平成16年9月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成11年(ワ)第313号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成16年7月15日 主文 1 被告は,原告Aに対し3044万1827円,同Bに対し1222万0913円,同Cに対し611万0456円,同D,同E及び同Fに対しそれぞれ203万6818円ずつ,並びにこれらに対するそれぞれ平成8年11月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判(原告ら) 1 被告は,原告Aに対し4017万5000円,同Bに対し1708万7500円,同Cに対し854万3750円,同D,同E,同Fに対しそれぞれ284万7916円,並びにこれらに対する平成8年11月10日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行の宣言(被告) 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 3 担保の提供を条件とする仮執行の免脱宣言第2 事案の概要 1 本件は,被告の設置運営する愛知県立尾張病院(以下「被告病院」という。)において重症膵炎によって平成8年11月10日に死亡した亡G(昭和4年12月27日生)の相続人である原告らが,被告は,(a)亡Gとの間で締結した診療契約に基づき,その履行補助者である被告病院医師の不完全履行による債務不履行責任,又は,(b)上記医師の使用者として民法715条による不法行為責任を負うと主張し,被告に対して,亡Gの死亡によって生じた損害の賠償を求めた事案である。 以下,平成8年については,原則として月日のみで表示する。 2 前提となる事実(1) 当事者 条による不法行為責任を負うと主張し,被告に対して,亡Gの死亡によって生じた損害の賠償を求めた事案である。 以下,平成8年については,原則として月日のみで表示する。 2 前提となる事実(1) 当事者間に争いのない事実,甲2号証の1,2,乙1,2号証,3号証の1,3,4,11ないし13,6号証の1ないし4,14号証,証人Hの証言,並びに弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。 ア(原告ら)原告Aは,亡Gの妻であり,原告Aと亡Gの間には,原告B及び亡I(本件訴訟提起後の平成11年3月15日死亡)の2人の子がいる。原告Cは,亡Iの妻であり,原告Cと亡Iとの間には原告D,同E及び同Fの3人の子がいる。 亡Gは,株式会社J(以下「J」という。)の代表取締役であった。 イ(亡Gの症状及び各病院における受診)(ア) 平成8年7月末ころ,亡Gには,上腹部から下胸部にかけての疼痛が現れた。 (イ) 8月6日,亡Gは,K病院を受診したところ,同病院における超音波検査(以下「US検査」という。)により,胆石と胆のう壁の肥厚とが確認され,胆石症と診断された。 (ウ) その後,亡Gは,Lクリニックに通院して治療を受けていたが,9月9日,上腹部痛が再発したため,同クリニックから紹介を受けた被告病院内科を受診した。同日の被告病院での外来診療において,亡Gは,胆石症と診断された。 (エ) 9月10日,被告病院での外来診療時,M医師の下でUS検査が実施され,胆石と胆のう壁の肥厚とが確認された。この際確認された胆のう結石の大きさは14.1㎜であった。 ウ(被告病院への入院から死亡に至るまで)(ア) 9月11日,亡Gは,胆石の精査,手術を目的として被告病院に入院した。この時点で,亡Gは,被告との間で,被告病院が医療機関として最善の注意義務を尽くし亡Gの胆石症等の治療に当たる旨 るまで)(ア) 9月11日,亡Gは,胆石の精査,手術を目的として被告病院に入院した。この時点で,亡Gは,被告との間で,被告病院が医療機関として最善の注意義務を尽くし亡Gの胆石症等の治療に当たる旨の診療契約を締結した。主治医は,内科のH医師(消化器内科を専門とする。)であった。 (イ) 9月13日,再度US検査が実施され,直径18.5㎜の大きさの胆のう結石が確認され,総胆管径の拡張も認められた。 H医師は,総胆管造影を目的として内視鏡的逆行性胆道膵管造影検査(以下「ERCP検査」という。)を9月20日に実施することを決めた。 (ウ) 9月19日付けで,亡G及び亡Iは,亡GがERCP検査を受けることに同意する旨の同意書に署名,押印した。 (エ) 9月20日,被告病院は,亡Gに対してERCP検査を実施した(以下,亡Gに対して実施されたERCP検査を,「本件ERCP検査」という。)。 a 本件ERCP検査の開始直前に,膵炎予防のため,抗酵素剤FOY(100㎎)1バイアルをソリタT3(点滴維持液)500mlで希釈した溶液を2本,持続点滴した。 bH医師は,内視鏡下にカニューレを十二指腸乳頭開口部から挿入し,造影剤を注入して膵管の造影をした後,胆管の造影を試みたが,結局,胆管像を得ることはできず,膵管のみの造影で検査を終了した。 c 本件ERCP検査終了後,亡Gは,軽度の胃部不快感を訴え,同日19時から腹痛と嘔気を訴え,少量の嘔吐も見られた。そこで,H医師は,鎮痛剤を投与した。 同日22時の診察時点で,亡Gには腹痛と腹部膨満感があり,嘔気が強かったことから,H医師は,急性膵炎の発症を疑った。22時20分,胃管を挿入して胃内容物を吸引し,22時30分からFOY(100㎎)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で持続点滴を開始した。 (オ) 9月 医師は,急性膵炎の発症を疑った。22時20分,胃管を挿入して胃内容物を吸引し,22時30分からFOY(100㎎)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で持続点滴を開始した。 (オ) 9月21日,当直のN医師の回診時,亡Gの上腹部痛は続いており,同日実施された血液検査の結果,血清アミラーゼ値が3311IU/l(正常値は80ないし200)との高値を示した。 同日には,6時30分からFOY(100㎎)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で持続点滴し,さらに,13時20分に抗酵素剤ミラクリッド(5万単位)1バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液を持続点滴した後,19時にFOY(100㎎)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で点滴した。 (カ) 9月22日,朝から腹痛が続いていたが,発熱はなく,血圧は正常であった。17時25分ころから発汗があり,血圧が低下傾向となったため,当直のO医師が診察に当たった。 同医師は,腹部CT検査を指示し,H医師への連絡を指示した。20時ころ,血圧が58㎜HGと低下し,ショック状態となった。20時40分,CT検査が実施された結果,腹水の貯留が見られた(乙3号証の11ないし13)。その直後,H医師が到着した。同医師は,亡Gの症状から,重症膵炎と診断した。同医師は,中心静脈ルートを確保し,21時50分,同ルートから昇圧剤の投与を開始し,さらに,胃内減圧の目的で経鼻胃管を挿入し,22時49分,亡Gを集中治療室(以下「ICU」という。)に移した。 同日には,1時からと13時からとの2回にわたって,ミラクリッド(5万単位)1バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で点滴し,7時からと19時からとの2回にわたって,FOY(100㎎)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で点滴 ,ミラクリッド(5万単位)1バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で点滴し,7時からと19時からとの2回にわたって,FOY(100㎎)2バイアルをソリタT3・500mlで希釈した溶液で点滴した。 (キ) 9月23日,亡Gは,多臓器不全となり,9月24日から人工呼吸が開始され,9月26日からは人工透析がされた。 (ク) 11月5日,亡Gは,膵炎の影響によって,呼吸不全に陥り,昏睡状態となって,11月10日7時10分,死亡した。 (2) ERCP検査について(甲3号証,乙18,23号証,鑑定の結果)ERCP検査は,肝胆道系及び膵疾患の診断に関する重要な検査の一つであり,腫瘍,結石,閉塞等ほとんどの胆道,膵疾患がその適応となり,胆道や膵損傷診断にも応用されている。この検査は,膵管と胆管との出口である十二指腸乳頭部からカニューレを挿入して造影剤を注入し,レントゲン撮影するものである。内視鏡的に方法が確立されてから,殊に胆道疾患の画像診断には欠かせないものとなったが,技術的に熟練を要する検査であり,偶発症として術後の急性膵炎,胆管炎及び穿孔などが知られている。 (3) 急性膵炎について(甲4号証,鑑定の結果)急性膵炎は,何らかの原因によって膵内で膵酵素が活性化されて,膵が自己消化される病的状態である。急性膵炎は,(a)急に発症することが多く,激しい上腹部痛があり,腹部触診で上腹部の圧痛と時に腹膜刺激所見が認められ,(b)血清・尿アミラーゼ,血清リバーゼ・エラスターゼⅠなどの膵酵素の高値があり,(c)US検査やCT検査で,膵の腫大,内部構造の変化,膵周囲の滲出液・腹水などが見られる。軽症,中等症では予後良好であるが,重症例(重症膵炎)は,発症の初期から循環不全や心肺腎など重要臓器の障害を高率に合併し,局所の感染症から敗血症に至る極めて予後不 膵周囲の滲出液・腹水などが見られる。軽症,中等症では予後良好であるが,重症例(重症膵炎)は,発症の初期から循環不全や心肺腎など重要臓器の障害を高率に合併し,局所の感染症から敗血症に至る極めて予後不良な疾患とされる。重症膵炎は,急性膵炎症例の約10%を占め,その死亡率は約30%といわれる。 急性膵炎の重症度判定は,次のとおりとされている。 ア臨床徴候として,ショック,呼吸困難,神経症状,重症感染症,出血傾向が一つでもあれば,重症とされる。 イ血液生化学検査項目では,(a)B.E.≦-3mEq/l,Ht≦30%,BUN≧40mg/dl,Cr≧2.0mg/dlのいずれか1項目以上,(b)Ca≦7.5mg/dl,FBS≧200mg/dl,PaO2≦60mmHg,LDH≧700IU/l,TP≦6.0g/dl,PT≧15秒,Plt100,000/?のいずれか2項目以上があれば,重症とされる。 ウ CT検査では,グレードⅣ,Ⅴの所見があれば重症とされる。 3 争点及びこれに対する当事者の主張(1) 説明義務違反の存否(原告らの主張)ア ERCP検査は,重篤な急性膵炎を合併する危険性があり,多数の死亡例が報告されているのであるから,検査を実施する医師は,患者及び家族に対し,(a)実施の必要性及びその合理的根拠,(b)実施した場合の危険性,(c)死亡したり,重大な後遺障害を残す危険性のある場合はその危険性の具体的内容及び発生頻度等について,十分な説明を尽くす義務がある。 イところが,被告病院においては,亡Gに対し上記説明がされなかった。 被告主張の9月12日の説明については,診療録上の裏付けがない。また,H医師が9月17日にERCP検査後に合併する可能性のある膵炎や胆管炎について時には重症化することもある旨を説明したとの被告主張の事実は否認する。同医 の説明については,診療録上の裏付けがない。また,H医師が9月17日にERCP検査後に合併する可能性のある膵炎や胆管炎について時には重症化することもある旨を説明したとの被告主張の事実は否認する。同医師は,膵炎が重症化すると死亡率が20~30%という重篤な合併症となる旨の説明を怠った。 ウ仮に,亡GがERCP検査を受けることを承諾したとの事実があったとしても,H医師の説明は,極めて不十分なものであり,亡Gには,ERCP検査による死亡の危険性を認識,予見していなかったという点で重大な錯誤があり,当該承諾は無効である。 エ医療機関が,死亡ないしそれと同視すべき重大な合併症の危険性のあり得る医療行為を行う場合,説明義務の対象者は本人だけでなく家族にも拡張されるべきである。 また,被告病院のように,患者の家族からも同意書を要求している病院においては,家族に対しても,十分な説明を行うべきである。被告病院の同意書(乙2号証113頁)には「配偶者・親権者その他親族等」の署名,押印すべき記入欄が設定されている。これによると,被告は,診療契約を締結するに当たって,患者家族の利益,利害に配慮し,家族への説明義務を自主的に設定して家族に説明するとの債務を患者のために自ら負担したものというべきである。 したがって,被告は,亡Gの家族に対してもERCP検査の内容,危険性について説明義務を負っていたというべきである。 本件において,亡Gの家族に対して上記の説明がされなかったが,これがされていれば,9月21日の時点で亡Gの容態を見た家族は,ICU管理を求めたり,転医を考慮したりするなどの自衛手段を講じる余地があったというべきである。 オ亡G及び家族が上記の説明を受けていれば本件ERCP検査の実施に同意することはなかったことが明らかである。 (被告の主張)ア H医師 りするなどの自衛手段を講じる余地があったというべきである。 オ亡G及び家族が上記の説明を受けていれば本件ERCP検査の実施に同意することはなかったことが明らかである。 (被告の主張)ア H医師は,亡Gに対し,ERCP検査について次のとおり説明した。 (ア) 9月12日,治療方針として,胆石症の精密検査としてERCP検査を行うことを説明した。 (イ) 9月17日,ERCP検査に関して,病状説明書(乙2号証115頁)に十二指腸,胆管,膵管などの図を描いて,(a)ERCP検査は,胆管と膵管の両方に造影剤を十二指腸の乳頭から注入して行うものであること,(b)胆管が造影できる確率は施設によって80%のところもあれば,90%のところもあり,膵管の造影率は90%であって,膵管よりも胆管の造影率の方が悪いこと,(c)検査時間は30分から1時間であること,(d)検査の後,膵炎や胆管炎を合併することがあり,時には重症化することもあるが,それに対しては予防的処置を行うこと,などを説明した。 イ H医師は,上記のとおり,亡Gに対し,ERCP検査の内容,合併症の危険について説明している。ERCP検査の有用性,必要性に照らすと,上記説明をもって説明義務を果たしているというべきである。 ウ H医師は,亡Gの家族に対しERCP検査に関する説明をしていないが,亡Gに対して説明した上でその承諾を得ている以上,説明義務に違反しない。 (2) 本件ERCP検査における手技上の過誤の有無(原告らの主張)ア(本件ERCP検査における膵管造影の不要性)H医師は,亡Gの総胆管造影を目的として本件ERCP検査を実施したにもかかわらず,胆管造影に先行して意図的に膵管造影を実施した。しかし,これは,ERCP検査に携わる医師の常識に反するものである。すなわち,医学的知見としては,胆管造影を て本件ERCP検査を実施したにもかかわらず,胆管造影に先行して意図的に膵管造影を実施した。しかし,これは,ERCP検査に携わる医師の常識に反するものである。すなわち,医学的知見としては,胆管造影を目的としたERCP検査においては重大な致命的合併症である急性膵炎を予防するために膵管へのカニューレ挿管を避けるべきであり,膵管造影がされた場合,直ちに造影を中止すべきものとされている。H医師は,本件において,無用,不適応の膵管造影を意図的に先行して実施し,これによって亡Gに重症の膵炎を惹起させたのであるから,亡Gの死亡について,被告は責任を負う。 イ(本件ERCP検査の検査時間及び使用した造影剤の量)(ア)(検査時間)ERCP検査の適切な検査時間は,一般に15ないし30分であり,この時間内に終了しない場合には日を改めて実施すべきであるとされている。ところが,本件ERCP検査の検査時間は,看護記録(乙2号証332頁)によると90分であり,許容限度を超えたものとなっている。 (イ)(造影剤の量)ERCP検査における造影剤の量は,実験的には主膵管で2ないし4ml,総胆管で15mlあれば十分であるとされている。そして,造影剤を胆管に注入するに際しては,現実に胆管に注入されているか,膵管に注入されているのかを確認するのが通常であるが,その確認のためには膵管に2ml以上の造影剤が注入されるのを避けるようにするのが一般的である。ところが,本件においては,専ら膵管のみが造影されている上,膵管のみに造影剤が21mlも使用されているのであって,これは許容量の約10倍である。 (ウ) 上記の過量の造影剤が検査部位と無関係の膵管に注入された結果,亡Gに重症膵炎が引き起こされたのである。 (被告の主張)ア(本件ERCP検査)H医師は,膵管と胆管をともに造影する目的で本 (ウ) 上記の過量の造影剤が検査部位と無関係の膵管に注入された結果,亡Gに重症膵炎が引き起こされたのである。 (被告の主張)ア(本件ERCP検査)H医師は,膵管と胆管をともに造影する目的で本件ERCP検査を開始し,膵管の造影を終えてから胆管造影を実施したが,胆管造影は成功しなかったものである。 イ(本件ERCP検査の検査時間及び使用した造影剤の量)(ア)(検査時間)本件ERCP検査の検査時間については,看護記録(乙2号証332頁)に15時30分から17時までと記録されている。しかし,上記時間は,ERCP検査そのものに要した時間ではない。被告病院においては,検査を行う際,検査専門の看護師が検査の介護に当たり,病棟担当の看護師との間で,患者及び診療録の引継ぎを行っているところ,上記時間は,亡Gがレントゲン室に入室してから退室するまでの時間であって,その中には,検査前の説明,咽頭麻酔,検査後の状態のチェック,病棟担当の看護師が来るまでの待ち時間等のすべての時間が含まれている。ERCP検査そのものに要した時間はずっと短時間である。 (イ)(造影剤の量)看護記録(乙2号証332頁)に,造影剤として60%ウログラフィン21ml,アミカシン1アンプルを使用した旨の記載がある。しかし,これは,検査に当たって調製された薬液量であり,これが全量注入されたものではない。 (3) 急性膵炎に対する基本的治療を怠った過誤の有無(原告らの主張)ア(急性膵炎の重症化の予見可能時期)本件ERCP検査が実施された9月20日の22時ころ,亡Gの腹痛,腹部膨満感及び強度の嘔気等の症状から,H医師は,急性膵炎を疑った。そして,(a)血清アミラーゼ値(正常上限値200)は,9月21日に3311IU/l,9月22日に3054IU/lという異常値を示しており,(b)腹部全体 気等の症状から,H医師は,急性膵炎を疑った。そして,(a)血清アミラーゼ値(正常上限値200)は,9月21日に3311IU/l,9月22日に3054IU/lという異常値を示しており,(b)腹部全体の激痛等の臨床症状が見られ,(c)9月22日には,ショック発生,同日のCT検査の所見で重症膵炎の診断が下されているという臨床経過が見られることにかんがみると,被告病院としては,9月21日までには,急性膵炎発症の確定診断がつき,その時点でさらなる重症化を予見できたというべきである。 なお,9月21日時点での急性膵炎の重症度については,被告病院における検査が不足しているため,必ずしも判然としない面もあるが,被告病院における検査の不明,不足を原告らに不利益に帰すべきでない。 イ(集中治療の開始の遅滞)被告病院医師は,9月21日の時点で,膵炎が重症かどうか,集中治療を開始するかどうかについて,緊張感をもって診断に当たり,亡GをICUに移し,重症膵炎治療を中心とする本格的な集中治療を開始すべきであった。 ところが,被告病院医師は,同日には,重症膵炎の予防の意味でのFOY及びミラクリッドの注射,点滴等の処置を行うにとどまり,ICUに移したのは9月22日22時49分であって,集中治療を1日遅延させた。 ウ(抗酵素療法の不足ないし遅れ)膵炎重症例での抗酸素療法の処方例としては,FOY(100㎎)6ないし10アンプル,ミラクリッド(5万単位)6ないし10バイアル及びニコリンH(1000㎎)3ないし4アンプルを1日量持続点滴静注で併用投与すべきものとされていることによると(甲4号証),重症膵炎を予見した担当医師としては,上記処方例又はそれに準じた処方をすべき注意義務があったというべきである。ところが,被告病院においては,抗酵素薬として,9月21日に,FOY(1 ると(甲4号証),重症膵炎を予見した担当医師としては,上記処方例又はそれに準じた処方をすべき注意義務があったというべきである。ところが,被告病院においては,抗酵素薬として,9月21日に,FOY(100㎎)が2バイアル,ミラクリッド(5万単位)が1バイアルしか点滴投与されておらず,9月22日においても,ICUに搬送されるまでの間,ミラクリッド(5万単位)が2バイアルしか投与されていない。 上記によると,被告病院には,抗酵素療法に不足ないし遅れがあったというべきである。 (被告の主張)ア(急性膵炎の重症化の予見可能性)H医師は,9月20日22時の時点で急性膵炎の発症を疑ったが,9月21日に重症急性膵炎とみるべき臨床徴候は見られなかった。腹部膨満感,上腹部痛の持続は急性膵炎であれば当然に見られる症状である。また,血清アミラーゼ値は,膵障害の程度と並行するものでなく,急性膵炎の重症度判定の指標とすることはできない。同医師が,9月21日時点で重症例として予見し,その治療を開始しなかったことをもって過誤ということはできない。 イ(抗酵素剤の投与)9月20日に急性膵炎と診断したのと同時に投与した抗酵素剤,9月21日及び9月22日に投与した抗酵素剤の投与量は,いずれも一般に急性膵炎に対して用いられるべきものとされている投与基準に従った適正なものである。 (4) 原告らの損害(原告らの主張)ア亡Gの逸失利益及び慰謝料(ア) 逸失利益 4835万円亡Gは,Jから月額44万3000円の給与を得ており,また,拠出した掛金による厚生年金として2か月ごとに27万8466円を受給していた。そこで,亡Gの年収は698万6796円(44万3000円×12+27万8466円×6)となる。 亡Gの平均余命16年(新ホフマン係数11.536),生活費控除を40% 7万8466円を受給していた。そこで,亡Gの年収は698万6796円(44万3000円×12+27万8466円×6)となる。 亡Gの平均余命16年(新ホフマン係数11.536),生活費控除を40%として同人の逸失利益を算定すべきであり,これによると,4835万円(698万6796円×11.536×0.6。1万円未満切り捨て)となる。 (イ) 慰謝料 2000万円亡Gの被った精神的苦痛を金銭によって評価することはできないが,2000万円を下回るものでない。 (ウ) 上記逸失利益及び慰謝料につき,原告Aはその2分の1,その子である原告B及び亡Iが各4分の1ずつ相続した。亡Iの死亡により,妻である原告Cが2分の1(亡Gの相続分としては8分の1),子である原告D,同E及び同Fがいずれも各6分の1ずつ(同24分の1),亡Iを相続した。 イ葬儀費用 100万円原告Aの損害として計上する。 ウ弁護士費用 500万円原告らは,被告に対し,本件訴訟を提起せざるを得ず,原告ら訴訟代理人弁護士に対してその委任をした。上記損害額を前提とした着手金及び報酬金の合計額は,819万円を下回ることはない。また,証拠保全手続を進めるに当たって,弁護士費用25万円及びカメラ代実費9万7450円,合計34万7450円を既に支出した。上記合計額は853万7450円となるが,そのうち500万円を原告Aの損害として計上する。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 第3 当裁判所の判断 1 説明義務違反について(1) H医師が本件ERCP検査を実施する前に,亡Gに対してした説明内容等は,前記前提となる事実,甲7,11号証,乙2,14号証,証人Hの証言によると,次のとおりであることが認められる。 ア H医師は,9月12日,亡Gに対し,予想される入院期間は1か月程度であり,胆 容等は,前記前提となる事実,甲7,11号証,乙2,14号証,証人Hの証言によると,次のとおりであることが認められる。 ア H医師は,9月12日,亡Gに対し,予想される入院期間は1か月程度であり,胆石症の精密検査としてERCP検査を行う旨を説明し,亡Gは,これを受けて入院治療計画書(乙2号証118頁)に署名,押印した。 イ H医師は,9月17日,亡Gに対し,病状説明書(乙2号証115頁)に,十二指腸,胆管及び膵管等の図を描きながら,同人の症状について説明するとともに,ERCP検査について,(a)内視鏡を十二指腸まで挿入し,十二指腸の乳頭から胆管及び膵管の両方に挿管し造影剤を注入して行う検査であること,(b)胆管を造影できる確率は80%から90%であり,膵管については90%であって,胆管の方が膵管よりも造影率が悪いこと,(c)検査時間は30分から1時間であること,(d)検査後,膵炎や胆管炎を合併することがあり,多くは一過性であるが,重症化することもあること,(e)上記の合併症については,検査の前に予防的処置を行うことなどを説明した後,亡Gに対し,上記病状説明書のコピー(甲7号証)を交付した。 a 上記(d)のうち,H医師が亡Gに対し,膵炎等が重症化することもある旨を説明したかどうかについては当事者間に争いが存する。この点に関し,被告病院の診療録中の病状説明書(乙2号証115頁)には,亡Gに交付した病状説明書のコピー(甲7号証)に記載のない「→(時に重症化)」との部分が存するところ,これは,同医師が,診療録を見直した際,追加して書き込んだものであることが認められる(乙14号証,証人H)。しかし,上記書込みをした時期について,同医師は,亡Gが重症膵炎になった9月22日に記載した旨を述べたり(乙14号証),書き込んだ日時については覚えておらず,膵炎 が認められる(乙14号証,証人H)。しかし,上記書込みをした時期について,同医師は,亡Gが重症膵炎になった9月22日に記載した旨を述べたり(乙14号証),書き込んだ日時については覚えておらず,膵炎の発症後か,重症化した後であるか覚えていない旨証言しており(証人H),必ずしも明確でない。また,同医師は,上記記載部分の括弧書き自体の記載について,後に書き込んだことが分かるように括弧を記載した旨述べるが(乙14号証,証人H),括弧書き自体の記載と,その中の「時に重症化」との記載をした時期がそれぞれいつであるかについて,必ずしも明らかでない。 b 上記のとおり,「→(時に重症化)」との記載部分については,記載した時期,記載するに至った直接の事情などに関してH医師の述べる内容が必ずしも明確でなく,一貫していないところもあることによると,同医師がその記載どおり,亡Gに対し重症化することがある旨を説明したかどうか疑問を差し挟む余地がないではないといわざるを得ない。 c しかし,H医師は,亡Gに対し,膵炎等が重症化することもある旨を説明したと述べているところであり(乙14号証,証人H),ERCP検査の後,膵炎等を発症することがあり,これについては予防的処置をする旨説明していることによると,これらがすべて一過性のものであると断定的に説明したとは解し難く,多くは一過性であると一定の留保をした上で,重症化することもある旨を説明したと解するのが自然である。 重症化に関する説明については,上記に検討したとおりであり,本件の各証拠を検討しても上記認定を覆すに足りない。 ウ亡G及び亡Iは,9月19日付けで,亡GがERCP検査を受けるについて,「担当医師から,現在の病状,検査の概要及びその必要性等について説明を受け承知しましたので検査を受けることに同意します。」と記載さ G及び亡Iは,9月19日付けで,亡GがERCP検査を受けるについて,「担当医師から,現在の病状,検査の概要及びその必要性等について説明を受け承知しましたので検査を受けることに同意します。」と記載された同意書(乙2号証113頁)を被告病院に提出した。 上記同意書には,H医師が担当医師として上記のとおり説明した旨記載されている。しかし,H医師は,亡Iに対しERCP検査について説明しておらず,同医師は,亡Gに対し説明したので同人から亡Iに対して説明したものと理解していたにすぎない(甲11号証,乙14号証,証人H)。 (2) 医師は,患者の疾患に対する適切な治療方針を立てることなどを目的として検査を実施しようとする場合,診療契約に基づき,患者に対し,その時点における疾患についての診断,検査の必要性,検査の内容,検査に伴う危険性などについて説明すべき義務を負うものと解される。 本件について検討するに,鑑定の結果によると,H医師が総胆管について結石の有無を診断するために亡Gに対しERCP検査を実施することにしたのは適切な判断であったものと認められるところ,同医師の亡Gに対してした上記の説明内容は,診療契約に基づいて求められる上記義務を履行しているものと解することができる。したがって,H医師の亡Gに対する説明が本件における診療契約に違反するものであるとか,不法行為に当たるものと解することはできない。 原告らは,亡GがH医師からERCP検査についての説明を受け,検査を受けることを承諾したとしても,その承諾は錯誤により無効である旨主張する。しかし,H医師の亡Gに対する説明内容が診療契約に違反するものということができないことは上記のとおりであるところ,亡Gの承諾に錯誤があったことを認めるに足りる証拠は存しない。 (3) 原告らは,被告病院医師は,亡Gの家 に対する説明内容が診療契約に違反するものということができないことは上記のとおりであるところ,亡Gの承諾に錯誤があったことを認めるに足りる証拠は存しない。 (3) 原告らは,被告病院医師は,亡Gの家族に対してもERCP検査の内容及び危険性について説明する義務を負っていた旨主張する。 確かに,医師が医療行為等について患者だけでなく家族に対しても説明することが望ましいことはいうまでもないところであり,殊に本件のように一定の危険性を伴う検査については,患者と家族とが十分に検討できるように家族に対しても医師が的確な情報を提供することが望ましいというべきである。しかし,本件において,亡Gの判断能力に疑いを挟むべき事情をうかがうことはできない。むしろ,前記のとおり,亡Gは,Jの代表取締役であったところ,証人Pの証言及び原告Aの本人尋問の結果によれば,亡Gは,従業員がすべて親族であったJにおいて,ワンマン社長といわれていたことが認められるのであって,これによると,亡Gは,自分に関することは,自ら判断し,決定していたことがうかがわれるのである。 上記に検討したところによると,本件において,被告病院医師が亡Gの家族に対して説明しなかったことをもって説明義務違反があるとまではいえない。 また,上記認定のとおり,被告病院の医師が亡Iに対しては直接説明していないことによると,上記同意書のうちの亡I作成部分は,形式的なものにすぎないといわざるを得ず,適切な取扱いということはできないが,これをもって直ちに注意義務違反があるものと解することはできない。 なお,原告らは,亡Gの家族が被告病院医師からERCP検査について上記説明を受けていれば,ICUに移すことや転医を検討するなど自衛手段を講じることができた旨主張するが,本件各証拠から,亡Gの家族が上記の自衛手段を講じ Gの家族が被告病院医師からERCP検査について上記説明を受けていれば,ICUに移すことや転医を検討するなど自衛手段を講じることができた旨主張するが,本件各証拠から,亡Gの家族が上記の自衛手段を講じることができたものと認定することは困難である。 (4) 以上に検討したとおりであって,説明義務違反に関する原告らの主張を採用することはできない。 2 本件ERCP検査における手技上の過誤の有無(1) 本件ERCP検査における膵管造影の必要性についてア前記のとおり,H医師は,9月13日,亡Gにつき,総胆管造影を目的として,ERCP検査を9月20日に実施することを決めたところ,本件ERCP検査において,同医師は,まず膵管造影をし,その後,胆管造影を試みたが,結局,この造影はできず,検査を終了している。 同医師は,本件ERCP検査について,亡Gが総胆管結石を合併している可能性があり,手術前に胆道系の精査が必要であると判断し,総胆管結石の有無等の異常を発見すること及び胆道系の解剖学的偏位の存在を調べるために実施することにした旨述べる(乙14号証,証人H)一方,ERCP検査として膵管造影を行う場合について,膵炎,膵がんその他の膵臓の病気が疑われる場合を挙げながら,亡Gには膵炎とか膵がんの疑いはなかった旨証言している。そして,同医師は,本件ERCP検査において,膵管造影を行ったのは,ERCP検査を行う場合は当然のように膵管造影を行っている旨を述べるのみであり(乙14号証,証人H),亡Gについて膵管造影の必要性があったことについて合理的な根拠をもって説明するところがない。 イこの点,甲14ないし16号証及び鑑定の結果によると,(a)膵管及び胆管は,十二指腸乳頭において開口部が共通であり,膵管造影に当たってはカニューレを乳頭の1時方向を狙うようにして挿 ろがない。 イこの点,甲14ないし16号証及び鑑定の結果によると,(a)膵管及び胆管は,十二指腸乳頭において開口部が共通であり,膵管造影に当たってはカニューレを乳頭の1時方向を狙うようにして挿入し,胆管造影に当たっては乳頭の11時方向の縁を狙うようにして挿入する,(b)十二指腸乳頭部の活約筋の強度が造影に関連するところ,膵管の方が胆管よりも取り巻いている活約筋が薄いことから膵管の造影の方が容易である,(c)熟練すれば胆管のみを造影して膵管は省略することも可能であるが,100%可能ではないことが認められる。 しかし,H医師は,本件ERCP検査において,意図的に膵管を膵尾部まできちんと造影しているのであって(乙3号証の6,証人H),上記の膵管を造影することもあり得るとの趣旨とは全く異なる方針をとっていたことが明らかである。 上記認定によると,同医師は,本件ERCP検査において何ら合理的な根拠を有しないまま膵管造影を実施したものといわざるを得ない。 ウなお,甲15号証には,造影剤の注入について,「造影されているのが胆管か,膵管か,両方かを見分ける。胆管目的で膵管が造影された場合は,造影をすぐやめ,その後はカニューレ先端の位置と方向で膵管内か胆管内を判断し,膵管への造影剤の注入は極力避ける。」旨の記載があるところ,本件において証拠として提出された各文献を検討しても,上記甲15号証の記載内容に反する趣旨をいうものは見当たらない。 エ以上検討したところによると,H医師が,亡Gについて膵臓の疾患の疑いが全くなく,総胆管の造影を目的としていた本件ERCP検査において,意図的に膵管を膵尾部まできちんと造影したことは,不必要であったばかりでなく不適切なものであったというべきである。 (2) 検査時間についてア本件ERCP検査の検査時間について,H医 検査において,意図的に膵管を膵尾部まできちんと造影したことは,不必要であったばかりでなく不適切なものであったというべきである。 (2) 検査時間についてア本件ERCP検査の検査時間について,H医師は,16時に内視鏡で十二指腸乳頭を確認した上で看護師に対して腸管の動きを抑える目的でグルカゴン1アンペアを筋肉注射するよう指示し,その後膵管造影を施行して,内視鏡を抜去し検査を終えたのは16時45分前後と考えられる旨述べる(乙14号証)。これによると,本件においてERCP検査自体に要した時間は約45分となる。一方,看護日誌(乙2号証332頁)には本件ERCP検査の時間につき15時30分から17時までとの記載が見られるが,証人Hの証言によれば,上記看護日誌の記載は,15時30分に,亡Gの担当看護師が病棟の看護師から外来の看護師に引き継がれ,17時に,外来の看護師から病棟の看護師に引き継がれたことを示していることが認められることによると,上記看護日誌の記載から,本件ERCP検査自体にかかった時間を的確に認定することはできない。 イこの点,甲15号証には,ERCP検査につき,診断のための検査では15~30分を限度としているとあるが,鑑定人は,検査時間約45分は許容範囲であるとしており,これによると,本件ERCP検査の検査時間が許容限度を超えたものである旨の原告らの主張を採用することは困難である。 (3) 造影剤の量についてア原告らは,本件ERCP検査において造影剤が膵管のみに21ml使用されているところ,これは許容量の約10倍である旨主張する。 イ看護日誌(乙2号証332頁)には,本件ERCP検査において造影剤として60%ウログラフィン21mlが使用された旨記載されているところ,被告は,上記看護日誌の記載は検査のために準備した量であって,現実に 日誌(乙2号証332頁)には,本件ERCP検査において造影剤として60%ウログラフィン21mlが使用された旨記載されているところ,被告は,上記看護日誌の記載は検査のために準備した量であって,現実に使用した量とは異なると主張し,H医師は,現実に使用した量を覚えていない旨述べる(証人H)。 ウまた,鑑定人は,本件ERCP検査において使用された造影剤が21mlであったとしてもこれは許容範囲である旨指摘する。 エ上記に検討したところに照らすと,本件ERCP検査において使用された造影剤が許容量を超えるものであったとの原告らの主張を採用することは困難である。 (4) 以上に検討したとおり,原告らが手技上の過誤として主張する本件ERCP検査の検査方法のうち,膵管造影が不要であった旨の主張については理由がある。 しかしながら,次のとおり,膵管造影が不要であったことから直ちに亡Gの急性膵炎がこれによって生起されたものと解することは困難である。 ア ERCP検査後の膵炎の発生要因としては,造影剤の注入量,注入速度,注入圧などが重要視されており,また,挿管,造影を繰り返すことが膵炎の発生に最も関連があるとの報告も存するが(甲8号証),膵炎を起こさないように慎重に検査を行っても,時として検査後,膵炎を併発してしまうことがあるといわれる(甲15号証)。 イ鑑定の結果によると,ERCP検査後に急性膵炎が発症する原因としては,十二指腸乳頭のけいれん,腸液や胆汁の膵管への混入その他が原因として考えられているが,個人差が大きく選択的造影が不成功に終わった症例に多発するということでもなく,通常のERCP検査でも発症する危険性を否定することはできず,急性膵炎の発生病態はいまだに不明な点が多く,世界的に検討されている課題であることが認められる。 ウ乙14号証及び証人Hの証言に もなく,通常のERCP検査でも発症する危険性を否定することはできず,急性膵炎の発生病態はいまだに不明な点が多く,世界的に検討されている課題であることが認められる。 ウ乙14号証及び証人Hの証言によると,H医師は,本件ERCP検査までに既に約100例のERCP検査をした経験を有しており,本件病院においても,同病院における年間約70例のうちの約40例を担当しているが,本件以前に急性膵炎の発症をみたことはなく,本件以後に急性膵炎になった例が一つあったが,これは約1週間で改善したことが認められる。 エ前記認定のとおり,H医師は,ERCP検査を実施する場合,膵管及び胆管の双方を造影する方針をとっていることによると,上記認定の同医師のERCP検査の経験数のうちには,本件と同様に不要な検査を実施した例も相当数に上ることが推認される。しかし,本件以前に急性膵炎の発症をみたことがないことによると,不要な検査の実施が直ちに急性膵炎の発症の原因であるものとは解し難いといわざるを得ない。 そして,鑑定の結果によれば,本件における急性膵炎の原因の特定は困難であることが認められ,これに,上記認定事実を考え併せると,原告らが手技上の過誤として主張する本件ERCP検査の検査方法が亡Gの急性膵炎を発症させたものであると認めることは困難であるといわざるを得ない。 3 急性膵炎に対する治療について(1) 本件においては,前記認定のとおり,9月20日の遅くとも17時には本件ERCP検査が終了したところ,前記前提となる事実のとおり,H医師は,同日22時の時点で,亡Gには腹痛と腹部膨満感があり,嘔気が強かったことから,急性膵炎の発症を疑い,その後,9月22日20時ころ,亡Gは,血圧が58㎜HGと低下してショック状態となり,同日20時40分に実施されたCT検査の結果,腹水の貯留 満感があり,嘔気が強かったことから,急性膵炎の発症を疑い,その後,9月22日20時ころ,亡Gは,血圧が58㎜HGと低下してショック状態となり,同日20時40分に実施されたCT検査の結果,腹水の貯留が見られたことから,同医師は,重症膵炎と診断し,同日22時49分,亡GはICUに移されたのである。 (2) 急性膵炎に対する治療については,次のとおり解されていることが認められる。 ア急性膵炎については,初期の対応の遅れや,不適切な治療は膵炎重症化の一因として重要であることから,急性膵炎が疑われたら,まず膵炎の基本的治療(絶食絶飲,胃内容の持続的吸引,補液,抗酵素薬,抗生物質の投与等)を開始し,重症と判定されれば,直ちにICUでの全身管理と集中治療を行う(甲4号証)。 イ集中治療の開始は,早期であればあるほど救命率は高く,急性膵炎については,軽症や中等症膵炎では死亡率は低く,重症度の判定が最も大切なことであると考えられており,早期治療が重要である(鑑定の結果)。 (3) 前記認定のとおり,H医師は,亡Gに対してERCP検査後に膵炎等が重症化することがある旨を説明しており,本件ERCP検査の実施前には,膵炎予防のために抗酵素剤であるFOY(100㎎)を2本持続点滴しているのである。こうしたことによると,同医師は,自らは直接経験していなかったものの,ERCP検査後に膵炎の発症することがあり,時には重症化することがあることを十分認識していたものと認められる。そうすると,同医師としては,9月20日22時の時点で亡Gにつき急性膵炎の疑いをもった以上,これが重症化した場合には早期にICUに移して十分な管理態勢の下で治療に当たることができように,9月20日22時以降,緊張感をもって亡Gの診療に当たるべき義務を有していたものというべきである。ところが,前記のとお 場合には早期にICUに移して十分な管理態勢の下で治療に当たることができように,9月20日22時以降,緊張感をもって亡Gの診療に当たるべき義務を有していたものというべきである。ところが,前記のとおり,同医師は,CT検査をすることもなく,また,膵炎の重症度判定に用いられる項目に係る血液生化学検査を十分にはしていないのである(乙2号証,弁論の全趣旨)。こうしてみると,9月20日及び9月21日において,同医師には,亡Gの急性膵炎の診断及びその重症化に対する対応において注意義務に欠けていたものというべきである。 この点に関し,鑑定人は,9月22日のCT検査がされた時点でのグレードはⅤの段階であり(前記のとおり,このグレードにつき,Ⅳ,Ⅴの所見があれば重症とされる。),膵臓の腫大と腹水貯留が認められている旨指摘し,さらに,「本件では,9月22日にショックに陥っているところ,検査項目については,重症度判定に必要なチェック項目は不十分と見受けられる。9月21日の時点で重症かどうか,集中治療を開始するかどうか,緊張感を持って診断に当たれば,1日早く集中治療を開始することができたと考えられる。9月21日の治療については,腹痛が強かったにもかかわらず,重症度判定が行われなかったことは残念なことである。アミラーゼの測定にとらわれず,ほかの検査項目をチェックする習慣があればよかったのかもしれない。1日早ければ救命できた可能性を否定することができない。集中治療の開始は,早期であればあるほど救命率は高い。本件においては,本格的な集中治療が開始されたのは発症後70時間近く経ており,この集中治療開始の遅れが予後を大きく作用したと考えられる。」旨指摘しているところであり,本件において上記の指摘を覆すに足りる証拠は存しない。 (4) 以上によれば,被告病院医師が,亡Gが急 ており,この集中治療開始の遅れが予後を大きく作用したと考えられる。」旨指摘しているところであり,本件において上記の指摘を覆すに足りる証拠は存しない。 (4) 以上によれば,被告病院医師が,亡Gが急性膵炎を発症したと疑った時点以降,急性膵炎の診断及び重症度の判定を的確にすることができるよう適切な血液生化学検査及びCT検査を実施していれば,9月21日の時点で急性膵炎の重症化の判断ができたものと推認される。そして,その時点で直ちにICUに移し,的確な全身管理及び集中治療を実施していれば,亡Gが死亡することは避けられた高度の蓋然性があったものというべきである。 したがって,被告は,上記注意義務に違反した被告病院医師の使用者として,亡Gの死亡によって生じた損害につき,原告らに対し,賠償する責任を負う。 4 原告らの損害について(1) 亡Gの逸失利益 2888万3654円ア給与所得甲5,20,21号証を総合すると,亡Gは,平成8年7月当時月額44万3000円の給与を受けていたことが認められる。そこで,死亡した当時66歳であった亡Gの給与所得に係る逸失利益は,生活費控除として40%と解するのが相当であることによると,2061万4384円となる。 44万3000円×12か月×0.6(生活費控除40%)×6.463(66歳の勤労可能年数を前提としたライプニッツ係数)=2061万4384円イ年金甲6,19号証によると,亡Gは,平成8年当時,拠出した掛金により,老齢厚生年金・老齢基礎年金として2か月ごとに27万8466円を受給していたことが認められる。そうすると,亡Gの上記年金に係る逸失利益は,生活費控除として50%と解するのが相当であることによると,826万9270円となる。 (27万8466円×6回)×0.5(生活費控除50%)×9.8986 すると,亡Gの上記年金に係る逸失利益は,生活費控除として50%と解するのが相当であることによると,826万9270円となる。 (27万8466円×6回)×0.5(生活費控除50%)×9.8986(第16回生命表による14年間のライプニッツ係数)ウ上記のア及びイの合計額は,2888万3654円となる。 (2) 亡Gの慰謝料 2000万円前記のとおり,亡Gは,本件ERCP検査後に発症した急性膵炎により腹痛等の症状に苦しみ,被告病院医師が急性膵炎に対する治療を怠った過誤によって死亡するに至ったものであること,亡Gは,Jの代表取締役として同社の中心として活躍していたこと等本件における諸事情を勘案すると,亡Gの精神的苦痛に対する慰謝料としては2000万円が相当と解する。 (3) 葬儀費用 100万円上記のとおり,亡GがJの代表取締役であったこと,その他弁論の全趣旨によると,葬儀費用としては100万円が相当と解する。 (4) 弁護士費用 500万円本件において,被告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては500万円が相当と解する。 (5) 原告らは,葬儀費用及び弁護士費用については,原告Aの損害として計上することを申し出るところ,これを不当とすべき理由はないので,これに従うと,原告ら各自について認容すべき額は,次のとおりとなる。 ア原告A(亡Gの相続分2分の1) 3044万1827円4888万3654円(逸失利益2888万3654円+慰謝料2000万円)÷2+100万円(葬儀費用)+500万円(弁護士費用)イ原告B(同4分の1) 1222万0913円4888万3654円÷4ウ原告C(同8分の1) 611万0456円4888万3654円÷8エ原告D,同E及び同F(同各24分の1) 各203万6818円4888 1222万0913円4888万3654円÷4ウ原告C(同8分の1) 611万0456円4888万3654円÷8エ原告D,同E及び同F(同各24分の1) 各203万6818円4888万3654円÷24 5 以上のとおりであって,原告らの被告に対する本件請求は,主文認容の限度において理由があるから認容し,その余の請求については理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条,64条を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用し,仮執行免脱宣言の申立ては相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判長裁判官佐久間邦夫裁判官倉澤守春裁判官横山真通
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