昭和37(う)496 尊属殺人被告事件

裁判年月日・裁判所
昭和37年12月22日 名古屋高等裁判所
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【DRY-RUN】主    文      原判決を破棄する。      被告人を懲役一年に処する。      但し本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。      原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とす

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判決文本文4,331 文字)

主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役一年に処する。 但し本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。 原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 本件各控訴の趣意は名古屋地方検察庁一宮支部検察官検事杉浦宜雄及び弁護人天羽智房各名義の控訴趣意書に夫々記載されているとおりであるからここにこれを引用するが、これに対し当裁判所はつぎのように判断する。 弁護人の控訴趣意第一点について、所論は要するに、本件は被告人が父Aに頼まれ同人を死の苦しみからすくうために、その希いを容れて死をはやめる行為にいでたいわゆる安楽死の事案であるから、嘱託殺人の成立することあるは格別、原認定のような尊属殺人の成立する余地はない。原判決は事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つたものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明であるというにある。 所論に鑑み記録を精査し、原裁判所において取調べたすべての証拠の内容を仔細に検討すると、おうむね原認定のような、つぎのごとき事実が認められる。 (一) 被告人は父A、母Bの間の長男として生れ、昭和三二年三月高校を卒業するとともに父をたすけ、家業たる農業に精励し、部落の青年団長などを勤めたこともある真面目な青年なること。 (二) 父Aも部落の園芸組合長、区長等の公職についていたところ、昭和三一年一〇月頃脳溢血でたおれ、一時の少康を得たこともあるけれども、ずつと病床にあつて、昭和三四年一〇月頃再発してからはまつたく全身不随となり、食事はもとより、大小便の始末まですべて家人をわずらわすことになつたが、昭和三六年七月初め頃からは食慾もとみに減退し衰弱はなはだしく、上下肢は曲つたままでこれを少しでも動かすと激痛を訴えるようになり、加うるに、し 、大小便の始末まですべて家人をわずらわすことになつたが、昭和三六年七月初め頃からは食慾もとみに減退し衰弱はなはだしく、上下肢は曲つたままでこれを少しでも動かすと激痛を訴えるようになり、加うるに、しばしばしやくりの発作に悩まされ、二、三時間もとまらないことがあつて、それまでずつと同人の診察に当つていた医師Cも同年八月二〇日頃にはついにAの命脈も「おそらくはあと七日か、よくもつて一〇日だろう」と家人に告げるにいたつたこと、(三) 被告人は父Aが脳溢血で倒れてからは、父に代つて母をたすけ約一町三段の田畑の耕作に当つていたが、父Aが永い間の病気で身体の自由もまつたく利かなくなり、家人の至らざるなき温い看護をうけていたが、昭和三六年七月初め頃以降容態の悪化とともに身体を動かす度に激痛を訴え、「早く死にたい」「殺してくれ」と大声で口走るのを聞き、また息も絶えそうになるしやくりの発作に悶え苦しむ有様を見るにつけ、子として堪えられない気持に駆られ、ついに同月一〇日頃むしろ父を病苦より免れさせることこそ、父親に対する最後の孝養であると考え、むしろ同人を殺害しようと決意するにいたつたこと(四) その後、被告人は三重県名張市において発生した毒ぶどう酒による殺人事件にヒントを得、同年八月二七日午前五時頃被告人方に配達されていた牛乳一八〇c・c入一本につかい残りの有機燐殺虫剤E・P・N少量を混入し、同日午前七時三〇分頃情を知らない母親Bをして父Aに右牛乳を飲ませ、同人を有機燐中毒により死亡させるにいたつたことが明である。 <要旨>ところで所論のように行為の違法性を阻却すべき場合の一として、いわゆる安楽死を認めるべきか否かにつ</要旨>いては、論議の存するところであるが、それはなんといつても、人為的に至尊なるべき人命を絶つのであるから、つぎのような厳 法性を阻却すべき場合の一として、いわゆる安楽死を認めるべきか否かにつ</要旨>いては、論議の存するところであるが、それはなんといつても、人為的に至尊なるべき人命を絶つのであるから、つぎのような厳しい要件のもとにのみ、これを是認しうるにとどまるであろう。 (1) 病者が現代医学の知識と技術からみて不治の病に冒され、しかもその死が目前に迫つていること、(2) 病者の苦痛が甚しく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものなること、(3) もつぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと、(4) 病者の意識がなお明瞭であつて意思を表明できる場合には、本人の真摯な嘱託又は承諾のあること、(5) 医師の手によることを本則とし、これにより得ない場合には医師によりえない首肯するに足る特別な事情があること、(6) その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものなること。 これらの要件がすべて充されるのでなければ、安楽死としてその行為の違法性までも否定しうるものではないと解すべきであろう。 本件についてこれをみるに、前にのべたように、被告人の父Aは不治の病に冒され命脈すでに旦夕に迫つていたと認められること。Aは身体を動かすたびに襲われる激痛と、しやくりの発作で死にまさる苦しみに喘いでおり、真に見るに忍びないものであつたこと。被告人の本件所為は父Aをその苦しみからすくうためになされたことはすべて前記のとおりであるから、安楽死の右(1)ないし(3)の要件を充足していることは疑ないが、(4)の点はしばらくおくとしても、医師の手によることを得なかつたなんら首肯するに足る特別の事情が認められないことと、その手段として採られたのが病人に飲ませる牛乳に有機燐殺虫剤を混入するというような、倫理的に認容しがたい方法なることの二点において、右の(5)、(6 んら首肯するに足る特別の事情が認められないことと、その手段として採られたのが病人に飲ませる牛乳に有機燐殺虫剤を混入するというような、倫理的に認容しがたい方法なることの二点において、右の(5)、(6)の要件を欠如し、被告人の本件所為が安楽死として違法性を阻却するに足るものでないことは多言を要しない。しかしながら、被告人の父Aが死にまさるかようなひどい苦しみのなかから、「殺してくれ」「早く楽にしてくれ」などと口走つていたことは前記のとおりであるから、それが果して原判決説示のように同人の真意に基くものでないか否かについては、なお検討すべきものがあるであろう。原判決はAが右のようなことを口走るにいたつたのは同人の容態の急激に悪化した昭和三七年七月初旬以後のことであつて、身体を動かすたびに襲われる激痛としやくりの苦しみに堪えかねて発した言葉であるから、同人の真意にいでたものとは認めがたいというのであるが、前掲各証拠に当審証人D、同E、同C、同Bの各証言を総合すると右七月初旬頃にはAは五年有余のながきにわたる病苦のためにすでに精根をつかい果していたとはいえ、意識はまだ明瞭であつて、しかもその頃から病状は日に日に急激に悪化してきたので、Aもいよいよ死期の迫つたことを自覚し、どうせ助からぬものなら、こんなひどい苦しみを続けているよりは、一刻もはやく死んで楽になりたいと希つていたことを推認するに難くないのであるから、Aの発した右の「殺してくれ」「早く楽にしてくれ」という言葉は、むしろ同人の自由なそして真意にいでたものと認めるのが相当であつて、原判決がAは当時五二才であつて現代時においてはむしろ働き盛りであつたとか、同人が平静時に死をのぞんでいたことが認められないというようなことから、その言葉が真意に基くものではないと認定したことは事実を誤認し、ひいて 二才であつて現代時においてはむしろ働き盛りであつたとか、同人が平静時に死をのぞんでいたことが認められないというようなことから、その言葉が真意に基くものではないと認定したことは事実を誤認し、ひいては法律の適用を誤つたもので判決に影響することは明である。論旨は理由があるものといわねばならない。 よつて被告人の本件控訴は理由があり原判決は破棄を免れないので検察官の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三八二条、第三九七条第一項によりこれを破棄するが、本件は原審及び当裁判所において取調べた証拠により直ちに判決するに適するので同法第四〇〇条但書に従いさらに判決する。 「罪となるべき事実」被告人は父A、母B間の長男として生れ、昭和三二年三月F高校を卒業するとすぐ家業の農に従事し、父母によく仕え、弟妹を慈しみ、部落の青年団長を勤めたこともある真面目な青年であるが、父Aは昭和三一年一〇月頃脳溢血でたおれ、一時少康を得たこともあつたけれども、昭和三四年一〇月再発してからは全身不随となり、それ以来臥褥のままとなつていたところ、昭和三六年七月初め頃から食慾著しく減退し、ために衰弱はなはだしく、上下肢は曲げたまま、少しでも動かすと激痛を訴えるようになり、その上しばしば「しやくり」の発作におそわれ、息も絶えんばかりに悶え苦しみ、「早く死にたい」「殺してくれ」などと叫ぶ父の声を耳にし、またその言語に絶した苦悶の有様を見るにつけ、子として堪えられない気持になり、また医師Cからももはや施す術もない旨を告げられたので、ついに同月一〇日頃むしろ父Aの願を容れ父を病苦から免れさせることこそ、父親に対する最後の孝養であると考え、その依頼に応じて同人を殺害しようと決意するにいたり、同月二六日午前五時頃居宅水小屋において、当日早朝配達されていたG牛乳一八〇〇〇入一本 ら免れさせることこそ、父親に対する最後の孝養であると考え、その依頼に応じて同人を殺害しようと決意するにいたり、同月二六日午前五時頃居宅水小屋において、当日早朝配達されていたG牛乳一八〇〇〇入一本に自家用のつかい残りの有機燐殺虫剤E・P・N少量を混入した上、もとどおり栓をして右小屋にさしおき、同日午前七時三〇分頃情を知らない母Bが父Aの求めにより同人に右牛乳を飲ませたため、同日午後零時三〇分頃同人を有機燐中毒により死亡させるにいたり、以て父Aの嘱託により同人を殺害したものである。 「証拠の標目」省略「法律の適用」法律に照すと被告人の判示所為は刑法第二〇二条に該当するので所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内において量刑に関する各所論に鑑み被告人を懲役一年に処し、前記のような情状刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二五条第一項に従い、本判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、なお原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人にこれを負担せしめることとし主文のとおり判決する。 (裁判長判事小林登一判事成田薫判事斎藤寿)

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