昭和43(行ウ)98 大船渡郵便局懲戒免職

裁判年月日・裁判所
昭和50年5月29日 東京地方裁判所
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【DRY-RUN】主   文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。        事   実 第一 当事者の申立て 一 原告ら  「被告国との間において、原告らが郵政職員の地位を有することを

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主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 第一当事者の申立て一原告ら「被告国との間において、原告らが郵政職員の地位を有することを確認する。被告郵政大臣との間において、同被告が原告らに対し、いずれも昭和四三年一月一三日になした各懲戒免職処分を取り消す。 訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求める。 二被告ら主文同旨の判決を求める。 第二当事者の主張一請求の原因 1 原告P1は昭和二二年三月に集配員として盛郵便局に採用され、昭和三五年一一月に大船渡郵便局勤務となり、昭和三六年九月に郵政事務官に任用され、引き続き同郵便局に勤務していたものである。 原告P2は昭和三四年八月に臨時補充員として大船渡郵便局に採用され、事務員を経て昭和三九年一〇月に郵政事務官に任用され、引き続き同郵便局に勤務していたものである。 2 被告国は原告らを懲戒免職処分に付したとして昭和四三年一月一三日以降原告らの右職員たるの地位を認めない。そこで右地位の確認を求める。 3 被告郵政大臣は昭和四三年一月一三日に原告らに対してそれぞれ「懲戒処分として免職する。」旨の同日付辞令を交付した。 4 しかし右免職処分はいずれも違法であるから、その取り消しを求める。 二抗弁被告らは、原告主張の請求原因事実を認め、抗弁として次のとおり主張した。 1 懲戒事由(一) 原告P1、P2の両名は、昭和四二年一一月二四日午後五時一二分頃十数名の郵便課員と共に貯金保険内勤事務室に無断で入室し、P3貯金保険課長を取り囲み、同月二二日に行なわれた大船渡局当局と全逓大船渡運営委員会との話合いの席における同課長の発言に関し同人に対して「課長の発言内容に不届きな点があつた。」との大声の発言などを交えながら集団の威力をも み、同月二二日に行なわれた大船渡局当局と全逓大船渡運営委員会との話合いの席における同課長の発言に関し同人に対して「課長の発言内容に不届きな点があつた。」との大声の発言などを交えながら集団の威力をもつて故なき謝罪を強要し、同課長が謝罪すべき理由のないことを説明したにもかかわらず、これを聞き入れようとせずまた同課長が同二〇分頃「君達と話合いをする気はない。」と述べて帰ろうとするや、同課長に身体を密着させて身動きできないように取り囲み、「話し合いに応じろ。」と口口に叫んで集団の威力をもつて話し合いを強要し、さらに同課長がこれを拒否して同事務室廊下出入口まで退出したところ、なおも他の職員数名と共にこれを追いかけ、口口に「課長逃げるか、話し合いに応じろ。」「席に帰れ。」などと怒号し、ついに同局職員出入口下駄箱附近で靴を履こうとしている同課長に対し、交交「課長逃げるのか。いつでも大船渡の月が明るいと思つたら大まちがいだぞ。」と脅迫的言辞をろうした。 (二) 原告P2は、P3課長が同日午後五時三〇分すぎ局通用門を出てから同原告の右脅迫言辞のこともあつて通常帰宅する場合に通る暗い道をさけて明るいほうの道を選んで帰途についている際、右通用門から約三〇〇メートルの地点にある福富旅館前まで執拗に同課長を尾行し、かつ、同旅館前において同課長が腕時計によつて時刻を確認しようとした瞬間、その背後から「五時三五分だ。」と一言浴びせ、よつて同課長をして極度に畏怖させ、その恐怖のあまり振り返りもせず同旅館に駆け込ませた。 (三) 原告P2は、同年一二月一日午前八時四七分頃郵便外勤事務室において、P4郵便課長が約二〇名の郵便外勤員に対して同人らが「団結全逓」と記した腕章をして作業しているのをみてその腕章を外すように指示したところ、同課長に対して「課長何をいうか。根拠を示 勤事務室において、P4郵便課長が約二〇名の郵便外勤員に対して同人らが「団結全逓」と記した腕章をして作業しているのをみてその腕章を外すように指示したところ、同課長に対して「課長何をいうか。根拠を示せ。」と叫んで詰め寄り、これに乗じて作業を中断して同課長のもとにきたP5と共に激しく抗議を続け、同課長が同原告に対して「君は勤務外の者であるから職場から出なさい。」と再三にわたつて退去を命じたにもかかわらず、これに従わないばかりか、かえつてメモ用紙を同課長の目の前に突き出して「課長いまいつたことを書いたからこれに判子を押せ。」と激しく詰め寄り、これをみてP6局長が同原告に退去を命じたが、さらに局長に対して「やかましい。 局長こそ出ていけ。」と暴言を浴びせて、同局における業務の執行を妨害した。 (四) 原告P1は、同日午後四時四〇分頃P7委員長、P5ほか約一〇名の郵便外勤員らと共にP4課長を取り囲み、同日原告P2の年次休暇請求が不承認とされたことに関して「本日のP2君の年休不承認について協約違反の疑いがあるから団交しよう。」などといつて話合いを強要し、同課長が「不承認とからんで他日振替していないのは君達の要望があつたから。」と答えるや、「全逓をなめるのか。協約をどう考えるか。」と叫んで騒ぎ立て、P6局長及びP4課長の退去命令をも無視して同課長の執務を妨害した。 (五) 原告P1、同P2は、同日午後六時三五分頃P5、P7委員長ほか郵便課、貯金保険課及び庶務会計室の職員約一〇名と共にP4課長を取り囲み、前記同様年次休暇の件に関し執拗に抗議し、同課長、P6局長らの再三の解散命令を無視して午後六時五三分ごろまで騒ぎたてて同課長の執務を妨害した。 (六) 原告P1は、P7委員長とともに同年一二月二日午前八時三五分頃郵便課外勤主事席附近において、P4課長が郵便外 再三の解散命令を無視して午後六時五三分ごろまで騒ぎたてて同課長の執務を妨害した。 (六) 原告P1は、P7委員長とともに同年一二月二日午前八時三五分頃郵便課外勤主事席附近において、P4課長が郵便外勤員に向かつて静かに仕事をするようになどと注意していた際、同人に対して前日の年休請求不承認の件に関して話合いに応ずるよう要求し、原告P2はP8、P5ほか数名の組合員と共にこれに助勢した。そこでP6局長、同課長らが原告らに対して労務に服するように命じたが、原告らは口々に「局長団交を無視するのか。協約違反は重大問題だ。団交の窓口を開け。」などと執拗に抗議をくりかえして約九分間にわたつて欠務をし、かつ、原告P2は同課長に対して「この野郎」と叫びながら腕組みした両肘で同人の胸部附近を数回突いたり押したりして、同局における業務の執行を妨害した。 (七) 原告P2は、P5、P9らと共に同日午後一時五分頃郵便外勤室において、P4課長が市内各区の外勤員八名に対して「本日は二号便を組み込まないから一号便の持ちもどりを持つて準備でき次第出発しなさい。」と命じた際、同課長に対して「そんな馬鹿なことがあるか。結束表どおりやれ。」と叫んで右外勤員にけしかけて自らも右命令に従おうとせず、かさねて同課長が市内第六区道順組立台附近から課長の指示どおり作業するよう命じたところ、他の郵便外勤員一名と共にほしいままに作業を中断し、すでに再三にわたり退去を命ぜられていたP10も加わつて、同課長に詰め寄り抗議をくりかえし、そこで右状況を目撃した当局側管理者で仙台郵政局から派遣されたP11課長が直ちに市内第六区道順組立台附近に赴き、P4課長に抗議している原告以下五名に対し郵便課長の指示に従つて仕事するよう命ずるや、P11課長に対して口口に「うるさい。帰れ。どこの馬の骨だ。」「お前はどこの 直ちに市内第六区道順組立台附近に赴き、P4課長に抗議している原告以下五名に対し郵便課長の指示に従つて仕事するよう命ずるや、P11課長に対して口口に「うるさい。帰れ。どこの馬の骨だ。」「お前はどこの馬の骨だ。あいさつしろ。帰れ、帰れ。」などと暴言を浴びせ、ついに同課長が「あいさつは午前中にしてある。こんな礼儀を知らない馬鹿者にあいさつができるか。 もつと静かに話したらどうか。」と切り返したところ、こんどは同課長に対して「馬鹿とは何だ。この野郎謝れ。」などと激しく詰め寄つて取り囲み、腕組みした両肘で同人の胸部や腹部を小突きながら郵便外勤室東側窓際に押しつけ、さらに原告P2において同課長の足を蹴るなどして、集団暴行を続け、その間P6局長及びP3課長の再三にわたる制止、就労命令を無視し、その間約一〇分間欠務して、同局における業務の執行を妨害した。 (八) 原告P2は、同日午後一時二〇分頃右外勤事務室において、P7委員長及びP10が再三にわたる管理者の退去命令を無視して退室を肯んぜず、かさねてP6局長、P4課長らが右両名に対して再度退去を命じた際右P5ら一一、二名と共に同課長を取り囲み、口々に「課長うるさい。出ていけ。」などと暴言を浴びせながら、原告P2、P5、P9、P10、P7委員長の五名においてそれぞれ腕組みした両肘で同課長を押して室外へ押し出そうとする集団暴行を敢えてし、その間P6局長らの再三にわたる制止、就労命令を無視して右暴行を続け、約五分間欠務して、同局における業務の執行を妨害した。 (九) 原告P1は、同日午後四時一五分頃P8と共に郵便外勤主事席わきで前記P11課長に対し「お前はだれだ。帰れ、帰れ。」と暴言を浴びせ、同課長から黙つて仕事をするよう命ぜられたがこれに従わず、なおも「さつき何をいつた。馬鹿とは何だ。」と抗議し、原告P2は 事席わきで前記P11課長に対し「お前はだれだ。帰れ、帰れ。」と暴言を浴びせ、同課長から黙つて仕事をするよう命ぜられたがこれに従わず、なおも「さつき何をいつた。馬鹿とは何だ。」と抗議し、原告P2は、P7委員長、P9、P5、P10外二、三名の郵便外勤員と共にこれに加わり、同課長を取り囲んで「課長あやまれ。」「さつきいつたことを取り消せ。」「帰れ。」などと叫びながら集団の威力をもつて抗議し、P6局長及びP12庶務会計長から解散を命ぜられたがこれを無視して解散せず、同課長が「あやまる必要ない。」と答えるや、「なに、この野郎」「あやまれ」「帰れ」と口々に叫びながら腕組みした両肘で同課長の胸部を小突いたり押したりして集団で暴行を加え、かつ、P9、P5らとそれぞれ「大船渡の海は深いぞ。」などと同課長に対し脅迫的言辞をろうし、さらに原告P1において会計長に対して「ちび助野郎」と暴言を浴びせ、原告P1において約二〇分間、原告P2において約一八分間それぞれほしいまま欠務して、同局における業務の執行を妨害した。 (一〇) 原告P1、P2の両名は、同年一二月三日午前八時三〇分頃郵便外勤事務室においてP4課長から速やかに更衣するよう命ぜられるや、こもごも「うるさい。」「出ていけ。」「人の更衣するところをみるのは人権じゆうりんだぞ。」「課長こそ仕事しろ。」などと暴言を浴びせ、速やかに更衣して就労しようとせず、それぞれ同三七分ごろまでの約七分間欠務した。 (一一) 原告P1、P2は、同日午前八時四七分頃郵便外勤室において、P10(当日週休)、P13(当日勤務開始時刻午後〇時五〇分)が無断で入室し、P6局長、P12会計長、P11課長及びP4課長らの退去命令を無視して同室内を徘徊し、かつ、以前から入室していたP7委員長とともに退去を命ぜられるたびに、いちいち反抗的態度 五〇分)が無断で入室し、P6局長、P12会計長、P11課長及びP4課長らの退去命令を無視して同室内を徘徊し、かつ、以前から入室していたP7委員長とともに退去を命ぜられるたびに、いちいち反抗的態度を示し、また郵便外勤員に対して作業を指示するP4課長をやじつたり抗議したりし、さらにP13において作業中の郵便外勤員の一人一人に「管理者の言動を詳しくメモしてくれ。」といつてメモ帳を手渡し、P6局長及びP4課長から退去を命ぜられるたびに「うるさい。」「局長や課長こそ帰れ。」と暴言を浴びせていた際、右P5ら三名の言動と並行してP8、P5らと共同して、右P5ら三名に対する管理者の退去命令が発せられる都度口口に「うるさい。」「局長帰れ。」「課長出ていけ。」「管理者挑発するのか。」などと暴言を浴びせ、原告P2において就労するようP4課長から命ぜられるや、同人に対して「課長酒を飲んで酔つぱらつているからハツスルしている。」などと暴言を浴びせた。 (一二) 原告P1、P2の両名は、同日午前八時五七分頃郵便外勤事務室において、P6局長がP7委員長に対し「委員長は二万通物だめするといつたが、四万の大船渡市民に迷惑をかけるということを承知でいつたのか。」と問いただし、P7が外勤主事席前から局長のもとへ走りより、「でたらめいうな。」「だれが市民に迷惑をかけるといつたか。局長取り消せ。」と詰め寄つていた際、P8、P5と共同して、P6局長のもとに押し寄せ、P7委員長以下約一〇名の郵便外勤員と共に局長を取り囲み、それぞれ、「局長、この野郎挑発するのか。」「局長、出て行け。」などと暴言を浴びせ、腕組みした両肘で同局長を室外に押し出そうと試み、かつ、局長を救出しようとしたP4課長、P11課長及びP12会計長をも取り囲み、それぞれ腕組みした両肘で室外に押し出そうとし、同課長ら と暴言を浴びせ、腕組みした両肘で同局長を室外に押し出そうと試み、かつ、局長を救出しようとしたP4課長、P11課長及びP12会計長をも取り囲み、それぞれ腕組みした両肘で室外に押し出そうとし、同課長ら三名の制止並びに就労及び退去命令を無視して右管理者の胸腹部を小突くなどして集団暴行を加えた。 (一三) 原告P1、P2の両名は、同日午前九時過ぎ同所において、右(一二)の集団暴力行為等により郵便物の道順組立作業が遅れたためP4課長が郵便外勤員に対して郵便物の組み立てを早くするよう命ずるや、原告P1においてその都度「うるさい。出ていけ。」と暴言を浴びせ、絶えず雑談し、たばこをすい、お茶を飲み、あるいは郵便外勤室に出入りし、原告P2において郵便物の道順組立て作業の能率をことさら著しく低下させ、これを同課長に注意されると「うるさい。」と暴言を浴びせ、重ねて注意されると作業を中断してメモを書き、作業の能率をことさらに低下させた。 (一四) 原告P1は、同年一二月四日午前八時三〇分頃から午前九時一〇分頃までの間郵便外勤室において他の外勤職員らと共にP6局長・P4課長又はP12会計長からそれぞれ作業指示命令などを受ける都度、「うるさい。」「出ていけ。」「局長・課長、仕事をしろ。」などといい、また同課長の目の前に郵便物を突き出して「これをなんと読むか、課長だから何でも知つているだろう。」などともいつて、それぞれ故意に作業を中断し暴言を浴びせた。 (一五) 原告P1は、同日午前九時一〇分頃郵便外勤室において、郵便内勤のP13が入室してきてP4課長に対し「P14さんが頭が痛いといつているのにいつたいどうするんだ。」と激しく抗議し、同課長が「君に関係ないから下(郵便内勤室のこと。)で仕事をしなさい。」と命じていた際、P13、P8、P5、P9らと共に、その作業を中断 痛いといつているのにいつたいどうするんだ。」と激しく抗議し、同課長が「君に関係ないから下(郵便内勤室のこと。)で仕事をしなさい。」と命じていた際、P13、P8、P5、P9らと共に、その作業を中断して同課長に対し「課長、なんで年休を認めないのだ。人権じゆうりんだぞ。」と集団の威力をもつて抗議し、同課長、局長の再三にわたる就労命令を無視して午前九時一八分頃まで欠務した。 (一六) 原告P1は、同日午前九時二一分頃無断で離席しようとしてP4課長に注意されるや、同人に対しては「くそに行く。」といつて郵便外勤室を出たにもかかわらず、同二四分頃まで貯金保険外勤室に入室して約三分間欠務した。 (一七) 原告P1は、P8、P5、P9と共に、同日午前九時二五分頃郵便外勤室において、管理者がP11課長一人だけになるや、作業を中断して同課長を取り囲み、「大船渡の海は深いぞ。」「今は誰も管理者がいないぞ。」「何をしてもわからんぞ。」などと脅迫的言辞を弄しながら同課長を室外に押し出そうとして腕組みした両肘でその身体を押すなどの集団暴行を働き、さらにP9が同課長を出入口附近まで押し、室外の様子をみて原告P1らに対し「まだだれも来ないぞ。今のうちだ。」といつて暴行行為に出るよう煽動的言辞を弄し、このため同課長が身の危険を感じて自ら室外に脱出した同三〇分頃まで約五分間欠務した。 (一八) 原告P1は、同日午前九時五〇分頃郵便外勤室において、P4、P11両課長が作業状況の監督のため郵便外勤室に入室するや、P8、P5、P9らと共にP11課長に対し「出ていけ。」といい、P9において右両課長に対し「帰れ、課長仕事をしろ。」といつてそれぞれ暴言を浴びせ、そのうえ右両課長から注意され、あるいは作業指示を受けると、その都度やじるなどして暴言を浴びせ、離席してお茶を飲み、煙草を喫い、 両課長に対し「帰れ、課長仕事をしろ。」といつてそれぞれ暴言を浴びせ、そのうえ右両課長から注意され、あるいは作業指示を受けると、その都度やじるなどして暴言を浴びせ、離席してお茶を飲み、煙草を喫い、あるいは雑談するなどして作業を中断し、またP4課長が郵便外勤員に作業指示をする都度、これに口を出して同課長の業務命令の発出を妨害し、P11課長から「組立を早く終了して出発しなさい。この位の物は私の経験では四〇分も組立時間はいらぬ。あなたは主任ではないか。他の職員を指導する立場にあるにかかわらず、作業態度はもつとも悪い。」と注意されると、「課長、郵便を知つているんだな。俺は死人ではない。」などと悪口雑言を浴びせるなどして、当日の組込郵便物がわずか一八〇通位であつたのに持ち戻り郵便物六〇通を生ぜしめた。 (一九) 原告P1は、P7委員長、P15ら十数名の職員と共に同日午後四時五〇分頃庶務会計室前廊下において、P3課長を取り囲み、貯金保険課外勤員に対する年休不承認の事由に問題があるとして集団の威力をもつて抗議し、P6局長の解散命令を無視して同五八分ごろまで抗議を継続した。 (二〇) 原告P1、P2の両名は、同日午後五時頃局長室において、P7の「皆入れ」の指示に応じて同局職員一八名とともに局長室に不法に入室し、管理者の退去命令を無視して退去せず、これら管理者五名をそれぞれ五、六名ずつで取り囲み、口口に「事態収拾のため窓口を開け。」「何故年休を承認しないのか。」などと同一五分ごろまで集団の威力による抗議を継続した。 (二一) 原告P1、P2の両名は、P7の誘導のもとに、約一二名の同局職員とともに同日午後六時二〇分頃庶務会計室に押しかけ全員でP12会計長を取り囲み、その直前同会計長が右P7ほか二名の同局組合役員から話し合いの要求を拒否して執拗な抗議を受けなが に、約一二名の同局職員とともに同日午後六時二〇分頃庶務会計室に押しかけ全員でP12会計長を取り囲み、その直前同会計長が右P7ほか二名の同局組合役員から話し合いの要求を拒否して執拗な抗議を受けながら、右組合役員の一名の「ちび助の癖にいばるな。」との暴言に対し「でんすけ、何をいうか。」と応酬したことに関し、口口に「でん助とは何事か。」「取り消せ、謝れ、運営委員長を侮辱するのか。」などと叫んで、同会計長に対し故なき謝罪方を要求し、同会計長及びP6局長からの再三にわたる退去命令に従わず、その際原告P2及びP8において同会計長の腰を下ろしている椅子を足で押えて立ち上がれないようにして会計長の身体の自由を奪つたうえ、耳もとに口を寄せるなどして執拗に抗議を続け、同日午後六時三九分頃まで騒ぎたてた。 (二二) 原告P1は、同年一二月二四日午前九時頃郵便外勤室において、郵便課長が郵便外勤員二〇名に対して個別に同日の超過勤務を命ずるや、右外勤員のうち一二名の者とともに「クリスマスであるから」「都合が悪い。」「教会にいく。」「るす番」などを理由にこれに従えない旨を申立て、さらに同日午後三時五〇分頃同所において、同課長が特にP12会計長立会いのもとに右一三名の郵便外勤員に対して「右申立ての理由は時間外労働協約第四条に定める事由に該当しないから当該超過勤務命令を受けるよう」個別に命じていた際、同課長に対して「今日に限り何故立会いをつけて超勤の再命令をするのか。クリスマスとか用事があるからということは協約第四条の本人の重要と認められる事項に入る。こういう官のやり方はわれわれを刺戟するからやめてくれ。」などと異議を唱えながらついてまわり、同課長が「三六協定が締結されており、しかも年末の最繁忙期で郵便物も多いときに、クリスマスであるとか、都合が悪いとかだけで拒否する われを刺戟するからやめてくれ。」などと異議を唱えながらついてまわり、同課長が「三六協定が締結されており、しかも年末の最繁忙期で郵便物も多いときに、クリスマスであるとか、都合が悪いとかだけで拒否することは労働者の義務違反ではないか。」というや、「あえて挑戦するのか。やるならやつてみろ。トラツクはいくらでも入れろ。分会長としていうが、年賀は管理者でやれ。」などと暴言を浴びせて事務室内を騒然とさせ、他の十数名の郵便外勤員と共に同日午後四時一五分頃まで集団抗議を続けて約二五分間欠務した。 (二三) 原告P1は、同年一二月二五日午前九時頃郵便外勤室において、P4課長が超過勤務者に支給する補食に関して同原告と話し合つていた際、大船渡運営委員長P16が作業中の郵便外勤員に対して「本日は補食しないようにしろ。」と発言して退室したため、同課長が「何をいうんだ。」と同人の発言を追及しようとあとを追つて同室前廊下に出て同人を詰問しようとするや、P9ほか数名の職員と共に同課長を取り囲み、「課長、暴言を取り消せ。補食のことで話し合いしろ。」といつて集団の威力をもつて抗議し、再三にわたる同課長、局長の就労命令を無視して抗議を続け、約四分間欠務した。 (二四) 原告P1は、同日午後五時一〇分頃郵便外勤年賀区分室において、P4課長が郵便外勤員に対し「補食は宿直室で、時間は一七時三〇分から一八時まで、休憩、休息時間を利用して食べてください。」と指示するや、郵便外勤員一名と共に同課長に対し「休憩時間は労働者が勝手に使う時間だ。課長からめしを食えといわれる筋合はない。」などといつて集団の威力をもつて抗議し、なお休憩休息時間が終了したのちも就労しないでお湯を飲み、そこで同課長が同日午後六時五分頃就労を命ずるや、これを無視して就労しないばかりか、同課長に対し「なに、お湯をぶつ 集団の威力をもつて抗議し、なお休憩休息時間が終了したのちも就労しないでお湯を飲み、そこで同課長が同日午後六時五分頃就労を命ずるや、これを無視して就労しないばかりか、同課長に対し「なに、お湯をぶつかけられたいのか。」と二度にわたつて脅迫的言辞を弄し、さらに同室前廊下においてP9外約一〇名の郵便外勤員と共に「休憩時間に飯を食えとは何事だ。」などといつて集団の威力をもつて抗議し、再三にわたる同課長の就労命令を無視して就労せず、約一七分間欠務した。 (二五) 原告P2は、同年一二月二六日午前九時五〇分頃郵便外勤室において、自己に対する担務指定が混合Cとすべきところ混合Bと誤指定されたものであることに気づくや、にわかに騒ぎ出し、P4課長から「誤指定は手落ちであるが、すでに混合C勤務には別の郵便外勤員がついているから担務指定どおり混合B勤務に服するよう」にと命ぜられたにもかかわらずこれを拒否し、同課長に対して「担務を誤指定した責任を取れ。おれは課長がなんと言おうとC勤務をやるんだ。」と抗議し、そこで同課長から命令どおり仕事をするよう命ぜられると、血相を変えて詰めより、「おれはやらない。」といつて頑強に拒否し、ついにP6局長及び同課長が「業命違反として相当処置する。」などと通告するや、腕組みした両肘で同課長の胸を突くような格好をしてなおも抗議を続け、さらに仙台郵政局郵務部管理課から派遣されたP17課長補佐から「課長のいうとおり仕事をしなさい。」と命ぜられるや、これをも無視して従わず「おめえ何もわからないで余計なことをいうな。」と暴言を浴びせて同課長補佐に詰め寄つた。 (二六) 原告P1は、右(二五)の抗議の際、P9らと共に、作業を中断したうえ、P6局長に対し「局長、事情もわからないくせに余計な口出しをするな。」などといつて集団の威力をもつて抗議し、 め寄つた。 (二六) 原告P1は、右(二五)の抗議の際、P9らと共に、作業を中断したうえ、P6局長に対し「局長、事情もわからないくせに余計な口出しをするな。」などといつて集団の威力をもつて抗議し、「さあ局長、出て行つてくれ。」と暴言を浴びせながら局長の胸に手をあてて押し、これと並行して局長のかたわらにいたP12会計長をも同様に手のひらで押し、同局長及び会計長の再三の制止を無視してこの両名を市内一区道順組み立て台前から外勤主事席前あたりまで押しまくるなどの集団暴行を働いた。 2 非違行為性原告らについて、右(一)から(五)まで、(一一)、(一四)、(一八)、(二一)、(二三)、(二四)の各所為は国家公務員法八二条一号、三号に、右(六)から(九)まで、(一〇)、(一二)、(一三)、(一五)から(一七)まで、(二二)、(二五)、(二六)の各所為は同条各号に該当する。 3 懲戒免職処分の相当性(一) 事件発生にいたる経緯(1) 昭和二七年大船渡市制の施行(旧大船渡町と旧盛町を中心とする二町五村の合併)に伴い、同一行政区域内に集配事務を取扱う大船渡郵便局と盛郵便局の両局が存在することとなり、その結果郵便物の受渡しのロス、誤送等配達事務に重大な支障を来したのを是正し、郵便物の配達の正確迅速化を期するため盛局の郵便区を大船渡局に吸収し合理化する必要があつたところから、昭和三五年一一月当時集配特定郵便局であつた大船渡局は同じく集配特定郵便局であつた盛局の郵便区を統合して普通郵便局に種別が改定され、昭和三八年七月分課(郵便課、貯金保険課)が設置され、昭和四二年九月定員六〇名の郵便局となつた。 (2) 右の統合に際して、郵政省においては、事業の正常な運営を確保するための前提となる人員配置については要員算出基準(全国の郵便局の人員配置基準)などにより適 二年九月定員六〇名の郵便局となつた。 (2) 右の統合に際して、郵政省においては、事業の正常な運営を確保するための前提となる人員配置については要員算出基準(全国の郵便局の人員配置基準)などにより適正な人員配置をした。この点については仙台郵政局と全逓東北地方本部との間にも右統合に関する話合いが行なわれ、昭和三五年一一月一日両者において了解に達している。そして郵便外勤関係の要員配置については集配区画の合理的設定(区内の人口、戸数、地況、通信力、配達粁程等を勘案して統合時の昭和三五年一一月には市内区五個区、市外区八個区であつたが、同三六年には市内区六個区、市外区九個区と市内外区を各一個区増区し、同三七年に市内区を一個区、同四二年には更に市内区一個区増区している。)とあいまつて、昭和三六年以降昭和三九年までの間において合計一〇名の増員を行なつた。この増員は同局の実際の郵便物の便別物数、配達個所等を基礎にして全国的に定められているところの「郵便集配要員算定基準」により適正になされたものである。 (3) 大船渡局は右の統合の直前昭和三五年五月二四日のいわゆるチリ地震津波によつて被災した際配達地図、居住者名簿、配達順路図等の資料が冠水する等して不完全なものとなつたが、その後復旧補修され使用されていた。そして居住者名簿については昭和四一年一〇月全面的に書き替えられて完全に整備された。配達地図については昭和四〇年二月一応作成され、それは必ずしも完全でなかつたが、年賀郵便物の処理に当たつては多数のアルバイトがこれを活用し、特に不便を感ずるものではなかつた。更に昭和四二年大船渡郵便局独自のものとしての配達順路図等の資料を作成した。また大船渡郵便局管理者はチリ地震津波の被害を受けた住民が沿岸から山手に移行していつたことによる従来の配達状況の変化及び右統合による 四二年大船渡郵便局独自のものとしての配達順路図等の資料を作成した。また大船渡郵便局管理者はチリ地震津波の被害を受けた住民が沿岸から山手に移行していつたことによる従来の配達状況の変化及び右統合による職員の配置換に伴う職員の通区(配達区内の配達について熟練すること。)能力の偏差等を克服し郵便物の迅速正確な配達を図るため、通区訓練を行うなど郵便物配達の円滑化に努めてきた。 (4) しかるに大船渡局職員の一部は常に管理者は敵対関係にあるものとして管理者に対して異常なまでの増悪感をもち、集団抗議、つるし上げ、悪口雑言等をすることによつて職場規律に悪影響を及ぼし、もつて組合運動の成果とし、組合分会は右被災した配達資料の整備についてはすべて管理者の手で作成すべきであるとし、整備のための時間外労働に応じない旨主張するなどして非協力の態度を固執し、また同局管理者が折角通区訓練計画を企画してこれを実施に移そうとしても、組合分会は訓練期間は一か月間必要だとか、随伴訓練(訓練生を指導者に随伴させ配達順路を覚えさせること。)は一週間必要であるとか主張し、また訓練のため同一配達区に二人配置すると、必ずうちの一人が突発的欠務(いわゆるポカ休)をして計画どおりの通区訓練ができなかつた。更に通区訓練につき職員に計画を示して協力を求めるため業務研究会を開催しても、一部職員によりその研究会は管理者に対するいやがらせに終始する結果となり、所期の目的を達成できないことが常態であつた。 (5) このように当局側の努力にもかかわらず、組合分会、一部職員の非協力のため、いわゆるポカ休、出退勤時間の不遵守、恣意的時間外労働の拒否、その他職場規律の乱れにより郵便物の滞留の慢性化、貯金保険募集能率の低下等の現象が生じた。そこで当局側としては業務の正常な運行を図るため、昭和三八年一〇月には 勤時間の不遵守、恣意的時間外労働の拒否、その他職場規律の乱れにより郵便物の滞留の慢性化、貯金保険募集能率の低下等の現象が生じた。そこで当局側としては業務の正常な運行を図るため、昭和三八年一〇月には仙台郵政局内に普通局業務改善対策協議会を設置し、大船渡局を対策局の一つに指定し改善措置を講ずることとなつた。しかし同年の年末闘争、翌年の春闘等の関係もあつてみるべき成果があがらなかつた(なお、昭和三九年の春闘の際、原告P1(当時組合分会書記長)は勤務時間中上司に抗議を行ない、自己の集配業務の出発を遅延し、かつ、就労および順路変更の命令に違反して郵便物を持ち戻り、勤務中自宅および休息所に立ち寄つて職務を怠つたり、上司に対する暴言、粗暴な行為等をしたため、同年七月一七日停職六月の懲戒処分を受けた。)。そこで再び昭和四一年一〇月仙台郵政局は業務困難局対策打合せ会議を開催し、大船渡局等業務困難局について抜本的対策を検討し、組合員に対する対話により勤務時間の励行と職場規律の確立を図ることとし、管理者らは一丸となつて努力を重ねていた。そしてその努力の成果として管理者に対する集団抗議等が少しずつ減少しはじめていた。ところが昭和四二年四月から区内無集配特定局細浦局の電通合理化による業務縮少に伴う集配区域調整(細浦局の電話交換業務が電々公社の大船渡電報電話局へ移管されて細浦局員によつていた集配区を大船渡局員が受け持つたため集配区域を調整すること。)に関する組合分会との話合いが再び円滑を欠きまとまらなかつた。 (二) 昭和四二年年末闘争期間中の行為昭和四二年一一月ごろから一二月ごろにかけて、全逓は勤務時間の短縮、労務政策の変更、年末手当の増額等の要求を掲げていわゆる年末闘争を実施したが、郵政省は組合が集団抗議、休暇戦術、電撃的物だめ等の戦術を駆使するおそれがあ から一二月ごろにかけて、全逓は勤務時間の短縮、労務政策の変更、年末手当の増額等の要求を掲げていわゆる年末闘争を実施したが、郵政省は組合が集団抗議、休暇戦術、電撃的物だめ等の戦術を駆使するおそれがあると判断し(右の闘争戦術はその後現実に実行された。)、郵便集配業務の正常な運行を確保するために同局の郵便課長その他の管理者および仙台郵政局から派遣された貯金部P11管理課長を大船渡局郵便課事務室等に赴かせて郵便課員に対する業務上の指導、作業状態の把握をするなどし、また勤務時間中はオルグを特にきびしく排除することとした。他方組合は地区本部からP7地区本部執行委員長をオルグとして派遣し、また勤務時間外の分会役員等を郵便課事務室等に赴かせて管理者の業務上の措置、言動を監視し記録するなどの方法をとつて、これに対抗した。 (三) 年末繁忙期間中の行為全逓大船渡運営委員会の所属する全逓気仙地方支部は全逓岩手地区本部の各支部のうちでもつとも早く、昭和四二年一二月六日郵政省側との間にいわゆる「三六協定」を締結して右の年末闘争を終了したが、大船渡郵便局においては年末首郵便業務運行計画、補食その他年末首繁忙期における労働条件に関する労使間の話合いは円滑に進まず、同繁忙期間中もことごとに労使の対立紛争が発生し、同月二八日地区本部役員のあつ旋によつてようやく解決したが、右の紛争期間中原告両名は前記のような非違を行なつたものである。 (四) 原告らの経歴原告P1は、昭和二二年三月盛郵便局に集配員として採用され、同三五年一一月大船渡郵便局勤務となり、同三六年九月郵政事務官に任命され、同三六年一〇月大船渡郵便局主任、同三八年七月には同局郵便課主任(郵便局組織規程改正による)をそれぞれ命ぜられたが、その間全逓気仙地方支部に所属し、昭和三七年一〇月から同三九年八月まで同 任命され、同三六年一〇月大船渡郵便局主任、同三八年七月には同局郵便課主任(郵便局組織規程改正による)をそれぞれ命ぜられたが、その間全逓気仙地方支部に所属し、昭和三七年一〇月から同三九年八月まで同支部大船渡分会書記長、同三九年八月同支部執行委員に選出され、同四一年八月同支部執行委員に兼ねて同支部大船渡運営委員会副運営委員長に選出され、同四二年七月同支部大船渡郵便課分会長、兼ねて同支部大船渡運営委員会副運営委員長に選出され、以来本件処分当時まで右地位にあつた。そして同原告は書留郵便物を所在不明にするなどしたことを理由に昭和三一年二月二日一か月間本俸の一〇分の一を減給する旨の懲戒処分を受け、さらに勤務時間中上司に抗議を行ない自己の集配事務の出発を遅延したり勤務時間中自宅に立寄り職務を怠たり、上司に粗暴な行為をなしたり、他の外務員に対し、勝手な指示をなして配達事務を遅延させるなどしたことを理由に昭和三九年七月一七日停職六月間の懲戒処分に付され、そのつど将来を厳重に戒められていたにもかかわらず、またしも本件非違行為をかさねたものである。 原告P2は昭和三四年八月臨時補充員として採用され、同三五年六月事務員として大船渡郵便局勤務を命ぜられ、同三九年一〇月郵政事務官に任命されて同局郵便課勤務を命ぜられたが、その間全逓気仙地方支部に所属し、昭和三八年七月から同三九年八月まで同支部大船渡分会副分会長、同四一年八月から同四二年七月まで同支部大船渡郵便課分会分会長、同四二年七月同分会副分会長に選出され、以来本件処分当時まで右地位にあつた。 以上の背景的事情に前記非違行為の態様、程度、頻度その他諸般の事情を総合勘案すれば、原告らに対しては懲戒免職処分が相当である。 三抗弁に対する原告らの主張 1 懲戒事由についての認否(一) 懲戒事由(一)について 記非違行為の態様、程度、頻度その他諸般の事情を総合勘案すれば、原告らに対しては懲戒免職処分が相当である。 三抗弁に対する原告らの主張 1 懲戒事由についての認否(一) 懲戒事由(一)について原告両名が同日P8のほか数名の組合役員とともにP3課長に対して話合いを求めて貯金保険課に赴いたことは認めるが、その余はすべて否認する。なおその時刻は午後六時すぎのことであるが、被告ら主張の時刻に原告両名が貯金保険課に赴いたことはない。P3課長は原告らの求めに応じて話合いを開始したが、中途で一方的に打切り同室から退出していつた。原告らが同課長の退出を妨害したり被告主張の言辞を弄した事実はない。なお被告ら主張の言辞は「揶揄的」であつても、「脅迫的」なものとは思われない。すなわち同月二二日の局側と運営委員会との話合いにおいて、休憩時間における鍵の授受の廃止と過去に休憩時間中に授受を行なつたものについてはその補償を求める問題について申入れをしたところ、P3課長が「おめーら、そういうことをいうが、郵内のやつらなど遅刻はするし、時間中にたばこやお茶を飲んだり、雑談しているのは賃カツしなきやならん。文句があるなら出るところへ出ろ。」といいだし、さらに「こんなことをしてもしようがない。やめた、やめた。局長退場、退場。」と叫んで他の管理者を促し、率先して退場していつたため具体的交渉が全くなされなかつた。このP3課長の言動は同月二四日午後四時三五分から開かれた郵便課分会集会で問題となり、同課長にその真意をただし、場合によつては抗議することとし、代表として原告両名を含む組合役員が貯金内勤室に赴いたものである。組合側では主として原告P1が発言し、二二日の交渉打ち切りの際の言動について質問し、同課長もはじめのうちはこれに応酬していたが、そのうち、突然席を立ち、「用があ 役員が貯金内勤室に赴いたものである。組合側では主として原告P1が発言し、二二日の交渉打ち切りの際の言動について質問し、同課長もはじめのうちはこれに応酬していたが、そのうち、突然席を立ち、「用があるから帰る。うそだと思つたらついてこい。」といいながら退室し、廊下から通用口へ向つた。その頃通用口の附近は集会を終つて退庁しようとする数人の組合員が靴をはいていたが、同課長はこれらの人々を突きとばすようにして靴をはき外へ出ていつたのである。 (二) 同(二)について否認する。原告P2は右1のようにP3課長が話合いを一方的に打ち切つて退出する際に「用があるから帰る。うそだと思つたらついて来い。」といつたので、本当に用があるのかどうかを確認したい気持ちもあつて同課長の後方を福富旅館までついていつたのである。そして福富旅館の前にきたところで、同課長が同旅館に用があることが分つたので、時計を見て「六時三〇分ですね。」といつて立ち去つた。 時刻を告げたのは、管理者らが「現認」と称して、組合員の言動を監視してメモする場合によくやる仕草をまねたつもりであつた。同課長は大船渡局を出たところから原告P2が追つてきていることを知つていた。したがつて原告P2は同課長を尾行したものではないし、時刻を告げられても同課長が「恐怖心」を抱くことなどまつたくありえないことである。福富旅館では年末首繁忙期に学生アルバイトを雇用する件で局管理者と市内各高等学校の関係者との会合が開かれており、同課長は右会同に参席するため同旅館に赴いたのであつて、原告P2から逃れようとしていたのではない。同課長はそのまま同旅館に入り右会合に出席して飲酒し、午後八時頃局長ら局管理者とともに同旅館から退出していつた。 (三) 同(三)についてP4課長が郵便外勤事務室において腕章をつけて作業していた組 同課長はそのまま同旅館に入り右会合に出席して飲酒し、午後八時頃局長ら局管理者とともに同旅館から退出していつた。 (三) 同(三)についてP4課長が郵便外勤事務室において腕章をつけて作業していた組合員に対し取りはずしを指示したこと、これに対し原告P2がこの指示を不当と主張して同課長に抗議したこと、原告P2がメモ用紙に腕章取り外し命令を出した旨を書いて同課長に対し命令を発したことを承認する意味の押印を求めたことは認める。その余は否認する。腕章着用は全逓中央本部の指令に基づき三六無協定となつた一二月一日から開始されたものである。当日原告P2は午前一〇時からの勤務であつたので、組合の指示により三六無協定に伴い予想される管理者の法令・協約・慣行違反の行為あるいは不当な行為を監視する目的で郵便外勤員が勤務に就くころから郵便外勤事務室内の休憩室附近において管理者の言動をメモしていたところ、同課長が腕章の取り外しを命じたので、これに抗議し命令の根拠を質した。しかし、同課長はこれに返答することができず、「そんなこと知るか。文句がありや出るところへ出ろ。」と怒鳴つた。闘争時における腕章着用については、従前から全逓がその闘争の一環として支部・分会に対して指導していた戦術のひとつであるが、昭和四二年四月六日神戸地裁によつて郵便局員の闘争戦術としてのリボン着用は正当な組合活動であるとの判決が言い渡されたという経緯があつたので、原告P2はP4課長の命令は違法であると考え、命令を発した事実を同課長に認めさせておくことが必要であると思いメモに押印することを要求したのである。そして腕章の着用を適法とする判決が出されていた事態のもとにおいては、取り外しを命ぜられても組合員がその根拠を質すことは至極当然のことである。 (四) 同(四)について原告P1が原告P2らの年 。そして腕章の着用を適法とする判決が出されていた事態のもとにおいては、取り外しを命ぜられても組合員がその根拠を質すことは至極当然のことである。 (四) 同(四)について原告P1が原告P2らの年休不承認につきP4課長に対して団体交渉の申入れをしたこと、P7委員長が同席していたことは認めるが、その余はすべて否認する。時刻は午後四時二〇分頃のことである。原告P1は配達から帰局した際P7委員長とP4課長とが年休問題で話し合つていたので団交を申し入れたものであり、同課長はこの申入れに応じた。なお組合が年休の他日振替えをしないように一般的に要望した事実はない。したがつて他日振替をしないで不承認にすることは許されず、この問題について団交を申し入れるのは当然であり、このとき同課長が執務していても業務を妨害したことにはならない。なお同日午後四時四〇分頃には郵便課分会集会が会議室で開催されており、組合員はこれに出席していて同課長のもとには赴いていない。 (五) 同(五)について原告両名らが同時刻ごろP4課長に対して話合いを求めたことは認めるが、その余はすべて否認する。話合いの要求に対して同課長は組合側が少人数にすることを求めたので原告両名、P18、P10の四名で課長席において話合いを開始し、他の者は課長席から離れたストーブのそばで暖をとりながら黙つて話合いの様子をみていた。しかし組合側の説明にもかかわらず、同課長の態度は一向に変らないので、P7委員長の指示により翌日再度団交することにして解散した。P6局長は団交している途中で同室に入室し団交の様子を見ていたが何も発言しなかつた。 (六) 同(六)について原告P1がP4課長に対し年休問題につき団交を申し入れたことは認めるが、その余はすべて否認する。原告P1は前日夕方のP4課長との団交の経緯があつたの が何も発言しなかつた。 (六) 同(六)について原告P1がP4課長に対し年休問題につき団交を申し入れたことは認めるが、その余はすべて否認する。原告P1は前日夕方のP4課長との団交の経緯があつたので、更衣を終るとすぐ同課長に対し団交の申入れを行なつた。しかし同課長はこれを無視してとりあおうとせず、そばを通りかかつた組合員が見かねて同課長に「団交したらどうだ。」などというと「黙つて仕事をしろ。」と怒鳴りつけたり、あるいはP7委員長の退室を要求して大声を張りあげたりしていた。またそのころ原告P2は同課長が大声で怒鳴り散らすので「静かにして下さい。仕事の邪魔になります。」と注意したところ、同課長は、「お前に関係ない。」といつて腕組みした身体でつつかかつてきたこともあつた。しかし原告P1とP7委員長の要求の結果午前九時二分になつてようやく窓口交渉を開く話合いがつき、組合側はP19、P16、局側は会計長の双方間で庶務会計室において話合いがなされた。ところが同会計長はこの話合いの組合側の書記役にP20が参加していることを問題にして同人に退室を要求し、これを口実にして話合いを打ち切つたためついに団交は開かれなかつた。大船渡局においては団交を開く場合には交渉申入れに基づき双方の窓口担当者の間で議題、交渉日時、交渉参加者などについての事前の交渉(すなわち窓口交渉)がなされ、ここで合意ができると、それに従つて交渉が行なわれることになるが、ここで合意ができないと交渉は開かれないこととなつていた。そして窓口交渉および交渉申入れについては勤務時間中になされるのが慣例であつた。原告P1の勤務時間中の交渉申入れは慣例に従つたものであるから被告らの不就労の非難は当らない。原告P1らの申入れの結果窓口交渉が開かれたことは局側も原告P1の年休不承認問題についての申入れ あつた。原告P1の勤務時間中の交渉申入れは慣例に従つたものであるから被告らの不就労の非難は当らない。原告P1らの申入れの結果窓口交渉が開かれたことは局側も原告P1の年休不承認問題についての申入れを拒否し得ない性格のものと判断したことを意味すると同時に原告P1の交渉申入れが正当なものであることを局側も承認したことを意味する。 (七) 同(七)についてすべて否認する。P11課長は午後一時七分郵便課事務室に入室したが、同課長はそのとき原告P2がP4課長に対し組合員P21に有給休暇を与えるように頼んでいるのを見つけ、いきなり原告P2を「何をしているんだ。仕事をしろ!」と怒鳴りつけた。しかし原告P2にとつてはP11課長が初対面であつていかなる地位にある人かも知らなかつたので、「事情も判らずに何を言うのか。」と抗議して仕事についた。 ところがそこへたまたま休憩時間のため室内にいた組合員P22が置き忘れたたばこをとりに入室すると、同人に対してもいきなり「貴様何をしている。仕事をしろ。」と大声で命じた。しかし、同人もP11課長とは初対面であり、どのような地位にある人かも知らなかつたため、「俺は休憩時間だ。仕事をしろとは何だ。一体あんたは誰だ。名前を言え。」といい返したが、同課長は再三にわたり就労を命ずるので、同人は「俺は休憩時間中だ。何をいうんだ、謝れ。」というと、同課長は「何をこのばかやろう。謝れだと。」と怒鳴つた。同人は同課長の言葉に憤慨し、「ばかやろうとは何だ。謝れ。」とせまり、そばにいたP7委員長も謝罪を要求すると、同課長は激昂し、「このやろう。俺を誰だと思つているんだ。」とわめきながら、そばにいた組合員をつきとばして退室していつた。この間原告P2はその持ち場の区分作業台で作業をしていて、同課長のそばには行つていない。いつたん退室したP11 誰だと思つているんだ。」とわめきながら、そばにいた組合員をつきとばして退室していつた。この間原告P2はその持ち場の区分作業台で作業をしていて、同課長のそばには行つていない。いつたん退室したP11課長はまもなく局長、会計長を伴つて入室し、P22ほか二名の組合員の氏名を確認させていた。ところが本件懲戒処分発令後の昭和四三年二月六日原告両名、P22、P10、P5、P9の六名の組合員が管理者に対する暴力行為を理由に逮捕され、P22、P10、P9の三名の局内用スリツパが証拠物として押収された。六名のうち原告P1の被疑事実は本件懲戒処分発令後の抗議行動にかかわるものであつたが、他の五名の被疑事実はいずれもP11課長に対して集団暴行を加え、足に裂傷を負わせたというものであつた。しかし事件の送致を受けた盛岡地検一関支部は全員を不起訴処分にした。このことは被告らの主張する同課長に対する暴行なるものは少なくとも、原告P2については全くの虚構であり、後日ねつ造された事実であることを示すものである。なぜなら第一に原告P2のスリツパがP22らのスリツパと共に押収されなかつたからである。このことは少なくとも同課長は原告P2が足を蹴つたとははじめから考えていなかつたこと(少なくとも捜査当局に対しては、そのような供述をしていなかつたこと)を意味する。第二に仮りに被告ら主張のとおりの暴行傷害の事実があつたのならば、検察官が不起訴処分にすることは常識的にも考えられないからである。以上述べたとおりP11課長とのトラブルはP22に対する同課長の粗暴な態度に起因するものであり、被告らの主張する二号便組込み命令とは直接関係はない。しかし右の二号便組込み命令についての被告らの主張も事実と異なる。 すなわちP4課長は午後の配達(二号便)の準備をしている組合員に対して順次個別に指示を の主張する二号便組込み命令とは直接関係はない。しかし右の二号便組込み命令についての被告らの主張も事実と異なる。 すなわちP4課長は午後の配達(二号便)の準備をしている組合員に対して順次個別に指示を発していき、原告P2を含む数名に対しては組込まないように指示をしたが、逆に組込むように指示されたものもいる。同課長の指示に対し、組合員の一部にはそれぞれの配達区の実情を指摘して反対意見を述べたものもいるし、P9のように同課長がその意見を採り入れて指示を変更した例もある。原告P2は同課長の指示どおり二号便の組込みはしていない。 (八) 同(八)について否認する。被告ら主張の頃P4課長がP23の耳もとに口を寄せて大声で「この気違い野郎」とどなりつけたり、またP24を突きとばす暴力を振つたりしたので、そのことにつきその都度原告P2ら組合員が同課長にきびしく抗議したものであつて、同課長のかかる振舞いに対して組合員が抗議するのは当然である。しかし同課長を室外に押し出そうとしたことはない。 (九) 同(九)についてすべて否認する。原告P1は配達から帰局した午後四時頃郵便外勤事務室のたまり場で暖を採つていたところ、P11課長と会い、P8と共に互いに初対面の挨拶をかわしたことがあるにすぎない。そして同原告は特殊郵便物の授受を行なうためすぐに同課内勤事務室へ下りて行つた。被告ら主張のようなトラブルは全然なかつた。 (一〇) 同(一〇)について午前八時三〇分の勤務開始時刻になると直ちにP4課長が更衣中の原告P1らに対し就労を急がせる趣旨の発言をしたことは認めるが、その余は否認する。全逓と郵政省との間においては作業開始前五分程度の更衣時間を認める旨の確認がなされており、かつ、大船渡局においては慣行として一〇分程度の更衣時間が認められていたにもかかわらず、P4 の余は否認する。全逓と郵政省との間においては作業開始前五分程度の更衣時間を認める旨の確認がなされており、かつ、大船渡局においては慣行として一〇分程度の更衣時間が認められていたにもかかわらず、P4課長は当日は勤務時間になると直ちに休憩室において更衣中の郵便外勤職員に対し「いつまで何をしているんだ。さつさかしげ。」と大声に乱暴にどなり散らしていたので、原告P1ら郵便課職員が抗議したものである。 (一一) 同(一一)についてP7委員長、P10が郵便外勤室にいたこと、管理者が両名に対し退去を迫つていたこと、勤務中の原告P1ら職員がこれに抗議したことは認めるが、その余は否認する。当日管理者側は勤務時間になると、全員郵便外勤室に集まり、メモ用紙をもつて職員の労働の監視をはじめ、前述の更衣中の就労命令にはじまり、次に述べる不当な業務命令を次々と出し、組合員に対し暴力を振い、更には不可解な挑発的言動を行なつたため職場は異常に緊張した空気に包まれていた。すなわち(1) P4課長は業務上の用件のため入室してきた庶務会計室勤務のP19を退去させようとして用件を確認することもなくいきなりP11課長とともに体当りする暴行を行なつた。 (2) 局長は突如道路に面した窓を開けて戸外に向つて大声で「市民の皆さん全逓のP7委員長は二万通郵便物をためて市民に迷惑をかけると言つています。」などと演説を行なつた。 (3) 局長は配達先不明の郵便物を調べていた郵便外勤員のP25に対し「P25君が郵便三通を居住者名簿で調べた。賃金カツトだ。」と叫んだ。 (4) P4課長は管理者の言動を監視するため郵便外勤室にいたP10(勤務時間外)に対し退去を大声で迫りながら右手掌で同人の腹部を殴打する暴行を加え、更に、これを制止しようとした原告P1を「ばかやろう」と叫んでつきとばした。 (5 監視するため郵便外勤室にいたP10(勤務時間外)に対し退去を大声で迫りながら右手掌で同人の腹部を殴打する暴行を加え、更に、これを制止しようとした原告P1を「ばかやろう」と叫んでつきとばした。 (5) P4課長は業務上の用件で入室しようとした郵便課内務後のP26に対し用件を確かめることもなくいきなり「出てけー」と叫んでつきとばした。 (6) P4課長はP27郵便課外務主事がP19に声をかけたのを見付けて同主事のところに走り寄り椅子を押して同主事を床に転落させて昏倒させる暴行を加え、しかもこのことを同主事に謝罪することさえしなかつた。右のような管理者の言動に対し原告P1を含む職員はその都度抗議の言葉を発し、管理者を批難したことはあるが、暴力的行為に及んだ事実はない。なおP13に対して退去命令が出されたことはない。 (一二) 同(一二)についてすべて否認する。右に述べたとおり局長が突然窓を押し開けて戸外に向い、前述のような演説を行なつたが、このときP7委員長が直ちに局長の傍にかけ寄つて「局長いつそんなことをいつた。でたらめなことをいうな。」と強く抗議すると、局長は演説をやめた。この間原告P1ら職員は呆然としてこの事態を眺めていたにすぎない。 (一三) 同(一三)について否認する。「雑談」「煙草」「お茶」などは従前からそれぞれ職員が組立ての作業状況に応じて適当に行なつているのが常態であり、特にこの日に限つた事態ではない。 (一四) 同(一四)について否認する。 (一五) 同(一五)についてP13がP14の病気の件(年休付与の件ではない。)でP4課長の善処を求めるため郵便外勤事務室に入室したこと、原告P1ら職員がP4課長の態度に抗議したことは認めるが、その余は否認する。P13は郵便課の窓口勤務についていたP14が身体の変調を訴えたので 4課長の善処を求めるため郵便外勤事務室に入室したこと、原告P1ら職員がP4課長の態度に抗議したことは認めるが、その余は否認する。P13は郵便課の窓口勤務についていたP14が身体の変調を訴えたので外勤室に赴きP4課長に対しP14の症状を説明し措置を求めたところ、内勤室にいるP28課長代理に伝えるように指示されたので同代理に伝えて措置を求めたが、同代理は何ら措置をとらなかつた。そこでP13は局内電話でP4課長に再び措置を求めたが、具体的な指示をなさなかつた。このためP13は業務上の用件で外勤室に赴いた際三たびP4課長に対し措置を求めたところ、同課長は、「お前には関係ねえ。下に行つて仕事しろ。」とP13を怒鳴りつけた。こうした状況を見ていた外勤員は口口に「課長、病休を認めたらどうです。病休を認めないのは人権問題だ。」などと抗議したが、同課長は一向にとりあわなかつた。P13は二、三分在室しただけで内勤室に行き仕事についた。P4課長はそれからしばらくたつて内勤室に来てP14の状況を確認してようやく同人に病気休暇を付与した。およそ郵便課の窓口勤務者(郵便物の引受窓口の担務者)は利用者との関係上管理者が代替要員を配置するか、窓口を閉鎖するかしない限り勤務を放棄することはできない。P13がP14のためにP4課長に措置を求めたのはこのためである。それにもかかわらず、同課長がこれを放置していたのは職員の健康にかかわる重大問題を故意に無視しようとするものであり、組合員がこれに対し抗議を行なうのは極めて当然のことである。 (一六) 同(一六)について貯金保険外勤室に入室したことは否認し、その余は認める。原告P1は事実用便のため離席し、用便をすませて直ちに帰席したものである。 (一七) 同(一七)についてすべて否認する。事実無根である。 (一八) 同(一 室に入室したことは否認し、その余は認める。原告P1は事実用便のため離席し、用便をすませて直ちに帰席したものである。 (一七) 同(一七)についてすべて否認する。事実無根である。 (一八) 同(一八)についてすべて否認する。もつとも被告ら主張の時刻原告P1ら職員はいずれも作業に従事していたが、作業の合間に喫茶、喫煙等のため短時間作業を中断したことがあり、このとき溜り場で原告P1ら数名の職員がP11課長と談笑したことがある。 (一九) 同(一九)について午後四時五五分頃二階廊下において原告P1がP3課長に対して年休不承認の件で抗議をしたことは認める。P3課長は同日同課P29、P30が翌五日の年次有給休暇の許可を求めたのに対し、同日午後四時五五分頃「一二月中は保険の募集能率が落ちている」ことを理由としてこれを不承認とした。右両名はこの措置、殊に不承認の理由が年休拒否の理由として成り立たないことを不服として同課長に対して再考を求めたが、同課長は「うるさい」「くれられない」などと大声でわめき散らしていた。そのころ会議室で行なわれていた組合の集会に出ていた原告P1はその声に驚いて集会に参加していた他の組合員や宿直室で職員の献血者からの採血にあたつていた大船渡保健所の職員とともに廊下に出てきてP30に事情を確かめていたが、同じころやはり廊下に出てきた局長や会計長は事情を確かめもせずにやみくもに「解散しろ」と怒鳴つていた。年休は全逓と郵政省の労働協約によつて請求された日時に付与するのが原則であり、「休暇を与えることが業務の正常な運営を妨げる場合」にはじめて他の日時に付与することができる旨定められている。P3課長のいう「募集能率の低下」は協約の「業務の正常な運営を妨げる場合」に該当しない。したがつて年休付与を拒否されたP29、P30が同課長に再考 めて他の日時に付与することができる旨定められている。P3課長のいう「募集能率の低下」は協約の「業務の正常な運営を妨げる場合」に該当しない。したがつて年休付与を拒否されたP29、P30が同課長に再考を求めることは当然である。 (二〇) 同(二〇)について原告P1がP7委員長のほか組合員二〇数名とともに前項の貯金保険課における年休不承認問題のほか、病気休暇者に対して電報で出勤を命令した問題、管理者の暴力行為の問題などにつき局長と話し合い是正を求めるために入室し、局長に話合いを求めたことは認めるが、会計長ら管理者が入室を阻止しようとしたこと、退去命令を発したこと、管理者五名をそれぞれ五、六名で取り囲んだことは否認する。原告P1らが入室すると、まもなく局長は立ち上つて突然背後の窓を開け外に向つて「市民の皆様大船渡局の状況を見て下さい。組合員が私をいじめています。」と叫び出したので組合員はあつけにとられて退室した。また原告P2は午後四時三〇分の終業後大船渡保健所が局内宿直室において行なつた献血の呼びかけに応じて献血し、採血のあと貧血で気分が悪くなつたため宿直室でしばらく休息し、その後局長室に赴いたところ、丁度組合員が退室してくるのに行き会つたもので、局長室に入室することはなかつた。したがつて被告ら主張の事実について原告P2は無関係である。 (二一) 同(二一)について否認する。すなわち前項記載の局長室における出来事のあと、退室する際にP7委員長が局長に対し「正規のルートで申し込めば交渉に応ずるのか。」と問い質したところ、積極的に否定しなかつたので、同委員長は局長が交渉に応ずる意思をもつているものと判断し、退室後P16大船渡運営委員長およびP19同副委員長に指示して交渉を申し入れさせた。両名は庶務会計室に赴き会計長に対して(イ)貯金保険課の 同委員長は局長が交渉に応ずる意思をもつているものと判断し、退室後P16大船渡運営委員長およびP19同副委員長に指示して交渉を申し入れさせた。両名は庶務会計室に赴き会計長に対して(イ)貯金保険課の年休不承認(ロ)病休者に対する電報による出勤命令(ハ)服務表の一部改正の三点についての交渉を申し入れた。しかし会計長は申入事項は管理運営事項であるとか、日程の都合がつかないなどといつて交渉申入れを拒否するうち、P16に対し「でんすけ野郎何をいうか。貴様と話合う必要などない。」と暴言を吐いた。P16とP19は直ちにこのことに抗議をしたが、会計長は椅子に坐つたまま腕を組み天井を向いて黙りこくつてしまい、P16がメモ帳に「でんすけ野郎といつた」と書いて認印を求めると、局長室から出てきたP11課長が机の上の印鑑箱をしまいこんでしまうという一幕もあつた。そのうち会議室に待機していた組合員も庶務会計室に入つてきて、この様子を見て暴言の取消しを求めたりしていたが、会計長は依然として何も答えようとせず、また他の管理者もこの点について全く口出ししないでいたのである。組合員のひとりから「でんすけ野郎といつて腰をぬかしたのか。」といわれ、また午後六時三〇分頃になつてようやく局長が会計長に対して「局議があるから局長室に入れ。」と指示をすると、やつと椅子から立つて局長室へ入つて行つた。この間退去命令が出されたことはない。また原告P2がP8とともに会計長の椅子を足で押えつけたとの点は否認する。ところで組合側の交渉申入事項が管理運営事項に該当しないことは多言を要しないから、局側は組合側の交渉申入れに応ずべき義務を負つていたのである。またかかる場における「でんすけ野郎云々」の発言はそれ自体管理者としてあるまじきものであるばかりか、P16を侮辱するものであることもいうまでもな 合側の交渉申入れに応ずべき義務を負つていたのである。またかかる場における「でんすけ野郎云々」の発言はそれ自体管理者としてあるまじきものであるばかりか、P16を侮辱するものであることもいうまでもない。P12庶務会計長が謝罪すべきは当然であるので黙りこんでこれに応じなかつたため、組合側が抗議していたのである。なおこの問題については翌々五日の運営委員会交渉において会計長が組合側に謝罪しているし、六日の支部交渉においても局長が年休不承認問題、病欠者に対する出局命令電報問題などとともに会計長の発言についても謝罪したので、組合も諒承して結着をみている。 (二二) 同(二二)についてP4課長が原告P1に対して超過勤務を再度命じたが、原告P1がこれに応じなかつたことは認めるが、その余はすべて否認する。同課長は同日午前九時頃郵便外勤員に対して順次超勤命令を発したが、ほとんどの外勤員から拒否された。ところが原告P1らが配達を終えて帰局すると、再び超過勤務を命ずるので「今日はクリスマスだから。」といつてことわつた。同課長は「クリスマスは理由にならない。」といつたが、原告P1が子供達が早く帰つてきてケーキのろうそくに火をつけるのを楽しみに待つていること、および一八日の分会交渉で分会が二四日と二六日の超勤については差し控えてほしいと申し入れていることを述べると納得したので、原告P1は超勤命令は撤回されたものと考え、超過勤務をせずに帰宅した。原告P1が同課長についてまわつて業務を妨害したことも、集団抗議がなされたことも、また欠務したこともない。しかも全逓と郵政省との間においては、組合員のなす超過勤務について「時間外労働および休日労働に関する協約」が締結されており、これによれば所属長は一定の事由がある場合には職員に時間外労働を命ずることができるが、この命令は 間においては、組合員のなす超過勤務について「時間外労働および休日労働に関する協約」が締結されており、これによれば所属長は一定の事由がある場合には職員に時間外労働を命ずることができるが、この命令は勤務終了四時間前までになさなければならず、また右の命令を受けた職員は、本人に重要と認められる事由その他同協約所定の事由があるときは、本人または組合から異議の申立てをすることができ、この申立てがあつた場合には労使双方で協議して善処するものとし、この協議が成立するまでは時間外労働は行なわないものと定められている。しかるにP4課長の原告P1に対する超勤命令は勤務終了四時間前までになされてはおらず、また原告P1の申立てた事由は右協約にいう「本人に重要と認められる事由」にあたるから労使協議すべきであつて、この協議が成立するまでは時間外労働を命ずることはできないのである。 (二三) 同(二三)についてすべて否認する。すなわち年末首繁忙期には体力の消耗を防止する意味で郵便課員には補食が支給されてきていたが、全逓中央本部と郵政省との話合いの結果、職員の意思を尊重して補食の内容、種類を決めることとなつていたので、支部の団体交渉においても問題として取り上げられていたが、大船渡局では同日に至るまで具体的な協議がなされていなかつた。同日午前九時頃P4課長が郵便外勤室で勤務中の原告P1のところに来て話合いを申し入れたが、たまたま入室してきたP16運営委員長が支部交渉における確認もあることだから交渉を開いて決めてほしい旨発言し、結局同課長もこれに同意したので窓口交渉が開かれることとなり、原告P1とP16は庶務会計室に赴き、会計長に交渉の申入れを行なつた。ところが会計長は補食について交渉を行なうことを拒否したので、原告P1らはやむなく郵便外勤室に戻り、P16が郵便外勤室 ととなり、原告P1とP16は庶務会計室に赴き、会計長に交渉の申入れを行なつた。ところが会計長は補食について交渉を行なうことを拒否したので、原告P1らはやむなく郵便外勤室に戻り、P16が郵便外勤室に対して経過を説明し「今日は補食は食べられないかもしれない。」と述べたところ、同課長は、「何を、他課の人間には関係ねえ。出てけ。」といつてP16を廊下に押し出していつた。原告P1はこの状態をみて同課長に対して「暴力をやめろ」といつて抗議したのである。右のように原告P1はP16が大船渡運営委員長として補食に関する交渉にあたつていたにもかかわらず、P4課長が、P16の地位をあえて無視したばかりか、暴言を吐き暴力を振つてまで退室させようとしたことに抗議したもので、何ら批難されるべきいわれはない。 (二四) 同(二四)についてP4課長のなした指示内容およびこれに対する原告P1らの発言は認めるが、その余は否認する。大船渡局では食事をする場所が狭く全員が一度にすますことができないので、以前からそれぞれが仕事の区切りのよいところで交代に補食をとるのが習慣となつていた。原告P1は午後五時五〇分頃から宿直室で数名の職員とともに食事をはじめ、午後六時五分頃食事を終つてお茶をのんでいるところへ同課長が来て時間が来たから就労するように告げたので、原告P1がお茶を飲むひまもないことをこぼしたり、超過勤務に伴う休憩休息時間が食事時間にとられてしまつたことについて不満をもらしたりしたが、同課長が「仕事をしろ」と怒鳴るのでまもなく仕事についた。集団抗議をしたことも、欠務したこともない。ところで補食時間については、昼食とは異るから休憩・休息時間のほかにこれを設けるべきであるから、原告P1の要求は決して不当ではない。かつ、原告P1は交代で食事をしていた関係で指定された補食開始 い。ところで補食時間については、昼食とは異るから休憩・休息時間のほかにこれを設けるべきであるから、原告P1の要求は決して不当ではない。かつ、原告P1は交代で食事をしていた関係で指定された補食開始時間に遅れたのであり、それまでは就労していたのであるから、同原告が指定された補食終了時刻を超えて休憩していたとしてもそのことをもつて原告P1を批難することは酷である。 (二五) 同(二五)について原告P2に対してなされた勤務指定と担務指定が被告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。 (二六) 同(二六)についてすべて否認する。右(二五)および(二六)に関する事実はおおむねつぎのとおりである。 原告P2に対する同日の勤務時間指定は午前九時始業と定められていたが、前日に発表された担務指定が混合B(午前一〇時始業)となつていたため、勤務指定との喰違いに気づかず、午前一〇時勤務のつもりで自宅でゆつくりしていた。他方P31に対する同日の勤務指定は午前一〇時始業と定められていたが、担務指定が混合C(午前九時始業)となつていたため、同人も誤指定であることに気づかず、午前九時に出勤し、出勤してからこのことに気付いて、P4課長に相談したところ一〇時から勤務につけばよい旨指示された。しかし原告P2が出勤してこないので、このままでは午前九時から約一時間、勤務の一部を行なう者がなくなるので、原告P2の自宅を訪れて担務指定の誤まりの事実を伝えた。原告P2は驚いて直ちに出勤したところ、同課長が原告P2に対して遅刻したとして叱責するので、遅刻は担務の誤指定に原因があり、管理者側のミスだと反論した。しかし同課長は管理者側の責任を認めないので、原告P2と同課長との間で責任の所在や原告P2のつくべき担務をめぐつて短時間ではあるが、若干の議論がなされた。しか 原因があり、管理者側のミスだと反論した。しかし同課長は管理者側の責任を認めないので、原告P2と同課長との間で責任の所在や原告P2のつくべき担務をめぐつて短時間ではあるが、若干の議論がなされた。しかし原告P2は結局同課長の指示どおり午前一〇時から「混合B」の勤務についた。原告P1ら郵便外勤員はこのようなやりとりの際原告P2と同課長のまわりに集まり、同課長に「そんな意地をはるな」などといつたりしていたが、暴力を行使した事実はない。なお原告P2が「混合B」の勤務につくことに反対したのは、担務指定は単なる担当業務の指定にしかすぎないから、担務指定とはかかわりなく勤務時間は勤務指定どおり午後五時五分で終了することになるので、仮りに同課長の指定どおり「混合B」の勤務につくと、午後五時五分から午後六時五分までの「混合B」の作業を担当するものがいなくなると同時に「混合C」の作業は午後五時五分で終了するから午後五時五分以降はP31のなすべき作業がなくなるという結果になるのに反して、同原告が「混合C」につきP31が「混合Bにつけば、右のような問題が生じないからであり、後者の方が業務運行の面からみても適切な処置であることが明白だつたからである。また全逓と郵政省間に締結された「勤務時間および週休等に関する協約」付属覚書一五項によると、所属長は各職員について四週間を単位として、その時間における各自の勤務の種類、始業時刻および終業時刻を指定し、これを当該期間の開始日の一週間前までに関係職員に周知するものとされ、これを変更するためには一定の所用のある場合に限り直前の勤務日の勤務終了時刻までに通知することと定められているが、勤務指定は勤務時間の指定であり、担務指定は勤務指定の範囲内において前日までに担当すべき業務を指定するものである。しかし実際には担務指定によりおの の勤務終了時刻までに通知することと定められているが、勤務指定は勤務時間の指定であり、担務指定は勤務指定の範囲内において前日までに担当すべき業務を指定するものである。しかし実際には担務指定によりおのずから勤務時間が定まる場合が少なくないので、職員は翌日の担務の指定を確認することによつて逆に勤務時間を知ることが多い。したがつて原告P2が勤務指定に従つていないという意味において遅刻であることに間違いないが、担務指定には従つているのであり、担務指定が管理者のミスに基づくものである以上、原告P2を非難するのは酷である。それにもかかわらずP4課長がP31の知らせにより急拠出局した原告P2に対して自らの誤指定の責任を棚に上げて遅刻であると叱責したのは批難されてもやむをえない態度であつたといわなければならない。 2 処分の相当性についての原告らの反論(一) 仙台郵政局は昭和三五年一一月一日大船渡局と同局に隣接する盛郵便局の郵便区の統合を実施したが、そのとき以来人員の不足が目立つようになり、滞留した郵便物配送のため職員は酷使され、年次有給休暇の取得も容易にできないまでに労働条件が悪化した。その決定的な理由は大船渡市の発展に郵便局の人員・施設の拡充が追いつかないことにあるが、仙台郵政局と歴代の大船渡局長の無為無策がこれを激化させていた。たとえば、郵便区を統合しながら合理的な整理をしなかつたために相当の労働力のロスが生じていた。そのうえ大船渡市の市街地の変動、人口増加などに対応する郵便区の調整を行なわないため不合理な配達区が増加していた。また昭和三五年五月二四日のチリ地震津波によつて大船渡局も被災したが、その際流出した配達地図・居住者名簿・配達順路図など郵便配達に不可欠ともいうべき資料の整理がなされないまま職員は記憶勘だけをたよりに配達を行なつていた。 さ チリ地震津波によつて大船渡局も被災したが、その際流出した配達地図・居住者名簿・配達順路図など郵便配達に不可欠ともいうべき資料の整理がなされないまま職員は記憶勘だけをたよりに配達を行なつていた。 さらに郵便集配員は三ないし四の郵便区の配達が可能である(すなわち通区している。)のが普通であるが、大船渡局ではその訓練がなされないため通区能力が低く、休暇者があつた場合には配置できる職員が少ないため配達できない(欠区)事態になることが少なくなかつた。 (二) こうした原因で発生した郵便遅配の事態に対して、仙台郵政局と現場の管理者はもつぱらその責任を労働者に押しつけ、有給休暇の付与を拒否し、病気休暇者に出勤を命じ、担務変更命令など業務命令を濫発するなど強圧的労務対策にのりだすとともに、全逓気仙地方支部の活動に対しても団体交渉を拒否し、オルグ活動を妨害するなど抑圧的な姿勢をとるようになつていつた。 (三) 仙台郵政局は昭和三九年七月、当時全逓気仙地方支部大船渡分会書記長の地位にあつた原告P1に対し昭和三九年春闘における職場闘争を理由に停職六月の懲戒処分を行なつたが、その後も大船渡分会の活動に対して干渉の度を強めていつた。 (四) 昭和四三年一月一三日原告P1、同P2に対する本件懲戒処分と同時に、いずれも全逓大船渡の組合員であるP8、P5に対しそれぞれ停職一〇か月、P9、P10に対しそれぞれ停職六か月、P13に対し減給一〇か月、P15に対し減給六か月、全逓岩手地区本部委員長のP7に対し停職一〇か月という大量かつ苛酷な懲戒処分を発令した。なお右処分発令当時大船渡局の定員は僅か六〇名にしかすぎなかつた。 (五) 昭和四二年年末闘争期間中の行為全逓は昭和四二年一一月一四日年末一時金等の要求を郵政省に提出し、団体交渉をくり返し行なつてきたが、交渉は進展せず行き の定員は僅か六〇名にしかすぎなかつた。 (五) 昭和四二年年末闘争期間中の行為全逓は昭和四二年一一月一四日年末一時金等の要求を郵政省に提出し、団体交渉をくり返し行なつてきたが、交渉は進展せず行き詰つたので、労働基準法三六条の規定に基づく時間外労働協定の締結を拒否し、同年一二月一日から無協定の状態に入り、全組合員が時間外労働を拒否したため各郵便局では郵便物が滞留しはじめた。三六協定失効と同時に全逓岩手地区本部は大船渡郵便局にP7委員長を派遣して当局側の違法・不当な措置に対処させたが、仙台郵政局も係官を派遣して組合対策等にあたらせた。 (六) 昭和四二年一二月一日の行為右の年末闘争は一二月五日終結し、大船渡局の所属する気仙地方支部は、当局と三六協定を締結した。ところが年末首は年賀郵便をはじめとして取扱郵便物数が異常に増加する時期であり労働条件に甚しく影響してくるため例年どこの郵便局でも年末首の業務運行計画について当局と組合との話合いがなされ、その諒解のもとに綿密な計画をたてて年末首繁忙期に臨むのが実情であり、労使関係が必ずしも円満ではなかつた大船渡局においても従来からこの話合いはなされていたのに、昭和四二年に限り話合いのないまま繁忙期を迎えることになつた。 (七) そこで、大船渡郵便局における管理者らの態度は職員に対しそれが違法・不当なものであつても指示・命令に対しては無条件即時にこれに服従することを要求するものであつたが、その指示・命令のなかには、職員にとつて無条件には従えないものも数多く含まれていたのである。本件において懲戒事由として主張されているもののほとんどは当局側の違法・不当な指示・命令に対して原告らがその撤回を求めたり、抗議をしたりしたこと自体をとらえたものである。また当局側がこのような違法・不当な命令に職員を従わせようと れているもののほとんどは当局側の違法・不当な指示・命令に対して原告らがその撤回を求めたり、抗議をしたりしたこと自体をとらえたものである。また当局側がこのような違法・不当な命令に職員を従わせようとしてなした粗暴な言動が必要以上に組合員を刺戟したという側面も見逃すことができない。そして原告らの言動がたとえ形式的外見的に懲戒事由に該当する場合であつても、懲戒を認めることが実質的に原告ら職員のみを問責し、管理者らの違法・不当な言動が許容されるという結果になるような場合には、原告らに対する懲戒処分を認めることは正義に反する。 四、再抗弁 1 かりに原告らの行為で懲戒事由に該当するものがあるとしても懲戒処分の種類(戒告、減給、停職、免職)のうちもつとも重い免職をもつてすることは、すでに詳細主張した行為の態様、程度、その動機、目的並びに背景的事情などにてらして、明らかに酷に失し、懲戒権を濫用したものというべきであるから、本件免職処分は取消しを免れない。 2 原告らはいずれも全逓に所属し、被告らも自認するとおり、それぞれ重要な役職に就いているものであるところ、本件各免職処分は、被告らにおいて原告らが活発に組合活動を行つていることを嫌い、その正当な組合活動をしたことを理由にしてなされたものであることも、原告らの叙上の主張によつて明らかであるから、いわゆる不利益取扱いたる不当労働行為として無効である。 五、原告ら主張の再抗弁事実は争う。 第三、証拠関係(省略) 理由 一原告P1が昭和二二年三月に集配員として盛郵便局に採用され、昭和三五年一一月に大船渡郵便局勤務となり、昭和三六年九月に郵政事務官に任用され、引き続き同郵便局に勤務していたものであること、原告P2が昭和三四年八月に臨時補充員として同郵便局に採用され、事務員を経て昭和三九年一〇 大船渡郵便局勤務となり、昭和三六年九月に郵政事務官に任用され、引き続き同郵便局に勤務していたものであること、原告P2が昭和三四年八月に臨時補充員として同郵便局に採用され、事務員を経て昭和三九年一〇月に郵政事務官に任用され、引き続き同郵便局に勤務していたものであることはいずれも当事者間に争いがない。 二被告郵政大臣が昭和四三年一月一三日に原告らに対してそれぞれ「懲戒処分として免職する。」旨の同日付辞令を交付したことは当事者間に争いがない。 三懲戒処分事由 1 原本の存在及びその成立につき争いのない甲第一二号証、第一九号証、第二二号証、第二四号証、第二七号証、成立に争いのない乙第四一号証の各記載、証人P10、P32、P3の各証言原告P1、P2の各本人尋問の結果を総合するとつぎのとおり認めることができる。 原告P1、P2の両名は、昭和四二年一一月二四日午後五時一二分頃原告P1を先頭にしてP8他数名の者とともに大船渡郵便局貯金保険課内勤事務室の隣室入口から、また他の数名が廊下側入口から、それぞれ無断で走り込む勢いをもつて同事務室内に入るなり、P8他同人らと共同して同所において同貯金保険課長P3を取り囲み、同課長に対し大声で「一一月二二日の話合いでの課長の発言に不届きな点がある。 発言が悪いから謝まれ。」と怒鳴つて謝罪を強要し、同課長が謝罪すべきいわれのないことを説明して右要求をことわるや、「われわれを馬鹿にするな。」と怒鳴り、また同課長が「君達と話し合うつもりはない。用があるから帰る。」といつて午後五時二〇分頃席を立ち、二、三歩左へ歩き出すや、P8他数名の者と一緒になつて同課長の身体に密着して身動きができないように取り囲んだうえ、同課長に対して「課長、話合いに応じろ。」といつて交交迫り、その際P8において同課長の右肩を上衣の上から掴んで、課 数名の者と一緒になつて同課長の身体に密着して身動きができないように取り囲んだうえ、同課長に対して「課長、話合いに応じろ。」といつて交交迫り、その際P8において同課長の右肩を上衣の上から掴んで、課長席の方へ強く押し戻しながら「課長、話合いに応じろ、席に帰れ。」と叫んだが、同課長が右P8に対して「君達は貯金保険課長に暴力を振うつもりか。」と詰問しながら同人の手を振り払い、原告両名の間を掻き分けてようやく廊下に通ずる扉から退出して職員出入口の下駄箱の前までゆきついたところ、原告両名及びP8においてその間同課長の後を追いつつ交交「課長逃げるのか。」「席へ帰れ。」「話合いに応じろ。」などとしきりに怒鳴り、その際P8において再度同課長の右肩を掴んで引つ張つたりしたが、これに構わずに同課長が靴を履こうとするや、原告P1において「課長逃げるのか。大船渡の月がいつでも明るいと思つたら大まちがいだぞ。」と嚇し、続いて原告P2においても「大船渡の月がいつでも明るいと思つたら大間違いだぞ。」と嚇し、その他の者も口をあわせて「大船渡の月はいつでも明るいと思つたら大まちがいだぞ。」「大船渡の海は深いぞ。」などと脅迫し、そこで同課長が五時三〇分すぎ通用門から外に出たが、あたりの異様な気配にこれは何かあるなと直感していつもならば通用門を出て右の方へ曲つて行くところをわざわざ左へ曲つて約三〇米行き「主婦の店」の前で振り返つて一五米位後方に原告P2が同課長と同じ方向に歩いてくるのを見ながらそのまま通りを「福富旅館」の前まで行つてふと自分の腕時計をみようとしたところ、原告P2において同課長の方へつかつか寄るなりその背中に向けてどすを利かす声で「五時三五分だ。」といつて凄んで同課長を驚愕と畏怖に陥らせた。なお、同課長は、同時刻頃同旅館において同郵便局長P33、庶務会計 2において同課長の方へつかつか寄るなりその背中に向けてどすを利かす声で「五時三五分だ。」といつて凄んで同課長を驚愕と畏怖に陥らせた。なお、同課長は、同時刻頃同旅館において同郵便局長P33、庶務会計長P12、郵便課長P4らが会議をもつていたことを知つていて、何かあつたら救援を求めて同旅館に寄るつもりでいたので、その同旅館に入り、同原告らの右尾行を撒くようにして、裏口から出て帰つた。 以上のとおり認められ、前掲甲第一二号証、第一九号証、第二二号証、第二四号証、第二七号証の各記載、証人P10、P32の各証言及び原告P1、P2の各本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は信用しがたく、他に右認定をうごかすに足りる証拠はない。 2 前掲甲第二二号証、第二七号証、乙第四一号証、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第四号証、成立に争いのない乙第三八号証の一から六まで第三九号証、第四〇号証の各記載、証人P7、P3、P4、P12、P33の各証言を総合するとつぎのとおり認めることができる。 (一) 原告P2は、同年一二月一日午前八時四七分頃郵便外勤事務室において、同日午前一〇時からの勤務であるにもかかわらず、自己の勤務外の業務執行の場に臨み、折柄P4郵便課長が多数の郵便外勤員において「団結全逓」と表示された腕章を着けて勤務に服しているのを見咎めて右外勤員らに対し「腕章を外しなさい。」と命じていたところ、同課長に対して「課長おかしなことをいうな。どこにそんな根拠がある。」などといつて、同課長の職務上の右命令に容喙し、同課長が同原告に対して「君は勤務外の人間ではないか。無断で外勤室に入つては困る。出て行きなさい。」と退去を命じたにもかかわらず、これには応ぜず、かえつて同課長に対してメモ帳を呈示して「課長これに判子を押せ。課長押せ。」といつていわれなき捺 いか。無断で外勤室に入つては困る。出て行きなさい。」と退去を命じたにもかかわらず、これには応ぜず、かえつて同課長に対してメモ帳を呈示して「課長これに判子を押せ。課長押せ。」といつていわれなき捺印を迫り、そこでP6局長及びP12会計長が同原告に対して「P2君出て行きなさい。」と命ずるや、同局長に対して「局長こそ出て行け。」と暴言を浴びせるなどして退出を肯んぜず、よつてP4郵便課長の右職務執行を妨害した。 (二) 原告P1は、同日午後四時半頃郵便内勤事務室において、当時全逓岩手地区本部から大船渡に派遣されていた同本部委員長P7のほか、全逓大船渡組合員P5以下約一一名の郵便外勤員とともにP4郵便課長の面前にあらわれ、同課長に対し、まずP7において、同課長が原告P2のほかP18の両名の請求にかかる年休を不承認扱いにしたことに関し「年休不承認について協約違反の疑いがある。」と発言し、ついで原告P1及びP5においてそれぞれ「本日のP2君の年休不承認について協約違反の疑いがあるから団交しよう。」といつて、約一四名共同して多衆の勢威を示して同課長との話合いを要求し、そこで同課長が同原告らに対して「いま仕事中である。」といつて右要求を断わりながらなお「他日振替をしていないのは、君達の要望があつたからだ。五名の請求に対しては三名が限度である。業務遂行上それ以上はどうしてもできない。」といつて年休不承認に関し釈明したが、これに納得せず、かえつて同原告において「全逓を舐めるのか。協約をどう考えるのか。」と喚き立てながら居丈高に開き直るなどして、さらに右集団の示威をもつて執拗に同課長との話合いを強要し、ついに同課長及びP6局長から再三にわたつて退去を命ぜられたにもかかわらず、同五時過ぎまで右要求をくりかえして、同事務室における業務の執行を妨害した。 (三) つて執拗に同課長との話合いを強要し、ついに同課長及びP6局長から再三にわたつて退去を命ぜられたにもかかわらず、同五時過ぎまで右要求をくりかえして、同事務室における業務の執行を妨害した。 (三) 原告P1、P2の両名は、同日午後六時三五分頃郵便内勤事務室において、折柄執務中のP4課長に対し、再度P7、P5他約一〇名の者と一緒になつて同課長を取り囲んで右の約一四名にのぼる多衆の勢威を示しつつ、まずP7において「業務運営上支障があるならば、賃金をもつて非常勤を使え。そうすれば二名(原告P2及びP18)に対しても当然年休を承認することができるではないか。」などと差し出がましい要求を持ち出し、これに対して「業務運営上三名以上はどうしてもできない。」ことなど右(二)同様の釈明をくりかえしながらP7の右要求の不当を衝いて「内部干渉である(非常勤を)使う使わないはこつちの考えであるから関係ない。」と切り返して同課長が突つ撥ねたが、引き続き右集団の示威をもつてP7の右発言と同旨の要求を交交言い出し、ついに同課長から再三にわたつて勤務外にある右集団全員に対し退去が命ぜられたが、なお一団となつたまま執拗に要求をくりかえして、午後六時五三分頃まで同課長の執務を妨害した。 右(一)から(三)までのとおり認めることができ、前顕甲第四号証、第二二号証、第二七号証の各記載、証人P7の証言、原告P1P2の各本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は採用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 3 前掲甲第四号証、第二二号証、第二七号証、乙第三八号証の一から六まで、第四〇号証、成立に争いのない乙第四二号証の一、二の各記載、証人P7、P12、P11、P4の各証言、原告P1、P2の各本人尋問の結果を総合するとつぎのとおり認めることができる。 (一) 原告P1、P2の両名 証、成立に争いのない乙第四二号証の一、二の各記載、証人P7、P12、P11、P4の各証言、原告P1、P2の各本人尋問の結果を総合するとつぎのとおり認めることができる。 (一) 原告P1、P2の両名は、同年一二月二日午前八時三五分頃郵便外勤事務室において、各勤務時間中であるにもかかわらず、P7のほか、同じく勤務時間中のP8、P5及び二、三名の郵便外勤員とともにP4課長を取り囲み、右集団(約八名)の示威のもとに、原告P1が同課長に対して「昨夜の件で団交しよう。課長昨夜の件で団交しよう。」としきりに話合いを要求し、そこで同課長が「いまは仕事中である。」からといつて右の話合要求に応じないで、勤務時間中の原告両名ら約七名に対して「黙つて仕事をしなさい。」と就労を命じ、P7に対しては「委員長あんたが職場にいるとこのように混乱するから出ていきなさい。局長から退去命令が出ているから退去しなさい。」と告げたが、いずれも右の命令に従わず、交交いわゆる団交要求をくりかえし、その際原告P2が、「この野郎」というなり同課長の胸部を数回、腕組みした両肘で小突いたので、P6局長が「P2 暴行を止めろ。」とこれを制止しながら、P7を除く全員に対して「勤務中の組合活動は認められていない。 直ちに仕事に就きなさい。」と就労命令を発するや、かえつて原告P1が同局長に対して「局長おかしなことを言うな。協約違反は重大問題だ。団交の窓口を持て。」といつて執拗に話合いを要求し、その他の者も口口に同旨の発言をもつて同局長に迫り、同局長から「君達は仕事をしないのか。」と問責されるや、それぞれ郵便物二、三通をふりかざしながら、原告P1が「このとおり仕事をしている。」といつて茶化し、原告P2もまた同旨の発言をしながら同課長、局長に詰め寄り、これに乗じて他の郵便外勤員まで作業をやめて口口 郵便物二、三通をふりかざしながら、原告P1が「このとおり仕事をしている。」といつて茶化し、原告P2もまた同旨の発言をしながら同課長、局長に詰め寄り、これに乗じて他の郵便外勤員まで作業をやめて口口に「うるさい。」「出て行け」などと叫んで、室内を騒然とさせ、ついにP6局長が同日午前八時四四分頃全員に対して「唯今から命令に従わないでなおも抗議を続けて就労しない者については賃金カツトをします。」と宣するにいたるまで、約九分間ほしいままにその勤務を離脱して同事務室における業務の執行を妨害した。 (二) 原告P2は、同日午後一時頃郵便外勤事務室において、当時仙台郵政局から派遣された同郵政局貯金部管理課長P11が大船渡郵便局においていわゆる派遣管理者としてその職務を執行していたところ、P7がほしいままにその場に臨み、P11課長が郵便外勤員の作業状況をみているのをみて、同課長に対してことさらに「おP11君か。何しにきたのだ。あなたがくるとうるさくなるから帰りなさい。」とうそぶいてその邪魔をし、同課長から「仕事の邪魔になるから出てください。」と命ぜられると、かえつて同課長に対して「何をいうか。何しにきたのだ。」といつて居直つた際、右P7に加勢しているP9、P5らと共同して同課長に対し「何しにきたのだ。出て行け。」と暴言を浴びせ、同一時五分頃P4郵便課長が市内通常配達担当者八名及び市外一区担当者一名の各郵便外勤員に対して「本日は二号便を組み込まないから、一号便の持戻りを持つて準備でき次第出発しなさい。」と命じた際、右職務指示を無為にさせるべく、ともに勤務時間中のP9、P5及び休憩中のP22と共同して作業中の外勤員に対し「規定結束どおりやれ。そんな馬鹿なことがあるか。」「何の為の結束表だ。規定結束表にない。」などといつて、右職務指示に従わないように煽動 のP9、P5及び休憩中のP22と共同して作業中の外勤員に対し「規定結束どおりやれ。そんな馬鹿なことがあるか。」「何の為の結束表だ。規定結束表にない。」などといつて、右職務指示に従わないように煽動し、これに対し同課長が同原告の傍に行つて「作業指示どおりにやりなさい。」と再度命ずるや、同原告においてP9及びP5とともに同課長のもとに詰め寄り、また当日年休をとつていながら無断で同室内に入り込んでいたP10も「課長おかしなことを止めろ。」と叫びながらこれに加つて、四名相共同して同課長の右職務指示に対し激しく反抗し、そばにいたP11課長が同原告ら右四名の暴状目に余るとして「課長のいうとおりに静かに仕事をしなさい。」といつて右四名を窘めたところ、勤務外のP10が得たり賢しと同課長に対して「何、お前、俺は休みだぞ。休暇中の者にお前は仕事をせよというのか。休みの者に仕事をしろとは何事だ。」といつて食い下り、P5、P22、P9、及びP7が同課長に対して「お前は誰だ。どこの馬の骨だ。挨拶しろ。」「お前は見たことねえ。どこの馬の骨だ。」などと口口に罵り、ついに同課長が「P11 貯金部(管)」と書いた胸のネーム・プレートをさしつつ「これを見たらわかるのではないか。」というや、P10が「貯金部のくだ(管)とは何だ。」とからかい、他の者も「お前はどこの奴だ。帰れ、帰れ。」としきりに罵声を浴びせ、そこで同課長がP10ら右の五名に対して「午前中に挨拶している。こんな礼儀をしらない馬鹿者に挨拶できるか。もつとも静かに話したらどうか。」と切り返したことから、同原告以下数名において険しくいきりたち、「馬鹿とは何だ。」「この野郎」「郵政のトラツクはわれわれ外勤員を馬鹿者といつた。」「外勤員を侮辱するのか。」と捲くし立てて騒ぎがますます昂じ、しかもP24ほか郵便外勤員でない て険しくいきりたち、「馬鹿とは何だ。」「この野郎」「郵政のトラツクはわれわれ外勤員を馬鹿者といつた。」「外勤員を侮辱するのか。」と捲くし立てて騒ぎがますます昂じ、しかもP24ほか郵便外勤員でない職員まで同事務室に入つてくるに及んで、P4課長が同人らに対しては入室を制止して退去を命じ、郵便外勤員に対しては就労を命じたが、いずれも右命令に従わず、さらに郵便外勤員五、六名が同課長に対し交交大声で「管理課長郵便外勤員を侮辱するか。謝れ。」と詰め寄り、こうしたなかで同課長が「謝罪する必要はない。」といつて頑として踏み堪えていたところ、郵便外勤員約一二名が一団となつて同課長を取り囲んで室内ほぼ中央あたりから「謝れ」「侮辱するのか」などといいながら、腕組みをした両肘を交互に動かして激しく同課長を押し、その際原告P2、P9、P22、P10において両肘で同課長の胸を押したり突いたり、拳でその腹を小突いたり、あるいは同課長の身体を廻し、その脚部を蹴るなどして、その場に押されながら腕を組み、うつむき加減となつて我慢している同課長に対して暴力を振い続け、ついにP4課長がP7には退去を命じ、その他の者らには就労を命じ、またP6局長も「集団暴力はやめろ」と命じたが、これに従う者はなく、午後一時一五分過ぎまで右のような振舞いが続いたが、その間原告P2において約一〇分間ほしいままにその勤務を離脱して同事務室における業務の執行を妨害した。 (三) 原告P2は、同日午後一時二〇分頃郵便外勤事務室において、P6局長、P12会計長、P11課長及びP4課長がP7及びP10に対して退去を命じていた際、ともに勤務時間中のP9及びP5とともにその作業を中断し、同局長ら右四名の管理者に対して「うるさい。出て行け。局長帰れ。」「お前らこそ出て行け。」などと暴言を浴びせ、これに対して 去を命じていた際、ともに勤務時間中のP9及びP5とともにその作業を中断し、同局長ら右四名の管理者に対して「うるさい。出て行け。局長帰れ。」「お前らこそ出て行け。」などと暴言を浴びせ、これに対してP4課長が「黙つて仕事をしなさい。」と命ずるや、右P9ら及びP5のほか、P7、P10及び約八名の郵便外勤員と一団となつて同課長をわつと取り囲み、右集団(約一三名)の示威のもと口口に「課長出て行け。うるさい。」などと暴言を浴びせたうえ、同原告、P9及びP5において同課長を室外に出そうと企て、それぞれ腕組みして両肘で交交同課長を押し続けたが、その間同原告においてほしいままに約五分間その勤務を離脱して同事務室における業務の執行を妨害した。 (四) 原告P1は、同日午後四時一五分頃郵便外勤事務室において、折柄P11課長が郵便外勤員の帰局後の作業ぶりを見ていたところ、P8とともに同課長に対して交交「お前は誰だ。何しに来た。帰れ。」「さつき何といつた。馬鹿とは何だ。謝れ。帰れ。」などと捲くし立てながら同課長の職務上の指揮下に立つことを拒み、ついでP7、P9、P5、P10ら約七名のほか原告P2が同所にやつて来て加わるや、原告両名は同人ら約七名と集団をなして同課長を取り囲み、口々に「謝れ。帰れ。 さつきいつたことを取り消せ。馬鹿とは何だ。」などと怒鳴りながら同課長に詰め寄つていわゆる集団抗議を展開し、そこでP6局長及びP12会計長から再三にわたつて「集団抗議はやめなさい。」「すぐ解散しなさい。」と命ぜられたが、これに従わず、さらに原告P1がP5とともに「大船渡湾の底は深いぞ。」といい、原告P2が「大船渡の海は深いぞ」といい、P9が「大船渡の海に沈みたいのか。」といつてそれぞれ脅迫的な言辞を浴せながら同課長の胸のあたりを両肘で押し、小突きなどして同課長を室外に押 いぞ。」といい、原告P2が「大船渡の海は深いぞ」といい、P9が「大船渡の海に沈みたいのか。」といつてそれぞれ脅迫的な言辞を浴せながら同課長の胸のあたりを両肘で押し、小突きなどして同課長を室外に押し出そうと試み、これをみて同局長及び会計長が「解散しなさい。」「やめろ。暴力はやめろ。」と命じたが、かえつて原告P1においてP12会計長に対し「ちび助野郎。出て行け。お前に関係がない。出て行け。」などと暴言を吐き、かくして午後四時三五分頃にいたるまで同事務室を騒然とさせたが、この間原告P1において約二〇分、同P2において約一八分間ほしいままにその勤務を離脱して同事務室における業務の執行を妨害した。 右(一)から(四)までのとおり認められ、前顕甲第四号証、第二二号証、第二七号証、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第一一号証、第六号証、第一七号証、第二六号証の各記載、証人P7の証言、原告P1、P2の各本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は採用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 4 前掲甲第四号証、第二二号証、第二七号証、乙第三八号証の一から六まで、第三九号証、第四〇号証の各記載、証人P7、P4、同P33、P12の各証言、原告P1、P2の各本人尋問の結果を総合すると、つぎのとおり認めることができる。 (一) 原告P1、P2の両名は、同年一二月三日午前八時三〇分頃郵便外勤事務室において、P4課長から「速かに更衣を済ませて就労しなさい。」といわれたにもかかわらず、なお更衣動作の緩慢を改めることなく、P8とともに、かえつて同課長に対し、原告P1において「うるさい。出て行け。人の更衣するところを見るのは人権じゆうりんだぞ。」といい、原告P2において「うるさい。」といい、P8において「うるさい。課長こそ仕事をしろ。」といつてそれぞれ暴言を浴び おいて「うるさい。出て行け。人の更衣するところを見るのは人権じゆうりんだぞ。」といい、原告P2において「うるさい。」といい、P8において「うるさい。課長こそ仕事をしろ。」といつてそれぞれ暴言を浴びせるなどして、ことさらに同三七分頃まで更衣動作に時間を費してその職務を怠り、かつ、同事務室における業務の執行を阻害した。 (二) 原告P1、P2の両名は、同日午前八時四〇分すぎ郵便外勤事務室において、P7、P10、P13が無断で同事務室に入つて組合活動に従事し、そのためにP6局長、P12会計長、P4課長及びP11課長から再三にわたり「勤務中の組合活動は認められない。あなた達は、勤務外だから出て行きなさい。」と退去を命ぜられていながら、そのつど同局長ら管理者に対して「うるさい。」「やかましい。」「局長や課長こそ帰れ。」などの暴言を浴びせていたところ、ともに勤務時間中のP8及びP5のほか右P7ら三名と共同して同局長以下の右管理者に対して「局長帰れ、課長出て行け。」「管理者挑発するのか。」などと暴言を浴びせ、さらに原告P2において「課長、酒飲んで酔つぱらつているからハツスルしている。」と暴言を吐いて、右管理者らの職務の執行を妨害した。 (三) 原告P1、P2の両名は、同日午前八時五七分頃郵便外勤事務室において、P6局長がP7の前記一二月一日の発言に関し同人に対して「P7委員長は二万通の物だめをするといつたが、大船渡四万の市民に迷惑をかけることを承知でいつたのか。」と問責し、これに対してP7が血相を変えて同局長のそばへ走り寄るなり「出鱈目をいうな。」「誰が市民に迷惑を掛けるといつたか。局長取り消せ。」と迫るや、これに加勢すべく、P8、P9、P5ら約一〇名の郵便外勤員とともに同局長に対して「局長出鱈目をいうな。」といつて詰め寄り、腕組みをして局長を二重 に迷惑を掛けるといつたか。局長取り消せ。」と迫るや、これに加勢すべく、P8、P9、P5ら約一〇名の郵便外勤員とともに同局長に対して「局長出鱈目をいうな。」といつて詰め寄り、腕組みをして局長を二重、三重に取り囲み「局長出鱈目をいうな。この野郎挑発するのか。」「出て行け」「謝れ。」などと大声でまくしたて、入れ替り立ち替り腕組みした両肘を交互に前に突き出して同局長の胸を押し、温風暖房機の所から速達の区分棚の前まで同局長が踏みこたえようとしても踏みこたえられないような力で押し続け、その際P10において同局長につばを吐きかけた。外勤主事席前から同人の右暴状をみていたP4課長は局長の方へ向かつて押し寄せようとした郵便外勤員二、三名を市内二区の区分棚前で制止したが、かえつて同人らに取り囲まれて危うく室外に押し出されるところであつた。またP12会計長は同局長の方に近づいたが、同局長を取り囲んでいた者の中の五、六名がP12会計長を取り囲み、同人に対して局長同様腕組みをして押し、室外に押し出そうとしたので、腕組をしながら押し出されまいと踏んばつて防ぐのが精一杯であつた。P11課長も同局長のそばに寄ろうとしたが、四、五名の職員に取り囲まれて腕組みした両肘で胸を押され、ついに同局長を囲む群の中に入ることができなかつた。このようにして騒然とした混乱状態がしばらく続いたが、やがて九時二分頃同局長が入口から押し出されかけたまま入口に片足をあてたような恰好のままで原告両名のほか右の約一二名の者に向つて「局長及び郵便課長の命令に服さず、作業に就かない者は只今から賃金カツトします。」と大声で賃金カツトを宣するに及んでようやく右混乱がやんだ。その際原告両名は、約五分間ほしいままにその勤務を離脱して右のとおり同事務室における業務の執行を妨害した。 (四) 原告P2は、同 します。」と大声で賃金カツトを宣するに及んでようやく右混乱がやんだ。その際原告両名は、約五分間ほしいままにその勤務を離脱して右のとおり同事務室における業務の執行を妨害した。 (四) 原告P2は、同日始業時から午前一一時三五分までの間郵便外勤事務室においてP4課長の作業指示に対して、そのつど「うるさい」「出て行け」などと暴言を浴びせ、同課長が再度指示するや、「課長の言行をメモする。」といつて作業をやめたりして、ことさらに仕事をスローダウンさせてその職務を怠つた。 原告P1は同日始業時から午前一一時二〇分までの間同事務室において、たえずお茶を飲み、煙草を喫うために休憩室に行き、ほしいままに席を離れ、いたずらにP4課長のところへ郵便物を持つていつて「これ何と読むのか。」とたづねるなどして、ことさらに仕事をスローダウンさせて、その職務を怠つた。 右(一)から(四)までのとおり認められ、前顕甲第四号証、第二二号証、第二七号証の各記載、証人P7の証言、原告P1、P2の各本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は採用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。 5 前掲甲第四号証、第六号証、第一七号証、第二二号証、第二四号証、第二六号証、第二七号証、乙第三八号証の一から六まで、第三九号証、第四〇号証、第四一号証、第四二号証、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第一五号証、第一六号証、第二三号証、第二五号証の各記載、証人P7、P13、P33、P12、P3、P11、P4の各証言、原告P1、P2の各本人尋問の結果を総合するとつぎのとおり認められる。 (一) 原告P1は、同年一二月四日午前八時三〇分頃、郵便外勤事務室において、P4課長が同原告ほか郵便外勤員の更衣の緩慢を見咎めて「早く済ませて仕事をしなさい。」と指示するや、同課長に対して「うるさい。出て行 告P1は、同年一二月四日午前八時三〇分頃、郵便外勤事務室において、P4課長が同原告ほか郵便外勤員の更衣の緩慢を見咎めて「早く済ませて仕事をしなさい。」と指示するや、同課長に対して「うるさい。出て行け。課長仕事をしろ。」と暴言を浴びせて、上司の職務上の命令に従わなかつた。 (二) 原告P1は、同日午前九時一〇分頃郵便外勤事務室において、郵便内勤事務室勤務のP13から「P14さんが頭が痛いといつているのに一体どうするんだ。」といわれてP4課長が右P13に対して「君は関係がないから下で仕事をしなさい。」と命じたが、下へおりないでいたところ、同人に加勢すべく、P8、P9、P5らとともに同課長のところへ進み寄り口口に「課長なんで休暇を認めないんだ。」「人権じゆうりんだぞ」「どういうふうにするんだ。」「なんで年休認めないんだ。人権擁護局に訴えるぞ。」などと怒鳴り、P6局長及びP4課長の就労命令にも従わず、同九時一八分頃までほしいままに勤務を離脱して右のとおり同事務室における業務の執行を妨害した。 (三) 原告P1は、同日午前九時二一分頃郵便外勤事務室において、P4課長の横を小走りで同室から出ようとした際、同課長から「どこへ行くのか。」と尋ねられるや、これに対して「是非いえというのか。」と反問したうえ、「くそに行く。」とことわつて部屋を出ながら、便所のある一階には下りていかないですく隣の貯金保険外勤事務室へ入つて行き九時二四分頃戻つたが、その間ほしいままに離席してその職務を怠つた。 (四) 原告P1は、同日午前九時二五分頃郵便外勤事務室において、たまたま大船渡局勤務の管理者が同室にいなくなり、派遣管理者としてP11課長が職員の作業状態をみていたところ、同課長を室から出すべく、P8、P9及びP5と共同して同課長を取り囲み「課長出て行け。」といい同課長 渡局勤務の管理者が同室にいなくなり、派遣管理者としてP11課長が職員の作業状態をみていたところ、同課長を室から出すべく、P8、P9及びP5と共同して同課長を取り囲み「課長出て行け。」といい同課長が「作業状況を見にきているのだから出て行く必要はない。」というや、同課長に対して「出て行け、出て行け」といいながら腕組みした両肘で課長の胸部を押し、ついで同原告において「今管理者は誰もいないぞ。」「大舶渡の海は深いぞ。」「出て行け。」などといい、P8において「今管理者は誰もいないぞ。」「大船渡の海に沈みたいのか。」「大船渡の海はこわくないのか。」といい、P9において「今管理者は誰もいないぞ。何をされてもわからないぞ。大船渡の海に沈みたいのか。」といい、P5において「出て行け。」「今管理者は誰もいないぞ、大船渡の海に沈めるぞ、海は深いから何をされてもわからないぞ。」などといつてそれぞれ嚇しつつなおも同課長の胸部を押して室外に押し出そうと努め、やがてP9が途中から突然抜けて出入口の方へ行つて扉を開け、同課長を押している同原告らに対して「まだ誰も来ないぞ。今のうちだ。」といつてけしかけるや、右の押し出しの勢いをつのらせて、ついに、同九時三〇分頃「仕事をするために来たんだ。出ない。」と頑張る同課長を室外に押し出してしまつたが、右のとおり約五分間ほしいままに勤務を離脱してその職務を怠り、かつ、P11管理課長の職務の執行を妨害した。 (五) 原告P1は、同日午前九時五〇分頃から一一時一五分頃までの間郵便外勤事務室において、P4課長が何度も職員に対して「早く組立てを終えて出発するように」と命ずると、その都度P8、P5、P9と交交「うるさい。」「課長出て行け。」「課長仕事をしろ。」と暴言をもつて激しく反抗し、さらにみんなを笑わせるような「シー、シー」とい 終えて出発するように」と命ずると、その都度P8、P5、P9と交交「うるさい。」「課長出て行け。」「課長仕事をしろ。」と暴言をもつて激しく反抗し、さらにみんなを笑わせるような「シー、シー」という不謹慎な声を発して同課長の指示をやじり、ほしいままに離席して休憩室に行き、煙草を吸い、お茶を飲みなどして仕事の能率を著しく低下させ、やがてこれをみかねたP11課長が同原告に対して「郵便物なら俺の経験では四〇分もあれば組立てが終つてしまう。早く組立を終えて出発しなさい。 仕事をやりなさい。あなたには特に郵便課の外務主任として他の職員を指導する立場にある。にもかかわらず、作業態度はもつとも悪い。」と厳しく注意したところ、かえつて同課長に対して「課長郵便を知つているんだな。」といい返し「俺はしにん(死人)ではない。」と外務主任の「主任」にひつかけた揶揄をとばして同課長をからかうなどして、その間上司の職務上の命令に従わずその職務を怠つた。 (六) 原告P1は、同日午後四時五〇分頃貯金保険課外勤室前廊下において、さきにP3課長が同課外勤員P29、P30の両名の請求にかかる年休を不承認にしたことから、同課外勤事務室内及び同廊下付近で「課長年休を認めろ。」などの声で騒然となり、同事務室から廊下に出た同課長の後ろから、P15、P16、P30、P29らが同課長を取り囲み、P15が先頭になつて「課長年休を承認しろ、年休の順延はおかしいじやないか。」などと抗議するや、これに乗じて同課長を吊しあげるべく、P7とともに同課長の前方からその行手を遮り、同課長に対して右同様抗議をしてその場をさらに騒然とさせつつ同課長の進路を塞ぎ、そこでP6局長及びP12会計長がP3課長を連れ出そうと努め、しきりに解散を命じたが、これを無視して同四時五八分頃まで右の吊し上げを続けた。 をしてその場をさらに騒然とさせつつ同課長の進路を塞ぎ、そこでP6局長及びP12会計長がP3課長を連れ出そうと努め、しきりに解散を命じたが、これを無視して同四時五八分頃まで右の吊し上げを続けた。 (七) 原告P1、P2の両名は、P7、P9、P13、P15P5ら十数名の者と共同して、同日午後五時すぎ局長室入口付近において、P12会計長ら管理者四名が交交「無断入室をするな。」「中へ入るな。」と叫んだり、両手を拡げて制止したりしているにもかかわらず、P7が先頭に立つて「みんな入れ」と号令をかけるや、いつせいに右管理者達を押しのけて局長室に闖入し、それぞれ数名ずつでP6局長ら管理者を個別に取り囲み、P3課長に対しては「年休を承認しろ。事由がおかしいじやないか。」と抗議し、会計長に対しては「窓口を開け」と抗議したりして午後五時一五分頃にいたるまで局長室を騒然とさせた。 (八) 原告P1、P2の両名は、同日午後六時二〇分過ぎ庶務会計室においてさきにP12会計長とP7、P16、P19らとの間で交渉の窓口を開くか開かないかについて応酬があつた際、右P16が同会計長に対して「ちび助のくせにいばるな。」といい、これに対して同会計長がとつさに「でん助何をいうか。」とやりかえしたことから、それまで同会計長の右側にいて再三「お前は金魚の糞のように、俺のあとばかり追いかけないで窓口を開きなさい。」といつていたP7が「これはいい材料ができた。」といつてすぐに庶務会計室を小走りに去り、間もなく一五、六名の組合員の先頭に立つて再び同室に入つてくるや、右P7、P16、P19ほか右組合員らと共同して同会計長を吊し上げることを企てて、同会計長の机のまわりをぐるつと取り囲み、口口に「でん助とは何事か。」「謝れ。」「大船渡分会六四名の代表を侮辱するのか。」「取り消せ、運営委員長を 合員らと共同して同会計長を吊し上げることを企てて、同会計長の机のまわりをぐるつと取り囲み、口口に「でん助とは何事か。」「謝れ。」「大船渡分会六四名の代表を侮辱するのか。」「取り消せ、運営委員長を馬鹿にするのか。」「侮辱するのか。」などと激しく詰め寄り、そこで同会計長が右P7ら及び原告両名に対して再三「退去しなさい。」と命じ、またP6局長が全員に退去命令を出したが、いずれも応じないばかりか、P8及び原告P2においては、椅子を低くして机の引出しの下に足が入るようにして腰を下ろしていたP12会計長の椅子を中の方へ動かして椅子の肘掛けが机の引出しにぴつたりとついて同会計長が椅子から立ち上れない位にすぐ後からP8が右斜めうしろから原告P2が椅子の脚部を押えつけ、さらにP6局長が「会計長の自由を束縛するのか。暴行とみなす。やめろ。」と注意したが、これをもききいれず、同局長の前記退去命令時から午後六時三九分頃までの約一八分間にわたつて、P12会計長に対する右軟禁状態を解かなかつた。 右(一)から(八)までのとおり認めることができ、前顕甲第四号証、第六号証、第一五号証、第一六号証、第二二号証、第二四号証、第二五号証、第二六号証、第二七号証、の各記載、証人P7、P13の各証言、原告本人P1、P2の各本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は措信しがたい。 6 前掲乙第三八号証の一から六まで、第三九号証、第四〇号証成立に争いのない、甲第三〇号証の一から三まで、乙第三六号証の各記載、証人P4、P33、P12の各証言を総合するとつぎのとおり認められる。 原告P1は、同年一二月二四日郵便外勤事務室において、当時年末首の年賀郵便物の取扱いがはじまり、同月二一日から一応年賀の区分態勢に入つていたが、同日及び翌日には区分棚の見出し紙等の準備をし、同月二三日から各区に年 年一二月二四日郵便外勤事務室において、当時年末首の年賀郵便物の取扱いがはじまり、同月二一日から一応年賀の区分態勢に入つていたが、同日及び翌日には区分棚の見出し紙等の準備をし、同月二三日から各区に年賀郵便物を配布して年賀郵便の取扱に入つたため、同月二四日も年賀郵便物を処理しなければならなかつたことから、P4課長が同日午後九時頃同原告ほか一九名の郵便外勤員に対して同日の超過勤務を命じたが、同原告ほか一二名がクリスマス、その他の理由によりそれぞれ超勤を拒否したといういきさつを経て、同課長が同日午後三時五〇分頃P12会計長立会いのもとに同原告に対して「今朝超過勤務を命じたところ、あんたはクリスマスで駄目だと拒否したが、これは協約第四条に該当しないから、今朝命令したとおり、超過勤務命令を受けなさい。」と再考をうながしたが、かえつて同課長に対して「クリスマスで駄目だといつて何故悪いんだ。」といつて居直り、さらに同課長が同原告同様超過勤務を拒否した他の一二名の外勤員に対して、再考をうながすため一人一人説得してまわつた際、これについてまわりながら同課長に対して「今日に限つて何故立会いをつけて超勤の再命令をするのか。クリスマスとか、用事があるからということは協約第四条の本人に重要と認められる事項に入る。こういう官のやり方は我々を刺戟するから止めてくれ。」といつて介入し、そこで同課長が「三六協定が締結されており、しかも今が年末の最繁忙期で郵便物が多い。そんなときにクリスマスであるとかあるいは都合が悪いとかで拒否するということは労働者の義務違反ではないか。」といつて同原告をたしなめるや、同課長に対して大声で「あえて挑戦するのか。やるならやつてみろ。トラツクはいくらでもいれろ。俺は分会長だ。分会長としていうが、年賀は管理者でやれ。」とまくしたてながら、約一 て同原告をたしなめるや、同課長に対して大声で「あえて挑戦するのか。やるならやつてみろ。トラツクはいくらでもいれろ。俺は分会長だ。分会長としていうが、年賀は管理者でやれ。」とまくしたてながら、約一〇名の職員とともにP4課長を取り囲んで口口に「課長何をいうか。」「今日に限つて何故、超勤の再命令をするのか。」「おかしいではないか。」「クリスマスで用事があるといつてもよいではないか。」などと詰め寄つて同事務室内を騒然たる状態にさせて約二五分間ほしいままに勤務を離脱してP4郵便課長の職務の執行を妨害した。 右のとおり認められ、前掲甲第二二号証の記載、原告P1の本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は採用しがたく、他に右認定を左右すべき証拠はない。 7 前掲甲第一七号証、第二二号証、第二四号証、第二六号証、乙第四〇号証の記載、証人P16、P5、P8、P4の各証言、原告P1の本人尋問の結果を総合するとつぎのとおり認められる。 (一) 原告P1は、同年一二月二五日午前九時三分頃郵便外勤事務室前廊下において、P4課長が当日から開始される予定の補食のことについて同原告と話し合つていた際、貯金保険課勤務のP16がそこへ来て口をはさんだりしてP3課長から「P16君、職場へ帰りなさい。」といわれ、その帰りしな出入口附近で折柄作業中の郵便外勤員に対して「本日は補食・・」などと話しかけたことから、P4課長が右P16に対して「何をいつているんだ。他課の者には関係がない。」と咎めるや、P9ほか数名の職員とともに同課長を取り囲んで「課長、暴言を取り消せ。」などといつて詰め寄つてあたりを騒然とさせ、ついに同課長及びP6局長において全員に対して就労を命じたが、これに従わず、約四分間ほしいままに勤務を離脱して同事務室における業務の執行を妨害した。 (二) 原告P1は同日午後五時 たりを騒然とさせ、ついに同課長及びP6局長において全員に対して就労を命じたが、これに従わず、約四分間ほしいままに勤務を離脱して同事務室における業務の執行を妨害した。 (二) 原告P1は同日午後五時一〇分頃、郵便外勤事務室において、P4課長が郵便外勤員に対して「今日から補食をするが、補食は宿直室で一七時三〇分から一八時までの休憩休息時間を利用して食べるように。」と指示したところ、右指示を不服としてP8とともに同課長に対して「休憩時間は労働者が勝手に使う時間だ。」「課長から『飯食え。』といわれる筋合ではない。」「休憩休息時間は別に与えるべきだ。」「補食は勤務時間中にやらせろ。」といつて抗議し、さらに同日午後六時五分頃同所付近において、休憩休息時間が終つても作業室に姿を見せない同原告を当時補食に使用されていた宿直室にみつけて、同課長が同原告に対して「もう時間だよ。早く仕事をしなさい。」とうながしたところ、これに立腹して同課長に対し「なに、お湯をぶつかけられたいのか。」と二度ばかり語気険しく怒鳴つて居直り、同課長が「なにいつているんだ。」といつて廊下に出るや、すぐそのあとに続いて廊下において、P9、P8ら約一〇名の郵便外勤員とともに同課長に対し「休憩時間に『飯食え』とは何だ。休憩時間は労働者の自由な時間である。『飯食え。』と命じたことは重大なことだ。」などといつて抗議をくりかえし、同課長の再三にわたる就労命令にも従わず、約一七分間ほしいままに勤務を離脱し、上司の職務上の命令に反抗した。 8 前掲甲第二二号証、第二七号証、乙第三八号証の一から六まで、第三九号証、第四〇号証、原本の存在と成立に争いのない甲第二一号証、成立に争いのない乙第三四号証の一から三まで、第三五号証の一から三までの各記載、証人P31、P4、P33、P12の各証言、原告P1、P 九号証、第四〇号証、原本の存在と成立に争いのない甲第二一号証、成立に争いのない乙第三四号証の一から三まで、第三五号証の一から三までの各記載、証人P31、P4、P33、P12の各証言、原告P1、P2の各本人尋問の結果を総合するとつぎのとおり認められる。 (一) 原告P2は、同年一二月二六日郵便外勤事務室において、同日の勤務時間が勤務指定により午前九時から午後五時五分までと指定されていて、担務混合Cと指定されるべき筈であつたところ、その担務指定事務を処理したP27主事が誤つて同原告に対して混合B担務すなわち午前一〇時から午後六時までの勤務を要する業務を担当すべき旨指定し、他方混合B担務を指定すべきP31に対し誤つて混合C担務を指定したことから、P4課長が同原告に対して担務の誤指定があつて混合CにはP31が就くから同原告においては混合Bに就くように指示したところ、みずから午前九時五〇分に出局しながら同課長に対し誤指定をした責任をとれと迫り、同課長が「誤指定をしたことは手落ちであつたが、混合CはP31君が担当することにしたので、君は担務指定どおり混合Bをやるように。」とかさねて命じたが、右命令に従わないでなおも大声で「担務を誤指定した責任をとれ。俺は課長がなんといおうとC担務をやるのだ。」といつて抗らい、そこで同課長がまたも「命令のとおり仕事をしなさい。」と命ずるや、ますます反抗をあらわにして唇を震わせ、血相を変えて、「俺はやらない。俺はやらない。」とくりかえしながら同課長に詰め寄り、さらに同課長がそばにいたP6局長とともに「よし、わかつた。業務命令違反として相当措置する。」と同原告に告げるや、腕組みした肘で同課長の胸部を突くような恰好をしながらなお抗議を続けてやまず、ついに午前一〇時二分頃仙台郵政局郵務部P17課長補佐がこれをみかねて「課 違反として相当措置する。」と同原告に告げるや、腕組みした肘で同課長の胸部を突くような恰好をしながらなお抗議を続けてやまず、ついに午前一〇時二分頃仙台郵政局郵務部P17課長補佐がこれをみかねて「課長のいうとおり仕事をしなさい。」と命じたところ、同課長補佐に対して「おめえ、何もわからないで余計なこというな。」といつて詰め寄るなどして約一二分間にわたつて上司の職務上の命令に反抗した。 (二) 原告P1は、同日午前一〇時三分頃同事務室において、原告P2とP6局長らとの応酬をみているうちに、P9、P5とともに同局長及びP12会計長を室外に出そうと企て、同局長に対して「局長理由もわからないで余計な口出しをするな。局長がいると職場が混乱するので出て行け。」と申し向けたうえ、原告P1において手のひらを局長の胸の付近にあてて強く押し、ついで同原告のすぐ脇にいたP9、及びP5においてP6局長及びP12会計長に対して「局長出ていけ。局長出ていけ。」といつて室外に押し出すべく同人らを交互にぐんぐん押し、同局長が押されながらも「暴力をするのか。」と二、三度制止したが、これにかまわず「暴力ではない。局長こそうるさいから出て行つてくれ。」と申し向けながら同一〇時六分頃までなおも押し続けてやまず、同局長が右手を机にあててささえながら体を捩つて押されるのをはねかえすのがやつとであり、またP12会計長も同様ずるずる押され、ついに右足のスリツパが抜けてとびなどして危ふく顛倒するところであつたが、以上のようにして約三分ほしいままに勤務を離脱し、P6局長及びP12会計長の職務の執行を妨害した。 右(一)及び(二)のとおり認められ、前顕甲第二二号証の記載、原告P1の本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は採用しがたく、他に右認定を左右すべき証拠はない。 四非違行為該当性 妨害した。 右(一)及び(二)のとおり認められ、前顕甲第二二号証の記載、原告P1の本人尋問の結果中右認定に沿わない部分は採用しがたく、他に右認定を左右すべき証拠はない。 四非違行為該当性右三の認定事実によれば、原告P1について懲戒処分事由1、2の(二)、(三)、5の(六)から(八)までの各所為は国家公務員法八二条一号、三号に該当し、同3の(一)、(四)、4の(一)から(三)まで、4の(四)の後段、5の(一)から(五)まで、6、7の(一)、(二)、8の(二)の各所為は同条各号に該当し、原告P2について同1、2の(一)、(三)、5の(七)、(八)の各所為は同条一号、三号に該当し、同3の(一)から(四)まで、4の(一)から(三)まで、4の(四)の前段、8の(一)の各所為は同条各号に該当する非違行為と解すべきである。 原告らは右三の各所為について次のとおりその非違行為性を争うので、以下考察する。 1 P4郵便課長が昭和四二年一二月一日郵便外勤事務室において外務員多数が「団結全逓」と表示された腕章を着用して勤務に服しているのを見咎めて同人らに対し右腕章の取り外しを命じていた際、原告P2が勤務外でありながらその場に臨み同課長の右職務に容喙し、同原告が勤務外に属する故をもつて、同課長、P6局長及びP12会計長からそれぞれ退去を命ぜられたのにこれに従わず、かえつて同局長に対して「局長こそ出て行け。」と暴言を浴びせるなどして、P4課長の右職務執行を妨害したことは、前記懲戒処分事由2、(一)に認定したとおりである。 原告らは、右認定事実について、腕章取り外しの命令が違法であるとし、したがつてこれに対して抗議し、かつ、右の違法を確認する措置を講ずることは正当であると主張する。しかしながら、懲戒処分事由2、(一)にかかる原告P2の所為の非違性は、 り外しの命令が違法であるとし、したがつてこれに対して抗議し、かつ、右の違法を確認する措置を講ずることは正当であると主張する。しかしながら、懲戒処分事由2、(一)にかかる原告P2の所為の非違性は、同原告がP4課長の職務に容喙したこと自体にあるのではなく、むしろその際同原告が勤務外の者であることを理由に退去を求められたのにこれに従わなかつたし、かえつて退去を命じたP6局長に対して「局長こそ出て行け。」と暴言を浴びせたことにあると解されるから、腕章取り外し命令の適否如何は同原告の右非違性に消長を及ぼすものではありえない。原告の右主張は採用しがたい。 なお、右の腕章着用は郵政事業職員で全逓の組合員たる者の組合活動の領域に属する団体行動であるところ、職員がその勤務時間中において右のような組合活動に従事することは、職員の職務に専念すべき義務(国家公務員法一〇一条一項参照)に違背するものと解されるから、郵政省就業規則二七条本文の「職員は、勤務時間中に組合活動を行なつてはならない。」とする規定を俟つまでもなく、これを違法とすべきである。右腕章取り外し命令は相当といわなければならない。 2 前記三、2、(二)について、原告らは、P4郵便課長が他日振替をしないで年休不承認をしたのは許されず、この問題について団交を申し入れるのは当然であり、このとき同課長が執務していても業務を妨害したことにはならないと主張する。 思うに、労働基準法三九条一、二項の要件が充たされたときは、当該労働者は、法律上当然に右各項所定日数の年次有給休暇の権利を取得し、労働者がその有する休暇日数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期を特定して右の時季を指定したときは、客観的に同条三項ただし書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権を行使しない限り、右の指定によつて年次有 数の範囲内で具体的な休暇の始期と終期を特定して右の時季を指定したときは、客観的に同条三項ただし書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権を行使しない限り、右の指定によつて年次有給休暇が成立し、当該労働日における労働義務が消滅するものである(最高裁判所昭和四一年(オ)第八四八号、同(オ)第一四二〇号事件判決昭和四八年三月二日言渡)が、客観的に同条三項ただし書所定の事由が存在する場合において、使用者が右の事由の存在を理由として「労働者の申請した日の有給休暇は承認しない」旨の意思表示をしたときは、とりもなおさず使用者の時季変更権の行使があつたものと解され、その場合、使用者は必ずしも一方的に特定の日を指定しなければならないわけではなく、一定の範囲の時季を指定すれば足りるものであり、労働者の了解があれば、指定をしなくてももとより違法ではないし、しかも右の意思表示や時季の指定は必ずしも明示的になされる必要はなく、黙示的になされても足りるものと解される。 そして、郵政省と全逓との間において当時「年次有給休暇に関する協約」付属覚書が交換されており、年次有給休暇の請求手続につき「3 休暇は職員の請求に対する所属長の意思表示により与えるものとし、所属長は職員の請求する時季に休暇を与えることが業務の正常な運営を妨げないか否かについて具体的な判断を行ない、その結果請求の時季に休暇を与えるときはその旨意思表示し、また請求の時季には休暇を与えないで、他の時季に休暇を与えるときはその旨意思表示するとともに、この場合職員から特に求められたときは、その事由の要旨を口頭通知するものとする。4 右により請求する時季には休暇を与えないで他の時季に与えることとした場合において、これを当該年度中に与える見込があると所属長が認めたときは、その予定する時季を日 の要旨を口頭通知するものとする。4 右により請求する時季には休暇を与えないで他の時季に与えることとした場合において、これを当該年度中に与える見込があると所属長が認めたときは、その予定する時季を日、週、または月をもつて通知する。(したがつて、この場合においては、職員が請求を一旦撤回しない限り、その予定した時季近くに至つて再度請求する必要はないものとする。」と定められている(このことは成立に争いのない甲第二八号証の五四によつて明らかである。)のであつて、このような取扱いは前示の解釈に沿うものといえる。 これを大船渡郵便局郵便課の場合についてみると、証人P4、P33の各証言及び弁論の全趣旨によれば、同郵便課においては、昭和四一年九月頃以降休暇不承認の場合に休暇の必要な時季に改めて請求するからいわゆる他日振替はしないでほしいと申出られることがしばしばあつたことから、郵便課長は、有給休暇の申請があつた場合において、その申請の日の休暇を承認することができないときは、当該休暇を承認できない旨の意思表示をすれば足りていたこと、また職員は、その申請が容れられないときは、他の時季の指定をむしろ受けないで請求を撤回する意思でこれを受けとめていたことが認められるところ、右のような取扱いないし処理方法はある特定の日あるいは期間の休暇を必要とするがゆえにその申請をする職員の立場からみても極く常識的な対応の仕方であつたと首肯される。けだし、休暇を申請する職員はただ休暇をとればそれで足りるというわけのものでなく、一定の目的との関連において、当該の日の休暇を必要とし、これを有効に利用したいと考えるからこそその休暇の申請をするのが通常であり、当局によつて別の日を定めて休暇をいわば押しつけ的に与えられるような形になるよりは、むしろ右の別の日の休暇はとらないこととし、状 有効に利用したいと考えるからこそその休暇の申請をするのが通常であり、当局によつて別の日を定めて休暇をいわば押しつけ的に与えられるような形になるよりは、むしろ右の別の日の休暇はとらないこととし、状況に応じてあらためて自らの意思と選択により休暇をとるかどうかを決める自由を留保したいからである。 本件において、前同証拠によれば、一二月一日に四人が休暇をとつたことにより欠区が三つも生じたあとであり、同月二日については原告P2とP18を含めて合計五名の休暇申請があつたが、同原告及びP5の両名を除く三名に対してはすでに承認ずみであり、要員配置を検討した結果、右の両名についてその申請どおり休暇を承認するときは、郵便業務の正常な運営を妨げるおそれがあつたので、P4課長は右両名の申請を不承認とし、その旨を両名に告げるにいたつたことが認められるし、後記認定のとおり、当時いわゆる三六協定については無協定状態で推移し、他方全逓大船渡郵便分会は電撃的、効果的物溜め戦術を展開して、P7委員長指導のもとに年休をできるかぎり沢山とつていたのであるから、大船渡郵便局管理者たるP4課長が右の戦術により郵便物の遅配、欠配が生ずる事態を憂慮してその対策に腐心し、這般の事情を勘案しつつ業務運行上の支障の有無を検討した結果、右両名の申請にかかる休暇を承認しないとしたことは、これを推認するに難くない。右はもとより適法な時季変更権の行使に当るというべく、そしていわゆる他日振替をしなかつた点については、右のような背景的事情のない他の時季に与えられるとの黙示の意思表示を含む不承認であることを原告らにおいて容易に諒知することができた筈であるから、これを異とするに足りない。P4郵便課長の右不承認措置は、同課職員の休暇制度本来の利用の意向を十分掬んで従前の取扱例によつたまでのものというべき 原告らにおいて容易に諒知することができた筈であるから、これを異とするに足りない。P4郵便課長の右不承認措置は、同課職員の休暇制度本来の利用の意向を十分掬んで従前の取扱例によつたまでのものというべきであり、これをもつて前記協定ないし付属覚書の協約に違反するとみるのはあたらない。 そして、かりに原告らのいうような協約違反の疑いがあるとして、当のP4郵便課長に対して話合いを求める場合においても、その手順及び方法についてはおのずから言論をもつてする平和的説得ないし対話の限界があることはいうまでもない。ところが、原告P1は、右話合いを求めるとして、P7、P5のほか約一〇名の同課外勤員と共同して同課長に対し集団の威力を誇示しながら話合いを求め、同課長が仕事中であることを理由にして右要求を拒絶したにもかかわらず、なおも右集団の威力を背景にして執拗に右要求をくりかえし、そこで同課長及びP6局長から再三にわたつて退去命令が発せられたが、これに従わず、約三〇分間に及んで同課長の職務の執行を妨害したことが前記三、2、(二)の認定によつて明らかである。そうすると、同原告の右所為は、P4課長において話合いに応じなかつたことが不当であるからといつて、これを正当化するものではないというべきである。原告らの右主張は理由がない。 3 前記三、3、(一)について、原告らは、組合と当局との交渉及びいわゆる窓口交渉並びにこれら交渉の申入れは勤務時間中になされるのが慣例であつたから、勤務時間中の原告P1のP4課長に対する交渉の申入れは非難されるべきものではないと主張する。 しかしながら、前記認定によれば、原告P1がP4郵便課長の指揮のもとでその職務に服している状況下において、同じく勤務時間中の同課職員P8、P5ら数名のほか右勤務外のP7と共同して同課長を取り囲んだうえ、同 ながら、前記認定によれば、原告P1がP4郵便課長の指揮のもとでその職務に服している状況下において、同じく勤務時間中の同課職員P8、P5ら数名のほか右勤務外のP7と共同して同課長を取り囲んだうえ、同課長に対して「昨夜の件で団交しよう。」といつて話合いを求めたことが明らかであるが、組合と当局間の団体交渉ないし話合い自体はもとより、そのような交渉、話合いを求めて組合側が当局側に申入れをすることは組合活動の領域に属する行為であつて、勤務時間中の職員が右の申入れをすることはとりもなおさず勤務時間中に組合活動を行なうことにほかならないから、その職員は当然にこれをなしうるものではなく、上司の許可を得たうえで組合活動に従事し得るというべきところ、原告P1においてP4課長の許可を得た形跡はさらにない(右の場合において勤務外のP7が同旨の申入れをすることとは同日の論でない。)。したがつて、同原告は右の許可なくして前示話合いを求める組合活動に従事したことによりほしいままにその勤務を離脱したものというほかはない。しかも、郵便外勤事務室における職務執行のさなかにある状況下でP7以下数名(同原告を含めて)が同課長を取り囲み、多衆の勢威を恃んで、P7に対する退去命令、同原告らに対する就労命令をも無視し、ただ要求申入れを執拗にくりかえしてやまなかつたことも前認定により明らかであるから、その申入れの手順・方式の尋常ならざることは、かのいわゆる大衆団交ないし吊し上げ方式を彷彿させるものというべく、その不当は蔽うべくもない。原告らの右主張も理由がない。 4 前記三、3、(二)について、原告らは、P4課長がP13及びP24両名の組合員に対し暴力行為に及んだので、組合員らがこれに対して抗議するのは当然であると主張する。 しかしながら、前記三、3、(二)の認定事実に原本の存在 いて、原告らは、P4課長がP13及びP24両名の組合員に対し暴力行為に及んだので、組合員らがこれに対して抗議するのは当然であると主張する。 しかしながら、前記三、3、(二)の認定事実に原本の存在及びその成立につき争いのない甲第九号証の記載、証人P24、P4の各証言をあわせると、P4郵便課長は、当日午後一時過ぎ郵便外勤事務室において、原告P2がP9、P22、P10ほか郵便外勤員約一〇名と共同してP11管理課長に対して大声で「侮辱するのか」「謝れ」などとまくしたてながらそれぞれ両肘を腕組みしたまま左右交互前方に激しく動かして同課長を押して行き、かつ、その胸部及び腹部を押し又は小突くなどして集団暴力を加えていた際、P24ら数名の者が同事務室における右の騒ぎを聞きつけ、一団となつて無断で同事務室内にはいり込もうとするや、右一団の闖入を阻止すべく急拠入口に赴くなり右一団の先頭に立つP24と衝突したことが認められ、前掲甲第一一号、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二八号証の一〇の一、二の各記載、証人P19の証言中右認定に反し、原告らの主張にそう部分は、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第二八号証の一四の各記載に対比してにわかに措信しがたく、原告らの主張に照応する証人P23の証言によつても原告らの右主張事実を肯認するに足りず、ほかに証拠はみあたらないから、原告の右主張は採用しがたい。 5 前記三、4、(一)について、原告らは、全逓と郵政省間において作業開始前五分程度の更衣時間を認める旨の確認がなされており、かつ、大船渡局においては慣行として一〇分程度の更衣時間が認められていたにもかかわらず、P4課長がこれを無視したので抗議したにす において作業開始前五分程度の更衣時間を認める旨の確認がなされており、かつ、大船渡局においては慣行として一〇分程度の更衣時間が認められていたにもかかわらず、P4課長がこれを無視したので抗議したにすぎないと主張する。 しかしながら、全逓と当局間の確認事項なるものは、成立に争いのない甲第二八号証の六五の記載によれば、全逓中央本部中央執行委員長の指導文書中において「被服着用時間としては当局に認められなかつたが、しかし最終的に当面の暫定措置として『郵便外務員が出勤時制服着用のため勤務時間に喰い込んでも五分以内に限り賃金カツトをしない。』という運用上の指導をするという省側回答があり、本部も了承したものである。ただこの省側回答の中には『戦術としての実施や、故意にやつた場合は、この措置を適用しない』というふくみのある内容のものである。」と記載された部分を指していうものであることが認められるから、右確認事項に拠つていうにせよ、勤務時間中に五分間の被服着用時間なるものを当局が認めたわけでないことが明らかである、まして原告らの主張するように一〇分間程度の更衣時間が慣行として大船渡局において認められていたことを肯認するに足りる証拠はない。したがつて、前記三、4、(一)の場合において、P4課長が原告両名に対して速かに更衣を終了して就労するよう指示したことは同郵便課長の職務上当然の措置であり、また原告両名が右指示に対して暴言をもつて反抗し、かつ、ことさらに更衣のために約七分間を費したことは職員としてあるまじき非行であり、職務怠慢であるといわなければならない。原告らの右主張も理由がない。 五免職処分の相当性 1 前掲甲第四号証、第二二号証、乙第三八号証の一、第四二号証の一、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第一号証、第二号証、第五号証、成立に争いのない甲 主張も理由がない。 五免職処分の相当性 1 前掲甲第四号証、第二二号証、乙第三八号証の一、第四二号証の一、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第一号証、第二号証、第五号証、成立に争いのない甲第三七号証、乙第九一号証の各記載、証人P33、P11、P34、P35、P7、P36の各証言、原告P1、P2の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、つぎのとおり認めることができる。 全逓中央本部は、昭和四二年一一月三〇日付をもつて「時短、日廃、団交権、特定局近代化、労務政策の変更、期末手当等の経済要求と併せて四一項目の要求を実現するためには、これまでの郵政省の態度からして、徹底的な実力行使を背景にして郵政省を追いこまなければ、もはや交渉の前進はありえないと判断するので、一二月一日以降三六無協定の戦術を採用し、郵政省に要求解決の決断を行なわせるため電撃的、速効的な物だめ闘争を全国的に展開して解決をはかるとの闘争方針を決定した。」旨及び「一二月一日以降の全国的な電撃的、速効的な物だめの成否いかんが今次闘争の勝敗を決定する鍵であると判断し、全国三ブロツクにわけて開催した戦術会議決定の戦術の強化を各級機関に強力に指導することを決定した。」旨を明らかにして同年一二月一日にいわゆる年末闘争に入ることを宣明し、指令第二四号をもつて「一各級機関は一二月一日以降別途指令するまでの間三六協定を無協定にし、時間外労働、休日労働拒否の戦術に突入せよ。二各級機関は全国三ブロツクで開催された戦術会議決定の戦術を強力に実践せよ。三各級機関は対外宣伝に全力をあげるとともに全組合員の情報伝達態勢を確立し、情勢の浸透に万全を期せ。四一二月一日以降郵政省当局は全逓の闘争挫折をねらい、「三六結べ」などの動揺を組織内におこす策動をおこすことが想定されるので組織点検をおこ に全組合員の情報伝達態勢を確立し、情勢の浸透に万全を期せ。四一二月一日以降郵政省当局は全逓の闘争挫折をねらい、「三六結べ」などの動揺を組織内におこす策動をおこすことが想定されるので組織点検をおこない闘争態勢の確立をより一層強化せよ。」との闘争指令を発した。東北地方においても右の指令に副つて年末闘争が展開されたが、岩手地区においては、中央本部の決定に従い、「電撃的、速効的物だめ」をするため、一二月一日以降三六協定が無協定になると定時退庁、休憩休息を厳格にとること、年次有給休暇をできるだけ多くとること、分会交渉で解決するため努力すること、平常能率を徹底して守り余計な仕事は一切しないこと、担務以外は一切しないこと、及び配達については交通規制を守り、郵便は一通一通はつきり数えていわゆる順法闘争を行なうことを戦術として臨むことを決定し、大船渡郵便局については、特に同地区本部委員長P7がオルグに出向き、分会交渉における確立を中心に指導にあたつた。そこで原告P1を分会長とする大船渡郵便分会においては、右の上部方針に従いいわゆる年末闘争に入るに際して「電撃的、速効的物だめ」作戦を展開するため、たとえば、腕章・リボン闘争を行なう、できるだけ年休を多くとる、業務規制をきちんとする、協約を完全に守る、管理者が職員についてその出勤時刻、集配出発時刻、退庁時刻、持ち戻り郵便物の数、作業の状況、勤務状況を正確に把握し記録するというようなことは抑圧労務管理にほかならないからこれを排除する、分会の中で管理者と対等に話し合える職場交渉権、職場団交権を確立する等の具体的な戦術を決定した。全逓の右の闘争方針及び戦術の採用に対し、大船渡郵便局において、当局は、組合がいわゆる「集団抗議」「休暇戦術」「電撃的物だめ」等を現実に行なうものと判断し、局長以下の管理者のほか仙台郵 を決定した。全逓の右の闘争方針及び戦術の採用に対し、大船渡郵便局において、当局は、組合がいわゆる「集団抗議」「休暇戦術」「電撃的物だめ」等を現実に行なうものと判断し、局長以下の管理者のほか仙台郵政局から派遣された同局貯金部管理課長を同局郵便外勤事務室等に配置して、郵便外勤員等に対する業務上の指導、作業状態の把握を適確に行ない、オルグ等が勤務時間中事務室に出入し、滞留すること並びに、勤務に関係のない職員で、他の事務室に勤務する者、または休日、休暇、休憩時間中の者らが勤務上の必要がないのに事務室等に出入りすることを排除し規制する方針をとつた。 右のような情勢のもとで、全逓はその呼号する年末闘争に突入し、大船渡郵便局においても、その闘争を果敢に展開し始めた。すなわち、同年一二月一日朝同郵便局通用口に全逓の組合旗がぶらさげられ、原告P2がP13、P16らとともにガリ版刷りの俗称「お早うニユース」を配布し、P7岩手地区委員長が手に鞄を提げて会議室に入り、ついで郵便外勤事務室に入つてオルグ活動を始めた。P6局長はこれを見てただちにP12会計長に「P7委員長がオルグに来ている。」旨を告げ、同会計長が午前八時三〇分の始業ベルを鳴らすなり同人とともに郵便外勤事務室にいたり、P7に対し「委員長郵便外勤室からただちに退去してください。オルグの入局は認めません。」といつて退去を求め、これに応じようとしない同人に対し、P12会計長、ついでP4課長と交交退去命令をくりかえしたが、P7は再三にわたる右退去命令を無視して「せつかく来たのだから、ひと言挨拶して行きたい。」などといつて同事務室内に徘徊し、午前八時五〇分頃外勤員約二〇名に対し大声で「皆さん一分間集まつてくれ。」といつた。しかし、誰も集まらなかつたので、P6局長がすかさず「組合活動は認めません。」とい どといつて同事務室内に徘徊し、午前八時五〇分頃外勤員約二〇名に対し大声で「皆さん一分間集まつてくれ。」といつた。しかし、誰も集まらなかつたので、P6局長がすかさず「組合活動は認めません。」といつて退去をさらに求めたが、やはりこれには従わず、やがてP7は、同事務室内の郵便外勤員に向け大声で「今年の年末闘争は腰をすえて物だめしてくれ。この大船渡局は二万通位ためてくれ。これは委員長の指示である。」と呼びかけた。そこでP12会計長が「委員長何を指導するか。重大問題である。今の発言は明確に記録しておく。」と発言し、P4課長も郵便外勤員に向つて「課長として職員に伝える。今の委員長の指示は重大問題である。絶対に応じてはいけない。官の対策は今晩たてる。」と告げ、局長も「委員長これは重大なことなのではつきり確認したい。委員長いつたんだな。君の指示だというから責任持つんだな。」と念を押したところ、P7は「当り前だ。当然だ。俺は委員長だ。」と切り返した。なおP5は、局長がP7に対して当初退去命令を告げた際、局長に対して「局長お前こそ邪魔だ。」「うるさい。出て行け。」などと暴言を浴びせた。かように認めることができ、右認定に反する証拠はさらにない。 ところで、全逓の右年末闘争が全国的規模においては同年一二月一日に始まり五日をもつて終つたのであるが(このことは当事者間に争いがない。)、原告らの本件非違行為は、右年末闘争中の一二月一日から四日までの二〇件を中に挿んで一件が同年一一月二四日に、五件が同年一二月二四日から二六日までに発生し、いずれも大船渡郵便局における全逓の年末闘争及びその前後の戦術展開のなかで輩出した所為であり、系譜的に同工異曲の関連性を有することが前記認定によつてうかがわれる。しかも、前掲乙第三八号証の一の記載、証人P6、P12の各証言 ける全逓の年末闘争及びその前後の戦術展開のなかで輩出した所為であり、系譜的に同工異曲の関連性を有することが前記認定によつてうかがわれる。しかも、前掲乙第三八号証の一の記載、証人P6、P12の各証言及び弁論の全趣旨をあわせると、P6局長が昭和四二年七月二一日に大船渡郵便局に着任し、ただちに局内にいた職員に対し挨拶まわりをすませて局長室にいたところ、郵便外勤員P9が局長室隣の庶務会計室で大声でやりとりをしながら局長室の扉をいきなり開けてはいるなり同局長に対して「おいこんど来た局長お前か。見たことないな。威張るな。」といつて暴言を浴びせたうえ、二、三〇秒ほど同局長を睨み付けてから、扉をバタアンと音高く閉めて出て行つたが、P9の右のような常軌を逸した無頼漢ぶりの発揮といい、また次の二二日に同局長が局内を巡回し、郵便外勤事務室において郵便業務の運行状況をみていた際、当時まだ郵便課長が着任していなかつたことから庶務会計長が代行するたてまえに従つて同事務室に入つたところ、一職員が会計長に対して「郵便課長が不在だから、お前が代行して指示をしろ。」と差し出がましくいいつけるのをみて、同局長が郵便外務主事に対して「郵便業務のわからない庶務会計長に代つて指導するよう」に指示しても、これに従わない同主事の抵抗ぶりといい、さらに二、三日経過後ようやくあらたに郵便課長が着任したが、いわゆる土地勘の全くない新課長であるとみてとるや、郵便外勤員が一人一人新任課長に対して「この郵便物はどこに持つていくんだ。」とことさらに指示を求め、これによりいたずらに新任課長をしてその返答に窮せしめて快を貧るが如き児戯に堕した意地悪さといい、いずれも聞きしに勝る異様さに、着任したばかりのP6局長ははやくも前途多難なる人事労務対策を痛切に思い知されたし、また、P12会計長が同年八月 に窮せしめて快を貧るが如き児戯に堕した意地悪さといい、いずれも聞きしに勝る異様さに、着任したばかりのP6局長ははやくも前途多難なる人事労務対策を痛切に思い知されたし、また、P12会計長が同年八月一六日に大船渡郵便局に庶務会計長として着任して、職員に挨拶してまわつた際、郵便外勤事務室においては、P37が「お前が会計長か。ほうあつはつは。」と哄笑し、これに同じて他の郵便外勤員もいつせいに同会計長の着任挨拶を笑い飛ばし、郵便内勤事務室においては、書留関係を取り扱う特殊室の前に立ち挨拶をしようとしたところ、P10が「はいるな。はいるな。ここには用事のない者ははいつちやいかん。」と語気荒荒しく同会計長の挨拶を遮つて外へ出てしまい、また数日後に同会計長が庶務会計室の自席で執務していたところ、郵便課所属の外勤員P9がやつてきて同会計長に対して「お前いつから非常勤にきたんだ。」と嫌がらせをするなどして、当時大船渡局における全逓の組合員で右のような心なき者どもは競うようにして新たに着任してきた管理者に対し野卑にして粗暴な不躾ぶりを振舞つて意気がり、その夜郎自大は目に余るものがあつたことが認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠もないから、大船渡郵便局においては、原告らの本件非違行為が輩出する素地が前記年末闘争よりも以前からすでに醸成されていたとみることができる。 以上の認定に前記三に掲げる各所為の態様及び状況を考えあわせると、原告らの本件非違行為は、もとより全逓の正当な組合活動の展開に際し派生した偶発的所為ではなく、原告両名及びその他のいわゆる組合活動家の意識構造に支えられ、これに胚胎する意図的計画的所産でおよそ労働組合の正当な行為とはかかわりのないものというべきである。したがつて、原告らの本件非違行為の原因及び動機において情状酌量の余地はないと 意識構造に支えられ、これに胚胎する意図的計画的所産でおよそ労働組合の正当な行為とはかかわりのないものというべきである。したがつて、原告らの本件非違行為の原因及び動機において情状酌量の余地はないといわなければならない。 2 原告らは、前記三にみたとおり、ほしいままに勤務を離脱しもしくは勤務外でありながらみだりに入局し、集団の威力を駆使してその業務執行の場における管理者の制止もしくは退出命令を無視しながらいわゆる抗議行動もしくは話合いの要求等の組合活動を展開し、そのつど管理者に対して粗暴、不躾な言動を振舞い、ときに侮辱、恫喝、暴力の行使に及び、また怠業的行為をもつて勤務能率を低下させもしくは上司の職務上の命令指示に逆らいなどして職務を怠り、あるいは職務外において郵政事業職員たる信用を堕しもしくは国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行を犯したものであるが、その非違行為の態様において多岐なること、頻度において執拗なること、手段においてときに陰湿なることは顕著であるというのほかはない。そして、原告らの本件非違行為によつて大船渡郵便局における業務の運営が著しく阻害され、P6局長、P12会計長、P4郵便課長ら管理者の職務の執行がふみにじられ、局長室、郵便課事務室等において職員の服務規律が著しく紊されたことも前認定により明らかである。右のようにして同郵便局の業務が停滞して国の経営にかかる郵政事業に対する国民の信頼を失墜したこと、及び同郵便局における業務上の管理体制に荒廃をもたらしたことも叙上の認定事実から容易に看取される。したがつて、原告らの本件非違行為によつて国がこうむつた損害は決して些少ではありえないといわなければならない。 3 原告らの経歴についてみるに、前記一のとおりであるほか、原告P1、P2の各本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると、原 よつて国がこうむつた損害は決して些少ではありえないといわなければならない。 3 原告らの経歴についてみるに、前記一のとおりであるほか、原告P1、P2の各本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると、原告P1は、昭和三六年一〇月以降大船渡郵便局主任(郵便局組織規程改正により昭和三八年七月に同郵便局郵便課主任)の地位にあつたが、全逓においては、気仙地方支部に所属し、昭和三七年一〇月に大船渡分会書記長、昭和三九年八月に同支部執行委員、昭和四二年七月に大船渡郵便分会長にそれぞれ選出され、本件所属当時右分会長の地位にあつたところ、懲戒処分として、昭和三一年二月に一か月本俸の一〇分の一の減給、昭和三九年七月に停職六月の各処分歴を有すること、及び原告P2は、全逓においては、同地方支部に所属し、昭和三八年七月に大船渡分会副分会長、昭和四一年八月に大船渡郵便分会長、昭和四二年七月に同分会副分会長にそれぞれ選出され、本件所属当時右副分会長の地位にあつたことが認められる。 原告らは、郵政事業職員として及び全逓組合員としてそれぞれ右のとおりの職務歴及び役職歴を有するにもかかわらず、本件非違行為を執拗にくりかえし、しかも主導的役割を演じてこれを敢行したことが前記認定により明らかであるから、その非違性は顕著であり、情状は重いとみるべきである。 右1から3までにみたとおりであるから、被告郵政大臣が原告らに対する懲戒権者として前記三に掲げる非違行為にもとづいて原告両名に対しそれぞれ免職する旨の辞令を交付してした本件懲戒免職処分は、その処分の選択において合理性があるものとして、これを是認すべきものと解するのが相当である。 原告らは懲戒権の濫用を主張するけれども、本件懲戒免職処分が懲戒権者たる被告郵政大臣の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を是認すべきものであることは これを是認すべきものと解するのが相当である。 原告らは懲戒権の濫用を主張するけれども、本件懲戒免職処分が懲戒権者たる被告郵政大臣の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を是認すべきものであることは右に述べたとおりであるから、原告らの主張は理由がない。また原告らは不当労働行為該当の瑕疵を主張するが、本件非違行為がいずれも労働組合の正当な行為たりえないものであることは前記三の認定により明らかであるから、右主張もまた採用のかぎりでない。 六結び以上によれば、本件懲戒免職処分はいずれも相当としてその効力を是認すべきものであるから、右処分の取消しを求める原告らの被告郵政大臣に対する請求、及び右処分が無効であることを前提として原告らが郵政事業職員の地位を有することの確認を求める原告らの被告国に対する請求は理由がない。 よつて、原告らの本訴請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。 (裁判官中川幹郎仙田富士男大喜多啓光)

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