主文 被告人を懲役4年に処する。 未決勾留日数中80日をその刑に算入する。 理由 (犯行に至る経緯等) 1 被告人は,父Aと母Bの間の3子同胞の長男として広島県豊田郡a町で出生し,昭和40年に地元県立高校醸造科を卒業した後は,兵庫県西宮市内の酒造会社に就職した。 その後,被告人は,居酒屋の経営等を経て,昭和63年ころから不動産会社である兵庫県西宮市所在の株式会社Wで歩合給制の社員として勤務するようになった。 被告人は,この間,Cと結婚し,Cとの間に長男D(昭和54年11月5日生)及び二男E(昭和56年1月30日生)の二人の子をもうけた。 2 平成11年春ころ,Cが直腸ガンに罹患していることが判明し,被告人は,医師からCの余命が半年であることを告げられ,その後,Cは,手術や入退院を繰り返す闘病生活を送るようになった。 Cの入院当時,被告人一家は,兵庫県西宮市内の賃貸マンションで生活していたが,被告人は,Cの自宅療養中の居住環境等を考えて,マンションから広い一戸建て住宅に転居することを決意し,平成12年3月,住宅金融公庫や銀行から総額約3300万円の融資を受けて同市内に一戸建て住宅(以下「西宮の自宅」という。)を新築し,被告人一家は同所に転居した。 一方,被告人は,Cがガンに罹患していることが明らかになった後は,家事やCの看護等に時間を大幅に取られるようになり,この結果,Wの営業活動がほとんど出来ない状態が続いていた。 このため,平成12年に入ったころには,被告人は,歩合給制による収入がほとんどなくなり,生活費や住宅ローンの返済に充てるため金融機関や信販会社のカードローンを利用して借金をするようになり,平成14年1月ころになると,カードローン等による借入金の返済に充てるために更に借入を繰り返す,い 生活費や住宅ローンの返済に充てるため金融機関や信販会社のカードローンを利用して借金をするようになり,平成14年1月ころになると,カードローン等による借入金の返済に充てるために更に借入を繰り返す,いわゆる自転車操業の状態に陥り,同年11月ころには被告人の妹であるFから金50万円を借り受けて,前記カードローンの返済に充てるようにもなっていた。 3 Cは,ガン告知後も治療の効果等もあってか,ガン告知後半年を経過しても生存していたが,病状の悪化により平成14年10月14日死亡した。 被告人は,Cの死亡後,Wに復帰して営業活動を再開したが,約3年間に及ぶ営業活動のブランクや不況の影響などにより,十分な業績を上げることができず,全く収入が得られない状況が続いていた。 また,このころ,被告人は,保険会社からCの死亡保険金として金700万円の支払を受けたが,被告人は,上記保険金を被告人の子供の自動車購入費用,Fに対する借入金の返済やカードローンの返済,生活費等に費消した。 被告人は,平成15年夏以降,Fから再び借金したのを手始めに,その後,親族から新たに借り入れるなどしてカードローン等の返済に努めてきたが,平成15年12月ころには,Wが事実上休業状態になったことも重なり,被告人は,住宅ローンの借入金と併せて約4300万円に達する借入金の返済の目処も全く立たない状況になっていた。このため,被告人は,この時期になると,自殺をして自分に掛けられた生命保険金で借金を返済することにより自己の借金を清算することを漠然と考えるようになっていた。 4 Bは,昭和22年4月にAと結婚し,その間に長男被告人,長女F及び二男Gの3人の子をもうけた。 Bは,昭和39年9月にAを亡くした後は,生命保険会社で保険外交員として働きながら,女手一つで3人の子を育て上げ,三人の子の独立後は 婚し,その間に長男被告人,長女F及び二男Gの3人の子をもうけた。 Bは,昭和39年9月にAを亡くした後は,生命保険会社で保険外交員として働きながら,女手一つで3人の子を育て上げ,三人の子の独立後は,広島県豊田郡a町大字bc番地所在の被告人の実家(以下「aの実家」という。)で保険外交員を続けながら一人で生活を送っていた。 Bは,57,8歳ころ生命保険会社を退職し,その後は,元気に習字や絵手紙,大正琴等の趣味を楽しむ余生を送っていたが,平成11年6月ころから体調を崩し,病院の診察を受けた結果,急性腎盂炎と診断され,同年7月1日から約1か月間入院したところ,同入院中の検査により,さらに胃ガンに罹患していることが判明したことから,同年8月23日,胃,脾臓などの摘出手術を受け,同年11月退院した。 Bには,上記入院当時から,既に孫が誰か判断できないなどの痴呆症状の気配が認められたことから,Bの退院後にあたっては,Bの面倒を看るため,Fは,広島市からaの実家に移り住み,社会福祉法人Xの経営する介護老人保健施設「Y」で介護士として勤務しつつ,Bと二人で生活するようになった。 Bの痴呆症状は,その後,次第に進行するようになったが,平成14年10月ころからは特に症状はひどくなり,これ以降,Bには,同居しているFがBの金を盗んだと騒ぎ出す,誰も居ないのに誰か居たと言い始め,Fがこれを否定すると興奮して物を投げ付ける,必要のない高額な商品を購入する,出産したばかりのFの長女の新生児にチョコレートを食べさせたりジュースを飲ませようとするなどの異常行動が認められるようになった。 このため,Bは,Fの不在となる日中にはYのデイサービスを受けたりショートステイを利用するなどしていたが,Bの面倒を見ていたFの精神的,肉体的な負担は大きなものとなり,Fは,Bの痴呆問題に なった。 このため,Bは,Fの不在となる日中にはYのデイサービスを受けたりショートステイを利用するなどしていたが,Bの面倒を見ていたFの精神的,肉体的な負担は大きなものとなり,Fは,Bの痴呆問題につき被告人に電話で相談するようになったが,その相談の中でFはBの介護に関して被告人に対して不満や愚痴をこぼすようになった。 FからBの痴呆症状の相談を受けた被告人は,時折,aの実家に立ち寄ってBの様子を見るなどしていたが,その際のBの様子やFの電話の話だけでは,Fの話すBの痴呆症には半信半疑であった。しかしながら,平成15年12月中旬にBを西宮市の自宅に連れ帰って実際にその世話をした際,被告人は,汚れた下着をタンスや鞄に隠したり,既に退職しているはずの保険外交員の集金に出掛けると言い出したり,さらには被告人や被告人の子の名前や顔すら忘れてしまうBの姿を見て,想像していた以上にBの痴呆症状が進んでいることにあらためて気付き,Bの介護によるFの負担が大変重いものであることを理解したことから,Fに対し,Bの施設入所について相談するようになった。 被告人からBの施設への入所について相談を受けたFは,当初,Bの施設入所には消極的であったが,Fの不在中にBがストーブに点火しようと新聞紙に火を点けた燃えかすを見付けたことから,Fの留守中に火事が起こることが心配になり,ストーブを使わなくなる春先までBを老人介護施設に入所させることを受け入れ,その後はBの入所先を探すようになった。 被告人は,Bの介護を実際に経験してみて,それまでのFの苦労を申し訳なく思うとともに,元気なころには気丈であったBの姿を思い浮かべて,痴呆症状の進んだBの姿を不憫にすら感じるようになった。被告人は,前記のとおり,平成15年12月ころには既に自殺することを漠然と考えるようになっていたが, なころには気丈であったBの姿を思い浮かべて,痴呆症状の進んだBの姿を不憫にすら感じるようになった。被告人は,前記のとおり,平成15年12月ころには既に自殺することを漠然と考えるようになっていたが,痴呆症状の進んだBの姿を目の当たりにして,Bの姿に不憫さや哀れみすら感じ,また,Fを始めとする親族をBの介護から解放すれば,残された親族も楽になり普通の生活に戻れるのではないかと考えるようになり,自分が自殺する際にBを道連れに心中することを決意するに至ったが,その考えは,平成16年1月初めにBを西宮市の自宅に再度連れ帰ってその世話をした際,Bの痴呆症状を見て更に強まっていった。 平成16年1月中旬ころになり,平成16年2月16日からBがYと同じ社会福祉法人が経営する同県賀茂郡d町大字ef番地g所在の特別養護老人ホーム「Z」に入所できることが決まり,同日,Bは,被告人とFに連れられてZに入所した。 Bの入所後,Zに面会に行ったFらからBの様子を聞き,ZでもBの痴呆症状がますます進んでいることを知った被告人は,将来的にBがZから退所する際に,FらにBの介護の負担が重くのし掛かることになることを強く心配するようになり,Bを道連れに心中する気持ちをますます強く持つようになった。そして,被告人は,外泊したがっていたBを外泊を口実にZから連れ出した機会に無理心中することを決意し,Fには,Zに対して同月25日から同月27日までの二泊三日の外泊許可手続を取るよう依頼した。 5 同月25日,被告人は,自己所有の普通乗用自動車(登録番号神戸h)(以下「本件自動車」という。)を運転して,BをZから連れ出すため,西宮市の被告人の自宅を出発したが,前々日の夜にその話を聞いたEは,その約1週間前に被告人から自分に万が一のことがあった場合には生命保険金により被告人の借金を返済 を運転して,BをZから連れ出すため,西宮市の被告人の自宅を出発したが,前々日の夜にその話を聞いたEは,その約1週間前に被告人から自分に万が一のことがあった場合には生命保険金により被告人の借金を返済するよう告げられるなど,少し前から自殺を仄めかすようになった被告人の行動に不安を感じていたことから,急遽,アルバイトを休んで被告人に同行した。 被告人とEは,同日午後1時20分ころ,Zに到着し,同所でBを本件自動車に乗車させて同所を出発し,同日午後2時ころ,aの実家に到着した。 同所においてBとEを先に本件自動車から降ろした被告人は,aの実家近くに本件自動車を停め,次いで,aの実家に入りBの荷物から汚れた下着等をビニール袋に詰めるなどしてBの荷物の整理などをしていたが,その際,Eが携帯電話で長電話していることに気付いた。被告人は,Eに悟られずにBを外に連れ出す機会は他に無いものと考え,同日午後2時20分ころ,事前に準備していた遺書等を封筒に入れてaの実家の電話の上に置き,Bに対しては,買い物に一緒に出掛けようと誘って外に連れ出し,Bを本件自動車の助手席に乗せてaの実家を出発した。 なお,被告人は,前記出発の際,本件自動車が発見された際にBと被告人の身元が判明するように,Bや被告人等が写った写真のほかFが被告人宛に書いた手紙等を本件自動車のコンソールボックスの中に入れていた。 被告人は,前記出発後,心中ができそうな場所を求めて当てもなく本件自動車を走らせたが,その途中,山の中のZでしばらく生活していたBに海を見せたいと考え,i大橋を渡ってi島に渡った。 その後,被告人は,心中できる場所を求めてi島の中を本件自動車を走らせ,その途中,島内で買い求めたミカンをBと二人で分けて食べたり,海岸付近道路に本件自動車を停車させてBに海を見せるなどした後,同日午後 後,被告人は,心中できる場所を求めてi島の中を本件自動車を走らせ,その途中,島内で買い求めたミカンをBと二人で分けて食べたり,海岸付近道路に本件自動車を停車させてBに海を見せるなどした後,同日午後2時50分ころ,本件自動車の助手席にBを同乗させて後記記載の本件犯行現場付近道路に至った。 (罪となるべき事実)被告人は,自己を被保険者とする生命保険の保険金を自己の借入金の返済に充てその債務を清算するため自殺しようと考えていたところ,当時老人性痴呆症を発症していた実母B(当時78歳)の姿を不憫に思うとともに,後に残されるBの行く末を悲観していたこと等から,Bを道連れにして無理心中を図るべく,Bを殺害することを決意し,平成16年2月25日午後2時50分ころ,広島県豊田郡a町大字jk番地のlの地先i老人集会所の西方73メートルのスロープ式船着場付近において,被告人の運転する本件自動車の助手席にBを同乗させたまま,本件自動車を同船着場に向けて発進進行させ,本件自動車を同所先海中に転落させ,よって,そのころ,同所において,Bを溺水の吸引による窒息により死亡するに至らせたものである。 (適用法令) 1 罰条刑法199条 2 刑種の選択有期懲役刑を選択 3 未決勾留日数の算入同法21条(量刑の理由)本件は,亡妻の看病等のために収入が途絶えたことから金融機関等から借金するようになり,その借金の返済に窮したことから,自己を被保険者とする生命保険の保険金により自己の債務を清算するため自殺しようと考えた被告人が,老人性痴呆症の進行していた実母と無理心中を図り,実母を同乗させた自動車ごと海中に飛び込んで転落させ,その結果,実母を溺死させた事案である。 まず,被告人の犯行に至る経緯,動機につき考えるに,被告人の動機の発端は,自己の借金 実母と無理心中を図り,実母を同乗させた自動車ごと海中に飛び込んで転落させ,その結果,実母を溺死させた事案である。 まず,被告人の犯行に至る経緯,動機につき考えるに,被告人の動機の発端は,自己の借金であって,Bにとって自殺の道連れにされる筋合いの全くないものであるし,Bの痴呆症にしても,本件のようなむごい犯行の犠牲とされる理由足りうるものではない。しかも,Bについては,痴呆症状が進行していたとはいえ,被告人が心中の同意を求めた際にもこれを明確に拒否していることからも明らかなように,未だ正常な判断能力を全く失っていたわけではないし,さらには,平成16年2月6日からは特別養護老人ホームに入所したことにより親族の介護の負担も大幅に軽減されていたことからすれば,Bを道連れに無理心中を図った被告人の行為は,被害者の生命の尊厳を無視する誠に短絡的かつ身勝手なものというほかはなく,強い非難は免れないところである。 また,その犯行態様は,確定的殺意をもって,厳冬の海にいきなり,被害者を同乗させた自動車を転落させて被害者を溺死させたという死に至る危険性が高く,かつ,被害者の苦痛の大きい悪質なものであって,最も信頼していたはずの被告人により冷たい海水の中に自動車もろとも転落させられ,突然に生命を絶たれた被害者の驚愕と衝撃,そして苦痛と絶望感は察するに余りあり,被告人の姉弟を始めとする親族の被った精神的な衝撃や苦痛にも甚大なものがある。さらに,本件が痴呆症を発した老人を道連れに無理心中を図ったものであることから,痴呆老人の介護関係者や地域の人々に与えた社会的影響も大きい。そうすると,被告人の刑責は誠に重いといわなければならない。 しかしながら,被告人が本件犯行に及んだ背景には,数年間にわたりガン治療を受けていた亡妻の看病等に時間を取られたことで十分な収入が得ら い。そうすると,被告人の刑責は誠に重いといわなければならない。 しかしながら,被告人が本件犯行に及んだ背景には,数年間にわたりガン治療を受けていた亡妻の看病等に時間を取られたことで十分な収入が得られなくなったことや,会社に復帰した後も会社代表者が病気になり会社が実質的に休業状態になったという事情があり,被告人が借金を負担した経緯には同情すべき点もある。また,本件犯行は,前記のとおり誠に身勝手なものではあるが,その犯行動機は,恨みや憎しみによるものではなく,被害者及び親族に対する被告人なりの愛情がその動機の一つとして存在していたことは否定できないところである。さらに,被告人も犯行発覚後から本件犯行を素直に認め,今では被害者の冥福を祈る日々を送るなど反省,悔悟の態度が顕著であり,被害者の子にあたる被告人の姉弟を始めとする親族も被告人に対しては寛大な処分を望んでいるほか,親族及び近隣住民からは被告人に対し温情ある判決を求める旨の多数の嘆願書が当裁判所に提出されている。 そこで,これら被告人に有利若しくは斟酌すべき事情をも総合考慮して,主文のとおり量刑することとした。 よって,主文のとおり判決する。 (検察官栗木傑,私選弁護人恵木尚各出席)(求刑懲役6年)平成16年7月20日広島地方裁判所呉支部 裁判長裁判官渡邉了造裁判官鵜飼祐充裁判官宮本博文
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