【DRY-RUN】主 文 本件控訴を棄却する。 理 由 本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事野中光治提出にかかる静岡地方検察庁検 察官検事本位田昇作成名義の控訴趣意書記載のとお
主文本件控訴を棄却する。 理由本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事野中光治提出にかかる静岡地方検察庁検察官検事本位田昇作成名義の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する答弁は、弁護人白石信明、同田中豊恵各作成名義の各答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。 本件公訴事実中住居侵入、強盗殺人の事実の要旨は、「被告人は、昭和二五年一月六日午後八時三〇分過ごろ、金品奪取の目的で、静岡県盤田郡a1町a2町a3番地A1方裏出入口から同家屋内に侵入し、同家六畳間で就寝中の右A1(当時四六年)の枕許で金品物色中、同人が眼をさますや、所期の目的を妨害されることをおそれて矢庭に持つてきた匕首で同人の右頸部を約八回位突き刺して即時右刺創による失血死に至らせ、次いで同様就寝中の右A1の妻A2(当時三三年)がこれに気付いたように認めるや、直ちに同女の枕許に至り、右匕首をもつて同女の左頸部等を約一〇回位突き刺して即時刺殺し、その際同女をして苦しさの余りその身を隣に寝ていた次女A3(当時一一月)の顔面及び胸部に覆いかぶらせて即時右圧迫による窒息死に至らせ、更に物音に眼をさました長女A4(当時二年)の枕許に赴いて右手で同女の頸部を絞扼して即時窒息死に至らせてそれぞれ殺害したうえ、金品の物色を続け、同室東北隅の箪笥ひき出内及び同所の衝立に掛けてあつたA1の上衣ポケツト内から同人所有の現金計約千三百数十円を強奪して逃走したものである。」というのであるところ、これに対して原判決が、「本件公訴事実中住居侵入、強盗殺人の事実については、被告人の自白の任意性が認められず、従つてこれを記載した供述調書等もすべてこれを証拠とすることができないところ、本件においては、右自白と 判決が、「本件公訴事実中住居侵入、強盗殺人の事実については、被告人の自白の任意性が認められず、従つてこれを記載した供述調書等もすべてこれを証拠とすることができないところ、本件においては、右自白と離れて被告人を犯人なりと断ぜしめる証拠がないから、結局右公訴事実については、犯罪の証明がないことに帰する。」と判示し、被告人に対して無罪の言渡をしていることは、所論のとおりであつて、これに対し論旨は、右住居侵入、強盗殺人の公訴事実については、警察、検察庁を通じ被告人の自白等には任意性があり、従つて、これを記載した供述調書等は、いずれも証拠とすることができるものであつて、これを補強する証拠もあるから、その証明が十分であるにもかかわらず、無罪を言渡した原判決は、証拠の取捨判断を誤り、事実を誤認したものであり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである旨を主張し、その理由として、第一項において警察等における自白の任意性を、第二項において検察庁における自白の任意性をそれぞれ詳論し、最後に原判決のした無罪の判断が判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である旨を論難するにより、左にこれに対する当裁判所の判断を示す。 第一、警察等における自白の任意性について。 原判決が、右住居侵入、強盗殺人の公訴事実に対する無罪の理由において、「本件につき最高裁判所が昭和二八年一一月二七日言渡した破棄差戻の判決は、その破棄理由として、本件自白はその真実性が疑わしく、他に独立して被告人を犯人なりと断ぜしめる証拠がないことを挙げているが、右は必ずしもその前提として本件自白が任意に為されたことを認めた趣旨とは解せられない。」として、(一)被告人の警察での自白(被告人の司法警察員に対する第一回ないし第一四回供述調書)、(二)被告人の供述書二通、(三)被告人の副検事に対 が任意に為されたことを認めた趣旨とは解せられない。」として、(一)被告人の警察での自白(被告人の司法警察員に対する第一回ないし第一四回供述調書)、(二)被告人の供述書二通、(三)被告人の副検事に対する供述調書及び裁判官に対する陳述調書、(四)B1の証言中の被告人の自認部分がいずれも任意性を欠き、証拠能力を有しないから、これを採つて有罪事実認定の証拠とすることができない旨を判示していることは、所論のとおりであつて、論旨は、右各証拠は、いずれも任意性が認められ、証拠能力を有する旨を主張する。よつて案ずるに、原審(差戻後の第一審)における第一回、第九回、第一三回各公判調書の記載に徴するときは、右列挙の証拠中(一)、(二)、(三)の各証拠は、いずれも原審において検察官からこれが取調請求が行われたのであるが、そのうち(一)、(二)及び(三)中の被告人の副検事に対する供述調書は、いずれも原審第一三回公判期日において、これを取調べない旨の決定があり、(三)中の被告人の裁判官に対する陳述調書は、同公判期日において、取調請求を却下する旨の決定があつて、共に原裁判所において取調べなかつたものであることが認められるのに、当審においては、これらの証拠につき検察官から証拠調の請求すら行われなかつたものであつて、たとえ、これらの各書面が、差戻前の第一審において証拠調が行われた関係上記録には編綴されてあつても、このままでは、当裁判所においては、その任意性の有無にかかわりなく、これを証拠とすることができないばかりでなく、自白の任意性を判断するにつき調査の資料とすることさえもできない筋合であるから、これが任意性につき云々することは、実益が乏しいようにも考えられない訳ではないけれども、検察官がこれを控訴の趣意としているのであるから、一応これに対する判断を示すこととする できない筋合であるから、これが任意性につき云々することは、実益が乏しいようにも考えられない訳ではないけれども、検察官がこれを控訴の趣意としているのであるから、一応これに対する判断を示すこととするが、それについては、自白の任意性についての法律的見解の如何が、具体的事案における自白の任意性の判断に重大な影響を及ぼすものと考えられるので、まず、本件につき必要の限度において、自白の任意性についての当裁判所の法律解釈を示し、次に、論旨の示す各項目に従い、これに対する判断を示すこととする。 一、自白の任意性についての当裁判所の法律解釈。 <要旨第一>自白の証拠能力については、刑事訴訟法第三一九条第一項に、「強制、拷問及は脅迫による自白、不当に長く</要旨第一>抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。」と規定されているのであつて、右は憲法第三八条二項の規定を受けたものであるが、これらの規定の趣旨とするところは、自白の証拠能力を認めるためには、その任意性が要件とされるということである。そして、右に規定された強制、拷問、脅迫というようなこと(不当長期拘束後の自白については、本件と直接関係がないから除く。)は、すべて任意性のない場合の典型的な事例であつて、法は、これらを例示的に列挙したものと解されるのであり、又、強制、拷問又は脅迫による自白とは、これらの強制、拷問又は脅迫と自白との間に相当因果関係の存在を必要とする旨を示したものと解されるのである。この点につき原判決は、自白が任意性を欠いて証拠たり得ないためには、それが強制事実に由つて、即ち強制事実を原因としてなされたことは必ずしも必要でなく、要するに自白が強制事実の下で、即ち強制事実(又はその影響力)の現存する状況下でなされたことをもつ り得ないためには、それが強制事実に由つて、即ち強制事実を原因としてなされたことは必ずしも必要でなく、要するに自白が強制事実の下で、即ち強制事実(又はその影響力)の現存する状況下でなされたことをもつて足りるものと解すべきであるとし、その根拠の一として憲法第三八条第二項の公定英訳文が、この点につきコンクエツシヨンメイドアンダー……(Confessionmade under……)なる文言を使用している点を援用しているのであるが、しかし、右の文言も、必ずしも原判決のように解さなければならないものではなくて、むしろ、前示のように、強制、拷問又は脅迫と自白との間に相当因果関係の存在を必要とする旨を示したものであり、その相当因果関係のある自白とは、右の強制、拷問又は脅迫等自白の任意性を失わせるような不法不当な圧迫が現に加えられつつあるか、又は過去においてこれらの圧迫が加えられたことにより、将来も再びそのような圧迫が繰り返されるおそれのある状況においてこれを原因として行われた自白を指称するものと解するのが相当であると考えられるのである。 次に、前示刑事訴訟法第三一九条第一項中の「その他任意にされたものでない疑のある自白はこれを証拠とすることができない。」との規定は、任意性のないことが実際上立証の極めて困難であることを考慮して、任意性のない疑があるだけで自白の証拠能力を否定したものと解されるのであつて、それ以上詳細な説明は、本件においては必要がないと考えられるので、これを省略する。 二、被告人の司法警察員に対する第四回ないし第一四回供述調書について。 原判決においては、被告人が右各供述調書における自白の任意性を争う要点は、被告人が本件自白をなすに至りかつこれを維持した原因が、前記の期間二俣町警察署構内(建物裏手)の道場(土蔵造り)において取調 原判決においては、被告人が右各供述調書における自白の任意性を争う要点は、被告人が本件自白をなすに至りかつこれを維持した原因が、前記の期間二俣町警察署構内(建物裏手)の道場(土蔵造り)において取調刑事から暴行、脅迫等の強制行為を受けたためであるというのであるから、以下においては、先ず、被告人の主張するような暴行、脅迫という直接的強制事実があつたかどうか、次に、被告人が道場と称せられる土蔵で取調べられたこと自体が被告人に対して間接的に強制とならなかつたかどうかという順序で判断すると前置して、各関係証拠につきいろいろと検討を加えて、るる詳述した上、「直接強制の有無に関する結論」として、被告人の司法警察員に対する自白は、刑事訴訟法第三一九条第一項にいう「任意にされたものでない疑のある自白」に該当するから、この点においてすでに任意性がないと判示し、次に、「間接強制の有無」と題して、本件の取調場所は、二俣町署裏手の土蔵であつて、この土蔵での取調自体が、間接的に被告人に対する強制となつたものというべく、すなわち、被告人の司法警察員に対する自白は、「強制の下になされた自白」であるから、この点においてもまた任意性を欠くと判示した上、被告人の司法警察員に対する第四回ないし第一四回供述調書の任意性についての結論として、以上の次第であつて、被告人の上述司法警察員に対する自白については、その取調が右のような土蔵という圧迫の下で行われ、かつ、右取調には暴行、脅迫等の直接的強制事実が伴つたとの疑があるから、そのいずれからみても、右自白を記載した被告人の司法警察員に対する上述第四回ないし第一四回供述調書は、その全部が任意性を欠いて証拠とすることができないものである旨を判示していることは、所論のとおりであり、これに対して論旨は、(一)被告人の取調にあたつて、司法警 上述第四回ないし第一四回供述調書は、その全部が任意性を欠いて証拠とすることができないものである旨を判示していることは、所論のとおりであり、これに対して論旨は、(一)被告人の取調にあたつて、司法警察員により暴行、脅迫等のいわゆる直接強制を加えられた疑はなく、(二)被告人を土蔵造りの道場で取り調べたこと自体が人権に対する不法な圧迫であるとの原判決の判断は、誤りである旨を主張するのである。そこで、(一) 原判決のいわゆる直接強制の有無の点について考察するに、この点につき原判決は、直接強制なしとの証拠及び直接強制ありとの証拠につき、それぞれ詳細な論評を加えた上、以上、いわば被告人側の反証にあたる(一) 被告人の供述自体、(二)B2、B3の各証言、(三)B4ほか三名の各証言、(四)土蔵での取調がもたらす疑、並びに(五)その他の事実の五者は、また相互に補強し合つてその信憑力を高めるものであるが、これらの反証を総合し、更にそれを前記のいわば検察官側の立証にあたるものと比較考量するときは、当裁判所としては、右反証全体の証明力については、未だ疑問なしとしないので、本件取調において暴行、脅迫等の直接的強制事実が存したとの認定には到達しないけれども、しかしまた、右反証全体の証明力は、これを到底否定ないし軽視することもできないので、右の事実が存在しないとの確信にも達し得ないものである。(すなわち、本件取調には、右事実存在の疑が残る。)従つて、被告人の司法警察員に対する自白は、前記法条にいう「任意でされたものでない疑のある自白」に該当するから、この点においてすでに任意性がないと判断しているのであるが、本件記録によつて原判決の列挙する右各証拠を精査し、原判決の右判断の当否を仔細に検討するに、原判決の右判断は、いずれもおおむね妥当であると認められ、所論のように 任意性がないと判断しているのであるが、本件記録によつて原判決の列挙する右各証拠を精査し、原判決の右判断の当否を仔細に検討するに、原判決の右判断は、いずれもおおむね妥当であると認められ、所論のように、必ずしも誤つているものとは考えられないのである。この点につき論旨は、被告人は、本件住居侵入、強盗殺人の公訴事実について犯行を否認し、いわゆるアリバイを主張すると共に、警察における自白は、取調刑事の暴行、脅迫等があつたため、心ならずも虚偽の自白をしたと主張するものであつて、被告人の供述全体としては、自白の任意性がないとの主張と自白の真実性がないとの主張とが両者一体不可分的に主張されているものであるが、本来自白の任意性と真実性とは、区別せらるべきものであり、証拠能力は、証明力の前提問題として判断されなければならないから、被告人の供述を離れて、明確に自白の任意性がないと断じ得る証拠がある場合は、当該自白の真実性について判断を進める必要もなければ、また判断するべきでもないことは、当然であるけれども、本件の場合は、これと異り、本件の取調に警察官の暴行、脅迫があつたという被告人の公判廷における供述を除いては、本件自白の任意性がないと断じ得る証拠は、全くみあたらないのであるから、本件において、被告人の公判供述に基きこれを証拠として自白の任意性があるかどうかを判断する場合は、右供述の信憑力の検討吟味は、自白の真実性があるかどうかの観点からも行う必要がある旨を力説し、原判決が本件自白について、その真実性の有無を検討、判断しなかつたことは、そのこと自体採証の法則に違反するものである旨を主張し、右自白の真実性についていろいろと検討詳述しているのであるが、なるほど、自白の任意性の根拠につき、学者のいわゆる虚偽排除説的立場を採る場合に、自白の任意性と真実性との間に するものである旨を主張し、右自白の真実性についていろいろと検討詳述しているのであるが、なるほど、自白の任意性の根拠につき、学者のいわゆる虚偽排除説的立場を採る場合に、自白の任意性と真実性との間に関連のある場合の存することは、所論のとおりであるけれども、現行刑事訴訟法においては、自白の任意性の有無は、証拠能力の問題であり、その真実性の有無は、証明力の問題であつて、自白の証明力があるとするためには、その前提として、該自白が証拠能力を有することが必要であり、この証拠能力を有するがためには、右自白が任意性を有することを必要とするとの建前を採つているのであり、たとえ、客観的に真実に合致した自白であつても、その任意性が認められないか、若しくは、任意性に疑がある場合には、証拠能力を欠き、断罪の資料に供することができない筋合であるから、原判決が、この点につき、被告人の本件自白がすべて任意性を認められず証拠能力を欠き、従つて、その果して真実を述べているや否やにつきこれを判断するに由なきものと判示し、本件自白の真実性の有無につき判断を示していないからといつて、所論のように、そのこと自体が採証の法則に違反するものということはできないばかりでなく、被告人の本件自白の真実性については、後に詳述するように、本件につきさきに最高裁判所が言渡した破棄差戻判決の破棄理由において、被告人の警察員、検察官に対する自白は、真実性の乏しいものではないかと疑うべき顕著な事由が存する旨を判示して、被告人の本件自白の真実性を肯定しがたい旨の判断を示しているのであるから、原裁判所及び当裁判所は、裁判所法第四条により、本件につき右の判断に拘束されるものというべく、従つて、原裁判所は、原審における審理の結果、最高裁判所が右の判断を示した当時に存した資料以外に、それ自体で、または右の資料 は、裁判所法第四条により、本件につき右の判断に拘束されるものというべく、従つて、原裁判所は、原審における審理の結果、最高裁判所が右の判断を示した当時に存した資料以外に、それ自体で、または右の資料と総合して本件自白の真実性を肯定し得る新たな証拠が発見されない限り、右最高裁判所の判断に牴触する判断をすることは、許されない筋合であるところ、記録を精査してみても、このような新たな証拠が原審において顕出された事跡をみいだすことができないのであるから、被告人の自白の任意性を判断するについても、所論のような自白の真実性を肯定する趣旨の判断をすることは、できないものというべく、いずれの点よりするも、論旨はこれを採用するに由ないものである。 (二) 間接強制の有無について。 二俣町警察署における本件の取調場所が土蔵内であつたことにつき、原判決が、「本件土蔵は、既にみたように、警察の裏手にある頑丈な二階造りの土蔵であつて、その階下内部は、木骨式厚壁と低い頑丈な天井とで囲まれ、且つ、被告人取調の際には、大体入口の戸がしめられていたと認められるから、内部は一層暗い。しかも、ここで調べられた被告人は、少年であつて、体格も頑丈でなく、そのうえ、初めて今回のような本格的拘束生活を経験して、相当畏縮した状態にあつたと認められるところ、逮捕後二六日までは、土蔵以外の場所で調を受けたりしていたものが、二七日突然このような土蔵に入れられ、少くとも二名の屈強な刑事から取り調べられたというのであるから、これは充分被告人の自由意思を抑圧するに足りるもの、すなわち不当不法な圧迫というべきものである。」と判示していることは、所論のとおりであつて、これに対して所論は、憲法第三八条第二項及び刑事訴訟法第三一九条第一項にいう強制は、拷問、脅迫以外において自白を強要する方法であつて、 べきものである。」と判示していることは、所論のとおりであつて、これに対して所論は、憲法第三八条第二項及び刑事訴訟法第三一九条第一項にいう強制は、拷問、脅迫以外において自白を強要する方法であつて、人権侵害と認められるものと解されるから、取調の場所が適当でないということ自体が強制に該当するとは考えられない旨を主張するのであるが、しかし、憲法第三八条第二項及び刑事訴訟法第三一九条第一項にいう強制、拷問、脅迫、不当に長い抑留、拘禁というようなことは、すべて任意性のない場合の例示として掲げられているものと解されるのであるから、この意味からいえば、強制ということばについての所論解釈は、適当でないようにも考えられるのであるが、仮りに、所論のような解釈に従うとしても、取調の場所といえども、その場所自体の状況が、またはその場所の状況がそこにおける取調方法と相待つて、被告人または被疑者の自由意思を抑圧するに足りると認められるような場合には、これをもつて自白の任意性を否定し、またはこれを疑うべき一資料とすることができるものと考えられるのであるから、取調の場所の如何は、どんな場合にも強制にはならないとの所論は、到底認容することができないのである。それで、原判決の挙示する証拠によれば、本件被告人の取調場所たる土蔵は、その位置、構造、周辺の状況等が原判決認定のとおりであること、及びこの土蔵内における警察官の取調状況も、おおむね原判決認定のとおりであることが認め得られるところであるから、このような場所のこのような状況下で、原判示のような圧迫を加えた疑のある取調が行われたという事実は、他の証拠と相待つて、被告人のした警察での自白が任意にされたものでないことを疑うべき一資料となることは、否定できないものというべく、従つて、右土蔵における取調自体が間接強制になるとの原 いう事実は、他の証拠と相待つて、被告人のした警察での自白が任意にされたものでないことを疑うべき一資料となることは、否定できないものというべく、従つて、右土蔵における取調自体が間接強制になるとの原判決の判断をそのまま是認する訳ではないが、前示の理由により、右土蔵における取調を一資料として、被告人の警察における自白の任意性を否定した原判決の判断は、結局相当であるといわなければならない。なお、所論は、本件被告人を右土蔵で取調べたことは、当時の二俣町警察署における状況より、他に適当な取調場所がなかつたため、やむを得ざるに出たことであつて、被告人の自白を強要する方法としてやつたことでもなく、殊に、取調に当つた警察官は、本件被告人を土蔵で取調べることにより、不法不当な圧迫を加えてその自白を求めようとする目的ないし認識を持たなかつたのであるから、本件被告人をいわゆる土蔵で取調べたことが被告人の人権に対する不法な圧迫であるという原判決の判断は誤りである旨を主張するのであるが、なるほど、所論の挙げている証拠によれば、当時の二俣町警察署における所論のような事情から、他に適当な取調場所がないため、やむを得ず、右の土蔵で取り調べたものであつて、ことさら被告人に自白を強要する方法としてやつたものではなかつたことの窺われることは、所論のとおりであるけれども、しかし、他に適当な取調場所がなかつたということと、自白の任意性の有無とは、おのずから別個の問題であつて、やむを得ず土蔵で取調べたものであるから、そこでされた自白は当然任意性があるとはいえない筋合であるから、この点の所論もまた採用に値しない。 三、被告人の供述書について。 原判決が、被告人の三月六日自筆で作成した「私の現在の心境」と題する書面(記録第四分冊第一三五六丁)及び無題の書面(記録第四分冊第一三七 所論もまた採用に値しない。 三、被告人の供述書について。 原判決が、被告人の三月六日自筆で作成した「私の現在の心境」と題する書面(記録第四分冊第一三五六丁)及び無題の書面(記録第四分冊第一三七八丁)(いずれも犯行を認めているもの)に対し、これが作成の事情につき、原審における証人B5の第一回証言と被告人の原審公判における供述とを対比し、右のいずれが真実であるかについては、そのおのおのを個々に観察することはできない。すべからく、被告人の警察での取調状況全体に関する上記認定とあわせて判断すべきものである。そうすると、上述来の理由により、被告人の右供述の信憑性を一概に否定し得ないのみではなく、右手記二通は、土蔵という圧迫下で、しかも暴行、脅迫の行われた疑のある当時の状況下で作成されたものであるから、この二通の供述書は、たとえ形式は自発的であつても、結局その供述に任意性ありとは認められず、証拠能力がない旨判示していることは、所論のとおりであつて、これに対し所論は、被告人の前記供述は、自白を覆すための弁解とみられ、信用に値しないのに反し、証人B5の供述は、事実を述べているものと認められるとし、更に、本件取調に暴行、脅迫等の強制的事実があつたかどうかについては、証拠上消極に認定するを相当とすること、土蔵内の取調自体を目して不当不法の圧迫と解すべきではないとして、右二通の供述書の任意性を肯定し、原判決の判断が誤りである旨を主張するのであるが、この点についてもまた、原判決のいうように、ただ、証人B5と被告人との各供述を対比するに止まらず、被告人の警察における取調状況全体に関する認定とあわせて判断すべきものであつて、この見解に立つて判断を下した原判決の結論もまた、記録に照らし、所論のように誤つているとは考えられないのである。論旨は採用できない。 る取調状況全体に関する認定とあわせて判断すべきものであつて、この見解に立つて判断を下した原判決の結論もまた、記録に照らし、所論のように誤つているとは考えられないのである。論旨は採用できない。 四、被告人の副検事に対する供述調書及び裁判官に対する陳述調書について。 記録第四分冊第一四〇四丁には、被告人が三月八日本件住居侵入、強盗殺人の容疑で送検、勾留された際の二俣区検察庁副検事B6の弁解録取書が綴つてあり、その際の二俣簡易裁判所判事B7の勾留質問に対する陳述調書は、原審においてその取調請求が却下されたため、記録には編綴されていないが、原判決によれば、右各調書の作成された弁解録取及び勾留質問においては、いずれも被告人が犯行を自白したものであることが窺われるのであつて、原判決においては、右各自白調書の任意性が認められず、証拠能力がないと判示しているのに対し、所論は、その任意性を肯定し、原判決の判断が誤つている旨を主張する。よつて審究するに、右二つの場合の自白は、取調場所も前示の土蔵ではなく、質問者も警察官ではなく、かつ、何らの強制をも受けなかつたことを被告人自身も認めているのであるから、被告人の司法警察員に対する前示自白とは、かなりその事情を異にするものであるところ、原判決においては、それでもなお、その任意性を否定する根拠として、(一)被告人が警察官と検察官との区別を充分認識していなかつたと認められること、(二)質問場所も土蔵ではないが、同一警察内であつたこと、(三)右三月八日は、未だ警察の取調中であつて、勾留質問後再び警察に戻されることが予想され得たこと、(四)被告人が原審第一二回公判で、「自分は、三月八日に先立ち同月六日にB8から、今後も検事や判事に否認すると、何処まででも行つて、もつとひどい目にあわせてやるといわれていたし、また され得たこと、(四)被告人が原審第一二回公判で、「自分は、三月八日に先立ち同月六日にB8から、今後も検事や判事に否認すると、何処まででも行つて、もつとひどい目にあわせてやるといわれていたし、また右勾留当日、B6から、自白は簡単にするようにともいわれていたうえ、勾留質問の場所も二俣町署の署長室で、しかも、B1ほか一、二名の警察官も立ち会つていたので右三月八日には、自由な発言ができなかつたものである。」と述べていること、の四点を挙げて、これらの諸点をあわせ考えると、被告人が右自白をなす際には、未だ警察での強制的取調による畏縮した心理状態を脱していなかつたものと認めるに充分であるから、被告人の右二通の調書は、結局その供述に任意性ありとは認められない旨を判示しているのであるが、右四点のうち、特に(三)の勾留質問後再び警察に戻されることが予想され得た点と、それまでの警察における取調状況が原審認定の如くであつた点とをあわせ考えるときは、右二つの場合の自白にも、なお任意性が認められないとした原判決の判断が必ずしも所論のように誤つているとも考えられないところであつて、所論の理由のみをもつては、未だ右の認定を覆すに足りないのであるから、この点の論旨も、これを採用することができないのである。 五、 B1に対する被告人の自認について。 記録によると、B1は、原判示の如く、二俣町署の巡査であつて二月二四日、窃盗関係につき被告人を取り調べた者であるところ、三月一一日、ほか二名の巡査と共に、被告人をダツトサンで浜松の検察庁まで押送したものであるが、同人の差戻前の第一審及び原審における各証言に徴するときは、同人が右押送の車中被告人に対し、自白後の心境等をいろいろと尋ねたところ、被告人がこれに対し、種々犯行について語つた事実が認められるのであつて、同証言によつて 審及び原審における各証言に徴するときは、同人が右押送の車中被告人に対し、自白後の心境等をいろいろと尋ねたところ、被告人がこれに対し、種々犯行について語つた事実が認められるのであつて、同証言によつて被告人が同巡査に語つた内容を検討すると、それは、被告人が本件に関して自己に不利益な事実を自認したものと認められるのであるが、原判決が刑事訴訟法第三二四条第一項、第三二二条第一項に従い、右自認の任意性につき検討した結果、右自認の供述は、警察での強制的取調がもつ影響力の存続下になされたものであつて、結局任意にされたものとは認められないから、証人B1の前記証言中右自認を内容とする部分は、証拠能力を有しない旨を判示していることは、所論のとおりであつて、所論は、右B1の差戻前の第一審第三回公判及び原審第六回公判における各証言を援用して、被告人の右自認部分は、任意性を有する旨を主張するのである。よつて、所論の挙げている右の各証拠によつて、被告人が右の自認をしたときの状況を検討してみるに、それは、原判決もいつているように、三月一一日、いよいよ警察での取調が終つた後の車中でのできごとであり、しかも、その応答の状況は、押送巡査と被告人との談話の形式を帯びていて、土蔵内での取調とは、甚だその趣を異にするものであり、その内容も、附添巡査の簡単な質問に対し、多分に自ら種々述べたとみられる節があつて、一応任意にされたようにみえるのであるが、これに対して原判決は、当時被告人が警察での強制的取調により畏縮した心理状態にあつたとみられるところ、僅かに警察の門を出た直後のことであり、しかも、それは釈放されてではなく、検察庁に送られるためであつて、かつて被告人を取り調べたB1巡査ほか二名の巡査に囲まれ、その種々の質問をうけながら応答しているのであるから、当時の被告人の心理全体 しかも、それは釈放されてではなく、検察庁に送られるためであつて、かつて被告人を取り調べたB1巡査ほか二名の巡査に囲まれ、その種々の質問をうけながら応答しているのであるから、当時の被告人の心理全体には、未だ前記のような畏縮状態が存していたものとみるのが相当であるとして、被告人のB1ほか二名の巡査に対する前記自認の供述は、警察での強制的取調がもつ影響力の存続下にされたもので、任意にされたものとは認められない旨を判示しているけれども、証人B1の前示証言によれば、当日被告人は、散髪と入浴とをして、明朗な顔をしており、「大変気持がよい。」といつて、屈託のない顔で、別に沈んでいる様子もなかつたことが窺われるのであるから、畏縮した心理状態にあつたものとみることは、いささか妥当でないように考えられるばかりでなく、警察での取調を終り、検察庁への押送の途中であつて、客観的には、現に強制、拷問、脅迫等の圧迫が行われていた事実もなく、将来行われるおそれもなかつたような状況にあつたことが認め得られるのであるから、仮りに、過去において、警察での取調に際し圧迫が加えられた疑が存するとしても、右の自認が行われた当時においても、なお右圧迫による強制の影響が残つているとの認定は、既に当裁判所の法律解釈において示した考え方よりみれば、これを肯定することができないのである。もつとも、右のように、客観的には、現に圧迫の事実がなく、将来もそのおそれかなかつたとしても、原判決の指摘しているように、未だ警察の門を出て間もなくのことであり、押送の巡査も、かつて自分が窃盗事件につき取調を受けたB1巡査ほか二名であるから、当時少年であつた被告人としては、ここで否認すれば、引き返して警察に連れ戻された上、前のような土蔵で取調を受けなけれはならないようになるかも知れぬと考えることも、絶対に たB1巡査ほか二名であるから、当時少年であつた被告人としては、ここで否認すれば、引き返して警察に連れ戻された上、前のような土蔵で取調を受けなけれはならないようになるかも知れぬと考えることも、絶対にあり得ないともいいきれないところであるから、この意味においては、右の自認もまた、必ずしも任意にされたものと断定することができないのであつて、任意にされたものでない疑か残るものといわなければならない。従つて、原判決の判断とは、その理由を異にするけれども、任意性を否定する結論は同様であるから、この点の論旨も結局理由がないことに帰する。 第二、検察庁における自白の任意性について。 原判決は、被告人のB9検事に対する自白の任意性につき、被告人が警察で暴行、脅迫等のいわゆる直接強制を受けた疑があり、また、その取調は、土蔵内で行われたのであるから、このような取調を受けたこと自体による心身の消耗と、再度そのような取調を受けるかも知れないとの畏怖心などが、検察庁での取調の当時に存続していた疑があるとして、被告人のB9検事に対する自白は、強制の影響力下でなされたとの疑があるから、「任意にされたものでない疑のある自白」に該当すると認定し、これを録取した被告人の検察官に対する第一回ないし第三回供述調書は、全部が任意性を欠いて証拠とすることができない旨を判示するに対し、論旨は、右の自白には、任意性が認められるから、原判決は、この点に関する事実を誤認し、ひいては、本件公訴事実に対して判決に影響を及ぼすべき事実誤認の過誤を犯したものである旨を主張する。よつて、まず、原判決が右被告人の検察官に対する供述調書の任意性につき判断を加えたこと自体の適否につき考えてみるに、原裁判所は、さきにも述べたように、裁判所法第四条の規定により、最高裁判所が本件につきさきに言渡した破棄 右被告人の検察官に対する供述調書の任意性につき判断を加えたこと自体の適否につき考えてみるに、原裁判所は、さきにも述べたように、裁判所法第四条の規定により、最高裁判所が本件につきさきに言渡した破棄差戻判決において破棄理由として示された判断に拘束されるものであるが、右判決において破棄の対象となつた右差戻前の第一審判決は、その理由において、判示第二として、本件住居侵入、強盗殺人の公訴事実の存在を認定し、その証拠として、被告人の検察官に対する第一回ないし第三回供述調書中の同人の自白のほか幾多の証拠を掲げているところ、右差戻判決においては、その理由において、弁護人らの右自白の任意性を否定する趣旨の上告趣意に対して判断を与えることなく、直ちに職権調査に基き、右被告人の検察官に対する自白の真実性につき、これが根拠と考えられそうな幾つかの証拠を挙げて、これに詳細な論評を加えた結果、結局被告人の検察官に対する右自白は、真実性の乏しいものではないかと疑うべき顕著な事由が存するものとの判断を示しているのであつて、右自白の任意性については、あるともないとも直接判断を示していないことは、原判決の指摘しているとおりであるけれども、右は、(一)自白の任意性は、自白が証拠能力を有するための要件である点にかんがみ、最高裁判所が、前示のように、自白の任意性を否定した上告趣意に対して判断することなく、直ちにその真実性の有無を判断している点より考えれば、該判決においては、右自白の任意性を肯定する前提に立つて、その真実性につき判断をしているもののようにも解し得られると同時に、(二)右の自白は、その任意性があつてもなくても、真実性に乏しい疑があるから、これをもつて有罪事実認定の資料とすることができない旨を判示したもののようにも解し得られるのであるが、いずれにしても、右自白の任 右の自白は、その任意性があつてもなくても、真実性に乏しい疑があるから、これをもつて有罪事実認定の資料とすることができない旨を判示したもののようにも解し得られるのであるが、いずれにしても、右自白の任意性が全然認められないとする趣旨ではないと解されるのであるから、右(一)のように解する場合には、原判決のように検察官に対する被告人の自白の任意性を否定する趣旨の判断は、最高裁判所の示した判断に牴触し、これを許されないものというべきであり、また、前示(二)のように解する場合には、原判決のように、まずその自白の任意性について判断したとしても、最高裁判所の示した判断に牴触するものではないと考えられるのである。しかして、原判決においては、右被告人の検察官に対する自白の任意性が認められない旨を判示しており、検察官の控訴趣意は、この点を不当として論難するにより、一応これについての判断を示すこととする。 原判決においては、前示のように、被告人は、警察で暴行、脅迫等のいわゆる直接強制を受けた疑があり、また、その取調は、土蔵内で行われたのであるから、そのような取調を受けたこと自体による心身の消耗と、再度そのような取調を受けるかも知れないとの畏怖心などが検察庁での取調の当時にもなお存続していた疑があるとして、被告人のB9検事に対する自白は、強制の影響力下でなされたとの疑があるから、任意にされたものでない疑のある自白に該当する旨の認定をしているのであるが、右結論を打ち出すため、まず、「強制の影響なしとの事情」として、1、検察官の配慮、2、取調場所の状態、3、勾留場所の状態、4、被告人の人柄の四点を挙げ、検察官の取調当時においては、「被告人が警察で強制を受けたため抱いていた畏縮した心理状態は、相当減少し、少くとも、右強制の被告人に及ぼす影響力は最早や、不当不法な圧 、4、被告人の人柄の四点を挙げ、検察官の取調当時においては、「被告人が警察で強制を受けたため抱いていた畏縮した心理状態は、相当減少し、少くとも、右強制の被告人に及ぼす影響力は最早や、不当不法な圧迫とまで評価し得ぬ状態になつたと一応見受けられる。」と認定しながら、反面「強制の影響ありとの事情」と題し、1、先ず一般的にいつて、警察と検察庁での取調が引き続き行われ、しかも、両者の自白の内容が大体同一であつて、しかも警察で強制を受けたことが認められる場合には、右強制の影響である被疑者の心理の畏縮状態は、検察庁での取調終了の頃まで存続したとみられる場合の多いこと、2、本件における月日の近接、3、被告人が少年であつて、しかも、本件のような経験が初めてであること、4、被告人には、警察官と検祭官との区別の認識が余りなかつたと認められること、5、B8刑事の言動からの影響、の五点を挙げ、更に、被告人も右影響が存した事情を述べている点を附加総合して、前記「強制の影響なしとの事情」を否定していることは、所論のとおりである。しかしながら、自白の任意性については、さきに、当裁判所の法律解釈の項において述べたように、その自白のされた当時において、刑事訴訟法第三一九条第一項所定の強制、拷問又は脅迫等の不法不当な圧迫が現に加えられつつあつたか、または、過去においてこれらの圧迫が加えられたことから、将来もこれを繰り返されるおそれのある状況下にこれを原因としてなされたかどうかの点を基準として判断すべきものであることは、検察庁における自白についても、警察における自白の場合と同様であるから、この観点に立つて記録並びに証拠物を検討するに、検察庁における本件の取調は、静岡地方検察庁浜松支部の取調室で同庁検事B9によつて昭和二五年三月一二日及び同月一四日、同月二一日の三回にわたり あるから、この観点に立つて記録並びに証拠物を検討するに、検察庁における本件の取調は、静岡地方検察庁浜松支部の取調室で同庁検事B9によつて昭和二五年三月一二日及び同月一四日、同月二一日の三回にわたり行われたものであつて、右取調にあたり、暴行、脅迫等の不法不当の圧迫が行われなかつたことは、被告人自身も認めるところであるから、右取調当時において、現にこれらの圧迫行為のなかつた事実は明らかであるといわなければならない。それでは、更に将来そのような圧迫を加えられるおそれがあつたかというに、客観的には、そのようなおそれのなかつたことは、記録上明白であるが、ただ、被告人自身の主観においては、内心そのようなおそれを抱いていたかどうかの点を考えてみるに、なるほど被告人は、原判決も認めているように、昭和二五年四月七日附、昭和二六年五月一六日附各上申書、証人B9の原審第一回証言の際の供述、原審第一一回ないし第一三回、第一九回各公判での供述等によれば、「自分は、三月一二日検察庁でB9検事から、警察と検察庁とは違う旨をきかされたけれども、容易にこれを信用する気持になれなかつた。というのは、当時の自分には、未だ警察での取調による打撃が残つており、しかも、三月一二日は、警察で不信な目にあつてきた直後であるうえ、当時、自分は検察官も警察官と同じような者だと思つていたからである。それに、三月六日B8からいわれていたせいもあつて、ここで若し否認すれば、たとえ、B9検事からではなくても、警察の刑事からでも、再度強制を加えられるかも知れないとの畏怖心がどうしても抜けきれなかつた。それでも自分は、B9検事から右のようなことをきかされた後には、一旦は余程本当のことをいおうと思つて迷つたが、警察でも、いいたくなければいわなくてもよいなどといいながら、実際には、ひどいことをしたこ れでも自分は、B9検事から右のようなことをきかされた後には、一旦は余程本当のことをいおうと思つて迷つたが、警察でも、いいたくなければいわなくてもよいなどといいながら、実際には、ひどいことをしたことなどを思い浮かべ、結局また自分がやつたといつてしまつたのである。」旨の供述をしているけれども、被告人を取り調べた検察官であるB9、右取調に立会つた検察事務官B10の原審公判における各証言及び右B9検事作成の「二俣事件手控」と題する書面、被告人の検察官に対する供述調書等を総合するときは、被告人の警察での取調は、昭和二五年三月一一日午前中に終り、被告人は、同日昼過ごろ、浜松の検察庁に送られて来たものであるところ、本件の主任検察官であつた右B9は、一刻も早く被告人を取り調べたかつたのだが、同検察官は、元来本件については、検察官としての真の心証を得たいと考え、また、検察官の取調が警察の取調と一帯であるとか、あるいは、その延長に過ぎないというような誤解を受けることを極度に注意していたので、警察での取調当時には、被告人を取り調べたこともなく、被告人に顔すらみせたことがない位であつたので、この時にも、警察からのつながりを遮断すべく、被告人を押送して来た警察官の面前で取調べるようなことをせず、特に、被告人を一旦浜松刑務所に入れ、翌一二日、あらためて刑務所の看守立会のもとに取調べることにしたのであり、同日の取調は、昼ごろから検察庁の取調室で行われたが、同検察官は、被告人から真実のことをききたい。それに、本件には有力なきめ手がないから、被告人は否認するかも知れない。否認するなら早い方が捜査もし易いと思つたので、被告人に対し、特に、穏やかなゆつくりした口調で、「警察と検察庁とは違う。自分は、検察官として、白紙の状態で調べるのだから、お前も、今まで自白していたこと 認するなら早い方が捜査もし易いと思つたので、被告人に対し、特に、穏やかなゆつくりした口調で、「警察と検察庁とは違う。自分は、検察官として、白紙の状態で調べるのだから、お前も、今まで自白していたことに囚われず、本当のことをいつてもらいたい。やらぬならやらんでよい。」という趣旨のことを二、三度念を押していつたうえ、送致の被疑事実を読んだところ、被告人は、数分間の沈黙の後、遂に「やりました。」と答えたこと、及び当日のそれからの取調においても、同検察官は、警察での供述調書に基く質問はもとより、ほとんど何らの質問もせず、一まず、被告人のいうがままを前記手控にとり、その供述が一通り終つてから、初めて種々の質問を試みておること、並びにその後同月一四日、二一日の第二、三回取調においても、被告人に対して、警察での自白を押しつけたり、これに基いて誘導尋問をしたようなことがなく、警察での自白と異る被告人の供述も、そのまま受け入れて記載したようなこともあつた事実が認められるのであつて、以上の事実と記録に現われた被告人の性行、経歴、並びに本件審理の過程において自白の任意性の争われた経緯等に照らして考察するときは、この点に関する被告人の前示供述は、検察官に対する自白を覆すための弁解に過ぎないものと解せられ、到底そのままこれを信用することができないところであり、他に右被告人の供述を裏付けるに足る証拠はみあたらないのであるから、検察官の取調当時において、将来圧迫を加えられるかも知れないというおそれは、主観的にも存在しなかつたものといわなければならない。してみれば、検察官の取調当時においては、現に不法不当の圧迫はなく、将来これを加えられるおそれもなかつたものであるから、検察庁における被告人の自白は、全く任意にされたものと認め得られるのであるが、仮りに、原判決のいうよ 調当時においては、現に不法不当の圧迫はなく、将来これを加えられるおそれもなかつたものであるから、検察庁における被告人の自白は、全く任意にされたものと認め得られるのであるが、仮りに、原判決のいうような警察での取調に基く畏縮した心理状態の存否が検察庁における自白の任意性を決する基準となるとの見解を採るものとしても、B9検事の前示の配慮によつて右警察での影響は遮断されたものと認めるのが相当であると考えられるのである。以上説示のとおり、被告人の検察官に対する自白は、全く任意にされたものと認められるのであり、従つて、これを録取した被告人の検察官に対する第一回ないし第三回各供述調書は、全部その任意性が認められ、証拠能力を有するものであるから、原判決がその任意性につき下した判断は、誤つているものというべく、論旨は、右供述調書の任意性を認める限度においては、相当であるといわなければならない。 第三、控訴趣意中公訴事実に対する事実誤認の主張について。 被告人の検察官に対する供述調書につき、その任意性が認められ、証拠能力を有することは、右に述べたとおりであるから、該供述調書にして真実性が認められるならば、これを採つて有罪事実認定の資料とすることができる訳であるから、進んで、その真実性の有無について考えてみるに、この点については、既に自白の任意性についての判断においても一言触れておいたように、さきに最高裁判所が本件につき言渡した破棄差戻判決の破棄理由において、第一、差戻前の第一審判決及びこれを維持した第二審判決において、被害者A1方柱時計の蓋にガラスがなかつたという事実は、被告人が自供したので始めてこれを知り得たことをもつて、被告人の自白が真実であり、従つて、被告人を本件の犯人であるとする根拠の一にしている点、第二、一、被告人が一月六日当時 かつたという事実は、被告人が自供したので始めてこれを知り得たことをもつて、被告人の自白が真実であり、従つて、被告人を本件の犯人であるとする根拠の一にしている点、第二、一、被告人が一月六日当時着ていたというジャンバーに、少くとも肉眼により識別できるような血痕が附着していなかつた点、二、科学的検査の結果、被告人の着用していた衣服又は所持品等に、被告人のA型血液型と異り、被害者両名の血液型であるB型と断定のできる血液型の人血を検出することができなかつた点、第三、一、被告人が検察官から押収にかかる匕首を示された際、それまで一度も示されたことがないのに、右匕首は被告人が殺害に使用したものに相違ないが、その時より柄がちよつと短くなつていると述べたとの点、二、右匕首を被告人が人手した経過として供述しているところが極めて異常であり、右匕首の出所が記録上明確にされていない点、第四、被害者方裏口に存した足跡の大きさと被告人のはいていた運動靴の大きさとが一致するか否かについて争のある点、第五、被告人がB1に対し、前示第一審判決が証拠として摘録するような述懐をしたとの点について、記録に基き、それぞれ詳細な検討を加えた結果、右は、いずれも被告人の自白が真実であり、被告人が本件の真犯人であることの根拠とすることができない旨の判断を示した上、結論として、本件記録に表われた捜査の経過、被告人の供述、その他各種の資料を仔細に検討するときは、前叙の如く被告人の警察員、検察官に対する右自白は、真実性の乏しいものではないかと疑うべき顕著な事由が存するとなしたる上、被告人の自白の外には被告人を本件の犯人であると確定出来るような物的その他の証拠がないのに拘らず、被告人の右自白の真実性が疑われる本件においては、右自白を証拠として被告人に前記犯罪行 るとなしたる上、被告人の自白の外には被告人を本件の犯人であると確定出来るような物的その他の証拠がないのに拘らず、被告人の右自白の真実性が疑われる本件においては、右自白を証拠として被告人に前記犯罪行為があるとして死刑を言渡した本件第一審判決の事実の認定は正当であるか否か不明であるから、本件第一審判決には、その判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認を疑うに足る顕著な事由があつて同判決及びこれを維持した原判決を破棄<要旨第二>しなければ著しく正義に反するものといわなければならないとの判断を示しているのであつて、右差戻後にお</要旨第二>いては、裁判所法第四条の規定により、第一審である原裁判所においても、控訴審たる当裁判所においても、本件につき、右の判断に拘束されるものであることは、前に説明したとおりであるから、右差戻後における審理の結果、最高裁判所が右の判断を示した当時において証拠として存在した資料の外に、それだけによつて前示自白の真実性を認めるに足りるか、または、それと右差戻当時存在した資料とを総合して右自白の真実性を認め得るような新たな証拠を発見したのでなければ、最高裁判所が右自白の真実性について示した前示の判断に牴触する判断をすることは、許されないものと解すべきところ、本件記録並びに原審で取り調べた証拠物を精査し、かつ、当審における事実取調の結果を総合して検討を加えてみても、右のような新たな証拠を発見することができないのであるから、当裁判所としては、前示差戻判決の示す判断に従い、被告人の検察官に対する右自白は、真実性の乏しいものと認めるの外なく、従つて、これを録取した被告人の検察官に対する第一回ないし第三回各供述調書は、いずれもこれを有罪事実認定の資料とすることができないものといわなければならない。しかして、記録並びに原審で取調べた く、従つて、これを録取した被告人の検察官に対する第一回ないし第三回各供述調書は、いずれもこれを有罪事実認定の資料とすることができないものといわなければならない。しかして、記録並びに原審で取調べた証拠物を精査し、当審における事実取調の結果に徴して検討考察してみても、右各供述調書以外に、本件公訴事実中右住居侵入、強盗殺人の事実を確認することのできる証拠は、どこにもみあたらないのであるから、結局右公訴事実は、これを認めるに足りる犯罪の証明がないことに帰するものというべく、従つて、右公訴事実につき犯罪の証明がないとして無罪の言渡をした原判決は、その理由の一部につき当裁判所の判断と相違する点はあるけれども、その結論を同じくする点において相当であるから、検察官の論旨は、結局理由がないものといわなければならない。 以上の次第であつて、検察官の本件控訴は、その理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却し、当審の訴訟費用については、同法第一八一条第三項を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判長判事中西要一判事山田要治判事石井謹吾)
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