昭和30(あ)871 覚せい剤取締法違反

裁判年月日・裁判所
昭和33年10月15日 最高裁判所大法廷 判決 棄却 広島高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      本件上告を棄却する。      当審における訴訟費用は被告人の負担とする。          理    由  弁護人星野民雄の上告趣意について。  成文の法令が一般的に国民に対

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主文 本件上告を棄却する。 当審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 弁護人星野民雄の上告趣意について。 成文の法令が一般的に国民に対し、現実にその拘束力を発動する(施行せられる)ためには、その法令の内容が一般国民の知りうべき状態に置かれることを前提要件とするものであること、またわが国においては、明治初年以来、法令の内容を一般国民の知りうべき状態に置く方法として法令公布の制度を採用し、これを法令施行の前提要件とし、そしてその公布の方法は、多年官報によることに定められて来たが、公式令廃止後も、原則としては官報によつてなされるものと解するを相当とすることは、当裁判所の判例とするところである(昭和三〇年(れ)第三号、同三二年一二月二八日大法廷判決、集一一巻一四号三、四六一頁以下参照)。 ところで官報による法令の公布は、一連の手続、順序を経てなされるものであるが、これを本件につき職権をもつて調査すると、(一)昭和二六年法律第二五二号覚せい剤取締法二条、一四条、四一条等を改正した昭和二九年法律第一七七号覚せい剤取締法の一部を改正する法律(以下本件改正法律と略称する。)を掲載した昭和二九年六月一二日付官報は、同日午前五時五〇分、第一便自動車が東京駅(関東、東海、近畿方面)、新宿駅(山梨方面)の順序で一台、上野駅(北海道、東北、北関東北陸方面)、両国駅(千葉方面)の順序で一台、同時に印刷局から発送され、そして最終便は同日午前七時五〇分、東京駅(中国、四国、九州方面)、東京官報販売所の順序に積下すため、印刷局から発送された、(二)右官報が全国の各官報販売所に到達する時点、販売所から直接に又は取次店を経て間接に購読予約者に配送される時点及び官報販売所又は印刷局官報課で、一般の希望者に官報を閲 ため、印刷局から発送された、(二)右官報が全国の各官報販売所に到達する時点、販売所から直接に又は取次店を経て間接に購読予約者に配送される時点及び官報販売所又は印刷局官報課で、一般の希望者に官報を閲覧せし- 1 -め又は一部売する時点はそれぞれ異つていたが、当時一般の希望者が右官報を閲覧し又は購入しようとすればそれをなし得た最初の場所は、印刷局官報課又は東京都官報販売所であり、その最初の時点は、右二ケ所とも同日午前八時三〇分であつたことが明らかである。 してみれば、以上の事実関係の下においては、本件改正法律は、おそくとも、同日午前八時三〇分までには、前記大法廷判決にいわゆる「一般国民の知り得べき状態に置かれ」たもの、すなわち公布されたものと解すべきである。そして「この法律は、公布の日より施行する」との附則の置かれた本件改正法律は、右公布と同時に施行されるに至つたものと解さなければならない。しかるに原審の確定したところによれば、本件犯行は、同日午前九時頃になされたものであるというのであるから、本件改正法律が公布せられ、施行せられるに至つた後の犯行であることは明瞭であつて、これに本件改正法律が適用せられることは当然のことといわねばならない。それ故所論は採るを得ない。 また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。 よつて、同四一四条、三九六条、一八一条により主文のとおり判決する。 この判決は裁判官藤田八郎、同入江俊郎、同奥野健一の補足意見及び裁判官池田克、同河村大助の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。 裁判官藤田八郎の補足意見は次のとおりである。 自分は、入江裁判官の補足意見に同調する。ただ少しばかり自分の意見を附加したい。 法令の公布があつたと見るべき時期については、入江裁判官の挙げた(1 裁判官藤田八郎の補足意見は次のとおりである。 自分は、入江裁判官の補足意見に同調する。ただ少しばかり自分の意見を附加したい。 法令の公布があつたと見るべき時期については、入江裁判官の挙げた(1)ないし(4)の考え方の外に、日本国憲法七条は、法律、政令の公布をもつて、天皇の国事行為としているところから、天皇の国事行為たる公布の完了したときをもつて、公布のあつたときと解する考え方もあるかも知れない。以上いずれの説をとるにし- 2 -ても、程度の差こそあれ、フイクシヨンは免れないのであつて、法令の公布をもつて、一般国民が法令の内容を知り得べき状態におかれることをいうとしながら、実は、国民周知の理想からは程遠いと云わなければならない。が、要はいかなる時点をもつて、公布の時と解することが最も妥当であるかによつて決するの外ないことは入江裁判官の意見に解明するとおりである。 そして法例一条は法律は原則として公布の日から起算して満二〇日を経て施行せられることを定めているのであつて、若しすべての法律がこの原則どおり施行せられるならば、公布の時期をいかように決めるとしても、国民周知の状態においた上で法は施行せられるという理想は達せられるものといつてよいのである。(今日通信、交通の機関、新聞ラヂオ等の発達している状態から見れば法例一条の二〇日の期間はむしろ長きに過ぎるといつてよいかも知れない)しかるに、この原則に対して、同条但書によつてこれと異る施行時期が定められ、甚しきは公布の即日施行せられるという立法の形式が往々にしてとられるために問題となるのである。殊に刑罰法規を含む法令について公布即日施行という立法をすることは極めて不当であつて、かかる立法の形式は極力避けるべきであると考える。 そこで、かくのごとく、公布即日施行というがごとき立法の形式をと に刑罰法規を含む法令について公布即日施行という立法をすることは極めて不当であつて、かかる立法の形式は極力避けるべきであると考える。 そこで、かくのごとく、公布即日施行というがごとき立法の形式をとられた刑罰法規については、公布の時期に関し、多分にフイクシヨンを用いて、その時期を決める以上、その法律適用の面において十分の考慮をめぐらすの要あること、また入江裁判官の説くとおりである。公布の時期を決するに多分のフイクシヨンを用いながら「法の不知を宥恕せず」という法則を余りに厳格に適用することは、結局、国民をだまし討ちにするにも似た結果を生ずるのであつて、この点に関する従来の大審院以来の態度は十分に検討しなければならないと思う。少くとも、法の不知が本人の責に帰すべからざる理由に基いている場合、即ち違法の認識を欠くことが本人の過失に帰せしめることのできない場合は、罪責を肯定すべきでないとの見地に立- 3 -つべきであると思う。(昭和一六年(れ)一〇六〇号同年一二月一〇日大審院刑事第三部判決参照)本件においても、被告人は本件犯行の当時、過失なくして本件改正法律を知らなかつたであろうことは推測するに難くないけれども、本件改正法律は、本件に関するかぎりただ法定刑を変更したに過ぎないのであるから、この法律を知らなかつたことをもつて、行為の違法性の認識を欠くものとすべきでないことは勿論であつて、もとより、刑訴四一一条の適用を考慮すべき場合ではないのである。 裁判官入江俊郎の補足意見は、次のとおりである。 わたくしは、本件犯行が、本件改正法律施行後の犯行であるとして、本件上告を棄却した多数説に賛成であるが、多数説はその理由とするところが簡略であり、又本件改正法律施行の前提要件たる公布が、いかなる時点においてなされたものと解するかについても積極的な説 るとして、本件上告を棄却した多数説に賛成であるが、多数説はその理由とするところが簡略であり、又本件改正法律施行の前提要件たる公布が、いかなる時点においてなされたものと解するかについても積極的な説示をしていない。よつて、わたくしは右多数説に賛同するに至つたわたくしの思考の経過につき意見を表示して、左のとおり補足する。 官報による法令の公布は一連の手払、順序を経てなされるものであるから、右一連の手続、順序のうち、いかなる段階のいかなる時点をもつて当該法令が一般国民の知りうべき状態におかれ、法令施行の前提要件たる公布がなされたと解すべきかが、重要な問題であり、従来の学説、判例共未だ定説というべきものを見ないようである。しかし、法令の公布は当該法令の内容が一般国民の知りうべき状態に置かれたことを必要とするのであるから、国民一人一人が実際にこれを知つたことは必要としないのであつて、従つて、公布に関する一連の手続、順序がどの程度まで進行したならば、法令施行の前提要件としての公布があつたとみるかは、結局法令を施行するには、その前提要件として、公布を必要としている近代民主国家における法治主義の要請を勘案し、或程度の擬制(フイクシヨン)を許容して、最も妥当な時点を採用する外はないように思う。そして普通の場合、「公布の日より起算して、- 4 -何日を経過した日から施行する」というような規定が置かれており、且つ強いて公布の時点を確定せずとも、その何日間かの期間内に公布のなされたことが疑のない場合であれば、公布の日として示された日を起算点として所定の日数を計算し、施行の日を確定すれば足りるのであるが、本件のように、「公布の日より施行する」と定められた場合には、公布の日として示された日の午前零時に施行されたと解することは、前記公布の性質からいつても無理であ 施行の日を確定すれば足りるのであるが、本件のように、「公布の日より施行する」と定められた場合には、公布の日として示された日の午前零時に施行されたと解することは、前記公布の性質からいつても無理であつて、よろしくその公布の時点を確定すべく、その時点をもつて施行の時点と解するほかはない。(尤も、この場合でも、その法令の内容が専ら国民に権利、利益を附与するものであるか、又は国民の権利義務に何ら関係のないものである場合には、その法令の施行は右にのべたとおり公布の時点からと解すべきであるが、その適用は公布の日として示された日の午前零時に遡及する趣旨と解する余地はあるかもしれないが、傍論であるからこの点にはこれ以上触れない。)そこで、わたくしは、右のような考え方を基礎におきながら、次にのべるごとく、この時点を定めるにつき考えうべき諸説を検討した結果、結局現行法制下における解釈論としては、当該法令を掲載した官報が、官報普及頒布機構として国家の認めた組織である各地方の官報販売所又は印刷局官報課若しくは国家刊行物サービスセンターにおいて一般国民がこれを閲覧し又は購入しようとすればそれをなし得る状態となつた最初の時点に、公布がなされたものと解するを相当とし、従つて本件改正法律は、これを掲載した昭和二九年六月一二日付官報が、当時一般の希望者がこれを閲覧し又は購入しようとすればそれをなし得た最初の時点である同日午前八時三〇分において公布がなされたものであり、右法律は右公布と同時に全国一律に施行せられたものと解するのである。 そこで、右の見解と異なる諸説につき考えてみると、(1) 先ず、当該法令を掲載した官報を、印刷局から地方の各官報販売所へ向けて発送する手続の全部が完了した時点をもつて、公布の時であるとする考方があ- 5 -り、従来下級裁判所の判例には ると、(1) 先ず、当該法令を掲載した官報を、印刷局から地方の各官報販売所へ向けて発送する手続の全部が完了した時点をもつて、公布の時であるとする考方があ- 5 -り、従来下級裁判所の判例には、往々にして右と同趣旨のものが見受けられた。しかし、印刷局が官報の発送手続を完了したということは、法令を一般国民の知りうべき状態に置くための手続の一部を完了したというだけのことであつて、その段階においては、官報はいまだ運搬中の包装貨物たるに止まり、一般国民は何人も正当にこれを閲覧し又は購入することができないのであつて、発送手続を完了したというだけで当該法令が一般国民の知りうべき状態に置かれたものであるということは、明らかに不可能な事柄を可能であるというにひとしく、到底これを認めることができない。 (2) 次に、官報が各地方の官報販売所に到達し、その販売所において一般国民がこれを閲覧し又は購入しうる状態となつた時点を、各官報販売所毎に確定し、その時点をもつて、その官報販売所が官報の配送につき所轄する当該区域毎(実際においては、原則として都道府県の区域毎)に公布がなされたものと解する考方がある。 法令の施行は法令の公布の時を基準とするから、右の考方によると、法令の施行も各地方毎に区々となるわけであつて、結局法令の異時施行を認めることとなるのであるが、立法論としてはとも角、解釈論としては、法令の施行につき、現行法制が同時施行主義を原則としていることに鑑んがみ、また法令は国民生活を劃一的に規律することを目的とするものであることから考えても、法令の異時施行の原則を認めることは、別段の規定を待たない以上、単なる解釈論としては、容易に賛成し難いのである。(なお、現行法制が、法令の同時施行主義の原則に立つものであることにつき概説すれば、明治初年以来成文法 原則を認めることは、別段の規定を待たない以上、単なる解釈論としては、容易に賛成し難いのである。(なお、現行法制が、法令の同時施行主義の原則に立つものであることにつき概説すれば、明治初年以来成文法令は、その施行に先だちこれを一般に周知せしめる方法――一定期間適宜の場所に掲示する等――を採ることを要するものとせられ、これがため、各地方への法令の到達期限、周知期限、施行時期等につき種々の規定がなされ、各府県毎の異時施行主義が原則とされていたが、明治一六- 6 -年に至り、法令の施行が法令の周知徹底を前提要件とすることとし、従前の各地方への到達期限、周知期限を短縮すると共に、例外として即時施行される法令もあることを明定し――明治一六年五月二六日太政官布告第一七号及び同年同月同日太政官布達一四号参照――、その後、明治一九年に至り従来の諸規定を集成して、同年勅令第一号公文式が設けられ、その一〇条に「凡ソ法律命令ハ官報ヲ以テ布告シ官報各府県到達日数ノ後七日ヲ以テ施行ノ期限トス但官報到達日数ハ明治十六年五月二十六日第十四号布達ニヨル」とあり――官報は既に明治二八年に創設されたが、明治一八年に至り同年太政官布達第二三号をもつて、布告、布達は官報に登載することを公式とすることになつていた――、同一一条は「天災地変ニ依リ官報到達日数内ニ到達セサルトキハソノ到達ノ翌日ヨリ起算ス」となつており、同一三条は「法律命令ノ発布ノ当日ヨリ施行セシムルコトヲ要シ又ハ特ニ施行ノ日ヲ掲ケタルモノハ第十条、第十一条、第十二条ノ例ニ依ラス」と定め、そして右一〇条にいう明治一六年の布達には各府県毎に到達日数が法定せられていた。ところが、明治二三年法律第九七号法例一条は「法律ノ公布アリタル日ヨリ満二十日ノ後ハ之ヲ遵守ス可キモノトス但法律ニ特別ノ規定アルモノハ此限ニ在ラス」と規定 達には各府県毎に到達日数が法定せられていた。ところが、明治二三年法律第九七号法例一条は「法律ノ公布アリタル日ヨリ満二十日ノ後ハ之ヲ遵守ス可キモノトス但法律ニ特別ノ規定アルモノハ此限ニ在ラス」と規定し、法律については、従前の異時施行主義の原則を廃して、同時施行主義の原則を採用し、従つて前記公文式一〇条、一三条等は、右法例一条によつて変更を受けることとなり、次いで明治三一年法律第一〇号法例一条は、「法律ハ公布ノ日ヨリ起算シ満二十日ヲ経テ之ヲ施行ス但法律ヲ以テ之ニ異リタル施行時期ヲ定メタルトキハ此限ニ在ラス、台湾、北海道、沖繩県其他島地ニ付テハ勅令ヲ以テ特別ノ施行時期ヲ定ムルコトヲ得」と規定し、前記明治二三年の法例一条の同時施行主義を踏襲した――なおこの経過については、公文類聚第二十二編、明治三十一年巻二十八中の法例修正案参考書参照――。また命令については、明治四〇年勅令第六号公式令一二条により法令の公布は官報をもつてする旨を定めると共に、同一一条は「皇室令、勅令、閣令及- 7 -省令ハ別段ノ施行時期アル場合ヲ除クノ外公布ノ日ヨリ起算シ満二十日ヲ経テ之ヲ施行ス」と定め、命令についても従前の異時施行主義を廃して同時施行主義の原則による旨を定めたのである。そしてこのような改正の行われた所以は、法律と命令とでその改正の時期に差はあるにせよ、法令は国民生活の劃一的規範として一律にその効力を発生せしめることが適当であり、各地方毎に区々に施行する異時施行主義は、国家活動の統一性を保持する上からも考慮の余地があるとの考方に立脚したものと考えられるのであつて、以上の経過を通覧すれば、明治初年以来認められた法令の異時施行主義は、法律については明治二三年法例一条により、命令については明治四〇年公式令一一条により廃せられ、爾来現行法制は、個々の法令自体で別段 上の経過を通覧すれば、明治初年以来認められた法令の異時施行主義は、法律については明治二三年法例一条により、命令については明治四〇年公式令一一条により廃せられ、爾来現行法制は、個々の法令自体で別段の規定を置かない限り法令の同時施行主義を採用していると解すべきである。かような次第であつて、解釈論として異時施行主義の原則を認めて、本件改正法律の各府県毎の異時施行を認めることは困難といわなければならない。 (3) 或いは、各地方の官報販売所毎に、一般国民が官報を閲覧し又は購入しうる状態になつた時点をそれぞれ確定した上、その中で最後の時点をもつて公布の時であるとする考方もありうるであろう。この考方は、法令の同時施行主義を原則とする現行法制の立前に立つものではあるが、既に全国の大部分の都道府県において一般国民の知りうべき状態になつているにかゝわらず、いずれかの地方において最後においてこの状態が完了する迄は、法令の公布を認めず、従つて法令の施行も認めないこととなり、却つて種々の弊害も予想せられ、適当な解釈ということはできないように思われる。 (4) 或いは、原則としては現行法制の法令の同時施行主義を認めるけれども、本件のごとく「公布の日より施行することあるような特別の場合においては、当該法令の内容を一般の国民が知りうべき状態に置かれた最初の時点に公布がなされたというのは、いかにも国民に無理を強いることとなり、不利益を強制することとな- 8 -つて常識にも合しないものがあるから、その場合だけは、特別の例外的解釈として、前記(2)説又は(3)説を採るとの考方もありうるであろう。しかし、法令は必ずしも国民に対し新たな義務を課し、刑罰を科しその他不利益を与えるもののみではなく、国民に対し新たに権利を認め、義務を減免しその他利益を与えるものも多数あるの 方もありうるであろう。しかし、法令は必ずしも国民に対し新たな義務を課し、刑罰を科しその他不利益を与えるもののみではなく、国民に対し新たに権利を認め、義務を減免しその他利益を与えるものも多数あるのであつて、そのような法令については、その適用を遡及せしめる規定を置くことも可能であり、従つて、その公布の時を一般国民が知りうる状態となつた最初の時点であるとして、これをもつて、当該法令施行の前提要件としたからといつて、特段の不都合があるとは考えられない。問題は、国民に不利益を与えるような法令について存するのであるが、それはたとえ(2)説、(3)説を採用しても、依然として残る問題であつて、そのような場合に生ずることのある不都合を匡正することは、法令の公布又は施行の問題としてでなく、むしろ、具体的各場合における個々の事案についての、当該法令の適用の問題として取り上げるべきであり、法は不可能を強いるものではないとの原則に立つて、例えば刑法三八条一項の犯意の解釈により、又は同条三項の法の不知に関する解釈等により妥当適切な結論を得るよう解釈につとめ、なお足らざるところは立法によつてこれを補正すべきものであると考える。 要するに、わたくしは現行法制の下における解釈論としては、結局、本件改正法律はこれを掲載した昭和二九年六月一二日付官報を一般国民が閲覧し又は購入しうる状態となつた最初の時点である同日午前八時三〇分をもつて公布せられ、その公布と同時に施行せられたものと解することが最も妥当であり、そして、これに伴つて生じうべき各種の不都合は、前記のごとく、法律の公布又は施行の問題としてでなく、法律の適用に関する問題として解決すべきものであるとの結論に到達したのである。 なお、本件犯行は、本件改正法律によりはじめて犯罪行為とせられたものではな- 9 -く、 は施行の問題としてでなく、法律の適用に関する問題として解決すべきものであるとの結論に到達したのである。 なお、本件犯行は、本件改正法律によりはじめて犯罪行為とせられたものではな- 9 -く、従前の覚せい剤取締法によつても違法行為とせられていたものであり、唯罰則に関して本件改正法律は、従前の「三年以下の懲役又は五万円以下の罰金」を、「五年以下の懲役又は十万円以下の罰金」に改めたのであつて、従つて被告人の本件行為が法の禁ずるものであることは、被告人も十分知つていた筈であり、被告人が本件において処せられた刑罰は、懲役一年である。よつて、これらの事実を勘案すれば、被告人の住所が広島県下にあり、本件改正法律の内容を知るにつき所論のような事情が認められるとしても、本件に刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。 わたくしは以上のような趣旨において、多数説に賛成するものである。 裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。 多数意見は「本件改正法律はおそくとも同日午前八時三〇分までには、前記大法廷判決にいわゆる「一般国民の知り得べき状態に置かれ」たもの、すなわち公布されたものと解すべきである」と判示し、公布時期についての判示が、漠然とし、明確を欠く憾があるから、この点について、補足意見を附する。 成文法律は、公布によつて国民に対し、その拘束力を生ずるのであつて、公布とはその法律の内容を一般国民に知らしめるための表示行為をいう。すなわち、公布は右の如く法律の内容を国民に知らしめるための表示行為であるから、国民の知り得べき状態におかれることを要する。そして、公布は、官報に掲載してこれをなすものであることは当裁判所の判例(昭和三〇年(れ)第三号同三二年一二月二八日大法廷判決)とするところであるから、当該法律が官報に印刷されただけ又はその官報 。そして、公布は、官報に掲載してこれをなすものであることは当裁判所の判例(昭和三〇年(れ)第三号同三二年一二月二八日大法廷判決)とするところであるから、当該法律が官報に印刷されただけ又はその官報が印刷局より発送されただけでは、未だ、公布があつたものということを得ず、一般国民がこれを閲読し得る状態におかれることを要する。しかし、すべての国民が、周くこれを閲読し得る状態におかれることは必要でない。すなわち、この意味において法律が官報に印刷され、その官報が一般に販売、頒布された最初の時期を- 10 -以つて、その法律の公布があつたものと解すべきものと考える。従つて、本件においては、右官報が印刷局官報課又は東京都官報販売所で、一般の希望者が、これを閲覧又は購入し得た最初の時点である昭和二九年六月一二日午前八時三〇分が本件公布の時期であると考える。 裁判官池田克、同河村大助の少数意見は次のとおりである。 法令の公布は、制定された法令を一般国民に周知させることを目的とするものであるから、その公布があつたというためには、当該法令を一般国民の知り得べき状態に置かなければならないことはいうまでもない。とくに刑罰法規はこれを掲載した官報が各地方に到達してその地方人民がその公布されたことを知り得べき状態に置かれたのでなければ、その地方人民に対しては公布があつたということを得ない、従つて、その地方人民を右罰則法規で拘束することはできないものと解するを相当とする。 しかして、公布を通知行為の一種と見るときは、その性質上相手方に到達することによつて効力を生ずるものというべきであるが、元来法令の公布は私法上の意思表示と異り不特定人に対してなされる表示行為であり、かつ通常官報に掲載して行われるものであるところ、その官報は一般国民の悉くが購読するものでないという というべきであるが、元来法令の公布は私法上の意思表示と異り不特定人に対してなされる表示行為であり、かつ通常官報に掲載して行われるものであるところ、その官報は一般国民の悉くが購読するものでないという制約もあつて、国民の一人一人に知らしめるような徹底した到達主義を実行し得ない現状にあることは顕著な事実である。従つて「国民をして知り得べき状態に置く」というための基準を何れに求むべきかは実際上困難の問題であるが、少くとも地方人民に対してはその地方に官報が到達しなければ公布の目的は達せられないと謂わなければならない。特に「公布の日から施行する」旨定められた法令は、官報配布の慣行と照し合せ、各地末端の官報販売所又は取次所(具体的配布機関についてその地域を判定するの外はない)にその官報が到達して配布を開始した時、当該地方人民はこれを知り得る状態に置かれたものとして同時に法の拘束力も発生するもの- 11 -と解するを妥当とする。本件は後に述べるように広島市に居住する被告人に対し改正法律の罰則が何時から適用されるかの問題であるから、右法律を掲載した官報が広島市所在の官報販売所に到達しその配布を開始した時に広島市民に対し公布の効力を生じたものと見るべく、即ちその時から被告人も該法律に拘束されるものと解するを相当とする。 この見解に対しては、国の法令が各地方により時を異にして施行されるようになることは、一律に国民を拘束することを目的とする同時施行主義に反するとの非難が存する。我国は明治初年以来法令の異時施行主義を採つたのであるが、法律については明治二三年法律九七号及び明治三一年法律一〇号法例一条で同時施行主義の原則を採り「法律ハ公布ノ日ヨリ起算シ満二〇日ヲ経テ之ヲ施行ス。但法律ニ於テ之ニ異ナリタル施行期日ヲ定メタルトキハ此限ニ在ラス」と定められたのであ 七号及び明治三一年法律一〇号法例一条で同時施行主義の原則を採り「法律ハ公布ノ日ヨリ起算シ満二〇日ヲ経テ之ヲ施行ス。但法律ニ於テ之ニ異ナリタル施行期日ヲ定メタルトキハ此限ニ在ラス」と定められたのである。 (命令については明治四〇年の公式令制定迄は明治一九年の公文式即ち異時施行主義が残つていた)かくの如く施行に一定の猶予期間を置くことの原則に従うときは同時施行主義を採つても実際上の不都合は生じないと思うが、同条但書によつて右と異る施行期日を定める場合特に公布即日施行というような異常な立法については、国民に対する周知を保障する意味において、異時施行の例外を認めても同条の精神に反するものではないと解せられる。のみならず各地方によつて、施行の時期が異るといつてもその地域差の現象は当初の数日間の問題であるに止まり、数日経過後においては全国に亘り、もれなく施行の効力を生ずることになるのであるから、実際上の不都合を生ずることは殆どないといつてよいではなかろうか。ことにかかる異時施行を認めなければならないのも、公布即日施行という好ましくない立法措置から起る止むを得ない現象であつて、しかも同時施行主義を貫くために、知らしめない刑罰法規で国民を処罰するような不当な犠牲の生ずることを極力避けようとする考慮に出でたものに外ならないのである。更に又本意見のような到達時説の外印- 12 -刷局発送時説(原判決はこの説をとる)若くは最初の発売開始時説等があつて、いずれの説によるも現実に地方人民に知らせることにはならず、そこには法令が周知されたとみなすべき若干の擬制を取り入れざるを得ないという共通の問題を含み、所詮は五十歩百歩であるとの説を聞く、しかし「法の不知は責を免れない」との法原則も法律を国民の知り得べき状態に置くことを必須の条件となすものであるから、できる限 ざるを得ないという共通の問題を含み、所詮は五十歩百歩であるとの説を聞く、しかし「法の不知は責を免れない」との法原則も法律を国民の知り得べき状態に置くことを必須の条件となすものであるから、できる限り国民への周知を保障するための努力が払われるべきは当然のことである。 しかるに前者の発送時説の如きは所謂発信主義と異るところなく「国民の知り得べき状態に置く」こととは凡そ縁遠いものであつて、印刷局を発送しただけで列車にも積み込まず即ち未だ地方に到達しない以前に、早くも地方人民に知り得る状態に置いたとして、公布の効力を認めようとすることの如何に不合理極まるものであるか、多言を要せずして明らかであろう。更に又発売開始時説は概ね東京における最初の発売開始の時となるのであろうが、未だ地方発送も完了しない時に、東京はおける販売開始の一事で地方人民に対し公布の効力を認むることの不合理は前者と異るものではない。これに反し、その官報が広島市の官報販売所に到達して、その配布を開始した時(この時期には市民は閲覧することも可能である)を以て広島市民の知り得べき状態に置いたと解することは、前段諸説の不合理を著しく緩和合理化するものであつて、近代法治主義の原則にも適応するものであると信ずる。 本件において原判決の認定と職権により調査したところによれば、昭和二九年法律一七七号覚せい剤取締法の改正法律(公布の日より施行)が昭和二九年六月一二日付官報に掲載され、その官報が同日午前七時五十分大蔵省印刷局を発送され(中国、四国、九州方面)、東京駅発九時三十分の汽車に積み込まれたこと、東京における最初の発売開始は午前八時三十分であつたこと、広島市方面への到達は翌一三日又は一四日と推定されたこと及び被告人の広島市における本件犯行は一二日午前九時頃であつたこと等の各事実が認められる。従 おける最初の発売開始は午前八時三十分であつたこと、広島市方面への到達は翌一三日又は一四日と推定されたこと及び被告人の広島市における本件犯行は一二日午前九時頃であつたこと等の各事実が認められる。従つて被告人の広島市における犯行- 13 -時には改正法律を登載した官報が未だ同地方に到達せず即ち施行の効力を生じていないのであるから、右犯行に対し改正法律を適用処断することはできない。 多数意見は前記被告人の犯行時には既に改正法律が公布施行になつたものと断定しながら、法令の公布及び施行の時点をいずれに求めるのが正当であるかについての理由を欠き、適従するところを知らしめないのを遺憾とする。またその結論にも賛同し兼ねる。 以上の理由により原判決が被告人の犯行に対し、改正法律を適用したのは誤りであるから、破棄するを相当と思料する。 検察官安平政吉公判出席昭和三三年一〇月一五日最高裁判所大法廷裁判長裁判官田中耕太郎裁判官小谷勝重裁判官島保裁判官斎藤悠輔裁判官藤田八郎裁判官河村又介裁判官池田克裁判官垂水克己裁判官河村大助裁判官奥野健一裁判官高橋潔裁判官入江俊郎は、海外出張のため署名押 河村大助裁判官奥野健一裁判官高橋潔裁判官入江俊郎は、海外出張のため署名押印することができない。 裁判長裁判官田中耕太郎- 14 -

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