令和1(ワ)4170 旧優生保護法違憲国家賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
令和6年5月30日 福岡地方裁判所
ファイル
hanrei-pdf-93107.txt

判決文本文36,755 文字)

- 1 - 主文 1 被告は、原告Bに対し、1606万円及びこれに対する令和2年5月14日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告Cに対し、38万5000円及びこれに対する令和2年5月14日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は、原告Bに生じた費用と被告に生じた費用の54分の53との合計の20分の13を原告Bの、原告Cに生じた費用と被告に生じた費用の54分の1との合計の20分の11を原告Cの各負担とし、その余を被告の負担とする。 事実 及び理由 第1 請求 1 被告は、原告Bに対し、4400万円及びこれに対する令和2年5月14日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 2 被告は、原告Cに対し、82万5000円及びこれに対する令和2年5月1 4日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 3 仮執行宣言第2 事案の概要本件は、平成8年法律第105号による改正前の優生保護法(昭和23年法律第156号。以下「旧優生保護法」という。)に基づく不妊手術(以下「優生手術」 という。)を受けたとする亡原告Aの配偶者であり、亡原告Aの相続人である原告Bと、亡原告Aが有していた本件に係る損害賠償請求権を相続した原告Cが、被告に対し、旧優生保護法が憲法13条、14条1項に違反しているにもかかわらず、①国会議員が、旧優生保護法を制定し、平成8年まで改廃しなかったことに加え、偏見差別を解消するための立法措置を講じなかったこと、②厚生(労働)大臣、法 務大臣、文部(科 ているにもかかわらず、①国会議員が、旧優生保護法を制定し、平成8年まで改廃しなかったことに加え、偏見差別を解消するための立法措置を講じなかったこと、②厚生(労働)大臣、法 務大臣、文部(科学)大臣が、それぞれの立場で優生手術を推進した上、国民の間 - 2 -に浸透させられた障害者等に対する偏見・差別を除去すべき義務を負っているにもかかわらず有効な施策を講じることを怠った不作為があることがいずれも違法であるなどと主張して、国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき、原告Bについて合計4400万円(原告B固有の損害賠償請求権の一部請求として2200万円を求めるものと、亡原告Aの損害賠償請求権のうち、原告Bが相続した 損害賠償請求権の一部請求として2200万円を求めるものとの合計額)、原告Cについて82万5000円(亡原告Aの損害賠償請求権のうち、原告Cが相続した損害賠償請求権)及びこれらに対する不法行為の後の日である令和2年5月14日(訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「旧民法」という。)所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を 求める事案である。 なお、本件訴訟の提起時において、本件訴訟の原告は原告B及び亡原告A(以下、両名を併せて「原告B夫妻」という。)であったが、亡原告Aは訴訟係属後の令和□年□月□日に死亡し、その相続人らのうち、原告B及び原告Cが亡原告Aの権利義務を相続し、本件訴訟を承継した。その余の亡原告Aの相続人らは、原告B にその相続分を譲渡し、または亡原告Aの権利義務を相続して本件訴訟を承継した上で訴えを取り下げたため、本件訴訟の当事者となっていない。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により 渡し、または亡原告Aの権利義務を相続して本件訴訟を承継した上で訴えを取り下げたため、本件訴訟の当事者となっていない。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴ 関係法令の定め ア旧優生保護法の定め(甲A1)旧優生保護法は、昭和23年7月13日に成立し、同年9月11日に施行された法律であり、平成8年法律第105号による改正が行われる以前は、以下の規定が置かれていた(なお、以下では、同法第二章中の優生手術に関する規定を「本件各規定」ないし「優生条項」という。)。 (ア) 1条(この法律の目的) - 3 -この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。 (イ) 2条(定義)1項この法律で優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不 能にする手術で命令をもって定めるものをいう。 (ウ) 3条(医師の認定による優生手術)1項医師は、左の各号の一に該当する者に対して、本人の同意並びに配偶者(中略)があるときはその同意を得て、優生手術を行うことがで きる。但し、未成年者、精神病者又は精神薄弱者については、この限りでない。 a 1号本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの b 2号本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有しているものc 3号ないし5号略(エ) 4条(審査を要件とする優生手術の申請) 医師は 、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有しているものc 3号ないし5号略(エ) 4条(審査を要件とする優生手術の申請) 医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患に罹っていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなければならない。 (オ) 5条(優生手術の審査) - 4 -a 1項都道府県優生保護審査会は、前条の規定による申請を受けたときは、優生手術を受くべき者にその旨を通知するとともに、同条に規定する要件を具えているかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、申請者及び優生手術を受くべき者に通知する。 b 2項都道府県優生保護審査会は、優生手術を行うことが適当である旨の決定をしたときは、申請者及び関係者の意見をきいて、その手術を行うべき医師を指定し、申請者、優生手術を受くべき者及び当該医師に、これを通知する。 (カ) 12条(精神病者等に対する優生手術) 医師は、別表第1号又は第2号に掲げる遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱にかかっている者について、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(中略)第20条(中略)又は第21条(中略)に規定する保護者の同意があった場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる。 (キ) 13条a 1項都道府県優生保護審査会は、前条の規定による申請を受けたときは、本人が同条に規定する精神病又は精神薄弱に罹っているかどうか及び優生手術 ができる。 (キ) 13条a 1項都道府県優生保護審査会は、前条の規定による申請を受けたときは、本人が同条に規定する精神病又は精神薄弱に罹っているかどうか及び優生手術を行うことが本人保護のために必要であるかどうかを審査の上、優生手術を行うことの適否を決定して、その結果を、申 請者及び前条の同意者に通知する。 b 2項医師は、前項の規定により優生手術を行うことが適当である旨の決定があったときは、優生手術を行うことができる。 (ク) 別表(4条、12条関係)a 1号遺伝性精神病:精神分裂病、そううつ病、てんかん b 2号遺伝性精神薄弱 - 5 -c 3号顕著な遺伝性精神病質:顕著な性欲異常、顕著な犯罪傾向d 4号顕著な遺伝性身体疾患:ハンチントン氏舞踏病、遺伝性脊髄性運動失調症、遺伝性小脳性運動失調症、神経性進行性筋い縮症、進行性筋性筋栄養障がい症、筋緊張病、先天性筋緊張消失症、先天性軟骨発育障がい、白児、魚りんせん、多発性軟性神経繊維しゅ、結節性 硬化症、先天性表皮水ほう症、先天性ポルフイリン尿症、先天性手掌足しよ角化症、遺伝性視神経い縮、網膜色素変性、全色盲、先天性眼球震とう、青色きよう膜、遺伝性の難聴又はろう、血友病e 5号強度な遺伝性奇型:裂手、裂足、先天性骨欠損症イ旧優生保護法施行規則の定め(乙A21) 旧優生保護法施行規則(昭和27年8月4日厚生省令第32号)1条は、優生手術は下記1ないし4号の術式によると定めていた。 (ア) 1号精管切除結さつ法(精管を陰のう根部で精索からはく離して、2センチメートル以上を切除し、各断端を焼しやく結さつするものをいう。) (イ ないし4号の術式によると定めていた。 (ア) 1号精管切除結さつ法(精管を陰のう根部で精索からはく離して、2センチメートル以上を切除し、各断端を焼しやく結さつするものをいう。) (イ) 2号精管離断変位法(精管を陰のう根部で精索からはく離して切断し、各断端を結さつしてから変位固定するものをいう。)(ウ) 3号ないし4号略⑵ 旧優生保護法の平成8年改正旧優生保護法は、平成8年6月18日に成立した「優生保護法の一部を改 正する法律(平成8年法律第105号)」によって改正され(以下、この改正を「平成8年改正」という。)、名称が母体保護法に改められた。平成8年改正により、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとの目的(1条)が削除され、法律中の「優生手術」の語が「不妊手術」に改められ、3条1項1号及び2号、4条ないし13条の各規定(本件各規定・優生条項) は全て削除された。(争いのない事実) - 6 -⑶ 一時金の支給に関する法律の制定(甲A116)旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(平成31年法律第14号。以下「一時金支給法」という。)は平成31年4月24日に制定された。 一時金支給法の前文には、「昭和23年制定の旧優生保護法に基づき、あ るいは旧優生保護法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、平成8年に旧優生保護法に定められていた優生手術に関する規定が削除されるまでの間において生殖を不能にする手術又は放射線の照射を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきた。このことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深 くおわびする。今後、これらの方々の名誉と尊 術又は放射線の照射を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきた。このことに対して、我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深 くおわびする。今後、これらの方々の名誉と尊厳が重んぜられるとともに、このような事態を二度と繰り返すことのないよう、全ての国民が疾病や障害の有無によって分け隔てられることなく相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向けて、努力を尽くす決意を新たにするものである。ここに、国がこの問題に誠実に対応していく立場にあることを深く自覚 し、この法律を制定する。」との記載がある。 ⑷ 当事者等ア亡原告Aは、○〇年〇月〇日生の男性である。亡原告Aは、先天性ろうであり、本件訴訟提起当時、聴覚障害2級、言語機能障害3級等の障害を有しており、身体障害者等級は1級であった。(甲B1、18、原告B本 人)原告Bは、△△年△月△日生の女性である。原告Bは、●●年頃に鼻ジフテリアと両中耳炎を発症し、それを機に耳が聞こえなくなった。原告Bは、聴覚障害1級、言語機能障害1級の障害を有しており、身体障害者等級は1級であり、会話は手話で行い、日本語で書かれている文章を読むこ とが困難な状況にある。(甲B1、19、原告B本人) - 7 -イ原告B夫妻は、▲▲年▲月▲日に同居を開始し、同年■月■日に婚姻をした。原告B夫妻の間に子はいない。(甲B1、9、原告B本人、弁論の全趣旨)ウ亡原告Aは、令和元年9月13日、九州医療センターにおいて旧優生保護法一時金請求に係る診断を受けて、福岡県庁の窓口に旧優生保護法一時 金支給請求書を提出し、同年12月9日、一時金の支給決定を受けた。かかる診断の診断書(以下「本件診断書」という。)には、手術痕として両側鼡径部頭側の位 受けて、福岡県庁の窓口に旧優生保護法一時 金支給請求書を提出し、同年12月9日、一時金の支給決定を受けた。かかる診断の診断書(以下「本件診断書」という。)には、手術痕として両側鼡径部頭側の位置に2cmの長さの手術痕がある旨、当該手術痕について精管結さつか鼡径ヘルニアの手術痕かどうかは不明である旨の記載がある。(甲B2、3、16、17、原告B本人) エ原告B夫妻は、令和元年12月24日に本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)。 オ亡原告Aは、本件訴訟係属後の令和□年□月□日に死亡し、その相続人らのうち、原告B及び原告Cは亡原告Aの権利義務を相続し、本件訴訟を承継した(当裁判所に顕著な事実)。その余の亡原告Aの相続人ら及びそ の相続人は、原告Bにその相続分を譲渡するか、亡原告Aの権利義務を相続して本件訴訟を承継した上で、訴えを取り下げた。亡原告Aの本件損害賠償請求権にかかる原告Bの相続分は10分の9、原告Cの相続分は40分の1である。(甲B4、6の1~7の2、B13の1~15の2) 2 本件の争点 ⑴ 亡原告Aに対する優生手術実施の有無(争点1)⑵ 旧優生保護法の違憲性(争点2)⑶ 被告の違法行為の有無(争点3)ア国会議員の違法行為イ厚生大臣及び厚生労働大臣の違法行為 ウ法務大臣の違法行為 - 8 -エ文部大臣及び文部科学大臣の違法行為⑷ 原告B夫妻の損害の発生及び数額(争点4)⑸ 旧民法724条後段の適用の可否(争点5) 3 争点に対する当事者の主張⑴ 亡原告Aに対する優生手術実施の有無(争点1) (原告らの主張)亡原告Aは、原告Bと婚姻する直前の昭和42年10月頃、当時の勤務先に亡原告Aの父が訪れた直後、社長 事者の主張⑴ 亡原告Aに対する優生手術実施の有無(争点1) (原告らの主張)亡原告Aは、原告Bと婚姻する直前の昭和42年10月頃、当時の勤務先に亡原告Aの父が訪れた直後、社長に職場近く(a市b区c周辺)の医院に連れて行かれ、何も説明されないまま、下半身に局所麻酔の注射を打たれ、下腹部のどこかをメスで切られ、何等かの医療器具で糸を結ぶような作業(精管 結さつと考えられる。)を行う手術を受けた。亡原告Aの父は前記のとおり障害をもつ原告Bとの結婚の前提として亡原告Aに手術を受けさせたものと推測され、原告B夫妻には結婚以来子ができなかったことから、亡原告Aは、上記手術が優生手術であったことを確信するようになった。 原告Bは、結婚翌年の初夏頃、亡原告Aがしきりに陰部をかゆがり、かき むしることを不審に思うとともに、結婚から半年を経っても妊娠しないことをいぶかしく思っていたことから、亡原告Aにかいていた部位を見せてもらい、優生手術の手術痕を確認した。この際、原告Bが確認した手術痕は、本件診断書(甲B2)で指摘された手術痕とは異なる部位であり、鼡径部ではなく陰嚢部の長さ1~1.5cmほどの傷跡である。本件診断書指摘の手術 痕は、亡原告Aが結婚前に受けた盲腸の手術痕と20年以上前に受けた鼡径ヘルニアの手術痕である。原告Bが確認した傷跡は精管結さつ術の手術痕と矛盾せず、この信用性を疑わせる事情はないことから、これが優生手術の手術痕であると認められる。 亡原告Aが受けた手術については、都道府県優生保護審査会に付された形 跡がなく、旧優生保護法3条に基づく手術と推測されるが、本人の同意を欠 - 9 -いているため同条の要件を満たしておらず、同法にすら違反した手術であった。 (被告の主張) れた形 跡がなく、旧優生保護法3条に基づく手術と推測されるが、本人の同意を欠 - 9 -いているため同条の要件を満たしておらず、同法にすら違反した手術であった。 (被告の主張)証人尋問及び原告B本人尋問の結果を踏まえても、亡原告Aに対して優生手術が実施された事実が高度の蓋然性をもって立証されたとはいえない。 ⑵ 旧優生保護法の違憲性(争点2)(原告らの主張)旧優生保護法は、次のとおり、憲法の規定する原理に違反し、原告B夫妻の権利を侵害するものであり、違憲である。 ア個人の尊厳原原理(憲法13条前段)違反 憲法13条前段は、すべて人は、その属性や社会的地位にかかわらず、等しく尊重されることを個人の尊厳原理として保障するものである。 しかるに、旧優生保護法の目的は、特定の疾患や障害がある者を「不良」な生まれてはいけない存在と位置づけ、社会内における存在を根底から否定するものであって、同法は憲法13条前段が保障する個人の尊厳原 理に反しており、違憲である。 イ幸福追求権(憲法13条後段)に対する侵害自己の身体の処分に関わる自由、家族の形成維持に関わる婚姻の自由及び生殖能力を持ち、子を産み育てるかどうかを決定する自由等は、個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とするものであるから、幸福追求権の内 容である自己決定権として憲法13条後段により保障される。 旧優生保護法に基づいて優生手術を受け、生殖機能を奪われた者は、「不良」な存在と決定づけられて人格的価値を不可逆的に否定され、子を産み育てる自由を奪われ、その結果、生殖機能がない故に家庭形成の前提となる結婚の意思決定権を著しく阻害される。旧優生保護法は、その目的 及び手段が自己の身体の処分に関わる自由、 否定され、子を産み育てる自由を奪われ、その結果、生殖機能がない故に家庭形成の前提となる結婚の意思決定権を著しく阻害される。旧優生保護法は、その目的 及び手段が自己の身体の処分に関わる自由、子を産み育てる自由及び家庭 - 10 -の形成維持等の様々な自己決定の自由を奪い、自己実現を妨げるものであって、憲法13条後段に違反する。 ウ平等原則(憲法14条1項)違反旧優生保護法は、同法3条及び4条に規定する特定の疾患や障害のある者に対して、優生手術及び人工妊娠中絶手術を実施することができるとし ているところ、このような障害者等に対する別異の取扱いに合理的理由はなく、旧優生保護法は平等原則(憲法14条1項)に違反する。 (被告の主張)原告らの事実の評価に係る主張あるいは意見であり、認否の限りでない。 ⑶ 被告の違法行為の有無(争点3) ア国会議員の違法行為(原告らの主張)(ア) 旧優生保護法の立法行為及び改廃不作為の違法上記⑵(原告らの主張)記載のとおり、昭和23年の立法時点で旧優生保護法が違憲であることは明白であるところ、国会議員による立法行為及 び可及的速やかに同法を改廃すべきであったのに平成8年までこれをしなかった立法不作為は、国賠法1条1項の適用上違法である。 (イ) 偏見差別解消のための立法不作為の違法国会議員は、昭和23年に旧優生保護法を制定して以降、同法を改廃することなく長期にわたり存続せしめたものであり、そのこと自体により優 生手術の対象とされた障害者に対する差別と偏見を国民の間に浸透せしめたほか、障害者の人間としての尊厳を否定する優生政策を通じて社会内に障害者に対する根深い偏見差別を植え付けた。 国会議員のかかる先行行為に基づき作出 た障害者に対する差別と偏見を国民の間に浸透せしめたほか、障害者の人間としての尊厳を否定する優生政策を通じて社会内に障害者に対する根深い偏見差別を植え付けた。 国会議員のかかる先行行為に基づき作出助長された障害者に対する偏見差別を解消するためには、遅くとも平成8年の旧優生保護法改正の時点に おいて、①国会としての明確な謝罪、②優生思想の克服及び障害者に対す - 11 -る偏見差別解消に向けての被告(国)の責務の明示、③被害回復のために有効な特別措置を内容とする新たな立法措置を講じることが必要不可欠であり、かつ明白であったところ、国会議員は現在に至るまで正当な理由なく長期にわたってこれを怠っており、国賠法1条1項の適用上違法である。 (被告の主張)(ア) 旧優生保護法の立法行為及び改廃不作為国賠法1条1項の「違法」とは、あくまで国の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することをいうものと解される。そして、国会議員は立法に関しては原則として国民全 体に対する政治的責任にとどまり、その立法行為又は立法不作為が個々の国民に対する法的義務に違反したとして国賠法1条1項の適用上違法となるのは極めて例外的な場合に限られるところ、原告ら主張の事情をもってしても、このような例外的な場合に該当するとはいえない。 (イ) 偏見差別解消のための立法不作為 先行行為が不法行為を構成する場合には、それによって生じた損害は、特別の定めがない限り、先行行為の不法行為責任として発生する金銭賠償の方法による損害賠償により回復されるべきものであり、かかる損害賠償義務とは別に、損害回復のための作為義務を観念することはできない。原告らが主張する偏見差別解消のための立法不作為による する金銭賠償の方法による損害賠償により回復されるべきものであり、かかる損害賠償義務とは別に、損害回復のための作為義務を観念することはできない。原告らが主張する偏見差別解消のための立法不作為による損害は、原告らが 違法行為として主張する旧優生保護法の立法行為及び同法を改廃しない立法不作為と相当因果関係のある損害に含まれ、独立して別個の違法行為を構成するものではない。 また、原告らが主張する各立法措置を積極的に命じる憲法上の規定は存在せず、各措置につき国会議員が行使の機会を確保すべき原告らの権利の 内容さえ明確でないから、国会議員において、国民に憲法上保障されてい - 12 -る権利行使の機会を確保するために原告らの主張する措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であったとはいえない。 イ厚生大臣及び厚生労働大臣の違法行為(原告らの主張)(ア) 厚生大臣及び厚生労働大臣は、障害者の福祉の増進に関する事務を所掌 している(厚生労働省設置法4条1項87号)にもかかわらず、違憲性が明白な旧優生保護法が議員立法により制定されたことについて、速やかに憲法適合性を審査し、その違憲性を指摘してその改廃を国会に働きかけ、あるいは、自ら改廃を提案すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を果たすことはなかった。それどころか、都道府県を主導して旧優生 保護法に基づく優生手術の被施術者を多数生み出し、それを可能にするための宣伝活動等によって障害者等に対する偏見差別を作出助長し、優生手術の実施を推進した。このような厚生大臣及び厚生労働大臣の公権力の行使たる行為につき、国賠法上の違法が認められる。 (イ) これらの先行行為を行った厚生大臣及び厚生労働大臣は、障害者の被害 回復を可能な限り図るととも うな厚生大臣及び厚生労働大臣の公権力の行使たる行為につき、国賠法上の違法が認められる。 (イ) これらの先行行為を行った厚生大臣及び厚生労働大臣は、障害者の被害 回復を可能な限り図るとともに、国民の間に浸透せしめられた障害者に対する偏見差別を除去するための抜本的な方策を講ずる義務を負っていたというべきであるが、現在まで有効な施策を講じておらず、かかる不作為は国賠法1条1項の適用上違法である。 (被告の主張) (ア) 国賠法1条1項の主張は、あくまで国民すなわち原告らに対して負担する職務上の法的義務に違反することをいう。そして、ある作為が職務上の法的義務であるといえるためには、当該公務員にとって当該作為の発生要件及び作為すべき内容が明確であることを要するところ、原告らが主張する諸法規や作為の性質からして、公務員において通常行うべきものとして 認識できる程度に当該作為の発生要件及び作為すべき内容が明確であると - 13 -はいえないし、職務上の法的義務は原告らを含む個々の国民に対して負うものではない。また、法律の改廃について固有の権限を有するのは国会ないし国会議員であるから(憲法41条)、国務大臣において旧優生保護法の改廃を提案すべき職務上の法的義務を負っていたとはいえない。 (イ) 国賠法4条により適用される民法の規定(417条、722条1項、7 23条)に照らすと、先行行為である優生手術の実施の推進に係る違法行為が不法行為を構成する場合には、国務大臣の障害者に対する偏見差別を除去するための抜本的な方策を講じないという不作為による損害は、先行行為の不法行為責任として発生する金銭賠償の方法による損害賠償により回復されるべきものであり、かかる損害賠償義務と別に損害回復のための 作為義務を観 策を講じないという不作為による損害は、先行行為の不法行為責任として発生する金銭賠償の方法による損害賠償により回復されるべきものであり、かかる損害賠償義務と別に損害回復のための 作為義務を観念することはできないから、原告ら主張の不作為が先行行為から独立して別個の不法行為を構成する余地はない。原告らは、国会議員ないし国務大臣の不作為によって生じた損害は、偏見差別にさらされる地位に置かれるという被害であり、優生手術による被害とは異なる旨主張するが、上記損害は優生手術の実施に係る不法行為と相当因果関係のある損 害に含まれる。 ウ法務大臣の違法行為(原告らの主張)(ア) 法務大臣は、人権啓発及び民間における人権擁護運動の助長に関する事務を所掌している(法務省設置法4条1項27号)ほか、政府における法 律部門の責任者として違憲性が明白な旧優生保護法が議員立法により制定されたことについて、速やかに憲法適合性を審査し、その違憲性を指摘してその改廃を国会に働きかけ、あるいは、自ら改廃を提案すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を果たすことはなかった。それどころか、厚生(労働)省の問合せへの回答等を通じて優生政策を法律的に根拠 づけ、障害者等に対する偏見差別を作出助長し、優生手術の実施を推進し - 14 -た。このような公権力の行使たる職務行為につき、国賠法上の違法性が認められる。 (イ) これらの先行行為を行った法務大臣は、旧優生保護法の改廃を提案する義務のほか、障害者の被害回復を可能な限り図るとともに、国民の間に浸透せしめられた障害者に対する偏見差別を除去するための抜本的な方策を 講ずる義務を負っていたというべきであるが、現在まで有効な施策を講じておらず、かかる不作為は国賠法1条1項の適用上 民の間に浸透せしめられた障害者に対する偏見差別を除去するための抜本的な方策を 講ずる義務を負っていたというべきであるが、現在まで有効な施策を講じておらず、かかる不作為は国賠法1条1項の適用上違法である。 (被告の主張)(ア) 上記イ(被告の主張)(ア)と同じ。 (イ) 上記イ(被告の主張)(イ)と同じ。 エ文部大臣及び文部科学大臣の違法行為(原告らの主張)(ア) 文部大臣及び文部科学大臣は、教育に関する機関に対し、専門的、技術的な指導と助言を与えること(文部省設置法4条1号)、民主教育の体系を確立するための最低基準に関する法令案その他教育の向上及び普及に必 要な法令案を作成すること(同条2号)並びに教育の振興及び生涯学習の推進を中核とした豊かな人間性を備えた創造的な人材の育成(文部科学省設置法3条1項)を任務とし,小学校、中学校、高等学校、盲学校、ろう学校、養護学校及び幼稚園に関し、教育課程、教科用図書その他の教材、施設、編制、身体検査、保健衛生等についての最低基準に関する法令案を 作成すること(文部省設置法5条25号)、豊かな人間性を備えた創造的な人材の育成のための教育改革に関すること(文部科学省設置法4条1号)、生涯学習に係る機会の整備の推進に関すること(同条2号)、初等中等教育の振興に関する企画及び立案並びに援助及び助言に関すること(同条7号)、初等中等教育の基準の設定に関すること(同条9号)、教 科用図書の検定に関すること(同条10号)を所管事務としている。 - 15 -それにもかかわらず、文部大臣及び文部科学大臣は、違憲性が明白な旧優生保護法が議員立法により制定されたことについて、速やかに憲法適合性を審査し、その違憲性を指摘してその改廃を国会に働きかけ、あるい それにもかかわらず、文部大臣及び文部科学大臣は、違憲性が明白な旧優生保護法が議員立法により制定されたことについて、速やかに憲法適合性を審査し、その違憲性を指摘してその改廃を国会に働きかけ、あるいは、自ら改廃を提案すべき義務を負っていたにもかかわらず、その義務を果たすことはなかった。それどころか、教育に関する機関に対し、専門 的、技術的な指導と助言を与えること等の事務を所掌しているにもかかわらず、旧優生保護法制定後も学習指導要領等を通じて積極的に優生思想を普及・浸透させる教育を行い、障害者等に対する偏見差別を作出助長し、優生手術の実施を推進した。このような施策は、憲法13条及び14条1項に違反する教育内容であることは明白であり、文部大臣及び文部科学大 臣の公権力の行使たる職務行為につき、国賠法上の違法が認められる。 (イ) これらの先行行為を行った文部大臣及び文部科学大臣は、優生政策が誤っていたことを徹底的に普及し、教育・啓発等を行う等して国民の間に浸透せしめられた障害者に対する偏見差別を除去するための抜本的な方策を講ずる義務を負っていたというべきであるが、現在まで有効な施策を講じ ておらず、かかる不作為は国賠法1条1項の適用上違法である。 (被告の主張)(ア) 上記イ(被告の主張)(ア)と同じ。 (イ) 上記イ(被告の主張)(イ)と同じ。 ⑷ 原告B夫妻の損害の発生及び数額(争点4) (原告らの主張)原告B夫妻は、旧優生保護法に関する政策によって存在そのものを否定され、偏見差別にさらされる地位に置かれ、全人格的被害を受け続けてきたことに加え、亡原告Aに優生手術が実施されたことにより子を産み育てることができない人生を強いられ、多大な精神的苦痛を被った。これらは、人生の あらゆるス に置かれ、全人格的被害を受け続けてきたことに加え、亡原告Aに優生手術が実施されたことにより子を産み育てることができない人生を強いられ、多大な精神的苦痛を被った。これらは、人生の あらゆるステージにおいて原告B夫妻の尊厳を貶めるものであって、原告B - 16 -夫妻が被った被害は甚大であり、これを慰謝するために必要な金員は各自につき3000万円を下らない。また、弁護士費用は各自につき300万円が相当である。 原告Bは固有の損害賠償請求権及び亡原告Aから相続した損害賠償請求権を、原告Cは原告Aから相続した損害賠償請求権を有するところ、原告Bに つき一部請求として4400万円、原告Cにつき82万5000円の支払を求める。 (被告の主張)不知。 ⑸ 旧民法724条後段の適用の可否(争点5) (原告らの主張)ア旧民法724条後段の規定は、起草過程、現行民法改正の内容からして、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効を規定したものである。 被告は、現在に至るまで、旧優生保護法及びそれに基づく政策の推進によって障害者等に対する偏見・差別を作出・助長する強化な社会構造を形 成しておきながら、これによる偏見・差別を解消するための有効な施策を講じていないのであるから、その不法行為は今も継続しており、消滅時効は完成していない。 また、仮に被告が消滅時効を援用したとしても、当該援用は信義則違反又は権利濫用に当たり認められない。 イ(ア) 旧民法724条後段について除斥期間を定めた規定と解したとしても、旧優生保護法に基づく優生政策によって作出された障害者等に対する差別・偏見を除去するための抜本的な施策を講じることを怠っており、被告による不法行為は現在もなお継続されているから、除斥期間 としても、旧優生保護法に基づく優生政策によって作出された障害者等に対する差別・偏見を除去するための抜本的な施策を講じることを怠っており、被告による不法行為は現在もなお継続されているから、除斥期間は起算されない。 (イ) 仮に除斥期間が適用されるとしても、早くとも一時金支給法において - 17 -「真摯に反省し、心から深くおわびする」ことを初めて公にしたことをもってようやく不法行為が終了したというべきであるから、起算点は一時金支給法が制定された平成31年4月24日と解すべきである。 (ウ) 仮に除斥期間が経過したと評価するとしても、除斥期間の経過による効果を生じさせることが著しく正義・公平に反するような特段の事情が ある場合には、条理上その効果を制限すべきであり、被害者が自己の受けた被害が被告による不法行為であると明確に認識し得たと評価できる時から、なお具体的な提訴を可能とするに足る相当期間が経過するまでは、除斥期間の適用は制限されると解すべきである。 本件では、亡原告Aがろう者であり、情報保障のない中手術を強いら れたこと、原告B夫妻が旧優生保護法について知るきっかけとなった全日本ろうあ連盟の調査は提訴を念頭に置いたものではなかったこと、亡原告Aが原告ら代理人と面談し、提訴の意思を初めて示して程ない時期に、亡原告AがICU管理を含む長期間の入院を余儀なくされたこと、そもそも亡原告Aは脳梗塞後遺症のために半身不随があり、自ら手話に よって被害を伝えることが困難な状況にあったことなどの事情に照らせば、亡原告Aが退院する令和元年9月18日以前には、原告B夫妻が本件訴訟を提起することは事実上不可能であった。したがって、本件において具体的な提訴が可能となった時期とは、令和元年9月18日から相当期間を 原告Aが退院する令和元年9月18日以前には、原告B夫妻が本件訴訟を提起することは事実上不可能であった。したがって、本件において具体的な提訴が可能となった時期とは、令和元年9月18日から相当期間を経過した時期というべきであるところ、原告B夫妻は、亡原告 Aの退院からほどなくして提訴に至っているのであるから、除斥期間の適用は制限されるべきである。 (エ) 本件において、国賠法4条を介した旧民法724条後段を適用することは憲法17条の趣旨に反するものであり認められない。 (被告の主張) ア旧民法724条後段が除斥期間を定めたものであることは明らかであ - 18 -り、これを時効期間と解する原告らの主張は失当である。 イ(ア) 国賠法1条1項に基づく損害賠償請求権は、同法4条及び旧民法724条後段により、不法行為の時から20年を経過したときに消滅するところ、亡原告Aが本件手術を受けたとする昭和42年10月頃から20年後の昭和62年10月頃は既に経過しており、原告B夫妻が損害賠償 請求権を取得したとしても、除斥期間の経過により当然に消滅している。 (イ) 除斥期間の起算点は原告B夫妻の具体的な権利を侵害したと主張する亡原告Aへの優生手術の実施時と解するのが相当であり、一般的、抽象的規範である法律の存在とそれに基づく政策の実施による個々の具体的 な権利侵害があったとは認められないから、優生手術の実施時以外の時点を除斥期間の起算点と解することはできない。 また、除斥期間経過の効果制限に関する判例法理における旧民法724条後段の効果が生じない「特段の事情」が認められる場合とは、①時効停止に係る各規定のように、その法意を参照することにより除斥期間の 経過による効果を制限する根拠となる明文の規定と 旧民法724条後段の効果が生じない「特段の事情」が認められる場合とは、①時効停止に係る各規定のように、その法意を参照することにより除斥期間の 経過による効果を制限する根拠となる明文の規定と当該規定により法定された客観的な事由に相当する事由があり、かつ、②その客観的な事由が債務者の不法行為に起因するため、除斥期間の経過による効果を債権者に甘受させることが著しく正義・公平の理念に反するといった極めて例外的な場合に限られる。本件については、除斥期間の経過による効果を制 限する根拠となる法律上の規定はなく、①に係る客観的な事由に相当する事由があるとはいえず、②の要件も充足しない。 (ウ) 原告らは、「特段の事情」が認められるための要件として、上記①の要件は不要である旨主張すると解されるが、除斥期間の経過による効果を制限する根拠を法律の「一般条項」や明文の規定に基づかない「条理」そ のものに求めることはできないのであって、原告らの主張は旧民法72 - 19 -4条後段の解釈適用を誤るものであり、理由がない。 (エ) 一般的な法令違憲の審査において、国賠法4条、旧民法724条後段は、いずれも憲法17条に違反せず、一般的合憲性を有するし、国賠法4条、旧民法724条後段は、優生手術等の実施により原告らが取得したとする損害賠償請求権についても当然に適用が予定されているから、 原告らの主張は一般的合憲性の認められる国賠法4条、旧民法724条後段が当然に予定している場合の一部につき、その適用を違憲と主張するものにほかならず、主張自体失当である。 第3 争点に対する判断 1 認定事実等 当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実を総合すると、本件の事実経過は以下のとおり ず、主張自体失当である。 第3 争点に対する判断 1 認定事実等 当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実を総合すると、本件の事実経過は以下のとおりである。 ⑴ 旧優生保護法制定後の優生政策の推進等ア旧優生保護法の改正及び厚生省による通知等昭和24年法律第216号による旧優生保護法の改正では、法4条につ いて制定当初「公益上必要があると認めるときは、」の次に「前条の同意を得なくとも、」との文言が存在し、また「申請することができる。」とされていたものが、「前条の同意を得なくとも、」の文言が削られ、「申請しなければならない。」に改められた。これにより、要件を満たす場合の医師による申請が義務となった。同改正を受けて、厚生省(当時。以下 同じ。)は、同年6月25日付けで各都道府県知事に対し、厚生省発衛第80号を発出した。そこでは、旧優生保護法4条の改正について、「強制の場合を強化し、本邦の優生上不良の子孫の出生を防止する目的を徹底する趣旨である」旨記載されていた(甲A52)。 また、厚生省は、手術を受けるべき者がこれを拒否した場合の取扱いについての法務府(現法務 省)の回答を受け、同年10月24日、各都道府県知事宛てに衛発第10 - 20 -77号を発出し、本人が手術を受けることを拒否した場合にも手術を強行できること、具体的場合に応じ、真にやむを得ない限度において身体拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることが許される場合があることを周知した(甲A53、55)。 昭和27年法律第141号による旧優生保護法の改正では、同法3条1 項1号について従前「本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有しているもの」とされていたものが、「 和27年法律第141号による旧優生保護法の改正では、同法3条1 項1号について従前「本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有しているもの」とされていたものが、「本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの」と改められ、同項による手術の対象範囲が広がった。また、指定医師による人工妊 娠中絶について、改正前同法12条は改正後同法14条として規定され、その対象が、遺伝性ではない精神病等を有する者を含めた同法14条各号に規定する者に広がった。 厚生省は、昭和28年6月12日、各都道府県知事に対し、厚生省発衛第150号を発出し、審査を要件とする優生手術(同法4条)について、 「当然に本人の意思に反しても、これを行うことができる」、「真にやむを得ない限度において身体拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解して差し支えない」と周知した(甲A51)。また、厚生省は昭和29年12月24日、各都道府県衛生部長に対し、「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」と題する衛発第 119号を発出し、「本年度における11月迄の実施状況をみるに…実施計画を相当に下廻る現状にあるので、なお一層のご努力をいただき、計画通り実施するように願いたい。」旨記載した(甲A59)。さらに、厚生省は昭和32年4月27日、各都道府県衛生主管部(局)長に対し、優生手術の実施件数が各府県別に比較すると不均衡である旨言及したうえ、関 係者に対する啓蒙活動と努力によって優生手術の実施の実をあげることに - 21 -配慮するよう依頼した(甲A60)。 イ教育的政策文部省(当時。以下同じ。)の作成した昭和 え、関 係者に対する啓蒙活動と努力によって優生手術の実施の実をあげることに - 21 -配慮するよう依頼した(甲A60)。 イ教育的政策文部省(当時。以下同じ。)の作成した昭和33年の中学校の保健体育の学習指導要領には、「遺伝による精神病の予防としては、優秀な配偶者を選ぶとか、劣悪な素質の者には断種(子どもが生まれないような手術) を施すことが必要である」と記載されていた(甲A19)。 文部省が昭和45年に改訂した高等学校学習指導要領では、保健体育の科目において「結婚と優生」について扱うこととされた(甲A20)。そして、昭和47年に発行された保健体育の高等学校学習指導要領解説には、「心身に特別な異常をもつ子孫の出生を防止し、母性の生命や健康を 保護することを目的とした優生保護法にふれ、これに基づいて行われている優生手術や人工妊娠中絶の現状を知らせる。」と記載されている(甲A21)。また、昭和47年の特殊教育諸学校高等部学習指導要領においても、優生保護を取り扱うこととされた(A23)。 文部省の教科書検定を受け、昭和45年頃から昭和47年頃まで発行さ れていた複数の高校の保健体育の教科書には、優生思想についての記述があり、「劣悪な遺伝を除去し、健全な社会を築くために優生保護法があり、本人あるいは親族の同意によって優生手術や人工妊娠中絶が行われることもある。」、「国民優生とは、優生学にもとづいて国民の質の向上に努めることである。そのために、劣悪な遺伝素質をもっている人びとに対 しては、できるかぎり受胎調節をすすめ、必要な場合は、優生保護法により、受胎・出産を制限することができる。また、国民優生思想の普及により、人びとがすすんで国民優生政策に協力し、劣悪な遺伝病を防ぐことがのぞましい。」、「悪 調節をすすめ、必要な場合は、優生保護法により、受胎・出産を制限することができる。また、国民優生思想の普及により、人びとがすすんで国民優生政策に協力し、劣悪な遺伝病を防ぐことがのぞましい。」、「悪質な遺伝性疾病が子孫にあらわれるのを予防するために、優生保護法により、優生手術や人工妊娠中絶を行いうることとなっ た。」、「国民優生においては、とくに悪質な遺伝性疾患が伝えられるこ - 22 -とを防止することが重要とされている。」等の記載がされていた。(甲A27、28、33、34)昭和53年に学習指導要領が改訂された後の昭和54年頃に発行されていた複数の高校の保健体育の教科書では優生思想についての記述があり、「精神的・身体的に望ましくない因子を遺伝するおそれのある場合は、優 生手術や妊娠中絶をおこなうことができる」、「われわれの子孫に、不良な遺伝子を残さないようにすることを優生という。」、「国でも優生の問題を重視し、その対策として1948年に優生保護法を制定し、優生上問題になる疾病のある場合には、妊娠中絶や優生手術を認めている。」、「わが国では、とくに次代にわるい影響をおよぼしたり、子どもの不幸が 予測される遺伝病の因子をもつ人びとのために、優生保護法が定められており、優生手術や人工妊娠中絶ができるようになっている。」等の記載がされていた。(甲A36、38、42、43)⑵ 全国における優生手術の実施昭和24年から平成8年までの間に全国で行われた旧優生保護法3条1項 1号又は2号に基づく優生手術の実施件数は合計6967件、同法4条に基づく優生手術の実施件数は合計1万4609件、同法12条に基づく優生手術の実施件数は1909件であった。(争いのない事実、甲A3)⑶ 平成8年改正前の厚生省における議論及び 967件、同法4条に基づく優生手術の実施件数は合計1万4609件、同法12条に基づく優生手術の実施件数は1909件であった。(争いのない事実、甲A3)⑶ 平成8年改正前の厚生省における議論及び平成8年改正国際連合において昭和46年に「精神薄弱者の権利宣言」(甲A87) が、昭和50年に「障害者の権利宣言」(甲A88)がそれぞれ採択され、昭和56年には国際障害者年の取組みが行われるなど障害者の権利についての国際的な意識が高まる中、旧優生保護法の優生思想の問題点について、昭和50年代後半頃以降、厚生省内部でも議論が行われていた。昭和58年5月18日には、自民党政務調査会の社会部会・優生保護法等検討小委員会か ら、旧優生保護法は立法趣旨の根底に人口政策や民衆の逆淘汰の防止といっ - 23 -た思想が存在するため、今日の社会思潮と医学水準等に照らして法の基本面に問題がある旨の報告がされた(甲A89)。昭和63年9月6日付の厚生省家庭母子衛生課作成の「優生保護法改正問題について(試論)」には、強制手術は、人権侵害も甚だしいものであり、また、そもそも、精神障害、精神薄弱などは遺伝率もきわめて低く、優生保護の効果としても疑問があるこ とから、廃止すべきである旨記載されていた(甲A10)。 旧優生保護法は、平成8年6月26日、目的その他の規定のうち不良な子孫の出生を防止するという優生思想に基づく部分が障害者に対する差別となっていることを理由に優生条項が削除され、母体保護法に改正された。 ⑷ 平成8年改正後の状況 ア平成8年改正後、優生手術に対する謝罪を求める会が結成され、同会は被告に対し、平成9年に優生保護法による優生手術の被害者に対する謝罪、優生手術についての実態調査と実態の解明、総合的に救済するための 平成8年改正後、優生手術に対する謝罪を求める会が結成され、同会は被告に対し、平成9年に優生保護法による優生手術の被害者に対する謝罪、優生手術についての実態調査と実態の解明、総合的に救済するための適切な対策等を求める要望書を提出し、平成11年の厚生省との会合において実態調査をするよう求めるなどして、実態解明と補償の申入れを繰り 返した(争いのない事実、甲A96)。 イ平成16年3月24日の参議院厚生労働委員会において、当時の厚生労働省大臣は、議員からの優生手術の実態調査や今後の対策について問われた際、今はそこまで考えていない、こういう法律があった以上、対象者になった人があることだけは紛れもない事実だと思っている、そういう人た ちが今はどういう立場にいるのかは把握していないが、こういう歴史的な経緯がこの中にあったことは事実であるから、そうした事実を今後どうしていくかということは、今後考えていきたいと思っている旨答弁した(争いのない事実)。 ウ国連人権(自由権)規約委員会は、平成10年11月に、「法律が強制 不妊の対象となった人達の補償を受ける権利を規定していないことを遺憾 - 24 -に思い、必要な法的措置が取られることを勧告」し、平成20年10月及び平成26年8月には、履践されていない勧告を実行すべきである旨勧告した。 平成28年3月、国連女性差別撤廃委員会が被告に対し優生保護法による強制不妊手術について、調査研究、加害者の処罰、被害者の法的救済な どを勧告した(争いのない事実)。 平成29年2月、日本弁護士連合会が「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等適切な措置を求める意見書」を発表した(甲A110)。同年、優生手術に対する謝罪を求める会が「 弁護士連合会が「旧優生保護法下において実施された優生思想に基づく優生手術及び人工妊娠中絶に対する補償等適切な措置を求める意見書」を発表した(甲A110)。同年、優生手術に対する謝罪を求める会が「優生手術に関する声明文」を発表した(争いのない事 実)。 ⑸ 旧優生保護法に関する訴訟提起等ア平成30年1月30日、旧優生保護法による優生手術を受けたとする女性が、仙台地方裁判所に対し、国を被告として、同法が違憲であると主張して国家賠償請求訴訟(以下「「仙台一陣訴訟」という。)を提起した (争いのない事実)。 イ被告は、平成30年4月25日に至るまで旧優生保護法に基づく優生手術の実態調査をせず、優生手術を受けた者等への救済制度の導入の検討をしなかった(争いのない事実)。 ⑹ 一時金支給法の内容等 一時金支給法は、優生手術等を受けた者に対する一時金の支給に関し必要な事項等を定めることを目的とする法律であり(同法1条)、一時金の額は320万円と定められている(同法4条)。もっとも、一時金支給法に基づく請求受付件数は、令和4年9月4日時点においても1186件にとどまっている。(甲A116、200) ⑺ 優生手術に関する資料の保管状況等 - 25 -厚生労働省によって平成30年9月6日に公表された都道府県等及び厚生労働省が保管する旧優生保護法関係資料の調査結果によれば、優生手術の実施が確認でき、個人が特定できるのは3079件にとどまり、福岡県及び福岡市では0件であった。(甲A212、213)⑻ 原告B夫妻が本件訴訟を提起するに至った経緯等 ア全日本ろうあ連盟は、仙台一陣訴訟の提起を受けて、平成30年3月から、旧優生保護法に基づくろう者に対する強制不妊手術等の実施状況について、各県の加盟 妻が本件訴訟を提起するに至った経緯等 ア全日本ろうあ連盟は、仙台一陣訴訟の提起を受けて、平成30年3月から、旧優生保護法に基づくろう者に対する強制不妊手術等の実施状況について、各県の加盟団体を通じた調査を開始した。 同年3月中旬頃、全日本ろうあ連盟の理事であるDは、同連盟の会員のうち、子のいないろう者の夫婦を対象に、優生手術を受けていないか調査する過程で、従来の知人で あった原告Bから、亡原告Aが手術を受けたために子がいないのだと聞いた。(甲A210、証人D、原告B本人)イ平成30年3月下旬頃、Dは原告B夫妻の自宅を訪ね、亡原告Aの聞き取り調査を行った。(甲A210、証人D、原告B本人)ウ同年6月に大阪で開催された全国ろうあ者大会では、ろう者の中で優生 手術の被害を受けた人が多数いたことが大きな問題として取り上げられ、参加していた原告Bは提訴に前向きな発言をしていた。大会後、全日本ろうあ連盟は強制不妊対策チームを立ち上げた。これを受けて、Dらは原告B夫妻に提訴をすることを勧め、支援する旨申し出たところ、原告Bは反対の意向であったが、亡原告Aは提訴の希望を述べた。(甲A210、甲 B9、証人D、原告B本人)エその後、全日本ろうあ連盟の要請を受けて福岡県でも弁護団が立ち上げられ、同年11月に初めて原告代理人らから原告B夫妻に対する聞き取りが実施された。(甲A210、甲B9、証人D、原告B本人)オ平成31年2月18日、亡原告Aが誤嚥性肺炎を発症して入院するなど して原告代理人らの亡原告Aに対する聞き取りが一時中断したことや、亡 - 26 -原告Aが令和元年9月18日まで入院していたこともあり、原告B夫妻が本件訴訟を提起したのは同年12月24日となった。(甲A210、甲B9、10、 聞き取りが一時中断したことや、亡 - 26 -原告Aが令和元年9月18日まで入院していたこともあり、原告B夫妻が本件訴訟を提起したのは同年12月24日となった。(甲A210、甲B9、10、証人D、当裁判所に顕著な事実) 2 争点1(亡原告Aに対する優生手術実施の有無)について⑴ 本件においては、亡原告Aに対する優生手術に関する手術記録や診療録と いった客観的証拠や執刀医等の供述がなく、かつ、優生手術を受けたとする亡原告Aの供述も存せず、優生手術の実施を裏付ける直接証拠が存在しない。そこで、亡原告Aの関係者である原告B及びDの供述ないし証言及び間接事実から亡原告Aに対する優生手術の実施を認めることができるか否かについて検討する。 ⑵ 原告Bの供述内容について原告B本人は、亡原告Aに対する優生手術の実施に関し、要旨、以下のとおり供述する。 ア亡原告Aと結婚した翌年である昭和43年の7月頃、原告B夫妻の自宅の4畳半の畳の部屋で向かい合って食事をしていたところ、亡原告Aがし きりにパンツの中に右手を入れて下腹部を掻いていたため、見せて欲しいと言ったところ、ちゃぶ台で対面した位置で亡原告Aはズボンとパンツを下ろし、陰毛をよけて陰嚢の右側にある線状の手術痕を見せてくれた。傷の長さは1~1.5cmくらいであり、傷は茶色っぽく、傷の周囲は掻いていたために赤っぽくなっていた。陰嚢の左側は見ていない。このとき、 陰部よりもう少し上のところにも手術痕があるのを見た。 イその後、亡原告Aから「結婚式の1週間ほど前に社長に呼ばれ、病院に連れていかれた。健康診断だろうと思っていたら、ズボンを脱がされ、手を拘束されて手術を受けさせられた」、そのせいで「子供ができないかもしれない」旨を聞いた。亡原告Aは、恥ずかしくて誰 呼ばれ、病院に連れていかれた。健康診断だろうと思っていたら、ズボンを脱がされ、手を拘束されて手術を受けさせられた」、そのせいで「子供ができないかもしれない」旨を聞いた。亡原告Aは、恥ずかしくて誰にも言えなかった、 他の人に言わないようにと言い、ごめん、ごめんとたくさん謝られた。 - 27 -⑶ Dの証言内容についてDは、亡原告Aに対する優生手術の実施に関し、要旨、以下のとおり証言する。 ア平成30年3月中旬頃、原告Bと面談した際に、原告Bから「主人が結婚の1週間前に会社の社長に連れていかれて手術をした、子供が作れな い、子供ができない」旨を聞いた。 イ同年3月下旬頃、原告B夫妻の自宅を訪ね、改めて話を聞いた。このとき、亡原告Aは「結婚の1週間前に社長に呼ばれた、ついていったら病院だった。結婚をするから健康診断かなと思ったが、ズボンを脱いでと言われて、分からないなと思いながら言われたままズボンを脱いだら、突然痛 みがあり、腹立たしい気持ちになった」旨を話して、下半身の性器辺りを指した。亡原告Aは半身が自由に動かないため、原告Bが「睾丸の横、ペニスの横」という表現で補足をしてくれた。亡原告Aは「手術をした後は子供はできなかったから、これは子供ができない手術だと思った、すごい痛みだったから、もうこれで子供は作れないんじゃないかと思った」旨も 述べた。自らは亡原告Aの手術痕は見ておらず、原告Bから「2cmくらいの傷跡を見た」と聞いた。 ⑷ 原告Bの供述及びDの証言の信用性についてアそこで検討するに、原告Bが亡原告Aから聞いたとする話の内容及び亡原告Aの陰嚢の右側にある傷を確認した状況に関する原告B本人の供述 は、傷を確認するに至る経緯も含めて具体的であり、原告B夫妻の心情の 討するに、原告Bが亡原告Aから聞いたとする話の内容及び亡原告Aの陰嚢の右側にある傷を確認した状況に関する原告B本人の供述 は、傷を確認するに至る経緯も含めて具体的であり、原告B夫妻の心情の吐露も交えた自然なものである上、Dが原告B夫妻の自宅を訪ねた際に原告B夫妻から聞いた話として証言する内容とも一致している。そして、原告B本人の供述によれば、原告Bが亡原告Aの傷を確認し、手術を受けたことを打ち明けられたのは約50年以上前の出来事であるものの、原告B にとっては、子を産み育てることを望んでいたにもかかわらず、婚姻の約 - 28 -1年後に、夫の陰嚢部の傷を見た上、手術を受けたために子ができない旨を聞くことにより、子どもを産み育てる希望が叶わない事実に直面するという大きな衝撃を伴うものであることから、年月の経過により正確性が失われていく類の体験とは評価できず、その内容に記憶違いが生じる可能性は極めて低いというべきである。加えて、原告B本人及びDにおいて、亡 原告Aの重大なプライバシーとなるべき事項につき、あえて虚偽の内容を述べ、これを公にするということも考え難い。 よって、原告B本人の供述とDの証言はいずれも信用することができ、原告Bは、昭和43年7月頃、亡原告Aの陰嚢の右側の傷を確認し、亡原告Aから前記⑵イのとおりの話を聞いたことが認められ、Dは、平成30 年3月下旬頃、亡原告Aから⑶イのとおりの話を聞いたことが認められる。 イそして、亡原告Aが原告B及びDに話した内容は、原告Bが確認した傷と一致する上、病院に連れて行かれた際に思ったことなどを含め、臨場感を有するものであること、手術の部位や時期からして亡原告Aにとって極 めて衝撃の大きい体験であり、強く記憶に残る出来事であると考えられること、 に連れて行かれた際に思ったことなどを含め、臨場感を有するものであること、手術の部位や時期からして亡原告Aにとって極 めて衝撃の大きい体験であり、強く記憶に残る出来事であると考えられること、実際に、昭和43年7月頃に原告Bに話した内容と平成30年3月下旬頃にDに話した内容は一致していること、とりわけ、亡原告Aが結婚の約1年後という時期に、原告Bに対してあえて虚偽の話をする事情も見当たらないことからすれば、亡原告Aが原告B及びDに話した内容は、信 用することができる。 よって、亡原告Aは、昭和42年10月頃、原告Bと結婚する約1週間前に、何も説明を受けないまま、勤め先の社長に病院に連れて行かれ、陰嚢部に手術を受けたものと認められる。 ⑸ 被告の主張について ア被告は、①本件診断書(甲B2)に陰嚢部の傷の指摘がないこと、②昭和 - 29 -43年頃に一度だけ見た傷についての記憶の正確性に疑問がある上、原告B本人の供述が補充陳述書(甲B16)の内容と比較して詳細である点で不自然であること、③補充陳述書(甲B16)の陳述内容と供述内容に変遷があること、④原告らが、本件診断書に基づき鼠径部の傷跡が優生手術の手術痕であるとの主張から、右陰嚢部の傷跡が上記手術の手術痕であると主張を変 更したことから、原告Bが亡原告Aの手術痕の位置について供述を変遷させたことがうかがわれるので、原告B本人の供述は信用できない旨主張する。 イそこで検討するに、上記①については、本件診断書作成時に原告Bは立ち会っておらず、亡原告Aは半身不随である上に手話通訳の立会いもなく、自らの意思を医師に伝えられる状態になく(原告B本人)、手術箇所が陰 嚢部であるという話が医師に伝わっていなかったこと、陰嚢部の傷跡は時間の経過とともに陰嚢 である上に手話通訳の立会いもなく、自らの意思を医師に伝えられる状態になく(原告B本人)、手術箇所が陰 嚢部であるという話が医師に伝わっていなかったこと、陰嚢部の傷跡は時間の経過とともに陰嚢のしわのように見えてくるので目立たなくなるという知見(甲A218、221)があり、50年以上前の陰嚢部の手術痕が時間の経過により本件診断書作成時には消えていた可能性があること等からすれば、本件診断書において陰嚢部の手術痕の指摘がないことは、原告 Bの供述の信用性を減殺するものではない。 上記②については、前記⑷イで述べたとおり、その体験の内容に照らし、年月の経過により正確性が失われていくものとは考え難い。 上記③についても、原告B本人が供述する傷を確認した際の状況、すなわち、4畳半の畳の部屋で小さなちゃぶ台を囲んでいたという状況からす れば、左隣という位置と向かい合う位置は、原告Bが右側に少し動けば評価が容易に変化しうる位置であり、原告Bが右側に動いて亡原告Aに近づき、傷を見せてもらった旨も供述していることから、変遷とは評価できない。また、傷を見ていた時間についての供述は、5分や10分という表現をしてはいるものの、短い時間という趣旨で供述していることからすれ ば、この点も、従前しっかりじっくり見たわけではないという陳述(甲B - 30 -16)からの変遷とは評価できない。 上記④について、そもそも原告Bの陳述書において手術痕の位置について明確に言及しておらず、本件診断書についても、原告Bには日本語で書かれた文章を一人で読んで理解するということが難しく、旧優生保護法一時金支給の請求のための本件診断書の取得も妹に手伝ってもらい、その記 載内容について理解しないまま一時金支給の請求書を提出したにすぎないことからすれ で理解するということが難しく、旧優生保護法一時金支給の請求のための本件診断書の取得も妹に手伝ってもらい、その記 載内容について理解しないまま一時金支給の請求書を提出したにすぎないことからすれば(原告B本人)、原告Bの供述内容に変遷は存しない。そして、被告が指摘する原告らの主張の変更も原告Bの供述の信用性を減殺するものではない。 すなわち、原告ら代理人は、上記の事情を前提に、本件診断書に記載さ れた傷跡が優生手術の痕と矛盾しないため、亡原告Aや原告Bに手術痕の位置や形状について具体的な聞き取りをしていなかったところ、当裁判所からの求釈明を受けて原告Bに甲B2号証を示して聞き取りをした際に、原告Bが初めて原告ら代理人の傷跡の位置についての主張の誤りに気づき、原告ら第16準備書面に至って主張を変更するという事態に至ったと いうものであり、以上の主張の変更の経緯は必ずしも不自然とはいえない。そして、変更後の主張は、傷の存在について医師の診断書という客観的な裏付けがないものであるところ、虚偽又は傷跡の位置の記憶が曖昧であれば、このように不利益な変更をするとは考え難い。 ウよって、被告の上記主張はいずれも採用することができない。 ⑹ 亡原告Aが受けた手術は旧優生保護3条又は4条の申請に基づく優生手術といえるかについてア男性に対する優生手術の術式としては、精管切除結さつ法及び精管離断変位法の2つがある(前提事実⑴イ)ところ、原告Bが昭和43年頃に見た亡原告Aの陰嚢部の傷痕は、精管切除結さつ法による手術痕と位置や形状 として矛盾しない(甲A218、223)。このことに加え、本件手術の - 31 -時期が優生手術の実施時期と重複しており、福岡県においても優生手術が実施されたことが報告されていること(甲 として矛盾しない(甲A218、223)。このことに加え、本件手術の - 31 -時期が優生手術の実施時期と重複しており、福岡県においても優生手術が実施されたことが報告されていること(甲A3)、亡原告Aが先天性ろうであり(前提事実⑷ア)、旧優生保護法4条所定の「別表に掲げる疾患に罹っている」者に該当し得る身体疾患があったこと、手術が行われた時期が結婚式の1週間前であったこと(原告B本人)、当時、亡原告Aが陰嚢 部に手術を要するような疾患にり患していたことをうかがわせる事情はないこと、手術の後、原告B夫妻に子ができなかったこと等を総合的に考慮すれば、亡原告Aが受けた手術は旧優生保護法4条の申請に基づく優生手術であったものと推認することができる。 イ原告らは、本件手術について都道府県優生保護審査会に付された形跡が ないため、旧優生保護法3条に基づく手術であったとも主張する。しかし、同法3条による優生手術は、本人の同意があることが必要であるところ、原告B本人の供述によれば、亡原告Aは、そもそも優生手術の説明を受けていないことが認められるから、亡原告Aに対して同意に基づく優生手術が実施されたとは認められない。また、証拠(甲A212、213) によれば、旧優生保護法関係資料の保管状況調査の結果、福岡県における都道府県審査会の決定に関する資料は10件のみであり、相当数が逸失したと考えられることからすれば、本件手術について都道府県優生保護審査会に付されたことが分かる資料等が存在しないとしても不自然ではない。 ウ以上によれば、昭和42年10月頃、亡原告Aに対し、旧優生保護法4 条の申請に基づく優生手術が実施されたことが認められる。 3 争点2(旧優生保護法の違憲性)について⑴ 憲法13条は、すべての国民が 、昭和42年10月頃、亡原告Aに対し、旧優生保護法4 条の申請に基づく優生手術が実施されたことが認められる。 3 争点2(旧優生保護法の違憲性)について⑴ 憲法13条は、すべての国民が個人として尊重され、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利について、立法その他国政の上で、最大限の尊重を必要とする旨を定めているところ、子を産み育てるか否かについて意思決定 する自由や、意に反して身体への侵襲を受けない自由は、同条後段により保 - 32 -障されるものと解される。 そこで検討するに、旧優生保護法は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止することを目的とし(同法1条)、その目的を達成する手段として、特定の障害又は疾患を有する者に対して生殖機能を不可逆的に奪う優生手術を行うことを許容する優生条項を含むものであった。かかる立法目的は、特 定の障害又は疾患を有する者が一律に不良な存在であることを前提とする差別的な思想に基づくものであって正当性を欠く上、目的達成の手段も身体に強度の侵襲を伴う不妊手術を行うという極めて非人道的なものであって、正当性も合理性もおよそ認められないというほかない。 したがって、旧優生保護法の優生条項が、対象となる特定の障害や疾患を 有する者の自己決定権を侵害するものであったことは明らかであるから、同条項は憲法13条後段に違反する。 ⑵ 憲法14条1項は、すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないと定めているところ、同項後段に列挙された事項は例示的 なものであり、この平等の要請は、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨であると解される(最 るところ、同項後段に列挙された事項は例示的 なものであり、この平等の要請は、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、差別的な取扱いをすることを禁止する趣旨であると解される(最高裁判所昭和39年5月27日同37年(オ)第1472号大法廷判決・民集18巻4号676頁)。 そして、旧優生保護法の優生条項が上記(1)のとおり差別的な思想に基づく ものであり、その目的及び手段のいずれも合理性を欠くことからすると、同条項は、対象となる特定の障害や疾患を有する国民とその他の国民とで異なる不合理な差別的取扱いを定めるもので、法の下の平等に反することは明らかであるから、憲法14条1項に違反する。 4 争点3(被告の違法行為の有無)について ⑴ 原告らは、当時の国会議員による旧優生保護法の立法行為につき、国家賠償 - 33 -法上違法である旨主張する。 ⑵ 国会議員の立法行為又は立法不作為が国賠法1条1項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって、当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容又は立法 不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても、直ちに違法の評価を受けるものではない。しかし、その立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障され、又は保護されている権利利益を違法に侵害するものであることが明白な場合や、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、 国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法又は立法不作為は、国賠法1条1項の規定 法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、 国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには、例外的に、国会議員の立法又は立法不作為は、国賠法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けるものというべきである(最高裁判所平成17年9月14日同13年(行ツ)第82号等大法廷判決・民集59巻7号2087頁、最高裁判所平成27年12月16日同25年(オ)第1079号大法廷判決・民集69巻8号24 27頁参照)。 ⑶ 前記3において認定したとおり、旧優生保護法の優生条項は、その内容に照らして明らかに憲法13条後段、14条1項に違反しており、対象となる特定の障害や疾患を有する者の憲法13条後段、14条1項で保障される人権を侵害するものであることは明らかであるから、国会議員による旧優生保 護法の優生条項に係る立法行為は、当該立法の内容が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であるにもかかわらずこれを行ったものとして国賠法の規定の適用上、違法と評価すべきであり、その立法を行った国会議員には少なくとも過失があると言える。 ⑷ そして、前記2のとおり、亡原告Aが旧優生保護法4条に基づく優生手術 を受けたことが認められるから、被告は、亡原告Aが本件優生手術によって - 34 -被った被害につき、原告らに対し国賠法1条1項に基づく損害賠償義務を負うというべきである。 ⑸ 原告らは、国会議員による旧優生保護法の立法行為のほか、同法の改廃不作為、偏見差別解消のための立法不作為、厚生大臣及び厚生労働大臣、法務大臣、文部大臣や文部科学大臣による優生手術の実施推進や偏見差別解消の ための有効な施策を講じないことの違法性を選択的に主張するが、これらの行為により発生した原 、厚生大臣及び厚生労働大臣、法務大臣、文部大臣や文部科学大臣による優生手術の実施推進や偏見差別解消の ための有効な施策を講じないことの違法性を選択的に主張するが、これらの行為により発生した原告らの損害は、上記のとおり当時の国会議員が旧優生保護法を立法した結果、亡原告Aに対して同法に基づく優生手術が行われたことにより発生した損害を上回ることはないと考えられるから、その余の選択的主張については判断を要しない。 5 争点4(原告B夫妻の損害の発生及び数額)について⑴ 亡原告Aの損害前記認定のとおり、亡原告Aは、本人の同意のないまま強制的に優生手術を受けさせられ、大きな苦痛を伴う身体への侵襲を受けた上、生殖機能を不可逆的に喪失したことで、子をもうけるという選択肢を絶たれたものであ り、子をもうけるか否かという憲法13条後段により保障されている重要な意思決定の自由を侵害された。また、このような身体への侵襲及び身体的機能の喪失というにとどまらず、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを目的とした旧優生保護法の本件各規定に基づき優生手術を受けさせられた者として、一方的に旧優生保護法上「不良」との認定を受けたも のであり、かかる差別的な烙印は、亡原告Aの個人の尊厳を著しく損ねるものであり、この点についても精神的損害を被ったことからすれば、優生手術により亡原告Aが被った損害に係る慰謝料としては、1400万円と認めるのが相当である。 ⑵ 原告Bの損害 原告Bは、亡原告Aとの結婚直前に、亡原告Aがその同意なく優生手術を - 35 -受けさせられ、生殖機能を不可逆的に喪失したことで、亡原告Aとの間の子を設けることができなくなったもので、配偶者との子を産み育てるかどうかという憲法上の権 その同意なく優生手術を - 35 -受けさせられ、生殖機能を不可逆的に喪失したことで、亡原告Aとの間の子を設けることができなくなったもので、配偶者との子を産み育てるかどうかという憲法上の権利である重要な意思決定の自由を妨げられるなど、甚大な精神的苦痛を受けたと評価できる。したがって、原告Bも亡原告Aに対する優生手術によって損害を被ったというべきであり、その精神的苦痛に対する 慰謝料は、上記のとおり亡原告Aに対する慰謝の措置が別途講じられることも踏まえ、200万円と認めるのが相当である。 ⑶ 弁護士費用本件の諸事情を考慮すると、国会議員による前記立法行為と相当因果関係のある亡原告Aの弁護士費用は140万円、原告Bの弁護士費用は20万円と 認めるのが相当である。 ⑷ 原告らの損害のまとめ以上より、亡原告Aの被った損害の額は1540万円、原告Bの被った損害の額は220万円であるところ、相続等によって原告Bの有する損害賠償請求権は1606万円、原告Cの有する損害賠償請求権は38万5000円と なる。 6 争点5(旧民法724条後段の適用の可否)について⑴ 旧民法724条後段の法的性質旧民法724条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解される(最高裁判所平成元年12月21日昭和59年(オ)第 1477号第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁参照。以下「最高裁平成元年判決」という。)。 原告らは、旧民法724条後段が除斥期間ではなく消滅時効を定めたものであると主張する。 しかし、最高裁平成元年判決以降、旧民法724条後段の規定が除斥期間 を定めたものであることは既に確立した判例法理となっているし、除斥期間 - 36 -と解しても最高裁平成10 する。 しかし、最高裁平成元年判決以降、旧民法724条後段の規定が除斥期間 を定めたものであることは既に確立した判例法理となっているし、除斥期間 - 36 -と解しても最高裁平成10年判決(最高裁判所平成10年6月12日同5年(オ)第708号第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁)及び最高裁平成21年判決(最高裁判所平成21年4月28日同20年(受)第804号第三小法廷判決・民集63巻4号853頁)のように同規定の解釈により妥当な結論を導くことは可能であるから、直ちにこの判例法理を変更すべき理由 があるとはいえない。民法724条2号において20年の期間が消滅時効である旨明文で定められたが、同法改正附則35条1項により、民法施行時(令和2年4月1日)に既に20年が経過していた場合には、なお従前の例によると規定されていることからすれば、民法改正によって上記判例法理が変更されたものではないと解される(最高裁判所令和3年4月26日同元年 (受)第1287号第二小法廷判決・民集75巻4号1157頁参照)。よって、原告らの上記主張を採用することはできない。 ⑵ 除斥期間の起算点について原告らは、旧民法724条後段を除斥期間と解するとしても、所定の期間の起算点は、早くとも一時金支給法において「真摯に反省し、心から深くお わびする」(前文)ことを初めて公にしたことをもってようやく不法行為が終了したというべきであるから、一時金支給法が制定された平成31年4月24日と解すべきである旨主張する。 しかし、旧民法724条後段所定の除斥期間の起算点は,「不法行為の時」と規定されており,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の 場合には,加害行為の時がその起算点となると考えられところ、国賠法上違法が認 条後段所定の除斥期間の起算点は,「不法行為の時」と規定されており,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の 場合には,加害行為の時がその起算点となると考えられところ、国賠法上違法が認められる被告の不法行為である旧優生保護法の立法行為と相当因果関係のある原告らの損害は、亡原告Aが優生手術を受けさせられたことにより生殖能力を失い、子を産み育てることを決する権利や意に反して身体への侵襲を受けない権利を侵害されたことにあると解されることからすれば、本件 における旧民法724条後段の「不法行為の時」とは、亡原告Aに対する優 - 37 -生手術が行われ、損害が発生した昭和42年10月17日頃であるといわざるを得ない。 ⑶ 旧民法724条後段の適用制限についてア旧民法724条後段の規定は、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図して、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、請求 権の存続期間を画一的に定めたものと解される。このような除斥期間の制度目的・趣旨に鑑みれば、被害者側の固有の事情を考慮して除斥期間の規定の適用を制限するような例外を認めることは、基本的に相当ではない。 もっとも、このような除斥期間の規定も例外を一切許容しないものではなく、被害者や被害者の相続人による権利行使を客観的に不能又は著しく困 難とする事由があり、しかも、その事由が、加害者の当該違法行為そのものに起因しているなど、除斥期間の規定の適用によりもたらされる結果が著しく正義・公平の理念に反するような場合に、正義・公平の観点から、事案の性質・内容に応じて除斥期間の適用を制限することは、相当に例外的であったとしても、検討することができるものと解される(最高裁平成 10年判決、最高裁平成21年判決参照)。 イ 事案の性質・内容に応じて除斥期間の適用を制限することは、相当に例外的であったとしても、検討することができるものと解される(最高裁平成 10年判決、最高裁平成21年判決参照)。 イこの点につき、原告らは、本件において除斥期間の適用が制限されるべきである旨主張しているので、本件について除斥期間の適用が制限されるか否かを検討する。 (ア) 権利行使の困難性 本件において権利行使を客観的に著しく困難とする事由があったかについて検討するに、まず、平成8年改正における優生条項廃止の時点までは、優生手術は法律に基づいて行われた措置だったのであり、そのこと自体から、優生手術の被害者らにおいて権利行使は客観的に著しく困難であったものと認められる。また、平成8年改正に際しても、被告か ら優生手術の被害者に対する謝罪の意思表示はされておらず、同改正後 - 38 -も、被告は仙台一陣訴訟提起後の平成30年4月25日に至るまで優生手術の実態調査や救済制度の導入をせず、同改正から約23年後の平成31年4月24日に一時金支給法が制定され、その前文で反省と謝罪の意を表するまで、被告が優生条項及び同条項に基づく優生手術の誤りを正面から認めることはなかった。このような状況においては、一般的に 自身の有する障害等によって司法へのアクセスが通常よりも困難であることに加え、優生手術の対象にされる等して歴史的に形成されてきた障害者に対する社会的な差別・偏見に苦しみ、自身も優生手術を受けさせられたことに深い羞恥心や自責の念を抱えていた者にとって、自身で情報収集をして優生手術の違法性について声をあげたり、優生手術を受け させられたことを他人に打ち明ける等して相談し、訴訟提起の前提となる情報や相談機関にアクセスすることは、長期に って、自身で情報収集をして優生手術の違法性について声をあげたり、優生手術を受け させられたことを他人に打ち明ける等して相談し、訴訟提起の前提となる情報や相談機関にアクセスすることは、長期にわたり著しく困難であったといえる。 原告B夫妻は、平成30年3月下旬頃にDから旧優生保護法について説明を受けるまで旧優生保護法や、仙台一陣訴訟の存在を知らなかった ことが認められるところ、亡原告Aの受けた不妊手術が旧優生保護法に基づく違法なものであると認識するのに長期間を要したことには、原告B夫妻がそれぞれ抱える障害に加え、上記事情が背景にあったものと認められ、上記時点まで、原告B夫妻には権利行使が極めて困難な客観的事情があったというべきである。 (イ) 被告の重大な帰責性前記1で認定したとおり、憲法の趣旨を踏まえた施策を推進していくべき地位にある被告が、明らかに憲法に違反する優生条項を、昭和23年の成立から平成8年改正まで旧優生保護法に存置し、優生手術を長きにわたって外観上適法とせしめていた上、これを推進する施策を採り、 学校教育においても優生思想を助長・促進したことにつき、原告B夫妻 - 39 -の平成8年までの権利行使を困難にしたことについて帰責性があることは明らかである。そして、平成8年改正においても、旧優生保護法の違憲性について明確に言及しておらず、平成8年改正後も、被告は、少なくとも一時金支給法制定までは、優生手術を受けさせられた被害者への適切な対応や救済措置を採らず、旧優生保護法の違憲性も優生手術の被 害に遭った障害者等に対する責任も何ら認めていないのであるから、原告B夫妻が優生手術に係る国家賠償請求訴訟の提起ができない状況を意図的に作出したとまではいえないものの、結果として上記状況 の被 害に遭った障害者等に対する責任も何ら認めていないのであるから、原告B夫妻が優生手術に係る国家賠償請求訴訟の提起ができない状況を意図的に作出したとまではいえないものの、結果として上記状況が作出されたことに変わりはなく、被告に重大な帰責性があるといわざるを得ない。 (ウ) 人権侵害の重大性上記の事情に加え、本件で原告B夫妻が受けた被害は、特定の障害を有することのみを理由に、憲法に違反した法律に基づいて生殖機能を身体への侵襲を伴う手術によって強制的かつ不可逆的に奪われ、子を産み育てる機会まで奪われるという、極めて強烈ないし苛烈な人権侵害であ る。このように国による憲法違反の法律に基づく施策の一環として公に行われてきた人権侵害に対する損害賠償請求権(憲法17条)よりも民法上の法的安定性(法律関係の速やかな確定)を例外なく優先させなければならない理由は見出し難い。 (エ) 憲法の最高法規性、憲法尊重擁護義務 憲法は、国の最高法規であり(憲法98条1項)、国会議員等の公務員は憲法を尊重し擁護する義務を負っており(同法99条)、憲法違反の法律等によって生じた被害の救済を、憲法より下位の規範である旧民法724条後段を無条件に適用することによって拒絶することは相当ではないというべきである。 (オ) 小括 - 40 -以上のとおり、憲法の趣旨を踏まえた施策を推進していくべき地位にあった被告が、旧優生保護法の優生条項を立法し、それを推進する施策によって極めて強度の人権侵害を行った上、平成8年改正後もその態度を是正してこなかったところ、これに起因して、原告B夫妻において訴訟提起の前提となる情報や相談機関へのアクセスが著しく困難な環境に あったものと認められる。 そして、 8年改正後もその態度を是正してこなかったところ、これに起因して、原告B夫妻において訴訟提起の前提となる情報や相談機関へのアクセスが著しく困難な環境に あったものと認められる。 そして、原告B夫妻は、平成30年3月下旬頃にDから旧優生保護法について説明を受けたことを契機として、受けた被害が被告による不法行為であることを初めて認識した後、令和元年12月24日に本件訴訟の提起に至ったものである。証拠(甲B9、証人D、原告B本人)及び 弁論の全趣旨によれば、原告B夫妻が本件訴訟の提起に至るまで約1年9か月の時間を要したのには、長年優生手術を受けさせられたことに深い羞恥心や自責の念を抱える中で、優生手術を受けたことを公表した上、被告に対して責任追及をするということに恐れや不安を感じていたことや、手話を日常使用する原告B夫妻と原告代理人らの意思疎通が通 常よりも困難であったこと、亡原告Aが半身不随状態にあって自ら手話によって被害を伝えることが困難な状況にあったこと、平成31年2月に亡原告Aが体調を悪化させ、その後入院していたこと等の理由があったことが認められ、原告らに帰責すべき事由とはいえない。 以上の事情からすれば、原告らの被告に対する損害賠償請求権につい て除斥期間の規定を適用し、当該権利を消滅させることは著しく正義・公平の理念に反するというべきであるから、本件においては、除斥期間の適用が制限され、その効果は生じないものというべきである。 ウ被告の主張について被告は、最高裁平成元年判決、最高裁平成10年判決及び最高裁平成21 年判決を引用し、本件については、①除斥期間の経過による効果を制限する - 41 -根拠となる明文の規定が存しないこと、②除斥期間の経過による効果を債権者に甘受させる び最高裁平成21 年判決を引用し、本件については、①除斥期間の経過による効果を制限する - 41 -根拠となる明文の規定が存しないこと、②除斥期間の経過による効果を債権者に甘受させることが著しく正義・公平の理念に反することが認められないことから、除斥期間の適用は制限されない旨主張する。しかし、最高裁平成元年判決は、加害者による援用なくして除斥期間の経過により損害賠償請求権が消滅することから、加害者による除斥期間徒過の主張に対する被害者か らの信義則違反や権利濫用の主張自体を失当としたものと解されるのであって、事案の性質・内容に応じてその例外として除斥期間の適用が制限されることがあり得ることは最高裁平成10年判決及び最高裁平成21年判決において既に示されているところである。また、両判決は、上記①と②を除斥期間の適用を制限する場合の要件として明示したものではなく、それぞれの事 案の性質・内容に応じて除斥期間の適用を制限する法的構成を示したものにすぎないと考えられる。そして、本件においては最高裁平成10年判決及び最高裁平成21年判決がその法意を参照した民法158条1項や同法160条のような時効期間の経過による効果を制限する根拠となる明文の規定は見当たらないものの、両判決のいう法意とは、重大な被害を受けた者の権利行 使が不能または著しく困難であり、その原因を作出した加害者の帰責性が重大である場合に加害者が責任を全部免れることは著しく正義・公平の理念に反するというものであると解されるから、両判決の存在により直ちに本件における除斥期間の成否が左右されることにはならないというべきである。よって、被告の上記主張を採用することはできない。 ⑷ まとめ以上のとおり、原告らの被告に対する国賠法1条1項に基づく ける除斥期間の成否が左右されることにはならないというべきである。よって、被告の上記主張を採用することはできない。 ⑷ まとめ以上のとおり、原告らの被告に対する国賠法1条1項に基づく各損害賠償請求権は、除斥期間の経過によって消滅したものとはいえず、その消滅をいう被告の主張は採用することができない。 第4 結論 以上によれば、原告Bの請求は、1606万円及びこれに対する不法行為の後 - 42 -の日である令和2年5月14日から支払済みまで旧民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限りで認容し、原告Cの請求は、38万5000円及びこれに対する不法行為の後の日である令和2年5月14日から支払済みまで旧民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限りで認容し、その余の請求はいずれも理 由がないから棄却し、仮執行宣言については相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。 福岡地方裁判所第6民事部 裁判長裁判官上田洋幸 裁判官中山詩穂 裁判官林雅子は、転補により署名押印することができない。 裁判長裁判官上田洋幸 (別紙当事者目録掲載省略)

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る