【DRY-RUN】○ 主文 一 原判決を取り消す。 二 被控訴人の請求を棄却する。 三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。 ○ 事実 第一 申立て 一 控訴人 主文と同旨。 二 被控訴人 1 本件控訴を棄却
○ 主文一原判決を取り消す。 二被控訴人の請求を棄却する。 三訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。 ○ 事実第一申立て一控訴人主文と同旨。 二被控訴人 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 第二主張次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。 一原判決五枚目裏一一行目の「症候郡」を「症候群」に改める。 二当審における控訴人の補足的主張 1 被控訴人の業務量は同僚に比べて加重でなかつたことについて被控訴人は、業務加重であつたとし、(1)被控訴人が担当した心身障害相談係の相談処理は、他の係の相談処理に比べて困難さ、業務量(処理に要する時間等)において軽易なものでなく、むしろ同等以上のものであり、また、心身障害相談係の処理件数は、他の係に比べて格段に多かつた、(2)心身障害相談係は、他の係に比べて措置停止等の複写文書作成事務が多く、その多い複写文書作成事務を被控訴人が一人で担当した、(3)同僚二人も業務過重により倒れ、その業務も被控訴人が分担したことを挙げているが、次に述べるように被控訴人について業務加重は認められない。 (一) 被控訴人の勤務実績は同僚に比較して同等かそれ以下である。 (1) 被控訴人の勤務実績と同僚の平均勤務実績を比較すると、次のとおりである。 また、被控訴人の年次休暇等取得日数と同僚のそれの平均日数を比較すると、次のとおりである。 (2) もつとも、昭和四七年度について、被控訴人の時間外勤務時間数が二二五時間で同僚の平均のそれは二一四・一時間となつており、被控訴人の方が同僚よりやや多めの時間数となつているが、これは、被控訴人が同僚より多く年次休暇等を取得したため、勤務日数、すなわち正規(勤務時間内)の労働時間が少なくなり、同僚の平均 となつており、被控訴人の方が同僚よりやや多めの時間数となつているが、これは、被控訴人が同僚より多く年次休暇等を取得したため、勤務日数、すなわち正規(勤務時間内)の労働時間が少なくなり、同僚の平均より少ない勤務時間内の労働時間を補うために時間外労働を行なつていたものとみられ、それ以上のものではない。 (3) 被控訴人は、業務多忙のため年次休暇等を自由に取得できなかつた旨供述するが、前記のとおり年次休暇等を同僚以上に取得しており、また、業務多忙であるならば、休日の前後には必ず出勤し業務を処理せざるを得ないと考えられるのに、右休暇等を祝祭日・日曜日の前後に頻繁に取得している、そのうえ、右休暇等取得の届け出を当日の朝に電話で行なつている。 (4) 被控訴人は、年次休暇を昭和四五年に一八・五日、同四六年に二三・五日取つたのに対し、同四七年には一四・五日しか取つていないのは、昭和四七年度が多忙なためである旨供述する。しかし、事実は、被控訴人にとつて年次休暇の取得できる日数が一年間に最大二〇日(昭和四五、四六、四七年とも)しかなかつたにもかかわらず、被控訴人が昭和四六年度に二三・五日も取得したため、昭和四七年度における年次休暇の残日数がなくなつたものである。すなわち、兵庫県の場合年次休暇の計算を歴年で行つているところ、被控訴人が昭和四七年一月から三月までの三か月間で九日間も年次休暇を取得したため、昭和四七年の残りの四月から一二月までに年休取得可能日数は一一日しか残つておらず、年次休暇を取得しようにも昭和四六年と同様のペースでは取得できなかつたものである。 もつとも、被控訴人は、年次休暇以外の特別休暇(夏季休暇、生理休暇、組合休暇)を積極的に取得しており、昭和四六年度と昭和四七年度の総休暇取得日数には、前記のとおり二日しか差がない。 (5) 兵庫県の年 つとも、被控訴人は、年次休暇以外の特別休暇(夏季休暇、生理休暇、組合休暇)を積極的に取得しており、昭和四六年度と昭和四七年度の総休暇取得日数には、前記のとおり二日しか差がない。 (5) 兵庫県の年次休暇制度は、労働基準法三九条に定められた法定休暇日数をはるかに超え、古くから採用二年目より二〇日付与されており、民間企業より優遇されている。ちなみに、人事院の調査によれば、昭和六二年度の民間企業の年次有給休暇制度は、次のとおりである。 (6) 昭和四七年度の原告の総労働時間数は、全労働者の平均総労働時間数より少ない。 (二) 被控訴人が昭和四七年度に担当した心身障害相談係の相談は、他の係の相談に比べて軽易であつた。 (1) 心身障害相談係の相談は、他の係の相談に比較して、その相談の性質上児童福祉司及び相談調査員(以下、併せてケースワーカーという。)が判断を要する事柄が少なく、また、一相談当たりの面接回数も少なく、面接聴取も容易にできることから、相談としては軽易な部類に入るものである。 ア心身障害相談係の相談は、保護者が自ら進んでわが子を治療のため福祉施設等へ入所・通所をさせたい、市の福祉年金の受給等のため判定意見書・障害証明書等をもらいたいなどと福祉事務所等を通じ児童相談所に来る相談である。ケースワーカーは、これらの相談の面接に際し、主に保護者から子供の成育歴等を聴取するが、入所又は通所をさせるかどうかの判断の拠り所は、肢体不自由児相談の場合は、整形外科的に異常があり治療と訓練を要するという医師の所見であり、重症心身障害児相談・精神薄弱児相談の場合は、発達等に異常があり治療と訓練を要するという医師・心理判定員の所見であるため、ケースワーカーがその処理について実質的に自ら判断することはほとんどない。 ケースワーカーは、単に福祉施設の収容可能状況 、発達等に異常があり治療と訓練を要するという医師・心理判定員の所見であるため、ケースワーカーがその処理について実質的に自ら判断することはほとんどない。 ケースワーカーは、単に福祉施設の収容可能状況を確認するだけであり、また、判定意見書・障害証明書については、その作成は心理判定員が行うものであるため、ケースワーカーはこれらの文書を交付(送付)するだけである。 イ相談処理における困難さは、相談一件当たりの業務量、特に時間のかかる保護者等との面接が多いか少ないかという点にかかつているところも大きいが、これについては、西宮児童相談所が作成した「昭和四七年度児童記録票による相談種別ごとの業務量」(乙第八九号証の一)で明らかなとおり、心身障害相談係の一相談当たりの面接回数は他の係の相談に比べ少ないことから、心身障害相談係の相談が、他の係の相談に比べ軽易であることが明らかである。 ウ被控訴人は、面接時の精神的負担をことさら誇張しているが、面接業務は日常的に行なわれているものであり、かつ、一日の担当件数も少ないから、特に重要視すべきでない。ちなみに、面接時の精神的負担は、面接がスムーズに運ぶかどうか、換言すれば、ケースワーカーの聞きたいこと(カルテの聴取項目)が相談者から聞けるかどうかにかかつているのである。 心身障害相談の場合には、摂丹児童相談所の管轄する阪神間の各市において、早くから心身障害の福祉関係の制度が整備され、相談者のほとんどは、各市の福祉事務所で面接を受けたうえで同児童相談所に来ること、相談者は障害の治療・訓練を目的として児童相談所に来るため、ケースワーカーの面接において事実(障害)を隠すといつたようなことがなく、また、相談者が子供の親で大人であること等から、ケースワーカーが面接に際し必要な事項を聞き出せなくて難渋するというケースは、 ケースワーカーの面接において事実(障害)を隠すといつたようなことがなく、また、相談者が子供の親で大人であること等から、ケースワーカーが面接に際し必要な事項を聞き出せなくて難渋するというケースは、ほとんどない。 これに対し、教護相談・養護相談等の場合は、ケースワーカーが、事実を聞き出せなくて難渋するという場合が多く、また、面接相手が子供である場合が多いため、心身障害相談の場合より明らかに精神的負担が大きいのである。 エ保護者との文書の往復等に関しても、心身障害相談係の場合は、保護者の学歴面、経済面等でのレベルが相対的に高いため、他の係に比較してスムーズに行われている。 (2) 心身障害相談以外の相談は、心身障害相談よりも困難である。 ア養護相談係の相談養護相談係の担当する相談は、親が子供を養育できない、又はしようとしない、若しくは虐待する等の理由のため、子供を福祉施設で養育してほしいという保護者又は児童委員若しくは警察等からもたらされる。 児童福祉の精神、すなわち子供の心身をすこやかに育てるという精神からは、親と離して子供を施設で養育することは最終的な措置であり、直ちにこれら相談者の依頼のとおりに措置するというようなことはできない。このため、ケースワーカーは、直ちに家庭背景を調査(訪問調査)して保護者の言つていることが事実であるか、また、他に養育できる者がいないかを確認し、次に保護者の住居近辺の保育園等の社会資源を調査して、福祉施設への入所以外の方法がないかを確認したうえで、子供を福祉施設で養育する方法が、適当かどうかの判断をすることとなる。 したがつて、調査の結果、相談者の依頼のとおりに措置するものとは限らず、そのときには、相談者に対し他の方法を取るように指導(説得)することが重要な業務となる。 しかし、親が子供を養育できないというこ したがつて、調査の結果、相談者の依頼のとおりに措置するものとは限らず、そのときには、相談者に対し他の方法を取るように指導(説得)することが重要な業務となる。 しかし、親が子供を養育できないということは、多かれ少なかれ家庭崩壊の事態に至つているということであり、呼び出してもこれに応じず、また、来所しても自分の都合だけを一方的に話したり、あえてケースワーカーに嘘をつき、指導(説得)に応じない保護者が多い。 したがつて、養護相談係の相談においては、面接における精神的負担は心身障害相談係に比べて大きく、また一相談当たりの面接回数等も、訪問調査が原則として必要であることから、心身障害相談係の相談に比較して当然多くなる。また、事務的手続きにおいても、養護相談係の場合は、養護相談の親が、心身障害係の親に比べて、書類の作成等がルーズなことが多く、また、親がいないケースも多くあるために心身障害相談係の場合より時間がかかる。 イ教護相談係の相談教護相談係の相談は、非行を行つた児童の教育・指導又は児童福祉施設への保護を求めるものであり、通常、警察からの通告により相談が開始される。 この相談も非行に走つた背景を調査することが重要であるため、直ちに学校関係者・警察・児童委員等からの事情聴取、保護者・児童との面接を行う。 しかし、非行・触法に走る背景としては、多くの場合その家庭に問題があるが、そのことに保護者が気づいていないことが多く、また、気づいていたとしてもそのことから逃げているため、面接において保護者・児童から非行に走つた背景を聞き取ることが非常に困難である。 また、措置としての指導を児童に対し行つても非行等を繰り返すケースが多い。この場合継続して児童相談所に来所させて指導するが、ケースワーカーとしては、まず児童の心を理解し、ケースワーカー自身に慣れさせなが 、措置としての指導を児童に対し行つても非行等を繰り返すケースが多い。この場合継続して児童相談所に来所させて指導するが、ケースワーカーとしては、まず児童の心を理解し、ケースワーカー自身に慣れさせながら根気よく指導して行く必要があり、非常に困難な業務となる。教護施設への入所に対しては、前述のような親ほど反発が強く、これについての協力(同意)を得ることが非常に困難となるケースが多い。 したがつて、教護相談係の相談の場合は、面接における精神的負担は、心身障害相談係に比べて大きく、また、一相談当たりの面接回数等は、心身障害係の相談のそれに比較して当然多くなる。 また、同係は、長欠・不就学の相談も担当しているが、これも学校関係者と接触し、その実情及び背景を調査し、児童の行動観察等を行つたり、ときには児童を精神科医師に受診させたりする。このため、これについても一相談当たりの面接回数等は非常に多くなり、その結果延べ面接回数等は心身障害相談係より多くなる。 ウ教育相談係の相談教育相談係の相談は、相談種別で言えば、しつけ、性向等の相談である。 しつけの相談は、心理判定員の心理判定に基づき助言・指導するものであり、一相談当たりの面接回数は少なく相談処理は軽易であるが、心身障害相談係のように面接せずに処理されることはない。 性向の相談も、しつけの相談と同様に心理判定員の心理判定に基づき助言・指導するが、行動観察を長欠・不就学の相談と同様に行う場合が多く、一相談当たりの面接回数が多くなる場合が多い。 なお、同係は、里親相談をも担当しており、その業務は、次のとおりである。 (1) 登録から始まり、里親の申込者があれば、その者の家庭環境(家族構成・収入・家屋等)を調査し、児童福祉審議会に進達し登録させる。 (2) 次に、里親の申込者の希望を聞き、希望に添う児童を養護施設 (1) 登録から始まり、里親の申込者があれば、その者の家庭環境(家族構成・収入・家屋等)を調査し、児童福祉審議会に進達し登録させる。 (2) 次に、里親の申込者の希望を聞き、希望に添う児童を養護施設あるいは里子希望の家庭から、選びだして縁組させる。 (3) 縁組がうまくいけば、外泊等の経過観察の後、里親委託する。 (4) その後も経過を観察し、不調になれば、里親委託解除をする。 しかしながら、里親と里子とを引き合わせても両方が気に入ることが少なく、また、縁組(引き合わせ)がうまくいつても里親の継続的指導が必要なため、教育相談係においては里親家庭のカウンセラー的業務を常時行つている。 (三) 被控訴人は、面接業務により所内事務が繁忙であつたとは認められない。 被控訴人は、面接業務により所内事務が繁忙であつたことの根拠として、(1)昭和四七年度の面接件数は三五五件であり、この面接を行える日が、一〇〇日程度しかないため、一日当たり三件ないし四件の面接を行い、一件について面接時間が一時間ないし二時間(心理判定員が児童の心理判定を行う場合)かかるため、繁忙であつた、(2) 面接後のカルテ整理に、新規の場合は四〇分ないし一時間、再来の場合は三〇分ないし四〇分程度かかつた、(3) 所外面接を二一〇件行つたが、このカルテ整理を所内で行つたため、さらに所内事務が繁忙となつたことを挙げている。 しかし、被控訴人の面接にかかる時間数及び児童記録(以下、カルテという。)の整理時間数(書字数)がともに少ないことは、次の事実から明らかであり、被控訴人の右主張は虚偽ないし誇張である。 (1) 面接時間に、一時間ないし二時間を要した相談は、昭和四七年度の被控訴人の面接相談のうち五六件程度しかなく、そのうち被控訴人の従事時間は、最長で一時間二〇分程度であると考えられるため、所 る。 (1) 面接時間に、一時間ないし二時間を要した相談は、昭和四七年度の被控訴人の面接相談のうち五六件程度しかなく、そのうち被控訴人の従事時間は、最長で一時間二〇分程度であると考えられるため、所内業務が面接により多忙を来たしたとは、認められない。 ア面接時間に一時間ないし二時間を要する相談は、所内面接で、かつ、新規にカルテを作成する相談しかない。すなわち、新規相談の場合は、カルテの一ページから順次各項目を保護者から聴取し、必要事項を記入するため時間がかかるのであるが、再来の相談の場合は、単にカルテの変動項目の確認を行つているだけであり、新規の相談に比べ面接時間は短く、平均三〇分程度で済もことは明らかである。 また、所外面接で被控訴人の処理件数のうち大半を占める巡回相談は、面接時間が午前一〇時から午後三時までの昼食時間を含む五時間程度であり、この間に被控訴人は平均九件行つていたということであるから、一面接時間は、平均三〇分程度しかかかつていないことは明らかである。 さらに、面接時間に二時間を要する場合でも、後半の一時間程度は、心理判定員が児童の心理判定等を行つているため、ケースワーカーは、その判定結果が出るまで面接業務を停止(保護者を待機させる)し、別の業務を行つているのが通常であり、ケースワーカーが、該相談に再び戻つて従事するのは最後の二〇分程度である。 したがつて、ケースワーカーが面接相談で従事しているのは、最長一時間二〇分前後である。 イ被控訴人が昭和四七年度に行つたとしている面接相談三五五件のうち、新規の相談の所内面接は五六件以下でしかない。 昭和四七年度の摂丹児童相談所の相談受付件数は三五八七件であるが、このうち新規にカルテを作成した相談件数は一三九六件で、相談受付件数の三八・九パーセントであるから、被控訴人の昭和四七年度の かない。 昭和四七年度の摂丹児童相談所の相談受付件数は三五八七件であるが、このうち新規にカルテを作成した相談件数は一三九六件で、相談受付件数の三八・九パーセントであるから、被控訴人の昭和四七年度の面接相談三五五件(所内面接一四五件、所外面接二一〇件)のうち、新規の相談は一三八件で、所内面接の新規の相談は五六件前後と推認される。 ところで、被控訴人の担当した肢体不自由児相談の新規の相談の二六パーセントについて面接がなかつたことが判明しているのに対し、被控訴人の面接件数が三五五件であると記載している乙第一号証の一五においては、文書処理件数を除くカルテ整理件数と面接件数が一致していることからすると、被控訴人は、面接件数として、カルテ整理件数をそのまま記載した可能性が高く、また、心身障害相談係が発行のみを担当する判定意見書、判別証明書、障害証明書等の発行件数が心身障害相談係の相談受付件数に入つている。したがつて、これら面接のない件数が被控訴人の主張する面接件数中に含まれている可能性が高く、所内面接の内の新規相談はさらに少なくなるものと考えられる。 なお、再来の相談について誤つて新規にカルテを作成することは、所外面接の場合には見受けられるが、所内面接の場合については事前に索引台帳でチエツクしており、そのようなことはない。 ウ面接後のカルテ整理は、カルテの記載状況からみて長時間かかつたとは認められない。 被控訴人は、一件のカルテ整理に要する時間を、新規の相談については四〇分ないし一時間、再来の相談については三〇分程度である旨主張するが、被控訴人のカルテの本文には、後で整理するとされている欄の記載がなく、面接後に処理するカルテの経過記録の書字数は少ないことから、面接後のカルテの整理等に要する時間は、新規の相談について、平均一〇分ないし二〇分程度、再 本文には、後で整理するとされている欄の記載がなく、面接後に処理するカルテの経過記録の書字数は少ないことから、面接後のカルテの整理等に要する時間は、新規の相談について、平均一〇分ないし二〇分程度、再来の相談について、平均一〇分程度と推認される。すなわち、被控訴人のカルテには面接後に整理するという「家庭・学校・地域・他参考事項・両親養育態度・問題点の分析・指導指針」等の欄の記載がほとんどないことから、被控訴人の主張によると結局索引台帳、受付台帳への記載に要した時間が四〇分ないし一時間であるということになり、不合理である。ちなみに、索引台帳、受付台帳への記載は、単に転記するだけであり、多くても五分もあれば処理できるものである。 また、カルテ本文への記載が稀にあつてもこの欄の記載は極めて短く、たとえ考えながら書字したとしても平均すれば一〇分程度で済むものである。 なお、カルテの本文中、前記の欄以外の「氏名・住所・主訴・家族構成(カルテの一ページごと「生育歴」等については、面接中に記載するものである。 また、カルテを子細に検討すると、カルテ本文への記載と同時に経過記録にも記載があるが、その中にはまれに書字数の多いものもあるものの、平均では七九字と少なく(乙第八二号証)、五分もあれば処理できる程度のものである。 したがつて、新規相談の場合のカルテ整理時間数は、一〇分ないし二〇分程度であり、再来の相談の場合のカルテ整理時間数は、カルテ本文の記載は面接中にほとんど処理しているところから、面接後に記載するのは、受付台帳とカルテの経過記録への記載であり、一〇分程度で済無むと推認できるのである。 以上のとおり、被控訴人の担当した心身障害相談係の相談は、他の係に比べて相談内容が軽易であることもあつてカルテの聴取欄が少なく、それによつて当然記載欄・記載字数ともに少な 無むと推認できるのである。 以上のとおり、被控訴人の担当した心身障害相談係の相談は、他の係に比べて相談内容が軽易であることもあつてカルテの聴取欄が少なく、それによつて当然記載欄・記載字数ともに少なくなつており、比較的書字数の多い新規の所内面接があつても、年間約五六件程度であるから、所内面接業務により所内業務が過重になるとは、到底考えられず、また所外面接後においてもカルテ整理に時間がかかるとも認められない。 (2) 被控訴人が担当したという所外面接相談件数は、信用性に乏しく、所外面接も業務過重の一因になつたとの主張は認められない。 ア被控訴人は、巡回相談を一一回で一〇二件担当したとするがごとくである。 これを、西宮児童相談所が作成した摂丹児童相談所の昭和四七年度巡回相談実施状況(乙第一七七号証)と対比すれば次のとおりである。 一方、昭和四七年度の摂丹児童相談所の巡回相談件数は、三〇〇件である(所管事項報告書の八ページ(乙第二八号証)。 もし、被控訴人の主張する巡回相談件数が正しいものとすれば、被控訴人以外の職員は、西宮市の一二回、三田市の四回、多紀郡の六回の合計二二回の巡回相談を行い、合計二五件の相談を処理したこととなる。すなわち、これらの巡回相談においては、巡回相談一回当たり平均一・一件の相談を受けたこととなるが、二二回の巡回相談が、毎回一・一件しか相談を受けなかつたということは、常識的にみて到底あり得ないことである。 したがつて、被控訴人が、巡回相談件数を過大に偽つていることは、明らかである。 イ被控訴人は、巡回相談担当回数及び件数について、これを摂丹児童相談所のケースワーカー全員と比較して、被控訴人が飛び抜けて多いと主張しているが、巡回相談は、そもそも心身障害相談係と教育相談係の二係の担当するものであり、被控訴人はこれを知りながら、 れを摂丹児童相談所のケースワーカー全員と比較して、被控訴人が飛び抜けて多いと主張しているが、巡回相談は、そもそも心身障害相談係と教育相談係の二係の担当するものであり、被控訴人はこれを知りながら、ケースワーカー全員が担当するものであるかのように作為しており、これは明らかに欺瞞である。 (四) 被控訴人が昭和四七年度に従事した所外の面接業務及びそれに付随する業務は、同僚に比べ過重とは認められない。 (1) 昭和四七年度の職員出張日数調(乙第五号証)について、被控訴人と同僚の平均とを対比すれば、次のとおりである。 昭和四七年度の全出張日数は、研修を同僚より二七日も多く受けているために被控訴人の方が同僚の平均より一六日多いが、本来の児童相談所業務の出張日数は、右のとおり被控訴人は同僚の平均に比べ一一日も少なく、所外業務が同僚より過重であつたものとは、到底認められない。 また、被控訴人は、児童移送、在宅重症心身障害児訪問調査、施設実態調査、情緒障害児短期治療学級等について、同僚に比べ業務が過重であつた旨主張するが、右事実により、その主張は、誇張ないし虚偽であることが明らかである。 (2) 昭和四七年六月二七日の所外面接は、宝塚市において独自の福祉年金を出すために、対象児童の心理判定を摂丹児童相談所に依頼し、これにより被控訴人と心理判定員二名(AとB)が出張し処理したが、この日の被控訴人の相談の件数は四〇件前後となつている(乙第一号証の一五)。そして、被控訴人は、そのカルテを被控訴人一人で記載した旨主張するが、心理判定員等も記載していることは、カルテ記載者に、右のA、BほかC、Dの心理判定員の名前が上がつていることから、容易に判ることである。 また、被控訴人の右相談件数が四〇件前後となつているのは、出張判定の場合、心理判定にともなう障害意見書は、その 、右のA、BほかC、Dの心理判定員の名前が上がつていることから、容易に判ることである。 また、被控訴人の右相談件数が四〇件前後となつているのは、出張判定の場合、心理判定にともなう障害意見書は、その後直ちに心理判定員が作成するが、カルテの経過記録には、被控訴人が「障害意見書発行」と記載し、この相談の処理が終了することとなるために、右件数を被控訴人の面接相談件数として計上したものと考えられる。 したがつて、出張判定の事務は、右の程度のものであつて、当日の面接及び所内でのカルテ整理が被控訴人にとつて過重になるものとは考えられない。 (3) 被控訴人は、三歳児精密検診を所内面接で数多く行い、過重になつたというが、その供述は信用できない。 三歳児精密検診は、本来教育相談係の担当であるが、保健所で三歳児検診を受けた児童のうち保健婦が異常と感じた者につき、心理判定員の心理判定を受けるため、児童相談所に依頼されるものである。 したがつて、保健所から児童に関する資料が予め送付されてきており、ケースワーカーは、単に受付事務をするのみであり、件数では多く計上されるが、その内容は軽易な事務である。 (4) 被控訴人は、他の同僚が行つた業務については、ほとんど触れず、ことさらにこれらを、覆い隠そうとしている。 昭和四七年度においては、左記のような被控訴人の担当していない業務があり、これらの業務は、他の同僚が担当処理した。 (1) 摂丹地区里親役員会(教育・養護担当)(2) 小中学校生徒指導主事担当教員連絡協議会(教護担当)(3) 愛護センター補導所連絡協議会(養護担当)(4) 里親里子キヤンプ(教育・養護担当)(5) 摂丹地区里親大会(教育・養護担当)(6) 情緒障害児保護者会(教護担当)(7) 警察・鉄道公安関係職員連絡協議会(教護担当)(8) 家庭裁判所 (4) 里親里子キヤンプ(教育・養護担当)(5) 摂丹地区里親大会(教育・養護担当)(6) 情緒障害児保護者会(教護担当)(7) 警察・鉄道公安関係職員連絡協議会(教護担当)(8) 家庭裁判所との連絡協議会(教護・養護担当)(9) 里親に対する養育指導研修会(教育・養護担当)(10) その他の地域特別活動事業(五) 昭和四七年度の複写文書についての被控訴人の主張は、誇張ないし虚偽である。 (1) 被控訴人は、昭和四七年度に複写文書事務の多い心身障害相談係の複写文書(事務処理)担当となり、その文書をほぼ専任で処理した旨主張するが、信用できない。 心身障害相談係が普段作成する複写文書は、入所措置書、退所承認書、措置停止承認書(以下、措置停止書という。)であるところ、その複写文書作成件数を、心身障害相談係の係員のみについて記せば次のとおりである。 右の表から、複写文書の作成状況は、事務分掌と実態とは異なつており、被控訴人が専任に近いのは措置停止書の作成のみであり、夏休みと冬休みに集中する措置停止書の発行を除けば、同僚のEの方が複写文書の作成件数が多い。 また、複写文書と複写文書以外の文書の作成件数について、被控訴人とEを比較してみてもEの方が多い。前記の複写文書作成件数と五六条一斉調査による負担能力調書(複写文書でない文書)作成件数との合計を比較すると、次のとおりである。 したがつて、被控訴人が、心身障害相談係の事務処理を一人で担当していたとは、到底認められない。 (2) 被控訴人が、同僚職員より複写文書等の文書を多く処理し、同僚に比べて過重であるとはいえない。 ア被控訴人は、入所措置書、退所承認書、措置停止書の作成件数でもつて他の係の同僚と事務量の比較をしているが、心身障害相談係は前記のとおり、施設への入所・通所の相談を専らの担当として とはいえない。 ア被控訴人は、入所措置書、退所承認書、措置停止書の作成件数でもつて他の係の同僚と事務量の比較をしているが、心身障害相談係は前記のとおり、施設への入所・通所の相談を専らの担当としており、これらの文書の作成件数をもつて比較すれば、心身障害相談係である被控訴人の作成件数の方が他の係のものより多くなるのは、当然のことである。 しかし、児童相談所で困難な事案と認識されているものは、親の協力が得られないもの又は親がいないものである。 これらは児童相談所等で一時保護して今後の措置を検討する場合が多い。この場合、一時保護委託書等が作成されることになるが、これらの作成件数を右の入所措置書等の作成件数に追加すれば、次のとおりとなる。 なお、一時保護委託書等の作成件数は、昭和四七年度の一時保護件数二一一件を、昭和六二年度の各係の一時保護の実績により按分した。 右のとおり、複写文書の作成件数は、心身障害相談係の方が、養護相談係より少ない。 また、心身障害相談係より複写文書の作成が少ない教護相談係は、家庭裁判所への送致書等を、教育相談係は、里親関係の文書を、それぞれ多く作成しているが、これらの文書は、比較的複雑、かつ、難しいものに属する。 イ被控訴人は、同僚に比べて自分の文書処理が過重であると印象づけようとし、業務内容の多様な上司(主査及び主任)を平の職員と同一に並べて記載し、複写文書作成件数等を対比させている。 しかし、上司の作成件数を除いて比較すると、被控訴人の作成件数が特に多いとはいえない。 a 上司(主査及び主任)の担当業務は、被控訴人のような平職員のそれとは自ずから異なるものである。すなわち、主査及び主任(以下、主査等という。)は、係の総括(監督者)として日々係員の業務をチエツクするとともに、該係と他の係との調整をし、また、課又は係の緊 員のそれとは自ずから異なるものである。すなわち、主査及び主任(以下、主査等という。)は、係の総括(監督者)として日々係員の業務をチエツクするとともに、該係と他の係との調整をし、また、課又は係の緊急の事務を処理しながら、担当業務を遂行しているものである。このため、仮に主査等が被控訴人と同様の業務を行うとすれば、主査等の業務が被控訴人等と比較して、過重となることは明らかであろう。 したがつて、同僚の中に主査等を含めて、複写文書作成件数を対比させている被控訴人の主張は、そもそも不正確なものであり、事務量比較の根拠となり得ない。 b 入所措置書、退所承認書、措置停止書と一時保護文書とを、平職員八名のみで対比すれば、次表のとおりであり、被控訴人は平職員の中では第二位となるが、そのうち、季節的な措置停止書を除けば第四位であつて、被控訴人が同僚の職員に比較して特に多くの複写文書を作成していたとは、認められない。 なお、被控訴人より複写文書作成件数の少ない教護相談、教育相談の係員については、他の係にない複写文書の作成事務があることは既に述べたとおりである。 ウカルテの経過記録の書字数についての被控訴人の供述は、事実に反する。すなわち、夏と冬の時期的に集中する措置停止書にかかるカルテの整理は、カルテを一見して明らかなとおり、簡易印刷器によりプリントしているし、ゴム印を使用している。 (3) 被控訴人の昭和四七年度における文書作成件数は、被控訴人の主張する六四八件でなく、たかだか二八〇件程度であり、そのうち複写文書作成件数は、一五〇件程度であり、被控訴人の文書作成により業務過重になつたとの主張は誇張である。 ア被控訴人が主張する文書作成件数の六四八件は、文書処理件数と一致している(乙第一号証の一五)が、複写文書のうち作成件数において断然多い措置停止文書は より業務過重になつたとの主張は誇張である。 ア被控訴人が主張する文書作成件数の六四八件は、文書処理件数と一致している(乙第一号証の一五)が、複写文書のうち作成件数において断然多い措置停止文書は、一枚で一一件処理ができることはその書式より明らかである。 また、被控訴人は昭和四七年度には、福祉施設の夏休み・冬休みによる集団の児童の措置停止承認を一括して行つており、その文書作成件数が文書処理件数と一致することはあり得ない。 イ甲第三五号証によれば、承認件数三七八件に対し、文書発行件数六七件とあり、その差三一一件は、複写文書作成件数の水増し分ということになるであろう。 ウまた、前述のとおり、心理判定員が作成した障害意見書、判定意見書等も、その発行についての記事をカルテに記載する事務をケースワーカーが処理するとして文書処理件数に入れられており、他方、カルテ処理件数と文書処理件数とが一致していることから、これについてもまた水増し分であることは明らかである。 そして、昭和四七年度においては、六月二七日の出張判定と三月二日の出張判定とで合計五〇件程度の相談があつたことが認められ、ほぼ同数の障害意見書等が作成されたものと認められるから、右水増し分は五〇件以上あると推認される。 エ以上から、被控訴人の主張する文書作成件数六四八件から、措置停止文書の水増し分三一一件と心理判定員が作成した障害意見書の水増し五〇件を差し引いた二八七件程度が、昭和四七年度の被控訴人の文書作成件数と考えるのが相当であろう。 なお、証拠上、作成件数が明らかになつている複写文書は、措置停止文書六七件、入所措置書四八件、退所承認書二八件の合計一四七件であつて、これ以外の複写文書としては、施設入所協議書があるがこれはあまり発行されることはないことから、昭和四七年度における実際の複写文書 書六七件、入所措置書四八件、退所承認書二八件の合計一四七件であつて、これ以外の複写文書としては、施設入所協議書があるがこれはあまり発行されることはないことから、昭和四七年度における実際の複写文書作成件数は、一五〇件程度と考えられる。 オ被控訴人の一日当たりの文書作成件数は、昭和四七年度の所内勤務日数が一六九日であるから、たかだか一・七件にしかならない。そのうち複写文書作成件数は、一日当たり〇・九件にしかならない。 被控訴人の文書作成により業務過重になつたという主張は、誇張であることが明白である。 カ被控訴人は、五ないし六部複写の文書が多かつた旨主張しているが、複写文書は四部複写止まりである。 なお、被控訴人は、甲第三五号証において措置停止書は三ないし四枚複写する、退所承認書は四ないし五枚複写する旨記載しており、自らその主張が、誇張であることを、露呈している。 (六) 同じ係の同僚二名が業務過重により病気になつたため、その業務を被控訴人が分担し、被控訴人において業務過重になつたという事実はない。 (1) 同僚のFが属していた教育相談係と被控訴人が属していた心身障害相談係とは、各事務分担が明確に区分されており、Fの病気欠勤の時期について被控訴人の業務量に顕著な影響は認められない。 ところで、Fの病気欠勤期間中(昭和四七年一一月四日から昭和四八年二月二六日まで)における被控訴人の巡回相談は、四か月間で四回しかなく、また昭和四七年度の巡回相談回数(五二回)を教育相談係の係員と心身障害相談係の係員とを合わせた人数(五名)で割つた平均が一〇・四回であるのに対し、被控訴人の巡回相談の実績が一一回であることから、Fの病気欠勤によつて被控訴人の業務がほとんど影響を受けていないことが推認される。Fの病気欠勤による巡回相談の担当者の欠員は、心理判定員によ に対し、被控訴人の巡回相談の実績が一一回であることから、Fの病気欠勤によつて被控訴人の業務がほとんど影響を受けていないことが推認される。Fの病気欠勤による巡回相談の担当者の欠員は、心理判定員により埋められていたものと推認される。 (2) ちなみに、心身障害相談係のEは、業務過重のゆえに病気になつたものではない。 また、その病気欠勤期間(昭和四七年一二月一三日から昭和四八年一月九日)中には、被控訴人は、研修(昭和四七年一一月三〇日から昭和四七年一二月二二日)又は年末年始の休日(昭和四七年一二月二九日から昭和四八年一月三日)により、本来の業務にはほとんど従事しておらず、その影響は受けていない。 被控訴人は、Eが過労のため退職した旨主張するが、同人が過労で退職したものでないことは、乙第八六号証の西宮市教育委員会の文書から明らかであつて、被控訴人が自己主張を有利に展開するため事実を捏造したことが明白である。 2 職場環境及び同僚の同種疾病についての被控訴人の主張について(一) 職場環境被控訴人は、職場環境が劣悪であると主張するが認められない。以下、被控訴人の当審において追加した主張について反論する。 (1) 事務室の電灯(照度)被控訴人が、昼間は事務室の電灯のうち窓際を消した旨主張するが、摂丹児童相談所の事務室は、昭和四三年新築以来現在まで窓際だけを消灯できる配線にはなつておらず、窓際の電灯のみ消灯することは不可能である。また、被控訴人が劣悪であるとする摂丹児童相談所は、昭和四三年に新築されており、被控訴人は昭和四三年に兵庫県に採用され同事務所に配属されたものであるから、当時兵庫県の庁舎の中では最新の建物で勤務していたものであり、建物に関する被控訴人の主張は、およそ根拠がない。 (2) 冷暖房摂丹児童相談所には、昭和四七年四月一日現在、扇風機 れたものであるから、当時兵庫県の庁舎の中では最新の建物で勤務していたものであり、建物に関する被控訴人の主張は、およそ根拠がない。 (2) 冷暖房摂丹児童相談所には、昭和四七年四月一日現在、扇風機は五台、ストーブは一五台設置されていたのであり、面接室にストーブが設置されていないということなどあり得ない。 ちなみに、当時よく使用されていた部屋は、合計一二室(面接室-四室、観察室-一室、遊戯治療室-一室、心理判定室-二室、待合室-一室、事務室-一室、所長室-一室、遊戯室-一室)である。 (二) 同僚の頸肩腕障害被控訴人は、同僚のG及びHが、被控訴人と同時期に同様の業務に従事して、業務過重のため頸肩腕障害を発症した旨供述しているが、これは事実に反している。 (1) Gの頸肩腕障害Gは、昭和五〇年四月一日から現在まで摂丹児童相談所(昭和五七年四月西宮児童相談所と改称)に勤務し、昭和五四年五月四日から頸肩腕障害のために療養(休職期間昭和五四年二月四日から昭和五五年四月三〇日まで)を続けているが、Gの頸肩腕障害の発症は、本人の素因によるものである。すなわち、Gは、「胸郭出口症候群」と診断されているところ、胸部出口症候群は、「上腕神経叢や鎖骨下動脈が、胸郭上口から肩関節にかけて、解剖学的に狭い部分を通るために、周辺の筋や骨に圧迫され、患側上肢の神経血管圧迫症状(しびれ、疼痛など)を呈する状態をいう。」とされているものである。 その治療方法としては肋骨の切除術等の外科的療法があり、広義の頸肩腕症候群には当たるが、地方公務員災害補償基金の頸肩腕症候群の認定基準の解説「「キーパンチヤー等の上肢作業に基づく疾病の取扱について」の実施について」の記の「3について」の(8)で、公務外の疾病と明記されているものである。 (2) Hの頸肩腕障害Hは、摂丹児童相談所 解説「「キーパンチヤー等の上肢作業に基づく疾病の取扱について」の実施について」の記の「3について」の(8)で、公務外の疾病と明記されているものである。 (2) Hの頸肩腕障害Hは、摂丹児童相談所に昭和四八年八月一日から昭和五四年七月三一日まで勤務し、その間異常なく勤めており、頸肩腕障害についての療養願及び診断書の類は一切提出されていない。もつとも、昭和五四年七月になり転勤の内示が出されたのち、四日程して、組合からHの頸肩腕障害を理由として転勤内示の撤回要請が出てきているが、当時の摂丹児童相談所副所長湖月によれば、当初(転勤内示二日後)は、「子供の保育所への送迎ができないので転勤を取り消してほしい。」旨の申し入れが組合を通じてあり、これを同児童相談所当局が拒否すると、二日ほどして組合から再度の申し入れがあつて、この席で、突如「本人は頸肩腕障害で療養中である。そのような者を転勤させるのか。」との申出があつただけである。 仮に、Hの頸肩腕障害が事実であつたとしても、Hは当時二人の子供の保育に追われていたこと及びそれ以前は産休により長期間業務から離れていたこと等から、その発症は、私生活に起因したものと推測される。 3 業務量の増加及び業務量の波を裏付ける被控訴人作成の資料に信憑性がないことについて被控訴人は、受付台帳及び被控訴人自身の手帳に基づき作成したとする「採用以来発症に至るまでの業務処理件数」(乙第一号証の一五)に基づいて、自己の担当した業務量の増加並びに業務量に波があることを主張するが、右「採用以来発症に至るまでの業務処理件数」は以下に述べるとおり、信憑性を欠くものである。 (一) 「採用以来発症に至るまでの業務処理件数」の業務処理件数の記載の内容は、面接件数(所内面接+所外面接)、文書処理件数及びカルテ整理件数(面接件数+文書処理件 とおり、信憑性を欠くものである。 (一) 「採用以来発症に至るまでの業務処理件数」の業務処理件数の記載の内容は、面接件数(所内面接+所外面接)、文書処理件数及びカルテ整理件数(面接件数+文書処理件数)となつており、面接件数と文書処理件数をそれぞれ二回算入したものであるが、このような業務処理件数でもつて業務量の増加及び波を判断することは、明らかに不合理である。 (二) 面接と文書処理及びカルテ整理の各業務については処理時間数に大きな差異が存する。 (1) 面接面接の所要時間については、前述したとおり、同一相談種別においても、新規相談と再来相談、所内相談と所外相談とでは、大きな違いがある。また相談種別、特に心身障害相談係の担当する相談と他の係の相談とでは、所要時間数、すなわち業務量に大きな差がある。 したがつて、面接件数の単純な比較では、実際の業務量の比較をすることはできない。 (2) 文書処理文書処理については、心身障害相談係に限定しても、入所措置書とそれ以外の複写文書とでは大きな書字数の差があり、それに伴い当然所要時間数が異なるものである。 (3) カルテ整理カルテ整理については、面接と文書処理との間、あるいは各々の中で書字数及び所要時間の差がある。 (三) 被控訴人の主張する昭和四七年度の面接及び文書処理件数には、信憑性がない。 (1) 面接件数面接件数について信憑性がないことについては、前述したとおりである。 すなわち、所内面接件数をみると、面接件数と面接のカルテ整理件数とが一致しており、面接のない肢体不自由児相談が、算入されているのは確実である。また、所外相談の件数をみると、巡回相談件数が明らかに異常な数字になつており、また、出張判定で心理判定員等が面接した件数が被控訴人の数に算入されていることが明らかである。 (2) 文書処 実である。また、所外相談の件数をみると、巡回相談件数が明らかに異常な数字になつており、また、出張判定で心理判定員等が面接した件数が被控訴人の数に算入されていることが明らかである。 (2) 文書処理件数文書処理件数についてみると、被控訴人は、これと文書作成件数と同一としているが、前述したとおり措置停止書作成件数の三一一件が過大にこれに算入されている。 また、文書処理件数と面接のカルテ整理件数とが一致している点からすると、被控訴人が作成していたものでない障害証明書の作成件数五〇件が被控訴人の文書処理件数に算入されていることが窺われる。 4 被控訴人の頸肩腕症候群に関する私的要因について(一) 被控訴人の素因(1) 被控訴人は、低血圧の素因を有している。 被控訴人の血圧は、昭和四七年六月二六日から同六〇年三月二五日までの間に五八回測定され、そのうち低血圧の基準値一一〇以下の値が三四回も記録されている。 低血圧の症状は、(1)精神症状としては、頭痛、疲労感、倦怠感、不眠、注意集中困難、肩凝り、手指振顫、(2)循環器としては、四肢末端冷感発汗、(3)性器としては、月経不順、機能不振等である。 被控訴人が昭和四三年四月以降現在に至るまで訴えている症状と右の低血圧の症状とは酷似しており、被控訴人の低血圧傾向が、その頸肩腕症候群に関する素因となつているものと考えられる。 (2) 被控訴人は、微熱を頻繁に起こすような虚弱体質である。 診療録を精査すると、被控訴人は微熱を頻繁に(診療録の記載では一四回)起していることが認められ、被控訴人が虚弱体質であることが明らかである。 (3) 被控訴人は、通常人と比較し身体的基礎(適応)能力が劣つている。 東京労災病院整形外科I医師によれば、被控訴人は通常人と比較し身体的基礎(適応)能力が劣つていると認められるという。すな ある。 (3) 被控訴人は、通常人と比較し身体的基礎(適応)能力が劣つている。 東京労災病院整形外科I医師によれば、被控訴人は通常人と比較し身体的基礎(適応)能力が劣つていると認められるという。すなわち、被控訴人が手足の冷えを強く訴えているのは本人の生来の体質によるものであり、震えを訴えているのは自律神経失調・低血圧等内科的疾患あるいは中枢神経の疾患によるものと考えられ、いずれも労働によつて出現するものではないとのことである。 (4) 被控訴人は、頸椎不安定である。 被控訴人の器質的な欠陥として頸椎不安定が認められる。頸椎不安定は労働とは全く無関係で、加齢変化によるものであり、肩凝り、頭痛等の症状はこれによつて生じうるものである。 (5) 被控訴人には心身症の症状がある。 被控訴人について心身症の症状と同一の症状が認められ、神経内科ないし精神神経科の診察を経る必要があるとの意見がある。すなわち、右I医師は、被控訴人は組合活動に熱中するあまり職場での人間関係が破壊され、疎外感を感じ、職場での適応性を失つたと認められ、これが被控訴人の本件疾病を招いたものと考えられる、との見解を示している。 (6) 被控訴人には眼機能障害による眼精疲労の疑いがある。 被控訴人は飛蚊症の診断を受けたことがあり、眼機能障害の存在が疑われ、これによつて眼精疲労の症状を訴えているものとも考えられる。 万一被控訴人について眼機能障害が認められる場合は、被控訴人の愁訴(肩凝り、目の疲れ、全身的倦怠感等)の大部分は眼機能障害による眼精疲労によるものであることになる。 (二) 被控訴人の治癒の遷延(1) 原判決は、被控訴人が昭和五四年頃からは、日常生活もほぼ支障なく送れるまで回復したと認定しているが、これは事実誤認である。 すなわち、昭和五四年は、一週間に三ないし四日程通院し、また 癒の遷延(1) 原判決は、被控訴人が昭和五四年頃からは、日常生活もほぼ支障なく送れるまで回復したと認定しているが、これは事実誤認である。 すなわち、昭和五四年は、一週間に三ないし四日程通院し、また、一週間のうち全日勤務した日数が三八パーセントしかない状況であり、それ以前もそれ以後もほぼ同様である。被控訴人の主治医のJ医師は、昭和六〇年九月頃に一人前の状態に回復したが、なお通院している旨の証言をしているのである。 (2) 被控訴人の頸肩腕障害は、約一六年間の治療によつてもいまだに治癒していないということは、被控訴人の素因の関与がいかに大きいかの証左である。すなわち、被控訴人の症状は、地方公務員災害補償基金(以下、基金という。)、労働者災害補償保険法等の頸肩腕症候群の認定基準で示す「三月を経過してもなお順調に症状が軽快しない場合には、他の疾病の存在を疑う必要があるものであること。」に、正に一致するものである。 (三) 被控訴人の組合活動(1) 被控訴人は、採用二年目の昭和四四年から組合活動に積極的に参加し始め、昭和四五年四月から、二三歳で兵庫県職員組合(以下、組合という。)摂丹児童相談所の分会長(摂丹児童相談所の組合のトツプ)となり、同時に青年婦人部の活動に参加し、組合阪神支部青婦協議会の副議長となり、昭和四六年九月には組合青婦協議会の副議長となつている。 この間の特に組合活動の忙しい時期は、昭和四六年九月ごろからで、被控訴人はこの間分会長、支部の副議長、本部の副議長の二役ないし三役をこなし、各種大会(昭和四七年八月三日、同年一一月一〇日)、兵庫県当局との組合交渉(昭和四六年一〇月一九日、同年一一月二四日、昭和四七年二月二八日、同年三月九日、同年三月三〇日、同年三月三一日、同年四月二六日)、自治労婦人部学級(昭和四六年一二月一一日ないし一 当局との組合交渉(昭和四六年一〇月一九日、同年一一月二四日、昭和四七年二月二八日、同年三月九日、同年三月三〇日、同年三月三一日、同年四月二六日)、自治労婦人部学級(昭和四六年一二月一一日ないし一三日)等にそれぞれ参加している。 また、被控訴人は、週のうち何日かは支部青婦協、本部青婦協の会議を午後七時過ぎから行い、休日には、支部青婦協、本部青婦協の教宣活動のレクリエーシヨンの主催者として参加している。 組合がこの間積極的に取り組んでいた闘争としては、(1)吏雇員制度撤廃闘争、(2)宿直員制度廃止闘争、(3)スト権奪還闘争等があり、被控訴人は、(1)については、若い職員の問題であるために、本部青婦協の役員としてこれに取り組み、また(2)(3)のうち、特に(2)については、摂丹児童相談所の職員の問題であるため、自己の問題として積極的に取組み、ビラ等も盛んに作成していたものである。 (2) ちなみに、被控訴人は、右の間に被控訴人自身の積極的な組合活動のために、摂丹児童相談所において上司等との人間関係を損ね、職場での疎外感を強く感じるようになつたという供述をし、この間に頸肩腕等に疲労感、全身の倦怠感、手指振顫等を頻繁に訴えるに至つたものであるが、組合活動は積極的に参加し続けていたものであつて、被控訴人の発症とその従事した業務との間にはおよそ因果関係は認められない。 三当審における被控訴人の補足的主張 1 児童相談所ケースワーカーの職場内容と負担について(一) 児童相談所のケースワーカーの職務は、日によつて多少の違いがあるが、面接、巡回相談、家庭訪問、児童移送、カルテ作成、複写文書の作成、電話応対、来客の応対、会議等多種多様の業務が絡み合い、かつ、一般事務と異なり、不安や悩みを抱えた人々相手の仕事で、問題解決や援助のために専門的な知識や技術を要 童移送、カルテ作成、複写文書の作成、電話応対、来客の応対、会議等多種多様の業務が絡み合い、かつ、一般事務と異なり、不安や悩みを抱えた人々相手の仕事で、問題解決や援助のために専門的な知識や技術を要し、的確に分析判断しなければならない業務である。 このような多種多様な作業のある場合は、個々の作業に分解して論じれば、その一つだけをとつてそれだけで過重となることは、先ず有り得ないのは当然である。担当業務全体を総合して、その作業負担を検討するのでなければ、正しい判断は不可能である。 しかも、被控訴人の発病当時は、厚生省基準定員に満たない少ない人数で業務を行つていたため、一人当たりの業務量が多く、多忙を極め、常に仕事に追われていたのである。 (二) 一般事務に従事していれば、頸肩腕障害に罹患しないという根拠はどこにもなく、事務の「合理化」に伴い、一般事務作業者に頸肩腕障害が多発している。 また、作業姿勢についても、そのどれもが頸・肩・腕を同一姿勢に保ちながら、手指は一定の反復動作を繰り返すという、静的筋労作と動的筋労作の組み合わせからなるものであり、これが精神疲労を伴いながら、毎日繰り返されるのである。 (三) ケースワーカーの仕事は自己調整できる仕事ではない。ケース毎に担当者が決まつており、信頼関係がベースになつた仕事であるから、その場その場の都合で、他人に代わつてもらうことはできない。問題を抱えて、切羽詰まつて相談にくる人々に応対する仕事であり、緊急に応じなければならない相談もある。また、あらかじめ面接の日時を予約していることも多く、急に面接を取り止めたり、面接中に保護者や子供を置いたまま他の仕事に取り掛かることは出来ない。先方から持ち込まれる大量、かつ、種々雑多な相談に対応する仕事であるから、相談の難易度や件数を自分で選択・調整することはできな 、面接中に保護者や子供を置いたまま他の仕事に取り掛かることは出来ない。先方から持ち込まれる大量、かつ、種々雑多な相談に対応する仕事であるから、相談の難易度や件数を自分で選択・調整することはできない。 (四) 地域特性摂丹児童相談所は、兵庫県内では管轄地域内の人口及び児童数ともに最大で、相談受付件数も最も多く、担当者一人当たりの相談受付件数も多い地域であつた。また、尼崎を担当していたかどうかで困難なケースを担当していなかつたと単純に言えるものではないばかりか、被控訴人も尼崎の相談を担当することがあつた。 (五) 心身障害相談担当と養護救護・触法相談担当とのちがい(1) 控訴人は、被控訴人の担当していたのは、心身障害相談であつて、教護・触法・長欠・不就学などの困難な事案は担当していないと主張する。しかし、被控訴人も長欠・不就学などの相談を担当しており、ただ当時はこれらの相談を統計上性向相談に分類して計上していたのである。 また、心身障害相談では、情緒障害児や登校拒否児など、長期にわたる通所指導を要するケースも少なからずあり、どちらが軽易だとは言いがたい。また、障害児を一生背負つていかねばならない保護者の苦しみを考え、あるいは問題意識のない親に理解を求めるなど、人間性や全人格が問われざるを得ない重い仕事である。 教護・触法ケースでも、事案発生から通告までに日時の経つているケースが多く、また、単に証拠品の保管や児童の一時保護委託を得るための形式的な通告もある。 これらのケースでは、来所を求めず、学校に電話で様子を聞いて指導を依頼し、統計上は訓戒としたり、電話も全くせず、統計上のみ訓戒として処理するケースも極めて多かつた。 (2) 束畠調査(乙第八二号証)は当時の業務量を反映していない。同調査までに多数のカルテは廃棄されており、しかも、「証拠」とし 電話も全くせず、統計上のみ訓戒として処理するケースも極めて多かつた。 (2) 束畠調査(乙第八二号証)は当時の業務量を反映していない。同調査までに多数のカルテは廃棄されており、しかも、「証拠」として計上されている残存カルテの相談種別毎構成比率は実際に業務を行なつた昭和四七年当時と大幅に異なつている。K調査のカルテ件数と控訴人が証拠として提出しているカルテの件数とは一致しない。しかも、カルテのうちフアイルや処理決定調書、児童記録票が省かれている。カルテ作成がケースワーカーの職務の一部を構成するに過ぎないことも、見逃してはならない。 そのようなことをさて置いても、心身障害係の昭和四七年度受付件数は一三五〇件で、担当者一人当たり四五〇件となり、他の相談種別担当者一人当たり件数より多かつたのである。 (六) スーパーバイザーの必要性とその欠如控訴人は、職員配置が厚生省基準を満たしていなかつたことを否定しようもないため、スーパーバイザーの配置の必要性は認められないとか、主任・課長がその役割を務めたとか、判定会議で措置の方向が決められたとか、弁解に努める。しかし、スーパーバイザーの配置は厚生省が児童相談所運営の最低基準として定めたものであり、摂丹児童相談所においても、配置の必要性が認められ、一審判決前後に配置された。その配置はかねてより職場要求として提出されていた。スーパーバイザーが居ないと指導の困難なケースを抱え込み、悩みと精神的負担が大きいのである。 課長は、非常に忙しかつたので、スーパーバイザーに代わる役割を望むべくもなかつたし、またやる気と能力があつたかも疑問である。 判定会議は、実質的には措置会議であり、しかも週一回しか開かれず、スーパーバイザーのような役割は果たせなかつたし、また、形骸化していて、実質的な討議は行われていなかつた。 (七 つたかも疑問である。 判定会議は、実質的には措置会議であり、しかも週一回しか開かれず、スーパーバイザーのような役割は果たせなかつたし、また、形骸化していて、実質的な討議は行われていなかつた。 (七) 心理判定員との違い、職務分担控訴人は、在宅重症心身障害児訪問指導の業務、判定意見書の作成、巡回相談のカルテ記載等は心理判定員が行つており、ケースワーカーの負担は軽減されると主張する。 しかし、ケースワーカーは心理判定員に比べてもともと多種多様の文書作成を行うなど事務作業が多い。ケースについての関係機関との連絡調整や保護者との連絡はすべてケースワーカーがしなければならず、心理判定員がいるからといつて、それが軽減されるわけではない。 そもそも、双方は別の役割を分担しており、他方の存在によつて、一方の負担が軽減される類のものではない。在宅重症心身障害児訪問指導ではケースワーカーが在宅重症心身障害児訪問票を作成するとともに、児童記録を作成して決裁を受けねばならず、心理判定員よりずつと多くの業務を行つていた。心理判定員が作成する判定意見書に必要な資料の大部分はケースワーカーが作るもので、それなしには心理判定はできない。 巡回相談で相談が混み合い、心理判定員が相談を手伝うこともあつたが、逆に心理判定員の本来の業務である遠城寺式乳幼児発達検査やソーシヤルマチユリテイ・テスト等をケースワーカーが行うことも多かつた。 (八) 専門教育、現任訓練の必要性とその欠如ケースワーカーは大学で専門教育を受け、特別選考試験で採用されているから、それで十分やれたはずであるというのが、控訴人の主張である。 しかし、それだけで既に述べたようなケースワーカーの重責を果たせるとは考えられないし、また、制度がないために時間外に自主学習会を開いたりしていた。被控訴人は、年休を取り参加 が、控訴人の主張である。 しかし、それだけで既に述べたようなケースワーカーの重責を果たせるとは考えられないし、また、制度がないために時間外に自主学習会を開いたりしていた。被控訴人は、年休を取り参加費も自分で払つて研修に参加し、勉強を続けなければならなかつた。 控訴人は、面接作業を主たる業務とする職種の場合は、通常の勤務内容における限り、精神的緊張はないと主張する。しかし、面接作業そのものに精神疲労を伴うものであり、被控訴人自身も、酒を飲んで来所する父親を相手にしたり、忙しすぎて保護者との信頼関係が出来なかつたり、施設の不足や制度の不備から行政との板挾みになつたり、児童移送で泣き叫んでいる子を施設に残し、逃げるようにして帰らねばならなかつた等のつらく割り切れない気持ちを訴えている。 2 業務内容(作業態様)と身体への負担について(一) 書字作業について(1) 書字作業の種類控訴人は、書字作業のうち、そのごく一部だけを取り上げて、その負担は少ないとの印象を与えようとしている。しかしながら、書字作業の中心を占める児童記録票の作成作業ならびに複写文書作成作業についての実情は後述のとおりであり、控訴人の主張は机上の空論である。書字作業には、措置停止、退所承認等の複写文書を含む各種文書の発行、各種台帳への記載、児童記録票(カルテ)の作成など五二種類もの異なつたものがあり、これら全体を検討するのでなければ、正しい結論は導くことが出来ない。なかでも、昭和四七年当時は、本来L主査が担当することになつていた受付台帳記載事務を被控訴人が代つてやつていたし、措置停止事務は大量に集中して、残業することもしばしばあつた。特に昭和四七年一二月から四八年一月までは、被控訴人が一人で措置停止事務を担当せねばならず、その際には児童記録の作成も集中し、肩がこちこちになる 事務は大量に集中して、残業することもしばしばあつた。特に昭和四七年一二月から四八年一月までは、被控訴人が一人で措置停止事務を担当せねばならず、その際には児童記録の作成も集中し、肩がこちこちになるのであつた。 (2) 児童記録票「本文」「経過記録」の作成摂丹児童相談所事務処理要領によれば、i 児童記録票の作成にあたつては、面接中は、必要最小限度の事項についてのみ記録するにとどめ、その他の事項については、面接が終わつてから整理して記載すること。 ii相談調査員は、原則として児童記録票の表側の欄の事項から、家庭の状況、学校関係、社会関係、遺伝関係、成育歴にいたるまでをすべて記載することとされている。 記録票の記載内容については、記載「項目」が様式化されているだけであつて、記載方法まで○×式になつているわけではない。一八才までは大体記録が保管されており、以後も何回も相談に来る場合があるので、誰が見てもわかりやすいように整理しておかねばならない。 したがつて、書字数もかなり多い。巡回相談や三才児精密検診、在宅重症心身障害児訪問指導などのように一日中面接を行つた後や、児童福祉施設入所措置が集中したとき(四七年四月等)、児童記録もそれに伴つて集中するので、書字数も非常に多くなる。一件当たり書字数の一番少ない措置停止事務の児童記録をみても、昭和四七年一二月二五日から二七日の二日半で一一七件の処理を行なつている。控訴人から提出された児童記録票をもとに算出しても、児童記録票記載四一〇六字プラスα、各種台帳への記載四五三九字、ガリ切り三七六字と複写文書の発行(カーボン紙をはさんでの五枚複写、一〇四五字)を行なつている。 当時は五、六部複写の文書が多かつたことと、なにより、一日の業務の流れのなかで、ほかの種々の業務を行いながら文書作成作業も行つているのであ ーボン紙をはさんでの五枚複写、一〇四五字)を行なつている。 当時は五、六部複写の文書が多かつたことと、なにより、一日の業務の流れのなかで、ほかの種々の業務を行いながら文書作成作業も行つているのである。件数についても、乙第一号証の一五によれば昭和四七年度との被控訴人の作成文書数は六四八件であり、これを文書処理できる一〇〇日で割ると、一日六、七件、これを一日二ないし四件の面接と児童記録作成の合間に行わねばならない。 控訴人は、現存する約九〇〇件の児童記録票のうち面接回数の三分の一は被控訴人以外の者が記載しているという。これは被控訴人以外の者が担当するケースについてまでも被控訴人が手伝つていたことを示すものであつて、むしろ被控訴人の業務量の多さを表すものである。 記載内容についても、面接時の記録はさしつかえのない事項について必要最小限度のことを記録するにとどめ、後で面接・出張・急ぐ文書の発行などの合間を縫つて行つていた。 児童記録票の書字作業は次々と決裁を受けていかねばならないほど件数処理に追われていたし、他の業務の合間にやつと行なつていた状態であつたので、とても手を休めて考えながら書く中断は許されず、素早く紙面を埋めていくという作業であつた。 「他の作業による中断」は決して書字作業の負担軽減を意味しない。その分作業密度が高くなるわけであるし、「他の作業」自体が書字を含む作業なのである。 (3) 複写文書作成作業ア当時は多い時で五、六枚複写であり、間にカーボン紙を挾み、かつ、非常に枚数の多い用紙に書くので筆圧が要求され、手指に負担がかかつた。 イ昭和四七年度は、他の係に比べて文書の多い心身障害係で、被控訴人一人で事務処理を担当して行うことになつていたので、集中して行つた。 ウ入所措置書の作成件数についても、控訴人が比較の根拠として乙第二五号 和四七年度は、他の係に比べて文書の多い心身障害係で、被控訴人一人で事務処理を担当して行うことになつていたので、集中して行つた。 ウ入所措置書の作成件数についても、控訴人が比較の根拠として乙第二五号証によれば、昭和四七年度では被控訴人を五九件としてもMの三七件をはるかに上回つている。また、乙第三号証によると入所措置件数は全部で四四〇件であり、これを控訴人主張の一四人で担当したとすると一人当たり三一ないし三二件であり、被控訴人は平均を遥かに上回つた仕事をしている。 エ措置停止業務等が集中した時は、児童記録の作成も同時に集中するので、肩がこちこちになる時期もあつた。 オ五六条一斉調査の名簿作りは、二部複写で間にカーボン紙をはさむが、用紙自体がわら半紙のような紙であつたので、非常に筆圧が要求されて、同じように手・指の負担が大きかつた(右肩-右腕-右手・指に力を入れて反復動作を行う。)。 (4) ゴム印、簡易印刷器の使用大量の文書を、急いで処理しなければならなかつたことが、ゴム印や簡易印刷器使用の理由である。時間的余裕があるならば、ゆつくり手で書く方が身体への負担が少なく楽である。簡易印刷器を使用するには、まず、原紙にガリ切りをせねばならず、それには手に力を入れて小さい字を書くので、手・腕に普通の何倍もの負担がかかつた。また印刷には、左手で原紙の枠を押さえ、右手でローラーを握つて印刷するが、両腕を浮かし、力を入れることにより、手指・腕・肩に負担がかかり、肩がこちこちになるのが常であつた。 ゴム印に付いて言えば、当時印箱は課に一つしかなく、被控訴人は一番若かつたため、ゴム印を常時使える状態にはなかつた。取り寄せにかかるカルテの昭和四七年一二月分を見れば、全くゴム印を使用していないことが明らかである。 (二) 所外業務における不自然な姿勢控訴人は 若かつたため、ゴム印を常時使える状態にはなかつた。取り寄せにかかるカルテの昭和四七年一二月分を見れば、全くゴム印を使用していないことが明らかである。 (二) 所外業務における不自然な姿勢控訴人は、児童移送及び訪問調査、在宅心身障害児訪問指導、重症心身障害児の訪問指導時の不自然な姿勢についての事実誤認を主張している。 (1) 児童移送児童移送のため、当時公用車もたまに使うこともあつたが、国鉄やバスを利用するのが普通であつた。公用車は所長の用務に優先して使用されていたのである。ちなみに、昭和四七年度に九回あつた児童移送のうち、公用車利用は二回に留まる。 保護者が同伴できない場合は、左腕に荷物をぶら下げて、小さい子供を抱いていくことすらある。幼児の場合は手を引き、時に、保護者が同行する場合でも、洗面用具、着替えなど、また学令児なら鞄に学用品を持つていくので、荷物も多くなり、分担して両手に持つて行つた。 たまに公用車を使用するばあいでも、障害児の手足に硬直・麻痺があり、その子供の姿勢に合わせて座つているため、被控訴人の上肢や肩に力が入る。 (2) 巡回相談多紀郡、氷上郡での巡回相談の場合は、朝七時に家を出て、帰宅は夜七、八時になつた、、相談は町役場や保健所など、児童相談にふさわしくない環境で、たくさんの児童や保護者がつめかけ、待ち草臥れて泣き叫ぶ子供や、ぐずつたり、走り回つたりする子供で騒然としたなかでの困難な作業である。会場の関係で、畳敷の部屋で、宴会用の机を使い、一日座つて、所内よりもずつと多数の相談を一度に受けるため、途中から頭もぼうつとし、終わると全身がぐつたりしていた。さらに代替がきかないため、体の調子が悪い時でも、薬を持参して無理な仕事を続けなければならなかつた。 (3) 訪問調査訪問調査の場合は、本来事務作業をする環境でない場所 ると全身がぐつたりしていた。さらに代替がきかないため、体の調子が悪い時でも、薬を持参して無理な仕事を続けなければならなかつた。 (3) 訪問調査訪問調査の場合は、本来事務作業をする環境でない場所で面接・聴取作業をせざるを得ないために、どうしても不自然な姿勢になるのである。 (三) 措置停止事務(1) 措置停止事務は春、夏及び冬の休みに各施設から集団で措置停止の申請がなされることが多いため、四月、八月及び一二月に集中する。それのみか、事務はそれらの期間に特定されるものではなく、通常は病気などで突発的に起こつてくることも多かつた。 本来は、心身障害担当係内で適宜分担することになつていたにもかかわらず、昭和四七年度はEケースワーカーが病気のため欠勤したため、同四七年一二月に冬休みで集中した一一七件の措置停止事務を被控訴人一人で行い、事務量も極端に増大したのである。 当時の作業方法は、カーボン紙を挟んで四、五枚複写の措置停止書を作成し、一人一人の児童について、当該カルテの経過記録にその旨を記入し、係印を二個、決裁印を一個押印して、決裁にあげるようになつていた。 数が多いため集中してやらねばならず、またその作業は措置費や保護者の負担金の額に係わるので、急いで処理する必要があつた。ところが、右申請は、措置停止の始まる直前か、始まつた後に提出されることが多いので、のんびりどころか、残業もしなければならなかつた。 画一処理できる業務でもなく、大量に一度に出されるが、施設毎、児童毎にその期間も異なり、機械的には処理できない。 簡易印刷器やゴム印の使用については、すでに述べたとおりである。 (四) 五六条一斉調査五六条一斉調査の事務は、大量の事務処理を要すること、カーボン複写で書類を作成すること、負担能力調書を作成し、保護者に郵送するだけでは足りず、納税証 すでに述べたとおりである。 (四) 五六条一斉調査五六条一斉調査の事務は、大量の事務処理を要すること、カーボン複写で書類を作成すること、負担能力調書を作成し、保護者に郵送するだけでは足りず、納税証明書等の提出を電話や手紙で再三にわたり督促し、それでも提出されなければ自宅を訪問して調査することまであり、全部終了までに一年近くかかる。負担金が決定しても、期限に納入されないときは、総務課員とともに家庭を訪ね、納付を督促することもあつた。 (五) ナンバリング新しいカルテを作る時に六、六箇所ナンバリングを打つが、そのことは統計にはあがらない。 ナンバリング打ちは重く、上肢に負担がかかる作業である。 (六) 面接における作業姿勢面接は、それぞれ異なる内容をもつた深刻な問題について、相談者との信頼関係を作り上げながら、解決方法を模索してゆくという、精神的負担の大きい業務である。 面接時の作業姿勢についても、面接の趣旨・目的に相応しいように、頭頸部から肩・腕・腰部を概ね同一の正しい姿勢に保持し(静的筋労作)、記録を取る手指は一定の反復動作を繰り返す(動的筋労作)。児童記録は手で持つて宙に浮かし、右手で記録していくなど、かなり不自然な姿勢が要求される。面接中も子供の表情や動き、発達状況を観察しなければならない。和室の時は、正座をしたうえ上体を丸め、頸部を前届するなど、さらに身体負担が大きい。 (七) 電話事務室には五、六人に一台しか電話機がなく、被控訴人の席から左又は右斜め前方に、目の高さまで腕を伸ばさないと受話器を取れない位置にあつた。座つたまま通話するには、上半身を捩じつた姿勢を取らざるを得なかつた。当時は、切り換えの効かない電話機であつたため、自席前にない電話機で受けることも多く、通話しながらメモを取るのに不自然な姿勢を余儀なくされた。また、 には、上半身を捩じつた姿勢を取らざるを得なかつた。当時は、切り換えの効かない電話機であつたため、自席前にない電話機で受けることも多く、通話しながらメモを取るのに不自然な姿勢を余儀なくされた。また、事の性質上、長時間の電話になることがあり、上肢への負担は一層増した。 (八) お茶汲み職場の同一課の職員全員の分を、一日何度かするのは、女性の仕事とされていた。 警察、学校、福祉施設の人など、来客に対しても同様であつた。被控訴人は入口の側にいて、いくら業務が忙しくても、来客があると中断して、すぐ立つてお茶をいれていた。 (九) 研修控訴人の言うように、「研修は講演を聞くようなもの」ではなく、兵庫県自治研修所の「昭和四七年度吏員研修実施要領」に明記されているように、研修は「吏員としての職務遂行能力に必要な知識、技能及び上級吏員の職務代行能力を養うため」公務として参加するのであつて、漫然と講演を聞くようなものではない。事前準備が義務付けられ、研修科目も多岐にわたり、討論形式で行うものもあり、問題演習もあつた。長時間座つていなければならないこと、講義ノートを作成し毎日研修所への提出が義務付けられ、研修期間終了後は所属長への復命をすることなど、種々の義務で縛られていた。通所には、地方公務員研修選書、六法全書、筆記用具、印鑑、運動着、運動靴を持参するものとされている。 被控訴人は、昭和四七年一一月三〇日から一二月二二日まで兵庫県自治研修所で研修を受けたが、たまたま暖房機が故障していたため、非常に冷えた部屋の中で研修を受けることになつたが、これによる身体の冷え込みが頸肩腕障害の発症を促進する一要素となつたと考えられる。 研修終了後は、留守中溜まつた仕事を集中して処理しなければならない。 (一〇) カルテ廃棄カルテ廃棄作業は、片手間にできることではない。カル が頸肩腕障害の発症を促進する一要素となつたと考えられる。 研修終了後は、留守中溜まつた仕事を集中して処理しなければならない。 (一〇) カルテ廃棄カルテ廃棄作業は、片手間にできることではない。カルテ内容を一件づつ精査し、廃棄すべきカルテについては、廃棄記録を作成するという根気のいる事務作業である。昭和五八年当時は三名ほどアルバイトを雇つて始めたが、期間内に終わらず、職員一〇数名で三日以上かかつて、漸く終えることが出来た。 カルテのフアイルは年間一二〇〇ないし一三〇〇件も増え、フアイル室に収容できなくなつており、裏庭に倉庫を建てたほどである。普段はカルテ廃棄作業の時間的余裕がない程忙しいのである。 (二) 時間外勤務控訴人は、超過勤務時間数が少なければ、業務繁忙はなかつたものとしている。しかし、残業の時間数は勤務実態を反映していない。控訴人の提出している超過勤務時間数は、超過勤務手当振り分けのために算出された時間数で、残業しても予算の裏付けがないため記録されない部分があり(このことは、関係者の常識となつている)実際には、記録上の時間数をはるかに上回る超過勤務が行われている。 急ぎの統計、入所措置書書き、巡回相談後の児童記録の整理などのもち帰り残業もあつた。他に、残業時間数に含まれていないが、日曜日の出張や月一回程度の日直があつた。日直では、保護者、関係機関の人と面接をしたり、調査、連絡指導等の業務を行つていた。 したがつて、業務の忙しさは超過勤務手当簿よりも、文書処理件数の方が正確に反映している。 3 作業量について(一) 控訴人の主張控訴人は、現存する児童記録票(昭和四六・四七年度分)約九〇〇件について調査を行つたとして、被控訴人の担当した業務量は少なく、業務量と発症との間に因果関係はないという。 しかし、その立論過程並びに論拠とする 、現存する児童記録票(昭和四六・四七年度分)約九〇〇件について調査を行つたとして、被控訴人の担当した業務量は少なく、業務量と発症との間に因果関係はないという。 しかし、その立論過程並びに論拠とする数字は著しく事実に反し、非科学的なものであり、到底説得力を持ち得ない。 (二) 控訴人の論拠に対する検討と反論(1) 業務の絶対量は数字として把握できない。 被控訴人が行う業務は、所内面接、児童記録票の記載、巡回相談、複写文書作成、訪問調査、児童移送、種々の調査、統計、研修等多種多様にわたつている。さらに、これに伴う文書作成、打ち合わせ、電話連絡、検討などもある。一日単位でみても、複雑多様な業務の連続である。 したがつて、業務量を数字として把握することは、不可能である。それを強いて数字で表そうという控訴人の試みは、数字に出ているもの以外の業務量をすべて切り捨て、被控訴人の業務負担を事実に反して過少に見せ掛ける手法に外ならない。 (2) 控訴人の立論の根拠としている数字は、被控訴人の業務量を反映するものではない。 ア控訴人は、専ら児童記録票における被控訴人の書字数に基づいて業務量を論じようとするのであるが、書字作業は、被控訴人の多種多様な業務の極く一部であり、児童記録票記載は、そのまた一部の業務に過ぎないし、その字数に基づいて全体の業務量を押し量るのは、無謀な試みか、さもなければ非科学的な試みである。 イ児童記録票(カルテ)はその大多数が既に廃棄され、被控訴人が実際に相談を受けて処理した件数のわずか一二パーセントしか残つていない。しかも、その残り方は著しく偏つており、そのまた一部が取り寄せられ、乙号証として提出されているに過ぎない。 その結果、心身障害相談の児童記録票では軽易な案件が多く残つているにも係わらず、養護・教護・触法行為等の相談では、複 く偏つており、そのまた一部が取り寄せられ、乙号証として提出されているに過ぎない。 その結果、心身障害相談の児童記録票では軽易な案件が多く残つているにも係わらず、養護・教護・触法行為等の相談では、複雑な案件ばかりの児童記録票が残つている。後者において複雑案件の占める割合は相談当時一四・六パーセントに過ぎなかつたものが、カルテ廃棄後の現存カルテでは八五・五パーセントとなつており、実態とは逆転した内容である。 控訴人は、これらの事実を百も承知の上、敢えて乙第五九号証、乙第八九号証等を提出し、被控訴人の業務量を過少なものとの錯誤に陥れようとしている。とりわけ、本訴提起後である昭和五八年秋に、約四〇〇〇件もの大量のカルテを廃棄し、その作業の指揮をとつたK証人自身が右趣旨の証言をしているのであるから、残存カルテによる数字が偏頗なものであることを熟知している筈である。 被控訴人は、本件認定申請をした昭和四九年五月以来、審査請求の段階から、カルテの全数調査を求め続けていたのであるから、控訴人の行為は訴訟における信義則にも反するものである。 ウ取り寄せにかかるカルテの記載時期は昭和四七年一一月三〇日から一二月二二日までで、その期間被控訴人は研修で出張し、殆ど児童記録票本文の作成に係わつていない。したがつて、この期間のカルテに被控訴人自身の記載した書字数が少ないのは当たり前である。 エ調査が杜撰であり、調査内容が信憑性に欠ける。すなわち、K証人の調査(乙第八二号証)以後、児童記録票は廃棄されていないにもかかわらず、提出された二カ月分の児童記録票は右調査に表れた数より八冊も不足しており、被控訴人の書字数の多い児童記録票が省かれている。また、被控訴人の書字数の算定にも、多くの脱落が見受けられる。 オ一方、比較の対象とされる被控訴人以外の者が作成したとされて より八冊も不足しており、被控訴人の書字数の多い児童記録票が省かれている。また、被控訴人の書字数の算定にも、多くの脱落が見受けられる。 オ一方、比較の対象とされる被控訴人以外の者が作成したとされている児童記録票本文は、多人数で合作したものであり、これらの総量と被控訴人一人の書字数を比較するのは不当極まりない。 カ被控訴人が長期の研修に出張し、児童記録票本文の作成に係わつていない時期ですら、児童記録票本文の書字数は二六人中第四位である。 キ心理判定員及び福祉事務所職員がたまたま児童記録票本文に記載したことがあるのを控訴人は過大に評価しているが、心理判定員が記載した字数は全体の三パーセントに過ぎず、福祉事務所職員が記載したと思われるもの(甲第五〇号証の二、記載者不詳分)を加えても四パーセントに満たない。また、児童記録票の作成は本来多人数で行われるものであるから、他人の関与はそれだけで被控訴人の負担を軽減したということにはならない。 (3) 発病の基準となる業務量は決まつていない。 仮に、控訴人の如く業務量を数量化し、他と比較してその多少を論じることができたとしても、どの程度の業務量であれば発症に至るかの基準が知られていない以上、その業務が発症の原因となつたか否かは、判断のしようがない。したがつて、発病原因となるべき業務量の絶対的基準は当初から存在しないのである。 しかも、業務が当該疾病の発病の原因となつたか否かは、業務態様、当該労働者の体力を含め本人にとつて過重な心身の負担となつたか否かを総合的に判断して決すべきなのである。 以上、いかなる意味においても、業務の一部の偏つた数字のみを以て、被控訴人と同僚との比較をすることは、因果関係否定の根拠となりえない。 (三) 被控訴人の負担した業務量は実際に多く、発病の原因となり得るものであつた。 ( いても、業務の一部の偏つた数字のみを以て、被控訴人と同僚との比較をすることは、因果関係否定の根拠となりえない。 (三) 被控訴人の負担した業務量は実際に多く、発病の原因となり得るものであつた。 (1) 業務量の増減は、業務の一部ではなく総量で判断すべきであるが、そのことを一応措いて、相談別処理状況を取り上げてみても、摂丹児童相談所作成にかかる「相談別処理状況」(乙第三号証)によれば、昭和四五年ないし四七年度において、各種相談中に占める心身障害相談の件数とその割合は年々増加してきている。 また、「施設入所措置件数調」(乙第七号証)によると、昭和四七年度職員一人平均四四件に対し、被控訴人は五九件と、平均を大幅に上回つていることが明らかである。 (2) 昭和四七年度後半の業務量について巡回相談のN、F担当分を被控訴人が代わりに行き、五六条一斉調査の担当件数では、九五五件中八一件担当し、多い方から四番目であり、児童福祉法三一条、三七条、同法施行規則二七条の事務的処理及び統計事務を被控訴人が一人で担当していた。措置停止事務は、春、夏、冬の休みに集中する。 情緒障害児短期治療合宿キヤンプは、七月から一〇月までの間開設され、被控訴人も参加し指導した。精神薄弱児(者)実態調査が八月に行なわれ、被控訴人は八五四件中九〇件前後を担当した。一一月には児童福祉施設措置児童実態調査を担当した。在宅重症心身障害児訪問指導を年間一一日行なつた。カルテ廃棄事務に九月頃従事した。 以上のように、昭和四七年度後半は業務量が増大したことが明らかである。 (3) 控訴人は、Eの休んだ期間は被控訴人は研修で業務に従事していない旨主張するが、前述のとおり、研修自体が相当の業務負担を有するものであるばかりか、その期間の仕事は他人がやつてくれる訳ではなく、研修終了後大量に集中してきた。 は被控訴人は研修で業務に従事していない旨主張するが、前述のとおり、研修自体が相当の業務負担を有するものであるばかりか、その期間の仕事は他人がやつてくれる訳ではなく、研修終了後大量に集中してきた。 (4) 控訴人は、新しい児童福祉施設が出来た時、入所措置が集中することはなく、いずれの年度も入所措置件数は少なく、かつ、平均している旨主張するが、昭和四七年四月、宝塚に肢体不自由児通園施設が開設されたため、入所措置書の作成件数は昭和四六年度の一八件が昭和四七年度に五九件と著しく増加した。 (5) 控訴人は、所内面接の件数についての原判決の認定は客観的根拠がない旨主張するが、原判決認定は、公務災害認定申請当時に、被控訴人が受付台帳等から調査した数字に基づくものである。この数字は早い時期から提出されており、それが誤りと言うなら、業務全体と資料全部を管理している控訴人自身がその根拠を示すべきである。 (6) 控訴人は、原判決は昭和四七年度の出張による面接回数を誤認している旨主張するが、原判決は、巡回相談件数を「最高で一日一五、六件」と認定しているのみであり、最低については触れていない。また、所外面接には、家庭訪問、出張相談、巡回相談などを含み、合計一三二件であり、決しておかしくない。 (7) 控訴人は、福祉年金の判定件数を通常の相談面接件数に計上することはおかしいと主張するが、福祉年金の判定のための面接において、被控訴人は受付面接をして必要事項を調査し、心理判定員にケースを引き継ぐとともに、児童記録票を作成し決裁を受けなければならなかつた。この面接は公金の支出に係わるものであるから、正確に調査する必要があり、特に神経を使う点があつたほかは、通常の面接業務と何ら変わるところはない。面接相談件数に計上して当然である。 (8) 控訴人は、巡回相談における被控 に係わるものであるから、正確に調査する必要があり、特に神経を使う点があつたほかは、通常の面接業務と何ら変わるところはない。面接相談件数に計上して当然である。 (8) 控訴人は、巡回相談における被控訴人の処理件数に心理判定員が処理した数が含まれている旨主張する。しかし、ケースワーカーは、巡回相談ではすべてのケースに係わるが、心理判定員は判定が必要なケースしか係わらないので、ケースワーカーが手一杯で、来談者を長時間待たせられないとき、一部手伝うこともあつた。逆に、ケースワーカーが心理判定員の本来の業務である遠城寺式乳幼児発達検査や、ソーシヤルマチユリテイ・テストを代行したりしていた。 心理判定員が面接し、児童記録票に記載した書字数は、被控訴人が長期の研修で出張し(昭和四七年一一月三〇日から一二月二二日)、児童記録票の記載に殆ど係わつていない時期ですら三パーセントに過ぎず、とるに足りない。 心理判定員が記載し、被控訴人が捺印しているものは、被控訴人が内容を確認したことを表しているのであつて、これは、書字数の統計上計上していない。 (9) 控訴人は、被控訴人の超過勤務の件数は少ない旨主張するが、超勤命令簿の数字で実際の残業時間を判断することは出来ない。 すなわち、超勤手当の額は年度当初から予算化されており、取り分け民生・福祉部局では、極めて圧縮した数字になつている。しかも、その配分は、各人の残業時間に比例して行われるわけではない。配分に当たつては、まず金額が決まり、それに合わせて残業時間が記載される。それでも、被控訴人は、昭和四五年度、同四六年度は第一位、同四七年度は第五位(一一人中)の残業時間が記載されている。 昭和四七年度宿日直日誌によれば、四月九日、五月七日、六月八日、七月二三日、九月一〇日、一〇月八日、一一月三日、一二月一〇日の祝祭日に日直し 同四七年度は第五位(一一人中)の残業時間が記載されている。 昭和四七年度宿日直日誌によれば、四月九日、五月七日、六月八日、七月二三日、九月一〇日、一〇月八日、一一月三日、一二月一〇日の祝祭日に日直していることは明らかである。 (10) 控訴人は、被控訴人のカルテ「経過記録」の記載字数は、平均三四字に過ぎない、複写文書の書字数は少ない、カルテの「経過記録」の整理は、ゴム印と簡易印刷器を使用し、書字数は少ない、カルテ一件あたりの経過記録の記録回数は、心身障害担当は少ない、カルテ一件あたりの文書処理回数も、他の相談と比較して少ない、カルテ一件当たりの書字数も少ない等とするが、前記のとおり理由がない。 (11) 控訴人は、措置停止文書の作成は必ずしも急がれない旨主張するが、措置費の支出や保護者の負担金に関するため、届出があり次第急いで行わねばならなかつたし、措置停止の届出は、事後や直前にくるから、事後処理となり、だからこそ急いで、集中して短時間のうちに処理しなければならなかつた。 (12) 控訴人は、面接後のカルテ整理には時間的余裕がある旨主張するが、これは児童相談所の仕事を全く知らない人が言う論理であり、全くの事実誤認であることは、以下の点で明らかである。 アこれでは、一日にどれだけたくさんの仕事をやつていようとも、決裁迄の期間が空いていれば楽ということになる。 ケースワーカーの一日の業務は、決裁用の書類作りだけではなく、面接・家庭訪問・巡回相談・児童移送・児童記録票の記載・複写文書の作成等多種多様なことを並行してやつているのであり、決裁にあげる迄の間、次々と相談を受け、それぞれ指導を続けているのである。 したがつて、忙しくて即日面接して即日決裁を受けることはほとんどなく、決裁を遡つて受けているのが実情である。 イ判定会議は一週間に一度しかな 、次々と相談を受け、それぞれ指導を続けているのである。 したがつて、忙しくて即日面接して即日決裁を受けることはほとんどなく、決裁を遡つて受けているのが実情である。 イ判定会議は一週間に一度しかなく、時間も半日と限られているため、判定会議に提出する件数が時期的に集中した場合は、一週間後の判定会議に分けて提出せざるを得ないので、入所措置書も遡つて発行している。(※印部分)乙第一七九号証によつて判定会議にあげられた日程を調べてみると、四六・五・一二件四七・三・二五八件※四七・四・五八件四七・四・二六七件四七・八・二三六件四七・九・六三件四七・一一・一二件四七・一一・二二二件となつているが、これは残存カルテ分であるから、実際にはもつと多く集中しており大変であつたことの証拠である。また、月初め等、施設が児童を受け入れる日の直前になつて相談があつた場合や、緊急を要するケースについては判定会議を待たずして上司と協議の上で入所させている。こういつたことは人間相手の仕事である以上当然あることである。 4 被控訴人の発病を促した人的・物的環境について(一) 人員不足と業務負担の増加(1) 昭和四三年ないし四八年当時の摂丹児童相談所においては、児童相談所執務必携基準に比し、ケースワーカー三名ないし七名が不足であり、これ以外の職種についても次のとおり不足しており全体として九名ないし一三名右厚生省基準より不足していた。 (2) 被控訴人発症前に被控訴人が所属する心身障害係、教育相談係五名のうちE、Fが一ないし四か月間病欠したことによつて被控訴人に業務負担がかかり発症の要因になつたのであり、更に被控訴人病欠中に同係の一名が、また被控訴人が半日勤務に復帰した時点に同係の一名がいずれも一か月程病欠してい いし四か月間病欠したことによつて被控訴人に業務負担がかかり発症の要因になつたのであり、更に被控訴人病欠中に同係の一名が、また被控訴人が半日勤務に復帰した時点に同係の一名がいずれも一か月程病欠している。 なお、付け加えるなら、控訴人は、Eが病気で欠勤したことさえ否定しているが、昭和四七年一二月一三日から昭和四八年一月九日までの約一か月間、「不確定神経衰弱症」で病欠したことは証拠上明らかである。 F病欠の間も関係機関との応対や巡回相談、電話の取り次ぎなどで被控訴人に負担がかかつたのである。 また、被控訴人が発症するのと相前後して、係員全員が、過労により病気で倒れたということだけではなく、その後、同僚のケースワーカー二名が頸肩腕障害に罹病したことも事実である。 (3) 疲労の蓄積と時間外勤務時間について控訴人は、発症の経過と業務量は関係がなく、被控訴人がつじつまの合うように症状を訴えているかのように印象づけようとするため、発症直前の超勤時間数、勤務日数等を示し、業務量の増加はないとしているが、しかし被控訴人の発症直前の業務処理件数の変動の波は明らかに増加していることを示している。 時間外勤務についていうと、超勤命令簿記載の時間数で実際の時間外勤務数を判断することができないことは、前記のとおり、昭和四七年当時、被控訴人が一番超勤時間が多かつたことは、同年九月、一〇月に何度か、日曜出勤した事実で明らかである。なお、この他に月一回程度の日直や、持帰り残業をやつたことも大きな負担であつた。 連続勤務日数も控訴人の主張に反し、次のとおりである。 昭和四七年度四月三~一五日(四月九日日直) 一三日間六月一二~一九日(六月一八日日直) 八日間七月一〇~一八日(七月一四~一六日研修) 九日間七月二〇~二六日(七月二三日日直) 六日間九月四~一一日(九月一 三~一五日(四月九日日直) 一三日間六月一二~一九日(六月一八日日直) 八日間七月一〇~一八日(七月一四~一六日研修) 九日間七月二〇~二六日(七月二三日日直) 六日間九月四~一一日(九月一〇日日直) 八日間一〇月一八~二八日(一〇月二二日日曜出勤) 一一日間一二月四~一六日(一二月一〇日日直) 一三日間また、控訴人は、被控訴人の主張はその症状の訴えをうのみにしたものであると言うが、患者が症状を訴えることは、客観的診断項目の一つであることは言うまでもなく、またこのことは基金自ら「他覚所見と本人の病訴とを考慮して判定する。」としたことと矛盾はしない。 被控訴人の症状の経過は本人が訴えているのみではなく、担当医師が客観的医学検査結果、診察結果から機能的、器質的障害を確認して診断しているのである。また、軽減勤務による症状軽減はまさに業務と発症の因果関係を示すものである。 (4) 全日勤務日数について控訴人は、出勤勤務日数をあげ、この数字が小さいので、この時期、忙しさが続いたとするのはあてはまらないとしているが、これは二重のごまかしである。 第一に、出張を勤務として日数に入れてないことである。それの不当性はいうまでもない。出張勤務は所内勤務と比較して軽易ではなく、むしろ肉体的にも精神的にも負担が大きい。どうしても出勤勤務日数で忙しさを判断したいのなら、出張を含めた全勤務日数ですべきである。出張が多い程、出張先で受けたカルテ記録や事後指導等事務処理の密度が非常に高まる。 第二に、他の職種、民間との比較で、少ないとしているが、これは比較の数字をあげないで、言つており、ごまかしである。民間のどの職種の、どんなデータに基づいていうのであろうか、少なくとも、出勤勤務が全日勤務のほとんどというのは、現業労働ぐらいであろう。 被控訴人だけではなく、 げないで、言つており、ごまかしである。民間のどの職種の、どんなデータに基づいていうのであろうか、少なくとも、出勤勤務が全日勤務のほとんどというのは、現業労働ぐらいであろう。 被控訴人だけではなく、ケースワーカーを含めた行政労働において、出張業務が一定の部分を占めるのは通常で、これをもつて民間と比較して忙しくないと主張するほうが、一般の常識と掛離れている。 第三に、控訴人は、被控訴人の勤務時間は民間のそれより少ないというが、これは被控訴人のした日曜出張、日直の数字を入れていない。これを入れると逆転し、被控訴人の勤務時間は民間平均より多くなる。 また、これ以外に前述の超勤時間が実際には多かつたことを考慮すると、更に勤務時間は多くなる。 (5) 控訴人は、被控訴人をとりまく作業環境は頸肩腕症候群と関係がないということを、証人O、同Pの証言をもつて証明しようとしているが、証人Oについていえば、自ら行つたと言う実地調査とは、摂丹児童相談所に来たものの、所長室で所長及び管理職とのみ四〇分程度懇談しただけであり、当然行うべき被控訴人や同僚ケースワーカーからの聞き取り調査や作業室環境調査も行つていない。このような粗末な実地調査で、被控訴人をとりまく作業環境に本症との関係はないという証言は信頼性がない。 また、証人Pも、同Oと同様、兵庫県の管理職の立場にある者であり、控訴人に不利な証言をしにくい立場にあるが、証言では「公民館で宴会に使うテーブルで相談をした。」とか、「子供が走りまわり、泣きさけぶ、騒がしい中で相談した。」と、被控訴人をとりまく所内外の面接とか、巡回での環境はかなり劣悪であつたことを認めざるを得なかつた。 (6) 電話について電話機での業務について、控訴人は、被控訴人が電話機のそばにいたという事実だけで、不自然な姿勢をとることはありえないと での環境はかなり劣悪であつたことを認めざるを得なかつた。 (6) 電話について電話機での業務について、控訴人は、被控訴人が電話機のそばにいたという事実だけで、不自然な姿勢をとることはありえないとしている。 しかし、五名の係に一台の電話機しかないうえ、他の係にかかつた時、切り換えができないため、長時間不自然な姿勢で受話器を持つたまま対応したり、メモを取つたりすることを余儀なくされたのである。 (7) 室温、机、椅子についてストーブは、被控訴人が発症した後、他の福祉施設が廃園になつた際、これを転用したものである。すなわち、面接室には足りず、観察室、遊戯治療室には設置されておらず、これが不充分ながらも設置されたのは被控訴人発症後の、最近になつてからである。このことは最近に至るまで暖房を完備するよう職場要求が出されていることから明らかである。 また、控訴人は、被控訴人の事務机と椅子の高さの調整では問題がなかつたということを、被控訴人が苦情を申し立てたことがないことを根拠に主張しているが、この件について、被控訴人が総務課に申し出たところ、購入はできないということで、総務課員が椅子の高さを調整しようとしたものの、ネジが錆びついて果たせなかつた。このため、被控訴人が座布団を二枚重ねて座ることを余儀なくされたのであつた。 (8) 冷えこみのはげしい事務室で一時間以上も面接したことについて暖房器具の不足のため、親にはオーバーを着てもらうが、こちらは切実な問題をかかえた親、問題のある親を前に、信頼関係を得るため、心を開いてもらうため、事務服で対応しなければならず、控訴人がいうごとく常識に反することをせざるを得なかつたのが実情である。 (9) 照明、備品、作業環境について事務室は、南面ではあつたが、照明器具が少なく、また、蛍光灯の配列が机の配列方向と直角 、控訴人がいうごとく常識に反することをせざるを得なかつたのが実情である。 (9) 照明、備品、作業環境について事務室は、南面ではあつたが、照明器具が少なく、また、蛍光灯の配列が机の配列方向と直角になつているため、室内の照度は不足であつた。当時は、電気料金節約のため、天気の良い日は、窓側は明るいとのことで窓側に座つていた役付に消されたが、配線の関係で部屋全体の照明はすべて消された。しかし、外光だけで仕事ができるのは南側の一列だけであり、被控訴人は一番若いので北側の暗いところに座つて仕事をしていた。照度不足は現在も同様で、このため個人で照明器具を持ち込んでいる職員が二名もいる。 福祉職場の実態は、とりわけきびしく、人員面、予算面できりつめられており、摂丹児童相談所でも毎回の判定会議の後、「電気料、電話料が予算を超えているので、今月はもつと節約して下さい。」と言われ、これは、石油シヨツクの時期だけのことではなかつた。とじひも、鉛筆の芯などの消耗品を総務課に要求しても、なかなか交付してもらえないどころか、無いのが実態である。 このようなことは、不満が大きく、毎年の組合要求提出の際には、児童相談所分会で数多くとり上げられている。 (10) 控訴人は、被控訴人の頸肩腕障害発症の原因を、業務以外に求めたいあまり、被控訴人が昭和四七年度に組合休暇を二回とつたこと、四月、五月の専免をとつたことを唯一の根拠に、あたかも被控訴人が特別熱心な組合活動家であるかのように印象づけ、発症の要因が組合活動に専念したためであるか、もしくはありもしない病気を組合の闘争目的にするためと思わせたいようであるが、これも事実と相違する。 控訴人が、児童相談所の職員が正当な組合活動を行うのに反感と偏見を持つのは個人の範囲内で自由であるが、これをもつて事実をねじ曲げることは許されない めと思わせたいようであるが、これも事実と相違する。 控訴人が、児童相談所の職員が正当な組合活動を行うのに反感と偏見を持つのは個人の範囲内で自由であるが、これをもつて事実をねじ曲げることは許されない。事実関係を述べるなら、児童相談所に配置された後、当時最も若いため、皆のいやがる分会役員を押しつけられたのを始めに、昭和四六年から同四七年七月までの間、組合阪神支部の青婦協副議長に、また、他の女性になり手がなかつたため、女性ポストを割りあてられた本部青婦協副議長についたのであつた。 このため、月一回の会議に出席することと、年二、三回のビラの原稿づくりに関与したが、ビラのガリ切りと印刷は主として書記がして、被控訴人はそういう作業はしていなかつた。 しかし、症状の悪化から、このような名目的な活動さえできなくなつたため、同年の七月に中途で、役職を降りることになつた。 被控訴人のとつた二回の組合休暇は、組合支部大会と青婦協本部大会に出席するためであつて、なんら特別熱心な組合活動に参加したためではない。組合大会は通常一年に一回行われ、一般組合員の代表が参加して、全組合員の意志を反映させるごく当然の大会である。このため、被控訴人が一年にたつた二回の組合休暇をとつただけで、あたかも特別熱心な組合活動家であり、ましてこの二回の参加が頸肩腕障害の発症の原因となつたと主張するに至つては、何をか言わんやである。 事実はこの時期、被控訴人は症状の悪化のため、一般組合員が行う組合活動からでさえ離れていたが、青婦協支部役員をしていたことから、年一回の組合大会に分会代表として出席したのであつた。 また、四月の専免は、人事課長交渉のため神戸に赴いたのであるが、これは副議長の立場上、本部組合役員の交渉の場に同席したのみであつた。 また、症状の悪化した時期、五月の専免なるものは、沖縄 のであつた。 また、四月の専免は、人事課長交渉のため神戸に赴いたのであるが、これは副議長の立場上、本部組合役員の交渉の場に同席したのみであつた。 また、症状の悪化した時期、五月の専免なるものは、沖縄返還にともなう全国的祝日を控訴人が組合専免と勘違いしたものである。 (11) 同僚の頸肩腕障害の発症について控訴人は、同僚に頸肩椀障害発症の事実はなかつたと主張し、あたかもGが被控訴人の訴訟を有利にするため、ありもしない病気を頸肩腕障害と言つているように主張している。 しかし、Gが、分会世話人になつたのは昭和六一年からである。また、発症したのは昭和五四年五月で、これは本人のみが症状を主張しているのではなく、公的病院の診断のもとになされている。これに基づいて、当局もGに三か月間の休職を命じている。昭和五四年八月に提訴した本件のために、当時組合役員に縁もゆかりもないGが病気にかかると言うことはあり得ない。 Hの頸肩腕障害罹病の事実も否定しているが、まぎれもない事実である。 5 私病説に対する反論(一) 控訴人は、本件疾病の発症は業務以外の原因によるものである旨主張し、発症原因を専ら被控訴人の基礎疾病ないしは基礎体力の欠陥に求め、(1) 昭和四七年五月渡辺病院で「胆嚢症、胃炎、両下肢筋痛症」の診断を受けており、これらの基礎疾病を有していた、(2) 第七頚椎と第一胸椎の間の凸側湾及び頸椎全体の右旋、(3) 低血圧(4) 微熱、虚弱体質、基礎能力の劣つていること、(5) 心身症、(6) 眼機能障害による眼精疲労、(7) うまれつきの性格、思想、組合活動、労働適性、(8) 発病後長期間の休業、大幅な勤務軽減、従事事務の変更を行つてもその愁訴が消失せず、現在なお通院を要するのは、業務起因性を否定させるという。 控訴人の右主張の根拠であるO、I両医師の意 働適性、(8) 発病後長期間の休業、大幅な勤務軽減、従事事務の変更を行つてもその愁訴が消失せず、現在なお通院を要するのは、業務起因性を否定させるという。 控訴人の右主張の根拠であるO、I両医師の意見は、非科学的であり根拠のないものである。すなわち、両医師が本件の業務起因性を否定する根底には、頸肩腕障害はその発症原因が不明であり、業務に因つて起こりうるとしても、手指の反復作業でしか起こらない、とする考えがある。両医師はそもそも手指作業者以外に発症した頸肩腕障害について、頭から業務との関連性を否定してかかつている態度ないし先入観が窺える。 しかし、現在保育所や社会福祉施設労働者、学校給食調理員、電話交換手は言うまでもなく、一般事務職にも労働条件の如何によつては、発症がみられることは、常識となつている(労働省の認定通達等)。西淀病院においても、頸肩腕障害患者のうち、事務職は全体の二一・四パーセントを占め、その六六・七パーセントは一般事務となつている。 次に、両医師の議論は、被控訴人の発症以後の諸症状を、しかも必ずしも信頼性のない断片的な資料で組み立てていることである。 本件で問題となつているのは、発症当時の疾病が業務起因性を有するか否かである。だとすれば、発症以前の諸症状が業務とどう係わつていたか、作業負担に見合つた症状、所見であつたかを解明するのが本旨でなければならない。発症以後、現在の症状や身体所見を詮索してみても、それはその病気を修飾する要因とはなり得ても、発症原因の解明には繋がらない。両医師の議論は因果関係を論ずる際の基本から逸脱したところから始まつている。 (二) 控訴人の右個別の主張について(1) 右(1)について医療機関で診察を受ける場合、臨床上必要な診断をするために行う諸検査については、取り敢えずある病名をつけて検査をし、そ ら始まつている。 (二) 控訴人の右個別の主張について(1) 右(1)について医療機関で診察を受ける場合、臨床上必要な診断をするために行う諸検査については、取り敢えずある病名をつけて検査をし、その費用を保険請求することが一般に行われている。 被控訴人の場合も右病名は検査実施のため、取り敢えずつけられたもので、それが正式の診断でないことは、その後これに対する治療が全く行われていないことで充分証明されている。 (2) 右(2)について臨床において、エツクス線撮影時の姿勢矯正の具合等によつても、頸椎等の僅かな側溝は日常見られる。二・五ミリ程度のずれは生理的範囲として、容認されている。このずれによつて被控訴人の頸肩腕障害発症を説明することは到底できない。 (3) 右(3)についてO医師は被控訴人の頸肩腕障害発症の原因を業務以外の原因、とりわけ低血圧を「重大素因を構成する」として、殊更重視している。 しかし、その論旨には、五点の疑問がある。 第一は、O医師自身の作成した一覧表によつても、昭和四七年六月から同四九年九月までの間、被控訴人は低血圧の数値を示していないことである。発病の素因というなら、発病前か、少なくとも発病当時には存在したはずである。それが見られず、むしろ通常の値を示していたことは、低血圧は疾病形成への影響のないことを物語るものである。 第二に、もし低血圧が当初から見られたとしても、被控訴人の発症当初の詣症状のなかで、最も中心的であつた頸・肩・腕などに係わる訴えを、低血圧では説明できないことである。 第三は、内科臨床的には低血圧とは最高血圧一〇〇以下とされている。そして、例え一〇〇以下でも症状が無い場合や、あつたとしてもその症状の原因が他に求められる場合は、低血圧とはしないのが、臨床医の常識となつている。 第四に、O医師作成にかかる一 〇〇以下とされている。そして、例え一〇〇以下でも症状が無い場合や、あつたとしてもその症状の原因が他に求められる場合は、低血圧とはしないのが、臨床医の常識となつている。 第四に、O医師作成にかかる一覧表によつても、被控訴人の最高血圧値が一〇〇以下を示しているのは、三〇回中僅か一回、九六というのであつて、一〇〇をわずかに下回る程度であり、測定誤差の範囲として現れうるものである。これをしも低血圧というのは、理由よりも結論が先走りしているとの感を禁じ得ない。 第五は、低血圧者は一般に低体温傾向を示すことが多いというよく知られた事実に反し、被控訴人に微熱がみられるという矛盾について、何らの説明がないということである。 以上、被控訴人の病因を低血圧に求めようとするO医師と控訴人の主張は、それ自体矛盾撞着だけであり、医学的に到底なりたたない独自の見解に留まる。 (4) 右(4)についてO医師の意見書では、微熱と頸肩腕障害とは何ら関係なく、微熱のあることは、本人の素因を窺わせるという。 しかし、昭和四九年から同五九年までの一一年間に微熱の記載があるのは数回にすぎず、持続したものではない。 しかも、頸肩腕障害は過労性疾患であり、頸・肩・腕などの局所の過労だけでなく、全身疲労、特に精神神経の疲労を基盤にして、発病している場合が多く、その結果自律神経症状が強く現れ、いわゆる不定愁訴が著明なことが珍しくない。自律神経中枢の過労は、体温調節機能を衰えさせ、微熱や寒気、気温変化への過敏性が現れる。このように、頸肩腕障害の患者には、長期にわたつて微熱が持続するケースで、他疾病の検査をおこなつても、頸肩腕障害以外に何の異常も見出せないケースが少なくないのである。 発病後何年も経つてからの微熱と虚弱体質とを結びつけ、これを発病の原因とするのは、曲論と言うほかない。 (5) の検査をおこなつても、頸肩腕障害以外に何の異常も見出せないケースが少なくないのである。 発病後何年も経つてからの微熱と虚弱体質とを結びつけ、これを発病の原因とするのは、曲論と言うほかない。 (5) 右(7)についてこのような「意見」を表明して憚らないことに、I医師の労働者、労働組合に対する偏見と嫌悪の情が露骨に現れている。 (6) 右(8)について疾病の治癒が困難であることと、業務起因性とは別の事柄であり、両者を混同することはできない。次に、本件疾病の治癒までの期間が長引いたには、その理由がある。 第一に、頸肩腕障害という疾病が慢性的過労から生じ、そのため発症は緩徐で、経過も慢性化することが多いことである。 第二に、発病初期の医師にこの病気に対する理解と対応が不足していた場合、病気をこじらせてしまい、難治性となつてしまうことである。 第三に、発病後の療養条件が悪かつたことである。初期の大切な時期に周囲(職場・家庭)の理解が乏しく、充分な休養と療養ができなかつたことである。公務災害として今尚認定されず、身分と賃金、療養費の保障が不十分なまま、一〇年余を過ごさねばならなかつたことは無視されてよいことではない。 第四に、職場の上司から、種々嫌がらせ、差別を受けるなど、精神的圧迫を受け続けたことである。このような人的環境に置かれれば、治る病気も治らないのではなかろうか。 第三証拠関係(省略)○ 理由一被控訴人の経歴と本件処分等の存在請求原因1、3の事実については当事者間に争いがない。 二被控訴人の疾病の発症経過被控訴人が昭和四八年三月二二日、西宮病院において、頸肩腕症候群との診断を受け、同年四月五日には淡路病院において、頸肩腕症候群との診断を受けたこと、被控訴人が同年五月二五日から西淀病院に通院するようになつたことは当事者間に争いがな 宮病院において、頸肩腕症候群との診断を受け、同年四月五日には淡路病院において、頸肩腕症候群との診断を受けたこと、被控訴人が同年五月二五日から西淀病院に通院するようになつたことは当事者間に争いがないところ、右争いのない事実に原本の存在、成立に争いのない乙第五二号証の二、第七二、七三号証、第七四号証の一ないし四、第七五号証の一、二、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の二、同号証の四ないし九、同号証の一二、第三四号証の一ないし六、第三七、三八号証、第六六号証、原審証人Oの証言、同証言により真正に成立したものと認められる乙第二四号証、弁論の全趣旨、同趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二九、三〇号証、第三九号証及び原、当(第一回)審における被控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。 1 被控訴人は、昭和二一年八月二八日生れの女子で、郷里(淡路島)において保育所を経営する親の下において高等学校卒業まで成育し、その後、同四〇年四月、右親の職業の関係から社会福祉に関する事柄が身近に感じられたこともあつて、大阪府立社会事業短期大学社会事業科に入学し、同科を経て同四三年三月三一日、同大学専攻科を卒業した。被控訴人は、同大学において、社会福祉、児童福祉等に関する教科(児童保護制度論、児童心理学など)を学んだ。 被控訴人は、右大学卒業後の同年四月、兵庫県の福祉関係の相談調査に携わる職種である相談調査員等の採用試験を受け、同職種でもつて兵庫県に採用されて摂丹児童相談所に配属され、同所相談指導課に相談調査員として配置された。被控訴人は、出生直後に兎唇の手術を受けたほかは大病に罹患することなく経過し、右採用時に受けた健康診断においても異常を指摘されることはなかつた。 2 被控訴人は、同年四月以降、摂丹児童相 配置された。被控訴人は、出生直後に兎唇の手術を受けたほかは大病に罹患することなく経過し、右採用時に受けた健康診断においても異常を指摘されることはなかつた。 2 被控訴人は、同年四月以降、摂丹児童相談所において、後記認定のような相談調査業務等に従事し、当初は仕事や職場に慣れないこともあつて疲労を覚え帰宅して就寝するのがやつとという状況にあつたが、右疲労も一晩眠れば回復した。その後、被控訴人は、児童移送で幼児を抱いて行つた際に背部の痛みや肩凝りを感じ、あるいは訪問調査で歩き回つた折には足が疲れることがあり、また、同四五年五月には風邪を引いて高熱を出し、九日間程休業することがあつた。そして、被控訴人は、同年九月ころから頭痛、肩凝り、全身のけだるさ、不眠の状況が続き、同四六年六月ころには頭痛がよくあるため頭痛止めの薬を常時持ち歩くようになり、また、不眠は続き、かつ、右背部痛を感じ、同年一〇月、腕の脱力感を覚えたりし、同年一二月二八日の御用納めを終えた後帰郷した際、同日夜から風邪のため高熱を出し薬を服用するも容易に解熱しなかつた。 被控訴人は、同四七年四月ころ、不眠と共に朝起きにくく感じるようになり、また、全身の脱力感を覚え、目の充血が始まり、微熱が続き、身体が硬直してけだるく歩けない、頭重感、冷汗、身体の震え、目の霞などの症状を訴えるようになつた。被控訴人は、右症状について、頸肩腕症候群ではないかと疑い渡辺病院で受診し、レントゲン検査等を受けたが、異常はないと診断され、ビタミン剤の投与を受けるにとどまつた。同年六月中旬には、微熱がなくなり歩行困難も解消したが、その他の前記症状は継続した。そこで、同月二六日、被控訴人は、西宮病院内科で受診したが、異常なしとの診断を受け、同病院から投与された薬剤の服用を継続した。その後も右症状は変わらなかつたが、 したが、その他の前記症状は継続した。そこで、同月二六日、被控訴人は、西宮病院内科で受診したが、異常なしとの診断を受け、同病院から投与された薬剤の服用を継続した。その後も右症状は変わらなかつたが、同年一〇月、右症状は全体的に改善に向かうかのごとくであつた。同年一一月三〇日から同年一二月二二日まで参加した研修の際には、肩、腕の痛み、背部痛を感じた。 被控訴人は、同四八年二月ころから不眠、右肩・背中の痛み、頭重感、全身の硬直、歩行困難等の前記症状の憎悪が生じたため、同年三月七日、西宮病院整形外科で受診したところ、頸肩腕症候群との診断を受け投薬治療を受けたが、休業等の指示を受けなかつたので、その後も仕事を継続した。ところが、被控訴人の症状は依然として改善されないので、同月一五日及び二二日、同病院同科のO医師の診察を受け、頸肩腕症候群により約二週間の休業加療を要する旨診断されたので、同月二三日、右同旨の診断書を勤務先に提出し、翌二四日、事務の引き継ぎをした後、同月二六日から休業した。 3 被控訴人は、休業開始後、郷里の親元に帰り、しばらく寝たきりの生活をした後、同年四月五日、淡路病院で受診したところ頸肩腕症候群と診断され、以後同病院に毎日通院して投薬と牽引治療を受けたが、症状は左程改善されず、同年五月二四日、同病院医師から就業することを勧められた。そこで、被控訴人は、同月二五日、西淀病院で受診したところ、同病院Q医師によつて頸肩腕症候群のため約一か月の休業加療を要するとの診断を受け、以後、二か月休業の上同病院に通院して理学療法、整形外科機能訓練、マニプレーシヨンを主とした治療を受け、その後も就業制限の上通院治療を受けた。 なお、被控訴人は、昭和四八年三月当時、未婚であつた。 以上の事実によると、被控訴人は、その公務従事期間中の昭和四八年三月ころに レーシヨンを主とした治療を受け、その後も就業制限の上通院治療を受けた。 なお、被控訴人は、昭和四八年三月当時、未婚であつた。 以上の事実によると、被控訴人は、その公務従事期間中の昭和四八年三月ころには頸肩腕症候群(以下、本件疾病という。)に罹患していたものということができる。 三被控訴人の従事した業務内容、業務量及び執務環境等について被控訴人は、本件疾病は被控訴人が摂丹児童相談所において従事した公務に起因するものである旨主張するので、まず被控訴人の従事した業務内容、業務量及び執務環境等の諸事情について検討する。 前掲乙第一号証の二、第六六号証、原本の存在、成立に争いのない乙第五六号証、成立に争いのない甲第五、六号証、第七号証の七ないし一〇、第一二号証の一ないし四、第三六号証、乙第一号証の三、一一、一四ないし一七、第五、六号証、第八号証、第一〇ないし一二号証、第一三号証の六、九、一二ないし一七、第一五号証、第一七号証、第二七、二八号証、第四一号証の一、二、第四三ないし四七号証、第六五号証、第六七号証、第一六九、一七〇号証、第一七四号証、第一八四号証の一ないし三、被控訴人が昭和六三年七月一六日に撮影した兵庫県西宮児童相談所の庁舎の写真であることに争いのない甲第四九号証(ただし、説明部分を除く。)中右写真部分、証人Pの証言、同証言により真正に成立したものと認められる乙第二五、二六号証、原審における被控訴人本人尋問の結果(一部)、同結果により真正に成立したものと認められる甲第八ないし一一号証、第一三号証、弁論の全趣旨、同趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二ないし四号証、第七号証、第九号証、第一三号証の一、第一四号証、第四〇号証、第四二号証、第九七号証の一ないし三、第九八、九九号証の各一ないし五、第一〇〇号証の一ないし三、第一〇一号 認められる乙第二ないし四号証、第七号証、第九号証、第一三号証の一、第一四号証、第四〇号証、第四二号証、第九七号証の一ないし三、第九八、九九号証の各一ないし五、第一〇〇号証の一ないし三、第一〇一号証の一ないし五、第一〇二号証の一ないし三、第一〇三号証の一、二、五、第一〇四ないし一〇八号証の各一ないし三、第一〇九号証の一ないし六、第一一〇号証の一ないし四、第一一一ないし一一四号証の各一ないし三、第一一五号証の一、二、第一一六ないし一三七号証の各一ないし三、第一三八号証の一ないし五、第一三九ないし一四六号証の各一ないし三、第一四七号証の一(二通)、三、第一四八ないし一五二号証の各一ないし三、第一五三号証の一ないし六、第一五四号証の一ないし三、第一五五号証の一ないし四、第一五六ないし一六七号証の各一ないし三(ただし、右枝番を含む第九七ないし一六七号証中、ゴム印記載部分及び簡易印刷器による部分との表示のある部分の成立については争いがない。)、第一八七号証、西宮児童相談所の外観及び事務室内の写真であることに争いがなく、弁論の全趣旨により昭和六三年五月六日に同所長R撮影にかかる写真であることが認められる乙第一七一、一七二号証、証人Sの証言(一部)及び当審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回。ただし、一部)を総合すると、次の事実を認めることができる。 1 摂丹児童相談所について児童相談所は、児童福祉法に基づいて都道府県に設置されるものであり、兵庫県においても神戸市を除くその他の地域を管轄する児童相談所として中央児童相談所(淡路分室を含む。)、摂丹児童相談所(ただし、昭和五七年四月、西宮児童相談所と名称変更)、播磨児童相談所及び但馬児童相談所が設置されている。なお、中央児童相談所は、県下の四児童相談所の総括的役割を担う地位にある。摂丹児童相談 相談所(ただし、昭和五七年四月、西宮児童相談所と名称変更)、播磨児童相談所及び但馬児童相談所が設置されている。なお、中央児童相談所は、県下の四児童相談所の総括的役割を担う地位にある。摂丹児童相談所の管轄する地域は、尼崎市、西宮市、芦屋市、伊丹市、宝塚市、川西市、三田市、川辺郡<地名略>、氷上郡及び多紀郡であり、その合計面積は一五〇〇平方キロメートル(一〇〇平方キロメートル未満切り捨て。以下、同じ)、人口は一五六万人(一万人未満切り捨て。以下、同じ)、児童数は四六万人一(一万人未満切り捨て。以下、同じ)(ただし、昭和四六年当時)である。ちなみに、中央児童相談所におけるそれらは、一五〇〇平方キロメートル、八五万人、二二万人、播磨児童相談所におけるそれらは、二五〇〇平方キロメートル、八三万人、二八万人、但馬児童相談所におけるそれらは二一〇〇平方キロメートル、二二万人、六万人である。 摂丹児童相談所には、総務課と相談指導課が置かれ、その分掌事務は、総務課において、庶務に関すること、児童の一時保護に関すること、児童の措置に要する費用の徴収に関すること、相談統計に関すること等であるとされ、相談指導課において、児童の相談、調査、指導及び措置に関すること、親権者及び後見人に関すること、里親及び保護受託者に関すること、相談記録等の整理及び保管に関すること、児童及びその家庭につき、医学的、心理学的、教育的、社会学的及び精神衛生上の判定並びにこれらに付随する指導及び助言に関することであるとされている。 被控訴人が摂丹児童相談所に配属され本件疾病が発症した昭和四八年三月までの間に右相談指導課に配置された職員数は、合計一四名の児童福祉司及び相談調査員(ケースワーカー)であつたが、うち一名の児童福祉司は同課課長であり、うち二名は総務課に派遣され兼ねて相談指導課の 月までの間に右相談指導課に配置された職員数は、合計一四名の児童福祉司及び相談調査員(ケースワーカー)であつたが、うち一名の児童福祉司は同課課長であり、うち二名は総務課に派遣され兼ねて相談指導課の統計事務や庶務事務等の業務に従事するにとどまつた。 2 被控訴人の配置と職務分担被控訴人は、前記のごとく摂丹児童相談所相談指導課に配置され、相談調査員として勤務し、この間、昭和四六年八月にそれまでの主事補(事務員)から主事(事務吏員)に昇格するという身分上の変動はあつたが、一貫してほぼ同じような業務に従事した。被控訴人の基本的な業務は、児童の保護者等から児童に関する個々の問題について相談を受け、児童及びその家庭について必要な調査を行ない、その調査及び心理判定員等による判定に基づいて助言指導を行ない、また、児童福祉法に定める措置が行なわれる場合には、その権限を有する児童相談所長の補助者としてこれに関する具体的な事務処理等を行なうこと(以下、相談調査事務という。)であつた。 そして、相談指導課における業務は各ケースワーカーによつて分担されて処理されたが、その分担の方法は、同四七年四月までは摂丹児童相談所の管轄区域を幾つかの地区に分け、地区別に数人のケースワーカーで班を構成し、その班内部で各ケースワーカーの担当地区及び担当相談種別を定めて行なわれ、同年五月以降は相談種別毎に数人のケースワーカーで係を構成し、その係内部で各ケースワーカーの担当地区及び担当事務を定めて行なわれた。 被控訴人は、同四三年四月から同四五年八月までは伊丹市、川西市及び宝塚市地区の養護、精神薄弱、肢体不自由及び重症心身障害の各相談を、同年九月から同四六年三月までは西宮市地区の右各相談のほか保健、視聴覚言語障害、性向、適正及びしつけの各相談を、同年四月から同四七年四月までは宝塚市 、精神薄弱、肢体不自由及び重症心身障害の各相談を、同年九月から同四六年三月までは西宮市地区の右各相談のほか保健、視聴覚言語障害、性向、適正及びしつけの各相談を、同年四月から同四七年四月までは宝塚市及び多紀郡地区の右各相談のほか自閉症相談をそれぞれ担当し、同年五月以降は肢体不自由、視聴覚言語障害、重症心身障害、自閉症及び精神薄弱の各相談を担当する心身障害相談係に配置され、地区としては伊丹市、川西市、宝塚市及び多紀郡地区を担当したほか、係内の事務的処理も担当した。 3 被控訴人の従事した具体的業務内容(一) 所内面接面接は、児童の保護者等の来所又は電話による申し出、関係機関からの文書、電話による通告等が端緒となり、面接日時を予約して児童やその保護者と所内で面接する。面接日時の予約は、保護者等に葉書や手紙を出し、関係機関に呼び出しの依頼をして行なうことがある。 面接に先立ち、右面接が新規のケースか再来のケースかを索引台帳によつて確認し、新規のケースであれば、カルテの用紙(表紙、児童記録票、経過記録票など)をセツトして準備し、再来のケースであれば、ロツカー、書庫、フアイル室等から従前のカルテを取り出してその内容を一読して面接に備える。また、関係機関から文書等が送付されているときは、これに目を通し、場合によつては面会又は電話により関係機関の職員から相談に関する情報を聴取しておくこともある。 このような準備を経て児童等との面接を行なうが、通常は、洋室の面接室で円卓に向かい椅子に腰を掛け、児童等と向き合つて行ない、右洋室が塞がつている場合には、二階に設けられた和室の面接室で畳に座つて行なうこととなるが、右和室を使用することは多くはなかつた。なお、右和室は、重症心身障害児の面接のために設けられたものである。 面接においては、保護者等からその悩みや要望 れた和室の面接室で畳に座つて行なうこととなるが、右和室を使用することは多くはなかつた。なお、右和室は、重症心身障害児の面接のために設けられたものである。 面接においては、保護者等からその悩みや要望等を聞くと共に、ケースワーカーからの助言指導あるいは措置に必要な児童及び児童を取り巻く環境等について聴取する。その際、面接を行ないながらカルテの児童記録票の一部(氏名、住所、主訴、家族構成、成育歴の欄など)に文字又は丸印を付すなどして記入可能な事項を記入し、その他の面接内容についてはメモを取るが、右カルテへの記入は保護者等からその記載内容を見られないよう注意して行ない、そのためカルテ用紙を片手に持つて記入することとなる。ケースワーカーは、右面接において、保護者、児童の態度などの観察や児童の発育状況等の観察を行ないつつ、事案の内容をできるだけ正確に把握し、法的な措置を必要とする事案かどうか、どのような助言指導が妥当かどうかなど、その処理方針について検討する。また、面接に当たつては、相手の緊張を和らげるように努めると共に相手の人格と個性を尊重し信頼関係を保持し得るよう配慮するが、自らが緊張するということは少ない。 面接時間は、通常の場合、一時間程度であるが、間に心理判定員による心理判定が行なわれる場合には、一時間三〇分ないし二時間を要することもある。一日における通常の相談の所内面接件数は、平均して一件位であるが、三、四件を行なうこともある。 (二) 面接後のカルテの整理所内面接終了後に、右面接が初回の場合には索引台帳、受付台帳及びカルテにナンバリングによりケース番号を打ち込み、索引台帳に児童の氏名、生年月日、担当者の氏名、相談の種別、相談内容などを記入するほか、カルテの児童記録票の補足、まとめ(児童の描写、家庭、両親像と養育態度、問題点の分析、指 りケース番号を打ち込み、索引台帳に児童の氏名、生年月日、担当者の氏名、相談の種別、相談内容などを記入するほか、カルテの児童記録票の補足、まとめ(児童の描写、家庭、両親像と養育態度、問題点の分析、指導指針などの欄に必要事項を記入)を行ない、さらに関係機関との文書の交換がある場合にはこれについてカルテの経過記録票に記載したうえ、同票に所長以下の決裁欄判と自らの印を押捺し、処理決定調書の決裁日欄に年月日を算用数字(例えば、46 51)で記入し、事項欄に所定事項と年月日を右同様に記入し、担当者欄に自らの印を押捺して所長以下上司の決裁を受ける。なお、右決裁は、面接日当日に受けることもあるが、必ずしも厳守されているのではなく、その後日を経過して受けることもある。二回目以降の決裁も右と同様にして行なわれる。 右のような面接後のカルテの整理は、分析、判断等の思考を要するものであるため、初回の面接において約四〇分ないし一時間、二回目以降の面接において約三〇分ないし四〇分を要する。 (三) 判定措置会議ケースによつては一回の面接だけでケースワーカーによる助言指導をもつて終了するものもあるが、二回以上の面接をし、経過を観察したうえで法的な措置が必要と考えられるケースもある。このようなケースについては、具体的な措置を決定するため、判定措置会議に上程して検討される。右会議は、所長、副所長、相談指導課長のほか、一一名のケースワーカーと心理判定員等が出席して毎週一回(おおむね水曜日)午後の半日をかけて行なわれる。 右会議には、自己の担当ケースが討議されない場合にも出席し検討に加わるが、担当ケースが討議される場合には、そのケースの児童の氏名、生年月日、住所、保護者名、相談種別、相談内容などを記載した資料を作成して提供する。会議では、担当ケースについて説明し採るべき 討に加わるが、担当ケースが討議される場合には、そのケースの児童の氏名、生年月日、住所、保護者名、相談種別、相談内容などを記載した資料を作成して提供する。会議では、担当ケースについて説明し採るべき措置について意見を述べる。 (四) 措置関係文書の作成及びカルテの整理判定措置会議の結果、担当ケースについて児童福祉施設への入所措置が行なわれることとなつた場合には、関係機関及び保護者にその旨を通知、連絡し、保護者に対し、課税証明書等の必要書類の提出方を指示し、他方、施設と連絡を取つて入所の承諾を得るほか、入所措置書、重症心身障害児施設入所措置協議書、負担能力(決定)調書(以下、負担能力調書という。ただし、被控訴人が負担能力調書作成事務を担当するようになつたのは、昭和四四年以降である。)などの右措置を行なうについて必要な文書を作成し、同時にカルテの児童記録票の措置欄に措置の内容等を記入(なお、実際には右欄への記入は厳格には行なわれず、経過記録票にその旨を記入してこれに代えていることが窺われる。)して決裁を受ける。 また、入所措置をしたケースについて、措置を停止する必要が生じた場合には措置停止書を、在園(所)期間の延長をする場合(児童福祉法三一条、三七条、六三条の二)にはその旨の承認書を、措置を解除する場合には退所承認書をそれぞれ作成し、同時にカルテの経過記録票、処理決定調書にそれぞれの事項を記入して決裁を受ける。 右入所措置書、重症心身障害児施設入所措置協議書、負担能力調書、措置停止書、在園(所)期間延長承認書及び退所承認書は、いずれもカーボン紙を使用して複写によつて後記のごとく二ないし四部(なお、負担能力調書は昭和四六年以前は二部作成していたが、その後複写を要しなくなつた。)作成する。 右事務のうち措置停止事務は、春、夏及び冬の休みに各施設から て複写によつて後記のごとく二ないし四部(なお、負担能力調書は昭和四六年以前は二部作成していたが、その後複写を要しなくなつた。)作成する。 右事務のうち措置停止事務は、春、夏及び冬の休みに各施設から各施設毎に一括して措置停止の申請がなされることが多く、そのため四月、八月及び一二月に届出件数が多くなる。措置停止書は、個々の児童についてではなく、各施設毎に児童の氏名、生年月日及び措置停止の期間を連記して作成する。そして、その際のカルテの整理は、各児のカルテについて、経過記録票に手書き又は簡易印刷器を使用して、例えば、届出については「昭和○・○・○ ○○学園長より施行規則第27条による措置停止の届出受理期間昭和○・○・○~昭和○・○・○ 理由冬期家庭保育」などのように、また、措置停止書発行については「昭和○・○・○ ○○学園長あて仝上承認書発行期間昭和○・○・○~昭和○・○・○」などのようにその要旨を記入するほか、処理決定調書にも手書き又はゴム印を使用して、「措置停止」及び期間を算用数字を用いて記入する。なお、簡易印刷器を使用して記入する場合は、夏、冬などの休みのための家庭保育を理由とする多数の届出がなされたときで、施設長名、根拠規定、期間、理由、措置停止届出日、同書発行日等の記入事項が同一であるため、一枚の原紙を用いて簡略に記入することができる。 なお、被控訴人は、昭和四七年五月以降は前記のとおり心身障害相談係に配置されて同僚の事務的処理を担当したため、直接自己が担当したケース以外のものについても右措置停止関係の事務を処理した。 (五) 付随業務(1) 巡回相談摂丹児童相談所では、一か月一回(ただし、多紀郡へは二か月に一回)の割合で、ケースワーカーらが管轄区域内の各地に出張して、保健所、学校、町役場等の施設で児童又はその保護者等 随業務(1) 巡回相談摂丹児童相談所では、一か月一回(ただし、多紀郡へは二か月に一回)の割合で、ケースワーカーらが管轄区域内の各地に出張して、保健所、学校、町役場等の施設で児童又はその保護者等と面接し、相談を受ける。右面接は、一日中(原則として、午前一〇時から午後四時まで。ただし、西宮市の場合は午後半日)行なわれ、取り扱う件数は、通常の場合、都市部では一日三、四件、郡部では一日六、七件(もつとも、相談件数が右以上になることもあつた。)であり、一件当たりに費やす面接時間は所内面接の場合よりも短い。面接を行ないながらカルテに一部記入することなど、面接中の業務内容は所内面接の場合と異ならないが、巡回相談の場合には面接時間内にケースの処理方針まで決定することが多い。また、帰所後は受け付けたケースについてカルテを整理し、決裁を受けることも所内面接後における処理と同一であるが、更に受け付けたケースについて児童の氏名、生年月日、相談種別、相談内容、処理内容及び処理日を簡単にまとめた巡回相談状況報告書を作成して決裁を受ける作業を行なう。 (2) 訪問調査児童の保護者等と連絡の取れない場合や児童を所内に連れてくることができない場合等に、出張して児童の家庭を訪問し面接等調査を行なう。訪問調査したケースについてもカルテを作成整理して決裁を受ける。 (3) 児童移送自己の担当ケースが児童福祉施設(収容施設)入所措置が行なわれることとなつた場合、児童を当該施設まで出張して移送する。移送は、摂丹児童相談所の公用車、保護者の自動車、鉄道又はバスなどの交通機関を使用して行なわれるが、乳児などの場合には自動車を用いるのが通常であり、重症心身障害児の場合には収容施設と相談所又は福祉事務所等とどちらの自動車を使用するかなど事前の打ち合わせをしたうえで移送する。右移送 行なわれるが、乳児などの場合には自動車を用いるのが通常であり、重症心身障害児の場合には収容施設と相談所又は福祉事務所等とどちらの自動車を使用するかなど事前の打ち合わせをしたうえで移送する。右移送に際し児童が所持して行く荷物の量は多くはないのが通常であるが、時には衣類、その他の日用品や学用品などをケースワーカーが運ぶこともあり、また、年少の児童で保護者が同伴しないときなど特別の場合には右児童を抱きかかえることもある。 (4) 三歳児の精密検診三歳児検診は、保健所で行なわれるが、その結果、異常が発見されて児童相談所へ送られて来たケースについて、所内で精密検診を行なう。保護者等に呼出状を送付して出頭を求め、同人等と面接を行なうなど、その処理方法は通常の相談における所内面接の場合と同様である。ただ、この場合には一日中面接を行なうので、最高で一日に九件の面接をしたことがあつた。 (六) その他の臨時業務及び雑務(1) 五六条一斉調査児童福祉施設入所措置が取られている児童の保護者から措置に伴う費用を徴収する前提として、その負担能力を調査するため、毎年一回摂丹児童相談所から措置されているケース(年間約九〇〇件)について一斉に行なわれるものであるが、一一名のケースワーカーが分担して行なうなかで被控訴人もこれを分担処理した(ただし、右業務を同児童相談所で行なうようになつたのは、昭和四五年以降である。)。 右業務の具体的内容は、まず施設台帳から措置されている児童の氏名、保護者名及び住所を拾い上げ、五六条一斉調査名簿(甲第七号証の九)にカーボン紙によつて二部複写する方法で転記し(なお、右用紙は、一般に使用されている洋紙であるが、右複写は通常の筆圧で可能であることは当裁判所に明らかである。)、これに基づいて保護者宛に調査依頼の文書を郵送し、次に保護者から 写する方法で転記し(なお、右用紙は、一般に使用されている洋紙であるが、右複写は通常の筆圧で可能であることは当裁判所に明らかである。)、これに基づいて保護者宛に調査依頼の文書を郵送し、次に保護者から送られてきた課税証明書等の書面を点検し、不備がある場合には再度提出を求めるなどの指示をし、更に文書や電話で補充調査をしたり、保護者から減免申請等がある場合にはそのための面接をしたりした後、負担能力調書(甲第七号証の八)に税額、階層及び負担金の額と補充調査をした場合には調査の内容を記入(昭和四六年以前は二部複写。なお、右用紙は、やや厚手の洋紙であるが、右複写に際しても特に強い筆圧を要するものでないことは当裁判所に明らかである。)し、決裁を受けて保護者宛に郵送するというものである。 (2) 児童福祉施設措置実態調査摂丹児童相談所から児童福祉施設入所措置が取られた児童について、施設に出張して児童の生活状況や問題点等を調査する業務で、調査結果は児童福祉施設措置実態調査票を作成して記入する。被控訴人も毎年これを分担処理した。 (3) 在宅重症心身障害児訪問調査昭和四七年ころ、地域特別事業として福祉事務所と連携して実施されたもので、被控訴人も同年中に六回位担当した。 その具体的業務内容は、心理判定員と共に施設に入所していない重症心身障害児の家庭を出張して訪問し、その実態調査を行なうと共に制度の活用等について助言指導を行ない、その結果については在宅重症心身障害児調査票を作成し、通常の訪問調査の場合と同様にカルテを作成、整理して決裁を受けるというものである。 (4) 情緒障害児短期治療学級昭和四七年七月から一〇月までの間、摂丹児童相談所を中心に同年度の情緒障害児短期治療学級が開設され、主として長期欠席相談を担当するケースワーカーがこれを担当したが、被控訴人も 情緒障害児短期治療学級昭和四七年七月から一〇月までの間、摂丹児童相談所を中心に同年度の情緒障害児短期治療学級が開設され、主として長期欠席相談を担当するケースワーカーがこれを担当したが、被控訴人も児童の日課指導や保護者との懇談会に参加したほか、所外活動であるハイキングの付添(九月一四日実施)、ユースホステルでの合宿(同月二七、二八日実施)に参加した。 (5) 全国精神薄弱者(児)実態調査昭和四七年八月に全国精神薄弱者(児)実態調査が行なわれ、摂丹児童相談所では精神薄弱児のカルテから氏名、住所等を拾い上げて基礎調査票に転記し、これを福祉事務所に送付する作業を行なつたが、被控訴人も右転記作業の一部を担当した。 (6) 日直業務摂丹児童相談所では、昭和四七年末まで女子職員が日曜日の午前九時から午後五時一五分まで日直勤務(なお、男子職員は宿直勤務に従事)を行なうこととなつており、被控訴人も月一回位の割合でこれに従事した。日直勤務において、迷子、家出、児童の置き去り、施設入所中の児童の無断外出等の緊急事態が発生することがあり、その際には適宜の措置をすることを要したが、被控訴人が右日直担当時に現実に右のような事務を処理したのは、昭和四五年中に三日、同四六年中に二日、同四七年中に五日に過ぎない。なお、宿、日直勤務は、昭和四八年以降廃止された。 (7) 受付事務摂丹児童相談所においてはケースワーカーが順番に受付業務を担当し、被控訴人もこれに従事したが、その日数は年間三〇日程度であつた。 (8) その他被控訴人は、以上の業務のほか各種研修(その内容は、昭和四四年、近畿児童相談所職員ケース研究会、社会福祉夏期大学(以上、合計三日)、同四五年、兵庫県初級職員研修、児童相談所職員研修会、カウンセリング研究会(以上、合計二二日)、同四六年、近畿児童相談所ケース 、近畿児童相談所職員ケース研究会、社会福祉夏期大学(以上、合計三日)、同四五年、兵庫県初級職員研修、児童相談所職員研修会、カウンセリング研究会(以上、合計二二日)、同四六年、近畿児童相談所ケース研究会、多紀郡福祉ケース研究会(以上、合計二日)、同四七年、児童相談所職員研修会、全国児童相談所職員研修、講演会、兵庫県吏員第一次研修、近畿児童相談所職員ケース研究会(以上、合計三二日)である。)へ参加(出張)、統計、自己及び相談指導課長の旅費請求書の作成(カーボン紙による複写)、超過勤務命令簿への記載の業務に従事し、また、昭和四七年九月ころ、廃棄カルテの整理業務に従事し、その外の雑務として他の職員へのお茶くみ、来客の応対、会議の接対、資料のコピー、文書の浄書、ガリ切り、印刷、他の職員への電話の取次などに従事した。 4 被控訴人の従事した業務の業務量(一) 被控訴人が昭和四三年四月から同四八年三月までに従事した業務量を客観的、かつ、正確に把握することは今日においては極めて困難というほかないが、被控訴人が控訴人に対する公務災害認定請求に際し、その担当した主要業務についてその業務量を摂丹児童相談所の受付台帳及び自己の手帳の記載に基づいて調査したという結果によると、原判決添付表(一)ないし(五)記載のとおりであるとされている(ただし、所内面接には、通常の相談にかかる面接のほか三歳児精密検診にかかるものを含み、出張による面接は、巡回相談、訪問調査及び在宅重症心身障害児訪問指導による面接を含むものの合計であり、文書処理とは、前記措置関係文書の作成件数で、五六条一斉調査のような特別な業務による文書作成件数を含んでいないが、措置停止書のような一枚の用紙に複数の児童について記載する場合でも、児童一人について一件と数え、カルテ整理とは、面接後のカルテ整理と措置 一斉調査のような特別な業務による文書作成件数を含んでいないが、措置停止書のような一枚の用紙に複数の児童について記載する場合でも、児童一人について一件と数え、カルテ整理とは、面接後のカルテ整理と措置及びその変更〔停止、延長及び解除〕に伴うカルテの整理の合計であるとされる。)。しかし、原・当(第一回)審における被控訴人の供述によると、右調査の基礎となつた受付台帳(その一例として被控訴人が保管していたという甲第三六号証)によるも、その処理事案が面接を伴つていたものかどうかは分からないというのであり、右資料に併せて参考にした手帳の記載というのも面接の予約が入つた際に記帳したその予定にすぎないこと、被控訴人は右台帳から集計したのは昼休みの時間においてであつて、右台帳の写しを取つて調査したうえ集計したものではない旨当審(第一回)において供述するところ、右甲第三六号証の記載を見ても、被控訴人の担当処理した案件であるか、また、その処理方法がどうであつたかについて何らの疑問を残すことなく判定することは困難である点からすると、はたしてその件数を正確に算出し得たか疑問であること等の諸事情に徴すると、右調査結果を被控訴人の主張どおりのものであるとして採用するには多大の疑問を残すといわざるを得ない。 とはいえ、被控訴人の面接業務量の傾向を示すものであることまでは否定し得ないので、その限度で検討を加えると、被控訴人の所内面接件数については、毎年年間を通じて特に片寄つた傾向にはなく、概ね一か月当たり平均約一五件(昭和四三年度には約九件、同四四年度には約一五件、同四五年度には約一九件、同四六年度には約二二件、同四七年度には約一二件)である。また、被控訴人の右面接件数がすべて新規のケースであるというのではないことは明らかであり、新規のケースは右件数より更に下回るものと 約一九件、同四六年度には約二二件、同四七年度には約一二件)である。また、被控訴人の右面接件数がすべて新規のケースであるというのではないことは明らかであり、新規のケースは右件数より更に下回るものとみられる。 また、後記のとおり被控訴人の所内勤務日数は、昭和四五年度が二〇七日、同四六年度が二一四日、同四七年度が一六九日であり、そのうち土曜日(半日勤務)、判定措置会議のため半日しか面接が行なえない日がそれぞれ年間五〇日あり、また、所内で受付を担当するため面接を行なえない日が年間三〇日あるとしてこれを控除すると、所内面接可能日が昭和四五年度が一二七日、同四六年度が一三四日、同四七年度が八九日であることとなり、これに基づいて一日当たりの所内面接件数を算出すると、昭和四五年度が約一・八件、同四六年度が約二件、同四七年度が約一・六件(右三年間を通じて約一・八件)となる。 (二) 右調査結果によると、被控訴人の巡回相談等出張による面接は、研修などによつて出張する機会のなかつた月は別にして継続的に行なわれているということができ、また、出張一回当たりの面接件数を右出張による面接件数と巡回相談及び訪問調査のための出張回数を基に算出すると、昭和四四年度には約三・二件(巡回相談等件数・六九件、出張回数・二一回)、同四五年度には約二・四件(同・五二件、同・二一回)、同四六年度には約五・八件(同・一三五件、同・二三回)、同四七年度には約六・七件(同・二一〇件、同・三一回)となる。 なお、ここで、被控訴人は、昭和四七年度の巡回相談を一一回担当し、その処理件数も一〇二件であつて、他のケースワーカーに比し、回数において二・五倍(50回÷11人=4.5回)、件数において三・七倍(300件÷11人=27件)である旨主張し、これに沿う甲第四六号証を提出し、当審においてその旨供述 、他のケースワーカーに比し、回数において二・五倍(50回÷11人=4.5回)、件数において三・七倍(300件÷11人=27件)である旨主張し、これに沿う甲第四六号証を提出し、当審においてその旨供述する(第一回)ので案ずるに、甲第四六号証に記載された右処理件数については、前記のような手段で受付台帳から集計したというのであるが、果たしてそのような方法で正確に集計できたものか、また、摂丹児童相談所における同年度の巡回相談件数が三〇〇件であるから、被控訴人の主張によると残一九八件をその他のケースワーカー一〇人(一人当たり一九・八件)で処理したこととなり、被控訴人の主張する処理件数と余りにも差があり過ぎ不自然というほかなく、結局、右件数自体に信用し難いところがあるというべきであるし、また、巡回相談を担当した人員がケースワーカー全員でなく、心身障害相談係と教育相談係の五人ではないかとも思われる(甲第六号証)ことからすると、右甲第四六号証、当審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)は、被控訴人の業務の過重性を主張する余り誇張されたものとの疑いが強く、採用しない。 (三) 右調査結果によると、文書処理件数及びカルテ整理件数で一〇〇件以上を示すのは昭和四五年八月、同四七年七、八月及び一二月であるところ、右件数の多くは措置停止事務が占めるものであることが推認される。しかし、右事務の態様は、前記のとおり文書処理においては、各施設毎に児童の氏名、生年月日及び措置停止期間を連記するものであり、これを児童一人毎に一件として算出しているのであるから、件数に比しその事務態様は簡略であるということができる。また、措置停止に伴うカルテ整理は、前記のとおり手書きで記入することに限るものでなく、簡易印刷器又はゴム印を使用して記入することも多くあり、また、その措置停止事務 様は簡略であるということができる。また、措置停止に伴うカルテ整理は、前記のとおり手書きで記入することに限るものでなく、簡易印刷器又はゴム印を使用して記入することも多くあり、また、その措置停止事務処理の時期にしても、各施設の長から措置停止の届出が出された(もつとも、右長においても、病気などを理由に措置停止を求める場合は当然のことであるが、予定されている夏、冬等の休みのための家庭保育を理由とする場合にも常に右措置停止開始に先立つて届出がなされるとは限らないようである。)後、直ちにその処理がなされるのでなく、その届出後数日ないし十数日経過して措置停止書を発行する処理がなされ、そのような処理方法は、被控訴人に限らず他のケースワーカーにおいても同様に行なつている。なお、被控訴人が昭和四七年一一、一二月に記載して関与したカルテのうち摂丹児童相談所に残存するカルテから、昭和四七年夏及び同年冬の休みのための家庭保育を理由とする措置停止届出とその処理状況をみてみると、別紙一措置停止処理状況表番号1ないし108記載のとおりである。右カルテが全体の中に占める割合が低いことからすると慎重に考察を加えるべきではあるが、少なくとも次のようなことを指摘することができる。すなわち、措置停止の届出は、施設毎でまとめて同日に同一内容の届出がなされていること、この場合、被控訴人はその届出毎にまとめて処理していること(右状況表を一見すれば明らかであるが、これを北山学園を例に取つてみてみると、昭和四七年七月二七日届出分を同年八月一日に処理・同表番号1、5、17、27、29、49、59、71、73、87、89、同年一二月二三日届出分を翌四八年一月八日に処理・同表番号2、6、18、19、28、30、50、72、74、88、90、102、105という具合であり、その余の施設につい 、71、73、87、89、同年一二月二三日届出分を翌四八年一月八日に処理・同表番号2、6、18、19、28、30、50、72、74、88、90、102、105という具合であり、その余の施設についても例外なく右同様に処理されている。)、処理終了時期については措置停止期間に左程拘束されることなく行なわれていること、したがつて、昭和四七年七、八月及び一二月末に多数の措置停止届出がなされたことは窺われるが、昭和四七年七、八月分については、届出日の数日後に施設毎に処理され、また、同年一二月分については、あこや学園長からの措置停止届出に対し、同年内に措置停止書を発行したことは認め得るが、それ以外に一二月中に措置停止書を発行して処理し終えたものがあつたのかどうか認めるべき資料はなく、かえつて、つつじ学園(昭和四八年一月五日処理)、北山学園(同月八日処理)、わかば学園(同月一〇日処理)は翌年の一月に入つてから措置停止書が発行されていることが認められるのである。これらの事実関係からすると、措置停止書を何日発行するかは被控訴人らケースワーカーの裁量にある程度委ねられていたものであることを窺うことができる。また、右カルテによつて家庭保育とする措置停止以外の、家庭都合や病気等を理由とする措置停止(ただし、一部にとどめる。)の例をみてみると、別紙一措置停止処理状況表番号109ないし120記載のごとく措置停止期間経過後にその届出がなされることが多く、これに対し数日又は十数日を経て当該措置停止書が発行されていることが窺われ、その処理状況は、必ずしも急いでなされているものとは認め難いのである。また、措置停止届出が多数なされたと思われる昭和四七年八月には、被控訴人の時間外勤務時間数が零となつている。 (四) 次に、児童福祉施設入所措置(書作成)件数についてみてみるに とは認め難いのである。また、措置停止届出が多数なされたと思われる昭和四七年八月には、被控訴人の時間外勤務時間数が零となつている。 (四) 次に、児童福祉施設入所措置(書作成)件数についてみてみるに、昭和五六年ころ、摂丹児童相談所相談調査課長が、保存されている入所措置書から被控訴人の担当印が押捺されているものを集計した結果によると、被控訴人が処理した右件数は、昭和四五年度二五件、同四六年度一一件、同四七年度四八件である(もつとも、乙第七号証によると、右件数は、昭和四五年度四九件、同四六年度一八件、同四七年度五九件となつているが、右乙号証の件数は、施設台帳から被控訴人の担当地区における入所措置件数を集計したというものであるから、前者の件数をもつて信用し得るものと認める。)。他方、当時被控訴人と同種の業務に従事していた職員であるEの処理した右件数は、昭和四五年度三四件、同四六年度三三件、同四七年度六三件であり、被控訴人の右件数はEの右件数に比し少ないということができる。 (五) 被控訴人らが昭和四五年以降五六条一斉調査を実施したことは前記のとおりであるが、同四七年に被控訴人が担当処理した件数は八一件であり、同年の右調査を一〇名のケースワーカーで実施しているところ、その担当態様は一児童福祉施設しか担当しない者から数個所を担当する者、数人で担当する者など様々であるが、担当者一〇名の平均担当件数は約九五件であり、また、E一人で処理した件数は一七七件であるし、T、Mが二人で処理した件数は二二八件であるなど被控訴人の処理件数が際立つて多いという訳ではない。 また、被控訴人が児童福祉施設措置児童実態調査に従事したことは前記のとおりであるが、昭和四七年度の右調査において被控訴人が担当したのは、滋賀県の第二びわこ学園についてであり、その調査は、同年一一月六 また、被控訴人が児童福祉施設措置児童実態調査に従事したことは前記のとおりであるが、昭和四七年度の右調査において被控訴人が担当したのは、滋賀県の第二びわこ学園についてであり、その調査は、同年一一月六、七日に出張して現地調査をし、対象児童数は多くとも五人であつた。 更に、被控訴人が同年八月に実施された全国精神薄弱者(児)実態調査に従事したことは前記のとおりであるが、その調査において被控訴人が担当した右基礎調査票への転記作業は、児童数で八五四件のうち九〇件程であつた。 (六) 以上の業務以外にも被控訴人が従事した業務はあるが、その業務量を数値をもつて認定、判断するに足る資料はない。 5 被控訴人の従事した業務の態様と特殊性被控訴人の従事した業務をその態様の観点から大別すると、面接作業、書字作業及びその他の作業であるということができ、その作業には次のような特殊性が見られる。 (一) 面接作業児童相談所におけるケースワーカーの保護者及び児童等に対する面接は、児童に対して適正な措置が図られるよう必要な資料を得るために行なうものであるが、右面接調査における注意事項として、児童相談所を訪れる対象者の中には日々の生活に疲れ、児童相談所を頼みの綱として訪れる人もあるから、ケースワーカーはこれらの人々に対して、明るい希望と力を与えるよう対応に細心の注意を払うこと、ケースワーカーは、基本的な相談業務技術を身に付け、現業事務関係のみならず広く社会福祉全般の法規に通じ、社会事情や人情の機微を理解することなどが必要であるとされているところ、現実に行なわれる面接調査において、被面接者は、一般に悩みや問題を抱えており、児童相談所に相談すること自体に不安を感じ緊張していることが多く、また、被面接者によつては自分の言いたいことだけを一方的に話したり、逆に口をつぐんでしまつ 被面接者は、一般に悩みや問題を抱えており、児童相談所に相談すること自体に不安を感じ緊張していることが多く、また、被面接者によつては自分の言いたいことだけを一方的に話したり、逆に口をつぐんでしまつて容易に話そうとしない者など様々であり、これらの被面接者の不安を和らげ、信頼関係を形成、維持しながら真実を聞き出すことはなかなか骨の折れることであり、また、気を使うことでもある。すなわち、ケースワーカーにとつて対人関係における一般的な緊張に加え、面接を通じ事案を的確に把握するため被面接者の言葉に現われない部分まで探り、あるいは保護者の表情や児童の行動を観察しなければならず、しかも把握した事実関係を分析検討し、適切な処理方法を出さなければならず、そのために注意力、集中力を必要とすること等から、精神的疲労感を感じることがあり、特に巡回相談や三歳児精密検診等においては、一日中面接作業を繰り返すため、その精神的疲労感は少なくない。また、所内面接は、前記のとおり面接室で椅子に座つて行ない、その際に不自然な姿勢になることもあるが、それによつて精神的、身体的に特段の負担がかかるということはないが、訪問調査においては、訪問先の入口で立つて面接したり、上り口に座つて上半身をねじつた姿勢で話を聞いたりすることがあり、更に重症心身障害児の訪問指導では、児童が寝ている横でカルテ等を膝の上に載せて記入することがあり、これらの場合に身体的に疲労感を覚えることがある。 (二) 書字作業書字作業は、カルテの整理、措置関係文書作成におけるものが主たるものであるが、これらはいずれも様式化されており、その他の文書作成、各種台帳への記入を含め、個々の場合の書字数は多くはなく、また、右作業は所内勤務中の所内面接の間に行ない、時には右作業中に来客があつたり電話を取ること等のため中断され 化されており、その他の文書作成、各種台帳への記入を含め、個々の場合の書字数は多くはなく、また、右作業は所内勤務中の所内面接の間に行ない、時には右作業中に来客があつたり電話を取ること等のため中断されることがあり、それ故長時間にわたつて書字作業のみに継続して従事することは少なかつたが、全体的には面接時のメモを取ることを含め書字作業を行なうことが多く、併せてカルテの整理、措置関係文書作成等の際には押印作業を伴うことが多かつた。巡回相談、三歳児精密検診を行なつた時には、その件数が所内面接に比べると多いことから当然のこととしてカルテ整理が多くなり、また、夏休み等による保育停止を理由とする措置停止事務が多くなるときには、そのカルテ整理も多くなり、その他新しい児童福祉施設ができた時には入所措置が多くなることがあり、これらの場合には、書字機会も多くなつた。書字作業はその性格上当然のこととして、手指及び上肢への負担がかかることは避けられない。もつとも、昭和四七年夏及び冬の休みに際して届け出られた措置停止事務の処理は前記のごとく簡易印刷器を使用して行なつたので、書字の機会は少なかつたが、右印刷器の原紙への記入を鉄筆で行なうという書字作業が必要であつた。また、摂丹児童相談所で作成する文書で複写を必要とする文書は多くあつたが、そのうち被控訴人が実際に従事した複写文書の作成は、「保護児童関係書類の送付方について」(作成文書枚数二部)、「児童に関する調査依頼について」(前同二部)、「児童通告書の移管について」(前同二部)、「一時保護委託書」(前同二部)、「肢体不自由児施設入所措置協議書」(前同三部)、「児童調書」(前同三部)、「重症心身障害児施設入所措置協議書」(前回三部)、「入所措置書」(前回四部)、「在園期間延長承認書」(前回二部又は三部)、「措置の停止に 設入所措置協議書」(前同三部)、「児童調書」(前同三部)、「重症心身障害児施設入所措置協議書」(前回三部)、「入所措置書」(前回四部)、「在園期間延長承認書」(前回二部又は三部)、「措置の停止について」(前回三部)、「退所承認書」(前同四部)などであつた。右文書の複写作成は、カーボン紙を用紙の間に挿んで行なうものであり、かつ、用紙の中には必ずしも薄くはないものもあつたので、そのような場合には書記用具であるボールペンを押さえて書かなければならず、そのため手指に負担がかかることもなくはなかつた。なお、右文書のうちで四部複写を要する入所措置書、退所承認書は、特段ボールペンを強く押さえて書くことを要する紙の厚さではない。 (三) その他の作業児童の移送の際には小さな児童を抱きかかえたり、荷物を持つこと等を要することのあつたことは前記のとおりであり、また、重症心身障害児の移送の時には自動車の中で児童の最も楽な姿勢に合わせるため不自然な姿勢となることがあり、また、施設入所に不安を持つ保護者や児童がいる場合には、これらに気遣うこともあつたが、前記のとおりその機会は少なかつた。 巡回相談においては、氷上郡など郡部への出張には往復に各三時間を要し、また、訪問調査においては、訪問先を地図を頼りに長時間をかけて探さねばならないことがあり、これらの場合には肉体的疲労感を感じることがあつた。 また、保護者等からの相談の申し出、保護者や関係機関との連絡等のために電話を使用することが多かつたが、右電話が長時間に及ぶことがあり、その際には立つたままで通話を続けることがあつた。 6 被控訴人の勤務内容(一) 被控訴人の勤務状況被控訴人の勤務状況は、別紙二勤務状況表1ないし5記載のとおりであり、被控訴人と同時期に摂丹児童相談所に勤務した被控訴人以外のケースワーカーの勤 。 6 被控訴人の勤務内容(一) 被控訴人の勤務状況被控訴人の勤務状況は、別紙二勤務状況表1ないし5記載のとおりであり、被控訴人と同時期に摂丹児童相談所に勤務した被控訴人以外のケースワーカーの勤務状況の平均は、同表の平均欄記載のとおりである。勤務状況に関する右事実によると、被控訴人の所内勤務の日数は、被控訴人以外のケースワーカーに比べ、昭和四五年度、同四六年度においてはやや多く、同四七年度においてはやや少ないが、出張日数を含む実質勤務日数は各年度とも被控訴人以外のケースワーカーに比べ少ないことを、また、年休取得日数及び職務専念義務免除、特別休暇を含む無就労日数とも被控訴人の方がそれ以外のケースワーカーに比べ多いことを指摘することができる。また、被控訴人は、昭和四七年度に年休を一四・五日取得しているに留るが、その前年には年休取得可能日数二〇日を超えて二三・五日取得しており、更に摂丹児童相談所における年休取得方法は事前に届出をする以外に、年休取得当日の朝電話連絡をすることによつて取得していたこともあり、これらのことからすると、年休を取得することが困難な勤務状況にあつたとは到底いうことができない。 被控訴人の時間外勤務時間数は、被控訴人以外のケースワーカーの平均時間数に比し多いことが指摘することができるが、摂丹児童相談所のみならず兵庫県における超過勤務手当がその勤務時間どおりに支給されない実情にあつたことは被控訴人が自陳するところであり、このことと摂丹児童相談所における時間外勤務時間管理が厳格に行なわれていたことを認めるに足る証拠がないことからすると、被控訴人の時間外勤務時間についてははぼ実情を反映している(もつとも、被控訴人の昭和四七年一二月の時間外勤務時間数が三〇時間となつているところ、被控訴人が同月に出勤した日が五日であり、そのうち と、被控訴人の時間外勤務時間についてははぼ実情を反映している(もつとも、被控訴人の昭和四七年一二月の時間外勤務時間数が三〇時間となつているところ、被控訴人が同月に出勤した日が五日であり、そのうち一日が土曜日であり、うち一日が御用納めの日であること、被控訴人自身時間外勤務をして措置停止事務を処理したのが二日半であると自陳していることからすると、三日間で三〇時間もの時間外勤務をしたこととなるが、一日当たり一〇時間もの時間外勤務をするとは極めて異状、かつ、不自然であり、このことから被控訴人についても右実情を反映していないのではないかとの疑念を抱かざるを得ないし、被控訴人のいうように被控訴人の時間外勤務時間が更に多いなどとは到底認められるものではない。)としても、その他のケースワーカーにおいては実情を現わしていない疑いもある。そうだとすると、被控訴人の右時間外勤務時間数をもつてその他のケースワーカーよりも時間外勤務が多かつたものとは即断し難い。 (二) 被控訴人の出張状況被控訴人の出張状況等は、別紙二勤務状況表6出張日数欄記載のとおりである。右事実によると、被控訴人の出張日数は、被控訴人以外のケースワーカーの平均日数に比し昭和四五年度には一三・九日、同四六年度には三〇・七日少ないが、同四七年度には一六・三日多いことが指摘できるところ、昭和四七年に被控訴人の出張日数が多くなつたのは研修に参加したことが大きく影響しているということができる。また、被控訴人の巡回相談その他のための出張は、その他のケースワーカーの平均に比し、昭和四五年度には少なかつたが、同四七年度には二二・一日多くなつていることを指摘することができる。しかし、右巡回相談その他のための出張のうち巡回相談のための出張は一九日であつて、昭和四五年度、同四六年度に比し増加はしているものの 四七年度には二二・一日多くなつていることを指摘することができる。しかし、右巡回相談その他のための出張のうち巡回相談のための出張は一九日であつて、昭和四五年度、同四六年度に比し増加はしているもののその増加率が極端に大きいとはいえない。また、被控訴人がその困難性を強調する児童の移送のための出張も人ないし一二日ということであるし、乳児、重症心身障害児等の移送に至つては昭和四五年度に七日、同四七年度に一日あるに過ぎず、更に移送には公用車が使用されていたことを指摘できる。 7 被控訴人の従事した業務に関連する業務環境(一) 摂丹児童相談所とその他の兵庫県下の児童相談所の業務状況前記のとおり兵庫県下には摂丹児童相談所を含め四児童相談所が設置されているが、公式の報告によると、各児童相談所の昭和四六年度における相談件数は、中央児童相談所が二四五九件、摂丹児童相談所が三五五八件、播磨児童相談所が一七五五件、但馬児童相談所が八四一件であり、右各児童相談所におけるケースワーカーの人員は、中央児童相談所が一一人、摂丹児童相談所が一四人、播磨児童相談所が一〇人、但馬児童相談所が四人であり、これに基づきケースワーカー一人当たりの担当相談件数を算出すると、中央児童相談所において約二二三件、摂丹児童相談所において約二五四件(ただし、被控訴人が主張する実質的に相談調査事務に従事しているケースワーカーが一一人であるとして、右件数を算出すると、約三二三件である。)、播磨児童相談所において約一七五件、但馬児童相談所において約二一〇件となり、摂丹児童相談所における相談件数や各ケースワーカーの担当件数が他の児童相談所(特に都市部における児童相談所として類似性を有する中央児童相談所)におけるのと懸け離れて多いということは当たらない。 (二) 摂丹児童相談所におけるケースワーカー等 ーカーの担当件数が他の児童相談所(特に都市部における児童相談所として類似性を有する中央児童相談所)におけるのと懸け離れて多いということは当たらない。 (二) 摂丹児童相談所におけるケースワーカー等の配置人員(1) 摂丹児童相談所における昭和四七年当時の配置職員は、所長、副所長(総務課長を兼務)各一名、書記二名、運転手一名、相談指導課長一名、児童福祉司一二名、相談員二名、精神科医一名(嘱託)、小児科医一名(嘱託)、臨床心理判定員三名であり、その前後で変動はなかつた。 厚生省児童局編集にかかる児童相談所執務必携(昭和三九年改訂。以下、必携という。)は、児童相談所の内部機構の標準、職員構成について、児童相談所をA級ないしD級に分けて説明しているところ、摂丹児童相談所が指定を受けているB級についてみてみると、内部機構について、B級はA級に準じ庶務課、相談課、判定課、一時保護課の機構とするのが標準とされ、また、職員構成について、被控訴人の担当業務に関係のある職員をみてみると、相談課長、受付相談員、保健婦各一名、相談員、書記各二名のほか人口一〇ないし一三万人に一名の児童福祉司、児童福祉司六名に一名のスーパーバイザー(その最も重要な任務は、児童福祉司及び受付相談員の仕事の技術的内容を指導することにあるとされ、補充的には個別的にケースの進行を援助することであるとされている。)を配置することが望ましいとされている。 右必携による職員構成の標準と摂丹児童相談所における職員配置を数値上で対比すると、受付相談員、保健婦各一名、書記二名を充足していないし、児童福祉司についても一二名ないし一五名を、スーパーバイザーについても少なくとも二名を要することとなる。 ところで、右必携によると、右職員の構成内容について、「相談件数に対処するクリニツクとしての行政機関として いても一二名ないし一五名を、スーパーバイザーについても少なくとも二名を要することとなる。 ところで、右必携によると、右職員の構成内容について、「相談件数に対処するクリニツクとしての行政機関として必要最少限であるので、これにまさるよう、これが実現について努力しなければならない。」とされているように、各設置者において実施することが望ましい職員構成として示されているものと解され、また、児童福祉司の設置基準については、概ね人口一〇万から一三万につき一人の割合で設置しうるよう地方交付税交付金が見込まれていることを根拠に右のような人口割合で児童福祉司を設置するよう指導しているのであつて、職員の業務量等に対する配慮から右のような職員構成を指導しているものではないことが窺える。 また、右必携は、各種職員の職務について解説しているのであるが、それは、児童相談所に受け付けられた問題に対しては、すべて相談所一体となつて取り組むべきであり、業務部門別の対象を決定的に区分してしまうことは好ましくないとの前提に立つたうえで、現実には部門別に主として責任をもつ対象がおのずから区分されてくるので、これを考慮して職員の業務分担について解説しているものであつて、各種職員の職務の間に代替性がないとするものでないことは明らかである。摂丹児童相談所においては、スーパーバイザーが配置されていなかつたのであるが、当時、右職種が現に配置されているところは全国的にも極めて少なく、近畿地方においてスーパーバイザーを配置していたのは、大阪市及び和歌山県においてのみであつた。そして、兵庫県においては、当時、スーパーバイザーを配置しないがその役割を児童福祉司の資格を有する相談指導課長に期待し、また、担当係に主査や主任が配置されており、これら児童福祉司や臨床心理判定員などの関係職員との協議を は、当時、スーパーバイザーを配置しないがその役割を児童福祉司の資格を有する相談指導課長に期待し、また、担当係に主査や主任が配置されており、これら児童福祉司や臨床心理判定員などの関係職員との協議をすることによつて適正な事務処理がなされるよう配慮されていた。また、相談受付事務については、ケースワーカーが順番に担当することとしていたが、これは右必携においても予定されていることである。 (2) 被控訴人は、昭和四七年五月以降、心身障害相談係に配置されたことは前記のとおりであるところ、右係の構成員は、L(主査。ただし、同人は同年八月ころ退職し、その後任はNである。)、E及び被控訴人の三人であつたが、心身障害相談係の主査は教育相談係を兼務していた。そして、右教育相談係の構成員は右主査のほかF及びUであり、右両係の五名が机を並べる形となつていた。 右係員のうち、Fケースワーカーは、乾性胸膜炎及び心臓弁膜症のため同年一一月四日から同四八年二月二六日まで欠勤し、また、Eケースワーカーは、不確定性神経衰弱症のため同四七年一二月一三日から同四八年一月九日まで欠勤した。 被控訴人は、同四七年一一月三〇日から同年一二月二二日までの間、研修のため出張しその間は所内業務に従事しなかつたが、その前後で右両名が欠勤したことにより、Fケースワーカーへの電話による問い合わせに代わつて応答したり、本来ならばEの援助が受けられる予定であつた措置停止事務の処理を一人で行なうなど、その事務量は若干増加したことは否定できない。 (三) 摂丹児童相談所における執務環境摂丹児童相談所は、昭和四三年一〇月、西宮市<地名略>から同市<地名略>の原所在地に新庁舎を建築して移転した。右庁舎は、敷地面積一三二二平方メートル、鉄筋コンクリート造二階建、建面積四五三・七四平方メートル〔延面積八六八・〇 一〇月、西宮市<地名略>から同市<地名略>の原所在地に新庁舎を建築して移転した。右庁舎は、敷地面積一三二二平方メートル、鉄筋コンクリート造二階建、建面積四五三・七四平方メートル〔延面積八六八・〇六平方メートル(児童相談所棟四九一・五七平方メートル、一時保護所棟三三一・四九平方メートル等)〕であり、事務室は一階南側に南面を長く面するように配置され、その南面は天井付近までガラス窓となつており、相談室は二階に配置されている。事務室には、東西二列に合計一二個の電灯(蛍光灯)が設置されている。また、昭和四七年四月当時、摂丹児童相談所にはガスストーブ八台、石油ストーブ五台、電気ストーブ二台、扇風機五台が備えられていたが、それをもつて所内の冷暖房を満たすに十分であつたかは疑問であり、照明度合についても、当時の経済事情から節約を求められることがあつた。 また、被控訴人の使用していた椅子の高さが机の高さに合わなかつたため、昭和四七年ころ、被控訴人において、右椅子の高さを調整するため椅子に座布団を敷いて執務することがあつた。 更に、電話は机を並べている数人に一台の割合で配備されていたため、電話が掛かつてくると被控訴人が左又は右に腕を伸ばして受話器を取つて他の職員に取り次ぎ、あるいは前記のとおり被控訴人自身は立つたままで通話することがあつた。 以上の事実を認めることができ、証人Sの証言、原、当(第一、二回)審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用し難く、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。 四本件疾病の公務起因性について 1 公務起因性の行政的判断基準地方公務員災害補償法(昭和四八年法律第七六号による改正前のもの。以下、法という。)に基づく補償の請求をするには、右補償の原因である災害が公務により生じたものであること 公務起因性の行政的判断基準地方公務員災害補償法(昭和四八年法律第七六号による改正前のもの。以下、法という。)に基づく補償の請求をするには、右補償の原因である災害が公務により生じたものであることを要することは法四五条の規定から明らかであるところ、成立に争いのない乙第四八号証の二、第四九号証の一、二、第五〇号証及び弁論の全趣旨によると、基金理事長は、基金の各支部長が法に基づく補償請求を受けたとき、それが公務上の災害かどうかの認定を迅速、適正、斉一的に行なうための指針として、右理事長から各支部長宛の「公務上の災害の認定基準について」(昭和四八年一一月二六日地基補五三九号。なお、その後同五三年、同五六年に改正)(本件に関連するその内容は、別紙三「公務上の災害の認定基準について」記載のとおり)を発し、右通知のうち特殊疾病の取扱いに関し「キーパンチヤー等の上肢作業に基づく疾病の取扱いについて」(昭和四五年三月六日地基補第一二三号。なお、その後同四八年、同五〇年、同五三年に改正(以下、昭和五三年通知という。本件に関連するその内容は、別紙四「キーパンチヤー等の上肢作業に基づく疾病の取扱いについて」記載のとおり。なお、右通知の実施について、昭和五〇年三月三一日地基補第一九二号をもつて、基金補償課長から各支部事務長宛、後記労働省労働基準局長通達「キーパンチヤー等の上肢作業に基づく疾病の業務上外の認定基準について」の解説と同旨の通知がなされている。)を発していること、昭和五三年通知等の内容は、労働基準法施行規則別表第一の二、第三号の4に定める災害、すなわち、せん孔、印書、電話交換又は速記の業務、金銭登録機を使用する業務、引金付き工具を使用する業務その他上肢に過度の負担のかかる業務による手指のけいれん、手指、前腕等の腱、腱鞘若しくは腱周辺の災症又は頸肩腕 ん孔、印書、電話交換又は速記の業務、金銭登録機を使用する業務、引金付き工具を使用する業務その他上肢に過度の負担のかかる業務による手指のけいれん、手指、前腕等の腱、腱鞘若しくは腱周辺の災症又は頸肩腕症候群に関し、労働省労働基準局長が労災保険における業務上外認定基準として発した「キーパンチヤー等上肢作業に基づく疾病の業務上外の認定基準について」(昭和四四年一〇月二九日基発第七二三号。その後、右通達は、同五〇年二月五日基発第五九号に改められた。(以下、昭和五〇年通達という。本件に関連するその内容は、別紙五「キーパンチヤー等の上肢作業に基づく疾病の業務上外の認定基準について」記載のとおり)に則つて定められていることが認められる。 しかして、頸肩腕症候群についての診断基準、発症要因、発症機序等について、医学的研究が前進したとはいえいまだ広く承認される程に解明されているとはいえない現時点において、右通達は、医学的に解明されている範囲での集約として、行政的に依つて立つべき認定基準として設定されたものであるということができるところ、公務上の疾病と私企業における業務上の疾病とは本質的な差異はないことからすると、右通達と基金理事長通知を相補完するものとして、これらを本件疾病の公務起因性認定基準として斟酌するのが相当である。 2 昭和五〇年通達及び昭和五三年通知(以下、昭和五〇年通達等という。)を判断基準とした公務起因性の判断そこで、昭和五〇年通達等を基準として、被控訴人の本件疾病が被控訴人の従事した業務と因果関係を有するかどうかについて検討する。 昭和五〇年通達等によると、当該頸肩腕症候群が業務上のものとして扱われるべき要件として、上肢(上腕、前腕、手、指のほか肩甲帯も含む。 )の動的筋労作又は上肢の静的筋労作を主とする業務に相当期間継続して従事した職員で によると、当該頸肩腕症候群が業務上のものとして扱われるべき要件として、上肢(上腕、前腕、手、指のほか肩甲帯も含む。 )の動的筋労作又は上肢の静的筋労作を主とする業務に相当期間継続して従事した職員であることを要するとしているものということができるところ、右通達等によると、右にいう動的筋労作とは、打鍵作業などの手、指を繰り返し反覆するような作業、更にいうならば、カードせん孔機・会計機の操作、電話交換の業務、速記の業務のように、主として手、指のくり返し作業をいうのであり、また、静的筋労作とは、ベルトコンベヤーを使用して行なう調整、検査作業のように、ほぼ持続的に主として上肢を前方あるいは側方挙上位に空間に保持するとか、顕微鏡使用による作業のように頚部前屈など一定の頭位保持を必要とするような作業をいうとされている。 そこで、まず、被控訴人の従事した業務が右要件を充足するかについて考察するに、前記認定事実によると、被控訴人の従事した業務は、面接作業、書字作業を主体とし、それにその他の種々な雑務が混入するいわゆる混合作業であつて、いずれも一般的な事務作業の域を出るものではないから、これらをもつて、上肢の動的筋労作又は上肢の静的筋労作を主とする業務ということができないことは明らかである。すなわち、面接作業においては、カルテに記入し又はメモを取る時に手、指などを使用することがあり、また、被控訴人がカルテの整理等において書字作業に従事するものの、個々のカルテ整理等における書字数は多いとは認められないし、右作業に併せて押印作業等に従事するもののその量も左程多くはなく、また、個々の複写作業においても右同様のことがいえ、かつ、右各作業は他の作業によつて中断されることも多く、長時間にわたつて書字作業や押印作業等に従事するものともいえないから、右面接作業、書字作業 、また、個々の複写作業においても右同様のことがいえ、かつ、右各作業は他の作業によつて中断されることも多く、長時間にわたつて書字作業や押印作業等に従事するものともいえないから、右面接作業、書字作業あるいはその他の雑務をもつて、手、指を繰り返し過度に使用する動的筋労作であつたとは到底いえないし、被控訴人の各作業がいずれも大なり小なり上肢を前、側方の上位に挙げるなどの姿勢を取ることがあり、あるいは書字作業などにおいて頸部を前屈させることがあるものの、その姿勢を継続することを作業によつて強いられるものではないので静的筋労作であるということはできない。また、被控訴人が従事した巡回相談、訪問調査、児童移送の際に不自然な姿勢を取ることがあつたとしても、その頻度は多くないし、電話を使用するときに右上肢を宙に浮かせるような姿勢を取ることがあつたとしても、それを継続して長時間行なうものでもなく、かつ、その姿勢を強制されるようなものでもない。 以上の諸点を総合すると、被控訴人が従事した前記作業の態様は昭和五〇年通達等に定める作業態様とは異なり、また、これに準じるものともいえないから、右通達等を基準として被控訴人の本件疾病と公務との間に因果関係を認めることはできない。 3 昭和五〇年通達等によらない場合の相当因果関係の判断(一) 被控訴人が従事した業務の内容は昭和五〇年通達等にいう上肢の動的筋労作又は上肢の静的筋労作を主とする業務に該当しないので、右通達等を基準として公務起因性が認められる場合ではないが、右通達の基準によらないで被控訴人の本件疾病と業務との間に相当因果関係が認められるかどうかである。被控訴人は、本件疾病が公務に起因する根拠として、被控訴人が長期間にわたりその従事した業務によつて肉体的、精神的に過重な負担を受けたことを主張するところ、前記昭和 因果関係が認められるかどうかである。被控訴人は、本件疾病が公務に起因する根拠として、被控訴人が長期間にわたりその従事した業務によつて肉体的、精神的に過重な負担を受けたことを主張するところ、前記昭和五〇年通達等の趣旨に従つて考えると、業務量が同種の他の公務員に比較して過重である場合、又は業務量に大きな波がある場合には当該公務と疾病との間に相当因果関係があると解されることもあり得るから、この観点に立つて被控訴人の従事した業務と本件疾病との間の相当因果関係の存否を検討する。 (二) 被控訴人の従事した業務内容、態様等は前記認定のとおりであるところ、右事実関係を前提に、被控訴人の主張にも考慮を加えながら、被控訴人の従事した業務の過重性の有無について検討する。 (1) 被控訴人は、昭和四三年四月、摂丹児童相談所相談指導課に配置されて以来担当区分を変わることがあつたものの所内面接、出張相談、カルテの作成・整理、措置関係文書の作成等、面接作業、書字作業及びその他の作業に従事してきたものである。 そこで、まず面接作業について考察を加えるに、被控訴人が摂丹児童相談所に配置されて以後本件疾病を発症するに至るまでの間における所内面接の業務量は、被控訴人に有利にみたとしても、一か月平均約一五件であり(右件数のうち、より負担のかかる新規件数は限られる。)、所内勤務一日当たりの件数にすると、一・八件前後であり、時には三、四件のことがあつたとしても到底過重な業務量といい得るものではなく、また、右面接件数が時期によつて特に片寄るということもなく概ね平均化しており、ほかに右所内面接が過重となつたとの事情は見い出し難い。また、巡回相談等出張による面接についても、研修のために出張する機会のなかつた月は別にして、巡回相談等は継続的に行なわれており、その回数も昭和四四年度から 面接が過重となつたとの事情は見い出し難い。また、巡回相談等出張による面接についても、研修のために出張する機会のなかつた月は別にして、巡回相談等は継続的に行なわれており、その回数も昭和四四年度から同四七年度までをみてみると、出張一回当たり二件ないし七件弱というのであつて、その件数自体からは業務の過重性を窺わせるものはない。 もつとも、被控訴人は、面接業務について、不安や悩みを抱えた人々相手の仕事であり、問題解決のための専門的な知識や技術を要し、的確に判断しなければならないとか、巡回相談の際の会場の劣悪さ、右相談を騒がしい中で行なわなければならなかつたなど種々の事情を挙げて、精神的疲労を伴う特殊業務である旨主張するのであるが、ケースワーカーの職務の性格上、面接作業が前記認定のような内容、態様を有しそれによつて大なり小なり精神的疲労感を感じることも時にあることは前記認定のとおりである。しかし、右のような面接業務の内容、態様等が被控訴人にとつてのみ特殊なものであつたとは到底いい難く、これを認めるに足る資料もない。したがつて、右のような面接作業に伴う特殊性をもつて、業務の過重性を裏付けるべき事情とはいい難い。 (2) 次に、書字作業に関し、文書処理件数及びカルテ整理件数についてみるに、前記説示から明らかなように、被控訴人の実施した調査結果には全幅の信頼を置けるものではないのであるが、今これに従つて考察しても、右件数一〇〇件以上を示すのが昭和四五年八月、同四七年七、八月及び一二月であるところ、右件数のうち多くを占めるとみられるのが措置停止事務であり、その処理方法、処理内容が前記認定のごとくであることからすると、その業務は左程複雑なものでもなく、定型的に処理の可能なものであつて、かつ、処理者である被控訴人において処理方法、処理の時期を任意選択の可能 理方法、処理内容が前記認定のごとくであることからすると、その業務は左程複雑なものでもなく、定型的に処理の可能なものであつて、かつ、処理者である被控訴人において処理方法、処理の時期を任意選択の可能な事務であつたということができ、現に、昭和四七年一二月末の右事務の処理を例にとつても、被控訴人において、一部は同年中に、その余は翌年一月中にと分けて処理しているのであり、また、同年八月は時間外勤務をせずとも右事務を処理し得たものともいえ、加えて、その際作成する措置停止書の複写作業にしても、その用紙の厚さ(前掲乙第一三号証の一六)と前記認定の複写枚数に徴すると、その複写に左程の筆圧を要するものとは認め難い。そうであるとすると、被控訴人が強調する措置停止事務の業務量は、その件数に比し軽易な業務ということができる。なお、被控訴人は、昭和四七年冬休みに際し届け出られた措置停止事務について、同年一二月に二日半で処理した業務量が大量であつたとして当審においてその旨供述(第二回)し、また、右供述により成立の認められる甲第四八号証を提出するが、右供述及び右甲号証は、同年一二月受付にかかる措置停止届出を同月中に事務処理したことを前提としているところ、別紙一措置停止処理状況表中、昭和四七年一二月中に届出られ、翌年一月に措置停止書が発行されているものについては、これに対応するカルテの記載自体からして、右届出事務処理は翌年一月に措置停止書発行事務と同時に処理したことも窺われ、そのことからしても右供述及び甲号証の記載をそのまま採用し得るものではない。 また、その余の文書処理件数及びカルテの整理についてみてみるに、前記認定のように様式化されたカルテにそれぞれの事件当事者に関し必要事項を記入するというものであつて、その処理件数自体(文書処理件数に関する被控訴人の主張による 及びカルテの整理についてみてみるに、前記認定のように様式化されたカルテにそれぞれの事件当事者に関し必要事項を記入するというものであつて、その処理件数自体(文書処理件数に関する被控訴人の主張によるも、一日当たり六、七件にすぎない。)からして左程業務の過重性を思わせるものではない。そして、右のような文書を複写で作成するにしても、その複写枚数が二ないし四部で、カーボン紙を用紙の間に挿んで行なうものであり、かつ、用紙の厚さが薄くなかつた際には手指に負担のかかることもあつたとはいえ、四部作成を要する文書の用紙は左程の厚さではないし、右複写文書作成にしても種々の事務処理の中で行なわれるものであつて、終日これに従事するというものではないこと等の諸事情からすると、これをもつて過重と評し得る程の業務ではない。さらに、カルテの整理にしても、児童の措置について検討を要することであれば種々の内容をもつた記載をしなければならないであろうし、そうであるとすれば考えながら記載することとなるのは当然のことであり、逆に簡単な事項(例えば、入所申請書を受理したとか、保護者が来所したとかの経過の記載など)については、何ら思考することなく記載することができるであろうし、いずれにしてもカルテへの記載を書字作業という観点からみるとき、その業務の過重性を窺わせるところはない。 なお、被控訴人は、ゴム印の数が少なく使用できなかつた、あるいは簡易印刷器を使用した場合の問題点について種々述べる(当審第一回)のであるが、被控訴人がカルテ整理等に当たつてゴム印を使用したことは明らかなことであつて、それによつて負担の軽減となつていることも自明のことであり、ゴム印の数が少なかつたとの事情は現にこれを使用して事務処理した場合の事務負担の程度を考える際の消極資料とはならない。また、簡易印刷器の使用 れによつて負担の軽減となつていることも自明のことであり、ゴム印の数が少なかつたとの事情は現にこれを使用して事務処理した場合の事務負担の程度を考える際の消極資料とはならない。また、簡易印刷器の使用についても、これを使用する場合が措置停止事務に際し定型的事項をカルテに記入するというような場合であるから、仮に原紙作成作業及び印刷作業の負担を考慮に入れるとしても、事務軽減になつていることは明らかであり、そうでなければ多忙であつたという被控訴人が採用するはずはないし、また、原審においても右簡易印刷器による記入方法自体の過重性を主張したであろうにこれもしていない。なお、被控訴人は、被控訴人が昭和六三年七月一六日に撮影した簡易印刷器により印刷している写真であることに争いのない甲第四九号証(ただし、説明部分を除く。)中右写真部分を資料に簡易印刷器による作業が容易なものでなかつた旨供述する(当審第二回)が、右写真の状況及び右被控訴人の供述は誇張に過ぎ採用し難い。 以上の判断に反する当審における被控訴人の補足的主張2(一)の主張は採用の限りではない。 (3) 児童福祉施設入所措置(書作成)件数についてみてみるに、被控訴人が処理した件数は、他のケースワーカーに比し少ない方ではないことは認め得るが、被控訴人より多い件数を処理しているケースワーカーもおり、一か月平均にすると、二件から四件という程度であつて、それをもつて業務過重と評し得る程の件数ということはできない。 (4) 五六条一斉調査についてみてみるに、昭和四七年の右調査において、被控訴人が担当した件数が八一件であり、担当者の平均件数が九五件であること、被控訴人以外の担当者で一〇〇件以上の件数を処理している者がいることからすると、被控訴人の右件数をもつて右業務が過重であつたとは認めることはできない。また あり、担当者の平均件数が九五件であること、被控訴人以外の担当者で一〇〇件以上の件数を処理している者がいることからすると、被控訴人の右件数をもつて右業務が過重であつたとは認めることはできない。また、被控訴人は、被控訴人の処理件数は多い方から四番目であると強調するが、そうであるとしてもそれをもつて過重なものであるとの結論を導くには至らない。 (5) 児童の移送、重症心身障害児の移送の際に被控訴人が児童を抱えたり、移送中に不自然な姿勢を取ることがあるなど右業務に従事したときの状況については前記認定のとおりであるが、これとてもその機会が少なかつたことに照らすと、過重な作業とはいえない。 また、巡回相談、訪問調査において、出張場所までの所要時間がかかるなど前記認定のような被控訴人が受ける肉体的疲労にしても、継続して、毎日行なうような業務でないことから、これをもつて過重な業務とはいえないことは明白である。 さらに、前記認定のように立つたまま電話をし、また、その際に不自然な姿勢をとることがあるということがあるとしても、これをとらえて過重な業務とはいえない。 (6) 以上の業務のほか、被控訴人は判定措置会議に出席し、三歳児精密検診に従事し、情緒障害児治療学級へ参加し、日直、受付業務に従事し、各種研修へ参加し、統計、自己及び相談指導課長の旅費請求書を作成し、カルテの廃棄作業に従事するなど前記三、3において認定した業務に従事したのであるが、これらのどれを取り上げたとしても、ケースワーカーあるいは公務員として通常従事する業務の域を出ず、これをもつて過重な業務であるとは到底いえないし、本件全証拠によるも右業務が過重なものであるとの心証を得るには至らない。 (7) 次に、業務量の波について考察するに、被控訴人は、原審においてそれがあつたことを供述し、その存在を証す 到底いえないし、本件全証拠によるも右業務が過重なものであるとの心証を得るには至らない。 (7) 次に、業務量の波について考察するに、被控訴人は、原審においてそれがあつたことを供述し、その存在を証する証拠として前掲甲第九号証、乙第一号証の一四を作成、提出している。しかし、右各書証の統計は、主として受付台帳を基に作成されたというのであり(原審における被控訴人本人尋問の結果)、その統計方法に問題のあることは前記乙第一号証の一五について検討したと同様のことがいえるのであるが、それを措くとしても、右各書証の統計によると、本件発症前一年間における被控訴人の業務における波として顕著なのは、昭和四七年七、八月、一二月及び同四八年一月における児童記録(カルテ)及び文書処理のそれであり、その他の時期及び面接業務はさしたる波もなく経過しているということができる。そして、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、右波は、夏休みと冬休みの措置停止事務が集中したためであると認めることができるところ、右措置停止事務の内容及び処理態様については前記認定、説示のごとく、その実質的な業務量自体は、件数に比し軽易なものであるということができる。そうであるとすれば、右に示された二つの波も実質的な業務量の観点からすると、通常月の業務量を著しく変動させる程のものでないといわざるを得ない。 また、被控訴人は、児童福祉施設入所措置(書作成)件数が昭和四七年に増加した旨主張するところ、確かに、前記認定のとおり昭和四五年には二五件、同四六年には一一件、同四七年には四八件と変動しているが、被控訴人と同様の担当区分であつたEの右処理件数がそれぞれ三四件、三三件、六三件であることに徴し、また、このような一部の事務が年度によつて差があるとはいえ、それは年間の総件数においてのことであることから 人と同様の担当区分であつたEの右処理件数がそれぞれ三四件、三三件、六三件であることに徴し、また、このような一部の事務が年度によつて差があるとはいえ、それは年間の総件数においてのことであることからすると、それをもつて業務の波として捉えることには疑問がある。 (8) 更に進んで、被控訴人の勤務状況、出張状況について考察を加える。 被控訴人の所内勤務日数、出張日数を含む実質勤務日数は、昭和四五、四六年の所内勤務日数がやや多い以外、いずれも他のケースワーカーの平均日数より日数が少なく、また、被控訴人の年休取得日数、職務専念義務免除及び特別休暇を含む無就労日数は、被控訴人以外のケースワーカーの平均日数より毎年多いこと、被控訴人の年休取得日数が昭和四七年において一四・五日であるが、これは前年の取得日数が同取得可能日数より多くに取得したことによるものであることが窺われること、さらに年休の取得は、当日の朝に電話連絡することによつて実行するなど特段制限されるような状況になかつたことからすると、勤務日数、年休取得の面から被控訴人の摂丹児童相談所における勤務が過重なものであつたとは到底いえないし、むしろ被控訴人において多少の疲労があつたとしても、右年休等を取得することによつて回復する余地はあつたものということができる。 次に、時間外勤務について考察するに、被控訴人の右勤務時間が被控訴人以外のケースワーカーの平均に比し多いが、摂丹児童相談所における時間外勤務時間の把握に疑問があることからすると、被控訴人の右時間数をもつて他の職員と比較して論じることには問題がある。しかし、仮に、被控訴人の右時間が他のケースワーカーに比し多かつたとしても、前記のような被控訴人の勤務内容、状況に徴すると、これをもつて直ちに被控訴人の業務が過重であつたとの結論を裏付けるには至らない し、仮に、被控訴人の右時間が他のケースワーカーに比し多かつたとしても、前記のような被控訴人の勤務内容、状況に徴すると、これをもつて直ちに被控訴人の業務が過重であつたとの結論を裏付けるには至らない。 さらに、被控訴人の出張状況について検討するに、被控訴人の出張日数は、被控訴人以外のケースワーカーに比し、昭和四七年には多いがその他の年には少なく、昭和四七年に多いのは研修に参加したことが大きく影響しているとみられること、巡回相談その他のための出張日数は、被控訴人以外のケースワーカーに比し、昭和四七年に増加しているが、そのうち巡回相談のための出張はそれ程増加していないこと、また、児童の移送のための出張は全体の出張日数からすると、多くはなく、その日数も平均化していること等の諸点が指摘でき、右のようなことからすると、出張日数が被控訴人以外のケースワーカーに比し、際立つて多いとか、変動が大きいということはできない。 (9) 被控訴人の従事した業務に関する執務環境等が劣悪あるいは苛酷なものであつたかどうかについて考察する。 摂丹児童相談所における相談件数及び各ケースワーカーの担当件数を摂丹児童相談所と類似性を有する中央児童相談所の件数と比較した場合、それが懸け離れたものでないことは前記認定、説示のとおりである。 また、被控訴人は、摂丹児童相談所におけるケースワーカー等の人員配置が厚生省の示す基準より少なかつた旨主張するところ、確かに必携は一定の標準を示し説明しているが、いずれも今後の配置として望ましい方向を示したものであり、かつ、それも国の予算を考慮しているものであつて、その人員を満たさなければ児童相談所としての機能を果たさないとか、職員の業務量が過重になり望ましくないとしているものでないことは明らかである。むしろ、必携においても、児童相談所全体とし のであつて、その人員を満たさなければ児童相談所としての機能を果たさないとか、職員の業務量が過重になり望ましくないとしているものでないことは明らかである。むしろ、必携においても、児童相談所全体として職員が他の業務にも協力し適切な福祉活動をするよう望んでいることが窺われるのである。なお、昭和四七年一二月一三日から同四八年一月九日まで被控訴人と同一係のEが、また、同四七年一一月四日から同四八年二月二六日まで被控訴人とは担当を異にするFがそれぞれ休業したが、被控訴人は、右期間のうち同四七年一一月三〇日から同年一二月二二日まで研修に参加していたので、右期間中は右両名の休業の影響を直接受けることはなく、また、その後において右影響を受けたことが認められることは前記のとおりであるが、これによつて被控訴人の業務量が際立つて変動したものとは認め難い。 被控訴人は、摂丹児童相談所にスーパーバイザーが配置されていなかつたことが被控訴人の業務の過重となつた原因であるかのような主張をするが、当時、スーパーバイザーが配置されていた児童相談所が全国的にも、また、近畿の各府県においても少なく、それを配置しなかつたことが行政当局の怠慢であつたといえる状況にはなかつたし、右職種が配置されなかつたとしても、相談指導課長あるいは主任等の経験者が被控訴人らを指導していくよう配慮されていたこと、さらに、被控訴人自身、毎年、ケース研究会等の研修等に参加し、ケースワーカーとして研さんを積む機会を与えられていたこと等の諸事情に徴すると、スーパーバイザーが配置されていなかつたことをもつて、業務過重を来したとは到底いい難い。 次に、摂丹児童相談所における執務環境についてみてみるに、前記認定事実からすると、冷暖房設備、照明設備、電話、椅子などの設置程度、内容は被控訴人ら職員の求めるところと完 重を来したとは到底いい難い。 次に、摂丹児童相談所における執務環境についてみてみるに、前記認定事実からすると、冷暖房設備、照明設備、電話、椅子などの設置程度、内容は被控訴人ら職員の求めるところと完全に一致するものではなかつたとしても、執務環境として通常の程度に及ばず、それが被控訴人の体調に影響を及ぼすような劣悪なものであつたとは到底いうことができない。 なお、ここで被控訴人が本件疾病発症を促した人的、物的環境の一環として、同僚に頸肩腕障害が発症した旨主張するので検討するに、前掲甲第一三号証、成立に争いのない甲第四一、四二号証、当審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)(一部)、同結果により真正に成立したものと認められる甲第二五号証、第三九、四〇号証、弁論の全趣旨及び同趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九五号証の一ないし三によると、摂丹児童相談所に勤務していたGは、昭和五四年五月、兵庫医科大学病院医師によつて頸肩腕障害との診断を受け、同月四日から療養し、同年一一月四日から同五五年四月三〇日まで休職したが、同人の右疾病はその実、胸郭出口症候群と診断されており、前記昭和五〇年通達等によつても胸郭出口症候群は業務起因性のある頸肩腕症候群でないとされていること、また、昭和五四年八月のHの転勤に際し、組合摂丹児童相談所分会から当局に対し、Hが頸肩腕障害に罹患しているから配転に異議を述べる旨申し出られたことはあるが、それ以上に同人から診断書等が提出されたことがないことを認めることができ、当審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らすと採用し難く、ほかに右認定を左右するに足る証拠はないところ、右認定の事実によると、G及びHが頸肩腕症候群に罹患しているのか、それが公務起因性があるのかは明らかでないと する部分は前掲各証拠に照らすと採用し難く、ほかに右認定を左右するに足る証拠はないところ、右認定の事実によると、G及びHが頸肩腕症候群に罹患しているのか、それが公務起因性があるのかは明らかでないというほかないから、結局、被控訴人の右主張は採用し難い。 (三) 以上、検討したところから明らかなように、被控訴人が摂丹児童相談所において従事した業務量が肉体的、精神的に過重なものであり、あるいはその業務量に大きな波があるということは認め難いといわざるを得ないし、これを被控訴人が主張するように業務全体の総合的観点から考察しても、右と同旨の結論に至らざるを得ない。よつて、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。 もつとも、被控訴人は、業務が過重であるかどうかは当該労働者の体力を基準にして判断すべきである旨主張するかのごとくであるが、当裁判所は、前記認定事実に徴し、被控訴人主張のように被控訴人の体力(被控訴人の体力が成人女子として普通の健康体のそれであつたことは被控訴人の自認するところである。)を考慮したとしても、被控訴人の従事した業務が過重であつたとの心証を得るに至らないし、また、右主張にも賛同し難い。何故ならば、業務と頸肩腕症候群との間に相当因果関係があるといい得るためには、業務上の負荷が本人の素因等、考えられる公務外の要因と並ぶ相対的に有力な発症原因として指摘することが医学的にも肯定される程のものである場合でなければならない。しかして、昭和五〇年通達等において認められているような一定の職種においては、一定量以上の業務に従事した場合に頸肩腕症候群が発症したとき、これを業務に起因するものとみることに医学的にも納得のいくものと解されているのであるが、そうでない職種あるいは業務においては、頸肩腕症候群の発症機序について医学的に十分には解明されず、かつ したとき、これを業務に起因するものとみることに医学的にも納得のいくものと解されているのであるが、そうでない職種あるいは業務においては、頸肩腕症候群の発症機序について医学的に十分には解明されず、かつ、業務従事とは関係なく発症するなど原因不明とされる症例も多くあるとされていることが広く知られていることからして、一般的な業務量によることなく、個人的な要因である体力などという事情を考慮に入れて業務量の過重の有無を判断することになると、その頸肩腕症候群が果たして業務に起因するものか、あるいは体力を含む個人的素因等が原因となつて発症したものかどうかが結局のところ判断し難くなるのである。したがつて、業務と疾病との間に相当因果関係があるかどうかの判断の前提としての業務量は一般的な業務量を基準にして判断するのが正当というべきである。 (四) そこで、医学的見地から被控訴人の本件疾病がその業務に起因するとの見解を示している証拠について検討する。 被控訴人が西淀病院で診断を受けたQ医師の作成した「意見書」(前掲甲第一号証)によると、「当該疾病は、主として右上肢の過度使用(業務)による神経筋疲労に加えうるに精神神経疲労により発症した頸肩腕障害(III度、産業衛生学会統一見解による病像分類)であると判断せざるを得ない。」との記載がある。ところで、証人Vの証言、同証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証、原審証人Oの証言によると、頸肩腕障害なる診断名は、日本産業衛生学会における検討の結果、誤解の招き易い頸肩腕症候群、鍵鞘炎などという診断名を改めるべきである等の見解の下に提案されたものであつて、業務による障害を対象とすることを前提として、上肢を同一肢位に保持、又は反復使用する作業により神経・筋疲労を生ずる結果起こる機能的あるいは器質的障害を右傷病名の定義 見解の下に提案されたものであつて、業務による障害を対象とすることを前提として、上肢を同一肢位に保持、又は反復使用する作業により神経・筋疲労を生ずる結果起こる機能的あるいは器質的障害を右傷病名の定義としているが、いまだ整形外科の領域においては認容されていないものであることが認められる。しかし、ここで問題となるのは、頸肩腕症候群という診断名が付されるか、頸肩腕障害という診断名が付されるかはとも角、被控訴人の罹患した疾病の公務起因性の有無ということであるから、医師が産業衛生学会の提案する診断名を付したからといつて、右公務起因性を認めるべき根拠とはならず、結局のところ、Q医師が何を根拠に被控訴人の疾病が公務に起因するものと判断したかである。 そこで、Q医師の右意見書を子細に検討するに、右結論に至つた理由としては、ケースワーカーの業務内容、業務態様、業務量、作業密度、摂丹児童相談所におけるケースワーカーの人数など概ね被控訴人の主張をそのまま採用し右結論に至つているのであり、独自の客観的検討は加えられていないといわざるを得ないし、他方、被控訴人の主張はそのまま採用し難いことは前記認定のとおりであるから、右意見書をそのまま採用することには消極にならざるを得ない。 なお、証人Jの証言、同証言によつて真正に成立したものと認められる甲第二二号証は、乙第六八号証、第八五号証の各医師意見書を反論することに主たる目的があり、被控訴人の疾病の公務起因性について直接立証するものではなく、結局のところ、右Q医師意見書を援用するものと解するので右以上の検討はしない。 (五) すすんで、被控訴人の頸肩腕症候群罹患前後の身体的状況等について検討する。 被控訴人が摂丹児童相談所に入所し、本件疾病に罹患するまでの症状については前記認定のとおりであるところ、右認定事実に前掲乙第一 すんで、被控訴人の頸肩腕症候群罹患前後の身体的状況等について検討する。 被控訴人が摂丹児童相談所に入所し、本件疾病に罹患するまでの症状については前記認定のとおりであるところ、右認定事実に前掲乙第一号証の一二、第三四号証の一ないし六、第五二号証の一、二、第五六号証、第六五ないし六七号証、第七二号証、第七四号証の二、第七五号証の一、原本の存在、成立に争いのない乙第五三、五四号証、第七六号証の一、第七七号証の一、第七八号証の一ないし二〇、第七九号証の一、同号証の二四、成立に争いのない乙第九〇号証の一ないし一〇七、当審証人Oの証言、同証言により真正に成立したものと認められる乙第六八号証、証人P、同S、同Jの各証言、原、当(第一回)審における被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。 (1) 被控訴人は、昭和四三年四月、摂丹児童相談所に配置されて以後、前記認定のごとく疲労感等を覚えることが多かつたが、昭和四七年四月に渡辺病院において受診するまで特に医師の診断を受けることがなく経過していること、被控訴人の性格は、いうならば几帳面で何事にも真面目に取り組みいい加減に処理することが出来ない性格であること、被控訴人は、昭和四四年から組合活動に参加し、昭和四五年四月から組合摂丹児童相談所の分会長となり、同四六年八月には組合阪神支部の青年婦人協議会(以下、青婦協という。)の副議長に選出され、また、同年九月には組合本部青婦協の大会において副議長に選出されたこと、被控訴人は、自らの仕事を十分にするためには職場の状況及び労働条件を変更しなければならないとの観点から、組合活動に積極的に参加していたものであり、時にはビラのための原稿を書きガリを切ることがあつたこと、被控訴人は、組合活動に関し摂丹児童相談所の上司との間で必ずしも 更しなければならないとの観点から、組合活動に積極的に参加していたものであり、時にはビラのための原稿を書きガリを切ることがあつたこと、被控訴人は、組合活動に関し摂丹児童相談所の上司との間で必ずしも意見の一致があつたとはいえず、本件審査請求に際し、被控訴人自らが記載して控訴人に提出した反論書には、摂丹児童相談所所長から個人攻撃を受けたとか(昭和四五年四月ころ)、本部青婦協出席に関して同所長から威嚇されたとか(同年八月ころ)、組合指令に基づき昇任試験受験拒否闘争に際し、所長室に呼ばれ威嚇されたとか(同年一二月)、また、翌四六年一月の欄には、職場の中で強くあるために、次第に感情を失くしていつていることに困惑と、同年二月には職場で言いたいことが言えないなどと記載され、さらに、所長から個人攻撃を繰り返され、ストに参加したことで転勤という措置を考えざるを得ないと言つておどかされたとか(同年一一月)、組合の交渉で専免をとつたことを所長が怒つたとか(同四七年二月)種々の摂丹児童相談所所長に対する不満を記載しているのであつて、被控訴人のいう所長による攻撃等の右記載事項が事実であつたかどうかとは別に被控訴人が組合活動に関し職場でかなりの精神的苦痛(ストレス)を感じていたことは明らかといわざるを得ないこと、(2) 被控訴人は、昭和四八年三月二六日から休業し、同年四月五日から同年五月二四日まで淡路病院において、毎日通院で投薬、頸の牽引の治療を受けたこと、右同日、同病院医師から就業することを勧められた被控訴人は、同月二五日、友人の紹介で西淀病院で受診し、以来、同病院において治療を受けていること、被控訴人は、右同日から毎日、淡路島から西淀病院へ通院し、極超短波、頸の牽引、マツサージ、注射、投薬、はり、灸、体操等の治療を受けたこと、被控訴人は、同年七月二三日から おいて治療を受けていること、被控訴人は、右同日から毎日、淡路島から西淀病院へ通院し、極超短波、頸の牽引、マツサージ、注射、投薬、はり、灸、体操等の治療を受けたこと、被控訴人は、同年七月二三日から午前中は休業し、午後だけ勤務して軽作業を行なうという勤務に就くようになつたが、右病院における治療は従前どおり続けたこと、その後、右治療に加えて、同年九月から山登りを、また、同四九年四月からは西淀病院で速歩、駆け足、太極拳、サーキツト等のトレーニングを治療方法に加えて受けたこと、右のような態様の勤務を同五〇年三月末まで続けたが、同年四月から相談指導課長付きに配置転換され、併せて朝から出勤し軽作業に従事した後西淀病院に通院するようになつたこと、被控訴人は、昭和四九年四月から翌五〇年三月までの間は一か月平均約一八・六日、同年四月から翌五一年三月までの間は一か月平均約一九・九日、同年四月から翌五二年三月までの間は一か月平均約一八・五日、同年四月から翌五三年三月までの間は一か月平均約一二・四日、同年四月から翌五四年三月までの間は一か月平均約一二・五日、同年四月から翌五五年三月までの間は一か月平均約七・八日、同年四月から翌五六年三月までの間は一か月平均約九・一日、同年四月から翌五七年三月までの間は一か月平均約七日、同年四月から翌五八年三月までの間は一か月平均約七・九日、同年四月から翌五九年三月までの間は一か月平均約七日、同年四月から翌六〇年三月までの間は一か月平均約三・一日、西淀病院において、若干の変更はあるが、概ね前同様の治療を受け、主治医の診断の結果によると、昭和六〇年九月ころから月一回の管理主体の受診になつていること、他方、被控訴人の昭和五二年以降の勤務時間をみてみると、同年及び同五三年は、概ね毎日三時間欠勤(ただし、土曜日は除く。以下、同じ。)を 昭和六〇年九月ころから月一回の管理主体の受診になつていること、他方、被控訴人の昭和五二年以降の勤務時間をみてみると、同年及び同五三年は、概ね毎日三時間欠勤(ただし、土曜日は除く。以下、同じ。)を、同五四年は、全日勤務が一か月平均約九・四日で、それ以外の日は概ね三時間欠勤(以下、三時間欠勤は同じ。)を、同五五年は、全日勤務が一か月平均約九・二日、同五六年は、全日勤務が一か月平均約八・四日、同五七年は、全日勤務が一か月平均約六・九日あること、また、昭和五九年一月からは全日勤務の日を一日増やし、週二日二時間欠勤にして通院していることが窺われること、被控訴人が西淀病院へ通院するようになつてからの症状をカルテの記載によつてみてみると、昭和四九年以降も、頭痛、両肩痛、指の振せん、両足関節周辺の疼痛、腰痛、不眠、右大腿部痛、腕の疼痛、背部痛、嘔吐などを訴え、同五〇年以降もその症状経過は変わりなく(同五三年一月二三目には、その様子が慢性的な症状変わらずと記載されている。)、同五八年一一月ころには、「仕事はまあまあやつている、肩、頸、背、上肢のこり、軽くはなつているが、睡眠ややねつきにくい」と記載され改善の兆しを示すかのようであるが、同五九年一月には、「終日勤務がつづいたが、症状は大きな変化はない、不眠、頸のつつぱり→頭重感」と記載され業務に従事するものの症状には変化のないことを示しており、同七月二三日には本件原判決が言い渡されたことが記載されると共に、「その後忙しい、最近は週一回程度の通院で割合に調子が良い」と記載されて回復の様子がみられること、被控訴人は、本件疾病に罹患する以前の昭和四七年六月には最高血圧一二八ないし一四〇と測定されていたが、同四九年以降には右血圧が最低で一〇〇を示すことがあり、低血圧症の疑い、あるいは少なくとも低血圧の傾向にあ 、本件疾病に罹患する以前の昭和四七年六月には最高血圧一二八ないし一四〇と測定されていたが、同四九年以降には右血圧が最低で一〇〇を示すことがあり、低血圧症の疑い、あるいは少なくとも低血圧の傾向にあるが、その原因の合理的説明はつかず、また、昭和五一、二年ころには微熱がみられることがあつたこと、(3) 被控訴人は、本件疾病発症以来業務を軽減され、西淀病院等において十分な治療を受けているにもかかわらず、その症状は容易に改善せず、右発症後一〇年を経過してようやく改善の兆しがみえてきたというのであり、他方、前記昭和五〇年通達等によると、発症後三か月を経過してなお順調に症状が軽快しない場合には、他の疾病を疑う必要があるとされていること、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。 (六) ここで、医学的見地からする頸屑腕症候群の病像等について考察を加える。 前掲甲第二号証、成立に争いのない甲第一七号証、乙第三五、三六号証、第七〇、七一号証、原審証人Oの証言、同証言により真正に成立したものと認められる乙第二三号証、証人W、同Jの各証言及び弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。 わが国においては、昭和三〇年前後ころから電子計算機の導入・普及に伴い、キーパンチヤーの中に手指の痛み、しびれ、ふるえなどの症状を訴える者が次第に現われるようになり、労働行政の分野や医学の分野において研究が進められ、同三九年ころには労働省がその労働条件の基準やその種の作業による業務上の疾病の認定基準を発表するに至つた。その後、右と同様の症状、頸、肩、腕、背中、あるいは腰等の広範囲にわたる部位の痛みやこり、しびれ等の症状を訴える労働者が特に若年の女子を中心に増加し、その労働者も当初はタイピストやオペレーター等の事務機器作業従事者に多かつたが、その 背中、あるいは腰等の広範囲にわたる部位の痛みやこり、しびれ等の症状を訴える労働者が特に若年の女子を中心に増加し、その労働者も当初はタイピストやオペレーター等の事務機器作業従事者に多かつたが、その後一般の事務作業従事者やベルトコンベアー作業者、検査技師、保母など広範囲の職種の労働者にまで広がつてきており、家庭の主婦や学生にも同様の症状を訴える者が多くみられるといわれている。 そして、右のような症状を呈する者について、遅くとも昭和四七年ころまでには、頸肩腕症候群という診断名が付けられるようになつたが、その疾病としての定義、症状の経過、診断基準、発症要因、発症機序等については、医学界において広く承認されたものは存在しない。 この点について、日本産業衛生学会において、頸肩腕障害なる診断名の下にこれを定義し、診断基準等を提案しているが、右頸肩腕障害なる概念が整形外科の領域においてはいまだ広く受け入れられていないことは前記認定のとおりである。そして、整形外科的には、現在一般に前記のような症状のうち、外傷や先天的奇形によるもの及び背髄の腫瘍や関節リウマチその他の疾病によるものを除き、これに広義の頸肩腕症候群という疾病概念を用い、そのうち腱鞘炎など病理の明らかなものについてはその病名で診断し、その余の病理の明らかでないものを狭義の頸肩腕症候群とすることが多いとされている。 そして、狭義の頸肩腕症候群について、発病者の個人的資質や素因の問題を含めて、現在まで多くの研究がなされ種々の報告がされているが、その全体的病像、発症原因、病理機序等についての定説がみられる段階に至つていない。 以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。 (七) そこで、以上において認定した事実を前提に本件疾病と公務の関連について検討するに、被控訴人の従事した業務は 階に至つていない。 以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。 (七) そこで、以上において認定した事実を前提に本件疾病と公務の関連について検討するに、被控訴人の従事した業務は、これに従事している者が本件疾病である頸肩腕症候群を発症したとき、右業務と疾病との間に相当因果関係が認められるとして一般に認められた場合でなく、また、被控訴人が主張するように被控訴人の業務が一般的にみて過重といえる程のものではないし、その業務に目立つた大きな波が認められず、さらに被控訴人の置かれた執務環境等も格別劣悪なものではなく、他方、被控訴人は本件疾病発症後業務を軽減され少なくとも右発症後一〇年を経過するも明確な改善は認められず、また、右発症前において、被控訴人は職場における組合活動等を巡る人間関係において、精神的苦痛を感じる状況になかつたとはいえないし、その他右疾病治療の過程において(右発症前における身体状況は明らかではない。)ではあるが、低血圧の傾向を示しているなど、被控訴人の従事した業務の業務量、業務態様、執務環境及び本件疾病の発症前後の経緯等からすると、被控訴人の従事した業務が本件疾病発症に何らかの関連を有することは否定できないとしても、右業務に従事したことが相対的に有力な発症又は憎悪の要因となつたものとは認め難いといわざるを得ず、本件疾病は、むしろ被控訴人の身体的ないし精神的要因が絡み合つて発症した疑いがあり、結局、被控訴人の本件疾病と公務との間には相当因果関係は認められないというべきである。 五結論以上の次第で、被控訴人の本件公務災害認定請求に対し、これを公務外の災害と認定した控訴人の本件処分は正当であり、これを違法として取消を求める被控訴人の本訴請求は理由がないところ、これを認容した原判決は失当であるのでこれを取り消し、 害認定請求に対し、これを公務外の災害と認定した控訴人の本件処分は正当であり、これを違法として取消を求める被控訴人の本訴請求は理由がないところ、これを認容した原判決は失当であるのでこれを取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法九六条、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官石川恭大石貢二松山恒昭)別紙一~五(省略)(原裁判等の表示)○ 主文一被告が昭和五一年六月二四日付で原告に対してした地方公務員災害補償法による公務外認定処分を取消す。 二訴訟費用は被告の負担とする。 ○ 事実第一当事者の求めた裁判一請求の趣旨主文同旨二請求の趣旨に対する答弁 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 第二当事者の主張一請求原因 1 (原告の経歴)原告は、昭和四三年三月大阪府立社会事業短期大学専攻科を卒業後、同年四月一日付で兵庫県職員として採用され、直ちに摂丹児童相談所に相談調査員として配置されて以来、同児童相談所のケースワーカーとして、児童相談業務に従事して現在に至つている。 2 原告の発病)(一) 原告は、同四三年四月から同四八年三月までの間、摂丹児童相談所の相談調査員として、同一姿勢を保持し、一定の筆圧を加えながらのボールペンによる児童記録の作成、極度の精神神経の集中と緊張を要する面接業務、記録の整理、複写業務、電話による照会、連絡、調整、打合わせ及び相談の受理、児童の移送、出張、巡回相談、訪問調査などの業務を行つた。 (二) 同児童相談所では、職員の絶対数が不足し、厚生省の基準に満たない部門もあつたばかりでなく、専任の受付相談員、措置担当書記、スーパーバイザー(ケースワーカーの援助指導にあたる専門職員)もおかれていなかつたため、原 では、職員の絶対数が不足し、厚生省の基準に満たない部門もあつたばかりでなく、専任の受付相談員、措置担当書記、スーパーバイザー(ケースワーカーの援助指導にあたる専門職員)もおかれていなかつたため、原告の担当業務は多忙を極めた。 (三) そのため、原告は就業後数年も経ないころから、肩こり、背部痛、全身疲労、頭痛などをひんぱんに覚えていた。 (四) とりわけ同四七年度においては、原告は心身障害相談係に配置されたが、同係の事務処理を一人で担当したり、巡回相談や児童福祉法五六条一斉調査(以下「五六条一斉調査」という。)の業務を終始行い、面接やそれに伴う児童記録の作成、文書処理の業務が著しく増大したばかりでなく、特別の行事として、情緒障害児短期治療合宿・キヤンプ、精薄者(児)実態調査、施設実態調査、在宅重症心身障害児訪問指導などの業務が重なり、さらにはこのような業務繁忙中に、原告を含めて五名の係職員のうちの二名が病気欠勤するという事態まで発生した。 (五) そのため、原告は同四八年に入ると疲労がさらにひどくなり、右肩、背部異常感、右上肢脱力感、運動障害などを覚えるに至り、同年三月二二日兵庫県立西宮病院(以下「西宮病院」という。)で頸肩腕症候群により休業加療を要するとの診断を受けた。 (六) その後原告は、同年四月五日にも兵庫県立淡路病院(以下「淡路病院」という。)で同一病名により休業加療を要するとの診断を受け、同年五月二五日からは財団法人淀川勤労者厚生協会西淀病院(以下「西淀病院」という。)に通院するようになつたが、同病院における原告の主治医Qは、原告の右疾患を「主として右上肢の過度使用(業務)による神経、筋疲労に加うるに、精神神経疲労により発症した頸肩腕障害(III度)である。」と診断している。 3 (被告の公務外認定処分)そこで、原告は右頸肩 疾患を「主として右上肢の過度使用(業務)による神経、筋疲労に加うるに、精神神経疲労により発症した頸肩腕障害(III度)である。」と診断している。 3 (被告の公務外認定処分)そこで、原告は右頸肩腕障害(同四八年三月発病)は公務上の災害であるとして、同四九年五月一一日被告に対し地方公務員災害補償法四五条による認定請求をしたが、被告は原告の頸肩腕症候群は公務に起因するものとは認められないとして、同五一年六月二四日付で原告に対しこれを公務外の災害と認定する処分(以下「本件処分」という。)をした。 原告は本件処分を不服として、地方公務員災害補償基金兵庫県支部審査会に対し審査請求をしたが、同審査会は同五二年一二月二四日付でこれを棄却する旨の裁決をしたので、原告はさらに地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたところ、同審査会は同五四年三月二二日付でこれを棄却する旨の裁決をし、右裁決書謄本は同年五月一四日原告に送達された。 4 (原告の疾病の公務起因性)しかしながら、原告の頸肩腕障害は、長期間にわたる業務の肉体的、精神的負担の過重により発症したものであり、これが公務に起因することは明らかである。 5 (結論)よつて、本件処分は違法であるから、その取消を求める。 二請求原因に対する認否 1 請求原因1項は認める。 2 (一)同2項(一)のうち、原告がその主張の期間、摂丹児童相談所の相談調査員として、児童記録の作成、面接、記録の整理、児童の移送、出張、巡回相談、訪問調査などの業務を行つたことは認める。 (二) 同(二)は争う。 (三) 同(三)は知らない。 (四) 同(四)は争う。 (五) 同(五)のうち、原告がその主張の日に西宮病院で頸肩腕症候群との診断を受けたことは認めるが、その余は知らない。 (六) 同(六)のうち、原告がその主張の日に淡路 い。 (四) 同(四)は争う。 (五) 同(五)のうち、原告がその主張の日に西宮病院で頸肩腕症候群との診断を受けたことは認めるが、その余は知らない。 (六) 同(六)のうち、原告がその主張の日に淡路病院で頸肩腕症候群との診断を受けたこと及び原告がその主張の日から西淀病院に通院するようになつたことは認めるが、Q医師の診断内容は争う。 3 同3項は認める。 4 同4項は争う。 三被告の主張原告の頸肩腕症候群は、公務に起因して発症したものではなく、むしろ原告の素因によるものである。 すなわち、原告の従事した業務は、種々の作業が混合されたもので、その作業熊様は上肢の動的又は静的筋労作を主とするものではないから、特に上肢、肩に負担がかかるものではなく、また、その業務量についても、頸肩腕症候群の発症の原因となるほどの過重性は認められない。 一方、頸肩腕症候群は、そもそも個人的資質に起因するところが大きい疾患であるところ、原告は発病後同四八年三月二六日から七月二三日まで約四か月間休業し、その後は現在に至るまで一〇年以上にわたつて軽減された業務に従事し(なお、同四八年中は一か月に一五日ないし二三日の休暇をとり、以後数年間は半日勤務であり、同五四年以降も、全日勤務は要勤務日数の三分の一程度で、他は半日勤務である。)、この間治療を継続しているにもかかわらず現在でもその症状が続いているが、これは、原告の頸肩腕症候郡がその素因によることを示すものである。 なお、原告の公務災害認定請求の際の主張によれば、原告の症状は同四三年四月に摂丹児童相談所に配置されて以来続いているとのことであるが、そうだとすれば、これが業務に従事したために発症したものでないことは明らかである。 以下、同四八年三月までの原告の業務内容、作業態様、業務量及び作業環境について述べる。 1 業務内容 のことであるが、そうだとすれば、これが業務に従事したために発症したものでないことは明らかである。 以下、同四八年三月までの原告の業務内容、作業態様、業務量及び作業環境について述べる。 1 業務内容及び作業態様について(一) 相談調査員の業務内容は、面接相談、カルテ整理及び文書処理であるが、これら業務に付随するものとして巡回相談、児童移送、調査用務等のための出張があり、また会議、研修への参加もある。 相談は、関係機関からの通告又は保護者等の申出によつて始まり、日時を定めて相談室で保護者等と面接し、その悩み、要望等を聞くとともに、助言、指導ないし措置のために必要な児童をとりまく環境等について聴取する。さらに必要に応じ調査等を行う。 この段階で助言、指導をすることもあるし、何らかの措置を要するものと思料される事案については、さらに児童福祉司、相談調査員、心理判定員等で構成される判定措置会議に諮り、同会議によつて指導方針が決定され、具体的な措置が確認される。 以上のような事務処理に伴い、各児童ごとに作成される児童記録票に、相談内容、聴取内容その他を記入する。また、措置を行う場合や変更(延長、停止、解除等)する場合には、各措置に応じて必要な文書を作成する。 さらに、措置決定によつて施設入所となつた場合には、児童を施設まで移送する。 原告も以上のような業務に従事していたものである。 (二) その業務の作業態様は次のとおりである。 (1) 面接相談原告の主たる作業である所内面接相談は、通常、相談室の円卓に向い、椅子に座つて対話する。その所要時間は、一回について一時間ないし一時間半程度である。原告はカウンセラーとしての知識、技術を体得しており、その作業はある程度自分のペースで行えるうえ、その際の姿勢についても同一姿勢をとることを強制されるものではない。ま 時間ないし一時間半程度である。原告はカウンセラーとしての知識、技術を体得しており、その作業はある程度自分のペースで行えるうえ、その際の姿勢についても同一姿勢をとることを強制されるものではない。また、そのときの筆記はメモ程度のものでよく、上肢や肩に負担がかかるものではない。さらに、ときとして面接について精神的に緊張することがあるとしても、それが長時間にわたるとか連日続くとかいうことはありえない。 (2) 記録整理及び文書作成作業児童記録票は様式化されているし、通常、その書字数もさほど多くはなく、その件数も、記載事項の比較的多い初回の相談の分は一日当り一件軽度であり、初回以外の場合にはその処理経過を記入するだけであるから、それが上肢、肩等に負担がかかるものとは考えられない。 文書作成作業については、文書中に四部複写のものが数種あつたが、それらはいずれも様式化されているし、記入すべき部分は非常に少なく、一日当りの作成件数もせいぜい数件程度であつて、負担というほどのものではない。 (3) 巡回相談及び児童移送作業巡回相談については、出張先が一部遠隔地であることもあつたが、大部分は近くの市部であり、その際の携行品は児童記録票用紙と筆記具の程度である。 児童移送にあつては、保護者等が同行する場合が多く、しかも大抵の場合は乗用車を使用するので、自ら児童を抱きかかえたりその荷物を手に下げて運搬したりすることはほとんどない。 (4) その他の作業その他の調査、指導ないし雑務についても、特に上肢、肩等に負担がかかるようなものは見当らないし、また、特に緊張するようなものもない。 (三) なお、原告は比較的難しいケースが多いとされる尼崎市を担当したことはなく、また、難しい事案である教護、触法行為ケースは担当していない。 2 業務量ないし作業量について(一) なものもない。 (三) なお、原告は比較的難しいケースが多いとされる尼崎市を担当したことはなく、また、難しい事案である教護、触法行為ケースは担当していない。 2 業務量ないし作業量について(一) 原告の勤務状況(1) 原告は、同四六年度において三一・五日、同四七年度において二九日の休暇をとつており、休暇をとれないほど多忙であつたわけではない。また、原告の勤務日数は、同四六年度で所内勤務二一四・五日、出張五〇日の合計二六四・五日、同四七年度で所内勤務一六九日、出張九五日の合計二六四日であり、両年度とも約一〇〇日の休養日があつたものである。 さらに、原告の右休暇取得日数は、同僚の平均日数と比較しても、同四六年度で四日、同四七年度で八日も多い。 (2) 原告の超過勤務時間は、同四七年度において二二五時間(月平均一八時間余)であつて、特に多いとは認められないし、同僚と比較しても、一一名中多い方から五番目で、大差があつたわけでもない。 (二) 原告の担当件数等(1) 面接相談関係(ア)原告担当の所内面接(三歳児精密検診の面接を含む。)の処理件数は、同四七年度において一四五件であり、仮に所内面接に当てうる日を一〇〇日としても、平均一日当り一・五件程度となる。同僚の一人当りの所内面接処理件数は年間二〇〇件前後であるから、原告がより多くの件数を担当したということもない。 (イ)原告担当の巡回相談は、同四七年度において一八回で(そのうち遠隔地は三回のみである。)、しかもこれが連日続いたことはない。 (ウ) 在宅重症心身障害児訪問指導は、主として心理判定員の仕事であり、相談調査員は従たる役目をするだけであるが、原告が同四七年度においてこれを担当したのは一〇回程度である。 (2) 児童移送原告担当の児童移送は、同四五年度一二回、同四六、四七年度各九回であり、 り、相談調査員は従たる役目をするだけであるが、原告が同四七年度においてこれを担当したのは一〇回程度である。 (2) 児童移送原告担当の児童移送は、同四五年度一二回、同四六、四七年度各九回であり、ことに同四七年度においては担当のない月が六か月もあり、しかも移送先は全て近接地である。 (3) 文書作成事務関係(ア) 文書作成のうちで主たるものは児童記録の作成であるが、前記のとおり同四七年度の所内面接担当件数において、同僚の平均が約二〇〇件であるのに対し、原告は一四五件であるから、その面接作業中及び面接終了後の記載量が他の同種職員に比して多量であつたとは考えられない。なお、措置及びその変更等に伴い、児童記録票にその旨記載する作業もあるが、この場合には単に一、二行程度記載するだけである。 (イ) 複写を要する文書のうち、まず入所措置書についてみると、同四七年度において、原告の作成件数は多くとも五九件であり、原告と同じ心身障害相談係を担当していたEの作成件数より少なく、他の同僚と比較しても特に多いとはいえない。そもそもその書字数は一件当り最大五〇〇字程度のものであるが、原告担当の心身障害等については、文書の裏面(右頁)に記載する事項は少なく、かつ一般には書字数も少ないものである。 次に措置停止の文書についてみると、その記載は各施設長宛、入所施設ごとに停止にかかる児童の氏名等を連記するだけのものである。 (ウ) 同四七年度における五六条一斉調査の原告担当件数は八一件であり、同僚の平均より多いものではないから、その調査名簿及び負担能力調書の作成記載についても同僚に比して過重であつたとは認められない。 (エ) 同四七年度に実施された精神薄弱者(児)実態調査は、主として前記Eほか二名のケースワーカーが担当したものである。仮に原告が九〇件程度を担当した ても同僚に比して過重であつたとは認められない。 (エ) 同四七年度に実施された精神薄弱者(児)実態調査は、主として前記Eほか二名のケースワーカーが担当したものである。仮に原告が九〇件程度を担当したとしても、この調査は現地調査ではなく、その作業も対象者の児童記録等から基礎調査表に転記するだけのものであり、しかも原告は補助的に五枚分ほどの氏名及び住所の欄を除く事項を記入したにすぎず、その作業量は半日もかからない程度のものである。 (4) 情緒障害児キヤンプ同四七年度の情緒障害児短期治療学級が、主として摂丹児童相談所の一時保護所において七月一日から四か月間開設されたが、原告がこの業務に従事したのは、九月一四日のハイキング付添と同月二七日及び二八日の善照寺ユースホステルでの合宿の合計三日間だけである。 (5) 施設実態調査原告が担当した施設実態調査は、同四七年度においては一一月六日及び七日の第二びわこ学園だけであり、これに伴い作成する児童福祉施設措置児童実態調査票も簡易なものである。 (三) 原告の業務量の波原告の業務量には、頸肩腕症候群発症の要因となるような波はない。 (1) 特に同四七年度の原告の業務量についてみても、処理件数としては八月と一二月がピークをなしており、このころに業務量が異常に増大しているかのようにみえるが、これはその時期に夏休み及び冬休みの措置停止事務の処理件数が生じるためであり、かつその作業は前記のとおり簡易なものであるから、仮に一五〇件程度あつたとしても、通常勤務内で十分処理可能な業務量である。このことは、八月に原告の超過勤務が全くないことからも明らかである。 (2) また、教育相談係のFが同四七年一一月四日から同四八年二月二六日まで欠勤したこと及び原告と同係の前記Eが同四七年一二月一三日から同四八年一月九日まで欠勤し が全くないことからも明らかである。 (2) また、教育相談係のFが同四七年一一月四日から同四八年二月二六日まで欠勤したこと及び原告と同係の前記Eが同四七年一二月一三日から同四八年一月九日まで欠勤したことの原告への影響は、ほとんどない。すなわち、同四七年一一月から同四八年二月までの原告の業務量は、措置停止の件数を除くと他の期間のそれと特に差はなく、ことに原告が同四七年一一月三〇日から一二月二二日まで研修参加のため所内作業を一切していないこと等からすれば、右両名の欠勤の原告への影響ほほとんどなかつたと考えられる。 3 作業環境について机、椅子、電話機等所内における作業環境並びに所外での作業環境については、職場で特に問題とされたことはないし、頸肩腕症候群の発症に関して問題とすべき点はない。 第三証拠(省略)○ 理由一請求原因1項及び3項の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。 二原告の業務内容、業務量及び作業環境そこで、まず原告の昭和四三年四月から同四八年三月までの間における業務内容、業務量及び作業環境について検討する。 成立に争いのない甲第五、六号証、第七号証の七ないし一〇、第一二号証の一ないし四、乙第一号証の二、三、一一、一四ないし一七、第五、六号証、第八号証、第一〇ないし第一二号証、第一三号証の六、九、一二ないし一七、第一五号証、第一七号証、第二七、二八号証、第四一号証の一、二、第四三ないし第四七号証、証人Pの証言により成立を認める乙第二五、二六号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第八ないし第一一号証、第一三号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第二ないし第四号証、第七号証、第九号証、第一三号証の一、第一四号証、第四〇号証、第四二号証、証人Pの証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めるこ により成立を認める乙第二ないし第四号証、第七号証、第九号証、第一三号証の一、第一四号証、第四〇号証、第四二号証、証人Pの証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。 1 (一)原告は右の期間、兵庫県摂丹児童相談所(なお、同五七年四月以降兵庫県西宮児童相談所と改称されている。)相談指導課に配属されて相談調査員として勤務し、この間同四六年八月にそれまでの主事補(事務員)から主事(事務吏員)に昇格するという身分的変動はあつたものの、一貫してほぼ同じような業務に従事した。 (二) 原告の基本的な業務は、児童の保護者等から児童に関する種々の問題について相談を受け、児童及びその家庭について必要な調査を行い、その調査及び心理判定員等による判定に基づいて助言指導を行うほか、児童福祉法に定める措置が行われる場合には、その権限を有する同児童相談所所長の補助者としてこれに関する具体的な事務処理等を行うこと(以下「通常の相談調査業務」という。)であつた。 右のような通常の相談調査業務は、相談指導課の主たる分掌事務で、同課では配属の児童福祉司及び相談調査員が同業務を分担処理する態勢をとつていたところ、同課には右の期間を通じ合計一四名の児童福祉司及び相談調査員が配属されていたが、うち一名の児童福祉司は同課課長で、直接には同業務に従事せず、また、うち二名も常時総務課に派遣され同業務に従事しなかつたため、結局一一名で同業務を分担していた(以下、同業務に従事していた児童福祉司及び相談調査員を「ケースワーカー」という。)。 分担の方法は、同四七年四月までは同児童相談所の管轄区域をいくつかの地区に分け、地区別に数人のケースワーカーで班を構成し、その班内部で各ケースワーカーの担当地区及び担当相談種別を定め、同年五月以降は相談種別ごと 、同四七年四月までは同児童相談所の管轄区域をいくつかの地区に分け、地区別に数人のケースワーカーで班を構成し、その班内部で各ケースワーカーの担当地区及び担当相談種別を定め、同年五月以降は相談種別ごとに数人のケースワーカーで係を構成し、その係内部で各ケースワーカーの担当地区及び担当事務を定めていた。 原告は、同四三年四月から同四五年八月までは伊丹市、川西市及び宝塚市地区の養護、精神薄弱、肢体不自由及び重症心身障害の各相談を、同年九月から同四六年三月までは西宮市地区の右各相談のほか、保健、視聴覚言語障害、性向、適正及びしつけの各相談を、同年四月から同四七年四月までは宝塚市及び多紀郡地区の右各相談のほか自閉症相談を、それぞれ主として担当し、同年五月以降は心身障害相談係(肢体不自由、視聴覚言語障害、重症心身障害、自閉症及び精神薄弱の各相談を担当する係)に配置され、地区としては伊丹市、川西市、宝塚市及び多紀郡地区を担当したほか、係内の事務的処理を担当した。 (三) 通常の相談調査業務について原告が行つた具体的な業務内容は、おおむね次のとおりであつた。 (1) 所内面接まず、児童の保護者等の来所または電話による申出、関係機関からの文書や電話による通告等によつて相談が持ち込まれると、面接日時を予約したうえで児童やその保護者等と所内で面接する。 面接日時の予約に際し、保護者等にハガキや手紙を出したり、関係機関に呼出の依頼をすることもある。 また、面接前にその相談が新規のケースか再来のケースかを索引台帳によつて確認し、再来ケースの場合は、索引台帳に記載されているケース番号に基づいてロツカー、書庫、フアイル室等から従前のカルテを探し出してその内容を一読し、新規のケースの場合は、カルテの用紙(表紙、児童記録票、経過記録票など)をセツトしておく。さらに、関係 ケース番号に基づいてロツカー、書庫、フアイル室等から従前のカルテを探し出してその内容を一読し、新規のケースの場合は、カルテの用紙(表紙、児童記録票、経過記録票など)をセツトしておく。さらに、関係機関から文書が送付されてきている場合にはこれを読んでおき、場合によつては面会又は電話により関係機関の職員から相談に関する事項を聴取しておくこともある。 右のような準備を経て面接を行うが、相手が障害児または乳児を伴つている場合は和室の面接室で畳に座つて行い、それ以外の場合には洋室の面接室で円卓に向い、椅子に座つて行う。 面接では、保護者等からその悩みや要望等を聞くとともに、助言指導ないし措置に必要な児童及び児童をとりまく環境等について聴取するが、面談を行いながら、カルテの児童記録票の一部(氏名、住所、主訴、家族構成、成育歴の欄など)に必要最小限度の記入をし、その他の面談内容についてメモをとるほか、保護者の態度や児童の発達状況の観察等を行いつつ、事案の内容をできるだけ正確に把握し、法的な措置を必要とするか否か、どのような助言指導を行うのが妥当かなど、その処理方法について検討する。面談にあたつては、相手の緊張を和らげるように努めるとともに、相手の人格と個別性を尊重し、信頼関係を保持するため種々の配慮をする。 面接時間は通常は一時間程度であるが、間に心理判定員による心理判定が行われる場合は一時間半ないし二時間を要する。 一日における通常の相談の所内面接件数は、最高で四件を行つたことがあつた。 (2) 面接後のカルテ整理所内面接後、初回の相談の場合には索引台帳、受付台帳及びカルテにナンバリングによりケース番号を打ち、索引台帳に児童の氏名、生年月日を、受付台帳に児童の氏名、生年月日、受付年月日、担当者(原告)の氏名、相談の種別、相談内容などを記入するほか、 付台帳及びカルテにナンバリングによりケース番号を打ち、索引台帳に児童の氏名、生年月日を、受付台帳に児童の氏名、生年月日、受付年月日、担当者(原告)の氏名、相談の種別、相談内容などを記入するほか、カルテの児童記録票の補足、まとめを行い(児童の描写、家庭、両親像と養育態度、問題点の分析、指導方針の欄などに必要に応じて記入する。)、さらに関係機関との文書の交換がある場合にはこれについてカルテの経過記録票に記載したうえ、経過記録票に決裁判を押捺し、これとカルテの表紙の次にある決裁欄に担当印を押捺して、カルテの決裁を受ける。二回目以降の面接後にも、カルテに必要事項を記入して決裁を受ける。 右のような面接後のカルテ整理は、分析、判断等の思考を行いながら記入するため、初回の面接後の場合で四〇分ないし一時間、二回目以降の面接後の場合でも三〇分ないし四〇分を要する。 (3) 判定措置会議ケースによつては一回の面接をした段階で助言指導をして終了することもあれば、二回以上の面接をして指導を行うこともあるが、法的な措置が必要と考えられるケースについては、具体的な措置の決定のため、これを所長、副所長、相談指導課長のほか、一一名のケースワーカー全員と心理判定員等が出席して毎週一回午後の半日をかけて行われる判定措置会議に上程する。 この会議には自己の担当ケースが討議されない場合にも出席するが、担当ケースが討議される場合には、そのケースの児童の氏名、生年月日、住所、保護者名、相談種別、相談内容などを記載した資料を作成しておく。会議では担当ケースについて発表するほか、上程されたケースについてとるべき措置を討議する。 (4) 措置関係文書の作成及びカルテ整理判定措置会議の結果、担当ケースについて児童福祉施設入所措置が行われることとなつた場合には、関係機関にその旨通知した たケースについてとるべき措置を討議する。 (4) 措置関係文書の作成及びカルテ整理判定措置会議の結果、担当ケースについて児童福祉施設入所措置が行われることとなつた場合には、関係機関にその旨通知したり、保護者にその旨連絡して課税証明書等の必要書類を提出するよう指示し、また施設と連絡をとつて入所の承諾を得るほか、入所措置書、重症心身障害児施設人所措置協議書、負担能力(決定)調書(以下「負担能力調書」という。)などの措置を行うについて必要な文書を作成し、同時にカルテの児童記録票の措置欄に措置の内容等を記入して決裁を受ける(但し、原告が負担能力調書を作成する事務を行うようになつたのは同四四年以降である。)。 さらに、入所措置をしたケースについて、措置を停止する場合には措置停止書を、児童福祉法三一条、三七条、六三条の二による在園(所)期間の延長をする場合にはその旨の承認書を、措置を解除する場合には退所承認書をそれぞれ作成し、同時にカルテの経過記録票に(措置停止の場合はカルテの決裁欄にも)それぞれの事項を記入して決裁を受ける。 右の入所措置書、重症心身障害児施設入所措置協議書、負担能力調書、措置停止書、在園(所)期間延長承認書及び退所承認書は、いずれもカーボン紙による複写をしながら作成するため(入所措置書は多いときには五、六部、その他は二部ないし四部を作成する。但し、負担能力調書は同四六年以前は二部作成していたが、その後複写を要しなくなつた。)、ボールペンにより相当の筆圧をかけて記入する。 右の事務のうち措置停止事務は、春、夏及び冬の休みに各施設から集団で措置停止の申請がされることが多いため、四月、八月及び一二月に集中する。措置停止書は、個々の児童についてではなく、各施設ごとに児童の氏名、生年月日及び停止の期間を連記して作成するが、カルテ整理は、一 置停止の申請がされることが多いため、四月、八月及び一二月に集中する。措置停止書は、個々の児童についてではなく、各施設ごとに児童の氏名、生年月日及び停止の期間を連記して作成するが、カルテ整理は、一人一人のカルテについて、経過記録票に「○年○月○日、法施行規則第二七条による措置停止の届出を○○(施設長)より受理、期間、○年○月○日~○年○月○日、理由、夏休み家庭保育のため、○年○月○日○○あて同上承認書発行、摂児第○○号、期間、○年○月○日~○年○月○日」というように記載するほか、決裁欄にも施設名、期間及び理由を記載して行う。 なお、原告は、同四七年五月以降は前記のとおり心身障害相談係に配置されて同係の事務的処理を担当したため、直接自己が担当したケース以外についても右のような措置関係文書の作成及びカルテ整理を行つた。 (5) 付随業務(ア) 巡回相談これは、管轄区域内の各地に出張して、保健所、学校、町役場等の施設を借りて児童の保護者等と面接し、相談を受けるものであるが、一日中(原則として午前一〇時から午後四時まで、但し、西宮市の場合は午後半日)面接を行い、最高で一日十五、六件の相談を受けるため、一件当りの面接時間は所内面接の場合より短い。面談を行いながらカルテの一部を記入することなど、面接中の業務内容は所内面接の場合と同じであるが、巡回相談の場合には面接時間内にケースの処理方針まで決定することが多い。また、帰所後、受付けたケースのすべてについてカルテ整理をして決裁を受ける点も所内面接後の場合と同じであるが、さらに受付けたケースについて児童の氏名、生年月日、相談種別、相談内容、処理内容及び処理日を簡単にまとめた巡回相談状況報告書を作成して決裁を受ける作業が加わる。 (イ)訪問調査これは、児童の保護者等と連絡がとれない場合や児童を所内に 名、生年月日、相談種別、相談内容、処理内容及び処理日を簡単にまとめた巡回相談状況報告書を作成して決裁を受ける作業が加わる。 (イ)訪問調査これは、児童の保護者等と連絡がとれない場合や児童を所内に連れて来ることができない場合等に、家庭を訪問して面接を行うもの(出張)である。 訪問調査をしたケースについてもカルテを作成整理して決裁を受ける。 (ウ) 児童移送これは、自己が担当したケースについて児童福祉施設(収容施設)入所措置が行われることとなつた場合に、児童を当該施設まで移送するもの(出張)であるが、保護者が同伴しないこともあり、小さな児童の場合には抱きかかえて行つたり、衣類その他の日用品や学用品などの荷物を持ち運んだりすることもある。 (エ) 三歳児の精密検診これは、保健所で実施された三歳児検診の結果、異常が発見されて児童相談所に送られて来たケースについて、所内で精密検診を行うものであるが、呼出状を送付して保護者等と面接することなど、その処理方法は通常の相談についての所内面接の場合と同様である。ただ、この場合には一日中面接を行うので、最高で一日に九件の面接をしたことがあつた。 (四) 原告の基本的な業務の内容は以上のとおりであつたが、原告は、これに加えて次のような業務ないし雑務に従事した。 (1) 五六条一斉調査これは、児童福祉施設入所措置がとられている児童の保護者から措置に伴う費用を徴収する前提としてその負担能力を調査する業務で、各ケースワーカーが自己の担当ケースについて右の措置がとられたときに個々に調査するものとは別に、毎年一回同児童相談所から措置されているすべてのケース(一〇〇〇件前後)について一斉に行われるものであるが、原告も毎年これを分担処理した(但し、この業務を同児童相談所で行うようになつたのは、同四五年以降である。)。 そ から措置されているすべてのケース(一〇〇〇件前後)について一斉に行われるものであるが、原告も毎年これを分担処理した(但し、この業務を同児童相談所で行うようになつたのは、同四五年以降である。)。 その具体的な業務内容は、まず施設台帳から措置されている児童の氏名、保護者名及び住所を拾い上げて五六条一斉調査名簿に転記(カーボン紙による二部複写)したうえ、これに基づいて保護者あてに調査依頼の文書を郵送し、次に保護者から送られて来た課税証明書等を点検し、不備がある場合には再度提出するように指示したり、さらに文書や電話で補充調査をしたり、保護者から減免申請等がある場合にはそのための面接をしたりした後、負担能力調書に税金の額、階層及び負担金の額と補充調査をした場合には調査の内容を記入(前記のとおり同四六年以前は二部複写)し、決裁を受けてこれを保護者あて郵送するというものであつた。 (2) 児童福祉施設措置児童実態調査これは、同児童相談所から児童福祉施設入所措置がとられた児童について、施設に出張して児童の施設での生活状況や問題点等を調査する業務で(調査結果については児童福祉施設措置児童実態調査票を作成する。)、原告も毎年これを分担処理した。 (3) 在宅重症心身障害児訪問指導これは訪問調査の一種であるが、同四七年ころには地域特別事業として福祉事務所との連携の下に行われ、原告も担当した。 その具体的業務内容は、心理判定員等とともに施設に入所していない重症心身障害児をその家庭に訪問して(出張)、その実態調査を行うとともに制度の活用等について助言指導を行い、その結果について在宅重症心身障害児調査票を作成するほか、通常の訪問調査の場合と同じようにカルテの作成及び整理をして決裁を受けるというものであつた。 (4) 日直同児童相談所では、同四七年末まで女子職員 果について在宅重症心身障害児調査票を作成するほか、通常の訪問調査の場合と同じようにカルテの作成及び整理をして決裁を受けるというものであつた。 (4) 日直同児童相談所では、同四七年末まで女子職員が日曜日に日直勤務(午前九時から午後五時一五分まで)を行つており、原告も月一回くらいの割合でこれを担当した。 これは、本来は迷子や家出、児童の置去り、施設入所中の児童の無断外出等の緊急事態に備えて待機し、そのような事態が発生した場合に適宜の処理をする業務であつたが(なお、同四八年以降は、代行員がこれを行つている。)、原告は、その時間を利用してカルテ整理や面接業務を行うこともあつた。 (5) 受付同児童相談所には、後記のとおり専任の受付相談員が配置されていなかつたため、ケースワーカーが順番に受付業務を担当し、原告も年間三〇日程度これを担当した。 (6) 情緒障害児短期治療学級同四七年七月から一〇月までの間、同年度の情緒障害児短期治療学級が同児童相談所を中心に開設され、主として長期欠席相談を担当するケースワーカーがその業務を担当したが、原告も児童の日課指導や保護者との懇談会等に参加したほか、所外での活動に参加した(九月一四日にハイキングの付添をし、同月二七、二八日にユースホステルでの合宿に参加した。)。 (7) 全国精神薄弱者(児)実態調査同四七年八月に全国精神薄弱者(児)実態調査が行われ、同児童相談所では精神薄弱児のカルテから氏名、住所等を拾い上げて基礎調査票に転記し、これを福祉事務所に送付する作業を行つたが、原告も右の転記作業の一部を担当した。 (8) その他の業務及び雑務原告は、以上のほか、研修への参加(出張)、統計、自己及び相談指導課長の旅費請求書の作成(カーボン紙による複写)、超過勤務命令簿への記載の業務を行い、また同四七年九月ころには その他の業務及び雑務原告は、以上のほか、研修への参加(出張)、統計、自己及び相談指導課長の旅費請求書の作成(カーボン紙による複写)、超過勤務命令簿への記載の業務を行い、また同四七年九月ころには廃棄カルテの整理業務に従事し、さらに雑務として、他の職員へのお茶くみや来客の応対、会議の接待、資料のコピー、文書の浄書、ガリ切、印刷、他の職員への電話の取次などを行つた。 (五) 原告の業務内容は、以上のとおり多岐にわたつていたが、これを作業という観点から分類すると、面接作業(但し、メモ程度の書字作業を伴うことが多い。)、書字作業及びその他の作業に大別できる。 そして、面接作業は、一般に相手が悩みや問題を抱えており、児童相談所に相談すること自体に不安や緊張を持つている場合も多く、また自分の言いたいことだけを一方的に話す者、口をつぐんでなかなか話そうとしない者など種々のタイプの人がいるので、相手の不安や緊張を和らげ、信頼関係を作るために気をつかうことが多いこと、対人関係における一般的な緊張に加え、事案を正確に把握するために相手の言葉に現れない部分まで探り、あるいは保護者の表情や児童の行動を細かく観察しなければならず、しかも把握した事実関係を分析し、適切な処理方法を検討し判断しなければならないため注意力、集中力を必要とすること等から、精神的に相当に疲れる作業であつた。特に巡回相談や三歳児の精密検診等の場合は、一日中面接作業を繰り返すため、その精神的疲労はかなりのものであつた。また、訪問調査の場合には、訪問先の入口で立つて話をしたり、上り口に座つて上半身をねじつた姿勢で話をしたり、在宅重症心身障害児の訪問指導では、児童が寝ている横でカルテ等をひざの上に乗せて記入作業をしたりすることが多く、これら不自然な姿勢のため肉体的にも疲れることがあつた。 書字作 つた姿勢で話をしたり、在宅重症心身障害児の訪問指導では、児童が寝ている横でカルテ等をひざの上に乗せて記入作業をしたりすることが多く、これら不自然な姿勢のため肉体的にも疲れることがあつた。 書字作業においては、カルテや措置関係文書は、いずれも様式化されており、その他の文書作成や各種台帳への記帳等を含め、個々の書字数は多くはなく、また、この作業は所内勤務中に所内面接(これは日時を予約しているため、時間をずらしたりすることができない。)の間に行い、しかも作業中にも来客や電話等によつて中断されることが多かつたため、長時間にわたつて書字作業のみを継続して行うことは少なかつたが、全体的には書字作業を行う業務が多く、またその際には押印作業が伴うことも多く、特に巡回相談や三歳児の精密検診を行つた後には面接後のカルテ整理が多くなり、前記夏休み等の措置停止事務が集中したときにはそのカルテ整理も集中し、その他新しい児童福祉施設ができたりしたときに入所措置が集中して多くなつたりすることがあり、これらの場合には、一定期間内の書字数が相当多くなるため、手指及び上肢への負担が大きかつた。また、書字作業の中でカーボン紙による複写をしながら行うものも多かつたが、特に四部以上の複写を行うときには相当の筆圧が要求されたため、手指に負担がかかつた。 その他の作業としては、児童移送の場合に前記のとおり小さな児童を抱きかかえたり、腰をややかがめて児童の手をひいたり、荷物を持つたりすることがあるほか、重症心身障害児の移送のときは必ず自動車を使用するものの、車内では児童が最も楽な姿勢をとれるようにしてこれに合わせた不自然な姿勢をとることが多く、また一般に施設入所に不安を持つている保護者や児童を気づかつたりするため、精神的にも肉体的にも相当疲労することがあつた。また、巡回相談の場合に るようにしてこれに合わせた不自然な姿勢をとることが多く、また一般に施設入所に不安を持つている保護者や児童を気づかつたりするため、精神的にも肉体的にも相当疲労することがあつた。また、巡回相談の場合に氷上郡などへ行くときは往復に各三時間を要し、訪問調査の際も地図を頼りに訪問先の家庭を長時間探し歩くこともあり、これらの場合には肉体的疲労が大きかつた。さらに、前記のとおり、原告の業務には保護者等からの相談の申出や、保護者や関係機関との連絡等のために電話を使用することが多かつたが、相談業務の特殊性から通話時間が長時間に及ぶこともあり、そのような場合には左上肢等に負担がかかつた。 2 (一)兵庫県下には、神戸市を除く地域を管轄する四つの児童相談所(中央、摂丹、播磨及び但馬の各児童相談所)があつたが、その中で摂丹児童相談所は、その所在地である西宮市のほか、尼崎市、芦屋市、伊丹市、宝塚市、川西市、三田市、川辺郡(猪名川町)、氷上郡及び多紀郡を管轄地域としており、管轄地域内の人口及び児童数ともに最大で、相談受付件数も最も多く、四児童相談所が同四六年度における業務について公式に報告したところによると、各児童相談所の相談受付件数は、中央が二四五九件、播磨が一七五五件、但馬が八四一件であつたのに対し、摂丹は三五五八件であつた。 右の報告によると、相談業務を担当する人員は、中央が一一人、播磨が一〇人、但馬が四人、摂丹が一四人とされているので、これに基づいて担当者一人当りの相談受付件数を算出すると、中央で約二二三件、播磨で約一七五件、但馬で約二一〇件、摂丹で約二五四件となる。 (二) 厚生省児童局編の児童相談所執務必携(同三九年改訂、以下「必携」という。)は、児童相談所の職員構成について、A級ないしD級の各児童相談所の職員構成を示す表を掲げ、これに示される構成内容 る。 (二) 厚生省児童局編の児童相談所執務必携(同三九年改訂、以下「必携」という。)は、児童相談所の職員構成について、A級ないしD級の各児童相談所の職員構成を示す表を掲げ、これに示される構成内容は、相談件数に対処するクリニツクとしての行政機関としては必要最小限のものであるので、これにまさるようその実現について努力しなければならない旨述べている(これは法律上の職員配置基準を定めたものではないが、厚生省では児童相談所の運営について必携に準拠して行うよう指導を行つている。)。 摂丹児童相談所はB級の指定を受けていたところ、右の表によると、B級児童相談所においては、原告が担当していた業務に関係のある職員として、相談課長一名、受付相談員一名、相談員二名、(措置課)書記二名及び保健婦一名のほか、最低で人口一〇万人ないし一三万人に一名の割合による児童福祉司及び児童福祉司六名に一名の割合によるスーパーバイザーが配置されるべきこととされている。 必携によると、受付相談員は、児童相談所で受付けるべき相談であるか否かを決めること及び受付けるべきものと判断した相談について基本的事項を聴取し、相談受付票に記入し担当の児童福祉司に引継ぐことを主要な任務とする職員で、専任が望ましいが、不可能な場合には児童福祉司が当番制で受け持つこととされている。また、(措置課)書記は、児童及び家族に対する処置(措置を含む。)を実施するに必要な事務的事項を担当する職員であり、保健婦は、特に育児相談、三歳児の精密検診などに他の職員とともにあたる必要があるとされている。 ところが、摂丹児童相談所では同四三年四月から同四八年三月までの間、専任の受付相談員、(措置課)書記及び保健婦は全く配置されていなかつた。そのため、前記のとおり各ケースワーカーが順番に受付業務を担当し、(措置課)書記が行う では同四三年四月から同四八年三月までの間、専任の受付相談員、(措置課)書記及び保健婦は全く配置されていなかつた。そのため、前記のとおり各ケースワーカーが順番に受付業務を担当し、(措置課)書記が行うべき措置関係文書の作成、統計などの業務や、保健婦も関与すべき三歳児の精密検診の業務も各ケースワーカーがこれを分担処理していた(なお、同四九年九月以降は保健婦が配置され、三歳児の精密検診や在宅重症心身障害児訪問指導の業務を担当している。)。 また、同児童相談所の管轄地域内の入口は、国勢調査によると、同四五年一〇月一日現在で一五二万五七三七人(なお、兵庫県統計課発表の兵庫県推計人口によると、同四八年三月三一日現在では一五八万〇一三一人)であつたから、必携の基準によれば、少なくとも同四五年の時点においては一二名ないし一六名の児童福祉司が配置されるべきであつたが、同児童相談所では、前記のとおり児童福祉司と相談調査員(必携にいう相談員に当たる)とを合わせて一四名しか配置されておらず、しかもうち一名は相談指導課長(必携にいう相談課長に当たる)で、また、うち二名も相談業務に従事していなかつたため、結局、児童福祉司及び相談(調査)員の合計数において、必携の基準より三名ないし七名少なかつた(なお、必携によると、児童福祉司と相談員の職務内容は異なるものであるが、同児童相談所においては、ケースワーカーである児童福祉司と相談調査員は、ほぼ同じ業務を行つていた。 さらに、必携の基準によれば、同児童相談所には少なくとも同四五年及び同四八年の時点において、二名のスーパーバイザーが配置されるべきであつたが、同四三年四月から同四八年三月までの間、これが配置されたことはなかつた(もつとも、全国的にみてもスーパーバイザーが配置されている児童相談所は非常に少ない。)。 必携によると 配置されるべきであつたが、同四三年四月から同四八年三月までの間、これが配置されたことはなかつた(もつとも、全国的にみてもスーパーバイザーが配置されている児童相談所は非常に少ない。)。 必携によると、スーパーバイザーの最も重要な任務は、児童福祉司及び受付相談員の仕事の技術内容を指導することであり、さらに児童福祉司及び受付相談員に対して個別的にケースの進行を援助することにあるとされており、スーパーバイザー自身が相談業務を直接担当するものではないが、原告は、その担当した相談業務において、指導の困難なケースに当面した際、スーパーバイザーないしこれに代わるべき者から指導や援助を受けることができなかつたため、一人で悩んだり、責任の重さに負担を感じることがあつた。 (三) 原告が同四三年四月から同四八年三月までに行つた前記業務について、その全業務の量を正確に把握することは極めて困難であるが、原告が被告に対する公務災害認定請求に際し、その担当した主要な業務についてその業務量を受付台帳及び自己の手帳の記載に基づいて調査したところ、別紙の表(一)ないし表(五)記載のとおりであつた(但し、所内面接には、通常の相談に係るもののほか三歳児の精密検診に係るものを含んでいる。出張による面接は、巡回相談、訪問調査及び在宅重症心身障害児訪問指導により面接したものの合計である。文書処理とは、前記措置関係文書の作成件数で、五六条一斉調査のような特別な業務による文書作成件数を含んでいないが、措置停止書のように一枚の用紙に複数の児童について記載する場合でも児童一人について一件と数えている。カルテ整理とは、面接後のカルテ整理と措置及びその変更〔停止、延長及び解除〕に伴うカルテ整理の合計である。)。 これによると、原告の所内面接の月ごとの件数は、同四七年一二月の一件が最低で、同四 る。カルテ整理とは、面接後のカルテ整理と措置及びその変更〔停止、延長及び解除〕に伴うカルテ整理の合計である。)。 これによると、原告の所内面接の月ごとの件数は、同四七年一二月の一件が最低で、同四六年六月の四七件が最高であるが、特に毎年何月ころに多いといつた傾向はなく、各年度の月当り平均件数は、同四三年度が約九件、同四四年度が約一五件、同四五年度が約一九件、同四六年度が約二二件、同四七年度が約一二件で、全期間の平均では、月約一五件となる。また、原告の勤務状況についての記録によれば、原告の同四五年度から同四七年度までの所内勤務日数は、それぞれ二〇七日、二一四日及び一六九日であるが、そのうち土曜日のため半日しか勤務しない日及び判定措置会議のため半日しか面接を行えない日がそれぞれ年間五〇日、また所内にいても受付を担当するため面接を行わない日が年間三〇日あるものとして、所内勤務日数から八〇日を控除した日数が所内面接を行える日とすると、一日当りの所内面接件数は、同四五年度で約一・八件、同四六年度で約二・〇件、同四七年度で約一・六件となる。 また、右の調査によると、原告の所内面接件数と出張による面接件数の合計は、同四三年度で二一一件、同四四年度で二四五件、同四五年度で二八六件、同四六年度で三九八件、同四七年度で三五五件であるが、同児童相談所の業務状況についての資料によれば、各年度における同児童相談所全体の相談受付件数は、同四三年度で三〇一〇件、同四四年度で三三〇八件、同四五年度で四五二〇件、同四六年度で三五五八件、同四七年度で三五八七件であり、これをケースワーカーの数(一一人)で除した件数を単純にケースワーカー一人当りの担当件数とすると、同四三年度で約二七三件、同四四年度で約三〇〇件、同四五年度で約四一〇件、同四六年度で約三二三件、同四七年度で約 ワーカーの数(一一人)で除した件数を単純にケースワーカー一人当りの担当件数とすると、同四三年度で約二七三件、同四四年度で約三〇〇件、同四五年度で約四一〇件、同四六年度で約三二三件、同四七年度で約三二六件となり、これと右の原告の面接件数とを比較すると、同四三年度から同四五年度までは右一人当り担当件数の方が多いが、同四六、四七年度は原告の面接件数の方が多い。 一方、右の調査によると、原告の文書処理及びカルテ整理の各件数においては、毎年四月、八月及び一二月を中心にその前後に件数が多くなる傾向がみられるが、これはそのころに前記措置停止事務が集中するためであると考えられる。また、全体として同四七年度における件数が他の年度のそれに比して飛躍的に多くなつているが(文書処理で約二・一倍ないし約四・〇倍に、カルテ整理で約一・七倍ないし約二・五倍になつている。)、これは前記のとおり原告が同四七年五月以降、心身障害相談係内の事務的処理を担当し、直接自己が担当したケース以外のものについても措置関係文書の作成や措置及びその変更に伴うカルテ整理を行つたためであると考えられる。もつとも、同四七年八月の件数は、文書処理が一四七件、カルテ整理が一八八件で、いずれも全期間を通じての最高件数となつており、それは夏休みの措置停止事務の集中によるものであると考えられるが、原告の勤務状況についての記録によれば、原告は同四七年度において通算二二五時間(月平均で約一九時間)の時間外(超過)勤務を行つているのに、同年八月には全く時間外勤務を行つておらず、このことからすると、右のような件数と仕事の忙しさの程度とは必ずしも対応するものではないといえる(なお、同月の所内面接件数は一五件であり、特に多くも少なくもない。)。 原告の右調査結果に基づいてその業務量を総合的にみると、同四五年九月以 事の忙しさの程度とは必ずしも対応するものではないといえる(なお、同月の所内面接件数は一五件であり、特に多くも少なくもない。)。 原告の右調査結果に基づいてその業務量を総合的にみると、同四五年九月以降所内面接件数が増加し、また面接、文書処理及びカルテ整理の合計件数が同年八月以降増加しており、とりわけ同四七年六月以降において増加が著しいが、そのように増大した中においても同年一〇月及び一一月にはその前後に比して若干減少しているということができる。 そして、実際にも、原告は同四七年六月ころまでは、ある程度仕事が忙しい時期があつても全体的にはなお余裕があり、業務外において、同四六年ころから兵庫県職員組合阪神支部青年婦人協議会の副議長をつとめ、同組合のビラを作成するためのガリ切りを行つたこともあつたが、同四七年五月ころから身体疲労の自覚症状が出始め、業務も繁忙の度を増してきたため、同年七月には右の副議長もやめ、以後は組合活動にも従事しなくなつた。 また、そのころ以降、面接後のカルテ整理についても、判定措置会議に上程するケースについては面接後一両日中に処理したものの、これ以外のケースについては、多忙のためなかなか処理し切れない状態となつた。 なお、原告が前記調査の後、再び同様の方法で同四七年度における原告の面接件数を調査したところ、四一〇件であつたが(但し、出張による面接と所内面接の内訳は不明である。)、これと前記調査結果(合計三五五件)との差異を生じた原因は不明である。 (四) 同児童相談所の各ケースワーカーの勤務状況についての記録によれば、原告は同四五、四六年度において、それぞれ年間二四五時間、一七一時間の時間外勤務を行つているが、これはいずれも全ケースワーカー中の最高であり、同四七年度においては前記のとおり年間二二五時間で、これは全ケースワーカ 四六年度において、それぞれ年間二四五時間、一七一時間の時間外勤務を行つているが、これはいずれも全ケースワーカー中の最高であり、同四七年度においては前記のとおり年間二二五時間で、これは全ケースワーカー中多い方から五番目である。 一方、原告の同四五年度から同四七年度までの年休等の休暇取得日数は、それぞれ年間二四・五日、三一・五日及び二九日であるが、各年度における全ケースワーカーの平均休暇取得日数は、それぞれ約二〇日、二八日及び二二日であり、原告の右休暇取得日数は、いずれも右の平均を上回つている。 (五) 前記のとおり、原告の業務には出張して行うものが多かつたが、原告の同四四年度から同四七年度までの出張日数は、それぞれ六六日、六四日、五〇日及び九五日である。 その内訳は、同四四年度が巡回相談一一日、訪問調査一〇日、児童移送二五日、研修等三日及びその他一七日、同四五年度が巡回相談一一日、訪問調査一〇日、児童移送一二日、研修等二二日及びその他九日、同四六年度が巡回相談一四日、訪問調査九日、児童移送九日、研修等二日及びその他一六日、同四七年度が巡回相談一九日、訪問調査一二日、児童移送九日、研修等三二日及びその他二三日である(右の訪問調査には在宅重症心身障害児の訪問指導を含む。)。 これらの出張は、研修の場合に特定の月に集中したことがあつたが、その余のものは、いずれも全期間を通じてほぼ平均的に行われている。 また、巡回相談、訪問調査及び児童移送のための出張で、いわゆる阪神間の市部(但し、神戸市は含め、大阪市及び三田市は除く。)以外の遠隔地への出張は、巡回相談で同四四年度一日、同四五年度三日(一泊二日にわたるものを含むので回数としては二回)、同四六年度七日(六回)、同四七年度四日(三回)、訪問調査で同四五、四六年度各一日(同四四年度はなし)、同四七年度二 同四四年度一日、同四五年度三日(一泊二日にわたるものを含むので回数としては二回)、同四六年度七日(六回)、同四七年度四日(三回)、訪問調査で同四五、四六年度各一日(同四四年度はなし)、同四七年度二日(一回)、児童移送で同四四年度四日(三回)、同四五年度五日、同四六年度三日(同四七年度はなし)であつた。 同四五年度から同四七年度までの間における原告の出張日数を他のケースワーカーのそれと比較すると、同四五年度では少ない方から三番目、同四六年度では少ない方から二番目、同四七年度では多い方から三番目であつた。 (六) 原告の被告に対する公務災害認定請求の際、同児童相談所が各ケースワーカーの児童福祉施設入所措置(書作成)件数を調査したところ、原告のそれは同四五年度が四九件、同四六年度が一八件、同四七年度が五九件で、各年度の全ケースワーカーの平均件数は同四五年度が四四件、同四六年度が三七件、同四七年度が四四件であつた(但し、同五六年ころ同児童相談所相談調査課長が調査した結果では、原告の右件数は同四五年度二五件、同四六年度一一件、同四七年度四八件であつた。前者の数字は、施設台帳から原告の担当地区における入所措置件数を拾い上げたものであるのに対し、後者のそれは保存されている入所措置書から原告の担当印が押捺されているものを拾い上げたものであるから、後者の方が比較的正しいと考えられる。)。 その他、同四七年度の五六条一斉調査における原告の担当件数は八一件であり(全体で九五五件で、これを原告を含めて一一名で分担したが、その大部分は同年六月から八月までに処理された。)、同年度の児童福祉施設措置児童実態調査において原告が担当したのは、滋賀県の第二びわこ学園だけで(同年一一月六日及び七日に出張して現地調査をしたが、対象児童の数は多くとも五人であつた。)、また同年 、同年度の児童福祉施設措置児童実態調査において原告が担当したのは、滋賀県の第二びわこ学園だけで(同年一一月六日及び七日に出張して現地調査をしたが、対象児童の数は多くとも五人であつた。)、また同年八月に行われた全国精神薄弱者(児)実態調査について原告が行つた前記基礎調査票への転記作業は、児童の数で総件数八五四件のうちの九〇件前後であつた(基礎調査票は、一枚の用紙に一五人の児童について記入できるようになつていた。)。 なお、同年度の情緒障害児短期治療学級について原告が所外活動に従事したのは、前記のとおりハイキング付添と合宿の合計三日間だけであるが、前記の日課指導等に関与した回数等は不明である。 (七) 原告は、前記のとおり同四七年五月以降心身障害相談係に配置されたところ、同係の構成員は、L(主査。但し、同人は同年八月ころ退職し、それ以後は同人に代わつてNが主査となつた。)、E及び原告の三名であつたが、そのうち主査は教育相談係を兼務していたため、同係のその余の構成員であるF及びUを含めた合計五名が机を並べて一緒に仕事をしていた。 ところが、Fケースワーカーは、乾性胸膜炎及び心臓弁膜症のため同年一一月四日から同四八年二月二六日まで欠勤し、さらにEケースワーカーも不確定神経衰弱症のため同四七年一二月一三日から同四八年一月九日まで欠勤した。 そのため、原告は、右五名で一台の電話機を使用していたこともあつて、Fケースワーカーの欠勤中、同人あてに電話がかかつてきた場合、同人担当のケースのカルテを探し出したうえ応対する仕事を行わなければならず、また原告は心身障害相談係の事務的処理担当者ではあつたものの、時期的に集中する措置停止事務は同係内で適宜分担することになつていたのに、Eケースワーカーが欠勤したため、同四七年一二月に冬休みのため集中した一一七件の措置停 係の事務的処理担当者ではあつたものの、時期的に集中する措置停止事務は同係内で適宜分担することになつていたのに、Eケースワーカーが欠勤したため、同四七年一二月に冬休みのため集中した一一七件の措置停止事務を一人で行うなど、右両名の欠勤により事務量が若干増加した(もつとも、原告は同年一一月三〇日から一二月二二日までの間、研修のため出張し、その間は所内における業務を一切行つていない。)。 3 (一)同児童相談所は、同四三年一〇月西宮市<地名略>から同市<地名略>の新庁舎に移転した。 同庁舎は鉄筋コンクリート造二階建で、冬の暖房にはストーブが使用されていたが、その数が不足していたため、原告は冬期にストーブもなく、冷え込みの厳しい面接室で、事務服のまま面接をしなければならないことが多かつた。 また、同庁舎に移転してから原告が使用していた事務机と椅子の高さの謂整が悪く、机が高すぎ、椅子が低すぎなので、原告は肩をやや上げて、必要以上に肩や腕に力が入る姿勢で事務をとつていた。原告は、肩こり等の症状を強く自覚するようになつた同四七年ころに右の事実に気づき、椅子の高さを調整しようとしたが、調節ネジがさびついていて調節できなかつたため、以後椅子の上に座ぶとんを二枚重ねて座るようにした。 さらに、前記のとおり原告の業務には電話を使用することが多かつたところ、机を並べて仕事をしていた数人に一台しか電話機がなく、受話器が原告の座席からすると、左又は右斜め前方の目の高さに腕を真直ぐ伸ばさないととれない場所に置かれていたため、座つたまま通話するときは、上半身を左右にねじつた姿勢をとらなければならなかつた。また、立つた姿勢で通話する場合には、受話器を持つ左の手及び腕を完全に宙に浮かしておくため、通話が長時間に及ぶと、左上肢等に負担がかかつた。 (二) 原告の所外における をとらなければならなかつた。また、立つた姿勢で通話する場合には、受話器を持つ左の手及び腕を完全に宙に浮かしておくため、通話が長時間に及ぶと、左上肢等に負担がかかつた。 (二) 原告の所外における業務についての作業環境としては、訪問調査や在宅重症心身障害児訪問指導の場合に前記のような不自然な姿勢で作業をしなければならないことがあつたほか、巡回相談の場合、多くの児童が待機している中で作業を行うため、疲れて泣き叫ぶ児童が出たり、走り回る児童もいるなど、騒々しく、業務に集中しにくい環境であることが多かつた。 なお、原告は、前記のとおり同四七年一一月三〇日から一二月二二日まで研修のため出張していたが、その研修先でたまたま暖房機が故障していたため、非常に冷えた部屋の中で研修を受けた。 以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。 被告は、同四七年度における同児童相談所のケースワーカー一人当りの所内面接件数は年間二〇〇件前後である旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。もつとも、証人Pの証言中には、前記認定の相談受付件数には面接を伴わないものが計上されているとして、同年当時の同児童相談所全体の年間面接件数(巡回相談等によるものを含む。)を担当者の数で割ると二〇〇件前後になる旨の供述部分があるが、同供述部分はあいまいで信用することができない。 三原告の発病及びその後の経過原告が同四八年三月二二日西宮病院で、同年四月五日には淡路病院で、それぞれ頸肩腕症候群との診断を受けたこと及び原告が同年五月二五日から西淀病院に通院するようになつたことは当事者間に争いがなく、右事実に前掲乙第一号証の二、第一四号証、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の四ないし九及び一二、第三一、三二号証、第三三号証の一ないし一四、第三四号証の一ないし六、第 とは当事者間に争いがなく、右事実に前掲乙第一号証の二、第一四号証、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証の四ないし九及び一二、第三一、三二号証、第三三号証の一ないし一四、第三四号証の一ないし六、第三七、三八号証、証人Oの証言により成立を認める乙第二四号証、弁論の全趣旨により成立を認める乙第二九、三〇号証、第三九号証、証人Oの証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。 1 原告は同二一年八月二八日生まれの女子で、同四〇年三月兵庫県立津名高校を卒業後、同年四月大阪府立社会事業短期大学社会事業科に進学し、さらに同四二年四月同大学専攻科に進み、翌四三年三月これを卒業するとともに同年四月一日付で兵庫県職員として採用されたが、この間出生直後に兎唇の手術を受けたほかは、大病に罹患したこともなく健康であり、特に頑健であつたわけではないものの、女子として人並の体力を有し、平均的な学校生活及び社会生活を送つていた。 2 原告は同年四月以降摂丹児童相談所に勤務して前記認定のような業務に従事したが、当初は仕事及び職場に慣れないこともあつて、毎日相当の疲労を覚えたほか、その後児童移送で幼児を抱いて行つた後に背部の痛みや肩こりを感じ、あるいは訪問調査で歩きまわつたときに足が非常に疲れたことがあり、また、同四五年九月の業務担当替以降所内面接がそれまでの二倍近くに増加し、それに伴うカルテ整理の業務も増えたため残業が多くなるという状況がしばらく続き、そのころに頭痛や肩こりの症状が続いたり、同四六年六月に所内面接及び巡回相談等による面接がそれまでの二倍近くに増加したため残業が続き、そのころに右と同様の症状が続いたり、同年一〇月ころには全身のけだるさや腕の脱力感を覚えたりすることがあつたが、同四七 所内面接及び巡回相談等による面接がそれまでの二倍近くに増加したため残業が続き、そのころに右と同様の症状が続いたり、同年一〇月ころには全身のけだるさや腕の脱力感を覚えたりすることがあつたが、同四七年五月ころまでに、以上のような症状が出ても一晩眠ると翌日には仕事もでき、仕事の上でも日常生活の上でも格別に支障を生ずることなく、ほぼ平常に過ごすことができていた。 なお、原告は同四五年五月ころ、流感のため約一週間欠勤したことがあるが、これ以外には後記休業まで病気で欠勤したことはなかつた。 3 原告は、同四七年四月から五月にかけて一時的に業務が集中し、残業時間を増やしてこれを処理したところ、頭重感や肩こり、身体のだるさを覚え、歩くのにも不自由を感じるようになり、さらに微熱もあつたため、同月渡辺病院でレントゲン撮影の検査を受けた結果、どこも異常はない旨診断され、ビタミン剤の投与を受けたにとどまつた。 右の肩こり等の症状は一時的なものであつたが、原告は同年六月ころにも疲れがたまり、肩こり等の症状が出たため、同月西宮病院内科を受診したが、やはり異常はない旨診断された。 その後原告は、全体として業務量が従来よりかなり増大して忙しい時期が続いたため、毎日の疲労が激しく、従前のように一晩眠つても前日の疲労が回復せず、慢性的な疲労感を覚えるに至り、右手のしびれや脱力感、肩こり、頭重感、全身的硬直感等の自覚症状が持続するようになつたが、右のように病院で異常がないと言われたこともあつて、身体の調子が悪くても我慢して仕事を続けていたところ、同年一〇月ころには右のような症状もやや緩和された。 4 しかし、その後同四八年に入ると、原告は疲労がひどくなり、同年二月ころから頭重感や肩こりが増し、首も回りにくくなり、背中も重い感じがして押さえると痛く、右手に力が入らず、目にも充 や緩和された。 4 しかし、その後同四八年に入ると、原告は疲労がひどくなり、同年二月ころから頭重感や肩こりが増し、首も回りにくくなり、背中も重い感じがして押さえると痛く、右手に力が入らず、目にも充血感があり、全身にけん怠感を覚えるに至り、これまでになく重症であつたため、同年三月七日西宮病院整形外科を受診したところ、頸肩腕症候群との判断の下に投薬治療を受けることとなつたが、休業等の指示はなかつたため、その後も仕事を継続した。 原告の症状は、右投薬治療によつても改善されず、むしろ頭の重さ、右肩及び右背部の重さが日ごとにつのり、歩くのにも足を一歩一歩意識して動かさなければならない状態となり、仕事の上でも集中力、持続力がなくなり、書字作業や座つて人の話を聞く作業を耐え難く感じるようになり、同月下旬にはついに突然イライラとして仕事が手につかなくなつた。 この間原告は、同月一五日にも西官病院整形外科を受診し、O医師の診療を受けたが、同月二二日再び同医師の診察を受け、頸肩腕症候群により約二週間の休業加療を要する旨診断された。そこで原告は、同月二三日O医師の診断書を提出し、翌二四日に事務の引継ぎをしたうえ、同月二六日から休業を開始した(同月二五日は日曜日)。 西宮病院整形外科における原告の診察結果によると、第五、六胸椎の棘突起に圧痛、叩打痛が認められ、レントゲン像には異常がなく、血沈は正常値で、リウマチ血清反応は陰性であつた。 5 原告は右休業開始後、自分で身の回りのことをすることもできない状態であつたため、郷里(淡路島)の親元に帰り、しばらく寝たきりの生活をした後、同年四月五日淡路病院で受診したところ、頸肩腕症候群と診断され、以後同病院に通院するようになつた。 そのころの原告の症状は、休業前よりもしろ重くなり、時々背中がえぐりとられるような痛みを覚え た後、同年四月五日淡路病院で受診したところ、頸肩腕症候群と診断され、以後同病院に通院するようになつた。 そのころの原告の症状は、休業前よりもしろ重くなり、時々背中がえぐりとられるような痛みを覚えて三〇分間以上も身動きすることができず、腕の痛みで服を着ることもできなくなり頭はぼんやリし、目も充血して物の輪郭がはつきり見えず、食事の際に右手ではしを持つこともできないという状態であつた。 原告は、淡路病院では投薬と牽引治療を受けていたが、症状はそれほど改善されず、同年五月下旬ころ同病院の医師から、仕事をしながら他の病院で診てもらうよう勧められたため、同月二五日大阪市所在の西淀病院を受診したところ、Q医師により頸肩腕症候群のため約一か月間の休業加療を要する旨診断され、以後毎日<地名略>から同病院に通院して治療を受けた。 6 Q医師による原告の初診時の所見によれば、レントゲン検査では、頸椎の正面像において、第七頸椎と第一胸椎の間に凸側彎が、また頸椎全体に右旋を伴つていることがそれぞれ認められ、同中間位像において、生理的前彎曲線は滑らかで第二、三頸椎間に二・五ミリメートルのずれが認められるほか、椎間隙は均等で、同斜位像においては異常はなく、頸椎運動角度の検査では側屈に軽度の制限が認められ、筋力検査では背筋力が五三キログラム、握力が左右とも二〇キログラム(原告は右利き)であり、血清学的検査では、CRP及びRAはともにマイナスで、ASLOは四〇であり、手指の振せんの検査では、右側には著明で、左側はごく軽度のものが認められ、視触診では、両側後頸部から肩部にかけて(主として僧帽筋、肩甲挙筋)の硬結、圧痛が認められ、特に右側に著明で、肩甲骨周囲筋(主として右側僧帽筋、棘下筋)及び右側背筋に硬結、圧痛が認められ、右前腕橈側筋に圧痛が認められた。 (以下、原告 (主として僧帽筋、肩甲挙筋)の硬結、圧痛が認められ、特に右側に著明で、肩甲骨周囲筋(主として右側僧帽筋、棘下筋)及び右側背筋に硬結、圧痛が認められ、右前腕橈側筋に圧痛が認められた。 (以下、原告の同年二月ころ以降の右4ないし6の疾病を「本件疾病」という。) 7 原告は、西淀病院で極超短波治療や牽引、マツサージ、投薬、鍼灸、体操等による治療を受けた結果、同年七月ころには肩、背部等の痛みやこりが若干軽減したので、同月二三日から職場に復帰した。 しかし、なお症状は継続し治療を受ける必要があつたので、原告は同日から同五〇年ころまでの間は、午前中西淀病院に通院して午後半日(一時から五時一五分まで)だけ勤務していたが、その後は午前九時から午後一時四五分ころまで勤務し、それから西淀病院に通院するという形態の半日勤務に変え、現在に至るまで原則としてこれを続けている。 原告の同五二年以降の全日勤務をした日数は、同年で三九日(うち土曜日三四日)、同五三年で四八日(うち土曜日三六日)、同五四年で一一四日(うち土曜日三五日。要勤務日数は二九七日)、同五五年で一一一日(うち土曜日三八日。要勤務日数は二九七日)、同五六年で一〇一日(うち土曜日二四日。要勤務日数は二八四日)、同五七年で八三日(うち土曜日二一日。要勤務日数は二八四日)である。 一方、原告が右の職場復帰後に担当した業務の内容をみると、同四八年七月から同五〇年三月までは、触法、教護、長欠及び不就学相談係に配置され、係内の受付、統計、文書作成事務等を行い(面接業務は行わず、書字作業にはサインペンを使用し、カーボン紙による複写はしなかつた。)、同年四月以降は課付となり、児童記録票の管理及び整理(カルテ索引簿の整理作業)、相談受付(相談受付処理簿の整理作業)、統計(社会福祉統計の報告書作成作業)等の業務を行つてい よる複写はしなかつた。)、同年四月以降は課付となり、児童記録票の管理及び整理(カルテ索引簿の整理作業)、相談受付(相談受付処理簿の整理作業)、統計(社会福祉統計の報告書作成作業)等の業務を行つているが、これらの業務は原告が休業するまでに行つていた前記認定の業務内容と比較するとかなり楽なもので、右職場復帰後現在まで一〇年以上にわたつて、原告は勤務時間の点でも業務内容の点でも相当に軽減された業務に従事しているということができる(なお、原告は、右休業中の同四八年五月一日付で児童福祉司としての発令を受けた。)。 そして、原告は同四九年三月ころには、背筋力は七六キログラムに、握力は左が三五キログラム、右が三一キログラムにまで回復し、筋硬結は残存するが圧痛は軽快し、疼痛の範囲は変わらないが程度及び回数は減少するなど、全体的に症状が徐々に軽快し、同五四年ころからはほぼ支障なく日常生活を送ることができるようになつたものの、その後も現在まで肩、背部の痛みやこり等の症状が続いており、現在なお西淀病院で鍼、ホツトパツク、体操、マツサージ等による治療を受けている。 8 なお、原告は同五五年五月二一日婚姻したが、それまでは右休業前を含め、尼崎市内に単身で居住し、自炊生活を送つていた。 四本件疾病の公務起因性 1 前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第一七号証、乙第三五、三六号証、証人Oの証言により成立を認める乙第二三号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第二号証、第四号証の一、二、第一八号証、証人V及び同Oの各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができこの認定を覆すに足りる証拠はない。 (一) わが国においては同三〇年前後ころから電子計算機の導入普及に伴い、キーパンチヤーの中に手指の痛み、しびれ、ふるえの症状を訴える者が次第に多く現れるように この認定を覆すに足りる証拠はない。 (一) わが国においては同三〇年前後ころから電子計算機の導入普及に伴い、キーパンチヤーの中に手指の痛み、しびれ、ふるえの症状を訴える者が次第に多く現れるようになり、労働行政の分野や医学の分野において研究等が進められ、同三九年ころには労働省がその労働条件の基準やその種の作業(上肢作業)による業務上の疾病の認定基準を発表するに至つたが、その後右と同様の症状、あるいは首や肩、腕、背中、場合によつては腰等の広範囲にわたる部位の痛みやこり、しびれ等の症状を訴える労働者が特に若年女子を中心に増加し、その労働者も当初はタイピストやオペレーター等の事務機器作業従事者に多かつたのが、その後一般の事務作業従事者やベルトコンベアー作業者、検査技師、保母など広範囲にわたる職種の労働者にまで広がつてきている(なお、家庭の主婦や学生にも同様の症状を訴える者はみられる。)。 そして、遅くとも同四七年ころまでには、右のような症状を呈した者について頸肩腕症候群という診断名がつけられることが多くなつたが、その疾病としての定義、症状の経過、診断基準、発症要因、病理機序等については、医学界において広く一致した見解は存在しなかつた。 (二) 日本産業衛生学会頸肩腕症候群委員会は同四八年三月、同四七年度労働省委託頸肩腕症候群に関する研究委員会報告書(以下「産衛学会報告」という。)を発表し、その中で、いわゆる頸肩腕症候群の病状を訴える者が正しく取扱われるためには、発生原因と病像に関する異なる見解を近づけること、予防、診断、治療に対する指針を作り全国的に同じような水準で取扱うこと等が必要であるとして、そのために、頸肩腕症候群や腱鞘炎などという診断名を改めて「頸肩腕障害」とすべきであることを提案するとともに、その定義及び診断基準の提案を行うとして、 同じような水準で取扱うこと等が必要であるとして、そのために、頸肩腕症候群や腱鞘炎などという診断名を改めて「頸肩腕障害」とすべきであることを提案するとともに、その定義及び診断基準の提案を行うとして、次のように述べている。 1 定義業務による障害を対象とする。すなわち、上肢を同一肢位に保持、又は反復使用する作業により神経・筋疲労を生ずる結果おこる機能的あるいは器質的障害である。 ただし、病像形成に精神的因子及び環境的因子の関与も無視し得ない。 従つて本障害には従来の成書に見られる疾患(腱鞘炎、関節炎、斜角筋症候群など)も含まれるが、大半は従来の尺度では判断し難い性質のものであり、新たな観点に立つた診断基準が必要である。 2 病像の分類以下のような経過をとり、病像が進展することが多い。ただし、急性に発症又は症状の憎悪した症例については、経過を観察して、診断を確定する必要がある。 I度必ずしも頸肩腕に限定されない自覚症状が主で、顕著な他覚的所見が認められない。 II度筋硬結・筋圧痛などの所見が加わる。 III度 III度の症状に加え、下記の所見の幾つかが加わる。 (イ) 筋の腫張・熱感(ロ) 筋硬結・筋圧痛などの増強又は範囲の拡大(ハ) 神経テストの陽性(ニ) 知覚異常(ホ) 筋力低下(ヘ) 背椎棘突起の叩打痛(ト) 神経の圧痛(チ) 末梢循環機能の低下IV度 III度の所見がほぼ揃い、手指の変色・腫張・極度の筋力低下なども出現する。 V度頸腕などの高度の運動制限および強度の集中困難・情緒不安定・思考判断力低下・睡眠障害などが加わる。 (三) 右の報告以後、産業衛生学の領域では、頸肩腕障害ないし職業性頸肩腕障害という概念が広く用いられるようになつているが、これはあくまでも産業衛生学的見地に立つた概念であつて、通常の疾病概念ではなく( ) 右の報告以後、産業衛生学の領域では、頸肩腕障害ないし職業性頸肩腕障害という概念が広く用いられるようになつているが、これはあくまでも産業衛生学的見地に立つた概念であつて、通常の疾病概念ではなく(右の定義によると、家政婦が右のような症状を呈した場合には頸肩腕障害と診断されることがありうるが、家庭の主婦がそれと全く同様の症状を呈し、かつ同じ医療措置が必要と認められても、頸肩腕障害と診断される余地はない。)、また少なくとも現時点においては疾病概念として完全なものではない(「疾病」としての明確な内容、例えば同一の原因と同一の症状経過、そして同じ治療に対応した同一の効果といつた内容が体系的に整理されているとは言い難い現状にある。)。 それはともかくとして、産業衛生学の領域においては、頸肩腕障害の発症要因については、右の定義からも明らかなように、作業の連続時間やスピードその他の作業態様ないし作業条件など上肢の動的筋労作(上肢の反復使用)又は静的筋労作(上肢の同一肢位保持)による神経、筋疲労に関する因子が最も重視されているが(病理機序としては、筋肉特に筋紡錘の疲労の結果、筋肉の痛みや固さ等の障害及び局所的な血流循環障害が、また神経疲労の結果、脳幹部疲労を介する自律神経疲労及び感覚器疲労により自律神経失調及び知覚障害が、それぞれ生ずるものと考えられており、したがつて、病像としてはこれらの障害を総合したものとされている。)、それだけではなく、その作業を行う際の照明、騒音、あるいは寒冷刺激等の環境的因子、さらには職場での人間関係による精神的ストレスや作業ノルマの押し付け、あるいはこれに対する感受性等の精神的、心理的因子等も関与するものとされており、これらのそれ自体多様複雑な因子がさらに複雑にからみあつて発症するものとされている。 (四) しかし、右の頸 押し付け、あるいはこれに対する感受性等の精神的、心理的因子等も関与するものとされており、これらのそれ自体多様複雑な因子がさらに複雑にからみあつて発症するものとされている。 (四) しかし、右の頸肩腕障害という概念は、整形外科の領域ではまだ広く受け入れられておらず、整形外科的には、現在一般に前記のような症状のうち、外傷や先天的奇形によるもの及び背髄の腫瘍や関節リウマチその他の疾病によるものを除くものについて、広義の頸肩腕症候群という疾病概念を用い、そのうち腱鞘炎などの病態の明らかなものについてはその病名で診断し、その余の病態の明らかでないものを狭義の頸肩腕症候群とすることが多い(なお、産業衛生学の領域でも他の疾病との鑑別を行うことは言うまでもない。)。 そして、狭義の頸肩腕症候群については、発病者の個人的資質や素因の問題を含めて、現在まで多くの研究が行われ、種々の報告がされているが、その全体的病像や発症原因、病理機序等について定説がみられる段階には至つていない。 (五) 以上のとおり、いわゆる頸肩腕症候群については、種々の医学的見解が発表されており、その名称自体をどのように表現するかという点でも見解の相違がみられ、病理機序についても定説がないため、そもそも疾病としての判定すら困難な状況にあり、その業務上疾病としての認定は著しく困難である。 しかし、労働者においては、前記認定基準の発表以来、前記のようなその後の状況に対応して、今日に至るまで広く医学界に意見を求めてこれを参酌したうえで、右認定基準に改廃を加えこの種疾病に対する業務上疾病としての認定基準を発表してきており、特に同五〇年二月五日付労働省労働基準局長通達「キーパンチヤー等上肢作業にもとづく疾病の業務上外の認定基準について」(同年基発第五九号、以下「五九号通達」という。)は、主として を発表してきており、特に同五〇年二月五日付労働省労働基準局長通達「キーパンチヤー等上肢作業にもとづく疾病の業務上外の認定基準について」(同年基発第五九号、以下「五九号通達」という。)は、主として頸肩腕症候群に関するものであるが、右のような医学的状況をふまえ、これを集約して頸肩腕症候群を定義づけ、その業務上外の認定基準を定めている。 (六) 西淀病院における原告の主治医であるQ医師は、前記認定のとおり同四八年五月二五日原告の本件疾病を頸肩腕症候群と診断したが、その後同四九年三月一九日産衛学会報告に準拠して、原告の業務内容や発病及び治療の経過を検討して本件疾病を、主として右上肢の過度使用(業務)による神経筋疲労に加うるに精神神経疲労により発症した頸肩腕障害であり、産衛学会報告の病像分類におけるIII度のものであると診断した。 同医師の右診断においては、同様の症状を呈する他の疾病との鑑別もされており、頸肩腕障害との診断も、前記産業衛生学的見地からは、右診断において言及されている原告の業務内容が頸肩腕障害と矛盾するものではなく、その他発病及び治療経過の点からもその診断に特に問題はみられない。 一方、西宮病院において原告を診察したO医師は、同病院整形外科部長で、頸肩腕症候群についても相当の経験を有するところ、原告の本件疾病が整形外科的にいわゆる頸肩腕症候群と診断されるべきであること自体については問題がないとしている。 (七) 頸肩腕症候群(または頸肩腕障害)と診断された患者の中には、より軽度の作業に転換することにより速やかに完治する者もあるが、一般には、ある程度慢性的に症状を有していた者が特に症状が悪化してから受診する場合がほとんどで、そのときには既に相当重症に至つていることが多いこともあつて、治療を継続しても症状の軽快ないし完治までに相当長期 ある程度慢性的に症状を有していた者が特に症状が悪化してから受診する場合がほとんどで、そのときには既に相当重症に至つていることが多いこともあつて、治療を継続しても症状の軽快ないし完治までに相当長期間を要する例が多い。 2 成立に争いのない乙第四八、四九号証の各一、二、第五〇号証及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。 (一) 地方公務員災害補償法における公務災害の認定基準は、「公務上の災害の認定基準について」と題する地方公務員災害補償基金理事長(以下「理事長」という。)通達(同四八年一一月二六日地基補第五三九号。但し、同五三年一一月一日地基補第五八七号及び同五六年四月一日地基補第九八号により改正されている。)に示されている。 同通達には次のとおり述べられている。 1 (省略) 2 公務上の疾病の認定(1) (省略)(2) 次に掲げる職業病は、当該疾患に係るそれぞれの業務に伴う有害作用の程度が当該疾病を発症させる原因となるに足るものであり、かつ、当該疾病が医学経験則上当該原因によつて生ずる疾病に特有な症状を呈した場合は、特に反証のない限り公務上のものとする。 ア (省略)イ身体に過度の負担のかかる作業態様の業務に従事したため生じた次に掲げる疾病及びこれらに付随する疾病((ア)ないし(ウ)は省略)(エ) せん孔、タイプ、電話交換、電信等の業務その他上肢に過度の負担のかかる業務に従事したため生じた手指のけいれン、手指、前腕等のけん、けんしよう若しくはけん周囲の炎症又は頸肩腕症候群(ウないしカは省略)(3) (1)及び(2)に掲げるもののほか、公務に起因することが明らかな疾病は公務上のものとし、これに該当する疾病は次に掲げる疾病とする。 (アないしキは省略)ク (2)のイに掲げるもののほか、身体に過度の負 )及び(2)に掲げるもののほか、公務に起因することが明らかな疾病は公務上のものとし、これに該当する疾病は次に掲げる疾病とする。 (アないしキは省略)ク (2)のイに掲げるもののほか、身体に過度の負担のかかる作業態様の業務に従事したため生じたことの明らかな疾病及びこれに付随する疾病(ケないしサは省略)シアからサまでに掲げるもののほか、公務と相当因果関係をもつて発生したことが明らかな疾病(二) そして、右認定基準の2(2)イ(エ)の具体的取扱いについては、理事長通達「キーパンチヤー等の上肢作業に基づく疾病の取扱いについて」(同四五年三月六日地基補第一二三号。但し、同四八年一一月二八日地基補第五四三号、同五〇年三月三一日地基補第一九一号及び同五三年一一月一日地基補第五八七号によつて改正されている。)及び同基金補償課長(以下、「補償課長」という。)の「『キーパンチヤー等の上肢作業に基づく疾病の取扱いについて』の実施について」と題する通達(同五〇年三月三一日地基補第一九二号)に示されている。 右の理事長通達には次のとおり述べられている。 (1及び2は省略) 3 キーパンチヤー等その他上肢(上腕、前腕、手、指のほか肩甲帯を含む。)の動的筋労作または静的筋労作を主とする業務に従事する職員で相当期間継続して当該業務に従事したものが、その業務量において同種の職員と比較して過重である場合またはその業務量に大きな波がある場合において、次の1及び2に該当する症状(いわゆる「頸肩腕症候群」)を呈し、医学上療養が必要であると認められるときは、公務以外の原因によるものでないと認められ、かつ、当該業務の継続により、その症状が持続しまたは増悪する傾向を示す場合に限り、認定基準の記の2の2に該当する疾病として取り扱う。 (1) 後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕、手また ないと認められ、かつ、当該業務の継続により、その症状が持続しまたは増悪する傾向を示す場合に限り、認定基準の記の2の2に該当する疾病として取り扱う。 (1) 後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕、手または指について、相当強い「こり」、「しびれ」、「痛み」などの病訴があること。 (2) 筋硬結、圧痛または神経走行に一致した圧痛もしくは放散痛が証明され、その部位の病訴との間に相関関係が認められること。 また、右の補償課長通達は、右理事長通達を解説したものであるが、そのうち右に引用した部分についての解説として、次のとおり述べられている。 (1) 「いわゆる『頸肩腕症候群』」とは、種々の機序により後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕、手又は指に、「こり」、「しびれ」、「痛み」などの不快感をおぼえ、他覚的には、当該部位の詣筋に病的な硬結若しくは緊張又は圧痛を認め、ときには神経、血管系を介して頭部、頸部、背部、上肢に異常感、脱力、血行不全などの症状をも伴うことのある症状群に対して附された名称であること。 (2) 「上肢の動的筋労作」とは、カードせん孔機・会計機の操作、電話交換の業務、速記の業務のように、主として手又は指の繰り返し作業をいうものであること。なお、これらの業務のうちには、同時に静的筋労作に該当するものがあるが、この場合には、主として手又は指を繰り返し使用するという点からみて、これらの業務は、動的筋労作に属するものとしたものであること。 (3) 「上肢の静的筋労作」とは、ベルトコンベアーを使用して行う調整・検査作業のようにほぼ持続的に主として上肢を前方挙上位又は側方挙上位に保持して行う作業及び顕微鏡を使用する作業のように頸部を前屈位に保持するなど一定の頭位保持を必要とする作業をいい、手又は指を繰り返し使用しているか否かは問わないものであること。 ((4 側方挙上位に保持して行う作業及び顕微鏡を使用する作業のように頸部を前屈位に保持するなど一定の頭位保持を必要とする作業をいい、手又は指を繰り返し使用しているか否かは問わないものであること。 ((4)ないし(10)は省略)(三) 以上の通達による職業病としての頸肩腕症候群に係る公務災害の認定基準は、労働者災害補償保険法による民間労働者の業務上の災害についての五九号通達による認定基準と同旨のものである。 3 以上を前提に、原告の本件疾病の公務起因性について判断する。 (一) 原告の本件疾病は、いわゆる頸肩腕症候群であることが明らかであるところ、これについては、理事長通達及び補償課長通達によつて公務上の災害の認定基準が定められており、この認定基準は、現在における同疾病に関する医学的状況や五九号通達の出された経緯及び同通達による認定基準と同旨であること等を考慮すると、現在においても適切妥当な個定基準であると解するのが相当であるから、この認定基準によつて、原告の本件疾病が会務災害と認められるか否かを検討する。 (二) 右認定基準2項(2)について原告の業務は、これに例示されているせん孔、タイプ、電話交換、電信等には該当しないこと、原告の同四三年四月から同四八年三月までにおける業務内容は、全体として種々の作業が混合されたものであること、そのうち動的筋労作に該当すると考えられる書字作業についてみても、個々の文書等の書字数は多くないうえ、他の作業によつて中断されることが多く、長時間にわたつて書字作業のみを継続することが少ないこと、書字作業の中でも分析、判断等の思考を行いながら書くため所要時間の割には書字数が少ないもの(面接後のカルテ整理)も相当部分を占めていること、書字作業を頸部の前屈位保持を伴うという観点から静的筋労作と考えても、同様に長時間にわたり 考を行いながら書くため所要時間の割には書字数が少ないもの(面接後のカルテ整理)も相当部分を占めていること、書字作業を頸部の前屈位保持を伴うという観点から静的筋労作と考えても、同様に長時間にわたり前屈位保持を継続することが少ないこと、書字作業のほかにも押印作業その他動的筋労作に該当する作業もあるが、これを毎日集中継続するものではないこと、また、原告の業務の中で主要な位置を占める面接作業の際や、その他会議、研修等の際にある程度の時間ほぼ同一の姿勢を保持することがあるとしても、頸部の前屈位保持といつた特別の姿勢をとり続けなければならないものではないこと、巡回相談の場合等に一日中面接を行うことがあるが、その頻度は少ないうえ、面接作業中に必要最小限のカルテ記入やメモとりをする場合のほかは特別な姿勢をとらなければならないものではないこと、訪問調査や児童移送などの場合にときとして不自然な姿勢で作業を行うことがあるとしても、その頻度は非常に少ないこと、電話による業務の際にある程度の時間左上肢を宙に浮かした姿勢となることがあるが、その作業が一日のうちかなりの時間を占めるというようなものではないこと、児童移送の場合やその他の業務において、ある程度の重量の物を持ち運んだりすることがあるとしても、その頻度は非常に少ないこと、以上のことが明らかであり、これらを考え合わせると、原告の従事した業務は、上肢の動的筋労作または静的筋労作を主とする業務には該当しないものと認めるのが相当である。 したがつて、原告の本件疾病は、右条項にいう職業病としての公務災害と認めることはできない。 (三) 右認定基準2項(3)クについてそこで、次に、原告の本件疾病を一般疾病として、その公務起因性を判断する。 以上のように原告の本件疾病が右認定基準による職業病としての公務災害とは認められ い。 (三) 右認定基準2項(3)クについてそこで、次に、原告の本件疾病を一般疾病として、その公務起因性を判断する。 以上のように原告の本件疾病が右認定基準による職業病としての公務災害とは認められないということは、原告のような職種における頸肩腕症候群の発症の程度が、現時点ではこれを職業病として前記認定基準の中に包摂する段階に至つていないということであり、このような場合には、これを一般疾病として、個別的にその公務との相当因果関係の有無を検討すべきものであり、右条項もその趣旨を定めたものと解するのが相当である。 そして、公務と疾病との間に相当因果関係があるというためには、公務が疾病の唯一の原因であることを要するものではなく、他に競合する原因があつても公務が相対的に有力な原因であれば足りると解すべきであるが、頸肩腕症候群のような疾病の場合には、結局、本人の業務内容(作業態様)、業務従事期間、業務量、作業環境、これらと症状の部位、程度との相関関係、症状の推移と業務量との相関関係、本人の生活状況、既応病歴、身体的状況、発病後の状況等を総合的に検討して、業務(公務)とこれ以外とのいずれが大きな原因となつているかを判断することにより相当因果関係の有無を決するのが相当である。 これを本件についてみると、原告の業務には上肢(特に指及び手)を使用する書字作業が比較的大きな位置を占めていたうえ、相当の筆圧を要するカーボン紙による複写をしながら行うものも多く、また特定の時期にある程度集中して書字作業を行うことがしばしばあつたこと、また書字作業と並んで大きな位置を占めていた面接作業は、神経を使うことが多いうえ、注意力、集中力を必要とし、相当な神経疲労を伴うものであつたこと、その他頻度としては様々であつたとしても、不自然な姿勢での作業や特に上肢に負担がかかることの た面接作業は、神経を使うことが多いうえ、注意力、集中力を必要とし、相当な神経疲労を伴うものであつたこと、その他頻度としては様々であつたとしても、不自然な姿勢での作業や特に上肢に負担がかかることのある作業もあつたこと等から、全体として頸肩腕症候群を発症しても不自然ではない業務内容ということができ、症状の部位も、本件疾病発症以前の症状のそれを含めて業務内容(作業態様)との関連性がみられ、業務量としては、同四七年五月ころ以降に増大が著しいところ、これ以前には症状が出てもそれほど重症ではなく、かつ症状が続く期間も短かかつたが、同年六月ころ以降は以前より多少高度の症状がしかもほぼ数か月程度持続し、また業務量がそのように増大した中でも相対的に減少した同年一〇月ころには一時的に症状が緩和するなど、業務量と症状の程度及び両者の推移の間に相関関係がみられる。原告の業務量自体と摂丹児童相談所あるいは兵庫県下の他の児童相談所の同種職員のそれとの比較を正確に行うことはできないが、少なくとも同四六年以降の原告の業務量は平均的水準を超えていたものと考えられ、その他前記認定のような所内及び所外における作業環境が症状の発現に関与していることも考えられないではなく、業務従事期間の点でも業務による発症を疑わせるようなものではない。 また、原告には頸肩腕症候群の基礎となるような疾患又は特別な身体的異常は見当らず、組合活動に従事していた点を含め、業務を離れた生活において通常の労働者の一般的生活におけるよりも特に上肢その他身体に過度の負担のかかる生活を送つていたことを窺わせる資料はない。 発病後の状況としては、発病のため休業した約四か月の間に症状がやや改善はされたが、その後同四八年七月に職場復帰してからは、勤務時間の点でも作業内容の点でも相当に軽減された業務に従事し、かつ治療 い。 発病後の状況としては、発病のため休業した約四か月の間に症状がやや改善はされたが、その後同四八年七月に職場復帰してからは、勤務時間の点でも作業内容の点でも相当に軽減された業務に従事し、かつ治療を継続したため症状が除々に軽快し、同五四年ころからは日常生活もほぼ支障なく送れるようになつたものの、現在に至るまで完治していない。 以上を総合的に検討判断すると、原告の本件疾病の発症には、原告の体質的弱さその他の素因が関与していることを疑う余地がないではないが、業務に従事しなかつたとしても本件疾病に罹患したとまでは認めることができず、むしろ業務に従事しなければ発症しなかつた可能性の方が強く、それも業務に従事したことが発症の引き金になつたにすぎないというよりは、ほぼ五年間にわたる業務従事中に徐々に発症の基礎となるものが蓄積形成されていつたものと考えられ、その意味において、本件疾病の原因としては業務が相対的に有力な原因となつているものと認めるのが相当であり、したがつて、原告の本件疾病は公務に起因して発症したものというべきである。 前掲乙第二三号症には、O医師の意見として、原告の本件疾病を職場環境の面から、特にその精神的緊張及び動的、静的筋労作の面に重点を置き検討したが、ケースワーカーとして平常に就業している限りその発症に業務起因性は認め難いものと考える旨記載されているが、これは、その前提として原告の業務内容について調査したことについて言及されている部分からも明らかなように、原告の本件疾病発症前の具体的な業務内容等を子細に検討したうえでのものではないので採用することはできず、他に右判断を左右するに足りる資料はない。 4 そうすると、被告が原告に対してした本件処分は、原告の本件疾病を公務に起因しないものと誤認した違法な処分というべきであるから、その取消 することはできず、他に右判断を左右するに足りる資料はない。 4 そうすると、被告が原告に対してした本件処分は、原告の本件疾病を公務に起因しないものと誤認した違法な処分というべきであるから、その取消を求める原告の請求は理由がある。 五以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 別表(一)~(五)(省略)
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