【DRY-RUN】主 文 壱、原告等四名が被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する。 弐、被告は各原告に対し左記(壱)欄記載の金員及び昭和四拾参年拾壱月から原告 P1が運航乗務員である航空士、同P2が同じく
主文壱、原告等四名が被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する。 弐、被告は各原告に対し左記(壱)欄記載の金員及び昭和四拾参年拾壱月から原告P1が運航乗務員である航空士、同P2が同じく航空機関士、同P3及び同P4が同じく副操縦士として復職するに至るまで毎月弐拾五日限り左記(弐)欄記載の金員を支払え。 記(単位円)<17598-001>参、被告は各原告に対し左記(壱)(弐)欄中各原告の欄に記載した金員に対する当該最上欄記載の各日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。 記(単位円)(壱) 毎月弐五日にきまつて支払を受ける賃金に対するもの<17598-002><17598-003>(弐) 臨時手当に対するもの<17598-004><17598-005>四、原告その余の請求を棄却する。 五、訴訟費用は原告P1及び同P2と被告との間に生じた分につき被告の負担とし、原告P3及び同P4と被告との間に生じた分につきそれぞれこれを拾分しその弐を原告P3の、その壱を原告P4の、その余を被告の負担とする。 六本判決第弐項(壱)欄記載の請求は各原告につき金弐百五拾万円の限度で、同項(弐)欄記載の請求は全額、仮に執行することができる。 事実第一、当事者双方の申立一、原告等(一) 原告等四名が被告に対し雇傭契約上の権利を有することを確認する。 (二) 被告は原告P1に対し金八、四一五、五一七円、同P2に対し金七、九二八、一〇五円、同P3に対し金一〇、二四六、六〇五円、同P4に対し金八、九七四、〇五四円及び各原告に対し右各金額のうち後記の各原告欄記載の各金額に対する当該上欄記載の各日以降支払済みに至るまで年五分の割合による各金員並びに昭和四三年一一月以降毎月二五日限り原告P1に対し金一八五、九四二円同P2 に対し右各金額のうち後記の各原告欄記載の各金額に対する当該上欄記載の各日以降支払済みに至るまで年五分の割合による各金員並びに昭和四三年一一月以降毎月二五日限り原告P1に対し金一八五、九四二円同P2に対し金一七八、四四〇円同P3に対し金二五一、〇八六円同P4に対し金二五八、六三四円宛の金員を支払え。 (三) 訴訟費用は被告の負担とする。 との判決並びに第二項につき仮執行の宣言を求める。 記(単位円)1 毎月二五日にきまつて支払を受ける賃金に対するもの<17598-006><17598-007>2 臨時手当に対するもの<17598-008>二被告請求棄却訴訟費用原告等負担の判決を求める。 第二、原告等四名の主張一、請求原因(一) 雇傭契約上の権利確認の請求原告等四名(以下四名ともいう)は、国際路線及び国内路線における定期航空運送事業等を営む被告(以下会社ともいう。)に昭和三九年以前から運航乗務員(以下乗務員ともいう。)として雇傭され、その中央運航所乗員部に所属し、原告P1は航空士、同P2は航空機関士(以下機関士ともいう。)、同P3及び同P4は副操縦士として就労中であつたが(以下各原告毎に述べるときは「原告」との表示を省き氏のみを示す)、会社は昭和四〇年五月七日以降四名との間の雇傭契約上の権利の存在を争うのでその確認を求める。 (二) 賃金支払の請求1 賃金制度(1) 種類会社の乗務員は次のような種類の賃金を受ける。 (イ) 基本賃金(ロ) 家族手当(扶養家族数に応じ支給される。)(ハ) 住居費調整手当(海外駐在乗務員以外の者に支給される。)(ニ) 乗務手当(飛行時間に応じ支給される。)(ホ) 乗務付加手当(飛行時間に応じ支給される。)(ヘ) 乗務日当(飛行時間に応じ支給される。)(ト) 臨時手当(2) 以外の者に支給される。)(ニ) 乗務手当(飛行時間に応じ支給される。)(ホ) 乗務付加手当(飛行時間に応じ支給される。)(ヘ) 乗務日当(飛行時間に応じ支給される。)(ト) 臨時手当(2) 賃金債権の発生原因(イ) 住居費調整手当及び臨時手当以外の種類に属する賃金を支払うこと並びに昭和四〇年五月七日当時のその額は、基本的には四名と会社との間の雇傭契約の定めるところである。そして日本航空乗員組合(以下組合という。)と会社とはその後後記のとおり屡々労働協約を締結し、もつて住居費調整手当を新設し、基本賃金等の増額及び臨時手当の金額及び履行期を定めた。四名はいづれも右協約締結時にその組合員であつた。 (ロ) 四名は従つて会社との間に個別的雇傭契約をもつて合意するを要せず、右協約の効力をうけ、協約の定めるところにより右賃金手当の新設分増加分の債権を取得する。 (ハ) ところが四名が会社に対し現実に労務を提供しても会社はこれを受領しない。 (ニ) よつて四名は次に主張するような賃金債権を取得した。 (3) 賃金債務の履行期基本賃金、家族手当、住居費調整手当の当月一日から末日までの分と、乗務手当、乗務付加手当、乗務日当の前月一日から末日までの分との履行期は毎月二五日であり、臨時手当の履行期はその都度後記のように労働協約をもつて定められた。 2 請求賃金額(以下特に示さぬ限り金額はいづれも月額である。)(1) 基本賃金(イ) 昭和四〇年五月一日から昭和四一年三月三一日まで昭和四〇年六月一〇日締結の労働協約は同年四月一日にさかのぼつて組合員の基本賃金を一率一、二〇〇円増額した。 その結果基本賃金は昭和四〇年四月一日からP1につき三四、七二〇円(乗務職職級号表上三級三四号)P2につき三〇、七六〇円(右同三級二五号)P3につき三三 を一率一、二〇〇円増額した。 その結果基本賃金は昭和四〇年四月一日からP1につき三四、七二〇円(乗務職職級号表上三級三四号)P2につき三〇、七六〇円(右同三級二五号)P3につき三三、四〇〇円(右同三級三一号)P4につき三二、五二〇円(右同三級二九号)となつた。 (ロ) 昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日まで会社の確定した労働慣行によれば乗務員は毎年四月一日に前記職級号表上四号俸だけ昇給する。 P3は昭和四一年二月副操縦士から当然機長に昇格した筈故(理由は後述する。第二、一(二)3参照)、同年四月一日から機長の基本賃金を受け得るが、その職級号俸は副操縦士のそれの直近上位である。従つて同人のそれは同年四月一日の昇給により三級三一号から三級三五号(三五、一六〇円)に、機長昇格により直近上位の二級四号(三五、四八〇円)となる。 右昇給の外昭和四二年一月一一日締結の労働協約は昭和四一年四月一日にさかのぼり組合員の基本賃金を一率一、五〇〇円増額した。 その結果基本賃金は昭和四一年四月一日からP1につき三七、九八〇円(三級三八号)P2につき三四、〇二〇円(三級二九号)P3につき三六、九八〇円(二級四号)P4につき三五、七八〇円(三級三三号)となつた。 (ハ) 昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日まで右労働慣行により四名は昭和四二年四月一日四号俸だけ昇給する。 P4は昭和四二年一二月副操縦士から当然機長に昇格した筈故(理由は後述する)、昭和四三年二月一日から機長の基本賃金を受け得るが、その職級号俸は副操縦士のそれの直近上位である。従つて同人のそれは昭和四二年四月一日の昇給により三級三三号から三級三七号(三九、五二〇円)についで同年一二月の機長昇格によりその直近上位の二級六号(四〇、〇〇〇 は副操縦士のそれの直近上位である。従つて同人のそれは昭和四二年四月一日の昇給により三級三三号から三級三七号(三九、五二〇円)についで同年一二月の機長昇格によりその直近上位の二級六号(四〇、〇〇〇円)となる。 右昇給の外、同年一二月一三日締結の賃金引上げ等に関する協定書と題する労働協約は同年四月一日にさかのぼり職級号表上の基本賃金額を改訂した。 その結果基本賃金は昭和四二年四月一日からP1につき四一、九二〇円(三級四二号)P2につき三七、六四〇円(三級三三号)P3につき四一、〇四〇円(二級八号)P4につき三九、五二〇円(三級三七号)但し昭和四三年二月から四〇、〇〇〇円(二級六号)となつた。 (ニ) 昭和四三年四月一日から右労働慣行により四名は昭和四三年四月一日四号俸だけ昇給する。 右昇給の外同年六月二四日締結の労働協約は同年四月一日にさかのぼり組合員の基本賃金を一率六%だけ増額した。 その結果基本賃金は昭和四三年四月一日からP1につき四六、四七一円(三級四六号)P2につき四一、八九二円(三級三七号)P3につき四五、七〇八円(二級一二号)P4につき四四、六〇五円(二級一〇号)となつた。 (2) 家族手当(イ)(ⅰ) 昭和四〇年六月一〇日締結の労働協約は、同年四月一日にさかのぼり組合員の家族手当を扶養家族一名二、五〇〇円二名三、四〇〇円三名四、二〇〇円四名四、七〇〇円と改めた。 (ⅱ) 昭和四二年一月一一日締結の労働協約は昭和四一年四月一日にさかのぼり組合員の家族手当を扶養家族一人目三、〇〇〇円二人目一、〇〇〇円三人目八〇〇円四人目五〇〇円と改めた。 (ⅲ) 昭和四三年六月二四日締結の労働協約は同年四月一日にさかのぼり組合員の家族手当を扶養 養家族一人目三、〇〇〇円二人目一、〇〇〇円三人目八〇〇円四人目五〇〇円と改めた。 (ⅲ) 昭和四三年六月二四日締結の労働協約は同年四月一日にさかのぼり組合員の家族手当を扶養家族一人目三、〇〇〇円二人目一、五〇〇円三人目一、三〇〇円四人目一、〇〇〇円と改めた。 (ロ) P1の扶養家族数は昭和四〇年五月以前から四名である。 P2は昭和四一年三月一日妻P5と婚姻したので扶養家族一名となつた。 P3の扶養家族数は昭和四〇年五月以前から二名である。 P4の扶養家族数は一名であつたが、昭和四〇年四月八日長女、昭和四三年一月二三日長男を得て扶養家族数の増加を見た。 (ハ) 四名の受くべき家族手当は(ⅰ) P1につき昭和四〇年五月から昭和四一年三月まで四、七〇〇円昭和四一年四月から昭和四三年三月まで五、三〇〇円昭和四三年四月から六、八〇〇円(ⅱ) P2につき昭和四一年三月分二、五〇〇円昭和四一年四月から三、〇〇〇円(ⅲ) P3につき昭和四〇年五月から昭和四一年三月まで三、四〇〇円昭和四一年四月から昭和四三年三月まで四、〇〇〇円昭和四三年四月から四、五〇〇円(ⅳ) P4につき昭和四〇年五月から昭和四一年三月まで三、四〇〇円昭和四一年四月から昭和四三年一月まで四、〇〇〇円昭和四三年二月及び三月分各四、八〇〇円昭和四三年四月から五、八〇〇円となつた。 (ニ) なお昭和四〇年五月七日現在の家族手当額(同年六月一〇日締結の労働協約による改訂前の額)は次のとおりである。 P1につき四、二〇〇円P3につき二、九〇〇円P4につき二、〇〇〇円(3) 住居費調整手当昭和四二年一月一一日締結の労働協約は昭和四一年四月一日にさかのぼり組合員に対しあら る。 P1につき四、二〇〇円P3につき二、九〇〇円P4につき二、〇〇〇円(3) 住居費調整手当昭和四二年一月一一日締結の労働協約は昭和四一年四月一日にさかのぼり組合員に対しあらたに住居費調整手当として一、〇〇〇円を支給することと定めた。 昭和四二年一二月一三日締結の前記労働協約は、同年四月一日にさかのぼり組合員の右手当を三、〇〇〇円に増額する旨定めた。 昭和四三年六月二四日締結の労働協約は、同年四月一日にさかのぼり組合員の右手当を四、五〇〇円に増額する旨定めた。 よつて四名はこれにより右手当請求権を取得した。 (4) 乗務手当(イ) 昭和四一年三月二四日締結の労働協約は昭和四〇年四月一日にさかのぼり昭和四三年九月三〇日までの組合員中DCー八型及びCVー八八〇型機に乗務する副操縦士、航空士及び機関士につき乗務手当の金額を次のように定めた。 「<17598-009>こゝでいう経験年数とはジエツト機の乗務員としてのそれをいゝ、プロペラ機の乗務員としての経験年数の二分の一はジエツト機のそれとみなして通算される。」なお本協約は機長の乗務手当額を定めていないが、その経緯は次のとおりである。 組合の要求に対し、会社は昭和四〇年二月四日回答を示したが、これによるとジエツト機機長の乗務手当時間当り単価は次のとおりとされていた。 <17598-010>(以下略)ところが会社は昭和四一年三月二四日右回答等にもとづき労働協約を締結するにあたり、組合の再三の要求にもかかわらず、当時機長であつて、組合に所属する者がいないことを理由にジエツト機機長の乗務手当時間当り単価を協約に加えることを拒んだ。 しかし、P3及びP4は昭和四三年一一月一九日本件口頭弁論期日において会社に対して右回答を受諾する旨の意思表示をしたから、これにより右回 ト機機長の乗務手当時間当り単価を協約に加えることを拒んだ。 しかし、P3及びP4は昭和四三年一一月一九日本件口頭弁論期日において会社に対して右回答を受諾する旨の意思表示をしたから、これにより右回答中機長の乗務手当に関する部分は右二名と会社との間の雇傭契約の内容となり、右二名は機長に昇格した筈の時以後右回答による機長の乗務手当を受け得るのである。 (ロ) 四名がプロペラ機及びジエツト機にいづれも副操縦士、航空士又は機関士として乗務を開始した日及びジエツト機に機長として乗務を開始すべかりし日は次のとおりである。 <17598-011>しからば四名の昭和四〇年四月一日現在乗務手当計算上副操縦士、航空士又は機関士としての経験年数はいづれも五年目であるが、これが六年目及び八年目に入ることにより増額された金員を受ける月はおそくとも次のとおりである。(厳密には経験年数は計算上月の半ばにおいて六年目、八年目にはいる場合もあるが、計算の繁雑さを避けるため一率にさらにその翌月を表示することにした。以下これに準ずる。)<17598-012>P3及びP4が、乗務手当計算上機長としての経験年数が一年目及び三年目に入ることにより、増額された金員を受ける月はおそくとも次のとおりである。 <17598-013>(ハ) 昭和三六年五月八日締結の労働協約によれば、乗務手当月間保障時間は六〇時間と定められた。即ち月間飛行時間が六〇時間に満たない者でも六〇時間飛行したとして乗務手当を受け得るのである。 (ニ) 以上によると四名の乗務手当額は次表のとおりとなる。 こゝに航空士六、七年目とは航空士として乗務開始以来六年目及び七年目の意味である。その他もこれに準ずる。 本表の金額は前記職種及び経験年数に応じた一時間当り単価に月間保障時間数六〇を乗じて算出した(単位円)。 六、七年目とは航空士として乗務開始以来六年目及び七年目の意味である。その他もこれに準ずる。 本表の金額は前記職種及び経験年数に応じた一時間当り単価に月間保障時間数六〇を乗じて算出した(単位円)。 昭和四三年九月三〇日前記労働協約の期間は満了するが、右協約の内容は四名と会社との雇傭契約の内容となつてその後も当事者間に効力を有する。 (単位円)<17598-014>(ホ) なお昭和四〇年五月七日現在の乗務手当月間保障額(昭和四一年三月二四日締結の労働協約による改訂前の額)は四名とも一〇七、四六〇円である。 (5) 乗務附加手当(イ) 乗務附加手当の時間当り単価は四名とも七〇円であつたが、昭和四一年三月二四日締結の労働協約は昭和四〇年四月一日にさかのぼり昭和四三年九月三〇日までの右単価をP6教官につき一五〇円副操縦士、航空士、機関士につき一〇〇円と改訂した。 (ロ) この協約は機長の受ける単価を規定しないが、これは、会社が昭和四〇年二月四日組合に対し、機長の乗務付加手当を一五〇円とする旨回答しながら、昭和四一年三月二四日右労働協約の締結に当り、機長であつて組合に所属する者がいないことを理由にその単価を右労働協約に規定することを拒んだからである。 しかしP3及びP4は昭和四三年一一月一九日本件口頭弁論期日において会社に対し右回答を受諾する旨の意思表示をしたからこれにより右回答中機長の乗務付加手当に関する部分は右二名と会社との間の雇傭契約の内容となり、右二名は機長に昇格した筈の時以後右回答による機長の乗務付加手当を受け得るのである。 (ハ) ところで四名の昭和四〇年二月から四月までの月平均乗務付加手当受給額は次のとおりである。但しP1については会社が同年四月分未払のため同年二月及び三月の平均によつた。 P1につき二、二〇一円 ハ) ところで四名の昭和四〇年二月から四月までの月平均乗務付加手当受給額は次のとおりである。但しP1については会社が同年四月分未払のため同年二月及び三月の平均によつた。 P1につき二、二〇一円P2につき二、四六五円P3につき一、一〇七円P4につき三、四〇四円右平均額はいづれも時間当り単価七〇円の割合で計算されているが、右労働協約により昭和四〇年四月から単価が一〇〇円と改訂されたから、四名はその翌月から右平均額の七〇分の一〇〇に当る金額を乗務附加手当として受給できるのである。 またP3及びP4の単価は機長に昇格すべかりし時期から機長のそれによるべきである故、右手当月額は右算出月額に一〇〇分の一五〇を乗じて計算する。 (ニ) 四名の乗務附加手当月額を以上の方式により計算すれば次表のとおりである(単位円)。 (昭和四三年九月三〇日右労働協約の期間は満了するが、その内容は四名と会社との間の雇傭契約の内容となつてなお当事者間に効力を有する。)<17598-015>(6) 乗務日当昭和三五年一一月二九日締結の労働協約は乗務日当の時間当り単価を機長一六〇円、機長以外の乗務員一四〇円と定めた。 これによると四名の昭和四〇年二月から同年四月までの月平均乗務日当額は次のとおりである(P1については前示の理由により同年二月及び三月の平均によつた)。 P1につき四、四三一円P2につき四、九二八円P3につき二、二八一円P4につき七、五一七円従つて四名の乗務日当月額は次のとおりとなる。 なおP3及びP4の機長昇格後の月額はそれ以前の月額に一四〇分の一六〇を乗じて算出する。 <17598-016>(7) 臨時手当(イ) 昭和四〇年夏期手当昭和三九年一二月一八日締結の労働協約は昭和四〇年夏期手当の額を基本賃金、 はそれ以前の月額に一四〇分の一六〇を乗じて算出する。 <17598-016>(7) 臨時手当(イ) 昭和四〇年夏期手当昭和三九年一二月一八日締結の労働協約は昭和四〇年夏期手当の額を基本賃金、家族手当、付加手当の合計額(これを基礎額という。以下同じ、なおこれは同年五月二五日現在の額による。)の二倍と定め、昭和四〇年六月一〇日締結の労働協約は右付加手当の額を基本賃金の一〇〇分の二五に二三五〇円を加えた金員と定めた。なおその支払期は同年六月一〇日との約である。 (ロ) 昭和四〇年年末手当昭和四〇年一二月六日締結の労働協約は同年の年末手当額を同年一一月二五日現在の基礎額の三・四倍と定め、その支払期を同年一二月一八日と定めた。なお基礎額の要素たる付加手当の算出方法は同年夏期手当中のそれと同一である。 (ハ) 昭和四一年夏期手当右労働協約は昭和四一年夏期手当額を同年五月二五日現在の基礎額の一・九倍と定め、その支払期を同年六月一〇日と定めた。 昭和四二年一月一一日締結の労働協約は基礎額の要素たる付加手当の額を昭和四一年四月一日にさかのぼり、基本賃金の一〇〇分の三〇に一、五〇〇円を加えた金額と改めた。 (ニ) 昭和四一年年末手当昭和四二年三月三〇日締結の労働協約は昭和四一年年末手当額を同年一一月二五日現在の基礎額の三・四倍と定め、その支払期を昭和四二年四月二七日と定めた。 なお付加手当の算出方法は昭和四一年夏期手当中のそれと同一である。 (ホ) 昭和四二年夏期手当右労働協約は昭和四二年夏期手当額を同年五月二五日現在の基礎額の一・九倍と定めその支払期を同年六月一〇日と定めた。 昭和四二年一二月一三日締結の前記労働協約は同年四月一日にさかのぼり付加手当を廃止しあらたに加給を設けその額を基本賃金の一〇〇分の三〇に二、二〇〇円を加えた額とし、 払期を同年六月一〇日と定めた。 昭和四二年一二月一三日締結の前記労働協約は同年四月一日にさかのぼり付加手当を廃止しあらたに加給を設けその額を基本賃金の一〇〇分の三〇に二、二〇〇円を加えた額とし、夏期手当及び年末手当に関する労働協約中付加手当とあるのを加給と読みかえると定めた。 (ヘ) 昭和四二年年末手当昭和四二年一二月一三日締結の年間臨時手当に関する協定書と題する労働協約は同年年末手当額を同年一一月二五日現在の基礎額の三・四倍と定め、その支払期を同年一二月二〇日と定めた。 (ト) 昭和四三年夏期手当前記労働協約は昭和四三年夏期手当額を同年五月二五日現在の基礎額の一・九倍と定め、その支払期を同年六月一〇日と定めた。 昭和四三年六月二四日締結の労働協約は右加給の額を同年四月一日にさかのぼり基本賃金の一〇〇分の三〇に二、九五〇円を加えた金員と定めた。 (チ) 四名が受ける筈であつた臨時手当の金額を右各協約にもとづき計算すると次のとおりである。(単位円)<17598-017>3 P3及びP4の機長昇格右両名はいづれも昭和三三年一〇月第九期操縦士要員として会社に採用された。 P3はすでに定期路線の機長となるのに必要な国家試験(ATRともいゝ、航空法二二条ないし二九条の規定によるもの)に合格し、同期生のP7、P8とともにCVー八八〇型機機長に昇格するための社内訓練にはいつていたところ、P3のみ会社と雇傭関係につき争を生じたのである。右P7、P8はいづれも昭和四一年二月右型機機長に昇格した。 P4は右国家試験にまだ合格していないが、同期生P9は昭和四二年一二月二二日右型機機長に昇格し、その他の同期生、後輩たる第一〇期生、第一一期生の各全員、第一二期生一〇名のうち六名、第一三期生八名のうち七名が機長に昇格した。 P3、P4は機種変更等に 昭和四二年一二月二二日右型機機長に昇格し、その他の同期生、後輩たる第一〇期生、第一一期生の各全員、第一二期生一〇名のうち六名、第一三期生八名のうち七名が機長に昇格した。 P3、P4は機種変更等に伴う十数回の社内試験に際し不合格又は適性不良と判定されたことはない。 従つてP3はおそくとも同期生P7及びP8より、P4は同期生P9より、各々約一か月おくれてその月末にCVー八八〇型機機長に昇格したというべきである。 4 結論四名は昭和四〇年五月から毎月二五日限り支給さるべき前記基本賃金、家族手当、乗務手当、乗務附加手当、乗務日当及び昭和四一年四月から同様に支給さるべき前記住居費調整手当並びに毎年二回支給される前記臨時手当の全額、及びこれらのうち昭和四〇年五月二五日から昭和四三年一〇月二五日までに履行期の到来する分に対する履行期の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を請求する。 但し昭和四〇年五月二五日に支払わるべき賃金中同月分の基本賃金と家族手当(同年六月一〇日締結の労働協約による改訂前の額による)の各二五分の六としてP2は七、〇九五円P3は八、四二四円P4は八、〇一二円を、及び右三名は前月(四月)一日から末日までの乗務手当、乗務付加手当、乗務日当の各全額並びに同年六月二五日に支払わるべき賃金のうち五月一日から七日までの乗務手当(一〇七、四六〇円の三〇分の七に当る二五、〇七四円)をいづれも同年五月八日受領したから、右賃金中からこの受領額を控除する次第である。 右三名は同年五月二五日に支払を受くべき乗務付加手当(同年四月一日から末日までに乗務した分に対するもの)の弁済を前記のとおり受けた。右弁済金員は一時間当り七〇円の単価により算出されたものにすぎず、その後右単価は同年四月一日にさかのぼり一〇〇円に改訂されているけ から末日までに乗務した分に対するもの)の弁済を前記のとおり受けた。右弁済金員は一時間当り七〇円の単価により算出されたものにすぎず、その後右単価は同年四月一日にさかのぼり一〇〇円に改訂されているけれども、右三名は同年四月中乗務した分に対する改訂差額を請求しない。 二、抗弁に対する四名の答弁会社主張の日に四名らに対し懲戒解雇の意思表示があつたことは認める。 三、再抗弁(一) 四名の組合役職会社に雇傭される運航乗務員らは日本航空乗員組合を結成し、昭和三九年九月一五日P1はその執行委員長、P2は副執行委員長、P3は執行委員書記長、P4は執行委員情報宣伝部長に選任された。 (二) 争議行為の目的と態様1 一一月争議組合は外人ジエツトクルーを会社に導入すること及び会社の運航する南廻り欧州線中カイロ・カラチ間に航空士を乗務させないことを会社から提案され、折衝の結果会社と所見を異にしたので、その主張を貫徹すべく、昭和三九年一一月一二日から同月一四日までの間会社の運航する国際線及び国内線の各便のうち若干を選択しこれに乗務を命ぜられていた組合員たる乗務員の乗務を拒むとのいわゆる指名ストライキ(以下指名ストという。)を実施した(以下これを一一月争議という。)。 2 一二月争議組合はさらに組合員の昭和三九年度の賃金引上げを会社に要求し容れられなかつたので、その主張を貫徹すべく同年一二月二一、二二の両日、国際線につき前同様の指名ストを実施した(以下これを一二月争議という。)。 (三) 争議行為の正当性右指名ストはその目的態様に徴し正当性を具備するものである。 (四) 不利益取扱ー懲戒解雇四名は右指名ストを企画指令実行させた最高責任者であるところ、会社はこれが正当性を欠き争議権の濫用にわたるとして四名を懲戒解雇した。 (五) 懲戒解雇の効力従 る。 (四) 不利益取扱ー懲戒解雇四名は右指名ストを企画指令実行させた最高責任者であるところ、会社はこれが正当性を欠き争議権の濫用にわたるとして四名を懲戒解雇した。 (五) 懲戒解雇の効力従つて本件解雇の意思表示は四名の正当な組合活動の故になされたから労働組合法(以上労組法ともいう。)七条一号に違反し公の秩序に反する事項を目的とするものであつてその効力を生じない。 (六) 懲戒解雇理由(会社主張三(三)ないし(五))に対する反論以下会社の主張する解雇理由の項目を追つてこれに対する反論をなす。 会社主張三(三)本件争議に関する事実上の主張1 一一月争議における争議行為の目的(1) 外人ジエツト・クルー導入問題(イ)記載の事実のうち会社、組合間で会社主張の覚書を締結したこと、日常飛行の場合は、操縦席において機長は左座席、副操縦士は右座席について運航に従事するが、セーフテイ・キヤプテンによる同乗訓練の場合は、訓練を受ける副操縦士が左側の機長席について離着陸から巡航中の一切の機長業務をとり行ない、セーフテイ・キヤプテンは右側の副操縦士席について、そばから訓練指導に当ること、副操縦士から機長に昇格する場合には、この訓練は絶対必要な過程と定められていること、「覚書第三項にいう機長四名、航空機関士四名とは、昭和三八年夏期において、DCー八型機について当面の営業路線そのものを維持出来ないという緊急事態に対処するために締結された。」と会社がかねてから主張していることは認める。 本件の場合に外人ジエツト・クルー六名をセーフテイ・キヤプテンとして導入しようとすることは、いささかも日本人乗務員の利益を害しないどころかかえつて利益になるのであり、従つて少くとも実質的には覚書第三項に違反しないこと、このことを会社は十分説明してきたし、組合でも完全に肯認 うとすることは、いささかも日本人乗務員の利益を害しないどころかかえつて利益になるのであり、従つて少くとも実質的には覚書第三項に違反しないこと、このことを会社は十分説明してきたし、組合でも完全に肯認していたこと、DCー八型機機長は必ずCVー八八〇型機機長を経由して昇格する昇格経路が守られたのは、乗員組合側からの切なる希望にもよるものであつたこと、会社がセーフテイ・キヤプテンとして導入を企図した六名のジエツト・クルーは純粋にセーフテイ・キヤプテンとして使用するためのものであり、その必要がなくなれば直ちに使用を停止する予定のものであつたこと、従つて本件の場合に関する限りは、日本人乗務員の昇進の妨害圧迫になるなどというおそれは毛頭存しなかつたこと、覚書第三項にいう機長四名、航空機関士四名とは、昭和三八年夏期において、DCー八型機について当面の営業路線そのものを維持出来ないという緊急事態に対処するために締結されたこと、この員数制限は路線クルー導入に関する制限として協定されたものなのであり本件の場合と趣旨も経緯も異にすることはいづれも否認する。 その余は不知。 組合が、外人ジエツト・クルー導入について不安を抱いたのは、日本人クルーの機長への昇進の妨げのみではない。外人クルーは、事実上組合に加入しないため、外人クルーが増加することは、組合の統制力が及ばない未組織労働者が増加し、それが結局は乗員労働者の労働条件の低下に連なることをも心配したのである。このことは同覚書の第二項にスキヤツブ禁止条項があることからも明らかである。 その後の歴史の経過は、組合の心配が正しかつたことを証明している。 (ロ)記載の事実のうち会社で外人乗務員を使用する場合は、直接雇傭の方式をとらずIASCOとの間の契約により同社の雇傭している各職種の運航乗務員の供給を受けるとい が正しかつたことを証明している。 (ロ)記載の事実のうち会社で外人乗務員を使用する場合は、直接雇傭の方式をとらずIASCOとの間の契約により同社の雇傭している各職種の運航乗務員の供給を受けるという方式をとつていること、予定された六名は古くから日本航空に派遣されて来てプロペラ機の機長として営業路線を乗務している者であり、この際始めて会社の企業組織の中へ入つて来るものではなかつたこと、日本人操縦士がジエツト機長に昇格する場合は副操縦士から始めて機長になることはいづれも認める。既に十年来会社で営業路線の機長として勤務している外人を専ら日本人副操縦士の機長昇格を促進する目的のために一時その使用目的を変えるだけであることが明らかな場合は、覚書第三項の趣旨に違反しないし、又、違反するのではないかとの不安を抱かせるおそれすらないことは否認する。 その余は不知。 (ハ)記載の事実のうち六名の外人乗員が、現実にセーフテイ・キヤプテンとして業務に就くのは早くても昭和四〇年一月から二月にかけてのことであることは不知。 昭和三九年九月九日附の通知があつたことは認める。 その余は否認する。 (二)(ホ)記載の事実はいづれも否認する。組合は会社が訓練を中止して話合うことを要求した。 昭和三九年九月一五日、会社は組合に対し、九月九日付「CVー八八〇型機の外人機長導入について」と題する書面で外人乗員六名をCVー八八〇型機々長(セーフテイ・キヤプテン)として雇傭すべく訓練を開始する旨通知して来た。それ以後、同年一一月一二日組合のストライキ(以下ストともいう)突入に至るまで次のような労使間の交渉があつた。 一〇月二日組合は、「外人ジエツト・クルーに関する抗議及び質問書」をもつて会社のこの一方的な行為に抗議し、労使間の協定・覚書を守るよう強く要求した。 一〇 で次のような労使間の交渉があつた。 一〇月二日組合は、「外人ジエツト・クルーに関する抗議及び質問書」をもつて会社のこの一方的な行為に抗議し、労使間の協定・覚書を守るよう強く要求した。 一〇月五日会社は、「外人ジエツト機機長導入については単に九月九日付の通知どおりで他意はない。」という簡単な回答文をよこした。 一〇月一四日組合は、「回答文JLーXー二〇五について」と題する文書で会社が組合の質問に対して誠意ある回答を行なうよう要求した。 一〇月一五日会社は、別件の組合要求とともに本件についても、労使会議において回答を行ないたい旨組合の了承を求める。 一一月二日組合は、文書で労使会議の開催を要求した。 一一月四日組合は文書で会社の協定違反行為に重ねて強く抗議し誠意ある回答を求めるとともに、厳重な警告を発した。 一一月六日労使会議が開催された。 席上、会社側のP10常務は「これは組合員のプロモーシヨンのことを考えて善意でやつたことだ。」と言い覚書違反を認めるかのような口吻を洩らしながら、引き続いて、「セーフテイ・キヤプテンはキヤプテンでもクルーでもない。だから覚書に違反していない。」などと主張し、遂にP11運航部次長は、「組合の前委員長が会社に了解を与えている。」などと言い出す有様で、論旨の一貫を欠くばかりか会社の不誠意を如実に示したのである。 労使会議終了後、組合は直ちに文書で団体交渉の開催を要求した。 一一月一二日団体交渉が開催された。 席上、組合は会社に対して労使間の協定をどのように考えるのかと追及したところ、会社は、「争議時に会社は外人クルーを使用しない。」との協定について外人クルーとあるのはミスプリントであつて外人「ジエツト」クルーと記載されるべきであつたなどと主張し、さらにP12勤労部長はこの点につき、 、「争議時に会社は外人クルーを使用しない。」との協定について外人クルーとあるのはミスプリントであつて外人「ジエツト」クルーと記載されるべきであつたなどと主張し、さらにP12勤労部長はこの点につき、「この条項は外人クルーの生活権の侵害になる。こんなことを労使間できめられる筈がないではないか。」とまで言うに至つた。しかも従来からの組合の質問に対しては会社は全く誠意ある回答を行なわなかつた。この交渉は午後三時頃終了した。 以上で明らかなように、会社は組合の文書による疑義の解明と抗議に対して、さらに労使会議と団体交渉との席上でも一片の誠意さえ示そうとしなかつたのである。 (2) カイロ・カラチ間航空士乗組問題(イ)記載の事実のうちカイロ・カラチ間が長距離洋上を飛ぶ区間でないこと、航空士による場合とパイロツト・ナビゲーシヨンによる場合とでは航法そのものが異り、航空士を乗組から外したからと言つて、それまで航空士が行なつていた天測や、特別な長距離航法システムを操縦士が代つてとり行なうものでないこと、右区間に当初航空士を乗組ませたことはいづれも認める。 この区間が本来はパイロツト・ナビゲーシヨンを原則とする箇所であつて、会社が当初航空士を乗務させていたのは例外的な特別措置であつたこと、航空士を外して本来のパイロツト・ナビゲーシヨンに戻す場合、それが従前四人でやつていた仕事を以後三人で消化しなければならなくなるという性質の問題ではないこと、本区間には一応地上保安施設が設置されていて、パイロツト・ナビゲーシヨンも十分可能な区間であること、本来のパイロツト・ナビゲーシヨンに切替えても何等の不安もない条件が整つて来たこと、パイロツト・ナビゲーシヨンの場合操縦士にとつて本来の仕事に何等か特別の負担がつけ加つたわけでも何でもないこと、会社の主張する事情は ナビゲーシヨンに切替えても何等の不安もない条件が整つて来たこと、パイロツト・ナビゲーシヨンの場合操縦士にとつて本来の仕事に何等か特別の負担がつけ加つたわけでも何でもないこと、会社の主張する事情は、乗務員の間では誰一人として知らない者はない極めて常識的なことであること、それは本件カイロ・カラチ間航空士の乗務問題が論議された際組合としても、すべて百も承知のことばかりであつたことはいづれも否認する。本区間は法規上航空士の乗務を要する。 その余は不知。 (ロ)記載の事実のうち会社がその主張の日南廻り欧州線を開設し、その主張の日組合に対し調査の結果を説明しその主張の日以降パイロツト・ナビゲーシヨン実施方を申入れ、その主張の日にカイロ・カラチ間について航空士の乗組をとり止めたこと、組合が会社の措置に反対したことは認める。 会社はパイロツト・ナビゲーシヨン実施にふみ切るに至るまで、その間逐一経過を連絡し組合の意見も容れ、絶対に無理のない慎重な手筈を尽して事を進めて来たこと、会社が昭和三八年三月及び昭和三九年四月組合に申入れたこと及びこれに対し組合が延期を申出たり断わつたりしたこと、パイロツト・ナビゲーシヨンの受入れ態勢は完全に整つていたこと、組合が九月一五日まで待つよう回答したこと、同月一六日団体交渉をしたことはいづれも否認する。 その余は不知。 会社の協力要請に対して、組合が六ー七月頃のモンスーン期が終るまで実施を延期してもらいたいと申入れ、或いは春闘中で共同の最終調査はできないと断つたことは少なくとも機関の正式な意思として行なわれたことは全くない。 昭和三九年八月一九日、組合は会社P13航整本部長に対してカラチ・カイロ間の航空士の件について、これは重大な問題であり、従前の労使関係を考慮して、八月下旬より航空士を一方的に降すことには反対 い。 昭和三九年八月一九日、組合は会社P13航整本部長に対してカラチ・カイロ間の航空士の件について、これは重大な問題であり、従前の労使関係を考慮して、八月下旬より航空士を一方的に降すことには反対である旨文書で申入れた。 九月一六日団体交渉は行なわれていない。会社側も明言したとおり組合に対する単なる「説明会」であつたのである。意向を尋ねられた組合は、「まだ新執行部が成立したばかりで、大会・代議員会など召集されていないからこの場で確たる返答はできない、兎に角強行実施はやらないで欲しい。」と要請したのであつて、何ら具体的理由を示すことなく唯単に反対であるというだけであつたなどとは事実を曲げるも甚だしい。 組合が会社の一方的な措置に反対したのは、労使間の信義違反と並んで、それがまさに労働条件であり労使間で協議決定すべき事項であつたからにほかならない。 (ハ)記載の事実のうち会社が組合の反対を押し切つてパイロツト・ナビゲーシヨンを実施したことは認める。 その余は否認する。 2 一一月争議における争議行為の態様に関する事実(1) 出発前の準備作業右記載の事実のうち会社は組合が何等の通知もなく全くの抜ち打き的ストを行なつたと主張しているが、これは事実に反する。 一〇月二八日、組合は労働関係調整法(以下労調法という。)三七条に基づく争議予告を中央労働委員会(以下中労委ともいう。)及び労働大臣に対して行なつたが、その後間もなく会社に対して組合はすでに争議予告を終え、一一月八日以降は、あらゆる形態の争議行為を行なうことが法的に可能である旨通知した。 組合はさらに一一月四日文書で会社側の不誠意な態度が続く限りにおいては、如何なる事態が発生するかも知れぬことを警告し、一一月一二日団体交渉の開催に先立つてP1委員長は「組合としてはこの団交は極め 組合はさらに一一月四日文書で会社側の不誠意な態度が続く限りにおいては、如何なる事態が発生するかも知れぬことを警告し、一一月一二日団体交渉の開催に先立つてP1委員長は「組合としてはこの団交は極めて重要であると考えている。その点をよく考えて誠意をもつて団交に応じてもらいたい。」旨述べているのである。 しかもスト突入と同時に委員長が直接P14社長に対し電話で指名ストに突入した旨を通告しているのであつて、何等の通知もなく全くの抜打ち的ストであるという会社の主張は甚だしい言いがかりと言わざるを得ない。 国際線乗務員の各乗務における出発前の準備作業の内容は認める。 (2) 各便毎の争議行為の態様右記載事実中(イ) 一一月一二日午後一〇時発八六二便会社組合の団体交渉が午後三時頃終つたこと同便の乗務予定者は会社主張のとおりであること(但しP15副操縦士が同乗訓練の予定であつたことは否認する。)、これらの者が遂に飛行場に姿を現わさなかつたこと、P1委員長が直接電話で社長自宅宛にストライキの通知を行なつたこと、同便が予定時刻より遅延して出発したこと、組合が会社主張の時刻にスト解除通知を行なつたことはいづれも認める。 今後なお引続き第二回の団体交渉を開いて論議を続けようということになつていたこと、会社がその主張のような経過で組合がストに入つたのを知つたこと、P1委員長の社長に対するスト通知の時刻及びその内容、組合事務所に八六二便に乗務する際携行するフライトホルダーが置き去りにされていたこと、当日の団交で交渉はなお継続することに決定していたこと、会社がスト発生など夢にも思つていなかつたこと、乗務員が全部交替すれば出発前の準備作業を全部やり直さねばならぬことはいづれも否認する。その余は不知。同便の出発時刻は一三日午前零時五分である。 組合のP スト発生など夢にも思つていなかつたこと、乗務員が全部交替すれば出発前の準備作業を全部やり直さねばならぬことはいづれも否認する。その余は不知。同便の出発時刻は一三日午前零時五分である。 組合のP1委員長が自ら電話で社長に対し、まず午後八時四五分頃P16航空機関士について続いて午後九時頃P17機長ほか二名についてスト通知を行なつたのである。そして遅くも午後九時をやゝ廻つた頃には、社長から同じく電話で当直運航統制者に対し名指しでストについて連絡が行なわれており、しかもその電話をつないだままP18運航統制者は関係各所に連絡を行なつている事実がある。このように組合から社長に対するスト通知を契機に会社内の各部所に連絡がとられていたのであるから、「会社側では、右四名がストライキに入つたなどと知る由もなく……。」とか、「後から判明したところによれば……通知して来たものであつた。」などというのは全く事実に反する。 次に、会社は「事の意外に驚き早速組合事務所に職員を派遣して事の真偽を問合せたけれども、いづれ社長から話があるだろうから言えないとのことであつた。」と主張するが、争議時には誤報、デマが生じやすいため当然組合としての公式発表以外は何も言うわけがないのであつて、むしろ混乱を避けるためにこそ、そのような返事をする筈である。もしも組合役員が、各自に個人的な発表を行なつたとしたら、それこそどのような事態を招来したかは想像に難くない。 会社は、同便について、フライトホルダーが組合事務所に置きざりにされていたととり立てて主張している。しかし、フライトホルダーにはさまれていたフライトプラン(飛行計画)が乗務員の氏名と機長、航空士のサインが変更された程度で再度使用されているところから見て、フライトホルダーが紛失したことも、返却がおくれて困つた事態もなかつた さまれていたフライトプラン(飛行計画)が乗務員の氏名と機長、航空士のサインが変更された程度で再度使用されているところから見て、フライトホルダーが紛失したことも、返却がおくれて困つた事態もなかつたことが充分うかがえるのである。八六二便についてのみフライトホルダーの置きざりが問題とされているのは、組合で会社に返却するため、一時的に保管していたところへたまたまP19職員が来たためその場で返却されたという経緯があり、これを粉飾しようと試みたためであると思われる。 なお、「飛行場側からは、既に乗客に対しては搭乗の案内をしなければならない時刻になつているのにまだ乗務員が来ないのはどうしたのか、早く乗務員をよこせと矢のような催促が殺到して来た。そこではじめて、右四名が……ストライキに入つたものであることが判明したのであつた。」というのは甚だしい自己矛盾である。何故なら、会社自ら後に至つて、同便の乗客はすでに一旦搭乗したことを認めているのであるから。 さらに訓練のため同便に同乗予定のP15副操縦士については、会社自ら出頭予定時刻以前にすでに予定を取消しているのであるから、「何等の連絡がなく最後まで姿を現わさなかつた。」のは至極当然であり、これを殊更とりあげて云々すること自体がむしろ会社の組合に対する敵意を如実に示すとともに、会社内部の連絡の不充分さを物語つているのである。 本件争議直前の団体交渉では、「交渉はなお継続することと決定していた。」事実はない。むしろ会社側の不誠意な態度によつて交渉は継続し難い状態になつていたのである。 次に、「乗務員が全部交代すれば出発前の準備作業を全部やり直さねばならぬ。」というのも全く事実に反する。フライトプランは乗員の氏名と気温を修正した程度で使用されていることが明らかである。そしてデイスパツチヤーの署名すら 代すれば出発前の準備作業を全部やり直さねばならぬ。」というのも全く事実に反する。フライトプランは乗員の氏名と気温を修正した程度で使用されていることが明らかである。そしてデイスパツチヤーの署名すら変更されていないのである。なお、組合は労調法による争議予告義務の完了後間もなくその旨を会社に連絡しただけではなく、当日の団体交渉の冒頭も含めて再三にわたり会社が不誠意な態度を持続する限りストを行なう旨の警告を発していたのであり、会社がスト発生など夢にも思わなかつたということは絶対にあり得ない。 (ロ) 一一月一三日午前九時二〇分発七一五便P20航空士が午前八時一〇分以降ストに入つたこと、同便の出発時刻及び遅延時間はいづれも否認する。 午前九時頃は、代替管理職乗務員が間もなく乗務管理課に到着するであろう時刻であつたこと、会社が出発前の準備作業を繰返すことによる大幅の出発遅延が乗客に及ぼす迷惑を思い、前記緊急呼出しが徒労に帰するのも忍んで四名に再び乗務を命じたことはいづれも不知。その余は認める。 P20航空士のスト開始時刻は、通知時刻と同様に午前八時二〇分である。また同便の出発時刻は午前九時五六分である(従つて遅延は三六分である。)。 ストが解除されたP21機長等当該乗員は、組合事務所にいたのであり、会社が他で主張するに至つた、「スト解除の通知はあつても乗員の姿は見えなかつた」というような事実はないのである。 (ハ) 一一月一三日午前一〇時発八〇六便運航取消の理由が適当な代替要員を得られないこと、スト解除の時刻はいづれも否認する。 その余は認める。 組合がスト解除をした時刻は正午過である。同便の欠航は代替乗務員がいなかつたということではない。会社は当日七一五便のために管理職乗員を呼出し待機させていたのであつて、欠航理由は八〇六便の 認める。 組合がスト解除をした時刻は正午過である。同便の欠航は代替乗務員がいなかつたということではない。会社は当日七一五便のために管理職乗員を呼出し待機させていたのであつて、欠航理由は八〇六便の乗客数が四七名に過ぎなかつたので、これを八一六便に移すことが可能であつたからに他ならない。 (ニ) 一一月一三日午前一一時発七三五便同便の乗務予定者が会社主張のとおりであること、いづれも定刻に出頭して出発前の準備作業を遂行したこと、乗務管理課からの電話に対して組合は会社主張の時刻に三名につきストを解除する旨を通知したこと、同便が一二分の遅延で出発したことはいづれも認める。 P22等スト突入者が乗員送迎用の自動車に乗込んで飛行場に向け出発したこと、運航管理課がこの便は幸いにしてストなしで運航できるものと信じたこと。スト参加者が税関のところまで行つたこと、P1委員長が平然として午前一〇時以降ストライキであると電話で答えたことはいづれも否認する。 その余は不知。 同便乗務予定の乗員のうちP23機長を除く他の二名が、税関の処迄赴いたという事実は全くない。その前に組合事務所の前を通過したときストに入れられたのである。本便ではとくに一二分しか遅延していない点に注目されたい。当時の会社の基準(一五分以内の遅延は定時出発として扱う。)から見れば、これは定時出発である。会社は、この便は無通知でストが行なわれそのため大混乱したと主張、立証しようとするが、定時に出発したことを考えると、この主張も何ら根拠はない。なお、本便も含めて一一、一二両月のストの中で乗員送迎用の自動車に一旦乗り込んだ者又は税関のところまで赴いた者がストに突入した事例は一つもない。午前一〇時二〇分会社P24次長より組合に対し七三五便は午前一〇時三〇分から指名ストに入れるのかとの電話によ の自動車に一旦乗り込んだ者又は税関のところまで赴いた者がストに突入した事例は一つもない。午前一〇時二〇分会社P24次長より組合に対し七三五便は午前一〇時三〇分から指名ストに入れるのかとの電話による問合わせがあり、P25執行委員が午前一〇時から同便の副操縦士、航空士、航空機関士がストに入つた旨答えている。 (ホ) 一一月一三日正午発八一六便同便の出発予定時刻が正午であること、四名が運航管理課から飛行場に赴いたこと、七三五便の乗務員が運航管理課から飛行場に赴きながらにわかにストに入つたこと、運航管理課からの電話に対して同便は指名ストでない旨返答したこと、東京空港支店が乗務管理課に問合わせ同課はさらに、午前一一時四一分に組合に問合わせてスト突入を知つたこと、出発前の準備作業をやり直したこと、スト解除通知の時刻はいづれも否認する。 会社が同便について七三五便と同様の心配を抱いたこと、前後措置に苦慮したが急いで代替要員を手配したことはいづれも不知。 その余は認める。 本便の出発予定時刻は午後零時三〇分であり従つて遅れも一八分にとどまる。また、会社は組合が同便の乗員につき、会社からの電話に対して一一時二五分、指名ストを行なわない旨返事をしたかのごとく主張しているが、事実は、「現在ストに入つていない。」旨の返答でありストは一一時三〇分に開始されたのであるから組合の答はまことに当然である。組合はスト突入と同時に会社にその旨を通知した。 (ヘ) 一一月一三日午前一一時二〇分発三二三便大阪・福岡行P26副操縦士のスト通知及び解除通知時刻はいづれも否認する。 会社が不意打ちに驚いたことは不知。 その余は認める。組合のスト通知時刻はスト開始の午前一〇時四五分直後である。またスト解除通知も解除時刻の午後一時直後に行なわれている。 (ト) 一一月 認する。 会社が不意打ちに驚いたことは不知。 その余は認める。組合のスト通知時刻はスト開始の午前一〇時四五分直後である。またスト解除通知も解除時刻の午後一時直後に行なわれている。 (ト) 一一月一三日午後一〇時発六六便組合が、同便乗務予定の四名のうち会社主張の二名の乗務員につきスト通知を行なつたこと、P27航空士につきスト解除の通知を行なつたこと、同人が再度同便に乗務したこと、同便が五〇分遅延して出発したことはいづれも認める。 P28副操縦士にスト解除通知がなかつたこと、P27、P28両名のスト通知時刻、P27のスト解除時刻はいづれも否認する。 その余は不知。 組合は、P27、P28両名につき同時に午後八時三〇分頃ストを開始し、通知もその直後同時に行なわれている。スト解除時刻については、P27は午後一〇時二三分、P28は午後一一時三〇分、P28の解除通知はスト解除と同時である。 なお、組合がP27航空士を一旦ストに入れながらこれを解除したのは、次のような理由に基く。 すなわち、同便につき代替要員であるP29航空士(管理職)がその頃ごく近親者に不幸があり、葬儀への参列もできないままに同便に乗務することを知つた組合は、同航空士の立場を充分考慮した結果、会社側に対してP29航空士を乗務させないよう申し入れた後にスト解除を行なつたのである。 (チ) 一一月一四日午前八時五〇分発九五五便同便の乗務予定者は会社主張のとおりであること、これらの者が午前七時五〇分以降ストに突入したこと、会社から組合に対し会社主張のような申し入れがあつたこと、組合はそれを認めてストを解除したこと、同便が予定より五〇分遅延して午前九時四〇分出発したことはいづれも認める。 スト解除時刻は午前八時四五分である。 なおソウル便は国際線ではあるが、出頭時刻は 、組合はそれを認めてストを解除したこと、同便が予定より五〇分遅延して午前九時四〇分出発したことはいづれも認める。 スト解除時刻は午前八時四五分である。 なおソウル便は国際線ではあるが、出頭時刻は国内線と同様一時間前と定められている。本便などは、組合がいかに柔軟な態度でストに臨んだかを示す好例である。 (リ) 一一月一四日午前一〇時発八〇八便一〇時すこし前、P30機関士を指名ストに入れる旨の通知があつたこと、続いてその余の三名のスト通知があつたこと、P31航空士を除く他の四名につきその後何の連絡もなかつたこと、会社側の問合わせの結果、会社主張のような返答を組合が行なつたことはいづれも否認する。 スト突入の時刻は、P30機関士については午前九時、他の三名については午前九時一〇分であり、通知も又、四名一括して午前九時一〇分に行なわれている。また解除時刻は、P32、P33については午後一時四五分、P34、P30については午後七時三〇分であつて、しかもすべて会社への通知は行なわれている。 会社が組合のやり方に憤激したことは不知。 その余は認める。 会社は、P33航空士がストに入つたのに対し代替要員としてP31航空士(組合員)に乗務を命じたところ、そのP31航空士をストに入れたことをもつて、組合のやり方は不公正であるかのように主張する。しかし、組合員にスト破りを命じた場合、再度ストに入れられる可能性のあることは当然予測し得るところであつて、これをもつて不公正なやり方とするのは当らない。むしろ会社の争議対策の甘さを示すものに他ならない。 また同便について九時一〇分にスト通知を受けながら、国際旅客サービス課に連絡があつたのは九時三〇分であり、さらにP31航空士からすでに出社していたP35航空士に交替させるのに一二時四七分から一三時四四分 同便について九時一〇分にスト通知を受けながら、国際旅客サービス課に連絡があつたのは九時三〇分であり、さらにP31航空士からすでに出社していたP35航空士に交替させるのに一二時四七分から一三時四四分まで要しているのは異常であつて、争議とは別な遅延の原因があつたとみるのが航空界の常識である。 (ヌ) 一一月一四日午前一一時発七三七便同便の乗務予定者は会社主張のとおりであること、これら乗員がすべて定刻に出頭し、規定されたとおりに出発前の準備作業を進めていたこと、同便には中共向遺体が搭載されることになつていたこと、会社が午前一〇時二〇分頃、組合に対し協力方を要請してきたこと、会社が代替乗務員の手配をし緊急呼出しをかけたこと、遺体が外国航空会社の便に移されたことはいづれも認める。 到着地で盛大な出迎えの行事が行なわれることになつていたこと、若し同便が欠航あるいは大幅な遅延を生ずるようなことになれば国際問題にもなりかねない一大事を起す恐れがあつたことはいづれも不知。 その余は否認する。 組合は、午前一〇時一〇分P36、P37、P38らをストに入れ、同二〇分頃その旨のスト通知を行なつている。会社P39運航サービス部長、P40乗務管理課長が組合事務所を訪れたのはこのストの解除方を要請するためであつた。これに対し、組合は一旦スト解除を認めかけたが、なお念の為会社国際旅客課に問い合わせたところ、すでに遺骨はガルーダ航空に移してしまつた後であるということであつた。 そこで、さらに引き続いてガルーダ航空に問い合わせた結果、遺骨かどうかはわからないが日本航空から荷物が送られて来ていることが判明した。そこで組合は、会社の主張は根拠がないと判断し、ストの継続をはかつたのである。 同便の出発した時刻は午後二時五八分、従つて遅延時間は三時間五八分である。 スト ら荷物が送られて来ていることが判明した。そこで組合は、会社の主張は根拠がないと判断し、ストの継続をはかつたのである。 同便の出発した時刻は午後二時五八分、従つて遅延時間は三時間五八分である。 スト解除はP36については午後八時、P38については午後七時三〇分、P37については午後三時であり、いづれも解除直後に通知がなされている。 なお、前記P39、P40両名が組合事務所に来た午前一〇時二〇分頃には、すでに七三七便の出発時刻が遅らされていた。会社は同便に同乗して香港からの折かえし便に乗務する航空士を乗務させることなく同便を出発させようとしたが、組合は混乱をさけるべく、香港からの折かえし便に乗務する航空士にあてるため、八〇八便でストに入れられたP31のストを解除した。 (ル) 一一月一四日午後一〇時発六八便組合のスト通知が午後九時三〇分に行なわれたこと、P41、P42、P9につき最後までスト解除の通知がなかつたことはいづれも否認する。 スト通知はスト開始時刻の直後に行なつている。 また右P41、P42、P9についても一四日午後一一時一五分ストを解除し、その直後に会社に通知を行なつている。 その余は認める。 そもそもこの便に乗務出来る非組合員航空士は全くいなかつたのであつて、P43航空士が出社していたにせよ、ストに入らないという保証はない訳である。つまり、八〇八便のP31航空士の場合と同様に、P43航空士が乗務を命ぜられた後にストに入つた場合は、六八便は欠航となることは明らかであつた。六八便を飛行させるか否かは組合の決定によりきまる問題であつて、会社では最早決定できない状態にあつたのである。それにもかかわらず、会社は六八便を無理に運航させようとしたところに混乱の原因があつたのであり、会社としては、六八便の運航を確保するためには、組 つて、会社では最早決定できない状態にあつたのである。それにもかかわらず、会社は六八便を無理に運航させようとしたところに混乱の原因があつたのであり、会社としては、六八便の運航を確保するためには、組合の要求に対して譲歩を行なうか、或いは混乱を避けるためには欠航するか、いづれかの方法しか残つていなかつた筈である。組合は、このような状態をつくり出して不誠意な会社の態度を変えさせることが戦術的目的であつて、六八便によつて一応その目的を達したと判断した組合は一連のストを中止したのであつた。 3 一一月争議における争議行為の態様に関する特徴(1)記載の事実のうち一一月一二日夜八六二便の乗務員が、指名ストに突入したこと、その通知が会社の社長自宅へ電話をもつてなされたことはいづれも認める。 争議現場であるオペレーシヨン・センターでは、運航管理課からわざわざ職員を組合事務所まで派遣してストの存否を尋ねさせたのに対して、組合はいづれ社長から話があるだろうから言えないと回答を拒否したこと、及び会社の主張するその時刻はいづれも争う。 その余は否認する。 (2)記載の事実のうち一一月争議においては、一二日午後一〇時発八六二便から一四日午後一〇時発六八便までの四八時間に一一便延約三〇名の乗務員がつぎつぎと指名ストに入れられたこと、そのうち出頭時刻にストに入り出頭しなかつたのは一便のみであつたことは認める。 会社の主張する運航を司るオペレーシヨン・センターと乗客をさばく東京空港支店との業務上の関連については不知。 その余は否認する。 (3)記載の事実のうち緊急招集されたP31航空士が指名ストに入つたこと、その時点が運航管理課での準備作業完了の後であつたことはいづれも認める。 その余は否認する。 注意を要するのは、代替要員につき行なわれる出発前の準備作業 集されたP31航空士が指名ストに入つたこと、その時点が運航管理課での準備作業完了の後であつたことはいづれも認める。 その余は否認する。 注意を要するのは、代替要員につき行なわれる出発前の準備作業が全般的にスト突入者の行なつた作業を再度繰返すということではなく、むしろ相当部分が省略されていたのが実情である。例えば、出発前の準備作業の重要な部分であるフライトプラン(飛行計画)の作成について見れば、スト突入第一便である八六二便の指名ストに入つたP17機長、P44副操縦士、P33航空士、P16航空機関士四名の氏名及び右機長、航空士両名の署名は単に横線で抹消され、代替乗務したP45機長ほか三名の乗員の記名及び同機長、P46航空士両名の署名が前記抹消部分の傍らになされ、そして気温が修正されただけで同フライトプランは使用されているのである。 その他のフライトプランも、同様の取扱を受けている。七一五便に至つては、全くそのまま、同じフライトプランが使用されているのである。 なる程、乗務員の指名ストに入る時刻が乗務管理課に出頭する直前か、出発前の準備作業終了後かによつて会社のスト対策の着手は、前者の方が早い時間に可能であろう。 しかし、それはあく迄、両者のスト突入の時刻の遅速の差に過ぎずかつそれにとどまると言つて過言でない。いわんや、「出発前の準備作業終了後指名ストに入つたこと」等の争議態様と「欠航出発時刻の変更、遅延」とはいかなる意味でも無関係である。(なお欠航便は五便でなく、一一月争議では八〇六、六八、一二月争議では九〇一、七三三の計四便である)。 (4)記載の事実は否認する。 (5)記載の事実のうち同一便の乗務員につき異る時刻にストに突入させたこともあることは認める。 その余は否認する。組合はスト突入と同時にこれを会社に通知するとの戦術をとつた 記載の事実は否認する。 (5)記載の事実のうち同一便の乗務員につき異る時刻にストに突入させたこともあることは認める。 その余は否認する。組合はスト突入と同時にこれを会社に通知するとの戦術をとつた。 (6)記載の事実のうち一一月一四日六八便P43航空士の場合、スト通知は最後までなされなかつたことは認める。 会社がスト解除の通知があつて始めて同航空士がストに入つたことを知つたことは不知。 その余は否認する。 六八便についても組合の「加害意図」を引き出すべく、会社は幾多の事実を曲げている。そもそもP43航空士は、最初は通常のスタンドバイ(自宅待機)であつて(当時国際線ではシヨウアツプ・スタンドバイは行なわれていない)、当初から出頭待機を命ぜられていたのではない。同航空士に関するスト通知を組合が遺脱したのは事実であるが、これは組合の業務上のミスである。つまり、同航空士が本便の乗務予定者の中に含まれていなかつたために生じた遺漏であつて、故意にかくしたものではない。当時、組合はスト中の乗務員につき、スト解除と同時に直ちに乗務できるよう飛行場近くの旅館「梅月」を確保し、ここに待機させていたのであつて、故意に身柄をかくしたことはない。 しかも本便には次のような特殊な事情がある。 即ち、本便出発前に組合と会社との間で団体交渉が行なわれていたが、本便につき最早代替の管理職乗務員はなく、組合がストを行なつた場合は欠航便とならざるを得なかつたのであり、この間の事情は労使双方熟知の上団交を重ねていた。つまり会社側から見れば、本便は出発させられるかどうかわからぬ状態だつたのである。会社としては、団交において誠意を示し妥結の方向を選ぶか、又はいち早く欠航とするかの二途しか残されていなかつた。 本便は、本件ストにおいて組合の力により欠航させた唯一の便であ ぬ状態だつたのである。会社としては、団交において誠意を示し妥結の方向を選ぶか、又はいち早く欠航とするかの二途しか残されていなかつた。 本便は、本件ストにおいて組合の力により欠航させた唯一の便であり、さればこそ会社にとつて前記対策が必要かつ可能であつたにもかかわらず、漫然これを怠つたことは、会社こそ「利用者の迷惑」を考慮せず、かえつてそれを激発した張本人であることの証左である。 (7)記載の事実のうち一一月一三日午後零時発八一六便につき会社が組合事務所に照会したこと、その後機長、副操縦士、航空機関士三名が指名ストに入つたことは認める。 会社が、照会に対する組合の回答に喜んだことは不知。 その余は否認する。 (8)記載の事実のうち一三日三二三便福岡行がストの対象となつたこと、組合の側でストに入れるのは国際線のみであると断つていたわけではないこと、それまで五便の国際線がストに入つていたことは認める。 このストが抜打であり、突如として行なわれたものであることは否認する。 その余は不知。 すでに行なつた労働大臣・中労委に対するスト予告には、国内線における指名ストも含まれており、とくに組合として会社に対して争議予告の義務を負わぬ以上、国内線についてもストは当然予想された筈だからである。主として会社の準備の拙劣さに起因する事実を組合のストの態様に帰せしめることは正しくない。 (9)記載の事実のうち一一月一四日六八便のP47航空士につき九時三〇分スト通知がなされたこと、東京・ホノルル間が航空士なしでは飛行できないことは誰でもわかること、代つて乗務を命ずることのできる管理職航空士がもはや誰もいないことは会社側だけでなく組合側も十二分にわかつていることであつたこと、P43航空士以外スト通知のないまま運航管理課に現われなかつた者はないことはいづれ 命ずることのできる管理職航空士がもはや誰もいないことは会社側だけでなく組合側も十二分にわかつていることであつたこと、P43航空士以外スト通知のないまま運航管理課に現われなかつた者はないことはいづれも認める。 その余は不知。 (10)記載の事実のうち八〇六便の郵便運送ができなかつたことは認める。国際貨物運送の点は不知。 会社は、機材故障や気象により遅延が生ずる場合、それは非常に早くから承知できるのであつて、本件抜打ストの場合とは趣きを異にすると主張している。 しかし、会社側証人の証言によつても、(イ) エンジン・トラブルで一度搭乗したお客が降ろされることはときたまある。 (ロ) オーバーセール(定員以上に航空券を発売した場合)により出発が遅れる場合があるが、会社の恥なのでその旨乗客には伝えない。 (ハ) 乗継便の変更、その他の連絡については機材故障の場合もストの場合も同じである。 (ニ) エンジン・トラブルなどによる遅延とストによるそれとの本質的な差は、前者の場合、自分の乗る飛行機の安全がかゝつているので乗客が容易に納得してくれる点である。 との点が明らかであるから、右主張は理由がない。もしも会社の論理を貫くとすれば、国内線においては、一旦目的地に飛び立つた以上、気象の変化により目的地に到達できないことは絶無の筈である(国内線では、殆ど一時間以内にジエツト機は目的地に達する。)。これがいかに笑止極まる主張かは多言を要しない。例えば昭和四一年三月四日、東京国際空港で発生したカナダ太平洋航空所属飛行機の事故は、羽田附近が濃霧のため代替空港である台北に引き返そうとした途端、霧がはれて視界が開けたので着陸を試みた際に発生したのである。 このような会社の主張は整備関係の労働者を始め、多くの航空関係者の失笑を買い、本件ストに関する会社主張も遂に 北に引き返そうとした途端、霧がはれて視界が開けたので着陸を試みた際に発生したのである。 このような会社の主張は整備関係の労働者を始め、多くの航空関係者の失笑を買い、本件ストに関する会社主張も遂にここ迄転落をしたのかとの感を深くする。 郵便運送も会社主張のように確実ではない。試みに七一五便がどのように運航されたのかを点検してみよう。 ストによる出発遅延時間は三五分である。ところが香港到着は一時間三〇分遅れとなつている。すなわち、スト以外の原因(向い風)のため五五分の遅延が生じた訳である。これでは、たとえストがなくとも郵便運送の使命は危くなつている筈である。このような事実が解雇理由になり得ないのは自明である。 その他、何便かの運航状態を調べてみよう。 (イ) ホノルル方面出発到着八六二便(郵便指定便ではない)二時間五分一時間三五分八〇八便三時間四四分三時間八一六便一八分七分六六便五〇分一一分(ロ) 香港方面七三五便一二分三六分七三七便三時間五九分四時間一八分(以上いづれも遅延時間)飛行機の運航が、いかに時間通りに行なわれ得ないかはここに示す姿そのままである。 郵便の差立表が会社主張のように厳密に計画されているとしたら、ストのない日常でも不断に「継越」が狂わされているのであろうか。 (11)記載の事実は争う。 4 一二月争議における争議行為の目的冒頭及び(1)記載の事実のうち組合の要求についての団体交渉の回数が一七回であること、昭和三九年六月一〇日、組合が妥結のためのすべての手続を完了したこと、六月一一日組合委員長が社長、労務担当常務取締役に対して正式決定を通知したこと、組合の規約上争議の妥結権が代議員会の専決事項とされていること、昭和三九年度の賃上げ問題に関して労使間に完全な合 こと、六月一一日組合委員長が社長、労務担当常務取締役に対して正式決定を通知したこと、組合の規約上争議の妥結権が代議員会の専決事項とされていること、昭和三九年度の賃上げ問題に関して労使間に完全な合意が成立したこと、昭和三九年度の春闘要求につき労使間に十二分の話合が行なわれたこと、六月一一日の合意成立には手続上何等の欠●も存しないこと、組合の当初要求の全部について満足すべき解決をみていること、春闘要求は完全に妥結したということができることはいづれも否認する。昭和三九年度賃上げ要求の内容は争う(平均基本賃金・平均業務時間をどのように定めたかが明らかでない以上、会社主張の数字が組合要求に合致しているかどうかは不明である。)。団体交渉の回数は二一回である。 昭和三九年度春闘に際して会社が三度にわたり回答を修正したことは認めるが、その内容が譲歩ということは到底できない。 その余は認める。 組合規約二六条によれば、労働協約の締結、争議の解除は代議員会の附議事項とされているが、これは専決事項の趣旨では勿論ないばかりでなく、また本組合の規約においてそうであるように一般的に組合大会が最高決議機関とされているのである。なお、P34委員長が社長及び労務担当常務取締役に連絡したのは、電話によつてであり、しかもその際一般組合員の不満がかなり強いのでまだ確答できない旨明確に述べているのである。 執行部の態度に不満をもつ一般組合員から臨時大会開催の請求があり、これに基づき大会の公示がなされたのが六月二二日のことであつた。 (2)記載の事実のうち会社が六月一一日に成立した合意の内容に従つた賃金支払の準備にとりかゝつたこと、会社の賃金計算は全部機械計算化されていること、今回の乗務員関係賃金の変更は、いわゆる単純なベースアツプではなく、賃金体系全般を根本的に変更す した合意の内容に従つた賃金支払の準備にとりかゝつたこと、会社の賃金計算は全部機械計算化されていること、今回の乗務員関係賃金の変更は、いわゆる単純なベースアツプではなく、賃金体系全般を根本的に変更するものであつて、機械に入れるカードそのものから作り直さねばならず、更にカード作成の資料として個々の乗員の経歴、経験年数、資格、勤務内容等につき全部詳細な実態調査を遂げなければならずその作業量は膨大であること、当初給与担当部門では税金徴収上年末調整の関係もあるので、昭和三九年一二月の賃金支給日には、何とか新給与と差額追給まで果そうという目標を定めて作業を開始したこと、途中で本社勤労部、航整本部勤労部、本社機械計算室、計算二課などが羽田地区で泊り込み作業までして鋭意努力した結果、当初目標を一ケ月早めて一一月二五日支払日に間に合わせることが出来たことは不知。 六月二二日会社が合意内容を成文化したと称する文書を組合に送付したこと、組合が同月二九日文書をもつて会社回答を受諾できない旨回答したこと、一一月二五日に右賃金の支払が行なわれたことは認める。 その余は否認する。 (3)記載の事実のうち組合新執行部が一一月四日提出した要求は新らしいものであつたこと、要求内容のうち基準給の比率及び額、この要求が六月一一日妥結の前提となつた春闘要求と全然別個のものであること、会社の態度がその主張の理由により穏健妥当であり、組合は会社の提案に耳を傾けるべく、これに応じても何らの不利益を受けないこと、組合が、春闘はまだ妥結していないことを会社が認めない限りは、新提案についての趣旨説明にも応じられないと強硬に主張し、一二月一五日会社が団体交渉を申入れたのに対しても種々の条件をつけて更に応じようともしなかつたこと、組合の態度が滅茶苦茶で弾力性を欠くこと、組合が争議予告の の趣旨説明にも応じられないと強硬に主張し、一二月一五日会社が団体交渉を申入れたのに対しても種々の条件をつけて更に応じようともしなかつたこと、組合の態度が滅茶苦茶で弾力性を欠くこと、組合が争議予告の届出を一一月二九日になしたこと及びその予告期間満了が一二月九日であること、一二月六日会社は中労委に調停申請したこと、一二月二〇日中労委による事情聴取が行なわれたこと、中労委が急速に事情聴取を進めて、いまや調停案を作成するばかりとなつたこと、組合が突如としてストを行なつたことはいづれも否認する。 要求の内容のうち、基準給を除いた部分の比率及び額はいづれも争う(なお、こゝに記載されている「平均」なる金額は組合員全員の平均ではない。)。 その余は認める。 基準給についての要求は、旧日本航空整備労働組合と同等にせよということであつた。組合が賃金要求について主張した根拠は、賃上げにつきいまだ正式調印が行なわれず臨時組合大会でこれが正式に否決された以上まだ春闘は妥結したとはいえないということ、及び春闘が妥結したという前提に立てば一年間その賃金協定に拘束されるのであるから春闘妥結後の新要求として協議することはあり得ないということとにあつた。 組合は一一月一八日、同日及び同月二五日の二回にわたる団体交渉を要求した。 一二月一〇日以降の団体交渉の経過については、会社は六月一一日成立の合意による協定に調印しなければ団交に応じないという立場をとつたため、組合はこれは実質的な団交拒否ではないかと迫り、遂に春闘に際して直接組合との交渉に当つた社長自身が団交に出席するよう要求した。なお、会社が正式見解として春闘は妥結しているという立場をとり始めたのは、一二月一〇日の団交の席上、一旦休憩後のことであり、同日休憩前は、会社側で春闘は妥結していないということを認めた発言 求した。なお、会社が正式見解として春闘は妥結しているという立場をとり始めたのは、一二月一〇日の団交の席上、一旦休憩後のことであり、同日休憩前は、会社側で春闘は妥結していないということを認めた発言があつた。 会社はこのような経過を経て態度を定めるや、その後は全く「春闘は妥結した。」という線を固持し続けた。一二月一五日、団交を言を左右にして拒否したのは会社側である。会社は、会社の回答がなく団交も開かれぬうちにスト権確立の投票を行ない労調法による予告を行なつたことを非難するかのような口ぶりである。 組合側の再三の団交開催要求に対して会社が全く応じる気配を示さないからこそ、スト権を確立したのである。 また、一二月六日、会社が中労委に調停申請をした事実は全くない。これは一二月一六日の誤りである。 さらに中労委で調停案を作成するばかりの段階になつてストを行なつたのではない。中労委において会社は、最初から一貫して組合が正規の手続を経て会社側に妥結回答をしている以上春闘はすでに妥結しており及び以上の点がどうあろうとも組合の要求には一切応諾できないという立場をとり続けた。つまり、組合に対してゼロ回答を認めよというのである。譲歩という構えの全くない調停などというものはあり得ない。このような会社側の態度の結果、調停案は到底作成される状態ではなかつたのである。 さらにまた、本回も前回同様全くの抜き打ちストという訳ではない。一二月二一日午後一時三〇分頃第二回の事情聴取に先立つて、組合は労働省記者クラブで記者団と会見し、会社側の態度が変わらぬ以上今後よりストに入る旨を説明さらにP48労働者側委員に対し同様の説明を行ない同委員を経由して会社側が知ることを期待した。「突如」ストを開始した事実は全くない。 5 一二月争議における争議行為の態様に関する事実右記載 を説明さらにP48労働者側委員に対し同様の説明を行ない同委員を経由して会社側が知ることを期待した。「突如」ストを開始した事実は全くない。 5 一二月争議における争議行為の態様に関する事実右記載事実中(1) 一二月二一日午後一〇時発五二便同便の乗務予定者は、会社主張のとおりであること、定刻にいたるも全員出頭しなかつたこと、会社主張の時刻にスト通知が行なわれたこと、四九分遅延の午後一〇時四九分同便が出発したこと、組合が会社主張の時刻に全員につきスト解除をしたことはいづれも認める。 一両日中には調停案も提示されるであろうという時期であつたこと、抜打ストであつたこと、代替乗務員の緊急呼出しに時間を要したことはいづれも否認する。 代替乗務のP49機長は当時住居が鎌倉市内にあり、いかに急ごうとも到底四九分の遅延にとどまることはあり得ない筈である。事実、会社は管理職乗務員を空港内ホテルに待機させ、完全に準備の整つたと言つても過言でない状態にあつた。 (2) 一二月二二日午前八時二〇分発七〇三便(3) 同日午前一〇時発八一〇便右両便の乗務予定者、スト突入者、スト突入・解除時刻、その通知時刻、出発時刻、他の者をもつて代替したことはいづれも認める。 (4) 一二月二二日午後零時三〇分発九〇一便スト通知がP50副操縦士、P51機長について、それぞれ午前九時二〇分、同三〇分であること、三九一便まで殆ど時間がないことはいづれも否認する。 スト通知は、いずれもスト突入の直後に行なわれている。 その余は認める。但し、代替要員が直ちに得られないことと、欠航とは直ちに因果の関係に立つものではない。 (5) 一二月二二日午前一〇時五〇分発七三三便P32副操縦士、P52航空士に代つて乗務し得る管理職乗務員が払底して代替要員を求めることが とと、欠航とは直ちに因果の関係に立つものではない。 (5) 一二月二二日午前一〇時五〇分発七三三便P32副操縦士、P52航空士に代つて乗務し得る管理職乗務員が払底して代替要員を求めることが不可能であつたことは否認する。そのことは会社が次の四〇一便の代替要員を確保したことから明らかである。 その余は認める。 (6) 一二月二二日午後一〇時三〇分発四〇一便代替要員が出発前の準備作業に着手したことは不知。 その余は認める。 6 一二月争議における争議行為の態様に関する特徴(1)記載の事実のうち一二月二一日五二便は乗務員の全員がストに入つたこと、同月二二日の七〇三便、八一〇便は航空士のみ、ストに入れ、九〇一、九〇二便は副操縦士を午前九時一〇分以降、機長を九時二〇分以降ストに入れたこと、四〇一便と七三三便は副操縦士と航空士とをストに入れたことはいづれも認める。 その余は否認する。 (2)記載の事実は否認する。 会社主張三(四)本件争議に関する法律上の主張1 一一月争議における争議行為の目的の不当右記載の主張は争う。 (1) 信義則及び権利濫用の法理の適用会社は、一般市民法の権利濫用の理論が争議行為にも適用があることを主張する。しかし、右見解にはにわかに賛成することができない。会社の立場は、いわゆる市民法の理論として確立してきた権利濫用論を労働法上の分野にまでそのまま押し広げるという重大な誤りをおかしている。けだし、労働者が、争議権行使を意図する場合には、すでに労使間において、信義則が支配すべき、基礎となる信頼関係が失われているものであり、かような状態にある労使間の法律関係を規律するために争議権の濫用論を持ち出すこと自体不当である。 以下、争議権の濫用論がいかに不当かにつき詳論する。 「信義則」が典型的な形態をとつてあら のであり、かような状態にある労使間の法律関係を規律するために争議権の濫用論を持ち出すこと自体不当である。 以下、争議権の濫用論がいかに不当かにつき詳論する。 「信義則」が典型的な形態をとつてあらわれ、かつもつとも重要な意義をもつのは債権関係であり、労使関係もまた債権関係として給付の内容と態様につき、法令・協約・契約の定めるところを補足するためには、原理的にこの原則の適用を見ることは一般に容認されている。 しかし、注意を要するのは、このような信義則の適用される場としての労使関係は、争議状態に入るや、重大な質的変化を生ずるということである。憲法によつて労働者に保障された争議権を行使することは、とりもなおさず必然的に使用者に経済的な損害を与えることになる。会社に損害を与えること自体が権利行使の結果として容認されているのである。ストライキの結果労働者の会社に対する労務の供給は中断され、それに伴つて通常の状態のもとでは労働者に課せられた義務もまたやむ。 信義則はそもそも共同生活関係の理念を表明するものであつて、それぞれ単なる道徳上の要請を超えて、法律的な行為規範とされる以上、その適用に際して客観的価値判断の基準が明らかにされなければならないが、このような客観的な基準を前述の争議状態にある労使に対して設定することは至難なことである。そしてこれを根拠として、争議権の行使に信義則の適用がないとする注目すべき学説がある。労働者の争議権が権利として確立されてくる経過を考慮するとき、この学説は支持されるべきであると考える。争議行為はその発生の当時から個人主義的な市民法原理に対抗するものであつたから当初は犯罪として直接国家により禁圧された。その後この禁止を解かれた後も、対使用者の関係において契約違反又は不法行為を理由として厳しい責任追及にさらされたので な市民法原理に対抗するものであつたから当初は犯罪として直接国家により禁圧された。その後この禁止を解かれた後も、対使用者の関係において契約違反又は不法行為を理由として厳しい責任追及にさらされたのである。そうだとすれば争議行為を権利として法が承認する場合には、まず争議行為の性質上生ぜざるを得ないところの市民法上の違反性を除去することが最低限必要となつてくる。先にも述べたように、「信義則」は共同生活関係の理念を表明するものであるが、しかしそれはあくまで個人主義的な市民法の中でしかもその中心となる原理なのであるから争議行為についてそのまま当てはめることは許されないのである。 このような立場をとる限り、本件の結論は簡単である。 しかし、かりに百歩を譲つて一応争議権の行使にも信義則の適用があるとした場合、次に考慮することが必要なのは、前述のように、争議権発生の歴史的な沿革からして、適用につき積極的立場をとる者も或る一定の限度内においてこれを認めているという点である。その限度とは何か。従来争議権に信義則の適用があるか否かで問題となつたのは、組合が使用者の労務指揮を排除し、企業活動の正常な運営を阻害するだけにとどまらないで断固として企業の存立そのものを脅かす手段に訴えた場合をめぐつてである。 このような事態では労使相互間の信頼と協力の期待は破られ市民法秩序内では当然のこととして「濫用論」の適用となるであろう。 このような場合、濫用論適用についての積極説の根拠は、「争議行為をなしている労働者たちが、全体として再び職場に復帰することが不可能になるような企業施設の致命的な破壊を当然に招来するような場合は、争議権濫用の見地からも違法と解し得る……」という点にある。四名と会社との間の本件解雇をめぐる地位保全仮処分命令申請事件の仮処分決定が、「労務不提供が 設の致命的な破壊を当然に招来するような場合は、争議権濫用の見地からも違法と解し得る……」という点にある。四名と会社との間の本件解雇をめぐる地位保全仮処分命令申請事件の仮処分決定が、「労務不提供がストによるものか否かを不明確にして或いはその停廃が企業の全機能のまひをもたらす性質の業務に従事する少数の者を相当期間の予告もなしに指名して行なうストの方法は労使間の衡平信義則上原則として許されないものというべく……。」と判示しているのも類似の発想によるものと思われる。 本件ではもとより、「企業の存立そのものが脅かされる。」ものではなく「その停廃が企業の全機能をまひさせる。」ものでもない。会社は、ゆがめた事実を羅列した挙句それらを基礎として権利濫用論を展開しているのであるが、その主張自体、従来論じられてきた「信義則」適用の範囲を拡大し、逸脱しているのである。 「争議行為によつて労働者の取得しようとする利益が微々たるものであつたり、反社会的なものであつたり、あるいは、労働者が正当な利益を目的としてではなく、単に使用者を困惑させるためとか、組合幹部が自己の私欲をはらすためにのみ争議を行なう場合には、争議権の濫用となる。すなわちイデオロギー的支援のために、または抜打的に行なわれる同情スト、使用者に対して一定の政治的態度を要求するためのスト、使用者を困惑させるため、または組合幹部が私欲をはらすために労働条件その他雇傭条件に関して過大な要求、経済的に不可能と思われる要求をなし、その実現のために行なうスト、組合規約違反のストが権利の濫用とされる。」と説く者もある。 我々が恐れるのは、会社がこの従来の権利濫用論の概念を超え適用範囲の大幅な拡大を企図していることが、その主張の中に露骨に看取される点である。帰するところ会社の主張は「会社に損害を与える争議行為 。 我々が恐れるのは、会社がこの従来の権利濫用論の概念を超え適用範囲の大幅な拡大を企図していることが、その主張の中に露骨に看取される点である。帰するところ会社の主張は「会社に損害を与える争議行為は権利濫用となり許されない。」ことになるというのは極言であろうか。 (2) 交渉事項会社は、組合が会社に対して、覚書違反がないのに、これがあると認めるように要求し組合の覚書に関する解釈を押しつけるためのストを行なつたかのような主張をしている。 しかし、外人ジエツト・クルー問題に関して本件争議は労働協約を防衛する目的に出たものであつて、何等問題となるべき点はない。協約が侵害されあるいはまさに侵害されようとしているときに組合が実力でこれを守ることは当然の権利である。会社の理論を貫徹すれば、会社はどのような協定違反行為を行なつても、それは解釈問題に帰着するからということで組合の実力行使は認められないことになる。協約当事者の一方が協約を守らず実行しないときには、相手方は平和条項に違反し、実力を行使してでも協定を守る権利があるとしている判例の立場を想起する必要があろう。本件は典型的な協約を守るための戦いである。 さらに会社は、カイロ・カラチ間航空士乗組の問題について乗員編成問題は本来会社の専決事項に属することを強調している。しかし問題は、これが労働条件なのかどうかという点にあるのであつて、会社の専決事項か否かは直接関係はない。会社の理論を展開すれば人事協定の締結を要求する争議行為も違法となつてしまうのである。会社が一方的に実施できる権限の有無と関係なく組合として、組合の同意の上で行なうことを要求することは何ら差支えない。 そしてこれは航空士にとつて賃金、操縦士にとつて作業量の増大という意味で労働条件と云えるばかりでなく、それは誰をどの職場に配置す として、組合の同意の上で行なうことを要求することは何ら差支えない。 そしてこれは航空士にとつて賃金、操縦士にとつて作業量の増大という意味で労働条件と云えるばかりでなく、それは誰をどの職場に配置するかという人事配置の問題であり、同時にまた運航の安全確保という点からも全乗員に関連する労働条件といえよう。しかも国際線で三人乗務の場合本件労使間に賃金協定がないのである。 (3) 交渉態度会社は本件争議以前会社側が誠意ある態度をとつたのに組合がこれに応じなかつたという趣旨の主張をしている。しかし、外人クルー問題については、すでに主張したとおりであるし、航空士乗組問題についても、二年間に数回の形式的な話合を行なつたに過ぎない。 会社の主張は理由がない。 帰するところ、組合の争議目的はこの二つの要求につき会社は一方的に強行するのではなく、労使話合の上で実施をせよということにつきるのである。 2 一二月争議における争議行為の目的の不当右記載の主張は争う。 (1) 信義則違反この点については、先に明らかにしたように、実質的な意味でも労使間に合意があつたとは言い難いのであるが、労組法一四条の解釈として、協約は労使間に集団的継続的な関係を設定することによつて、その紛争防止に資するものであることを強調し、書面による当事者の最終的な意見の確認をまつて、はじめてその効力を生ずべきものとし、書面によらない協定には一切の法律上の効力を否認する判例の立場を援用するのみで十分である。 なお、会社の立場を一貫すれば、昭和三九年一一月二六日、一一月争議に関し労使間で合意に達した(賃金カツトを除き)協定の中で、「労使双方は責任を追及しない。」とあつた部分の効力はどうなるのであろうか。 (2) 調停手続中の争議行為の不当性調停継続中争議行為を行なつてはならないと 意に達した(賃金カツトを除き)協定の中で、「労使双方は責任を追及しない。」とあつた部分の効力はどうなるのであろうか。 (2) 調停手続中の争議行為の不当性調停継続中争議行為を行なつてはならないという法的規制がないばかりでなく、これは従来私鉄総連などでしばしばとられてきた戦術である。先に述べたような不誠意極まる会社の態度とにらみ合わせると、この点も何ら問題となる余地はない。 3 一一月争議及び一二月争議における争議行為の態様の不当右記載の主張は争う。 (1) ストの本質論として最高裁判所が、会社の主張するような論旨を一応展開しながらも「諸般の事情の考慮」という判断基準によつて、具体的事案において単なる労働力の引上げにとどまらず、労働者のかなり積極的な行為(とくにピケツテイング)を容認していることも周知の事実である。つまり我国で現在争議行為の本質論が問題とされるのは、経営者が自己の手元に確保した労働力を駆使して企業を継続しようと試みる場合に、労働組合はどの程度にこれを妨害することができるのかという点をめぐつてである。 その意味では、本件争議は「労務の不提供」以外の何ものでもなく、まさに憲法の保障する最低限の権利行使であつた。労務の不提供自体は大正年間、あの治安警察法一七条により争議行為が禁止されていた時代にさえ認められていた理論なのであるが、本件で会社は権利濫用の名のもとに、この単なる労務不提供にさらに一定の制限をもうけようと試みているのである。 (2) 会社は、労働力引上げの時期、方法その他の態様が恣意的に過ぎ……争議行為の相手方を不相当に混乱に陥入れ……として、これが争議権濫用の一つの根拠であるとする。 しかし、組合がどの段階でストに入るかは、組合が独自に判断することができ、これをもつて権利濫用論の根拠とする訳にはゆかない。しかも 乱に陥入れ……として、これが争議権濫用の一つの根拠であるとする。 しかし、組合がどの段階でストに入るかは、組合が独自に判断することができ、これをもつて権利濫用論の根拠とする訳にはゆかない。しかも組合としては最も効果的な戦術をとる自由がある。会社側が不相当な混乱を生じたのは帰するところその争議対策の拙劣さを自ら告白したものにほかならない。一月一四日の八〇八便においてP33航空士に引続いて代替乗務員のP31航空士を出発前の準備作業を終えた段階でストに入れたことをとらえて、会社は組合の極端な積極的加害の意図が露呈されていると主張する(三(三)3(3)参照)。しかしスト破りに組合員を使用すること自体が会社の争議対策の無能ぶりを遺憾なく発揮している。 そもそも労働争議である以上、「業務阻害の意図」があるのは当然であり、その結果会社に損害を生ずるのも当然である。それが大きな効果を生ずることはいけないと労働者に要求することは許されない。それでは結局効果的な争議戦術であればあるほど違法性を帯びるということになつてしまうのである。問題は争議目的が正当であるかどうかという点にこそある。この他に「害意」なるものを論ずる余地はなく必要もない。また本件ではかかる害意は存しない。 また会社の主張によるとあたかも会社側の代替要員が多ければ争議行為が合法性を持ち、少なければ違法性を帯びることになる。これも極めてナンセンスである。 さらに会社は、組合が会社存立の基盤である利用者の会社に対する信用という無形の財産に容易に回復し難い打撃を与えることを目的として本件争議を実施してきたものであつて正当な争議権の範囲を逸脱しているという。しかしおよそ争議の結果客観的に会社の信用が害されることは当然でありこのような基準に立てば、すべての争議行為は違法となつてしまう。 会社の きたものであつて正当な争議権の範囲を逸脱しているという。しかしおよそ争議の結果客観的に会社の信用が害されることは当然でありこのような基準に立てば、すべての争議行為は違法となつてしまう。 会社の主張は論旨の一貫を欠きながら帰するところは争議権否認論以外の何ものでもない。 (3) さらに会社は公益事業の公益性及び定期航空事業の特殊性を主張する。 しかし、前者については、労調法三七条の予告義務がありしかもこれに限られているのであつて、会社の主張はこの法の制限以上の制限を争議権に加えようとするものである。 また、後者については他の私鉄或は観光バスなどの場合と比較して異別に論ずべき筋合いのものは一つもないであろう。 なお、附言すれば、このように事業の公益性を主張する会社が労調法三七条の予告義務に違反してまで昭和三九年一二月部分ロツク・アウトを行なつたことを指摘しておこう。 (4) 組合が一二月争議につき比較的程度を弱めたのは、組合の闘争戦術として今回は飛行機をとめないという方針を出したために過ぎない。 (5) そもそも会社自体にその責任の大半がある「顧客の迷惑・混乱」をして本件争議行為を違法化するための事実とすることができないのは、特に論ずる要はない自明の理である。 ところで会社の展開するこの論理について我々が甚だ理解に苦しむのは、何故解雇理由としての「会社業務に与えた影響」が直ちに「顧客の迷惑・混乱・損害」に連なるのかということである。 正当なストについては、スト権の行使として使用者だけではなく第三者に対してもその正当性を主張することができるのは当然である。それだけではない。違法ストでも直ちにそれが第三者との関係で法的問題を生ずるとは限らない。 「山猫スト」はそれが違法であるとしても対使用者関係では労組法上の正当性を持ち民、刑事責任か は当然である。それだけではない。違法ストでも直ちにそれが第三者との関係で法的問題を生ずるとは限らない。 「山猫スト」はそれが違法であるとしても対使用者関係では労組法上の正当性を持ち民、刑事責任から解放されているから問題ではないし、「統制なき山猫スト」も、労働契約不履行の責任を生ずるにしても、第三者に対しては何らの責任を生じない。平和義務又は平和条項違反のストは、組合が協約当事者である使用者に対し協約上の損害賠償責任を負うのみであり労組法上はスト権の行使と見られ問題とならない。労調法二六条四項は訓示規定に過ぎないから、これも又論外である。かくて第三者との関係で問題となり得るのは刑事責任を課せられるストである。 成る程大企業の出現、企業の社会化という現象の中で、会社業務の成り行きは多数の関係者、労使関係から見た第三者に直接影響を及ぼすことは事実である。 一方労働者が歴史的にかちとつた争議権は、日本国憲法に明確に基本権として定められるとともに、関係法令に更にその内容が具体化されている。「業務の正常な運営を阻害する行為」(労調法七条)が権利行使として法秩序の容認するところとなる。 本件で、会社の主たる業務が「定期旅客、貨物の航空運輸」(会社定款参照)である以上、その阻害行為が顧客に一定の影響を生ずるのは当然である。そして、この争議権と一般利用者、公衆との関係をめぐつて「事業の公益性に基く争議権制約論」が、一般利用者、公衆の利益優先・尊重という名目をとりつつ、実は資本の側から提起されてくる背景がここにあるのである。労調法三七条が種々の論議の中で立法されたのは、この両者の調和点を公益事業の争議の際には一〇日前に関係官公庁に通知することに求めたのである。 そうだとすれば「顧客の迷惑・混乱・損害」は、本件争議の正当性を決する上では無関係というこ されたのは、この両者の調和点を公益事業の争議の際には一〇日前に関係官公庁に通知することに求めたのである。 そうだとすれば「顧客の迷惑・混乱・損害」は、本件争議の正当性を決する上では無関係ということになる。 (6) しかも会社国内線運送約款には、争議行為が免責事由とされている一方、国際線に於ては、航空券に「運航時刻は予定であつて確定的なものでなく且つ運送契約の一部を為すものでもない。運航予定は予告しないで変更することがある。運送人は接続についても責任を負わぬ。」旨が明記されている。 このような普通契約約款は、一九世紀以降の高度資本主義経済の発達に伴う大規模企業経営形態の発生に伴い生まれたものであり、企業者の「集団契約の合理化」と「法律的手段による経済的優位の維持・強化」がその設定の要素として包蔵されている。従つてかかる約款の存在自体会社の顧客に対する経済的優位の状態を示す一つの証拠である。ところで、免責約款の効力自体、商事法で論議をされている問題であるが、会社は加えて条約迄持ち出し、自ら作成した約款の効力を否認するのに大童である。 しかし、顧客に対しては、その経済的優位を利用して免責約款を押しつけながら(今日迄前記約款の変更、航空券への記載が変更されたということを聞かない。しかも運送約款は航空法一〇六条により運輸大臣の認可を要するが、認可の一基準として、公衆の正当な利益を害するおそれがないことが挙げられている。)他方四名に対しては、「顧客の利益」を振りかざしつつ正当な争議行為を以て権利濫用と主張することは対顧客の関係でも対労働組合の関係でも「著しく信義にもとる行為」と断ぜざるを得ない。 会社の主張自体失当である。 (7) 会社主張三(四)3(1)(ハ)について東京空港支店における搭乗手続開始時刻が二時間前というのは否認する。 旅 著しく信義にもとる行為」と断ぜざるを得ない。 会社の主張自体失当である。 (7) 会社主張三(四)3(1)(ハ)について東京空港支店における搭乗手続開始時刻が二時間前というのは否認する。 旅客の飛行機搭乗開始は出発前三〇分に「機長の承認を得て行なう。」という確立した職場慣行が存在したのである。旅客の飛行機搭乗終了後空港支店現場において乗務員の指名ストを確知したとしても、そして一旦搭乗した旅客に再び出国待合室へ戻つてもらう結果となり、空港支店として旅客に対する陳謝事情説明や善後策の検討等を余儀なくされる等したとしても、それは一つは、前記のような慣行を無視した会社の所為、会社の対策の不充分さによるのであつて、それを組合の責に帰せしめることは正しくない。 次ぎに、殆ど大部分の便につき、旅客がほぼ出国手続を終了し出国待合室で待機している段階でスト通知がなされているとの主張は争う。 会社の主張によつても、八〇六、七三五両便のスト通知時刻は次のとおりである。 八〇六便一時間三〇分前七三五便三五分また、会社の主張によつても、六八便のスト通知時刻は出発前三〇分であるし、さらに八一六便は、すでに同便に関する部分で明らかにしたように、出発予定時刻はデレイセツトされた結果午後零時三〇分であつたから、会社の当初の主張に従つても、一時間前には通知がなされていたことになる。従つて、それぞれ出発一時間半、一時間以前に通知が行なわれた八〇六、八一六両便については言うに及ばず、その余の二便についても、旅客が殆んど出国手続を終了し出国待合室で待機している段階でスト通知がなされたとはにわかに断じ難いし、とりわけ空港支店における旅客に対する陳謝、事情説明その他が、スト通知と直ちに結びつくものではないからである。 もとより四名は、本件指名ストの結果、旅客 でスト通知がなされたとはにわかに断じ難いし、とりわけ空港支店における旅客に対する陳謝、事情説明その他が、スト通知と直ちに結びつくものではないからである。 もとより四名は、本件指名ストの結果、旅客よりの不満、苦情が少なくなかつたこと、旅程変更手続などのため空港支店では多忙であつたことは認めるのにやぶさかではないが、しかしその程度も「きわめる」というような域に迄達してはいないのである。 会社主張三(五)四名の責任1 責任同記載の事実中四名が会社主張のような組合役職にあること、及び本件争議を企画指令実行させたことは認め、その余の事実は争う。 2 ロツク・アウト本件争議について会社が組合の権利行使を云々することは次の事情により到底許されないと解すべきである。 一二月争議に際して、会社は左記の者に対し、その労務受領を拒否し、賃金をカツトし、さらに会社の構内への立入を禁止する旨の通知を行なつた。 この際会社は、労調法所定の争議予告義務を履行しなかつたばかりでなく、スト解除後、しかもスト不参加者に対してもロツク・アウトを行なつたのである。 <17598-018>このように、会社は組合の行なつた「抜打ちスト」(全くの抜打ストではなかつたことは会社主張に対する「認否」で明らかにした通りである。)を解雇理由の一に掲げながら一方では自ら法定の予告義務すら履行しないのである。 3 責任不追及の合意会社は社長と組合執行委員長の間でとり交わされた電話の会話をもつて労使間に確定的な合意が成立したと称し、組合の行なつた一二月争議を平和義務違反であると主張する。しかし、前述のように昭和三九年一一月二六日に至り本件労使間では一一月争議に関し、賃金カツトの部分を除きまさに確定的な合意に到達していたのである。その中に明記されていた相互の責任不追及の条項と本件解 しかし、前述のように昭和三九年一一月二六日に至り本件労使間では一一月争議に関し、賃金カツトの部分を除きまさに確定的な合意に到達していたのである。その中に明記されていた相互の責任不追及の条項と本件解雇とは一体如何なる関係にあるのか。本件争議に組合がまことに止むなく突入するまでの組合に対する会社側の態度、さらに従前の何回かにわたる会社による労使間の協定無視の事実、これらの諸事実のうち、ただ一つをとりあげてももはや「クリーンハンドの原則」により会社が組合の正当な争議行為をとらえて「権利濫用」などと主張することは法的に絶対許されないのである。 第三被告の主張一、請求原因に対する認否原告等主張(一)の事実は認める。 同(二)1(1)の事実は認めるが乗務日当は賃金ではない。 同(二)1(2)(イ)(ハ)の事実は認め(ロ)の事実は争う。 同(二)1(3)の事実は認める。 同(二)2(1)(イ)の事実は認める。(ロ)ないし(ニ)の事実中四号俸昇給の労働慣行が確定していたこと、P3及びP4が機長に昇格した筈であること、及び機長昇格を前提とする職級号俸の変更はいづれも争い、その余の事実はこれを認める。従つて、右二名が昭和四〇年五月から受くべき職級号俸及び基本賃金は次のとおりである。 P3 昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日まで三五、一六〇円(三級三五号)昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日まで四〇、四八〇円(三級三九号)昭和四三年四月一日から四四、九四四円(三級四三号)P4 昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日まで三九、五二〇円(三級三七号)昭和四三年四月一日から四三、九二七円(三級四一号)同(二)2(2)(イ)の事実は認め、同(ロ)の事実中P2の婚姻及びP4の子女出生の事実は不知、その余の事実は認 九、五二〇円(三級三七号)昭和四三年四月一日から四三、九二七円(三級四一号)同(二)2(2)(イ)の事実は認め、同(ロ)の事実中P2の婚姻及びP4の子女出生の事実は不知、その余の事実は認め、同(ハ)のうちP1及びP3に関する家族手当の額、P2及びP4の扶養家族増加前の履行期に属する家族手当の額は認め、それ以後の額は争う。同(ニ)の事実は認める。 同(二)2(3)のうち四名主張の内容を有する労働協約を締結した事実は認める。 同(二)2(4)(イ)のうち会社の回答中機長の乗務手当に関する部分が雇傭契約の内容となつたとの部分を争いその余の事実は認め、同(ロ)のうちP3及びP4が機長として乗務を開始すべき日及びその後の経験年数を争い、その余の事実は認め、同(ハ)の事実は認め、同(ニ)のうち右二名が機長に昇格しその乗務手当を受けるとの事実は争い、その余の事実は認め、同(ホ)の事実は認める。 同(二)2(5)のうち会社の回答中機長の乗務付加手当に関する部分が雇傭契約の内容となつた事実、及び同(二)2(5)(6)のうちP3及びP4が機長に昇格しその乗務付加手当及び乗務日当を受けるとの事実は争い、その余の事実は認める。 同(二)2(7)(イ)ないし(ト)の事実は認め、同(チ)は争う。 同(二)3のうちP3及びP4が機長に昇格した筈であるとの事実を争い、その余の事実を認める。副操縦士は雇傭契約上一定の時間の経過により当然に機長に昇格するのではなく、会社の定めた資格審査基準に照らして機長の適格性ありと会社から認定され機長に任命されることにより機長に昇格しうるのである。P3及びP4が会社から機長に任命された事実はない以上、同人等が機長に昇格するいわれはない。付言するに同人等より先に会社に操縦士として採用されながら適格性なしとして機長に任命さ 昇格しうるのである。P3及びP4が会社から機長に任命された事実はない以上、同人等が機長に昇格するいわれはない。付言するに同人等より先に会社に操縦士として採用されながら適格性なしとして機長に任命されない者も存する。 同(二)4のうち会社が昭和四〇年五月八日P2、P3及びP4に賃金を支払つた事実を認め、その余を争う。 二、抗弁会社は昭和四〇年五月七日四名に対し懲戒解雇の意思表示をしたから、四名との雇傭契約はこれにより終了した。 三、再抗弁に対する答弁ー解雇理由(一) 認否再抗弁事実(一)(二)(四)は認め、(三)(五)は争う。 (二) 懲戒解雇理由本件各争議は目的態様に徴し正当性を欠き争議権の濫用にあたる。よつて会社は四名をその争議行為の責任者として懲戒解雇した。この点に関する会社の事実上法律上の主張は項を改めて詳述する。 (三) 本件争議に関する事実上の主張1 一一月争議における争議行為の目的(1) 外人ジエツト・クルー導入問題(イ) 外人ジエツト・クルーの雇傭については、会社組合間の昭和三八年八月二四日附覚書第三項に、「外人ジエツト・クルーの雇傭は機長四名、航空機関士四名に限る。」との定めがあり、その規定の趣旨は、外人乗務員を無期限に雇傭することによつて日本人乗務員のジエツト機乗務の機会を奪いあるいはジエツト機機長への昇進の機会を妨げないようにという点にある。 ところで、本件の場合に外人ジエツト・クルー六名をセーフテイ・キヤプテンとして導入しようとすることは、右規定の趣旨に照らして少しも日本人乗務員の利益を害しないどころか、かえつて、この時期に外人セーフテイ・キヤプテンを導入しなければ、組合員であるCVー八八〇型機機長候補者にとつては昇格が遅れて著しい不利益を受けることになるのである。その意味で右措置は少くとも実質的には つて、この時期に外人セーフテイ・キヤプテンを導入しなければ、組合員であるCVー八八〇型機機長候補者にとつては昇格が遅れて著しい不利益を受けることになるのである。その意味で右措置は少くとも実質的には右覚書第三項に違反しないのであつて、それは会社も十分説明して来たし、組合の側でもこの関係については完全に肯認していたのである。 すなわち、会社では、昭和三五年八月太平洋線に始めてジエツト機が導入されて以来、昭和三六年六月から北廻り欧州線、昭和三七年一〇月から南廻り欧州線と急速にジエツト路線が拡張され、而も各路線の便数も増加して来たし、その間使用機種においては、当初のDCー八型機に加えて昭和三六年九月からはCVー八八〇型機も併用され、勿論使用機数も急激に増加して来たので、これに即応してジエツト機機長の養成ということには非常なる精力を傾注して来たのであるが、昭和四〇年度の事業計画遂行のために昭和三九年度中に機長養成計画を実施したのにもかゝわらず、昭和三九年六月頃になつて不合格見込の者が続出して所期の数の新機長を得られないことがはつきりして来た。 昭和三九年当時の会社におけるジエツト機長昇格の原則的な形態は、先づプロペラ機(DCーー六B型機・DCー七〇型機)の副操縦士となり、ついでジエツト機(CVー八八〇型機・DCー八型機)の副操縦士を勤め、然る後CVー八八〇型機機長を経てDCー八型機々長へと昇進して行くという経路をとつていた。従つて、CVー八八〇型機機長になる候補者というのは、予めプロペラ機において機長の資格経験を持たず、ジエツト機たるCVー八八〇型機で始めて機長になるという関係にあるため、この昇格訓練は非常に厳格慎重を期して行なわれることになつている。 又、こうして養成されたCVー八八〇型機の機長資格者は何時までもCVー八八〇型機だけに留 で始めて機長になるという関係にあるため、この昇格訓練は非常に厳格慎重を期して行なわれることになつている。 又、こうして養成されたCVー八八〇型機の機長資格者は何時までもCVー八八〇型機だけに留つていることは許されなかつた。というのは、当時会社では相次ぐ路線拡張・便数増加の中でも、特に最も大型機たるDCー八型機の機数・便数が次々と増加されて居り、CVー八八〇型機機長となつた者は更に進んでDCー八型機機長へと移行させて行かねばならなかつたからである。それは、一つには会社が日本国のナシヨナル・フラグ・キヤリヤーとして世界の定期航空業界の中で諸外国に伍して決して遅れをとつてはならないという国家的要請に応えて行くべき公共的責務を負担しているのと、他面には乗員組合側からの切なる希望により、DCー八型機機長は必ずCVー八八〇型機機長を経由して昇格するという昇格経路を守つていたことによるものであつた。 そこで、このような諸条件の中で、CVー八八〇型機機長への昇格予定者に多数の不合格見込が出れば、当然再訓練再養成の途を強化して行かねばならぬのであるが、前にも言つたように、CVー八八〇型機機長は経験を積むにつれて次々と更にDCー八型機機長に移行してしまわねばならぬので、CVー八八〇型機において副操縦士を実際の路線運航時に同乗せしめて訓練する機長すなわちCVー八八〇型機のセーフテイ・キヤプテンたりうる機長が得られないとそのために副操縦士のジエツト機長昇格が一そう遅れて来るという関係になるのである。 日常飛行の場合は操縦席において機長は左座席副操縦士は右座席に着いて運航に従事するが、セーフテイ・キヤプテンによる同乗訓練の場合は、訓練を受ける副操縦士が左側の機長席に着いて離着陸から巡航中の一切の機長業務をとり行ない、セーフテイ・キヤプテンは右側の副操縦士 いて運航に従事するが、セーフテイ・キヤプテンによる同乗訓練の場合は、訓練を受ける副操縦士が左側の機長席に着いて離着陸から巡航中の一切の機長業務をとり行ない、セーフテイ・キヤプテンは右側の副操縦士席にあつて、傍から訓練指導に当るというものであつて副操縦士から機長に昇格する場合にはこの訓練は絶対必要な過程と定められているものである。 前述のように昭和三九年六月頃、CVー八八〇型機機長昇格予定者に大幅な不合格者が続出したが、右事態に対処して早急に再訓練の体制を推進することは会社の事業計画の面から見て緊急の必要事であるばかりでなく、昇格予定者自身(それがすべて乗員組合員である)にとつても十分なセーフテイ・キヤプテンを用意することは予定者の昇格の機会を早めるゆえんであり、乗務手当等の給与面は勿論自己の労働条件全般を有利とするに必要不可欠の措置だつたのである。もつとも不合格者続出のため営業路線の維持に支障を来したわけではない。 そこで会社はセーフテイ・キヤプテンとして外人ジエツト・クルー六名の導入(その実情は後に述べる。)を企図したのであるが、この六名は勿論純粋に右に述べた目的でのセーフテイ・キヤプテンとして使用するためのものであり、その必要がなくなれば直ちに使用を停止する予定のものであつた。言い換えれば、之等のセーフテイ・キヤプテンの使用は専らそれが日本人乗務員の機長昇格に必要な時期すなわち、日本人乗務員に利益となる期間のみに限られその必要性が解消すれば直ちにその使用は停止されるのであるから、本件の場合に関する限りは、日本人乗務員の昇進の妨害圧迫になるなどというおそれは毛頭存しなかつたのである。 このように述べて来れば、もはや敢て多言を要しないところと考えるが、前記覚書第三項にいう機長四名航空機関士四名とは、昭和三八年夏期において、DCー八 なるなどというおそれは毛頭存しなかつたのである。 このように述べて来れば、もはや敢て多言を要しないところと考えるが、前記覚書第三項にいう機長四名航空機関士四名とは、昭和三八年夏期において、DCー八型機について、当面の営業路線そのものを維持出来ないという緊急事態に対処するために、通常の日本人機長や航空機関士と全く同一の業務に充てるためのクルーとして導入したものであつて、その際締結された第三項による員数制限も、専らかかる路線クルー導入に関する制限として協定されたものなのであり、本件の場合とはおよそ、その趣旨も経緯も異にするものだつたのである。 (ロ) この際導入しようとした外人セーフテイ・キヤプテン六名は、必要に応じて導入し、必要がなくなれば直ちに使用を停止出来るものであると言えば、我国の労働事情から見て可成り奇異の感があるかもしれない。 しかし、会社で外人乗務員を使用する場合は、直接雇傭の方式をとらず、運航乗務員の派遣を業としているアメリカのIASCO社(インターナシヨナル・エアーサービス・カンパニー)との間の契約により同社の雇傭している各職種の運航乗務員の供給を受けるという方式をとつているので、必要がなくなれば何時でも自由に引上げを求めることが可能なのである。 本件の場合のセーフテイ・キヤプテン六名も勿論この方式によるのであるが、唯ここに注意しなければならないのは本件において予定された六名は、既に古くから会社に派遣されて来て(最も古い者は会社の創業以来、新しい者でも六・七年になつている。)プロペラ機の機長として営業路線を乗務している者であり、日常の業務では、いわば組合員たる乗務員等の同僚に当る者ばかりで、たとえ間接の雇傭形態にもせよ、この際始めて会社の企業組織の中へ入つて来るというものではなかつたということである。 前述のように日 日常の業務では、いわば組合員たる乗務員等の同僚に当る者ばかりで、たとえ間接の雇傭形態にもせよ、この際始めて会社の企業組織の中へ入つて来るというものではなかつたということである。 前述のように日本人操縦士がジエツト機機長に昇格する場合は副操縦士から始めて機長になるのであるから、その訓練検定も相当難しいのであるが、プロペラ機で機長として永く経験を積んでいれば機種がジエツト機に変更されても比較的容易にジエツト機機長に移行出来るのである。 この際外部から新にしかも我国で通常観念されるように終身雇傭的に、外人ジエツト・クルーを雇入れるというのであれば、場合によつては単なるセーフテイ・キヤプテンという範囲をこえて、日本人操縦士と全く同列に割込んで来てその昇進を妨げるという心配があるというのもあながち予想出来ないこともない、すくなくとも、日本人乗務員の間でそのような心配が生まれても無理からぬ面も考えられないでもなかろう。しかし、既に一〇年来会社で営業路線の機長として勤務して来ている外人を、専ら日本人操縦士の機長昇格を促進する目的のために一時その使用目的を変える丈であることが明らかな場合は、勿論前記覚書第三項の趣旨に違反し、又、違反するのではないかとの不安を抱かせるおそれすらないのである。 (ハ) 又、本件の場合六名の外人セーフテイ・キヤプテンを導入すると言つても、それが現実にセーフテイ・キヤプテンとして業務につくのは、早くても昭和四〇年一月から二月にかけてのことであつて、会社が昭和三九年九月九日、組合に対して、これら外人六名をプロペラ機機長からCVー八八〇型機機長へ移行訓練を開始した旨を通知したからと言つて、そこで直ちにのつぴきならないような「覚書違反」が確定的に発生したというものではなく、充分に事案の本質と推移とを見極めて、いかにすれば日本人 〇型機機長へ移行訓練を開始した旨を通知したからと言つて、そこで直ちにのつぴきならないような「覚書違反」が確定的に発生したというものではなく、充分に事案の本質と推移とを見極めて、いかにすれば日本人乗務員の労働条件の確保・向上に役立つかを労使双方で徹底的に探究し得るだけの時間的余裕は充分残されていたのであつた。又、現に団体交渉の中で会社側も、この点に関していくらでも協議し検討を尽す用意がある旨再三力説していたのである。 (ニ) 以上のような外人セーフテイ・キヤプテン導入の趣旨・実態については、実は社内ではある程度公知の事実であつたが、それでも会社は、昭和三九年八月中旬、当時の運航部次長から組合側に対して詳しく説明し、組合側も実質的には格別異議もなかつたのである。単に異議がないという丈ではなく、むしろこの際におけるセーフテイ・キヤプテン導入の必要性を認めていた。このことは、その後九月九日会社から組合に対し、IASCO乗務員六名をCVー八八〇型機機長のセーフテイ・キヤプテンとして導入すべく訓練を開始する旨通知すると共に、これを一般乗務員にもインフオメーシヨンを以て周知せしめ、併せてこの措置が決して協定を無視したものではなく、かえつて日本人機長の昇格促進のための措置であることを説明したのに対しても当面何等の反対もなく、その後一〇月二日にいたつて始めて反対の意向表明が出て来たという経緯からも推知することが出来るところである。 しかも、このような反対の意向表明があつた後先ず一一月六日労使会議が開かれた際にも、次いで本件一一月争議突発の当日行なわれた第一回団体交渉の中でも、組合側が、常に主張していたことは、六名の外人セーフテイ・キヤプテンを導入すること自体は反対ではない、唯、それが昭和三八年覚書第三項には違反するということを会社側は承認せよとの一点 体交渉の中でも、組合側が、常に主張していたことは、六名の外人セーフテイ・キヤプテンを導入すること自体は反対ではない、唯、それが昭和三八年覚書第三項には違反するということを会社側は承認せよとの一点張りだつたのである。即ち、組合も組合員たる日本人乗務員も、この時点において、外人セーフテイ・キヤプテンを導入することがCVー八八〇型機機長昇格には必要であり、且つ自分達にとつて利益であるということは十二分にわかつていたものに外ならない。殊に、当面ジエツト機機長昇格予定者である副操縦士は、一〇月二日以降組合がにわかに反対を表明し始めたのに対しては、大いに不満を抱き、公然とその意思を表明していたというのが実体だつたのである。 (ホ) このように見て来ると、一一月争議の最大眼目をなしていた外人ジエツト・クルー導入問題における組合の要求は、その実体においては組合員の労働条件の維持・向上に直結したものでもなければ組合員の利益増進あるいは不利益防止ということにつながるものでもない。組合員の利益という面から見れば、実はこの際セーフテイ・キヤプテンを導入した方が遥かにプラスであることは歴然たるものがあり、この点については組合自身終始肯認しながら、なおかつ要求していたことは唯一点、組合員の利益になる措置ではあるが、覚書第三項違反であることを認めよというだけのことであつたのである。 争議行為は紛争調整が失敗に帰し、しかも、紛争解決のためにとり得る一切の手段を尽くした後でなければ、正当に行使しえないというほどに、厳格な態度はとらないまでも、少くとも、その目的と手段との間に社会的な相当性が存在しなければならない。特に、労使間に何等かの協定や合意が存在し、その解釈について両者の意見がくい違う場合は極力話合いによつて事態の平和的解決をはかる義務があるというべきであつて 社会的な相当性が存在しなければならない。特に、労使間に何等かの協定や合意が存在し、その解釈について両者の意見がくい違う場合は極力話合いによつて事態の平和的解決をはかる義務があるというべきであつて、その協定・合意が現に相手方によつて侵害され、あるいは侵害される具体的な恐れあり他の手段をとるいとまがない場合を除いて実力行使に訴うべきでないということは当然前記相当性の理論から明白である。 まして、本件の場合、覚書第三項締結時とは本質を異にししかもかえつて組合・組合員の利益促進に資することが労使双方に明らかな場合に、単に形の上だけで「一本とる。」とか相手方を「凹ませる。」というだけの防衛闘争などというものは、これを認めるための何等の実益もないのである。 (2) カイロ・カラチ間航空士乗組問題(イ) 南廻り欧州線のカイロ・カラチ間に航空士を乗務させるか否かという問題について、先づ明確にすべきは、この区間は本来パイロツト・ナビゲーシヨンを原則とするのであつて会社が当初航空士を乗務させていたのは、むしろ例外的・特別の措置であつたということと、航空士を外して本来のパイロツト・ナビゲーシヨンに戻すという場合、それが、従前四人でやつていた仕事を以後三人で消化しなければならなくなるという性質の問題ではないということである。 飛行機がある地点から他の地点に向けて飛ぶ場合には、当然一定の航路を定めて飛行するのであるが、上空の風向・風速等の気象条件によつて進路に偏向を生ずる場合にはこれを修正しながら飛ばなければならない。ところでこの際地上の航空保安施設が整備している場合には操縦士が自席の計器によつて自機の位置速度及び対地速度・偏流を知つて自在に修正しながら飛行するのであつて、これがパイロツト・ナビゲーシヨンと呼ばれる通常の運航の方式なのである。ところがたまたま 合には操縦士が自席の計器によつて自機の位置速度及び対地速度・偏流を知つて自在に修正しながら飛行するのであつて、これがパイロツト・ナビゲーシヨンと呼ばれる通常の運航の方式なのである。ところがたまたま航路が、たとえば、東京ホノルル間の如く長距離の洋上を飛ぶ場合で、下界に航空保安施設がない場合とか、あるいは、北廻り欧州線の場合の加くに地上施設が乏しい場合には操縦席の計器では自機の位置が求め難くなるので、この場合は航空士が乗り組んで、天測をするとか、あるいは特殊な長距離航法システムによつたりするとかの特別な業務が必要となつて来るのである。 ところで本件カイロ・カラチ間は、勿論長距離洋上を飛ぶ訳でもなく、地上保安施設も一応は設置されていて、パイロツト・ナビゲーシヨンも十分可能な区間であつたが、何分にも始めての航路で地上施設にどの程度の信頼がおけるのかいささかの不安もあり、又、当初使用したCVー八八〇型機に機材上不充分な点があること、及びたまたま航路上のイスラエル・アラブ連合間の国境線において進路を正確に保持し国境を侵犯しないことが特に要求される等の事情があつたので、最初は航空士を乗務させることにしたのであつた。しかしもともとこの区間は、パイロツト・ナビゲーシヨンの可能な路線であつて、わが航空法上も航空士の乗組を要求されておらず、南廻り欧州線開設に先立つて行なわれた二回の調査飛行の結果でも、むしろ操縦士の側から、パイロツト・ナビゲーシヨンで何等差支えなしとの意見が報告されていたのであるが、実は会社として慎重の上にも慎重にとの考慮から、特に四ケ月間の試験期間ということで臨時の措置として航空士を乗組ませることにしたのであつた。 しかし、その後日ならずして、飛行機の自動操縦装置やドツプラー・レーダーなどの装備も改修されたし、イスラエル・アラブ連合間 期間ということで臨時の措置として航空士を乗組ませることにしたのであつた。 しかし、その後日ならずして、飛行機の自動操縦装置やドツプラー・レーダーなどの装備も改修されたし、イスラエル・アラブ連合間の国境線部分についても技術的に問題のないことがはつきりして来た上、更に使用機材もCVー八八〇型機からDCー八型機に変更されて装備は一段と完全になつて来たので、いよいよ本来のパイロツト・ナビゲーシヨンに切替えても何等の不安もなくなつたのである。 ところでこの場合、先に航法の概略について述べたように、航空士による場合と、パイロツト・ナビゲーシヨンによる場合とでは、そもそも航法そのものが違うのであるから、航空士を乗組から外したからと言つて、それまで航空士が行なつていた天測や、特別な長距離航法システムを操縦士が代つてとり行なうというものではない。操縦士は自席にあつて目の前の計器により随時必要に応じて進路を修正しながら飛行を続けるのであつて、それは操縦士にとつては、本来の仕事に何等か特別の負担がつけ加つた訳でも何でもない、まさしく操縦という作業そのものに外ならない。 以上のような事情は、運航乗務員の間では誰一人として知らない者はいない、極めて常識的なことなのであつて、本件カイロ・カラチ間航空士の乗務問題が論議せられた際、組合としてもすべて百も承知のことばかりであつた。 (ロ) 会社が、カイロ・カラチ間について航空士の乗組をとり止めたのは、昭和三九年九月二〇日のことであるが、これも、この時点になつて突如として、廃止しようとしたというものではない。 そもそも会社は昭和三七年一〇月南廻り欧州線を開設した当初、特に航空士を乗組ませたのを始めとして、その後昭和三九年八月二九日最終調査を終えてパイロツト・ナビゲーシヨン実施に踏み切るにいたるまで、其の間組合に全部 は昭和三七年一〇月南廻り欧州線を開設した当初、特に航空士を乗組ませたのを始めとして、その後昭和三九年八月二九日最終調査を終えてパイロツト・ナビゲーシヨン実施に踏み切るにいたるまで、其の間組合に全部の経過を連絡し組合の意見も容れ、絶対に無理のない慎重な手筈を尽して事を進めて来たのである。 これを詳述すれば、試験期間が終つた昭和三八年三月頃には、乗務員も馴れて来たので会社は航空士を乗務させない編成すなわちパイロツト・ナビゲーシヨンで十分運航出来る見通しを得たのである。そこで会社は、これを実施に移すに当り、本来乗組員の編成は会社の責任において決すべき事柄ではあるけれども、実際に乗務する者の意向を知る趣旨において、組合の意見をも聴取するという態度をとつたのである。ところが組合は、会社が先ず昭和三八年三月頃組合に説明して協力を求めたのに対しては、六ー七月頃のモンスーン期が終るまで実施を延期してもらいたいと答え、昭和三九年四月、会社組合共同の最終調査を申入れたのに対しては、丁度春闘期間中であるから時間的余裕がないと断つた(これより先、昭和三八年一〇月には、この路線に就航する機種の変更、乗務員の交替などの事情が重なつたので、慣熟を待つ意味で会社の方から実施を延期していた。)。そこで会社は、昭和三九年七月下旬、会社単独で最終調査を行なつて、パイロツト・ナビゲーシヨン実施につき右区間乗務の機長にも不安がないことを確認する等、支障なきことにつき確信を得た。 従つて、実施申し入れの段階では、組合も、又運航に従事している個々の乗務員等も、この区間をパイロツト・ナビゲーシヨンによるということについては既に十分な知識を得ているし、受入れ態勢は完全に整つていたということが出来るのであつて、昨日まで航空士が乗つていて今日から外されているから運航に不安を抱くなど ビゲーシヨンによるということについては既に十分な知識を得ているし、受入れ態勢は完全に整つていたということが出来るのであつて、昨日まで航空士が乗つていて今日から外されているから運航に不安を抱くなどという要素は少しも残つてはいなかつたのである。そこで会社は八月二九日、組合に対して右調査の結果を詳細に説明するとともに、九月七日以降実施に移りたい旨申入れたのであるが、組合は、役員改選に差しかかつているので、九月一五日新執行部の成立まで待つてもらいたいとのことであつたから、会社は又しても九月二四日まで猶予した。九月一六日、新執行部との団体交渉の席上、会社は改めて組合の意向を尋ねたところ、組合側は、何等具体的理由を示すこともなく、唯単に反対であるというだけであつた。そこで会社は、過去二ケ年にもわたつて組合に十分説明もし、意見を提示する機会も与えて来ていることだし、技術的には全く不安はないことが確信出来るので、いよいよ九月二〇日から実施することに踏み切つたのである。ところが、これに対して組合は、組合の同意なくして実施したのは労使間の信義に反するとして、会社の措置に反対したのであつた。 会社が九月二〇日以降パイロツト・ナビゲーシヨンに切替えた措置が、技術的にも又各個の運航乗務員の心理面にとつても、安全性の上から何等問題がなかつたということはその後の推移を見てもわかることで、現に右切替後一一月争議の時点までには勿論、更に今日にいたるまで、この区間を飛ぶ操縦士からパイロツト・ナビゲーシヨンでは運航上不都合・不安の点があるとの申告は一度も出て来たことはないのである。 (ハ) このように見て来ると、結局、一一月争議の段階でカイロ・カラチ間航空士乗組問題に関する組合の要求というものは、操縦士の労働加重反対ということでもなければ安全上不安を抱く点があるというこ る。 (ハ) このように見て来ると、結局、一一月争議の段階でカイロ・カラチ間航空士乗組問題に関する組合の要求というものは、操縦士の労働加重反対ということでもなければ安全上不安を抱く点があるということでもなく、その他、具体的に何をどうせよということは一つもなかつたというに帰着する。強いて言えば、約二か月以前に実施されたパイロツト・ナビゲーシヨンについて、格別具体的に文句をつけることも見当らないが、組合が反対と言つたのに会社が押し切つて実施してしまつたことだけが気にくわぬから抗議してやろうというくらいのことになつてしまうのである。 2 一一月争議における争議行為の態様に関する事実(1) 出発前の準備作業以上の過程を経て組合は、昭和三九年一一月一二日、午後八時四〇分より突如、全く無通告で同日午後一〇時出発予定のロスアンゼルス行八六二便の乗組員五名を指名ストに入れ、爾後、一四日の午後一〇時出発予定ロスアンゼルス行六八便に至るまで、通算一一便三六名について、次々と抜打ち指名ストを行なつた。 以下、その態様を各便ごとに詳述するが、その前に、国際線乗務員の各乗務における出発前の業務を明らかにしておく必要がある。 国際線の運航乗務員の場合、その乗務割は、各月前後半の二回にわけて決定され、各人はこの乗務割表に従つて次々と乗務するのであるが、その割当は、実施前に各乗務員に周知徹底せしめてある。そして、右乗務割表に従つて当日実際に乗務する際には、出発時刻の一時間三〇分前に会社の中央運航所乗員部乗務管理課に出頭の後同所運航管理課において出発前の準備作業を完了しなければならないことになつている。この準備作業の内容は、職種によりそれぞれ多岐にわたるのであるが、その本質上、極めて重要な作業であつて、これが完全に遂行されれば、その便の安全運航の半ばは達成せられ ければならないことになつている。この準備作業の内容は、職種によりそれぞれ多岐にわたるのであるが、その本質上、極めて重要な作業であつて、これが完全に遂行されれば、その便の安全運航の半ばは達成せられたものと言つても過言ではない。 いまその概略を示せば、機長・副操縦士・航空士の場合は、(イ) 出発時刻一時間三〇分前(これを以下出頭時刻又は定刻という。)に乗務管理課に出頭し、出頭の確認を行ない、乗務旅費・航空時計(航空士のみ)を受領する。 (ロ) 運航管理課において、気象資料を検討し、運航管理者と協議の上飛行計画を決定し、緊急避難用器具・脱出口・脱出要領・分担等について乗務員全員で打合せ、当該路線の途上及び途中飛行場に関する特別の情報を検討(ノータム・チエツクという。)し、燃料搭載量・使用航空機の状況・搭乗旅客の数・病人等に関する必要情報をそれぞれ確認する。 (ハ) 飛行場に赴いて、検疫・通関・出国承認等の手続を完了する。 (ニ) 飛行機に到着し、飛行機の外部点検、内部点検を終り、操縦室内の所定位置に着く。 機長・副操縦士は五八項目にわたり、又、航空士は一六項目にわたつて、それぞれ各計器その他操縦系統を点検する。 搭載重量並びに搭載物配置表によつて重量と配置状況を確認する。 航空機関士の場合は、(イ) 前記機長等の場合と同様出頭を確認して乗務旅費を受領した後、(ロ) 運航管理課において、運航管理者より飛行計画の説明を受け、燃料搭載量を確認し、フライト・エンジニア・メモによつて搭乗機の状態を確認する。 (ハ) 飛行場に赴いて、検疫・通関・出国承認等の手続を完了する。 (ニ) 飛行機に到着し、燃料搭載量を標尺によつて実地に点検し(プロペラ機の場合に限る。)、機体外部を七四項目にわたつて点検し、機体内部を一一二項目にわ ・通関・出国承認等の手続を完了する。 (ニ) 飛行機に到着し、燃料搭載量を標尺によつて実地に点検し(プロペラ機の場合に限る。)、機体外部を七四項目にわたつて点検し、機体内部を一一二項目にわたつて点検し、整備士より航空日誌を受領して機体の状態整備状況を確認する。 等である。これらは極めて充実し、航空機の安全運航について不可欠かつ重要な作業内容に満ちているものである。 運航乗務員等は、時刻表上の出発予定時刻以前一時間三〇分の間に、これだけの作業を完了し、しかる上で初めて管制塔の出発許可を得て飛行機が動き出す段取りとなるのである。 (2) 各便毎の争議行為の態様そこで、次に組合が連発した抜打ち指名ストの実状を述べるが、そのいづれもが、右述のごとき重要な出発前の準備作業を半ば以上完了して後に突如として姿をくらます等、いわば、まつたくでたらめとしか言いようのない乱脈を極めた争議行為を敢て行なつたものであつて、この指名ストのために、各便はいづれも大幅な遅延を生ずるか、若しくは代替乗務の手配を講ずることも出来ないままに運航取消を余儀なくされ、運航ダイヤは大混乱を生じて、乗客に多大の迷惑を及ぼしたのである。 (イ) 一一月一二日午後一〇時発八六二便ホノルル・ロスアンゼルス行この日行なわれた会社組合間の団体交渉は午後三時頃に終り、今後なお引続き第二回の団体交渉を開いて論議を続けようということになつていたのである。同夜午後一〇時発ロスアンゼルス行八六二便においては、P17機長、P44副操縦士、P33航空士、P16機関士及び同乗訓練のためP15副操縦士の五名が乗務することになつていたところ、P17機長は午後八時頃、P44・P33・P16の三名は午後八時三〇分頃それぞれ出頭して、いづれも全く平常通りに出発前の準備作業を行ない、午後九時頃には運 士の五名が乗務することになつていたところ、P17機長は午後八時頃、P44・P33・P16の三名は午後八時三〇分頃それぞれ出頭して、いづれも全く平常通りに出発前の準備作業を行ない、午後九時頃には運航管理課での業務を完了して室外へ出て行つたが、その後ついに飛行場には姿を現わさなかつた。 会社側では、右四名がストに入つたなどとは全然知る由もなく、特に運航管理課では同人等はそのまま飛行場に赴いたものとばかり思つていたところ、午後九時二〇分頃になつて運航統制室から、組合がストに入つたらしいとの連絡を受けた。そこで事の以外に驚き早速組合事務所に職員を派遣して事の真偽を問合せたけれども、いづれ社長から話があるだろうから言えないとのことであつた。同事務所には、右四名が八六二便に乗務する際携行するフライト・ホルダーが置去りにされていたが同人等の姿は見えなかつた(フライト・ホルダーとは、飛行計画・航路図等運航に必要な書類を入れた書類入れである。)。他方、その頃飛行場側からは、既に乗客に対しては搭乗の案内をしなければならない時刻になつているのに、まだ乗務員が来ないのはどうしたのか、早く乗務員をよこせと矢のような催促が殺到して来た。そこではじめて、右四名が運航管理課を出た後、飛行場に行かないで、ストに入つたものであることが判明したのであつた。又、同乗訓練のP15副操縦士からは、結局何等の連絡がなく最後まで姿を現わさなかつた。 後から判明したところによれば、同夜午後九時頃、社長自宅に組合の執行委員長P1より電話があつて、午後八時四十分以降乗員の一部を指名ストに入れた旨を通知して来たものであつた。 このように当日の団体交渉においては、交渉はなお継続することに決定していたことであるし殊に八六二便では、訓練のために乗務することになつていたP15副操縦士を除くそ 旨を通知して来たものであつた。 このように当日の団体交渉においては、交渉はなお継続することに決定していたことであるし殊に八六二便では、訓練のために乗務することになつていたP15副操縦士を除くその余の乗務員は全員まつたく平常と変ることなく出発前の準備作業をとり行なつていたので、会社側はストが発生するなどとは夢にも思つていなかつたところであり、同人等が運航管理課を出て、いづこかへ姿を消してしまつた後も、さつぱり事情がわからないという状態であつたので、乗客に対して事情を説明することも出来なければ、とつさに然るべき対策を講ずることも出来なかつた。しかし、飛行場ではホノルルあるいはロスアンゼルスに向けて旅立とうとしている多数の旅客が既に出国手続も完了して搭乗を待ち構えているのであるから、会社としては当面、何としても八六二便を出発させなければならず、午後九時二五分頃急いで管理職乗務員(管理職とは非組合員をいう。以下同じ。)を緊急手配して呼出し、乗務を命じた。しかしながら、乗務員が全部交替すれば出発前の準備作業を全部やり直さねばならぬことは勿論であるから、結局この八六二便は、二時間一分遅延して一一月一三日午前零時一分ようやくにして飛び立つて行つたのであつた。 そして、八六二便がようやく出発した後、一三日午前零時五九分、組合は同便の乗組員全員について前記ストを解除する旨を通知して来た。 (ロ) 一一月一三日、午前九時二〇分発、七一五便香港・バンコツク・シンガポール・ジヤカルタ行同便の乗務員は、P21機長・P53副操縦士・P20航空士・P54機関士であつたが、全員定刻(出発前一時間三〇分)に出頭し、何事もなく出発前の準備作業を遂行して運航管理課を出て行つたが、午前八時二〇分、先ずP20航空士について、八時一〇分以降ストに入れた旨連絡があり、次いで が、全員定刻(出発前一時間三〇分)に出頭し、何事もなく出発前の準備作業を遂行して運航管理課を出て行つたが、午前八時二〇分、先ずP20航空士について、八時一〇分以降ストに入れた旨連絡があり、次いで八時三〇分、他の三名をもストに入れる連絡があつた。会社側は、P20航空士のスト通知を受けたので、先ず、管理職航空士緊急呼出しの手配をしたが、一〇分後には他の三名についてもスト通知があつたので、これに対しても代替乗務員を重ねて緊急手配をしなければならなかつた。 ところが、これら管理職乗務員が間もなく乗務管理課に到着するであろうと思われる頃、午前九時になつて、組合は前記四名全員について、突然、スト解除を通知してきた。 会社としては、既に代替乗務員の手配も終つていることではあつたが、その到着を待ち、更に、出発前の準備作業を繰返すことによる大幅の出発遅延が乗客に及ぼす迷惑を思い、前記緊急呼出しが徒労に帰するのも忍んで、右四名に再び乗務を命じたが、結局、七一五便は、午前九時五五分、三五分の遅延で出発した。 (ハ) 一一月一三日、午前一〇時発、八〇六便ホノルル・サンフランシスコ行同便に乗務を命ぜられていた乗務員四名の内、P32副操縦士、P55航空士の二名のみについて、出頭時刻である午前八時三〇分にストの通知があり、この両名のみは出頭しなかつた。 会社は早速、両名の代替乗務員を検討したが、適当な代替要員を得られないまま、遂に午前九時二三分、同便の運航を取消さざるを得なかつた。そして、運航取消後、午後一時に至つて、組合は、右P32、P55両名のストを解除した。 (ニ) 一一月一三日、午前一一時発、七三五便香港行同便は、P23機長(管理職)、P22副操縦士、P43航空士、P56機関士の乗務であつたが、右四名はいづれも定刻に出頭して、定められた通りの出発前 (ニ) 一一月一三日、午前一一時発、七三五便香港行同便は、P23機長(管理職)、P22副操縦士、P43航空士、P56機関士の乗務であつたが、右四名はいづれも定刻に出頭して、定められた通りの出発前の準備作業を全く平常の如くに遂行し、乗員送迎用の自動車に乗り込んで飛行場に向け出発した。そこで、運航管理課では、この便は幸いにしてストなしで無事運航出来るものと信じていたのである。 ところが、午前一〇時二〇分頃、東京空港支店より運航管理課に対して、七三五便の乗務員は飛行場に着いて税関のところまでは来たらしいが、P23機長以外の者はその後行方がわからず、飛行機のところにも来ない。乗客から、一体どうなるのかと猛烈な苦情を受けているから、早急に確認して貰いたいとの要求が来た。驚いた乗務管理課では、午前一〇時二五分頃直ちに組合事務所に電話したところ、P1委員長は、平然として、P22・P43・P56の三名は午前一〇時以降ストであると答えた。 会社は、右三名に代る管理職乗務員を緊急手配して代替乗務を命じ、午前一一時一二分、同便は出発した。そして、同便出発後、組合は、右三名のストを一一時三〇分以降解除する旨通知して来た。 (ホ) 一一月一三日、午後零時発、八一六便ホノルル・ロスアンゼルス行同便はP57機長・P3副操縦士・P58航空士及びP59機関士(管理職)の四名が乗務することになつていたが、いづれも平常通り出頭して出発前の準備作業も遂行し運航管理課から飛行場に赴いた。 運航管理課では、前記七三五便の乗務員が運航管理課から飛行場に赴きながら、にわかにストに入つてしまつたので、この八一六便についても心配し、午前一一時二五分わざわざ組合事務所に電話して確かめてみたが、同便は指名ストではない旨の返事があつた。しかし乗員が来ないので東京空港支店は、乗務管理課 つてしまつたので、この八一六便についても心配し、午前一一時二五分わざわざ組合事務所に電話して確かめてみたが、同便は指名ストではない旨の返事があつた。しかし乗員が来ないので東京空港支店は、乗務管理課に問合わせ、同課はさらに午前一一時四一分再度組合事務所に電話で問合わせたところ、ここに至つて午前一一時三〇分からP57・P3・P58の三名が指名ストにはいつたことがはじめて判明したのである。 会社側は、さきの問合せ直後のことであるため善後措置に苦慮したが、急いで代替要員を手配し、出発前の準備作業をやり直して、午後零時四八分、ようやく同便を出発させることが出来た。 そして、その出発後、午後一時五〇分、組合は右三名のストを午後一時以降解除する旨通知して来た。 (ヘ) 一一月一三日、午前一一時二〇分発、三二三便福岡行これまでの指名ストは、全部国際線に関して行なわれて来たが、組合はここに突然国内線のストを混えて来た。国内線の場合、出発前の出頭時刻は、一時間前ということになつているが、この便についても予定された乗務員三名は全部規定通りに出頭して出発前の準備作業を遂行していたところ、出発時刻の一三分前、午前一一時七分になつて組合は、P26副操縦士一名のみについて、午前一〇時四五分以降ストに入れる旨を通知して来た。 会社側は、出発直前のこととて不意打ちに驚いたが、兎も角も代替乗務員にP60副操縦士を命じ、一時間三三分遅延の午後零時五三分、ようやく、この便を出発させることが出来た。 そして、組合は、午後一時五〇分、右P26副操縦士の指名ストを、午後一時以降解除する旨通知して来た。 (ト) 一一月一三日、午後一〇時発、六六便ホノルル・ロスアンゼルス行同便の乗務員四名については、先ず、午後八時三三分、P27航空士について指名ストを、続いて同三七分、P2 除する旨通知して来た。 (ト) 一一月一三日、午後一〇時発、六六便ホノルル・ロスアンゼルス行同便の乗務員四名については、先ず、午後八時三三分、P27航空士について指名ストを、続いて同三七分、P28副操縦士について指名ストを通知して来た。 会社は、直ちに右二名の代替要員として管理職乗務員に対し緊急招集をかけて、出発前の準備作業を完了したが、矢張り予定出発時刻には出発出来ないでいたところ、午後一〇時二〇分頃、P27航空士のみはストを解除する旨通知があり、再度同人に乗務を命じてこの便を出発させたが、結局、五〇分の遅延を生じた。 P28副操縦士については、遂にスト解除の通知はなかつた。 (チ) 一一月一四日、午前八時五〇分発、九五五便ソウル行同便には、P61機長、P50副操縦士、P62機関士が乗務することになつていたが、午前七時五〇分以降、一せいに指名ストに入つた。 ところが同便には、韓国人で、日本滞在期間が切れて本国に帰らねばならない旅客が相当数予定されて居り、若し、ストライキのために同便の運航が取消のやむなきに至るようなことがあれば、単に一般旅客に迷惑を蒙らせるのみに止らず、両国間の政治的問題にも係る要素を持つているので、会社は組合に対して、スト解除方を申入れ、午前八時二〇分、解除とすることが出来た。然し、この間の指名ストのため、同便の出発は五〇分遅延の午前九時四〇分となつた。 (リ) 一一月一四日、午前一〇時発、八〇八便ホノルル・サンフランシスコ行同便に乗務を命ぜられていたのは、P34機長、P32副操縦士、P33航空士、P30機関士の四名であつたがいづれも定刻に出頭して平常通りの出発前の準備作業を遂行し、何事もなく運航管理課を出て行つたが、そのまま、飛行場には姿を見せないままに、一〇時すこし前、先づP30機関士を指名ストに入れる旨の あつたがいづれも定刻に出頭して平常通りの出発前の準備作業を遂行し、何事もなく運航管理課を出て行つたが、そのまま、飛行場には姿を見せないままに、一〇時すこし前、先づP30機関士を指名ストに入れる旨の通知があり、続いて、その余の三名も全部ストの通知があつた。 そこで、早速、代替乗務員として、P63機長、P15副操縦士、P31航空士、P64機関士を決め、緊急招集の手配をした。このうちP31航空士は、自宅が遠距離のため、特に管理職であるP35航空士も同時に招集したが、P63・P15・P64・P35の四名が揃つたので出発前の準備作業を行ない飛行場に赴かしめたところへ、P31航空士が出頭して来た。そこで、P35とP31を交替させP31を勤務させることとし、同人をして航空士としての出発前の準備作業を遂行せしめたが、その終了後同人が運航管理課を出て行くや、途端に、組合はP31を指名ストに入れる旨の通知をして来た。この時は既に午後零時四七分になつていた。 会社側としては、最初のP33航空士が、出発前準備を終えたところで指名ストに入れられ、替つたP31航空士についても、又、出発前準備を了つて後に指名ストとなつたので、重ね重ね時間を空費し、既に甚しい遅延が生じていることとて、組合の極めて不公正なやり方に対し憤激したが、やむを得ず一旦飛行場から引返していたP35航空士を再度飛行場に送り届けて、漸く同便を出発させた。時に午後一時四四分、出発予定時刻から三時間四四分という大幅遅延をやむなくされたのであつた。 なお、右P34・P32・P33・P30・P31のうち、P31航空士のみは午後一時三七分スト解除となつたが、他の四名については何の連絡もなく、一四日午後六時半頃、会社側より問合せた結果は、P34・P30はなおスト中であるが、他の二名は解除になつている、解除 航空士のみは午後一時三七分スト解除となつたが、他の四名については何の連絡もなく、一四日午後六時半頃、会社側より問合せた結果は、P34・P30はなおスト中であるが、他の二名は解除になつている、解除の時刻は不明であるとの答えであつた。 (ヌ) 一一月一四日、午前一一時発、七三七便香港行同便の乗務員は、P65機長(管理職)、P36副操縦士、P66航空士、P67機関士(管理職)及び香港から次の便に乗務するために同乗して行くP38航空士の五名であつたが、すべて定刻に出頭し、規定された通りに出発前の準備作業を進めていた。 ところで、この便には、中共向、中国人の遺体一五体が搭載されることになつており、到着地では盛大な出迎えの行事が行なわれることになつていた。そこで、若し同便が、欠航あるいは大幅な遅延を生ずるようなことになれば、これ等の行事は全部予定が狂つてしまうので、国際問題にもなり兼ねない一大事をおこす恐れがあつたから、会社側は午前一〇時二〇分頃、これを組合側に知らせ、幸いにして未だ指名ストに入つていないが、この便については是非協力を得たい旨申入れた。 然るに組合側は、会社の右申入れに対する返事として、七三七便の乗務員はP36・P37・P38の三名共午前一〇時一〇分以降指名ストに入れてあるから只今(午前一〇時三五分頃)通知しますということであつた。そこで、会社は、やむなく代替乗務員の手配をし、緊急呼出しをかけたが、当然のことに非常な時間を要し、同便が出発したのは、三時間五九分遅延の午後二時五九分であつた。 そして、前記中共向け遺体一五体は、何時出発するかわからないような飛行機に載せて行くわけには行かないというので、外国会社の便に移されてしまつたのであつた。 右ストの三名については、その後何等の通知もないので、一四日午後六時半頃、照会したと るかわからないような飛行機に載せて行くわけには行かないというので、外国会社の便に移されてしまつたのであつた。 右ストの三名については、その後何等の通知もないので、一四日午後六時半頃、照会したところ、P36・P38は依然スト中、P37は解除になつたが解除時刻は不明とのことであつた。 (ル) 一一月一四日、午後一〇時発、六八便ホノルル・ロスアンゼルス行同便には、P42機長、P9副操縦士、P47航空士、P41機関士が乗務することとなつており、又、待機要員としてP43航空士に呼出しをかけてあつた。 ところが、P43航空士は全然姿を見せず、他の四名は平常通り定刻に出頭して出発前の準備作業の後、運航管理課を出て行つたが、そのまま飛行場には行かず、出発前三〇分の午後九時三〇分になつて、P41については九時二分以降、P42・P9・P47については九時一〇分以降指名スト中である旨連絡が来た。 会社は、この乗務員の代替要員について最後まで散々苦心したが、結局充足することが出来ず、出発時刻も過ぎた午後一〇時四一分になつて、遂に欠航を決定する外はなかつた。 なお、前記P43航空士については、一五日午前一時、スト解除の通知が来たがそもそもストに入る旨の通知が来ていないので、その際質問したところ、一四日午後六時五〇分以降ストに入つていたものであるとのことであつた。又、P47航空士についても一五日午前一時、スト解除の通知があつたが、その余のP41・P42・P9の三名については、とうとう最後までスト解除の通知もなかつた。 3 一一月争議における争議行為の態様に関する特徴(1) 一一月争議は、先ずその突入時の通知からして異常なる様相を示した。即ち、一一月一二日夜、突如として、八六二便の運航乗務員が抜打ち指名ストに突入したのであるが、その通知は、午後九時すぎ頃、会 (1) 一一月争議は、先ずその突入時の通知からして異常なる様相を示した。即ち、一一月一二日夜、突如として、八六二便の運航乗務員が抜打ち指名ストに突入したのであるが、その通知は、午後九時すぎ頃、会社の社長自宅へ電話をもつてなされて来たのである。 成る程、争議行為は組合が会社に対して行なうものであるから、その組合の代表者から会社代表者宛直接口頭で通知するのはこれ程筋の通つた立派なことはないかも知れない。しかしながら、社長の私宅が事業場と直結している極く小人数の小企業ならばともかく、約九千名に達する従業員と、全世界数十か所に及ぶ事業場をもつ会社において、しかも、四名の運航乗務員のみについて抜打的に指名ストに入る場合に、夜九時すぎ、私宅へ電話を受けて、一体どのような対処の仕様があるだろうか。羽田には羽田の事業場としての責任者があり、夜九時でも、会社業務が遂行されている以上、交替勤務によりその時点での責任者がある。争議行為の通知をするなら、争議行為を行なう場所で、その事業場の責任者に通知するのが本来である。これを一般の事業についていつても、九州の工場で、二・三名の者が抜打ち指名ストに入るのを、工場では一言も言わないで、夜分東京で社長私宅に電話するというやり方が、果して常識的・妥当な方法と言えるだろうか。社長に直接電話するというのは一見本筋の方式を履み行なつているかの如くで、その実、虚名をかりて、通知に対し殊更最も対処し難い時期・方法を選んだものと言われても仕方がないのである。その証拠には、現に争議現場であるオペレーシヨン・センターでは、運航管理課から、わざわざ職員を組合事務所まで派遣してストの存否を尋ねさせたのに対しては、いづれ社長から話があるだろうから言えないと回答を拒絶しているのである。その時刻は、午後九時二〇分すぎた頃で、乗員四名が抜 ら、わざわざ職員を組合事務所まで派遣してストの存否を尋ねさせたのに対しては、いづれ社長から話があるだろうから言えないと回答を拒絶しているのである。その時刻は、午後九時二〇分すぎた頃で、乗員四名が抜打ちストに入つた時刻より四〇分後、社長私宅へ電話して来てからでも約二〇分も経過して後のことだつたのである。 (2) 同じく抜打ちストと言つても、ストに入る時点を何処に設定するかは又別の問題である。これが通常の工場ならば、例えば機械に就いている労働者が管理者の眼前で機械から離れて行くとか、それまで継続していた作業を突然止めてしまうという形で、明らかに現認し得る姿をとつてあらわれる。本件の乗務員の場合でも、飛行前出頭時刻にストに入るとか、運航管理課における準備作業の途中でストに入るというのなら会社側は直ちにこれを察知することが出来るのである。しかるに本件の場合は、運航管理課における出発前の準備作業そのものは全く何事もなく遂行させ、フライト・プランに署名も終り、更に客室乗務員(乗員組合に属しない。)との間に緊急避難の場合の打合せまで全部完了して、しかる後オペレーシヨン・センターを出て飛行場に赴く、その途中をまつて、しかも指名によるストに突入させるという方法をとつている。すなわち、運航乗務員は、出発一時間三〇分前に出頭してからいよいよ出発するまでの間常に何等かの形で会社の他の関連部門と接触を保つているのであるが、唯、オペレーシヨン・センターから飛行場へ赴く道中だけは全く他と切離された行動をとることになるのである。組合は当初から計画的積極的にこの唯一の空白期間を殊更にねらつて、会社側の最も捕捉し難い情況の下にストに入れたほか殊更その旨の通知をせず又は通知を遅らせるという方法をとつた。 もともと東京空港地区における会社の業務上の組織として、運航を司るオ を殊更にねらつて、会社側の最も捕捉し難い情況の下にストに入れたほか殊更その旨の通知をせず又は通知を遅らせるという方法をとつた。 もともと東京空港地区における会社の業務上の組織として、運航を司るオペレーシヨン・センターと、乗客をさばく東京空港支店とは、業務上直接の関連はない。 運航管理課における業務の進行に合わせて空港支店の出発カウンターが受付を開始するとか、あるいは、運航乗務員が空港支店に出発前の準備作業完了や飛行場到着を一々申告するシステムにはなつていないのである。双方の部門が、夫々相手方を信頼し、互いに自主的に業務を遂行して行つて、それが飛行機という一点でぴつたりと一致し、そこで出発予定時刻通りに出発するという仕組みになつている。従つて、運航管理課等オペレーシヨン・センター側は、自己に割当てられた業務を厳正確実に遂行して行き、運航乗務員が、同課における業務を終えて出て行けば当然飛行場に赴いたものと信じて疑わないし、空港支店の方でも、定刻には乗務員が来るものとして出発時刻までに乗客が一番無駄をしなくても済むよう能率的に客扱いを進めて行くのであり、一々運航乗務員が揃つたかどうか確認したり、オペレーシヨン・センターを出たかどうか照会したりなどはしない。斯くして、オペレーシヨン・センターから飛行場までの間は、乗務員は会社の他の業務組織と直接接触しない状況にあるのであつて、運航乗務員を以て組織している組合がこれを知らない訳はなく、まさにその間をねらつて本件ストが敢行されたのである。 一一月争議においては、一一月一二日午後一〇時発八六二便がいきなりこのような方法をとつたのを始めとして、後一一月一四日午後一〇時発六八便までの四八時間に、一一便延約三〇名の乗務員が各便ごとに次々と抜打ちの指名ストに入れられて行つたが、その内、所定出頭時刻にストに のような方法をとつたのを始めとして、後一一月一四日午後一〇時発六八便までの四八時間に、一一便延約三〇名の乗務員が各便ごとに次々と抜打ちの指名ストに入れられて行つたが、その内、所定出頭時刻にストに入り、出頭もしなかつたという場合は、唯一便のみであつて、その余はすべて、右に述べた最も悪質なる時点を選んでストを開始しているのである。 (3) 運航管理課を出た後にストに入るということは、それまで同課において完了した出発前の準備作業を完全に徒労に帰せしめることを意味する。既に詳しく主張した通り、出発前の準備作業は運航の安全性を保持する上において極めて重大な意味を持つのであるが、事の性質上明らかな通り、これは現実に運航を担当する当の乗務員本人が自らとり行なわなければならないものであつて、例えば、機長の場合の如きは、他人の署名したフライト・プランをそのままうのみにして飛び出して行くなどということは絶対にあり得ないことなのである。それ故、若し当初予定された乗務員が、運航管理課での作業を完了した時点でストに入れば、それまでの結果は全部無駄となつてしまい、新たな代替乗務員において、再び最初から全部やり直さなければならない。一般工場労働者の場合に、作業途中で職場を放棄しても、削りかけの材料がそれ切りで駄目になつてしまう訳のものではなく、代替要員が続いて削ることも出来れば、又は当のスト労働者が再び職場に戻つた時に、前の続きを削ればよいのであるが、運航乗務員の行なう準備作業の場合には、前任者の作業を、後任者が途中からそのまま引継ぐということは一切許されないのである。その意味で、後にストに入れることが予定されているか、すくなくともそれが予想されている乗務員に平然として出発前の準備作業を遂行させておき、その重要なる部分が完了するのを待つて、それまでの部分が全部無 の意味で、後にストに入れることが予定されているか、すくなくともそれが予想されている乗務員に平然として出発前の準備作業を遂行させておき、その重要なる部分が完了するのを待つて、それまでの部分が全部無駄になつてしまうことを知り、むしろそれを指向して突如その乗務員のみを指名ストに入れるということは、あたかも工場労働者の場合に故意に不合格品を生産させるのと全く同質の行為と言うことが出来るのである。 本件の場合、右に述べたような出発前の準備作業の意義・本質を十二分に知つている乗員組合が、一一便中唯一便のみを除いてすべて運航管理課を出てからストに入れているということは、それがその都度決定された偶然ではなく、明らかに当初から計画された争議方法であつたと断定しても決して誤りではないのである。 就中、一一月一四日午前一〇時発八〇八便の如きは、当初予定された乗務員中のP33航空士について、右のような準備作業完了後の抜打ち指名ストをかけた後同人の代替乗務員としてP31航空士が緊急招集されると、この呼出しそのものについて拒否せしめないばかりか、その出頭時点をもなお見送り、いよいよP31が運航管理課でのやり直し準備作業を完了した時を見すまして、同人唯一人に抜打ちストをかけるというやり方に出ているのであつて、この事例の如きは、前記組合の計画的な意図が最も顕著に発現された場合と言うことが出来るのである。 (4) 前号及び前々号に述べたような組合のスト開始時点に関する計画的な選択は、ストに入れた乗務員をそのまま雲がくれさせてしまうという方法をとることによつて一段と悪質さを強められている。 一一月一二日八六二便では、最初にストに入れた乗務員四名が丁度オペレーシヨン・センター一階の配車室前に来る頃を見計つて他の組合員の運転する自動車をさし向け何処とも知れず連れ去つてし められている。 一一月一二日八六二便では、最初にストに入れた乗務員四名が丁度オペレーシヨン・センター一階の配車室前に来る頃を見計つて他の組合員の運転する自動車をさし向け何処とも知れず連れ去つてしまつたのであるが、以後すべての便において、スト乗務員は必ず途中で姿を消してそのまま行方不明になつてしまつているのである。 会社が全然捕え難い時期を選んでストに入れ、かつ捕えがたいままに行方をくらまさせる、これが一一月争議において組合の採用した戦術だつたのである。 組合はストに入れた全便について、それが会社側の緊急措置により散々遅延を重ねた揚句漸くにして出発するか、あるいは、遂に手の施しようもなくて欠航と決めて発表するかすれば、すかさずその直後にスト解除を通知して来たが、通知がある頃には、既に当の乗務員は疾くに影も形も見えないという有様で、スト解除とは実は名目だけのものになつてしまつていたのである。 (5) 各便ごとに抜打ストに入れて行くと言つても、スト乗務員の職種の選択、スト開始時刻・通知時刻等を故意に分散して、会社をして応接にいとまなからしめるような効果を意図している。 国際線の運航乗務員は機長・副操縦士・航空士・航空機関士に分れているが、同じく組合員でも、或る便ではその全部を、ある便では副操縦士と航空士を、ある便では航空士のみを、又ある便では航空機関士を加えるというように、殆どすべての便ごとに異つた組み合わせで、一人一人指名してストに入れて居り、しかも、その開始時刻は先づ航空士をストに入れ、二〇分後に他の三名を追加してストに入れるとか、他の便では先づ副操縦士を、六分後に航空士を、更に又他の便では先づ航空機関士を、八分後に他の三名を一括してと言う様な有様で、殊更に細くずらせてストに入れている。 その上、スト開始を会社に通知する時刻まで、 は先づ副操縦士を、六分後に航空士を、更に又他の便では先づ航空機関士を、八分後に他の三名を一括してと言う様な有様で、殊更に細くずらせてストに入れている。 その上、スト開始を会社に通知する時刻まで、スト開始の前後とは必ずしも照応することなく、まるきりでたらめに設定されている。例えば、ある便では出発一時間三〇分前に通知があり、しかも、その時点からストが開始されるかと思うと、後に述べるようにある便では、何時までたつても通知がない。そこで、これはストなしで、済んだのかと喜び、念のため出発時刻間近になつて照会してみると、意外にも既に二〇分も前からストに入つていると言う。又或る便では、早目に問合わせてみるとこの便はストではないという返事で一安心していると、そういう舌の根も乾かぬうちにスト開始の通知が来るという有様であつた。 (6) 一一便のうち、四便については、全然通知がなく、会社側から問合わせてようやくストと判明した。すなわち、一一月一三日午前一一時発七三五便では、定刻午前九時三〇分に全員出頭し、出発前の準備作業をすませて一〇時頃運航管理課を出て行つたが、その後組合からは何の通知もなく、一〇時二五分頃になつて空港支店からの照会により会社側から組合に問合わせたところ、既に一〇時以降ストに入つていることがようやくわかつたのであり、又、一一月一四日午前一一時発七三七便では、既に午前一〇時一〇分からストに入つていたのが何の通知もなく、一〇時三五分、会社側から特別な申し入れをしたのに対して、始めてスト中であることが判明した。即ち会社は、同便がたまたま中共向け遺体を乗せることになつている特別な便であつたから、これだけはストをかけないよう格別の考慮を払つて貰い度いとの申し入れをしたのであるが、これに対して、いやもうとつくにストに入つていますよという返事で始め 乗せることになつている特別な便であつたから、これだけはストをかけないよう格別の考慮を払つて貰い度いとの申し入れをしたのであるが、これに対して、いやもうとつくにストに入つていますよという返事で始めてスト通知がなされたのであつた。一一月一三日午後〇時発八一六便についても同様である。 これ等の三便は、幸いにして会社側から問合せたからスト中と判明したが、若し、当時の猛烈な混乱に忙殺されたまま徒らに組合の通知を待つていたら、恐らく何時まで経つても何の通知もなされなかつたに相違ない。現に一一月一四日六八便P43航空士の場合も、スト通知は最後までなされなくて、スト解除の通知があつたので始めてストに入つていたことが判明している例があるのである。 右六八便に関しては、昭和四〇年一〇月一七日本件当事者間の地位保全仮処分申請事件の審尋期日においてP1は、同便は始めから欠航させる計画であつたと明言している。既に見た通り、同便においてP47航空士のみならずP43航空士をもストに入れれば、同便が間違いなく欠航となることは組合にも十二分に解つていたのであり、それならばこそ組合はP43を出頭時刻に先立つこと一時間四〇分前の午後六時五〇分既にストに入れていたのである。従つて組合の側からすれば、同便の欠航ということは、P47航空士のストを決定した九時一〇分の時点で確定したのであり、遅くともこの時点でP47・P43両航空士のストを通知すれば、会社は即座に同便欠航を決定し発表することが出来たのである。午後一〇時出発の便において、午後九時一〇分に欠航を発表することは余りにも遅きに過ぎる。しかし出発時刻を徒過して午後一〇時四一分始めて欠航を発表せざるを得ないよりは、なお優ること数等と言うべきである。 さて、P43のスト通知がなかつたことにより、会社に格別の実害がなかつたとは ぎる。しかし出発時刻を徒過して午後一〇時四一分始めて欠航を発表せざるを得ないよりは、なお優ること数等と言うべきである。 さて、P43のスト通知がなかつたことにより、会社に格別の実害がなかつたとはいえない。出発時刻を徒過しても何時出発出来るか、何故遅延するのかも乗客に知らせられない、定刻を四〇分も徒過していきなり欠航を発表しなければならないとすれば、会社の信用は滅茶滅茶である。勿論その間乗客のために何等の善後措置を講ずることも出来ない。乗客の方もたまつたものではないのである。九時一〇分から一〇時四一分まで一時間三〇分あれば、ジエツト機は福岡や札幌まで到達してしまう程の時間なのである。どうしてこれが格別の実害を与えなかつたと言えようか。 このような無通知スト以外でも、そもそもスト開始後一〇分乃至三〇分以内に通知があつたのだからと、この一〇分、三〇分という時間を甚だわずかな時間であるかのように考えることは大間違いである。 一般生産工場のように、時間の流れに対応して常に同じ作業が無限に流れている業種においては、成る程ストに入つて後一〇分、時には三〇分という時間もあるいは短いかも知れない。しかし本件のストが行なわれた場は、出頭時刻に始まり、定期便の出発時刻によつて断絶する一時間三〇分の中に限られている。ストに入る乗務員達の負担している労務提供の義務は、いわば、定期便の出発時刻を期限とする定期行為なのである。しかも、現実に行なわれたストの姿は、いづれも運航管理課における出発前の準備作業を完了した後のことであるから、前記一時間三〇分というのは実質的には一時間に短縮される。この僅か一時間の中で、しかも出発時刻を徒過すれば最早ストであると否とを問わず本来の労務提供が出来なくなる運航乗務員において一〇分・三〇分という時間がいかに大きい幅をもつもので は一時間に短縮される。この僅か一時間の中で、しかも出発時刻を徒過すれば最早ストであると否とを問わず本来の労務提供が出来なくなる運航乗務員において一〇分・三〇分という時間がいかに大きい幅をもつものであるかを理解すべきである。 (7) しかし、このように一々問合せることによつて無通知ストの情況を知り得るとは言え、ある便について果してストになるかどうか、予め用心深く問合せたら却つてだまされた場合もある。すなわち、前記午前一一時発七三五便で会社は組合から何の通知もないままに同便はストなしですんだかと喜んでいたのが、実はとくにスト中であつたという苦杯をなめさせられたので、その直後に出発することになつている午後零時発八一六便については、午前一一時二五分頃組合事務所に照会したところ、同便は指名ストではないとの回答を得た。何しろ、一人の乗務員でも貴重な時であるから、乗務管理課でも大いに喜んだところ、一六分後には、機長・副操縦士・航空機関士ら同便の組合員全部を一挙に指名ストに入れる旨判明した。それは、既に出発時刻まで僅に一九分しかない一一時四一分のことであつた。 (8) 一一月一二日午後一〇時発八六二便以降、ストに入るのはすべて国際線ばかりであつたが、一三日午前一一時頃になつて、突如として午前一一時二〇分発三二三便福岡行がストの対象となつた。 確かに組合の側では、ストに入れるのは国際線のみと断つていた訳ではない。断つていないどころか、その都度どのようなストがかけられて来るのか全く不明で、会社側は見当もつかず、奔命に疲れしめられてはいたが、しかし、これまで既に五便にストがかかり、そのすべてが国際線であつたことから、何と言つても会社側の関心は国際線に集中されて来ていた。それは、オペレーシヨン・センターでも、東京空港支店側でも同様であつた。そのように、会社側 便にストがかかり、そのすべてが国際線であつたことから、何と言つても会社側の関心は国際線に集中されて来ていた。それは、オペレーシヨン・センターでも、東京空港支店側でも同様であつた。そのように、会社側の関心が必然的に一方的にかたよつて行つたその瞬間、組合は突如としてこの一便だけ国内線にストの攻撃を加えて来たのである。 しかも、この通知は、出発時刻の一三分前、実際ストに入つてから二二分経過してからのことである。周知のように国内線の場合は出発定刻二〇分前に乗客の受付を終り、一五分前に搭乗を開始する。このストの通知は、スト開始後二二分間を経過し、乗客の搭乗が開始された後になされた抜打ストだつたのである。 (9) 一一月一四日午後一〇時発六八便ホノルル・ロスアンゼルス行では、乗務員の一人であるP47航空士が若しストに入つた場合の代替要員として、予めP43航空士にも緊急招集がかけてあつた。というのは、この便の予約状況は、乗客数一一五名で満席になつていたので、仮に組合員たる乗務員がストに入つても、何とかして運航を維持したいと考え、このような事前の措置をとつていたのである。ところが、果せるかなP47航空士につき、出発前の準備作業を完了した後の九時三〇分、スト通知があつたので、あらかじめ呼出しをかけてあつたP43航空士に乗務を命じようとしたところ、驚いたことに同人は、呼出し時刻通りに自宅を出た後、全く消息を断つていて、組合からスト開始の通知もなければ、本人が運航管理課に出頭もして来なかつたのである。この便は、東京・ホノルル間を航空士なしで飛行出来ないことは誰でもわかることであり、又、この時点で会社には、P47航空士の上にP43航空士までがストに入つたとなれば、代つて乗務を命ずることのできる管理職航空士は、最早誰一人として手持ちがなくなつてしまつているとい わかることであり、又、この時点で会社には、P47航空士の上にP43航空士までがストに入つたとなれば、代つて乗務を命ずることのできる管理職航空士は、最早誰一人として手持ちがなくなつてしまつているということも、会社側は勿論、組合側にも十二分にわかつていることであつた。しかし、一二日の八六二便からこの六八便にいたるまでのストに入つた一一便の中、一三日の八〇六便だけが出頭時刻にストに入り、かつそれと同時にスト通知があつたのを除き、スト通知もないのに乗務員がそもそも運航管理課に現れもしないということは皆無であつた。 そこで会社としては、この際若しP43航空士がストに入れられるものなら直ちに本便を欠航ときめて発表する外はない情況にあつたが、何しろスト通知はないので、当然本人はとも角運航管理課まで出頭はして来るものと思い込んでいるし、他方本人の自宅に間合せてみても矢張り、八六便の出頭時刻に出頭するために既に出掛けているという返事なので、焦りに焦りながらも、乗客に対しては欠航を決定し発表することも出来ず、さりとて本人の所在も不明、定刻に出頭して来ない理由も不明ということでは、単純に出発遅延の発表をすることも出来ず、進退谷まつてどうすることも出来ない立場に追込まれたのであつた。この際会社側は、むしろP43航空士が出勤途上で交通事故でもあつたのではないかと心配していた程であつた。 結局この便において会社は、P43航空士を待ちに待つた揚句、乗客に対する関係上遂に待ち切れなくなつて、出発定刻を遥かに徒過した午後一〇時四一分、欠航を発表する外はなかつたのであつた。 (10) 遅延・欠航の場合に乗客に対して陳謝・事情説明・善後策の検討等が必要とされることは、本件のストによる場合に限つたことではない。ただ、本件ストの場合は、実施の態様が公益事業の性格を無視した (10) 遅延・欠航の場合に乗客に対して陳謝・事情説明・善後策の検討等が必要とされることは、本件のストによる場合に限つたことではない。ただ、本件ストの場合は、実施の態様が公益事業の性格を無視したものであつたため陳謝や事情説明が全く乗客の受けいれるところとならず、特に、時間的余裕がなく相応の善後策を講ずることが出来なかつた。 他の航空便の斡旋に関しては、東京を出発する他便を斡旋する外、東京出発が遅延・欠航するために、到着地における乗継便についても、予約取直しの手配をしなければならない乗客が多発し、しかも、その手配が殆ど遂行出来なかつた。 ホテルの予約についても、六八便の場合は同便欠航のため東京において更に一泊を余儀なくされた場合であるが、他の各便においては行先地のホテル予約を取直さなければならない乗客が多発し、これまた、その手配が殆ど遂行出来ない有様であつた。 たとえ航空便の遅延・欠航を生ずる場合でも、それが天候や機材故障等やむを得ない理由による場合や、あるいは事前に相当の時間的余裕を以て対処しうる場合には、旅程変更・連絡等の処置も十分とり得るので、乗客の不満苦情はそれ程強いものではない。本件ストの場合は、この処置が殆ど遂行出来なかつたから、不満・苦情が烈しく、しかも之に対して会社としては殆んど弁解の余地もなかつたのである。 国際貨物運送業務の面については、本件ストの結果、単に準備作業が徒労に帰したという丈ではなく、予定した運送を実行することが出来ず、特に一二月二二日七三三便の場合は、貨物運送遅延による損害賠償の請求まで受けている。 国際線の郵便運送において郵便搭載指定便は、航空郵便の生命である迅速・確実という要求に照して厳密に選択され、郵便差立表に記載されている。その決定要素の一つとして「継越」が重視されている。従つて、遅延・ 際線の郵便運送において郵便搭載指定便は、航空郵便の生命である迅速・確実という要求に照して厳密に選択され、郵便差立表に記載されている。その決定要素の一つとして「継越」が重視されている。従つて、遅延・欠航の場合、唯単に遅れたとか、積み替えたという丈では済まないのである。 本件ストにより、この差立表に基く運送に混乱を生じ、航空郵便運送の使命を果し得なかつたのは、八〇六便だけではなく、一一月一四日八〇八便においても同様であつた。 失つた運賃収入の総額は一〇八、三九三、四〇七円に達し、欠航便に関する出費減を控除した実損は五五、三八七、五三九円に達する。 国際航空運送における遅延・欠航等に関する損害賠償責任については、国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(いわゆるワルソー条約、昭和二八年八月一八日発効)により、運送人は、旅客・手荷物又は貨物の航空運送における延着から生ずる責任を負うものと定められ(一九条)、又、運送人の責任を免除し、又はこの条約で定める責任の限度よりも低い限度を定める約款は無効とされている。(二三条)(11) 本件仮処分決定によれば、「労務不提供がストによるものか否かを不明確のままにして、或いはその停廃が企業の全機能の停廃をもたらす性質の業務に従事する少数の者を相当の期間の予告もなしに指名して行なうストの方法は労使間の衡平信義則上原則として許されない」というが、本件ストの場合は、そもそも労務不提供になつているか否かすらわからないように仕組んだストであるという点で、既に通知以前の問題を含んでいるのみならず、このストによつて会社の運航する定期便のうち国際線全線の機能を停廃せしめるものだつたのである。そしてナシヨナル・フラグ・キヤリヤーたる会社の場合、国際線における名誉・信用の喪失ということは、企業の特質上特に重大事項 社の運航する定期便のうち国際線全線の機能を停廃せしめるものだつたのである。そしてナシヨナル・フラグ・キヤリヤーたる会社の場合、国際線における名誉・信用の喪失ということは、企業の特質上特に重大事項たることは言うを待たない。又、実際の輸送実績からみても、昭和三九年における国際線の国内線に対する比率は、旅客輸送において一・二二倍、貨物輸送において四・〇倍、郵便輸送においては実に一二・八倍に達しているのであり、国際線の運航が会社業務の極めて重要なる部分を占めていることは明白である。ここにおいて、「企業の全機能」という場合それが完全な一〇〇%でなければ衡平信義則違反にはあたらないとは言えないであろう。 右に述べたような実態からすれば本件ストは右決定の設定した基準に照らしても既に衡平信義則違反と言わねばならぬのである。 4 一二月争議における争議行為の目的前記一一月争議に続いて、組合は再び争議行為を行なつたが、この争議における組合の要求は、昭和三九年度賃上げであつた。然し昭和三九年度賃上げについては、既に同年六月一一日、会社・組合間に完全な合意が成立しており、実質的には全く解決したものであつたにもかかわらず、組合は、あえてこの合意を一方的に覆して、再度極めて大幅な賃上げ要求を突きつけ、更にその要求を貫徹するためと称して争議行為に及んだのである。これを詳述すれば次のとおりである。 (1) 組合は、昭和三九年度賃上げ問題について、同年三月一〇日、基本給について三八・一%(平均一二、八二五円)、乗務手当について三七・九%(平均三三、六八〇円)、乗務日当について四〇・九%(平均一、八九八円)、合計三八%(平均四八、四〇三円)の引上げを骨子とする賃上げ要求を提示した。この要求について、三月三一日を第一回として六月四日までの間に一七回の団体交渉を重ね、そ て四〇・九%(平均一、八九八円)、合計三八%(平均四八、四〇三円)の引上げを骨子とする賃上げ要求を提示した。この要求について、三月三一日を第一回として六月四日までの間に一七回の団体交渉を重ね、その間会社は第三次回答まで譲歩したが、六月五日いわゆるトツプ会談において更に組合の意見を容れた細部修正を行ない、ここで労使間の最終的意見調整が行なわれ両者間に一応の合意をみた。かくて、組合側はこれより争議収拾に向う旨の意見を表明し、六月九日には闘争委員会を開いて争議の収拾を決定、六月一〇日には代議員会を開いて会社回答受諾を決定するとともに同日委員長名を以て今次春闘に関する一切の闘争指令並びに闘争指示を解除し腕章着用を停止する旨の指令を発する等、妥結のためのすべての手続を完了した上で、翌六月一一日、組合委員長より社長ならびに労務担当常務取締役に対しそれぞれ別個に、代議員会の決議に基づく組合の正式の意思表示として、会社回答を受諾する旨の組合の正式決定を通知してきた(因に、組合の規約上、争議の妥結権は、代議員会の専決事項とされている。)すなわち、ここにおいて昭和三九年度賃上げ問題に関しては、労使間に完全な合意が成立したのである。 このようにして、組合の三九年春闘要求については、労使間に十二分の話合が行なわれ、最後にはトツプ会談まで開いて相互の了解につき遺憾なきを期し、組合側もわざわざ代議員会を開いて慎重に審議を尽した上受諾を決定したものであるから、右六月一一日の合意成立には手続上何等の欠缺も存しないことは明白と言うべく、他面、その合意の内容もまた交渉過程において若干の変化はあつたものの、結局は組合の当初要求の全部について、満足すべき解決をみているのであるから、これによつて今次春闘要求は完全に妥結したと言うことが出来るのである。 (2) しかも、この合 いて若干の変化はあつたものの、結局は組合の当初要求の全部について、満足すべき解決をみているのであるから、これによつて今次春闘要求は完全に妥結したと言うことが出来るのである。 (2) しかも、この合意の内容は包括的あるいは抽象的な合意ではない。組合要求に対する三次にわたる会社回答が出され、その間には会社回答に対する組合の修正提案という過程まで経た極めて具体的交渉の揚句に成立した合意であつて、その結果は、会社側で調印用の案文を立派にまとめ上げることも出来るし単に案文をまとめうるだけでなく、後で述べるように、現実の賃金支払の計算も出来るまでの内容を既に具備していたのである。 然るに会社が六月二二日右合意内容を成文化し、調印のため組合に送付したにもかかわらず組合は直ちにはその調印に応じないままで、六月二九日にいたつて組合の大会の決議によるとして会社回答拒否を通知して来たが、既に一旦会社との間で正規の機関で授権した代表者を以て完全な合意を成立せしめた以上は、後にその結果を大会でいかに評価するかは単なる組合の内部問題にすぎず、これをもつて組合の最終意思なりとして会社に対抗することは出来ないのである。成る程、場合によつては団体交渉で妥結にいたる際出席している団交委員が完全な妥結権を委ねられていないために、組合の決議機関に附してその承認を求めなければならぬとする場合もないことはない。しかし、そういう場合は、交渉妥結時にその旨を明らかにし、条件付で妥結するとか、仮に妥結するという形をとつておいて、後に然るべき決議機関の議を経て本調印するという方式が通常採られているのであつて、本件の場合は、かかる留保付の合意が後に正規の決議機関で否決されたなどという場合とは全く本質を異にしているのである。会社は、六月一一日に成立した合意を右のように理解していたからこそ いるのであつて、本件の場合は、かかる留保付の合意が後に正規の決議機関で否決されたなどという場合とは全く本質を異にしているのである。会社は、六月一一日に成立した合意を右のように理解していたからこそ、七月から成立した合意の内容に従つた賃金支払の準備にとりかかつている。唯この場合明らかにしておかなければならないことは会社の賃金計算は全部機械計算化されているのであるが、今回の乗務員関係賃金の変更は、いわゆる単純なベース・アツプではなく、賃金体系全般を根本的に変更するものであつて、機械に入れるカードそのものから作り直さねばならず、更にそれ以前の問題として、カード作成の資料として個々の乗務員の経歴・経験年数、資格・勤務内容等につき全部詳細な実態調査を遂げなければならないので、その作業量はまことに膨大なものとなるのである。当初、給与担当部門では、税金徴収上年末調整の関係もあるので、昭和三九年一二月の賃金支給日には、何とか新給与と、差額追給まで果そうという目標を定めて作業を開始したが、途中では本社勤労部、航整本部勤労部・本社機械計算室・計算二課などが羽田地区で泊り込み作業までして鋭意努力した結果、当初目標を一ケ月早めて一一月二五日支払日に間に合わせることが出来たのである。 (3) ところで七月一日には組合執行部全員が総辞職し、九月一五日新執行部が成立した。新執行部は、一一月四日に至り昭和三九年度の賃上げ要求として新しい要求を提案してきた。 この要求内容は、基準給について一一%(平均三、八二〇円)、乗務手当について一一四・八%(平均一三〇、四六二円)、乗務日当について二九六%(平均一五、七〇八円)、合計九六・三%(平均一五〇、〇〇〇円)という驚くべき大幅要求でありもとよりさきに六月一一日妥結の前提となった春闘要求とも、全然別個のものであつた。 会 当について二九六%(平均一五、七〇八円)、合計九六・三%(平均一五〇、〇〇〇円)という驚くべき大幅要求でありもとよりさきに六月一一日妥結の前提となった春闘要求とも、全然別個のものであつた。 会社はこれに対し、六月一一日の妥結は、正式の調印迄には至らなかつたが両当事者それぞれを代表する有権的な正規の機関によつて完全な意思の合致を見て昭和三九年賃上げ要求問題は右合意により全部解決したものであるから、これを一方的に破棄して新要求を提示することは、労使間の信義を根本的に破壊するものであり、到底肯認出来ないと主張したが、一二月一〇日より開かれた団体交渉の中では前記六月一一日の妥結内容については一応調印し、然る上で、一一月四日附の賃上げ要求につき、春闘妥結後の新規要求として協議したいと提案した。 このような会社の態度は、一方、六月一一日に一旦は合意に達したという事実は事実として尊重し、他方、組合の側に賃上げ額について不満があるなら、実質的にそれを解決して行こうということであつて、労使間の信義を崩すことなく、而も、労働条件の要求には率直に対応して行こうとしている点において極めて穏健妥当と言うことが出来るのであり、組合としては、とも角も一旦なした受諾回答を勝手に否定し去ろうとした点においては、これが信義にもとる行為であることは争い難いところであつて、非は組合にあるのであるから、こういう会社の提案に対しては謙虚に耳を傾ける態度に出るべきところと言わねばならぬのである。しかも、一一月四日要求は、わざとその実施時期を明示していない程であるから、内容に関する協議の過程でいかようにでも調整することが期待出来る場合であり、右の会社提案に応じても実質的には何等の不利益もなかつたのである。しかるにもかかわらず、組合は遂に会社に対し、六月一一日合意は全く無効であり の過程でいかようにでも調整することが期待出来る場合であり、右の会社提案に応じても実質的には何等の不利益もなかつたのである。しかるにもかかわらず、組合は遂に会社に対し、六月一一日合意は全く無効であり春闘は終つていないことの承認を迫り、これに応じなければ、新提案の趣旨説明もしないと称し、会社の前記提案を拒み、一二月一五日会社が申入れた団体交渉にも条件をつけて応じなかつた。これではまるきりの「横車」を押している道理も常識も弁えない滅茶苦茶な態度と言う外はない。これで会社と組合とを比較して、一体どちらが弾力性を欠いたと言うべきか、自ら明らかなところであろう。 他方組合は、一一月四日の要求提出後、いまだ会社の回答もなく、団体交渉も開かれないうちに、一一月二九日賃上げ要求に関するスト投票を終り、即日労働大臣に対して労調法三七条に基く争議行為の通知を行なつて来た。 そこで会社は、右のような組合の非信義的な態度並びに団体交渉を拒否している事実に鑑みるときは、到底当事者間の話合による解決は期待し難く、又、一一月二九日届出にかかる争議行為の通知は一二月九日には予告期間満了となるので、再び一一月争議と同じような激しい指名ストが強行されるときは、一般公衆に対する迷惑は測り知れないものがあると考え、一二月六日、中労委に対して賃上げ問題に関する調停を申請したのである。 この申請に対して中労委は、即日調停委員会を構成し、一二月一九日、二〇日、二一日と急速に事情聴取を進めて、いまや調停案を作成するばかりとなつた段階において、組合は二一日午後一〇時発五二便ホノルル行から、突如として、一一月争議と同様に、国際線出発便の指名ストを開始したのである。 5 一二月争議における争議行為の態様に関する事実一二月争議において組合は、一二月二一日五二便より二二日午後一〇時三〇分発 如として、一一月争議と同様に、国際線出発便の指名ストを開始したのである。 5 一二月争議における争議行為の態様に関する事実一二月争議において組合は、一二月二一日五二便より二二日午後一〇時三〇分発四〇一便コペンハーゲン・ロンドン・パリ行にいたるまで八便について次々と指名ストを実施したが、今回は、一一月争議の場合と若干趣きを異にし、凡そ出頭時刻(出発時刻前一時間三〇分)頃に指名ストを通知し、当該スト乗務員はその間全然、乗務管理課に出頭しなかつた。 (1) 一二月二一日、午後一〇時発、五二便ホノルル行同便の乗務員はP68機長、P69副操縦士、P70航空士、P35機関士であつたが、定刻にいたるも全員出頭せず、会社は、目下調停進行中で一両日には調停案も提示されるであろうという時期であるから、航空事業に関係する組合の良識からいつてストに入るなどということはあるまいと予測していたが、右予測に反し同日午後八時四〇分、組合より同便に対するストの通告をうけたので急いで管理職乗務員に代替乗務を命じた。 しかし、何分にも夜間に入つてからの抜打ストであるため、緊急呼出しに時間を要し、四九分遅延の午後一〇時四九分ようやく出発させることが出来た。 これに対して組合は、飛行機出発後約一〇分して、午後一一時、右ストに入つた四名全員についてストを解除して来た。 (2) 一二月二二日、午前八時二〇分、七〇三便大阪・台北・香港行組合は、同便の乗務員四名中、P41航空士のみについて、午前六時五〇分、同時刻以降指名ストに入れる旨通知し、会社は、直ちに管理職航空士を以て代替要員として午前八時二三分、出発させることが出来た。 組合は、会社が管理職を以て代置したと見るや、午前八時一〇分、P41航空士に対する指名ストを解除した。 (3) 一二月二二日、午前一〇時発、八一〇便ホノ して午前八時二三分、出発させることが出来た。 組合は、会社が管理職を以て代置したと見るや、午前八時一〇分、P41航空士に対する指名ストを解除した。 (3) 一二月二二日、午前一〇時発、八一〇便ホノルル・ロスアンゼルス行組合は乗務員四名中P37航空士のみについて午前八時四五分、同時刻以降指名ストに入れる旨通知して来た。これに対して会社は、早速代替要員に乗務を命じ、午前一〇時五分出発したが、これより先、既に出発準備も終了した午前九時二〇分、右P37に対する指名ストは突如として解除された。 (4) 一二月二二日、午後零時三〇分発、福岡・沖縄間九〇一便及び折返し沖縄・福岡間九〇二便右両便には、P51機長、P50副操縦士、P71機関士が乗務することになつており、これ等三名は、午前九時五〇分東京発福岡行三九一便に便乗して行つて、福岡以遠を往復乗務することになつていた。 ところが右三九一便の出発も迫つた午前九時二〇分、先ずP50副操縦士について、同九時一〇分以降指名ストに入れた旨の通知があり、更に一〇分後、午前九時三〇分にはP51機長について、同九時二〇分以降指名ストに入れた旨を通知して来た。そこで、同人等が乗務するのは午後零時三〇分福岡発の便であるけれども、そのために便乗すべき福岡行三九一便出発までには殆ど時間がなく、他の乗務員を代替させる暇もないため、遂に九〇一、九〇二両便とも欠航とする外はなかつた。 (5) 一二月二二日、午前一〇時五〇分発、七三三便香港行組合は出頭時刻を一〇分過ぎた午前九時三〇分に至り、P32副操縦士、P52航空士の両名を九時二〇分以降ストに入れた旨通知をしてきた。 これに対して、会社側は、もはや、両名に代つて乗務し得る管理職乗務員も払底して、代替要員を求めることが出来ないので、午前一〇時二〇分に至つてやむなく欠航と 二〇分以降ストに入れた旨通知をしてきた。 これに対して、会社側は、もはや、両名に代つて乗務し得る管理職乗務員も払底して、代替要員を求めることが出来ないので、午前一〇時二〇分に至つてやむなく欠航と決めざるを得なかつたが、欠航発表後直ちに組合は、右両名の指名ストを解除して来た。 (6) 一二月二二日、午後一〇時三〇分発、四〇一便コペンハーゲン・ロンドン・パリ行同便乗務のP72副操縦士、P73航空士について午後九時以降指名ストに入つた。 会社は直ちに管理職乗務員を以て代置し、代替要員は早速出発の準備作業に着手したところ、午後九時三〇分、右両名のストは解除された。 6 一二月争議における争議行為の態様に関する特徴(1) 一二月争議においても、前記三(三)3(5)で述べたスト乗務員の職種の選択や、スト開始時刻通知時刻を分散するという方法は依然として採用された。 すなわち、一二月二一日午後一〇時発五二便は、機長・副操縦士、航空士・航空機関士の全員が一せいにストに入つたのであるが、翌二二日の七〇三便八一〇便は航空士のみ、九〇一・九〇二便については、先づ副操縦士を午前九時一〇分ストに入れたにもかかわらず九時二〇分に通知、次いで機長を九時二〇分以降ストに入れたにもかかわらず九時三〇分通告、同日四〇一便と七三三便とには航空士と副操縦士とを、いわば手当り次第とでも言うようにストに入れて行つたのである。 (2) 殊に、右九〇一便・九〇二便というのは、九時二〇分の時点では副操縦士・機長とも同時に通知しようと思えば出来るにもかかわらず、両者を分割して通知して来るというあくどい手法を用いているのである。 (四) 本件争議行為に関する法律上の主張1 一一月争議における争議行為の目的の不当(1) 交渉事項前述の通り、一一月争議における争議行為は、外人ジエツト・ク あくどい手法を用いているのである。 (四) 本件争議行為に関する法律上の主張1 一一月争議における争議行為の目的の不当(1) 交渉事項前述の通り、一一月争議における争議行為は、外人ジエツト・クルー問題と、カイロ・カラチ間航空士乗組問題とに関して行なわれたのであるが、元来外人ジエツト・クルー問題について会社がとつた措置は、決して組合主張の昭和三八年覚書第三項に違反するものではない。しかし、覚書第三項に違反するか否かはともかくとしても、会社はかねてより組合に対して、この措置の必要やむを得ざるものであることを再三反覆して説明し了解を求めて来ており、第一回団体交渉においても、更にその説明を繰り返すと共に、今回の措置が組合員の労働条件に果していかなる影響を及ぼすことがあるか、仮に何等かの影響ありとすれば、それに対してどのような対策を講ずべきか等について実質的な協議を尽して双方満足出来る解決点を見出したいと誠意を以て交渉をうながしたのであるが、これに対して組合は、会社が覚書違反を承認しなければ一切の実質的協議に応じられない、何よりも先ず覚書違反であることを認めよと要求して、第一回団体交渉終了直後、たちまちにして、専らこの組合解釈を強制するためのみに、前記のような猛烈かつ乱脈極まる指名ストを激発したのである。 思うに、このような覚書の条項の解釈に関する争いは、本来、相手方に対して力を以て強制すべき筋合いのものではない。仮に相手方が力に屈してその解釈を肯認したからと言つて、それだけのその解釈が当を得たものとなる訳のものではないからである。従つて、かかる紛争は、仮に双方の見解が対立し行き詰つた場合でも、これを直ちに争議行為に訴えて自己の主張の貫徹を図るべきではなく、すべからく第三者機関の公正な判断に委ね、その判定をまつて善後処置を互に協議し決定す 紛争は、仮に双方の見解が対立し行き詰つた場合でも、これを直ちに争議行為に訴えて自己の主張の貫徹を図るべきではなく、すべからく第三者機関の公正な判断に委ね、その判定をまつて善後処置を互に協議し決定することこそ正当な途と言わねばならない。この意味において、本件覚書解釈問題は、本質的に争議行為には親しまない紛争と言うべく、然るにもかゝわらず敢て実力を行使して会社に屈服を迫るのは、明らかに争議権本来の趣旨を全く逸脱した、権利濫用の不当な争議行為と言わなければならない。 又、カイロ・カラチ間航空士乗組の問題にしても前述の通り会社は、乗員編成問題が本来は会社の専決事項に属する事柄であるにもかかわらず、敢て組合の意見を尊重して、何回も延期に延期を重ね、その間には厳密な最終調査まで繰返して技術的に何等の不安もないことを確認した上で協力を求めているのであつて、これを、まるで理由もなく拒否して実力を行使してまで会社の業務執行を阻止しようとするのは、これまた、法の保障する争議権の本質に著しく背反する権利濫用の不当な争議行為と言わざるを得ない。 (2) 交渉態度この争議行為は、労使間の団体交渉の経緯に照らして、争議権の濫用と言うべきである。 一体、憲法の保障する団結権、団体交渉権、争議権は、それぞれ別個独立に、それ自体が目的として保障されているものではなく、相互に目的と手段の関係に立つものであつて、就中争議権は、団体交渉における労使の対等を担保し、団体交渉を有利に進展させるための手段たる本質を有する、換言すれば、「団体交渉のための争議」であつて、「争議のための争議」であつてはならないのである。されば、争議権の行使は、労使双方が団体交渉において十分に論議を尽し、労働条件に関する双方の主張が完全に対立して解決の方法が途絶した段階において初めて正当に許され 争議」であつてはならないのである。されば、争議権の行使は、労使双方が団体交渉において十分に論議を尽し、労働条件に関する双方の主張が完全に対立して解決の方法が途絶した段階において初めて正当に許されるものと言わねばならない。 然るに本件の場合、組合は、会社が労働条件に関する影響並びにその対処方法について協議を切望しているのに専ら解釈論議のみを強硬に主張して実質的論議を頭から拒否し、会社が引続き協議を申入れている矢先き、何等団体交渉を尽すこともなしに、たちまちにして最も強烈な無通知抜打ちストに突入してしまつたのであつて、これでは、争議権保障の趣旨を根本からふみにじつた不当極まる争議行為という外はないのである。 団体交渉が進展を期待し難い状況にあるからと言って、団体交渉が尽されたとか、或いは即時に実力行使に訴えることが許されると即断することは出来ない。若しそうとすれば、団体交渉の中で組合側が、遮二無二自己の主張や要求のみを固執して会社側の説明に一切耳を傾けないで頑張つていれば、常に進展を期し難い状況を作り出し、直ちに実力行使に訴えることも正当に許されることになり、かくては、団体交渉を担保するものとしての争議行為という、争議行為の本来の意義は全く没却されてしまうことになる。 2 一二月争議における争議行為の目的の不当(1) 信義則違反昭和三九年度賃上げ問題は、既に六月一一日労使間に成立した合意により完全に解決している。この合意が成立の過程から見ても、内容から見ても、一点の疑義をさしはさむ余地もないものであることは既に述べた通りである。したがつて、昭和三九年度以降の賃金に関しては同日付を以て同事項につき会社・組合間に合意が成立し、以後同事項に関しては労使双方にとつて完全な拘束力を持つに至つたものと言つて差支なく、一旦正当に合意が成立した後 昭和三九年度以降の賃金に関しては同日付を以て同事項につき会社・組合間に合意が成立し、以後同事項に関しては労使双方にとつて完全な拘束力を持つに至つたものと言つて差支なく、一旦正当に合意が成立した後、たまたま右合意に調印が欠けていることを奇貨として右に反する新たなる要求を提出して、しかも力を以てその内容を変更させようとする行為が労使間の信義を破る不当極まる行為であることには何等変りはないのであつて、かかる争議はそれ自体権利の濫用というべく全面的に不当な争議行為に該当するものである。 (2) 調停手続中の争議行為の不当性会社が本件賃上げ要求について中労委に調停を申請したのは、何よりも先ず会社の経営する事業の公益性に鑑み、一般公衆に及ぼす迷惑を極力回避して事態を平和的に解決し度いとの熱望に出づるものである。中労委が直ちに調停委員会を設置し、調停手続の早急な進行を図つたのもまた全く同様の見地に立つものと考えられる。 そして、労調法は、その一条において、「この法律は労働争議を予防し又は解決して産業の平和を維持し、もつて経済の興隆に寄与することを目的とする。」と規定している通り、現に争議行為が行なわれていれば早急にこれを終らせ、争議行為発生のおそれがあれば極力これを回避せしめようとするのを根本精神としているものであり、更にその第三章に定める調停手続においては、特に公益事業のために格別の規定を設けて争議行為を回避せしめるため特段の考慮を払つているのである。 されば、いやしくも公益事業における労使紛争の関係当事者は、労調法二条、四条、二八条等に繰返し強調されている自主的解決の努力を尽すべきは勿論、更に進んで、一度調停手続に入つた以上は、むしろ積極的に調停委員会に協力し、三者一体となつて紛争の平和的解決に全精力を傾注すべきが当然である。然りとすれば されている自主的解決の努力を尽すべきは勿論、更に進んで、一度調停手続に入つた以上は、むしろ積極的に調停委員会に協力し、三者一体となつて紛争の平和的解決に全精力を傾注すべきが当然である。然りとすれば少くとも調停手続進行中には、敢て実力を行使して、公益事業の停廃を招くがごとき行為は厳重に戒めるべきところであつて、それこそ労調法の趣旨に適合するゆえんであり、又、争議権の行使において、まさに憲法一二条の明言する公共の福祉にも合致するところと言うべきである。 然るに、組合は、調停手続が急速に進行して今や調停案の提示を待つばかりの段階において、特別の事情もないにもかかわらずかえつて一般公衆に直接迷惑を与える最も強烈な争議手段を突如として新たに開始したのであつて、右行為が公益事業の関係者としてその自覚と責任にかける極めて非常識なものであるばかりでなく、又憲法二八条、一二条の趣旨に照らし、争議権濫用にわたる不当な争議行為であるとの非難を免れないのである。 3 一一月争議、一二月争議における争議行為の態様の不当(1) 組合の加害の意図及び会社の信用の失墜本件において争議行為の不当性を論ずるに当り最も重視すべきは、会社の行なう定期航空運送事業が公益事業であること、及び、しかるにもかゝわらず組合の争議行為が、かえつてこれを逆用し、殊更一般公衆に迷惑・損害をかけこれを争議の武器として会社に迫り、会社の名誉・信用を積極的に侵害・汚損する意図を以て敢行され、かつ乗客に対する会社の信用を著しく失わせた点にある。 (イ) 労調法八条の規定に照しても明らかな通り、公益事業の本質は、それが公衆の日常生活に密接な関係を持ち、その事業に停廃を来たせばただちに公衆に対して著しい迷惑・損害を及ぼすことになるという点にある。つまり、その事業の内容が、公共の利益に直結していると 本質は、それが公衆の日常生活に密接な関係を持ち、その事業に停廃を来たせばただちに公衆に対して著しい迷惑・損害を及ぼすことになるという点にある。つまり、その事業の内容が、公共の利益に直結しているということなのである。 昭和二六年一〇月我国で戦後始めて民間航空事業が再開された後、しばらくの間飛行機というものは、一部特殊人士の独占的ぜいたくとみなされていた。しかし、以後一五カ年の間に、その利用度は爆発的な成長を遂げたのである。創業当初との比較は余りにも相違が甚しいので、しばらく論外とするも、昭和三〇年度と本件争議の行なわれた昭和三九年度との各利用状況を対比してみれば左の通りとなる。但し、左表中、「人キロ」とは乗客一人一キロメートルを運んだ場合。トンキロとは、貨物等を一トン一キロメートルを運んだ場合の単位を言う。 <17598-019>すなわち、今や飛行機は、決して一部の人達の特権的な乗物ではなく、国民の日常生活の中に完全に融け込んで、誰でもが何時でも気軽に利用する交通機関となつて来ているのであつて、これがにわかに利用を阻害される場合にはよつて生ずる公衆の迷惑・損害は極めて甚大かつ一般的となるのである。 そこで、公益事業の運営を担当する者は、右の意味での事業の公益性・公共性を銘記し、かりそめにも公衆に迷惑・損害を与えないよう、事業の確実・円滑なる運営を常時確保することに全力を傾注しなければならない国家的・社会的な責任を負担するものである。しかし、それは唯単に経営担当者あるいは責任者だけに対し求められる責務ではなく、労働者の側から言つても、およそ公益事業の運営に携る者たる以上等しく責務の重大性を認識し、公衆の迷惑・損害防止に最善を尽すという精神を抱懐し、かつこれに相応しい努力を払うことが強く要求される。 以上述べたような公益事業の本質及び 益事業の運営に携る者たる以上等しく責務の重大性を認識し、公衆の迷惑・損害防止に最善を尽すという精神を抱懐し、かつこれに相応しい努力を払うことが強く要求される。 以上述べたような公益事業の本質及びこれに由来する公益事業に携る者の責務よりすれば、公益事業における争議行為のあり方には、公益性の点から自らなる厳しい節度が要求される。その本旨が争議行為によつて公益事業の運営に停廃を来たすにあたり、いかにして公衆に与える迷惑、損害を避けることの出来ない最少限度にくい止めるかという点にあることは言うまでもない。 争議権が憲法に保障された労働者の基本的権利であることは言うまでもないところであるが、争議権といえどもあくまでその濫用は許されず、常に公共の福祉のために利用しなければならないとの責務を伴うものであるし、又同じく憲法の保障する他の基本的権利との間の調和的行使のみによつてこれが始めて憲法の保護に値いするに至るのである。 公益事業の労働者に対して争議権が承認されている以上、その争議行為の結果として生じた事業の停廃に由来するやむを得ざる迷惑・損害については、これは一般公衆の側でも敢て忍ばなければならない。しかし、他方公益事業労働者の側でも、争議行為の結果として事業に停廃を生ずることはやむを得ないとしても、そのために一般公衆に及ぼすべき迷惑・損害を最少限度にくい止めるための配慮を要求されることは当然であり、又争議行為の選択に当つても常にこの点の配慮が必要とされるのである。 この点については、フランスの一九三六年公共事業におけるスト規制法の規定が大いに参考となるのであつて、同法は、運輸事業・電気事業等と等しく、フランス航空の職員に対しても適用されるものであるが、その二条には、本法一条に指定する職員がスト権を行使するときは、労務提供の現実の停止に先 となるのであつて、同法は、運輸事業・電気事業等と等しく、フランス航空の職員に対しても適用されるものであるが、その二条には、本法一条に指定する職員がスト権を行使するときは、労務提供の現実の停止に先立ち、予告がなされなければならない。 予告はスト開始の正五日前までに各段階の当局又は関係ある企業組織、若しくは施設の理事に到達しなければならない。 予告はスト開始の場所・日及び時刻並びに予定されるストに期限があるときはその期限、及び期限がないときはその旨を、確定してなされなければならない。 とし、又同法三条は、本法一条に指定する職員の労務提供の一斉停止に際して、労務の停止及び再提供の時刻を、関係職員の種々のカテゴリー又は種々のメンバーにおいて異らせてはならない。 同一の施設若しくは事業における業種を異にするセクシヨン又はカテゴリー、若しくは異なる施設若しくは事業の間に波及する断続的又は波状的労務提供停止をしてはならない。 と定め、その違反に対しては、法令並びに就業規則による制裁の対象となるものとしている。 すなわち、これによれば、フランスの場合は、フランス航空の事業を公共事業と認め、そもそも部分スト・指名ストを禁止し、更に波状ストをも禁止した上で、一せいストを行なう場合には、実際にそのストが行なわれる満五日前に、日時・場所を確定して、夫々対応する使用者側の利益代表者に予告した後でなければならないことになるのである。 この規定に照らせば、本件ストの如きは、まるで問題にもならないような違法ストであり、又、前記、午後九時すぎて社長自宅宛に電話で通知する等というやり口も、頭から否定されていることが明白なのである。 (ロ) ところが、これに対して組合のとつた争議手段は、既に再三詳細にわたり述べた通り、最も極端な抜打ち指名ストであつた。 しかも する等というやり口も、頭から否定されていることが明白なのである。 (ロ) ところが、これに対して組合のとつた争議手段は、既に再三詳細にわたり述べた通り、最も極端な抜打ち指名ストであつた。 しかもスト開始の時刻を殊更に各便出発時刻直前に設定し、その上、会社が最も捕え難い時期を選んでストに入れるという最も悪質な方法を採り、ために乗客は時ならぬ遅延・欠航の続発によつて名状すべからざる迷惑・損害を受けたのであるが、そもそもストによる遅延・欠航は必ずこのような極度の被害を免れないものであろうかというに決してそうではないのである。 組合がストによつてその掌握する労働力を引揚げた場合、これによつて定期便を予定通り就航させることが出来なくなつたり、あるいは、予定出発時刻を守ることが出来なくなつたとしても、これは争議行為の結果としてやむを得ないことと言わねばならない。 しかし、このような欠航・遅延を生ずる場合、会社自身はそれによつて生ずる経済的損害を免れないとしても、乗客の関係では或る程度の時間的余裕さえあれば、たとえ全面ストで全便欠航となつても、予め緊急に連絡し、その迷惑混乱を完全に回避することが出来るのである。というのは、飛行機の旅客の場合は、必ず予約客であるから、乗客の連絡先は完全に知られて居り、特に国際旅客の場合はまず完全に知られていると言つても過言ではないので、出発便に遅延・欠航という変則を生ずれば、直ちにその連絡先に通報して、飛行場へ向けて出掛ける時間を遅らせて貰うとか、早速他の便に座席を確保したり、併行する他社の便に移乗するよう座席をとるとか、あるいは又、それに伴つてホテルの予約をしたり、目的地より先の連絡便の手配や遅着の通知等、あらゆる補充的な措置を全部会社の手でとり行なうことが出来るのである。本件争議の場合でも、ストの対象となつた 、あるいは又、それに伴つてホテルの予約をしたり、目的地より先の連絡便の手配や遅着の通知等、あらゆる補充的な措置を全部会社の手でとり行なうことが出来るのである。本件争議の場合でも、ストの対象となつたのは大部分が太平洋線で一部沖繩・台湾・香港等の東南アジア線や北廻り欧州線が含まれ、又一便だけ国内線福岡行が突然さしはさまれたのであるが、これ等のスト便は幸いにして、他会社の運航する併行路線に恵まれている。事前通知をする余裕さえあれば、全乗客について十分納得して貰うことの出来る善後処置を講ずることは十分可能だつたのである。 それも、早ければ早い程、代替便の座席は余裕があるので、乗客と相談し、成るべくその希望にそう便を確保して行くことが可能となる。出発間際になつて突然、予定した便が利用出来ないとなれば、その時には既に近接した便も全部満席となつてしまつていて、何便も、又は、何日も後の便でなければ乗れないということになる。これは、ホテルの宿泊予約でも全く同様で、早く予定変更がわかれば確保しておくことが出来る予約も、今直ちに申込んでは、部屋は全部ふさがつてしまつてどうすることも出来なくなつてしまうのである。殊に、十一月争議時は旅行シーズン中で、他便の座席予約・ホテルの予約共に極度の難航を余儀なくされたのである。 又、同じく乗客の中でも国際線の場合はわずらわしい出国手続も経なければならないし、又通常相当長期の予定を持つて旅行するので、いざ旅立ちということになれば余程旅なれた人でも矢張り或る程度の緊張・興奮を伴うものであり、それが、飛行場に到着して受付から逐次手続を進めて行くにつれて次第に「出発」という気持が出来上つて行くのである。自宅を出発して長期の国際旅行に上る乗客の場合は自明のこととして、外国人旅行者の場合でも、いよいよ日本滞在を終えて次の目的地 続を進めて行くにつれて次第に「出発」という気持が出来上つて行くのである。自宅を出発して長期の国際旅行に上る乗客の場合は自明のこととして、外国人旅行者の場合でも、いよいよ日本滞在を終えて次の目的地に向けて出発するという際に、出発に伴う様々の雑事を始末してようやく飛行場へ来たということになれば、その心理状態にはさしたる大差はないであろう。こういう「いよいよ出発」という気持が、突然何の予告もなくブツツリ断ち切られ、而も、以後の見通しも直ちには判明しないということになつたら、何人でもその困惑の度合いは推測するに余りあり、その反動として猛烈に憤慨するのはわかり切つたことである。 しかし、このような乗客の心理的な困惑・憤激というものも、事前に通知されれば殆ど完全に回避することが出来るのであつて、前述の実質的な善後措置が講じられれば、勿論、仮に旅客数が多かつたりその他の事情により、乗客の希望が十全には満足出来なかつた場合でも、せめて一二時間前、あるいは少なくとも六時間前にでも、乗客がその自宅なり、ホテルから飛行場に向けて出掛けて来る前に通報することが出来れば、乗客に与える困惑は余程緩和されるし、飛行場における混乱も完全に防止することが出来るのである。そしてそれだけ会社の信用も傷つけられないのである。 (ハ) しかるに本件の場合、現実の争議行為は、前述のように回避することが可能で、かつ、回避しなければならない乗客の迷惑・損害を逆に一段と激発し、回復不可能ならしめることを意図して敢行されたのである。 本件の争議行為において、なかんづく一一月争議の場合は、その殆どすべての便が出発時刻前一時間以内、甚しい場合は、国内線ながら一一月一三日三二三便においては一三分前、国際線でも一四日七三七便は出発二五分前頃、会社側から照会したのに対してようやくストであるこ 殆どすべての便が出発時刻前一時間以内、甚しい場合は、国内線ながら一一月一三日三二三便においては一三分前、国際線でも一四日七三七便は出発二五分前頃、会社側から照会したのに対してようやくストであることを明らかにしたという有様で、全便ともに乗客の受付開始後であることは勿論、殆ど大部分が出国手続もほぼ完了して見送りの人達とも切離され出入国待合室で搭乗案内を待ち構えている段階であり、中には既に搭乗案内も済んですべての乗客が飛行機に乗り込み安全ベルトをかけ終つて、あとはエンジンの始動を待つばかりという段階になつてようやくストがわかつたという場合すらあつたのである。 一二月争議においても、二二日四〇一便だけは出発時刻一時間四〇分前に通告を受けたが、その余はすべて一時間三〇分以内で、すべての場合に、乗客の受付はとくに開始された後のことであつた。これでは乗換便の手配どころか、むしろ乗客自身が一体どうしたらよいかとつさに判断もつかないのである。 試みに立場をかえて、自分自身が新幹線で大阪へ旅行すると仮定してみよう。一週間前から苦労して切符を手に入れ、いよいよ当日になつて、朝早くから東京駅にでかけて来たとする。改札口を過ぎ、プラツトフオームに上り、所定の位置に出発準備整つて待機している客車に乗込み、荷物も整理して、ようやく座席に落着いて、一安心したとたんに、「唯今運転手が何処へ行つたかわかりませんからこの列車は運転しません。どうもストに入つたようです。降りて下さい。次の列車はどうなるかわかりません。運転しても座席がないから乗れません。東海道線の方も全部満席です。」ということになつたら、誰が困惑し、憤慨しないでいられようか。こんな場合に、「運転手も憲法で争議権が保障されているから致し方ないことだ。」とか、「何時いかなる瞬間にストに突入するかは組合が自由に 。」ということになつたら、誰が困惑し、憤慨しないでいられようか。こんな場合に、「運転手も憲法で争議権が保障されているから致し方ないことだ。」とか、「何時いかなる瞬間にストに突入するかは組合が自由に決め得ることだし、同じストをやるなら最も効き目の強烈なようにやるのが当り前。このストはまつたくうまくやつたものだ。」と、にこやかに肯いて列車を降りて行く乗客が一体全体いるだろうか。 本件の場合は正しくこの例の場合と異らない。乗客はいわばタラツプに片足かけた瞬間、強引に引きずり降ろされたのに等しい。 このようなストは、そもそも健全なる社会通念に反する。健全なる社会通念に反するということは、とりもなおさず、そのストの手段方法が社会的妥当性に反するということである。もしこのようなストもなおにこやかに肯定出来るとしたら、或人はそれを恐しく没我的なる人格であるというかも知れないが、それは遺憾ながら健全な社会人の生きた社会感覚というものとは全く没交渉な存在であり、社会的な妥当性などという規範を論ずる資格はないと言わねばならぬ。而も労調法第三七条は本来かかる健全な社会人の生きた社会感覚の上に規定されたものであるのである。もつとも、同じく肯定するにも、にこやかにではなくて、甚だ怪しからんと憤慨しながらも猶且つ肯定するという人もあるかも知れない。然しながらその憤慨にして健全なる社会通念に達した健全なる憤慨である限り、にも拘らず肯定の結論に達するということは、その肯定自体が間違つていると言わねばならぬのである。 而も、本件の場合は、このような抜打ちストが、一人一人、明らかに無駄な出発前の準備作業をさせた上での指名ストという形で行なわれたという点において、一段とその不当性顕著なものがある。 前にも述べた通り、定期便が出発するまでには、一方東京空港支店では出発二 らかに無駄な出発前の準備作業をさせた上での指名ストという形で行なわれたという点において、一段とその不当性顕著なものがある。 前にも述べた通り、定期便が出発するまでには、一方東京空港支店では出発二時間前に乗客の受付を開始して以降、手荷物の計量、旅券・査証の確認等を経て出入国管理検査(C・I・Q)に進み、一旦出入国待合室で待機した後に出発三〇分前には搭乗案内をして乗客を飛行機に乗り込ませるという具合に進んで行き、他方、オペレーシヨン・センターの側では、出発一時間三〇分前に乗務員が出頭して、乗務管理課で出頭の確認をして以降、運航管理課において飛行に必要な計画・打合せを行ない、しかる後これから飛び立とうとする飛行機について精密な点検を行ない、定刻通り出発出来るよう準備を整える。これら二つの系列の作業はいわば流れ作業的に順序よくかつ確実に流れて行つて、最後に出発定刻でぴつたり一致したところで、飛行機がいよいよ飛び立つて行くということになつているのであるが、組合の本件争議のやり方というものは、その一方の乗務員の側において、突如として中断する。しかも、その流れ作業の中の最も重要な部分を、全く徒労に帰せしめる積極的意図の下に特定の一、二の組合員を指名してストに入れることによつて中断し、それまでの両系列の作業を完全に、あるいは、殆どその効用を失わせたのであつて、かかる抜打ち指名ストの不当性というものは、二重・三重に加重されているものと言わねばならぬ。 (ニ) それでは一体、この時期において組合は、かかる態様をもつてするのでなければ、およそ有効な争議行為をなし得なかつたかというに、断じて否である。 本件一一月争議当時、組合は、管理職を除くすべての機長・副操縦士・航空士・航空機関士を組織化していたのであつて、これをストの対象となつた国際線DCー八型機に 得なかつたかというに、断じて否である。 本件一一月争議当時、組合は、管理職を除くすべての機長・副操縦士・航空士・航空機関士を組織化していたのであつて、これをストの対象となつた国際線DCー八型機について言えば、海外駐在乗員や長期病欠者を除き、機長五一名内管理職二二名副操縦士三二名〃〇航空士五〇名〃八名航空機関士五〇名〃一二名となつていたが、組合がストに入つた場合、当面は管理職乗務員を以て代替乗務を命ずることは考えられるものの、もともと管理職は自己本来の業務を担当しているので全部が定期便の運航に従事することは出来ず、しかも、管理職機長が多数あるように見受けられるものの副操縦士は皆無であるから機長資格者が副操縦士の業務に就かなければならないことになり、又、管理職たる航空機関士が比較的多いように見えても、これだけで飛行機を飛ばせる訳にも行かないとすれば、管理職乗務員による代替乗務という手段は日ならずして行き詰り、どうしても定期便の欠航ということにならざるを得ないのである。現に本件一一月争議の場合を見ても、組合はストに入れる組合員の数を最少限度の圧縮した指名ストの方法をとり、又中には組合員の代替乗務を拒否しない事例も現れたにかかわらず早くもスト開始後四八時間目の一四日六八便では、P47航空士がストに入り、P43航空士を掌握出来ない以上もはや他に代替乗務を命じ得べき航空士は皆無という状況となつて、同便を欠航とする外はない羽目に陥つてしまつたのである。 そして、組合の行なうストがこのような経緯をたどるであろうということは、何も、それを事前に通知すると否とを問うところではない。組合の組織率が変らない限り、たとえ一〇日前、一か月前に予告しても結局会社が日ならずして全便欠航という措置をやむなくされることには何等変りはないのである れを事前に通知すると否とを問うところではない。組合の組織率が変らない限り、たとえ一〇日前、一か月前に予告しても結局会社が日ならずして全便欠航という措置をやむなくされることには何等変りはないのである。 これが単純労働のストならば、あるいはスキヤブの雇入れという心配もあるかも知れない。しかし、定期路線の乗務員で、而も、現在世界中で最も広く用いられているDCー八型ジエツト機の乗務員ということになれば、一朝一夕の間に臨時に雇入れる等ということは論外であつて、事、乗務員に関する限り、スキヤブについての心配は一切無用である。かかる事情はむしろ組合の側こそ、十二分に知つているところである。 又、たとえ一両日でも、管理職乗務員によつて運航が維持されることはストの実効を無に帰せしめるものであり、ストというからには必ず運航上何等かの混乱支障を伴わねばならないものと考えているのだつたらこれ程大きな間違いはない。そもそもストが業務の正常な運営を阻害すると言うのは、ストによる労務不提供の結果として阻害を生ずることを言うのであつて、業務運営に支障を生ぜしめること自体を直接の目的とし、この目的実現のために有効適切かどうかという基準から、当該労務不提供の態様が正当かどうかを判断するというのは、まるで本末転倒の議論であり、およそストばかりでなく、争議行為全般の本質をわきまえない全く誤つた考え方と言わねばならぬところであり、最高裁判所が再三にわたり、「ストは必然的に業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにある。」と判示して、今や確定した判例となつている趣旨を知らざるものである。 例えば組合の組織率が低く、全面ストに入つても当該職場 段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにある。」と判示して、今や確定した判例となつている趣旨を知らざるものである。 例えば組合の組織率が低く、全面ストに入つても当該職場が非組合員の時間外勤務等によつて完全に補充されるとしたら、業務上殆ど支障を来たすことはあるまい。しかし、ストのためにこのような平常時とは違つた臨時の労務配置が要求されるとなれば、それはやはり業務の正常な運営が阻害されているのであり、その全面ストは立派に一つの争議行為たるを失わないのである。これを本件について言えば、組合のストにより、平素は乗務しない管理職乗務員が定期路線に乗務しなければならないというその事実が即ち業務の正常なる運営を阻害しているものに外ならず、単に一両日の間運航が維持されるということ丈でストの実効がないと言うのは間違つている。 業務の正常な運営を阻害することは当該行為が客観的にそのような性質のものであればよく、現実に当該事業場の成果が失われたり、減少したりすることまでも必要とするものではない。 ところで本件の場合は、いづれにしても、一両日のうちには管理職乗務員による代替乗務を以てしては運航の継続は不可能となり、会社はすべての定期便を欠航とせざるを得ない羽目に陥つて、正しく業務運営に支障を来たし経済上甚大なる損失を免れないこととなるのであるが、仮に組合の指名ストの度合が低く、管理職乗務員のみを以てその空白を埋めて行くことが出来る場合であつても、だからと言つて、その代りに利用者公衆の迷惑・損害を強いるとこによつて、これを会社に対する圧力の材料とすることが許されるものではない。この場合、会社の業務運営に現実の支障を与え得ないのは組合がとつている争議行為の方法が無力なるがためであり、自らの損失を惜しみ、あるいは又、より強度の争議手 力の材料とすることが許されるものではない。この場合、会社の業務運営に現実の支障を与え得ないのは組合がとつている争議行為の方法が無力なるがためであり、自らの損失を惜しみ、あるいは又、より強度の争議手段に出ることが出来ないとすれば自らの弱体を補うに利用者公衆の損失を以てするものに外ならないからである。 (ホ) 以上要するに本件一一月並びに一二月の各争議において、組合は公益事業に携る者として、争議行為をなすに当つては当然公衆の迷惑・損害を極力回避し又は最少限度に留むべき社会的責務を負担しているものであるにもかゝわらず、敢てこれを無視し、事前に十分な時間的余裕を設けて通知すればたやすく右責務を充足することが出来る反面、かかる予告をなしても依然として極めてわづかな損失によつて会社側に甚大なる損害を強いることの出来る実効性の高い争議行為を遂行し得ることが明白であるのに、かえつて故意に公衆の迷惑・損害を最大限に激発せしめその憤激を以て会社に対する圧力となすべき乱脈極まる抜打ストを敢行したのであつて、かくのごときはおよそ社会的妥当性の一片だにも認むべき余地のない悪質極まる不当ストなることは明白と言うべきである。 一体、抜打ストは、それ自体不当な争議行為と言うべきであるが、殊に公益事業の場合は、その事業内容が公衆の日常生活の中に緊密に融け込んで居り、公衆は、その事業が円滑に運営されることを前提として日常生活を営んでいるために、にわかに停廃を来たす時は直ちに公衆の日常生活に深刻な打撃を与えることとなる関係上、事業の運営に対して必然的に突如たる停廃を来たすことになる抜打ストの不当性というものは、一般私企業におけるよりは又一段と高度なものがあると言わねばならない。 (ヘ) ところで、一一月、一二月各争議における組合の乱脈なる争議行為によつて、会社の定期便は る抜打ストの不当性というものは、一般私企業におけるよりは又一段と高度なものがあると言わねばならない。 (ヘ) ところで、一一月、一二月各争議における組合の乱脈なる争議行為によつて、会社の定期便は極度の混乱を生じ、乗客に著しい迷惑・損害を与えたのであるが、かかる混乱に陥つたについては、会社側において何等かの意味においてこれに加功しあるいは又非難せらるべき点は有しないのである。 先づ第一に、これ等の争議、なかんづく一一月争議の突発時において、果して会社がこれを予見し得るような節があつたかという点であるが、争議行為突発の直前に開かれた団体交渉は、勿論労使意見対立のままに終りはしたものの、決して最終的決裂という状況では、なかつた。すなわち、この団交は専ら外人ジエツト・クルー導入問題について行なわれたのであるが、団体交渉としては、最初の機会であり、その中で会社側は、「この際外人ジエツト・クルーを導入することは組合員たる副操縦士の機長昇格を促進する意味においてむしろ組合側の利益に合致するものであり、昭和三八年覚書第三項との関係においても、それとは全く場合を異にするものであるから実質的に同項違反とも言えない。唯万に一外人を導入することによつて昇格をも含め組合員の労働条件に不利な影響をもたらす点があるとすれば、その点についていかようにも話し合いに応ずる用意がある。」と主張したのに対して、組合側は、あくまでもこの措置が覚書第三項違反であることを認めよとの要求を固執していたものの、他面においては、この際外人ジエツト・クルーをCVー八八〇型機のセーフテイ・キヤプテンとして導入すること自体には反対するものではないことも明らかにしていたのであつて、いわば労使間の対立は、実質論よりはむしろ名目論争にすぎなかつた観があり、結局、なお日を改めて交渉を続行しようと テンとして導入すること自体には反対するものではないことも明らかにしていたのであつて、いわば労使間の対立は、実質論よりはむしろ名目論争にすぎなかつた観があり、結局、なお日を改めて交渉を続行しようということで、第一回の団交を終つたのであつた。従つて当時会社側としては、この名目論争がしかく早急には結着に至らないまでも、組合側もセーフテイ・キヤプテン導入そのものには反対でないとすれば、いづれこの問題も話し合えばわかつて貰えるものと考えていたものであり、事案の内容、当日の団体交渉中の模様などからすれば、会社がそう考えるのに何の不思議もなかつたのである。 又、カイロ・カラチ間航空士乗組問題について言えば、この問題は既に丸二年間にわたつていやが上にも慎重に事を運んで来た事柄であつて、その途中経過においても組合側に逐一もらさずに連絡をとつて居り、九月一五日組合の新執行部が成立した後にわかに反対が表明されはしたものの、九月二〇日以降これを実施に移した段階では、現実にこの路線に乗務している乗務員から、安全上・技術上いかなる点についての苦情申出も出ていない実態に鑑み、実施後約二か月を何事もなくして経過した一一月一三日の時点でにわかにこの問題のために争議行為が突発するとは到底考えられないところだつたのである。 一二月争議の場合についても全く同様のことが言えるのであつて、一旦解決した賃上げ問題を一方的に覆して再び事態を混乱に持ち込んだ非は組合側にあり、それにもかゝわらず会社側は、新規要求についても話し合いの余地を残す態度に出ている上、事案は既に中労委の調停に付せられしかも最終段階まで来ているという際、当然のこととして組合がストに突入するとは到底考えられないところだつたのである。 もつとも組合は労働大臣及び中労委に対し、労調法三七条の争議行為通知と称する手 しかも最終段階まで来ているという際、当然のこととして組合がストに突入するとは到底考えられないところだつたのである。 もつとも組合は労働大臣及び中労委に対し、労調法三七条の争議行為通知と称する手続はとつていたが、その内容たるや、一一月争議に関しては、「日時、昭和三九年一一月八日以降本問題の完全解決に至るまでの間。場所、日本航空株式会社において、日本航空乗員組合の組合員が従事する全職場(北海道・東京都・兵庫県および福岡県ならびに沖繩および海外営業所)。概要、ストを含む一切の争議行為を実施する。」というのであり、又一二月争議については、「日時、昭和三九年一二月八日以降本問題の完全解決に至るまでの期間。場所、日本航空株式会社において、日本航空乗員組合の組合員が従事する全職場(北海道・東京都・兵庫県・福岡県および沖繩ならびに海外営業所)。概要、あらゆる形の争議行為を実施する。」という、全く包括的な内容を持つものであつて、これでは「一一月八日」あるいは「一二月八日」という何等かの期間の初日だけはわかるものの、それを徒過して後は何時・何処で、いかなる争議行為がなされるか、はたまたそもそも何等かの争議行為がなされるかどうかということすら認識し得ないものであり、かかる内容空虚な一片の紙片を以てしては、組合のその他の行動について、少しも予測し得べき限りではないのである。いわんや本件争議において組合が現実にとつた争議手段は、会社の運営する事業の公共性をも考えると、およそ労働争議の通念を絶する狂気の沙汰とも称すべきものであつて、かかる手段方法による抜打ち指名ストを実施するおそれがあるなどということは、仮に前記争議行為通知が、一一月一二日以降あるいは、一二月二一日以降ストを行なうと明言していたとしてもなおかつ全然予測し得よう訳がないのである。 右に述べた 実施するおそれがあるなどということは、仮に前記争議行為通知が、一一月一二日以降あるいは、一二月二一日以降ストを行なうと明言していたとしてもなおかつ全然予測し得よう訳がないのである。 右に述べたような予測可能性の問題を離れて、仮に会社が管理職乗務員その他非組合員の乗務員を大量に保有して居り、組合がいかなる争議手段に訴えて来るかと無関係に、全便常に非組合員のみを以て運航出来るような態勢を整えることが出来、組合の争議行為にもかゝわらず少しの渋滞も来たすことなしに片つ端から定刻通り出発させて行くことが出来たとしても、単にそれだけで、組合のとつた争議行為が正当化されるものではない。本件の争議行為は、中で一一月争議の場合においてその現象が特に顕著に認められるのであるが、本来その手段・方法そのものが不当なものであり、これに対する会社側の対策如何によつてその不当性に差異を生ずるものではないからである。勿論本件の場合、会社側が敢てなし得ることを怠つたり、あるいは故意になさなかつたりしたため、それが公衆の迷惑・損害を新たに起したり又は助長したりした事実は全くない。組合は自己の掌握している労働力と、会社の対抗能力の程度を十二分に承知した上で、公衆に対する迷惑・損害を最大限度に、かつ絶対不可避的に起すことが出来るよう十分の計算を尽したやり方で労働力の引上げを行なつたのであり、之に対して会社側はかなわぬまでも、公衆の迷惑・損害避止に最善を尽したのである。 (2) 争議行為をなすべき緊急性ひるがえつて考えるに、本件争議当時組合は、果してかかる過激な争議行為に出なければならない程の緊迫した必要性にせまられていたであろうか。 何度も言うように争議行為はあくまでも目的にはあらずして手段であり、手段たる以上は常にその達成しようとする目的との関連において相当の手段で ればならない程の緊迫した必要性にせまられていたであろうか。 何度も言うように争議行為はあくまでも目的にはあらずして手段であり、手段たる以上は常にその達成しようとする目的との関連において相当の手段でなければならない。あらゆる労使間の問題についていかなる争議行為も許されるということではなく、具体的な目的の内容に照らして相当な手段であると社会的に認容されるもののみが、初めて社会的必要悪として正当化されるのである。 このような観点から、本件争議当時の各争点がいかほどの緊急性乃至は切実さを帯有していたかというに、前述したように、外人ジエツト・クルー導入問題は、組合員の労働条件という面から言えばむしろプラスの要素であつて、組合自身もそれは十分認めていたことである。仮にそれが将来何等かの不利益を作り出すのではないかとの不安を感ずるとでも言うのなら、このセーフテイ・キヤプテンが現実にその業務に就くのは早くても昭和四〇年一月ないしは二月のことであるから、其の間組合自らも十分実態的な調査を遂げて会社との間に具体的問題を提示して話し合う余裕は十分残されて居り、会社側でもかかる話合にはいくらでも応ずる用意があると明言しているのである。又、カイロ・カラチ間航空士乗組問題は、敢て言えば既に済んだ問題とも言うべく、仮に組合が実施前には何等かの不安を感じていたとしても、本件争議まで、実施後約二ケ月を経過しているうちに、その不安は現実問題として解決してしまつていた筈である。しかる上でなお争議行為に訴えるとしたら、それは謂ば抗議ストとでも言うべきものであり、そもそも抗議ストなどという概念が労働法上許されるか否かも甚だ疑わしいところなのである。 一二月争議における三九年度賃上げ要求問題に至つては、かかる混乱を引起した非は組合側にある。自らの非を棚に上げ一挙に月額一五万円 という概念が労働法上許されるか否かも甚だ疑わしいところなのである。 一二月争議における三九年度賃上げ要求問題に至つては、かかる混乱を引起した非は組合側にある。自らの非を棚に上げ一挙に月額一五万円引上げの賃上げ要求をつきつけ、ひたすらにこの要求の主張のみに熱中するのは即ち新たなる非違を犯すものであるが、それにしても会社は、一一月四日付要求についても実質的協議に入ると言つているのであるから、要求した側の組合こそ積極的に協議に入ろうとする態度を示すべきものであり、又、この協議を進めて行けば、組合の賃上げ要求が実質的に解決されていくのである。 このように見て来るとき、一一月争議にせよ、又一二月争議にもせよ、この時点において、急いで争議手段に訴え、会社の行動を阻止しなければ取返しのつかなくなるような緊急の必要性というものは何処にも認められないのである。 しかるに組合は上来述べたような最も悪質・強烈な争議手段を濫発したのであつて、かかる争議権の行使がその正当の範囲を遥かに逸脱し、法の保護を享受し得ざるものであることは明白である。 (五) 四名の責任1 責任以上述べて来た通り、組合が一一月・一二月の両度にわたつて敢行した抜打ち指名ストは、すべての点から違法不当な争議行為たるを免れないものであるところ、P1は組合委員長、P2は同副委員長、P3は同書記長、P4は執行委員情報宣伝部長であつて、争議時において争議行為の一切につき包括的な権限を持つ闘争委員会が設置された場合は、それぞれ闘争委員長、闘争副委員長、闘争委員会書記長、および闘争委員情報宣伝部長として、組合の行なう争議行為については最高の責任を負うべき立場にあり、いづれもかかる違法不当な争議行為を企画・指令し実行せしめて会社に重大な損害を与え、かつ会社の信用を著しく傷つけたものであるから、会 て、組合の行なう争議行為については最高の責任を負うべき立場にあり、いづれもかかる違法不当な争議行為を企画・指令し実行せしめて会社に重大な損害を与え、かつ会社の信用を著しく傷つけたものであるから、会社の就業規則第五七条第一七項「故意又は重大な過失により、会社に損害を与え、または信用を傷つけたとき。」に該当し、かつその情状最も重いものであるから、到底、懲戒解雇の制裁を免れないものである。 2 ロツク・アウト会社が、四名主張のP68以下一六名の者に対して、四名主張のように労務受領拒否・賃金不支給・構内立入禁止を通知したこと、右通知をするに先立つて、労調法三七条所定の争議行為通知をしなかつたことは認めるが、会社は右通知を、争議行為としてのロツク・アウトとして行なつたのではないから、争議行為通知を要しないものである。 乗務員は、予め乗務割によつて指定された飛行便に、夫々の職種に従つて乗務することによつて労務を提供するのであるが、この労務提供義務は、当該飛行便が出発してしまえばもはや履行不能となる、いわゆる定期行為としての性質を有する。 ところが、右P68以下一六名中、P71・P74・P75・P76を除く一二名は、いづれも組合の指名ストのため出頭時刻に出頭せず、同人等の乗務割されていた飛行便はいづれも他の管理職乗務員によつて出発してしまうか、ないしは欠航と決められた。又、P71等四名の場合は、同人等自身は出頭したけれども、その乗務割されていた飛行便が組合の指名ストのため欠航となり、具体的労務を提供することが不能となつた。 会社は、これ等の事実に基いて、前述の通り労務受領拒否・賃金不支給・構内立入禁止を通知したのである。 仮に右の通知が争議行為としてのロツク・アウトとみなされるとしても、それは先行する組合の指名ストに対抗して行なうものであり、 、前述の通り労務受領拒否・賃金不支給・構内立入禁止を通知したのである。 仮に右の通知が争議行為としてのロツク・アウトとみなされるとしても、それは先行する組合の指名ストに対抗して行なうものであり、かつ、組合の指名ストに基く一般公衆の迷惑・損害を拡大したり、新に附加するおそれは皆無であるから、改めて労調法三七条の争議行為通知を要しない。 なお、本件に関しては、昭和三九年一二月二三日、組合より東京都地方労働委員会に申告があり、同委員会は、同月二六日附三九都調違第五号を以て審査を開始したが、結局警告ないし処罰請求のいづれをも行なわないことに決定した。 3 責任不追及の合意責任不追及の合意に関する四名の主張を否認する。一二月二六日労使間に責任不追及の合意がなされた事実はない。 第四、証拠(省略) 理由(前註)一、理由中準備書面又は書証の番号の次のかつこ内の数字はその頁数又は丁数を示し、人証の表示の次のかつこ内の数字はその供述が一回の口頭弁論期日で終了した場合、問答番号を、二回の口頭弁論期日にわたつた場合口頭弁論の回次と問答番号とを示す。いづれも挙示の証拠全体をもつて認定の資としたのであるが、記録膨大なため理解の便宜上、認定の用に供した主要部分を挙示するにとどまるものである。 二、理由中とくに年を示さぬ限り昭和三九年を指す。 第一、雇傭契約の成立四名が、国際路線及び国内路線における定期航空運送事業等を営む会社に昭和三九年以前から運航乗務員として雇傭され、その中央運航所乗員部に所属し、P1は航空士、P2は航空機関士、P3及びP4は副操縦士として就労中であつたことは当事者間に争がない(以下単に争がないという。)。 第二、雇傭契約上の権利一、解雇の意思表示の存在会社が昭和四〇年五月七日四名に対し懲戒解雇の意思表示をなし、 は副操縦士として就労中であつたことは当事者間に争がない(以下単に争がないという。)。 第二、雇傭契約上の権利一、解雇の意思表示の存在会社が昭和四〇年五月七日四名に対し懲戒解雇の意思表示をなし、その雇傭契約上の権利の存在を否認していることは、争がない。 二、解雇の意思表示の動機(不当労働行為)(一) 組合は会社に雇傭される運航乗務員らをもつて結成されたものであること、組合は外人ジエツト・クルーを会社に導入すること、及び会社の運航する南廻り欧州線中カイロ・カラチ間に航空士を乗務させないことを会社から提案され折衝の結果、会社と所見を異にしたので、その主張を貫徹すべく、昭和三九年一一月一二日から同月一四日までの間、会社の運航する国際線及び国内線の各便のうち若干を選択しこれに乗務を命ぜられていた組合員たる乗務員の乗務を拒むいわゆる指名ストを実施したこと、組合がさらに組合員の昭和三九年度の賃金引上げを会社に要求し容れられなかつたので、その主張を貫徹すべく、同年一二月二一、二二の両日、国際線につき前同様の指名ストを実施したこと、右各指名スト当時P1は組合執行委員長、P2は同副執行委員長、P3は同書記長、P4は同情報宣伝部長であつて、それぞれ右各指名ストを企画指令実行させた最高責任者であること、会社が四名を懲戒解雇した理由は、右各争議行為が目的及び態様において正当性を欠き、争議権の濫用にわたるものであり、かつ四名はかゝる争議行為実施の最高責任者であると判断したことによること、はいづれも争がない。 (二) しからば本件解雇の意思表示は四名の争議行為の企画指令実行という組合活動の故になされたものであるから、以下項を改めて右争議行為の正当性とくにこれが争議権の濫用に該当するか否かを検討する。 三、本件争議行為に関する事実上の判断(一) 一 行為の企画指令実行という組合活動の故になされたものであるから、以下項を改めて右争議行為の正当性とくにこれが争議権の濫用に該当するか否かを検討する。 三、本件争議行為に関する事実上の判断(一) 一一月争議における争議行為の目的1 外人ジエツト・クルー導入問題(1) 会社と組合とが昭和三八年八月二四日、「外人ジエツト・クルーの雇傭は機長四名、航空機関士四名に限る。」との条項を含む覚書を締結したことは争がない。 成立に争のない甲第二号証、甲第三二号証の一(七ないし九)、甲第七〇号証、乙第二号証の一及び証人P77の証言(一)により真正に成立したと認められる乙第六六号証の二(九、一〇)並びに弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第六七号証によれば、右覚書の趣旨は、右時点において日本人乗務員のみではその員数不足のため、定期ジエツト路線の運航が不可能となるので外人乗務員を右のように八名だけ導入するにあるが、併せて外人乗務員の無制限導入により日本人乗務員がジエツト機乗務の機会を減らされ又はそのジエツト機機長への昇進を妨げられるような事態の発生を防ぐにあつたことが認められる。 こゝに外人ジエツト・クルーの「導入」というのは、会社がアメリカにあるインターナシヨナル・エアサービス・カンパニー即ち多数の運航乗務員を雇傭してこれを他の航空会社に派遣することを業としている者から運航乗務員の供給を受けることをいゝ、会社が直接この乗務員を雇傭することをいうのではないことは争がない。 (2) 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二四号証(四〇)、及び右乙第六六号証の二(五)によれば、会社は昭和三五年八月定期運航路線中まず太平洋線にジエツト機としてDCー八型機を導入し、昭和三六年六月から北廻り欧州線に、昭和三七年一〇月から南廻り欧州線に各ジエツ 右乙第六六号証の二(五)によれば、会社は昭和三五年八月定期運航路線中まず太平洋線にジエツト機としてDCー八型機を導入し、昭和三六年六月から北廻り欧州線に、昭和三七年一〇月から南廻り欧州線に各ジエツト路線を拡張し、この間昭和三六年九月からCVー八八〇型機も併用するに至つたこと、そして会社は路線拡張のほか便数の増加により多数の日本人乗務員を養成する必要に迫られ、とくに昭和四〇年度事業計画遂行のため昭和三九年頭初から右各型機の機長養成訓練を実施したことが認められる。 (3) 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第六六号証の一によれば、乗務員の昇格経路は、プロペラ機副操縦士、ジエツト機(DCー八型機、CVー八八〇型機)副操縦士、CVー八八〇型機機長、DCー八型機機長の順序であることが明らかである(副操縦士から機長に昇格することは争がない。)。そして日本人副操縦士をCVー八八〇型機機長に昇格させるには、その者を実際の定期運航路線の右同型機に乗務させ機長席において一切の機長業務を行なわしめ、その間副操縦士席においてCVー八八〇型機機長たるセーフテイ・キヤプテンが右の者を訓練指導することが必要であるとの事実は争がない。右乙第六六号証の一によれば、会社は、右訓練を経その他所定の資格をもち所定の課程を終え運輸省航空局の行なう試験及び会社の審査に合格した副操縦士の中から機長を任命するものと定めている事実が認められる。 (4) 右乙第六六号証の二(五ないし九)及び証人P77の証言(四ないし一一〇)によれば、次の事実を認めうる。 「昭和三九年六月に至りCVー八八〇型機機長養成訓練を受けている者のうち会社の予期しない程多数の不合格者、成績不良者が続出し、会社はこれらの者を集中的に密度を高めて再訓練すべく、養成計画を練り直した結果、CVー八八〇型機機 ー八八〇型機機長養成訓練を受けている者のうち会社の予期しない程多数の不合格者、成績不良者が続出し、会社はこれらの者を集中的に密度を高めて再訓練すべく、養成計画を練り直した結果、CVー八八〇型機機長であつてセーフテイ・キヤプテンたり得る者を増員する必要に迫られた。しかし右型機機長は経験を積むにつれ順次DCー八型機機長に移行するので、会社は右セーフテイ・キヤプテン要員の不足に直面することになつた。 こゝにおいて会社はその不足を解決すべく、種々検討の結果、前記インターナシヨナル・エアサービス・カンパニーに雇傭されすでに会社に派遣されてその営業路線において長年プロペラ機の機長として就労中の外人乗務員六名に対し(この六名の所属及び経歴は争がない。)、CVー八八〇型機機長としても乗務できるよう必要な訓練(これを限定変更訓練という。)を実施し、この者を日本人ジエツト機副操縦士の右型機機長昇格訓練のセーフテイ・キヤプテンとして使用することとした。」(5) 成立に争のない甲第四〇号証、甲第六〇号証、右乙第六六号証の二(一二、一三)及び証人P77の証言(一一一ないし一一三)によれば、会社は昭和三九年八月末頃組合に対し外人乗務員使用の趣旨を説明したところ、組合P34執行委員長はこれに対し明確な同意を与えなかつたが、会社はさらに同年九月九日附の文書をもつて組合に対し右外人乗務員六名の限定変更訓練を開始する旨通知し(通知の事実は争がない。)、同月一四日から右訓練を開始したことが認められる。 乙第五三号証及び乙第六六号証の二(一三)中にはP34が当時会社のP11運航部次長から外人乗務員の限定変更訓練にはいりたい旨の申入を受けたのに対し「問題ないと思う。」旨答えたとの部分があるが、右甲第四〇号証にはP34がかゝる発言をしていないとの記載があり、成立に争のない甲 次長から外人乗務員の限定変更訓練にはいりたい旨の申入を受けたのに対し「問題ないと思う。」旨答えたとの部分があるが、右甲第四〇号証にはP34がかゝる発言をしていないとの記載があり、成立に争のない甲第七一号証(二六)によれば、会社自ら右発言はあやふやな意思表示であると称している旨の記載があることと対比すれば、右部分は採用し難い。とくに後記(第二、三(三)4)のようにP34はこれより先執行委員長を辞任し、近く実現をみる後任者の選出まで単に暫定的にその地位にとどまつているにすぎない者である事実は右判断を裏付けるものである。証人P77の証言(一一三)によつても右認定を左右するに足りない。 (6) 右乙第六六号証の二(九ないし一二)及び証人P77の証言(一六二ないし二〇七)によれば次の事実が認められる。 「会社は外人乗務員をCVー八八〇型機のセーフテイ・キヤプテンとして使用することは前記覚書に違反しないと判断した。その理由とするところは、右覚書は定期ジエツト路線に従事する日本人運航乗務員の不足を補うため外人乗務員を導入するに当つての制限を定めたものであるから、機長養成訓練の一部において外人乗務員をセーフテイ・キヤプテンとして使用することは仮令それが実際の定期路線に乗務しつゝ行なわれるものであるにせよ、定期路線の維持そのものを目的とせず教育を目的とする以上、覚書の右制限に違反しないこと、及びこの措置によりあらたに外人乗務員が雇入れられるのではなく、古くから会社で就労中の外人を一時ジエツト機のセーフテイ・キヤプテンに転用するにすぎないこと、この措置は組合員たる日本人乗務員の機長昇格を促進するからかえつて組合員の利益にこそなれ、何ら不利益となるものではないこと等であつた。」(7) 昭和三九年九月一五日四名を含む組合新執行部が成立したことは争がない。 る日本人乗務員の機長昇格を促進するからかえつて組合員の利益にこそなれ、何ら不利益となるものではないこと等であつた。」(7) 昭和三九年九月一五日四名を含む組合新執行部が成立したことは争がない。成立に争のない甲第三号証の二、P1本人尋問の結果(八ー二四)によれば、組合は会社の右措置を検討した結果、セーフテイ・キヤプテンであれ外人乗務員六名をこれにあてることは、すでに右覚書の制限一杯の外人機長を使用している以上覚書に違反するものであり、会社が組合との約束をこのように守らないことは労使関係に重大な悪影響を及ぼすと判断し、同年一〇月二日会社に対し文書をもつてこれと同旨の見解を明らかにして抗議したことが認められる。またこの際組合が会社内に非組合員たる外人乗務員数が増大することを恐れたことは、後記(第二、三(二)1(1)(ハ))のように組合が会社から争議時に非組合員たる外人乗務員を使用しない旨の確約を得ていることからも容易に推認できる。 2 カイロ・カラチ間航空士乗組問題(1) 会社が昭和三七年一〇月南廻り欧州線を開設したことは争がない。 成立に争ない甲第三〇号証、甲第三二号証の五(一六ないし一八)、甲第五五号証ないし第五七号証、乙第三号証の一、乙第八八号証、及び右甲第三二号証の五(一四)と弁論の全趣旨(四名の昭和四三年一二月二八日附準備書面四二頁の表参照)とにより真正に成立したと認められる乙第六八号証の一並びに証人P78の証言(二-一ないし八九、三-一ないし二八)によれば、南廻り欧州線開設当時、会社は運輸大臣からカイロ・カラチ間において、航空士を乗務させず運航して差支ない旨の認定を受けていたものの、右区間にある地上の航空保安施設等の信頼性に若干の不安があり、また航路上のイスラエル・アラブ連合の国境線において特に進路の正確さを要求される等の事 させず運航して差支ない旨の認定を受けていたものの、右区間にある地上の航空保安施設等の信頼性に若干の不安があり、また航路上のイスラエル・アラブ連合の国境線において特に進路の正確さを要求される等の事情があつたことが認められる。 そこで会社が当初この区間をパイロツト・ナビゲーシヨン(その意味は後に説明する。)によらず、航空士を乗務させて天測又は特殊な長距離航法システムにより自機の位置等を測定せしめつゝ飛行させることと定め、航空士を乗務させたことは争がない。 右乙第六八号証の一によれば、航空機が一定の航路を飛行する場合、操縦士が、自機の位置、速度、対地速度、偏流を地上の航空保安施設からの電波により自席の計器を通して知り進路の偏向を修正して飛行する方法をパイロツト・ナビゲーシヨンということ、この航法によるとき航空士の乗組を要しないこと、大洋上等地上の航空保安施設を利用できない区間ではこの航法を利用できないことが認められる。 (2) 右甲第三二号証の五(二二ないし二七)、右乙第三号証の一、右乙第六八号証の一及び証人P78の証言(三-三九ないし四二)によれば、会社はその後飛行機の自動操縦装置及びドツプラーレーダー装備の改修を行なつたので、同区間において航空士を乗務せしめずパイロツト・ナビゲーシヨンに切替えても何ら不安がないとして、これを実施すべく、まず昭和三八年三月頃組合にその旨を説明して賛同を求めたが、組合からモンスーン期を過ぎるまで延期を求められ、モンスーン期後は会社の都合で実施を延ばし、昭和三九年四月組合に対し会社と組合とで共同して同区間における航空士乗務廃止の可否に関し調査をすべき旨申入れたけれども、組合から春季闘争中を理由に拒まれたことが明らかである。 (3) 成立に争のない甲第四号証の一ないし三及び甲第三五号証、並びに弁論の全趣旨によ 空士乗務廃止の可否に関し調査をすべき旨申入れたけれども、組合から春季闘争中を理由に拒まれたことが明らかである。 (3) 成立に争のない甲第四号証の一ないし三及び甲第三五号証、並びに弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一二号証、右甲第三二号証の五(一四)と弁論の全趣旨(四名の昭和四三年一二月二八日附準備書面四二頁の表参照)とにより真正に成立したと認められる乙第六八号証の二、右甲第三二号証の五(二七ないし四一)、P1本人尋問の結果(八-五ないし一四)によれば、次の事実が認められる。 「会社は昭和三九年七月組合の協力なしに右調査を行ない、同区間に乗務する機長らの意見をも求めた結果航空士の乗務を廃止しパイロツト・ナビゲーシヨンを実施する方針を固めた。会社は同年八月一九日組合から文書で一方的実施に反対する旨の申入を受け、同月二九日組合に対し右調査の結果を説明し同年九月七日から実施すべく通知したが(右説明及び通知の事実は争ない。)、組合の意向を容れ実施を延期し、同月一六日P1ら新執行部との話合いにおいてさらに会社の態度を明らかにし組合に賛同を求めた。 これに関し組合は、「かくの如き措置は航空士の労働条件に関するから一〇月五日開催の組合大会で態度をきめる。実施するのは組合の了解を得てからにしてほしい。」旨要求したが、会社は同月二〇日からパイロツト・ナビゲーシヨンを実施した。組合は同月二一日会社に対し文書をもつて抗議した(実施及び抗議の事実は争がない。)。」3 右二問題に関する争議行為直前の交渉経過(1) 成立に争のない甲第三九号証の一、二及び乙第一四号証の一によれば、組合は昭和三九年一〇月五日開催の組合大会において外人ジエツト・クルー導入問題とカイロ・カラチ間航空士乗組問題とについて討議の結果、いづれも組合の主張を貫徹するためスト び乙第一四号証の一によれば、組合は昭和三九年一〇月五日開催の組合大会において外人ジエツト・クルー導入問題とカイロ・カラチ間航空士乗組問題とについて討議の結果、いづれも組合の主張を貫徹するためストをもつて会社に対抗する旨を決し、同月一二日スト実施につき組合員の投票を行なつた結果、組合規約四六条に定める過半数の賛成を得たことが明らかである。 成立に争のない乙第一四号証の一、二、及びP1本人尋問の結果(八-九二、九四、九五)によれば、組合規約に従い、前認定のスト権確立とともに組合の執行委員会は闘争委員会となり、P1が闘争委員長、P2、P3、P4ほか六名が闘争委員として、争議に関する組合の最高執行機関たる同委員会を構成し、争議行為の実施及び指導に関する一切の権限を行使したことが認められる。 (2) 成立に争のない甲第三号証の四によれば、組合は同年一〇月一四日会社あて外人ジエツト・クルー導入に関し会社が労使間の覚書等をどのように考えているかを質したことが明らかである。 (3) 成立に争のない甲第四号証の五によれば、組合は同月二八日労働大臣等に対し「同年一一月八日午前〇時以降全路線においてストライキを含む一切の争議行為の一部又は全部を単独にまたは併用して実施する」旨を通知したことが認められ、成立に争のない甲第三号証の六によれば、組合は同月二日会社あて、同月八日から争議行為を開始することが可能となつた旨を通知したことが認められる。 成立に争のない甲第三号証の七及び甲第四号証の四によれば、組合は同月四日右二問題につき重ねて会社に抗議を申入れ、これらの問題でいかなる事態が発生しても会社の責に帰せらるべきであると主張したことが認められる。 (4) 成立に争のない甲第三号証の八、右甲第四〇号証、甲第七一号証(六ないし二四、五一ないし六一)、乙第六八号証の二 かなる事態が発生しても会社の責に帰せらるべきであると主張したことが認められる。 (4) 成立に争のない甲第三号証の八、右甲第四〇号証、甲第七一号証(六ないし二四、五一ないし六一)、乙第六八号証の二及び証人P79の証言(一-二〇〇及び二-二〇九)により真正に成立したと認められる乙第七〇号証の三並びに証人P79の証言(一-二〇〇ないし二一八)、P1本人尋問の結果(八-二一、三〇ないし九〇)によれば、次の事実が認められる。 「会社と組合とは昭和三九年一一月六日開催の労使会議においてそれぞれ前記の立場を堅持して一致しなかつた(会議開催の事実は争がない。)。同月一二日組合の要求によつて開かれた団体交渉においても同様であつた。即ち外人ジエツト・クルー導入問題につき、組合は、「外人セーフテイ・キヤプテンの導入は右覚書に違反するから、会社はまずこれを確認すべきである。労働条件はすべて労使の話合いで決定すべきことであるが、会社はこれを無視した。会社は約束を守つてほしい。」と主張し、会社は、「組合の態度は覚書を形式的に解釈している。このような確認をするよりも、外人セーフテイ・キヤプテンの導入は、実質上日本人乗務員の昇格を促し、その利益にこそなれ、何ら不利益をもたらさないことに注目すべきである。」と述べた。またカイロ・カラチ間航空士乗組問題につき、組合は、「航空士を乗務させるか否かは労働条件に関するから、組合との合意をまつて実施さるべきである。」と主張し、会社は、「航空士乗務の可否は会社が組合と協議はするが、会社においてこれを専決すべきものである。すでに会社は組合と十分に協議を遂げ、組合も首肯するに足りる反対理由を示さぬ以上、会社が航空士を乗務させなくても差支ない。」と反駁した。このような次第で相互の主張は対立して譲らずこの団体交渉は午後三時三〇分終了し と十分に協議を遂げ、組合も首肯するに足りる反対理由を示さぬ以上、会社が航空士を乗務させなくても差支ない。」と反駁した。このような次第で相互の主張は対立して譲らずこの団体交渉は午後三時三〇分終了した(団体交渉の開催の事実及びその終了時刻は争がない。)。」(二) 一一月争議における争議行為の態様1 序論(1) 争議行為の態様に関する組合の基本方針及び組合の組織率等(イ) P1本人尋問の結果(八-九一ないし一二二、三八〇ないし三九一)によれば、闘争委員会は昭和三九年一一月一二日以前討議の結果次のように決定していたことが認められる。 「会社は外人ジエツト・クルー問題につき組合との約束を守らず、カイロ・カラチ間航空士乗組問題が労働条件に関するのに組合の意向を無視して航空士乗務を取りやめた。このような組合無視の態度を改めさせ、交渉を誠実な話合いという軌道にのせることがこの二問題解決の前提である。そのために会社の今後の出方によつてはストを実施する必要があるかもしれない。会社が態度を改めざるを得ないように追込むためには、当初から組合員全員がストに参加するよりも各便毎に乗務を命ぜられた組合員のみをストに入れる指名スト方式を採用する方がよい。即ち会社がこれに対抗して非組合員乗務員を使用して各便の運航を確保すれば、非組合員乗務員は相当期間経過後底をつき欠航便が生ずるようになり、この間に団体交渉を続行することによつて順次会社の態度を改めさせることができるからである。」(ロ) 証人P40の証言(四-一)により真正に成立したと認められる乙第七三号証の一(一七)及び弁論の全趣旨によれば、当時会社に雇傭される運航乗務員のうち管理職にある者(以下これを非組合員という。)若干を除くその余の者は組合に加入していたこと、即ち機長五一名中二九名、副操縦士三二名全員、航 び弁論の全趣旨によれば、当時会社に雇傭される運航乗務員のうち管理職にある者(以下これを非組合員という。)若干を除くその余の者は組合に加入していたこと、即ち機長五一名中二九名、副操縦士三二名全員、航空士五〇名中四二名、航空機関士五〇名中三八名が組合員であつたことが明らかである。 (ハ) 右甲第二号証によれば、会社と組合とは昭和三八年八月二四日、「組合の争議時には会社は外人クルーを使用しない。」旨の期間の定めのない労働協約を締結したことが認められる。 (2) 組合の争議実施細目P1本人尋問の結果(八-一二三、一二四、三九二ないし四一八、九-五九)によれば、闘争委員会は一一月一二日の団体交渉終了後夕刻討議の結果次のような争議実施細目を決定したことが認められる。 「組合は会社の態度にかんがみ、同日午後一〇時発、八六二便ホノルル・ロスアンゼルス行から適宜な便を選んでその乗務員の全部又は一部を指名ストに入れる。 指名ストを命ずるのは、乗務員が羽田空港内にある会社中央運航所乗員部乗務管理課及び運航管理課において出発前の準備作業(その内容は後述(第二、三(二)2(1))する。)を完了した際、即ち国際線の場合出発一時間前とするのを原則とする。組合は会社あて指名ストを事前又は開始と同時に通知する義務はないが、一応各指名スト開始及び解除後遅滞なく会社あてその氏名、開始及び解除の時刻を通知する。」(3) 争議行為開始時を選定するに至つた理由弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二五号証、右乙第七三号証の一(一三)、P1本人尋問の結果(八-三九七ないし四一八、九-四九ないし六六)によれば、闘争委員会が指名スト開始の時期を右のように決定した理由は次のとおりであることが認められる。 「乗務員は予じめ定められた乗務割に従い自己の乗務すべき便の出発前に 一八、九-四九ないし六六)によれば、闘争委員会が指名スト開始の時期を右のように決定した理由は次のとおりであることが認められる。 「乗務員は予じめ定められた乗務割に従い自己の乗務すべき便の出発前に自宅から右乗務管理課に出頭し右出発前の準備作業を終えて組合事務所前を通り飛行場に赴き航空機に搭乗出発し、乗務を終ればそのまゝ帰宅する等の勤務形態をとつているので、組合は組合員の動静を常時知つているわけではない。もし組合が乗務員を出発前の準備作業完了前に指名ストに入れその旨会社に通知すれば、会社は組合に知られないよう乗務割を変更したり、他の場所で出発前の準備作業を遂行させるなどの対抗手段を講じ、非組合員乗務員を払底させるという指名ストの効果を失なわせるおそれがある。従つて当該乗務員が確実に乗務割による指定便に乗務することが判明する出発前の準備作業終了の段階で指名ストを開始することが最も適切である。」(4) 争議行為予告に関する労働協約の不存在成立に争のない乙第二一号証及び証人P79の証言(一-九四ないし九八)によれば、組合と会社との間の労働協約には、「争議行為を行なう当事者は相手方に書面をもつて争議行為の日時を一〇日前に、その概要を七二時間前に通告しなければならない。」との趣旨の規定が存したが、この協約は昭和三七年一〇月失効したことが認められる。 (5) 争議行為予告に関する慣行ないし合意の不存在成立に争のない乙第二二号証の一、二及び証人P79の証言(一-九〇ないし一一一)によれば、組合は昭和三九年四月賃上げ問題につき要求貫徹のため争議行為を実施すべく、文書をもつて、同月一八日会社あて同月二八日以降争議行為に及ぶ旨、ならびに同年五月二五日午後二時会社あて同月二八日午前六時から同月二九日午前六時まで等の間国際線の東京出発便及び国内線全便に 施すべく、文書をもつて、同月一八日会社あて同月二八日以降争議行為に及ぶ旨、ならびに同年五月二五日午後二時会社あて同月二八日午前六時から同月二九日午前六時まで等の間国際線の東京出発便及び国内線全便につきストを実施する旨通知したことが認められるけれども、この事実だけから右労働協約失効後も争議行為予告の慣行が存したとはいえない。なお右各証拠によつても右失効後会社組合間に争議行為予告を義務づける合意が成立したと認めるに足りない。 2 出発前の準備作業(1) 会社の国際線乗務員の各乗務における出発前の業務内容が次のとおりであることは争がない。 「(イ) 国際線の乗務員の乗務割は、各月前半後半の二回にわけて決定され、各人はこの乗務割表に従つて次々と乗務するのであるが、その割当は、実施前に各乗務員に周知徹底せしめてある。そして、右乗務割表に従つて当日実際に乗務する際には、出発時刻の一時間三〇分前に中央運航所乗員部乗務管理課に出頭の後同所運航管理課において出発前の準備作業を完了しなければならないことになつている。 この準備作業の内容は、職種によりそれぞれ多岐にわたる。 (ロ) 機長・副操縦士・航空士の右作業は次のとおりである。 (ⅰ) 出発時刻一時間三〇分前に乗務管理課に出頭し、出頭の確認を行ない、乗務旅費、航空時計(航空士のみ)を受領する。 (ⅱ) 運航管理課において、気象資料の検討、運航管理者と協議の上飛行計画を決定し、緊急避難用器具・脱出口・脱出要領・分担等について乗務員全員で打合せ、当該路線の途上及び途中飛行場に関する特別の情報を検討(ノータム・チエツクという。)し、燃料搭載量・使用航空機の状況・搭乗旅客の数・病人等に関する必要情報をそれぞれ確認する。 (ⅲ) 飛行場に赴いて、検疫・通関・出国承認等の手続を完了する。 (ⅳ) 飛行機に ツクという。)し、燃料搭載量・使用航空機の状況・搭乗旅客の数・病人等に関する必要情報をそれぞれ確認する。 (ⅲ) 飛行場に赴いて、検疫・通関・出国承認等の手続を完了する。 (ⅳ) 飛行機に到着し、飛行機の外部点検、内部点検を終り、操縦室内の所定位置に着く。 機長・副操縦士は五八項目にわたり、又、航空士は一六項目にわたつて、それぞれ各計器その他操縦系統を点検する。 搭載重量並びに搭載物配置表によつて重量と配置状況を確認する。 (ハ) 航空機関士の右作業は次のとおりである。 (ⅰ) 前記機長等の場合と同様出頭を確認して乗務旅費を受領して後、(ⅱ) 運航管理課において運航管理者より飛行計画の説明を受け、燃料搭載量を確認し、フライト・エンジニアー・メモによつて搭乗機の状態を確認する。 (ⅲ) 飛行場に赴いて、検疫・通関・出国承認等の手続を完了する。 (ⅳ) 飛行機に到着し、燃料搭載量を標尺によつて実地に点検し(プロペラ機の場合に限る。)、機体外部を七四項目にわたつて点検し、機体内部を一一二項目にわたつて点検し、整備士より航空日誌を受領して機体の状態整備状況を確認する。」(2) 右乙第二五号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第六五号証によれば、右出発前の準備作業中乗務管理課及び運航管理課における作業の所要時間は概ね三〇分であるから、乗務員は出発前一時間前に右作業を終え同課を出て、同一建物内にある組合事務所前を通り飛行場に赴きその後の作業を遂行するものと認められる。 3 各便毎の争議行為の態様(1) 一一月一二日午後一〇時発、八六二便ホノルル・ロスアンゼルス行(イ) 右便の乗務予定者がP17機長、P44副操縦士、P33航空士、P16機関士であつたことは争がない。なお弁論の全趣旨により真正に成立したと認め 日午後一〇時発、八六二便ホノルル・ロスアンゼルス行(イ) 右便の乗務予定者がP17機長、P44副操縦士、P33航空士、P16機関士であつたことは争がない。なお弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第九号証の一及び右乙第七三号証の一(二五)によればP15副操縦士は同乗訓練者として搭乗すべく予定されていたが、会社は出頭定刻までに右予定を取消したことが明らかであり、乙第七三号証の一中右認定に反する部分(二五)は採用しない。 (ロ) 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七五号証の二によれば、右乗務予定者四名は出頭定刻(前記のように国際線では出発時刻前一時間三〇分とされている。以下同様である。)までに乗務管理課に出頭し、午後九時頃運航管理課を去るまでいづれも平常通り出発前の準備作業を行なつたことが認められる。右四名がその後飛行場に現われなかつたことは争がない。この事実と右乙第二五号証及び乙第七三号証の一(二七)とを総合すれば、右四名は運航管理課を出て同一建物内にある組合事務所附近を通過した頃即ち午後九時頃組合からスト指令を受けてストを開始したと認められる。 右乙第七三号証の一(二六)中組合員P80副操縦士が会社運航管理課職員P19に、「午後八時四〇分ストに突入した。」と語つたとの記載は責任者でない者の発言の伝聞であつて(右甲第三五号証によればP80は組合執行部に属しないと認められる。)、右認定の用に供した資料に照らし採用し難い。また証人P40の証言(五-二ないし五)により真正に成立したと認められる乙第四号証の三P81便乗務員が午後八時四〇分ストを開始した旨の部分は、右証言によればP19の報告のみに基き記載されたと認められるから、右同様採用し難い。 (ハ) 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七二号証(二)、P1本 時四〇分ストを開始した旨の部分は、右証言によればP19の報告のみに基き記載されたと認められるから、右同様採用し難い。 (ハ) 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七二号証(二)、P1本人尋問の結果(九-一八九)を総合すれば、P1執行委員長は午後九時頃会社の社長P14の自宅あて電話をもつて右八六二便の乗務員を指名ストに入れた旨通知したことが認められる(時刻は別として通知したこと自体は争がない。)。 P1本人尋問の結果(九-一八五ないし一八九)によると、同人は午後八時四〇分P16機関士につき、九時その他の三名につきストの通知をしたと供述するが、右乗務予定者四名がほゞ同時にストに入つた事実にかんがみ、二回にわけて通知をする必要性に乏しいから右供述は採用しない。乙第七二号証(二)によつても二回通知ありとは認め難い。 会社の主張によると、右通知内容は便名が特定されず、単に乗務員の一部分が午後八時四〇分から指名ストに入つたとするにすぎなかつたという。この点の直接証拠はP1本人尋問の結果のみであり、P14の供述乃至陳述書の提出はなく、P14から問合せを受けたP18の陳述書(乙三一号証、乙七二号証)は単なる伝聞にすぎない。のみならず会社は答弁書添附の準備書面(第一)(九)において「午後八時四〇分以降八六二便乗務員五名を指名ストに入れる。」旨の通知があつたと主張しながら、第六回口頭弁論及び昭和四三年七月一六日附準備書面(四)にいたり「通知に便名の特定がない。」と主張を改めたのである。かような事実を総合すると、会社の右主張は採用し難い。会社が右通知を受けた後も後記(ホ)のように運航管理課の責任者が組合側に対し真実ストが実施されたか否か調査したとの事実も会社の右主張を裏付けるものとは考えられない。 (ニ) 右乙第七二号証(一、二)によれば、会社 受けた後も後記(ホ)のように運航管理課の責任者が組合側に対し真実ストが実施されたか否か調査したとの事実も会社の右主張を裏付けるものとは考えられない。 (ニ) 右乙第七二号証(一、二)によれば、会社社長P14は同日午後九時頃会社の運航統制者(その職責は運航管理部、乗員部乗務管理課等から定期便の動向とこれに伴う関連情報を得、これを検討して定期便のスケジユール運航に障害を起すような事情があつたり又はすでに障害が起つた場合、スケジユール通りの運航を確保すべく適切な対策を樹立指令するにある。)であつたP18に対し、「組合から乗務員の一部を指名ストに入れた旨の通知を受けた。」と連絡したことが認められる。 (ホ) 成立に争のない甲第三二号証の一一(二六、二七)、右乙第七二号証(四)、右乙第七三号証の一(二六)によれば、運航管理課の責任者は職員P19を午後九時二〇分頃組合事務所に派遣し、右スト通知が真実なりや否や確かめさせたところ、組合側は、「社長から話があるだろうからいえない。」とだけ回答し、同人に対し八六二便の乗務員が所持すべき飛行計画書など在中のフライト・ホルダーを返却したこと、運航統制者P18は東京空港支店から、「午後九時二〇分頃になつても本便の乗務員が航空機に搭乗していない。」旨の通知を受け、併せて組合から前記のようにフライト・ホルダーの返却を受けたので、組合のスト突入は間違いないと考え、午後九時二〇分過その旨を右支店等に通報し別に指示するまで本便の出発を遅らせるよう指令し、かつ乗務管理課担当者はP45機長ら四名の代替乗務員に出頭乗務を命じ、P18は右支店とも協議の結果午後九時四五分に至り本便の出発時刻を二時間遅らせることと定め関係現場に指令したことが認められる。 ところで成立に争のない甲第三二号証の一二(六、七)及び弁論の全趣旨により真正 右支店とも協議の結果午後九時四五分に至り本便の出発時刻を二時間遅らせることと定め関係現場に指令したことが認められる。 ところで成立に争のない甲第三二号証の一二(六、七)及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七六号証(五)によれば、東京空港支店国際旅客サービス課は午後九時二〇分過頃P18から右連絡を受けたにもかかわらず、これをそのまゝ信用せず、午後九時三〇分本便旅客の搭乗を開始し、かつ右支店次長P57は自ら航空機まで赴きスト突入を確認し午後九時四五分頃その旨を同課に連絡したが、すでに旅客の搭乗は完了した後であつたことが認められる。 (ヘ) 右乙第七三号証の一(二七)及び乙第七五号証の二(三及び六)によれば、本便は約二時間遅延して一三日午前〇時過頃代替乗務員たるP45及びP82機長、P46航空士、P83機関士の乗務を得て出発したことが認められる(同便が遅延して出発したこと自体は争がない。)。 (ト) 組合が同日午前〇時五九分右P17機長ほか三名のスト解除を会社に通知したことは争がない。 (2) 一一月一三日午前九時二〇分発、七一五便香港・バンコツク・シンガポール・ジヤカルタ行右便の乗務予定者がP21機長、P53副操縦士、P20航空士、P54機関士であつたことは争がない。 右四名全員が定刻に出頭し出発前の準備作業を行ない運航管理課を出て行つたことは争がない。 組合が午前八時二〇分会社に対しP20航空士をストに入れた旨通知したことは争がなく、右乙第七三号証の一(二九)によれば、組合は右通知においてP20のスト開始時刻を午前八時一〇分と明示したことが明らかであるから、反証のない本件では同人は同時刻にストを開始したと認められる。 組合がさらに午前八時三〇分会社に対し他の三名の乗務員についてもストに入れる旨通知したことは争がなく と明示したことが明らかであるから、反証のない本件では同人は同時刻にストを開始したと認められる。 組合がさらに午前八時三〇分会社に対し他の三名の乗務員についてもストに入れる旨通知したことは争がなく、右乙第七三号証の一(二九)によれば、組合は右通知において右三名のスト開始時刻を午前八時三〇分と明示したことが明らかであるから、反証のない本件では右三名は同時刻にストを開始したと認められる。 会社は右スト通知を受けて早速代替乗務員を選定し乗務を命じたところ、午前九時組合から右四名のスト解除通知に接したことは争がなく、右乙第七三号証の一(三〇)によれば、会社は本便の出発遅延を避けるため、スト開始後も組合事務所にいた右P21機長ら四名に再度乗務を命じ、結局本便は約三五分遅延して午前九時五五分頃出発したことが認められる。 (3) 一一月一三日午前一〇時発、八〇六便ホノルル・サンフランシスコ行右便の乗務予定者はP32副操縦士、P55航空士ほか二名であることは争がない。 P32、P55が午前八時三〇分の定刻に出頭しなかつたこと、組合が右定刻に会社あて右両名をストに入れる旨通知したことは争がない。しからば右両名は右定刻にストを開始したと認められる。 右甲第三二号証の一一(三七、三八)、同号証の一二(二三、二四)、右乙第七三号証の一(三〇)、右乙第七五号証の二(四、五)、証人P40の証言(五-三四二ないし三四四)によれば、会社は本便を代替乗務員をもつて運航できるけれども、前記七一五便の代替乗務員の手配に時間をとられた関係上、本便の出発はかなり遅延し、結局本便よりも二時間後の正午同一方面に出発予定の八一六便ホノルル・ロスアンゼルス行と大差ない時刻に出発することとなるのみならず、同便にこの八〇六便の乗客を移乗させるだけの空席があつたので、会社は午前九時二三分 も二時間後の正午同一方面に出発予定の八一六便ホノルル・ロスアンゼルス行と大差ない時刻に出発することとなるのみならず、同便にこの八〇六便の乗客を移乗させるだけの空席があつたので、会社は午前九時二三分本便の運航を取消したことが認められる(運航取消の事実は争がない。)。 右乙第七三号証の一(三一)によれば、組合は同日午後一時頃会社に対し右両名のストを解除する旨通知したことが認められる(時刻を別としてスト解除通知自体の事実は争がない。)。 (4) 一一月一三日午前一一時発、七三五便香港行右便の乗務予定者がP23機長(非組合員)、P22副操縦士、P43航空士、P56機関士であつたことは争がない。 右四名が全員定刻までに出頭し出発前の準備作業を終え運航管理課を出て行つたことは争がない。 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一〇号証によれば、P23以外の三名は運航管理課を出た直後午前一〇時組合事務所附近で組合からストを命ぜられストに入つたことが認められる。 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一一号証及び右乙第七三号証の一(三一)によれば、会社は乗務員が航空機に来ないので、これも指名ストを開始したのではないかと案じ、乗務管理課長P40は午前一〇時二五分頃組合に電話で照会したところ(時刻を別として電話照会自体は争がない。)P25執行委員はP23以外の三名がすでに午前一〇時から指名ストに入つている旨回答したことが認められる。 甲第一一号証及び甲第一九号証によれば、P40乗務管理課長が午前一〇時二〇分頃組合に、「右三名は午前一〇時三〇分からストにはいるのか。」と問合わせたというのであるが、P40が問合わせるのにスト開始時刻まで特定することはいかにも不自然であつて採用し難く、また甲第一九号証中組合P2副執行委員長が午前一〇時 三〇分からストにはいるのか。」と問合わせたというのであるが、P40が問合わせるのにスト開始時刻まで特定することはいかにも不自然であつて採用し難く、また甲第一九号証中組合P2副執行委員長が午前一〇時頃スト開始の旨通知したとの部分は右各証拠に照らし採用しない。 右乙第七三号証の一(三二)によれば、P84機長、P85航空士、P86機関士は、右七一五便乗務員中三名が指名ストにはいつた関係上その代替者として呼出を受けたのであるが、同便の指名スト解除により同便に乗務せずにいたところ、会社はこの三名に本便乗務を命じ、結局本便は一二分遅延して午前一一時一二分出発したことが認められる(出発時刻は争がない。)。 組合が本便出発後会社あて午前一一時三〇分以降P22外二名の指名ストを解除する旨通知したことは争がない。 (5) 一一月一三日午後〇時発、八一六便ホノルル、ロスアンゼルス行(イ) 本便は元来午後〇時発であつたが、次に示すような事情から組合のスト通知時刻たる午前一一時三〇分以前にその出発時刻が午後〇時三〇分に変更されたと認められる。 即ち前示のように会社が右八〇六便を欠航させた理由は、同便の乗客を本便に移乗させることが可能であつたことに存する。右乙第七六号証(八)によれば、八〇六便の乗客中四二名は本便への移乗を現に承諾した関係上、本便が仮令指名ストの対象となつても会社は何とか運航したいと願つていたことが認められる。そして本便の乗務予定者中機長、副操縦士、航空士の三名は組合員であつたことは争がなく、右乙第七三号証の一(三二)によれば、会社は本便の代替乗務員としていづれも非組合員たるP87、P88両機長及びP89航空士を起用したことが認められるので、本便は指名ストの対象となつても運航可能であつた。かゝる手配は右八〇六便の欠航を決定した午前九時二三分以 していづれも非組合員たるP87、P88両機長及びP89航空士を起用したことが認められるので、本便は指名ストの対象となつても運航可能であつた。かゝる手配は右八〇六便の欠航を決定した午前九時二三分以後できるだけ早い機会になされたものと推認される。 しかも後記のように会社は午前一一時二五分組合あて念のため本便が指名ストの対象であるか否かを問合わせ、「本便は現在ストの対象となつていない。」との回答を得、ついで午前一一時三〇分指名ストの通知を受けてはじめて代替乗務員に乗務を命じたことから推察すれば、本便の本来の乗務予定者は同時刻まではストに入らず作業中であつたとみる外はない。 本便が右スト通知以前に午後〇時三〇分出発と変更されていたとすれば、前記(第二、三(二)2(2))の事実に徴し、本来の乗務予定者は出発一時間前たる午前一一時三〇分頃出発前の準備作業を終え運航管理課を出て組合事務所前を通り飛行場へ向うわけであるが、会社は、従前この段階で乗務員がストに入つた事例が多いので本便についてもこの点を心配し、出発前の準備作業がほぼ終つた午前一一時二五分頃右の問合わせをしたものであり、右乗務予定者は右出発前の準備作業終了後飛行場に向う途中組合事務所の前を通過した時即ち午前一一時三〇分組合からストを命ぜられてストを開始したものであると推認され、その経過は自然である。 これに反し本便が依然午後〇時出発予定のままであつたとすれば、右乗務予定者は午前一一時頃運航管理課を出て飛行場に赴き航空機に搭乗した後午前一一時三〇分ストを開始し再び元に引返さざるを得ないが、証人P40の証言(五-三五七ないし三六九)に徴しかかる事実ありとは認められない。 以上の諸事実からみれば、本件の出発時刻はスト通知のあつた午前一一時三〇分以前において変更され、午後〇時三〇分出発となつ 40の証言(五-三五七ないし三六九)に徴しかかる事実ありとは認められない。 以上の諸事実からみれば、本件の出発時刻はスト通知のあつた午前一一時三〇分以前において変更され、午後〇時三〇分出発となつたと推認される。 (ロ) 本便の乗務予定者がP57機長、P3副操縦士、P58航空士、P59機関士(非組合員)であつたことは争がない。 (ハ) 右四名が出頭して出発前の準備作業を行ない運航管理課を出たことは争がなく、前示のように出発時刻が午前一〇時三〇分以前においてすでに午後〇時三〇分と変更された以上、出頭時刻は午前一一時、運航管理課を出た時刻は午前一一時三〇分と推認される。 (ニ) 会社が午前一一時二五分頃組合に対し本便は指名ストの対象であるか否かを問合わせたことは争がなく、右甲第三二号証の一一(四一、四二)及び右事実によれば、会社の右問い合わせは、前記の経緯から欠航するに至つた八〇六便の乗客四二名が本便に移乗した関係上、本便がもし指名ストの対象となれば、その出発が遅れ乗客の憤激を益々招くことを懸念してなされたと認められる。そして弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第二二号証、右甲第三二号証の一一(四二)及び右乙第四号証の三によれば、組合はこの問合せに対し本便は現在ストの対象となつていない旨回答したことが認められる。甲第三二号証の一二(二八)及び乙第七六号証(八)によるも右認定を左右できない。 (ホ) 右甲第二二号証及び右事実によれば、組合は午前一一時三〇分P57、P3、P58の三名に対しスト開始を命じ、直ちに会社あてその旨を通知したことが認められる(同号証中右時刻を午前一〇時三〇分と記載してあるのは前後の脈絡から午前一一時三〇分の誤記と認める。)。 右乙第七六号証(八)中東京空港支店国際旅客サービス課は午前一一時三五分頃本便乗務員の れる(同号証中右時刻を午前一〇時三〇分と記載してあるのは前後の脈絡から午前一一時三〇分の誤記と認める。)。 右乙第七六号証(八)中東京空港支店国際旅客サービス課は午前一一時三五分頃本便乗務員のスト実施を知つたとの記載は右認定事実を裏付けると考える。なおスト通知時刻について右認定と異る証拠を検討する。 右甲第三二号証の一一(四二)によれば、組合は午前一一時四一分にいたり会社からの照会に対し本便の乗務員を午前一一時三〇分以降指名ストに入れた旨通知したとあり、右乙第四号証の三も同趣旨に帰着する。そして右乙第七三号証の一(三二)(乙第三二号証も同旨)によれば、組合は午前一一時四一分以降指名ストに入る旨通知したとある。これらの証拠はいづれもP40乗務管理課長の経験を基礎とするものであつて互に矛盾あるを免れない。しかも会社は本件答弁書添付の昭和四〇年七月二日附準備書面(一二)及び昭和四一年六月二一日附準備書面(二二、二三)において、「組合は午前一一時三〇分になつて右三名を指名ストに入れる旨通知してきた。」旨主張しながら、昭和四三年七月一六日附準備書面(六)においてこれを訂正し、「会社は午前一一時四一分組合にストの有無を問合わせたところ、右三名は午前一一時三〇分以降ストに入つた旨の回答を得てストの事実を知つた。」と主張するに至つた。もつともP1らも昭和四一年八月二三日附準備書面(七〇)で、「本便のスト突入時刻は不知、組合が午前一一時三〇分スト通知をしたことは否認。」との趣旨の答弁をしておきながら、昭和四三年七月一八日附準備書面(一二七)、同年八月二四日附準備書面(一六五)において、「組合が午前一一時三〇分ストの通知をしたことを認める。」と主張するなど首尾一貫しない。これらの弁論の全趣旨も併せ考えるときは、前示甲第三二号証の一一、乙第四号証の三及 附準備書面(一六五)において、「組合が午前一一時三〇分ストの通知をしたことを認める。」と主張するなど首尾一貫しない。これらの弁論の全趣旨も併せ考えるときは、前示甲第三二号証の一一、乙第四号証の三及び乙第七三号証の一(乙第三二号証)は採用し難い。 (ヘ) 右乙第七三号証の一(三二)によれば、会社は本便乗務員三名のスト開始を知り直ちに前示(イ)のように代替乗務員として非組合員たるP87、P88両機長及びP89航空士に本便乗務を命じたことが認められる。 (ト) 本便が午後〇時四八分出発したことは争がなく、右は当初出発予定時刻からは四八分、変更後のそれからは一八分の遅延であることは前示説明から明らかである。 (チ) 右乙第七三号証の一(三二)によれば、組合は午後一時会社に対し右三名の指名ストを解除する旨通知したことが認められる(時刻を別として解除通知の事実は争がない。)。 (6) 一一月一三日午前一一時二〇分発三二三便大阪・福岡行右便の乗務予定者がP26副操縦士ほか二名であり、これらの者が国内線乗務員の出頭定刻である出発一時間前までに出頭して出発前の準備作業を行なつたことは争がない。 右乙第七三号証の一(三二)及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認むべき乙第八四号証によれば、組合は午前一一時七分会社あて、P26副操縦士を午前一〇時四五分ストに入れた旨通知したことが認められる(時刻を別として通知の事実は争ない。)から同人は同時刻にストに入つたものと推認される。 会社が代替乗務員としてP60副操縦士に乗務を命じ本便が一時間三三分遅延して午後〇時五三分出発したことは争がない。 右乙第七三号証の一(三三)によれば、組合は午後一時五〇分会社に対し午後一時P26のストを解除した旨通知したことが認められる(時刻は別として通知の事実は争がない。)。 ( 出発したことは争がない。 右乙第七三号証の一(三三)によれば、組合は午後一時五〇分会社に対し午後一時P26のストを解除した旨通知したことが認められる(時刻は別として通知の事実は争がない。)。 (7) 一一月一三日午後一〇時発、六六便ホノルル・ロスアンゼルス行右便の乗務予定者がP28副操縦士、P27航空士ほか二名であることは争がない。 証人P77の証言(二九〇)により真正に成立したと認められる乙第七三号証の二によれば、P28及びP27は定刻たる午後八時三〇分になつても出頭しなかつたことが認められる。 右乙第七三号証の二によれば、組合が会社に午後八時三三分頃本便乗務予定のP27を即時ストに入れる旨、同三七分頃同じくP28を即時ストに入れる旨通知したことが認められる(時刻は別として通知の事実は争がない。)。この事実によれば右両名は右時刻頃ストに入つたと推認される。 成立に争のない甲第三二号証の二(二九)及び右乙第七三号証の二、乙第七五号証の二(六)、P1本人尋問の結果(八ー一〇八)によれば、会社は代替乗務員としてP49機長及びP29航空士に乗務を命じたのであるが、P29航空士は実兄の死に際会した直後である関係上、組合は同人に同情し自発的にP27のスト解除を決定し、午後一〇時二〇分会社にその旨通知したことが認められる(時刻は別として通知の事実は争がない。)。会社がP27に再度乗務を命じ、本便が五〇分遅延して午後一〇時五〇分出発したことは争がない。 右乙第四号証の三によれば、組合は午後一〇時三〇分P28のストを解除し、当時会社にその旨通知したことが認められ、乙第七三号証の二中右認定に反する部分は採用しない。 (8) 一一月一四日午前八時五〇分発、九五五便ソウル行右便の乗務予定者はP61機長、P50副操縦士、P62機関士であつたが、いづれ が認められ、乙第七三号証の二中右認定に反する部分は採用しない。 (8) 一一月一四日午前八時五〇分発、九五五便ソウル行右便の乗務予定者はP61機長、P50副操縦士、P62機関士であつたが、いづれも午前七時五〇分指名ストに入つたこと、組合は即刻会社にその旨通知したこと(この通知の事実は右乙第七三号証の二(二)による。)、会社は日本滞在期間満了により韓国に帰国する韓国人乗客が多数本便に搭乗する関係上、ストのため本便の運航が取消されると日韓両国の政治問題にかゝるおそれもあることを理由として、組合に対しスト解除方を申入れ、組合もこれを了承して午前八時一五分頃(この時刻は右乙第七三号証の二により認める。)右三名につき指名ストを解除し直ちに会社にその旨通知し、本便は五〇分遅延して午前九時四〇分出発したことは争がない。 (9) 一一月一四日午前一〇時発、八〇八便ホノルル・サンフランシスコ行右便の乗務予定者がP34機長、P32副操縦士、P33航空士、P30機関士であることは争がない。 右四名がいづれも定刻に出頭して出発前の準備作業を遂行し運航管理課を出て行つたが飛行場に現われなかつたことは争がない。 右甲第三二号証の一二(二九、三〇)、乙第四号証の三、乙第七三号証の一(三四)によれば、組合は午前九時一〇分頃会社あて右四名を午前九時からストに入れた旨通知したことが明らかである。これによれば右四名は運航管理課を出た後右時刻にストに入つたと認められる。 会社が代替乗務員としてP63機長、P15副操縦士、P31航空士、P64機関士を招集し、さらにP31航空士の自宅が遠距離のため非組合員であるP35航空士をも特に招集したこと、会社はP63、P15、P35、P64に乗務を命じ、この四名が出発前の準備作業を完了して運航管理課を出て飛行場に赴いた時、P31航空 自宅が遠距離のため非組合員であるP35航空士をも特に招集したこと、会社はP63、P15、P35、P64に乗務を命じ、この四名が出発前の準備作業を完了して運航管理課を出て飛行場に赴いた時、P31航空士が出頭したので、会社は非組合員たるP35航空士を温存するためP31にP35との交替を命じ、P31が改めて出発前の準備作業を終えて同課を出た直後である午後〇時四七分、組合は会社にP31航空士を指名ストに入れた旨通知したこと(会社がP35とP31とに交替を命じた理由が非組合員航空士温存のためであることは右乙第七三号証の一(三四、三五)により認める。)、会社はここにおいてP35航空士に再度乗務を命じたことはいづれも争がない。 右乙第七六号証(一及び一一)によれば、会社は右のように午前九時一〇分にスト通知を受けたが、乗客の案内等を行なう東京空港支店国際旅客サービス課にこれを連絡せず、同課は午前九時三〇分頃他にこれを問合せてストの旨を知つたことが認められる。 本便が三時間四四分遅延して午後一時四四分出発したこと、組合が午後一時三七分会社に対しP31航空士のスト解除を通知したことはいづれも争がない(P31のスト解除の経緯は次の七三七便の項で説明する。)。右乙第七三号証の一(三九)によれば、組合はP34、P32、P33、P30につきストを解除したか否か明らかにしなかつたので、会社は午後六時三〇分頃組合に照会したところ、P34とP30は現在スト中、その余の二名は解除しているが時刻は不明であるとの回答を得たが、その後ついにP34とP30とにつきスト解除の通知を得なかつたことが認められ、乙第四号証の三中右認定に反する部分は採用しない。 (10) 一一月一四日午前一一時発、七三七便香港行(イ) 右便の乗務予定者がP65機長(非組合員)、P36副操縦士、P37航 かつたことが認められ、乙第四号証の三中右認定に反する部分は採用しない。 (10) 一一月一四日午前一一時発、七三七便香港行(イ) 右便の乗務予定者がP65機長(非組合員)、P36副操縦士、P37航空士、P67機関士(非組合員)であり、このほか香港から出る他の便に乗務することを予定されているP38航空士も本便に同乗する予定であつたことは争がない。 (ロ) 右全員が定刻に出頭し出発前の準備作業を行ない、組合が右のうちP36、P37、P38の三名を指名ストに入れたことは争がなく、右甲第一二号証によれば、ストの開始は午前一〇時一〇分であると認められる。 (ハ) 右甲第一二号証、乙第七六号証(一二)、P1本人尋問の結果(九-九五ないし九七)によれば、組合は午前一〇時一〇分から二〇分までの間に会社に対し右三名を指名ストに入れた旨通知したと認められる。 なおスト通知時刻について右認定と異る証拠を検討する。 乙第四号証の三には、会社乗務管理課員(氏名不詳)が午前一〇時三五分P1からスト通知を受けたとの記載があり、甲第三二号証の一一(五一、五二、七三)は、P40乗務管理課長が、午前一〇時三五分組合事務所に赴き本便に中共向け遺体が搭載されている関係上本便乗務員をストに入れないよう要請したとき逆にスト通知を受けたといい、乙第七三号証の一(三五、三六)(乙第三二号証も同旨)は、P40課長とP39運送サービス部長とは午前一〇時二〇分組合事務所に赴きしばらく待たされた後P1委員長に面接し、「本便に中共向け遺体が搭載されているので国際関係を考慮して本便乗務員をストに入れない。」旨要請したところ、逆に、「本便乗務員は午前一〇時一〇分から指名ストに入れられてある故ここではじめて通知する。」旨告げられたが、時に午前一〇時三五分であつたといい、証人P40の証言(五-二八な 。」旨要請したところ、逆に、「本便乗務員は午前一〇時一〇分から指名ストに入れられてある故ここではじめて通知する。」旨告げられたが、時に午前一〇時三五分であつたといい、証人P40の証言(五-二八ないし三二)もこれと同旨である。 ところで弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第八六号証(四)によれば、本便乗客の搭乗開始時刻(右乙第六五号証によれば、出発前三〇分であることが認められる。従つて本便では午前一〇時三〇分となる。)前に本便出発が遅延する旨が乗客に告知されたと認められ、また仮に会社が午前一〇時三五分にスト開始の通知を受けたとすれば、関係者に連絡をとるまでに乗客の航空機への搭乗が開始さるべき筋合であるが、乙第七六号証及び乙第八六号証によつてもかゝる事実は認められず、その他右事実を認めるに足りる証拠はない。かような事情と前記甲第一二号証、乙第七六号証(一二)、P1本人尋問の結果とを併せ考えると、以上の点に関する右乙第四号証の三、甲第三二号証の一一、乙第七三号証の一中の記載と証人P40の証言は採用し難い。 (ニ) 甲第一二号証及び乙第七三号証の一(三六、三七)によれば、組合は午前一〇時二〇分頃会社から、「本便には中共向遺体が搭載されており香港で引渡の準備や手続が行なわれる予定につき、本便の遅延欠航は国際的な問題となるのでストを解除されたい。」旨の要請を受け(時刻は別として要請を受けたことは争がない)、調査したところ、遺体附添者が本便の遅延を案じ当時香港へ向けて出発するインドネシアのガルーダ航空の便に右遺体を移乗させたこと(移乗の事実は争がない。)が判明したので、組合は会社の右要請を拒んだことが認められる。 (ホ) 会社が右便について代替乗務員を手配したことは争がない。右乙第七三号証の一(三七、三八)によれば、会社はP36副操縦士及 ない。)が判明したので、組合は会社の右要請を拒んだことが認められる。 (ホ) 会社が右便について代替乗務員を手配したことは争がない。右乙第七三号証の一(三七、三八)によれば、会社はP36副操縦士及びP37航空士の代替乗務員としてP22副操縦士及びP58航空士を呼出し乗務を命じたものの、本便同乗のP38航空士の代替者として乗務可能な航空士がなく、同人の乗務を予定した一一月一五日香港発東京行七三四便は航空士がいないため欠航のやむなきに至ると思われたこと、組合はこのような事情を知り午後一時三五分会社に対し、「前記八〇八便で代替乗務員として出頭し指名ストに入れられたP31航空士は組合事務所にいるが、組合は同人のストを解除するから会社は本便に同人を同乗せしめ右七三四便に乗務させてはどうか。」と提案し、会社の賛同を得て午後一時三七分会社あてP31航空士のスト解除を通知し(右通知の事実は争がない。)、本便は乗務員四名同乗者P31航空士をもつて三時間五九分遅延して午後二時五九分出発したことが認められる。 (ヘ) 右乙第八六号証(四)によると、本便乗客はこの間出発予定時刻を告げられなかつたことが認められる。 (ト) 右乙第七三号証の一(三九)によれば、組合は右指名ストに入つた者のスト解除の通知をしなかつたので、会社は午後六時三〇分頃組合に照会したところ、「P36とP38とはなおスト中、P37はスト解除になつたがその時刻は不明である。」という回答を得たが、その後ついにP36とP38とにつきスト解除の通知を得なかつたことが認められ、乙第四号証の三中右認定に反する部分は採用しない。 (11) 一一月一四日午後一〇時発、六八便ホノルル・ロスアンゼルス行右便の乗務予定者がP42機長、P9副操縦士、P47航空士、P41機関士であり、このほかP43航空士も待機要員と は採用しない。 (11) 一一月一四日午後一〇時発、六八便ホノルル・ロスアンゼルス行右便の乗務予定者がP42機長、P9副操縦士、P47航空士、P41機関士であり、このほかP43航空士も待機要員として呼出を受けていたことは争がない。 P43航空士は全然出頭せず、他の四名は定刻に出頭して出発前の準備作業を遂行して運航管理課を出ていつたが飛行場に赴かなかつたことは争がない。 組合が午後九時三〇分(この時刻は右乙第七三号証の二による。)会社に対しP41を午後九時二分、P42、P9、P47を午後九時一〇分以降指名ストに入れた旨通知したことは争がないから、右四名は右時刻以降ストに入つたと認められる。 P1本人尋問の結果(九-一二〇ないし一四三、一九八)によると、組合はP43航空士が呼出を受けるであろうと予期し午後六時五〇分同人をストに入れたがその旨会社に通知するのを失念したことが認められる(通知をしなかつたことは争がない。)。 右乙第七三号証の二によれば、会社は乗務予定者四名のスト通知に接し代替乗務員を手配したところ、航空士以外の三職種につき非組合員乗務員をもつて充足できたけれども、非組合員航空士であつて本便に乗務可能な者を見出せず、待機要員たるP43航空士のスト通知がないため同人が出頭するものと信じこれを待ち、ついに出発時刻を四一分すぎた午後一〇時四一分本便の欠航を決定したことが認められる(代替乗務員を充足できず右時刻に欠航を決定したことは争がない。)。組合は一一月一五日午前一時会社に対しP47航空士及びP43航空士のストの解除を通知したことは争がなく、右乙第七三号証の二によれば、組合は会社に対してその余の三名につきスト解除の通知をしなかつたことが認められる。 (三) 一二月争議における争議行為の目的1 昭和三九年度賃上げ要求(三月)成 なく、右乙第七三号証の二によれば、組合は会社に対してその余の三名につきスト解除の通知をしなかつたことが認められる。 (三) 一二月争議における争議行為の目的1 昭和三九年度賃上げ要求(三月)成立に争のない甲第五号証の二、乙第九号証の一、乙第一八号証、証人P79の証言(一-一)により真正に成立したと認められる乙第七〇号証の一(一ないし一五)、同証人の証言(一-一ないし八一)を総合すれば、組合はいわゆるスト権の確立をしたのち昭和三九年三月一〇日会社に対し同年度賃上げ要求についてと題し、(1)基本賃金の引上げ(2)乗務手当(3)乗務日当(4)基本給移行基準(5)クルー・レイト(6)ロス・オブ・ライセンス等に関する要求書を提出し十数回の団体交渉を経、途中二四時間ストを予告するなどの局面もあつたが、組合は同年六月四日会社から回答書と題し、乗務手当の増額等を骨子とする文書を受取つたことが認められる(要求書の提出、団体交渉及び回答書の受領は争がない。)。 2 組合と会社との賃上げに関する合意同年六月五日組合と会社とはいわゆるトツプ会談を行ない細目の調整をした結果、組合P34執行委員長と会社P14社長との間に右賃上げ問題につき一応の合意を見たことは争がない。右乙第一八号証及び乙第七〇号証の一(一五、一六)によるとこの一応の合意は会社の六月四日付回答を基本としていることが認められる。 組合が六月九日闘争委員会において争議の収拾を決定し、六月一〇日代議員会(前掲乙第一四号証の一によれば、組合規約上これは労働協約の締結改正及び破棄の権限を有するとされていると認められるけれども本件に現われた全証拠によつても、右代議員会が右事項について専権を有するとは認められない。)において、会社の前記回答を基本とする右合意に従い労働協約を締結すべき旨決議し、即日右賃上 められるけれども本件に現われた全証拠によつても、右代議員会が右事項について専権を有するとは認められない。)において、会社の前記回答を基本とする右合意に従い労働協約を締結すべき旨決議し、即日右賃上闘争を含む春闘に関する一切の闘争指令、指示を解除し腕章着用を停止する旨の指示を発したことは争がない。 成立に争のない甲第六号証、右乙第七〇号証の一(一六)、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第七〇号証の二、証人P79の証言(一-八六ないし八九)によれば、P34執行委員長は六月一一日組合を代表して会社のP14社長及びP90常務取締役(勤労担当)あて、「代議員会の決議に従い会社回答を受諾する。」旨の意思表示を行なつたことを肯認するに足り、甲第一二号証中P34が右と異る意思表示をしたとの趣旨の部分は右各証拠に照らし採用できない。 会社が六月二二日組合に対し右合意内容を成文化したとする文書を送付したことは争がない。 3 組合大会における不承諾決議とその旨の回答弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六四号証の一、二、乙第七〇号証の四、乙第七一号証(六ないし八)、右乙第一四号証の一、二によれば、組合員中とくに副操縦士には会社回答にもとづき妥結した賃上額並びに妥結に至るまでの機長中心の執行部の運営等に不満を抱く者が少くなく、これらの者は副操縦士たるP3及びP4を中心として、同年六月中組合に対し臨時組合大会を開催し賃上げに関する右会社回答の諾否を審議することを要求したこと、組合規約上組合大会は組合の最高決議機関である旨、組合員総数の五分の一以上の要求によつても、組合大会を開催すべき旨、「その他執行委員会の決定により要求した事項」も大会附議事項である旨の規定が存すること、執行委員会は右要求が規約に適合しているのでこれを容れて六月二八日 上の要求によつても、組合大会を開催すべき旨、「その他執行委員会の決定により要求した事項」も大会附議事項である旨の規定が存すること、執行委員会は右要求が規約に適合しているのでこれを容れて六月二八日右事項につき組合大会を開催するものと定め、右大会において審議の結果会社の右回答は受諾できないとの決議がなされたことが認められる。 P34委員長が六月二九日会社に対し改めて会社の右回答を受諾しない旨通知したことは争がない。 4 組合執行部辞職P34委員長をはじめ執行部はその後同年七月一日総辞職し、選挙の結果九月一五日P1航空士を執行委員長、P2機関士を副委員長、P3副操縦士を書記長、P4副操縦士を情報宣伝部長とする新執行部が成立したことは争がない。 5 賃上げ要求(一一月)成立に争のない乙第一六号証、右乙第一八号証、右乙第七〇号証の四によれば、組合新執行部は前記組合大会の決議にかんがみ、昭和三九年度賃上げ要求交渉は妥結していないとの立場から、同年一一月四日会社に対し、賃上げ等要求についてと題し(1)基本賃金、乗務手当、乗務日当、運航乗務員旅費の各引上げ(2)海外渡航支度料の支給等を内容とする要求をしたこと(要求したことの事実は争がない)、会社の試算によると、この要求は組合員の賃金を、前記六月五日の合意により改訂した場合の改訂後の賃金額の倍額に引上げることにあること、即ち一人当りの増加額は平均一五万円であることが認められる。 6 争議行為通知成立に争のない甲第五号証の八、一一、甲第四七号証によれば、組合は同年一一月一八日右要求につき団体交渉を求め、同月二七日右要求につきいわゆるスト権確立の手続をし、即日中労委等に対し労調法三七条により一二月八日午前〇時以降会社の全路線につきストを含む一切の争議行為の一部又は全部を単独又は併用して実施する 、同月二七日右要求につきいわゆるスト権確立の手続をし、即日中労委等に対し労調法三七条により一二月八日午前〇時以降会社の全路線につきストを含む一切の争議行為の一部又は全部を単独又は併用して実施する旨の通知をしたことが認められる(日時は別としてスト権確立及び通知の事実は争がない。)。 7 団体交渉会社が同年一一月二五日組合員に対し同年六月の賃上げ合意額と信ずるところに従つて賃金を支払つたことは争がない。 成立に争のない甲第四八号証、及び右乙第一八号証、右乙第七〇号証の四、証人P79の証言(一-一四六ないし一六九)によれば、当時前記一一月争議に関し団体交渉、争議行為等により労使双方多忙のため賃上げ問題の団体交渉はようやく同年一二月一〇日及び一四日に至り開催の運びとなり、こゝにおいて会社は、「組合が六月一一日の合意に従い労働協約に署名押印したのちに会社は一一月四日の新要求につき交渉に応ずる。」旨主張し、他面組合は、「最高決議機関たる組合大会で会社回答を受諾しない旨の決議がなされた以上、それ以前に組合と会社との間でいかなる話合があつても右決議が優先する。組合はこれに従い受諾しない旨の通知をしたのであるから、組合と会社との間には何らの合意も存しない。組合はさきの要求を改めて一一月四日新要求をしたので、直ちに新要求につき交渉を行ないたい。」と主張し、交渉は物別れに終つたこと(一二月一〇日会社が前記内容の主張をしたことは争がない。)、翌一五日団体交渉を再開すべく労使双方で打合せたが、再開する旨の合意に至らなかつたこと、この際P1は近くストを実施すべく準備中である旨述べたことが認められる。 右甲第六号証及び成立に争のない乙第一七号証の一、二によれば、会社は一二月一六日中労委に対し右賃上げ要求につき調停を申立て、一二月一九日開かれた第一回調停委員 中である旨述べたことが認められる。 右甲第六号証及び成立に争のない乙第一七号証の一、二によれば、会社は一二月一六日中労委に対し右賃上げ要求につき調停を申立て、一二月一九日開かれた第一回調停委員会において組合と会社とは交渉経過及び主張の要点につき説明を行ない、こゝでも前同様の主張の対立がみられ、一二月二一日開かれた第二回調停委員会では調停委員のみの審議にはいつたことが認められる(調停を申立てたこと、右の期日に調停が開かれたことは争がない。)。 (四) 一二月争議における争議行為の態様1 争議行為の態様に関する組合の基本方針右甲第三二号証の二(一一)及びP1本人尋問の結果(八-一五五、一五六、九-六三)によれば、闘争委員会は、「中労委における調停中の会社の態度に何らの変化のないことに徴し、調停は会社の単なる引延し作戦にすぎず、会社は賃上げ要求に応ずる意思を有しないから、これを放置するにおいては賃上げは不可能となり、ひいては交渉中の外人ジエツト・クルー導入問題及びカイロ・カラチ間航空士乗組問題にも悪影響を及ぼすおそれがある。こゝに賃上げ要求貫徹のため一一月争議と同様に指名ストを実施する。スト開始の時期は原則として各便毎に乗務員が乗務管理課に出頭したときとする。」旨決定したことが認められる。 2 各便毎の争議行為の態様(1) 一二月二一日午後一〇時発、五二便ホノルル行右便の乗務予定者がP68機長、P69副操縦士、P70航空士、P35機関士であつたこと、右四名は定刻(午後八時三〇分)に至るも出頭せず、組合は午後八時四〇分会社に対し右四名を指名ストに入れる旨通知したので、会社は予じめ待機させておいたP49、P82両機長、P35航空士、P91機関士(いづれも非組合員)に乗務を命じ(これらの者を予じめ待機の上乗務させたことは成立に争のない乙第 トに入れる旨通知したので、会社は予じめ待機させておいたP49、P82両機長、P35航空士、P91機関士(いづれも非組合員)に乗務を命じ(これらの者を予じめ待機の上乗務させたことは成立に争のない乙第一九号証及び右乙第七三号証の一(四一)による。)、本便は四九分遅延して午後一〇時四九分出発したこと、組合は午後一一時会社に右四名の指名ストを解除する旨通知したことはいづれも争がない。 (2) 一二月二二日午前八時二〇分発、七〇三便大阪・台北・香港行右便の乗務予定者はP41航空士ほか三名であつたこと、組合は午前六時五〇分(定刻)会社に対しP41航空士のみを同時刻以降指名ストに入れる旨通知したので、会社は予じめ用意しておいたP29航空士(非組合員)に乗務を命じ(同人を予じめ用意しておいたことは右乙第七三号証の一(四一)による。)、本便は三分遅延して午前八時二三分出発したこと、組合は午前八時一〇分会社に対し右指名ストを解除する旨通知したことは、いづれも争がない。 (3) 一二月二二日午前一〇時発、八一〇便ホノルル・ロスアンゼルス行右便の乗務予定者はP37航空士ほか三名であつたこと、組合は午前八時四五分会社あて同時刻以降同航空士のみを指名ストに入れる旨通知したので、会社はP92航空士(非組合員)に乗務を命じ(同人の氏名は右乙第七三号証の一(四二)による。)、本便は五分遅延して午前一〇時五分出発したこと、組合はこれよりさき午前九時二〇分会社あてP37航空士の指名ストを解除する旨通知したことはいづれも争がない。 (4) 一二月二二日午後〇時三〇分福岡発、九〇一便沖繩行及び折返し沖繩発九〇二便福岡行右各便の乗務予定者がP51機長、P50副操縦士、P71機関士の三名であつて、これらの者は同日午前九時五〇分東京発三九一便福岡行に同乗し、福岡沖繩間を往復 便沖繩行及び折返し沖繩発九〇二便福岡行右各便の乗務予定者がP51機長、P50副操縦士、P71機関士の三名であつて、これらの者は同日午前九時五〇分東京発三九一便福岡行に同乗し、福岡沖繩間を往復乗務する予定であつたこと、組合は会社に対し右三九一便の出発三〇分前である午前九時二〇分P50副操縦士を午前九時一〇分から九〇一便の指名ストに入れた旨、ついで午前九時三〇分P51機長を午前九時二〇分から右便の指名ストに入れた旨を通知したこと(通知時刻は右乙第七三号証の一(四二)による。)、会社は三九一便を定時に運航するため、九〇一便の代替乗務員を手配する余裕がなく(この事実は右乙第七三号証の一(四二)による。)九〇一便従つて九〇二便も欠航する旨決定したことは争がない。 右乙第七三号証の一(四二)によれば、組合は三九一便が九〇一便及び九〇二便の乗務予定者を同乗させず出発した後の午前一〇時一五分会社あて、午前一〇時一〇分右両名のストを解除した旨通知したことが認められる。 (5) 一二月二二日午前一〇時五〇分発、七三三便香港行右便の乗務予定者がP32副操縦士、P52航空士ほか二名であつたこと、組合は午前九時三〇分会社あてP32及びP52を午前九時二〇分指名ストに入れた旨通知したこと、会社は非組合員たる乗務員を本便に乗務させるよりは、後に出発すべきより重要な便の乗務員がストに入る場合にそなえてこれを温存するを可と考え(この事実は弁論の全趣旨即ち四名の昭和四三年一二月二八日附準備書面一八五頁及び会社の同日附準備書面一〇三頁の各記載の趣旨が一致することから認める。)午前一〇時二〇分本便を欠航とする旨決定したこと、組合は欠航発表直後会社あて右両名の指名ストを解除した旨通知したことは、いづれも争がない。 (6) 一二月二二日午後一〇時三〇分発、四〇一便アンカレ )午前一〇時二〇分本便を欠航とする旨決定したこと、組合は欠航発表直後会社あて右両名の指名ストを解除した旨通知したことは、いづれも争がない。 (6) 一二月二二日午後一〇時三〇分発、四〇一便アンカレジ・コペンハーゲン・ロンドン・パリ行右便の乗務予定者がP72副操縦士、P73航空士ほか二名であつたこと、組合は午後八時五〇分会社あて右両名を午後九時指名ストに入れる旨通知したので(通知時刻は右乙第七三号証の一(四三)による。)、会社は待機させていたP93機長及びP85航空士(いづれも非組合員)に乗務を命じたところ(この両名を待機させていたことは右乙第七三号証の一(四三)による。)、組合は午後九時三〇分右両名のストを解除したことは争がない。しかし右乙第七三号証の一(四四)によれば組合は会社あて右解除通知をしなかつたことが認められる。 右乙第七六号証(一八)によると、本便は二八分遅延して午後一〇時五八分出発したと認められる。 (五) 争議行為により生じた支障1 各便の出発時刻の変更及び欠航国際線の乗務員の乗務割は毎月前半と後半とに分けて定められ、乗務員は乗務当日出発一時間半前までに会社に出頭して所要の出発前の準備作業(その詳細については前記第二、三(二)2参照)を行なうことは争がなく、右乙第七三号証の一によれば、本件争議に当つて出発前の準備作業終了後指名ストに入つた乗務員が少くなく、従つて代替乗務員の手配及び出発前の準備作業等が出発時刻までに間に合わず、また右作業の反覆を要し、そのため出発時刻変更又は欠航のやむなきに至つた便が多くなつたことが認められる。 ところで成立に争のない乙第六号証の一の(イ)(ロ)、乙第六号証の三ないし六、乙第六号証の九(但し同号証の九中成立に争ある部分を除く。)によれば、指名ストにより乗務員が交替した場合、代替 られる。 ところで成立に争のない乙第六号証の一の(イ)(ロ)、乙第六号証の三ないし六、乙第六号証の九(但し同号証の九中成立に争ある部分を除く。)によれば、指名ストにより乗務員が交替した場合、代替乗務員は出発前の準備作業の一たるフライト・プランへの署名に当り、交替前の乗務員の署名を抹消しその傍に自署したことが認められるが、この事実は出発前の準備作業の反覆を要したとの前記認定を左右するに足りるものではない。 弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる乙第七四号証によれば、会社は一一月争議における指名ストに際し非組合員たる航空士全員に乗務を命じた関係上、一一月一五日出発の国際線に乗務可能な航空士は一名を残すのみとなり、もし同日出発の国際線中航空士の乗務を要する便につき航空士が指名ストに入つた場合一便を残して他は欠航のやむなきに至る事実が予見されたこと、こゝにおいて会社は乗客に及ぼす迷惑を考慮し、ストの有無にかゝわらず早目に遅延欠航を乗客に連絡する必要を痛感し、一一月一四日午後五時過、同日午後一〇時三〇分出発四〇三便北極廻り欧州行の出発を二四時間遅延せしめ、たとえこの便の航空士が指名ストに入つても非組合員航空士をもつて運航することを決定し、さらに同日午後九時前、翌一五日東京発の国際線全便(但し前記四〇三便を除く。)を組合のスト実施の有無にかゝわらず欠航する旨を決定し、ついで一五日午後三時過、翌一六日東京発の国際線六便中非組合員乗務員をもつて確実に運航できる三便を除き他の二便を欠航し、右四〇三便の航空士がストに入れば他の一便も欠航する旨決定したことが認められる。 2 国際線の旅客運送の支障右乙第七六号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第八〇号証の一、二によると、次の事実が認められる。 「国際線の乗客は予じめ航空券を とが認められる。 2 国際線の旅客運送の支障右乙第七六号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第八〇号証の一、二によると、次の事実が認められる。 「国際線の乗客は予じめ航空券を購入して、出発の約一、二時間前には東京国際空港に到来し、会社の東京空港支店で出発二時間前から開始される航空券の集札、旅券及び査証等の確認、手荷物の計量、手荷物合符の装着等の諸手続、税関で出発一時間前から開始される持出通貨申告等の諸手続、入国管理事務所で同時刻から開始される旅券の検査等の出国検査手続を経由した上、見送人らと隔離されて出国待合室で、出発三〇分前から開始される航空機搭乗手続までの間、待機することになつている。 本件にあつては、組合の指名スト通知が、前記諸手続開始後に行なわれたため、一一月争議中若干の便において乗客のかなりの部分は出国検査手続終了後ストによる出発遅延又は欠航の旨を知らされたのである。そして、東京空港支店は多くの便において旅客に対する事情説明、陳謝及び善後策の検討に忙殺され、東京発の他便へ乗換のあつせん(一一月一二日八六二便、同月一三日八〇六便、同月一四日七三七便、六八便、一二月二二日七三三便)、深夜の欠航のための東京でのホテル予約(一一月一四日六八便)、乗客への飲食物の提供(一一月一二日八六二便、同月一三日八一六便、六六便、同月一四日九五五便、八〇八便、七三七便、六八便、一二月二一日五二便、二二日七三三便)、乗客の旅程変更手続、連絡電報発信、税関、入国管理事務所、郵便局等関係官庁への連絡に全力をあげたが、時間的余裕なく、万全を期し得なかつた。 乗客の中には海外において多忙な日程を組んだため突然の出発遅延又は欠航により日程、又は海外での接続便を変更せざるを得ず、会社に対し不満をもらすものもあつた。」3 国際線の貨物 を期し得なかつた。 乗客の中には海外において多忙な日程を組んだため突然の出発遅延又は欠航により日程、又は海外での接続便を変更せざるを得ず、会社に対し不満をもらすものもあつた。」3 国際線の貨物運送の支障弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第五八号証、乙第七八号証、乙第八一号証及び右乙第六五号証によれば、次の事実が認められる。 「国際線の貨物につき、代理店は貨物輸出のための通関前に会社あて運送の申込をする。会社は各便の搭載可能重量から手荷物総重量、郵便搭載総重量を控除した残余の重量を考慮しつつ申込を受けた貨物を搭載すべき便を決定する。 代理店は所定の日迄に会社保税上屋に貨物運送状、輸出許可証とともに貨物を搬入する。会社は各取卸地別に区分した貨物積荷目録を附した搬出届を作成して税関に提出し照合審査を受け、かつ右貨物を保税上屋から搬出し航空機に搭載することにつき認可を受けた上、空港グランドサービス株式会社をして右貨物を航空機に搭載させるのを例としていた。貨物搭載は出発一時間前に完了する。 一一月一三日八〇六便、同月一四日六八便、一二月二二日七三三便については欠航のため一旦搭載された貨物の積みおろし、他便への積みかえ、税関申請事項の変更が必要となつた。」4 国際線の郵便運送の支障弁論の全趣旨により真正に成立したと認むべき乙第七九号証によれば、国際線の郵便運送につき、会社は郵政省から運送の委託を受け、これを他の貨客に優先して運送するものと定め、航空郵便差立表により定められた郵便搭載指定便に郵便物を搭載していたのであるが、右指定便たる一一月一三日八〇六便により運送予定の北、中、南米行郵袋二三五個を同便欠航のため指定便でない前記八一六便で運送するのやむなきに至り、以後の送達の遅延等を招いたことが認められる。 5 国内線の旅客及 る一一月一三日八〇六便により運送予定の北、中、南米行郵袋二三五個を同便欠航のため指定便でない前記八一六便で運送するのやむなきに至り、以後の送達の遅延等を招いたことが認められる。 5 国内線の旅客及び郵便運送の支障右乙第七九号証及び乙第八四号証によれば、国内線においても指名ストによる支障が発生し、一一月一三日三二三便につき出発一三分前のスト通知のため乗客は強い不満をもらし、会社は事情説明及び陳謝を行ない、乗客に昼食を提供し、他便へ乗換のあつせんにつとめ、かつ一二月二二日三九一便福岡行に搭乗し、同日福岡発九〇一便沖繩行に福岡で乗継ぐ予定の乗客四名につき、三九一便の東京出発直前に九〇一便の欠航が決定された関係上、会社はこの四名に搭乗中止を求め、事情を説明して陳謝につとめ昼食を提供し、乗客のため連絡電信を発信したほか、三九一便にすでに搭載された沖繩行郵袋三〇個を九〇一便欠航のため取りおろして郵便局に返戻し、これは翌日他社便で同地に送られたことが認められる。 6 会社の蒙つた金銭上の損害弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第八三号証によると、前記各便の出発遅延又は欠航により会社は当該便で運送を予定していた旅客及び貨物の運送契約の全部又は一部の解除を余儀なくされ、仮に当該便が当初の予定通り運航された場合に会社の収入となるべき運賃額のうち約一億八百余万円を得られず、欠航による支出減を考慮してなお五千五百余万円の実損を蒙つた(このうちには指名ストを慮り会社が予じめ遅延欠航させた一一月一四日、一五日、一六日の便の分も含む。)ことが認められる。 7 運送約款による損害賠償の免責成立に争のない甲第三八号証の一、二によれば、会社の国際線運送約款(航空法一〇六条による運輸大臣の認可を得たものと推認できる。)は、「運送人は旅客又は手荷物を相当な 運送約款による損害賠償の免責成立に争のない甲第三八号証の一、二によれば、会社の国際線運送約款(航空法一〇六条による運輸大臣の認可を得たものと推認できる。)は、「運送人は旅客又は手荷物を相当な時間内に最善の努力をもつて運送することを引受けるが、運送の開始または完了に対する時刻の特定はしない。必要な場合に前記の規定に従つて運送人は予告なく他の運送人又は航空機によつて運送することができる。……運航時刻表又はその他のものに記載してある運航時刻は予定であつて確定的なものではなく、かつこの運送契約の一部をなすものでもない。運航予定は予告なしに変更することがある。運送人は接続について責任を負わない。」と規定することが明らかである。 成立に争のない甲第二三号証によれば、会社の国内線運送約款(国際線のそれと同様運輸大臣の認可を得たものと推認する。)は、「会社は争議行為その他やむを得ない事由により予告なく航空機の運航時刻の変更欠航……………をすることがある。会社はこの場合に生じた一切の損害を賠償する責に任じない。」と規定することが認められる。 8 争議後の顧客との取引の減少弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第八二号証によれば、本件争議行為により、会社にとつて商社関係の最大顧客である三井物産株式会社は会社の労使関係の安定をみるまでその職員及び家族の海外渡航に会社便を使用しない方針を決め、東京地区家具メーカーの団体たる大倉会の東南アジア旅行団は会社の貸切便の利用を計画していたが、他社便に変更し、会社の代理店中規模の大きい郵船航空は団体関係の顧客につき会社便のあつせんを差控えるに至つたことが認められる。 四、本件争議行為に関する法律上の判断(一) 一一月争議における争議行為の目的1 交渉事項(1) 外人ジエツト・クルー導入問題会社 につき会社便のあつせんを差控えるに至つたことが認められる。 四、本件争議行為に関する法律上の判断(一) 一一月争議における争議行為の目的1 交渉事項(1) 外人ジエツト・クルー導入問題会社の主張によれば、外人ジエツト・クルー導入措置は覚書に違反しないが、そもそも違反の有無は覚書の解釈問題にすぎないからその解決は争議行為によるべきではないというにある。 思うに会社のとつた外人ジエツト・クルー導入措置はいまだ外人クルーの限定変更訓練の段階にあつたが、この段階でも右措置は覚書に違反するか否か、また違反しないとしても、会社が更に進んで外人クルーをセーフテイ・キヤプテンとして定期路線に乗務させたとき、この措置は覚書に違反するに至るか否かの問題が存するわけである。もし会社の措置が覚書に違反するとすれば、組合がこれに反対し争議行為に及ぶのは正当な行為といわなければならない。逆に会社の措置が覚書に違反しないとすれば、当時、外人セーフテイ・キヤプテンの導入に制限が存しなかつたことになるので、組合が会社内に非組合員の乗務員が増大することを恐れてこれに制限を加えるべき旨の要求貫徹のための争議行為に及ぶのはこれまた正当な行為といわざるを得ない。いづれにしても会社の措置が覚書に違反するか否かの問題は一一月争議の適否に影響するものではない。 この問題につき会社と組合との意見の対立が覚書の解釈問題に帰着するとしても、これが争議行為に親しまない紛争ということはできない。労調法二六条は労働委員会という公の機関が関与して成立した調停の解釈如何を目的とする争議行為の開始時期を制限した規定にすぎず、この趣旨を労働協約一般に拡張することは相当でない。労働協約の解釈は、協約自身に何らかの定のない限り、争議権を含む実力を裏付けとする当事者双方の自主的な交渉にまず委ねられ 時期を制限した規定にすぎず、この趣旨を労働協約一般に拡張することは相当でない。労働協約の解釈は、協約自身に何らかの定のない限り、争議権を含む実力を裏付けとする当事者双方の自主的な交渉にまず委ねられるべきものである。従つて覚書の解釈如何を前記争議行為の目的としたからとて、本件争議行為が正当性を失い権利の濫用となるものではない。 (2) カイロ・カラチ間航空士乗組問題会社の主張によれば、会社はカイロ・カラチ間航空士乗組廃止問題につき、会社の専決事項であるけれども、組合の意見を尊重しかつ尽くすべき手段を尽くして会社の立場の正当な所以を説明したにもかかわらず、組合は理由もなく会社提案を拒否し争議行為に及んだが、かかる争議行為は不当であり争議権の濫用にあたるというにある。 よつて判断するに、カイロ・カラチ間の運航に当り航空士を従前乗務させていたのにこれを廃止することは、それだけ航空士の職場を狭くするものであつて、その賃金収入等労働条件に影響を及ぼすものである。この件につき会社は必要な調査を行ない、組合にも理由を説明し乗組廃止を一年半も延期するなど必要な努力を尽くしたことは明らかである。しかしこれにもかかわらず、組合が航空士の職域の縮少、労働条件の低下をおそれ、乗組廃止という会社の一方的決定に反対するのも組合の使命上当然であつて、この問題を前記争議行為の目的としたからとて、乗務員編成が会社の専決事項であると否とを問わず、本件争議行為が目的において不当であり争議権の濫用となるものではない。 2 交渉態度会社の主張によれば、労使双方が団体交渉において十分に論議をつくし双方の主張が完全に対立して解決の方法が途絶した段階において、争議権の行使が許容されるところ、組合は右各問題につき実質的論議を拒否し、このような段階に到達する前に争議行為に及んだか 分に論議をつくし双方の主張が完全に対立して解決の方法が途絶した段階において、争議権の行使が許容されるところ、組合は右各問題につき実質的論議を拒否し、このような段階に到達する前に争議行為に及んだから、本件争議行為は不当かつ争議権の濫用にあたるというにある。 右に関しては次のように判断する。 昭和三九年一一月一二日開催の団体交渉において会社と組合とは互に右二問題につきその見解を開陳したが一致点を見出せなかつたのであり、しかも前示の事実(第二、三(一))によれば将来においても一致する見込ありとは即断できないのである。しかし、会社は当時外人プロペラ機機長をジエツト機のセーフテイ・キヤプテンとすべく訓練を開始した段階であつて、これらの者を営業路線に乗務させるまでには若干の期間が存し、この間に交渉を続行する時間的余裕があつたことは前示の事実から明らかである。 ところで組合が争議行為に及ぶには、少くとも団体交渉において使用者と主張一致せず、自己の主張を貫徹するためにすることを必要とする。そして団体交渉において主張の不一致を発見したが交渉不十分なまま争議行為を実施すればその他の事情と相まつてその争議行為が正当性を欠き権利の濫用に該当するに至るべき場合もあり得るが、会社の主張するように、団体交渉で主張が対立し解決の方法が途絶したのでもないのに争議行為に及べば直ちにこれが正当性を失う等の見解には賛同できない。 この二問題につき団体交渉は一回にすぎないとはいえ、前記(第二、三(一)3)のような段階において組合がこの問題を争議行為の目的としたからとて、当時の情況に照らしこれが直ちに正当性を失い権利の濫用となるものではない。 (二) 一二月争議における争議行為の目的1 信義則違反の有無会社の主張によれば、組合が昭和三九年賃上げ要求につき会社と一旦口頭 情況に照らしこれが直ちに正当性を失い権利の濫用となるものではない。 (二) 一二月争議における争議行為の目的1 信義則違反の有無会社の主張によれば、組合が昭和三九年賃上げ要求につき会社と一旦口頭で合意しながら、後にこれを撤回し新要求を提出して争議行為に及んだことは信義則に反し不当であつて争議権の濫用に該当するというのである。 労使間で口頭にでもあれ一旦合意成立した以上、相手方はこれを信用し、合意を基礎として次の行為に及ぶのが通常であるから、後になつて組合が右合意を覆えし合意に即した労働協約書の作成を拒んだのは、労使間の信頼関係から見れば好ましくない行為に外ならない。 しかし労働組合法一四条は口頭だけの労働協約の効力を否定し書面化等の要件が加わつた労働協約にのみ効力を与える趣旨であるから、かかる効力発生前の口頭で締結されただけの労働協約につき当事者がこれを覆えしその書面化を拒む事態は同条の予想するところである。このように成文化以前の労働協約は、法的な拘束力を持たないのであるから、組合が後にこれを不十分とする態度を示したからとて、単にそれだけで争議行為を不当又は権利の濫用とならしめる程度に信義則に違反するとはいえない。 しかも、組合の大会で旧執行部ないし代議員会と異る決議がなされたことは所詮これらの機関が一般組合員の意見を的確に把握していなかつたためであつて、この点で旧執行部や代議員会が責任を負うべきである。 ところで組合の執行部や代議員会が組合の最高決議機関である大会の決議に反して協約の締結その他の行為をすべきでないことも当然であつて、協約の締結は代議員会の専決的事項とは認められない。 従つて、新執行部の改選を経て組合が新しい賃上げ要求をしたことは、P1ら四名を含む組合の新執行部が一般組合員の意向に即して態度を変更したものという 約の締結は代議員会の専決的事項とは認められない。 従つて、新執行部の改選を経て組合が新しい賃上げ要求をしたことは、P1ら四名を含む組合の新執行部が一般組合員の意向に即して態度を変更したものという外なく、この態度変更は、従前の代議員会の決議に優先する大会の決議に基くものであるから、P1ら四名を含む組合執行部の行動は、この点に関する限り間然するところはないというべきである。 なお、旧執行部の妥結、代議員会の承認、大会のこれらを非とする決議、新執行部による新規要求など以上一連の組合としての行動は全体として、労使間の信頼関係にとつて好ましくない行動ではあるが、以上の組合の行動の推移についての責任は、旧執行部や代議員会が一般組合員に対して負うべき筋合であつて、会社がその推移の中で組合活動としては間然するところのない活動をして来たP1ら四名に対しその点の責任を追及することのできないことは明白である。 2 調停手続中の争議行為の不当性の有無会社の主張によれば、組合が中労委の調停手続進行中しかも調停案の提示を待つばかりの段階で公益事業につき争議行為に及んだのは、労調法にいう産業平和の維持及び紛争の平和的自主的解決の精神に反し、かかる争議行為は不当であつて権利の濫用に該当するという。 まず、組合が争議行為を開始したのは、調停案を提示するばかりの段階であつたとの事実は認められない。そして労働委員会の調停手続中は労使双方ともできるだけ調停により平和的に紛争を解決すべく努力するのを至当とするけれども、このことは調停手続中に実施された争議行為を当然に違法と評価すべき事情となるものではない。即ち労調法上調停手続中の争議行為を一般的に禁止する規定はなく同法二六条もそのように解すべきではない。むしろ、公益事業に関する事件についても、内閣総理大臣の緊急調整の決 べき事情となるものではない。即ち労調法上調停手続中の争議行為を一般的に禁止する規定はなく同法二六条もそのように解すべきではない。むしろ、公益事業に関する事件についても、内閣総理大臣の緊急調整の決定があつたときに限り、一定期間争議行為が禁止されるに過ぎないことから見れば、法は単に調停手続中であることの故をもつて公益事業における争議行為を違法視するものでないことは明白である。従つてこの点に関する会社の主張も採るを得ない。 (三) 一一月争議及び一二月争議における争議行為の態様1 会社主張の要旨は次のとおりである。 「本件争議行為は抜打ストであつて、会社に乗客対策を講じる時間的余裕を与えず、会社はもとより、一般公衆に多大の迷惑をかけもつて会社の信用を著しく失なわせ、また一旦実施した出発前の準備作業を無に帰せしめた。組合は当初からかかる損害を加える目的をもつて争議行為に及んだものである。しかも組合が争議行為実施に先立ち予告をしても、乗務員の特殊性上会社に対する関係で争議行為の実効性を減殺されることはないのであるから、組合がかかる抜打ストを行なう必要性は全くなかつた。従つて右争議行為は公益事業従業員として負担する公衆の損害回避義務に違反し態様においても不当であり権利の濫用に該当する。」2 会社は右主張を裏付けるべく若干の事実を挙示するので以下これらの事実をも考慮しつつ右主張に対する判断を示す。 (1) 争議行為の予告義務会社の営む航空運送事業は労調法にいう公益事業に該当し、その労働争議につき法律上種々の特則が設けられた所以は、公益事業の労働争議が利用者たる一般公衆の利益に重大な影響を及ぼすからに外ならない。かような見地からみれば、同法三七条において争議行為につき関係当事者が予じめ労働大臣等に通知することを要すとした趣旨は、専ら一般公衆に争 用者たる一般公衆の利益に重大な影響を及ぼすからに外ならない。かような見地からみれば、同法三七条において争議行為につき関係当事者が予じめ労働大臣等に通知することを要すとした趣旨は、専ら一般公衆に争議行為を予知せしめ争議行為から生ずる損害をその判断により避けしめる点にとどまるのである。従つて法は公衆保護のために労使相互間に争議行為の予告を法令をもつて義務づける必要を肯認していないといわざるを得ない。本件において組合から労働大臣等になした右通知の内容が概括的であつてこの通知内容を知つた者において対策をたてるのに困難を来すおそれの存することは容易に推認できるけれども、それは労調法三七条の運用の問題として検討さるべきものであつて、それ故に直ちに労使相互間に予告義務を設けることは相当でない。会社において所論のように航空事業の特殊性にかんがみ争議行為の予告を必要とすると思料するならば、組合と協議の上かつて存したような(前記第二、三(二)1(4)参照)争議予告を義務づける労働協約を締結すれば足りるのである。 会社に使用される乗務員の大多数は組合に加入しており又会社は労働協約上争議時には外人クルーを使用しない義務を負わされていることは前示(第二、三(二)1(1)(ハ))のとおりであるから、組合が争議行為として組合員の労務の提供を拒否すれば、会社は僅かの管理職乗務員(非組合員)を代替者として使用できるにとどまる。 従つて組合がスト実施に際し予告を行ない会社が代替者により運航を続行するのを容易ならしめたとしても、会社の使用しうる代替者は日ならずして払底し、結局組合の右ストによつて定期便の運航停止に至るべきものである。しかし予告をすると否とでストの実効性に差異を生ずるのは勿論であり、労使の乗務員労働力保有状態もまた流動的であるから、右の事実にもとづいて 組合の右ストによつて定期便の運航停止に至るべきものである。しかし予告をすると否とでストの実効性に差異を生ずるのは勿論であり、労使の乗務員労働力保有状態もまた流動的であるから、右の事実にもとづいて、直ちに争議行為の予告を義務づけるを得ない。 (2) 争議行為の通知義務労使間の法律関係は争議行為開始と同時に重大な変更を受けるのであるから、組合が組合員をして争議行為として労務提供義務を履行させずにおきながら、使用者に対しこれが争議行為である旨を明らかにしないことは、労使間を支配する信義則に反するものである。それ故組合は争議行為実施の旨を使用者に通知する義務を負い、その時期はスト実施と同時と解すべきである。 (3) 争議行為の開始時点とこれに起因する支障(イ) 争議行為開始時点及び支障とその正当性組合は法令又は労働協約に違反しない限度で争議行為の開始時点を定めることができるから、この開始時点が使用者にとつて都合わるく代替者の手配に困難を来す等の事情があるからといつて、たやすく右争議行為をもつて不当ないし権利の濫用にあたると即断はできない。そこで以下組合が争議行為を開始した時点と当該便について生じた支障との関係を検討することとする。 (ロ) 争議行為の開始時点(ⅰ) 組会がストを開始した時点を乗務員の乗務管理課出頭定刻としたものは七個便(一一月一三日八〇六便、六六便、一四日九五五便、一二月二一日五二便、二二日七〇三便、七三三便、四〇一便)存する。また右定刻一五分後であるものは一個便(一二月二二日八一〇便)存する。 組合は会社あて五二便と七三三便につきスト開始一〇分後にその旨を通知したほかは、開始と同時又はその一〇分前に通知した。 このうち八〇六便と七三三便とは欠航し、その他の便は三分ないし五〇分の遅延で出発した。 (ⅱ) 組合がストを につきスト開始一〇分後にその旨を通知したほかは、開始と同時又はその一〇分前に通知した。 このうち八〇六便と七三三便とは欠航し、その他の便は三分ないし五〇分の遅延で出発した。 (ⅱ) 組合がストを開始した時点を、乗務員の出発前の準備作業終了後飛行場へ赴く途中としたものが八個便(一一月一二日八六二便、一三日七一五便、七三五便、八一六便、三二三便、一四日八〇八便、七三七便、六八便)存する。なお一二月二二日八一〇便がこれに該当するか否かは不明である。 乗務員は右作業を終えて飛行場に赴くまでの間会社の他の従業員と殆ど接触しないから、この時点においてストに入れば、会社が即時その事実を知ることは不可能である。そして組合は八六二便、七一五便(但し、航空士以外の乗務員について)八一六便につき即時、七一五便の航空士及びその他の便の乗務員につきスト開始一〇分ないし二八分後に、その旨を通知(但し七三五便については会社の照会に回答)したが、六八便のP43航空士について通知を欠いた。 右各便のうち六八便は出発時刻の四一分後に欠航が決定され、その他の便は一二分ないし三時間五九分遅れて出発した(八一六便の乗務員のストによる出発遅延時間は、スト通知の以前に会社が出発時刻を三〇分繰下げている関係上一八分にとどまる。)。 (ⅲ) 特殊な事例として或便に乗務すべき乗務員が他便に同乗して乗務開始地に赴くのに際し同乗便の出発三〇分ないし四〇分前にこれをストに入れその一〇分後にその旨通知し、同乗便に代替乗務員を同乗させる時間的余裕を与えずひいてその乗務員の乗務すべき便を欠航させたものが二個便(一二月二二日九〇一便、九〇二便)存する。 (ⅳ) 組合が出発時刻の三五分ないし一時間半前という切迫した時点でストを開始したこと自体は、乗務員の勤務割が複雑であること、乗客の多くが多忙な日程 二個便(一二月二二日九〇一便、九〇二便)存する。 (ⅳ) 組合が出発時刻の三五分ないし一時間半前という切迫した時点でストを開始したこと自体は、乗務員の勤務割が複雑であること、乗客の多くが多忙な日程をもつて、接続便及び宿泊施設の予約を得て旅行する者であること等の航空運送事業の特殊性にかんがみ社の争議対策乗客対策にとつて不都合であることは勿論である。 (ハ) 支障(ⅰ) 争議行為の対象となつた各便につき生じた支障中、会社が代替者の手配に追われたことは、それが出発直前であつたため困難を来したことは勿論といえ、ストに伴う通常の結果にすぎない。 (ⅱ) 右各便につき乗客に生じた支障中顕著なものは一一月一二日八六二便、一三日八〇六便、三二三便、一四日八〇八便、七三七便、六八便、一二月二二日九〇一便、九〇二便、七三三便であつて、うち八〇六便、六八便、九〇一便、九〇二便、七三三便は欠航し、その他の便は大幅に遅延して出発した。 (ⅲ) 右各便につき貨物及び郵便に生じた支障中顕著なものは、欠航となつた一一月一三日八〇六便(郵便を含む)、同月一四日六八便、一二月二二日七三三便であつた。 (ⅳ) こゝに注意すべきは国際線国内線とも会社は航空機の遅延及び欠航につき何ら法的責任を負わない旨の運送約款にもとづき、顧客と運送契約を締結していることである。会社はこの約款をさしおき国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(昭和二八年八月一八日発効)一九条、二三条を援用し、国際線の延着につき会社が乗客らに損害賠償義務を負うかの如く主張するが、同条約二〇条は運送人に免責を得させる要件を規定しておりこれと右約款並びにこの延着の一因が争議行為にあることを考慮すれば、会社が延着につき損害賠償義務を負うとは必ずしも断言できない。 (ⅴ) 運賃喪失に伴う会社の損害は、全面スト させる要件を規定しておりこれと右約款並びにこの延着の一因が争議行為にあることを考慮すれば、会社が延着につき損害賠償義務を負うとは必ずしも断言できない。 (ⅴ) 運賃喪失に伴う会社の損害は、全面ストの場合と対比するとき、本件争議行為に伴う通常の損害と解さざるを得ない。 (ニ) 会社の争議対策特に乗客対策(ⅰ) 組合は一一月争議、一二月争議ともに労調法三七条にもとづき、ストを含む一切の争議行為の全部又は一部を実施する旨の通知をして予告期間は満了しており、又いづれの場合も団体交渉において労使間に鋭い対立があつた上、争議行為の予告義務を定めた労働協約も失効していたのであるから、会社において組合がこのような態様のストを予告なしに実施すると予想することが全く不可能とはいえなかつたのである。 (ⅱ) 次の便について生じた支障は、ストに入つた時点が会社の争議対策上不都合であつたことを考えても、そのすべてを組合に帰することはできない。その事情は次のとおりである。 (A) 一一月一二日八六二便において、午後九時社長が運航統制者あてストの旨連絡をしたにもかかわらず、担当者は同二〇分過に至り代替乗務員の手配を開始し、同四五分に至りようやく乗客に対しスト対策を講じ、本便の出発は約二時間遅延した。 (B) 一一月一三日八〇六便は代替乗務員により運航可能であつたが、当時七一五便の代替乗務員手配のため手がとられて、八〇六便の代替乗務員への手配が大幅に遅れ、結局同便は八一六便と同時刻頃に出発することになつてしまつたためと八〇六便(サンフランシスコ行)乗客の大部分を八一六便(ロスアンゼルス行)に移乗させ得るためとにより会社は八〇六便を欠航させた。 (C) 一一月一四日八〇八便において、会社は代替航空士P35の出発前の準備作業完了後、非組合員たる同人温存のためP31航空士と アンゼルス行)に移乗させ得るためとにより会社は八〇六便を欠航させた。 (C) 一一月一四日八〇八便において、会社は代替航空士P35の出発前の準備作業完了後、非組合員たる同人温存のためP31航空士との交替を命じており、こゝで出発前の準備作業の反覆を要し出発遅延の一因ともなつた。 なお付言するに、本便において、組合は当初P33航空士をストに入れたところ、これと交替したP35航空士が非組合員である関係上これにスト指令を出せない状態にあつたが、会社が組合員であるP31航空士にP35航空士との交替を命じたところ、組合はこれを知つて更にP31航空士をストに入れたのは、確かに念の入つたしかも会社を困惑させる措置であるが、会社が同人と交替して乗務させた者が前記P35航空士であつてみれば、こゝに出発前の準備作業の完全な反覆は不要であり、結局この二重指名ストも会社のP35航空士温存方策のため所期の効果を挙げ得なかつたとみられる。本便の出発遅延は三時間四四分に及ぶが、そのすべてを組合の責に帰せしめられないことは以上の説明から明らかである。 (D) 一二月二二日七三三便において、同便は代替乗務員による運航が可能であつたが、会社は後発の重要な便の代替者確保のため本便を欠航させた。 (ⅲ) 残余の一一月一三日三二三便、一四日七三七便、六八便、一二月二二日九〇一便、九〇二便について生じた支障を見ると、とくに当該便固有の拙劣な争議対策はみられない。しかし会社は一二月争議において出頭定刻ストに入つた便につき、一一月争議の同様の便よりも、遅延することが少く出発させていることからみれば、一一月争議の対策は一二月争議のそれよりも劣つていたと推認でき、一一月争議につき生じた支障のすべてを組合に帰せしめられない。 (ホ) 正当性結局組合が争議行為を開始した時点は飛行機の出発前一 れば、一一月争議の対策は一二月争議のそれよりも劣つていたと推認でき、一一月争議につき生じた支障のすべてを組合に帰せしめられない。 (ホ) 正当性結局組合が争議行為を開始した時点は飛行機の出発前一時間半以内であるが、以上説明のとおり当該便につき生じた支障のすべてを組合が争議行為開始時点を右のように定めたことのためにのみ生じたものとは断定できないので、その責のすべてを組合に帰し得ないし、右支障のうち組合の責に帰すべき部分を判定することも困難である。 以上各争議行為を全体として観察するとき組合が争議の開始時点を右の点に定めたことは争議対策上会社にとつて不都合であり、乗客に対する配慮の点において欠くる点なしとしないが、なお不当ないし権利濫用にあたる争議行為と断定するには至らないというべきである。 (4) 出発前の準備作業を無駄にしたこと出発前の準備作業完了後ストを実施した便において、乗務員が一旦遂行した右作業の結果が無駄になつたのであるが、陸上運送事業、製造事業等においても作業員の交代の都度ある程度の準備作業を要するから、準備作業自体航空運送事業特有のものではない。準備作業完了時にストを実施することにより代替乗務員が同一作業を反覆するのやむなきに至り前者の作業が無駄になつたからとて、右は乗務員の交替により通常生ずる損失にすぎず、これをもつて故意に不合格品を生産することと同視するのは相当ではない。 (5) 組合の加害意図組合が指名ストを実施するに際し単なる労務不提供の外にことさらに会社業務を混乱させる意図をもつていたか否かを検討する。 (イ) 加害意図と正当性まず乗務員の労務不提供は通常定期便の遅延又は欠航をもたらす可能性に富むから、これに伴う通常の支障を予見したからとて直ちに加害の意図ありと断定しその争議行為を不当ないし権利の濫用 加害意図と正当性まず乗務員の労務不提供は通常定期便の遅延又は欠航をもたらす可能性に富むから、これに伴う通常の支障を予見したからとて直ちに加害の意図ありと断定しその争議行為を不当ないし権利の濫用と即断することは、争議権の全面否定に通ずるものであつて、採るを得ない。 (ロ) 争議開始通知の方法と加害意図組合は一一月争議において争議開始の通知を会社社長私宅にいる社長に電話をもつて行なつた。この措置は適法とはいえ奇異の感を免れないが、社長本人に通知したことと、近時における通信手段の整備状況にかんがみ、組合がかゝる措置をとつたからとて、ことさらに会社側に混乱をひき起させる意図をもつていたとは推認できない。 (ハ) 通知回答の遅延又は欠如と加害意図組合はスト実施に当り、九個便について実施と同時又はそれ以前に通知し(一一月一二日八六二便、一三日七一五便の一部、八〇六便、八一六便、六六便、一四日九五五便、一二月二二日七〇三便、八一〇便、四〇一便)、なお七個便について一〇分ないし二八分遅れて通知し(一一月一三日七一五便の一部、三二三便、一四日八〇八便、六八便の一部、一二月二一日五二便、二二日九〇一便(九〇二便)、七三三便)、一個便について一〇分以内に通知し(一一月一四日七三七便、従つて本便は通知遅延とは断定できない。)、一個便について二五分後会社の問合わせに対しスト実施の旨を回答し(一一月一三日七三五便)、一個便について通知を欠いた(一一月一四日六八便のP43航空士につき)のである。 右通知回答の遅延欠如は少くとも八個便にわたり、その上飛行機の出発直前一時間半以内という貴重な時間帯にあたるので、その遅延の時間が一〇分ないし二八分ということは決して軽視できない事実である。ところで闘争委員会はスト通知を遅滞なく行なう旨決定していたし、現に九個便に 一時間半以内という貴重な時間帯にあたるので、その遅延の時間が一〇分ないし二八分ということは決して軽視できない事実である。ところで闘争委員会はスト通知を遅滞なく行なう旨決定していたし、現に九個便についてはそのとおり実行されているのであるから、右遅延がすべて組合の故意にもとづくと推認することは相当でない。 また、スト通知欠如は一個便のみにとどまることと、組合の闘争委員会においてスト実施通知は行なう旨決定した事実からみれば、スト通知の欠如を組合の故意にもとづくと断定するのは相当でない。同便が満席である等運航上の重要性を組合が知つていたとしても右結論を左右しない。 右通知遅延又は欠如の便のうち出発が著しく遅延し又は欠航のやむなきに至つたものは一一月一三日三二三便、一四日八〇八便、六八便、一二月二二日九〇一便(九〇二便)、七三三便であつて、乗客に及ぼした影響も少くなかつたが、これがすべて通知遅延の故であると断定できないことはさきに説明したとおりであるから、かゝる影響があつたからとて直ちに組合の害意を推認すべきではない。 (ニ) 争議行為開始時点等その態様と加害意図組合は多くの便において乗務員の出発前の準備作業完了直後これをストに入れた。この措置はそれ以前のスト実施に比し会社及び乗客により多くの支障を与えるものであることは多言を要しない。 組合は一一月一四日八〇八便においてP33航空士の出発前の準備作業完了後同人をストに入れその第二次代替者たるP31航空士の右作業完了後同人をストに入れたり、各便ごとにストに入れる乗務員の職種、スト開始時刻、通知時刻を異ならせ、国際線のみのストを続けた後国内線にもストを実施する等変化に富んだスト戦術を採用した。この戦術により会社が奔命に疲れたことは前示の事実に徴しても明白である。 これらの事実からみると組 を異ならせ、国際線のみのストを続けた後国内線にもストを実施する等変化に富んだスト戦術を採用した。この戦術により会社が奔命に疲れたことは前示の事実に徴しても明白である。 これらの事実からみると組合がことさらに会社を困惑させることをねらつた節も一応は否定できない。 しかし組合は(ⅰ) 一一月一三日六六便において、P29航空士の不幸に同情してP27航空士のストを解除し、(ⅱ) 同月一四日九五五便において、会社の申入を尊重し、かつ、日韓両国の国際関係をも考慮してストを解除し(ⅲ) 同日七三七便において、会社の申入を尊重し、中共向遺体搭載の有無を一応調査し、他便転載を確認の上ストを続行し、ストに入つたP38航空士の代替者としてP31航空士を、会社の申入をまたず、自発的に提供しもつて七三四便欠航の事態を防止したのである。 (ホ) 加害意図の有無これらの諸事実を総合して考察すれば、争議行為全体を通じ組合が会社に対し争議行為に通常生じないような異常損害を加える意図をもつて争議行為を遂行したと認めることは困難である。 (6) 態様の正当性以上説明のとおり争議行為の態様には組合が会社を奔命に疲れさせることをねらつた節もあるけれども、これを全体的にみれば、労働組合法七条一号の保護を失わせるほど不当の点も見当らず、又権利の濫用に該当すると判定すべき点も認められない。 (四) 結論以上のとおり、本件争議行為の目的において格別不当ないし争議権の濫用と判断される筋合はなく、その態様中会社を奔命に疲れさせることをねらつたとみられる節もあるけれども、組合は結局労務の不提供以上の所為に及んでおらず、これを全体として目的及び態様を関連させて観察すれば、本件争議行為はなお労働組合法七条一号にいう正当性を失なわず争議権の濫用にあたらないと判断される。 五、解 局労務の不提供以上の所為に及んでおらず、これを全体として目的及び態様を関連させて観察すれば、本件争議行為はなお労働組合法七条一号にいう正当性を失なわず争議権の濫用にあたらないと判断される。 五、解雇の意思表示の無効本件懲戒解雇の意思表示の動機は四名が本件争議行為を企画指令実行させた事実に存することは争がなく、右争議行為が正当性を有し権利の濫用に該当しない以上、右意思表示はその正当な組合活動の故になされたもので、公の秩序に反する事項を目的としその効力を生じないから、四名はなお会社に対し雇傭契約上の権利を有する。 第三、賃金債権一、賃金制度(一) 種類1 乗務員の賃金が(1) 基本賃金(2) 家族手当(扶養家族数に応じて支給される。)(3) 住居費調整手当(海外駐在乗務員以外の者に支給される。)(4) 乗務手当(飛行時間に応じ支給される。)(5) 乗務付加手当(飛行時間に応じ支給される。)(6) 臨時手当より成ることは争がない。 2 会社は乗務日当は賃金でないと主張するが、これが乗務員の飛行時間に応じて支給されるものであることは争がなく、しかもこれが乗務員の乗務に伴い支出せざるを得ない費用の補償にあてらるべきものであつて労務の対価でないとする特段の事情を認めるに足りる確証のない以上、右は賃金に該当するといわざるを得ない。 (二) 賃金債権の発生原因四名の解雇の意思表示当時の雇傭契約によれば、四名が基本賃金、家族手当、乗務手当、乗務付加手当、乗務日当を受ける旨約されていることは争がない。 組合と会社とは後記のとおり住居費調整手当を新設し、基本賃金等を増額し、及び臨時手当の金額及び履行期を定める旨の各種の労働協約を締結したこと、右協約締結時四名はいづれもその組合員であつたこと争がない。従つて四名は会社との個別的合意をまたず右協 し、基本賃金等を増額し、及び臨時手当の金額及び履行期を定める旨の各種の労働協約を締結したこと、右協約締結時四名はいづれもその組合員であつたこと争がない。従つて四名は会社との個別的合意をまたず右協約の直律的効力を受けその定めるところにより右賃金の新設分増加分の債権を取得し得るというべきである。 四名が解雇の意思表示後会社に対し現実に労務を提供しても会社がこれを受領しないことは争がない。 (三) 賃金債務の履行期毎月二五日に基本賃金、家族手当、住居費調整手当の当月一日から末日までの分と、乗務手当、乗務付加手当、乗務日当の前月一日から末日までの分とが支給されることと定められ、臨時手当の履行期はその都度後述のように定められたことは争がない。 二、賃金額以下臨時手当を除き特に説明しない限り賃金額は月額を示す。 (一) 基本賃金1 P1及びP2P1及びP2の昭和四〇年五月一日以降の基本賃金が、解雇時の賃金額にその後締結の労働協約による賃金増加額及び各別の昇給額を加えた結果次の金額になることは争がない。 (1) 昭和四〇年五月一日から昭和四一年三月三一日までP1につき三四七二〇円(三級三四号)P2につき三〇七六〇円(三級二五号)(2) 昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までP1につき三七九八〇円(三級三八号)P2につき三四〇二〇円(三級二九号)(3) 昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までP1につき四一九二〇円(三級四二号)P2につき三七六四〇円(三級三三号)(4) 昭和四三年四月一日からP1につき四六四七一円(三級四六号)P2につき四一八九二円(三級三七号)2 P3及びP4(1) P3の昭和四〇年五月一日から昭和四一年三月末日までの、P4の昭和四〇年五月一日から昭和四三年一月末日までの各基本 一円(三級四六号)P2につき四一八九二円(三級三七号)2 P3及びP4(1) P3の昭和四〇年五月一日から昭和四一年三月末日までの、P4の昭和四〇年五月一日から昭和四三年一月末日までの各基本賃金(両名につき右各終期は同人らが機長に昇格した結果機長としての基本賃金を受給すると主張する月の前月末日を示す)が解雇時の賃金にその後締結の労働協約による賃金増加額及び各別の昇給額を加えた結果次の金額になることは争がない。 (イ) 昭和四〇年五月一日から昭和四一年三月三一日までP3につき三三四〇〇円(三級三一号)P4につき三二五二〇円(三級二九号)(ロ) 昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までP4につき三五七八〇円(三級三三号)(ハ) 昭和四二年四月一日から昭和四三年一月三一日までP4につき三九五二〇円(三級三七号)(2) 右以降の基本賃金に関し、P3は昭和四一年二月、P4は昭和四二年一二月副操縦士から当然機長に昇格したので、おそくともP3は昭和四二年四月、P4は昭和四三年二月から昇格後の基本賃金を受け得ると主張する。 右乙第六六号証の一によると、会社は副操縦士中所定の資格をもち所定の課程を終え運輸省航空局の行なう試験及び会社の審査に合格した者の中から機長を任命することとしている事実が認められ、これと機長は航空機運航につき重大な責任を負つていることを併せ考えれば、P3及びP4と会社との雇傭契約において、右試験合格又は一定年限の到来、若しくは同時に採用された副操縦士の一部が機長に昇格したとの事実のみをもつて、すなわち会社からの何らの意思表示を要せず、右両名が機長に昇格するとの約定であつたとは到底認め難く、機長昇格のためには会社がこれを適当と認めてその旨の意思表示をすることを要する旨の約定であつたと認められる。甲第七九号証に 意思表示を要せず、右両名が機長に昇格するとの約定であつたとは到底認め難く、機長昇格のためには会社がこれを適当と認めてその旨の意思表示をすることを要する旨の約定であつたと認められる。甲第七九号証によるもこの認定を左右できず、その他この認定を覆えすに足りる確証はない。 しからば右両名が機長に昇格したとする主張は採用できない。 (3) 機長に昇格しなくてもP3は昭和四一年ないし昭和四三年の、P4は昭和四三年の各四月一日に四号俸昇給することは争がない。 (イ) P3の基本賃金が昭和四一年三月三一日三三四〇〇円(三級三一号)であつたことは争がなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認むべき甲第八〇号証によれば、右号俸より四号俸上は三級三五号であつてその額は三五一六〇円であることが明らかである。また昭和四二年一月一一日締結の労働協約が昭和四一年四月一日にさかのぼり、組合員の基本賃金を一率一五〇〇円増額したことは争がないから、これも加えれば同人の基本賃金は昭和四一年四月一日から三六六〇六円となる。 P3は昭和四二年四月一日四号俸昇給により三級三九号となつたところ、成立に争のない甲第七六号証の三によれば、同年一二月一三日締結の賃金引上げ等に関する協定書と題する労働協約は同年四月一日にさかのぼり同号俸の金額を四〇四八〇円と改定したことが明らかであるから、昭和四二年四月一日以降同人の基本賃金は右同額となつたものである。 P3は昭和四三年四月一日四号俸昇給により三級四三号となつたところ、成立に争のない甲第七六号証の四によれば、同年六月二四日締結の労働協約は同年四月一日にさかのぼり同号俸の金額を四四九四四円と改定したことが明らかであるから、昭和四三年四月一日以降同人の基本賃金は右同額となつたものである。 (ロ) P4の昭和四三年一月三一日現在の基本賃金が三 月一日にさかのぼり同号俸の金額を四四九四四円と改定したことが明らかであるから、昭和四三年四月一日以降同人の基本賃金は右同額となつたものである。 (ロ) P4の昭和四三年一月三一日現在の基本賃金が三九五二〇円(三級三七号)であることは争ないから、その翌日から同年三月三一日までの基本賃金は右と同額である。 同人は同年四月一日四号俸昇給により三級四一号となつたところ、右甲第七六号証の四によれば、同年六月二四日締結の労働協約は同年四月一日にさかのぼり同号俸の金額を四三九二七円と改定したことが明らかであるから、昭和四三年四月一日以降同人の基本賃金は右同額となつたものである。 (二) 家族手当1(1) 昭和四〇年六月一〇日締結の労働協約が同年四月一日にさかのぼり組合員の家族手当を扶養家族一人二五〇〇円二人三四〇〇円三人四二〇〇円四人四七〇〇円と改めたこと、(2) 昭和四二年一月一一日締結の労働協約が昭和四一年四月一日にさかのぼり組合員の家族手当を扶養家族一人目三〇〇〇円二人目一〇〇〇円三人目八〇〇円四人目五〇〇円と改めたこと、(3) 昭和四三年六月二四日締結の労働協約が同年四月一日にさかのぼり組合員の家族手当を扶養家族一人目三〇〇〇円二人目一五〇〇円三人目一三〇〇円四人目一〇〇〇円と改めたことはいづれも争がない。 2 昭和四〇年五月以前からP1の扶養家族数は四名、P3のそれは二名であることはいづれも争がない。 成立に争のない甲第七八号証の一によれば、P2は昭和四一年三月一日までに妻P5と婚姻し扶養家族一名となつたことが認められ、成立に争のない甲第七八号証の二によれば、P4は扶養家族一名のところ昭和四〇年四月八日、昭和四三年一月二三日それぞれ子を得て扶養家族数の増加 までに妻P5と婚姻し扶養家族一名となつたことが認められ、成立に争のない甲第七八号証の二によれば、P4は扶養家族一名のところ昭和四〇年四月八日、昭和四三年一月二三日それぞれ子を得て扶養家族数の増加を見たことが認められる。 3 しからば四名の家族手当額は次のとおりとなる(P1とP3とについては全部の額、P2とP4とについては扶養家族数増加前の履行期に属するものの額につき争がない)。 (1) P1昭和四〇年五月一日から昭和四一年三月三一日まで四七〇〇円昭和四一年四月一日から昭和四三年三月三一日まで五三〇〇円昭和四三年四月一日以降六八〇〇円(2) P2昭和四一年三月一日から同月三一日まで二五〇〇円昭和四一年四月一日以降三〇〇〇円(3) P3昭和四〇年五月一日から昭和四一年三月三一日まで三四〇〇円昭和四一年四月一日から昭和四三年三月三一日まで四〇〇〇円昭和四三年四月一日以降四五〇〇円(4) P4昭和四〇年五月一日から昭和四一年三月三一日まで三四〇〇円昭和四一年四月一日から昭和四三年一月三一日まで四〇〇〇円昭和四三年二月一日から同年三月三一日まで四八〇〇円昭和四三年四月一日以降五八〇〇円(三) 住居費調整手当昭和四二年一月一一日締結の労働協約は昭和四一年四月一日にさかのぼり組合員に対しあらたに住居費調整手当として一〇〇〇円を支給することと定めたこと、昭和四二年一二月一三日締結の前記労働協約は同年四月一日にさかのぼり右手当を三〇〇〇円に増額する旨定めたこと、昭和四三年六月二四日締結の労働協約は同年四月一日にさかのぼり右手当を四五〇〇円に増額する旨定めたこと、はいづれも争がなく、これにより四名は右手当債権を取得した。 (四) 乗務手当1 次の事実は争がない。 「(1) 昭和四一年 協約は同年四月一日にさかのぼり右手当を四五〇〇円に増額する旨定めたこと、はいづれも争がなく、これにより四名は右手当債権を取得した。 (四) 乗務手当1 次の事実は争がない。 「(1) 昭和四一年三月二四日締結の労働協約は昭和四〇年四月一日にさかのぼり昭和四三年九月三〇日までの組合員中DC-八型及びCV-八八〇型機に乗務する副操縦士、航空士及び機関士につき乗務手当の金額を次のように定めた。 『<17598-020>こゝでいう経験年数とはジエツト機の乗務員としてのそれをいい、プロペラ機の乗務員としての経験年数の二分の一はジエツト機のそれとみなして通算される。』(2) 四名がプロペラ機及びジエツト機に副操縦士、航空士、機関士として乗務を開始した日は次のとおりである。 <17598-021>(3) 従つて、昭和四〇年四月一日現在乗務手当計算上副操縦士、航空士、機関士としての四名の経験年数はいづれも五年目であるが、これが六年目又は八年目に入り増額された乗務手当を受給する月は次のとおりである。 <17598-022>(P3及びP4について八年目にはいる月は争なしとしないが、前記六年目にはいる月を根拠として計算した。)(4) 昭和三六年五月八日締結の労働協約は乗務手当月間保障時間を六〇時間と定めた、即ち月間飛行時間が六〇時間に満たない者でも六〇時間飛行したものとみなして乗務手当を受け得ることとされた。」2 以上の事実にもとづき計算すると、四名の受くべき乗務手当額は次表記載のとおりである(この金額のうちP1及びP2の全部、P3及びP4が機長に昇格したと主張する時期以前の部分はいづれも争がない。なお表中の年数はその記載の職種のジエツト機乗務経験年数である。単位は円。)。 <17598-023>3 右計算に当り次の事項を考慮した。 四名の月間飛 主張する時期以前の部分はいづれも争がない。なお表中の年数はその記載の職種のジエツト機乗務経験年数である。単位は円。)。 <17598-023>3 右計算に当り次の事項を考慮した。 四名の月間飛行時間は保障時間たる六〇時間とみなし、前記職種及び経験年数に応じた一時間当り単価に六〇を乗じて計算した。即ち四名は少くとも右金額を最低保障額として受け得るからである。 こゝにいう月は乗務した月をいうのではなく、乗務手当を支給される月をいう。 従つて昭和四〇年七月の乗務手当とは同年六月一日から同月末日までに乗務した時間に対するものである。 昭和四三年九月三〇日に右労働協約が期間満了により失効した後も、右協約の内容は雇傭契約の内容として引続き当事者間に効力を有すると認める。 4 P3及びP4が機長に昇格したことを前提とする請求が理由のないことは、基本賃金の項で説明したところから明らかである。 (五) 乗務附加手当1 昭和四一年三月二四日締結の労働協約が昭和四〇年四月一日にさかのぼり昭和四三年九月三〇日までの副操縦士、航空士、機関士の乗務附加手当の一時間当り単価を従前の七〇円から一〇〇円に改訂したこと、四名の昭和四〇年二月から四月までの一時間当り単価を七〇円として計算した月平均乗務附加手当額(但P1は同年二月及び三月の平均)が、P1につき二二〇一円P2につき二四六五円P3につき一一〇七円P4につき三四〇四円であること、はいづれも争がない。 2 しからば四名の昭和四〇年五月からの月平均乗務附加手当額は、右金額に七〇分の一〇〇を乗じて得た金額即ちP1につき三一四〇円P2につき三五二〇円P3につき一五八〇円P4につき四八六〇円となることは争がない(一〇円未満切捨)。 3 右計算に当り次の事項を考慮した。 こ た金額即ちP1につき三一四〇円P2につき三五二〇円P3につき一五八〇円P4につき四八六〇円となることは争がない(一〇円未満切捨)。 3 右計算に当り次の事項を考慮した。 こゝにいう月とは乗務附加手当受給の月を指すものである。 昭和四三年九月三〇日右労働協約が失効した後の乗務附加手当債権発生原因は乗務手当の項で説示したところと同様である。 4 P3及びP4の機長昇格を前提とする請求が理由のないことは前に説示したところから明らかである。 (六) 乗務日当1 昭和三五年一一月二九日締結の労働協約は乗務日当の時間当り単価を機長以外の乗務員につき一四〇円と定めたこと、四名の昭和四〇年二月から同年四月までの月平均乗務日当額(但P1は同年二月及び三月の平均)は、P1につき四四三一円P2につき四九二八円P3につき二二八一円P4につき七五一七円であることはいずれも争がない。 2 従つて昭和四〇年五月からの月平均乗務日当額も右と同金額と推認される。 3 こゝにいう月とは乗務日当受給の月を指すものである。 4 P3及びP4の機長昇格を前提とする請求が理由のないことは前に説示したところから明らかである。 (七) 臨時手当1 昭和四〇年夏期手当昭和三九年一二月一八日締結の労働協約が昭和四〇年夏期手当の額を基本賃金、家族手当、付加手当の合計額(これを基礎額という、以下同じ、なおこれは同年五月二五日現在の額による。)の二倍と定め、昭和四〇年六月一〇日締結の労働協約が右付加手当の額を基本賃金の一〇〇分の二五に二三五〇円を加えた金員と定めたこと、その支払期が同年六月一〇日であることは争がない。 しからば四名の夏期手当算出の基礎となる金額及び夏期手当額は次のとおりである。 <17598-024><17598-025> た金員と定めたこと、その支払期が同年六月一〇日であることは争がない。 しからば四名の夏期手当算出の基礎となる金額及び夏期手当額は次のとおりである。 <17598-024><17598-025>2 昭和四〇年年末手当昭和四〇年一二月六日締結の労働協約が同年の年末手当額を同年一一月二五日現在の基礎額の三・四倍と定めその支払期を同年一二月一八日と定めたこと、なお基礎額の要素たる付加手当の算出方法が同年夏期手当と同様であることは争がない。 しからば四名の年末手当算出の基礎となる金額及び年末手当額は次のとおりである。 <17598-026>3 昭和四一年夏期手当右労働協約が昭和四一年夏期手当額を同年五月二五日現在の基礎額の一・九倍と定め、その支払期を同年六月一〇日と定めたこと、昭和四二年一月一一日締結の労働協約が昭和四一年四月一日にさかのぼり基礎額の要素たる付加手当の額を基本賃金の一〇〇分の三〇に一五〇〇円を加えた金員に改めたことは争がない。 しからば四名の夏期手当算出の基礎となる金額及び夏期手当額は次のとおりである。 <17598-027>4 昭和四一年年末手当昭和四二年三月三〇日締結の労働協約が昭和四一年年末手当額を同年一一月二五日現在の基礎額の三・四倍と定め、その支払期を昭和四二年四月二七日と定めたこと、基礎額の要素たる付加手当の算出方法が昭和四一年夏期手当中のそれと同一であることは争ない。 しからば四名の年末手当額算出の基礎となる金額及び年末手当額は次のとおりである。 <17598-028>5 昭和四二年夏期手当右労働協約が昭和四二年夏期手当額を同年五月二五日現在の基礎額の一・九倍と定め、その支払期を同年六月一〇日と定めたこと、昭和四二年一二月一三日締結の前記労働協約が同年四月一日にさかのぼり付加手当を廃止しあら 約が昭和四二年夏期手当額を同年五月二五日現在の基礎額の一・九倍と定め、その支払期を同年六月一〇日と定めたこと、昭和四二年一二月一三日締結の前記労働協約が同年四月一日にさかのぼり付加手当を廃止しあらたに加給を設け、その額を基本賃金の一〇〇分の三〇に二二〇〇円を加えた額とし、夏期手当及び年末手当に関する労働協約中付加手当とあるのを加給と読みかえると定めたことはいづれも争ない。 しからば夏期手当額算出の基礎となる金額及び夏期手当額は次のとおりである。 <17598-029><17598-030>6 昭和四二年年末手当昭和四二年一二月一三日締結の年間臨時手当に関する協定書と題する労働協約が同年年末手当額を同年一一月二五日現在の基礎額の三・四倍と定めその支払期を同年一二月二〇日と定めたこと、基礎額の要素たる加給の算出方法が昭和四二年夏期手当中のそれと同一であることは争ない。 しからば四名の年末手当額算出の基礎となる金額及び年末手当額は次のとおりである。 <17598-031>7 昭和四三年夏期手当前記労働協約が昭和四三年夏期手当額を同年五月二五日現在の基礎額の一・九倍と定め、その支払期を同年六月一〇日と定めたこと、昭和四三年六月二四日締結の労働協約が右加給の額を同年四月一日にさかのぼり基本賃金の一〇〇分の三〇に二九五〇円を加えた金員と定めたことはいづれも争ない。 しからば四名の夏期手当額算出の基礎となる金額及び夏期手当額は次のとおりである。 <17598-032>(八) 一部弁済会社が昭和四〇年五月八日、P2、P3及びP4に対し1 同月二五日に支払うべき賃金のうち(1) 基本賃金と家族手当との各二五分の六に相当する金額としてP2につき七〇九五円P3につき八四二四円P4につき八〇一二円(2) 前月(四月)一日か 月二五日に支払うべき賃金のうち(1) 基本賃金と家族手当との各二五分の六に相当する金額としてP2につき七〇九五円P3につき八四二四円P4につき八〇一二円(2) 前月(四月)一日から末日までの乗務手当、乗務附加手当、乗務日当の各全額(但前二者につきその後の労働協約による改訂前の金額にすぎない乗務附加手当の差額は請求しない。)2 同年六月二五日に支払うべき賃金のうち五月一日から七日までの乗務手当(一〇七四六〇円の三〇分の七に当る二五〇七四円)を支払つたことは右三名の自認するところである。 (九) 請求債権額元本中認容部分1 よつて右金員を右三名の五、六月分の賃金から控除した残額、及び同年七月から本件口頭弁論終結(昭和四三年一一月一九日)までに履行期の到来した毎月の賃金額を計算すれば別紙二の一ないし四の各(一)記載のとおりであり、毎期の臨時手当額を再掲すれば別紙二の一ないし四の各(二)記載のとおりであつて、これについての四名の請求は理由がある。 2 本件口頭弁論終結後に履行期の到来する賃金債権(その月額は別紙二の一ないし四の各(一)中昭和四三年四月からとの欄記載のとおりである。)中、四名が運航乗務員として主文第二項記載の職種に復職するまでの分につき、会社の支払拒絶の態度にかんがみ予じめ請求する必要ありと認められるから、これについての四名の請求は理由がある。 (一〇) 請求債権額元本中棄却部分四名の請求中機長昇格を前提とする等、右認容額をこえる部分は理由がなく、また四名が運航乗務員として右職種に復職後の分については任意の弁済を得られると認められるから予じめ請求する必要を見ず、これまた理由がない。 (一一) 遅延損害金1 毎月二五日にきまつて支払を受ける賃金に対するもの(1) 右認容の賃金債権元本中昭和四〇年五月から昭和四 れると認められるから予じめ請求する必要を見ず、これまた理由がない。 (一一) 遅延損害金1 毎月二五日にきまつて支払を受ける賃金に対するもの(1) 右認容の賃金債権元本中昭和四〇年五月から昭和四三年一〇月までの分として支給さるべき額は別紙二の一ないし四の各(一)記載のとおりである。 (2) ところが前記のとおり会社と組合とは屡々労働協約を締結して賃金をさかのぼつて増額した。別紙二の一ないし四の各(一)記載の賃金中にはこの増額分も含む。ここにおいてさかのぼつた期間中の分として支給さるべき従前の賃金額と増額後の賃金額との差額(以下差額という)の履行期もまた当然にさかのぼるとは解し得ないし、会社及び組合間の労働協約又は四名と会社間の合意をもつて差額につき別段の履行期が定められたとの証拠もない。従つて差額の履行期は四名が本訴において会社にこれを請求した日即ち昭和四三年一一月一九日といわざるを得ない。 (3) そこで以下さかのぼつて賃金が改訂された場合の差額を計算する。 (イ) 昭和四〇年五月から昭和四一年二月までの差額(ⅰ) 昭和四〇年六月一〇日締結の労働協約が同年四月一日にさかのぼり基本賃金を一率一二〇〇円増額したことは争がない。従つて本訴請求金額中では同年五月分のみにつき右金額による差額を生ずる。 同年五月七日現在受くべき家族手当(但右労働協約による改訂前の金額)はP1につき(扶養家族四名) 四二〇〇円P3及びP4につき(同各二名) 各二九〇〇円であることは争がない(P4の同月の家族手当が二〇〇〇円であることは争がないが、同人の扶養家族数がその直前たる同年四月八日一名増えて二名となつたという争のない事実と併せ考えると、右二〇〇〇円は同人の扶養家族数を一名とした場合の家族手当額として争がないものというべく、従つて同人の同年五月の家族手当 の直前たる同年四月八日一名増えて二名となつたという争のない事実と併せ考えると、右二〇〇〇円は同人の扶養家族数を一名とした場合の家族手当額として争がないものというべく、従つて同人の同年五月の家族手当額は扶養家族数二名のP3と同額たるべきものである。)。 ところが右労働協約が同年四月一日にさかのぼり家族手当を増額した結果、これがP1につき四七〇〇円P3及びP4につき三四〇〇円と改訂されたことは前記のとおりであるから、その差額は右三名につき各五〇〇円となる。そしてこの差額は本訴請求中同年五月分のみにつき生ずる。 (ⅱ) 昭和四一年三月二四日締結の労働協約が昭和四〇年四月一日にさかのぼり乗務手当の時間当り単価を改訂した結果、四名の昭和四〇年五月から昭和四一年二月までの乗務手当月間保障額が次表「改訂後」欄記載のとおりとなつたこと、並びに右改訂前の四名の右保障額が同表「改訂前」欄記載のとおりであつたことはいづれも争がない(P1は昭和四〇年一一月から、P2は昭和四一年二月から、それぞれジエツト機乗務経験年数六年目に入り乗務手当の増額をみたと推認されるが、その額についての立証はない。)から、右期間内の一か月当り差額は次表「改訂後」欄中かつこ内記載の金額となる(単位円)。 <17598-033>右労働協約が昭和四〇年四月一日にさかのぼり乗務附加手当の時間当り単価を改訂した結果、四名の昭和四〇年五月から昭和四一年二月までの乗務附加手当受給額が次表「改訂後」欄記載のとおりとなつたこと及び右改訂前の単価に従いP1が昭和四〇年二月及び三月、その他の三名が同年二月ないし四月に受けた平均乗務附加手当額が次表「改訂前」欄記載のとおりであることはいづれも争がないから、昭和四〇年五月から昭和四一年二月までの差額は次表「差額」欄記載のとおりとなる(単位円) 同年二月ないし四月に受けた平均乗務附加手当額が次表「改訂前」欄記載のとおりであることはいづれも争がないから、昭和四〇年五月から昭和四一年二月までの差額は次表「差額」欄記載のとおりとなる(単位円)。 <17598-034><17598-035>(ⅲ) しからば昭和四〇年五月から昭和四一年二月までの差額は毎月次表記載のとおりとなる(単位円)。 <17598-036><17598-037>(注) これらの金額は請求しない。 (ロ) 昭和四一年四月から同年一二月までの差額昭和四二年一月一一日締結の労働協約が昭和四一年四月一日にさかのぼり基本賃金を一率一五〇〇円、家族手当を扶養家族一名の者につき五〇〇円、二名及び四名の者につき六〇〇円だけ増額し、さらに住居費調整手当一〇〇〇円を新設したことは争がない。 四名の当時の扶養家族数は前述した。 しからば同年四月から一二月までの差額は毎月次表のとおりとなる(単位円)。 <17598-038>(ハ) 昭和四二年四月から同年一一月までの差額昭和四二年一二月一三日締結の賃金引上げ等に関する協定書と題する労働協約が同年四月一日にさかのぼり基本賃金を改訂した結果、昭和四二年四月から同年一一月までの次表職級号の金額は次表「改訂後」欄記載のとおりとなつたことは争がない。 昭和四〇年六月一〇日締結の労働協約により改訂された後の次表職級号の金額(これは右甲第八〇号証により認められる。)にその後の改訂増加額である一率一五〇〇円を加えれば、昭和四二年一二月一三日締結の右労働協約による改訂前の次表職級号の金額が算出されるのであるが、その額は次表「改訂前」欄記載のとおりである。なお甲第八〇号証によつても、三級四二号の金額は不明であるから、同号証に記載されている直近下位の職級号である三級四〇号の金額をもつて三級四二号 のであるが、その額は次表「改訂前」欄記載のとおりである。なお甲第八〇号証によつても、三級四二号の金額は不明であるから、同号証に記載されている直近下位の職級号である三級四〇号の金額をもつて三級四二号の「改訂前」の金額とした。 右労働協約による改訂に伴う差額は次表「差額」欄記載のとおりである。 四名が次表記載の職級号にあつたことは前述した。 右労働協約が昭和四二年四月一日にさかのぼり住居費調整手当を一率二〇〇〇円増額したことは争がない。 しからば昭和四二年四月から同年一一月までの差額は毎月次表のとおりとなる(単位円)。 <17598-039><17598-040>(ニ) 昭和四三年四月及び五月の差額昭和四三年六月二四日締結の労働協約が同年四月一日にさかのぼり基本賃金を改訂した結果、昭和四三年四月及び五月の次表職級号の金額は次表「改訂後」欄記載のとおりとなつたことは争がない。 右甲第七六号証の三によれば、右労働協約により改訂される前の左記職級号の金額は次表「改訂前」欄記載のとおりであることが認められる。右甲第七六号証の三によつても、三級四六号の金額は不明であるが右労働協約による基本賃金増加額が従前の基本賃金の六%であることは争がないから、これにより従前の基本賃金を逆算した。 右労働協約による改訂に伴う基本賃金の差額は次表「差額」欄記載のとおりである。 四名が次表記載の職級号にあつたことは前述した。 右労働協約が昭和四三年四月一日にさかのぼり家族手当を扶養家族一名の者につき改訂せず、二名の者につき五〇〇円、三名の者につき一〇〇〇円、四名の者につき一五〇〇円だけ増額し、さらに住居費調整手当を一率一五〇〇円だけ増額したことは争がない。 四名の当時の扶養家族数は前述した。 しからば同年四月及び五月の差額の合計額は毎月次表記載のとお の者につき一五〇〇円だけ増額し、さらに住居費調整手当を一率一五〇〇円だけ増額したことは争がない。 四名の当時の扶養家族数は前述した。 しからば同年四月及び五月の差額の合計額は毎月次表記載のとおりとなる(単位円)。 <17598-041>(4) 別紙二の一ないし四の各(一)記載の毎月の賃金額から右差額を控除するとその残額は主文第三項の表(一)記載のとおり(但末尾の昭和四三年一一月二〇日の欄を除く)となる。この金額の債務の履行期が同表当該上欄記載の日の前日であることは前示の賃金債務履行期からして明らかである。 (5) 右差額の合計額は同表末尾昭和四三年一一月二〇日の欄記載のとおりであつて、その履行期がその前日であることは前示のとおりである。 2 臨時手当に対するもの右認容の債権元本中昭和四〇年夏期手当から昭和四三年夏期手当まで七回の臨時手当の金額とその履行期が主文第三項の表(二)記載の日の前日であることは前示のとおりである。 3 結論しからば右各認容債権元本に対する右履行期の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の請求は理由があるが、その余の遅延損害金請求は理由がない。 第四、結論以上説明のとおり四名の雇傭契約上の権利確認請求は全部理由があり、賃金及び遅延損害金請求は上来説示の限度で理由があり認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。 よつて民事訴訟法第九二条を適用して主文第五項のように訴訟費用を負担せしめ、同法一九六条を適用して主文第六項のように仮執行の宣言を付し、これ以外の部分に対する仮執行の申立は却下し(この却下部分には、四名と会社との間の当庁昭和四〇年(ヨ)第二一七四号地位保全仮処分命令申請事件につき当庁が昭和四一年二月二六日発した賃金仮払を命ずる等の仮処分決定にもとづき、四名が会社から昭和四〇年五月以降 には、四名と会社との間の当庁昭和四〇年(ヨ)第二一七四号地位保全仮処分命令申請事件につき当庁が昭和四一年二月二六日発した賃金仮払を命ずる等の仮処分決定にもとづき、四名が会社から昭和四〇年五月以降昭和四三年一〇月まで毎月二五日限り支払を受け得べき金員に相当する金額を含む)、主文のとおり判決する。 (裁判官大塚正夫沖野威大前和俊)(別紙省略)
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