平成12(う)264 業務上過失傷害被告

裁判年月日・裁判所
平成14年8月29日 高松高等裁判所
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判決文本文11,901 文字)

主文 原判決を破棄する。 被告人を禁錮10月に処する。 この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。 訴訟費用中,原審における訴訟費用は,全部被告人の負担とする。 理由 本件控訴の趣意は,検察官大仲土和作成の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,弁護人薦田伸夫作成の答弁書(ただし,平成13年6月5日付け「意見書」と題する書面。なお,同弁護人は,当審第1回公判で,口頭にて控訴棄却を求めた。)に記載のとおりであるから,これらを引用する。 まず,弁護人は,上記意見書で,検察官提出の控訴趣意書が,控訴理由として刑訴法382条の原判決の事実誤認を主張しているところ,その場合には,同条に照らして,控訴趣意書に,訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であって明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用しなければならず,それ以外の事実は,同法382条の2で,やむを得ない事由によって第一審の弁論終結前に取調べを請求することができなかったような場合に例外的に認められているだけであるところ,本件控訴趣意書は,上記例外的な場合にあたらない原判決後の新たな事実から導かれる原判決の事実誤認を主たる理由として記載しており,明らかに不適法であり,本件については,刑訴法386条1項2号により控訴棄却の決定がなされるべきである旨主張する。 しかし,検察官提出の控訴趣意書中の事実誤認の主張は,具体的かつ明確であり,同主張の根拠となる原審記録及び原審取調べにかかる証拠も一応援用されていると解される。確かに,同控訴趣意書中には,所論指摘の,原判決後,検察官によって新たに収集された証拠によって証明されるべき事実も 同主張の根拠となる原審記録及び原審取調べにかかる証拠も一応援用されていると解される。確かに,同控訴趣意書中には,所論指摘の,原判決後,検察官によって新たに収集された証拠によって証明されるべき事実も多数含まれているが,この事実は,検察官において,原審段階では,原審程度の証拠調べ又は事実の立証で証明十分と考えていたところ,原判決が証明不十分として無罪判決をするに至った事情から,新たな事実を主張立証しようとしているのであって,無理からぬ点もあり,さらに,場合によっては,控訴審に対して刑訴法393条に基づく職権による事実取調べを促す趣旨とも解される。 いずれにしても,検察官提出の控訴趣意書が,所論指摘のように刑訴法386条1項2号に基づき控訴棄却の決定をしなければならないような方式違反があるとまではいえない。 そこで,以下,本件控訴趣意について,順次検討を加えていく。 以下の説明に際しては,原審及び当審の各証拠等関係カードの記載中,原審及び当審検察官請求証拠の各番号を「原審甲1」,「当審甲1」などと,原審弁護人請求証拠の各番号を「原審弁1」などと略称するものとする。 第1 事実誤認の主張について論旨は,要するに,原判決は,起訴状記載の本件業務上過失傷害の公訴事実について,被告人運転の普通貨物自動車(軽四)が被害者運転の自動二輪車に接触した事実を認定しながら,被告人に過失があったと認めるに足りる証拠がないとして,被告人を無罪としたが,原判決は,証拠の評価を誤り,不合理な推論をした結果,事実を誤認したもので,その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決は破棄を免れない,というのである。 そこで,所論(検察官の当審弁論を含む。)にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。 1 原判決が無罪とした本件公訴事実の要 ,原判決は破棄を免れない,というのである。 そこで,所論(検察官の当審弁論を含む。)にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。 1 原判決が無罪とした本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成9年8月26日午後1時17分ころ,業務として普通貨物自動車(軽四,以下「被告人車両」ともいう。)を運転し,松山市a町b丁目c番d号先道路をe町1丁目方面からf町1丁目方面に向け進行中,当時,被告人車両と同方向に進行中のA(当時78歳)運転の自動二輪車(以下「A車両」ともいう。)を左前方約12.9メートルの地点に認め,同車をその右側から追い越すに当たり,A車両の動静を注視し,同車との間に安全な間隔を保持して同車との安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,同車の動静を注視せず,同車の右側直近を時速約40キロメートルで進行した過失により,A車両右ハンドル部に被告人車両左側面部を接触させて路上に転倒させ(以下「本件事故」ともいう。),よって,Aに加療約225日間を要する頭部外傷,左硬膜外出血,右肋骨骨折の傷害を負わせた。」,というものである。 原判決は,本件事故当時,被告人は,公訴事実記載のとおり,事故現場の道路を南から北に向け進行していたところ,被告人車両と同方向に時速約30キロメートルで進行中のA車両を左前方に認め,時速約40キロメートルで右側からA車両を追い越したが,A車両は,そのころ,本件現場で右側面を下にして転倒し,道路中央部を始点として道路西端部を終点とする北西方向の擦過痕を生じさせた,と認定した上で,(1)A車両は,幅員4メートルの車道を走行中,進行方向の左側に移動中の被告人車両と接触した,(2)Aの原審証言を前提にすれば,A車両は,被告人車両と接触する直前に進行方向の右側に進路を変更したこと (1)A車両は,幅員4メートルの車道を走行中,進行方向の左側に移動中の被告人車両と接触した,(2)Aの原審証言を前提にすれば,A車両は,被告人車両と接触する直前に進行方向の右側に進路を変更したことになるが,Aがそのような進路を変更すべき道路状況等の事情は認められず,Aの証言は信用できず,被告人車両とA車両との接触の態様は,原審で取り調べた実況見分調書(平成9年8月26日付け,原審甲1),その他の証拠によっても不明というほかない,(3)仮に,A車両が進行方向の右側に進路を変更していたとしても,その理由が明らかでないから,被告人の過失の有無を検討することはできない,(4)なお,A車両が,Aが小脳梗塞の発作を起こした等の理由でふらつき,進路を変更したとしても,被告人には,A車両が突如進行方向右側に進路を変更し,車道中央付近を走行することを予見して接触を回避すべき義務はないから,被告人に過失があったとはいえない,結局,被告人の過失を認めるに足りる証拠がないとして,本件業務上過失傷害について無罪の結論に達している。 なお,被告人及び弁護人は,原審以来一貫して,被告人車両がA車両と接触した事実をも否認し,被告人の過失を含めて本件公訴事実を全面的に争っている。 しかしながら,当審で取り調べた証拠を含む関係証拠によると,被告人車両が本件事故の際,同方向に進行中のA車両をその右側から追い越すに当たり,被告人車両をA車両に接触させてA車両とともにAを路上に転倒させ,Aに傷害を負わせた点のほか,この点について被告人に公訴事実記載の過失を認めることができるから,論旨は理由があるというべきである。以下,その理由を述べる。 2 本件事故の発生状況等(1) 本件事故現場の状況本件事故現場は,南北に通じる幅員約4.0メートルの,中央線のない市道(以下「本件道路」とも 理由があるというべきである。以下,その理由を述べる。 2 本件事故の発生状況等(1) 本件事故現場の状況本件事故現場は,南北に通じる幅員約4.0メートルの,中央線のない市道(以下「本件道路」ともいう。)上であり,両側に民家が建ち並ぶ市街地である。 本件道路東側には幅員約0.8メートル,西側には幅員約0.9メートルの路側帯がそれぞれ設けられており,本件道路両側の路側帯の内側(道路側端と車道外側線に挟まれた部分)には,いずれも電柱が林立している。 本件道路は,ほぼ直線の道路であり,路面は,アスファルト舗装がされ,平坦であり,当時,乾燥していた。 本件道路前方(f町1丁目方向)の見通しは,良好である。 本件道路の交通規制は,制限速度が30キロメートル毎時とされており,駐車禁止となっている。 本件道路上には,本件事故直後,道路中央部から北に向け,道路西端部まで擦過痕が認められたほか,油痕及び血痕様が付着していた。 (2) 本件事故の状況等及び本件の争点本件事故の状況等のうち,次の各点は,いずれも争いのないところであり,関係証拠上も明白である。 ア被告人車両は,車長約3.25メートル,車幅約1.39メートル,車高約1.74メートル,排気量650ccの普通貨物自動車(軽トラック)である。 被告人は,松山市内の市街地の勤務先からf地区の作業現場(建築中のコイン駐車場)に向かうため,荷台に発電機,看板,工具類等(総重量約100キログラム)を積載し,シートを掛けた被告人車両を運転して本件道路を松山市e町1丁目方面(南)からf町1丁目方面(北)に向け,時速約40キロメートルで進行中,被告人車両と同方向に進行中のA車両を左前方に認めた。その際,被告人は,一見して運転者のAが老人であるのが分かったが,A車両が格別ふらついているとか,不安定な様子は認識していない。 ートルで進行中,被告人車両と同方向に進行中のA車両を左前方に認めた。その際,被告人は,一見して運転者のAが老人であるのが分かったが,A車両が格別ふらついているとか,不安定な様子は認識していない。 被告人車両の前方には,被告人の勤務先の下請け業者である,B運転の普通貨物自動車(軽四バン)が先行していた。 イ A車両は,車長約1.75メートル,車幅約0.70メートル,車高約1.10メートル,排気量90ccの第2種原動機付自転車(自動二輪車)である。 Aは,松山市内の自宅からスーパーマーケットにA車両を運転して買い物に行き,用件を済ませた後,同店を出て,帰宅するため,再びA車両を運転し,本件道路を進行中,被告人車両が通過した直後,本件道路上に転倒し,頭部等に受傷した。 なお,本件事故当時,本件道路上に駐車車両及び対向車両はなく,また,本件事故の直接の目撃者もいなかった。 ウ Aは,本件事故現場付近の住人が通報した救急車によりC病院に搬送された。Aは,本件事故に遭って,スーパーマーケットを出て以後の本件事故の状況を含めた事故当時の記憶をすべて喪失している。 エ被告人は,本件事故後,直ちに被告人車両から降りて現場に戻り,Aの様子を確認するなどしたほか,その後も現場に残り,本件事故の処理に当たった,当時D警察署交通課所属のE警察官実施の実況見分に立ち会い,その際,事故の状況について指示説明を行い,これをもとにして,E警察官により実況見分調書(原審甲1)が作成された。 オ被告人は,実況見分後,Aの収容されていたC病院に行ったが,Aとは面会ができなかった。 被告人は,その際,Aの妻に対し,勤務先の専務(被告人の実姉)からお茶代として受け取った現金在中の封筒を手渡そうとしたが,Aの妻から受領を拒まれた。 被告人は,その夜,妻と2人で,翌日も1人で,C病 被告人は,その際,Aの妻に対し,勤務先の専務(被告人の実姉)からお茶代として受け取った現金在中の封筒を手渡そうとしたが,Aの妻から受領を拒まれた。 被告人は,その夜,妻と2人で,翌日も1人で,C病院に行ったが,いずれも被告人と話をすることはできなかった。 本件事故の状況等に関する証拠上明白な事実は,以上のとおりであるが,前記のとおり,被告人車両とA車両が接触したか否かについては,当事者間に争いがある。 そこで,まず,この点についてそれに関連する事項も含めて検討を加える。 (3) 被告人車両とA車両が接触したか否かについて原審及び当審で取り調べた関係証拠を総合すると,被告人車両の助手席側ドア付近及び荷台左側あおり部分が,A車両の右バックミラー及びハンドルの右グリップ(以下「右グリップ」ともいう。)等に,それぞれ接触したものと推認することができる。 ア被告人車両とA車両の接触の痕跡等についてあ被告人車両関係証拠によれば,被告人車両には,①荷台左側あおり上部(地上高約0.93メートル)の車両先端から約1.31メートルの位置から約1.55メートルの位置まで長さ約24センチメートルの黒色ゴム様のものの付着が,②荷台左側あおり側面部に払拭痕が,③助手席側ドアの地上高約1.14メートルの位置に黒色の擦過痕がそれぞれ認められる。 弁護人は,被告人車両荷台左側あおり上部の黒色ゴム様のものは本件事故以前から同部位にあったと主張するが,E警察官が本件事故現場に臨場した際,それがまだ真新しい状態であったことを現認しており,弁護人の同主張は,採用することができない。 い A車両関係証拠によれば,A車両には,①右グリップに車両先端から約0.73メートル,地上高約0.934メートルから約0.97メートルの位置に擦過痕が,②右ブレーキレバーに車両先端から約0. 。 い A車両関係証拠によれば,A車両には,①右グリップに車両先端から約0.73メートル,地上高約0.934メートルから約0.97メートルの位置に擦過痕が,②右ブレーキレバーに車両先端から約0.65メートル,地上高約0.87メートルの位置に擦過痕が,それぞれ認められる。 ③右バックミラーについては,D警察署所属の警察官E作成の平成9年8月30日付けの被告人車両及びA車両の実況見分調書(原審甲3)には,その破損状況ないし変化について,何ら記載されていない。しかし,当審におけるD警察署の警察官Fの証人尋問によると,FもE警察官と一緒に上記実況見分に立ち会ったが,被告人車両の助手席側ドアのピラーの根元辺りに黒い点様のものが見られたとして,実況見分調書(原審甲1)添付写真番号8ないし10を掲げ,その位置がA車両のバックミラーの高さと矛盾しないこと,A車両のバックミラー自体は,構造上容易に向きを変え,調整可能である旨供述している。その証言は,関係証拠に照らして信用できるといえるので,A車両のバックミラーに格別衝突の痕跡が認められないとしても,その接触の可能性を否定することは相当でない。 う上記各痕跡等の整合性① 被告人車両荷台左側あおり上部の黒色ゴム様のものの付着した部分(上記あ①)とA車両の右グリップの擦過痕(上記い①)は,ほぼ高さが一致している。 もっとも,両者の数値が厳密に一致するものではないが,本件事故当時,各車両がいずれも走行中であり,特にA車両が二輪車で相当程度の上下動が避けられないこと,Aは,走行中グリップを絞っていることからすると,この点に格別の矛盾はない。 ② 被告人車両及びA車両について,それぞれ同型同車種を使用した対照実験によれば(平成12年10月24日付け実況見分調書・当審甲5),A車両はブレーキをかけた状態(レバ ,この点に格別の矛盾はない。 ② 被告人車両及びA車両について,それぞれ同型同車種を使用した対照実験によれば(平成12年10月24日付け実況見分調書・当審甲5),A車両はブレーキをかけた状態(レバーを握った状態)では,A車両のブレーキレバーの先端が被告人車両荷台左側あおり側面部と接触するものと推察される。 ③ 前記のとおり,A車両は,右バックミラーが地上高約1.14メートルの位置において,被告人車両助手席側ドア付近と接触することが認められる。 ④ さらに,関係証拠によれば,被告人車両荷台左側あおり上部から採取したゴム片様のもの(上記あ①)とA車両の右グリップ及び右ブレーキレバーから採取したゴム片様のものは,いずれもポリ塩化ビニル(A車両のグリップの材質は,ジオクチルフタレートを可塑剤とするフタル酸エステル)であり,赤外吸収スペクトル法上の類似性が認められ,同種の可能性が認められる。 なお,可塑剤は,加熱される際,揮発することから,スペクトルが一致しない点に特に矛盾はない(原審第3回公判調書中の証人Gの供述部分)。 これらをもとにすると,被告人車両とA車両とは,接触があったとされる部位の高さがほぼ一致する上(①ないし③),被告人車両のA車両との接触部位と目される部分に付着の物質がA車両のものと共通性が認められ(④),各車両相互にそれぞれ接触があったことを疑わせる擦過痕等が存在する(②被告人車両荷台左側あおり側面部の払拭痕(上記あ②)とA車両のブレーキレバーの擦過痕(上記い②))ことなどからして,被告人車両とA車両の接触の可能性が強く推測される。 イ Aが自ら転倒した可能性についてところで,弁護人は,本件事故の原因は,本件当時,Aが心原性の塞栓症ないし一過性の脳虚血発作あるいは陳旧性小脳梗塞に右後頭葉脳梗塞が併発するなどして,自ら転倒 。 イ Aが自ら転倒した可能性についてところで,弁護人は,本件事故の原因は,本件当時,Aが心原性の塞栓症ないし一過性の脳虚血発作あるいは陳旧性小脳梗塞に右後頭葉脳梗塞が併発するなどして,自ら転倒したことによるものであり,本件事故は,自損事故である,などと主張する。 しかしながら,関係証拠によれば,Aが本件事故後,救急搬送され,入院治療を受けたC病院では,Aについて右小脳梗塞をうかがわせる症状は認められていない上,当審取調べにかかるHに対する受命裁判官の証人尋問調書によれば,Aには,本件事故後の平成9年8月26日及び同年9月1日に撮影された頭部の各CT写真上で右小脳半球の梗塞が確認できるところ,同脳梗塞は,発症後,通常,6時間を経過して初めて病巣が現れ,3日目以降になってCT上明らかになるという時間的経過をたどるもので,本件事故後に認められた脳梗塞は,いわゆる陳旧性脳梗塞とほぼ断定でき,本件事故の直前,事故時あるいは事故直後に発症したものとは考えられないこと,塞栓症は重篤であり,通常,自覚症状がないことはなく,また,一過性脳虚血性発作は,原因に対する治療をしなければ何度も繰り返すものであるところ,関係証拠によれば,Aに対し,特にそのための治療がされた形跡はないこと,そして,Aは,本件事故に至るまでA車両を日常的に運転しており,その間の運転中に道路上で転倒するなどのことはなかったことなどの事実が認められる。 そうすると,本件事故の際,Aが脳梗塞等により自ら転倒したことはなかったといえる。 また,前記Bは,普通貨物自動車(軽四)を運転しながら被告人車両に先行して現場道路を通過しているところ,Bは,原審公判廷で,A車両をその付近で追い越したが,A車両の運転者は,かなり高齢で,同バイクは,補助スタンドを出したまま,ふらふらした状態でジグザグに 車両に先行して現場道路を通過しているところ,Bは,原審公判廷で,A車両をその付近で追い越したが,A車両の運転者は,かなり高齢で,同バイクは,補助スタンドを出したまま,ふらふらした状態でジグザグになるような感じで走行していた旨証言しているところ,被告人は,原審捜査・公判を通じて,事故前被害者がこのようにふらつきながらジグザグに運転をしていたなどと供述しておらず,A自身も,原審公判廷で「サイドスタンドは,上に上げていないと走れないから上げている。そのままであれば走れない。」旨供述しており,Bの証言は,Bが被告人の勤務する会社の下請け業者である立場をも考慮すると,直ちに信用することはできない。 ウ本件事故直前のA車両の走行状況当審で取り調べた証拠(平成12年9月21日付け実況見分調書・当審甲22,当審第2回公判供述調書中の証人Iの供述部分)によれば,本件道路を進行する二輪車の多くは,対向車両や駐車車両がない場合には,本件道路の中央付近を走行している実態があることが認められる。 ところで,被告人が指示説明している,平成9年8月26日付け実況見分調書(原審甲1)によれば,A車両は,車両を縦割りにして,中心線(以下,同じ。)が,本件事故当時,本件道路左端から約2.2メートル(同実況見分調書末尾添付の交通事故現場見取図<ウ>地点,路側帯の幅が約0.9メートルであることから,本件道路外側線から約1.3メートル)の位置(この点は,本件事故現場の擦過痕の開始位置が本件道路左端から約2.3メートルであることや血痕の位置が本件道路左端から約1.7メートルないし約2.2メートルの範囲にあることとも概ね符合する。)を走行しており,これをもとにすると,A車両は,それに先行する同見取図<ア>地点(被告人が最初にA車両を発見した時点におけるA車両の位置)から上記 2.2メートルの範囲にあることとも概ね符合する。)を走行しており,これをもとにすると,A車両は,それに先行する同見取図<ア>地点(被告人が最初にA車両を発見した時点におけるA車両の位置)から上記本件事故地点までの間に,道路中央(東)方向に約0.5メートル移動したことになる。 しかしながら,所論指摘のとおり,同実況見分について,Aは立ち会っていないこと,被告人も本件事故当時,A車両が本件道路中央寄りに進路変更をしたと供述していないことに加え,前認定のとおり,駐車車両や対向車両がない場合,二輪車の多くは本件道路中央付近を走行している実態があり,Aに急激な進路変更を来すような事情も認められないことからすると,A車両は当初から本件道路左端から約2.2メートル付近を路側帯に平行して進行していたものと考えるのが合理的である。 ところで,被告人が指示説明した,平成9年10月26日付け実況見分調書(原審弁1)は,本件事故当日の未だ記憶の鮮明な時期に実施された,前記平成9年8月26日付け実況見分調書(原審甲1)と対比して,A車両の走行状況中,被告人車両の進路について事実をねじ曲げた指示説明がされており,信用性に乏しく,採用することができない。 エ本件事故後の被告人の態度前認定のとおり,関係証拠によれば,被告人は,本件事故後,本件事故現場に残り,実況見分に立ち会い,本件事故の状況について,指示説明をしていること,その後もAの入院先のC病院に3度にわたり赴き,最初の訪問時には,Aの妻に対し,金銭を渡そうとしたことが認められ,このような態度は,本件犯行を全面的に否認している被告人のその後の捜査・公判の態度とは到底相容れない。 この点,弁護人は,被告人がAに対する単なる親切心からしたものであるなどと主張するが,被告人の前記行動は,本件事故に無関係な第三者が 否認している被告人のその後の捜査・公判の態度とは到底相容れない。 この点,弁護人は,被告人がAに対する単なる親切心からしたものであるなどと主張するが,被告人の前記行動は,本件事故に無関係な第三者が示すべき親切心の程度をはるかに超えるものである。 以上を総合すると,もはや,被告人車両の助手席側ドア付近及び荷台左側あおり部分が,A車両の右バックミラー及び右グリップに,それぞれ接触したと認定することができる。 なお,原判決も,その根拠や理由付け及びその接触の状況について,説明が不十分であるものの,結論としては同旨の判断に達していると解される。 3 被告人の過失前認定のとおり,本件道路は,幅員約4.0メートルの中央線のない道路であり,本件事故当時,本件道路上に駐車車両及び対向車両はなく,したがって,他に障害物もなかったものであるが,二輪車は,四輪車に比較して,性質上,安定性に欠ける上,四輪車がその側方を通過する場合,風圧等により運転者が左右にハンドルを切られることがあるから(なお,被告人は,Aが高齢者であることを認識していた。),このような場合,自動車運転者としては,二輪車の動静を注視し,同車との間に安全な間隔を保持して同車との安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるところ,被告人は,本件事故の際,先行するA車両を追い越すに当たり,被告人車両左側部をA車両に接触させたものであって,その接触事故の発生について,前に検討したとおり,A側に,脳梗塞等の突発的発病ないし既往症の影響はなかったと認められ,また,特に運転を誤って,自ら進路を急に変更して被告人車両に接近する行為に出たとも考えられず,結局,本件事故発生については,A車両の後方から追越しにかかった被告人車両の方に公訴事実記載のような過失が存在したと推認せざるを得ない。 4 以上で検討し 人車両に接近する行為に出たとも考えられず,結局,本件事故発生については,A車両の後方から追越しにかかった被告人車両の方に公訴事実記載のような過失が存在したと推認せざるを得ない。 4 以上で検討したところによると,本件業務上過失傷害の事実を認めることができ,本件業務上過失傷害を無罪とした原判決には,事実の誤認があり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。 第2 破棄自判そこで,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により当裁判所において更に次のとおり判決することとする。 (罪となるべき事実)被告人は,平成9年8月26日午後1時17分ころ,業務として普通貨物自動車(軽四)を運転し,松山市a町b丁目c番d号先道路をe町1丁目方面からf町1丁目方面に向け進行中,当時,自車と同方向に進行中のA(当時78歳)運転の自動二輪車を左前方約12.9メートルの地点に認め,同車をその右側から追い越すに当たり,同車の動静を注視し,同車との間に安全な間隔を保持して同車との安全を確認しつつ進行すべき業務上の注意義務があるのに,これを怠り,同車の動静を注視せず,同車の右側直近を時速約40キロメートルで進行した過失により,同車右ハンドル部に自車左側面部を接触させてAを運転車両と共に路上に転倒させ,よって,Aに加療約225日間を要する頭部外傷,左硬膜外出血,右肋骨骨折の傷害を負わせたものである。 (証拠の標目)[省略](法令の適用)被告人の判示所為は,平成13年法律第138号附則2条により同法による改正前の刑法211条前段に該当するところ,所定刑中禁錮刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮10月に処し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判確定の日から3年間その刑 より同法による改正前の刑法211条前段に該当するところ,所定刑中禁錮刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人を禁錮10月に処し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。なお,原・当審訴訟費用中,原審における訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項本文により全部被告人に負担させることとする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,松山市内の市道を軽トラック(被告人車両)を運転して進行中,進路前方を同方向に進行中の被害者運転の自動二輪車(A車両)を認め,同車を追い越しざま被告人車両に接触させて,被害者を,その運転車両もろとも路上に転倒させ,被害者の頭部等に加療約225日間を要する傷害を負わせた,という業務上過失傷害の事案である。 この犯行の罪質,過失の態様及び生じた結果等,殊に,被告人は,本件道路で先行するA車両を追い越すに際し,幅員の広くない道路とはいえ,なお,進行道路右側には相当な余裕があったのに,十分な側方間隔をとることなく,漫然追越しを開始し,被告人車両をA車両に接触させた過失は小さくなく,生じた結果も重大であること,被害者は,本件道路の中央付近を走行していたとはいえ,道路状況上やむを得ない点もあり,この点さほど落ち度があったとはいえないこと,被告人から被害者に対する慰藉の措置は全く講じられておらず,被害者は,被告人に対し,厳重処分を希望していること,以上を併せ考えると,本件の犯情は悪く,被告人の刑事責任を軽くみることができない。 そうすると,本件が接触事故の事案であること,被害者も道路中央寄りを走行していた点で全く落ち度がないとはいえないこと,被告人車両には対人賠償額無制限の任意保険が付されており,今後被害者に対する損害賠償については担保があること,被告人には,交通違反歴はあるが,前科・前歴はな いた点で全く落ち度がないとはいえないこと,被告人車両には対人賠償額無制限の任意保険が付されており,今後被害者に対する損害賠償については担保があること,被告人には,交通違反歴はあるが,前科・前歴はないこと,その他諸般の情状を考慮すると,被告人に対しては主文掲記の禁錮刑に処してその責任を明確にした上,その刑の執行だけは猶予するのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年8月29日高松高等裁判所第1部裁判長裁判官正木勝彦裁判官齋藤正人裁判官河田泰常

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