平成13(ろ)765 脅迫被告

裁判年月日・裁判所
平成14年3月6日 東京簡易裁判所
ファイル
hanrei-pdf-5863.txt

判決文本文5,132 文字)

平成14年3月6日宣告平成13年(ろ)第765号脅迫被告事件 主文 被告人を罰金15万円に処する。 その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間,被告人を労役場に留置する。 訴訟費用は,全部被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成13年4月3日午後零時過ぎころ,東京都国立市所在の中央自動車道国立府中インターチェンジ出入口から東京都区内に向かう上記中央自動車道を走行中の普通乗用自動車内において,東京都区内にあるA社から被告人の携帯電話に電話をかけてきた同社幹部社員のB(当時33歳)に対し,被告人が同社店舗において摂取した食事に虫が混入していたことに対するBの対応がまずいと因縁をつけ「俺は,テレビ局やマスコミに知り合いがいる。マスコミを使って騒ぐぞ。おめえの会社も雪印みたいに大きくして騒ぐぞ。おめえの会社も吉野家みたいに1回潰れりゃいいんだよ。まもなく株主総会があるんだろ,俺の知り合いにも株主がいるから,この件を持ち出して騒ぐぞ」などと同人を脅しつけ,もって,同人の名誉,財産等に危害を加えかねない気勢を示して,同人を脅迫したものである。 (弁護人の主張に対する判断) 1 弁護人の主張を要約すると,以下のとおりである。 ① 電話は被告人からかけたものではない。Bからかかってきたものであり,もともと被告人にはBを脅迫する意思はなかった。 通話時間も5分くらいである。この程度の通話時間では,公訴事実に記載されたような表現でBを脅迫することはできない。 ② 食事に虫が入っていれば,誰でも不快になるのは当然である。被告人がBの対応が良くなかったことに腹を立て,感情的になり,出来もしないことを捨てぜりふのように言ったとしても,この程度のこ きない。 ② 食事に虫が入っていれば,誰でも不快になるのは当然である。被告人がBの対応が良くなかったことに腹を立て,感情的になり,出来もしないことを捨てぜりふのように言ったとしても,この程度のことでは脅迫に当たらないし,違法性もない。 ③ 被告人は,Bとの電話応対から,同人には謝罪する意思が希薄であると感じたので,Bに事態は簡単でないことを理解してもらうため,マスコミ・雪印・吉野家・株主総会などを例に挙げたにすぎない。A社は,自らの落ち度を隠そうとしている。食事に虫が入っていたことがマスコミに取り上げられたり,株主総会で問題になったとしても自業自得である。A社が守ろうとした会社の利益は保護に値せず,被告人が公訴事実に記載された言葉を発したとしても,脅迫には当たらない。 A社側は,株主総会を控え,神経過敏になり,過剰な反応を示しているにすぎない。 ④ 被告人の捜査段階における自白調書は捜査官の利益誘導により作成されたもので任意性がない。 2 当裁判所の判断① 本件に至る経緯等判示事実認定の用に供した各証拠によれば,以下の事実が認められる。 被告人は,平成13年4月2日午後7時ころ,東京都区内にあるA社店舗に赴き,定食を注文したが,米飯とみそ汁の中に1匹ずつ虫が入っていた。被告人はこれに立腹し,居合わせたアルバイト店員に「店長を出せ」と要求した。当時,同店舗の店長Cは他店に出かけていたので,店員が電話連絡したが,やや手間取り,10分くらいたって,C店長が被告人と電話で応対した。 C店長が電話に出ると,被告人は「虫が入っていた。どうしてくれるんだ」と文句を言った。C店長は「今からすぐお詫びに伺います」と申し出たが,被告人はそれを断り「明日の昼までにどういう対処をするか決めて電話しろ」と告げ,アルバイト店員に虫 っていた。どうしてくれるんだ」と文句を言った。C店長は「今からすぐお詫びに伺います」と申し出たが,被告人はそれを断り「明日の昼までにどういう対処をするか決めて電話しろ」と告げ,アルバイト店員に虫を容器に詰めるよう要求した。被告人は,店員が虫をカップに入れテープで蓋をして渡すと,これを受け取り,自分の名前と連絡先(携帯電話の番号と,被告人の経営する会社の電話番号)を教えて店を出た。 C店長は,電話応対の中で,被告人が「保健所に連絡する」「テレビ局に知り合いが多いのでマスコミに言いふらす」「お詫びはいらないから形として残せ」というようなものの言い方をしたので,被告人との対応は自分の手に余ると判断し,同日午後7時半ころ,店舗を管轄するA社の幹部社員であるBに連絡を取った。 Bは,C店長からの連絡を受け,上司と相談した結果,店舗の担当者が対応するのは無理だと判断し,同店舗の店員に事実関係を確かめた上,翌4月3日午後零時過ぎころ,東京都区内の本社から,被告人の指定した携帯電話に電話をかけた。 電話の冒頭,Bが食事に虫が入っていたことを詫びると,被告人は「電話遅いじゃねえ」と大声で文句を言い,続いて,判示のような内容の言辞をBに告知した。Bは,マスコミが飛びついたり株主総会で騒がれたりしたら,売上げに影響が出るなどして,会社が危ない,自分も責任を取らねばならぬと感じた。(Bの証言は冷静で,その内容にも作為的なところや不合理な点は見当たらず,大筋で十分信用できる)② 脅迫罪の成否弁護人は,電話をかけたのは被告人ではないから,被告人には,もともと脅迫の意思はなかったと主張する。しかし,上記認定のように,被告人はA社側に電話するよう要求し,電話のかかってくることを予期していた。電話をかけたのが誰であるかが脅迫罪の成否を左右 人には,もともと脅迫の意思はなかったと主張する。しかし,上記認定のように,被告人はA社側に電話するよう要求し,電話のかかってくることを予期していた。電話をかけたのが誰であるかが脅迫罪の成否を左右するものではない。 また,弁護人は,5分程度の短時間ではBを脅迫するのに不十分だと主張する。しかしながら,ある言辞が害悪の告知となるか否かは,言葉がやり取りされる時間の長短によって決せられるものではない。確かに,被告人とBの通話時間について,これを裏付ける記録はなく,被告人が5分くらい,Bは20分くらいと言い分が大きく食い違っている。双方の立場の違いや心理状態を考えると,この程度のずれは不自然ではなく,判示認定のような言辞であれば,多少の継ぎ足しや双方の受け答えを考慮しても,10分内外の通話時間があれば足りると考えられる。 ところで,脅迫とは,畏怖心を生じさせる目的で害悪を告知することであり,通告される害悪の内容は具体性を帯び,害悪の発生が一応可能であると一般人に信じさせるに足りるものでなければならない。 本件についてみると,告知された害悪は,食品流通や飲食関連事業である雪印乳業や吉野家で起きた公知の事件を例に引いて,マスコミへの通告や株主総会での告発を示唆するなど,ほのめかしや暗示の程度を超えた相当程度の具体性を帯びている。 被告人は,前日,A社店舗の店長に対し「保健所に連絡する」「テレビ局に知り合いが多いのでマスコミに言いふらす」などと告げ,アルバイト店員に虫を容器に詰めさせて持ち帰っており,A社の幹部社員であるBに,これらの出来事が,被告人のマスコミ等に対する影響力と害悪を実現する可能性を裏書する事情として受け取られたであろうことは容易に推認しうる。 また,被告人は,電話で対応したBが,前日トラブルの ,これらの出来事が,被告人のマスコミ等に対する影響力と害悪を実現する可能性を裏書する事情として受け取られたであろうことは容易に推認しうる。 また,被告人は,電話で対応したBが,前日トラブルの起きた店舗の店長や従業員と立場を異にする幹部社員であることや,自己の言辞がBにどのように受け取られるかを十分承知していたはずである。 このようにみると,被告人の行った害悪の告知は,単純な嫌がらせ,気味の悪さ,不安感の域を超え,一般人を畏怖させるに足りるものと認められる。 なお,弁護人は,被告人が立腹の余り,感情的になり,出来もしないことを捨てぜりふのように言ったにすぎないとか,Bに謝罪する意思が希薄であると感じたので,事態はそれほど簡単でないと,同人を諭すためにマスコミ・雪印・吉野家・株主総会などを例に挙げたにすぎないと主張する。しかし,害悪を発生させる認識や意欲の有無,第三者に害悪を実現させることができるか否か,害悪告知の目的(動機)等は,故意を含む脅迫罪の成否とは関係なく,脅迫罪の成立を左右するものではない。 ③ 実質的違法性の有無既に認定したように,本件の発端は,被告人が注文した定食の米飯とみそ汁にそれぞれ1匹ずつの虫が入っていたことにある。これは飲食店の衛生管理の悪さを実証するもので,飲食店にとっては甚だしい失態である。 被告人が大きな不快を感じたことは当然である。被告人が,このような事態に抗議するとともに代金の返還を求め,場合によっては不快感を償わせるための手立てを講じようと飲食店側と交渉する場合,それは双方の利害の調整を図るための方途であるから,ある程度の術数もあり得るし,事柄の性質上,多少荒っぽい言葉が出るかもしれないが,許容範囲内にとどまると判断される場合が多いであろう。しかし,反面,守るべき一定のルールが 図るための方途であるから,ある程度の術数もあり得るし,事柄の性質上,多少荒っぽい言葉が出るかもしれないが,許容範囲内にとどまると判断される場合が多いであろう。しかし,反面,守るべき一定のルールがあることも否定できない。以下,この点について考察する。 まず,本件は,A社店舗で紛争が起きた翌日発生した事件である。被告人が相手にしたのは,上記店舗の従業員ではなく,その監督者の立場にある本社の幹部社員であった。対処の急迫性はかなり低くなっていた。視点を変えると,時間が経過して興奮が沈静化し(本件紛争は突発的なものである),交渉の相手が代われば,どのような態様の抗議ができるか,何を要求できるかについての選択肢も変化するはずである。 被告人は,「Bの言葉に謝罪する意思が感じられなかったので,同人を諭す意味で種々の例を挙げたに過ぎない」という趣旨の供述をしているが,この言葉からも窺い知ることができるように,被告人の言辞は,抗議や要求というよりも,むしろ,悪を懲らすという方向に向いており,その内容も,既に認定したように,ほのめかしや暗示の程度を超えた相当程度の具体性を帯びた露骨なものであった。 A社側は,店舗における被告人の言動を知り,同人に対する警戒感を深め,被告人の出方をみようと,電話応対の歯切れが悪くなり,これが被告人を刺激した面があると思われる。 しかし,A社の側からみても,一般人の立場に立っても,被告人の言辞は,謝罪や交渉の場におけるものとしては,通常予期される限度を逸脱し,許容範囲を超える場違いのものであったと考えられる。特に,被告人が前日A社店舗で取った言動がA社側に与えた畏怖感を考慮すれば,被告人の言辞はまさに人を畏怖させるに足りる害悪の告知と評価されても致し方ないであろう。被告人には他にも取りうる手段があったは ,被告人が前日A社店舗で取った言動がA社側に与えた畏怖感を考慮すれば,被告人の言辞はまさに人を畏怖させるに足りる害悪の告知と評価されても致し方ないであろう。被告人には他にも取りうる手段があったはずである。被告人の動機,心情を考慮しても,本件が実質的違法性を否定すべき事案とは認め難く,弁護人の主張は採用できない。 ④ 自白調書の任意性について弁護人は,利益誘導があったと主張するが,当裁判所が採用した被告人の司法警察員に対する供述調書は,捜査段階の初期(勾留期間延長の前)  に作成されたもので,不利益事実を承認するものとはいえ,その内容は公判供述と大差がなく,自白としては証拠価値に乏しい,漠とした内容のものである。その任意性を云々するほどのものとは認め難い。 (法令の適用)被告人の判示所為は,刑法222条1項に該当するところ,所定刑中罰金刑を選択し,その所定金額の範囲内で被告人を罰金15万円に処し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金5000円を1日に換算した期間,被告人を労役場に留置する。訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項本文によりこれを被告人に負担させる。 よって,主文のとおり判決する。 平成14年3月6日東京簡易裁判所刑事第1室裁判官井上廣道

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る