平成14(わ)712 保護責任者遺棄致死(認定罪名 保護責任者遺棄)被告事件

裁判年月日・裁判所
平成15年11月27日 札幌地方裁判所
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判決文本文23,874 文字)

主文 被告人を懲役2年6月に処する。 未決勾留日数中300日をその刑に算入する。 訴訟費用はその2分の1を被告人の負担とする。 理由 (犯罪事実)被告人は,Aと婚姻し,a市b区c丁目d番e号の自宅において,実母のBとともに居住していたものであるが,かねて妻Aと実母Bの不和に悩みを募らせていたところ,平成14年7月12日午前零時50分ころ,前記自宅1階居間の階段付近において,A(当時39歳)がBから頭部を階段の角等に打ち付けられるなどして外傷を負い,頭部から多量に出血し,その場に転倒しており,医師等による治療が必要な状態であると認めたのであるから,直ちに止血の措置をとり,救急車の派遣を求めるなどしてAの生存に必要な措置を講じる責任があったにもかかわらず,同女を放置して死亡させれば,同女とBとの間の諍いで思い悩むことはなくなる一方,救急車の派遣を求めれば,Bの犯行が発覚し,同女が逮捕されてしまうので,そのような事態を避けるため,Aに対し,その生存に必要な措置を講じることなくこれを放置することを決意し,救急車の派遣等の措置等を講じることなく同女をそのまま放置して前記自宅2階の寝室に戻り,もって同女の生存に必要な保護をしなかったものである。 (事実認定の補足説明)検察官は,被告人が,妻であるAに対し,判示のとおり,その生存に必要な措置を講じなかったため,同女を失血により死亡させたと主張しているところ,弁護人は,被告人がAを発見した時点で,同女は既に死亡していたか,救命可能性のない状態であったから,そもそも被告人に保護責任はなく,仮に客観的には救命可能性があったとしても,被告人は救命可能性がないものと認識していたから故意責任が阻却される,また,被告人がAに対する保護義務を果たしたとしても,同 もそも被告人に保護責任はなく,仮に客観的には救命可能性があったとしても,被告人は救命可能性がないものと認識していたから故意責任が阻却される,また,被告人がAに対する保護義務を果たしたとしても,同女の死の結果を回避できたかについて合理的な疑いが残るから,同女の死との間の因果関係はないと主張する。 当裁判所は,判示のとおり,被告人につき保護責任者遺棄罪の成立を認め,同致死罪の成立を否定したものであるが,以下,その理由を補足して説明する。 1 証拠上明白な事実以下の事実は,被告人も公判廷で認めているか,関係証拠上明白である。 (1) 本件犯行前の状況ア被告人は,かねて,歯科医師としての今日があるのは,実母であるBのお陰であるとして,同女に深い感謝の念を抱き,結婚しても同女と同居し,その老後の面倒を見ようと考えていた。被告人は,2度の離婚を経験した後,平成5年12月,Aと婚姻し,a市f区にあった当時の自宅においてBを含めた3人での同居生活を開始したが,当初は良好であったBとAの関係が,平成6年10月に新築したa市b区所在の自宅に転居したころから悪化し始め,同年12月に長男Cが誕生しても,事態は一向に改善されず,かえって悪化の一途をたどるばかりであった。 被告人は,BとAの不和に思い悩み,当初はその関係を改善するよう努めたものの,一向に効果がなかったため,次第に自宅に帰らないでパチンコ等に逃避するようになり,遂には,AとBとの板挟みから解放されるには,Aを殺害して自分も死ぬしかないと考えるようになり,平成12年5月ころから,幾度となく,就寝中のAの首を絞めたり,旅行中車ごと海中に転落して無理心中を図ったりしたが,いずれも未遂に終わった。 イ被告人は,平成14年7月11日,歯科医院での勤務を終えて帰宅した後,午後8時40分ころから自宅2階の寝 を絞めたり,旅行中車ごと海中に転落して無理心中を図ったりしたが,いずれも未遂に終わった。 イ被告人は,平成14年7月11日,歯科医院での勤務を終えて帰宅した後,午後8時40分ころから自宅2階の寝室で,夕食を食べたりしながらAと飲酒していたが,当初は機嫌の良かった同女が,酔いが回るにつれBを自宅から追い出すように求めてきたため,かねてそういう場合にしていたように,Aを眠らせて話を聞かなくて済むようにしようと考え,午後10時50分ころ,睡眠導入剤(トリアゾラム)2錠弱を同女の酒に溶かして飲ませた。 その後,被告人は,歯磨きを済ませ,午後11時15分ころ寝室に戻ると,同女が『102』という本編約1時間40分のビデオの冒頭部分を早送りしながら見ており,本編が始まった後,2時間のオフタイマーをセットし,午後11時30分ころ就寝した。 (2) Aの受傷から死亡するまでの状況等ア Bは,翌12日午前零時30分ころ,1階の自室でテレビを見ていたが,1階居間にある階段付近で,上から物が落ちたような音がしたことから,数分程度様子をうかがった後,階段に赴いたところ,Aが階段に頭を乗せて仰向けの状態で倒れているのを発見した。そこで,Bは,Aの肩を揺すって声を掛けるなどしたが,意識を取り戻さないAの姿を見ているうち,日ごろAから受けてきた仕打ちを想起して,とっさに同女を殺害することを決意し,Aの二の腕や髪の毛などを持って,階段の角,階段側壁等にAの頭部を多数回打ち付けた。 イ被告人は,就寝中「ゴンゴン」という音を聞いて目をさましたが,隣を見るとAがおらず,Aに声をかけても返事がなかった。このとき,室内には,豆電球が点灯しており,テレビの電源は入った状態であった。その後,被告人は,再び「ゴーン」という音が階段の方から聞こえたため,寝室を出て2階の階段踊り をかけても返事がなかった。このとき,室内には,豆電球が点灯しており,テレビの電源は入った状態であった。その後,被告人は,再び「ゴーン」という音が階段の方から聞こえたため,寝室を出て2階の階段踊り場まで行き,階段下を見たところ,階段の電気は点いており,Bが倒れたAの二の腕辺りを持って階段の方に引きずっているのが見えた。そこで,被告人は,Bに「何やってんだ。母さん。」と声を掛けた上,階段を降りてBのところに向かったが,階段には物が散乱し,1階の床面に多量の血が見えたので,大変な事が起こっていると思いながら1階まで降りると,Bがうなり声を上げながらAの頭を掴んでいた。 ウ被告人は,Bの両肩を正面から押さえてAから引き離したが,Bが相当興奮し,Aの方に飛びかかっていきそうな気配であったので,しばらくその肩付近を押さえてBを落ち着かせた後,床にある血の量が多量だったのでAの生命に重大な危機が生じていると思いながら,Aの側に行った。被告人は,Aが,階段の下から2段目に頭を乗せ,首が後ろに折れて苦しそうな体勢であったことから,首を真っ直ぐにするなどして体勢を楽にするとともに,Aの脈や呼吸の有無を確認したりしたが,そうこうするうち,Bが再びAに飛びかかって両手でその頭を掴んで階段の角等に頭をぶつけたりした。 エその後,被告人は,Bが「救急車を呼ばないで。」と哀願してきたため,救急車を呼んでしまうとBの犯行が発覚してしまうなどと考え,救急車を呼ばないことを決意し,その旨Bに伝えた。また,Aの体の周りに自分とBの足跡があるのはまずいから足跡を消そうと考え,Bとともに2人で雑巾で床を拭いた。この間,被告人が洗面所で手を洗っていた際,Bが再びAの方に向かうのが見えたため,後を追うと,BがAに攻撃を加えようとしている状況であった。 オ被告人は,床を ,Bとともに2人で雑巾で床を拭いた。この間,被告人が洗面所で手を洗っていた際,Bが再びAの方に向かうのが見えたため,後を追うと,BがAに攻撃を加えようとしている状況であった。 オ被告人は,床を拭いた後,Bに自室に帰るように指示した上,自分は1階の風呂に入り,着替えをして,2階に上がり,Cの部屋に行って寝ていることを確認し,2階に上がる際に付いた血を寝室のシャワーで洗い流した。その後,被告人は,BにAへの攻撃をしないよう注意するため,午前2時22分,外線電話でBに電話をした後就寝した。 カこの間,被告人は,救急車を要請したり,止血措置を施す等のAに対する救命措置を一切行わなかった。 (3) 12日朝警察官が被告人宅に臨場した際の犯行現場の状況Aの遺体は1階の階段下の床上にあり,頭は階段の方を向き,右側頭部を下にし,右半身を下にした状態であった。Aの遺体の右手付近には血痕が多量に付着して赤茶色に変色したガーゼハンカチ様の物体が落ちていたほか,遺体の周辺には,ちょこ,陶器ポット等が散乱している状態であった。 また,階段の下から1段目から4段目まで,特に1段目及び2段目は踏板に乾燥した血痕が多量に付着していた。階段横の側壁にも,血痕の飛沫痕が認められ,居間に設置された椅子のほか,リビングや台所等にも多数の血痕が認められた。 (4) Aの死因等Aの頭部には20か所にも及ぶ挫裂創があり,Aの死因はそこからの出血による失血死であった。なお,頭部の創傷の形成時期に著明な時間差は認められない。 同日午後2時56分から午後5時2分まで行われた解剖時にAの膀胱内に残余していた尿量は5ミリリットルであった。また,Aの血液中から,1ミリリットル当たり0.6ミリグラムのエチルアルコール,1ミリリットル当たり0.04ミリグラムのエチルエーテル(以下「エーテ 胱内に残余していた尿量は5ミリリットルであった。また,Aの血液中から,1ミリリットル当たり0.6ミリグラムのエチルアルコール,1ミリリットル当たり0.04ミリグラムのエチルエーテル(以下「エーテル」という。)が検出されたほか,胃の内容物には,エチルアルコール及びエーテルの含有が認められ,エーテルの濃度は胃の内容物1グラム中0.01ミリグラムであった。 なお,Aは,被害当時39歳であり,アトピー性皮膚炎に罹患しており,腰椎固定術を施していたが,それ以外には何らの病気にも罹患していなかった。 2 Aの死体検案及び解剖所見から推認される死亡時期等(1) Aの遺体を検案し死体検案書を作成したD病院理事長であるE医師は,Aの死亡推定時刻等について,おおむね,「Aの直腸温は,7月12日午前9時15分の時点で30.3度であったが,生前の直腸温を通常の人と同様に三十七,八度と推定した上,失血死であることを考慮して,直腸温の低下速度を1時間当たり約1度と推定すると,午前9時15分の時点で死後七,八時間経過していたと考えられること,死後二,三時間で発現し12時間で完成する死後硬直が,同日午前10時40分から11時50分の間に行われた死体検案の時点で中程度であったこと,死後10時間以上経過すると発現する角膜の混濁が存在しなかったことを総合考慮して,Aの死亡推定時刻は,同日午前1時ころと判断したが,あくまで推定判断であるから一,二時間程度の誤差はあり得る。Aの傷害の程度から考えて,最初の傷が形成されてから最後の傷が形成されるまでの時間を約5分とすると,傷が形成されてから体内の血液の約3分の1が失われるまでの時間が約10分,血液が脳に行かなくなり脳細胞が死滅して死亡するまでの時間を約5分と推定し,死亡推定時刻の午前1時から逆算して受傷時刻を午前零時4 成されてから体内の血液の約3分の1が失われるまでの時間が約10分,血液が脳に行かなくなり脳細胞が死滅して死亡するまでの時間を約5分と推定し,死亡推定時刻の午前1時から逆算して受傷時刻を午前零時40分と推定した。受傷後死亡までの時間については,傷が形成されるまでにかかった時間がより長いのであれば,それに応じて変化するし,破損したのが大血管ではなく中血管であることから出血後脳細胞が死滅するまでの時間がより長かった可能性はある。Aに生じた傷に著明な時間差はなく,ほぼ同時期に形成されたものと判断した。なお,Aの胃の内容物からエーテルが検出されたとすれば,心肺停止後に飲み込むことは不可能であるから,生前にエーテルを摂取したことになる。」と供述している。 また,Aの遺体を解剖し,その死因等の鑑定に当たったF大学法医学講座のG教授は,Aの受傷から死亡までの時間等について,おおむね,「Aが受傷後死亡するまでに要した時間は,Aの頭部傷害は大血管が破綻したものではないため,出血後心臓への負担がすぐにはかからないことから,その起算点を受傷後出血が死亡に影響し始めてからとした上で,心臓内に少量ではあるが凝血を来していること,頭部傷害は大血管が破綻したものではないことなどから,数分から30分程度の急死ではなく,数十分から一,二時間程度で死亡したと推定される。しかし,凝血が少量であること,腎う粘膜に溢血点が認められることから,出血により循環血液量の相当量,約40パーセントが失われてからは,数分から30分程度の短時間で死亡した可能性が高いと考える。Aの血液からアルコールが検出されたのであれば,経験的にAが短時間で急死したと考えても矛盾しないが,Aの血中アルコール濃度が1ミリリットル中0.6ミリグラムと低いことに照らせば,アルコールを摂取したことにより継続的 ールが検出されたのであれば,経験的にAが短時間で急死したと考えても矛盾しないが,Aの血中アルコール濃度が1ミリリットル中0.6ミリグラムと低いことに照らせば,アルコールを摂取したことにより継続的に血管が拡張することはなく,出血速度への影響はさほどないと考えられる。解剖時のAの尿量が5ミリリットルと少ないが,Aは受傷後体内から循環血液が徐々に失われたことで,尿の生成量が1分間に1ミリリットルという速度よりははるかに遅い速度になっていたと考えられるから,尿量の少なさと前記受傷後死亡までに要した時間の判断は矛盾しない。Aの血液や胃の内容物からエーテルが検出されたことは,Aが生前にエーテルを使われたことを意味し,Aの血液から検出されたエーテル濃度,瞳孔の大きさ,眼球の位置及び胃の内容物の状況を総合すれば,Aは死亡時においてエーテルによる麻酔下にあった可能性が高いが,呼吸を抑制するほどの濃度ではなかった。」などと鑑定している。 E医師は,F大学法医学教室大学院を経て現在D病院理事長で,長年死体検案に当たっている法医学の専門家であり,また,G教授は,F大学法医学講座教授を務める法医学の専門家であり,それぞれ自らAの遺体を検案した結果や,Aの遺体を解剖した結果を前提として,その専門的な知識,経験に基づき,論理的,合理的に結論を導き出したもので,関係証拠との整合性も有するから,その内容は全体として十分信用することができる。 もっとも,E医師は,Aの受傷後死亡するまでの時間について,創傷形成後約15分間であったとの判断を述べているが,これはあくまでもAの死体検案を行った際の死体の外観からの推定を述べたものであるから,この点では,自ら死体解剖を行い,その結果に基づいて意見を述べているG鑑定に比して信用性は劣るというべきで,これをそのまま採用することは 検案を行った際の死体の外観からの推定を述べたものであるから,この点では,自ら死体解剖を行い,その結果に基づいて意見を述べているG鑑定に比して信用性は劣るというべきで,これをそのまま採用することはできない。 そして,E医師の死体検案及びG教授の死体解剖結果によると,Aの死亡した時刻は,7月12日午前1時ころから午前3時ころまでの間と推定されること,Aは急死ではなく,受傷後死亡するまでの時間は,出血が死亡に影響し始めてから数十分から一,二時間程度であり,体内の循環血液量の約40パーセントの血液が失われてからは数分から30分程度であったこと,Aは,エーテルを摂取した際,生存していたことが認められる。 なお,弁護人は,Aは急死でなく,受傷から死亡まで最大で一,二時間程度かかったとのG鑑定について,血中にアルコールが存在する場合は,経験的に心臓に凝血が発生することもあるというのであるから,心臓内に凝血が存在することだけで急死ではないとは言えないこと,頭部が非常に出血しやすい部位であることに加え,Aが血管拡張作用を有するアルコール,エーテル,トリアゾラムを摂取していたことで出血速度が速まった可能性があるから,損傷部位が大血管ではないことは急死の可能性を否定しないこと,法医学の専門家であるE医師は約10分で死亡に影響する程度の出血があったとし,救急救命医療の専門家であるH医師は10分から20分程度で相当程度の出血があったと供述しているところ,G教授自身が全身血液量の40パーセントを失ってからは短時間で死亡した可能性が高いと鑑定していること,腎う粘膜に溢血点があることは急死の所見であること,Aの膀胱に残余する尿量が5ミリリットルと少ないことから,受傷による出血量は尿の生成を不可能にするほど大量であったと考えられること,などの事情を指摘してその 溢血点があることは急死の所見であること,Aの膀胱に残余する尿量が5ミリリットルと少ないことから,受傷による出血量は尿の生成を不可能にするほど大量であったと考えられること,などの事情を指摘してその信用性を争う。しかし,G鑑定は,アルコールを摂取した場合心臓に凝血が発生することもあること,頭部の血管は出血しやすいこと,Aは生前アルコール,エーテル,トリアゾラム等を摂取していたこと,腎う粘膜に溢血点が存在すること及びAの膀胱に残余する尿量が5ミリリットルであったこと等弁護人が指摘する諸事情も勘案した上で,そのほかの解剖所見とを総合考慮して,受傷から死亡までの時間を判断したものであって,その専門的知識に基づく判断の過程は合理的であるから,G鑑定の信用性に疑念を入れる余地はない。 (2) ところで,F大学附属病院救急集中治療部門に所属するH医師は,Aの遺体の状況を撮影した写真等を見た上で,公判廷で,Aの出血速度,出血量と出血性ショックの関係等について,おおむね,「Aの後頭部の傷の状態に照らせば,10分,20分程度でも相当量の出血があったと考えられる。Aの死体に死斑がなかったというのであれば,出血のスピードが速かったことと整合する。出血量とそれに伴う出血性ショックの関係については,出血量が全身血液量の15パーセントまでは,不安感や皮膚冷感といった症状が出る程度の無症状,出血量が全身血液量の15ないし30パーセントの間は,四肢冷感,冷汗,口渇及び蒼白等の症状が出る軽症,出血量が全身血液量の30ないし45パーセントの間は,不穏,意識混濁,呼吸促迫,虚脱及びチアノーゼ等の症状が出て,血圧が60から80程度にまで低下する中等症,出血量が全身血液量の45パーセントを超えると,昏睡,虚脱及び下顎呼吸等の症状が現れ,血圧は60以下まで低下し,脈拍が触れなく チアノーゼ等の症状が出て,血圧が60から80程度にまで低下する中等症,出血量が全身血液量の45パーセントを超えると,昏睡,虚脱及び下顎呼吸等の症状が現れ,血圧は60以下まで低下し,脈拍が触れなくなる重症にそれぞれ分類される。なお,血圧が40から50程度まで低下すると,見た目には出血が止まって見える状態になることがある。」と供述する。 H供述によれば,受傷後約20分を経過した時点におけるAの頭部からの出血量は相当多量に及び,これによるAのショック状態は,その症状が同証人の供述するどのレベルに該当するかはともかく,少なくとも軽微なものではなかったと認められる。 3 BのAに対する殺人の犯行状況等(1) Bは,Aを発見した状況,その後,Aの頭部を階段の角等に打ち付けた状況等について,捜査段階において,おおむね「7月11日から12日に日付が変わったころ,自宅1階の居間にある階段付近から物が落ちる大きな音がしたため,様子を見に行くと,Aが階段1段目左側の壁際に頭を乗せるようにして仰向けに倒れており,頭部右側に右肩辺りまで血が溜まっていた。Aは,声を出さず,目を閉じ,肩を持って3回くらい体を揺すっても目を開けることはなかったが,後頭部を持った両手になま暖かい感触があり,両手の平に血が付いた。Aの顔は左半分が引きつるようになり,両頬は薄く赤らんで,閉じているように見える口から『ハーハー』と小さく息をする音が聞こえた。Aの姿を見ているうち,それまでAから受けた数々の仕打ちを思い出し,この機会を逃したらAに対する恨みを晴らすことはできないと考え,Aの殺害を決意し,両手でAの二の腕を掴んで持ち上げたが,腕や首の力が抜けて垂れることはなく力が入った状態であり,二の腕からは暖かみが伝わり,小さく息をしている状態であった。しばらく考えた後,持ち上げた頭を を決意し,両手でAの二の腕を掴んで持ち上げたが,腕や首の力が抜けて垂れることはなく力が入った状態であり,二の腕からは暖かみが伝わり,小さく息をしている状態であった。しばらく考えた後,持ち上げた頭を階段1段目の角に強くぶつけると,ゴンと周囲に響く音がして階段2段目の方に血が飛び,Aは閉じた口を開けて『ホウッ』と息をするような声を出した。呼吸を整えた後,Aの二の腕を掴んで持ち上げ,頭を階段の角にぶつけ,少しずつ間を置きながら,Aの二の腕を持ち上げて頭を階段の角に3回ぶつけ,次に,二の腕を掴んで持ち上げて右から左に振って頭を壁にぶつけ,更にAの髪の毛を持ち,階段の角に2回,右から左に振って壁に2回頭をぶつけると,『ゴン』という音が連続して聞こえたが,Aの目は閉じ,口はやや開いたままで,表情は変わらなかった。頭をぶつける度に飛び散る血の量は段々多くなっていった。一旦,Aの髪の毛から手を離して呼吸を整えたが,暴行を止めている間,Aは『ハアハア』と小さい声で息をしており,言葉をしゃべることはないが,何度か『ホウッ』と息を吐くような声を出した。呼吸を整えた後,両手でAの髪の毛を掴んだ上,頭を2回階段の角にぶつけた。Aに暴行を加えている最中,Aが抵抗することはなかった。Aに暴行を加えた時間は15分から20分くらいと思う。」と供述している。また,Bは,エーテルをAに吸引させた状況については,「(Aに暴行を加えた後)自分の部屋に戻ったものの,落ち着かずに立ったり座ったり,ドアを開けようとして止めたりした。Aが死んだのか不安で確かめたいと思ったが,怖くてできなかった。しばらく色々と考えているうちに,ふと,以前Aから取り上げた薬を思い出し,この薬は人に吸わせると死んだり倒れたりするものと思っていたから,この薬を使ってAが生き返ることがないようにしようと かった。しばらく色々と考えているうちに,ふと,以前Aから取り上げた薬を思い出し,この薬は人に吸わせると死んだり倒れたりするものと思っていたから,この薬を使ってAが生き返ることがないようにしようと考えた。ガーゼに薬を染みこませてAの口辺りに置くと,Aがいやいやをするように少し首を振ったのでガーゼの位置がずれてしまい,右手でガーゼの位置を戻した。Aの表情は変わらず,顔色は白っぽかったが,口を開けて,『フーッ』という小さな音が聞こえたので,まだ生きているとは思ったが,立ち上がる力もなく,薬を使ったので仕返しに来ることもないと考え,Aの側にいるのは恐ろしかったので,急いで部屋に戻った。」などと供述している。 (2) Bの捜査段階の供述のうち,後記のとおり,被告人がAを発見した際の同女の反応等に関する部分の信用性については慎重な検討を要するが,自らの犯行状況に関する部分は,以下の理由から十分信用できる。 すなわち,Bの前記供述中,Aを発見した際のAの状況,Aに暴行を加えた回数及びその時間については,Bにおいて,被告人をかばうために殊更虚偽供述をしなければならない理由を見いだし難いことに加え,捜査の初期段階からおおむね一貫する供述をしている上,供述内容も,Aを発見した経緯及びその時点でのAの状態,暴行を加えるに至った心理状態,暴行内容及びそれに対するAの反応等につき具体的かつ詳細であり,特段不自然な点はなく迫真性も認められる。特に,Aに暴行を加えた時間が約15分ないし20分とする部分は,Aの頭部の挫裂創が20か所あり,各創傷の形成時期に著明な時間差が認められないこと,Aの受傷状況から推測される暴行の回数,当時Bが相当興奮しており,途中で長く攻撃を中断することなく攻撃を続けたと推認されることなど証拠上明らかな事実とよく符合している。また,A が認められないこと,Aの受傷状況から推測される暴行の回数,当時Bが相当興奮しており,途中で長く攻撃を中断することなく攻撃を続けたと推認されることなど証拠上明らかな事実とよく符合している。また,Aにエーテルを使用した時期,目的が,Aに暴行を加えた後に同女にとどめを刺すためであったことや,エーテルを使用した際のAの反応等についても,逮捕された直後からおおむね供述が一貫しているところ,逮捕直後の段階では取調官による供述の誘導がなされたとは想定し難いことのほか,ことに,Bが,かつてAから「殺してやる。」などと言われて,エーテルを吸引させられそうになったことがあり,エーテルを生命に危険のある薬品であると認識していたことなど,関係証拠により認められる事実に照らすと,「Aにとどめを刺すため」という使用の動機,目的が自然かつ合理的であるといえる。以上のとおり,自己の犯行状況に関するBの捜査段階の供述は,供述の根幹部分が一貫している上,供述内容が全体に自然かつ合理的で,関係証拠との整合性を有していることなどに照らして,十分信用することができる。 ところで,検察官は,BがAに対する攻撃を開始してから被告人に止められるまでの時間は10分程度の短時間であったと主張するが,Bが犯行当時77歳の高齢であったこと,Aの頭部はその受傷状況からして相当強い力で階段の角等に打ち付けられていると認められることなどに照らし,途中,呼吸を整えながら攻撃を続けたとのBの供述は自然であり,攻撃に15分ないし20分程度を要したとのBの供述の信用性を否定することはできない。 また,弁護人は,エーテルの使用時期について,Bの捜査段階における供述に変遷が見られると主張してその信用性を争うが,エーテルを使用した時期に関するBの捜査段階の供述は,BがAに一連の暴行を加えた後にとどめ 護人は,エーテルの使用時期について,Bの捜査段階における供述に変遷が見られると主張してその信用性を争うが,エーテルを使用した時期に関するBの捜査段階の供述は,BがAに一連の暴行を加えた後にとどめを刺す目的でエーテルを持ち出し使用したとの内容でほぼ一貫している上,当初,Bは,被告人は事件に全く関与していないとして,被告人が暴行の途中で止めに入ったとの事実を秘匿していたことから,Aに一連の暴行を加えた最後に使用したと供述していたものが,暴行の途中で被告人が止めに入ったことを明らかにしたことに伴い,被告人とのやりとり等を終えてから,一旦自室に戻った後にエーテルを使用したと供述を変遷させたもので,その変遷には合理的な理由があるといえるから,弁護人の指摘する事情は,B供述の信用性を左右するものではない。 なお,Bは,公判廷において,Aを発見した際,まず気付け薬のつもりでエーテルをAに嗅がせ,その後,Aに対する攻撃を開始した旨供述するが,他方で,攻撃の途中でエーテルを使用したかも知れないとも供述するなど,その供述が二転三転している上,供述内容も,Aが「殺してやる。」と言いながら突きつけてきたエーテルをAに対する気付け薬として使用したと供述するなど不自然,不合理であり,到底信用できない。また,被告人は,捜査及び公判を通じて,Aを発見した際,Aからエーテルの臭いがした旨弁解するが,他方で,被告人の公判供述によれば,被告人は,Aの首が後ろに折れ曲がって苦しそうな体勢であるのを見て首をまっすぐにして体勢を楽にしたり,Bと床を雑巾で拭いた際やその後2階に上がる際,Aの体を持ってその体勢を変えようとしたりしたというのであるから,Bにおいて,被告人が1階に下りた時点で既にAにエーテルを使用していたのであれば,被告人は,Aの体の向きを変えた際などにガーゼ る際,Aの体を持ってその体勢を変えようとしたりしたというのであるから,Bにおいて,被告人が1階に下りた時点で既にAにエーテルを使用していたのであれば,被告人は,Aの体の向きを変えた際などにガーゼの存在に当然気付くはずであって,被告人がガーゼの存在に全く言及していないのは不自然であって,信用することはできない。 4 被告人がAを発見した際及びそれ以降のAの状態等以上1ないし3で認定した事実を総合すると,被告人がAを発見した際及びそれ以降のAの状態等について,以下の事実を認定できる。 (1) Bは,7月12日午前零時30分過ぎころ,1階の階段下に仰向けに転倒しているAを発見したが,その際,Aは,呼吸はしているものの,頭部から出血し,意識はない状態であった。そして,Bは,そのようなAを見ているうち,日ごろの同女に対する恨みを晴らすために,同女を殺害しようと決意し,その頭部を多数回(少なくとも十数回)にわたり階段の角等に打ち付けた。 (2) 被告人は,2階寝室で就寝していたが,「ゴンゴン」という音が聞こえたため,起きて様子を見に2階階段踊り場付近まで赴いたところ,階下でBがAに暴力を加えているのを認めたので,1階に降りてBをAから離し,Bを落ち着かせようとした。この時点においては,BのAに対する暴行はそのほとんどが終わっており,被告人が1階に降りたのは,BがAに暴行を加え始めてから約20分が経過したころのことであった。 (3) その後,被告人は,Aの容体を確認したり,Bから事情を聞いたり,Bとともに階段付近の床部分に存した血痕等を拭くなどした後,Bを自室に戻したが,Aが死亡するか不安に思ったBは,とどめを刺すため,再び階段下に横たわっているAの所に赴き,Aにエーテルをかがせた。その時点においては,Aは生存しており,Bが,エーテルを染みこませ 自室に戻したが,Aが死亡するか不安に思ったBは,とどめを刺すため,再び階段下に横たわっているAの所に赴き,Aにエーテルをかがせた。その時点においては,Aは生存しており,Bが,エーテルを染みこませたガーゼを口の辺りにおくと,いやいやをするように首を振ったり,『フーッ』というため息を吐いたりした。なお,本件証拠上,BがAにエーテルをかがせた時刻を特定することは困難であるが,被告人らが床に付いた血痕を拭い去るのに要した時間等を考慮すると,被告人がAを発見した時点から少なくとも数十分程度は経過していたものと考えられる。 (4) 被告人がAを発見した当時,Aは,階段からの転落とBの暴行により,頭部に20か所近くにも及ぶ挫裂創を負い,相当多量の出血をしていた。この時点におけるAの出血性ショックの程度は,前記認定のとおり,その循環血液量の約40パーセントが失われた場合,その後数分から30分程度で死亡した可能性が高いこと,Aは,被告人がAを発見した時点から少なくとも数十分程度は経過した,Bからエーテルをかがせられた時点において生存し弱いながら呼吸をしていたことなどを勘案すると,重症までには至っていなかったと認めることができる。他方,前記認定のAの頭部の受傷状況,出血の速度等に照らせば,Aの出血性ショックの程度が軽症にとどまっていたとするには,少なからぬ疑念が残るから,結局中等症レベルにあったと認めるのが相当である。 したがって,被告人がAを発見した当時のAの状態は,意識は混濁し,脈拍は感じにくく,体を触ると冷たく感じる状態であった可能性は否定できないものの,他方で,出血は続き,呼吸をしている状態であったと認められる。 ところで,検察官は,被告人がAを発見した時点においては,Aの出血性ショックの状態は未だ軽症にとどまっていた旨主張し,それを裏づける の,他方で,出血は続き,呼吸をしている状態であったと認められる。 ところで,検察官は,被告人がAを発見した時点においては,Aの出血性ショックの状態は未だ軽症にとどまっていた旨主張し,それを裏づける根拠として,Bが「被告人は,Aの右側頭の近くにしゃがみ込み,『おいおい,何やってんの,Aらしくもない。』と声をかけ,頭を揺らし,頬を叩いたりしたが,Aが『Iさん。』と小さい声で言い,息を吸ってから,『ハーッ』と息を吐いた」旨,被告人が「私がAの頭を右腕で抱くようにして話しかけると,Aは,『Iさん,助けて。』と言ったように思ったが,そのほかは,ほとんど『うーう』という声を上げるくらいだった。」旨それぞれ捜査段階において供述していること,被告人がAを発見した時点でAは未だチアノーゼが発現していなかったこと,Aの足裏に人が立ち上がろうとした時に付着する血痕が付着していることなどを指摘する。 しかし,Aは,Bが発見した当初からすでに意識を失っており,Bが攻撃を加えている間も,うめき声を上げるだけで言葉を発したことはなかったこと,被告人がAを発見した時点では既に相当多量の出血をしていたことなどの事実に照らすと,被告人からの問いかけがあったとしても,Aが,被告人を認識した上で,被告人に対し,「Iさん。」とか,「Iさん,助けて。」などの言葉を発したとするには多大な疑念があるから,B及び被告人の前記供述はこれをこのまま採用することはできない。また,当時,Aにチアノーゼが発現していなかったとの指摘についても,Bの捜査段階の供述によれば,BがAの頬に赤みを認めているのは,BがAに暴行を加えている最中のことで,このことから直ちに被告人がAを発見した時点においても,Aにチアノーゼが発現していなかったと認めることは困難であるばかりでなく,そもそも当時Bは相当興奮状 は,BがAに暴行を加えている最中のことで,このことから直ちに被告人がAを発見した時点においても,Aにチアノーゼが発現していなかったと認めることは困難であるばかりでなく,そもそも当時Bは相当興奮状態にあった上,階段の照明しか点いていなかったとの条件下で,BがAの顔色を正確に認識できたのか少なからぬ疑問が残る。また,被告人が公判廷でAの顔色に変色を認めていないと供述しているのは,Aの遺体の右眼窩部分に存した膨隆した変色部分について,当時は右目上に変色を認めなかったとの趣旨で供述したもので,Aの顔色全般を指して供述したものではないから,被告人の前記供述からAに未だチアノーゼが発現していなかったと認めることは相当でない。さらに,Aの足裏の血痕付着については,血痕がいつ付着したのか明らかでなく,被告人がAの体勢を変えようとした際にAの足裏が血溜まりの上に乗って付着した可能性も否定できないから,足裏に血痕が付着していることから,当時,Aに立ち上がろうとするだけの生命力があったと認めることは到底できない。したがって,被告人がAを発見した時点におけるAの出血性ショックの程度が軽症に止まっていたとの検察官の主張は採用することができない。 5 被告人及びBの各公判供述の信用性(1) 被告人の公判供述の信用性被告人は,Aを発見した際やその後のAの状況等について,公判廷で,おおむね,「夢の中で『ゴン』という音を聞いて目がさめたが,同じ音が階段の方から聞こえたので階段に行き,下を見ると,BがAを階段の方に引っ張っていた。下に降り,Bの肩を押してAから離し,髪の毛を掴んでいる手を離して押さえつけ,肩を振るなどしてBを落ち着かせたが,床にある血の量がすごかったので,Aに生死に関わる問題が生じていると思い,倒れているAの横に座り,首をまっすぐにして体勢を楽に を掴んでいる手を離して押さえつけ,肩を振るなどしてBを落ち着かせたが,床にある血の量がすごかったので,Aに生死に関わる問題が生じていると思い,倒れているAの横に座り,首をまっすぐにして体勢を楽にした上で様子を見たが,Aは,目を閉じ,口を開き,声は出さなかった。Aに『どうした。』『しっかりしろ。』と何度も声をかけたが反応は全くなく,体中を持って振っても反応はなく,左手の脈を取ったが脈は感じず,左手の平を舐めて口と鼻の近くに持っていったが呼吸は感じなかった。頭に触ると多数の傷があることがわかったが,新しく血が出ていることはなく,溜まった血が垂れているだけであった。体温は若干冷たく感じたので,Aはもう亡くなっていると思った。 また,Aの口元からはエーテルの刺激臭がした。Aの隣に座り,何度もため息をつき,『もう駄目か。』と言い,Aに『お前にも責任があるんだ。』などと話しかけたが,Aから反応はなかった。」「(洗面台で手を洗っていた際)BがAの方に向かって行ったが,身をかがめて蹴りかかる姿勢のところで制止した。このとき,BがAを蹴ったことや,Aの腹の上で飛び跳ねたということもないし,空気が抜けるような『グワッ』という音がしたこともない。」「(その後,Aをうつ伏せにし,Bと床上の血痕を拭いてから)Bを部屋に帰し,シャワーを浴びた後,パジャマを着替えて2階に上がろうとしたが,Aは仰向けに寝ているのが自然だと思い,体を持ち上げて返そうとしたが,Aの体は硬直して既に硬くなっており,血で足下が滑ることもあってうまくいかず,あきらめて2階に上がった。2階に上がり,Bに電話をかけるなどした後,泡盛の花酒を飲んで就寝した。」などと供述する。 しかし,被告人の供述は,Aを発見した当時,Aが生きていたか死んでいたかという供述の核心部分について,勾留質問の際には, Bに電話をかけるなどした後,泡盛の花酒を飲んで就寝した。」などと供述する。 しかし,被告人の供述は,Aを発見した当時,Aが生きていたか死んでいたかという供述の核心部分について,勾留質問の際には,裁判官の面前で「Aの状態が悪く助けてもむだのように見えたので……そのまま放置した。」と弁解し,第1回公判においても,「Aがおびただしい出血をしていたので,助かる見込みはないと判断し,そのため止血措置や救命措置を講じないでいました。」と陳述し,いずれもAが生存していたことを前提とする供述をしていたのに,被告人質問では,「既に亡くなっていると思った。」と合理的な理由もなく供述を変遷させているほか,証人として出頭したBの公判においては,2階から1階に降りる際にBがAの頭を階段に打ち付けるのを目撃した,(手を洗っている際)BがAの腹を蹴ったような「ゲホッ」という音を聞いたと供述していたのに,自らの公判においては,これらを目撃したり,聞いていないなどと,その重要な部分について供述を変遷させている上,その理由を検察官から追及されると,記憶力が悪いと弁解するだけで何ら合理的な説明をしようとしていない。また,その供述内容も,Aの容体を確認した時点でエーテル臭がしたという部分や,床を拭いて2階寝室に戻ろうとした時点で既にAの死体は,死後硬直が始まっていたとする部分は,前記認定の事実との整合性を著しく欠いている。以上の事情に加え,被告人の捜査段階から公判に至るまでの供述を通観した場合,その供述内容に,自らの刑事責任を免れようとの意図が随所に看取されることを併せ勘案すると,被告人の公判供述は到底信用することができない。 (2) Bの公判供述の信用性Bは,公判廷で,おおむね,「7月12日午前零時ころ,階段から物が落ちる音を聞き階段下に様子を見に行ったが,その時 ると,被告人の公判供述は到底信用することができない。 (2) Bの公判供述の信用性Bは,公判廷で,おおむね,「7月12日午前零時ころ,階段から物が落ちる音を聞き階段下に様子を見に行ったが,その時点でAが息をしていることを全く感じなかった。また,Aの体を持ち上げた際に体が温かいと感じることはなかったし,体には力が入っておらずグニャッとした状態であった。 Aに暴行した際も,Aが息をしていることはなく,『ホウッ』と息を吐き出すように声を出すこともなかったし,Aが顔をしかめることもなかった。Aに暴行を加えている途中で,被告人が2階から降りてきて,Aに対する暴行をやめさせた後,Aの脈を取ったり呼吸を確かめたりしていたが,Aが『Iさん。』と言って『ハーッ』と息を吐き出すことはなかった。被告人が1階に降りてきてからは,暴行を加えようとしても被告人に制止されたので,1回も暴行を加えていない。被告人から,『このままにして,Cを第一発見者にしよう。このまま放っておけば死ぬから僕に任せておいて。』などと言われたことはなく,被告人と口裏合わせをしたことも一切なかった。」などと供述する。 Bは,被告人の母親であり,被告人に対して強い愛情を持っており,被告人をかばって被告人に有利な虚偽の供述をする強い理由があり,その供述態度は,およそ被告人に不利な事実は全て記憶がないとするなど,供述を回避しようとの態度が明白に認められる上,前記のとおり,エーテルの使用時期に関し捜査段階の供述を覆して不自然な供述をしているほか,供述内容も,捜査段階の供述に比して遙かに曖昧であり,Cを第一発見者にすることについて,被告人と口裏合わせを行ったことなど,関係証拠上明白に認められる事実とも整合性を欠いており,その供述は到底信用できない。 6 Aの救命可能性の有無及び程度(1) 被告 第一発見者にすることについて,被告人と口裏合わせを行ったことなど,関係証拠上明白に認められる事実とも整合性を欠いており,その供述は到底信用できない。 6 Aの救命可能性の有無及び程度(1) 被告人が執るべき救命措置前記認定のとおり,被告人は,BがAに暴行を加え始めてから約20分が経過した時点で,BがAに暴行を加えているのを目撃し,階段付近の床に多量に血が流出していたことから,Aの生命に重大な危機が生じていることを認識したものである。このような場合,被告人としては,Aに救命可能性が存する以上(この点に関する認定判断は後記参照),Aを救護するため,救急車の派遣を要請するなど,Aの生存に必要な措置を講ずる責任があったというべきであるが,当時の状況に照らせば,その前提として,まず,Bを落ち着かせ,Aに対する暴行をやめさせた上,Aの容体を確認し,電話で119番に救急医療を要請する(その際,併せてAに施すべき応急措置の方法の教示を受け,それを実践する)必要があったものであって,これらに要する時間は,長くとも約10分ないし15分程度あれば足りるものと認められる。 弁護人は,被告人は,頭部にあて布をして包帯でグルグル巻きにするという応急措置を知らないし,被告人宅に包帯があった証拠はないから,被告人が応急措置を行うことは不可能であると主張するが,前記のとおり,少なくとも救急医療を要請した際に電話で応急措置の教示を受け,それに従って応急措置を講じることができたと考えられるし,止血をするには包帯である必要はなく,手近にあるタオルや衣服などで足りるのであるから,弁護人の主張は採用できない。 (2) a市内の救急医療の態勢a市消防局警防部指令3課指令担当係長は,平成14年7月12日午前零時30分ころ119番通報があった場合の救急隊の臨場所要時間や病 ら,弁護人の主張は採用できない。 (2) a市内の救急医療の態勢a市消防局警防部指令3課指令担当係長は,平成14年7月12日午前零時30分ころ119番通報があった場合の救急隊の臨場所要時間や病院までの搬送時間等について照会を受け,「被告人宅の住所から考えると,最も近いa市b区g条h丁目i番j号b消防救急隊が出動することになるが,同日午前零時から午前2時までは,同消防隊の出動はなく待機中であったから,通常どおり同消防隊が出動することになり,夜間であることを考えると約6分で現場に臨場できる。救急隊は,現場に到着後患者の応急措置,搬送先の手配及び受け入れ先の依頼等を行うが,これらに要する時間は約10分である。受け入れ先については,頭部外傷患者の場合では,患者に意識がある場合は,被告人宅に最も近いa市k区m条n丁目o番p号J脳神経外科に,車載の電話で受け入れ態勢を依頼して搬送することになり,所要時間は約5分であるが,患者に意識がない場合,車載の電話で消防局指令情報センターを通じて,F大学附属病院,K病院救急部及びL大学医学部の順番に受け入れ体勢を依頼して搬送することになるが,所要時間は,F大学附属病院までは約30分,K病院救急部までは約35分,L大学医学部までは約30分である」旨回答している。 上記回答は,a市消防局警防部指令3課指令担当係長が,当時の勤務日誌等を参考にして行ったものであり,その信用性に疑念を差し挟むべき事情はない。弁護人は,b消防救急隊の現場までの所要時間が約6分であるとの点について,実際は7月12日午前7時16分に要請があり約11分を要したのであるから現実にかかった時間を基準とすべきである,回答者はb消防署の人間ではないから不適切であると主張してその信用性を争うが,深夜の時間帯は交通量が少ないから,朝の渋滞時に比 り約11分を要したのであるから現実にかかった時間を基準とすべきである,回答者はb消防署の人間ではないから不適切であると主張してその信用性を争うが,深夜の時間帯は交通量が少ないから,朝の渋滞時に比して所要時間が短くなるとの点は合理的である上,回答者に回答をなす適格性が欠けているともいえないから,弁護人の主張は採用できない。 (3) H医師の供述前記H医師は,Aに救急救命医療が要請された場合に施される措置及び救命可能性等について,おおむね,「頭部に外傷を負った患者に対しては,一般的にはガーゼ又はタオルで傷を圧迫して止血するのが適切な救命措置であり,このような止血措置をした後,救急車を要請するか,自ら救急医療機関に運ぶことになる。救急隊が現場に到着すると,a市内の救急隊は優秀であるから,到着後ほとんどすぐに,その場にあるものでとりあえず止血が開始され,救急車に搬送し,心電図を付けて心臓の動きを確認し,医師が無線で指示をすればリンゲル液の点滴などを行うことができるが,本格的な輸血は病院に到着してから行うことになる。本件でAが病院に搬送された場合,頭部に多数の傷があることから,圧迫,電気メスによる焼却,鉗子の使用等によって止血を行い,患部を縫合し,平行して輸血を行い,呼吸に問題がある場合は,気道確保を行った上で人工呼吸等を行うことになる。もっとも,止血措置が行われたとしても,全身状態の悪化を止めることはできない。救命可能性については,脈が取れる状態の患者であればかなり高い確率で救命できる。出血があっても患者の全身状態が悪化する前の状態であれば救命は可能である。患者が現に呼吸している状態であれば救命の可能性は高い。患者が出血性ショックのうち,重症に至っていない段階で救急医療の要請が行われた場合は救命の可能性はかなり高いと言うことができる。 は可能である。患者が現に呼吸している状態であれば救命の可能性は高い。患者が出血性ショックのうち,重症に至っていない段階で救急医療の要請が行われた場合は救命の可能性はかなり高いと言うことができる。なお,若い人,女性は相対的に出血に強く,相当多量に出血しても,出血性ショックの状態にはなるが,失血死にはなかなか至りにくいという傾向がある。」などと供述している。 H医師は,F大学附属病院救急集中治療部門で医師として勤務している,救急救命医療の専門家であるところ,前記供述は,その専門的な知識,経験に基づき,救命可能性やa市の救急救命医療態勢等について供述したものであり,全体として十分信用することができる。 弁護人は,H医師は救命医療に関わる医師として,「とにかく急性期を脱するまでは,確率が低くてもやるだけのことはやる」という基本的な姿勢と,「結果はともかく,発見した段階で被害者に適切な措置を取るべきであった」との価値観を有しており,これらが供述内容に影響を与えているとして供述の信用性を争うが,H供述のうち,救急救命医療に関する知識を供述する部分はこのような姿勢等の影響を受けないし,救命可能性を供述する部分は,救命できる確率が高いか否かを,自らがAの救急救命医療に関わったものではないことによる限界を認識した上で,医師としてできるだけ正確を期そうとする態度で供述しているものであって,いずれもその信用性は高く,弁護人の主張する事情は供述の信用性を左右するものではない。 (4) (1)ないし(3)のまとめ以上を総合すると,被告人は,BがAに暴行を加え始めてから約20分後にBがAに暴行を加えているのを目撃し,その後Bを落ち着かせたり,Aの容体を確認した後,119番通報して救急車の派遣を要請するとともに,止血等の応急措置を行うこととなるが,BがAに てから約20分後にBがAに暴行を加えているのを目撃し,その後Bを落ち着かせたり,Aの容体を確認した後,119番通報して救急車の派遣を要請するとともに,止血等の応急措置を行うこととなるが,BがAに暴行を加え始めてから119番通報するまでには,30分ないし35分程度を要することになる。その後,救急隊が被告人方に到着し,Aに対する止血措置を行うとともに,Aを救急車に乗せて医療機関に搬送することになるが,この時点ではAはすでに意識混濁状態に陥っているから,車載電話で消防局指令情報センターを通じて,F大学附属病院,K病院救急部及びL大学医学部の順番に受け入れ態勢を確認した上で搬送を開始し,約30分ないし35分後に上記3病院のうち受け入れ可能ないずれかの病院に到着し,医師が救命医療行為を実施することになるところ,119番通報を受けてから病院に搬送されるまでに要する時間は,少なくとも45ないし50分程度となると認められる(なお,救急隊の要請により,途中まで医師が赴いたとしても,この時間が大幅に短縮されることはないと認められる。)(5) 救命可能性の有無及び程度以上を前提として,Aの救命可能性の有無及び程度を検討する。 Aは,何らの止血措置も講じられていない状態でも,Bからエーテルを摂取させられる時点までは生存していたこと,被告人が救命措置を講じた場合,受傷後約30分ないし35分で不完全ではあるが止血措置が開始され,救急隊の到着後,救急隊員による適切な止血措置を施され,病院に搬送されて輸血等の本格的な救命措置を講じられること,Aは頭部に多数の傷を負い多量に出血しているが,このような状態であっても止血措置を施すことは十分に可能であること,Aは男性よりも出血に耐性を持つ女性で,受傷当時39歳とまだ若く,特段病気に罹患していなかったこと,出血性 い多量に出血しているが,このような状態であっても止血措置を施すことは十分に可能であること,Aは男性よりも出血に耐性を持つ女性で,受傷当時39歳とまだ若く,特段病気に罹患していなかったこと,出血性ショックのうち,重症に至っていない段階で救急医療が要請された場合には,救命可能性はかなり高いことなどに照らせば,被告人がAの救命のために執るべき措置を施した場合,Aが救命された可能性は相当程度あったものと認められる。 しかし,被告人が速やかに救急医療を要請するなど執るべき救命措置を施したとしても,救急隊が被告人宅に到着した時点では,Aはすでに相当多量に出血し(この時点では,循環血液量の4割ないしそれ以上のものが流出していた可能性を排斥できない。),何らの救命措置も施されなければ,その後数分から30分程度の短時間で死亡する状態になっていると考えられること,そのように多量に出血した後に止血措置を施してもそれだけでは全身状態の悪化を止めることはできないこと,救急車の車内では止血措置やリンゲル液の輸液等の措置を講じうるに過ぎず,輸血など本格的な救命措置は病院に搬送された後に初めてなし得ること,救急隊が被告人宅に到着してからAが病院に搬送されるまでには約40分ないし45分間程度の時間を要することなどを総合すれば,被告人が執るべき救命措置を施したとしても,Aが救急車で病院に搬送される途中に死亡した可能性を否定することはできない。 7 救命可能性に関する被告人の認識前記認定のとおり,被告人がAを発見し,その容体を確認した時点においては,Aの出血性ショックの程度は中等症程度で,血圧が80以下に下がり,脈拍が取りにくく,出血の影響で皮膚冷感や四肢冷感等の症状が発生して,体を触ると冷たく感じる状態であったことは否定できないものの,他方で,Aがその後しばらくは 中等症程度で,血圧が80以下に下がり,脈拍が取りにくく,出血の影響で皮膚冷感や四肢冷感等の症状が発生して,体を触ると冷たく感じる状態であったことは否定できないものの,他方で,Aがその後しばらくは生存していたもので,頭部の傷からは出血が続き,呼吸は促迫した状態にあったのであるから,間近でAの容体や傷の状況を確認した被告人は,Aが現に出血し,呼吸をしていることを十分認識していたと認められるのであって,被告人の捜査段階の自白の信用性を検討するまでもなく,被告人においては,Aが現に生存していることを認識していたと優に認められる。 そして,被告人がAの生存を認識していた以上,特段の事情のない限り,被告人は,救急車を要請するなどの措置を講ずれば,その可能性の大小はともかくとして,Aが救命される可能性が存在すると認識していたと認めるのが相当であるところ,被告人の供述によっても,前記特段の事情が存在していたとはいえないから,被告人は,Aの救命可能性を認識していたと認められる。 8 結論(1) 被告人が保護責任者であること被告人は,自宅1階居間の階段下で,妻であるAがBから暴行を受けて頭部から多量に出血して倒れているのを発見し,その時点でAは,被告人がBをAから離し容体を見た後救急医療を要請するなどの適切な救命措置を講じていれば救命される可能性があったのであるから,被告人は保護責任者遺棄罪にいう保護責任者に当たるものと認められる。 (2) 被告人の不保護とAの死亡との間に因果関係が認められないことしかし,前記説示のとおり,被告人が執るべき救命措置を講じたとしても,Aが死亡した可能性は否定できないから,被告人がAに対する保護責任を果たさなかったことと,Aの死亡との間に因果関係を認めることについては,なお合理的な疑いが残る。 (3) 被告人が保護責 としても,Aが死亡した可能性は否定できないから,被告人がAに対する保護責任を果たさなかったことと,Aの死亡との間に因果関係を認めることについては,なお合理的な疑いが残る。 (3) 被告人が保護責任者遺棄罪の故意を有すること前記認定のとおり,被告人は,Aの容体を確認した時点で,Aが現に生存し救命可能性がある状態であると認識していたのであるから,保護責任者遺棄罪の故意があると認められる。 (4) 以上のとおり,被告人の行為(不保護)と,Aの死亡との間に因果関係が認められないから保護責任者遺棄致死罪は成立しないが,被告人には,保護責任者遺棄罪の成立が認められる。 (量刑の事情)本件は,被告人が,妻である被害者が,実母から頭部を階段に打ち付けられるなどして外傷を負い,多量に出血し,保護を必要とする状態であったのにもかかわらず,これを放置したという事案である。 被告人は,妻である被害者と実母との間の諍いを終焉させるとともに,実母が捜査機関に逮捕されて刑罰を受けることは忍びないと考え,被害者に対する一片の気遣いも示すことなく本件犯行に及んだものであって,実母を想う肉親の情の現れという側面があったことを考慮しても,犯行動機は,身勝手で短絡的というべきで,酌量の余地はない。犯行態様も,最愛の存在であるはずの被害者を,しかも,当時の状況に照らせば,被害者の生存を図ることができる者は被告人以外にはいなかったのにもかかわらず,被害者をそのまま放置したもので,誠に冷酷で悪質というほかない。姑から残虐な暴行を受けたばかりでなく,夫である被告人からもこのような仕打ちを受けた被害者の無念は察するに余りがある。被告人は,犯行後,床上の血痕を拭くなどして,自らが現場に残した痕跡を消し去ろうとしたほか,犯行状況に関しても,実母との間で詳細な口 人からもこのような仕打ちを受けた被害者の無念は察するに余りがある。被告人は,犯行後,床上の血痕を拭くなどして,自らが現場に残した痕跡を消し去ろうとしたほか,犯行状況に関しても,実母との間で詳細な口裏合わせをした上,捜査機関に対し,これに従い虚偽の供述を行い,犯行時に着用していた衣服等を廃棄するなどの罪証隠滅工作を行ったもので犯行後の情状も甚だ芳しくない。公判廷においても,自己の刑事責任を免れるための不合理な弁解に終始し,被害者の態度にこそ問題があったなどと,責任を被害者に転嫁した上で,自己保身のための見苦しい態度を示してきたもので,真摯な反省の念は認め難い。 以上によれば,被告人の刑事責任は到底軽視を許されない。 他方,本件犯行は計画的とは認められないこと,被告人は,本件により長期間身柄を拘束され,広く実名で報道されるなど,既に一定の社会的制裁を受けていること,これまでに前科前歴はなく,歯科医師として真面目に稼働してきたことなど,被告人に有利に斟酌すべき事情も認められる。 そこで,以上の情状を総合考慮し,被告人を主文掲記の刑に処するのが相当と判断した。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑懲役5年)平成15年11月27日札幌地方裁判所刑事第1部裁判長裁判官小池勝雅裁判官中桐圭一裁判官辻和義

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