【DRY-RUN】目 次 主 文 理 由 第一 給水契約締結を拒んだとの認定の誤りを主張する点について 第二 水道法一五条一項の「正当の理由」の解釈適用等の誤りを主張する点に ついて 第三 正当行為
目次 主文 理由 第一給水契約締結を拒んだとの認定の誤りを主張する点について第二水道法一五条一項の「正当の理由」の解釈適用等の誤りを主張する点について第三正当行為等の主張について第四超法規的違法阻却事由の主張について第五錯誤の主張について第六その他の主張について第七結論 主文 本件控訴を棄却する。 当審における訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 本件控訴の趣意は、弁護人中村護、同伊達秋雄、同町田正男、同関戸勉、同伊東正勝、同林千春、同安井規雄、同古川史高共同作成名義の控訴趣意書、弁護人佐伯静治、同飛鳥田一雄各作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官土屋眞一作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。 第一給水契約締結を拒んだとの認定の誤りを主張する点について(弁護人の主張)所論は、原判決は原判示の給水契約の申込書を申込人に郵送返却し、或いは同申込書を受理せず持ち帰らせた被告人の各所為をもつて、給水契約の締結を拒んだ旨認定しているが、被告人の右各所為は、いずれも給水契約の申込を最終的に拒否したものではなく、行政指導を続けるため一時的に受理を保留したのに過ぎないのであるから、原判決は明らかに事実を誤認し、かつ法令の解釈適用を誤つたものである、と主張するものである。 (当裁判所の判断)<要旨第一>一思うに、水道法一五条一項によれば、水道事業者は、事業計画に定める給水区域内の需用者から給水契約</要旨第一>の申込を受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならないとされ、契約締結が強制されている。従つて、給水契約の申込があつたときは、原則として応 る給水区域内の需用者から給水契約</要旨第一>の申込を受けたときは、正当の理由がなければ、これを拒んではならないとされ、契約締結が強制されている。従つて、給水契約の申込があつたときは、原則として応諾義務があるのでその申込の受理ないし承諾の意思表示を留保(保留ともいう。)し得るかが問題になるが、給水拒否の正当な理由がある場合はもちろん、実体上または手続上、一定の合理的事由の存する場合には右申込の受理ないし承諾の意思表示を一時的に留保すること(それは明示的にされる場合もそうでない場合もある。)は許されるものと解してよいであろう。 ところで、本件において水道事業者は甲市であつて、被告人は同市々長として同市営水道事業を管理していた者であるところ(以下、甲市のことを単に「市」というが、この市のとつた措置は、特に断わらない限り、被告人の意思に基づくものと考えるべきものとする。)、市においては原判示のとおり昭和四六年一〇月一日から「甲市宅地開発等指導要綱」(以下、単に「指導要綱」という。)を施行し一定規模以上の宅地開発事業・中高層建築物の建設事業については、「1」建築物による日照の影響に関しては付近住民の同意を得ること(4―1項。「同意条項」ということがある。)、「2」教育施設負担金を負担すること(3―5項。「負担条項」ということがある。)を定めたうえ、その5―2項に「この要綱にしたがわない事業者に対して、市は上下水道等必要な施設その他必要な協力を行わないことがある。」とのいわゆる実効性担保措置(制裁条項)を設けたため、水道事業の運営と指導要綱の運用とが密接に連結せしめられることとなつた。 この指導要綱は、後に改めて検討する如く(第二、二、3、(一)。第三、二)、市において宅地開発等を行う事業者に対し、必要な行政指導を行うための方針(内部準則) 密接に連結せしめられることとなつた。 この指導要綱は、後に改めて検討する如く(第二、二、3、(一)。第三、二)、市において宅地開発等を行う事業者に対し、必要な行政指導を行うための方針(内部準則)を示す性格をもつものであるが、このような行政指導を行うについて、水道事業者でもある地方自治体が宅地開発事業者からする給水申込に対する応答を裁量により暫時留保しつつ、宅地開発に関する所要の説得、勧告等の挙に出ることは、前記水道法の解釈に従い必ずしも許されないことではないと考えられる。 ただし、このような行政指導において処分の留保が裁量的に許される場合であつても、一般的に次のような制約があることに留意すべきである。すなわち、「a」 その一つは、時期的な面からの制約である。処分の留保とは、許否(許認可処分の場合)または諾否(契約の場合)の意思表示をなすべく請求されている場合において、その請求の受理またはこれに対する許諾の意思表示をなすことを一応差し控え、後の段階に譲ることをいうものであるところ、本来許諾の意思表示は、それが実効性をもつ時までになされなければ拒否と同じ結果とならざるを得ないから、留保は相手方の同意がない以上、(法定期限の有無とは別に)遅くともその時までに限られるというべきである。 「b」 いま一つは、行政指導の性質の面からくる制約である。いうまでもなく、行政指導は一定の行政目的の実現を図ろうとして相手方の協力を求めてこれに働きかけるものである。そこで、相手方に対する理性的説得のほかにその実効性を高めるため何らかの対応手段を用いることは当然視されているといつてよく、処分の留保もその手段の一つと理解される。しかしながら、行政指導の本来的性質が相手方の「任意性」を前提とするものである以上、相手方が当該行政指導に従う可能性があるとみられる場 れているといつてよく、処分の留保もその手段の一つと理解される。しかしながら、行政指導の本来的性質が相手方の「任意性」を前提とするものである以上、相手方が当該行政指導に従う可能性があるとみられる場合はともかく、これに従わない確固たる態度を示し、その翻意ということも考えられず、任意の行政指導の方法による解決がおよそ期待できないとみられる場合には、その状況裡において、なお処分の留保を続けることはもはや違法となるものといわなければならない(最高裁昭和五五年(オ)第三〇九号、第三一〇号、同六〇年七月一六日判決参照。判例集未刊)。 もつとも、右「b」の点に関しては、例えば水道法一五条一項の如く、「正当の理由」があるときには「留保」以上に「拒否」の措置をもとり得るとされている場合において、もし或る種の行政指導に従わないことも拒否の「正当の理由」に該当し得ると解する立場からは、右のような制約はおよそ意味をもたなくなる。しかし、当裁判所は、原則としてかかる見解を採らないので(後述)、留保には右「b」の如き制約が存すると考えるものである。そして、右「a」「b」二つの制約は、いずれも処分の留保について内在する限界であり、これを超えるものは、名は留保といつてもその実は拒否そのものと理解すべきものと思料する。 二そこで、以上の見地に立つて所論を検討するに、証拠によれば、本件乙マンシヨン建設をめぐるA株式会社らの給水契約申込とこれに対する市の応酬関係は原判決が「本件の背景」としてその七項「本件乙マンシヨン建設をめぐる紛争」及び八項「本件及びその後の事情」(二〇頁から三二頁)に詳細認定判示しているとおりと認められる。当面の必要部分を要約すれば、(イ)Aは昭和五一年二月頃から本件乙マンシヨンの建設にとりかかつたが、指導要綱に定める日照に関する住民同意も全員につ 三二頁)に詳細認定判示しているとおりと認められる。当面の必要部分を要約すれば、(イ)Aは昭和五一年二月頃から本件乙マンシヨンの建設にとりかかつたが、指導要綱に定める日照に関する住民同意も全員については得られず、また教育施設負担金の寄付願も提出しないまま(これは同五二年三月に一旦提出された。)、同五二年一月建築業者と建築請負契約を締結し、同年二月ころ着工した。そして、同年一月三一日以来本件直前の同年一一月一六日までの間に再三にわたり、市に対し、「新設水道工事申込書」を提出しようとしたが、その都度被告人の指示を受けた市職員から指導要綱が守られるまでは受け付けられないとしてその受理を断わられた。しかし、(ロ)Aは乙マンシヨンの完成がほぼ半月後に迫り、マンシヨン購入者らの入居も間近い事態となつた同月一九日ころあらためて市に対し「新設水道工事申込書」を郵送したが、「指導要綱が遵守されていないので受理できない」として返却され(原判示「罪となるべき事実」第一関係)、次いで翌年一月一一日ころ乙マンシヨンの購入者であるBら二二名においても前同様申込書を提出したが「市長命令で受け付けられない」との理由により、また同月二三日ころ同人らにおいて再度申込書を提出したが「Aが指導要綱を守るまで受理できない」として、いずれの申込書も市職員により受理されなかつた(同「罪となるべき事実」第二の一、二関係)、というものである。 このような事実関係に基づけば、まず、右(イ)において摘示した一連の給水契約申込のうち、マンシヨン建設着工前に市が指導要綱の不遵守を理由にその受付を拒んだのは、時期の点から考え、Aに対し同要綱の履践を促し、住民との紛争を調整するに必要な時間を得るための裁量的な処分留保とみることは十分可能であろう。次に、市が着工後においても同様の態度をとつたことも だのは、時期の点から考え、Aに対し同要綱の履践を促し、住民との紛争を調整するに必要な時間を得るための裁量的な処分留保とみることは十分可能であろう。次に、市が着工後においても同様の態度をとつたことも、この時期において即時に必要とされた水は、主として工事用水であり、また若干飲用等の需用があつたとしても、それらを含め、Aとしては隣の丙ビルより分水することで何とか都合がつく状態であつたこと、また、マンシヨン建設による日影被害をこうむる者との間で話合いや金銭補償による解決を進める意思があり、また教育施設負担金の寄付願を提出する行為にも出ていて、指導要綱に基づく行政指導を全面的に拒否する態度ではなかつたことが認められるので、この場合の留保も上記制約内にあつたものとみて妨げない。 しかし、前記(イ)の後半の時期、少なくとも(ロ)の時期に至つてもなお水道工事申込書の受理を拒否したことは給水契約の申込に対する処分の留保に当たるとは到底みることはできない。詳言すれば次のとおりである。 (1) この時期はすでに乙マンシヨンは殆んど完成し、入居者の多くが確定し、その入居は上下水道の使用可能の状態を待つばかりという状況であつた。従つて、給水申込に対するその「留保」がマンシヨンヘの入居を阻む最大の障害となつており、前記の意味での留保の時期的制約の限度に達していたとみられる。 (2) 一方、市は水道工事申込書の受理の拒絶の理由として指導要綱の不遵守をあげ、これが遵守されるならば給水を承認する旨申込人らに通知していたが、当時Aは指導要綱に従う意思の全くないことが客観的に明らかな状態であつた。すなわち、Aと反対住民(乙マンシヨン及びAの丁マンシヨンの建設に反対する付近住民)との交渉は昭和五二年四月以降ほぼ断絶しており、またAは、反対住民からの申立により市の紛争調整 らかな状態であつた。すなわち、Aと反対住民(乙マンシヨン及びAの丁マンシヨンの建設に反対する付近住民)との交渉は昭和五二年四月以降ほぼ断絶しており、またAは、反対住民からの申立により市の紛争調整委員が同月一六日、「Aは丁マンションの仮処分に対する異議申立を取り下げ、住民らは乙マンシヨンの建設に同意する」旨の調整案を示したのに対し、乙マンシヨンについての争いに丁マンシヨンの件を持ち出されるのは理解できないし、裁判を受ける権利の侵害であるとの理由を挙げて調整案に対する回答を保留したまま工事を進める態度をとり続け、その他原判決が同年六月末以降本件に至るまでのAの動向として詳細判示するとおり(二六頁から二七頁。なお、四六頁)、指導要綱による住民同意を得ることを断念する旨市に通告し、一旦提出していた教育施設負担金の寄付願も取り下げるなどして、指導要綱に服する意思のないことを宣明しつつ本件に至つたものである。従つて、Aとしてはこの段階においては調整案の受諾にしろ、指導要綱の遵守にしろ、これについての市側の行政指導には従わないことを明確に表示していたものであつて、給水契約申込の受理を留保することは、前述の如き行政指導の性質面からの制約を超えていたとみられる。 三しかるに、所論は、「1」Aは、「被告人から直接話があれば丁マンシヨンの仮処分異議申立を取り下げてもよい。」などと述べていたので、昭和五二年一一月一八日右仮処分決定の認可判決があつた段階で市としてはAが右判決に従うことを期待し、原判示第一の申込書返送に及んだものであり、現にその直後、Aは、教育施設負担金を寄付する考えのある動きを示し、或いは市に対しあらためて日照同意の対象者の氏名をたずねたりしているのであつて、右返送行為は行政指導継続のための一時的な留保の措置であつた旨、及び、「2」原判示 負担金を寄付する考えのある動きを示し、或いは市に対しあらためて日照同意の対象者の氏名をたずねたりしているのであつて、右返送行為は行政指導継続のための一時的な留保の措置であつた旨、及び、「2」原判示第二の日時の前後頃もAの態度は右と変つておらず、また、マンシヨン購入者もその給水申込に直ちに応じなくても隣りの丙ビルからの分水が可能であつた以上市の立場を十分理解してくれるものと予想され、反面、もし給水を認めれば逆に反対住民との紛争を激化させるおそれのある状況であつたから、なお暫くはAに対する指導のため給水留保を継続した旨主張する。しかしながら、A社長Cが右「1」のような発言をしたのは紛争調整委員会の席上であり、かつ無条件のものであつたとは思われず、紛争調整案が示された後はむしろ同案がAの裁判を受ける権利を奪うものであることを強調し、調整案を受諾するような態度をとつていなかつたのであるから、被告人が「1」のような期待の念を抱いていたとしてもそれは甚だ主観的、希望的観測に過ぎなかつたと考えられる。原判示第一の件の後Aが教育施設負担金寄付願の再提出をほのめかしたり、また、すでに知悉しているはずの日照同意の対象者の氏名をたずねたことがあつたとしても、前後の経緯からすれば、これは到底真摯な態度に基づいたものとは思われず(当庁昭和五九年押第一七三号の五七「D」○△頁参照)、従つてこのことから直ちに市側においてAが指導要綱に従うよう考えを改めたと速断するはずもなかつたと認めざるを得ない。他方、丙ビルからの分水が可能であるからマンシヨン購入者の理解が得られると信じていたなどということ(「2」)は、水道事業者としては利用者の不安・不便に想到しない安易な予測というほかないが(ただし、前押号の一五参照)、その点はともかくとしても、購入者らにつき異例の分水を考え ていたなどということ(「2」)は、水道事業者としては利用者の不安・不便に想到しない安易な予測というほかないが(ただし、前押号の一五参照)、その点はともかくとしても、購入者らにつき異例の分水を考えねばならない事態に追いこむようになつては、もはや許された給水留保とはいえないと思われる。いずれにしても、右「1」「2」の所論は被告人の原判示第一及び第二の所為が処分の一時的留保の限度内にあつたとする理由とはなし難い。 かえつて、市は、原判示のように(三〇頁から三二頁、四七頁)、本件後においてマンシヨン購入者らが昭和五三年二月一六日から六月までの間、逐次入居した後も給水せず、ためにAは現実に丙ビルから分水する応急措置を講ぜざるを得なくなつたし、その状態は同年一〇月市が水道利用を認める措置をとるまでずつと継続した。そして、この市の措置は、建築基準法の改正により東京都が同年七月一四日「東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例」(以下「都日影条例」という。)を制定したのに伴い、市も同年一〇月一二日指導要綱を改正して、前記同意条項及び負担条項を削除したといういわば他律的な事情変更によるものであつて、乙マンシヨンをめぐる紛争が行政指導により円満解決したことによるものではなかつたのてある。 従つて、被告人の原判示第一、第二の各所為は、市側においては所論のように給水申込の受理の保留との表現をとつたことがあつたとしても(例えば、前押号の一六、一七)、限度を超えていることは明らかで、その実は給水契約の締結をしない意思でこれを「拒んだ」ことに該当するというべきである。 所論引用の最高裁昭和五六年七月一六日判決(民集三五巻五号九三〇頁)は、たしかに、豊中市が給水申込の受理を事実上拒絶し申込書を返戻した措置について、それは給水申込の受理を最終的に拒否す きである。 所論引用の最高裁昭和五六年七月一六日判決(民集三五巻五号九三〇頁)は、たしかに、豊中市が給水申込の受理を事実上拒絶し申込書を返戻した措置について、それは給水申込の受理を最終的に拒否する旨の意思表示をしたものではなく、建築基準法違反の状態を是正し建築確認を受けたうえ申込をするよう一応の勧告をしたものと解し給水の一時的留保を肯認したと考えられる事案である。しかし、この場合の給水申込の受理の拒絶は、本件と異り、建築主において建築確認を受けられず、かつ建物への入居者も未だ決まつていない比較的早い段階で一度だけなされたものに過ぎず、これにより建築主は一旦給水申込の意図を中断させていたところ、その後一年半余を経て、市側の再度の給水申込の慫慂があつて建築主もこれに応じたといういきさつを伴うものであるから、当初の市の処分を給水の一時的な留保であつたとみるのは決して故のないことではなく(前記各制約とも抵触しない。)、そうだとすると同判決をもつて本件に対する先例と考えるのは不適切といわなければならない。また行政庁の通達類のなかには、建築基準法等違反の建築物について、特定行政庁から給水契約の申込の承諾を保留するよう要請があつたときは、当該建築物が「現に居住の用に供されているものである場合」を除いて水道業者がその要請に応ずるよう指導すべきことを下級官庁に指示したものがあり(例えば、昭和四六年一月二九日各都道府県知事・各政令市長あて厚生省環境衛生局長通達)、これはなるほど、違法建築物については、その入居前ならば給水留保は常に許容されるとする見解の如く受けとれるが、しかし、建築基準法等違反是正のためであれば無制約に給水を留保し、その圧力行使によつていつまでも入居を阻むことを是認した趣旨とは思われず、おそらく、入居前のように未だ水の需用が切迫していな とれるが、しかし、建築基準法等違反是正のためであれば無制約に給水を留保し、その圧力行使によつていつまでも入居を阻むことを是認した趣旨とは思われず、おそらく、入居前のように未だ水の需用が切迫していない場合のことを例示的に念頭においたものと推測されるから、本件のような入居寸前の給水申込の受理の拒絶につき有利に援用できるものとは考え難い。まして、本件は違法建築や欠陥建物の場合とは全く異なるケースなのである。 要するに、本件被告人の各所為をもつて、給水申込の受理を一時保留したものとなす論旨は採用できない。 第二水道法一五条一項の「正当の理由」の解釈適用等の誤りを主張する点について<要旨第二>(弁護人の主張)</要旨第二>所論は、原判決は、水道事業が「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与すること」(水道法一条)等を目的とする公益事業であることにかんがみ「同法一五条一項の法意は、水道事業者が給水契約の申込みを受けたときは、原則としてこれに応じなければならないものとしつつ、水道事業者に給水義務を課することが、水道事業の右目的にそぐわない結果をもたらすような特段の事情が認められる場合に、例外的に水道事業者が給水契約の申込を拒むことを許す趣旨であり、同条項にいう『正当の理由』とは、右のような特段の事情が認められる場合をいうものと解する。」としたが、この「正当の理由」のなかには、(イ)単に水道事業目的を遂行するにつき、技術上、物理上障害となる特段の事情が存する場合に限らず、(ロ)総合的な行政上の要請(特に水道事業と同種の目的を有する環境行政若しくは公共の秩序、安全を維持するための行政上の要請等)を優先達成する必要がある場合、或いは、(ハ)給水申込者に公序良俗違反、権利濫用等の違法が認められ、これらに 事業と同種の目的を有する環境行政若しくは公共の秩序、安全を維持するための行政上の要請等)を優先達成する必要がある場合、或いは、(ハ)給水申込者に公序良俗違反、権利濫用等の違法が認められ、これらに給水を行うことが、申込者の反社会性を容認ないし助長する結果となると認められる事情の存する場合をも含むと解すべきてあり、従つて、原判決が、「被告人が本件給水拒否に及んだのは、指導要綱を遵守しなかつたことによるのであつて、水道事業の前記目的とは異なる他の行政目的によることは明らかである。」「そして指導要綱は、法律でも条例てもなく、Aがこれに従わないからといつて違法でないことはいうまでもない。」なお、「Aには乙マンシヨン建設に際しても、なんら違法な点は存在しなかつた。」などとして、被告人の本件所為を右条項にいう「正当の理由」に当たらないとしたのは、同条項の解釈を誤り、またその判断の前提となる事実の誤認をおかしたものである、と主張するものである。 (当裁判所の判断)一 1 水道法一五条一項にいう「正当の理由」の解釈としては、一応所論引用の原判決の述べるところをそのまま是認してよいと思われる。それでは、ここで「水道事業者に給水義務を課することが水道事業の目的にそぐわない結果をもたらす特段の事情が認められる場合」とは具体的にどのような場合を指すかということであるが、これは、水道法の各条項、特に給水を停止できる場合として、同法が水道用水の緊急応援の命令を受け、または災害等のためやむを得ない場合(一五条二項)、或いは料金不払い、給水装置の検査拒否(同条三項)、給水装置の構造・材質の基準不適合(一六条。この場合は給水契約の申込も拒み得る。)等を挙げていることと対比し、「水の供給」という水道事業の固有目的のみに基づいて限定的に判断されるべきものと考えられ、 水装置の構造・材質の基準不適合(一六条。この場合は給水契約の申込も拒み得る。)等を挙げていることと対比し、「水の供給」という水道事業の固有目的のみに基づいて限定的に判断されるべきものと考えられ、例えば、物理的、技術的に水道布設ないし給水が困難であるとき、申込者の地域が配水管の布設計画のうえで後年次地区であるとき、また、布設費用が料金収入に比して著しく過大であるとき、給水量が著しく不足しているとき等を指すと解すべきである。それ故、右にいう「特段の事由」、従つてまた「正当の理由」の解釈・判断については、水道事業の固有目的以外の要素を安易に混入させるべきではないといわなければならない。 2 しかるに、所論はこのような「正当の理由」の解釈の枠を広げて、他の行政上の要請、特に水道事業と同種の目的を有する環境行政若しくは公共の秩序・安全の維持の要請を優先達成する必要がある場合をも包含させるべきものという。 たしかに、水道法一条は「……もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善に寄与することを目的とする」と定めている。しかし、それはあくまで「清浄にして豊富低廉な水の供給を図」ることによつて達成しようとするものである。すなわち、公衆衛生や生活環境の向上改善に関する行政領域は多々あるけれども、水道法は水道の給水を図るという領域においてその目的を果そうと企図しているのであつて、他の行政領域の要請を達成するため或いは同領域における違法是正のため、水道法所定の強制手段を利用することは、その本来の趣旨に反するものといわなければならない。他の行政上の要請を達成するため、或いは違法是正のためにはそれぞれ別の手段が定められており、例えば、建築基準法関係の領域では、同法に掲げる目的、すなわち「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資する(同法一条 は違法是正のためにはそれぞれ別の手段が定められており、例えば、建築基準法関係の領域では、同法に掲げる目的、すなわち「国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資する(同法一条)」という目的達成のためには、その手段として特定行政庁による違法建築物の工事の施工の停止、建築物の除却・移転・改築・使用禁止等の命令規定がおかれており(九条。行政代執行法の適用もある。)、これによるべきものなのである。なるほど、同法の目的も水道法の目的もともに良好な生活環境の維持改善を指向しているという点では合致している。しかし、それは究極的にそうだというだけで、その目的達成のためにはそれぞれ固有の手段が法定されているところである。 一方、公共の秩序・安全の保持は行政庁も当然配慮すべきものであり、ことに地方自治体においては住民紛争の調整は重要な事務の一つと考えて然るべきであろうが、それにはおのずから限界があり、強制的要素を含むものは当然警察作用に求めるべきである。 にもかかわらず、このような他の行政上の要請を達成するため、それが固有の目的となつていない水道法の規定の解釈の枠を広げ、これを利用しようとすることは、法の執行が恣意的となり、「法律による行政」の原則に反することになりかねない。まして、水道法は人の生存のため不可欠な水の供給の確保に関するものである。従つて、給水契約を拒み得る事由としての「正当の理由」の解釈・判断は厳密になされることを要し、所論のように水道法固有の目的以外の事由をもち込んでその範囲を広げることには消極的であるべきものと考える。 3 さらに所論は、給水申込者に公序良俗違反、権利濫用があると認められ、これに給水を行うことが申込者の反社会性を容認ないし助長する結果となるような事情が存する場合も、前記「特段の事情」すなわち給 3 さらに所論は、給水申込者に公序良俗違反、権利濫用があると認められ、これに給水を行うことが申込者の反社会性を容認ないし助長する結果となるような事情が存する場合も、前記「特段の事情」すなわち給水を拒む「正当の理由」がある場合に含ませるべきである、という。 ところで、当裁判所は、この「正当の理由」、の解釈としては、基本的には右1、2の如く考えるものであるが、ただ、若し水道事業者において給水申込者の申込に応じて給水することが公序良俗に反するという場合が想定されるならば、これは一種の限界的な場合として給水を拒む「正当の理由」に当たるものと解する。けだし、例えば、水道法と同じく契約締結を強制している鉄道営業法六条三号、通運事業法一七条四号には、当該運送が公序良俗に反するものであるときは運送契約を拒むことができる旨規定されているが、その理は水道法の給水契約についても当てはまると考えられるからである。もつとも、鉄道・通運事業には公序良俗に反する利用が現実的に容易に予想し得られるのに反し、水道事業にはそのような利用が余り予想できないという違いがある。そして、ここで考える、給水が公序良俗に反する場合とは、水道法固有の目的の次元を超えるものである以上高度な違反の場合を指し、従つて換言すれば、給水することが公共の利益に重大な影響を及ぼすような場合に限られることになるであろう(昭和四五年四月一日施行の東京都公害防止条例三五条等参照)。所論の文意も、一応これに近いと考えられるが(所論は公序良俗違反とともに、なお給水申込が権利の濫用に当たる場合をも挙げるが、両者を峻別して論ずる趣旨とも解されない。)、しかし、その具体的適用にあたつてはかなりの差のあること後述のとおりである。 二このように、水道法一五条一項の「正当の理由」とは、水道事業者に給水義務を課 峻別して論ずる趣旨とも解されない。)、しかし、その具体的適用にあたつてはかなりの差のあること後述のとおりである。 二このように、水道法一五条一項の「正当の理由」とは、水道事業者に給水義務を課することが水道法の固有の目的にそぐわない結果をもたらすような特段の事情が認められる場合に限られ、これ以外の、例えば他の行政上の要請に基づくような場合は、給水することが公序良俗に反するときを除き、「正当の理由」に当たらないと解すべきである。 1 しかるに、被告人の本件所為は、Aが指導要綱を遵守せず、また、紛争調整委員の紛争調整案を受諾しなかつたため、同要綱を遵守させるという、水道事業の固有目的とは異る他の行政上の要請に基づき給水契約の締結を拒否したものであることが記録上十分看取できるところであるから、これが右「正当の事由」に当たるものでないことは明白といわなければならない。 2 もつとも、この点に関し、弁護人は、被告人が本件所為に及んだのは、Aか指導要綱を守らなかつたということだけではなく、その行為がさらに公序良俗に反し、権利の濫用になるという事情にあつたため水道法一五条一項の「正当の理由」に当たると考えたからであつて、この点原判決には重大な事実の誤認があるという。しかし、当時、甲市長名でAまたはBらに対し発せられた回答書(前押号の一一、一六等)及び証拠上認められる本件の経過にかんがみれば、被告人ら市側において本件給水契約の申込を拒んだのは、Aが指導要綱に従わないことを公式かつ直接の理由としていたものであることは十分明らかであるので、原判決には何ら事実誤認はないというべきである。ただ、上述のとおり、当裁判所は水道需用者の申込に応じ給水することが公序良俗に反するときは、ごく例外的に契約を拒否できる場合もあると解するので、この観点からもさらに進ん 誤認はないというべきである。ただ、上述のとおり、当裁判所は水道需用者の申込に応じ給水することが公序良俗に反するときは、ごく例外的に契約を拒否できる場合もあると解するので、この観点からもさらに進んで被告人の本件所為が右「正当の理由」に当たるものであつたか否かにつき審究すべきものとする。 3 ところで、所論がAの申込に応じ市が給水することが公序良俗違反を組成するとして指摘している主な事由はおおむね次のようなものである。「1」Aは、市の指導要綱に従わず、そのため、しばしば付近住民との紛争を惹起したが、同Aはこのような紛争惹起の原因者としてその解決に協力する義務があるのに、かえつて紛争中数々の信義則違背、権利濫用行為に及んでいる。すなわち、例えば、(イ)丁マンシヨンの仮処分決定でカットを命ぜられた部分の権利を異議訴訟係属中他に仮装売却した、(ロ)地域共同社会における円満な協調心に欠け、各マンシヨン建設の都度訴訟または紛争調整委員の調整に付されるような結果を招いた、(ハ)乙マンシヨンの敷地にはマンシヨン建設の計画はない旨かつて言明していた、(ニ)紛争調整委員のきわめて常識的な調整案(前記)にも合意しなかつた、など。 「2」乙マンシヨンによる付近住民に与える日照阻害はきわめて重大なものがあつたから、Aは同マンシヨンの建設にあたつては速かに被害住民の同意を得るか、同意を得るため十分誠意を示すべきであつたのに、これを怠つた。この場合、その日照阻害は同じAの建築にかかる丙ビル、丁マンシヨンと切り離して考えるべきではなく、従つて乙マンシヨンによる日照阻害が社会的に是認されるためには、右二棟との複合日影を含むすべての日影について被害住民の同意が必要といわなければならない。「3」市が住民に対する日照阻害や住民との紛争を解決しないまま放置することは、公共の秩 に是認されるためには、右二棟との複合日影を含むすべての日影について被害住民の同意が必要といわなければならない。「3」市が住民に対する日照阻害や住民との紛争を解決しないまま放置することは、公共の秩序に関係し、今後要綱行政が困難となり、すでに確立していた慣行がゆらぎこれまで指導要綱に従つてきた事業者に対して不公平になる。以上のとおりである。 そこで、これらの事由について順次考察する。 (一) 本件指導要綱の性格、問題点等については、原判決文の構成に沿つて弁護人の正当行為等の主張に対する判断の箇所(第三)でなお後述するが、要するに、指導要綱が法律、条例と異り相手方の任意の履行を期待する行政指導の方針を示す内部準則であつて、これに従わないからといつて違法の烙印を押し得るものでないことは疑いない。指導要綱をもつて一種の慣習法的存在ということがあつても(当審証人Eの証言、甲市F委員会の昭和五一年六月二四日付答申等参照)、もとよりこれは法的確信に裏づけられた真正の慣習法を意味すると考えるべきではなく、してみれば、Aが指導要綱に従わなかつたからといつて、直ちに過度な否定的評価を下すのは早計と思われる。ただし、本件の前後にわたるAの態度については、原判決が「本件の背景」五ないし八(一一頁から三二頁)に詳細認定しているとおり、他の一般業者とは違い甚だ異色なものであつた。要するに、同Aは本件指導要綱制定間もない頃から、ひとりこれに反発し、指導要綱の内容を履践しないまま、順次戊マンシヨン、己マンシヨン、丙ビル、丁マンソヨンの各建設をはじめたため、いずれの場合にも付近住民との紛争を生じ、また市との間では給水契約申込の受理の留保が行われたりし、訴訟や紛争調整委員の調整による解決を必要としたものであつて、その後の本件乙マンシヨンの建設に際しても同社独特の基調に 付近住民との紛争を生じ、また市との間では給水契約申込の受理の留保が行われたりし、訴訟や紛争調整委員の調整による解決を必要としたものであつて、その後の本件乙マンシヨンの建設に際しても同社独特の基調に別段変化はみられない。そしてこの間、Aは所論「1」の(イ)ないし(ハ)に指摘するような事実があつて、時に住民を不当に刺激し、或いは不誠実とも思わせる行動に出ていることは否定できないところである。従つて指導要綱を制定して乱開発を防ぎ、環境整備を図ろうと志した市にとつてみれば、Aの存在はまことに厄介なものと感じられるものであつたと推察される。 しかしながら、純粋に法的視点に立つて、同社の行動をみるとき、同社建築にかかる各マンシヨンに建築基準法等の見地からの違法は全く無く、そのマンシヨン建設の動機、態様において自己の権利主張を強く打ち出す面はあつたものの、ことさらに住民や環境に対する加害を意図したこと等の事情は看取されない。そして、指導要綱との関係でも、むしろこれを全く無視したというのではない。すなわち、Aは、(i)前記各マンシヨンの建設をはじめるに際してはその都度付近住民に対する説明会を開き、戊及び己マンシヨンについては住民の要求を容れて一部設計変更をしている。また、(ii)己マンシヨンについては市に対し給水を求める仮処分申請事件で裁判上の和解の結果、住民に対し金銭補償、市に対し教育施設負担金の支払いを了し、さらに丙ビルについては紛争調整委員の調整案を受諾して一部設計変更をしたほか解決金を支払い、丁マンシヨン(市はこれは指導要綱の対象外としていたもの)については一応仮処分に従つて建築している。そして、(iii)本件乙マンシヨンについては、指導要綱に基づき市と協議して市や都の指導に従つて二回にわたり設計変更(北側の一部七階部分を三階にするなど)を については一応仮処分に従つて建築している。そして、(iii)本件乙マンシヨンについては、指導要綱に基づき市と協議して市や都の指導に従つて二回にわたり設計変更(北側の一部七階部分を三階にするなど)を行い、建築基準法の改正により導入される日影規制を予想したうえでの都の建築確認を受けて建築に着手し、また一旦は教育施設負担金寄付願も提出し、さらに、指導要綱の運用上日照同意の対象者とされている者(九戸)のうちG自動車、H生命についてはつとに同意を得(なお、I銀行及びJ・Kに特段異存があつたとの証拠はない。)、またLほか二名については八〇万円の補償金を支払つてその同意を得るなど、指導要綱に沿うような行動をとつた事実もうかがわれるところである。 他方、Aは、乙マンシヨンと丁マソシヨンとを合体させて解決を図ろうとした紛争調整委員の調整案を受諾しなかつたこと所論(「1」(ニ))のとおりであるが、しかし、もともと調整案はこれを受諾すると否とは当事者において自由に決し得る性質のものであるし、しかもことが乙マンシヨン建設問題から広がつて係争中の丁マンンヨンに関する裁判を継続するかどうかの問題にまで及ぶとなれば、Aとしてはその得失を十分比較検討するのは当然であつて、その結果調整案に対し消極的結論をとつたことを特に法律的に難ずるわけにはいかないであろう。 従つて、このような一連のAの態度は、市側または反対住民にとつてきわめて不満な面が多かつたものであつたにせよ、総合考量すればたやすく権利濫用とか、その給水申込に市が応ずることが公序良俗違反になると決めつけることのできるものであつたとは思料し難い。 (二) 次に検討を要するのは、乙マンシヨンによる付近住民に対する日照阻害の程度である。しかし、この点は、本件後に施行され本件後における建築規制の基準となつた都日影条 のであつたとは思料し難い。 (二) 次に検討を要するのは、乙マンシヨンによる付近住民に対する日照阻害の程度である。しかし、この点は、本件後に施行され本件後における建築規制の基準となつた都日影条例の規制値にも僅かにはみ出る程度に過ぎなかつたこと(原審証人Cの原審第一〇回公判廷の証言、当審証人Mの証言、前掲「D」□△頁等参照)、付近住民との話合いにより同マンシヨンの一部設計変更をした段階ではその日照問題については住民との間でほぼ了解点に達していたふしがうかがわれること、昭和五二年四月一六日の紛争調整委員による調整案でも同マンシヨンによる日照ないし日影関係の点は特に明記せず紛争の調整を図ろうとしたものであること、いわゆる日照同意の対象者とされていた者のうち、前掲の者の関係では同マンシヨン建設に同意するか異存がないと考えられたこと、しかも残るNら二名、O、P(なおQら二名)の関係では、東京地裁八王子支部昭和五六年九月一一日判決によると、同マンシヨンによる独自の日照阻害は無いか僅少であると判断されたこと、等の事情を考慮しつつその他の日照阻害に関する証拠をも通覧すると、本件当時において同マンシヨンによる付近住民に対する日照阻害がいわゆる受忍程度を超え、その建設が不法視されるものではなかつたと判ぜられる。(このような結果は、勿論本件指導要綱が存在し、これに基づく市等の行政指導が行われたため、Aもいきおい(一)で前述したことを含め抑制的態度をとるようになつたことと少なからざる関係があると認められる。その意味で本件指導要綱はすでに一応の効果をあげていたとみられるとともに、市側としてそれ以上に同意条項を固執する必要はなかつたともいえよう。)もつとも、所論はこの場合の日照阻害はAがすでに建設していた丙ビル、丁マンシヨンと切り離して考えるべきではなく られるとともに、市側としてそれ以上に同意条項を固執する必要はなかつたともいえよう。)もつとも、所論はこの場合の日照阻害はAがすでに建設していた丙ビル、丁マンシヨンと切り離して考えるべきではなく、これらと複合したものを問題とする必要があるという。しかし、(a)丙ビルについての住民との紛争は紛争調整委員の調整によつて設計変更及び金銭補償によつてすでに解決ずみであつてそれを蒸し返す理由はなく、また丁マンシヨンについては、市としてはもともと指導要綱の適用外としていたものであるから、このような具体的事情のもとではこれら三つのマンシヨンを合体させて日照阻害を論じなければならない必然性があるとは思われない。 しかも、(b)これら三つのマンシヨンによる複合日影に注目したとしても、それが付近住民に対する違法性を基礎づける程度のものであつたとも一概に断ぜられない。すなわち、この複合日影関係を示す証拠はいくつかあるが、東京高裁昭和六〇年三月二六日判決(同五六年(ネ)第二一九一号等の分)は丁マンシヨン独自の日照阻害及びこれと乙マンシヨン等との複合的日照阻害ともにこれを違法と評価できない旨述べているところがらもうかがわれるように、乙マンシヨンと他のマンシヨンとの複合日影が社会的に放置できない状況を呈していたとは到底認め難い。他方、(c)市が乙マンシヨンについて付近住民の同意を得ることを求めた意義を実質に立ち入つて吟味してみると、当時丁マンシヨンにつき仮処分異議訴訟が係属していて、その申請当事者と乙マンシヨンの日照被害を主張する者の多くが共通し、これらの者は両マンシヨンに関する紛争の同時解決を所期していたので、これらの者から乙マンシヨン建設についての同意を得よというのは所詮不能を強いるような客観情勢にあつたとみられる。従つて逆にいえば、このような情勢下でAに対 ンに関する紛争の同時解決を所期していたので、これらの者から乙マンシヨン建設についての同意を得よというのは所詮不能を強いるような客観情勢にあつたとみられる。従つて逆にいえば、このような情勢下でAに対し、なおかつ右の同意をとるべく要求するのは、丁マンシヨンについての住民側の主張の全面的容認を迫ること以外の何物でもなかつたように思われる。(特に、前述のように、乙マンシヨン自体による日照阻害が結局受忍限度を超えないものであつたとすれば尚更強くいい得ることであろう。)本来、指導要綱は事業単位の運用を基本としたものと考えられる以上、このようにその枠を超え、しかも一旦は適用除外としたもののために同意条項を機能させるようなことは決して合理的とはいえないことである。かようにして、右(a)(b)(c)いずれの面からみても、本件の日照阻害は前掲三マンシヨンを切り離して考えるべきではないとする所論には賛同することができない。 従つて、乙マンシヨンによる日照阻害が重大であるにかかわらず付近住民の同意なくして建設したとして公序良俗違反をいう前記「2」の所論は採用するに由ないものである。 (三) 次に所論「3」の点であるが、これは結局、Aは本件指導要綱の拘束を受ける義務のあることを前提にした主張であり、これまた公序良俗違反を組成する理由とはなし難い。 総じて所論の説く公序良俗違反ないし権利濫用の主張の根拠は不十分というほかない。従つて、本件において市がAに給水することが公共の利益に重大な影響を及ぼすような公序良俗違反になるとは到底考えられず、この面から被告人の所為が水道法一五条一項の「正当の理由」に当たる場合ということもできないものである。 三以上説示した如く、原判決の判断は、その過程において当裁判所のそれと若干の差異があるものの、結論を同じくするものであ 道法一五条一項の「正当の理由」に当たる場合ということもできないものである。 三以上説示した如く、原判決の判断は、その過程において当裁判所のそれと若干の差異があるものの、結論を同じくするものであつて、結局判決に影響を及ぼす法令解釈適用の誤りないしその前提をなす事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。 第三正当行為等の主張について(弁護人の主張)所論は、原判決は、「弁護人らの主張に対する判断三」(五一頁から六〇頁)において、被告人の本件所為は法令による行為でもこれに準ずる行為でもなく、また社会的相当性も有しないとし、その理由として、「1」本件においてAのとつた行動に違法な点はなく、その給水契約の申込は権利の濫用とはいえない、「2」指導要綱の法的性格は相手方に任意の協力を要請する行政指導の方針を示したものに過ぎないところ、被告人の本件所為は行政指導として許される範囲を超える違法なものである、「3」指導要綱中、同意条項及び寄付条項はその内容上合理性と必要性のないものであつたから遵守を強要すべきものでなかつた、などの理由を挙げて弁護人の正当行為等に関する主張を排斥したが、これはその判断の前提となる事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものであるし、特に右「1」「2」の判断は水道法にいう「正当の理由」がないことの説明以上のものではなく、「3」の判断は指導要綱に対する著しい誤解と偏見に基づくものである、と批判したうえ、「被告人は、本件当時甲市長の立場にあり、特に地方公共の秩序を維持し、住民の安全、環境の保持を図るべきことは、自治体の首長としての最も根源的な責務であるところ(地方自治法二条三項一号)、本件において、日照阻害等をめぐつてAと住民らとの間に生じた紛争は、地域社会におけるきわめて深刻な事態であつたのであり、従つて、A 長としての最も根源的な責務であるところ(地方自治法二条三項一号)、本件において、日照阻害等をめぐつてAと住民らとの間に生じた紛争は、地域社会におけるきわめて深刻な事態であつたのであり、従つて、Aに対し、指導要綱の遵守を促し、その権利濫用の状態を是正解消させることにより速かに住民との紛争を解決して地域の平和と秩序の回復を図るため、これに必要な措置として一時申込者に対し給水の制限を行うことは、水道の公共目的にも沿うものであり、被告人の本件所為は水道管理者である市長の地方自治法上の責務に伴う合理的裁量行為に属し、社会的にも正当であり、結局法令による正当な職務行為として違法性は阻却される。」と主張するものである。 (当裁判所の判断)一原判決がAのとつた行動に違法な点はなく、その給水契約の申込が権利濫用とはいえないとし、また、被告人が給水契約の申込を拒否したことが水道法一五条一項に反したものであるとした判断に誤りがないことは、すでに第二において詳述したとおりであるので、ここでは再説しない。 次に、原判決が本件指導要綱中の二条項に関し合理性、必要性が乏しいと説示した点につき、所論は、これを著しい誤解と偏見てあると非難するので、以下先ずこの点に言及したうえ、被告人の本件所為が所論主張の如く法令による正当な職務行為と評価し得るものか否かを検討する。 二甲市が本件指導要綱を制定するに至つた経緯、同要綱の内容については、原判決が「本件の背景」二及び三(三頁から一〇頁)に詳細判示するとおりである。 宅地開発関係の分野において本件指導要綱は全国でもきわめて早い時期に策定されたものの一つであつたが、昭和四〇年代後半頃大都市周辺における開発化は急激に進展していく機運にあり、特に中高層マンシヨンの建設が著しく増加していた。しかし、この種の開発が無秩序に進 い時期に策定されたものの一つであつたが、昭和四〇年代後半頃大都市周辺における開発化は急激に進展していく機運にあり、特に中高層マンシヨンの建設が著しく増加していた。しかし、この種の開発が無秩序に進められるときは、日照阻害、過密世帯の出現など居住環境の悪化を招くおそれがあり、また小中学校の受入態勢が追いつかなくなる心配等があつて、地方自治体は緊急の対策が迫られる状態にあつたけれども、そのような乱開発規制の方法として都市計画法、建築基準法等は当時必ずしも実効性をもち得るものではなかつた。そこで、一部地方自治体においては本件の如き指導要綱を制定し、行政指導によつて法の不備を埋め、当面の宅地開発に対応すべきものとしたのである。このような、いわゆる要綱行政については関係方面にさまざまな賛否の意見が交わされたが、同様の要綱を設ける地方自治体は次第に増加していく傾向にあつた。指導要綱による指導は、勿論行政指導の一態様であつて、相手方の任意の協力を前提とする非権力作用である。しかるに、当時採用されていた指導要綱には、いわゆる同意条項、寄付条項等相手方に一定の義務を賦課する色彩の強い内容が含まれており、しかもこれに従わないときの制裁条項が付されていることが多かつたので、それはいわば両刃の剣にもたとえられる性格を内含し、このため要綱の強制的要素を重視する立場からは「法律による行政」の原理を崩壊させる危険があるとして甚だ消極的反応が示されるのに対し、住民の生活環境の保全について現実的要請があることを重視する立場からは、法の不備を補うものとして積極的支持を与えるという対蹠的反応が示されるものであつた。 当裁判所として、指導要綱一般についていまその全体的評価をする立場にはない。しかし、当審証人Eの証言、被告人の原審及び当審公判廷の供述、弁護人提出の前掲「D」 う対蹠的反応が示されるものであつた。 当裁判所として、指導要綱一般についていまその全体的評価をする立場にはない。しかし、当審証人Eの証言、被告人の原審及び当審公判廷の供述、弁護人提出の前掲「D」その他の証拠に徴すれば、本件指導要綱は、運用宜しきを得れば、甲市における当時の実情からして一応時宜に適した有用性をそなえており、またそれ相当の実績もおさめたものと判ぜられる。ところが、原判決は、本件指導要綱の合理性と必要性についてかなり懐疑的であるため、所論はこれに対し逐一批判を加える。そこで、思うに、(1) 原判決が、住民同意は限られた土地の高層化による広い居住空間確保の道を閉ざし、先住者に優越的利益を与える不合理なものであるとした点についてたしかに、いわゆる同意方式については問題のあるところである。それは従来から指摘されているよらな、(イ)同意さえあれば建築が許されるというのでは計画的、合理的な都市づくりはできない、(ロ)日照(日影)等についての適正基準が示されていないため建築物の高さ等をめぐる意見の対立を生じさせ易い、(ハ)時に、住民の故なき反対を助長し、いわゆる「住民エゴ」あるいは金銭補償吊り上げの悪弊を生む、などの点がまずあげられよう。また、(ニ)土地の高度な利用を妨げるおそれがあることもその一つということができ、原判決の説示はこの(ニ)の欠点を衝くものである。しかし、本件においてはこの(ニ)の欠点が直接露呈したというより、むしろ右(ロ)の欠点が目につき、ために結局訴訟や紛争調整機関による解決にまたねばならなかつたやに思われる。だがそれはともかく、他方において、同意方式は事業者の専横を抑制する強い作用をもつものであるので、その欠陥を埋めつつ運用すれば(例えば原判示の右(ニ)や(ロ)の点に関していえば、自治体側において同意を絶対 はともかく、他方において、同意方式は事業者の専横を抑制する強い作用をもつものであるので、その欠陥を埋めつつ運用すれば(例えば原判示の右(ニ)や(ロ)の点に関していえば、自治体側において同意を絶対的要件と考えず、同条項を弾力的に運用し、事業者に対しては同意条項の真のねらいである環境保全の趣旨を理解させつつ、できるだけ多数人の同意を得られるような建物たらしめる一方、反対住民に対しては都市づくりの大局的観点からの説得を試み、条件が熟すれば必ずしも関係住民全員の同意がなくとも建築を認める態度をとるなど。)、環境保護のためすぐれた役割を担い得たものであることは否定できない。ただし、本件ではこの同意方式を必要以上に固執した傾きがある(第二、二、3、(二)参照)。 (2) 教育施設負担金の寄付を緊急に強要しなければならない必要性は存しなかつたとする点について原判決は、当時市の人口は全体的に増加しておらず、学校対策は比較的容易であつたというのである。 しかし、市の人口の増加はなかつたにしても、マンシヨン等の建設により増加が一部地域に集中すれば一部校舎の増築が必須となるのは目に見えており(通学区の変更は児童父兄等の感情的側面、児童生徒の登下校の安全確保等の側面からかなり困難な要素をかかえている)、その関係から一定規模以上の建築物の建設について負担金の寄付を要請する合理性ないし必要性がなかつたとはいえないと考えられる。勿論この寄付条項に対しては批判があり、最善の策でもなかつたとしても、甲市の当時の情況における行政指導の一基準としては一応理由のあるものであつたとみてよい。同市の人口がその後必ずしも増加せず、また一定地域に集中する現象がなかつたことから推して同条項の必要度は薄かつたと結論することはやや速断に過ぎよう。けだし、それは本件指導要綱が現存し たとみてよい。同市の人口がその後必ずしも増加せず、また一定地域に集中する現象がなかつたことから推して同条項の必要度は薄かつたと結論することはやや速断に過ぎよう。けだし、それは本件指導要綱が現存したことと無関係には考えられないからである。 このようにみてくると、概して原判決の説示は本件指導要綱に対しマイナス面に注目しすぎたきらいもある。がしかし、このことは、所論がいうような、原判決の正当行為の主張に対する判断、或いは本件の結論に直接大きな影響を及ぼすものではない。項を改めて論ずる。 三右に述べたように、本件指導要綱は運用宜しきを得れば十分に有用性のもつものであつた。従つて、この指導要綱に基づき所定の行政指導を行うこと、そしてこれを背景にマンシヨン等の建設に伴い発生した建設会社と住民との紛争の調整解決にあたること等が地方自治体の首長たる市長(被告人)の正当な職務行為であることはいうまでもない。この場合、指導要綱5―2項の実効性担保措置をとることも限度を超えない限り許容される。ところで、一般に、地方自治体の行政指導に協力しようとしない相手方に対しては粘り強い説得や勧告によりその自覚を促すとともに、時に地方自治体のもつ権限を駆使してその説得、勧告を補強するのが通例であろう。すでに論及した相手方に対する許認可や契約締結の留保なども右の権限行使の一つである。しかしながら、容易にその協力を肯んじない相手方に対し、当該行政機関の権限ないし地位をその本来の裁量範囲以上に利用し不当な圧力を加える等の手段を用いることによつて、法律に定めがないのに国民に義務を課し、または国民の権利を制限するのと同様の事案上の強制力を及ぼすようなことは、行政指導の限界を超えるものであること、ほぼ原判示のとおりである。従つて、本件指導要綱における右5―2項の実効性担保措 課し、または国民の権利を制限するのと同様の事案上の強制力を及ぼすようなことは、行政指導の限界を超えるものであること、ほぼ原判示のとおりである。従つて、本件指導要綱における右5―2項の実効性担保措置もこの限界内で行使されるべきであつて、その運用に当たる者においては、このことにつき十分の戒心を要することであつた(都公害防止条例三五条二項参照)。しかるに、被告人が本件乙マンシヨンに対するAからの給水申込に対し暫くの間留保する態度をとり続けたことは指導要綱に則つた有効適切な措置であつて、正当な行政指導、従つてまた正当な職務行為であつたということができるものの、その措置が進んで本件所為にまでに至り、既述のとおり給水申込を拒んだことに該当すると認められる状態に達した以上、これは水道法一五条一項に違反する行為であつて、もはや市長としての適法な職務行為とはいえないものであることは明らかである。そして、この結論は指導要綱の合理性、必要性について原判決の如き見解をとると否とにかかわりなく到達する結論であるといわなければならない。 ところで、所論はさらに、そのような水道法違反であつても、地方自治体の首長たる被告人は、特に「地方公共の秩序を維持し、住民の安全、環境の保持」にあたるべき任務を有するから(地方自治法二条三項一号)、指導要綱を守らず、権利の濫用を敢えてし、信義に反する行為にでているAに対し、かかる状態を是正解消させることにより、Aと住民との間に存する紛争を速かに解決し、公共の秩序の維持回復のためとつた本件措置は正当な職務行為であつた、という。しかしながら、右主張は、結局、すでに検討した水道法一五条一項の「正当の理由」の解釈について水道事業の固有の目的以外の要請(特に秩序維持、環境保全要請)を導入してもよいとする主張と同工異曲の主張というべきであ 、右主張は、結局、すでに検討した水道法一五条一項の「正当の理由」の解釈について水道事業の固有の目的以外の要請(特に秩序維持、環境保全要請)を導入してもよいとする主張と同工異曲の主張というべきであり、そうしてみると、そこで述べたと同じ理由で採るを得ないと考えなければならない。勿論、行政庁が一定の行政判断をなすべき場合において、行政指導の一種として関連行政法規に基づく判断を超えて他の社会的価値を考慮した判断をなすことを肯認する見解も存する。他の社会的価値とは、例えば住民の反対運動の激化による交通、人身等の危険の予防などである。しかし、これは当該行政判断に裁量の幅がある場合において、その裁量範囲内の判断、についていえることであつて(所論引用の最高裁昭和五七年四月二三日判決、民集三六巻四号七二七頁はこのように理解すべきである。)、自らの有する権限を超える場合のことまで正当化し得る理論ではない。まして、本件では、一時期反対住民の実力阻止の事態が発生したことはあるが、紛争調整委員による調整が開始されてからは反対住民もこれを差し控えていたのであるし、そして被告人の本件所為当時は下水道の接続工事を除いて建築工事は完了しており、市が給水申込を承諾し給水を始めたとしても反対住民の実力行使等が再燃したりする可能性は、幸いにさまで大きくなく、また市による指導があれば節度ある態度をとることも期待できなかつたとは思われず(現に市職員は本件で実力行使等が行われないようかねがね留意していたことがうかがわれ、これは十分評価できるところであつた。)、従つて市長たる被告人において公共の秩序維持、住民の安全保持を標榜して早急にその危険回避策として給水拒否に出ざるを得ないような状況に立たされていたとはいえない。(また、仮りに将来その危険が生じるとしても、それは警察作用により て公共の秩序維持、住民の安全保持を標榜して早急にその危険回避策として給水拒否に出ざるを得ないような状況に立たされていたとはいえない。(また、仮りに将来その危険が生じるとしても、それは警察作用により防止するのが筋合いというものであろう。)従つて、所論はその前提を欠く主張でもある。 このようにして、被告人の本件行為は、刑法三五条のいわゆる違法阻却事由としての正当行為にも当たらない。論旨は理由がない。 第四超法規的違法阻却事由の主張について(弁護人の主張)所論は、原判決は、弁護人が原審において超法規的違法阻却事由、すなわち、犯罪構成要件に該当する行為の究極的な違法性の有無は、その行為の目的の正当性、その目的達成のための手段方法としての相当性、法益の均衡性など行為の具体的情況その他の諸般の事情を考慮して、それが法秩序全体り見地から許容されるべきものであるかどうかによつて判断すべきものであるとの論理に基づき、本件はこの超法規的違法阻却事由が存する場合であるとした主張につき、他の違法性阻却事由の主張と一まとめに取り扱い、十分な判断を示さなかつたが、しかし、被告人の本件行為は、「1」乙マンシヨンの建設により日照等の被害を受ける関係住民の権利を守り、指導要綱の実効性を保持するというその目的において正当なものであり、「2」行政指導として法的限界を超えたとしても紙一重のもので、常軌を逸していたAに対するものであつてみれば刑罰を科する程の性質のものではなく、手段においても相当なものというべく、また、「3」日照等の環境を守るという被告人の職責の重要性はAの所有権絶対ないし営利主義を根幹とする利益に優るとも劣らず、他方乙マンシヨンの入居者は実際には水に欠乏して生活に窮するという状況にはなかつたという意味で法益の比較衡量の面でも宥恕され、結局、法秩序 の所有権絶対ないし営利主義を根幹とする利益に優るとも劣らず、他方乙マンシヨンの入居者は実際には水に欠乏して生活に窮するという状況にはなかつたという意味で法益の比較衡量の面でも宥恕され、結局、法秩序全体の見地から許容される性質のものである、と主張するものである。 (当裁判所の判断)思うに、講学上いわゆる超法規的違法阻却事由の理論を刑事司法上採用すべきかどうかは慎重な検討を要することである。もつとも、最高裁昭和四八年四月二五日R事件大法廷判決(刑集二七巻四号五四七頁)は、或る罰則の「構成要件に該当する行為であつても、具体的事情のいかんによつては法秩序全体の精神に照らし許容されるものと認められるときは、刑法上違法性が阻却されることもありうる」としており、同趣旨のことを述べた最高裁判例も少なくない。しかし、これらはむしろ、特定の場合において、いわゆる「可罰的違法性」の理論が適用される余地のあることを宣明したものと解するのを妥当としよう。そして、当裁判所も右判例に従うとともに、かかる場合に該当するためには、当該行為の目的が正当として社会的に是認され、手段・態様が相当で、法益侵害の程度が軽微であること等の要件が少なくとも具備されていることを要するものと考える。ただし、この超法規的違法阻却事由の理論も、可罰的違法性の理論も、ともに結局において「実質的違法性論」を共通の基盤とするもので、後者は前者に包含されるか、または両者接着して位置づけられるものであつて、その判断基準は殆んど類似するものがある。そこで、このような見地から所論に即し超法規的違法阻却事由の有無を検討すべきものとする。 (一) 本件事案の発端となつた指導要綱は前記第三の二においてみたとおり甲市における乱開発を防止し多くの市民の期待する都市づくりのため有用性をもつものであつた。そし 有無を検討すべきものとする。 (一) 本件事案の発端となつた指導要綱は前記第三の二においてみたとおり甲市における乱開発を防止し多くの市民の期待する都市づくりのため有用性をもつものであつた。そして、被告人の本件所為は、主としてAと付近住民との紛争解決のため、紛争調整委員による調整案の受諾を促し、または右指導要綱の遵守を求める行政指導の一環としてなされたもので、その限りでは目的においてほぼ正当なものであつたと認めてよいであろう。 (二) しかしながら、右の目的に基づく被告人の本件所為の手段・態様は行政指導の限界を超える違法なものであつたことはすでにしばしば説明したとおりである。そして、その逸脱も所論のような「紙一重」とか、あるいは単なる「勇み足」といえる関係にあつたとは考え難い。すなわち、第一に、Aと市との給水をめぐる争いが本件以前から久しく続いていたことは一応別にして本件乙マンシヨンの場合に限つてみても、被告人はAが昭和五二年一月以来多数回にわたり給水申込を行い、かつ被告人らの行政指導に服する意思のないことをたびたび表明し、客観的にも通常の指導による成功は殆んど不可能とみられる状態であつたのに、なお頑なに給水を肯んじなかつたのは、殆んど選択の余地を残さぬ力づくによる屈服を意図したとみられても仕方がない方法であつたこと、第二に、マンシヨン購入者の入居直前の給水拒否(いわゆる「水攻め」)は人道上問題であり一歩誤れば人の健康を害し、公衆衛生上大きな危険をもたらすおそれがあつたのに、敢えてこれを行つたこと、しかも第三に、右購入者らの入居開始後約九か月間もの長きにわたつて給水拒否を継続したこと等を総合するに、そのとつた手段態様が相当であるとの評価を下すのは甚だ困難である。 (三) 次に、法益侵害の程度の面について考えると、被告人の本件措置に 月間もの長きにわたつて給水拒否を継続したこと等を総合するに、そのとつた手段態様が相当であるとの評価を下すのは甚だ困難である。 (三) 次に、法益侵害の程度の面について考えると、被告人の本件措置によつてA及び乙マンヨン購入者に与えた損害は軽視できないものがあるといわなければならない。なるほど、マンシヨン入居者が現実に水に窮乏した事実はなかつたかも知れないが、しかし、それは市から給水を拒まれたためAが隣りの丙ビルより応急的に分水工事を施した結果であり、これに要した費用は勿論、このような異例の処置によらねばならなかつたことによりマンシヨン入居者がこうむつた不安、不便等の精神的損害は少なからざるものがあつたとみるべきであろう。この場合、それらの損害は市の行政指導に従わなかつたいわば自業自得のものだとして一蹴することは許されまい。いうまでもなく、適法な行政指導の場合にはこれを受ける側も一定の受忍はやむなしとせざるを得ないかも知れないが、本件の如き違法指導の場合には、やはり行政庁側の責任としなければならず、ひいて被告人の所為による法益侵害の程度を重からしめるものというべきであるからである。 このように、本件の法益侵害の程度は決して軽微とはいえない。そして、さらに進んで、所論の力説する法益の均衡性の面に着目してみても、上述のような有形無形の本件被害の程度に比すれば、被告人の企図したことがこれを遥かに凌駕するほどの高い価値を守るものであつたとも軽々に断ずるわけにはいかない(特に第二、二、3、(二)(三)参照)。 (四) 以上の如く、被告人の本件所為はその目的の点はともかく、その余の手段・態様の不相当性、法益侵害の程度等を総合すると、法秩序全体の精神に照らし許容されると認められる場合に当たるとは到底考えられず、従つて可罰的違法性を欠くものでないこ 目的の点はともかく、その余の手段・態様の不相当性、法益侵害の程度等を総合すると、法秩序全体の精神に照らし許容されると認められる場合に当たるとは到底考えられず、従つて可罰的違法性を欠くものでないことは勿論、またいわゆる超法規的違法阻却事由に該当する場合とみることはできない。 なお、弁護人は、当審最終弁論において、裁判所は単なる事後的判断に堕することなく、特に本件行為当時における被告人の立場を十分に参酌しその内面的理解のうえに立つて可罰性を判断すべき旨強調するところがあるので一言する。 たしかに、本件当時、大都市周辺地域での無秩序な開発に対しては強い警戒とその対策の必要性のあることが重要な世論となつていたのであるから、当裁判所としても、Aに対しては、この動向を尊重し指導要綱に化体された市側の環境保全に対する熱意に一層の理解を示し、なるべく地域住民との摩擦を避け、互譲の姿勢をもつて事業を進めることが望ましかつたとの感を抱く。とともに、被告人が関係法令の整備を欠いていたこの時期において、市長として指導要綱の実効性を保持し、可及的に住民の日照保護を図り、紛争の円満調整に当たらねばならなかつたその立場に対する諒察を決して惜しむものではない。 とはいえ、被告人のとつた本件措置は遺憾ながら法の運用を逸脱したものであり、その結果がないがしろにできないこと前叙のとおりである以上、右の事情を加味してみても未だ被告人の法的責任が解除されるものとはなし難い。いいふるされた言葉ではあるが、目的は必ずしも手段を正当化するものではないのである。このような判断に対しては、それでは厳格に過ぎ、日々市民に密接して生起する新しい問題に現実的対応を要求される自治体市長の任を尽くせず、市民感情にも反するとの反論もあるかも知れない。しかし、要綱行政はあくまで法の枠内における英 それでは厳格に過ぎ、日々市民に密接して生起する新しい問題に現実的対応を要求される自治体市長の任を尽くせず、市民感情にも反するとの反論もあるかも知れない。しかし、要綱行政はあくまで法の枠内における英知の発動であることを要し、このことはそれが既述のように両刃の剣的性格を帯有するだけに格別強調されねばならぬことである。従つて、行政責任者としてその枠内で解決を図れない事案に際会したときは、たとえ必要があろうとも、性急に限界を超える手段に頼ることはこれを自制しつつ関係者の説得に徹し、最終的には条例を含む関係法令の早急な立法化に期待するとともに、紛争の面については司法判断の結果に埃つとの態度を堅持すべきだとするのが当裁判所の基本的見解である。 これを要するに、超法規的違法阻却事由を主張する所論には左袒することができない。 第五錯誤の主張について(弁護人の主張)所論は、Aの給水契約の申込が権利の濫用に当たらず、また、本件紛争により公共の秩序に障害が生じる危険は存役しないと認められるとしても、被告人としてはこれらが現存すると信じていたものであるから、この点は水道法上の「正当の理由」(構成要件阻却事由)ないし刑法三五条の正当行為(違法性阻却事由)の存在について錯誤があつた場合に該当し、本件所為について被告人の故意は阻却されると主張する。 (当裁判所の判断)水道法一五条一項の「正当な理由」の解釈及び刑法三五条の正当行為の判断にあたり、右所論にいう「権利の濫用」や「公共の秩序に障害が生ずる危険」という概念要素がどのような適用上の意味をもつかについては第二、第三において既述した。そして当裁判所の見解は本件においてそれらを基礎づける事実の存在は否定されるべきものとしたのであるが、しかし、被告人においてもし右二要素についての錯誤があつたとすれば は第二、第三において既述した。そして当裁判所の見解は本件においてそれらを基礎づける事実の存在は否定されるべきものとしたのであるが、しかし、被告人においてもし右二要素についての錯誤があつたとすれば、もとよりその故意の成立に無関係ではないので、その有無について考察を加える。 本件以前、Aがその建設中の己マンシヨンについて甲市に対し水道事業による給水を求めた仮処分申請事件において、東京地裁八王子支部昭和五〇年一二月八日決定は、甲市が給水契約の締結を拒むことは水道法一五条一項の「正当の理由」に該当せず、またAの給水契約の申込は「権利の濫用」に当たらない旨判断した。同事件の内容と、本件事案とは給水契約の対象たる物件やその求めた時期等において相異しているのは勿論であるが、当事者を同じくし、また同一指導要綱をめぐっての殆んど相似した紛争であるから、同決定の内容を知つている限り、同指導要綱に従わないことや、その他の未だ違法の域に至らない信義上の問題が存在する等の事情をもつてしては本件でもAの給水申込を拒むことが「正当の理由」に該当せず、またその申込が「権利の濫用」を構成するものでないことは優に認識し得たと考えられ、したがつて市長としてこの間の経緯を知悉していたはずの被告人にその錯誤があつたとは到底認め難いといわなければならない。(この点に関し、被告人は当審公判廷において、右仮処分申請事件において敗訴したのは疎明が足りなかつただけだと認識していたかの如く述べる部分があるが、同仮処分決定はこれを素直に読むならば、市に給水契約を拒む「正当な理由」がなく、またA側に「権利の濫用」があるものでないことを説示しているものであつて、単に疎明不足で帰趨が決まつたと解されるものでないことは明らかであるので、被告人の右供述は措信できない。)一方、被告人の本件所為 に「権利の濫用」があるものでないことを説示しているものであつて、単に疎明不足で帰趨が決まつたと解されるものでないことは明らかであるので、被告人の右供述は措信できない。)一方、被告人の本件所為当時、反対住民の動きが公共の秩序に障害が生じると予測されるような客観情勢になかつたことは前述のとおりである。してみれば、ひとり被告人のみがその状況判断を誤つていたとも考えられない。 このようにして、被告人に故意を欠くに至るような構成要件該当性阻却事由ないし違法性阻却事由についての錯誤があつたとの論旨は理由がないといわなければならない。ちなみに、被告人については、右所論のような事実面の錯誤とは別に法律面の錯誤があつた、換言すれば違法の認識を欠いていたとの指摘がなされ得るかも知れない。すなわち、指導要綱は条例ではないけれども市議会の全員協議会の承認を得たものであること、水道法一五条一項の解釈として「正当の理由」に水道法本来の行政目的にかなう場合を超えて他の価値判断を入れる広い解釈を採る学説等も存したこと、市長のブレーン的学識者の支持があつたこと、などからしてそのように推測されないではない。しかし、水道法の解釈について右のような広い解釈が学界、実務界で必ずしも多数説であつたともいい難く、また前記己マンシヨンに関する東京地裁八王子支部仮処分決定もあつたこと、さらに当時自治省の見解は指導要綱による水道封鎖措置には消極的態度を表明しており、被告人もこれを知つていたと推認できなくもないこと等を考えると、被告人には少なくとも違法の認識の可能性は十分あつたとみざるを得ないので、いずれにせよ故意の成立を阻却する場合ともいえないものである。 第六その他の主張について一水道法の給水義務規定の適用範囲について(弁護人の主張)所論は、被告人はAによる工事 ないので、いずれにせよ故意の成立を阻却する場合ともいえないものである。 第六その他の主張について一水道法の給水義務規定の適用範囲について(弁護人の主張)所論は、被告人はAによる工事用水の給水申込を一時保留したに過ぎないところ、工事用水については水道法一五条一項の給水義務規定の適用外であるから、原判決は、結局犯罪の開始時期を明示していないことになり、これは法令の解釈適用を誤り、事実を誤認したものであると主張するものである。 (当裁判所の判断)水道法一五条一項の需用者からする給水契約の申込とは、同法三条一項が「この法律において『水道』とは導管及びその他の工作物により水を人の飲用に適する水として供給する施設の総体をいう。ただし臨時に施設されたものを除く。」と規定していることにかんがみ、このような水道による水の供給契約の申込、すなわち「水を人の飲用に適する水」として供給する施設たる水道による水の供給契約の申込の意であることは明らかである。しかし、そうだからといつて、需用者の水の使用目的が「飲用」のみに限られるいわれはないものである。詳言すれば、右条項の需用者とは、要するに、同法の対象となる水道による給水申込をする人をいい、その使用目的が何であろうと全く制限はない。現代社会において水道で供給される水は、飲料水のみならず、工業用水、農業用水、工事用水、園芸用水、散水など種々の目的のため利用され、それは国民生活に直結する必需なものであるため、これらの水の需用者からの給水契約の申込について応諾義務を課しているものである。従つて、本件において仮りにAが工事用水に使用する目的であつたとしても、右条項の需用者であり、その申込は同条項の給水申込に該当する。のみならず、Aの申込の主眼は乙マンシヨン入居者の飲用その他の生活用水の需用のためであ て仮りにAが工事用水に使用する目的であつたとしても、右条項の需用者であり、その申込は同条項の給水申込に該当する。のみならず、Aの申込の主眼は乙マンシヨン入居者の飲用その他の生活用水の需用のためであつたと認められるのである。してみると、このような申込に対し、被告人においてこれを拒んだことは、その拒んだ時点において犯罪が成立するといわなければならない。原判決は、以上と全く同旨の見地に立つて被告人の犯罪の成立を肯定していることは疑いなく、原判決に何らの事実誤認も法令解釈適用の誤りも存しない。論旨は理由がない。 二訴訟手続の法令違反の主張について(弁護人の主張)所論は、Aらの本件の新設水道工事申込書には拡張工事計画書等を添付しておらず不備なものであり、これを理由にして右申込書の受付を行わないことは水道法一五条一項の給水契約の締結の拒絶に当たらないのに、原審はこの点を十分審理しておらず原判決には審理不尽による訴訟手続の法令違反があると主張する。 (当裁判所の判断)しかし、原判決挙示の証拠によると、Aらは、市の許可を受けた水道工事店であるS工業を通じ必要書類を添えて給水契約の申込を行つたことが認められ、また、前述(第二、二、2)のとおり被告人らは右申込書等の不備を理由にこれを返却したのではなく、指導要綱を遵守しないことを理由に本件給水契約の締結を拒絶したことは明らかであるから、原判決には何ら審理不尽による訴訟手続の法令違反はない。 第七結論以上のとおり、弁護人の各論旨はすべて理由がないので、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官萩原太郎裁判官小林充裁判官奥田保) における訴訟費用は同法一八一条一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官萩原太郎裁判官小林充裁判官奥田保)
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