令和7年9月19日宣告令和5年(わ)第1233号社会福祉法違反被告事件判決 主文 被告人を懲役1年6月に処する。 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。 被告人から9400万円を追徴する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 【罪となるべき事実】被告人は、平成24年8月1日から、社会福祉法人aの理事長として、aを代表してその業務を執行し、理事会を招集するとともに、aの理事を選任するに当たっては、理事会の決議を経た上、理事の選任を決議する評議員会を招集し、理事選任候補者の推薦の提案を行うなどの職務に従事していたものであるが、被告人は、aの理事長として、法令、定款等を遵守し、同法人のため適正な理事が選任されるように職務を行わなければならないにもかかわらず、令和3年6月8日から同月24日頃までの間、福岡県田川市(住所省略)b等において、分離前相被告人Aから、被告人及びAの利益を図るため、所定の手続の履践にかかわらず、aの理事のうち3名をAの指定した人物に変更できるよう権限を行使してもらいたい旨の不正の請託を受けてこれを了承し、Aとの間で、その対価として、現金合計1億3400万円の収受の約束をし、同約束に基づき、同人から、同月29日、bにおいて、現金4400万円、同年7月26日、bにおいて、現金5000万円の供与をそれぞれ受け、もって自己の職務に関し、不正の請託を受けて、財産上の利益の収受の約束をするとともに、財産上の利益を収受した。 【事実認定の補足説明】 第1 本件の争点等本件の争点は、被告人が、令和3年6月8日から同月24日頃までの間、Aから、所定の手続の履践にかかわらず、社会福祉法人a(以下「本件法人」という。)の理事等をいず 第1 本件の争点等本件の争点は、被告人が、令和3年6月8日から同月24日頃までの間、Aから、所定の手続の履践にかかわらず、社会福祉法人a(以下「本件法人」という。)の理事等をいずれもAの指定した人物に変更できるよう権限を行使してもらいたい旨の請託を受けたか(争点1)、仮にその請託があったとして、その請託が社会福祉法にいう「不正な請託」に当たるか(争点2)、また、本件に関し支払を約束された2億円が不正な請託の対価といえるか(争点3)である。 第2 前提事実等以下の事実は関係証拠等から明らかに認められ、被告人及び弁護人もこの点を積極的に争っていない。 1 社会福祉法人の理事会や評議員会に関する法令及び本件法人の定款等の定め(概要)社会福祉法や同法によって準用される一般社団法人及び一般財団法人に関する法律のほか、本件法人の定款及び定款施行細則をも踏まえると、本件法人の理事会や評議員会に関しては、次のように規律されていた。 ⑴ 理事会及び評議員会の招集、開催、決議方法についてア理事会や評議員会の招集は、原則として1週間前に会を構成する者(理事会においては理事及び監事、評議員会においては評議員)に、議題等の招集事項を記載した書面により通知を発する必要がある。もっとも、構成員全員の同意がある場合には招集の手続を省略することができる。 イ理事会を招集する場合は、各理事又は定款若しくは理事会で定めた理事が招集する(なお、本件法人の定款においては、理事長が招集権者となっている)。 評議員会は理事会の決議に基づき理事長が招集することとされており、毎年度6月に1回定時の評議員会を開催するほか、必要がある場合に開催することとされている。評議員会を招集する場合には、理事会の決議によって、評議員会の目的である事項( 長が招集することとされており、毎年度6月に1回定時の評議員会を開催するほか、必要がある場合に開催することとされている。評議員会を招集する場合には、理事会の決議によって、評議員会の目的である事項(議題)、議案の概要等(これらは、各評議員への招集通知の書面に記載すべ き事項でもある)の承認を得なければならない。 ウ理事会及び評議員会の決議は、議決に加わることができる構成員の過半数が出席し、その過半数をもって行う。ただし、大要、理事会及び評議員会のいずれにおいても、理事が理事会ないし評議員会の決議の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき構成員(当該事項について議決に加わることができるものに限る。)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたとき(理事会については、監事が当該提案について異議を述べたときを除く。)は、当該提案を可決する旨の会の決議があったものとみなす(以下、この決議方法を「みなし理事会」「みなし評議員会」などということがある。)。 ⑵ 理事の選任に関する手続(主に本件法人の定款施行細則で定められている。)理事の選任は、評議員会において行われるが、それに先立ち、評議員会に対する役員の選任候補者の提案を理事会の決議により行う。当該提案を行う場合には、当該提案を決議する理事会の開催前に、当該役員の選任候補者として予定している者から承認承諾書、欠格事由の確認書、履歴書その他役員の欠格事由、兼職禁止、特殊関係者に該当しないことを確認するために必要な資料を徴さなければならない。 2 被告人らの立場等⑴ 本件法人は、第一種社会福祉事業(軽費老人ホームcの設置経営)及び第二種社会福祉事業(老人デイサービスセンターdの設置経営)を行う社会福祉法人であり、本件法人の役員等は、理事6名、監事2名 ⑴ 本件法人は、第一種社会福祉事業(軽費老人ホームcの設置経営)及び第二種社会福祉事業(老人デイサービスセンターdの設置経営)を行う社会福祉法人であり、本件法人の役員等は、理事6名、監事2名及び評議員7名から構成されていた。理事の任期は2年間であり、令和3年は理事の任期が満了する年であった。 ⑵ 本件法人では、前記1のとおりの法令及び定款等により、理事の選任は、まず、理事会が決議して理事の選任候補者を評議員会に提案し(この理事会を、以下「候補者提案理事会」という。)、次に、評議員会において当該選任候補者について選任し、前任に当たる理事が任期満了前であればその者を解任する決議をもすることとされていた。さらに、その後、選任された理事により構成された理事会で、理事長を選任することとされていた。 本件法人では、毎年度6月の定時評議員会の際に理事の選任(改選)が行われていた。 ⑶ 被告人は、株式会社形態で居酒屋を経営する傍ら、父親の跡を継ぐ形で、平成24年に本件法人の理事長に就任し、以降、令和3年6月29日に理事長を退くまで、同理事長の職にあった(なお、以下、特に記載のない限り、日付は令和3年のものを指す。)。 3 本件に至る経緯等⑴ 被告人は、後継ぎがいないことや社会福祉分野に詳しくないことなどから、本件法人の理事長の地位を他の者に譲り、運営を任せること(以下、このことを「本件法人の譲渡」ということがある。)を検討しており、遅くとも令和2年頃から、本件法人の運営を引き継いでくれる人物を探していた。本件以前にも複数人候補が挙がったが、いずれも交渉は成立しなかった。 ⑵ 社会福祉法人の理事長等の経験があるAは、コンサルティング業を営むB等を介した紹介を得て、本件法人の運営に興味を示し、被告人らとの交渉に入 候補が挙がったが、いずれも交渉は成立しなかった。 ⑵ 社会福祉法人の理事長等の経験があるAは、コンサルティング業を営むB等を介した紹介を得て、本件法人の運営に興味を示し、被告人らとの交渉に入った。 ⑶ 本件法人の職員であり、官公庁への手続や理事会等の資料作成等の事務を担当していたCは、5月下旬頃から、候補者提案理事会の準備を始めており、当時の現理事6名の全員の再任を前提にして、理事会を6月8日に実際に開催するか又はみなし理事会を行うか検討しつつ、それぞれの通知を作成していた。ただし、被告人とAとの本件法人の譲渡に係る交渉開始に伴い、その後、上記理事会やみなし理事会はいずれも実施されなかった。 ⑷ 被告人は、6月8日、Aと1回目の面談をした(以下「第1回面談」という。)。その場には、C、被告人の妻、Bが同席していた。その際、少なくとも、被告人側から、Aに対して、運営を引き継ぎたい理由の説明をし、A側からは、本件法人の譲渡に当たり、総額2億円を支払う意思があること、A側が指名する2名を新しく理事にしてもらい、そのうち1名を理事長にしてもらいたいことなどの申入れがあった。被告人側は、新理事2名と引き換えに再任しないことになる理事の 候補を具体的に想定してはいたが、第1回面談日には本件法人の譲渡は合意までには至らず、また、A側も、指名する理事2名のうち1名はAであることを示すにとどまり、その余の情報を明らかにしなかった。 ⑸ Cは、同月10日頃、各評議員に対し、同月24日に開催予定の評議員会について、その時点での理事をいずれも再任する内容の議題を記載した招集通知を送付した。 ⑹ Bは、同月10日頃にCを介し、被告人側の再面談の要望を受け、Aに対し同月27日の面談を打診した。ところが、Aは、同日だと「間に合わな れも再任する内容の議題を記載した招集通知を送付した。 ⑹ Bは、同月10日頃にCを介し、被告人側の再面談の要望を受け、Aに対し同月27日の面談を打診した。ところが、Aは、同日だと「間に合わない」旨返信し、同月15日に2回目の面談が設定された。 ⑺ 被告人は、同日、Aと2回目の面談をした(以下「第2回面談」という。)。 そこでは、Aは、理事候補者として、同席していたDを理事候補者にする予定である旨告げたのみで、Dに関する資料を交付することはなかった。他方Aは、当日、被告人らに対し、本件法人の役員変更に伴い被告人とAの間で締結するものとする「役員変更の条件覚書」(以下「本件覚書1」という。)及び「役員変更手続概要」(以下「本件参考書面」という。)と題する書面を渡したが、同日、本件覚書1への署名等には至らなかった。 本件覚書1においては、「役員変更」の項目では、理事4名、評議員4名、監事2名の変更とするが、令和3年6月の定時評議員会の役員変更は、理事2名の変更、うち1名は理事長とし、その後令和4年6月の定時評議員会までに順次変更をすること、また、被告人において理事会、評議員会及び監督官庁の承諾も得ること、「不動産担保借入の清算」の項目では、被告人が、被告人及び近親者の所有する特定の不動産について、不動産担保借入金(約6600万円)の清算後に本件法人に対して寄付することを誓約すること、「業務報酬」の項目では、Aが、6月の役員変更時に、役員変更に伴う業務報酬を現金で支払うことを誓約し、その額が約1億3400万円であることが、それぞれ記載されていた。また、本件参考書面においては、「タイムスケジュール」の項目において次のとおり記載されていた。 6月8日初面談ヒアリング6月15日役員変更の合意案の調整覚書調印 いた。また、本件参考書面においては、「タイムスケジュール」の項目において次のとおり記載されていた。 6月8日初面談ヒアリング6月15日役員変更の合意案の調整覚書調印6月22日役員変更の理事会6月29日役員変更手続き理事長変更登記約1億3400万円最終登記申請期日令和3年7月14日8月31日土地建物借入金精算約6600万円不動産寄付⑻ 6月17日、AはCに対し、変更する理事の人数を2名から3名に増やしてほしい旨連絡したが、その際、3人目に当たる者の氏名等を明らかにしなかった。 Cは被告人に相談の上、Aに対し承諾の連絡をした。このとき、被告人は、再任しない3人目の理事の候補も具体的に考えていたが、当該候補者には、実際に解任するまでその旨を知らせることはなかった。 ⑼ Cは、同月21日、Aに対し、新理事候補3人分の経歴書等を、同月24日の午前8時頃にファックスするよう申し入れた。Aはこれを了承したのみで、この時点でもなお新理事候補者の氏名等をCに知らせなかった。他方でAは、上記ファックスをする6月24日に先立つ同月23日には、Cに対し、理事会開催日である同月29日に理事長の登記変更をしたいとして、同日に司法書士を呼ぶこと、同日までに理事長変更の書類と議事録を作成することを依頼した。 ⑽ 本件法人では、同月24日、欠席者がいるなか、定時評議員会(以下「本件評議員会」という。)が開催され、従前の理事である被告人、E、Fの再任に加え、A、G及びDの3名を理事に選任することが決議され、被告人らが前記3名の選任の代替として再任しないことを考えていた旧理事3名は、いずれも再任されなかった。ただし、同日までに候補者提案理事会は開催されておらず、Aら3名を理事の候補者とするための れ、被告人らが前記3名の選任の代替として再任しないことを考えていた旧理事3名は、いずれも再任されなかった。ただし、同日までに候補者提案理事会は開催されておらず、Aら3名を理事の候補者とするための理事会決議はされていない。また、前記⑸のとおり定時評議員会の議題では当時の理事全員が再任されることを内容とした通知がされていたところ、Aらの履歴書は、本件評議員会当日の朝、Cにファックス送信され、定時評議員会に出席した評議員に対しその場で配布された。 ⑾ 被告人とAらは、同月29日、本件法人の理事会に先立って、「役員変更の条件覚書」(以下「本件覚書2」という。)に署名した。 本件覚書2の内容は、概ね本件覚書1を踏襲したものとみられるが、変更された部分もある。一例として、「役員変更」の項目では、ただし書き部分の「令和3年6月の定時評議員会の役員変更」が、理事2名から理事3名に変更されている。また、本件覚書1で「業務報酬」とされていた項目が「業務報酬及び清算金」とされ、その内容も次のとおり、「Aは、6月29日の役員変更時には、役員変更に伴う業務報酬を現金にて4400万円被告人に支払うことを約した」、「理事長変更登記が完了する7月15日には、Aは被告人に9000万円を支払うことを約した」、「令和3年9月30日に、被告人の不動産担保借入金6600万円をAは支払い、被告人は被告人の所有する不動産を法人に寄付することを約した(総額2億円)」旨具体的に記載されている。 ⑿ 6月29日、本件法人では、前記⑽で選任されたAら3名を含む理事6名が参加した理事会が開催され、新理事長としてAが選定された。Aが理事長に選定された後、本件覚書2記載のとおり、その日のうちにAから被告人に対し現金で4400万円が支払われた。さらに、7月26日、Aから被告人に 理事会が開催され、新理事長としてAが選定された。Aが理事長に選定された後、本件覚書2記載のとおり、その日のうちにAから被告人に対し現金で4400万円が支払われた。さらに、7月26日、Aから被告人に対し、本件覚書2記載の9000万円の一部として現金で5000万円が支払われた。その後、Aから被告人に対し、本件覚書2に記載されたその余の金額が支払われることはなかった。 ⒀ その後、Aが本件法人の預金等を法人のために使用せずに引き出していたことが発覚したため、被告人が再び本件法人の理事長となったが、最終的に本件法人は破産した。 第3 争点1(請託の有無及びその内容)について 1 本件評議員会におけるA、D及びGの理事選任決議は、客観的には法令及び定款等(定款施行細則を含む。以下同じ。)に違反したものであった。すなわち、本件法人では、評議員会で理事を選任するに当たり、事前に候補者提案理事会を開 催し、選任候補者を提案するための決議をする必要があり、さらに、理事会の決議で評議員会の日時や評議員会の目的である事項等を定め、評議員会の日の一週間前までに、評議員会の目的である事項や議案の概要を記載した書面で、その招集を通知しなければならなかった。しかし、本件の経緯は前記前提事実のとおりであり、本件では、本件評議員会に先立って、候補者提案理事会は招集も開催もされていない。そのため、当然、選任候補者を提案するための決議といった、本件評議員会で理事の選任を行うために必要な決議も存在せず、本件評議員会の招集通知の際にも、Aら新理事の選任を議案とする通知はされていなかった(候補者提案理事会を経ないまま、しかも、その当時の理事全員を再任させることを内容とする議題が通知されたにすぎない。)。したがって、前記新理事3名の選任手続は、客観的には、定款 知はされていなかった(候補者提案理事会を経ないまま、しかも、その当時の理事全員を再任させることを内容とする議題が通知されたにすぎない。)。したがって、前記新理事3名の選任手続は、客観的には、定款等所定の手続の履践を怠ったものであった。 2 以上を前提に、Aが被告人に請託した事実の有無や内容、それに関する被告人の認識について検討する。 この点、Aは、被告人に対し、所定の手続の履践にかかわらず、Aが指定する者に役員を変更してもらいたいと依頼してはいないと証言し、被告人もそのように依頼されたことはない旨述べ、弁護人も同旨を主張する。しかし、本件では、第1回面談日の6月8日から本件定時評議員会の開催日である同月24日までの間に、Aから被告人に対し、所定の手続の履践にかかわらず、6月中に理事の一部をAの指定する者に変更してもらいたい旨の依頼があり、被告人はそれを承諾したと認められる。この認定は、Aは、第1回面談から一貫して、本件法人の譲渡の条件として、6月中にAが指定する人物に一部の理事を変更することを求めていたこと(後述⑴)、被告人もそのAの要求を認識していたこと(後述⑵)、Aの希望どおり6月中に一部の理事を変更するためには定款等所定の手続が履践されない可能性も十分あったこと(後述⑶)、A及び被告人のいずれも、所定の手続が履践されない可能性を認識しており、かつ、そのことに関心が薄かったこと(後述⑷)を基礎とするものである。以下、そのような事実が認められると判断した理由を順次述べる。 ⑴ Aが、第1回面談から一貫して、本件法人の譲渡の条件として、6月中にAが指定する人物に一部の理事を変更することを求めていたことア Aが6月15日以降被告人に交付した本件覚書1及び同2では、他の役員は令和4年6月までに順次変更するとされ 条件として、6月中にAが指定する人物に一部の理事を変更することを求めていたことア Aが6月15日以降被告人に交付した本件覚書1及び同2では、他の役員は令和4年6月までに順次変更するとされている一方で、理事2名又は3名については令和3年6月中に変更するものとされていること、また、本件法人の譲渡が合意にまでは至っていなかった6月10日頃に、被告人側が第2回面談を6月27日にすることを提案したにもかかわらず、Aが間に合わないという意見を述べて同月15日に早められたこと、さらに、Aが、新理事候補者全員の氏名等を明らかにせず同人らにかかる資料を提出しないうちから、改選後の理事に係る登記手続についてはCに令和3年6月中の実行に向けて指示を出していたこと、といった前提事実のみからだけでも、Aが本件法人の譲渡の条件として、令和3年6月中にAが指定する人物2名又は3名を理事に選任することを求めていたことが強く推認される。 なお、第2回面談については、A自身、被告人側から6月27日と提案されたことに憤りを感じた旨明確に証言しており、当該証言内容も上記推認を強めるものである。 加えて、本件法人の譲渡を仲介したBは、Aが、6月8日の第1回面談において、6月中に行われる理事会や評議員会で、Aを最低でも理事に選任してもらわなければ、本件法人の譲渡の話が進められない、定時評議員会の時期ではない7月や8月に理事会や評議員会をすることは避けたいなどと発言していたと証言する。Bは上記のとおり第三者的な立場であって虚偽の供述をする動機は特段見受けられず、また、その証言内容は第1回面談の際に自身が備忘のために作成したメモにも支えられている。加えて、その供述内容は、第1回面談で、Aが6月中の理事変更を希望する発言をしていた旨のCの証言とも整合的である。したがって、前 容は第1回面談の際に自身が備忘のために作成したメモにも支えられている。加えて、その供述内容は、第1回面談で、Aが6月中の理事変更を希望する発言をしていた旨のCの証言とも整合的である。したがって、前記Bの供述は信用でき、これに反するA及び被告人の供述は信用できない。 本件法人に、敢えて定款等を無視してまで6月中に手続を終えなければならない独自の理由はうかがわれないにもかかわらず、元々開催を予定しており、日程をず らした招集及び開催も何ら妨げられない候補者提案理事会を招集も開催もしないまま、本件評議員会でAらを選任している点も、Aの強い希望があったからこそであると考えるのが自然である。 イ弁護人は、BやC自身が、自らの利益を得るために6月中の理事変更に強い関心を持っていたと主張する。しかし、仮に弁護人の主張のとおりだとしても、その事情は、Aが同様の関心を持っていたとの推認を妨げるものとはいえず、むしろ本件では、Aが6月中の理事変更に強い関心を持っていることを裏付けるものというべきである。すなわち、BやCに、報酬や見返りを受ける独自の利益や、Aが理事長になる期待があったとしても、それは被告人とAを取引当事者とする本件法人の譲渡が成立することで達成されるものである。そうすると、BとCにおいて、取引当事者の意向等を重視こそすれ、それらと無関係に独自に契約成立を急ぐ理由は見出せない。BとCが6月中の理事選任のために奔走したとすれば、それはすなわち両者が、Aにおいてそれを本件法人譲渡の条件としているものと理解していたからにほかならない。 また、弁護人は、Aは当初資金調達ができていなかったから、Aとしても役員変更等は遅い方がよかったとも主張する。しかし、Aが第1回面談当時から一貫して6月中の理事変更を求め、そのための行動を関係者 また、弁護人は、Aは当初資金調達ができていなかったから、Aとしても役員変更等は遅い方がよかったとも主張する。しかし、Aが第1回面談当時から一貫して6月中の理事変更を求め、そのための行動を関係者に求めていたと認められることは前述したとおりであり、さらに、A自身、早く社会福祉法人が欲しかった旨証言している。なお最終的にAは6月中の支払分の資金調達には成功している。弁護人の主張はAの言動等と相いれず、採用できない。 したがって、Aが、6月8日の第1回面談から一貫して、本件法人の譲渡の条件として、6月中にAが指定する人物に一部の理事を変更することを求めていたものと認定できる。 ⑵ 被告人がAの求める条件を認識していたこと被告人は、第1回、第2回の各面談に出席し、前記⑴でみたとおりのAの言動を見聞きし、さらに、Aから本件各覚書等を交付されている。これらの事実から、被 告人は、Aが指定する一部の理事を6月中に選任することが、Aにとって本件法人の譲渡を受け入れる条件であることを認識していたものと強く推認される。 この点被告人は、6月中に理事が変更できなくとも問題ないと考えていたと述べている。確かに、第1回面談の後、被告人側からA側に対し、本件評議員会予定日(6月24日)後となる面談日程(6月27日)を提案したことは事実であり(被告人は、被告人のスケジュールと合わない日程であり、Cが勝手に送付したものと主張するが、Cがそのような行動に出る合理的な理由はないから、採用できない。)、被告人側で6月中の理事変更という条件の重み、絶対性についての認識がAほどではなかったという見方もできる。しかし、前記⑴でみた第1回面談時のAの発言の内容からして、6月中の理事変更が条件であるとの認識は被告人にもあったと認められる。その後、第2回面 ついての認識がAほどではなかったという見方もできる。しかし、前記⑴でみた第1回面談時のAの発言の内容からして、6月中の理事変更が条件であるとの認識は被告人にもあったと認められる。その後、第2回面談時に本件覚書1及び本件参考書面の交付を受けた際にも、6月中の理事変更が被告人にとって想定外であったような被告人の言動は証拠上うかがわれず、その後も同様であるから、被告人において、6月中に理事の一部をAの指定する人物に変更するというAの条件を、当初全く認識していなかった可能性は否定できる。 したがって、被告人の供述を踏まえても、被告人が第1回面談時から、Aの求める条件を認識していたことを認定できる。 ⑶ Aが求める条件を叶えるためには、定款等所定の手続が履践されない可能性も十分にあったこと本件法人の定款等には、招集通知を理事ら全員の同意で省略することができる旨や、理事及び監事全員の同意があれば、決議等を書面で行うことができる旨の規定が存在するし、評議員会についても同様である。よって、それらの例外規定を用いれば、法律及び定款等を遵守しつつ6月中に理事を変更することは不可能ではなかったという点は、弁護人が指摘するとおりである。しかし、6月8日の第1回面談の時点では、Aは自己を除く新理事候補を明示していないのであるから、当該新理事候補を提案すべき候補者提案理事会を開催する前提をそもそも欠いていた。した がって、この時点において、招集通知等の期限を含む定款等の原則的な規定を遵守していては、6月中に理事の一部をAが指定する人物に変更することは事実上不可能であったと認められる。また、Aと被告人らとの間で、明示的に、前記例外規定を駆使し、定款等に基づく手続を履践しつつ一部の理事を変更する旨の合意はされていないと認められる。そうすると とは事実上不可能であったと認められる。また、Aと被告人らとの間で、明示的に、前記例外規定を駆使し、定款等に基づく手続を履践しつつ一部の理事を変更する旨の合意はされていないと認められる。そうすると、客観的には、第1回面談の時点で、既に、本件法人において、Aの求める条件を満たす手段として、定款等所定の手続を履践せずに6月中に一部の理事を変更する方法がとられる可能性は十分にあったといえる。 ⑷ A及び被告人のいずれも、所定の手続が履践されない可能性を認識しており、かつ、そのことに関心が薄かったことア AについてAは、第1回面談において、本件法人では6月24日に定時評議員会を開催する予定であることなどを確認した上で、同月中にAが指定する理事への変更ができそうかと確認したところ、被告人らが大丈夫であると回答したと認められる(被告人は記憶にないなどと供述するが、多少趣旨は違うものの、BもAが被告人らに対して理事変更に関して大丈夫かと確認するやりとりがあったことは供述しており、Bが同日作成したメモとも整合的であるから、前記のとおり認定できる。)。また、本件参考書面に記載されたスケジュールが、候補者提案理事会を開く前提で作成されているとみることも可能である。よって、Aが、定款等を遵守した手続を履践して理事等を変更することを排除する意思ではなかったと認められる。 しかし、Aは、第1回面談の時点で、社会福祉法人の運営経験等から、定款等の原則的な規定を遵守していては、6月中に一部の理事を変更することは事実上不可能であると認識していたと認められる上、一般的に理事会等を省略する法人が存在することも認識しており、加えて、過去の経験から、法人の理事長等がAに対して反対する理事がいない旨述べていても、実際には反対する理事がおり、理事の変更が適わな 、一般的に理事会等を省略する法人が存在することも認識しており、加えて、過去の経験から、法人の理事長等がAに対して反対する理事がいない旨述べていても、実際には反対する理事がおり、理事の変更が適わないことを強く懸念していたと認められる(証人Aの証言。当該証言は、内容が具体的で証人Bの証言にも沿うものであるから、信用できる。)。したがって、 Aにおいては、被告人らの前記「大丈夫」との発言は、当然に手続が履践されると信用できる事情にはなり得なかったと認められる。Aは、Cが「みなし理事会」などと発言したので、手続に詳しいと認識したなどと証言するが、みなし理事会も、結局のところ理事及び監事のうち1人でも反対すれば実現できない手続であり、Aもその手続要件を認識していたから、上記Cの発言も、反対者の存在を懸念するAにとっては、本件法人側において手続履践の上で6月中の理事変更に漕ぎ付けられると信用できる事情とはいえない。上記Aの証言は、第1回面談当時のA自身の言動と相容れないものである。Aは理事変更に必要な手続が当然に履践されるとは思っていなかったという認定は妨げられない。 このことは、第1回面談以降のAの種々の行動からも裏付けられている。すなわち、第1回面談以降日が経つほど、原則的な規定を遵守した上で6月中に理事変更をすることは不可能となり、定款等を遵守しつつ理事の変更を行うには例外的規定を用いるほかないところ、それには理事、監事や評議員の全員の合意が前提となる。 そうすると、第1回面談で反対者の存在可能性を強く危惧していたAが定款等の手続の履践を求めていたのであれば、反対する理事や監事の有無、また、候補者提案理事会の開催の有無といった事項は、日が経つごとに更に強い関心を寄せることになるはずである。しかし、Aは、履歴書の送付が本件評議員会の 求めていたのであれば、反対する理事や監事の有無、また、候補者提案理事会の開催の有無といった事項は、日が経つごとに更に強い関心を寄せることになるはずである。しかし、Aは、履歴書の送付が本件評議員会の予定日とされても、反対する理事等の存在を具体的に確認せず、候補者提案理事会の開催や候補者提案決議の成立の有無の確認すらしていない。それどころかAは、6月17日という、本件評議員会の1週間前という差し迫った時期になって、候補者提案理事会による決議が終了したかどうかも確認せず、新理事の人数を増やすことを求め、かつ、その際も、Cや被告人に対し、理事変更に必要な手続を適式に履践できるか否かの確認をしていない。これらは、手続の履践に意を払っている者の行動としては到底説明できない不合理なものである。以上を踏まえると、Aとしては、当初より、定款等所定の手続の履践に関心が薄かったことが認められる。 弁護人は、本件各覚書等において、手続のスケジュール並びに理事会、評議員会 及び監督官庁の承諾を得ることの求めなどが記載されていることなどを指摘して、Aは定款等所定の手続の履践を求めていた旨主張する。しかし、スケジュールが記載された本件参考書面が交付された6月15日時点で、そのスケジュールを原則的な定款等の手続をもって実現することが不可能な状況であったと認められる上、これまで検討したとおりの当時のAの言動に照らせば、弁護人の主張は採用できない。 イ被告人について被告人は、10年近く本件法人の理事長を務めており、毎年、少なくとも理事会にはほぼ参加していたというのであるから、被告人にとって、理事選任の手続は長年経験したものであった。そして、第1回面談の際、当初の候補者提案理事会の日程について、AとCがやりとりしていた内容を聞いており、第2回面談では、Aか のであるから、被告人にとって、理事選任の手続は長年経験したものであった。そして、第1回面談の際、当初の候補者提案理事会の日程について、AとCがやりとりしていた内容を聞いており、第2回面談では、Aから、本件評議員会より前に理事会の開催を必要とする本件参考書面に基づく説明を受けていたと認められるから、それらの事実のみでも、被告人が、少なくとも、本件評議員会の前に、何らかの理事会が必要であった旨は理解していたと認められる。 そして、被告人自身、候補者提案理事会が必要という記憶はあると供述している。 そうすると、被告人としても、本件評議員会に先立って、候補者提案理事会が必要であると理解していたと認められる。それにもかかわらず、被告人は、定時評議員会が日に日に迫る中、候補者提案理事会の開催やその準備をせず、Cにその依頼どころか確認さえしないまま、本件評議員会や理事長選任の理事会を迎え、事後的にも、候補者提案理事会を開催しなかったことに何ら言及していないから、この点に関心があったとはおよそ思われない。 この点、弁護人は、被告人が本件法人の手続を何も知らず、Cに任せきりであった旨主張し、被告人も同旨を供述するが、被告人が手続を全く知らなかったとの供述は、前記説示に反し信用できない。被告人の供述を善解して、被告人が本件法人の手続に詳しくなかったという前提に立っても、被告人は株式会社形態で居酒屋を経営するなどしており、長年本件法人の理事会にも参加していた以上、理事変更には相応の手続が必要であることは当然に理解できていたと認められる。そのような 被告人において、Aが6月中の理事変更を条件としていることを認識しながら、理事変更手続の具体的な内容について、手続に詳しいCに確認することもなく漫然と同人に任せきりであったというのであれば、それこそが、被告 おいて、Aが6月中の理事変更を条件としていることを認識しながら、理事変更手続の具体的な内容について、手続に詳しいCに確認することもなく漫然と同人に任せきりであったというのであれば、それこそが、被告人が定款等所定の手続の履践の有無におよそ関心がなかったことを裏付けているものといえる。 以上のとおり、被告人も、当初より、理事の一部を変更するための所定の手続が履践されない可能性を認識しており、かつ、そのことに関心が薄かったと認められる。 3 争点1に関する結論前記2の⑴ないし⑷で認定したとおり、本件では、6月8日の第1回面談から、A及び被告人いずれもが、本件法人の譲渡に当たり、6月中に一部の理事をAの指定する人物に変更することが条件であると認識しており、その重要な条件の成否に関し、本来重要であり、時間的な猶予もなく実際に履践されたかに強い関心があってしかるべき定款等所定の手続の履践の有無には関心が薄かったと認められる。したがって、両者の間では、6月中に理事を変更することこそが不可欠な事項であり、そのための定款等所定の手続の履践の有無は重要視されていなかった、すなわち、履践してもしなくともどちらでも構わないと考えられていたと認められる。よって、Aからは、理事長である被告人の権限行使として、本件法人の譲渡にあたり、定款等所定の手続の履践の有無にかかわらず、6月中に理事の一部をAの指定する人物に変更してほしい旨の請託があり、被告人はそれを承諾したと認められ、その請託や承諾にかかる双方の認識は、6月8日の第1回面談以降、評議員会が実施された同月24日にかけて、徐々に強固なものになっていったと認められる。 第4 争点2について(本件での請託が社会福祉法にいう「不正な請託」に当たるか)社会福祉法156条(令和4年法律第68号(以下「整理法 日にかけて、徐々に強固なものになっていったと認められる。 第4 争点2について(本件での請託が社会福祉法にいう「不正な請託」に当たるか)社会福祉法156条(令和4年法律第68号(以下「整理法」という。)による改正前のもの。行為時においては令和2年6月12日法律第52号による改正前の社会福祉法130条の3)は、その源となった旧商法493条(会社法967条) の立法趣旨等に照らせば、理事等の職務の公正さとそれに対する社会一般の信頼を保護する規定と理解すべきであり、そこにいう「不正な請託」の「不正」とは、違法を意味し、法令に違反する場合のほか、定款等の事務処理規則違反のうち重要な事項の違背も含まれると解される。したがって、本件のように定款等所定の手続の履践にかかわらず理事の一部を変更するよう請託することも、「不正の請託」に当たるといえる。 弁護人は、社会福祉法156条の保護法益を会社の活動の物的又は人的基盤であると理解すべきであるなどと主張し、それを前提に、「不正の請託」とは、当該法人の物的又は人的な活動基盤を害する実質的危険を生じさせるような職務行為を依頼することを指し、本件のような手続違背自体はその対象にならないなどと主張するが、採用できない。 なお仮に、同条及び類似の規定の保護法益を、弁護人が主張するとおりに解するとしても、次のとおり、本件における手続違背は、「不正の請託」に含まれると解すべきである。つまり、法人の役員の権限の大きさに照らし、その法人を害するような不適切な人物が着任すれば、当該法人の物的及び人的基盤を実質的に害することになるところ、本件における役員選任に係る手続規定は、新たな理事の選任に当たり、理事会や評議員会といった複数の機関を関与させ、また判断根拠となる資料を収集させることで、当該法人の物的及 に害することになるところ、本件における役員選任に係る手続規定は、新たな理事の選任に当たり、理事会や評議員会といった複数の機関を関与させ、また判断根拠となる資料を収集させることで、当該法人の物的及び人的基盤を害することがない適切な人物が選任されることを外形的に担保するための重要な規定である。社会福祉法及び定款等が、役員の資格等の要件に加え、手続規定を設けている理由もそこにあるというべきであるから、その手続違背は、単なる手続違背などとはいえず、まさしく、当該法人の物的及び人的基盤を実質的に害する行為である。実際、本件では、手続違背により、一部の関係者が、独断的に新理事候補者の適正を判断するのみで、本件法人の理事ら役員が適切な情報提供に基づいた意見を形成した上で審議を行う機会が奪われ、その結果、選任された理事及び理事長の活動により本件法人の利用者をはじめとする関係者に重大な不利益を与えるに至るという、まさに手続違背の実 害が露呈している。本件評議員会で理事選任の決議がされたなどといった弁護人の主張や、被告人の能力の問題等により上記のような結果が予想できたか否か、実際に法令や定款等による手続を全うしていたとしてその結果が防げたか否かについては、「不正の請託」に該当するか否かの判断においては、意味をなさない。弁護人の主張は、手続規定の重要性を看過するものである。 なお弁護人は、本件での請託はせいぜい単なる手続違背にとどまり本罪で処罰されないとの前提に立った上で、本件が実質的に社会福祉法人の売買を処罰するものであり罪刑法定主義に違反する旨主張するように見受けられる。しかし、これまで述べたことに照らせば、そのような弁護人の主張は前提を異にし採用できない。 以上のとおりであり、被告人は本件当時理事であり理事長であって、社会福祉法人の業務 するように見受けられる。しかし、これまで述べたことに照らせば、そのような弁護人の主張は前提を異にし採用できない。 以上のとおりであり、被告人は本件当時理事であり理事長であって、社会福祉法人の業務を執行する立場にあり、理事会等を招集する権限を有するから、理事の選任に当たり、候補者提案理事会を招集し、必要な決議を行うなど、一連の手続が法令及び定款等に則って適正に行われるよう取り仕切る権限がある。したがって、理事長である被告人に対してされた請託は、「不正の請託」に当たる。 第5 争点3について(本件に関し支払を約束された2億円が不正な請託の対価といえるか) 1 本件法人の譲渡に当たり、Aが被告人に対し、現金総額2億円を支払う旨の合意があったことは関係証拠上明らかである。ただし、これらが前記不正の請託の対価であるかについて、検察官は2億円全額であると主張し、他方弁護人は、2億円とは、本件覚書1及び2に記載された被告人所有の不動産及び本件法人の経営権又は本件法人の譲渡の対価(本件法人が所有する不動産、従業員の雇用等の有形無形の資産を取得するための対価)であり、手続を履践しないこととの関係では対価関係がないと主張する。 2 そこで、本件における現金2億円の支払合意の趣旨について検討する。 本件覚書1には、「役員変更に伴う業務報酬」として「約1億3400万円」との文言が、「不動産担保借入金」として「約6600万円」との文言があり、さら に、本件覚書2には、「役員変更に伴う業務報酬」として「4400万円」、「理事長変更登記が完了する」時点で「9000万円」、「不動産担保借入金6600万円」を支払うとの文言がある。最終的に、被告人及びAは、本件覚書2に署名して本件法人の譲渡を行ったのであるから、本件覚書2の内容は、両者の合意を反映し 「9000万円」、「不動産担保借入金6600万円」を支払うとの文言がある。最終的に、被告人及びAは、本件覚書2に署名して本件法人の譲渡を行ったのであるから、本件覚書2の内容は、両者の合意を反映したものといえる。また、本件覚書1も、その代金の支払方法や時期を除き、実質的には両者の意図を反映したものであると認められる。さらに、その趣旨を理解する上で、被告人及びAの供述を踏まえると、被告人は、2億円という金額にこれといった根拠はないと供述し、Aは、被告人の借金7000万円程度を返済するなどして、被告人の手元に1億円程度残ればよいとの希望を踏まえ、7000万円くらいが不動産に係る借金の清算で、1億3000万円くらいが代金という話をしたと供述する。これらは、本件覚書1及び2に記載された金額とほぼ同額のやりとりであり、本件覚書1及び2で記載された不動産の一部に被告人を債務者とする根抵当権が付されていることなどと整合しており、信用できる。そうすると、本件法人の譲渡に当たっては、2億円のうち6600万円が前記各不動産の大部分を抵当に付した被告人の借金返済のために(ただし、結果として、本件法人の譲渡に伴い、本件法人が前記各不動産を取得するという合意でもある。)、1億3400万円が本件法人の譲渡そのもののために支払うものと合意され、かつ、その対価は本件法人の資産価値等に厳密に基づいて設定されたものではなかったと認められる。 社会福祉法人は株式会社のように株式を持たないため、その運営を引き継ぐためには、引き継ごうとする者が、その指定する人物を理事に選任し、理事長に就任するなどする方法があり、本件ではそれが本件法人の譲渡の方法と理解されていたと認められ、この理解は、本件覚書1及び2において、代金の趣旨が「役員変更に伴う業務報酬」とされたり、本件覚書2に記載 就任するなどする方法があり、本件ではそれが本件法人の譲渡の方法と理解されていたと認められ、この理解は、本件覚書1及び2において、代金の趣旨が「役員変更に伴う業務報酬」とされたり、本件覚書2に記載された上記1億3400万円の支払期日が、理事長変更の理事会決議日(6月29日)に4400万円、理事長変更登記が完了する日(7月15日)に残金9000万円などとそれぞれ紐づけられたりしていることとも整合している。そうすると、本件においては、本件法人の譲渡(経 営権の譲渡)とは、Aの指定する人物に理事を変更することを意味するものであったといえる。そして、理事の変更は、法律上一定の手続に則ってなされるべきものであり、本来的にその手続と密接不可分のものである。その上で、本件においては、前記のとおり、本件法人の譲渡に当たっては、所定の手続の履践にかかわらず、6月中に理事の一部をAの指定する人物に変更することが条件とされていたのであり、6月中に理事の一部をAの指定する人物に変更できない場合、少なくともその時点での契約成立はあり得なかったと認められる。そうすると、本件での売買の成立、すなわち、Aから被告人への代金の支払は、結局のところ、被告人らが所定の手続の履践にかかわらず、6月中に理事の一部をAの指定する人物に変更することにかからしめられていたということができる。以上を踏まえると、本件取引における本件法人の譲渡とは、所定の手続を履践する場合、しない場合の双方を包含した理事変更手続のことであり、被告人及びAにおいては、本件法人の譲渡の対価として合意した金銭は、所定の手続の履践にかかわらず理事を変更することの対価となることの認識が互いにあったとみるのが相当である。 他方、本件覚書1及び2で、明示的に不動産担保借入金として記載されている6600万 銭は、所定の手続の履践にかかわらず理事を変更することの対価となることの認識が互いにあったとみるのが相当である。 他方、本件覚書1及び2で、明示的に不動産担保借入金として記載されている6600万円についてみると、本件覚書1及び2で指摘された各不動産は、いずれも本件法人が運営するデイサービスのために供されているものである。これら不動産を本件法人が取得することの対価は、本件法人の運営を円満に引き継ぐための対価であって、本件法人の譲渡の対価として密接不可分の関係にあると理解することも可能ではある。もっとも、前記の金額設定の経緯等に照らせば、これ自体は本件法人の譲渡に係る対価ではないとの疑いが残る。 したがって、本件法人の譲渡に伴い支払われる旨の合意があった前記の1億3400万円の限度で、本件不正の請託を受けて収受が約束された対価と認める。 第6 その他の点の検討検察官は、一部の理事のみならず、理事全体、監事及び評議員についても、手続の履践にかかわらずAの指定する人物に変更してもらいたい旨の請託があったと主 張する。しかし、前述したとおり、Aが令和3年6月中の変更を条件づけていたのは一部の理事のみであり、実際に、手続に違背して選任されたのもそれらの理事のみであるから、その余の役員についてまで手続の履践にかかわらずとの請託があったとみるには合理的な疑いが残る。 第7 結論以上から、被告人には、判示のとおりの社会福祉法違反の罪が成立すると認められる。 【量刑の理由】本件における不正の請託は、社会福祉法人の意思決定機関である理事会を構成する理事の選任手続規定違反に係るものであり、同法人の健全性や利用者の福祉等を保護するために重要な手続規定に違反するものであった。そのような請託に被告人が応じた結果として本件法人の健全 理事会を構成する理事の選任手続規定違反に係るものであり、同法人の健全性や利用者の福祉等を保護するために重要な手続規定に違反するものであった。そのような請託に被告人が応じた結果として本件法人の健全性や利用者の福祉が実際に害されるという、法が防止しようとしていた害悪が生じていることからも、その違法性を軽視はできない。他方、同請託の内容の主たるところは定款細則違反に係るもので、かつ被告人を含む当事者の認識も事実認定の補足説明で述べた程度のものであり、それ自体が極めて悪質とまではいえない。次に、不正の請託の対価として被告人が供与を受けた利益は、現金合計9400万円という相当高額なものである。もっとも、その供与後間もなく、そのうち5000万円を供与者から請われて貸し付け、今なお同人から返済を受けられていないから、実質的に得られた利益は4400万円にとどまるという見方もできる。また、本件動機には自己の利益を図ることが含まれることは明らかで、当然非難に値する。もっとも被告人は、交渉先を社会福祉法人の経営に長けた人物であると信じて取引に応じ、本件法人の従業員の雇用継続を求めるなどしており、本件法人を害する意図はなかったといえる。以上のような犯情を踏まえると、被告人の刑事責任が重大とまではいえない。 そして、被告人が公判で、自らは何も知らなかったとして、部下に責任を擦り付けるかのような弁解に終始したことに照らせば、被告人が真摯に反省しているとは 到底いえないが、被告人に前科前歴がなく、すでに本件法人が破産し被告人が同様の事業に及ぶことがうかがわれないことなどを踏まえると、被告人に対しては、一定程度の懲役刑を科した上、その執行を猶予するのを相当と判断した。なお、被告人が本件で受領した合計9400万円は、前述したとおりこれらすべてが不正の請託 いことなどを踏まえると、被告人に対しては、一定程度の懲役刑を科した上、その執行を猶予するのを相当と判断した。なお、被告人が本件で受領した合計9400万円は、前述したとおりこれらすべてが不正の請託を受けて収受したものとして、その相当額を追徴する。 (求刑-懲役2年6月、主文同旨の追徴)令和7年9月29日福岡地方裁判所第2刑事部 裁判長裁判官富張真紀 裁判官荒木克仁 裁判官武田夕子は、差支えのため署名押印することができない。 裁判長裁判官富張真紀
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