平成15(わ)811 非現住建造物等放火,殺人未遂被告

裁判年月日・裁判所
平成16年3月25日 福岡地方裁判所
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判決文本文21,362 文字)

平成16年3月25日宣告裁判所書記官平成15年(わ)第811号非現住建造物等放火被告事件平成15年(わ)第886号殺人未遂被告事件判決 主文 被告人を懲役13年に処する。 未決勾留日数中220日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,第1 無職で生活費に窮したことから将来を悲観し,自殺を決意した際,かねて近隣住民らから自分の陰口を言われていると思い込んでいたことから,その仕返しをするなどのために,通りすがりの子供を殺害しようと企て,平成15年5月12日午前8時6分ころ,福岡市a区bc丁目d番e号付近路上において,通学途中のV(当時10歳)に対し,瓶に入れて携帯していたガソリンを同児の背後からその着衣等に浴びせかけた上,所携のライターでその着衣等に点火して燃え上がらせ,同児を殺害しようとしたが,同児が逃走し,近隣住民に救護されたため,同児に加療約6か月間以上を要する背部等熱傷(第3度,29パーセント)の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった第2 上記第1の所為後,自宅に戻り,自殺しようとした際,自宅に放火しようと企て,同日午前8時11分ころ,福岡市a区bc丁目f番g号の実母Aら所有の木造瓦葺2階建家屋(床面積合計約74.08平方メートル)の1階の居間に置かれた紙くず等の入ったゴミ袋や,同室内及び仏間の畳等にガソリンをまいた上,ガソリンのかかった上記ゴミ袋にライターで点火するなどして放火し,その火を同家屋の床板,内壁等に燃え移らせてこれを全焼させ,もって現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない建造物を焼損したものである。 (証拠の標目)〈略〉(法令の適用) るなどして放火し,その火を同家屋の床板,内壁等に燃え移らせてこれを全焼させ,もって現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない建造物を焼損したものである。 (証拠の標目)〈略〉(法令の適用)被告人の判示第1の所為は刑法203条,199条に,判示第2の所為は同法109条1項にそれぞれ該当するところ,判示第1の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役13年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中220日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (弁護人の主張に対する判断)第1 争点弁護人らは,被告人が,本件各犯行当時,精神障害により事理の是非を弁別しその弁別に従って行動する能力が著しく減退した状態すなわち心神耗弱の状態であったと主張するが,当裁判所は,被告人には完全責任能力が認められると判断した。以下その理由を述べる。 第2 前提事実関係各証拠によれば以下の各事実が認められる。 1 被告人の生活歴及び本件各犯行に至るまでの行動等(1) 被告人は,高校卒業後,職を転々としていたが,後述するように昭和62年7月から昭和63年9月までの間に,3回精神病院への入退院を繰り返し,その後は,日雇いや派遣会社社員などの短期間の仕事をしていた。 被告人は,かねて判示第2記載の家屋(以下「自宅」という。)において両親と同居していたが,実父に対して暴力を振るうなどしたことから,昭和63年9月に被告人が精神病院を退院した後,両親は家を出て行き,被告人は一人暮らしとなった。その後平成6年に被告人の実父が死亡す 両親と同居していたが,実父に対して暴力を振るうなどしたことから,昭和63年9月に被告人が精神病院を退院した後,両親は家を出て行き,被告人は一人暮らしとなった。その後平成6年に被告人の実父が死亡すると,被告人の実母が戻ってきて被告人と再び同居するようになったが,平成13年1月には実母が脳梗塞等で入院し,一旦退院したものの平成14年5月27日には再び入院して,被告人は再び一人暮らしとなった。 被告人は,当時,明太子製造会社に派遣会社社員として勤務し,比較的真面目に稼動していたが,同年8月10日に出勤したのを最後に,急に無断欠勤を始め,そのまま解雇された。そして,同年9月には,実母が掛けていた農協の共済保険を解約して約88万円の解約返戻金を受け取り,信販会社からの借金を返済するなどした後も40万円以上の金が残ったので,しばらくは仕事をしなくても暮らしていけると考えて仕事を探すことをしなくなり,朝起きてテレビを見て,1日に1度酒や食べ物を買いにコンビニエンスストアなどに行き,その他はまたテレビを見て酒を飲んで夜寝るという生活を繰り返していた。 被告人は,平成15年1月には,前記返戻金もほとんど使い尽くし,再び信販会社から借入れをしたり,自宅にあった家具や電化製品などを売却するなどして生活費を捻出するようになった。 (2) 一方,被告人は,平成14年10月ころから,度々,近隣住民に「あの人,仕事もしていないみたいやし何やってるんやろ,何かするんじゃないの。」などと被告人が他人に危害を加えるのではないかと言われたり,「大丈夫,何もしきらん。」などと被告人が何もできない人間であると言われたりしていると感じるようになった。被告人は,度々「何もしきらん。」などと言われていると感じたので,他人に迷惑をかけた訳ではないのに,なぜこんな きらん。」などと被告人が何もできない人間であると言われたりしていると感じるようになった。被告人は,度々「何もしきらん。」などと言われていると感じたので,他人に迷惑をかけた訳ではないのに,なぜこんなことを言われなければならないのだろうと思い,次第に近隣住民に対する不満を募らせていった。さらに,被告人は,平成15年2月か3月ころからは,大人だけではなく,中学生からも「何もしきらん。」などと言われていると感じるようになった。 被告人は,中学生がこのようなことを言うのは,大人達が中学生に言わせているからだと思い,ますます近隣住民に対する不満を募らせていった。 もっとも,近隣住民からの「何もしきらん。」などという発言については,被告人は幻聴ではない旨主張するものの,中学生を含めた近隣住民がこぞってこのようなことを被告人に対して言うとは到底思われない上,このような声は,自宅の室内にいる時や,フルフェイスのヘルメットを着用して原付バイクに乗車中に中学生らとすれ違った時にも聞こえたというのであるから,それ自体,状況的に考えて大変不自然なことといわなければならず,また被告人自身,自分が仕事に就いていた時にはこのような声が聞こえたことはない旨供述していることからすれば,このような声は,実際には聴取可能な音声として発話された言葉ではなく,被告人の幻聴もしくは思い込みであったに過ぎないものと認められる。 (3) 被告人は,平成15年3月終わりころから同年4月初めころにかけて,自分の人生にこの先何も変化はないだろうし,生きていても仕様がないなどと将来を悲観して自宅で首を吊って自殺することを決意した。しかし,被告人は,近隣住民に「何もしきらん。」などと言われたままで死んでいくのでは気が済まず,近隣住民を見返して自分が何もできない人間ではないということを て自宅で首を吊って自殺することを決意した。しかし,被告人は,近隣住民に「何もしきらん。」などと言われたままで死んでいくのでは気が済まず,近隣住民を見返して自分が何もできない人間ではないということを思い知らせるため,仕返しをしようと考えた。そして,被告人は,子供を殺害する方が大人を殺害するよりも大人達に与えるダメージが大きいと考え,さらに,被告人は,中学生が被告人に「何もしきらん。」などと言うのは,大人が言わせているためで,中学生が自分で考えたのではないと思っていたので,大人達が中学生にこのようなことを言わせたために中学生が殺害されたということを大人達に思い知らせてやりたいと考え,中学生を殺害することとした。同年4月中旬ころまでには,被告人は,中学生を殺害する方法として,刃物で人を刺すよりも確実と思われる,ガソリンをかけて火をつけるという方法を選ぶことにした。また,被告人は,自殺した後には,自分の死体も自宅の中の物も全部燃えた方がさっぱりし,自分が死ねば自宅はいらなくなるので,自宅の土地を売るためには更地になっていた方が便利だろうなどと考え,自殺するときに自宅にガソリンをまいて放火することを考えた。 ただし,被告人は,まだ実母が退院して自宅に戻ってくると思っていたことや,もしかしたら仕事が見つかり,まだ何とかなるかもしれないなどと希望も持っていたので,すぐにはその決意を実行に移すことができずにいたが,現実には相変わらず仕事を見つけることはできず,新たな借金をすることもできなかったので,自宅にある物を売却して現金を入手する生活を続けるしかなかった。 そして,被告人は,平成15年4月29日夕方,借金をしに次姉の家へ行ったところ次姉から,被告人の実母は最早退院して自宅に戻ることは難しいことを知らされた。被告人は,家族の中では なかった。 そして,被告人は,平成15年4月29日夕方,借金をしに次姉の家へ行ったところ次姉から,被告人の実母は最早退院して自宅に戻ることは難しいことを知らされた。被告人は,家族の中では実母を一番頼りにしており,実母と一緒に生活している間は,まだ生活に張りがあり,仕事をする気にもなっていたのに,実母が退院するのは無理であろうという話を聞いて,ますます生きていても仕方がない,やはり死のうという気持ちになった。また,実母が戻って来ないのであれば,自宅もいらないと思い,いよいよ中学生を殺害し,自宅に放火した上で自殺をするという決意を固めた。 (4) 被告人は,翌30日夜,犯行に使うガソリンを用意する方法について考え,ガソリンスタンドに単純に容器を持参しても,ガソリンは売ってくれないだろうし,仮に売ってもらえても,そんなことをしたら怪しまれ,警察に通報されたりしたら自分がやろうとしていることが発覚するかもしれないので,なるべく他人に怪しまれる方法は止めようと思った。そこで,ガソリンスタンドで原付バイクに給油して,その後,原付バイクからガソリンを抜き取ることとし,その翌日である同年5月1日午前中,福岡市a区内のガソリンスタンドで原付バイクにガソリンを満タンに給油した。 そして,被告人は,原付バイクからガソリンを抜く様子を人に見られたら,怪しまれて警察に通報されるのではないかと思い,人通りの少ない午後3時ころという時間帯を選んで,自宅前の道路に駐輪した原付バイクからガソリンを抜くこととし,その際には,他人から不審に思われないよう,原付バイクからポリタンクに直接ガソリンを移すのではなく,給油ポンプで一旦ペットボトルに移したガソリンを,さらにポリタンクに移し替えるという方法を採った。また,その際には,ペットボトルよりアイスポット バイクからポリタンクに直接ガソリンを移すのではなく,給油ポンプで一旦ペットボトルに移したガソリンを,さらにポリタンクに移し替えるという方法を採った。また,その際には,ペットボトルよりアイスポットの方が使い勝手が良いのではないかと考えて,これを代わりに使ってみたり,それが意外に使いづらかったので,次からはアイスポットを使うことを止めようと考えた経緯もあった。 (5) こうしていよいよかねてよりの計画を実行に移すこととした被告人は,同年5月2日午前7時ころ,部活動の朝練などのため,1人で登校する中学生を狙って殺害しようと考え,ポリタンクからガソリンを移し入れたペットボトルをジャンパーの中に隠し持ち,100円ライターをジャンパーのポケットに入れて原付バイクで自宅の近所を走り,殺害するのに適当な中学生がいないか探し回った。被告人は,捕まってしまったら自殺できなくなってしまうし,警察に逮捕されるのも嫌だったので,2人以上で歩いている中学生は狙わず,余り身体が大きくなく,1人で歩いている中学生に火をつけること,また,標的となる中学生を見つけたら,原付バイクで一旦通り越して先のところで待ち伏せし,中学生が来たら服をつかんで頭からガソリンをかけ,ライターで火をつけたら,すぐに原付バイクで逃げることを計画していた。しかし,被告人は,通学路を10分間くらい原付バイクで走ってみたものの,1人で歩いている中学生を見つけることができなかった。さらに,被告人は,その日の昼ころにも,早退してくる中学生を狙おうと考え,同様にして1人歩きの中学生を探したが,見つけることはできなかった。また,被告人は,集団帰宅する中学生が多い夕方には,あえて犯行を行おうとは考えなかったので,結局この日は,中学生の殺害も,自殺や放火も実行することができなかった。 (6) 被告人 はできなかった。また,被告人は,集団帰宅する中学生が多い夕方には,あえて犯行を行おうとは考えなかったので,結局この日は,中学生の殺害も,自殺や放火も実行することができなかった。 (6) 被告人は,同月5日ころ,連休明けに今度こそ中学生を殺害して自殺しようと思い,もう一度ガソリンを用意することとし,福岡市a区内のガソリンスタンドで原付バイクに給油した。そして,前回,午後3時ころにガソリンを移し替えた時には,通行人に見られたような気がしたことから,今度は雨が降っていた同月7日の午後11時ころに,夜なら人目につきにくいし,傘をさせば傘で手元を隠すことができ,怪しまれることが少ないと思って,再び,自宅前に駐輪した原付バイクから,前回と同様の方法でペットボトルを用いてポリタンクにガソリンを移し替えた。 (7) また,被告人は,中学生を殺害するチャンスが来るまでは自殺するつもりはなく,その間の生活費を得るために原付バイクを売却することとし,中学生を殺害した時の逃走用に自転車を買うことにした。そこで,被告人は,同月9日朝,原付バイクを2万円で質入れし,その金で中古自転車,ライターを買った。被告人は,買った自転車に乗ってみたところ,体力がなくなっていて坂道がとてもきつく,中学生を殺した後,坂の上にある自宅まで自転車で逃げるのは難しいと思い,逃げるときは自転車を乗り捨てて走って逃げることにした。 被告人は,同月10日からは,自転車のかごにガソリン入りのペットボトルを入れた布袋を入れて,自転車で殺害するのに適当な中学生を探し回った。しかし,被告人は,同日も翌11日も1人で歩いている中学生を発見することができず,中学生の殺害を実行することはできなかった。被告人は,同月11日には,残りの金が数十円となってしまい,もはや売却したり質入れしたりす は,同日も翌11日も1人で歩いている中学生を発見することができず,中学生の殺害を実行することはできなかった。被告人は,同月11日には,残りの金が数十円となってしまい,もはや売却したり質入れしたりする物もなく,食べる物もなかったので,体力的に限界だと思い,翌12日に中学生を殺すことができなかったら,もう諦めて1人で死ぬこととした。そして,被告人は,もう今日しかない,という気持ちで同月12日を迎えた。 2 本件各犯行の実行(1) 殺人未遂の実行平成15年5月12日朝,被告人は,自転車をこぐのがきつかったことなどから,自宅近くを通る中学生に火をつけるつもりで玄関の窓から外の様子を見ていたが,15分くらい外を見ていても1人で歩いてくる中学生はいなかった。 被告人は,どうしてもこの日のうちに中学生を殺害しなければならないと考えていたので,外に出て歩いて中学生を探すことにした。被告人は,ペットボトルを持ち歩いていると目立ってしまうと思い,ガソリンをより小さな容器に入れて持ち歩くことにしたが,どのくらいの量のガソリンがあれば中学生を殺すことができるか分からなかった。そこで,被告人は,ガソリンに点火した際の火力について実験してみることにし,チラシにガソリンをしみこませてライターの火を近づけてみたところ,チラシはそれだけで引火し,ものすごい勢いで燃えたので,こんなによく燃えるなら1リットル近くもガソリンを相手にかける必要はない,もっと少なくても十分中学生を殺害することもできるし,あまりガソリンが多いと,却って自分にも火が燃え移ってしまうかもしれないと思い,ガソリンを360ミリリットルの容量の焼酎瓶に移し替えた。 被告人は,準備を終えた午前8時2分ころ,丁度大勢の中学生が登校し始めるより若干早い時間帯であったので,1人で早めに登校す いと思い,ガソリンを360ミリリットルの容量の焼酎瓶に移し替えた。 被告人は,準備を終えた午前8時2分ころ,丁度大勢の中学生が登校し始めるより若干早い時間帯であったので,1人で早めに登校する中学生がいるだろうと思い,ガソリンを入れた焼酎瓶を持って急いで自宅を出た。被告人は,自宅を出て少し歩いたところ,少し先に通学途中の小学生のVを見つけた。 しかし,被告人は,小学生を狙うつもりはなかったので,このときは何とも思わず,そのまま1人歩きの中学生を探して歩いた。途中被告人は,男女1人ずつの中学生が歩いてくるのを見つけ,女子中学生を殺害するのはかわいそうな気がしたので,男子中学生の方を殺害しようと考えたが,同人に近づいた時点で,他にも男子中学生複数人が歩いてくるのに気づき,ここで狙った男子中学生に火をつけても捕まってしまうと思い,同人を襲撃するのはあきらめた。しかし,被告人は,中学生を殺害すること自体はあきらめず,さらに1人歩きの中学生を捜して歩き続けた。その際被告人は,再び通学途中のVを見かけたが,この時点でもまだ小学生を殺すつもりはなかったので,そのままVを追い越した。しかし,被告人は,さらに先に行くと家から遠くなるし,坂も多くなるので逃げるのが大変になると思い,ついに先に進むのを止めて引き返し始めた。そして,被告人は,少し歩いたところで,再びVを見た。 被告人は,中学生を殺して近所の人に思い知らせることを実行するのは今日しかなく,それができず1人で死んでいくのは悔しいと思っていたが,その先にはもう1人で歩いている中学生はいないかもしれないし,一旦自宅に戻って昼か夜にもう一度やるとしても1人で歩いている中学生が見つかるとは限らない,小学生なら確実に殺すことができると考えてVを殺害することにした。そこで,被告人は,Vの方に向かって行 し,一旦自宅に戻って昼か夜にもう一度やるとしても1人で歩いている中学生が見つかるとは限らない,小学生なら確実に殺すことができると考えてVを殺害することにした。そこで,被告人は,Vの方に向かって行き,Vの背後から焼酎瓶に入れていたガソリンをかけ,ライターを取り出した。Vが逃げ出したので,被告人は,逃げるVを後ろから追いかけライターでVに火をつけて,判示第1の犯行を敢行した。 (2) 放火の実行被告人は,その後,かねてよりの計画どおり自殺しようと思い,急いで自宅に戻ると,誰にも邪魔されないよう玄関の鍵をかけ,ガソリンの入ったポリタンクを取ると,1階及び2階にそれぞれガソリンをまいてライターで火をつけ放火して,判示第2の犯行を敢行した。その後,被告人は,2階ベランダで首を吊って自殺しようとしたが,死にきれず救助された。 3 救助後の被告人の状況被告人は,救助後,同日午前8時30分までには,火災に際し設置された消防の現場本部の車両に収容された。このとき,被告人からは酒臭はせず,被告人は,火事に対する動揺は見られたものの,消防士からの質問に対して慌てる様子もなく素直に受け答えをした。 4 被告人の精神病院への入退院歴,入院状況等被告人は,昭和62年4月ころから無職の状態で昼間から多量の飲酒をするようになり,実父に暴力を振るったり,他人の自動車に放火したりし,さらに,自分ではどうもない,酒を飲む,毎日飲む,時々虫が壁をはったり,人影が見えたりするなどと訴え,昭和62年7月24日から同年10月3日までの間,福岡市a区内にある精神病院にアルコール精神病,アルコール依存症,人格障害の診断で措置入院となった。当時の診療録によれば,被告人は1日焼酎を10杯位飲むと述べていた。入院中,被告人は,他人に暴力を振るったり,荒々しい 精神病院にアルコール精神病,アルコール依存症,人格障害の診断で措置入院となった。当時の診療録によれば,被告人は1日焼酎を10杯位飲むと述べていた。入院中,被告人は,他人に暴力を振るったり,荒々しい言葉を使うことはなかったし,他人とトラブルを起こすこともなかった。しかし,被告人は,退院後は再び酒浸りの生活をするようになり,同年11月末から12月初めころにかけて,精神病院に入院したことで将来を悲観して自殺しようと考えて自宅に灯油をまいて放火しようとしたものの,途中で焼け死ぬのが怖くなり,つけた火を消したということがあった。そこで,被告人は,同年12月30日から昭和63年3月31日まで,再び同病院にアルコール精神病の診断で入院した。当時の診療録によれば,被告人の両親は,被告人が1日5合程度飲んでいると述べていた。この入院をする際,被告人は,両親に対し,「どうして,俺に相談もなしに入院させる,気にくわん。」と言い,反抗的な態度だったが,2,3日くらいすると他人とのコミュニケーションも良好でトラブルを起こすこともなかった。 さらに,被告人は,その後も酒を飲んでは両親に対して暴力を振るい,同年6月16日から同年9月22日までの間,同病院に精神病質,アルコール依存症の診断で入院した。当時の診療録によれば,入院時,被告人は,「ビール3本以上毎日飲んだ。親にやかましく言った。親をたたいた。親と離れて暮らしたい。」などと言い,入院当初は他の患者との交流もなかったが,2,3日くらいすると他人とのコミュニケーションも良好となり,看護者の指示にも温和に従い,他人に暴力を振るったり,他の患者とトラブルを起こすこともなかった。そして,被告人は,退院後も数回同病院に通院した。 5 被告人の本件各犯行直前の飲酒状況,生活状況等被告人は,精神病院の3回目の退院後 を振るったり,他の患者とトラブルを起こすこともなかった。そして,被告人は,退院後も数回同病院に通院した。 5 被告人の本件各犯行直前の飲酒状況,生活状況等被告人は,精神病院の3回目の退院後も飲酒を止めず,酒に酔って父親に暴力を振るうということがあった。そのため,被告人の両親は自宅を出てしまい,被告人は仕事をしなければならなくなり,昼間から酒を飲むことはなくなったので,その後精神病院に入院することはなかった。 被告人は,父親の死後,母親と再び同居するようになったが,母親が入退院を繰り返すようになってから,夕方暗くなっても2階の部屋で電気をつけずにテレビを見たり,平成12,3年ころから,深夜に「お母さーん。」と泣き叫ぶようなうめき声をあげたりしたことが何度もあり,近隣住民に薄気味悪い印象を与えていた。 なお,被告人は,深夜にこのような大声を出した記憶はない旨供述するが,被告人宅の近くに居住する住民であるBは,その娘から,深夜に被告人の部屋から「お母さーん。」と泣き叫ぶようなうめき声が聞こえて気持ち悪いという話を何度も聞いたということであり(甲28),多数回に渡ってそのような聞き間違いが生じるとは考えられず,被告人が深夜に「お母さーん。」と泣き叫ぶようなうめき声をあげたとの事実が認められる。他方被告人は,公判において,夜間,ほとんど2階から外に向けて小便をしていた旨供述している。しかし,近隣住民は,被告人の他の薄気味悪い行為については供述しているが,この点についてはいずれも全く供述しておらず,多数回放尿行為に及んでいるのに全く目撃されなかったというのは不自然である上,被告人が主張するほど頻繁に2階から放尿行為をしていれば,周囲に悪臭がただようことは容易に予想されるところ,近隣住民からはその点の訴えも全くなされていない。ま されなかったというのは不自然である上,被告人が主張するほど頻繁に2階から放尿行為をしていれば,周囲に悪臭がただようことは容易に予想されるところ,近隣住民からはその点の訴えも全くなされていない。また,被告人自身,捜査段階においてはかかる放尿行為について全く供述しておらず,公判において突然供述し始めるのも不自然であり,被告人のこの点の供述は信用できない。 ちなみに,被告人の飲酒量は,平成14年8月を最後に無職状態に陥って以後は,焼酎1升を2,3日で空けるくらいであり,その後一旦禁酒したものの,同年12月に入ってから飲酒を再開して,それ以降の被告人は,毎日日本酒5合ぐらいを飲むようになっていた。しかし,平成15年3月末ごろからは,金がなくなったために,1日焼酎2合という飲酒量にまで減少していた。 また,本件各犯行前日の平成15年5月11日,被告人は,午後3時くらいから午後7時くらいまでの間に焼酎2合を飲んだが,その後,本件各犯行に及ぶまでの間,被告人は,一切飲酒はしていない。 6 被告人の簡易精神鑑定平成15年6月2日午後3時45分から午後5時までの間,C医師により被告人の簡易精神鑑定のための質問と診断が行われた。C医師は,犯行時の被告人には,性格障害(情性欠如)とアルコール幻覚症の疑いが認められるものの,狭義の精神障害はなく,是非善悪を識別する能力,弁識に従い自己の行為を制御する能力はあった旨診断し,その理由について要旨以下のとおり説明している。 「被告人の幻聴(ただし,被告人には病識はない。)は,平成14年10月ころ,仕事をしなくなってから聞こえ始めたと言うが,もし幻聴が強く,被告人をひどく苦しめるものであれば今回の犯行前にも,中学生に対し何らかの行動をしていたと思われるのに,本件犯行前まで,幻聴による他人への 仕事をしなくなってから聞こえ始めたと言うが,もし幻聴が強く,被告人をひどく苦しめるものであれば今回の犯行前にも,中学生に対し何らかの行動をしていたと思われるのに,本件犯行前まで,幻聴による他人への行動はとっていないし,逮捕後には全く幻聴は消失している。したがって,幻聴は強く,根強いものであるとは考えにくい。被告人は,頼りにしていた母親が病院から今後ずっと退院できなくなり,今から1人で生活しなければならない不安,母親が契約していた保険金を使ってしまい,今も働く意欲はなく,死ぬしかないと考えて自殺を考えたのであろう。自分で死のうと考えたとき,道連れとして,日頃自分のことを『何もしきらん。』と悪口を言っていた中学生に復讐的に道連れに殺そうとした犯行であろう。放火についても,八つ当たり的な自暴自棄の犯行と考える。」第3 争点に対する判断 1 アルコール精神病の影響について(1) アルコール精神病の罹患事実の存否前記のとおり,被告人が,アルコール精神病又は精神病質等の診断名で精神病院に入退院を繰り返した期間は,昭和62年7月から昭和63年9月までという本件各犯行より14年以上前のことである上,それぞれに当時の症状は寛解,軽快したものとして退院を許可されているものであり,またその当時見たことがあるという,虫が壁をはったり,人影が見えるなどといった幻視体験についても,被告人自身,その後も継続して体験していたと訴えているわけではないから,入院当時の被告人の疾病やその症状及び精神状態が,本件各犯行当時の被告人の心神状態に直接影響を与えた一事情として考慮すべきものとは考えがたい。 とはいえ,被告人が,過去にアルコール精神病と診断されたことがあったのは間違いなく,その後も被告人は,昼は仕事をしつつ,夜は相当多量の飲酒をする生活を長く して考慮すべきものとは考えがたい。 とはいえ,被告人が,過去にアルコール精神病と診断されたことがあったのは間違いなく,その後も被告人は,昼は仕事をしつつ,夜は相当多量の飲酒をする生活を長く続け,本件各犯行の直近では,仕事もせず,ほぼ一日中自宅にこもってテレビを見,相当量の酒を飲み,夜も部屋の明かりをつけずにテレビの明かりだけで生活するといったかなり不健康な,社会的不適合状態をきたしていたほか,深夜に外まで聞こえる程の声で,「お母さーん。」と泣き叫ぶようなうめき声を出していながら,自分ではその事実について自覚がないとか,さらには,「あの人,仕事もしていないみたいやし何やってるんやろ,何かするんじゃないの。」「大丈夫,何もしきらん。」などといった声が聞こえたという幻聴,もしくは今なおそれが現実の声であったと主張する程の強い思い込みが認められるところである。前示の簡易精神鑑定においても,犯行前に幻聴があった事実を前提とし,犯行時におけるアルコール幻覚症の疑いが指摘されている。とすれば,これらの生活態度や被告人の幻聴もしくは強固な思い込み体験は,被告人が無職となって経済的に破綻すると共に,怠惰で閉塞的な暮らしぶりが加わって精神的にも追いつめられたことのみならず,長年にわたり多量の飲酒に耽溺した結果としての,アルコール精神病としてのアルコール幻覚症が発現したものである可能性を否定することはできないと判断される。 (2) アルコール精神病たるアルコール幻覚症の具体的症状とその影響被告人の供述によっても,本件各犯行当時,アルコール精神病の一種であるアルコール幻覚症として,被告人に発現していたと疑われる具体的症状は,前示のとおりの「何かするんじゃないの。」「大丈夫,何もしきらん。」などといった幻聴もしくは思い込みが主たるものである。 種であるアルコール幻覚症として,被告人に発現していたと疑われる具体的症状は,前示のとおりの「何かするんじゃないの。」「大丈夫,何もしきらん。」などといった幻聴もしくは思い込みが主たるものである。しかも,前示の簡易精神鑑定でも指摘されているとおり,被告人は,平成14年10月ころから聞こえ始めたというこのような声に対しても,本件各犯行に至る以前には,特段の行動や反応を示していたとは認められず,逮捕後には一切そのような声自体を聞いていないというのであるから,このような幻聴もしくは思い込みが,根強く,また被告人に対する脅威的なものとして受け止められていたとは考えがたい。 そもそも,「何かするんじゃないの。」「大丈夫,何もしきらん。」などといった発言にかかる幻聴もしくは思い込みは,確かに近隣住民らの被告人に対する不信感や侮蔑的評価を表すものとして,被告人にとっては,被害的に受け止められた事象であり得るとは考えられる。しかし,客観的に見れば,それ自体,被告人に対する直接的な危害や危険をもたらすものとはいえないし,また,被告人自身,このような声を聞いたことによって,自らの生命,身体,あるいはその生活状況等が,直接に脅かされたとか,そのような危険を排除するために本件各犯行を惹起したなどと主張しているわけでもない。 とすれば,結局,被告人が「何もしきらん。」などといった声を聞いたと思ったことが,アルコール精神病に由来する幻聴であったとしても,かかる幻聴が,被告人に対して直截に,法規範も社会倫理をも乗り越えて,殺人行為や自殺に伴う放火行為を引き起こさねばならないほどの,抵抗しがたい衝動や強迫観念を,必然的に呼び起こすような影響を与えたとは容易に考えられないし,またかかる幻聴があったが故に,殺人や放火行為の衝動を自制できなくなったとも考 起こさねばならないほどの,抵抗しがたい衝動や強迫観念を,必然的に呼び起こすような影響を与えたとは容易に考えられないし,またかかる幻聴があったが故に,殺人や放火行為の衝動を自制できなくなったとも考えにくいところであり,むしろ次に述べるとおり,被告人が本件各犯行を決意するに至った主たる要因には,十分了解可能な別の事情があったと認められ,上記幻聴は,その動機形成に至るきっかけの一つとなったに過ぎないことが認められるところである。 2 本件各犯行の動機等の了解可能性(1) 本件放火の動機について被告人は,実母が入院して生活に張りがなくなり,無職で怠惰な生活を送ったあげくに,食事にも事欠く困窮状態に陥っていたので,将来を悲観して首吊り自殺をすることを決意し,自分の死体も自宅の中の物も全部燃えてしまった方がさっぱりし,自分が死ねばもう自宅はいらなくなるのだから,自宅の土地を売るためには更地になっていた方が便利だろうなどと思い,自殺する際に自宅に放火することも考えていたが,母親が自宅に戻って来るかもしれないと思って自宅に放火して自殺することをためらっていたところ,次姉から母親がもう自宅に戻って来ることはない旨聞いて,歯止めがなくなり,自宅はもう必要ないと考えて,全てを清算するために自殺する際に自宅に放火することとしたというものであって,被告人の生活状況等にかんがみれば,本件放火の動機は十分了解可能である。 (2) 本件殺人未遂の動機等についてさらに被告人は,このように,当初から自殺することを決意していたところ,これを実行するに先立って,近隣住民から「何もしきらん。」などと言われていると思い込んでいたことから,その仕返しをしようと思い,子供を殺害した方が大人を殺害するよりも大人に対して与えるダメージが大きいなどと考えて 先立って,近隣住民から「何もしきらん。」などと言われていると思い込んでいたことから,その仕返しをしようと思い,子供を殺害した方が大人を殺害するよりも大人に対して与えるダメージが大きいなどと考えて中学生を殺害することを決意したものである。近隣住民から「何もしきらん。」などと言われているという幻聴があったことを前提としても,その仕返しというだけで,いきなり殺人を,しかも悪口を言っている当人とも限らない中学生を,無差別に狙って殺害しようと決意するということは,傍目からすると余りに飛躍のあることに思われる。しかし,前示のとおり,被告人は,既にこの時点で,自殺し,併せて自宅にまで放火するという決意を固めていたもので,極めて自棄的,悲観的な気持ちになっていたことが認められるし,そのような心理状態下において,1人で死ぬのは悔しいし,寂しいといった思いから,仕返しついでに誰かを道連れにして自殺しようという破滅的な結論に達するということは,これまた決して了解不能な動機とはいえないものと思料される。むしろ,仕返しという目的に照らした場合,被告人が近隣住民により大きな衝撃を与えようと図って,殺害する標的として,あえて大人ではなく,中学生を選ぼうと考えたことなどは,広く社会に与える心理的影響にまで慮った,冷徹な判断とも見得るものである。そして,被告人が,最終的には,標的を中学生から小学生のVに変更したことは,当初企図した中学生を実際に狙う機会を作れなかったために,たまたま1人で歩いていた小学生のVを襲うことにしたものに過ぎず,被告人の殺人行為に対する前示のとおりの意図目的は,その計画から実行まで,本質的に何ら変化しているものでもない。 3 本件各犯行の計画性,犯行態様,被告人の犯行直後の状況等(1) 本件各犯行の計画性被告人は,中学生を殺害 意図目的は,その計画から実行まで,本質的に何ら変化しているものでもない。 3 本件各犯行の計画性,犯行態様,被告人の犯行直後の状況等(1) 本件各犯行の計画性被告人は,中学生を殺害して自殺する際に自宅に放火することを決意し,あらかじめ本件各犯行に用いるガソリンを用意し,中学生殺害後の自宅までの逃走などについても十分考慮に入れた上で捕まらないように1人歩きの中学生を狙い,数日に渡って執拗に標的となる中学生を探し回ったが,最終的に襲撃できそうな中学生を発見することができなかったので,たまたま1人歩きをしていた小学生のVを殺害することとして本件殺人未遂の犯行を実行し,しかも,その後はこれに引き続いて当初の予定どおり本件放火を実行しているのであって,本件各犯行はいずれも計画的なものである。 (2) 本件各犯行の犯行態様また,被告人が本件各犯行につき選択した犯行態様もいずれも合理的なものである。 すなわち,本件殺人未遂は殺害対象にガソリンをかけて火をつけるというものであるが,この方法は人を確実に殺害するのに十分な方法であるといえるし,被告人は,以前に灯油をまいて放火しようとしたことがあり,ガソリンをかけて火をつけるという方法は,失敗する可能性が低く,刃物で刺すよりも相手に与えるダメージが大きいなどと考えてこの方法を選択したものであって,被告人のこの殺害方法の選択は十分合理的であるといえる。 また,本件放火の犯行態様は,自宅の1階及び2階にそれぞれ揮発性が高く燃焼しやすいガソリンをまいて火をつけるというものであり,自宅に放火をするために極めて合理的な方法を採っているといえる。 (3) 本件各犯行の準備行為被告人は,本件各犯行に使用するためのガソリンを準備する際,直接ガソリンスタンドにガソリ り,自宅に放火をするために極めて合理的な方法を採っているといえる。 (3) 本件各犯行の準備行為被告人は,本件各犯行に使用するためのガソリンを準備する際,直接ガソリンスタンドにガソリンを買いに行ったら怪しまれると思って原付バイクにガソリンを給油してもらうという方法でガソリンを入手している。さらに,被告人は,自宅前の路上で原付バイクからガソリンを抜く際には,怪しまれないようポリタンクを直接原付バイクのところへ持っていかず,しかも,原付バイクからガソリンを抜いているところを見られて不審がられないように人通りの少ない時間帯を選ぶなどして原付バイクからガソリンを抜いている。これらの事実からすれば,被告人が中学生を殺害することや自宅に放火することを悪い行為であると認識していたことは明らかである。さらに,被告人は,原付バイクからガソリンを抜く際に最初ペットボトルを使用したものの,ペットボトルでは1回に抜くことができる量が少ないということで2回目に抜くときにはアイスポットを使うことを試みるなど本件各犯行の準備をする際にも効率的な手段を選択しようとしている。また,本件殺人未遂の直前には,ガソリンを入れたペットボトルを持ち歩くことで他人に不審がられるのを危惧し,もっと小さな焼酎瓶にガソリンを移し替えることとし,その際には中学生殺害に必要な火力を得ることができるか確認するために,事前にガソリンをしみこませたチラシで燃焼実験まで行っているのであって,目的遂行に向けた極めて合目的的な行動を取っていることが認められる。以上からすれば,被告人の犯行準備行為は極めて周到かつ合理的であるというべきである。 (4) 本件各犯行後の被告人の言動被告人は,本件放火後,救助され,午前8時30分までに,消防の現場本部の車両に収容された際,火事に対す 為は極めて周到かつ合理的であるというべきである。 (4) 本件各犯行後の被告人の言動被告人は,本件放火後,救助され,午前8時30分までに,消防の現場本部の車両に収容された際,火事に対する動揺はあったものの,消防士からの質問に対し,慌てる様子もなく,素直に受け答えをしており,被告人が,本件各犯行直後,さほど間もない時間帯に落ち着いた様子であったことは,本件各犯行時においても特段異常な精神状態ではなかったことを強く推認させる。 (5) 以上のとおり,被告人は,本件各犯行を思いつくや,目的達成のために,周到かつ合理的な計画を立てて準備行為を行って本件各犯行を遂行しており,本件各犯行直後においても,特段慌てるような様子がなく,被告人は本件各犯行の準備段階から本件各犯行時に至るまで自己の行動の是非を認識した上で冷静に行動していたと強く推認される。 4 被告人の記憶保持について加えて,被告人は,捜査段階から公判に至るまで,本件各犯行前の生活状況,自己の心理状態,本件各犯行を決意するに至った理由,その後の計画内容と準備状況,具体的な犯行状況やその当時及び現在の心境など,本件各犯行の経緯態様について極めて詳細に供述しており,公判においても事件の記憶がなくなったということはないと供述しているところである。したがって,被告人の事件に関する記憶は清明に保たれていると認められる。 5 被告人の公判における供述態度等被告人は,公判においては,冷静な態度で本件各犯行について供述し,本件各犯行についてVらに対する謝罪や反省の言葉を口にするなど,特段不自然,不合理な言動は見受けられない。 6 総括以上の諸事情を総合勘案すれば,被告人は,本件各犯行時,アルコール精神病であるアルコール幻覚症に罹患して,時折「何もしきらん。」など ど,特段不自然,不合理な言動は見受けられない。 6 総括以上の諸事情を総合勘案すれば,被告人は,本件各犯行時,アルコール精神病であるアルコール幻覚症に罹患して,時折「何もしきらん。」などといった幻聴の症状が発現していたことや,かかる幻聴が,被告人が本件各犯行を決意する際のきっかけの一つとなったことは否定できないが,他方で,被告人は,十分に了解可能な動機によって,本件各犯行を行うことを決意し,その実行に向けて周到な計画と準備をし,犯行完遂のために極めて合理的,合目的的な行動を取り,各犯行の前後を通じて意識は清明であったと共に,当時の明確な記憶を有しており,公判における供述態度を見ても格別の異常を感じさせる言動は見られないのであるから,本件各犯行当時の被告人が,上記アルコール精神病その他の要因によって,事理の是非を弁別する能力及びその弁別に従って行動する能力を著しく損なわれていなかったことが十分に認められるのであって,被告人はこれらの能力をいずれも有していたものとして完全責任能力を認めるのが相当であり,弁護人らの心神耗弱の主張は採用できない。 (量刑の理由) 1 本件は,被告人が,将来を悲観し,自殺を決意するにあたって,自己の陰口を言っていると思い込んでいた近隣住民に対する仕返し目的で,通学途中の小学生に対し,殺意をもってガソリンをかけて火をつけた殺人未遂(第1)及び自殺を図る際に実母らが所有する自宅に放火した非現住建造物等放火(第2)の事案である。 2 被告人は,平成14年8月に無職となってから,実母が掛けていた共済保険を解約して解約返戻金を受け取ったり,信販会社から借金をしたり,自宅の中の物を売却したりするなどして生活していたが,自分の人生にこの先何も変化はないだろうし,生きていても仕様がないなどと将来を悲観して自宅で首吊り 返戻金を受け取ったり,信販会社から借金をしたり,自宅の中の物を売却したりするなどして生活していたが,自分の人生にこの先何も変化はないだろうし,生きていても仕様がないなどと将来を悲観して自宅で首吊り自殺をすることを決意した。しかし,被告人は,かねて近隣住民から,何もできない人間であるという趣旨の陰口をたたかれているという幻聴もしくは思い込みを持っていたので,自殺する前に近隣住民を見返すために近隣住民に仕返しをしようと考え,最終的には,何の関係もない小学生を殺害しようとしたものである。近隣住民から陰口を言われているという被告人の認識は,アルコール幻覚症による幻聴もしくは思い込みであったことを否定できないが,これをきっかけの一つとして,その仕返しのために何の落ち度もない通りがかりの小学生という弱者の殺害を企てたのは,専ら被告人自身の誠に身勝手かつ卑劣な選択というべきものである。さらに,被告人は,自殺した後,自分の死体も自宅の中の物も全部燃えてしまった方がさっぱりするし,自分が死ねばもう自宅はいらなくなるのだから,売るためには更地になっていた方が便利だろうなどと考えて,近隣住民への危険や迷惑を全く顧慮することなく自宅に放火しており,これまた余りに身勝手かつ短絡的な行為といわなければならず,本件各犯行の動機にいずれも酌量の余地はない。 3 被告人は,あらかじめ本件各犯行のためにガソリンを用意し,10日前から中学生を殺害しようとして1人歩きの中学生を探し回るなどし,たまたま1人歩きの中学生が見つからなかったので標的を小学生である被害児童に変更したもので,本件殺人未遂も本件放火もいずれも計画的な犯行である。 加えて,被告人は,たまたま通りかかった被害児童に背後からガソリンをかけてライターで火をつけて炎上させており,本件殺人未遂の犯行態様は,極めて 本件殺人未遂も本件放火もいずれも計画的な犯行である。 加えて,被告人は,たまたま通りかかった被害児童に背後からガソリンをかけてライターで火をつけて炎上させており,本件殺人未遂の犯行態様は,極めて残忍かつ非道な通り魔的犯行であり,その犯情は極めて悪質であるといわなければならない。 また,本件放火の犯行態様は,住宅密集地にある被告人の自宅の1階にガソリンをまいて火をつけた上,さらに,2階にもガソリンをまいて火をつけるというものであり,人の生命,身体の安全を全く顧みない危険極まりないもので,やはり犯情は甚だ悪質である。 4 本件殺人未遂の犯行により,被害児童は,まもなく病院に搬送されたものの,重度の熱傷が広範囲に渡って生じており,いつ死亡してもおかしくない状態であったもので,直ちに緊急手術を受けた。たまたま,被害児童が近隣住民に救助された際,その機転で大量の水をかけられ患部を冷やされていたことや,被害児童が大人に近い体格をしていたおかげで,幸いにも一命を取り留めたが,完治するには1年以上かかると思われる状態であり,被害児童自身も,被告人から火をつけられたときには,もうだめかな,ぼくは死んじゃうのかななどと死の恐怖を強く感じさせられた。しかも,被害児童は,その後,皮膚移植手術やリハビリのために長期の入院を余儀なくされ,血管の細い被害児童は,注射の針がささりにくく,点滴や採血のたびに泣き叫んだり,皮膚移植のために取った被害児童の腰やお尻の皮膚は,すりむき傷のようになっており,血がにじみ,被害児童は,ちょっと身体を動かすたび,激しい痛みを訴えたり,夜も夢でうなされ,うわごとをよく言ったりした。また,被害児童は,感染症を防ぐために入浴して傷口の菌を洗い流す際に痛みの余り泣き叫びながら「ぼく,なんでこんな目にあうと?ぼく,何か悪いことしたと? 夜も夢でうなされ,うわごとをよく言ったりした。また,被害児童は,感染症を防ぐために入浴して傷口の菌を洗い流す際に痛みの余り泣き叫びながら「ぼく,なんでこんな目にあうと?ぼく,何か悪いことしたと?」と聞くこともあった。それから,被害児童は,約4か月半に及ぶ長い入院生活を終え,平成15年11月にはようやく小学校に登校でき,短時間教室で過ごせるようにはなったものの,火傷の影響で体温調節が難しくなっているうえ,未だに被害児童の火傷の跡は広範囲に及び,赤くでこぼことしていたり,左脇と首の右側は皮膚がつっぱり動きにくかったり,右耳に特に大きな傷痕が残るなどして,数年後,手術が必要と思われる状態にある。また,被害児童には,時に「手が汚れている,汚い。」と水をいっぱいに出して,長く手を洗ったり,「きれいにならん。」と泣きながら手を洗ったりする動作が見られ,本件被害を被ったことによる心の傷が今なお深く残っていることが窺われる。このように,被害児童が本件犯行によって受けた肉体的苦痛は極めて甚大で,筆舌に尽くしがたいものがあったであろうことは言うに及ばず,その精神的苦痛も重かつ大であり,未だ癒されてはいないものである。さらに,被害児童の一家は,同じ通学路を通ることでの被害児童の精神的影響を考慮して転居したりするなど被害児童の一家の日常生活にも多大な影響を及ぼしている。これらの事実に照らせば,本件殺人未遂の被害結果は極めて重大で,取り返しのつかないものであると言わなければならない。 にもかかわらず,被告人は,現在までのところ,謝罪の手紙を送付した他は見るべき慰謝の措置を講じておらず,このような甚大な苦痛を受けた被害児童は,「犯人のことは怖いと思うし,許せないとも思います。悪いことをした人が刑務所に行くということはぼくも知っていますが,ぼくに火をつけた犯人 の措置を講じておらず,このような甚大な苦痛を受けた被害児童は,「犯人のことは怖いと思うし,許せないとも思います。悪いことをした人が刑務所に行くということはぼくも知っていますが,ぼくに火をつけた犯人も刑務所に行ってもらいたいと思います。」と述べ,被害児童の実母も「(被害児童が)病院のベッドで首くらいから下を包帯でグルグル巻かれ,痛い痛いと言っている姿を見て,犯人のことをいくら憎くて,悔しく思っても私たちにはどうすることも出来ません。渓と私たち家族に一生続くかもしれないような傷と心の痛みを与えた犯人に対し,法で厳正に処罰して下さい。」などと,また被害児童の実父も「犯人に対しては,私たちに与えた被害の大きさを考えると,やはり厳しい処分を受けて責任をとってもらわなければならないと思います。」などと述べており,被害児童並びにその両親の被告人に対する処罰感情が峻烈なものであるのも至極当然のことである。 また,本件放火についても,被告人の自宅が全焼したほか,近隣住宅のクーラーの裏側の一部,引き戸の外枠,雨樋のパイプなどが溶解したり,車庫の屋根が変形変色したり,植木が茶褐色に変色したりするなどの現実的被害が発生しており,他の建造物等に延焼こそしなかったものの,発生した公共の危険は極めて大きいものであったといえる。しかし,本件放火についても見るべき慰謝の措置等は現在まで講じられておらず,近隣住民らはいずれも被告人の厳重処罰を求めている。 5 しかも,被告人の本件殺人未遂の犯行は新聞等で広く報道され,世人特に学齢期の子供を持つ親らを震撼させ,児童の安全確保のために,周辺の小学校が児童を集団下校させたり,PTAや警察が児童の通学路を巡回したりするなど社会に与えた影響は甚大であったものである。本件第1の犯罪事実のような社会的弱者に対する通り魔的犯行はこれ めに,周辺の小学校が児童を集団下校させたり,PTAや警察が児童の通学路を巡回したりするなど社会に与えた影響は甚大であったものである。本件第1の犯罪事実のような社会的弱者に対する通り魔的犯行はこれまでにもマスコミに登場するなど,社会的にみても模倣性の危惧される犯罪であり,同種事犯の再発を防ぐためにも被告人に対しては厳しい態度をもって臨むことが社会的要請であると思料されるところである。 6 以上からすれば,被告人の刑事責任は極めて重大である。 7 他方,被告人自身は何らの救助行為も行ってはいないが,幸いにも被害児童は一命を取り留めたこと,被告人は,本件各犯行を認め,被害児童の両親に対し,謝罪の手紙を送付したり,本件各犯行について反省の言葉を述べるなど反省の態度を示していること,被告人の次姉が公判廷に情状証人として出廷し,被告人の社会復帰後,その更生のためにできる限りの協力をする意向を表明したことなどの被告人のために酌むことのできる事情も認められる。 8 そこで,以上の諸事情を総合考慮して,被告人を主文の刑に処するのが相当であると判断した。 よって,主文のとおり判決する。 (検察官長田守弘,国選弁護人田村雅樹(主任),同山内良輝各出席)(求刑-懲役15年)平成16年3月25日福岡地方裁判所第1刑事部裁判長裁判官谷敏行裁判官荻原弘子裁判官小川弘持

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