平成15(ワ)5307 損害賠償等請求

裁判年月日・裁判所
平成19年2月14日 名古屋地方裁判所 その他
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判決文本文54,840 文字)

平成19年2月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成15年(ワ)第5307号損害賠償等請求事件口頭弁論終結日平成18年11月13日判決主文 被告は,原告らに対し,それぞれ330万円及びこれらに対する平成14年11月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 平成14年9月1日から同年11月8日におけるA大学病院での訴外Bに対する診療に関して,原告らの被告に対する報酬支払債務が存在しないことを確認する。 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の,その余を原告らの各負担とする。 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1原告らの請求 被告は,原告Cに対し,5384万7012円,原告Dに対し,5214万7012円及びこれらに対する平成14年11月8日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 平成14年9月1日から同年11月8日におけるA大学病院での訴外Bに対する診療に関して,原告らの被告に対する報酬支払債務が存在しないことを確認する。 第2事案の概要(以下,平成14年中の出来事については,原則として月日のみで表示する。また,医学用語や単位については,アルファベットの略称で表記することがある。) 本件は,E市が設置,運営していたA大学病院(以下「被告病院」という。)において生体肝移植手術を受けたBが死亡したことから,その両親である原告らが,①Bが被告病院入院中にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)を保菌・感染したのは同病院の管理体制の不備が原因である,②仮に被告病院内で保菌したとはいえないのであれば,被告病院の医師はMRSAに対する術前術後の細菌培養検査の義務を怠った,③BがMRSA 菌)を保菌・感染したのは同病院の管理体制の不備が原因である,②仮に被告病院内で保菌したとはいえないのであれば,被告病院の医師はMRSAに対する術前術後の細菌培養検査の義務を怠った,③BがMRSAを保菌していることが明らかになった後,感染症の徴候が見られたにもかかわらず,適時に細菌培養検査をし,適切な量及び期間で抗生物質を投与することを怠ったなどと主張して,E市の権利義務を承継した被告に対し,不法行為又は債務不履行に基づき,損害賠償及び遅延損害金の支払を求めるとともに,Bの診療契約に基づく診療報酬債務が存在しないことの確認を求めた事案である。 前提事実(当事者間に争いのない事実,証拠(甲A1,乙A1,2,3)及び弁論の全趣旨により明らかな事実等)(1)当事者等ア原告C及び同Dは,B(昭和57年12月28日生)の父母である。 Bは,後記の経過により,11月8日,死亡したところ,原告らは,それぞれ2分の1の割合でBの権利義務を承継した。 イ被告病院は,E市によって設置されたA大学の附属病院として運営されてきたところ,平成18年4月1日,地方独立行政法人法(平成15年法律第118号)に基づき,被告が公立大学法人として設立され,同法66条により,本件に関する権利義務を承継した。 (2)Bに対する診療経緯の概要(ここでは要約のみを記載する。具体的な臨床経過については別紙1「診療経過一覧表」を,被告病院におけるBの入院から9月30日までの血液検査(血漿)の結果については別紙2「検査結果一覧表」をそれぞれ参照のこと。)アBの劇症肝炎発症から生体肝移植実施まで (ア)Bは,8月12日ころから,食欲不振,吐き気及び黄疸の症状が見られ,同月26日,F病院に入院した。Bは,同病院で肝機能障害と診断され,同月31日,岐阜県立G病院に入院し 体肝移植実施まで (ア)Bは,8月12日ころから,食欲不振,吐き気及び黄疸の症状が見られ,同月26日,F病院に入院した。Bは,同病院で肝機能障害と診断され,同月31日,岐阜県立G病院に入院したところ,亜急性型劇症肝炎と診断された。 同病院の医師は,Bの家族(原告ら,Bの兄及び妹)に対し,Bの症状からして劇症肝炎であり,致死率が高いこと,治療の1つの方法として肝移植があることを説明し,肝移植の可能な病院への転院を提案したところ,原告らから転院希望の申出がなされた。その結果,Bは,9月1日,被告病院に転院し,被告との間で,劇症肝炎の治療を目的とする診療契約(以下「本件診療契約」という。)を締結した。 被告病院の集中治療室(ICU)に入院したBは,同月3日,本件診療契約の一環として,同月4日にドナー(臓器を提供する者)をBの兄とする生体肝移植(以下「本件手術」という。)を受けることとなった。 なお,ドナーである兄の血液型はB型,レシピエント(臓器の提供を受ける者)であるBの血液型はA型であることから,本件手術は,血液型不適合の生体肝移植であった。 (イ)被告病院では,Bに対し,9月1日に鼻分泌物,咽頭扁桃拭液及び動脈血の,同月3日に気管支内採痰の,同月4日に鼻分泌物及び喀痰の細菌培養検査をそれぞれ行った。しかし,いずれの検査においても,MRSAは検出されなかった。 (ウ)Bは,9月4日,本件手術を受け,術後から同月8日までは,ICU内の無菌室(クリーンルーム)において,同月12日まではICUにおいて,治療及び看護を受け,その後,一般病室に移った。 なお,被告病院の医師は,同月6日,Bの右鼠径カテーテル先及び内頚について細菌培養検査を行ったが,MRSAは検出されなかった。 イMRSAの保菌判明から死亡まで (ア)被告病院の医師は った。 なお,被告病院の医師は,同月6日,Bの右鼠径カテーテル先及び内頚について細菌培養検査を行ったが,MRSAは検出されなかった。 イMRSAの保菌判明から死亡まで (ア)被告病院の医師は,9月8日,Bの咽頭扁桃拭液を採取し,細菌培養検査を行ったところ(同日が日曜日であったため,検査受付日は翌9日),同月12日,MRSAが検出されたとの中間報告を受けた。 そこで,被告病院の医師は,同日,Bに対し,MRSAに対して感受性を有するバンコマイシンの投与を開始し,同月15日までその投与を続けた。また,同日,Bに大便頻回の症状が見られたため,被告病院の医師は,同月16日,Bに対し,バンコマイシン散の経口投与を行った。 (イ)同月20日にBから採取された動脈血から,MRSAが検出され,遅くとも同日には,BはMRSAの敗血症に罹患した。被告病院の医師は,同日,MRSAに対して感受性を有するハベカシンの投与を開始した。 その後,Bは,10月14日に実施された心エコー検査において,僧帽弁閉鎖不全が認められ,同日,MRSA敗血症を原因とする感染性心内膜炎を発症した。さらに,11月2日に実施された頭部CT検査において,右大脳出血が認められ,同月8日午後11時5分,脳出血を直接の原因として(脳出血は,本件手術後のMRSA敗血症罹患を原因とする感染性心内膜炎の結果である。),死亡した。 (3)一般的な医学的知見アMRSA(ア)MRSAの概要(今日の診療プレミアムVol.13。甲B12添付の文献2)(定義及び頻度)ペニシリナーゼ抵抗性薬物であるメチシリンに耐性を示す黄色ブドウ球菌であって,メチシリン以外にもセフェム,マクロライド,アミノグリコシド系薬物に耐性を示す多剤耐性菌である。現在のわが国において分離される黄色ブドウ球菌のうち40ないし リンに耐性を示す黄色ブドウ球菌であって,メチシリン以外にもセフェム,マクロライド,アミノグリコシド系薬物に耐性を示す多剤耐性菌である。現在のわが国において分離される黄色ブドウ球菌のうち40ないし70パーセントを占める。 院内感染の原因菌として重要であり,入院患者のMRSA保菌者(鼻腔あるいは咽頭)は,約2ないし20パーセントとされている。 (病態及び症状)主として,悪性腫瘍や自己免疫疾患患者,外科手術後の患者,高度熱傷患者,老年者,産褥にある婦人,新生児など感染抵抗性を減弱させる全身的要因を有する場合(易感染性宿主)に,治療抵抗性の難治性感染症を引き起こす。MRSAは,各種抗菌薬に対して高度耐性という性質を合わせ持つために,特に易感染性宿主において,敗血症,心内膜炎,肺炎,腸炎,尿路感染症,皮膚軟部組織感染症など,局所あるいは全身の難治性感染症を引き起こす。 MRSA感染症に特徴的な症状や所見はない。当然ながら感染部位によって症状も異なり,敗血症及び心内膜炎では悪寒戦慄や発熱,肺炎では咳嗽,膿性痰,発熱,腸炎では水様性下痢,発熱などが認められる。 もっとも,高齢者や免疫能の低下した患者では,発熱の見られないこともある。 (検査所見)血液検査では,白血球数(WBC)の増加,左方移動,赤沈の亢進,C反応性蛋白(CRP)の上昇が見られる。免疫不全や敗血症の患者では,これらの反応が見られず,白血球数はむしろ減少することもある。 (イ)治療薬(MRSA感染症と薬物治療のコツ(追補改訂版)・平成13年発行。甲B4)現在日本でMRSA感染症治療用に認可されている注射用抗生物質は,アルベカシン(ハベカシン),バンコマイシン,テイコプラニンの3種である。このほかに特殊用途用薬剤として,MRSA腸炎に用いられる経口用塩酸バンコマイシン散,鼻腔内 認可されている注射用抗生物質は,アルベカシン(ハベカシン),バンコマイシン,テイコプラニンの3種である。このほかに特殊用途用薬剤として,MRSA腸炎に用いられる経口用塩酸バンコマイシン散,鼻腔内MRSA除菌用の局所薬としてムピロシンがある。 aバンコマイシン(点滴静注用)(効能・効果)メチシリン・セフェム耐性の黄色ブドウ球菌のうち本剤感性菌による下記感染症。 敗血症,感染性心内膜炎,骨髄炎,関節炎,熱傷・手術創等の表在性二次感染,肺炎,肺化膿症,膿胸,腹膜炎,髄膜炎。 (用法・用量)通常,成人には塩酸バンコマイシン散として1日2g(力価)を,6時間ごとに0.5g(前同)又は12時間ごとに1g(前同)あて,それぞれ60分以上かけて点滴静注する。なお,年齢,体重,症状により適宜増減する。 高齢者には,12時間ごとに0.5g(前同)又は24時間ごとに1g(前同)あて,それぞれ60分以上かけて点滴静注する。なお,年齢,体重,症状により適宜増減する。 小児,乳児には,1日40mg(前同)/kgを2ないし4回に分割し,それぞれ60分以上かけて点滴静注する。 (主な副作用)バンコマイシンの副作用として特に留意すべきものとして,rednecksyndrome及び腎毒性が挙げられる。 腎毒性については,欧米におけるバンコマイシン開発当初の治験薬にてBUN(bloodureanitrogen)上昇が患者の25パーセントに見られたとの報告もあり,欧米における発売当初は腎毒性が懸念されていた。その後の研究では,バンコマイシンを投与された重症患者で腎毒性の見られた例は0ないし7パーセントと報告されている。 日本でのバンコマイシン市販後6年間の調査では,3009例中, 腎障害・腎機能異常は149例(5.0パーセント)となっている。 このように 毒性の見られた例は0ないし7パーセントと報告されている。 日本でのバンコマイシン市販後6年間の調査では,3009例中, 腎障害・腎機能異常は149例(5.0パーセント)となっている。 このように腎障害発生率が比較的低かったのは,わが国では用量及び投与日数が過大にならないように注意が払われていること,バンコマイシンの供給会社が血中濃度モニタリング(TDM)を積極的に薦め,投与症例の約2分の1において血中濃度モニタリングが実施されていることと関係があると考えられている。 (血中濃度モニタリング)バンコマイシンには腎毒性・耳毒性が報告されているので,これらを防ぐために,また他方,有効な血中濃度を確保するために血中濃度モニタリングを行うことが望ましい。 特に,腎障害患者,未熟児・新生児・乳児,高齢者,腎障害・聴覚障害を起こす可能性のある薬剤(アミノグリコシド系薬など)を併用中の患者などに対しては,血中濃度モニタリングを行うなどして慎重に投与することが望ましい。 バンコマイシンの添付文書には,「点滴終了1~2時間後の血中濃度は25~40μg/mL,最低血中濃度(次回投与直前値)は10μg/mLを超えないことが望ましい。点滴終了1~2時間後の血中濃度が60~80μg/mL,最低血中濃度が30μg/mL以上を継続すると,聴覚障害,腎障害等の副作用が発現する可能性がある。」と記載されている。 b経口用塩酸バンコマイシン散(効能・効果)バンコマイシンは,経口投与した場合に腸管から吸収されることはほとんどないため,経口投与により全身の感染症への効果は期待できない。逆に,点滴投与しても腸管内の細菌感染症には効果は期待できない。したがって,MRSA腸炎に対しては,経口投与のみが有効で あることに留意する必要がある。また,米国疾病管理センター(CD できない。逆に,点滴投与しても腸管内の細菌感染症には効果は期待できない。したがって,MRSA腸炎に対しては,経口投与のみが有効で あることに留意する必要がある。また,米国疾病管理センター(CDC。CentersforDiseaseControlandPrevention)のガイドラインでも触れられているように,消化管内の除菌のためにグリコペプチド系薬を経口的に投与することは,グリコペプチド耐性の拡大を助長するおそれがあるので,骨髄移植時のように本当に必要なときを除いて,安易に消化管内の除菌に用いることは慎まなければならない。 (用法・用量)メチシリン・セフェム耐性の黄色ブドウ球菌による腸炎においては,用時溶解し,通常,成人1回0.125ないし0.5g(力価)を1日4回経口投与する。なお,年齢,体重,症状により適宜増減する。 cアルベカシン(ハベカシン)(効能・効果)メチシリン・セフェム耐性の黄色ブドウ球菌のうち本剤感性菌による敗血症,肺炎。 (用法・用量)通常,成人に硫酸アルベカシンとして1日150ないし200mg(力価)を2回に分け,筋肉内注射又は点滴静注する。点滴静注においては,30分ないし2時間かけて注入する。なお,年齢,体重,症状により適宜増減する。 (腎毒性,聴器毒性)アミノグリコシド系薬の一員として,アルベカシンには当然,聴器毒性,腎毒性をもたらす可能性がある。薬剤の添付文書によれば,腎障害患者に対しては,アルベカシンのみが原則禁忌で,バンコマイシン及びテイコプラニンでは慎重投与となっている。 dムピロシン(バクトロバン) 黄色ブドウ球菌はしばしば鼻腔前庭に定着し,ここから他の場所ないしは個体に伝播して定着・感染の源となる。そこで,MRSA感染症の防止策として鼻腔前庭のMRSAの除菌が試みられ ン(バクトロバン) 黄色ブドウ球菌はしばしば鼻腔前庭に定着し,ここから他の場所ないしは個体に伝播して定着・感染の源となる。そこで,MRSA感染症の防止策として鼻腔前庭のMRSAの除菌が試みられ,ポビドンヨード,ピオクタン,オフロキサシン点鼻などが行われたが,満足すべき結果は得られていない。英国ではムピロシン鼻腔用軟膏が用いられた結果,良好な成績が得られ,「MRSA対策の方針」の中でもムピロシンの有用性について記載されている。 イ敗血症(甲B12添付の文献5)(ア)敗血症は,体内の感染病巣から細菌などの微生物あるいはその代謝産物が血液内に流入することにより引き起こされる重篤な全身症状を呈する臨床症候群である。 敗血症を起こしやすい患者背景には,宿主要因として悪性腫瘍,糖尿病,腎不全,肝硬変,膠原病,広範囲熱傷,HIV感染などの基礎疾患や未熟児,高齢者のほか,抗腫瘍薬,免疫抑制薬,副腎皮質ステロイド投与,放射線治療による好中球減少症などの感染防御能の低下,各種外科的処置,血管内・尿道カテーテルなどの医療処置などがある。 (イ)敗血症では,全身症状,原発感染病巣による症状,転移性感染病巣による症状,合併症による症状が混在して認められる。全身症状としては,悪寒戦慄を伴う急激な高熱,頻脈,頻呼吸,意識障害,消化器症状などがあり,重篤感を伴う。しかし,これらの症状は特異性に欠け,症状のみから診断を確定するのはしばしば困難である。 本件の争点及び争点に関する当事者の主張(1)BがMRSAを保菌するに至った機序(原告らの主張)Bは,被告病院に入院後,MRSAに院内感染(外因性感染)したものである。その保菌経路として,最も可能性が高いのは被告病院の医療従事者に よる手指感染であり,次に可能性が高いのは被告病院所有の医療機器を介し 院に入院後,MRSAに院内感染(外因性感染)したものである。その保菌経路として,最も可能性が高いのは被告病院の医療従事者に よる手指感染であり,次に可能性が高いのは被告病院所有の医療機器を介した感染であり,最も可能性が低いのが空気感染である。 アBに対する細菌培養検査の結果Bは,被告病院に転院後,延べ8か所の細菌培養検査が行われたにもかかわらず,すべてMRSAについては陰性(-)であったものが,9月8日の咽頭部の検査において陽性(+)となったのであるから,Bは,被告病院入院時にはMRSAを保菌していなかった。また,Bは,被告病院入院後,一度も外出していない。 その他,後記のとおり,被告病院の衛生管理体制が不十分であったこと,被告側から,Bが入院時に保菌していたことを示す証拠が提出されていないことも,上記事実を推認させる事実である。 このことは,手術創若しくは入院後72時間以上経過した患者のあらゆる部位からMRSAが検出された場合を院内感染(nosocominalinfection)とするCDCの定義によっても裏付けられる。 イ被告の主張に対する反論被告は,術後の化学療法により,細菌叢における細菌の構成に変化が生じ,Bが保菌していたMRSAが優位となり,顕在化したと主張するが,Bについては,入院してからMRSAが検出されるまでの間の期間が短く,菌が変異する程の長期間にわたって抗生物質が使用されていないことから,失当である。 ウ被告病院におけるMRSAの多発被告病院では,Bが入院していた9月にMRSAが多発していた。 すなわち,ICUでは,ベッドが8床しかないのに3床の患者からMRSAが検出されている。また,ICU以外でも,未熟児病棟において,5月及び6月に患者が延べ21名発生し,「この状況は様子観察の域を超えた」と報告され では,ベッドが8床しかないのに3床の患者からMRSAが検出されている。また,ICU以外でも,未熟児病棟において,5月及び6月に患者が延べ21名発生し,「この状況は様子観察の域を超えた」と報告され,病院全体では,4月から9月までの間に200件,10 月から12月までの間に47件,MRSAが検出されている。 さらに,ICU内で,Bと同一由来のMRSAが検出されており,院外でたまたま同一由来のMRSAを保菌したとは想定し難いから,少なくとも1件は明らかな水平感染の事実があったというべきである。 (被告の主張)原告の主張のうち,Bが,被告病院に転院後,延べ8か所の細菌培養検査を受けたところ,MRSAについてはすべて(-)であったが,9月8日の咽頭部の検査において(+)となったことは認める。 しかし,BがMRSAを保菌した機序は,以下のとおり,術後の化学療法により,細菌叢における細菌の構成に変化が生じ,Bが保菌していたMRSAが優位となり,顕在化したものと考えるべきであって,被告病院の他の患者,医療従事者,医療器材からの外因性感染(交差感染)によるものではない。 ア細菌培養検査の意義Bに対する細菌培養検査においてMRSA(-)ということは,培地の上でMRSAの保菌が確認されなかったにとどまる。 すなわち,検査時に患者が検査部位に常在菌であるMRSAを保菌していたとしても,他の細菌の菌量より少なく,他の菌が優位にコロニーを形成した場合には,分離培養に際して「疑わしい集落」を形成せず,検査結果上は(-)となることがある。また,「疑わしい集落」をスクリーニングにかけた上でピックアップし,純培養地に移す際に,作業手順書に準処して採取しても,スクリーニングした上での作業であるから,絶対にMRSAを捕捉できるとは限らない。 一方,細菌培養検査の結果 ーニングにかけた上でピックアップし,純培養地に移す際に,作業手順書に準処して採取しても,スクリーニングした上での作業であるから,絶対にMRSAを捕捉できるとは限らない。 一方,細菌培養検査の結果がMRSA(+)の場合は,検体を採取した部位からMRSAが検出された以上,その患者がMRSA保菌者であることが明らかになったといえる。しかし,MRSAの保菌が確認されたとい う以上の意味はない。 したがって,検査結果のMRSA(+),(-)の意味は,「保菌・非保菌」ではなく,「保菌確認・保菌確認できず」なのであり,内因性感染か外因性感染かを判定するには,細菌培養検査の結果や,検査の時点,検体の部位等の菌の検出データのみならず,炎症反応や薬剤感受性検査のデータ等の判断材料があって初めて可能となる。 イ被告病院におけるMRSA感染対策被告病院においては,MRSA感染対策マニュアル,ICU感染防止対策マニュアルなどにより,厳重な管理がなされていた。 原告は,被告病院において,MRSAが多発していたと主張するが,800床を擁する病院(4月から9月までの延べ患者数13万1703名)において,6か月に200件のMRSAが新規に検出されることは異常ではなく,また,8床のICU(前同1208名)において,MRSAの検出が6か月に16件にとどまっているのは,むしろ少ないといえる。 ウBのMRSAの由来8月1日から9月末日までの間,被告病院のICUに入室していた患者のうち,MRSA(+)となった者は,Bを含めて5名いたところ,遺伝子検査(パルスフィールド電気泳動法)の結果,うち3名はBと非同一の菌によるものと判定され,うち1名についてはBと同一由来の菌と判定されたが,同人の入室日は同月12日であり,Bの保菌後であった。そして,同人は,7時間ほどBと同じ 法)の結果,うち3名はBと非同一の菌によるものと判定され,うち1名についてはBと同一由来の菌と判定されたが,同人の入室日は同月12日であり,Bの保菌後であった。そして,同人は,7時間ほどBと同じICUに在室したが,Bは無菌室に隔離されていたから,両名が接触する機会はなく,医療従事者も両名を交差する接触をしていない。また,両人のMRSAは,抗菌薬の感受性パターンを異にしていた。 したがって,同人からBへMRSAが交差感染したものではなく,たまたまDNAが同じ型であったにすぎない。 (2)注意義務違反①(被告病院における衛生管理体制の不備)の有無(原告らの主張)ア易感染状態にある患者に対する注意義務Bは,9月4日,被告病院において血液型不適合の生体肝移植手術を受けたところ,被告病院は,Bに対し,移植後の拒絶反応を防止するため,免疫力を抑制するエンドキサン等の薬剤を投与していた。また,生体肝移植手術は,体内への高度の侵襲を伴うものであること,及び術後には各種ドレーンが挿入されることから,術後のBの皮膚バリアは障害を受けていた。そのため,術後のBは,高度の易感染状態となっていた。 このように,高度の易感染状態にあるBが,MRSA等の強毒かつ多剤耐性を有する細菌を保菌した場合,免疫力が低下しているために,感染性心内膜炎等の重篤な感染症に発展しやすい。したがって,高度の易感染状態にあるBの治療及び看護に当たる被告病院としては,特に十分な衛生管理体制を取り,院内でBがMRSA等の細菌を保菌しないようにすべき注意義務があった。 イ被告病院の一般病棟及びICU内における衛生管理体制の一般的不備(一般的衛生管理義務違反)。 (ア)被告病院の清掃業務に,院内感染対策上の不備があった。 すなわち,「A大学病院清掃委託のための意見書(甲A12の 般病棟及びICU内における衛生管理体制の一般的不備(一般的衛生管理義務違反)。 (ア)被告病院の清掃業務に,院内感染対策上の不備があった。 すなわち,「A大学病院清掃委託のための意見書(甲A12の2)」によれば,被告病院における清掃(院内・構内清掃,ゴミ回収・運搬・分別業務等)については,不足・不備・不十分が多く,患者からの苦情が絶えないこと,清掃業務が院内感染対策に対応できておらず,看護師,医師によって補完されている状況であり,院内感染事故のリスクが高いことが指摘されている。このように,被告病院は清掃業者に清掃業務を委託していたにもかかわらず,その連携が十分ではなかった。 (イ)被告病院の院内感染対策委員会が十分に機能しなかった。 被告病院の院内感染対策委員会において,MRSAの月別及び部署別の保菌(定着)者数,感染者数の推移に対する考察と対応がどのように行われていたかを示す資料がなく,院内感染の多発(ブレイク)を阻止するためには月2回以上の感染状況に対する評価を行うことが必要であるにもかかわらず,これが行われた形跡がない。 また,院内感染対策において,「清潔」と「手洗い」が最も基本的かつ重要事項であるところ,被告病院と清掃業者との間の連携は不十分であった上,これに対する事実確認ないし対策が採られた事実も認められない。 (ウ)被告病院の院内感染対策マニュアルの内容は不十分であった。 被告病院には,「MRSA(メシチリン耐性黄色ブドウ球菌)感染予防対策マニュアル」,「A大学MRSAサーベイランス実施要領」及び「ICU感染防止対策マニュアル」が存在するが,MRSAを含む院内感染が多発した場合や,院内感染で死亡した場合の具体的な対応が記載されておらず,その内容は不十分である。 (エ)「院内感染防止対策に関する状況調査票(メモ)」 アル」が存在するが,MRSAを含む院内感染が多発した場合や,院内感染で死亡した場合の具体的な対応が記載されておらず,その内容は不十分である。 (エ)「院内感染防止対策に関する状況調査票(メモ)」(甲A11)によれば,被告病院では,以下のとおり,一般病棟及びICU内における衛生管理体制に不備があった。 a各重症病室に流水で手洗いできる設備がなかった。 bマスクは,気密性を保持できるものを使用していなかった。 c汚染されたリネンが,他の患者や周囲環境を汚染しないように操作,移動及び処理されていなかった。 dベッド,器具等の配置及び整頓を適切にし,空間的余裕を確保することを怠っていた。 e感染症対策に関する教育が定期的に行われていなかった。 f易感染患者を看護するスタッフを担当制にしていなかった。 g汚染が想定される区域に不要な物を置いていた。 h抗生剤を適切に選択及び使用していなかった。 i患者に対し,インフルエンザ,B型肝炎等に対するワクチン接種の機会が提供されていなかった。 j患者等に対し,「止血綿等の血液で汚染された物品は放置せず,所定の感染性廃棄物入れに廃棄する」よう指導していなかった。 k患者ケアの際,手袋を着用していなかった。 l接触感染のおそれのある患者への接触が予測されるときであっても,病院入室時にスリッパを使用していなかった。 m接触感染のおそれのある患者への面会時も,家族にスリッパを使用することを指導していなかった。 (オ)9月12,13日に実施された厚生労働省・保健所による医療監視(甲A13)において,被告病院では,「コットンパックの使用期限」,「感染性廃棄物の一時保管場所」,「使用済み注射針の置き場所の確認」について,衛生管理上の不備があると指摘された。 (カ)被告病院のうち,Bが入院したI 被告病院では,「コットンパックの使用期限」,「感染性廃棄物の一時保管場所」,「使用済み注射針の置き場所の確認」について,衛生管理上の不備があると指摘された。 (カ)被告病院のうち,Bが入院したICUの存在した病棟は,昭和44年に建築されたものであって,老朽化が進んでいた。ちなみに,平成16年1月に新病棟が開設されている(甲A16)。 ウBに対する十分な管理体制の不備(易感染性患者向けの高度衛生管理義務違反)被告病院では,MRSA等が多数検出されていたにもかかわらず,易感染状態にあったBが保菌しないための特に十分な管理体制を取っていなかった。 (ア)前記のとおり,被告病院では,本件手術当時,ICUでもICU以外でもMRSAが多数検出されており(甲A6の2),現に,ICU内では,BのMRSAと別の入院患者との間で明確なMRSA院内感染が 発生していた(乙A6)。 また,被告病院では,過去にも生体肝移植においてMRSA感染を引き起こしたことがあった(甲A18)。 (イ)にもかかわらず,被告病院は,極めて危険な易感染状態にあるBに対し,特に十分な衛生管理体制を取っていなかった。 すなわち,被告病院は,Bを最初から無菌室に入室させず,9月1日から3日間,上記のようにMRSA患者が多数出入りするICUに在室させた。 被告病院は,Bのように感染に対して抵抗力の弱い患者を陽圧室に逆隔離することが必要であった。 (被告の主張)ア被告病院の清潔度やMRSA検出数とBの感染との関係一般論として,高度の易感染状態にある患者の治療及び看護に当たる医療機関が,患者がMRSA等の細菌を保菌しないよう十分な衛生管理体制を取るべき注意義務を負っていることは争わないが,前記のとおり,BのMRSA感染は,Bが被告病院に入院する前から保菌していた黄色ブドウ 関が,患者がMRSA等の細菌を保菌しないよう十分な衛生管理体制を取るべき注意義務を負っていることは争わないが,前記のとおり,BのMRSA感染は,Bが被告病院に入院する前から保菌していた黄色ブドウ球菌(MRSAを含むこともある。)が原因となったものと考えられるから,その発生機序は,院内の清潔度とは無関係である。 そもそも,MRSAの検出数の多寡は,その施設の患者数,重症度,MRSAの細菌培養検査実施数によって異なるものであり,検出数が多いからといって院内感染に関する注意義務を怠っていると判断されるものではない。MRSAの感染予防のために細菌検査を広く行う施設では,検出数は多くなり,それを前提として初めて十分な院内感染予防策が採られるのである。 イ一般的衛生管理義務違反の不存在(ア)清掃業務について 本件当時,被告病院の清掃業務については,入札制度の中で十分な予算が投入されなかったので,患者からの苦情が多く,看護部門の大きな課題になっていた。甲A12の2は,新病院での十分な清掃を切望した看護部門の作成した文書であり,予算獲得のために注意を引く表現をした経緯があるが,実際は,看護師がマニュアルや基準に沿った清掃や消毒を遵守しており,衛生管理は不十分ではなかった。 (イ)院内感染対策委員会の不備について原告らの主張は争う。 (ウ)院内感染対策マニュアルの不備について被告病院に「MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染予防対策マニュアル」,「A大学MRSAサーベイランス実施要領」及び「ICU感染防止対策マニュアル」が存在することは認め,その余は争う。 (エ)病棟内・ICU内の衛生管理体制の不備についてa手洗い設備について病室に流水設備がない実態は,昭和40年代に建設された病院のほとんどに該当したので,これをもって衛生管 め,その余は争う。 (エ)病棟内・ICU内の衛生管理体制の不備についてa手洗い設備について病室に流水設備がない実態は,昭和40年代に建設された病院のほとんどに該当したので,これをもって衛生管理体制が不備とはいえない。厚生労働省もこの実態を十分承知しており,病室の出入口に速乾性擦式アルコール手指消毒剤を設置するよう指導していた。 被告病院でも,旧病棟のため各重症病室のすべてに流水で手洗いできる設備がなかったため,小児科病棟と精神科病棟以外のすべての病室(小児科病棟では患児がいたずらをして目などに入らないように場所を選んで設置し,精神科病棟では患者の自傷・他傷の原因とならないように設置していない。)の出入口にウエルパス,ヒビソフト(速乾性擦式アルコール製剤)による消毒設備が設置されており,MRSA感染予防対策マニュアルは遵守されていた。 bマスクについて 院内感染対策用としてのマスクは,気密性のある外科用サージカルマスクと指定され,遵守されていたが,血液病棟等のクリーンルーム(ICUを除く。)で使用するマスクは,看護師等の出入りや家族の出入り等が頻繁であり,1枚20ないし30円のコストが掛かる外科用サージカルマスクを出入りの度に使い捨てるには経済的に負担が大きいため,紙マスクを使用していた。 ICU(ICU内のクリーンルームを含む。)においては,すべて外科用サージカルマスクが使用されていた。 cリネン交換についてリネン交換のとき,一部の委託職員は,交換したリネンを床に落とす習慣を持っていたので,これを指導する必要はあったが,そのことが直ちに衛生管理体制の不備となるわけではない。 dベッド・器具等の配置の間隔及び整頓について昭和40年代に建設された病院の病室では,ベッドとベッドの間隔が2メートル以下の施設が多く,被告病院 とが直ちに衛生管理体制の不備となるわけではない。 dベッド・器具等の配置の間隔及び整頓について昭和40年代に建設された病院の病室では,ベッドとベッドの間隔が2メートル以下の施設が多く,被告病院も例外ではなかった。 ただ,ICUについては,ICU感染防止対策マニュアルにより,「個室収容できない場合は,ベッドとベッドの距離は2メートル以上空け,ブラインド・スクリーンを使用し,なるべく隔離する。」と規定され,遵守されていた。 e職員教育について病院職員に対しては,定期的に教育(講義・講演会等)が行われていたが,委託職員への教育は課題になっていた。 なお,平成15年度からは,委託職員対象の講義が開始された。 f易感染患者を担当するスタッフについてICUでは,易感染患者のスタッフ担当制が遵守されていたが,一般病室では,夜勤との関係で遵守できない場合があった。 g感染が予想される区域に不要なものが置いてあったことについて担当者による事前チェックの段階で,すべての把握ができていなかったが,その後の点検で不要な物が置かれていないことが確認された。 h抗生剤の選択及び使用について感染対策委員会の感染対策チーム会では,抗菌薬使用ガイドラインの作成が検討課題になっていたが,研究・教育も対象としている大学病院という特性があり,当時,これを作成することに全診療科のコンセンサスが得られていなかったため,ガイドラインはなかった。 iワクチン接種の機会についてインフルエンザについては,予約制でワクチン接種を行っていたが,B型肝炎ワクチンを患者に提供する制度はなかった。ちなみに,現在においてもB型肝炎ワクチンを患者に提供している病院を知らない。 j患者等に対する廃棄物処理についての指導患者が使用したアルコール綿(外来等で採血した後患者に渡したアル はなかった。ちなみに,現在においてもB型肝炎ワクチンを患者に提供している病院を知らない。 j患者等に対する廃棄物処理についての指導患者が使用したアルコール綿(外来等で採血した後患者に渡したアルコール綿など)が廊下に落ちていたとの指摘があったが,廃棄物処理に関する職員への指導は徹底され,遵守されていた。 k手袋の使用について感染症患者や院内感染を引き起こす菌を保菌している患者には手袋を使用していたが,通常は患者の清拭や洗髪等のケアに手袋は使用していなかった。患者に対するスキンシップを大切に考えるとき,手袋はケアの障害になると判断されたためである。 l職員のスリッパの使用について当時,既にスリッパの履き替えは感染対策上有効である(感染率を下げる)との医学的根拠はないといわれていた。むしろ,スリッパの履き替えは,履き替え時に手指が汚染される危険性があるため,行わない方がよいというのが学会・研究会の見解であり,行政の指導が追 いついていなかった(ちなみに,厚生労働省は,平成17年2月,スリッパの履き替えは不要との見解を発表している。)。 m患者家族のスリッパの使用についてlと同様の理由でスリッパの履き替えは不要である。 (オ)医療監視における指摘についてaコットンパックの使用期限について被告病院では,コットンパックを開封したときに,ふたに日付を記入し,1週間以内で使用しきれない場合は,アルコールの蒸発による殺菌作用の減弱を考え,廃棄する取決めをしていたが,使用頻度の高い外来では,日付を記入していなかった。外来では1パックを1日で使い切ってしまうため,1週間同じパックを使い続ける可能性がないため,開封日付が記入されなかったものである。 b感染性廃棄物の一時保管場所について患者の目に触れない場所・鍵のかかる場所に感染性廃棄 使い切ってしまうため,1週間同じパックを使い続ける可能性がないため,開封日付が記入されなかったものである。 b感染性廃棄物の一時保管場所について患者の目に触れない場所・鍵のかかる場所に感染性廃棄物を保管するようにとの指導であったが,昭和40年代に建設された病院にはそのような場所がなく,汚物処理室の一角に保管してあった。しかし,汚物が漏れたり,患者に触れるような危険があったわけではない。 c使用済み注射針の置き場所の確認について1人の看護師が,業務の途中で,使用済みの注射針を収納する堅牢なボックス(シャープスコンテナー)を,注射液等を準備する処置台の上にたまたまうっかり置いたことを指摘され,清潔なものと不潔なものを同じ台の上に置かないようにとの指導を受けた。 しかし,このことから感染予防全般に関して不備であったとはいえない。 ウ易感染性患者向けの高度衛生管理義務違反の不存在(ア)Bは,9月1日,ICUに入室し,同月4日,本件手術を受けた後, クリーンルームに移っているが,同月1日から4日までの間には,ICU内にMRSA患者はおらず,隔離も逆隔離も必要がなかった。 ちなみに,ICUは,施設そのものが他の病室よりクリーンに管理されており(ICUの空調はヘパフィルターを通し,常に陽圧になっている。),Bがここに入室することで,感染から守られていた。 (イ)被告病院においては,本件手術当時,生体移植患者のICU内クリーンルームへの入室は,移植手術後とされていた。 なお,生体肝移植患者については,かつては,感染症防止の観点からクリーンルームを用いていたが,起炎(因)菌のほとんどが患者自身にもともと存在する細菌であることから,厳密なクリーンルームである必要性に乏しい(乙B4)と考えられ,当時は,もはや逆隔離の考え方は取られていなかった 用いていたが,起炎(因)菌のほとんどが患者自身にもともと存在する細菌であることから,厳密なクリーンルームである必要性に乏しい(乙B4)と考えられ,当時は,もはや逆隔離の考え方は取られていなかった。 (ウ)「感染対策のための隔離・逆隔離個室の運用」(甲A15に添附)には,MRSA患者を前提とする記述はない。MRSA患者は,病原体微生物をまき散らすおそれのある患者に該当しないからである。 (3)注意義務違反②(術前術後においてMRSAの保菌を発見するために必要な細菌検査義務の懈怠)の有無(原告らの主張)仮に,Bが被告病院内においてMRSAに感染した事実が認められないとしても,以下のとおり,被告病院には,MRSAの保菌を見落とした過失が存在する。 ア易感染状態の患者に対する細菌培養検査義務本件のような免疫抑制剤を用いる生体肝移植手術において,移植を受けた患者は,術後,易感染状態となることから,術後のMRSA感染症の発症及び重篤化を防止するため,被告病院の医師は,術前においては,鼻腔,痰,咽頭,腋下,皮膚,尿,糞便の細菌培養検査を行い,術後においては, 喀痰(術後7日目まで毎日。ただし採取可能な時期まで),咽頭(術後7日目まで毎日),ドレーン排液(同),カテーテル類(抜去時),皮膚,尿(術後7日目まで毎日),糞便(同),胆汁(同)の細菌培養検査を行うことによって,MRSA等の保菌の有無を確認し,患者がこれらを保菌していた場合は,これを早期に発見して,別紙3記載の措置を行うべき注意義務があった。 なお,上記注意義務の根拠となる院内感染防止マニュアル(甲B1の1,2)は,被告病院の生体肝移植チームが作成したものであり,当時の医療水準を示したものというべきところ,被告病院において,これらを廃止・変更する旨の合意をしたり,申し合わせた マニュアル(甲B1の1,2)は,被告病院の生体肝移植チームが作成したものであり,当時の医療水準を示したものというべきところ,被告病院において,これらを廃止・変更する旨の合意をしたり,申し合わせたりしたという事実はうかがえない。 イBに対する細菌培養検査の不履行しかるに,被告病院は,別紙4記載のとおり,易感染状態にあったBに対し,「×」記載の検査については,これを実施しなかった。特に,網掛け部分については,上記のとおり,細菌培養検査を実施すべきであったにもかかわらず,被告病院はその実施を怠った。また,被告主張に係るH大学の生体肝移植マニュアルに則っても,必要な細菌培養検査を行ったとは到底評価できないことが明白である。 それにより,MRSA保菌の発見が遅れ,別紙3記載の措置を採るのが遅くなった結果,BはMRSA敗血症及び感染性心内膜炎を発症した。 ウ被告の主張に対する反論被告は,緊急性の高い症例であれば検査を省略してよいと主張するが,これはひとり被告のみがする主張であり,一般には受け入れられていない。 すなわち,細菌培養検査自体は容易であり,移植手術の緊急性が高かったからといって検査を行うことが不可能であったわけではない(H大学のマニュアルにも緊急手術の場合に検査を省略してよい旨の記載はない。)。 そもそも,細菌培養検査を行う目的は,術後の感染徴候を早期に把握し,適切な抗生物質を投与することで感染症の発症ないし進行を防止する点にあり,生体肝移植実施の可否を判断するためではない。 また,被告病院が検査していない部位の保菌状況の確認に要する時間は,他の部位と比べても必ずしも長くない。仮に結果判明が術後であっても,早期に除菌等の措置を採ることができるから,検査が必要であることは明らかである。 特に,入院・入室直後の検査は非常に重要であ 間は,他の部位と比べても必ずしも長くない。仮に結果判明が術後であっても,早期に除菌等の措置を採ることができるから,検査が必要であることは明らかである。 特に,入院・入室直後の検査は非常に重要である。初回の検査は,医師が「この」患者・「この」症例に出合う一番最初の場面であるからである。 しかるに,被告病院は,かかる初回検査の重要性を軽視し,検査自体を怠ったものであり,被告に責任があることは明らかである。 被告病院の「術前鼻腔内MRSAスクリーニング実施要領」においても,「4.スクリーニング用培地(判定48時間後)の検査結果を待って投与しては除菌が間に合わないと思われる場合は,術後感染のリスクが高いと主治医が判断する患者に限り結果を待たずに,ムピロシン軟膏投与可能とする」とされており,手術の緊急性が高いからといって検査や除菌が不要となるわけではない(検査が間に合わないというのであれば,術後感染リスクの高いBに対しては,同要領に従い,ムピロシンを投与すべきであったのに,本件ではなされていない)。 (被告の主張)ア院内感染防止マニュアルの意義(ア)原告らは,術後毎日各種検体の監視培養を行うと記載されている被告病院の院内感染防止マニュアルを根拠に,連日の検査義務を主張する。 しかし,同マニュアルは,平成5年及び同6年に発刊された単行本であり,本件当時の被告病院における肝移植においては,既にマニュアルとして使用されていなかったものである。すなわち,同マニュアルは, 平成6年当時,生体肝移植が初めて実施されるに当たって被告病院で作成されたマニュアルであり,生体肝移植の症例が集積された本件手術当時とは状況が異なる。そして,同マニュアルは単行本であり,その使用についての合意・申合せをするという性格のものではない。 (イ)本件手術当時において ルであり,生体肝移植の症例が集積された本件手術当時とは状況が異なる。そして,同マニュアルは単行本であり,その使用についての合意・申合せをするという性格のものではない。 (イ)本件手術当時においては,H大学を中心として蓄積された生体肝移植の経験により,感染症が疑われるときに培養を行うことになっていた(H大学においても術後監視培養の必要性は低いとされてきた。)。H大学の生体肝移植マニュアルでは,術後培養検査につき,早期は週2,3回は行い,特に感染徴候のある場合にはまめに行うものとし,採取可能なあらゆる部位から採取する,術後3週間を過ぎ,安定していれば週1回でもよいとしている。もっとも,H大学のマニュアルは,本件当時術後監視培養の必要性が低いとされていたことを立証するために提出したものであり,被告は,同マニュアルを被告病院のマニュアルとしていたと主張するものではない。 さらに,H大学においては,平成15年からは,生体肝移植術後症例の監視培養は意義がないと結論づけており,感染症が疑われるとき以外には術後の培養は行わない方針としている。 (ウ)また,平成9年に生体肝移植が保険適応疾患として承認され,生体肝移植といえどもなるべく保険適応の中で行うべきであるという立場からは,臨床所見・検査データから感染症が疑われない部位の培養検査(例えば,本症例に適用すれば,皮膚,腋下,尿,便)は,そのころから必要性の認められない限り行われなくなった。 (エ)以上のとおり,本件当時,監視培養が術後の経過に関して意義を持たないことは明白であり,古いマニュアルどおりに毎日細菌培養検査がされていないことが注意義務違反には当たらない。 イ緊急性の高い症例における検査義務 原告らの主張する検査項目は,待機手術の場合に望まれるものであり,緊急性の高い症例において 日細菌培養検査がされていないことが注意義務違反には当たらない。 イ緊急性の高い症例における検査義務 原告らの主張する検査項目は,待機手術の場合に望まれるものであり,緊急性の高い症例においては,すべての検査が実施されていないことが注意義務違反になるというものではない。 本件では,亜急性型劇症肝炎に罹患したBを救命するために,移植決定から手術まで2日弱しか余裕のない緊急性の高い症例であり,また,ICU入室当時に行った咽頭及び鼻腔の細菌培養検査がなされていたので,必要最小限の保菌のチェックはなされていると判断し,手術が実施されたものである。 また,原告らは,検査が間に合わない場合は,被告病院の「術前鼻腔内MRSAスクリーニング実施要領」に従い,ムピロシンを投与すべきであった旨主張するが,術前に鼻腔内のMRSAが証明されておらず,しかも術後になされた中間報告でも証明されなかったのであるから,原告の上記主張は意味がない。 ウ原告らの主張に対する反論本件では,被告病院の医師は,手術開始時に,MRSA腸炎に対する対策として胃管よりバンコマイシンの予防投与を行い,術後MRSAの保菌が判明した9月12日から,Bに対してバンコマイシンの全身経静脈投与及び内服投与を開始している。 また,BのMRSA保菌の疑いが判明したのは同日であり,MRSAによる感染症が発症したのは同月20日と術後16日を経過してからであるので,術前に原告が主張する検査(尿,便の培養検査)を行っていないことが本症例の経過に悪影響を及ぼしたとは判断されない。 (4)注意義務違反③(感染徴候に対する検査及び治療義務違反)の有無(原告らの主張)ア易感染状態にある患者に対する注意義務Bの術後の状態は,臓器移植後であったこと,肝機能障害があったこと, ステロイドホルモンを投与 徴候に対する検査及び治療義務違反)の有無(原告らの主張)ア易感染状態にある患者に対する注意義務Bの術後の状態は,臓器移植後であったこと,肝機能障害があったこと, ステロイドホルモンを投与されていたこと,免疫抑制剤を投与されていたことなどの理由により,極めて高度の易感染状態にあった。このような患者は,免疫力が低下していることから,MRSAのような強毒かつ多剤耐性を有する細菌を保菌ないし感染した場合には,重篤な感染症へと発展することがあり,その場合の予後は極めて不良となる。 したがって,被告病院の医師としては,極めて高度の易感染状態にあった術後のBに対し,そのMRSA感染症の感染徴候を早期に把握し,MRSA感染症が発症ないし重篤化する前に,保菌ないし感染が疑われる部位の細菌培養検査等を行って起炎菌の同定を行い,BにおいてMRSA感染症を発症ないし重篤化しないよう,起炎菌に対する薬剤感受性が確認されている抗生物質を早期に適切な方法で投与すべき注意義務があった。 イ具体的注意義務の内容(ア)呼吸器感染症の徴候及びこれに対する対応a一般に,無気肺部分においては,細菌等の感染物質が体外排出されなくなることから,MRSA肺炎等の感染症の温床となりやすい。したがって,本件手術前から無気肺の所見が見られたBにおいては,MRSA肺炎等を発症するリスクが高かった。 また,Bにおいては,9月7日,11日及び12日に,白血球数上昇の所見が見られたところ,これらは感染症発症の重要な指標である。 特に,無気肺の症状が見られるときに白血球数が上昇したときは,MRSA肺炎等の呼吸器感染症が疑われる。 さらに,Bにおいては,同月11日以降,湿性咳嗽が多くなっているところ,これは呼吸器感染症の重要な徴候である。 bしたがって,被告病院は,術前から喀痰の細菌 RSA肺炎等の呼吸器感染症が疑われる。 さらに,Bにおいては,同月11日以降,湿性咳嗽が多くなっているところ,これは呼吸器感染症の重要な徴候である。 bしたがって,被告病院は,術前から喀痰の細菌培養検査を頻回に行い,また,気管支鏡による無気肺の検査を行い,BがMRSA肺炎等の呼吸器感染症を発症していないかを早期に把握すべき義務があった。 とりわけ,同月9日の胸部単純写真で見られる右上葉の高度の無気肺所見に対しては,直ちに気管支鏡検査を行うべき義務があった。 cしかるに,被告病院は,同月3日の気管支内採痰,同月4日の喀痰細菌培養検査以降,同月中は,Bの痰について一切細菌培養検査を行っておらず,術後においても無気肺に対する気管支鏡検査を行っていない。 したがって,被告病院がMRSA肺炎等の呼吸器感染症発症を早期に把握すべき義務を怠ったことは明白である。 (イ)MRSA敗血症の感染徴候及びこれに対する対応aBにおいては,9月12日,白血球数上昇及び発熱の所見が見られたことに加え,同月8日採取(同月9日受付)の咽頭扁桃拭液からMRSAが検出されたとの報告があったことから,MRSA敗血症の発症ないしその危険があることが強く疑われた。 bしたがって,被告病院としては,同月12日,速やかに血液の細菌培養検査を行い,BのMRSA敗血症発症を早期に把握すべき注意義務があった。 cしかるに,被告病院では,同月12日以降,同月20日に動脈血の細菌培養検査を実施するまでの間,Bの血液について細菌培養検査を行っていない。 したがって,被告病院が,BのMRSA敗血症発症を早期に把握すべき義務を怠ったことは明白である。 (ウ)腹腔内感染の感染徴候及びこれに対する対応a上記(イ)aの事情に加え,Bには,9月15日に「腹水やや乳び」であったという RSA敗血症発症を早期に把握すべき義務を怠ったことは明白である。 (ウ)腹腔内感染の感染徴候及びこれに対する対応a上記(イ)aの事情に加え,Bには,9月15日に「腹水やや乳び」であったという所見,同月18日に「ダグラスドレーン少し乳び及び増加」であったという所見,同月19日に「ドレーン排液やや混濁」であったという所見がそれぞれ見られたところ,これらの所見は腹腔 内感染症が疑われる所見である。 bしたがって,被告病院としては,遅くとも同月12日以降,体腔液,腹水及びドレーン排液の細菌培養検査を頻回に行い,BのMRSA感染症の発症を早期に把握すべき注意義務があった。 cしかるに,被告病院では,体腔液について同月13日に腹腔ドレーン排液の細菌培養検査を行った以外は,同月12日以降,同月21日まで体腔液の細菌培養検査を行っていない。 したがって,被告病院の医師がBの腹腔内におけるMRSA感染の徴候を早期に把握すべき義務を怠ったのは明白である。 (エ)創部感染の感染徴候及びこれに対する対応aBにおいては,9月10日に創部感染の徴候である創部ガーゼの汚染の所見が見られる。 bしたがって,被告病院としては,遅くとも同日以降,創部分泌物の細菌培養検査を頻回に行い,BのMRSA感染症の発症を早期に把握すべき注意義務があった。 cしかるに,被告病院は,同月30日に至るまで,一切,創部分泌物の細菌培養検査を行っていない。 したがって,被告病院の医師がBの創部におけるMRSA感染の徴候を早期に把握すべき義務を怠ったのは明白である。 (オ)MRSA腸炎の感染徴候及びこれに対する対応a術後の患者において,抗生物質投与中に下痢が生じたときには,MRSA腸炎の発症が疑われるところ,Bにおいては,同月15日,大便頻回(下痢,粘液便)の所見が見ら 腸炎の感染徴候及びこれに対する対応a術後の患者において,抗生物質投与中に下痢が生じたときには,MRSA腸炎の発症が疑われるところ,Bにおいては,同月15日,大便頻回(下痢,粘液便)の所見が見られ,MRSA腸炎の発症が疑われた。 bしたがって,被告病院としては,遅くとも同日以降,大便の細菌培養検査を頻回に行い,BのMRSA感染症発症を早期に把握すべき注 意義務があった。 cしかるに,被告病院は,同月15日以降,同月30日まで,大便の細菌培養検査を行っていない。 したがって,被告病院の医師がBのMRSA腸炎についての感染徴候を早期に把握すべき義務を怠ったのは明白である。 (カ)その他の感染徴候の早期把握懈怠a被告病院は,9月10日,Bに無気肺及び白血球数の上昇という呼吸器感染の徴候があったにもかかわらず,CRP値が0.2(mg/dl)及び発熱なしの所見をもって,「続発性の肺炎に今後十分に注意観察」という対応を取るのみで,MRSA感染症発症の徴候を積極的に把握しようとしなかった。 b同月12日においては,Bに無気肺,白血球数の上昇の所見及びMRSA陽性の検査結果報告があったにもかかわらず,「感染徴候は見られていない」などと判断して,感染徴候の早期把握を怠っている。 (キ)抗生物質投与における注意義務違反a細菌培養検査の結果,MRSAが検出されたときには,MRSA感染症の発症ないし重篤化を防ぐため,MRSA腸炎に対してはバンコマイシン散の経口投与を,それ以外の感染症にはバンコマイシンの点滴投与をそれぞれ行うべき注意義務がある。 そして,バンコマイシンの点滴投与を行う場合には,クレアチニンクリアランスの値から投与量を決定した上で(本件では1日当たり924ないし1392mg),有効血中濃度を保つため,ピーク値(投与後2時間 そして,バンコマイシンの点滴投与を行う場合には,クレアチニンクリアランスの値から投与量を決定した上で(本件では1日当たり924ないし1392mg),有効血中濃度を保つため,ピーク値(投与後2時間目の血中濃度)及びトラフ値(次回投与直前の血中濃度)を測定することが必要である。 bしかして,被告病院は,同月12日から同月15日及び同月18日,Bに対して静脈注射用のバンコマイシンをそれぞれ0.5g処方して いるところ,上記処方量は,BのMRSA感染症発症ないし重篤化の防止には不十分なものであったことは明白である。 また,被告病院は,上記各日付に処方し点滴投与したバンコマイシンの血中濃度のピーク値及びトラフ値を,同月13日のトラフ値を除いて測定していないことから,被告病院は,点滴投与したバンコマイシンが有効に作用しているか否かの確認を怠っていたことは明白である。 したがって,被告病院の行ったバンコマイシン点滴投与が,BのMRSA感染症発症ないし重篤化を防止するための抗生物質投与とは到底評価できないことは明らかである。 (被告の主張)ア易感染状態にある患者に対する注意義務原告らの主張する注意義務について,一般論としては認める。 しかし,Bについては,9月9日から同月20日までは感染徴候が認められておらず,また,同月13日に複数の検体の細菌培養検査を行っていることから,被告病院の細菌培養検査は適切である。MRSA感染を疑うことと感染症が発症していると判断することとは異なる。 胸部レントゲン写真撮影,血液検査及び腹部超音波検査を少なくとも1日1回は行っている。 イ具体的注意義務の履行被告病院の医師は,以下のとおり,Bの感染症徴候に対して適切な措置を講じており,原告が主張するようなMRSA感染症を把握するための細菌培養検査や薬剤投与の対 は行っている。 イ具体的注意義務の履行被告病院の医師は,以下のとおり,Bの感染症徴候に対して適切な措置を講じており,原告が主張するようなMRSA感染症を把握するための細菌培養検査や薬剤投与の対応が不適切だったという事実はない。 (ア)呼吸器感染症の徴候に対する対応a9月3日の胸部CT所見で見られたBの左上葉にある陰影は,挿管下に気道内圧を上げることにより陰影が消失しているので,肺炎では ないことが分かる。また,右上葉の無気肺は,胸水貯留による受動性無気肺であり,肺炎像ではない。 b同月5日のレントゲン所見では,同月3日の胸部CT所見以上の病変を示唆する所見はなく,無気肺の増悪があるとは判断されない。 c同月9日の無気肺に関しては,レントゲン所見上,閉塞性無気肺であって,同月3日に観察された受動性無気肺とは異なると考えられた。 これは,同月8日に気管内挿管チューブを抜管していることが関与している可能性が高い。 被告病院の医師は,この所見を看過したのではなく,マスクCPAP,体位ドレナージ等の処置を行うとともに,肺炎の発症も念頭に置いて慎重に経過観察しているところ,術後,順調に血清ビリルビン値は低下し,同月20日まで無気肺は改善されていると判断されていた。 d気管支鏡検査は,侵襲度の高い検査であり,非挿管下であること,手術後早期であること,白血球数の増加以外には,発熱がなく(9月11日午後10時に1回のみ37.5度を記録し,以後同月20日に37.9度を記録するまでほとんど37度未満で経過している。),CRP値も,同月9日以降は,同月20日午後2時の採血で0.4mg/dlと陽性になるまでは一度も陽性になっていないなど,感染徴候が見られなかったことから,必要ないと考えられる。 また,気管支鏡の侵襲自体により感染症を惹起する可能性 20日午後2時の採血で0.4mg/dlと陽性になるまでは一度も陽性になっていないなど,感染徴候が見られなかったことから,必要ないと考えられる。 また,気管支鏡の侵襲自体により感染症を惹起する可能性があり,Bの状態では適応はないと考える。 e喀痰培養検査に関しては,喀痰の喀出はほとんどなく,採取が困難であった。 (イ)MRSA敗血症の徴候に対する対応aBの9月12日の白血球数上昇は,術後の変動として見られるものとして矛盾せず,有意なものではない。 b発熱は37.7度と一過性であり,FFP(新鮮凍結血漿)の輸血後に見られている。輸血後にこの程度の発熱が見られることはよくあることである。 c白血球数の増加はあるものの,CRP値の上昇を認めていないので,MRSA敗血症の発症が強く疑われたとはいえず,血液の細菌培養検査を行い,BのMRSA感染発症を早期に把握する注意義務があるとはいえない。 d咽頭扁桃拭液からMRSAが検出されたことは,MRSA敗血症の発症と異なるもので,その発症が強く疑われたとはいえない。もっとも,MRSA敗血症のリスクファクターとなり得る可能性は認めるが,他に感染徴候が見られない時期に血液の細菌培養検査を行う必要性はない。 (ウ)腹腔内感染の徴候及びこれに対する対応a被告病院の医師は,Bの腹水の増加を看過したのではなく,感染の可能性を考慮して経過観察を行い,拒絶反応と判断したものである。 すなわち,Bには,同月9日以降20日まで,感染症の徴候(発熱,CRP値の上昇,脈拍上昇)は認められていない。また,同月13日,咽頭扁桃拭液,鼻分泌物,糞便,尿,腹腔ドレーン(右,左,ダグラス窩)の細菌培養検査を行っており,咽頭扁桃拭液及び鼻分泌物からMRSAが検出されたが,それ以外の部位からは検出されていない。 b ,咽頭扁桃拭液,鼻分泌物,糞便,尿,腹腔ドレーン(右,左,ダグラス窩)の細菌培養検査を行っており,咽頭扁桃拭液及び鼻分泌物からMRSAが検出されたが,それ以外の部位からは検出されていない。 b「腹水やや乳び」との所見は,本来リンパ管を流れるべきリンパ液が手術により腹腔内に漏れてきていることを示唆する所見であって,感染とは関係のない事項である。 (エ)創部感染の徴候及びこれに対する対応Bの創部にはドレーンが留置されていたのであり,排液により創部ガーゼに汚れが見られるのは当然のことであって,ガーゼ汚染が膿性のも のであるとか,創部に発赤腫脹などの感染徴候を認めたなどの記載は,カルテ上見られず,他の感染徴候もない。 被告病院の医師は,手術創部から挿入されている腹腔ドレーンの細菌培養検査を実施しており,創部の細菌培養検査は必要ではない。 (オ)MRSA腸炎の徴候及びこれに対する対応Bが大便頻回であったのは9月15日のみであり,臨床症状からは,細菌性腸炎(偽膜性腸炎・MRSA腸炎)の可能性は低い。同日から流動食の経口摂取を開始しているが,このことが下痢,排便回数の増加の原因であると考えられる。また,同月16日,17日と排便回数は減少しており,MRSA腸炎の徴候はない。 バンコマイシン散の投与は,同月15日に見られた下痢に対するものであり,これが腸炎以外に効果がないことは認めるが,免疫抑制状態にあることを考慮してあえて投与したものである。 (カ)抗生物質投与についてa被告病院の医師は,Bに対して,9月12日にバンコマイシン0. 5gを静脈注射し,同月13日に血中濃度を測定してトラフ値4μg/ml(正常値は5ないし10μg/ml)を確認している。 その後の投与量は,直前まで高度の腎機能障害があり(9月7日から同月11日まで心房性Na利 射し,同月13日に血中濃度を測定してトラフ値4μg/ml(正常値は5ないし10μg/ml)を確認している。 その後の投与量は,直前まで高度の腎機能障害があり(9月7日から同月11日まで心房性Na利尿ペプチド,商品名ハンプを使用していた。),腎機能障害の再燃を考慮して,1日1回0.5gの低めに設定した。 bBは,本件手術後十分な尿量が得られず,腎機能障害を合併した状態であった。もっとも,同月12日,ICU退室後は,徐々に尿量の増加とBUN及びクレアチニン値の改善を認めていたが,同月16日午前8時から再び時間尿量の著明な減少を認めた(午前0時から午前8時までの尿量は1100mlで,1時間当たり137mlであった のに対し,午前8時から午後2時までの6時間の尿量は158mlで,1時間当たり26.3mlであった。)ため,バンコマイシンによる腎機能障害の再燃の可能性を考えた。その後,同月17日に強い促進型急性拒絶反応が起こり,肝機能が悪化して,ステロイドパルス療法を余儀なくされた経過からすると,上記の投与量は,進退窮まる状況下でのぎりぎりのものであって,原告ら主張のように,明らかに少ない投与量でないことは明らかである。 そして,バンコマイシン以外にもタクロリムス,デノシン(同月14日にサイトメガロウイルスの抗原血症検査陽性)等,腎機能障害を惹起する可能性のある薬剤を使用する必要があり,前述のとおり,細菌感染徴候は認められなかった(生体肝移植の経験の多いH大学では,感染徴候がなければ術後3日で抗生物質の投与を中止しているとの示唆を受けている。)ため,必ずしも有効性が確立されていないバンコマイシンの予防的投与を中止したものである。 なお,咽頭扁桃拭液,鼻分泌物からMRSAが分離されており,さらに制酸剤を使用しているため,飲み込んだMRSA ため,必ずしも有効性が確立されていないバンコマイシンの予防的投与を中止したものである。 なお,咽頭扁桃拭液,鼻分泌物からMRSAが分離されており,さらに制酸剤を使用しているため,飲み込んだMRSAが胃酸で殺菌されにくくなる可能性があったため,MRSA腸炎発症を予防すべくバンコマイシン散を使用した。 c以上のとおり,感染の可能性を念頭に置き,咽頭のMRSA保菌が判明した直後にバンコマイシンの投与を開始し,十分な全身状態の観察を行いつつ,腎機能や細菌感染徴候のないことなどを総合的な判断の下にバンコマイシンの投与を行っている。 (5)因果関係の存否(原告らの主張)ア因果関係の存在Bの診療に当たった被告病院の医師の医療行為が,その注意義務違反に より,当時の医療水準にかなったものでなかったことは明らかである。そして,前記のような注意義務違反がなければ,BはMRSA感染症により感染性心内膜炎を起こし,脳内出血により死亡するに至ることはなかったのであるから,被告病院の医師の行為と死亡との間の因果関係は認められる。 また,最高裁判所平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁は,「疾病のために死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が,その過失により,当時の医療水準にかなったものでなかった場合において,右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないけれども,医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは,医師は,患者に対し,不法行為による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。」と判示しているところ,被告病院の医師の医療行為は,前記(注意義務違反①ないし③)のとおり,その過失により,当時の医療水準にかなったもの による損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。」と判示しているところ,被告病院の医師の医療行為は,前記(注意義務違反①ないし③)のとおり,その過失により,当時の医療水準にかなったものでなかったことが明らかであり,かつ,このような違反行為がなければ,BはMRSA感染症により感染性心内膜炎を起こし,脳内出血により死亡することはなかったと考えられるから,11月8日の時点で生存していた相当程度の可能性があるというべきである。 したがって,被告は,不法行為責任を負う。 イ期待権の侵害仮に上記の最高裁判決に照らして被告の不法行為責任が認められないとしても,前記のような被告病院における注意義務違反行為からすれば,Bが被告病院において適切な医療行為を受けるべき機会を喪失したことが明らかであり,そのような適切な医療行為を受けるべき機会を喪失したことによる損害賠償(期待権侵害)を認めるべきである。 すなわち,患者は,医師に対し,医療水準にかなった適切な医療行為を受けられるという期待に基づいて,医師を信頼してその医療行為を受けるものであり,かかる期待は,法的な保護に値する利益,すなわち民法709条にいう法律上保護される利益であると解されるから,そのような利益が侵害された場合には,医療機関は不法行為責任を免れない。 (被告の主張)原告ら主張の最高裁判決があることは認めるが,その余は争う。 上記最高裁判決は,過失により,当時の医療水準にかなったものでなかった場合に,一定の要件の下で損害賠償義務を負わせたものにすぎず,過失のない本件の場合に妥当するものではない。 (6)診療報酬支払債務の存否(原告らの主張)ア委任契約における報酬請求権民法648条2項によれば,受任者は委任事務履行の後でなければこれを請求することができない。なお,同項 ものではない。 (6)診療報酬支払債務の存否(原告らの主張)ア委任契約における報酬請求権民法648条2項によれば,受任者は委任事務履行の後でなければこれを請求することができない。なお,同項は期間によって報酬を定めたときは,同法624条2項の規定を準用する旨規定しているが,債務者(報酬請求者)の責めに帰すべき事由によって債務を履行しなかった場合には,これに対応する報酬請求権は生じない。 イ診療報酬請求権の不発生被告は,医療費(診療報酬)の自己負担分(未払)が合計436万1210円存在するかのような主張をしている。しかし,本件においては,前記のとおり,債務の本旨に従った履行がなされたとは到底いい難く,診療報酬請求権は不発生というべきである。 (被告の主張)ア診療報酬請求権の発生被告病院には,原告らの主張するような本件診療契約に基づく債務の不 履行はないところ,原告らにおいては,本件の医療費(診療報酬)の自己負担分合計436万1210円が未払となっている。 仮に,被告病院における診療行為に何らかの過失があったとしても,診療報酬請求権自体は発生し,患者側は同額の損害賠償請求権を取得すると解すべきである。 なお,上記金額は,生体肝移植手術とMRSAを含めた感染症治療の報酬を合算したものであるが,後者は前者の主要かつ高頻度に生ずる術後合併症であるから,医学的にみれば不可分である。したがって,被告は原告らに対し,436万1210円の債権を有している。 イ診療報酬請求権の区分もっとも,移植後の肝臓機能に着目すると,10月12日にBの肝機能障害はほぼ軽快したといえるまでになっており,その後の肝酵素の憎悪はMRSA感染症によるものと考えられることから,あえて区分すると,①成功であったことの明らかな生体肝移植に係る診療報酬275万26 障害はほぼ軽快したといえるまでになっており,その後の肝酵素の憎悪はMRSA感染症によるものと考えられることから,あえて区分すると,①成功であったことの明らかな生体肝移植に係る診療報酬275万2690円,②10月12日までに投与したバンコマイシン及びハベカシンの診療報酬6万2340円,③MRSA感染症管理等の診療報酬154万6180円に分けられる。 (7)損害額(原告らの主張)アBの損害合計8364万3142円(ア)逸失利益6364万3142円502万9500円(平成13年賃金センサス産業計,企業規模計,学歴計,全年齢,全労働者の平均年収)×0.7(生活費控除率30パーセント)×18.0771(就労可能期間48年のライプニッツ係数)=6364万3142円(イ)慰謝料2000万円 (ウ)原告らは,上記の損害賠償請求権をそれぞれ2分の1の割合で相続した。 イ原告らの固有の慰謝料各500万円ウ葬儀関係費170万円原告Cは,Bの葬儀関係費として170万円を超える費用を支出したところ,そのうち170万円が本件と相当因果関係を有する損害である。 エ弁護士費用1065万0882円オ原告Cの損害額合計5384万7012円ア及びエの半額に,イ及びウを合算した金額カ原告Dの損害額合計5214万7012円ア及びエの半額に,イを合算した金額(被告の主張)原告らの主張は争う。 第3当裁判所の判断 争点(1)(BがMRSAを保菌するに至った機序)について(1)細菌培養検査の結果についてア原告らは,Bが9月1日に被告病院に入院した後,延べ8か所の細菌培養検査ではMRSA(-)であったが,同月8日採取の咽頭扁桃拭液からMRSA(+)の反応が出たこと,Bは被告病院に入院後一度も外出していないこと,米国 1日に被告病院に入院した後,延べ8か所の細菌培養検査ではMRSA(-)であったが,同月8日採取の咽頭扁桃拭液からMRSA(+)の反応が出たこと,Bは被告病院に入院後一度も外出していないこと,米国疾病管理センターの定義によれば,Bの保菌は院内感染に当たることなどからすると,Bは被告病院においてMRSAを院内感染(外因性感染)するに至ったものである旨主張する。 確かに,前記前提事実(2)及び別紙1の診療経過一覧表のとおり,原告ら主張に係る細菌培養検査の事実が認められ,また,CDC(CentersforDiseaseControlandPrevention)は,院内感染と持込み感染とを区別するに当たって,手術創若 しくは入院後72時間以上経過した患者のあらゆる部位からMRSAが検出された場合を前者の定義としている(甲B9)などの事実に照らすと,Bが被告病院内でMRSAに交差感染(保菌)した可能性があることは否定できない(甲B12において,I医師が,Bは被告病院の医療機器あるいは医療従事者の手指を介してMRSAを保菌・感染した可能性が極めて高いと述べるのは,この意味において首肯できないものではない。)。 イこの点について,被告は,細菌培養検査においてMRSA(-)というのは,培地の上でMRSAの保菌が確認されなかったことを意味するにとどまり,検体にMRSAが存在しなかったことを明らかにするものではないこと,逆に細菌培養検査の結果がMRSA(+)であっても,MRSAの保菌が確認されたという以上の意味はないこと,以上のように主張するところ,甲B12添付の文献4・1367頁には,MRSAは,現在各種臨床材料から最も多く分離されている菌となっており,院内のみならず広く市中にも伝播拡散していると考えられ,まさに「常在菌化」の様相を示 ろ,甲B12添付の文献4・1367頁には,MRSAは,現在各種臨床材料から最も多く分離されている菌となっており,院内のみならず広く市中にも伝播拡散していると考えられ,まさに「常在菌化」の様相を示しているとの記載があり(なお,同文献は平成13年6月に発行されたものである。),乙B4(術後管理の問題点と対策肝移植における周術期感染症の診断と治療・消化器外科2002年3月号)にも,「1991年ころの生体肝移植を開始した当初は,感染症防止の観点からバイオクリーンルームを用いた。しかし,最近は前述したごとく周術期感染症の起炎菌のほとんどが患者自身にもともと存在する細菌である。」旨の記載があることに照らすと,MRSAを保菌する可能性は,現在では必ずしも病院内に限られたものではなく,市中で生活する健常人でも,MRSAを保菌している者が相当な割合で存在していることは否定できない。 また,乙B1によれば,スクリーニング検査でMRSA(-)と判定されても,その当時,菌検出限界より少ない量のMRSAが抗菌剤の投与によって増加した結果,後日,MRSA(+)と判定されるに至ることがあ り得ると認められる。 実際,9月8日に採取した咽頭扁桃拭液からMRSAが検出された後,10月7日に同一の部位から採取された検体からMRSAが検出されなかった(乙A1の209頁)ことなどに照らすと,9月8日以前にBからMRSAが検出されなかったからといって,直ちにBがMRSAを保菌していなかったと断定することはできない。 (2)被告病院におけるMRSA感染の多発等についてア次に,原告らは,Bが被告病院に入院している9月ころ,MRSA感染が多発しており,現にICU内でBと同一由来のMRSAが検出されている旨主張するところ,なるほど,被告病院においては,週平均の新規MRS ,原告らは,Bが被告病院に入院している9月ころ,MRSA感染が多発しており,現にICU内でBと同一由来のMRSAが検出されている旨主張するところ,なるほど,被告病院においては,週平均の新規MRSA(感染)発生件数は,4月から9月までの期間中7.7件,10月から平成15年1月までの期間中5.0件であったこと(甲A6の1・2),BがICUに入室していたのと同じ時期にICUにおいて治療を受けていた他の患者から,Bから検出されたMRSAとDNAパターンが酷似したMRSAが検出されたこと(乙A6),以上の事実が認められる。 イしかし,上記のとおり,新規MRSA発生件数の全部が被告病院内における交差感染の結果によるものかは断定できない上,弁論の全趣旨によれば,上記患者は,BがICUに入室した後に入室してきたものであり,仮に両者のMRSAが同一由来の菌であった場合でも,Bの保菌するMRSAが上記患者に感染した可能性が高いと考えられるから,その逆,すなわちBが被告病院内で上記患者から感染したことまで推認させるとはいえない。 加えて,院内でMRSAを保菌・感染する主要な経路としては,医療従事者の手指を介する可能性が最も高く,その他の経路としてはカテーテル等のチューブを介して感染する可能性があるとされている(甲B12添付の文献4・1366頁)ところ,被告病院では,ICUの入口では手指を 消毒するための消毒液(ウエルパス,ヒビソフト)を設置していることが認められる(甲A2,乙B2)。これは,MRSAに対する対策として,医療水準に合致するものであり(甲B12添付の文献3・1及び2頁),このような対策を採っていた以上(なお,被告病院の医療従事者がICU入口に設置された消毒液を使用していなかったという事実は考え難く,証拠上も認めることはできない。),被 添付の文献3・1及び2頁),このような対策を採っていた以上(なお,被告病院の医療従事者がICU入口に設置された消毒液を使用していなかったという事実は考え難く,証拠上も認めることはできない。),被告病院においては,医療従事者の手指ないし医療従事者の使用した医療機器を介してBがMRSAを保菌した可能性は低いと考えられる。 (3)小括よって,原告らの主張する上記の事情だけでは,Bが被告病院入院前から保菌者であり,自らが保菌していたMRSAによってその後感染症を発症した可能性を否定することができないといわざるを得ない。 もっとも,原告らは,被告病院における衛生管理体制に不備があったと主張するところ(争点(2)),かかる事情は,被告の過失を裏付けるとともに,BのMRSAが院内感染によるものであることを推認させる間接事実としても機能し得ると考えられるので,次項でその当否について検討する。 争点(2)(被告病院における衛生管理体制の不備の有無)について(1)易感染状態にある患者に対する注意義務について一般論として,高度の易感染状態にある患者の治療及び看護に当たる医療機関が,患者がMRSA等の細菌を保菌しないよう十分な衛生管理体制を取るべき注意義務を負っていることは当事者間に争いがない。 そこで,被告病院において,衛生管理体制に不備があったかどうかについて,原告らの主張に沿って具体的に判断する。 (2)一般的衛生管理義務違反についてア清掃業務の不備について原告らは,被告病院における清掃業務について,これを委託していた清 掃業者との連携が十分ではなかったと主張するところ,確かに,被告病院のMRSA院内感染対策委員会に提出された「市立大学病院清掃委託のための意見書」(甲A12の2)には,被告病院における清掃(院内・構内清掃,ゴミ回収・ ではなかったと主張するところ,確かに,被告病院のMRSA院内感染対策委員会に提出された「市立大学病院清掃委託のための意見書」(甲A12の2)には,被告病院における清掃(院内・構内清掃,ゴミ回収・運搬・分別業務等)については,不足・不備・不十分が多く,患者からの苦情が絶えないこと,清掃業務が院内感染対策に対応できておらず,看護師,医師によって補完されている状況であり,院内感染事故のリスクが高いと指摘した記載がある。 しかし,上記文書は,その内容を閲読すれば明らかなとおり,徹底した院内感染対策の確保という観点から,「微細な部分まで十分検討し,委託契約を行う」べく,被告病院のあらゆるエリア,取扱いについて,一般的に望ましい内容を網羅的に提言したものであって,具体的な事故の検討・分析を基に,被告病院内の特定の区域や特定の医療従事者の取扱いにおける具体的な不備,不手際を指摘したものではない。 したがって,このような記載があるからといって,直ちに,被告病院の清掃業務において,院内感染対策上の注意義務に反する不備,不手際があったと認めることはできない。 イ院内感染対策委員会の機能不全について原告らは,院内感染対策委員会が十分に機能していなかった旨主張するところ,確かに,証拠上,被告病院において,感染対策委員会が開かれた頻度は月1回であり(甲A3,4),月2回以上感染状況に対する評価をしていたと認められる証拠はない。手洗いについても,流水を使用していたことは証拠上認められない。 しかし,被告病院感染対策委員会において,個別的に病棟ごとにMRSA感染が多発した場合の原因究明を行い,院内感染防止対策を検討し,実際にも一定の効果を上げていると認められる(甲A6の1・2,8ないし10,12の1)から,感染対策委員会が十分に機能していなかったとま で した場合の原因究明を行い,院内感染防止対策を検討し,実際にも一定の効果を上げていると認められる(甲A6の1・2,8ないし10,12の1)から,感染対策委員会が十分に機能していなかったとま で評価することはできない。また,流水の使用については,下記エのとおり,アルコール消毒により代替されていたのであり,問題はない。 したがって,この点も不備があったと認めることはできない。 ウ院内感染対策マニュアルの内容不十分について原告らは,被告病院における院内感染対策マニュアルの内容は不十分であった旨主張するところ,被告病院で策定された「MRSA(メシチリン耐性黄色ブドウ球菌)感染予防対策マニュアル」,「A大学MRSAサーベイランス実施要領」及び「ICU感染防止対策マニュアル」には,院内感染がブレイクした際の対応,患者が死亡した際の対応について特化した記述はない(甲B12,乙B2)。 確かに,上記のような場合に医療従事者が適切に対応することが,その後の院内感染の拡大防止に資することは疑いなく,そのような対応についてマニュアル化しておくことは有意義なことと考えられるから,そのような事態を想定し,講ずべき対応措置について触れていない被告病院の上記各マニュアルには改善すべき点があったと評価することは不当とはいえない。 もっとも,上記各マニュアルで提言されている諸施策がMRSA感染防止に向けられたものとして有意義であることも否定できない(甲A9,10によれば,状況の変化により,適宜,マニュアルの改訂が行われている事実も認められる。)上,感染のブレイク等の事態が生じても,対応措置としては,基本的にはこれらの諸施策を徹底ないし応用することに尽きると考えられるから,上記の記述がないということだけで,直ちに不備があるとまではいえない。 エ一般病棟内・ICU 生じても,対応措置としては,基本的にはこれらの諸施策を徹底ないし応用することに尽きると考えられるから,上記の記述がないということだけで,直ちに不備があるとまではいえない。 エ一般病棟内・ICU内における衛生管理体制の不備について「院内感染防止対策に関する状況調査票(メモ)」(甲A11)には,82項目にわたる院内感染防止対策上の指摘事項が列挙され,それぞれに 「○」(実行している),「×」(実行していない)を記入することになっているところ,原告ら指摘の項目については,「○」が記入されていないことが認められる。 もっとも,前記のとおり,Bは,MRSAの保菌が判明した9月12日に一般病棟へ移るまで,クリーンルームを含め,ICU(手術時は手術室に在室していた。)にのみ在室していたのであるから,ICUとは関係のない事項について,何らかの問題点が認められたからといって,BのMRSA感染の結果とは無関係といわざるを得ない。 したがって,検討すべきは,ICUについて関連があると考えられる,a流水による手洗い設備,b気密性を有するマスクの使用,dベッドの距離の確保等,f看護スタッフの担当制,h抗生剤の適正な使用,k手袋の着用及びl及びmスリッパの使用のそれぞれの欠如の指摘事項に限られ,その余の主張はそれ自体失当というべきである。 (ア)a流水による手洗い設備の欠如について前記のとおり,被告病院においては,ウエルパス,ヒビソフトといった即乾式アルコール手洗いを使用していたことが認められる。本件当時,アルコール消毒では足りず,流水による手洗い設備を設置しなければならないとする証拠はなく,かえって,甲B12添付の文献3・1及び2頁によれば,石けんと流水による手洗いを行うことが原則であるが,それが不可能な際には,酒精綿など,消毒薬による手指消毒を励 なければならないとする証拠はなく,かえって,甲B12添付の文献3・1及び2頁によれば,石けんと流水による手洗いを行うことが原則であるが,それが不可能な際には,酒精綿など,消毒薬による手指消毒を励行する,とされていることからすれば,流水による手洗いができない場合には消毒薬の使用でもよいとされていることが認められ,また,甲A9によれば,当時の被告病院のマニュアルについても,アルコール消毒でよい旨の通達に従って,改訂が予定されていたと認められる。 よって,ICUに流水による手洗い設備が設置されていなかったからといって,被告病院における衛生管理体制に不備があったとはいえない。 (イ)b気密性を有するマスクの使用の欠如について甲A11には,当該欄に「?」と記入され,「外科用サージカルマスク」,「紙マスク」と記載されているところ,弁論の全趣旨によれば,ICUにおいては,気密性を有する外科用サージカルマスクが使用されていたと認められるから,MRSAの主要な感染経路が手指又は医療機器を介するものとされていることをさておいても,BのMRSA感染の関係では,被告病院における衛生管理体制に不備があったとはいえない。 (ウ)dベッドの距離の確保等の欠如についてそもそも被告病院のICUに設置されたベッドの間隔が2メートルに足りていなかったということを認める証拠はなく,かえって,乙B2によれば,個室に収容できない場合は,ベッド間の距離を2メートル以上確保し,ブラインド・スクリーンを使用し,なるべく隔離するとされていたことが認められる。 仮に,ベッド間の距離が2メートルを超えていなかったとしても,一般論として,MRSAの主要な感染経路が手指又は医療機器を介するものとされていることに照らすと,その感染防止のために,常に2メートル以上離れていなければなら 2メートルを超えていなかったとしても,一般論として,MRSAの主要な感染経路が手指又は医療機器を介するものとされていることに照らすと,その感染防止のために,常に2メートル以上離れていなければならないというものではない(甲A11についても,院内感染一般についての調査であって,MRSAにすべてそのまま当てはまるとは考えにくい。)。もっとも,創部が開放されている場合や激しい咳をする患者がいる場合には,保菌者の咳などの飛沫が付着することによりMRSAが感染する場合があるとされているところ,本件に即してみれば,BがICUに入室したころ,創部が開放されていたり,皮膚に広範囲に傷を残していたり,激しい下痢をしていたり,激しい咳などをしてMRSAを空気中にまき散らすような患者がいたとは認められず,8月29日の調査でも,空気中にMRSAは発見されていないから,ベッド間の距離が2メートルを超えていないからといって,直 ちに被告病院の衛生管理体制に不備があったということはできない。 (エ)f看護スタッフの担当制の欠如について被告病院のICUにおいて,看護スタッフの担当制にしていなかったと認めるに足りる証拠はなく,この点について被告病院の衛生管理体制に不備があると認めることはできない(そもそも,指摘事項自体が「可能であれば」との留保付きである。)。 (オ)h抗生剤の適正な使用の欠如について甲A11によれば,被告病院では,抗生剤の使用に関するガイドラインが策定されておらず,医師の自主的判断によって使用されていたことが認められる。原告らは,このことを根拠に,被告病院においては抗生剤を適切に投与していなかったと主張するものと考えられるが,上記事実は,抗生剤全般についての事情であり,MRSA感染症(腸炎を除く。)について使用する薬剤は,乙B4にあるとお 被告病院においては抗生剤を適切に投与していなかったと主張するものと考えられるが,上記事実は,抗生剤全般についての事情であり,MRSA感染症(腸炎を除く。)について使用する薬剤は,乙B4にあるとおり3種類に限られており,しかも,細菌培養検査の結果により,感受性を考慮した上で,種類を選択し,投与量や投与方法を判断するのは当然であり(実際に本件でも,MRSAについて,薬剤に対する感受性を検査している。乙A1の192頁以下),ガイドラインが策定されていないという抽象的な事情だけから,抗生剤の使用が適正を欠くとか,被告病院の衛生管理体制に不備があるとはいえない。 (カ)k手袋の着用の欠如について甲A11の当該欄には,「△」が記入され,「清拭,洗髪は?」と記載されているところ,弁論の全趣旨によれば,被告病院の医療従事者は,感染症患者等に接するに際し,手袋を着用していた(ケアの観点から,清拭や洗髪の際に限って着用していなかった。)ことが認められる。 よって,被告病院の衛生管理体制に不備があったとはいえない。 (キ)l及びmスリッパの使用の欠如について 甲A11の当該欄には,「○」が記入されているが,指摘事項のうち,「スリッパ」部分に「×」が上書きされているところ,弁論の全趣旨によれば,感染症患者等に接する医療従事者や家族がスリッパを使用する際に,手指が汚染するおそれがあることから,指摘事項からスリッパの使用を除外したものと認められる。現に,甲B6(院内感染予防対策Q&A200・平成13年7月発行)の7頁によれば,MRSA排菌患者ケア時のグレード別対応において,どのグレードであってもスリッパの使用は不要とされていることが認められる。 よって,この点についても,被告病院の衛生管理体制に不備があったとはいえない。 オ医療監視における指摘につ 別対応において,どのグレードであってもスリッパの使用は不要とされていることが認められる。 よって,この点についても,被告病院の衛生管理体制に不備があったとはいえない。 オ医療監視における指摘について9月12,13日に厚生労働省と保健所によって実施された医療監視において,被告病院が,①「コットンパックの使用期限」,②「感染性廃棄物の一時保管場所」,及び③「使用済み注射針の置き場所の確認」等について,指摘を受けたという事実が認められる(甲A13)。 しかし,指摘を受けたこれらの事項にどのような問題点があったかについては明らかでなく,仮に被告主張のような内容であったとすれば,ICU内の感染症対策に関係があるとは考えられないから,少なくともBのMRSA感染に関しては,被告病院の衛生管理体制に不備があったとはいえない。 カICUを含む病棟の老朽化について甲A16によれば,被告病院にICUが設置されたのは昭和44年7月であり,本件手術時までに33年余が経過していたこと,平成16年1月には,新病棟・中央診療棟が開院したこと,以上の事実が認められ,これによれば,当時のICUは,かなり老朽化が進んでいたと推認される。 しかしながら,施設の老朽化が感染予防対策上の不備に直結するもので はなく,改築も,業務の拡大や効率化への対応という観点から実施されることが多いのは公知の事実であるから,上記事実があるからといって,被告病院の衛生管理体制に不備があったとはいえない。 (3)易感染性患者に対する高度衛生管理義務違反についてア無菌室への入室措置について原告らは,被告病院においては,MRSA等が多数検出されていたのであるから,易感染状態にあったBについては,無菌室に入室させるべきであった旨主張するところ,被告病院が,Bを入院日である9月1日から本件 らは,被告病院においては,MRSA等が多数検出されていたのであるから,易感染状態にあったBについては,無菌室に入室させるべきであった旨主張するところ,被告病院が,Bを入院日である9月1日から本件手術を受けてクリーンルーム(無菌室)に入るまでの間,通常のICUに在室していたことは,被告の自認するところである。また,証拠(甲A8,9,13,18)によれば,本件手術以前に被告病院に入院していた患者からMRSAが検出されたことがあり,そのうち生体肝移植を受けた患者の中にもMRSAを保菌した者がいたことが認められる。 しかし,被告病院におけるICUにおいては,一般病棟と比較しても厳格な感染対策の措置が講じられており(乙B2),実際にも,被告病院から委託を受けた業者が,8月29日(Bの入院直前)に実施した防塵・設備清拭作業の事前及び事後の検査によれば,ICU内の200か所のうち,事前には3か所(受話器及び床面2か所)においてMRSA陽性の結果が出たものの,事後にはすべてが陰性の結果となり,また,空中浮遊菌の測定(5か所)については,事前事後ともにMRSAが検出されなかったことが認められる(乙B3)。 また,Bの易感染状態が特に強まったのは,本件手術後に免疫抑制剤の投与を受け始めた後と考えられるところ,この時点でBはクリーンルームに入室したことは上記のとおりである。そもそも,乙B4の324頁には,起炎菌のほとんどが患者自身にもともと存在する細菌であることから,生体肝移植においても,最近は,特別な理由がない限り,クリーンルームを 用いなくなった旨の記載があるところ,Bの場合,血液型不適合の兄からの肝移植という事情はあるものの,免疫抑制剤の使用による易感染状態という点では,肝移植手術を受けた患者一般と共通している。 そうすると,被告病院が,本件手 があるところ,Bの場合,血液型不適合の兄からの肝移植という事情はあるものの,免疫抑制剤の使用による易感染状態という点では,肝移植手術を受けた患者一般と共通している。 そうすると,被告病院が,本件手術に至るまでの間,Bを無菌室に入室させなかったからといって,直ちに易感染性患者に対する衛生管理義務に違反するものとはいえない。 イ陽圧室への逆隔離義務について次に,原告らは,被告病院は易感染状態にあったBを陽圧室に逆隔離することが必要であったとも主張するところ,甲A15添付の「感染対策のための隔離・逆隔離個室の運用」にはそれに沿う内容が記載されている。 しかし,この点についても,アと同様の判断が妥当すると考えられる上,MRSAの主要な感染経路が医療従事者の手指ないし医療器具を介するものであって,空気を媒介して感染することは稀と考えられること,実際に,Bの入院時,被告病院のICUにMRSA等の感染患者が入院していた事実は認められないことなどを考慮すると,最初から陽圧室に入室させるべき事情があったとは評価できない(ちなみに,上記の文書は,新病院建設後における運用に対する要望をまとめたものであり,旧病棟における運用を示すものでないことは,甲A15から明らかである。)。 そうすると,被告病院が,Bを陽圧室に入室させなかったことも,易感染性患者に対する衛生管理義務に違反するものとはいえない。 ウ殺菌処理後も9か所から細菌が発見されたことについて甲A14によれば,被告病院から委託を受けた業者が,8月29日に防塵・設備清拭作業をした後にも,ICU内の150か所のうち,9か所において付着菌が検出されたことが認められる。 もっとも,上記のとおり,本件で問題となっているMRSAについては,殺菌作業後においては,室内及び空中のいずれの地点からも検出されてい うち,9か所において付着菌が検出されたことが認められる。 もっとも,上記のとおり,本件で問題となっているMRSAについては,殺菌作業後においては,室内及び空中のいずれの地点からも検出されてい ないから,この点についても,被告病院について,易感染性患者に対する衛生管理義務違反があったと判断することはできない。 (4)小括以上から,Bが高度の易感染状態であることを考慮しても,被告病院の衛生管理に関する体制及び具体的な対応について義務違反,不備があったとは認められない(したがって,BのMRSA保菌・感染が院内における交差感染によるものと推認することも困難である。)。 争点(3)(術前術後においてMRSAの保菌を発見するために必要な細菌検査義務違反の懈怠の有無)について(1)細菌培養検査における医療水準について原告らは,生体肝移植手術を受けた患者(レシピエント)に対しては,易感染状態となることから,術前術後において,別紙4記載のとおり,広範囲の部位において細菌培養検査を行うべきところ,Bについては,必要な網掛け部分の検査が実施されなかった旨主張する。 なるほど,原告らの援用する甲B1の1には,術前に鼻腔,咽頭,尿,便,胆汁などの細菌培養を行い,その薬剤感受性などから術後使用抗菌剤を選択するとの記述があり,甲B1の2には,被告病院のICUにおける入室時とその後の検査項目の一覧表(別紙4の網掛け部分がこれに含まれる。)が示されている(そのほか,甲Bの2には,個々の検体の細菌培養を含めた術前の検査で感染症の有無を調べておくとの記述や,細菌培養の標目の下に,「尿・喀痰・鼻腔・便・(腹水)・(血液)」が掲げられ,甲B3には,MRSA対策として,入院時における患者の鼻腔,痰,咽頭,腋下,尿の培養検査が示されていることも,これに沿うものとい の標目の下に,「尿・喀痰・鼻腔・便・(腹水)・(血液)」が掲げられ,甲B3には,MRSA対策として,入院時における患者の鼻腔,痰,咽頭,腋下,尿の培養検査が示されていることも,これに沿うものといえる。もっとも,これらの文献については,適示した部位の検体全部の検査を必要なものとしているのか,どの程度の頻度で行うべきものとしているのかは必ずしも明らかではない。)ところ,実際にBについて実施された細菌培養検査が,これらの示す 基準を満たさないものであったことは明らかである。 しかしながら,甲B1の1・2は,平成6年に発刊された「生体肝移植-チーム医療の経験を基にして-」の抜粋であるところ,弁論の全趣旨によれば,同書は,生体肝移植手術に取り組み始めた被告病院の医師らが,理想型としての術中術後管理の在り方を記述したものと認められ,本件手術当時,その内容が,そこに示された基準を満たさない場合に直ちに過失の評価に結びつくという意味での医療水準を形成していたかについては疑問といわざるを得ない。 実際にも,甲B12添付の文献3(「今日の診療プレミアムVol.13」平成15年発行)の1頁には,「感染症状が存する場合,ややもするとやたらに頻回に,しかも,多くの部位に関して細菌検査を依頼する傾向が見られるが,臨床症状をにらんだ上で,適切な主要部位に関して,必要最小限に行うべきである。」との記載があり,また,乙B13,19(「日本移植学会雑誌移植」・平成17年8月10日発行)においては,近年の文献を検索する限り,一般に臓器移植患者に定期的監視培養が必要であるとする報告はない旨の記載があることに照らすと,感染徴候が見られない場合に,甲B1の1・2が示すが如く,ありとあらゆる部位について細菌培養検査を実施すべきということが医療水準とされていたとは認め難い する報告はない旨の記載があることに照らすと,感染徴候が見られない場合に,甲B1の1・2が示すが如く,ありとあらゆる部位について細菌培養検査を実施すべきということが医療水準とされていたとは認め難い。 (2)保菌の事実を早期に知り得た可能性についてそもそも,被告病院の医師は,9月8日採取に係る咽頭扁桃拭液の細菌培養検査の結果(同月12日中間報告)からBのMRSA保菌の事実を認識し,バンコマイシンの点滴投与を開始したものである(前提事実(2)イ)ところ,仮に甲B1の1・2が示す術前術後における細菌培養検査が実施されたならば,もっと早期にMRSA保菌の事実を知り得た可能性が高いことを示す証拠は存在しない。 (3)小括 そうすると,Bに対して,甲B1の1・2の示す基準を満たす細菌培養検査が実施されなかったからといって,直ちに被告に過失があるとの原告の主張は採用できない。 争点(4)(感染徴候に対する検査及び治療義務違反の有無)について(1)易感染状態にある患者に対する注意義務について原告らは,被告病院の医師としては,極めて高度の易感染状態にあったBに対し,MRSA感染症の感染徴候を早期に把握し,これが発症ないし重篤化する前に,保菌ないし感染が疑われる部位の細菌培養検査等を行って起炎菌の同定を行い,BにおいてMRSA感染症を発症ないし重篤化しないよう起炎菌において薬剤感受性が確認されている抗生剤を早期に適切な方法で投与すべき注意義務があったと主張するところ,被告も,一般論としては上記注意義務の存在を認めている。 そこで,これを前提に,被告病院の医師らによる具体的注意義務違反の有無について検討する。 (2)検討の対象やその前提となる知見についてア検討対象となるべき期間9月12日に,同月8日採取(受付は同月9日)に係るBの咽頭 告病院の医師らによる具体的注意義務違反の有無について検討する。 (2)検討の対象やその前提となる知見についてア検討対象となるべき期間9月12日に,同月8日採取(受付は同月9日)に係るBの咽頭扁桃拭液からMRSAが検出されたとの中間報告がなされたこと,被告病院の医師は,同月20日,Bに対するハベカシンの投与を開始しており,原告らも同日以降の投与については過失として主張していないことなどから,被告病院の医師に検査・投薬義務違反があるかどうかを検討すべき期間は,同月12日以降20日までということになる。 イ検討対象となるべき検査部位また,9月12日前後においてBのMRSA感染が明らかになった部位としては,①血液(同月20日に敗血症に罹患),②肺(同月24日に肺炎に罹患。乙A1の275頁),③腹腔内(同月21日に感染の事実が判 明。乙A3の102頁)及び④創部(同月30日の細菌培養検査で陽性。 乙A1の203,204頁)の4か所であって,その他の部位については,仮に検査を更に行ったところで,実際と異なる経過をたどった可能性が高いとは考え難い。 したがって,細菌培養検査を更に実施すべきであったかどうかを検討すべき部位は,血液(敗血症に対して),喀痰(肺炎に対して),体腔液,腹水及びドレーン排液(腹腔内感染に対して。ドレーンについては創部も。)ということになる。 ウ参考にすべき文献の概要(ア)甲B5(実践MRSA対策・平成13年発行)aMRSA陽性という結果が返ってきたときは,このMRSAが感染を引き起こしているのか,保菌(定着状態)であるのかを慎重に見極める必要があり,感染か保菌を鑑別するには,以下の点に注意する。 ①分離された検体は何か(本来無菌の検体からかどうか)②検体の性状はどうか(分離菌数は?肉眼的に膿性所見があ であるのかを慎重に見極める必要があり,感染か保菌を鑑別するには,以下の点に注意する。 ①分離された検体は何か(本来無菌の検体からかどうか)②検体の性状はどうか(分離菌数は?肉眼的に膿性所見があるか? 鏡検で好中球の存在や貪食所見があるか?)③局所感染所見はどうか(膿尿所見,胸部X線写真で肺炎像,創部局所疼痛・圧痛・発赤・熱感・腫脹)④患者の全身状態はどうか(低栄養状態,基礎疾患,治療)⑤全身感染所見はどうか(発熱,CRP値上昇,末梢血白血球数増加)b本来無菌の臓器(血液,髄液,胸水,組織,閉鎖性膿,膀胱穿刺尿など)からMRSAが分離された場合は,感染の可能性が高い。ただし,穿刺するときに皮膚常在菌の混入がないことが前提となる。一般に異なる穿刺部位から分離されたとき,同一検体で複数回分離されたときは,感染の可能性が高まる。 また,常在菌の混入がある臓器(喀痰,尿,皮膚,便など)からMRSAが分離された場合は,検体の性状,局所全身感染所見を考慮して総合的に判断する。 c検体の性状から判断する場合,分離菌数,グラム染色所見などで判断する。喀痰の場合は10CFU/ml以上,尿の場合は10C FU/ml以上分離されれば感染の可能性が高い。ただし,分離菌数が少ない場合でも感染の可能性は否定できないので,注意を要する。 グラム染色所見は,感染と保菌を鑑別するのに最も有効な方法の一つである。感染の場合は,好中球が存在し,ブドウ球菌(グラム陽性球菌)の貪食所見が確認できるか,菌の周囲に好中球が存在する。一方,保菌の場合は,菌は存在するが好中球の存在がない場合や,菌が扁平上皮に存在するのみである。また,好中球が存在してもブドウ球菌とは離れている場合や,他の菌のみを貪食している場合もブドウ球菌は保菌と判断する。 dその 存在するが好中球の存在がない場合や,菌が扁平上皮に存在するのみである。また,好中球が存在してもブドウ球菌とは離れている場合や,他の菌のみを貪食している場合もブドウ球菌は保菌と判断する。 dそのほか,患者の全身状態や感染所見も重要である。低栄養状態(血清アルブミン値が3g/dl未満)や基礎疾患(悪性腫瘍,膠原病,肝疾患,血液疾患,糖尿病,脾摘など)を有する患者,免疫抑制剤,ステロイドホルモン,抗ガン剤などの投与を受けている患者はMRSAの感染のリスクが高まる。また,MRSAが分離されていて発熱,末梢血白血球数増加(8000/μlを超える場合),CRP値上昇などの全身性炎症所見がなければ感染の可能性は低い。 e患者がMRSA感染を起こしているか,保菌にとどまるかの判断は,以上の所見を元に総合的に鑑別する。感染を起こしている場合は,抗MRSA薬の全身投与を中心とした治療を行う。 (イ)乙B4(術後管理の問題点と対策肝移植における周術期感染症の診断と治療・消化器外科2002年3月号) a肝移植はもとより一部の代謝性肝疾患に対する移植を除き,対象症例は極度の肝不全となっている。したがって,周術期では,術前は一般的に肝不全に基づく全身抵抗力の低下が見られ,肝移植により肝機能の改善に伴い網内系機能は改善するものの,投与されるステロイドをはじめとする免疫抑制剤のために感染性病原体に対し不応状態となっている。このため,通常,感染症に見られる症状,いわゆる感染の徴候(発熱,疼痛,腫脹)などが欠落し,早期診断を困難として,その進行状態を把握し難い。また,症状が顕在化した段階で多くが全身感染症に陥っていることが多い(321頁)。 b肝移植における細菌,真菌の感染症の診断は,前述のごとく典型的な臨床症状を欠くこと,進展度合いに比して軽微なこ 。また,症状が顕在化した段階で多くが全身感染症に陥っていることが多い(321頁)。 b肝移植における細菌,真菌の感染症の診断は,前述のごとく典型的な臨床症状を欠くこと,進展度合いに比して軽微なことにより早期診断が困難であることも多い。殊に移植肝機能が低下した状態では1ないし2日の間にβ-Dグルカンが高値を呈し,真菌症となっている場合もある。細菌感染も同様であるため,毎日のきめ細やかな観察が最も重要で確実と考えている。白血球数やCRP値といった炎症を表す臨床検査値も余り変化を来さない場合もあるが,感染症の存在により肝機能検査値が変化することもあり,肝機能検査値の上昇を安易に拒絶反応と判断して免疫抑制を強化することは危険である(325頁)。 (ウ)乙B6(H大学付属病院移植外科病棟マニュアル・平成12年5月10日改訂版)通常,肝移植の患者においては,内因性の菌種による感染であるが,感染部位は多彩である。したがって,感染部位と病原菌の診断がついていても,病態との関連づけは必ずしも容易ではない。特に,術後早期においては,敗血症は発熱や白血球増多などの典型的徴候を示さず低体温,意識レベルの低下,呼吸障害,腎機能低下,肝機能異常などの非特異的徴候しか表さないことがあるので注意を要する。 (2)各日ごとの個別的検討ア9月12日の対応(ア)前記前提事実(2)及びその引用に係る別紙1及び2によれば(以下,同様),同日,Bについて,①咽頭扁桃拭液(同月8日採取)からMRSAが検出されたとの中間報告がなされたこと,②同日午後4時17分受付の血液検査の結果,白血球数は22100/μlであったこと,③9月12日の最高体温は37.7度であったこと,④右上葉に無気肺が見られたこと(ただし肺音はクリアー),⑤湿性咳嗽があるが,自己喀痰できなか 液検査の結果,白血球数は22100/μlであったこと,③9月12日の最高体温は37.7度であったこと,④右上葉に無気肺が見られたこと(ただし肺音はクリアー),⑤湿性咳嗽があるが,自己喀痰できなかったこと,肝断端から淡黄血性が,左横隔膜下・ダグラス窩から淡黄排液がそれぞれ見られたこと,⑥意識はあるものの,会話の内容は前日(同月11日)より不自然なものが続き,興奮,高揚している印象であったこと,以上の事実が認められる。 (イ)そこで,被告病院の医師が同日時点で細菌培養検査ないし適切な量のバンコマイシンを投与すべきであったかどうかを判断するに,上記(2)ウ(ア)の文献に照らし合わせてみれば,MRSAが検出されたのは,咽頭扁桃拭液からであり,通常無菌状態とされる部位というわけではないことから,①によって直ちに感染の疑いが高くなったとはいえない。 ④の無気肺についても,肺炎につながるおそれは否定できないものの,実際に同日肺炎ないしその徴候があったという事実は認められない。また,肺炎や敗血症であれば,通常38度以上の高熱となり,CRP値も基準値を超えるものとなるが,当日のBについてはそのような症状は呈していない(乙B14。なお,前記のとおり,例外的な場合はあり得るが,この時点でそこまで疑うべきというのは困難である。)。 とすれば,被告病院の医師が行ったバンコマイシンの予防投与(1日当たり0.5g)を超えて,感染症治療として所定量のバンコマイシンの静脈注射をすべきとまではいえない。 また,更なる細菌培養検査を実施すべきかどうかについても,血液検査の数値が明らかになったのが同日夜であること,翌日(同月13日)には,咽頭扁桃拭液,鼻分泌物,糞便,膀胱尿及び腹腔ドレーン(右,左,ダグラス窩)についての細菌培養検査を実施していることからして,同月 数値が明らかになったのが同日夜であること,翌日(同月13日)には,咽頭扁桃拭液,鼻分泌物,糞便,膀胱尿及び腹腔ドレーン(右,左,ダグラス窩)についての細菌培養検査を実施していることからして,同月12日の対応として必ずしも不適切であったとまではいえない。 この点,MRSA肺炎の可能性を考慮して,喀痰の培養検査を行うことが望ましかったとも考えられるが,同日見られた無気肺については,後記のとおり,その後に徐々に縮小したこと(乙B15),白血球数についても,Bのそれは被告病院入院時から基準値を上回り,特に本件手術後は常に基準値以上であったこと,上記のとおり,CRP値も感染症であれば通常高値となるのに,そのようなことはなかったことなどからすれば,喀痰の培養検査をしなかったことから,直ちに検査義務を懈怠したとはいえない。 イ9月13日の対応この日のBの症状としては,白血球数及び体温は前日(同月12日)より低下し,その他の血液検査の結果についても前日と大きな変化はない。 意識状態については,改善が見られるわけではないが,直ちに何らかの対応をすべき変化も見られないという事情が認められる。 加えて,同月13日には,上記アのとおり,合計7か所について細菌培養検査が実施されている。 これらのことからすれば,同日の被告病院の医師の対応が不適切であったとはいえない。 ウ9月14日の対応(ア)無気肺について,胸部エックス線によれば右上葉における含気が上昇していることが認められることから,同日時点では改善が見られたといえる。また,血液検査の結果,肝機能の数値の改善が見られた。さら に,創部に問題はなかったと認められ,ドレーンを開放している部位に新たな血腫も認められなかった。加えて,腹水量も低下したことが認められる。 もっとも,せん盲が再燃している印象と 見られた。さら に,創部に問題はなかったと認められ,ドレーンを開放している部位に新たな血腫も認められなかった。加えて,腹水量も低下したことが認められる。 もっとも,せん盲が再燃している印象という診療録の記載はあるが,一方で,意識更に徐々に改善傾向という記載もあり,意識状態についても問題視すべき事態に至っているとはいえない。 (イ)したがって,前日と比べてBの状況が特に悪化しているわけではないから,上記の状態であれば,直ちに新たな細菌培養検査をすべきとはいえず,まして,MRSA感染症に対する治療として,バンコマイシンを投与すべきであったとはいえない。 エ9月15日の対応午後10時の時点でドレーン排液からの腹水がやや乳びとなっていることが認められるところ,甲B12(I医師の意見書)には,乳び腹水であることから細菌感染を疑うべきとの記載がある。しかし,その根拠となる知見が示されておらず,かえって,乙B17(J医師の意見書)には,乳びの腹水は,本来リンパ管を流れるべきリンパ液が手術によって腹腔内に漏れていることを示唆する所見であり,感染の有無とは無関係であると記載されていることからすると,このことのみから,腹腔における細菌性の感染症を疑うべきであったとまではいえない。 もっとも,腹水の増加自体は,感染症の可能性を想起させる事情といえないこともない(被告病院の医師も,この可能性を否定できないと判断している。)が,他の臨床症状と総合して考えると,この時点で直ちにバンコマイシン等の投与を開始すべき注意義務があったとまでは認め難い。 なお,同日,Bに大便頻回の症状が見られたが,これはMRSA腸炎の可能性を示唆することはあり得ても(本件においては,結局,MRSA腸炎ではなかったので,検討する必要はない。),敗血症を含めたそれ以外 のMR に大便頻回の症状が見られたが,これはMRSA腸炎の可能性を示唆することはあり得ても(本件においては,結局,MRSA腸炎ではなかったので,検討する必要はない。),敗血症を含めたそれ以外 のMRSA感染症を示唆するものとはいえない。 オ9月16日の対応Bについては,同日,咳嗽が少し見られたほか,同日の血液検査の数値としては軽度のビリルビン上昇があること,LDHは低下傾向であること,肝機能,凝固系の数値はほぼ横ばいであること,好中球は約96パーセントであり,核の左方移動が見られたこと,以上が認められる。 これに対し,被告病院の医師は,バンコマイシンの予防投与(静脈注射)を中止する一方で,MRSA腸炎の可能性を考慮して,バンコマイシン散の経口投与を開始している(3日分)。 上記のように,同日のBの状態については,気になることがないではないが,MRSA感染症に罹患していたとまでは認められないから,感染徴候を把握すべく細菌培養検査を実施し,あるいは感染症治療の目的でバンコマイシンの静脈注射をすべき注意義務があったとまでは認め難い。 カ9月17日の対応(ア)Bについては,①同日までの間に実施された細菌培養検査(9月11日の胃カテーテル先,同月13日の咽頭扁桃拭液及び鼻分泌物,同月17日の鼻分泌物)の結果,MRSAが検出された(もっとも,これらの結果自体は,同月17日には判明していない。)。また,②腹水の増加が見られ(被告病院の医師は,感染の可能性を否定できないと判断している。),Bの症状が回復しているわけでもなく,かつバンコマイシンの投与を中止しているにもかかわらず,同日以降,白血球数の減少が急激に進んでいる。さらに,③脈拍が毎分80回を超えるようになった(乙A1の625頁)。 (イ)そこで検討するに,①については,複数か所からのMR しているにもかかわらず,同日以降,白血球数の減少が急激に進んでいる。さらに,③脈拍が毎分80回を超えるようになった(乙A1の625頁)。 (イ)そこで検討するに,①については,複数か所からのMRSAの検出及び同一か所から複数回の検出は,感染の一つの目安とされている(甲B5)。また,②については,敗血症では白血球数が減少することもあ るとされている(甲B12添付の文献2・1頁)。そのほか,前日(同月16日)の血液検査において,白血球中の好中球に核の左方移動が認められている(甲B12添付の文献5の2頁によれば,核の左方移動を伴う白血球数増加は敗血症の検査所見として挙げられている。)ことなどを総合すると,レトロスペクティブに見れば,遅くとも9月17日の時点で,BはMRSA敗血症に罹患していたと判断することができる。 この点,Bの同日の体温は最高で37度3分,CRP値も0.1となっているが,発熱については,免疫能の低下した患者では見られないことがあるとされ,CRP値についても免疫不全や敗血症の患者では反応が見られないことがあるとされている(甲B12添付の文献2・1頁)ことからすれば,同日においてBがMRSA敗血症に罹患していたことと矛盾するものではない。 そして,MRSA敗血症が感染症発症の一形態であり,一般論としても重篤化すれば回復が困難となること,特に本件では血液型不適合のドナーからの生体肝移植手術直後で,免疫抑制剤が使用され,一度感染症が発症すれば治療が困難となることからして,被告病院の医師としては,慎重に感染徴候の有無を精査し,その結果,感染徴候を認識し得たのであれば,早急にMRSA感染の有無を確定診断すべく,とりわけ血液を対象とする細菌培養検査を実施するとともに,その結果に従って,遅滞なく適切な量のバンコマイシンの静脈注射 果,感染徴候を認識し得たのであれば,早急にMRSA感染の有無を確定診断すべく,とりわけ血液を対象とする細菌培養検査を実施するとともに,その結果に従って,遅滞なく適切な量のバンコマイシンの静脈注射を行うことが求められるというべきである(なお,バンコマイシンの投与量については,乙B6によれば,血中濃度のトラフ値とピーク値を測定し,投与量を決めることとされているところ,甲B12によれば,腎機能が低下している患者においては,クレアチニンクリアランスを計算した上で投与量を決定すべきであり,計算の結果,Bに投与すべき量は,1日当たり924ないし1324mgとなる。)。 実際にも,被告病院の医師は,同月8日採取のBの咽頭扁桃拭液からMRSAが検出されていたこと,白血球数が減少してきていること,好中球の核の左方移動が見られたこと,脈拍数が増加したこと及び腹水も増加したこと,以上の感染徴候については,同日時点で認識していたはずであり,特に腹水の増加については,被告病院の医師自身が感染症の可能性を認識している。そうであれば,被告病院の医師としては,同日において,BがMRSA敗血症に罹患した疑いが高まったと判断することが可能であったというべきである。 しかるに,被告病院の医師は,超音波検査で判明した門脈血流停止の事態に対処すべく,門脈造影検査や拒絶反応に伴う肝機能低下の改善を目的とした門脈内ステロイド剤投与を行ったものの,上記のようなMRSA敗血症に対応する措置を尽くしていない。 (ウ)この点,被告は,Bが9月15日に腎不全となっていたことから,同月16日以降,バンコマイシンを投与できなかったと主張するところ,確かに,本件手術後,Bの腎機能低下は見られるところであるが,診療録等には腎不全との記載はなく,かえってBUN及びクレアチニン値は同月1 6日以降,バンコマイシンを投与できなかったと主張するところ,確かに,本件手術後,Bの腎機能低下は見られるところであるが,診療録等には腎不全との記載はなく,かえってBUN及びクレアチニン値は同月17日においては前日に比べて改善し,また,同日の診療録に,尿量まずまずと記載されていることからすると,同日ころBが腎不全であったとまでは認められない。もっとも,同月16日午前8時から午後4時までの尿量は158mlとそれまでと比べてかなり減少しているが,午後4時から午後8時では290ml,午後8時から同月17日午前0時までが240mlであり,その後も尿量は回復していること(乙A1の624,625頁)からすると,上記のとおり,血中濃度のトラフ値とピーク値を測定して,慎重にバンコマイシンの投与量を計算すれば,必ずしもバンコマイシン等の抗生剤が投与できない状態であったとまでは認め難い。 このことは,被告病院の医師が,9月20日にバンコマイシンと同様の腎毒性を有するハベカシンの投与を開始し,同月25日にはハベカシンに代わりバンコマイシンの投与を再開している(1回の量は1g)ことからも裏付けられる。そして,被告病院の医師は,10月4日のバンコマイシンの投与に際してBの血中濃度モニタリングを行い,トラフ値及びピーク値を測定している(乙A1の293頁)のであり,しかも9月12日から15日の間投与していた量より多く投与している(36時間で1.25g。なお,BUN及びクレアチニン値は10月4日の方が悪化している。)から,被告の上記主張は採用できない。 (エ)また,被告は,H大学のマニュアルによれば感染徴候がなければ3日で抗生物質の投与を中止するとされていることから,Bについてもこれに従ったにすぎない旨主張する。 しかしながら,乙A1の259頁によれば,診 ,被告は,H大学のマニュアルによれば感染徴候がなければ3日で抗生物質の投与を中止するとされていることから,Bについてもこれに従ったにすぎない旨主張する。 しかしながら,乙A1の259頁によれば,診療録上,感染徴候なければH大では抗生剤投与を3日で中止するとの記載があるのは,バンコマイシンの投与を中止した同月16日ではなく,同月18日である上,当該記載に続いてメロペン中止の語句が記載されている。 そうすると,被告病院の医師がH大学のマニュアルに従ってバンコマイシンの投与を中止したとは疑わしく,仮にそうであったとしても,上記のとおり,同月17日にはBがMRSA敗血症に罹患したと考えるべき徴候があったというべきであるから,早急に血液等を対象とする細菌培養検査を実施し,その結果に従ってバンコマイシンの投与を再開する必要がなかったとはいえない。 (3)小括以上のとおり,被告病院の医師としては,同月17日にはBに対して,MRSA感染症に対応すべく,血液等についての細菌培養検査を行うとともに,その結果に従って,バンコマイシンの投与をすべきであったと判断するのが 相当であって,同月16日にバンコマイシンの投与を中止した後,同月20日に至るまで,MRSAに対する上記細菌培養検査を尽くさず,また,抗生剤の投与をしなかったことに特段の合理的理由を見いだすことができない。 争点(5)(因果関係の存否)について(1)原告らは,被告の前記注意義務違反がなければ,BはMRSA感染症により感染性心内膜炎を起こし,脳内出血によって死亡することはなかった旨主張する。 しかしながら,Bは,亜急性型劇症肝炎に罹患し,血液型不適合のドナーから生体肝移植を受けたものであるところ,乙B16によれば,かかる肝炎を内科的治療によって対処した場合,奏功率は25パーセント程 。 しかしながら,Bは,亜急性型劇症肝炎に罹患し,血液型不適合のドナーから生体肝移植を受けたものであるところ,乙B16によれば,かかる肝炎を内科的治療によって対処した場合,奏功率は25パーセント程度にすぎないこと,劇症肝炎によって生体肝移植を受けた患者の5年生存率は,約75パーセントである(死亡例の大半は,術後半年以内に生ずる。)が,それらの多くは血液型適合ないし一致例であること,他方,血液型不適合の事例では,生存率は20パーセント程度低下し,50ないし55パーセント前後と推測されること,以上の事実が認められ,これらによれば,本件手術自体は成功したとはいうものの,もともと,Bの予後については,必ずしも楽観できる状態ではなかったと認められる。 そして,前記のとおり,本件における被告の注意義務懈怠は9月17日以降の対応に存すると判断されるところ,同月20日には抗生剤(ハベカシン)の投与が行われているから,最大でも3日の遅れであり(甲B12に添附された文献6に記載されたとおり,グラム染色によって,短時間で,Bの血液中からMRSAが検出され,敗血症に罹患した可能性が高いことが判明したと仮定した場合),検査結果によって投与を開始するについても,Bに腎機能の低下が見られることからクレアチニンクリアランスを計算してもバンコマイシンの本来の投与量より少ない量(本来投与すべき量の5ないし6割程度)でしか投与できないこと,拒絶反応に伴う肝機能の低下など,生命 に影響を及ぼす他の症状が見られていたことなどを併せ考えると,適切な治療行為を行ったとしても,Bが治癒した高度の蓋然性までは認め難い。 (2)もっとも,被告病院の医師が,9月17日以降バンコマイシンの投与を再開していれば,同月20日までの間,Bに感染徴候が見られ,かつ検査数値からは抗生剤投与が 癒した高度の蓋然性までは認め難い。 (2)もっとも,被告病院の医師が,9月17日以降バンコマイシンの投与を再開していれば,同月20日までの間,Bに感染徴候が見られ,かつ検査数値からは抗生剤投与が不可能ではないといえることから,本来の投与量ではないとしても,実際には投与されなかった同日までの間バンコマイシンが継続的に投与されたと考えられる。 また,甲B4によれば,バンコマイシン市販後6年間の敗血症に対する改善率は81.6パーセント(ただし,著明改善率に限れば35.3パーセントである。)とされており,上記(1)の事情からすれば本件における改善率はこれより低下すると考えられるとしても,バンコマイシン投与の効果が全くないとはいえない(実際にも,抗生剤の投与が再開された後,CRP値が低下するなど抗生剤投与の効果が見られたといえる時期があった。)。 そうだとすれば,バンコマイシンの適切な投与によって,発熱などの症状やCRP値などの検査数値が実際ほど急激には悪化しなかった可能性は十分あり,実際にBが死亡した当時において,未だ生存していた相当程度の可能性はあると判断するのが相当である(最高裁判所平成12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)。 争点(6)(診療報酬支払債務の存否)について本件診療契約は,Bに対する適切な医療行為を目的としたものであり,法律行為でない事務の委託として準委任契約の性質を有すると解されるところ,準委任契約においては,委任契約の規定が準用されている(民法656条)。そして,委任契約においては,受任者は,有償の合意があっても,委任事務を履行した後でなければ報酬を請求することができない(同法648条2項本文)が,受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは,受任者は,既にした履 意があっても,委任事務を履行した後でなければ報酬を請求することができない(同法648条2項本文)が,受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは,受任者は,既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる とされている(同法同条3項)。 この点,医療行為として見れば,入院とこれに伴う術前管理,本件手術の実施,術後管理等に区分することが可能であるが,本件契約の目的・内容は,Bの劇症肝炎を治癒し,社会復帰させることを目指して,医療水準に適合した治療行為を行うことである。しかして,生体肝移植後の感染症による危険性は大きく,その危険性からすれば,単に本件手術に成功すれば足りるというものではないから,術後の感染症に対する処置もこれと不可分一体の治療行為として理解すべきものと考えられる。 そうすると,前記のとおり,被告に本件手術後の術後管理に注意義務違反があると判断できる以上,本件診療契約に基づく不可分一体の債務が履行されなかったとも評価されるから,原告らは,本件手術に対応する部分の診療報酬支払債務についても負担するものではないと判断するのが相当である。 争点(7)(損害額)について(1)前記のとおり,被告は,Bの感染徴候に対する適切な対応を怠ったことにより,Bが死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性を侵害したものと判断することができる。したがって,被告は,Bの地位を相続した原告らに対し,不法行為に基づいて,以下の損害を賠償すべき義務を免れない。 ア慰謝料600万円前記認定・判断に係る被告の注意義務違反の内容(9月17日に検査・投薬に関する注意義務の懈怠が認められ,同月20日までMRSAに対する抗生剤の投与が行われていない。),注意義務が尽くされた場合における生存の可能性の程度,Bの 意義務違反の内容(9月17日に検査・投薬に関する注意義務の懈怠が認められ,同月20日までMRSAに対する抗生剤の投与が行われていない。),注意義務が尽くされた場合における生存の可能性の程度,Bの症状その他本件に顕れた一切の事情を総合して判断すると,慰謝料としては600万円が相当と判断する。 イ弁護士費用60万円原告らが,本件訴訟の提起,遂行のために弁護士である原告ら代理人に 訴訟委任したことは本件記録上明らかであるところ,本件事案の内容,本訴の経緯等を総合すると,本件と相当因果関係を有する弁護士費用としては60万円が相当であると認める。 (2)前記のとおり,原告らはBの地位をそれぞれ2分の1の割合で相続したので,被告は,原告らに対し,それぞれ330万円の損害賠償及びこれらに対するBの死亡日である平成14年11月8日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うことが明らかである。 結論 以上の次第で,原告らの本訴各請求は,主文1,2項掲記の限度で理由があるからこれらを認容し,その余はいずれも失当として棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第4部裁判官倉澤守春裁判官奥田大助裁判長裁判官加藤幸雄は,転補のため署名捺印できない。 裁判官倉澤守春(別紙及び診療経過一覧表は省略)

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