主文 被告人を懲役4年に処する。 未決勾留日数中80日をその刑に算入する。 理由 [罪となるべき事実]被告人は,平成12年8月3日午後3時ころ,東京都港区所在のa住宅b号室(当時の被告人方)の6畳間において,A(平成12年3月13日生。当時生後約4か月)に対し,その身体を抱き上げて半回転するようにして畳の上に投げ落とす暴行を加えて,同児に前額部打撲,硬膜下出血の傷害を負わせ,よって,同月8日午後6時23分,東京都渋谷区恵比寿二丁目34番10号所在の東京都立広尾病院において,同児を上記傷害に基づく脳圧迫・脳浮腫により死亡するに至らせたものである。 [法令の適用]被告人の判示所為は刑法205条に該当するので,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中80日をその刑に算入することとする。 [量刑の事情] 1 本件は,被告人が知人から預かった乳児を畳の上に投げ落とす暴行を加えて死亡させたという傷害致死の事案であるが,被告人供述を中心とする関係証拠に基づき,犯行に至る経緯等について見ると,次のとおりである。 被告人は,平成7年6月から,警視庁所属の警察官と結婚して,職員寮であるa住宅に住むようになったが,仕事を続けたこともあり,住宅の住人らと親しい付き合いをしないでいたものの,平成10年2月に仕事を辞め,同年7月に長女を出産してからは,同年代の子供を持つ母親らとの交際を始めるようになり,平成11年春ころには,被害者の母親であるBとも交際するようになった。被告人は,神経質な性格であったため,Bのささいな言動が気になり,同女とは気が合わないのではないかなどと感じていたが,Bの長女と自分の娘とが仲が良くなっていた上,周囲からは自分とBとは親しい間柄と見られていたため,突然距離を置くようなことは世 な言動が気になり,同女とは気が合わないのではないかなどと感じていたが,Bの長女と自分の娘とが仲が良くなっていた上,周囲からは自分とBとは親しい間柄と見られていたため,突然距離を置くようなことは世間体からもできず,同女との交際を一応継続していた。しかし,Bに対する嫌悪感ようのものはなかなか収まることはなく,被告人は,平成12年5月に自宅にBを誘ったのに来なかったことから,勝手に約束を破ったと思い込んだこと等も加わって,Bに何か嫌がらせをしてやりたいと思うようになり,同年6月末ころ,B方にあった被害者用の粉ミルクの缶の中に顆粒状にした胃薬を混入するという行為にまで及んだ。そして,被害者がミルクを飲んで吐くという異変から,Bが製造メーカーに粉ミルクの検査を依頼したことを知ると,被告人は,警察沙汰になることを恐れて,自分が過って胃薬を混入してしまったせいかもしれないなどとBに告げた。ところが,Bは被告人を何ら責めようとはせず,被告人は,そのことで,かえってBに対して負い目を感じるようになり,無理をしてでも親切に振る舞わなくてはいけないとの思いにかられ,子供を預かったり,買い物をしてあげたりと,お節介なまでに気を遣うようになっていき,このようなこと等が原因となり,ストレスをため込んでいった。被告人は,犯行当日,午前10時ころ,Bが風邪を引いて病院に行くということで,被害者を預かり,自宅で面倒を見ていたものの,被害者の機嫌は優れずぐずっており,苛立ち感を募らせていたところ,午後3時ころ,泣き出した被害者にミルクを飲ませようとその準備をしたものの,自分の娘がほ乳瓶を手にして上下に振るなどしてはしゃぎ始め,注意しても返そうとしなかったことから,苛立ち感を爆発させて,判示犯行に及んだものである。 2 このように,本件犯行の直接の動機は,被害者の世話が思 がほ乳瓶を手にして上下に振るなどしてはしゃぎ始め,注意しても返そうとしなかったことから,苛立ち感を爆発させて,判示犯行に及んだものである。 2 このように,本件犯行の直接の動機は,被害者の世話が思うようにできないという苛立ち感にあったといい得るものの,その背景にはBとの関係でのストレスが強く影響していることがうかがわれる。しかし,Bには何の落ち度もなく,被告人が粉ミルクに胃薬を混入させたこと自体が尋常ではない上,被告人は,そもそもBと気が合わないと感じていたのであれば,付き合いを止めることもできたはずで,被告人がストレスをためていったのも自業自得といっても過言ではなく,格別同情すべきとは思われない。 また,このようなストレスや苛立ち感があったからといって,本件の如き犯行が許されないのは当然のことであり,一児の母親という立場にあった点から見ると,まことに自己中心的で短絡的な犯行であったというべきで,酌量の余地はない。 3 次に,犯行態様について見ると,被害者を抱いたまま立ち上がり,被告人の肩の高さくらいから畳の上に投げ落としたというものであって,何ら抵抗や防御のすべのない生後約4か月の乳児に対する行為として,まことに危険極まりないものである。そして,被告人は,犯行後も,すぐに異変が発現しなかったとはいえ,大したことはないと安易に考えて格別の措置を執らずに放置して症状を悪化させ,約3時間を経過してから,ようやく被害者の異変に気付き,B方に駆け込んで119番通報を依頼するなどしているものの,以後,周囲の者には,過って落とした旨の虚偽の弁解を口にして,取調べを受けるまで自己の犯行を隠そうとしていたのであり,犯情は芳しくない。 本件犯行により,何ものにも代え難い貴重な生命が失われているのであって,取り返しのつかない重大な結果が生じている して,取調べを受けるまで自己の犯行を隠そうとしていたのであり,犯情は芳しくない。 本件犯行により,何ものにも代え難い貴重な生命が失われているのであって,取り返しのつかない重大な結果が生じている。殊に,本件では,生後約4か月の乳児が被害に遭っているのであり,もとより何の落ち度もあるはずがなく,これからの人生において幾多の出来事を経験することができたであろうに,余りにも短くその生涯を絶たれたのであり,哀れというよりほかない。被害者の両親が,よう折した我が子を悲しみのうちに追想せざるを得ないその心中には察するに余りあるものがあり,被告人側との示談交渉に一切応じないで,被告人を厳罰に処することを求めているのも十分に理解できるところである。 4 以上からすれば,被告人の刑事責任には重大なものがあるから,本件が発作的で一回的な犯行であること,証人として出廷した夫が,今後は被告人とよく話し合い,悩みを聞くなどして被告人の気持ちを理解するように努力する旨証言していること,被告人の帰りを待つ幼い娘がいること,前科前歴がなく,服役を前提とした真しな反省の情を示していることなど,被告人のために有利に酌むべき諸事情を最大限考慮しても,主文掲記の実刑は免れないと判断した。 [検察官野口敏郎,弁護人(主任)石川剛,同柿本輝明各出席。求刑懲役 5年]平成13年10月18日東京地方裁判所刑事第13部 裁判長裁判官長岡哲次裁判官青柳勤裁判官橋爪信 裁判官 橋爪信
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