主文 原決定を破棄し,原々決定に対する抗告を棄却する。 抗告手続の総費用は相手方の負担とする。 理由 抗告代理人澤口実,同小林啓文,同関戸麦の抗告理由について 1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。 (1) 抗告人は,株式会社D(以下「本件会社」という。)の額面普通株式180株(以下「本件株式」という。)の株主である。本件会社の定款には,株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めがある。 (2) 抗告人は,本件会社に対し,平成12年4月21日ころに到達した書面により,本件株式を株式会社Eに譲渡したいのでこれを承認すべきこと,これを承認しないときは他に譲渡の相手方を指定すべきことを請求した(以下「本件譲渡承認請求」という。)。本件会社の取締役会は,株式会社Eへの本件株式の譲渡を承認せず,譲渡の相手方として,本件抗告の相手方を指定した。そして,抗告人に対し,同年5月1日到達の書面により,その旨を通知した。抗告人は,本件会社及び相手方に対し,同月6日到達の各書面により,本件譲渡承認請求を撤回する旨を通知した。他方,相手方は,同月8日に商法(平成13年法律第128号による改正前のもの。以下同じ。)204条ノ3第2項所定の金銭を供託した上で,抗告人に対し,同月9日到達の書面により,本件株式を相手方に売り渡すべき旨を請求した。 (3) 相手方は,本件株式の売買価格につき協議が調わないとして,商法204条ノ4第1項の規定に基づき,原々審に対し,本件株式の売買価格の決定を請求した。抗告人は,相手方が本件株式の売渡しを請求する前に本件譲渡承認請求を撤回したから,抗告人と相手方との間に本件株式の売買は成立していないと主張した。 2 原審は,次のとおり判示して,抗告人によ した。抗告人は,相手方が本件株式の売渡しを請求する前に本件譲渡承認請求を撤回したから,抗告人と相手方との間に本件株式の売買は成立していないと主張した。 2 原審は,次のとおり判示して,抗告人による本件譲渡承認請求の撤回が有効- 1 -であるとした原々決定を取り消し,本件を原々審に差し戻す旨の決定をした。 定款による譲渡制限のある株式の譲渡においては,実質的にみて,株主による譲渡の相手方の指定請求が株式売却の申込みに,取締役会から譲渡の相手方に指定された者による株式の売渡請求がこれに対する承諾に,それぞれ当たるということができる。取締役会から指定された者は,株主の請求に基づく取締役会による指定を信頼して,売買の目的物である株式の内容を調査し,資金を準備するのであるから,契約の申込みを受けた者と実質的にみて異なるところはない。したがって,承諾期間を定めて,又は承諾期間を定めずに隔地者になした契約の申込みを撤回することができない旨を定めた民法521条1項,524条の規定の類推適用により,株主は,取締役会が譲渡の相手方を指定した後は,その請求を撤回することができないと解するのが相当である。 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。 (1) 商法204条1項ただし書は,会社は定款をもって株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨を定めることができると規定しているが,その趣旨は,会社にとって好ましくない者が株主となることを防止することにあると解することができる。他方,株式会社においては,本来,株式の譲渡は自由であるべきものであって(同項本文),株主は自己の希望しない相手方への譲渡又はその意向に反する価格での売却を強制されることはないのが原則である。したがって,定款に株式の譲渡制限の定めがある場 は自由であるべきものであって(同項本文),株主は自己の希望しない相手方への譲渡又はその意向に反する価格での売却を強制されることはないのが原則である。したがって,定款に株式の譲渡制限の定めがある場合においても,上記趣旨に反しない限り,株式の譲渡については株主の意思をできる限り尊重すべきものと考えられる。そして,会社に対して譲渡の相手方を指定すべきことを請求した株主がその後に請求を撤回したとしても,会社にとって好ましくない者が新たに株主となるわけではないから,定款に譲渡制限の定めを置いた会社の利益が害されることはない。そうすると,株主による請- 2 -求の撤回を認めることは,株式の譲渡制限制度の趣旨に反するものではないということができる。 (2) 定款に譲渡制限の定めがされた株式については,その譲渡手続につき詳細な規定が置かれており(商法204条ノ2から204条ノ5まで),取締役会が譲渡の相手方として指定した者が株主に対して株式を売り渡すべき旨を請求することによって,株主とその者との間に株式の売買が成立するということができる(同法204条ノ3)。したがって,この売渡請求がされた後は,株主がその請求を撤回することが許されないことは明らかであるが,売渡請求前については,上記規定中に,株主による請求の撤回が否定されるべき旨を定めた条項はない。 (3) 通常の場合における売買契約の申込みは,申込みをする者が任意に選択した相手方に対して,希望する売買価格等の契約内容を提示して行うものであるから,申込みをした者においてこれを撤回することを制限する民法521条1項,524条の規定は合理性を有するということができる。これに対し,商法の上記規定によれば,定款に譲渡制限の定めのある会社の株式を譲渡しようとする株主は,株主が選択した者への譲渡を取締役会が 1条1項,524条の規定は合理性を有するということができる。これに対し,商法の上記規定によれば,定款に譲渡制限の定めのある会社の株式を譲渡しようとする株主は,株主が選択した者への譲渡を取締役会が承認しない場合には,譲渡をしないこととするか,又は取締役会から指定された者に対して譲渡するか,そのいずれかを選ぶことしかできず,売買価格の提示も行わないものであるから,通常の売買契約の申込みをした者とは状況を異にする。また,取締役会から指定された者は,株主が自ら選択して申込みをした相手方ではなく,売買契約の申込みを信頼した相手方とはその地位を異にするから,その者の利益が害される可能性のあることを理由として,株主による請求の撤回を許さないと解することは,株式の譲渡を制限した会社の側の事情を重視する余り,株式の自由な譲渡を制限された株主の利益を損なう結果につながるものといわざるを得ない。したがって,株主の会社に対する譲渡相手方指定の請求が実質的にみて売買契約の申込みに当たるということも,取締役会から指定- 3 -された者が売買契約の申込みを受けた者と実質的に同じであるとみることもできないから,株主による請求の撤回の可否につき,民法521条1項,524条の規定を類推適用することは相当でない。 (4) 以上によれば,【要旨】定款に株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定めのある会社の株式について,会社に対して株式の譲渡を承認すべきこと及びこれを承認しないときは他に譲渡の相手方を指定すべきことを請求した株主は,取締役会から指定された者が株主に対して当該株式を売り渡すべき旨を請求するまで,その請求を撤回することができると解するのが相当である。 4 したがって,抗告人が本件譲渡承認請求を撤回することができないとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼす 式を売り渡すべき旨を請求するまで,その請求を撤回することができると解するのが相当である。 4 したがって,抗告人が本件譲渡承認請求を撤回することができないとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原決定は破棄を免れない。そして,本件譲渡承認請求の撤回を認めた原々決定は正当であるから,これに対する相手方の抗告を棄却することとする。 よって,裁判官島田仁郎の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。 裁判官島田仁郎の反対意見は,次のとおりである。 私は,原決定が相当であり,本件抗告は棄却すべきであると考える。その理由は,次のとおりである。 譲渡制限の定めがある株式を特定の者に譲渡することについて会社に対して承認を請求した株主が,同時に,承認が得られない場合には譲渡すべき相手方の指定をも請求(以下「指定請求」という。)した場合には,当然,会社が自己の意に沿わない者を指定するかもしれないことや,指定された者と価格についての協議が調わないために裁判所によって価格の決定がされることになるかもしれないことを予測した上で請求するのであるから,いったん請求した以上は,たとえそのようなことになっても請求を撤回できないものとしても,不当に酷な立場を強いられるという- 4 -ことにはならない。もし,そのようなリスクを負いたくなければ,譲渡承認の請求のみをすることもできるのである。他方,会社から譲渡の相手方として指定を受けた者(以下「先買権者」という。)は,株式の内容を調査し,資金を準備する作業に取り掛かることになるが,売渡請求をするのは指定の通知を受けてから10日以内にすればよいと規定されているところから,考慮及び準備期間として10日間が与えられているものと考えるのはごく自然なことであり,もし,株 ことになるが,売渡請求をするのは指定の通知を受けてから10日以内にすればよいと規定されているところから,考慮及び準備期間として10日間が与えられているものと考えるのはごく自然なことであり,もし,株主において,先買権者が気に入らないとか価格について協議が調わないなどの理由で,売渡請求があるまでは指定請求をいつでも自由に撤回できるものとすれば,株主は,何らのリスクも負うことなく,会社が自己の意に沿う者を先買権者として指定するまで何回でも請求と撤回を繰り返すことができるのに対して,その都度指定される先買権者は,いつ徒労に帰するかもしれない極めて不安定な作業を強いられることになるし,会社としても,撤回される都度煩さな手続を繰り返し行わなければならないことになる。撤回を許したからといって直ちに会社にとって好ましくない者が新たに株主となるわけでないことは多数意見のいうとおりであるが,会社は,その指定する者を次々と拒否され,繰り返し指定を請求される都度,2週間以内に先買権者を指定して通知しなければ,最初に株主が承認を求めた好ましくない者を株主にせざるを得ない(商法204条ノ2第4項)というリスクを負いながら,煩さな手続を繰り返し行わなければならないのであるから,それが権利の濫用として排除される余地があるとしても,会社の利益が害されることはないとはいえないものがあると思われる。 以上のような株主,会社及び先買権者の三者の利害得失を比較衡量するならば,指定請求を10日という考慮期間(承諾期間)が付与された株式売却の申込みに,売渡請求をこれに対する承諾に当たるものとみて,民法521条1項,524条の規定を類推適用して,抗告人による本件譲渡承認請求の撤回を許さないとした原審- 5 -の判断は,衡平の観点からみて当を得たものであり,商法が詳細に定める譲渡 ものとみて,民法521条1項,524条の規定を類推適用して,抗告人による本件譲渡承認請求の撤回を許さないとした原審- 5 -の判断は,衡平の観点からみて当を得たものであり,商法が詳細に定める譲渡手続を円滑に運用する見地からも相当である。 (裁判長裁判官横尾和子裁判官深澤武久裁判官甲斐中辰夫裁判官泉徳治裁判官島田仁郎)- 6 -
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