺言を新たに作成することができたはずであるとも主張するが,上記判示したように本件遺贈対象外不動産を原告に遺贈すれば補助参加人と原告との間で紛争が発生するのは不可避であるともいえるから,亡Cとしてはそのような内容の新たな遺言は作成することができなかったものと考えられる。したがって,これに関する被告の主張も,上記判断を左右するものではない。 また,補助参加人は,平成20年11月30日に亡Cが作成した直筆遺言書にはすべての財産をEに譲渡する旨記載されていた(乙19の2)ことから,本件公正証書遺言は原告が亡Cに無理やり書かせたものであった旨主張するが,本件公正証書遺言はI弁護士の関与のもとに作成された公正証書遺言であること,補助参加人の指摘する自筆遺言書の体裁がメモ書きの程度を越えないものであり,自筆遺言書自体,亡Cがその内容を精査した上で作成したものとも思われないことからすると,この点に関する補助参加人の主張を採用することはできない。 ⑸ 原告と亡Cの重婚的婚姻関係の固定性について原告と亡Cは,昭和58年頃から交際を開始し,一度交際を解消したが,昭和63年末頃ないし平成元年頃から再び交際をし,遅くとも平成12年以降は原告の自宅で同居し,住民票上の住所地も変更し,この関係は亡Cが死亡するまで続いた。亡C,原告及びFの3人の生活は,亡Cから支出された生活費や亡Cの年金によって支えられていた。 また,亡Cは第三者にも原告を内縁の妻として紹介し(認定事実),原告も亡Cの親族らと年賀状のやり取りをするなどして交流を深めており, 原告は,Dを含めた亡Cの親族らから,亡Cの内縁の妻として好意的に受け止められていた。亡Cの通院や入院の付添いについても原告が一貫して行い,亡Cが入院する際の るなどして交流を深めており, 原告は,Dを含めた亡Cの親族らから,亡Cの内縁の妻として好意的に受け止められていた。亡Cの通院や入院の付添いについても原告が一貫して行い,亡Cが入院する際の緊急連絡先の第1順位としても原告が)。このように,原告は亡Cの生活面においても妻としての役割を果たしていた。 さらに,亡Cの通夜や葬式等の費用はすべて原告が負担しているし,亡Cの葬式は,甲株式会社時代の亡Cの部下なども出席する中で,原告の自宅で,補助参加人ではなく原告が出席して執り行われたというのであるから(認定事実⑵ス),亡Cの親族及び関係者も,原告を亡Cの生活を共にする内縁の妻として認めていたものと推認される。 以上のように,亡Cと原告は,約24年間の交際,うち12年間は原告の自宅での同居を継続しており,亡Cの親族,甲株式会社の関係者及び亡Cの入院先等周辺の関係者にも事実上の夫婦として認められていたのであるから,両人は夫婦としての共同生活を送っていたと認めるのが相当であり,かつ,その関係は,相当程度安定かつ固定していたというべきである。 補助参加人は,亡Cは,補助参加人に対し,原告には億に近い金を渡しているので元を取り戻さなければならないと述べており,亡Cと原告の関係は金銭的なつながりに尽きていたと主張するが,上記判示したところに照らせば,仮に,亡Cが補助参加人に対し,補助参加人が主張するようなことを述べていたとしても,亡Cと原告のつながりは単なる金銭的なつながりであるとは認められないから,補助参加人の主張を採用することはできない。 ⑹ 小括以上検討したとおり,亡Cと補助参加人の夫婦関係は,亡Cが原告と交際や同居を開始する前から芳しくなく,遅くとも平成12年に完全に別居して以降,その別居が解消されるどこ できない。 ⑹ 小括以上検討したとおり,亡Cと補助参加人の夫婦関係は,亡Cが原告と交際や同居を開始する前から芳しくなく,遅くとも平成12年に完全に別居して以降,その別居が解消されるどころか音信や訪問等の連絡もほぼ断絶された状態であり,その間,亡C及び補助参加人は婚姻関係の維持ないし修復する ための努力を一切行ってきていなかった。また,別居後,亡Cが補助参加人に対して給付したものは少なくとも退職金7000万円及び本件公正証書遺言によって補助参加人,E及びDが取得するとされた本件遺贈対象外不動産であるが,いずれも補助参加人の生活を保障する趣旨の財産的給付ではなく,婚姻関係の清算金や補助参加人の遺留分を考慮してむしろ原告を紛争に巻き込まないようにするための趣旨の給付であったことからすると,別居後の亡Cと補助参加人の間に経済的依存関係を認めることはできない。他方,原告と亡Cの長期間にわたる交際及び同居期間とその期間中の生活実態に照らすと,亡Cと原告は,事実上の夫婦としての共同生活を送っており,また,その関係も相当程度安定かつ固定化していたものと認められる。これらの事情を総合すれば,亡Cが死亡した時点で,亡Cと補助参加人の婚姻関係は実態を失って形骸化し,その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない事実上の離婚状態にあったと認めるのが相当である。 4 以上のとおり,亡Cと補助参加人との間の婚姻関係は事実上の離婚状態にあったものであり,他方,上記3⑸で判示したとおり,亡Cと原告との間の内縁関係は,亡Cの死亡当時,相当程度安定かつ固定化していたのであるから,原告は厚年法3条2項所定の「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」すなわち厚年法59条1項所定の「配偶者」に当たると認めるのが相当である。そし 固定化していたのであるから,原告は厚年法3条2項所定の「婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者」すなわち厚年法59条1項所定の「配偶者」に当たると認めるのが相当である。そして,亡Cの死亡当時,原告と亡Cの住所が住民票上同一であったこと,また,本件裁定請求時,原告の年収が850万円未満であったこと()からすれば,原告は,亡Cによって「生計を維持したもの」(厚年法59条1項)に当たると認められる。 そうすると,原告は遺族厚生年金の受給権を有するものと認められるから,本件決定は違法である。 第4 結論よって,原告の請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとお り判決する。 岐阜地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官眞鍋美穂子 裁判官足 羽 麦子 裁判官杉村鎮右は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官眞鍋美穂子 別紙1関係法令等の定め第1 厚生年金保険法1条(この法律の目的)この法律は,労働者の老齢,障害又は死亡について保険給付を行い,労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。 3条(用語の定義)(1項略) 2 この法律において,「配偶者」,「夫」及び「妻」には,婚姻の届出をしていないが,事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとする。 59条(遺族) 1 遺族厚生年金を受けることができる遺族は,被保険者又は被保険者であった者の配偶者,子,父母,孫又は祖父母(以下単に「配偶者」,「子」,「父母」,「孫」又は「祖父母 る。 59条(遺族) 1 遺族厚生年金を受けることができる遺族は,被保険者又は被保険者であった者の配偶者,子,父母,孫又は祖父母(以下単に「配偶者」,「子」,「父母」,「孫」又は「祖父母」という。)であって,被保険者又は被保険者であったては,行方不明となった当時。以下この条において同じ。)その者によって生計を維持したものとする。(以下略)(2項及び3項略) 4 第1項の規定の適用上,被保険者又は被保険者であった者によって生計を維持していたことの認定に関し必要な事項は,政令で定める。 第2 厚生年金保険法施行令3条の10(遺族厚生年金の生計維持の認定)法第59条第1項に規定する被保険者又は被保険者であった者の死亡の当時その者によって生計を維持していた配偶者,子,父母,孫又は祖父母は,当該被保険者又は被保険者であつた者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた者であ って厚生労働大臣の定める金額以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外のものその他これに準ずる者として厚生労働大臣の定める者とする。 第3 「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」(平成23年3月23日付け年発0323第1号日本年金機構理事長宛て厚生労働省年金局長通知)(乙1) 1 総論⑴ 生計維持認定対象者次に掲げる者(以下「生計維持認定対象者」という。)に係る生計維持関係の認定については,2の生計維持関係等の認定日において,3の生計同一要件及び4の収入要件を満たす場合(中略)に受給権者又は死亡した被保険者若しくは被保険者であった者と生計維持関係があるものと認定する。 ただし,これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり,かつ,社会通念上妥当性を欠くこととなる場 者若しくは被保険者であった者と生計維持関係があるものと認定する。 ただし,これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しく懸け離れたものとなり,かつ,社会通念上妥当性を欠くこととなる場合には,この限りでない。 (①から⑦まで略)⑧ 遺族厚生年金(昭和60年改正法による改正後の厚生年金保険法による特例遺族年金を含む。)の受給権者(⑨以下略) 2 生計維持関係等の認定日生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者に係る生計維持関係等の認定を行うに当たっては,次に掲げる生計維持関係等の認定を行う時点(以下「認定日」という。)を確認した上で,認定日において生計維持関係等の認定を行うものとする。 ① 受給権発生日(②以下略) 3 生計同一に関する認定要件 ⑴ 認定の要件生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者に係る生計同一関係の認定に当たっては,次に該当する者は生計を同じくしていた者又は生計を同じくする者に該当するものとする。 ① 生計維持認定対象者及び生計同一認定対象者が配偶者又は子である場合ア住民票上同一世帯に属しているときイ住民票上世帯を異にしているが,住所が住民票上同一であるときウ住所が住民票上異なっているが,次のいずれかに該当するとき 現に起居を共にし,かつ,消費生活上の家計を一つにしていると認められるとき 単身赴任,就学又は病気療養等などの止むを得ない事情により住所が住民票上異なっているが,次のような事実が認められ,その事情が消滅したときには,起居を共にし,消費生活上の家計を一つにすると認められるとき 生活費,療養費等の経済的な援助が行われている 票上異なっているが,次のような事実が認められ,その事情が消滅したときには,起居を共にし,消費生活上の家計を一つにすると認められるとき 生活費,療養費等の経済的な援助が行われていること 定期的に音信,訪問が行われていること(②以下略) 4 収入に関する認定要件⑴ 認定の要件① 生計維持認定対象者(障害厚生年金及び障害基礎年金並びに障害年金の生計維持認定対象者は除く。)に係る収入に関する認定に当たっては,次のいずれかに該当する者は,厚生労働大臣の定める金額(年額850万円)以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外の者に該当するものとする。 ア前年の収入(前年の収入が確定しない場合にあっては,前々年の収入)が年額850万円未満であること。 イ前年の所得(前年の所得が確定しない場合にあっては,前々年の所得)が年額655.5万円未満であること。 ウ一時的な所得があるときは,これを除いた後,前記ア又はイに該当すること。 エ前記のア,イ又はウに該当しないが,定年退職等の事情により近い将来(おおむね5年以内)収入が年額850万円未満又は所得が年額655.5万円未満になると認められること。 (②以下略)(5 略) 6 重婚的内縁関係⑴ 認定の要件届出による婚姻関係にある者が重ねて他の者と内縁関係にある場合の取扱いについては,婚姻の成立が届出により法律上の効力を生ずることとされていることからして,届出による婚姻関係を優先すべきことは当然であり,従って,届出による婚姻関係がその実態を全く失ったものとなっているときに限り,内縁関係にある者を事実婚関係にあるものとして認定するものとすること。(中略)① 「届出による婚姻関係がその実体を全く って,届出による婚姻関係がその実態を全く失ったものとなっているときに限り,内縁関係にある者を事実婚関係にあるものとして認定するものとすること。(中略)① 「届出による婚姻関係がその実体を全く失ったものとなっているとき」には,次のいずれかに該当する場合等が該当するものとして取り扱うこととすること。 ア当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止していると認められるが戸籍上離婚の届出をしていないときイ一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって,その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し,当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められるとき ② 「夫婦としての共同生活の状態にない」といい得るためには,次に掲げるすべての要件に該当することを要するものとすることア当事者が住居を異にすること。 イ当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと。 ウ当事者間の意思の疎通をあらわす音信又は訪問等の事実が反復して存在していないこと。 (以下略) 以上 別紙2公正証書遺言の内容 第1条遺言者は,遺言者が所有する次の不動産(土地)を除き,その余の遺言者が死亡時点において所有する動産,現金,預・貯金など全ての財産(負債を除く。)を,遺言者の知人A(本籍・岐阜県岐阜市n,昭和33年6月28日生)に遺贈する。 Aに遺贈しない不動産(土地)の表示不動産番号 (略)所在杉並区ab 丁目地番 o 番p地目宅地地積 228.95平方メー Aに遺贈しない不動産(土地)の表示不動産番号 (略)所在杉並区ab 丁目地番 o 番p地目宅地地積 228.95平方メートル共有者遺言者(持分4分の3),B(持分4分の1)(中略)付言事項私が,この遺言を書き残すことにした理由について話します。 私は,知人のAさんが,永年にわたり,一緒に生活を送って,苦楽を共にしたうえ,献身的に,私の面倒を看てくれたので,Aさんに感謝しています。 そこで,私は,感謝とお礼の気持ちを込めて,東京都杉並区a の土地を除いた私の財産を,全て,Aさんに遺贈することにしました。 なお,Aさんが,私と同時,若しくは,私よりも先に死亡した場合は,永年にわたり,私と一緒に生活をして,精神的な支えとなったAさんの長男のF君に,Aさんと同様に,東京都杉並区a の土地を除いた私の財産を,全て,遺贈することにしました。 このような訳ですので,私が亡くなった後,法定相続人である妻B,長男E, 長女Dと,受遺者であるAさん,F君は,私の気持ちを察して,私の財産のことで揉めないでください。 そして,東京都杉並区a の土地については,私が亡くなった後,法定相続人である妻B,長男E,長女Dにおいて,協議のうえ,円満に遺産分割することを望むものです。 最後に,私の葬儀は密葬とし,それ以上の葬儀を行わないことを希望します。 なお,密葬の手配,寺の手配,近親者への連絡(誰に連絡するのかを含む。)は,全て,Aさんに任せます。Aさんは,私の実兄Pの長男であるK君に連絡して,その協力を求めてください。 次に,岐阜県恵那市m 町q 番地所在のQ寺院に,私の墓を建設する件については,全て,Aさんに て,Aさんに任せます。Aさんは,私の実兄Pの長男であるK君に連絡して,その協力を求めてください。 次に,岐阜県恵那市m 町q 番地所在のQ寺院に,私の墓を建設する件については,全て,Aさんに任せます。 なお,建設した墓に関する権利は,Aさんに遺贈しますし,その管理についても,Aさんに委ねます。Aさんの亡き後は,F君に,その権利を承継させ,管理を委ねることとします。 そして,Q寺院に存する私の記念碑,墳墓,及び祭具の所有権,若しくは使用する権利等は,全て,Aさんに遺贈しますし,Aさんが,私と同時,若しくは,私よりも先に死亡した場合は,F君に遺贈することにしました。 AさんとF君は,私のお墓や仏壇などを受け継ぎ,守ってください。 お願いします。 以上

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