平成15(行ウ)53等 原爆症認定申請却下処分取消等請求事件

裁判年月日・裁判所
平成18年5月12日 大阪地方裁判所 その他
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判決文本文531,983 文字)

主文 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Aに対し平成14年7月1日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Bに対し平成14年9月9日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Cに対し平成14年10月15日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Dに対し平成14年12月20日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 厚生大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項に基づき原告Eに対し平成11年12月28日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Fに対し平成15年7月23日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 厚生大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項に基づき原告Gに対し平成11年6月23日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Hに対し平成15年3月26日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に 基づき原告Iに対し平成15年9月9日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。 訴訟費用 被爆者に対する援護に関する法律11条1項に 基づき原告Iに対し平成15年9月9日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は,原告らと被告厚生労働大臣との間に生じた分は被告厚生労働大臣の負担とし,原告らと被告国との間に生じた分は原告らの負担とする。 事実 及び理由第1請求 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Aに対し平成14年7月1日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Bに対し平成14年9月9日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Cに対し平成14年10月15日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Dに対し平成14年12月20日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 厚生大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項に基づき原告Eに対し平成11年12月28日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Fに対し平成15年7月23日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 厚生大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項に基づき原告Gに対し平成11年6月23日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被 対する援護に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項に基づき原告Gに対し平成11年6月23日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Hに対し平成15年3月26日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づき原告Iに対し平成15年9月9日付けでした原爆症認定申請却下処分を取り消す。 被告国は,原告ら各自に対し,300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(原告A,同B及び同Cについては平成15年6月19日から,原告D及び同Eについては同年8月28日から,原告F,同G,同H及び同Iについては同年11月13日)から各支払済みまで年5分の割合による金員を各支払え。 第2事案の概要 事案の骨子本件は,原子爆弾(以下「原爆」ということがある。)が投下された際,当時の広島市内若しくは長崎市内に在り,又は原子爆弾が投下された時から起算して一定期間内に広島市内に在った者として被爆者健康手帳の交付を受けている原告らが,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にあるとして,被告厚生労働大臣(原告E及び原告Gについては厚生大臣)に対し,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(上記原告2名については平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項に基づき,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定の申請を行ったのに対し,被告厚生労働大臣(上記原告2名については厚生大臣)が上記各申請をいずれも却下する旨の処分(以下「本件各却下処分」という。)をした(なお,中央省庁等改革関係法施行法(平成11年法律第160号)1 ,被告厚生労働大臣(上記原告2名については厚生大臣)が上記各申請をいずれも却下する旨の処分(以下「本件各却下処分」という。)をした(なお,中央省庁等改革関係法施行法(平成11年法律第160号)1301条により,従前厚生大臣がした処分は,厚 生労働大臣がした処分とみなされる。)ため,原告らが,本件各却下処分の取消しを求めるとともに,被告厚生労働大臣又は厚生大臣が故意又は過失に基づく違法な本件各却下処分を行ったことにより原告らは精神的苦痛を被ったなどと主張して,被告国に対し,国家賠償法1条1項に基づき,300万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 前提となる事実等(1)原子爆弾の投下昭和20年8月6日午前8時15分,アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)軍により広島市に原子爆弾が投下され,また,同月9日午前11時2分,アメリカ軍により長崎市に原子爆弾が投下された。 (当裁判所に顕著な事実)(2)法令の定め等ア原子爆弾の被爆者に対する援護施策の経緯(ア)原子爆弾被爆者の医療等に関する法律の制定及びその内容昭和32年,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者が今なお置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかることを目的として,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(昭和32年法律第41号。以下「原爆医療法」という。)が制定された。 原爆医療法2条は,同法における「被爆者」について,①原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内にあった者(同条1号),②原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に 者」について,①原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内にあった者(同条1号),②原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に前号に規定する区域のうちで政令で定める区域内にあった者(同条2号),③前2号に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者(同条3号), ④前3号に掲げる者が当該各号に規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者,のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう旨定めている。 原爆医療法は,都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,健康診断を行うものとし(同法4条),同健康診断の結果必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対して必要な指導を行うものと規定していた(同法6条)。 また,原爆医療法は,「厚生大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」旨規定し(7条1項),上記医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定(以下「原爆症認定」という。)を受けなければならない旨規定していた(同法8条1項)。 その後,昭和35年法律第136号による改正により,原爆症認定を受けた被爆者を支給の対象とする医療手当が創設された(同改正後の原爆医療法14条の8)。 (イ)原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の制定及びその内容昭和43年,広島市及 により,原爆症認定を受けた被爆者を支給の対象とする医療手当が創設された(同改正後の原爆医療法14条の8)。 (イ)原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の制定及びその内容昭和43年,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の被爆者であって,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるものに対し,特別手当の支給等の措置を講ずることにより,その福祉を図ることを目的として,原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(昭和43年法律第53号。以下「被爆者特別措置法」という。)が制定された。 被爆者特別措置法は,都道府県知事は,原爆医療法8条1項の認定(原爆症認定)を受けた者であって,同認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,特別手当を支給すること(被爆者特別措置法2条1項)や,原爆医療法2条に規定する被爆者であって,同法7条1項の規定による医療の給付を受けているものに対し, その給付を受けている期間について,政令の定めるところにより,医療手当を支給すること(被爆者特別措置法7条)などを定めていた。 その後,昭和49年法律第86号による改正により,原爆症認定を受けた被爆者であって,当該認定に係る負傷又は疾病の状態でなくなったものを支給の対象とする特別手当が創設され(同改正後の被爆者特別措置法2条),さらに,昭和56年法律第70号による改正により,原爆医療法に基づく医療手当と被爆者特別措置法に基づく特別手当を統合した医療特別手当が創設され,原爆症認定を受けた被爆者であって当該認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものは,医療特別手当の支給を受けることができることとされた(同改正後の被爆者特別措置法2条)。 (ウ)原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の制定平成6年に,原爆医療法と被爆者特別措置法(両法律をあわせて,以下「旧原爆2法 受けることができることとされた(同改正後の被爆者特別措置法2条)。 (ウ)原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の制定平成6年に,原爆医療法と被爆者特別措置法(両法律をあわせて,以下「旧原爆2法」という。)を一元化するものとして,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(平成6年法律第117号。以下「被爆者援護法」という。)が制定され,平成7年7月1日に施行された(同法附則1条)。これに伴い,原爆医療法及び被爆者特別措置法は廃止された(被爆者援護法附則3条)イ被爆者援護法の内容(ア)被爆者援護法の趣旨目的被爆者援護法は,その前文において,以下のとおり同法の趣旨目的を記している。 「昭和20年8月,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は,幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず,たとい一命をとりとめた被爆者にも,生涯いやすことのできない傷跡と後遺症を残し,不安の中での生活をもたらした。 このような原子爆弾の放射能に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及び増進並びに福祉を図るため,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し,医療の給付,医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。また,我らは,再びこのような惨禍が 繰り返されることがないようにとの固い決意の下,世界唯一の原子爆弾の被爆国として,核兵器の究極的廃絶と世界の恒久平和の確立を全世界に訴え続けてきた。 ここに,被爆後50年のときを迎えるに当たり,我らは,核兵器の究極的廃絶に向けての決意を新たにし,原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう,恒久の平和を念願するとともに,国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることに ,原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう,恒久の平和を念願するとともに,国の責任において,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,高齢化の進行している被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ,あわせて,国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため,この法律を制定する。」(イ)被爆者の定義被爆者援護法において,「被爆者」とは,次の各号のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものをいう(同法1条)。 a原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者(同条1号。いわゆる「直接被爆者」)b原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に前号に規定する区域のうちで政令で定める区域内に在った者(同条2号。いわゆる「入市被爆者」)c前2号に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者(同条3号。いわゆる「救護被爆者」)d前3号に掲げる者が当該各号に規定する事由に該当した当時その者の胎児であった者(同条4号。いわゆる「胎児被爆者」)(ウ)被爆者健康手帳被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地(居住地を有しないときは,その現在地)の都道府県知事に申請しなければならず(被爆者援護法2条1項),都道府県知事は,同申請に基づいて審査し,申請者が同法1条各号のいずれ かに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付する(同法2条2項)。 (エ)被爆者に対する援護a健康管理都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行 すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付する(同法2条2項)。 (エ)被爆者に対する援護a健康管理都道府県知事は,被爆者に対し,毎年,厚生労働省令で定めるところにより,健康診断を行い(被爆者援護法7条),同健康診断の結果必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行うものとする(同法9条)。 b医療の給付厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る(同法10条1項)。 上記医療の給付の範囲は,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術,④居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護,⑤病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護,⑥移送,であり(同条2項),これら医療の給付は,厚生労働大臣が同法12条1項の規定により指定する医療機関に委託して行われる(同条3項)。 上記医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けなければならない(同法11条1項)。 c一般疾病医療費の支給厚生労働大臣は,被爆者が,負傷又は疾病(被爆者援護法10条1項に規定する医療の給付を受けることができる負傷又は疾病,遺伝性疾病,先天性疾病及び厚生労働大臣の定めるその他の負傷又は疾病を除く。)につき,都道府県知事が同法1 9条1項の規定により指定する医療機関(以下「被爆者一般疾病医療機関」という。)から同法10条2項 ,先天性疾病及び厚生労働大臣の定めるその他の負傷又は疾病を除く。)につき,都道府県知事が同法1 9条1項の規定により指定する医療機関(以下「被爆者一般疾病医療機関」という。)から同法10条2項各号に掲げる医療を受け,又は緊急その他やむを得ない理由により被爆者一般疾病医療機関以外の者からこれらの医療を受けたときは,その者に対し,当該医療に要した費用の額を限度として,一般疾病医療費を支給することができる(同法18条1項)。 d医療特別手当の支給都道府県知事は,被爆者援護法11条1項の認定(原爆症認定)を受けた者であって,当該認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,医療特別手当を支給する(同法24条1項)。同法24条1項に規定する者は,医療特別手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない(同条2項)。医療特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1月につき13万5400円である(同条3項)。 医療特別手当の支給は,同条2項の認定を受けた者が同認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,同条1項に規定する要件に該当しなくなった日の属する月で終わる(同条4項)。 e特別手当の支給都道府県知事は,被爆者援護法11条1項の認定(原爆症認定)を受けた者に対し,特別手当を支給する。ただし,その者が医療特別手当の支給を受けているときは,この限りでない(同法25条1項)。同法25条1項に規定する者は,特別手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならない(同条2項)。特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1月につき5万円である(同条3項)。特別手当の支給は,同条2項の認定を受けた について,都道府県知事の認定を受けなければならない(同条2項)。特別手当は,月を単位として支給するものとし,その額は,1月につき5万円である(同条3項)。特別手当の支給は,同条2項の認定を受けた者が同認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,同条1項に規定する要件に該当しなくなった日の属する月で終わる(同条4項)。 f健康管理手当の支給 都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,健康管理手当を支給する。 ただし,その者が医療特別手当,特別手当又は原子爆弾小頭症手当の支給を受けている場合は,この限りでない(被爆者援護法27条1項ただし書)。 g保健手当の支給都道府県知事は,被爆者のうち,原子爆弾が投下された際爆心地から2キロメートルの区域内に在った者又はその当時その者の胎児であった者に対し,保健手当を支給する。ただし,その者が医療特別手当,特別手当,原子爆弾小頭症手当又は健康管理手当の支給を受けている場合は,この限りでない(被爆者援護法28条1項)。 hその他の手当等の支給都道府県知事は,一定の要件を満たす被爆者に対し,上記各手当以外にも,原子爆弾小頭症手当(被爆者援護法26条),介護手当(同法31条)等を支給する。 ウ被爆者援護法の定める原爆症認定制度の概要(ア)原爆症認定を受けるための要件前記イ(エ)bのとおり,被爆者援護法10条1項は,「厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子 作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」旨規定し,同法11条1項は,上記医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けなければならない旨規定している。 以上のとおり,被爆者援護法は,①被爆者が現に医療を要する状態にあること(以下「要医療性」という。),②現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の 放射線に起因するものであるか,又は上記負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(以下「放射線起因性」という。),を原爆症認定を受けるための要件としている(以下,放射線起因性及び要医療性を合わせて「原爆症認定要件」ということがある。)。 (イ)原爆症認定の申請手続被爆者援護法11条1項の規定による厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けようとする者は,厚生労働省令で定めるところにより,その居住地の都道府県知事を経由して,厚生労働大臣に申請書を提出しなければならない(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「被爆者援護法施行令」という。)8条1項)。この規定を受けて,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則(以下「被爆者援護法施行規則」という。)12条は,上記申請書には,①被爆者の氏名,性別,生年月日及び居住地並びに被爆者健康手帳の番号,②負傷又は疾病の名称,③被爆時以降における健康状態の概要及び原子爆弾に起 護法施行規則」という。)12条は,上記申請書には,①被爆者の氏名,性別,生年月日及び居住地並びに被爆者健康手帳の番号,②負傷又は疾病の名称,③被爆時以降における健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病について医療を受け,又は原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要,等を記載した認定申請書(様式第5号)によらなければならず(同条1項),また,同申請書には,医師の意見書(様式第6号)及び当該負傷又は疾病に係る検査成績を記載した書類を添えなければならない(同条2項)旨規定している。そして,上記医師の意見書には,①負傷又は疾病の名称,②被爆者健康手帳の番号,③被爆者の氏名及び生年月日,④既往症,⑤現症所見,⑥当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因する旨,原子爆弾の傷害作用に起因するも放射能に起因するものでない場合においては,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けている旨の医師の意見,⑦必要な医療の内容及び期間,を記載すべきものとされている(被爆者援護法施行規則様式第6号)。 (ウ)審議会等の意見聴取 平成11年法律第87号及び同第102号による改正前の被爆者援護法は,次のとおり規定していた。 すなわち,同法3条1項は,厚生大臣の諮問に応じ,被爆者の医療等に関する重要事項を調査審議させるため,厚生省に原子爆弾被爆者医療審議会を置く旨規定し,同条2項は,同審議会は,被爆者の医療等に関する事項につき,関係各大臣に意見を具申することができる旨規定していた。そして,同審議会は,委員20人以内で組織され(同法4条1項),委員は,学識経験のある者のうちから厚生大臣が任命する(同条2項)とされていた。そして,厚生大臣は,被爆者援護法11条1項の認定(原爆症認定)を 審議会は,委員20人以内で組織され(同法4条1項),委員は,学識経験のある者のうちから厚生大臣が任命する(同条2項)とされていた。そして,厚生大臣は,被爆者援護法11条1項の認定(原爆症認定)を行うに当たっては,原子爆弾被爆者医療審議会の意見を聴かなければならない。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかであるときはこの限りではない(被爆者援護法11条2項)。 平成11年法律87号(平成12年4月1日施行)及び同第102号(平成13年1月6日施行)により,被爆者援護法が改正され,同法の規定は次のとおりとなった。 すなわち,厚生労働大臣は,被爆者援護法11条1項の認定(原爆症認定)を行うに当たっては,審議会等(国家行政組織法8条に規定する機関をいう。)で政令で定めるものの意見を聴かなければならない。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかであるときは,この限りでない(被爆者援護法11条2項)。被爆者援護法11条2項の審議会等で政令で定めるものは,疾病・障害認定審査会とされている(同法23条の2,被爆者援護法施行令9条)。 厚生労働省組織令(平成12年政令第252号)132条は,厚生労働省に疾病・障害認定審査会を置く旨規定し,同令133条1項は,同審査会は,被爆者援護法の規定に基づきその権限に属させられた事項を処理する旨規定している。そして,疾病・障害認定審査会に関し必要な事項については,疾病・認定審査会令(平成1 2年政令第287号)の定めるところによるものとされている(厚生労働省組織令133条2項)ところ,疾病・認定審査会令によれば,疾病・障害認定審査会は,委員30人以内で組織し(同令1条1項),また,同審査会に,特別の事項を審査させるため必 ものとされている(厚生労働省組織令133条2項)ところ,疾病・認定審査会令によれば,疾病・障害認定審査会は,委員30人以内で組織し(同令1条1項),また,同審査会に,特別の事項を審査させるため必要があるときは,臨時委員を置くことができ(同条2項),これら委員及び臨時委員は,学識経験のある者のうちから,厚生労働大臣が任命する(同令2条1項)とされている。また,審査会に,被爆者援護法の規定に基づき疾病・障害認定審査会の権限に属させられた事項を処理する分科会として,原子爆弾被爆者医療分科会(以下「被爆者医療分科会」という。)を置くとされ(疾病・認定審査会令5条1項),同分科会に属すべき委員及び臨時委員等は,厚生労働大臣が指名するものとされている(同条2項)。 (エ)認定書の交付厚生労働大臣は,原爆症認定の申請書を提出した者につき被爆者援護法11条1項の規定による認定(原爆症認定)をしたときは,その者の居住地の都道府県知事を経由して,認定書を交付する(被爆者援護法施行令8条2項)。 (3)各原告らの被爆状況及び原爆症認定申請と被告厚生労働大臣による却下処分の経緯等ア原告A(以下「原告A」という。)(ア)被爆状況原告Aは,昭和2年5月2日生の女性であって,昭和20年8月当時,満18歳で日本赤十字社広島県支部甲種救護看護婦養成所の生徒課程2年に在籍中であり,廣島赤十字病院で救護に従事していた。 原告Aは,同月6日午前8時15分,広島市a町所在の廣島赤十字病院寄宿舎(爆心地からの距離は約1.5キロメートル)で掃除の点検作業中被爆した。 原告Aは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲B1号証,乙A95号証,乙B1号証,5号証,6号証,原告A本人,当事者間に争いのない事実) (イ)本件A却下処分の経緯原告Aは,平成13年9月20日 被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲B1号証,乙A95号証,乙B1号証,5号証,6号証,原告A本人,当事者間に争いのない事実) (イ)本件A却下処分の経緯原告Aは,平成13年9月20日付けで,負傷又は疾病名を右眼球癆として,被告厚生労働大臣(認定申請書(乙B1号証)の名あて人は厚生大臣)に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成14年6月7日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Aの申請について,申請疾病名を右眼球癆,線量目安を34.7センチグレイ,しきい値を1.75シーベルト(1.31ないし2.21シーベルト)として,原告Aの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,同年7月1日付けで原告Aの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生労働省発健第0701003号。以下「本件A却下処分」という。)をした。通知書には,疾病・障害認定審査会において,原告Aの申請に係る疾病のしきい値を求め,同しきい値を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病は原子爆弾の放射線に起因するものと判断された,次に,意見書等により,同疾病の医療の状況が検討されたが,同疾病については,現に医療を要する状態にはないものと判断された,上記の意見を受け,原告Aの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。原告Aは,同月10日,本件A却下処分を知った。 原告Aは,同年9月6日付けで,被告厚生労働大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,同異議申立て 症認定申請を却下する,と記載されていた。原告Aは,同月10日,本件A却下処分を知った。 原告Aは,同年9月6日付けで,被告厚生労働大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,同異議申立てに対する被告厚生労働大臣の決定はされていない。 (乙B1号証ないし3号証,8号証,当事者間に争いのない事実)(ウ)本訴の提起原告Aは,平成15年5月27日,当裁判所に対し,本件A却下処分の取消し等 を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)イ原告B(以下「原告B」という。)(ア)被爆状況原告Bは,昭和5年1月2日生の女性であって,昭和20年8月当時,満15歳で長崎県立高等女学校に在学中であった。 原告Bは,同月9日午前11時2分,長崎市a町所在の自宅内(爆心地からの距離は約3.3キロメートル)で被爆した。 原告Bは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲A121号証,甲C1号証,乙C1号証,6号証,原告B本人,当事者間に争いのない事実)(イ)本件B却下処分の経緯原告Bは,平成14年4月23日付けで,負傷又は疾病名を甲状腺機能低下症として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,同年8月29日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Bの申請について,申請疾病名を甲状腺機能低下症,線量目安を0.3センチグレイとして,原告Bの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,同年9月9日付けで原告Bの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生労働省発健第0 同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,同年9月9日付けで原告Bの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生労働省発健第0909005号。以下「本件B却下処分」という。)をした。通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Bの被爆状況が検討され,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,原告Bの申請に係る疾病については,原子爆弾の放射線に起因して おらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記の意見を受け,原告Bの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 原告Bは,同月21日,本件B却下処分を知った。 原告Bは,同年11月17日付け(同月18日受付)で,被告厚生労働大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,同異議申立てに対する被告厚生労働大臣の決定はされていない。 (乙C1号証ないし4号証,9号証,当事者間に争いのない事実)(ウ)本訴の提起原告Bは,平成15年5月27日,当裁判所に対し,本件B却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)ウ原告C(以下「原告C」という。)(ア)被爆状況原告Cは,昭和12年1月26日生の女性であって,昭和20年8月当時,満8歳で広島市立観音小学校分校(現在の広島市立南観音小学校)に在学中であった。 原告Cは,同月6日午前8時15分,広島市a町b丁目所在の自宅(株式会社a工務店の社宅。爆心地からの距離は約3キロメートル弱)から広島市a町b丁目(ただし,昭和60年当時の住所表示)所在の上記小学校分校(爆心地からの距離は約2キロメートル)に向かう途中の畑のあぜ道で被爆した。 原告Cは,被爆者健康手帳の交付を メートル弱)から広島市a町b丁目(ただし,昭和60年当時の住所表示)所在の上記小学校分校(爆心地からの距離は約2キロメートル)に向かう途中の畑のあぜ道で被爆した。 原告Cは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲A120号証,甲D1号証,乙D1号証,5号証,6号証,原告C本人,当事者間に争いのない事実)(イ)本件C却下処分の経緯原告Cは,平成14年6月6日付けで,負傷又は疾病名を胃がんとして,被告厚生労働大臣(認定申請書(乙D1号証)の名あて人は厚生大臣)に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,同年10月9日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Cの申請について,申請疾病名を胃がん,線量目安を0.2センチグレイ,原因確率を0.3パーセントとして,原告Cの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,同月15日付けで原告Cの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生労働省発健第1015001号。以下「本件C却下処分」という。)をした。通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Cの被爆状況が検討され,原告Cの申請に係る疾病の原因確率を求め,この原因確率を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記の意見を受け,原告Cの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。原告Cは,同月21日,本件C却下 線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記の意見を受け,原告Cの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。原告Cは,同月21日,本件C却下処分を知った。 原告Cは,同年12月18日付け(同月19日受付)で,被告厚生労働大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,同異議申立てに対する被告厚生労働大臣の決定はされていない。 (乙D1号証ないし3号証,8号証,当事者間に争いのない事実)(ウ)本訴の提起原告Cは,平成15年5月27日,当裁判所に対し,本件C却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)エ原告D(以下「原告D」という。)(ア)被爆状況原告Dは,昭和6年4月29日生の男性であって,昭和20年8月当時,満14 歳で広陵中学校2年に在学中であった。 原告Dは,同月6日午前8時15分,学徒勤労動員により,家屋撤去作業の勤労奉仕のため,a(爆心地からの距離約1.8キロメートルないし1.9キロメートル)で整列中に被爆した。 原告Dは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲A95号証,120号証,甲E1号証,乙E1号証,原告D本人,当事者間に争いのない事実)(イ)本件D却下処分の経緯原告Dは,平成14年7月31日付けで,負傷又は疾病名を右2指有棘細胞がん,右2指の末節部の切断術として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,同年12月18日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Dの申請について,申請疾病名を右2指有棘細胞がん,右2指の末節部の切断術,線量目安を10.4センチグレイ,原因確率を5.6パーセントとして,原告Dの申請 月18日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Dの申請について,申請疾病名を右2指有棘細胞がん,右2指の末節部の切断術,線量目安を10.4センチグレイ,原因確率を5.6パーセントとして,原告Dの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,同月20日付けで原告Dの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生労働省発健第1220001号。以下「本件D却下処分」という。)をした。通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Dの被爆状況が検討され,原告Dの申請に係る疾病の原因確率を求め,この原因確率を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記意見を受け,原告Dの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。原告Dは,平成15年1月 11日,本件D却下処分を知った。 原告Dは,同年3月6日付けで,被告厚生労働大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,同異議申立てに対する被告厚生労働大臣の決定はされていない。 (乙E1号証ないし3号証,6号証,当事者間に争いのない事実)(ウ)本訴の提起原告Dは,平成15年7月28日,当裁判所に対し,本件D却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)オ原告E(以下「原告E」という。)(ア)被爆状況原告Eは,昭和8年1月24日生の男性であって,昭和20年8月当時,満12歳で広島県立広島商業中学校1年に在学中であった。 原告E 顕著な事実)オ原告E(以下「原告E」という。)(ア)被爆状況原告Eは,昭和8年1月24日生の男性であって,昭和20年8月当時,満12歳で広島県立広島商業中学校1年に在学中であった。 原告Eは,同月6日午前8時15分,a近くの同中学校の校庭(爆心地からの距離は約2キロメートル弱。なお,原告らは1.75キロメートルであると主張している。)で整列中に被爆した。 原告Eは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲A95号証,120号証,甲F1号証,3号証の1,4号証,乙F4号証,原告E本人,当事者間に争いのない事実)(イ)本件E却下処分の経緯原告Eは,平成10年11月9日付け(同月10日受付)で,負傷又は疾病名を喉頭腫瘍として,厚生大臣に対し,被爆者援護法(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,厚生大臣から諮問を受けた原子爆弾被爆者医療審議会は,平成11年12月20日付けで,厚生大臣に対し,原告Eの申請について,申請疾病名を喉頭腫瘍として,原告Eの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線に起因するものとは認 められず,また,原告Eの治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているとは認められない,旨の答申をした。 厚生大臣は,同月28日付けで原告Eの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生省収健医第316号。以下「本件E却下処分」という。)をした。通知書には,原子爆弾被爆者医療審議会において,申請書類に基づき,原告Eの被爆状況が検討され,原告Eの申請に係る疾病の状態と原爆放射能との関係及び治療状況等について審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射能に起因するもの及び治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けていると推定することは困難であると判断された,上記の理由により,原告Eの 治療状況等について審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射能に起因するもの及び治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けていると推定することは困難であると判断された,上記の理由により,原告Eの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 原告Eは,平成12年2月2日,本件E却下処分を知った。 原告Eは,同日付けで,厚生大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成14年11月28日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Eの申請について,申請疾病名を喉頭腫瘍,被爆距離を2.0キロメートル,被爆線量を7.2センチグレイ,原因確率を0.5パーセントとして,原告Eの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,平成15年5月23日付けで原告Eの上記異議申立てを棄却する旨の決定(厚生労働省発健第0523007号)をした。決定書には,疾病・障害認定審査会被爆者医療分科会において,申請書及び申立書等を用いて原告Eの被爆状況を再度検討し,原告Eの喉頭腫瘍の原因確率を求めたところ,原子爆弾の放射線による一定の健康影響はないと判断できるほど原因確率は低いものと考えられた,また,追加資料に記載された右肩関節部,右側頚部,右上腕・両下肢多発性ケロイドを含めて原告Eの既往歴,環境因子,生活歴等についても十分に検討を 行ったが,放射線の起因性に関するこれらの事実を総合的に勘案して判断した結果,原告Eに生じた喉頭腫瘍及び右肩関節部,右側頚部,右上腕・両下肢多発性ケロイドは原子爆弾の放射線起因性に係る高度の蓋然性はないも が,放射線の起因性に関するこれらの事実を総合的に勘案して判断した結果,原告Eに生じた喉頭腫瘍及び右肩関節部,右側頚部,右上腕・両下肢多発性ケロイドは原子爆弾の放射線起因性に係る高度の蓋然性はないものと判断された,なお,原告Eの喉頭腫瘍及び右肩関節部,右側頚部,右上腕・両下肢多発性ケロイドについては,放射線の起因性について高度の蓋然性が認められなかったため,疾病の要医療性についてはその判断を行っていない,以上により原告Eの喉頭腫瘍について認定することはできないものと判断した,上記意見等を踏まえると,上記異議申立てには理由がない,と記載されていた。 (乙F1号証ないし3号証,5号証,7号証,8号証,当事者間に争いのない事実)(ウ)本訴の提起原告Eは,平成15年7月28日,当裁判所に対し,本件E却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)カ原告F(以下「原告F」という。)(ア)被爆状況原告Fは,大正13年8月9日生の女性であって,昭和20年8月6日当時,満20歳で妊娠5か月であり,同月1日から,広島駅前の猿猴橋商店街にあった原告Fの父のいとこのN宅(N金物店)に滞在していた。 原告Fは,同月6日午前8時15分,N宅の建物内(爆心地からの距離約1.9キロメートル。なお,原告らは1.8キロメートルであると主張している。)において被爆した。 原告Fは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲A95号証,120号証,甲G1号証,2号証,乙G1号証,3号証,原告F本人,当事者間に争いのない事実)(イ)本件F却下処分の経緯 原告Fは,平成14年11月15日付け(同年12月6日受付)で,負傷又は疾病名を甲状腺機能低下症(橋本病)として,被告厚生労働大臣(認定申請書(乙G1号証)の名あて人は厚生大臣)に対し,被 緯 原告Fは,平成14年11月15日付け(同年12月6日受付)で,負傷又は疾病名を甲状腺機能低下症(橋本病)として,被告厚生労働大臣(認定申請書(乙G1号証)の名あて人は厚生大臣)に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成15年7月16日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Fの申請について,申請疾病名を甲状腺機能低下症(橋本病),線量目安を7.3センチグレイとして,原告Fの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,同月23日付けで原告Fの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生労働省発健第0723001号。以下「本件F却下処分」という。)をした。通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Fの被爆状況が検討され,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,原告Fの申請に係る疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記意見を受け,原告Fの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。原告Fは,同年8月7日ころ,本件F却下処分を知った。 (乙G1号証,4号証,5号証,当事者間に争いのない事実,弁論の全趣旨)(ウ)本訴の提起原告Fは,平成15年11月5日,当裁判所に対し,本件F却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)キ原告G(以下「原告G」という。)(ア)被爆状況原告Gは,大正14年4月5日生の男性であって,昭和 判所に対し,本件F却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)キ原告G(以下「原告G」という。)(ア)被爆状況原告Gは,大正14年4月5日生の男性であって,昭和20年8月当時,満20 歳で広島市a町所在の広島第一陸軍病院に衛生兵として勤務していた。 原告Gは,同月6日午前8時15分に広島に原子爆弾が投下された当時は,広島市内にいなかったが,その後,広島市内に入り,広島市内において被爆者の救護作業や死体処理作業等に従事した。 原告Gは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲H1号証,乙H1号証,3号証,原告G本人,当事者間に争いのない事実)(イ)本件G却下処分の経緯原告Gは,平成10年12月4日付け(平成11年1月4日受付)で,負傷又は疾病名を椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症として,厚生大臣に対し,被爆者援護法(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,厚生大臣から諮問を受けた原子爆弾被爆者医療審議会は,平成11年6月15日付けで,厚生大臣に対し,原告Gの申請について,申請疾病名を椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症として,原告Gの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線に起因するものとは認められず,また,原告Eの治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているとは認められない,旨の答申をした。 厚生大臣は,同月23日付けで原告Gの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生省収健医第199号。以下「本件G却下処分」という。)をした。通知書には,原子爆弾被爆者医療審議会において,申請書類に基づき原告Gの被爆状況が検討され,原告Gの申請に係る疾病の状態と原爆放射能との関係及び治療状況等について審 件G却下処分」という。)をした。通知書には,原子爆弾被爆者医療審議会において,申請書類に基づき原告Gの被爆状況が検討され,原告Gの申請に係る疾病の状態と原爆放射能との関係及び治療状況等について審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射能に起因するもの及び治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けていると推定することは困難であると判断された,上記の理由により原告Gの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。原告Gは,同月30日,本件G却下処分を知った。 原告Gは,平成11年8月10日付けで,厚生大臣に対し,行政不服審査法に基 づく異議申立てをした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成13年9月11日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Gの申請について,申請疾病名を椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症,被爆種別を入市,被爆線量を8.0センチグレイとして,原告Gの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,平成15年8月5日付けで原告Gの上記異議申立てを棄却する旨の決定(厚生労働省発健第0805006号)をした。決定書には,疾病・障害認定審査会被爆者医療分科会において,申請書及び申立書等を用いて原告Gの被爆状況を再度検討し,さらに原告Gの既往歴,環境因子,生活歴等についても十分に検討を行ったが,放射線の起因性に関するこれらの事実を総合的に勘案して判断した結果,原告Gに生じた椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症は原子爆弾の放射線起因性に係る高度の蓋然性はないものと判断された,な するこれらの事実を総合的に勘案して判断した結果,原告Gに生じた椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症は原子爆弾の放射線起因性に係る高度の蓋然性はないものと判断された,なお,原告Gの椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症については,放射線の起因性について高度の蓋然性が認められなかったため,疾病の要医療性についてはその判断を行っていない,と記載されていた。 (乙H1号証ないし3号証,9号証,11号証,12号証,当事者間に争いのない事実)(ウ)本訴の提起原告Gは,平成15年11月5日,当裁判所に対し,本件G却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)ク原告H(以下「原告H」という。)(ア)被爆状況 原告Hは,大正15年2月11日生の男性であって,昭和20年4月に徴兵され,広島の陸軍船舶練習部教導連隊四中隊に配属され,同年8月当時,満19歳であり,広島県a郡a町(現在のa市)のa国民学校を仮宿としていた。 原告Hは,同月6日午前8時15分に広島に原子爆弾が投下された当時は広島市内にいなかったが,翌同月7日,広島市内に入り,広島市内において遺体処理作業に従事した。 原告Hは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲I1号証,乙I1号証,原告H本人,当事者間に争いのない事実)(イ)本件H却下処分の経緯原告Hは,平成14年9月25日付けで,負傷又は疾病名を貧血として,被告厚生労働大臣(認定申請書(乙I1号証)の名あて人は厚生大臣)に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成15年3月24日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Hの申請について,申請疾病名を貧血, 規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成15年3月24日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Hの申請について,申請疾病名を貧血,線量目安を3.0センチグレイとして,原告Hの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,同月26日付けで原告Hの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生労働省発健第0326009号。以下「本件H却下処分」という。)をした。通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Hの被爆状況が検討され,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,原告Hの申請に係る疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記意見を受け,原告Hの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。原告Hは,平成15年4月3日,本件H却下処分を知った。 原告Hは,同年5月29日付けで,被告厚生労働大臣に対し,行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,同異議申立てに対する被告厚生労働大臣の決定はされていない。 (乙I1号証ないし3号証,7号証,当事者間に争いのない事実)(ウ)本訴の提起原告Hは,平成15年11月5日,当裁判所に対し,本件H却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)ケ原告I(以下「原告I」という。)(ア)被爆状況原告Iは,昭和2年10月2日生の女性であって,昭和20年8月当時は満17歳であり,女子挺身隊員として,三菱兵器重工業株式会社大崎工場で 事実)ケ原告I(以下「原告I」という。)(ア)被爆状況原告Iは,昭和2年10月2日生の女性であって,昭和20年8月当時は満17歳であり,女子挺身隊員として,三菱兵器重工業株式会社大崎工場で働いていた。 原告Iは,同月9日午前11時2分,長崎市aにあった三菱兵器住吉女子寮内(爆心地からの距離は約2.1キロメートル)で被爆した。 原告Iは,被爆者健康手帳の交付を受けている。 (甲A121号証,甲J1号証,乙J1号証,3号証,5号証,原告I本人,当事者間に争いのない事実)(イ)本件I却下処分の経緯原告Iは,平成15年1月17日付けで,負傷又は疾病名を肺がん及び転移性脳腫瘍として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。 これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,同年8月25日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Iの申請について,申請疾病名を肺がん及び転移性脳腫瘍,線量目安を6.2センチグレイ,原因確率を5.5パーセントとして,原告Iの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との 起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。 被告厚生労働大臣は,同年9月9日付けで原告Iの原爆症認定申請を却下する旨の処分(厚生労働省発健第0909006号。以下「本件I却下処分」という。)をした。通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Iの被爆状況が検討され,原告Iの申請に係る疾病の原因確率を求め,この原因確率を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が 申請に係る疾病の原因確率を求め,この原因確率を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記意見を受け,原告Iの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (乙J1号証,2号証,6号証,当事者間に争いのない事実)(ウ)本訴の提起原告Iは,平成15年11月5日,当裁判所に対し,本件I却下処分の取消し等を求める本件訴えを提起した。 (当裁判所に顕著な事実)第3争点及び争点に関する当事者の主張本件の争点は,①放射線起因性の判断基準,②各原告らの原爆症認定要件該当性,③被告国に対する国家賠償請求の成否,であり,争点に関する当事者の主張は,次のとおりである。 放射線起因性の判断基準(争点①)(原告らの主張)(1)原爆被害の実態ア原爆投下による被害(人間と都市の破壊)(ア)概要広島に投下された原爆はウラン爆弾であり,TNT火薬に換算して約15キロトン,すなわち,1トン爆弾約1万5000発分の威力を有し,また,長崎に投下された原爆はプルトニウム爆弾であり,TNT火薬に換算して約22キロトン,すな わち,1トン爆弾約2万2000発分の威力を有した。 原爆投下により甚大な被害がもたらされたが,その詳細は今日に至っても正確に把握されていない。昭和25年末までの死者については,広島で20万人(被爆時の所在人口約35万人),長崎で10万人(被爆時の所在人口27万人)を超えると推定されている。また,爆風,熱線,火災により灰じんに帰した総面積は,広島で13平方キロメートル,長崎で6.7平方キロメートルとされ,広島では約68パーセント,長崎では約25パーセントの建物が全壊 と推定されている。また,爆風,熱線,火災により灰じんに帰した総面積は,広島で13平方キロメートル,長崎で6.7平方キロメートルとされ,広島では約68パーセント,長崎では約25パーセントの建物が全壊全焼ないし全壊したとされている。このように,原爆による被害は筆舌に尽くし難く,被爆後60年を経過した今日においても死者数すら正確に把握されていない。辛うじて死を免れた者も,原爆による様々な急性症状や後障害に苦しめられることになった。 (イ)熱線による被害核爆発の瞬間,温度は数百万度に達し,やがて表面温度が7000度にも達する火球が作り出された(太陽の表面温度が約6000度である。)。この火球からの熱線が,多くの焼死者を生み出し,火傷を負わせ,家屋の火災等甚大な被害を及ぼした。熱線による火傷は,広島で爆心から5キロメートル,長崎では4キロメートルの地点にまで及んだ。 (ウ)衝撃波と爆風による被害原爆が空中で爆発すると,桁違いの高圧により発生した衝撃波が,爆発点から球面状に,爆心地付近は音速より速く,遠距離になるに連れて音速ですべての方向に進行した。また,衝撃波の通過直後を追うように強烈な爆風が発生し,その風速は爆心地から500メートル地点で秒速280メートルというすさまじいものであった。その結果,人体の内臓破裂,外傷,建築物の破壊等,多くの被害が生じた。 (エ)放射線による被害原爆の核分裂の連鎖反応によって,莫大な数の中性子線,ガンマ線その他の放射線が放射された。放出された中性子線とガンマ線は,大気中や地上の原子核に散乱され,吸収されて線量を減少させながら地上に到達した。大量のガンマ線を吸収し て作られた火球からもガンマ線が放出された。そのガンマ線や中性子線を原子核が吸収するなどして放射性原子核になると,そこからもガンマ線等が放出され させながら地上に到達した。大量のガンマ線を吸収し て作られた火球からもガンマ線が放出された。そのガンマ線や中性子線を原子核が吸収するなどして放射性原子核になると,そこからもガンマ線等が放出された。また,火球に含まれていた様々な放射性物質が,黒い雨,黒いすす,あるいは放射性微粒子となって,広範囲にわたり地上に降ってきた。 これらの放射線による人体への影響は,様々な経路をたどってもたらされた。大きくは,初期放射線の被曝と残留放射線の被曝に分けられる。そして,残留放射線による被曝は,誘導放射線による被曝と,未分裂の核物質,核分裂生成物,誘導放射化された放射性物質などの放射性降下物による被曝に分けられる。また,残留放射線による被曝は,人体外部からの被曝だけでなく,放射性物質を呼吸や飲食等により体内に摂取することによる内部被曝がある。そのため,初期放射線のほとんど到達しなかった遠距離被爆者及び救助,看護活動等のために被爆地以外の都市から広島,長崎市内に入ってきた者も放射線に被曝するに至った。 イ放射線による被害の態様(ア)急性症状被爆者には,被爆直後から発熱,下痢,喀血,吐血,下血,血尿,吐き気,嘔吐,脱毛,脱力感,倦怠,鼻出血,歯齦出血,生殖器出血,皮下出血,発熱,咽頭痛,口内炎,白血球減少,赤血球減少,無精子症,月経異常などの様々な急性症状が現れた。 (イ)慢性症状(長期にわたる後障害)放射線被曝により,被爆者は,様々な後影響(後障害)に苦しめられることになった。当初は,がん疾患への影響が報告されていたが,現在はがん疾患以外の様々な疾患に対する影響が報告されている。 放射線被曝による後障害としては,白血病を含むがん,白内障,心筋梗塞症を始めとする心疾患,脳卒中,肺疾患,肝機能障害,消化器疾患,晩発性の白血球減少症や重症貧血などの に対する影響が報告されている。 放射線被曝による後障害としては,白血病を含むがん,白内障,心筋梗塞症を始めとする心疾患,脳卒中,肺疾患,肝機能障害,消化器疾患,晩発性の白血球減少症や重症貧血などの造血機能障害,甲状腺機能低下症,慢性甲状腺炎,被爆当日に生じた外傷の治癒が遅れたことによる運動機能障害,ガラス片や異物の残存による 障害を残している場合などが考えられるが,未解明の点が残されている現在,限定的にとらえられてはならない。 (ウ)原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)さらに,被爆者は,被爆後原因不明の全身性疲労,体調不良状態,労働持続困難などのいわゆる原爆ぶらぶら病に悩まされることになった。 L医師は,医師として被爆者を診察し続けてきた経験を踏まえて,被爆者の訴えるだるさは一般的に言われるだるさとは全く異なり働けないだるさであると表現し,男性は仕事との関係で,女性は家族の世話や性生活などで苦労を強いられてきたと証言している。また,日本原水爆被害者団体協議会(以下「被団協」ということがある。)の「1985年原爆被害調査」においても,「風邪を引きやすい」,「疲れやすい」,「無理ができない」,「とてもだるい」との回答が,遠距離被爆者及び入市被爆者を含めて,ほとんど50パーセントを超えている(甲A34号証)。 さらに,O医師は,自らの臨床医としての体験を基に,多数の被爆者が,現在においては大体健康体となり,それぞれの業務を営んでいるが,常に疲れやすいことを訴え,業務に対する興味ないし意欲が少なく,記憶力の減退を訴え,しばしば感冒や胃腸障害,特に下痢に悩んでおり,これらの人々の状態を臨床医学の立場から慢性原子爆弾症と仮称したいと論じている(甲A119号証)。 ウ放射線が人体に与える影響(ア)外部被曝a初期放射線原爆が炸裂し,100万分 悩んでおり,これらの人々の状態を臨床医学の立場から慢性原子爆弾症と仮称したいと論じている(甲A119号証)。 ウ放射線が人体に与える影響(ア)外部被曝a初期放射線原爆が炸裂し,100万分の1秒以内に核分裂が繰り返され,ガンマ線や中性子線が放出された(初期放射線)。これらの放射線は,瞬時に地表に到達し,そこにいた人々の身体を貫き,細胞組織や遺伝子を破壊した。人々が最初の閃光を見たときには,この中性子線とガンマ線が既に人々の身体を貫いていた。これが初期放射線による「外部被曝」である。そして,核分裂によって発生した中性子線やガンマ線は,様々な物質を通り抜けることから,建物の中にいてもこれらを避けることは できなかった。 また,中性子線は,空気,水,土,建造物など,あらゆる物質の原子核に衝突して,正常な原子核を放射性原子核へと変え,新たな放射線を生み出した。その最も危険なものがガンマ線である。建物の壁や屋根,地面などに中性子線が当たると,それらを構成する原子自体からガンマ線が発生した。 しかし,原爆の放射線の人体に対する影響は,この初期放射線による外部被曝に限られなかった。 b放射性降下物核分裂の連鎖反応と同時に,大量の放射性核分裂生成物(「死の灰」と呼ばれる)が生成された。この放射性核分裂生成物は,主にベータ線やガンマ線を放出する。また,広島原爆のウラン235及び長崎原爆のプルトニウム239のうち実際に核分裂を起こしたのは一部であり,残った未分裂の核分裂物質も,自らアルファ線を放出し,次々と種類の違う放射性原子に姿を変えながら,ガンマ線やベータ線を放出する。さらに,原爆の装置と容器が核分裂で生成された中性子を吸収して誘導放射化され,これも放射線を放出する。これらが爆発直後の火球の中に含まれていた(甲A45号証,甲A60号証) 線やベータ線を放出する。さらに,原爆の装置と容器が核分裂で生成された中性子を吸収して誘導放射化され,これも放射線を放出する。これらが爆発直後の火球の中に含まれていた(甲A45号証,甲A60号証)。 原爆の火球が膨張し,上昇して温度が下がると,火球に含まれていた様々な放射性物質は,放射性微粒子あるいは「黒いすす」となる。更に上昇して温度が下がると,この放射性微粒子や黒いすすが空気中の水蒸気を吸着して水滴となり,放射性物質を大量に含んだきのこ雲が作られる。きのこ雲からも放射線の放出は続いた。 きのこ雲は更に上昇しながら成長し,遂には崩れて広範囲に広がっていく。大きくなった水滴は放射能を帯びた「黒い雨」となって地上に降り注いだ。 また,原爆の熱線によって発生した空前の大火災によって巨大な火事嵐や竜巻が生じ,誘導放射化された地上の土砂や物体が巻き上げられて,再び黒い雨や黒いすすとともに地上に降り注いだ。広島原爆投下後には非常に広範囲に飛散降下物が広がっていることが示されており(甲A17号証),このことからも,原爆の威力が すさまじく,想像を絶する上昇気流が発生していたことが理解できる。 そして,黒いすす,黒い雨や降下してきた放射性微粒子などの放射性降下物は,初期放射線を浴びた直接被爆者のみならず,原爆投下時には市内にいなかったが,救援や家族を探し求めるため市内に入った人々(入市被爆者)の皮膚や髪,衣服に付着し,あるいは大気中や地面から,アルファ線,ベータ線およびガンマ線を放出して身体の外から被曝させた(放射性降下物による外部被曝)。 c誘導放射能爆心地に近いところでは,初期放射線の大量の中性子によって,地上及び地上付近の物質の原子核が放射性原子核となり(誘導放射化),それによって放射線を放出する誘導放射能はガンマ線とベータ線を放出し続けて, 心地に近いところでは,初期放射線の大量の中性子によって,地上及び地上付近の物質の原子核が放射性原子核となり(誘導放射化),それによって放射線を放出する誘導放射能はガンマ線とベータ線を放出し続けて,直接被爆者及び入市被爆者の体外から継続的に放射線を浴びせ続けた(誘導放射能による外部被曝)。誘導放射能は中性子線量の多い爆心地に近いところほど強いことから,原爆投下直後に爆心地近くに入市した被爆者はこの誘導放射能の影響を強く受けた。 dケロイドの形成初期放射線による外部被曝は,ケロイドの形成にも影響した。すなわち,原爆によって生じたケロイド(熱傷による創面修復のための瘢痕組織が過剰に増生し肥厚する状態)は,原爆炸裂により放出された熱線によるものであるが,それは単なる炎症性の変化ではなく,腫瘍性の変化を特徴とした。その発生原因としては,放射線によって人体内部が誘導放射化され,長期にわたって内部被曝を受け続けていることが考えられている。あるいは,放射性降下物がケロイドの中に閉じこめられて,継続的に内部被曝していることが考えられる。 (イ)内部被曝a内部被曝の態様内部被曝とは身体内部にある放射線源から放射線被曝することをいう,原爆の爆発により生じた未分裂核物質や核分裂生成物,誘導放射化された放射性物質等が,被爆者の体内に入り込み,これらの放射性物質が被爆者の体内で放射線 を放出する。 b放射性物質が体内に取り込まれる経路放射性物質が人体内に進入する経路としては,①放射化した飲食物や放射性物質が付着した飲食物を摂取する(経口摂取),②空気中に浮遊している放射性物質を吸引して摂取する(吸入摂取),③皮膚や傷口を通して直接人体内に入り込む(経皮摂取),という3つの経路がある。 残留放射能(誘導放射能と放射性降下物を含む。)は,アルファ に浮遊している放射性物質を吸引して摂取する(吸入摂取),③皮膚や傷口を通して直接人体内に入り込む(経皮摂取),という3つの経路がある。 残留放射能(誘導放射能と放射性降下物を含む。)は,アルファ線,ベータ線,ガンマ線等を放出する。アルファ線やベータ線は透過力が弱いので,外部被曝の場合には,衣類や皮膚の表面で止まって,身体の中には入らない。これに対して,内部被曝では,呼吸を通じて鼻から気道を通って肺に到着した放射性微粒子が身体の臓器や器官の一定場所に沈着してエネルギーを細胞に集中して与えることになる。 更に小さい微粒子の場合,血液やリンパ液などに吸収されて,体の中を回っていく。 飲食物が放射性物質で汚染されていると,それが腸から吸収されて,体の中を回っていくという形で体の中全体が被曝をすることになる。さらに,物質によっては,体の表面,皮膚を通り抜けるものもあるが,怪我をしている場合には,その傷口から放射性物質を体内に取り込む場合もあり得る。 c内部被曝の影響放射性物質が人体内に入った場合,その一部は人体のメカニズムにより体外に排出されるが,残りは体内にとどまって人体内で放射線をまき散らすことになる。 第1に,ガンマ線の場合には,その線量は線源からの距離に反比例する。したがって,質量の同一核種であっても,体外に存在する場合に受ける体外被曝と比べて,体内に入った場合に受ける体内被曝(内部被曝)は,格段に大きくなる。 第2に,飛程距離の短いアルファ線,ベータ線の問題がある。ベータ線は生物組織の中ではせいぜい1センチメートルしか透過せず,また,アルファ線の飛程距離は0.1ミリメートル以内である。したがって,べータ線やアルファ線を放出する核種が体内に入ってくると,飛程距離の短いこれら放射線のエネルギーのほとんど すべてが吸収され,体内からの被爆 飛程距離は0.1ミリメートル以内である。したがって,べータ線やアルファ線を放出する核種が体内に入ってくると,飛程距離の短いこれら放射線のエネルギーのほとんど すべてが吸収され,体内からの被爆が桁違いに大きくなる。殊にアルファ線の生物学的効果比(RBE)は大きく,1グレイで10ないし20シーベルトにもなる。 このように,アルファ線は短い飛程距離の中で集中的に組織にエネルギーを与えて多くの染色体や遺伝子の接近した箇所を切断する。のみならず,電離密度が大きいために,DNAの二重らせんの両方が切断され,誤った修復をする可能性が増大する。 第3に,濃縮の問題がある。人工性放射線核種には,生体内で著しく濃縮されるものが多いが,例えば,ヨウ素131なら甲状腺,コバルトやストロンチウム90なら骨組織,放射性セシウムなら筋肉と生殖腺というように,核種によって濃縮される組織や器官が特異的に決まっている。また,その微粒子が水に溶けやすいかどうかによって,移動する形態も変わってきて,これらが特定の体内部位にとどまって集中的に放射線を浴びせるということが起きると深刻な被害をもたらすことになる。 第4に,継時性の問題がある。ある放射性核種の体内への取込みがあって,その核種が体内に沈着・濃縮されたとすると,その核種の寿命に応じて内部被曝が続くことになる。この点は,放射線源から遠ざかれば放射線被曝を止めることができる外部被爆と根本的に異なる。また,体の外から浴びるガンマ線が体のあちこちに傷を付けるというのとは異なり,体内に取り込まれた放射性物質は沈着部位の比較的近傍にエネルギーを大量に与えて破壊するような仕方で被曝を与える。 以上のとおり,人工放射線核種は内部被曝により自然放射線核種の内部被曝よりも桁違いの大きく深刻な影響を及ぼすが,その最も大きな要因は,自然放射 ネルギーを大量に与えて破壊するような仕方で被曝を与える。 以上のとおり,人工放射線核種は内部被曝により自然放射線核種の内部被曝よりも桁違いの大きく深刻な影響を及ぼすが,その最も大きな要因は,自然放射線核種とは異なり,人工放射線核種は生体内で濃縮される点にあるとされる。すなわち,自然放射性核種の場合は生物が進化の過程で獲得した適応力が働いて体内で代謝し,体内濃度を一定に保つのに対し,自然界には存在しない人工放射性核種の場合,体内に取り込んで濃縮し,深刻な内部被曝を引き起こすことになるのである。そして,この場合には,体内に取り込んで長時間をかけて放射線を浴びることになるので, 急性症状が遅れて発症することが当然考えられる。このように,放射線による人体への影響は,時間をかけて放射線を浴びせ続けるために,被爆後長期間経過してからも後障害が発症するという特徴がある。 (ウ)放射線が人体に与える影響の機序a急性障害放射線,とりわけ人体への破壊力が大きな中性子線を浴びた人体内では,腸などの消化器系の内臓,血液を造る骨髄などで,細胞が自らの機能を停止させ死んでいく細胞自殺(アポトーシス)を起こす。そのため,内臓の機能が低下し,死に至る。 被爆後,やけどなどの外傷が少ないのに,被爆から数日後に死んでいった人の多くは,このアポトーシスが起こり,腸内での出血が止まらない,骨髄が損傷し造血不良が起こったことなどが原因で死に至ったと考えられる。 死に至らない場合でも,消化器系の粘膜は放射線に対する感受性が高いため,例えば,胃腸の粘膜の場合には剥離をしたり,びらんを起こしたりして,自覚症状として,悪心,嘔吐,下痢などの急性症状として現れる。 しかし,このような急性症状は現われないが,後に放射線の影響で晩発生障害が発生する被爆者もいる。とりわけ,内部被曝の場合 起こしたりして,自覚症状として,悪心,嘔吐,下痢などの急性症状として現れる。 しかし,このような急性症状は現われないが,後に放射線の影響で晩発生障害が発生する被爆者もいる。とりわけ,内部被曝の場合には,しきい値を確定することは困難であり,直接被曝の場合と急性症状の現れ方も異なる。 b晩発性障害放射性物質は,原子の真ん中にある原子核の周りを回っている電子にエネルギーを与えて,電子が原子や分子から外にはじき出されてしまう(電離作用)。電子は分子を結合する役割を果たしているが,その分子がはじき飛ばされると,結合していた分子は壊れてしまう。具体的には,体内のDNAのらせんの間を鎖のように結ぶアミノ酸が放射線を浴びて切断され,集中的に破壊作用が起きると修復機能が正常に機能せず,様々な障害を引き起こす原因になる(放射線の直接作用)。 また,ガンマ線が細胞の中の水分子に当たると,水がプラスイオンとマイナスイオンに電離し,そのマイナスイオンがDNAの二重らせんに到着すると,化学反応 を起こして二重らせんを切断する(放射線の間接作用)。これが一箇所だけ切断された場合には,ほとんどが元の正常な形に修復する機能を保つが,これが集中的に生じると,修復を誤るなどの事態が生じて,深刻な症状を引き起こすことになる。 ガンマ線が体内の原子の中に衝突すると,そのガンマ線のエネルギーを電子がもらって走り出す。その電子は電気を持っているので,次々と周辺の原子の中から電子にエネルギーを与えて,どんどん電子を跳ね飛ばす(密度の低い電離作用)。 一方,中性子は,電子を持っていないので直接電離作用はしないが,中性子が体の中の陽子にぶつかると,電気を持った陽子が走り出し,この陽子が集中した電離作用を引き起こす(密度の高い電離作用)。いずれも身体に深刻な影響を与える。 このように,放 接電離作用はしないが,中性子が体の中の陽子にぶつかると,電気を持った陽子が走り出し,この陽子が集中した電離作用を引き起こす(密度の高い電離作用)。いずれも身体に深刻な影響を与える。 このように,放射線はDNAを損傷し,遺伝的な影響,晩発性のがんを引き起こすなどの重大な影響を与えるが,それだけではなく,細胞膜などの破壊による深刻な被害なども引き起こす。つまり,細胞に取り込まれた結果,そこでベータ線等を出せば,細胞の膜が傷つけられることが当然起こる。ベータ線の場合は,ガンマ線に比べて一定の距離を進む間に起こす電離の数が多いので,ガンマ線の場合には素通りしていったり,まばらにしか電離あるいは励起という作用を起こさないのに比して,ベータ線ではもっと濃密度で起こすので,細胞膜が傷つくことが起こり得るのである。 もちろん,これらが内部被曝単独で生じるのではなく,外部被曝の影響をも合わせて起こり得るものであり,両方の影響を考慮する必要がある。 また,酸素は細胞の中に取り込まれ,命を作る運動をする。この酸素が放射線にぶつかると電気を帯び,人体に有害な活性酸素に変化する。電気を帯びた活性酸素は,人間の細胞を防護している細胞膜の電気に影響して穴があく。その中に放射線が入った場合の影響については,科学的には解明されていないが,放射線による桁違いのエネルギーにより新陳代謝が大きな影響を受けて動揺し不安定になる。これが内部被曝の一番最初の影響であり,被害の本質である。影響を受ける細胞が体細胞,つまり胃や肺,肝臓という臓器である場合には,突然変異を受けてがん細胞に 変わっていき,生殖細胞の場合には,遺伝子に傷がついて遺伝に障害が生じる。 さらに,初期の物理的過程により,原子や分子の化学的結合が切れて放射線分解が起こると,遊離基(1個又は複数個の不対電子を有する原 わっていき,生殖細胞の場合には,遺伝子に傷がついて遺伝に障害が生じる。 さらに,初期の物理的過程により,原子や分子の化学的結合が切れて放射線分解が起こると,遊離基(1個又は複数個の不対電子を有する原子や分子で,フリーラジカルという。)が生成する。これを物理化学的過程といい10億分の1秒程度の時間内に起こる。人体内に放射線が入ったときに生成する遊離基は,人体の主成分である水分子の変化したものが多い。遊離基は際めて不安定で非常に反応性に富むため,他の遊離基又は安定分子と直ちに反応する。遊離基が生物学的に重要な分子である細胞内のタンパク質や核酸と反応して変化を起こし,結果として細胞に損傷を与える(放射線の間接作用)。 (2)原爆症認定制度の意味ア被爆者援護法の正しい法解釈のあり方原爆被害が戦争という国の行為によってもたらされたものである以上,その被害の補償が戦争を遂行した国の責任で行われなければならないのは当然である。しかし,敗戦後の連合軍の占領時代には,連合軍によって原爆被害の実情を訴えることも原爆医療の研究も抑圧されていた。そして,日本政府は,日本国との平和条約において,連合国に対するすべての損害賠償請求権を放棄し,原爆被害についての請求権をもこれに含めた。これは,原爆被害を無視しただけではなく,原爆投下責任の追及を事実上放棄したものである。このような状況の下において,被爆者は,原爆被害の救済はもちろん,補償要求さえも許されなかった。日本政府は,アメリカに対する損害賠償請求権を放棄したのであるから,自らの責任に基づく被爆者の援護をより一層急ぐべきであったにもかかわらず,戦後米占領軍とともに原爆被害を隠し続けた。被爆者は,最も援護の必要だった戦後の12年間,なんの援護政策も採られないまま放置されたのである。この時期に多くの被爆者が亡く ぐべきであったにもかかわらず,戦後米占領軍とともに原爆被害を隠し続けた。被爆者は,最も援護の必要だった戦後の12年間,なんの援護政策も採られないまま放置されたのである。この時期に多くの被爆者が亡くなっていった。 昭和29年(1954年)のビキニ被災事件をきっかけとして世界的に広がった原水爆禁止運動を契機として,日本政府は,昭和32年,ようやく原爆医療法を制定し,被爆者は国の費用で医療が受けられるようになった。その後,被爆者の生活 援助のため,昭和43年に被爆者特別措置法が制定された。そして,平成6年12月,これら旧原爆2法を統一して制定されたのが被爆者援護法である。 原爆投下が国際法に違反するものであることや,被爆者援護法の前文の趣旨を踏まえれば,このような違法かつ残虐な行為がもたらした被害に関して,核兵器の影響を過小評価するのではなく,救済すべき被爆者につき落ちこぼれを作ることなく原爆放射線の影響を認定することが,被爆国としてのありようであり,被爆者援護法の正しい法解釈のあり方である。 イ国家補償制度としての原爆症認定制度被爆者援護法前文には,核廃絶及び平和への願いが示され,また,被爆者の置かれた状況を理解し,国の責任において被爆者を援護するということが示されている。 そうであれば,同法を解釈するに当たっては,原爆被害を正しく受けとめ,認定制度が,国が原爆に基づく被害に対して「国家補償」する制度であることに見合った運用をしなければならない。 被爆者援護法は,旧原爆2法を統合して作られたものであるが,旧原爆2法について,最高裁判所は,「原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで,かかる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争 弾の被爆による健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで,かかる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできない。原爆医療法は,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済をはかるという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは,これを否定することができないのである。」(最判昭和50年(行ツ)第98号同53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁)と判示している。 すなわち,援護に関する法律の根底には,国家による戦争開始・遂行,違法な核兵器使用をしたアメリカに対する請求権の放棄,原爆被害の実態の隠蔽という違法行為により,損害を受けた被爆者に対しては,本来,国の責任において賠償を行う べきであるという国家賠償の理念があるのである。しかし,国家賠償請求のためにはさまざまな要件が課せられるが,原爆被害の深刻さにかんがみ,厳格な要件により被爆者を切り捨てることがあってはならないため,一定の条件と必要性のある国民に対して一律の給付を行う社会保障の要素も含めた立法とされているのである。 被爆者に対する給付は,その根源においては国家賠償としての国の義務なのであるから,被告厚生労働大臣の認定は,被爆者に新たな権利を発生させるものではなく,既に存在する権利を確認する行為にすぎない。そして,どのような場合に給付対象者の権利を確認するかは,被爆者援護法の趣旨目的に即して決定すべきである。 したがって,被爆者援護法の実施に際して,被告厚生労働大臣の裁量の幅は極めて限定されており,その給付対象者について,法律の趣旨目的に反する 認するかは,被爆者援護法の趣旨目的に即して決定すべきである。 したがって,被爆者援護法の実施に際して,被告厚生労働大臣の裁量の幅は極めて限定されており,その給付対象者について,法律の趣旨目的に反するような基準を作り,それに当てはまらない者を除外することは絶対に許されない。なぜなら,この制度は,被爆者援護のための制度であるから,その給付手続は簡易にすべきであり,被爆者援護の目的からして援護の必要がある者を広く援護の対象とすることが求められているからである。また,制度の運用に当たっては,給付漏れを作ってはならないということは,法制定の趣旨目的からする当然の要請である。 ウ原爆症認定基準としての治療指針及び実施要領原爆症認定基準の解釈のあり方は,昭和33年8月13日付け「原子爆弾後障害症治療指針について」(同日衛発第726号各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通知。甲A67号証文献番号1,甲A112号証の2。以下「治療指針」という。)及び「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」(同日衛発第727号各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通知。甲A33号証。以下「実施要領」という。)と題する各厚生省公衆衛生局長通知によって既に明らかにされている。 実施要領においては,「いうまでもなく放射線による障害の有無を決定することは,はなはだ困難であるため,ただ単に医学的検査の結果のみならず被爆距離,被爆当時の状況,被爆後の行動等をできるだけ精細に把握して,当時受けた放射能の 多寡を推定するとともに,被爆後における急性症状の有無及びその程度等から,間接的に当該疾病又は症状が原爆に基づくか否かを決定せざるを得ない場合が少なくない。」とされ,治療指針においても,「原子爆弾被爆者に関しては,いかな ,被爆後における急性症状の有無及びその程度等から,間接的に当該疾病又は症状が原爆に基づくか否かを決定せざるを得ない場合が少なくない。」とされ,治療指針においても,「原子爆弾被爆者に関しては,いかなる疾病又は症候についても一応被爆との関係を考え,その経過及び予防について特別の考慮がはらわれなければならず,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にガンマ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが,被爆者のうけた放射能線量を正確に算出することはもとより困難である。この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり,また当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないが,治療を行うに当たっては,特に次の諸点について考慮する必要がある。」として,被爆距離,急性症状などを挙げている。そして,被爆距離については,おおむね2キロメートル以内のときは高度の,2キロメートルから4キロメートルまでのときは中等度の,4キロメートルを超えるときは軽度の放射能を受けたと考えて処理してさしつかえないとしている。 これらの通知は,原爆投下直後の9月からマンハッタン計画調査団の指揮により開始された日米合同調査団による諸調査や,敗戦直後,かつ,占領下の制約にもかかわらず,原爆被爆者の調査と救護のために現地で活動した各大学医学部や医科大学を始めとする国内の医学研究者による数々の調査報告を医学的根拠として作成されているところ,様々な調査結果から被爆者の急性症状が注目され,その程度により放射線の影響を推定することができるとしていたのである。そして,被爆距離については,2キロメートルを超えている場合でも当然放射線の影響を考慮しなければならないと指摘している。上記各通知は,こうした現在の知見をも を推定することができるとしていたのである。そして,被爆距離については,2キロメートルを超えている場合でも当然放射線の影響を考慮しなければならないと指摘している。上記各通知は,こうした現在の知見をもってしても否定することのできないごく当然の見地から作成されている。 その後,線量評価システムT65D(Tentative1965Dose以下「T65D」という。)や,1986年線量評価大系(DosimetrySystem1986。以下「DS86」という。)が発表されているが,こ れらは現実に起こっていることを説明することができない初期放射線に対する机上の計算式にすぎない。このような現実を説明し得ない計算に基づいた認定によって,現在は,救済されるべき被爆者が救済されない事態が生じているのである。上記各通知は,T65DやDS86発表前のものであるため,かえって初期放射線のみならず残留放射線や内部被曝の影響を含めた被爆の現実を見つめ,実態を反映した認定基準となっている。被爆者の受けた放射線量を正確に算出することがもとより困難であるということは,現在においても変わらない。そうであるならば,現在においても,原子爆弾被爆者に関して放射線の影響によるか否かを判定する判断基準としては,現実を反映し,被爆者をもらすことなく救済することができる上記通知の姿勢に基づいた基準を用いるべきである。 エ「認定被爆者」になることの意味被爆者援護法は,被爆当時,一定の区域内にあったもの,また,2週間以内に爆心地からほぼ2キロ以内の一定区域内に入ったもの等の要件を定め,これに該当するものを「被爆者」として被爆者健康手帳を交付し(同法1条),原爆症認定の前提条件として,上記法律上の「被爆者」に原爆症認定の対象を限定している。このため,原爆症の認定申請を行うことすらし に該当するものを「被爆者」として被爆者健康手帳を交付し(同法1条),原爆症認定の前提条件として,上記法律上の「被爆者」に原爆症認定の対象を限定している。このため,原爆症の認定申請を行うことすらし得ていない本来の被爆者も多数いる。そして,被爆者援護法においては,被爆者に対し必要な医療の給付や医療特別手当を支給することが定められているが,この医療や手当の給付を受けるためには,上記法律上の「被爆者」であって,更に,被告厚生労働大臣の認定を受けることが必要とされている。この医療(手当)の給付のため,負傷又は疾病が原子爆弾に起因するものであることを被告厚生労働大臣が認定する制度が原爆症認定制度である。このように,認定制度は,医療給付を受けるための要件としての意味を持つものであるが,認定制度の意味はそれだけにとどまるものではない。現在の被爆者援護施策においては,被爆者であることを証する被爆者健康手帳の交付及び各種手当の支給は,都道府県知事の認定によっている。これに対し,原爆症の認定は国が行う。認定制度によって,被爆者は,被害が原爆に起因するものであることを公に認められ るのである。「認定被爆者」になることは,被爆者にとって,自己の原爆被害を国が公式に認めたという証となるものであり,単なる受給による経済的利益をはるかに超える意味を有するのである。 (3)放射線起因性の判断基準ア放射線起因性の要件の緩和の必要性一般の民事損害賠償制度が,社会に発生した損害を公平に分担させることを目的とし,被害者の被った損害を加害者に填補させることによって当事者間の公平を図るものであるのに対して,被爆者援護法に基づく原爆症の認定制度は,被爆者の筆舌に尽くし難い被害の回復のためのごく一部とはいえ被害回復を保障しようとする制度である。したがって,このような制度目 平を図るものであるのに対して,被爆者援護法に基づく原爆症の認定制度は,被爆者の筆舌に尽くし難い被害の回復のためのごく一部とはいえ被害回復を保障しようとする制度である。したがって,このような制度目的からすれば,一般の民事損害賠償制度の成立要件として求められる相当因果関係と同じ要件を原爆症の認定制度における放射線起因性の判断において求めることは誤りである。前記(2)において述べた原爆症の認定という制度の意味,目的に適する起因性の要件を考えるならば,被爆者の疾病と原爆放射線との関係について,相当因果関係とは違って,当該制度にふさわしい,被爆者の被害回復に役立つ論理,すなわち,起因性の要件の緩和こそが必要であって,原爆症認定における放射線起因性の判断に当たっては,制度の趣旨・目的を踏まえた認定がされるべきである。また,仮に相当因果関係説をとる場合においても,その相当性の判断においては,援護に関する法律の目的に照らして要件判断が行なわれるべきことは当然である。 イ原因確率論,DS86,DS02本件では,原告らの疾病が放射線に起因するか否かが重要な争点であるところ,被告らは,原因確率論が放射線起因性判断における科学的知見であるとし,これに機械的に原告らを当てはめて起因性を判断しようとしているが,後述するとおり,原因確率論及びその基礎となるDS86,2002年線量評価大系(DosimetrySystem2002。以下「DS02」という。)は,疾病の発生,死亡あるいは急性症状の発症と放射線量推計との関係を十分説明することができないものである。すなわ ち,原因確率論が原爆症の放射線起因性に関し科学的知見として使用することができないものであり,このことは,同種事件における判決で何度も確認されていることである。 そして,現在の科学水準では,どのよ ち,原因確率論が原爆症の放射線起因性に関し科学的知見として使用することができないものであり,このことは,同種事件における判決で何度も確認されていることである。 そして,現在の科学水準では,どのような被曝をした者がどのような原爆症を発症するのかを推測し得る科学的知見は存在しないといわざるを得ない。 ウ放射線起因性の判断のあり方このように,確固とした科学的知見が存在しない場合の放射線起因性の判断に関し,治療指針は,治療上の一般的注意として,「原子爆弾被爆者に関しては,いかなる疾患又は症候についても一応被爆との関係を考え,その経過及び予防について特別の考慮がはらわれなければならず,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にガンマ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが,被爆者のうけた放射線量を正確に算出することはもとより困難である。この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり,また当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならない」と記載しており,起因性判断の基準として極めて妥当な内容といえる。 放射線を被曝することにより,様々な人体の異変が起こり,様々な疾病に罹患することは,経験則上認められる。また,近距離での直爆だけでなく,遠距離,入市等による間接被曝,内部被曝により急性症状等身体に異変が起こることも経験則上認められる。 このような経験則からして,被爆者原告らが広島・長崎において被爆したこと(原因)と,原告らが疾病に罹患したこと(結果)が存在すれば,その疾病が放射線被曝を原因としないという特段の事情がない限り,原因と結果との間の因果関係(起因性)が認められるべきである。 エ 結論 以上のとおり,原爆症認定のための要件である放射線起因性については,原 病が放射線被曝を原因としないという特段の事情がない限り,原因と結果との間の因果関係(起因性)が認められるべきである。 エ 結論 以上のとおり,原爆症認定のための要件である放射線起因性については,原告らのような被爆者が広島・長崎において被爆し,放射線の影響があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,医療を要する状態となったときは,放射線起因性が推定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,その負傷又は疾病は原爆放射 線の影響を受けたものと解すべきである。 (4)被告らの認定基準の誤りア概要被告らは,現在,原爆症認定申請に係る負傷又は疾病(以下「疾病等」という)の放射線起因性の判断において,原因確率という経験則を作り上げ,これに個々の被爆者を当てはめることを認定審査の基本としている。しかし,この原因確率は,被爆者に生じた現実を説明することができるものではなく,恣意的かつ不合理な内容を持ち,とても科学的な放射線起因性の判断基準となり得る代物ではない。そもそも,被爆者にはそれぞれの個体差があり,被爆状況もそれぞれに異なっており,被爆後の人生もまたそれぞれに違う道を歩んできている。このように,個々に全く違う事情を抱えている被爆者を,原因確率という基準を用いて,疾病と性別ごとに,爆心地からの距離と被爆時年齢で一律に起因性を判断することは誤りである。 被告厚生労働大臣が用いている原因確率なる基準が,放射線起因性を判断するに際しての経験則としての合理性・妥当性を有しないことを,以下詳論する。 イ被告厚生労働大臣の原爆症認定基準まず,被告厚生労働大臣がいかなる基準により原爆症認定審査を行っているかを検討する。 (ア)旧基準原因確率が用いられるまでの認定行政は,①申請者の被曝線量を推定し,②疾病ごとに認定するための一定 ず,被告厚生労働大臣がいかなる基準により原爆症認定審査を行っているかを検討する。 (ア)旧基準原因確率が用いられるまでの認定行政は,①申請者の被曝線量を推定し,②疾病ごとに認定するための一定の線量が決められており,①で推定した線量がこれを上回るか否かを検討する,というものであった(原子爆弾被爆者医療審議会の平成6年9月19日付け「認定基準(内規)」(甲A28号証。以下「認定基準(内規)」という。))。 このような旧来の認定基準(内規)は,ある一定の線量を超えれば放射線の影響を認める点において,放射線の人体影響一般にしきい値の議論を持ち込んでいた。 しかし,放射線の人体影響,特にがん等に関しては,しきい値のない確率的影響で あることは常識となっており,このようなしきい値論は,放射線の人体影響についての理解を根本的に誤ったものであり,全く合理性を有しない基準であった。 この点,最高裁判所平成10年(行ツ)第43号同12年7月18日第三小法廷判決(裁判集民事198号529頁。以下「松谷訴訟最高裁判決」といい,同訴訟を「松谷訴訟」という。)も,DS86としきい値理論とを機械的に適用しても,現実に生じた事実を説明することができないとして,従前の判断基準の合理性を否定している。また,大阪高等裁判所平成11年(行コ)第13号同12年11月7日判決(判例時報1739号45頁。以下「小西訴訟控訴審判決」といい,同訴訟を「小西訴訟」という。)も,一定線量以上の放射線を浴びないと人体に影響はなく,何らかの損傷があっても回復し,何らの後遺症状が生じることがないとのしきい値理論も,絶対的なものとは受け取り難い旨判断して,しきい値理論を否定している。 (イ)「認定基準(内規)」から「審査の方針」への転換厚生省(当時)は,「DS86+しきい値理論」という全 のしきい値理論も,絶対的なものとは受け取り難い旨判断して,しきい値理論を否定している。 (イ)「認定基準(内規)」から「審査の方針」への転換厚生省(当時)は,「DS86+しきい値理論」という全く合理性を有しない従前の基準を維持することができず,確率的影響の考え方を取り入れる形で,新たに「DS86+原因確率理論」という基準を作り上げた。具体的には,児玉和紀広島大学医学部保健学科教授を主任研究者とする厚生科学研究費補助金(特別研究事業)平成12年度総括研究報告書「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙A2号証)において,被爆者の性別・各疾病ごとの寄与リスクを求め,その結果を疾病・障害認定審査会被爆者医療分科会が平成13年5月25日に作成した「原爆症認定に関する審査の方針」(乙A1号証。以下「審査の方針」という。)に転用している。 しかし,審査の方針は,松谷訴訟最高裁判決及び小西訴訟控訴審判決が出された後の平成13年5月25日付けで作成されているにもかかわらずDS86に依拠していることからも,上記両判決の判示を無視して作成されていることは明らかである。 (ウ)審査の方針による具体的審査被告らが原爆症認定申請に係る疾病等の放射線起因性について現在用いている審査の方針の具体的内容は,以下のとおりである。 a被曝線量を推定する。 b疾病の種類及び性別によって作られた審査の方針別表に申請者の推定被曝線量と被爆時の年齢を当てはめて原因確率を算定する。 c原因確率がおおむね50パーセント以上であれば申請疾患について放射線起因性の可能性があるものと,おおむね10パーセント未満であればその可能性が低いものと推定する。 d放射線白内障については1.75シーベルトをしきい値とする。 e申請疾患の放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無によ あるものと,おおむね10パーセント未満であればその可能性が低いものと推定する。 d放射線白内障については1.75シーベルトをしきい値とする。 e申請疾患の放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無によって判断している。 このように,現在の原爆症認定の実態は,原因確率への当てはめを基本とし,特定の疾病(放射線白内障)についてはしきい値を設定して申請者の被曝線量がそれを上回るかを判断している。 (エ)審査の方針の根拠a被曝線量の推定原因確率の第一段階である,申請者の被曝線量を推定するという作業は,初期放射線による被曝線量,誘導放射能(残留放射線)による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量を合計して計算される。 初期放射線による被曝線量については,審査の方針別表9に申請者の被爆時の爆心地からの距離を当てはめることにより計算するが,この別表9は,DS86を根拠としている。 また,残留放射線による被曝線量については,審査の方針別表10に,爆心地からの距離と被爆後の経過時間を当てはめて外部被曝線量を計算する。 さらに,放射性降下物による被曝線量については,広島・長崎の特定の地域(a・b地区及びc地区)に居住していた者についてのみ外部被曝線量を加算する。 b原因確率表の作成方法上記aにおいて推定された被曝線量を当てはめる対象は,審査の方針別表1-1から別表8までの表(これら各表をあわせて,以下「原因確率表」という。)である。 そして,この原因確率表は,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙A2号証)における寄与リスクをそのまま転用しており,同研究における寄与リスクは,原爆傷害調査委員会(以下「ABCC」という。)や財団法人放射線影響研究所(以下「放影研」という。)が行っている疫学調査をもとに作成されている。具体的には,1950年( 同研究における寄与リスクは,原爆傷害調査委員会(以下「ABCC」という。)や財団法人放射線影響研究所(以下「放影研」という。)が行っている疫学調査をもとに作成されている。具体的には,1950年(昭和25年)から1990年(平成2年)までの死亡率調査(白血病,胃,大腸,肺がん)及び1958年(昭和33年)から1987年(昭和62年)までの発生率調査(甲状腺がん,乳がん)を基に作成されている。放影研の死亡率調査及び発生率調査は,DS86により推定被曝線量を与えられた被爆者集団を追跡調査し,死亡原因や疾病の発生状況を調査するという疫学研究である。 ウ審査の方針の問題点(ア)線量評価の誤りaDS86を用いることの誤り審査の方針では,原因確率への当てはめの前提としてDS86により申請者の被曝線量を推定している。しかし,DS86による被曝線量推定方式には現実と符合しない多くの問題点がある。しかも,DS86は,放影研の疫学調査の基礎にもなっており,DS86の誤りは疫学調査の結果の誤りに直結し,原因確率の誤りにつながる。 b残留放射線の軽視審査の方針では,線量評価において,誘導放射能による被曝と放射性降下物による被曝の一部を考慮しているが,これは全く不十分なものである。遠距離被爆者や入市被爆者に生じた急性症状の実態からすれば,審査の方針が用いるこれらの線量 評価が被爆者の受けた被曝線量を無視ないし著しく軽視していることは明らかである。 c内部被曝の無視審査の方針では,線量評価において外部被曝線量のみを考慮しており,内部被曝による被曝線量を特に算出していないが,内部被曝は,放射線被曝態様の重要な一つであり,これを無視することは許されない。 (イ)原因確率の誤りa放影研の疫学調査の誤り原因確率の基礎となる放影研の疫学調査には, を特に算出していないが,内部被曝は,放射線被曝態様の重要な一つであり,これを無視することは許されない。 (イ)原因確率の誤りa放影研の疫学調査の誤り原因確率の基礎となる放影研の疫学調査には,調査集団の線量評価にDS86を用いていること,残留放射線の影響を無視していること,内部被曝の影響を無視していること,比較対照群の設定に問題があること,死亡率調査を基礎にしていること,1950年(昭和25年)までの被爆者の死亡を考慮に入れていないことといった問題点が存在する。 b原因確率を個々の被爆者に当てはめることの誤り疫学は,集団についての概念であり,その結果を個々の被爆者に当てはめることは妥当ではない。特に,放射線の人体への影響には大きな個体差があることからすれば,集団についての結論を個々の被爆者に当てはめることの不合理さは明らかである。 (ウ)放射線起因性判断基準としての合理性の欠如以上のように,審査の方針には二重三重の問題点があり,被爆者の放射線起因性を判断する基準としての合理性を有していないことは明らかである。以下詳述する。 エDS86の問題点(ア)概要被告らは,被爆者の被曝線量をDS86という原爆放射線線量評価体系によって推定しているが,DS86には重大な欠陥があり,誤った線量評価となっている。この点については,松谷訴訟最高裁判決を始め従来の原爆症認定をめぐる訴訟 でも指摘されてきたところである。それにもかかわらず,被告らは,DS86と原因確率表の機械的適用を主張し,さらにはDS02なるものを持ち出してDS86の信用性が裏付けられたと強弁している。 しかし,DS86については,大きく次のような問題点を指摘することができる。 ①その推定線量は,実測値と比べて,近距離ではやや過大評価であり,遠距離では過小評価になり,特に けられたと強弁している。 しかし,DS86については,大きく次のような問題点を指摘することができる。 ①その推定線量は,実測値と比べて,近距離ではやや過大評価であり,遠距離では過小評価になり,特に中性子線の線量評価は遠距離では桁違いの過小評価となっている。 ②遠距離被爆者及び入市被爆者の急性症状を合理的に説明することができない。 ③放射性降下物等の影響については限られた地域に限定し,放射性降下物及び誘導放射性物質を摂取したことによる内部被曝を無視している。 また,被告らは,DS86が正しいことがDS02で裏付けられた旨主張しているが,DS86の欠陥はDS02においても全く改善していない。 (イ)線量推定式の変遷aT57D1956年(昭和31年),アメリカ原子力委員会は,原爆放射線の人間に対する効果を研究するために,オークリッジ国立研究所(ORNL)を中心にした「ICHIBAN計画」と称する核実験をネバダ核実験場で行った。この核実験のデータをもとづいて広島・長崎原爆の放射線量の推定を行い,線量評価システムT57Dが作成された。 bT65D次に,長崎型原爆と同じタイプのプルトニウム原爆を使用したり,ネバダ核実験場に500mの塔を建てて「裸の原子炉」やコバルト60の線源を設置して,中性子の伝播や遮蔽効果の研究が行われた。原爆傷害調査委員会(ABCC)はオークリッジ国立研究所と協力し,さらに放射線医学総合研究所などによる広島・長崎原爆の放射線の測定結果と照合してT65Dを作成した。 ところが,DS86の登場によってT65Dの値は大きく修正されることになっ た。例えば,爆心から2キロメートルの地点では,DS86ではガンマ線は4倍に,中性子線は9分の1に修正された。この原因については,①爆弾の出力,中性子スペクトルなど原子爆弾(特に ことになっ た。例えば,爆心から2キロメートルの地点では,DS86ではガンマ線は4倍に,中性子線は9分の1に修正された。この原因については,①爆弾の出力,中性子スペクトルなど原子爆弾(特に広島型爆弾)に関する知識が日米線量再評価によってより正確となったこと,②T65Dではネバダの乾燥した空気での結果を使ったが,DS86では広島,長崎の高湿度,すなわち,空気中成分の考慮がされたことなどである,旨被告らは主張するが,爆弾の出力などの原子爆弾(とりわけ広島型原爆)に関する知識が1986年(昭和61年)の時点で変更されていることに象徴されているように,線量を推定する上で最も基本的なデータですら不正確である。 cDS86DS86は,T65Dと異なり,実験結果に基づかないコンピューターによるシミュレーションである。1963年(昭和38年)8月3日に調印され,同年10月10日に発効した「部分核停止条約(大気圏内,宇宙空間及び水中における核実験を禁止する条約)」のために,空気中での核爆発実験を禁止された米国が,中性子爆弾の威力をはかるために作成したコンピュータープログラムに基づくシミュレーションである。しかも,軍事機密のため,日本側に示されたのは,原爆容器を通り抜けて外部へ放出された即発ガンマ線と中性子線の総量,エネルギー分布及び方向分布に関する計算結果だけであって,コンピュータープログラムに関する重要な情報が公開されていない。 このように,DS86は,実験に基づくものではなく,しかも,他の科学者等による追検証不可能なものである。こうした基本的事項が明らかになっていない線量推定式はそもそも信用性に乏しい。そして,DS86について判明している内容についても実証されている多くの問題点があり,学問上信用性に問題があるものとして取り扱われている 項が明らかになっていない線量推定式はそもそも信用性に乏しい。そして,DS86について判明している内容についても実証されている多くの問題点があり,学問上信用性に問題があるものとして取り扱われている。 なお,広島に投下されたウラン235を用いた原爆は,後にも先にも一発だけであり,同じ型の原爆を用いた実験もされていない。また,原子爆弾の構造などの詳 細な情報も軍事機密となっている。したがって,広島型原爆については不明な点が多く,現に,それによって発生したエネルギーについても,12キロトンと推定する者から18キロトンと推定する者までいるような状態であり,その不確実さは明らかである。 (ウ)DS86の評価aDS86自身の認める限界DS86自身において既にその推定値が不確実であることが述べられている。例えば,「中性子の測定についてのこの章の結論は,中性子線量がさらに研究が進展するまでは疑わしいということでなければならない。爆心地より1000mを超えたところで十分質の高い結果を出せる別の物理的効果による熱中性子フルエンスの再測定は特に価値があることである。」,「現在,DS86に含まれている改訂線量推定モデルでの誤差の解析は,不完全である。」などとされている(甲A4号証)。誤差の解析が不十分で,再測定された結果による見直しが予定されているのである。 このようなことから,DS86発表以後も精力的にガンマ線及び中性子線の物理学的測定が行われてきた。その結果,後記のとおり,DS86と実測値との不一致は一層明確となり,広島でも長崎でも共通して,爆心から近距離ではDS86の推定値は過大評価であるが,遠距離では過小評価に転じ,爆心からの距離が増大するにつれて過小評価の度合いが拡大することが判明し,DS86の見直しが日米の科学者間で行われてきたのである 離ではDS86の推定値は過大評価であるが,遠距離では過小評価に転じ,爆心からの距離が増大するにつれて過小評価の度合いが拡大することが判明し,DS86の見直しが日米の科学者間で行われてきたのである。 bDS86の学術的な扱いこうした状況を反映して,平成8年当時,上野陽里京都大学名誉教授は,松谷訴訟における意見書で,「DS86を使用した最近の論文でも,今後DS86が変更になれば,その研究結果は異なったものになると,わざわざ注釈をつけている。すなわち,放射線科学の研究者は今後起こるであろうDS86の変更を予測しなければ論文自体の評価が下がる状態になっている。現在DS86に信頼を置くことは, 正当性を欠き,DS86体系を何らかの判断根拠とすることは,誤りである。これが最近のDS86体系を取り巻く情勢である。」と述べている(甲A7号証)。 このようなDS86の学問上の評価に照らせば,遠距離の放射線線量の有力な専門的知見,経験則として用いることが誤りであることは明らかである。 (エ)DS86と実測値の乖離原爆の初期放射線の線量を測定するために,多くの科学者により初期放射線の痕跡を測定して,原爆時の初期放射線量を逆算する研究が行われている。このような研究により測定された値を「実測値」ないし「測定値」と呼ぶ。 このように物理的手法により測定された実測値と比較して,DS86の推定値は近距離で過大評価,遠距離で過小評価となる顕著な傾向を示している。DS86は,実際に測定された現実を説明することができないのである。 aガンマ線現在では,熱ルミネッセンス(TL)法(放射線照射された結晶性物質を加熱したときに生ずるルミネッセンス(蛍光)を利用した線量計で,放射線照射によって結晶内で分離した電子や正孔が熱刺激によって再結合するときに発光する原理を利用し L)法(放射線照射された結晶性物質を加熱したときに生ずるルミネッセンス(蛍光)を利用した線量計で,放射線照射によって結晶内で分離した電子や正孔が熱刺激によって再結合するときに発光する原理を利用したもの。)による測定技術が大きく進歩し,半世紀も前に原爆が放出したガンマ線の線量の測定が可能になっている。 DS86に係る日米原爆線量再評価検討委員会報告書(以下「DS86報告書」という。)が発表された後の1992年(平成4年)に長友教授らによる熱ルミネッセンス法による測定によって,広島の爆心地から2050メートルでの高い精度の実測値が得られた。長友らの論文の要旨は,広島の爆心地から2050メートルにおけるガンマ線線量を瓦のサンプルから熱ルミネッセンス法で測定し,2450メートルにおいて収集した瓦のサンプルも,バックグランド評価の信頼性をチェックするために解析した,2050メートルの距離に対する結果は5枚の瓦についての測定値の平均で129プラスマイナス23ミリ・グレイであり,この値は対応したDS86の推定より2.2倍大きい,これらの結果と文献における結果は,爆心 地から2050メートルにおける測定値に対し,DS86の計算値が50パーセントあるいはそれ以下であることを示している,というものであった(甲A24号証の1及び2)。 さらに,長友教授らは1995年(平成7年)に広島の爆心地から1591メートルと1635メートルとの間の測定も行い,既にこの距離からガンマ線線量の実測値はDS86の計算値からずれ始めることを確かめている。同論文の要旨は,組織カーマの結果は,DS86の評価より平均して21パーセント多かった,現在のデータと報告されているTLの結果は,測定されたガンマ線カーマはDS86の値を約1.3キロメートルで超過し始め,この不一致は距離とと の結果は,DS86の評価より平均して21パーセント多かった,現在のデータと報告されているTLの結果は,測定されたガンマ線カーマはDS86の値を約1.3キロメートルで超過し始め,この不一致は距離とともに増加することを示唆している,この不一致は,DS86の中性子ソース・スペクトルに誤りがあることに原因があり,これまでの中性子放射化の測定によって支持されている,というものであった(甲A25号証の1及び2)。 このほか,星正治らが平成元年に爆心地から1909メートルの地点で測定したガンマ線の線量の実測値は,DS86による推定線量の2.0倍及び2.1倍であったとされる(J・広島原爆の放射線量についての意見書5頁(甲A8号証の1))。 このように,DS86によるガンマ線の線量推定に誤りがあることが明らかとなってきており,DS86報告書自身,「すべての研究所の結果で,1000m以遠の距離において,計算値に対して測定値の方が大きいのは,全く明白である。すなわち28の測定中24が,計算値を超える。逆のことが1000m以下の距離では当てはまるように思われる。すなわち14の測定中10が,計算値よりも低い。」,「1000mを超える範囲は被爆者数の点で重要な対象地域であるので,上記の結果からパラメータの訂正を行った方がよいと判断する。」(甲A4号証)として,実測値との間でずれがあることを認めている。 以上からすれば,爆心地から1000メートル以遠においてDS86のガンマ線推定線量は実際の線量よりも過小評価されているということができる。 ガンマ線は,直接原爆から放出されたものだけでなく,原爆から放出された中性子が空気中の原子核と衝突した際にも生成される。後記のとおり,DS86の中性子の推定線量が過少評価されているため,ガンマ線の推定線量も遠距離において過小評 れたものだけでなく,原爆から放出された中性子が空気中の原子核と衝突した際にも生成される。後記のとおり,DS86の中性子の推定線量が過少評価されているため,ガンマ線の推定線量も遠距離において過小評価になってくるのである。 b中性子線原爆の爆発の瞬間に放出された中性子は,空気中や地上の原子の原子核に散乱されたり,吸収されたりして,複雑な経路を経て地上に到達した。このように,中性子線は複雑な振舞いをするので,推定の困難さはガンマ線の比ではない。中性子についての推定線量が疑わしいということは,DS86報告書自体,「中性子の測定についてのこの章の結論は,中性子線量がさらに研究が進展するまでは疑わしいということでなければならない。」と指摘しているところである(甲A4号証)。 (a)熱中性子中性子線のうち熱中性子線の実測値測定においては,熱中性子によって誘導放射化されたユウロピウム152,塩素36及びコバルト60の測定が行われており,それによれば,これらの異なる核種について,広島と長崎に共通して,DS86による中性子線量が,近距離において過大評価であり,遠距離において過小評価に転じている(甲A18号証)。 ユウロピウム152と塩素36については,測定値がバックグラウンドの影響を受けるため,測定値との不一致を明確にすることは困難である。そこで,広島のコバルト60の実測値(甲A18。なお,これらの評価において,バックグラウンドの評価は,広島の爆心地から南方4571メートルのaにある陸軍食糧倉庫の窓から採取された5個の鋼鉄板1500グラムを用いて行われており,バックグラウンドについて十分な評価がされていることは明らかである。)に基づいて,カイ自乗フィットという方法により熱中性子の近似式を求め,DS86等と比較すると,900メートルを超えるとDS86 ,バックグラウンドについて十分な評価がされていることは明らかである。)に基づいて,カイ自乗フィットという方法により熱中性子の近似式を求め,DS86等と比較すると,900メートルを超えるとDS86による推定線量が過小評価されていることが分かる(なお,カイ自乗フィットとは,理論式に基づいて計算した理論値と実測値との差 の自乗を実験誤差の自乗で割ったものを求め,これをすべての実測値について加え合わせてカイ自乗(χ )と呼ばれる量を計算し,理論式のパラメーターを変化させ てカイ自乗が最小になるようなパラメーターの組み合わせを決め,得られたカイ自乗の値が統計学的に予想される値よりも小さければ得られたパラメーターの理論式は実測値を全体としてよく再現しているものとみなす測定データの解析方法をいう。)。 なお,DS86報告書第5章図8(a)を見れば,ユウロピウム152及び塩素36についても,遠距離において系統的なずれを生じていることは明白であるし,DS86報告書第5章図3においては,コバルト60の測定値と計算値との比較が示されているが,やはり系統的なずれは明白である。 長崎についても,熱中性子に関してユウロピウム152及びコバルト60の測定が行われている。ユウロピウム152については測定値にばらつきが大きいため,コバルト60の測定値をカイ自乗フィットしてDS86の推定値と比較したところ,やはり900メートルを超える辺りからDS86が過小評価となっている(甲A60号証)。実測値に関して900メートル辺りから減少割合が緩やかになっているが,DS86報告書におけるネバダ核実験場での長崎型原爆の実験においても同様に遠距離で緩やかに減少する成分が示されており(甲A61号証),カイ自乗フィットのグラフと符合する内容である。したがって,1000メートルを超え おけるネバダ核実験場での長崎型原爆の実験においても同様に遠距離で緩やかに減少する成分が示されており(甲A61号証),カイ自乗フィットのグラフと符合する内容である。したがって,1000メートルを超える遠距離になって現れてくると,緩やかに減少する中性子線が存在することが考えられる。 遠距離におけるDS86の熱中性子の計算線量が実測値よりも小さいということは,DS86の計算において近距離の高速中性子が過小評価されていたことを示すとともに中性子線量全体の過小評価を示唆するものである。 (b)速中性子速中性子に関しては,リン32とニッケル63の測定により実測値が導かれているが,これらの測定結果にしても1000メートルを超える辺りからDS86が実測値よりも過小評価に至っている(甲A60号証)。 そして,速中性子は大気中の原子核によって何度か散乱されて次第にエネルギーを失いながら熱中性子へと変わっていくのであるから,速中性子の過小評価は熱中性子の過小評価へ直結する。 (c)以上からすると,DS86による中性子線の推定は実測値を説明することができないのであり,特に1000メートルを超える辺りから推定は到底採用できるものではない。 c誤差の原因(a)概要DS86の中性子線量についての誤差の理由としては,①原爆の爆発点から放出された中性子線のエネルギー分布,すなわち,ソースタームの計算問題,②中性子の伝播に重要な影響を与える湿度の高度変化,③ボルツマン輸送方程式に基づくコンピューター計算における区分の設定,などが考えられる。 (b)ソースタームの計算問題(上記①)について原爆の核分裂の連鎖反応は100万分の1秒以下という短時間で終わるので,原爆容器が崩壊する以前の段階で放射線が容器を突き抜けて容器の外に飛び出す。そして,中性子線の一 ムの計算問題(上記①)について原爆の核分裂の連鎖反応は100万分の1秒以下という短時間で終わるので,原爆容器が崩壊する以前の段階で放射線が容器を突き抜けて容器の外に飛び出す。そして,中性子線の一部は原爆容器や火薬などに吸収されてしまうことから,外部に放出された中性子線の量を正確に推定するためには,原爆容器や火薬等の成分や厚さなどの詳細な情報が必要である。ところが,原爆容器の材質や火薬の量・成分などは軍事機密ゆえに公表されておらず,原爆放射線のエネルギー分布は追検証することができないため,誤りを含む可能性が否定できない。 しかも,原爆の場合は短時間で核分裂の連鎖反応を起こさなければならないため,連鎖反応における主要な役割を高速中性子に果たさせている。一方で,広島原爆のレプリカの模擬原子炉における実験では,原子炉という性格上,核分裂を制御する必要があることから,核分裂の連鎖反応における主要な役割を熱中性子に果たさせている。ところが,DS86報告書においては,ソースタームの計算結果が原子炉レプリカによる測定値と一致したと述べられている。このことは,広島原爆のソー スタームが熱中性子を中心に計算されていることを裏付けている。したがって,広島原爆のソースタームは,高速中性子を過小評価していることになる。そして,高速中性子の過小評価が熱中性子の過小評価に直結することは前述したとおりであり,このことが中性子線やガンマ線の誤差につながっていると考えられる(甲A60号証)。 また,同様の理由が長崎原爆における中性子線のズレの原因として考えられる。 そもそも,原爆(特に広島原爆)の構造等の基礎的な情報が公開されていない現状において被曝線量の推定が困難を極めることは明白である。例えば,DS86における広島原爆の複製による実験結果に基づく出力推定がDS02 原爆(特に広島原爆)の構造等の基礎的な情報が公開されていない現状において被曝線量の推定が困難を極めることは明白である。例えば,DS86における広島原爆の複製による実験結果に基づく出力推定がDS02の策定過程において16キロトンに変更されているが,その理由については,広島の中性子の不一致問題解決のためにどうしても爆心地付近の測定値と計算値が一致することが不可欠と判断され,爆発高度と出力との組み合わせについて測定値と計算値の一致度をにらみながら総合的な判断の下に決定したとされている(乙A10号証)のであって,このような操作が可能となること自体,原爆の基礎的な構造自体が軍事機密とされて公表されず,広範な推測によらざるを得ない状況を物語っている。また,複製による実験については,その構造以外にも,原爆の爆発で起こった即発放射線の火薬部分による中性子の吸収・散乱とレプリカの原子炉での吸収・散乱とでは異なる可能性があることも指摘されている(甲A23号証)。 (c)湿度の高度変化(上記②)についてDS86は,広島では,広島気象台の湿度80パーセントを用いて計算をしている。しかし,d山にある広島気象台は海と大田川に近く,原爆投下時は満潮であったため,海や川の影響を受け,気象台の測定値が周囲の湿度より高くなっていた可能性がある。また,長崎では,爆心より4500メートル南南西の海沿いにある長崎海洋気象台の測定値71パーセントを用いている。しかし,家屋が密集した都市の上空では海沿いとは異なりもっと湿度は低かった可能性がある。 また,後記のとおり,上空を1500メートルで限り,半径を2825メートル で切った境界条件を採用し,計算領域が限定されていることから,上空の空気中の原子核で反射して地上に到達した中性子の寄与は遠距離でかなり増大する可能性がある。 ルで限り,半径を2825メートル で切った境界条件を採用し,計算領域が限定されていることから,上空の空気中の原子核で反射して地上に到達した中性子の寄与は遠距離でかなり増大する可能性がある。 さらに,気象台のある地表付近では湿度が高かったとしても,上空では湿度が低かったことも考えられる。当日と同じ気象条件の日を選んで行われたラジオゾンデによる気象観測では,地上500メートル前後に逆転層が生じていた可能性を示唆する研究報告がある(甲A8号証の1)。 中性子は空気中の水素の原子核により吸収されたり散乱したりするので,湿度が低ければ吸収,散乱が少なくなり,より多くの中性子が遠距離に到達することになる。 (d)ボルツマン輸送方程式(上記③)についてDS86は,広島でも長崎でもボルツマン輸送方程式を用い,爆心地から半径2825メートル,高さ1500メートルの円筒の内部について計算している。しかし,DS86が採用するボルツマン輸送方程式においては,ある1つの要因でいったん計算値にずれが生じると,ずれは次々に累積・拡大してしまう(甲A60号証)。 d 結論 以上のとおり,実際に人体に降り注いだ放射線は,DS86による推定と,特に遠距離では大きく異なるものである。広島ではDS86による推定線量の数十ないし数百倍の放射線の影響があったことになる。 (オ)DS02の問題点a概要被告らは,DS86が正しいことがDS02で裏付けられた旨主張しているが,以下に述べるとおり,DS86の欠陥はDS02で全く改善しておらず,DS86を起因性判断に使うことができないことが明確になった。 そもそも,DS02は2002年(平成14年)にできたことからDS02と呼 ばれている。ところが,2005年(平成17年)5月現在,DS02日米合同評価作業グループ報告書( ことが明確になった。 そもそも,DS02は2002年(平成14年)にできたことからDS02と呼 ばれている。ところが,2005年(平成17年)5月現在,DS02日米合同評価作業グループ報告書(以下「DS02報告書」という。)の総括すらできていない未完成の状態であり,このように,3年も経って完成すらしないものに基づいて議論せざるを得ないこと自体,初期放射線推定式の曖昧さや欠陥を表すものである。 b高速中性子について(a)1400メートル以遠には役に立たないことDS02では,高速中性子について新たに測定結果を用いている。この測定結果などに基づいてDS02が合意されるに至ったものであり,DS02策定において大きな役割を果たすものであった。ところが,被告ら申請の証人M(東京大学原子力研究総合センター助教授)も,この高速中性子に関する測定について,遠距離すなわち1400メートル以遠については線量評価として役に立たない旨証言しているところ,原告らは1400メートル以遠の被爆や入市被爆者である。DS02は,これらの被爆者については役に立たないものである。 (b)近距離で過大評価,遠距離で過小評価爆心地から380メートルの地点では,ニッケル63による中性子線量の実測値はDS86の推定線量の0.64倍,1461メートルの地点では1.52倍となっている。DS02でも,391メートルの地点で実測値は0.85倍,1470メートルの地点で1.90倍となっている(DS02報告書(中)296頁(乙A46号証))。このように,高速中性子線のDS86の推定線量もDS02の推定線量も,近距離で過大評価であり,遠距離で過小評価となっている。とりわけ,遠距離におけるずれはDS86よりDS02で拡大している。 液体シンチレーション法によるニッケルの測定もされ,加速器質 2の推定線量も,近距離で過大評価であり,遠距離で過小評価となっている。とりわけ,遠距離におけるずれはDS86よりDS02で拡大している。 液体シンチレーション法によるニッケルの測定もされ,加速器質量分析法とも比較されその信頼性も確認されているが,それも1500メートルで実測値が計算値を上回っている(DS02報告書(中)301頁以下(乙A46号証))。 (c)バックグラウンドの評価のいい加減さDS02の基となったストローメらの論文では,1880メートルの地点の測定 値をバックグラウンド(原爆放射線の影響のない値)としていた(乙A37号証の1及び2)。ところが,それではあまりにおかしいということで,DS02ではバックグラウンドの数値を変えており(DS02報告書(中)289頁(乙A46号証)),あまりにも恣意的操作がされている。バックグラウンドの評価は高速中性子が全く到達しない遠距離の測定結果を用いるべきところ,ストローメらは既に1400メートル以遠の測定値はバックグラウンドと同程度になってしまうと決めつけて,バックグラウンドに採用すべき5000メートル地点における測定を杜撰にやっているのである。 cガンマ線についてガンマ線については,1500メートル以遠では測定値が計算値より系統的に上にずれている。 まず,長友教授らの測定では,2.05キロメートルにおける測定結果はDS86の推定よりも2.2倍大きいとされており(甲A24号証の1及び2),DS86以降の測定でも1500メートル以遠では測定値は計算値よりずれている(DS02報告書(中)74頁図7B14(乙A46号証))。 DS02でも,「遠距離では測定値が計算値よりも高いことを示唆する若干の例がある」とされている(DS02報告書(中)76頁(乙A46号証))。 d熱中性子について熱 図7B14(乙A46号証))。 DS02でも,「遠距離では測定値が計算値よりも高いことを示唆する若干の例がある」とされている(DS02報告書(中)76頁(乙A46号証))。 d熱中性子について熱中性子については,コバルト60もユウロピウム152も,遠距離では測定値が系統的に計算値を上回っている。 (a)コバルト60について平成10年の静間教授らの測定結果は明らかに遠距離では計算値よりも測定値が上にずれており,平成13年の小村教授らの測定結果も遠距離では測定値が計算値を上回っている(DS02報告書(中)98頁図8(乙A46号証))。 (b)ユウロピウム152についてユウロピウム152についても,測定値が計算値よりも上側に固まっている(D S02報告書(下)143頁上図(乙A46号証))。 さらに,広島において,中西教授らは平成3年に,静間教授らは平成5年に測定を行っているが,コバルト60のデータに見られたような系統的なずれの存在を明らかにした(DS02報告書(中)106頁,111頁(乙A46号証))。 小村教授らの測定結果も遠距離に行けば行くほど系統的に実測値が計算値を上回って行っており(DS02報告書(下)121頁(乙A46号証)),1400メートルでは,実測値の誤差範囲を示す誤差棒さえ計算値からはずれて上部に出ている(甲A107号証)。 (カ)現実に起きた現象とDS86,DS02との乖離a概要原爆投下直後から現在に至るまで,被爆者を対象として様々な健康調査が行われている。後障害に関する調査として放影研の疫学調査が存在するが,急性症状に関しても多数の調査が行われている。そして,これら急性症状に関する調査の結果は,①2キロメートル以遠のいわゆる遠距離被爆者といわれる被爆者にも急性症状が発症していること,②入市被爆者にも急 状に関しても多数の調査が行われている。そして,これら急性症状に関する調査の結果は,①2キロメートル以遠のいわゆる遠距離被爆者といわれる被爆者にも急性症状が発症していること,②入市被爆者にも急性症状が発症していること,を明らかにしている。 急性症状は,被爆者が放射線を浴びたことの一つの目安となるものであり,遠距離被爆者や入市被爆者に急性症状が発症しているという事実は,これらの被爆者が多量の原爆放射線を浴びたことを裏付けている。 ところが,DS86では初期放射線及び一部の残留放射線が考慮されているだけであり,これらの線量評価では,遠距離・入市被爆者に急性症状が生じたという現実を説明することはできない。 b遠距離被爆者の急性症状に関する各種調査結果遠距離被爆者の急性症状について調査した代表的な調査結果として,以下の各調査結果等がある。 (a)日米合同調査団の調査 日米合同調査団の記録によれば,典型的な急性症状である脱毛は,2.1キロメートルないし2.5キロメートルで7.2パーセント,2.6キロメートルないし3キロメートルで2.1パーセント,3.1キロメートルないし4キロメートルで1.3パーセント,4.1キロメートルないし5キロメートルでも0.4パーセント,紫斑は2.1キロメートルないし2.5キロメートルで3.9パーセント,4. 1キロメートルないし5キロメートルでも0.4パーセントの発症が見られる(甲A6号証。以上いずれも長崎における屋外又は日本家屋内)。 また,2.1キロメートルないし2.5キロメートルでの脱毛の発症率は,遮蔽がある場合については2.9パーセント(ビルディング)ないし1.8パーセント(防空壕,トンネル)というように遮蔽の有無により異なっている(甲A6号証)。 (b)東京帝国大学医学部の調査東京帝国大学医学部の調 については2.9パーセント(ビルディング)ないし1.8パーセント(防空壕,トンネル)というように遮蔽の有無により異なっている(甲A6号証)。 (b)東京帝国大学医学部の調査東京帝国大学医学部の調査は,広島における3キロメートル以内の被爆者4406名(男2063名,女2343名)を対象にしたものであるが,2.1キロメートルないし2.5キロメートルで男性5.7パーセント,女性7.2パーセント,2.6キロメートルないし3キロメートルで男性0.9パーセント,女性2.4パーセントの発症が見られている(甲A86号証)。 また,2.1キロメートルないし2.5キロメートルでの脱毛の発症率は,屋外開放の場合9.4パーセント,屋内の場合4.2パーセントというように遮蔽の有無により異なっている(甲A86号証)。 なお,頭部脱毛の方向性に関する調査によれば,700例のほとんどについて方向性がない。このことは,熱線の影響であるとはおよそ考えられないことを示している。 (c)於保源作医師の調査於保源作医師(以下「於保医師」という。)が広島で急性症状の発症率を調査した「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(甲A5号証)は,距離ごとの有症率だけでなく,被爆時に屋内にいたか屋外にいたかの別,被爆後に中心部に出入りしたか の有無により区分されているところ,これによれば,「原爆直後中心地に入らなかった屋内被爆者の場合」は,熱線や爆風の影響が小さく,また,残留放射線の影響も小さいといえ,初期放射線の影響を比較的よく表しているといえるが,この場合でも,2キロメートルで30パーセントの急性症状有症率があり,3キロメートル以遠においても多くの急性症状が発症している。 また,同調査結果によれば,中心地出入りなしの2キロメートル以遠で,屋外被爆者が屋内被爆者に比較して顕著に有症率が の急性症状有症率があり,3キロメートル以遠においても多くの急性症状が発症している。 また,同調査結果によれば,中心地出入りなしの2キロメートル以遠で,屋外被爆者が屋内被爆者に比較して顕著に有症率が増加しているが,屋内被爆と屋外被爆とでは,遮蔽状況の違いがあり,遮蔽がない屋外被爆者に有症率が高いということは,初期放射線が2キロメートル以遠の遠距離にまで到達していることを物語っている。 さらに,同調査結果によれば,爆心地から1キロメートルの中心地に出入りした被爆者は,4キロメートル以遠においても20パーセント以上の有症率であるが,このことは,中心地への出入りにより強い放射線を浴びていることを裏付けており,中心部付近の残留放射線の影響が非常に大きかったことを物語っている。 (d)放影研の調査放影研の調査でも,2キロメートルから3キロメートルで3パーセントに,3キロメートル以遠でも1パーセントに脱毛が見られている(甲A87号証)。 (e)横田らによる2つの調査横田賢一らは,長崎の被爆者3000人を対象に急性症状の発症率の調査を行い(「長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究」甲A89号証),また,被爆距離が4キロメートル未満の1万2905人(男5316人,女7589人)を対象に脱毛の発症頻度を調査している(「被爆状況別の急性症状に関する研究」(甲A88号証))が,これら調査においても,2キロメートル以遠の遠距離において脱毛の発症が観察されている。しかも,遠距離においても遮蔽の有無により脱毛の発症率に差が出ており,やはり遠距離にも初期放射線が到達したことを物語っている。 (f)原子爆弾災害調査報告集における剖検例「原子爆弾災害調査報告集」には,2キロメートルないし3キロメートルで被爆して死亡した被爆者について報告されていると 到達したことを物語っている。 (f)原子爆弾災害調査報告集における剖検例「原子爆弾災害調査報告集」には,2キロメートルないし3キロメートルで被爆して死亡した被爆者について報告されているところ,これらの被爆者には原爆症特有の所見がみられ,急性放射線障害により死亡したことが明らかであって(甲A111号証),2キロメートル以遠でも死に値する程度の放射線が存在したことが裏付けられている。 (g)低線量被曝による死亡率と発症率の増加2.5キロメートル以遠における初期放射線量はT65Dでは9ラド未満と低線量であるが,この低線量被曝者群の各疾患について全国の死亡率と発症率を用いて標準化した相対リスクを求めると,以下のとおり明らかに過剰になっている(市内不在者グループの外部被曝線量はさらに低線量であるが,死亡率や発症率は増加している)。 例えば,白血病の死亡率は約1.6倍となり,呼吸器がんの死亡率では1.4倍(市内不在者グループは1.3倍),乳がんの発症率でも1.5倍(市内不在者グループは1.6倍)となっている(甲A91号証)。 (h)染色体異常染色体異常について,屋外で被爆したグループと木造の家屋によって遮蔽されたグループ,コンクリートによって遮蔽されたグループ,2.4キロメートル以遠のグループを比較した研究によれば,遮蔽の有無により染色体異常の発生頻度が変わり,被曝線量との関係が推認されるが,2.4キロメートル以遠のグループにおいてもコントロールの頻度よりかなり高い(甲A92号証)。 (i)松谷訴訟の事例松谷訴訟の原告は2.45キロメートルで被爆しているが,脱毛や下痢といった急性症状を発症している。 また,松谷訴訟最高裁判決では,長崎の遠距離被爆者の事例として,以下の各事例が指摘されている。 ①長崎市内の爆心地から約2.9 ルで被爆しているが,脱毛や下痢といった急性症状を発症している。 また,松谷訴訟最高裁判決では,長崎の遠距離被爆者の事例として,以下の各事例が指摘されている。 ①長崎市内の爆心地から約2.9キロメートルの,被上告人の被爆場所とほぼ同一方向の地点で被爆した甲野春子(仮名)は,倒壊した工場の鉄骨製のはりの下敷きとなってせき椎を骨折したが,被爆直後から発熱が続き,しばらくして脱毛が起こり,被爆後1年間無月経であった。外傷部は,容易に治癒せず,腐食して悪臭を発した。なお,同人の外傷については原爆症と認定されている。 ②長崎市内の爆心地から約2.4キロメートルの地点で被爆したPは,被爆の約1か月後に若干の脱毛があり,一緒に被爆した友人は毛髪全部が脱毛した。 ③長崎市内の爆心地から約2.5キロメートルの地点で被爆したQは,被爆直後から発熱し,約1か月後に脱毛が認められ,約2か月後に鼻血,おう吐,下痢があった。 さらに,松谷訴訟最高裁判決において引用されている昭和40年に厚生省が行った調査によれば,被爆地点が2キロメートルを超える場合も,相当多数の者に脱毛等の急性症状があり,4キロメートルを超える場合も,早期入市者で11パーセント,それ以外の者で3.1パーセントに脱毛が生じており,昭和60年の同調査によれば,爆心地から2キロメートルないし3キロメートルの地点で被爆した死亡者のうち急性障害によるものが長崎においては3.2パーセントであったとされている。 c遠距離被爆者における急性症状の発生このように,DS86やDS02に基づけば初期放射線がほとんど到達していないとされる2キロメートル以遠においても様々な急性症状が出ていたのであり,このことは動かし難い事実である。 この点に関し,被告らは脱毛についてストレスの影響を指摘するが,前記のとおり,例 達していないとされる2キロメートル以遠においても様々な急性症状が出ていたのであり,このことは動かし難い事実である。 この点に関し,被告らは脱毛についてストレスの影響を指摘するが,前記のとおり,例えば,日米合同調査団の調査によると,2.1キロメートルないし2.5キロメートルで脱毛の発症率は,遮蔽がある場合については2.9パーセント(ビルディング)ないし1.8パーセント(防空壕,トンネル)というように遮蔽の有無により異なっており,東京帝国大学の調査でも,2.1キロメートルないし2.5 キロメートルでの脱毛の発症率は,屋外開放の場合9.4パーセント,屋内の場合4.2パーセントというように遮蔽の有無により異なっている。その他にも遮蔽の有無により発症が異なるという研究がある(甲A88号証,90号証)。遮蔽の有無によって発症率が異なるのであるから,初期放射線被曝の影響がこのような遠距離まで及んでいたと考えざるを得ない。なお,大規模空襲に遭った他の戦争被害者も惨状をまのあたりにしているが,これら空襲被害者に脱毛等の急性症状様の症状が出たとの報告はない。したがって,遠距離被爆者の急性症状がストレスによる影響とは考え難い。 また,これら遠距離被爆者の脱毛について,熱線の影響であるともおよそ考えられない。すなわち,熱線の影響が及ぶとは考えられない防空壕なりトンネルの中にいた人でも2.1キロメートルないし2.5キロメートルで1.8パーセントに脱毛が見られているし,前記のとおり,頭部脱毛の方向性に関する調査では700例のほとんどについて方向性がない。 以上のとおり,2キロメートル以遠でも脱毛といった急性症状が発生していて,遮蔽の有無によって発症率も異なっているが,このような遠距離に放射線の影響が及ぶことについてDS86やDS02の初期放射線によって説明す り,2キロメートル以遠でも脱毛といった急性症状が発生していて,遮蔽の有無によって発症率も異なっているが,このような遠距離に放射線の影響が及ぶことについてDS86やDS02の初期放射線によって説明することはできない。 d入市被爆者の放射線影響に関する各種調査結果次に,入市被爆者の放射線影響について,以下の各調査結果等がある。 (a)暁部隊被爆直後入市した暁部隊の調査では,入市2日目ころから下痢患者が多数続出し,基地帰投直後白血球3000以下になる者がほとんどに及び,復員後の倦怠感や白血球の減少過半数などの症状が出ている(乙A21号証)。 また,入市被爆者については白血病に罹患するものが非被爆者に比較して数倍に増加している(乙A21号証)。 (b)於保医師による調査 於保医師の調査でも,屋内被爆者について爆心地から1キロメートル以内への出入りの有無の影響を比べたところ,脱毛や咽頭痛,皮粘膜出血などで,出入りした者の方が比率が増加している(甲A5号証)。しかも,有症率は,原爆投下直後から20日以内に中心地に出入りした人々がそれ以後に中心地に出入りした人々よりも高く,中心地滞在時間に応じて有症率が変化したことが判明している(甲A5号証)。 (c)広島原爆戦災誌広島原爆戦災誌編集室が昭和44年に行ったアンケート調査(残留放射能による障害調査概要)では,アンケートの対象者は,原爆投下時に爆心地から12キロメートル及び約50キロメートルの地点にいた部隊の被爆者であり,いずれも初期放射線の影響は考えられず,純粋に残留放射線に被曝しているといえる。年齢は,主に当時18歳ないし21歳の健康な男子青年である。原爆投下の当日ないし翌日に救援のために入市し,負傷者の収容,遺体の収容,火葬,道路,建物の清掃などの作業に従事した。回答者は233人であ 年齢は,主に当時18歳ないし21歳の健康な男子青年である。原爆投下の当日ないし翌日に救援のために入市し,負傷者の収容,遺体の収容,火葬,道路,建物の清掃などの作業に従事した。回答者は233人である(甲A112の17)。 救援活動中の症状としては,昭和20年8月8日ころから,下痢患者が多数続出し,食欲不振を訴えている。 また,救援終了後に基地に帰ってからは,軍医により,ほとんど全員が白血球3000以下と診断され,下痢患者も引き続きあり,発熱,点状出血,脱毛の症状が少数ながらあったとされている。 そして,同アンケート結果によれば,復員後経験した症状は以下のようなものであった(233名回答)。 倦怠感168人白血球減少症120人脱毛80人嘔吐55人下痢24人 これらの入市被爆者に生じた症状は,放射線の急性期障害と符合しており,入市被爆者がかなりの量の放射線を浴びたことが裏付けられている。 (d)中央相談所報14号の記載飯島宗一は,中央相談所報14号(日本被団協被爆者中央相談所昭和61年12月発行)に掲載された「原爆後障害」において,早期入市者の白血病は,被爆後3日以内の入市歴を持つ人の中に,広島では昭和50年までに69例,長崎では昭和42年までに14例の発生があったとしている(甲A20号証)。 (e)被団協のアンケート調査結果平成16年に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が実施した広島被爆者889名のアンケート調査結果の分析(「入市被爆者の脱毛について―日本原水爆被害者団体協議会アンケート調査結果から―」(甲A116号証))によれば,以下の点が明らかである。 ①入市被爆者における脱毛被爆当日や翌日の入市者において脱毛の症状は珍しくないこと,それ以後の入市日で脱毛事例数が減少していることは,残留放射線の経時的減衰の によれば,以下の点が明らかである。 ①入市被爆者における脱毛被爆当日や翌日の入市者において脱毛の症状は珍しくないこと,それ以後の入市日で脱毛事例数が減少していることは,残留放射線の経時的減衰の反映である。次に,爆心地付近の残留放射線被曝量が増大することにより,被爆後11日から15日であって一定減衰が進んだ時点でも市内移動が数日にわたり繰り返される場合,放射線被害が出現し得ることが示唆される。第3に,爆心地から1.8キロメートル離れた地点でも脱毛者が認められ,これらのことから,被爆後一定期間過ぎた後も,広島市内(約2キロメートル)一円は脱毛をもたらすような放射線汚染が継続していたと考えられる。 ②低線量被曝と脱毛従来考えられてきた脱毛発生の「しきい値」線量を絶対として,遠距離・入市被爆者の脱毛については被曝と関係がないと否定することは困難である。 ③残留放射線入市者にとっては,地上1メートルで計測されるガンマ線だけが放射線被曝とし て限定されているわけではない。加えて,瓦礫から落剥・飛散した微小な片々,浮遊した土壌からの塵埃等は放射性物質として入市者の身体に付き,また,塵埃がミクロンレベルのサイズであったならば,呼気とともに気道深くに取り込まれることも,通常の理解として想定することができる。 原爆初期放射線中の中性子線によって,人体もまた誘導放射化される。被爆直後,重度障害で横たわる被爆者は,正に高線量被曝者であり,また,被爆直後早期に死亡した被爆死遺体は,正に高線量被曝の遺体である。看護にかかわった入市者たちは,放射化した瀕死の被爆者の,血液,尿,又はそれの付着した衣類にごく自然に触れたであろうことも,通常の理解として想定することができる。また,多数の被爆死遺体の火葬,埋葬に従事した入市者も,同様の理由で被曝を受けたであろ 爆者の,血液,尿,又はそれの付着した衣類にごく自然に触れたであろうことも,通常の理解として想定することができる。また,多数の被爆死遺体の火葬,埋葬に従事した入市者も,同様の理由で被曝を受けたであろうことも想定することができる。 ④早期入市者の白血病早期入市者の白血病が原爆放射線関連白血病として,慢性骨髄性白血病の発生が高率に見られることは早くから報告されている。早期入市者に染色体異常が見られ,爆心地との距離,入市日時との相関関係があり,入市被爆による残留放射線被爆の積算線量が多いほど染色体異常をもたらし,その異常が今日まで持続していることを示す報告があり,残留放射線の障害性を否定することができない。 e入市被爆者における急性症状の発症以上のような入市被爆者に生じた急性症状については,残留放射線の影響を考慮せざるを得ない。 DS86は,残留放射線の推定も行っているが,残留放射線の影響を無視ないし極めて軽視している。DS86では測定時期の制約から長寿命のセシウム137しか検討されていない。 前記のとおり,黒い雨や黒いすす,放射性微粒子がかなり広い地域に降下したことは明白な事実であり,これらの放射性降下物や爆心地付近の誘導放射能が入市被爆者に放射線を浴びせたことは明らかである。 また,残留放射線による内部被曝は重要で,爆発直後では短・中寿命放射性物質をも吸入・摂取した可能性は高い。そして,被爆者の当時の行動による個人差も大きい問題であり,DS86のように一律に無視できるといえるものではない。特に,空気中に漂ったり,地表に付着して,その後風で拡散してしまった放射性物質は,DS86で考慮されたような測定では知ることができない。そして,これらの放射性物質は,体内に取り込まれ臓器の近くで長期間にわたって直接放射線を浴びせるので,その与える 拡散してしまった放射性物質は,DS86で考慮されたような測定では知ることができない。そして,これらの放射性物質は,体内に取り込まれ臓器の近くで長期間にわたって直接放射線を浴びせるので,その与える影響は体外からの初期放射線よりも大であった可能性がある。 f遠距離・入市被爆者の急性症状を説明することができないDS86及びDS 以上のように,あらゆる調査において,遠距離・入市被爆者に放射線の影響による急性症状が発生しているのは疑いのない事実である。 しかし,上記のような遠距離被爆者や入市被爆者に生じた多数の急性症状につき,DS86やDS02による推定では説明がつかない。事実を説明することができないDS02やDS86の初期放射線だけに基づく被曝線量評価は科学的に誤ったものといわざるを得ない。 本来,原爆による放射線量を推定する基準であれば,現実に生じた結果から導かれるべきであり,少なくとも現実との乖離は許されない。しかるに,DS86は,前記のように,既に生じた被爆者らの被爆実態を無視し,コンピューターによるシミュレーションから生み出されている。その結果,松谷訴訟最高裁判決において,DS86やしきい値理論を形式的に適用することによっては遠距離被爆の実態を必ずしも十分に説明することができない旨指摘されたように,被爆実態を反映しない基準となっている。 オ残留放射線の軽視及び内部被曝の無視(ア)残留放射線の軽視審査の方針では,線量評価において,誘導放射能による被曝と放射性降下物による被曝の一部を考慮している(別表10)が,これは全く不十分なものである。前 記のような遠距離被爆者や入市被爆者に生じた急性症状の実態からすれば,審査の方針が用いるこれらの線量評価が被爆者の受けた被曝線量を無視ないし著しく軽視していることは明らかである。 前記の 。前 記のような遠距離被爆者や入市被爆者に生じた急性症状の実態からすれば,審査の方針が用いるこれらの線量評価が被爆者の受けた被曝線量を無視ないし著しく軽視していることは明らかである。 前記のとおり,黒い雨や黒いすす,放射性微粒子などの放射性降下物の影響は非常に広範な地域に広がった。 この点,被告らは,放射性降下物が特に見られた地域は,広島においてはa・b地区,長崎においてはc地区という限定された地域であると主張する。 しかしながら,気象学者の増田善信が示した黒い雨の雨域(以下「増田雨域」という。)は,広範な地域に黒い雨が降ったことを示している(甲A68号証)。そして,広島大学の静間清教授による土壌(被爆直後に仁科芳雄博士らが採取していた広島市内の土砂)中のセシウム137の測定結果によれば,a・b地区の土砂には確かにセシウム137が多く含まれていたが,他の地域もセシウム137が含まれていたことが確認されており,黒い雨のほかに黒いすすや放射性微粒子など放射性降下物がかなり広範に降下していたことを裏付けていた(甲A27号証の1及び2,甲A68号証)。また,長崎市の調査によれば,c地区以外にも広範な地域に放射性降下物が降下したことが明らかにされている。放射性降下物の影響は非常に広範な地域に広がったことは明らかである。 被告らは,広島のa・b地区及び長崎のc地区以外の地区に降った黒い雨及び黒いすすには放射性降下物は含まれていなかった旨主張する。 しかしながら,これらの地域は黒い雨が集中して降った地域であって,放射性降下物が雨水とともに地中に吸収されてかなり日時が経過した後にも測定可能であった地域であり,a地区等に降った黒い雨に放射性降下物が含まれていたことが調査により明らかとなっているのであれば,他の地域に降った黒い雨等にも放射性降下物が含ま なり日時が経過した後にも測定可能であった地域であり,a地区等に降った黒い雨に放射性降下物が含まれていたことが調査により明らかとなっているのであれば,他の地域に降った黒い雨等にも放射性降下物が含まれていたことが当然に推定されるというべきである(被爆直後の放射性降下物がそのまま測定時点まで残っていたわけではないから,被爆のしばらく後のしかも地中に浸透した分に限っての測定結果は過小評価とならざるを得ない。)。 被告らは,原爆投下直後の黒い雨等は,火災によるすすが巻き上げられ,雨と一緒に降下したものであり,このすすと原爆の核分裂によって生成された放射性物質(放射性降下物)とは必ずしも同じものではないと主張するが,地上の建造物等を構成する原子は放射線を浴びることにより誘導放射化されており,それらが誘導放射化されたまま火災により上空に巻き上げられるのであるから,それらが黒い雨等となって地上に降下した場合には誘導放射化された放射性降下物となると考えるのが自然である。 (イ)内部被曝の無視また,審査の方針では,線量評価において外部被曝線量のみを考慮しており,内部被曝による被曝線量を特に算出していないが,前記のとおり,内部被曝は,放射線被曝の態様の重要な一つであり,これを無視することは許されない。 広島原爆ではウラン235,長崎原爆ではプルトニウム239が核分裂物質であったが,これらが中性子の作用で原子核分裂反応を起こした結果,放射能を持った多種多様な核分裂生成物ができた。これらの放射性核分裂生成物は俗に「死の灰」と呼ばれることもあるが,周辺に降下して地面に降り積もったり,呼吸や飲食等を通じて被爆者の体内に取り込まれたりした。これらの放射性核分裂生成物は,主としてベータ線やガンマ線等の電離放射線を放出し,直接の被爆者だけでなく,入市被爆者の被曝 面に降り積もったり,呼吸や飲食等を通じて被爆者の体内に取り込まれたりした。これらの放射性核分裂生成物は,主としてベータ線やガンマ線等の電離放射線を放出し,直接の被爆者だけでなく,入市被爆者の被曝の原因になった。 さらに,広島原爆に仕込まれた約60キログラムといわれるウラン235のうち,実際に核分裂反応を起こしたものは700グラム程度で,59キログラム以上のウラン235は火球とともに上昇して風に運ばれながら,周辺地域に降下したと考えられる。また,長崎原爆に仕込まれた約8キログラムのプルトニウム239のうち,実際に核分裂反応をおこしたものは1キログラムないし1.1キログラムと評価されているので,残りの約7キログラムのプルトニウム239は,火球とともに上昇して風に運ばれながら,周辺地域に降下したと考えられる。これらの未分裂の核分裂物質もまた呼吸や飲食を通じて体内に取り込まれ,人々の内部被曝(体内被曝) の原因となったと考えられる。ウラン235やプルトニウム239は自らアルファ線を出すだけでなく,次々と種類の違う放射性原子に姿を変えながら,アルファ線,ガンマ線,ベータ線等を放出するので,体内に取り込まれて骨組織等に沈着すると,長期間にわたって被曝を与え続けるおそれがある。 被告らは,内部被曝による被曝線量について極微量であったと主張するが,そのデータの根拠は不明である。 さらに,積算線量という基準は線量の総量評価にすぎず,前記のような外部被曝と内部被曝の機序の違いを無視したものである。 カ原因確率の問題点(ア)原因確率の根拠被告厚生労働大臣において,個々の被爆者の放射線起因性について判断する能力があるものとは考え難く,事実上,被爆者医療分科会における放射線起因性判断が被告厚生労働大臣による原爆症認定を左右しているということができる。そ おいて,個々の被爆者の放射線起因性について判断する能力があるものとは考え難く,事実上,被爆者医療分科会における放射線起因性判断が被告厚生労働大臣による原爆症認定を左右しているということができる。そして,被爆者医療分科会においては,審査の方針を用いて放射線起因性の判断を行っているところ,この審査の方針の原因確率は,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙A2号証)に記載される寄与リスクの数値を転用している(同研究に添付された寄与リスクの表と,審査の方針に添付された原因確率の表が一致していることから明らかである。)。そして,寄与リスクは,白血病,固形がんについては,放影研が公開している死亡率調査,発生率調査のデータを使っている。 (イ)放影研の疫学調査の問題点a放影研の疫学調査の概要放影研の行っているコホート研究である寿命調査(以下「LSS」ということがある。)や成人健康調査(以下「AHS」ということがある。)といった疫学調査は,死因調査であるLSSについては10万人以上,発症率調査であるAHSについても2万人に及ぶ調査集団を設定し,その後約50年にわたって継続して調査をしている。 b線量評価の誤り(a)DS86を用いていること放影研の疫学調査は,DS86に基づいて被爆者の初期放射線量を推定しており,放影研の疫学調査はDS86により支えられている。 しかしながら,前記のとおり,DS86は現実との乖離が甚だしく,その正確性に問題がある(特に遠距離での初期放射線の過小評価に現われている。)ことから,初期放射線の推定線量として合理性を有するものではない。 (b)残留放射線の無視原爆の放射線には,DS86が推定している初期放射線の他に残留放射線が存在し,このことは,入市被爆者に多数の急性症状が現れていることからも裏付けら 理性を有するものではない。 (b)残留放射線の無視原爆の放射線には,DS86が推定している初期放射線の他に残留放射線が存在し,このことは,入市被爆者に多数の急性症状が現れていることからも裏付けられている。また,残留放射線による持続的な外部被曝は,初期放射線による全身照射と異なり,身体の一部が局所的に放射線の影響を受ける点において,内部被曝と同様の問題が生じるものである。ところが,放影研の疫学調査に際しては,個々の被爆者の放射線被曝線量評価において初期放射線のみを考慮しており,残留放射線による被曝影響を全く無視している。 すなわち,残留放射線の影響を判定するためには,被爆者の被爆後の行動を把握することが絶対条件であり,誘導放射線の影響の有無・程度を調べるには,被爆者が被爆後に市内中心部に出入りしたか否かを確認することが必要であるし,放射性降下物の影響の有無・程度を調べるには,最低限でも被爆後の行動を調査することが必要である。 ところが,放影研が被爆者に記入を求めている調査表には,被爆時の爆心地からの距離を特定するために必要な情報を記入する欄はあるが,被爆後の行動を記入する欄は存在しない。したがって,放影研の疫学調査においては,被爆者への残留放射線の影響は完全に無視されている。この点,放影研自身,残留放射線を無視していることを自認している(甲123号証の2)。 (c)内部被曝の無視 少なくとも,被爆者が内部被曝をしていないこと,ないし,被爆者がその影響を無視していいほどの内部被曝しかしていないことについては,何ら証明されていない。このような状況下において,被爆者に生じた現実の症状を見る限り,遠距離・入市被爆者が放射線の影響を受けていることは明らかである。この現実を合理的に説明するには内部被曝の影響を考えざるを得ない。したがって,被 な状況下において,被爆者に生じた現実の症状を見る限り,遠距離・入市被爆者が放射線の影響を受けていることは明らかである。この現実を合理的に説明するには内部被曝の影響を考えざるを得ない。したがって,被爆者が放射性物質を体内に取り込んで内部被曝していることは明らかであり,放影研がこれを無視していることは不当である。 c疫学調査の手法の誤り(a)対照群設定の誤り①コホート研究の手法疫学調査のコホート研究においては,追跡を行う調査集団として,非曝露群を設定し,これを対照群(コントロール群)として,曝露集団(分析の目的とする要因に曝露された手段)との比較をする。この非曝露群の設定に際しては,性別,年齢層,住居,社会経済要因等の条件が曝露群と対応しており,分析の目的とする特定の要因に曝露されていない人たちを選別する必要がある。他の条件が対応するようにコントロール群を設定することをマッチングといい,マッチングさせる理由は,コホート研究において,ある要因の影響を特定するためには,他の条件が一致しており,当該要因に曝露されていない人たちを追跡していった結果,そこに現れる罹患・死亡を基礎として,当該要因に曝露されている程度に応じた用量-反応関係を分析する必要があるからである。 ②比較対照群設定の重要性被爆者に対する疫学調査の設計を提案したフランシス委員会の勧告においては,「被曝線量の最も少ない群における放射線の影響は,非被爆者と比較せねば推定できない」として,非曝露群の設定及び非曝露群との比較が構想されていた。放影研(ABCC)自体も,非曝露集団を比較対照群(コントロール群)として比較を行わなければ,コホート研究とはいえないことを認識していたのである。 放影研の疫学調査において,最近まで0.01シーベルトを対照群として設定していた。ところ 対照群(コントロール群)として比較を行わなければ,コホート研究とはいえないことを認識していたのである。 放影研の疫学調査において,最近まで0.01シーベルトを対照群として設定していた。ところが,「原爆被爆者の死亡率調査第12報」では,突如,対照群が0. 005シーベルトへと変更された。このこと自体,放影研において,対照群として被曝線量が0.01シーベルト以下の者を設定することの不合理性を認めていることの表れである。被曝線量が0.01シーベルト以下の低線量であっても,放射線の人体に与える影響が無視できないものであることを,放影研自身が認めているといえる(ただし,既述のとおり,放影研が被曝線量の基礎としてDS86を用いていること自体が誤りであり,初期放射線だけをみても,遠距離被爆者の被曝線量は過小評価されている上,残留放射線による外部被曝や内部被曝の影響を考え併せれば,遠距離において放影研により0.01シーベルトないし0.005シーベルトという線量を浴びたと設定されている被爆者は,実際にははるかに高線量を被曝していることは明らかである。)。 ③放影研による調査手法原因確率算出の基礎となった「原爆被爆者の死亡率調査第12報」等によれば,放影研では,リスクの分析において,対照群を設定していない。放影研は,相対リスクや,これを基礎とする指標を算出する上で基準となる非曝露群の死亡率や罹患率について,実際に調査したデータを使う代わりに,曝露群について回帰分析を行い,得られた回帰式から想定上のゼロ線量における罹患率等を推定し,バックグラウンドリスクとしている(被告らが主張するポワソン回帰分析)。 適当な対照群が設定できない場合に,もし曝露群での線量反応関係が正しくとらえられており,観察された線量の範囲外についても,観察範囲内の線量と反応の関係が ている(被告らが主張するポワソン回帰分析)。 適当な対照群が設定できない場合に,もし曝露群での線量反応関係が正しくとらえられており,観察された線量の範囲外についても,観察範囲内の線量と反応の関係が適用できると考えられるならば,曝露群のデータに基づいた線量反応関係を観察線量の範囲外に適用(外挿)して,回帰分析などによって非曝露群での罹患率等を推定することも,あり得る手法ではある(被告らの主張するポワソン回帰分析に基づく内部比較法)。 しかし,このような手法を用いるためには,①線量反応関係が正しく把握され ていること,②集団の線量が正確に把握されていること,という2つがそろっていることが絶対条件である。 ④回帰分析の不正確さ上記線量反応関係が正しく把握されていなければならないとの点に関しては,放影研においては,白血病以外の固形がんについては直線モデルが設定され,白血病については二次曲線と直線の組み合わせモデルが設定されている。しかし,そのようなモデルが設定できることについての実証的な説明は何らされておらず,低線量被曝において人体影響が大きいとの報告も存在することからすれば,直線仮説が科学的に完全に証明されたとはいえない状況にある。 また,上記集団の線量が正確に把握されていなければならないとの点に関しては,放影研はDS86を線量評価に用いており,既述のとおりDS86は被爆者の線量評価としては誤っているといわざるを得ないのであるから,回帰分析の手法を用いることは誤りである。回帰分析の手法を用いた際に線量評価に誤りがあると,バックグラウンドリスクの誤りへとつながり,最終的には原因確率の誤りになるのである。 非被爆者を比較対照群として設定すれば,バックグラウンドリスクが変わってしまう可能性は少なくなる。ところが,放影研は,非被爆者を比較対 クの誤りへとつながり,最終的には原因確率の誤りになるのである。 非被爆者を比較対照群として設定すれば,バックグラウンドリスクが変わってしまう可能性は少なくなる。ところが,放影研は,非被爆者を比較対照群として設定することを放棄し,被爆者同士を比較する「内部比較法」を用い,DS86と内部比較法を組み合わせることにより,バックグラウンドリスクを推定した。しかし,被爆者の線量評価に誤りがあれば,直ちにバックグラウンドリスクが変わってしまうのである。被告らが科学的に正当であると主張するポワソン回帰分析を用いた内部比較法が,誤った結論を導くものであることは明らかである。 また,前記のとおり,被曝態様についても,放影研の疫学調査では,放射性降下物を浴びたかどうか,原爆投下後にどのような行動を取ったか,内部被曝をした可能性がどの程度あるかといった点を区別せずに扱っている。こうした調査設計の構造上,低線量被曝のリスク,放射性降下物によるリスク,残留放射線によるリスク, 内部被曝によるリスクを持った集団同士の比較をすることとなって,初期放射線以外の被曝のリスクの分だけ原爆放射線のリスクが過小評価されてしまうことになる。 上記のとおり,被告らは,白血病以外のがんにつき線量反応関係として直線型を当てはめているから,その結果,ゼロ被曝によるリスク,すなわち,バックグラウンドリスクを過大評価することになるのである。 (b)死亡率調査を基本としていること放射線起因性の判断においては,現に生きて苦しんでいる被爆者の疾病が原爆放射線の影響によるものであるかが問題となる。ところが,放影研の疫学調査及び「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」では,死亡調査を解析の基礎としている(甲A123号証の2,乙A2号証)。このため,死亡に直結しない疾病が見落とされることにな ろが,放影研の疫学調査及び「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」では,死亡調査を解析の基礎としている(甲A123号証の2,乙A2号証)。このため,死亡に直結しない疾病が見落とされることになる。放影研は,法務省の認容を得て3年毎に被爆者の戸籍又は除籍の謄・抄本を取得しており,これにより被爆者の死亡の事実を把握し,被爆者の死亡が把握された場合には,保健所に対して,死亡小票から死亡調査票への記入を依頼して死因についての情報を入手している。このため,死亡の直接の原因となった疾病だけが抽出されることになる。例えば,がんに罹患した被爆者が交通事故で亡くなれば,死因は単なる事故死となってしまう。 調査対象の観察期間についても,発症までの期間を用いず,死亡までの期間を用いている疑いがあるが,死亡までの期間を用いれば,発症までを用いるよりも,がん発生に関する放射線の影響が過小評価されることになることは明らかである。 (c)調査開始までの被爆者の死亡が無視されていること昭和20年12月までに死亡した被爆者数は約11.4万人とされており(ただし,調査によってかなりの幅がある。),全被爆者の3分の1程度は死亡したことになる。すなわち,調査開始時点である昭和25年ないし昭和33年までの間に,放射線感受性の高い被爆者は死亡しているのである。当時生き残って調査対象となった被爆者は,もともと放射線の影響を受けにくい(放射線感受性が低い)被爆者に偏っていた可能性がある。このように放射線感受性が低い被爆者を調査対象とし た場合には,平均的な被爆者を調査対象とした場合よりも,放射線の影響が表面化しにくいことは明らかである。 また,放影研の寿命調査(LSS)集団については,昭和25年までの死亡者,成人健康調査(AHS)集団については,昭和33年までに死亡した被爆者 りも,放射線の影響が表面化しにくいことは明らかである。 また,放影研の寿命調査(LSS)集団については,昭和25年までの死亡者,成人健康調査(AHS)集団については,昭和33年までに死亡した被爆者の調査は行われていない。すなわち,昭和20年8月から調査が開始されるまでの5年間(寿命調査),あるいは13年間(成人健康調査)の間に放射線障害を始めとする被曝に起因するなにがしかの原因により死亡してしまった数十万人もの被爆者は,調査の対象になっていない。このように,ABCCによる調査は,いわゆる「生き残り集団」しか対照とされていないという,大きな欠陥を持っている。 放射線被曝からがんの発症に至るまでの期間を「潜伏期間」といい,数年から十数年,場合によっては数十年に及ぶことになるところ,一般に疫学調査の観察開始時点が最短潜伏期間よりも後に設定されると,感受性の高い人たちを始め,早期に発症した人たちへの影響を見落とすことになる。疾病によっても,がんの部位によっても,潜伏期間は異なるが,潜伏期の短いものの評価については,観察開始の遅れを考慮する必要がある。逆に,観察開始時点が早すぎても,影響が発現しない時期を観察期間に繰り入れてしまうことになる。このように,昭和25年あるいは昭和33年までに死亡した人を除くことによって,放射線の影響を過小評価している可能性が十分にある。 さらに,発がんの可能性が一生涯続く場合は,生存しているコホートが存在する間は観察し続ける必要がある。現在得られている観察途中でのデータには,当然,今後発症するケースは把握されていない。被爆者全員が亡くなった時点で初めて,疫学調査として完成するのである。 以上のように,昭和25年あるいは昭和33年までに死亡した人を除くことによって,放射線の影響を過小評価している可能性が十分にある。 d 全員が亡くなった時点で初めて,疫学調査として完成するのである。 以上のように,昭和25年あるいは昭和33年までに死亡した人を除くことによって,放射線の影響を過小評価している可能性が十分にある。 d原因確率の算出に当たっての誤り原因確率の算出に当たり,前記のとおり非曝露群を設定していない上,曝露要因 の質的差異を無視し,量的評価を誤っている。すなわち,前記のとおり,持続的な外部被曝や内部被曝は,初期放射線による外部被曝と機序が異なるのであるから,その質的差異を前提として分析する必要があるにもかかわらず,これを行っていない。 また,放影研における疫学調査では,DS86を前提としながら,中性子線の生物学的効果比を考慮した上で臓器ごとの線量当量(吸収線量に線質係数と呼ばれる補正係数を乗じた積により表される量。単位はシーベルト)を用いているが,審査の方針においては放射線白内障以外について中性子線の生物学的効果比を無視している。線質が異なるとされるガンマ線と中性子線の成分比が分かっているとする以上,これを考慮に入れないのは,方法として適正ではない。しかも,広島原爆と長崎原爆とでは,ガンマ線と中性子線の比率(放射線スペクトル)が異なっているため,ガンマ線と中性子線の生物学的効果比を無視した場合,広島の被爆者の被曝線量は過小評価され,長崎の被爆者の被曝線量は過大評価される。こうしたことから,放影研でも,現在は生物学的効果比を考慮しているのである。 この点,被告らは,推定被曝線量の絶対値が生物学的効果比を用いることにより増加したとしても,単位線量当たりの過剰相対リスクが減少してこれと相殺されるから,寄与リスクはほとんど変化しないと主張するが,特定の地点ないし爆心地からの距離の被爆者について考えた場合,生物学的効果比を考慮してその地点の線量の値が増 剰相対リスクが減少してこれと相殺されるから,寄与リスクはほとんど変化しないと主張するが,特定の地点ないし爆心地からの距離の被爆者について考えた場合,生物学的効果比を考慮してその地点の線量の値が増大すれば,明らかに寄与リスクは増大する。さらに,初期放射線について一律に評価漏れが存した場合,これを正当に評価することによって線量の値が増加すれば,寄与リスクも全般的に増加することになる。 さらに,審査の方針においては,甲状腺がんと乳がんについてのみ発生率調査のデータを用いており,白血病,胃がん,大腸がん,肺がんについては死亡率調査のデータのみを用いており(甲A2号証),放影研の発生率の調査がこれらの疾病の原因確率の算出に活かされていない。 e 結論 以上みたように,放影研の疫学調査には,個々の被爆者の被曝線量評価に誤りがあり,さらに疫学調査の手法自体にも多くの問題点を抱えており,このような疫学調査を基にして,被爆者の疾病に原爆放射線がどれだけ寄与しているかを示す原因確率という指標を正確に導くことは不可能である。 もとより,原告らとしても,放影研の疫学調査のすべてを否定するわけではないが,上記のような調査としての限界があることは忘れてはならない。被告らは,あたかも放影研の疫学調査が完全なものであるかのように主張しているが,放射線影響の全体の傾向を知るための1つの資料として用いることができる程度のものである。 (ウ)疫学調査結果を原爆症認定基準に用いることの問題点a個人における疫学的要因の意味疫学は,集団における疾病や死亡の発生状況など健康事象の観察を通して,その集団における健康事象の発生要因を究明する。ある共通要因を持つ集団で,その要因がある疾病発生の原因である(関連がある,因果関係がある)と分かった場合は,その集団に属するすべての個 観察を通して,その集団における健康事象の発生要因を究明する。ある共通要因を持つ集団で,その要因がある疾病発生の原因である(関連がある,因果関係がある)と分かった場合は,その集団に属するすべての個人がその疾病にかかる危険性にさらされ,又は既にかかった経験を有することを表す。さらには,その集団内のその疾病にかかったすべての人はその要因が原因でかかった可能性があるということも表す。 このようなことから,例えば,公害裁判などにおいては,疫学的因果関係が認められる場合に個人的因果関係を肯定してきたのである。また,予防医学では,その要因(例えば肺がんに対する喫煙)を持つ者「すべて」に対して,罹患防止のためにその要因(例えば喫煙)を避けるように保健指導をするのである。 したがって,その疾病にかかった者のうち,当該要因が原因でない(発生に関与していない)個人を特定することはできない。すなわち,疾病との因果関係が推定された要因を共通に有する集団に属する限り,特定の個人について,その要因が疾病の原因である可能性を肯定することができたとしても,その要因が発生に関与していないとして関連を否定することはできないのである。このことは,その集団の 寄与リスクや相対リスクの大きさに関わりなくいえる。 b寄与リスクの大きさを個人の放射線起因性否定の基準にすることの誤り被爆者(曝露群)は,全員が放射線の曝露を受けており,その影響を発現する危険(リスク)を付加されている。集団についてのリスクがいくら小さくても,罹患した者や死亡した者だけが付加されたリスクを負ったのではなく,その集団のすべての個人の罹患や死亡のリスクが高まったと考えるべきである。 寄与リスクとは,曝露群「全体」が受けたリスクの大きさを,曝露群の罹患率等のうち,当該要因の曝露がなかったら影響が発現(発症や死 集団のすべての個人の罹患や死亡のリスクが高まったと考えるべきである。 寄与リスクとは,曝露群「全体」が受けたリスクの大きさを,曝露群の罹患率等のうち,当該要因の曝露がなかったら影響が発現(発症や死亡)しなかったであろう部分の大きさとして表現されたものである。しかし,曝露群に属するどの個人がどの部分(曝露を受けなければ発現しなかったか,あるいは,曝露を受けなくても発現したか)に属するかは特定することができない。このことも,寄与リスクの大きさに関係なくいえることである。 したがって,原爆症認定に当たり,寄与リスクが小さいからといって,その要因はその群に属するある個人の発症原因を構成していない(あるいは無視することができる)とし,寄与リスクの小さい群について全員を認定しない(起因性を否定する)のは誤りである。 c原因確率概念についての疑問疾病の発症に関わる要因は多数あり,互いに関連しながら,相乗あるいは相加,時には相殺効果を示しながら,多くの要因が総体として疾病の発症に作用している(疾病の多要因性)。ある個人が新たな要因に曝露されたとき,以前から持っていた要因(群)との間に新たな関係が作られ,新たな要因群が形成され,疾病の発症に関与することになる。新たに負荷された要因が,以前からあった要因とは関係なく,独自にその個体の発症に関わって発症するかしないかを決めるというわけではない。 これに対し,審査の方針に用いられている原因確率とは,個人に発生したがんについて,着目している個々の要因がその個人のがんの発生としてどの程度関係して いるかについての寄与率を表すもの,すなわち,ある要因が他の要因とは独立して,個々人の疾病(がん)の発症に作用し,当該疾病を発症させた確率とされている。 しかしながら,疾病の多要因性にかんがみれば,このような原因確率と 与率を表すもの,すなわち,ある要因が他の要因とは独立して,個々人の疾病(がん)の発症に作用し,当該疾病を発症させた確率とされている。 しかしながら,疾病の多要因性にかんがみれば,このような原因確率という概念それ自体に疑問を持たざるを得ない。 d統計学的有意性,信頼区間の扱いに関する疑問また,審査の方針では,「統計上有意とはいえない」あるいは「信頼区間が広い」というだけで,疫学研究でその疾病について観察された寄与リスクよりも低い値が原因確率として割り当てられている。 しかし,有意性検定における危険率や区間推定する場合の信頼係数の大きさは,統計学によって論理的に決定されるものではない。要因と影響の関連性を厳密に追求しようとする疫学的研究では危険率を厳しく設定して「有意な差が認められなかった」との慎重な結論をしたとしても,それは,他の目的・分野での判断を拘束するものではなく,それぞれの判断基準はあっていいはずである。なお,「有意差が認められない」という意味は,差があることを否定したものではなく,差があることの判断を保留したものである。 この意味でも,原因確率を起因性判断の決め手とすることには大きな疑問がある。 e疫学調査結果を個人に当てはめることの問題点被爆者には,放射線感受性の強い者もいれば弱い者もいる。疫学調査という集団のデータを解析した結果を個々の被爆者に当てはめることは,このような個体差を無視することになる。 f認定審査の運用ところが,被爆者医療分科会における放射線起因性の判断の運用は,ほとんどを原因確率に依拠している。 この点,被告らは,原因確率が50パーセントを超える場合は,放射線起因性があると推定し,原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には,放射線起因性の可能性が低いものと推定することとした上で,これらを機械的に適 ,原因確率が50パーセントを超える場合は,放射線起因性があると推定し,原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には,放射線起因性の可能性が低いものと推定することとした上で,これらを機械的に適用して判 断するのではなく,更に当該申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものと繰り返し主張している。 しかし,実際の運用は異なり,原因確率が10パーセント未満の場合には原則的に却下され,10パーセント以上の場合は大体のところはまず認定されているのである。平成17年3月14日開催の疾病・障害認定審査会においても,事務局(浅沼)から,「概ね10パーセント未満である場合には当該可能性が低いものと推定しまして,10パーセント未満の場合は原則的には却下という考え方で審議はされているところです。ただ,しかしながら先程申し上げました通り,一方で,50パーセント以上の場合に,いわゆる高度の蓋然性があるという考え方でございますので,原因確率が10パーセントから50パーセントの場合にどのような推定をしていくかというのが,この3の「機械的に適用するものではなく」という考え方に当たるところでございまして,原則的には10パーセント以上である場合には,既往歴,あるいは環境因子などを総合的に勘案して,大体のところはまず認定という答申をいただいているところでございます。」との説明がされている(甲A136号証)。 gまとめある集団の寄与リスクの大小それだけでは,その集団に属する特定個人の発症原因を特定することができないのであるから,寄与リスク(原因確率)の大きさを個人の起因性を「否定」するための判断基準に用いることは誤っているというほかない。 そもそも,既述のとおり放影研の疫学調査結果には大きな問題があり,個人の起因性の判断に当たって 原因確率)の大きさを個人の起因性を「否定」するための判断基準に用いることは誤っているというほかない。 そもそも,既述のとおり放影研の疫学調査結果には大きな問題があり,個人の起因性の判断に当たってこれを参考にすることは許されても,これを唯一の基準とすべきではない。臨床医学や放射線生物学などを始めとする幅広い分野の学問研究の成果と視点を取り入れて,被爆者に生じた現実の症状を検討していくことが必要なのである。 キ審査の方針の不合理性 以上のとおり,原爆症認定には審査の方針という基準が用いられているところ,審査の方針は,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙A2号証)を基に作成されたものであり,同研究は放影研の疫学調査を基に作成されている。しかしながら,放影研の疫学調査は,その調査手法自体に様々な問題点を含んでおり,しかも,根本となる線量評価においてDS86という重大な欠陥を抱えた線量評価基準を用いている。このように多くの問題点がある放影研の調査を基に作成された審査の方針や原因確率が,原爆症認定行政において用いられる経験則として合理性を有するものでないことは明らかである。 (5)あるべき認定基準ア基本となる考え方これまでの裁判例が示しているように,原爆症認定制度において,放射線起因性の判断は,原因確率論やしきい値論に基づくものであってはならないことは明白である。この点,松谷訴訟最高裁判決は,放射線起因性について,被爆者の被爆状況,被爆後の状況,病歴,病態等を総合的に判断すべきであると結論付けている。そして,その具体的内容は,東京高等裁判所平成16年(行コ)第165号同17年3月29日判決(甲A110号証。以下「東訴訟控訴審判決」という。)の判示する以下のような考え方が基本的考え方として妥当である。 (ア)放射線の人体 京高等裁判所平成16年(行コ)第165号同17年3月29日判決(甲A110号証。以下「東訴訟控訴審判決」という。)の判示する以下のような考え方が基本的考え方として妥当である。 (ア)放射線の人体に与える影響については,その詳細が科学的に解明されているとはいい難い段階にあり,また,原子爆弾被爆者の被曝放射線量についても,その評価は推定により行うほかないのであって,放射線起因性の検討,判断の基礎となる科学的知見や経験則は,いまだ限られたものにとどまっている状況にあるといわざるを得ない。 (イ)原爆放射線による後障害の場合には,個々の症例を観察する限り,放射線に特異な症状を呈しているわけではなく,その症状自体をもって放射線起因性を見極めることは不可能である。 (ウ)一定の被曝集団について観察した場合に,ある特定の疾病がその集団にお いて発生する頻度が高いことがあり,そのような疾病については,放射線に起因している可能性が強いと判断されるところ,放射線後障害については,このような統計的解析によってその存在が初めて明らかされるという特徴が認められる。 (エ)原告の疾病が放射線起因性を有するか否かを判断するに当たっては,原告が原爆放射線を被曝したことによって上記疾病が発生するに至った医学的,病理学的機序の証明の有無を直接検討するのではなく,放射線被曝による人体への影響に関する統計的,疫学的な知見を踏まえつつ,原告の被爆状況,被爆後の行動やその後の生活状況,原告の具体的症状や発症に至る経緯,健康診断や検診の結果等を全体的,総合的に考慮した上で,原爆放射線被曝の事実が上記疾病の発生を招来した関係を是認することができる高度の蓋然性が認められるか否かを検討することが相当である。 (オ)病理学,臨床医学,放射線学等の観点から個別的因果関係の有無を判 射線被曝の事実が上記疾病の発生を招来した関係を是認することができる高度の蓋然性が認められるか否かを検討することが相当である。 (オ)病理学,臨床医学,放射線学等の観点から個別的因果関係の有無を判断することには一定の限界があるというべきであり,その点に関する立証を厳密に要求することは不可能を強いることにもなりかねない。 また,放射線の人体に与える影響については,その詳細が科学的に解明されているとはいい難い段階にあり,放射線起因性の検討,判断の起訴となる科学的知見や経験則は,いまだ限られたものにとどまっている状況にあること,さらに,人間の身体に疾病が生じた場合,その発症に至る過程には多くの要因が複合的に関連していることが通常であり,特定の要因から当該疾病の発症に至った機序を立証することにはおのずから困難が伴うものであることなど総合的に考慮しなければならない。 (カ)大量の初期放射線の被曝,誘導放射線の被曝,残留放射線により放射化した塵や煤等や放射性降下物等が含まれた可能性のある水を摂取したことによる内部被曝の影響については,放射線の人体に与える影響の詳細が科学的に解明されているとはいい難い段階にあり,放射線起因性の検討,判断の基礎となる科学的知見や経験則はいまだ限られたものにとどまっている状況にあることも十分考慮されなければならない。 イ原爆症認定のあり方原爆症認定のあり方については,聞間元医師外10名の医師により作成された2004年(平成16年)10月14日付け「原爆症認定に関する医師団意見書」(甲A66号証。以下「医師団意見書」という。)のとおりであり,同記載のように,以下の点に留意すべきである。 (ア)治療指針の有効性被爆後13年目の昭和33年8月13日に出された治療指針(甲A67号証文献番号1)は,原子爆弾被爆者に関 う。)のとおりであり,同記載のように,以下の点に留意すべきである。 (ア)治療指針の有効性被爆後13年目の昭和33年8月13日に出された治療指針(甲A67号証文献番号1)は,原子爆弾被爆者に関しては,いかなる疾患又は症候についても一応被爆との関係を考え,その経過及び予防については特別の考慮が払われなければならず,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にガンマ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが,被爆者の受けた放射線量を正確に算出することはもとより困難である,この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり,また当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないが,治療を行うに当たっては,特に次の諸点について考慮する必要がある,とした上で,被爆距離については,爆心地からおおむね2キロメートル以内のときは高度の,2キロメートルないし4キロメートルまでのときは中等度の,4キロメートルを超えるときは軽度の放射能を受けたと考えて処置して差し支えないとし,さらに,被爆後の急性症状の有無及びその状況,被爆後における脱毛,発熱,粘膜出血その他の症状を把握することにより,その当時どの程度放射能の影響を受けていたか判断することのできる場合があるとしている。 (イ)被爆者の疾患の特徴被爆者の疾患の特徴として,①被爆者には単一がんのみならず多重がんが発生する可能性が高いこと,②前立腺がんの発生率が被爆者に高い可能性があること,③がん以外の疾患でも死亡と罹患率が最近増加傾向にあること,④良性の甲状腺疾患についても放射線起因性が強く示唆されていること,⑤慢性肝炎及び肝硬 変についても放射線起因性が強く示唆されていること,⑥白内障についても有意な線 近増加傾向にあること,④良性の甲状腺疾患についても放射線起因性が強く示唆されていること,⑤慢性肝炎及び肝硬 変についても放射線起因性が強く示唆されていること,⑥白内障についても有意な線量反応関係が認められ,これまで確定的影響の下にあると考えられていた放射線白内障が確率的影響の下にあることが示唆されていること,⑦熱傷・外傷後障害と原爆放射線の関係,さらに,⑧要医療性の判断に当たっては主治医の意見が十分尊重されるべきであること,被爆者に異時多重がんが多く見られることからすれば,十分な追跡期間が必要であることが挙げられる。 (ウ)あるべき認定基準以上を前提に,①原爆放射線による被曝又はその身体への影響が推定できるとの要件が認められ,②原爆被爆後に生じた白血病などの造血器腫瘍,多発性骨髄腫,骨髄異形成症候群,固形がんなどの悪性腫瘍,中枢神経腫瘍のいずれかに罹患している場合,又は,③原爆放射線の後影響が否定できず,治療を要する健康障害が認められる場合において,現に医療を要する状態にある場合には,原爆症と認定されるべきである。 ウ放射線起因性に関する判断に当たっての留意点さらに,放射線起因性に関しては,齋藤紀医師の意見書(甲A114号証)や広島地方裁判所における同医師の証言(甲A118号証の1ないし4)のとおり,以下の点に留意すべきである。 (ア)被爆者の発がんについてa被爆時年齢被爆時年齢が低いほど発がんリスクが高くなる傾向が明らかとなっている。 b多臓器における発がん放射線は細胞分裂が旺盛な組織において最も染色体異常を生じやすい。放影研の調査によっても,ほぼすべてのがんにおいて時期を経るに従って(正の)相関関係が確認されてきており,男性では肺がん,胃がん,肝がん,大腸がん,女性では大腸がん,胃がん,肺がん,肝 生じやすい。放影研の調査によっても,ほぼすべてのがんにおいて時期を経るに従って(正の)相関関係が確認されてきており,男性では肺がん,胃がん,肝がん,大腸がん,女性では大腸がん,胃がん,肺がん,肝がんなど,非被爆者と比較して有意に高い発生率を持つことが示されている。 c被爆と白血病白血病は被爆後障害の代表となっているが,白血病のうちでも骨髄球性白血病が被爆者白血病の特性と見られた。現在では被爆者においてMDS(骨髄異形成症候群)のリスクが高いことが確認されている。被爆者MDSは被爆時年齢が若年であるほど,そして70歳台を発症のピークにしていることが明らかになっている。 d多重がん被爆者においては,原爆放射線誘発・発癌がん多臓器にわたって高リスクであることが明確となってきており,また,発がんには一般に加齢(高齢化)が影響していることから,高齢化する被爆者においても,多重がんの高リスク発生が予想されてきた。 (イ)非がん性疾患について非がん性疾患についても被爆との関連が指摘されてきている。 a動脈硬化性心疾患(心筋梗塞)「成人健康調査第8報」(甲A67号証文献番号31)は,被爆時年齢40歳未満の群で,心筋梗塞と被爆との有意の関係を指摘した。 b慢性肝疾患放射線を負荷された被爆者肝組織は,C型肝炎ウィルスの関与の下で慢性肝炎の発症と進行を早めていると考えられている。すなわち,被爆とC型肝炎ウィルスとの共同成因である。しかし,現時点ではこの点について一点の疑義もない自然科学的証明が可能になっているわけでもない。 がん及び非がん性疾患において,同一病名の疾患については,病理学的にも臨床経過上も,被爆,非被爆の区別は一般にはできない。疾患の診断は被爆者も非被爆者ももともと共通の診断基準に基づいて行われるものであり,放射線起因性は, おいて,同一病名の疾患については,病理学的にも臨床経過上も,被爆,非被爆の区別は一般にはできない。疾患の診断は被爆者も非被爆者ももともと共通の診断基準に基づいて行われるものであり,放射線起因性は,疫学の助けを借りつつ,原告の疾病発症の経過を踏まえて判断されるべきものである。 ところが,被曝線量と疾患との線量反応関係を前提とする場合,厳密な定量化が困難な臨床的特性は,被爆との疫学的関連性が明確となりづらい。そのような事情を 踏まれれば,一般的に放射線起因性の判断は「全体的・総合的」考慮とならざるを得ず,疫学的検討もまた,それらをサポートする手段として援用されるべきものである。 c白内障被爆者白内障は,被爆後,数か月から数年で発症し,その後の発症は明確でなかった。しかし,成人健康調査第8報では遅発性原爆白内障が確認されている。従来,老人性白内障は放射線の影響を受けるとの所見は得られていなかったが,この点についても認識を新たにする必要が出てきている。 エ要医療性について被爆者援護法10条にいう「現に医療を要する状態にある」とは,医学的に見て,何らかの治療効果を期待し得る可能性を否定することができない場合には,これに該当するというべきである。 すなわち,放射線障害を有する被爆者に対しては,症状の推移を見守る意味においても医師による長期の観察が必要であり,治療方法についても研究の余地が残されていることのほかに,治療指針が治療上の一般的注意として指摘しているように,原子爆弾被爆者の中には,自身の健康に関し絶えず不安を抱き神経症状を現すものも少なくないので,心理的面を加味して治療を行う必要がある場合もあることを考慮すると,医学的に見て何らかの医療効果を期待し得る可能性を否定することができないような医療が存する限り,要医療性を肯定すべきである ないので,心理的面を加味して治療を行う必要がある場合もあることを考慮すると,医学的に見て何らかの医療効果を期待し得る可能性を否定することができないような医療が存する限り,要医療性を肯定すべきである。放射線起因性の認められる被爆者に対しては,効果の期待し得る可能性を否定することができない治療を施しながら研究を重ねる態度が望まれるのであって,その態度こそがあらゆる可能性を求めて治療に努めるべき医の倫理にかなうものというべきである(広島地方裁判所昭和48年(行ウ)第12号同51年7月27日判決(判例時報823号17頁。いわゆる石田訴訟)参照)。 (被告らの主張)(1)原爆症認定と審査の方針 ア被爆者援護法に基づく原爆症認定審査被爆者援護法における援護制度及び原爆症認定制度の概要は,前提となる事実等(2)イ及びウ各記載のとおりであるところ,被爆者援護法11条2項において,被告厚生労働大臣は,同条1項に規定する認定(原爆症認定)を行うに当たり,申請疾患が原子爆弾の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかである場合を除き,疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならない旨規定しているが,これは,申請疾患が原爆放射線によるものかどうかの判断は極めて専門的なものであるため,医学・放射線防護学等の知見を踏まえて判断する必要があるとの趣旨によるものである。そして,同審査会には,被爆者援護法の規定に基づき同審査会の権限に属する事項を処理するための被爆者医療分科会を始めとする分科会が置かれ,分科会に属すべき委員及び臨時委員は厚生労働大臣が指名する(疾病・認定審査会令5条1項及び2項)ところ,被爆者医療分科会の委員及び臨時委員は,放射線科学者や,現に広島・長崎において被爆者医療に従事する医学関係者,さらに内科や外科等の様々な分野の専門的医師 疾病・認定審査会令5条1項及び2項)ところ,被爆者医療分科会の委員及び臨時委員は,放射線科学者や,現に広島・長崎において被爆者医療に従事する医学関係者,さらに内科や外科等の様々な分野の専門的医師等から指名された者であり,疾病の放射線起因性や要医療性の判断について高い見識を有する者である。被告厚生労働大臣は,被爆者医療分科会の意見を慎重に検討した上で,当該認定申請について,被爆者援護法11条1項の認定処分又は却下処分を行っているものである。 イ審査の方針被爆者医療分科会は,放射線起因性及び要医療性の判断の方針として審査の方針(乙A第1号証)を定めているが,これは,被爆者援護法11条1項の認定に当たって目安となる方針であって,あくまでも被爆者医療分科会の委員が審査に当たり,共通の認識として活用する趣旨のものである。 この審査の方針が定める放射線起因性の判断方法は,以下のとおりである。 (ア)審査の方針においては,「原爆放射線起因性の判断に当たっては,申請疾病における原因確率及びしきい値を目安として,当該申請疾病の原爆放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断をする」こととしている。ここでいう原因確率と は,原爆放射線によって誘発された疾病発生の割合のことであり,しきい値とは,確定的影響(低線量の被曝では影響は出現しないが,ある一定の線量以上の放射線に被曝すると影響が出現し,線量の増加に伴い症状が重篤になるもの。多数の細胞が放射線被曝によって損傷を受けた場合に症状が出現するもので,白内障や脱毛などが典型的なものである。)において被曝による症状の発生するための最低限の線量をいう。なお,しきい値は必ずしも万人に同一の値として現われるとは限らないため,審査の方針においては,95パーセントの被爆者に当てはまると考えられるしきい値の範囲(95 の発生するための最低限の線量をいう。なお,しきい値は必ずしも万人に同一の値として現われるとは限らないため,審査の方針においては,95パーセントの被爆者に当てはまると考えられるしきい値の範囲(95パーセント信頼区間)を設定している(審査の方針・第1の5の(2))。 (イ)原因確率は,申請疾患,申請者の性別の区分に応じて適用される別表により,申請者の推定被曝線量と被爆時の年齢によって算定する。申請者の推定被曝線量は,初期放射線による被曝線量(申請者の被爆地及び爆心地からの距離の区分及び遮へい物の有無に応じて定められる。)に,残留放射線による被曝線量(申請者の被爆地及び爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定められる。)及び放射性降下物による被曝線量(原爆投下の直後に特定の地域に滞在し,又はその後,長時間にわたって当該特定の地域に居住していた場合について定められる。)を加えて算定する(なお,実際の初期放射線による被曝線量は,審査の方針別表9ではなく,より厳密に線量評価ができる審査会線量推定表によって算定している。別表9はそれを分かりやすく提示するために端数処理を行ったものである。)。 (ウ)求められた原因確率がおおむね50パーセントを超える場合は,当該申請疾患について,一応,原爆放射線による一定の健康影響の可能性があると推定し,原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定することとした上で,これらを機械的に適用して判断するのではなく,更に当該申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものとしている。 (エ)また,原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意し で判断を行うものとしている。 (エ)また,原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するものとしている。 ウ原爆症認定における審査の方針の意義放射線起因性の判断は,科学的・医学的知見に基づいて行わなければならず,これらの知見から離れて行い得るものではなく,審査の方針において,放射線起因性の判断をするために用いられる,原因確率,原爆放射線の被曝線量(初期放射線による被曝線量の値に残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の値を加えて得られる。)等は,いずれも,原子物理学,放射線学,疫学,病理学,臨床医学等の高度に専門的な科学的・医学的知見に基づくものであり,審査の方針を目安として放射線起因性の有無を判断することは合理性を有する。 そして,審査の方針は,原因確率がおおむね50パーセント以上である場合には,放射線起因性を推定するとしているが,この点は,科学的・医学的観点に加えて被爆者援護法の趣旨から可及的に原爆症認定をしようとする観点も加味されているということができる。 すなわち,松谷訴訟最高裁判決は,被爆者援護法の前身でもある原爆医療法におけるいわゆる原爆症認定の要件である放射線起因性の意義及びその立証の程度について,「法7条1項は,放射線と負傷又は疾病ないしは治ゆ能力低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解すべきである」とし,「訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋 解すべきである」とし,「訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要と解すべきであるから,法8条1項の認定の要件とされている放射線起因性についても,要証事実につき「相当程度の蓋然性」さえ立証すれば足りるとすることはできない。」旨判示して いる。このように,原爆症認定の要件である放射線起因性の判断は,最終的には,訴訟上の因果関係としての「高度の蓋然性」によって決まるということになるが,原因確率がおおむね50パーセント以上であれば放射線起因性を推定するという審査の方針は,同じ「高度の蓋然性」という文言を用いていても,訴訟上の因果関係としての「高度の蓋然性」よりも緩和したものとなっていることは明らかであり,これは,被爆者援護法の趣旨から可及的に原爆症認定をしようとする観点を加味していることになるということができる。 そして,審査の方針においては,原因確率等が設けられていない疾病等に係る審査は当然のこととして,原因確率が設けられている疾病等に係る審査においても,原因確率から機械的に放射線起因性を判断するのではなく,当該申請者に係る既往歴等,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うものとしている。 このように,原因確率が設けられている疾病について,当該申請者に係る事情を総合的に勘案するとしているのは,個別具体の申請疾患ごとに放射線起因性の判断を適切に行おうとするからにほかならない。 すなわち,原因確率の算出に当たっては,申請疾患,性別,被爆時の年齢,及び被曝線量以外の要因を考慮しないため,原因確率は 体の申請疾患ごとに放射線起因性の判断を適切に行おうとするからにほかならない。 すなわち,原因確率の算出に当たっては,申請疾患,性別,被爆時の年齢,及び被曝線量以外の要因を考慮しないため,原因確率は,厳密には,当該被爆者の疾病が放射線に起因する可能性についての割合を直接示すものとはなっていない。したがって,原因確率から機械的に放射線起因性を判断することになれば,原因確率の算出において考慮された上記要因以外の申請疾患に関する他の要因が除外されてしまうこととなり,個別具体の事案において,放射線起因性が客観的に存する場合を取りこぼしてしまうというおそれも否定できないこととなる。そこで,そのようなおそれを可及的に減らし,個別具体の申請疾患についての放射線起因性の判断をより適切に行うため,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合考慮しているのである。 したがって,被告厚生労働大臣のした原爆症認定申請に係る判断は,専門家によって構成される被爆者医療分科会において,医学的・科学的合理性に基礎付けられ, また,可及的に原爆症認定をしようという被爆者援護法の趣旨を加味した審査の方針を目安として形成された意見を尊重してされたものということができる。 エ原告らの主張に対する反論原告らは,放射線起因性の判断について,放射線に影響があることを否定し得ない負傷又は疾病に罹り,医療を要する状態となった場合には,放射線起因性が推定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,その負傷又は疾病は原爆放射線の影響を受けたものとして原爆症認定がされると解釈すべきである旨主張するが,失当である。 確かに,放射線の人体に与える影響について未解明の部分があることは否定し得ないし,訴訟上の因果関係の立証は自然科学的証明ではないとしても,経験則に照らした上で高 きである旨主張するが,失当である。 確かに,放射線の人体に与える影響について未解明の部分があることは否定し得ないし,訴訟上の因果関係の立証は自然科学的証明ではないとしても,経験則に照らした上で高度の蓋然性の立証が必要である以上(松谷訴訟最高裁判決),法律判断としても,現時点において専門的知見として確立している科学的・医学的な知見を経験則として判断の基礎とすることは不可欠である。原告らの上記主張は,何ら科学的な裏付けがなく,現時点において確立していない学説,推測,意見等により放射線起因性を判断することを許容するばかりか,放射線と疾病との関係が不明である場合についてまで放射線起因性を肯定するに等しく,科学的・医学的にみて正当とはいえない。また,放射線起因性の判断について原告らのように解することは,放射線起因性がないことの立証責任を被告国(行政庁)に負担させることになるが,被爆者援護法にそのようなことをうかがわせる規定は存しないし,松谷訴訟最高裁判決の趣旨にも整合しないことは明らかである。 また,科学的調査や疫学調査は適宜発表されているのであって,検証不可能ということはないし,ABCC及び放影研の科学的調査や疫学調査のデータはすべて一般に公開にされており,厚生労働省等の行政機関のみが知り得る内部データとして保管されているデータは存在せず,証拠の偏在ということもない。 原告らの上記主張は,その根拠を含めおよそ採り得ない失当なものというべきである。 (2)審査の方針における初期放射線の評価の正当性(DS86の正当性)ア審査の方針における初期放射線による被曝線量の算定審査の方針は,初期放射線による被曝線量について,「申請者の被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて定めるものとし,その値は別表9に定めるとおりとする。」と定めている。そして 線による被曝線量の算定審査の方針は,初期放射線による被曝線量について,「申請者の被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて定めるものとし,その値は別表9に定めるとおりとする。」と定めている。そして,疾病・障害認定審査会においては,別表9ではなく,より厳密な審査会線量推定表に基づいて,被曝線量を算定している。 放影研における疫学調査では,被爆者の疫学調査における放射線被曝線量をDS86という原爆放射線量推定方式によって求めており,審査の方針(乙A第1号証)における上記別表及び審査会線量推定表は,DS86により求められた数値に基づいている。そこで,DS86が正当であることは,端的に,審査の方針によって算定される初期放射線による被曝線量の値も正当であることを意味する。 この点,DS86については,松谷訴訟最高裁判決が「DS86もなお未解明な部分を含む推定値であり,現在も見直しが続けられていることも,原審の適法に確定するところであり,DS86としきい値理論とを機械的に適用することによっては(中略)の事実を必ずしも十分に説明することができないものと思われる。」などと判示したところであるが,平成15年3月にDS86を更新する線量推定方式としてDS02が策定され,その策定に当たってされた研究によってDS86の評価方法の正当性が検証された。 イ原爆放射線量推定方式の経緯(ア)DS86開発の経緯昭和40年ころに開発された原爆放射線量推定方式であるT65Dは,米国ネバダ核実験場における長崎型原爆の爆発テスト,高い鉄塔に設置した小型原子炉あるいは強力なコバルト60源を用いた実験,日本家屋を建設して行った遮へい実験等の実験結果である測定データを,広島・長崎の原爆に当てはめ,放射線量を推定するものである。 しかしながら,T65Dには,測定データに基づく推定・ 0源を用いた実験,日本家屋を建設して行った遮へい実験等の実験結果である測定データを,広島・長崎の原爆に当てはめ,放射線量を推定するものである。 しかしながら,T65Dには,測定データに基づく推定・評価システムであるこ とによる問題点,すなわち,米国ネバダ核実験場と広島及び長崎との間の湿度の違いや,原爆の種類の違いによる広島における線量評価の誤差,さらに,日本家屋における木材の性質や配置を十分に再現することができなかったことによる遮へい推定精度の不足といった問題点があった。 そこで,アメリカでは,1981年に線量再評価検討委員会及びその結果を評価,吟味するための上級委員会が設置され,これに対応して日本側でも厚生省によって検討委員会と上級委員会が組織され,アメリカと共同してこの問題に当たることとなった。そして,昭和61年(1986年),日米合同上級委員会において新しい線量評価システムとしてDS86が策定された。 DS86は,T65Dのように核実験による測定データに基づいて広島・長崎の放射線量を推定・評価するシステムではなく,大型コンピュータによる数値計算を主体としたシミュレーションを用いて,広島・長崎の初期放射線量を推定・評価するシステムである。 (イ)DS02策定の経緯DS86の開発により,被爆者の放射線量がほぼ正確に推定できるようになったと考えられた。しかしながら,DS86公開後に行われた放射化分析による熱中性子の測定結果において,広島における爆心地から1000メートル以遠の遠距離における熱中性子の試料の測定値とDS86による計算評価値とが異なるという内容の報告がされた。これらの報告の中には,爆心地から1400メートルの位置において,測定値が計算値の10倍以上の違いがあるとの報告もあった。そこで,この不一致の解明をすべく,日米の が異なるという内容の報告がされた。これらの報告の中には,爆心地から1400メートルの位置において,測定値が計算値の10倍以上の違いがあるとの報告もあった。そこで,この不一致の解明をすべく,日米の原爆放射線量評価実務研究班によって,引き続き個別に研究が進められ,その知見を集積・統合し,平成15年(2003年)3月,DS86を更新する線量推定方式としてDS02が策定された。 DS02は,DS86における評価方法を踏襲した上で,最新の核断面積データ等を使用し,かつDS86よりも緻密な計算を用いることにより,DS86よりも高い精度で被曝線量の評価を可能としたものであって,DS02策定に当たりされ た研究は,DS86の評価方法の正当性を改めて検証する結果となった。 ウDS86の概要と初期放射線による被曝線量DS86は,広島と長崎に使用された原爆の物理的特徴と,放出された放射線の量及び放射線が空中をどのように移動し建築物や人体の組織を通過する際にどのような影響を受けたかについての核物理学上の理論的モデルとに基づいて組み立てられ,放射線量の計算値を算出したものであり,実際の被爆資料(壁面タイルや瓦など)を用いたガンマ線及び中性子線の測定結果による検証がされている。 (ア)原爆出力の推定広島,長崎に投下された原爆の出力は,投下時のデータの大部分が失われているため直接の測定からの値は得られていないが,複数の推定方式を用いた結果,広島原爆の出力は15キロトン,誤差はプラスマイナス3キロトン,長崎原爆の出力は21キロトン,誤差はプラスマイナス2キロトンの範囲にあるとされた。 (イ)空気中カーマ,遮蔽カーマ及び臓器線量初期放射線による被曝線量については,空気中カーマ(被爆者の周囲の遮蔽を考えない場合の被曝線量),遮蔽カーマ(被爆者の周囲の構造物による にあるとされた。 (イ)空気中カーマ,遮蔽カーマ及び臓器線量初期放射線による被曝線量については,空気中カーマ(被爆者の周囲の遮蔽を考えない場合の被曝線量),遮蔽カーマ(被爆者の周囲の構造物による遮蔽を考慮した被曝線量。遮蔽とは,放射線から人体を防護する被爆者の周囲の建物やその他の構造物(遮蔽物)をいう。なお,カーマ線量はグレイ単位の吸収線量をいう。)及び臓器線量(人体組織による遮蔽も考慮した被曝線量。シーベルト単位の等価線量をいう。)の計算モデルを統合し,被爆者の遮蔽データを入力して線量を計算している。すなわち,被爆者が日本家屋の中若しくはその側にいた場合,又は戸外にいて日本家屋若しくは地形により遮蔽されていた場合の遮蔽について,家屋集団モデル,長屋集団モデルなどのモデルを用いて計算した。そして,赤色骨髄,膀胱,骨,脳,乳房,目,胎児/子宮,大腸,肝,肺,卵巣,膵,胃,睾丸及び甲状腺の15臓器を対象として,被爆者の被曝線量を,1945年(昭和20年)当時の典型的日本人の人体模型(ファントム)又はそれに適合するモデルを用いて計算した。 エDS86の問題点をめぐる議論 (ア)ガンマ線の測定値と計算値のずれ原爆の被爆者が被曝した放射線にはガンマ線と中性子線があり,線量としてはガンマ線の占める割合が高い。熱ルミネセンス線量測定法を用いて測定した結果とDS86における計算結果とを比較すると,広島においては爆心地から1000メートル以遠で測定値は計算値より大きく,近い距離においては逆に小さくなっているが,長崎においてはこの関係は逆になっている。しかしながら,これは細部における傾向であって,全体としては測定値とDS86は良く一致していると考えられている(乙A10)。 (イ)中性子線の測定値と計算値のずれ中性子線の検証には,線量を直接測 しかしながら,これは細部における傾向であって,全体としては測定値とDS86は良く一致していると考えられている(乙A10)。 (イ)中性子線の測定値と計算値のずれ中性子線の検証には,線量を直接測定する方法はないため,中性子によって特定の物質中に生成された特定の放射性物質の放射能を測定し,この測定値とDS86の計算値との比較を行った。その結果,電柱の碍子の接着剤として使われていた硫黄が速中性子線によって誘導化されたリン32について原爆投下の数日後に測定したデータを再検討したところ,DS86との間に差は見られなかった。しかし,鉄の中の不純物であるコバルトが熱中性子によって誘導化されたコバルト60について測定した結果,計算値は,爆心地から290メートルの地点において測定値の1ないし1.5倍,爆心地から1180メートルの地点において測定値の3分の1と系統的な差を示した。熱中性子線によって岩石の中のユウロピウムが誘導化されたユウロピウム152については測定値の数も少なく正確な評価を行うにはデータのばらつきが大きい。 これらの測定の結果を見たところ,熱中性子線誘導放射能(ユウロピウム152,コバルト60,塩素36)の測定値とこれに対応するDS86の計算値との間には系統的なずれが見られ,爆心地からの近距離では計算値の方が測定値よりも高く,遠距離では逆に測定値の方が計算値よりも高くなっていた。この傾向は明瞭であり,DS86が策定されて以降,測定値の数が増加するとともに,広島においてこのずれが顕著なものとなってきた。長崎においては,系統的なずれを示さないデータと, 広島と同様のずれを示すデータとの両者がある(乙A10号証)。 オDS02の策定によるDS86の正当性の検証(ア)DS02の概要a放射線量の再計算(a)出力の推定DS02に と, 広島と同様のずれを示すデータとの両者がある(乙A10号証)。 オDS02の策定によるDS86の正当性の検証(ア)DS02の概要a放射線量の再計算(a)出力の推定DS02においては,爆弾の出力を計算するための最新の理論計算により再計算がされ,広島型原爆の出力が15キロトンから16キロトンに修正された(DS02報告書(上)4頁(乙A第46号証))ほか,放射化測定値に最適化するプログラムの開発により,爆発高度が580メートルから600メートルに修正された。 なお,これらの修正は,爆心地から近距離の線量評価に影響を与えるが,爆央から1000メートルないし1500メートルの距離になると線量評価に大きな影響を与えない。修正の結果,爆心地近辺での線量の計算値と測定値とが良く一致するものとなった。 他方,長崎型原爆は,DS02の再検討においてもDS86時とほぼ同様の結果が示され,出力・爆発高度ともに再考の必要性はなかった。 (b)ソースタームの評価ソースターム(線源項)は,現代の最新の放射線物理学に基づき,核分裂で放出された放射線が爆弾の外殻材料を透過した後のエネルギー分布や方向分布を算定したものであるが,新しい核断面積データ等を用いて,エネルギー分布をより精緻にし,高い精度の結果を得た。すなわち,DS02においては,長崎型原爆において43パーセント,広島型原爆において31パーセント即発ガンマ線のモル数が増えたが,即発ガンマ線のガンマ線全体に対する割合は約4パーセントにすぎず,合計ガンマ線の約1パーセントの増加にしかならないということが明らかとなった。 その結果,DS02の中性子,ガンマ線のソースタームは,全体的にDS86と良く一致しているとの結論に至った(DS02報告書(上)36頁(乙A第46号証))。 なお,DS0 が明らかとなった。 その結果,DS02の中性子,ガンマ線のソースタームは,全体的にDS86と良く一致しているとの結論に至った(DS02報告書(上)36頁(乙A第46号証))。 なお,DS02による出力修正の影響は,もともと,12キロトンないし20キロトンというDS86時の広島型原爆の出力の不確実性,すなわち系統的な推定誤差の範囲内の変更にすぎないので,DS02による出力推定の修正は,ソースタームに影響しない(DS02報告書(上)22頁(乙A第46号証))。 (c)空中輸送計算(空中伝播計算)DS02における即発放射線に関する空中伝播計算は,DS86よりもエネルギーや距離・角度の分布につき細かく計算され,中性子199群,ガンマ線42群の核断面積データが離散座標法による計算に使用された。また,離散座標法により求められた放射化量及び線量の分布については,モンテカルロ法の計算結果と比較され,2つの解析法の一致度は1500メートルまでプラスマイナス10パーセントの範囲に収まった。また,DS02においては,遅発放射線の計算についても,DS86開発時よりも優れた計算方法により求められた(DS02報告書(上)57頁(乙A46号証))。 DS02により求められた中性子線・ガンマ線の空気中カーマ線量は,DS86と比較して,2.5キロメートルの範囲において10パーセント未満の違いであり,爆心地からの距離が1000メートルないし2500メートルの空気中カーマ線量の合計もDS02による計算値がDS86に比べ広島で平均7パーセント,長崎で平均約9パーセント高いという結果が得られ,その結果,DS86とDS02により求められる空気中カーマ線量に有意な差がないことが明らかになった(DS02報告書(下)93頁(乙A第46号証))。 bDS02における測定値の評 いう結果が得られ,その結果,DS86とDS02により求められる空気中カーマ線量に有意な差がないことが明らかになった(DS02報告書(下)93頁(乙A第46号証))。 bDS02における測定値の評価(a)ガンマ線測定DS02においては,広島,長崎両市におけるガンマ線量測定値の再評価が行われ,各測定値の検証やバックグラウンドや熱ルミネッセンス法による測定自体の不確実性等が検討された。 その結果,現行の熱ルミネッセンス法による測定値のうち,爆心地から約1.5 キロメートル以遠の測定値については,原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と同量となることから,バックグラウンド線量の誤差が測定線量に大きく影響を与えるため,その測定値をもって正確なガンマ線量を評価することが不可能であることが判明した(DS02報告書(中)12頁(乙A第46号証))。 そして,DS02報告書では,DS02,DS86の各計算値と熱ルミネッセンス法によるガンマ線量の測定値との比較がされ,DS02の計算値の方がDS86の計算値よりも一致度が若干高いものの,測定値と計算値の全体的な一致度は,上記バックグラウンド線量の問題を考慮することにより,DS02と同様,DS86も良好であるという結論に至り,ガンマ線量の推定においてDS86による計算値の正当性が検証された。 (b)熱中性子測定①コバルト60の放射化測定DS86において指摘のあった熱中性子線の測定値と計算値の不一致の問題は,広島におけるコバルト60の放射化測定値とDS86の計算評価値の一致度の低さにあったが,DS86の計算評価値とコバルト60の放射化測定値とを比較した結果,地上距離約500メートル以内ではDS86が過大評価しており,約500メートル以遠ではDS86が過小評価していると示唆された。DS02報告 6の計算評価値とコバルト60の放射化測定値とを比較した結果,地上距離約500メートル以内ではDS86が過大評価しており,約500メートル以遠ではDS86が過小評価していると示唆された。DS02報告書の研究では,DS86公開前に測定されたコバルト60の放射化測定値について,地上距離の補正など若干の修正を加え,また,DS86公開後に測定されたコバルト60の放射化測定値を含めて,再検討された。 DS02報告書の研究では,広島におけるコバルト60の放射化測定値とDS02における計算値につき,地上距離1300メートル以内においては,1つの例外(その理由については,放射線医学総合研究所による鉄輪試料のコバルト60測定中にカウンターの較正あるいは操作に問題が生じたものと思われるとの説明がされている(DS02報告書(中)97頁(乙A第46号証))を除いて全体的に良く一致したとされ(同102頁(乙A46号証)),他方,地上距離1300メート ル以遠のコバルト60の測定値とDS02における計算値については,一致しなかったものの,その原因について,試料の線量カウントと検出器のバックグラウンド線量とを区別する際に問題があるようであるとされた(同97,98,102頁)。 しかしながら,コバルト60は,半減期が5.271年と短い核種であるため,DS02策定時においては,測定に堪えるほどの放射能を有していなかったことから,コバルト60の精度の高い放射化測定値を得ることができず,DS02やDS86における中性子線の計算評価値を新たに測定された放射化測定値によって検証することができなくなっていた。 そのため,DS02報告書の研究では,コバルト60の放射化測定値につき,DS02は距離600メートル(空中距離の意味)ではコバルト60測定値と一致するが,それ以遠では不確 ことができなくなっていた。 そのため,DS02報告書の研究では,コバルト60の放射化測定値につき,DS02は距離600メートル(空中距離の意味)ではコバルト60測定値と一致するが,それ以遠では不確実性が大きすぎてこれ以上の結論を下すことができない(DS02報告書(下)112頁(乙A46号証))とされ,コバルト60の放射化測定値からDS02による計算値と比較することができないと結論付けられた。 他方,長崎型原爆については,コバルト60の放射化測定値とDS02の計算評価値とはおおむね一致したとの評価となったが(DS02報告書(中)102頁(乙A46号証)),近距離においても大きな差違を示す測定値が存在した(同99,102頁)。そこで,長崎型原爆と同型の原爆を使用して行った核実験で得られた放射化測定値とDS02と同じ方法により計算評価された推定値とを比較したところ,測定値との誤差が小さくなることが確認された(同102頁)。 ②ユウロピウム152の放射化測定DS86の公表後,ユウロピウム152の測定がされ,DS86における熱中性子の計算評価値と放射化測定値について爆心地近くでは計算評価値が高く,距離が離れるほど放射化測定値が計算評価値よりも高くなり,地上距離1000メートル以遠の遠距離においては,不一致が10倍以上異なるという結果がでて,DS86に系統的な問題があるのではないかという指摘がされた。 そこで,DS02報告書の研究では,DS86発表以降の広島,長崎におけるユ ウロピウム152の放射化測定のデータが収集され,再検討された。その結果,試料中に含まれるユウロピウム152の放射能を検出する測定は,極めて微量の放射線を検出するものであり,爆心地から一定距離以遠離れると微量の放射線が自然界のバックグラウンド放射線のレベルを下回るため,検出 中に含まれるユウロピウム152の放射能を検出する測定は,極めて微量の放射線を検出するものであり,爆心地から一定距離以遠離れると微量の放射線が自然界のバックグラウンド放射線のレベルを下回るため,検出限界となることが明らかになった。DS02報告書の研究では,ガンマ線計測では,主にバックグラウンド計数率に基づく検出限界が存在する,バックグラウンドは,宇宙線,検出器周辺の物や検出器自体に含まれる天然放射線同位元素,化学分離においてユウロピウムと分離されずに試料中に残っている放射性同位元素などである,静間らの測定では地上距離1050メートル(爆央からの距離1200メートル)でほとんど検出限界となる。このことは約1000メートル以遠のデータでは系統的ずれの議論に用いるのは困難であることを意味しているとされ,DS86公表後にされた地上距離1050メートル以遠のユウロピウム放射化測定値が測定限界を超えており,その測定値とDS86計算値との系統的ずれの議論に意味がないことが確認された(DS02報告書(中)107,108頁(乙A46号証))。 DS02報告書の研究では,金沢大学において,上記広島大学で測定に使用されていた試料を用いて,より精度の高い測定法によって,ユウロピウム152の放射化測定がされた。まず,同測定においては,多量の花崗岩試料を用い,溶解などにより化学的濃縮を行う方法により,高い回収率でのユウロピウムの分離がされ,さらに,濃縮されたユウロピウムを高温で加工した後,試料から発せられるガンマ線の測定を極低バックグラウンド施設である尾小屋地下測定室において測定し,その測定に検出効率を高めるため,2台の大型Ge検出器を用いた。このように多量に試料を用い,低いバックグラウンドにおいて,高い検出効率での測定がされたことにより,100分の1のレベルまで て測定し,その測定に検出効率を高めるため,2台の大型Ge検出器を用いた。このように多量に試料を用い,低いバックグラウンドにおいて,高い検出効率での測定がされたことにより,100分の1のレベルまでバックグラウンドによる影響を低く改善した精度の高い測定が可能となった。同測定の結果得られたユウロピウム152の放射化測定値とDS02による計算評価値とを比較すると,良く一致していることが判明し(DS02報告書(中)210頁(乙A46号証)),同研究によって,ユウロ ピウム152の実測値と計算値の不一致が解決された,すなわち,地上距離1000メートルを超える距離においてもDS02の計算評価値の正当性がユウロピウム152の放射化測定値によっても検証された。このことは,同時にDS02とほぼ同じ数値を推定しているDS86の計算評価値の正当性を検証するものであり,従前の1000メートル以遠において10倍以上の差違が存在すると言われていたユウロピウム152の放射化測定値が測定方法を改善することによってDS86,DS02の計算評価値と合致することを明らかにした。 ③塩素36の放射化測定DS02報告書の研究では,試料の熱中性子線を測定するため,塩素36を対象に加速器質量分析法(AMS)によって測定する実験を行うとともに,同測定法のバックグラウンド等による測定限界について検討がされた。DS02報告書の研究においては,アメリカ,ドイツ,日本の各国においてそれぞれ測定がされた。 アメリカにおける加速器質量分析法(AMS)による測定は,国立LawrenceLivermore研究所,Purdue大学PRIME研究室,ロチェスター大学のAMS施設でされた。その結果,花崗岩およびコンクリート(コンクリート表面を除く)中の塩素36の測定値は,爆心地付近から塩素36/ more研究所,Purdue大学PRIME研究室,ロチェスター大学のAMS施設でされた。その結果,花崗岩およびコンクリート(コンクリート表面を除く)中の塩素36の測定値は,爆心地付近から塩素36/塩素比がバックグラウンドと鑑別不可能になる距離までDS02と一致するとの結論に至った(DS02報告書(中)146頁(乙A46号証)。また,同研究により,従前測定された1400メートル付近における塩素36の放射化測定値(ストローメら1992年)がDS86,DS02の計算評価値と一致しなかった原因について,同測定に高いバックグラウンドを示す表面セメントを試料としていたことに起因するものであって,高い表面の測定値が原爆の射出した中性子により生成されたものではないことが明らかになった(同頁)。 ドイツのミュンヘンのAMS施設においては,DS02報告書の研究が開始する以前に,DS86の計算評価値と放射化測定値の不一致が指摘されていた地上距離約1300メートルの地点の試料に重点を置いた測定を行い,DS86の計算評価 値と放射化測定値との間に明確な不一致が認められないことを確認していたことから(DS02報告書(中)160頁(乙A46号証)),DS02報告書の研究においては,アメリカ,日本の異なる研究所間での相互比較試験を実施するために測定が行われた。ミュンヘンのAMS施設での測定の結果は,DS02に基づく評価計算値と遠距離においても実験上の不確実性の範囲内で一致していたほか(同159,171頁),試料の表面付近の花崗岩及びコンクリート試料を用いた塩素36の放射化測定によって,爆央から1300メートル以遠の試料になると,宇宙線並びにウラニウム及びトリウムの崩壊が放射化測定値に大きな影響を与えることが確認され,同結果に基づき,爆央から1300メートル以遠 射化測定によって,爆央から1300メートル以遠の試料になると,宇宙線並びにウラニウム及びトリウムの崩壊が放射化測定値に大きな影響を与えることが確認され,同結果に基づき,爆央から1300メートル以遠の距離の放射化測定値が大きな測定誤差を内包している可能性があることが確認された(同169,171頁)。 さらに,日本の筑波大学においても,AMSシステムを用いた花崗岩試料の塩素36の測定がされた。その結果,地上距離1100メートル以内においては,放射化測定値とDS02の計算評価値が良く一致していることが確認され,バックグラウンド測定値から地上距離1100メートル以遠の試料の塩素36の測定が困難であることが確認された(DS02報告書(中)175頁(乙A46号証))。 ④ユウロピウム152と塩素36の相互比較一般に,微量な放射能の測定のように測定値の誤差要因が大きい場合,測定値の信頼性を高めるため,数種の試料を異なる研究機関で異なる方法を用いて測定し,それらを相互比較することにより,測定値の信頼性を検証する方法が用いられる。 そこで,DS02報告書の研究では,再測定されたユウロピウム152と塩素36の各放射化測定値の相互比較によって,これら測定結果自体の検証を行うとともに,相互比較された放射化測定値とDS02の計算評価値とを比較することにより,DS02の計算評価値の正当性の検証を行った。 DS02報告書の研究においては,爆心からの地上距離135メートルから1177メートルまでの試料につき相互比較試験が実施された結果,相互比較された放 射化測定値とDS02の計算値とが一致していることが確認され,DS02の正当性が検証された。 ⑤DS02においては,上記のとおり,DS86における広島の熱中性子線に関する測定値と計算値との不一致について検討した結 02の計算値とが一致していることが確認され,DS02の正当性が検証された。 ⑤DS02においては,上記のとおり,DS86における広島の熱中性子線に関する測定値と計算値との不一致について検討した結果,測定値の方の精度に問題があることが判明し,バックグラウンドや測定限界を考慮して,改めて検証したところ,計算値と測定値が一致することが判明した。 (c)速中性子測定①リン32の放射化測定放射線により硫黄中に発生したリン32を測定することにより速中性子線を測定する方法は,DS86開発時の研究において実施され,爆心地から数百メートル以内の距離では,計算と測定との間に大きな隔たりはみられない,それ以上の距離では,一致しているかどうかを言うには測定値の誤差が大きすぎる(DS86報告書192頁(乙A38号証))との結論が得られていた。 DS02報告書の研究では,測定されたリン32の放射能測定値の再評価がされ,試料の位置の修正等がされ,その結果,広島型原爆については,爆心地近くではDS86とDS02は両方ともリン32測定値と良く一致しているとの結論に至った(DS02報告書(下)123頁(乙A46号証))。 ②ニッケル63の放射化測定放射線により放射化された銅試料中のニッケル63を測定することにより,原爆の放射線の中の速中性子を測定する方法が開発され,速中性子の再測定が可能となった。DS02報告書の研究では,ニッケル63を測定するに当たり加速器質量分析法(AMS)と液体シンチレーション計数法が使用された。 加速器質量分析法(AMS)を用いた測定は,DS02報告書において,爆心地から700メートル以遠における爆弾に起因する速中性子について最初の信頼できる測定値が得られ,これらのニッケル63測定結果の主な意義は,原爆被爆者の位置に最も関係のある距離(9 告書において,爆心地から700メートル以遠における爆弾に起因する速中性子について最初の信頼できる測定値が得られ,これらのニッケル63測定結果の主な意義は,原爆被爆者の位置に最も関係のある距離(900メートルないし1500メートル)における速中 性子の測定値が初めて得られたことにあると述べられるように,遠距離で採取された試料について,信頼性のある速中性子線の測定値の検出に成功し,その結果,広島型原爆について,バックグラウンドを差し引いた後のデータを1945年(昭和20年)に対して補正すると,広島の銅試料中のニッケル63測定値はDS02に基づく試料別計算値と良く一致する,DS86に基づく計算値との比較でも,日本銀行の場合を除いて良く一致するとされ,DS86及びDS02の計算評価値の正当性が検証された(DS02報告書(中)289頁,(下)125頁(乙A46号証))。 また,DS02報告書の研究では,液体シンチレーション計数法によるニッケル63の測定がされた。同測定においては,上記加速器質量分析法(AMS)から得られたバックグラウンドデータを使用して測定がされ,その結果,上記加速器質量分析法(AMS)の結果と良く一致した(DS02報告書(中)304頁(乙A46号証))。 (d)測定値と計算値との比較DS02報告書の研究で再評価されたガンマ線,熱中性子線,速中性子線の各測定値とDS02,DS86の計算評価値とを改めて比較した結果は,DS02の計算評価値と各測定値との比較につき,爆心地から地上距離が2500メートルに至るまでのDS02自由場フルエンス計算値は,ガンマ線,熱中性子及び速中性子の放射化によって,測定値と透過係数の不確実性の限度内で確証されているとして,DS02の自由場放射線フルエンス(出力・ソースタームの評価,空中輸送計算を エンス計算値は,ガンマ線,熱中性子及び速中性子の放射化によって,測定値と透過係数の不確実性の限度内で確証されているとして,DS02の自由場放射線フルエンス(出力・ソースタームの評価,空中輸送計算を経て得られた数値)の正当性を検証するものであった。 DS02における自由場放射線フルエンスが検証されたことは,同様の計算方法により評価されている遮へい計算や臓器線量の計算方法の正当性が検証されたことを意味する(DS02報告書(下)159頁(乙A46号証))。 (イ)DS02によるDS86の正確性の検証DS02における研究の結果,DS86と同方式を採用して改良されたDS02 の正確性が検証された。DS02は,DS86における出力・ソースタームの評価,空中輸送計算,遮へい計算,臓器線量の計算などについて,最新の科学的知見や核断面積等のデータや複雑な体系の計算を用いることによって細部において修正を加えたものの,そのシステムを踏襲するものである。このことからすれば,DS02の研究によって,DS86の原爆線量評価システムの正当性が改めて検証されたということができる。 また,DS86の公表後,爆心地から地上距離1000メートル以遠のユウロピウム152の測定値とDS86の計算評価値とが一致しないと指摘された問題についても,DS02報告書の研究においてユウロピウム152の測定値が改善され,DS02,DS86の各計算評価値と良く一致することが確認されたことにより,DS86の線量評価システムが,地上距離1000メートル以遠で被曝した被爆者らの放射線影響解析や被爆生存者の認定に使用されるに当たり,十分な精度を有していることが確認された。 カDS86に対する原告らの主張に対する反論(ア)広島における線量推定の困難についてa原告らは,広島に投下された原爆 存者の認定に使用されるに当たり,十分な精度を有していることが確認された。 カDS86に対する原告らの主張に対する反論(ア)広島における線量推定の困難についてa原告らは,広島に投下された原爆につき,同型の原爆を用いた実験がされておらず,原子爆弾の構造などの詳細な情報も軍事機密とされているとして,広島に投下された原爆による被曝線量の推定が困難であるといった趣旨の主張をする。 しかしながら,DS86は,広島に投下された原爆の出力推定を行うに当たり,ロスアラモスに貯蔵されていた広島の爆弾の複製の構成部品を使用して建造された複製(原子炉)による実験(DS86報告書48頁(乙A19号証))によって得られた結果を基礎に,相当な精度で正確な推定を行っており,その他の複数の理論的計算の結果や測定結果を基礎に被曝線量を推定している。すなわち,上記広島に投下された原爆の複製(原子炉)の実験結果のみならず,爆弾投下時に編隊飛行機から同時に投下された測定器ゾンデによる圧力上昇の時間の測定結果,広島市内に所在していた旧中国電力ビル屋上の神社の檜の原爆による炭化層の分析結果,電柱 の碍子の絶縁材料として用いられている硫黄中の中性子誘導リン32の放射能の測定線量との比較,屋根瓦中のガンマ線熱ルミネッセンス測定値のほか,長崎原爆と同様に,爆風(圧力波)による被害からの推定も行われた。以上に加え,長崎に投下された原爆の出力を21キロトンとして,長崎との相対比較により広島に投下された原爆の推定値を得,その他の推定法によって得られた推定値及び爆弾の構造から,出力の理論的計算値を得ている(DS86報告書48頁(乙A19号証)27頁ないし36頁)。 したがって,単に広島に投下された原爆と同型の原爆を用いた実験がされていないことや,その構造等が公表されていないことのみ 計算値を得ている(DS86報告書48頁(乙A19号証)27頁ないし36頁)。 したがって,単に広島に投下された原爆と同型の原爆を用いた実験がされていないことや,その構造等が公表されていないことのみをもって,DS86の推定値の科学的合理性が失われるわけではない。 b原告らは,DS02の策定過程において原爆の出力が変更されたことは,複製に基づく推定の誤りを被告ら自身が認めたことになるなどといった趣旨の主張をする。 しかしながら,DS02における出力及び爆発高度の変更は,その不確実性の範囲内で変更されたにすぎず,出力の変更について原告らが主張するところは,この点を正解しないものである。なお,このような出力の変更を前提としたDS02とDS86との中性子線量,ガンマ線量の計算評価値の比較については,中性子線量は0ないし2500メートルの間で約プラスマイナス10パーセント異なり,また,DS02の一次ガンマ線量は約1200メートル以遠の地上距離で20パーセントほどDS86データよりも大きいなどと説明されている(DS02報告書(上)55頁(乙A46号証))ところ,放射線線量推定においては,通常,500メートルから700メートルを超える遠距離では推定が困難となるため,推定方式の更新に伴い100ないし300パーセント程度違いが見られる場合も多いことからすると,上記DS86とDS02の各計算評価値の違いは,両計算評価値が極めて良く一致していることを示していると評価することができる。 cまた,ソースタームについてみると,広島原爆のレプリカを用いた漏洩実験 によりDS86における理論計算値の妥当性は十分に検証されている。すなわち,アメリカは,広島原爆の外殻を3個製造し,使用しなかったものを保管していたところ,この保管されていた外殻の1個を使用して漏洩実 よりDS86における理論計算値の妥当性は十分に検証されている。すなわち,アメリカは,広島原爆の外殻を3個製造し,使用しなかったものを保管していたところ,この保管されていた外殻の1個を使用して漏洩実験を行い,計算値の検証を行っているが,そこで用いられたレプリカは,「この爆弾において実物の爆弾に対して唯一変更したことは,砲身を短くしたことと核分裂物質を減らして使用したことである。」(DS86報告書49頁(乙A19号証))とされているように,核分裂物質量と砲身の長さ以外は実際の広島原爆と同一であり,精度の高い検証実験が可能な装置であって,構造及び火薬等の配置などが同一の外殻を用いて検証されているのである。この点,原告らは火薬部分による中性子の吸収・散乱の違いを指摘するが,上記のとおり,広島型原爆のレプリカと実際に広島に投下された原爆の構造には違いはなく,また,広島原爆は,砲塔型であるため爆弾の後部にしか火薬が装填されておらず,火薬部分による中性子の吸収・散乱の影響は極めて弱く,実際に地上に到達する放射線への影響は無視し得るものであるから,原告らの上記主張は失当である。 (イ)DS86が検証不能であることについてa原告らは,DS86は,T65Dと異なり,アメリカが中性子爆弾の威力を測るために作成した,実験結果に基づかないコンピューターによるシミュレーションであって,もともと軍事的な目的に出た研究であるため,その原爆から放出された線量という基本的事項が明らかになっていないなどと主張する。 しかしながら,DS86は,医療用放射線防護や原子力発電所での放射線防護などの領域において広く用いられている様々な線量推定方式を広島・長崎の原爆線量評価に応用したものであり,単なるコンピュータープログラムに基づく計算にとどまらず,原子炉実験や被曝試料の測定等 射線防護などの領域において広く用いられている様々な線量推定方式を広島・長崎の原爆線量評価に応用したものであり,単なるコンピュータープログラムに基づく計算にとどまらず,原子炉実験や被曝試料の測定等を含めた総合的な検討を基礎に,その推定がされている(「原爆放射線の人体影響1992」332頁以下(乙A9号証))。 また,1970年代後半以降,T65Dに対して様々な問題点が指摘されるようになったことから,アメリカでは,1981年(昭和56年)に線量再評価検討委 員会,さらに,その結果を評価・吟味するための上級委員会が設置され,これに対応して日本側でも,厚生省によって検討委員会と上級委員会が組織され,アメリカと共同してこの問題に当たることとなり,昭和61年(1986年)に日米合同上級委員会においてDS86が策定されたものであることは,前記のとおりである。 なお,DS86は,NAS(米国学士院)と厚生省が中心となって日米合同委員会を設置して開始した研究に基づいているものであって,公開を基本として開かれた議論の下で作成されたものであり,軍事的な目的で開始されたものではない。 bまた,原告らは,DS86が,他の科学者等による追確認の検証不可能なものであり,そもそも信用性が乏しい旨主張する。 しかしながら,DS86の内容,その理論の概要等は,DS86報告書(乙A19号証413頁)や同報告書の付録1である田島英三「日米原爆線量再評価検討委員会報告書について」(乙A20号証)によって記載され,説明されているとおりであり,DS86の内容等を検討するに足りる内容が開示されている。 また,DS86で用いられた線量推定方式は,日米の複数の研究機関において追検証された上で策定され,公表されたものであり,現在においても,合理的な線量推定方式であるとして,医療用放射線 示されている。 また,DS86で用いられた線量推定方式は,日米の複数の研究機関において追検証された上で策定され,公表されたものであり,現在においても,合理的な線量推定方式であるとして,医療用放射線防護や原子力発電所での放射線防護などの領域において広く用いられている。 このように,DS86は追検証が可能であって,かつ,科学的に妥当なものであるから,原告らの上記主張は失当である。 cさらに,DS02及びDS86において,ソースタームや空中輸送計算に用いられている評価計算に用いられているコンピュータプログラムや核断面積データはDS02報告書第3章表6(DS02報告書(上)63頁(乙A46号証))のとおりであるところ,これらのコンピュータプログラムや核断面積データも,原子炉等の放射線の空中輸送計算等で使用されており,計算方法を検証することは可能である。そして,DS02は,DS86とその開発後に収集された最新の核断面積データや,新しいロスアラモス研究所(LANL)の中性子データを使用している ほか,複雑な計算コード(空中輸送計算を二次元DOT-4コードから二次元DORT計算にしているなど)を使用しているものの,計算体系が共通しているのであるから,DS02によってDS86の正当性が検証されたと評価することができる。 (ウ)DS86におけるガンマ線の計算値と測定値との乖離についてa原告らは,広島の爆心地から1000メートル以遠において,DS86のガンマ線推定線量は,実際の線量よりも過小評価されている旨主張する。 確かに,広島において,爆心地から1000メートル以遠で測定値の方がDS86の計算値より大きくなっているものの,これは距離2.1キロメートルの地点でも0.05グレイと0.06グレイの間の値で,すなわち0.01グレイ(1センチグレイ)単 0メートル以遠で測定値の方がDS86の計算値より大きくなっているものの,これは距離2.1キロメートルの地点でも0.05グレイと0.06グレイの間の値で,すなわち0.01グレイ(1センチグレイ)単位の精度で,熱ルミネッセンス測定による実測値とDS86による計算値が一致する(「原子爆弾の放射線に関する研究」7頁図1,2(乙A10号証)程度のものであって,細部における傾向にすぎず,全体としては測定値とDS86とは良く一致している。 bまた,原告らは,長友教授らによる爆心地から2050メートル(甲A24号証の1及び2),あるいは1591メートルないし1635メートル(甲A25号証の1及び2)におけるガンマ線線量の測定結果を根拠に,DS86によるガンマ線の線量推定に誤りがあることが明らかとなってきている旨主張する。 しかしながら,爆心地から約1.5キロメートル以遠では原爆によるガンマ線量がバックグラウンド線量と同程度以下で,バックグラウンド線量の誤差が測定線量に大きく影響を与えるので,その測定値をもって正確なガンマ線量を測定することが不可能になる(DS02報告書(中)12頁(乙A46号証))から,そのような測定値との比較によりDS86の計算評価値が誤っているとする原告らの上記主張は,その前提において失当である。 (エ)DS86における中性子線の計算値と測定値との乖離についてa中性子線量の検証には,線量を直接測定する方法はないため,中性子によって特定の物質中に生成された特定の放射性物質の放射能を測定し,この測定値とD S86の計算値との比較を行った。電柱の碍子の接着剤として使われていた硫黄が速中性子線によって誘導化されたリン32については,現在は測定できないが,原爆投下の数日後に測定したデータを再検討したところ,DS86との間に差は見ら った。電柱の碍子の接着剤として使われていた硫黄が速中性子線によって誘導化されたリン32については,現在は測定できないが,原爆投下の数日後に測定したデータを再検討したところ,DS86との間に差は見られなかった。しかし,鉄の中の不純物であるコバルトが熱中性子線によって誘導化されたコバルト60について測定した結果,計算値は,爆心地から290メートルの地点において測定値の1ないし1.5倍,爆心地から1180メートルの地点において測定値の3分の1と系統的な差を示した。熱中性子線によって岩石の中のユウロピウムが誘導化されたユウロピウム152については,測定値の数も少なく,正確な評価を行うにはデータのばらつきが大きい。 これらの測定の結果を見たところ,熱中性子線誘導放射能(ユウロピウム152,コバルト60,塩素36)の測定値とこれに対応するDS86計算値との間には系統的なズレが見られ,爆心地からの近距離では計算値のほうが測定値より高く,遠距離では逆に測定値のほうが計算値より高くなっていた。この傾向は明瞭であり,DS86が策定されて以降測定値の数が増加するとともに,広島においてこのズレが顕著なものとなってきた。なお長崎では,系統的なズレを示さないデータと,広島と同様のズレを示すデータとの両者がある(「原子爆弾の放射線に関する研究」(乙A10号証))。 この熱中性子の問題については,DS86による計算値と測定値との不一致の傾向ははっきりしたものの,その原因については,DS02の策定過程において検討されるまで未解明であった。 bDS86における上記の広島の中性子線に関する測定値と計算値との不一致については,DS02の策定過程において再測定を行った結果,計算値と測定値が一致することが判明した(「原子爆弾の放射線に関する研究」(乙A10号証))。 すなわち, 線に関する測定値と計算値との不一致については,DS02の策定過程において再測定を行った結果,計算値と測定値が一致することが判明した(「原子爆弾の放射線に関する研究」(乙A10号証))。 すなわち,中性子の測定に用いた被爆試料は,原爆放射線のほかに土壌に含まれる自然放射性物質からの放射線や宇宙線にも被曝しているわけであるから,原爆放射線による被曝線量を測定するためには,被爆試料の被曝線量から上記自然放射性 物質等による被曝線量を差し引かなければならないので,バックグラウンド(自然放射性物質からの放射線や,宇宙線などによる被曝)の補正を行った結果,塩素36の測定値は,同補正を行えば,DS86の計算値と良く一致することが確認された。また,9か所の異なる被爆距離における被爆試料をそれぞれ4人の測定者に配分し,4人の測定者が同一試料についてユウロピウム152及び塩素36の測定を行ったところ,ユウロピウム152については,測定値は計算値と,爆心地から1キロメートルを越す遠距離まで非常に良く一致することが確認され,塩素36については,若干のばらつきはあるものの,測定値が計算値と一致することが確認され,補正方法を改善すると更に良く一致することが確認された。 したがって,従前の広島の中性子線の不一致は,測定方法の問題であって,DS86の問題ではなかったことが明らかになった。 ところで,上記は遠距離における中性子の不一致の問題についての検討結果であるが,中性子については,爆心地近くで測定値よりも計算値が高いという問題もあった。爆心地の近辺では,原爆放射線の影響が強く,バックグラウンドの影響は相対的に極めて小さく,爆心地近辺の測定値は信頼できる。新たに行われた計算においても,爆心地近辺で線量の計算値が測定値より過大となった。これは,計算値の基となってい が強く,バックグラウンドの影響は相対的に極めて小さく,爆心地近辺の測定値は信頼できる。新たに行われた計算においても,爆心地近辺で線量の計算値が測定値より過大となった。これは,計算値の基となっている原爆の出力と炸裂点の高度の数値に原因があると推測され,この点を再検討した結果,広島において出力を15キロトンから16キロトンへ,高度を580メートルから600メートルに修正すると,計算値と測定値がよく一致することが分かった(乙A第10号証)。 cコバルト60の不一致について原告らは,コバルト60の測定結果は,明らかに遠距離では測定値が計算値を上回っている旨主張する。 しかしながら,DS02報告書の研究においては,DS86の計算評価値と測定値との不一致が指摘されたのではなく,コバルト60の半減期が短いため,再測定によっても精度の高い測定値が得られなかったにすぎず,従前に行った測定値の再 評価の結果,空中距離600メートル(ほぼ爆心地付近)以遠の測定値は,不確実性が大きいため,放射化測定値をもって放射線量システムの計算評価値と比較することができないとしており(DS02報告書(下)112頁(乙A46号証)),コバルト60の放射化測定値をもって,DS86の計算評価値を評価すること自体できない。 また,DS02報告書の研究においては,熱中性子線について,より半減期の長い核種であるユウロピウム152や塩素36につき精度の高い測定方法により再測定を行い,それらの測定値とDS86の計算評価値とが一致していることを確認しているのであって,DS02及びDS86の計算評価値は熱中性子線により放射化されたユウロピウム152や塩素36の測定によりその正当性が検証されている。 したがって,コバルト60についての不一致に関する原告らの主張は,失当である。 dカイ 計算評価値は熱中性子線により放射化されたユウロピウム152や塩素36の測定によりその正当性が検証されている。 したがって,コバルト60についての不一致に関する原告らの主張は,失当である。 dカイ自乗法を用いた中性子線量の推定について原告らは,J名古屋大学名誉教授によるカイ自乗法を用いた中性子線量の推測を基に主張をするところ,このようなカイ自乗法によって中性子線量を推測する方法は,J教授独自の方法であって,他の研究者が用いている方法ではない。そもそも,ガンマ線,中性子線の減衰の動向は,そのような数式で表される単純なものではなく,カイ自乗法は,方法論として非常に初歩的な方法であり,現在では用いられていない。原告らの主張するカイ自乗フィットは,DS86の計算値と一致しない測定値について,何らの正確性の検証を行うことなく,科学的な論拠を欠く減衰という現象を仮定することによって測定誤差を考慮,あるいは補正していない実測値に強制的に近似(フィット)するグラフ(曲線)を作出し,そのグラフに基づいて測定値が得られていない遠距離の線量を推定するものであり,科学的な根拠を欠くものといわざるを得ない。 (3)審査会線量推定表が正当であること審査会の放射線起因性の判断においては,初期放射線による被曝線量の値につい て,審査の方針別表9ではなく,審査会線量推定表が用いられているところ,この審査会線量推定表における値と審査の方針別表9における値とは若干の違いがみられる。しかし,いずれもDS86を基に策定されたものであって,値の相違は,端数処理の方法による相違に基づくものであり,審査の方針別表9が正当ではないということを意味するものではなく,より適正な判断を行うために審査会線量推定表を用いているのである。したがって,審査会線量推定表を用いて初期放射線によ 基づくものであり,審査の方針別表9が正当ではないということを意味するものではなく,より適正な判断を行うために審査会線量推定表を用いているのである。したがって,審査会線量推定表を用いて初期放射線による被曝線量の値を算定することは,DS86の合理性に何ら影響を及ぼすものではないし,むしろ正当ということになる。 また,審査の方針においては,被爆時に遮蔽があった場合の初期放射線による被曝線量につき,別表9に定める値に被曝状況によって0.5ないし1を乗じて得た値とするものとされているところ,実際の審査に当たっては,一律0.7を乗じることとしている。これは,被爆時の周囲の建造物などの放射線遮蔽効果は,その放射線の透過係数により評価されるところ,被曝状況の大半(近距離で広島69パーセント,長崎44パーセント)をしめる日本家屋内被曝についてみると,DS86においては,係数は直接計算されず,空気中カーマに対する木造家屋内被爆者の遮蔽カーマの比を計算することによって得られており,その数値すなわち平均家屋透過係数は,広島の場合は,ガンマ線0.46,中性子線0.36,長崎の場合は,ガンマ線0.48,中性子線0.41であって(乙A9号証),被爆者の周囲の遮蔽物がコンクリート造りの建造物などであれば,遮蔽効果はこれより大きく,透過係数は小さくなるが,審査の実際においては,個々の申請者の被曝状況を子細に把握することは困難であるため,透過係数を一律にして計算することとし,その数値については,日本家屋の透過係数がせいぜい0.3ないし0.5程度であり,実際に透過係数が0.7以上になるような被曝状況は想定し難いことから,これにより求めた被曝線量が推定し得る最大の推定値となるようにするとの配慮により,これを0.7としたものである。したがって,透過係数を一律0.7としたことに になるような被曝状況は想定し難いことから,これにより求めた被曝線量が推定し得る最大の推定値となるようにするとの配慮により,これを0.7としたものである。したがって,透過係数を一律0.7としたことにより,原告らが認定審査において不利になることはあり得ない。 (4)審査の方針における残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定の正当性ア被曝の態様と線量評価一般に,人体への放射線被曝は,身体の外部から放射線を浴びることによる外部被曝と,呼吸,飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性物質が放出する放射線による内部被曝とに大別される。 そして,原爆放射線による外部被曝は,初期放射線によるものと,残留放射能によるものとに分けられる。初期放射線とは,原爆の爆発後1分以内に空中から放出されるもので,その主要成分はガンマ線と中性子線である。残留放射能とは,一つは地上に到達した初期放射線の中性子が,建物や地面を構成する物質の原子核と反応(放射化)を起こし,これによって新たに生じた放射性核物質による誘導放射能であり,もう一つは,原爆の核分裂によって生成された放射性物質や未分裂の放射性核物質である放射性降下物によるものである。これらの残留放射能をもつ放射性核物質から放射線が放出されて被曝する。 したがって,原爆被爆者の被曝線量は,①初期放射線による外部被曝,②放射性降下物による外部被曝,③誘導放射能による外部被曝,④放射性物質を体内に取り込んだことによる内部被曝,の4者について検討する必要がある。 イ残留放射能の線量評価(ア)残留放射能の調査残留放射能の測定は,昭和20年8月10日から大阪帝国大学調査団による調査が行われ,引き続き,京都帝国大学,理化学研究所調査団による調査が行われた。 その後,同年9月から10月にはマン 留放射能の調査残留放射能の測定は,昭和20年8月10日から大阪帝国大学調査団による調査が行われ,引き続き,京都帝国大学,理化学研究所調査団による調査が行われた。 その後,同年9月から10月にはマンハッタン技術部隊,同年10月から11月には日米合同調査団により広島及び長崎において放射能測定が行われ,また,広島文理大学の2名による測定も行われた。 これらの初期調査の結果,爆心地付近のほか,広島においてはa,b地区,長崎においてはc地区で,特に残留放射能が高いことが判明した。 なお,放射性降下物については昭和50年に,誘導放射能については昭和51年以降被爆岩石中のユウロピウムの測定が行われているなど,残留放射能の調査はその後も引き続き行われた。 (イ)誘導放射能誘導放射能は,被爆生存者や早期入市者に対する被曝線量を推定する上で重要であり,上記(ア)の調査結果から,昭和33年以降,被爆者の誘導放射能による被曝線量の計算評価が行われるようになり,DS86策定時にも計算評価がされた。 DS86策定時における研究では,誘導放射能によって被爆者が最大でどの程度の線量を被曝したかを把握するため,グリッツナー及びウールソンにより,被爆者が爆心地において爆発直後から無限時間まで滞在したと仮定した上で計算評価がされた(したがって,実際の被爆者の誘導放射能による被曝線量はこれより低いものになる。)。その結果,爆発直後から無限時間までの爆心地における地上1メートルでの誘導放射能による積算線量は,広島で約80レントゲン(レントゲンとは,照射線量,すなわち,ある場所における空気を電離する能力を表す量の単位である。),長崎で30レントゲンないし40レントゲンと推定されたが,この推定値を審査の方針において用いられているセンチグレイ単位に換算すると,広島で約50セ おける空気を電離する能力を表す量の単位である。),長崎で30レントゲンないし40レントゲンと推定されたが,この推定値を審査の方針において用いられているセンチグレイ単位に換算すると,広島で約50センチグレイ(ラド),長崎で18センチグレイ(ラド)ないし24センチグレイ(ラド)となる(「原爆放射線の人体影響1992」351頁,353頁(乙A9号証),DS86報告書228頁(乙A16号証))。また,爆心地において,線量率(単位時間当たりの放射線量)が爆発後の経過時間とともに減少していること,爆発直後からの積算線量(放射線の総量)が爆心から距離が離れるとともに減少していること,さらに,積算カーマ線量が爆発後の経過時間とともに減少することが示され(「原爆放射線の人体影響1992」350頁ないし352頁(乙A9号証)),残留放射能による被曝線量は,爆心地からの距離と入市時間と滞在時間に依存し,爆心地からの距離が大きくなり,爆発後の経過時間が長くなれば,被曝線量は急速に小さくなるということが示された。 そこで,これらのデータに基づき,爆心地からの距離を100メートル間隔とし,積算線量も8時間ごととして,広島,長崎それぞれに残留放射線量を算定して作成されたのが,審査の方針における別表10である。そして,残留放射能による被曝線量の算定については,「残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定めるものとし,その値は別表10に定めるとおりとする。」と定めている。したがって,審査の方針における残留放射線による被曝線量の算定は,正当である。 (ウ)放射性降下物原爆は,ウランの核分裂により連鎖反応を起こさせたものであったが,ウランの核分裂の結果,放射性の核分裂生成物が生じた。これらの多くは火球とともに る被曝線量の算定は,正当である。 (ウ)放射性降下物原爆は,ウランの核分裂により連鎖反応を起こさせたものであったが,ウランの核分裂の結果,放射性の核分裂生成物が生じた。これらの多くは火球とともに上昇し,上層の気流によって広範囲に広がったものと考えられる。核分裂生成物の多くは,高度の放射能を有するが短寿命核種であって,放射能は急速に減衰するため,核分裂生成物が爆発から数時間後に降下するかどうかが人の被曝に関係してくる。 そこで,放射性降下物についても,被爆者に最大でどの程度の被曝線量を与えるかを把握するため,DS86の策定時に線量評価がされた。 広島及び長崎の原爆による降下物の量は,爆発後に両市で行われた線量測定により比較的正確に推定することができるところ,上記の研究において,放射性降下物は,広島ではa,b地区,長崎ではc地区に特に多くみられることが確認された(「広島および長崎における残留放射能」(乙A11号証))。このことは,これらの地域がいずれも爆心地から約3キロメートル風下に位置し,かつ,これらの地域においては爆発の30分ないし1時間後に激しい降雨があったことに対応するものである。 そして,上記両地域において,被爆後数週間から数か月の期間にわたり,数回の線量率の測定が行われ,それらの測定値から爆発1時間後の線量率を推定し,任意の時間内における積算線量が求められた。その結果,爆発1時間後から無限時間までの地上1メートルの位置での放射性降下物によるガンマ線の積算線量は,広島の a,b地区においては1レントゲンないし3レントゲン(0.6センチグレイ(ラド)ないし2センチグレイ(ラド)),長崎のc地区で20レントゲンないし40レントゲン(12センチグレイ(ラド)ないし24センチグレイ(ラド))と推定された(「原爆放射線の人体影響19 チグレイ(ラド)ないし2センチグレイ(ラド)),長崎のc地区で20レントゲンないし40レントゲン(12センチグレイ(ラド)ないし24センチグレイ(ラド))と推定された(「原爆放射線の人体影響1992」353,354頁(乙A9号証),DS86報告書218,219,228頁(乙A16号証))。 なお,上記積算線量は,爆発1時間後から無限時間まで当該地域に居続けた場合を仮定して得られた積算線量であるから,(イ)の誘導放射能による積算線量と同様,実際の被爆者の放射性降下物による被曝線量はこれより大幅に低下することになる。 これらの結果を踏まえ,審査の方針は,放射性降下物による被曝線量については,「原爆投下の直後に特定の地域に滞在し,又はその後,長期間に渡って当該特定の地域に居住していた場合について定めることとし,その値は次のとおりとする。」と定め,当該特定の地域については,a又はb(広島),c3,4丁目又はd(長崎)とし,被曝線量は,それぞれ,0.6センチグレイないし2センチグレイ,12センチグレイないし24センチグレイとしている(なお,自然放射能による被曝線量は,46年間の積算で約3ラドとされており,広島でのa,b地区での上記放射性降下物による積算線量を上回るものである(「原爆放射線の人体影響1992」354頁(乙A第9号証))。)。 したがって,審査の方針における放射性降下物による被曝線量の算定は,正当である。 ウ遠距離及び入市被爆者に関する原告らの主張に対する反論(ア)原告らは,DS86は,遠距離及び入市被爆者の急性症状を説明することができない旨主張するところ,これは,審査の方針における推定線量の在り方についての瑕疵をもいうものとも解され得る。 しかしながら,後記のとおり,放影研において,昭和25年の国勢調査時に広島市又は長崎市に居 ない旨主張するところ,これは,審査の方針における推定線量の在り方についての瑕疵をもいうものとも解され得る。 しかしながら,後記のとおり,放影研において,昭和25年の国勢調査時に広島市又は長崎市に居住していたが,原爆投下時には市内にいなかった者について,調査開始時から「原爆投下時市内不在者群」として調査,解析を行っていたところ, 昭和25年ないし昭和41年までの間の調査では,早期入市者(原爆投下後30日以内に入市した者)においては,直接被爆者(原爆投下時に市内にいた者)のみならず後期入市者(原爆投下後30日以降に入市した者)に比しても死亡率が相対的に少なく(寿命調査第5報65,66,75,128頁(乙A12号証)),早期に市内に入ったことのために死亡率の増加があったとの形跡はなかった。白血病その他の悪性腫瘍による死亡率の増加も認められず,早期入市者の死亡率は全国の平均死亡率と比べても有意な差はなかった(寿命調査第5報68,69,133,134頁(乙A12号証),広島医学36巻2号203頁(乙A13号証))。 その後,新たに低線量を被曝したと思われる長崎の被爆者を加えて調査したところでも,市内不在者群は幾つかの死因について被曝線量0(ゼロ)ラドの者より有意に低い死亡率を示すことが示唆されたため,1970年代後半以降,早期入市者を含めた市内不在者群は放射線量反応の解析からは除外されることとなった(「寿命調査第10報」7頁,52頁以下(乙A7号証))。 以上の調査結果によれば,入市被爆者については,被曝によるリスクの増加は明らかになっていないといわざるを得ないのであって,現時点においては,入市被爆者につき原爆放射線に起因して健康被害が発生したことを裏付ける調査結果を見いだすことはできない。 (イ)また,原告らは,遠距離被爆者や入市被爆者に ざるを得ないのであって,現時点においては,入市被爆者につき原爆放射線に起因して健康被害が発生したことを裏付ける調査結果を見いだすことはできない。 (イ)また,原告らは,遠距離被爆者や入市被爆者に生じたとされる脱毛,下痢等の症状を,一律にすべて「放射線被曝の急性症状」であると主張するようであるが,脱毛等の症状は,放射線以外の原因でも起こり得る症状であるから,これらの症状がすべて被曝に起因するとの前提自体,失当である。 例えば,脱毛についてみると,一般論として脱毛が確定的影響に係る症状の典型例であるということはできるが,個別の被爆者の脱毛という事実が放射線被曝によるものかどうかは別問題である。すなわち,当該被爆者が脱毛があったと主張した場合,その脱毛の原因が放射線被曝によるものかどうかを医学的見地から検討することが必要であって,その検討を経ずして,当該被爆者が訴えている脱毛が放射線 被曝によるものと判断したり,脱毛を訴えていることを根拠に当該被爆者の被曝線量を推定したりすることはできない。 したがって,遠距離及び入市被爆者に(放射線被曝による)急性症状が生じているからDS86は線量推定の基準となり得ないとする原告らの主張は,その前提に誤りがある。 (ウ)さらに,入市被爆者の被曝線量を推定した研究として,末梢血リンパ球細胞の染色体異常の頻度と被曝放射線量がよく相関することを利用して,原爆投下後,爆心地付近に入った40名に生じた染色体異常を観察し,医療用放射線被曝の影響を差し引いて線量を推計したものがあるが,これによれば,投下翌日から4ないし7日間,西練兵場付近で救護活動などの作業に従事した広島県加茂郡在住の賀北部隊工月中隊員のうち,長期入市滞在者(医療被曝の多い者を除く。)の被曝線量は,最小1ラド,最高13.5ラド(平均4.8ラド( 7日間,西練兵場付近で救護活動などの作業に従事した広島県加茂郡在住の賀北部隊工月中隊員のうち,長期入市滞在者(医療被曝の多い者を除く。)の被曝線量は,最小1ラド,最高13.5ラド(平均4.8ラド(センチグレイ))であった(「原爆放射線の人体影響1992」237頁ないし241頁(乙A9号証))。 また,同じ対象者について,物理学的計算(フォールアウトによる外部被曝線量,中性子誘導被曝線量,降下物及び誘導放射能による内部被曝線量)を行って線量を推定した研究によれば,被曝線量は,最大12センチグレイ,最小3.5センチグレイと推定されており,これは染色体異常に着目して推定した生物学的線量推定とほぼ一致した(「原爆放射線の人体影響1992」241頁(乙A9号証),「ヒロシマ残留放射能の四十二年」182頁(乙A21号証))。 これらの研究結果からも,入市被爆者の被曝線量は必ずしも大きくないことが裏付けられている。 エ残留放射能に関する原告らの主張に対する反論(ア)原告らは,放射能を含んだ「黒い雨」や「黒いすす」がかなり広い地域に降下したのに,被告らは放射性降下物等による残留放射能の影響を無視ないし極めて軽視している旨主張する。 (イ)原告らは,黒い雨及び黒いすすを放射性降下物と同視しているようであるが,原爆投下直後にいわゆる黒い雨が見られたのは,火災によるすすが巻き上げられ,雨と一緒に降下したことによるものであり,このすすと,原爆の核分裂によって生成された放射性物質(放射性降下物)とは必ずしも同じものではなく(「黒い雨の放射線影響に関する意見書」4頁(乙A78号証)),実際に,原子爆弾や核爆発と関係のない火災においても黒い雨が確認されている(乙A82号証)ところである。すなわち,a又はb地区等に降った黒い雨及び黒いすすには放射性降下物 書」4頁(乙A78号証)),実際に,原子爆弾や核爆発と関係のない火災においても黒い雨が確認されている(乙A82号証)ところである。すなわち,a又はb地区等に降った黒い雨及び黒いすすには放射性降下物が含まれていたことが調査結果により推定することができるのであるが,それ以外の地区に降った黒い雨及び黒いすすに放射性降下物が含まれていたことは,調査結果によって裏付けられてはいない。この点に関し,「黒い雨に関する専門家会議報告書」では,土壌中の残留放射能値は宇田・増田両降雨地域とも相関がみられないことが判明し(乙A14号証5頁,乙A77号証1頁ないし4頁),気象シミュレーション法を用いて推定した長崎の降雨地域は,これまでの物理的残留放射能の証明されている地域と一致することが確認された(乙A14号証6頁,乙A77号証39頁ないし42頁,乙A78号証6頁)。 したがって,黒い雨(放射性降下物と同義ではない。)に関する増田雨域の範囲についてそれが放射性降下物の分布を示すものとすることはできない。 また,審査の方針において,a・b地区,c地区以外での放射性降下物による被曝線量を考慮していないのは,それらが,原因確率の判断に影響しないようなごく微量にすぎないという理由からであり,不当に無視しているとか軽視しているということもできない。この点に関し,「黒い雨に関する専門家会議報告書」は,残留放射能の再測定,気象シミュレーション法による降下放射線量の推定,黒い雨に曝された群と曝されていない群の体細胞突然変異及び染色体異常の頻度の調査を実施したが,黒い雨降雨地域における残留放射能の残存と放射線によると思われる人体影響の存在は認められなかったとしている(乙A14号証8頁)。 (ウ)原告らは,黒い雨の降った雨域を増田雨域とするが,増田の論文(「広島 原爆後の 残留放射能の残存と放射線によると思われる人体影響の存在は認められなかったとしている(乙A14号証8頁)。 (ウ)原告らは,黒い雨の降った雨域を増田雨域とするが,増田の論文(「広島 原爆後の“黒い雨”はどこまで降ったか」(甲A70号証))自体が自ら記載しているように,同論文の基礎とした資料には,原爆投下直後から,43年近く経った現在までのものが混在しており,また,宇田雨域が健康診断特例地域に指定されてからは,地域指定を求める運動と関連して降雨を過大に報告する傾向が強くなったことも考えられる(同号証18ページ)から,宇田雨域よりも増田雨域のほうが当時の降雨域を正確に反映しているものとは限らない。 (エ)さらに,原告らが挙げる,セシウム137の放射能の値と降雨域との比較から降雨域について増田雨域を証明しているとする静間らの論文(甲A27号証の1及び2)をみても,その内容は,22のサンプルのうち,増田雨域には含まれているが宇田雨域に含まれていない18,22及び25の3点でセシウム137が検出されたというものにすぎず,同論文自体が,全市にわたる降雨域を評価するにはサンプル数は十分ではない,サンプル2,3,13,14及び16は両方の地図の降雨域に位置しているが,しかし,セシウム137は検出限界より低いと認めているところであり,増田雨域が放射性降下物の分布と一致することが証明されたとすることはできない。 この点,黒い雨に関する専門家会議では,静間らの論文をはるかに上回る約200地点の土壌から採取したセシウム137について,増田小雨域A,増田大雨域B,宇田小雨域C,宇田大雨域Dの内外のいずれでも有意な差はなく,特に放射能の大きい3重丸の点10地点に限っても,いずれも有意差は認められなかったとしている(乙A77号証1頁ないし3頁,乙A78号証 ,宇田小雨域C,宇田大雨域Dの内外のいずれでも有意な差はなく,特に放射能の大きい3重丸の点10地点に限っても,いずれも有意差は認められなかったとしている(乙A77号証1頁ないし3頁,乙A78号証5,6頁)。 (5)審査の方針において内部被曝による被曝線量を算定していないことの正当性ア内部被曝による被曝線量の推定値内部被曝とは,呼吸,飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性物質による被曝のことを指す。 DS86開発時においては,放射性降下物が最も多く堆積した地域である長崎の c地区の住民に対するセシウム137からの内部被曝線量の推定がされた。同推定は,ホールボディーカウンターによるc地区住民の男性20名,女性30名中のセシウム137の測定を基礎としてされ,その結果,昭和20年から昭和60年までのこの地区における内部被曝による積算線量,すなわち40年間分の内部被曝線量の総計は男性で10ミリラド,女性で8ミリラドと推定された(乙A9号証354,355頁,乙A16号証219頁)。 審査の方針においては,内部被曝による被曝線量を特に検討対象としていない。 これは,個々の申請者ごとの内部被曝線量を科学的に推定することが困難であること,上記のとおり,内部被曝による被曝線量を最大限に見積もったにしても0.01センチグレイ以下と極微量であり,自然放射線による内部被曝線量年間2.4ミリシーベルトにも満たないため,審査時の線量推定時に考慮を要しないと判断されたことによるものである(なお,京都大学原子炉実験所の今中哲二は,誘導放射能による内部被曝線量について研究し,原爆当日に広島で約8時間焼け跡の片付け作業に従事したとしても約0.06マイクロシーベルトと外部被曝に比べて無視できるレベルであったとしている(乙A75号証154頁)。)。 したがって,審査の 究し,原爆当日に広島で約8時間焼け跡の片付け作業に従事したとしても約0.06マイクロシーベルトと外部被曝に比べて無視できるレベルであったとしている(乙A75号証154頁)。)。 したがって,審査の方針が内部被曝による被曝線量を放射線起因性の判断のための被曝線量として考慮していないことは正当である。 イ未分裂核物質による内部被曝の可能性原告らは,原爆の爆発により生じた未分裂核物質も内部被曝を引き起こした旨主張する。 しかしながら,ウラン235の物理学的半減期は7.1×10年(約7億年)で あるところ(乙A85号証45頁),広島においてウラン235の残留が有意に検出されたとの報告はなく(甲A17号証114頁,乙A14号証5頁,乙A第77号証9頁ないし16頁),原爆の激しい爆風で大気中に拡散し希釈されて流れ去ったものと考えられる(乙A77号証39頁)。 なお,ウラン235は物理的半減期が上記のように非常に長いものの,体内での 代謝が早いため,その生物学的半減期は15日であり(乙A85号証45頁),この点からしても,長期にわたって体内に残留して内部被曝を継続することはない。 このような科学的知見からすれば,放射性降下物によって継続的な内部被曝が生じ,人体影響を生じるとは考えられない。 ウ原告らの主張に対する反論原告らは,内部被曝においては,局所的に細胞レベルで極めて高線量の永続的な被曝をもたらすなど,外部被曝とは機序が異なるから,内部被曝における線量評価は,DS86によるような物理学的な方法によるのではなく,生物学的な影響の考慮が必要である旨主張する。 しかしながら,原告らが主張するような内部被曝における機序の違いについてはいまだ科学的に実証されておらず,そのような違いを線量評価に反映させることは不可能であるし,不適当でもあるから,原 主張する。 しかしながら,原告らが主張するような内部被曝における機序の違いについてはいまだ科学的に実証されておらず,そのような違いを線量評価に反映させることは不可能であるし,不適当でもあるから,原告らの上記主張は失当というほかない。 (6)審査の方針における原因確率による放射線起因性の判断方法の合理性ア放影研における疫学調査及び審査の方針における原因確率による放射線起因性の判断放影研は,前記のような線量推定方式等により得られた広島及び長崎の被爆者の線量推定値を基礎に,疫学調査によって得られたデータの検討を行い,疾病を発症した被爆者のうち,放射線によって誘発された疾病の割合がどの程度と見られるのかを疫学的方法を用いて算出した(リスク推定値)。 審査の方針においては,確率的影響による疾病につき,放影研の算出したリスク推定値を基に,被曝線量,申請に係る疾病等,性別,被爆時の年齢を要因として,申請に係る疾病の発生が,原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考える確率(原因確率)を算定し,これを目安として,当該申請に係る疾病等の(原爆)放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断することとしている。そして,原因確率が,おおむね50パーセント以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があること(放射線起因性)を推 定し,おおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定するが,放射線起因性の判断に当たっては,原因確率を機械的に適用して判断するものではなく,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,判断を行うものとしている。 このように,審査の方針が,原因確率によって放射線起因性を判断するとしていることは,放影研における疫学調査を基礎に最新の科学的知見を踏 子,生活歴等も総合的に勘案した上で,判断を行うものとしている。 このように,審査の方針が,原因確率によって放射線起因性を判断するとしていることは,放影研における疫学調査を基礎に最新の科学的知見を踏まえたものであって,科学的合理性がある。また,審査の方針が,上記のとおり,原因確率による推定をした上,既往歴等も総合的に勘案した上で,個別具体の申請疾患について放射線起因性を判断することとしていることは,被爆者援護法の趣旨から正当である。 なお,審査の方針において用いられている原因確率が基礎としているのは,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙A2号証)であり,この研究においては,放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990年」(乙A第3号証)及び「原爆被爆者における癌発生率。第2部充実性腫瘍,1958-1987年」(乙A第4号証)という調査結果を使用している。 この調査結果の基となる放影研が行っている寿命調査は,後記のとおり,約12万人の対象者をコホート集団として,1950年以降の死亡率等につき調査研究を行っているもので,その規模及び期間等から,世界的にも類例を見ないコホート研究といわれている(なお,コホート研究とは,何らかの共通の特性を持った集団を追跡し,その集団からどのような頻度で疾病,死亡が発生するかを観察し,要因と疾病等との関連を明らかにしようとする研究をいい,コホート集団とは,共通の特性を持ち,かつ,調査対象とする要因に十分曝露されている人たちが属していると考えられる集団をいう。)。そして,同寿命調査においては,死亡数は戸籍によって,死因は死亡診断書によって情報を得ており,がん発生率調査では,広島及び長崎の医療機関からの協力を得て,病院記録等から情報を得ている(乙A4号証,6号証)。また,同寿 おいては,死亡数は戸籍によって,死因は死亡診断書によって情報を得ており,がん発生率調査では,広島及び長崎の医療機関からの協力を得て,病院記録等から情報を得ている(乙A4号証,6号証)。また,同寿命調査においては,基本的にDS86に基づいて,調査対象者の原爆放射線被曝線量をシーベルト単位で推定している。さらに,放影研における調 査・研究では,寿命調査第10報(1950-82年)(乙A7号証)から,ポアソン回帰分析といわれる方法を用いて,対照群をとらない内部比較法によるリスク推定を行っている。そして,リスクの評価に当たっては,放射線被曝による発がんリスクは被曝線量が同じであっても性別や被爆時の年齢によって異なると考えられるところから,性別,被爆時年齢別にリスクを求めている。 イ放影研における疫学調査(ア)概要被爆者に対する疫学調査は,ABCC(原爆傷害調査委員会)によって始められ,その後放影研が引き継いでいる。なお,ABCCは,被爆者について長期間追跡調査するために米国科学アカデミーの勧告によって設立され,アメリカ政府によって運営されていたもので,日本側も国立予防衛生研究所の支所を広島・長崎のABCC内に設置していたが,昭和50年に組織が変更され,ABCCは財団法人放射線影響研究所(放影研)と改められ,日米両国の共同運営となったものである。 ABCCの被爆者調査は,昭和25年の国勢調査により確認された28万4000人の日本人被爆者のうち,昭和25年当時に広島,長崎のいずれかに居住していた約20万人を基本群とし,この基本群から選ばれた副次集団について行われた。 死亡率調査においては,厚生労働省,法務省の許可を得て,国内で死亡した場合の死因に関する情報の入手が行われており,がんの罹患率については,地域の腫瘍・組織登録からの情報(ただ 集団について行われた。 死亡率調査においては,厚生労働省,法務省の許可を得て,国内で死亡した場合の死因に関する情報の入手が行われており,がんの罹患率については,地域の腫瘍・組織登録からの情報(ただし,広島,長崎に限る。)によって調査が行われている。 (イ)寿命調査集団当初の寿命調査集団は,「基本群」に含まれる被爆者の中で,本籍が広島又は長崎にあり,昭和25年(1950年)に両市のいずれかに在住し,効果的な追跡調査を可能とするために設けられた基準を満たす被爆者の中から抽出され,爆心地から2000メートル以内で被爆した者全員から成る中心グループ(近距離被爆者),爆心地から2000メートルないし2500メートルの区域で被爆した者全員から成るグループ,近距離被爆者の中心グループと年齢及び性が一致するように選ばれ た爆心地から2500メートルないし1万メートルの区域で被爆した者のグループ(遠距離被爆者),近距離被爆者の中心グループと年齢及び性が一致するように選ばれた,1950年代前半に広島,長崎に在住していたが原爆投下時は市内にいなかったグループ(原爆投下時市内不在者。原爆投下後30日以内の入市者とそれ以降の入市者が含まれる。)に分けられた。 その後,寿命調査集団は,1960年代後半に拡大され,爆心地から2500メートル以内において被爆した基本群全員を対象とし,1980年には更に拡大され,基本群における長崎の全被爆者を含むものとされ,今日では,爆心地から1万メートル以内で被爆した9万3741人と,原爆投下時市内不在者2万6580人の合計12万0321人となっている(なお,寿命調査においては,人数×年数ごとの死亡率を調査しているため,死亡した対象者も調査対象から除外されるわけではない。)。 爆心地から1万メートル以内で被爆した9万3741人 21人となっている(なお,寿命調査においては,人数×年数ごとの死亡率を調査しているため,死亡した対象者も調査対象から除外されるわけではない。)。 爆心地から1万メートル以内で被爆した9万3741人のうち,8万6632人は,DS86により被曝線量の推定値が得られているが,7109人については,建物や地形による遮へい計算の複雑さや不十分な遮蔽データのため被曝線量の推定値が得られていない。 なお,寿命調査集団には,1950年代後半までに転出した被爆者(昭和25年(1950年)国勢調査の回答者の約30パーセント),国勢調査に無回答の被爆者,原爆投下時に両市に駐屯中の日本軍部隊及び外国人は含まれていない。 以上のことから,爆心地から2500メートル以内の被爆者の約半数が調査の対象となっていると推測されている。 (ウ)成人健康調査集団成人健康調査集団は,寿命調査集団の副次集団であり,2年に1度の健康診断を通じて疾病の発生率とその他の健康情報を収集することを目的として設定された。 成人健康調査集団は,昭和33年(1958年)の集団設定当時,寿命調査集団から抽出された1万9961人から成り,中心グループを爆心地から2000メート ル以内で被爆し急性症状を示した4993人とし,このほかに,都市・年齢・性を中心グループと一致させた次の3グループ,すなわち,爆心地から2000メートル以内で被曝し,急性症状を示さなかった者によるグループ,広島では爆心地から3000メートルないし3500メートル,長崎では3000メートルないし4000メートルの区域において被爆した者のグループ,当初の寿命調査集団のうち,本籍が広島又は長崎にあり,1950年に広島又は長崎に居住していたが,原爆投下時にいずれも都市にもいなかった者(原爆投下時市内不在者)によるグループ,から成 者のグループ,当初の寿命調査集団のうち,本籍が広島又は長崎にあり,1950年に広島又は長崎に居住していたが,原爆投下時にいずれも都市にもいなかった者(原爆投下時市内不在者)によるグループ,から成っていた。昭和52年(1977年)には,高線量被爆者の減少を懸念して,新たに次の3つのグループ,すなわち,寿命調査集団のうち,T65Dによる推定被曝線量が1グレイ以上である2436人の被爆者グループ,上記グループと年齢及び性を一致させた同数の遠距離被爆者から成るグループ,胎内被爆者1021人から成るグループを加え,成人健康調査集団を拡大し,合計2万3418人の集団となった。 ウ放射線による発がん影響の評価法(絶対リスク,相対リスク及び寄与リスク)(ア)概要昭和21年以降に発生した放射線に起因すると考えられる人体影響を放射線後障害という。原爆被爆者に発生する人体影響は,個々の症例を観察する限り放射線被曝に特異的な症状を示すわけではなく,一般に観察される疾病の症状・所見と全く同様であり,放射線被曝に起因するか否かの見極めは不可能である。しかし,被爆者集団として観察すると,集団内に発生する疾病の頻度が有意に高い場合があり,そのような疾病は放射線被曝に起因している可能性があると判断される。このように,放射線後障害は,疫学研究において統計学的解析などの結果によってその存在が明らかにされるという特徴がある。 原爆放射線後障害の中で最も重要なものの一つに悪性腫瘍の発生がある。悪性腫瘍は,放射線による疾病のうち,確率的影響に分類される。被爆者が発症した悪性 腫瘍に対する放射線の影響の評価は,疫学的な研究手法を用いて被爆者集団を調査し,被曝群における発生頻度と対照群における発生頻度を比較するという形や,低線量から高線量を被曝した被曝群において性,年 腫瘍に対する放射線の影響の評価は,疫学的な研究手法を用いて被爆者集団を調査し,被曝群における発生頻度と対照群における発生頻度を比較するという形や,低線量から高線量を被曝した被曝群において性,年齢等を考慮した回帰分析を用い,単位線量当たりのリスクを評価する方法等で行われる。 放影研では,リスク評価として絶対リスク,相対リスク及び寄与リスクという指標を用いている。 (イ)絶対リスク絶対リスク(AR:AbsoluteRisk)とは,観察期間中に,集団中に生じた疾病(死亡)の総例数又は率である。なお,リスクを示す場合,通常,1万人年(人年は,人数と観察年数の積を表す単位)当たり,あるいは1万人年グレイ当たりで表されることが多い(乙A5号証)。 (ウ)過剰絶対リスク過剰絶対リスク(EAR:ExcessAbsoluteRisk,リスク差,寄与リスク,寄与危険,過剰リスクなどともいう。)とは,被曝群と対照群の絶対リスクの差をいい,放影研の疫学データでは,放射線被曝集団における絶対リスクから,放射線に被曝しなかった集団における絶対リスク(自然リスク,つまり放射線以外の原因によるリスク)を引いたものを意味する。 (エ)相対リスク相対リスク(RR:RelativeRisk,相対危険度,リスク比ともいう。)とは,被曝群と対照群の死亡率(あるいは発病率)の比をいう。 (オ)過剰相対リスク過剰相対リスク(ERR:ExcessRelativeRisk)とは,相対リスクから1を引いたもので,調査対象となるリスク因子によって増加した割合を示す部分をいう。 (カ)寄与リスク被爆者は,当然放射線以外の発がん要因にも曝露されているので,被爆者に発症 したがんのうち,放射線によって誘発されたがんの割合を推定する必要があるが,この割合を寄与リ う。 (カ)寄与リスク被爆者は,当然放射線以外の発がん要因にも曝露されているので,被爆者に発症 したがんのうち,放射線によって誘発されたがんの割合を推定する必要があるが,この割合を寄与リスク(ATR:AttributableRisk,寄与リスク割合,寄与危険割合,寄与割合ともいう。)と呼んでいる。例えば,あるがんを発症した被爆者のうちの何パーセントが放射線被曝が原因で発症したか,といった意味で用いられる。審査の方針において用いられている原因確率の値はこの寄与リスクの値に由来している。 (キ)線量当たりのリスクの推定線量当たりのリスクを推定するためには,疫学調査データから線量反応関係の形を推定し,それをモデルとして線量当たりのリスクを推定するのが一般的であり,通常,次の3つのモデル,すなわち,線形にリスクが増加する直線型,線量の自乗に比例して増加する二次曲線型,その中間となる直線-二次曲線型,が使われている。一般的に,線量当たりのリスクの推定は,白血病では直線-二次曲線型,白血病以外のがんでは直線型に適合すると考えられている(乙A3号証)。 エ寿命調査集団におけるリスクの算出方法放影研における寿命調査集団を対象とする疫学調査報告では,放射線リスク評価は,被曝線量の程度に応じていくつかの群に分けた被曝群と対照群とを比較するのではなく,LSS第10報以降,ポアソン回帰分析を用いて,対照群をとらない内部比較法によりリスク推定を行い,単位線量当たりのリスクを推定している。 回帰分析とは,予測したい変数である目的変数(この場合は特定疾病の死亡(罹患)率)と目的変数に影響を与える変数である独立変数(この場合は被曝線量)との関係式(回帰式)を求め,目的変数の予測を行い,独立変数の影響の大きさを評価することである。ポアソン回帰分析は,目的 (罹患)率)と目的変数に影響を与える変数である独立変数(この場合は被曝線量)との関係式(回帰式)を求め,目的変数の予測を行い,独立変数の影響の大きさを評価することである。ポアソン回帰分析は,目的変数がポアソン分布に従うと仮定して行う回帰分析法である。なお,ポアソン分布とは,ある事象が万一起こるとしたら突発的に(互いに独立して)起こるが,普段は滅多に起こらないという場合の,一定時間当たりの事象発生回数を表す分布である。そうして得られた回帰式により,ゼロシーベルトの場合と任意のシーベルトの場合の発症率(死亡率)の推定値が出 てくるので,単位線量当たりの過剰絶対リスク及び過剰相対リスクが求められる。 ABCCが研究を開始した初期には,回帰分析法による統計解析ができなかったが,統計解析法の進歩と,放影研における疫学調査が被曝線量ゼロから高線量まで非常に広範囲にわたり線量推定がされた集団を対象にした調査であったことから,回帰分析法によるリスク推定ができるようになった。回帰分析法を用いた内部比較法によると,曝露群と非曝露群の2種類しかない集団を比較する外部比較法と異なり,放射線被曝以外の性,年齢等の要因が同様の曝露群同士を比較することができるほか,観察人数,疾病・死亡数や罹患数が十分であるため,曝露要因量における累積死亡率(罹患率)を算出し,直接比較することができる。 このように,ポアソン回帰分析法による解析によって,0(ゼロ)シーベルトの場合と任意のシーベルトの場合の発症率(死亡率)の推定値を求めることができ,単位線量当たりの過剰絶対リスク及び過剰相対リスクが求められる。 オ原因確率の評価(ア)原因確率の意義原因確率は,個人に発症した疾病とそれをもたらしたかもしれない原因との関係を定量的に評価するための尺度である。リスクが集団における 相対リスクが求められる。 オ原因確率の評価(ア)原因確率の意義原因確率は,個人に発症した疾病とそれをもたらしたかもしれない原因との関係を定量的に評価するための尺度である。リスクが集団における将来的な発生確率を予測しているのに対して,原因確率は,個別の案件における特定の結果があって,遡及的にある要因がその結果を引き起こしたと考えられる割合を意味する概念である。原因確率は原爆症認定のために新たに考え出された概念ではなく,米国公衆衛生院国立がん研究所(NIH/NCI)においても,被曝補償を行うためのリスク評価法として使用されており,リスク評価法として,原爆症認定と同様にポアソン回帰分析が使用され,性別,年齢,到達年齢,経過年数がそれぞれ考慮され,退役軍人及びエネルギー省(DOE)職員の職業被曝の補償のための指標として使用されている(乙A93号証)。 特定の被爆者に発症したがんについて考えると,当該被爆者は一般の非被爆者と同様に放射線以外の発がん要因にも曝露されているので,がんが発生したとしても 一般人のように放射線被曝以外の要因でがんが発生した可能性も考えられる。そして,当該被爆者に発症したがんのうち,放射線被曝によって誘発されたがん発生の割合が原因確率ということになる。審査の方針における原因確率は,前記の寄与リスクに由来している。 (イ)寄与リスクの基礎となった資料審査の方針における原因確率の基となったのは,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙A2号証)において算出された寄与リスクの値である。当該論文において算出された寄与リスクは,白血病及び固形がんについては,放影研のホームページにおいて公開されている死亡率調査,発生率調査のデータを用いて算定した。なお,放影研のホームページにおいて公開されている被曝線量に関する 与リスクは,白血病及び固形がんについては,放影研のホームページにおいて公開されている死亡率調査,発生率調査のデータを用いて算定した。なお,放影研のホームページにおいて公開されている被曝線量に関する情報は,死亡率調査のデータファイルではカーマ線量(遮蔽カーマ)及び臓器線量が,発生率調査のデータでは臓器線量が被曝線量値として登録されている。 また,発生率調査は昭和33年(1958年)から昭和62年(1987年)までの結果を参照しているが,死亡率調査はそれより11年間長く実施され,昭和25年(1950年)から平成2年(1990年)までの結果を参照している。そして,公開されているカーマ線量(遮蔽カーマ)と死亡率調査の結果から白血病,胃,大腸,肺がんの寄与リスクを求めた。しかし,甲状腺がんと乳がんは予後の良好ながんで,死亡率調査より発生率調査のほうが実態を正確に把握していると考えられるため,発生率調査の結果を用いた。 がん以外の疾病として,副甲状腺機能亢進症について寄与リスクを求めた。副甲状腺機能亢進症は,有病率調査のみ発表されているため,有病率調査結果から寄与リスクを類推した。 (ウ)原因確率を設定した疾病「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙A2号証)において寄与リスク算出の対象となった疾病は,寿命調査及び成人健康調査において,放射線被曝と疾病の死亡・発生(有病)率に関する論文が既に発表されている疾病である。 固形がん及び白血病については,寄与リスクを求めるに当たり次の3群に分けた。 ①部位別に寄与リスクを求めたがん(寿命調査集団による死亡率・発生率の報告で放射線との有意な関係が一貫して認められ,かつ,部位別に寄与リスクを求めても比較的信頼に値すると考えられるがん(胃がん,大腸がん,肺がん,女性乳がん,甲状腺がん及び白血病 よる死亡率・発生率の報告で放射線との有意な関係が一貫して認められ,かつ,部位別に寄与リスクを求めても比較的信頼に値すると考えられるがん(胃がん,大腸がん,肺がん,女性乳がん,甲状腺がん及び白血病)②原爆放射線に起因性があると思われるが,部位別のがんの症例数が少ないなどの理由により,個別のがんごとに寄与リスクを求めると信頼性が足りなくなるため,複数部位のがんをひとくくりにして寄与リスクを求めたがん(肝がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く。),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む。)がん,食道がん)③現在までの報告では部位別に過剰相対リスクを求めると統計的には有意でないが,原爆放射線との関連が否定できないがん(①,②以外のがんのすべて)固形がんの上記③のほか,寄与リスクを求めなかった疾病は,骨髄異形成症候群(最近,放射線との関連が学会で発表されているが,いまだ論文が発表されていない。),放射線白内障(しきい値が求められている。),甲状腺機能低下症(論文発表されているデータからは寄与リスクを算出することができない。),過去に論文発表がない疾病(造血機能障害など)である。 (エ)寄与リスクを求める際の被爆時年齢及び被爆後の経過年数の影響白血病及び固形がんの放射線による過剰死亡及び過剰発生は,性,被爆時年齢の影響を受ける。このうち,白血病については,被爆後10年を発生のピークとして,その後年数の経過とともに過剰相対リスクは急激に低下しているため,昭和55年(1980年)から平成2年(1990年)までの間におけるデータに基づき算出した。固形がんについては,寄与リスクは観察期間の平均を使用した。性差,被爆時年齢によって過剰相対リスクに有意差があるがんについては,性別,被爆時年齢別に寄与リスクを求めた。 (オ)原因確率を適用することの合理性以上のよう 与リスクは観察期間の平均を使用した。性差,被爆時年齢によって過剰相対リスクに有意差があるがんについては,性別,被爆時年齢別に寄与リスクを求めた。 (オ)原因確率を適用することの合理性以上のような調査,研究を経て算出された寄与リスクに基づき,疾病,被爆時の 年齢,性,及び被爆時の爆心地からの距離や被爆当時の行動等から推定される被曝線量を考慮の上,被爆者に発症した疾病のうち,放射線被曝によって誘発された疾病発症の割合を算出したのが原因確率である。これを疾病及び性に応じて被爆時年齢及び被曝線量ごとに表にしたものが,審査の方針の別表1ないし8である。 原因確率は,放影研による疫学情報を基に,最新の科学的知見を踏まえて,個人に発症した疾病とそれをもたらし得た原因との関係を定量的に評価するために作成された尺度であって,その科学的合理性は明白であり,現在これ以上の科学的方法は存在しないといっても過言ではなく,原爆症認定以外でも応用される確立した手法である。そして,審査の方針は,この原因確率を基礎として,当該申請被爆者の疾病について放射線起因性を検討することとしているのであるから,その合理性もまた明白である。 そして,放射線起因性の判断に当たっては,原因確率において示された数値を参考に,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等を総合考慮して個別的に起因性を判断している。これは,原因確率の算出に当たっては,申請疾患,性別,被爆時の年齢,及び被曝線量以外の要因を考慮しないため,原因確率は,厳密には,当該被爆者の疾病が放射線に起因する可能性についての割合を直接示すものとはなっていないことから,原因確率から機械的に放射線起因性を判断することになれば,原因確率の算出において考慮された上記要因以外の申請疾患に関する他の要因が除外されてしまうこととなり,個別 示すものとはなっていないことから,原因確率から機械的に放射線起因性を判断することになれば,原因確率の算出において考慮された上記要因以外の申請疾患に関する他の要因が除外されてしまうこととなり,個別具体の事案において,放射線起因性が客観的に存する場合を取りこぼしてしまうというおそれも否定できないことによるものである。そこで,そのようなおそれを可及的に減らし,個別具体の申請疾患についての放射線起因性の判断をより適切に行うため,申請者に係る既往歴,環境因子,生活歴等も総合考慮しているのである。 カ原告らの主張に対する反論(ア)原告らは,原因確率論が10パーセント以下を切り捨てており,誤っている 旨主張する。 審査の方針においては,原因確率がおおむね10パーセント未満の場合は,放射線起因性が低いものと推定する旨定められているが,その文言から明らかなように,直ちに放射線起因性がないとの判断を要求するものではない。審査の方針は,原因確率を機械的に適用して判断するのではなく,原因確率の算定において要因とされていない既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案するとして,個別具体の申請疾患に関する放射線起因性の判断を適切に行うこととしているのである。したがって,原告らの上記主張は,審査の方針について正解しない失当なものである。 なお,被曝線量,申請疾患,性別,被爆時の年齢から算定される原因確率がおおむね10パーセント未満である場合に,放射線起因性が低いと推定することは,何ら不合理ではない。原因確率は,申請疾患についての放射線起因性を直接判断するものではなく,あくまでも一般的傾向を示すものであって,その値がおおむね10パーセント未満であるということは,仮に,被曝線量,申請疾患,性別,被爆時の年齢が同一の申請者が100人いた場合に,おおむね90人は なく,あくまでも一般的傾向を示すものであって,その値がおおむね10パーセント未満であるということは,仮に,被曝線量,申請疾患,性別,被爆時の年齢が同一の申請者が100人いた場合に,おおむね90人は客観的に放射線起因性がないということを意味するからである(100人すべてに10パーセントずつ放射線による影響があるということではない。)。むしろ,放射線起因性が低いと推定する値をおおむね10パーセント未満としていることは,法律判断としての適否という観点から求められている訴訟上の因果関係において要求される高度の蓋然性という観点からすれば,申請者を切り捨てるどころか,むしろ,被爆者援護法の趣旨に照らし,高度の蓋然性を緩和して,可及的に原爆症の認定をしようとするものである。 (イ)原告らは,放影研の疫学調査について,比較対照群として非曝露群の設定をしていない等,調査集団の設定に誤りがある旨主張するが,原告らがこの点について主張するところは,いずれも失当である。 a上述のとおり,現在の放影研の疫学調査は,ポアソン回帰分析によって曝露要因ゼロ(被曝線量ゼロ)のときの死亡(罹患)率の値を推定し,これと任意の曝 露要因量(任意の被曝線量)での死亡(罹患)率を対比することによって,より正確なリスク等を算出しているのである。 仮に,原告らが主張するように,全くの非曝露群を設定し,これと曝露群との比較により調査を行う場合(外部比較法),正確な調査結果を得るためには,曝露群と非曝露群とが調査対象とする要因以外の要因につきできる限り異ならないことが要求される。放影研においても外部比較法に基づく解析も併せて行われたことがあったが,重大なバイアスを生じていた可能性があるため,外部比較法に基づく解析が行われなくなった。非曝露群を対照群として設定した場合,曝露群との においても外部比較法に基づく解析も併せて行われたことがあったが,重大なバイアスを生じていた可能性があるため,外部比較法に基づく解析が行われなくなった。非曝露群を対照群として設定した場合,曝露群との間においてどうしても曝露因子以外の要因の分布が大きく異なることが少なくなく,疫学調査の方法としては重大な問題が生じ得るのである。 このような理由から,放影研においては,寿命調査第5報以降,基本的に内部比較法を用いている。内部比較法でも,コホート集団を曝露の程度に応じて群分けして解析するものと,回帰分析を行うものとがあるところ,回帰分析の方がより正確な相対リスクを得ることができる。そこで,放影研においては,寿命調査第10報以降,ポアソン回帰分析を用いた内部比較法を採用しているのである(もっとも,「寿命調査第6報」(乙A25号証)及び「寿命調査第7報」(乙A第26号証)においても,内部比較法に基づく解析法のほかにNIC(市内不在者群)との比較や日本人全体の死亡率を利用して期待死亡数を算出する外部比較法に基づく解析も併せて行われたが,NICは,軍務に服していただけではなく,戦後,朝鮮,中国及び南方アジア方面から引き揚げてきて広島及び長崎に定住した多数の民間人が含まれているなど,被爆者群とは社会学的条件に差があること,日本人全体の死亡率を利用して期待死亡数を算出すると,被曝という要因がない場合の死亡率(バックグラウンドの死亡率)が都市によって異なること(広島では,被爆群,特に2000メートル以遠の遠距離の被爆群において農業従事者の割合が高い一方,販売従事者及び事務従事者の割合が低く,長崎では,2000メートル以内の近距離被爆群において技能工及び生産工程従事者の割合が明らかに高い傾向が見られ,このよう な地勢上の職業分布の違いは両市の死亡率にも影 び事務従事者の割合が低く,長崎では,2000メートル以内の近距離被爆群において技能工及び生産工程従事者の割合が明らかに高い傾向が見られ,このよう な地勢上の職業分布の違いは両市の死亡率にも影響を及ぼす可能性がある。)により重大なバイアスを生じていた可能性があることから,「寿命調査第8報」(乙A27号証)以降外部比較法に基づく解析は行われていない。 なお,非曝露群との外部比較によらない手法は,放影研の調査に限らない。例えば,同じ放射線を要因とした財団法人放射線影響協会における放射線作業者の追跡調査においても,見学者等を対照群とする案が考えられたが,やはり実際に放射線作業に携わっている作業者とは集団特性が異なっている可能性が指摘されたことから,比較的線量の低い群を対照群とした内部比較を行っている。この手法は,曝露要因以外の要因が大きく異なる可能性を考慮して,外部比較によらず,対照群を設定して内部比較を行う点において,放影研の上記手法と同様である。 放影研の疫学調査は,ICRP(国際放射線防護委員会)やUNSCEAR(国際連合原子放射線影響科学委員会)等の国際的団体において現実に活用されており,全世界的にその有用性が認められている。 以上によれば,内部比較法による放影研の調査方法は科学的に妥当なものであり,非曝露群を設定して比較する方法がかえってリスク評価を誤る可能性のある不合理なものであるから,原告らの上記主張は失当である。 b原告らは,放影研では対照群について0.01シーベルト未満から0.005シーベルト未満へと変更したが,これは低線量でも人体への影響が無視できないと認めたものであると主張する。 しかしながら,この変更は,より厳密な解析を行うための更新であり,決して低線量での人体への影響が無視できないことを認めたものではない。実際にこ 体への影響が無視できないと認めたものであると主張する。 しかしながら,この変更は,より厳密な解析を行うための更新であり,決して低線量での人体への影響が無視できないことを認めたものではない。実際にこのような低線量被曝で人体影響が報告されていないことからも,このことは明らかである(なお,放影研では中性子線の生物学的効果比を10としているので,0.005シーベルトは0.05センチグレイ(すべて中性子線であった場合)ないし0.5センチグレイ(すべてガンマ線であった場合)となるところ,自然放射線による被曝線量が46年間の積算で約3センチグレイとされており,これと対比しても,0. 005シーベルトの被曝線量は通常被曝による健康影響を生じさせるとは考え難いほどの低線量である。)。 また,低線量域でのリスクを推定するためには,高線量域での疫学調査データから線量反応関係の形を推定し,それをモデルとして低線量域のリスクを推定するのが一般的であり,放影研の疫学調査においても,ポアソン回帰分析によって被曝線量ゼロのときの死亡(罹患)率の値と任意の曝露要因量(任意の被曝線量)での死亡(罹患)率の増加割合を推定することにより,より正確な相対リスク等を算出しているのであって,低線量被爆者を非曝露群として扱っているものではない。 (ウ)原告らは,放影研の疫学調査において,疫学調査の対象や調査手法等の問題があると主張するが,この点についての主張も,以下のとおり失当である。 a原告らは,被曝が人体に及ぼす影響を調べるなら,疾病の発症率でみるべきなのに,死亡率の調査がされている旨主張するが,放影研においては,「癌発生率・充実性腫瘍」という調査結果も使用しており,死亡調査だけを基礎としているのではないから,原告らの上記主張は失当である。 b疫学調査の信頼性を向上させ いる旨主張するが,放影研においては,「癌発生率・充実性腫瘍」という調査結果も使用しており,死亡調査だけを基礎としているのではないから,原告らの上記主張は失当である。 b疫学調査の信頼性を向上させるためには母集団の総数が多いサンプルを選択する必要があるところ,寿命調査集団の総数が12万0321人であるのに対し,成人健康調査集団が2万3418人であることから,放影研における疫学調査は,予後が良く致死的ではない甲状腺がんと乳がんについては成人健康調査集団のデータで解析を行い,それ以外のがんについては母集団が多い寿命調査集団のデータで解析を行い,高い信頼性を持つ疫学調査の結果を期待したものであり,死亡率調査に基づくことの合理性がある。他方,すべてのがん疾病が致死的であるとは断定することができないものの,放影研の疫学調査は,現在では予後が良いとされるがんであってもその治療法が確立していない時期における死亡率調査データを基礎としていることからすれば,現在予後が良いとされるがんに関するデータが全く反映されていないとはいえない。 したがって,放影研の疫学調査は,死亡率調査の結果に基づいていることを理由 に被爆者のがんのリスクや被曝影響の推定に用いる合理性が否定されるものではなく,原告らの上記主張は失当である。 c原告らは,被曝後の行動は誘導放射線等による外部被曝や内部被曝の程度に大きくかかわるはずであるところ,放影研の疫学調査においては,被爆後の行動を調べておらず,被爆者の行動によって調査対象の被爆者を区別することができない旨主張する。 しかしながら,前記のとおり,残留放射能等による人体への影響は認められておらず,また,内部被曝による被曝線量がごく微量であることから,被爆後の行動により被爆者を区別する必要はない。 また,原告らは,残留放射線に ,前記のとおり,残留放射能等による人体への影響は認められておらず,また,内部被曝による被曝線量がごく微量であることから,被爆後の行動により被爆者を区別する必要はない。 また,原告らは,残留放射線による持続的被爆や内部被曝は人体への影響の機序が異なるから,このことを考慮に入れて,別個の曝露要因として取り扱う必要があると主張する。 しかしながら,そもそも,残留放射線による持続的被曝や内部被曝の人体への作用の機序が初期放射線による被曝の機序と異なるとする科学的根拠が不明である上,内部被曝については,その態様が被爆者の行動等によって多岐にわたり,被爆者によって区々になるものと考えられるから,被曝線量を推定する基準を定立することは困難である。したがって,残留放射線による持続的被曝及び内部被曝を別の曝露要因とするのは不可能である。 さらに,原告らは,誘導放射能や放射性降下物による外部被曝,内部被曝の程度を総合して被爆者を層化すべきである,あるいは,疫学調査の設計において,被曝態様について,放射性降下物を浴びたかどうか,原爆投下後にどのような行動を取ったか,内部被曝をした可能性がどの程度あるかといった点を区別すべきであるとの前提に立った上で,低線量被曝のリスク,放射性降下物によるリスク,残留放射線によるリスク,内部被曝によるリスクを持った集団同士の比較をすることになるから,初期放射線以外による被曝のリスクの分だけ,原爆放射線のリスクが過小評価されてしまう,などと主張する。 しかしながら,前記のとおり,残留放射能及び放射性降下物についてはDS86の策定時に線量推定が行われており,現在の放影研の疫学調査もこの推定値を基に推定線量を算出して疫学的検討を行っている。また,内部被曝による被曝線量がごく微量であることは上記のとおりである。さらに,個々の被 時に線量推定が行われており,現在の放影研の疫学調査もこの推定値を基に推定線量を算出して疫学的検討を行っている。また,内部被曝による被曝線量がごく微量であることは上記のとおりである。さらに,個々の被爆者がどのような残留放射能によってどの程度被曝したかということは,現時点では正確に把握することができず,現在被爆者に生じている症状からもうかがい知ることはできない。したがって,原告らの上記主張は,およそ不可能な調査をすべきであるとの前提に立って放影研の疫学調査を批判するものであって,失当である。 d原告らは,調査開始時点で放射線の影響を受けにくい被爆者が選択された,調査開始時期が原爆投下後5年経過した昭和25年であり,その以前の死亡は反映されないことからバイアスが排除されない旨主張する。 しかしながら,現時点において認定申請する被爆者は,原爆投下後5年経過時に生存していた以上,当時の生存者を対象とした疫学調査によるリスクは,認定申請者にも当然妥当する。ABCC及び放影研が調査対象とした寿命調査集団は10万人以上にも及び,また,成人健康調査集団も2万人程度であることからすると,健康な被爆者のみが選択されたおそれは存しない。 なお,放影研の疫学調査において,がん以外の死因による死亡率に関して,寿命調査の開始以前の死亡率の再解析を試みたことがあり,1946年8月10日に広島市の行った原爆被爆者調査(世帯調査),長崎市での同様の調査,胎内被爆児の母親の死亡率調査という,完全ではないものの得られた限りの3つの資料を用いて死亡率に偏りがあるのではないかの検討をした結果,調査集団以前の感染性及びその他の疾患による死亡率が1950年以前の集団内の放射線と悪性新生物との関係を大きく偏らせている可能性は少なく,悪性新生物以外の死因に関しては線量との関係は認められ 結果,調査集団以前の感染性及びその他の疾患による死亡率が1950年以前の集団内の放射線と悪性新生物との関係を大きく偏らせている可能性は少なく,悪性新生物以外の死因に関しては線量との関係は認められなかったとされている(「寿命調査第9報・第2部・原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」14頁ないし18頁(乙A32号証))。この結果に照らしても,調査開始時期が1950年であることがバ イアス(偏り)になるものでないことは明らかである。 e原告らは,放射線の影響を受けやすい被爆者が発病・死亡によって調査対象から外れていくことを考慮していないなどと主張する。 しかしながら,そもそも,コホート研究における追跡調査は,発病や死亡がみられた者も含めて,現在までのコホート集団を文字通り追跡調査していくものであるから,発病・死亡によって調査対象から外れていくということはあり得ないのであって,統計処理の時点より前に死亡した者も,観察人年当たりの死亡に計上されているのであるから,原告らの上記主張は,研究方法についての理解を誤ったものである。 (エ)原告らは,放影研の疫学調査では中性子線の生物学的効果比を考慮した上で臓器ごとの線量当量を用いているのに,審査の方針では放射線白内障以外について中性子線の生物学的効果比を無視しているなどと主張する。 しかしながら,推定被曝線量の絶対値が生物学的効果比を用いることによって増加したとしても,コホート集団である原爆被爆者において観察される疾病発生や死亡といった事象には変更が生じないのであるから,調査対象である個々の被爆者の推定被曝線量が増加するということは,単位線量当たりの過剰相対リスクが減少するだけであり,個々の被爆者の被曝線量の絶対値の増加が単位線量当たりのリスクの減少と相殺され,結果とし である個々の被爆者の推定被曝線量が増加するということは,単位線量当たりの過剰相対リスクが減少するだけであり,個々の被爆者の被曝線量の絶対値の増加が単位線量当たりのリスクの減少と相殺され,結果として個々の被爆者の被曝線量における過剰相対リスクの値やその線量での寄与リスクの値はほとんど変化しない。また,生物学的効果比を考慮した場合,吸収線量における中性子線の割合に応じて等価線量の絶対値は増加するので,ガンマ線と中性子線の割合が常に一定でないとすれば,等価線量の絶対値が変わってくることになり,発症率も変わってくることになるが,それでも大幅に寄与リスクが変動することはない。平成13年11月19日に行われた第10回被爆者医療分科会において,カーマ線量(吸収線量)を用いて算出している審査の方針における原因確率と,生物学的効果比を10とした臓器等価線量を用いて算出したときの原因確率を比較したところ,カーマ線量及び臓器等価線量のいずれを使 用した場合においても,原因確率の値にほとんど差はなかった(乙A15号証)。 したがって,原告らの上記主張は失当である。 また,原告らは,原因確率の算定に当たって急性症状による層化がされていないなどと主張する。 しかしながら,前記のとおり,被爆者に現れた症状が原爆放射線の影響による急性症状であるのかその他の原因に基づく症状であるのかは,被曝線量の推定を含めた医学的検討によって初めて明らかになるものであるところ,個々の被爆者について被爆直後に現れたという症状が原爆放射線に起因するものであるか否かは現在ではもはや不明というほかないから,原因確率の算定に当たっては,このような不確定な情報を用いないこととし,認定審査において,申請被爆者の申告する症状を含めて総合的に判断することとしている。 キ医師団意見書に対する反論 かないから,原因確率の算定に当たっては,このような不確定な情報を用いないこととし,認定審査において,申請被爆者の申告する症状を含めて総合的に判断することとしている。 キ医師団意見書に対する反論(ア)医師団意見書(甲A66)は,原爆被爆者には単一がんのみならず多重がんが発生する可能性も高いとする。 しかしながら,がん治療の進歩等により罹患の割に死亡する割合が減少し,その分余命も延びることとなって,初発がん罹患後の生存期間が延長し,高齢になるほど他のがんに罹患するリスクも大きくなるから,第2がんに罹患すること,すなわち,多重がんの発生の頻度も高まることになる。原告らを含む被爆者集団についても,一般の集団と同様,がん治療の進歩等に伴い,罹患率に対して死亡率が低下し,余命が延長していくのに対し,加齢により第2がんの罹患のリスクは高まっていくのであるから,多重がんの発生率が増すことは当然である(乙A52号証)。また,若年被爆者は高年齢被爆者よりも余命が長いのであるから,多重がんの頻度が高いこともまた当然である。現段階において被爆者集団で有意に多重がん発生のリスクが増加していることを示す科学的知見はない。 また,医師団意見書は,被爆距離に反比例して重複(多重)がんの頻度が高い,すなわち,線量との相関が認められている,などと述べるが,その基とされた関根 一郎らの報告(甲A67号証文献番号28)は,十分な科学的,統計学的検討を経たものではなく,科学的信頼性に欠けるものである。 (イ)医師団意見書は,前立腺がんの発生は被爆者に高い可能性があるとする。 しかしながら,放影研の寿命調査報告では最新の第13報においても前立腺がん死亡率の有意な増加が認められていないことは医師団意見書も認めるところであり,発生率からみても,原爆放射線被曝と前立腺がんの発 しかしながら,放影研の寿命調査報告では最新の第13報においても前立腺がん死亡率の有意な増加が認められていないことは医師団意見書も認めるところであり,発生率からみても,原爆放射線被曝と前立腺がんの発生に有意な関係は認めらていない。 また,医師団意見書は,広島赤十字・原爆病院の報告(甲A67号証文献番号26)を引用して,臨床的に発見される進行した前立腺がんはどの角度からみても遠距離・入市被爆者群に多く発生していると述べるが,前立腺がんに放射線起因性があるならば線量反応関係があるはずで,近距離被曝群で最も高頻度になるはずであり,遠距離・入市被爆者に前立腺がんが多いという報告が確かなものであれば,逆に,放射線起因性は否定的であるとみるのが科学的に妥当な解釈である。上記報告も,前立腺がんに放射線起因性が認められると述べているわけでも,その科学的根拠を示しているわけでもない。 各原告らの原爆症認定要件該当性(争点②)(原告らの主張)(1)原爆症認定の対象となる疾患原爆症認定の対象となる疾患は,処分時の原告らが有していた疾患すべてとされるべきであり,原爆症認定申請の際に原告らが提出した書類に申請疾患と明示していた疾患に限られるものではない。 ア原告らは,本訴訟において,被告厚生労働大臣による処分が違法であることを理由にその処分の取消しを求めているが,このような訴訟における訴訟物は,行政処分の違法性であると考えられるところ,ここでいう行政処分の違法性とは,個々の違法事由ではなく,係争処分の違法性一般であると解されているから,個別の違法事由は訴訟物ではなくそれを根拠付ける攻撃防御方法の1つにすぎないことに なり,その帰結として,口頭弁論終結時まで時機に後れない限り処分の違法原因として追加・変更することができることになる。 被爆者援護法1 はなくそれを根拠付ける攻撃防御方法の1つにすぎないことに なり,その帰結として,口頭弁論終結時まで時機に後れない限り処分の違法原因として追加・変更することができることになる。 被爆者援護法10条,11条によれば,原爆症として認定されるための要件は,①被告厚生労働大臣により放射線起因性があると認められた負傷又は疾病を有し,かつ,②その負傷又は疾病が現に医療を要する状態にあると認められること,の2点であるから,本訴訟において訴訟物となる係争処分の違法性は,原告らの負傷又は疾病に放射線起因性がない,あるいは,原告らの負傷又は疾病に要医療性がないことを理由として,原告らを原爆症として認定しなかった(申請を却下した)被告厚生労働大臣の処分の違法性と考えられる。このように,被告厚生労働大臣の処分の違法性が訴訟物なのであるから,個々の負傷又は疾病に放射線起因性が認められる,要医療性が認められるという事実は,被告厚生労働大臣の処分の違法性を根拠付ける攻撃防御方法の一つにすぎない。したがって,処分時に原告らが有していた負傷又は疾病に放射線起因性が認められる,要医療性が認められるという事実は,口頭弁論終結時まで,時機に後れない限り,被告厚生労働大臣の処分の違法原因として追加・変更することができることになる。 イ被爆者援護法は,原爆症の認定の対象となる疾病又は傷害につき,何の限定も加えておらず,「申請疾病名を明示して申請する」といった要件もない。このような規定の仕方からも,原爆症認定手続は,被爆者に「必要な医療の給付を行う」(同法10条)ために,被爆者が現に有する疾病の放射線起因性と医療の必要性を被爆者単位で認定する手続(同法11条)であって,個々の疾病の原爆起因性が問題なのではなく,同法11条で「当該負傷又は疾病」というのは,当該被爆者が現に 現に有する疾病の放射線起因性と医療の必要性を被爆者単位で認定する手続(同法11条)であって,個々の疾病の原爆起因性が問題なのではなく,同法11条で「当該負傷又は疾病」というのは,当該被爆者が現に有する負傷又は疾病を指すものと解すべきである。被告らの主張は,このような被爆者援護法の文言からは,導き得ない。 なお,例えば,公害健康被害の補償等に関する法律のように,疾病の指定が求められている法律においては,申請の対象は申請された疾病であるとの判断に馴染みやすいといえるところ,被爆者援護法では,上記のとおり,疾病の指定は求められ ていないことからしても,被爆者援護法は,処分時に有していた疾病すべてをその認定対象とすることを想定しているといえる。 また,疾病・障害認定審査会の手続においては,認定審査は,申請疾患のみに限らず,認定申請書及び添附書類に記載された原爆に起因すると思われる負傷又は疾病,及び原爆に起因すると思われる自覚症状(被爆者援護法施行規則12条1項3号参照)のうちから,原爆症認定の可能性が認められるものを抽出し,必要に応じて申請者等から関係資料の提出を受けた上で,審査の対象としていることは,被告らの主張するところである。このような点からも,原爆症認定の対象となる疾患は,申請の際に原告らが提出した書類に申請疾患と明示していた疾患に限られるべきではない。 ウ原告らが有する疾患は,それら一つ一つの放射線起因性,要医療性を切り離して判断できるものではなく,申請疾患だけに限定して判断することはできないというべきである。被告らは,申請疾患の放射線起因性を判断するため申請疾患以外の疾病の罹患状況などを考慮することが有益になる場合があると主張しているが,このような主張自体,一つ一つの疾病を切り離して判断することはできないことを自認するもの 線起因性を判断するため申請疾患以外の疾病の罹患状況などを考慮することが有益になる場合があると主張しているが,このような主張自体,一つ一つの疾病を切り離して判断することはできないことを自認するものである。複数の疾病が認定されても給付される医療特別手当の額が変わらないという点にも,一つ一つの疾病を切り離して考えるのではなく,放射線起因性がある負傷又は疾病により治療を必要としている被爆者を原爆症として認定するという原爆症認定のあり方が示されている。 (2)各原告らの原爆症認定要件該当性ア原告A(ア)被爆状況原告A(昭和2年5月2日生)は,爆心地から約1.5キロメートルの地点にあった廣島赤十字病院寄宿舎(木造2階建)の1階で被爆した。ガラス窓のすぐ横に立って,左斜め上を見ていた状態で被爆し,黄色い閃光を見ている。 被爆当日の夜,原爆ドームに隣接していた日本赤十字社廣島支部まで上司を探し に行き,同人の遺体を発見した。また,被爆当日から廣島赤十字病院で被爆者の看護に当たり,昭和20年8月7日以降同月12日ないし13日ころまでは,市役所やa町近くの小学校へ出張看護に行っていた。その間,水道水を飲んだり,病院の地下で炊かれたご飯を握ったおにぎりを食べたりしていた。 原告Aは,昭和21年3月に看護学校を卒業するまで,廣島赤十字病院で治療活動を続けた。 このように,原告Aは,爆心地から約1.5キロメートルという近距離で被爆している。また,被爆当日,爆心地の直ぐ近くまで歩いて行っており,大量の残留放射線にさらされたと考えられる。さらに,同月7日以降も,重篤被爆者の看護に従事し,爆心地近くを行き来したこともあった。加えて,食料,飲料水も現地のものを摂取している。これらのことから,かなりの内部被曝があったと考えられる。 (イ)急性症状等被爆後 ,重篤被爆者の看護に従事し,爆心地近くを行き来したこともあった。加えて,食料,飲料水も現地のものを摂取している。これらのことから,かなりの内部被曝があったと考えられる。 (イ)急性症状等被爆後,原告Aは,多くの急性症状を発症することとなった。 被爆後2,3日目から下痢が始まり,昭和20年9月まで続いた。歯茎からの出血が始まり,怪我をして血が出ると止まりにくいこともあった。同月には高熱を発している。口内炎ができたこともあった。同年8月の終わりころから脱毛に気付くようになった。脱毛については,櫛を通すとごっそり抜ける状態であり,このような状態が2か月くらい続いた。同年9月には白血球が減少していると言われている。 このように,原告Aは,原爆放射線特有の急性期症状をほとんど発症している。 (ウ)その後の症状の経過等a昭和24年6月,原告Aは,右目の中央が見えていないことに気付いた。R眼科を受診すると,真ん中が焼けていて両端で見えているとの診断であったが,通院しても無駄,仕方ないと思い,また舅・姑と同居していたため通院しにくかったことも重なり,通院はせず我慢して過ごすこととなった。しかし,一層右目が見えにくくなってきたこと,左目もごろごろして調子が悪くなってきたことから,昭和52年にS眼科を受診した。S眼科では,右目が失明している,両端でも見えなく なってしまったのは白内障が原因と言われ,左目の調子が悪いのは白内障の前兆のようだとも言われた。その後,平成6年に左目が白内障であると診断された。 このような症状のため,原告Aは,昭和52年以降S眼科に通院し,点眼治療等を受けることになった。平成7年1月の阪神大震災で交通が寸断されてしまったことから,通院を断念することになったが,平成11年からT眼科へ通院するようになった。平成15年12月に骨 通院し,点眼治療等を受けることになった。平成7年1月の阪神大震災で交通が寸断されてしまったことから,通院を断念することになったが,平成11年からT眼科へ通院するようになった。平成15年12月に骨折したことから一時期通院を中断した期間もあったが,現在に至るまで通院を続けている。 b原告Aは,30歳のころ(昭和32年)から歯が抜け始め,40歳の時(昭和42年)には総入れ歯となっていた。また,そのころまで歯茎からの出血が続いていた。 c看護学校を卒業した原告Aは,aの海軍病院,国立相模原病院,国立療養所春霞園に勤め,a病院と春霞園では婦長を務めるなど,忙しく勤務することとなった。 また,昭和42年に舅が倒れたのをきっかけに病院勤めは辞めたものの,家業(寺),舅・姑の介護・看護に追われることとなった。そのため,原告A自身は,夫との夫婦生活についての欲求がないなど,疲れやすさ,だるさに類似する症状も見られた。 (エ)現在の症状原告Aは,右眼球癆,左白内障,左糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症を患っている。右目は,点眼をしなかったらかゆくなる,乾燥して開きにくくなる,逆まつげになりやすい,といった症状が続いている。左目は,白内障のため視力が落ち,出血しやすい状態となっている。 このような状況の下,原告Aは,点眼薬治療,検査や止血のためのレーザー治療を受けている。 (オ)放射線起因性の要件該当性a原告Aは,①爆心地から1.5キロメートルという近距離で被爆していること,②被爆当日に爆心地の直ぐ近くまで歩いて行っており,昭和20年8月7 日以降も重篤被爆者の看護に従事し,爆心地近くを行き来し,食料・飲料水も現地のものを摂取していることから,放射性生成物や降下物により外部被曝及び内部被曝をしていること,③被爆後,2か月以内に多くの急性 降も重篤被爆者の看護に従事し,爆心地近くを行き来し,食料・飲料水も現地のものを摂取していることから,放射性生成物や降下物により外部被曝及び内部被曝をしていること,③被爆後,2か月以内に多くの急性症状を発症していること,④白血球の減少を指摘されていること,等の事実に照らせば,原爆放射線による被曝がその身体へ影響していることは明らかである。 そして,右目については,閃光によって網膜が焼け,白内障の進行も影響し失明するに至っている。左目についても,白内障及び左糖尿病性網膜症を患っている。 加えて,両涙液分泌減少症を患っている。 bなお,白内障については,原爆被爆者の放射線被爆と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められるなどの知見が得られており,被爆者の遅発性放射線白内障や早発性の老人性白内障が,事実上しきい値のない確率的影響である可能性が示唆されている(甲A66,114)。また,原告Aは糖尿病を患っているが,左目についても糖尿病に罹患する前から白内障との診断を受けており,左目の白内障が糖尿病だけによるものとは考えられない。さらに,放射線により網膜の血管が脆弱になるという影響が生じることから,左目の糖尿病性網膜症も,放射線による悪影響により生じていると考えられる。 c以上によれば,原告Aの疾病が放射線に起因することは明らかである。 (カ)要医療性の要件該当性原告Aは,現在,左目について,白内障治療のための点眼薬治療,検査や止血のためのレーザー治療を受けている。また,右目についても点眼治療を行っている。 さらに,現在は膿瘍が左目にあることから白内障手術ができないでいるが,白内障の手術が可能な状況にある。このような事実に照らせば,原告Aが現に医療を要する状態にあることは明らかである。 (キ) る。 さらに,現在は膿瘍が左目にあることから白内障手術ができないでいるが,白内障の手術が可能な状況にある。このような事実に照らせば,原告Aが現に医療を要する状態にあることは明らかである。 (キ)本件A却下処分の理由に係る被告らの主張についてa原告Aについては,被告厚生労働大臣より,「貴殿の申請に係る疾病につい ては,原子爆弾の放射線に起因するものと判断されました。」との認定を受けていたところ(乙B2号証),被告らは,本訴訟に至り,「放射線による起因性がないことを改めて」主張してきた。そして,そのように主張を改めることになった経緯についての求釈明に対し,疾病・障害認定審査会において原告Aの4疾病についてはいずれも起因性がない旨の判断をし,その答申を受け却下処分の手続を進めていたところ,「誤って他の様式(放射線起因性を認めた上で要医療性がないとして却下するもの)を用いて作成した」と主張した。しかし,このような被告らの主張は,事実に反するものであり,また,法的にも許されないものである。 b原爆症の認定は,①申請疾患が原爆の傷害作用に起因するものであること(放射線起因性),②申請疾患が現に医療を要する状態にあること(要医療性)が要件とされている。いずれも「あるかないか」という事実の有無についての判断であり,申請手続の中では請求原因事実と位置付けられるものである。 被告らは,答弁書において,「原告Aの原爆症認定申請に対し,被告厚生労働大臣が,原爆放射線起因性があることは認めた上で,同原告の申請疾患について現に医療を要する状態にないものとして本件A却下処分を行ったことは認め」と自白し,原告Aに放射線起因性があると認めたことについて明らかに争っていない。このように,自己に不利益な事実をあえて自白した以上その事実は真実に合致している蓋然 本件A却下処分を行ったことは認め」と自白し,原告Aに放射線起因性があると認めたことについて明らかに争っていない。このように,自己に不利益な事実をあえて自白した以上その事実は真実に合致している蓋然性が高いし,いったん自白した後にこれを翻すことは自白を信頼した者の活動を妨げることになる。禁反言の原則といった民事訴訟における自白の拘束力の根拠にかんがみても,撤回は許されないというべきである。特に,行政機関については,国民の法的安定性・期待可能性という観点から,通常の当事者間以上に自己拘束力が要求されるといえ,この点からも,被告らの主張は論外というべきである。 cこれに対し,被告らは,「誤って他の様式(中略)を用いて作成した」と主張し,上記自白を撤回するようである。しかし,第1に,自白の撤回に至る経緯が極めて不自然で,事実に反することが窺われる。被告らは,上記のとおり答弁書で自白した後,被告ら第1準備書面において,「もっとも,被告厚生労働大臣は,原 告Aについて,放射線による起因性を認めた上で,申請疾患が現に医療を要する状態にないとして,本件A却下処分をしたが,(中略)被告厚生労働大臣は,同原告について放射線による起因性がないことを改めて主張する」とだけ主張し,被告ら第2準備書面でも同様の結論だけ主張していた。このような,不明瞭かつ変遷する被告らの主張に対し,原告らから平成15年12月24日付で求釈明を申し立てたところ,第3準備書面に至って,「誤って他の様式(中略)を用いて作成した」との事情を主張してきたのである。このように,被告らの主張は,原告らからの求釈明により追い込まれた結果されたもので,極めて不自然なものとなっている。第2に,被告厚生労働大臣が行うものとされている原爆症申請に対する却下処分という手続が,様式を誤るなどの事態が生 告らからの求釈明により追い込まれた結果されたもので,極めて不自然なものとなっている。第2に,被告厚生労働大臣が行うものとされている原爆症申請に対する却下処分という手続が,様式を誤るなどの事態が生じるようなものとは到底考えられず,この点でも被告らの主張は事実に反するとしか考えられない。実際は,疾病・障害認定審査会においても,放射線起因性は認められるが要医療性は認められないとの理由で却下されたにもかかわらず,このような事実を隠し放射線起因性も否定されたと主張しているという事実の方が,容易に想定されるところである。 d被告らは,取消訴訟における理由の差し替えが無条件に許されるかのように主張する。しかしながら,行政処分をする際理由の提示が求められる趣旨にかんがみ,そのような主張が不当であることは明らかである。 まず,行政庁は,理由の提示が義務付けられることにより,許認可等をするかどうかについての判断の慎重・合理性が担保されその恣意が抑制されることになるが,後に理由の変更を制限されるからこそ処分の段階で慎重にすることになるのである。 理由の差し替えが無制限に許されることになると,とにかく何でもいいから理由を書いておけということになりかねず,慎重・合理性の担保,恣意の抑制という趣旨が没却されてしまうことになる。 次に,提示された理由を基に,申請者が不服申立て,訴訟提起をするかどうかを判断し,訴訟準備等をしていくことになるが,理由の差し替えが無制限に許されることになると,申請者(原告)は極めて不安定な地位におかれ,権利行使について 著しい制限を受けることになってしまう。このような趣旨から,平成6年10月に施行された行政手続法では理由付記が原則として義務付けられたのであり(同法8条),このような法律が制定された以上,すべての行政処分につき理由の差 とになってしまう。このような趣旨から,平成6年10月に施行された行政手続法では理由付記が原則として義務付けられたのであり(同法8条),このような法律が制定された以上,すべての行政処分につき理由の差し替えは認められないとすべきである。 イ原告B(ア)被爆状況原告B(昭和5年1月2日生)は,昭和20年8月9日,爆心地から約3.3キロメートルの長崎県長崎市a町b番地の自宅で被爆した。同自宅は,爆心地をしのぐ多量の放射線降下物が確認されているc地区から500メートル強のところにあった。 原告Bは,その当時,長崎県立長崎高等女学校在学中であり,工場での勤労奉仕作業に従事していたが,その日はたまたま自宅内にいた。これは暑いさなかの連日にわたる工場作業の疲れで,さしたる病気でもないのに,工場内の診療医から数日の休養を命ぜられたためであった。 被爆の瞬間,自宅の障子はすべて開けたままの状態であり,原告Bは,直接原爆の閃光を受けた。強烈な閃光と爆風が同時に起こり,家の中は一瞬でグチャグチャな状態となった。その爆風の威力は,玄関の引き戸のガラス戸が自宅前の7段の階段を下りた先にある道路にまで散乱するほどであった。 家の中にいた原告B,原告Bの母及び姉は,裏の竹藪にある防空壕に避難した。 そして,暫くして防空壕から外に出たとき,原告Bは,aの方角の空の色がこれまで見たことのない赤紫色に変色しているのを見た。 原告B宅で下宿していた同級生のUは,a町の工場で被爆したが,その日のうちにaのB宅まで徒歩で戻った。Uは,ススで体中が真っ黒に汚れており,原告Bは,Uのそばで,被爆状況についての話を聞いた。 また,長崎医大で被爆した隣人は,翌日にaに戻ってきて,原告Bにb山の上で一晩過ごしたこと,そこのカボチャを食べたこと等の話をしていた。ところが,同人は,しばらくし ,被爆状況についての話を聞いた。 また,長崎医大で被爆した隣人は,翌日にaに戻ってきて,原告Bにb山の上で一晩過ごしたこと,そこのカボチャを食べたこと等の話をしていた。ところが,同人は,しばらくして唇が腫れてきて,1週間ほどで亡くなった。原告Bは,隣組の人 と協力し,同人の遺体を担架に乗せて伊良林小学校まで運び,その焼却作業に従事した。その際,同小学校の広いグランドでは,あちこちで遺体が焼かれており,煙が無数に立ち上がっていた。 原告Bは,被爆以後,買ってきたかぼちゃや芋,鰯の配給以外にも,自宅隣のシーボルト跡で育てられた夏野菜や糠(ぬか)で作ったお団子を食べるなどしていた。 (イ)急性症状等a原告Bは,被爆直後は緊急事態で気が張っていたものの,周囲の慌ただしさが収まるにつれ,次第に体の怠さを明確に感じるようになった。この体の怠さは,勤労奉仕による過労とは全く別のものであり,言葉では何とも言えないものであった。 このように,原告Bは,被爆後しばらくして,それまで経験したことのないような体の怠さを感じるようになったものである。 原告Bは,被爆当時,県立長崎高等女学校4年生の15歳であった。それまで特段の病気をしたこともなく,健康状態も良好な女子であった。そして,同女学校3年生の2学期からは,三菱兵器製作所で勤労奉仕作業を行うようになったが,その作業は,魚雷に芯を埋め込んだり,土をスコップで掬って大きなふるいにかけたり,黒鉛を運んだりする身体的負荷の大きなものであった。元気で活発な原告Bだからこそ,そのような現場に配属されたものである。このような原告Bの被爆以前の健康状態と比較しても,原告Bに被爆後生じた倦怠感は,紛れもなく被爆による急性症状であったといえる。 bなお,原告Bは,原爆被爆者調査票(乙C7号証)には「原爆による急性症 ような原告Bの被爆以前の健康状態と比較しても,原告Bに被爆後生じた倦怠感は,紛れもなく被爆による急性症状であったといえる。 bなお,原告Bは,原爆被爆者調査票(乙C7号証)には「原爆による急性症状」の欄に「なし」と記載し,平成14年4月23日付けで提出した原爆症の認定申請書(乙C1号証)にも,「被爆直後急性症状なし」と記載している。これは,原告Bが,脱毛や下痢,嘔吐等外部に現れる他覚的な健康不具合が急性症状であり,倦怠感はその範疇に含まれないという認識の下に記載しているからにすぎない。原告Bが被爆により体の怠さを感じるようになり,その後も疲れやすい体質に変化し たことは明らかである。 (ウ)その後の症状の経過等a原告Bは,昭和20年9月になっても体調が完全に回復することはなかったが,学校に行きたいという気持ちが強かったため,同月からc地区にある長崎高等女学校に通い始めた。学校のガラスは爆風で全部割れており,7クラスあった4年生の学級も4クラスまで減る状況であった。また,頭髪が抜けている生徒が何人もいたり,原告Bと同じように体調の優れない生徒も多くいた。 原告Bは,学校ではc貯水池を水源とする水道水を飲み,昼食は家から持参した弁当を食べていた。そして,無理をしてでも学校に出ていたが,体が疲れやすく,体調がすぐれないときは学校を休まざるを得なかった。 さらに,その後学校を卒業しても,原告Bの疲れやすいという体質が改善されることはなかった。原告Bは,学校を卒業したのち教師となったが,疲れや頭痛のために学校を休むことがあった。 原告Bは,29歳(昭和34年)のときに被爆者健康手帳の交付申請を行っているが,その際の調査票の「疲れやすい」,「視力が衰えた」という欄に印をしている(乙C7号証)。 原告Bは,被爆前は健康状態も良好で,すこぶ 9歳(昭和34年)のときに被爆者健康手帳の交付申請を行っているが,その際の調査票の「疲れやすい」,「視力が衰えた」という欄に印をしている(乙C7号証)。 原告Bは,被爆前は健康状態も良好で,すこぶる元気だったにもかかわらず,被爆によって,倦怠感を覚えたり疲れやすくなり,さらには,その後もそのような体調が優れない状態が続くことになったものである。 b原告Bは,平成2年にV診療所に被爆者健康診断に行った際に不整脈と言われ,そのため循環器の専門医がいる東神戸病院を訪ねることになった。その後,平成4年に同病院で甲状腺機能検査を行ったところ,甲状腺機能低下症と診断された。 そして,ずっと年を取るまで飲み続けなさいと言われて処方された薬を服用することになった。服用する薬の量については採血検査の結果次第で変化するものの,原告Bは,現在に至るまでその薬を服用している。 この点,平成4年に行った原告Bの甲状腺機能検査の結果(甲C11号証)は, TSH数値が135.1と高値を示している。また,W医師(以下「W医師」という。)が原告Bを診察した際の検査結果(平成16年12月20日)は,治療により基準値内にあり,自己免疫性甲状腺疾患ではないことの裏付けとなる検査であるマイクロゾームテスト,サイロイドテストともに100未満と抗体陰性であることが確認された(甲C11号証)。 cまた,原告Bは,平成13年と平成14年には白内障の手術を,同年10月には乳がんの手術を受けていた。 その他,原告Bは50代から歯が徐々に抜け始め,骨折も頻繁に起こしていた。 (エ)現在の症状原告Bは,現在,高田上谷病院に1か月に1度,甲状腺機能低下症,高血圧及び骨粗鬆症の薬を処方してもらうために通院している。 また,原告Bは,乳がんの手術を受けた済生会神戸病院で,2か月に1度術後の定 原告Bは,現在,高田上谷病院に1か月に1度,甲状腺機能低下症,高血圧及び骨粗鬆症の薬を処方してもらうために通院している。 また,原告Bは,乳がんの手術を受けた済生会神戸病院で,2か月に1度術後の定期検査を受け,術後の放射線治療を行った神戸大学付属病院にも,3か月に1度検診のために通院している。 その他,原告Bは,恒生病院に1か月に1度通院し,ラクナ梗塞のために薬の処方を受けている。 (オ)放射線起因性の要件該当性a本件B却下処分の対象疾病原爆症認定の対象となる疾患は,処分時に有していたすべての疾患である。この点,本件B却下処分は,平成14年9月9日付けでされているところ,原告Bは,同年10月17日には乳がんの摘出手術を受けているが,同手術日からして,本件B却下処分時に既に乳がんを発症していたことは明らかである。 よって,原告Bの原爆症申請に係る対象疾病には,認定申請書記載の甲状腺機能低下症のみならず,乳がんも含まれる。 b原告Bの被爆地点からの検討前記のとおり,いわゆる遠距離被爆による放射線の影響は,松谷訴訟最高裁判決 によっても明らかとされており,爆心地から3.3キロメートルの原告Bが被爆した地点においても,放射線の影響による健康被害を受ける可能性が十分にあるといえる。なお,日本被団協原爆被爆者中央相談所の伊藤直子相談員が遠距離被爆者の認定例を調査した結果によると,爆心地から3キロメートル以上離れた地点の被爆であっても,その後の疾病により原爆症として認定されている者が多数いることが明らかとなっている(甲A131号証)。 原告Bの被爆場所は,放射性降下物が多く降り注いだc地区から500メートル強の場所にあった。そして,長崎原爆での黒い雨地域も,長崎市による被爆未指定地域調査によって,c貯水池周辺だけでなく,広島と同様にかなり 爆場所は,放射性降下物が多く降り注いだc地区から500メートル強の場所にあった。そして,長崎原爆での黒い雨地域も,長崎市による被爆未指定地域調査によって,c貯水池周辺だけでなく,広島と同様にかなり広い地域であったことが分かっている(甲A65号証)。この点,c地区については,数度にわたる調査で,爆心地をしのぐ多量の放射性降下物が確認されており,また,同地区の住民検診で有意の健康障害があることが認められている。そうであるとすれば,そこから500メートル強の位置にある原告B宅においても,放射線降下物による内部被曝を受けた可能性が相当高いといえる。 実際,a地区で被爆した被爆者の手記には,①a町b丁目の自宅内で被爆した15歳の男性が,その後鼻血や紫斑といった急性症状が出て,それ以降も心疾患や肝臓疾患に罹患したこと,②被爆直後にa地区で生まれた子どもが,生まれて以降ずっと体調が悪く,その後の昭和26年に急性骨髄性白血病で亡くなったこと,が詳細に紹介されている(甲C8号証)。また,同手記には,原告B宅近くの県立長崎中学などで被爆した者が,その後,様々な症状に悩まされた経験が数多く述べられている(甲C9号証)。一例を挙げると,長崎中学で15歳のときに被爆したXは,終戦後,b山にころがっているカボチャを毎日取りに行き食べるなどしていたが,昭和30年に紫斑が出て微熱が続いたので入院し,血液中の単核細胞が変形し,白血球が増加する等の診断を受けている。 このように,長崎市a町で被爆した者の実体験によっても,原告Bの原爆放射線による健康被害の可能性を強く推認することができる。 c原告Bのその後の行動からの検討原告Bは,自宅隣のシーボルト跡で育てられていた夏野菜や糠で作った団子を食べ,昭和20年9月に女学校に通うようになってからは,c貯水池を水源と とができる。 c原告Bのその後の行動からの検討原告Bは,自宅隣のシーボルト跡で育てられていた夏野菜や糠で作った団子を食べ,昭和20年9月に女学校に通うようになってからは,c貯水池を水源とする水道水を飲むなどしていた。 また,原告Bは,被爆当日のうちに真っ黒になって帰ってきたUと接したり,長崎医大に勤務していた隣人の遺体を伊良林小学校まで運び,焼却作業に従事した。 そして,原告Bが遺体を運んだ際,その小学校では,数多くの遺体の処理が行われていた。 この点,遺体には相当高度の残留放射線があることが証明されており(広島原爆戦災誌第1編総説135頁(甲A124号証の5)),また,遺体処理作業に従事する者が放射性物質を体内に取り込む可能性が強く示唆されている(甲A118号証の2)。 したがって,上記の原告Bの被爆後の行動によっても,原告Bは,放射性降下物ないし人体放射化された放射性物質によって,相当程度の内部被曝を受けた可能性が高いといえる。 d原告Bの体調の変化からの検討原告Bは,上記のとおり,原爆被害の典型的な急性症状である倦怠感を発症した。 そして,その後も長年の間,体がだるい,疲れやすいという症状が継続するようになった。このような原告Bの被爆直後の急性症状ないしその後の健康状態からして,原告Bが被爆による健康被害を受けたことは明白である。 なお,原爆被爆者調査票(乙C7号証)に掲げられている急性症状は,嘔吐,下痢,発熱,脱毛,紫斑,鼻血,歯茎からの出血,口内炎・咽頭痛であり,そこには倦怠感の記載がない。このような行政が一般に採用するところの外部に表れる急性症状については,爆心地から近距離で相当程度の直接被爆を受けている場合であっても,必ずしも症状として現れるという訳ではなく,その有無のみで単純に被爆の影響を判断することはできない の外部に表れる急性症状については,爆心地から近距離で相当程度の直接被爆を受けている場合であっても,必ずしも症状として現れるという訳ではなく,その有無のみで単純に被爆の影響を判断することはできない。 e甲状腺機能低下症の病態からの検討次に,原告Bの本件原爆症申請の対象疾病である甲状腺機能低下症の病態について検討する。 被爆42年後の昭和63年にc地区の住民検診で甲状腺の調査をしたところ,対象地域に比べて4倍強の甲状腺疾患を認めたと報告されている(甲C4号証,甲C5号証の4)。また,昭和46年に行われた調査では,同地域の土壌や農産物には有意に高いセシウム137が,住民の体内からも2倍のセシウム137が確認されており,内部被曝による影響が長年にわたって続いていることが明らかとなっている(甲C4号証,甲C5号証の5)。 また,甲状腺機能低下症の場合は,比較的低線量被曝群に有意に多いという調査結果がある(甲A67号証文献32,33,甲C5号証の9の2)が,これは,甲状腺という組織自身が放射線の感受性が非常に高いことに起因している。なお,甲A67号証文献33,甲C5号証の9の2の調査結果は,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)において有意性を認めたものであるが,抗体陰性のものも含め,甲状腺機能低下症一般に放射線が影響を与えるという事実を否定するものではない。 さらに,内部被曝が甲状腺に与える影響は科学的にも明らかとなっている。すなわち,前記のとおり,放射性ヨウ素なら甲状腺,放射性ストロンチウムなら骨組織,放射性セシウムなら筋肉と生殖腺というように,核種によって濃縮される組織や期間が特異的に決まっているため,特定の体内部位が集中的な体内被曝を受けることになり,そのため,体内被曝は,体外被曝と異なり,局所的に強い影響 ら筋肉と生殖腺というように,核種によって濃縮される組織や期間が特異的に決まっているため,特定の体内部位が集中的な体内被曝を受けることになり,そのため,体内被曝は,体外被曝と異なり,局所的に強い影響を継続的に受ける点で人体に深刻な影響をもたらすのであり,また,成長ホルモンをより多く必要とする若い個体ほど,甲状腺にヨウ素を速く集めることから,被曝の身体に与える影響は大きくなる(甲A129号証(市川意見書))。 原告Bは,14歳という若年齢で被爆している。そして,甲状腺機能低下症を発症する場合として,先天性のものと後天性のものがあるところ,原告Bは,発育障 害がない点から考えて,先天性という点は除外することができる。また,後天性のものには,甲状腺の破壊によるものと,外因性の機能抑制によるものがあるところ,ヨード欠乏,ヨード過剰には該当せず,薬物による影響もあり得ないから,外因性の機能抑制も除外される。さらに,甲状腺の破壊によるものには,①自己免疫疾患によるもの,②放射線によるもの,③手術によるもの,④亜急性甲状腺炎ないし無痛性甲状腺炎後(通常一過性)があるところ,原告Bの甲状腺機能低下症は,手術後に現れたものでなければ,一過性のものではないし,また,自己免疫機序によるものでないことも確認されている(乙A72号証1557頁,甲C11号証)。 以上からすれば,原告Bの甲状腺機能低下症の発症は,科学的・理論的に考察しても,また,消去法的に考察しても,原爆による放射線に起因するといえる。 f乳がん等を発症していることからの検討また,乳がんについては,寿命調査第10報(1950年-82年)において,放射線の影響の有意性が認められている。したがって,原告Bの乳がんについても,放射線の影響が強く疑われるべきである。 そして,仮に,原告Bの乳 いては,寿命調査第10報(1950年-82年)において,放射線の影響の有意性が認められている。したがって,原告Bの乳がんについても,放射線の影響が強く疑われるべきである。 そして,仮に,原告Bの乳がんが本件B却下処分の対象疾病でないとしても,原告Bの乳がんの罹患,頻繁な骨折,さらには,平成13年及び平成14年に白内障の手術をしている事実(白内障については,最新の成人健康調査第8報で改めて有意な線量反応関係が認められている。)からして,原告Bの甲状腺機能低下症の放射線起因性はより明白になったというべきである。 g 結論 以上によれば,原告Bの疾病が放射線に起因することは明らかである。 (カ)要医療性の要件該当性乳がんについては,現在抗がん剤の治療が必要とされているが,体力がなく,抗がん剤の治療ができない状況にある。 原告Bの甲状腺機能低下症に対し,今後の甲状腺ホルモンの補充は不可欠であり, また,乳がんについての定期検診も必須である。原告Bの甲状腺機能低下症及び乳がんに対する要医療性は明らかである。 ウ原告C(ア)被爆状況a原告C(昭和12年1月26日生)は,昭和20年3月13日の大阪大空襲で自宅を焼かれ,広島にいた三兄Yの下で暮らしていた。原告Cが被爆当時に生活していたのは,広島のe大橋の西側にある,広島市a町b丁目c番地にあるa工務店の社宅であり,爆心地からの距離は,約2.9キロメートルであった。 原告Cは,当時小学校の3年生であり,広島市立観音小学校の分校に通学していた。観音小学校分校は,社宅から北北東の方向にあった。 b昭和20年8月6日朝,空襲警報が発令されていたことから,原告Cは学校へは行かずに社宅で待機していた。しかし,午前8時ころ空襲警報が解除され,原告Cは直ちに観音小学校分校へと向かった。社宅から学校までの 20年8月6日朝,空襲警報が発令されていたことから,原告Cは学校へは行かずに社宅で待機していた。しかし,午前8時ころ空襲警報が解除され,原告Cは直ちに観音小学校分校へと向かった。社宅から学校までの通学路は,両側が畑の中のあぜ道で,畑よりも少し高くなっており,大人が1人通れる程度の幅だった。周囲は,畑だけで,原爆の放射線を遮るものは何もなかった。そして,原告Cがその通学路を分校へ向かって15分程度歩いていた時,原子爆弾が爆発し,原告Cは被爆し,爆風で畑の中に吹き飛ばされた。原告Cは,被爆により,背中から足にかけて火傷を負った。 通学途中であったことや,当時8歳と幼なかったことから,原告Cの被爆地点を明確に特定することはできない。しかし,社宅が爆心地から2.9キロメートル付近であったこと,社宅から15分程度歩いたところで被爆したことからすれば,2. 0キロメートルないし2.5キロメートル程度の地点で被爆したものと考えるのが合理的である(小学生の平均的な歩行速度は時速3キロメートル,すなわち分速50メートルであり,15分で750メートルの距離を歩行することになる。)。 原告Cが気が付くと,周囲全体が白っぽくもやがかかっているような状況になっていた。原告Cは,とにかく家に帰ろうと思い,もと来た道を戻って社宅に帰った ところ,社宅は潰されずに残っていたが,窓ガラスが割れ,屋根が飛んで,天井が落ちていた。 c原告Cは,社宅に帰ってから,当時着ていた白っぽい服の背中の部分が焼けて背中から足にかけて火傷していることを家族から教えてもらい,始めて気付いた。 背中と足の火傷を治療するために,被爆の翌日ころから,当時病院代わりとなっていたa小学校まで通い,火傷した部分に油薬を塗ってもらった。a小学校の建物は倒壊していなかったことから,死亡者や傷病者が重な 背中と足の火傷を治療するために,被爆の翌日ころから,当時病院代わりとなっていたa小学校まで通い,火傷した部分に油薬を塗ってもらった。a小学校の建物は倒壊していなかったことから,死亡者や傷病者が重なり合うように収容されていた。 a小学校は,黒い雨が多く降った地域であり,多量の残留放射線が計測されており,原告Cは,a小学校に治療に通った際に,多量の残留放射線に被曝している。 また,社宅近くの川には,たくさんの死体が浮いており,引き潮の時には海に流されていき,満ち潮の時に川に戻ってくるという状況であった。 d被爆後は配給が途絶え,食べるものがなくなったことから,原告Cは,近所の百姓の畑から灰をかぶって真っ黒になった冬瓜や芋のつる,大豆などを取って食べていた。また,社宅の目の前の川でアサリを取ってきて食べたりもしていた。さらに,水道水が出なくなったので,近くの百姓農家から井戸水をもらって飲んでいた。そして,昭和20年9月には,台風により洪水となり,畑が水につかり,社宅にも水が入ってきた。洪水により水につかってしまった野菜は堅くなってしまったが,それでも母親が煮て食べさせてくれていた。 原告Cは,被爆後2,3年間はaの社宅に住んでいた。 (イ)急性症状等原告Cは,原爆の熱線により背中から足にかけてひどい火傷を負った。原告Cは,被爆するまでは非常に健康体であったが,被爆して数日後から,歯茎から出血し,吐き気やめまい,そして体のだるさに襲われた。これらは,典型的な放射線による急性症状であり,原告Cが相当量の放射線を浴びたことを裏付けている。 被爆時小学校3年生であったが,体の怠さを覚え,家でごろごろして通学することができず,小学校5年生ころまではほとんど学校には行けなかった。 (ウ)その後の症状の経過等中学卒業後,大阪に戻り23歳ころまで工場 であったが,体の怠さを覚え,家でごろごろして通学することができず,小学校5年生ころまではほとんど学校には行けなかった。 (ウ)その後の症状の経過等中学卒業後,大阪に戻り23歳ころまで工場で働いていたが,この間も体のだるさが続いていた。体が辛くても頑張って働いていたが,あまりに原告Cの体調が悪かったことから,勤務先の社長夫人が見るに見かねて病院に連れて行ってくれたが,医師からは原因が分からないと言われるだけであった。戦後の混乱期で,病院にかかることは贅沢であると考えられていた当時であり,原告Cの体調が客観的にみて非常に悪かったことを示している。 原告Cは,虫歯もなく歯が綺麗であることが自慢であったが,20代後半から歯茎が浮いたり,歯茎が腫れたりするようになった。痛くて食べ物を噛めないため,おかゆを食べていた時期もあった。そして,45歳で上の歯が総入れ歯になり,下の歯も徐々に抜けていった。 20代後半ころからは,膀胱炎を患い,下腹部に痛みを感じ,尿に血が混じることもあった。 40代になったころからは,体が冷えやすくなり,特に腰が冷えやすかったのでカイロをいつも使用していた。 63歳のころには,下腹部が張って痛く正式に検査もしてもらったが,結局原因不明であった。 そして,平成13年,65歳で胃がんと診断され,平成14年1月4日,リンパ節郭清を伴う胃切除術を受けた。さらに術後に抗がん剤を投与され,同年3月14日に退院した。 (エ)現在の症状原告Cは,退院後も抗がん剤やアガリクスを服用し,3か月に1度の定期検査に通院している状況である。 また,本件訴訟中の平成15年11月には脳内出血で手術を受けている。 (オ)放射線起因性の要件該当性a被爆状況からの検討 原告の被爆地点は爆心地から約2.0キロメートルないし2.5キロメートル ,本件訴訟中の平成15年11月には脳内出血で手術を受けている。 (オ)放射線起因性の要件該当性a被爆状況からの検討 原告の被爆地点は爆心地から約2.0キロメートルないし2.5キロメートルの地点であり,周囲に遮蔽物は全くなく,原子爆弾の初期放射線により外部被曝したことは明らかである。 次に,原告Cが火傷の治療のために通ったa小学校付近は,黒い雨が特に強く降っており,残留放射線の影響が大きかった。また,原告Cが居住していたa町においても黒い雨が降ったとされており,やはり残留放射線の影響を否定することができない。さらに,原告Cは爆心地から約3.0キロメートル圏内において15歳までの約7年間を生活しており,被爆後には放射性降下物が付着した野菜などを食料として摂取している。呼吸により放射性物質を体内に取り込んだと考えられる。したがって,原告Cは,残留放射線により慢性的な外部被曝及び内部被曝を受けた。 b症状からの裏付け原告Cに被爆直後に生じた歯茎からの出血,吐き気,めまい,体のだるさは,典型的な放射線の急性症状である。また,その後の全身性疲労,体調不良,健康障害,易疲労症候群は多くの被爆者にみられる晩発性健康障害に一致する。 c胃がんの放射線起因性放影研の寿命調査(LSS)において,昭和54年(1979年)までの報告書では,がんは「放射線との関係が示唆された悪性疾患」として取り上げられたが,寿命調査第10報(1950-82年)以降は,寿命調査第11報(1950-85年),寿命調査(原爆被爆者の死亡率調査)第12報(1950-1990年)と「放射線被爆による有意な増加がある悪性疾患」として取り上げられている(乙A3号証,7号証,33号証)。特に,胃がんに関しては,男性よりも女性のリスクが高いとされている。 また,被爆時の年齢ががん発 「放射線被爆による有意な増加がある悪性疾患」として取り上げられている(乙A3号証,7号証,33号証)。特に,胃がんに関しては,男性よりも女性のリスクが高いとされている。 また,被爆時の年齢ががん発生に及ぼす影響についても検討されており,白血病以外の全部位のがん死亡率は被爆時年齢が若いほど発症のリスクが大きくなると報告されている(「原爆放射線の人体影響1992」(乙A9号証)30頁)。原告は8歳で被爆していることからすれば,放射線の影響は大きいといえる。 原告は,その被爆状況からすれば多量の原爆放射線被曝をしていること,放射線に起因するものと思われる疾病や身体症状が原告に多数生じていること,原告の申請疾患が胃がんであること等を総合的に考慮すれば,原告の胃がんは放射線に起因するものといえる。 (カ)要医療性の要件該当性原告Cは平成13年に胃がんと診断され,平成14年1月に胃切除術を受け,さらに術後に抗がん剤を投与され同年3月14日に退院しており,転移・再発のおそれがあるために現在も3か月に1回程度の割合で定期的に受診を継続している。したがって,原告Cに要医療性が存在することは明らかである。 エ原告D(ア)被爆状況原告D(昭和6年4月29日生。旧姓D。昭和30年に結婚した際に配偶者のD姓に変更)は,被爆当時,広島市a所在(当時)の広陵中学2年に在学中であった。 昭和20年8月6日午前,原告Dは,学徒勤労奉仕動員により,家屋撤去作業に従事するため,現在の京橋川に架かるa北約50メートルの防空壕前において,約150名の同級生と整列中に被爆した。 被爆した場所は,爆心地から約1.75キロメートルの地点であることが,客観的に地図により明らかとなっている。いわゆる被爆者健康手帳に記載の爆心地からの距離は,他の多くの原告らや被爆者と同じく, た。 被爆した場所は,爆心地から約1.75キロメートルの地点であることが,客観的に地図により明らかとなっている。いわゆる被爆者健康手帳に記載の爆心地からの距離は,他の多くの原告らや被爆者と同じく,原告Dは十分に注意して主張したものではなく,実測したものでもない。この点について原告Dの記憶は鮮明であり,広島学徒動員誌によっても裏付けられており,被爆時の爆心地からの距離については,約1.75キロメートルということが明確に証明されている。 原告Dの被爆の瞬間の状況であるが,原告Dから見て,原爆が自分の右手上方で爆発し,全く遮蔽物がなかったため,オレンジ色がかった閃光・稲光とともにものすごい熱線,ボンという音ともに爆風をもろに受け,衝撃で飛ばされた。 原告Dは,この放射線と熱線により,両腕と背中の一部,左肩,左首筋などにひ どい火傷を負った。火傷は右腕が特に深かったが,左腕も火傷を広範囲に負った。 特に両腕からは皮膚が垂れ下がり,原告Dは両腕を前に突き出さないと歩くこともできない状況であった。顔は右よりも左顔面をひどく火傷し,戦闘帽よりはみ出した頭髪は,頭の周囲すべてが焼けてなくなってしまった。 周りの友人も顔,首など火傷していた。足の裏にまでやけどを負った級友もいた。 火傷の痛みに耐えかねて,京橋川に飛び込んだものもあった。 熱線の明かりがなくなると,黒いすすで周りが1メートル先も見えなくなった。 統制がとれず,生徒は泣き叫びながらちりぢりバラバラになった。 原告Dは,被爆後,広陵中学校に戻ろうとしたり,米軍機の機銃掃射を避けようとするなどして,結局,同日(8月6日)は一日中さまよったが,その間,全く治療を受けることはできなかった。a(現在のa公園)に登り,多数の被災者とともに神社で一夜を過ごした。そこにあった神社からは,広島市内が真っ赤に燃えてい (8月6日)は一日中さまよったが,その間,全く治療を受けることはできなかった。a(現在のa公園)に登り,多数の被災者とともに神社で一夜を過ごした。そこにあった神社からは,広島市内が真っ赤に燃えているのが見えた。 同月7日,原告Dは朝からaの神社を出て,いったんaの広陵中学に行ってみたが,校舎が折れ曲がっており,とても救助・治療を求められる状況ではなかったので,a町の広島造船社宅の自宅に戻ることにした。 御幸橋を渡り,たまたま爆心地から約1.5キロメートルの廣島赤十字病院の前に出た。しかし,病院自体が混乱を極めており,中には余りにもひどい状態の被爆者であふれんばかりだったため,14歳の少年は恐ろしく,また,気が引けて,病院の中に入って治療を受けることはできなかった。ただ,病院前に設置された救護所とは名ばかりの仮設の救護所でヨードチンキを腕に塗るだけの治療を受けただけであった。その際,国防婦人服を着た女性が握り飯をくれたのが被爆後最初に口に入れた食物であったが,そのにぎりめしは黒いすすで黒くなっていた。 その後,原告Dは廣島電鉄のa橋の停留所から誤って北上してしまい,廣島市役所からさらに爆心地に近い,爆心地から0.5キロメートルほどの地点にまで入り込んでしまった。そこからもう1度a橋の停留所に戻り,西に向かって歩き,b橋,c橋, d,e大橋を経て,a町の自宅に一日かけてやっともどった。原告Dの両腕の火傷がひどく,腕から皮が垂れ下がっており,手は突っぱって前に出したままの状態だった。 (イ)急性症状等原告Dは,被爆するまではスポーツもよくする全くの健康体であった。原告Dが帽子を被っていたため残っていた頭頂部付近の頭髪も,家に着くとすぐに脱毛が始まった。脱毛が始まったのは,被爆2日目ころからということになる。 家に着いてから2日目以後,1 くの健康体であった。原告Dが帽子を被っていたため残っていた頭頂部付近の頭髪も,家に着くとすぐに脱毛が始まった。脱毛が始まったのは,被爆2日目ころからということになる。 家に着いてから2日目以後,1週間鼻血が止まらなかった。その他,被爆直後から,嘔吐,めまい,全身倦怠感,下痢,鼻腔内粘膜からの出血等の急性症状が続いた。2か月は寝たり起きたりの生活であった。 原告Dは,特にひどかった両腕の熱傷の化膿に悩み,父親が作った手製の乳母車に母親に連日乗せて貰い,a町の総合グランド内の軍医から治療してもらった。しかし,その治療は,薄皮が張ると中に膿があるということで,薄皮をはがして,手先のほうに搾り出すという原始的なもので,それに加えて白いチンク油を塗る程度であった。これらの火傷については,化膿した部分からの膿がなかなか止まらず,完治するまでに半年間を要した。それ以外にも,家では嘔吐が続いた。3日間,体の震えが止まらない状態で寝込んだ。 2か月くらいたってから,黒い皮膚がぽろぽろはがれだし,顔は4か月,首は半年で表面的には元の皮膚が戻った。胸の皮膚の黒みは被爆後50年以上残り続け,数年前に消えた。しかし,体の何箇所かに瘢痕が残り,特に,両腕のケロイド瘢痕は手の指先まで現在も残っている。 (ウ)その後の症状の経過等原告Dは,広陵中学に復学するのに被爆後1年かかり,復学後も1か月に10日ほど休むという健康状態であった。その後,原告Dは,高校,大学に進学したが,その間ずっと重度の倦怠感,疲労感に悩まされ続けている。大学はこのため1年留年している。 原告Dは,昭和35年ころ就職しているが,この倦怠感,疲労感は相変わらず続 き,このため転職を何度となく余儀なくされている。 原告Dのその後の病歴として,昭和40年ころ心臓肥大と無気肺と診断され,昭和50年 35年ころ就職しているが,この倦怠感,疲労感は相変わらず続 き,このため転職を何度となく余儀なくされている。 原告Dのその後の病歴として,昭和40年ころ心臓肥大と無気肺と診断され,昭和50年ころには糖尿病と,平成4年には十二指腸潰瘍とそれぞれ診断されている。 その後,原告Dは,平成9年,十二番胸椎圧迫骨折で2か月入院し,平成10年にはヘルニアで手術を,平成15年には大腸ポリープで手術をそれぞれ受けている。 その他,原告Dの既往症として,突発性貧血症,心臓神経亢進症も認められる。 現時点で,後述する皮膚がんの経過観察,指神経障害の治療以外に,糖尿病,逆流性食道潰瘍,前立腺肥大,慢性咽頭炎,変形性膝関節症,腰痛などで通院治療を続けている。 (エ)現在の症状原告Dの右指爪は,被爆数年後から,他の正常な爪と違って,生えるたびに変色・変形している状態であった。 平成12年頃より右第2指の指先の疼痛が続き,紫色となり,爪が次第に浮き上がり,その下から黒い腫瘤が溢れ出し,平成13年,右第2指有棘細胞がんと診断され,同年6月18日,右第2指末節部の切断術をしたが,その後の右脇リンパ腺,肺への転移の危険性が高いところから経過観察を続けている。指の神経障害も認められる。 現在,ケロイド瘢痕は両腕一面に残り,半袖の外側は両腕とも今もケロイド瘢痕が残っている。右手は,特に半袖の上,二の腕もケロイド瘢痕が残っている。 (オ)放射線起因性の要件該当性原告Dにケロイド瘢痕が見られることや,原告Dの皮膚がんは原爆によるこのケロイド瘢痕上にがんができたものであることから,明らかに原爆の放射線に起因するものである。 a熱傷瘢痕,ケロイドの放射線起因性原告Dの皮膚がんが発生した右第2指まで色素沈着が被爆後60年経過した今でも残っており,これが熱傷瘢痕のみならずケロイ らかに原爆の放射線に起因するものである。 a熱傷瘢痕,ケロイドの放射線起因性原告Dの皮膚がんが発生した右第2指まで色素沈着が被爆後60年経過した今でも残っており,これが熱傷瘢痕のみならずケロイドもあったことを意味することは 明らかである。 そして,第一に,ケロイドが瘢痕となり色素沈着して被爆後60年経った今も残っているということは,原告Dが大量の放射線を受けた何よりの証拠である。ケロイドは放射線被曝ということの要因が加味された形で形成された瘢痕異常であるというふうに考えるのが一般であり,ケロイドは熱線と放射線との共同の成因で瘢痕異常,ケロイドが発生したと考えられている。 第二に,熱傷瘢痕の病変に皮膚がんの一種である有棘細胞がん(扁平上皮がん)が発生することは,周知の事実となっている(甲E10号証の5)。また,皮膚がんは放射線と有意性があること,特に被爆者の熱傷瘢痕から生じたケロイド病変は特異な病変でそこからの皮膚がんが発生することが危惧されてきた。 第三に,この放射線熱傷後に生ずる瘢痕ケロイドの発生要因について,切除した25例のケロイドに放射能が1年半たった後にも有意に見られるものがあることが報告されている。これによりケロイド瘢痕には長期にわたり放射能が残っていることが明らかにされた(甲E10号証の3)。このことにより,放射能による長期にわたるケロイドからの内部被曝があったことが考えられる。 b被爆者における皮膚がんの放射線起因性放射線により皮膚がんが発生することは古く1902年(明治35年)から報告があり,その起因性は明らかにされている。放射線を医学で利用する上で,放射線被爆による皮膚がんの発症は克服すべき重要な課題の一つであった(「原爆放射線の人体影響1992」(甲E10号証の1,乙A9号証))。 原爆被爆者の皮膚がんにつ いる。放射線を医学で利用する上で,放射線被爆による皮膚がんの発症は克服すべき重要な課題の一つであった(「原爆放射線の人体影響1992」(甲E10号証の1,乙A9号証))。 原爆被爆者の皮膚がんについて,爆心地から近距離であるほど皮膚がんの発生が多く,原爆と皮膚がんの関係が明らかにされている。さらに,被爆後30年を過ぎてから皮膚がんの発生が著明に増加しており,潜伏期が非常に長く,今後ますます皮膚がんの発症に注意を要するとされている(甲E10号証の8)。 原爆による熱傷後のケロイドの発生率は,2.1キロメートル以内の屋外では90パーセント内外の非常に高い発生率であり,他のケロイドとは違う,原爆による 特異的なケロイドであることが明らかにされている(甲E10号証の2・625頁)。 原爆により生じたケロイドは組織上も普通のケロイドとは異なっている。「原子爆弾に因するケロイドの研究」(甲E10号証の3)では,約200例の被爆者ケロイド組織の研究から,皮下組織における結合織及び結合繊維組織の増殖は単なる肉芽性炎,肉芽組織等ではなく,腫瘍増殖が著明で繊維腫状を呈し,一部には肉腫状の組織像を示すものがあるとしている。すなわち,被爆者のケロイド組織は,炎症性変化でなく,腫瘍性変化を特徴としていることがあげられる。それゆえ,そこからの瘢痕がんの発生が憂慮されてきた。この放射線熱傷後に生ずる瘢痕ケロイドの発生要因について,前記のとおり,切除した25例のケロイドに放射能が1年半経過後にも有意に見られるものがあることを報告されており,これによりケロイド瘢痕には長期にわたり放射能が残っていることが明らかにされた。このことにより,放射能による長期にわたるケロイドからの内部被曝があったことが考えられる。被爆が熱傷後のケロイド発生率を上げ,組織的にも被爆者だけの特 にわたり放射能が残っていることが明らかにされた。このことにより,放射能による長期にわたるケロイドからの内部被曝があったことが考えられる。被爆が熱傷後のケロイド発生率を上げ,組織的にも被爆者だけの特異病変を来し,さらにはがん化の危険性の高くするだろうと考えられる。 ICRPの2005年度版報告によれば,被爆者の皮膚がんの罹患率が非常に高く,1万人当たり1シーベルトで全体のがんが1800人弱であるところ,そのうちの1000人を皮膚がんが占める。このように,皮膚がんが放射線との有意性が高いことが最新の知見で明らかにされている。 c原告Dのその他の疾患原告Dはこれまで多くの病気にかかり,現在,糖尿病,十二指腸潰瘍,逆流性食道炎前立腺肥大,慢性咽頭炎で治療を受けている。これら多種多様な病気も原爆放射線の影響を受けていると考えられる。 d 結論 以上によれば,原告Dの皮膚がんは熱傷後のケロイドから発生した有棘細胞がん(扁平上皮がん)であり,原爆放射線に起因すると考えられる。 (カ)要医療性の要件該当性皮膚がんは脇の下のリンパ腺がん等への転移がないかどうかの検査が3か月に一度必要である。特にこの皮膚がんは,有棘細胞がんなので,脇下リンパ腺から肺への転移などの可能性が大であり,この経過検査が必須である。 原告Dの場合は特に厳格な経過観察が必要であることは明らかであり,5年の経過観察では全く足りない。 また,切断した神経系統の治療も必要で,内服薬を服用するなどしている。 よって,本件原爆症申請に係る疾病につき,要医療性があるのは明らかである。 オ原告E(ア)被爆状況原告E(昭和8年1月24日生)は,被爆当時12歳であり,県立広島商業中学校1年に在学中であったが,学徒勤労奉仕として道路拡張工事を行っていた。 原告Eは,昭和20年8月6日,勤労奉 (ア)被爆状況原告E(昭和8年1月24日生)は,被爆当時12歳であり,県立広島商業中学校1年に在学中であったが,学徒勤労奉仕として道路拡張工事を行っていた。 原告Eは,昭和20年8月6日,勤労奉仕に出かけるべく,約400名の同級生とともに広島商業中学校の校庭で整列中に被爆した。被爆地点は広島市aのaから南東方向にすぐの場所であり,爆心地から約1.7キロメートルに当たることが地図上からも客観的に明らかである。 原告Eは,被爆の瞬間,マグネシウムを焚いたような赤黄色の強烈な閃光が眼前を右から左へと突き抜けてゆくのを感じた直後,甲v音とともに襲ってきた熱風に吹き飛ばされ,右半身を中心に全身に大火傷を負った。顔の右半分から頚部,右肩から右手の先まで,さらには両膝部分の皮膚が焼けただれ,特に右腕の皮膚はボロ布のように垂れ下がり,腕を下におろすこともできない状態であった。 原告Eはまもなくaへと避難し,1時間ほど経ったころ,屋外でランニング姿のまま雨に打たれた。 同日夕方5時頃,原告Eは山を下り,aの自宅(爆心地から約1.2キロメートル)を目指してa橋からb橋の方向へと歩き始めた。道中のほとんどの建物は破壊し尽くされ,赤い炎が立ち上って歩くのも困難なほどの熱気が立ちこめる中,原告E は,道路の両側に無惨な姿で折り重なっている遺体の列を縫って歩き続けた(爆心地から約1キロメートルないし1.5キロメートルの地域)。しかしb橋を渡った辺りで火の手が行く手を遮り,自宅に戻ることができなかったため,廣島赤十字病院(爆心地から約1.5キロメートル)で一夜を明かすこととなった。病院内で偶然にも同級生の母親と会ったため,同級生を捜しに廣島赤十字病院を出てaの周辺(爆心地から約1.4キロメートルなし1.5キロメートル)をしばらくさまよったが見付けることはでき こととなった。病院内で偶然にも同級生の母親と会ったため,同級生を捜しに廣島赤十字病院を出てaの周辺(爆心地から約1.4キロメートルなし1.5キロメートル)をしばらくさまよったが見付けることはできず,再び病院に戻った。病院内部はひどい怪我や火傷を負った重傷患者であふれかえっていた。 翌朝,原告Eは廣島赤十字病院を出て,いったんaの自宅へ行ったが,焼け跡になっていたため,やむなく,b橋からa橋を通って中学校の校庭(爆心地から約1.7キロメートル)に戻った。その後,同日のうちに専売公社まで油を塗ってもらいに行き,さらにa(爆心地から約1キロメートル)の焼け野原で同級生を捜し歩くなどした。 この間,原告Eは,のどの渇きにたえられず,道中の焼け跡の破れた水道管からしたたる水を何度も飲んだ。 その後,原告Eは重度の倦怠感と火傷の痛みから起き上がるのも困難な状態となり,学校の校庭で数日間過ごした後,同月10日ころ,迎えに来た父親に大八車に乗せられ,市役所から中国電力を通り,産業奨励館(後の原爆ドーム)で一休みするなど爆心地中心付近を通ってh駅まで運ばれ,aの知人宅に担ぎ込まれた。そして,同月16日から約3か月間陸軍病院に入院し,その後も約2年間通院した。原告Eは,治療及び療養のため1年間休学している。 (イ)急性症状等原告Eは,被爆翌日である昭和20年8月7日,方々歩き回った末に学校の校庭に帰り着いて以降,強烈な全身倦怠感を生じ,容易に起き上がることのできないほどの状態となった。当時の強烈な体のだるさからは,発熱があった可能性も十分に推測される。 また,下痢にも苦しめられ,さらに歯茎からの出血も8月半ばから1か月ほど毎日のように続いた。 さらに,化膿した部分からの膿がなかなかとまらず,完治するまでに非常に長期間を要した。 (ウ)その後の また,下痢にも苦しめられ,さらに歯茎からの出血も8月半ばから1か月ほど毎日のように続いた。 さらに,化膿した部分からの膿がなかなかとまらず,完治するまでに非常に長期間を要した。 (ウ)その後の症状の経過等aケロイドの形成原告Eは,火傷が化膿してなかなか治らず,翌昭和21年9月ころまでは右腕を動かすことさえも困難な寝たきりの状態が続いた。 被爆から2年が経過した昭和22年9月ころ,ようやく化膿していた部分に新しい皮膚ができ,痛みも薄らいだが,頚部や右上肢など身体の各部にひどいケロイド瘢痕が残り,右腕はケロイドに引っ張られて真っ直ぐ伸ばすことができない状態となった。 b様々な疾病への罹患原告Eは,被爆後,非常に疲れやすい状況がずっと続いた。40歳ころからは風邪を引きやすく,全身倦怠感が強いため時々点滴を要する状態となった。その頃から肝炎や糖尿病も患い,医者へ通院するようになった。60歳頃からは週1回,3年ほど前からは毎日の点滴が必要不可欠な状態に置かれている。これは,いわゆる「原爆ぶらぶら病」,すなわち慢性原子爆弾症であると診断される。 原告Eは,現在も,肝機能障害,胃炎,逆流性食道炎,糖尿病,緑内障などの多数の疾病を抱え,複数の病院への通院を継続することを余儀なくされている。 c喉頭腫瘍平成10年7月,原告Eは,喉頭腫瘍(扁平上皮がん)と診断され,放射線治療を受けるも,白血球減少により中止となった。 その後,平成11年4月,喉頭全摘出術及び両頚部郭清術を受けた。 術後は首の筋肉がしばしば痛むようになり,整骨院への通院を余儀なくされている。 また,現在も3か月に1回の通院を行い,経過観察を行うとともに,頚部の痛みに対する治療も受けている。 dケロイド原告Eは,上記のとおり,身体の各部にひどいケロイド瘢痕が残っており,左肩 。 また,現在も3か月に1回の通院を行い,経過観察を行うとともに,頚部の痛みに対する治療も受けている。 dケロイド原告Eは,上記のとおり,身体の各部にひどいケロイド瘢痕が残っており,左肩関節,右側頚部,右上肢,両下肢多発性ケロイドと診断されている。右肘ケロイドについては,ケロイドの瘢痕拘縮で伸展が中等度障害されており,手術(Z-形成術)によって大幅な改善が期待できるとされている。 (エ)放射線起因性の要件該当性a原告Eが放射線により被曝した客観的な状況原告Eは,爆心地から約1.7キロメートルの遮蔽物の全くない屋外で被爆し,閃光を浴び,全身に大火傷を負っており,直接に大量の初期放射線を浴びた。 また,被爆当日及び翌日にかけて,爆心地から1キロメートルないし1.5キロメートルの地域を倒壊した建物や死傷者の間を縫うようにして長時間歩き回ったこと,被爆当日に雨に打たれていること,被爆当日の夜も多数の重症被爆者と身を寄せ合うように過ごしたこと,焼け跡の水道管からしたたる水を何度も飲んでいること,8月10日ころまで爆心地から約1.7キロメートルの地点で過ごしたこと,10日ころには爆心地付近を通り,産業奨励館の床に腰を下ろして休憩していることなどから,この間に,倒壊した建物や被爆した死傷者らから発せられる放射線を浴び,又は放射性物質を含むほこりを吸い込んだりして大量の残留放射線に被曝している。 原告Eが,被爆直後から極度の全身倦怠感,下痢,歯茎からの出血などの典型的な急性症状を呈していることからも,原告Eが相当量の被曝をしていることは明らかである。 b原告Eのケロイドの放射線起因性原告Eのケロイドは少なくとも異議審査の段階で審査の対象疾病となっている(乙F5号証)。そして,第一に,原告Eにケロイドが瘢痕となり色素沈着して被 ある。 b原告Eのケロイドの放射線起因性原告Eのケロイドは少なくとも異議審査の段階で審査の対象疾病となっている(乙F5号証)。そして,第一に,原告Eにケロイドが瘢痕となり色素沈着して被 爆後60年経った今も残っているということは,原告Eが大量の放射線を受けた何よりの証拠である。ケロイドは放射線被曝ということの要因が加味された形で形成された瘢痕異常であるというふうに考えるのが一般であり,熱線と放射線との共同の成因で瘢痕異常,ケロイドが発生したと考えられている。原爆による熱傷後のケロイドの発生率は,2.1キロメートル以内の屋外では90パーセント内外の非常に高い発生率であり,他のケロイドとは違う,原爆による特異的なケロイドであることが明らかにされている(甲E10号証の2)。この放射線熱傷後に生ずる瘢痕ケロイドの発生要因について,前記のとおり,切除した25例のケロイドに放射能が1年半たった後にも有意に見られるものがあることを報告されており,これにより,ケロイド瘢痕には長期にわたり放射能が残っていることが明らかにされた。このことにより,放射能による長期にわたるケロイドからの内部被曝があったことが考えられる。 以上のように,原爆の放射線・熱線による一次火傷によるケロイドは,病理学的にも特徴的な所見を有し,放射線の影響,起因性は確定している。原告Eのケロイドが原爆の放射線・熱線による一次火傷によるケロイドであることは明白であるところ,その放射性起因性もまた明白である。 c原告Eの喉頭がんの放射線起因性放射線によって喉頭がんが発生することは,頚部の放射線療法で生じた喉頭がんの報告が多数存在することからも,その起因性は明らかである。 被爆者の喉頭がんについては,喉頭がんは死亡率が低いことから死亡統計に基づく調査ではデータが少なく,そのためLS 放射線療法で生じた喉頭がんの報告が多数存在することからも,その起因性は明らかである。 被爆者の喉頭がんについては,喉頭がんは死亡率が低いことから死亡統計に基づく調査ではデータが少なく,そのためLSS第12報,第13報の部位別リスク推定値の表にも喉頭がんの項目はなく,調査報告にも乏しい。しかし,LSS第12報には参考値として喉頭がんが項目に上げられており,その過剰相対リスクは0. 41と,すべての悪性腫瘍を合計した過剰相対リスクよりも高くなっている。このことは,今後数が蓄積されていけば有意差が生じてくることを強く示唆するものであり,被爆者の喉頭がんに関する放射線起因性は一般論としても認められるという べきである。 この点,原告Eは,①相当量の被曝をしていること,②原告Eの喉頭部の皮膚表面にケロイド瘢痕が存在することが確認されているところ,ケロイド内には誘導放射能が存在することが証明されており,この頚部付近のケロイド内の誘導放射能による喉頭部分への内部被曝が考えられること,③原告Eが12歳という若年で被爆していること,④原告Eのこれまでの健康状態,すなわち,常に全身倦怠感に悩まされ続けてきているほか,肝機能障害,逆流性食道炎,糖尿病,緑内障など多様な疾病に罹患しており,これらも原爆放射線の影響を受けていると考えられること,⑤特に肝機能障害については,脂肪肝,B型肝炎,C型肝炎,自己免疫疾患といった他原因がいずれも否定され,原爆放射線に起因すると診断されていることなども併せ考えれば,原告Eの喉頭がんが原爆放射線に起因することは明らかである。 (オ)要医療性の要件該当性aケロイドについて原告Eのケロイドは右上半身の広範囲に及び,特に右上肢は全体にケロイド瘢痕が今も強く残っている。右肘関節は完全進展することができず,屈曲位を ある。 (オ)要医療性の要件該当性aケロイドについて原告Eのケロイドは右上半身の広範囲に及び,特に右上肢は全体にケロイド瘢痕が今も強く残っている。右肘関節は完全進展することができず,屈曲位をとっている。右上肢をまっすぐに延ばすためには手術が必要であり,原告Eのケロイドについても要医療性が認められる。 b喉頭がんについて原告Eは,現在も喉頭がんの経過観察及び頚部の痛みに関する治療を続けている。 被爆者の多重がんの多さ,再発の危険性の高さ等にかんがみれば,将来,長期間にわたる経過観察が必要不可欠であることから,要医療性は優に認められる。 カ原告F(ア)被爆状況原告F(大正13年8月9日生)は,昭和20年8月6日,広島駅前の猿猴橋商店街にあったN金物店内で被爆した。当時,原告Fは20歳で妊娠5か月であった。 被爆場所について,原告Fの被爆者健康手帳では取得当時は爆心地から1.8キロメートルとあったが,更新している間に1.9キロメートルと変更され,現在に至っている。 原告Fは,木造2階建のN金物店の1階土間の炊事場の流しで米をといでいた時に,中庭に面していたガラス窓(爆心地の方向)から稲光りの何万倍かという閃光が入ってきて,そのまま気を失った。 原告Fが気が付いた時,N金物店は全壊(後に全焼)しており,原告Fは,隣家の3階屋上にあった庭が半分壊れて傾いて2階位の高さになっていたところに立っていた。原告Fにはこの間の記憶は全くない。 原告Fは,N金物店にいた家族3人が全壊した建物の下敷きになっていたので,素手で必死に土を掘るなどして,その救出活動をした。 原告Fは,同日午後,徒歩で広島駅の北東にあった東練兵場を通って約4キロメートル離れたa村まで避難した。その途中黒い雨が降ってきて,農道のそばの小屋へ避難するまでの間(10分位) の救出活動をした。 原告Fは,同日午後,徒歩で広島駅の北東にあった東練兵場を通って約4キロメートル離れたa村まで避難した。その途中黒い雨が降ってきて,農道のそばの小屋へ避難するまでの間(10分位)濡れた。又,避難途中の道は死傷者で一杯であった。 原告Fは,同日夕方近くにa村の知り合いの農家に着き,同日夕方から同月7日夜にかけてa村で死傷者の世話や救護活動をした。 同月8日午前10時頃,原告Fは,a村の農家を出て,五日市の知人宅に移った。 a村からは来た道を戻り,東練兵場から広島駅へ,そこからbデパートや中国新聞社前の広い電車通りを歩いてa駅まで行き,a駅から汽車に乗って五日市へ着いた。bデパートや中国新聞社前の広い電車通りは,爆心地を通る最も被害の大きかったところである。原告Fが歩いて通った時にも,いたるところに死体があり,死体の焼却作業が行われていた。又,馬や牛も死んでいたし,線路に止まっている焼けた電車からは乗客が窓から顔を出して死んでいた。 原告Fは,同日夕方に五日市の知り合いの家に着き,そこに10月半ばまで世話になった。 原告Fは,同年10月半ばに母の実家のある山口県のaへ移り,昭和21年1月8 日に長女を出産した。 同年11月に夫が復員してきたので同年12月に東京へ移転した。 (イ)急性症状等原告Fは,被爆時に背中一面に怪我をして血だらけになっていた。多分,窓ガラスの小さな破片がささったものと思われる。背中の傷はその後5,6年チクチクと痛んだ。 原告Fは,昭和20年8月6日夜激しい腹痛に襲われた。流産が心配されたが持ちこたえた。 原告Fは,同月10日ころから,①血が止まりにくい(指先を包丁でちょっと切っただけなのに3時間位止まらない),②頭の毛が3回位異常にたくさん束になって脱けたということがあり,また,③下痢や発熱, 告Fは,同月10日ころから,①血が止まりにくい(指先を包丁でちょっと切っただけなのに3時間位止まらない),②頭の毛が3回位異常にたくさん束になって脱けたということがあり,また,③下痢や発熱,吐き気もあったと思うが,気にしている余裕もなかった。 原告Fは,同年10月半ばころ,aに着いてから,吐き気があり,口がくさいと言われた。吐き気はその後も長くつづいた。 (ウ)その後の症状の経過等原告Fは,昭和25年頃,10日間位激しい下痢が続いて入院させられた(赤痢と疑われたがそうではなかった)。また,25歳ないし26歳から,しょっちゅう吐き気があり,27歳ころ(昭和28年ころ)から,特に体がだるく,手が抜けそうにだるく,吐き気もあって,しんどくてたまらなかった。吐き気はその後も続いた。頭痛もひどかったが,病院には行っていない。頭痛はその後もひどかった。 原告Fは,37歳の時(昭和38年),被爆者健康手帳を取得した。このころ,背中が凝って石が載っているみたい,手が脱けそうにだるい,しんどくて横になりたい,という状態であり,とても我慢ができずに横になると,夫から「怠けている」と叱られた。病院には行っていない。 原告Fは,43歳の時(昭和43年)に京都へ引っ越した。体のだるさやしんどいのは続いており,このころから貧血でよく倒れたり吐いたりすることがあった。 原告Fは,46歳のころ(昭和47年頃),ひどい貧血で倒れて,初めてZ診療所で診察と検査を受けた。甲a医師から輸血をしなければ危ないといわれたが,夫に輸血を反対され,通院してマスチゲン(増血剤)の注射を20日間位毎日打ち続けた。その後も家でよく倒れて寝ていた。貧血の症状は現在もあり,今も薬を飲んでいる。 原告Fは,55歳のころ(昭和56年ころ)から,変形性膝関節症,変形性脊椎症になり,Z診 射を20日間位毎日打ち続けた。その後も家でよく倒れて寝ていた。貧血の症状は現在もあり,今も薬を飲んでいる。 原告Fは,55歳のころ(昭和56年ころ)から,変形性膝関節症,変形性脊椎症になり,Z診療所で治療を受けている。 原告Fは,平成8年5月,Z診療所の甲b医師に甲状腺機能低下症(橋本病)と診断され,通院して治療を受けた。数年前から,のどが腫れてきて言葉が言いにくく,食べ物が飲み込みにくくなっていた。症状としては,首が太くなって腫れる,のどにつっかかる,飲み込みにくくて苦しくなる,食事が胸につっかかる,水分をそばに持っていないと声がかすれて話ができなくなる,などがあった。 他に,腕が抜けるようにだるくなる,切り落としたい位になるという症状も続いている。 原告Fは,平成11年3月頃から喘息になり,Z診療所に通院して点滴などの治療をした。現在も人工呼吸器を手放せない。 (エ)現在の症状原告Fは,現在,貧血,変形性膝関節症,変形性脊椎症,甲状腺機能低下症(橋本病)及び喘息の治療を受けている。 貧血については,現在も倒れることがあり,服薬している。 変形性膝関節症,変形性脊椎症では歩行困難を生じており,貼り薬やリハビリ治療を受けている。 甲状腺機能低下症(橋本病)では,服薬をやめると症状が悪化するので服薬を続けている。 喘息は,点滴によって軽快したが,現在も服薬と人工呼吸器の使用を続けている。 (オ)放射線起因性の要件該当性 a放射線の被曝の程度(a)直接被曝原告Fは,爆心地から1.8キロメートル(現在の被爆者健康手帳では1.9キロメートル)の建物内で直接被爆した。原告Fがいた炊事場は中庭に面してガラス窓があり,そこから(爆心地の方向から)直接強い閃光が入ってきた。また,原告F自身は,その直後に意識を失ったが,爆風に飛ばされ,割れ ル)の建物内で直接被爆した。原告Fがいた炊事場は中庭に面してガラス窓があり,そこから(爆心地の方向から)直接強い閃光が入ってきた。また,原告F自身は,その直後に意識を失ったが,爆風に飛ばされ,割れたガラス片が突き刺さったものか,背中一面に怪我をして出血していた。したがって,原告Fは,原爆の強い放射線を身体に直接浴びているし,背中に傷があったので,より放射線の影響を受けやすかった。 (b)被爆地点における親族の救出作業による被曝爆心地から1.8キロメートルの地域は建物全壊地域である(1.9キロメートルでも同じ)。原告Fは,全壊した建物の下から同居していた親族を救出するために,被爆の直後から長時間にわたって素手で土を掘ったり,倒壊した建物材を除去したりした。この時,残留放射線に被曝し,又被曝した倒壊建物の土砂やほこりを大量に吸い込んだことにより内部被曝した。 (c)a村への避難途中の被曝原告Fは,昭和20年8月6日午後,被爆地点からa村へ歩いて避難した。避難経路は死傷者と倒壊建物であふれており,原告Fは,残留放射線による被曝とともに,土ほこりやすす,被曝した死傷者や倒壊建物から発せられる誘導放射線を浴びたり吸引したり,壊れた水道栓からの汚染された水を飲んだりして内部被曝した。また,避難途中に放射性降下物を含んだ黒い雨が降ってきて身体(特に背中は傷を負っていた)にこの雨を受けたことによって被曝した。 (d)a村での救援活動による被曝原告Fは,昭和20年8月6日夕方a村にたどり着き,同月7日夜までa村で被爆者の救援活動に従事した。原告Fは,この際被曝した死傷者の体や衣服から発せられる誘導放射線を浴びたり,吸引したり,汚染された水や食物をとったりして内部 被曝した。 (e)a村から五日市への移動による被曝原告Fは,昭和20年8月 際被曝した死傷者の体や衣服から発せられる誘導放射線を浴びたり,吸引したり,汚染された水や食物をとったりして内部 被曝した。 (e)a村から五日市への移動による被曝原告Fは,昭和20年8月8日朝,a村から広島駅に戻り,爆心地を通ってa駅まで徒歩で移動し,a駅から列車に乗って五日市へ避難した。 a村から広島駅までの道も死傷者と倒壊建物の中を歩いたが,特に爆心地を通る広島駅周辺からa駅までは焼野原であり,死体で一杯であった。また,死体を焼く煙とにおいが充満していた。 原告Fは,最も放射線汚染のひどかった爆心地周辺を徒歩で移動したことにより残留放射線に被曝し,かつ,被曝した大量の死体や倒壊又は焼失した建物等から発せられる誘導放射線と死体を焼く煙や土ぼこり,ススなどを浴びたり吸引したことにより内部被曝した。 (f)五日市での被曝原告Fは,昭和20年10月半ばまで五日市で避難生活をした。その間,広島市内やその周辺で被曝した死体を焼く煙とにおい,土ぼこりやススなどが風に乗って五日市まで毎日のように流れてきていた。原告Fは,これらを五日市在住中2か月以上にわたって吸引し,内部被曝した。 b原告Fの疾病と放射線起因性原告Fは,被爆した時に背中に怪我をした外に,昭和20年8月6日夜には激しい腹痛に襲われた。また,同月10日ころから出血傾向や脱毛などの症状があったが,これらが放射線の被曝による急性症状であることは,既に公知の事実である。 なお,原告Fは,下痢や発熱,吐き気などもあったと思うが,気にしている余裕はなかったとするが,記憶していないから症状がなかったと断定するのは誤りである。原告Fの場合,同月6日夜に激しい腹痛に襲われており,妊娠中の胎児が下りて(流産して)しまわないよう,周りの人たちが祈ってくれた,というのだから,下痢のあったことは かったと断定するのは誤りである。原告Fの場合,同月6日夜に激しい腹痛に襲われており,妊娠中の胎児が下りて(流産して)しまわないよう,周りの人たちが祈ってくれた,というのだから,下痢のあったことは間違いない。 また,原告Fは,昭和20年10月ころから,体がだるく疲れやすい状態が続く ようになった。その後,昭和28年ころから特に体がだるく手が抜けそうにだるい,吐き気もあってしんどくてたまらない,激しい頭痛がする,などという状態になり,この症状はその後もずっと続いた。これは,被爆者の多くに見られる症状であり,後に「原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)」といわれている。 原告Fは,被爆時20歳で妊娠5か月であり,昭和21年1月8日に長女を出産した。この長女にも胎内被曝の影響と思われる白血球減少や易疲労性があり,45歳の時に子宮ガンの全摘出手術をしている。 原告Fは,昭和43年ころから貧血の症状が起こり,昭和47年ころに増悪して初めて治療した。貧血は,放射線の起因性が認められている疾病であり,多くの被爆者に症状が現れている。原告Fの貧血も放射線に起因するものである。 原告Fは,平成8年5月に,本件申請疾病である甲状腺機能低下症(橋本病)と診断された。甲状腺機能低下症(橋本病)については,放射線被曝と発症との有意な関連性が証明されている。 原告Fの場合,既述のとおり,直接被曝のみならず,残留放射線による被曝,内部被曝,黒い雨による被曝などによって放射線の影響を受け,急性症状を発症していたこと,その後も被爆者に共通する「原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)」で苦しんできたことなどからみて,原爆放射線に被曝したことが本件申請疾病の発症原因であることは間違いない。 原告Fは,被爆前には健康そのものであった。原告Fの実家は裕福であったから,原告Fは栄養状態も良 しんできたことなどからみて,原爆放射線に被曝したことが本件申請疾病の発症原因であることは間違いない。 原告Fは,被爆前には健康そのものであった。原告Fの実家は裕福であったから,原告Fは栄養状態も良く,女学校時代は卓球の選手でもあった。結婚,妊娠後も,健康状態には何ら問題がなかった。 また,身内に甲状腺に関する罹病者はなく,被爆以外に発症原因となる要素は全くない。 原告Fの本件申請疾病は,原爆放射線の起因性の要件を充たしている。 なお,原告Fとほぼ同様の被爆状況で同じ甲状腺機能低下症(橋本病)を発症した甲cは,問題なく認定されている。甲cの被爆状況は,爆心地から1.8キロメー トルの木造家屋内の台所で被曝し,手足,腕にガラスの破片が突きささった,家がつぶれて下敷きになった家族を助け出して歩いて10キロメートルの母の実家へ避難した,途中で黒い雨に濡れた,昭和20年8月9日と同月11日に入市した,というものであるし,易疲労感など原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)の症状や貧血でも苦しんでおり,原告Fと非常によく似た状況である。原告Fは甲cよりも2齢若く,放射線感受性はより大きかった。甲cが認定されているにもかかわらず,原告Fがなぜ認定されないのか,理解することができないところである。 (カ)要医療性の要件該当性原告Fは,現在も本件申請疾病について,通院による治療を継続中である。治療内容は主に服薬であるが,薬を飲まないとのどが腫れて,食物が飲みにくくなるなど甲状腺機能低下の症状が出るため,服薬をやめることはできない。 よって,原告Fには本件申請疾病について要医療性がある。 キ原告G(ア)被爆状況原告G(大正14年4月5日生)は,昭和20年1月10日,広島市a町の広島第一陸軍病院に陸軍衛生二等兵として勤務についた。 同年8月6日,広島市内に いて要医療性がある。 キ原告G(ア)被爆状況原告G(大正14年4月5日生)は,昭和20年1月10日,広島市a町の広島第一陸軍病院に陸軍衛生二等兵として勤務についた。 同年8月6日,広島市内に原子爆弾が投下された時,原告Gは,患者護送のため派兵されていた長野県松本市から広島に帰る途中であり,汽車の中にいた。汽車は広島駅まで進めず,それより数駅手前の海田市駅で降りることとなった。原告Gは,夕方ころ,広島駅に到着し,そこで,それまで行動を共にした下士官と赤十字病院の看護婦5人と別れ,その後は一人で市電沿いを歩いて第一陸軍病院に向かった。 そして,その日は護国神社付近で野営をした。 なお,第一陸軍病院は,広島市a町(西練兵場の西北側)にあり,爆心地から約500メートルの距離であった。当時の市電及び護国神社の位置からして,原告Gは,爆心地付近を通って第一陸軍病院に向かい,爆心地に極めて近いところで一夜を明かしていることから,相当な残留放射線を浴びている。 原告Gは,翌日から約1週間程度,被爆者の救出,手当に従事した。それは,猛暑の中での過酷な作業であった。原告Gは,日中は上半身裸で,夜はほとんど眠らないまま,死にものぐるいで働いた。死体処理作業を行っているときも,手拭いで手を拭くだけでそのまま握り飯を食べるような状態であった。 原告Gは,救助作業中,荷車に追突され背中を負傷し出血した。出血がひどく,痛みも我慢することができないために,山口県内のa陸軍病院に入院して治療を受け,そのまま終戦を迎えた。 (イ)急性症状等原告Gは,救援作業中,歯茎からうっすらと血がにじむような出血があった。それまで,歯茎からの出血は経験がなかった。 原告Gは,a陸軍病院に入院したころから,継続的に身体のだるさを自覚するようになった。だるさは,手を膝の上に置い らうっすらと血がにじむような出血があった。それまで,歯茎からの出血は経験がなかった。 原告Gは,a陸軍病院に入院したころから,継続的に身体のだるさを自覚するようになった。だるさは,手を膝の上に置いておくのもしんどくなり,ボロンと垂れ下がってしまうような経験したことのないだるさであった。背中の傷もなかなか治らなかった。 a陸軍病院から広島に戻った原告Gは,その後も身体のだるさに悩まされた。また,背中の傷の治りが悪く,痛みも増すようになった。 昭和20年10月ころ復員した原告Gは,背中の痛みや身体の不調から府中町立病院に入院し,背中の手術を受けた。このとき,白血球が減少していると医師に言われ,また,身体中の各部のリンパ腺が大きく腫れる症状も出ていたので,入院は長期に及んだ。昭和22年ころには右首筋にゴルフボール大に腫れ上がったリンパ節の切除のために手術を受けたこともあった。 同病院に入院したころから,原告Gの頭髪は,徐々に抜け始め,昭和21年春ころには全部抜けてしまった。脱毛は,一度にばさっと抜けるような感じであった。 体調がいいときに退院することはあったものの,約2年間にわたり,原告Gは,上記のような体調不良から,入退院を繰り返すこととなった。 以降も,原告Gは,脱力感,めまい,疲労感,食欲不振が続き,長年にわたる病 院通いを余儀なくされた。具体的な症状としては,肝機能障害,高血圧,骨粗鬆症があり,また,白血球の減少も慢性化していた。 (ウ)その後の症状の経過等原告Gは,体調がいいときに大阪府内で歯科医院を開業している弟の仕事を手伝うことはあったが,それ以外はほとんど定職に就くことなく,現在に至っている。 なお,昭和27年に現在の妻と結婚し,一子を授かっているが,華道教室を営む妻の収入により長年生計を立てていた。 原告Gは,平成9年,岐 ったが,それ以外はほとんど定職に就くことなく,現在に至っている。 なお,昭和27年に現在の妻と結婚し,一子を授かっているが,華道教室を営む妻の収入により長年生計を立てていた。 原告Gは,平成9年,岐阜県内の娘宅を訪れているときに脳梗塞を発症し,救急車で病院に運ばれた。そのときの後遺症で左半身に麻痺が残った。また,翌年の平成10年11月23日には,強度のめまい,吐き気のため,救急車で摂南総合病院に運ばれ,同年12月4日まで入院した。そして,椎骨・脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧と診断された。このめまいは,立っていることができず,吐き気を催すようなひどいものであった。 (エ)現在の症状原告Gは,本件認定申請後の平成16年6月には膀胱がんと前立腺がんを患い,2週間ほど関西医大病院に入院し,退院後,脳梗塞と脳内出血で再入院し,その後遺症で右半身に麻痺が残り,言語障害も残った。 (オ)放射線起因性の要件該当性a放射線の被曝状況原告Gは,原爆投下の当日の夕方ころ広島市に入市し,そのまま爆心地付近まで移動し,その日は爆心地に極めて近い護国神社付近で野宿をしており,相当量の残留放射線を浴びたこと,翌日から同月14日まで爆心地付近を中心に死体の処理作業や生存者の救出作業に当たって,更に残留放射線を浴びたり,作業中に土砂やほこりを大量に吸い込んだことによって内部被曝したこと,また,この作業中,手拭いで手を拭う程度で握り飯などの食事を摂っており,放射性物質を体内に取り込んで内部被曝したこと,さらに,死体の処理作業をしている同月14日に荷車に衝突 され,出血するという大けがを負っているが,出血にしばらく気がつかないまま作業を続けており,傷口から放射性物質を体内に取り込んで内部被曝したこと等の事実に照らせば,原爆放射線の身 荷車に衝突 され,出血するという大けがを負っているが,出血にしばらく気がつかないまま作業を続けており,傷口から放射性物質を体内に取り込んで内部被曝したこと等の事実に照らせば,原爆放射線の身体への影響が推定できることは明らかである。 b原告Gの疾病と放射線起因性(a)原告Gは,それまで経験したことのない歯茎からの出血や,脱毛,全身倦怠感という症状を認めたが,これらが放射線の被曝による急性症状であることは公知の事実である。 (b)原告Gの申請疾病名である椎骨脳底動脈循環不全という病名は,脳の血管で脳幹部や平衡神経などに栄養を送っている椎骨動脈や脳底動脈の血管循環が一時的に悪くなり,そのためにめまいが起こる症状をいうが,神経学的にはっきり診断基準のない病態を表した病名で,原因不明のめまいが続くときに便宜上付けられることの多い病名である。そして,原告Gは,これまで多数の病気にかかっているが,生活での一番の支障を来した健康障害は例えようのない倦怠感であり,そのために人と同じような定職に就けず苦労してきた。この体力がない,持続力がないという言葉では言い表しようがない体全体の倦怠感,脱力感は原爆ぶらぶら病の症状そのものである。その状態を押し切って頑張った無理,極限の延長状態に来るのが,原告Gが訴えているめまいであり,それにより椎骨脳底動脈循環不全と診断されたものである。このめまいは,通常人が一般に感じるものとは異なり,定職に就くこともできないほどひどいものであり,放射線に起因するとしか考えられない。 したがって,原告Gの椎骨脳底動脈循環不全が放射線に起因することは明らかである。 (c)原告Gが罹患している脳梗塞後遺症については,LSS第13報では,がん以外の死亡率も有意に増加していることが認められており,特に,循環器系の疾患の増加が指 線に起因することは明らかである。 (c)原告Gが罹患している脳梗塞後遺症については,LSS第13報では,がん以外の死亡率も有意に増加していることが認められており,特に,循環器系の疾患の増加が指摘され,近距離被爆者において有意な死亡が確認されていることから,放射線の影響が考えられる。 (d)原告Gが罹患している高血圧症については,AHS第8報では,有意な関 係があるとされており,放射線起因性が認められる。 (e)原告Gが罹患している白内障は,晩発性の白内障の存在が認められており,放射線起因性が認められる。 (f)原告Gが罹患している白血球減少症は,急性期には白血球の減少が認められているが,10年後の調査では減少がないとされている。しかし,低線量被爆者に負の線量関係を認めた報告があり,小西訴訟においても,同病名による放射線起因性が認められている。したがって,原告Gの白血球減少症についても,放射線起因性は認められる。 (g)さらに,原告Gは,本件認定申請,異議申立ての後,平成16年9月に膀胱がん,前立腺がんの多重がんに罹患している。これらの疾病は,本件G却下処分後に発症したものであって,審査の対象そのものにはなっていないが,被爆者に多重がんが多いことがその特徴とされており,原告Gが放射線の影響を受けていること,そして上記疾病も原爆による放射線の影響であるものを強く推認させる。被告らは,がんの治療の進歩に伴って寿命が延長していき,加齢によってがんに罹患するリスクは高まっていくから多重がんの発生率が高まるのは当然であると主張するが,非被爆者のがん死亡数よりも被爆者の方が一定の数で多いことが知られている。 なお,膀胱がん,前立腺がんは,LSSの統計上は有意の差があるとは認められていないが,膀胱がんについては,病気そのものが少ないために 者のがん死亡数よりも被爆者の方が一定の数で多いことが知られている。 なお,膀胱がん,前立腺がんは,LSSの統計上は有意の差があるとは認められていないが,膀胱がんについては,病気そのものが少ないためにデータ的に限界があるにすぎず,LSS第13報でも,事例が少ないためにあくまでも参考としながら,1950年(昭和25年)から1997年(平成9年)の膀胱がん死亡調査により,膀胱がんのリスクについて1シーベルトあたりの過剰相対リスクERRが1. 1と2倍以上になることを報告している。 また,前立腺がんについては,高齢に発症しやすい,病気の期間が長いことなどから,今後放射線起因性が明らかにされていく疾病である。現段階でも,1988年(昭和63年)4月から1997年(平成9年)1月までの約10年間に広島赤十字原爆病院で行われた前立腺がんの病理組織の検討結果からは,遠距離・入市被 曝群の比較的,相対的に低い線量のところで有意に高い結果が出ており,かつ,被爆者の場合には非被爆者よりも高齢になって発症するという特徴がある(甲H5号証の4)。 このように,原告Gが同じ時期に前立腺がん及び膀胱がんという多重がんに罹患していることは,原告Gが放射線によって影響を受けていることを強くうかがわせる。したがって,原告Gの上記疾病の放射線起因性は認められる。 (カ)要医療性の要件該当性原告Gは,現在もめまい,ふらつきが続き,2か月に1度程度,脳梗塞の後遺症やめまいなどの治療のために関西医科大学付属病院に通院し,近隣の甲d内科にも定期的に通院し,継続的に治療を受けている。また,白内障の治療のために,摂南病院に通っている。 よって,要医療性があるのは明らかである。 ク原告H(ア)被爆状況原告H(大正14年2月11日生)は,昭和20年8月6日,陸軍船舶練習部教導連 ,白内障の治療のために,摂南病院に通っている。 よって,要医療性があるのは明らかである。 ク原告H(ア)被爆状況原告H(大正14年2月11日生)は,昭和20年8月6日,陸軍船舶練習部教導連隊四中隊に属していたが,分遣隊としてa国民学校にいた。原爆投下時は同所で原爆閃光を見ている。また,同日午後8時頃,a駅に出動して,広島から送られてきた負傷者を病院に運んだ。 原告Hは,翌同月7日の朝,aから汽車で広島駅に向かい,午前10時頃,広島駅東側で列車から降ろされた。そして広島駅前を経由し,路面電車に沿ってa町(爆心地より約300メートル)の交差点を通り,aの船舶練習部(爆心地より約4キロメートル)まで約2時間をかけて行進し,aで昼食をとった後の午後3時過ぎにaを出発し,朝行進したコースを逆に行進し,a町の交差点に到着した。その後,a(爆心地より約700メートル)の交差点付近で就寝し,翌同月8日より10日まで,a交差点からa町交差点の間の地域で遺体の焼却作業を行い,夜もa交差点付近で泊まった。同月11日にはa南側(ほぼ爆心地)辺りで川に浮かぶ遺体の回収,焼却作業を 行い,同日夜もまたa交差点付近で宿泊,翌同月12日朝にaに戻った。同月13日にはaの船舶練習部内の遺体の焼却作業をして,同月14日に海路aに戻った。 aに戻ったころより,原告Hを含むほとんどの部隊員が激しい下痢を起こした。下痢は9月中旬くらいまで続き,部隊員のうち少なくとも1人は脱毛を起こした末死亡した。全員が倦怠感を持続した。 (イ)急性症状等原告Hは被爆するまで全く病気はなく健康であったが,aに戻った直後の昭和20年8月14日ころから強度の下痢となり,これは10日間から2週間続いた。また,体がだるく何もできない状態であった。 激しい下痢は現在に至るまで断続的に発生する 健康であったが,aに戻った直後の昭和20年8月14日ころから強度の下痢となり,これは10日間から2週間続いた。また,体がだるく何もできない状態であった。 激しい下痢は現在に至るまで断続的に発生する。また疲れやすく体調がすぐ悪くなる状態も続いている。 (ウ)その後の症状の経過等原告Hの症状の経過は,(イ)記載の断続的な下痢,慢性的な疲労感のほか,以下のとおりである。 a昭和30年ころ,風邪をこじらせて急性肺炎から肋膜炎となり,1年2か月入院し,退院後も1年ほど自宅療養をした。また,このころ貧血であるとの診断がされ,貧血の薬も以後飲むようになった。 b昭和32年ころ,健康診断で白血球減少症と診断された。 c昭和55年ころ,肝臓が少し悪いと診断された。 d昭和57年,糖尿病e昭和59年,右大腿閉塞性動脈硬化症f平成元年,上記部位バイパス手術g平成2年,閉塞性動脈硬化症・狭心症h平成4年,右大腿動脈血栓除去術i平成6年,腰部脊椎管狭窄j平成7年,腰部椎弓切除術 k平成8年,貧血l平成9年,大腿動脈狭窄症,右大腿-膝窩動脈バイパス手術m平成10年,血管拡大術,血栓除去術。その後たびたび人工血管に閉塞を起こし入退院を繰り返す。 (エ)現在の症状原告Hは現在も貧血の投薬治療を続けている。また人工血管の閉塞は定期的に発症しているため,経過観察中であり,近い将来に手術をする可能性も高い。 (オ)放射線起因性の要件該当性a放射線の被曝状況原告Hは,原爆投下翌日の昭和20年8月7日から同月12日朝まで,爆心地及びその周辺500メートル以内のところで遺体の焼却作業をし,爆心地500メートル付近で宿泊した。 原告Hの遺体焼却作業は,素手で瓦礫の中から遺体を取り出し,これを一か所に運んだ上で,灯油をかけて焼くもので 周辺500メートル以内のところで遺体の焼却作業をし,爆心地500メートル付近で宿泊した。 原告Hの遺体焼却作業は,素手で瓦礫の中から遺体を取り出し,これを一か所に運んだ上で,灯油をかけて焼くものであって,遺体に付着したほこりが原告Hの手等に付き,食事の時に素手で手にした握り飯を経由して口の中に入ったこと,作業中舞い上がるほこりを口及び鼻から吸い込んだことは明らかで,多量の残留放射線,二次放射線及び放射性降下物による内部被曝を大量に受けたと考えられる。 原告Hは,同月14日ころから激しい下痢に苦しみ,それが同年9月中旬まで続いた。また,倦怠感も長く続いている。このような症状は,原告Hと行動を共にした同じ分遣隊員のほとんどの者が経験しており,放射線被曝の急性症状であると認められる。被告らは集団食中毒の可能性があるかのように主張するが,下痢等の症状が集団的に生じたのは原告Hが所属していた分遣隊のみではない。原告Hと同じように原爆投下後入市して,同月12日ないし同月13日まで救護活動を行った部隊では,同月8日ころから「下痢患者多数続出する」と記載されている(乙A21号証45頁以下)。原告Hの所属した分遣隊以外においても同じように入市後多数の下痢患者が発生したことからは,入市で放射線曝露したことによる急性症状と考 えるより他に合理的説明がつかない。内部被曝により原告Hが下痢,倦怠感等の急性症状を発症したことは明らかである。 そして,被爆後原告Hは日常的に体がだるく不定愁訴となり,様々な病気を経験してきた。被爆前は健康であった原告Hが,被爆後極端に体力が落ち,病気を繰り返す原因は,被爆の他に考えられない。原爆特有の「慢性原子爆弾症」としか言えないような症状であり,原告Hが罹患した疾病はすべて直接,間接に放射線の影響を受けている。 b貧血の放 が落ち,病気を繰り返す原因は,被爆の他に考えられない。原爆特有の「慢性原子爆弾症」としか言えないような症状であり,原告Hが罹患した疾病はすべて直接,間接に放射線の影響を受けている。 b貧血の放射線起因性原告Hは,被爆後より繰り返す原因不明の貧血に苦しんでおり,被爆により造血機能に異常が起きているものと考えられる。 被爆者に生じた貧血症は急性期だけでなく慢性的に認められるものである(「慢性原子爆弾症について」437頁(甲A119号証))。 放射線によって生じる貧血は,骨髄の障害で発生すると一般的に考えられている。 骨髄に障害が発生した場合には赤血球のみならず白血球や血小板,リンパ球などすべての血球成分に異常が生じる。しかし,これらの各成分の感受性や回復の期間はそれぞれ異なり,赤血球だけが減ったり,白血球だけが減ったり(あるいは増えたり),それぞれが減って白血球だけが回復したりすることはあり得るのである。 原告Hには赤血球減少が長期間続いているが,放射線による骨髄の障害を原因として,原告Hの放射線感受性により,このような症状が現れていると考えられるのである。他方,放射線被曝以外に原告Hの長期にわたる貧血の原因は存在しない。 よって,原告Hの貧血の放射線起因性は認められる。 c動脈硬化症疾患の放射線起因性原告Hは,平成14年9月25日付けで原爆症の認定申請をしているが,認定申請の際に添付された医師意見書(乙I4号証)では既往症として動脈硬化性血管閉塞症が記載されており,これが本件H却下処分の取消訴訟の審理対象の疾病に当たることは明らかである。 原告Hは糖尿病に罹患しており,動脈硬化性疾患は糖尿病の合併症とも考えられる。しかし,放射線被曝が更にその悪化の要因となったと考えられ,放射線起因性は認められる。当該疾患が原爆放射線被曝以外の原因 原告Hは糖尿病に罹患しており,動脈硬化性疾患は糖尿病の合併症とも考えられる。しかし,放射線被曝が更にその悪化の要因となったと考えられ,放射線起因性は認められる。当該疾患が原爆放射線被曝以外の原因によるものと考えられる場合にも,その発症,進行につき原爆放射線が影響を及ぼしたと認められる場合は,放射線起因性を認定すべきである(東訴訟控訴審判決)。 動脈硬化性疾患の一つである心筋梗塞については,放射線被曝により発症率が増加することは放影研の研究からも明らかとなっている。また,放射線と血管病変の関係は動物実験,乳がん等の放射線療法で虚血性心疾患を呈した症例が数多く報告されており,放射線が血管病変を来すことは認められている。 この点,被告らは放射線治療において血管病変が認められる放射線量は50グレイ程度であり,多量であると主張する。しかし,放射線治療による放射線被曝は外部被曝である。原告Hの被曝は内部被曝であり,内部被曝は放射性物質が特定の部位に組織沈着し,その局所に集中的にアルファ線やベータ線による被曝を生じさせるものであって,外部被曝と同列に被曝線量を論じることはできない。放射線治療や,外部から放射線を当てる動物実験により血管病変が生じるという結果は,放射線被曝により血管病変が生じることを表すものであるが,その放射線量を内部被曝にもそのまま当てはめることはできない。 そもそも,放射線治療は,がん組織にのみ放射線を集中的に当てて,がん組織のみを死滅させようとする治療であり,がん組織周辺の健康な組織の破壊を防ぐために,放射線ががん組織以外にはできるだけ当たらないように配慮して行うものである。したがって,放射線治療における放射線量は,がん組織に当てられる放射線量である。50グレイの線量での放射線治療であっても,それはがん組織が受ける放射線量であっ たらないように配慮して行うものである。したがって,放射線治療における放射線量は,がん組織に当てられる放射線量である。50グレイの線量での放射線治療であっても,それはがん組織が受ける放射線量であって,血管が影響を受ける線量はこれより格段に弱いものである。それでもがん組織周辺の血管に病変が生ずる報告があるということは,わずかな放射線により血管病変が生ずることを示すものといえる。したがって,50グレイの放射線量で放射線治療をした場合に血管病変が出たという報告は,放射線により血管病 変が発症することを示すものであるが,どの程度の放射線量で血管病変が起こるかを示すものではない。 また,原告Hの受けた放射線量は相当な量であった。原告Hは,原爆投下翌日から5日間も爆心地近くで死体処理作業をしており,残留放射線により多量の放射線曝露をしているである。 さらに,放射線治療による血管病変は,がん治療後のごく短期間について調査したものであって,20年,30年という期間を調べたものなど存在せず,原爆による放射線被害にそのまま当てはめることはできない。 以上より,原告Hの動脈硬化性疾患は原爆放射線に起因すると考えられる。 (カ)要医療性の要件該当性原告Hは,現在,貧血,糖尿病の状態であり,投薬治療を続けている。また,大腿動脈閉塞により人工血管を着けているが,この人工血管は度々閉塞を起こし,現在も入退院を繰り返している。今後何時人工血管の閉塞が起こるかわからず,経過観察が必要である。よって,貧血,動脈硬化性疾患双方ともに要医療性は存在する。 ケ原告I(ア)被爆状況原告I(昭和2年10月2日生)は,被爆当時17歳であり,奄美大島から挺身隊として長崎に出て,三菱兵器大橋工場に配属されていた。 原告Iは,昭和20年8月9日午前11時2分,夜勤明けで長崎市a( 状況原告I(昭和2年10月2日生)は,被爆当時17歳であり,奄美大島から挺身隊として長崎に出て,三菱兵器大橋工場に配属されていた。 原告Iは,昭和20年8月9日午前11時2分,夜勤明けで長崎市a(現在のa町)にある三菱兵器住吉女子寮の2階の1室で熟睡していたところ,被爆した。被爆地点は,爆心地から約2キロメートル強の位置に当たることは地図上からも客観的に明らかである。 被爆の瞬間,木造の住吉女子寮は一瞬にして倒壊し,原告Iは建物の下敷きとなった。奇跡的に外へ這いだしたが,右手の甲には2センチメートル以上もの大きなガラス片が突き刺さり,顎,左膝内側,右手首など全身に無数のガラス片が突き刺さり,切り傷だらけで血まみれの状態であった。 原告Iは,三菱兵器トンネル工場まで歩いて避難した。トンネル工場はひどい火傷や怪我を負った重傷者であふれかえっていた。夕方になって寮まで歩いて戻ったが,寮は完全に焼け跡となっており,体中焼けただれた寮生たちが周りに大勢横たわっていた。原告Iは,焼け出された大勢の被爆者とともに寮から西方向へと歩き,そこから汽車に乗って諫早方面に向かった。汽車の内部もすし詰めであり,ひどい怪我や火傷を負った被爆者であふれかえっていた。大分汽車に揺られた後,指示された駅で下車し,そこからトラックの荷台にすし詰めに乗せられて,山の上にある寺へと運ばれた。寺の内部も,重症の被爆者であふれかえっていた。 数日後,ようやく軍医が原告Iの体に刺さったガラス片を取り出し,手当を受けたが,ガラス片が突き刺さった傷口や傷跡からは多量の膿が出て容易に止まらず,傷口もなかなかふさがらなかった。 原告Iは,その寺で終戦まで過ごした。終戦後,いったん市内へと戻り,a駅でようやく友人に会い,血まみれの服を着替えることができた。 その後,原告Iは,長崎を出 らず,傷口もなかなかふさがらなかった。 原告Iは,その寺で終戦まで過ごした。終戦後,いったん市内へと戻り,a駅でようやく友人に会い,血まみれの服を着替えることができた。 その後,原告Iは,長崎を出て,徒歩又は汽車で鹿児島まで行き,船に乗って故郷の奄美大島へとようやく帰り着いた。 (イ)急性症状等原告Iは,被爆の数日後に体に突き刺さったガラス片を取り出すなどの手当を受けたが,その後も傷口は容易にふさがらず,多量の膿が出て止まらない状態が続いた。また,寺に避難している間,下痢症状が何日も続いた。歯茎からの出血も何か月か続いた。そして,被爆前には全く感じたことのなかった倦怠感を覚えるようになった。 (ウ)その後の症状の経過等原告Iは,被爆前は風邪一つ引いたことのない健康体であったが,被爆後は体力が著しく低下し,ふらつきや何とも言えないだるさ,全身倦怠感を覚えるようになり,それがずっと継続した。原因不明の体調不良に苦しめられ続け,病院にかかることが頻繁になった。 原告Iのこのような症状は,いわゆる原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)であると診断される。 また,原告Iは,被爆後,体をどこかにぶつけるとすぐ皮下出血して紫斑が出るようになり,貧血気味にもなった。胃の調子も悪くなり,胃もたれや胃炎を繰り返すようになった。 原告Iは,昭和35年ないし36年ころに両眼の翼状片を患い,手術を受けた。 その後,白内障も患い,右眼は手術を受け,左眼も手術の必要があると言われている状況にある。 さらに,原告Iは,昭和43年ころ以降は,風邪をこじらせては肺炎を起こすようになり,喘息の発作も起こすようになった。これらも放射線の影響による免疫機能の低下によるものと判断される。 原告Iは,10年ほど前からは,毎年少なくとも1回は喘息の発作のために入院を余儀なくされ うになり,喘息の発作も起こすようになった。これらも放射線の影響による免疫機能の低下によるものと判断される。 原告Iは,10年ほど前からは,毎年少なくとも1回は喘息の発作のために入院を余儀なくされている。 原告Iは,骨も弱く,昭和30年代から歯がどんどんすり減り,40代前半で入れ歯となった。平成17年2月上旬ころには,背中のひどい痛みに苦しめられ,ひどい骨粗鬆症であるとの診断を受けた。強い痛み止めを服用すると喘息発作が出るため,薬も服用できず,痛みのために夜も眠れないような状態となった。 原告Iは,平成10年秋,肺がん(腺がん)の診断を受け,平成11年2月,摘出手術を受けた。さらに,平成14年5月ころ,脳に転移している(転移性脳腫瘍)との診断を受け,ガンマナイフ放射線治療を受けた。現在も定期的に検査を受け,厳重な経過観察を行っている。 (エ)現在の症状原告Iは,肺がんの手術後は,従前にもまして体力が低下し,家の中で少し歩いただけでも息切れするような状況にある。 また,しばしば重篤な喘息の発作を起こしては,入院を余儀なくされている。平成17年5月にも重篤な発作を起こし,不整脈も出て,1か月近く入院した。 原告Iは,現在も全身がだるく,少し体を動かすのも大変な状況にあり,自らの体調の悪化を感じ,がんの再発に脅えながら日々を過ごしている。 (オ)放射線起因性の要件該当性a放射線の被曝状況原告Iは,爆心地から約2キロメートルの木造家屋内で被爆した。全身にガラス片を浴びていることからも閃光を浴び,直接に大量の初期放射線を浴びたことは明らかである。 また,原告Iは,被爆当日に倒壊した女子寮の周辺を歩き,トンネル工場や汽車の中でも多数の重症被爆者がひしめきあう中で過ごしたこと,避難先の寺においても多数の重傷者とともに終戦まで過ごしたことな る。 また,原告Iは,被爆当日に倒壊した女子寮の周辺を歩き,トンネル工場や汽車の中でも多数の重症被爆者がひしめきあう中で過ごしたこと,避難先の寺においても多数の重傷者とともに終戦まで過ごしたことなどから,この間に残留放射線に被曝し,又はホコリを吸い込むなどして内部被曝したものである。 さらに,原告Iは,被爆直後から下痢,歯茎からの出血,膿が止まらない,全身倦怠感などの症状を呈しているところ,出血傾向,化膿傾向はかなり白血球が減少していることを示し,これらはすべて典型的な急性症状であり,急性の放射線障害と判断され,これらのことから原告Iが相当量の放射線に被曝していることは明らかである。 b原告Iの疾病と放射線起因性放射線被曝によって肺がんの発症率が有意に多くなることは,古くから知られている(甲J3号証の3)。 また,原爆放射線により肺がんが多発していることについても多数の報告がある。 昭和31年の於保医師らの報告によれば,呼吸器系の悪性新生物についての女性の死亡率は全国2.0に対し,被爆者3.6となっており(甲J3号証の1・14頁),広島原爆病院における昭和31年から昭和58年までの肺がん剖検例の調査結果によれば,女性では,2キロメートル以内の近距離被爆群が1.8倍非被爆群より高率であったとされる(甲J3号証の2・235頁)など,女性被爆者の肺がん発症率が高いことが明らかとされており,他にも被爆者の肺がん発症頻度の増加 を証明する報告は多い。 さらに,放影研の寿命調査においても,かなり前から肺がんが放射線起因で増加するという報告がされており,LSS第13報においては,肺がんの過剰相対リスク(ERR)が男性0.48,女性1.1となっている(甲A112号証の19・43頁ないし44頁)。すなわち男性で非被爆者群の約1.5倍,女性では2倍以 ,LSS第13報においては,肺がんの過剰相対リスク(ERR)が男性0.48,女性1.1となっている(甲A112号証の19・43頁ないし44頁)。すなわち男性で非被爆者群の約1.5倍,女性では2倍以上の発症率となっており,肺がんに関しては明らかに有意性があるのみならず,特に女性では発症の危険性が高いことが明らかとなっている。 なお,肺がんは肺がん検診などにより早期に発見され,手術率,治癒率も高いところ,放影研の寿命調査(LSS)は死亡統計に基づく調査であるため,現実には,LSSで示された数字よりもさらに高い発症率となるはずである。また,LSSの調査は被爆年齢30歳を標準として統計を取っているが,被爆年齢が若いほど放射線の感受性が高く発病しやすいところ,原告Iは17歳という若年で被爆しており,その意味でも発症の危険性はより高いといえる。 原告Iは喫煙歴も一切なく,また親族の中で原告Iのほかにはがんに罹患した者は一人もいない。 原告Iが相当量の放射線被曝をしていることは明白であるところ,他原因は全く存在しないことからも,原告Iの肺がんおよび肺から転移した転移性脳腫瘍が原爆放射線に起因することは明らかである。 (カ)要医療性の要件該当性原告Iは,現在もがんの転移の有無についての経過観察中である。 既に肺がんが脳にも転移し,非常に全身も弱っており頻回の通院を余儀なくされている現状においては,医学的管理が必要不可欠であること,さらには被爆者に多重がんが多く,再発の危険性も高いという現状にかんがみて,将来にわたって長期間の厳重な経過観察を行う必要性が認められる。 よって,要医療性は明らかに認められる。 (被告らの主張) (1)原爆症認定の対象となる疾患被告厚生労働大臣の原爆症認定申請に係る処分の対象となる疾患は,申請者の申請疾患に限定される る。 よって,要医療性は明らかに認められる。 (被告らの主張) (1)原爆症認定の対象となる疾患被告厚生労働大臣の原爆症認定申請に係る処分の対象となる疾患は,申請者の申請疾患に限定される。 ア原爆症認定の対象疾患に関する法令の定め被爆者援護法11条1項の規定による厚生労働大臣の認定を受けようとする者は,①被爆者の氏名,性別,生年月日及び居住地並びに被爆者健康手帳の番号,②負傷又は疾病の名称,③被爆時以降における健康状態の概要及び原爆に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要等を記載した認定申請書に,医師の意見書及び当該負傷又は疾病に係る検査成績を記載した書類を添付して,その居住地の都道府県知事を経由して,これを被告厚生労働大臣に提出するものとされている(被爆者援護法施行規則12条)。 被告厚生労働大臣は,被爆者により申請された「負傷又は疾病」(申請疾患)が原爆の傷害作用に起因することを認定するが(被爆者援護法11条1項),被告厚生労働大臣の原爆症認定は,あくまで被爆者の申請疾患を対象としており,被爆者援護法10条1項の要件該当性についても,上記申請疾患について判断している。 イ審査会における申請疾患以外の疾病の考慮被告厚生労働大臣は,申請疾患が原爆の傷害作用に起因すること又は起因しないことが明らかな場合を除き,審議会等で政令で定めるものの意見を聞かなければならないが(被爆者援護法11条2項),被爆者援護法施行令9条では,この審議会等について,疾病・障害認定審査会(審査会)とすると定められている。そして,実務においては,その審査会の分科会である被爆者医療分科会が被爆者援護法10条1項の該当性に関する意見(答申)を担当している。 ところで,被爆者医療分科会においては,申請疾患の放射線起因性及び要医 ,実務においては,その審査会の分科会である被爆者医療分科会が被爆者援護法10条1項の該当性に関する意見(答申)を担当している。 ところで,被爆者医療分科会においては,申請疾患の放射線起因性及び要医療性を,最新の医学,放射線学の知見に基づき判断するが,その判断に当たって既往症等の申請疾患以外の疾病についても考慮することができることはいうまでもない。 すなわち,被爆者医療分科会は,申請疾患の放射線起因性等を判断するため,当該 疾病が放射線以外の原因に基づき発症した可能性の有無を検討するが,その検討に当たり,申請書等に記載された申請疾患以外の疾病の罹患状況などを考慮することが有益となる場合もある。そのため,被爆者医療分科会は,当該申請疾患の放射線起因性等を判断するのに必要な限りにおいて,他の疾病についてその症状や所見,放射線起因性等を考慮することができるのである。 ウ異議申立てにおける申請疾患以外の疾病の考慮申請者は,被告厚生労働大臣の原爆症認定に係る処分に対し,行政不服審査法に基づき,異議申立てをすることができる。当該異議申立てにおいては,従前の被告厚生労働大臣の原爆症認定に係る処分を対象にその当否が判断されるため,当該異議申立時に判断の対象となる疾病は,原爆症認定時と同様,申請者の申請疾患に限定される。 したがって,被告厚生労働大臣は,異議申立手続において,申請者の申請疾患以外の疾病を対象として原爆症の認定をすることはなく,仮に,当該疾病が被爆者援護法10条1項に該当することが明らかという場合であっても,あくまで申請者の申請疾患を対象に同法10条1項該当性を判断するものである以上,その要件を満たさないときには当該異議を棄却することとなる。 なお,被告厚生労働大臣は,異議申立てがされた場合,実務上,被爆者医療分科会に対して再度答申を 法10条1項該当性を判断するものである以上,その要件を満たさないときには当該異議を棄却することとなる。 なお,被告厚生労働大臣は,異議申立てがされた場合,実務上,被爆者医療分科会に対して再度答申を求めている(行政不服審査法47条3項参照)。この場合において,被爆者医療分科会は,申請疾患の放射線起因性等の判断に必要な範囲で,既往症等の申請疾患以外の疾病について考慮することがある。しかし,異議申立ては,原爆症認定申請却下処分を不服としてされるものであり,同却下処分が申請疾患を対象としてされるものである以上,異議申立てに対する審理の過程で上記考慮を参考にするとしても,それはあくまで当該申請疾患の放射線起因性等を判断する限りにおいて行われているものにすぎない。 エ原爆症認定疾病に係る医療費の給付被告厚生労働大臣の原爆症認定が,申請者の疾病を対象に行うものであることは, 原爆症認定により与えられる給付の内容からも基礎付けられる。 すなわち,原爆症認定においては,申請者が複数の疾病を申請疾患として申請した場合,各疾病ごとに原爆症認定がされる必要がある。確かに,医療特別手当の給付は,複数の疾病が原爆症と認定されても,1つの疾病分の手当しか支払われないため,疾病ごとに原爆症の認定をする実益がないようにも思える。しかしながら,例えばA,Bという複数の疾病について原爆症と認定された場合,A疾病についての要医療性が消失したとしても,B疾病の要医療性はなお残存している場合,医療特別手当が支給されることとなるように,原爆症と認定された疾病の要医療性が消失した場合などにおいては,各疾病ごとに原爆症の認定をする実益がある。 他方,原爆症と認定された疾病については,被爆者援護法10条1項に基づき,医療の給付を受けられるところ,当該医療給付は,複数の疾病が原爆症と などにおいては,各疾病ごとに原爆症の認定をする実益がある。 他方,原爆症と認定された疾病については,被爆者援護法10条1項に基づき,医療の給付を受けられるところ,当該医療給付は,複数の疾病が原爆症と認定された場合であっても,各疾病ごとに必要な医療が給付されなければならないのであるから,各疾病ごとに原爆症認定がされる必要がある。 なお,被爆者援護法の「被爆者」に該当する者は,一般疾病医療費が支給されるため(同法18条),原爆症と認定されていない疾病について医療を受けたときは,当該被爆者に対し,健康保険等の患者負担分の医療費が支給されることになり,被爆者の立場においては,医療費を負担せずに医療を受けることができる点で実質的に影響はない。 (2)各原告らについての原爆症認定要件該当性ア原告A(ア)被爆状況についてa被爆地点について原告Aは,原爆投下時,廣島赤十字病院の寄宿舎内におり,そこで被爆した。原告Aの被爆者健康手帳交付申請書(乙B第5号証)によると,爆心地から1.7キロメートルの距離の地点で被爆した旨記載されているが,疾病・障害認定審査会(被爆者医療分科会)においては,認定申請時の提出書類のチェックにより,廣島 赤十字病院寄宿舎が爆心地から1.5キロメートルの距離であることを確認したため,原告Aは1.5キロメートルの地点で被爆したとの前提で審査を行っている。 b被爆後の行動と残留放射能による被曝について被爆後の広島市内でのはいかい場所やはいかい時間が判明すれば,審査の方針別表10を適用して誘導放射能による被曝線量を推定することができる。 この点,原告Aは,原爆投下当日の昭和20年8月6日の夕刻ころ,爆心地付近の日赤広島支部付近に行った旨述べている。しかしながら,原爆投下当日,爆心地付近では火災が生じており,仮に原告Aが ができる。 この点,原告Aは,原爆投下当日の昭和20年8月6日の夕刻ころ,爆心地付近の日赤広島支部付近に行った旨述べている。しかしながら,原爆投下当日,爆心地付近では火災が生じており,仮に原告Aが爆心に向かった時に火災による被害が少ない場所を選んで歩いていたとしても,足が焼け付くような状態で歩いたこと等を考慮すると,爆心地付近に長時間留まっていたとは考えられず,滞在は短時間であったと推定される。他方,審査の方針別表10のとおり,誘導放射能による被曝線量はあくまでも8時間同一場所に滞在した場合の累積線量の推定値であり,原告Aの被爆当日の誘導放射能による被曝線量は,上記累積線量の推定値よりも相当低いと考えられることからすれば,原告Aの爆心地付近の立入りにより有意な放射線被曝があったとは推定し難い。 また,原告Aは,翌同月7日以降同月12日ころまでの間,広島市役所やa町付近の小学校において,朝8時ころから昼まで救護活動をしていた旨供述するところ,原告Aの誘導放射能による被曝線量を最大限考慮する趣旨から,原告Aが活動したと供述する地点の中で最も爆心地に近いa町付近(爆心地から約300メートル)において上記期間救護活動を継続したと仮定し,審査の方針別表10を参照して累積被曝線量を推定すれば,原告Aの同月7日(原爆投下から約24時間ないし32時間後)の累積被曝線量が3センチグレイ,翌8日(原爆投下から約48時間ないし56時間後)の累積被曝線量が1センチグレイと推定され,同月9日以降は,直爆による放射線量に比較して軽微な線量になるため,有意な線量ではなくなる。そして,原告Aの救護活動は,実際にはa町より遠距離の地点で活動したり,その滞在時間も一定でなかったことを考慮すると,現実に原告Aが誘導放射能により被曝した 累積被曝線量は,上記推定値より 。そして,原告Aの救護活動は,実際にはa町より遠距離の地点で活動したり,その滞在時間も一定でなかったことを考慮すると,現実に原告Aが誘導放射能により被曝した 累積被曝線量は,上記推定値よりも相当程度低くなることが推定できる。したがって,原告Aの誘導放射能による被曝線量は,4センチグレイ未満と推定される。 c推定被曝線量について前記a記載の原告Aの被爆状況を前提とすれば,原告Aの直爆による推定被曝線量は,審査の方針別表9により,35センチグレイとなる(原告Aは,屋内被爆であることから,爆心地から1.5キロメートルにおける放射線量50センチグレイに透過係数0.7を乗じた35センチグレイが推定被曝線量となる。)。さらに,原告Aが被爆当日以降の爆心地付近における救護活動で誘導放射能による被曝した線量は,4センチグレイ未満であることから,合計すると39センチグレイ未満となる。 (イ)急性症状について原告Aは,被爆後に下痢,歯茎からの出血,脱毛等の症状を呈した旨主張するが,これらの症状は,原告A本人の供述以外に診療録等の客観的な確証は存在しない上,原告Aは,当時,上記各症状の治療のため医師の診察を受けていないことからすれば,上記各症状があったとしてもその程度は軽度であったと推定することができる。 そして,原告Aの上記各症状が放射線による急性症状であると断じることはできない。 すなわち,下痢には,様々な病態があるほか,その原因も多様である(乙A62号証146頁)。そのため,下痢という症状が発現した場合,その原因を特定するには,当該患者の下痢やその他の症状の詳細を検討した上で鑑別診断を行う必要があり,単に被爆したという事実だけを根拠に当該下痢が放射線被曝の急性症状によるものであると断定することはできない。 また,放射線障害として歯茎から出血 他の症状の詳細を検討した上で鑑別診断を行う必要があり,単に被爆したという事実だけを根拠に当該下痢が放射線被曝の急性症状によるものであると断定することはできない。 また,放射線障害として歯茎から出血がみられるのは,放射線の照射により口腔咽頭粘膜が出血する機序と同様と考えられているが,口腔咽頭粘膜に出血が発現するためには3グレイないし5グレイ(300センチグレイないし500センチグレイ)という相当程度高い放射線量でなければ生じないとされているから(乙A68 号証249頁),原告Aの歯茎からの出血を放射線による障害であると考えることにそもそも無理がある。仮に原告Aの歯茎からの出血が原爆の放射線による影響により生じていたとしても,放射線による歯茎からの出血が歯の脱落を来すという機序は医学的に全く認知されていない。 むしろ,原告Aは,36歳ころから歯が抜けるようになり,40歳の時に歯がなくなってしまったというのであるから,原爆被爆直後ではなく,後年になって歯が脱落しているのであって,原告Aの歯の脱落等は,いわゆる歯槽膿漏など,歯茎の出血や歯の脱落などを引き起こす疾病に罹患していることによるものであり,放射線の影響によるものではないと考えるのが合理的である。 さらに,脱毛に関しては,そもそも原告Aの供述では脱毛の程度があいまいであり,自然脱毛の範囲内か否かも判然としない。また,放射線量からいっても,原告Aの推定被曝線量である39センチグレイは脱毛を生じるには低すぎる。 (ウ)申請疾患と関連する疾病についてa申請疾患について原告Aの申請疾患は,右眼球癆である。 眼球癆は,毛様体炎が強いと毛様体の房水産生が低下して低眼圧になり,それが高度となって眼球が縮小して生じるものであって,主たる成因は炎症であるとされ(乙A55号証161頁),放射線起因 球癆である。 眼球癆は,毛様体炎が強いと毛様体の房水産生が低下して低眼圧になり,それが高度となって眼球が縮小して生じるものであって,主たる成因は炎症であるとされ(乙A55号証161頁),放射線起因性を認めるに足る知見はない。 なお,原告Aの場合,左眼に左糖尿病性網膜症も指摘されているところ,糖尿病のような全身疾患の合併症が片側だけに起こるとは考え難いことから,右眼にも糖尿病性網膜症があり,同疾病による組織障害が眼球癆を惹起した可能性も考えられる。 b原告Aのその他の疾病について原告Aの申請疾患は右眼球癆だけであるが,認定申請書添付の意見書(乙B7号証)には,左白内障,左糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症も挙げられている。 しかしながら,これらについても放射線起因性は認められない。 まず,白内障については,原告らは,原爆被爆者の放射線被爆と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められるなどの知見が得られており,被爆者の遅発性放射線白内障や早発性の老人性白内障が,事実上しきい値のない確率的影響である可能性が示唆されている旨主張する。 しかしながら,原告らが根拠とする「原爆被爆者における眼科調査」(甲B5号証の10)では,皮質性混濁と後嚢下混濁の2つの所見と放射線被曝との関連が調べられ,各所見のオッズ比が有意に高く現れているとして,「原爆被爆者の放射線被ばくと水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障および早発性の老人性白内障に有意な相関が認められた。」と結論付けられているが,放射線白内障については,色閃光を呈する後嚢下混濁が認められなければならず(乙A56号証,乙A9号証152,153頁),老人性白内障についても,50歳ないし55歳ころから原因なく発症する白内障をいう,初期には主として水 は,色閃光を呈する後嚢下混濁が認められなければならず(乙A56号証,乙A9号証152,153頁),老人性白内障についても,50歳ないし55歳ころから原因なく発症する白内障をいう,初期には主として水晶体の赤道部に楔状の混濁で始まり,中心部に向かって進行する,ときに後嚢皮質下,あるいは水晶体核の混濁から始まる例もある(南山堂医学大辞典より抜粋),とされているように,単に皮質混濁や後嚢下混濁があることをもって老人性白内障や放射線白内障であると診断することはできず,鑑別診断を要するものである。また,上記論文(甲B5号証の10)にみられる皮質混濁や後嚢下混濁のオッズ比の数値は高いとは言い切れず,発症機序も不明とされていることからすれば,同論文をもって老人性白内障の放射線起因性が肯定されたということはできない。さらに,白内障にしきい値がないことを報告したとして引用する文献(甲B5号証の12)は,術後白内障に関する論文であるところ,白内障と術後白内障とは全く別の病態であるから,同論文をもって白内障のしきい値についての結論を導くことは明らかに失当である。 また,放射線による白内障に対する研究の結果,人体の水晶体混濁は2グレイ以上の被曝で生じ,臨床的に疾病として問題となるような白内障は,約5グレイ以上の被曝が必要であること,広島原爆被爆者でのDS86線量に基づく調査では放射 線白内障のしきい値が1.75シーベルトで,安全域が1.31シーベルトであること(乙A68号証331頁),などの科学的知見が明らかになっている。 なお,ICRPの防護基準値0.015シーベルトは,ICRPが定めた公衆被曝の年間の制限値であり,毎年0.015シーベルト以下の被曝であれば何年継続して被曝しても放射線白内障が発現しないとして定めた基準値にすぎず,いわゆる放射線障害として ルトは,ICRPが定めた公衆被曝の年間の制限値であり,毎年0.015シーベルト以下の被曝であれば何年継続して被曝しても放射線白内障が発現しないとして定めた基準値にすぎず,いわゆる放射線障害として白内障が発現するか否かという数値であるしきい値とは全く別個のものである。 さらに,原告Aは,平成9年に糖尿病の治療のために東神戸病院を受診しているが,糖尿病は徐々に進行するのが通常であり,平成9年に治療を受けたことが明らかになったとしても,それ以前に糖尿病が発症していないとはいえず,むしろ,少なくともその要因となる病態が存在した可能性が高く,原告Aの左白内障についても,上記糖尿病の合併症として生じた可能性が否定できない。 なお,糖尿病については,医学的に放射線被曝で生じないとされる疾患であり,また,糖尿病の原因となる膵臓のランゲルハンス島のベータ細胞の放射線感受性も高くない。 また,両涙液分泌減少症については,放射線によって引き起こされる障害であることを示唆する科学的知見はない。 (エ) 結論 以上のように,原告Aの申請疾患である右眼球癆には,放射線起因性を見いだすことはできず,それに伴う要医療性も認められない。したがって,原告Aの上記申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 イ原告B(ア)被爆状況についてa被爆地点について原告Bは,長崎市a町b番地の自宅内において被爆したものであり,この地点の爆心地からの距離は,約3.3キロメートルである。 b被爆後の行動について原告Bは,被爆直後,自宅裏の竹薮の防空壕に避難し,爆心地やc地区等へ移動するなどした記憶はないとし,その後の行動についても,自宅と女学校とを往復する程度であったと考えられる。また,原告Bは,詳細は判然としないものの,被爆者健康手帳交付申請書添付の居 地やc地区等へ移動するなどした記憶はないとし,その後の行動についても,自宅と女学校とを往復する程度であったと考えられる。また,原告Bは,詳細は判然としないものの,被爆者健康手帳交付申請書添付の居所証明書(乙C6号証)において,「はいりこんでいない。」と記載しており,このことは誘導放射能による被曝を考慮すべき地域に立ち入った事実がないことを示しているとみられる。また,放射性降下物の線量を考慮すべきc地区に移動した事実もない。 c推定被曝線量について原告Bは,爆心地から3.3キロメートルの距離の地点で,遮へいがある状態で被爆している。同距離における直爆による推定被曝線量については,審査の方針の別表9で2,500メートルまでの線量しか示されていないように,それより遠距離における推定被曝線量は極めて低いと考えられる。また,原告Bの上記被爆時の状況や被爆後の行動等を考慮すると,誘導放射能や放射性降下物によって直爆による被曝と比較して有意な放射線に被曝したとは考え難い。 (イ)急性症状について原告Bは,平成14年4月23日付け認定申請書(乙C1号証)で「急性症状無し」と記載しており,さらに昭和34年10月27日付け被爆者健康手帳交付申請書(乙C6号証)と同時期に作成した原爆被爆者調査票(乙C7号証)の「原爆による急性症状」も「なし」と回答しており,原告Bが,これらの各文書を作成する際,自己に放射線による急性症状がないとの認識であったことは明らかである。 他方,原告Bは,平成14年11月17日付け異議申立書(乙C3号証)には,「疲労」,「発熱」,「頭痛」等を急性症状として記載しており,原告Bの平成17年6月4日付け陳述書(甲C1号証)においては,上記症状のほかに「体の何ともいえないだるさ」を加えている。しかしながら,上記各症状については,具体的 」等を急性症状として記載しており,原告Bの平成17年6月4日付け陳述書(甲C1号証)においては,上記症状のほかに「体の何ともいえないだるさ」を加えている。しかしながら,上記各症状については,具体的にどのような症状が発現していたか不明確であるほか,原告B自身被爆当日まで勤 務していた工場の診療医から静養するよう指示を受け,被爆した際もいわゆる床に伏していた状態であったことからすれば,上記各症状が原爆の放射線を被曝したことにより発現したとは考え難い。 (ウ)申請疾患についてa申請疾患の発生機序と病態について原告Bの申請疾患は甲状腺機能低下症であるところ,(ア)c記載のとおり,原爆による推定被曝線量がほとんどないのであるから,放射線によって甲状腺の機能の低下を来したとは考え難い。また,このことは,甲状腺上皮の放射線感受性は他の組織や臓器に比べてかなり低く,甲状腺自体が低線量の放射線被曝で機能低下や機能障害を来さない器官であることからも裏付けられる(乙A第68号証238頁)。 なお,「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(甲C5号証の9の2)は,抗体陽性と抗体陰性の2種類の甲状腺機能低下症について,放射線起因性に対する有意性を考察しているが,同実験の結果,抗体陰性の甲状腺機能低下症については,放射線起因性について有意性がなかったことが示されており,長崎原爆の被爆者における健康影響調査において,抗体陰性の甲状腺機能低下症の有意性は報告されていない。 b原告Bに係る認定申請書(乙C1号証)では甲状腺機能低下症だけが申請疾患とされているが,異議申立書(乙C3号証)に乳がんの既往が記載されている。 しかしながら,本件取消訴訟は本件B却下処分に対するものであり,認定申請時に提出されたいかなる書面においても乳がんの既往に関する記載が一切ない以上, 立書(乙C3号証)に乳がんの既往が記載されている。 しかしながら,本件取消訴訟は本件B却下処分に対するものであり,認定申請時に提出されたいかなる書面においても乳がんの既往に関する記載が一切ない以上,認定申請時に乳がんにつき考慮の余地はなく,本件訴訟において乳がんの放射線起因性を検討する必要はない。また,原爆症認定申請時に乳がんの記載がなかった点をおくとしても,原告Bの推定被曝線量の数値がほとんどないことから,審査の方針別表5における乳がん発生の原因確率から,原爆の放射線により引き起こされたと推定するに足りない。 (エ) 結論 以上のように,原告Bの申請疾患である甲状腺機能低下症に原爆の放射線による起因性は見いだせず,原告Bの甲状腺機能低下症が原爆の放射線により惹起したことを認めるに足りる証拠もない。したがって,原告Bの申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 ウ原告C(ア)被爆状況についてa被爆地点について原告Cは,広島市a町b丁目の自宅から観音小学校分校に向かう途中の畑道で被爆した。 この点,原告らは,原告Cは爆心地から2.0キロメートルないし2.5キロメートル程度の地点で被爆したものと考えるのが合理的である旨主張する。しかしながら,原告Cの被爆地点までの距離,特に自宅からの距離に関する供述は,根拠が不明確であり,被爆後,学校ではなく自宅に戻っていることからすれば,より自宅に近い位置で被爆した疑いがある。さらに,原告Cは,被爆者健康手帳交付申請手続を自ら行っているところ,被爆者健康手帳交付申請書(乙D5号証)においては,「爆心地よりの距離3.0km」と記載しており,このことからも,原告Cは,爆心地から約3キロメートルの自宅近辺で被爆したと推定される。 b被爆後の行動について原告Cは,被爆後に自宅 においては,「爆心地よりの距離3.0km」と記載しており,このことからも,原告Cは,爆心地から約3キロメートルの自宅近辺で被爆したと推定される。 b被爆後の行動について原告Cは,被爆後に自宅に戻っており,その後爆心地付近に進入した事実はない。 なお,原告Cは,火傷の治療のため,病院になっていたa小学校に行ったと供述するが,a小学校に行っても,油薬をもらい自宅に戻っていたというものである上,通院の頻度や回数については明らかではなく,a地区での滞在時間は短時間であったと推定される。 c推定被曝線量について広島に投下された原爆の初期放射線による被曝線量は,爆心地から2500メートル以遠ではほとんどないものとされており(審査の方針別表9),また,原告C について残留放射線による被曝の影響を考慮することはできないから,原告Cの被曝線量は,0センチグレイ,すなわち有意な被曝線量はほとんどないと推定することができる。 (イ)急性症状について原告Cは,被爆後の急性症状として,歯茎からの出血,吐き気,めまい感,全身倦怠感があったと述べる。しかしながら,原告Cの各症状の発現や程度については,原告Cの供述のみであって,医証が存在せず,客観性に欠ける上,原告Cの供述によっても各症状の発現時期があいまいである。また,各症状が長期間経過しても回復していないとする点も放射線被曝による急性症状としては不自然である。放射線による急性症状は,長くとも2か月以内に消失する一過性の疾病が主たるものであり,それゆえに急性症状と称されるのである。 また,原告Cの上記各症状を医学的に考察し,被爆当時の衛生状況や生活環境を検討すると,歯茎からの出血については,それに引き続き歯が抜けていることからすれば,歯槽膿漏等の疾病が原因で発症したと考えるのが自然である。また,吐き を医学的に考察し,被爆当時の衛生状況や生活環境を検討すると,歯茎からの出血については,それに引き続き歯が抜けていることからすれば,歯槽膿漏等の疾病が原因で発症したと考えるのが自然である。また,吐き気については,単なる胃炎等の消化器系疾患によると考えるのが一般的である。そして,吐き気,めまいや全身倦怠感は,放射性宿酔という急性症状で起こり得るが,これは非常に高い線量を被曝して中枢神経系に障害が起こった時に初めて生じる症状であるところ(乙A68号証),原告Cの被曝線量は極めて低いことからすれば,放射線により原告Cの吐き気等が引き起こされたとは考え難い。 (ウ)申請疾患についてa申請疾患の発生機序と病態について原告Cの申請疾患は,胃がんである。胃がんは,放射線に被曝していない場合,つまり原爆の被爆者でない者でも生じることがよく知られた悪性腫瘍である。胃がんの発生原因は,他のがんと同様,様々な要因が考えられるが,現時点の医学的知見では確実に特定,断定できてはいない。 b原告Cの申請疾患の診断と治療について 胃がんが様々な要因で発生し得る疾病であるとしても,悪性腫瘍の一種であることから,放射線によって同疾病が引き起こされる可能性を否定することはできず,確率的影響と分類される疾病であると考えられている。なお,胃がんの放射線量反応関係は,放影研の疫学調査において確認されており,生物学的にも疫学的にも放射線により発症する疾病として確認されている。そして,上記放影研の疫学調査の結果を反映させ,放射線による胃がんが発生した場合の原因確率を表にしたのが,審査の方針における別表2の1及び2の2である。 審査の方針の上記別表により原告Cの胃がんの原因確率を求めると,原告Cは女性なので,別表2の2を適用することとなり,(ア)c記載のとおり,推定被曝線 ,審査の方針における別表2の1及び2の2である。 審査の方針の上記別表により原告Cの胃がんの原因確率を求めると,原告Cは女性なので,別表2の2を適用することとなり,(ア)c記載のとおり,推定被曝線量がほとんどないため,原因確率も,ほぼ0パーセントに近い数値となる。 この結果により,原告Cの胃がんの発生において,放射線が原因となったと推定される割合はほとんどないといえるから,放影研の疫学調査を前提とする科学的知見では,原告Cの胃がんが原爆の放射線により発症したと推定することはできず,むしろ,他の原因によって引き起こされた可能性が高いと考えられるのである。 (エ) 結論 以上のように,原告Cの申請疾患である胃がんに原爆の放射線による起因性は見いだせず,原告Cの胃がんが原爆の放射線により惹起したことを認めるに足りる証拠もない。したがって,原告Cの申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 エ原告D(ア)被爆状況についてa被爆地点について原告Dは,aの北東約50メートルの地点で被爆したと述べるところ,同地点の爆心地からの距離は,約1800メートルと考えられる(甲A120号証の1参照)。 原告Dは,原爆症認定申請時,被爆者健康手帳交付台帳(乙E4号証)の記載等を参照し,被爆地点を爆心地から1.9キロメートルの距離であると申請しており, 同事実を前提として審査されている。 この点,原告らは,被爆地点につき1750メートルであった旨主張するが,客観的な根拠に乏しく,原告らの主張を最大限考慮しても,地図(乙A95号証)からは約1800メートルと評価し得るにとどまる。 b被爆後の行動について原告Dの被爆後の行動については,判然としない点があるが,被爆当時の8月6日,a橋を渡り広島市の中心街に行こうとしたものの,引き返し,a( 0メートルと評価し得るにとどまる。 b被爆後の行動について原告Dの被爆後の行動については,判然としない点があるが,被爆当時の8月6日,a橋を渡り広島市の中心街に行こうとしたものの,引き返し,a(現在のa公園)に一晩滞在し,翌7日以降2日間かけてa,e橋,d等を経て,a町にある自宅まで帰った旨供述している。しかしながら,仮に原告Dが上記供述のとおり行動していたとしても,最も爆心地に近い地点から爆心地までの距離は,1000メートルを超えている。 c推定被曝線量について原告Dが被爆した地点が爆心地から1900メートルであった場合と1800メートルの地点であった場合とで,それぞれ推定被曝線量を審査の方針別表9を参照して求めると,爆心地からの距離が1900メートルであれば10センチグレイ,爆心地からの距離が1800メートルであれば15センチグレイと推定できる。なお,残留放射能による被曝については,b記載のように最も爆心に近い地点であっても1000メートルを超える距離なので,審査の方針別表10を参照すると,直爆による被曝線量と比較して無視し得る程度の微量な線量であるため,有意な線量を算定できない。 (イ)急性症状について原告らは,原告Dの急性症状として,下痢,嘔吐,鼻出血,脱毛等があった旨主張する。また,体調不良が長期間継続し,そのため大学で1年留年したり,就職した後も何度も転職を余儀なくされている旨主張する。 しかしながら,原告Dの供述をみても,「精神的な面もありましたから,友達に会うのも嫌やし。」とか,転職を繰り返した原因についても,「まず一番つらかっ たのが,極度の不眠症ですね。」と述べるなど,精神的問題や不眠症といった放射線による障害とは無関係の要因によるものと考えられる。 なお,原告Dの脱毛の程度は極めて軽微なものにすぎず, つらかっ たのが,極度の不眠症ですね。」と述べるなど,精神的問題や不眠症といった放射線による障害とは無関係の要因によるものと考えられる。 なお,原告Dの脱毛の程度は極めて軽微なものにすぎず,鼻からの出血についても,放射線被曝の急性症状として認知されているものではない。 (ウ)申請疾患についてa申請疾患の発生機序と病態について原告Dの申請疾患は,右2指有棘細胞がんと右2指の末節部の切断術とされている。ただし,右2指の末節部の切断術とは意見書(乙E5号証)の「現症所見」欄に「H-13.6/18右2指の末節部の切断術」と記載されているように,手術方法の名称であり,疾病名でも診断名でもない。 b原告Dの申請疾患の診断と治療について右2指有棘細胞がんは,原告Dの右手示指の末端の皮膚がんと解されるところ,その発生部位は,右手示指の爪の外側に接する皮膚に発現したものと思われる。 皮膚がんの発生要因については,いまだ科学的に解明されていない。しかしながら,皮膚がんは,いわゆるがんの一種である以上,現在の科学的知見を前提とすると,放射線被曝後の確率的影響による疾病に当たるため,発生する可能性を排除することはできず,他方,確率的影響に分類される疾病であるため,放射線で発症する確率が被曝線量の高低によって増減する関係にあると考えられている。疾病・障害認定審査会においては,皮膚がんの放射線起因性を判断する要素として,審査の方針別表7-1又は7-2を適用して,原因確率を算定し,当該疾病の放射線起因性の判断の参考にしている。 疾病・障害認定審査会においては,原告Dの被爆地点につき,爆心地から1.9キロメートルの地点で被爆したことを前提事実として算定したことから,原告Dの申請疾患については5.6パーセントという原因確率が示された(乙E6号証)。 この数 原告Dの被爆地点につき,爆心地から1.9キロメートルの地点で被爆したことを前提事実として算定したことから,原告Dの申請疾患については5.6パーセントという原因確率が示された(乙E6号証)。 この数値を参考に,放射線起因性が検討され,放射線以外の要因により引き起こされた可能性が高いものと考えられた。 なお,原告らの主張を考慮して,爆心地からの距離が1.8キロメートルの地点で被爆したとして原因確率を算定しても,原因確率は,7.9パーセントにすぎず,爆心地からの距離を1.9キロメートルとして得られた原因確率5.6パーセントと比較しても大きな差はないのであって,7.9パーセントという原因確率を前提としても,原告Dの申請疾患である皮膚がんの放射線起因性は同様に低いと考えざるを得ない。 このように,原告Dの右2指有棘細胞がん,すなわち右手示指の皮膚がんが積極的に原爆放射線により起因したことを示唆する根拠はない。 この点,原告らは,原告Dの皮膚がんは熱傷後のケロイドから発生した有棘細胞がん(扁平上皮がん)であり,原爆放射線に起因すると考えられる旨主張する。しかしながら,この点について,原告Dは,右手示指の甲側がすべてケロイドになっていたと供述するが,臨床的にケロイドと鑑別できるような腫瘤の形成(乙A69号証311頁,乙A70号証480頁参照)を示す所見は見当たらず,原告D自身,指についてケロイドが残らなかったことを自認している。したがって,原告Dの皮膚がんの発生部位にケロイドが存在していたとはいえないのであって,原告Dの右2指有棘細胞がんと原告Dのケロイドとの間に関連性があるとは考えられない。 なお,原告Dが原爆症認定申請時に提出した意見書(乙E5号証)の「既往歴」欄には,突発性貧血症や心臓神経亢進症といった疾病名が記載されているが,これらの病 イドとの間に関連性があるとは考えられない。 なお,原告Dが原爆症認定申請時に提出した意見書(乙E5号証)の「既往歴」欄には,突発性貧血症や心臓神経亢進症といった疾病名が記載されているが,これらの病名は,通常の医学用語でいかなる概念に当たるのか判然としないものである。 (エ) 結論 以上のように,原告Dの申請疾患である右2指有棘細胞がんに原爆の放射線による起因性を見いだせず,原告Dの申請疾患が原爆の放射線により惹起したことを認めるに足りる証拠もない。したがって,原告Dの申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 オ原告E(ア)被爆状況について a被爆時点について原告Eは,広島市aの県立広島商業中学校の校庭において,遮蔽がない状態で被爆したと供述する。 この点,原告らは,原告Eが被爆した地点は爆心地から約1.7キロメートルである旨主張し,その位置を示すものとして,地図(甲A120号証の1)を提出するが,同地図における被爆したとされる位置と,原告らが原告Eの本人尋問で使用した別の地図(甲F2号証,3号証の1ないし4)における被爆したとされる地点との間には齟齬があり,被爆地点に関する甲A120号証の1に基づく原告らの上記主張はそもそも信用することができない。そして,甲A120号証の1の地図において,県立広島商業中学校が存在した区画は甲F3号証の1ないし4に示されたと同様の位置にあるとみられ,爆心地から2キロメートルの距離を示す境界線と接している。したがって,原告Eの被爆地点については,爆心地から距離約2.0キロメートルの地点であると推定できる。 b被爆後の行動について健康診断個人票(乙F4号証)によると,原告Eは,被爆後,県立広島商業中学校の校庭に3日間泊まり,その後,旧広島陸軍病院に入院したと考えられる。なお, 点であると推定できる。 b被爆後の行動について健康診断個人票(乙F4号証)によると,原告Eは,被爆後,県立広島商業中学校の校庭に3日間泊まり,その後,旧広島陸軍病院に入院したと考えられる。なお,原告Eは,原爆が投下された昭和20年8月6日は廣島赤十字病院で泊まった旨供述しているが,廣島赤十字病院の爆心地からの距離は約1.5キロメートルを超えている。 c推定被曝線量について原告Eの被爆地点,被爆後の行動等を勘案しても,原告Eの推定被曝線量は審査の方針別表9によると,7センチグレイと考えられる。なお,仮に原告Eが,原告らが提出する地図(甲A120号証の1)における被爆地点で被爆したとしても,15センチグレイという被曝線量が推定されるにすぎない。また,原告Eが原爆投下当日,爆心地から約1.5キロメートル離れた廣島赤十字病院において泊まったとしても,爆心地から約1.5キロメートル離れた地点において有意な誘導放射能 による被曝があるとは考え難く,また,廣島赤十字病院の周辺に有意な被曝をしたと評価し得る放射性降下物が降下した事実は確認されておらず,原告Eの推定被曝線量において考慮する必要はない。 (イ)急性症状について原告Eは,歯茎からの出血,下痢,倦怠感という急性症状があり,出血傾向は現在も継続している旨述べるが,これらの急性症状の存在,程度については,原告Eの供述のみであり,医証等の客観的証拠がなく,また,記憶等があいまいであることから,病態を把握することすら困難である。 また,上記点をおくとしても,以下のとおり,原告Eの各症状が放射線による急性症状であるとは考え難い。すなわち,放射線被曝後の急性症状としての出血傾向は,放射線照射によって,造血機能が障害を受けることにより血小板が減少することや,末梢血管系の内皮細胞が障害を被るこ よる急性症状であるとは考え難い。すなわち,放射線被曝後の急性症状としての出血傾向は,放射線照射によって,造血機能が障害を受けることにより血小板が減少することや,末梢血管系の内皮細胞が障害を被ることが関連すると考えられている(乙A68号証)。とすれば,出血傾向の発現は,皮下出血,すなわち紫斑等の発現から生じるのが自然である。しかしながら,原告Eは,歯茎からの出血があったことについては肯定するものの,皮下出血(紫斑)の発症については否定している。そもそも,歯茎の出血,すなわち口腔粘膜からの出血については,血小板の減少がなくても,歯肉炎や歯周炎のような歯周疾患により容易に生じ得るものであり,衛生状態の悪化に伴い歯周疾患の発生頻度が増加することは容易に想像することができる。 さらに,放射線被曝の影響により血小板の減少がある場合は,全身的に出血傾向が発現するはずであるから,紫斑を伴わずに歯茎からの出血だけを来すとは考え難い。 さらに,出血傾向が生じる原因である血小板の減少や血管内皮細胞の障害は,時間の経過とともに,一定の期間後に新生した細胞によって回復するのが通常であるところ(乙A68号証244頁図15-6では30日以降栓球数(血小板数)は増加に転ずる。),原告Eの供述のように被曝後1年経過した後も症状が継続している場合には,当該出血が放射線以外の原因により引き起こされた症状であると考えるのが合理的である。 また,放射線障害としての下痢は,主に小腸上皮細胞の脱落が原因として腸炎を引き起こし,発現する症状であり(乙A68号証250,251頁),血性の慢性下痢を特徴とするにもかかわらず(乙A62号証),原告Eの下痢については,水のような下痢や軟便であったとの供述はあるが,血性の下痢が続いた旨の供述はなく,原告Eの下痢はいわゆる放射線急性症状に 慢性下痢を特徴とするにもかかわらず(乙A62号証),原告Eの下痢については,水のような下痢や軟便であったとの供述はあるが,血性の下痢が続いた旨の供述はなく,原告Eの下痢はいわゆる放射線急性症状による下痢の特徴を備えていない。他方,原告Eが衛生的でない状況で飲水等をしていることは容易に想像することができ,この点から原告Eの下痢は,何らかの感染性の疾患により引き起こされたと考えるのが合理的である。 さらに,倦怠感のような神経筋肉症状については,神経細胞自身は放射線感受性が低いため影響がなく,血管皮細胞,シュワン細胞,神経膠は,50ないし60グレイという非常に大きな線量の放射線を被曝したときに影響があるとされているのであって(乙A68号証252頁),放射線医学等によれば,低線量被曝において神経筋肉症状が起こるとの科学的知見はないから,原告Eのような低線量の被曝において,神経筋肉症状が起こることは考え難い。 なお,原告Eに放射線による急性症状と称される症状が複数見られたとしても,原告Eの各症状を個別に検討すれば,いずれも医学的に放射線以外の原因により引き起こされた可能性が高いと判断することができるのであって,このような症状が多重化していることから,放射線に起因する疾病であるとはいえない。 (ウ)申請疾患についてa申請疾患の発生機序と病態について原告Eの申請疾患は,喉頭腫瘍である。喉頭腫瘍の発生要因については,いまだ科学的に解明されておらず,審査の方針の基礎となった放影研の疫学調査においても,原爆の放射線被曝で発生する可能性があることを科学的知見として導き出しているわけではない。とはいえ,喉頭腫瘍はいわゆるがんの一つである以上,現在の科学的知見を前提とすると,放射線被曝後の確率的影響による疾病が発生する可能性を排除することはできず,他方, して導き出しているわけではない。とはいえ,喉頭腫瘍はいわゆるがんの一つである以上,現在の科学的知見を前提とすると,放射線被曝後の確率的影響による疾病が発生する可能性を排除することはできず,他方,確率的影響であることから,放射線で発症する 確率は被曝線量によって増減する関係にある。このことから,疾病・障害認定審査会においては,審査時に審査の方針別表2-1を用いて,原因確率を算出し,当該疾病の原爆の放射線の寄与度を算出して認定の要素としているのである。 そして,原告Eの推定被曝線量は,被爆地点から7センチグレイと推定されることから,この線量と被爆時年齢を審査の方針別表2-1に適用して原因確率を算出すると,原告Eの喉頭腫瘍が原爆による放射線被曝という要因で生じた可能性は2パーセント未満となり,ほぼ0パーセントに近いものである。仮に,原告Eが爆心地から約1.8キロメートルの地点で被爆したとしても,推定被曝線量は15センチグレイにすぎないため,2パーセント未満であることはこれと同様である。つまり,原告Eの喉頭腫瘍の発生は98パーセント以上,原爆以外の原因で発生したと考えるのが科学的に妥当である。 b申請疾患以外の疾病や所見について原告Eは,認定申請時は喉頭腫瘍だけを申請疾患としていたが,異議申立時にケロイドも追加している(乙F3号証)。しかしながら,原爆症認定申請時に申請疾患とされた疾病以外の疾病については,認定の判断の対象となり得ない。 また,原告Eのケロイドに対する外科的処置の必要性については,医師によってその判断が分かれており,要医療性が強く示唆されているわけではない。 さらに,原告Eは,被爆後に白血球減少症があった旨述べるが,同事実を裏付ける医証等の客観的な証拠はなく,白血球数が記された健康診断個人票(乙F4号証)における白血球の く示唆されているわけではない。 さらに,原告Eは,被爆後に白血球減少症があった旨述べるが,同事実を裏付ける医証等の客観的な証拠はなく,白血球数が記された健康診断個人票(乙F4号証)における白血球の数値は正常域の範囲内の値を示している。 なお,原告Eは,出血傾向も訴えているが,同健康診断個人票における血小板数も正常域の範囲内の数値である。 (エ) 結論 以上のように,原告Eの申請疾患である喉頭腫瘍に放射線起因性は見いだせず,その他の疾病や病歴等においても放射線後障害を考慮すべきものはない。したがって,原告Eの申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 カ原告F(ア)被爆状況についてa被爆地点について原告Fは,昭和20年8月6日,広島市a町の猿猴橋商店街にある親類が経営する商店内で被爆した。なお,原告らは,上記被爆地点の爆心地からの距離が1.8キロメートルである旨主張するが,その根拠は従前に交付された被爆者健康手帳の記載が1.8キロメートルであったからというにすぎず,それ自体では信用性はない。 そして,広島市原爆被災地図(乙A95号証)によると,猿猴橋商店街は爆心地から約2キロメートルの距離を示す境界線に近接しており,短く見積もっても1.9キロメートルは離れているといえる。なお,被告厚生労働大臣の原爆症認定においては,原告Fの被爆地点が爆心地から1.9キロメートルの地点であるとして審査している。 b被爆後の行動について原告Fは,被爆後の行動につき,昭和20年8月6日の午後,広島駅の北東の東練兵場を通ってa村まで逃げたとし,さらに,翌々日の同月8日にa村を出て,東練兵場,広島駅を通り,a駅まで徒歩で向かい,a駅から五日市まで汽車で向かった,広島駅からa駅まで向かう途中では爆心地付近を通った旨供述する。 c推定 とし,さらに,翌々日の同月8日にa村を出て,東練兵場,広島駅を通り,a駅まで徒歩で向かい,a駅から五日市まで汽車で向かった,広島駅からa駅まで向かう途中では爆心地付近を通った旨供述する。 c推定被曝線量について原告Fが直爆により被曝した放射線量について検討すると,原告Fが被爆した猿猴橋商店街は,a記載のとおり,爆心地から1.9キロメートルの距離にあると考えられるところ,同地点における直爆による被曝線量を審査の方針別表9により推定して得られた10センチグレイに,原告Fが商店内で被爆していることから,透過係数0.7を乗じることにより,7.0センチグレイと推定することができる(なお,疾病・障害認定審査会においては,原告Fの被爆した距離が爆心地から1. 9キロメートルとして計算し,7.3センチグレイと線量を推定しているが,推定線量の端数が一致しない理由は前記のとおりである。)。 また,原告Fの残留放射能による被曝線量については,b記載の点を前提としても,原告Fが,同月8日までに残留放射能による有意な被曝が問題となる地域に滞在しておらず,また,同月8日に爆心地付近を徒歩で通過した点についても,審査の方針別表10に示されているように,誘導放射能は爆心地に相当時間継続して滞在することによって有意な被曝線量になるにすぎず,原告Fは爆心地付近を通過したにすぎないことからすれば,有意な線量の被曝があったとは考えられない。 したがって,原告Fの推定被曝線量は7.0センチグレイと推定される。 なお,原告らは,原告Fは,同月6日,a村において黒い雨に当たった旨主張するが,雨の色とその雨が放射能を有しているかどうかとは無関係であるところ,広島駅からa村にかけての地域において,有意な放射線量が確認できる程度の放射性降下物が降下したことや誘導放射能があったことを るが,雨の色とその雨が放射能を有しているかどうかとは無関係であるところ,広島駅からa村にかけての地域において,有意な放射線量が確認できる程度の放射性降下物が降下したことや誘導放射能があったことを示唆する報告,調査結果が存在しないことからして,原告Fが当たったとする黒い雨が,原告Fの被曝線量の推定に影響する程度の放射能を有していたとは考え難く,これを考慮する必要はない。 (イ)急性症状について原告らは,原告Fの被爆後の急性症状につき,出血が止まりにくい,脱毛,嘔吐,口臭,体のだるさ,疲れやすいこと,下痢,発熱等種々の症状が発現した旨主張する。 しかしながら,原告Fの上記各症状は,原告Fの供述によるのみで,医証等がなく,客観的裏付けに欠ける。また,放射線被曝による下痢は,慢性的な血性の下痢が特徴であるところ(乙A62号証146頁),原告Fの下痢がそのような症状であったとはいえず,また,出血傾向についても,紫班等が現れておらず,各症状が放射線の被曝によって生じたことは考え難い。さらに,原告Fは,上記各症状を理由として医師の治療を受けてはいなかったから,仮に上記各症状が存在していたとしても,その程度は軽度であったと考えられる。 なお,放射線による脱毛は,1グレイ単位の放射線量を被曝しなければ生じないと考えられており,原告Fの推定放射線量である7センチグレイという極めて低い 線量での脱毛の発症はおよそ考え難い。 (ウ)申請疾患について原告Fの申請疾患は,甲状腺機能低下症(橋本病)である。ただし,医学的には橋本病,すなわち慢性甲状腺炎によって生じた甲状腺機能低下症と考えるのが適切である。 慢性甲状腺炎は,自己免疫疾患である。自己免疫疾患とは,自分の体内の組織や臓器が免疫反応によって傷害され特定の病態を引き起こすものであり,慢性甲状腺炎 じた甲状腺機能低下症と考えるのが適切である。 慢性甲状腺炎は,自己免疫疾患である。自己免疫疾患とは,自分の体内の組織や臓器が免疫反応によって傷害され特定の病態を引き起こすものであり,慢性甲状腺炎は,免疫反応が甲状腺の組織を標的として傷害を生じさせることにより発現する疾病である。このように,慢性甲状腺炎は,免疫系の組織の障害や免疫系細胞が量的に減少するといったことに起因する病態ではなく,免疫機能自体が質的に変化することによって引き起こされる病態である。そして,被曝線量の高低にかかわらず,放射線被曝によって自己の甲状腺組織を標的として傷害する免疫抗体が産生されるというメカニズムは科学的に確認されていない。 (エ) 結論 以上のように,原告Fの申請疾患である慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症には,放射線起因性を見いだすことはできず,同疾病が原爆の放射線により引き起こされたことを裏付けるに足りる資料等の提出もない。したがって,原告Fの申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 キ原告G(ア)被爆状況についてa被爆地点と入市状況について原告Gは,陳述書(甲H1号証)及び本人尋問において,昭和20年8月5日まで長野県の松本陸軍病院に滞在し,同月6日に広島に向かう道中の名古屋付近で広島に原爆が投下されたことを知ったと述べ,その後,海田市駅の手前で汽車を降り,そこから徒歩で広島市内に向かい,午後10時ころに広島市内に入市し,同月7日から同月14日まで,死体処理や救助作業を行い,爆心地から500メートルない し2キロメートルの圏内を何度も移動した旨述べる。 しかしながら,原告Gの上記被爆地点,被爆後の行動に係る供述は,認定申請時や異議申立時に提出された種々の書面に記載された内容とは齟齬が多く,原告Gの上記被爆地点,被爆後の を何度も移動した旨述べる。 しかしながら,原告Gの上記被爆地点,被爆後の行動に係る供述は,認定申請時や異議申立時に提出された種々の書面に記載された内容とは齟齬が多く,原告Gの上記被爆地点,被爆後の行動に関する供述は著しく信用性を欠いている。 例えば,原告Gの被爆者健康手帳交付申請書添付の申述書(乙H4号証の2)には,被爆状況につき,「当時陸軍衛生一等兵で広島第一陸軍病院勤務の八月五日(原爆投下前日)臨時外出を許可され広島市より約三十里離れた本籍地に帰ってゐました。翌八月六日(原爆投下当日)午後一時頃広島第一陸軍病院まで帰隊しその後その場所を本拠として被爆患者の救護に当りました。」と記載され,調査票(乙H4号証の3)においては,「被爆時の住所」欄に「被爆せず日本軍部隊なれば後3日後入広島」,「被爆時の場所」欄に「被爆せず三日後軍人の為入広島」,「原子爆弾が投下された後二週間以内に被爆地に入った時」欄に「被爆地へ入った日8月11日~5日間」とそれぞれ記載されている。 また,原告Gの異議申立書(乙H3号証別紙)には,「被爆状況について」として,「広島市a町(爆心地から0.5Km以内)の広島第1陸軍病院に陸軍衛生兵として・・・勤務についた。原爆攻撃を受けた8月6日火災が少し下火になった夕方から8月14日まで毎日35度前後の焼けつく様な猛暑の中,上半身裸で黒い灰を浴びながら被爆者の救助と手当をした。」と記載されている。 さらに,異議申立後に提出した健康診断個人票(乙H8号証)には,「被爆地」欄に「広島市a町爆心地から約0.5キロメートル」,「法第1条による区分」欄に「第2号」,「被爆直後の行動(おおむね3週間以内)」欄に「広島市a町で8月6日夜から8月14日まで負傷者の救出と手当。その後北部の臨時野戦病院で同様の勤務。」と記載されている。 こ よる区分」欄に「第2号」,「被爆直後の行動(おおむね3週間以内)」欄に「広島市a町で8月6日夜から8月14日まで負傷者の救出と手当。その後北部の臨時野戦病院で同様の勤務。」と記載されている。 このように,原告Gの被爆時の状況や被爆後の行動についての供述には,著しい変遷がある。 この点につき,原告Gは,上記被爆者健康手帳交付申請書添付の申述書(乙H4 号証の2)の記載について,既に被爆者健康手帳を入手していた者が勝手に内容を記載したため,齟齬が生じたと弁解する。しかしながら,自ら自署押印した申述書に第三者が原告Gの同意を得ることなく入市状況を記載したとは考えられない。また,上記申述書には,原告Gの当時の配属先など,原告Gからの申述がなければおよそ第三者が知り得ない事項に関する記載もあり,上記申述書の入市状況に係る記載は,原告Gの当時の認識を第三者が聴取の上,記載したものと容易に推定できることからすれば,むしろ,原告Gは,被爆時の状況や被爆後の行動について,自らの申請疾患が原爆症と認定されるよう,あえて真実と異なる供述をしていると疑わざるを得ない。 したがって,原告Gの陳述書や本人尋問時における被爆地点及び被爆後の行動についての供述は信用できないものである。 b推定被曝線量について原告Gは,爆弾投下時,広島県内にいなかったとの供述に変遷はなく,直曝による放射線量の検討を要しない。 そして,原告Gの入市後の行動も原告G本人の申告を考慮しても変遷があるため真実の行動状況を把握することは困難であるが,a記載の被爆者健康手帳交付申請書に添付された申述書(乙H4号証の2),調査票(乙H4号証の3),異議申立書(乙H3号証),健康診断個人票(乙H5号証,8号証)の各記載から,原告Gに最も有利な記載を前提にして,原告Gが原爆爆発1時間後には爆心 申述書(乙H4号証の2),調査票(乙H4号証の3),異議申立書(乙H3号証),健康診断個人票(乙H5号証,8号証)の各記載から,原告Gに最も有利な記載を前提にして,原告Gが原爆爆発1時間後には爆心地から500メートルの広島市a町に所在した広島第1陸軍病院へ赴き,8月14日まで同所において救護活動に従事したものと仮定して,同原告の誘導放射能による被曝線量を推定すると,累積被曝線量は8.0センチグレイと推定された(審査の方針別表10(広島)。これによると,広島の爆心地から500メートル地点の誘導放射能:3(1~8時間)+2(8~16時間)+1(16~24時間)+1(24~32時間)+1(32~40時間,以降0)=8センチグレイとなる。)。 また,原告Gは,広島市a・b地区に滞在又は居住した経過は認められないことか ら,放射性降下物による残留放射線被曝の影響はないものと判断された。 このように,同原告の被曝線量は,8.0センチグレイを超えることはないものと推定される。 (イ)急性症状についてa原告らは,原告Gは被爆後,歯茎からの出血,倦怠感,脱毛,発熱,めまい,白血球の減少,リンパ節の腫れ等があった旨主張する。しかしながら,上記各症状の存在や程度については,原告Gの供述しかなく,医証等の裏付けがなく,客観性に欠ける。また,原告Gの被爆後の症状については,調査票(乙H4号証の3)の「原爆によると思われる急性症状」欄の「貧血」及び「歯ぐきから血がでた」との各項目の「ていど」欄にいずれも「軽度」と記載され,また,「その他」の項目の「ていど」欄に「身体がだるい」と記載されているが,「熱がでた(発熱)」,「げり(下痢)」,「毛が抜けた(脱毛)」,「皮下に血のはんてんがでた」(紫班),「血便がでた」,「鼻血がでた」,「口内炎・咽頭痛」の各項目に 身体がだるい」と記載されているが,「熱がでた(発熱)」,「げり(下痢)」,「毛が抜けた(脱毛)」,「皮下に血のはんてんがでた」(紫班),「血便がでた」,「鼻血がでた」,「口内炎・咽頭痛」の各項目については何ら記載されておらず,また,「原爆によると思われる慢性症状」欄のうち,「貧血」と「疲労感」の各項目にはまる印をつけ,その他の「めまい」,「筋痛」,「衰弱感」,「ケロイド」,「その他」の各項目には何も記載されていないことからすれば,原告Gは,昭和35年ころに被爆者健康手帳交付申請に当たり,被爆後の症状について,軽度の歯茎からの出血や体のだるさといった急性症状,貧血や疲労感といった慢性症状があるものの,それ以外の症状がないと申述していたことが推定でき,これと齟齬する症状があったことについては疑わざるを得ない。 b原告Gに発現したとする症状のうち,歯茎(口腔粘膜)からの出血については,放射線学的に被曝により発症する急性症状の一つであると認知されているが,その発現には,3グレイないし5グレイという高い放射線量の被曝が必要であると考えられており(乙A68号証249頁),原告Gのように8.0センチグレイ(0.08グレイ)という低い放射線量の被曝において発現するとは考え難く,放射線被曝よりも歯周炎(いわゆる歯槽膿漏)のような炎症性疾患による可能性が高いと考 えるのが合理的である。 c原告Gは,被爆後に急性症状として脱毛が発現し,頭髪がすべて失われた時期があったと述べるが,その発症時期については明確に記憶しておらず,また,上記調査票(乙H4号証の3)に一切記載がないこととも矛盾しており,同供述を信用することはできない。なお,放射線被曝の急性症状は,被曝後2か月ないし3か月以内に起こる症状であるとされている(乙第68号証326頁)ところ,異議申 に一切記載がないこととも矛盾しており,同供述を信用することはできない。なお,放射線被曝の急性症状は,被曝後2か月ないし3か月以内に起こる症状であるとされている(乙第68号証326頁)ところ,異議申立書別紙(乙H第3号証)では,「その後(昭和21年)頭髪は全部抜け」とされており,仮に原告Gの脱毛がその時期に生じていたとすれば,当該脱毛は,原爆放射線の被曝以外の要因により発現したと考えるのが合理的である。 また,原告Gは,複数のリンパ節の腫脹があり,そのうちの1つを手術で摘出したと供述するが,放射線の急性症状としてリンパ節の腫脹はとらえられておらず,また,その発症時期も昭和21年以降と述べられており(乙H8号証「既往歴」欄に「淋巴腺腫脹昭和21年より5年間」と記載されている。),脱毛と同様,被爆後相当時間が経過してからの発現と考えられることからすれば,放射線被曝による急性症状として発現したのではなく,他の感染性疾患により発症したと考えるのが合理的である。 d原告らはGの白血球の減少を主張するが,原告Gの白血球数は,原爆症認定申請直前の平成10年11月24日に6400あって(乙H5号証),正常値であるほか,医師の意見書(乙H6号証)にも白血球減少症の存在が確認されておらず,原告Gの原爆症認定申請時,白血球減少症が発現していなかったと推定される。 なお,原告Gの白血球数は,翌平成11年2月26日が5300,同年5月25日が3800,同年7月27日が3900,同年8月5日が3900,翌平成12年2月15日が3900と,平成11年ころになって減少している(甲H2号証の2,乙H8号証)が,いずれの数値も正常値(4000以上)をわずかに下回るものにすぎず,投薬治療を行っていない(甲H2号証の2)ことからすれば,平成11年ころから,程度の軽い白血球減 (甲H2号証の2,乙H8号証)が,いずれの数値も正常値(4000以上)をわずかに下回るものにすぎず,投薬治療を行っていない(甲H2号証の2)ことからすれば,平成11年ころから,程度の軽い白血球減少症が発現しているにすぎないと推定され,被 爆直後に白血球減少が発現したとの供述について疑いを持たざるを得ない。 なお,放射線の急性症状による白血球減少症については,被爆後50年以上経過してから発現するとは考えられないため,原告Gの平成11年以降の白血球減少症は原爆による放射線被曝とは無関係であると推定される。 (ウ)申請疾患についてa原告Gは,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症を申請疾患とする。また,原爆症認定申請時の医師の意見書(乙H6号証)には,慢性虚血性心疾患,高血圧,脳梗塞,骨粗鬆症が「負傷又は疾病の名称」欄に挙げられ,その他既往症として,脳梗塞,椎骨脳底動脈循環不全が記載されている。 b椎骨脳底動脈循環不全とは,「椎骨脳底動脈領域の循環不全により一過性に出現する症候群.後頭葉の血流不全による視力障害,脳幹部循環不全による回転性めまい,起立・歩行障害,複視などが出現する.間欠的に急にくずれるように倒れるdropattackを呈することもある(間欠性椎骨動脈閉塞症intermittentvertebralocclusion).原因疾患として,椎骨脳底動脈の粥状硬化が最も多いが,頚椎による圧迫,鎖骨下動脈スチール(盗血)現象(鎖骨下動脈スチール症候群subclavianstealsyndrome)などにより間欠性に症状が出現する場合もある.椎骨脳底動脈領域の血管支配は個体差が大きく,血管が狭窄・閉塞した際,側副血行路(→側副循環)が重要な意義を有する.急激な頭部の回転,起立などが発作を誘発し どにより間欠性に症状が出現する場合もある.椎骨脳底動脈領域の血管支配は個体差が大きく,血管が狭窄・閉塞した際,側副血行路(→側副循環)が重要な意義を有する.急激な頭部の回転,起立などが発作を誘発しうる.」(南山堂医学大辞典より抜粋)であるが,列挙された原因に放射線被曝が含まれていないように,放射線被曝が椎骨脳底動脈循環不全の発現に至る機序に影響を与えるという科学的知見は存在しない。 この点,原告らは,原告Gの申請疾病名である椎骨脳底動脈循環不全という病名は,神経学的にはっきり診断基準のない病態を表した病名で,原因不明のめまいが続くときに便宜上付けられることの多い病名であるところ,原告Gの体全体の倦怠感,脱力感は原爆ぶらぶら病の症状そのものであって,それにより椎骨脳底動脈循 環不全と診断されたものである旨主張する。 しかしながら,原告Gの主治医は,意見書(乙H6号証)において,「全身血管の動脈硬化の進行を来し」と記載しているように,原告Gの椎骨脳底動脈循環不全の発症要因につき,椎骨脳底動脈(なお,同医師は,循環不全を来した動脈が,椎骨脳底動脈の中の後下小脳動脈付近であることまで特定している(乙H第10号証)。)の硬化が原因である旨意見を述べている。 c脳梗塞は,脳動脈の一部に限局性の閉塞が何らかの機序により起こると,その血管によって灌流されている部位が壊死して起こるとされており,発生機序から血栓性,塞栓性,血行力学性に分けられる。脳血栓は血管壁の動脈硬化による障害部位に血栓が形成されて起こる。また,血栓形成には凝固異常が関与することもある。脳塞栓は血液が良好に保たれている部分の末梢で栓子により動脈が閉塞されて起こる。血行力学性(血行動態の障害)による梗塞は通常,中枢側の血管の狭窄あるいは閉塞により血液供給が不十分で,しかも側副血行 。脳塞栓は血液が良好に保たれている部分の末梢で栓子により動脈が閉塞されて起こる。血行力学性(血行動態の障害)による梗塞は通常,中枢側の血管の狭窄あるいは閉塞により血液供給が不十分で,しかも側副血行も十分に機能しない場合,時には心臓の拍出力低下による脳全体の灌流低下に伴い生じるとされている(乙A54号証1976頁)。いずれにしても,放射線が発症原因になるとの知見はない。 ABCC,放影研では昭和33年から約2万人の成人健康調査集団を対象に2年に1度の定期検診を実施しているが,その集団における循環器疾患調査においては,その大部分の報告では虚血性心疾患,脳血管疾患及び高血圧性心疾患有病率と原爆放射線被曝との関連は認められておらず(乙A9号証162頁)。ただ,広島の女性にのみ,近距離被曝群に虚血性心疾患有病率が高率であることが示唆されているようであるが(同号証),明らかな有意差は認められていない。 「寿命調査第11報第3部改訂被曝線量(DS86)によるがん以外の死因による死亡率,1950-85年」(甲A67号証文献番号29)によっても,循環器疾患については,高線量域(2グレイ(200センチグレイ)以上)において相対リスクの過剰が認められたにすぎず,その相対リスクもがんの場合よりもはるかに小さいものであった。同文献13頁表5によれば,脳卒中(脳血栓が含まれ る。)については,線量反応関係を線形(L),線形-二次曲線(LQ),二次曲線(Q),線形-閾値(LT)いずれのモデルで検定しても,0.05未満で有意とされているP値は0.05を上回っている。 また,「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」(甲A67号証文献番号18)8頁表2をみると,脳梗塞の推定過剰相対リスクは1シーベルト当たり0.07にすぎず た,「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」(甲A67号証文献番号18)8頁表2をみると,脳梗塞の推定過剰相対リスクは1シーベルト当たり0.07にすぎず,90パーセント信頼区間の下限は0を下回っている。 d高血圧は生活習慣病の代表であるところ,高血圧患者の約90パーセントないし95パーセントは現時点で原因が究明されていない本態性高血圧患者であり,その他は原因が明らかな二次性高血圧患者である。本態性高血圧は遺伝因子と環境因子の複雑な相関により発症するところ,遺伝因子としては,高血圧原因遺伝子,ナトリウムイオン輸送欠陥説,自動調節説が,また,環境因子としては,食塩の過剰摂取,肥満,運動不足,ストレスなどがそれぞれ挙げられる。その他の因子としては,自律神経系の異常などの神経性因子,レニン-アンジオテンシン系,降圧系の内分泌性因子,腎性因子,インスリン抵抗性などが考えられている(乙A54号証724頁ないし735頁)。 ところで,収縮期及び拡張期の血圧は,加齢に伴って上昇することが知られている。この変化は収縮期血圧の方が著明で,拡張期血圧は加齢が進むと逆に低下を始める。そのため,高齢者では収縮期高血圧という状態になりやすいといわれている。 原爆被爆者においても同様の傾向がみられたが,これにも放射線量による差はみられなかった。また,寒冷刺激に対する血圧の反応も同様の結果であった(乙A9号証165頁,286頁)。 以上のとおり,高血圧について,放射線起因性を認めるに足りる知見は存在しない。 これに対し,原告らは,原告Gが罹患している高血圧症については,AHS第8報では有意な関係があるとされており,放射線起因性が認められる旨主張する。 しかしながら,AHS第8報(甲G8号証)における放影研の疫学調査にお 告Gが罹患している高血圧症については,AHS第8報では有意な関係があるとされており,放射線起因性が認められる旨主張する。 しかしながら,AHS第8報(甲G8号証)における放影研の疫学調査においては,高血圧に関する放射線量反応関係を求めたが,P値が0.14となり有意性が認められなかったことから,新たに二次線量反応モデルに当てはめた結果,有意性(P値0.028)があることが確認されたことを報告し,高血圧の発現における放射線被曝の影響を調査する必要性があることを示唆するにすぎない。 eなお,原告らは,原告Gの白内障,白血球減少症,膀胱がん,前立腺がんにも言及するが,上記各疾病は,いずれも原告Gの申請疾患とは異なる疾病であるから,原告Gの原爆症認定とは無関係である。 (エ) 結論 以上のように,原告Gの申請疾患である各疾病には,放射線起因性を見いだすことはできず,同疾病が原爆の放射線により引き起こされたことを裏付けるに足りる資料等の提出もない。したがって,原告Gの申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 ク原告H(ア)被爆状況についてa被爆地点について原告Hは,原爆投下時,a郡a(現a市)に滞在しており,a市が爆心地より40キロメートル以上離れた位置にあることからすれば,直曝により有意な放射線被曝があったとは考えられない。 b被爆後の行動について原告らは,原告Hの昭和20年8月7日の広島入市後の行動について,広島駅前からa町を通り,aの船舶練習部まで行進した旨主張するが,広島駅からaに向かうのに,わざわざ爆心地に近いa町を通るのは遠回りであり,当該行動については疑問を差し挟む余地がある。 さらに,原告Hは,同日午後3時ころ,再びa町に徒歩で行き,同地付近に一度到着した後,a交差点付近のビルに移動して就寝し, いa町を通るのは遠回りであり,当該行動については疑問を差し挟む余地がある。 さらに,原告Hは,同日午後3時ころ,再びa町に徒歩で行き,同地付近に一度到着した後,a交差点付近のビルに移動して就寝し,同月8日から同月11日までの4 日間,広島市内で死体処理作業等に従事したと述べる。 c推定被曝線量について原告Hは,直曝により有意な放射線に被曝したとは考えられない。 また,原告Hは,b記載の被爆後の行動によれば,昭和20年8月8日から同月11日までの4日間,広島市内に入市して死体処理作業等に従事していることから,同期間の残留放射能による被曝が問題となる。 そして,原告Hが原爆投下後に立ち入った地域については,東がa交差点,西がa川,北がa町とaを結ぶ路面電車の道路,南がその道路から100メートルも離れていない範囲内であったと供述していることから,爆心地からの距離としては,最も近いa町交差点付近で約300メートル,最も遠いa交差点で約800メートルであったことになる。 そこで,原告Hの誘導放射能による被曝放射線量を最大に見積もるため,原告Hが爆心地から約300メートルの地点(a町)に8月8日以降滞在していたと仮定して累積被曝線量を算定すると,審査の方針別表10によって,合計3センチグレイと推定される。 もちろん,上記数値は,原告Hについて考え得る最大見積もりであって,実際に原告Hが被曝した放射線量はそれより相当低い数値であると推定されるので,3センチグレイ未満が原告Hが被曝したと放射線量と推定される。 なお,原告Hは,同月7日にa交差点付近のビルにおいて就寝した旨述べるが,同地点は爆心から約800メートル離れており,審査の方針別表10の範囲から外れていることから分かるように,誘導放射能による有意な被曝が考え難いことから考慮する必要はない。 おいて就寝した旨述べるが,同地点は爆心から約800メートル離れており,審査の方針別表10の範囲から外れていることから分かるように,誘導放射能による有意な被曝が考え難いことから考慮する必要はない。 (イ)急性症状について原告らは,原告Hには,被爆後,下痢と倦怠感が生じた旨主張する。 そして,原告Hは,下痢は水性で,断続的ではあるが現在まで継続していると供述する。しかしながら,放射線障害による下痢は,放射線の照射により腸管に障害 が生じて発症するとされているから(乙A68号証250頁),放射線により障害が生じても,腸腺窩の幹細胞が増殖細胞,成熟細胞と分化し,絨毛を形成すれば回復するのであって,時間の経過により下痢等の症状も回復するのが自然であり,放射線障害により60年間も下痢の症状が断続的にでも継続するとは考え難い。また,腸管の障害は,1.2グレイ以上の被曝がなければ生じないとされており(同号証),原告Hのように放射線被曝線量推定値が3センチグレイ未満という微量の放射線被曝をした者について,下痢が被曝により発現したとは考え難い。 さらに,放射線により引き起こされた下痢は,医学上,血性の下痢が特徴であって(乙A62号証146頁),この点からも原告Hの下痢と原爆放射線の被曝とが無関係である可能性が高い。 他方,原告Hの倦怠感については,主観的な症状にすぎず,その原因や程度が不明確であるほか,一般に3センチグレイ未満という微量の放射線被曝により放射線急性症状が起こるという科学的知見はない。むしろ,急性症状が起こるのは,低LET放射線で1グレイ以上,高LET放射線でも,これと生物学的効果が等価に起きる線量の場合であるとされており(乙A68号証326頁),3センチグレイ未満という低線量の被曝による急性症状は考え難く,原告Hの供述に係る症状は, ,高LET放射線でも,これと生物学的効果が等価に起きる線量の場合であるとされており(乙A68号証326頁),3センチグレイ未満という低線量の被曝による急性症状は考え難く,原告Hの供述に係る症状は,いずれも原爆の放射線以外の要因により惹起されたものであると推測される。 (ウ)申請疾患についてa申請疾患の発生機序と病態について原告Hの申請疾患は,貧血である。貧血には様々な病態が存在するが,原告Hの貧血は,貧血の治療として鉄剤の投与を受けていること(乙I4号証),健康診断個人票における血液検査結果において,ヘモグロビン値と赤血球数がわずかに低下しているものの,白血球数や血小板数に異常がみられないこと(乙I5号証)からすれば,鉄欠乏性貧血であると考えるのが合理的である。 他方,放射線被曝による貧血は,放射線が骨髄に存在する造血組織を害することにより,赤血球が減少して貧血状態になるため発現するものであることが判明して おり,造血組織が傷害を受けると赤血球だけでなく白血球や栓球(血小板)を形成する機能も障害されるので,これらも減少するという症状を呈するのが一般である(乙A68号証243,244頁)。したがって,白血球数や血小板数に異常がない原告Hの貧血は,放射線によって引き起こされたものではないと推定することができる。 b原告Hのその他の疾病について原告Hの申請疾患は貧血だけであるが,原告らは,原爆症認定申請時の意見書(乙I4号証)の既往歴欄記載の動脈硬化性血管閉塞症(動脈硬化性疾患)も原爆放射線に起因する旨主張する。 この点,原告らは,動脈硬化性疾患の一つである心筋梗塞については,放射線被曝により発症率が増加することは放影研の研究からも明らかとなっており,また,放射線と血管病変の関係は動物実験,乳がん等の放射線療法で虚血性心疾患を呈 硬化性疾患の一つである心筋梗塞については,放射線被曝により発症率が増加することは放影研の研究からも明らかとなっており,また,放射線と血管病変の関係は動物実験,乳がん等の放射線療法で虚血性心疾患を呈した症例が数多く報告されており,放射線が血管病変を来すことは認められている旨主張する。 しかしながら,原告ら指摘の報告は,放射線治療による被曝によって周囲の血管に障害が生じたことを示す報告であるところ,一般に放射線治療においては,数十グレイ程度の非常に大きな線量を照射するところ,原告Hのように3センチグレイ(0.03グレイ)と非常に低い線量の被曝による人体影響を考慮するに当たり,上記のような放射線治療における報告を参考とすること自体が失当である。 (エ) 結論 以上のように原告Hの申請疾病には放射線起因性を見いだすことはできないから,原告Hの申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 ケ原告I(ア)原告Iの供述の信用性について原告Iは,認定申請書(乙J1号証)の最も重要な部分の一つである「被爆時以降における健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病に ついて医療を受け,又は原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があるときは,その医療又は自覚症状の概要」の欄に「詳細は別紙による。」と記載するところ,その本人尋問においては,上記申請書の別紙の記載については,自らを支援してくれた知人が記載したとして,その記載が全くの誤りである旨供述する。しかしながら,申請書に何が記載されているかについて,原告Iが何の確認もせずに提出したり,又は原告Iの知人が本人に確認せずに勝手に提出したとは到底考えられない。したがって,原告Iの被爆状況や被爆後の行動等,更に同人の症状等に関する供述等について,殊更に真の内容を変更して供述 出したり,又は原告Iの知人が本人に確認せずに勝手に提出したとは到底考えられない。したがって,原告Iの被爆状況や被爆後の行動等,更に同人の症状等に関する供述等について,殊更に真の内容を変更して供述した可能性があり,その信用性の判断は慎重になされる必要がある。 (イ)被爆状況についてa被爆地点について原告Iは,被爆当時,三菱兵器大橋工場に配属されており,三菱兵器住吉女子寮の中で被爆したと供述するところ,同所は,爆心地から約2.1キロメートルの距離にある(乙J5号証)。 b被爆後の行動について原告Iは,被爆後の行動として,被爆当日(8月9日),爆心地付近には滞在しておらず,むしろ爆心地から離れたと供述し,その後,放射性降下物による被曝を考慮すべきc地区又はその周辺地域に行っていないことも明らかである。 c推定被曝線量について原告Iの被爆状況,被爆後の行動についての供述は,(ア)記載のとおり,必ずしも信用性を認め難いものであるが,その供述を前提としても,原告Iが放射性降下物や誘導放射能により有意な放射線に被曝したとは考え難く,原告Iの被曝した放射線量は,せいぜい爆心地から2.1キロメートル離れた地点における直曝による放射線量にとどまるものである。 そして,審査の方針別表9によると,同距離の直曝による放射線量は9センチグレイと推定され,原告Iが三菱兵器住吉寮内で被爆していることから,同推定値に 建物の透過係数0.7を乗じた6.3センチグレイが原告Iの被曝した放射線量と推定される(なお,疾病・障害認定審査会においては,原告Iの被曝線量を6.2センチグレイと推定して審査を行っているが,推定線量の端数が一致しない理由は既述のとおりである。)。 仮に,原告ら主張のように,被爆地を爆心地から約2キロメートルとして原告Iの推定被曝線量を算 .2センチグレイと推定して審査を行っているが,推定線量の端数が一致しない理由は既述のとおりである。)。 仮に,原告ら主張のように,被爆地を爆心地から約2キロメートルとして原告Iの推定被曝線量を算定すると,審査の方針別表9により,同距離の直曝による放射線量は13センチグレイと推定され,同推定値に建物の透過係数0.7を乗じた9. 1センチグレイが原告Iの被曝した放射線量と推定される。 (ウ)急性症状について原告らは,原告Iの急性症状として下痢を挙げる。しかしながら,原告Iはその下痢は血性ではなかったとも述べるところ,放射線被曝が原因である下痢(放射線照射性腸炎)は出血を伴う血性の下痢である点が特徴とされており(乙A62号証146頁),原告Iの下痢が放射線被曝により引き起こされた可能性は低い。 (エ)申請疾患についてa申請疾患の発生機序と病態について原告Iの申請疾患は,肺がん及び転移性脳腫瘍である。なお,転移性脳腫瘍とは,肺がんなど脳以外の悪性腫瘍が脳に転移して発症する悪性腫瘍であるから,原告Iの脳腫瘍の発生要因に係る検討は,原告Iの肺がんの発生要因の検討をもって足りるというべきである。 肺がん発生の要因としては,通常喫煙が挙げられるように,肺がんも悪性腫瘍の一種であることからすれば,他の要因が関与して発症した可能性も否定することができない。 この点,審査の方針別表6-1及び6-2においては,肺がんの原因確率を示しているが,このように肺がんに特定した原因確率が示されていることは,原爆被爆者らに肺がんの発生が有意に増えていることが放影研の疫学調査で示唆されたためであって,放射線被曝により肺がんが引き起こされるとの科学的知見については被 告らもこれを否定するものではない。 しかしながら,肺がんは,確率的影響に分類される疾病であるところ で示唆されたためであって,放射線被曝により肺がんが引き起こされるとの科学的知見については被 告らもこれを否定するものではない。 しかしながら,肺がんは,確率的影響に分類される疾病であるところ,原告Iの推定被曝線量を前提にすると,審査の方針における原因確率を検討しても8.6パーセント未満(同別表6-2により,被曝線量が10センチグレイの場合の女性被爆者に発症した肺がんの原因確率が8.6パーセントである。)にすぎず,原告Iの肺がんは,現在の疫学調査の結果によれば,原爆の放射線によって引き起こされた可能性は少なく,他の原因により引き起こされた可能性が高いと考えざるを得ない。 b原告Iの申請疾患の診断と治療について原告Iは,現在,無料で医療の給付を受けており,民間療法の一種であるアガリクスの購入で経済的に困窮している旨述べるが,その服用は医師に指示されたものではない。 (オ) 結論 以上のように,原告Iの申請疾患である肺がん及び転移性脳腫瘍には,放射線起因性を見いだすことは困難であり,同疾病が原爆の放射線により引き起こされたことを裏付けるに足りる資料等の提出もない。したがって,原告Iの申請疾患に関する原爆症認定申請を却下した処分に誤りはない。 被告国に対する国家賠償請求(争点③)(原告らの主張)(1)責任原因ア2度にわたる原爆投下は,無辜の市民に対する無差別殺戮であって,当時において国際的に承認されていた様々な国際人道法に違反する行為であった。 ところが,被告国は,今日に至るまでの間,核兵器の使用を国際法違反であると明言することを避け,原爆症認定においても,原爆被害の実態に目を逸らし,間違った基準の下,杜撰な審査を行い,被爆者の声を次々に蔑ろにしてきた。 イ被爆者援護法は,認定要件を定めていても,その基準を定めているものでは け,原爆症認定においても,原爆被害の実態に目を逸らし,間違った基準の下,杜撰な審査を行い,被爆者の声を次々に蔑ろにしてきた。 イ被爆者援護法は,認定要件を定めていても,その基準を定めているものでは ない。これまでの判例は,原爆症であるか否かという判断について,推定線量としきい値の機械的な当てはめでは被爆の実態や原爆症の適否を判断することは不可能であること,被爆者の原爆症の認定に対しては,被爆状況や被爆後の行動等を詳細かつ慎重に調査した上で判断を下さねばならないことを繰り返し述べてきた。 この点,小西訴訟第1審判決は,同訴訟の原告小西の審査実態につき,「被告らが本訴で主張した審議のあり方に反するばかりか,厚生省公衆衛生局長の前記認定の「治療方針」「実施要領」にも反するものであり,その審議の結果は,従来の認定例との整合を欠くものであり,当裁判所の見解からしても支持できないものであって,少なくとも過失により審議会として払うべき注意義務に反する違法のものであったとの誹りを免れない。」と,そのあまりに杜撰な審査会の実態を顕わにした。 さらには,松谷訴訟最高裁判決においても,「DS86としきい値理論とを機械的に適用することによっては前記三1(七)の事実を必ずしも十分に説明することができないものと思われる。(中略)DS86としきい値理論を機械的に適用する限りでは発生するはずのない地域で発生した脱毛の大半を栄養状態又は心因的なもの等放射線以外の原因によるものと断ずることには,ちゅうちょを覚えざるを得ない。」と明言し,最高裁として,DS86としきい値理論の機械的適用を否定し,原爆症認定についての前述したとおりの総合的な検討による判断方法を示した。 なお,最高裁は,DS86としきい値理論の組み合わせを否定しただけであり,DS86自体を否定したものではな 械的適用を否定し,原爆症認定についての前述したとおりの総合的な検討による判断方法を示した。 なお,最高裁は,DS86としきい値理論の組み合わせを否定しただけであり,DS86自体を否定したものではないとの反論も考えられるが,「前記三1(7)の事実」(脱毛等の急性症状)に示される急性症状は一般的にもしきい値理論が適用されると言われているのであるから,最高裁が示したのは「しきい値が存在するはずの急性症状が遠距離でも発生している事実をDS86は説明できない」ということである。最高裁はDS86自体を否定したのである。 ウしかしながら,被告厚生労働大臣は,被爆者の被爆状況を個別具体的に検討して総合的に判断すべきとした判例の度重なる指摘を無視し,実際の運用を一切変えようとしなかった。その結果,被告厚生労働大臣は,杜撰極まりない運用のもと, 原告らに対して本件各却下処分を行った。 なお,被告厚生労働大臣は,平成13年に,自ら敗訴した過去の訴訟の原告さえ原爆症と認定され得ない「原因確率論」を導入している。同理論は,あたかも従前の認定基準が改善されたかのように見えるが,実際には,DS86としきい値の機械的な当てはめと本質的に何ら変わらず,個別的な検討を行うものでは全くない。 そして,被告厚生労働大臣は,原因確率以外の事情をほとんど考慮せず,原因確率なる基準に従って形式的に審査したにすぎない。「基準に即して却下した」という被告厚生労働大臣の抗弁は,何ら改善されていない基準をあえて採用し続けた本件各却下処分当時において通用するはずもなく,原爆症認定という職務を行う公務員が故意又は過失によって原告らに損害を与えたのは明らかである。被告国は国家賠償法1条1項に基づく責任を負わなければならない。 (2)損害ア概要原告らは,当然に原爆症と認定され,必要な給 公務員が故意又は過失によって原告らに損害を与えたのは明らかである。被告国は国家賠償法1条1項に基づく責任を負わなければならない。 (2)損害ア概要原告らは,当然に原爆症と認定され,必要な給付を受けるべきであるにもかかわらず,被告厚生労働大臣がした本件各却下処分や異議申立てに対する棄却処分により,長年の間救済されずに見捨てられてきた者である。その結果,高齢であるにもかかわらず,自ら原告となって本件訴訟を提起することを余儀なくされた。 以下記載の各原告らの具体的な被害内容に照らせば,被告厚生労働大臣の上記行為によって各原告らが被った精神的苦痛を慰謝するには,それぞれ200万円を下らない。 イ各原告らが被った損害(ア)原告A原告Aは,被爆後,様々な健康障害に苦しめられることとなった。特に目の障害は深刻で,右目は失明し,左目もほとんど見えない状況にあるため,外出するのに困難を伴っている。また,身体的な面だけでなく,被爆者ということで偏見を持たれたり,結婚・出産に躊躇せざるを得なくなったりした。原告Aは,このような苦 しみが原爆によるものであることを認めてもらうため,原爆症認定の申請をしたにもかかわらず,「起因性は認められるが要医療性はない」という理由で,その申請は却下されてしまった。そればかりか,訴訟になって,起因性はないと判断していた,様式を誤って通知してしまったなどと被告らから主張されている。 このように,原告Aは,被告らのずさんな原爆症認定行政により,甚大な精神的苦痛を被ることとなった。本件提訴後の被告らの不誠実な訴訟活動により,その苦痛は一層増すこととなった。このような被告厚生労働大臣の却下処分と本訴における係争の長期化によって原告Aが被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (イ ,その苦痛は一層増すこととなった。このような被告厚生労働大臣の却下処分と本訴における係争の長期化によって原告Aが被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (イ)原告B原告Bの健康状態は,被爆によって大きく変化し,何ともいえない体のだるさ,疲れやすいという新たに生じた体質を抱えながら,これまでの間,何とか生活を続けてきた。そして,ようやく落ち着いた生活を送れるようになった矢先に,原告Bは,白内障,甲状腺機能低下症,乳がんといった明らかに原爆放射線の影響と考えられる疾患に次々に罹患し,長きにわたって闘病を余儀なくされるに至った。また,頻繁に骨折が生じるようにもなった。 そして,原告Bは,自らの病気を原爆症として認定を受け,適切な治療を早期に受けるため,本件原爆症認定申請を行った。ところが,被告厚生労働大臣は,意見書を書いた医師の意見も聞かず,また,本人からの聴き取りを行うことなく,形式的基準のみで原告Bの申請を却下したものである。自らの疾患が原爆症であると確認している原告Bにとって,同申請が簡単に却下されたことによる精神的苦痛は計り知れない。それは,被爆者の名誉にもかかわることでもある。だからこそ原告Bは,高齢であるにもかかわらず本件訴訟を提起するに至ったものである。原告Bが被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (ウ)原告C原告Cは,被爆以前は,非常に健康な小学生であった。しかし,原爆被爆を境に して,以後体調不良を恒常的に訴えた。そして,その苦しみは60年もの間原告Cの体をむしばみ続けた。 原告Cは,胃がんに罹患し,それは原爆放射線に起因するものであった。そして,胃がんの治療のために手術を受け,死ぬ思いであった抗がん剤の治療をも乗り越えてきた。原爆の 間原告Cの体をむしばみ続けた。 原告Cは,胃がんに罹患し,それは原爆放射線に起因するものであった。そして,胃がんの治療のために手術を受け,死ぬ思いであった抗がん剤の治療をも乗り越えてきた。原爆のためにこれだけの苦しみを受けたのであるから,当然原爆症と認定されるべきであるにもかかわらず,被告厚生労働大臣は,原因確率を機械的に適用して原告Cの申請を却下した。そして,本件訴訟においても被告らは却下処分の誤りを正そうとせず,被爆者を切り捨てるための非科学的な主張に固執している。 このような被告らの対応により,原告Cの精神的苦痛は現在も増すばかりであり,原告Cが被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (エ)原告D原告Dは,中学生のときに被爆し,体中に熱線を浴び,火傷治療のために多大な苦痛を強いられた。中学に復学するのにも1年を要している。その後も,重度の疲労感,倦怠感を中心とする慢性原子爆弾症に苦しめられ,大学を留年し,職を転々とせざるを得なかった。このように,原告Dは,被爆後,現在に至るまで,長年にわたって多病を患っており,在職中も身体不調のため,十数回も職場を変える状態が続いている。 また,原告Dは,現在も,申請疾病だけでなく,多種多様の病気に苦しんでいる。 それにもかかわらず,自己に残された原爆の具体的な「傷跡」というべきケロイド瘢痕上に生じた皮膚がんさえ,被告厚生労働大臣は原爆症と認定しなかった。原告Dは,被爆後60年間,被爆者として心身ともに苦しんできた。原告Dの疾病は否定しようのない原爆症である。にもかかわらず被告らに原爆症と認められなかった原告Dの精神的苦痛は想像を絶するものがある。 原告Dは,被告国の命令で,被告国のために動員され,被爆したのである。それにもかかわらず,当然受けられるはずの原 かわらず被告らに原爆症と認められなかった原告Dの精神的苦痛は想像を絶するものがある。 原告Dは,被告国の命令で,被告国のために動員され,被爆したのである。それにもかかわらず,当然受けられるはずの原爆症認定を被告厚生労働大臣から受けら れなかった。再び,原告Dは被告国らによって踏みにじられたのであり,その精神的損害は甚大で,原告Dが被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (オ)原告E原告Eは,被爆する以前は,非常に健康で元気な少年であったにもかかわらず,12歳の若さで被爆し,2年もの間寝たきりの生活を余儀なくされ,それ以降もケロイド瘢痕が残った身体への劣等感に悩み,さらには全身倦怠感を始めとする体調不良に苦しめられ続けてきた。 このように,原告Eは,被爆したことによって一生涯にわたって多大な苦痛を被り続けてきたところ,被告厚生労働大臣が原告Eからの聴取をすることもなく,その理由も告げないままに却下し,さらには原告Eからの異議申立てをも棄却したことは,原告Eが被ってきた人生全般にわたる苦痛を否定するに等しいものであり,原告Eはこの被告厚生労働大臣の処分によって大きな精神的な苦痛を被り,解決が長引くことによりその苦痛はさらに増大を続けている。 このような被告厚生労働大臣の却下処分と本訴における係争の長期化によって原告Eが被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (カ)原告F原告Fは,20歳で妊娠5か月のときに被爆し,急性症状があったほか,長期間にわたって,体がだるく疲れやすく,吐き気や頭痛に悩まされ続けてきた。これは原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)と呼ばれ,原因不明のために怠け者とか仮病とかいわれて,被爆者を一層苦しめてきた症状である。原告Fも夫から「怠けている すく,吐き気や頭痛に悩まされ続けてきた。これは原爆ぶらぶら病(慢性原子爆弾症)と呼ばれ,原因不明のために怠け者とか仮病とかいわれて,被爆者を一層苦しめてきた症状である。原告Fも夫から「怠けている」と非難され,しんどくても横にもなれないような状態であったから,苦しい思いをしながらも医者にみてもらうこともなく過ごしてきた。 原告Fは昭和47年に倒れて,初めて受診し,被爆の影響を知ったのであり,それは被爆後27年もたってのことであった。この間,被告国が放射線の人体への影 響について,被爆者の立場に立った調査研究と救済を進めてこなかった責任は大きい。 原告Fは,平成8年に甲状腺機能低下症(橋本病)と診断され,平成14年11月に本件認定申請をしたが,平成15年8月に却下された。前記のとおり,同じころに申請した甲cが認定されたにもかかわらず,同じような被爆状況で,同じ疾病であった原告Fが認定されなかったのは理由のない差別であり,原告Fには全く納得することができなかった。 原告Fは,これまで長期間にわたって,原爆放射線に起因する疾病に苦しみ続け,既に81歳になっている。これは,被告国が早期に被爆者の救済をしてこなかったことによる重大な損害である。このような被告厚生労働大臣の杜撰な却下処分と,本訴における紛争の長期化によって,原告Fが被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (キ)原告G原告Gは,陸軍衛生二等兵として,軍の命令により原爆投下の当日には広島の爆心地付近に戻り,その翌日から爆心地近くで死体処理や救出作業をさせられたものであり,軍の命令がなければ原告Gの被爆もなかった。 原告Gは,被爆後,一貫して身体の内部からわき起こるような倦怠感を持ち続け,定職にも就くことができず,妻や弟の支えで生活をしてきた。原告G れたものであり,軍の命令がなければ原告Gの被爆もなかった。 原告Gは,被爆後,一貫して身体の内部からわき起こるような倦怠感を持ち続け,定職にも就くことができず,妻や弟の支えで生活をしてきた。原告Gの人生は,病気との闘いの人生であり,様々な疾患に罹ってきた。この間,原告Gは,被爆者への偏見と差別から原爆症の認定を見送ってきたが,子どもも就職,結婚したことと,原因不明のめまいのためいつ倒れるかわからないという不安から,原爆症の申請を行った。ところが,申請は却下され,これに対する異議申立ては4年近くも放置され,棄却されたのである。原告Gは,自分自身も含め,もっと早く,被告国が救済の手を差し伸ばしてくれたら,もっと多くの人が助かったかもしれないと考え,早期の救済を訴えている。 このような被告厚生労働大臣の杜撰な却下処分と,本訴における紛争の長期化に よって,原告Gが被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (ク)原告H原告Hは,生まれは福岡県小倉市であり,広島とはもともとなんの縁もなかった。 徴兵されて広島に赴任し,軍の命令により原爆投下翌日から爆心地近くでの死体処理作業をさせられたものである。被告国(軍)の命令がなければ原告Hの被爆もなかったのである。 被爆以来,60年もの間,原告Hは様々な健康障害に苦しめられてきた。病めるとき以外でも,少しでも無理をすると大病になると自覚し,20代の青年期より通常の健康な者であればできる行動ができず,身体をいつもいたわりながら生活してきた。現在も貧血や動脈硬化性の疾患,断続的に継続する下痢等により,自宅からほとんど外に出られない状態で生活を送っている。 原告Hは,青年期から現在に至る人生の大部分を被爆者として生活しなければならなかった。せめて自分自身が罹患した幾多の疾病 継続する下痢等により,自宅からほとんど外に出られない状態で生活を送っている。 原告Hは,青年期から現在に至る人生の大部分を被爆者として生活しなければならなかった。せめて自分自身が罹患した幾多の疾病が原爆放射線が原因であることを認めて欲しいとの思いから原爆症認定を申請したが,被告厚生労働大臣は,原告Hが入市被爆者であることから,DS86の利用により原告Hの被曝線量を過小評価し,まともな理由付けも示さぬまま数行の文章による却下通知をした。そして,本件訴訟においても被告らは却下処分の誤りを正そうとはしない。原告Hの精神的苦痛は現在も増すばかりである。原告Hが被った精神的苦痛をあえて慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 (ケ)原告I原告Iは,被爆する以前は非常に健康で,活発な女性であったにもかかわらず,17歳という若さで被爆した以降,今まで60年もの間,常に全身倦怠感,体調不良に苦しめられ続けてきた。 申請疾病である肺がんを患い,さらにがんが脳に転移するに至って,今や原告Iは病院への入通院以外はほとんど自宅から出ることもできず,自宅内で体を動かす ことすら苦痛を伴うような状況におかれている。 このように原告Iは,被爆したことによって一生涯にわたって多大な苦痛を被り続けてきたところ,被告厚生労働大臣がその認定申請を却下し,原告Iが被ってきた苦痛を否定するかのような結論を下したことにより,原告Iはさらに大きな精神的な苦痛を被り,解決が長引くことによりその苦痛はさらに増大を続けている。 このような被告厚生労働大臣の却下処分と本訴における係争の長期化によって原告Iが被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 ウ弁護士費用原告らは,被告厚生労働大臣ないし厚生大臣の前記違法行為により,本訴の提起,追行を 係争の長期化によって原告Iが被った精神的苦痛を慰謝料として評価すれば,200万円を下ることはない。 ウ弁護士費用原告らは,被告厚生労働大臣ないし厚生大臣の前記違法行為により,本訴の提起,追行を余儀なくされた。原告らが原告ら訴訟代理人に支払うことを約した着手金及び報酬のうち原告ら各自につき100万円を下らない部分は被告国が負担すべきである。 (被告らの主張)(1)責任原因ア被告厚生労働大臣による本件各却下処分はいずれも適法であるから,原告らの被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がない。 イ原告らは,被告厚生労働大臣は,本件各却下処分に当たり,原因確率以外の事情をほとんど考慮せず,原因確率なる基準に従って形式的に審査したにすぎないなどと主張する。 しかしながら,原爆症認定審査においては,総合的な判断が必要であり,事前の資料収集等を含み,十分な審査が行われている。原因確率が審査の方針に定められている疾病等については,被爆者医療分科会で配布される資料において事前に算定した原因確率が記載されているところ,原因確率が50パーセント以上の場合には,改めて放射線起因性について議論する必要性は乏しいため,極めて短時間で認定するとの結論が得られることが多いが,下調べの段階で資料の追加提出を求めている のが全体の20ないし30パーセントはあるとされており,事前の資料収集等に相当の時間と手間を費やしているのであるから,被爆者医療分科会における審査時間の長短をもって十分な審査がされていないということはできない。被爆地点,被爆距離,被爆時の状況,被爆後の行動については,当該申請を被爆者医療分科会に諮問するに当たり,厚生労働省においても,申請者から提出された情報を子細に検討し,必要に応じて都道府県等に照会するなどし 被爆距離,被爆時の状況,被爆後の行動については,当該申請を被爆者医療分科会に諮問するに当たり,厚生労働省においても,申請者から提出された情報を子細に検討し,必要に応じて都道府県等に照会するなどして,その正確な事実関係の把握に努めているところである。 (2)損害原告らの主張は争う。 第4当裁判所の判断 原子爆弾による被害の概要証拠(甲A11号証の1及び2,13号証,17号証,22号証,29号証,30号証,34号証,36号証,42号証,43号証,45号証,67号証,75号証,76号証,86号証,90号証,113号証の1ないし3,114号証,115号証の3,4,9及び11の2,117号証の9,118号証の1及び3,119号証,124号証の9及び11,乙A3号証ないし5号証,7号証,9号証,12号証,13号証,20号証,24号証ないし28号証,32号証,33号証,38号証,43号証,46号証,58号証,60号証,62号証,68号証,91号証,証人L,同K,同J)によれば,原子爆弾による被害の概要について,以下のとおり認められる(当事者間に争いのない事実を含む。)。 (1)原子爆弾の威力ア原子爆弾の概要広島に投下された原子爆弾はウラン235,長崎に投下された原子爆弾はプルトニウム239を核分裂性物質(核爆薬)とし,砲身式(ガンタイプ)の広島原爆の場合は,2つの臨界未満の濃縮ウラン片を火薬の爆発による推進力で急速に合体させ,また,爆縮式(インプロージョン型)の長崎原爆の場合は,臨界未満のプルト ニウム塊を爆縮レンズと呼ばれる周囲に配置した高性能爆薬による収斂的な衝撃波によって圧縮して,臨界量を超えさせると同時に引き金の中性子を打ち込むことにより,核分裂連鎖反応を始めさせ,連鎖反応が続く100万分の1秒という瞬間に,広島原爆 置した高性能爆薬による収斂的な衝撃波によって圧縮して,臨界量を超えさせると同時に引き金の中性子を打ち込むことにより,核分裂連鎖反応を始めさせ,連鎖反応が続く100万分の1秒という瞬間に,広島原爆では約700グラム,長崎原爆では約1キログラムの核爆薬が核分裂して核爆発が起こった。 原子爆弾の出力は,TNT(トリニトロトルエン)火薬に換算して,広島原爆では約15キロトン(DS86による推定出力)ないし16キロトン(DS02による推定出力)であり,長崎原爆では約21キロトン(DS86及びDS02による推定出力)と推定されている。 核爆発により瞬間的に爆弾内に生じた高いエネルギー密度によって,核爆薬,核分裂生成物や爆弾容器は,数百万度の超高温と数十万気圧という超高圧の気体あるいはプラズマ状態になり,様々な波長の電磁波でエネルギーを放出しながら急速に膨張し,これら放出された電磁波と核分裂によって発生したガンマ線は,周囲の大気に吸収されて灼熱の火球が出現し,火球からは強烈な熱線が放出されるとともに,この火球の急激な膨張によって衝撃波が形成された。 原子爆弾によって発生したエネルギーのうち,約50パーセントが爆風のエネルギー,約35パーセントが熱線のエネルギー,約15パーセントが放射線のエネルギーとなったとされている。 イ熱線原子爆弾の爆発と同時に空中に発生した火球は,爆発の瞬間に最高数百万度に達し,0.3秒後に火球の表面温度は約7000度に達した。爆心地付近の温度は,約3000度から4000度に達したものと推定されている。原子爆弾による熱線は,爆発後約3秒以内に99パーセントが地上に影響を与えた。 ウ爆風原子爆弾の爆発とともに爆発点に数十万気圧という超高圧が作られ,周りの空気が膨張して爆風となった。爆心地辺りでの風速は毎秒280メートル,爆心 3秒以内に99パーセントが地上に影響を与えた。 ウ爆風原子爆弾の爆発とともに爆発点に数十万気圧という超高圧が作られ,周りの空気が膨張して爆風となった。爆心地辺りでの風速は毎秒280メートル,爆心地から 3.2キロメートル地点でも毎秒28メートルであったとされている。爆風の先端は音速を超える衝撃波(高圧な空気の壁)として進行し,その後部から音速以下の空気の流れが追いかけて移動した。 エ放射線空中爆発による原子爆弾の放射線(以下「原爆放射線」ということがある。)は,爆発後1分以内に空中から放射される初期放射線(全エネルギーの約5パーセント)と,それ以後の長時間にわたって放射される残留放射線(全エネルギーの約10パーセント)の2種類に分類される。また,初期放射線は,原子爆弾炸裂時の核分裂反応の際に放出される即発放射線と,上昇する火球の中の核分裂生成物から放出される遅発放射線に分けられる。なお,核分裂生成物の主な核種は,セシウム137,ストロンチウム87,ストロンチウム90,セリウム144及びヨウ素であり,ヨウ素が約2分の1を占めるとされ,放射性ヨウ素の中ではヨウ素131が主であるとされている(乙A9号証)。 初期放射線の主要成分はガンマ線と中性子線である。ガンマ線は,ソースターム(線源項)から直接放出される1次ガンマ線と,中性子の非弾性散乱や吸収に伴う2次ガンマ線とに分かれる。 残留放射線は,核分裂生成物や分裂しなかったウラン235(広島原爆の場合)ないしプルトニウム239(長崎原爆の場合)が空中に飛散し,地上に降り注いだ放射性降下物と,地上に降り注いだ初期放射線(中性子線)が地表や建築物資材の原子核に衝突して原子核反応を起こし,それによって放射能を誘導する誘導放射能に分けられる。 (2)原子爆弾による被害の概要ア熱線による 地上に降り注いだ初期放射線(中性子線)が地表や建築物資材の原子核に衝突して原子核反応を起こし,それによって放射能を誘導する誘導放射能に分けられる。 (2)原子爆弾による被害の概要ア熱線による被害原子爆弾による熱線は,爆心地付近では人体を炭化させ,瓦や岩石の表面を溶融させるほどの熱作用をもたらし,かなり広範囲にわたって人体に重度の火傷を負わせ,また,火災を発生させて多数の焼死者を作り出した。 衣服をまとわぬ人体皮膚の熱線火傷(1平方センチメートルあたり2カロリー以上の熱量で起こる。)は,爆心地から広島では約3.5キロメートルまで,長崎では約4キロメートルまで及んだ。また,爆心地から約1.2キロメートル以内で遮蔽物のなかった人が致命的な熱線火傷を受け,死者の20パーセントないし30パーセントがこの火傷によるものと推定されている。また,熱線による織物や木材などの黒こげ(1平方センチメートルあたり3カロリー以上の熱量で起こる。)は,爆心地から広島では約3キロメートルまで,長崎では約3.5キロメートルまで及んだ(甲A43号証)。 イ爆風による被害原子爆弾の爆風による人間の死亡や外傷は,主として建築物の崩壊や飛び散る破片によるものであった。爆心地から約1.3キロメートル以内においては,爆風による死傷が特に深刻で,死者の約20パーセントはこれによるものであった。 また,爆風と熱線,火災の効果が相乗して被害が増幅された。すなわち,熱線による建築物等への全面的な着火は大規模な火災を引き起こし,巨大な火事嵐となって大災害につながった。熱線によって着火した建築物等は,続いてやって来る衝撃波と爆風によって着火したまま崩壊し,屋内にいた人々をその下敷きにした。爆風によって一時的に炎が吹き飛ばされることがあっても,しばらくくすぶり続け,衝撃波,爆 火した建築物等は,続いてやって来る衝撃波と爆風によって着火したまま崩壊し,屋内にいた人々をその下敷きにした。爆風によって一時的に炎が吹き飛ばされることがあっても,しばらくくすぶり続け,衝撃波,爆風の通過後,倒壊した建築物等から一斉に発火し,爆発後かなりの時間経過後火災を引き起こす場合もあった。熱線と火事の両方による人体火傷が死者の約60パーセントに対する原因であったと考えられている(甲A43号証)。 爆風と火災により灰じんに帰した総面積は,広島では約13平方キロメートル,長崎では約6.7平方キロメートルであった。建物の被害状況は,広島(被爆前の建物数約7万6000戸)では全壊全焼が62.9パーセント,全壊が5.0パーセント,半壊・半焼・大破が24.0パーセント(合計91.9パーセント)であり,長崎(被爆前の建物数約5万1000戸)では全壊全焼が22.7パーセント,全壊が2.6パーセント,半壊・全焼・大破が10.8パーセント(合計36.1 パーセント)であった。 ウ放射線による被害原子爆弾の放射線による障害は,昭和20年8月の爆発時から同年12月末までの時期の症状である急性障害と,昭和21年以降に発生した後障害とに区別することができる。 (ア)急性障害急性障害の内容は,後記(3)ウ(ア)のとおりであり,被曝直後から現れる急性症状と被曝後2週間後くらいから現れる亜急性症状とに分けることができる。 東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告(昭和20年10月に米国原子爆弾災害調査団が広島で被害調査を行った際に東京帝国大学医学部診療班が随行して爆心地からの5キロメートル以内の被爆者5120人を調査した結果。甲A124号証の9,11,乙A91号証)によれば,爆心地からの距離(2.0キロメートルまで)に応じて以下のような急性症状が発 行して爆心地からの5キロメートル以内の被爆者5120人を調査した結果。甲A124号証の9,11,乙A91号証)によれば,爆心地からの距離(2.0キロメートルまで)に応じて以下のような急性症状が発現したとされている。 a爆心地からの距離が0.5キロメートルまでの被爆者(27人)脱毛77.7パーセント(21人)皮膚溢血症33.3パーセント(9人)口内炎62.9パーセント(17人)下痢37.0パーセント(10人)発熱66.6パーセント(18人)悪心嘔吐59.2パーセント(16人)食思不振48.1パーセント(13人)倦怠感44.4パーセント(12人)b爆心地からの距離が0.6キロメートルから1.0キロメートルまでの被爆者(300人)脱毛70.3パーセント(211人)皮膚溢血症33.6パーセント(101人) 口内炎50.0パーセント(150人)下痢42.0パーセント(126人)発熱55.6パーセント(167人)悪心嘔吐53.6パーセント(161人)食思不振46.6パーセント(140人)倦怠感49.0パーセント(147人)c爆心地からの距離が1.1キロメートルから1.5キロメートルまでの被爆者(947人)脱毛27.1パーセント(257人)皮膚溢血症13.9パーセント(132人)口内炎19.7パーセント(187人)下痢18.5パーセント(176人)発熱22.0パーセント(209人)悪心嘔吐18.6パーセント(177人)食思不振18.2パーセント(173人)倦怠感20.2パーセント(192人)d爆心地からの距離が1.6キロメートルから2.0キロメートルまでの被爆者(1474人)脱毛9.0パーセント(134人)皮膚溢血症4.6パーセント(69人)口内炎 ーセント(192人)d爆心地からの距離が1.6キロメートルから2.0キロメートルまでの被爆者(1474人)脱毛9.0パーセント(134人)皮膚溢血症4.6パーセント(69人)口内炎6.3パーセント(93人)下痢6.7パーセント(99人)発熱7.3パーセント(109人)悪心嘔吐4.2パーセント(63人)食思不振7.5パーセント(112人)倦怠感8.6パーセント(127人) また,長崎医科大学外科第一教室の調来助教授らによる「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察」(甲A67号証文献番号4,90号証)によれば,昭和20年10月から同年12月にかけて調査した結果,爆心地からの距離と脱毛との関係は以下のとおりであったとされている。 a爆心地からの距離が1キロメートルまでの被爆者生存者例(250人)33.2パーセント(83人)死亡者例(99人)24.2パーセント(24人)b爆心地からの距離が1キロメートルから1.5キロメートルまでの被爆者生存者例(612人)23.4パーセント(143人)死亡者例(45人)40.0パーセント(18人)c爆心地からの距離が1.5キロメートルから2キロメートルまでの被爆者生存者例(352人)9.4パーセント(33人)死亡者例(14人)21.4パーセント(3人)(イ)後障害(晩発障害)昭和21年以降に原爆放射線に起因して発生した後障害としては,後記のとおり,白血病,甲状腺がん,乳がん,肺がん,胃がん,結腸がん,食道がん,卵巣がん,膀胱がん,多発性骨髄腫などの悪性腫瘍や,白内障などが挙げられる。 (3)放射線が人体に与える影響ア概要放射線が人体に与える影響は,しきい値の有無で確定的影響と確率的影響に,発現時間の違いで急性影響と後影響(晩発影響)に,影響発症者 白内障などが挙げられる。 (3)放射線が人体に与える影響ア概要放射線が人体に与える影響は,しきい値の有無で確定的影響と確率的影響に,発現時間の違いで急性影響と後影響(晩発影響)に,影響発症者の違いで身体的影響と遺伝的影響に分類される。 イ確定的影響と確率的影響放射線が人体に与える影響には,大きく分けて確定的影響と確率的影響の2種類あると考えられている。 (ア)確定的影響 確定的影響は,細胞死に伴う臓器(組織)の機能障害に関連するものである。ある臓器(組織)が被曝した場合,その臓器(組織)を構成する多数の細胞のうちある割合が死ぬが,被曝線量がある線量以下である場合は死ぬ細胞の割合も小さく,生存した細胞で代償されて機能の低下が起こらず,その後の細胞増殖により元の細胞数に戻り,その臓器(組織)の機能も完全に回復する。しかし,線量があるレベルを超え,細胞がある割合以下になるまでに死んでしまうと,代償が不可能となり,その臓器(組織)の機能が完全に停止し,障害が起こる。ある線量以下の被曝では,臓器(組織)の細胞数の減少がその機能を停止するまでに至らないので,しきい値(しきい線量)が存在することになる。このような影響を確定的影響という。この確定的影響の特徴は,その影響が起こるための線量にしきい値(しきい線量)があり,また,線量とともにその重篤度が変わる(線量が大きいほどより重篤となる。)点にあり,白内障,皮膚の紅斑,脱毛,不妊,血液失調症などが挙げられている(乙A60号証,68号証)。 (イ)確率的影響確率的影響は,被曝した臓器(組織)を構成する細胞のDNA分子の何らかの変化に関連するものである。この場合は,理論的には放射線がDNAにたった1つの損傷を作った場合でも障害が起こる可能性があるので,どんなに低い線量でも障害が起こり を構成する細胞のDNA分子の何らかの変化に関連するものである。この場合は,理論的には放射線がDNAにたった1つの損傷を作った場合でも障害が起こる可能性があるので,どんなに低い線量でも障害が起こり得ることになる。このような影響を確率的影響という。この確率的影響の特徴は,線量とともに障害が起こる頻度が増加するが,重篤度は線量に依存しない点にあり,発がんや遺伝的影響が含まれるとされている(乙A60号証)。 ウ急性障害(急性影響)と後障害(後影響)(ア)急性障害(急性影響)急性障害は,さらに,第1期(被曝直後から第2週の終わりまでの2週間),第2期(第3週から第8週の終わりまでの6週間),第3期(第3月から第4月の終わりまでの8週間)に分けることができる。 第1期には以下のような急性症状がみられる。すなわち,高度の放射線を受けた 者の多くは,直ちに全身の不快な脱力感,吐き気,嘔吐などの症状が現れ,2,3日から数日の間に発熱,下痢,喀血,吐血,下血,血尿を起こし,全身が衰弱して被曝から10日前後までに死亡していった。この時期の死亡者の病理学的所見として,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓などの造血組織の破壊及び腸の上皮細胞,生殖器や内分泌腺細胞における腫脹と変性などがみられた。 第2期は,前半期(第3週から第5週)と後半期(第6週から第8週)に分けることができる。 このうち,前半期には,亜急性症状として,吐き気,嘔吐,下痢,脱毛,脱力感,倦怠,吐血,下血,血尿,鼻出血,歯齦出血,生殖器出血,皮下出血,発熱,咽頭痛,口内炎,白血球減少,赤血球減少,無精子症,月経異常などがみられた。病理学的に最も著明な変化は,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓などの組織の破壊で,その結果,血球特に顆粒球及び血小板の減少が生じた。これが原因になって,感染に対す 無精子症,月経異常などがみられた。病理学的に最も著明な変化は,放射線による骨髄,リンパ節,脾臓などの組織の破壊で,その結果,血球特に顆粒球及び血小板の減少が生じた。これが原因になって,感染に対する抵抗力の減退及び出血症状がみられた。この時期の死因の多くは敗血症であった。そのほか,死因とは直接の関係は少ないが,下垂体,甲状腺,副腎などの内分泌腺に放射線による萎縮性障害像がみられた。 放射線被曝による主要な急性障害は,脱毛,紫斑を含む出血,口腔咽頭部病変及び白血球減少であり,脱毛,出血,咽頭部病変の発生率は,被曝放射線量が増大するほど顕著であった。 第2期の後半期は,比較的軽度な症状であったものは回復に向かい始め,解熱,炎症症状の消退,出血性素因の消失がみられ始めた。しかし,一部には肺炎,膿胸,重症大腸炎などの症状を発し,いったん好転しかけていたものが再び容態を悪化するものがかなりみられた。これらの合併症状の発現は放射線による抵抗力の減弱によるものと考えられている。 第3期には,放射線による血液や内臓諸臓器の機能障害も回復傾向を示し,第3期の終わりまでに大体治癒した。軽度脱毛では発毛がみられ,白血球数の正常化,骨髄での顆粒球系,赤芽球系の増殖所見などがみられた。一方,生殖器への放射線 の影響はなお続いており,男性の精子数減少,女性の月経異常もみられる。 (イ)後障害(後影響)放射線に起因して発生する後障害としては,白血病,甲状腺がん,乳がん,肺がん,胃がん,結腸がん,食道がん,卵巣がん,膀胱がん,多発性骨髄腫などの悪性腫瘍が挙げられる。 また,後記のとおり,近時,がん以外の疾病についても放射線との間に有意な関係が指摘されるようになり,例えば,「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」(甲A67号 た,後記のとおり,近時,がん以外の疾病についても放射線との間に有意な関係が指摘されるようになり,例えば,「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」(甲A67号証文献番号18)では,心臓病,脳卒中,消化器疾患,呼吸器疾患及び造血器系疾患に放射線との統計的に有意な関係がみられるとしている。また,成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率1958-86年(第1-14診察周期)」(甲A42号証)では,子宮筋腫,慢性肝炎及び肝硬変,甲状腺がんを除く甲状腺所見が1つ以上あることという大まかな定義に基づく甲状腺疾患に,統計的に有意な過剰リスクを認めたとされており,成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(甲A67号証文献番号31)では,このほか,白内障にも有意な正の線量反応を認めたとされている。 エ急性障害の機序(ア)財団法人放射線影響研究所要覧財団法人放射線影響研究所要覧(乙A5号証)によれば,急性放射線症と総称される疾患は,高線量の放射線(約1ないし2グレイから10グレイ。なお,グレイとは,物質1キログラム当たり1ジュールのエネルギー吸収のことをいい(吸収線量),1グレイは100ラドに相当する。)に被曝した後数か月以内に現れ,主な症状は,被爆後数時間以内に認められる原因不明の嘔吐,下痢,血液細胞数の減少,出血,脱毛,男性の一過性不妊症などであり,下痢は腸の細胞に傷害が起こるために発生し,血液細胞数の減少は骨髄の造血幹細胞が失われるために生じ,出血は造血幹細胞から産生される血小板の減少により生じ,また,毛根細胞が傷害を 受けるために毛髪が失われる,これらの症状が起こるのは,嘔吐を除いて,いずれも,細胞分裂頻度と深い関係があり,分裂の盛んな 血幹細胞から産生される血小板の減少により生じ,また,毛根細胞が傷害を 受けるために毛髪が失われる,これらの症状が起こるのは,嘔吐を除いて,いずれも,細胞分裂頻度と深い関係があり,分裂の盛んな細胞は放射線による傷害を受けやすく,放射線の線量が少なければ,放射線症は普通生じないが,線量が多ければ,被曝の1,2か月後に主に骨髄の傷害で,線量が極めて多い場合は,早ければ10ないし20日後に重度の腸及び骨髄の傷害で,それぞれ死に至る可能性がある,重度脱毛(3分の2以上)を報告した人の割合と放射線量の関係をみると,放射線の量が1グレイまではわずかな影響しかみられないが,それ以上の量になると脱毛は線量とともに急激に増加している,などとされている。 (イ)放射線基礎医学(第10版)放射線基礎医学(第10版。乙A68号証)によれば,造血系は細胞再生系であるので放射線に対して感受性が高く,骨髄に存在する幹細胞は放射線感受性が高く,リンパ球も一般に放射線感受性が非常に高い,小腸上皮も細胞再生系であって非常に放射線感受性が高い,急性照射線量1ないし2グレイの場合,3時間超の潜伏期を置いて,0ないし50パーセントの発生率で,中等度の白血球及び血小板の減少が現れ,2ないし5グレイの場合,1ないし2時間の潜伏期を置いて,50ないし90パーセントの発生率で,血小板減少,出血,脱毛,白血球減少,感染が現れ,5ないし10グレイの場合,0.5ないし1時間の潜伏期を置いて,100パーセントの発生率で,骨髄症状,血小板減少,白血球減少,出血,感染,脱毛が現れ,10ないし15グレイの場合,0.5時間の潜伏期を置いて,100パーセントの発生率で,消化器症状,下痢,発熱,電解質失調が現れ,50グレイ超の場合,数分の潜伏期を置いて,100パーセントの発生率で,神経学的症状(け レイの場合,0.5時間の潜伏期を置いて,100パーセントの発生率で,消化器症状,下痢,発熱,電解質失調が現れ,50グレイ超の場合,数分の潜伏期を置いて,100パーセントの発生率で,神経学的症状(けいれん,振せん,失調,嗜眠,視野欠損,昏酔)が現れる,口腔咽頭粘膜の障害は,3ないし5グレイの急性全身照射を受けた場合,痛みを伴った発赤,浮腫,毛細血管の拡張,粘膜炎,出血,潰瘍が生じ,多くの場合壊死を伴う,1グレイ以下では嘔吐はほとんど起こらない,などとされている。 (ウ)電離放射線の非確率的影響(日本アイソトープ協会) 電離放射線の非確率的影響(日本アイソトープ協会。乙A58号証)によれば,人の皮膚の10平方センチメートルの面積に紅班を生じさせるエックス線又はガンマ線のしきい線量は1回短時間照射の場合6ないし8グレイ,毛嚢の損傷に対するしきい値は,低線エネルギー付与(LET)放射線の1回短時間照射の場合,3ないし5グレイの線量で一過性脱毛が起こり得るが,永久脱毛のしきい値はそれより高く,1回照射で約7グレイである,胃,小腸及び大腸の腺細胞から成る粘膜に対する1回照射での耐許容線量は低く,事故的全身被曝のようにもし小腸の大部分が10グレイを超える線量を短時間に受けると,急性の致命的な赤痢様症状が引き起こされる,1グレイを超える線量の全身急照射で数分以内に骨髄とリンパ濾胞に細胞学的変化が観察され,同程度の全身照射の後まもなく末梢血球数の変化も起こり,リンパ球数は直後に減少し,1グレイを超える線量レベルの全身急照射後は,白血球数の減少の最大が2週目から5週目にみられ,その早さは線量の増加とともに増し,血小板数はこれより幾分ゆっくりと下降する,などとされている。 (エ)放射線障害としての下痢被告らは,放射線障害としての下痢は血性の慢性下 週目から5週目にみられ,その早さは線量の増加とともに増し,血小板数はこれより幾分ゆっくりと下降する,などとされている。 (エ)放射線障害としての下痢被告らは,放射線障害としての下痢は血性の慢性下痢を特徴とする旨主張するところ,確かに,証拠(乙A62号証,甲A113号証の3)によれば,放射線による急性症状の下痢の特徴として,期間が長く血便を伴うことがしばしばある,脱水を伴う血性の下痢が起こりやすいなどといった理解がされている事実が認められるものの,放射線による急性障害としての下痢が常に血性の慢性下痢であるとまで認めるに足りる的確な証拠はない。 オ内部被曝放射性物質は,人体内に摂取されると,その物質の物理的,化学的性質に応じて,身体内の特定の器官や組織に沈着し,その放射能がなくなるまで,周囲の組織を照射し続け,その放射線量が大きい場合には,放射線障害を引き起こす。これを内部被曝という(乙A43号証)。 放射性核種が人体内に摂取された場合特定の部位に影響を与えるものがあり,セ シウム137はほぼ全身に分布するが,ヨウ素131は甲状腺に取り込まれて影響を与え,また,ストロンチウム90は主として骨に沈着して影響を与えることが一般的に知られている(証人K)。 カ慢性原子爆弾症ないし原爆ぶらぶら病原子爆弾の被爆者には,急性症状から回復した後も,自覚症状として全身の疲労感,倦怠感を訴えたり,風邪をひきやすい,下痢をしやすいといった症状を訴えたりするものが多くみられた(甲A34号証,36号証,43号証,67号証文献番号3,同37,115号証の3,119号証,証人L)。O「慢性原子爆弾症について」(昭和29年2月「日本医事新報」第1556号所収。甲A119号証)によれば,これらの人々の状態を臨床医学の立場から慢性原子爆弾症と仮称した上,これ 19号証,証人L)。O「慢性原子爆弾症について」(昭和29年2月「日本医事新報」第1556号所収。甲A119号証)によれば,これらの人々の状態を臨床医学の立場から慢性原子爆弾症と仮称した上,これらの人々の訴える慢性原子爆弾症としての症状は,初老期あるいは更年期の症状と酷似しており,数年前我が国民の大部分の人々が終戦後の生活環境が不良であった時に訴えたものとよく似ており,殊に慢性原子爆弾症としての訴えが中年以後の人々の間に多く,かつ,強いことは,この問題の検討をはなはだ複雑にしているなどとされている。 放射線起因性の判断基準(争点①)(1)原爆症認定要件に係る法令の定め原爆症認定に係る法令の定めの概要は,前提となる事実等(2)ア及びイ記載のとおりである。 すなわち,昭和32年,原子爆弾の被爆者に対し健康診断及び医療を行うことによりその健康の保持及び向上をはかることを目的として,原爆医療法が制定されたが,同法は,「厚生大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治ゆ能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」旨規定した(7条1項)上で,上記医療の給付を受けようとする者 は,あらかじめ当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生大臣の認定(原爆症認定)を受けなければならない旨規定していた(8条1項)。また,昭和43年,原子爆弾の被爆者に対し特別手当の支給等の措置を講ずることによりその福祉を図ることを目的として,被爆者特別措置法が制定されたが,同法は,原爆医療法8条1項の認定(原爆症認定)を受けた者であって,同認定に係る負 被爆者に対し特別手当の支給等の措置を講ずることによりその福祉を図ることを目的として,被爆者特別措置法が制定されたが,同法は,原爆医療法8条1項の認定(原爆症認定)を受けた者であって,同認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,特別手当を支給すること(被爆者特別措置法2条1項)などを定めていた。その後,平成6年,原爆医療法と被爆者特別措置法の旧原爆2法を一元化するものとして,被爆者援護法が制定され,平成7年7月1日に施行された(同法附則1条)ことに伴い,旧原爆2法は廃止された(被爆者援護法附則3条)。被爆者援護法は,「厚生労働大臣(平成11年法律第160号による改正前は厚生大臣)は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し,必要な医療の給付を行う。ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。」旨規定し(被爆者援護法10条1項),上記医療の給付を受けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けなければならない(同法11条1項)旨規定している。 以上のとおり,原爆医療法の下においても,被爆者援護法の下においても,原爆症認定を受けるための要件としては,①被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)と,②現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は上記負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性),の2つの要件が必要である。 (2)厚生大臣ないし被告 線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性),の2つの要件が必要である。 (2)厚生大臣ないし被告厚生労働大臣による原爆症認定の基準証拠(甲28号証,33号証,112号証の2,乙A1号証,2号証)及び弁論 の全趣旨によれば,原爆医療法及び被爆者援護法の下において,厚生大臣ないし被告厚生労働大臣による原爆症の認定に関し,以下の基準が定められていた(定められている)事実が認められる。 ア治療指針及び実施要領原爆医療法の制定(昭和32年3月)後,昭和33年8月13日付け「原子爆弾後障害症治療指針について」(同日衛発第726号各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通知(治療指針))及び同日付け「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」(同日衛発第727号各都道府県知事・広島・長崎市長あて厚生省公衆衛生局長通知(実施要領))が出された。その概要は,次のとおりである。 まず,昭和33年8月13日付け「原子爆弾後障害症治療指針について」(治療指針)は,原爆医療法に基づき医療の給付を受けようとする者に対し適正な医療が行われるよう,原子爆弾の傷害作用に起因する負傷又は疾病(原子爆弾後障害症)の特徴及び患者の治療に当たり考慮されるべき事項を定めたものであるが,治療上の一般的注意として,原子爆弾被爆者に関しては,いかなる疾病又は症候についても一応被爆との関係を考え,その経過及び予防について特別の考慮が払われなければならず,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にガンマ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが,被爆者の受けた放射能線 ならず,原子爆弾後障害症が直接間接に核爆発による放射能に関連するものである以上,被爆者の受けた放射能特にガンマ線及び中性子の量によってその影響の異なることは当然想像されるが,被爆者の受けた放射能線量を正確に算出することはもとより困難である,この点については被爆者個々の発症素因を考慮する必要もあり,また,当初の被爆状況等を推測して状況を判断しなければならないが,治療を行うに当たっては,特に次の諸点について考慮する必要があるとして,①被爆距離については,被爆地が爆心地からおおむね2キロメートル以内のときは高度の,2キロメートルから4キロメートルまでのときは中等度の,4キロメートルを超えるときは軽度の放射能を受けたと考えて処理して差し支えない,②被爆後における急性症状の有無及びその状況,被爆後における脱毛,発熱,粘膜出血その他の症 状を把握することにより,その当時どの程度放射能の影響を受けていたか判断することのできる場合がある,などとされている(甲A112号証の2)。 次に,同日付け「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律により行う健康診断の実施要領について」(実施要領)は,原爆医療法による健康診断に関し,放射能による障害の有無を決定することははなはだ困難であるため,ただ単に医学的検査の結果のみならず,被爆距離,被爆当時の状況,被爆後の行動等をできるだけ精細に把握して,当時受けた放射能の多寡を推定するとともに,被爆後における急性症状の有無及びその程度等から間接的に当該疾病又は症状が原子爆弾に基づくか否かを決定せざるを得ない場合が少なくないから,健康診断に際してはこの基準を参考として影響の有無を多面的に検討し,慎重に診断を下すことが望ましいとし,被爆者の健康診断を行うに当たって特に考慮すべき点として,被爆者の受けたと思われる放射能の量, 健康診断に際してはこの基準を参考として影響の有無を多面的に検討し,慎重に診断を下すことが望ましいとし,被爆者の健康診断を行うに当たって特に考慮すべき点として,被爆者の受けたと思われる放射能の量,被爆後における健康状況,臨床医学的探索及び経過の観察を挙げている。 このうち,被爆者の受けたと思われる放射能の量については,現在において被爆当時に受けた放射能の量を把握することはもとより困難であるが,おおむね次の事情は当時受けた放射能の量の多寡を推定する上に極めて参考となり得るとして,①被爆距離については,被爆した場所の爆心地からの距離が2キロメートル以内のときは高度の,2キロメートルから4キロメートルのときは中等度の,4キロメートル以上のときは軽度の放射能を受けたと考えて差し支えない,②被爆場所の状況については,原子爆弾後障害症に関し,問題になる放射能は,主としてガンマ線及び中性子線であるので,被爆当時における遮蔽物の関係はかなり重大な問題である,このうち特に問題となるのは,開放被爆と遮蔽被爆の別,後者の場合には,遮蔽物等の構造並びに遮蔽状況等に関し,十分詳細に調査する必要がある,③被爆後の行動については,原子爆弾後障害症に影響したと思われる放射能の作用は,主として体外照射であるが,これ以外に,じんあい,食品,飲料水等を通じて放射能物質が体内に入った場合のいわゆる体内照射が問題となり得る,したがって,被爆後も比較的爆心地の近くにとどまっていたか,直ちに他に移動したか等,被爆後の行動 及びその期間が照射量を推定する上に参考となる場合が多いとしている。また,被爆後における健康状況については,被爆者の受けたと思われる放射能の量に加えて,被爆後数日ないし数週に現れた被爆者の健康状態の異常が,被爆者の身体に対する放射能の影響の程度を想像させる いる。また,被爆後における健康状況については,被爆者の受けたと思われる放射能の量に加えて,被爆後数日ないし数週に現れた被爆者の健康状態の異常が,被爆者の身体に対する放射能の影響の程度を想像させる場合が多い,すなわち,この期間における健康状態の異状のうちで脱毛,発熱,口内出血,下痢等の諸症状は原子爆弾による障害の急性症状を意味する場合が多く,特にこのような症状の顕著であった例では,当時受けた放射能の量が比較的多く,したがって原子爆弾後障害症が割合容易に発現し得ると考えることができるとしている(甲A33号証)。 イ認定基準(内規)その後,後記のような被曝放射線量の推定方式としてT65DやDS86が公表されるに伴い,原子爆弾被爆者医療審議会あるいは疾病・障害認定審査会において,原爆症認定申請者の被爆距離等から上記線量推定方式を基に原爆症認定申請者の被曝線量を推定し,一方で,疾病ごとに認定の基準となる一定の線量を定め,上記推定被曝線量が当該疾病の認定の基準となる線量を超えるか否かをみるという基準により,原爆症認定審査が行われた。 平成6年9月19日付け原子爆弾被爆者医療審議会の認定基準(内規)(甲A28号証)は,まず,線量評価について,爆心地からの距離に応じて申請者の被爆地点における被曝線量を評価し,さらに,遮蔽条件により,遮蔽がない場合は1.0,遮蔽がある場合は0.7の各係数を乗ずるものとし(被爆地点情報,遮蔽情報は,原則として申請書類記載事項を採用する。),さらに,残留放射線による被曝を考慮するとしている。そして,参考表1として,広島及び長崎における各遮蔽がないない場合とある場合の1200メートルから2500メートルまでの線量評価の目安(単位はラド)が示されるとともに,参考表2として,広島及び長崎における誘導放射能による被曝線量(8時 おける各遮蔽がないない場合とある場合の1200メートルから2500メートルまでの線量評価の目安(単位はラド)が示されるとともに,参考表2として,広島及び長崎における誘導放射能による被曝線量(8時間滞在時,単位はラド)が,滞在開始時点(原子爆弾投下からの経過時間)と爆心地からの距離に応じて示され,さらに,参考表3として,放射性降下物による被曝線量(組織吸収線量)として,広島においては,a・ b地区で0.6ラドないし2ラド,長崎においてはc地区で12ラドないし24ラドと示されている。 次に,認定基準(内規)は,影響評価について,確率的影響によるもの(悪性新生物)として,原爆放射線に起因性があると考えられるもの(白血病(慢性リンパ性白血病及びATLを除く),前白血病状態,甲状腺がん,乳がん,肺がん)は5ラド,原爆放射線に起因性があるとみなせるもの(胃がん,結腸がん,卵巣がん,多発性骨髄腫)は10ラド,原爆放射線起因性は明確でないが確率的影響の特徴を考慮すべきもの(食道がん,膀胱がん,皮膚がん,肝臓がん,神経系腫瘍,悪性リンパ腫(ホジキン病を除く)等)は25ラド,原爆放射線起因性は疫学的に否定されているが確率的影響の特徴を考慮すべきもの(脾臓がん,胆嚢がん,直腸がん,子宮がん,骨肉腫,ホジキン病,慢性リンパ性白血病,ウイルスマーカー陽性の肝臓がん)は50ラド,原爆放射線起因性が否定できるもの(ATL)は起因性否定と記載している。また,確定的影響によるものとして,原爆放射線に起因性があるとみなせるもの(放射線白内障,甲状腺機能低下症,副甲状腺機能亢進症,恒久的な造血機能障害)は10ラド,高線量の場合には原爆放射線に起因性があるとみなせるもののうち,ウイルスマーカー陰性の慢性肝炎,肝硬変は100ラド,ウイルスマーカー陽性の慢性肝炎,肝硬変 亢進症,恒久的な造血機能障害)は10ラド,高線量の場合には原爆放射線に起因性があるとみなせるもののうち,ウイルスマーカー陰性の慢性肝炎,肝硬変は100ラド,ウイルスマーカー陽性の慢性肝炎,肝硬変は1000ラドと記載している。さらに,認定基準(内規)は,その他(高線量被爆者の疾患,認定前例のある疾患)はケースバイケース,胎児被爆,乳幼児被爆の場合は上記線量の半分の線量,治癒能力が放射線の影響を受けているもの(被爆時に発生した傷害)(外傷異物,熱傷瘢痕)は爆心地より2000メートルと記載している。 ウ審査の方針平成12年度の厚生科学研究費補助金厚生科学特別研究事業として,児島和紀広島大学医学部保健学科健康科学教授を主任研究者とする「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(乙A2号証)が行われ,その研究結果をも踏まえて,疾病・障害認定審査会被爆者医療分科会により平成13年5月25日付けで「原爆症認 定に関する審査の方針」(審査の方針)(乙A1号証)が作成され,被爆者援護法11条1項の認定(原爆症認定)に係る審査に当たってはこれに定める方針を目安として行うものとしている。その概要は,次のとおりである。 (ア)原爆放射線起因性の判断a判断に当たっての基本的な考え方申請に係る負傷又は疾病(疾病等)における原爆放射線起因性の判断に当たっては,原因確率(疾病等の発生が原爆放射線の影響を受けている蓋然性があると考えられる確率をいう。)及びしきい値(一定の被曝線量以上の放射線を曝露しなければ疾病等が発生しない値をいう。)を目安として,当該申請に係る疾病等の原爆放射線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断する。 この場合にあっては,当該申請に係る疾病等に関する原因確率がおおむね50パーセント以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に 係る疾病等の原爆放射線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断する。 この場合にあっては,当該申請に係る疾病等に関する原因確率がおおむね50パーセント以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,おおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定する。ただし,当該判断に当たっては,これらを機械的に適用して判断するものではなく,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,判断を行うものとする。また,原因確率が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するものとする。 b原因確率の算定原因確率は,申請に係る以下の各疾病等,申請者の性別の区分に応じ,それぞれ定める別表に定める率とする(なお,下記各別表の内容は,本判決添付の各別表のとおりである。)。 白血病男別表1-1女別表1-2 胃がん男別表2-1女別表2-2大腸がん男別表3-1女別表3-2甲状腺がん男別表4-1女別表4-2乳がん女別表5肺がん男別表6-1女別表6-2肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く。),卵巣がん,尿路系がん(膀胱がんを含む。),食道がん男別表7-1女別表7-2その他の悪性新生物男女別表2-1副甲状腺機能亢進症男女別表8cしきい値放射線白内障のしきい値は,1.75シーベルトとする。 d原爆放射線の被曝線量の算定申請者の被曝線量の算定は,初期放射線による被曝線量の値に,残留放射線による被曝線量及び放射性降 cしきい値放射線白内障のしきい値は,1.75シーベルトとする。 d原爆放射線の被曝線量の算定申請者の被曝線量の算定は,初期放射線による被曝線量の値に,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の値を加えて得た値とする。 初期放射線による被曝線量は,申請者の被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて定めるものとし,その値は別表9に定めるとおりとする(なお,同別表の内容は,本判決添付の別表9のとおりである。別表9においては,注として,「ただし,被爆時に遮蔽があった場合の初期放射線による被爆線量は,別表9に定める値に被 爆状況によって0.5~1を乗じて得た値とする。」とされている。)。 残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定めるものとし,その値は別表10に定めるとおりとする(なお,同別表の内容は,本判決添付の別表10のとおりである。)。 放射性降下物による被曝線量は,原爆投下の直後に下記特定の地域に滞在し,又はその後,長期間にわたって当該特定の地域に居住していた場合について定めることとし,その値は次のとおりとする。 a又はb(広島)0.6センチグレイないし2センチグレイc3,4丁目又はd(長崎)12センチグレイないし24センチグレイeその他b記載のその他の悪性新生物に係る別表については,疫学調査では放射線起因性がある旨の明確な証拠はないが,その関係が完全には否定することができないものであることにかんがみ,放射線被曝線量との原因確率が最も低い悪性新生物に係る別表2-1を準用したものである。 cに規定する放射線白内障のしきい値は,95パーセント信頼区間が1.31シーベルトないし2.21シーベルトである。 (イ)要医療性の判断要医療性については,当該疾病等の状 1を準用したものである。 cに規定する放射線白内障のしきい値は,95パーセント信頼区間が1.31シーベルトないし2.21シーベルトである。 (イ)要医療性の判断要医療性については,当該疾病等の状況に基づき,個別に判断するものとする。 (ウ)方針の見直しこの方針は,新しい科学的知見の集積等の状況を踏まえて必要な見直しを行うものとする。 (3)放射線起因性の意義及び立証の程度等前記のとおり,被爆者援護法11条1項に基づく認定(原爆症認定)をするには,被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか,現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか,又は上記負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって,その者の治癒能力が 原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性)を要するものと規定されている。そして,放射線起因性の要件については,被爆者援護法(10条1項)は,放射線と負傷又は疾病ないしは治癒能力低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解すべきであり,この因果関係の立証の程度は,通常の民事訴訟における場合と異なるものではなく,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきである。 この点,原告らは,被爆者援護法の定める原爆症認定制度の趣旨,目的等からすれば,放射線起因性の要件の判断に当たっては,被爆者の被害回復に役立つ要件の緩和が必要であり,仮に相当因果関係説をとる場合においても,その相当性の判断においては被爆 爆症認定制度の趣旨,目的等からすれば,放射線起因性の要件の判断に当たっては,被爆者の被害回復に役立つ要件の緩和が必要であり,仮に相当因果関係説をとる場合においても,その相当性の判断においては被爆者援護法の目的に照らした判断がされるべきであって,被爆者が広島又は長崎において被曝し,放射線の影響があることを否定し得ない負傷又は疾病にかかり,医療を要する状態となったときは,放射線起因性が推定され,放射線の影響を否定し得る特段の事情が認められない限り,その負傷又は疾病は原爆放射線の影響を受けたものと解すべきである旨主張する。 確かに,被爆者援護法は,原子爆弾の投下の結果として生じた放射線に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ,国家補償的配慮から,被爆者に対する保健,医療及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じること等を目的として制定されたものである。しかしながら,被爆者援護法は,健康管理手当の支給の要件については,都道府県知事は,被爆者であって,造血機能障害,肝機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,支給する旨規定し(27条1項),また,介護手当の支給の要件については,都道府県知事は,被爆者であって,厚生労働省令で定める範囲の精神上又は身体上 の障害(原子爆弾の傷害作用の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)により介護を要する状態にあり,かつ,介護を受けているものに対し,支給する旨規定する(31条)ことにより,それぞれ弱い因果の関係で足りるものと明文でもって書き分けていることと対比すれば,同法10条1項の医療の給付については,放射線と負傷又は疾病ないしは治癒能力の低下との間に通常の因果 1条)ことにより,それぞれ弱い因果の関係で足りるものと明文でもって書き分けていることと対比すれば,同法10条1項の医療の給付については,放射線と負傷又は疾病ないしは治癒能力の低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解するほかないというべきである。 したがって,原告らの上記主張が,被爆者援護法10条1項の医療の給付の要件としての放射線起因性について,通常の因果関係ではなく弱い因果の関係で足りるとする趣旨を含むものであるとすれば,当該主張は,その限りにおいて,採用することができない。 ところで,被爆者援護法11条1項基づく認定(原爆症認定)の基準として,審査の方針が定められていることは,前記(2)ウのとおりであり,後記認定のとおり,原告らの原爆症認定申請のうち,原告E及び原告Gを除くその余の原告らに対する審査についても審査の方針がその基準とされたものと認められる。そこで,以下,審査の方針の定める認定基準の合理性について,検討する。 (4)原爆放射線の被曝線量の算定についてア審査の方針における原爆放射線の被曝線量の算定証拠(乙A1号証,9号証,11号証,16号証,38号証)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり認められる。 (ア)審査の方針においては,前記(2)ウ(エ)のとおり,原爆放射線の被曝線量の算定は,初期放射線による被曝線量の値に,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の値を加えて得た値とするものとし,そのうち,初期放射線による被曝線量は,申請者の被爆地及び爆心地からの距離の区分に応じて定めるものとし,その値は別表9に定めるとおりとし,残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定めるものとし, その値は別表10に定めるとおりとし,放射性 ,その値は別表9に定めるとおりとし,残留放射線による被曝線量は,申請者の被爆地,爆心地からの距離及び爆発後の経過時間の区分に応じて定めるものとし, その値は別表10に定めるとおりとし,放射性降下物による被曝線量は,原爆投下の直後にa若しくはb(広島)又はc3,4丁目若しくはd(長崎)に滞在し,又はその後,長期間にわたって上記地域に居住していた場合について定めることとし,その値は,a又はb(広島)については0.6センチグレイないし2センチグレイ,c3,4丁目又はd(長崎)については12センチグレイないし24センチグレイとするものと定めている。 (イ)初期放射線による被曝線量に係る審査の方針別表9(本判決添付別表9)は,DS86の線量評価システムに基づいて推定された数値に基づいて作成されている(なお,被告らは,疾病・障害認定審査会においては,DS86により求められた数値を端数処理して得られた別表9による数値ではなく,放影研が被爆者の寿命調査を行うに当たり被爆者の初期放射線による被曝線量の算定に用いていたより厳密な線量推定表に基づいて被爆線量を算定しているが,その差は端数処理の方法が異なる等にすぎないと主張している。)。 (ウ)審査の方針別表9の注(「ただし,被爆時に遮蔽があった場合の初期放射線による被爆線量は,別表9に定める値に被爆状況によって0.5~1を乗じて得た値とする。」)は,被爆状況の大半(近距離で広島の場合69パーセント,長崎の場合44パーセント)を占める日本家屋内被爆の場合,DS86によれば平均家屋透過係数が広島の場合ガンマ線0.46,中性子線0.36,長崎の場合ガンマ線0.48,中性子線0.41とされており(乙A9号証),遮蔽物がコンクリート造りの建造物等であれば遮蔽効果はこれよりも大きく,透過係数は小さくなること 0.46,中性子線0.36,長崎の場合ガンマ線0.48,中性子線0.41とされており(乙A9号証),遮蔽物がコンクリート造りの建造物等であれば遮蔽効果はこれよりも大きく,透過係数は小さくなることなどにかんがみて,上記のとおり定められた(なお,被告らは,疾病・障害認定審査会においては,審査の方針別表9の注の記載にもかかわらず,実際の審査において個々の申請者の被爆状況を子細に把握することが困難であり,透過係数が0. 7以上になるような被爆状況は想定し難いことから,透過係数を一律0.7として被曝線量を算定している旨主張している。)。 (エ)残留放射線による被曝線量に係る審査の方針別表10は,DS86におい て,爆心地における誘導放射能からの外部放射線への潜在的最大被曝は,広島について約50ラド,長崎について18ないし24ラドと推定され,また,これらの被爆は時間や距離とともに減少するとされたことに基づいて,爆心地からの距離を100メートル間隔とし,積算線量を8時間ごととして,広島及び長崎のそれぞれについて残留放射線量を推定して作成された。 (オ)放射性降下物による被曝線量に係る審査の方針は,広島及び長崎の原爆による放射性降下物の量は,爆心地から約3000メートル離れたa・b地区(広島)及びc地区(長崎)に特に多くみられたとの知見に基づき,DS86における推定値(地上1メートルにおける累積(ガンマ線)被曝線量。a又はb地区につき0.6センチグレイないし2センチグレイ,c地区につき12センチグレイないし24センチグレイ)に依拠して,前記(ア)のとおり,原爆投下の直後にa若しくはb(広島)又はc3,4丁目若しくはdに滞在し,又はその後長期間にわたって当該地域に居住していた場合について,a又はb(広島)につき0.6センチグレイないし2センチグ り,原爆投下の直後にa若しくはb(広島)又はc3,4丁目若しくはdに滞在し,又はその後長期間にわたって当該地域に居住していた場合について,a又はb(広島)につき0.6センチグレイないし2センチグレイ,c3,4丁目又はd(長崎)につき12センチグレイないし24センチグレイと定められた。 以上のとおり,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に関する基準はDS86の線量評価システムに依拠して作成されているものと認められる。 そこで,以下,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定の合理性について検討する。 イ原爆放射線の線量評価システムの変遷証拠(甲A12号証,60号証,乙A9号証,10号証,18号証,20号証,34号証,38号証,39号証,45号証,46号証,48号証,75号証,76号証,証人K,同J,同M)によれば,DS02に至る原爆放射線の線量評価システムの変遷について,大要以下のとおり認められる。 (ア)T57D及びT65D広島,長崎の被爆生存者の放射線被曝線量の推定に最初に用いられたのは,米国 ネバダ州の核実験データを基に定式化された1957年暫定線量(T57D)であった。しかし,ネバダ州の核実験データをそのまま広島,長崎に適用するのは不適当と考えられたことから,広島,長崎の放射線量評価のために米国原子力委員会がオークリッジ国立研究所(ORNL)に要請したICHIBANプロジェクトが実施された。同プロジェクトは,米国ネバダ州の核実験場における長崎型原爆のテスト,ネバダ州の砂漠に約500メートルの鉄塔を建て,そこに裸の原子炉やコバルト60線源を設置して,周辺への放射線伝播を測定する実験,日本家屋を建設して行った遮蔽実験等を含むものであり,このICHIBANプロジェクトから得られた結果を基に,原爆傷害調査委員会(AB やコバルト60線源を設置して,周辺への放射線伝播を測定する実験,日本家屋を建設して行った遮蔽実験等を含むものであり,このICHIBANプロジェクトから得られた結果を基に,原爆傷害調査委員会(ABCC)やオークリッジ国立研究所(ORNL)等により策定されたのが,1965年暫定線量(T65D)である。 このT65Dの線量評価に基づいて,ABCCが広島,長崎の被爆者の被曝線量を計算し,発がんなどの疫学調査と併せて,放射線による影響のデータ収集を行った。その後,国際放射線防護委員会(ICRP)がこの放射線の影響データを放射線のリスク決定の基本的な資料として利用するようになった。 ところが,1970年代後半から,T65Dの中性子線量に問題があるなどの指摘がされるようになった。すなわち,T65Dは,米国のネバダ州という日本よりもかなり湿度の低い場所で実験したため,中性子線量が正確に再現されなかったこと,長崎に投下されたのと同じタイプのプルトニウム型の爆弾を主として用いたため広島の線量評価が正確にできなかったこと,さらに,日本の家屋を施設内に建築してその放射線遮蔽の程度を推定しようとしたものの,家屋構造,材木や配置を十分に再現することができずに遮蔽の推定精度が十分でなかったことなどの問題が存した(乙A18号証,20号証,34号証)。 (イ)DS86(ア)記載のようなT65Dの問題点を解消するため,1981年(昭和56年)にアメリカにおいて線量再評価検討委員会が設置されるとともに,その結果を評価吟 味するための上級委員会が設置され,これに対応して,日本においても,厚生省により検討委員会と上級委員会が組織された。そして,主として実験データに基づいたT65Dに代わって,1970年代ないし1980年代に本格的な利用が可能となった大型計算機(コンピ 本においても,厚生省により検討委員会と上級委員会が組織された。そして,主として実験データに基づいたT65Dに代わって,1970年代ないし1980年代に本格的な利用が可能となった大型計算機(コンピュータ)による数値計算を主体としたシミュレーションを用いた新たな線量評価システムが開発され,1986年(昭和61年)に最終報告書が承認され,1987年(昭和62年)に1986年線量評価大系(DosimetrySystem1986)(DS86)として発表された。 DS86の開発作業においては,主として日本側は,花崗岩,コンクリートなどの被爆資料を収集し中性子で誘導された放射能(コバルト60,ユーロピウム152)を測定し,またガンマ線に対しては屋根瓦や煉瓦,タイルを収集し熱ルミネセンス法により発光量を測定することによって線量を評価した。これに対し,アメリカ側は,主にスーパーコンピュータを用いた計算を行い,放射線の発生源でのスペクトル(線源項。ソースターム)の計算結果を基に,中性子,ガンマ線の輸送計算を行い,家屋での透過線量,被爆者の計算モデルを利用した各臓器線量などを求めた。 DS86は,T65Dと比べ,長崎においては,ガンマ線カーマ(カーマは,組織の単位質量当たりに放出された,身体による吸収を受けないエネルギー量をいい,被爆者の皮膚線量に相当する。)はT65Dよりも幾分小さくなっているが,誤差の範囲内とされ,中性子カーマはT65Dの約2分の1ないし3分の1であり,広島においては,ガンマ線カーマはT65Dの2倍ないし3.5倍に増大し,中性子カーマはT65Dの約10分の1と大幅に減少している。 DS86は,国際放射線防護委員会(ICRP)による基準の根拠として用いられるなど,世界の放射線防護の基本的資料とされ,世界中において優良性を備えた体系的線 5Dの約10分の1と大幅に減少している。 DS86は,国際放射線防護委員会(ICRP)による基準の根拠として用いられるなど,世界の放射線防護の基本的資料とされ,世界中において優良性を備えた体系的線量評価システムとして取り扱われてきた(乙A20号証,34号証,76号証)。 (ウ)DS02 DS86の計算値と測定値との熱中性子線の系統的なずれの存在はDS86報告書自身で指摘されていたところであるが,1990年代に入り,DS86の計算とコバルト60やユーロピウム152の測定結果との間の系統的なずれの存在が指摘されたため,この問題を再検討するため1996年(平成8年)に日米の研究者による研究会が開催され,共同研究が開始された。このようにして新しい線量評価システムの構築に向けての検討が始まり,2003年(平成15年)3月,2002年線量評価大系(DosimetrySystem2002)(DS02)が決定された。なお,DS02報告書は,2005年(平成17年)になって公表された。 DS02においては,コンピュータの進歩により精密で高速の計算ができるようになったため,より複雑な体系の計算ができるようになり,これに基づく新たな線量推定を行うなどされた。また,放射線測定法のさらなる検討がされ,実測値との不一致が問題となった熱中性子による放射化測定では,試料を化学的に分離する方法が向上したり,加速器質量分析(AMS)を応用したり,金沢大学の小村和久教授が地中深くに設置した尾小屋地下測定室(ほとんどの自然放射線を排除することができる極低バックグラウンド環境)での測定などが新たに付け加えられた。 このようにして検討された結果,DS02においては,DS86からの大きな変更として,広島における原子爆弾の出力が15キロトンから16キロトンに,爆発高度が 環境)での測定などが新たに付け加えられた。 このようにして検討された結果,DS02においては,DS86からの大きな変更として,広島における原子爆弾の出力が15キロトンから16キロトンに,爆発高度が580メートルから600メートルに修正されたが,空気中線量全般に関して大幅な変更はなく(ガンマ線量については,爆心地付近ではDS02線量とDS86線量はあまり変わらないが,遠くなるに従ってDS02線量が次第にDS86線量よりも高くなり,約10パーセント以内で横ばいとなる。中性子線に関しては,爆心地付近ではDS02線量がDS86線量よりも低いが,500メートル付近で逆転して1000メートル付近でDS02線量がDS86線量より10パーセント程度高くなり,再びその比率が小さくなっていき,2000メートル近くで同じ程度になり,それ以遠ではDS02線量がDS86線量よりも低くなっていく。), 日本,アメリカ,ドイツによるガンマ線(熱ルミネセンス)及び中性子(放射化による残留放射能)に関する測定値は,爆心地から少なくとも1.2キロメートルの地点まではDS02の計算値と全般的に極めて良く一致し,爆心地から1.2キロメートルないし1.5キロメートル以遠の中性子の測定値と計算値の相違については,線量の絶対値が小さくバックグラウンドとの区別が困難なことなど測定値の不確実性によるものと判断された(乙A10号証,39号証,76号証)。 ウDS86の概要審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に関する基準がDS86に依拠して作成されていることは前記アのとおりであるところ,証拠(乙A16号証,19号証,20号証,38号証)によれば,DS86の概要は,以下のとおりであると認められる。 (ア)システムの概要原爆の爆発と同時に生じた放射線は,起爆剤(火薬)や爆弾 ころ,証拠(乙A16号証,19号証,20号証,38号証)によれば,DS86の概要は,以下のとおりであると認められる。 (ア)システムの概要原爆の爆発と同時に生じた放射線は,起爆剤(火薬)や爆弾の殻と相互作用を起こしながら気中に放出され,放出された放射線は,大気中の空気分子と作用し,二次ガンマ線を作りながら伝播して家屋等の遮蔽物に達し,そこでまた相互作用を起こしながら被爆者の身体表面に到達し,身体の組織と再び相互作用を起こして臓器に線量を与えることになり(即発放射線),また,核分裂片は火球とともに上昇し,その過程でガンマ線を放出し,遅発中性子もわずかではあるが放出され(遅発放射線),即発放射線と同様の過程を経て臓器に線量を与えるが,これらの諸過程をすべて物理的素過程に基づいて計算コードに組み立てた。そして,種々の実験データや広島,長崎における測定データをこのコードの検証に用いた。DS86においては,任意の位置におけるエネルギー別,角度別のフルエンスを与えることができ,フルエンスから容易にカーマ(空気中組織カーマ(空気中カーマ。DS86においては地形,構造物又は身体による遮蔽を受けていない地上1メートルの地点における線量として計算されている。),遮蔽がある場合の空気中組織カーマ(遮蔽カーマ。被爆者の周囲の構造物による遮蔽を考慮した被曝線量)及び臓器線量(人 体組織による遮蔽も考慮した被曝線量))を計算することができる。 (イ)爆弾の出力広島及び長崎に投下された原爆の出力については,投下時のデータの大部分が失われたために,直接の測定値からの値は得られていない。そこで,長崎に投下された原爆(長崎原爆)については,同型の原爆を用いた実験結果等により,また,広島に投下された原爆(広島原爆)については,同型の爆弾が他に存在しないことか らの値は得られていない。そこで,長崎に投下された原爆(長崎原爆)については,同型の原爆を用いた実験結果等により,また,広島に投下された原爆(広島原爆)については,同型の爆弾が他に存在しないことから,出力の理論的計算と組み合わせて出力決定のための7つの絶対法(圧力上昇時間の測定(爆撃機と編隊を組んで飛行した航空機から投下されたパラシュート遅延測定器ゾンデ中の計器を使用しての測定),爆風波被害の観察,檜の炭化(中国電力ビル屋上の神社の檜の炭化層の解析),中性子測定(電柱へ絶縁碍子を結合するために使用された硫黄中の中性子誘導リン32放射能の測定線量との比較),ガンマ線の測定(屋根瓦中のガンマ線誘導熱ルミネセンス測定値との比較))及び相対法(長崎市との爆風効果の比較及び熱効果の比較)並びに理論的計算の重み付き平均の方法によりその出力を推定し,広島原爆については推奨値が15キロトン(誤差はプラスマイナス3キロトン),長崎原爆については推奨値が21キロトン(誤差はプラスマイナス2キロトン)とされた(なお,爆発高度は広島原爆が580メートルプラスマイナス15メートル,長崎原爆が503メートルプラスマイナス10メートルとされている。)。そして,計算においては,広島原爆につき出力15キロトン,爆発高度580メートルが,長崎原爆につき出力21キロトン,爆発高度503メートルが採用された。 (ウ)ソースタームの計算と検証ソースターム(線源項。爆弾から放出される粒子や量子の個数及びそのエネルギーや方向の分布。漏洩スペクトル)は,発生する核分裂の数と爆弾中の物質の性質と位置により決まる。ソースタームは,核分裂で放出された放射線とその二次放射線が爆弾の外殻材料を通過し爆弾の周りの大気を透過することを考慮したコンピュータプログラムにより算出された。計算にはモン 質と位置により決まる。ソースタームは,核分裂で放出された放射線とその二次放射線が爆弾の外殻材料を通過し爆弾の周りの大気を透過することを考慮したコンピュータプログラムにより算出された。計算にはモンテカルロ法が用いられ,MCNP コードを主体とした計算が行われた。ソースタームは爆発する爆弾の表面におけるスペクトルであり,爆弾の材料が核分裂を引き起こしている間に放出されたすべての放射線を含むものである。 ソースタームの算出については,広島原爆がいわゆるガンタイプで弾頭は厚い鋼鉄でできているのに対し,長崎原爆はいわゆるインプロージョン型の爆弾で薄い鋼板でできていること(そのため,放出された中性子のスペクトルは広島の場合の方が軟らかくなる。)等が考慮された。その結果,出力キロトン当たりの放出数は,ガンマ線は長崎原爆の方が多く,中性子は広島原爆と長崎原爆とで大きな差はないとされた。また,計算の検証は広島型原爆のレプリカ(ロスアラモスに貯蔵されていた広島型原爆の複製の非核分裂性の構成部品)を用いて組み立てた臨界実験装置(ただし,砲身を短くし,核分裂物質を少なくしたもの。低出力原子炉)を用いた実験と比較して行われた。弾頭方向を除いた他の方向での計算値との一致は良好であった。 (エ)放射線の空中輸送放射線の空中輸送は,即発中性子,即発ガンマ線及び空気捕獲ガンマ線の空中輸送については,二次元コンピュータコードやモンテカルロコードを用いて大規模な計算がされ(これらの即発輸送については大気は爆風によってかく乱されていないとして計算された。),これら計算結果は,実験データとの比較あるいは異なったコード計算を用いた結果と比較することにより検証された。すなわち,広島及び長崎における即発中性子とガンマ線フルエンスは,オークリッジ国立研究所で二次元離散的座 は,実験データとの比較あるいは異なったコード計算を用いた結果と比較することにより検証された。すなわち,広島及び長崎における即発中性子とガンマ線フルエンスは,オークリッジ国立研究所で二次元離散的座標コードDOT-4により円筒形空中立方体形について計算され,モンテカルロ計算により広範囲に点検された。陸上大気の形状は円筒形で示され,その下部は大地より成り,その上部は空気より成り,線源は円筒の軸上の空中に位置する。 空気は,最大地上距離2812.5メートルまで伸びる6つの半径方向区分と最大高度1500メートルまでの空気密度の減少を伴う7つの軸方向区分に分けられた。 最大高度は爆発高度より十分上に置かれて,爆発した上の空気から地上に向けて散 乱してきた放射線も考慮に入れるようにした。2つの都市の7つの軸方向区分の各々での空気の密度と組成はその分布状態の表から取った。 なお,遅発中性子の寄与も別に計算されたが,その寄与は小さいものとされた。 (オ)ガンマ線の熱ルミネセンス測定ガンマ線の熱ルミネセンス測定については,原爆投下から約40年を経過して,被爆したままの状態で火災にも遭っていない煉瓦やタイルなどの試料を収集することは困難であったが,爆心から1.5キロメートル近辺でいくつかの試料が収集でき,特に,広島大学理学部校舎,長崎市a町民家の塀から被爆時の状態を保持している大量の試料が採集でき,これら試料を熱ルミネセンス法により測定した。そして,測定した熱ルミネセンス量をガンマ線量に換算し,試料を収集した建物の建築年月日の1年前を製造年月日として,バックグラウンドを評価した。その結果,広島においては1000メートル以上の地点で測定値はDS86による計算値よりも大きく,近い地点は逆に小さくなっており,長崎においてこの関係は逆であるとされた。 (カ)中 ウンドを評価した。その結果,広島においては1000メートル以上の地点で測定値はDS86による計算値よりも大きく,近い地点は逆に小さくなっており,長崎においてこの関係は逆であるとされた。 (カ)中性子の測定中性子の測定は,リン32,コバルト60,ユウロピウム152の中性子核反応による誘導放射能の測定が広島と長崎の試料について行われ,米国においても原子爆弾や裸の原子炉を用いた実験が行われ,これらの測定結果が主として中性子に関する計算モデルや断面積等のパラメータの検証に用いられた。 高エネルギー中性子フルエンスについては,原爆投下直後の調査で広島において採取された絶縁ガラス中の硫黄に含まれるリン32の測定結果がほとんど唯一のデータであるとして,再吟味され,広島原爆の出力を15キロトンとした場合,計算値と測定値の一致は近い地上距離においてはかなり良いが,400メートル以遠では測定値の誤差が大きくなるため結論を下すことはできないとされた。 低エネルギー中性子フルエンスについては,コンクリート建物の鉄筋その他の鉄材中に不純物として含まれるコバルトの放射化生成物であるコバルト60を分析し,実験的に求めた換算係数を用いて組織カーマを計算したが,このカーマ値は換算係 数の決定に用いた中性子源が適切でなかったためおそらく正しくなく,むしろ,コバルトの放射化量を計算によって求めて比較する方が直接的である。計算の結果は,近距離では測定値より大きく,遠距離になるに従って測定値を下回り,1180メートル地点では4分の1になるという系統的な食い違いを見いだした。この不一致を解決するため,コンクリート中のホウ素や水分含有量の効果,爆風が中性子減衰に与える効果,地面の元素組成特に水分の効果などを調べたが,いずれも結果を大して変えるものではなく,また,遅発中性子を 一致を解決するため,コンクリート中のホウ素や水分含有量の効果,爆風が中性子減衰に与える効果,地面の元素組成特に水分の効果などを調べたが,いずれも結果を大して変えるものではなく,また,遅発中性子を考慮した計算を行っていたが,これも上記の食い違いを説明するに至らなかった。この測定値は,反復分析結果の再現性も良好であり,コバルト60に関する他のデータと比べて信頼性が高いと考えられ,1180メートル地点における4倍の違いは解決せず,この問題は未解決のまま残されており,熱中性子の問題は完全に解決したとはいえないとされた。 (キ)残留放射能の放射線量残留放射能の放射線量については,1つは,地上に落下した核分裂生成物いわゆる放射性降下物(フォールアウト)があり,地域としては,長崎では爆心地の東方約3キロメートルのc地区,広島では西方約3キロメートルのa,b地区の限定された地域が該当するとされた。もう1つは,爆心地付近の土壌,建造物等が中性子の照射を受けてできる誘導放射能があるとされた。 放射性降下物による線量評価については,長崎のc地区及び広島のa,b地区において原爆投下後数週間から数か月の期間にわたってそれぞれ数回の線量率の測定が行われており,それらの値から爆発1時間後の線量率を計算し,任意の時間における線量を求める方法により,爆発1時間後から無限時間まで,地上1メートルの位置でのガンマ線の積算線量を計算した結果は,長崎のc地区の最も汚染の著しい数ヘクタールの地域で20レントゲン(12ラド)ないし40レントゲン(24ラド),広島のa,b地区では1レントゲン(0.6ラド)ないし3レントゲン(2ラド)と推定された(ただし,この計算は,天候(ウェザリング)等の影響が無視されているので,その誤差はかなり大きいとされた。)。そして,c地区の住民(約600 ゲン(0.6ラド)ないし3レントゲン(2ラド)と推定された(ただし,この計算は,天候(ウェザリング)等の影響が無視されているので,その誤差はかなり大きいとされた。)。そして,c地区の住民(約600 名)の原爆直後の行動の実態調査結果を基にして,汚染区域に居続けた人の最大照射線量は上記積算線量の約3分の2と推定されるとされた。また,c地区の住民のホールボディカウンターによるセシウム137の体内量実測値から,1945年(昭和20年)から1985年(昭和60年)の40年間のセシウム137による被曝線量は男性で10ミリレム,女性で8ミリレムと推定された。 誘導放射能による線量評価については,広島,長崎の爆心地付近において,原爆投下後数週間から数か月の期間に,誘導放射能による地上でのガンマ線の線量率の測定がそれぞれ数回行われており,また,中性子フルエンスと土壌分析結果から重要核種の誘導放射能による照射線量を計算することもできるとして,爆発直後から無限時間までの爆心地での地上1メートルの積算線量は,広島で80レントゲン(50ラド),長崎では30レントゲン(18ラド)ないし40レントゲン(24ラド)と推定された。地上での線量率は時間とともに急激に減少し,累積的被曝は1日後にはその約3分の1,1週間後にはわずか数パーセントであっただろうとされ,また,爆心地から離れても急速に減少し,広島では爆心地から175メートル,長崎では350メートル離れると半減しているとされた。そして,早期入市者の被爆線量は,その人の爆心地付近の行動の状況を正確に把握しなければ評価することができないとされた。 以上のとおり,放射性降下物による人体組織の無限時間までの積算線量は,最大で長崎で12ラドないし24ラド,広島で0.6ラドないし2ラドとなり,誘導放射能によるものは,最 ることができないとされた。 以上のとおり,放射性降下物による人体組織の無限時間までの積算線量は,最大で長崎で12ラドないし24ラド,広島で0.6ラドないし2ラドとなり,誘導放射能によるものは,最大で広島で約50ラド,長崎で18ラドないし24ラドとなるものとされた。 (ク)家屋及び地形による遮蔽家屋及び地形による遮蔽については,日本家屋の典型的な6家屋の集団と長屋の集団の2種類のモデルを作り(その際,日本家屋の構造,材料や厚さなどに関して最良の情報を用いる。),6家屋集団の屋内の21か所と長屋集団の屋内の40か所の点を選び,爆心地に対する16方向について合計976種類の遮蔽状態を考え, 4つのパラメータ(階層数の3つの値,直線透過距離の5個の値,前方遮蔽物の有無と爆心方向にある遮蔽されていない窓からの距離等の5つの組み合わせ)により75種類(実際に被爆者がいるのは57種類)の遮蔽状態に分類し,上記976種類の各個所に対し,家屋遮蔽の計算をするためにモンテカルロ法による4万個の粒子追跡計算を行うなどした。そして,日本家屋内で被爆した場合,その位置でのエネルギーと角度別フルエンスが上記手法により計算されるとともに,その時点でカーマ(遮蔽カーマ)が計算されるとされ,中性子スペクトルは距離により変化するので,ガンマ線の透過率も距離の関数となり,ガンマ線の透過率は,1500メートルの地点で,即発ガンマ線に対して0.53,遅発ガンマ線に対して0.46となるものとされた。 (ケ)臓器線量測定臓器線量測定については,1945年(昭和20年)当時の典型的日本人のファントム(模型)として,新生児から3歳までの乳幼児の被爆者に対して9.7キログラムファントム,3歳から12歳の小児に対して19.8キログラムファントム,12歳以上については55キロ 型的日本人のファントム(模型)として,新生児から3歳までの乳幼児の被爆者に対して9.7キログラムファントム,3歳から12歳の小児に対して19.8キログラムファントム,12歳以上については55キログラムファントムの3種類を用い,また,被爆時の姿勢によって臓器の位置や身体の遮蔽などが異なることを考慮して,日本式正座位のファントムを開発し,直立,座位,臥位の各体位別に,15の臓器を対象として,ファントムに入射して臓器に達するまでの放射線の輸送に関する連結計算を行った。 臓器線量評価システムをファントムに適用したところ,ガンマ線の等方入射では実験と非常に良く一致し,中性子とガンマ線の混合場の被曝では中性子の測定値は入射ガンマ線に対する透過率と同様に良い一致を示しているが,人体中での中性子の相互作用によって生ずるガンマ線については計算値より実測値の方が大きいことを示している。 (コ)まとめDS86は,以上のような爆弾の出力,ソース・ターム(線源項),最新の計算方法による空気中カーマ,遮蔽カーマ,臓器カーマの計算を統合し,被爆者の遮蔽 データを入力として臓器の吸収線量など各種の線量(カーマ)を計算するシステムであり,特定の被爆者の入力データに基づき,超大型コンピュータにより行われた膨大な計算の結果得られた次の3つのデータベース,すなわち,自由空間データベース,家屋遮蔽データベース,臓器遮蔽データベースを組み合わせて,所要の線量を出力として取り出すことができるようになっている。すなわち,被爆者の位置及び爆心地からの距離を入力して,被爆者の位置における自由空間の放射線場が得られ,次に,被爆時の遮蔽状況(戸外で無遮蔽,日本家屋内,戸外で家屋や地形により遮蔽,その他)に応じて,9-パラメータ(日本家屋内)又はグローブ・データ(戸外で家屋や地形に る自由空間の放射線場が得られ,次に,被爆時の遮蔽状況(戸外で無遮蔽,日本家屋内,戸外で家屋や地形により遮蔽,その他)に応じて,9-パラメータ(日本家屋内)又はグローブ・データ(戸外で家屋や地形により遮蔽)の入力により遮蔽フルエンスを出力することができ,また,年齢,性,体位の入力により特定臓器の吸収線量等所要の情報を出力することができるようになっている。 推定線量に対する不確実性の推定は,予備的な値としては空気中カーマに対して広島で16パーセント,長崎で13パーセントとなり,臓器カーマに対しては25ないし35パーセントとなっている。 エDS02の概要被告らは,DS02においてDS86の正当性が検証された旨主張するところ,証拠(乙A46号証,75号証,76号証)によれば,DS02の概要は,以下のとおりであると認められる。 (ア)システムの概要DS02の計算システムとしての構造は基本的にはDS86と同じであるが,DS02においては,DSの計算システムを構成する4つの計算プロセス,すなわち,ソースターム(線源項)の計算,大気・地上系での長距離輸送計算,地上構造物での遮蔽計算,人体の自己遮蔽と組織線量計算のうち,ソースタームの計算及び大気・地上系での長距離輸送計算が全面的に入れ替えられ,地上構造物での遮蔽計算において広島のa,長崎のb山などによる地形の影響がモデル化され,長崎の工場や広島の学校校舎といった建物モデルが追加された。なお,臓器線量計算については, DS86最終報告書が作成された後に女性と幼児の臓器線量に変更が加えられたが(改定DS86),改定DS86の数値と比較してDS02における臓器透過係数にはそれほど変化はない(なお,吸収線量を決定する物質中のエネルギー放出(カーマ)と単位体積の物質を通過する放射線(フルエンス)とを S86),改定DS86の数値と比較してDS02における臓器透過係数にはそれほど変化はない(なお,吸収線量を決定する物質中のエネルギー放出(カーマ)と単位体積の物質を通過する放射線(フルエンス)とを関連付ける,フルエンス-カーマ換算係数(カーマ係数)についての評価が新たに行われ,軟組織の新しいカーマ係数が提示されたが,軟組織のカーマ係数の新旧の差は,原爆被爆者の線量測定において大変重要である光子と中性子のエネルギーでは小さい。)。 (イ)爆弾の出力と高度爆弾の出力と高度について,広島,長崎における熱中性子と速中性子の中性子放射化測定値及びガンマ線の熱ルミネセンス量測定値と計算値とを系統的に評価することにより,長崎原爆については,推定出力21キロトンプラスマイナス約2キロトン,爆発高度503メートルプラスマイナス10メートルが推奨され,DS86における爆発パラメータが確証され,また,広島原爆については,推定出力16キロトンプラスマイナス4キロトン,爆発高度600メートルプラスマイナス20メートルが推奨された。なお,広島原爆の出力の推定に当たっては,DS86における絶対法及び相対法が再び使用された。そして,計算においては,広島原爆につき出力16キロトン,爆発高度600メートルが,長崎原爆につき出力21キロトン,爆発高度503メートルが採用された。広島について新しく計算された爆発高度600メートル及び出力16キロトンは,すべての中性子放射化測定値及びガンマ線熱ルミネセンス測定値と全体的に最も良く一致することが分かった。 (ウ)ソースタームの評価ソースタームについて,広島原爆と長崎原爆の爆発過程を模擬したモンテカルロ計算が行われ,中性子とガンマ線の放出スペクトルが再計算されたが,その結果は,全体的にみて,重複部分についてはDS86の計算と良 ースタームについて,広島原爆と長崎原爆の爆発過程を模擬したモンテカルロ計算が行われ,中性子とガンマ線の放出スペクトルが再計算されたが,その結果は,全体的にみて,重複部分についてはDS86の計算と良く一致している上,精度が高まり幾何学的側面が改善されたとされる。 (エ)放射線輸送計算 ソースタームから地表へ到達する放射線の計算(離散座標計算)は,2次元輸送計算コードDORTを用いて行われた。離散座標計算での大気-地面系モデルでは,広島及び長崎の大気-地面系環境を円柱状R-Z座標でモデル化し,Z軸は,地下0.5メートルから地上2000メートルまで広がる110のメッシュ区分とし,この幾何学形状の半径は130のメッシュ区分で3000メートルまでとし,R軸の左側境界は,反射境界条件で扱い,上側,下側及び右側(円柱状表面)の境界は真空として扱い,大気は,7つの高さに分け,それぞれの空気密度は高度に応じて変化させ,地面は,50センチメートルの厚さの層にモデル化し,20メッシュに区分した。中性子及びガンマ線の輸送計算用断面積は,199個の中性子エネルギー群及び42個のガンマ線エネルギー群から構成され,DS86における中性子46個及びガンマ線22個のエネルギー群構造と比較して大幅に増加した。 遅発放射線は,火球中の核分裂生成物から放出される中性子及びガンマ線であり,直線距離1500メートルまででは両市におけるガンマ線量の2分の1以上に寄与する。遅発中性子の寄与は,広島においてはすべての距離において線量と熱中性子放射化で10パーセント未満,速中性子放射化で5パーセント未満である。長崎においては,遅発中性子の寄与が大きく,直線距離約700メートルにおいて熱中性子放射化に対する寄与は最大となり(約60パーセント),爆心地で中性子線量の寄与が最大となる 5パーセント未満である。長崎においては,遅発中性子の寄与が大きく,直線距離約700メートルにおいて熱中性子放射化に対する寄与は最大となり(約60パーセント),爆心地で中性子線量の寄与が最大となる(約40パーセント)。遅発中性子の寄与は距離に応じて急激に減少し,2500メートルにおいては,中性子線量あるいは熱中性子放射化への寄与は5パーセント未満となる。長崎の速中性子放射化に対する遅発中性子の寄与はすべての距離において10パーセント未満である。遅発放射線計算においては,即発放射線輸送計算で使用したものと同じ空気成分,密度及び地上成分,密度を使用し,DORTコードを用いて計算を実施した。広島の遅発中性子線量については,爆発高度及び出力の変更に伴い,距離に応じて1ないし8パーセント下方補正した。 広島の合計中性子線量における遅発中性子の寄与は約5パーセントであるから,この補正の影響は非常に小さい。 DS02においてはDS86に比して爆弾位置から中間の空気を透過し地面に入射したり反射したり吸収されたりする中性子及びガンマ線の挙動を記述するために用いられる放射線輸送コード及び核データが改善され,また,演算能力の増大により爆弾線源スペクトルをより正確に記述し,より高い中性子・光子エネルギーまで拡大することができるようになるなどし,輸送計算において一貫した正確なデータの記述が保証されるようになった。反応計算値と測定値の一致度は高く,管理された条件下での測定と計算との一致度が10ないし20パーセントであれば一般的にみて容認することができるレベルであり,また,広島と長崎の測定値と計算値に同様の一致度がみられることは注目すべきことであるとされる。 (オ)DS86と比較したDS02の線量DS02においても,空気中カーマは地形,構造物又は身体による遮 また,広島と長崎の測定値と計算値に同様の一致度がみられることは注目すべきことであるとされる。 (オ)DS86と比較したDS02の線量DS02においても,空気中カーマは地形,構造物又は身体による遮蔽を受けていない地上1メートルの地点における線量として計算されたが,DS86における空気中カーマと比較すれば,広島と長崎の爆心地からの距離が2.5キロメートルの範囲内において,DS02により計算された総カーマ線量(物質中に放出された運動エネルギーを示す略語で,グレイで表される。)とDS86における空気中線量との差は10パーセント未満であり,広島では,DS02の中性子及びガンマ線の空気中カーマを合計した線量はDS86と比べて多かったが,その差は5パーセントに満たず,原爆からの距離が1000メートルから2500メートルの範囲では,DS02の空気中カーマ線量は,DS86を使って広島について計算した線量よりも平均して7パーセント高く,長崎では,原爆からの距離が0から2500メートルの全範囲において,中性子とガンマ線の空気中カーマ線量の合計はDS86よりも8パーセントほど高く,1000メートルから2500メートルでは,線量はDS86よりも平均して9パーセント高いとされ,これらの平均値はDS02とDS86によって得られた線量に有意な差はないことを示してはいるが,線量の中性子とガンマ線の成分において重要な変化があるとされている。 (カ)ガンマ線の熱ルミネセンス法による測定値と計算値 測定値と計算値の全体的な一致度はDS86と同様DS02についても引き続き良好である。広島においては,全体的な一致度はDS86よりもDS02の方が若干高く,爆心地付近における一致度はDS02が優れており,中ないし遠距離における一致度もDS86よりもDS02の方が優れている 好である。広島においては,全体的な一致度はDS86よりもDS02の方が若干高く,爆心地付近における一致度はDS02が優れており,中ないし遠距離における一致度もDS86よりもDS02の方が優れているが,遠距離では測定値が計算値よりも高いことを示唆する若干の例があり,この点については,バックグラウンドに関連した問題を慎重に考慮することにより検討すべきである。長崎においては,爆心地から約800メートル以内では測定値が計算値より幾分低く,この傾向はDS86よりもDS02で若干強いが,全体的に良く一致しており,低い測定値はほとんどそのすべてが透過係数について十分な情報のない古い測定値である。 なお,測定されたセラミック試料の大部分については,焼成から測定まで数十年以上が経過していた。様々な測定者は,自然バックグラウンド・ベータ線,地球ガンマ線及び宇宙線から試料が受けた合計蓄積線量を約100ミリグレイないし400ミリグレイの範囲と推定した。この線量は,試料周辺の環境の状況及び試料自体の特徴によって当該範囲内で大きく変動するかもしれない。新しい,より遠距離の測定値が,古い,より近距離の測定値よりも全体として低いバックグラウンド値を示すかもしれないことが示唆されている。この傾向は,遠距離における計算値と測定値との比較において考慮されるべきであり,これについてはさらなる調査により有益な情報が得られる可能性がある。広島市及び長崎市の爆心地から約1.5キロメートル以遠の地上距離における原爆ガンマ線量はバックグラウンドとほぼ同じであり,測定正味線量は推定バックグラウンド線量の誤差に大きく影響されるから,上記の遠距離においては現行の熱ルミネセンス測定値で原爆ガンマ線量を正確に決定することは不可能である。 (キ)熱中性子の測定値と計算値aコバルト60の測定値 ド線量の誤差に大きく影響されるから,上記の遠距離においては現行の熱ルミネセンス測定値で原爆ガンマ線量を正確に決定することは不可能である。 (キ)熱中性子の測定値と計算値aコバルト60の測定値と計算値広島においては,1つの例外を除いて,地上距離約1300メートル以内のコバルト60測定値とDS02に基づく計算値とは全体的に良く一致した。上記例外に ついては,広島の鉄輪試料に関する放医研での測定において,測定器の操作と較正のいずれかに問題があったようである。広島の地上距離1300メートル以遠では,試料の線量カウントと検出器のバックグラウンド線量とを区別する際に問題があるようである。遠距離試料における初期放射能推定値は,測定に用いられた検出器と,コバルト60からの1173keV及び1333keVのガンマ線のカウント率を決定する方法の両方にある程度依存していた。 長崎においては,コバルト60測定値は,DS02に基づく計算値とおおむね一致したが,近距離においてさえも大きな差異を示している。いくつかの初期の実験において長崎型原爆が使用され,これらの実験のいくつかで得られた中性子放射化測定値がDS02で用いられたのと同じ計算方法で調べられた。長崎におけるコバルト60測定値とDS02に基づく中性子計算との間で認められた差異と比較して,これらの核実験での中性子放射化の計算値と測定値の間の差異は小さかった。しかし,長崎におけるコバルト60測定値を含めたすべての中性子放射化測定値及びすべての熱ルミネセンス測定値はDS02に基づく計算値と系統的に比較され,解析の結果,長崎原爆について以前使用された503メートルと21キロトンに非常に近い爆発高度及び出力を用いると全体的に最も良好な結果が得られた。 (なお,コバルト60は,主に熱中性子により誘導され,半 析の結果,長崎原爆について以前使用された503メートルと21キロトンに非常に近い爆発高度及び出力を用いると全体的に最も良好な結果が得られた。 (なお,コバルト60は,主に熱中性子により誘導され,半減期は約5.271年であり,この期間の99.9パーセントの間にベータ粒子(318keV)並びにエネルギーが1173keV及び1333keVのガンマ線を放出することにより崩壊する。)bユーロピウム152の測定値と計算値DS86最終報告書以降に広島,長崎においてユウロピウム152データが精力的に収集された。低レベルガンマ線計測のためにユウロピウムの純度を向上させるための化学処理の改善が行われた。広島におけるユウロピウム152測定の結果は800メートル以内ではDS02中性子に基づく計算と良く一致しており,800メートルないし1000メートルではわずかに高い傾向にある。長崎における結果 は,幾分ばらついてはいるものの計算とは2倍以内で一致している。 広島のデータについては,静間清らは爆央から1500メートル以内で70サンプルの比放射能を決定した。DS86最終報告書の当時はユーロピウム152のデータとおおまかに一致していた。新しく得られたユーロピウム152/ユーロピウムのデータは800メートル以内の爆心付近においてはDS86より低く,DS02と良く一致している。測定データは800メートル以遠では計算よりやや高くなる傾向にある。ガンマ線計測では,主にバックグラウンド係数率に基づく検出限界が存在するところ,静間清らの測定では,地上距離1050-メートル(爆央からの距離1200-メートル)でほとんど検出限界となる。このことは約1000-メートル以遠のデータでは系統的ずれの議論に用いるのは困難であることを意味している。測定結果は爆心付近ではDS86中 央からの距離1200-メートル)でほとんど検出限界となる。このことは約1000-メートル以遠のデータでは系統的ずれの議論に用いるのは困難であることを意味している。測定結果は爆心付近ではDS86中性子に基づく計算値より低く,750メートルないし1000メートルでは良く一致し,1000メートル以遠ではやや高い傾向にある。800メートルないし1000メートルで測定値がやや高い傾向にはあるが,誤差の範囲では一致しているといえる。 長崎のデータについては,中西孝らの1020メートルと1060メートルにおける屋根瓦についての6データの結果は,幾分ばらついているが,DS86中性子に基づく計算とほぼ合っている。静間清らのデータは爆央距離800メートルまでは計算と良く一致している。1000メートル以遠では計算よりやや高いが,中西孝の屋根瓦の2データと矛盾はしない。 広島試料中のユウロピウム152の極低バックグラウンドについて,今回の測定は以前の測定より多量の試料を使い低いバックグラウンドと高い検出効率で測定することができた(すなわち,多量の花崗岩試料を用いて,化学的濃縮を行い,金沢大学の尾小屋地下測定室に設置した2台の大型ゲルマニウム検出器で測定した。)。 有意な結果が得られた最小計数は爆心から1424メートル地点で採取した試料であった。広島の花崗岩試料のユウロピウム152の放射能はDS02に基づく計算でよく再現され,本研究によってもユウロピウム152の実測値と計算値の不一致 が解決された。 c塩素36の測定値と計算値(a)アメリカにおける測定アメリカでは,ローレンスリバモア(LawrenceLivermore)国立研究所,Purdue大学PRIME研究室,ロチェスター大学のAMS施設において,加速器質量分析法(AMS)による測定が行われた カでは,ローレンスリバモア(LawrenceLivermore)国立研究所,Purdue大学PRIME研究室,ロチェスター大学のAMS施設において,加速器質量分析法(AMS)による測定が行われた。 花崗岩及びコンクリート(コンクリート表面を除く。)中の塩素36の測定値は,爆心地付近から塩素36/塩素比がバックグラウンドと鑑別不可能になる距離までDS02と一致する。 塩素36のバックグラウンドは,爆心地から約1キロメートル以内の距離について得られた結果にわずかな影響を与えるにすぎないので,バックグラウンドの不確実性が,この距離について認められたDS02との一致度を変化させることはないと考えられる。 広島の1400メートル以遠の塩素36について以前示唆された高いM/C比は,表面セメント(深部のコンクリートよりも高いバックグラウンドを示す)が使用されたことに由来し,この高い表面測定値が爆弾の中性子により生成されたものではないことが現在明らかになっている。広島,長崎両市から採取された表面セメントにおいて,爆弾に起因する大量の中性子が届く範囲をはるかに超えた距離でさえも,同様に高レベルの塩素36が認められている。 長崎のコンクリートコア試料の測定値は,表面セメント以外ではDS02と良く一致する。長崎では,1993年(平成5年)に遅発中性子と断面積データが更新されたDS86が塩素36測定値と良く一致することも以前に示されている。 (b)ドイツにおける測定ドイツでは,ミュンヘンのAMS施設において,加速器質量分析法(AMS)による測定が行われた。 広島で原爆中性子に被曝した花崗岩試料及び被曝していない対照花崗岩試料にお ける塩素36/塩素比を決定した。遠距離花崗岩試料については,宇宙線並びにウラニウム及びトリウムの崩壊により試料内に生成された 爆中性子に被曝した花崗岩試料及び被曝していない対照花崗岩試料にお ける塩素36/塩素比を決定した。遠距離花崗岩試料については,宇宙線並びにウラニウム及びトリウムの崩壊により試料内に生成された塩素36も計算された。実験の不確実性の範囲内において,花崗岩試料中の塩素36の自然濃度を考慮すれば,地上距離800メートル以遠における測定に基づく塩素36/塩素比とDS02計算に基づく塩素36/塩素比に顕著な不一致は認められなかった,近距離においては,塩素36から得られた実験に基づくフルエンスはDS02計算値に基づくものよりも低い。 (c)日本における測定日本では,筑波大学に設置されている加速器質量分析システム(AMS)を用いて測定が行われた。 提供された相互比較用花崗岩試料の塩素36を加速器質量分析(AMS)法で測定し,塩素36/塩素比を求めた。地上距離で1100メートル辺りまではDS02計算と良い一致がみられ,DS02の有効性が確かめられた。提供された非被爆花崗岩(バックグラウンド測定用)の塩素36/塩素比の測定値は平均で1.92×10となった。地上距離1163メートルの試料(No.9興禅寺)が2.5-130×10であることから,1100メートル以遠の試料の塩素36の測定は困難-13である。 (d)鉱物試料における自然塩素36の生成本調査において,広島に投下された爆弾から放出された中性子により誘発されたシグナルに対する鉱物試料中の自然塩素36生成の寄与を算定するための方法が開発された。計算に使用されたパラメータは,分析された各試料についての局所浸食率,岩石圏中の深度及び元素組成である。位置が判明している採掘場から採掘された花崗岩試料について,計算値は加速器質量分析(AMS)による測定に基づく塩素36値と不確実性の範囲内で一致 いての局所浸食率,岩石圏中の深度及び元素組成である。位置が判明している採掘場から採掘された花崗岩試料について,計算値は加速器質量分析(AMS)による測定に基づく塩素36値と不確実性の範囲内で一致することが分かった。計算値と測定値のいずれも,鉱物試料についての代表的な塩素36/塩素比が約10であることを示唆し-3ている。 広島に投下された爆弾に由来する中性子に被曝した鉱物試料については,地上距離約1200メートルでの塩素36/塩素比が約10であると考えられる。した-3がって,広島の1000メートル以遠で爆弾中性子に被曝した鉱物試料の塩素36バックグラウンドレベルを決定するためには試料中の塩素36生成についての計算が不可欠である。 (e)ユウロピウム152と塩素36の放射化の相互比較新たに近距離からバックグラウンドの遠距離まで被曝資料を準備し,相互比較研究を実施した。1200メートル以内で被曝した9つの花崗岩サンプルとユウロピウムと塩素の標準液を熱中性子場と熱外中性子場照射したサンプルを使用した。ユウロピウム152のデータは金沢大学の尾小屋で測定して得られ,塩素36のデータはアメリカのリバモアとドイツのミュンヘンで測定し得られた。今回の相互比較の結果ユウロピウム152と塩素36のデータは互いに合っているだけでなくDS02とも一致した。ただし,アメリカで測定された旧県庁と光善寺のデータは一致が良くない。しかしながら,ユウロピウムのデータは全体として少しだけ(14パーセント)塩素のデータより大きい傾向があった。この理由については将来散乱断面積など各種の要因を検討しチェックする必要がある。 (ク)速中性子の測定値と計算値a硫黄(リン32)の放射化今回の評価により更新,訂正された硫黄放射化データに基づく爆弾出力計算値は爆 散乱断面積など各種の要因を検討しチェックする必要がある。 (ク)速中性子の測定値と計算値a硫黄(リン32)の放射化今回の評価により更新,訂正された硫黄放射化データに基づく爆弾出力計算値は爆弾の理論的出力推定値とかなり良く一致しており,すべての関連する爆弾出力データを慎重に検討した上でDS02で広島原爆の出力として最も確実と考えられた16キロトンと極めて良く一致していた。 bニッケル63の測定(広島)速中性子に関する最新の検証データを提供するため,銅試料中のニッケル63を測定する2つの方法,すなわち,加速器質量分析(AMS)に基づく方法(ストローメら)と低バックグラウンド・シンチレーション計数法(柴田誠一ら)が開発さ れた。 広島の異なる距離から採取された銅試料中のニッケル63の加速器質量分析(AMS)を用いた測定により,原爆投下後50年以上経過した時点における初めての速中性子の検出が行われ,爆心地から700メートル以遠における爆弾に起因する速中性子についての最初の信頼できる測定値が得られた。これらのニッケル63測定結果の主な意義は,原爆被爆者の位置に最も関係のある距離(900メートルから1500メートル)における速中性子の測定値が初めて得られたことである。 1945年(昭和20年)に行われたリン32の測定と比較して,AMSを用いた銅試料中のニッケル63の測定により,速中性子の検出力が著しく向上した。また,ニッケル63測定値がバックグラウンドレベルに達するのは爆心地から約1800メートルであるのに対して,リン32については約700メートルである。 爆心地から約1800メートルの距離から少なくとも5000メートルの距離までは,測定値は銅1グラム当たりのニッケル63原子7万個の値で平坦となり,ほぼこれがバックグラウンドの大きさと ートルである。 爆心地から約1800メートルの距離から少なくとも5000メートルの距離までは,測定値は銅1グラム当たりのニッケル63原子7万個の値で平坦となり,ほぼこれがバックグラウンドの大きさと思われる。 このバックグラウンドを差し引いた後のデータを1945年(昭和20年)に対して補正すると,広島の銅試料中のニッケル63測定値はDS02に基づく試料別計算値と良く一致する。DS86に基づく計算値との比較でも,日本銀行の場合を除いて良く一致する。この距離での差は,DS86計算値と比較した場合に極めて大きい。 現在のところ,銅試料中の宇宙線によるニッケル63の計算値は,観察された高いバックグラウンドを説明していない。銅試料について測定されたニッケル63バックグラウンドは主に試料の化学成分,試料ホルダー及びAMS装置などに起因するのかもしれない。これについては更に検討すべきである。 また,ニッケル63生成に対するバックグラウンドなど解明すべき点はまだ残されているが,液体シンチレーション法により得られた結果と加速器質量分析法の結果とは良く一致した。 なお,バックグラウンドの評価については,調査の現段階において広島から採取された遠距離の銅試料で測定されたニッケル63のバックグラウンドを宇宙線誘発の作用だけで説明することは不可能である。 (ケ)測定値と計算値の比較爆心地から地上距離が2500メートルに至るまでのDS02自由場フルエンス計算値は,ガンマ線,熱中性子及び速中性子の放射化の測定値によって,測定値と透過係数の不確実性の限度内で確証されている。測定値/計算値の比は,最善の測定値でさえもかなり変動する。各同位元素に関する重み付け測定値/計算値の比は,広島においては非常に良く一致しており,長崎においては報告されている計算の不確実性の範囲 。測定値/計算値の比は,最善の測定値でさえもかなり変動する。各同位元素に関する重み付け測定値/計算値の比は,広島においては非常に良く一致しており,長崎においては報告されている計算の不確実性の範囲内である。同位元素の平均値は広島では1であり,長崎ではほぼ1である。広島の被爆者に対してDS02によって割り当てられている不確実性を減ずるために広島の測定値の一致を使用することが可能であるかもしれない。長崎でそれをすることはできないであろう。 広島の爆発高度を580メートルから600メートルに上げたために,DS86と比較したDS02の改善点は爆心地近くにおいて特に顕著である。さらに,ユーロピウムと塩素の測定値を相互比較したことにより,DS02による遠距離の熱中性子放射化の計算を確証することができる。新たに得られた銅の放射化測定値は,主要な爆弾パラメータと広島原爆の傾きの影響を受けやすい指標として硫黄のデータの信頼性を確証した。 長崎では,中性子に関する良い測定値が不足しているため,長崎市の中性子フルエンスを直接的に確証することに限界がある。限られた数の塩素測定値が中性子フルエンスを最も直接的に裏付けている。長崎に速中性子放射化の測定値がないということは,原爆実験場で起爆された同種の爆弾から得られた測定値に頼って確証を行うことを意味している。 両市においてガンマ線熱ルミネセンス測定値が被爆者距離における線量を不確実性の範囲内で確証している。長崎では,爆心地近くにおいて少しではあるが計算の 過大推定と測定の過少推定があるようであり,これはこのように極めて高い線量と温度における熱ルミネセンスの測定値又は火球内の破片核分裂ソースの流体力学的上昇のどちらかに問題があることを示唆している。しかし,対象距離範囲においては良い一致がみられているので,これ て高い線量と温度における熱ルミネセンスの測定値又は火球内の破片核分裂ソースの流体力学的上昇のどちらかに問題があることを示唆している。しかし,対象距離範囲においては良い一致がみられているので,これらの問題は重要ではない。 自由場放射線フルエンスから計算されている被爆者線量は,試料内の放射化の測定値と計算値の間におおむね良い一致がみられることから信頼することができる。 被爆者の遮蔽線量及び臓器線量の計算方法は,遮蔽試料放射化の計算と同じ方法である。それゆえに,爆弾のパラメータとアウトプット,放射線輸送及び被爆者の遮蔽線量推定の方法は,検証され,適切であることが示されている。 オDS86及びDS02に対する批判証拠(甲A7号証,8号証の1,2,12号証,14号証,60号証)によれば,DS86及びDS02の原爆放射線の線量評価システムに対しては,次のような批判が存在する事実が認められる。 ①広島原爆についてはその構造,材質,厚さ,火薬の量と成分等の詳細が明らかにされておらず(レプリカも公表されていない),また,ソースターム(線源項)の計算コードも明らかにされておらず,計算過程を追試験することができない。 ②ガンマ線及び中性子線の推定線量(計算値)が測定値と比べて近距離ではやや過大評価であり,遠距離では過小評価となっている。 ③遠距離被爆者及び入市被爆者の急性症状を合理的に説明することができない。 カDS86及びDS02による初期放射線量の計算値と測定値の不一致に関する指摘証拠(甲A4号証,12号証,14号証,17号証,18号証の1及び2,24号証の1,2,25号証の1,2,60号証,62号証,107号証,乙A10号証,20号証,37号証の1及び2,38号証,39号証,46号証,証人J,同M)によれば,初期放射線(ガンマ線,熱中性子線及び速 の1,2,25号証の1,2,60号証,62号証,107号証,乙A10号証,20号証,37号証の1及び2,38号証,39号証,46号証,証人J,同M)によれば,初期放射線(ガンマ線,熱中性子線及び速中性子線)の測定値とDS86ないしDS02による計算値との不一致について,以下のような指摘がされ ている事実が認められる。 (ア)DS86報告書における問題点の指摘aガンマ線の測定値と計算値との不一致DS86報告書においては,ガンマ線の測定値と計算値との不一致につき,次のような指摘がされている(乙A38号証)。 すなわち,広島においては,すべての研究所の結果で,1000メートル以遠の距離において,計算値に対して測定値の方が大きいのは,全く明白であって,28の測定中24が計算値を超えている。逆のことが1000メートル以下の距離で当てはまるように思われ,14の測定中10が計算値よりも低い。しかしながら,新しい測定のみを考慮すると,合一性はこの距離で向上する。1000メートルを超える範囲は被爆者数の点で重要な対象地域であるので,上記の結果からパラメータの訂正を行った方がよいと判断する。 5つの研究所による長崎a町塀煉瓦(1428メートル)の測定値と計算値との平均差は,たった10パーセントであるが,その差は広島の不一致に対して逆である。 これは,系統的な熱ルミネセンス誤差が両都市における測定の結果を偏らせてはいないことを示唆する。 1000メートル以遠で理論値が広島の測定値の平均値に一致するためには,18パーセントの増加を,これらの距離での理論モデルで行わなければならない。長崎では,1000メートルを超えた場合10パーセント以下の減少をすることが,正確な一致のために必要となるであろう。 b中性子線の測定値と計算値との不一致また,DS86報告 行わなければならない。長崎では,1000メートルを超えた場合10パーセント以下の減少をすることが,正確な一致のために必要となるであろう。 b中性子線の測定値と計算値との不一致また,DS86報告書においては,中性子線の測定値と計算値との不一致につき,次のような指摘がされている(乙A38号証)。 すなわち,3MeV以上の中性子による硫黄の放射化と熱中性子によるユーロピウムの放射化には,計算との重要な不一致は示さないが,コバルトの放射化は,計算値と相違していて,それは距離とともに増加し,1000メートルでは5倍とな る。コバルトの放射化の測定値が熱フルエンスの正確な表示として正しいものであり,それから地上での計算された中性子フルエンスがすべてのエネルギーにわたってある割合だけ小さいという仮定をすると,広島で1000メートルを超えるところでは中性子とガンマ線の混合場のうちの中性子カーマの割合は,増加するため,有意なしから有意ありに変わるであろう。コバルトの不一致を解決するために,計算と実験の両方の側から強力な努力がされたが,それは不一致の存在を再確認するのに役立っただけであった。中性子の測定についてのこの章の結論は,中性子線量がさらに研究が進展するまでは疑わしいということでなければならない。爆心地より1000メートルを超えたところで十分質の高い結果を出せる別の物理的効果による熱中性子フルエンスの再測定は特に価値があることである。 (イ)DS02報告書に対する「原子爆弾の放射線に関する研究」平成14年度総括・分担研究報告書の評価DS02報告書における初期放射線の測定値と計算値に関する記述内容の概要は前記エ(カ)ないし(ケ)のとおりである。 厚生労働科学研究所研究費補助金厚生労働科学特別研究事業「原子爆弾の放射線に関する研究」平成14年 における初期放射線の測定値と計算値に関する記述内容の概要は前記エ(カ)ないし(ケ)のとおりである。 厚生労働科学研究所研究費補助金厚生労働科学特別研究事業「原子爆弾の放射線に関する研究」平成14年度総括・分担研究報告書(乙A10号証)によれば,日本,アメリカ及びドイツによるガンマ線及び中性子線に関する測定値は爆心地から少なくとも1.2キロメートルの地点まではDS02における計算値と全般的に極めて良く一致しており,爆心地から1.2キロメートルないし1.5キロメートル以遠での中性子線の測定値と計算値の相違については,線量の絶対値が小さくバックグラウンドとの区別が困難なことなど測定値の不確実性によるものと判断されている。このうち,中性子の不一致問題については,次のとおり指摘されている。 静間清広島大学大学院工学研究科教授らのグループは,数多くの測定を爆心地付近から遠距離まで広範囲にわたって行い,爆心地付近では測定値が計算値よりも低く,距離とともにこの関係が逆転して遠距離では測定値の方が計算値よりも高くなっていることから,計算における何らかの間違い,例えば広島原爆の線源の間違い の可能性が示唆された。 ユーロピウム152などの測定値と計算値との不一致が明らかになった段階で,アメリカのローレンスリバモア国立研究所のストローメ(Straume)やドイツのミュンヘン工科大のリューメ(Ruehm)らが塩素36の測定に参加したところ,これら測定値も計算値と距離との関係において,おおむね静間教授らの測定値と同様の傾向を示した。 リューメらは,墓石などの被曝岩石を使用して塩素36を測定したが,測定値には宇宙線などの自然環境のバックグラウンドが加わっていること,墓石によりバックグラウンドが異なることなどの細かな研究を続け,最終的にはバックグラウンドの補正 を使用して塩素36を測定したが,測定値には宇宙線などの自然環境のバックグラウンドが加わっていること,墓石によりバックグラウンドが異なることなどの細かな研究を続け,最終的にはバックグラウンドの補正をすれば計算値と一致するとした。ストローメらの場合も,コンクリート試料の複雑さ(海水中の砂の自然界における被曝,建造物使用に小石を混入,コンクリート壁面と深部における塩分を含んだ雨水の浸透度の違い)を徹底的に調べ上げ,最終的にはバックグラウンド補正をすれば計算値と一致するとした。 中性子の不一致問題の解決の決め手となったのは,9か所の異なる被爆距離における被曝試料を,それぞれ4人の測定者に分割して同一試料の測定をした相互比較である。小村教授らによるユーロピウム152の測定は,低バックグラウンド施設において行われ,それでもなお残っている原爆以外の放射線由来のユーロピウム152をコンピュータによる解析により除去する工夫がされたが,その最終結果は,DS86又はDS02における計算値と1キロメートルを超す遠距離に至るまで非常に良く一致している。塩素36については,異なる日米独3か所で測定された結果,若干のばらつぎが認められるものの,ユーロピウム152と同様に計算値との一致がみられた。後に,長島泰夫らは,補正方法の改善により測定値の評価に改善を加え,全員の測定値がより一層一致度を増した。 (ウ)J教授の指摘J教授は,DS86における初期放射線の測定値と計算値との不一致等につき,次のような指摘をしている(甲A12号証,60号証,62号証)。 aガンマ線の測定値と計算値との不一致バックグラウンド線量を測定値から差し引いて原爆による正味の放射線量が求められるところ,長友恒夫教授らは,熱ルミネセンス法による同様の方法で原爆放射線が到達していないことが 測定値と計算値との不一致バックグラウンド線量を測定値から差し引いて原爆による正味の放射線量が求められるところ,長友恒夫教授らは,熱ルミネセンス法による同様の方法で原爆放射線が到達していないことが明白な爆心地から遠い距離における測定値を求めて,原爆以外の影響によるバックグラウンド値としているが,このバックグラウンド値を爆心地から2450メートルにおける瓦のサンプルの測定値から差し引いて原爆によるガンマ線量を求めるとマイナスになった。本来線量がマイナスになることはあり得ないので,2450メートルの地点では原爆によるガンマ線線量は測定誤差の範囲内でもはや測定することができない線量しか到達しなかったことになる。それとともに,2450メートルの正味の原爆線量をマイナスにしてしまうほど測定値から差し引くバックグラウンドの値を大きめにとったことを示しており,したがって,長友教授らが求めた2050メートルの原爆によるガンマ線線量(後記(エ))が過大評価でないことを裏付けている。 b熱中性子線の測定値と計算値との不一致広島原爆の中性子によって放射化されたコバルト60の実測値と,DS86による放射化の計算値を比較すると,DS86の計算値は,爆心から1000メートル付近までは実測値よりも1.5倍ないし2倍大きく,1000メートルを超えると実測値を下回り,距離とともに急速に過小評価になっていく。なお,コバルト60の実測値中,爆心から約1400メートルの実測値がその他の地点の実測値を結んだなめらかな曲線から外れているが,このコバルト60の実測値は,太田川の支流の天満川に架かった鉄橋の鉄製アーチから抽出した試料を用いて得られたものであるところ,爆心からこの鉄橋を結ぶと,放射線が伝搬した大気のほとんどは幅広い太田川の本流が流れている上空であることから,水分の中 満川に架かった鉄橋の鉄製アーチから抽出した試料を用いて得られたものであるところ,爆心からこの鉄橋を結ぶと,放射線が伝搬した大気のほとんどは幅広い太田川の本流が流れている上空であることから,水分の中の水素原子核による中性子線の吸収が増加したために,この実測値が他の実測値からずれたものとなったと思われる。 コバルト60と同様に,ユーロピウム152と塩素36についても,DS86に よる計算値は,近距離では実測値に比べて大きな値を出し,逆に遠距離では小さな値を出す。このように種類の異なる原子核について同じ不一致の傾向を出すことは,DS86の計算値に問題があることを示している。ごく最近になって,ユーロピウム152と塩素36についての精度の良い実測値がそれぞれ小村教授らと長島教授らによって得られたが,これら実測値は,近距離をDS86から改善したDS02によるユーロピウム152と塩素36の計算値と爆心地から1400メートル付近まで良く一致することが示された。ユーロピウム152については,1400メートル辺りからDS02の計算値が実測値に比べて過小評価に移行する傾向がみられる。しかし,これ以上の遠距離について計算値と測定値の不一致の有無を明確にすることは,ユーロピウム152と塩素36の測定値がバックグラウンドの影響を受けるために現状では難しい。そこで,さらに遠距離での比較は,コバルト60の1800メートル付近の実測値との比較が重要になるが,コバルト60の実測値に基づいてカイ自乗フィットにより中性子線量を求めると,爆心地から700メートルまではDS86がやや過大評価であり,900メートルでは逆転して過小評価になり,急速に不一致は拡大していく。DS86の計算値は実測値に比して,爆心地から1500メートルでは約14分の1となり,2000メートルでは約 やや過大評価であり,900メートルでは逆転して過小評価になり,急速に不一致は拡大していく。DS86の計算値は実測値に比して,爆心地から1500メートルでは約14分の1となり,2000メートルでは約167分の1となる。 一方,長崎原爆の中性子線については,遠距離において適切な測定試料を入手することが困難であるため,爆心地から約1100メートルまでの測定値しか得られていない。測定値にばらつきの少ないコバルト60についてみると,DS86の計算値は,爆心から900メートルまでは実測値の上側にあり,DS86が過大評価であることを示し,900メートルを超えると計算値は実測値の下側に向かい,DS86が過小評価に転じることを示している。コバルト60の実測値をカイ自乗フィットにより中性子線量を求めると,爆心地から1300メートルではDS86の計算値の約4.2倍に,2500メートルではDS86の計算値の172倍になる。 c速中性子線の測定値と計算値との不一致 DS02報告書においても詳しく報告されているストローメらの論文を検討すると,DS86の計算値と実測値の不一致の問題が解消したとはいえない多くの問題が含まれている。DS02にも再録されているストローメらの測定値のうちDS86の計算値と良く一致していると主張することができるのは,爆心地から949メートルと1014メートルのところだけであり,1301メートルと1461メートルの測定値は誤差が大きい(各測定値に付した誤差棒が長い)ため,積極的な主張はできない。爆心地から1000メートル近傍は,熱中性子の測定値に対してDS86の計算値が過大評価から過小評価に移行するので,元々一致していた領域である。この中間領域から離れた爆心地から380メートルのDS86による計算値はストローメらの測定値の1.56倍で に対してDS86の計算値が過大評価から過小評価に移行するので,元々一致していた領域である。この中間領域から離れた爆心地から380メートルのDS86による計算値はストローメらの測定値の1.56倍で過大評価であり,1461メートルでのストローメらの実測値は,誤差が大きいものの,逆にDS86の計算値の1.5倍になっていて,実測値と計算値の大小関係が逆転している。このストローメらの速中性子の不一致の傾向は,従来のリン32の放射線を測定した速中性子線量や誘導放射化の測定による熱中性子の不一致と同じ傾向を示している。 不一致が過大評価から過小評価に転じることを明確にするために,ストローメらの速中性子の測定結果から,速中性子の線量が距離とともに半分に減少する距離,すなわち半減距離をみると,ストローメらの測定誤差が小さい爆心地から380メートル,949メートル,1014メートルの地点の実測値から求めた半減距離は170.0メートルであるのに対し,DS86の計算値では145.8メートルと約25メートルの差があり,DS86の計算値よりも実測値の方がゆっくり減少していることを示している。また,DS86を手直ししたDS02のように広島原爆の爆発高度を580メートルから600メートルにすると,測定地点の爆心からの距離の差がわずかであるが短縮され,実測値から求めた半減距離は165メートルとなるのに対し,DS02の半減距離は145.6メートルであり,なお約20メートルの違いがある。 ストローメらの報告のもう1つの重大な問題点は,爆心地から1880メートル の実測値をそっくりバックグラウンドに採用して,この距離より近距離の実測値から差し引いて原爆から放出された速中性子線量を求めていることである。爆心地から1880メートルの地点には,DS02の計算値によってもまだ っくりバックグラウンドに採用して,この距離より近距離の実測値から差し引いて原爆から放出された速中性子線量を求めていることである。爆心地から1880メートルの地点には,DS02の計算値によってもまだかなりの量の速中性子が到達している距離であるにもかかわらず,この地点における実測値をすべてバックグラウンドとみなすことは,爆心地から1880メートルの中性子線量はゼロであると始めから仮定することになる。ストローメらの報告には爆心地から5082メートル(DS02では5062メートル)の草津八幡社の試料を用いた測定値が示されているところ,5000メートルを超えれば原爆の初期放射線はほとんど到達していないと考えられるので,本来ならばこの実測値をバックグラウンドに用いるべきであった。上記地点のニッケル63の原子数の測定値7万個の測定誤差は,プラス側の誤差が8万個,マイナス側の誤差が5万個で,誤差を考慮すると,測定値は2万個から15万個の範囲に広がる。ストローメらは,1880メートルの測定値と誤差の大きい5082メートルの測定値に基づいて爆心地から1800メートルよりも遠距離では測定値がほぼ一定になるので1880メートル以遠はすべてバックグラウンドであると判断したものであるが,この判断には,ストローメらアメリカの科学者が遠距離では原爆放射線がほとんど到達せず,自然放射線量を超えることはないという考えが背後にあったと推測される。 dDS86の測定値と計算値との不一致の原因DS86の測定値と計算値との不一致の原因として,原爆の爆発点から放出された中性子線のエネルギー分布,すなわちソースタームの計算の問題,中性子の伝播に重要な影響を与える湿度の高度変化,ボルツマン輸送方程式に基づくコンピュータ計算における区分の設定,が挙げられる。 このうち,ソースタームの ギー分布,すなわちソースタームの計算の問題,中性子の伝播に重要な影響を与える湿度の高度変化,ボルツマン輸送方程式に基づくコンピュータ計算における区分の設定,が挙げられる。 このうち,ソースタームの計算の問題については,広島原爆の構造を含めてソースタームの計算の詳細は軍事機密として公表されておらず,長崎原爆のソースタームについても,ネバダの核実験で使用された原爆よりも長崎原爆の方が容積が大きかったことや,爆発威力にはばらつきがあるなどの不確定要因がある。 湿度分布については,DS86では,長崎の原爆爆発時の湿度として,海に近い海洋気象台の記録値をそのまま採用して,地表から上空1500メートルまでの湿度を71パーセントとしているが,長崎では,爆心地付近は海からやや離れ,河川の影響も小さい。仮に海面近くと上空とで湿度が異なり,上方になるにつれて湿度が小さくなっていたとすれば,大気中の水蒸気に含まれる水素の原子核による中性子線の吸収が減少し,DS86による計算値よりもずっと多くの中性子線が遠方に到達したことになり,この効果によるずれは遠方ほど大きい。DS86の放射線輸送計算においては,地上の上空1500メートルまでの大気が考慮され,それ以上は無視されているが,上空の大気の湿度が低い場合,上空の空気の原子核から反射して地上に到達した中性子の寄与は遠距離でかなり増大する。長崎原爆の近距離の中性子線量の減少がDS86の計算値では実測値よりやや急激になっていることは,中性子を吸収する水分量をDS86では実際より大きく取ったためと考えられる。 eDS02について遠距離におけるガンマ線の実測値との不一致,コバルト60による中性子線の遠距離における測定値との不一致,高エネルギー中性子のニッケル63の半減距離の不一致はDS02においても解消されていな について遠距離におけるガンマ線の実測値との不一致,コバルト60による中性子線の遠距離における測定値との不一致,高エネルギー中性子のニッケル63の半減距離の不一致はDS02においても解消されていない。これらの不一致は,共通して,ソースタームにおける高エネルギー中性子の過小評価を示唆しており,ソースタームに関する疑問はDS02においても依然として未解決のまま残されているが,軍事機密によって問題の解明が妨げられ続けている。 (エ)長友教授の指摘長友恒夫教授らが1995年(平成7年)に発表した「爆心地から1.59キロメートルから1.63キロメートルの間の広島原爆のガンマ線量の熱ルミネセンス法の線量評価」と題する論文(甲A25号証の1及び2)によれば,爆心地から1591メートルないし1635メートルのビルディング(郵便貯金局)の屋根の5か所から収集した瓦の標本を用い,熱ルミネセンス法によって広島原爆からのガンマ線カーマを測定した(5か所のそれぞれから各4枚の瓦の標本からサンプルを採 り石英の粒子を抽出し,これらの粒子の熱ルミネセンスを高温ルミネセンス法により解析してガンマ線カーマを得た。)ところ,組織カーマの結果は,DS86の評価より平均して21パーセント(標準誤差は4.3パーセントないし7.3パーセント)多かった,現在のデータと報告されている熱ルミネセンスの結果は,測定されたガンマ線カーマはDS86の値を約1300メートルで超過し始め,この不一致は距離とともに増加することを示唆している,この不一致は,DS86の中性子のソース・スペクトルに誤りがあることに原因があり,これまでの中性子放射化の測定によって支持されている,とされている。 また,長友教授らが1992年(平成4年)に発表した「広島の爆心地から2. 05キロメートルにおける測定ガ りがあることに原因があり,これまでの中性子放射化の測定によって支持されている,とされている。 また,長友教授らが1992年(平成4年)に発表した「広島の爆心地から2. 05キロメートルにおける測定ガンマ線量とDS86の評価値との比較」(甲A24号証の1,2)によれば,広島の爆心地から2.05キロメートルにおけるガンマ線線量を熱ルミネセンス法によって瓦のサンプルから測定し,2.45キロメートルで収集した瓦のサンプルもバックグラウンド評価の信頼性を検証するために解析したところ,2.05キロメートルの距離に対する結果は5枚の瓦についての測定値の平均で129プラスマイナス23ミリ・グレイであり,この値は,対応したDS86の推定より2.2倍大きいとされている。 (オ)小村教授の指摘金沢大学の小村教授は,DS02報告書において熱中性子測定による検証に用いられたユウロピウム152の測定値とDS02との計算値について,1.2キロメートルまでは測定値と計算値の一致は極めて良く,DS02の方がDS86より測定値との一致が良いが,1キロメートル以遠の試料ではアクチニウムの寄与が高いためユウロピウムの検出限界が低く,再度化学処理しアクチニウムを低減すれば精度を上げることが可能でより遠方試料のユウロピウム152を検出する可能性があるとしている(甲A107号証)。 キ遠距離・入市被爆者に生じた急性症状等についての調査結果(ア)遠距離被爆者 証拠(甲A5号証,6号証,67号証,87号証ないし90号証,112号証の17,124号証の9,11,13,乙A21号証,91号証)によれば,原爆投下直後から被爆者を対象として様々な健康調査が行われているところ,被爆地点が爆心地から2キロメートル以遠の遠距離被爆者に生じた急性症状に関する調査として,以下の結果が報告さ 1号証)によれば,原爆投下直後から被爆者を対象として様々な健康調査が行われているところ,被爆地点が爆心地から2キロメートル以遠の遠距離被爆者に生じた急性症状に関する調査として,以下の結果が報告されていることが認められる。 a日米合同調査団報告書日米合同調査団報告書(1951年。甲A6号証,124号証の13)によれば,長崎における被爆後20日後に生存していた屋外又は日本家屋内で被爆した者を対象とする急性症状の調査結果として,爆心地からの距離が,①2.1キロメートルないし2.5キロメートルで脱毛は7.2パーセント(515人中37人),紫斑は3.9パーセント(同20人),②2.6キロメートルないし3キロメートルで脱毛は2.1パーセント(569人中12人),紫斑は0.5パーセント(同3人),③3.1キロメートルないし4キロメートルで脱毛は1.3パーセント(931人中12人),紫斑は1.4パーセント(同13人),④4.1キロメートルないし5キロメートルで脱毛は0.4パーセント(226人中1人),紫斑は0.4パーセント(同1人),であったとされる。 また,同調査結果によれば,爆心地からの距離が2.1キロメートルないし2. 5キロメートルでビルディング内で被爆した者については,脱毛は2.9パーセント(35人中1人),紫斑は5.7パーセント(同2人),防空壕及びトンネル内で被爆した者については,脱毛は1.8パーセント(110人中2人),紫斑は0. 9パーセント(同1人)であったとされる。 さらに,同報告書によれば,広島における被爆後20日後に生存していた被爆者のうち脱毛又は紫斑がみられたものの割合は,爆心地からの距離が,①2.1キロメートルないし2.5キロメートルで,屋外遮蔽なしの場合6.8パーセント(590人中40人),屋外遮蔽ありの場合9 被爆者のうち脱毛又は紫斑がみられたものの割合は,爆心地からの距離が,①2.1キロメートルないし2.5キロメートルで,屋外遮蔽なしの場合6.8パーセント(590人中40人),屋外遮蔽ありの場合9.6パーセント(94人中9人),日本家屋内の場合4.7パーセント(731人中34人),ビルディング内の場合 8.3パーセント(12人中1人),防空壕及びトンネル内の場合0パーセント,②2.6キロメートルないし3キロメートルで,屋外遮蔽なしの場合7.8パーセント(192人中15人),屋外遮蔽ありの場合3.3パーセント(92人中3人),日本家屋内の場合2.6パーセント(390人中10人),ビルディング内の場合7.1パーセント(14人中1人),防空壕及びトンネル内の場合0パーセント,③3.1キロメートルないし4キロメートルで,屋外遮蔽なしの場合3. 8パーセント(159人中6人),屋外遮蔽ありの場合4.8パーセント(63人中3人),日本家屋内の場合1.2パーセント(325人中4人),ビルディング内の場合0パーセント,防空壕及びトンネル内の場合0パーセント,④4.1キロメートルないし5キロメートルで,屋外遮蔽なしの場合2.9パーセント(68人中2人),屋外遮蔽ありの場合0パーセント,日本家屋内の場合0.8パーセント(127人中1人),ビルディング内の場合3.7パーセント(27人中1人),防空壕及びトンネル内の場合0パーセント,であったとされる。 b東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告昭和20年10月に米国原子爆弾災害調査団が広島で被害調査を行った際に東京帝国大学医学部診療班が随行して爆心地からの5キロメートル以内の被爆者5120人を調査した結果(甲A124号証の9及び11,乙A91号証)によれば,爆心地からの距離が2.1キロメー を行った際に東京帝国大学医学部診療班が随行して爆心地からの5キロメートル以内の被爆者5120人を調査した結果(甲A124号証の9及び11,乙A91号証)によれば,爆心地からの距離が2.1キロメートルから3.0キロメートルまでの被爆者について次のような急性症状が発現したとされている(なお,爆心地からの距離が2.0キロメートルまでの被爆者についての調査結果は前記1(2)ウ(ア)のとおりである。)。 (a)爆心地からの距離が2.1キロメートルから2.5キロメートルまでの被爆者(1156人)脱毛6.4パーセント(75人)皮膚溢血症2.2パーセント(26人)口内炎5.1パーセント(59人) 下痢4.8パーセント(56人)発熱5.5パーセント(64人)悪心嘔吐2.6パーセント(31人)食思不振5.1パーセント(59人)倦怠感7.0パーセント(81人)(b)爆心地からの距離が2.6キロメートルから3.0キロメートルまでの被爆者(502人)脱毛1.7パーセント(9人)皮膚溢血症1.5パーセント(8人)口内炎1.9パーセント(10人)下痢2.5パーセント(13人)発熱1.7パーセント(9人)悪心嘔吐0.7パーセント(4人)食思不振1.5パーセント(8人)倦怠感1.3パーセント(7人)また,同調査結果によれば,①爆心地からの距離が2.1キロメートルから2. 5キロメートルまでの被爆者(1156人)の遮蔽状況と脱毛の発現率は,屋外開放の場合9.4パーセント(443人中42人),屋外陰の場合6.0パーセント(150人中9人),屋内の場合4.2パーセント(563人中24人。うち木造の場合4.2パーセント(538人中23人),コンクリートの場合7.6パーセント(13人中1人))であり,②爆心地から ト(150人中9人),屋内の場合4.2パーセント(563人中24人。うち木造の場合4.2パーセント(538人中23人),コンクリートの場合7.6パーセント(13人中1人))であり,②爆心地からの距離が2.6キロメートルから3.0キロメートルまでの被爆者(502人)の遮蔽状況と脱毛の発現率は,屋外開放の場合0.8パーセント(124人中1人),屋外陰の場合3.1パーセント(94人中3人),屋内の場合1.7パーセント(284人中4人。うち木造の場合1.1パーセント(272人中3人))であった。 なお,脱毛出現最大距離は爆心よりの水平距離2.8キロメートルで,全脱毛者 の約90パーセントは2キロメートル以内にあり,頭部脱毛に方向性ありと考えられる例は707例中7例で約1パーセントであるとされる。 さらに,放射能傷と規定されたものは2.8キロメートル以遠には発見されなかったが,口内炎症及び悪心嘔吐は3.1キロメートルないし4.0キロメートルの間においても明らかに存在しており,他方,発熱,下痢,食思不振及び倦怠感はやや不規則であるが5キロメートルまでかなりの発生率を示しており,このうち,発熱及び下痢は被爆当日に4キロメートルまで,食思不振,悪心嘔吐及び倦怠感は被爆当日に5キロメートルまでかなりの発生をみているとされる。 c調来助教授らの「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察」長崎医科大学外科第一教室の調来助教授らによる「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察」(甲A67号証(文献番号4資料2),90号証)によれば,昭和20年10月から同年12月にかけて調査した結果,①爆心地からの距離が2キロメートルから3キロメートルまでの被爆者については,生存者例1739人中56人(3.2パーセント),死亡者例10人中2人(20.0パーセント),②爆 けて調査した結果,①爆心地からの距離が2キロメートルから3キロメートルまでの被爆者については,生存者例1739人中56人(3.2パーセント),死亡者例10人中2人(20.0パーセント),②爆心地からの距離が3キロメートルから4キロメートルまでの被爆者については,生存者例1079人中19人(1.8パーセント),に脱毛の発症が見られたとされる。 d於保源作医師の「原爆残留放射能障碍の統計的観察」於保源作医師が昭和32年に発表した「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(甲A5号証)によれば,昭和32年1月から同年7月にかけて,広島市内の一定地区に住む被爆生存者全部(3946人)について,その被爆条件,急性症状の有無及び程度,被爆後3か月間の行動等を各個人ごとに調査した結果は,次のとおりであったとされる。 (a)被爆直後中心地(爆心地から1.0キロメートル以内の地。以下同じ。)に入らなかった屋内被爆者の場合①被爆距離2.0キロメートル(調査人数234人) 熱火傷6.4パーセント外傷17.5パーセント発熱16.6パーセント下痢20.9パーセント皮粘膜出血8.1パーセント咽喉痛3.4パーセント脱毛2.1パーセント②被爆距離2.5キロメートル(調査人数219人)熱火傷6.8パーセント外傷16.4パーセント発熱13.2パーセント下痢18.7パーセント皮粘膜出血5.9パーセント咽喉痛0.9パーセント脱毛5.4パーセント③被爆距離3.0キロメートル(調査人数236人)熱火傷3.3パーセント外傷10.1パーセント発熱8.8パーセント下痢14.8パーセント皮粘膜出血2.5パーセント咽喉痛2.1パーセント脱毛2.9パーセント④被爆距離3.5キロメートル(調査人数337人 10.1パーセント発熱8.8パーセント下痢14.8パーセント皮粘膜出血2.5パーセント咽喉痛2.1パーセント脱毛2.9パーセント④被爆距離3.5キロメートル(調査人数337人)熱火傷0.9パーセント外傷4.1パーセント 発熱3.8パーセント下痢8.4パーセント皮粘膜出血2.6パーセント咽喉痛0.9パーセント脱毛0.9パーセント⑤被爆距離4.0キロメートル(調査人数200人)熱火傷1.0パーセント外傷3.5パーセント発熱3.5パーセント下痢4.0パーセント皮粘膜出血2.0パーセント咽喉痛1.0パーセント脱毛3.0パーセント⑥被爆距離4.5キロメートル(調査人数305人)熱火傷0パーセント外傷0パーセント発熱0.9パーセント下痢1.3パーセント皮粘膜出血0パーセント咽喉痛0.3パーセント脱毛0パーセント⑦被爆距離5.0キロメートル以上(調査人数117人)熱火傷0パーセント外傷0パーセント発熱0パーセント下痢1.7パーセント 皮粘膜出血0パーセント咽喉痛0.3パーセント脱毛0.8パーセント(b)被爆直後中心地に入らなかった屋外被爆者の場合①被爆距離2.0キロメートル(調査人数132人)熱火傷56.3パーセント外傷21.0パーセント発熱42.8パーセント下痢36.0パーセント皮粘膜出血20.2パーセント咽喉痛6.7パーセント脱毛18.7パーセント②被爆距離2.5キロメートル(調査人数91人)熱火傷53.8パーセント外傷26.3パーセント発熱35.1パーセント下痢23.0パーセント皮粘膜出血10.9パーセント咽喉痛6.5パーセント脱毛10.9パーセント③ 人)熱火傷53.8パーセント外傷26.3パーセント発熱35.1パーセント下痢23.0パーセント皮粘膜出血10.9パーセント咽喉痛6.5パーセント脱毛10.9パーセント③被爆距離3.0キロメートル(調査人数74人)熱火傷45.9パーセント外傷13.5パーセント発熱35.9パーセント下痢22.9パーセント皮粘膜出血6.7パーセント 咽喉痛6.7パーセント脱毛12.0パーセント④被爆距離3.5キロメートル(調査人数95人)熱火傷18.9パーセント外傷7.3パーセント発熱8.4パーセント下痢12.6パーセント皮粘膜出血7.3パーセント咽喉痛0.2パーセント脱毛0.1パーセント⑤被爆距離4.0キロメートル(調査人数70人)熱火傷4.2パーセント外傷4.2パーセント発熱7.1パーセント下痢7.1パーセント皮粘膜出血4.2パーセント咽喉痛4.2パーセント脱毛2.8パーセント⑥被爆距離4.5キロメートル(調査人数74人)熱火傷0パーセント外傷0パーセント発熱2.7パーセント下痢0パーセント皮粘膜出血1.3パーセント咽喉痛0パーセント脱毛0パーセント ⑦被爆距離5.0キロメートル以上(調査人数50人)熱火傷0パーセント外傷0パーセント発熱2.0パーセント下痢2.0パーセント皮粘膜出血2.0パーセント咽喉痛0パーセント脱毛4.0パーセント(c)被爆直後中心地に出入りした屋内被爆者の場合①被爆距離2.0キロメートル(調査人数108人)熱火傷6.5パーセント外傷33.0パーセント発熱23.1パーセント下痢33.3パーセント皮粘膜出血12.9パーセント咽喉痛4.6パーセン 離2.0キロメートル(調査人数108人)熱火傷6.5パーセント外傷33.0パーセント発熱23.1パーセント下痢33.3パーセント皮粘膜出血12.9パーセント咽喉痛4.6パーセント脱毛12.9パーセント②被爆距離2.5キロメートル(調査人数102人)熱火傷5.8パーセント外傷22.5パーセント発熱18.6パーセント下痢30.3パーセント皮粘膜出血12.7パーセント咽喉痛5.8パーセント脱毛5.8パーセント③被爆距離3.0キロメートル(調査人数174人) 熱火傷4.0パーセント外傷17.8パーセント発熱20.1パーセント下痢28.7パーセント皮粘膜出血9.7パーセント咽喉痛7.4パーセント脱毛8.6パーセント④被爆距離3.5キロメートル(調査人数172人)熱火傷1.7パーセント外傷8.1パーセント発熱16.8パーセント下痢21.5パーセント皮粘膜出血4.0パーセント咽喉痛1.7パーセント脱毛4.0パーセント⑤被爆距離4.0キロメートル(調査人数111人)熱火傷0パーセント外傷4.5パーセント発熱11.7パーセント下痢11.7パーセント皮粘膜出血2.7パーセント咽喉痛0.9パーセント脱毛1.8パーセント⑥被爆距離4.5キロメートル(調査人数119人)熱火傷0.8パーセント外傷4.2パーセント 発熱11.7パーセント下痢16.8パーセント皮粘膜出血6.7パーセント咽喉痛0パーセント脱毛2.5パーセント⑦被爆距離5.0キロメートル以上(調査人数76人)熱火傷1.3パーセント外傷2.6パーセント発熱22.3パーセント下痢19.7パーセント皮粘膜出血14.4パーセント 5パーセント⑦被爆距離5.0キロメートル以上(調査人数76人)熱火傷1.3パーセント外傷2.6パーセント発熱22.3パーセント下痢19.7パーセント皮粘膜出血14.4パーセント咽喉痛3.9パーセント脱毛5.2パーセント(d)被爆直後中心地に出入りした屋外被爆者の場合①被爆距離2.0キロメートル(調査人数65人)熱火傷32.3パーセント外傷26.1パーセント発熱43.0パーセント下痢44.4パーセント皮粘膜出血24.6ーセント咽喉痛7.6パーセント脱毛21.6パーセント②被爆距離2.5キロメートル(調査人数40人)熱火傷30.0パーセント外傷10.0パーセント発熱5.0パーセント 下痢30.0パーセント皮粘膜出血10.0パーセント咽喉痛0パーセント脱毛7.5パーセント③被爆距離3.0キロメートル(調査人数57人)熱火傷19.2パーセント外傷17.5パーセント発熱19.2パーセント下痢28.0パーセント皮粘膜出血21.0パーセント咽喉痛7.2パーセント脱毛12.2パーセント④被爆距離3.5キロメートル(調査人数65人)熱火傷13.9パーセント外傷9.2パーセント発熱23.0パーセント下痢24.6パーセント皮粘膜出血12.3パーセント咽喉痛4.6パーセント脱毛7.6パーセント⑤被爆距離4.0キロメートル(調査人数52人)熱火傷1.8パーセント外傷3.8パーセント発熱17.3パーセント下痢21.0パーセント皮粘膜出血5.7パーセント 咽喉痛1.8パーセント脱毛7.6パーセント⑥被爆距離4.5キロメートル(調査人数32人)熱火傷0パーセント外傷3.1パーセント発熱 ーセント皮粘膜出血5.7パーセント 咽喉痛1.8パーセント脱毛7.6パーセント⑥被爆距離4.5キロメートル(調査人数32人)熱火傷0パーセント外傷3.1パーセント発熱12.4パーセント下痢18.7パーセント皮粘膜出血9.3パーセント咽喉痛3.1パーセント脱毛9.3パーセント⑦被爆距離5.0キロメートル以上(調査人数42人)熱火傷7.1パーセント外傷7.1パーセント発熱16.6パーセント下痢14.2パーセント皮粘膜出血7.1パーセント咽喉痛4.2パーセント脱毛2.3パーセントeデイル・プレストンほか「原爆被爆者における脱毛と爆心地からの距離との関係」デイル・プレストンほか「原爆被爆者における脱毛と爆心地からの距離との関係」(長崎医学会雑誌73巻特集号。甲A87号証)によれば,放影研で行っている寿命調査の対象者について集められた脱毛のデータに基づいて脱毛と爆心地からの距離との関係を検討し,既に公表されている主要調査結果とも合わせて比較検討を行ったところ,放影研の寿命調査集団において脱毛の陽性を報告した被爆者数は,広島で対象者5万8500人中3857人(うち重度1120人),長崎で2万8 132人中1349人(うち重度287人)であり,脱毛と爆心地からの距離の関係は,爆心地から2キロメートル以内での脱毛の頻度は,爆心地に近いほど高く,爆心地からの距離とともに急速に減少し,2キロメートルから3キロメートルにかけて緩やかに減少し(3パーセント前後),3キロメートル以遠でも少しは症状が認められている(約1パーセント)が,ほとんど距離とは独立であり,また,脱毛の程度は,遠距離にみられる脱毛はほとんどすべてが軽度であったが,2キロメートル以内では重度の脱毛の割合が高かった は症状が認められている(約1パーセント)が,ほとんど距離とは独立であり,また,脱毛の程度は,遠距離にみられる脱毛はほとんどすべてが軽度であったが,2キロメートル以内では重度の脱毛の割合が高かったとされる。 なお,上記文献においては,以上のようなパターンを総合すると,3キロメートル以遠の脱毛が放射線以外の要因,例えば,被爆によるストレスや食糧事情などを反映しているのかもしれず,特に低線量域では,脱毛と放射線との関係について論ずる場合や脱毛のデータから原爆被爆線量の妥当性について論ずる場合には注意を要すると思われる旨記載されている。 f横田賢一ほか「被爆状況別の急性症状に関する研究」長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らによる「被爆状況別の急性症状に関する研究」(2000年3月。広島医学53巻3号。甲A88号証)によれば,長崎市の被爆者健康手帳保持者で被爆距離が4キロメートル未満の1万2905人を対象に被爆者健康手帳申請時の調査票から得た被曝距離,被爆時の遮蔽状況及び急性症状に関する情報を基に遮蔽状況を考慮した急性症状(特に脱毛)についてその発生頻度,発症時期及び症状の程度に関して調査を行ったところ,急性症状があったのは4685人(36.3パーセント)であり,脱毛の頻度は,被爆距離が3キロメートル未満では,どの距離でも遮蔽なしの場合が遮蔽ありの場合よりも多く,被爆距離別にみると,①2.0キロメートルないし2.4キロメートルでは,遮蔽なしが12.5パーセント,遮蔽ありが5.5パーセント,②2. 5キロメートルないし2.9キロメートルでは,遮蔽なしが8.6パーセント,遮蔽ありが2.8パーセント,であった。また,被爆距離別にみた脱毛の程度は,被爆距離が遠くなるほど重度及び中等度の症例は減っているが,2.0キロメートル ルでは,遮蔽なしが8.6パーセント,遮蔽ありが2.8パーセント,であった。また,被爆距離別にみた脱毛の程度は,被爆距離が遠くなるほど重度及び中等度の症例は減っているが,2.0キロメートル ないし2.4キロメートルにおいても重度21例,中等度29例,2.5キロメートルないし2.9キロメートルで重度13例,中等度15例がみられたとされている。 なお,上記文献においては,2キロメートル以遠でも遮蔽の有無で頻度に明らかな差がみられたこと及び脱毛の程度について2キロメートル以遠でも被爆距離との相関がみられたことは,2キロメートル以遠で起こった脱毛も放射線を要因としていることが考えられるが,これらのことから直ちに要因が放射線であると判断することはできず,放射線との因果関係を調査するためには,染色体分析調査などにより個人レベルで放射線を受けたことを確認する調査を行う必要があると記載されている。 g横田賢一ほか「長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究」長崎大学医学部附属原爆後障害医療研究施設の横田賢一らによる「長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究」(長崎医学会雑誌73巻特集号。甲A89号証)によれば,長崎市の被爆者健康手帳保持者を対象とした原爆被爆者調査から得られた急性症状に関する情報を基に解析を行った(被曝距離が3.5キロメートル以内の人から3000人を無作為抽出し,その3000人について,調査票にあった嘔吐,下痢,発熱,脱毛,皮下出血,鼻出血,歯肉出血,口内炎及びその他の9症状の発症頻度と被爆距離との関連を調べた)ところ,対象3000人のうち嘔吐,下痢,発熱,脱毛などの症状があった人は全体の36.2パーセント(1086人)であって,うち2.0キロメートル以遠では30パーセント以下であり,そのうち,脱毛の頻度は,被爆 象3000人のうち嘔吐,下痢,発熱,脱毛などの症状があった人は全体の36.2パーセント(1086人)であって,うち2.0キロメートル以遠では30パーセント以下であり,そのうち,脱毛の頻度は,被爆距離が,①2.0キロメートルないし2.4キロメートルでは6.1パーセント(672人中41人),②2.5キロメートルないし2.9キロメートルでは3.6パーセント(889人中32人)であり,どの距離でも8月中に約60パーセントが,9月中に約30パーセントが発症しており,また,脱毛の程度は,被爆距離が2.0キロメートルないし2.4キロメートルで中等度7件及び重度2件,2.5キロメートルないし2.9キロメートルで中等度 1件及び重度2件の症例がみられたとされている。 (イ)入市被爆者証拠(甲A5号証,112号証の17,乙A9号証,21号証)によれば,原爆投下時には広島市内又は長崎市内にいなかったが,原爆投下直後に市内に入った,いわゆる入市被爆者に生じた急性症状に関する調査として,以下の結果が報告されていることが認められる。 a於保源作医師の「原爆残留放射能障碍の統計的観察」於保源作医師が昭和32年に発表した「原爆残留放射能障碍の統計的観察」(甲A5号証)によれば,原爆投下の瞬間には広島市内にいなかった非被爆者で被爆直後入市した人(629人)について調査した結果,中心地(爆心地から1.0キロメートル以内)に入らなかった入市者については,入市時期が昭和20年8月6日から同年9月5日までの95人,同月6日から同年12月5日までの9人いずれについても,熱火傷,外傷,発熱,下痢,皮粘膜出血,咽喉痛及び脱毛のいずれについても有症者はいなかったのに対し,中心地に入った入市者については,入市時期に応じて次のとおりの症状がみられた。 ①入市日8月6日( 熱火傷,外傷,発熱,下痢,皮粘膜出血,咽喉痛及び脱毛のいずれについても有症者はいなかったのに対し,中心地に入った入市者については,入市時期に応じて次のとおりの症状がみられた。 ①入市日8月6日(84人)全身衰弱16.6パーセント外傷0パーセント発熱17.8パーセント下痢33.3パーセント皮粘膜出血10.7パーセント咽喉痛3.5パーセント脱毛8.3パーセント②入市日8月7日(214人)全身衰弱35.0パーセント外傷0パーセント 発熱39.3パーセント下痢39.3パーセント皮粘膜出血7.4パーセント咽喉痛2.8パーセント脱毛3.2パーセント③入市日8月8日(78人)全身衰弱30.7パーセント外傷0パーセント発熱35.8パーセント下痢35.8パーセント皮粘膜出血15.3パーセント咽喉痛3.8パーセント脱毛3.8パーセント④入市日8月9日(17人)全身衰弱0パーセント外傷0パーセント発熱5.8パーセント下痢29.4パーセント皮粘膜出血11.7パーセント咽喉痛0パーセント脱毛5.8パーセント⑤入市日8月10日(17人)全身衰弱17.6パーセント外傷0パーセント発熱0パーセント下痢17.6パーセント 皮粘膜出血5.8パーセント咽喉痛0パーセント脱毛11.7パーセント⑥入市日8月11日(6人)全身衰弱16.7パーセント外傷0パーセント発熱50.0パーセント下痢33.3パーセント皮粘膜出血33.3パーセント咽喉痛0パーセント脱毛0パーセント⑦入市日8月12日(16人)全身衰弱0パーセント外傷0パーセント発熱6.2パーセント下痢0パーセント皮粘膜出血18.7パーセン ーセント咽喉痛0パーセント脱毛0パーセント⑦入市日8月12日(16人)全身衰弱0パーセント外傷0パーセント発熱6.2パーセント下痢0パーセント皮粘膜出血18.7パーセント咽喉痛6.2パーセント脱毛6.2パーセント⑧入市日8月13日(7人)全身衰弱14.2パーセント外傷0パーセント発熱14.2パーセント下痢0パーセント皮粘膜出血0パーセント咽喉痛0パーセント 脱毛0パーセント⑨入市日8月15日(31人)全身衰弱6.4パーセント外傷0パーセント発熱12.9パーセント下痢25.8パーセント皮粘膜出血3.2パーセント咽喉痛0パーセント脱毛3.2パーセント⑩入市日8月20日まで(26人)全身衰弱11.5パーセント外傷0パーセント発熱3.8パーセント下痢11.5パーセント皮粘膜出血3.8パーセント咽喉痛0パーセント脱毛3.8パーセント⑪入市日9月5日まで(28人)全身衰弱3.5パーセント外傷0パーセント発熱0パーセント下痢0パーセント皮粘膜出血3.5パーセント咽喉痛0パーセント脱毛0パーセントなお,「原爆残留放射能障碍の統計的観察」には,得られた調査結果を総括して 観察したところ,直接被爆者では被爆距離が短いほど急性症状の有症率が高く,被爆距離が長いほど有症率が低いこと,原爆投下直後に中心地に入らなかった屋内被爆者の有症率は平均20.2パーセントであるが,屋内で被爆してその後中心地に入った人々の有症率は36.5パーセントで前者より高いこと,また,屋外被爆者でその直後中心地に入らなかった人々の有症率は平均44.0パーセントであり,同様の屋外被爆者で直後中心地に入った人々の有症率は51.0パーセント 36.5パーセントで前者より高いこと,また,屋外被爆者でその直後中心地に入らなかった人々の有症率は平均44.0パーセントであり,同様の屋外被爆者で直後中心地に入った人々の有症率は51.0パーセントで上記のいずれの人よりも高率であったこと,さらに,原爆投下時に広島市内にいなかった非被爆の人で原爆投下直後広島市内に入ったが中心地には出入りしなかった104人にはその直後急性症状は見いだされなかったが,同様の非被爆者で原爆投下直後中心地に入り10時間以上活躍した人々ではその43.8パーセントが引き続いて急性症状と同様の症状を起こしており,しかもその2割の人には高熱と粘血便のあるかなり重傷の急性腸炎があったこと,が記載されている。 b広島市の「広島原爆戦災誌第一編総説」(暁部隊の調査)広島市が昭和46年8月6日に刊行した「広島原爆戦災誌第一編総説」(甲A112号証の17)(NHK広島局・原爆プロジェクトチームによる「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」(乙A21号証)においても紹介されている。)に記載されている「残留放射能による障害調査概要」によれば,広島市陸軍船舶司令部隷下の将兵(暁部隊)のうち,原爆投下当時安芸郡a島幸の浦基地(爆心地から約12キロメートル)にいた陸軍船舶練習部第十教育隊所属201人(幸の浦基地救援隊。昭和20年8月6日の原爆投下当日基地から舟艇によりaに上陸して正午前広島市内に進出し,直ちに活動を開始し,負傷者の安全地帯への集結を行い,同日夜から同月7日早朝にかけて中央部へ進出し,主としてa,a町,a橋付近,a川で活動し,同月12日ないし13日まで活動して,幸の浦に帰還した。)及び豊田郡忠海基地(爆心地から約50キロメートルの忠海高等女学校駐屯)の陸軍船舶工兵補充隊所属32人(忠海基地救援隊。同月7日朝か で活動し,同月12日ないし13日まで活動して,幸の浦に帰還した。)及び豊田郡忠海基地(爆心地から約50キロメートルの忠海高等女学校駐屯)の陸軍船舶工兵補充隊所属32人(忠海基地救援隊。同月7日朝から東練兵場,f,aその他主要道路沿いなど広島市周辺の負傷者の多数集結場所において救援を行った。) の合計233人を対象とするアンケート調査の結果,①出動中の症状として,2日目(昭和20年8月8日)ころから,下痢患者多数続出,食欲不振がみられ,②基地帰投直後の症状(軍医診断)として,ほとんど全員白血球3000以下となり,下痢患者が出て(ただし,重患なし),発熱する者,点状出血,脱毛の症状の者も少数ながらあり,③復員後経験した症状として,倦怠感が168人,白血球の減少が120人,脱毛が80人,嘔吐が55人,下痢が24人,であり,④調査時点(昭和44年)の身体の具合として,倦怠感が112人,胃腸障害が40人,肝臓障害が38人,高血圧が27人,鼻・歯の出血が27人,白血球減少が23人,めまいが20人,貧血が15人,であったとされている。なお,上記調査によれば,対象者が従事した救護作業の内容は,死体の収容と火葬,負傷者の収容(安全と思われる随時の1か所に集める。)と輸送(所定の臨時救護所に送り届ける。),道路・建物の清掃,遺骨の埋葬,収容所での看護,焼跡の警備,食糧配給,などとされている。 cNHK広島局・原爆プロジェクトチーム「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」(賀北部隊の調査)NHK広島局・原爆プロジェクトチームによる「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」(乙A21号証)によれば,広島地区第一四特設警備隊(いわゆる賀北部隊)の工月中隊に所属した隊員99人に対するアンケート等調査の結果,32名が放射線 シマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」(乙A21号証)によれば,広島地区第一四特設警備隊(いわゆる賀北部隊)の工月中隊に所属した隊員99人に対するアンケート等調査の結果,32名が放射線障害による急性障害に似た諸症状を訴えており(うち10名が2症状,3名が3症状を訴えていた。),その内訳は,出血が14人,脱毛が18人,皮下出血が1人,口内炎が4人,白血球減少が11人であったとされ,放影研の加藤寛夫疫学部長らは,上記のうち,脱毛6人(うち3分の2以上頭髪が抜けた者が3人),歯齦出血5人,口内炎1人,白血球減少症2人について(これらのうち2人は脱毛と歯齦出血の両症状が現れていた。)ほぼ確実な放射線による急性症状があったと思われるとしている。上記文献によれば,これらの隊員は,昭和20年8月6日深夜から同月7日昼ころにかけて西練兵場に到着し,同日ころから 第1,第2陸軍病院,大本営跡,西練兵場東側,第11連隊跡付近で作業に従事したとされている。そして,上記文献中の加藤部長らによる「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」によれば,推定被曝線量は,最も多く受けたと思われる部隊でも,最大で12ラド,平均5ラド(全隊員の平均線量は1.3ラド)と少なかったのであるが,このような調査対象者の中に,たとい若干名であろうと急性放射線症状(脱毛,歯齦出血,白血球減少症など)を示した者があったと思われることは,被爆当時の低栄養,過酷な肉体的・精神的ストレスなどに起因するものが混在していたにせよ,通常この程度の外部被曝線量ではこのような急性症状がないと考えられていることからすると興味深いものがある,もし,放射線による急性症状とすれば,特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下によることも考えられるし,また,飲食物による内部被曝の影響の可能性も否定し ことからすると興味深いものがある,もし,放射線による急性症状とすれば,特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下によることも考えられるし,また,飲食物による内部被曝の影響の可能性も否定し切れない(ただし,フォールアウトによる被曝線量はほとんど無視することができることが今回の調査で明らかになった。),と記載されている。 なお,「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」によれば,被爆後42年間の死亡追跡の結果,死亡率は全国の平均死亡率と変わらず,がんによる死亡は多くはなかったが,早期入市者に死亡に至らない種々の疾病,障害があった可能性については,今後とも追究する必要があろうとされている。また,上記文献中の「賀北部隊工月中隊における残留放射線被曝線量の推定-染色体異常率を基にして-」によれば,賀北部隊工月中隊に所属し同月7日から7日間西練兵場近くで救護活動に従事した10人の隊員と2人の対照者の染色体分析を行ったところ,上記隊員の染色体異常率は非常に少なく,染色体異常数に基づく被曝線量の推定式に当てはめるとせいぜい10ラド前後と考えられたとされている。 d「早期入市者の末梢血リンパ球染色体異常」(原爆放射線の人体影響1992)「早期入市者の末梢血リンパ球染色体異常」(原爆放射線の人体影響1992。 乙A9号証)によれば,原爆投下の翌日広島市内に入市し,西練兵場付近で救護活 動などの作業に4日ないし7日間滞在して従事した前記賀北部隊工月中隊に所属した隊員20人及び原爆投下直後から3日以内に爆心地付近に入った者20人の合計40人を対象として,原爆投下後の医療用放射線被曝の回数やその内容などを詳細に聴取した上,末梢血リンパ球の染色体分析による調査を行ったところ,染色体異常の頻度は,長期入市滞在者で医療被曝の多いもの(推定線量平均13.9ラド) 下後の医療用放射線被曝の回数やその内容などを詳細に聴取した上,末梢血リンパ球の染色体分析による調査を行ったところ,染色体異常の頻度は,長期入市滞在者で医療被曝の多いもの(推定線量平均13.9ラド),長期入市滞在者(推定線量平均4.8ラド),短期入市滞在者で医療被曝の多いもの(推定線量平均1.9ラド),短期入市滞在者(推定線量平均1ラド以下)の順になり,滞在時間の差が染色体異常に反映され,また,長期入市滞在者,短期入市滞在者のいずれでも医療被曝による染色体異常が考えられる結果が得られ,これらのことからすれば,原爆による放射線量よりも医療被曝線量の寄与が大きい者も存在すると考えられるとされている。 ク残留放射能等に関する調査結果証拠(甲A27号証の1,2,69号証,70号証,甲C5号証の1,2,6,6号証の5,乙A11号証,14号証,36号証の1,2,75号証,77号証)によれば,広島原爆及び長崎原爆による放射性降下物の範囲及び量に関する調査等に関し,次の事実が認められる。 (ア)広島及び長崎における残留放射能(ABCC業績報告集)「広島及び長崎における残留放射能」(ABCC業績報告集。乙A11号証)によれば,1945年(昭和20年)10月3日から同月7日にかけて行われた日米科学者合同調査班による調査の結果,広島のa・b地区の放射線量は最高0.45mr/hrが記録されており,爆発の1時間後から無限時まで積算すれば,戸外被爆者の場合の総被曝線量は約1.4rとなり,また,長崎のc地区の放射線量は,最高1.0mr/hrを記録し,これを爆発後1時間後から無限時まで積算すれば,戸外被爆者の場合の総被曝線量は約30rとなるとされている。そして,ともに爆心地から約3000メートル離れたこれらの地域では中性子束は無視して差し支えないから,これらの放 から無限時まで積算すれば,戸外被爆者の場合の総被曝線量は約30rとなるとされている。そして,ともに爆心地から約3000メートル離れたこれらの地域では中性子束は無視して差し支えないから,これらの放射線量は降下核分裂生成物によるものであり,広島では同年9 月16日から同月17日に台風が襲来しているものの,台風襲来前の計測値とその後の計測値との間には核分裂生成物の時間の経過による減衰の法則との関係において十分に相関関係が認められるとされている。 また,上記文献によれば,広島,長崎両市の爆心地では降下核分裂生成物の量は無視して差し支えない程度であり,中性子誘導放射能によって受けると考えられる最大照射線量は,計算方法によって異なるが,183rから24rの範囲にわたるものと推定されるとされている(他に,原爆投下後70日から100日目にかけて残留放射能の測定を行ったところ,両市の爆心地周辺の輪郭の明瞭なほとんど円形の区域と,広島の爆心地の西方3.2キロメートルのb付近及び長崎の爆心地の東方約2.7キロメートルのc貯水池より始まる区域に残留放射能が認められたとするNELLOPACEANDROBERTE.SMITH「広島および長崎の原子爆弾被爆地域における残留放射能の強さの測定」(甲C5号証の1),長崎市c貯水池付近の放射能を測定したところ,爆心地の放射能よりもはるかに強く,1945年10月1日の測定値は自然放電の200倍以上にもなり,爆心地の同年9月10日の測定値が8倍であったのに比べてそれの25倍以上にもなっていたが,貯水池付近の放射能は1948年10月22日には自然放電と同程度の弱さになったとする九州大学理学部物理学教室篠原健一ほか「長崎市及びその近傍に於ける土地の放射能第二部c貯水池附近の放射能」原子爆弾災害調査報告書。甲C5 48年10月22日には自然放電と同程度の弱さになったとする九州大学理学部物理学教室篠原健一ほか「長崎市及びその近傍に於ける土地の放射能第二部c貯水池附近の放射能」原子爆弾災害調査報告書。甲C5号証の2)などがある。)。 (イ)宇田道隆ほか「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」(原子爆弾災害調査報告書。昭和28年)宇田道隆ほか「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」(原子爆弾災害調査報告書(昭和28年)。甲A69号証)は,文部省学術研究会議原子爆弾被害調査委員会第一分科会C班広島管区気象台気象技師宇田道隆ほか2名が昭和20年8月以降同年12月までに収集した資料に基づいてとりまとめたものであるが,これによれば,同年8月6日,内地は高気圧におおわれ一般に天気は良い方で風も弱く視界は 良好であり,広島は,夜半来快晴で午前6時ころから薄曇りとなり,午前8時5分陸風から海風に交代を始め,まず静穏に近い状態であった,原爆投下後20分ないし1時間後に降雨が始まり,終雨時は午前9時ないし9時30分から始まり午後3時ないし4時ころまでにわたっており,降雨の範囲は爆心地付近に始まって北西方向の山地に延び遠く山県郡内に及んで終わる長卵形を成している,継続時間2時間以上の土砂降りの甚だしい豪雨域はg,h,i,j,k町を経てa,bよりa村,b村を越えc,d村に終わる長楕円形の区域であり,相当激しい継続時間1時間ないしそれ以上の大雨域は,長径19キロメートル,短径11キロメートルの楕円形ないし長卵形の区域を成し,少しでも雨の降った区域は長径29キロメートル,短径15キロメートルに及ぶ長卵形を成している(以下,上記報告にいう雨域を「宇田雨域」ということがある。),1時間ないし2時間黒雨が降った後続いて白い普通の雨が降った,降雨域,降雨継続時,始雨時,終雨 15キロメートルに及ぶ長卵形を成している(以下,上記報告にいう雨域を「宇田雨域」ということがある。),1時間ないし2時間黒雨が降った後続いて白い普通の雨が降った,降雨域,降雨継続時,始雨時,終雨時のいずれの分布をみても,爆心位置から北西方向に引いた線に対し著しく北側に偏倚し,前線帯を中軸とするかのような特殊の分布を示している,とされている。 また,上記報告によれば,各都市の焼夷弾攻撃に際して発生した特異な驟雨現象が観察され,昭和20年6月1日の大阪では,爆撃が午前9時40分ないし11時30分ころにあり,火災が引き続き起こり午後1時ころ最も盛んで夕刻に及び,雨は午前11時46分ないし午後4時37分に降り,煤塵を雨水に含んでいたためか黒雨で,鉄棒や防空服などに泥塵の附着を認めたが,広島の場合は,驟雨現象が特に局部的に激烈顕著でかつ比較的広範囲で,長径19キロメートル,短径11キロメートルの楕円形ないし長卵形の区域に相当激しい1時間以上ないしそれ以上も継続する驟雨を示し,少しでも雨の降った区域は長径29キロメートル,短径15キロメートルに及ぶ長卵形を成し,さらに,この雨水は黒色の泥雨を呈したばかりでなく,その泥塵が強烈な放射能を呈し人体に脱毛,下痢等の放射性生理作用を示し,魚類の斃死浮上その他の現象を現した,長崎では広島に比しはるかに小規模な驟雨現象があったにすぎないが,これはおそらく広島の場合のような前線帯の現れなか ったことと,火災がずっと小規模であったことが,一般気象による成雨条件のほかの大きな因子となったからであろう,a・b地区の人は原爆投下後約3か月にわたって下痢するものがすこぶる多数に上った,大気中の塵埃は1時間ないし2時間の雨水洗滌によりおおむね除去され,これが地上に降ったため,この降下量の多い地区すなわち広島市西方の 原爆投下後約3か月にわたって下痢するものがすこぶる多数に上った,大気中の塵埃は1時間ないし2時間の雨水洗滌によりおおむね除去され,これが地上に降ったため,この降下量の多い地区すなわち広島市西方のba方面に高放射能性を示すに至ったのであろう,飛撤降下物は,焼トタン板,屋根のソギ板,蚊帳片,綿片,布片,紙片切符,名刺,紙幣,債券,埃など軽重大小種々雑多なものが無数にあり,降下はおおむね降雨の前から始まって降雨中にかけてみられ,降下物の分布範囲は広島市内に少なく爆心より3キロメートル以上離れた市北西方山岳地帯を主として雨域よりも広く,その分布の濃密状態は降雨域と異なり爆心から北西方に引いた軸線に対してその南西方に偏倚して多い,爆発後のba地区の放射能の著大な分布は降雨による持続的な放射性物質の雨下,特に爆弾による高放射能物質の混在と南東気流による降灰中に放射能物質を含有しその最も強くba方面に指向されたためであろう,などとされている。 (ウ)DS86DS86における残留放射能の放射線量に関する記述の概要は,前記ウ(キ)のとおりである(原爆放射線の人体影響1992。乙A9号証)にも同旨の記述がある。)。 (エ)「広島原爆後の黒い雨はどこまで降ったか」(増田善信・1989年2月)「広島原爆後の黒い雨はどこまで降ったか」(増田善信・1989年2月。甲A70号証)によれば,もと気象研究所に勤務していた増田善信が気象官署の資料,宇田道隆らの聞き取り調査資料,増田が昭和62年6月に行った聞き取り調査及びアンケート調査等を基に広島原爆後の黒い雨の雨域,降雨継続時間,降雨開始時刻,推定降水量を検討した結果,①少しでも雨の降った区域は,爆心より北西約45キロメートル,東西方向の最大幅約36キロメートルに及び,その面積は約1250平方キロメートル(宇 継続時間,降雨開始時刻,推定降水量を検討した結果,①少しでも雨の降った区域は,爆心より北西約45キロメートル,東西方向の最大幅約36キロメートルに及び,その面積は約1250平方キロメートル(宇田雨域の約4倍の広さ)に達すること,②この区域以外 の爆心の南ないし南東側のa,海田市,a島向側部落,b,さらに爆心から約30キロメートルも離れたa内でも黒い雨が降っていたことが確認されたこと,③1時間以上雨が降ったいわゆる大雨域も,宇田らの小雨域に匹敵する広さにまで広がっていたこと,④降雨域内の雨の降り方は極めて不規則で,特に大雨域は複雑な形をしていること,⑤推定降水量の図から,爆心の北西方約3ないし10キロメートルのaから旧b村cにかけて,100ミリを超す豪雨が降っていたことが推定され,これは宇田らの推定とほぼ一致するものであり,また,20ミリを超える大雨が降ったところが数か所あり,爆心から北西方約30キロメートルも離れたa町bでは40ミリに近い集中豪雨があったものと考えられること,⑥爆心のすぐ東側の約1キロメートルの地域では,全く雨が降らなかったか,降ったとしてもわずかであったと考えられ,しかも,この地域を取り囲んで20ミリ又はそれ以上の強雨域が馬蹄形に存在していたこと,⑦黒い雨には原爆のキノコ雲自体から降ったものと爆発後の大火災に伴って生じた積乱雲から降ったものとの2種類の雨があったものと考えられ,これは宇田らの推論と同じであること,以上のとり判明したとされている。 もっとも,上記文献によれば,資料には原爆投下直後から43年近く経った現在までのものが混在しており,記憶の薄れたものもあり,また,当初は黒い雨を過少に報告する傾向が強かったと考えられる反面,宇田らの大雨域が健康診断特例地区に指定されてからは,地域指定を進める 経った現在までのものが混在しており,記憶の薄れたものもあり,また,当初は黒い雨を過少に報告する傾向が強かったと考えられる反面,宇田らの大雨域が健康診断特例地区に指定されてからは,地域指定を進める運動と関連して過大に報告する傾向が強くなったと考えられ,このような社会的な背景を考慮して資料を評価する必要があるとされている。 (オ)黒い雨に関する専門家会議報告書(黒い雨に関する専門家会議・平成3年5月)黒い雨に関する専門家会議報告書(黒い雨に関する専門家会議・平成3年5月。 乙A14号証,77号証)によれば,昭和63年8月に設置された黒い雨に関する専門家会議において,残留放射能の推定(国が昭和51年及び昭和53年に採取した爆心地から半径30キロメートル範囲の107地点の土壌試料について行ったセ シウム137の調査についての再検討,土壌中のウラン235/ウラン238の測定,屋根瓦に含まれるセシウム137の含有量の調査及び柿木の残留ストロンチウム90の測定),気象シミュレーション計算法による放射性降下物の降下範囲並びに降下放射線量の推定(原爆投下当日の気象条件,原子爆弾の爆発形状,火災状況等,種々の条件を設定した拡散計算モデルを用いたシミュレーション法によって,広島原爆の放射性降下物の降下量とその降下範囲にについて検討を行った。),体細胞突然変異及び染色体異常による放射線被曝の人体影響の有無(降雨域に当時在住し黒い雨にさらされた者と対照地域に当時在住し黒い雨にさらされていない者について赤血球のMN血液型決定抗原であるグリコフォリンA蛋白(GPA)遺伝子に生じた突然変異頻度及び末梢血リンパ球に誘発された染色体異常頻度についての検討),の3点に絞って具体的検討を行ったところ,残留放射能の推定では黒い雨との関係は確定することができず(なお, )遺伝子に生じた突然変異頻度及び末梢血リンパ球に誘発された染色体異常頻度についての検討),の3点に絞って具体的検討を行ったところ,残留放射能の推定では黒い雨との関係は確定することができず(なお,昭和51年及び昭和53年に採取された試料は昭和30年以降の原水爆実験による放射性降下物(セシウム137)を多量に含んでおり,測定値間の有意差についても広島原爆の放射性降下物によるものと断定する根拠は見当たらず,昭和51年及び昭和53年の測定結果と宇田雨域との相関関係はみられないことが判明したとされている。),気象シミュレーション法による降下放射線量の推定では,気象シミュレーションによる放射性降下物質とその地上での分布は,火球によって生じた原爆雲の乾燥大粒子の大部分は北西9ないし22キロメートル付近にわたって降下し,雨となって降下した場合には大部分が北西5ないし9キロメートル付近に落下した可能性が大きいことが判明し,衝撃波によって巻き上げられた土壌などで形成された衝撃雲や火災煙による火災雲による雨(いわゆる黒い雨)の大部分は北北西3ないし9キロメートル付近にわたって降下した可能性が大きいと判断され,降雨地域の推定は,これまでの降雨地域(いわゆる宇田雨域)の範囲とほぼ同程度(大雨地域)であるが,火災雲の一部が東方向にはみ出して降雨落下しているとの計算結果となり,また,原爆雲の乾燥落下は北西の方向に従来の降雨地域を越えていることが推定されるが,その後の降雨などで これらの残留放射線量は急速に放射能密度を減じており,体細胞突然変異及び染色体異常頻度の検討では降雨地域と対象地域で統計的に有意差はなく人体への影響を明確に示唆する所見は得られなかったとされている。 なお,上記文献によれば,気象シミュレーション法に基づいた降下放射線量の推定によれば,広 討では降雨地域と対象地域で統計的に有意差はなく人体への影響を明確に示唆する所見は得られなかったとされている。 なお,上記文献によれば,気象シミュレーション法に基づいた降下放射線量の推定によれば,広島原爆の残留放射能による照射線量は,無限時間照射され続けたと仮定した場合の最大積算線量が約25ラドと推定されるとされ,また,この気象シミュレーション法を用いて測定した長崎の降雨地域は,これまでの物理的残留放射能の証明されている地域と一致することが確認されたとされている。 (カ)静間清ほか・広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価(1996年)「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」(静間清ほか。1996年。甲A27号証の1,2)によれば,広島原爆投下の3日後に爆心地から5キロメートル以内で収集された土壌のサンプル中のセシウム137含有量につき低バックグラウンドガンマ線測定を行った結果,22サンプル中11サンプルについてセシウム137が検出され,a・b地区の土壌から高濃度のセシウム137が検出されたほか,3サンプルはいわゆる宇田雨域に含まれておらず(うち1サンプルは爆心地からの距離が約3キロメートル),2サンプルは宇田雨域の境界上にあり(うち1サンプルは爆心地からの距離が約3ないし4キロメートル),他方,5サンプルは宇田雨域に含まれているがセシウム137は検出限界より低いとされている(なお,1980年までのすべての核実験からのセシウム137の沈着は緯度30度ないし40度では約3.7×10Bq/平方 キロメートルであり,これは原爆の放射性降下物よりおよそ2桁大きいから,原爆のセシウム137の沈着は原爆投下直後に収集された核実験による放射性降下物によって し40度では約3.7×10Bq/平方 キロメートルであり,これは原爆の放射性降下物よりおよそ2桁大きいから,原爆のセシウム137の沈着は原爆投下直後に収集された核実験による放射性降下物によって被曝していないサンプルによってのみ測定することができるところ,上記土壌サンプルは核実験による全地球的な放射性降下物にはさらされていないとされている。)。 また,上記文献によれば,上記調査の結果は,原爆投下直後に起こった降雨の降雨域が宇田雨域より広かったことを示しているとされる。 (キ)「長崎c地区におけるプルトニウム調査(第3報)」(岡島俊三ほか。長崎医学会雑誌59巻特集号)「長崎c地区におけるプルトニウム調査(第3報)」(岡島俊三ほか。長崎医学会雑誌59巻特集号。甲C5号証の6)によれば,1978年以来,長崎c地区(c町及びd町)のプルトニウムの汚染状況について調査を開始し,未耕地の土壌中のプルトニウム含有量はc地区では他地区のものに比し約10倍高いことが判明したが,さらにその後の調査により,プルトニウムの汚染がc地区では対照地区(c地区以外の長崎市郊外及び一部熊本県の地区)に比して農耕地土壌で約20倍,農作物中で約7倍と非常に高度であることが認められた,しかし,土壌から農作物への経根摂取率はプルトニウムはセシウムの約10分の1ないし100分の1と極めて低く,農作物を通しての取込みはプルトニウムの場合微量と考えられ,むしろ呼吸を通しての取込みの方が重要であろうと考えられる,とされている(後記「長崎と広島の被爆地で採取した土に含まれるプルトニウム,アイソトープ,アメリシウム241とセシウム137」(甲C6号証の5)にも同様の調査結果が記載されている。また,乙A36号証の1,2にも,c地区の未耕地の土壌におけるプルトニウム239及び ム,アイソトープ,アメリシウム241とセシウム137」(甲C6号証の5)にも同様の調査結果が記載されている。また,乙A36号証の1,2にも,c地区の未耕地の土壌におけるプルトニウム239及び240の集積は対照とされた地域の約8倍であり,プルトニウム239及び240の農作物への移行因子はセシウム137の100分の1から200分の1であったと記載されている。)。 (ク)「長崎と広島の被爆地で採取した土に含まれるプルトニウム,アイソトープ,アメリシウム241とセシウム137」(山本政儀ほか。J.RADIAT,研究26,1985年)「長崎と広島の被爆地で採取した土に含まれるプルトニウム,アイソトープ,アメリシウム241とセシウム137」(山本政儀ほか。J.RADIAT,研究26,1985年。甲C6号証の5)によれば,原子爆弾の爆発のすぐ後に行われた 放射性核種降下物の測定や表面土のウラニウムのアイソトープの放射性科学分析によっても濃縮ウラニウム235の証拠は全く得られておらず,広島の黒い雨地域で採取された土及び同地域以外の地域から採取された土プルトニウム,アイソトープとセシウム137及びアメリシウムの分析(原子爆弾の爆発の際に原爆のウラニウムから出たベータ崩壊に続く連続的中性子捕獲によって超ウラン核種が作られそれが地表に降下したとの推定に基づく調査)を行った結果,地球上の放射性降下物と違った割合は発見されず,原爆の影響を検出することはできなかったとされている。 (ケ)DS02に基づく誘導放射線の評価(京都大学原子炉実験所今中哲二)DS02に基づく誘導放射線の評価(京都大学原子炉実験所今中哲二。乙A75号証)によれば,DS02においては残留放射能については検討されていないが,無遮蔽地上1メートルでの放射化量が計算されており,DS86と 基づく誘導放射線の評価(京都大学原子炉実験所今中哲二。乙A75号証)によれば,DS02においては残留放射能については検討されていないが,無遮蔽地上1メートルでの放射化量が計算されており,DS86とDS02でのコバルト60生成量の比をDS86報告書の値に掛けることによりDS02に基づく誘導放射線量を求めると,爆発1分後の爆心地での放射線量率は,広島で約600センチグレイ/h,長崎で約400センチグレイ/hとなり,広島,長崎ともに1日後にはその1000分の1に,1週間後にはその100万分の1にまで減少しているが,それでも,爆心近辺では約1年近く自然レベル以上の放射線量率が続いていたことになり,また,測定値と計算値を比較すると,広島はまずまずであるが,長崎は測定値に比べて計算値がその6ないし8倍であり,違いの理由は定かではないが,一応,計算の方が大きめの方向である可能性を示唆しており,さらに,上記放射線量率を基に各爆心距離について無限時間までの積算線量を求めると,爆心地では広島が120センチグレイ,長崎が57センチグレイ,爆心からの距離が1000メートルでは広島が0.39センチグレイ,長崎が0.14センチグレイ,爆心地からの距離が1500メートルでは広島が0.01センチグレイ,長崎が0. 005センチグレイとなり,これ以上の距離での誘導放射線被曝は無視してかまわないであろうとされている。また,広島の爆心地に1日後に入って滞在し続けた場合の線量は19センチグレイとなり,長崎の場合は5.5センチグレイとなり,1 週間後に爆心地に入って滞在し続けた場合は,それぞれ0.94センチグレイ及び1.4センチグレイとなるとされている。 ケ内部被曝に関する指摘証拠(甲A45号証,60号証,乙A16号証,75号証,84号証,証人K,証人J)によれば,内 合は,それぞれ0.94センチグレイ及び1.4センチグレイとなるとされている。 ケ内部被曝に関する指摘証拠(甲A45号証,60号証,乙A16号証,75号証,84号証,証人K,証人J)によれば,内部被曝に関する議論や指摘等について,次の事実が認められる。 (ア)DS86における指摘DS86報告書(乙A16号証)によれば,原爆投下後の内部放射線への被曝の推定は,長崎において原爆からの放射性降下物が最も多く堆積した地域であるc地区の住民中のセシウム137からの内部線量について行われ,岡島らが1969年にホールボディカウンターを用いてc地区に住む男性20人及び女性30人中のセシウム137の内部負荷を同数の対照とともに測定したところ,体重のpCi(ピコキュリー)/㎏にした結果は,cの男性で38.5,女性で24.9であり,対照では男性25.5,女性14.9であり,長崎の原爆降下物による寄与は,cの住民と対照との差に等しいと仮定され,また,セシウム137成分の縦軸変化を調べるために,1969年に比較的高い値を示した15人のうち10人(男性と女性を含む。)が1981年に2回目の測定を受けた結果,1969年の平均48.6pCi(ピコキュリー)/㎏から1981年の15.6pCi(ピコキュリー)/㎏への示し,身体負荷が指数的に減少したと仮定すれば,有効な半減期は7.4年と推定されるが,これは,土壌中のセシウム137が食物摂取に寄与する環境半減期であって,身体中のセシウムについてのわずか約100日である生物学的半減期ではないことに留意しなければならず,上記のデータを用いて(すなわち,放射性降下物からのセシウム137値は,1969年に男性で13pCi(ピコキュリー)/㎏,女性で10pCi(ピコキュリー)/㎏であり,身体負荷値は指数的に減少し,有効半減期は タを用いて(すなわち,放射性降下物からのセシウム137値は,1969年に男性で13pCi(ピコキュリー)/㎏,女性で10pCi(ピコキュリー)/㎏であり,身体負荷値は指数的に減少し,有効半減期は7.4年であったと仮定して),1945年(昭和20年)から1985年(昭和60年)までの40年間の内部線量は,男性で10ミリレム(ミリラ ド),女性で8ミリレム(ミリラド)と推定されるとされている。 (イ)DS02に基づく誘導放射線の評価(京都大学原子炉実験所今中哲二)DS02に基づく誘導放射線の評価(京都大学原子炉実験所今中哲二。乙A75号証)によれば,焼け跡の片付けに従事した人々の塵埃吸入を想定し,土壌中のナトリウム24とスカンジウム46を吸入の対象とし,DS02検証計算で得られた地上1メートルの中性子束を用いて放射化生成量の1キロメートル以内の平均値を計算し,塵埃濃度を2ミリグラム/立方メートルと想定して,原爆投下当日に広島で8時間の片付け作業に従事したとして,内部被曝を評価した結果,0.06マイクロシーベルトとなり,この値は考えられる外部被曝に比べ無視することができるレベルであるとされている。 (ウ)内部被曝に関する意見書(放射線医学総合研究所放射線安全研究センター防護体系構築研究グループ石榑信人)内部被曝に関する意見書(放射線医学総合研究所放射線安全研究センター防護体系構築研究グループ石榑信人。乙A84号証)によれば,長期間の内部被曝を評価する上で着目すべき放射性核種はストロンチウム90及びセシウム137の2つであると考えられるところ,爆発の30分後に爆心から3キロメートル東のc地区を中心にいわゆる黒い雨が降り,この地域の土壌を汚染し,このため,核分裂生成物がa川の水面にも降下し,河川水が汚染された可能性が考えられるが,セシ ろ,爆発の30分後に爆心から3キロメートル東のc地区を中心にいわゆる黒い雨が降り,この地域の土壌を汚染し,このため,核分裂生成物がa川の水面にも降下し,河川水が汚染された可能性が考えられるが,セシウム137のa川の水面への降下量はc地区における最も高い推定値である3.3ベクレル毎平方センチメートルを超えていたとは考え難く,核分裂によるストロンチウム90の生成量はセシウム137よりも少ないので,ストロンチウム90の水面への降下量も3.3ベクレル毎平方センチメートルを超えていたとは考え難く,かつ,川の流れによりかなり希釈されると考えられるから,生物学的半減期に関する国際放射線防護委員会(ICRP)のモデルによれば,a川の河川水の飲水により障害を起こし得る量を摂取することができるものではないと考えるのが妥当であるとされている。 なお,国際放射線防護委員会(ICRP)のモデルによれば,セシウムの物理学 的半減期は約30年であるが,経口摂取されたセシウム137はそのすべてが胃腸管から血中に吸収され,10パーセントは生物学的半減期2日で,90パーセントは生物学的半減期110日で体外へ排泄されるとされており,また,ストロンチウム90の物理学的半減期は約29年であるが,経口摂取されたうち30パーセントが消化器系を経由して血中に注入され,残りは便として排泄されるとされている。 (エ)K教授の意見K立命館大学国際関係学部教授は,内部被曝の影響について,次のような指摘をしている(甲A45号証,証人K)。 内部被曝の影響については,外部被曝とは違った機序で人体に作用する可能性が示唆されている。外部被曝は,人体の外部から放射線が照射されるのに対し,内部被曝は,人体の内部に放射性物質が入り込み,細胞組織等に継続的に作用する。外部被曝が総じて体外からの一時的 作用する可能性が示唆されている。外部被曝は,人体の外部から放射線が照射されるのに対し,内部被曝は,人体の内部に放射性物質が入り込み,細胞組織等に継続的に作用する。外部被曝が総じて体外からの一時的な被曝であるのに対し,内部被曝の場合,体内に入り込んだ放射性物質が放出する放射線によって局所的な被曝が継続するという特徴を持つ。例えば,骨組織に沈着したプルトニウム239は,プルトニウム239(α)から,順次,ウラン235(α),トリウム231(β),プロトアクチニウム231(α),アクチニウム227(β),トリウム227(α),ラジウム223(α),ラドン219(α),ポロニウム215(α),鉛211(β),ビスマス211(α),タリウム207(β),鉛207などと変化し,その過程でアルファ線,ベータ線,ガンマ線などを放出し,周囲の組織に被曝を与える。細胞膜が溶液中の放射性イオンからの放射線に敏感であり,低線量で影響を受けるとの報告があり,長時間に及ぶ内部被曝の結果,外部被曝の場合とは異なる態様において細胞組織のDNAの損傷等が生じる可能性がある。さらに,このような内部被曝の影響については,微小な細胞レベルで生じるため,吸収線量や線量当量などマクロな概念によってはその影響を正確に評価することができない可能性がある。例えば,放射線が組織1キログラム中に与えた平均エネルギーが等しくても,組織全体が平均的に浴びたのか,それとも特定の細胞が集中的に浴びたのかによって影響 が異なり得るにもかかわらず,これらの単位は,局所的に生じた被曝について,その影響を1キログラムの組織全体に対する被曝として平均化してしまうからである。 (オ)J教授の意見J教授は,内部被曝の影響について,次のような指摘をしている(甲A60号証,証人J)放射性物質を体内に取 を1キログラムの組織全体に対する被曝として平均化してしまうからである。 (オ)J教授の意見J教授は,内部被曝の影響について,次のような指摘をしている(甲A60号証,証人J)放射性物質を体内に取り込んだとき,水溶性や油溶性の場合は,放射性物質が原子又は分子のレベルで体内に広がり,元素の種類によって特定の器官に集中して滞留することが起こる。ヨードが甲状腺に集まるとか,リンやコバルトが骨髄に集まるなどである。こうした場合は尿などの排泄物などから取り込んだ放射性物質の量を推定することができる。ところが,水溶性や油溶性でない放射性微粒子が取り込まれ,微粒子がある程度の大きさを保ったまま固着すると,その周辺の細胞が集中して被曝する。この場合は,沈着した部位をかなり持続的に強い放射線を出し続けるような場合を除いて特定することも困難で,排泄物から推定することもできない。 このような放射性微粒子による影響は,微粒子の大きさ,微粒子に含まれる放射性元素と放出される放射線の種類に大きく依存する。この影響を生物学的効果比のように単純な因子で表現することも困難である。 広島原爆のウラン235だけでも,内部被曝によって局所的に国際放射線防護委員会(ICRP)の設定した一般人に対する年間許容被曝線量0.001シーベルトをはるかに超える被曝を受ける。このホット・スポットが細胞にできるか,骨髄か,生殖細胞か,などによって,起きる疾病が変わってくる。 長崎原爆のプルトニウム239の場合は,内部被曝によって,局所的に細胞が死滅する被曝線量を受け,さらに,プルトニウム239のアルファ崩壊後のアクチニウム系列の崩壊による被曝が加わる。 急性外部被曝の場合は,外部の様々な方向から放射線によって照射されたとしても,ほぼ一様に被曝するため,生体組織1キログラム当たりの吸収エネルギーと 崩壊後のアクチニウム系列の崩壊による被曝が加わる。 急性外部被曝の場合は,外部の様々な方向から放射線によって照射されたとしても,ほぼ一様に被曝するため,生体組織1キログラム当たりの吸収エネルギーというような平均的な量である吸収線量によって被曝影響を評価することができる。こ れに対し,放射性微粒子による内部被曝の場合は,ホット・スポットの直近の球殻の細胞組織が集中して継続的な強い被曝を受け,これに次ぐ影響をその周りの球殻が受ける。微粒子の大きさによっては2か月間に10グレイ以上を被曝し,球殻内の細胞が死滅してしまうような被曝も考えられる。微粒子の大きさによっては,がんや遺伝的影響のような晩発性の障害を引き起こしやすい被曝線量を浴びせる可能性がある。したがって,器官組織全体の吸収線量のような被曝影響評価では内部被曝の影響を評価することに適していない。 1つの放射線粒子のエネルギーは数万電子ボルトから数百万電子ボルトであり,一方,細胞内のDNAなどの分子の1個の電子が電離するエネルギーは10電子ボルト程度であるから,1個の放射線粒子が電離させる電子の数は数千個から数十万個に達する。これらの電離によって切断された分子の大部分は元通りに修復されるが,電離によって破壊された分子の中には正しく修復されないで染色体異常や突然変異などを起こし,急性症状やがんなどの晩発的症状を引き起こす可能性がある。 1個の放射線粒子が1グラムの組織に与えるエネルギーは,被曝線量が0.0001ミリグレイと極めて低線量であるが,それでも細胞のミクロのレベルでは急性症状や晩発的症状につながる変化が生じている可能性がある。 入市被爆者が爆心地付近に入り,中性子線によって誘導放射化された残留放射能を帯びた微粒子を体内に取り込んだ場合,入市の期日にもよるが,一般に半減期が数時 症状につながる変化が生じている可能性がある。 入市被爆者が爆心地付近に入り,中性子線によって誘導放射化された残留放射能を帯びた微粒子を体内に取り込んだ場合,入市の期日にもよるが,一般に半減期が数時間以上から数年間,あるいはそれ以上の放射性原子核から放射された放射線によって体内被曝する。特に,土埃に含まれる半減期84日のスカンジウム46や半減期5.3年のコバルト60,セシウム134による被曝が問題になる。 コ低線量放射線による被曝の影響に関する指摘証拠(甲A21号証の1,2,36号証,37号証)によれば,低線量放射線による被曝の影響に関する議論や指摘等について,次の事実が認められる。 (ア)「放射線の衝撃低線量放射線の人間への影響(被爆者医療の手引き)」(ドネル・ボードマン) 「放射線の衝撃低線量放射線の人間への影響(被曝者医療の手引き)」(ドネル・ボードマン。甲A36号証)によれば,大量の放射線でも明らかな影響がないこともあるが,わずか一発の命中が致命的に影響することもある,この意味では,電離放射線への被曝は,それが有機体のどれか特別な分子に直接衝撃を与えることはできないので,生物に特別な予告的な影響は持たず,分子の段階では,あらゆる放射線照射の影響は,当たるか当たらないかの文字通り無作為の確率的であり,それと同時に,放射線の影響は吸収された線量に正比例するので,ここからは非確率的である,生物学的な影響の重傷度は,放射性エネルギーを吸収して起こる分子傷害の部位とタイプ,分子の変化した状態,近くの他の分子成分との自然な再編成の程度,生物学的修復と有意にかかっている,とされている。 また,上記文献によれば,細胞膜の位置にある遊離基(フリーラジカル)の連鎖反応は,低線量か微量(天然か,天然以下)の放射線被曝の方が,ミリラド(1ミ 生物学的修復と有意にかかっている,とされている。 また,上記文献によれば,細胞膜の位置にある遊離基(フリーラジカル)の連鎖反応は,低線量か微量(天然か,天然以下)の放射線被曝の方が,ミリラド(1ミリラドは0.001ラド)でなくグレイ(1グレイは100ラド)で計る通常の線量被曝よりも比較的激しく,長く持続するというペトカウ博士の最初の報告(1971年)以来,この考えは次第に大きくなってきた,遊離基は,脂質,蛋白,薄膜,そして老化の構造と機能の撹乱に寄与するようにみえる,さらに,リン脂質の細胞膜の脂質部分と蛋白構造は,構造のレベルでのことだが,長時間照射の方が高線量放射線の短時間照射よりもより影響が大きく(誘導放射線障害),より激しい,このように言われるのは,適当な脂質蛋白の環境の中での自立した遊離基の連鎖反応は,放射線の誘導で化学的に始まる反応の後も執拗に持続するためである,最近,被曝した体液の遊離基は高線量放射線よりも低線量の時の方がより活性化されやすいことが報告されている,とされている。 さらに,上記文献によれば,電離放射線への被曝は,低線量への被曝でも,急性放射線症候群又は晩発性のがん,白血病,先天性欠損以外に,より複雑な障害を引き起こす,電離放射線によるエネルギーの沈着は無作為の経過をとり,物質の小さな容量の中で相互に影響し合う同エネルギーの全く同じ分子は,偶然だけの理由に よってエネルギー量を違えて沈着するため,電離放射線への被曝あるいは放射線の衝撃は,確率的,あるいは,放射線生物学的境界無作為的である,生物学的な修復反応は奇跡的だが不完全であり,損傷はあらゆる種類の生物物質に対し執拗に時には世代を超えて与え続けられる,などとされている。 (イ)「死にいたる虚構国家による低線量放射線の隠蔽」(ジェイM.グールド,ベンジ だが不完全であり,損傷はあらゆる種類の生物物質に対し執拗に時には世代を超えて与え続けられる,などとされている。 (イ)「死にいたる虚構国家による低線量放射線の隠蔽」(ジェイM.グールド,ベンジャミンA.ゴルドマン)「死にいたる虚構国家による低線量放射線の隠蔽」(ジェイM.グールド,ベンジャミンA.ゴルドマン。甲A37号証)によれば,①チェルノブイリ原発の事故後のミルク中のヨウ素131被曝による死亡者の増加を線量反応曲線で表すと,ヨウ素131レベルが100ピコキュリー(pCi)以下では死亡率の上昇が急激であるが,高線量レベルになると増加率は平坦になってしまう,広島の経験に基づく伝統的な線量反応関係の仮説は高線量域から外挿してできたものであり,低線量域における影響を極端に過少評価することになっている,この考え方は,医療被曝や原爆炸裂のような高線量瞬間被曝の経験を基礎にしているため違ってしまったとも思われる,高線量瞬間被曝の影響は,まず最初に,細胞中のDNAに向けられ,その傷害は酵素によって効果的に修復されるが,この過程は,極低線量での傷害に主として関与するフリーラジカル(遊離基)の間接的,免疫障害的な機序とは全く異なっている,フォールアウト(放射性降下物)による極低線量被曝の線量反応曲線は,一般に認められてきた過程と違って,直線関係ではなく対数関係であることを示す最初の証拠となり,医学界と科学界では長い間フォールアウト(放射性降下物)や原子力施設の放射能漏れによる低線量の危険は高線量域での直線関係を外挿した(機械的に当てはめた)考え方から無視することができるほど小さいと信じられてきたが,チェルノブイリの経験から言えば,この過程は最も感受性のある人々に対する低線量被曝の影響を1000分の1に過少評価していることを示している,②チ 無視することができるほど小さいと信じられてきたが,チェルノブイリの経験から言えば,この過程は最も感受性のある人々に対する低線量被曝の影響を1000分の1に過少評価していることを示している,②チェルノブイリ事故は,遠方での核爆発放射線量や,原子炉,プルトニウム分離施設の許容流出線量のような極少線量の問題であり,極少量放射線の影響につい て,高線量の場合の理論を演繹した仮説を挿入する必要はないこと,特に,ヨーロッパのデータについては,ミルクを含めた食餌の放射線量の濃縮度が幅広く正確に測定されており,これほど正確に測定された線量は広島,長崎の直接被曝の研究でも入手することができなかったほどであること,原子炉事故や原爆から放出される核分裂物質の吸入や摂取の結果としての内部被曝が関係すること,以上のような特徴を有している,データからいえば,低線量持続的内部被曝は,影響が小さくなるわけではなく,むしろ,高線量瞬間被曝と比べて,(線量がゼロに近づく)境界付近でかえって影響が強く,また,自然のバックグラウンドの線量のような少量線量でも,安全なしきい値はなく,有用性もあり得ず,人工的に作られた核分裂生成物の低線量の危険は比較的新しく注目され始めたものである,チェルノブイリ事故以後の健康統計から計算すれば,低線量の線量反応曲線は下に凸の二次曲線でもなければ,直線でもなく,それはむしろ,高線量域よりも低線量域で急峻なカーブの立ち上がりを示す上方に凸の曲線又は対数曲線であり,線量反応関係の対数カーブは,ペトカウ博士や他の人々が行った放射線誘発フリーラジカルの細胞膜障害の実験結果と一致する,特に酸素のフリーラジカルは,今日,免疫不全の広範な疾患に関与することが知られている,線量反応関係が対数曲線になることは,新しい証拠である低線量被曝の深刻な影響と, 細胞膜障害の実験結果と一致する,特に酸素のフリーラジカルは,今日,免疫不全の広範な疾患に関与することが知られている,線量反応関係が対数曲線になることは,新しい証拠である低線量被曝の深刻な影響と,実験動物や原爆被爆者でこれまで研究されていた高線量被曝の結果が,実は対立するものではないことを意味している,高線量瞬間被曝の場合,単位線量当たりの影響は持続的な低線量被曝よりはるかに小さく,高線量の場合に生じた多数のフリーラジカルは,互いが打ち消し合ってしまい,効果が低下してしまうことによると考えられている,などとされている。 また,上記文献によれば,カナダの医師であり,マニトバ州ピナワにあるホワイトシェル核研究所の生物物理部門を統括していた生物物理学者でもあったペトカウ博士が,1971年(昭和47年),細胞膜における放射線の作用を研究しながら,少量の放射性ナトリウム22を新鮮な牛の脳から抽出した脂質膜モデルを含む水に加えたところ,細胞膜はきっかり1ラド(吸収線量単位)の長時間照射で破裂して しまった,ぺトカウ博士は,以前,エックス線を数分間照射して細胞膜を破壊するのに3500ラドを要することを発見していたことから,照射が長ければ長いほど,細胞に障害を与えるのに必要な線量はより少量でよいと結論した,ペトカウ博士は,さらに数回の実験をし,低線量被曝のこの驚くべき効果の理由を発見した,すなわち,放射線照射というのは電子の開放であり,開放された電子は水中に分解している酸素に捕らえられ,フリーラジカルと呼ばれる有害な陰イオンになる,陰性に荷電したフリーラジカル分子は,電気的に分極している細胞膜に引きつけられる,このことは,細胞にあるすべての膜の基本構成成分である脂質分子を融解する化学連鎖反応を引き起こす,膜が傷害を受け,内容が漏れ出た細胞は,その ジカル分子は,電気的に分極している細胞膜に引きつけられる,このことは,細胞にあるすべての膜の基本構成成分である脂質分子を融解する化学連鎖反応を引き起こす,膜が傷害を受け,内容が漏れ出た細胞は,その障害を修復することができなければ間もなく死ぬ,もしフリーラジカルが細胞核の遺伝物質の近くで形成されると,障害を受けた細胞は突然変異を起こし,生き延びるかも知れない,ペトカウ博士と他の科学者達のその後の研究によって,結局,この現象はバックグラウンド放射線レベルでも起こるこが証明された,ペトカウ博士は,フリーラジカル生成によって起こる細胞傷害は,吸収エネルギー単位当たりでみると,高線量放射線の方が低線量の場合より少ないことを発見した,フリーラジカルは水の中で生成され,水は1個の細胞の80パーセントを占めているので,生体にとっては強い傷害性を持っている,フリーラジカルは健康な細胞を破壊するばかりでなく,正常な細胞機能に対しても加齢を早めるなどの方法で影響を与える,フリーラジカルは細胞内の酸素代謝の過程で自然に生成されるためと思われるが,生体にはフリーラジカルに対する防御機能が自然に備わっている,その防護物質であるスーパーオキシド・ディスムターゼは反応の連鎖を断ち切る,現在,スーパーオキシド・ディスムターゼは生命現象の中で酸素を利用している細胞のすべてに存在すると信じられている,例えば,脳,肝臓,甲状腺,脳下垂体のように通常でも多量のスーパーオキシド・ディスムターゼを含む人体組織は,少量の脾臓,骨髄組織よりも放射線の影響に強い抵抗力を示す,明らかにこの酵素は,スーパーオキシド,フリーラジカル,紫外線やバックグラウンド放射線の障害,細胞内での通常のエネルギーの 生成過程から生体を守るために進化してきた,しかし,核分裂生成物からの放射線が,食物連 ,スーパーオキシド,フリーラジカル,紫外線やバックグラウンド放射線の障害,細胞内での通常のエネルギーの 生成過程から生体を守るために進化してきた,しかし,核分裂生成物からの放射線が,食物連鎖を通じて体内に摂取されたり,あるいは外部から照射されると,フリーラジカルは,生体がそれを不活性化(不均化)する以上に多く生成される,その結果,修復不能の大きな障害になる,さらに,ペトカウ博士らは防御のスーパーオキシド・ディスムターゼの存在しない状況下では,10ミリラドないし20ミリラドで細胞膜が破壊されることを発見した,このフリーラジカル反応は他の方法でも断ち切られる,放射線が高線量の場合,フリーラジカルは濃縮され,互いに不活性化し合う傾向を持っている,もし,そうでなかったら,医療用エックス線は今よりもっと大きな生物学的障害を引き起こすことになる,低線量放射線への慢性的な被曝は,同時には,ほんのわずかのフリーラジカルが作られるだけである,これらのフリーラジカルは血液細胞の細胞膜に非常に効率よく到達し,透過する,そして,非常に少量の放射線の吸収にもかかわらず,免疫系全体の統合性に障害を与える,それと対照的に,医療用エックス線のような瞬間的で強い放射線被曝は,大量のフリーラジカルを生成し,そのため互いにぶつかり合って,無害な普通の酸素分子になってしまう,こうして,短時間の被曝は,同じ線量でもゆっくり,何日,何か月,何年もかけた被曝よりも細胞膜への障害は少ないのである,とされている。 さらに,上記文献によれば,チャールス・ワルドレンと共同研究者たちが,ハイブリッド細胞の中に置かれたヒト染色体が雑種細胞の中にあって被曝すると,イオン化放射線は細胞膜を障害する時と同じように,高線量の場合よりも低線量のときにより効果的に突然変異を生じさせることを見いだし ブリッド細胞の中に置かれたヒト染色体が雑種細胞の中にあって被曝すると,イオン化放射線は細胞膜を障害する時と同じように,高線量の場合よりも低線量のときにより効果的に突然変異を生じさせることを見いだした,極めて低い線量の放射線の場合,高線量を用いた通常の方法やエックス線装置からの瞬間照射の場合よりも200倍も効果的に突然変異が生じたことを発見した,彼らは,線量反応曲線がほ乳類の細胞では上向きの凸カーブ(対数曲線様あるいは超直線様関係)を示し,そのためペトカウ博士が発見したフリーラジカルによる生物学的障害と全く同じようにエックス線の突然変異効果は低線量で最高になることを発見した,このように,彼らのデータは,伝統的な化学的ドグマ,すなわち,線量反応曲線は直線であり, 低線量の影響についても高線量のデータによる直線の延長線上で評価することができるとした見解と対立している,体内摂取されたベータ線による持続的な被曝は,外部からのエックス線瞬間被曝に比べて細胞膜への障害が千倍も強い,なぜなら,エックス線照射後のDNA自己修復は,低線量によるフリーラジカルの傷害が回復するより効率が良いからである,このタイプの被曝ということで,原発事故や大気圏核実験からのフォールアウト(放射性降下物)被爆直後の死亡率の跳ね上がりをよく説明することができる,ストロンチウム90は,化学的にはカルシウムに似ているため,成長する乳幼児,小児,思春期の男女の骨髄の中に濃縮される,一度骨中に入ると,免疫担当細胞が作られる骨髄に対し,低線量で何年にもわたって放射線を照射し続ける,ストック博士と彼の協力者は,1968年,オスローがん病院で,わずか10ないし20ミリラドの少線量のエックス線がおそらくフリーラジカル酸素の産生を通じて骨髄造血細胞にはっきりした傷害を作り出すことを初めて ク博士と彼の協力者は,1968年,オスローがん病院で,わずか10ないし20ミリラドの少線量のエックス線がおそらくフリーラジカル酸素の産生を通じて骨髄造血細胞にはっきりした傷害を作り出すことを初めて発見した,このことが,直接的には遺伝子を傷つけ,間接的にはがん細胞を見つけて殺す免疫の機能を弱め,骨肉腫,白血病その他の悪性腫瘍の発育を導く,ストロンチウム90の体内での蓄積は2ないし3年後にピークに達するが,この蓄積は,増大する吸収に対してゆっくりした排泄という共同作用で起こり,死亡率への影響としては本来のがんやその他の死因とともに,心疾患の死亡が関与している,ストロンチウム90などによる体内のベータ線被曝で最も効率よく生産されるフリーラジカル酸素は,発がん性と同様に冠動脈性心疾患の一要因なのかもしれない,理論的にはフリーラジカルが低比重コレステロールを酸化して動脈に沈着しやすくし血流を阻害して心臓発作を誘導すると考えられている,とされている。 そして,上記文献によれば,低線量放射線と健康障害との相関は,体内摂取放射線の慢性低線量被曝によってホルモン及び免疫系がフリーラジカルによる障害を受け,その結果生じる可能性が大きい,摂取した食物,ミルク,水の中や,呼吸した空気中の低線量のストロンチウム90とヨード131は感染細胞や悪性細胞を見つけて殺す生体の能力に障害を与えるらしい,そのような障害は,仮に放射線が現在 の基準以下であっても起こり得る,現在の基準は,がん化が起こるのは高線量外部被曝による遺伝子への直接の傷害の結果によるという全く異なった生物学的機序を基本に設定されているのである,とされている。 (ウ)「原爆被爆者の低線量放射線被曝に関連するガン発生リスク」(ドナルド・A・ピアース,デール・L・プレストン。2000年)「原爆被爆者 学的機序を基本に設定されているのである,とされている。 (ウ)「原爆被爆者の低線量放射線被曝に関連するガン発生リスク」(ドナルド・A・ピアース,デール・L・プレストン。2000年)「原爆被爆者の低線量放射線被曝に関連するガン発生リスク」(ドナルド・A・ピアース,デール・L・プレストン。2000年。甲A21号証の1,2)によれば,放影研の充実性腫瘍発生率に関する1958年ないし1994年のデータを使用し,爆心地から3000メートル以内で,主として0ないし0.5シーベルトの範囲の線量を被曝した被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率を解析したところ,その結果は,0.05ないし0.1シーベルトという低線量被曝についてのがん発生リスクの有用な推定値を提供しており,この推定値は0ないし2シーベルトあるいは0ないし4シーベルトというより幅広い線量範囲から算定された線形のリスク推定値によっても過大評価されておらず,0ないし0.1シーベルトの範囲でも統計的に有意なリスクが存在し,あり得るどのしきい値についても,その信頼限界の上限は0.06シーベルトと算定された,現在検討されている中性子推定線量の見直しは,これらの結論を著しく変えることにならないであろう,とされている。 サ審査の方針における原爆放射線の被曝線量の算定の合理性について(ア)初期放射線による被曝線量の算定についてa前記のとおり,初期放射線による被曝線量に係る審査の方針別表9(本判決添付別表9)は,DS86の原爆放射線の線量評価システムにより求められた数値に基づいて作成されている(なお,被告らは,疾病・障害認定審査会においては,DS86により求められた数値を端数処理して得られた別表9による数値ではなく,放影研が被爆者の寿命調査を行うに当たり被爆者の初期放射線による被曝線量の算定に用い は,疾病・障害認定審査会においては,DS86により求められた数値を端数処理して得られた別表9による数値ではなく,放影研が被爆者の寿命調査を行うに当たり被爆者の初期放射線による被曝線量の算定に用いていたより厳密な線量推定表に基づいて被爆線量を算定しているが,その差は端数処理の方法が異なる等にすぎないと主張しており,この主張事実を左右す るに足りる証拠は提出されていない。)。そして,被告らは,DS02においてDS86の正当性が検証された旨主張する。 そこで,以下,DS86及びDS02の原爆放射線推定方式の合理性について検討する。 b前記ウ(ア)及び(コ)のとおり,DS86は,核物理学の理論に基づく空気中カーマ,遮蔽カーマ,臓器カーマの計算モデルを統合した線量計算方法に,被爆者の遮蔽データを入力として被爆者の被曝線量(カーマ)を計算するコンピュータシステムであり,特定の被爆者の入力データに基づき,超大型コンピュータにより行われた膨大な計算の結果得られた次の3つのデータベース,すなわち,自由空間データベース,家屋遮蔽データベース,臓器遮蔽データベースを組み合わせて,所要の線量を出力として取り出すことができるようになっているものであって,計算値の妥当性が広島及び長崎で被曝した物理学的な試料(瓦,タイル,岩石,鉄,コンクリート,硫黄等)の中の残留放射能の測定値との比較により検証されたものである(乙A10号証)。 DS86の概要は,前記ウのとおりである。すなわち,DS86においては,長崎原爆については,同種原爆の大気圏核実験データを参照して出力が推定され,広島原爆については,絶対的な推定法と長崎型原爆との比較による相対的な推定方法とを組み合わせて出力が推定された。出力の評価の後,ソースターム(線源項),すなわち,爆弾のケースが炸裂する前に爆 され,広島原爆については,絶対的な推定法と長崎型原爆との比較による相対的な推定方法とを組み合わせて出力が推定された。出力の評価の後,ソースターム(線源項),すなわち,爆弾のケースが炸裂する前に爆弾容器から漏出した放射線(ガンマ線及び中性子線)の量とそれらのエネルギー分布及び射出された方向が,モンテカルロ法(最も放射線物理学の原理に忠実で,かつ,3次元情報を最大限に考慮して,最も正確な計算が可能なシミュレーション計算法であるとされる。乙A35号証)を用いてMCNPコードを主体とした計算により算出され,広島原爆のレプリカを用いた実験により計算値が検証された(弾頭方向を除いて一致は良好であったとされる。)。次に,原爆より放出された即発中性子,即発ガンマ線及び空気捕獲ガンマ線の空中輸送が,二次元離散的座標コードDOT-4により円筒形空中立方体形に ついて計算され,モンテカルロ計算により広範囲に点検され,計算に当たっては,広島及び長崎の大気の密度,組成が各区分ごとに細かく入力され,その計算値が,広島及び長崎の現地で得られた被爆試料中の残留放射能の測定結果により検証された。その結果は,ガンマ線については,広島において1000メートル以上の地点で測定値は計算値より大きく近い地点では逆に小さくなっており,長崎においてはこの関係は逆になっているが,T65Dと比較すればはるかに良い一致をしているとされ,速中性子については,近い地上距離においてはかなり良く,400メートル以遠では誤差が大きくなるため結論を下すことはできないとされ,熱中性子については,近距離では測定値より大きく,遠距離になるに従って測定値を下回り,1180メートル地点では4分の1になるという系統的な食い違いが見いだされた。 そして,家屋や地形による遮蔽については,典型的な日本家屋の集合 では測定値より大きく,遠距離になるに従って測定値を下回り,1180メートル地点では4分の1になるという系統的な食い違いが見いだされた。 そして,家屋や地形による遮蔽については,典型的な日本家屋の集合様式として6種類の独立した日本家屋と長屋型家屋が設定され,日本家屋の構造,材料や厚さなどに関して最良の情報が用いられ,合計976種類の遮蔽状態についてモンテカルロ法を用いた計算が行われ,臓器線量については,1945年(昭和20年)当時の典型的日本人のファントム(模型)を選択し,被爆時の姿勢によって臓器の位置や身体の遮蔽などが異なることを考慮して,日本式正座位のファントムを開発し,直立,座位,臥位の各体位別に,15の臓器を対象として,ファントムに入射して臓器に達するまでの放射線の輸送に関する連結計算が行われ,その結果,ガンマ線の等方入射では実験と非常に良く一致し,中性子とガンマ線の混合場の被曝では中性子の測定値は入射ガンマ線に対する透過率と同様に良い一致を示しているが,人体中での中性子の相互作用によって生ずるガンマ線については計算値より実測値の方が大きいことを示したとされる。 ところで,DS86については,上記のとおり,DS86報告書において,ガンマ線の測定値と計算値との不一致及び中性子線の測定値と計算値との不一致が指摘され,ガンマ線については,広島において1000メートル以上の地点で測定値は計算値より大きく近い地点では逆に小さくなっており,長崎においてはこの関係は 逆になり,熱中性子については,近距離では測定値より大きく,遠距離になるに従って測定値を下回り,1180メートル地点では4分の1になるという系統的な食い違いが見いだされ,中性子線については,コバルトの放射化の測定値との不一致を解決するために,計算と実験の両方の側から強力な努力が 定値を下回り,1180メートル地点では4分の1になるという系統的な食い違いが見いだされ,中性子線については,コバルトの放射化の測定値との不一致を解決するために,計算と実験の両方の側から強力な努力がされたものの,それは不一致の存在を再確認するのに役立っただけであるとされていた。しかるところ,DS86の策定後,中性子放射化の測定方法として,コバルト60,ユウロピウム152に加えて,加速器質量分析(AMS)の技法により,新たに塩素36の測定(熱中性子)や,ニッケル63の測定(速中性子)が可能となり,また,金沢大学の小村和久教授が地中深くに設置した尾小屋地下測定室における測定など自然放射線を可及的に排除した極低バックグラウンド環境での測定が可能になるなど,測定技術が向上し,これらの技術を用いた試料の測定が行われるとともに,米国やドイツの研究者も参加して同一試料の測定による相互比較も行われるなどした(乙A10号証)。そして,これらの研究により得られた知見を集積して,DS86を更新した線量評価システムとしてDS02が策定された(乙A39号証)。 DS02の概要は,前記エのとおりである。すなわち,DS02は,計算システムとしての構造は基本的にはDS86と同じであるが,DS86の計算システムを構成する4つの計算過程(ソースターム(線源項)の計算,大気・地上系での長距離輸送計算,地上構造物での遮蔽計算,人体の自己遮蔽と組織線量計算)のうち,ソースタームの計算及び大気・地上系での長距離輸送計算が全面的に入れ替えられ,地上構造物での遮蔽計算において広島のa,長崎のb山などによる地形の影響がモデル化され,長崎の工場や広島の学校校舎といった建物モデルが追加された(コンピュータの進歩により精密で高速の計算ができるようになったことによる(乙A39号証)。なお,臓器 山などによる地形の影響がモデル化され,長崎の工場や広島の学校校舎といった建物モデルが追加された(コンピュータの進歩により精密で高速の計算ができるようになったことによる(乙A39号証)。なお,臓器線量計算については,DS86最終報告書が作成された後に女性と幼児の臓器線量に変更が加えられたが(改定DS86),改定DS86の数値と比較してDS02における臓器透過係数にはそれほど変化はない。)。DS02においては,爆弾の出力と高度について,広島,長崎における熱中性子と速中性子 の中性子放射化測定値及びガンマ線の熱ルミネセンス量測定値と計算値とを系統的に評価することなどにより,再検討され結果,長崎原爆についてはDS86からほとんど変更が加えられなかったが,広島原爆については,推定出力16キロトンプラスマイナス4キロトン,爆発高度600メートルプラスマイナス20メートルとされ,計算において出力16キロトン,爆発高度600メートルが採用された。ソースタームの評価について,広島原爆と長崎原爆の爆発過程を模擬したモンテカルロ計算が行われ,中性子とガンマ線の放出スペクトルが再計算されたが,その結果は,全体的にみて,重複部分についてはDS86の計算と良く一致している上,精度が高まり幾何学的側面が改善されたとされる。ソースタームから地表へ到達する放射線の輸送計算(離散座標計算)は,2次元輸送計算コードDORTを用いて行われ,遅発放射線の空中輸送についても,DORTコードを用いた計算がされた。 これらにおいては,DS86に比して爆弾位置から中間の空気を透過し地面に入射したり反射したり吸収されたりする中性子及びガンマ線の挙動を記述するために用いられる放射線輸送コード及び核データが改善され,また,演算能力の増大により爆弾線源スペクトルをより正確に記述し,より 入射したり反射したり吸収されたりする中性子及びガンマ線の挙動を記述するために用いられる放射線輸送コード及び核データが改善され,また,演算能力の増大により爆弾線源スペクトルをより正確に記述し,より高い中性子・光子エネルギーまで拡大することができるようになるなどし,輸送計算において一貫した正確なデータの記述が保証されるようになったとされる。そして,DS86における空気中カーマと比較すれば,広島と長崎の爆心地からの距離が2.5キロメートルの範囲内において,DS02により計算された総カーマ線量とDS86における空気中線量との差は10パーセント未満であり,広島では,DS02の中性子及びガンマ線の空気中カーマを合計した線量はDS86と比べて多かったが,その差は5パーセントに満たず,原爆からの距離が1000メートルから2500メートルの範囲では,DS02の空気中カーマ線量は,DS86を使って広島について計算した線量よりも平均して7パーセント高く,長崎では,原爆からの距離が0から2500メートルの全範囲において,中性子とガンマ線の空気中カーマ線量の合計はDS86よりも8パーセントほど高く,1000メートルから2500メートルでは,線量はDS 86よりも平均して9パーセント高いとされ,これらの平均値はDS02とDS86によって得られた線量に有意な差はないことを示してはいるが,線量の中性子とガンマ線の成分において重要な変化があるとされている。以上のとおり,DS86における出力,ソースターム(線源項)及び放射線の輸送計算の結果は,DS02におけるそれと極めて良く一致しているとされる(乙A39号証)。 上記のとおり,DS02においては,DS86の策定後に行われた広島,長崎における熱中性子と速中性子の中性子放射化測定値及びガンマ線の熱ルミネセンス量測定 て良く一致しているとされる(乙A39号証)。 上記のとおり,DS02においては,DS86の策定後に行われた広島,長崎における熱中性子と速中性子の中性子放射化測定値及びガンマ線の熱ルミネセンス量測定値により計算値が検証された。その結果,ガンマ線の熱ルミネセンス法による測定値と計算値の全体的な一致度はDS86と同様DS02についても引き続き良好であり,広島においては,全体的な一致度はDS86よりもDS02の方が若干高く,爆心地付近における一致度はDS02が優れており,中ないし遠距離における一致度もDS86よりもDS02の方が優れているが,遠距離では測定値が計算値よりも高いことを示唆する若干の例があり,この点については,バックグラウンドに関連した問題を慎重に考慮することにより検討すべきであるとされ,また,長崎においては,爆心地から約800メートル以内では測定値が計算値より幾分低く,この傾向はDS86よりもDS02で若干強いが,全体的に良く一致しており,低い測定値はほとんどそのすべてが透過係数について十分な情報のない古い測定値であるとされた。熱中性子の測定値と計算値については,コバルト60の測定値と計算値は,広島においては,地上距離約1300メートル以内で全体的に良く一致し,長崎においても,DS02に基づく計算値とおおむね一致し,ユーロピウム152の測定値と計算値は,広島においては,800メートル以内ではDS02中性子に基づく計算と良く一致し,800メートルないし1000メートルではわずかに高い傾向にあり,長崎における結果は,幾分ばらついてはいるものの計算とは2倍以内で一致し,塩素36の測定値と計算値は,アメリカにおける測定において,爆心地付近からバックグラウンドと鑑別不可能になる距離まで一致し,ドイツにおける測定において,地上距離800メー 計算とは2倍以内で一致し,塩素36の測定値と計算値は,アメリカにおける測定において,爆心地付近からバックグラウンドと鑑別不可能になる距離まで一致し,ドイツにおける測定において,地上距離800メートル以遠における測定値と計算値に顕著な不一 致は認められず,日本における測定において,地上距離で1100メートル辺りまではDS02計算と良い一致がみられるなどし,また,ユウロピウム152と塩素36の放射化の相互比較の結果,ユウロピウム152と塩素36のデータは互いに合っているだけでなくDS02とも一致したとされた。速中性子の測定値と計算値については,広島の銅試料中のニッケル63測定値はDS02に基づく試料別計算値と良く一致するとされた。以上のとおり,ガンマ線及び中性子線に関する測定値は,爆心地から少なくとも1.2キロメートル付近までは,DS02の計算値と全般的に極めて良く一致しているとされている(乙A10号証)。すなわち,中性子の放射化の測定技術が向上したことにより,バックグラウンドを正確に評価,控除し,誤差の極めて少ない測定値を得ることができるようになり,これらの技術を用いて得られた測定値により,DS02の計算値が検証され,DS86に対して指摘されていた熱中性子の放射化の測定値と計算値の系統的な食い違い等の問題が解決され,DS86の計算値の正当性が検証されたとされる(乙A10号証,39号証,証人M)。 c以上認定説示したところによれば,DS86及びDS02の初期放射線の線量評価システムは,最新の核物理学の理論に基づき,最良のシミュレーション計算法と演算能力の高い高性能のコンピュータを用い,爆弾の構造,爆発の状況,爆発が起きた環境(大気の状態,密度等),被爆者の状態等に関する諸条件を可能な限り厳密かつ正確に再現し,データ化して,被曝放 算法と演算能力の高い高性能のコンピュータを用い,爆弾の構造,爆発の状況,爆発が起きた環境(大気の状態,密度等),被爆者の状態等に関する諸条件を可能な限り厳密かつ正確に再現し,データ化して,被曝放射線量を推定したものということができるのであって,広島原爆についてはその構造,材質,厚さ,火薬の量と成分等の詳細が明らかにされておらず(レプリカも公表されていない),ソースターム(線源項)の計算コードが明らかにされていないなどの指摘があるものの,その計算過程に疑問を抱かせるべき事情は証拠上見当たらず,また,より高次の合理性を備えた線量評価システムが他に存在することを認めるに足りる証拠もなく,しかも,同システムによる計算値は最新の技術を用いるなどして行われた放射化測定の結果と相当程度の一致をみているのであって,同システムがICRPによる基準の根拠 としても用いられ,世界の放射線防護の基本的資料とされるなど,世界中において優良性を備えた体系的線量評価システムとして取り扱われていることをもしんしゃくすれば,同システムは,原爆の初期放射線による被曝線量の評価システムとしては,現存する最も合理的で優れたシステムであるということができる。 しかしながら,上記のとおり,DS86及びDS02の初期放射線の線量評価システムは,その基本的性格はあくまでもシミュレーション計算を主体として構築されたシステムにすぎないのであって,過去に生起した現象を現時点において可能な限り忠実に再現することを志向し,それに資する最良のデータを収集,分析等し,また,最良の計算法を用いるなどしているものの,その結果は,その性格上,あくまでも近似的なものにとどまらざるを得ないことに加えて,そもそも,原子爆弾は,兵器として開発され,使用されたものであって,その開発から使用に至る経緯,使 しているものの,その結果は,その性格上,あくまでも近似的なものにとどまらざるを得ないことに加えて,そもそも,原子爆弾は,兵器として開発され,使用されたものであって,その開発から使用に至る経緯,使用の態様,時代状況等にもかんがみると,広島原爆及び長崎原爆の爆発による初期放射線の放出等の現象を現時点において正確に再現するについては,必然的に多くの制約や困難が存するであろうことは容易に推認されるから,同システムが現存する最も合理的で優れた線量評価システムであるということができるとしても,その適用についてはそれ自体に上記観点からの限界が存することは否定することができない。 d以上に加えて,前記認定事実によれば,DS02においても,次のとおり,計算値と実測値との不一致が完全に解決されたというにはなお疑問が残る。 (a)ガンマ線についてまず,ガンマ線の計算値と測定値については,前記のとおり,DS02自体において,広島の場合,遠距離では測定値が計算値よりも高いことを示唆する若干の例があり,この点については,バックグラウンドに関連した問題を慎重に考慮することにより検討すべきである,測定されたセラミック試料の大部分については,焼成から測定まで数十年以上が経過しており,様々な測定者は,自然バックグラウンド・ベータ線,地球ガンマ線及び宇宙線から試料が受けた合計蓄積線量を約100ミ リグレイないし400ミリグレイの範囲と推定したが,この線量は,試料周辺の環境の状況及び試料自体の特徴によって当該範囲内で大きく変動するかもしれない,新しい,より遠距離の測定値が,古い,より近距離の測定値よりも全体として低いバックグラウンド値を示すかもしれないことが示唆されており,この傾向は,遠距離における計算値と測定値との比較において考慮されるべきであり,これについて ,古い,より近距離の測定値よりも全体として低いバックグラウンド値を示すかもしれないことが示唆されており,この傾向は,遠距離における計算値と測定値との比較において考慮されるべきであり,これについてはさらなる調査により有益な情報が得られる可能性がある,広島市及び長崎市の爆心地から約1.5キロメートル以遠の地上距離における原爆ガンマ線量はバックグラウンドとほぼ同じであり,測定正味線量は推定バックグラウンド線量の誤差に大きく影響されるから,上記の遠距離においては現行の熱ルミネセンス測定値で原爆ガンマ線量を正確に決定することは不可能である,などといった指摘がされている。 しかるところ,前記カ(エ)のとおり,長友恒夫教授らが1995年(平成7年)に発表した「爆心地から1.59キロメートルから1.63キロメートルの間の広島原爆のガンマ線量の熱ルミネセンス法の線量評価」と題する論文において,爆心地から1591メートルないし1635メートルのビルディング(郵便貯金局)の屋根の5か所から収集した瓦の標本を用い,熱ルミネセンス法によって広島原爆からのガンマ線カーマを測定したところ,組織カーマの結果は,DS86の評価より平均して21パーセント(標準誤差は4.3パーセントないし7.3パーセント)多かったとされ,長友教授らが1992年(平成4年)に発表した「広島の爆心地から2.05キロメートルにおける測定ガンマ線量とDS86の評価値との比較」において,広島の爆心地から2.05キロメートルにおけるガンマ線線量を熱ルミネセンス法によって瓦のサンプルから測定し,2.45キロメートルで収集した瓦のサンプルもバックグラウンド評価の信頼性を検証するために解析したところ,2. 05キロメートルの距離に対する結果は5枚の瓦についての測定値の平均で129プラスマイナス23ミリ・グレ トルで収集した瓦のサンプルもバックグラウンド評価の信頼性を検証するために解析したところ,2. 05キロメートルの距離に対する結果は5枚の瓦についての測定値の平均で129プラスマイナス23ミリ・グレイであり,この値は,対応したDS86の推定より2.2倍大きいとされている。J教授によれば,長友教授らの上記測定結果は,測定値から差し引くバックグラウンドの値を大きめにとったことを示しており,長友 教授らが求めた2050メートルの原爆によるガンマ線線量が過大評価でないことを裏付けているとしているのであって(前記カ(ウ)a),長友教授らによるこれらの測定結果を直ちに無視することはできないものというべきである。 (b)熱中性子について次に,熱中性子の測定値についてみると,コバルト60の測定については,DS02自体において,広島の地上距離1300メートル以遠では試料の線量カウントと検出器のバックグラウンド線量とを区別する際に問題があるようであるとされているところ,DS02報告書によれば,これらの距離において,測定値はいずれもDS86及びDS02の計算値を上回っており,その中には静間教授らの測定値(1998年)のみならず前記極低バックグラウンド施設で測定が行われた小村教授の測定値(2001年)も含まれている(乙A46号証。なお,小村教授らの調査で用いられたバックグラウンド線量は静間教授らによる調査で用いられたバックグラウンド線量よりも約1桁小さかったが,その利点は以前に測定された試料中のコバルト60の放射性崩壊により一部相殺されたとされる。)。また,ユウロピウム152の測定については,DS02報告書によれば,広島における爆心地からの距離が800メートル以遠における測定値(静間らの測定値(1993年)及び中西孝らの測定値(1991年))はいずれも ロピウム152の測定については,DS02報告書によれば,広島における爆心地からの距離が800メートル以遠における測定値(静間らの測定値(1993年)及び中西孝らの測定値(1991年))はいずれもDS86及びDS02の計算値を上回っており,その乖離の程度は遠距離ほど大きくなっているほか,2001年に極低バックグラウンド施設で行われた試料の再測定による測定値は,爆心地からの距離が1200メートル前後まではDS86やDS02の計算値とはほぼ一致しているが,爆心地からの距離が約1400メートルの地点の測定値は計算値よりも上回っている(なお,DS02報告書においては,上記測定値に係る誤差棒の下限がDS02の計算値とほぼ一致する(DS86の計算値よりはなお大きい)ものとされているが,小村和久「原爆中性子誘導核種Euの測定」(甲A107号証)によれ ば,上記測定値の誤差棒の下限自体がDS02の計算値よりも上回るものとされている。甲A107号証,乙A46号証,証人M)。 (c)速中性子について次に,速中性子の問題についてみるに,前記のとおり,DS02においては,爆心地から約1800メートルの距離から少なくとも5000メートルの距離までは,測定値は銅1グラム当たりのニッケル63原子7万個の値で平坦となり,ほぼこれがバックグラウンドの大きさと思われ,ニッケル63測定値がバックグラウンドレベルに達するのは爆心地から約1800メートルの距離であるとされているが,他方で,約1800メートル以遠の見かけ上一定の「バックグラウンド」については依然として完全には理解されておらず,現在のところ,銅試料中の宇宙線によるニッケル63の計算値は,観察された高いバックグラウンドを説明していないのであって,銅試料について測定されたニッケル63バックグラウンド 完全には理解されておらず,現在のところ,銅試料中の宇宙線によるニッケル63の計算値は,観察された高いバックグラウンドを説明していないのであって,銅試料について測定されたニッケル63バックグラウンドは主に試料の化学成分,試料ホルダー及びAMS装置などに起因するのかもしれず,これについては更に検討すべきである,などとされている。この点については,J教授により,前記カ(ウ)cのとおりの疑問が指摘されているところ,証拠(乙A37号証の1及び2,46号証,証人M)によれば,ストローメらが広島で採取され,爆弾に対して視線上にあった銅試料中のニッケル63の測定を行った結果,銅1グラム当たりのニッケル63の測定値は,爆心地からの距離がDS86によれば1880メートルの住友銀行において7万3000個(プラス2万6000個,マイナス2万1000個),爆心地からの距離がDS86によれば5062メートルの草津八幡宮において7万個(プラス8万個,マイナス5万個)であったこと,ストローメらは,爆心地からの距離が約1800メートルを超えると一定のバックグラウンドの値に近付いており,約1800メートルを超えた距離での一定のバックグラウンドの値は,宇宙線,サンプル処理及びAMS測定によるニッケル生成の組み合わせから生じたものと考えられるとした上,バックグラウンドの値として銅1グラム当たり7万3000個を採用し,これを測定値からバックグラウンドとして差し引いた上,1945年以降の崩壊に関する修正を行っていること,その結果得られた測定値とDS86ないしDS02の計算値とを対比すれば,①爆心地からの距離がDS86に よれば380メートル,DS02によれば391メートルの日本銀行において,測定値は,DS86の計算値に対して0.64プラスマイナス0.14,DS02の計 ば,①爆心地からの距離がDS86に よれば380メートル,DS02によれば391メートルの日本銀行において,測定値は,DS86の計算値に対して0.64プラスマイナス0.14,DS02の計算値に対して0.85プラスマイナス0.19,②爆心地からの距離がDS86によれば949メートル,DS02によれば964メートルの醤油工場において,測定値は,DS86の計算値に対して1.08プラスマイナス0.46,DS02の計算値に対して1.33プラスマイナス0.57,③爆心地からの距離がDS86によれば1014メートル,DS02によれば1018メートルの市庁舎において,測定値は,DS86の計算値に対して0.92プラスマイナス0.26,DS02の計算値に対して1.12プラスマイナス0.31,④爆心地からの距離がDS86によれば1301メートル,DS02によれば1308メートルの小学校において,測定値は,DS86計算値に対して0.96プラスマイナス0.70,DS02計算値に対して1.20プラスマイナス0.87,⑤爆心地からの距離がDS86によれば1461メートル,DS02によれば1470メートルの放射性同位元素建屋において,測定値は,DS86計算値に対して1.52プラスマイナス1.41,DS02計算値に対して1.90プラスマイナス1.77となること,以上の事実が認められる。これらの事実からすれば,バックグラウンドとして爆心地からの距離が約1880メートル(DS86による)の地点における測定値をバックグラウンドとして採用した場合においても,上記のとおり修正された測定値は,遠距離になるほど誤差の範囲は大きくなってはいるものの,遠距離においてDS86やDS02の計算値を上回っているということができるのであり,DS02報告書自体が指摘するとおり, り修正された測定値は,遠距離になるほど誤差の範囲は大きくなってはいるものの,遠距離においてDS86やDS02の計算値を上回っているということができるのであり,DS02報告書自体が指摘するとおり,約1800メートル以遠の見かけ上一定の「バックグラウンド」については依然として完全には理解されておらず,更に検討すべきであるというのであるから,上記測定結果をもって,DS86ないしDS02の速中性子に関する計算値が測定値によって検証されたと速断することはできないものというべきである。 (d)検討 以上認定説示したところによれば,爆心地からの距離が約1300メートル以遠の遠距離において,ガンマ線について測定値が計算値を上回る無視し得ない測定結果が存在し,熱中性子及び速中性子について測定値が計算値を上回る結果が示されているのであって,爆心地からの距離が遠距離になるほど測定限界やバックグラウンド評価などといった技術的に困難な問題がより顕在化することをしんしゃくしてもなお,これらの測定結果は少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以遠の遠距離においてDS86及びDS02の計算値が過小評価となっているのではないかとの疑いを抱かせるに足りるものということができる。 eさらに,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者に放射線による急性症状と見るのが素直な症状が一定割合で生じており,この事実はDS86及びDS02の計算値からは説明が困難なものである。 すなわち,前記キ(ア)において認定したとおり,爆心地から2キロメートル以遠の遠距離被爆者について一定割合で脱毛,紫斑,皮下出血などといった放射線の急性症状として説明可能な症状が生じたとする調査結果が多数存在しており,これらの調査結果の信憑性を左右するに足りる的確な証拠は提出されていない ついて一定割合で脱毛,紫斑,皮下出血などといった放射線の急性症状として説明可能な症状が生じたとする調査結果が多数存在しており,これらの調査結果の信憑性を左右するに足りる的確な証拠は提出されていない。中でも,原爆投下からさほど時を経ずして行われたと認められる前記キ(ア)aの日米合同調査団報告書に係る調査,前記キ(ア)bの東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告に係る調査(昭和20年10月実施),前記キ(ア)cの調来助教授らの「長崎ニ於ケル原子爆弾災害ノ統計的観察」に係る調査(昭和20年10月から同年12月にかけて実施)及び前記キ(ア)dの於保源作医師の「原爆残留放射能障碍の統計的観察」に係る調査(昭和32年1月から同年7月にかけて実施)の各結果を検討すれば,広島についても長崎についても,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者で脱毛や紫斑ないし皮下出血が生じたとするものが一定割合存在する事実が認められるのみならず,これらの症状(特に脱毛)を生じたとする者の割合が爆心地からの距離が遠ざかるにつれて減少する傾向が明らかに認められ,しかも,被爆時における遮蔽の有無や程度によって有意な差が確認できるの であって,東京帝国大学医学部診療班の原子爆弾災害調査報告に係る調査においては頭部脱毛に方向性ありと考えられる例は約1パーセントにすぎないとされていることをも併せ考えると,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被曝した者に生じたとされる脱毛等の症状は少なくともその相当部分については放射線による急性症状であるとみるのが素直というべきである。 この点,被告らは,脱毛等の症状は放射線以外の原因でも起こり得る症状であるから,医学的見地からの検討を経ずして,個別の被爆者が訴えている脱毛が放射線被曝によるものであると断じることは うべきである。 この点,被告らは,脱毛等の症状は放射線以外の原因でも起こり得る症状であるから,医学的見地からの検討を経ずして,個別の被爆者が訴えている脱毛が放射線被曝によるものであると断じることはできない旨主張し,これらの遠距離被爆者や入市被爆者に発症した脱毛の原因について栄養状態又は心因的なものによる可能性を示唆する文献も存在する(甲A87号証等)する。しかしながら,前記認定のとおり,これらの遠距離被爆者及び入市被爆者に一定割合で脱毛が生じたとする調査結果が複数存在しているのであって,これらの信憑性をすべて否定するに足りる的確な証拠はないことはもとより,そもそも,戦地から復員した者や東京,大阪大空襲などといった激烈な戦災に遭った者等について一定割合で脱毛等の症状が生じたとする調査結果が存在することを認めるに足りる証拠はなく,記録からうかがわれる当時の時代背景や社会,生活環境,精神状況等に照らしても,これらの遠距離被爆者及び入市被爆者に生じたとされる脱毛等の症状の相当部分が栄養状態又は心因的なもの等放射線以外の原因によるものであるとはにわかに考え難く,特段の事情が認められない限り,放射線被曝に起因するものであると推認するのが相当というべきである。 しかるところ,前記認定事実によれば,放射線に起因する脱毛は,一般に確定的影響に属するものとされ,そのしきい値は約2グレイ(200ラド)ないし3グレイ(300ラド)とされており,放射線の量が1グレイまではわずかな影響しか認められないが,それ以上の量になると脱毛は線量とともに急激に増加しているなどとされている事実が認められる。これに対し,DS86やDS02によれば,初期放射線に係る空気中カーマ線量は,広島の場合,1000メートルで4.1692 グレイ(DS86)ないし4.4818グレイ(D ている事実が認められる。これに対し,DS86やDS02によれば,初期放射線に係る空気中カーマ線量は,広島の場合,1000メートルで4.1692 グレイ(DS86)ないし4.4818グレイ(DS02),1100メートルで2.6759グレイ(DS86)ないし2.8795グレイ(DS02),1200メートルで1.7356グレイ(DS86)ないし1.8750グレイ(DS02),1300メートルで1.1371グレイ(DS86)ないし1.2196グレイ(DS02),1400メートルで0.7462グレイ(DS86)ないし0. 8058グレイ(DS02),1500メートルで0.4964グレイ(DS86)ないし0.5357グレイ(DS02)であり,長崎の場合,1200メートルで3.2284グレイ(DS86)ないし3.5274グレイ(DS02),1300メートルで2.0959グレイ(DS86)ないし2.3011グレイ(DS02),1400メートルで1.3690グレイ(DS86)ないし1.5040グレイ(DS02),1500メートルで0.9028グレイ(DS86)ないし0.9884グレイ(DS02),1600メートルで0.6027グレイ(DS86)ないし0.6649グレイ(DS02)となっている(乙A46号証)。 これによれば,DS86によってもDS02によっても,広島においては爆心地から約1100メートル(しきい値を3グレイとみた場合)ないし1400メートル(しきい値を1グレイとみた場合)以内,長崎においては爆心地から約1300メートル(しきい値を3グレイとみた場合)ないし1500メートル(しきい値を1グレイとみた場合)以内において被爆して初めて脱毛が生じることとなる。 そうであるとすれば,各種調査の結果爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被曝 た場合)ないし1500メートル(しきい値を1グレイとみた場合)以内において被爆して初めて脱毛が生じることとなる。 そうであるとすれば,各種調査の結果爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被曝した者で脱毛や紫斑ないし皮下出血が生じたとするものが一定割合存在することが確認されている事実は,これらの者に生じたとされる脱毛等の原因として後に説示する放射性降下物による残留放射線被曝や内部被曝の可能性を否定することはできないとしても,その相当部分は原爆の初期放射線によるものと考えるのが素直であるから,DS86及びDS02の計算値が少なくとも約1500メートル以遠において過小評価となっているのではないかとの合理的疑いを生じさせるに足りるものというべきである。 f以上説示したところによれば,DS86及びDS02の原爆放射線の線量評価システムは,現存する最も合理的で優れたシステムであるということができるものの,シミュレーション計算を主体として構築されたシステムにより広島原爆及び長崎原爆の爆発による初期放射線の放出等の現象を近似的に再現することを基本的性格とするものであって,その適用についてはそれ自体に内在する限界が存することに加えて,その計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いを抱かせるに足りる残留放射能の測定結果が存在していること,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被曝した者で脱毛等放射線によるものと推認される症状が生じたとするものが一定割合存在する事実が複数の調査結果によって認められており,この事実はDS86及びDS02の計算値が少なくとも約1500メートル以遠において過小評価となっているのではないかとの合理的疑いを生じさせるに足りるものであることから 査結果によって認められており,この事実はDS86及びDS02の計算値が少なくとも約1500メートル以遠において過小評価となっているのではないかとの合理的疑いを生じさせるに足りるものであることからすれば,広島についても長崎についても,少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートルより以遠で被曝した者に係る初期放射線の算定において,DS86又はDS02の計算値をそのまま機械的に適用することには少なくとも慎重であるべきであり,これらの計算値が過小評価となっている可能性をしんしゃくすべきものということができる。 そうであるとすれば,審査の方針における初期放射線による被曝線量の算定についても,DS86の計算値に基づいて作成された別表9の適用については,同様に,広島の場合も長崎の場合も,少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートルより以遠で被曝した者に係る初期放射線の算定において,これをそのまま機械的に適用することには少なくとも慎重であるべきであり,これらの計算値が過小評価となっている可能性をしんしゃくすべきものといえる(なお,前記のとおり,審査の方針別表9の注において,被爆時に遮蔽があった場合の初期放射線による被曝線量は,被爆状況によって0.5ないし1を乗じて得た値とするものとされており,この基準は,日本家屋内被爆の場合,DS86によれば平均家屋 透過係数が広島の場合ガンマ線0.46,中性子線0.36,長崎の場合ガンマ線0.48,中性子線0.41とされており,遮蔽物がコンクリート造りの建造物等であれば遮蔽効果はこれよりも大きく,透過係数は小さくなることなどにかんがみて,定められたものであり,被告らの主張によれば,疾病・障害認定審査会においては,透過係数を一律0.7として被曝線量を算定する運用が行わ 効果はこれよりも大きく,透過係数は小さくなることなどにかんがみて,定められたものであり,被告らの主張によれば,疾病・障害認定審査会においては,透過係数を一律0.7として被曝線量を算定する運用が行われているとされるところ,以上認定説示したところからして,DS86における平均家屋透過係数の設定に一応の合理性が認められるとしても,前記認定のとおり,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者で遮蔽がある場合についても一定割合で脱毛等の症状が生じたとする調査結果が存在している事実等にも照らすと,被爆時に遮蔽があった場合についても,別表9の数値及び透過係数をそのまま機械的に適用することには慎重であるべきである。)。 (イ)残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定についてa前記のとおり,残留放射線による被曝線量に係る審査の方針別表10は,DS86において,爆心地における誘導放射能からの外部放射線への潜在的最大被曝は,広島について約50ラド,長崎について18ないし24ラドと推定され,また,これらの被爆は時間や距離とともに減少するとされたことに基づいて,爆心地からの距離を100メートル間隔とし,積算線量を8時間ごととして,広島及び長崎のそれぞれについて残留放射線量を推定して作成されたものである。また,放射性降下物による被曝線量に係る審査の方針は,広島及び長崎の原爆による放射性降下物の量は,爆心地から約3000メートル離れたa・b地区(広島)及びc地区(長崎)に特に多くみられたとの知見に基づき,DS86における推定値(地上1メートルにおける累積(ガンマ線)被曝線量。a又はb地区につき0.6センチグレイないし2センチグレイ,c地区につき12センチグレイないし24センチグレイ)に依拠して,原爆投下の直後にa若しくはb(広 ートルにおける累積(ガンマ線)被曝線量。a又はb地区につき0.6センチグレイないし2センチグレイ,c地区につき12センチグレイないし24センチグレイ)に依拠して,原爆投下の直後にa若しくはb(広島)又はc3,4丁目若しくはd(長崎)に滞在し,又はその後長期間にわたって当該地域に居住していた場合について,a又はb (広島)につき0.6センチグレイないし2センチグレイ,c3,4丁目又はd(長崎)につき12センチグレイないし24センチグレイと定められたものである。 bそこで,まず,DS86における上記被曝線量の推定について検討すると,前記ウ(キ)のとおり,DS86においては,原爆による残留放射能は,地上に落下した核分裂生成物いわゆる放射性降下物(フォールアウト)によるものと,土壌,建造物等が中性子の照射を受けてできる誘導放射能があり,前者については,長崎では爆心地の東方約3キロメートルのc地区,広島では西方約3キロメートルのa,b地区の限定された地域が該当し,後者については爆心地付近の地域が該当するとした上で,放射性降下物による線量評価については,長崎のc地区及び広島のa,b地区において原爆投下後数週間から数か月の期間にわたってそれぞれ数回行われた線量率の測定の値から爆発1時間後の線量率を計算し,任意の時間における線量を求める方法により,爆発1時間後から無限時間まで,地上1メートルの位置でのガンマ線の積算線量を計算して,長崎のc地区の最も汚染の著しい数ヘクタールの地域で20レントゲン(12ラド)ないし40レントゲン(24ラド),広島のa,b地区では1レントゲン(0.6ラド)ないし3レントゲン(2ラド)と推定したものであり,爆心地付近における誘導放射能による線量評価については,広島,長崎の爆心地付近において原爆投下後数週間から数か月の 区では1レントゲン(0.6ラド)ないし3レントゲン(2ラド)と推定したものであり,爆心地付近における誘導放射能による線量評価については,広島,長崎の爆心地付近において原爆投下後数週間から数か月の期間に誘導放射能による地上でのガンマ線の線量率の測定がそれぞれ数回行われ,また,中性子フルエンスと土壌分析結果から重要核種の誘導放射能による照射線量を計算することもできるとして,爆発直後から無限時間までの爆心地での地上1メートルの積算線量を広島で80レントゲン(50ラド),長崎では30レントゲン(18ラド)ないし40レントゲン(24ラド)と推定したものである。 c以上のとおり,DS86における原爆による残留放射能による被曝線量の推定それ自体については,その計算の基礎とされた測定結果の信憑性及び計算方法の合理性を左右するに足りる証拠はなく,前記ク(ケ)の「DS02に基づく誘導放射線の評価」(京都大学原子炉実験所今中哲二)における検討結果に照らしても,一 応の合理性を肯定することができる。 しかしながら,以下に説示する諸点にかんがみると,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定において審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がないとすることには,少なくとも慎重であるべきである。 dまず,放射性降下物による被曝について検討すると,確かに,前記認定のとおり,広島においては爆心地から西方約3キロメートルのa,b地区に,長崎においては爆心地の東方約3キロメートルのc地区において,多量の放射性降下物の降下がみられたことが原爆投下直後の数回にわたる調査によって裏付けられている事実が認められる。 しかしながら,原子 ,長崎においては爆心地の東方約3キロメートルのc地区において,多量の放射性降下物の降下がみられたことが原爆投下直後の数回にわたる調査によって裏付けられている事実が認められる。 しかしながら,原子爆弾の爆発による核分裂生成物の生成,輸送,降下及び沈着に至る過程及び機序にかんがみると,広島におけるa,b地区以外の地域及び長崎におけるc地区以外の地域には核分裂生成物の降下がなかったとするのはかえって不自然,不合理であり,量の多少はあれ核分裂生成物の降下が存在したとみるのが素直である。また,原子爆弾の場合,核爆発によって大気中で核分裂生成物が生成されるのみならず,爆発により発生する熱線,爆風,これらによって発生する大規模な火災等により,爆発による初期放射線によって誘導放射化された物質が大気中に巻き上げられ,降雨等により地上に降下することも十分考えられることであり,その可能性を否定することはできない(前記ク(イ)の宇田道隆ほか「気象関係の広島原子爆弾被害調査報告」における記述からも裏付けられる。)。さらに,前記ク(キ)のとおり,長崎においては未分裂のプルトニウムの降下が確認されている(c地区)のであり,広島においては未分裂のウラン235の降下が確認されたとする調査結果は見当たらないものの(前記ク(ク)参照),長崎におけるプルトニウムの降下の事実に照らすと,その可能性を完全に否定することはできないというべきである。 なお,原告らは,気象学者の増田善信は,原爆投下後広島の広範な地域に黒い雨 が降ったことを示しており(いわゆる増田雨域),黒い雨が集中して降ったa,b地区に係る降雨に放射性降下物が含まれていたことが調査により明らかになっているのであれば,他の地域に降った黒い雨等にも放射性降下物が含まれていたことが当然に推定されるというべきであるな 降ったa,b地区に係る降雨に放射性降下物が含まれていたことが調査により明らかになっているのであれば,他の地域に降った黒い雨等にも放射性降下物が含まれていたことが当然に推定されるというべきであるなどと主張するが,前記ク(エ)の「広島原爆後の黒い雨はどこまで降ったか」(増田善信・1989年2月)における広島の黒い雨の降雨域(いわゆる増田雨域)等の推定は,増田善信が気象官署の資料,宇田道隆らの聞き取り調査資料,増田が昭和62年6月に行った聞き取り調査及びアンケート調査等に基づいて行われたものであるところ,上記文献自体において,資料には原爆投下直後から43年近く経った現在までのものが混在しており,記憶の薄れたものもあり,また,当初は黒い雨を過少に報告する傾向が強かったと考えられる反面,宇田らの大雨域が健康診断特例地区に指定されてからは,地域指定を進める運動と関連して過大に報告する傾向が強くなったと考えられ,このような社会的な背景を考慮して資料を評価する必要があるとされているところであり,これらにかんがみると,いわゆる増田雨域が原爆投下直後に広島に見られた降雨域を正確に反映していると直ちに認めるのは困難である上,これらの降雨中に核分裂生成物や誘導放射化物質等が広く含まれていた事実を一般的に推定することも困難であるから,いわゆる増田雨域を採用して当該雨域に降雨による核分裂生成物や誘導放射化物質等の降下があったものと直ちに認めることはできない。 他方,被告らは,前記ク(オ)の「黒い雨に関する専門家会議報告書」(黒い雨に関する専門家会議・平成3年5月)を援用して,a又はb地区等に降った黒い雨及び黒いすすには放射性降下物が含まれていたことが調査結果により推定することができるが,広島においては,残留放射能値は前記ク(イ)のいわゆる宇田雨域ともいわゆる増 して,a又はb地区等に降った黒い雨及び黒いすすには放射性降下物が含まれていたことが調査結果により推定することができるが,広島においては,残留放射能値は前記ク(イ)のいわゆる宇田雨域ともいわゆる増田雨域ともいずれも相関がみられないことが判明し,また,気象シミュレーション法を用いて推定した長崎の降雨地域はこれまでの物理的残留放射能の証明されている地域と一致することが確認されたなどと主張する。しかしながら,「黒い雨に関する専門家会議報告書」が依拠する調査結果は,国が昭和51年及び昭和5 3年に採取した爆心地から半径30キロメートル範囲の107地点の土壌試料について行ったセシウム137の調査についての再検討等であるところ,これらの土壌試料は昭和30年以降の原水爆実験による放射性降下物(セシウム137)を多量に含んでいて(前記のとおり,「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」によれば,1980年までのすべての核実験からのセシウム137の沈着は緯度30度ないし40度では約3.7×10Bq/平方キロメートルであって,これは原爆の放射性降下物よりおよそ2桁大 きいとされる。),広島原爆による放射性降下物の検出に適切とはいい難いものである上,気象シミュレーション法による降雨地域の推定についても,シミュレーションに内在する限界が存することは否定することができない。かえって,前記ク(カ)のとおり,「広島原爆の早期調査での土壌サンプル中のセシウム137濃度と放射性降下物の累積線量評価」(静間清ほか。1996年)によれば,広島原爆投下の3日後に爆心地から5キロメートル以内で収集された土壌のサンプル(核実験による全地球的な放射性降下物にさらされていないものである。)中のセシウム137含有量につき低バックグ によれば,広島原爆投下の3日後に爆心地から5キロメートル以内で収集された土壌のサンプル(核実験による全地球的な放射性降下物にさらされていないものである。)中のセシウム137含有量につき低バックグラウンドガンマ線測定を行った結果,22サンプル中11サンプルについてセシウム137が検出され,a・b地区の土壌から高濃度のセシウム137が検出されたほか,3サンプルはいわゆる宇田雨域に含まれておらず(うち1サンプルは爆心地からの距離が約3キロメートル),2サンプルは宇田雨域の境界上にあった(うち1サンプルは爆心地からの距離が約3ないし4キロメートル)というのであり,この調査結果の信頼性を左右するに足りる証拠はないから,当該調査結果は,少なくとも,広島においては,a,b地区以外の地域において放射性降下物が存在した事実を裏付けるものということができ,また,長崎においても,c地区以外の地域に放射性降下物が存在した可能性を推測させるものということができる。 e次に,残留放射能による放射線被曝線量の推定について検討すると,前記ウ(キ)のとおり,DS86自体において,a,b地区及びc地区における放射性降下物に よる被曝線量の計算については天候(ウェザリング)等の影響が無視されているのでその誤差はかなり大きいとされているところであるが,他方で,前記ク(ア)のとおり,「広島及び長崎における残留放射能」(ABCC業績報告集)によれば,広島では昭和20年9月16日から同月17日に台風が襲来しているものの,台風襲来前の計測値とその後の計測値との間には核分裂生成物の時間の経過による減衰の法則との関係において十分に相関関係が認められるとされており,前記ク(ア)等において認定したところに照らしても,広島原爆及び長崎原爆による放射性降下物ないし放射化物質等が当該地 間の経過による減衰の法則との関係において十分に相関関係が認められるとされており,前記ク(ア)等において認定したところに照らしても,広島原爆及び長崎原爆による放射性降下物ないし放射化物質等が当該地域に沈着したまま長期間にわたり放射線被曝を引き起こした可能性を否定することはできないというべきである。 fさらに,前記キ(イ)において認定したとおり,原爆投下時には広島市内又は長崎市内におらず,原爆投下後に市内に入った者(いわゆる入市被爆者)について脱毛などといった放射線による急性症状として説明可能な症状が生じたとする調査結果が複数存在しており,これらの調査結果の信憑性を左右するに足りる的確な証拠は提出されていない(なお,後記のとおり,放影研の寿命調査第9報第2部「原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」(乙A32号証)によれば,早期入市者(原爆投下後1か月以内に市内に入った者)においては,後期入市者(早期入市者以外の市内不在者)及び0ラド被曝群よりも死亡率が引き続き低く,白血病又はその他の悪性腫瘍による死亡の増加は認められていないとされているが,上記報告の時点において統計上上記のとおりの解析結果が得られたからといって直ちに急性症状に関する上記調査結果の信憑性を否定することはできない。)。 すなわち,前記キ(イ)aの於保源作医師の「原爆残留放射能障碍の統計的観察」によれば,原爆投下時には広島市内にいなかったが原爆直後中心地(爆心地から1. 0キロメートル以内)に入った者について,脱毛,皮粘膜出血,下痢,発熱等といった放射線による急性症状として説明可能な症状が生じたとするものが少なからず存在している事実が認められるのであって,上記文献には,得られた調査結果を総 括して観察したところ,原爆投下直後に中心地に入らなかった屋 性症状として説明可能な症状が生じたとするものが少なからず存在している事実が認められるのであって,上記文献には,得られた調査結果を総 括して観察したところ,原爆投下直後に中心地に入らなかった屋内被爆者の有症率は平均20.2パーセントであるが,屋内で被爆してその後中心地に入った人々の有症率は36.5パーセントで前者より高い,屋外被爆者でその直後中心地に入らなかった人々の有症率は平均44.0パーセントであり,同様の屋外被爆者で直後中心地に入った人々の有症率は51.0パーセントで上記のいずれの人よりも高率であった,原爆投下時に広島市内にいなかった非被爆の人で原爆投下直後広島市内に入ったが中心地には出入りしなかった104人にはその直後急性症状は見いだされなかったが,同様の非被爆者で原爆投下直後中心地に入り10時間以上活躍した人々ではその43.8パーセントが引き続いて急性症状と同様の症状を起こしており,しかもその2割の人には高熱と粘血便のあるかなり重傷の急性腸炎があったこと,が記載されている。また,広島市の「広島原爆戦災誌第一編総説」に記載されている「残留放射能による障害調査概要」においても,広島市陸軍船舶司令部隷下の将兵(暁部隊)のうち,爆心地から約12キロメートル又は約50キロメートルの地点にいた将兵で原爆投下後に入市して負傷者の救援活動等に従事したものについて,下痢患者が多数続出したほか,ほとんど全員が白血球3000以下となり,発熱,点状出血,脱毛の症状も少数ではあるがみられたとされている。また,NHK広島局・原爆プロジェクトチームによる「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」によれば,広島地区第一四特設警備隊(いわゆる賀北部隊)の工月中隊に所属し原爆投下後入市して作用に従事した隊員99人に対するアンケート等調査の結果 ロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」によれば,広島地区第一四特設警備隊(いわゆる賀北部隊)の工月中隊に所属し原爆投下後入市して作用に従事した隊員99人に対するアンケート等調査の結果,その約3分の1が放射線障害による急性障害に似た諸症状を訴えており,その中には脱毛が18人,皮下出血が1人,白血球減少が11人等であったとされ,そのうち脱毛6人,歯齦出血5人,口内炎1人,白血球減少症2人についてほぼ確実な放射線による急性症状があったと思われるとされている。さらに,「早期入市者の末梢血リンパ球染色体異常」(原爆放射線の人体影響1992)によっても,上記賀北部隊工月中隊に所属した隊員20人及び原爆投下直後から3日以内に爆心地付近に入った者20人の合計40人を対象として,原爆投下後の医療 用放射線被曝の回数やその内容などを詳細に聴取した上,末梢血リンパ球の染色体分析による調査を行ったところ,染色体異常の頻度は,長期入市滞在者で医療被曝の多いもの(推定線量平均13.9ラド),長期入市滞在者(推定線量平均4.8ラド),短期入市滞在者で医療被曝の多いもの(推定線量平均1.9ラド),短期入市滞在者(推定線量平均1ラド以下)の順になり,滞在時間の差が染色体異常に反映されたというのである。 ところで,以上説示検討したところからすれば,爆心地における残留放射能の程度及び推移に関する審査の方針における前記推定ないし審査の方針が依拠したDS86における推定については,原爆投下直後の測定結果に基づくものである上,半減期等といった放射性核種の物理的性質やこれらに関する科学的知見を踏まえたものであることからして,その合理性を否定することは容易ではなく,入市被爆者にについての上記調査結果から直ちに残留放射能による放射線量の推定が過小評価であるとの合理 れらに関する科学的知見を踏まえたものであることからして,その合理性を否定することは容易ではなく,入市被爆者にについての上記調査結果から直ちに残留放射能による放射線量の推定が過小評価であるとの合理的疑いが生じるものとすることはできない。 しかしながら,他方で,上記のとおり,原爆投下当時広島市内又は長崎市内にいなかったいわゆる入市被爆者について脱毛,歯齦出血,白血球減少症など放射線による急性症状としか考えられない症状が生じている事実は否定することができないのであって(中には重篤な症状を示すものも散見されたことは,これらの証拠や原告H本人尋問の結果等からもうかがわれる。),上記「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」中の「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」においても,このような調査対象者の中に,たとい若干名であろうと急性放射線症状(脱毛,歯齦出血,白血球減少症など)を示した者があったと思われることは,被爆当時の低栄養,過酷な肉体的・精神的ストレスなどに起因するものが混在していたにせよ,通常この程度の外部被曝線量ではこのような急性症状がないと考えられていることからすると興味深いものがあり,もし,放射線による急性症状とすれば,特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下によることも考えられるし,また,飲食物による内部被曝の影響の可能性も否定し切れない旨記載されているところで もある。 そして,上記文献においても指摘されている内部被曝については,前記ウ(キ)のとおり,DS86報告書においては,長崎のc地区の住民中に対するホールボディカウンターを用いたセシウム137の測定結果に基づいて,1945年(昭和20年)から1985年(昭和60年)の40年間の内部被曝による積算線量は,男性で10ミリレム(ミリラド),女性で8ミリレム(ミ ウンターを用いたセシウム137の測定結果に基づいて,1945年(昭和20年)から1985年(昭和60年)の40年間の内部被曝による積算線量は,男性で10ミリレム(ミリラド),女性で8ミリレム(ミリラド)と推定されたほか,前記ケ(イ)の「DS02に基づく誘導放射線の評価」(京都大学原子炉実験所今中哲二)によれば,焼け跡の片付けに従事した人々の塵埃吸入を想定し,DS02に基づき,原爆投下当日に広島で8時間の片付け作業に従事した場合における内部被曝線量を0.06マイクロシーベルトと推定しており,また,前記ケ(ウ)の「内部被曝に関する意見書」(放射線医学総合研究所放射線安全研究センター防護体系構築研究グループ石榑信人)によれば,c地区を中心にいわゆる黒い雨が降ったことなどによりa川の河川水が核分裂生成物によって汚染されたとしても,a川の河川水の飲水により障害を起こし得る量を摂取することができるものではないと考えるのが妥当であるとされるなど,いずれも,その被曝線量は外部被曝の場合に比して無視することができる程度のものにすぎないとされているものの,他方で,前記ケ(エ)及び(オ)並びにコのとおり,呼吸,飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性核種が生体内における濃縮等を通じて身体の特定の部位に対し継続的な被曝を引き起こし障害を引き起こす機序を指摘する科学文献も少なからず存在しているのであって,被告らの主張するとおり内部被曝における機序の違いについてはいまだ必ずしも科学的に解明,実証されておらず,これらの科学文献の説くところが科学的知見として確立しているとはいい難い状況にあるものの,これらの科学文献が説く内部被曝の機序に関する知見には少なくとも相応の科学的根拠が存在するものということができるのであって,このような知見の存在を無視することはできないもの いい難い状況にあるものの,これらの科学文献が説く内部被曝の機序に関する知見には少なくとも相応の科学的根拠が存在するものということができるのであって,このような知見の存在を無視することはできないものというべきである。 gさらに,内部被曝の機序に関する科学的知見に加えて,前記コ(ア)及び(イ) のとおり,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献も存在している上,前記コ(ウ)のとおり,放影研の充実性腫瘍発生率に関する1958年ないし1994年のデータを使用し,爆心地から3000メートル以内で,主として0ないし0.5シーベルトの範囲の線量を被曝した被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率を解析したところ,0ないし0.1シーベルトの範囲でも統計的に有意なリスクが存在し,あり得るどのしきい値についても,その信頼限界の上限は0.06シーベルトと算定されたとする文献も存在しているのであって,これらの科学的知見や解析結果を一概に無視することもできない。 h以上検討したところによれば,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定において審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに原爆放射線による被曝の事実がないとすることには,少なくとも慎重であるべきであって,いわゆる入市被爆者や遠距離被爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に生じた症状の有無,内容,程度,態様,被爆後の生活状況,健康状態等を慎重に検討し,総合考慮の 上で,当該被爆者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に生じた症状の有無,内容,程度,態様,被爆後の生活状況,健康状態等を慎重に検討し,総合考慮の上,原爆放射線による被曝の蓋然性の有無を判断するのが相当というべきである。 (5)原因確率の算定についてア審査の方針における原因確率の算定と「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」原爆放射線ががんあるいはがん以外の疾患の死亡や発生に及ぼす後影響のリスクをまとめることを目的として,平成12年度の厚生科学研究費補助金厚生科学特別研究事業として,児島和紀教授を主任研究者とする「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」が行われ,放影研の寿命調査集団を対象にして行われた既存の発 表論文を基に,寄与リスクの推定が行われ,この研究結果をも踏まえて,疾病・障害認定審査会被爆者医療分科会により,平成13年5月25日付けで「原爆症認定に関する審査の方針」(審査の方針)が作成されたことは,前記(2)ウのとおりであり,これによれば,審査の方針の定める原因確率の算定は,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」に依拠しているものと認められる。 なお,原因確率とは,個人に発生したがんについて,着目している個々の要因がその個人のがんの発生としてどの程度関係しているかについての寄与率を表すものであり,審査の方針において用いられている原因確率とは,放射線被曝をした既往のある人に発生したがんについて放射線が原因としてどの程度関連しているかを定量的に表したものであるとされ,ある年齢で発生したがんが放射線に起因すると推定される確率(原因確率)は,放射線被曝に起因したと推定されるがんの当該年齢時における発生又は死亡率を,当該発生又は死亡率に放射線被曝がない場合のがん れ,ある年齢で発生したがんが放射線に起因すると推定される確率(原因確率)は,放射線被曝に起因したと推定されるがんの当該年齢時における発生又は死亡率を,当該発生又は死亡率に放射線被曝がない場合のがんの当該年齢時における発生又は死亡率を加えたもので除して得た数値とされている。 また,審査の方針においては,原因確率を求める際の放射線に起因するリスクは遮蔽カーマを用いて評価されている値が使用されている(乙A15号証)。 そこで,以下,審査の方針の定める原因確率の算定の合理性について検討する。 イ「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」の概要証拠(乙A2号証)によれば,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」の概要は,以下のとおりであると認められる。 (ア)研究目的放影研では,ABCC時代に設定された固定人口集団である寿命調査集団について,死亡については1950年(昭和25年)から,がん発生については1958年(昭和33年)から追跡調査を行っており,その膨大な調査結果から放射線被曝に関連して,がんあるいはその他の疾患リスクの増加が認められている。この研究では,寿命調査対象者における利用可能な最新のがん死亡及びがん発生のデータを基に,がんによる死亡及び発生における原爆放射線被曝の寄与リスクを主要部位に ついて性及び被曝時年齢別に算出することを目的とした。さらに,現在までに論文発表されていてそのデータが使用可能な資料から,がん以外の疾患による死亡や有病についての寄与リスクも検討した。 (イ)研究方法a原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部(乙A3号証)及び原爆被爆者におけるがん発生率第2部(乙A4号証)で使用され,現在,放影研が公開しているデータ及び過去に論文発表されているデータをリスク評価に利用した。 放射線の人体への健康影響に関 乙A3号証)及び原爆被爆者におけるがん発生率第2部(乙A4号証)で使用され,現在,放影研が公開しているデータ及び過去に論文発表されているデータをリスク評価に利用した。 放射線の人体への健康影響に関するリスク評価の指標として,相対リスク(非曝露群に対する曝露群の疾患発生あるいは死亡の比を示すもの),絶対リスク(曝露群と非曝露群における疾患発生あるいは死亡の差を示すもの),寄与リスク(曝露者中におけるその曝露に起因する疾病などの帰結の割合を示すもの)の3種類の評価指標がある。このうち,寄与リスクは,例えば,曝露群におけるがん死亡者(罹患者)のうち原爆放射線が原因と考えられるがん死亡者(罹患者)の割合を示す。 寄与リスクは,絶対リスクの相対的大きさで表され,大きさが0パーセントから100パーセントに数値化されるものであり,種々の疾患に対する放射線リスクの評価が同じ枠内の数値として統一的に考えられることから,放射線が占める割合としてのリスク評価の指標としては,寄与リスクが最適と考えられる(なお,寄与リスクの値は,過剰相対リスクを過剰相対リスクに1を加えたもので除して算定される。)。 原爆傷害調査委員会(ABCC),放影研による寿命調査(LSS)は,原子爆弾による放射線に被曝した広島,長崎住民について,非常に特異な大規模コホート集団を追跡調査したものであり,その結果は国際的な放射線防護基準の基礎資料としても広く認められている。寿命調査集団は1950年(昭和25年)の国勢調査時に行われた原爆被爆者調査から得られた資料を用いて,爆心地からの距離別に抽出された人及び1950年代前半に広島,長崎に在住していたが,原爆時には市内にいなかった人合計12万人からなる集団である。死亡率調査では,厚生省(当 時),法務省の公式許可を得て,死因に関する情報を得 人及び1950年代前半に広島,長崎に在住していたが,原爆時には市内にいなかった人合計12万人からなる集団である。死亡率調査では,厚生省(当 時),法務省の公式許可を得て,死因に関する情報を得ている。がんの罹患率に関しては,地域の腫瘍・組織登録からの情報(広島,長崎に限定される。)により調査が行われる。成人健康調査は寿命集団のサブグループで約2万人から成り,1958年(昭和33年)から2年に1回の健康診断を通じて疾患の発生率と健康上の情報を収集することを目的に設定された。今回は,ABCC,放影研の寿命調査,成人健康調査から得られた結果を使った。 b今回の寄与リスクの算出の対象となった疾患は,寿命調査及び成人健康調査で放射線被曝と疾病の死亡・発生率(有病率)についての関係が既に論文発表されている疾患について求めた。 固形がんについては,寄与リスクを求めるに当たって,次の3群,すなわち,①部位別に寄与リスクを求めたがん(寿命調査集団を使った過去の死亡率・発生率の報告で放射線との有意な関係が一貫して認められ,かつ,部位別に寄与リスクを求めても比較的信頼性に足りると考えられる部位(胃がん,大腸がん,肺がん,女性乳がん,甲状腺がん)及び白血病),②原爆放射線に起因性があると思われるが,個別に寄与リスクを求めると信頼区間が大きくなると考えられるがん(肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)がん,食道がん),③現在までの報告では,部位別に過剰相対リスクを求めると統計的には有意ではないが,原爆放射線被曝との関連が否定できないもの(①②以外のがんすべて),の3群に分けた。 寄与リスクを求めなかった疾患は,骨髄異形成症候群(最近,被曝との関連が学会で発表されているが,まだ論文発表されていない。),放射線白内障(しきい ないもの(①②以外のがんすべて),の3群に分けた。 寄与リスクを求めなかった疾患は,骨髄異形成症候群(最近,被曝との関連が学会で発表されているが,まだ論文発表されていない。),放射線白内障(しきい値が求められている。),甲状腺機能低下症(論文発表されているデータから寄与リスクを算出することができない。),過去に論文発表がない疾患(造血機能障害など)である。 なお,放射線白内障における安全領域のしきい値は,眼の臓器線量で1.75シーベルト(95パーセント信頼区間1.31ないし2.21シーベルト)である。 c寄与リスクは,白血病,固形がんについては,放影研が公開している死亡率調査,発生率調査のデータを使った。なお,放影研が公開しているのは,死亡率のデータファイルでは,カーマ線量,臓器線量の情報であり,発生率調査では,臓器線量である。多くの場合は,個人の臓器線量を算出するのは難しく,カーマ線量の方が適応しやすい。また,発生率調査は1958年(昭和33年)から1987年(昭和62年)までの結果であるが,死亡率調査は,それより3年間期間が延長された1950年(昭和25年)から1990年(平成2年)までの調査結果である。 そこで,カーマ線量が公開され,最近までの結果である死亡率調査から,白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんの寄与リスクを求めた。しかし,甲状腺がんと乳がんは,予後のよいがんで,死亡率調査より発生率調査の方が実態を正確に把握していると考えられるため,発生率調査を使った。発生率のデータファイルには,臓器線量しかないため,甲状腺がん,乳がんについては,臓器線量からカーマ線量に変換して寄与リスクを求めた。 がん以外の疾患として,副甲状腺機能亢進症と肝硬変について寄与リスクを求めた。厳密には寄与リスクは発生率調査から求められるが,副甲状腺 ついては,臓器線量からカーマ線量に変換して寄与リスクを求めた。 がん以外の疾患として,副甲状腺機能亢進症と肝硬変について寄与リスクを求めた。厳密には寄与リスクは発生率調査から求められるが,副甲状腺機能亢進症は,有病率調査のみ発表されているため,有病率調査結果から寄与リスクを推定した。 線量は論文で使われている甲状腺線量で求めた。肝硬変は,がん以外の疾患の死亡率調査から算出した。線量は論文で使われている結腸線量を使った。子宮筋腫は成人健康調査集団を対象にした発生率調査から求めた。 d白血病及び固形がんの放射線に対する過剰死亡及び過剰発生は,性,被爆時年齢,被曝後の経過年数の影響を受ける。特に白血病については,被曝後10年をピークにして,その後被曝後年数の経過とともに急激に過剰相対リスクは低下しており,1981年(昭和56年)から1990年(平成2年)のデータに基づき算出した。固形がんについては,寄与リスクは観察期間の平均を使用した。性差,被爆時年齢による過剰相対リスクに有意差があるがんについては,性別,被爆時年齢別に寄与リスクを求めた。 (ウ)研究結果白血病,胃がん,大腸がんの死亡,甲状腺がんの発生について,性別,被爆時年齢,線量別の寄与リスクを求め,表(審査の方針の別表1の1ないし4の2と同内容の表)に示す。女性乳がんについても,被爆時年齢,線量別の寄与リスクを求めた(審査の方針の別表5と同内容の表)。肺がんの死亡については,被爆時年齢の影響を受けなかったので,性別,被曝線量別の寄与リスクを表(審査の方針の別表6の1及び6の2と同内容の表)に示す。肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)がん,食道がんについては,この5疾患をまとめて計算した寄与リスクを表(審査の方針の別表7の1及び7の2と同内容 容の表)に示す。肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)がん,食道がんについては,この5疾患をまとめて計算した寄与リスクを表(審査の方針の別表7の1及び7の2と同内容の表)に示す。副甲状腺機能亢進症の有病率調査では,被曝の影響に性差は認められなかったので,被爆時年齢と甲状腺臓器線量別に求めた寄与リスクを表(審査の方針の別表8と同内容の表)に示す。肝硬変による死亡は,被曝の影響に性差,被爆時年齢による差は認められなかったので,被曝線量と寄与リスクの関係を表に示す(ただし,審査の方針にはこれに対応する肝硬変に係る表は存しない。)。子宮筋腫の有病率については,放射線の影響に被爆時年齢による差は認められなかったので,被曝線量と寄与リスクの関係を表に示す(ただし,審査の方針にはこれに対応する子宮筋腫に係る表は存しない。)。 ウ放影研の疫学調査の概要以上のとおり,審査の方針が依拠した「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」は,放影研の寿命調査集団を対象にして行われた既存の発表論文を基に寄与リスクの推定を行ったものであるところ,証拠(甲A19号証,112号証の5,123号証の1及び2,乙A3号証ないし5号証,7号証,12号証,25号証ないし27号証,30ないし33号証,94号証)によれば,放影研の疫学調査の概要について,以下のとおり認められる。 (ア)放影研の沿革財団法人放射線影響研究所(放影研)は,我が国の民法に基づき,我が国の外務, 厚生両省(当時)が所管し,また日米両国政府が共同で管理運営する公益法人として1975年(昭和50年)4月1日に発足したものであり,前身は1947年(昭和22年)に米国原子力委員会の資金によって米国学士院(NAS)が設立した原爆傷害調査委員会(ABCC)である。 ABCC て1975年(昭和50年)4月1日に発足したものであり,前身は1947年(昭和22年)に米国原子力委員会の資金によって米国学士院(NAS)が設立した原爆傷害調査委員会(ABCC)である。 ABCCが設立された翌年の1948年(昭和23年)には厚生省(当時)国立予防衛生研究所(予研)が参加して,共同して大規模な被爆者の健康調査に着手した。その後,1955年(昭和30年)にフランシス委員会による全面的な再検討が行われ(1955年11月6日付け「ABCC研究企画の評価に関する特別委員会の報告書」),研究計画が大幅に見直されて今日も続けられている集団調査の基礎を築いた。 1975年(昭和50年)の放影研への再編成時に日米共同による調査研究を続行する必要性があると考えられ,これを受け,放影研の運営管理は日米の理事によって構成される理事会が行い,調査研究活動は両国の専門評議員で構成される専門評議会の年次勧告を得て進められている(乙A5号証)。 (イ)調査集団a概要ABCCは,1955年11月6日に提出された「ABCC研究企画の評価に関する特別委員会の報告書」(甲A19号証)を受けて,1950年(昭和25年)の国勢調査時に行われた原爆被爆者調査から得られた資料を用いて,固定集団の対象者になり得る人々の包括的な名簿を作成した。この国勢調査により28万4000人の日本人被爆者が確認され,この中の約20万人が1950年(昭和25年)当時広島,長崎のいずれかに居住していた(基本群)。1950年代後半以降,ABCC,放影研で実施された被爆者調査(寿命調査,成人健康調査等)は,すべてこの基本群から選ばれた副次集団について行われてきた。死亡率調査では,厚生省(当時),法務省の公式許可を得て,国内である限りは死亡した地域にかかわりなく死因に関する情報を入手し 康調査等)は,すべてこの基本群から選ばれた副次集団について行われてきた。死亡率調査では,厚生省(当時),法務省の公式許可を得て,国内である限りは死亡した地域にかかわりなく死因に関する情報を入手している。がんの罹患率に関しては,地域の腫瘍・組織 登録からの情報(広島,長崎に限定される)により調査が行われる。成人健康調査(AHS)参加者については,疾患の発生と健康状態に関する追加情報もある(乙A5号証)。 b寿命調査集団当初の寿命調査(LSS)集団は,基本群に含まれる被爆者の中で,本籍(戸籍の所在地)が広島か長崎にあり,1950年(昭和25年)に両市のどちらかに在住し,効果的な追跡調査を可能にするために設けられた基準を満たす人の中から選ばれており,次に述べる4群,すなわち,①爆心地から2000メートル以内で被爆した基本群被爆者全員からなる中心グループ(近距離被爆者),②爆心地から2000メートルないし2500メートルで被爆した基本群全員,③中心グループと年齢,性が一致するように選ばれた,爆心地から2500メートルないし1万メートルで被爆した人(遠距離被爆者),④中心グループと年齢,性が一致するように選ばれた,1950年代前半に広島,長崎に在住していたが原爆投下時は市内にいなかった人(原爆投下時市内不在者。原爆投下後60日以内の入市者とそれ以降の入市者も含まれている。),の4群から構成されている。 当初9万9393人から構成されていたLSS集団は,1960年代後半に拡大され,本籍地に関係なく2500メートル以内で被爆した基本群全員を含めた。次いで,1980年(昭和55年)に更に拡大されて,基本群に含まれる長崎の全被爆者が含められ,平成11年12月の「財団法人放射線影響研究所要覧」(乙A5号証)発行の時点では集団の人数は合計 含めた。次いで,1980年(昭和55年)に更に拡大されて,基本群に含まれる長崎の全被爆者が含められ,平成11年12月の「財団法人放射線影響研究所要覧」(乙A5号証)発行の時点では集団の人数は合計12万0321人となっている。この集団には,爆心地から1万メートル以内で被爆した9万3741人と原爆時市内不在者2万6580人が含まれている。これらの人々のうち8万6632人については被曝線量推定値が得られているが,7109人(このうち95パーセントは2500メートル以内で被爆している。)については建物や地形による遮蔽計算の複雑さや不十分な遮蔽データのため線量計算はできていない。現在,LSS集団には基本群に入っている2500メートル以内の被爆者がほぼ全員含まれるが,以下の近距離 被爆者,すなわち,1950年代後半までに転出した被爆者(1950年(昭和25年)国勢調査の回答者の約30パーセント),国勢調査に無回答の被爆者,原爆投下時に両市に駐屯中の日本軍部隊及び外国人は除外されている。以上のことから,爆心地から2500メートル以内の被爆者の約半数が調査の対象になっていると推測されている(乙A5号証)。 c成人健康調査集団成人健康調査(AHS)集団は,2年に1度の健康診断を通じて疾病の発生率と健康上の情報を収集することを目的として設定されたものであり,このAHSによって,人のすべての疾患と生理的疾病を診断し,がんやその他の疾患の発生と被曝線量との関係を研究し,LSS集団の死亡率やがんの発生率についての追跡調査では得られない臨床上あるいは疫学上の情報を入手することができる。1958年(昭和33年)の設立当時,AHS集団は当初のLSS集団から選ばれた1万9961人から成り,中心グループは,1950年(昭和25年)当時生存していた,爆心地から 報を入手することができる。1958年(昭和33年)の設立当時,AHS集団は当初のLSS集団から選ばれた1万9961人から成り,中心グループは,1950年(昭和25年)当時生存していた,爆心地から2000メートル以内で被爆し,急性放射線症状を示した4993人全員から成る。このほかに,都市,年齢,性をこの中心グループと一致させた3つのグループ(いずれも中心グループとほぼ同数),すなわち,①爆心地から2000メートル以内で被爆し,急性症状を示さなかった人,②広島では爆心地から3000メートルないし3500メートル,長崎では3000メートルないし4000メートルの距離で被爆した人,及び③原爆投下時にいずれの都市にもいなかった人,が含まれる。 1977年(昭和52年)に,高線量被爆者の減少を懸念して,新たに3つのグループを加えAHS集団を拡大し,①LSS集団のうち,T65Dによる推定放射線量が1グレイ以上である2436人の被爆者全員,②これらの人と年齢及び性を一致させた同数の遠距離被爆者,及び③胎内被爆者1021人,を加えた合計2万3418人とした。AHS集団設定後40年を経た1999年(平成11年)現在5000人以上が生存しており,その70パーセント以上の人々が平成1 1年12月の「財団法人放射線影響研究所要覧」(乙A5号証)発行の時点でもAHSプログラムに参加している(乙A5号証)。 (ウ)統計学的解析aポアソン回帰分析(a)放影研の疫学調査においては,寿命調査第10報(乙A7号証)以降,ポアソン回帰分析という解析方法により,対照群をとらない内部比較法により,曝露要因ゼロ(被曝線量ゼロ)のときの死亡(罹患)率の値を推定し,これと任意の曝露要因量(任意の被曝線量)での死亡(罹患)率の増加割合を推定することによって, り,対照群をとらない内部比較法により,曝露要因ゼロ(被曝線量ゼロ)のときの死亡(罹患)率の値を推定し,これと任意の曝露要因量(任意の被曝線量)での死亡(罹患)率の増加割合を推定することによって,相対リスク等を算出している。 すなわち,1955年11月6日に提出された前記「ABCC研究企画の評価に関する特別委員会の報告書」(甲A19号証)においては,強度の放射線を受けた群について調査を行うことが主要目的であり,真の意味の対照を設けることは明らかに不可能で,軽度の被爆群及び非被爆群のいずれをも比較に使用することが肝要であると考えられ,これによって放射線の影響,放射線量別の影響及びその他爆弾に伴う影響の鑑別が可能となってくるのであり,線量が主要な影響を及ぼさない遅発性放射線影響の場合には,比較のために非被爆群がなければ放射線との関連性が見失われることもあるとされ,また,治療群と対照群のように厳密な統計学上の意味の「対照群」を任意に割り当てることがあり得ないことは明白であるが,被爆群内の放射線の影響の強弱を調べるだけでなく,いくらかの非被爆群も調査の対象に含めることが望ましいと考えられ,たとい被爆群内の影響に勾配が認められたとしても,被曝線量の最も少ない群における放射線の影響は,非被爆者と比較しなければ推定することができず,影響に勾配が認められない場合は,被曝線量の最も少ない群にも直接被爆又は降下物による放射線の障害があったのかどうか決定することができないから,非被爆者群を調査の対象に含めることを勧告するとされ,最も適切な非被爆者群は,1950年(昭和25年)10月1日に両市に居住していた者であるなどとされていた。 放影研(ABCC-国立予防衛生研究所)は,寿命調査(LSS)について,当初は分割表法と呼ばれる内部比較法に基づく調査,解 和25年)10月1日に両市に居住していた者であるなどとされていた。 放影研(ABCC-国立予防衛生研究所)は,寿命調査(LSS)について,当初は分割表法と呼ばれる内部比較法に基づく調査,解析を行っていたが,寿命調査第6報(「原爆被爆者における死亡率1950-70年」。乙A25号証)及び同第7報(「原爆被爆者の死亡率1970-72年および1950-72年」。乙A26号証)においては,内部比較法に基づく調査,解析の他,市内不在者群(NIC)や1967年(昭和42年)の日本全国の死亡率を用いた,外部比較法に基づく調査,解析も行われた。これに対し,寿命調査第8報(「原爆被爆者における死亡率,1950-74年」。乙A27号証)においては,市内不在者及び線量不明群を削除し,また,全国の死亡率から算定した期待死亡数も一般に使用しないなど,外部比較法に基づく調査,解析は再び行われなくなり,以後,内部比較法による調査,解析が行われてきた。そして,寿命調査第10報において,これまでの分割表法では種々の制約があったため,統計的進歩により導入が可能となった新しい統計的手法として,ポアソン回帰分析という内部比較法が用いられるようになった。このような回帰分析を行うことによって,被曝線量と死亡(罹患)率との関係,すなわち,線量反応関係を関係式で表すことが可能となり,必ずしも正確な非曝露群のデータが得られなくても,曝露要因ゼロのときの死亡(罹患)率の値を推定することができ,これと任意の曝露要因量(被曝線量)での死亡(罹患)率とを対比することによって,相対リスク等を得ることができると考えられている(乙A94号証)。 (b)疫学研究の手法としては,研究者が調査対象者に要因を与えるか与えないかを決定する介入研究と,研究者は調査対象者の要因曝露に関与することができ ることができると考えられている(乙A94号証)。 (b)疫学研究の手法としては,研究者が調査対象者に要因を与えるか与えないかを決定する介入研究と,研究者は調査対象者の要因曝露に関与することができず,要因曝露と結果発生の現象をあるがままに観察する観察研究があり,さらに,この観察研究には,時間の経過を考慮する縦断研究と,これを考慮しない横断研究(断面研究)がある。そして,観察研究中の縦断研究の1つとして,比較する2群の調査集団の設定を曝露の有無で行うコホート研究がある(乙A31号証)。すなわち,疫学におけるコホート研究は,何らかの共通特性(同じ所在地,同じ職業,同じ学 校,同一の曝露要因など)を持った集団を追跡し,その集団からどのような疾病,死亡が起こるかを観察し,要因と疾病との関連を明らかにしようとする研究であって,疾病の要因と考えられている情報に基づいて,調査集団を設定し,その後の疾病や死亡の起こり方が要因の有無やその要因曝露の程度によってどのように異なるかを観察する研究である。このコホート研究の長所としては,分母集団の死亡率や罹患率が直接測定でき,相対危険も算出することができることや,曝露要因の影響を,単一疾病に対してだけでなく,複数の疾病に対して同時に観察することができることが,短所としては,調査集団設定時に調査された要因のみについてしかその健康影響を測定し得ないことや,他の疫学調査に比べて設定する調査集団を大規模にしなければならず,少なくとも数千人ないし数万人の調査集団を設定し,長期にわたり追跡しなければならないため,調査期間と調査費用が膨大になることがそれぞれ挙げられている(乙A30号証)。 コホート調査における解析の手法としては,調査集団を外部集団と比較する外部比較法と,調査集団内部で曝露要因の程度によって分けられた 調査費用が膨大になることがそれぞれ挙げられている(乙A30号証)。 コホート調査における解析の手法としては,調査集団を外部集団と比較する外部比較法と,調査集団内部で曝露要因の程度によって分けられたグループ内で比較する内部比較法がある。外部比較法は,一般に,比較的情報が入手しやすい全国の暦年別,性,年齢別死亡(罹患)率が用いられる場合が多い。この外部比較法では,標準集団として用いた集団が調査しようとする要因以外に質的に異なっていないか,すなわち,2つの集団の比較性が保たれているかどうかについて十分な検討が必要である。これに対し,内部比較法は,調査集団内部において曝露の程度に応じてグループ分けを行い,曝露が高い群から発生した死亡罹患が非曝露群,また,低濃度曝露群から発生した死亡罹患に比べてどう違うかをみるものであって,観察人-年数,疾病,死亡の発生数が十分であれば,それぞれの群から起こった累積死亡率(罹患率)を算出し,直接比較することができ,その比が相対危険として算出される(乙A30号証)。 内部比較法の一手法として,対照群を設定せず,回帰分析を用いて,要因曝露に応じた用量反応関係を求める方法があり(回帰分析とは,予測したい変数である目 的変数と目的変数に影響を与える変数である独立変数との関係式(回帰式)を求め,目的変数の予測を行い,独立変数の影響の大きさを評価することをいう。),ポアソン回帰分析は,目的変数がポアソン分布(ポアソン分布とは,ある事象が万一起こるとすれば突発的に(互いに独立して)起こるが,普段は滅多に起こらないという場合における一定時間当たりの事象発生回数を表す分布をいう。)に従うと仮定して行う回帰分析法である。ポアソン回帰分析の手法は,被曝補償を行うためのリスク評価として米国公衆衛生院国立がん研究所が放射線疫学表を ける一定時間当たりの事象発生回数を表す分布をいう。)に従うと仮定して行う回帰分析法である。ポアソン回帰分析の手法は,被曝補償を行うためのリスク評価として米国公衆衛生院国立がん研究所が放射線疫学表を作成した際にも使用されている(乙A93号証)。 (c)前記のとおり,寿命調査第10報以降,ポアソン回帰分析を用いた対照群を設定しない内部比較法が用いられているのは,解析方法が進歩したこと,被曝線量ゼロから高線量まで非常に広範囲にわたる線量推定がされている集団を対象としていることに加えて,放影研の過去の疫学調査において内部比較法と併せて外部比較法を用いたことがあったが,非曝露群における曝露因子以外の要因の分布が曝露群と大きく異なる可能性が指摘されたことなどによるとされる。また,寿命調査第6報及び寿命調査第7報においては内部比較法に基づく解析法のほかに市内不在者群(NIC)との比較や日本全国の死亡率を利用して死亡期待数を算出する外部比較法に基づく解析も併せて行われたが,市内不在者群は,原爆投下当時軍務に服していただけでなく,戦後朝鮮,中国及び南方アジア方面から引き揚げてきて広島及び長崎に定住した多数の民間人が含まれているなど,被爆者群とは社会経済的条件に差があること,日本全体の死亡率を利用して死亡期待数を算出すると,バックグラウンドの死亡率が都市によって異なることなどの調整をすることができず,偏りが生じる可能性があること,などの理由により,寿命調査第8報以降は外部比較法に基づく解析は行われていない(乙A7号証,28号証,29号証,94号証)。 b「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990年」における解析(a)「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990 年」は,放影研により追跡調査が行われてい 被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990年」における解析(a)「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990 年」は,放影研により追跡調査が行われている原爆被爆者の寿命調査(LSS)集団における死亡率に関する定期的な全般的報告書シリーズの第12報であって,前回の報告書(寿命調査第11報)の追跡期間を5年間追加し,線量推定体系の拡大により放射線被曝線量推定値が得られた1万0500人の被爆者を新たに加えた情報を掲載したものである。 (b)調査集団及び追跡調査この報告書で用いられているLSS集団には,線量推定値が分かっている被爆者8万6572人が含まれている。また,この集団には推定線量が0.005シーベルト未満の3万6459人も含まれている。推定線量が0.005シーベルトを超える対象者5万0113人の平均線量は0.20シーベルトである。 死亡追跡調査は,我が国の戸籍制度を利用し,生存している被爆者全員の状況を3年周期の調査を通じ行われている。これにより,日本国内に居住している調査対象者全員の生死に関する情報がほとんど完全に得られる。原死因に関する情報は死亡診断書から得ている。この報告書の追跡調査は,1991年(平成3年)から1993年(平成5年)の周期に行われた戸籍調査に基づき,1950年(昭和25年)10月1日から1990年(平成2年)12月31日までの期間を扱っている。 死亡診断書に記録された原死因情報の正確さが,1960年代前半から1984年(昭和59年)まで行われたLSS剖検プログラムに基づいて調査され,報告されているところ,剖検から得られた結果と比較すると,がん死亡の約20パーセントが死亡診断書ではがん以外の原因による死亡と誤分類されており,一方で,がん以外の原因による死亡の約3パーセ 査され,報告されているところ,剖検から得られた結果と比較すると,がん死亡の約20パーセントが死亡診断書ではがん以外の原因による死亡と誤分類されており,一方で,がん以外の原因による死亡の約3パーセントががん死亡と誤分類されている。これら誤分類の割合を考慮に入れてLSS集団におけるがん死亡率の解析を行った結果,誤差を修正すると,固形がんのERR(過剰相対リスク)推定値が約12パーセント,EAR(過剰絶対リスク)推定値が約16パーセント上昇することが示唆された。 この報告書においては,このような補正は行われていない。 (c)線量測定法 2キロメートル以内の被爆者における個々の線量推定値は,1950年代後半から1960年代前半にかけて行われた面接調査によって得られた詳細な遮蔽歴に基づいている。他の被爆者の推定値は,質問票に対する回答から得られた情報に基づいており面接調査からの情報ほど詳細ではない。DS86線量推定方式により,個人のガンマ線及び中性子被曝線量(遮蔽カーマ)推定値並びに15種の臓器のガンマ線及び中性子線量推定値が得られる。寿命調査第11報以降,DS86が第3版にまで拡大され,さらに1万0536人(このうち9000人以上は推定線量が0. 10シーベルト未満である。)の線量推定値が得られるようになった。追加された対象者は,被曝線量が極めて低い非遮蔽の遠距離被爆者(広島7037人,長崎2541人),長崎の工場内高線量被爆者(652人)及び長崎の地形による遮蔽を受けた低線量被爆者(306人)である。 この報告書の本文にある解析はすべて推定臓器線量を用いて行われた。白血病の解析では骨髄線量を用い,固形がんの解析では臓器の代表として結腸線量を用いている。 広島での放射線には,ガンマ線よりも単位線量当たりの生物学的効果が大きいとされる中性 線量を用いて行われた。白血病の解析では骨髄線量を用い,固形がんの解析では臓器の代表として結腸線量を用いている。 広島での放射線には,ガンマ線よりも単位線量当たりの生物学的効果が大きいとされる中性子がかなり含まれていることを考慮して,ガンマ線量に中性子線量を10倍したものを加え,線量に重みを付けた。 (d)統計手法被爆時年齢,観察年齢(特定の追跡調査期間における対象者の年齢),追跡調査期間,重み付き臓器線量(下限は0.005シーベルト),遮蔽カーマ(0.4グレイ)の区分でデータを交差分類し,詳細な表(その中の各セルにあるデータはがん死亡数及び人年による観察期間である。)を作成し,それに基づいて,ポアソン回帰分析法を用いて分析し,線量反応の形,生涯リスクの推定,部位別リスクの推定を行った。線量反応の形は,固形がんの場合,過剰相対リスクについて約3シーベルトまではかなり線形を示すが,そのレベルを超えると勾配が明らかに緩やかになっているので,全線量範囲では線型モデルを用いていない。白血病については, 線量反応が非線形を示し,全解析で過剰絶対リスクについて線形二次モデルを用いた。部位別リスクの推定に当たっては,肺がんでは被爆時年齢の影響の傾向が他の部位に見られるものとは反対の方向であり,また,乳がんでは年齢別影響が他の部位よりもずっと強いので,これらのがんに関しては被爆時年齢の影響は別に推定し,肝臓がんは性の影響が他のすべての部位によくみられる値とはかなり異なる唯一の性特異ではない主要部位なので,肝臓がんでは性を無視した。 (e)結果の概要被爆時年齢30歳の場合,1シーベルト当たりの固形がん過剰生涯リスクは,男性が0.10,女性が0.14と推定される。被爆時年齢50歳の人のリスクはこの約3分の1である。被爆時年齢10歳の人の生涯リス 被爆時年齢30歳の場合,1シーベルト当たりの固形がん過剰生涯リスクは,男性が0.10,女性が0.14と推定される。被爆時年齢50歳の人のリスクはこの約3分の1である。被爆時年齢10歳の人の生涯リスク推定値はこれらよりも不明確であり,妥当な仮定の範囲では,この年齢群の推定値は被爆時年齢30歳の人の推定値の約1.0倍から1.8倍の範囲になる。白血病の場合には,被爆時年齢10歳あるいは30歳の人の1シーベルト当たりの過剰生涯リスクは男性が約0. 015,女性が約0.008と推定される。被爆時年齢が50歳の人のリスクは10歳あるいは30歳の人の約3分の2である。固形がんの過剰リスクは約3シーベルトまで線形を示すが,白血病の場合,線量反応が非線形を示し,0.1シーベルトにおけるリスクは1.0シーベルトでのリスクの約20分の1と推定される。部位別リスクの違いの大部分は推定値の不正確さにより簡単に説明することができるので,解釈に当たっては慎重を期する必要がある。 近年,広島の中性子被曝線量推定値の妥当性に疑問が投げかけられ,広く論争されてきている。これは重要な問題ではあるが,改定されると寿命調査から得られている幅広い結論に及ぼすと思われる影響に関して混乱がある。ストローメらは中性子被曝線量の補正因子の暫定的推定値を出し,中性子の推定値が鉱物や金属資料における中性子放射化測定値により良く一致するようにした。この暫定的な補正法を本報のデータに適用すれば,広島における固形がんの過剰相対リスク推定値は約15パーセント減少するのみである。変化があまり大きくない理由は,線形線量反応 解析において最も影響力のあるデータが大体1000メートルないし1200メートルの範囲にあり,その範囲では現在の中性子推定値は全線量の1.5パーセントであり,暫定的補正では中性子 形線量反応 解析において最も影響力のあるデータが大体1000メートルないし1200メートルの範囲にあり,その範囲では現在の中性子推定値は全線量の1.5パーセントであり,暫定的補正では中性子推定値はわずか2ないし3倍程度にしかならないからである。もちろん,2つの都市を一緒にしたリスク推定値の変化は,広島における変化よりも相当小さい。これらの補正は暫定的ではあるが,中性子推定値を改定するとリスク推定値が劇的に減少するであろうという報告には懐疑的でなければならない。 c「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」における解析(a)概要「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」は,寿命調査拡大集団における原爆被爆者の充実性腫瘍罹患データとリスク推定についての最初の包括的報告書である。 (b)調査集団この報告書の調査集団(調査コホート集団)は,拡大LSS集団(12万0321人)から市内不在者(2万6580人),DS86線量不明者(7109人),DS86カーマ線量が4グレイを超える者(263人),死亡又は1958年(昭和33年)1月1日以前にがんに罹患したことが分かっている者(6397人)を除いた7万9972人である。 この調査集団は,あらゆる被爆時年齢の者を含んでいた。1958年(昭和33年)の調査開始時は,平均被爆時年齢は26.6歳,平均到達年齢は39.0歳であった。1987年(昭和62年)の追跡終了時は,調査集団の加齢のため,生存者の平均被爆時年齢は9歳減少し,平均到達年齢は60歳に増加した。調査対象者の68パーセントが広島で被爆し,32パーセントが長崎で被爆した。調査集団の40パーセントが1987年(昭和62年)末までに死亡した。死亡者の割合と被爆時年齢との間には 60歳に増加した。調査対象者の68パーセントが広島で被爆し,32パーセントが長崎で被爆した。調査集団の40パーセントが1987年(昭和62年)末までに死亡した。死亡者の割合と被爆時年齢との間には非常に強い関連性がみられた。20歳未満で被爆した3万50 00人のうち88パーセントはまだ生存しており,がん罹患年齢に近づいている。 調査集団中,3万9213人(49パーセント)のDS86総カーマ推定値が0. 01シーベルト未満であることを示しており,これらを対照集団とする(この報告書では非被爆者群とも呼ぶ。)。被爆群はDS86総カーマ推定値が0.01シーベルト以上の4万0759人(51パーセント)である。 拡大コホート集団の女性対男性の比は高く,線量区分別にみても女性対男性の比は高く,被爆年齢が20歳ないし39歳の群では多くの男性が軍務に服しており原爆投下時に広島や長崎にいなかったため,女性が圧倒的に多数であった。調査集団のこのような年齢及び性分布はこのコホートのリスク推定値に強い影響を与える可能性がある。 (c)腫瘍の確認広島と長崎の腫瘍登録の日常作業として,拡大寿命調査(LSS)集団との同定をコンピュータ・リンゲージ・システムと手作業を併用して実施した。腫瘍は,放影研の採録者が両市の規模の大きい病院をほとんど訪れ,その医療記録を確認する。 小さい病院で検査を受けたがん患者のほとんどは大病院へ紹介される。予備調査によると悪性腫瘍のほとんどが把握されていることを示唆した。さらに,腫瘍登録データは広島及び長崎の組織登録と,地元の保健所から入手した死亡票のがん死に関する情報で補われる。組織登録は広島県及び長崎市とその近郊で行われるほとんどすべての病理学的検査の組織標本と病理学的記録を受け取る。さらに,腫瘍確認は長崎県がん登録,放影研白血病登録 票のがん死に関する情報で補われる。組織登録は広島県及び長崎市とその近郊で行われるほとんどすべての病理学的検査の組織標本と病理学的記録を受け取る。さらに,腫瘍確認は長崎県がん登録,放影研白血病登録及び外科手術,剖検及び成人健康調査(AHS)検査プログラムから放影研が得た記録により更に強化される。従来のデータ精度測定方法によると,広島及び長崎の登録の症例確認の精度は他のがん登録の精度と同等である。 1980年(昭和55年)までには調査コホート集団の生存者のうち約20パーセントが広島又は長崎に居住していなかったと推測される。このことより,解析は診断時に広島又は長崎に居住していた症例に限定し,統計学的方法により転出につ いて観察人年を調整した。 (d)線量測定法この調査では,最新版のDS86線量推定方式を用いて対象者個々のガンマ線と中性子遮蔽カーマ及び臓器線量のDS86推定値を計算した。 DS86により,長崎の工場労働者,爆心地から2000メートル以内にいたが地形的に遮蔽されていた長崎の工場労働者以外の労働者,原爆投下時に戸外におり,長崎では爆心地から1600メートル,広島では2000メートル以遠にいた両市の被爆者,の線量推定値の計算ができ,拡大コホート集団の被爆者のうち92パーセントの推定値が得られ,このうち,DS86カーマ推定値が0.1グレイ未満の者は80パーセント以上で,1グレイを超えていた者は4パーセント未満であった。 この報告書における解析は,ガンマ線量に中性子線量の10倍を加えたDS86加重臓器線量に基づいている。部位別の解析は,DS86にある15の臓器線量のうち最も適切なものを選んで行った。DS86には推定皮膚線量が含まれていないので,皮膚線量は遮蔽カーマとほぼ等しいと仮定された。 (e)統計学的解析部位別や器官系に関 S86にある15の臓器線量のうち最も適切なものを選んで行った。DS86には推定皮膚線量が含まれていないので,皮膚線量は遮蔽カーマとほぼ等しいと仮定された。 (e)統計学的解析部位別や器官系に関する解析は,被爆時年齢(13区分),DS86臓器加重線量(10区分),暦年期間(7区分),性及び都市別に層化した症例数と人年の詳細な集計に基づいて行った。 解析は,一般的過剰相対リスクモデル(過剰相対リスクに1を加えたものにバックグラウンド率を乗じたもの)に基づいている。 標準化過剰相対リスクは,コホート集団が18歳ないし50歳の男性の割合が比較的小さいので単純な過剰相対リスク要約推定値は幾分歪曲されたリスクの姿を示すことが懸念されたため,1985年(昭和55年)日本人人口の年齢と性の分布に従うウエイトを用いて,ポアソン回帰推定値として算出した。 (f)結果の概要全充実性腫瘍は,血液及び造血器官の腫瘍を除き,良性と性状不明の脳と中枢神 経系の腫瘍を含む全悪性腫瘍であると定義した。 対象者7万9972人のうち1958年(昭和33年)から1987年(昭和62年)の間に一次原発性充実性腫瘍が8613例診断され,このうち75.4パーセントが組織的に確定され,4.4パーセントが肉眼的観察に基づき,7.6パーセントが臨床診断に基づき,12.6パーセントは死亡診断書のみに基づき確認された。口腔,咽頭,悪性黒色腫を除く皮膚,乳房,子宮頚,子宮体及び甲状腺のがんの組織学的確定の割合は90パーセントを超えていた。 死亡に関するこれまでの所見と同様に,全充実性腫瘍について統計学的に有意な過剰リスクが立証された。胃(1シーベルト当たりの過剰相対リスク0.32),結腸(同0.72),肺(同0.95),乳房(同1.59),卵巣(同0.99),膀胱(同1.02)及び甲 て統計学的に有意な過剰リスクが立証された。胃(1シーベルト当たりの過剰相対リスク0.32),結腸(同0.72),肺(同0.95),乳房(同1.59),卵巣(同0.99),膀胱(同1.02)及び甲状腺(同1.15)のがんにおいて放射線との有意な関連性が認められた。20歳以下で被爆した群において神経組織(脳を除く。)腫瘍の増加傾向があった。今回初めて寿命調査集団において放射線と肝臓(同0.49)及び黒色腫を除く皮膚(同1.0)のがん罹患との関連性がみられた。口腔及び咽頭,食道,直腸,胆嚢,膵臓,咽頭,子宮頚,子宮体,前立腺,腎臓及び腎盂のがんには放射線の有意な影響はみられなかった。充実性腫瘍の部位別解析においても,また,全腫瘍をまとめた解析においても,広島,長崎間に顕著な差は認められなかった。全充実性腫瘍の解析では,女性の相対リスクが男性の2倍であること,また,被爆時年齢の増加とともに相対リスクが減少することが示された。肺,全呼吸器系,泌尿器系のがんの相対リスクは,男性よりも女性の方が高かった。全消化器系,胃,黒色腫以外の皮膚,乳房及び甲状腺のがんでは,過剰相対リスクは被爆時年齢の増加とともに減少した。全充実性腫瘍の過剰発生率は,到達年齢の増加に伴い,バックグラウンド罹患率に比例して増加した。 従来の調査では,がんの死亡と放射線被曝との関係に重点が置かれてきた。このような死亡調査は極めて重要であるが,がん診断の精度に限界があり,生存率が比較的高いがんについては,死亡診断書から十分な情報は得られない。罹患データも 限界はあるが(例えば,症例確認が不完全なこと,死亡診断書診断に部分的に依存していることなど),生存率のよいがんや,組織型及び被爆からがん罹患までの期間に関するより完全なデータを提供することができる。したがって,原爆被爆者の 認が不完全なこと,死亡診断書診断に部分的に依存していることなど),生存率のよいがんや,組織型及び被爆からがん罹患までの期間に関するより完全なデータを提供することができる。したがって,原爆被爆者の今後の解析においては,がんの死亡と罹患の両方に焦点を当てるべきである。 エ放影研の他の疫学調査等(ア)放影研の寿命調査第9報第2部「原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」放影研の寿命調査第9報第2部「原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」(乙A32号証)によれば,1975-78年の4年間における放影研寿命調査対象者中の死亡者数を調べ,1950年以来28年間の死亡率を算定する方法により,がん以外の死因による死亡率の増加等について調査したところ,新生物と血液疾患以外の全疾患の線量反応関係に有意な関係は認められず,がん以外の特定死因で原爆被爆との有意な関係を示すものはみられなかった,寿命調査の開始(1950年)以前の死亡の除外による偏りの大きさを求めるために,1946年に行われた広島市の被爆者調査,1945年の長崎被爆者調査(調調査)及び被爆妊婦婦人調査から1946年ないし1950年の死亡率資料の解析を行ったところ,調査集団設定以前(1950年以前)の感染性及びその他の疾患による死亡率が1950年以降の集団内の放射線と悪性新生物との関係を大きく偏らせている可能性は少なく,悪性新生物以外の死因に関しては線量との関係は認められず,上記の偏りは1950年以後に調査対象に認められた放射線影響の解釈に重大な影響を及ぼすとは思われない,早期入市者(原爆投下後1か月以内に市内に入った者)においては,後期入市者(早期入市者以外の市内不在者)及び0ラド被曝群よりも死亡率が引き続き低く,白血病又はその他の悪性腫瘍によ ぼすとは思われない,早期入市者(原爆投下後1か月以内に市内に入った者)においては,後期入市者(早期入市者以外の市内不在者)及び0ラド被曝群よりも死亡率が引き続き低く,白血病又はその他の悪性腫瘍による死亡の増加は認められていない,とされている。 (イ)放影研の寿命調査第11報第3部「改訂被曝線量(DS86)に基づく癌以外の死因による死亡率,1950-85年」 放影研の寿命調第11報第3部「改訂被曝線量(DS86)に基づく癌以外の死因による死亡率,1950-85年」(甲A67号証文献番号29)によれば,まだ限られた根拠しかないが,高線量域(2又は3グレイ以上)においてがん以外の疾患による死亡リスクの過剰があるように思われる,統計学的に見ると,二次モデル又は線形-しきい値モデル(推定しきい値線量1.4グレイ(0.6グレイ-2. 8グレイ))の方が単純な線形又は線形-二次モデルよりもよく当てはまる,がん以外の疾患による死亡率のこのような増加は,一般的に1965年以降で若年被爆者(被爆時年齢40歳以下)において認められ,若年被爆者の感受性が高いことを示唆している,死因別に見ると,循環器及び消化器系疾患について,高線量域(2グレイ以上)で相対リスクの過剰が認められる,この相対リスクはがんの場合よりもはるかに小さい,これらの所見は,死亡診断書に基づいているので,信頼性には限界がある,おそらく最も重要な問題は,放射線誘発がんが他の死因に誤って分類される可能性があることである,高線量域でがん以外の死因による死亡が増加していることは明白であるが,どれだけこの誤りに起因するのかを明確かつ厳密に推定することは,現在のところ難しい,しかし,死因の分類の誤りだけでこの増加を完全には説明することができないように思われる,とされている。 (ウ)放影研の成人健 の誤りに起因するのかを明確かつ厳密に推定することは,現在のところ難しい,しかし,死因の分類の誤りだけでこの増加を完全には説明することができないように思われる,とされている。 (ウ)放影研の成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」放影研の成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」(甲A42号証)によれば,1958年から1986年までに収集された成人健康調査(AHS)コホートの長期データを用いて,悪性腫瘍を除く19の疾患の発生率と電離放射線被曝との関係を初めて調査したところ(被曝線量はDS86線量体系から得た最も適切な臓器線量を用い,層別された非被曝者群の発生率に基づく線形相対リスクモデルを用いて線量効果を解析した。),子宮筋腫,慢性肝炎及び肝硬変,甲状腺疾患(甲状腺がんを除く甲状腺所見が一つ以上あることという大まかな定義に基づくもの)に統計的に有意な過 剰リスクを認めたとされている。 (エ)放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」によれば,放影研の寿命調査集団のうち被曝線量が推定されている8万6572人の調査集団における1950年10月1日から1990年12月31日までのがん以外の疾患による死亡者について主に解析を行ったところ,その解析結果は,放射線量とともにがん以外の疾患の死亡率が統計的に有意に増加するという前回の解析結果を強化するものであった,有意な増加は,循環器疾患,消化器疾患,呼吸器疾患に観察された,1シーベルトの放射線に被曝した人の死亡率の増加は約10パーセント が統計的に有意に増加するという前回の解析結果を強化するものであった,有意な増加は,循環器疾患,消化器疾患,呼吸器疾患に観察された,1シーベルトの放射線に被曝した人の死亡率の増加は約10パーセントで,がんと比べるとかなり小さかった,リスクが小さいこと及び説明することができる生物学的メカニズムがないことを考えて,今回の結果が死因の誤分類,交絡因子,対象者選択効果によって説明することができるか否かについて特に留意したが,現在までに得られているデータでは,観察された線量反応関係をこれらの要素では十分に説明することができないように思われた,有意な線量反応関係は血液疾患による死亡にも認められ,過剰相対リスクは固形がんの数倍であった,白血病又はその他のがんをがん以外の血液疾患へ誤分類した結果ではないかという可能性に特に注意を払ったが,この血液疾患の過剰相対リスクは誤分類では説明することができなかった,とされている。 (オ)放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(乙A67号証文献番号31)によれば,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る約1万人の長期データを用いて,がん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,以前にも統計的に有意な正の線形線量反応が認められた甲状腺疾患,慢性肝炎及び肝硬変,子宮 筋腫に加えて,白内障に有意な正の線量反応を,緑内障に負の線形線量反応を,高血圧症と40歳未満で被爆した人の心筋梗塞に有意な二次線量反応を認め,腎・尿管結石での有意な線量効果は男性では認められたが女性では認められなかった,白内障,緑内障,高血圧症,男性の腎・尿管結石での 血圧症と40歳未満で被爆した人の心筋梗塞に有意な二次線量反応を認め,腎・尿管結石での有意な線量効果は男性では認められたが女性では認められなかった,白内障,緑内障,高血圧症,男性の腎・尿管結石での放射線影響は新しい知見である,これらの結果は,がん以外の疾患の発現における放射線被曝の影響を十分に明らかにするため,高齢化している被爆者の追跡調査を続けることの必要性を立証するものである,とされている。 (カ)放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第13報固形がん及びがん以外の疾患による死亡率1950-1997年」放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第13報固形がん及びがん以外の疾患による死亡率1950-1997年」(甲A112号証の19)によれば,1950年から1997年までの47年間までの追跡調査に基づく解析結果として,固形がんの過剰リスクは0ないし150ミリシーベルトの線量範囲においても線量に関して線形であるようである,放射線に関連した固形がんの過剰率は調査期間中を通じて増加したが,新しい所見として,相対リスクは到達年齢とともに減少することが認められ,また,子供の時に被爆した人において相対リスクは最も高い,典型的なリスク値としては,被爆時年齢が30歳の人の固形がんリスクは70歳で1シーベルト当たり47パーセント上昇した,部位別相対リスクの差異の同定は困難であり,また,それには注意を要することが部位別解析によって明らかになり,さらに,これらの解析により,寿命調査における被爆時年齢の影響の推定値の解釈及び一般化が困難であることも明らかになった,がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については,追跡調査期間中の最後の30年間では1シーベルト当たり約14パーセントの割合でリスクが増加しており,依然として統計的に確かな証拠が示された,がん以 の疾患による死亡率に対する放射線の影響については,追跡調査期間中の最後の30年間では1シーベルト当たり約14パーセントの割合でリスクが増加しており,依然として統計的に確かな証拠が示された,がん以外の疾患のリスクは1シーベルト以下の線量においても増加していることを示す強力な統計的証拠がある,低線量における線量反応の形状については著しい不確実性が認められ,特に約0.5シーベルト以下ではリスクの存在を示す 直接的証拠はほとんどないが,寿命調査データはこの線量範囲で線形性に矛盾しない,データをより詳細に検討すると,脳卒中,心疾患及び呼吸器疾患などの,がん以外の疾患のいくつかの大きな区分にリスクの増加が認められるが,感染症あるいは内分泌系又は神経系の疾患などその他の疾患のリスクの増加を示す証拠はほとんど得られていない,リスク増加の全般的特徴から,また,機序に関する知識が欠如していることから,因果関係については当然懸念が生ずるが,この点のみから寿命調査に基づく所見を不適当とみなすことはできない,疫学データ及び実験データは限られているが,多くの研究は,がん以外のいくつかの疾患に放射線影響が存在する可能性を示唆している,寿命調査集団の部分集団における臨床調査及び検査研究によって,心臓血管疾患,脳卒中,慢性肝疾患及びその他種々の疾患の罹患率と放射線量との統計的関連性が示されており,死亡率調査の結果を補完するデータが得られている,さらに,被爆者において,大動脈弓石灰化,収縮期高血圧並びにコレステロール及び血圧の年齢に伴う変動など,がん以外のいくつかの疾患のいくつかの前駆症状について長期にわたるわずかな放射線との関連が報告されている,最近の調査では,被爆者に持続性の免疫学的不均衡及び無症状性炎症と放射線との関連が認められた,これらは,がん以外の広範 いくつかの前駆症状について長期にわたるわずかな放射線との関連が報告されている,最近の調査では,被爆者に持続性の免疫学的不均衡及び無症状性炎症と放射線との関連が認められた,これらは,がん以外の広範な疾患に対する放射線影響の機序と関連するのかもしれない,寿命調査におけるがん以外の疾患に関する所見は,これらの疾患の率に対する放射線影響の機序を同定あるいは否定する上で役立つであろうさらなる調査の必要性を強調している,などとされる。 オ審査の方針における原因確率の算定の合理性について(ア)概要前記のとおり,審査の方針の定める原因確率の算定は,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」に依拠しているものであり,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」において示された寄与リスクの表をそのまま原因確率として用いている。そして,前記認定事実によれば,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」における寄与リスクの算定は,主として「原爆被爆者の死亡率調査第1 2報第1部癌:1950-1990年」及び「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」に記述された放影研の疫学調査とその解析結果に依拠しているものということができる。すなわち,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」は,寿命調査及び成人健康調査で放射線被曝と疾病の死亡・発生率(有病率)についての関係が既に論文発表されている疾患について寄与リスクを求め,骨髄異形成症候群(最近,被曝との関連が学会で発表されているが,まだ論文発表されていない。),放射線白内障(しきい値が求められている。),甲状腺機能低下症(論文発表されているデータから寄与リスクを算出することができない。),過去に論文発表がない疾患(造血機能障害など)については寄与リスクを求めず,白血病 きい値が求められている。),甲状腺機能低下症(論文発表されているデータから寄与リスクを算出することができない。),過去に論文発表がない疾患(造血機能障害など)については寄与リスクを求めず,白血病,胃がん,大腸がん,肺がん,女性乳がん及び甲状腺がんについては,寿命調査集団を使った過去の死亡率・発生率の報告で放射線との有意な関係が一貫して認められ,かつ,部位別に寄与リスクを求めても比較的信頼性に足りると考えられるがんとして,そのうち,白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんについては,「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」のデータを用い,女性乳がん,甲状腺がんについては,予後の良いがんで死亡率調査より発生率調査の方が実態を正確に把握していると考えられるとして,「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」のデータを用い,肝臓がん,皮膚がん(悪性黒色腫を除く。),卵巣がん,尿路系(膀胱を含む)がん,食道がんについては,原爆放射線に起因性があると考えられるが,個別に寄与リスクを求めると信頼区間が大きくなると考えられるがんとして,この5疾患をまとめて寄与リスクを計算し,その余のがんのすべてについては,現在までの報告では部位別に過剰相対リスクを求めると統計的には有意ではないが,原爆放射線との関連が否定できないものとして,寄与リスクを求めず,がん以外の疾患については,副甲状腺機能亢進症,肝硬変及び子宮筋腫について,それぞれ有病率調査(副甲状腺機能亢進症),がん以外の疾患の死亡率調査(肝硬変)及び成人健康調査集団を対照とした発生率調査(子宮筋腫)から寄与リスクを求めたもの である。また,寄与リスクの算定においては,多くの場合,個人の臓器線量を算出するのは難しく,カーマ線量の方が適応しやすいとして 集団を対照とした発生率調査(子宮筋腫)から寄与リスクを求めたもの である。また,寄与リスクの算定においては,多くの場合,個人の臓器線量を算出するのは難しく,カーマ線量の方が適応しやすいとして,カーマ線量を用い(発生率調査を用いた甲状腺がん及び乳がんについては臓器線量からカーマ線量に変換し(中性子の加重係数(生物学的効果比)を10として換算したものと認められる。)。),白血病,胃がん,大腸がん及び甲状腺がんについては,性別,被爆時年齢,被曝線量別の寄与リスクを求め,女性乳がんについても,被爆時年齢,被曝線量別の寄与リスクを求め,肺がんについては,被爆時年齢の影響を受けなかったので,性別,被曝線量別の寄与リスクを求め,副甲状腺機能亢進症については,被曝の影響に性差が認められなかったので,被爆時年齢と甲状腺臓器線量別に寄与リスクを求め,肝硬変については,性差,被爆時年齢による差が認められなかったので,被曝線量別に寄与リスクを求め,子宮筋腫については,被爆時年齢による差が認められなかったので,被曝線量別に寄与リスクを求めたものである。 しかるところ,前記認定事実によれば,「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」及び「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」における放影研の疫学調査は,1950年(昭和25年)の国勢調査当時広島,長崎のいずれかに居住していた被爆者(基本群)から選ばれた集団(寿命調査集団及び成人健康調査集団)を対象とし,死亡率調査においては,厚生省(当時),法務省の公式許可を得て,国内である限りは死亡した地域にかかわりなく死因に関する情報を入手し,がんの罹患率に関しては,地域の腫瘍・組織登録からの情報(広島,長崎に限定される)により調査を行い(コホート調査),調査結果に ,国内である限りは死亡した地域にかかわりなく死因に関する情報を入手し,がんの罹患率に関しては,地域の腫瘍・組織登録からの情報(広島,長崎に限定される)により調査を行い(コホート調査),調査結果についてポアソン回帰分析の方法により線量反応関係を求め,被曝線量についてはDS86の原爆放射線の線量評価システムによる推定値を用いて,疾病等の寄与リスクを算定したものである。 (イ)原告らの主張についてa原告らは,放影研の疫学調査は,DS86に基づいて被爆者の初期放射線の被曝線量を推定しており,残留放射線の影響及び内部被曝を無視している点におい て,曝露要因の質的差異を無視し,量的評価を誤っている旨主張する。 確かに,前記(4)サ(ア)において説示したとおり,DS86については,爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートルより以遠で被曝した者に係る初期放射線の計算値が過小評価となっているのではないかとの疑いが存し,これらの被爆者についてその計算値をそのまま機械的に適用することには少なくとも慎重であるべきであり,また,いわゆる入市被爆者や遠距離被爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態等を慎重に検討し,総合考慮の上,原爆放射線による被曝の蓋然性の有無を判断すべきものであるが,他方で,DS86及びDS02の原爆放射線の線量評価システムは,現存する最も合理的で優れたシステムであるということができる上,少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以内においては,初期放射線の計算値が測定値とも良く一致しているのであるから,前記認定 ムは,現存する最も合理的で優れたシステムであるということができる上,少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以内においては,初期放射線の計算値が測定値とも良く一致しているのであるから,前記認定のとおり約12万人もの大集団を対象者とし1950年以降ないし1958年以降という長期間を調査対象期間として曝露要因としての被曝線量と特定疾病の死亡率ないし発生率との関係を明らかにすることを目的とするコホート研究である放影研の疫学調査において被曝線量の評価としてDS86による推定値を用いることには相応の合理性が認められるのであり,DS86に存する上記のような問題点が回帰分析により求められた結果(回帰式)の妥当性を直ちに減殺するものということはできないというべきである。また,曝露要因としての被曝線量の設定において被爆者にDS86に基づく初期放射線の推定値のみを付与し,残留放射線による被曝や内部被爆の影響を無視しているとしても(もっとも,被告らは,現在の放影研の疫学調査においては,DS86における残留放射能及び放射性降下物についての線量推定値を基に推定線量を算出して疫学的検討を行っている旨主張している。),上記のような規模の調査集団及び調査期間を対象とするコホート研究においては,これらの点が解析の結果の 全体的傾向に有意な影響を与え得るとはにわかに考え難いのであって,後に説示するとおり,原告らが主張する遠距離被爆者に係る初期放射線の推定の問題,残留放射線の影響や内部被曝の問題は,解析の結果求められた回帰式を遠距離被爆者等の低線量被爆者や入市被爆者に適用することの妥当性の問題として検討すれば足りるものというべきである。 b原告らは,放影研の疫学調査は,非被爆者を対照群として設定せずに内部比較法(回帰分析)を用い,しかも,回帰分析の手法を用いる 用することの妥当性の問題として検討すれば足りるものというべきである。 b原告らは,放影研の疫学調査は,非被爆者を対照群として設定せずに内部比較法(回帰分析)を用い,しかも,回帰分析の手法を用いるためには,線量反応関係が正しく把握されていること及び集団の線量が正確に反映されていることが絶対条件であるところ,前記のとおり,DS86を線量評価に用いて放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性を無視し,線量反応関係として科学的に完全に証明されたとはいえないモデルを設定している点,死亡率調査を基本としている点,調査開始までの被爆者の死亡が無視されている点において,疫学調査の手法の誤りがあると主張する。 前記ウ(ウ)aのとおり,ポアソン回帰分析は,統計的手法の進歩により導入が可能となった疫学調査における内部比較法の新しい手法として認められているものということができるところ,放影研の疫学調査において,寿命調査第10報以降,ポアソン回帰分析を用いた対照群を設定しない内部比較法が用いられているのは,解析方法が進歩したこと,被曝線量ゼロから高線量まで非常に広範囲にわたる線量推定がされている集団を対象としていることに加えて,放影研の過去の疫学調査において,内部比較法に基づく解析法と併せて市内不在者群(NIC)との比較や日本全国の死亡率を利用して死亡期待数を算出する外部比較法に基づく解析も行われたことがあったが,市内不在者群は,原爆投下当時軍務に服していただけでなく,戦後朝鮮,中国及び南方アジア方面から引き揚げてきて広島及び長崎に定住した多数の民間人が含まれているなど,被爆者群とは社会経済的条件に差があること,日本全体の死亡率を利用して死亡期待数を算出すると,バックグラウンドの死亡率が都市によって異なることなどの調整をすることができず,偏りが生じる可 ているなど,被爆者群とは社会経済的条件に差があること,日本全体の死亡率を利用して死亡期待数を算出すると,バックグラウンドの死亡率が都市によって異なることなどの調整をすることができず,偏りが生じる可能性がある ことなど,非曝露群における曝露因子以外の要因の分布が曝露群と大きく異なる可能性が指摘されたため,寿命調査第8報以降外部比較法に基づく解析は行われなくなったことによるものと認められる。このことに加えて,「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」においては8万6572人が,「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」においては7万9972人が線量推定値の得られているコホート集団としてそれぞれ設定されており,これらはいずれも内部比較法による解析を行うのに十分な規模の集団ということができるから,外部比較法を用いた場合についての上記のような難点をも考慮すると,放影研の疫学調査において内部比較法としてのポアソン回帰分析の手法を用いたことには十分な合理性が存するものというべきである。 また,前記認定事実によれば,「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」における死亡率調査は,放影研の寿命調査集団中DS86に基づく線量推定値が得られている8万6572人という十分な規模を有するコホート集団及び1950年から1990年に及ぶ長期間を調査の対象とするものであるから,その解析結果は,死亡率調査としては十分有用性を備えたものということができる(もっとも,同報告書によれば,剖検から得られた結果と比較すると,がん死亡の約20パーセントが死亡診断書ではがん以外の原因による死亡と誤分類されており,一方で,がん以外の原因による死亡の約3パーセントががん死亡と誤分類されており,これら誤分 た結果と比較すると,がん死亡の約20パーセントが死亡診断書ではがん以外の原因による死亡と誤分類されており,一方で,がん以外の原因による死亡の約3パーセントががん死亡と誤分類されており,これら誤分類の割合を考慮に入れて寿命調査集団におけるがん死亡率の解析を行った結果,誤差を修正すると,固形がんの過剰相対リスク推定値が約12パーセント,過剰絶対リスク推定値が約16パーセント上昇することが示唆されたが,同報告書においてはこのような補正は行われていないとされているが,そうであるからといって,放影研による死亡率調査が直ちに有用性を失うものということはできない。)。また,「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」における発生率調査は,拡大寿命調査集団から市内不在者,DS86線量不明者,DS86カーマ線量が4グレイを超える者,死亡又は195 8年1月1日以前にがんに罹患したことが判明している者を除いた7万9972人をコホート集団とし,1958年から1987年に及ぶ長期間を調査対象期間とするものであるから,その解析結果は,発生率調査としては十分有用性を備えたものということができる。 もっとも,前記のとおり,審査の方針が依拠する「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」においては,寄与リスクの算定に当たり,白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんについては死亡率調査を用い,甲状腺がんと乳がんについては,予後のよいがんで,死亡率調査より発生率調査の方が実態を正確に把握していると考えられるため,発生率調査を用いているところ,原告らは,この点をとらえて,放影研の発生率調査が白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんについての原因確率の算定に活かされていない旨主張する。しかしながら,がん治療の進歩等に伴い,発生率に対して死亡率が低下し ,この点をとらえて,放影研の発生率調査が白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんについての原因確率の算定に活かされていない旨主張する。しかしながら,がん治療の進歩等に伴い,発生率に対して死亡率が低下している事実は,公知の事実というべきところ,上記のとおり,放影研の死亡率調査は1950年から1990年という発生率調査よりも長い期間を調査対象期間とするものであるから,がん治療の進歩した現在においてもなお必ずしも予後のよいがんであるとはされていない白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんについて,死亡率調査を用いて寄与リスクを算定したことが,直ちに相当性を欠くものということはできず,原告らの主張する点は,算出された寄与リスクに基づいて放射線起因性の有無を判断する際の考慮要素としてしんしゃくすれば足りるものというべきである。 さらに,前記認定事実によれば,放影研の寿命調査第9報第2部「原爆被爆者における癌以外の死因による死亡率,1950-78年」において,寿命調査の開始(1950年)以前の死亡の除外による偏りの大きさを求めるために,1946年に行われた広島市の被爆者調査,1945年の長崎被爆者調査(調調査)及び被爆妊婦婦人調査から1946年ないし1950年の死亡率資料の解析を行ったところ,調査集団設定以前(1950年以前)の感染性及びその他の疾患による死亡率が1950年以降の集団内の放射線と悪性新生物との関係を大きく偏らせている可能性 は少なく,悪性新生物以外の死因に関しては線量との関係は認められず,上記の偏りは1950年以後に調査対象に認められた放射線影響の解釈に重大な影響を及ぼすとは思われないとされているのであり,放影研の死亡率調査における調査集団の規模,対象期間の長さに加えて上記事実をもしんしゃくすると,放影研の死亡率調査における調査対象期 響の解釈に重大な影響を及ぼすとは思われないとされているのであり,放影研の死亡率調査における調査集団の規模,対象期間の長さに加えて上記事実をもしんしゃくすると,放影研の死亡率調査における調査対象期間が調査が開始された1950年以降とされていて調査開始以前のデータが欠落していることが直ちにその解析結果に有意な影響を与えているものと直ちに認めるのは困難というべきである。 なお,原告らは,放影研の疫学調査において,最近まで0.01シーベルトを対照群として設定していたのが,「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」において対照群が0.005シーベルトへと変更されたことをもって,放影研が対照群として被曝線量が0.01シーベルト以下の者を設定することの不合理性を認めていることの表れであるなどと主張するが,前記のとおり,放影研においては,対照群を設定せずにポアソン回帰分析法を用いて回帰式を求め,これにより過剰絶対リスク及び過剰相対リスクを求めているのであるから,原告の主張する点がポアソン回帰分析法による解析結果を左右するものとは認められない。 (ウ)放影研の疫学調査の合理性以上のとおり,放影研の死亡率調査(「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」)及び発生率調査(「原爆被爆者における癌発生率。 第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」)における疫学調査の手法自体には原告らの主張するような不備ないし不合理はなく,また,これらに匹敵する規模の疫学調査が他に存在することを認めるに足りる証拠もないから,これらの調査は原爆放射線被曝線量を曝露要因とする疾病による死亡率又は疾病の発生率に関する現存する最良の疫学調査ということができる。 しかしながら,上記死亡率調査及び発生率調査における解析は,統計分析の結果から線 爆放射線被曝線量を曝露要因とする疾病による死亡率又は疾病の発生率に関する現存する最良の疫学調査ということができる。 しかしながら,上記死亡率調査及び発生率調査における解析は,統計分析の結果から線形モデル,線形二次モデルなどといった関数を帰納することにより線量反応関係を設定することをその基本的内容とするものであるから,現実に存在するとさ れる関係を近似式でもって把握し,これを推定の手段として用いるものということができ,したがって,その解析結果(推定値)については,このような解析方法に由来する限界が存することは否定することができないというべきである。特に,低線量域における死亡率ないし発生率の推定については,前記のとおり,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献も存在している上,放影研の充実性腫瘍発生率に関する1958年ないし1994年のデータを使用し,爆心地から3000メートル以内で,主として0ないし0.5シーベルトの範囲の線量を被曝した被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率を解析したところ,0ないし0.1シーベルトの範囲でも統計的に有意なリスクが存在し,あり得るどのしきい値についても,その信頼限界の上限は0.06シーベルトと算定されたとする文献も存在しているのであって,これらの科学的知見や解析結果を一概に無視することもできないことに照らすと,高線量域における統計分析から求められた線量反応関係をそのまま機械的に適用することについては慎重であるべきであって,このことは,寄与リスクの算定ないし原因確率の算定においても,十分しんしゃくすべきものといえる。 (エ)原因確率の算定の合理性以上説示したところによれば,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」における寄 与リスクの算定ないし原因確率の算定においても,十分しんしゃくすべきものといえる。 (エ)原因確率の算定の合理性以上説示したところによれば,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」における寄与リスクの算定及びこれを受けた審査の方針における原因確率の算定自体については,その時点における医学的,疫学的,統計的知見に基づくものとして,その方法に特段不合理なところはないというべきである。 この点,原告らは,審査の方針における原因確率の算定においては,中性子線の生物学的効果比を無視しており,広島原爆と長崎原爆とではガンマ線と中性子線の比率(放射線スペクトル)が異なっているから,中性子線の生物学的効果比を無視した場合,爆心地から特定の距離の被爆者について,寄与リスクの評価を誤らせることになる旨主張する。 確かに,ガンマ線と中性子線の割合が一定でない場合,等価線量の絶対値が変わ ってくることとなって,死亡率ないし発生率も変わってくることになるが,証拠(乙A15号証)によれば,それによって寄与リスクが大幅に変動することはないと推認されるのであり,他にこの認定を左右するに足りる的確な証拠はないから,審査の方針において原因確率の算定にカーマ線量を用いていること自体が特段不合理であるということはできない。 また,原告らは,審査の方針においては,甲状腺がんと乳がんについてのみ発生率調査のデータを用いており,白血病,胃がん,大腸がん,肺がんについて放影研の発生率調査が原因確率の算定に活かされていないと主張するが,がん治療の進歩した現在においてもなお必ずしも予後のよいがんであるとはされていない白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんについて,死亡率調査を用いて寄与リスクを算定したことが,直ちに相当性を欠くものということはできず,原告らの主張する点は,算出され のよいがんであるとはされていない白血病,胃がん,大腸がん及び肺がんについて,死亡率調査を用いて寄与リスクを算定したことが,直ちに相当性を欠くものということはできず,原告らの主張する点は,算出された寄与リスクに基づいて放射線起因性の有無を判断する際の考慮要素としてしんしゃくすれば足りるものであることは,前に説示したとおりである。 ところで,放射線による後障害は,個々の症例を観察する限り,放射線に特異的な症状を有しているものではなく,一般にみられる疾病と同様の症状を有していることが多いため,放射線に起因するか否かの見極めは困難であるが,被曝集団としてみると,当該集団中に発生する疾病の頻度が高い場合があり,そのような疾病は放射線に起因している可能性が強いと判断されるという態様で,高い統計的解析の上にその存在が明らかにされてくるという特徴があるということができ(乙A9号証),その限りにおいて,当該疾病に対する寄与リスクすなわち原因確率は,当該疾病の発生に対する原爆放射線のリスクの程度を表す指標として有用であることは否定することができない。 しかしながら,以上認定説示したところから明らかなとおり,原因確率すなわち寄与リスクは,あくまでも,疫学調査,すなわち,統計観察,統計分析等によって全体的,集団的に把握されたものであって,放影研の疫学調査が,調査対象集団の規模,調査対象期間,解析の手法等の点において,原爆放射線被曝を曝露要因とす る疾病による死亡率又は疾病の発生率に関する現存する最良の疫学調査ということができるとしても,それに基づいて算定された寄与リスクを個別具体的な個人に発症した個別具体的な疾病に適用するについては,上記のような寄与リスクの性格に内在する限界に留意しなければならないというべきである。すなわち,人間の身体に疾病が生じた場 与リスクを個別具体的な個人に発症した個別具体的な疾病に適用するについては,上記のような寄与リスクの性格に内在する限界に留意しなければならないというべきである。すなわち,人間の身体に疾病が生じた場合,その発症に至る過程においては,多くの要因が複合的に関連していることが通常であり,当該疾病ががんであるとした場合についても,がんの発生には数多くの要因(環境要因及び遺伝要因)が複雑に関連し合っており,この点は原子爆弾の被爆者に発生したがんについても同じである。しかるところ,寄与リスクは,その定義からも明らかなとおり,相対リスクから算定されるものであるところ,そもそも,相対リスクは,統計観察,統計分析等により全体的,集団的に把握されたものであって,当該疾病の発生に対する放射線のリスクの程度を表す指標としては有用なものということができ,また,これから求められる寄与リスクも,その定義からして,その大小が当該疾病に対する放射線のリスクの大小,すなわち,当該疾病の発生が放射線に起因するものである可能性の大小を表す指標としては有用なものということができるとしても,寄与リスク自体は,あくまでも当該疾病の発生が放射線に起因するものである確率を示すものにすぎず,当該個人に発生した当該疾病が放射線に起因するものである高度の蓋然性の有無を判断するに当たっての一つの考慮要素以上の意味を有しないものというべきである。前記のとおり,放射線起因性の判断においては,放射線被曝の事実が当該疾病の発生を招来した関係を経験則上是認し得る高度の蓋然性が存する場合にこれを肯定すべきものであるから,統計観察,統計分析等の結果求められた当該疾病が発生する確率のいかんにかかわらず,経験則上当該個人に発生した疾病が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性が証明される限り,放射 から,統計観察,統計分析等の結果求められた当該疾病が発生する確率のいかんにかかわらず,経験則上当該個人に発生した疾病が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性が証明される限り,放射線起因性が肯定されるのであって,当該疾病の原因確率(寄与リスク)は,当該個人に発生した疾病が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を判断するための1つの考慮要素(間接事実)として位置付けられるべきものであり,原因確率が大きければ有力 な間接事実としてしんしゃくすることができるとしても,原因確率が小さいからといって直ちに経験則上高度の蓋然性が否定されるものではなく,むしろ,当該疾病については疫学調査の結果放射線被曝との間に有意な関係(線量反応関係)が認められていることを踏まえて,当該個人の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に被爆者に発生した疾病の有無,内容,病態などといった種々の考慮要素(間接事実)を全体的,総合的に考慮して原爆放射線被爆の事実が当該疾病の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして検討すべきである。 のみならず,審査の方針の定める原因確率については,以上説示したとおり,現実に存在するとされる線量反応関係を近似式でもって把握し,これを解析して各種リスクを算定することにより求められたものということができるから,これについては,このような解析方法に由来する限界が存することは否定することができない上,特に,低線量域におけるリスクの推定については,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な ついては,このような解析方法に由来する限界が存することは否定することができない上,特に,低線量域におけるリスクの推定については,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献や0ないし0.1シーベルトの範囲でも被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率について統計的に有意なリスクが存在するという解析結果も存在しており,これらを一概に無視することもできないことからすれば,高線量域における統計分析から求められた線量反応関係をそのまま機械的に適用することについては慎重であるべきものということができるのであって,低線量域における原因確率の評価については,特に慎重であるべきものといえる。 また,審査の方針の定める原因確率は,「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」及び「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」の各調査結果及び当時の医学的知見に依拠するものであるところ,その後の期間の経過による症例の蓄積や研究,技術の進歩等に よって新たな疫学的,統計的及び医学的知見が得られることも十分考えられるところ(乙A9号証),実際,放影研のその後の寿命調査及び成人健康調査により,新たに線量反応関係が認められたり,リスク値が増加したりした疾病の存在が報告されているのである。すなわち,前記エにおいて認定した事実によれば,既に「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」において,循環器疾患,消化器疾患,呼吸器疾患に放射線量による死亡率の有意な増加が観察され,これを死因の誤分類,交絡因子,対象者選択効果といった要素では十分に説明することができないように思われた,血液疾患による死亡にも有意な線量反応関係が 患に放射線量による死亡率の有意な増加が観察され,これを死因の誤分類,交絡因子,対象者選択効果といった要素では十分に説明することができないように思われた,血液疾患による死亡にも有意な線量反応関係が認められ,過剰相対リスクは固形がんの数倍であり,これを誤分類では説明することができなかった,などとされ,その後,成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」において,以前にも統計的に有意な正の線形線量反応が認められた甲状腺疾患,慢性肝炎及び肝硬変,子宮筋腫に加えて,白内障に有意な正の線量反応を,緑内障に負の線形線量反応を,高血圧症と40歳未満で被爆した人の心筋梗塞に有意な二次線量反応を認め,腎・尿管結石での有意な線量効果は男性では認められたが女性では認められなかった,白内障,緑内障,高血圧症,男性の腎・尿管結石での放射線影響は新しい知見である,などとされ,さらに,「原爆被爆者の死亡率調査第13報固形がん及びがん以外の疾患による死亡率1950-1997年」によれば,固形がんの過剰リスクは0ないし150ミリシーベルトの線量範囲においても線量に関して線形であるようである,放射線に関連した固形がんの過剰率は調査期間中を通じて増加したが,新しい所見として,相対リスクは到達年齢とともに減少することが認められ,また,子供の時に被爆した人において相対リスクは最も高い,典型的なリスク値としては,被爆時年齢が30歳の人の固形がんリスクは70歳で1シーベルト当たり47パーセント上昇した,がん以外の疾患による死亡率に対する放射線の影響については,追跡調査期間中の最後の30年間では1シーベルト当たり約14パーセントの割合でリスクが増加しており,がん以外の疾患のリスクは1シーベルト 以下の線量においても増加していることを示 響については,追跡調査期間中の最後の30年間では1シーベルト当たり約14パーセントの割合でリスクが増加しており,がん以外の疾患のリスクは1シーベルト 以下の線量においても増加していることを示す強力な統計的証拠がある,低線量における線量反応の形状については著しい不確実性が認められ,特に約0.5シーベルト以下ではリスクの存在を示す直接的証拠はほとんどないが,寿命調査データはこの線量範囲で線形性に矛盾しない,データをより詳細に検討すると,脳卒中,心疾患及び呼吸器疾患などの,がん以外の疾患のいくつかの大きな区分にリスクの増加が認められる,寿命調査集団の部分集団における臨床調査及び検査研究によって,心臓血管疾患,脳卒中,慢性肝疾患及びその他種々の疾患の罹患率と放射線量との統計的関連性が示されており,死亡率調査の結果を補完するデータが得られている,被爆者において,大動脈弓石灰化,収縮期高血圧並びにコレステロール及び血圧の年齢に伴う変動など,がん以外のいくつかの疾患のいくつかの前駆症状について長期にわたるわずかな放射線との関連が報告されている,最近の調査では,被爆者に持続性の免疫学的不均衡及び無症状性炎症と放射線との関連が認められた,これらは,がん以外の広範な疾患に対する放射線影響の機序と関連するのかもしれない,などとされているのである。 したがって,放射線起因性の判断に当たり考慮要素(間接事実)として原因確率を評価するに当たっては,当該原因確率がそれが算定された当時の疫学的,統計的及び医学的知見に規定されたものであることにも留意すべきであるといえる。 (6)審査の方針の定める原爆放射線起因性の合理性前記のとおり,審査の方針は,判断に当たっての基本的な考え方として,申請に係る負傷又は疾病(疾病等)における原爆放射線起因性の判断に当たっては,原 (6)審査の方針の定める原爆放射線起因性の合理性前記のとおり,審査の方針は,判断に当たっての基本的な考え方として,申請に係る負傷又は疾病(疾病等)における原爆放射線起因性の判断に当たっては,原因確率及びしきい値を目安として,当該申請に係る疾病等の原爆放射線起因性に係る「高度の蓋然性」の有無を判断する,この場合にあっては,当該申請に係る疾病等に関する原因確率がおおむね50パーセント以上である場合には,当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し,おおむね10パーセント未満である場合には,当該可能性が低いものと推定する,ただし,当該判断に当たっては,これらを機械的に適用して判断するものではなく, 当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,判断を行うものとする,また,原因確率が設けられていない疾病等に係る審査に当たっては,当該疾病等には,原爆放射線起因性に係る肯定的な科学的知見が立証されていないことに留意しつつ,当該申請者に係る被曝線量,既往歴,環境因子,生活歴等を総合的に勘案して,個別にその起因性を判断するものとする,と定めている。 前に説示したとおり,放射線と負傷又は疾病ないしは治癒能力低下との間に放射線被曝が当該負傷又は疾病ないしいは治癒能力の低下を招来した関係を経験則上是認し得る高度の蓋然性が証明されれば当該疾病の放射線起因性を肯定すべきところ,以上説示したとおり,審査の方針における原爆放射線の被曝線量の算定が依拠しているDS86の原爆放射線の線量評価システム(及びDS02の原爆放射線の線量評価システム)は,現存する最も合理的で優れたシステムであるということができる上,少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以内においては,初期放射線の計算値が測定値とも良 02の原爆放射線の線量評価システム)は,現存する最も合理的で優れたシステムであるということができる上,少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以内においては,初期放射線の計算値が測定値とも良く一致しているのであって,その有用性を一概に否定することはできず,また,審査の方針における原因確率の算定自体も,その時点における疫学的,統計的及び医学的知見に基づくものとして,その方法に特段不合理なところはないから(なお,審査の方針の定める放射線白内障のしきい値も,前記認定のとおり,当時の疫学的,医学的知見に依拠したものと認められる。),上記高度の蓋然性の有無を判断するに当たり,審査の方針の定める基準を適用して申請者の原爆放射線の被曝線量を算定した上,審査の方針の定める原因確率を適用して当該被曝線量に対応する原因確率を算定し,この原因確率又はしきい値を目安すなわち考慮要素の一つとしてとして判断すること自体は,経験則に照らして直ちに不合理と一般的にいうことはできない。 しかしながら,既に説示したとおり,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定のうち,初期放射線による被曝線量の算定については,審査の方針が依拠するDS86及びDS02の原爆放射線の線量評価システムにはシミュレーション計算を主体として構築されたシステムとしての性格上それ自体に内在する限界が存す ることに加えて,その計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いを抱かせるに足りる残留放射能の測定結果が存在し,また,爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者で脱毛等放射線による急性症状と推認される症状が生じたとするものが一定割合存在する事実が複数の調査結果によって認められており,この事実はDS86及び からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者で脱毛等放射線による急性症状と推認される症状が生じたとするものが一定割合存在する事実が複数の調査結果によって認められており,この事実はDS86及びDS02の計算値が少なくとも約1500メートル以遠において過小評価となっているのではないかとの合理的疑いを生じさせるに足りるものであることからして,広島の場合も長崎の場合も,少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートルより以遠で被爆した者に係る初期放射線の算定において,DS86又はDS02に依拠した審査の方針の定める初期放射線の被曝線量の値をそのまま機械的に適用することには少なくとも慎重であるべきであり,これらの値が過小評価となっている可能性をしんしゃくすべきものである(なお,被爆時に遮蔽があった場合についても,審査の方針別表9の数値及び透過係数をそのまま機械的に適用することには慎重であるべきである。)。 また,残留放射線による被曝線量の算定及び放射性降下物による被曝線量の算定については,広島において,a,b地区以外の地域において放射性降下物が存在した事実を裏付ける調査結果が存在し,長崎においても,c地区以外の地域に放射性降下物が存在した可能性を否定することはできず,また,広島原爆及び長崎原爆による放射性降下物ないし放射化物質等が当該地域に沈着したまま長期間にわたり放射線被曝を引き起こした可能性を否定することもできないところ,原爆投下当時広島市内又は長崎市内にいなかったいわゆる入市被爆者について脱毛,歯齦出血,白血球減少症など放射線による急性症状としか考えられない症状が生じている事実が認められ,これについては内部被曝による可能性も指摘されていること,内部被曝の機序については,いまだ必ずしも科学的に解明,実証されておらず,こ 線による急性症状としか考えられない症状が生じている事実が認められ,これについては内部被曝による可能性も指摘されていること,内部被曝の機序については,いまだ必ずしも科学的に解明,実証されておらず,これに関する科学的知見が確立しているとはいい難い状況にあるものの,呼吸,飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性核種が生体内における濃縮等を通じて身体の特定の部位に 対し継続的な被曝を引き起こすとする内部被曝の機序に関するこのような知見には少なくとも相応の科学的根拠が存在することに加えて,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献や0ないし0.1シーベルトの範囲でも被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率について統計的に有意なリスクが存在するという解析結果も存在しており,これらの科学的知見や解析結果を一概に無視することもできないことなどに照らすと,審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がないとすることには,少なくとも慎重であるべきであって,いわゆる入市被爆者や遠距離被爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態等を慎重に検討し,総合考慮の上,被曝の事実の有無を判断するのが相当というべきである。 他方で,原因確率の適用については,前に説示したとおり,審査の方針の定める原因確率がそもそも当時の疫学的,統計的(放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌 断するのが相当というべきである。 他方で,原因確率の適用については,前に説示したとおり,審査の方針の定める原因確率がそもそも当時の疫学的,統計的(放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」及び「原爆被爆者における癌発生率。 第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」)及び医学的知見に規定されたものであることに加えて,原因確率すなわち寄与リスクは,現実に存在するとされる線量反応関係を近似式でもって把握し,これを解析して各種リスクを算定することにより求められたものということができるから,このような解析方法に由来する限界も存するのであり,特に,低線量域におけるリスクの推定については,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献や0ないし0.1シーベルトの範囲でも被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率について統計的に有意なリスクが存在するという解析結果も存在しており,これらの科学的知見や解析結果を一概に無視することもで きないことなどにかんがみると,高線量域における統計分析から求められた線量反応関係をそのまま機械的に適用することについて慎重であるべきであり,低線量域における原因確率の評価については,特に慎重であるべきである。さらに,そもそも,原因確率(すなわち寄与リスク)自体が,あくまでも,疫学調査,すなわち,統計観察,統計分析等によって全体的,集団的に把握されたものであって,当該疾病の発生が放射線に起因するものである確率を示すものにすぎず,当該個人に発生した当該疾病が放射線に起因するものである高度の蓋然性の有無を判断するに当たっての一つの考慮要素以上の意味を有しないものであるから,当該個人に発生した疾病が原爆放射線被曝により招来された関係 に発生した当該疾病が放射線に起因するものである高度の蓋然性の有無を判断するに当たっての一つの考慮要素以上の意味を有しないものであるから,当該個人に発生した疾病が原爆放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を判断するための1つの考慮要素(間接事実)として位置付けられるべきものであり,原因確率が大きければ有力な間接事実としてしんしゃくすることができるとしても,原因確率が小さいからといって直ちに経験則上高度の蓋然性が否定されるものではなく,むしろ,当該疾病については疫学調査の結果放射線被曝との間に有意な関係(線量反応関係)が認められている事実を踏まえて,当該個人の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に被爆者に発生した疾病の有無,内容,病態などといった種々の考慮要素(間接事実)を全体的,総合的に考慮して原爆放射線被爆の事実が当該疾病の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断すべきである。 以上説示したところからすれば,審査の方針において,当該申請に係る疾病等に関する原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には,当該疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性が低いものと推定するとされている点については,必ずしも妥当とはいい難いのであって,正に審査の方針第1の1の3)の定めるとおり,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で,経験則に照らして高度の蓋然性の有無を判断すべきであり,殊に,遠距 離被爆者や入市被爆者については,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に含まれる上記 生活歴等も総合的に勘案した上で,経験則に照らして高度の蓋然性の有無を判断すべきであり,殊に,遠距 離被爆者や入市被爆者については,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に含まれる上記のような問題点や原因確率の算定に含まれる問題点さらには原因確率を当該申請者に適用することについての問題点等にかんがみ,残留放射線による被曝や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該疾病については疫学調査の結果放射線被曝との間に有意な関係(線量反応関係)が認められている事実を踏まえて,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,当該申請者に発生した疾病が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を経験則に照らして判断すべきである。 また,原因確率の定めるしきい値についても,前記のとおり,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」において,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る約1万人の長期データを用いて,がん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,白内障に有意な正の線量反応を認めた,白内障での放射線影響は新しい知見である,とされており,また,後記認定のとおり,「原爆被爆者における眼科調査」(広島医学57巻4号。2004年4月)において,2000年6月から2002年9月にかけて,放影研成人健康調査対象者のうち被爆時の年齢が13歳未満の者全員及び1978年ないし1980年眼科調査を受けた者を対象として 号。2004年4月)において,2000年6月から2002年9月にかけて,放影研成人健康調査対象者のうち被爆時の年齢が13歳未満の者全員及び1978年ないし1980年眼科調査を受けた者を対象として,ロジスティック回帰分析を行ったところ,原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められたとされ,さらに,財団法人広島原爆障害対策協議会主催の第46回原子爆弾後障害研究会(平成17年6月5日)において,放影研臨床研究部(広島),放影研統計部の練石和男,中島栄二らにより,上記2000年6月から2002年9月まで放影研の成人健康調査の全受診者のうち白内障診断を受けたもの1736 名,白内障手術を受けたもの442名について,線量反応関係,しきい値等を解析したところ,原爆被爆者における術後白内障には有意な線量反応関係があり,また,しきい値モデル適合曲線の90パーセント信頼限界の下限は白内障診断,術後白内障ともにしきい値線量0シーベルトを超えない(有意性がない)ので,しきい値は存在しないと考えられる,などという報告がされている事実が認められるのである。 これらの事実をも勘案すれば,審査の方針においてしきい値が定められている白内障についても,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量及びしきい値を機械的に適用して放射線起因性の有無を判断するのは相当ではなく,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に含まれる上記のような問題点や白内障と原爆放射線被曝との関係に関する上記のような疫学的,統計的知見の存在等を踏まえて,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,当該疾病(白内障)の発 存在等を踏まえて,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,当該疾病(白内障)の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,当該申請者に発生した疾病(白内障)が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を経験則に照らして判断すべきである。 さらに,審査の方針において原因確率又はしきい値が設けられていない疾病についても,前記のとおり,そもそも,放射線の人体に与える影響については,その詳細が科学的に解明されているとはいい難い状況にあり,また,放射線による後障害は,個々の症例を観察する限り,一般にみられる疾病と同様の症状を有していることが多いため,放射線に起因するか否かの見極めは困難であって,高い統計的解析の上にその存在が明らかにされてくるという特徴があるものであるところ,前記認定のとおり,過去においては原爆放射線被曝との間に有意な関係がないとされていた疾病について,その後の年月の経過に伴う調査集団における症例の蓄積や解析技術の進歩等により,新たに原爆放射線との間の有意な関係が確認されてくる事例も少なからず存在するのであって,審査の方針が依拠した放影研の「原爆被爆者の死 亡率調査第12報第1部癌:1950-1990年」及び「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」の後においても,寿命調査及び成人健康調査の結果,新たに線量反応関係が認められたり,リスク値が増加したりした疾病の存在が少なからず報告されているのである。これらにかんがみると,審査の方針がその制定当時の疫学的,統計的及び医学的知見に規定されたもので に線量反応関係が認められたり,リスク値が増加したりした疾病の存在が少なからず報告されているのである。これらにかんがみると,審査の方針がその制定当時の疫学的,統計的及び医学的知見に規定されたものであることに留意しつつ,最新の疫学的,統計的及び医学的知見をも踏まえた上で,当該疾病の発生と原爆放射線被曝との一般的関係についての知見に相応の科学的根拠が認められる限り,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,当該申請者に発生した疾病が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を経験則に照らして判断すべきである。 以上要するに,原爆症認定申請に対し,放射線起因性の要件を判断する当たっては,原爆放射線の被曝には種々の態様があることなどからして,その推定は現存する最も合理的で優れた線量評価システムをもってしてもなお未解明で不十分なところがあることに加えて,放射線の人体に与える影響については,その詳細が科学的に解明されているとはいい難い状況にあり,放射線による後障害は,高い統計的解析の上にその存在が明らかにされてくるという特徴があることなどにかんがみ,放射線被曝による人体への影響に関する統計的,疫学的及び医学的知見を踏まえつつ,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的 容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,原爆放射線被曝の事実が当該申請に係る疾病の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断すべきであり,審査の方針の定める 原爆放射線の被曝線量並びに原因確率及びしきい値は,放射線起因性を検討するに際しての考慮要素の一つとして,他の考慮要素との相関関係においてこれを評価ししんしゃくすべきであって,審査の方針自体において定めるとおり,これらを機械的に適用して当該申請者の放射線起因性を判断することは相当でないというべきである。 各原告らの原爆症認定要件該当性(争点②)(1)原爆症認定の対象となる疾患についてア法令の概要被爆者援護法の内容は,前提となる事実等(2)イ記載のとおりであり,被爆者援護法の定める原爆症認定制度の概要は同ウ記載のとおりである。 すなわち,被爆者援護法は,直接被爆者(1条1号),入市被爆者(同条2号),救護被爆者(同条3号),胎児被爆者(同条4号)のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものを被爆者という旨定め(同条),被爆者に対する援護として,健康診断の実施(同法7条),一般疾病医療費(同法18条)の支給,健康管理手当の支給(同法27条),保健手当の支給(同法28条),原子爆弾小頭症手当の支給(同法26条),介護手当の支給(同法31条)等を定めるとともに,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者(ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾 るとともに,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者(ただし,当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因するものでないときは,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けているため現に医療を要する状態にある場合に限る。)に対し,必要な医療の給付を行う(同法10条)旨定めて,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定(同法11条1項。原爆症認定)を受けた被爆者に対し,診察,薬剤又は治療材料の支給,医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術,居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護,病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護,移送,の各給付を行うこととし,また,原爆症認定を受けた被爆者に対しては,医療特別手当(同法24条)ないし特別手 当(同法25条)を支給する旨定めている。このうち,医療特別手当は,原爆症認定を受けた被爆者であって,当該認定に係る負傷又は疾病の状態にあるものに対し,支給されるものであって(同法24条1項),医療特別手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて,都道府県知事の認定を受けなければならず(同条2項),同条1項に規定する要件に該当しなくなった日の属する月がその支給の終期とされており(同条4項),また,特別手当は,原爆症認定を受けた被爆者であって,医療特別手当の支給を受けていない者に対し支給される(同法25条1項)。 同法11条1項の規定による厚生労働大臣の認定(原爆症認定)を受けようとする者は,厚生労働省令で定めるところにより,その居住地の都道府県知事を経由して,厚生労働大臣に申請書を提出しなければならず(被爆者援護法施行令8条1項),この規定を受けて,被爆者援護法施行規則1 する者は,厚生労働省令で定めるところにより,その居住地の都道府県知事を経由して,厚生労働大臣に申請書を提出しなければならず(被爆者援護法施行令8条1項),この規定を受けて,被爆者援護法施行規則12条は,上記申請書には,①被爆者の氏名,性別,生年月日及び居住地並びに被爆者健康手帳の番号,②負傷又は疾病の名称,③被爆時以降における健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病について医療を受け,又は原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要等を記載した認定申請書(様式第5号)によらなければならず(同条1項),また,同申請書には,医師の意見書(様式第6号)及び当該負傷又は疾病にかかる検査成績を記載した書類を添えなければならない(同条2項)旨規定している。そして,上記医師の意見書には,①負傷又は疾病の名称,②被爆者健康手帳の番号,③被爆者の氏名及び生年月日,④既往症,⑤現症所見,⑥当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因する旨,原子爆弾の傷害作用に起因するも放射能に起因するものでない場合においては,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けている旨の医師の意見,⑦必要な医療の内容及び期間,を記載すべきものとされている(被爆者援護法施行規則様式第6号)。そして,厚生労働大臣は,被爆者援護法11条1項の認定(原爆症認定)を行うに当たっては,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用 に起因すること又は起因しないことが明らかであるときを除き,疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならないものとされている(被爆者援護法11条2項,被爆者援護法施行令9条)。 イ検討ア記載のとおり,被爆者援護法11条1項は,同法10条1項に規定する医療の給付を受けようとするものは,当該負傷 ならないものとされている(被爆者援護法11条2項,被爆者援護法施行令9条)。 イ検討ア記載のとおり,被爆者援護法11条1項は,同法10条1項に規定する医療の給付を受けようとするものは,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定(原爆症認定)を受けなければならない旨規定し,被爆者援護法施行規則12条は,原爆症認定の申請書には負傷又は疾病の名称を記載するものとした上で,医師の意見書及び当該負傷又は疾病に係る検査成績を記載した書類を添えなければならないものと規定し,また,この医師の意見書には,負傷又は疾病の名称及び当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因する旨,原子爆弾の傷害作用に起因するも放射能に起因するものでない場合においては,その者の治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けている旨の医師の意見を記載する旨規定している。さらに,被爆者援護法24条1項は,原爆症認定を受けた被爆者であって当該認定に係る負傷又は疾病の状態にある者に対し医療特別手当を支給する旨規定し,同法25条1項は,原爆症認定を受けた被爆者であって医療特別手当の支給を受けていないものに対し特別手当を支給する旨規定している。これらの法令の規定の文理に照らすと,被爆者援護法は,被爆者に生じた個別具体的な負傷又は疾病についてそれぞれ原爆症認定を行い,医療の給付や医療特別手当又は特別手当の支給を行うものとする仕組みを採用しているものと解するのが素直というべきである。したがって,原爆症認定の対象となる負傷又は疾病は,当該申請に係る個別具体的な負傷又は疾病に限られるものと解するのが相当である。 もっとも,前記のとおり,原爆症認定の申請書には,負傷又は疾病の名称に加えて,被爆時以降における健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病について医療を受け,又は が相当である。 もっとも,前記のとおり,原爆症認定の申請書には,負傷又は疾病の名称に加えて,被爆時以降における健康状態の概要及び原子爆弾に起因すると思われる負傷若しくは疾病について医療を受け,又は原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときは,その医療又は自覚症状の概要を記載するものとされ(被爆者援護法施 行規則12条),同申請書に添付すべきものとされている医師の意見書にも,負傷又は疾病の名称及び当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射能に起因する旨等の医師の意見に加えて,既往歴や現症所見を記載すべきものとされている(同規則様式第6号)。そして,申請者に生じた様々な具体的症状を前提に医学的知見に照らしてみても,疾病のとらえ方は必ずしも一義的ではないと考えられる上,当該疾病の内容が常に他の疾病と截然と区別し得るものであるとは限らないことをも踏まえれば,原爆症認定の対象となる疾病の範囲,すなわち,原爆症認定の申請に係る疾病の範囲については,当該申請書に記載された疾病の名称に必ずしも限定されるものではなく,申請書及び医師の意見書その他の添付書類の記載内容に照らして申請者の合理的意思を探求し,医学的知見を参酌しつつ社会通念に従って決すべきである。 これに対し,原告らは,原爆症認定の対象となる疾患は,処分時において申請者が有していた疾患のすべてであり,原爆症認定申請の際に提出した書類に申請疾患と明示していた疾患に限られるものではない旨主張するが,以上説示した法令の規定内容にかんがみると,被爆者援護法が原爆症認定の申請を契機として当該被爆者が処分時に有していた疾患のすべてについて原爆症認定を行うものとする仕組みを採用しているものと読み取るのは困難というべきである。また,原爆症認定申請に対する却下処分の訴訟物が当該却下処分の違法性一般であることから ていた疾患のすべてについて原爆症認定を行うものとする仕組みを採用しているものと読み取るのは困難というべきである。また,原爆症認定申請に対する却下処分の訴訟物が当該却下処分の違法性一般であることから原告らの主張するような解釈を導くこともできないというべきである。 なお,以上説示したとおり解した場合,申請時において存在していたが原爆症認定の対象としなかった負傷又は疾病については,別途これを対象として原爆症認定を申請することが可能であり,また,申請後に新たに発生した疾病について別途原爆症認定を申請することができることはいうまでもない。 (2)各原告らについての原爆症認定要件該当性ア原告Aについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)ア(ア)記載の事実に加え,証拠(甲A15号証,甲B1号証, 乙B4号証ないし7号証,原告A本人)によれば,原告Aの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Aは,昭和2年5月2日生の女性であって,昭和20年8月当時,満18歳で日本赤十字社広島県支部甲種救護看護婦養成所の生徒課程2年に在籍中であり,廣島赤十字病院で救護に従事していた。 b原告Aは,同月5日から,空襲のため,廣島赤十字病院の本館地下で患者の看病をしていたが,翌6日午前7時ころ空襲警報が解除されたため,持ち場に戻ることとなった。原告Aは,廣島赤十字病院(広島市a町所在)寄宿舎の当番であったため,同寄宿舎において掃除の点検をすることとなった。 同日午前8時15分の原子爆弾投下当時,原告Aは,廣島赤十字病院寄宿舎(木造2階建建物)の1階におり,同級生とともに掃除の点検のため廊下で窓ガラスの埃がないか見ていた。 原告Aは,原子爆弾の強い閃光を受け,黄色い光線が原告Aの眼に入った。ほぼ同時に,窓ガラスが爆風で一斉に破損し,建物が崩れ,その下 同級生とともに掃除の点検のため廊下で窓ガラスの埃がないか見ていた。 原告Aは,原子爆弾の強い閃光を受け,黄色い光線が原告Aの眼に入った。ほぼ同時に,窓ガラスが爆風で一斉に破損し,建物が崩れ,その下敷きになった。 原告Aが被爆した廣島赤十字病院寄宿舎は,爆心地から約1.5キロメートルの距離に存在した(なお,原告Aの原子爆弾罹災証明書(乙B6号証),被爆者健康手帳交付申請書(乙B5号証),健康診断個人票(乙B4号証)等には,原告Aの被爆地が爆心地から約1.7キロメートルと記載されているが,原告Aが被爆した廣島赤十字病院寄宿舎が爆心地から約1.5キロメートルの距離に位置することは,被告ら自身の認めるところである。)。 c原告Aは,しばらく後,意識を回復し,自力で外に這い出した。原告Aは,身に着けていた眼鏡も時計もなくなっており,顔面左側と右腕周辺を中心にガラスが突き刺さっていた。原告Aは,鉄筋造りの廣島赤十字病院本館に赴き,顔中や手足に包帯を巻かれた後,休むように言われてしばらく寝ていたが,負傷者が多数来院する中,友人が動いているのを見て,自らも看護活動に勤しんだ。 d同日,原告Aは,上司の命令で,数人で,産業奨励館(現原爆ドーム)直近 のa町にある日本赤十字社の廣島支部まで上司の甲e参事を探しに行ったが,同支部の周りは,金庫と水道の蛇口以外何も立っていない状態であり,おびただしい数の焼け焦げた死体が転がっていた。同支部のあったはずの場所に着いたときにはもう辺りは暗くなっていた。原告Aらは,同所において,真っ黒に焼け焦げた甲e参事の遺体を確認した。 e同月7日朝,原告Aら看護学生に集合がかかり(なお,400名いた看護学生中集まったのは60人であった。),廣島赤十字病院に来る患者の看護活動に従事することになった。原告Aは,上司の命令で した。 e同月7日朝,原告Aら看護学生に集合がかかり(なお,400名いた看護学生中集まったのは60人であった。),廣島赤十字病院に来る患者の看護活動に従事することになった。原告Aは,上司の命令で,同日から毎日,a町にあった小学校と市役所に出張して看護活動に従事し,同月12,3日ころまで廣島赤十字病院と爆心地付近のa町との間を毎日往復した。 f原告Aは,被爆当日から4日目ころまではほとんど何も食べられず,被爆当日の同月6日から漏れている水を汲んで飲んでいた。被爆後4日目ころからは主食(米飯)だけ運ばれてくるようになり,病院の地下で,そこで汲んだ水で飯を炊き,朝晩に1人100個くらい握り飯を作って配り,原告Aもこの握り飯を食べていた。 g原告Aは,被爆後5,6日したころ,外科の医師から体に刺さったガラス片を除去するのでその数を数えるよう言われ,五十数個までは数えたが,それ以上は気分が悪くなって数えられなかった。 h原告Aは,昭和21年3月に看護学校を卒業するまで,廣島赤十字病院での看護活動を続けた。昭和20年9月ころまでは,病院に患者があふれ,毎日遺体を外に出してはまた新しい患者が入ってくるという状況であった。なお,原告Aとともに看護学校を卒業することができたのは学年106人中66人で,40人が死亡した。 (イ)被爆後原告Aに生じた症状等証拠(甲B1号証,乙B1号証,4号証,7号証,原告A本人)によれば,被爆後原告Aに生じた症状等について,以下のとおり認められる。 a原告Aは,被爆後2日目ないし3日目から下痢が始まった。下痢は水様便で, 食べたらトイレに行くような感じであった。昭和20年8月中は,1日に2,3回程度トイレに行くようなひどい症状が続き,下痢の症状は同年9月一杯は続いた。 b原告Aは,同年8月15日ころから歯茎か 食べたらトイレに行くような感じであった。昭和20年8月中は,1日に2,3回程度トイレに行くようなひどい症状が続き,下痢の症状は同年9月一杯は続いた。 b原告Aは,同年8月15日ころから歯茎からの出血(歯齦出血)が始まり,出血が止まらない状態はその後1か月ないし2か月位続いた。同年8月末ころは,固いものを食べたり,歯を食いしばったりすると,すぐに歯茎から出血していた。 その後も,風邪を引いたり少し固いものを噛むと血が出るようになったが,風邪を引いたり熱が出ると歯茎から血が出るという状態は,原告Aが総入れ歯になった昭和40年ころまで続いた。 c原告Aは,昭和20年8月終わりころから脱毛が生じた。同年9月に実家に帰って寝込んでいたころ,櫛で髪をといてもらうと髪が大量に抜けるようになった。 脱毛は同月一杯ころまで続いた。 d原告Aは,同年9月に実家に帰ったころ,悪寒と発熱があり,40度の高熱が出て寝込んだ。また,このころ,口内炎もできた。 e原告Aは,同年9月ころ,占領軍の採血で白血球の数が減少している,数値が2000くらいになっていると言われた。 f原告Aに係る本件原爆症認定申請書添付の健康診断個人票(乙B4号証)中,「原爆によると思われる急性症状(おおむね6か月以内)」の欄には,「貧血」,「熱傷」,「下痢」,「脱毛」,「発熱」,「外傷」,「皮膚粘膜の出血」の各項目について「有」に丸印が付されている(ただし,「熱傷」の項目については,「熱」の字に丸印が付されている。)。 g上記健康診断個人票(乙B4号証)中,「原爆によると思われる慢性症状」の欄には,「貧血」,「めまい」,「疲労感」の各項目について「有」に丸印が付されている。 (ウ)原告Aの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲B1号証,乙B1号証,4号証,7号証,原告A本人)によれば, の欄には,「貧血」,「めまい」,「疲労感」の各項目について「有」に丸印が付されている。 (ウ)原告Aの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲B1号証,乙B1号証,4号証,7号証,原告A本人)によれば,原告Aの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Aは,被爆当時満18歳であり,昭和19年12月ころに盲腸の手術をし,その手術後患部が化膿したためしばらく入院したことがあったものの,それ以外には大きな病気をしたことはなく,被爆時も健康に暮らしていた。 (b)原告Aは,昭和21年3月に看護学校を卒業後,a(現在の東広島市付近)の海軍病院(現在の国立a病院)勤務を命じられ,同病院で看護婦として勤務するようになった。 昭和23年に辞令が解除となり,神奈川県所在の国立相模原病院で勤務するようになり,昭和24年5月ころからは兵庫県三田市所在の国立療養所「春霞園」で勤務するようになった。 (c)原告Aは,春霞園で勤務していたときに現在の夫と知り合い,昭和35年に結婚し,昭和38年には長女を出産した。なお,原告Aは,夫との夫婦生活については,あまり欲求がなく,新婚のころから月に1回あるかないかという程度であった。 (d)原告Aは,昭和51年ころ被爆者健康手帳の交付を受けた。以後,原告Aは毎年被爆者に対する健康診断を受けている。 b病歴等について(a)原告Aは,昭和24年6月に右眼の中央が見えないことに気付き,兵庫県三田市所在のR眼科を受診したところ,右眼の中央が焼けており,両端で見えていると説明された。このとき,左眼についてもごろごろする旨医師に告げた。原告Aは,このときは,通院しても仕方がないと思い,以後通院せずに過ごした。 (b)原告Aは,一層右眼が見えにくくなったため,昭和52年ころ兵 た。このとき,左眼についてもごろごろする旨医師に告げた。原告Aは,このときは,通院しても仕方がないと思い,以後通院せずに過ごした。 (b)原告Aは,一層右眼が見えにくくなったため,昭和52年ころ兵庫県西宮市所在のS眼科で診察を受けたところ,右眼については,両端も白内障が原因で見えなくなっている,右眼は治療をしても治らないから,左眼を大事にするようにと言われた。また,原告Aは,このころ,左眼もごろごろするような感覚を有していた。 原告Aは,右眼の手術をしてみようと思い,同年10月ころ広島県所在の甲f眼科で診察を受けたところ,被爆時に網膜が焼けているから白内障の手術はできない,左眼を大切にするようにと言われた。 原告Aは,その後,平成6年12月ころまで,2か月に1度,S眼科に通い,左眼の点眼治療を受けた。 原告Aは,平成6年ころ,左眼に白内障が入りかけている旨言われた。 (c)原告Aは,平成7年1月の阪神大震災を契機に眼科への通院を中断したが,平成11年ころから,兵庫県篠山市所在の岡本病院に通院するようになった。原告Aは,岡本病院において,右眼については眼球癆になっている旨告げられた。 原告Aは,岡本病院において,ドライアイ治療や白内障治療のため,点眼薬治療を受け,また,眼底を開いての検査や,半年に一度程度白内障による出血に対する止血のためのレーザー治療を受けるなどしている。 (d)原告Aに係る本件原爆症認定申請の際添付された平成13年9月14日付け岡本病院医師の意見書には,原告Aの負傷又は疾病の名称として右眼球癆,左白内障,左糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症,既往歴として右眼球癆,現症所見として右眼球癆,左0.1(矯正0.4),左白内障,糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症を認め,点眼にて加療を行っている,医療の内容として点眼薬にてド 症,両涙液分泌減少症,既往歴として右眼球癆,現症所見として右眼球癆,左0.1(矯正0.4),左白内障,糖尿病性網膜症,両涙液分泌減少症を認め,点眼にて加療を行っている,医療の内容として点眼薬にてドライアイ,白内障の加療を行い,眼底検査施行して糖尿病性網膜症の経過を観察している旨記載されている。 (e)原告Aは,平成15年8月ころ,岡本病院において,左眼の白内障の手術を受けた。 (f)原告Aは,昭和38年ころから歯が抜けるようになり,歯医者に通院していたが,昭和40年ころ,通院していた歯医者から,糖尿でも歯が抜ける旨言われたことがあった。もっとも,そのころは糖尿病を示す検査所見はみられなかった。 また,原告Aは,平成9年ないし平成10年ころから,血糖値が高い旨指摘されるようになり,1年ないし1年半に1回の頻度で入院して血糖値を下げている。な お,健康診断個人票(乙B4号証)の平成13年7月10日及び同年11月6日の東神戸病院における臨床病理学的検査中尿検査の結果は糖が陽性である。 (g)原告Aは,戦後,肺に影があると度々言われ,昭和30年代後半には,結核の初期の患者に処方されるヒドラという抗生物質を与えられるなどした。また,原告Aは,平成6年ころ,東神戸病院で,肺浸潤があると言われた。 (エ)本件A却下処分の経緯原告Aによる原爆症認定申請及びこれに対する被告厚生労働大臣による却下処分(本件A却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)ア(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Aは,平成13年9月20日付けで,負傷又は疾病名を右眼球癆として,被告厚生労働大臣(認定申請書(乙B1号証)の名あて人は厚生大臣)に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審 して,被告厚生労働大臣(認定申請書(乙B1号証)の名あて人は厚生大臣)に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成14年6月7日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Aの申請について,申請疾病名を右眼球癆,線量目安を34.7センチグレイ,しきい値を1.75シーベルト(1.31ないし2.21シーベルト)として,原告Aの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。被告厚生労働大臣は,同年7月1日付けで原告Aの原爆症認定申請を却下する旨の処分(本件A却下処分)をしたが,通知書には,疾病・障害認定審査会において,原告Aの申請に係る疾病のしきい値を求め,同しきい値を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病は原子爆弾の放射線に起因するものと判断された,次に,意見書等により,同疾病の医療の状況が検討されたが,同疾病については,現に医療を要する状態にはないものと判断された,上記の意見を受け,原告Aの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Aの原爆症認定申請に係る疾病 a原告Aの原爆症認定申請に係る申請書(乙B1号証),医師の意見書(乙B7号証)及び健康診断個人票(乙B4号証)等によれば,原告Aの原爆症認定申請に係る疾病は,右眼球癆並びに左白内障,左糖尿病性網膜症及び両涙液分泌減少症であると認められる。 b証拠(乙A9号証,55号証,56号証,68号証,甲A67号証,甲B5号証の10,12)によれば,眼球癆及び白内障に関して次の事実が認められる 病性網膜症及び両涙液分泌減少症であると認められる。 b証拠(乙A9号証,55号証,56号証,68号証,甲A67号証,甲B5号証の10,12)によれば,眼球癆及び白内障に関して次の事実が認められる。 (a)眼球癆の原因については,毛様体炎が強いと毛様体の房水産生が低下して低眼圧になり,それが高度になると眼球が縮小して眼球癆になるとされている(乙A55号証)。 (b)白内障とは,水晶体が混濁した状態をいい,その混濁は蛋白の変性,線維の膨化や破壊によるもので,これには先天性のものと後天性のものがある。後天性の白内障としては,原因別に,老人性,外傷性,併発性,放射線性,内分泌代謝異常性,薬物又は毒物性などに分けられる。 老人性白内障は,加齢による水晶体の混濁で,70歳ないし80歳の高齢者になると多少なりともすべての人にこれが認められ,白内障の中でも最も多いものである。初発年齢には個人差があるが,一般に50歳以上で他に原因を見いだせないものを指す。程度の差はあるが,両側性で,進行は一般に緩徐である。混濁は赤道部皮質や核あるいは後嚢下に始まる。 外傷性白内障は,水晶体嚢が破損すると水晶体繊維が変性,膨化して混濁する。 水晶体嚢の破損部から水晶体皮質の白濁が始まる。一般に混濁は進行し早いものでは数日のうちに水晶体全体に及ぶ。 併発白内障は,長期にわたるぶどう膜炎,網膜剥離など眼内病変に伴って水晶体の栄養障害をもたらし発生するものである。このうち,糖尿病白内障は,糖尿病者に生じるもので,若年者で両側性に進行するものもあり,高齢者では老人性との区別が困難である。後嚢下白内障をみることが多い。 放射線白内障は,放射線エネルギーによって生じる白内障で,レントゲンや原爆 などの被曝による。放射線を受けると6か月から数年を経て後嚢下に白内障をみる。 これは 。後嚢下白内障をみることが多い。 放射線白内障は,放射線エネルギーによって生じる白内障で,レントゲンや原爆 などの被曝による。放射線を受けると6か月から数年を経て後嚢下に白内障をみる。 これは外眼部や眼内に対する照射による場合が多い(乙A55号証)。 (c)「原爆放射線の人体的影響1992」(乙A9号証)によれば,原爆白内障は,広島,長崎の原爆被爆生存者に最初に見いだされた後障害であり,水晶体が眼の中で放射線に最も感受性が高くその影響を受けやすいことから,眼の障害としては頻度が最も高い病変である,放射線白内障は,水晶体に放射線が当たって赤道部の細胞増殖帯で細胞が障害されると,変性した細胞は膨化し,核を持ったまま後嚢の内側を正常な細胞よりもゆっくりと後極へ移動し,後極部の後嚢下に変性した細胞が集まって水晶体混濁を形成する,放射線白内障の特性としては,①電離放射線の種類に関係なく,どの放射線でも水晶体には同じような形態学的変化を起こす,②速中性子はエックス線やガンマ線よりも生物学的効果比が大きい,③照射された線量が多いほど,白内障発生までの潜伏期は短く,白内障の程度は強い,④幼弱な個体ほど変化が強いが,放射線に対する感受性には個体差もある,⑤混濁は水晶体の後極部で後嚢下に初発し,斑点状ないし円板状混濁を形成し,一部は拡大してドーナツ形となる,これを細隙灯顕微鏡で見ると,混濁の表面は顆粒状で,多色性反射(色閃光)がみられることがある,混濁は後嚢下とその少し前方に位置するものとに別れ,二枚貝様の混濁を形成する,このような初期に見られる所見は放射線白内障に特徴的なものである,⑥後極部後嚢下に放射線白内障類似の混濁を生じるのは,網膜色素変性症やぶどう膜炎に併発する白内障,ステロイド白内障,老人性白内障で後嚢下から始まるものなどがあり は放射線白内障に特徴的なものである,⑥後極部後嚢下に放射線白内障類似の混濁を生じるのは,網膜色素変性症やぶどう膜炎に併発する白内障,ステロイド白内障,老人性白内障で後嚢下から始まるものなどがあり,鑑別が必要である,原爆白内障の臨床像は,原爆以外の放射線によって生じた白内障と極めて類似しており,原爆白内障を診断するためには,水晶体後極部の後嚢下に顆粒状の変化があるだけでは十分ではなく,細隙灯顕微鏡で少なくとも円板状の混濁が見られることを条件とするもの,後極部後嚢下にあって色閃光を呈する限局性の混濁及び後極部後嚢下よりも前方にある点状ないし塊状混濁の二つの形態学的特徴を診断基準として取り上げているもの,などがある,原爆白内障の発生頻度と混濁の程度は,被曝線量と 平行し,被爆時の年齢と相関する,広島の原爆は長崎原爆に比し中性子線量を多量に含んでいるため,同じ線量でも広島原爆の被爆者の方が混濁を示す比率が多い,水晶体の加齢現象である老人性白内障の頻度が被爆者に高いか否かの検討はまだ明らかにされていない,などとされている。 なお,上記文献によれば,広島赤十字病院眼科で行われた調査(1953年6月ないし1954年10月)では,爆心地から2.0キロメートル以内の被爆者の原爆白内障発生率は54.7パーセント,2.0キロメートル以上での被爆者では10.8パーセントであり,広島大学眼科での調査(1957年10月ないし1961年9月)では,1.0キロメートル以内の原爆白内障の発生率は70パーセント,1.0キロメートルないし2.0キロメートルでは30パーセント,1.6キロメートルを超えると発生頻度は急減したとされ,長崎大学眼科で行われた調査(1953年7月ないし1956年12月)では,被爆距離が1.8キロメートル以内の発生率は57.4パーセント,2. ,1.6キロメートルを超えると発生頻度は急減したとされ,長崎大学眼科で行われた調査(1953年7月ないし1956年12月)では,被爆距離が1.8キロメートル以内の発生率は57.4パーセント,2.4キロメートル以内では48.5パーセントで,原爆白内障が起こる被爆距離の限界は統計学的に1.8キロメートルとしているとされる。 (d)放射線基礎医学第10版(乙A68号証)によれば,水晶体混濁は2グレイの被曝で起こるといわれるが,臨床的に問題となるような白内障は5グレイの被曝が必要である,最近の放影研の報告によると,DS86で被曝線量の明らかな広島の原爆被爆者2249名について白内障の発生と線量との関係を調べたところ,中性子線に対して0.06グレイ,ガンマ線に対して1.08グレイのしきい値を仮定した線形-2次線量反応関係が最良のモデルであり,2つのしきい値から求めた中性子の生物学的効果比は18で,この値を用いた眼の臓器線量当量で示される放射線誘発白内障のしきい値は1.75シーベルト,安全域は1.31シーベルト(95パーセント信頼限界の下限)であった,潜伏期間は線量と照射時間にはほとんど関係がない,混濁は主に水晶体の後極部に起こるが,同時に前嚢下部位に起こることがある,などとされている。 (e)放影研の成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」(甲A67号証文献番号30)によれば,1958年から1986年に成人健康調査(AHS)受診者の白内障の新たな発生が放射線量に伴って増加していないことを示唆しているとされていたが,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(甲A67号証文献番号31)によれば,白内障に有意な正の線量反応を認 ことを示唆しているとされていたが,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(甲A67号証文献番号31)によれば,白内障に有意な正の線量反応を認めた,白内障での放射線影響は新しい知見である,とされ,また,白内障の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは,全相対リスクが1.06,被爆時年齢25歳の相対リスクが1.07であるとされている。 (f)「原爆被爆者における眼科調査」(広島医学57巻4号。2004年4月。 甲B5号証の10)によれば,2000年6月から2002年9月にかけて,放影研成人健康調査対象者のうち被爆時の年齢が13歳未満の者全員及び1978年ないし1980年眼科調査を受けた者を対象として,細隙灯検査,写真撮影及び水晶体混濁分類システム2による分類を行い,性,年齢,都市,線量,中間危険因子を説明変数とし,核色調,核混濁,皮質混濁,後嚢下混濁それぞれ所見なし群を基準として混濁群別比例オッズモデルを用いたロジスティック回帰分析を行ったところ,原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められた,なぜ55年を経てこのような現象がみられるのかその機序は不明である,白内障には紫外線,糖尿病,ステロイド治療,炎症,カルシウム代謝など様々な危険因子が存在することが知られているが,それらを調整しても線量との関連の有意性の変化は認められなかった,今後動物実験などにより確認する必要があると考えられる,また,今後,しきい値モデルを用いた解析を行い,放射線確定的影響について別途報告の予定である,などとされている。そして,上記眼科調査の報告者グループの構成員である放影研臨床研究部(広島),放影研統計部の練石和男,中島栄二らは,財団法人広島原爆 ,放射線確定的影響について別途報告の予定である,などとされている。そして,上記眼科調査の報告者グループの構成員である放影研臨床研究部(広島),放影研統計部の練石和男,中島栄二らは,財団法人広島原爆障害対策協議会主催の第46回原子爆弾後障害研究会(平成17年6月5日)において,上記 2000年6月から2002年9月まで放影研の成人健康調査の全受診者のうち白内障診断を受けたもの1736名,白内障手術を受けたもの442名について,都市,性,被爆時年齢及び糖尿病を調整し,線量反応関係,間接効果因子,しきい値を解析したところ,原爆被爆者における術後白内障には有意な線量反応関係があり,カルシウムなど放射線の間接効果因子が存在し,また,しきい値モデル適合曲線の90パーセント信頼限界の下限は白内障診断,術後白内障ともにしきい値線量0シーベルトを超えない(有意性がない)ので,しきい値は存在しないと考えられる,などという報告をしている(乙B5号証の12)。 (g)なお,「原爆放射線の人体的影響1992」(乙A9号証)によれば,放射線と糖尿病頻度,糖尿病発症率及び糖尿病合併症との関連についての疫学的データから検討が加えられているが,いずれも放射線被曝と糖尿病頻度,糖尿病発症率及び糖尿病合併症との間に統計学的に有意な関連はみられなかったとされている。 (カ)原告Aの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a原告Aの原爆症認定申請に係る疾病のうち,右眼球癆については,放射線被曝との関係の有意性について言及した文献は見当たらず,前記(オ)b(a)に説示した発症の機序に照らしても,放射線起因性を認めるのは困難であり,他に原告Aの眼球癆の放射線起因性を認めるに足りる的確な証拠はない。また,原告Aの両涙液分泌減少症の放射線起因性を認めるに足りる的確な証拠もない 機序に照らしても,放射線起因性を認めるのは困難であり,他に原告Aの眼球癆の放射線起因性を認めるに足りる的確な証拠はない。また,原告Aの両涙液分泌減少症の放射線起因性を認めるに足りる的確な証拠もない。さらに,左糖尿病性網膜症についても,前記(オ)b(g)において認定したとおり,放射線被曝と糖尿病頻度,糖尿病発症率及び糖尿病合併症との間に統計学的に有意な関連はみられなかったとされているのであり,他に原告Aの糖尿病ないし左糖尿病性網膜症の放射線起因性を認めるに足りる的確な証拠はない。 そこで,以下,原告Aの原爆症認定申請に係る疾病のうち左白内障の放射線起因性について検討する。 b白内障は,審査の方針において,しきい値(1.75シーベルト)が設けられている疾病であり,前記(オ)b(d)のとおり,これを裏付ける文献も存在する。 しかるところ,前記認定事実によれば,原告Aは,廣島赤十字病院寄宿舎(木造2階建建物)の1階で掃除の点検のため廊下で窓ガラスの埃がないか見ていた際被爆したというのであり,赤十字病院寄宿舎は,爆心地から約1.5キロメートルの距離に存在したというのであるから,原告Aの被曝地点の爆心地からの距離は約1. 5キロメートルであるところ,遮蔽なしとした場合の初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば0.4964グレイ(49.64センチグレイ),DS02によれば0.5357グレイ(53.57センチグレイ)と推定されることになり(乙A46号証),原告Aは,赤十字病院寄宿舎(木造2階建建物)の1階(屋内)において被曝したものであるから,その推定被曝線量は上記線量に木造家屋の透過係数(前記のとおりDS86においては日本家屋内被爆の場合の平均家屋透過係数は広島の場合ガンマ線0.46,中性子線0.36とされている。)を のであるから,その推定被曝線量は上記線量に木造家屋の透過係数(前記のとおりDS86においては日本家屋内被爆の場合の平均家屋透過係数は広島の場合ガンマ線0.46,中性子線0.36とされている。)を乗じたものとなる。そして,前記(ア)において認定した原告Aの被爆後の行動経過に照らし,審査の方針に従って残留放射線による被曝線量を推定すると,原告Aが被爆後滞在した地域を爆心地に最も近いa町付近(爆心地から約300メートル)と仮定したとしても,被告らの主張するとおり,その累積被曝線量はせいぜい4センチグレイ程度ということになり,初期放射線による被曝線量と併せても,白内障に係る上記しきい値に達しない。 のみならず,前記認定事実によれば,原告Aは,糖尿病に罹患している事実が認められるところ,白内障の中には,糖尿病に罹患している者に生じる糖尿病白内障があるほか,老人性白内障があり,老人性白内障は,70歳ないし80歳の高齢者になると多少なりともすべての人にこれが認められ,白内障の中でも最も多いものであって,糖尿病白内障は高齢者では老人性白内障との区別が困難であるとされているところ,原告Aの罹患している白内障の鑑別診断の手掛かりとなる的確な医証等は提出されていない。これらによれば,原告Aの左白内障については,老人性白内障及び糖尿病白内障の可能性が検討されるべきである。 cしかしながら,前記認定事実によれば,原告Aは,木造2階建建物の1階に おいて廊下で窓ガラスの埃がないかを見ていた際原子爆弾の強い閃光を受け黄色い光線が眼に入ったというのであり,爆心地から約1.5キロメートル離れた地点であるとはいえ眼という特定の部位にガラス越しに原爆による初期放射線の直曝を受けたものということができる。また,その線量についても,前記のとおり,DS86及びDS02の 1.5キロメートル離れた地点であるとはいえ眼という特定の部位にガラス越しに原爆による初期放射線の直曝を受けたものということができる。また,その線量についても,前記のとおり,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いが存するものである。 のみならず,原告Aは,原爆投下直後,倒壊した建物の下敷きとなり,自力で外に這い出した後,身体にガラスが刺さったまま,来院する負傷者の看護活動に勤しみ,また,被爆当日,a町にある日本赤十字社の廣島支部との間を往復し,その後も,翌日(昭和20年8月7日)早朝から,毎日,a町にあった小学校と市役所に出張して看護活動に従事し,同月12,3日ころまで廣島赤十字病院と爆心地付近のa町との間を毎日往復したというのであり,その間,被爆当日の同月6日から漏れている水を汲んで飲み,被爆後4日目ころ,病院の地下で,そこで汲んだ水で飯を炊き,朝晩に1人100個くらい握り飯を作って配り,原告Aもこの握り飯を食べていたというのであり,また,被爆の5,6日後ころに外科の医師によりガラス片の除去を受けるまでまでの間,身体にガラス片が多数刺さった状態であったというのである。以上のような被爆状況及び被爆後の行動経過,活動内容等にかんがみると,原告Aについては,爆心地付近の誘導放射化した土壌による残留放射線の被曝に加えて,飲食物の摂取又は負傷した部位から誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられるところである。 dまた,前記認定事実によれば,原告Aは,被爆後2日目ないし3日目から下痢が始まり,下痢は水様便で,食べたらトイレに行くような感じであって,昭和20年8月中は,1日に2,3回程度トイ ころである。 dまた,前記認定事実によれば,原告Aは,被爆後2日目ないし3日目から下痢が始まり,下痢は水様便で,食べたらトイレに行くような感じであって,昭和20年8月中は,1日に2,3回程度トイレに行くようなひどい症状が続き,下痢の症状は同年9月一杯は続いたほか,同年8月15日ころから歯茎からの出血(歯齦出血)が始まり,出血が止まらない状態はその後1か月ないし2か月位続き,同年 8月末ころは,固いものを食べたり,歯を食いしばったりすると,すぐに歯茎から出血し,また,同年8月終わりころから脱毛が生じ,同年9月に実家に帰って寝込んでいたころ,櫛で髪をといてもらうと髪が大量に抜けるようになり,脱毛は同月一杯ころまで続き,さらに,同年9月ころ,占領軍の採血で白血球の数が減少している,数値が2000くらいになっていると言われたなどというのである。 前記1(3)ウ及びエ等において認定した事実に照らすと,原告Aの上記のような症状は,その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線による急性症状として説明することが可能であり,むしろ,放射線による急性症状であったとみるのが素直である。 この点,被告らは,放射線障害としての下痢は血性の慢性下痢を特徴とするものであり,鑑別診断なくして原告Aの訴える下痢が放射線による急性症状であったと断じることはできず,また,原告Aの被曝線量からみて原告Aの歯茎からの出血を放射線による障害であると考えることには無理があり,脱毛を生じさせるに足りるものではないなどと主張するが,被爆後,後記認定のその余の原告らを含めて前記認定のとおり被爆者の多くに下痢の症状がみられたことに照らすと,原告Aの下痢が血性の慢性下痢の特徴を備えていたことを認めるに足りる的確な証拠がないからといって,これを被爆直後の衛生状態によるものと断ずるこ とおり被爆者の多くに下痢の症状がみられたことに照らすと,原告Aの下痢が血性の慢性下痢の特徴を備えていたことを認めるに足りる的確な証拠がないからといって,これを被爆直後の衛生状態によるものと断ずることはできず,原告Aの歯茎からの出血についても,被爆前に同様の症状がみられた形跡がないことからしても,被爆との関連が合理的に疑われるのであり,さらに,前記認定のような原告Aの被爆直後の行動等にもかんがみると,脱毛を含めて原告Aに生じた上記のような症状が栄養状態又は心因性ないしストレスによるものとはおよそ考え難いのであって,原告Aの上記症状は放射線被曝による急性症状とみるのが合理的かつ自然というべきである。そして,原告Aに上記のような放射線被曝による急性症状として説明可能な複数の症状が生じていることは,前記認定の原告Aの被爆後の生活状況,病歴等と併せて,原告Aの被曝線量が決して小さくなかったことを推認させるものというべきである。 eところで,原告Aの左眼に白内障が発症した正確な時期は証拠上不明であるが,前記認定事実によれば,原告Aは,昭和52年ころ眼科で診察を受けたところ,右眼については,両端も白内障が原因で見えなくなっていると言われ,右眼の手術をしてみようと思って,同年10月ころ眼科で診察を受けたところ,被爆時に網膜が焼けているから白内障の手術はできないと言われたが,それ以前から,左眼についてもごろごろするような感じを訴えており,平成6年ころ,左眼に白内障が入りかけている旨言われたなどというのである。他方で,前記認定事実によれば,原告Aは,昭和40年ころ,通院していた歯医者から,糖尿でも歯が抜ける旨言われたことがあったが,そのころは糖尿病を示す検査所見はみられなかったところ,平成9年ないし平成10年ころから,血糖値が高い旨指摘されるよ 和40年ころ,通院していた歯医者から,糖尿でも歯が抜ける旨言われたことがあったが,そのころは糖尿病を示す検査所見はみられなかったところ,平成9年ないし平成10年ころから,血糖値が高い旨指摘されるようになり,1年ないし1年半に1回の頻度で入院して血糖値を下げているというのである。これらによると,原告Aは,遅くとも平成6年ころには左眼についても白内障を発症していた可能性が高く,少なくとも,糖尿病の発症に先立って左眼白内障を発症していたものと認めることができるのであって(前記のとおり,原告Aは,昭和51年ころ被爆者健康手帳の交付を受けて以後,毎年被爆者に対する健康診断を受けている。),原告Aが左眼白内障の発症に先立って糖尿病を発症していた事実を認めるに足りる的確な証拠はない。 f以上のとおり,原告Aは,爆心地からの距離が約1.5キロメートルの地点で,木造家屋内とはいえ,ガラス越しに眼(正に白内障が発症した部位である)に原爆による初期放射線の直曝を受けているほか,爆心地付近の誘導放射化した土壌による残留放射線の被曝に加えて,飲食物の摂取又は負傷した部位から誘導放射化した物質を体内に取り込んだ可能性も十分考えられ,被爆後放射線被曝による急性症状として説明可能な複数の症状が生じていることなどからして,原告Aの被曝線量は決して小さくなかったと考えられる。しかるところ,原告Aの左眼白内障は,遅くとも平成6年ころには発症していた可能性が高く,少なくとも,糖尿病の発症に先立って左眼白内障を発症していたものと認められる。このことに加えて,前記 認定のとおり,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」において,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る約1万人の長期データを用いて,がん以外 ,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」において,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る約1万人の長期データを用いて,がん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,白内障に有意な正の線量反応を認めたとされており,また,「原爆被爆者における眼科調査」(広島医学57巻4号。2004年4月)において,2000年6月から2002年9月にかけて,放影研成人健康調査対象者のうち被爆時の年齢が13歳未満の者全員及び1978年ないし1980年眼科調査を受けた者を対象として,ロジスティック回帰分析を行ったところ,原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められたとされ,さらに,財団法人広島原爆障害対策協議会主催の第46回原子爆弾後障害研究会(平成17年6月5日)において,放影研臨床研究部(広島),放影研統計部の練石和男,中島栄二らにより,上記2000年6月から2002年9月まで放影研の成人健康調査の全受診者のうち白内障診断を受けたもの1736名,白内障手術を受けたもの442名について,線量反応関係,しきい値等を解析したところ,原爆被爆者における術後白内障には有意な線量反応関係があり,また,しきい値モデル適合曲線の90パーセント信頼限界の下限は白内障診断,術後白内障ともにしきい値線量0シーベルトを超えない(有意性がない)ので,しきい値は存在しないと考えられる,などという報告がされているのであって,これらの統計分析や報告の信頼性を直ちに否定するに足りる証拠はない(なお,被告らは,上記第46回原子爆弾後障害研究会におけるしきい値に関する報告は術後白内障に関するものであるところ,白内障と術後白内障とは全 計分析や報告の信頼性を直ちに否定するに足りる証拠はない(なお,被告らは,上記第46回原子爆弾後障害研究会におけるしきい値に関する報告は術後白内障に関するものであるところ,白内障と術後白内障とは全く別の病態であるから,同報告をもって白内障のしきい値についての結論を導くことは失当であると主張するが,甲B5の10及び12の文脈からして,しきい値に関する上記報告は術後白内障に限定しない趣旨のものであると読むのが素直である。)。これらを総合考慮すれば,原告Aの左眼白内障は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきであり,原 告Aの左眼白内障について放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Aの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記(カ)において認定説示したとおり,原告Aの原爆症認定申請に係る疾病のうち左眼白内障について放射線起因性を認めることができるところ,前記認定事実によれば,原告Aは,平成11年ころから,兵庫県篠山市所在の岡本病院に通院し,同病院において,ドライアイ治療や白内障治療のため,点眼薬治療を受け,また,眼底を開いての検査や,半年に一度程度白内障による出血に対する止血のためのレーザー治療を受けるなどしていたというのであり,また,本件A却下処分後の平成15年8月ころ,岡本病院において,左眼白内障の手術を受けたというのであるから,原告Aの左眼白内障について要医療性を認めることができる(なお,上記のとおり,原告Aは,本件A却下処分後に左眼白内障の手術を受けているが,乙A55号証に照らしても,これによって原告Aの左眼白内障が今後治療を要しない状態になったとまで断定することはできず,他に原告Aの左眼白内障の要医療性が消滅したことを認めるに足りる的確な証拠はない。)。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Aは Aの左眼白内障が今後治療を要しない状態になったとまで断定することはできず,他に原告Aの左眼白内障の要医療性が消滅したことを認めるに足りる的確な証拠はない。)。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Aは,本件A却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病のうち左眼白内障について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,その余の点について判断するまでもなく,本件A却下処分は違法というべきである。 イ原告Bについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)イ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A121号証,甲C1号証,2号証,3号証の1,2,6号証,7号証の1,2,乙C6号証,原告B本人)によれば,原告Bの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Bは,昭和5年1月2日生の女性であって,昭和20年8月当時,満15歳で長崎県立高等女学校に在学中であった。 原告Bは,昭和19年9月ころから勤労奉仕として三菱兵器製作所a町工場で主として魚雷の製造作業に従事し,男性に混じって黒煙を担いで運んだりスコップで土塊をすくってふるいにかける作業等もしていた。 b昭和20年8月9日,原告Bは,工場内の診察医から過労のためしばらく休養するよう言われて,10日くらい前から長崎市a町b番地の自宅(木造家屋。以下「B宅」という。)で療養していた。自宅の窓及び障子はすべて開放した状態であった。午前11時2分,奥の部屋の方角(北西方向)から強烈な閃光とともに爆風を受け,B宅にいた母及び姉とともに防空壕に非難した。 c原告B宅で下宿していた同級生のUは,a町工場(爆心地から約1.5キロメートル弱)で被爆したが,その日のうちにB宅まで徒歩で戻った。Uは,体中が真っ黒に汚れており,原告BはUから被爆状況についての話を聞いた。また,長崎医科大学(爆心 a町工場(爆心地から約1.5キロメートル弱)で被爆したが,その日のうちにB宅まで徒歩で戻った。Uは,体中が真っ黒に汚れており,原告BはUから被爆状況についての話を聞いた。また,長崎医科大学(爆心地から約500メートル)で被爆した隣人は,翌日(昭和20年8月10日)に戻ってきて,b山の上で一晩過ごしたこと,そこのカボチャを食べたこと等の話をしていた。ところが,同人は,しばらくして唇が腫れてきて,1週間ほどで亡くなった。原告Bは,隣組の人と協力し,同人の遺体を担架に乗せて伊良林小学校まで運び,その焼却作業に従事した。その際,同小学校の広いグランドでは,各所で遺体が焼かれており,煙が無数に立ち上っていた。 d原告Bは,被爆以後,買ってきたかぼちゃや芋,鰯の配給以外にも,自宅隣のシーボルト遺跡で栽培した夏野菜や糠(ぬか)で作った団子を食べるなどし,水道水を飲むなどしていた。 e原告Bは昭和20年9月から女学校に登校したが,原子爆弾で死亡した生徒も多く,クラス数も7クラスから5クラスに減少した。また,登校している生徒の中にも体調がすぐれない者や頭髪が抜けている者が何人もいた。 f原告B宅は,爆心地の南東約3.3キロメートルの距離にあり,また,長崎市c町d丁目(c地区)の南東約500メートルの位置であった(甲A121号証)。 g原告Bの昭和34年10月27日付け被爆者健康手帳交付申請書に係る居所 証明願書(乙C6号証)には,中心地から2キロメートル以内の地域に投下後2週間以内に入り込んでいない旨記載されている。 (イ)被爆後原告Bに生じた症状等証拠(甲C1号証,乙C1号証,5号証,7号証,原告B本人)によれば,原告Bに生じた症状等について,以下のとおり認められる。 a原告Bは,被爆の数日後ころから次第に体のだるさを覚えるようになった。 証拠(甲C1号証,乙C1号証,5号証,7号証,原告B本人)によれば,原告Bに生じた症状等について,以下のとおり認められる。 a原告Bは,被爆の数日後ころから次第に体のだるさを覚えるようになった。 b原告Bの被爆者健康手帳交付申請の際に作成された原爆被爆者調査票(乙C7号証)中の「原爆による急性症状(おゝむね六カ月以内)」の欄にはいずれの項目にも「なし」と記載されており,また,原告Bに係る本件原爆症認定申請書添付の健康診断個人票(乙C5号証)中の「原爆によると思われる急性症状(おおむね6か月以内)」の欄もいずれの項目にも「無」に丸印が付されている。 c上記健康診断個人票(乙C5号証)中,「原爆によると思われる慢性症状」の欄には,「貧血」,「疲労感」の各項目について「有」に丸印が付されている。 d被爆当時B宅にいた原告Bの母及び姉にも急性症状はみられなかったが,母及び姉も被爆後は体調を崩して寝込むことが多かった。 (ウ)原告Bの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲C1号証,11号証,乙C1号証,5ないし8号証,原告B本人)によれば,原告Bの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Bは,幼少期のころ,腎臓炎,赤痢,気管支カタルに罹患したことがあったが,被爆当時は健康体で,前記のとおり,勤労奉仕として男性に混じっての肉体労働にも従事していた。 (b)原告Bは,昭和20年9月からc地区に存した長崎県立高等女学校に登校し,学校では水道水を飲み,昼食は家から持参した弁当を食べていた。しかし,体が疲れやすく,体調がすぐれないため学校を休んだこともあった(c)原告Bは,女学校卒業後,同じ敷地内にある女子専門学校に入学し,教員 免許を取得した。そして,専門学校卒業後,長崎市内の学校で教員として く,体調がすぐれないため学校を休んだこともあった(c)原告Bは,女学校卒業後,同じ敷地内にある女子専門学校に入学し,教員 免許を取得した。そして,専門学校卒業後,長崎市内の学校で教員として勤務した。 勤め始めて後も,体が疲れやすく,体調がすぐれないため勤めを休んだこともあった。 (d)原告Bは,昭和32年1月,結婚し,昭和35年ころ,兵庫県に転居した。 原告Bは,昭和45年3月,退職した。 (e)原告Bは,昭和34年10月27日付けで長崎市長に対し被爆者健康手帳の交付申請をした。同申請に係る原爆被爆者調査票(甲C7号証)には,「現在の健康状態」として,「つかれやすい」,「視力がおとろえた」の項目に丸印が付けられており,また,被爆後にかかった病気として心臓脚気と記載されている。 b病歴等について(a)原告Bは,平成2年ころV診療所で被爆者健康診断を受けた際に不整脈を指摘され,平成4年に東神戸病院において検査した結果,甲状腺機能低下症と診断された。平成2年6月の甲状腺機能検査ではTSHが基準値の4.0をわずかに上回っていたが,平成4年4月の検査ではTSHが135.1と高値を示しており,甲状腺ホルモンの投与が開始された。その結果,同年8月の検査ではTSHは0. 2となって症状が改善したが,その後も今日まで投薬治療を続けており,平成8年ころからは医療法人社団幸泉会高田上谷病院に1か月に1回通院し,甲状腺ホルモン剤の投与を受けている。なお,平成16年12月20日の検査によれば,TSHは1.6と基準値内にあり,また,甲状腺自己抗体の検査結果は,サイロイドテスト及びマイクロゾームテストがいずれも100未満,TSH-R抗体がマイナスであって,W医師によれば,原告Bの甲状腺機能低下症は自己免疫性甲状腺疾患ではないことが確認されたとしている(甲 イロイドテスト及びマイクロゾームテストがいずれも100未満,TSH-R抗体がマイナスであって,W医師によれば,原告Bの甲状腺機能低下症は自己免疫性甲状腺疾患ではないことが確認されたとしている(甲C11号証)。 原告Bの原爆症認定申請の際に提出された高田上谷病院の担当医師の平成14年3月18日付け意見書(乙C8号証)には,原告Bの甲状腺に腫瘍,自己免疫疾患,外傷,炎症等の所見は認められないとされている。 (b)原告Bは,平成13年と平成14年には白内障の手術を受けた。また,同 年10月には済生会神戸病院で乳がんの摘出手術を受け,その後,神戸大学付属病院に通院して放射線治療を25回受けた。原告Bは,済生会神戸病院で2か月に1度術後の定期検査を受け,術後の放射線治療を行った神戸大学付属病院にも3か月に1度検診のために通院している。 (c)原告Bは50代から歯が徐々に抜け始めた。また,60歳のころ脊椎を圧迫骨折し,65歳のころ肩の骨を複雑骨折した。 (d)原告Bは,現在,上記のとおり,高田上谷病院に1か月に1回甲状腺機能低下症,高血圧及び骨粗鬆症の治療のため通院し,済生会神戸病院で2か月に1度術後の定期検査を受け,神戸大学付属病院に3か月に1度検診のために通院しているほか,恒生病院に1か月に1度通院し,ラクナ梗塞のために投薬治療を受けている。 (エ)本件B却下処分の経緯原告Bによる原爆症認定申請及びこれに対する被告厚生労働大臣による却下処分(本件B却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)イ(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Bは,平成14年4月23日付けで,負傷又は疾病名を甲状腺機能低下症として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾 平成14年4月23日付けで,負傷又は疾病名を甲状腺機能低下症として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,同年8月29日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Bの申請について,申請疾病名を甲状腺機能低下症,線量目安を0.3センチグレイとして,原告Bの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。被告厚生労働大臣は,同年9月9日付けで原告Bの原爆症認定申請を却下する旨の処分(本件B却下処分)をしたが,通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Bの被爆状況が検討され,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,原告Bの申請に係る疾病については,原子爆弾の放射線に起因し ておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記の意見を受け,原告Bの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Bの原爆症認定申請に係る疾病a原告Bの原爆症認定申請に係る申請書(乙C1号証),医師の意見書(乙C8号証)及び健康診断個人票(乙C5号証)等によれば,原告Bの原爆症認定申請に係る疾病は,甲状腺機能低下症であると認められる(原告らは,原告Bの原爆症認定申請に係る対象疾病には乳がんも含まれる旨主張するが,上記申請書等において乳がんについて一切触れられていないことに加えて,前記認定のとおり原告Bが乳がんの摘出手術を受けたのが本件B却下処分(平成14年9月9日付け)より後の同年10月であり,原告Bは乳がんが発見され いて乳がんについて一切触れられていないことに加えて,前記認定のとおり原告Bが乳がんの摘出手術を受けたのが本件B却下処分(平成14年9月9日付け)より後の同年10月であり,原告Bは乳がんが発見されたのは手術の1月くらい前であると供述していることをもしんしゃくすれば,原告Bの原爆症認定申請に係る疾病に乳がんが含まれていたと認めるのは困難である。)。 b証拠(甲A67号証,甲C5号証の4,5号証の9の2,6号証の8,甲G8号証,乙A9号証,66号証,68号証,72号証)によれば,甲状腺機能低下症に関して次の事実が認められる。 (a)甲状腺機能低下症は,体内で甲状腺ホルモンの作用が不十分なために引き起こされる病態であり,通常は,血中ホルモンレベルが低値で,甲状腺ホルモン量の不足によるためであるが,中には作用機構の障害によって機能低下となる場合がある。甲状腺ホルモン不応症は先天的な甲状腺ホルモン受容体異常症で,受容体機能障害のためホルモン作用が障害されている。この疾患では,血中の甲状腺ホルモンは正常かむしろ高値となる。このように,甲状腺機能低下症は,血中ホルモンレベルによって決まるのではなく,甲状腺ホルモン作用効果によって規定される。 甲状腺機能低下症は疾患名ではなく病態に対する名前であり,病因的には,甲状腺自体に障害がある場合と,甲状腺より上位の下垂体や視床下部に障害がある場合,あるいは甲状腺ホルモンの作用部位である末梢組織に障害がある場合とに分けられ る。甲状腺自体の障害のためにホルモン分泌・合成障害を来すものを原発性甲状腺機能低下症といい,後天性のものと先天性のものとがある。後天性のものには,甲状腺の破壊によるものと外因性の機能抑制によるものとがあり,甲状腺の破壊によるものには,自己免疫機序によるもの(慢性甲状腺炎(橋本病),萎縮 ,後天性のものと先天性のものとがある。後天性のものには,甲状腺の破壊によるものと外因性の機能抑制によるものとがあり,甲状腺の破壊によるものには,自己免疫機序によるもの(慢性甲状腺炎(橋本病),萎縮性甲状腺炎(特発性粘液水腫)),放射線によるもの(甲状腺機能亢進症のヨウ素131治療後,頸部放射線照射),手術によるもの(甲状腺機能亢進症のため甲状腺亜全摘術後,甲状腺がん,咽頭がんのため甲状腺全摘術後),亜急性甲状腺炎,無痛性甲状腺炎後(通常一過性)のものが,外因性の機能抑制によるものには,ヨード欠亡,ヨード過剰(基礎に橋本病などの甲状腺疾患)などがある。 甲状腺機能検査ではTSH測定が最も有用であり,原発性甲状腺機能低下症では必ず上昇し,下垂体性,視床下部性では正常ないし低下する。総T4,遊離型T4の低下は甲状腺機能低下症全般に見られるが,T3は正常のことがある。また,貧血が高頻度に認められる。 甲状腺機能低下症の治療は甲状腺ホルモンの補充療法であり,甲状腺機能低下症患者の血中ホルモン濃度を正常域に保つことを目的とする。原発性甲状腺機能低下症の場合には血中TSH濃度が最も敏感な指標である(乙A66号証,72号証)。 (b)放射線基礎医学第10版(乙A68号証)によれば,甲状腺上皮は組織の中でも放射線感受性がかなり低い方に分類されている。他方で,甲状腺は直接の放射線被曝により傷害を受けやすいとするもの(後記「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」。甲C5号証の9の2)もあり,また,前記認定のとおり甲状腺が放射性ヨウ素を取り込んで影響を与えることは一般に知られている。 (c)「原爆放射線の人体的影響1992」(乙A9号証)によれば,放射線甲状腺炎は外部照射によるものの報告はなくすべて治療のためのヨウ素131投与によるものである,核分裂生成物の核種 られている。 (c)「原爆放射線の人体的影響1992」(乙A9号証)によれば,放射線甲状腺炎は外部照射によるものの報告はなくすべて治療のためのヨウ素131投与によるものである,核分裂生成物の核種のうちヨウ素が約2分の1を占め,放射性ヨウ素の中ではヨウ素131が主であり,被爆直後では呼吸によりヨウ素131が取り込まれたり経皮膚的に吸収され,甲状腺の内部被爆を起こしたり,また,地上に 落下したヨウ素131が野菜,牧草を汚染して,食物連鎖を通じ,牛乳も汚染され,野菜,牛乳を通じて人体へヨウ素131が移行する,長瀧らによる長崎市c地区住民の調査により,放射性降下物による被爆においても結節性甲状腺腫の発生が高くなることが明らかにされた,原爆被爆者の甲状腺機能障害に関する報告は少ないが,浅野らは,放影研の剖検症例(1954年ないし1974年)中155例に橋本病の存在を確認したものの,発生率あるいは被爆時年齢と放射線との関係は認めていない,森本らの被爆時年齢20歳以下を対照とした調査では,100ラド被爆群と0ラド被爆群との間に血清TSH及びサイログロブリンは差がなかったと報告している(後記(f)参照),一方,伊藤らは,広島の原爆で1.5キロメートル以内の直接被爆者6112名と3キロメートル以遠の直接被爆者3047名のTSH値の検討を行い,甲状腺機能低下症の頻度は,男性で1.5キロメートル以内群1.22パーセント,対照群0.35パーセント,女性ではそれそれ7.08パーセント及び1.18パーセントであり,また,被曝線量の増加とともに機能低下症が高率となり,さらに,機能低下症症例のマイクロゾーム抗体陽性率は1.5キロメートル以内群は対照群に比して男女ともいずれも著名に低率であったと報告している,一方,長瀧らは,長崎における原爆の甲状腺への影響を検 り,さらに,機能低下症症例のマイクロゾーム抗体陽性率は1.5キロメートル以内群は対照群に比して男女ともいずれも著名に低率であったと報告している,一方,長瀧らは,長崎における原爆の甲状腺への影響を検討し,甲状腺機能低下症は低線量群に有意に高く,10歳代ないし30歳代時に被爆した群に特に高く,特に女性に多かったという(後記(e)参照),c地区住民における甲状腺機能は,freeT4は正常範囲内ではあるが,対照群に比して有意に低下しており,この差は被爆時年齢20歳以下の集団で顕著であったという(後記(d)参照),1960年代の水爆実験によるマーシャル群島住民の被爆者群においても甲状腺機能低下症の発生率の上昇が認められているが,調査が古い線量基準によって行われたため,線量の信頼性に問題があり,精度に欠ける点がある,などとされる。 (d)「長崎c地区住民と対照の健康調査(第2報)」(放影研倉田明彦ほか。長崎医学会雑誌59巻特集号。甲C5号証の4)によれば,1983年1月から5月にわたる期間にc地区住民と年齢,性を一致させた対照地区住民の34組について調 査を行ったところ,ホールボディカウンターによるセシウム137残留放射線量の測定結果はc地区住民と対照群との間に有意な差がないことが確認されたが,甲状腺ホルモンの生化学的検査の結果は,血清T4とFreeT4値の平均値と中央値がc地区住民が対照群に比較して統計的に有意に低い値を示し,この有意差は被爆時年齢が20歳未満の被爆時若年群のみに認められたが,これらの差は正常範囲内においての有意差であり,甲状腺疾患が多いかどうかについては現在結論を得ていない,とされている。 (e)「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(長崎大学医学部第一内科教授長瀧重信ほか。1994年12月。甲C5号証の9の2)によれば 患が多いかどうかについては現在結論を得ていない,とされている。 (e)「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(長崎大学医学部第一内科教授長瀧重信ほか。1994年12月。甲C5号証の9の2)によれば,1984年10月から1987年4月にかけて2年に1度の定期検診を受けた長崎成人健康調査の対象者を対象に甲状腺疾患の有病率と甲状腺被曝線量(DS86線量推定方式による),性及び年齢との関係をロジスティックモデルを用いて解析したところ,がん,腺腫,腺腫様甲状腺腫及び組織学的診断のない結節を含む充実制結節並びに抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)においては有意な線量反応関係が認められたが,他の型の甲状腺機能低下症を含めて他の疾患では認められず,充実性結節の有病率は単調な線量反応関係を示したが,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率は0.7プラスマイナス0.2シーベルトで最大レベルに達する上に凸の線量反応を示した,原爆被爆者における自己免疫疾患の有意な増加が認められたのは初めてである,上に凸の線量反応関係は,比較的低線量の放射線が甲状腺に及ぼす影響を更に研究する必要のあることを示している,マーシャル群島の核実験で被曝した子どもにおいては10年以内に甲状腺機能低下症がみられ,その多くは自己免疫型ではなかったが,マーシャル群島の住民においては,甲状腺の被曝は主として内部放射線(放射性ヨード)によるもので,推定された甲状腺線量は甲状腺機能低下症のある原爆被爆者における原爆からの直接の外部放射線による甲状腺線量よりも高い,などとされている。 (f)「若年期に被バクした原子爆弾生存者の血清TSH,サイログロブリンと 甲状腺障害:30年の追跡調査」(甲C6号証の8)によれば,原爆投下40年後の広範囲な追跡調査として長崎地域で成人健康 f)「若年期に被バクした原子爆弾生存者の血清TSH,サイログロブリンと 甲状腺障害:30年の追跡調査」(甲C6号証の8)によれば,原爆投下40年後の広範囲な追跡調査として長崎地域で成人健康調査の登録者を対象に調査したところ,非被曝群と100ラド被曝群との間に血清TSH及びサイログロブリンの濃度に有意な差は認められず,被曝群における甲状腺機能低下者の発生率が増えたとの結果は見付からなかったとされている。 (g)放影研の成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」(甲A67号証文献番号30)によれば,1958年から1986年に成人健康調査(AHS)コホートの長期データを用いて悪性腫瘍を除く19の疾患の発生率と電離放射線被曝との関係を調査したところ,有意な正の線量反応が甲状腺疾患(非中毒性甲状腺腫結節,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎,甲状腺機能低下症の障害が一つ以上存在することをいう)の発生率にみられ,被曝放射線量が0.001グレイ以上の人たちにおいて被爆に起因する症例の割合は16パーセントであり,女性が疾患にかかる確率は男性より3倍高く,性,市,被爆からの期間のどれも相対リスクの有意な修飾因子とならず,被爆時年齢の影響は有意で,主に若い時に被爆した人たちでリスクが増加し,被爆時年齢20歳以下の人と20歳を超える人についてそれぞれ解析を行ったところ,線量効果は若いグループのみに見られた,などとされている。 また,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(甲A67号証文献番号31,甲G8号証)によれば,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線 の疾患の発生率,1958-1998年」(甲A67号証文献番号31,甲G8号証)によれば,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,甲状腺疾患に対する1シーベルトでの全相対リスクは1.33,被爆時年齢10歳の相対リスクは1.64,25歳の相対リスクは1.15であり,放射線のリスクはより低年齢で被爆した被験者及びより低年齢で調査を受けた被験者においてより高く,被爆時年齢が最も顕著な効果修飾因子として含まれ,調査時年齢はそれほどには有意ではなく,被爆時年齢がより強力な要因であることを示唆しており,実際,放射線 のリスクは20歳未満で被爆した者で顕著に増大したが,より高齢で被爆した者では顕著ではなかった,統一した診断基準を適用した最近の長崎における成人健康調査での甲状腺疾患の発生率研究は,特に若年で被爆した人において,女性の固い小結節との有意な線量反応,自己免疫性甲状腺機能低下症への凹型の線量反応を示したが,他の甲状腺疾患では有意な放射線の危険性は認められなかった,甲状腺機能低下症又は甲状腺炎の発生率は,放射線療法を受けた患者において増加していたものの,比較的低い線量の外部放射線被曝の影響は不明瞭である,などとされている。 (g)なお,「原爆放射線の人体的影響1992」(乙A9号証)によれば,乳がんについては,乳房組織への被曝放射線量と乳がん発生との関係は明白であり,線量の増加とともにほぼ線形のパターンを示して乳がん発生度が上昇する,広島と長崎での放射線の質的相違が示唆されているにもかかわらず,ほぼ同様の線量反応が確認されている,被爆時の年齢は放射線関連乳がんの最も重要な変動因子であり,乳がんの過剰リスクは強く被爆時年齢に依存しており,最 の放射線の質的相違が示唆されているにもかかわらず,ほぼ同様の線量反応が確認されている,被爆時の年齢は放射線関連乳がんの最も重要な変動因子であり,乳がんの過剰リスクは強く被爆時年齢に依存しており,最近の研究結果から被爆時年齢が若ければ若いほど乳がんリスクは相対的表現であれ絶対的表現であれ高いことが明らかになり,殊に10歳未満での被爆者のリスクは最も高く,この年齢グループのリスクが確認されるまで被爆後30年以上の期間が必要であった,これらの結果から,女性の乳腺組織は放射線に対して感受性が高く,その放射線感受性は思春期以前の未熟な乳腺細胞において最も高いことがわかった,などとされている。 (カ)原告Bの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a前記認定事実によれば,原告Bは爆心地からの距離が約3.3キロメートルの自宅(B宅)で療養していた際被爆したというのであるから,DS86によってもDS02によっても,原告Bの初期放射線による推定被曝線量は極微量ということになる。また,前記認定事実によれば,原告Bは,被爆の数日後ころから次第に体のだるさを覚えるようになったことを除いて,原爆放射線による急性症状として説明可能な症状がみられた形跡は証拠上うかがわれない。さらに,原告Bが被爆後2週間以内に爆心地付近に入った形跡もない。 bしかしながら,甲A121号証によれば,原告Bが被爆した場所であるB宅は,爆心地の南東約3.3キロメートルの距離にあり,長崎市c町d丁目の南東約500メートルの位置にあったところ,前記認定のとおり,c町3丁目及びその北方のc町4丁目を含むいわゆるc地区は,降下核分裂生成物によると考えられる強い残留放射能が認められた地域であり(九州大学理学部物理学教室篠原健一ほか「長崎市及びその近傍に於ける土地の放射能第二部c貯水池 4丁目を含むいわゆるc地区は,降下核分裂生成物によると考えられる強い残留放射能が認められた地域であり(九州大学理学部物理学教室篠原健一ほか「長崎市及びその近傍に於ける土地の放射能第二部c貯水池附近の放射能」原子爆弾災害調査報告書(甲C5号証の2)によれば,長崎市c貯水池付近の放射能を測定したところ,爆心地の放射能よりもはるかに強く,1945年10月1日の測定値は自然放電の200倍以上にもなり,爆心地の同年9月10日の測定値が8倍であったのに比べてそれの25倍以上にもなっていたが,貯水池付近の放射能は1948年10月22日には自然放電と同程度の弱さになったとされる。),1978年以降の調査によっても,未耕地,農耕地を含めて土壌中のプルトニウム含有量が非常に高いことが明らかになっている(「長崎c地区におけるプルトニウム調査(第3報)」(岡島俊三ほか。長崎医学会雑誌59巻特集号。甲C5号証の6)によれば,1978年以来の調査により,長崎c地区(c町及びd町)の未耕地の土壌中のプルトニウム含有量は他地区のものに比し約10倍高いことが判明したが,さらにその後の調査により,プルトニウムの汚染がc地区では対照地区に比して農耕地土壌で約20倍,農作物中で約7倍と非常に高度であることが認められたとされる。)。上記のとおり,原告Bの自宅がc地区(c3丁目)と同様に爆心地から南東の方角に存したことからすれば,原告Bの自宅の周辺に原子爆弾による未分裂のプルトニウムや核分裂生成物等の放射性降下物の降下がなかったとするのはかえって不自然というべきである。 他方で,前記認定事実によれば,原告Bは,被爆当日やその翌日に爆心地から約1.5キロメートル弱の工場で被爆した下宿生や爆心地から約500メートルの長崎医科大学で被爆した隣人と話をしたりしているほか,被爆後,買 記認定事実によれば,原告Bは,被爆当日やその翌日に爆心地から約1.5キロメートル弱の工場で被爆した下宿生や爆心地から約500メートルの長崎医科大学で被爆した隣人と話をしたりしているほか,被爆後,買ってきたかぼちゃや芋,鰯の配給以外にも,自宅隣のシーボルト遺跡で栽培した夏野菜や糠(ぬ か)で作った団子を食べるなどし,水道水を飲むなどし,また,昭和20年9月からc地区に存した長崎県立高等女学校に登校し,学校では水道水を飲み,昼食は家から持参した弁当を食べていたなどというのであり,原告Bが放射性降下物等による残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)としても不自然とはいえない状況が存したというべきである。 cしかるところ,前記認定事実によれば,原告Bは,被爆前は,健康体で勤労奉仕として男性に混じっての肉体労働にも従事していたのが,被爆後は,体が疲れやすく体調がすぐれない状態が長期にわたり続いたというのであって,被爆の前後で原告Bの健康状態に質的な変化がみられるのであり,その原因を専ら心因性やストレスのみで説明するのは困難であって,他にその原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらない。のみならず,原告Bは,平成4年に原爆症認定申請に係る疾病である甲状腺機能低下症と診断されたのを始め,平成13年と平成14年には白内障の手術を受け,また,同年10月には乳がんの摘出手術を受けたというのである。 前記認定事実によれば,核分裂生成物はヨウ素が約2分の1を占めるとされ,放射性ヨウ素の中ではヨウ素131が主であるとされているところ,ヨウ素131は甲状腺に取り込まれて影響を与えることが一般に知られている。長崎地域で成人健康調査の登録者を対象に調査したところ,非被曝群と100ラド被曝群との間に血清TSH及びサイ れているところ,ヨウ素131は甲状腺に取り込まれて影響を与えることが一般に知られている。長崎地域で成人健康調査の登録者を対象に調査したところ,非被曝群と100ラド被曝群との間に血清TSH及びサイログロブリンの濃度に有意な差は認められず,被曝群における甲状腺機能低下者の発生率が増えたとの結果は見付からなかったなどという報告(「若年期に被バクした原子爆弾生存者の血清TSH,サイログロブリンと甲状腺障害:30年の追跡調査」)もあるものの,甲状腺機能低下症は低線量群に有意に高く,10歳代ないし30歳代時に被爆した群に特に高く,特に女性に多かったなどとする統計分析報告(「原爆放射線の人体的影響1992」,放影研の「成人健康調査第7報原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」,「放影研報告書成人健康調査第8報原爆被爆者におけ るがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」)や,1983年1月から5月にわたる期間にc地区住民と年齢,性を一致させた対照地区住民の34組について調査を行ったところ,甲状腺ホルモンの生化学的検査の結果は,血清T4とFreeT4値の平均値と中央値がc地区住民が対照群に比較して統計的に有意に低い値を示し,この有意差は被爆時年齢が20歳未満の被爆時若年群のみに認められたという報告(「長崎c地区住民と対照の健康調査(第2報)」放影研倉田明彦ほか。長崎医学会雑誌59巻特集号)も存在する。 また,前記のとおり,放射線白内障は,一般にしきい値のある疾病であるとされているが,原爆被爆者の放射線被曝と遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められ,また,白内障にしきい値は存在しないと考えられるという統計分析報告も存在する。 さらに,前記認定事実によれば,乳がんについては 曝と遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められ,また,白内障にしきい値は存在しないと考えられるという統計分析報告も存在する。 さらに,前記認定事実によれば,乳がんについては,乳房組織への被曝放射線量と乳がん発生との関係は明白であり,線量の増加とともに乳がん発生度が上昇し,被爆時年齢が若ければ若いほど乳がん発生リスクは高いとされているのである。 これらによれば,原告Bに発症した甲状腺機能低下症,白内障及び乳がん(原告Bは被爆時年齢が15歳である。)については,いずれも原爆放射線被曝との関連を直ちに否定することはできないというべきである。 dもっとも,前記認定事実によれば,原告Bに発症した甲状腺機能低下症は,自己免疫性甲状腺疾患ではないことが確認されているところ,前記認定のとおり,「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(長崎大学医学部第一内科教授長瀧重信ほか。1994年12月)によれば,1984年10月から1987年4月にかけて2年に1度の定期検診を受けた長崎成人健康調査の対象者を対象に甲状腺疾患の有病率と甲状腺被曝線量(DS86線量推定方式による),性及び年齢との関係をロジスティックモデルを用いて解析したところ,がん,腺腫,腺腫様甲状腺腫及び組織学的診断のない結節を含む充実制結節並びに抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)においては有意な線量反応関係が認められたが, 他の型の甲状腺機能低下症を含めて他の疾患では認められなかったとされ,また,「放影研報告書成人健康調査第8報原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」によれば,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,甲 以外の疾患の発生率,1958-1998年」によれば,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,甲状腺疾患に対する放射線のリスクはより低年齢で被爆した被験者においてより高く,放射線のリスクは20歳未満で被爆した者で顕著に増大し,統一した診断基準を適用した最近の長崎における成人健康調査での甲状腺疾患の発生率研究は,特に若年で被爆した人において,女性の固い小結節との有意な線量反応,自己免疫性甲状腺機能低下症への凹型の線量反応を示したが,他の甲状腺疾患では有意な放射線の危険性は認められず,甲状腺機能低下症の発生率は,放射線療法を受けた患者において増加していたものの,比較的低い線量の外部放射線被曝の影響は不明瞭であるなどとされている。しかしながら,他方で,マーシャル群島の核実験で被曝した子どもにおいては10年以内に甲状腺機能低下症がみられ,その多くは自己免疫型ではなかったが,マーシャル群島の住民においては,甲状腺の被曝は主として内部放射線(放射性ヨード)によるもので,推定された甲状腺線量は甲状腺機能低下症のある原爆被爆者における原爆からの直接の外部放射線による甲状腺線量よりも高いとする文献(「長崎原爆被爆者における甲状腺疾患」(長崎大学医学部第一内科教授長瀧重信ほか。1994年12月)も存在する。 e以上認定説示したところによれば,原告Bの被爆地点は爆心地からの距離が約3.3キロメートルの遠距離である上,被爆直後爆心地に入った形跡もなく,被爆の数日後ころから次第に体のだるさを覚えるようになったことを除いて,原爆放射線による急性症状として説明可能な症状がみられた形跡も証拠上うかがわれないというのである。また,原告Bの原爆症認定申請に係る疾病である甲 から次第に体のだるさを覚えるようになったことを除いて,原爆放射線による急性症状として説明可能な症状がみられた形跡も証拠上うかがわれないというのである。また,原告Bの原爆症認定申請に係る疾病である甲状腺機能低下症は,自己免疫性甲状腺疾患ではなく,自己免疫性でない甲状腺機能低下症については,我が国においては,原爆放射線による被曝との間に有意な線量反応関係を認めたとする文献や報告は証拠上認められない。 しかしながら,原告Bの被爆状況や被爆後の生活状況にかんがみると,原告Bが放射性降下物等による残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)としても不自然とはいえない状況が存したというべきである上,原告Bには,甲状腺機能低下症以外にも,白内障及び乳がんという原爆放射線による被曝との関係が一般に疑われる疾病を複数発症しているのであり,白内障については老人性白内障である可能性も疑われるものの,乳がんについては,被曝線量の点を除けば,被爆時年齢(15歳)等からして原爆放射線による被曝に起因するものとみても不自然ではないのであり,むしろ,原告Bが原爆放射線による被曝との関係が一般的に疑われる疾病を複数発症している事実は,原告Bが放射性降下物等による残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)としても不自然とはいえない状況にあったことと相俟って,これらの疾病が原爆放射線被曝に起因して発症したものであることを推測させるものというべきである。 このことに加えて,前記のとおり,被爆前は,健康体で勤労奉仕として男性に混じっての肉体労働にも従事していたのが,被爆後は,体が疲れやすく体調がすぐれない状態が長期にわたり続いたことなど,被爆前後で原告Bの健康状態に質的な変化が認められること,核分裂 労奉仕として男性に混じっての肉体労働にも従事していたのが,被爆後は,体が疲れやすく体調がすぐれない状態が長期にわたり続いたことなど,被爆前後で原告Bの健康状態に質的な変化が認められること,核分裂生成物に多く含まれるヨウ素131は甲状腺に取り込まれて影響を与えることが一般に知られていること,マーシャル群島の核実験で被曝した子どもに自己免疫型ではない甲状腺機能低下症がみられたなどとする文献が存在すること,他に原告Bの甲状腺機能低下症発症の確たる要因が証拠上見当たらないこと及び前記認定の原告Bの被爆後の生活状況等を併せ考えると,原告Bの甲状腺機能低下症は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきであり,原告Bの甲状腺機能低下症について放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Bの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記認定事実によれば,原告Bは,平成8年ころから医療法人社団幸泉会高田上 谷病院に1か月に1回通院し,甲状腺ホルモン剤の投与を受けているというのであるから,原告Bの甲状腺機能低下症について要医療性を認めることができる。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Bは,本件B却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である甲状腺機能低下症について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件B却下処分は違法というべきである。 ウ原告Cについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)ウ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲D1号証,2号証,乙D1号証,4ないし6号証,原告C本人)によれば,原告Cの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Cは,昭和12年1月26日生の女性であって,昭和20年8月当時,満8歳で広島市立観音寺小学校分校(現在の広島市立南観音小学校)に在学中(3学年)で 状況について,以下のとおり認められる。 a原告Cは,昭和12年1月26日生の女性であって,昭和20年8月当時,満8歳で広島市立観音寺小学校分校(現在の広島市立南観音小学校)に在学中(3学年)であった。 なお,原告C(五女)は大阪市で生まれ育ったが,同年3月13日の大阪大空襲により自宅が焼失したこともあって,同年7月半ばころから兄(三男)Yの居住していた広島市a町b丁目c番地所在のa工務店の社宅(以下「社宅」という。)に母及び兄姉妹5人(二女,三女,四女,七男及び六女)とともに暮らしており,社宅の北北東方向に存した広島市立観音寺小学校分校に通っていた。 原告Cは,当時小学校の3年生であり,広島市立観音小学校の分校に通学していた。観音小学校分校は,社宅から北北東の方向にあった。 b昭和20年8月6日朝,空襲警報が発令されていたため,原告Cは登校せずに社宅で待機していた。しかし,午前8時ころ空襲警報が解除され,原告Cは直ちに社宅を出て観音小学校分校へと向かった。社宅から分校までの通学路は,周囲が畑の中のあぜ道で,畑よりも少し高くなっており,大人が1人通れる程度の幅であった。午前8時15分,原子爆弾が炸裂し,原告Cは,爆風で畑の中に吹き飛ばさ れて気を失い,また,背中から足にかけて火傷を負った。原告Cは,意識を取り戻すと,もと来た道を戻って社宅に帰った。 なお,社宅はe大橋の西側にあって爆心地からの距離は約3キロメートル弱であり,また,分校は爆心地からの距離が約2キロメートルの位置に存した(昭和60年当時の住所表示は広島市a町b丁目cーd)。原告Cの被爆者健康手帳の交付申請書及び原告Cの原爆症認定申請に係る健康診断個人票,申述書(乙D6号証)にはいずれも被爆地の爆心地からの距離が3キロメートルと記載されている。 c原告Cは,被爆の翌日 告Cの被爆者健康手帳の交付申請書及び原告Cの原爆症認定申請に係る健康診断個人票,申述書(乙D6号証)にはいずれも被爆地の爆心地からの距離が3キロメートルと記載されている。 c原告Cは,被爆の翌日(昭和20年8月7日)ころから,当時病院代わりとなっていたa小学校まで通い,火傷した部分に油薬を塗ってもらった。同小学校には,建物が倒壊していなかったことから,死亡者や傷病者が重なり合うように収容されていた。 d被爆後は配給が途絶え,食べるものがなくなったことから,原告Cは,近所の畑から灰を被って真っ黒になった冬瓜や芋のつる,大豆などを取って食べたり,社宅の前の川でアサリを取ってきて食べたりしていた。また,水道水が出なくなったので,近くの農家から井戸水をもらって飲んでいた。昭和20年9月には,台風による洪水で畑が水につかったが,水につかって堅くなった野菜を母が煮て食べさせるなどしていた。 eなお,原告Cの家族のうち母,三女甲g,四女甲h及び六女甲iが社宅で被爆し,五男甲jは社宅の近所の家で被爆し,二女甲kは爆心地から社宅よりも遠い距離に存したa工務店広島出張所で被爆し,七男甲lは観音小学校(本校)に登校途上で被爆した。三男Y及び六男甲mは原爆投下の翌日に社宅に戻ってきた。長女甲kの夫(甲n)は,当時a橋付近に居住していたが,a工務店広島出張所に赴く途中被爆した。 (イ)被爆後原告Cに生じた症状等証拠(甲D1号証,原告C本人)によれば,被爆後原告Cに生じた症状等について,以下のとおり認められる。 a被爆して数日後から,歯茎から出血し,吐き気やめまいに襲われたが,脱毛 はみられなかった。 b被爆後,体のだるさ,つらさを覚え,家でごろごろして通学することができなかった。 (ウ)原告Cの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲D1号証,乙D1 に襲われたが,脱毛 はみられなかった。 b被爆後,体のだるさ,つらさを覚え,家でごろごろして通学することができなかった。 (ウ)原告Cの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲D1号証,乙D1号証,3号証,4号証,7号症,原告C本人)によれば,原告Cの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Cは,被爆後2,3年間は社宅に住んでいた。原告Cは,被爆するまでは健康体であったが,前記のとおり,被爆後,体のだるさ,つらさを覚え,小学校5学年ころまで家でごろごろして通学することができないことが多かった。原告Cは,昭和24年3月,観音小学校分校(南観音小学校)を卒業した。 (b)原告Cは,中学校卒業後大阪に戻り,23才ころまで工場で働いたが,この間も体のだるさが続いていた。その間,下腹部に痛みを感じて病院で診察を受けたこともあったが,医師からは原因が分からないと言われた。 (c)原告Cは,25歳のときに結婚し,2人の子をもうけた。そして,31歳のころスポーツ用品店を開業し,以後,家業と家事,育児に従事してきた。 (d)原告Cは,それまで虫歯もなかったが,20代後半から歯茎が浮いたり歯茎が腫れたりするようになり,40歳代のころから上歯が次々と抜けだし,40歳代後半で上歯がすべて入れ歯になり,下歯も徐々に抜けた。 (e)原告Cは,昭和60年ころ,被爆者健康手帳の交付を受けた。 (f)原告Cの家族のうち,母は92歳で死亡した。長男甲o(被爆していない。)は,肝臓がんや前立腺の疾病等に罹患している。二男甲p(被爆していない。)は胃がんの手術を受けている。三男Yは糖尿病に罹患していたが,平成5年6月に白血病で死亡した。四男甲q(被爆したか否かは不明)は平成7年5月に肺がんで死亡した。五男甲jは,糖尿 (被爆していない。)は胃がんの手術を受けている。三男Yは糖尿病に罹患していたが,平成5年6月に白血病で死亡した。四男甲q(被爆したか否かは不明)は平成7年5月に肺がんで死亡した。五男甲jは,糖尿病に罹患しているほか,平成3年6月に胃がんの手術を受けた。六男甲mは,糖尿病に罹患しているほか,平成6年8月に肝臓がんと診 断され,平成7年11月に死亡した。三女甲gは白内障で通院しており,糖尿病にも罹患している。七男甲lは糖尿病に罹患している。六女甲iは平成13年1月に乳がんの手術を受け,その後も通院しているほか,白内障及び糖尿病にも罹患している。 長女甲kの夫は胃がん,肝臓がん及び前立腺がんに罹患している。なお,原告の父は原爆投下前の昭和20年7月に心筋梗塞で死亡している。また,四女甲hの娘は胃がんで死亡した(当時42歳)。 b病歴等について(a)原告Cは,20代後半ころから,膀胱炎を患い,下腹部に痛みを感じ,尿に血が混じることもあった。また,40代になったころから,体が冷えやすくなり,特に腰が冷えやすかった。さらに,63才のころには,下腹部が張って痛み,病院で検査を受けたが,原因不明とされた。 (b)原告Cは,平成13年12月ころ胃がんと診断され(当時65歳),平成14年1月17日,リンパ節郭清を伴う胃切除術を受けた。そして,術後,抗がん剤の投与を受け,同年3月14日に退院した。退院後も通院し,抗がん剤やアガリクスを服用していた。 (c)原告Cは,平成15年11月,脳内出血で手術を受けた。その後,医師の勧めもあって抗がん剤やアガリクスの使用を止めているが,3か月に1度の定期検査に通院し,医薬や消化剤を処方されている。 (エ)本件C却下処分の経緯原告Cによる原爆症認定申請及びこれに対する被告厚生労働大臣による却下処分(本件C の使用を止めているが,3か月に1度の定期検査に通院し,医薬や消化剤を処方されている。 (エ)本件C却下処分の経緯原告Cによる原爆症認定申請及びこれに対する被告厚生労働大臣による却下処分(本件C却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)ウ(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Cは,平成14年6月6日付けで,負傷又は疾病名を胃がんとして,被告厚生労働大臣(認定申請書(乙D1号証)の名あて人は厚生大臣)に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,同年10月9日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Cの申請について,申請疾病名を胃がん,線量目安 を0.2センチグレイ,原因確率を0.3パーセントとして,原告Cの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。被告厚生労働大臣は,同月15日付けで原告Cの原爆症認定申請を却下する旨の処分(本件C却下処分)をしたが,通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Cの被爆状況が検討され,原告Cの申請に係る疾病の原因確率を求め,この原因確率を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記の意見を受け,原告Cの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Cの原爆症認定申請に係る疾病a原告Cの原爆症認定申請に係る申請書(乙D1号証),医師の意見書(乙D7号証)及び健康診断個人 け,原告Cの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Cの原爆症認定申請に係る疾病a原告Cの原爆症認定申請に係る申請書(乙D1号証),医師の意見書(乙D7号証)及び健康診断個人票(乙D4号証)等によれば,原告Cの原爆症認定申請に係る疾病は,胃がんであると認められる。 b証拠(甲A112号証の19,乙A4号証,7号証,9号証)によれば,胃がんに関して次の事実が認められる。 (a)「原爆放射線の人体影響1992」(乙A9号証)によれば,放射線被曝と胃がん及び病理組織学的特徴との関連について,現在までのところ明らかにされている内容は,①胃がん発生率は,集団検診成績から1973年代に初めて近距離被爆者に明らかに高率であると報告され,その後,T65Dを用いた分析で男女とも0ラド群に対して100ラド以上群で明らかに高率となっている,②死亡診断書を用いた胃がん死亡率の増加は1976年ころから認められ,DS86を用いて0グレイ群よりも有意に高い胃がん死亡率が認められる最低の線量は遮蔽カーマで1グレイ,臓器吸収線量の場合0.5グレイと計算されている,③病理組織学的には低分化型腺がんが被曝線量とともに増加し,腫瘍間質量は被曝線量とともに 髄様型が減少し,硬性型の増加がみられる,湿潤態度には差がみられていない,とされ,また,胃がんを含む白血病以外の全部位のがん死亡率は同一の死亡時年齢では被爆時年齢が若いほど相対リスクも絶対リスクも大きくなっており,被爆時年齢が10歳以下の群において発がんのリスクが最大であり,高線量群では対照群よりも発がんの時期が早まる傾向がみられる,白血病以外のがんの相対リスクは男性よりも女性に高い,などとされている。 (b)放影研の寿命調査第10報「第一部広島・長崎の被爆者における癌死亡,1950- も発がんの時期が早まる傾向がみられる,白血病以外のがんの相対リスクは男性よりも女性に高い,などとされている。 (b)放影研の寿命調査第10報「第一部広島・長崎の被爆者における癌死亡,1950-82年」(乙A7号証)によれば,胃がんは非常に有意な放射線関連相対危険度を示す,胃がんは日本人に最も多発するがんであり,そのため,原爆放射線に起因する症例の割合は低いが,平均過剰危険度は白血病以外の特定部位におけるがんの中でも最も大きい,胃がんを含む主要ながんの相対的危険度は被爆時低年齢群において最大である,白血病以外のがんによる死亡の相対危険度は女性の方が男性よりもかなり大きい,などとされている。 (c)放影研の「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(乙A4号証)によれば,がんが最もよくみられる3部位(胃,肺及び肝)は,リスクの尺度として相対リスク及び絶対リスクのいずれを用いてもすべて放射線との有意な関連を示した,消化器系がん(主に胃),黒色腫を除く皮膚,乳房,甲状腺のがんにおいて被爆時年齢の有意な影響があったとされ,また,1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.32(95パーセント信頼限界で0. 16ないし0.50),寄与リスクは6.5パーセント(95パーセント信頼限界で3.5パーセントないし10.5パーセント)とされている。 (d)放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」(甲A112号証の19)によれば,放影研の寿命調査集団について1950年から1997年までの期間のがん及びがん以外の疾患による死亡率を検討したところ,胃がんの死亡例は2867例であり,このうち1685例の被曝線量は5ミリシーベルト以上であり,このうち約100 例が 1997年までの期間のがん及びがん以外の疾患による死亡率を検討したところ,胃がんの死亡例は2867例であり,このうち1685例の被曝線量は5ミリシーベルト以上であり,このうち約100 例が原爆放射線に関連していると推定される,胃がんによる死亡は固形がん死亡の約30パーセントを占めるとされ,また,被爆時年齢30歳の男性の場合,1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.20(90パーセント信頼区間で0.04ないし0.39),推定線量が0.005シーベルト以上の被爆者における寄与リスクは3.2パーセント(90パーセント信頼区間で0.07パーセントないし6. 2パーセント),被爆時年齢30歳の女性の場合,1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.65(90パーセント信頼区間で0.40ないし0.95),推定線量が0.005シーベルト以上の被爆者における寄与リスクは8.8パーセント(90パーセント信頼区間で5.5パーセントないし12パーセント)とされている。 (カ)原告Cの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a前記認定事実によれば,原告Cは爆心地からの距離が約3キロメートル弱の地点にあった社宅から爆心地からの距離が約2キロメートルの地点にあった観音小学校分校へ登校する途中,周囲が畑の中のあぜ道で被爆し,爆風で吹き飛ばされるとともに背中から足にかけて火傷を負ったというのであるから,その被爆地点は,少なくとも爆心地から2キロメートル以遠であるところ,DS86によってもDS02によっても,原告Bの初期放射線による推定被曝線量は極微量ということになる(爆心地からの距離が2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば0.0119グレイ(1.19センチグレイ),DS02によれば0.0126グレイ(1.2 心地からの距離が2500メートルの地点における初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば0.0119グレイ(1.19センチグレイ),DS02によれば0.0126グレイ(1.26センチグレイ)と推定される。)。 bしかしながら,前記のとおり,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いが存することは,前記のとおりであることに加えて,爆心地から2キロメートル以遠の遠距離被爆者について一定割合で脱毛,紫斑,皮下出血などといった放射線の急性症状として説明可 能な症状が生じたとする調査結果が多数存在しており,これらの症状は少なくともその相当部分については放射線による急性症状であるとみるのが素直であることは,前記のとおりである。しかるところ,前記認定事実によれば,原告C自身も,脱毛はみられなかったものの,被爆して数日後から,歯茎から出血し,吐き気やめまいに襲われたというのである。原告Cのこれらの症状は,その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線被曝による急性症状として説明が可能であることに加えて,前記認定のとおり,原告Cが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,体のだるさ,つらさを覚えるようになり,その後も原因不明の体のだるさ,つらさが続いたことなど,被爆の前後で原告Cの健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,原告Cの上記症状は放射線被曝に起因する急性症状とみるのが素直というべきである。 以上のとおり,原告Cの被爆点の爆心地からの距離が必ずしも証拠上明らかではないものの,社宅を出たとする時刻や原告Cが被爆により背中から足にかけて火傷を負ったことなどからみて,社宅を出た後,より爆心 以上のとおり,原告Cの被爆点の爆心地からの距離が必ずしも証拠上明らかではないものの,社宅を出たとする時刻や原告Cが被爆により背中から足にかけて火傷を負ったことなどからみて,社宅を出た後,より爆心地に近い分校に向かって相当程度の距離を進んでいたものと認められる上,原告Cの被爆態様は遮蔽のない状態での直曝であり,しかも,原告Cが放射線被曝による急性症状として説明可能な歯茎からの出血等の症状を発症し,その態様,程度が軽微なものであった様子はうかがわれないことなどからすれば,原告Cの初期放射線による被曝線量はDS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみるのが合理的である。 また,前記認定事実によれば,原告Cは,被爆の翌日ころから,当時病院代わりとなっていたa小学校まで通い,火傷した部分に油薬を塗ってもらい,また,被爆後は配給が途絶え,食べるものがなくなったことから,近所の畑から灰を被って真っ黒になった冬瓜や芋のつる,大豆などを取って食べたり,社宅の前の川でアサリを取ってきて食べたりし,また,水道水が出なくなったので,近くの農家から井戸水をもらって飲んでいたなどというのであって,これらの事実からすれば,原告Cが, 原爆投下後,残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができないものというべきである。 cところで,原告Cの原爆症認定申請に係る疾病は,胃がんであるところ,前記認定のとおり,胃がんは,バックグラウンドとしての発生率ないし死亡率の高い疾病であるが,放射線被曝との間に非常に有意な関係が認められ,しかも,発症の危険は被爆時年齢が10歳以下の群及び女性に高いとされている。これによれば,被曝線量の点を除けば,原告C(女性)の被爆時年齢(8歳)からして,原告 曝との間に非常に有意な関係が認められ,しかも,発症の危険は被爆時年齢が10歳以下の群及び女性に高いとされている。これによれば,被曝線量の点を除けば,原告C(女性)の被爆時年齢(8歳)からして,原告Cに発症した胃がんが原爆放射線による被曝に起因するものとみても決して不自然ではないというべきである。 dまた,前記認定事実によれば,原告Cは,平成15年11月,脳内出血で手術を受けているところ,後に説示するとおり,循環器疾患(心疾患,脳卒中)については,放影研の最近の疫学調査等において原爆放射線による被曝との有意な関係が示されているものである。 e以上のとおり,原告Cの被爆態様が遮蔽のない状態での直曝であり,被爆により背中から足にかけて火傷を負うに至っていること,被爆後に歯茎からの出血等放射線による急性症状として説明可能な症状を発症しており,その態様,程度が軽微なものであった様子はうかがわれないこと(なお,社宅その他の場所で被爆した原告Cの親族の中に原告Cと同様の症状を発症した者がいた形跡は証拠上うかがわれない。)等からみて原告Cの原爆の初期放射線による被曝線量はDS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられる上,原告Cが,原爆投下後,残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができないこと,原告C(女性)の被爆時年齢(8歳)からして,被曝線量の点を除けば,原告Cに発症した胃がんが原爆放射線による被曝に起因するものとみても決して不自然ではないとみられることに加えて,原告Cが被爆前は健康体であったのが,被爆後,体のだるさ,つらさを覚えるようになり,その後も原因不明の体のだるさ,つらさが続いたことなど,原告C の被爆前後の健康状態に質的な変化がみられるの ,原告Cが被爆前は健康体であったのが,被爆後,体のだるさ,つらさを覚えるようになり,その後も原因不明の体のだるさ,つらさが続いたことなど,原告C の被爆前後の健康状態に質的な変化がみられるのであり,その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと,原告Cが最近の疫学調査等において原爆放射線による被曝との有意な関係が示されている循環器疾患(脳内出血)を発症していること及び前記認定の被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば,前記認定のとおり原告Cの家族に被爆の有無いかんにかかわらずがんを発症している者が多数存在することをしんしゃくしてもなお,原告Cの胃がんは原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが経験則に照らして合理的かつ自然というべきであり,原告Cの胃がんについて放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Cの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記認定事実によれば,原告Cは,平成14年1月17日,リンパ節郭清を伴う胃切除術を受け,術後,抗がん剤の投与を受けていたところ,平成15年11月,脳内出血で手術を受けたことから,その後,医師の勧めもあって抗がん剤の使用を止めているものの,3か月に1度の定期検査に通院し,医薬や消化剤を処方されているというのであるから,原告Cの胃がんについて要医療性を認めることができる。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Cは,本件C却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である胃がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件C却下処分は違法というべきである。 エ原告Dについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)エ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A120号証の1,甲E1号証,7号証,乙A95号証,乙E1号証,4号証,原告D本人)によれば,原告Dの被爆状況につい いて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)エ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A120号証の1,甲E1号証,7号証,乙A95号証,乙E1号証,4号証,原告D本人)によれば,原告Dの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Dは,昭和6年4月29日生の男性であって,昭和20年8月当時,満14歳で広陵中学校第2学年に在学中であり,学徒勤労動員を受けて,勤労奉仕として家屋の撤去作業に従事していた。 b昭和20年8月6日,原告Dの在籍する広陵中学校第2学年は鶴見橋付近の建物撤去の片付け作業を割り当てられており,原告Dは,午前8時15分,a,すなわち,a橋の北東付近の防空壕前に約150名の同級生と整列中被爆した。 原告Dは,爆風で後方に吹き飛ばされて倒れ,辺りは黒いすす様のもので覆われた。原告Dは,当時,半袖シャツ及び長ズボンを着用しゲートルを巻いていたが,原告Dの着ていたシャツは焼けてはがれ,戦闘帽で覆われた部分以外の毛髪も焼け,左顔面,左首筋,左肩,背中,両腕に火傷を負った。原告Dは,火傷のため両腕から皮膚が垂れ下がり,両腕を前に突き出してあてもなく歩き始めた。 なお,原告Dが被爆した場所は,爆心地から約1.8キロメートルないし1.9キロメートルの地点であると認められる(原告Dは被爆地点の爆心地からの距離を約1.75メートルと主張するが,これを裏付けるに足りる的確な証拠はない。)。 c原告Dは,被爆後,a橋を渡り,市の中心部の方へ向かおうとしたが,引き返し,広陵中学校に戻ろうとしたが,行程を半分ほど進んだ後,再びaに戻り,aにあった神社で夜を明かした。翌朝(同月7日),原告Dは,広陵中学校に赴いたが,負傷者であふれかえっていたため,御幸橋を渡って市内に入り,廣島赤十字病院に着き,そこで白いチンク油を塗布してもらうだけの簡単な 神社で夜を明かした。翌朝(同月7日),原告Dは,広陵中学校に赴いたが,負傷者であふれかえっていたため,御幸橋を渡って市内に入り,廣島赤十字病院に着き,そこで白いチンク油を塗布してもらうだけの簡単な治療を受けた上,黒くすすけた握り飯をもらい,a町にあった自宅(三菱造船社宅)を目指して歩き出した。 ところが,道を誤って北上し,市役所の付近まで来たところで引き返し,b橋,c橋,e大橋などを通って,自宅にたどり着いた。原告は,道中,上記握り飯を食したのみで,壊れた水道管の水を飲むなどしていた。 d原告Dは,自宅に戻って後,軍医の下に赴いて火傷の治療を受けたが,その治療は,火傷の上に張ってくる薄皮がすぐに化膿するため薄皮をはいで赤チンを塗布するというものであった。 (イ)被爆後原告Dに生じた症状等証拠(甲E1号証,原告D本人)によれば,原告Dは,昭和20年8月8日ころから,頭髪が抜け,鼻血が出てなかなか止まらず,下痢があり,嘔吐が1週間くら い,震えが3日ないし5日くらい続き,起きていることができず,2か月くらい寝込んでいた事実が認められる。 (ウ)原告Dの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲E1号証,乙E1号証,4号証,原告D本人)によれば,原告Dの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Dは,被爆前は健康体でスポーツもよくしていた。 (b)原告Dは,被爆後1年くらいして広陵中学校に復学したが,倦怠感,疲労感のため,その後も休みがちであった。原告Dは,昭和23年,奈良県の天理高校に転校したが,倦怠感,疲労感が続き,以前のようにスポーツをすることはなかった。昭和25年4月,法政大学法学部に入学したが,倦怠感が,疲労感が続き,昭和28年ころには呼吸困難や鼓動の異常を感じ,大学を1年休学した 倦怠感,疲労感が続き,以前のようにスポーツをすることはなかった。昭和25年4月,法政大学法学部に入学したが,倦怠感が,疲労感が続き,昭和28年ころには呼吸困難や鼓動の異常を感じ,大学を1年休学した。 (c)原告Dは,昭和30年3月に大学を卒業して就職したが,倦怠感,疲労感に悩まされ続け,そのため,仕事が長く続かず,約35年の間に10数回も転職した。 (d)原告Dは,昭和37年10月14日付けで被爆者健康手帳の交付を受けた。 b病歴等について(a)原告Dは,被爆後2か月くらいして,黒い皮膚がはがれ出し,顔は4か月,首は半年くらいで火傷の跡が消えたが,胸の皮膚の黒みは数年前に消え,両腕や右手親指の付け根から肘の方にかけての甲側には今も変色した火傷の跡が残っている。 また,被爆後,手の皮膚は盛り上ってケロイド状となり,右手の爪は変形してはがれればまた下から柔らかい爪が生えてくるといった状態が続いた。 (b)原告Dは,昭和40年ころ,池田市の甲vクリニックで心臓肥大と無気肺の診断を受けた。 (c)原告Dは,昭和50年ころ,大阪の住友病院で糖尿病と診断された。 (d)原告Dは,平成4年ころ,川西市の正愛病院で十二指腸潰瘍と診断された。 (e)原告Dは,平成9年ころ,十二番胸椎圧迫骨折により茨木市の友紘会病院及び正愛病院にそれぞれ1か月くらい入院した。 (f)原告Dは,平成10年ころ,ヘルニアで正愛病院に約2週間入院して手術を受けた。 (g)原告Dは,平成10年ころから,右手人差指(右二指)の先に痛みを感じるようになり,平成13年2月ころには同所の爪半分が黒くなって痛みが止まらなくなり,箕面市立病院皮膚科で診察を受けた結果,皮膚がん(有棘細胞がん)の診断を受け,同年6月15日から同月29日まで同病院に入院し,同月18日,右二指の には同所の爪半分が黒くなって痛みが止まらなくなり,箕面市立病院皮膚科で診察を受けた結果,皮膚がん(有棘細胞がん)の診断を受け,同年6月15日から同月29日まで同病院に入院し,同月18日,右二指の末節部の切断術,断端形成術を受けた。原告Dの原爆症認定申請に係る同病院担当医師の平成14年7月24日付け意見書(乙E5号証)によれば,再発,転移は認められていないが,術後5年間は再発,転移の有無を定期的に診察,検査していく必要があるとされており,右腕リンパ腺,肺などへのがんの転移を防止するため,3か月に1回同病院に通院しているほか,同指の神経障害の通院治療を行っている。 (h)原告Dは,現在,糖尿病,逆流性食道潰瘍,変形性膝関節症等で池田市の回生病院に通院し,咽頭炎で上月病院及び甲w耳鼻咽喉科に通院し,平成17年3月前半から前立腺肥大でペリタス病院に通院しているほか,平成15年に正愛病院で大腸ポリープの手術を受けている。 (エ)本件D却下処分の経緯原告Dによる原爆症認定申請及びこれに対する被告厚生労働大臣による却下処分(本件D却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)エ(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Dは,平成14年7月31日付けで,負傷又は疾病名を右2指有棘細胞癌,右2指の末節部の切断術として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,同年12月18日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Dの申請について,申請疾病名を右2指有棘細胞癌,右2指 の末節部の切断術,線量目安を10.4センチグレイ,原因確率を5.6パーセントとして,原告Dの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況 癌,右2指 の末節部の切断術,線量目安を10.4センチグレイ,原因確率を5.6パーセントとして,原告Dの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。被告厚生労働大臣は,同月20日付けで原告Dの原爆症認定申請を却下する旨の処分(本件D却下処分)をしたが,通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Dの被爆状況が検討され,原告Dの申請に係る疾病の原因確率を求め,この原因確率を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記意見を受け,原告Dの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Dの原爆症認定申請に係る疾病a原告Dの原爆症認定申請に係る申請書(乙E1号証)及び医師の意見書(乙E5号証)等によれば,原告Dの原爆症認定申請に係る疾病は,右二指有棘細胞がんであると認められる。 b証拠(甲E10号証の1,5,7ないし10,乙A4号証,9号証)によれば,皮膚がんに関して次の事実が認められる。 (a)有棘細胞がんとは,表皮ケラチノサイト(ケラチノサイトとは皮膚の上皮組織を構成する主体となる細胞をいう。)への分化を示す悪性腫瘍であると定義され,有棘細胞がんの腫瘍細胞は形態学的に表皮の有棘細胞に類似し,好酸性の胞体と類円形の核を有する多角形状細胞としてみられることが多い。日本における有棘細胞がんは,かつては熱傷瘢痕部や慢性放射線皮膚炎部,あるいは外陰部など非露出部のものが多かったが,近年は日光露出部, 胞体と類円形の核を有する多角形状細胞としてみられることが多い。日本における有棘細胞がんは,かつては熱傷瘢痕部や慢性放射線皮膚炎部,あるいは外陰部など非露出部のものが多かったが,近年は日光露出部,特に頭頸部のものが半数以上を占めるようになっている。発がん因子としては,日光紫外線が最も重要であるが,放射線も重要である。発がんに関連するもう一つの興味深い因子が瘢痕と慢性炎症であって,深い熱傷瘢痕や尋常性狼瘡あるいは慢性円板状アリテマトーデスなどの病変 部に長年月経過後有棘細胞がんが生じてくることがあり,これらはいずれも瘢痕状組織に慢性的に炎症が繰り返し生じる病態であり,このような局所に継続的に産生,遊離される活性酸素や増殖因子を含めたサイトカイン類などがケラチノサイトのがん化と進展を促すものと考えられるとされている(甲E10号証の5)。 (b)「原爆放射線の人体影響1992」(甲E10号証の1,乙A9号証)によれば,ICRPのグループは,放射線治療後に誘発された皮膚がんの多くは基底細胞がんであり,有棘細胞がんの軽度の増加も認められているとするが,我が国における従来の報告では,放射線皮膚がんの組織型は有棘細胞がんのが圧倒的に多く約80パーセントを占めており,最近,本邦でも基底細胞がんが増加し,有棘細胞がんの割合が低下してきたとの報告がある,放射線皮膚がんは照射部位に生じた慢性放射線皮膚炎を基盤として発生したものが多く,放射線皮膚炎の症状の程度はその後の皮膚がんの発生率に影響を与えていたという調査がある,貞森らは,1991年,放影研の長崎寿命調査拡大集団における1958年ないし1985年の間の皮膚がん発生と電離放射線の関係についてDS86線量に基づいて検討したところ,皮膚がんについての線量反応関係はしきい値のない線形であり,過剰相対リス 査拡大集団における1958年ないし1985年の間の皮膚がん発生と電離放射線の関係についてDS86線量に基づいて検討したところ,皮膚がんについての線量反応関係はしきい値のない線形であり,過剰相対リスクは1グレイ当たり2.2(95パーセント信頼区間0.5ないし5.0)で高い有意性が認められたとし,1991年馬淵らは放影研の広島,長崎寿命調査拡大集団における1958年ないし1987年の間の悪性黒色腫以外の皮膚がん発生を腫瘍組織登録に基づいて解析したところ,皮膚がんの発生は年齢と共に著しく増加し,近年における発生率の増加が認められ,1シーベルト当たりの過剰相対リスクは1. 0(95パーセント信頼区間0.41ないし1.09)であり,被爆時年齢が若いほど相対リスクは大きく,また,組織型別に行った解析では基底細胞がんは有棘細胞がんに比べ電離放射線の影響がより強かったなどとする,原爆被爆と皮膚がんとの関係が検討されてきたが,いまだに不十分な点もあると思われる,皮膚がん特に有棘細胞がんの発生母地として熱傷や裂傷の瘢痕が占める割合は大きく,皮膚がんの発生が被爆による火傷や裂傷の瘢痕を基盤として増加したか否かを検討すること も重要と思われる,このように,皮膚がんにおいては他の臓器のがんと異なり熱線,爆風による放射線以外の原爆の影響をも無視できないであろう,放射線治療が単独又は原爆被爆との相互作用により皮膚がんを誘発し,それを反映して被爆者で皮膚がんが増加したのかもしれない,などとされている。 (c)「長崎原爆被爆者における皮膚癌」(貞森直樹ほか。西日皮膚・52巻1号。1990年)第2報ないし第5報(甲E10号証の7ないし10)によれば,長崎原爆被爆者の中でも近距離被爆者においては皮膚培養細胞に原爆放射線に起因すると考えられる染色体構造異常が観察された 巻1号。1990年)第2報ないし第5報(甲E10号証の7ないし10)によれば,長崎原爆被爆者の中でも近距離被爆者においては皮膚培養細胞に原爆放射線に起因すると考えられる染色体構造異常が観察された,長崎市内の3大主要病院から収集された110症例について皮膚がん発生頻度と被爆距離との関連を検討した結果,皮膚がん発生頻度と被爆距離との間に統計学的に高い相関を示し,被爆距離の増加と共に皮膚がん発生頻度が有意に低下することが認められたが,女子例に限った場合,推計的に有意な相関は認められなかった,そこで,調査対象を31医療機関に増やして収集した140症例について解析した結果,全症例の場合と同様に男女別症例に分けた場合にも皮膚がん発生頻度と被爆距離との間に推計学的相関を認めた,また,原爆資料センターの資料を用いて原爆投下から今日に至るまでの皮膚がん発生率の年次推移を検討した結果,皮膚がん発生症例は1962年以降増え続け,特に1975年ころを境にして,2.5キロメートル未満被爆者からの皮膚がん発生率の増加が3.0キロメートル以上被爆者のそれに比べて有意に高くなっていることが判明した,さらに,上記140症例について被爆者皮膚がんの特異性の有無について検討したところ,唯一推計学的に有意差が認められたのは,有棘細胞がんにおいては近距離被爆者群の被爆年齢が遠距離被爆者群のそれに比べて若いということであった,などとされている。 (d)放影研の「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(乙A4号証)によれば,今回初めて寿命調査集団において放射線と肝臓及び黒色腫を除く皮膚のがん罹患との関連性がみられた,全消化器系,胃,黒色腫以外の皮膚,乳房及び甲状腺のがんでは,過剰相対リスクは被爆時年齢の増 加とともに減少した,などとされ て放射線と肝臓及び黒色腫を除く皮膚のがん罹患との関連性がみられた,全消化器系,胃,黒色腫以外の皮膚,乳房及び甲状腺のがんでは,過剰相対リスクは被爆時年齢の増 加とともに減少した,などとされ,また,黒色腫を除く皮膚がんの1シーベルト当たりの過剰相対リスクは1.0(95パーセント信頼区間で0.41ないし1. 9),寄与率は24.1パーセント(95パーセント信頼区間で11.5パーセントないし38.6パーセント)とされている。 (カ)原告Dの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a前記認定事実によれば,原告Dは,a,すなわち,a橋の北東付近の防空壕前に約150名の同級生と整列中被爆し,爆風で吹き飛ばされるとともに,左顔面,左首筋,左肩,背中,両腕に火傷を負ったというのであり,その被爆地点は,爆心地からの距離が約1.8キロメートルないし1.9キロメートルの地点であると認められるところ,爆心地からの距離が1800メートルの地点における初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば0.1523グレイ(15.23センチグレイ),DS02によれば0.1662グレイ(16.62センチグレイ),爆心地からの距離が1900メートルの地点における初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば0.1043グレイ(10.43センチグレイ),DS02によれば0.1111グレイ(11.11センチグレイ)と推定される。 bしかしながら,前記のとおり,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いが存することは,前記のとおりである。 また,前記認定事実によれば,原告Dは,被爆当日,市の中心部の方へ向かおう ルないし1500メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いが存することは,前記のとおりである。 また,前記認定事実によれば,原告Dは,被爆当日,市の中心部の方へ向かおうとしたが,引き返し,広陵中学校に戻ろうとしたが,行程を半分ほど進んだ後,再びaに戻り,aにあった神社で夜を明かし,翌朝,広陵中学校に赴いたが,負傷者であふれかえっていたため,御幸橋を渡って市内に入り,廣島赤十字病院に着き,そこで簡単な治療を受けた上,黒くすすけた握り飯をもらい,a町にあった自宅(三菱造船社宅)を目指して歩き出したものの,道を誤って北上し,市役所の付近まで来 たところで引き返し,自宅にたどり着いたが,道中,上記握り飯を食したのみで,壊れた水道管の水を飲むなどしていたなどというのであり,原告Dの以上のような被爆後の行動経過に照らすと,原告Dが,原爆投下後,残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができないものというべきである。 しかるところ,前記認定事実によれば,原告Dは,被爆後,昭和20年8月8日ころから,頭髪が抜け,鼻血が出てなかなか止まらず,下痢があり,嘔吐が1週間くらい,震えが3日ないし5日くらい続き,起きていることができず,2か月くらい寝込んでいたというのである。原告Dのこれらの症状(脱毛,鼻血,下痢等)は,その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線被曝による急性症状としても説明が可能であり,前記認定のとおり,原告Dが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感を覚えるようになり,その後長期にわたって倦怠感,疲労感に悩まされ続けたことなど,被爆の前後で原告Dの健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,原告Dの被爆当時の年齢(14歳),前記認定のような ようになり,その後長期にわたって倦怠感,疲労感に悩まされ続けたことなど,被爆の前後で原告Dの健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,原告Dの被爆当時の年齢(14歳),前記認定のような被爆後の体験等が原告Dに少なからず衝撃を与えたことは否定することができないとしても,被爆直後の上記症状をすべて衛生状態,栄養状態や心因性ないしストレスによるものとして説明するのは困難であり,むしろ放射線被曝に起因する急性症状とみるのが素直というべきである。 以上に加えて,上記のとおり原告Dの被曝態様が遮蔽のない状態での直曝であることをも併せ考えると,原告Dの原爆放射線による被曝線量は,DS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみるのが合理的である。 cところで,原告Dの原爆症認定申請に係る疾病は,右二指有棘細胞がんであるところ,前記認定事実によれば,有棘細胞がんの発がん因子としては,日光紫外線が最も重要であるが,放射線も重要であり,また,発がんに関連するもう一つの興味深い因子が瘢痕と慢性炎症であって,深い熱傷瘢痕や尋常性狼瘡あるいは慢性円板状アリテマトーデスなどの病変部に長年月経過後有棘細胞がんが生じてくるこ とがあり,これらはいずれも瘢痕状組織に慢性的に炎症が繰り返し生じる病態であるなどとされており,「原爆放射線の人体影響1992」においても,皮膚がん特に有棘細胞がんの発生母地として熱傷や裂傷の瘢痕が占める割合は大きく,皮膚がんの発生が被爆による火傷や裂傷の瘢痕を基盤として増加したか否かを検討することも重要と思われる,皮膚がんにおいては他の臓器のがんと異なり熱線,爆風による放射線以外の原爆の影響をも無視することができず,放射線治療が単独又は原爆被爆との相互作用により皮膚がんを誘発し,それを反映して被爆者で皮膚が 皮膚がんにおいては他の臓器のがんと異なり熱線,爆風による放射線以外の原爆の影響をも無視することができず,放射線治療が単独又は原爆被爆との相互作用により皮膚がんを誘発し,それを反映して被爆者で皮膚がんが増加したのかも知れない,などとされている。 前記認定事実によれば,原告Dは,被爆により左顔面,左首筋,左肩,背中,両腕に火傷を負い,火傷のため両腕から皮膚が垂れ下がったというのであり,また,被爆後2か月くらいして,黒い皮膚がはがれ出し,顔は4か月,首は半年くらいで火傷の跡が消えたが,両腕や右手親指の付け根から肘の方にかけての甲側には今も変色した火傷の跡が残っており,また,被爆後,手の皮膚は盛り上ってケロイド状となり,右手の爪は変形してはがれればまた下から柔らかい爪が生えてくるといった状態が続いたというのであるから,原告Dに発症した右二指有棘細胞がんについては,原爆の熱線による火傷(熱傷)との関係も検討されるべきである。 dしかしながら,広島原爆又は長崎原爆の熱線により火傷(熱傷)を受けた者は広範囲にわたり多数存在するところ(衣服をまとわぬ人体皮膚の熱線火傷は,爆心地から広島では約3.5キロメートルまで,長崎では約4キロメートルまで及び,また,爆心地から約1.2キロメートル以内で遮蔽物のなかった人が致命的な熱線火傷を受け,死者の20パーセントないし30パーセントがこの火傷によるものと推定されていることは,前記1(2)アにおいて認定したとおりである。),前記認定事実によれば,被爆者に発生した皮膚がんと放射線被曝線量との関係について,有意な線量反応関係が認められたのみならず,被爆時年齢が若いほど発生のリスクが高いという統計分析が複数存在している。すなわち,「原爆放射線の人体影響1992」には,放影研の長崎寿命調査拡大集団における1958年ないし が認められたのみならず,被爆時年齢が若いほど発生のリスクが高いという統計分析が複数存在している。すなわち,「原爆放射線の人体影響1992」には,放影研の長崎寿命調査拡大集団における1958年ないし1985年 の間の皮膚がん発生と電離放射線の関係についてDS86線量に基づいて検討したところ,皮膚がんについての線量反応関係はしきい値のない線形であり,過剰相対リスクは1グレイ当たり2.2(95パーセント信頼区間0.5ないし5.0)で高い有意性が認められたとする研究や,放影研の広島,長崎寿命調査拡大集団における1958年ないし1987年の間の悪性黒色腫以外の皮膚がん発生を腫瘍組織登録に基づいて解析したところ,皮膚がんの発生は年齢と共に著しく増加し,近年における発生率の増加が認められ,1シーベルト当たりの過剰相対リスクは1.0(95パーセント信頼区間0.41ないし1.09)であり,被爆時年齢が若いほど相対リスクは大きく,また,組織型別に行った解析では基底細胞がんは有棘細胞がんに比べ電離放射線の影響がより強かったなどとする研究が紹介されているほか,「長崎原爆被爆者における皮膚癌」(貞森直樹ほか。西日皮膚・52巻1号。1990年)第2報ないし第5報によれば,長崎市内の3大主要病院から収集された110症例について皮膚がん発生頻度と被爆距離との関連を検討した結果,皮膚がん発生頻度と被爆距離との間に統計学的に高い相関を示し,被爆距離の増加と共に皮膚がん発生頻度が有意に低下することが認められたが,女子例に限った場合,推計的に有意な相関は認められなかったことから,調査対象を31医療機関に増やして収集した140症例について解析した結果,全症例の場合と同様に男女別症例に分けた場合にも皮膚がん発生頻度と被爆距離との間に推計学的相関を認め,また,原爆資料セン ら,調査対象を31医療機関に増やして収集した140症例について解析した結果,全症例の場合と同様に男女別症例に分けた場合にも皮膚がん発生頻度と被爆距離との間に推計学的相関を認め,また,原爆資料センターの資料を用いて原爆投下から今日に至るまでの皮膚がん発生率の年次推移を検討した結果,皮膚がん発生症例は1962年以降増え続け,特に1975年ころを境にして,2.5キロメートル未満被爆者からの皮膚がん発生率の増加が3.0キロメートル以上被爆者のそれに比べて有意に高くなっていることが判明し,さらに,上記140症例について被爆者皮膚がんの特異性の有無について検討したところ,唯一推計学的に有意差が認められたのは,有棘細胞がんにおいては近距離被爆者群の被爆年齢が遠距離被爆者群のそれに比べて若いということであったなどとされており,放影研の「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫 瘍,1958-1987年」においても,今回初めて寿命調査集団において放射線と黒色腫を除く皮膚のがん罹患との関連性がみられ,黒色腫以外の皮膚がんでは,過剰相対リスクは被爆時年齢の増加とともに減少した,などとされ,また,黒色腫を除く皮膚がんの1シーベルト当たりの過剰相対リスクは1.0(95パーセント信頼区間で0.41ないし1.9),寄与率は24.1パーセント(95パーセント信頼区間で11.5パーセントないし38.6パーセント)とされているのである。 e以上のとおり,原告Dは,爆心地から1.8キロメートルないし1.9キロメートルの地点で被爆しているものの,その被曝態様は遮蔽のない状態での直曝であった上,被爆直後に脱毛,鼻血,下痢などといった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発症していることなどからして,原告Dの初期放射線による被曝線量はDS86ないしD い状態での直曝であった上,被爆直後に脱毛,鼻血,下痢などといった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発症していることなどからして,原告Dの初期放射線による被曝線量はDS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられる上,残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができないこと,原告Dは,被爆により両腕等に皮膚が垂れ下がる程度の火傷(熱傷)を負っているものの,広島原爆又は長崎原爆の熱線により火傷(熱傷)を受けた者は広範囲にわたり多数存在するところ(衣服をまとわぬ人体皮膚の熱線火傷は,爆心地から広島では約3.5キロメートルまで,長崎では約4キロメートルまで及んだとされる。),被爆者に発生した皮膚がんと放射線被曝線量との関係について,有意な線量反応関係が認められたのみならず,被爆時年齢が若いほど発生のリスクが高いという統計分析が複数存在しており,その中には,皮膚がん発生症例は1962年以降増え続け,特に1975年ころを境にして,2.5キロメートル未満被爆者からの皮膚がん発生率の増加が3.0キロメートル以上被爆者のそれに比べて有意に高くなっているとする報告も存在すること,原告Dは被爆時14歳と若年であったことに加えて,原告Dが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感を覚えるようになり,その後長期にわたって倦怠感,疲労感に悩まされ続けたことなど,被爆の前後で原告Dの健康状態に 質的な変化がみられるのであって,その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと及び前記認定の被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば,原告Dの右二指有棘細胞がんは原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,原告Dの右二指 らないこと及び前記認定の被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば,原告Dの右二指有棘細胞がんは原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,原告Dの右二指有棘細胞がんの放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Dの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記認定事実によれば,原告Dの原爆症認定申請に係る箕面市立病院担当医師の平成14年7月24日付け意見書において,原告Dの右二指有棘細胞がんにつき,再発,転移は認められていないが,術後5年間は再発,転移の有無を定期的に診察,検査していく必要があるとされており,右腕リンパ腺,肺などへのがんの転移を防止するため,3か月に1回同病院に通院しているほか,同指の神経障害の通院治療を行っているというのであるから,原告Dの右二指有棘細胞がんについて要医療性を認めることができる。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Dは,本件D却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である右二指有棘細胞がんについて放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件D却下処分は違法というべきである。 オ原告Eについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)オ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A120号証の1,甲F1号証,2号証,3号証の1ないし4,乙F1号証,3号証,原告E本人)によれば,原告Eの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Eは,昭和8年1月24日生の男性であって,昭和20年8月当時,満12歳で広島県立広島商業中学校第1学年に在学中であり,勤労奉仕として建物撤去作業等に従事していた。 b昭和20年8月6日,原告Eはその日予定されていた建物撤去作業に従事す るため登校し,午前8時15分,a付近に所在した広島商業中学校校庭に約400名の同級生 物撤去作業等に従事していた。 b昭和20年8月6日,原告Eはその日予定されていた建物撤去作業に従事す るため登校し,午前8時15分,a付近に所在した広島商業中学校校庭に約400名の同級生とともに整列中被爆した。爆風により木造2階建の校舎が倒壊し,周囲は薄暗くなった。原告Eも吹き飛ばされて倒壊した校舎の下敷きとなった。 原告Eは,脱出後,倒壊した校舎の下敷きとなった同級生を助け出し,避難場所とされていたaの暁部隊通信部に避難した。原告Eは,当時,ランニングシャツにズボンを着用しゲートルを巻いていたが,上半身露出部分,右顔面,両膝の部分,右肩から右手の先にかけて火傷を負い,皮膚が垂れ下がり,ゲートルも焼けた。約1時間後,降雨があり,原告Eは避難先でランニングのまま雨に打たれた。同日夕刻,原告Eはaを降りて,a橋からb橋を経てaにあった自宅に戻ろうとしたが,b橋を渡った辺りで火災のためそれ以上進めなくなり,廣島赤十字病院に立ち寄って同所で夜を明かした。 なお,原告Eが被爆した場所は,爆心地から約2キロメートル弱の地点であると認められる(原告Eは被爆地点の爆心地からの距離を約1.7キロメートルであると主張するが,これを裏付けるに足りる的確な証拠はない。)。 c昭和20年8月7日朝,原告Eは,廣島赤十字病院を出て再度自宅の方向へ向かったが,自宅は焼失しており,原告Eは広島商業中学校まで戻った。原告Eは,途中,焼跡の破れた水道管からしたたり落ちる水を飯盒に受けて飲むなどした。原告Eは,その後,専売公社へ赴いて手当を受け,小学校時代の同窓生を捜しにaまで歩き,再び同中学校に戻り,火傷跡の痛みと体のだるさのため動けなくなり,校庭の防空壕に横たわっていた。同月8日,原告Eは,広島女子専門学校まで連れて行ってもらって手当を受けた。原告Eは,同月1 まで歩き,再び同中学校に戻り,火傷跡の痛みと体のだるさのため動けなくなり,校庭の防空壕に横たわっていた。同月8日,原告Eは,広島女子専門学校まで連れて行ってもらって手当を受けた。原告Eは,同月10日ころまで,痛みとだるさのため,広島商業中学校の校庭の防空壕で寝ていたが,同日ころ,原告Eの父が原告Eを迎えに来た。原告Eは,大八車に乗せられ,途中,市役所,中国電力,産業奨励館を経てh駅まで行き,同所でトラックに乗り換えて,広島市郊外のa町にある原告の父の知人の甲r宅まで運ばれた。 d原告Eは,昭和20年8月16日ころまで甲r宅で寝ていたが,火傷した部位 が化膿してきたことから,同日ころa小学校に設けられた広島陸軍病院に入院した。 原告Eは,同年10月ころまで同病院に入院したが,同病院が大竹国立病院となって移転することになったことから,広島県甲奴郡a町にあった母の実家に移った。原告Eは,その後も昭和21年5月ころまで寝たきりの状態が続き,昭和22年3月に復学した。復学した後も化膿は完治せず,通院治療を継続し,半年後くらいにようやく症状が改善した。 e原告Eの母と妹はaにあった自宅で被爆死した。また,原告Eの父は広島県庁で被爆し,昭和56年ころ,急性白血病で死亡した。 (イ)被爆後原告Eに生じた症状等証拠(甲F1号証,原告E本人)によれば,被爆後原告Eに生じた症状等について,以下のとおり認められる。 a原告Eは,a町の甲r宅にいたころ歯茎から薄く出血し,昭和20年8月16日ころに陸軍病院に入院したころから約1か月間くらい歯茎からの出血が続いた。 歯茎からの出血は1年間ぐらいみられた。 b原告Eは,被爆後1週間くらい下痢が続き,その後も半年くらい軟便がみられた。 c原告Eに係る本件原爆症認定申請書添付の健康診断個人票(乙F9号証)中 た。 歯茎からの出血は1年間ぐらいみられた。 b原告Eは,被爆後1週間くらい下痢が続き,その後も半年くらい軟便がみられた。 c原告Eに係る本件原爆症認定申請書添付の健康診断個人票(乙F9号証)中の「原爆によると思われる急性症状(おおむね6か月以内)」の欄には,「熱・傷」,「脱毛」,「発熱」,「外傷」,「皮膚粘膜の出血」の項目について「有」に丸印が付されている(もっとも,原告Eは,本人尋問において,当時丸坊主であったため脱毛には気が付かず,また,紫斑ないし内出血もみられなかった旨供述している。)。 (ウ)原告Eの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲F1号証,乙F1号証,4号証,6号証,9号証,10号証,原告E本人)によれば,原告Eの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Eは,被爆前は健康体で,小学校を欠席したこともなかった。 (b)原告Eは,復学後,高等学校及び大学へと進学し,大学卒業後,証券会社等に勤め,65歳で退職した。 (c)原告Eは,被爆後,倦怠感,疲労感が続き,40歳前後のころからは風邪をひきやすく疲れやだるさがひどい時など時々点滴を受けるようになり,その後も体のだるさ,疲れは年を経るごとにひどくなり,約10年くらい前から週1回の割合で,約3年くらい前からほぼ毎日点滴を受けている。 (d)前記健康診断個人票(乙F9号証)中の「原爆によると思われる慢性症状」の欄には,「めまい」,「疲労感」,「衰弱感」,「ケロイド」の項目について「有」に丸印が付されている。 b病歴等について(a)原告Eは,被爆後,火傷の跡が化膿し,特に右腕の化膿がひどく,医師から切断を勧められたこともあった。昭和22年3月に復学したころも化膿は完治しておらず,復学後半年くらいしてようやく化膿 いて(a)原告Eは,被爆後,火傷の跡が化膿し,特に右腕の化膿がひどく,医師から切断を勧められたこともあった。昭和22年3月に復学したころも化膿は完治しておらず,復学後半年くらいしてようやく化膿部位に新しい皮膚が生えてきて痛みが和らいだ。原告Eは,平成12年9月当時,火傷部位である左肩関節,右側頚部,右上肢及び両下肢(膝)に多発性ケロイドがあり,右肘関節はケロイドの瘢痕拘縮で伸展が中等度障害されており,右前頚部は頚椎の運動に対する軽度の影響が認められる(乙F10号証)。 (b)原告Eは,昭和48年ころ(40歳ころ),健康診断により肝炎の指摘を受けたが,医師からその原因は不明と言われ,以後,肝機能障害の治療を受けている。また,原告Eは,そのころから,糖尿病に罹患し,投薬治療を受けている。 (c)原告Eは,平成10年7月,咽頭腫瘍の診断を受け,97日間大阪医科大学付属病院に入院して治療(同月9日顕微鏡下咽頭微細術,同月29日から同年9月28日まで放射線照射64グレイ)を受けたが,入院中,白血球減少がみられた。 (d)原告Eは,平成11年5月,咽頭全摘手術及び両頚部郭清術を受けた。 (e)原告Eは,手術後,3か月に1回の頻度で大阪医科大学に通院して超音波検査やレントゲン検査等を受けるとともに痛み止め等の投薬を受けている。 (f)原告Eは,手術後,首の痛みが出たときなど整骨院に通院している。 (エ)本件E却下処分の経緯原告Eによる原爆症認定申請及びこれに対する厚生大臣による却下処分(本件E却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)オ(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Eは,平成10年11月9日付け(同月10日受付)で,負傷又は疾病名を咽頭腫瘍として,厚生大臣に対し,被爆者援護法(平成11年法律第160号による改正前のもの) )記載のとおりである。 すなわち,原告Eは,平成10年11月9日付け(同月10日受付)で,負傷又は疾病名を咽頭腫瘍として,厚生大臣に対し,被爆者援護法(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,厚生大臣から諮問を受けた原子爆弾被爆者医療審議会は,平成11年12月20日付けで,厚生大臣に対し,原告Eの申請について,申請疾病名を咽頭腫瘍として,原告Eの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線に起因するものとは認められず,また,原告Eの治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているとは認められない旨の答申をした。同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。厚生大臣は,同月28日付けで原告Eの原爆症認定申請を却下する旨の処分(本件E却下処分)をしたが,通知書には,原子爆弾被爆者医療審議会において,申請書類に基づき,原告Eの被爆状況が検討され,原告Eの申請に係る疾病の状態と原爆放射能との関係及び治療状況等について審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因するもの及び治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けていると推定することは困難であると判断された,上記の理由により,原告Eの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Eの原爆症認定申請に係る疾病a原告Eの原爆症認定申請に係る申請書(乙F1号証)及び医師の意見書(乙F6号証)等によれば,原告Eの原爆症認定申請に係る疾病は,咽頭腫瘍であると認められる(なお,証拠(乙F1号証,3号証,5号証,10号証)及び弁論の全 趣旨によれば,原告Eに係る認定申請書には,「原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときはその自覚症状の概要」として れる(なお,証拠(乙F1号証,3号証,5号証,10号証)及び弁論の全 趣旨によれば,原告Eに係る認定申請書には,「原子爆弾に起因すると思われる自覚症状があったときはその自覚症状の概要」として「※身体には1/4以上ケロイドあり。」と記載されていること,原爆症認定申請に係る健康診断個人票(乙F9号証。検査年月日は平成11年11月5日)中の「特に記すべき医師の意見」の欄にはケロイドと記載されていること,原告Eは,本件E却下処分に対する異議申立手続において,異議申立書の申立ての趣旨にケロイドが原子爆弾の放射能に起因するものである旨記載するとともにケロイドに対する医師の意見書を提出したこと,異議申立てに対する決定においては,「追加資料に記載された右肩関節部,右側頚部,右上腕・両下肢多発性ケロイドを含めて申立人の既往歴,環境因子,生活歴等についても十分に検討を行ったが,放射線の起因性に関するこれらの事実を総合的に勘案して判断した結果,申立人に生じた咽頭腫瘍及び右肩関節部,右側頚部,右上腕・両下肢多発性ケロイドは原子爆弾の放射線起因性に係る高度の蓋然性はないものと判断された。なお,申立人の咽頭腫瘍及び右肩関節部,右側頚部,右上腕・両下肢多発性ケロイドについては,放射線の起因性について高度の蓋然性が認められなかったため,疾病の要医療性についてはその判断を行っていない。」と記載されていること,以上の事実が認められる。しかしながら,原告Eが原爆症認定申請の際に提出した医師の意見書(乙F6号証)にはケロイドについて全く触れられておらず,上記健康診断個人票においても,ケロイドの部位,状態,運動に対する影響,必要な治療の具体的内容などといった放射線起因性及び要医療性の判断の手掛りとなる具体的事実が全く記載されていないのであって,咽頭腫瘍とケロイドを医学 いても,ケロイドの部位,状態,運動に対する影響,必要な治療の具体的内容などといった放射線起因性及び要医療性の判断の手掛りとなる具体的事実が全く記載されていないのであって,咽頭腫瘍とケロイドを医学的知見に照らして社会通念上同一ないし同種の疾病とみるのも困難であるから,これらにかんがみると,ケロイドを原告Eの原爆症認定申請に係る疾病と認めることはできないというべきであり,また,上記異議申立手続においてケロイドについて事実上放射線起因性及び要医療性について判断されていることをもって,ケロイドを疾病とする原爆症認定申請がされ,これについての却下処分がされたものと認めることもできない。)。 b証拠(甲A42号証,112号証の19,甲F6号証の4,7号証の3,乙A4号証,7号証,70号証)によれば,咽頭腫瘍に関して次の事実が認められる。 (a)咽頭がんは耳鼻咽喉科領域において最も発生頻度の高い悪性腫瘍であり,その予後は比較的良いとされている(甲F6号証の4)。 (b)放影研の「寿命調査第10報第一部広島・長崎の被爆者における癌死亡,1950-82年」(乙A7号証)によれば,口腔前庭と咽頭の癌による死亡が68例あるが,死亡と放射線量には明らかな関連はみられないとされている。 (c)「放射線起因性の咽頭癌と喉頭癌:5つの臨床的ケーススタディ」(甲F7号証の3)によれば,一般に咽頭や喉頭は放射性発がんのリスクが低い器官であると考えられており,この器官での固形がんが発生するリスクは皮膚や甲状腺又は他のリンパ系器官の照射後よりはかなり低いとされるが,放射線治療後又は原子爆弾爆発後の電離放射線被曝者の研究で咽頭と喉頭の放射線起因性腫瘍が確認されているとされる(乙F7号証の3)。 (d)放影研の「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍, 射線治療後又は原子爆弾爆発後の電離放射線被曝者の研究で咽頭と喉頭の放射線起因性腫瘍が確認されているとされる(乙F7号証の3)。 (d)放影研の「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(乙A4号証)によれば,口腔がん及び咽頭がんは合計132例あり,最も多くの症例があったのは舌であり,次に唾液腺であって,下咽頭11例,中咽頭8例,上咽頭7例等であった,バックグラウンド発生率は,男性の方が女性よりも高く,また,年齢に伴い急に上昇した,年齢別罹患率は時間とともに増加した,口腔及び咽頭のがんには放射線の有意な影響はみられなかった,などとされている。 (e)放影研の「原爆死亡者の死亡調査率第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」(甲A112号証の19)によれば,口腔がんについて,寿命調査集団の男性の場合,死亡例は68(うち被曝線量0. 005シーベルト以上のもの37),被爆時年齢30歳の人の1シーベルト当たりの過剰相対リスク(年齢に対して一定である線形過剰相対リスクモデルにおけるもの)マイナス0.20(90パーセント信頼区間マイナス0.3ないし0.45), 寄与リスクマイナス5.2(90パーセント信頼区間マイナス6ないし11),寿命調査集団の女性の場合,死亡例は42(うち被曝線量0.005シーベルト以上のもの25),被爆時年齢30歳の人の1シーベルト当たりの過剰相対リスク(年齢に対して一定である線形過剰相対リスクモデルにおけるもの)マイナス0.20(90パーセント信頼区間マイナス0.3ないし0.75),寄与リスクマイナス4.1(90パーセント信頼区間マイナス6ないし14)とされている。 (f)なお,ケロイドとは,境界明瞭な扁平隆起性ないし半球状隆起で,鮮紅ないし紅褐ない 0.3ないし0.75),寄与リスクマイナス4.1(90パーセント信頼区間マイナス6ないし14)とされている。 (f)なお,ケロイドとは,境界明瞭な扁平隆起性ないし半球状隆起で,鮮紅ないし紅褐ないし褐色で,徐々に側方に進行するとともに,中央部にしばしば退色扁平化し,あたかも餅を引き伸ばしたかのような像を示すもので,下床に軟骨,骨のある部位に好発し,前胸,顔面,上腕,背部に多く,外傷,熱傷などの瘢痕から生ずるのを瘢痕ケロイドという。組織所見としては,真皮中深層に波状ないし渦巻状に膠原繊維が増殖し,小血管がその内に新生,基質には酸性ムコ多糖類が増加するなどとされている(乙A70号証)。 (g)放影研の成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」(甲A42号証)によれば,1958年から1986年までに収集された成人健康調査(AHS)コホートの長期データを用いて,悪性腫瘍を除く19の疾患の発生率と電離放射線被曝との関係を初めて調査したところ(被曝線量はDS86線量体系から得た最も適切な臓器線量を用い,層別された非被曝者群の発生率に基づく線形相対リスクモデルを用いて線量効果を解析した。),慢性肝炎及び肝硬変に統計的に有意な過剰リスクを認めたとされ,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(乙A67号証文献番号31)によれば,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る約1万人の長期データを用いて,がん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,以前にも統計的に有意な正の線形線量反応が認められた慢性肝炎及び肝硬変等に加えて,白内障に有意な正の線量反応を認めたなどとされ,「原爆被爆者の死亡率調査第13報固 量との関係を調査したところ,以前にも統計的に有意な正の線形線量反応が認められた慢性肝炎及び肝硬変等に加えて,白内障に有意な正の線量反応を認めたなどとされ,「原爆被爆者の死亡率調査第13報固 形がん及びがん以外の疾患による死亡率1950-1997年」(甲A112号証の19)によれば,1968年から1997年の期間の寿命調査における肝硬変の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.19(90パーセント信頼区間マイナス0.05ないし0.5)とされている。 (カ)原告Eの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a前記認定事実によれば,原告Eは,a付近に所在した広島商業中学校校庭に約400名の同級生とともに整列中被爆し,爆風により吹き飛ばされて瓦礫の下敷きとなるとともに,上半身露出部分,右顔面,両膝の部分,右肩から右手の先にかけて火傷を負ったというのであり,その被爆地点は,爆心地からの距離が約2キロメートル弱の地点であると認められるところ,爆心地からの距離が2000メートルの地点における初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば0.0716グレイ(7.16センチグレイ),DS02によれば0.0768グレイ(7.68センチグレイ)と推定される。 bしかしながら,前記のとおり,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いが存することは,前記のとおりである。 また,前記認定事実によれば,原告Eは,被爆により倒壊した校舎の下敷きとなったが,脱出し,避難場所とされていたaの暁部隊通信部に避難し,約1時間後,降雨があって,避難先でランニングのまま雨に打たれ,同日夕刻,aを降りて,aにあった自宅に戻ろうと 倒壊した校舎の下敷きとなったが,脱出し,避難場所とされていたaの暁部隊通信部に避難し,約1時間後,降雨があって,避難先でランニングのまま雨に打たれ,同日夕刻,aを降りて,aにあった自宅に戻ろうとしたが,b橋を渡った辺りで火災のためそれ以上進めなくなり,廣島赤十字病院に立ち寄って同所で夜を明かし,翌朝(昭和20年8月7日),廣島赤十字病院を出て再度自宅の方向へ向かったが,自宅は焼失しており,原告Eは広島商業中学校まで戻り,途中,焼跡の破れた水道管からしたたり落ちる水を飯盒に受けて飲むなどし,その後,専売公社へ赴いて手当を受け,小学校時代の同窓生を捜しにaまで歩き,再び同中学校に戻り,動けなくなって,校庭の防空壕に横たわ っていたところ,同月10日ころ,父が迎えに来て,大八車に乗せられ,途中,市役所,中国電力,産業奨励館を経てh駅まで行き,同所でトラックに乗り換えて,広島市郊外のa町にある原告の父の知人の甲r宅まで運ばれたなどというのである。原告Eの以上のような被爆後の行動経過に照らすと,原告Eが,原爆投下後,残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができないものというべきである。 しかるところ,前記認定事実によれば,原告Eは,当時丸坊主であったため脱毛には気が付かず,また,紫斑ないし内出血もみられなかったものの,同月10日ころa町にある甲r宅に運ばれてから同月16日ころまで甲r宅で寝ていたが,そのころ歯茎から薄く出血し,同月16日ころに陸軍病院に入院したころから約1か月間くらい歯茎からの出血が続いたほか,被爆後1週間くらい下痢が続いたというのである。原告Eのこれらの症状(歯茎からの出血,下痢)は,その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線被曝による急性症状として説明が可能であり,前記 たほか,被爆後1週間くらい下痢が続いたというのである。原告Eのこれらの症状(歯茎からの出血,下痢)は,その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線被曝による急性症状として説明が可能であり,前記認定のとおり,原告Eが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感が続き,体のだるさ,疲れは年を経るごとにひどくなってきたと訴えていることなど,被爆の前後で原告Eの健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,原告Eの被爆当時の年齢(12歳),前記認定のような被爆後の体験等が原告Eに少なからず衝撃を与えたことは否定することができないとしても,被爆直後の上記症状をすべて衛生状態や心因性ないしストレスによるものとして説明するのは困難であり,むしろ放射線被曝に起因する急性症状とみるのが素直というべきである。 以上に加えて,上記のとおり原告Eの被曝態様が遮蔽のない状態での直曝であることをも併せ考えると,原告Eの原爆放射線による被曝線量は,DS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみるのが合理的である。 cところで,原告Eの原爆症認定申請に係る疾病は,咽頭腫瘍であるところ,前記認定事実によれば,放影研の「寿命調査第10報第一部広島・長崎の被爆者における癌死亡,1950-82年」においても,「原爆被爆者におけるがん発生 率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」においても,咽頭がんによる死亡又は発生率と放射線との間に有意な関係がみられないとされており,「原爆死亡者の死亡調査率第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」によっても咽頭がんと放射線との関連は読み取れない。また,「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」においては,口腔がん及び咽頭 による死亡率:1950-1997年」によっても咽頭がんと放射線との関連は読み取れない。また,「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」においては,口腔がん及び咽頭がんのバックグラウンド発生率は,男性の方が女性よりも高く,また,年齢に伴い急に上昇し,年齢別罹患率は時間とともに増加したとされている。 しかしながら,放影研の上記各報告における解析の対象とされた症例数は,「寿命調査第10報第一部広島・長崎の被爆者における癌死亡,1950-82年」において口腔前庭と咽頭併せて68の死亡例(咽頭がんの内数は不明),「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(乙A4号証)においては,口腔がん及び咽頭がんの合計が132例,うち下咽頭11例,中咽頭8例,上咽頭7例(以上合計26例)であり,「原爆死亡者の死亡調査率第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」においては,口腔がん男性68例、女性42例(いずれも死亡例)とされているのみであって,解析の対象とされた咽頭がんの症例数そのものがきわめて少ないことがうかがわれる。 しかるところ,一般に,がんについては,原爆放射線被曝との関連を否定することはできないものとされているのであって,「放射線の人体への健康影響評価に関する研究」においても,部位別に過剰相対リスクを求めると統計的に有意ではないがんについても,原爆放射線被曝との関連が否定できないものとされている(以前は原爆放射線被曝との関連が統計的に有意でないとされていた疾病について,その後の症例の集積や解析技術の向上等により,原爆放射線被曝との有意な関係が認められるに至ったものが少なからず存在していることは,前記認定事実からも明らかである。)。そして,前記のとおり について,その後の症例の集積や解析技術の向上等により,原爆放射線被曝との有意な関係が認められるに至ったものが少なからず存在していることは,前記認定事実からも明らかである。)。そして,前記のとおり,固形がん全体については,被爆時年齢が若い ほど発生のリスクが高いとされている(「原爆死亡者の死亡調査率第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」においても,固形がんの過剰リスクは0ないし150ミリシーベルトの線量範囲においても線量に関して線形であるようである,放射線に関連した固形がんの過剰率は調査期間中を通じて増加したが,新しい所見として,相対リスクは到達年齢とともに減少することが認められ,また,子供の時に被爆した人において相対リスクは最も高い,とされていることは,前記認定のとおりである。)。のみならず,前記認定事実によれば,一般に咽頭や喉頭は放射性発がんのリスクが低い器官であると考えられており,この器官での固形がんが発生するリスクは皮膚や甲状腺又は他のリンパ系器官の照射後よりはかなり低いとされるが,放射線治療後又は原子爆弾爆発後の電離放射線被爆者の研究で咽頭と喉頭の放射線起因性腫瘍が確認されているとする報告も存在しているのである(「放射線起因性の咽頭癌と喉頭癌:5つの臨床的ケーススタディ」)。 dさらに,前記認定事実によれば,原告Eは,火傷部位である左肩関節,右側頚部,右上肢及び両下肢(膝)に多発性ケロイドがあるほか,昭和48年ころ(40歳ころ),健康診断により肝炎の指摘を受けたが,医師からその原因は不明と言われ,以後,肝機能障害の治療を受けているというのである(なお,健康診断個人票(乙F9号証)には「H8肝機能障害(アルコール性?)」との記載があるが,原告E本人尋問の結果によっても原告Eの肝機能 われ,以後,肝機能障害の治療を受けているというのである(なお,健康診断個人票(乙F9号証)には「H8肝機能障害(アルコール性?)」との記載があるが,原告E本人尋問の結果によっても原告Eの肝機能障害の原因がアルコールの摂取によるものであるとはにわかに認め難い。)。しかるところ,前記認定事実によれば,慢性肝炎及び肝硬変については,放影研の疫学調査において,有意な線量反応関係が認められているのであり(成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」,成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」,「原爆死亡者の死亡調査率第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」),そうであるとすれば,原因不明であるとされる原告Eの肝 機能障害については,原爆放射線被曝に起因して発症したものである可能性も否定することができない。 e以上のとおり,原告Eは,爆心地からの距離が約2キロメートル弱の地点で被爆しているものの,その被曝態様は遮蔽のない状態での直曝であった上,残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができず,被爆直後に歯茎からの出血,下痢といった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発症していることなどからして,原告Eの原爆放射線による被曝線量は,DS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられること,放影研の疫学調査においては,咽頭がんによる死亡又は発生率と放射線との間に有意な関係がみられないとされているものの,一般に,がんについては,原爆放射線被曝との関連を否定することはできないものとされており,また,固形がん全体については,被爆時年齢が は発生率と放射線との間に有意な関係がみられないとされているものの,一般に,がんについては,原爆放射線被曝との関連を否定することはできないものとされており,また,固形がん全体については,被爆時年齢が若いほど発生のリスクが高いとされている上,放射線治療後又は原子爆弾爆発後の電離放射線被爆者の研究で咽頭と喉頭の放射線起因性腫瘍が確認されているとする報告も存在していること,原告Eは,被爆当時12歳と若年であったこと,原告Eは,40歳ころから,医師により原因が不明とされる肝炎(肝機能障害)に罹患しているところ,慢性肝炎及び肝硬変については,放影研の疫学調査において,有意な線量反応関係が認められているところからして,原告Eの肝機能障害についても被曝線量の点を除けば原爆放射線被曝に起因して発症したものである可能性を否定することができないことに加えて,原告Eが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感が続き,体のだるさ,疲れは年を経るごとにひどくなってきたと訴えていることなど,被爆の前後で原告Eの健康状態に質的な変化がみられるのであり,その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと及び前記認定の被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば,原告Eの咽頭腫瘍は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,原告Eの咽頭腫瘍の放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Eの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記認定事実によれば,原告Eは,平成11年5月に咽頭全摘手術及び両頚部郭清術を受けた後,3か月に1回の頻度で大阪医科大学に通院して超音波検査やレントゲン検査等を受けるとともに痛み止め等の投薬を受けているというのであるから,原告Eの咽頭腫瘍について要医療性を認めることができる。 (ク) か月に1回の頻度で大阪医科大学に通院して超音波検査やレントゲン検査等を受けるとともに痛み止め等の投薬を受けているというのであるから,原告Eの咽頭腫瘍について要医療性を認めることができる。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Eは,本件E却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である咽頭腫瘍について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件E却下処分は違法というべきである。 カ原告Fについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)カ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A120号証の1,甲G1号証,2号証,3号証,乙A95号証,乙G1号証,3号証,原告F本人)によれば,原告Fの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Fは,大正13年8月9日生の女性である。昭和20年8月当時,原告Fは,満20歳で,妊娠5か月であり,原告の夫は陸軍将校として南方のニコバル島方面へ出征していた。原告Fは,同月1日から,広島駅前の猿猴橋商店街にあった父のいとこのN宅(N金物店)に身を寄せていた。 b昭和20年8月6日午前8時15分,原告Fは,N宅(木造)の1階土間の炊事場の流しで米をといでいたところ,被爆した。爆風によりN宅は全壊し,原告Fは,右側の窓から強烈な光を感じた瞬間気を失い,気が付くと隣家の3階屋上にあった庭が半分壊れて傾いて2階くらいの高さになっていたところに立っており,背中を負傷していた。当時N宅にいた3人の家族が全壊した建物の下敷きになっていたので,原告Fは素手で土を掘るなどして救出した後,N宅を後にした。同日午後,原告Fは,広島駅北東の東練兵場を通り,破裂した水道の水を水筒に入れて,a村まで逃げたが,東練兵場を通り抜けて農道を歩いていたとき,コールタールを薄 めたような黒い雨に打たれ,近くの小屋に避難した。同 ,広島駅北東の東練兵場を通り,破裂した水道の水を水筒に入れて,a村まで逃げたが,東練兵場を通り抜けて農道を歩いていたとき,コールタールを薄 めたような黒い雨に打たれ,近くの小屋に避難した。同日夕刻,原告Fは,a村の農家にたどり着いたが,そこには重傷者を含む負傷者が20人くらい横たわっていた。 なお,原告Fが被爆した場所は,爆心地から約1.9キロメートルの地点であると認められる(原告Fは被爆地点の爆心地からの距離を約1.8キロメートルであると主張するが,これを裏付けるに足りる的確な証拠はない。)。 c原告Fは,昭和20年8月6日から同月8日まで,a村の農家で負傷者の世話や手当をしていたが,同日,五日市の知人のもとへ行くことになり,a村を離れ,もと来た道を戻って東練兵場を通り広島駅に出て,広島駅から路面電車の線路沿いに爆心地付近を通り抜けてa駅まで歩き,a駅から汽車に乗って五日市の知人宅に赴いた。 d原告Fは,昭和20年10月半ばころ,山口県熊毛郡a町にあった原告Fの母の実家に身を寄せた。 (イ)被爆後原告Fに生じた症状等証拠(甲F1号証,原告F本人)によれば,被爆後原告Fに生じた症状等として,原告Fは,昭和20年8月10日ころから,指先を少し包丁で切っただけで出血が止まりにくいといったことがあったほか,頭頂部から側頭部にかけて櫛を入れると部分的にばさっと多くの頭髪が抜けるといったことが3回くらいみられた事実が認められる。 (ウ)原告Fの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲G1号証,7号証,乙G1号証,2号証,原告F本人)によれば,原告Dの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Fは,被爆前は健康体で,高等女学校のころは卓球部の選手をしていた。 (b)原告Fは,昭和20年10月 の被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Fは,被爆前は健康体で,高等女学校のころは卓球部の選手をしていた。 (b)原告Fは,昭和20年10月半ばころ原告Fの母の実家に身を寄せたころから,口が臭いと言われたり,体がだるく疲れやすい状態が続いた。 (c)原告Fは,昭和21年1月8日,長女を出産した。同年11月,原告の夫が復員してきたことから,同年12月,原告Fら一家は東京に転居した。 (d)原告Fは,東京で,夫の運送業を手伝うなどしていたが,昭和28年ころからは特に体がだるく吐き気もありつらい状態が続いた。原告Fは,昭和38年,当時居住していた東京都目黒区で被爆者健康手帳の交付を受けたが,そのころも,背中がこる,手が抜けそうにだるい,しんどい,激しい頭痛がする,などといった状態が続いていた。 (e)昭和43年ころ,原告Fら一家は京都に転居したが,そのころから貧血で倒れたり吐いたりすることがあった。昭和47年ころ,原告Fは,帰宅途中,貧血で倒れ,その後も貧血の症状が続いている。 b病歴等について(a)原告Fは,44歳ころから貧血の症状が続き,前記のとおり昭和47年ころには帰宅途中貧血で倒れ,社団法人京都保健会Z診療所(以下「Z診療所」という。)で約1か月くらい増血剤の投薬治療を受けた。貧血の症状は現在もあり,服薬を続けている。 (b)原告Fは,55歳ころから,変形性膝関節症,変形性脊椎症に罹患し,Z診療所において治療を受けている。 (c)原告Fは,平成8年5月,Z診療所において検査の結果,サイロイドテスト及びマイクロゾンムテストがいずれも陽性で,慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症(橋本病)と診断され,以後,通院して甲状腺ホルモン剤の投薬治療を続けている。 原告Fは,そ 検査の結果,サイロイドテスト及びマイクロゾンムテストがいずれも陽性で,慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症(橋本病)と診断され,以後,通院して甲状腺ホルモン剤の投薬治療を続けている。 原告Fは,その数年前から,のどが腫れ,発語困難,嚥下困難を感じるようになっており,平成8年当時,軽度の甲状腺腫が認められた。平成13年3月から投薬量を増量したため,嚥下困難の症状は軽減し,甲状腺腫も縮小,消失したが,服薬を忘れたり薬が切れたりすると嚥下困難を訴えている。平成14年当時,TSHはなお高値であるが,f-T3,f-T4値は正常範囲内にあり,また,心電図,脈 拍,血圧等は正常範囲内にある。 (d)原告Fは,平成15年3月ころから,喘息の症状となり,Z診療所で点滴治療を受けるなどした。 (e)原告Fの長女は,幼少のころより身体が弱く,45歳のころ子宮がんで全摘手術をしており,白血球数が少なく,被爆者健康手帳の交付を受けている。 なお,原告の親族に甲状腺の疾患を発症した者はいない。 (エ)本件F却下処分の経緯原告Fによる原爆症認定申請及びこれに対する厚生労働大臣による却下処分(本件F却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)カ(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Fは,平成14年11月15日付け(同年12月6日受付)で,負傷又は疾病名を甲状腺機能低下症(橋本病)として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成15年7月16日付けで,厚生労働大臣に対し,原告Fの申請について,申請疾病名を甲状腺機能低下症(橋本病),線量目安を7.3センチグレイとして,原告Fの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないもと考える,同疾病に係る 生労働大臣に対し,原告Fの申請について,申請疾病名を甲状腺機能低下症(橋本病),線量目安を7.3センチグレイとして,原告Fの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないもと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。被告厚生労働大臣は,同月23日付けで原告Fの原爆症認定申請を却下する旨の処分をしたが,通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Fの被爆状況が検討され,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記意見を受け,原告Fの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Fの原爆症認定申請に係る疾病a原告Fの原爆症認定申請に係る申請書(乙G1号証)及び医師の意見書(乙 G2号証)等によれば,原告Fの原爆症認定申請に係る疾病は,甲状腺機能低下症(橋本病)であると認められる。 b甲状腺機能低下症に関する医学的知見等は,前記イ(オ)bのとおりであるほか,証拠(乙A66号証)によれば,橋本病に関して次の事実が認められる。 (a)橋本病とは,慢性甲状腺炎又は甲状腺に対する自己免疫機序によって生じる慢性炎症性甲状腺疾患(自己免疫性甲状腺疾患)であり,現在では,び慢性甲状腺腫が存在し,受身凝集法による甲状腺ミクロソーム抗体又はサイログロブリン抗体が陽性でかつTSHレセプター抗体が陰性の場合に橋本病と診断されている。橋本病は女性に多く,また,以前は中年の女性に多いと言われていたが,実際には若いころから存在する。 (b)橋本病の発生機序については,自己免疫性甲状 プター抗体が陰性の場合に橋本病と診断されている。橋本病は女性に多く,また,以前は中年の女性に多いと言われていたが,実際には若いころから存在する。 (b)橋本病の発生機序については,自己免疫性甲状腺疾患の発症機序はいまだ不明であるが,少なくとも2つ以上の遺伝子が関与する自己免疫性甲状腺疾患になりやすい素因を持った人に生理的因子又は環境因子がトリガーとして働くことにより発症すると考えられ,病因仮設として甲状腺特異的サブレッサーT細胞異常説や甲状腺MHCクラスⅡ抗原異常発現説が提唱されてきたが,最近では甲状腺細胞自身が持つ甲状腺に対して生じた自己免疫応答の抑制機構に欠陥があるとする甲状腺末梢自己寛容誘導異常説が注目されているとされる。 (c)甲状腺機能が正常で甲状腺腫が小さいときには治療を要しないが,甲状腺機能低下症が永続的のときや美容上の問題や前頸部圧迫症状があるために甲状腺腫の縮小を試みるときには甲状腺ホルモンの補充療法を行う。 (カ)原告Fの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a前記認定事実によれば,原告Fは,猿猴橋商店街にあった木造家屋(N宅)1階において被爆し,爆風により建物は全壊し,背中を負傷したというのであり,その被曝地点は,爆心地からの距離が約1.9キロメートルの地点であると認められるところ,爆心地からの距離が1900メートルの地点における遮蔽なしとした場合の初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば0. 1043グレイ(10.43センチグレイ),DS02によれば0.1111グレイ(11.11センチグレイ)と推定されることになり(乙A46号証),原告Fは,木造家屋内において被曝したものであるから,その推定被曝線量は上記線量に木造家屋の透過係数(前記のとおりDS86においては日本家屋内被爆の チグレイ)と推定されることになり(乙A46号証),原告Fは,木造家屋内において被曝したものであるから,その推定被曝線量は上記線量に木造家屋の透過係数(前記のとおりDS86においては日本家屋内被爆の場合の平均家屋透過係数は広島の場合ガンマ線0.46,中性子線0.36とされている。)を乗じたものとなる。 bしかしながら,前記のとおり,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いが存することは,前記のとおりである。 また,前記認定事実によれば,原告Fは,被爆後意識を取り戻した後,全壊した建物の下敷きになっていた家族を素手で土を掘るなどして救出した上,広島駅北東の東練兵場を通り,破裂した水道の水を水筒に入れて,a村まで逃げたが,東練兵場を通り抜けて農道を歩いていたとき,コールタールを薄めたような黒い雨に打たれ,近くの小屋に避難し,夕刻,a村の農家にたどり着き,昭和20年8月8日まで,a村の農家で負傷者の世話や手当をしていたが,同日,五日市の知人のもとへ行くことになり,a村を離れ,もと来た道を戻って東練兵場を通り広島駅に出て,広島駅から路面電車の線路沿いに爆心地付近を通り抜けてa駅まで歩き,a駅から汽車に乗って五日市の知人宅に赴いたなどというのである。原告Fの以上のような被爆後の行動経過に照らすと,原告Fが,原爆投下後,残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができないものというべきである。 しかるところ,前記認定事実によれば,原告Fは,同月10日ころから,指先を少し包丁で切っただけで出血が止まりにくいといったことがみられたほか,頭頂部から側頭部にかけて櫛を入れると部分的にばさっ る。 しかるところ,前記認定事実によれば,原告Fは,同月10日ころから,指先を少し包丁で切っただけで出血が止まりにくいといったことがみられたほか,頭頂部から側頭部にかけて櫛を入れると部分的にばさっと多くの頭髪が抜けるといったことが3回くらいみられたなどというのである。原告Fのこれらの症状(脱毛等)は, その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線被曝による急性症状として説明が可能であり,前記認定のとおり,原告Fが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,長期間にわたり体がだるく疲れやすい状態が続いたのみならず,昭和43年ころから貧血で倒れたり吐いたりすることがあり,昭和47年ころには貧血で倒れ,その後も貧血の症状が続いていることなど,被爆の前後で原告Fの健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,被爆直後に原告Fに生じた上記症状は,放射線被曝に起因する急性症状とみるのが素直というべきである(前記認定のような原告Fの被爆直後の行動等にもかんがみると,原告Fに生じた脱毛等の症状が栄養状態又は心因性ないしストレスによるものとはおよそ考え難い。)。 以上に加えて,前記認定のとおり,原告Fが被爆当時妊娠5か月であり,被爆後に出生した長女が,幼少のころより身体が弱く,45歳のころ子宮がんで全摘手術をしており,白血球数が少なく,被爆者健康手帳の交付を受けている事実をも合わせ考えると,原告Fの原爆放射線による被曝線量は,DS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみるのが合理的である。 cところで,原告Fの原爆症認定申請に係る疾病は,甲状腺機能低下症(橋本病)であるところ,前記認定事実によれば,橋本病は,原発性,後天性甲状腺機能低下症に分類される疾患で,慢性甲状腺炎又は甲状腺に対する自己免疫機序によって生じる慢性 係る疾病は,甲状腺機能低下症(橋本病)であるところ,前記認定事実によれば,橋本病は,原発性,後天性甲状腺機能低下症に分類される疾患で,慢性甲状腺炎又は甲状腺に対する自己免疫機序によって生じる慢性炎症性甲状腺疾患(自己免疫性甲状腺疾患)であり,女性に多いとされる。自己免疫性甲状腺疾患の発症機序はいまだ不明である。 前記認定のとおり,甲状腺機能低下症と原爆放射線被曝との関連性については,「原爆放射線の人体的影響1992」において,放影研の剖検症例(1954年ないし1974年)中155例に橋本病の存在を確認したが,発生率あるいは被爆時年齢と放射線との関係は認めていない,被爆時年齢20歳以下を対照とした調査では,100ラド被爆群と0ラド被爆群との間に血清TSH及びサイログロブリンは差がなかった,などという報告が紹介され,また,「若年期に被バクした原子爆弾生存者の血清TSH,サイログロブリンと甲状腺障害:30年の追跡調査」におい て,原爆投下40年後の広範囲な追跡調査として長崎地域で成人健康調査の登録者を対象に調査したところ,非被曝群と100ラド被曝群との間に血清TSH及びサイログロブリンの濃度に有意な差は認められず,被曝群における甲状腺機能低下者の発生率が増えたとの結果は見付からなかったとされているが,他方で,「原爆放射線の人体的影響1992」には,広島の原爆で1.5キロメートル以内の直接被爆者6112名と3キロメートル以遠の直接被爆者3047名のTSH値の検討を行ったところ,甲状腺機能低下症の頻度は,男性で1.5キロメートル以内群1. 22パーセント,対照群0.35パーセント,女性ではそれそれ7.08パーセント及び1.18パーセントであり,また,被曝線量の増加とともに機能低下症が高率となり,さらに,機能低下症症例のマイクロゾーム抗体陽性 セント,対照群0.35パーセント,女性ではそれそれ7.08パーセント及び1.18パーセントであり,また,被曝線量の増加とともに機能低下症が高率となり,さらに,機能低下症症例のマイクロゾーム抗体陽性率は1.5キロメートル以内群は対照群に比して男女ともいずれも著名に低率であったという報告や,長崎における原爆の甲状腺への影響を検討した結果,甲状腺機能低下症は低線量群に有意に高く,10歳代ないし30歳代時に被爆した群に特に高く,特に女性に多かったという報告も紹介されいる。そのほか,「長崎c地区住民と対照の健康調査(第2報)」放影研倉田明彦ほか。長崎医学会雑誌59巻特集号)において,1984年10月から1987年4月にかけて2年に1度の定期検診を受けた長崎成人健康調査の対象者を対象に甲状腺疾患の有病率と甲状腺被曝線量(DS86線量推定方式による),性及び年齢との関係をロジスティックモデルを用いて解析したところ,抗体陽性特発性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)において有意な線量反応関係が認められ,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率は0.7プラスマイナス0.2シーベルトで最大レベルに達する上に凸の線量反応を示したが,上に凸の線量反応関係は,比較的低線量の放射線が甲状腺に及ぼす影響を更に研究する必要のあることを示している,などとされ,また,放影研の成人健康調査第7報「原爆被爆者における癌以外の疾患の発生率,1958-86年(第1-14診察周期)」においては,1958年から1986年に成人健康調査(AHS)コホートの長期データを用いて悪性腫瘍を除く19の疾患の発生率と電離放射線被曝と の関係を調査したところ,有意な正の線量反応が甲状腺疾患(非中毒性甲状腺腫結節,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎,甲状腺機能低下症の 19の疾患の発生率と電離放射線被曝と の関係を調査したところ,有意な正の線量反応が甲状腺疾患(非中毒性甲状腺腫結節,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ球性甲状腺炎,甲状腺機能低下症の障害が一つ以上存在することをいう)の発生率にみられ,被曝放射線量が0.001グレイ以上の人たちにおいて被爆に起因する症例の割合は16パーセントであり,女性が疾患にかかる確率は男性より3倍高く,性,市,被爆からの期間のどれも相対リスクの有意な修飾因子とならず,被爆時年齢の影響は有意で,主に若いときに被爆した人たちでリスクが増加し,被爆時年齢20歳以下の人と20歳を超える人についてそれぞれ解析を行ったところ,線量効果は若いグループのみに見られた,などとされ,さらに,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」においては,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,甲状腺疾患に対する1シーベルトでの全相対リスクは1.33,被爆時年齢10歳の相対リスクは1.64,25歳の相対リスクは1.15であり,放射線のリスクはより低年齢で被爆した被験者及びより低年齢で調査を受けた被験者においてより高く,被爆時年齢が最も顕著な効果修飾因子として含まれ,調査時年齢はそれほどには有意ではなく,被爆時年齢がより強力な要因であることを示唆しており,実際,放射線のリスクは20歳未満で被爆した者で顕著に増大したが,より高齢で被爆した者では顕著ではなかった,統一した診断基準を適用した最近の長崎における成人健康調査での甲状腺疾患の発生率研究は,特に若年で被爆した人において,自己免疫性甲状腺機能低下症への凹型の線量反応を示した,などとされて はなかった,統一した診断基準を適用した最近の長崎における成人健康調査での甲状腺疾患の発生率研究は,特に若年で被爆した人において,自己免疫性甲状腺機能低下症への凹型の線量反応を示した,などとされている。 d以上のとおり,原告Fは,爆心地から1.9キロメートルの地点の屋内で被爆しているものの,被爆直後に脱毛等の放射線被曝による急性症状として説明が可能な症状を発症していることや,当時胎内にいた長女が45歳のころ子宮がんで全摘手術をしており,白血球数が少なく,被爆者健康手帳の交付を受けていることなどからして,原告Fの原爆放射線による被曝線量はDS86ないしDS02の推定 値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられること,原告Fが発症した甲状腺機能低下症(橋本病)と放射線被曝線量との関係について,有意な線量反応関係が認められるとする統計分析が複数存在しており,その中には,長崎における原爆の甲状腺への影響を検討した結果,甲状腺機能低下症は低線量群に有意に高く,10歳代ないし30歳代時に被爆した群に特に高く,特に女性に多かったという報告,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率が示す上に凸の線量反応関係は,比較的低線量の放射線が甲状腺に及ぼす影響を更に研究する必要のあることを示しているという報告,有意な正の線量反応が甲状腺疾患の発生率にみられ,被爆時年齢の影響は有意で,主に若いときに被爆した人たちでリスクが増加しているという報告,統一した診断基準を適用した最近の長崎における成人健康調査での甲状腺疾患の発生率研究は,特に若年で被爆した人において,自己免疫性甲状腺機能低下症への凹型の線量反応を示したという報告が含まれていること,原告Fは,被爆時年齢が20歳と若年であったことに加えて,原告Fが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,長期間にわたり体 疫性甲状腺機能低下症への凹型の線量反応を示したという報告が含まれていること,原告Fは,被爆時年齢が20歳と若年であったことに加えて,原告Fが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,長期間にわたり体がだるく疲れやすい状態が続いたのみならず,昭和43年ころから貧血で倒れたり吐いたりすることがあり,昭和47年ころには貧血で倒れ,その後も貧血の症状が続いていることなど,被爆の前後で原告Fの健康状態に質的な変化がみられるのであって,その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと及び前記認定の被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば,原告Fの甲状腺機能低下症(橋本病)は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,原告Fの甲状腺機能低下症(橋本病)の放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Fの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記認定事実によれば,原告Fは,平成8年5月に慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症(橋本病)と診断されて以後,通院して甲状腺ホルモン剤の投薬治療を続けており,平成13年3月から投薬量を増量したため,嚥下困難の症状は軽減し,甲状腺腫も縮小,消失したが,服薬を忘れたり薬が切れたりすると嚥下困難を訴え ており,平成14年当時,TSHはなお高値であったなどというのであるから,原告Fの甲状腺機能低下症(橋本病)について要医療性を認めることができる。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Fは,本件F却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である甲状腺機能低下症(橋本病)について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件F却下処分は違法というべきである。 キ原告Gについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)キ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A120号証 び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件F却下処分は違法というべきである。 キ原告Gについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)キ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A120号証の1,甲H1号証,乙H3号証,5号証,8号証,原告G本人)によれば,原告Gの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Gは,大正14年4月5日生の男性であり,昭和20年1月から陸軍衛生兵として広島市a町にあった広島第一陸軍病院に勤務していた。 原告Gは,同年8月当時満20歳であり,同月1日から同月6日まで,外地からの転送患者の護送等の任務で,下士官及び日本赤十字社の看護婦とともに長野県の松本陸軍病院に出張し,同日午後6時ころまでの出張許可であったことから,広島第一陸軍病院に戻るべく,同日早朝松本を出発した。原告Gは,同日夕刻ころ,汽車で海田市駅の手前付近まで戻り,同所から線路づたいに広島駅に向かって歩き,広島駅付近で廣島赤十字病院に戻る看護婦ら及び下士官と別れ,広島駅から路面電車の線路沿いに進んで広島第一陸軍病院付近まで到達したが,周囲は廃墟と化しており,原告Gは,近くの護国神社で野営した。 なお,a町は爆心地からの距離が500メートルないし1キロメートルの地域であり,護国神社は爆心地の直近に位置する。 b原告Gは,昭和20年8月7日早朝から,救援のため到着した他府県の部隊とともに,負傷者の救出や死体の処理作業に従事した。広島市周辺のa村,b村,c村にある小学校や民家が野戦病院として使用され,原告Gは,同日から約1週間,衛 生兵として,日中は上半身裸で,負傷者を野戦病院に運んで手当をしたり,死者を火葬場に運んで焼却したりする任務に従事し,野戦病院で寝泊まりしたり作業場所付近に野営したりした。 c昭和20年8月14日ころ,原告G 日中は上半身裸で,負傷者を野戦病院に運んで手当をしたり,死者を火葬場に運んで焼却したりする任務に従事し,野戦病院で寝泊まりしたり作業場所付近に野営したりした。 c昭和20年8月14日ころ,原告Gは,a町の川原で死体処理作業中,死体を積んで斜面を降りてきた荷車に背中から激突されて負傷し,そのまま半日ほど任務を遂行したものの,痛みと出血がひどかったため,aにあった陸軍病院に搬送され,そのまま入院となった。 d原告Gは,a市の陸軍病院に1週間くらい入院した後,a村に戻って私物等の整理をするなどし,その後,広島県芦品郡a村の実家に戻った。 e原告Gは,広島市及びその周辺で衛生兵として任務に従事していた間,他府県から救援に来た部隊の中に,原因不明で倒れてそのまま死亡する者がいた。 (なお,原爆投下前後の原告Gの行動等に関する原告Gの陳述(甲H1号証)及び供述(本人尋問の結果)はその内容が当時の状況等に照らして不自然ではなく,その信用性を肯定することができ,乙H4号証の2(昭和35年2月8日付け申述書)及び同号証の3(調査票)の記載中上記認定に反する部分は,原告Gの上記陳述及び供述に照らし,採用することができない。)(イ)被爆後原告Gに生じた症状等証拠(甲H1号証,乙H4号証の3,原告G本人)によれば,被爆後原告Gに生じた症状等について,次の事実が認められる。 a原告Gは,衛生兵として任務を遂行中,歯茎からとみられるうっすらとした出血に気付いた。出血は原告Gがaの陸軍病院に入院中に止まった。 b原告Gは,aの陸軍病院に入院後,異常な体のだるさを感じるようになった。 c原告Gは,後記のとおり,昭和20年9月初旬ころ,広島県の府中町立病院に入院して背中の外傷の手術を受け,その後も昭和22年ころまで入退院を繰り返したが,同病院に入院中,医師から るようになった。 c原告Gは,後記のとおり,昭和20年9月初旬ころ,広島県の府中町立病院に入院して背中の外傷の手術を受け,その後も昭和22年ころまで入退院を繰り返したが,同病院に入院中,医師から白血球が少ないとの指摘を受け,また,身体各所のリンパ節が腫れてきて,昭和22年ころ,右側のリンパ節の腫れを切除する手 術を受けた。 d原告Gは,aの陸軍病院に入院していたころから徐々に頭髪が抜け始め,その後まとまった量の頭髪が抜けるようになり,昭和21年には頭髪が全部抜けてしまった。 e原告昭和22年ころ,個人病院で首の右側のリンパ節の腫れを切除する手術を受けた。Gの被爆者健康手帳の交付申請に係る調査票(乙H4号証の3)中「原爆によると思われる急性症状(おおむね六ケ月以内)」の欄には,「貧血軽度」,「歯茎から血がでた軽度」,「その他身体がだるい」と記載されている(なお,同欄中「毛が抜けた(脱毛)」の欄は空白となっているが,脱毛に関する上記dの事実は,甲H1号証,乙H1号証,3号証及び原告G本人尋問の結果によりこれを認めることができ,甲H1号証及び原告G本人尋問の結果に照らすと,上記調査票の記載は上記認定を左右するに足りない。)。 (ウ)原告Gの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲H1号証,2号証の2,3号証の1ないし3,乙H4号証の3,5号証,7号証,8号証,10号証,原告G本人)によれば,原告Gの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Gは,被爆前は健康体で,学校で健康優良児に選ばれたこともあった。 (b)原告Gは,aの陸軍病院を退院して実家に戻った後も,衛生兵として任務を遂行中に負った背中の外傷がなかなか治癒せず,昭和20年9月初旬ころ,広島県の府中町立病院に入院し,背中の こともあった。 (b)原告Gは,aの陸軍病院を退院して実家に戻った後も,衛生兵として任務を遂行中に負った背中の外傷がなかなか治癒せず,昭和20年9月初旬ころ,広島県の府中町立病院に入院し,背中の手術を受けたが,その後,身体各所のリンパ節が腫れてきた。原告Gは,その後約2年間くらい,体調がすぐれずに入退院を繰り返し,昭和22年ころ,個人病院で首の右側のリンパ節の腫れを切除する手術を受けた。原告Gは,退院後も,身体の不調,だるさが続いた。 (c)原告Gは,昭和24,5年ころ,大阪に出て,姉宅に居候しながら歯科技工士の仕事に就くなどし,昭和27年ころ結婚し,その後約10年くらい姉宅で同 居して歯科技工士の仕事に就くなどしていたが,体がだるく体調不調のため仕事が長続きせず,妻の収入や姉からの援助で生計を立てていた。昭和34年ころ,弟が歯科医院を開業したので,原告Gは,以後,弟の歯科医院の手伝いをすることが多くなったが,年を取るにつれて体のだるさや体調不良のため手伝いに行ける日も徐々に少なくなり,弟からの援助及び妻の収入に頼らざるを得なかった。 (d)原告Gの被爆者健康手帳の交付申請(昭和35年2月16日受付)に係る調査票(乙H4号証の3)中「現在の健康状況」の欄には,「体がだるい」,「つかれやすい」に丸印が付されている。 b病歴等について(a)原告Gは,昭和20年9月初旬ころ広島県の府中町立病院に入院した後,身体各所のリンパ節が腫れ出し,昭和22年ころ,個人病院で首の右側のリンパ節の腫れを切除する手術を受けた。 (b)原告Gは,昭和30年ころから肝機能障害(肝機能低下)のため守口市の中村医院で治療を受けた。また,昭和35年ころから骨粗鬆症のため中村医院を受診している。さらに,昭和55年ころから高血圧症のため守口市のG医院に通院し 年ころから肝機能障害(肝機能低下)のため守口市の中村医院で治療を受けた。また,昭和35年ころから骨粗鬆症のため中村医院を受診している。さらに,昭和55年ころから高血圧症のため守口市のG医院に通院している。なお,肝機能は,平成11年2月以降,小康状態を保っている。 (c)原告Gは,平成元年ころ,吐き気やめまいがひどいことから数週間通院したが原因不明であった。平成9年,原告Gは脳梗塞で倒れて救急車で病院に搬送され,1週間くらい入院して治療を受けた。原告Gは,平成10年11月23日,めまいと吐き気がひどいことから救急車で摂南総合病院に搬送され,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全の診断を受け,約10日間入院して治療を受けた。 原告Gは,そのころ,慢性虚血性心疾患との診断も受けている。 (d)原告Gは,広島県の府中町立病院に入院していたころ,医師から白血球が少ないとの指摘を受けたことがあったが,平成11年,医療法人仁西会甲d内科において白血球減少症と診断され,白血球増多剤等の投与を受けた。また,そのころ白内障と診断され,甲s眼科医院において点眼処方を受けている。 (e)原告Gは,平成16年6月ころ,膀胱がん及び前立腺がんを発症し,関西医科大学病院に約2か月間入院して膀胱がんの手術及び前立腺がんの治療を受けた。 (f)原告Gは,退院後,脳梗塞のため救急車で病院に搬送され,治療を受けたが,右手に麻痺が残った。 (g)原告Gは,脳梗塞の後遺症や膀胱がん等の治療等のために関西医科大学病院に1か月に1回程度通院し,また,白内障の治療のために摂南総合病院に定期的に通院している。 (エ)本件G却下処分の経緯原告Gによる原爆症認定申請及びこれに対する厚生大臣による却下処分(本件G却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)キ(イ)記載のとおり 病院に定期的に通院している。 (エ)本件G却下処分の経緯原告Gによる原爆症認定申請及びこれに対する厚生大臣による却下処分(本件G却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)キ(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Gは,平成10年12月4日付け(平成11年1月4日受付)で,負傷又は疾病名を椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症として,厚生大臣に対し,被爆者援護法(平成11年法律第160号による改正前のもの)11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,厚生大臣から諮問を受けた原子爆弾被爆者医療審議会は,平成11年6月15日付けで,厚生大臣に対し,原告Gの申請について,申請疾病名を椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧として,原告Gの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線に起因するものとは認められず,また,原告Gの治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているとは認められない旨の答申をした。厚生大臣は,同月23日付けで原告Gの原爆症認定申請を却下する旨の処分をしたが,通知書には,原子爆弾被爆者医療審議会において,申請書類に基づき原告Gの被爆状況が検討され,原告Gの申請に係る疾病の状態と原爆放射能との関係及び治療状況等について審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射能に起因するもの及び治癒能力が原子爆弾の放射能の影響を受けていると推定することは困難であると判断された,上記の理由により原告Gの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Gの原爆症認定申請に係る疾病 a原告Gの原爆症認定申請に係る申請書(乙H1号証)及び医師の意見書(乙H5号証)等によれば,原告Gの原爆症認定申請に係る疾病は,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及 a原告Gの原爆症認定申請に係る申請書(乙H1号証)及び医師の意見書(乙H5号証)等によれば,原告Gの原爆症認定申請に係る疾病は,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患であると認められる(なお,慢性虚血性心疾患は,原告Gの原爆症認定申請に係る申請書の「負傷又は疾病の名称」欄に記載がないが,上記認定書のその余の記載並びに同申請に係る医師の意見書(乙H5号証)及び健康診断個人票(乙H6号証)の記載内容等を勘案すれば,原告Gの原爆症認定申請に係る疾病に含まれるものと認められる。これに対し,証拠(乙H1号証,3号証,7号証,8号証)及び弁論の全趣旨によれば,原告Gは,異議申立手続において,負傷又は疾病の名称を「白血球減少症,高血圧症,慢性虚血性心疾患,白内障(両眼)」とし白血球減少症についての放射線起因性及び要医療性に関する意見が記載された医師の意見書を提出するなどしており,また,原告Gの原爆症認定申請に係る申請書には広島県の府中町立病院に入院した時白血球がかなり減っていると言われた旨の記載がされている事実が認められるが,原告Gが原爆症認定申請の際に提出した医師の意見書(乙H6号証)には白血球減少症及び白内障について全く触れられておらず,原告Gが原爆症認定申請の際に提出した健康診断個人票(乙H5号証)においても白血球減少症及び白内障について何ら言及がなく,検査結果の欄に記載された白血球数(6400)も白血球減少症を疑わせるような数値ではないから,これらにかんがみると,白血球減少症及び白内障を原告Gの原爆症認定申請に係る疾病と認めることはできないというべきである。)。 b証拠(甲A67号証,112号証19,甲G8号証,甲H5号証の4,乙A4号証,9号証,54号証)及び弁論の全趣旨によれば,椎骨脳底 認定申請に係る疾病と認めることはできないというべきである。)。 b証拠(甲A67号証,112号証19,甲G8号証,甲H5号証の4,乙A4号証,9号証,54号証)及び弁論の全趣旨によれば,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患に関して,次の事実が認められる。 (a)椎骨脳底動脈循環不全は,椎骨脳底動脈領域の循環不全により一過性に出現する症候群をいい,後頭葉の血流不全による視力障害,脳幹部循環不全による回 転性めまい,起立・歩行障害,複視などが出現し,間欠的に急に崩れるように倒れる症状(dropattack)を呈することもある(間欠性椎骨動脈閉塞症)。 原因疾患として,椎骨脳底動脈の粥状硬化が最も多いが,頚椎による圧迫,鎖骨下動脈スチール(盗血)現象(鎖骨下動脈スチール症候群)などにより間欠性に症状が出現する場合もある。椎骨脳底動脈領域の血管支配は個体差が大きく,血管が狭窄・閉塞した際,側副血行路(側副循環)が重要な意義を有する。急激な頭部の回転,起立などが発作を誘発し得るとされている。 (b)脳梗塞は,脳動脈の一部に限局性の閉塞が何らかの機序により起こると,その血管によって灌流されている部位が壊死して起こるとされており,発生機序から血栓性,塞栓性,血行力学性に分けられる。脳血栓は血管壁の動脈硬化による障害部位に血栓が形成されて起こる。また,血栓形成には凝固異常が関与することもある。脳塞栓は血液が良好に保たれている部分の末梢で栓子により動脈が閉塞されて起こる。血行力学性(血行動態の障害)による梗塞は通常,中枢側の血管の狭窄あるいは閉塞により血液供給が不十分で,しかも,側副血行も十分に機能しない場合,時には心臓の拍出力低下による脳全体の灌流低下に伴い生じるとされている。 臨床病型として る梗塞は通常,中枢側の血管の狭窄あるいは閉塞により血液供給が不十分で,しかも,側副血行も十分に機能しない場合,時には心臓の拍出力低下による脳全体の灌流低下に伴い生じるとされている。 臨床病型としては,主幹動脈のアテローム硬化を原因とするアテローム血栓性梗塞,心臓由来の栓塞である心原性塞栓症,高血圧や糖尿病などを基礎とする穿通枝系動脈病変によるラクナ梗塞に分けることが多いとされる(乙A54号証)。 (c)高血圧は,心血管系疾患の基礎にある治療可能な腫瘍リスクであり,生活習慣病の代表である。高血圧患者の約90パーセントないし95パーセントは現時点で原因が究明されていない本態性高血圧患者であり,その他は原因が明らかな二次性高血圧患者である。本態性高血圧は遺伝因子と環境因子の複雑な相関により発症するところ,遺伝因子としては,高血圧原因遺伝子,ナトリウムイオン輸送欠陥説,自動調節説が,また,環境因子としては,食塩の過剰摂取,肥満,運動不足,ストレスなどがそれぞれ挙げられる。その他の因子としては,自律神経系の異常などの神経性因子,レニン-アンジオテンシン系,降圧系の内分泌性因子,腎性因子, インスリン抵抗性などが考えられている(乙A54号証)。 (d)「原爆放射線の人体影響1992」(乙A9号証)によれば,原爆傷害調査委員会(ABCC),放影研では昭和33年から約2万人の成人健康調査集団を対象に2年に1度の定期検診を実施しているが,その集団における循環器疾患調査においては,その大部分の報告では虚血性心疾患,脳血管疾患及び高血圧性心疾患有病率と原爆放射線被曝との関連は認められておらず,ただ,矢野らの1958年ないし1960年の報告では,広島の女性にのみ,近距離被曝群に虚血性心疾患有病率が高率であることが示唆されている,1958年ないし1964 射線被曝との関連は認められておらず,ただ,矢野らの1958年ないし1960年の報告では,広島の女性にのみ,近距離被曝群に虚血性心疾患有病率が高率であることが示唆されている,1958年ないし1964年にかけてのジョンソンらの報告では,虚血性心疾患及び脳血管疾患発生率と原爆放射線との関連は認められていない,児玉らは,1958年ないし1978年の20年間の調査を報告しているが,それによると,脳血管疾患発生率は広島の女性で被曝線量とともに有意に増加しており,また,長崎の男性では100ないし199ラド(T65D)に高い発生率が観察されている,また,広島の女性におけるこの循環器疾患発生率の増加は観察期間別にみると1969年以降に有意となっており,被爆時年齢は30歳未満の者に顕著であった,しかし,影響が女性に主にみられることは説明が困難であり,観察期間の延長や情報収集方法の改善などを行い,結果の確認が必要と考えられる,などとされている。また,血圧異常についても,血圧における被爆の影響はみられないとの報告が大部分である,収縮期及び拡張期の血圧も加齢に伴い上昇することが知られており,この変化は収縮期血圧の方が著明で,拡張期血圧は加齢が進むと逆に低下を始めるため,高齢者では収縮期高血圧という状態になりやすいといわれており,原爆被爆者においても同様の傾向がみられたが,これにも放射線量による差はみられなかった,また,寒冷刺激に対する血圧の反応も同様の結果であった,などとされている(乙A9号証)。 (e)放影研の「寿命調査第11報第3部改訂被曝線量(DS86)による癌以外の死因による死亡率,1950-85年」(甲A67号証文献番号29)によれば,循環器疾患については,1950年ないし1985年の循環器疾患による死 亡率は,線量との有意な関連を示した, 癌以外の死因による死亡率,1950-85年」(甲A67号証文献番号29)によれば,循環器疾患については,1950年ないし1985年の循環器疾患による死 亡率は,線量との有意な関連を示した,脳卒中による死亡率にはそのような関連は認められなかったが,脳卒中以外の循環器疾患(心疾患)は全期間で有意な傾向を示した,しかし,後期(1966年ないし1985年)になると被爆時年齢が低い群(40歳未満)では,循環器疾患全体の死亡率及び脳卒中又は心疾患の死亡率は線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形-しきい値型を示した,心疾患群のうち最も死亡数が多い冠状動脈性心疾患の死亡率は同じ期間,同じ被爆時年齢区分の心疾患と同じ傾向を示している,とされる。また,「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」(甲A67号証文献番号18)においても,1950年10月1日から1990年12月31日までのがん以外の疾患による死亡者についての解析結果によっても,循環器疾患に有意な増加が観察されたとされている。 (f)放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第13報,固形がん及びがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」(甲A112号証の19)によれば,1968年ないし1997年の期間の寿命調査における心疾患,脳卒中,呼吸器疾患及び消化器疾患に有意な過剰リスクが認められ,これらの特定の死因による死亡例数は比較的少なく,1シーベルト当たり10ないし20パーセントの影響を確認することは困難であるが,線形線量モデルに基づく過剰相対リスク推定値は死亡例数がより多い疾患の結果に基づく推定値と全般的に類似しているとされ,また,心疾患の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.17(90パーセント信頼区間は0.08ないし0. 剰相対リスク推定値は死亡例数がより多い疾患の結果に基づく推定値と全般的に類似しているとされ,また,心疾患の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.17(90パーセント信頼区間は0.08ないし0.26),脳卒中のそれは0.12(90パーセント信頼区間は0.02ないし0.22)とされている。 (g)放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」(甲A67号証文献番号31,甲G8号証)によれば,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,放射能の影響は線形線量反応モデルで明瞭ではなかったが,純粋なモデルでは有意であり, 発生率は前回の報告から16パーセント増加した,非喫煙被爆者での高血圧のリスク上昇を示唆する証拠が存在するが,喫煙被爆者では存在しなかった,線量反応は他の共変量により有意に修飾されることはなかった,とされている。また,上記文献によれば,心臓血管疾患のいずれも放射線量との有意な関係は示さなかったとされている。 (h)「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(乙A4号証)によれば,寿命調査集団で泌尿器官全部と腎臓を含め325例のがんが発生し,膀胱がん(210例)が65パーセントを占めている,泌尿器がんのバックグラウンド罹患率は男性が女性の約3倍であり,年齢の増加に伴う罹患率の増加傾向及び強い経時的傾向もあった,粗罹患率の表は線量反応の存在を示している,標準線形線量反応モデルを用いて解析されたデータでは,尿路がんの推定過剰相対リスクは1シーベルト当たり1.24(95パーセント信頼区間0.62ないし2.06)は過剰リスクの高い方の一つであった,当てはめら 形線量反応モデルを用いて解析されたデータでは,尿路がんの推定過剰相対リスクは1シーベルト当たり1.24(95パーセント信頼区間0.62ないし2.06)は過剰リスクの高い方の一つであった,当てはめられた年齢別男性相対リスク推定値は,被爆時年齢10歳ないし19歳の群を除いて女性よりも低く,過剰相対リスクは女性の約3分の1であった,などとされている。また,「原爆被爆者の死亡率調査第13報,固形がん及びがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」(甲A112号証の19)によれば,寿命調査集団における被爆時年齢30歳の男性の膀胱癌の死亡例は83(うち被曝線量0.005シーベルト以上のもの56),過剰相対リスクは1.1(90パーセント信頼区間0. 2ないし2.5),寄与リスク7パーセント(90パーセント信頼区間3.3ないし34)とされている。 (i)「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」(乙A4号証)によれば,全部で140例の前立腺がんがあった,年齢別のバックグラウンド罹患率は時間の経過に伴い急速に増加した,有意な線形や非線型線量反応は認められなかったし,年齢(被爆時年齢又は到達年齢)あるいは時間による影響修飾を示す兆しもなかった,本追跡調査期間を通じて,未調整の相対リス クモデルに基づくと,少なくとも0.01シーベルトに被爆した者では,前立腺がんの約7パーセント(95パーセント信頼区間マイナス5.3パーセントないし26パーセント)は放射線被曝に関連しているかもしれないことが推測された,本調査における過剰相対リスクの点推定値は最新の寿命調査集団死亡調査で報告されているものよりも大きいが,有意な放射線の影響が認められなかったという点では結論は似ている,寿命調査集団の加齢に伴い,より明らかな像が現れてく 対リスクの点推定値は最新の寿命調査集団死亡調査で報告されているものよりも大きいが,有意な放射線の影響が認められなかったという点では結論は似ている,寿命調査集団の加齢に伴い,より明らかな像が現れてくるかもしれない,とされている。 また,「原爆被爆者における顕性前立腺癌の検討」(藤原恵ほか。広島医学51巻3号(1998年3月)。甲H5号証の4)によれば,1988年4月1日から1997年1月31日までの間に広島赤十字・原爆病院病理部に提出された病理組織を対象に,被爆者を2キロメートル未満の近距離被爆者群と2キロメートル以上及び入市の遠距離被爆者群に分け,昭和20年以前に誕生した男性の非被爆者を対照群として,検討を行ったところ,遠距離被爆者群,近距離被爆者群,非被爆者群の順で前立腺がんの割合が高く,被爆者に多く発生する腫瘍である可能性が考えられた,70歳代のみを対象とすると,非被爆群に比べて遠距離被爆群には前立腺がんの割合が有意に高い傾向を認め,年齢別にみると,被爆群と非被爆群では発生年齢の分布が異なり,被爆群では非被爆群に比べ,高年齢層に多く発生する傾向を認め,前立腺がんとしては低年齢である60歳代で比較した場合は,むしろ非被爆群に多く発生する傾向があった,推測の域を出ないものの,低線量の被爆は前立腺がんの進行にかかわっている可能性は否定することができない,などとされている。 (カ)原告Gの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a前記認定事実によれば,原告G(当時陸軍衛生兵)は,原爆投下当時広島市内におらず,当日(昭和20年8月6日)夕刻ころ,汽車で海田市駅の手前付近まで戻り,同所から線路づたいに広島駅に向かって歩き,広島駅から路面電車の線路沿いに進んで広島第一陸軍病院付近まで到達し,近くの護国神社で野営し,翌日早朝から,救援のため到着 車で海田市駅の手前付近まで戻り,同所から線路づたいに広島駅に向かって歩き,広島駅から路面電車の線路沿いに進んで広島第一陸軍病院付近まで到達し,近くの護国神社で野営し,翌日早朝から,救援のため到着した他府県の部隊とともに,負傷者の救出や死体の処理作 業に従事し,同日から約1週間,衛生兵として,日中は上半身裸で,負傷者を広島市周辺のa村,b村,c村の小学校や民家に設けられた野戦病院に運んで手当をしたり,死者を火葬場に運んで焼却したりする任務に従事し,野戦病院で寝泊まりしたり作業場所付近に野営したりしたが,同月14日ころ,a町の川原で死体処理作業中,荷車に背中から激突されて負傷し,そのまま半日ほど任務を遂行したものの,痛みと出血がひどかったため,aにあった陸軍病院に搬送され,入院となったなどというのである。 上記認定のような原告Gの被爆後の行動経過に照らし,審査の方針に従って残留放射線による被曝線量を推定すると,広島第一陸軍病院のあったa町は爆心地からの距離が500メートルないし1キロメートルの地域であり,護国神社は爆心地の直近に位置するから,原告Gが原爆投下の16時間後から24時間後まで爆心地において野営し,その後同月14日まで爆心地からの距離が約500メートルの地点において継続して負傷者の救出や死体の処理作業に従事したと仮定したとしても,その累積被曝線量はせいぜい12センチグレイ程度ということになる。 bしかしながら,前記認定のとおり,原爆投下当時広島市内又は長崎市内にいなかったいわゆる入市被爆者について脱毛,歯齦出血,白血球減少症など放射線による急性症状としか考えられない症状が生じており,中には重篤な症状を示すものも散見された事実は否定することができない(「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」中の「賀北部隊工月 射線による急性症状としか考えられない症状が生じており,中には重篤な症状を示すものも散見された事実は否定することができない(「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」中の「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」においても,このような調査対象者の中に,たとい若干名であろうと急性放射線症状(脱毛,歯齦出血,白血球減少症など)を示した者があったと思われることは,被爆当時の低栄養,過酷な肉体的・精神的ストレスなどに起因するものが混在していたにせよ,通常この程度の外部被曝線量ではこのような急性症状がないと考えられていることからすると興味深いものがあり,もし,放射線による急性症状とすれば,特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下によることも考えられるし,また,飲食物による内部被曝の影響の可能性も否定し切れない旨記載されているところでもあ る。)ことに加えて,呼吸,飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性核種が生体内における濃縮等を通じて身体の特定の部位に対し継続的な被曝を引き起こし障害を引き起こす機序を指摘する科学文献,低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献や,放影研の充実性腫瘍発生率に関する1958年ないし1994年のデータを使用し,爆心地から3000メートル以内で,主として0ないし0.5シーベルトの範囲の線量を被曝した被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率を解析したところ,0ないし0.1シーベルトの範囲でも統計的に有意なリスクが存在し,あり得るどのしきい値についても,その信頼限界の上限は0.06シーベルトと算定されたとする文献も存在し,これらの科学的知見や解析結果を一概に無視することもできないことをも併せ考えると,残留放射線による被曝線量及び放射性降下 いても,その信頼限界の上限は0.06シーベルトと算定されたとする文献も存在し,これらの科学的知見や解析結果を一概に無視することもできないことをも併せ考えると,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定において審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がないとすることには,少なくとも慎重であるべきであって,いわゆる入市被爆者や遠距離被爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,程度,態様,被爆後の生活状況,健康状態等を慎重に検討し,総合考慮の上,原爆放射線による被曝の蓋然性の有無を判断するのが相当というべきである。 cしかるところ,前記認定の原告Gの入市後の行動経過,活動内容等にかんがみると,原告Gについては,爆心地付近の誘導放射化した土壌による残留放射線の被曝に加えて,放射性物質の身体への付着や飲食物の摂取等により誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられるところである。 のみならず,前記認定事実によれば,原告Gは,衛生兵として任務を遂行中,歯茎からとみられるうっすらとした出血がみられたほか,昭和20年8月14日にaの 陸軍病院に入院したころから徐々に頭髪が抜け始め,その後まとまった量の頭髪が抜けるようになり,昭和21年には頭髪が全部抜けてしまい,さらに,その後,昭和20年9月初旬ころ広島県の府中町立病院に入院中し,昭和22年ころまで入退院を繰り返したが,同病院に入院中,医師から白血球が少ないとの指摘を受け 21年には頭髪が全部抜けてしまい,さらに,その後,昭和20年9月初旬ころ広島県の府中町立病院に入院中し,昭和22年ころまで入退院を繰り返したが,同病院に入院中,医師から白血球が少ないとの指摘を受け,また,身体各所のリンパ節が腫れてきて,昭和22年ころ,右側のリンパ節の腫れを切除する手術を受けたなどというのである。 原告Gに生じたこれらの症状,とりわけ,歯茎からとみられる出血,脱毛等は,その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線被曝による急性症状として説明が可能であり,前記認定のとおり,原告Gが,原爆投下前は健康体であったのが,入市後,長期間にわたり体のだるさや体調不良が続いていることなど,被爆の前後で原告Gの健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,入市後に原告Gに生じた上記歯茎からとみられる出血,脱毛等の症状は,放射線被曝に起因するものとみるのが素直というべきである。 この点,被告らは,歯茎(口腔粘膜)からの出血の発現には,3グレイないし5グレイという高い放射線量の被曝が必要であると考えられているから,原告Gに歯茎からの出血がみられたとすれば,放射線被曝よりも歯周炎(歯槽膿漏)のような炎症性疾患による可能性が高いと考えるのが合理的であり,また,放射線被曝の急性症状は被曝後2,3か月以内に起こる症状であるとされているところからすれば,原告Gに生じたとされる脱毛は原爆放射線被曝以外の要因により発現したと考えるのが合理的であるなどと主張する。しかしながら,歯茎からの出血については,被爆前に同様の症状がみられた形跡がない上,その発症の時期からしても,被爆との関連が合理的に疑われるのであり,脱毛についても,上記のとおり,原爆投下直後の昭和20年8月14日にaの陸軍病院に入院したころから徐々に頭髪が抜け始め,その後まとまった量の 時期からしても,被爆との関連が合理的に疑われるのであり,脱毛についても,上記のとおり,原爆投下直後の昭和20年8月14日にaの陸軍病院に入院したころから徐々に頭髪が抜け始め,その後まとまった量の頭髪が抜けるようになり,昭和21年には頭髪が全部抜けてしまったというのであって,その発症の時期及び推移が原爆放射線被曝による症状としてみて必ずしも不合理であるとはいえないのであり,前記認定のような原告G の被爆直後の行動経過,活動状況等にもかんがみると,原告Gに生じた脱毛等の症状が心因性ないしストレスによるものとはおよそ考え難い。したがって,原告Gの上記症状は放射線被曝による急性症状とみるのが合理的かつ自然というべきである。 以上のような原告Gの被爆後の行動経過,活動内容,とりわけ,原告Gが原爆投下当日の夜から翌朝にかけて爆心地の直近において野営し,その後約1週間にわたり,衛生兵として,日中は上半身裸で,市内やその周辺において負傷者の救出や死体の処理作業に従事していること,原告Gに上記のような放射線被曝による急性症状として説明可能な症状が生じていること,とりわけ,脱毛については,次第にまとまった量の頭髪が抜けるようになり,最後は頭髪が全部抜けてしまう程度のものであったことに加えて,前記認定の原告Gの被爆後の生活状況,健康状態,病歴等をも併せ考えると,原告Gの原爆放射線による被曝線量は12センチグレイ程度といった小さなものではなかった可能性が高いものとみるのが合理的である。 dところで,原告Gの原爆症認定申請に係る疾病は,椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患であるところ,前記認定事実によれば,「原爆放射線の人体影響1992」においては,成人健康調査集団における循環器疾患調査においては,その大部 付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患であるところ,前記認定事実によれば,「原爆放射線の人体影響1992」においては,成人健康調査集団における循環器疾患調査においては,その大部分の報告では虚血性心疾患,脳血管疾患及び高血圧性心疾患有病率と原爆放射線被曝との関連は認められておらず,広島の女性にのみ,近距離被曝群に虚血性心疾患有病率が高率であることが示唆されている報告や,脳血管疾患発生率は広島の女性で被曝線量とともに有意に増加しているといった報告も存在するが,影響が女性に主にみられることは説明が困難であり,また,血圧異常についても,血圧における被爆の影響はみられないとの報告が大部分である,などとされている。しかしながら,他方で,放影研の「寿命調査第11報第3部改訂被曝線量(DS86)による癌以外の死因による死亡率,1950-85年」においては,1950年ないし1985年の循環器疾患による死亡率は,線量との有意な関連を示し,脳卒中による死亡率にはそのような関連は認められなかったが,脳卒中以外の循環器疾患(心疾患)は全期間で有意な傾向を 示した,しかし,後期(1966年ないし1985年)になると被爆時年齢が低い群(40歳未満)では,循環器疾患全体の死亡率及び脳卒中又は心疾患の死亡率は線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形-しきい値型を示した,心疾患群のうち最も死亡数が多い冠状動脈性心疾患の死亡率は同じ期間,同じ被爆時年齢区分の心疾患と同じ傾向を示している,とされている。また,「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」においても,1950年10月1日から1990年12月31日までのがん以外の疾患による死亡者についての解析結果によっても,循環器疾患に有意な増加 2報,第2部がん以外の死亡率:1950-1990年」においても,1950年10月1日から1990年12月31日までのがん以外の疾患による死亡者についての解析結果によっても,循環器疾患に有意な増加が観察されたとされており,さらに,「原爆被爆者の死亡率調査第13報,固形がん及びがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」においては,1968年ないし1997年の期間の寿命調査における心疾患,脳卒中,呼吸器疾患及び消化器疾患に有意な過剰リスクが認められ,これらの特定の死因による死亡例数は比較的少なく,1シーベルト当たり10ないし20パーセントの影響を確認することは困難であるが,線形線量モデルに基づく過剰相対リスク推定値は死亡例数がより多い疾患の結果に基づく推定値と全般的に類似しているとされ,また,心疾患の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.17(90パーセント信頼区間は0. 08ないし0.26),脳卒中のそれは0.12(90パーセント信頼区間は0. 02ないし0.22)とされている。このほか,放影研の成人健康調査第8報「原爆被爆者におけるがん以外の疾患の発生率,1958-1998年」においては,1958年ないし1998年の成人健康調査受診者から成る長期データを用いてがん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝線量との関係を調査したところ,放射能の影響は線形線量反応モデルで明瞭ではなかったが,純粋なモデルでは有意であり,発生率は前回の報告から16パーセント増加した,非喫煙被爆者での高血圧のリスク上昇を示唆する証拠が存在するが,喫煙被爆者では存在しなかった,線量反応は他の共変量により有意に修飾されることはなかった,とされている(なお,心臓血管疾患のいずれも放射線量との有意な関係は示さなかったとされている。)。 以上によれば,放影研の最 かった,線量反応は他の共変量により有意に修飾されることはなかった,とされている(なお,心臓血管疾患のいずれも放射線量との有意な関係は示さなかったとされている。)。 以上によれば,放影研の最近の疫学調査の結果は,循環器疾患(心疾患,脳卒中)の死亡率及び高血圧の発生率と放射線被曝線量との間の線量反応関係の存在を示しているのであり,被爆時年齢が低い群(40歳未満)では循環器疾患全体の死亡率及び脳卒中又は心疾患の死亡率は線量と有意な関係を示し,線量反応曲線は純粋な二次又は線形-しきい値型を示したとする解析結果も報告されているのである。 そうであるとすれば,原告Gの循環器疾患(椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患)についても,その被曝線量の点を除けば,原爆放射線被曝に起因して発症したものである可能性を否定することができないものというべきである。 eもっとも,前記認定事実によれば,原告G(大正14年生)は,平成9年に脳梗塞で倒れて入院治療を受け,平成10年11月に椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全の診断を受けるとともに,そのころ,慢性虚血性心疾患との診断を受けたというのであり,原告Gに発症したこれらの循環器疾患は,専らその加齢によるものである可能性についても検討されなければならない。 しかしながら,前記認定事実によれば,原告Gは,これらの循環器疾患以外にも,原爆放射線による被曝との関係が合理的に疑われる複数の疾病を発症している事実が認められるのである。 すなわち,原告Gは,昭和30年ころから肝機能障害(肝機能低下)に罹患している(もっとも,肝機能は,平成11年2月以降,小康状態を保っている)ほか,平成11年ころ白内障と診断されて治療を受けているところ,原告Gの肝機能障害の原因は証拠上不明 障害(肝機能低下)に罹患している(もっとも,肝機能は,平成11年2月以降,小康状態を保っている)ほか,平成11年ころ白内障と診断されて治療を受けているところ,原告Gの肝機能障害の原因は証拠上不明であり,また,白内障についても,原告Gが糖尿病に罹患していることを示す確たる証拠はなく(平成10年11月の尿検査では糖がプラスとなっているが(乙H5号証),平成11年5月の尿検査では糖がマイナスとなっている(乙H8号証)),これらの疾患については,被曝線量の点を除けば,原爆放射線による被曝によって発生した可能性も否定することができない。さらに,原告Gは,被爆後,広島県の府中町立病院に入院していたころ,医師から白血球が少ない との指摘を受けたことがあったが,平成11年,医療法人仁西会甲d内科において白血球減少症と診断されているのである。 また,原告Gは,平成16年6月ころ,膀胱がん及び前立腺がんを発症しているところ,膀胱がんについては,放影研の「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」において,これが65パーセントを占める泌尿器がんについて,粗罹患率の表は線量反応の存在を示しており,標準線形線量反応モデルを用いて解析されたデータでは,尿路がんの推定過剰相対リスクは1シーベルト当たり1.24(95パーセント信頼区間0.62ないし2.06)は過剰リスクの高い方の一つであったとされ,「原爆被爆者の死亡率調査第13報,固形がん及びがん以外の疾患による死亡率:1950-1997年」においても,寿命調査集団における被爆時年齢30歳の男性の膀胱癌の過剰相対リスクは1.1(90パーセント信頼区間0.2ないし2.5),寄与リスク7パーセント(90パーセント信頼区間3.3ないし34)とされており,また,前立腺がんについても,「 歳の男性の膀胱癌の過剰相対リスクは1.1(90パーセント信頼区間0.2ないし2.5),寄与リスク7パーセント(90パーセント信頼区間3.3ないし34)とされており,また,前立腺がんについても,「原爆被爆者における癌発生率。第2部:充実性腫瘍,1958-1987年」においては,有意な線形や非線型線量反応は認められなかったが,前立腺がんの約7パーセント(95パーセント信頼区間マイナス5.3パーセントないし26パーセント)は放射線被曝に関連しているかもしれないことが推測され,寿命調査集団の加齢に伴い,より明らかな像が現れてくるかもしれないとされているほか,「原爆被爆者における顕性前立腺癌の検討」(藤原恵ほか。広島医学51巻3号(1998年3月))においては,遠距離被爆者群,近距離被爆者群,非被爆者群の順で前立腺がんの割合が高く,被爆者に多く発生する腫瘍である可能性が考えられ,70歳代のみを対象とすると,非被爆群に比べて遠距離被爆群には前立腺がんの割合が有意に高い傾向を認め,また,被爆群では非被爆群に比べ高年齢層に多く発生する傾向を認めたなどとされているのであり,これらによれば,原告G(大正14年生)が平成16年ころ発症した膀胱がん及び前立腺がんについても,被曝線量の点を除けば,原爆放射線による被曝によって発生した可能性を否定することが できないというべきである。 f以上のとおり,原告Gは,原爆投下当時広島市内にいなかったいわゆる入市被爆者であるものの,原告Gの入市の時期,入市後の行動経過,活動内容,入市後に発症した脱毛等の症状,程度等からして,原告Gの原爆放射線による被曝線量は小さなものではなかった可能性が高いものとみられること,原告Gが発症した循環器疾患(椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚 て,原告Gの原爆放射線による被曝線量は小さなものではなかった可能性が高いものとみられること,原告Gが発症した循環器疾患(椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患)について,放影研の最近の疫学調査の結果は,循環器疾患(心疾患,脳卒中)の死亡率及び高血圧の発生率と放射線爆線量との間の線量反応関係の存在を示していることなどからみて,被曝線量の点を除けば,原爆放射線被曝に起因して発症したものである可能性を否定することができないこと,原告Gは,これらの循環器疾患のみならず,肝機能障害,白内障や白血球減少症さらには膀胱がん,前立腺がんといった原爆放射線による被曝との関係が合理的に疑われる複数の疾病を発症しており,殊に,膀胱がん,前立腺がんについては,最近の疫学調査,統計分析により,原爆放射線による被曝との有意な関係が指摘されており,その発症時期,発症の態様等からみても,原爆放射線による被曝との関係が合理的に疑われるものであることに加えて,原告Gが,原爆投下前は健康体であったのが,入市後,長期間にわたり体のだるさや体調不良が続いているのであって,被爆の前後で原告Gの健康状態に質的な変化がみられるのであり,以上認定説示したところからすればその原因を専ら軍務や軍務遂行中の負傷あるいは心因性やストレスにより説明するのは困難というべきであって,他にその原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと及び前記認定の被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば,原告Gの循環器疾患(椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患)は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,原告Gの椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺 塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患)は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,原告Gの椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患の放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Gの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記認定事実によれば,原告Gは,平成16年に膀胱がんの手術及び前立腺がんの治療を受けて退院した後も,脳梗塞のため救急車で病院に搬送され,治療を受けるなどし,脳梗塞の後遺症等のために1か月に1回程度通院しているというのであるから,原告Gの上記循環器疾患(椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患)について要医療性を認めることができる。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Gは,本件G却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全,脳梗塞後遺症,高血圧症及び慢性虚血性心疾患について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件G却下処分は違法というべきである。 ク原告Hについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)ク(ア)記載の事実に加えて証拠(甲I1号証,2号証の1ないし3,乙I1号証,6号証の1,2,原告H本人)によれば,原告Hの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Hは,大正15年2月11日生の男性であり,昭和19年4月ころから徴用工として八幡製鉄で勤務し,昭和20年4月8日に徴兵されて,同月20日,広島市a7丁目所在の陸軍船舶練習部教導連隊四中隊に配属された。同年8月当時,原告Hは満19歳であり,原告Hの所属していた上記中隊は40名ほどの分遣隊に分けられ,それぞれが広島郊外の国民学校等の公共施設を仮宿 丁目所在の陸軍船舶練習部教導連隊四中隊に配属された。同年8月当時,原告Hは満19歳であり,原告Hの所属していた上記中隊は40名ほどの分遣隊に分けられ,それぞれが広島郊外の国民学校等の公共施設を仮宿として,aから広島郊外に軍用物を疎開する作業に当たっており,原告Hは,広島県a郡a町のa国民学校を仮宿として,軍用品の疎開と船舶の舵取りの練習に従事していた。 原告Hは,同月6日午前8時15分ころ,点呼の最中に原爆の閃光を感じた。その後,aの船舶練習部から待機の指示があり,同日午後8時ころ,小隊長の命令によ りa駅に出動し,汽車で広島方面から送られてくる負傷者をトラックで病院に搬送する作業を行った。作業終了後,小隊長から翌日船舶練習部まで行くよう指示された。 b昭和20年8月7日,原告Hを含む約30名の部隊は,午前8時の汽車でa駅を出発し,午前10時ころ,広島駅の手前で下車し,徒歩で広島駅前を通過し,路面電車の線路沿いに進んでa町の交差点を通り,約2時間かけてaの船舶練習部まで行進し,正午すぎころaの船舶練習部に到着した。到着後昼食を取り,しばらく休憩した後,原告の所属する分遣隊はa町周辺の遺体処理を命じられ,午後3時すぎころ船舶練習部を出発し,朝来た道を逆に行進して,夕方ころa町交差点に到着し,a交差点近くのbと推定されるビルに宿所を確保し,船舶練習部から運ばれてきた握り飯を食した後,就寝した。 なお,a町は爆心地の直近に位置し,aは爆心地からの距離が500メートルないし1キロメートルの地域であり,bは爆心地から約750メートル付近に位置する。 c昭和20年8月8日から同月11日までの間,原告Hの所属する分遣隊は,a町周辺(東はa交差点まで,西はa川まで,北はa町とaを結ぶ路面電車が走る道路まで,南はその道路から約100メートルの地点ま c昭和20年8月8日から同月11日までの間,原告Hの所属する分遣隊は,a町周辺(東はa交差点まで,西はa川まで,北はa町とaを結ぶ路面電車が走る道路まで,南はその道路から約100メートルの地点まで)を担当範囲として,遺体を瓦礫の中から引き出して一箇所に集め,焼却処理する作業を行い,同月11にはa川に浮かんでいる遺体を引き揚げて焼却場所に運ぶ作業を行った。原告Hは,素手で瓦礫を除去し,遺体を引き上げて運ぶなどし,1日に2回,船舶練習部から送られてくる握り飯を食し,a町近くの破裂した水道から出ている水や井戸水を飲んだ。原告Hらの分遣隊は同月11日夜までaで宿泊し,同月12日朝,路面電車線路に沿って行進して船舶練習部に戻り,同月13日,船舶練習部内の遺体処理作業を行い,同月14日,機帆船でaに戻った。 (イ)被爆後原告Hに生じた症状等証拠(甲I1号証,乙I1号証,原告H本人)によれば,被爆後原告Hに生じた症状等について,次の事実が認められる。 a原告Hは,広島市内での遺体処理作業を終えて昭和20年8月14日にaに戻 ったころから,水便様の激しい下痢が10日間くらい続き,その後も,同年9月中旬くらいまで下痢の傾向が続いた。 b原告Hは,aに戻って以降,体のだるさ,倦怠感が続いた。 cなお,原告Hの所属した分遣隊の他の隊員らもそのほとんどがaに戻って以降激しい下痢を起こした。また,原告Hらがaに戻った時原告Hの所属していた分遣隊で行動を共にしていたいわゆる見習士官(当時23歳くらい)が戻っておらず,原告らが昭和20年9月初めにaの船舶練習部に戻った時,当該見習士官は頭髪が抜け出して急死したという話を聞いた。 (ウ)原告Hの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲I1号証,乙II号証,4号証,5号証,6号証の1,2,原告H本人)によれば, に戻った時,当該見習士官は頭髪が抜け出して急死したという話を聞いた。 (ウ)原告Hの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲I1号証,乙II号証,4号証,5号証,6号証の1,2,原告H本人)によれば,原告Hの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Hは,福岡県若松市で出生し,高等小学校卒業後,徴用されるまで父がしていた艀の船頭の手伝いをしており,被爆前は健康体であった。 (b)原告Hは,昭和20年9月10日に復員した後,若松市に戻り,海運会社に入社して艀の舵取りの仕事に従事し,昭和29年ころ艀を海運会社から購入して自営するようになり,昭和42年ころまで艀の中で生活していた。原告Hは,昭和56年ころ,艀を売却して,長女の居住している岸和田市に転居し,昭和62年ころまで岸和田のタオル会社のパート工員として働いていた。 (c)原告Hは,復員後,疲れやすく,下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも多くなった。下痢をしやすい状態は現在も続いている。 (d)原告Hは,昭和32年10月,被爆者健康手帳の交付申請をし,その交付を受けた。 b病歴等について(a)原告Hは,昭和30年ころ,急性肺炎から肋膜炎に罹患し,北九州市若松 区の佐藤病院に約1年2か月入院し,退院後も1年ほど養生したが,その際,同病院で貧血であるとの診断がされて投薬治療を受け,その後約5,6年間服薬を続けた。原告Hは,岸和田市に転居してからも,平成2年ころ,採血検査の結果貧血と診断され,服薬を続けた。 (b)原告Hは,昭和32年ころ,健康診断の際白血球減少症と診断され,北九州市若松区の大北病院で検査及び投薬を受けた。 (c)原告Hは,昭和55年ころ,北九州市民病院で医師から肝臓が少し悪いと言われ,投薬を受け,大阪に転居後 ろ,健康診断の際白血球減少症と診断され,北九州市若松区の大北病院で検査及び投薬を受けた。 (c)原告Hは,昭和55年ころ,北九州市民病院で医師から肝臓が少し悪いと言われ,投薬を受け,大阪に転居後は岸和田市民病院で投薬を受けた。現在は肝臓の治療はしていない。 (d)原告Hは,昭和57年ころ,岸和田市民病院で糖尿病と診断され,岸和田市の喜多病院に約40日間入院し,その約1年後からは堺市の医療法人同仁会耳原鳳病院(以下「耳原鳳病院」という。)に通院した。原告Hは,昭和62年にパートを辞めた後は,インシュリン注射による治療を受けるようになり,現在も同病院に通院している。 (e)原告Hは,昭和61年ころ,血管閉塞症のため耳原鳳病院で右大腿部の血管バイパス手術を受けた。その後も,動脈硬化性血管閉塞症のため,手術を繰り返している。また,原告Hは,昭和62年にパートを辞めた後,心不全(狭心症),高血圧症の診断を受け,岸和田市立岸和田市民病院に通院している。 (f)原告Hは,平成14年,岸和田市民病院で高血圧症の治療の際,貧血の診断を受け,現在に至るまで増強剤(Fe剤)の投薬治療を受けている。 (g)原告Hの原爆症認定申請に係る健康診断個人票によれば,平成14年8月1日当時のヘマトクリット値は37.0パーセント,ヘモグロビン値は11.5,赤血球数は445万,白血球数は6400,血小板数は16.6万である(乙I5号証)。 (エ)本件H却下処分の経緯原告Hによる原爆症認定申請及びこれに対する厚生労働大臣による却下処分(本 件H却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)ク(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Hは,平成14年9月25日付けで,負傷又は疾病名を貧血として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定 提となる事実等(3)ク(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Hは,平成14年9月25日付けで,負傷又は疾病名を貧血として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成15年3月24日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Hの申請について,申請疾病名を貧血,線量目安を3.0センチグレイとして,原告Hの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病が原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。被告厚生労働大臣は,同月26日付けで原告Hの原爆症認定申請を却下する旨の処分をしたが,通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Hの被爆状況が検討され,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,原告Hの申請に係る疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記意見を受け,原告Hの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Hの原爆症認定申請に係る疾病a原告Hの原爆症認定申請に係る申請書(乙I1号証)及び医師の意見書(乙I4号証)等によれば,原告Hの原爆症認定申請に係る疾病は,貧血であると認められる(なお,原告Hの原爆症認定申請の際に提出した医師の意見書(乙I4号証)及び健康診断個人票(乙I5号証)には既往症として糖尿病,狭心症,動脈硬化性血管閉塞症等が記載され,また,上記意見書には現症所見として食後血糖値が記載されているが,原告Hの原爆症認定申請に係る申請書(乙I1号証)においてはこれらの疾病について全く 尿病,狭心症,動脈硬化性血管閉塞症等が記載され,また,上記意見書には現症所見として食後血糖値が記載されているが,原告Hの原爆症認定申請に係る申請書(乙I1号証)においてはこれらの疾病について全く触れられておらず,異議申立書(乙I3号証)の申立ての理由においても貧血についてのみ起因性及び要医療性が記述されていることにかんがみると,貧血以外の疾病を原告Hの原爆症認定申請に係る疾病と認めることはできないというべきである。)。 b証拠(甲I5号証の4,5,乙A9号証,67号証,68号証)によれば,貧血に関して次の事実が認められる。 (a)貧血は,単位容積血液中の赤血球数,ヘモグロビン濃度あるいはヘマトクリット値が正常より低下した状態をいう。 赤血球指数には,平均赤血球容積(MCV),平均赤血球ヘモグロビン量(MCH),平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)の3種類の指標がある。貧血は,赤血球指数により,小球性低色素性貧血,正球性(正色素性)貧血及び大球性(正色素性)貧血に分類され,また,成因により,赤血球産生の低下,赤血球寿命の短縮あるいは破壊の亢進(溶血),出血,赤血球の脾臓での分布異常,に分類される。 赤血球の産生には,組織における酸素供給,腎臓におけるエリスロポエチンの産生,骨髄における赤芽球の分化,成熟など多くの要因が関与しており,赤血球の産生の低下を原因とする貧血の成因としては,エリスロポエチンの産生低下(腎性貧血),造血幹細胞の異常(再生不良性貧血,赤芽球癆,急性白血病,骨髄異形成症候群など)があり,赤血球寿命の短縮あるいは破壊の亢進による貧血の成因としては,自己免疫性溶血性貧血,赤血球破砕症候群,赤血球膜異常による溶血性貧血,赤血球酵素異常による溶血性貧血,発作性夜間ヘモグロビン尿症がある。 小球性低色素性貧血は,血清フ 亢進による貧血の成因としては,自己免疫性溶血性貧血,赤血球破砕症候群,赤血球膜異常による溶血性貧血,赤血球酵素異常による溶血性貧血,発作性夜間ヘモグロビン尿症がある。 小球性低色素性貧血は,血清フェリチンの低下する疾患(鉄欠乏性貧血)が代表的であるが,血清フェリチンが低下しない疾患(鉄欠乏を伴わない小球性貧血)もある。 鉄欠乏性貧血は,ヘモグロビン合成に必須である鉄の不足によって生じる低色素性貧血であり,鉄欠乏は,生体における鉄の需要と供給のバランスが崩れ,鉄の供給が需要に追い付かなくなったときに生じる。成人男性の鉄必要量は1日1ミリグラムであるが,極端な偏食,鉄の吸収不全を除いては,鉄の供給不足が鉄欠乏の原因となることは少ない。また,吸収障害を来す場合は,胃全摘,亜全摘後や吸収不良症候群などのほかに,消化性潰瘍に用いられる胃酸分泌抑制剤なども吸収を低下させる。これに対し,鉄需要が増大する原因は,出血,成長,妊娠,出産,授乳, 血管内溶血などである。治療の原則は,原因疾患に対する治療と原則として経口鉄剤の投与である。鉄欠乏性貧血の予後は良く,一般に鉄剤の補充で確実に回復する。 鉄欠乏性貧血は鉄剤の経口投与による薬物治療が主体であるが,鉄欠乏の原因となる食生活の改善とともに,基礎疾患が存在する場合はこれらの治療が最も重要である(乙A67号証)。 骨髄機能不全によるものとして,再生不良性貧血,赤芽球癆がある。再生不良性貧血は,骨髄の血球産生低下に基づく汎血球減少症を特徴とする造血障害であり,発症に性差はない。先天性及び後発性,原発性及び二次性の区別の他に特殊型として肝炎後再生不良性貧血,再生不良性貧血-発作性夜間ヘモグロビン尿症症候群がある。再生不良性貧血の大部分は原因の特定ができない特発性例であり,約10パーセントが薬剤や放射線など 区別の他に特殊型として肝炎後再生不良性貧血,再生不良性貧血-発作性夜間ヘモグロビン尿症症候群がある。再生不良性貧血の大部分は原因の特定ができない特発性例であり,約10パーセントが薬剤や放射線などによる二次症例である。再生不良性貧血は,骨髄における多能性造血幹細胞が量的ないし質的に障害を受けて造血が低下することにより汎血球減少を来す。後者には骨髄ストローマ細胞の変化のほか,増殖因子の産生低下,免疫学的機序による造血抑制などの関与が考えられており,特に近年自己免疫機序が注目されている。治療は,造血改善を目的とした治療と,血球減少を補う対症的支持療法に大別され,前者には骨髄移植,免疫抑制療法,造血刺激療法があり,後者には輸血療法がある(乙A67号証)。 (b)「放射線基礎医学第10版」(乙A68号証)によれば,放射線による造血組織の障害の後期反応は,造血機能が数か月から数年も正常に戻らないという形で起こり,その原因として,照射のために,組織構造の破壊による幹細胞増殖環境の劣化,血管系の変化,幹細胞に残存する障害,が挙げられている,原爆被爆者のように相当の線量の急性被曝を受けた人に何年か経てから再生不良性貧血(骨髄の造血細胞が減少し,末梢血中の赤血球,白血球及び栓球が減少する)が発生した報告例はあるが,対照群に比べて発生率に有意差はないといわれている,職業被曝で長時間被曝した人にも各種血球数の減少がみられる場合があり,時に白血球が増加しているような例もあり,それが白血病の前駆状態である場合がある,などとさ れている。 (c)「原爆放射線の人体影響1992」(乙A9号証)によれば,貧血の晩発所見として,1956年に行われた放影研の調査において被爆者と非被爆者4196名の検査を行った結果,血色素量,赤血球数,ヘマトクリット値,平均赤血 人体影響1992」(乙A9号証)によれば,貧血の晩発所見として,1956年に行われた放影研の調査において被爆者と非被爆者4196名の検査を行った結果,血色素量,赤血球数,ヘマトクリット値,平均赤血球容積,平均赤血球血色素量などに有意の差を認めなかった,原対協では昭和55年より中等度貧血について解析を加えたところ,そのほとんどは鉄欠乏症貧血であったが,腎不全によるもの,リウマチと関係した貧血などもかなり認められたほか,明らかな原因がなく白血球系,血小板系に異常のない正色素系貧血が存在することが明らかとなり,被爆者不応性貧血と呼んだが((d)参照),この症例群には近距離被爆者から入市の症例まで含まれており,果たして被曝そのものと密接な関係があるかどうか明らかでない,現在では被曝に密接な関係があると考えられる貧血はなく,被爆者においては貧血を認めた場合通常の対照患者の貧血と同じように扱うべきであろう,とされている。 (d)「原対協被爆者健康診断成績による血液疾患の調査第5報中等度以上の貧血例について」(武冨嘉亮ほか。広島医学33巻3号(昭和55年3月)。甲I5号証の4)によれば,昭和53年10月から昭和54年3月までの6か月間に広島原爆被爆者健康管理所で一般検診を受けた者5万0973名で中等度以上の貧血を示す者に対して検査を行ったところ,血色素量9.0グラム/デシリットル以下のものは全体の0.39パーセントを占め,このような貧血群は女性に頻度が高く,被爆距離との関連はなかったが,母集団に比し若年齢層に多く,50歳未満が半数以上を占め,貧血の種類としては,鉄欠乏性貧血がほとんどを占め(88パーセント),年余にわたるものがかなりの割合でみられた,一般に,高齢者にみられる貧血については,高度でなく,老化による造血能の低下のほか老年者に伴う続 類としては,鉄欠乏性貧血がほとんどを占め(88パーセント),年余にわたるものがかなりの割合でみられた,一般に,高齢者にみられる貧血については,高度でなく,老化による造血能の低下のほか老年者に伴う続発性貧血も加わると考えられるが,被爆者貧血の大多数を占める軽度の貧血群については更に別の観点から検討する必要があろう,とされている。また,「原対協被爆者健康診断成績による血液疾患の調査第7報不応性貧血について」(土肥博雄 ほか。広島医学35巻3号(昭和57年3月)。甲I5号証の5)によれば,武冨らによる上記検査の結果中等度以上貧血者の約5パーセント(入市被爆者を含む。)に正色素性正球性貧血(原因不明)が認められているところ,このような貧血(被爆者不応性貧血)は,老化による生理的ヘモグロビン減少では説明することができず,薬剤の影響とも考えにくく,RAEB(原発性獲得性の治療抵抗性貧血)ともはっきりと一線を画することができる病態であったとされる。 (カ)原告Hの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a前記認定事実によれば,原告H(当時徴兵されて陸軍船舶練習部教導連隊四中隊に配属)は,原爆投下当時広島市内におらず,当日午後8時ころ,小隊長の命令によりa駅に出動し,汽車で広島方面から送られてくる負傷者をトラックで病院に搬送する作業を行い,翌日(昭和20年8月7日)朝,汽車で広島に向かい,午前10時ころ広島駅の手前で下車し,徒歩で広島駅前を通過し,路面電車の線路沿いに進んでa町の交差点を通り,約2時間かけてaの船舶練習部まで行進し,正午すぎころaの船舶練習部に到着し,昼食,休憩の後,a町周辺の遺体処理を命じられて,午後3時すぎころ船舶練習部を出発し,朝来た道を逆に行進して,夕方ころa町交差点に到着し,a交差点近くのbと推定されるビルに宿所 の船舶練習部に到着し,昼食,休憩の後,a町周辺の遺体処理を命じられて,午後3時すぎころ船舶練習部を出発し,朝来た道を逆に行進して,夕方ころa町交差点に到着し,a交差点近くのbと推定されるビルに宿所を確保し,船舶練習部から運ばれてきた握り飯を食した後,就寝し,その翌日(同月8日)から同月11日までの間,a町周辺(東はa交差点まで,西はa川まで,北はa町とaを結ぶ路面電車が走る道路まで,南はその道路から約100メートルの地点まで)を担当範囲として,遺体を瓦礫の中から引き出して一箇所に集め,焼却処理する作業を行い,同月11にはa川に浮かんでいる遺体を引き揚げて焼却場所に運ぶ作業を行い,素手で瓦礫を除去し,遺体を引き上げて運ぶなどし,1日に2回,船舶練習部から送られてくる握り飯を食し,a町近くの破裂した水道から出ている水や井戸水を飲み,同月11日夜までaで宿泊し,同月12日朝,路面電車線路に沿って行進して船舶練習部に戻り,同月13日,船舶練習部内の遺体処理作業を行い,同月14日,機帆船でaに戻ったというのである。 上記認定のような原告Hの被爆後の行動経過に照らし,審査の方針に従って残留放射線による被曝線量を推定すると,a町は爆心地の直近に位置し,aは爆心地からの距離が500メートルないし1キロメートルの地域であり,bは爆心地から約750メートル付近に位置するから,原告Hが原爆投下の48時間後以降爆心地に滞在し続けていたと仮定したとしても,その累積被曝線量はせいぜい5センチグレイ程度ということになる。 bしかしながら,前記認定のとおり,原爆投下当時広島市内又は長崎市内にいなかったいわゆる入市被爆者について脱毛,歯齦出血,白血球減少症など放射線による急性症状としか考えられない症状が生じており,中には重篤な症状を示すものも散見された事実は 当時広島市内又は長崎市内にいなかったいわゆる入市被爆者について脱毛,歯齦出血,白血球減少症など放射線による急性症状としか考えられない症状が生じており,中には重篤な症状を示すものも散見された事実は否定することができない。殊に,前記2(4)キ(イ)bにおいて認定したとおり,広島市が昭和46年8月6日に刊行した「広島原爆戦災誌第一編総説」に記載されている「残留放射能による障害調査概要」によれば,広島市陸軍船舶司令部隷下の将兵(暁部隊)を対象とするアンケート調査の結果,①出動中の症状として,2日目(昭和20年8月8日)ころから,下痢患者多数続出,食欲不振がみられ,②基地帰投直後の症状(軍医診断)として,ほとんど全員白血球3000以下となり,下痢患者が出て(ただし,重患なし),発熱する者,点状出血,脱毛の症状の者も少数ながらあり,③復員後経験した症状として,倦怠感が168人,白血球の減少が120人,脱毛が80人,嘔吐が55人,下痢が24人であり,④調査時点(昭和44年)の身体の具合として,倦怠感が112人,胃腸障害が40人,肝臓障害が38人,高血圧が27人,鼻・歯の出血が27人,白血球減少が23人,めまいが20人,貧血が15人であったとされているところ,これらの将兵のうち,原爆投下当時安芸郡a島幸の浦基地にいた陸軍船舶練習部第十教育隊所属201人(幸の浦基地救援隊)は,同月6日の原爆投下当日基地から舟艇によりaに上陸して正午前広島市内に進出し,直ちに活動を開始し,負傷者の安全地帯への集結を行い,同日夜から同月7日早朝にかけて中央部へ進出し,主としてa,a町,a橋付近,a川で活動し,同月12日ないし13日まで活動して,幸の浦に帰還 し,また,豊田郡忠海基地の陸軍船舶工兵補充隊所属32人(忠海基地救援隊)は,同月7日朝から東練兵場, してa,a町,a橋付近,a川で活動し,同月12日ないし13日まで活動して,幸の浦に帰還 し,また,豊田郡忠海基地の陸軍船舶工兵補充隊所属32人(忠海基地救援隊)は,同月7日朝から東練兵場,f,aその他主要道路沿いなど広島市周辺の負傷者の多数集結場所において救援を行い,対象者が従事した救護作業の内容は,死体の収容と火葬,負傷者の収容と輸送,道路・建物の清掃,遺骨の埋葬,収容所での看護,焼跡の警備,食糧配給,などとされているのであって,その行動経過,行動範囲及び任務遂行状況は原告Hのそれと酷似しているということができる。また,前記2キ(4)(イ)cにおいて認定したとおり,「ヒロシマ・残留放射能の四十二年[原爆救援隊の軌跡]」中の「賀北部隊工月中隊の疫学的調査」においても,このような調査対象者の中に,たとい若干名であろうと急性放射線症状(脱毛,歯齦出血,白血球減少症など)を示した者があったと思われることは,被爆当時の低栄養,過酷な肉体的・精神的ストレスなどに起因するものが混在していたにせよ,通常この程度の外部被曝線量ではこのような急性症状がないと考えられていることからすると興味深いものがあり,もし,放射線による急性症状とすれば,特殊環境下における人体の放射線に対する抵抗性の低下によることも考えられるし,また,飲食物による内部被曝の影響の可能性も否定し切れない旨記載されているところでもある。これらに加えて,前記のとおり,内部被曝や低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献や,爆心地から3000メートル以内で低線量域の線量を被曝した被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率を解析したところ統計的に有意なリスクが存在したなどとする文献も存在し,これらの科学的知見や解析結果を 爆心地から3000メートル以内で低線量域の線量を被曝した被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率を解析したところ統計的に有意なリスクが存在したなどとする文献も存在し,これらの科学的知見や解析結果を一概に無視することもできないことをも併せ考えると,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の算定において審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がないとすることには,少なくとも慎重であるべきであって,いわゆる入市被爆者や遠距離被爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆前の生活 状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態等を慎重に検討し,総合考慮の上,被曝の蓋然性の有無を判断するのが相当というべきである。 cしかるところ,前記認定の原告Hの入市後の行動経過,活動内容等にかんがみると,原告Hについては,原爆投下の翌日(昭和20年8月7日)に爆心地付近を行進しているほか,同日以降爆心地から約750メートル付近に宿営し,同月8日から同月11日まで爆心地直近のa町を含む範囲において遺体処理作業に従事するなどしたというのであるから,爆心地付近の誘導放射化した土壌による残留放射線の被曝に加えて,放射性物質の身体への付着や飲食物の摂取等により誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられるところである。 のみならず,前記認定事実によれば,原告Hは,広島市内での遺体処理作業を終えて同月14日にaに戻ったころから,水便様の激しい下痢が10日間くらい続 んだ(内部被曝)可能性も十分考えられるところである。 のみならず,前記認定事実によれば,原告Hは,広島市内での遺体処理作業を終えて同月14日にaに戻ったころから,水便様の激しい下痢が10日間くらい続き,その後も,同年9月中旬くらいまで下痢の傾向が続いたのみならず,原告Hの所属した分遣隊の他の隊員らもそのほとんどがaに戻って以降激しい下痢を起こしたほか,原告Hの所属していた分遣隊で行動を共にしていた見習士官(当時23歳くらい)がそのころ頭髪が抜け出して急死した様子がうかがわれるのである。被告らは,放射線に起因する下痢は血性の下痢が特徴であることや原告Hの推定被曝線量等からみて原告Hの下痢は原爆放射線による被曝と無関係である可能性が高いと主張するが,原告Hの下痢の発症時期,症状の内容,推移等に加えて,原告Hのみならず原告Hの所属した分遣隊の他の隊員らもそのほとんどがほぼ同じ時期に同様の激しい下痢を起こしていること,同分遣隊で行動を共にしていた見習士官が放射線による急性障害として説明可能な態様で死亡している様子がうかがわれること,さらに,前記のとおり,原告Hらとその行動経過,行動範囲及び任務遂行状況が酷似している暁部隊を対象とするアンケート調査の結果出動中の症状として2日目(同月8日)ころから下痢患者多数続出とされていることや,原告Hが原爆投下前は健康体であったのが,復員後,疲れやすく,下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも 多くなったことなど,被爆の前後で原告Hの健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,入市後に原告Hに発生した下痢の症状は,衛生状態等に起因するものとみるよりは放射線被曝に起因するものとみるのが素直というべきである。 以上のような原告Hの被爆後の行動経過,活動内容,とりわけ,原告Hの活動内容が爆心地付近にお 痢の症状は,衛生状態等に起因するものとみるよりは放射線被曝に起因するものとみるのが素直というべきである。 以上のような原告Hの被爆後の行動経過,活動内容,とりわけ,原告Hの活動内容が爆心地付近における死体処理作業であったこと,原告Hに上記のような放射線被曝による急性症状として説明可能な症状が生じていることに加えて,前記認定の原告Hの被爆後の生活状況,病歴等をも併せ考えると,原告Hの原爆放射線による被曝線量は5センチグレイ程度といった小さなものではなかった可能性が高いものとみるのが合理的である。 dところで,原告Hの原爆症認定申請に係る疾病は,貧血であるところ,前記認定のとおり,原告Hの原爆症認定申請に係る健康診断個人票によれば,平成14年8月1日当時のヘマトクリット値は37.0パーセント,ヘモグロビン値は11. 5,赤血球数は445万,白血球数は6400,血小板数は16.6万であって,ヘモグロビン値と赤血球数が低下しているものの,同健康診断個人票に現れた検査結果の推移をみても,白血球数や血小板数に異常はみられない。しかるところ,前記認定事実によれば,鉄欠乏性貧血は,ヘモグロビン合成に必須である鉄の不足によって生じる低色素性貧血であるが,他方で,骨髄機能不全による貧血として,再生不良性貧血等があり,再生不良性貧血は,骨髄の血球産生低下に基づく汎血球減少症を特徴とする造血障害であり,その大部分は原因の特定ができない特発性例であって,約10パーセントが薬剤や放射線などによる二次症例であり,骨髄における多能性造血幹細胞が量的ないし質的に障害を受けて造血が低下することにより汎血球減少を来すとされている。これらによれば,原告Hにみられる貧血は,被告らの主張するとおり,鉄欠乏症貧血の可能性がなくもない。 eしかしながら,前記認定事実によれば,原告H が低下することにより汎血球減少を来すとされている。これらによれば,原告Hにみられる貧血は,被告らの主張するとおり,鉄欠乏症貧血の可能性がなくもない。 eしかしながら,前記認定事実によれば,原告Hは,昭和30年ころ,急性肺炎から肋膜炎に罹患し,入院するなどした際,貧血であるとの診断がされて投薬治療を受け,その後約5,6年間服薬を続けたほか,昭和32年ころ,健康診断の際, 白血球減少症と診断され,検査及び投薬を受け,その後,平成2年ころ,採血検査の結果貧血と診断され,服薬を続け,また,平成14年,高血圧症の治療の際,貧血の診断を受け,現在に至るまで増強剤(Fe剤)の投薬治療を受けているというのであって,昭和30年ころから現在に至るまでの間,断続的に貧血の診断を受けているほか,白血球減少症の診断を受けたこともあるのであり,他方で,原爆投下以前に原告Hに貧血の症状が存在したことをうかがわせる証拠は見当たらない。のみならず,前記認定事実によれば,原告Hは,高等小学校卒業後,徴用されるまで父がしていた艀の船頭の手伝いをしており,復員後も,海運会社に入社して艀の舵取りの仕事に従事し,昭和29年ころ艀を海運会社から購入して自営するようになり,昭和42年ころまで艀の中で生活し,昭和56年ころまで艀の仕事をしていたというのであって,徴用,応集の前後を通じて,同じ艀の仕事に従事し,艀内生活を営み,しかも,その労働は一般的に相応の肉体的負荷を与えるものと推認されるところ,上記のとおり原告Hに徴用,応集前には貧血の症状が見当たらないのみならず,徴用,応集前は健康体であったのが,復員後は,疲れやすく,下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも多くなり,徴用,応集の前後で体調に断然の差があった(原告H本人)というのであって,被爆の前後でHの健康状態に質的な変 康体であったのが,復員後は,疲れやすく,下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも多くなり,徴用,応集の前後で体調に断然の差があった(原告H本人)というのであって,被爆の前後でHの健康状態に質的な変化がみられるのであり,前記認定のような原告Hの徴用工としての業務や軍務の内容等からして,徴用,応集後の業務や軍務が原告Hの上記のような健康状態の変化を来したとはおよそ考え難く,また,それが専ら心因性やストレスによるものであるとも考え難い。 前記認定事実によれば,鉄欠乏性貧血は,ヘモグロビン合成に必須である鉄の不足によって生じる低色素性貧血であり,鉄欠乏は,生体における鉄の需要と供給のバランスが崩れ,鉄の供給が需要に追い付かなくなったときに生じるが,極端な偏食,鉄の吸収不全を除いては,鉄の供給不足が鉄欠乏の原因となることは少なく,他方で,鉄需要が増大する原因は,出血,成長,妊娠,出産,授乳,血管内溶血などであり,治療の原則は,原因疾患に対する治療と原則として経口鉄剤の投与であ って,予後は良く,一般に鉄剤の補充で確実に回復するとされているところ,上記のとおり,原告Hは,徴用,応集前は貧血の症状が見当たらないのに対し,昭和30年ころから現在に至るまでの間,断続的に貧血の診断を受けているほか,白血球減少症の診断を受けたこともあるというのであり,徴用,応集の前後を通じて,原告の生活環境,仕事内容に著しい変化はみられないなどというのであるから,これらにかんがみると,原告Hにみられる貧血の症状が被告らの主張するとおり鉄欠乏性貧血であると断定するには合理的な疑いが残る(発症の原因が見当たらない)ものといわざるを得ず,その態様,経過等からみて,原告らの主張するとおり,骨髄の障害(機能不全)に起因するものである可能性も少なくはないというべきである。 f 疑いが残る(発症の原因が見当たらない)ものといわざるを得ず,その態様,経過等からみて,原告らの主張するとおり,骨髄の障害(機能不全)に起因するものである可能性も少なくはないというべきである。 fまた,前記認定事実によれば,「放射線基礎医学第10版」においては,原爆被爆者のように相当の線量の急性被曝を受けた人に何年か経てから再生不良性貧血が発生した報告例はあるが,対照群に比べて発生率に有意差はないといわれており,「原爆放射線の人体影響1992」においても,現在では被曝に密接な関係があると考えられる貧血はなく,被爆者においては貧血を認めた場合通常の対照患者の貧血と同じように扱うべきであろう,とされているが,他方で,「原対協被爆者健康診断成績による血液疾患の調査第5報中等度以上の貧血例について」(武冨嘉亮ほか。広島医学33巻3号(昭和55年3月))及び「原対協被爆者健康診断成績による血液疾患の調査第7報不応性貧血について」(土肥博雄ほか。 広島医学35巻3号(昭和57年3月))によれば,昭和53年10月から昭和54年3月までの6か月間に広島原爆被爆者健康管理所で一般検診を受けた者5万0973名で中等度以上の貧血を示す者に対して検査を行ったところ,中等度以上貧血者の約5パーセント(入市被爆者を含む。)に正色素性正球性貧血(原因不明)が認められ,このような貧血(被爆者不応性貧血)は,老化による生理的ヘモグロビン減少では説明することができず,薬剤の影響とも考えにくく,RAEB(原発性獲得性の治療抵抗性貧血)ともはっきりと一線を画することができる病態であったとされている。 g以上に加えて,前記のとおり,原告Hらとその行動経過,行動範囲及び任務遂行状況が酷似している暁部隊を対象とするアンケート調査の結果において,調査時点(昭和44 態であったとされている。 g以上に加えて,前記のとおり,原告Hらとその行動経過,行動範囲及び任務遂行状況が酷似している暁部隊を対象とするアンケート調査の結果において,調査時点(昭和44年)の身体の具合として白血球減少が23人,貧血が15人であったとされていることをも併せ考えると,原告Hにみられる貧血の症状についても,原爆放射線による被曝との関係を否定することはできないものというべきである。 hまた,前記認定事実によれば,原告Hは,昭和55年ころ,肝機能障害と思われる症状がみられたほか,昭和61年ころ動脈硬化性血管閉塞症を発症し,また,心不全(狭心症),高血圧症の診断を受けているというのであり,これらの疾病については,前記のとおり,放影研の最近の疫学調査等において原爆放射線による被曝との有意な関係が示されているものである。 i以上のとおり,原告Hは,原爆投下当時広島市内にいなかったいわゆる入市被爆者であるものの,原告Hの入市の時期,入市後の行動経過,活動内容,入市後に発症した下痢の症状,態様等からして,残留放射線による外部被曝に加えて放射性物質の身体への付着や飲食物の摂取等により誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられ,原告Hの原爆放射線による被曝線量は小さなものではなかった可能性が高いものとみられること,原告Hは,徴用,応集前は,貧血の症状が見当たらないのに対し,復員後,昭和30年ころから現在に至るまでの間,断続的に貧血の診断を受けているほか,白血球減少症の診断を受けたこともあるというのであり,鉄欠乏性貧血としての原因が見当たらず,その態様,経過等からみて,原告らの主張するとおり,骨髄の障害(機能不全)に起因するものである可能性も少なくはないこと,原告Hらとその行動経過,行動範囲及び任務遂行状 貧血としての原因が見当たらず,その態様,経過等からみて,原告らの主張するとおり,骨髄の障害(機能不全)に起因するものである可能性も少なくはないこと,原告Hらとその行動経過,行動範囲及び任務遂行状況が酷似している暁部隊を対象とするアンケート調査の結果,調査時点(昭和44年)の身体の具合として貧血が15人存在したほか,入市被爆者を含む被爆者に明らかな原因がなく白血球系,血小板系に異常のない正色素系貧血が存在するという調査結果も存在することに加えて,原告Hが,徴用,応集前は健康体であったのが,復員後は,疲れやすく,下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも多くな るなど,被爆の前後で原告Hの健康状態に質的な変化がみられるのであり,その原因を明らかにするに足りる的確な証拠が見当たらないこと,原爆放射線による被曝による可能性も否定することができない他の疾病(肝機能障害,循環器疾患)を発症していること及び前記認定の被爆後の生活状況,病歴等をも総合勘案すれば,原告Hの貧血は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,原告Hの貧血の放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Hの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記認定事実によれば,原告Hは,平成14年に貧血の診断を受けて以来,現在に至るまで増強剤(Fe剤)の投薬治療を受けているというのであるから,原告Hの貧血について要医療性を認めることができる。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Hは,本件H却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である貧血について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件H却下処分は違法というべきである。 ケ原告Iについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)ケ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A12 因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件H却下処分は違法というべきである。 ケ原告Iについて(ア)被爆状況前提となる事実等(3)ケ(ア)記載の事実に加えて証拠(甲A121号証,甲J1号証,乙J1号証,3号証,5号証,原告I本人)によれば,原告Iの被爆状況について,以下のとおり認められる。 a原告Iは,昭和2年10月2日生の女性であり,昭和19年4月ころ女子挺身隊員に動員され,三菱兵器重工業株式会社大橋工場に配属され,女子工員として魚雷のねじを製造する業務に従事し,長崎市aにあった三菱兵器住吉女子寮(木造2階建建物。以下「住吉女子寮」という。)に入寮していた。昭和20年8月当時,原告Iは,満17歳であり,日勤と夜勤とを交代で行う勤務に就いていた。 b昭和20年8月9日朝,原告Iは,夜勤明けであり,空襲警報が発令されていたが,住吉女子寮2階の日勤者の部屋に友人と3人で入り込んで熟睡していたと ころ,午前11時2分,原子爆弾が投下されて被爆した。爆風により住吉女子寮は倒壊し,原告Iは,倒壊した建物の下敷きとなったが,自力で脱出し,近くにあった三菱兵器トンネル工場に避難した。原告Iは,爆風による窓ガラスの破片を身体中に浴び,右手の甲,顎,左膝の内側,右手首等にガラス片が刺さり,また,全身に切り傷を負っていた。住吉女子寮はその後焼失した。原告Iは,同日夕刻,住吉女子寮跡まで戻った後,汽車に乗るよう言われ,住吉女子寮から歩いて,田の中で汽車を止めてもらい,汽車に乗り,指示された駅で降車し,そこからトラックの荷台に乗せられて山の上の方にある寺まで連れて行かれた。 なお,原告Iが被爆した場所(住吉女子寮)は,爆心地から約2.1キロメートルの地点であると認められる。 c原告Iは,被爆当日収容された寺に昭和20年8月1 れて山の上の方にある寺まで連れて行かれた。 なお,原告Iが被爆した場所(住吉女子寮)は,爆心地から約2.1キロメートルの地点であると認められる。 c原告Iは,被爆当日収容された寺に昭和20年8月18日ころまでとどまり,被爆から数日後,軍医により体に突き刺さったガラス片の除去及び手当を受けたが,傷口から膿が出てなかなか止まらず,傷口もなかなかふさがらなかった。 d昭和20年8月18日ころ,原告Iは,住吉女子寮跡に戻り,そこでaへ行くよう指示されてaまで行き,その後,bの義理の兄を頼り,2,3日過ごした後,仮の女子寮に戻り,友人の親戚を頼って鹿児島のaへ行き,その2,3日後,鹿児島にいた姉を捜し当て,姉のもとに約1か月間滞在した後,出身地の奄美大島に戻った。 (なお,原告Iの原爆症認定申請に係る申請書別紙(乙I1号証)の被爆状況に関する記載のうち上記認定に反する部分は,甲J3号証,乙J3号証及び原告I本人尋問の結果に照らし,採用することができない。)(イ)被爆後原告Iに生じた症状等証拠(甲J1号証,原告I本人)によれば,被爆後原告Iに生じた症状等について,次の事実が認められる。 a原告Iは,被爆後寺に収容されていたころから約10日くらいの間下痢の症状が続いた。 b原告Iは,被爆後,歯茎からの出血が数か月続いた。また,身体をぶつけた りすると容易に皮下出血を起こすようになったが,脱毛はみられなかった。 c原告Iは,被爆後,倦怠感,疲労感を覚えるようになり,胃の調子が悪かったり,貧血気味の症状がみられたりした。 (ウ)原告Iの被爆後の生活状況,病歴等証拠(甲J1号証,乙J3号証,4号証,原告I本人)によれば,原告Iの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Iは,奄美大島で出生し 状況,病歴等証拠(甲J1号証,乙J3号証,4号証,原告I本人)によれば,原告Iの被爆後の生活状況,病歴等について,以下のとおり認められる。 a生活状況について(a)原告Iは,奄美大島で出生し,高等小学校を出た後,女子挺身隊に動員されるまで,大島紬の機織り工場で働いていたが,被爆前は健康体であり,長崎市で女子工員として働いていた間も,一度も欠勤したことがなかった。また,原告Iに喫煙歴はない。 (b)原告Iは,奄美大島に戻った後,昭和24年ころ結婚し,2男1女を設けた後,昭和33年ころ神戸市a区に転居した。原告Iは転居後働きに出た。 (c)原告Iは,昭和42年1月,被爆者健康手帳の交付申請をし,その交付を受けた。 (d)原告Iは,昭和43年ころ神戸市a区から同市b区に転居した。その後,aに転居し,平成10年秋,神戸市c区に転居した。 b病歴等について(a)原告Iは,昭和35,6年ころ,眼科を受診して翼状片の診断を受け,a区の市民病院で両眼の手術を受けた。 (b)原告Iは,昭和43年に神戸市b区に転居して間もなくのころから,風邪をこじらせては肺炎を起こしたり,気管支喘息の発作を起こしたりするようになり,約10年前ころから喘息の発作を起こしては入院を繰り返すようになった。また,胃の調子がすぐれない状態も続いた。さらに,神戸市に来た直後ころから徐々に歯が減り,神戸市b区に転居後,歯科に通院して抜歯し,40歳代前半で入れ歯になった。 (c)原告Iは,以前から白内障の手術を受けるようにいわれており,最近右眼の手術を受けた。 (d)原告Iは,平成10年,社会保険神戸中央病院を受診して肺がん(腺がん)の診断を受け,平成11年2月,入院して摘出手術を受け,退院後,通院して約25回放射線治療を受けた。なお,原告Iは,摘出手術の後, 原告Iは,平成10年,社会保険神戸中央病院を受診して肺がん(腺がん)の診断を受け,平成11年2月,入院して摘出手術を受け,退院後,通院して約25回放射線治療を受けた。なお,原告Iは,摘出手術の後,声が出なくなって喉の手術を受けている。 (e)原告Iは,平成14年5月ころ,転移性脳腫瘍の診断を受け,天理市の病院においてガンマナイフ放射線治療を受けた。 (f)原告Iは,現在,社会保険神戸中央病院に定期的に通院してMRI検査等を受けているほか,呼吸器科に通院して喘息の治療を受けており,また,眼科,咽喉科,整形外科,神経科にも通院している。 (g)原告Iの親族の中にがんを発症した者はいない。 (エ)本件I却下処分の経緯原告Iによる原爆症認定申請及びこれに対する厚生労働大臣による却下処分(本件I却下処分)等の内容は,前提となる事実等(3)ケ(イ)記載のとおりである。 すなわち,原告Iは,平成15年1月17日付けで,負傷又は疾病名を肺がん及び転移性脳腫瘍として,被告厚生労働大臣に対し,被爆者援護法11条1項の規定により,原爆症認定申請をした。これに対し,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会は,平成15年8月25日付けで,被告厚生労働大臣に対し,原告Iの申請について,申請疾病名を肺がん及び転移性脳腫瘍,線量目安を6.2センチグレイ,原因確率を5.5パーセントとして,原告Iの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていない,旨の答申をした。被告厚生労働大臣は,同年9月9日付けで原告Iの原爆症認定申請を却下する旨の処分をしたが,通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Iの被爆状況が検討 ていない,旨の答申をした。被告厚生労働大臣は,同年9月9日付けで原告Iの原爆症認定申請を却下する旨の処分をしたが,通知書には,疾病・障害認定審査会において,申請書類に基づき,原告Iの被爆状況が検討され,原告Iの申請に係る疾 病の原因確率を求め,この原因確率を目安としつつ,これまでに得られた通常の医学的知見に照らし,総合的に審議されたが,同疾病については,原子爆弾の放射線に起因しておらず,また,治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けてはいないものと判断された,上記意見を受け,原告Iの原爆症認定申請を却下する,と記載されていた。 (オ)原告Iの原爆症認定申請に係る疾病a原告Iの原爆症認定申請に係る申請書(乙J1号証)及び医師の意見書(乙J4号証)等によれば,原告Iの原爆症認定申請に係る疾病は,肺がん及び転移性脳腫瘍であると認められる。 b証拠(甲A119号証の19,甲J3号証の5,6,乙A3号証,4号証,7号証,9号証)によれば,肺がんに関して次の事実が認められる。 (a)「原爆放射線の人体影響1992」(乙A9号証)によれば,原爆投下後10年経過したころから死亡診断書,腫瘍統計,臨床統計,剖検によっても,被爆者は非被爆者に比して肺がん発生の危険性の高いことが指摘されている,被爆者肺がんの組織学的特徴をみると,1970年ころまでの報告は非被爆者に比して小細胞性末分化がん,扁平上皮がんの頻度が高く,1970年以後の報告では扁平上皮がんが減少し腺がんが多く発生しており,その傾向は近距離被爆者に著明のようである,この組織型頻度の変化した理由は今のところ不明であり,今後の検討にゆだねたい,などとされている。 (b)放影研の「寿命調査第10報第一部広島・長崎の被爆者における癌死亡,1950-82年」(乙A7号証)によれば,肺がんによ は今のところ不明であり,今後の検討にゆだねたい,などとされている。 (b)放影研の「寿命調査第10報第一部広島・長崎の被爆者における癌死亡,1950-82年」(乙A7号証)によれば,肺がんによる死亡は放射線と非常に有意な関連を示しているとされる。 (c)放影研の「原爆被爆者の死亡率調査第12報,第1部癌:1950-1990年」(乙A3号証)によれば,肺がんでは被爆時年齢の影響の傾向が他の部位にみられるものとは反対の方向であるとされる。 (d)放影研の「原爆被爆者におけるがん発生率。第2部:充実性腫瘍,195 8-1987年」(乙A4号証)によれば,がんが最もよくみられる3部位(胃,肺及び肝)は,リスクの尺度として相対リスク及び絶対リスクのいずれを用いてもすべて放射線との有意な関連を示した,女性の方が放射線誘発の呼吸器系のがんのリスクが高かったが,それはほとんどが肺がんにみられるパターンのためであった,また,女性に肺がん及び食道がんでもリスクが増大している傾向がわずかであるがみられた,これらのがんのバックグラウンド発生率は男性で大きくおそらく喫煙,飲酒のためであると思われる,などとされ,また,気管,気管支及び肺の1シーベルト当たりの過剰相対リスクは0.95(95パーセント信頼限界で0.60ないし1.4),寄与リスクは18.9パーセント(95パーセント信頼限界で12. 5パーセントないし26.0パーセント)とされている。 (e)「原爆被爆者の死亡率調査第13報固形がんおよびがん以外の疾患による死亡率1950-1997年」(甲A119号証の19)によれば,肺がん死亡例は1264例であり,このうち754例の被曝線量は5ミリシーベルト以上である,このうち約100例が原爆放射線被曝に関連していると推定されるとされ,過剰相対リスクは 号証の19)によれば,肺がん死亡例は1264例であり,このうち754例の被曝線量は5ミリシーベルト以上である,このうち約100例が原爆放射線被曝に関連していると推定されるとされ,過剰相対リスクは,被爆時年齢30歳の男性が0.48(90パーセント信頼区間で0.23ないし0.78),寄与リスクは9.7パーセント(90パーセント信頼区間で4.9パーセントないし15パーセント),女性が1.1(90パーセント信頼区間で0.68ないし1.6),寄与リスクは16パーセント(10パーセントないし22パーセント)とされている。 (f)「原爆被爆者の肺癌検診-女性肺癌症例についての検討」(田中学ほか。 広島医学49巻3号(1996年3月)。甲J3号証の6)によれば,1982年から1993年の12年間に広島原対協(原爆障害対策協議会)健康管理・増進センターの肺がん検診によって発見された原発性肺がん126例を女性被爆者肺がん48例と男性被爆者肺がん78例に分けて両群間で各臨床病理学的因子についての比較検討を行ったところ,女性の喫煙率は15パーセントと男性の81パーセントに比して有意に低率であった,組織型は男女ともに腺がんが最も多く,女性では7 3パーセントを占めた,被曝状況別には女性の腺がんで2.0キロメートル以内の被爆者が多い傾向が見られた,予後の検討では,女性被爆者の肺がん患者の5年生存率は52パーセントで,男性の25パーセントに比して有意に良好であり,2. 0キロメートル以内の被爆者に限ってみても有意差を認めた,などとされている。 また,「被爆者肺癌症例の予後についての検討」(片岡雅明ほか。広島医学53巻3号(2000年3月)。乙J3号証の5)においても,1982年から1998年までに同センターにおいて原発性肺がんと確定診断された男性122例,女性6 後についての検討」(片岡雅明ほか。広島医学53巻3号(2000年3月)。乙J3号証の5)においても,1982年から1998年までに同センターにおいて原発性肺がんと確定診断された男性122例,女性67例の検討の結果,5年生存率は68パーセント,10年生存率は44パーセントであり,手術例では非手術例より有意に長期予後が良好であり,全体では女性が男性と比較して予後良好であったとされる。 (カ)原告Iの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性a前記認定事実によれば,原告Iは,爆心地からの距離が約2.1キロメートルにあった三菱兵器住吉女子寮(住吉女子寮。木造2階建建物)2階の部屋において熟睡していたところ被爆し,爆風により倒壊した建物の下敷きとなるとともに,窓ガラスの破片を身体中に浴び,右手の甲,顎,左膝の内側,右手首等にガラス片が刺さり,また,全身に切り傷を負ったというのであるところ,爆心地からの距離が2100メートルの地点における遮蔽なしとした場合の初期放射線による被曝線量(空気中カーマ線量)は,DS86によれば0.0883グレイ(8.83センチグレイ),DS02によれば0.0949グレイ(9.49センチグレイ)と推定されることになり(乙A46号証),原告Iは,木造家屋内(木造2階建建物の2階)において被曝したものであるから,その推定被曝線量は上記線量に木造家屋の透過係数(前記のとおりDS86においては日本家屋内被爆の場合の平均家屋透過係数は長崎の場合ガンマ線0.48,中性子線0.41とされている。)を乗じたものとなる。 bしかしながら,前記のとおり,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が少なくとも爆心地からの距離が約1300メートルないし1500メートル以遠 の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いが存するこ とおり,DS86及びDS02の初期放射線の計算値が少なくとも爆心地からの距離が約1300メートルないし1500メートル以遠 の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いが存することは,前記のとおりである。 また,前記認定事実によれば,原告Iは,爆風により倒壊した建物の下敷きとなるとともに,窓ガラスの破片を身体中に浴び,右手の甲,顎,左膝の内側,右手首等にガラス片が刺さり,また,全身に切り傷を負ったが,自力で脱出し,近くにあった三菱兵器トンネル工場に避難し,当日夕刻,住吉女子寮跡まで戻った後,汽車に乗るよう言われ,住吉女子寮から歩いて,田の中で汽車を止めてもらい,汽車に乗り,指示された駅で降車し,そこからトラックの荷台に乗せられて山の上の方にある寺まで連れて行かれ,その後,昭和20年8月18日ころまでその寺にとどまり,被爆から数日後,軍医により体に突き刺さったガラス片の除去及び手当を受けたが,傷口から膿が出てなかなか止まらず,傷口もなかなかふさがらなかったなどというのである。 以上のような被爆状況及び被爆後の行動経過等にかんがみると,原告Iについては,放射性降下物等による残留放射線の被曝や飲食物の摂取又は負傷した部位等から誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができない(なお,被告らの主張するとおり,原告Iが被爆後爆心地付近又はc地区ないしその周辺地域にいたことを認めるに足りる証拠はないが,原子爆弾の爆発による核分裂生成物の生成,輸送,降下及び沈着に至る過程及び機序等にかんがみると,長崎におけるc地区以外の地域には原子爆弾による未分裂のプルトニウムや核分裂生成物等の降下がなかったとするのはかえって不自然,不合理である上,広島においては,a,b地区以外の地域において放射性降下物が存在した事実 地区以外の地域には原子爆弾による未分裂のプルトニウムや核分裂生成物等の降下がなかったとするのはかえって不自然,不合理である上,広島においては,a,b地区以外の地域において放射性降下物が存在した事実を裏付ける調査結果が存在しているところからして,長崎においても,c地区以外の地域に放射性降下物が存在した可能性を否定することはできないのであって,審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がないとすることには,少なくとも慎重であるべきであり,いわゆる入市被爆者や遠距離被 爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,程度,態様,被爆後の生活状況,健康状態等を慎重に検討し,総合考慮の上,被曝の蓋然性の有無を判断するのが相当であることは,前記のとおりである。)。 cまた,長崎においても,爆心地から2キロメートル以遠の遠距離被爆者について一定割合で脱毛,紫斑などといった放射線の急性症状として説明可能な症状が生じたとする調査結果が多数存在しており,これらの症状は少なくともその相当部分については放射線による急性症状であるとみるのが素直であることは,前記認定のとおりであるところ,前記認定事実によれば,原告Iは,被爆後,脱毛はみられなかったものの,被爆から数日後,軍医により体に突き刺さったガラス片の除去及び手当を受けたが,傷口から膿が出てなかなか止まらず,傷口もなかなかふさがらなかったほか,寺に収容されていたころから約10日くらいの間下痢の症状が続き,また,被爆後,歯茎か 刺さったガラス片の除去及び手当を受けたが,傷口から膿が出てなかなか止まらず,傷口もなかなかふさがらなかったほか,寺に収容されていたころから約10日くらいの間下痢の症状が続き,また,被爆後,歯茎からの出血が数か月続き,さらに,身体をぶつけたりすると容易に皮下出血を起こすようになったなどというのである。原告Iのこれらの症状(下痢,歯茎からの出血等)は,その発症時期,症状の内容,推移等からして,放射線被曝による急性症状としても説明が可能であり,前記認定のとおり,原告Iが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感を覚えるようになり,胃の調子が悪いなど,体調不良を来すようになったというのであり,被爆の前後で原告Iの健康状態に質的な変化がみられることをも併せ考えると,原告Iの被爆直後の上記症状をすべて衛生状態や心因性ないしストレスによるものとして説明するのは困難であり,むしろ放射線被曝に起因する急性症状とみるのが素直というべきである(被告らは,放射線被曝が原因である下痢は出血を伴う血性の下痢である点が特徴とされているから,原告Iの下痢が放射線被曝により引き起こされた可能性は低いなどと主張するが,被爆後,その余の原告らを含めて前記認定のとおり被爆者の多くに下痢の症状がみられたことに照らすと,原告Iの下痢が血性のものでなかっ たとしても,直ちにこれを被爆直後の衛生状態によるものと断ずることはできず,原告Iの歯茎からの出血についても,被爆前に同様の症状がみられた形跡がないことからしても,被爆との関連が合理的に疑われるというべきであり,原告Iに上記のような放射線被曝による急性症状として説明可能な複数の症状が生じていることは,前記認定の原告Iの被爆後の生活状況,健康状態等と併せて,原告Iの被曝線量が決して小さくなかったことを推認させるもの 記のような放射線被曝による急性症状として説明可能な複数の症状が生じていることは,前記認定の原告Iの被爆後の生活状況,健康状態等と併せて,原告Iの被曝線量が決して小さくなかったことを推認させるものというべきである。)。 以上によれば,原告Iの原爆放射線による被曝線量は,DS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみるのが合理的である。 dところで,原告の原爆症認定申請に係る疾病は肺がん及び転移性脳腫瘍であるところ,転移性能腫瘍とは,肺がんなど脳以外の悪性腫瘍が脳に転移して発症する悪性腫瘍であるから,原告Iの原爆症認定申請に係る疾病の放射線起因性は,肺がんについて検討すれば足りるというべきである。 しかるところ,前記認定事実によれば,肺がんは,胃がんとともにバックグラウンドとしての発生率ないし死亡率の高い疾病であるが,放射線被曝との間に非常に有意な関係が認められ,しかも,女性の方が放射線誘発の呼吸器系のがんのリスクが高い(肺がんのバックグラウンド発生率は男性で大きくおそらく喫煙,飲酒のためであると思われる)などとされている。そして,前記認定事実によれば,原告Iに喫煙歴はなく,また,原告Iの親族の中にがんを発症した者はいないというのであるから,被曝線量の点を除けば,原告Iに発症した肺がんは原爆放射線による被曝に起因するものとみても決して不自然ではないというべきである。 eのみならず,前記認定事実によれば,原告Iは,以前から白内障に罹患している事実が認められるところ,放射線白内障は,一般にしきい値のある疾病であるとされているが,原爆被爆者の放射線被曝と遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められ,また,白内障にしきい値は存在しないと考えられるという統計分析報告も存在することは,前記認定のとおりであ ,原爆被爆者の放射線被曝と遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められ,また,白内障にしきい値は存在しないと考えられるという統計分析報告も存在することは,前記認定のとおりである。 f以上のとおり,原告Iは,爆心地からの距離が約2.1キロメートル弱の地 点の木造家屋内で被爆しているものの,放射性降下物等による残留放射線の被曝や飲食物の摂取又は負傷した部位等から誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができない上,被爆直後に歯茎からの出血,下痢,傷口から膿が出てなかなか止まらず,傷口もなかなかふさがらない,身体をぶつけたりすると容易に皮下出血を起こすといった放射線被曝による急性症状等としても説明が可能な症状を発症していることなどからして,原告Iの原爆放射線による被曝線量は,DS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられること,原告I(女性)に喫煙歴がなく,親族の中にがんを発症した者もなく,被曝線量の点を除けば,原告Iに発症した肺がんは原爆放射線による被曝に起因するものとみても決して不自然ではないとみられることに加えて,プルトニウムが肺に入ると非常に危険度が高いという指摘も存在すること(甲A94号証。 なお,長崎に投下された原子爆弾はプルトニウム239を核分裂性物質(核爆薬)とするものであり,c地区において未分裂のプルトニウムの降下が確認されていることは,前記認定のとおりである。),原告Iが原爆放射線による被曝による可能性も否定することができないとされる白内障を発症していること,原告Iが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感を覚えるようになり,胃の調子が悪いなど,体調不良を来すようになったというのであり,被爆の前後で原告Iの健康状態に質的な変化 ていること,原告Iが,被爆前は健康体であったのが,被爆後,倦怠感,疲労感を覚えるようになり,胃の調子が悪いなど,体調不良を来すようになったというのであり,被爆の前後で原告Iの健康状態に質的な変化がみられるのであって,その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないことや,前記認定の被爆後の生活状況,病歴等をも総合勘案すれば,原告Iの肺がんは原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきである。したがって,原告Iの肺がんの放射線起因性を肯定すべきである。 (キ)原告Iの原爆症認定申請に係る疾病の要医療性前記認定事実によれば,原告Iは,平成14年5月ころ,転移性脳腫瘍の診断を受け,ガンマナイフ放射線治療を受け,現在,定期的に通院してMRI検査等を受けているというのであるから,肺がん及び原告Iの原爆症認定申請に係る疾病であ ってその発症が肺がんに起因するものと推認される転移性脳腫瘍について要医療性を認めることができる。 (ク) 結論 以上のとおり,原告Iは,本件I却下処分当時,原爆症認定申請に係る疾病である肺がん及び転移性脳腫瘍について放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから,本件I却下処分は違法というべきである。 (3) 結論 以上のとおりであるから,原告らの原爆症認定申請に対する本件各却下処分はいずれも違法であり,取消しを免れない。 被告国に対する国家賠償請求の成否(争点③)(1)原爆症認定申請に対する却下処分と国家賠償法1条1項の違法性以上説示したとおり,原告らの原爆症認定申請に対する本件各却下処分はいずれも違法であり,取消しを免れない。 ところで,国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国 請に対する本件各却下処分はいずれも違法であり,取消しを免れない。 ところで,国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであり,原爆症認定申請に対する却下処分が放射線起因性又は要医療性の要件の具備の有無に関する判断を誤ったため違法であり,これによって申請者の権利ないし利益を害するところがあったとしても,そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく,被爆者援護法11条1項に基づく認定に関する権限を有する厚生労働大臣(平成11年法律第160号による改正前は厚生大臣)が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り,違法の評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。 (2)本件各却下処分と国家賠償法1条1項の違法性 前記認定事実によれば,本件各却下処分のうち,本件A却下処分(平成14年7月1日付け),本件B却下処分(平成14年9月9日付け),本件C却下処分(平成14年10月15日付け),本件D却下処分(平成14年12月20日付け),本件F却下処分(平成15年7月23日付け),本件H却下処分(平成15年3月26日付け)及び本件I却下処分(平成15年9月9日付け)は,被告厚生労働大臣が,疾病・障害認定審査会の意見を聴いた上,行ったものであり,また,本件E却下処分(平成11年12月28日付け)及び本件G却下処分(平成11年6月23日付け)は,厚生大臣が,原子爆弾被爆者医療審議会の意見を聴 障害認定審査会の意見を聴いた上,行ったものであり,また,本件E却下処分(平成11年12月28日付け)及び本件G却下処分(平成11年6月23日付け)は,厚生大臣が,原子爆弾被爆者医療審議会の意見を聴いた上,行ったものであり,疾病・障害認定審査会における各審査は,審査の方針(平成13年5月25日付け)に基づいて行われたものと認められ,また,原子爆弾被爆者医療審議会における審査は,平成6年9月19日付け原子爆弾被爆者医療審議会の認定基準(内規)に基づいて行われたものと推認される(なお,原告E及び原告Gに係る各異議申立手続における疾病・障害認定審査会における各審査も審査の方針に基づいて行われたものと推認される。)。 しかるところ,審査の方針は,DS86の原爆放射線の線量評価システムに基づいて申請者の原爆放射線の被曝線量(初期放射線による被曝線量,残留放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量)を算定した上,放影研の疫学調査に基づいて作成された原因確率及びしきい値を目安として,当該申請に係る疾病等の原爆放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断するものと定め,また,前記認定事実によれば,内規においても,DS86の原爆放射線の線量評価システムに基づいて申請者の被爆地点における被曝線量を評価し(遮蔽がある場合は0.7の係数を乗ずる),残留放射線による被曝を考慮した上,確率的影響によるもの(悪性新生物)として,原爆放射線に起因性があると考えられるもの,原爆放射線に起因性があるとみなせるもの,原爆放射線起因性は明確でないが確率的影響の特徴を考慮すべきもの,原爆放射線起因性は疫学的に否定されているが確率的影響の特徴を考慮すべきもの等に分類した上,それぞれ被曝線量を定め,確定的影響によるもの として,原爆放射線に起因性があるとみなせるもの,高 の,原爆放射線起因性は疫学的に否定されているが確率的影響の特徴を考慮すべきもの等に分類した上,それぞれ被曝線量を定め,確定的影響によるもの として,原爆放射線に起因性があるとみなせるもの,高線量の場合には原爆放射線に起因性があるとみなせるもの等に分類した上,それぞれ被曝線量を定めている。 前に説示したとおり,放射線と負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下との間に経験則上放射線被曝が当該負傷若しくは疾病の発生又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が証明されれば当該疾病の放射線起因性を肯定すべきところ,審査の方針及び内規における原爆放射線の被曝線量の算定が依拠しているDS86(及びDS02)の原爆放射線の線量評価システムは,その初期放射線の計算値が少なくとも爆心地からの距離が約1300メートルないし約1500メートル以遠において過小評価となっているのではないかとの疑いが存するものであることからして,広島の場合も長崎の場合も,少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートルより以遠で被爆した者に係る初期放射線の算定において,DS86又はDS02に依拠した審査の方針の定める初期放射線の被曝線量の値をそのまま機械的に適用することには少なくとも慎重であるべきであり,これらの値が過小評価となっている可能性をしんしゃくすべきものである(なお,被爆時に遮蔽があった場合についても,審査の方針別表9の数値及び透過係数をそのまま機械的に適用することには慎重であるべきである。)。また,残留放射線による被曝線量の算定及び放射性降下物による被曝線量の算定についても,審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がな よる被曝線量の算定についても,審査の方針の定める別表10その他の基準を機械的に適用し,審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がないとすることには,少なくとも慎重であるべきであって,いわゆる入市被爆者や遠距離被爆者については,放射性降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該被爆者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態等を慎重に検討し,総合考慮の上,被曝の蓋然性の有無を判断するのが相当というべきであり,これは内規の定める基準を適用する場合についても,異なるところはない。 他方,原因確率の適用についても,原因確率自体が,あくまでも,疫学調査,すなわち,統計観察,統計分析等によって全体的,集団的に把握されたものであって,当該疾病の発生が放射線に起因するものである確率を示すものにすぎず,当該個人に発生した当該疾病が放射線に起因するものである高度の蓋然性の有無を判断するに当たっての一つの考慮要素以上の意味を有しないものであるから,当該個人に発生した疾病が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を判断するための1つの考慮要素(間接事実)として位置付けられるべきものであり,原因確率が大きければ有力な間接事実としてしんしゃくすることができるとしても,原因確率が小さいからといって直ちに経験則上高度の蓋然性が否定されるものではない。むしろ,当該疾病については疫学調査の結果放射線被曝との間に有意な関係(線量反応関係)が認められている事実を踏まえて,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活 しろ,当該疾病については疫学調査の結果放射線被曝との間に有意な関係(線量反応関係)が認められている事実を踏まえて,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,原爆放射線被曝の事実が当該疾病の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を経験則に照らして判断すべきである。また,審査の方針においてしきい値が定められている白内障についても,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量及びしきい値を機械的に適用して放射線起因性の有無を判断するのは相当ではなく,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に含まれる上記のような問題点や白内障と原爆放射線被曝との関係に関する疫学的,統計的知見の存在等を踏まえて,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病(白内障)の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,当該申請者に発生した疾病(白内障)が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を経験 則に照らして判断すべきである。さらに,審査の方針において原因確率又はしきい値が設けられていない疾病についても,審査の方針がその制定当時の疫学的,統計的及び医学的知見に規定されたものであることに留意しつつ,最新の疫学的,統計的及び医学的知見をも踏まえた上で,当該疾病の発生と原爆放射線被曝との一般的関係に ,審査の方針がその制定当時の疫学的,統計的及び医学的知見に規定されたものであることに留意しつつ,最新の疫学的,統計的及び医学的知見をも踏まえた上で,当該疾病の発生と原爆放射線被曝との一般的関係についての知見に相応の科学的根拠が認められる限り,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,当該申請者に発生した疾病が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を経験則に照らして判断すべきである。そして,これらは,内規の定める基準を適用する場合についても,異なるところはない。 以上のとおり,原爆症認定申請に対し,放射線起因性の要件を判断する当たっては,放射線被曝による人体への影響に関する統計的,疫学的及び医学的知見を踏まえつつ,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,原爆放射線被曝の事実が当該申請に係る疾病の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断すべきであり,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量並びに原因確率及びしきい値は,放射線起因性を検討するに際しての考慮要素の一つとして,他の考慮要素との相関関係においてこれを評価ししんしゃくすべきであって,審査の方針自体において定めるとおり,これらを機械的に 率及びしきい値は,放射線起因性を検討するに際しての考慮要素の一つとして,他の考慮要素との相関関係においてこれを評価ししんしゃくすべきであって,審査の方針自体において定めるとおり,これらを機械的に適用して当該申請者の放射線起因性を判断することは相当でないというべきである。そして,このような観点からすれば,DS86(又はDS02)の原爆放射線の線量評価システムに基づく推定値及びしきい値を機械的に適用して当該 申請者の放射線起因性を判断することが妥当性を欠くことはもとより,審査の方針において,当該申請に係る疾病等に関する原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には,当該疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性が低いものと推定するとされている点についても,必ずしも妥当とはいい難いのであって,正に審査の方針第1の1の3)の定めるとおり,このような場合についても,当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等をも総合的に勘案した上で,経験則に照らして高度の蓋然性の有無を判断すべきであり,殊に,遠距離被爆者や入市被爆者については,審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定に含まれる上記のような問題点や原因確率の算定に含まれる問題点さらには原因確率を当該申請者に適用することについての問題点等にかんがみ,残留放射線による被曝や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で,当該疾病については疫学調査の結果放射線被曝との間に有意な関係(線量反応関係)が認められている事実を踏まえて,当該申請者の被爆前の生活状況,健康状態,被爆状況,被爆後の行動経過,活動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全 動内容,生活環境,被爆直後に発生した症状の有無,内容,態様,程度,被爆後の生活状況,健康状態,当該疾病の発症経過,当該疾病の病態,当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無,内容,病態などを全体的,総合的に考慮して,当該申請者に発生した疾病が放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を経験則に照らして判断すべきである。 しかしながら,DS86及びDS02は,現存する最も合理的で優れた線量評価システムであるということができる上,少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以内においては,初期放射線の計算値が測定値とも良く一致しているのであって,その有用性を一概に否定することはできない上(殊にDS86は世界中において優良性を備えた体系的線量評価システムとして取り扱われてきたものである。),審査の方針における原因確率の算定自体も,その時点における疫学的,統計的及び医学的知見に基づくものとして,その方法に特段不合理なところはなく,しかも,審査の方針における原因確率の算定が依拠する放影研の疫学調査は,調査 対象集団の規模,調査対象期間,解析の手法等の点において,原爆放射線被曝線量を曝露要因とする疾病による死亡率又は疾病の発生率に関する現存する最良の疫学調査ということができるから(なお,審査の方針の定める放射線白内障のしきい値も,前記認定のとおり,当時の疫学的,医学的知見に依拠したものと認められる。),上記高度の蓋然性の有無を判断するに当たり,審査の方針の定める基準を適用して申請者の原爆放射線の被曝線量を算定した上,審査の方針の定める原因確率を適用して当該被曝線量に対応する原因確率を算定し,この原因確率又はしきい値を目安すなわち考慮要素の一つとして判断すること自体は,原爆症認定における審査の在り方として,直ちに不合理と 定める原因確率を適用して当該被曝線量に対応する原因確率を算定し,この原因確率又はしきい値を目安すなわち考慮要素の一つとして判断すること自体は,原爆症認定における審査の在り方として,直ちに不合理と一般的にいうことはできない。 この点,原告らは,本件各却下処分に当たり,被告厚生労働大臣は,原因確率以外の事情をほとんど考慮せず,原因確率なる基準に従って形式的に審査したにすぎないなどと主張するところ,証拠(甲A3号証,乙第A17号証)及び弁論の全趣旨によれば,平成8年ないし平成11年当時の原子爆弾被爆者医療審議会においては,審議会は年に4回ないし5回の頻度で開催され,各審議会において1日当たり約70件ないし80件くらいの原爆症認定申請について審議されていた事実が認められる。しかしながら,証拠(甲A3号証,乙A17号証)によれば,審議会における審議に先立って,事務局(厚生省保健医療局企画課)において追加資料の提出を求めるなど必要な調査,検討を行って審議資料を収集,整理した上,委員において専門別に事前審査をするなどしており,追加資料の提出を求めている案件は全体の約20パーセントないし30パーセントに及んでいた事実が認められるのであって,これらに照らすと,当時の原爆症認定申請に対する審査が疾病の種類及び被爆距離から形式的に行われていた事実を推認することはできず,そうであるとすれば,原告E及び原告Gの各原爆症認定申請に対する審査が申請に係る疾病の種類及び被爆距離から形式的に行われていたと直ちに推認することはできず,他に原告E及び原告Gの各原爆症認定申請についてこのような形式的な審査しか行われなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。 また,証拠(甲A136号証)及び弁論の全趣旨によれば,原爆症の認定審査に当たり,疾病・障害認定審査会の被爆 てこのような形式的な審査しか行われなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。 また,証拠(甲A136号証)及び弁論の全趣旨によれば,原爆症の認定審査に当たり,疾病・障害認定審査会の被爆者医療分科会において,広島,長崎の医療現場に携わっている医師を含む専門家から成る委員により,個々人の被爆状況及び申請に係る疾病の状況について詳細に検討し,個別的に客観的,科学的な判断を行っており,ほぼ毎月にわたり開催され,1回につき60件ないし80件の答申をしていること,審査に当たっては,審査の方針に基づき,原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には当該可能性が低いものと推定して,原則的には却下という考え方で審議され,原則として,10パーセント以上である場合には,既往歴あるいは環境因子などを総合的に勘案して,大体のところはまず認定という答申をし,ケロイドや循環器疾患など原因確率やしきい値が設けられていない様々な疾病については,個々人の既往歴や生活歴あるいは医師の意見書などを勘案しながら個別に判断していること,以上の事実が認められる。これらの事実からすれば,疾病・障害認定審査会における原爆症認定申請に対する審査が原告らの主張するように原因確率以外の事情をほとんど考慮せず原因確率なる基準に従って形式的に行われていると直ちに認めることはできず,原告E及び原告Gを除くその余の原告らの各原爆症認定申請についてこのような形式的な審査しか行われなかったことを認めるに足りる的確な証拠もない。もっとも,原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には当該可能性が低いものと推定して,原則的には却下という考え方で審議されている点については,そのような場合には,審査の方針第1の1の3)に定める当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断 性が低いものと推定して,原則的には却下という考え方で審議されている点については,そのような場合には,審査の方針第1の1の3)に定める当該申請者の既往歴,環境因子,生活歴等も総合的に勘案した上で判断を行うことをしていないというのであれば,そのような運用が妥当性を欠くことは前記のとおりであるが,一般的にそのような運用がされていることを認めるに足りる的確な証拠はなく,また,原告E及び原告Gを除くその余の原告らの各原爆症認定申請についてこのような形式的な審査が行われた事実を認めるに足りる証拠もない。 以上によれば,原告らの原爆症認定申請に対する本件各却下処分が前記のとおりいずれも違法であるとしても,厚生労働大臣(平成11年法律第160号による改 正前は厚生大臣)が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件各却下処分をしたということはできないものというべきである。 なお,前記認定事実によれば,原告Aの原爆症認定申請に対しては,被告厚生労働大臣から諮問を受けた疾病・障害認定審査会において,原告Aの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと考える,同疾病に係る医療の状況については,同疾病は原子爆弾の放射線との起因性がないものと判断したため,検討を行っていないという答申を受けて,本件A却下処分がされたにもかかわらず,その通知書においては,疾病・障害認定審査会において原告Aの申請に係る疾病は原子爆弾の放射線に起因するものと判断されたが,現に医療を要する状態にはないものと判断されたため,上記の意見を受けて,原告Aの原爆症認定申請を却下する旨,その処分理由が誤って記載されていた事実が認められる。これについては,被告厚生労働大臣は,その職務上通常尽くすべき注意義務を怠って,原告Aの処分理由の提示等に関する手続的利益を侵害したものと る旨,その処分理由が誤って記載されていた事実が認められる。これについては,被告厚生労働大臣は,その職務上通常尽くすべき注意義務を怠って,原告Aの処分理由の提示等に関する手続的利益を侵害したものとみる余地があるが,当該行為の内容,態様,当該利益の内容,性質等に加えて,本訴において原告Aの原爆症認定申請に対する却下処分(本件A却下処分)が取り消されることをも併せ考えると,原告Aに慰謝料をもって償うに足りる損害が生じているとまで認めることはできないというべきである。 (3) 結論 以上のとおりであるから,原告らの被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。 結論 以上によれば,原告らの被告厚生労働大臣に対する本件各却下処分の取消請求は,いずれも理由があるから,これを認容すべきであるが,原告らの被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は,いずれも理由がないから,これを棄却すべきである。 よって,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第2民事部裁判長裁判官西川知一郎裁判官和久一彦裁判官田中健治は,転補につき,署名押印することができない。 裁判長裁判官西川知一郎

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