- 1 -平成28年(行コ)第303号障害基礎年金不支給決定取消等請求控訴事件(原審大阪地方裁判所平成27年(行ウ)第119号) 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 厚生労働大臣が平成25年7月17日付けで控訴人に対してした障害基礎年金不支給決定を取り消す。 3 厚生労働大臣は,控訴人に対し,控訴人が平成21年10月27日付けでした裁定請求に係る障害基礎年金を支給する旨の裁定をせよ。 第2 事案の概要 1 本件は,国民年金法(以下「法」という。)30条の3所定の障害基礎年金の不支給決定が違法であるとして,控訴人が,行政事件訴訟法8条に基づき,同決定の取消しを求めるとともに,同法37条の3第1項2号に基づき,厚生労働大臣に同年金の支給決定を義務付けることを求める事案である。 原審が,取消請求を棄却するとともに義務付け請求に係る訴えを却下したため,控訴人が原判決の全部を不服として本件控訴を提起した(以下,法30条所定の障害基礎年金を「通常障害基礎年金」,法30条の3の障害基礎年金を「併合障害基礎年金」,法30条2項にいう1級又は2級の障害の状態を「重度障害状態」といい,法附則9条の2に基づく老齢基礎年金の支給繰上げの請求やこれに基づく受給者を「繰上げ請求」「繰上げ受給者」という。)。 2 前提事実以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠によって容易に認定できる事実である。 - 2 -(1) 控訴人は,昭和22年▲月▲日生まれの女性であり,生まれつき,両足に内反足の障害を有していた(甲1)。 控訴人は,平成5年9月28日 に認定できる事実である。 - 2 -(1) 控訴人は,昭和22年▲月▲日生まれの女性であり,生まれつき,両足に内反足の障害を有していた(甲1)。 控訴人は,平成5年9月28日(46歳時),うつ病で医師の診断を受けたところ,同日がうつ病の初診日であり,控訴人のうつ病の症状はその後も続いた(甲2)。 (2) 控訴人は,60歳になって間もなくの平成19年6月21日,繰上げ請求をし,同日を始期とする老齢基礎年金の支給を受けていた(乙4)。 (3) 控訴人は,繰上げ請求前(平成18年9月25日)に重度障害状態にあった旨の診断書に基づき,繰上げ請求後である平成21年10月27日,併合障害基礎年金の請求(裁定請求)をした(乙5)。 (4) 法30条の3第1項は,先発障害と基準障害(後発障害)が併合し,65歳になる前に重度障害状態に至ったときは,その者に併合障害基礎年金を支給する旨を定めている。 控訴人は,自分には先発障害として両内反足の障害があり,これに基準障害(後発障害)であるうつ病が加わり,障害認定日(初診日1年半後の平成7年3月29日)以後で65歳に達する以前である平成18年9月25日に,初めて重度障害状態となったとの事実(以下「本件基礎事実」という。)があるから,法30条の3第1項所定の受給要件を充足していると主張し,併合障害基礎年金を請求した。 (5) 厚生労働大臣は,控訴人の請求に対し,平成22年4月9日,併合障害基礎年金の不支給決定をしたが(甲6),同決定が手続的不備(処分理由不提示)を理由として判決で取り消されたため,平成25年7月17日,改めて,法附則9条の2の3により繰上げ受給者に法30条の3は適用されないとの理由を提示し,控訴人に対し,併合障害基礎年金を支給しない旨の決定をし として判決で取り消されたため,平成25年7月17日,改めて,法附則9条の2の3により繰上げ受給者に法30条の3は適用されないとの理由を提示し,控訴人に対し,併合障害基礎年金を支給しない旨の決定をした(甲11。以下「本件処分」という。)。 (6) 控訴人は,平成25年8月29日,本件処分を不服として審査請求をし, - 3 -平成26年3月26日付けで審査請求が却下されたので(甲12),同年4月21日,これを不服として再審査請求をしたが,社会保険審査会は,同年10月31日,再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲13)。そこで,控訴人は,平成27年4月25日,本件訴訟を提起した。 (7) 平成19年に控訴人が受給した老齢基礎年金は,年額30万4800円であり,平成19年に控訴人に併合障害基礎年金が支給されたとすれば,その年額は79万2100円であった(甲22)。 3 争点の摘示本件の争点は,繰上げ請求前に法30条の3第1項所定の事由が生じていたとしても,繰上げ受給者は法附則9条の2の3により併合障害基礎年金の請求ができなくなるのかどうかである(もし,その請求が許されると判断される場合,義務付け請求の当否を審理させるため本件を原審に差し戻すことになるから,本件基礎事実の有無は当審での審理の対象とならない。そのため,以下において本件基礎事実の有無に関する摘示はしない。)。 争点に関する当事者の主張は,次の4及び5のとおりである。なお,当事者の主張における「基本権」「支分権」とは,前者が法102条1項にいう「年金給付を受ける権利」を指し,後者が同項括弧書きにいう「支払期月ごとに…給付の支給を受ける権利」を指す概念である。 4 争点に関する控訴人の主張(1) 法附則9条の2の3の趣旨法30条の3第1項 る権利」を指し,後者が同項括弧書きにいう「支払期月ごとに…給付の支給を受ける権利」を指す概念である。 4 争点に関する控訴人の主張(1) 法附則9条の2の3の趣旨法30条の3第1項によれば,65歳に達する前に重度障害状態になった者は併合障害基礎年金の受給権を取得するが,65歳に達した者はその後に重度障害状態となっても併合障害基礎年金の受給権を取得しない。 繰上げ受給者は,たとえ65歳未満であっても65歳に達した者と同視するのが公平であるから,繰上げ請求後に重度障害状態になっても併合障害基礎年金を支給しないことにしなければならない。法附則9条の2の3は,正 - 4 -にこのことを明らかにする規定である。しかし,同条は,それ以上の積極的な法的効果(繰上げ請求時に既に発生していた併合障害基礎年金の受給権をも消滅させるとの法的効果)を意図した規定と解する根拠はない。 (2) 繰上げ請求をしない場合との比較老齢基礎年金の繰上げ請求をしなかった場合,65歳に達するまでに重度障害状態(いわゆる「初めて2級」の状態)に至り,併合障害基礎年金の受給権が発生していれば,65歳以降であっても,基準障害による障害基礎年金の支給を請求することができる。 もし,法附則9条の2の3が,繰上げ請求時点で重度障害状態になかった者に対しても,同時点で既に重度障害状態にあった者に対しても,一律に適用されるとした場合,後者についてだけ,既に取得していた併合障害基礎年金の受給権を失わせるという重大な不利益をもたらすのであり,このような結果は著しく不公平であるから,後者に同条が適用されるという法解釈は誤りというべきである。 (3) 通常障害基礎年金との比較社会保険庁の質疑応答内容を記録した資料(甲9の添付資料9)や日本年 果は著しく不公平であるから,後者に同条が適用されるという法解釈は誤りというべきである。 (3) 通常障害基礎年金との比較社会保険庁の質疑応答内容を記録した資料(甲9の添付資料9)や日本年金機構が発行した「年金相談マニュアル」(甲21)には,通常障害基礎年金の場合,繰上げ請求前に初診日及び障害認定日がある場合には,法9条の2の3が適用されず,繰上げ受給者であっても通常障害基礎年金を受給することができるとされる(障害認定日が平成26年6月10日で,繰上げ請求が同月20日だとすれば,繰上げ請求時に支分権が発生しておらずとも,同年7月から通常障害基礎年金が支給される。)。だとすれば,繰上げ請求前に既に併合障害基礎年金の受給権が発生していて,支分権のみ未発生であった場合も,通常障害基礎年金の場合と異なる取扱いをする根拠は乏しいのである。 (4) まとめ - 5 -上記(1)ないし(3)で述べたとおり,控訴人について本件基礎事実が肯定されるならば,控訴人は繰上げ請求前に併合障害基礎年金の受給権を取得しており,その後にこれが消滅する理由はないというべきである。にもかかわらず,本件処分は,繰上げ請求がされた事実により控訴人の併合障害基礎年金の受給権が消滅するとの誤った法の解釈を採用してされた違法なものであり,取消しを免れない。 5 争点に関する被控訴人の主張法附則9条の2の3は,繰上げ受給者には法30条の3を適用しないことを定めた規定であり,繰上げ受給者にはおよそ併合障害基礎年金が支給されることはない。繰上げ請求後に重度障害状態となった者はもとより,繰上げ請求前に重度障害状態になっていた者に対しても一律に適用される。したがって,仮に,本件基礎事実が認められるとしても,控訴人は,併合障害基礎年金の支給を受 後に重度障害状態となった者はもとより,繰上げ請求前に重度障害状態になっていた者に対しても一律に適用される。したがって,仮に,本件基礎事実が認められるとしても,控訴人は,併合障害基礎年金の支給を受け得ない。本件処分は何ら違法ではない。 控訴人が指摘するとおり,法30条1項所定の受給要件を充たした者は,その後に繰上げ請求をしても通常障害基礎年金を受給することができるが,これは,通常障害基礎年金の支分権は,法18条1項により(請求という受給権者の行為を待たずに法律上当然に),基本権発生の翌月から発生するためである。 これに対し,法30条の3第3項が法18条1項の適用を排斥しているため,併合障害基礎年金の支分権は,受給権者の請求を待って初めて発生する。支分権が未発生の状態で老齢基礎年金の繰上げ請求がされた後は,およそ請求ができなくなるから,支分権が発生する余地がなくなるのである。 このように,通常障害基礎年金と併合障害基礎年金とでは支分権の発生の仕方が異なるから,両者を同列に論じる控訴人の主張は失当である。 第3 当裁判所の判断 1 法30条の3の規定の内容(併合障害基礎年金と他の基礎年金との比較)(1) 法16条にいう「給付を受ける権利」は,所定の事由(受給要件)が発生 - 6 -すれば,被保険者を債権者とし,国を債務者とし,法所定の日を支給の始期とし,一定額の年金の支払を内容とする具体的な金銭債権(以下「年金債権」という。)として発生し,裁定という行政処分を経て実際の支給が開始される。 老齢基礎年金(法26条)の場合は被保険者が65歳に達したとの事由が発生すれば,通常障害基礎年金(法30条)の場合は被保険者が一定時期に重度障害状態になったとの事由が発生すれば,当該事由発生日の翌月を支給の始期とする年 )の場合は被保険者が65歳に達したとの事由が発生すれば,通常障害基礎年金(法30条)の場合は被保険者が一定時期に重度障害状態になったとの事由が発生すれば,当該事由発生日の翌月を支給の始期とする年金債権が発生する。厚生労働大臣が行う裁定は,そのようにして発生した年金債権の存在及び内容を確認する行為である。 (2) これに対し,併合障害基礎年金の場合には,法30条の3第1項の事由に加え,請求という被保険者の意思表示がされて初めて年金債権が発生する制度が採用されている(同条第3項)。したがって,仮に本件基礎事実があったとしても,控訴人が平成18年9月25日時点で併合障害基礎年金に関する受給権を取得していたということはできない。 2 法附則9条の2の3の規定の内容(1) 同条は,繰上げ受給者を65歳に達した者と同様に取り扱い,繰上げ受給者が障害基礎年金の年金債権を取得することを制限するために設けられた規定であるが,確かに「第30条第1項(第2号に限る。),第30条の2,第30条の3,第30条の4第2項…の規定は,当分の間,附則第9条の2第3項…の規定による老齢基礎年金の受給権者…については,適用しない」と定めるにとどめており,「繰上げ請求がされた後はその者には一切の障害基礎年金を支給しない」という定め方をしていない。上記の規定を文言どおりに解釈すると,同条は,繰上げ請求前に既に発生した年金債権をも消滅させる法的効果を有する規定と解することはできない。 (2) そうすると,法30条1項所定の事由が発生したことにより通常障害基礎年金の年金債権を取得していた者は,そのことを知らずに繰上げ請求をしても,同条によって当該年金債権を失うわけではない。 - 7 -しかし,法30条の3第1項の事由が発生したが請求をしていなかっ 金債権を取得していた者は,そのことを知らずに繰上げ請求をしても,同条によって当該年金債権を失うわけではない。 - 7 -しかし,法30条の3第1項の事由が発生したが請求をしていなかった者は,前記1のとおり,併合障害基礎年金に関する年金債権を未だ取得していないので,繰上げ請求をした場合,繰上げ請求後は法30条の3が適用されなくなる結果,併合障害基礎年金の受給要件を充足する機会が失われる(年金債権を発生させる機会が失われる)ことになる。 (3) 上記のように,法30条1項所定の事由が発生した者と,法30条の3第1項所定の事由が発生した者とを比較すると,繰上げ請求後に障害基礎年金が受給できるかどうかで差異が生じている。その原因は,法30条の3第3項が請求を年金債権の発生要件(受給要件)としていること,法附則9条の2の3が支給拒絶型の文言を用いていないことに由来する。 3 本件処分の適法性控訴人は,併合障害基礎年金の請求をしないまま,平成19年6月21日に繰上げ請求をし,同日を始期とする老齢基礎年金を受給したから,前記1及び2で述べたとおり,法附則9条の2の3により,同日以降,法30条の3の適用を受けることができないことになる。 法附則9条の2の3は,法30条の3を適用しない繰上げ受給者の範囲について特段の限定(例えば「繰上げ請求前に法30条の3第1項所定の事由が生じた者を除く」等)を付していないから,繰上げ請求前に法30条の3第1項の事由が発生したか否かにかかわりなく,すべての者に一律に適用されると解するほかない。 したがって,控訴人が法附則9条の2の3の適用を免れることはないから,控訴人から裁定請求を受けた厚生労働大臣としては,本件基礎事実の有無を審査するまでもなく,控訴人に対し併合障害基礎 ない。 したがって,控訴人が法附則9条の2の3の適用を免れることはないから,控訴人から裁定請求を受けた厚生労働大臣としては,本件基礎事実の有無を審査するまでもなく,控訴人に対し併合障害基礎年金の不支給決定をするしかないのであって,本件処分は違法ではない。 4 控訴人の主張について(1) 控訴人は,附則9条の2の3があるとしても,繰上げ請求前に法30条の - 8 -3第1項所定の事由が発生していた者に対しては,繰上げ請求後であっても,請求により併合障害基礎年金の支給がされるべきであると主張するので,この主張の当否について検討する。 (2) 控訴人は,繰上げ請求時点で重度障害状態になかった者との比較において,同時点で既に重度障害状態にあった控訴人の受給権が失われる理由はないと主張するが,その主張は,控訴人が繰上げ請求前に併合障害基礎年金に関する年金債権を取得していたことを前提とするものと考えられる。しかし,前記2(2)のとおり,上記主張は前提を誤った論旨であって採用することができない。 (3) また,控訴人は,繰上受給者に対し,通常障害基礎年金と併合障害基礎年金とで異なる取扱いを行う理由がないとも主張するが,その主張も,前記2(3)のとおりであって,採用することができない。 確かに,前記1及び2のとおり,法30条の3第1項所定の事由が発生したが併合障害基礎年金の請求をしなかった者は,繰上げ請求をした後,併合障害基礎年金を受給することができないことになり,法30条の3第3項と法附則9条の2の3は,法30条1項所定の事由が発生した者と,法30条の3第1項所定の事由が発生した者との間で,取扱いの差異を発生させることにはなるが,その差異が著しく不合理であるとまでは言い難い。 5 結論本件処分の取 定の事由が発生した者と,法30条の3第1項所定の事由が発生した者との間で,取扱いの差異を発生させることにはなるが,その差異が著しく不合理であるとまでは言い難い。 5 結論本件処分の取消請求は理由がないから棄却すべきであり,その結果,義務付請求に係る訴えは不適法なものとして却下すべきことになる。これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないから,主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官山田陽三 - 9 - 裁判官橋詰均 裁判官細川二朗
▼ クリックして全文を表示