主文 1 地方公務員災害補償基金東京都支部長が原告に対し平成17年5月16日付けでした亡Aの災害を公務外と認定した処分を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由 第1 請求主文同旨第2 事案の概要本件は,区立中学校教頭であった亡A(以下「被災者」という。)が平成▲年▲月▲日に心筋梗塞(以下「本件心筋梗塞」という。)を発症し,同年▲月▲日死亡したのは,公務上の過労,ストレスに起因するものであるとして,被災者の妻である原告が地方公務員災害補償基金東京都支部長(以下「処分庁」という。)に対し,公務災害認定請求をしたが,公務外認定処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,その取消を求めた事案である。 1 前提事実(争いのない事実)(1) 被災者(昭和▲年▲月▲日生。死亡時49歳)は,昭和47年3月にB大学文理学部体育学科を卒業し,同年4月1日,東京都公立学校教員に任命され,保健体育の教員として,昭和47年4月~昭和58年3月の間東京都渋谷区立C中学校,同年4月~昭和63年3月の間東京都稲城市D中学校,同年4月~平成10年3月の間東京都稲城市E中学校に勤務し,平成10年4月1日,東京都公立学校教頭に任命され,同日,東京都世田谷区立F中学校教頭に就任した。 (2) 被災者は,平成▲年▲月▲日,本件心筋梗塞を発症し,同年▲月▲日,本件心筋梗塞と因果関係を有する心筋梗塞又は不整脈を発症したことにより,死亡した。 (3) 原告は,平成13年9月13日,被災者の死亡が公務上の過労,ストレス に起因するものであるとして,処分庁に対し,公務災害認定請求をしたが,処分庁は,平成17年5月16日付けで公務外認定処分(本件処分)をした。 原告は,同年 ,被災者の死亡が公務上の過労,ストレス に起因するものであるとして,処分庁に対し,公務災害認定請求をしたが,処分庁は,平成17年5月16日付けで公務外認定処分(本件処分)をした。 原告は,同年6月26日,地方公務員災害補償基金東京都支部審査会に対し審査請求をしたが,平成19年3月14日,棄却され,同年4月27日,地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたが,同年12月17日付けで棄却された。原告は,平成20年6月2日,本件処分の取消を求めて本件訴訟を提起した。 2 争点及び当事者の主張被災者の死亡の公務起因性(原告の主張)(1) 教頭の職務の過重性教頭の職務は,法律上の地位としても,現実の職務内容からみても,生徒,教員,職員の掌握と管理,学校施設の管理,運営と渉外の把握等多岐にわたりかつ広範なものであり,教育委員会からの指示や保護者,地域社会からの信頼に応えながら円滑に学校運営を行っていくために,被災者は,大きな肉体的負担及び精神的負担を負っていた。 (2) 長時間の労働に伴う長期蓄積疲労被災者は,教頭の職務として毎日遅くとも朝7時10分(勤務開始時刻の55分前)には出勤しており,帰宅時間は,早くても午後8時,遅い日には午前0時であった。また,PTAや地域との会合,部活動の引率や応援等のため,十分な休日を取得できなかったし,自宅での文書作成作業もしていた。 特に,被災者が心筋梗塞を発症する前の5か月間は,1年の中でも学校行事が連続する時期で,被災者は,多忙を極めていた。 被災者の出勤及び退勤時刻について,警備日誌の「最初登校者」又は「最終下校者」に被災者の名前が記載されている場合にはその時刻,警備日誌の「最初登校者」に被災者の名前が記載されていない日の出勤時刻を午前7時 10分,警備日誌の「最終下校 の「最初登校者」又は「最終下校者」に被災者の名前が記載されている場合にはその時刻,警備日誌の「最初登校者」に被災者の名前が記載されていない日の出勤時刻を午前7時 10分,警備日誌の「最終下校者」に被災者の名前が記載されていない日の退勤時刻を原則として午後8時(「最終下校者」の退勤時刻が午後8時以前の場合は午後4時50分(就業終了時刻))等として,被災者の平成10年4月~平成11年5月の間の時間外勤務時間を算定すると,次のとおりとなり,月平均の時間外勤務時間数は,約93時間となる。 時間外勤務時間数平成10年4月 145時間09分平成10年5月 94時間37分平成10年6月 110時間02分平成10年7月 94時間14分平成10年8月 14時間10分平成10年9月 86時間52分平成10年10月 125時間13分平成10年11月 83時間50分平成10年12月 84時間00分平成11年1月 68時間20分平成11年2月 71時間39分平成11年3月 119時間05分平成11年4月 105時間38分平成11年5月 99時間37分(3) 発症直前の異常な出来事平成11年6月3日夜,被災者は,地域住民から,中学生らしい男子3名が別の男子1名にビルの3階から飛び降りろと言っていた旨の通報を受けた(以下「本件いじめ事件」という。)。このとき,校長が修学旅行引率で不在だったため,被災者は,学校の最高責任者の立場で,強い緊張の中対応に追われた。これは,被災者にとって,これまでの業務では経験しなかった 異常な出来事であり,過度のストレスを自覚した。 (4) 本件心筋梗塞は,教頭の職務の過重性に加え,長時間の労働の継続による長 われた。これは,被災者にとって,これまでの業務では経験しなかった 異常な出来事であり,過度のストレスを自覚した。 (4) 本件心筋梗塞は,教頭の職務の過重性に加え,長時間の労働の継続による長期疲労蓄積,本件いじめ事件という異常な出来事等の肉体的,精神的負荷によって発症したものであり,被災者の公務と本件心筋梗塞の発症,死亡との間に相当因果関係(公務起因性)があることは明らかである。 (5) リスクファクターについて動脈硬化のリスクファクターとして高脂血症,糖尿病,高血圧等が過去に指摘され,その症状の傾向は認められるが,その症状は,いずれも軽症であり,自然的経過で心筋梗塞を惹き起こすような程度のものではなかった。 (被告の主張)(1) 公務起因性の判断枠組み及び認定基準災害(負傷,疾病,障害又は死亡)が公務上の災害と認められるためには,職員が公務に従事し,任命権者の支配管理下にある状況で災害が発生したこと(公務遂行性)を前提として,公務と災害との間に相当因果関係があること(公務起因性)の要件を満たす必要がある。 心・血管疾患及び脳血管疾患等は,基礎となる血管病変が加齢や一般生活での諸々の発症要因(リスクファクター)により増悪して発症するのがほとんどであり,血管病変等の形成に当たって公務が直接の発症原因となるものではないこと等からすると,公務と疾病との間に相当因果関係が認められるためには,過重な公務が通常起こりえない血圧変動や血管攣縮を惹き起こし,その結果,血管病変等がその自然的経過を超えて急激に著しく増悪し,心・血管疾患及び脳血管疾患等を発症させるに至るという,公務が相対的に有力な原因となってこれらの疾患を発症させたと認められる必要がある。 平成13年12月12日付け地基補第239号「心・血管疾患及び脳血管疾患等 脳血管疾患等を発症させるに至るという,公務が相対的に有力な原因となってこれらの疾患を発症させたと認められる必要がある。 平成13年12月12日付け地基補第239号「心・血管疾患及び脳血管疾患等の職務関連疾患の公務上災害の認定について」(以下「認定基準」という。)では,心・血管疾患及び脳血管疾患が公務上の災害と認められるた めには,①発症前に,職務に関連してその発生状態を時間的,場所的に明確にし得る異常な出来事,突発的事態に遭遇したこと,②発症前に,通常の日常の勤務(被災職員が占めていた職に割り当てられた職務であって,正規の勤務時間「1日当たり平均概ね8時間勤務」内に行う日常の職務をいう。)に比較して特に過重な職務に従事したことのいずれかに該当することが必要であるとされており,上記②については,a発症前1週間程度から数週間程度にわたる,いわゆる不眠不休又はそれに準ずる特に過重で長時間に及ぶ時間外勤務を行っていた場合,b発症前1か月程度にわたる,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均25時間程度以上の連続)を行っていた場合,c発症前1か月を超える,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均20時間程度以上の連続)を行っていた場合等が該当するとされている。 (2) 認定基準への当てはめ上記(1)①について,本件心筋梗塞発症前の異常な出来事,突発的事態として,本件いじめ事件の対応が考えられるが,これは,被災者が一人で判断していたわけではなく,これに関連して被災者が行った職務についてトラブルが生じていないし,深刻な結果も生じていないから,本件心筋梗塞を発症させるほどの精神的,肉体的負荷を受けたとはいえない。 上記(1)②について,被災者の出退勤時刻について,警備日誌の「最初登校者」又は じていないし,深刻な結果も生じていないから,本件心筋梗塞を発症させるほどの精神的,肉体的負荷を受けたとはいえない。 上記(1)②について,被災者の出退勤時刻について,警備日誌の「最初登校者」又は「最終下校者」に被災者の名前が記載されている場合以外は超過勤務時間がなかったものとして被災者の発症前6か月間の時間外勤務時間を算定すると,次のとおりとなり,月平均の時間外勤務時間数は,約56時間58分であって,公務過重といえる水準に達していない。 時間外勤務時間数平成10年12月 36時間35分平成11年1月 28時間35分 平成11年2月 54時間49分平成11年3月 96時間50分平成11年4月 75時間08分平成11年5月 49時間52分原告の主張する具体的な教頭の職務は,いずれも被災者に割り当てられた職務そのものであり,被災者に特別過重になる要因はなかったし,校長として特別な勤務を命じたことはなく,退勤が遅い場合も,被災者は他の職員と懇談することが多く,スポーツ新聞を定期購読する等,その職務内容が比較的密度の低いものであり,午後の出張があるときは,終了後自宅に直帰していたこと等から,被災者の担当職務は,過重でなかった。 (3) 被災者の素因被災者は,心筋梗塞を発症する相当高度な素因を有していた。被災者は,心筋梗塞を発症させる特に重要な危険因子である糖尿病,高血圧,高脂血症,喫煙,肥満,家族歴の6項目のうち,喫煙以外の5項目に該当している上,メタボリック症候群と診断される全4項目にも該当している。それぞれの危険因子が集積すると,心筋梗塞を発症させる確率は,相加的ではなく相乗的に増加するところ,被災者は,これらを治療することなく放置していたのであり,このことが本件心筋梗塞を も該当している。それぞれの危険因子が集積すると,心筋梗塞を発症させる確率は,相加的ではなく相乗的に増加するところ,被災者は,これらを治療することなく放置していたのであり,このことが本件心筋梗塞を発症した主因である。 (4) 以上のとおり,被災者が従事した公務に過重性は認められず,かえって,本件心筋梗塞は,放置した多数の危険因子の多重性によって発症したものであるから,公務によるストレスが本件心筋梗塞を惹き起こした相対的に有力な原因であったということはできず,公務と本件心筋梗塞の発症との間には相当因果関係がない。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実各項目の括弧内掲記の証拠(争いのない事実は証拠を掲記しない。)及び弁 論の全趣旨によれば,上記前提事実に加え,以下の事実を認めることができる。 (1) 被災者の職務内容等(甲5,6,32,証人G)平成10年4月1日以降の東京都世田谷区立F中学校の校長は,Hであった。教頭は,校長が有する所属職員に対する監督権及び学校運営に関する権限行使を補佐する者であるが,教頭であった被災者は,生徒の状況把握及び問題発生時の対処,所属職員の状況把握,指導及び監督,学校運営事務,生徒登校前の校内の見回りを含む施設管理,PTA活動への参加及び助言,地域や町会団体との友好関係作り等の職務を負っていた。 (2) 被災者の勤務時間(甲17,19,20,乙1の12,5の1,8,9,原告本人)本件心筋梗塞発症前6か月間(平成10年12月~平成11年6月4日)の被災者の時間外勤務時間について検討すると,以下のとおりである。 ア所定就業時間月曜日~金曜日の所定就業時間は午前8時5分~午後4時50分,出勤日の土曜日(第1,第3,第5土曜日)の所定就業時間は,午前8時5分~午後0時5分である。 イ おりである。 ア所定就業時間月曜日~金曜日の所定就業時間は午前8時5分~午後4時50分,出勤日の土曜日(第1,第3,第5土曜日)の所定就業時間は,午前8時5分~午後0時5分である。 イ出勤時刻警備日誌の「最初登校者」欄に被災者が記載された日の出勤時刻は,これを前提とする(当事者間に争いがない。)。 それ以外の日の被災者の出勤時刻について。原告は,午前6時ころ原告が車を運転して,午前6時10分の電車に間に合うように,自宅から最寄りの町田駅まで被災者を送っていたこと,被災者が原告に,午前7時20分ころには部活の生徒が登校してくるため,その前に校内の見回りをしなければならない旨を話していたこと,警備日誌において被災者が最初登校者である日が5割以上にのぼり,その出勤時刻のほとんどが午前7時10分よりも前であること等から,原告は,少なくとも午前7時10分までに は登校していたものと推認するのが相当である。なお,平成10年12月22日,平成11年1月7日,同年2月4日は,警備日誌上の最初登校者の出勤時刻が午前7時10分よりも後だから,これらの日の被災者の出勤時刻は,午後8時5分(就業開始時刻)と認定するのが相当である。 以上,被災者の出勤時刻は,別紙「出勤時刻」欄記載のとおりとなる。 ウ退勤時刻警備日誌の「最終下校者」欄に被災者が記載された日の出勤時刻は,これを前提とする(当事者間に争いがない。)。 それ以外の日の被災者の退勤時刻について。午後に出張があった日(平成10年12月10日,15日,24日,平成11年1月21日,25日,28日,2月12日,22日,25日,3月2日,23日,4月2日,12日,22日,5月7日,12日,24日)の退勤時刻は,H校長によれば,被災者は午後の出張終了後は学校へ戻らずに帰 21日,25日,28日,2月12日,22日,25日,3月2日,23日,4月2日,12日,22日,5月7日,12日,24日)の退勤時刻は,H校長によれば,被災者は午後の出張終了後は学校へ戻らずに帰宅していたこと,旅行命令簿の「旅行の経路」欄の記載のみから,被災者が出張先から学校に戻ったとまで認めるのは困難であること,旅行命令簿上の旅行時間は,移動時間を含むものと考えられ,必ずしも公務の時間を示したものとはいえないことからすると,就業終了時刻である午後4時50分と認定するのが相当である。出張以外の日の退勤時刻について,原告の供述によれば,原告は,被災者からの電話連絡を受けて車で町田駅まで迎えに行っていたが,被災者が帰宅するのは午後9時過ぎであったこと,警備日誌で被災者が最終下校者である勤務日の退勤時刻の平均が午後8時よりも遅いことから,少なくとも午後8時までは勤務していたものと推認するのが相当である。 なお,警備日誌上の最終下校者の退勤時刻が午後8時以前である日の被災者の退勤時刻は,午後4時50分(就業終了時刻)と認定するのが相当である。)。平成11年5月31日について,原告の陳述書に,薬等を購入して午後5時ころには帰宅した旨具体的な記載があるから,同日の被災者 の退勤時刻は,午後4時と認める。 以上,被災者の退勤時刻は,別紙「退勤時刻」欄記載のとおりである。 エ以上によれば,平成10年12月~平成11年5月の間の被災者の時間外勤務時間は,以下のとおりである。 時間外勤務時間数 (月平均時間外勤務時間)平成11年5月 88時間57分平成11年4月 99時間 8分 ( 94時間 2分)平成11年3月 112時間45分 (100時間16分)平成11年2月 66時間14分 ( 91時間46分) 年5月 88時間57分平成11年4月 99時間 8分 ( 94時間 2分)平成11年3月 112時間45分 (100時間16分)平成11年2月 66時間14分 ( 91時間46分)平成11年1月 56時間55分 ( 84時間47分)平成10年12月 75時間35分 ( 83時間15分)(3) 本件いじめ事件の発生(甲19,33,乙3,4,5の1)平成11年6月3日(木)午後7時ころ,地域住民から,中学生らしい男子3名が別の男子1名に対してビルの3階から飛び降りろと言っており,注意すると4名とも逃げていった,F中学校の生徒かもしれない旨の通報を受けた。H校長は前日から修学旅行引率で出張中であったため,被災者は,H校長に代わって本件いじめ事件対応の指揮を執る必要があった。教員2名が現場に出向いて情報収集をしたが該当する生徒は見つからず,H校長と相談して指示を受けた上,同月4日,緊急の全校集会を開催して本件いじめ事件の内容を全生徒に伝え,アンケートをとる等したが,新たな情報は得られなかった。被災者は,3日の帰宅後,原告に対し,大変なことになった,新聞沙汰になっては大変だ等と述べていた。 (4) 心臓疾患の発症と業務の関係,急性心筋梗塞の成因及び被災者の危険因子等(甲24,25,乙12,13)心臓疾患は,長年の生活の営みの中で,徐々に血管病変等が形成,進行及び増悪するといった自然的経過をたどり発症するものである。しかしながら, 公務による過重な負荷が加わることにより,発症の基礎となる血管病変等がその自然的経過を超えて著しく増悪し,心臓疾患が発症する場合があるという医学的知見は,広く認められているところである。 急性心筋梗塞は,プラークが破綻して血栓が生じ,血流が途絶して心筋が壊死することが成因であ を超えて著しく増悪し,心臓疾患が発症する場合があるという医学的知見は,広く認められているところである。 急性心筋梗塞は,プラークが破綻して血栓が生じ,血流が途絶して心筋が壊死することが成因であることが医学的に広く受け入れられ,その危険因子として,性,年齢,家族歴,高血圧,喫煙,肥満,糖尿病,高脂血症等がある。そして,危険因子が重なった場合には,その影響は極めて大きくなる。 被災者には,男性,49歳という年齢,被災者の父が72歳時に心筋梗塞を発症したという家族歴のほか,高血圧,肥満,正常と糖尿病の境界とされる耐糖能異常,高脂血症の危険因子があったことが認められる。すなわち,被災者は,平成4年6月の健康診断で境界域高血圧とされ,減塩の上,経過観察が必要であるとの診断を受け,平成5年9月の健康診断で高血圧とされ,食事制限が必要であるとの診断を受けた。平成8年~平成11年の検査値からも高血圧であることが認められる。また,被災者は,平成5年~平成11年のBMIがいずれも25を超え,肥満であった。さらに,被災者は,本件心筋梗塞発症後,入院中に糖尿病と診断されており,発症以前から少なくとも耐糖能異常であった。また,被災者は,平成8年~平成11年のLDLコレステロールがいずれも140㎎/dl を超え,高脂血症であった。 (5) 医学的意見(甲21,31,乙16の1~3,証人I,同J)I医師は,危険因子はいくつあるかでなく,重症度や危険因子が疾病に発展した後の病歴の長さが血管障害の程度を大きく左右する,被災者は,高血圧や高脂血症等の指摘を受けていたが,いずれも治療を要せず,要観察のレベルであり,自然経過で心筋梗塞を発症したとは考えられない。被災者の動脈硬化病変は,教頭就任以降の長時間労働と精神的ストレスにより進行し,脂質に富んだ不安定なプ が,いずれも治療を要せず,要観察のレベルであり,自然経過で心筋梗塞を発症したとは考えられない。被災者の動脈硬化病変は,教頭就任以降の長時間労働と精神的ストレスにより進行し,脂質に富んだ不安定なプラークが形成されたものが,本件いじめ事件が最後の引き金となってプラークが破綻し,本件心筋梗塞を発症したとする。 J医師は,危険因子が重複して存在することで心筋梗塞発症のリスクは相乗的に増加し,危険因子を論じる上で重要なのは,各々の疾患の重症度よりも,いくつ合併しているかであり,被災者が家族歴,高血圧,肥満,糖尿病,高脂血症と,喫煙以外の5つの危険因子に該当していたから,心筋梗塞発症のリスクがかなり高かった,被災者の職務上のストレスが心筋梗塞発症の主因となる程のレベルであったとは考え難く,被災者に存在していた多くの危険因子が相互に作用したことにより本件心筋梗塞を発症したとする。 2 争点に対する判断(1) 地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)に基づく補償は,公務上の疾病等の災害に対して行われ(同法1条),同法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは,職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,その負傷又は疾病と死亡との間には相当因果関係が認められることが必要である(最高裁第二小法廷昭和51年11月12日判決・判例時報837号34頁)。そして,地方公務員災害補償制度が,公務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、それによって職員に発生した損失を補償する制度であることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,その負傷又は疾病が当該公務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁第三小法廷平成8年1月23日判決・判例時報1557号58頁,最高裁第三小法廷平成8年3月5 には,その負傷又は疾病が当該公務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である(最高裁第三小法廷平成8年1月23日判決・判例時報1557号58頁,最高裁第三小法廷平成8年3月5日判決・判例時報1564号137頁参照)。これを本件についてみるに,前記前提事実のとおり,被災者が本件心筋梗塞と因果関係を有する疾病により死亡したことが認められるので,本件心筋梗塞の発症が被災者の公務に内在する危険が現実化したものであると評価できるかについて検討する。 (2) 上記認定事実のとおり,被災者の時間外勤務時間は,発症前6か月間の平均が80時間を超え,特に発症前3か月(平成▲年▲月)は110時間を超えており,長時間労働に従事していたということができる。また,発症前6 か月間という期間は,疲労の蓄積に係る職務の過重性を評価する期間としては一応の妥当性を有するが,疲労の蓄積を評価するに当たっては,発症前6か月より前の就労実態も付加的に評価の対象となり得る。そして,被災者の勤務状況は,被災者が教頭に就任した平成10年4月以降,夏季休業期間(平成10年7月21日~8月31日)等時期による繁忙状況の差異はあるものの,基本的には特段の変化が認められず,1年以上の間,同様の状況であったと認められるから,この事情も付加的に考慮すべきである。この点について,H校長は,被災者の残業の業務が過重ではない旨を供述する(乙1の2,5の1)が,その具体的な事実が客観的事実と齟齬しており,同校長が残業の実情を十分に把握していないことが窺われることから,上記供述は,上記判断を覆すものではない。 次に,被災者の職務内容について検討すると,被災者は,昭和47年4月以来,中学校の保健体育の教員であったが,平成10年4月に教頭に就任し,それまでの職務とは異質 ,上記判断を覆すものではない。 次に,被災者の職務内容について検討すると,被災者は,昭和47年4月以来,中学校の保健体育の教員であったが,平成10年4月に教頭に就任し,それまでの職務とは異質の職務を担当することになり,H校長を補佐する立場で,生徒の状況把握及び問題発生時の対処,所属職員の指導及び監督,学校運営,毎朝の校内の見回り等の施設管理,PTA活動への参加及び助言,地域や町会団体との友好関係作り等,広範にわたる職務を担当することになった。もとより,これらの業務は,管理職としては当然の職務であるにしても,従前の保健体育の教員としての業務とは質的に異なる職務であり,これまでとは異質の,一定の精神的な緊張を強いられる職務を担当するようになったもので,相応のストレスに晒されていたということができる。 それに加えて,本件心筋梗塞発症の2日前に,H校長不在中に本件いじめ事件が発生し,被災者が対応の指揮を執らなければならない事態が生じた。 本件いじめ事件は,複数の男子が1人の男子にビルからの飛び降りを強要している旨の地域住民からの通報があったというもので,人命に係わりかねない重大な内容であって,校長不在時であることから,このような重大な事件 に対するF中学校の責任者としての立場で対応を強いられたことによる心理的負荷が過大になることは,結果として大事には至らなかったとしても,推認に余りあるのであり,原告の供述中に,帰宅後に被災者が原告に対して,大変なことになった,新聞沙汰になっては大変だ等と述べていたことももっともであるというべきであり,この出来事は,被災者の心理的負荷を極めて高める要因であったと評価するのが相当である。 以上によれば,被災者は,相応の負荷を有する職務に従事しており,本件心筋梗塞発症前6か月間の時間外勤務時間を考 の出来事は,被災者の心理的負荷を極めて高める要因であったと評価するのが相当である。 以上によれば,被災者は,相応の負荷を有する職務に従事しており,本件心筋梗塞発症前6か月間の時間外勤務時間を考慮すれば,相当程度に過重な公務に就いていたと認めることができる。しかも,その状態は,被災者が教頭に就任した後,1年以上にわたって継続しており,そのことも付加的に評価すべきであるし,本件心筋梗塞の発症の直前には,本件いじめ事件という公務における突発的な異常事態に遭遇し,被災者の心理的負荷を極めて高めたものと認められる。したがって,被災者は,相当過重な公務に従事したことにより,血管病変等をその自然経過を超えて増悪させ,本件心筋梗塞を発症したものと認めるのが相当である。 他方,被災者の危険因子についてみるに,上記認定事実のとおり,被災者は,男性,49歳という年齢,家族歴,高血圧,肥満,耐糖能異常,高脂血症等の複数の危険因子を有していたが,いずれについても,治療が必要である旨の指摘を受けたことはないものであって,確たる因子がなくてもその自然経過により本件心筋梗塞を発症させる状態にあったとまでいうことはできない。上記認定事実のJ医師の意見は,心筋梗塞の発症にとって複数の危険因子が存在することは,相互に作用して発症の危険を大きくするという一般論に加えて,被災者の心理的負荷は,本件心筋梗塞発症の一要因ではあるものの,相対的にそれほどの心理的負荷ではないという評価に基づいているものである。しかしながら,被災者の時間外勤務時間数,職務内容に関する具体的な事実と公務の過重性,直近の異常な出来事に関する被災者の心理的負 荷の評価が,上記判断のとおりであることからすれば,J医師の意見は,前提を異にしているといわなければならない。したがって,J医師の上記意 務の過重性,直近の異常な出来事に関する被災者の心理的負 荷の評価が,上記判断のとおりであることからすれば,J医師の意見は,前提を異にしているといわなければならない。したがって,J医師の上記意見は,上記判断を左右するものではない。 (3) 以上の検討結果によれば,本件心筋梗塞の発症は,被災者の公務に内在する危険が現実化したものと認めるのが相当である。 第4 結論以上から,被災者の死亡は,地公災法31条に定める「公務上死亡」した場合に当たるものであり,これを公務外と認定した本件処分は違法であるから,その取消を求める原告の請求には理由がある。 東京地方裁判所民事第36部 裁判長裁判官渡邉弘 裁判官藤井聖悟 裁判官村田千香子
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