- 1 -主文本件控訴を棄却する。 理由 (本件各公訴事実) 平成18年6月9日付け起訴状記載の公訴事実(以下「本件児童扶養手当詐欺」ともいう)被告人は,Aと共謀の上,被告人及びAがいまだ婚姻を解消していないのに,既に解消した旨仮装して,Aの子であるBほか3名に関する児童扶養手当を広島県から詐取しようと企て第1平成12年5月29日,広島市a区b丁目c番d号の広島市a区役所において,同区役所厚生部保健福祉課係員Cに対し,真実は,被告人及びAが戸籍上は離婚したものの実質的な婚姻関係を継続しており,Aが児童扶養手当の受給要件を欠いていたにもかかわらず,これを秘して,被告人及びAが同月12日に協議離婚した旨の記載がある戸籍謄本等を添付した児童扶養手当認定請求書を提出するなどして同手当の給付を請求し,同年6月16日,前記Cから前記児童扶養手当認定請求書等の進達を受けた広島県福祉保健部児童福祉課長Dをして,被告人及びAが既に婚姻を解消したものであり,Aが児童扶養手当の受給要件を備える受給資格者であると誤信させて同手当の給付を決定させ,よって,同年8月11日,広島県から,広島市a区e丁目f番g号のE銀行F支店に開設されたA名義の普通預金口座に児童扶養手当として10万6740円を振り込ませ第2同年9月6日,前記a区役所において,同区役所厚生部保健福祉課係員に対し,真実は,被告人及びAが実質的な婚姻関係を継続しており,- 2 -Aが児童扶養手当の受給要件を欠いていたにもかかわらず,これを秘して,Aにおいて父母が婚姻を解消した児童である前記Bほか3名の母としてこれらを扶養している旨の内容虚偽の児童扶養手当現況届を提出し,前記係員をしてその旨を生計維持方法等確認書に記載させるなどして同手当の給付を請求し,そのころ,前記係員から報告 記Bほか3名の母としてこれらを扶養している旨の内容虚偽の児童扶養手当現況届を提出し,前記係員をしてその旨を生計維持方法等確認書に記載させるなどして同手当の給付を請求し,そのころ,前記係員から報告を受けた前記Cから前記児童扶養手当現況届等の進達を受けた前記Dをして,被告人及びAが既に婚姻を解消したものであり,Aが児童扶養手当の受給要件を,,備える受給資格者であると誤信させて同手当の給付を決定させよって同年12月11日,平成13年4月11日及び同年8月10日に,広島県から,前記E銀行F支店に開設されたA名義の普通預金口座に児童扶養手当としてそれぞれ21万3480円宛の合計64万0440円を振り込ませもって,人を欺いて財物を交付させたものである。 「,」 平成18年7月14日付け起訴状記載の公訴事実(以下本件殺人放火ともいう)被告人は,借金の返済等に窮したことから,実母G(当時53歳)の死亡保険金等を入手するため,同人を殺害した上,同人方に放火するなどしようと企て第1平成13年1月17日午前3時過ぎころ,広島市h区i丁目j番k号の前記G方居宅において,殺意をもって,同人の頚部を両手で強く絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を窒息死させて殺害した第2同日午前3時30分ころ,前記G方居宅2階で就寝中の実妹H(当時28歳),長女I(当時8歳)及び二女J(当時6歳)を死亡させることもやむなしと決意し,同人らが現に住居に使用する前記居宅(木造瓦葺2- 3 -階建,床面積合計約63平方メートル)1階六畳間のベッド,たんす,カーペット,灰皿等に灯油をまいた上,所携のライターで前記灰皿内の,,,たばこの吸いがらに点火して火を放ちその火を壁柱等に燃え移らせよって,そのころ,前記居宅を全焼させて焼損するとともに, ,カーペット,灰皿等に灯油をまいた上,所携のライターで前記灰皿内の,,,たばこの吸いがらに点火して火を放ちその火を壁柱等に燃え移らせよって,そのころ,前記居宅を全焼させて焼損するとともに,前記I及びJの両名をいずれも焼死させて殺害したが,前記Hについては,同人が火災に気付いて屋外に退避したため,殺害するに至らなかったものである。 「」 平成18年8月31日付け起訴状記載の公訴事実(以下本件保険金詐欺ともいう)被告人は第1自己が長女I及び二女Jを被保険者としてK連合会との間に締結していた生命共済契約に基づく死亡共済金支払名下に同連合会から金員を詐取しようと企て,平成13年1月23日ころ,広島市内において,前記I及びJを被保険者とする死亡共済金支払請求書各1通等を,広島市l区m丁目n番o号L協同組合宛に郵送し,同月24日,これを同組合に送達させて,同組合係員Mに対し,真実は被告人が前記I及びJを殺害したものであるのにこれを秘し,両名が失火により焼死したように装って死亡共済金の支払請求をなし,同月26日,情を知らない前記Mらを介して,前記共済金請求手続の所要関係書類を浦和市p丁目q番r号K連合会共済金サービス部副主任Nに送付してその共済金支払の決裁を求め,同人をして,前記I及びJは失火により焼死したものであって,同連合会において,被告人に対する共済金支払義務を負うものと誤信させてその支払手続を取らせ,よって,同月31日,前記Nから指示を受けた同連合会事務員から,広島市h区s丁目t番u号E銀行O支店に開設- 4 -された被告人名義の普通預金口座に799万6000円の振込入金を受け第2実母Gが同人を被保険者としてP相互会社との間に締結していた生命保険契約に基づく死亡保険金支払名下に同社から金員を詐取しようと企て 告人名義の普通預金口座に799万6000円の振込入金を受け第2実母Gが同人を被保険者としてP相互会社との間に締結していた生命保険契約に基づく死亡保険金支払名下に同社から金員を詐取しようと企て,平成13年1月26日,広島市a区v丁目w番x号同社Q支部において,情を知らない同支部保険外交員Rを介し,前記Gを被保険者とする死亡保険金請求書等を,広島市y区z町a1番b1号SビルP相互会社広島支社保全グループを経由して大阪市c1区d1丁目e1番f1号同会社契約審査部保険金課宛に送付し,同年2月5日ころ,これを同課に送達させて,同課係員Tに対し,真実は被告人が前記Gを殺害したものであるのにこれを秘し,同人が失火により焼死したように装って死亡保険金の支払請求をなし,そのころ,情を知らない前記Tらを介して,同課主任Uに対し,その保険金支払の決裁を求め,同人をして,前記Gは失火により焼死したものであって,同社において,前記死亡保険金の受取人である被告人に対する保険金支払義務を負うものと誤信させてその支払手続を取らせ,よって,同月27日,前記Uから指示を受けた同課係員から,広島市h区g1丁目h1番i1号V銀行W支店に開設された被告人名義の普通預金口座に4121万9933円の振込入金を受け第3前記Gが同人の所有に係る自動車を対象としてX株式会社との間に締結していた自動車保険契約に基づく車両保険金支払名下に同社から金員を詐取しようと企て,平成13年1月29日,広島市y区j1町k1番l1号株式会社YZ店において,情を知らない同店従業員を介し,前記自動車を対象とする自動車保険金請求書等を,広島市m1区n1丁目o1番p1号A1ビルX株式会社中四国損害調査部広島サービスセンター- 5 -宛に送付し,同月30日,これを同センターに送達させて,同センター 象とする自動車保険金請求書等を,広島市m1区n1丁目o1番p1号A1ビルX株式会社中四国損害調査部広島サービスセンター- 5 -宛に送付し,同月30日,これを同センターに送達させて,同センター係員B1に対し,真実は被告人が放火したことにより前記自動車が焼損したものであるのにこれを秘し,同車両が失火により焼損したように装って車両保険金の支払請求をなし,そのころ,情を知らない前記B1らを介して,同センター所長C1に対し,その保険金支払の決裁を求め,同人をして,前記自動車は失火により焼損したものであって,同社において,前記Gの法定相続人である被告人らに対する保険金支払義務を負うものと誤信させてその支払手続を取らせ,よって,同年2月2日,前記C1から,前記V銀行W支店に開設された被告人名義の普通預金口座に110万2500円の振込入金を受け第4前記GがK1株式会社との間に締結していた同人方家屋等を対象とした火災保険契約並びに被保険者を同人,前記I及びJとする生命保険契約等を内容とする総合保険契約に基づく損害保険金及び死亡保険金名下に同社から金員を詐取しようと企て,平成13年2月5日,広島市m1区q1町r1番s1号K1株式会社中国四国損害調査部において,同部火災新種損調課副長D1に対し,前記総合保険の保険金請求書等を手交し,真実は被告人が前記G,I及びJを殺害し,被告人が放火したことにより前記家屋等が焼損したものであるのに,これらを秘し,失火により前記G,I及びJが焼死し,前記家屋等も焼損したように装って損害保険金及び死亡保険金の支払請求をなし,そのころ,情を知らない前記D1らを介して,同社中国四国損害調査部長E1に対し,その保険金支,,,,払の決裁を求め同人をして前記家屋等は失火により焼損し前記GI及びJはいずれも失火により ,そのころ,情を知らない前記D1らを介して,同社中国四国損害調査部長E1に対し,その保険金支,,,,払の決裁を求め同人をして前記家屋等は失火により焼損し前記GI及びJはいずれも失火により焼死したものであって,同社において,前記Gの法定相続人である被告人らに対する保険金支払義務を負うもの- 6 -と誤信させてその支払手続を取らせ,よって,前記E1から指示を受けた同社損害調査部火災新種損調課課長F1から,同月8日に1314万2575円,同年3月2日に1000万円の各振込入金を,前記V銀行W支店に開設された被告人名義の普通預金口座に受けもって,人を欺いて財物を交付させたものである。 (原判決の概要)原判決は,本件児童扶養手当詐欺事件につき,Aに児童扶養手当の受給要件がなかったことについて疑問が残り,詐欺の故意やAとの共謀があったとする被告人の捜査段階における供述は信用できない(原判決が「証拠として採用することができない」とするのはこの趣旨のものと認められる)などとして,また,本件殺人,放火事件につき,自己が犯人であるとする被告人の捜査段階の自白を信用することはできず,被告人がこれらの犯人であると認めるには合理的な疑いが残り,被告人がこれらの犯行をしたという事実を前提とする本件保険金詐欺事件についても,その事実を認めることはできないとして,被告人に,,対し無罪を言い渡した(以下証拠に付したかっこ内の甲乙または検の数字は原審または当審検察官請求証拠番号である。証拠については,謄本,抄本の表示を省略する。不同意部分がある場合には,その部分を除く趣旨である。原審公判調書と一体となる証人尋問調書等を表示するときは,その公判期日,供述者,該当箇所の順に表示する。原審公判供述のことを「公判供述」という)。 (控訴趣意)本件控訴の趣意 部分を除く趣旨である。原審公判調書と一体となる証人尋問調書等を表示するときは,その公判期日,供述者,該当箇所の順に表示する。原審公判供述のことを「公判供述」という)。 (控訴趣意)本件控訴の趣意は,検察官加藤敏員提出に係る検察官信田昌男作成の控訴趣意書記載のとおりであり,これに対する答弁は,弁護人二國則昭(主任),同小笠原正景及び同渡邉直樹連名作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。 - 7 -論旨は,原判決が,本件各公訴事実について,その証明がないとして無罪の言渡しをしたのは,証拠の取捨選択及び評価を著しく誤った結果,事実を誤認したものであり,また,本件児童扶養手当詐欺事件に関し,検察官が,刑事訴訟法321条1項2号後段に基づき行ったAの検察官調書2通(乙15,16。ただし相反部分のみ。以下この2通を「Aの検察官調書」ともいう)の証拠調請求を却下し,同却下決定に対し検察官が申し立てた異議も棄却した原審の訴訟手続は,法令に違反しているところ,これらの事実誤認及び訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。 (本件児童扶養手当詐欺について) はじめに原裁判所は,前記のとおり,刑事訴訟法321条1項2号後段に基づくAの検察官調書の証拠調請求を却下した上,Aに児童扶養手当の受給要件がなかったとまで断定することはできず,本件児童扶養手当詐欺の故意やAとの共謀を被告人は認めているものの,その自白を考慮しても,被告人に前記故意及び共謀があったことを認めることはできないとした。 検察官は,Aの検察官調書の証拠調請求を却下した原裁判所の判断並びに児童扶養手当の受給要件の解釈及びこの受給要件がAになかったのかということに関する原判決の判断は,いずれも誤っており,前記検察官調書に録取されたAの供述(以下 拠調請求を却下した原裁判所の判断並びに児童扶養手当の受給要件の解釈及びこの受給要件がAになかったのかということに関する原判決の判断は,いずれも誤っており,前記検察官調書に録取されたAの供述(以下「Aの自白」という)及び被告人の自白その他の証拠からすれば,被告人がAと共謀の上,児童扶養手当を詐取したことは明らかであると主張する。 そこで,以下検討する。 児童扶養手当の受給要件がAにあったか否かについて(1)児童扶養手当は,父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭- 8 -の生活の安定と自立の促進に寄与するため,当該児童について支給し,もって児童の福祉の増進を図ることを目的とするものであり(児童扶養手当法1条),その受給要件として,児童扶養手当法4条1項1号は「父母が婚姻を解消した児童」の母または養育者に児童扶養手当を支給すると定めている。そして,同法にいう「婚姻」には「事実上婚姻関係と同様の事,情にある場合を含」む旨定められている(同法3条3項)。すなわち,受給要件としての「父母が婚姻を解消した」というためには,法律婚のみなら。 ,,ず事実婚状態も解消されていなければならないそこで事実婚状態とは具体的にどのような状態を指すと解されるのか,本件当時(本項においては,本件児童扶養手当詐欺をしたとされる時期をいう。以下同じ),後記のとおり法律婚を解消していたAと被告人が,そこにいう事実婚状態にあったのかについて,まず検討する。 (2)事実婚状態とは具体的にどのような状態をいうのかについて,広島県の見解,原裁判所の判断及びこれに対する検察官の主張は,以下のとおりである。 ア本件当時広島県福祉保健部児童福祉課(以下「県児童福祉課」という)の課長であったDは,原審公判において以下のとおり供述しているとこ,。 ろその内容 対する検察官の主張は,以下のとおりである。 ア本件当時広島県福祉保健部児童福祉課(以下「県児童福祉課」という)の課長であったDは,原審公判において以下のとおり供述しているとこ,。 ろその内容自体について特に信用性を疑わせるような事情は存しないすなわち,国の通達によれば,事実婚の状態とは,社会通念上夫婦としての共同生活を営んでいるということであり,具体的には,㨯共に住んでいるか,㨯共に住んでいなくても,女性方へ男性の定期的な訪問が頻繁にあり,かつ,男性が,定期的に生計費の補助をしているということである。県児童福祉課は,近時,生活能力のない男性が,頻繁に女性方に出入りしているような実態があるような場合,どのように認定すべき- 9 -かということを国に照会したところ,男性が頻繁に定期的な訪問をしていれば,男性側に資力がなく,生計費の補助をしていなくても,事実婚として認定して差し支えないという回答があった。児童扶養手当法4条2項6号の規定により,同法4条1項の規定にかかわらず,児童が「父と生計を同じくしているとき」には,手当は支給されないところ,国の通達によれば「生計を同じくしている」とは,当事者間での生活の一,体性があるということであり,特に収入と支出,すなわち消費生活上の生計が同一であることが基準として示されている,というのである。 イ原判決は,Dの公判供述中,事実婚の状態に関する国の通達内容と,県児童福祉課が国に照会して得た回答の内容とが明らかに反すること,県児童福祉課がした前記照会とその回答に関する客観的な証拠(要するに照会書と回答書)がないこと,前記回答の内容は,児童扶養手当の趣旨(父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与児童扶養手当法1条)に反する疑いがあることから〔〕すると 回答書)がないこと,前記回答の内容は,児童扶養手当の趣旨(父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与児童扶養手当法1条)に反する疑いがあることから〔〕すると,Dの公判供述に基づいて,父母が同居しておらず父に資力がない場合に,父が頻繁かつ定期的に母子方を訪問していれば,生計費の補助がなくても事実婚として認定できるのか疑問が残る旨判断した。 ウこれに対し,検察官は,以下のとおり主張する。 (ア)原判決が,県児童福祉課の前記照会及びその回答に関する客観的な証拠がないとしている点については,前記照会結果についての客観的な資料が存在している。 (イ)原判決が,前記回答の内容は児童扶養手当法の趣旨に反する疑いがあるとしている点について,原判決の解釈では,夫が全くの無収入という場合でも,法律上婚姻関係にある場合は,児童扶養手当が直ち- 10 -に支給されるわけではなく,父が政令で定める程度の障害の状態にある(児童扶養手当法4条1項3号)場合に,受給資格を認めていることとの均衡を失する。また,本件児童扶養手当詐欺は,県児童福祉課が認める受給要件がないのに,あるかのように装ったという欺罔行為に基づいて児童扶養手当の支給を受けたというものであり,この欺罔行為がなければ支給もなかったところ,受給要件ないし受給資格について別の解釈があり得るとしても,県児童福祉課すなわち行政機関の解釈がおよそ成立し得ないものでない限り,詐欺罪の成立を妨げるものではない。 エそこで検討するに,まず,県児童福祉課の前記照会及びその回答に関する客観的な証拠については,当審でそれに関するものとして検察官がした報告書(検18),捜査関係事項照会書(検23)及び捜査関係事項照会回答書(検24)の証拠調請求をすべて却下したため,結局,原判決 する客観的な証拠については,当審でそれに関するものとして検察官がした報告書(検18),捜査関係事項照会書(検23)及び捜査関係事項照会回答書(検24)の証拠調請求をすべて却下したため,結局,原判決のいう客観的な証拠はないことになる。もっとも,これらの証拠の有無にかかわらず,以下のとおり,前記回答のような解釈は採り得ないというべきである。 次に,資力や生活能力のない父が,頻繁かつ定期的に母子方を訪問しているだけでは,事実婚とはいえないとすると,法律上婚姻関係にある場合に,夫が無収入であるだけでは手当が支給されず,政令で定める程度の障害の状態にある(児童扶養手当法4条1項3号)場合に受給資格が認められることと均衡を失するという主張は,法律上婚姻関係になく同居もしていない父母間において,父が頻繁かつ定期的に母子方を訪問しているだけの場合と,法律上父母が婚姻関係にある場合とを実際上同一視することになってしまう点で無理がある。のみならず,児童扶養手当- 11 -法が,その4条1項各号で規定する類型の児童は「父と生計を同じく,していない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため」に手当を支給するという同法1条の目的規定等に照らして,世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童を支給対象児童として類型化しているものと解すべきであり(最高裁平成8年(行ツ)第42号平成14年1月31日第一小法廷判決・民集56巻1号246頁,最高裁平成12年(行ツ)第250号同年(行ヒ)第249号平成14年2月22日第二小法廷判決・裁判所時報1310号80頁参照),同法は,法律婚,事実婚を問わず,児童の母と婚姻関係にあるような現実の扶養を期待できる世帯の生計維持者としての父が存在しない状態を類型化しているも 第二小法廷判決・裁判所時報1310号80頁参照),同法は,法律婚,事実婚を問わず,児童の母と婚姻関係にあるような現実の扶養を期待できる世帯の生計維持者としての父が存在しない状態を類型化しているものとみるのが相当であるか,「」ら検察官が指摘する父が政令で定める程度の障害の状態にある児童も,現実の扶養を期待することができる世帯の生計維持者としての父が不存在である場合の一類型とみるべきである。よって,父母が婚姻を解消した児童(同法4条1項1号)についても,現実の扶養を期待できる世帯の生計維持者としての父が不存在である場合を指すものと解するのが,同法4条1項各号の趣旨に最も合致し,かつ均衡のとれた解釈というべきである。法律上の婚姻関係を解消し,同居もしていない父母間において,資力や生活能力を有していない父が,頻繁かつ定期的に母子方を訪問しているだけで事実婚状態に当たるという前記回答の解釈は,当該児童について,現実の扶養を期待できる世帯の生計維持者としての父が不存在であるにもかかわらず「父母が婚姻を解消した児童」ではな,いとすることになり,同法1条の目的規定に反するもので,法の趣旨に明らかに反し,むしろ同法4条1項各号の均衡を著しく損なうものとし- 12 -て失当といわざるを得ない。 さらに,受給要件ないし資格に関する県児童福祉課すなわち行政機関の解釈が,およそ成立し得ないものでない限り,詐欺罪の成立を妨げるものではないという主張について検討する。この主張にいう「およそ成立し得ない」解釈が,具体的にどのような場合を指しているのか明確ではないところ,法に基づく手当の支給に際して,その要件ないし資格に関する行政機関の解釈が,法の文言に文面上明確に抵触しているような場合でない限り,法の趣旨に反した不当な解釈であろうとも,その解釈に基 ないところ,法に基づく手当の支給に際して,その要件ないし資格に関する行政機関の解釈が,法の文言に文面上明確に抵触しているような場合でない限り,法の趣旨に反した不当な解釈であろうとも,その解釈に基づいた要件に関して偽った場合には,詐欺罪の成立を妨げるものではないというのであるならば,法の趣旨に反する行政機関の解釈によって,法に基づく手当の支給に関する詐欺罪の成立を認めることとなってしまい,結局のところ,法の趣旨に反する解釈に基づく手当の不支給を正当化することになりかねず,賛同できない。そして,前記のとおり,法律婚を解消し,母と別居した父が,資力ないし生活能力を有していない場合,頻繁かつ定期的に母子方を訪問しているだけで事実婚状態に当たるとする解釈は,同法1条の目的規定に照らしても,法の趣旨に明らかに反するものとして失当であるから,その解釈を前提として詐欺罪の成立を問うことはできないというべきである。 オ以上のとおり,父母が法律婚を解消して別居した後,資力ないし生活能力を有していない父が,頻繁かつ定期的に母子家庭を訪問していたという一事のみでは,事実婚状態にあると解することはできないといわざるを得ない。 (3)前記2(2)オの解釈を前提として,本件当時,Aに受給要件がなかった,,,,と認められるかすなわちAと被告人が事実婚状態にあったあるいは- 13 -Aの子が被告人と生計を同じくしていたといえるのかについて検討する。 ア原判決は,証拠から認められる事実として以下の事実を摘示するところ,当審においても同様に認定できる。 平成12年4月末ころ,当時被告人の妻であったAは,被告人と前妻との間の子であるIやJと一緒に暮らすことに耐えられないとして,A及びその子であるBほか3名(以下「Aの子ら」または「その子ら」という)が居住 年4月末ころ,当時被告人の妻であったAは,被告人と前妻との間の子であるIやJと一緒に暮らすことに耐えられないとして,A及びその子であるBほか3名(以下「Aの子ら」または「その子ら」という)が居住する自宅から,被告人,I及びJを追い出した。以後,同年11月中旬ころまで,被告人は,母親であるGが経営していた喫茶店G1を生活の拠点としており,Aとは同居しなかった。 被告人とAは,同年5月12日に離婚届を提出し,Aから本件児童扶養手当の請求があった同月29日当時及び同手当に関する現況届が提出された同年9月6日当時,法律婚を解消した状態にあった。 被告人が,同年6月20日付けで被告人使用の自動車(パジェロ)の車検ローンを申し込んだ際,Aは,その契約書の連帯保証人欄に自分の氏名を自署した。その続柄は妻と記載されている。 同年4月から同年11月にかけての間,被告人は,Aの元を頻繁かつ,,定期的に訪問していたところ負債の返済が収入を上回る状況にあって資力がない状態であった。また,被告人及びAの給与,各種手当ては,それぞれの名義の口座に振り込まれており,それぞれが管理していた。 イ検察官は,前記事情の存在自体は争わないものの,さらに以下の事情があることを指摘するところ,いずれもそのとおり認定できる。 ,,被告人は当時しばしばAやその子らのために弁当や料理を作ったりAと2人で食事をしたり,Aやその子らとプールに遊びに行ったりしていた。 - 14 -被告人とAとの間では性交渉が継続しており,平成12年11月中旬ころから同年12月中旬ころまで両名が同居していた期間中には,Aが妊娠した。 被告人は,平成13年1月20日ころから,再びAやその子らと同居し,G方で発生した火災(以下「本件火災」という)により取得した保険金でAとの生活のために家屋を購入し, た期間中には,Aが妊娠した。 被告人は,平成13年1月20日ころから,再びAやその子らと同居し,G方で発生した火災(以下「本件火災」という)により取得した保険金でAとの生活のために家屋を購入し,Aの債務を返済し,Aのために自動車を購入した。 ウ前記2(3)アのとおり,本件当時,被告人とAは,法律婚を解消し,。 ,,別居していたものであるそして前記2(3)アイの事情を総合してもAの子らについて,本件当時,被告人が,現実の扶養を期待できる世帯の生計維持者に当たるとも,生計を同じくしていたとも認め難い。 本件当時,すなわち,Aが本件児童扶養手当の支給を申し込み,現況届を提出した平成12年5月から同年9月にかけてのころ,被告人は,頻繁にAの元に通っていたものの,債務超過の状態にあり,A及びその子らの生計を維持することは無論のこと,補助することすらできなかったものと認められる。そして,Dの公判供述どおり「生計を同じくし,ている」とは,当事者間での生活の一体性があるということであり,消費生活上の生計が同一であることを指すものと解されるところ,被告人が,前記のような状態であったことに加えて,Aらとは生活の本拠が異なり,それぞれの収入の管理も別々にしていたことからしても,生計を同じくしていたとは認め難いといわざるを得ない。 本件当時,被告人とAが性交渉を継続していたこと,Aが,被告人の,,車検ローンの連帯保証人になりその契約書の続柄に妻と記載したこと被告人が,Aやその子らのために弁当や料理を作ったり,Aと食事に行- 15 -ったり,Aやその子らとプールに行ったりしたことがあったとしても,それらのことが,被告人による世帯の生計維持ないし補助を推認させるとまではいえない。また,これらの事情を考慮しても,前記のとおり,被告人とAは,そ の子らとプールに行ったりしたことがあったとしても,それらのことが,被告人による世帯の生計維持ないし補助を推認させるとまではいえない。また,これらの事情を考慮しても,前記のとおり,被告人とAは,その生活の本拠が異なり,収入の管理も別々にしていた状況からして,生計を同じくしていたとは認め難い。 さらに,本件当時から数か月後に,被告人が,保険金を取得して,それをAやその子らのために費消し,Aやその子らと同居するようになったことと,本件当時において,被告人による生計の維持ないし補助が認められるか,あるいは,被告人がAやその子らと生計を同じくしていたといえるかということとは,直接関連するものでないことはもとより,,,本件当時の状況が前記のようなものであったことからすればそのころ被告人が,Aらの生計の維持も補助もしておらず,かつ,Aらと生計を同じくしてもいなかったという判断に何ら影響を及ぼすものではない。 エしたがって,本件当時,被告人とAが事実婚状態にあったともいえないし,Aの子らが被告人と生計を同じくしていたともいえない。被告人とAが法律婚状態を解消したことで,Aの子らは「父母が婚姻を解消した児童」に当たることになったと認めざるを得ず,他に,児童扶養手当の受給要件を満たすことを覆すような事情は見当たらない。Aに受給要件がなかったとは認められない。 (4)前記のとおり,Aは児童扶養手当の受給要件を欠いていたとは認められず,Aが「受給要件を欠いていたにもかかわらず,これを秘し」たという行為自体が存在しないことになるから,本件児童扶養手当詐欺は成立しない。同様の見解に立つ原判決の判断は正当である。 以上からすれば,本件児童扶養手当詐欺において,被告人の故意及びAと- 16 -,,,の共謀について判断するまでもなく被告人は無罪とな しない。同様の見解に立つ原判決の判断は正当である。 以上からすれば,本件児童扶養手当詐欺において,被告人の故意及びAと- 16 -,,,の共謀について判断するまでもなく被告人は無罪となるところ念のためこの点について付言する。 (1)被告人の故意及びAとの共謀について判断する前提として,刑事訴訟法321条1項2号後段に基づくAの検察官調書の証拠調請求を却下した原審の訴訟手続に対する法令違反の主張について検討する。 原裁判所は,迫真性や客観的証拠との符合という点で,Aの検察官調書に比べてAの公判供述が劣っているという事情はないこと,Aの公判での供述態度は,被告人に有利になるように述べているという見方もできなくはないものの,他方で,被告人に不利な内容も同時に述べていることからすると,Aの検察官調書をその公判供述よりも信用すべき特別の情況が存在するとはいえないとし,Aが公判で「覚えていない。答えたくない」旨供述している部分については,Aの検察官調書の方が信用できるといえなくはないが,その内容からすると採用の必要性はないとして,Aの検察官調書の証拠調請求を却下した。 しかし,Aの公判での供述態度は,明らかに検察官に対し敵対的なものであり,できる限り自己や被告人に不利な供述は回避しようとする傾向がみられることは否定できない(第3回A20,86,103項,同第4回30,174ないし179,181ないし183,417ないし419,457項)。さらに,検察官も指摘するとおり,本件児童扶養手当詐欺事件のA自身の裁判においては,Aが公訴事実を認め,Aの検察官調書が証拠として採用されて有罪判決が確定していることも併せ考えると,Aの検察官調書を,これと異なる内容のAの公判供述よりも信用すべき特別の情況があるといわざるを得ないし,本件児童扶養手当 の検察官調書が証拠として採用されて有罪判決が確定していることも併せ考えると,Aの検察官調書を,これと異なる内容のAの公判供述よりも信用すべき特別の情況があるといわざるを得ないし,本件児童扶養手当詐欺の故意及び被告人との共謀の有無に直接関わるAの検察官調書の内容からして,その証拠調べの必要性もないとはいえない。 - 17 -よって,Aの検察官調書の証拠調請求を却下した原審の訴訟手続は法令に違反している。 もっとも,既に説示してきたところからしても,また,以下に説示するところからしても,結局,本件児童扶養手当詐欺は成立しないのであるから,この訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。 (2)故意及び共謀の認定についてアこの点に係る直接の証拠は,被告人及びAの各自白であるところ,その核心となる内容は,要するに,被告人が,頻繁にA方に出入りし,Aと性交渉を持つという事実上の夫婦関係を継続しているのであるから,本件児童扶養手当は受け取ることができないと分かっていたというものである。この認識が,法的に誤ったものであることは,既に説示したとおりであり,たとえ真にこのような認識を抱いていたとしても,本件児童扶養手当詐欺の罪が成立するものではない。 それを措くとしても,被告人やAの各自白に基づいて,故意及び共謀を認定することはできない。その理由は以下のとおりである。 イ自白以外の証拠から認められる事情前記2(3)アのとおり,平成12年4月末ころ,Aは,IやJと一緒に暮らすことに耐えられないとして,被告人,I及びJを自宅から追い出している。また,前記2(3)ウのとおり,本件当時,被告人とAは,生活の本拠も,生計も別にしており,被告人からAへの定期的な生計の補助もなかったものである。そして,このころ被告人とAとの間でや い出している。また,前記2(3)ウのとおり,本件当時,被告人とAは,生活の本拠も,生計も別にしており,被告人からAへの定期的な生計の補助もなかったものである。そして,このころ被告人とAとの間でやり取りされていたファックス(甲5)には,十数年後に復縁する旨の記載が頻出している。これらの事情は,原判決も指摘するとおり,IやJの養- 18 -育が必要なくなるまでの期間は同居できないから,再び同居できるようになるまでは真正な離婚をするというのが互いの意思であったという被告人及びAの各公判供述と符合する。 さらに,これも原判決が指摘するとおり,前記ファックスには,本件児童扶養手当自体についての記載が全くない上,同手当に関係するかのような記載は,自己破産や他の手続との関係での記載であるとみる余地がある。また,被告人の実妹であるHの公判供述から認められるのは,結局のところ「離婚したら」であったか「別居したら」であったかは,っきりしないが,ともかく児童扶養手当の支給を受けるという被告人の話を聞いて,Gが,あきれたような言動をしたということに過ぎず,これをもって,被告人に児童扶養手当を詐取する意図があったということは困難であるといわざるを得ない。 ウ被告人及びAの各自白内容について前記のような事情にかんがみると,被告人及びAは,真実,婚姻を解消する意思で離婚したのではないかという疑いを容易に排斥することはできない。現に,検察官ですら,当審第3回公判での弁論において「被告人は,本件火災当時,Aと再び一緒に暮らすことだけを心の糧として生活していたことが窺われる。しかし,Aと一緒に暮らすだけの経済的余裕は全くなく,Aも,被告人と前妻の子であったIやJを疎んじて追い出す始末で「保険金等で経済的問題は解決できるばかりか,Aが同」居を拒否していたI 窺われる。しかし,Aと一緒に暮らすだけの経済的余裕は全くなく,Aも,被告人と前妻の子であったIやJを疎んじて追い出す始末で「保険金等で経済的問題は解決できるばかりか,Aが同」居を拒否していたIやJがいなくなれば,Aとのやり直しの障害は一挙に解消されることになる」などと主張しており(弁論要旨4頁),IやJが大きな障害となって,被告人が,Aの元に通うことはできても,Aと一緒に暮らすことはできない状態にあったことを認めているのである。 - 19 -真実婚姻を解消する意思で離婚した両名において,その後の交際継続を行政機関側に知られると,虚偽の離婚であるとみなされ,本来もらえるはずの手当をもらえなくなってしまうかもしれないと思っていたとしても,一般人の認識として特段不自然とはいえない。 そうすると,被告人及びAは,真実,婚姻を解消する意思で離婚したものであって,前記のような認識を有しているに過ぎなかったにもかかわらず,父母が法律婚を解消して別居した後,父が,頻繁かつ定期的に母子家庭を訪問していたという一事のみで,児童扶養手当法にいう事実婚状態に当たるとの解釈を念頭に置いていた取調官から,交際を継続していたのであれば,婚姻を解消したことにはならないではないか,それが分かっていたから,交際の事実を行政機関に知られれば,手当をもらえなくなると思っていたのではないかと追及され,それに抗することができずに,前記自白,すなわち,被告人が,頻繁にA方に出入りしてAと性交渉を持つという事実上の夫婦関係を継続しているのであるから,児童扶養手当は受け取れないと分かっていたという供述につながったとみる余地が,相当程度残るといわざるを得ない。 このような自白に基づいて,本件児童扶養手当詐欺の故意及び共謀を認定することはできない。 エ検察官の主張について検察官 ていたという供述につながったとみる余地が,相当程度残るといわざるを得ない。 このような自白に基づいて,本件児童扶養手当詐欺の故意及び共謀を認定することはできない。 エ検察官の主張について検察官は,被告人とAとがファックスで連絡を取り合っており,そのファックスには,離婚届は紙切れであるということが繰り返し記載され,,ていること被告人が申し込んだ車検ローンの契約書の連帯保証人欄にAが,続柄を妻として氏名を自署したこと,Aは,平成13年8月30日に児童扶養手当の受給資格喪失届を提出した際,資格喪失の理由発生- 20 -日を,当初,同日としたものの,係員から被告人と一緒に住んでいる時期はいつからかと聞かれたことを契機に,同年7月31日と訂正したことを指摘し,これらの事情は,被告人とAが,本件当時,婚姻関係を継続する意思を有していたことを示すものであり,同趣旨の自白と符合する旨主張する。 しかし,そもそも,離婚した父母(被告人とAの離婚自体が有効であることは明らかである最高裁昭和37年(オ)第203号昭和38年1〔1月28日第一小法廷判決・民集17巻11号1469頁,最高裁昭和56年(オ)第1197号昭和57年3月26日第二小法廷判決・裁判集民事135号449頁)が,生活の本拠も生計も別にし,父側から母側〕に対する生計補助もない状態で,なお愛情に基づいた交際関係を続けるということと,そのような父母に婚姻関係を継続する意思が存在しているということとが,社会通念上同義であるということはできない。これが同義であるとするならば,いわゆる逢瀬を重ねた男女関係と婚姻関係との区別がつかないことになりかねない。検察官の主張は,これを同義とすることを前提としているようにも窺われるが,そのような前提自体採用の限りではない。前記のファックスにおいて ねた男女関係と婚姻関係との区別がつかないことになりかねない。検察官の主張は,これを同義とすることを前提としているようにも窺われるが,そのような前提自体採用の限りではない。前記のファックスにおいては,原判決も指摘するとおり,赤裸々な愛情表現を織り交ぜたやり取りがされており,検察官指摘のように,離婚届を紙切れであるとする記載も繰り返し出てくるのであるが,その一方で,十数年後に復縁する旨の記載も頻出しているのであって,真実,婚姻を解消する意思があったのではないかという疑いを払拭できるものではない。また,事実上の夫婦関係を継続しているか,,ら児童扶養手当を受け取ることができないと分かっている者であればそのような関係を隠匿しようとするはずであるから,むしろ被告人の車- 21 -検ローン契約書の連帯保証人欄に前記のような記載をしたりはしないのではないかとも考えられるし,本件で問題となっているのは,平成12年5月から同年9月にかけての期間における被告人とAとの関係であることに照らすと,前記のような経緯で,Aが,被告人との同居開始時期を平成13年8月30日から同年7月31日に訂正したこと自体から,前記期間における両名の婚姻関係の継続を推測できるものでもない。検,,,,察官の主張によっても自白以外の事情からでは被告人とAが真実婚姻を解消する意思で離婚したのではないかという疑いを容易には排斥できず,両名の自白から故意及び共謀を認定することもできないという判断は左右されない。 結論 本件児童扶養手当詐欺の公訴事実は,平成12年5月29日,Aが受給要件を欠いているのにこれを隠して,区役所の係員に対し児童扶養手当を請求し,これによって担当者を誤信させて,同年8月11日に児童扶養手当を受給したというもの(平成18年6月9日付け公訴事実第 が受給要件を欠いているのにこれを隠して,区役所の係員に対し児童扶養手当を請求し,これによって担当者を誤信させて,同年8月11日に児童扶養手当を受給したというもの(平成18年6月9日付け公訴事実第1)と,平成12年9月6日,同様の方法により,同年12月11日,平成13年4月11日,同年8月10日にそれぞれ児童扶養手当を受給したというもの(平成18年6月9日付け公訴事実第2)である。 前記各公訴事実の児童扶養手当を請求した時点では,前記のとおり,Aが受給要件を欠いているとはいえないのであるから,そもそも欺罔行為が成り立たない。また,この点を措くとしても,被告人及びAの各自白によって詐欺の故意及び共謀を認めることはできない。よって,いずれにせよ本件児童扶養手当詐欺の罪は成立しないから,被告人は無罪である。 もっとも,平成18年6月9日付け公訴事実第2における3回の受給のう- 22 -ち,被告人が保険金を入手してAと同居した平成13年1月20日ころ以降である同年4月11日分及び同年8月10日分については,保険金を入手した被告人とAが同居したという事実を告げなかったという不作為の欺罔行為による詐欺の成立がなお問題となり得る。しかし,そのような態様での詐欺,,の事実を認定するのであればまず訴因を変更することが必要となるところ原審から当審に至る本件の審理経過に照らしても,また,本件の内容自体か,。 らしてもそのような訴因変更を命令する義務が裁判所にあるとはいえない以上のとおりであるから,本件扶養手当詐欺について,被告人を無罪とした原判決の判断に誤りはない。 (本件殺人,放火について) はじめに本件殺人,放火について,被告人は,捜査段階において自白しているとこ,,,ろ原判決はその自白が任意になされたものであることは肯定したものの りはない。 (本件殺人,放火について) はじめに本件殺人,放火について,被告人は,捜査段階において自白しているとこ,,,ろ原判決はその自白が任意になされたものであることは肯定したもののその信用性を否定し,自白以外の証拠を総合しても,被告人を犯人と認めることは到底できないとした。これに対し,検察官は,自白以外の情況証拠の,,,,みに照らしても本件殺人放火の犯人は被告人以外にあり得ず被告人が実妹であるHの前で,本件殺人,放火をしたことを涙ながらに自認したことは,被告人が犯人であることを示すものであり,自白の根幹に信用性を疑わせるような事情は皆無というべきであるから,被告人が本件殺人,放火を犯したことは明白である旨主張する。 そこで,まず本件の情況証拠から認定できる事実等をみた上で,自白の信用性を検討することとする。 本件の情況証拠から認定できる事実(1)自白を除いた情況証拠から,以下の事実が認定できる。 - 23 -ア本件火災の発生平成13年1月17日午前3時28分ころ,広島市h区i丁目j番k号所在のG方(木造セメント瓦亜鉛メッキ鋼板葺2階建居宅)の1階六畳間から出火して,G方は全焼した。当時,G方1階六畳間(以下「本件現場」ともいう)には被告人の実母であるGが,2階東側六畳間には被告人の実妹であるHが,同西側六畳間には被告人の実子であるI及びJがそれぞれ就寝していたところ,G,I,Jの遺体が,それぞれの就寝場所において発見された。なお,Hは,1階が炎上している最中に目を覚まし,かろうじて脱出して一命をとりとめた。 イ死因について,,,関係証拠によればI及びJは焼死したと認められるのに対しGは本件出火直前に,何者かによって頚部圧迫により殺害されたものと認められる。すなわち,Gについては,遺体解剖の イ死因について,,,関係証拠によればI及びJは焼死したと認められるのに対しGは本件出火直前に,何者かによって頚部圧迫により殺害されたものと認められる。すなわち,Gについては,遺体解剖の結果,咽喉部に浮腫がある一方で気道内に煤がなく,一酸化炭素ヘモグロビン濃度が喫煙レベルであることなどから,同人の火傷は,死亡直後から生じたものと推認さ,。 れ肺にうっ血を生じるような事情によって死亡したものと推定されたそして,うっ血を生じる死因としては,循環器系の障害による病死か外因死が考えられ,このような場合の外因死は,そのほとんどが窒息死であるところ,本件火災発生当時,Gに循環器系の持病はなかったと認められることに照らすと,弁護人が,窒息死とみることに疑問があるとして,種々主張する点を考慮しても,Gは,本件出火の直前,窒息死したものと推認される。加えて,窒息死の場合,扼殺,絞殺等の頚部圧迫によるものが通常であり,Gの遺体やその周辺に自殺を窺わせるようなものは見当たらないことからすれば,同人が,本件出火直前に頚部を圧迫- 24 -されて殺害されたことは,優に認めることができる。 ウG方屋内の状況等G方は,南北に伸びる市道の西側に面して建てられた2階建ての家屋であって,間口が4.08メートル,奥行きが10.17メートルある。 1階北東角に玄関があり,1階北側は,玄関土間から西に向かって長さ3.7メートルの廊下,便所,浴室がある。そして,廊下の南側には,市道側に六畳間があり,奥側に台所があって,六畳間と台所との間に2階に通じる階段がある。その階段の下は通り抜けることができるようになっており,六畳間と台所の間は,その階段下を通って行き来できるところ,六畳間との間はアコーディオンカーテンで仕切ることができるようになっている。2階には六畳間 段の下は通り抜けることができるようになっており,六畳間と台所の間は,その階段下を通って行き来できるところ,六畳間との間はアコーディオンカーテンで仕切ることができるようになっている。2階には六畳間が東西に並んで2部屋ある。 ,。 1階の六畳間は畳敷きの上のほぼ全面にカーペットが敷かれていた廊下側のほぼ西半分が廊下への出入口になっており,引戸がはめられているところ,その内側にはカーテンが画鋲で止められて目張りされている。同室の北東角付近に廊下側(北側)の壁に沿って長さ1.9メートル幅1.16メートルのベッドが置かれており,同室の南側壁沿いにはたんすが3棹置かれている。また,廊下への出入口の内側にはマッサージ機等が置かれている。台所の廊下への出入口は前記階段の隣りにある。 エ出火の状況及び原因等出火元である1階六畳間の焼損状況をみるに,Gの遺体が横たわっていたベッド(遺体発見時,頭部は東側を向いていた)の周辺からたんすにかけての幅1メートルくらいの範囲の焼けが強いこと,Gの着衣やベッドの南側周辺部及びたんすの手前の燃焼した畳から灯油成分が検出されていること,Gの頭部の焼けが強く,顔面が白骨化していたことなどか- 25 -ら,本件火災は,Gの身体を含めたベッド上や床面にまかれた灯油の燃焼によって発生したものと認められる。 オ本件現場の状況等本件火災の鎮火後,G方1階六畳間を調べたところ,たんすの前辺りにファンヒーターが置かれており,ベッドの南東角付近に置かれていたミシンの付近からたばこの箱が,その近辺等から茶色がかった黄色のガラス片が,それぞれ発見された。前記ファンヒーターのコンセントは,前記六畳間にあったテーブルタップに差し込まれていたものと推認できる。さらに,台所の掃出窓の外辺りには,青色ポリタンクが焼け残ったものとみられる れぞれ発見された。前記ファンヒーターのコンセントは,前記六畳間にあったテーブルタップに差し込まれていたものと推認できる。さらに,台所の掃出窓の外辺りには,青色ポリタンクが焼け残ったものとみられる燃焼物が発見された。 実況見分調書(甲16),捜査関係事項照会回答書(甲28)並びにHの検察官調書(甲32)及び公判供述(第6回H109ないし121,126ないし128項)によれば,本件火災の前日,前記ファンヒーターは台所に置かれていたものであり,その置かれていた場所と発見された場所とは5メートル程度離れていること,台所の前記ファンヒーターが置かれていた近くにはテーブルがあり,その上には,直径15センチメートルないし20センチメートルくらいの茶色ガラス製灰皿が置かれていたこと,前記ファンヒーターのカートリッジ内には灯油が満タンになるまで入れられていたこと,台所の掃出窓の外辺りに,灯油がさほど入っていないポリタンクが置かれていたこと,Gは,1日にたばこ2箱分を吸ういわゆるヘビース,,モーカーであるところ鎮火後1階六畳間から発見されたたばこの箱はGがいつも吸っていた銘柄のものであること,Gは寝たばこをする習慣,,がなかったこと前記ファンヒーターを1階六畳間に移動させたことはこれまでなかったことが認められる。 - 26 -なお,本件火災当日に行われた実況見分において,Hが,G方の玄関は施錠していなかったと指示説明していること,本件火災から約5年以上後に至って作成されたHの検察官調書(甲32)には,本件火災前夜,玄関はIが施錠したと思う旨の供述が記載されているものの,Iが最後に帰ってきたときには,同児が玄関を施錠していたところ,鍵を掛け忘れることがあるため,自分が寝る前に施錠を確認して,鍵の掛け忘れを見つけたときには,その都度注意していた 載されているものの,Iが最後に帰ってきたときには,同児が玄関を施錠していたところ,鍵を掛け忘れることがあるため,自分が寝る前に施錠を確認して,鍵の掛け忘れを見つけたときには,その都度注意していた,本件火災前夜,施錠したのはIであると思うが,この日寝る前に施錠を確認しなかったので,Iが鍵を掛けたかどうか,はっきりとは分からない旨の供述も記載されていることからすると,本件火災当時,G方の玄関が施錠されていたことの証明はないといわざるを得ない。 カ本件火災当時及びその後の被告人の状況本件火災当時,被告人は,収入が乏しい一方で,借入金は300万円を超えており,毎月の返済すべき額が20万円程度あった。 被告人は,平成12年4月末ころまで,Aと一緒に暮らしていたものの,同人から,被告人の連れ子であるIやJと一緒に暮らすことに耐え,,,,られないとしてそのころ同児らとともに追い出されたところ以後IやJは,ほぼG方で生活していた。被告人は,その後もAと交際しており,本件火災の約1か月前である同年12月中旬ころ同人と仲違いしたものの,本件火災の数日前には再びAと性交渉を持つなどしていた。 なお,被告人は,本件火災の直前のころ,GがHとともにG1にいる間は,G方に居て,GとHがG方にいる間は,G1に居るという生活を送っていた。そして,G1の常連客が多い青果棟が休みで,早朝G1にGだけが出勤し,Hが遅れて出勤するような時には,自分の自動車(パジ- 27 -ェロ)でt1にあるキャンプ場に行き,車内で寝たりして時間をつぶしていた。 被告人は,本件火災後,K連合会との間に締結していた生命共済契約に基づくI及びJの死亡共済金(以下「I及びJの共済金」という),Gが自身を被保険者としてP相互会社との間に締結していた生命保険契約(以下「Gの保険契約」 ,K連合会との間に締結していた生命共済契約に基づくI及びJの死亡共済金(以下「I及びJの共済金」という),Gが自身を被保険者としてP相互会社との間に締結していた生命保険契約(以下「Gの保険契約」ともいう)に基づく死亡保険金(以下「Gの保険金」という),本件建物の火災保険金等を受け取ってHと折半し,これらを使って前記借入金を返済したり,平成13年4月には自宅を購入したりし,同年8月にはAと再婚した。 キ本件火災直後の被告人に対する取調べやその後の捜査本件火災当日の午前7時ころ,被告人は,Aからの電話で,本件火災が発生して,G,I及びJが死亡したことを告げられ,警察が被告人と。 ,,連絡を取りたがっている旨伝えられた被告人はパジェロを運転して午前8時ころH1警察署に出頭した。そして,被告人は,同警察署において,夕方ころまで取調べを受け,本件殺人,放火の犯人ではないかと追及され,否認した。その約2週間後,被告人は,捜査機関からの求めに応じ,本件火災当日着ていた衣類としてズボン及びハーフコートを任意提出した。これらについて鑑定が行われたところ,灯油成分は検出されなかった。また,本件火災から約1か月後,被告人は,本件殺人,放火を犯したことを依然として否認していたところ,警察官からポリグラフ検査を受けるよう求められ,一旦は激しく拒絶したものの,Hから説得されるなどして,結局これに応じた。その後の取調べでも,被告人は否認を通した。 (2)検察官の主張- 28 -検察官は,何者かが,Gを絞殺または扼殺などの方法で窒息死させるとともに,台所からファンヒーターやたばこ(の箱,灰皿を本件現場であ),,,る六畳間に移動しGの顔面付近ベッド上及びその周辺に灯油をまいて放火したことを推定することができるとした上で,前記のとおり認定できる ファンヒーターやたばこ(の箱,灰皿を本件現場であ),,,る六畳間に移動しGの顔面付近ベッド上及びその周辺に灯油をまいて放火したことを推定することができるとした上で,前記のとおり認定できる事実関係のほか,G方周辺が,閑静な新興住宅街であって,付近住民及びその関係者以外の者が日常的に往来する場所ではないこと,本件殺人,放火の犯人は,2階で寝ていたHらが目を覚ますような音を立てていないことなどからすると,G方内部をよく知る人物,すなわち内部関係者以外に考えられないとし,さらに,ファンヒーターやたばこ(の箱),灰皿の移動は,寝たばこによる失火かファンヒーターの誤作動による失火を偽装しようとしたものと考えられるところ,犯人には,そのような形で本件火災を失火によるものと見せかけることにより,何らかの利を図る目的があったと認められること,被告人は,Gの保険金等に目を付ける動機があり,本件火災後に入手した保険金の使途からも,その動機が裏付けられること,,からすると被告人以外の犯人の存在は否定されると認めるに十分であり被告人が,本件火災から約1か月後に求められたポリグラフ検査を激しく拒絶したことは,犯人でない者の行動として不自然であることも併せみる,,。 と本件の情況証拠に照らし被告人以外に犯人はあり得ない旨主張する(3)検察官の主張の検討まず,前記2(1)アないしオの各事実を総合すると,本件火災は,何者かが,Gを窒息死させるとともに,台所からファンヒーター,たばこ(の箱,灰皿を本件現場へ移動し,同所のベッド及びその周辺に灯油をまい)て火を放ったものと推認できるところ,本件殺人,放火の犯人が,G方の事情をよく知る内部関係者である可能性があることも否定できない。 - 29 -,,,,しかし前記2(1)アないしオの各事実 て火を放ったものと推認できるところ,本件殺人,放火の犯人が,G方の事情をよく知る内部関係者である可能性があることも否定できない。 - 29 -,,,,しかし前記2(1)アないしオの各事実から本件殺人放火の犯人がG方の事情をよく知る内部関係者しかあり得ないとまでいうことは困難である。すなわち,本件火災当時,G方の玄関が施錠されていたことは証明されていないところ,検察官が主張するように,G方が閑静な新興住宅街にあり,付近住民及びその関係者以外の者が,日常的に往来するような場所ではないとしても,そのことから直ちに,深夜,G方の玄関から第三者,。 ,が不法侵入した可能性を合理的疑いなく否定することはできないまたG方の内部の状況は,前記2(1)ウのとおりであり,複雑に入り組んでいるとか,1階六畳間,台所及び廊下の全面にわたって,足の踏み場もないほどに様々な物が散らばっているなどという,屋内の通行や移動が容易でなかったことを窺わせるような事情は,全く見当たらない。玄関から台所に通じる廊下は,3.7メートルの直線状のものであり,玄関から侵入した犯人が,そのまま直進して台所に至ることは十分あり得るし,仮に六畳間の引き戸を開けた場合,画鋲で止められたカーテンにさえぎられることになるものの,そこから無理に入り込もうとせずとも,廊下を進めば,すぐに台所出入口に至ることになる。そして,台所から階段下を通って六畳間に行くことが,通常人にはおよそ困難であったなどという事情も全くない。しかも,犯人が,懐中電灯等を用いたり,G方の照明を点けたりした可能性や,灯油を持ち込んだりした可能性を排斥できるような事情も特に見当たらないこと(検察官は,これらの可能性を排斥して主張しているようであるが,後に検討する自白の内容を前提としないで,いかなる事情に 性や,灯油を持ち込んだりした可能性を排斥できるような事情も特に見当たらないこと(検察官は,これらの可能性を排斥して主張しているようであるが,後に検討する自白の内容を前提としないで,いかなる事情に基づいてそのように断定することができるのか,全く不明である),移動される前のファンヒーター,たばこ(の箱,灰皿が,殊更分かりにくい)場所に置かれていたとも認められないこと,深夜2階で寝入っている人間- 30 -が,1階の物音で目を覚ますとなれば,少々の音量ではないと考えられるところ,弁護人も指摘するように,現に,Hは,目を覚ましたとき,自らが脱出するだけで手一杯の状態であったというのであって,それほど1階が炎上するまでに生じたはずの音を耳にしても,目を覚まさなかったものと認められることも併せ考えると,検察官指摘のファンヒーター等が移動されるなどしていたことから,本件殺人,放火がG方の事情をよく知る内部関係者でなければできないと決め付けるのは,無理であるといわざるを得ない。 次に,本件放火に際しては,犯人によって,たばこ(の箱),灰皿及びファンヒーターが,Gのいた部屋にわざわざ移されたと推認されるところ,これらの移動は,寝たばこまたはファンヒーターの異常による火災であるかのような偽装をするためであったと考えられる。そして,一つの可能性として,この偽装は,失火を装うことにより,少なくともGに掛けられた保険金を入手するという目的を有する者が行ったものであると推測することには,一定の合理性がある。これに,前記2(1)カのとおり,本件火災当時,被告人は,多額の借入金を抱えており,またAとは再び親密な関係になりつつあった一方,Aが,被告人の連れ子であるIとJを非常に嫌っていたという事情もあったところ,本件火災が失火によるものであるとして高額の保険 多額の借入金を抱えており,またAとは再び親密な関係になりつつあった一方,Aが,被告人の連れ子であるIとJを非常に嫌っていたという事情もあったところ,本件火災が失火によるものであるとして高額の保険金や共済金を入手し,これで前記借入金を返済するとともに自宅等を購入したりして,ほどなくAと再婚するという大きな利益を得ていることを併せ考えると,被告人が,保険金目的で本件殺人,放火を実行,,したのではないかという嫌疑を捜査機関が抱くのは自然なことであってそれが不合理であるとはいえない。 しかし,以上の叙述からも明らかなように,被告人に対するこのような- 31 -嫌疑は,推認に推認を重ねたものに過ぎず,刑事裁判において,およそ被告人以外の犯人の存在を否定するに十分などといえるものではない。むしろ,弁護人も指摘するように,本件火災当時,物音などに関係なく,用便等の理由により,2階にいるHらが,いつ1階に降りてくるかも分からなかったことや,Gが寝たばこの習慣がないことなどを,被告人は,当然知っていたはずであることからすれば,情況証拠から認められる事実のみでは,被告人が,前記のような偽装を施した犯人であるというのは無理があるといわなければならない。 また,前記2(1)キに関し,検察官は,被告人が,本件火災から約1か月後にポリグラフ検査を受けるよう求められて激しく拒絶したことを,犯人でない者の行動として不自然であるとして,被告人が本件殺人,放火の犯人であることを推認させる事情の一つであると主張している。 しかし,任意捜査の一環として行われるポリグラフ検査を拒絶したことにより,その者について,嫌疑の対象となった犯行の犯人であるという推認が働くなどということになれば,任意捜査であるポリグラフ検査を事実上強制することになるばかりか,結局のところ,捜査機 拒絶したことにより,その者について,嫌疑の対象となった犯行の犯人であるという推認が働くなどということになれば,任意捜査であるポリグラフ検査を事実上強制することになるばかりか,結局のところ,捜査機関は,嫌疑を懸けた者に対し,ポリグラフ検査を受けるよう求めさえすれば,犯人であることを立証できるということにさえなりかねないのであって,ポリグラフ検査拒絶についての検察官の主張が相当でないことは明白である。 被告人は,公判において,ポリグラフ検査を拒絶した理由として,当日呼び出されて,ポリグラフ検査を受けるように言われたものの,それまで約1か月間,自分が100パーセント犯人ではないということができるアリバイもない状態で,犯人ではないかという疑いの下に取調べを受けてきており,どれだけ当てになるのかも分からないポリグラフ検査の結果を使- 32 -って,おまえが犯人であるとさらに責め立てられるのを恐れて拒絶した旨供述しているところ(第7回被告人14ないし20項),被告人が本件殺人,放火の犯人であるか否かはさておき,この供述内容自体は,犯人でない者の供述としても特段不自然なものではない。犯人でないのであれば,ポリグラフ検査を受けるべきであるとするかの如き検察官の主張は,到底採用できない。 ,,,,なお前記2(1)キのとおり捜査機関は本件火災の約5時間後には被告人が本件殺人,放火の犯人ではないかという疑いの下に,その取調べ,,,を開始ししかもその取調べが長時間に及んだことその約1か月後にはそれまで否認を続けていた被告人に対し,激しく拒絶されたにもかかわらず,最終的にはポリグラフ検査に応じさせ,これを実施していることなど,,,にかんがみると本件火災直後から相当期間にわたり被告人が本件殺人放火の犯人ではないかという強い嫌疑に基 れたにもかかわらず,最終的にはポリグラフ検査に応じさせ,これを実施していることなど,,,にかんがみると本件火災直後から相当期間にわたり被告人が本件殺人放火の犯人ではないかという強い嫌疑に基づき,捜査が行われていたことが推認できるというべきである。 (4)小結以上説示したとおり,情況証拠から認定できる事実を総合しても,検察官の主張する如く被告人以外に犯人はあり得ないと断定することはできない。検察官の当該主張は失当というほかない。本件殺人,放火において,情況証拠から,被告人が犯人ではないかという嫌疑を抱くこと自体は,不合理ではないとしても,刑事裁判において被告人が犯人であると認定できる程の有力かつ確実な情況証拠は存在しないといわざるを得ない。 被告人の自白について前記のとおり,本件殺人,放火については,被告人が犯人であると認定できるような有力かつ確実な情況証拠は存在せず,自白が被告人と犯行とを結- 33 -び付ける唯一の証拠であるといわざるを得ない(もっとも,検察官は,後記3(3)アに掲げたHとの接見時における被告人の言動や,当審で取り調べたHに対する被告人の手紙によって,自白とは別に,被告人が犯人であると認められるという主張もしているものと解される。この点に関しては,後に言及する)。そこで,被告人の自白の内容及び自白した当時の状況等をみた上で,その信用性について検討する。 (1)自白経過記録によれば以下の事実が認められる。すなわち,被告人は,平成18年5月22日,本件児童扶養手当詐欺事件により,Aとともに逮捕され,その翌日勾留された上,同年6月9日,同事件によりAとともに起訴され。 ,,,た被告人の勾留は起訴後も継続していたところ被告人は同月11日本件殺人,放火事件についてポリグラフ検査を受け,同月12日,同 勾留された上,同年6月9日,同事件によりAとともに起訴され。 ,,,た被告人の勾留は起訴後も継続していたところ被告人は同月11日本件殺人,放火事件についてポリグラフ検査を受け,同月12日,同事件について初めて自白し,その旨の上申書(乙32)を作成した。そして,被告人は,同月23日,本件殺人,放火事件により逮捕されて,同月25日に,,。 ,,勾留され同年7月14日同事件により起訴された被告人はこの間,,,動機犯行態様その前後の事情のすべてにわたって詳細に自白しており同年6月25日の勾留質問の際も犯行をしたことを認め,同年8月23日に,本件保険金詐欺事件に関する供述を録取した検察官調書(乙39)が作成されるに至るまで,その自白を基本的に維持した。 本件殺人,放火について自白してから前記検察官調書(乙39)が作成され,,るまでの間(ただし6月12日及び13日並びにその前の4日間は除く)被告人は,ほぼ毎日のように,おおむね30分以上,時には1時間を超える程度の相応の時間,弁護人の接見を受けていた。 なお,被告人が自白した際取調べに当たっていた警部補I1(以下「I- 34 -1警部補」という)の公判供述(第5回I1275ないし278項)によれば,同警部補は,平成17年4月から本件殺人,放火事件の捜査に加わった,というのである。 (2)自白の概要被告人が自白した内容は,以下のとおり要約できる。 平成12年11月中旬ころから,A方で暮らすようになっていたが,同年12月中旬ころ,Aと仲違いしてそこから追い出され,愛するAやAとの間に生まれた子と暮らすことができなくなって絶望し,自殺を考えたりもした。しかし,自殺はできず,殺人事件を起こして死刑になろうと考えるようになった。自分が死刑になると母であるGが悲しむであろう との間に生まれた子と暮らすことができなくなって絶望し,自殺を考えたりもした。しかし,自殺はできず,殺人事件を起こして死刑になろうと考えるようになった。自分が死刑になると母であるGが悲しむであろうから,悲しませないようにGを殺し,さらに放火もすることで死刑になろうと思ったが,平成13年1月10日前後まで実行するかどうか迷っていた。同月12日から14日ころに,Aと性交し,やり直せるかもしれないと思うようになった。そのためには自分の借金の問題を解決しなければならなかったので,Gを殺害して放火することで,失火に見せかけてGの保険金を手に入れようと考えた。放火した場合,Hらが逃げ遅れれば,HもIもJも死んでしまうと思ったが,そうなってしまっても仕方がないという気持ちだった。 同月17日午前2時30分ころ,パジェロを運転してG1からG方に向かい,午前3時ころ,G方に入った。1階六畳間に行き,ベッドで寝ていたGの首を両手で絞めて殺害した。その際,Gが「約束は・・・」と言った。ベッドから床に液体がぽたぽたと落ちる音が聞こえたことで,Gが失禁して死んだと思った。 Gを殺害した後,寝たばこによる失火を偽装するため,台所にあった灰- 35 -皿,たばこ(の箱),ライターを,ベッドの脇に置かれていたミシンの上に置いたり,ファンヒーターの異常作動による失火を偽装するため,台所にあったファンヒーターを1階六畳間に移動したりした。台所の掃出窓の下にあったポリタンクに入っていた灯油や,ファンヒーターのカートリッジ,,,,,に入っていた灯油を灰皿Gの遺体ベッドの周りたんすなどにまき空になったポリタンクやカートリッジは元あった場所に戻し,灰皿にあっ。 ,,た吸いがらに前記ライターで点火した大きな炎が上がり気が動転して気付いたら2階への階段を ベッドの周りたんすなどにまき空になったポリタンクやカートリッジは元あった場所に戻し,灰皿にあっ。 ,,た吸いがらに前記ライターで点火した大きな炎が上がり気が動転して気付いたら2階への階段を途中まで上がっていたが,我に返って玄関に向かい,そのままパジェロに乗って逃げた。 (3)捜査官に対し自白していた間の被告人の言動等被告人は,捜査官に対し本件殺人,放火について自白したほか,実妹であるHに対し,接見や手紙で後記3(3)ア及びウのとおり述べたほか,勾留理由開示手続において後記3(3)イのとおり意見を述べている(以下,特に断りのない限り,平成18年の出来事である)。 ア被告人は,6月14日,H1警察署において,接見に来たHに対し,涙を流しながら「平成13年1月17日の火災は,あれは事故ではありません。僕がやりました「差し入れられた3冊の本の中の1冊を読ん」で,自分から言う気になった」などと述べるとともに,Gの死の直前の状況について「約束」という言葉が聞こえた,その意味は分からない,旨供述した。 イ6月23日に本件児童扶養手当詐欺事件の勾留理由開示手続が行われたところ,被告人は,その法廷において「いつかこの日が来るんじゃないか,その日が来たら言わなきゃいけないんじゃないかというふうに気持ちが変わっていくようになりました。それでも自ら自首しようという- 36 -ところまでは,まだいってなくて」などと陳述した。また,その際提出された被告人作成の意見書には「( 注被告人を取り調べたI1警部補〔〕は)机を激しく叩いたり怒なったりした事もあった「5月22日の逮」捕以前から自分自身の心境の変化はあったものの,逮捕勾留,その後の調べ,ポリグラフ検査,その後の説得が無ければ,この時点での自白は絶対なかった「極刑になることを覚悟して もあった「5月22日の逮」捕以前から自分自身の心境の変化はあったものの,逮捕勾留,その後の調べ,ポリグラフ検査,その後の説得が無ければ,この時点での自白は絶対なかった「極刑になることを覚悟して自白した為,その後の上申」,,,,,書調書等はあまり深く考えず又冷静に考えられない状態のまま言われるがまま,作成し,署名・指印したのも事実です。その為,犯行動機や計画性など細かい部分で納得できないまま署名・指印したものもありました「以上が,自白に至る経緯とその後の調書に対する今の私」の気持ちです」などと記載(原文のまま)されている。 ウ被告人は,Hに宛てて何通も手紙や葉書を出しているところ,そのうち7月16日付け,同月25日付けおよび8月4日付けの各手紙(平成19年押第22号の2ないし4)には以下の記載(原文のまま)がある。 (ア)7月16日付けの手紙今の私は全てをあった事はあったように,正直に話すという事を心掛けていますし,そうする事がお母( 注Gを指す)やI,Jへの償い〔〕の第一歩だと思っています。どんな事をしても許される事ではないですし,私がどんな罰を受けてもHたちがこれから受ける苦難が取り払われる事はありません。(中略)私のやった事を考えればどんな扱いをされても仕方ないのに(以下略)。 (イ)7月25日付けの手紙今の私の本音はやはり私は「極刑」になると思っています。過去の判例からみても,これだけの事をやって極刑じゃないってことはほと- 37 -んどありません。 (ウ)8月4日付けの手紙正直まだ「心から手を合わせられる」とは言えません。口では「償い「反省「謝罪」等なんとでも言えるけど「心から手を合わす”」」“とはどういうことなのか」というものが自分なりにあって「そういう心境になれているとは言 合わせられる」とは言えません。口では「償い「反省「謝罪」等なんとでも言えるけど「心から手を合わす”」」“とはどういうことなのか」というものが自分なりにあって「そういう心境になれているとは言えない」というのが本音なのです。おそらく刑が確定するまではそういう心境にはなれないでしょう。でも1日も早くそういう心境になれるようにしたいと思っていますし,そういう気持ちだけは毎日持っています。それとお母は多分私が自白した事を責めたり悲しんだりしないと思うし,全部知ってると思う。まあそれよりも私がやった事自体を悲しんだり怒ったり責任を感じたりはしてると思うけど。多分,今私がこういう状況になってる事は仕方無いと思ってると思うよ。 自白の信用性について(1)前記3(2)のとおり,被告人の自白は,具体的かつ詳細である上,原判決も指摘するとおり,情況証拠から認定できる前記2(1)アないしカの各事実ともおおむね整合している。また,前記2(1)アないしカの各事実から,Gが窒息死させられた上,台所からファンヒーター,たばこ(の箱),灰皿が移動され,ベッド及びその周辺に灯油がまかれて火が放たれたことが推認できること(前記2(3))とも符合する。 しかも,前記3(3)アないしウのとおり,被告人は,敢えて,自ら求めた勾留理由開示手続において,さらには実妹であるHに対し直接または手紙で,それぞれ捜査官にした自白の内容を認めていると解される供述等をしている。 - 38 -この当時,被告人は,前記3(1)のとおり,弁護人による手厚い接見を受けていたのであるから,捜査官の不当な取調べにより虚偽の自白をしかねないような事態になった場合には,適宜弁護人に相談して,その助言や忠告を受けることができる状況下にあったと考えられる。そして,本件殺人,放火は,死刑を含めた 官の不当な取調べにより虚偽の自白をしかねないような事態になった場合には,適宜弁護人に相談して,その助言や忠告を受けることができる状況下にあったと考えられる。そして,本件殺人,放火は,死刑を含めた重罰が科されるであろうと誰もが容易に予想できる犯行であって,このような犯行について,捜査官に対し任意に自白した上,それを維持しているばかりか,実妹との接見や手紙においてすら,捜査官にした自白の内容を認めていると解される発言や記述を一貫して行っていること,別件での勾留理由開示手続において,本件殺人,放火について自白していることを前提とする意見陳述をしていることなどを総合すると,被告人の自白は信用できるのではないかと一応考えられるということは否定できない。 ところで,被告人は,捜査官に対し自白したほか,前記のとおり,Hとの接見や手紙において述べたり,勾留理由開示手続において陳述したりしたことについて,公判において以下のとおり説明している(第7回被告人2,,,,,,,。 370項同第8回88ないし121165ないし169 315項)すなわち,本件殺人,放火の犯人ではないにもかかわらず,自白したり,それに沿うような発言等をしたりしたのは,取調べの際,本件扶養手当詐欺事件でAを再逮捕する旨言われたので,Aや同人との間の子を守るためには,本件殺人,放火を自白して維持し,起訴されることにより,Aが再逮捕されるのを防がなければならないと考えたからであり,そういう考えの下に自白を維持し,どのような内容の供述調書であっても,大して気にもせず署名指印した(第8回被告人272項)。Hとの接見時に涙を流したのは,捜査官にHとの接見を設定され,このような形で証拠を積み上げられ- 39 -ていくことに対する悔しい思いがあ ,大して気にもせず署名指印した(第8回被告人272項)。Hとの接見時に涙を流したのは,捜査官にHとの接見を設定され,このような形で証拠を積み上げられ- 39 -ていくことに対する悔しい思いがあったからである(同303項)。Hに対する手紙が前記のような内容になったのは,本件殺人,放火について,上申書を作成したり,供述調書を取られたりしている先に待っているのは絶対極刑だと分かっていたし(同107項),Hからの手紙で,ちゃんと反省してねとか償いの日々を送ってねとか書いてあることに対する返事を書かなければいけないと思ったからである(同306項),というのである。 (2)被告人が自白した動機,被告人のHに対する言動及び勾留理由開示手続での陳述について,原判決が示した疑問及びそれに対する検察官の主張について検討する。 ア原判決は,自白に至った動機の一つとして,被告人を取り調べたI1警部補に対する信頼が供述調書に録取されており,同警部補からの威圧はなかったとも録取されているにもかかわらず,同警部補が6月11日の取調時に机を叩いたことが認められ,また,Aを再逮捕するかのように受け取られる言動をしていたことも窺われること,被告人自身,勾留理由開示手続の際に,同警部補の取調べに対する不満を述べており,その後も弁護人に同警部補の供述調書作成時の不当さを訴えていることからすれば,被告人の供述調書に記載された前記の動機は説得的とはいえない旨説示している。 これに対し,検察官は,机を叩かれたり怒鳴られたりしたことによって,I1警部補が被告人に人間として向き合っていることが分かり,それゆえにこそ両者の間に信頼関係が形成されたと認めるべきである,被告人が作成していた被疑者ノートや被告人の公判供述からも,同警部補に対し信頼感を持つに至ったことが裏付けられてい いることが分かり,それゆえにこそ両者の間に信頼関係が形成されたと認めるべきである,被告人が作成していた被疑者ノートや被告人の公判供述からも,同警部補に対し信頼感を持つに至ったことが裏付けられている,被疑者ノートの6月8日及び同月9日の頁には,暴行,脅迫,威圧について「無」の欄- 40 -にチェックがされているし,Aの再逮捕に関する記載も全くない,勾留理由開示手続における陳述や意見書にも,Aの再逮捕のことは出てこないし,I1警部補の説得が自白の理由とされているとして,原判決の前記説示を論難する。 しかし,身柄を拘束されて捜査官による取調べを受けている者は,その捜査官から怒鳴られ机を叩かれることにより,捜査官に対する信頼感を形成することを認めるべきであるという主張は到底採用できない。検察官は,そのようなことをされたら信頼関係を築けるはずがないというのは,余りに人間心理を理解しないものであると主張するところ,原判決は,捜査官と,身柄を拘束された被疑者という明らかに優劣がある関係において,優位に立っている者が,劣位にある者に対し机を叩いたり怒鳴ったりすることによって,両者の間に信頼関係を築くことができるのかという疑問を呈しているのであって,信頼関係を絶対に築くことができないなどと説示しているのではない。 また,被疑者ノートのうち検察官が指摘する箇所は,事件の取調べではなく雑談がされたという6月8日と同月9日のことを記載したもので,。 ,,あり取調べのときの状況を記載したものではないしかも被告人はそれが別件(本件殺人,放火のこと)の取調べに当たるのではないかという疑問を持ち,I1警部補の本心について疑問がある旨繰り返し記載しているし,検察官指摘の公判供述(第7回被告人496ないし498項)は,そういうふうに感じることもなかった べに当たるのではないかという疑問を持ち,I1警部補の本心について疑問がある旨繰り返し記載しているし,検察官指摘の公判供述(第7回被告人496ないし498項)は,そういうふうに感じることもなかったわけではないというものである。そもそも,問題となっているのは,6月8日でも同月9日でもなく,同月11日の取調べである。そして,勾留理由開示手続で提出された被告人作成の前記意見書には,この取調べの際,I1警部補から,机を激しく- 41 -叩かれたり怒鳴られたりした旨記載されているし,自白した理由についても,同警部補の「説得」だけではなく,本件扶養手当詐欺事件による逮捕勾留,その後の取調べ,ポリグラフ検査があげられている。検察官が,これらの点に触れずに,原判決について「事実認定の疎漏を露呈している」などと論難するのは適切ではない。 I1警部補は,6月11日午前9時から午後0時2分まで被告人に対して実施されたポリグラフ検査の後,同日午後1時20分から取調べを開始し,夕食時の中断を挟んで同日午後11時37分ころまで取調べを,,,,続けている(第5回I195 96 118ないし122 132ないし134項)ところそれ以前の取調べにおいて「おまえがしゃべらなくても,Aの方にも口はある」と言っており(同45,46項),6月11日の取調べでは,その直前に行ったポリグラフ検査の結果について「自分自身が一番よく分かっているはずだ」と発言し(同100,103項),さらに黙秘した被告人に「まだ逃げよるじゃないか」と怒って机を叩いたりもしている(同107ないし109,467ないし470項)ことなどからすると(ただし,被告人の公判供述を踏まえても,同日の取調時に,Aを逮捕するかのような言葉を同警部補が口にしたことまでは窺われない),被告人が自白に至った動機につ ,467ないし470項)ことなどからすると(ただし,被告人の公判供述を踏まえても,同日の取調時に,Aを逮捕するかのような言葉を同警部補が口にしたことまでは窺われない),被告人が自白に至った動機について,同警部補に対する信頼からであるというのは説得的でないという原判決の説示は正当である。そして,同日及びその直前3日間について,,は弁護人の接見がないことも併せ考えると自白に至った経緯からみてその信用性に疑問を差し挟むような事情が全くないとはいえない。 イHとの接見の際の発言等につき,原判決は,Hが,被告人逮捕後,この時点まで接見していなかったこと,警察官から電話で大切な話があると言われて接見に赴いたこと(Hの公判供述第6回H259,260項によ〔〕- 42 -ると,この日は,被告人の方からHに話があるということで警察に呼ばれた,というのである),接見時に部屋の隅に警察官がいたこと,同日この接見に関する被告人の警察官調書(乙49)が作成されていること,その警察官調書には,被告人が,突然Hが来ると知らされた旨の供述が記載されていること,同警察官調書に記載された自白の動機と,この接見のときに述べた自白の動機とが全く異なることなどを踏まえ,この接見が,捜査官側のコントロールの下でなされた疑いがあり,被告人も,部屋にいる警察官が,Hとの会話を聞いていることを意識していたように公判で述べているところ,接見で述べた自白の動機が,やや作り話めいているなどとして,このとき被告人がHに対して真実を告白したものとは直ちに断定できない旨説示する。 これに対し,検察官は,このHとの接見時における被告人の言動や,Hに対する前記手紙3通について,それらの内容はいずれも真実であるから,これらによって被告人が本件殺人,放火の犯人であることは明ら,,かで し,検察官は,このHとの接見時における被告人の言動や,Hに対する前記手紙3通について,それらの内容はいずれも真実であるから,これらによって被告人が本件殺人,放火の犯人であることは明ら,,かである旨主張しHとの接見の場の設定に捜査官が関与したとしてもその場には,留置係以外の警察官は立ち会っておらず,捜査官に対する自白とは切り離された状態であり,本件接見自体が被告人の意に反するものでもない,自白の動機は一つとは限らないなどとして,原判決の前記説示を論難する。 たしかに,捜査官に対して犯行を自白するだけでなく,それ以外の者に対しても,自分が犯行をしたことを打ち明けるということは,供述する相手を異にしても,しかも,その相手が捜査機関とは無関係な者であっても,一貫して,自分が犯行をしたことを認める内容の供述をしているということであるから,そのこと自体から,捜査官以外の者に対する- 43 -供述の信用性は高いと考えられることは否定できない。 しかし,たとえ捜査官以外の者に対して供述したことであっても,それが被疑者または被告人にとって不利益な内容の供述である以上,それも自白にほかならないから,捜査官に対し自白した場合と同様に,他の証拠による裏付けがあって初めて信用することができるというべきである。しかも,検察官が指摘する被告人のHに対する発言や手紙は,いずれも犯行内容を具体的に述べているものではないところ,本件殺人,放火をしたことを認める内容の6月12日付け上申書(乙32)や自白が録取された同日付け警察官調書(乙46)及び同月13日付け警察官調書(乙47)が作成されたりした後,8月23日に本件保険金詐欺に関する供述を録取した検察官調書(乙39)が作成されるまでの間に行われたものであること,Hとの接見における発言時には,Gの死の直前に「約束 乙47)が作成されたりした後,8月23日に本件保険金詐欺に関する供述を録取した検察官調書(乙39)が作成されるまでの間に行われたものであること,Hとの接見における発言時には,Gの死の直前に「約束」という言葉が聞こえた旨述べており,これは既になされた捜査官に対する自白と同じ内容であること,手紙の内容も,捜査官にした自白を前提としていることが明白であるか,実質的に自白を前提としていると解されるものであることなどに照らすと,その前提となる捜査官に対する自白が信用,,,できなければ結局Hに対する発言等も信用できないことになるからこれらを捜査官に対する自白と切り離して,それのみでその信用性を判断するのは相当でない。本件殺人,放火については,捜査官に対する自,,白とHに対する接見時における被告人の発言内容や手紙等を合わせてその信用性を検討するのが相当である。 ウ勾留理由開示手続における被告人の陳述及び意見書について,原判決は,本件殺人,放火を犯したことを直接認めるものではなく,被告人の捜査官に対する供述態度にこの手続の前後で変化が認められないことか- 44 -らすると,自白の裏付けとするには十分ではない旨説示する。 これに対し,検察官は,勾留理由開示手続の際の被告人の陳述や意見書の内容は,捜査官に対し自白した内容が真実であることを前提としていることが明白であるし,その前後での供述態度に変化がないことを問題視するのは理解に苦しむと論難する。 たしかに,この陳述や意見書の内容自体,自白した内容の核心部分が真実であるということを前提としているものであるというべきである。 そして,勾留理由開示手続は,被告人の側から請求したものであり,その手続において,被告人が,敢えて自ら意見を述べたり意見書を提出したりしている以上,その内容は,信用できる のであるというべきである。 そして,勾留理由開示手続は,被告人の側から請求したものであり,その手続において,被告人が,敢えて自ら意見を述べたり意見書を提出したりしている以上,その内容は,信用できると考えるのが自然である。 無論,実は自白が虚偽であり,この場面でも虚偽自白を維持する形で陳述をしたり意見書を作成したりしている可能性も,直ちには否定できないとはいえ,たとえそうであるとしても,前記の点が左右されるわけではない。もっとも,原判決もその点を否定しているのではなく,判断の順序として,先行して行った自白の内容の検討において合理的な疑いが生じており,前記陳述をしたり意見書を作成したりしたという事実を踏まえても,その疑いが解消できないということを述べているものと解される。すなわち,勾留理由開示手続における陳述や意見書の内容は,本件殺人,放火をしたことを直接的に認めているものでもなく,また,信用性に疑いがあると原判決が判断した自白について,その供述態度に変化をもたらしたものでもない(この陳述等を境として,自白について質的な変化がもたらされたと窺われるわけでもない)以上,前記陳述や意見書の内容をもって自白に十分な信用性を付与することはできないとしたものとみるのが相当である。 - 45 -そもそも被告人が,先にした自白の内容が真実であると何回述べたとしても,また,そのようなことを公開の法廷で述べたとしても,先にした自白について,それを裏付ける補強証拠が不要となるものでないことはいうまでもないから,本件殺人,放火については,勾留理由開示手続における被告人の陳述等を踏まえても,捜査官に対する自白の信用性の検討が必要である。 (3)原判決は,自白の内容を詳細に検討した上,犯行状況に関する供述内容(殺害時に,Gが「約束は・・・」と述べたのを聞いた 告人の陳述等を踏まえても,捜査官に対する自白の信用性の検討が必要である。 (3)原判決は,自白の内容を詳細に検討した上,犯行状況に関する供述内容(殺害時に,Gが「約束は・・・」と述べたのを聞いたり,液体がぽた,,ぽたと落ちる音が聞こえてGが失禁したと思ったりしたとなっている点本件における放火の状況について,出口となる側から最も遠い,部屋の奥にある灰皿に点火したと供述しており,灰皿にあった吸いがらの量の供述に変遷があり,燃焼状況の検証実験に関する証拠がない点,点火道具を準備せずに犯行に着手したとなっている点)が不自然不合理である,動機の成立や犯行計画立案の経過について真実を語っているものとは考えられない,保険契約に関する被告人の認識の程度,被告人の周辺から灯油成分が検出されたことを示す証拠がないことなどを理由に,自白の信用性を否定しているので,以下検討する。 ア犯行状況に関する供述内容が不自然不合理であるという点について(ア)被告人が,Gを殺害する際,同人が「約束は・・・」と言うのを聞いたと供述している点について,原判決は,夜中に突然首を絞められたGが,このような言葉を発する可能性(あるいは発することが可能であるか)について疑問があるとしている。 しかし,検察官も指摘するとおり,要するに,これは,殺害時に被告人にはそう聞こえたというに過ぎない内容であることからすると,- 46 -原判決がいう疑問自体にそれほど意味があるとはいえない。むしろ,捜査官による押し付けや誘導等が考えられない内容として,自白の信用性を高める面があるものとすらいうことができる。 また,原判決は「約束は・・・」という言葉をGが発したタイミ,ングや,その言葉を絞り出すような声で発したという供述が,自白調書に記載されているか否かということに関して,被告人の いうことができる。 また,原判決は「約束は・・・」という言葉をGが発したタイミ,ングや,その言葉を絞り出すような声で発したという供述が,自白調書に記載されているか否かということに関して,被告人の供述が揺れ動いているようにもみえることも問題としている。 しかし,言葉を発したタイミングについては,自分の母親の首を絞めるという行為の最中に聞こえたということや,約5年前の出来事についての供述であることを併せ考えれば,そもそも明瞭に記憶しているという方が不自然ともいい得るし,絞り出すような声であったか否かについては,その点についての供述が,別段相反しているというわけでもないことからすると,いずれも特に問題視するほどの事情であるとはいえない。 (イ)被告人が,Gを殺害した際,液体がぽたぽたと落ちる音が聞こえて,Gが失禁したと思ったと供述している点については,原判決の説示するとおり,本件殺人の際,Gが失禁したとしても,現実にぽたぽたという音が生じ,かつ被告人に聞こえるような状況であったのか疑問である。 もっとも,本件殺人のような犯行であれば,首を絞めて相手が動かなくなった時点で死んだと思い,その後の行動に移るということも十分あり得るところ,実際には,そのような行動を被告人がしていたにもかかわらず,被告人が公判で説明するように,取調官から,Gの死をきちんと確認しなかったというのでは納得できないと言われ,それ- 47 -に迎合して,真実体験してもいないのに,失禁の音で確認したという虚偽を述べたということも考えられ,そのようなことがあっても特に不自然ではないことからすると,このような犯行の核心部分とはいえない点に疑問があるとしても,自白全体の信用性それ自体に疑問を生じさせるほどの事情とはいい難い。 (ウ)被告人が,本件放火の際,出口となる側か はないことからすると,このような犯行の核心部分とはいえない点に疑問があるとしても,自白全体の信用性それ自体に疑問を生じさせるほどの事情とはいい難い。 (ウ)被告人が,本件放火の際,出口となる側から最も遠い部屋の奥にある灰皿に点火したと供述している点について,原判決は,点火に関する供述の内容は,自らの逃げ道を考えない不合理な行動であると思われる旨説示している。 しかし,出口となる側から最も遠いとはいっても,Gが寝ていた1,,,階六畳間はその奥行が4メートルもないこと灰皿に点火したのは寝たばこから出火したように偽装するためであるところ,遺体発見時の状況からして,Gの頭は部屋の奥側(東側)にあったと推認されることなどから考えて,敢えて不合理というほどの事情ともいい難い。 また,原判決は,灰皿にあった吸いがらの量について被告人の供述に変遷があるとして,疑問を示しているところ,全くなかった,あるいは2ないし3本程度という内容から10本という内容に変遷したなどというのであればともかく,本件放火当時,真っ暗な状態ではなかったという程度の明るさで,母親を殺害し灯油をまいて火を放つという行為の最中であり,それも約5年前の出来事であるということからすれば,吸いがらの量について「5~6本「10本くらい「てん,」」こ盛り状態「7~8本」というように原判決の指摘する変遷があっ」たとしても,とりたてて不合理であるともいい難い。 さらに,原判決は,本件放火について燃焼状況の検証実験に関する- 48 -証拠がないことを指摘しているところ,点火後の燃焼状況に関する限り,本件殺人,放火において殊更疑いを生じさせるような事情は,にわかに見当たらない。 本件放火について原判決が指摘するこれらの点は,真実体験していないことを自白しているのではないかという疑 関する限り,本件殺人,放火において殊更疑いを生じさせるような事情は,にわかに見当たらない。 本件放火について原判決が指摘するこれらの点は,真実体験していないことを自白しているのではないかという疑いを抱かせるほどの事情とはならないといわざるを得ない。 (エ)原判決は,被告人が,放火をするというにもかかわらず,点火道具を準備したと述べていない点を指摘する。 しかし,Gはいわゆるヘビースモーカーであり,被告人もこのことを十分承知していたものと認められるところ,自白を前提とすると,犯行場所は,被告人も勝手を知ったG方であるから,ライター等の点火道具を準備しなかったことが,放火犯人の行動として直ちに不合理。 ,「」であるとまではいえない原判決も犯人として不合理な行動とも思えるとしているに過ぎない。 イ動機の成立や犯行計画立案の経過について,被告人が真実を語っているものとは考えられないという点について原判決は,動機の成立や犯行計画立案の経過について,被告人が真実を語っているものとは考えられない旨説示している。 たしかに,自白によれば,自殺願望が死刑志願となって,Gの殺害を考え,それが一転して保険金目的でのGの殺害意図になるという経過をたどっており,供述調書によっては,Aらと幸せに暮らすために保険金を入手するという目的と死刑志願とが併存しているかのような供述すら録取されている。これ自体は決して自然とはいえない。 しかし,そもそも本件のような保険金目的での殺人という事案におい- 49 -ては,たとえ犯行自体を自白した犯人であっても,真実は,当初から保険金目的の殺人を計画していたにもかかわらず,犯行動機をそのように供述することをためらい,冷酷さ残酷さを少しでも薄めようとして,真実とは異なる事情を付け足して述べるということは,刑事責任を軽く ら保険金目的の殺人を計画していたにもかかわらず,犯行動機をそのように供述することをためらい,冷酷さ残酷さを少しでも薄めようとして,真実とは異なる事情を付け足して述べるということは,刑事責任を軽くしようという積極的意図があればもちろんのこと,そのような意図までなくとも人間の心情としてあり得ると考えられる。原判決は,被告人が,本件火災当時経済的に困窮していたこと,平成12年12月にA方を追い出されたこと,本件の数日前にはAと性交渉を持ったことなど,自白における犯行動機やその形成の経緯を裏付けるようにも考えられる事情があることも指摘しているところ,これらは,被告人が自白しているような経過をたどって犯行動機を形成するに至ったことを特段直接に裏付けるようなものではなく,要するに,そのような犯行動機の形成過程を窺わせる事情に過ぎない。結局のところ,本件における動機及びその形成過程については,被告人がどのように供述するかの問題に尽きてしまうものといわざるを得ないことも踏まえるなら,犯行動機に関する自白内容の不自然さだけをもって,直ちに自白の信用性を否定するほどの疑いを抱くには至らないものといわざるを得ない。 このようにみるならば,原判決がここで自白に対する疑問として指摘している以下の諸点,すなわち,保険金目的での殺害意図を抱く契機となったはずのAとの性交渉等の経緯について,当初は思い出すことができなかったという点,母親を殺害しようとしている人間が,母親の経営する喫茶店の常連客に迷惑がかからないにようにするために,青果棟の休みの日を決行日としたというのは,不可解であるという点,延焼の危,,険が少ないと思ったことから雪が降るかもしれないという天気予報が- 50 -決行日を決める要素となったということを,取調べ開始から1か月近く経って思い出 は,不可解であるという点,延焼の危,,険が少ないと思ったことから雪が降るかもしれないという天気予報が- 50 -決行日を決める要素となったということを,取調べ開始から1か月近く経って思い出したというのは不自然であるとする点も,いわゆる後付で被告人が供述したからであるに過ぎないとみる余地が相当程度あり,自白全体について,殊更不自然であるとして疑いを抱くに足りるほどの事情とはいい難い。 ただし,自白している犯行動機形成については前記のような不自然さがあることと,後記のとおり,本件殺人,放火の最大の目的ともいうべき保険金に関する認識が不自然であることとを併せ考えると,看過できない疑いが生じるというべきである(原判決が指摘する犯行計画の拙速さは,そのような不自然な認識のまま,犯罪を実行するに至っていることとの関係で問題となるものといえる)。 ウ原判決がその他の問題として指摘している点について自白の信用性に関して,原判決は,被告人及びHの公判供述等によれ,,ば預金通帳等の貴重品が入っており常にGが持ち歩いていたかばんが本件火災当時,G方前に駐車されていたG使用の自動車のダッシュボード内にあったとみられるところ,自白でこのかばんに関して全く触れられていないことを指摘していることについては,原判決自体「疑問を差しはさむ一事情となりうる」としているに過ぎないように,他の有力な疑問と併せてならともかく,これ単独では,自白の信用性に直ちに疑いを抱かせるほどの事情とはいえない。 また,被告人が,本件殺人,放火に及ぶ際,G方に入ってから,すぐにGの部屋である1階六畳間に行ったのか,台所でしばらくの間自問自答を繰り返し,立ちすくんでいたのかという点や,放火後,2階への階段を上がりきって,Iらが寝ている部屋の前まで行ったのか,階段を途- 51 屋である1階六畳間に行ったのか,台所でしばらくの間自問自答を繰り返し,立ちすくんでいたのかという点や,放火後,2階への階段を上がりきって,Iらが寝ている部屋の前まで行ったのか,階段を途- 51 -中まで上がっただけで引き返したのかという点について供述が変遷しており,犯行の直前直後の重要な時点についてのものであるにもかかわらず,その理由が説明されていないということを原判決は指摘し,それらは,被告人の自白の信用性が減殺される事情であるとしている。 しかし,そもそも本件殺人,放火が約5年前の出来事であることからすれば,すぐGの部屋に行ったのか,それともGの部屋に入る前に台所で自問自答するなどしていたのかということ(なお,検察官は,原判決の指摘を距離や進路の問題としているところ,それに尽きるものでないことは,弁護人の主張を待つまでもなく明らかである)や,階段を上がりきって2階の部屋の前まで行ったのか,それとも階段を途中まで上がっただけで引き返したのかということが,看過できない不合理な変遷であるとまではいい難い。 エ被告人の保険契約に関する認識の点について(ア)検察官の主張被告人が,本件殺人,放火を実行する前に,Gの保険契約の内容,金額,受取人等を知っていたと認めることは困難であり,また,I及びJの共済金をたしかに受け取ることができると認識していたと認めることもできないなどとして,保険金目的で本件殺人,放火を実行し,,,たという自白に原判決が疑問を呈するのに対し検察官は要するに被告人が自白している程度の認識で保険金目的の犯行に及んだとしても不合理ではなく,被告人が,Gの保険金について,原判示程度の認識しか有していなかったとしても,本件殺人,放火を決意した事実を否定するものではないなどと主張し,さらに,被告人は自己に不利な 事実 ても不合理ではなく,被告人が,Gの保険金について,原判示程度の認識しか有していなかったとしても,本件殺人,放火を決意した事実を否定するものではないなどと主張し,さらに,被告人は自己に不利な事実を隠しているから,Gの保険契約の内容を知らなかったと断定す- 52 -ることはできないし,I及びJの共済金は現に支払われており,本件火災当時,被告人は,共済金の支払いが受けられるものと考えていたと窺われるなどとも主張する。 (イ)自白以外の証拠から認められる事情この点に関し,本件火災当時,P相互会社の営業職員としてGの保険契約を担当していたR(甲63)及び同保険会社の本社契約審査部保険金課に勤務していたU(甲65)の各警察官調書によれば,同保険会社の内部規定では,たとえ保険金の受取人が契約者の子になっていたとしても,その受取人に対し,保険の内容を説明したりしてはいけないことになっており,Rも,Gが加入していた保険の内容について,被告人に教えたりはしていなかったこと,本件火災の翌日,Hから同保険会社にGが死亡した旨の連絡があり,同社でこれを仮受付したこと,本件火災から約1週間後,HからRに対し,Gが掛けていた保険を請求したところ,受取人が被告人になっているので,被告人と話をしてほしい旨の連絡があり,これに基づいて,Rは,被告人に連絡を取ったこと,Rが,保険金の支払額について約4000万円になることを説明すると,被告人は,驚いた様子で,4000万円もあるんですかと聞き直してきたことが認められる。 また,L協同組合の職員として共済金の支払受付業務を担当していたMの警察官調書(甲59),Gの元夫であり被告人の実父であるJ1の警察官調書(甲37)及び公判供述(第6回J114ないし22項)並びに被告人の公判供述によれば,本件火災当日,被告人は,H 当していたMの警察官調書(甲59),Gの元夫であり被告人の実父であるJ1の警察官調書(甲37)及び公判供述(第6回J114ないし22項)並びに被告人の公判供述によれば,本件火災当日,被告人は,H1警察署での取調べを終えてから,J1方に泊まったところ,J1から,保険はどうなっているのかと尋ねられて,IやJにL協同組合の保険を掛けてい- 53 -たが,3か月ほど掛金を滞納しているから,共済金は支払われないだろうと答えたこと,その翌日,J1が,L協同組合側に連絡を取り,滞納分を納めれば共済金を支払う旨の説明を受けて,これを被告人に伝えたことが認められる。 (ウ)自白の内容,,,被告人の検察官調書(乙21 22 25)及び警察官調書(乙37)によると,,「」,被告人は本件火災当時Gが生命保険に入っているのではないか「入っているのであれば」受取人は「自分に決まっている」し,1000万円「くらいの保険金が出るのではないか,この保険金が手に」入れば自分の負債を返済できて,Aたちと一緒に暮らすことができると考え,一方,I及びJの共済金は,掛金を滞納していたことから支払われないだろうと思っており,後は,本件殺人,放火をどうやって成功させるのかということを考えている時間が長かったので,Gの保険証書を見て保険内容を確認しようなどということまで頭が回らなかった,というのである。この供述のうち,被告人が,Gの保険契約や保険金に関して具体的な認識を有していなかったこと,I及びJの共済金が支払われないだろうと思っていたことは,自白以外の証拠から認められる前記4(3)エ(イ)の事情とも符合している。 (エ)自白内容に対する疑問自分の実母を失火に見せかけて殺害することにより,実母に掛けられている保険金を手に入れよう,その際,実妹や実子らが巻 められる前記4(3)エ(イ)の事情とも符合している。 (エ)自白内容に対する疑問自分の実母を失火に見せかけて殺害することにより,実母に掛けられている保険金を手に入れよう,その際,実妹や実子らが巻き込まれて死んでも仕方がないとまで考えている人間が,そこまでして手に入れようとしている肝心要の保険金や保険契約について,自白内容程度の実に漠然とした認識しかなかったどころか,それ以上のことを知ろ- 54 -うとすらしなかったというのは,明らかに不自然不合理であり,常人の理解を超えるものといわざるを得ない。別に殊更計算高い人間でなくとも,このような罪を犯そうとするときに,保険金や保険契約について具体的なことを何ら確認しようとすらしないなどということは,到底考え難いというべきであって,人間は必ずしも合理的に行動するものではないなどという一般論で説明できるようなものではない。検察官は,被告人に計算高い一面があると指摘しているところ,そのような人間であるというのであれば,なおさら不自然不合理さが際立つといわざるを得ない。 本件殺人,放火の最大目的ともいうべきGの保険金に関する認識について,このように不自然不合理な内容となっていることは,自白している犯行動機自体,前記のとおり,自殺願望から死刑願望となり,一転して保険金目的となる形で形成されたという決して自然とはいい難いものになっていることも併せ考えると,自白の信用性に看過できない疑いを抱かせるものといわざるを得ない。 (オ)検察官の主張について検察官は,保険金目的の殺人を犯そうとする者が,当該保険契約の詳細まで認識しなければならないなどということはないのであって,殺害の相手が生命保険に加入していること,保険金を請求すべき保険会社が特定されていること,保険金額が犯行を決意する動機に照らして相 の詳細まで認識しなければならないなどということはないのであって,殺害の相手が生命保険に加入していること,保険金を請求すべき保険会社が特定されていること,保険金額が犯行を決意する動機に照らして相当な額であることを認識していれば,保険金目的の殺人を決意しても不合理ではない旨主張し,そのような認識を抱いていたとする自白の該当部分を引用する。 しかし,ここで問題としているのは,保険金目的の殺人を犯そうと- 55 -する者が,保険契約の存在及びその額や受取人等の具体的内容を認識していなければいけないのかなどということではなく,それらを認識しようとすらしないのは,明らかに不自然ではないかということである。検察官の指摘する自白の内容は,既にみたとおり,Gの保険契約や保険金について,被告人が,1人で勝手に自分の都合の良いように考えて,それで納得していたというものである。保険契約の存在やその額及び受取人等の具体的内容について,何ら確たる情報も得ていないのみならず,そのような情報を得ようとすらせず,1人で勝手に考え納得して当該保険金目的の殺人に及んだというのが不合理ではないという主張には相当に無理がある(被告人の検察官調書乙25 には,〔〕自分が保険に加入した際,その担当者からGのことをよく知っていると言われた,警察官調書乙34 には,その担当者がGも勧誘していた〔〕などという供述が記載されているが,そのようなことは,Gの保険契,。 約の存在自体に関してすら確たる情報などといえるものではない)そして,自白以外に,被告人と犯行とを結び付ける有力かつ確実な情況証拠が存在する場合であれば別論,そのような証拠は何ら見当たらない本件殺人,放火事件で,犯行の最大目的である保険金に対する認識に関わる事情について,自白で述べられている内容が明らかに かつ確実な情況証拠が存在する場合であれば別論,そのような証拠は何ら見当たらない本件殺人,放火事件で,犯行の最大目的である保険金に対する認識に関わる事情について,自白で述べられている内容が明らかに不自然不合理であるというならば,その信用性ひいては事件全体の立証が根底から揺らぐことを避けられない。 検察官は,被告人が,本当はGの保険金について,何らかの方法で確認しているにもかかわらず,それを隠しているに過ぎないというかの如き主張もしている。 しかし,その主張がどのような証拠に基づいているのかは全く不明- 56 -であり,自己に不利な事実を隠したり偽ったりするのは,罪を犯した者の当然の心情などというのみである。他方,動機については,結局のところ,被告人がどのように供述するかの問題に尽きてしまうということができたのに対し,Gの保険金やI及びJの共済金に関する被告人の認識については,動機の場合と異なり,RがGの保険について被告人に説明していないこと,I及びJの共済金に関するJ1と被告人とのやり取りの内容,Gの保険金について,まずHが,支払いを受けるべく保険会社に接触したこと,同社からこの保険の支払額の説明を受けた被告人が驚いて聞き直したことなど,被告人の供述以外の証拠から認められる各事情によって直接裏付けられている。また,Gの保険金に関して,最初に保険会社に接触したのがHであることに照らすと,H自身は,誰が保険金の受取人となっているか知らなかったと考えられるところ,Gと同居して,同人経営の喫茶店を手伝っていたHですら,保険金の受取人が誰であるかを知らなかったのであれば,被告人も,保険金の受取人が誰であるか知らなかったのではないかと考えられ,このこともGの保険金に関する被告人の前記認識を裏付ける事情であるということができる。 以上のよう を知らなかったのであれば,被告人も,保険金の受取人が誰であるか知らなかったのではないかと考えられ,このこともGの保険金に関する被告人の前記認識を裏付ける事情であるということができる。 以上のような自白内容に対する疑問について,自己に不利なことを,,偽ることはままあるから被告人が嘘をついているに過ぎないとして具体的客観的裏付けもなく決め付けることにより,その疑問を解消することはできない。 さらに,検察官は,共済金に関するJ1と被告人との前記やり取り等から,被告人は,I及びJの共済金が支払われるものと考えていたと「うかがわれる,あるいは,同共済金に強い関心を示したことが」- 57 -「認められる」とまで主張する。 しかし,この共済金に関する前記やり取り等の内容は,J1が被告人に保険はどうなのかと尋ね,I及びJの共済金があるが,掛金を滞納しているから支払われないと思うと被告人が答えたことから,J1が電話して問い合わせてみたというものである。このようなやり取り,,の内容から被告人は共済金が支払われるものと考えていたなどとは「うかがう」ことすら極めて困難であるし,共済金に強い関心を示したことを「認める」ことなどできないといわざるを得ない。 なお,検察官は,被告人が,保険会社やL協同組合への最初の連絡をHやJ1にさせているとして,犯人でないことを装うために自ら連絡することを避けていたと考えられるとも主張する。たしかに,被告人が,本件火災当日から,捜査機関により,本件殺人,放火の犯人ではないかという嫌疑の下に取調べを受けていることなどにかんがみると,そのように考え得る余地が皆無というわけではない。 しかし,被告人が,最初にHやJ1に連絡をさせたものであるとまで認定できるだけの具体的事情は,証拠上見当たらないといわざるを得ない。検察官 みると,そのように考え得る余地が皆無というわけではない。 しかし,被告人が,最初にHやJ1に連絡をさせたものであるとまで認定できるだけの具体的事情は,証拠上見当たらないといわざるを得ない。検察官の主張は証拠に基づかない単なる推測を述べているに過ぎないというほかない。 ところで,検察官は,被告人の公判供述(第7回被告人145項)に基づき,被告人が,I及びJの共済金に関するJ1との前記やり取りの際,A方に送付されたはずの共済金に関する通知書を見せているとして,A方に立ち寄らずにH1警察署に行き,そこからJ1方に向かった被告人が,前記通知書を持っていたこと自体不可解であるなどとして,被告人が本件殺人,放火の犯人であることを推測させる一事情で- 58 -あると主張し,あるいはJ1との前記やり取り自体,被告人が仕組んだものであると主張するかのようである。 しかし,そもそもこのやり取りの際に通知書を見せたという話は,J1の捜査段階及び公判における各供述あるいは被告人の自白のいずれにも全く出ておらず,被告人の公判供述で唐突に出てきたものである。このような他の証拠と符合しない供述を,何ら真実であるとの裏付けもなく,被告人が公判で供述したという一事をもって真実の如く扱うことはできないといわざるを得ない。 検察官の主張はいずれも採用できない。 オ被告人の周辺から灯油成分が検出されたことを示す証拠がない点について(ア)検察官の主張被告人が自白した犯行態様からすれば,被告人の着衣等に灯油が付着した可能性が高いとした上で,それにもかかわらず,被告人の周辺から灯油成分が検出されたことを示す証拠はないことに疑問を呈する原判決に対し,検察官は,放火の手段には種々雑多なものが想定されるところ,そのすべてに捜査官が関心をもって捜査を尽くすというのは机上の空 ら灯油成分が検出されたことを示す証拠はないことに疑問を呈する原判決に対し,検察官は,放火の手段には種々雑多なものが想定されるところ,そのすべてに捜査官が関心をもって捜査を尽くすというのは机上の空論であり,現に,本件火災当日被告人の着衣等に灯油の痕跡があるか否かの捜査を尽くしていたわけではないから,被告人の周辺から灯油成分が検出されていないことは,被告人の周辺に灯油の痕跡が存在しなかったことを意味するものではない旨主張する。 (イ)自白の内容被告人の検察官調書(乙21,27,29)及び警察官調書(乙53,54,59)によれば,被告人は,G殺害後,素手で,まず台所の掃出窓の下から- 59 -持ってきたポリタンク内の灯油(約1.5リットル)を,ベッド上に横たわり胸の少し下辺りまで掛布団が掛かっていたGの体(ただし顔を除く)やその周辺にまいて,空になったポリタンクを台所の掃出窓の下に戻し,次に,台所から持ってきたファンヒーターから満タンに近い量(約4リットル)の灯油が入ったカートリッジを取り出し,その灯油を,ベッドの近くのミシン上に置いた灰皿,たんすの前面,Gの体(顔を含む)及びベッド上,ベッドの周りのカーペットやファンヒーター本体にまいて,空になったカートリッジをファンヒーター内に納めた,この間,ベッド付近の常夜灯が点いていたため,室内は真っ暗な状態ではなく,ある程度の物は見えていた,というのである。 被告人が自白した犯行態様は,ベッドの周辺からたんすにかけての部分の焼けが強く,Gの着衣やベッドの南側周辺部及びたんすの手前の燃焼物(畳)から灯油成分が検出されており,火災は,ベッドや床面にまかれた灯油の燃焼によって生じたものと認められることや,Hの説明によれば,本件火災前日,前記ポリタンクには灯油がさほど入っておらず,ファンヒーター 灯油成分が検出されており,火災は,ベッドや床面にまかれた灯油の燃焼によって生じたものと認められることや,Hの説明によれば,本件火災前日,前記ポリタンクには灯油がさほど入っておらず,ファンヒーターには灯油が満タンに入れられていたと認められることなどの,自白を除いた情況証拠から認定できる事実(前記2(1)エ及びオ)とよく符合している。 その後の行動について,被告人の検察官調書(乙28)及び警察官調書,,,,(乙54ないし56)によれば被告人は火を放つやすぐにG方を出てパジェロを運転し,u1につながる川沿いの直線道路に来た辺りで,手から灯油の臭いがすることに気付き,G1に行って,その台所で食器用洗剤を使って両手をよく洗い,ある程度洗ったところでG1を出た,その後,t1のキャンプ場に着いてからも,どうも手から灯油の- 60 -臭いがすると感じ,川の水で何度も両手を洗った,結局,手の臭いは,,,完全には取れずその後もずっとこのことは気になっていたそしてパジェロの中にいたところ,Aからの電話を受けて,すぐにH1警察署に行き,そこの取調室で「おまえが犯人じゃないか」という感じの事情聴取を受けた,本件殺人,放火においては,手袋をするなど普段と異なることをしたり,衣類等を処分したりすることで,犯行が発覚するのを避けようという考えから,手袋は使っていないし,着衣を着替えたり処分したりもしていない,というのである。 ,,,以上の自白内容を総合すると被告人はG方1階六畳間において容器に入った灯油を素手でまき,そのままG方を出てから,パジェロを運転してG1まで行き,そこで手を洗ってから再びパジェロを運転してキャンプ場へ行き,そこでまた手を洗った以外はパジェロ内におり,そのままパジェロを運転してH1警察署へ行き,本件殺人,放火の犯人で を運転してG1まで行き,そこで手を洗ってから再びパジェロを運転してキャンプ場へ行き,そこでまた手を洗った以外はパジェロ内におり,そのままパジェロを運転してH1警察署へ行き,本件殺人,放火の犯人ではないかという疑いの下に取調べを受けたということになる。 なお,前記のとおり,本件火災発生から約5時間後にはH1警察署に出頭した被告人に対して,犯人ではないかという嫌疑に基づいた取調べが長時間にわたって行われている。また,本件火災から約2週間後に,本件火災当日の着衣として被告人が任意提出したズボン及びハーフコートからは,灯油成分が検出されていない。 (ウ)自白の内容に対する疑問前記のとおり,灯油をまいた状況についての自白は,本件現場の痕跡等他の証拠と符合するものである。 しかし,被告人が自白するような態様で灯油をまいたというにもか- 61 -かわらず,手以外の着衣(特にズボン,靴下自白によれば靴下を履い〔ていた,というのである。季節的にもそれが自然である)に灯油(灯〕油成分も含む。以下同じ)が付着しない,さらにはG方を出てからG1に行くまでの間,被告人が握っていたパジェロのハンドルにも灯油が付着しないなどということが通常あり得るのか,灯油が付着したとすれば,手を洗う以外に,灯油の臭いに対する被告人の対応が全く出てこないのみならず,着衣の着替えや処分を明確に否定している自白,,,を前提とする限り本件火災発生から約5時間後にはH1警察署で被告人を本件の犯人ではないかと強く疑って長時間取り調べた取調官や,被告人の後記公判供述にあるように,その際にパジェロの中を調べた捜査官らが,灯油の臭いに気付かないなどということが通常あり得るのか,これらが通常あり得ないとすれば,結局のところ,被告人は,G方において灯油をまくということを体験してい の際にパジェロの中を調べた捜査官らが,灯油の臭いに気付かないなどということが通常あり得るのか,これらが通常あり得ないとすれば,結局のところ,被告人は,G方において灯油をまくということを体験していないのではないか,すなわち本件殺人,放火を実行していないのではないかという重大な疑問が生じるといわざるを得ない。 この疑問を検討するに際して,反対事実の成立を含め,いくとおりかの生起することが可能な事実が考えられる場合,全関係証拠の総合判断により最も合理性のある確度の高いものがあれば,それを採用した上で判断すべきであって,その疑問に関わる部分を除いた他の証拠を総合すれば,被告人が犯人であると推認できるとして,全関係証拠の総合判断によると最も合理性のある確度の高いものとはいえなくても,被告人が犯人であることと矛盾しないものを採用するようなことが許されないことはいうまでもない。 そして,自白にある如く,合計で5リットルを超える量の灯油を,- 62 -ポリタンクやカートリッジという,通常そこから直接周囲に散布する,,,ということなど考慮されていない容器からベッドベッド上の遺体ミシン上の灰皿,たんす前面,カーペットという広範囲に散布し,そ,,の直後自動車を運転したという場合において手だけに灯油が付着し着衣には付着せず,しかも,灯油が付着した手で相当の時間握り続けた車両のハンドルにも灯油が付着しなかった(G方からG1まで相当の距離があることにつき被告人の警察官調書乙50 の添付図面参照)〔〕とか,手以外には臭いがしないほどの微量しか灯油が付着しなかったということを,最も合理性のある確度の高いものということは,経験則に照らし到底できない。 さらに自白の内容を検討すればするほど,疑問は増大する。すなわち,自白によれば,G方1階六畳間の明 しなかったということを,最も合理性のある確度の高いものということは,経験則に照らし到底できない。 さらに自白の内容を検討すればするほど,疑問は増大する。すなわち,自白によれば,G方1階六畳間の明るさは,ベッド付近の常夜灯に頼った状態で,真っ暗な状態ではなく,ある程度のものは見えていた(警察官調書乙59 )というに過ぎないところ,ミシンの上にある灰〔〕皿に灯油を注いだとき,ゴボッと音がして灰皿から溢れ出し,ミシンの上にもこぼれたはずであるし,灰皿の奥のカーテンにもかかったはずであるかかかったかもしれない(検察官調書乙27 警察官調書乙,〔〕,〔 53 ),灯油の勢いで、直径15センチメートルないし20センチメー〕トルくらいあるガラス製の灰皿(第6回H111,112項)が少し移動した可能性すら充分にある(警察官調書乙59 ),ベッドとたんすとの間の〔〕幅はわずか1メートルほどしかないところ,その間を移動しつつ,たんすの正面の中段くらいから,真横に線を引くように灯油をかけ(警察官調書乙53 ),Gの遺体に再度灯油をかけ(警察官調書乙53 ),〔〕〔〕ベッドの周りのカーペット上にも灯油をかけ(検察官調書乙27 ),あ〔〕- 63 -まり深く考えず,ついでだから,ここにもかけちゃえという程度の考えで,ファンヒーター本体に正面から灯油をかけた,空になったポリタンクを台所の掃出窓の下に戻し,空になったカートリッジをファンヒーターに戻した(検察官調書乙27 ,警察官調書乙53 ),というの〔〔〕〕である。自白中には「そーっと「細心の注意を払」って「自分が,」歩くスペースがちゃんと残るようにして」灯油をまいたなどの供述もあるものの灯油が手だけに付着し着衣には全く付着しなかった(臭,,いがしないほ 「そーっと「細心の注意を払」って「自分が,」歩くスペースがちゃんと残るようにして」灯油をまいたなどの供述もあるものの灯油が手だけに付着し着衣には全く付着しなかった(臭,,いがしないほどの微量しか灯油が付着しなかったということも含む趣旨である。以下同じ)などということが不自然極まりないことに何ら。 ,,,変わりはない現に被告人の公判供述によると捜査段階において,,本件放火の犯行を再現したとき灯油に見立てた墨汁をまいたところそのとき履いていたズボンのすそや長靴にもかなり墨汁が付着した(第7回被告人305ないし314項。この点に関して検察官は反対尋問を行っていないし,その他特段の反証もしていない。また,前記再現時の状況に関する供述が録取されている検察官調書乙29号証には,こ〔〕,。 ,,の点に関する記載が全くない)というのである加えて被告人が灯油をまくというようなことをし慣れていたなどという事情は,証拠上窺うことすらできず,本件放火をしたとすれば,それは文字通りのぶっつけ本番であったと考えざるを得ない。のみならず,自白によれば,当時階上にはHやIやJが寝ているという状況下で,自分の母親であるGを我が手により絞め殺した直後だ,というのであるから,そもそも通常できるようなことすら容易には行い難い精神状態であったはずである。主観的に慎重にまいたから,被告人の着衣には全く灯油が付着しなかったのだなどということにはおよそ真実味がない。 - 64 -そして,本件火災当日,被告人がH1警察署に出頭した際,その着衣に灯油が付着しており,握ったパジェロのハンドルにも灯油が付着していて,灯油の臭いもしていたというのであれば,被告人が本件殺人,放火の犯人ではないかという強い疑いをもって,本件火災発生の約5時間後から長 が付着しており,握ったパジェロのハンドルにも灯油が付着していて,灯油の臭いもしていたというのであれば,被告人が本件殺人,放火の犯人ではないかという強い疑いをもって,本件火災発生の約5時間後から長時間にわたり,取調室で被告人を取り調べた取調官や,その際,被告人の身辺を捜査した捜査官が,その灯油の臭いに気付かなかった,あるいは臭いに気付いてもそれ以上の捜査を行わなか。 ,ったなどということを想定することは困難であるそのような想定は最も合理性のある確度の高いものとはおよそかけ離れているといわざ。 ,,るを得ない特に被告人の公判供述(第7回被告人119ないし130項第8回被告人241ないし243項)によれば,本件火災当日の午後,H1警察署の駐車場に止めたパジェロの中を,被告人の承諾の下に,3人くらいの捜査官が調べている,というのである(この点に関して,検察官は反対尋問をしていないし,特段の反証もしていない)から,自白が真実を述べているのであれば,灯油の付着した手で相当時間握られたハンドルから,灯油の臭いがしていたはずである。ところが,車内を調べた捜査官の内誰一人として灯油の臭いに気付いた者がいたことは窺われない。そうであるならば,そもそもこの時点において,被告人の着衣や,パジェロのハンドル等,被告人の周辺のいずれにも灯油は付着していなかったと考えざるを得ないところ,自白した犯行態様やその直後の行動からして,パジェロのハンドルや着衣その他被告人の周辺に灯油が全く付着しなかったという想定も困難であることか,,,,,らすると結局被告人は灯油をまいていないすなわち本件殺人放火を実行していないのではないかという疑問を払拭できないことに- 65 -なる。 もっとも,被告人が,犯行時に手袋を着用していた,H1警察署に行 被告人は灯油をまいていないすなわち本件殺人放火を実行していないのではないかという疑問を払拭できないことに- 65 -なる。 もっとも,被告人が,犯行時に手袋を着用していた,H1警察署に行くまでに着替えた,パジェロのハンドルに付着した灯油も拭き取るなどしたというのであれば,この疑問は解消する。 しかし,被告人は,そのような供述を一切していない。それどころか,手袋の着用も,身に付けていた衣類の着替えないし処分も,明確に否定しているのである。加えて,前記のとおり,本件火災当日の被告人の着衣として,本件火災の約2週間後に任意提出されたものからは,灯油成分が検出されていないところ,自白においては,その点に何ら触れることなく,他方で当時の着衣に灯油が付着しなかったことを示唆する供述が繰り返されていることからすると,本件放火において灯油をまいた際,被告人の着衣には灯油が全く付着しなかったことが前提とされているものとみる以外にない。原判決は,自白にいう犯行態様で果たして灯油が着衣等に付着しないということが客観的にあり得るのかという点についての立証がないことを疑問視しているところ,そもそも自白にいう犯行態様で,被告人の着衣等に灯油が付着しなかったという想定自体,最も合理性のある確度の高いものとはほど遠く,その一方で灯油をまいたということは,現場の痕跡等の証拠から認められる事実とも符合する,本件放火の犯行の中核部分であること,自白によれば,灯油が付着したという手で相当時間握ったはずのハンドルから灯油の臭いがせず,そのハンドルから灯油成分が検出されたという形跡もないこと,被告人の自白を録取した供述調書中に,ハンドルから灯油の臭いがしなかったことや灯油成分が検出されなかったことについて,何の説明もなく,取調官から,その点について被- 66 - という形跡もないこと,被告人の自白を録取した供述調書中に,ハンドルから灯油の臭いがしなかったことや灯油成分が検出されなかったことについて,何の説明もなく,取調官から,その点について被- 66 -告人に説明を求めた形跡もないことなどに照らせば,自白の信用性に看過し難い疑問があるというべきである。 念のため付言するに,本件放火において,被告人が,本当は手袋をしたり,犯行後着替えをしたりしたのに,自白する際そのことを隠して虚偽を述べたという可能性を考慮することはできない。保険金を得るべく失火に見せかけて実の母親を殺害し,その巻き添えで実の子も焼死させてしまったという計画的な放火殺人を自白しているにもかかわらず,罪責軽減の目的またはそこまでに至らないまでも,自らの心情に基づき,犯行における手袋の使用や着替え等の点について敢えて隠すのみならず,明白な虚偽を述べたものであるという想定は,間違いなく被告人が本件の犯人であるという前提に立った上で,時として人間は合理的とはいえない言動をすることもあるから,この場合もそれに当たるとでもしない限り採り得ないものであって,結論の先取り以外の何ものでもなく,そのような証拠に基づかない想定を採用することはできない。 また,被告人は,目撃者とか,これに類する決定的証拠を突き付けられて自白したというわけではない(第5回I1103ないし160,334ないし342項,第7回被告人499ないし515項)。そのような決定的証拠の出てこない状況下で,罪を免れる可能性が最も高いのは否認し続けることである。本件殺人,放火において,実は被告人が犯人であるところ,敢えて自白し,さらにはHに対する前記言動等まで行って,罪を免れる可能性を自ら積極的に狭めつつ,同時に罪を免れるために後で自白を覆す布石として巧妙に嘘を混ぜた自白をし 実は被告人が犯人であるところ,敢えて自白し,さらにはHに対する前記言動等まで行って,罪を免れる可能性を自ら積極的に狭めつつ,同時に罪を免れるために後で自白を覆す布石として巧妙に嘘を混ぜた自白をしたのだという想定をする余地はないといわざるを得ない。 - 67 -ところで,既に幾度も言及しているとおり,本件殺人,放火では,本件火災発生の約5時間後から,警察に出頭した被告人に対し,犯人ではないかという疑いの下に長時間の取調べが行われており,それ以後も被告人に対する強い嫌疑に基づいた捜査が続いていたものと認められることなどからすれば,この間,被告人の周辺に関する捜査も相当になされたものと推認できる。このような状況下で,取調べ開始から約2週間が経過した時点で,初めて被告人に本件火災当日の着衣の提出を求め,灯油成分の鑑定を行ったということは,本件殺人,放火の捜査を行う捜査官において,犯人による灯油やガソリン等の使用の可能性を当然念頭に置いていたとみられることも併せ考えると,本件火災当日被告人が出頭した時点で,被告人及びその周辺(パジェロ)に灯油の痕跡が認められず,以後その身辺を捜査しても,衣類を処分した等の痕跡を何ら発見することができなかったものと考えられる。自白の背景としてこのような事情があることも看過できない。 (エ)検察官の主張について検察官は,捜査官が,想定される可能性すべてに捜査を尽くすというのは机上の空論であること,現に,本件火災当日,被告人の着衣等に灯油の痕跡があるか否か捜査を尽くしたわけではないから,同日,被告人周辺に灯油の痕跡が存在しなかったことにはならないなどと主張する。 しかし,ここで問われているのは,一般論として,捜査官は,当該事件においておよそ考えられる限りの捜査を直ちにすべて尽くさなければならないのかなどと が存在しなかったことにはならないなどと主張する。 しかし,ここで問われているのは,一般論として,捜査官は,当該事件においておよそ考えられる限りの捜査を直ちにすべて尽くさなければならないのかなどということではない。放火殺人の疑いで犯人と目される相手を現に取り調べるとともにその周辺を調べているとき,- 68 -その相手ないしその周辺(本件ではパジェロのハンドル等)から灯油の,,臭いがしているのにその点に関する捜査をしないなどということが通常あり得るのか,あり得ないとすれば,そのような灯油の臭いはしなかった,すなわち,灯油の痕跡が,本件火災当日被告人の周辺には見当たらなかったということになるのではないかということである。 なお,放火殺人の疑いを持った捜査官において,犯人が灯油やガソリン等を使用した可能性は,当然想定するはずのものであって,敢えてこれを想定から外したというのでもない限り,その可能性に関する具,,体的な捜査を直ちにすべて尽くすか否かは別論として前記のとおり少なくともその可能性を念頭に置いて,捜査に従事しているものとみるのがむしろ相当である。仮にそのような可能性を全く念頭に置くことなく各捜査官が捜査に当たっていたというのであれば,検察官において,そのような特別の事情を立証することが求められるというべきである。 そして,本件火災当日被告人の着衣等の灯油の痕跡の有無について捜査を尽くしたわけではないから,同日,被告人周辺に灯油の痕跡が存在しなかったことにはならないという主張に至っては,到底採用できないというほかない。問題となっている事柄が,枝葉末節の事項に関するものというのであれば格別,既に述べたように,灯油をまいたことは,本件現場の痕跡等の証拠から認められる事実とも符合する犯行の中核部分なのであって,ここで検察官が立 いる事柄が,枝葉末節の事項に関するものというのであれば格別,既に述べたように,灯油をまいたことは,本件現場の痕跡等の証拠から認められる事実とも符合する犯行の中核部分なのであって,ここで検察官が立証しなければならないのは,灯油の痕跡が被告人に存在したことか,自白の犯行態様でも,着衣やハンドルには灯油が付着しなかったことである。捜査しなかったから証拠が出てこなかっただけで,証拠がないことにはならないと- 69 -強弁するかの如き主張には,到底賛同できない。 付言するに,原審の論告では,被告人の着衣から灯油の臭いがしなかったとしても犯人性は否定されないとして,自白に慎重にまいたとある,手を洗ったとあるという点と併せ,車内には着替えもあったのであるから,着替えてから警察の事情聴取に向かうことも十分可能で。 ,,あるとの主張がされているその場合着替えた服はどうなったのか車内に置いてあったというのであれば,前記のとおり車内を調べた複数の捜査官がそれを見つけられなかったのか,それともその前に処分,。 したというのかなど一切不明であり裏付けとなる証拠は存在しないそして,本件で被告人と犯行とを結び付ける唯一の証拠となる自白では,着替えたことを明確に否定している。 検察官の主張は,結局,いずれも証拠に基づかないものであって,破綻しているといわざるを得ない。 結論 以上のとおり,自白のうち,被告人の保険契約に関する認識の点は,保険金目的で殺人を敢行しようとする者の認識として,明らかに不自然かつ不合理であるといわざるを得ないのではないかという疑問を抱かせるものである上,その疑問は,被告人が自白する動機形成の不自然さと併せ考えると,さらに増大したものとなる。そして,被告人の周辺から灯油成分が検出されたことを示す証拠がない点は,自白している犯行態 せるものである上,その疑問は,被告人が自白する動機形成の不自然さと併せ考えると,さらに増大したものとなる。そして,被告人の周辺から灯油成分が検出されたことを示す証拠がない点は,自白している犯行態様からすれば,本来発見できるはずの痕跡が発見されておらず,この点を説明しようとすると,客観的証拠によって裏付けられた本件現場の状況との矛盾という問題に直面することとなってしまい,犯行態様という中核部分に対する重大な疑問を抱かせることとなる。これらは,自白の信用性に看過できない疑問を生じさせるもの- 70 -といわざるを得ない。 たしかに,前記3(3)の一連の事情は,被告人の自白の信用性を相当程度高めるものであるということができる。被告人のHに対する発言や手紙,勾留理由開示手続での陳述等は,被告人が,真に本件殺人,放火をしていないのであるとすれば,なぜそのような言動をしたのか理解に苦しむところである。被告人がその理由として説明するところは,説得力に乏しく,にわかに首肯し難い。 しかし,この一連の事情も,結局は,被告人の捜査官に対する自白を前提とするものであって,自白と一体的にみる必要がある。前記3(3)の一連の事情の存在によって,自白の内容自体に対する看過できない前記疑問が解消されるわけではない。本件殺人,放火において,被告人と犯行とを結び付ける唯一の証拠である自白が信用できるということはできない。 原判決は,自白の信用性に疑問を抱かせる事情の有無に関する判断において適切とは思われないところもあり,自白の信用性を認めることができないとする理由も当裁判所と同一というわけではないものの,被告人を犯人と認めることはできないとして無罪とした原判決の結論は正当である。 (本件保険金詐欺について)本件保険金詐欺は,被告人が本件殺人,放火事件の犯人であるこ 所と同一というわけではないものの,被告人を犯人と認めることはできないとして無罪とした原判決の結論は正当である。 (本件保険金詐欺について)本件保険金詐欺は,被告人が本件殺人,放火事件の犯人であることを前提とするものであるところ,前記のとおり,その前提を認めることができない。本件保険金詐欺について,被告人を無罪とした原判決の結論は正当である。 (結論)以上のとおりであるから,本件各公訴事実につき,いずれも犯罪の証明がないとして,被告人を無罪とした原判決は相当であって,原判決に所論の事実誤認はない。また,原審の訴訟手続の法令違反は,判決に影響を及ぼすものでは- 71 -ない。論旨はいずれも理由がない。 よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 平成21年12月14日広島高等裁判所第1部裁判長裁判官楢崎康英裁判官野原利幸裁判官結城剛行
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